斎藤マリー ストーリー

なおち

  1. 1918年3月3日 ソ連はドイツの奴隷として産声を上げた
  2. 第2回   ここで 『あらすじ』
  3. 第3回   「次も失敗したら太盛君は尋問室行き決定だから」
  4.  ~三人称視点~
  5. 第5回   「私は囚人ですから、絵を飾る部屋などありませんでした」
  6. 第6回   「マルクス・レーニン主義は聞こえが良いものさ」
  7. 第7回   「おいハゲ その人困ってるじゃん セクハラはやめろよ」
  8. 第8回   「毎日こんなに美味しいものが食べられるなんて幸せ」
  9. 第9回   「僕が夜勤ですか?」
  10. ニートにとって一番の大敵は退屈なのである。
  11. 12/26 冬休み初日
  12. 12/26 時刻は21時。強制収容所7号室。女子の第一バラックにて。
  13. ※ 閑話休題 ソ連軍について熱く語る!!
  14. 「ああ、神よ。俺は今も昔も変わらず神の僕。敬虔なクリスチャンです」
  15. 脱走- 

またしても「学園生活」のサイドストーリー!!

1918年3月3日 ソ連はドイツの奴隷として産声を上げた

1918年3月3日

時は第一次世界大戦。
列強各国が膨大な数の犠牲者を出している最中、

ドイツとの間に休戦条約である『ブレスト=リトフスク条約』が結ばれた。

戦争中に生まれたばかりのソビエト社会主義連邦共和国は、
国内での革命を遂行するために、まずドイツとの戦争を終わらせることにした。

この条約により、ソ連はロシア帝国時代から所有していた
総人口の1/4、領土の1/4、工業生産、資源地帯の3/1を失った。
これに加えて多額の賠償金の支払いを命じられた。

世界で最も訓練され組織化されたドイツ軍の強さに
連合国軍は終始圧倒された。連合国筆頭の仏英軍でさえ
勝てない相手に、後進国ロシアが勝てる理由は初めからなかった。

レーニンは言った
「我が国の工業生産力はフランス、ドイツに比べ50年遅れている」
ドイツと戦争を開始し、その数か月後には武器、
弾薬の生産が追い付かなくなった。 
戦争を遂行するための工業基盤があまりにも脆弱だったのだ。

『勝てない相手に戦争を挑んだから負けた。当然の結果だ』
同盟国のフランスがドイツとの戦争に突入したから、
ロシアには参戦の義務があったと政府は言い訳した。

ブレスト=リトフスク条約の結果、
ドイツが最終的に連合国に敗戦するまでの8か月間は、
ソビエトはドイツの奴隷に等しい状況となった。

政治思想の右と左を問わず、老若男女問わず、
あらゆる勢力がレーニン率いる共産党左派を罵倒した。

「レーニンの大バカ野郎!! 奴の正体はドイツのスパイだ!」
「私たちの前ではいばってるくせに、ドイツには逆らえないんだ!!
 ボリシェビキはドイツの言いなりなのね!!」
「私たちは孫の前までドイツの奴隷じゃないか!!」

ロシアは列強の中でいち早く第一次世界大戦から
脱出することに成功し、国内の革命に専念することができた。

その後、ロシア革命に対し列強各国が干渉し、派兵をした。
同じ時期に国内で反対勢力による内乱が発生。
ユデニッチ、ウランゲリ、デニーキンら反革命軍である。

外にも中にも敵がいる。
血の鉄の混沌の中でボリシェビキは最後まで革命を守り切った。

西の国境では強力なポーランド軍が睨みをきかせている。
レニングラードの先にはフィンランド、スウェーデン
黒海にはトルコ艦隊が
南ロシアの先の中東にはイギリスの戦車部隊、
極東のシベリアの先に満州があり、日本陸軍の主力部隊がいる。

ソ連は常に周囲を敵に囲まれていた。
『干渉戦争』の際は列強各国の侵攻を許し、
まさに国家の破滅に等しい状況にまで陥った。
日本もシベリア出兵をしていたのは有名な話である。

『我々は常に敵に包囲されている』

ソ連人が伝統的に持つ危機意識である。

レーニンからスターリンへと指導者が移行した後も、
ソ連は工業化を推進した。
そして偉大なるロシア革命の成果を守り続けた。

『二度と国土を敵国に蹂躙されないために』

ソ連は軍事力を強化し続けた。
第二次大戦が始まる頃には
工業生産力でドイツを凌駕するほどになる。

保有戦車は4倍以上。動員可能兵力数でも圧倒。
穀物生産など資源保有量も非にならない。

それでもソビエト軍の最高頭脳たちは
ドイツの恐ろしさを痛いほど理解していたから、
ドイツに勝てるなど夢にも思ってなかった。

1945年5月9日 対独戦勝記念日

ヒトラーのドイツ第三帝国。
強大なファシズム国家を撃破するのに
ソ連は2700万人の犠牲を払った。

ドイツの軍事力撃破にソ連が最大の貢献をしたとして、
当時の世界の覇者、米英に認められた。

それは30数年に及ぶロシア革命の成果が、
ついにソビエトを超大国へと推し進めたことを意味していた。

第2回   ここで 『あらすじ』

第2回   ここで 『あらすじ』

などと第一話で書いたわけだが、本編とは特に関係ない。
筆者には歴史ものを書くだけの知識も技量もないのである。
なんとなくソ連の歴史を書いてみたかっただけだ。

あらすじでも書いたが、この作品は
またしても『学園生活のスピンオフ』である。

物語の主人公はたったの一人。
『斉藤マリエ』である

私は学園生活改を読み直した時に、強制収容所7号室の
描写が足りないと思った。何が足りないのか?

収容所生活の悲惨さである。

当たり前だが恋愛物語なので恋愛が主体であった。
ミウとの三角関係ばかりが強調され、
七号室での生活感が十分に描けなかった。

(この作品はカテゴリーを恋愛にしてしまったわけだが、
 ファンタジーにするべきだっただろうか……)

そもそも斉藤マリエとは何だったのか。

ミウは、斎藤マリエがマリンの生まれ変わりだと言った。
事実、物語の終盤で何度も姿を変えて太盛達の前に現れた。
時にはマリン。別の時にはマリエとして。

実は筆者も彼女のことはよく分かってない。
なんとなく書いていたらそうなってしまったのだ。

サイドストーリーを書くにあたり、時系列を選ぶ必要がある。

五人の男女の物語より
『第6回 斎藤マリエ 強制収容所七号室の囚人』が妥当であろう。

女子野球の授業は、太盛とミウの茶番によって中断されたが、
順調に推移したことにして物語を始めてみよう。

第3回   「次も失敗したら太盛君は尋問室行き決定だから」

第3回   「次も失敗したら太盛君は尋問室行き決定だから」

サイトウ・マリエの視点

「今日はミウ様のご学友も観戦しておられる。
 手を抜くことなくスポーツに励むように!!」

言われなくても分かってるよ。
真面目にやらないと警棒で殴られるんだから。
副会長達がいてもいなくても同じだよ。

それと女のロシア人の声は
どうしてこんなにヒステリーっぽいの。

『四番。ライト。斎藤マリエ』

私の名前がコールされた。
嫌々ながらも打席に立たないといけない。
ぶっちゃけ私は囚人になるまでバッドなんて握ったこともない。
野球経験はゼロ。それは相手チームのピッチャーも同じこと。

私たちは収容されているバラックごとにチームを組まされている。
私は第二バラックのチーム。相手チームは第一バラック。
生徒会は棟のことをバラックと呼ぶの。

私の打席は内野ゴロで終わった。
一二塁に走者を出していたのに、期待外れの結果となった。
その回は一得点もあげられずに終了した。

ベンチにいるミウが鼻で笑った。
殺してやりたいくらいムカつく。
太盛先輩は残念そうに目を伏せていた。

「ほらほら。どっちも頑張って戦いなさい。
 今日は私の太盛君も一緒に見てるんだから。
ぶざまに負けた方に罰を与えるからね」

ミウの言葉に囚人全員が顔色を失った。
私は何としても勝ちたいと思ったけど、緊張すると
余計にミスを連発してしまう。

第一バラックの人の方が運動神経の良い人が
集まっていたのもあり、結果は4-2で私達の負け。

「さーて。負けた方はこっちに集まってね。
 買った方のチームはさっさと収容所に帰りなさい」

Aチームは早足で去って行った。
残された私達は震えながらミウの前に整列させられた。

「みんな、よく聞きなさい。
 あなた達がどうして勝てなかったのかを教えてあげる」

くだらない説教でもする気なのか。
私は屈辱と寒さで震えていた。もうすぐ秋も終わる。
試合終わりで汗かいているのにジャージ姿じゃ寒すぎる。
ミウや生徒会のクズはコートを着ているのに。

「それは、何が何でも勝とうとする意志だよ。
 例えばそこのあなた、レフト前ヒットを打たれた時に
 必死でホームへ投げ返さなかったでしょう。
 結果、失点しただけでなく
バッターに二塁まで行かれてしまった」

確かにその通りかもしれないけど、八回で失点したんだから
やる気がなくなるのも無理ないでしょ。
私達は野球部じゃないんだから、そこまで求めないでよ。

「経験が浅いとか、状況が悪いとか、勝てる見込みがないとか、
 そういったことは一切関係ない。何が何でも勝とうとする
 強靭な意志。意志の力が勝利へと導くのよ。
これが資本主義者に一番不足しているものじゃないの?」

意志の力? どこかで聞いたことのある言葉だ。
それはソ連よりむしろ…

「アドルフ・ヒトラー?」

私の隣にいる背の高い囚人がそう言った。

「おい」

ミウはその囚人の頬を叩いた。

「誰が途中で発言するのを許したの?」

「すみま…」

「私はジューコフ将軍やチュイコフ将軍がナチに勝った時の
 教訓として残した言葉を、あなた達に教えてあげようと思ったんだよ」

もう一度頬を叩いた。囚人は涙を流して脅えていた。

「それによりにもよってアドルフ・ヒトラー?
 ナチの親玉の名前じゃない。ボリシェビキの前で
 ナチの話をするのは禁句だよ。単語を出すだけでも
 スパイ扱いされるのが分からないのかな?」

ミウはその子の頭を押さえて、地面へこすりつけた。
ちょうどその子がミウに土下座している状態になった。

「すみません……すみません……」

「口先だけの謝罪なんて無意味。聞きたくもない」

ミウはその女子の顔と髪の毛が泥だらけになるまで
地面へこすりつけると、執行部員に命じて連行させた。
行き先は高い確率で尋問室だろう。つまり拷問される。

「この中で」

ミウが後ろで手を組みながら、私達の周りを歩き出した。

「私が真に言いたかったことが分かる人がいるかな?
 ナチのブタ野郎どもにどうやって偉大なるソビエト連邦が
 勝利したか、そのために必要だった意志とは何だったのか。
 知っている人がいたら発言をしなさい」

何人かがつばを飲んでいるのが分かる。
そんな古臭くてマニアックな知識を
知っている女子がいるわけがない。

なにがソビエトだ。バカらしい。

確かに囚人は収容所生活でソ連の歴史を学ばされているけど、
将軍語録なんて口頭で言えるわけがない。

そう。しっかりと勉強している私以外はね。

「発言してもよろしいでしょうか。副会長閣下」

「いいよ」

「ジューコフ将軍はこう言いました。工場労働者、農民、
戦地で戦う兵隊に至るまで全てのソビエト人民の
勝利への意志が、国力を倍増させ、ナチを倒すことができた。

ファシズムの脅威から欧州文明を守ったのです。同時に
同士レーニンの偉大なる革命を防衛することに成功しました。
共産主義を掲げるソビエト、そしてカール・マルクスの思想は
イエス・キリスト以来地球に君臨したメシアなのであります」

ミウはうれしいのか、悔しいのかよく分からない顔をした。
奴が私のことを嫌っているのは知っている。私が夏休みの間に
太盛先輩と仲良くしていたから泥棒猫だと思ってるんでしょ。
確かに間違ってはいないけどさ。

「囚人番号202の言ったことを他の者も覚えておきなさい。
 今日はこれで解散。夕食の時間まで自主学習をすること」

まだ15時過ぎなのに、もう自由時間とは。
(自主学習とは、囚人に与えられる貴重な自由時間のこと)
しかも恐るべき事実が明らかになった。
なんと奴も今日の夕食に参加するという。

副会長が7号室の囚人とご飯を食べる?

これはあとで分かったことだけど、太盛先輩が
私のことを心配して収容所の様子を見たかったのだという。
太盛先輩が視察に行くなら、どうせなら夕食会でも
しようという流れになったそうなの。

ミウがよくその条件を飲んだものね。太盛先輩を力で
ねじ伏せることも出来たと思うのに。惚れた弱みなのか。

炊事当番は17時前には厨房に入ってないといけない。
これも交代制で、今月は第二バラックの番だった。
各バラックで二つの班ごとに番が回ってくる。

今日は第三班と第四班の計11名で調理する。
私は第三班。第四班は先日脱走者が出たので定員割れしている。
そのため本来は12名のところが11名。(各班6名編成)

調理といっても豪華な食事を作るわけじゃない。

たとえば朝と昼のメニューは、ご飯とみそ汁と漬物だけ。
江戸時代の食事かと思ってしまう。
夜だけはおかずが付く。野菜炒めとか、魚の煮物とかね。
お肉はめったに出ない。毎週金曜日だけはカレーの日。

ご飯は業務用の炊飯器で炊くのだ。
ありがたいことに生徒会は備品にはお金を掛けてくれたから、
この炊飯器一つでマックス3升(30号)炊ける。

米は自分たちでとぐのだ。
囚人100名分の食事を作るから無駄に時間がかかる。
この時期に水仕事が多くなると手のあかぎれが怖い。
炊事係が交代制で助かった。

みそ汁も大鍋でまとめて作るから、
野菜を切り続けるのが手間の単純作業に過ぎない。
具は少なめに支給されるから、人数の割にそんなに量は必要ない。

ちなみに看守など生徒会側の人の食事は
彼らが勝手に作るみたいだから私たちの仕事じゃない。
囚人に毒を盛られるのを警戒しているのかな?

