マイ スウィート ヌガー ( 2 / 12 )

1年くらいかけて初めて書いた小説です。全部で12まであります。

2.

 時々、ある匂いが強くするときがある。それは、例えば、お母さんが作るおかずの匂いとか、お父さんのビールと煙草の混じった匂いとか、雨が降った後の地面の匂いだとか、そういう種類の匂いじゃない。
 人や、動物、草花とかの生き物から出るような匂いとは違う。説明するのは難しいけど、わたしのまわりにある空気の中にいつもそれはあって、ある時にそれが際立って主張してくるような、そんな感じだ。
 くまが死んだ次の日の朝も、起きてすぐ、その匂いがした。大きく息を吸うと、その匂いはとても寒々しく入ってきて、わたしの体を冷たくした。特に、吸い込んだ空気が直接入っていく胸のところは、ずんと重くなって、痛い。だから、その空気を外に出したくて、わざと咳をしてみた。コンコンと何度か咳をしたけど、その匂いは胸にとどまって、体は冷えたままだった。だから、引き出しからもう一枚シャツを取り出して、それを上から重ねて着てから台所へ向かった。

 台所に入ると、お母さんが朝食の準備をしていた。
「昨日はよく眠れたの?」
と、聞かれたので、咳をしたのが聞こえたのかなと思って、右手で胸を押さえると、
「もう七時半よ。間に合う?少し急いだほうがいいわよ。」
 と、言われた。
「うん。そうだね。」
わたしは右手で胸を押さえたまま答えて、椅子に座りパンをかじった。ぱろろろ、ぱろんと、洗面所から洗濯機が終わったメロディが聞こえて、お母さんはぱたぱたと洗面所に行った。お湯を沸かしているやかんから蒸気が噴き出してシューっと音がした。
 朝食と支度を済ませて、玄関を出る時に庭の方を見ると、いつもよりの庭が広く見えた。昨日、くまが倒れていた場所はあの辺りだったな。そこだけ地面の色が違って見えた。くまの体の温かさが地面に染み込んでいったのだろうと思った。
 胸にぽっかり空いた穴はまだそのままの大きさで体の奥にぼんやりあった。もし、わたしが小さくなって自分の体に入ったら、その穴から中を覗くとあっという間に吸い込まれてしまうだろう。そして暗くて深くて渦を巻いているようなところに落ちていくんだ。
これまでに感じたことのない、大切な何かを失った感じ。これをどうしたらいいのかまだわからない。

 庭を出て、うらぐちさんの家の方を見た。うちの玄関の横にブロック塀が長く走っている。そのブロック塀に沿って、人と自転車がやっと通るくらいの幅の小道があって、そこに二軒家が並んでいる。奥にあるほうがうらぐちさんの家だ。
 一度家の敷地を出た後、その小道を見た。一軒目の家がある所までは小道がよく掃除されている。奥に進んでうらぐちさんの家の敷地になると、色んな高さの雑草がたくさん生えていた。人の出入りも少ないのか、人が歩いて踏まれた跡がつくこともなく、雑草や小さな花がよく茂っていた。
 昼間は出て来ないってお母さんが言っていたな、と思いながら、うらぐちさんの家の窓を見た。その時は朝の八時だったけれど、人が起きている気配はなかった。ふとテラスを見ると、ほんの何枚かだけ洗濯物が干してあるのが見えた。白いタオルなどに混ざってスカーフのような少し薄めの生地のものが干してあった。その色は鮮やかな赤色で、うらぐちさんの口紅の赤色を思い出した。同じ鮮やかな赤色だった。その赤色を見ていたら、少し体が温かくなったように感じて、重ねて着ていたシャツを脱いで腰にきゅっと巻いて、小道を戻って学校へ向かった。

