マイ スウィート ヌガー ( 5 / 12 )

1年くらいかけて初めて書いた小説です。全部で12まであります。

5.
 
 給食を食べて昼休みに入ると、その日は外に遊びに行かずに教室に残っている人がいつもより多かった。いくつのかのグループに分かれてそれぞれで話をしたり、その中の誰かが他のグループのところへ行って何か話した後、また元のグループの場所に戻って報告していた。特に女子は忙しそうだった。五時間目に委員会決めがあるのだ。
 五、六年生は二学期から委員会活動をする。色々な委員会があるけど、わたしは図書委員になると決めていた。本を読むのが好きだったし、よく図書室に行っているから図書の先生とも仲良しだった。休み時間に混みあっていて先生が忙しそうなときは、返却された本を棚に戻したり、下級生が貸し出しカードを探していれば一緒に探すのを手伝ってあげたりしていた。だから、図書の先生も、捺さんが図書委員になってくれたら助かるわ、と言っていたし、きっと頼りにされているから。

 自分はどの委員会にするのかもう決めたし、他の人がどうするのかなんて別にどうでもいい。だから、机に座って図書室で借りた本を読んでいた。展示コーナーに紹介してあった本で、半分くらいまで読み終わっていた。
「ね、もう決めた?」
声を聞いて顔を上げると瑠奈ちゃんが目の前に立っていた。
「え?」
「え?って、もう、なっちゃん。委員会だよ、委員会。何にするか決めた?」
 瑠奈ちゃんは、色が白い。肌が白いというより、体全体の色素が薄い。髪の色も少し緑味がかった茶色をしていて、額の生え際は、毛が細く透き通ったような色をしている。その日の瑠奈ちゃんは、前髪を上に上げてねじってピンで止めていた。夏休みは終わったけれどまだ気温が高いからか、瑠奈ちゃんは少し汗をかいていて、上に上げた前髪の生え際がうっすら湿っていた。

「あ、うん。どうしようかなと思ってた。」
図書委員と決めていたけれど、口から出たのはそれだった。
「そうなんだ!じゃあ、一緒の委員会にしよ!仲良くない人と一緒になったら最悪だもん。」
「でも、一緒になれるかな。希望が多かったらくじ引きになるかもしれないし。」
「くじ引き?やだなー。くじ運悪いんだよねぇ、瑠奈。」
「くじ引きだとしたら、一緒の委員会になれないかもしれないね。」
「えー、そしたら、瑠奈、誰かと変わってもらおうかなあ。」
「そんなことしちゃいけないんじゃない?」
「いいよぉ。だって、嫌だもん。」
瑠奈ちゃんは、頬を膨らませて、顔を振った。顔が左右に動く時、前髪以外の横に垂らした髪が一緒に揺れた。七夕飾りのきらきらした色紙が揺れるのと似ていて、さらさらと音がしそうだった。