私達が手際よく作業を始めようとすると、

「いい。おまえ達は手を止めろ。今日は特別な日だからな」

生徒会の女だ。日本語になまりがないからこいつは日本人か。
今日は木曜日だから特に豪華なおかずはないはずだけど……

「恐れ多くも副会長閣下とご学友が食事をされるので、
特別に生徒会から炊事係がやってくる。
全員分の食事はこちらで用意する」

なんかよく分からないけど、私たちがサボれるならラッキー。

校庭にジープみたいな車が2台やってきた。
どんな高級食材を出すのかと思ったら、なんとお酒だった。

高校生なのにお酒? 高そうなワインやウイスキーが
どんどん厨房へ運ばれてくる。鶏肉、レタス、トマト、
高級チーズ、生ハム、ヨーグルト。

おつまみになりそうなものばっかりだ。
ミウは収容所で酒盛りをするつもりのなのか。
高校生なのにいつお酒を覚えたの。
ああ、なるほど。お酒ばっかり飲んでいるから
共産主義に毒されたのか。

「何ぼーっとしテルの? テーブルクロスを運びなサい」

私はロシア人の女(執行部員)に急かされて
ミウ用に用意されたテーブルにクロスを敷いた。
真っ白なテーブルクロスはいかにも清潔そう。
ミウのイメージとは真反対過ぎて少し笑える。

空のワイングラス、お皿、フォークを並べる。
この並べる作業が無駄にめんどくさいし、ムカつくんだよ。
皿くらい自分で用意しろよクソミウ。

「よしよし。ちゃんと準備は進んでいるね」

ミウが威風堂々と入ってきた。全員が作業を中断して敬礼した。

ミウの隣には当然のように太盛先輩がいて、
居心地が悪そうな顔をしていた。

まあ先輩の性格ならそうだろうね。
先輩は学園の支配者のご学友ポジションで
偉ぶる趣味はないだろうから。

太盛さんはしなくてもいいのに、
私たち囚人とすれ違う時に
会釈で軽く頭を下げてくる。
囚人たちは恐縮して腰を折って礼を返した。

執行部員達も太盛先輩が通ると緊張していた。
あいつらの硬くなった表情を見ると少し笑えてくる。

ミウは着席し、反対側の席に太盛先輩を座らせた。
4人掛けの四角いテーブルだから少し余裕がある。

私達はすぐに支度を済ませた。
今夜の食事は珍しく洋食となった。

ここで洋食を食べるのは初めてだ。
食パン二枚とイチゴのジャム、コーンスープ。
レタスとトマトのサラダ。シンプル過ぎるし、
全然栄養が取れないけど、いつものご飯とみそ汁よりは新鮮だ。

ミウは意地悪なのか、サラダにかけるドレッシングを
用意してくれなかった。地味にムカつくな。死ね。
(まさか英国人はドレッシングをかけないの?)

大食堂に七号室の囚人(ここは女子だけの収容所)
総勢約100名が勢ぞろいした。班ごとに
座るから、隣を見ても前を見ても
いつもと変わらない顔ぶれだ。

唯一違うのは、太盛先輩とミウが
かなり目立つ位置で座っていること。
彼らのテーブルにはお酒とつまみばかりが目立つ。

「マントノン。セ・タン。ボナ・ペティ」
(時間だから、いただきましょう)

ミウが気取ってフランス語で音頭を取る。
けっ。どうせ英語なまりの下品な仏語なんでしょうが。
(実際にイングランドなまりの仏語は芸術的なほど
 音程がずれまくっている)

私達はもそもそと食事を始めた。副会長がいる緊張感で
パンの味など分からない。一応果汁100パーのぶどう
ジュースが出されているけど、ワインの代わりのつもりなのかな?

ジュースを飲むなんて何か月ぶりだろう。
コップに注がれたぶどうジュースは
いかにも美味しそうに見える。
私はコップを手に取り、一口飲んだ。

……あれ?

頭がふらふらした。まさかこれ……お酒?
他のみんなは普通に飲んでいるのに。

私のだけジュースの代わりにワインが入れられていた?

ミウが遠くでこちらをチラチラ見て笑いをこらえている。
間違いなく奴の仕業か。部下に命じてやらせたんだな。
絞め殺してやりたい。

だけど、ワインを入れられたからって、残すわけにはいかない。
生徒会の規則で食事を残す者は正しくないとされている。
体調不良など特殊な事情がない限りはね。

(ドイツ軍による包囲下のレニングラードでは
餓死者が続出し、市民は人肉さえ食べて生き伸びたと教わった)

どうせ夕食の後はお風呂に入って寝るだけだ。
私は飲み方など知らなかったので、
食事に手も付けてないのに、すぐに飲んでしまった。

「202番の人。顔色悪いよ?」

向かい側の席の囚人に心配された。だ、ダイジョブ。
とだけ答えたけど、自分でも不自然過ぎたと思う。
他の囚人達も奇異な目で私を見ていた。

「Hey prisoner no202.」

ん? 今英語で私の囚人番号が呼ばれた?

「私達の席に来て」

食道に緊張が走る。みんなが怖いくらいに私に注目するので
仕方なく席を立つ。足がおぼつかない。
ワインのアルコールってこんなに強いの……?

「太盛君のグラスが空になったわ」

指でワインボトルをさした。注げってことね。
太盛先輩の頬が真っ赤になっている。
私と同じで無理やり飲まされたんだね。かわいそう。

「「あっ」」

太盛先輩と私は同時に声を出した。
私がボトルを傾けた時に、ミウが私の足を蹴ったので
こぼしてしまったのだ。さらに中途半端に
注いだワイングラスが傾き、倒れる。
真っ白なテーブルが濃い色のワインで染められてしまった。

「あーあ。なにやってるんだろうね?
 あと少しで太盛君の制服まで汚れるところだったよ」

う…。

ミウは私を突き飛ばして転ばせた。
床に手を突く暇がなかったからお尻が痛い。

「この程度の仕事もこなせないなんて囚人失格だよ」

あんたこそ人間失格だよ。
私にお酒を飲ませたのはこれが目的だったのね。

「今日は太盛君が七号室を後学のために見学したいって
 いうから来てあげたのにさ。なぜか太盛君が202番
 のことだけ心配そうに見ているのが気になったの。

なんかさ。まるで太盛君が202のことが
気になってる感じがして不愉快だなぁ。
ねえ。太盛君はどう思ってるの?」

「は、はは。俺はその……」

「どう思ってるのか聞いてるんだよ」

「お、俺は……なんていうかさ。えっと、その」

「太盛君が202と夏休みまで仲良しだったのは良く知っているよ。
 でも現状を考えて。ここの囚人達は生徒会を皆殺しにするために
 爆破テロを計画していたんだよ。太盛君は殺人未遂犯を
 心配するの? その必要があるの?」

太盛先輩はついに愛想笑いを止め、黙り込んだ。

その態度だけで太盛先輩がまだ私に気があるのが
分かったのでうれしかった。私だって太盛先輩への
気持ちは少しも変わってないから安心して。

「太盛君。そんな顔しないで。私は太盛君を
 困らせたくて言っているわけじゃないの。
 太盛君は三号室から出たばっかりだから
 新しい生徒会のことがよく分かってないんだよね?」

ミウは席を立ち、太盛先輩の後ろに回った。
座ったままの彼を、抱き締めるように両手を前に回した。
後ろからミウが彼に体重を預けるような形。描写が分かりにくいかな?

ミウは彼の耳元でこう言った。

「私は副会長だから、下部組織に保安委員部と執行部がいる。
 私が命令すれば直ちに生徒を逮捕、尋問できるの。
 なぜそんなことをするか分かる? 正しい生徒と
 そうでない生徒を分けるための。私は太盛君が

そういう生徒じゃないって信じてるから。
例えば一番罪の重い七号室の囚人の肩を持つ人は
反革命容疑で逮捕されるだけじゃなくて、尋問
されちゃうよ。太盛君は両手の指の先が

ハンマーで順番に潰されたり、大量のガラスの破片を
口の中でほおばったり、夜に柱に縛り付けられたまま
裸で朝まで放置されたりとか、そういうのは望んでないよね?」

太盛先輩は拷問される自分を想像してしまったのか、
フォークを持つ手がガタガタと音を立てて震えていた。
くちびるが紫色に染まってるよ。

「お…」

「なに?」

「おれは。ミウが好きだ」

「そうだよね。それは知ってるよ」

「おれは、ミウを愛しています」

「だから、知っているよ」

なにこの会話の流れ。
囚人だけでなく執行部員まで凍り付いて見守っているよ。

「じゃあ囚人のことはどうでもいいよね?」

「はい」

「はい、じゃなくて、うんでしょ?
 太盛君は彼女に敬語使うの?」

「ご、ごめん!!」

「いいよ。怒ってないから。それより」

ミウは私に罰を与えろと言った。
もちろん太盛先輩に対して命じた。

「ばつとは……?」

「体罰のことだね。やり方は太盛君に任せるよ。
 きちんとお酒を注げなかったのにふさわしい
 罰を与えてあげて」

 ミウは椅子に腰かけ、足を組んだ。
私を見下してニヤニヤしている。

このクソ女……。どこまで陰険なの。
こいつに比べたらエリカなんて可愛いものだ。
いっそ拷問されるのを覚悟で抵抗してやろうか。
テーブルのフォークを手に取れば一瞬で目に刺すこともできる。

「太盛君?」

太盛先輩はしばらく固まっていたが、
ミウに急かされたので仕方なく動き出す。

ぺし。

そんな音がふさわしいほど、
太盛先輩は私の頬を軽くぶった。
ただ触れただけで痛くもかゆくもない

「今のはなに?」

ミウの視線が鋭くなる。

太盛先輩は歯を食いしばり、今度は私のお腹に蹴りを食らわせた。
これも意味がなかった。蹴りが当たる直前に力が押さえられ、
またしても触れるだけとなってしまった。

「なるほど。今のも緊張してミスしちゃったんだよね?
私は優しいから、もう一度だけチャンスをあげる。
 次も失敗したら太盛君は尋問室行き決定だから」

とうとう追い詰められてしまった。
太盛先輩は大粒の涙を流しながら、私とミウを
何度も見比べた。極限の選択に戸惑っているみたい。

なにを迷う必要があるの。
私を殴れば自分が助かるんだから、早くすればいいのに。

私は囚人だから歯が折られるくらいの覚悟はできている。
それに先輩にだったらギリギリ許せるよ。
だって虐待するのは彼の意思じゃないもの。

「今は……まだその時じゃない」

「は?」

「本気で俺を尋問室に連れて行くつもりはないんだろう?」

「私が部下に命令すればすぐだよ?」

「嘘だよ。確かに命令はできるだろうが、本気じゃない。
 俺が拷問されて再起不能になったら
 ミウの彼氏じゃなくなるじゃないか。
 君の目的は俺とマリーが決別することだ。
 俺がマリーに暴行すれば嫌でも関係がぶち壊れるからな」

「あのさぁ」

ミウはなんと太盛先輩の胸ぐらをつかんだ。

「マリーって誰? 囚人は人権が剥奪されてるから
 囚人番号が付いてるのに。どうして囚人番号で呼ばないの?」

ミウは太盛先輩を壁際まで追いつめた。
逆壁ドン? まさにドS女の行動だ。
太盛先輩はミウの迫力に圧倒されていた。

「あなたは私の彼氏だから処罰されないとでも思ってるの?
 甘いよ。私はね。私を悲しませたりする人は
 たとえ彼氏でも許すつもりはない。あなたの
 考え方が変わるまで何度もでもお仕置きしてあげる」

「ぐふ」

太盛先輩がお腹を押さえてしゃがみこんだ。
私の位置からはミウの背中しか見えないけど、
たぶんお腹に一撃食らわせたんだと思う。

「痛かったでしょ? でも仕方ないよね。
 太盛君は殴らるだけのことをしたんだよ。
 あなたに裏切られた私の心はその何倍も痛かったの」

ミウの右手にはメリケンサックが握られていた。
あんなので殴られたら最悪骨が折れるよ。

「三号室ではカナって女と仲良くなってさ。
 収容所から出してあげたら七号室のことばかり
 口に出すようになるし。本当にいい加減してよ。
 いくら温厚な私でも我慢の限界が…」

「どうすれば」

「うん?」

「どうすれば許してもらえるんだ?」

「私の言うことに逆らわないで。生徒会の規則を守って。
 私が君に臨んでいるのはそれだけだよ」

「な、なら一つ頼みがある」

「なに?」

「俺にこの収容所を管理させてくれないか?」

「……ごめん。何て言ったの?」

「俺がここで囚人を管理する役割を担いたい」

「ここは保安委員会の管轄だけど。
 太盛君は生徒会に入りたいの?」

「そうだ。俺も君たちの仲間に加えてくれ。
 そして俺の今までの罪を償わせてくれ」

「でも無理そうだね。太盛君はさっき202を
 殴ることもできなかったんだから」

「できるぞ」

太盛先輩は急に元気に立ち上がり、
私に駆け寄って暴行を加えて来た。

私の頬を往復でビンタした。今度は手加減をしなかったの
それなりに痛い。収容所では暴行なんて日常茶飯事だから
慣れてるんだけどね。

「うおおおっ」

私を乱暴に押し倒したけど、彼に出来るのはそこまでだった。
私を殴ろうと振り上げた拳が宙で震えている。
この人はやっぱり私を愛してくれているんだ。
ぽたぽたと、彼の熱い涙が私の顔に落ちてくる。

「太盛君」

ミウは彼を私から引きはがして、手錠をした。

「尋問室に行こうか?」

ミウはすぐに執行部員に連行を命じてしまった。

なんてこと……。本当に太盛先輩が拷問されちゃうの。

私は彼を救うためなら自分の命さえ惜しくないと思っている。
なのに体が動いてくれない。屈強なロシア人たちに囲まれたまま、
食道から去って行く彼の後姿がどんどん小さくなっていく。

私は……やっぱり臆病だ。

 ~三人称視点~

                      ~三人称視点~

収容所七号室の設備は広大であり、
敷地内を四角く囲うように監視塔と鉄条網が設置してある。
鉄条網には常に高圧電流が流れている。

監視塔には機関銃を構えた監視兵が交代で見張っている。
昨夜、珍しいことに女子の脱走者が出てしまった。
執行部員と囚人が捜索したところ、
鉄条網に絡まった状態で死んでいたのを発見された。

白目をむき、口を開けたままの死に顔は悲惨だった。
第二バラック第四班に所属していた囚人だった。

公式発表では夜のうちに脱走しようとして鉄条網に近づいたため
感電死したとされた。だが自殺したのは誰の目にも明らかだ。

脱走者を出した連帯責任として、第四班の人員は
彼女の墓を掘らされた。敷地の外にうっそうとした林が広がる。
林の少し先に見晴らしのよい高台がある。
そこの土の中に死体を埋めておくのだ。