 学校に着いて六年三組の教室に入ると、瑠奈ちゃんがすぐに駆け寄ってきた。プール教室に一緒に行った佳代子ちゃんは家が近くて小さい時からよく遊んだけど、違うクラスだ。他にも仲が良かった友達も何人かいたけど、六年になるときに驚くほど皆違うクラスになってしまった。瑠奈ちゃんとは二年生のときに同じクラスだったけど、そのときはあまり遊ばなかったと思う。同じクラスだったことも覚えていないくらいだから。
「おはよう。なっちゃん。」
 おはよう、と返事をして瑠奈ちゃんの頭を見た。瑠奈ちゃんは髪が長い。この長い髪をいつも綺麗にまとめている。ポニーテールだったり、二つに分けて三つ編みにしたり、前髪を斜めに編み込みしたりして、結ぶゴムやリボンも色んな種類を日替わりで付けている。
 今日は、前髪を一ひねりして頭の上でピンで留めた後、後ろ髪と一緒に束ねていた。ピンはてんとう虫の飾りが付いていた。
「瑠奈ちゃん、ピン、可愛い。てんとう虫なんだ。」
「そう?瑠奈は虫だからいやだって言ったんだけど、お母さんがこれがいいって付けたんだ。」
瑠奈ちゃんは少し口をとがらせて言った。

 瑠奈ちゃんの髪はいつも瑠奈ちゃんのお母さんが結んでいる。高学年になるにつれて、運動部の子を中心に髪を短くする女の子が増えた。瑠奈ちゃんもバスケット部だけど、お母さんが長い方がいいと言うから切れないんだといつも不満そうだった。
 わたしの髪は、肩につくくらいの長さで、前髪は伸びて目に入って邪魔になると鏡を見ながら自分で切る。前髪を一つに束ねて平たくして、ハサミで横にまっすぐに切ると、自然と両端になるにつれて長くなるので額の形にそって丸くなるからちょうどいい。
 「瑠奈もなっちゃんみたいな髪型にしたいよぉ。」
と、瑠奈ちゃんはいつも言っている。わたしは思う。じゃあ、切ればいいじゃん。でも、多分切ることはないだろうけど。
昨日は、三つ編みをして緑と白のしましまのゴムで結んでいたな。瑠奈ちゃんの髪型の細かい部分まで覚えている。記憶に残したいとは思っていないのに、どうしても記憶に残ってしまう感じだ。覚えたくなんかないのに。

「あのさ、瑠奈ちゃん。」
「ん?」
「うちで飼っていた犬が昨日死んじゃったんだ。」
「え?そうなの?可哀そう!」
瑠奈ちゃんは、一瞬にして表情を変えて言った。
「うん。」
「どうして死んじゃったの?」
「病気だったみたい。気がつかなかったんだけど。」
すると、瑠奈ちゃんは、また別の表情になった。目を大きくして両手で口の前を覆って、それでもよく通るくらいの大きな声で言った。
「うそー!気づかなかったのー?うちのダンはこの前すごくきつそうにしてて、ごはんも食べなくなっちゃったから、お母さんがすぐに病院に連れて行ったよー。」
「そしたら治ったの?」
「うん、注射して、食べ物を柔らかいのに変えて、毛布で温かくしてやったら元に戻ったよー。」
「そうなんだ。よかったね。」
 本当は、犬が死ぬ場所を探すという話をしようと思っていた。だけど、もうその話をする気はなくなってしまった。
「お墓作ってあげたの?なっちゃん。」
「あ、うん。もちろん。」
「そうだよね!可哀そうだもんね。今度なっちゃんの家に行ったときに私もお墓にお参りさせてね。お花持っていくね。」
「そうだね。ありがとう。」
「絶対だよ!約束ね。」
「うん。わかった。」
 その時ちょうどチャイムがなり、先生が教室に入ってきたので、席に着いた。

先生は、一時間目の理科と六時間目の国語が入れ替わる話をした後、国語の授業を始めた。わたしは、周りの人より少し遅れて国語の教科書を机の引き出しから取り出して机の上に置いた。
先生の話を聞きながら、隣の列の三つ前の席に座っている瑠奈ちゃんの後ろ姿を見た。
 瑠奈ちゃんの綺麗に結んである長い髪。ブラシで何度もといてほつれのない髪。天とう虫のピンに緑色のゴム。順番に目で追って、頭の中で繰り返す。瑠奈ちゃんの今日の髪型がまたわたしの記憶に溜まっていく。