 ちょうどその時、たおちゃんと、かずみちゃんが駆け寄ってきて話しかけてきた。
「瑠奈ちゃん、何にするか決めた?」
たおちゃんとかずみちゃんは、家の方向が瑠奈ちゃんと同じ方向で部活の無い日にはよく一緒に帰っている。休みの日もお互いの家に行って遊んだりしていると聞いたことがあった。
「まだ、決めてないよー。」
「そうなんだ。私たちもまだ迷っているけど、環境委員会だけは嫌。」
「あ、そうそう!私も。環境委員会は草むしりばっかりしなきゃいけないもんね。」
「虫とかいるし!」
「きゃー、嫌!」
「ねえ、瑠奈ちゃんは放送委員会はどう?」
「放送委員会?」
「うん、アナウンサーみたいで似合いそう!」
「そう?」
「そうそう。ぴったり!」
 たおちゃんと、かずみちゃんが、瑠奈ちゃん可愛いから女子アナみたいだよね、うん、そうだよ、決まりだよ、と言っている。何かに似ているなあと思った。あ、そうだ、漫才師だ、手を叩きながらわーっと舞台に登場して勢いよくしゃべり続ける、それにそっくりだ。練りに練られたネタはすでに内容が決まっていて、お互いにセリフは何回も練習して身に付いて、自動的に口から出る。漫才師たお&かず。
 そんなことを思って見ていたら、つい笑ってしまった。
「何?笑った?今。」
たおちゃんがちょっと驚いたような顔で言った。
「え。いや、別に。」
「私達、何か変なこと言った?」
今度はかずみちゃんがちょっと怒ったように言った。二人とも、さっきまでの顔と全く違う。漫才は一時中断だなぁ、と心の中で思ったら、また可笑しくなってくすっと笑った。それを見てもっとムッとした顔になったたおちゃんが、
「何か、感じ悪っ。」
と言って、変な空気になってしまった。どうしようかな、と思っていた時、
「なっちゃん、一緒に放送委員になる?」
と、瑠奈ちゃんが聞いてきた。
 二人がえっ?、という顔をしたことは全く気にならない様子で、瑠奈ちゃんは続けて、
「私となっちゃんは一緒の委員会にしようって決めているんだ。ね?なっちゃん。」
と言って、わたしの顔を見た。
「いや、実は私は図書委員にしようかなと思って。瑠奈ちゃんは放送委員にしなよ。」
「え?図書委員なの?」
「うん。委員会は別に一緒じゃなくてもいいんじゃない?瑠奈ちゃんは放送委員が似合うよ。ねぇ?」
たお&かずに向かって言った。すると、そうだね、瑠奈ちゃんは放送委員がいいよ、一緒じゃなくてもいいよ、と妙に馴れ馴れしくわたしに言った。ところが、
「じゃあ、私も図書委員にする!」
瑠奈ちゃんは、これはナイスアイディアというように、目をきらきらさせて、ガッツポーズをした。そして、
「いいよね?なっちゃん。」
と言って、わたしの手を握ってきた。

瑠奈ちゃんはよくわたしの体を触る。腕を組んできたり、手を握ってきたり、背中をさすってきたりする。わたしは、自分から誰かのに体を触ることはほとんど無くて、自分がされるときはいつもされるがままにしている。
 でも、その時瑠奈ちゃんに握られた手にわたしの意識は集中した。ちょっと前に漫才師の掛け合いを見て笑っていた余裕が無くなっていくのがわかった。例えるなら、まるで、苔の生えた水槽に手を入れてうっすら付いた緑色のとろみが張り付いているような、早くをゴシゴシ洗いたいと焦っているような。瑠奈ちゃんには悪いけど、そんな気持ちが湧いてきた。自分でも驚いた。
 たお&かずが、またさっきのような掛け合いを始めて、瑠奈ちゃんは一緒にきゃあきゃあ言って笑いながら話していた。わたしが手をゴシゴシ洗いたいと思っているなんて、思いもしないだろう。そのとき、チャイムが鳴って、五時間目が始まった。

 結局、図書委員に手を上げたのは、わたしと瑠奈ちゃんと富山という男子が一人だったので、すんなりその三人に決まった。たお&かずは放送委員になっていた。担当の委員会が決まると、それぞれの委員会の話し合いがあるので、その教室へ移動する。図書委員は図書室だった。
三人で図書室に移動していると、富山君が言った。
「おい、瑠奈、お前さ、本読よむの?」
「えー、読むよ。失礼ね。」
「そうかー?俺、お前が本読んでるとこ見たことねえぞ。」
「読んでるよ!」
「じゃあ、今、何冊目?」
図書室の本はバーコードでスキャンしたときに、今年何冊借りたか画面に表示される。
「二冊だけど。」
「はっ。まじか!少ねえ!本読まないくせに図書委員になって、お前、うけるなー。」
「別にいいじゃん。そういう富山君は何冊なの?」
「俺は五冊!」
変わらないじゃない、俺は借りずに図書室で読んでいるんだ、私だって家にある本を読んでます、嘘つけー、何よ、ははは。二人は図書室に着くまでずっとその調子で話していた。わたしは、少しだけ後ろから二人の様子を見ながら歩いた。
「似た者同士。」
きっと、富山君は瑠奈ちゃんのことが好きだから図書委員になったんだな。
「お似合い。」
そう言った直後、二人が立ち止まって振り向いた。聞こえたかな?と思ったけど、瑠奈ちゃんは、なっちゃん早くーといつもの調子で言って、また歩き始めた。わたしは二人に追いつくように少し小走りになった。