ボリシェビキは反共産主義者には容赦しない。収容所の囚人に
人権がないのは分かっている。それにしても若い高校生達には
耐えきれるものではなく、嗚咽しながらスコップを握るのだった。

「おぉーい、こっちにも二体いるからな。ついでに頼むぞ」

男子の執行部員たちが、大きなタンカに乗った死体を運んできた。
死体は黒い袋にくるまれていた。

都合の悪いことに、学園地下の拷問施設からも
昨夜2名の死者が出たという。
地下は、学園の敷地内にある最も過酷な拷問施設で
ミウ副会長のお気に入りの場所だった。

マリエたちのいる収容所七号室は、本来なら野球部が使用する寮を
改築した物であり、学園からは道路を挟んで
700メートルほど離れた場所にあるのだ。

ひとつのタンカを男四人がかりで運んでいるが、
死後硬直した死体は重い。さすがに息が切れていた。

タンカを降ろすと、男達はすぐに去って行った。
女子だけで三人分の墓を掘ることになった。

人がすっぽり入るほどの穴を掘るのは骨が折れる。
しかも男子の死体は体格が良いので余計に苦労する。
掘れば掘るほど土の感触が硬くなっていき、
土に埋もれた石に当たるとスコップが跳ね返される。

「あついよぉ。腕も腰も痛い。こんなに汗かいちゃった」
「がんばれ。負けるな。あと少しだよ」

弱音を吐きたいのは誰だって同じである。
口に出すか出さないかの違いはあるが。

「しばらく雨が降らなかったから
 土が硬くなってるようだな。これを使え」

監視役の執行部員が水の入ったバケツを寄こした。

「スパシーバ」

女子の囚人はロシア語で礼を言い、土に水を掛けた。
柔らかくなった部分をスコップで掘り進めていく。
長靴が泥で汚れていき、スコップではねた土が囚人服のズボンにかかる。
少しずつではあるが、長方形の大きな穴が完成していった。

死体袋は監視役の人が開けてくれた。

「う……」

水ぶくれした死体だった。いったいどんな方法で拷問されたのか。
紫色に変色した皮膚がただれており、耐えがたいほどの臭気を放っている。
この匂いには、さすがの監視役でさえハンカチを鼻に当てるほどだった。

そのおぞましい死体に触れなければならないのだ。
我慢しきれなくなった囚人の一人は穴の中へ吐いてしまった。
ゲロの匂いにつられて、別の囚人も続いた。

腐臭と嘔吐物の混じった匂いが、あたりに充満するのだった。

これが連帯責任の恐ろしさ。
死体の処理の仕事もある種の拷問だった。

四班の女子達は軍手を渡されているから、
直接触れることはないのが救いだ。

二人で死体の両手と両足をそれぞれ反対側から持ち、
ブランコのように半回転させながら勢いをつけ、穴へ放り込む。

汗と涙がこぼれ、地面土をかぶせて固めた時には、
つい手を合わせて祈りそうになってしまう。
だが後ろで見張っている執行部員に見られたら思うと何もできない。

感電死した女子の囚人はいわゆる模範生で口数は少なかった。
彼女が昨夜何を思って自殺をしたのか。男子2名の死体も、
何の罪で拷問されたのかなど、訊いても教えてもらえるわけがない。

墓標もなければ、花も添えられない。

斉藤マリエはこの地獄の中での生活を余儀なくされていた。
一人でないのがせめてもの救い。
一年の進学クラスがまるごと収容されているから数だけはいる。

七号室は泊まり込みの生活を送るので男女は別々に収容されている。
女子の収容所だけで100名近くいる。

マリエの所属は第二バラック、第三班である。
第二バラックには全八班、
総勢48名(現在は47名)が収容されている。

ここが一番人数の多い棟だった。他に第一、第三棟があり、
全部で三つの棟に囚人が分散されて収容されているのだ。

こうして大勢の囚人仲間と過ごす夜にすでに新鮮さなどなく、
囚人らは殺伐とした雰囲気で新しい刺激を求めるようになった。

夜。10時の就寝時間を過ぎると収容所内の明かりは消される。
廊下と事務室、管理室、トイレ以外は全ての明かりが消されるのだ。

「学園を卒業出来たら何がしたい?」
「美味しいものが食べたいな」
「私は都内にショッピングに行きたい」
「あたしは彼氏が欲しーな」
「家にある漫画の続きが読みたい」

就寝時間中に小声で話し合うのも慣れたものだ。
あまり大きな声を出すと盗聴器に引っかかるので、
本当に蚊の鳴くような声で話し合っていた。

軍隊でいうところの野戦病院を連想させる広大な空間に
等間隔でダブルベッドが並んでいた。生徒会ではベッドルームと
呼ばれるが、そんな可愛い雰囲気ではない。

ベッドの間隔が狭いので息苦しい。
上のようにささやき合っても聞こえるほどの距離である。
文字通り寝るための場所であり文化的な楽しみはない。

就寝前の15分で日記を書く規則なので、
みなが当たり障りのないことを書く。
日記は月末に班ごとにまとめて看守へ提出するのだ。

中には立派な文章を書く囚人がいて、看守から称賛されていた。
ボリシェビキは文章表現力を重視する傾向にあるのだ。

マリエはダブルベッドの下で寝る。
彼女が望んだわけではないが、収容された順で決まってしまうのだ。
上で太っている女子が寝ているので、寝返りのたびに
ギシギシと不愉快な音を立てるのが地味にストレスだった。

マリエは布団をはいで、スリッパを履いて立ち上がる。

「マリエちゃん、こんな時間にどこ行くの? 脱走?」
「そんなわけないでしょ。トイレだよ」

収容所内で脱走ネタのジョークが流行していた。
もちろん彼女らに脱走する勇気などない。

男子の収容所では毎週のように脱走犯が捕まり、
想像を絶する拷問で死者さえ出ていると聞いている。
女子達は危険を冒すよりは模範囚として
卒業を待つ方が賢明に思えた。

パタパタパタ。
廊下を始め収容所内はスリッパを履いて移動することが
強制されている。歩くたびに独特の音がする上に
急激な運動が制限されるから脱走防止にもってこいなのだ。

トイレの近くに階段とエレベーターがある。
マリエたちの就寝場所は二階にあり、ちょうど
階段から看守が昇ってきて鉢合わせした。

「ハラショー。可愛い囚人がいるぞ」

男性の看守が二人。女性も一人いる。
マリエにとって女子の収容所に男性看守(執行部員)が
いるのは不愉快だった。
俗世間風に例えると女子寮に男子がいるのと同じだ。
挨拶もせずにトイレに入ってしまう。

用を済ませた後、何気ない顔で就寝場所へ戻ろうとしたが、

「おい」

後ろから肩をつかまれた。

「オマエ、ミウ閣下のご友人に殴られただろ?
 痛かっタダロ。怪我してナイか?」

舌を大げさに巻く露語訛りの日本語だ。
マリエは聞くたびにゾッとしてしまう。
相手の日本語が聞きたくないので英語で返した。

「どんにーど、うぉーり、こみさーる、あいあむ、ふぁいん」

「すごいな。囚人で英語を話す奴がいるとは」

180センチ以上ある長身の看守は手を叩いて称賛した。
マリエは英語が堪能なわけではないが、
経験からひらがなっぽく発音したほうが
外人には通じることを知っていた。

今度は隣にいる、対照的に背の小さい男性看守が
デタラメなアクセントの日本語で語り掛けた。

「まだ夜ノ10時すぎダゾ。ウォッカを用意シてアる。
 オマえも飲ムか?」

「ニィエート」

「そういうな。オマエは模範囚。ソ連人。
 チュイコフ将軍の残しタ言葉ヲ知ってイる」

マリエは酒など見たくもなかったので、せめて
救いの手を差し伸べてくれる可能性のある女性看守を見つめた。

「ヴァス? ビッテビッテ。
 ヴァルコム ドリンケン ジー ニヒト?」

(え? 聞いたことのない言語だけど英語に似てる)

ドイツ語だったのでマリエには理解できなかったが、
表情から何となく酒に誘われているのは分かった。
仕方ないのでおとなしく着いて行く。

実は囚人が看守とお酒を飲むなどあり得ないことなのだが、
マリエは早く酒盛りが終わって寝ることだけを願っていた。

「オサけ、ガニガテ なら、ジュースのム?
 ジンジャーエル、ある」

女性看守の日本語はドイツなまりがひどすぎて、
ほとんど聞き取れないほどだった。

後で生まれを聞いたら、
ドイツに移民したポーランドの家系だという。

場所は同じ階の談話室である。
夜は立ち入り禁止なのだが、彼らは無断使用している。
看守らは食堂にたっぷり用意された副会長用の
お酒を拝借し、ここで飲み始めた。

テーブルにはワイン、ウオッカ、ウイスキーのボトルが並ぶ。
マリエにはジンジャエールをワイングラスに注いでくれた。

マリエは呆れてしまった。鉄の規則を遵守し、
相互に監視し合っているはずの看守たちが
こんなにも職務怠慢になっている。

「あとで上の人達に怒られないの?」

「ダイジョーブ」

背の高い男看守が言った。

「副会長殿、食堂で友人ヲ連れテお酒飲んだ。
 あれも、キソクイハン」

「ソウ、ソウ。会長にばれたら、セイサイ対象」

つまりミウの横暴が度を越したので、部下たちにまで
影響を及ぼしているとのことだ。実際に太盛との食事の件は
会長のナツキには何の報告もされていない。

副会長の地位にあるものが7号室の囚人と
食事をするのも前代未聞であり、
生徒会の威信にすら関わることである。

(それでも堂々とお酒飲めるのは肝が座ってるな。
 外人てみんなこんな軽いノリなのかな?)

彼らは夜勤のシフトらしいが、勤務中なのに
平気で酔っぱらってしまうことに心から呆れてしまった。

マリエもワインを少し頂くことにした。
少しづつ口になじませるようにして飲むのだと
教わると、確かにおいしく感じた。

すぐ酔ってしまって色白の顔が真っ赤になった。
この看守三人組は不思議なことにマリエに
全く悪意がないことが分かったので少しうれしかった。

彼らはロシア語で盛り上がってしまったので、
日本人のすっかりマリエは蚊帳の外である。
だが、明るくて居心地の良い空間なので嫌ではなかった。

テーブル上のろうそくの明かりだけに頼る談話室の
雰囲気は幻想的だった。ゆらゆらと燃える炎を見つめると、
少しだけマリエのさび付いた心を癒してくれる気がした。

小さなカラーボックスがあり、
4サイズのぶ厚い漫画雑誌が置かれていた。
青年向けのエッチな漫画雑誌ばかりだったが、
収容所生活を送っているマリエにはすごく新鮮に感じた。

マリエはテーブルに頬杖を突きながら、小さなため息を吐いた。

(太盛先輩はあれからどうなったんだろう……。
 私が考えても無駄か。ミウが先輩を拷問するわけないし)

マリエは夜の12時過ぎにベッドルームに戻って熟睡した。



~ナツキ生徒会長の元にミウの悪事の報告が入る~

ナツキは直ちに会議を開いた。
集まったのは下記のメンバーである。

会長 ナツキ
副官  ナジェージダ
保安員会より イワノフ
諜報広報委員部より トモハル

たったの四名。
例によって副会長兼組織委員長のミウ、
中央委員長の校長らが不在のためこうなった。

ミウが引き起こした太盛への拷問。
すなわち今回の茶番劇について

「実に理解しがたい」

とイワノフは言う。

太盛は尋問室の椅子に縛り付けられたまま放置された。
放置は6時間にわたった。
その間トイレに行くことはできないので
排泄はそのままの態勢で済ませた。

汗と排せつ物の混じった凄まじい匂いが部屋にこもる。
部屋に暖房はない。
汚物で汚れた下着とズボンがだんだんと冷たくなっていき、体温を奪う。
人が入ってくる気配はないが、
監視カメラ越しに何者かに見られていることだけはわかった。

同じ姿勢を長時間維持したことで
手足の関節は固まり、やがて悲鳴をあげるようになる。
苦しみから泣き叫んでも監視カメラ以外に
彼を見ているものはおらず、むなしさは増大した。

『ただ動きを封じただけ』

音楽準備室のように完全防音が施された6畳ほどの部屋は、
太盛の精神を蝕むには十分だった。

太盛がへらへらと笑い出し、歌を歌い始めたのは
放置が始まって4時間が経過した時だった。

ミウは自分への恐怖をたっぷり植え付けることができたと
満足し、太盛を風呂に入れてから12時間以上の睡眠をとらせた。

そのあとが地獄だった。

「虫地獄」

ミウが名付ける新しい拷問がある。
成人男性が一人入れるほどの大きさの水槽がある。
その中におよそ200匹以上の生きたゴキブリを入れる。
その後に人を入れる。

入ったのはもちろん太盛だ。全裸で身を守るものを
持つことは一切許されない状態で、
水槽の中に横たわるように命じられた。

太盛は、水槽の中で一時間の放置を味わった。
水槽の上部には空気穴が無数に空いているため
呼吸に困ることはないが、
特殊素材のガラスのために力で壊すことはできない。

太盛は体力の続く限り暴れまわり、ゴキブリを拳で殴り、
握り殺すなどしたが、最後は疲れ果ててゴキブリに
囲まれたまま時間が過ぎるのを待つしかなかった。

体中で動き回る黒い物体。ぬるぬるした感触。
足のつま先でもしっかりとゴキブリの這いずり回る動きが感じられる。

髪の中に侵入し、口へ侵入し、パンツの中へ、
肛門の中へさえ入ろうとしてくる。

独特の匂い。カサカサと細かく動き回る音。圧倒的な生理的嫌悪感。
いくら抵抗しても、ゴキブリが動きを止めてくれることはない。
だから諦めるしかなかった。そして認めるしかなかった。

自分はこんなにも取るに足らない存在だったのだと。
百を超えるゴキブリに囲まれて狭い空間にいるのが当然なのだと。

人は発狂することにさえ疲れると、全てを諦めてしまう。

「やっほー。太盛くん」

水槽のすぐ外の世界では、ミウが笑顔で手を振ってくれた。
もはや太盛には絶望しかなく、殺意さえ沸かなかった。
このままミウのおもちゃにされ、飽きたら殺される。
みじめな自分の運命を静かに受け入れていた。