六時間目の授業が終わると急いで家に帰った。早く家に帰ってくまのお墓にお参りをしたかった。土の下に眠っているくまに話しかけたかった。
走りながら帰ったので、家に着いたときに息が荒くなっていた。庭に入り、奥へと進む。庭の奥にある金木犀の木の下にくまは眠っている。しばらく立ったまま、そこを見下ろして、息が収まるのを待った。少し収まったところで、ふーっと深呼吸をした後、しゃがんで手を合わせて目を閉じた。
ただいま、今日もとても暑かったね、元気ですか?死んでいるのに元気ですかと言うのもおかしいかな。今日の給食は八宝菜で嫌いなうずらの卵が二個も入っていて困った。あと、理科の実験で隣の男子が液体をこぼしてものすごく怒られたよ。
少し空気が入ったように盛り上がっている土の山に、こっちを向いているくまの顔がぼあんと現れた。しっぽを激しく振るのに合わせて顔を小刻みに揺らしながら、わたしを見つめる目。そこに居るね。聞いてくれているね。

あのね、瑠奈ちゃんの家の犬は病院に診てもらって消化の良いものを食べて温かくしたら治ったんだって。わたしもそうすればよかったのかな?お父さんに病院に連れて行ってもらって、お母さんにやわらかく煮た野菜とごはんを作ってもらって、わたしが昔使っていた毛布を貸してやればよかったのかな。
「ごめんね。」
くまが埋まっている土に手を当てて目を閉じた。涙がぽたりと落ちた。続けて何回か涙が土の上に落ちて、そこだけが一瞬濃い茶色になって、すぐ土に吸い取られて馴染んでいった。
泣いていたら鼻水が出てきたので、ポケットからティッシュを出して勢いよくかんだら、耳がつーんとして、何度か鼻から息を出したり吸ったりして首を振っていると、ふと、金木犀の香りが鼻に入ってきた。甘酸っぱい香り。それを嗅いでいたら、お墓に花を飾ろうと思いついた。
辺りを見回して、ちょうどいい花が無いなと思っていたら、ふと、今日の朝見たうらぐちさんの家の小道にたくさん咲いていた小さな花を思い出した。そうだ、あの花にしよう。庭を出て、小道に入った。

生い茂っている雑草に紛れて、黄色や紫の花が咲いていた。しゃがんでそれを何本か摘んで自分の手の中で束ねてみる。小さくて可愛い、くまにぴったりだ。もっと摘もうと思って立ち上がったとき、ガタンと音がした。音の方を見ると、うらぐちさんがテラスの窓を開けているところだった。
「あっ。」
思わず声が出た。その声が聞こえて、うらぐちさんがこっちを見た。
「あれぇ、じょうちゃん。」
うらぐちさんは、笑って大きく手を振っている。そして、テラスに置いてあったスリッパを履いて外に出て来た。
スリッパはうらぐちさんの足のサイズよりかなり小さいようで、それを履いて歩いてくるうらぐちさんは、まるでつま先立ちして歩いているように見えた。うらぐちさんは、襟と裾のまわりだけ黒い線の入った白いワンピースを着ていた。わたしの方に向かって歩くたびに、ワンピースの袖と裾がふわふわと揺れて、大きなもんしろちょうみたいだ。しばらくぼーっと見とれていたから、うらぐちさんが目の前に来て、
「何やってるの?」
と言ったとき、あまりに近くまで来ていたのでびっくりした。