図書室に着くと、図書の先生が、
「捺さん、図書委員になってくれたんだ。嬉しい。」
と笑顔で言った。
「あ、はい。私、図書委員になるって決めていました。よろしくお願いします。」
「頼もしいよ。楽しいイベント考えてね。一緒に盛り上げていこうね。」
「はい!」
横で、瑠奈ちゃんと富山君が、先生、俺は?私もですよー、先生嬉しくないんですかー、などと言って、先生は、はいはい、よかったです、頑張ってよーと笑いながら言って、席に座るように案内した。
 それから、もう一人の図書委員会担当の先生がやってきて、
「はーい、始めますから、皆、着席して!」
と言った。クラスごとに固まって座った。

「皆さん、図書委員会は学校のみんなが気持ちよく図書室を利用できるようにしていく仕事をしていきます。だから、ほんの貸し出しや整理などの当番は忘れずにきちんとやってください。また、読書週間では、楽しい催しを皆で計画して進めていきます。皆さん、頑張りましょう。」
先生の話を聞いているとウキウキしてきた。やっぱり図書委員になってよかった。
「では、まず、委員長、副委員長、書記になる人を決めます。」
と言いながら、先生は、黒板に、委員長一名、副委員長一名、書記に二名と書いた。
 それを見て、富山くんが、
「俺、委員長やろうかなー。」
と言うと、瑠奈ちゃんが、
「富山くんが?全然本読まないくせに。」
と言って、富山くんの腕をシャープペンでつついた。
「お前もだろ。読むとしても、漫画だけ!」
「確かにね!あ、私が委員長になって、もっと漫画の種類増やそうかな。」
「それいいね!もう普通の本を無くして、全部漫画にしてほしい!」
二人が言い合って、段々声が大きくなると、
「ほら!そこ静かにしなさい!」
と、先生がこっちを向いて注意した。先生はわたしも一緒に話していると思ったようで、
「全く、三組は期待できないなあ。」
と、呆れた顔をした。他のクラスの皆もこっちを向いた。
瑠奈ちゃんと富山くんが、違いますー、ちょっと話し合っていただけです、と少し顔を赤らめて言った。わたしは黙っていたけれど、自分も同じ仲間と思われたのが嫌で、先生が再び話を始めると、二人から少しだけ椅子を話して違う方向へ体を向けた。

「誰か、立候補する人いますかー?」
先生が大きな声で言って、皆を見回した。もぞもぞした。やったことないけど、やってみようかな。図書の先生のほうを見ると、目が合って笑いかけられたように感じて、もっともぞもぞした。
 すると、その時、
「先生、蓑田瑠奈さんがやりたいそうでーす!」
という、富山君の大声が急に耳に入ってきた。皆一斉にこっちを向いた。
「えー!ちょっと待って!富山君、何言うの?」
瑠奈ちゃんは真っ赤な顔をして、にやにやしている富山くんを叩くような動作をした。また始まった。ほんと仲がいい。でも先生は二人のことは放っておいて話を進めるだろう、と思っていたら、
「蓑田さん、立候補するんですか?」
と聞いた。すると、瑠奈ちゃんは、
「えー。どうしよう。あ、でも、もし、なっちゃんが副委員長をやってくれるなら、私、やってもいいかな・・・。」
と、小さな声で言った。
「え?」
驚いていると、瑠奈ちゃんはわたしの顔を覗き込んできた。
「なっちゃんが一緒なら、瑠奈、頑張れるかも。」
と言った。富山くんがさっと立ち上がり、叫んだ。
「決まりだー!」

いや、私は、と言おうとしたときには、富山くんが拍手を始めて、それを合図に皆も拍手した。瑠奈ちゃんの顔を見ると、もうわたしの方は向いていなくて、恥ずかしそうに、でも少し興奮した顔をしてみんなの方を見ていた。
「委員長が蓑田瑠奈さん、副委員長が高月捺さんでいいですか?二人立ってください。」
瑠奈ちゃんが立ち上がる横で、わたしは座ったまま図書の先生の顔を見た。図書の先生は右手でガッツポーズをして、頑張ってと声を出さずに口を動かした。それを見てわたしは小さく息を吐いてゆっくり立ち上がった。
「じゃあ、二人で決まりですね。」
と先生が言うと、拍手がさらに大きくなって、わたしと瑠奈ちゃんを包んだ。わたしは、包まれた空間で酸素が足りないような気分になった。高揚した顔の瑠奈ちゃんの横で、しかめ面のわたしが並んだ。