『太盛君がマリーを殴らなかったから』

ただそれだけの理由で彼は拷問されていた。
あの時嘘でいいから、愛想笑いをしたり冗談を言っておくべきだった。
ミウは何よりも太盛に否定されることを嫌う。
もちろん太盛は知っていたはずだった。だができなかった。

狂ってしまった太盛は、髪の中にいるゴキブリを一匹つかみ、
むしゃむしゃと音を立てて噛んでみた。だが、ゴキブリはしぶとい。
ぶーんと跳ね音を立てて、ゴキブリが口から逃げていった。

ゴキブリは水槽の中から出ることはなく、
狭い空間を行ったり来たりしていた。

『良かったらこれも食べてみる?』

ミウはさらにムカデが満載されたバケツを手に持ち、
太盛に見せびらかして楽しそうに微笑えむのだった。

ナツキらは、諜報広報委員部の部下が撮影した動画を
会議室で観ていた。斎藤マリエが理不尽ないじめを
受けているシーンでは、ナツキとトモハルが憤慨した。

「おそらくみんなが僕の提案に同意してくれると思う」

ナツキが提案したのは内部粛清である。

対象はもちろん高野ミウである。

彼女から全ての権利をはく奪し、後任の副会長と
組織委員長を選び、新たな生徒会を組織することである。

「しかしながら、現在深刻な人材不足でありますが」

イワノフの指摘は正しい。アナスタシアや校長を失って尚、
ミウを失うとなれば、次なる幹部候補を見つけるのは難しい。

求められるのは、生徒会の組織の中核を担うに値する人間である。

「それでも!!」

トモハルが吠える。

「内部粛清は迅速に行うべきであります!!
 恐れながら、私はすでに部下にある命令を出しておきました!!」

この一年生のボリシェビキが語ったのは恐るべき内容だった。

諜報広報委員部はすでにミウの親衛隊を
買収するか、あるいは逮捕した。

ミウの権力を象徴しているのは、副会長の地位以上に
幹部に昇格する前から所有していた私的護衛団(若干12名)である。

トモハルは事前に張り巡らせたスパイ網。
『生徒会内の反乱分子を摘発するための組織』によって
実は親衛隊の心がミウから離れつつあることを知った。

本当にミウを慕っているのは初期メンバーを含む一部
のみであり、他の者は常軌を逸した拷問を
繰り返すミウの狂気に耐えられなくなっていた。

トモハルは裏工作により護衛の半分を自分の組織に組み入れ、
抵抗する者は毒殺、爆殺などあらゆる手を使った。
文字通り本当に殺害した。

「失礼します」

ちょうどトモハルの部下が、麻袋に入った物体を
会議室へと運んできたところだ。
麻袋の中は人が入っているようで、もぞもぞと元気に動いている。
縄で縛られているので自由に出ることはできないようだ。

「中に入っているのは副会長閣下であります」

「な……」

ナツキとイワノフは絶句した。
まさに内部粛清の会議をしていた最中にすでにミウが捕らえられた。

『あのミウが』

すでに自由を失っている。

信じられないという彼らの顔を察したのか。
麻袋から中の人を乱暴に取り出した。

ミウは、手かせ足かせをはめられた状態で床に転がった。
毛先にクセのついた外人っぽい髪。
小顔で人形のように整った目鼻立ち。

口に枷をはめられていても、間違いなく高野ミウ本人なのが分かる。

「こいつをどうしましょうか」

トモハルが会長に問うた。

なぜ自分に訊くのかと、思っても口に出さなかった。

ミウの内部粛清の件は、会議で話し合うまでもなく
トモハルの独断で段取りが進んだ。

ミウの悲惨な姿を見てナツキの心に迷いが生じる。
かつてミウと恋人だったことがあるのだから無理もない。

「では自分が殺します」

とナージャが提案した時は、寒気がした。

「会長の許可もなく何を…」

イワノフが控えめに言うが、ナージャは引かない。

「仮に収容所とかに入れるわけにも行かないでしょ。
 他の囚人に対して示しがつかない。内部粛清は
 迅速に確実に。ここで殺しておくのが一番」

ナツキが待てという暇もなく、ナージャは
携帯していた毒薬をミウに無理やり飲ませた。
青酸カリのカプセルである。

「うーうー」と苦しそうにミウが体を暴れさせるが、
力なく首を下げたかと思うと絶命した。

生徒会の影の支配者と呼ばれた一人の少女は、
17歳でその人生に幕を閉じた。



ナツキが斎藤マリエに会いたいと思ったのは偶然ではなかった。

生前のミウがマリエに対してライバル心を
むき出しにしていたことはよく知っている。

校内でも斎藤の美貌は知れ渡り、
特に三年生にファンが多かった。

彼女の魅力は決して異性限定ではなく、同性にも人気が
ある本物のアイドル。それがミウとの違いだった。

「し、し、しつれい、いたします」

会長の執務室へと呼ばれたマリエは、それはもう緊張していた。
彼女はミウの死など知らないから、
きっと会長を口説いたミウが今度こそ
自分を拷問するのだろうと思っていた。

死ぬ覚悟はとっくにできているはずだった。
それなのに、いざ会長室の扉をくぐろうとすると
足がすくんで呂律が回らなくなってしまう。

死への恐怖は誰にもである。それが訓練された兵隊でも当然だ。
マリエはじわじわと拷問されて殺されることを一番恐れていた。

どうせ殺すならば、一撃で首を落としてくれれば助かる。
それこそ、フランス革命の最中ギロチン台に
立たされたマリー・アントワネットとその伴侶ルイのように。

「こんにちは。斎藤さん」

(斎藤さん……?)

囚人なのに名字で呼ばれたことを不思議に思う。
生徒会の最高権力者であるこの美少年と
話すことさえ初めてである。

「ミウの度重なる粗相について報告を受けているよ。
 僕は君に謝らないといけないね」

さらに不思議なことに、ナツキは会長のイスに座ってもいない。
わざわざ扉のすぐ前で立って待っていてくれた。
そして腰を深く折って頭を下げるという、日本式の謝罪をしてくれた。

回転が追い付かない脳でマリエはなんとか言葉を発した。

「な、なんで?」

「君は僕が心から冷酷な人間だと思っているだろう?
 間違ってはいないよ。だが悪いことをしたらきちんと
 謝るのは人として当然のことだ。ミウが君にやったことは、
 ボリシェビキとして正しくないことだった。だから謝った」

「私は」

「うん。なんだい?」

ここでマリエはしばらく言いよどんでしまったが、
ナツキは待ってくれた。急かすこともなく、にらんで
威圧感を与えるわけでもない。だからマリエは言葉を続けられた。

「今になって謝られても……
 はっきり言ってそんなにうれしくありません。
 私がどれだけミウを憎んでいるかあなたに想像できますか?」

収容所7号室での生活を経験しているマリエの
ボリシェビキに対する恨みは深い。
今目の前で話している相手はその組織の最高権力者なのだ。

「ミウは部下からも信用を失っていましたよ。
 横暴が過ぎたせいでね。あなたは会長のお立場なのに
 部下の管理ができてないんじゃないですか?」

マリエは、この時点でナツキが自分に対して
敵意がないことは悟ってはいたのだが、
逆上させるのを覚悟で毒を吐き続けた。

「気持ちは分かる。座って話しをしよう」

「いやです」

「そう言わずにさ」

「生徒会の人と話す口を私は持っていません。
 拷問するのが目的なら早く拷問してください」

「誓って君を拷問しないと誓おう」

「嘘でしょ。ボリシェビキはみんな嘘をつく。
 あなたはミウと仲良しなんでしょ?
 会長様も人を拷問するのが大好きな拷問狂なんだ」

「違う」

「拷問するんじゃなかったら、私を動けなくして
 無理やり犯す? 私に声をかけてくる地位の高い人は
 私の体目当てなんでしょ」

「僕がそんな下劣なことをする人間に見えるのか。
 これでもボリシェビキ内の女性から評判は良い方だ。
 アナスタシアからは紳士だと言われていたんだがね」

その瞬間、マリエが怒気を込めた眼でナツキをにらんだ。
アナスタシアと言えば、憎きエリカの姉。
奴の失態によって一年生の爆破テロ犯の計画が失敗に終わった。

マリエ達一年生組とテロを実現させていれば、
今ごろナツキもミウは確実に
この世から消し去ることはできたはずだった。

だから、その名前を出されただけでマリエは悔しさと
怒りで唇を強く噛むのだった。

「そこれを見てくれ」

ナツキはデスクにあるノートパソコンの動画を見せてあげた。
毒に侵され、ひどい顔で死んでいるミウの姿だ。
死んだことを確認するためにお腹にナイフが刺さっていた。

「は……?」

ナツキが丁寧に事の顛末を伝えると、
ようやくマリエは理解してくれた。

「ミウが許せなかったのは僕も同じだよ。
 彼女を副会長に任命したのは僕だ。
 任命責任は僕にある。
 だから君に謝罪しようと思ったんだ」

マリエの怒りはすぐに冷めた。
ミウは死んだ。確実に地獄へ送られた。
千年間、地獄の業火に焼かれて苦しみ続ける。

これ以上ないほどの愉悦。

自分でなく生徒会内部での粛清だったのは多少残念ではある。
彼女が収容所のベッドで寝る前に思い浮かべるのは、
ミウが無数の男に強姦され、拷問された末に殺される姿だった。

できるならミウの死体を気が済むまで痛めつけてやりたかった。
頭部を切断し、胴体を細切れにし、内臓をすべて
引きずり出して、どこまでもむごたらしくしてやりたかった。

「それより……」

「ん?」

「太盛さんはどうなったんですか?」

当然の疑問だった。
副会長のミウが死んだとなれば、
想い人である彼の安否が保証できない。

「あまり良い状態だとは言えないな
 彼の身柄は諜報広報委員部で
 保護されているから安心し……」

「いいから早く彼に会わせて!!」

ナツキは言葉をさえぎられたことを気にした様子はなく、
マリエを別室へと案内することにした。
部下に任せず会長が自らである。

しかも護衛もつけずに堂々と廊下を歩いた。

「会長殿っ」「会長閣下っ」

廊下には等間隔で警備の人間が並んでいる。
ナツキが通ると背筋を伸ばして敬礼をしてくれた。

マリエは、ナツキの隣を歩くことを嫌って
10メートルも後ろから着いてきた。
それがナツキには少し悲しかったが、
態度には出さないようにしていた。

18にも満たない年齢の男子とはいえ、会長の意地がある。

「ここが本部だよ」

広さは普通の教室だが、内部が高度に電子化され、
執務に必要な机やパソコンや棚などが置かれている。
一種のオフィスと化していた。

指紋認証で扉が開く。どう見ても学校の教室の空気ではない。
何人もの人間が机に座って淡々と事務作業をしている。
電話が頻繁に鳴るので、多少は賑やかな職場(学校だが…)である。

「あそこにいるのは…」

マリエが目ざとく見つけたのは、事務机で書き物をしている
人間の中に太盛がいることに気づいたからだ。
太盛は手紙ほどの大きさの紙に赤いボールペンで何かを記入した後、
パソコンのキーボードに打ち込んでいた。

キーボードの横にずっしりと紙の束が積んである。
太盛はこの紙を処理するのが仕事だ。
ルーチンワークである。

「先輩!!」

とマリエが叫ぶと、太盛は作業を止めて片手をあげた。

元気そうだ。目立った外傷もなく、
普通に事務仕事をこなせているようだ。
マリエに笑顔を向けることすらできるのだから、
人間らしい感情を失っていないのが分かる。

しかし、決定的におかしいと思ったのは次の瞬間だった。

「あそこにいる女の子も生徒会のメンバーなんですか?」

太盛は隣の席の先輩ボリシェビキにそう言っていた。
先輩の人は返答に困り、愛想笑いをして済ませていた。

「あの、太盛先輩は何言ってるんですか。私はマリエですよ」

「マリエさんっていうのか。覚えやすい名前だね。
 俺のことを先輩って呼ぶってことは、君は一年かい?」

太盛は記憶を失っていた。

拷問後に保護された彼は、
なぜか自らをボリシェビキの一員だと自覚しており、
『自分から率先して諜報広報委員部へ入った』のである。

彼の主な仕事はデータ入力。諜報委員達が確保した教員から全校生徒の
親や親戚に関する詳細な情報をデータベースに入力するのだ。
彼のデスクに山のように積んである手紙サイズの書類は、
生徒の親族のプロフィールや経歴が記載されていた。

家族や親戚を人質に取る『必要がある場合』に必要なデータだ。
学内の反乱を防ぐためには、常に家族が人質に取られる恐れがあると
生徒達に認識させることが重要だ。

生徒会では生徒数の拡大を図るために、
生徒の弟や妹、親戚の子などを
学園に入学させるよう強制させていた。

「君は物静かな子なんだね」

太盛は人形のように立ち尽くすマリエにはすぐに興味をなくし、
またキーボードを叩く作業に戻るのだった。

「部屋に戻ろうか」

会長は馴れ馴れしくもマリエの手を引いて歩き出したが、
マリエにはそれを拒否する気力すら残っていなかった。

第5回   「私は囚人ですから、絵を飾る部屋などありませんでした」

第5回   「私は囚人ですから、絵を飾る部屋などありませんでした」

「マリエさん。君を生徒会の一員として任命する。
 どうか君の力を僕たちに貸してほしい」

とにかく腹が立った。気安く下の名前で呼ばれたこと。
自分を殺人集団の仲間にしようとしていること。
マリエは唇を強く噛み、目にいっぱいの涙をためて
ナツキ会長をにらんだ。