「あの、花を少しもらおうかと。」
「ああ、花ね。それ、きれいでしょ。私が育てたんだよ。」
と、うらぐちさんはわざと得意げな顔をして言って、自分の胸をぽんぽんと手でたたいた。育てているというか、勝手に生えているだけじゃないのかな。でも勝手に小道に入っていたので、それも言いにくい。だから、
「あ、はい。」
と、答えた。
「うちのくまのお墓に飾ろうと思って。」、
「くま?」
うらぐちさんは不思議そうに眼を丸くした。
「あ、くまっていう名前だったから。うちの犬。」
「犬なのに、くま!わはは!面白いね!」
うらぐちさんは大きな口をあけて笑いながら、わたしの腕をなでた。急に腕を触られてわたしが驚いていることは全く気に留めていない様子で、
「たくさんお取りよ。たくさん飾ってやったら、くまちゃんも喜ぶだろうよ。ほら、あっちのほうにもたくさん咲いているだろ。」
と言って、奥の方にどんどん歩いて行った。そして、何本かの花を勢いよくむしって渡してくれた。わたしも一緒に並んで花を取った。あっという間に、二人で摘んだ花は両手いっぱいになった。
「これでいいです。ありがとうございました。」
頭を下げて家に戻ろうとすると、
「あ、ちょっと待って。花瓶はある?」
うちにあると思います、と言おうとしたら、
「おいで、じょうちゃん。私がちょうどいい瓶をあげるから。」
と言って、右手でおいでおいでをしながら、うらぐちさんの家のほうに小走りで走り始めた。
「え、あのう。」 
どうしようかと迷っているうちに、うらぐちさんはあっという間にテラスに到着して家の中に入っていくところだった。
「あー、もう。」
そのまま帰るわけにもいかないから、うらぐちさんの家に向かって走った。両手いっぱいに花を抱えたまま、こぼれないように気をつけて走った。

 テラスに着くと、家の奥から、
「じょうちゃん、ちょっと、うちにあがんなさいよ。」
と、叫ぶ声が聞こえた。ここまで来たから、もう断る気にもなれなくて靴を脱ごうとした。両手で花を持っていて上手く靴が脱げなくてもたもたしていると、それに気づいたうらぐちさんが急いでやってきて、笑いながら、
「たくさん取ったね。ほら、貸してごらん。」
と言って、花を受け取ってくれた。
 それから、台所に向かい、テーブルの上に置いてあった瓶に花を差した。瓶には、「ロッシー」と書いてあるのが見えた。甘くて白くて美味しいジュースだ。前に友達の家で飲んだことがある。
「ああ、やっぱりぴったりだ。ちょうどいい。」
うらぐちさんは、小さく手をたたいて、嬉しそうに笑って、うんうんと頷いた。わたしもテーブルのところまで行って、ロッシーの瓶に差してある花を見た。本当にぴったりだった。雑草にまぎれて咲いていた花がちょっと豪華なブーケになった。

ちょうどうらぐちさんと向き合う格好になっていて、うらぐちさんは両手を口の前で合わせて、にこにこしながら花を見つめていた。なんだか可愛い。うらぐちさんの真似をしてみたくなって、同じように両手を口の前に持ってきて笑ってみたけど、うらぐちさんのような笑顔になれていない気がして、無理矢理口角を上げてみた。でも、何か違うな。口を少し開けたり、歯を見せたりしていると、急にうらぐちさんがパンッと手をたたいて、
「あ!そうだ!」
と叫んだ。びっくりして、慌てて手を下ろしてうらぐちさんを見た。すると、うらぐちさんは、さっき花を見ていたときと同じ笑顔でわたしを見て、
「じょうちゃん、美味しいものあるよ。甘いもの好きかい?」
と、言った。
「あ、はい。好きです。」
わたしが言い終える前に、テーブルの横にある食器棚に行き、つま先立ちになった。そして、うーん、と言いながら、もうこれ以上は伸ばせないというほどに腕を伸ばして、棚の上に置いてあるものをやっとで取って、また戻ってきてテーブルの上に置いた。

 それは、丸い形の缶だった。ちょうど、わたしが何日か前に食べた誕生日ケーキと同じくらいの大きさだった。そのふたには、赤い帽子をかぶった女の子の横顔の絵が描いてあった。女の子の周りには、青や黄色の花や、小鳥や蝶の絵がちりばめられていた。そして、女の子の胸あたりに何かアルファベットで書いてあったけど、わたしはそれが何て書いてあるのか読めなかった。
「これね、ヌガーっていうんだよ。」
うらぐちさんはそう言って、ふたを開けた。中には、薄い赤や青、黄色の透明のセロファンに包まれた3センチくらいの細長いものがたくさん入っていた。
「外国のお菓子。ヌガーっていうの。知ってる?」
うらぐちさんは、その中から赤色のセロファンの一粒を手に取ってわたしに差し出した。