 その後、書記も決まり、週ごとの当番の仕事の説明や、春の図書室の飾りつけの材料が配られて各自作って持ってくるように言われた後、解散になった。
「なっちゃん、一緒に頑張ろうね。」
「あー、うん。」
「私、部活があるから先に帰るね!」
他のクラスの人から、瑠奈ちゃんさすがー、すごいねと言われて、そんなことないよーと笑いながら、瑠奈ちゃんは図書室を出て行った。

わたしも図書室を出ようとして出入口に向かおうとしたとき、本の展示コーナーが目に入った。図書室では、そのときの季節や行事に合わせて関係する本を集めて目立つように展示されている。わたしは、この展示コーナーに並ぶ本をいつも楽しみにしている。自分で本棚から探すときには目に入らないような本や、タイトルからは想像できない内容の本が紹介してあって、読んでみると面白くて、そこから興味が広がっていく。そして何より、図書の先生の本の選び方が好きだから。

飾られている本の中から一冊を手に取って、中をぱらぱらめくって読んでいると、
「よお、副委員長さん!」
と言いながら、富山君が横にやって来て、わたしが読んでいた本をさっと奪い取った。
「何?」
明らかに不快な顔をしていたからか、富山くんはちょっとなだめるような口調で、
「いや、立候補して偉いなあと思って。」
 と言った。
「立候補なんてしてませんけど。」
「あれ?お前、なんか怒ってる?」
怒ってるよ、見ればわかるでしょ、と思いながら、
「別に。」
と言って、ちょっと睨むと、
「いやあ、お前なら副委員長にぴったりだと思ってたよ。」
 と、富山君は言った。
「そういう富山くんこそなればよかったじゃない。」
「いや、俺はそういうの無理だから。平社員でいいのだ。」
「ふーん。まあ、そうかもね。」
「何だよ、その言い方。っつーか、ほんと、お前なら委員会まとめられるよ、まじで。」
「まとめるのは、委員長の瑠奈ちゃんでしょ。」
 そう言うと、富山君は少しの間黙って、
「俺、余計な事言っちゃったかなあ。」
「え?」
 私から奪い取った本を両手で挟んで、何度か小さく真上にポンポンと放り投げた。
「本当はお前が委員長になればよかったのにな。」
「どうして?瑠奈ちゃんで決まったんだから、それでいいじゃん。」
「ほんと?それでよかったのかよ。」
「いいよ。」
「ふーん。いいんだ。」

 図書室にはまだ何人も残っていて、まわりは騒がしかった。富山君の一言で委員長が早く決まったから、他の委員会が終わるのを待っている人もいるのだろう。でも、わたしはもう帰ろうかなと思って、じゃね、と言おうとしたとき、
「お前ってさー。」
富山君が、ぼそっと言った。
「やらないのに、いつも出来そうな顔してんなあ。」
その独り言のようにぼそっと呟いた言葉が、はっきりと耳に入ってきた。
「は?」
富山君は本を開いてじっと見ていた。富山君は小柄なほうだから、わたしからは少し見下ろすような位置になった。本を見ている富山君の目は伏し目がちになっていて、斜め上から見ると意外と睫毛が長いのに気付いた。
しばらくその長い睫毛を見ながら、今言われた言葉が頭の中で駆け巡っているのがわかた。
その時、急に富山君の睫毛がぱたぱたっと動いて、上を向いたかと思うと、
「出来ないけどやる瑠奈と、出来るけどやらないお前。なんかちょうどいいな。」
一旦ちらっとわたしの目を見て、それからまた視線を外した。
「どういう意味?」
「どういうって、そういう意味だよ。」
ちょっと、言うと、富山君は、じゃあ部活に行かなきゃ、と言って、持っていた本をわたしに乱暴に手渡し、そそくさと行ってしまった。
「借りない!」
と言って、わたしは手渡された本を展示コーナーに戻した。少し乱暴に立てかけたので、近くに貼ってあった本の紹介ポップが倒れたけれど、それには気づかなかった。

マイ スウィート ヌガー ( 5 / 12 )

マイ スウィート ヌガー ( 5 / 12 )

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-12-12

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