「誰が。あんた達なんかと」

マリエは地声が高いことを知っていたから、
自分でもこんなに威圧感のある声が出せたことを驚いていた。

「気持ちはわかる」

「なにが? 何が分かるっていうの?
 あんたみたいに強力な権力に守られて
 好き勝手やっている奴に、
 囚人だった私の辛さが一ミリでも分かるの!?」

ナツキはマリエから視線をそらし、押し黙った。
興奮したマリエの息遣いだけが、会長室にむなしく響く。

ここは会長室である。学校にはABCの三棟があって、
それらが通常の授業を行う場所になっている。

各委員部の執務室、尋問部屋、簡易収容施設なども
用意されている。太盛のいる諜報広報委員部はB棟である。

会長室と副会長室は全く新しい棟に建てられた。
棟と言っても、一階建ての小さな建物であるから、
全体からしたら目立つほどではない。

周囲からは『本部』と呼ばれている。
敷地の周りは有刺鉄線と重機関銃のあるトーチカで
囲まれているから、簡単に入ることはできない。

本部の天井や壁は、旧ドイツ軍の作戦参謀室を模倣して
厚さ4メートルのコンクリートで覆われているから、
爆弾程度ではびくともしない。

正面玄関、廊下、各部屋に警備兵を立たせている。

「僕と食事をする気にはならないかな?」

「ええ。まったく。あいにく私は
 これっぽっちもお腹がすいていませんので」

会長室には部下に任せて運ばせた食事が並んでいる。

会長室にはデンマーク製とオランダ製の家具が並んでいて、
一種のリビングと化していた。一角に大きな本棚、
オシャレなカーテン、絨毯、ペトゥカ(暖炉)、風景画、
執務用の机、キングサイズのイス、仕事用の電話機。

20畳を超える広さの部屋には、
まだまだ物が置けそうだったが、会長は質素な部屋を好んだ。

マリエには特に上等な椅子に用意してあげた。
彼と向かい合って座っており、品の有る丸テーブルに
パスタ、スープ、サラダが並べられている。

「それならスイーツでも用意しようか?
 露国人のシェフでフランス帰りの男がいてね。
 味は保証するけど」

「けっこうです」

すぱっと。ナイフで切るかのように会話の流れを打ち切った。

ナツキは、テーブルに置物のように置かれたリンゴを
手に取り、果物ナイフで器用に皮をむき始めた。
マリエは彼から視線をそらし、
壁に掛けられた田園風景の絵画を眺めていた。

夕暮れのオランダ北部の田舎の風景だった。
画面手前に農夫が枝木を大量に背負っており、
農道をまっすぐに家に帰っていく場面だ。

寂しさとか、はかなさとか、日々のむなしさなど
全てを包み込んだ絵画だった。
額縁の下に画家の名前がピサロと書いてある。

マリエにはナツキの顔を見るより、絵画の世界に
引きまれるほうが何百倍も有意義に感じられた。

「そういえばマリエさんは美術部だったね。
 その絵が欲しいなら特別にプレゼントしようか?」

ナツキとしては『特別に』の部分に含みを
持たせたつもりだったが、
マリエには全く通用しなかった。

「あっそうですか。
 ならこの部屋にある絵画をすべてください」

「わかった。いいよ」

マリエは真顔で冗談を言う人間を始めて見た。
少しの間待ったが、ナツキは前言を撤回しなかった。

「すみません。やっぱりいりません」

「どうして?」

「私は囚人ですから、絵を飾る部屋などありませんでした」

それはナツキの提案を否定したのと同じだった。
マリエは生徒会の一員となるよりも
むしろ囚人でい続けるほうがマシだと考えているほどだ。

それを正しく認識したナツキは、女性をとりこにする時の
柔和な笑みを浮かべながら、ゆっくりとこう言った。

「残念なことに、副会長の部屋は主が不在に
 なってしまったね。君にあの部屋を与えよう」

マリエは20秒かけてその言葉を受け止めたあと、

「は?」

と言った。怒りと呆れが交じり合っていた。

今まさに生徒会へ勧誘されているのはまさしく事実であるが、
なぜミウの部屋が自分に与えられるのか。言うまでもなく
高野ミウの部屋は『副会長』の部屋である。

仮に今日から生徒会に入る予定の人間に
与えていい場所ではない。
そもそもマリエは7号室の囚人だったのに。

「よっと。思ったよりも重いんだな」

彼はマリエの返答など待たず、自ら額縁を壁から外して
廊下へと運び始めた。すぐに警備兵たちが騒ぎ出す。

「閣下。お部屋の模様替えでございますか?」
「呼んでくだされば、私どもがやっていたものを」

マリエもそう思った。なぜ会長自らが絵画を運び出すのか。
質素な廊下のすぐ先に、ミウの部屋があった。

会長室と同じ作りの西洋風の扉のドアノブを回すと、
同じ広さの部屋がそこにあった。執務机や電話などは同じだが、
男女の違いがあるので置いてある物が違う。

ミウは絵画よりも写真を好むのか。太盛の写真が机に建ててある。
クローゼットには高そうな洋服がいくつも並んでいた。
靴もたくさんあってお店の売り場のようだった。

仮眠用に使われていたと思われる大きなソファが快適そうだった。
堅苦しい本が中心に並ぶ本棚だが、少女漫画も置いてある。

(あんな奴でも少女漫画を読むんだ…)

皮肉なことに趣味があう。
マリエがあとで揃えようと思っていた
作品が最終巻まで置かれていた。

「マリエさん。絵の位置はここでいいかい?」

マリエは会長など全く無視して、
執務机の椅子に座って窓の外を眺めていた。
全てが面倒臭く、ここにいるだけでイライラして仕方なかった。

普通ならば会長に無礼な態度を取ったら、
指導の対象を超えて即尋問室送りになるのだが、
会長は全く気にしていない。

だから部下の警備兵たちもマリエを責めることはない。
むしろ腫物を扱うような態度だった。

会長達は、壁に額縁を並べ終えた。

女の子らしさのあったミウの部屋は、
一気に落ち着いた雰囲気になった。
ナツキは事前の調査でマリエが印象派や抽象的な絵画を
好むことを知っていたので、色彩豊かな絵を中心に配置した。

「ふぅん。鮮やかな色ね」

ルノワールの描いた作品を見てマリエがつぶやいた。
ナツキは目ざとくその言葉を聞き逃さなかった。

幼い二人の姉妹が、小さな木の下で花飾りを作って
戯れているシーンである。
少女たちを見つめる画家の優しい視点。豊かな色の重ね方。
巨匠の絵には言葉以上に人の心に訴える力がある。

「いつ見ても素敵な絵だね。
 僕は仕事で疲れた時は絵を見て癒さているんだよ」

マリエは反応せず、さらに横にある絵画を見ていた。
彼女は気が付いたらソファから立ち上がり、
絵から50センチほどの距離を取ってしっかりと観賞していた。

絵を『読んで』いるのだ。
ナツキはそんな彼女の様子を微笑ましいく思った
彼も美術は幼いころから大好きだった。

「これはアンリ・マティスの作品だね。
 彼の時代はピカソやブラックなどのキュピ…」

「うんちくなんて言われなくても知っているよ。
 これでも美術にはそれなりの知識がございますから。
 気が散るので黙っていてくださる?」

あまりの無礼さに警備兵たちは震えあがるほどだった。
ナツキの護衛は女性のロシア人ばかりだ。

外国語に堪能で美形のナツキには自然と女が集まる。
ロシア人達は自ら率先してナツキの護衛となったのだ。
もちろんいきなり現れたマリエが
特別扱いされて気にならないわけがない。

彼女らが露語でひそひそと話し始めたのが、
マリエには不愉快だった。マリエにとって
ボリシェビキの象徴であるロシア語は抑揚(よくよう)から
アクセントに至るまで全てが癇(かん)に障るのだ。

「そこ、コソコソ話すな。黙れ!!」

マリエの怒号である。
ロシア女達は、日本語で謝罪して頭を下げた。
会長直属の護衛を示す襟章まで震えているように見えた。

「すまないが、お前たちは廊下で待機してくれ」

ナツキはそのあとに空気を読んで自分も部屋を
出るべきかと思ったが、あとはマリエの反応次第だ。

マリエはやはりナツキなど存在しないものとして
扱っているのか、部屋に並べられた計8つの作品を
順番に鑑賞し、満足したところでまたソファに座りこんだ。

「少し心が落ち着いたわ」

「そ、そうか。それは良かった」

「お腹すいた」

「え?」

「お腹すいたって言ったの。もう一時過ぎでしょ。
 さっきの食事、残すのもったいないから
 この部屋に持って来て」

ナツキはすぐに廊下をかけて、自分で食事を運ぶことにした。

しかし護衛達も手伝わないわけにはいかないので、
テーブルやお皿を手分けして運ぶことにした。
時間にして2分もしないうちに
全ての皿がマリエの部屋に用意されたのだった。

「じゃあ。僕はあっちに行っているから。
 用があったら、そこの電話で2番を押して」

「なんで?」

「えっと…」

「あなたも一緒に食べたいんでしょ?」

「……いいのかい? 
 君が僕に気を使う理由はないはずだけど」

「素敵な絵画を見せてくれたお礼。
 絵の良さが分かる人間はそんなに嫌いじゃないから。
 早くあなたの分の椅子も持ってきたら?」

ナツキはまた大急ぎで椅子を戻って帰って来た。

辛気臭い雰囲気にならないようにと、ミウの部屋の
小さなPC用スピーカーでモーツァルトのピアノ曲を流したが、
スピーカーの性能が及ばないためにナツキは不満だった。

「なつかしいなぁ」

「え?」

「私もピアノが弾けるんですよ。
 収容所に入ってからしばらくピアノを弾いてなかった」

「さすがマリエさんは才女だね。
 絵が描けるだけじゃなくてピアノの演奏まで
 できるとは。すごく素敵だと思う」

「絵はしょせん部活レベルだし、演奏も子供時から
 無理やり習わされていただけですけど」

「それでもすごいよ。生徒会の人間は
 政治や仕事のことばかりで芸術系はさっぱりな人が多いんだ。
 君は可愛いし、とっても魅力的な女の子だよ」

「なんですかその言い方。
 女を口説く時の決まり文句ですか?」

「僕はマリエさんを素敵だと思ったから
 口にしただけだよ。嘘偽りない僕の本心だ」

よく顔を見ると、確かに頭の軽い女なら
すぐに落とせてしまうほどの男だとは思った。

身長は太盛よりずっと高くて、おそらく175は超えている。
長い前髪の間から除く瞳は、とにかく知的で優しい感じがする。
話し方も高校生とは思えないほど落ち着いている。

一言で言うと、若いエリートサラリーマンの雰囲気。
能力以上に人望で会長職に選ばれたのが分かる気がした。

「少し疲れたから、午後はここでお昼寝してもいい?」

「もちろんだよ。邪魔にならないように僕は自分の部屋に戻るからね。
 好きな時間まで寝ていて構わない。お風呂やベッドも
 別室に要してあるから、泊まり込みも可能だからね」

ナツキが上流階級を思わせる品のある動作で
皿片づけをし、扉を綺麗に締めた。
マリエは、やっぱりスイーツを頼んでからに
すればよかったと思いながら、
ソファのクッションに顔をうずめて寝た。


強制収容所での生活から一変して副会長室を手に入れたマリー。

ナツキは返事を急がなくていいと言っていたが、
遅かれ早かれ生徒会の一員として働く身になることだろう。

地獄から天国へと送られたのか。
いや、あるいは更なる地獄へと招待されたのかは分からない。

彼女はナツキの護衛達に『マリー』と呼ばせることにした。
マリエとしての自分は、七号室に置いてきたつもりだ。

囚人仲間は今も苦しんでいるはずなのに
自分だけが楽をしていいのかと思うと胸が痛くなる。
だが人間は快適な生活を味わってしまうと後に戻れなくなってしまう。

彼女はここで自由にシャワーを浴びれたし、
好きな時間に食事をすることができた。

ケーキやチョコレートなど甘いものが
こんなにもおいしく感じたことはなかった。
授業に出る必要もない。

「マリー様、入ってもよろしいでしょうか。
 生徒会のお仕事の件でお話があるのですが」

「おっけー」

マリンが明るく返すと、ドアを開けてナジェージダが入って来た。

「マリー様ハ、生徒会の組織を詳しくご存じないかと思いましテ、
 こちらに分かりヤすい組織票をご用意させていただキました」

ところどころで日本語のアクセントが狂っている。
問うまでもなくロシア系なのがマリエには分かった。

日本語はピッチ(高低)でアクセントとリズムを作るが、
露語など欧州言語はストレス(破裂音)でリズムを作る。
さらに露語はアクセントの母音を伸ばす傾向にあるのを
マリエは知っていた。

人の言語とは、言うなれば演奏している楽器が違うようなものだ。
話す音が楽器の音色だとしたら、文法規則は譜面のごとし。
(少し違うだろうか…)

「Вежливые, благодарю
 вас очень много」
(ご丁寧にどうもありがとう)

「Ну черт Как вы слышали
 Россия тогда говорить о.」
(あらすごい。聞いていたとおりロシア語が話せるのね)

マリーは自分でも気づいていなかったが、
ロシア語の発音が格段に向上していた。

それこそネイティブのナージャが聞いても違和感がないほどに。

収容所生活で露語の発声練習を繰り返し(強制)
看守らの露語を日常的に聞いていたことで
リズムとイントネーションが頭に入っていたのだ。

(なお、これは小説の設定であり、
 実際に発音がうまくなるのは最低でも二年以上はかかる)

ナージャは長い金髪を後ろで束ねている。
長身。小顔。モデル体型。

制服越しにも腰がくびれているのが分かる。
近くに寄ると香水の匂いがするロ系の美女だった。
あまりに落ち着いた雰囲気ので、本当に高校生かと思った。

マリーはプリントアウトされた紙をよく読んだ。

学園ボリシェビキの支配者である『会長』その下に『副会長』
この学園における最高位の意思決定を行うための地位である。

今までミウの横暴を見逃し続けたナツキの失態により、
副会長が支配体制の実権を握っていた時期が続いた。
現在の副会長のポジションは不在である。

彼らの下に三つの委員会(部)がある。

・中央委員会    (校長)     
・諜報広報委員会 (トモハル)
・保安委員会   (イワノフ)

『中央委員会』は、学内の校則(法律)を制定する機関である。
月ごとに定例会議を行ない、意見を出し合い、
会長や各委員の代表が出席する本会議に提出する議題を考える。
主な法案を提出するのはここだ。

かつて存在した組織委員会は解体され、中央委員に組み込まれた。
組織委員の本来の仕事である学内の管理業務は、中央委員が行う。
各収容所を監視するための看守は、ここから派遣される。