 ヌガー。初めて聞いた。きれい。
わたしが動かないでいると、うらぐちさんは、わたしの手をとって掌の上に載せた。それから、自分も缶の中から別の一粒を取って、さっさとセロファンを開けてヌガーを口に入れた。
 わたしは、掌の中にあるヌガーをしばらくながめた。赤いセロファンが光っていて、昔持っていたアクセサリーセットのブローチみたいだった。うらぐちさんの顔を見ると、うらぐちさんは、口をもぐもぐしながらにこにこ笑っていた。
赤いセロファンの両端をつまんで、ゆっくりひっぱる。ヌガーはセロファンの中でゆっくりまわって、両端のねじれが取れたセロファンの隙間から少し飛び出した。
 ヌガーは白色だった。白色の中に黄色と茶色のつぶつぶしたものが混ざっていた。
「美味しいよ。食べてごらんよ。」
うらぐちさんにそう言われて、わたしはヌガーを指で挟み、口に入れた。

 ヌガーはとても甘くてミルクのような味がした。
「甘い。」
「そうだろ?甘くて美味しいだろ。」
それから舌で包んで舐めると、少しつぶつぶがざらっとして、パイナップルの味がした。うらぐちさんを見ると、口をもぐもぐ動かして噛んでいたので、わたしもヌガーを噛んでみた。最初は少し固かったけど、しばらくすると少しずつ柔らかくなっていった。キャラメルよりも、もうちょっとねばねばする感じ。何回か噛んでいると、ナッツの味がした。つぶつぶはパイナップルとナッツだった。
口をもぐもぐしながら、同じく口をもぐもぐしているうらぐちさんと目を合わせて、しばらくヌガーを味わった。
「美味しいです。」
口の中のヌガーが少し小さくなってからそう言った。
「もう一個食べていいよ。」
 うらぐちさんの口は、もう空っぽになっていたようで、わたしにもう一粒手渡した後、自分ももう一粒さっさと口に入れて、すぐにもぐもぐし始めた。もう噛むの?早すぎる。可笑しくなって笑った。それを見たうらぐちさんはまたにこにこ笑った。

 その時、外から、キーッ、バタンという音が聞こえた。家の玄関が開く音だ。お母さんが帰ってきた。わたしはもらったヌガーをポケットに入れて、
「あの、ありがとうございました。」
と言って、おじぎをした。そして、急いでテラスから出て靴を履き外へ出た。
後ろから、
「またおいでよ。じょうちゃん。」
という声が聞こえたので、振り返ると、うらぐちさんがテラスの窓に立って手を振っていた。わたしは、小さくおじぎをした。うらぐちさんの横で、テラスに干してある赤いスカーフにみたいなものが風で揺れた。やっぱり、スカーフの赤とうらぐちさんの口紅の色は同じ色だった。
 うらぐちさんの庭から小道に出て、あまり音を立てずに小走りに家の敷地に戻り、玄関に入った。ただいま、と言うと、台所から、おかえり、今日は少し遅かったのねというお母さんの声がした。学校に残って遊んでいたから、と言ってそのまま階段を上がり、二階の自分の部屋に入ってドアを閉めた。
それから、ベットに仰向けに寝そべって、ポケットからヌガーを出して、眺めた。きらきらしてきれい。
しばらくそうしていたら、あ、摘んだ花をうらぐちさんの家に忘れてきた、と思い出した。可笑しくなって、くくくと笑った。
そして、ヌガーを口に入れた。甘い味がゆっくり口に広がって体の力がぬけた。はぁー、これが外国の味なのかぁ、と思った。

マイ スウィート ヌガー ( 2 / 12 )

マイ スウィート ヌガー ( 2 / 12 )

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-12-07

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