業者に収容所の建築を依頼したのも彼らである
7号室を始めとする収容所の建築費用の
見積もりから、内部のレイアウトも担当した。

中央委員部は特に頭脳を必要とする部署とされており、
校長は貴重な大人ボリシェビキとして重宝されていた。
革命裁判時に必要な人材もここから出されることが多い。


法を執行する頭脳となる機関が『保安委員会』である。
下部組織に実働部隊となる執行部がある。

拷問の方法を決めるのは保安委員会。
生徒を拷問するのは執行部員である。
ここからも収容所へ監視役として人員が送られる。


内部犯の取り締まり、スパイの摘発を主導するのが
『諜報広報委員会』である。

諜報部と広報部をまとめている機関である。

諜報部の活動は、学内の防諜活動を主とする。
取り締まりの対象は、教員を含む
学園の全ての関係者とその親族にまで及ぶ。

生徒会に支配に耐え切れず、不登校になった生徒の
自宅訪問から親族への脅迫も担当する。
学校外での仕事は、栃木県の秘密警察と
共同で行うことが推奨されている。

広報部は学園の宣伝活動を担当する。
次年度以降の新入生歓迎のための宣伝。
また生徒会の闇が外部に知られないための工作。

共産化教育を促すための全校生徒へ配布する冊子、
電子メールの作成、推奨書籍の検分。
ソ連の軍事パレードを模倣した体育祭など
イベントの計画、実施など。

この学園は法人経営だが、年度ごとの予算は自治体
(この作品の栃木県は共産主義に支配されている)
から多額の援助をもらえる。
収容所に鉄条網や監視塔があるのはそのためだ。

現在人手不足なのは、諜報広報委員部と中央委員部であった。

アナスタシアがスパイとして逮捕されて以来、
諜報広報委員部は腐敗した組織として内部粛清が相次ぎ、
人手の補充が間に合わない状態だった。

中央委員部も委員長の校長がミウに粛清(入院した)
されたので新しい人材が入ってこなくなった。

「校長はもうすぐ復帰するわ」

「そうなんですか?」

「ミウが消えたからネ。
 あの人はミウを恐れてずっと病院にイた」

ナージャはどちらかの委員を選んでほしいとマリエに言った。
いよいよ本格的な勧誘である。
しかしマリエには、大まかな組織図が分かっていても
細かい仕事内容まで文章から想像できない。

なにより内容が学校ではなく国の行政機関のレベルである。
明らかに高校生の生徒会の次元を超えている。

「職場見学しテから決めてもイイヨ」

「えっと、じゃあそうします」

礼儀正しいナジェージダには、
マリーも不思議と悪い気はしなかった。

ナージャは前代の会長から副官を続けていたこともあり、
人の心を誘導するのは得意だった。


中央委員部は校長が戻ってから息を吹き返した。
彼も組織の長であるからには、
膨大な仕事に追われる身である。

男女半々の人員が配置された中央委員部は、
総勢で20名にも満たない小規模な組織だった。
(保安委員部が約70名。
 諜報広報部は新規参集者を集めて40名を超えた)

11月の下旬に差し掛かった。
まもなく学園が年末を迎えようとしている。
来年度に向けて問題は山積みであった。

中央委員部が処理するべき事案は下記の通り。

・新年度の予算案(4月)
・7号室の囚人の管理
・6号室の囚人は一部開放するべきか
・卒業生への対応
・来年度の新入生の人数
・在校生の弟妹、いとこなど親戚の子供の強制入学
・外国から入学者の募集
・そのための告知、ビラの布告、テレビ、ネットを使用した宣伝

「さてと。まずは卒業生への対応ですな」

禿げ頭が光る。校長。職務に復帰である。
折れた歯は入れ直し、砕けたあごは整形して直した。

休職中に起きたことは部下から報告を受けたので
おおむね情勢を把握していた。
複雑な情勢を瞬時に理解するところは
さすが校長の地位にある人間だとして委員らから称賛された。

「毎年1000名規模の人間が卒業するわけですから、
 彼らの思想をきちんとチェックしなければなりませんな?」

ちらっとトモハル委員を見ていった。

今回は中央委員部で開かれた小さな会議であり、
会長や各委員部の代表は呼ばれないのだが、
参考人としてトモハルが招集されていた。

校長は久しぶりに職務に復帰することもあり、
アナスタシアの後任として諜報広報委員の長に
選ばれた相田トモハル委員を試す意味もあって質問したのだ。

「無論であります。冬休み明けに彼らに対し
 ペーパーテストを実施いたします。
 また4万文字以上の社会主義論文を書いていただきます。
 それが書けないようでしたら、
 思想的に軟弱だと言わざるを得ません」

「ほう」

校長はにやりとした。

「4万文字以上の論文とは驚いた。
 大学の卒業論文のようなものかね?」

「そのようなものです。こちらが納得できる内容が
 書けない場合は、マルクス・レーニン主義者として認められません。
 わが校は資本主義のスパイを卒業させるわけにはいかない。
 その場合は6号室にぶち込んでじっくりと、
 軟弱な思想が変わるまで拷問をします。
 それから卒業していただきましょう」

校長はよほどトモハルの話が面白かったのか、
両手を叩いて褒めたたえた。

「アキラ君の時代でもそこまで徹底してなかったな!!
 彼の時代は直接生徒会に逆らわない人間は放置し、
 好きに卒業させていた。ミウは彼女が個人的に
 気に入らない人間を拷問していた。奴らは拷問が趣味だった」

校長は、ナツキ新会長が、この一年生のボリシェビキに
光るものを感じていたという理由がよく分かった。
トモハルは、ボリシェビキとして『徹底している』

権力を手に入れても公私混同せず、
革命の継続と防衛のため、
生徒から容赦なく人権を奪う。

(まさにラブレンチー・ベリヤ。すなわちスターリン時代の
 大粛清を担った内務人民委員の長官を彷彿とさせる。
 あるいはニコライ・エジョフかね?)

校長は個人的な好意でトモハルに握手を求めたら快諾された。
校長が利害の関係なしに生徒を気に入るのは珍しいことだった。

他方、そんな彼らのやり取りを黙って見守っている中央委員の人間らは、
みな学園を代表するエリートであり、ボリシェビキでなければ
日本の最高学府にさえ進学できるほどの人材であった。

現にマリエはこの小さな会議室のテーブルに居並ぶ人材が
ただ者ではないことを悟っていた。

眼鏡をかけている女性がマリエの隣に座っていた。
黒髪の三つ編みで一見すると地味だ。
油断のなさそうな顔で、ノートPCに校長らの会話をメモしている。

彼女の背筋はぴんと伸び、高速タイピングする音が
大きく響くので、マリエは何度も彼女を見てしまった。

「議事録の内容が気になるのでしたら、
 ご覧になりますか?」

「い、いえ。けっこうでございます」

マリエが緊張して言うと、女子はすぐにPCに
目を戻して校長に苦言した。

「校長閣下。歓談されるのもほどほどに。
 6号室の囚人の件が急務なのをお忘れなく。
 なんのために諜報委員部から相田委員をお呼びしたのですか」

「う、うむ。そうだったな」

校長はまるで奥さんに叱られた夫のような態度で

「トモハル君に頼みがあるのだが、我々中央委員部は
 6号室の一部囚人を解放するべきだと思っている。
 具体的には2年1組で収容されている者たちだ」

「2年1組というと、堀太盛氏やミウ氏らのクラスでありますね」

「そうだ。あのバカ女の勝手な判断で彼らはクラスごと
 収容所に送られた」

今作でも2年1組はクラスごと収容所に送られていた。
愛する太盛さえ容赦なく拷問したミウへの反抗心から、
橘エリカが中心となって反生徒会的な
機運が高まりつつあったのを理由に収容所送りにした。

「そちらの委員部へすでに報告書を送っていると思うが、
 ご覧になったかね? 例の女、井上という少女だが」

「井上マリカ殿はぜひとも
 中央委員部が欲しがる人材でありましょう!!
 彼女の聡明さとカリスマは我が学園の宝です」

つまり『井上マリカ』の勧誘の件であった。

6号室へ収容された生徒達をまとめあげ、
人徳による凄まじい人望によって
民主的に独裁者になったという恐ろしい少女である。

(そんなにすごい人なの?)

マリエが初めて純粋な興味を示した。
正直この会議に参加しても
無駄に緊張するだけで何一つ面白くなかった。

しかし愛する太盛のクラスに有名人の
少女がいたとは意外だった。
しかも民主的に独裁者になるという
聞きなれない表現にも惹かれた。

「マリカの写真があるんだぜ。見てみるか?」

向かい側のテーブルに座る男子に声を掛けられた。
高校生だから当然なのだが、明らかに若い。
襟(えり)章をみると、マリエと同じ学年だった。

「顔は普通だね……」

「ああ、まあどちらかというと可愛い方だけどよ、
 一度しゃべりだすとカリスマが止まらねえんだ」

理性的な人間がそろう中央委員にしては、
粗暴な話し方をする男だった。
だらしなく髪を伸ばしており、濃い茶髪に染めている。
どう見てもチャラ男ルックのこの男は、おしゃべりだった。

「俺がこの前6号室の防諜活動をやったんだが、
 あのクラスの奴らはすっかり骨抜きにされやがって。
 アホみてーにマリッカ、マリッカ様ってコールしやがる。
 オバマ大統領の就任式でもあそこまで盛り上がらなあかったね」

「へ、へえ」

「おまえさんも一度会ってみるといい。
良い意味でも悪い意味でも刺激になるぜ? 
俺はぜひともマリカをガッチガチの
ボリシェビキにしてみてえんだ」

すると、例のメガネをかけた女子が咳払いした。

「モッチー。今は仕事中だからその辺にして」

「へへ。分―ってるよサヤカ」

マリエは初めて二人の名前を知った。

山本 モチオ 通称モッチー(高1)
近藤 サヤカ(高2)

なんと2人はカップルだった。

「ふははっ。生徒会内は恋愛自由ですからな」

校長が楽しそうに笑った。
昼間だというのにウイスキーのグラスを口に運ぶ。

「アキラ君(前会長)の時代からそうなっているのです。
 カップル申請書を会長殿に提出し、受理されれば
 正式な交際を始めてよい。そういう規則ですな」

「カップル申請書なんてあるんですか。
 どうしてわざわざ会長に許可を?
 自由に付き合ったらまずい理由でもあるんですか?」

「それはそうだよ君。学生の恋愛とは自由が過ぎるもの。
 相手の家柄や収入を考慮せずに、想いの力だけで
 恋できるからね。中には浮気ばっかりして
 女の子達を困らせている男がいたじゃあないか」

まさか、とマリエが眉をひそめる。

第6回   「マルクス・レーニン主義は聞こえが良いものさ」

第6回   「マルクス・レーニン主義は聞こえが良いものさ」

「高野ミウという汚れた売春婦の恋人だった男だよ。
 確か、苗字は堀君だったかな。
 下の名前が当て字だね。彼は最低の女たらしだった」

氷割りしたウイスキーのグラスをもてあそび、飲む。

「3号室の報告は受けているよ。彼は当時、ボリシェビキに
 なる前のミウと交際をしていながら、囚人仲間の
 小倉カナに平気で手を出した。彼は美人には容赦しないね。
 彼が女を抱き締めて耳元で甘い言葉をささやけば、
 どんな女もイチコロじゃないか。

 橘エリカを取るか、ミウを取るかで職員の間で
 話のタネになっていたんだよ? エリカ君の実兄である
 アキラ君が粛清された後は、ミウを捨ててカナに手を出すとは。
 実に笑える展開だね。おや? そういえば、斎藤君。君も彼の……」

マリエが勢い良く立ち上がったので椅子が後ろに転げた。

大きな音が立ったので一同に緊張が走る。
校長は、それはもう驚いていた。

「それ以上続けたら怒りますよ?」

「すでに怒っているじゃないか」

軽口をたたいているが、校長はちびりそうになっていた。
強制収容所生活の経験があるマリエから
発せられる殺気は獣のごとくだった。

彼女があの時どんな思いで太盛との再会を願っていたか。
どれだけ高野ミウを憎悪していたか。
校長に女心が分かるわけがなかった。

「太盛先輩のこと馬鹿にしないでよ!! 彼の優しいところ
 何も知らないくせに!! 私が失語症で苦しんでいた時、
 毎日お見舞いに来てくれたんだから!!」

惚気話とも受け取れる内容に会場がしらけてしまった。

他の委員は斎藤マリーの態度を責めるわけでなく、
ただ黙っている。それがマリエには逆に気まずかった。

マリエは会長の命で生徒会の委員部へ勧誘されている身だから、
表だってマリエの態度を注意できる人はいなかったのだ。
何より今回は校長にデリカシーがなさすぎる。

「6号室の囚人の一部開放の件ですが」

三つ編みの少女・サヤカが沈黙を破る。
真面目な委員長タイプの彼女は
時間を無駄にするのが嫌うのだった。

「同士・斎藤の意見をお聞きしましょう」

(同士?)

ボリシェビキ風の呼び方をされたので
違和感が半端ではなかった。

階級差別を廃した共産主義者達は、
呼び名においても地位の上下をつけない。

「ていうか、私が意見を言う権利があります?
 一応部外者だと思っているんですけど」

これにも周囲は沈黙で答えた。
今さら何を言っているんだ? と視線だけで訴えていた。
仕方ないのでマリエは率直に述べる。

「旧2年1組の囚人を解放するのは賛成。
 だってミウのアホが勝手な理由で逮捕したんでしょ?
 マリカって人も生徒会に必要なら説得してみたら?
 あと太盛先輩も……」

「あの方は諜報委員部で事務をされておりますが」とサヤカ。

「この際だから聞いておきたいんですけど、
 諜報委員部で太盛さんを洗脳したとしか…。
 反ボリシェビキの彼が自ら生徒会に
 入るとは思えないんですけど」

「洗脳だなんてとんでもない」

とトモハルが言う。

「洗脳したというならミウ殿でしょうな。
 ミウ殿の拷問の後、保護された太盛さんは
 自分が真のボリシェビキだと言い張って聞きませんでしたよ。
 一応入部するのにペーパーテストと面談があるのですが、
 彼は余裕で受け答えをしましたよ。テストもほぼ満点でした」

マリーは全く納得できない。
拷問に耐え切れず、別の人格を作り出したなら話は分かる。
しかし諜報委員部に入る条件の難関テストまで
さらっと合格するのには、高校生のレベルを超越した
政治知識、マルクス主義的教養が必要になる。

(どうでもいいが、かつてソ連のモロトフ外務大臣は
 アドルフ・ヒトラーと会談した際に、
 マルクス主義的教養のかけらも感じない凡人だと称した)

マリーの知っている限り、太盛が共産主義や社会主義の
勉強をしていたとは思えない。あるいはミウの影響で
ボリシェビキの思想に染まってしまっていたのか。

「残念なこと太盛殿は、
 同士・斎藤のことをすっかり忘れてらっしゃる」

「うん…」

沈んだ声でマリーが答えた。今思い出してもショックだった。
あの日、太盛との再会が叶った瞬間に言われたことは、
「そこにいる女の子もボリシェビキですか?」だった。

「我々は、太盛殿は一時的なショックによる記憶喪失だと
 認定しておりますから、当分の間は様子見をしましょう」

「様子見か……。治療とかは、できるわけないか」

「それこそ同士斎藤の失語症のようなものでしょうな。
 皮肉にも今度はあなたが太盛殿の面倒を見る立場となるのか」

よく口の回る一年生だなと、マリエは思った。
話しぶりから頭の回転の速さがうかがえる。
さすがは元野球部のエース候補にして諜報広報委員部の代表。

「太盛殿はかなりのペースで事務作業をこなしてくれている。
 仲間たちも喜んでいますよ。立派なことです。
 彼のそばにいるためにも、ぜひとも同士斎藤も
 諜報広報委員の一員として」

「そうやってなんでも勧誘する方向に
 もってくんじゃねーよ。うぜーな。
 斎藤さんも嫌がってるんじゃねえの?」

生徒会が誇るチャラ男・モチオである。
トモハルは不愉快そうに目をそらした。
生真面目なトモハルはチャラ男が苦手なのだ。

「とにかくよぉ、俺らは2年1組の連中を
 解放することで話はまとまった。
 来週の本会議で会長閣下をちゃんと口説けよな。 
 頼んだぞハゲ。トモハル」

「私をハゲと呼ぶなと何度も言っているだろ君ぃ」

「ハゲはハゲだろ」

(ぷっ、ちょっとだけ面白いかも)

マリエが会議中に見せた初めての笑みだった。


井上マリカ17歳。
趣味は読書。書店と図書館通い。活字中毒。
小柄なのがコンプレックス。
身長は149センチ(本人は150だと言い張る)

父の職業は弁護士。
母は小学生向け学習塾の講師をしている。
妹は中学三年生。これといった特徴はない。

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その日のマリエは、生徒会の職場見学として、
諜報広報委員会のトモハルと行動を共にしていた。

「収容所は廊下の奥です。壁際の鉄条網に触れると
 電流が流れますからお気を付けてください」

少し早足ではあるが、堂々とエスコートするのはトモハル。
斎藤マリーと並んで歩くのは楽しかった。

学園の花と称される少女と歩くのは、
同性に対して優越感に浸れる瞬間である。

ボリシェビキになる前は、他の野球部員と同じく
小倉カナマネージャーに恋していた時期もあった。
カナが3号室送りになってからというもの、
三か月近く話をしていない。

夏休み明けから会ってないから、もっとかもしれない。

(こんなところに6号室があったんだ…)

C棟の校舎は、マリエの一学年があった校舎だ。
進学クラス1~5組の教室は収容所として改装された。

2年1組の人が収容されているのは、
『理系コース旧1年5組』である。

扉は指紋認証。廊下にはコイル状に巻かれた鉄条網が並ぶ。
そのためスペースを圧迫し、
廊下はギリギリ人が通れるくらいの広さしかない。

ベランダから見下ろす先には、
花壇に見せかけた地雷原が仕掛けてある。
窓から脱出することは不可能だ。

教室内に設置された監視カメラと盗聴器。
教室とは名ばかりの完全なる収容所であった。

旧2年1組の生徒達は、この圧迫された空間の中で
共産主義的教育を受け、模範囚として過ごしてきた。

一日三度の生産体操を始めとして、
マラソンなどの基礎体力作り。

ロシア語や英語を鍛える訓練。
G7の全ての国の閣僚の名前と政治制度を把握した。

囚人達にとっての奇想天外だったのは、
外国の視点から見た日本国の存在だった。

日本は、その弓上列島の形をもって
ソ連(ロシア)海軍の太平洋への出口を塞いでいる。
台湾、フィリピン、アリューシャン列島。
いずれの方面に進出するにしても日本国の周囲を通ることになる。

極東方面の軍事情勢を考える際に日本とは
全く邪魔であり、存在そのものが不愉快である。
(中国、北朝鮮も同様の認識)

島国で軍事力の強い日本は、外部からの攻撃ではなく
内部工作によって崩壊させるのが得策という、
KGB(ソ連国際スパイ組織)の時代からの構想を引き継いだ。

囚人達はマルクス系の文献を読破し、革命的情熱を高めた。

(と生徒会は思っていたが、実際は全く逆である。
 誰一人マルクスの思想に染まってはいなかった)

このような有力なボリシェビキは、
卒業後に軍隊で訓練を受ければ特殊部隊の兵隊となる。
あるいは外務省所属のエージェントとして
敵対国に潜入させることができる。

知的エリートの多い1組の生徒は、
後者の道を歩むことになるであろう。
テロ、大衆の扇動、破壊工作をするに
最も必要なのは知性、体力、気力である。

ここまで書くと6号室も7号室同様に過酷な
環境に思えるが、7号室と決定的に違うのは
夕方になると帰宅することが許される点だ。

ちなみに翌日に登校しない場合は
連帯責任で家族や親戚を誘拐、拉致すると脅されている。
(病気などやむを得ない場合は除く)

親族を人質にとるのは共産主義者の常套手段である。

前作でも述べたが、彼らの住んでいる県は
警察や裁判所などの公的機関もボリシェビキであり、
町全体に広大な監視網が敷かれている。
そのため県外への脱出は容易ではない。

SNSは諜報部にチェックされているから、
友達同士のやりとりも慎重に行わなければならない。

次年度以降の入学予定者に家族を誘うように強制もされていた。
もちろん生徒会の悪口を言いふらすのは危険である。

それでも、家に帰れるのは大きい。
家族と食卓を囲むことができる。
家にはテレビやネットがある。
甘いものが食べられる。漫画が読める。

こういった息抜きがなければ、やがて死んでしまう。

「正式には強制収容所6号室、第五特別クラス。
 現在の収容人数ですが、34名です。
 うち6名は欠員となっております」

「欠員が多いんだね。太盛先輩と売女ミウ他には?」

「2号室行きになった柿原、田中です。どちらも男子です。
 女子は小倉カナ。同士・斎藤にとってはどうでも良い話だと
 は思いますが、私が野球部だった頃のマネージャーでした」

マリエが無関心なのは田中と柿原の方だった。
彼女は見逃さなかった。トモハル委員が小倉カナのことを
語る時に優しい瞳をしていたことを。

あれはボリシェビキの顔ではなかった。
憧れの人とか、遠く離れてしまった友を想うような感じだった。

「その女の人は、君にとって大切な人だったんだね」

だから自然と口にした。トモハルは驚いたようにマリーを見てから

「そうです。本当に大切な人でした。
 だからだろうか。僕はあなたが太盛殿を
 失った悲しみを少しは理解しているつもりです」

言っているうちに恥ずかしくなったのか、ぶ厚い手帳を
懐から取り出して、ペラペラとめくり始めた。
マリエには少しおかしかった。
トモハルの目が明らかに泳いでいるからだ。

「ありがとね」

トモハルの頬はトマトのように真っ赤になっていた。

(カナ……か)

あとで、小倉カナのことを詳しく聞こうと思った。
今はまだその時ではないが、太盛の浮気相手の一人なら
マリエも知る必要がある。今は三号室に
収容されているという話だが、一体どんな生活を送っているのか。

トモハルが扉を開けると、6号室の囚人たちは緊張した。

「看守が来たぞぉ」

トモハルの襟のバッジが光る。
ひとつの委員部の代表ともなれば、
政治家で例えると閣僚(大臣)である。

トモハルは彼らに対して下級生であるが、
その地位の差は歴然。
男子達が女子を守るように立ちはだかっていた。

(エリカがいる……)

マリエは、特に目立つオーラを
発している橘エリカを見落とさなかった。
彼女はボリシェビキとは目を
合わせないよう、うつむいている。

太盛を失った悲しみからか、顔に覇気がない。
勝気だった彼女だが、今は憂いがあって前よりも
魅力があるとクラス内では定評があった。

ミウがいなくなった今、クラスで一番の美人はエリカだった。
それ以前はミウの美しさとは
甲乙がつけがたいと男子が評していたのだ。

「騒ぐのはやめなさい。私は無実のあなた方を
 処罰しに来たわけではありません。むしろ逆であります。
 我が生徒会は本会議の結果を伝えに来た。あなた方
 第五特別クラスのみなさんを解放することに決定したのです」

ざわつきは、止まった。
彼らが、なぜざわついていたのか。
トモハル委員が怖いこともあるが、何より7号室行きになったと
もっぱら噂だった斎藤マリーがそこにいるからだった。

「どうせ嘘でしょ?」

女子の一人が言った。

「本会議の結果は会長のご意思と考えてよろしい。
 これは中央委員会から提出された議題であり、
 正式に可決しました。もはや我々にはあなた方を
 収容所へ拘束するいかなる理由も存在しない」

トモハルが、壁際に集まり、距離を取っている生徒の
群れの先頭にいる女子に紙を手渡した。
高倉ナツキ会長の署名が入った指令書である。

「確かにこれは間違いないわ」

その人こそ、井上マリカだった。

「みんな、これはうれしい知らせよ。
 みんなの努力は無駄じゃなかった。
 私達は今日から解放されて一般生徒に戻れるのよ!!」

教室は歓喜の怒号に包まれた。
男子達は、人生初のプールを
体験したゴリラのような顔ではしゃいでいる。
プールの水の冷たさに喜びのダンスを踊っているかのようだ。

このクラスの特徴の一つとして生徒会よりも
マリカの言葉を重視することにあった。
クラスの代表として選出されたマリカから
正式に開放を告げられたとなれば、
歓喜しないわけにいかない。

(なんて結束力の高さなの)

マリーはただ圧倒されていた。
クラスで一番の背の低い、一見すると
平凡そうに見えるマリカのカリスマ性。

弁舌の天才だと生徒会で評判だった。
マリーはナツキ会長や中央委員会の人など
エリートといわれる人はたくさん見て来たが、
マリカはまた一味違う気がした。

それもそのはず、マリカは人心をつかむのに
暴力や脅迫の類は一切用いらないからだ。
科学と理性を重視する代わりに人命を冒涜する
ボリシェビキとは対照的で、宗教の創始者のような人物であった。

「ただし」

トモハルが静かに告げる。

「条件がございます」

「はい?」

これにはさすがのマリッカ様も同様する。

「井上マリカ殿。貴殿は我が生徒会内部で
 高く評価されております。大変に名誉なことでありますぞ。
 貴殿には、ぜひとも我が生徒会の一員となっていただきたい。
 この条件を受け入れれば、クラスのみなさんは解放する」

歓声は終わり、クラス内がまた静寂に包まれる。

「あの男は今なんと言ったんだ……?」
「マリカ様を生徒会に……?」
「私のマリカ様を悪の組織に?」

ある意味、本末転倒だった。
彼らが6号室での生活を余儀なくされた当初は
激しく混乱し、内部分裂の恐れがあった。

今日まで内乱も脱走も紛争もなく、平和に
解放の日を迎えられたのはマリカの統率のおかげである。

クラスの女神ともいえるマリカを悪の組織に
売り払い、自分達だけが一般生徒に戻るなど、
認められるわけがなかった。

トモハルにつかみかかろうとした男女が数名いたので、
マリカは急いで制した。

「みんな、お願いだから待って。私が決めることだから」

また、クラスが静まり返る。
マリカが静かにしろと言ったら静かにする。
騒げと言ったら騒ぐ。本当に分かりやすいクラスである。
ちなみにマリカのファンには危険な意味での同性も存在した。

「相田トモハル委員。
 あなたの質問に答える前に、
 こちらから一つ質問してもいい?」

「遠慮なくどうぞ」

「あなたの隣にいる女性は、斎藤マリエさんだよね?
 確か7号室に収容されていたはず」

「いかにも。彼女は無事解放され、
 現在では生徒会の一員になろうとしています」

「なろうとしてる?」

「おっと。正確には職場見学をしていただいております。
 中央委員か、我々諜報委員部のどちらかに
 加入していただきたいと思っておりまして」

「それはあなたが決めたこと?」

「会長のご意思であります」

「ふーん」

マリッカはあごに手を当て、少し間を置いた。

「爆破テロ未遂犯。重罪人のはずの斎藤さんが
 解放された理由が分からない。
 ミウ閣下のお許しは得たの?
 それと生徒会を憎悪しているはずの
 彼女が生徒会に入る意思は示したとも思えない」

鋭く、えぐるような指摘の連続に

「むう」

トモハルはうねる。

深呼吸してから、ミウの内部粛清の件、
太盛の自主的生徒会への加入をくわしく説明した。

当時ミウの粛清は大ニュースとして校内を駆け巡ったのだが、
極端に外部との接触の少ない第五特別クラスの
彼らの耳には入ってなかった。
そのため天と地がひっくり返るほど驚いていた。

「ミウの粛清は……まあ分かるよ」

マリカが周囲を沈めてから続ける。

「いくら副会長でも自己中すぎたからね。
 死んでほっとした。
 本当は私が殺してやりたかったくらいだけど」

マリエも心の中で大きくうなずいた。
ミウは数え切れないほどの人に恨みを買ってきた。
それこそ全校生徒の大半が彼女に殺意を
持っていたとしても過言ではない。

「あの堀君が自分からボリシェビキになった理由が
 ちょっとね。3号室と6号室を経験している人が
 なんで自分から? しかも勤務態度が優秀なんだ」

「それは自分達にも詳細は分かりません。
 とはいえ、人材不足の折に加入していただけるの
 は助かっております」

「なるほど。人材不足なのか」

トモハルは嫌な予感がした。
マリカの目が今日一番鋭くなったからだ。

「結論を言うね。私は生徒会に入らないよ」

「な……」

「だって優秀な人が欲しいんでしょ?
 私は自分が優秀だとは思ってないし、
 ボリシェビキになるつもりはない
 それでも私が欲しくてたまらないのは
 生徒会が内部崩壊しつつある証拠だよ」

「内部崩壊ですと……?」

「うん。まず組織ってのはね。中核となる人間が
 内部で殺されてるようじゃだめだよ。
 ミウ副会長はバカだったけど、学園一の権力者だったでしょ?
 前会長のアキラ派を革命裁判で一掃したわけだし。
 今回もそれに近いことが起きる気がする」 

「ずいぶんとはっきりおっしゃる方だ。
 マリカ殿でなければ地下室送りになるところですよ。
 その発言はのちに会長の知ることになることを
 もちろんご存知ですな?」

「だからなに? 好きなだけ話してくれて構わないよ。
 会長殿に私を痛めつける気がないのはわかり切ってる。
 だから斎藤さんを解放したんでしょ?
 私と斎藤さんに共通するのはミウのわがままで
 収容されたってこと。穏健派のナツキ君が
 無実の私を殺すとは思えないなぁ」

「ナツキ、くん? 会長閣下にずいぶんと……」

「悪い? だって昔あの人と友達だったから」

この事実にトモハルは凍り付く思いがした。
マリカは一年生の時にナツキと同じクラスだったのだ。

勉強熱心。物静か。読書が好きなどの共通点があった
二人は仲良しだった。生徒会のナツキ。帰宅部のマリカ。
政治思想の違いはあったが、周囲からは恋仲と
噂されるほどには親しかった。

「別に無理に開放してくれなくていいよ。
 そんな条件を飲んだところでこっちにはメリットがない。
 私が共産主義者になったらみんながバラバラになる。
 私はまだ囚人のままでいるからね。ここにいるみんなと共に」

トモハルには、返す言葉が思い浮かばなかった。

 マリカが収容所に残ると言えば、他の生徒も喜んで
 残るのだ。旧2年1組とはそういう組織だった。

「諸君、聞いたな!! マリッカ様のご決断を称えよう!!
 マリッカ様万歳!! 生徒会の権力に屈しない
 彼女の勇気をみんなで称えよう!! さあ歌え!!」

音頭を取るのはクラスの代表の一人であるマサヤである。
太盛の親友だった彼は、権力者に媚を売るのがすっかり得意に
なってしまった。仮にトモハルが生徒会長になったら
喜んで靴の裏を舐めることだろう。

2年1組は怒涛の勢いで拍手の渦に包まれた。
その輪の中心にいるのは、マリカであった。
彼女は10センチ以上の身長差があるのに
トモハルを見下ろすように見つめながら言う。

「まだ仕事が山ほど残ってるんでしょ?
 いつまでも囚人なんかに構ってないで
 さっさと職場へ戻ったらどうなの。
 時間を大切にするボリシェビキさん」

トモハルは、肩を落としてその場を去ることにした。
廊下にひかえる警備兵が、トモハル委員の憔悴した様子に
驚いていた。マリーは教室を去る際にマリカと目を合わせた。

小声で「すごいですね」と言ったが、
マリカは聞こえないふりをした。

初対面なのに嫌われているのかなと思いながら、
マリエは静かに扉を閉めた。



「そうか。井上マリカがそう言っていたのか」

ナツキはティーカップを傾けながらそう言った。
会長室は日当たり良好。執務室の椅子を窓際に向けると、
カーテン越しに心地よい日差しを浴びることができる。

12月を迎えても日中の屋内は暖房がいらない。
新築したばかりの会長の執務室は快適そのものだった。

「トモハル君は二度ト話したくないと嘆いていたそうヨ。
 よほど苦手な相手ナノでしょうね」

副官のナージャもソファに体重を預けてティーカップを持っていた。
二人ともブラックコーヒーを好む大人っぽい高校生だった。
会長室にコーヒー豆の香りが漂うのは日常である。

「やはりマリカを口説くのは容易ではない。
 もちろん想定できなかったわけではないが」

「こちらの弱みを正確についてくるあたりが
 怖いところネ。あの子の洞察力ハすごい」

「だからこそ、なんとしてもこちら側に
 組み込まないといけない人間だ」

強制収容所7号室では、にわかに反乱の気運が高まっていた
斉藤マリエのみが、特別に解放されたことを
納得した囚人は一人もいなかった。

彼女が特別扱いされたのは、会長の好みだったから
なのかと、ますます反感が高まった。
もしマリエが再び7号室に戻ったら、
八つ裂きにされかねないほど殺伐としていた。

男子と違い、今まで大人しくしていた彼女らが結託して
動き出したら予想がつかない事態になる。

そして執行部員の怠惰である。
ミウの時代から指摘されていたことが、
最近ではますます悪化してきた。

あの夜、マリエと酒盛りをした看守三人は
翌日口頭で注意を受けたが、体罰は行われなかった。

本来の生徒会の規則ならば即粛清である。
看守の立場で囚人と仲良くすることは、
スパイとして認識されてしまうのだ。

しかし執行部員は法の執行を担う手足。
最前線で戦う人材である。
2号室を中心に囚人の反乱は日常的に発生している昨今、
執行部員を過酷な拷問で再起不能にするわけにはいかない。

生徒総数三千を超える学園において、
管理する側の生徒会側の人数が慢性的に
不足しているのは過去作で何度も述べた。

スパイ摘発を促進させるため、
生徒会への通報による報酬システム。
各クラスで月ごとに強制させているクラス裁判
カメラや盗聴器を張り巡らせた監視網。

諜報広報委員部はあらゆる知恵を出して
生徒の人権を奪い続けたが、
生徒のボリシェビキへの憎しみは増す一方だ。

最高権力者のナツキは
支配と暴力を好む人間ではなかった。

前会長のアキラ。右腕のアナスタシア。
続いて権力を握った副会長の高野ミウ。
彼らのような冷酷さがあれば、
生徒を恐怖で服従させることができる。

マリカの指摘は的外れではなかった。

ナツキはミウ亡き後に
彼女に変わるカリスマを求めていた。

7号室の200を超える男女の囚人
2号室の狂暴な囚人。
最も恐ろしいのは、6号室第五特別クラスの
人間が、一斉に反乱を起こすことだった。

今まで模範囚だった彼らが、マリカの統率の元に
どんなたくらみをしてくるか分かったものではない。
だからこそ、早めに解放して毒抜きをしたかった。

(苦肉の末にネップ経済を採用した時の
 同士・レーニンもこんな気持ちだったのだろうか)

ナツキはいっそ恐怖政治を改めて、ある程度の
自由な思想を認めるべきだと考えたが、
ナージャに絶対にダメだと止められた。

徹底した粛清が革命を存続させることは
歴史が証明しているからだ。

「考えすぎてはダメよ」

ナージャがナツキの肩に手を置いた。

「ナツキには優秀な部下がたくさんいる。
 今はミウが死んだ混乱で一時的に規律が乱れているだけ。
 イワノフが怠惰取り締まり委員会を作ったから、
 すぐに執行部員たちの規律は改善されるはずよ」

「ああ」

ナツキは窓の外を見ていた。手入れされた芝は
日光を浴びてキラキラと輝いているように見えた。
吹き荒れる風が窓ガラスをかすかに揺らす。

外と中で体感温度に相当な差があることだろう。

「生徒会は、こんなに大きな組織になる必要はなかった」

ナージャが無言で続きを促した。

「僕はアキラ会長の時代にあったものを引き継いでいるだけだ。
 僕は根っからの共産主義なわけじゃない。
 一年生の時に生徒会に入ったのも、たまたまだ」

「アナスタシアが推薦したのよね」

「そうだ」

若き日の自分。今より1年若いだけだが、
まるで別人のように思えた。

「マルクス・レーニン主義は聞こえが良いものさ。
 差別のない社会。資本家の奴隷にならない労働者。
 労働者と農民のための国家。人種・言語・宗教による
 区別なく全ての国民がソビエトのために団結する」

ナツキは幼い頃にカイロの英国スクールで育った。
その経験から日本人離れした国際感覚を身に着けていた。
外国人と分かりあうことが、いかに困難なのかは熟知している。
地球人類にとって思想や宗教は、共通の言語であり便利なツールなのだ。

1年生の時のナツキは組織委員部に所属していた。
当時、新鋭のボリシェビキとしてすでに頭角を現していた。

彼は組閣や管理業務に才能を発揮した。
生徒会へ加入するためのペーパーテストは
彼が問題集を作った。それが現在でも使われている。

収容所の囚人の管理では、執行部の一方的な虐待と
ならないように、組織委員部との共同管理とさせた。

組織委員部は常に囚人の体調に気を配り、思想を教え、
有望なボリシェビキとして成長した者は進んで解放した。
暴力だけで生徒を屈服させないようにと、
校内で共産主義のビラを配布させていた。

このように人道的な処置を次々に考えたことが
アキラに認められ、二学年時に組織委員部の長に任命された。

『私があなたをお兄様に推薦したのを忘れないでね』
『ナツキ君は委員の責任者になってもお人よしのままなのね』
『休みの日はデートしようよ』

花のように明るいアナスタシア。彼女に共産主義を
薦められなければ、今頃マリカのように
健全な生徒のままだったのかもしれない。

あのアナスタシアが、爆破テロ犯らと組んでいた。
そしてミウに粛清される。
アキラも消えた。ミウは最近死んだばかりだ。

ミウのことは好きだった。
ミウの母公認で彼氏彼女の関係にもなれた。
だが彼女は心の奥底で太盛だけを追い求めていた。

失恋することが前提の恋。
皮肉が過ぎて、頭を掻きむしりたくなる。

「会長になって思うことは、ただむなしいだけだ。
 僕は大した目標もなく革命の成果を
 守り続けることしかできない」

「それでいいのよ。全世界の社会主義・共産主義同盟の
 拠点が日本にある。カール・マルクスの肉体は滅びても
 思想は永遠に生き続ける。素晴らしいことだと思うワ」

ナジェージダ・アリルーエワはソファから立ち上がった。
ナツキの空のカップを取り、コーヒーメイカーから
新しいコーヒーを注いだ。
彼女が時間をかけて戻るまで、ナツキは一言も話さなかった。

「ねえ。ナツキ」

小さな音を立ててナツキの机にカップを置いた。

「ドウシテ斎藤マリエを救っタノ?」

不思議なことに、ナツキはその理由を
生徒会の誰にも話してはいなかった。

「あの子がミウに陰険ないじめを受けていたからだ。
 僕はミウの身勝手さが許せなかった。だから会長として…」

「半分嘘ね。あの子のことガ好きなんデしょ?」

ナージャの雰囲気に軽い嫉妬が含まれていることを
ナツキは悟った。好きかと言われれば、おそらく好きだ。
ミウを失った悲しみを癒したいだけなのかもしれないが。

もちろんナージャのことも好きだが、恋人として
意識はしていない。彼女もそれは分かっているはずだ。

ナージャはナツキの瞳の奥に、純真無垢だった頃の
高野ミウが今も生き続けていることを知っている。
出会って間もない頃からナージャはミウを嫌っていた。
一刻も早くミウのことを忘れてほしかったが、
まだまだ時間がかかりそうだ。

「ナツキの好きな人は、コロコロ変わる」

ナツキはあえて返事をせずに、
いつまでも窓の外を眺め続けていた。

第7回   「おいハゲ その人困ってるじゃん セクハラはやめろよ」

あれから6号室の囚人達は、いつものように
井上マリカを中心としてボリシェビキとなるべき
訓練(授業)を精力的に受け続けていた。

12月の末になれば冬休みが待っている。
前に何度も述べたが6号室の囚人にも当然冬休みがあるため、
あと少しの辛抱で年末年始は学園から遠ざかることができる。

彼らには普通の学生のような学期末のテストなど存在しない。
12月になってから政治思想(共産主義)や軍事史などの
専門的な書物を読む時間が増えた。

ある程度読んだら、本の感想を書くか、自説のあるものは論文を書く。
民主主義、資本主義を批判する内容が称賛される。

ボリシェビキを憎む生徒らにとって不快の極みであったが、
命令である以上は書かねばならない。
囚人に自由な選択肢などないのだ。

「君はすごい分量を書いているな」

マサヤが言う。彼の隣の席で何枚もの原稿用紙と
格闘しているのは橘エリカである。
令嬢として知られ、女子のクラス委員だったこともある。

彼女は実の兄(アキラ)と姉(アナスタシア)が生徒会に
粛清されてしまったことから、
ボリシェビキを深く憎むようになった。

こういう授業を一番嫌うのはエリカだった。
それなのにすごい勢いで書き続けている。

書いている内容は、日本の政治批評であった。

今国会の会期中に災害復興よりもIR法案の可決を
優先しようとしている自民党のやり方が気に入らない。
野党の指摘も自民党の揚げ足取りが中心で、
有効な政策や代替案を示しているわけではない。

また政党の数も無駄に多いばかりか、
一度も第一党になったことがないところが9割。
『国家運営の経験ゼロの無能者』の集まり。

これは米英の議会と比べても明らかに異質であり、日本国の
後進性を示している。この国に民主主義は潜在的に適さない。

国会では自民党が過半数の議席を持っており、
ひとつの党の中でいくつもの派閥が作られている。
日本が議会制民主主義国家の体を成していないという点で
野党議員らの指摘は正しい。日本国民は当然持つべき認識である。

IR統合型リゾート施設の可決施行を急ぐ自民党は、
内需を外個人観光客に依存しすぎている。
若者を中心に購買力の極端な低下(低賃金)
少子高齢化の影響を示しているといえる。
(外人の消費はGDP規模で4兆円に達している)

少子高齢化は財政のさらなる悪化に歯止めがかからない
ことを意味している。1000兆を超える政府の負債の
債務残高はG7各国と比べても極端に多く、
国債保有比率の40%は中央銀行である日銀が占める。
そして金利変動の指標となる10年もの長期国債の利回りは…(略

このような内容をひたすら書き続けていた。
途中で歴史の話を混ぜ、レーニンのネップ経済の
一定の成果について評価するなど、
ソ連の財政政策を褒めることを忘れなかった。

論文はすでに20枚を超える分量になっている。
原稿用紙は学園で配布される400字詰めのものである。

問題点の分析、批評はボリシェビキ教育の基本である。
暴力革命を推奨する生徒会は、既存の制度の破壊に全力注ぐのだ。

「当然よ」

机から顔を上げて、マサヤを見た。

「私はボリシェビキを目指しているんだから」

(えっ) と思ったが、口にはしなかった。

マサヤは、エリカが珍しくやる気になっていることを
不思議に思ったが、それにしても迷いのない目で
ボリシェビキを自称するなど普通ではない。

「クラスのみんなには申し訳ないけど、
 私は生徒会に入ることにしたの」

「バカな…」

太盛に会うためかと、マサヤは察した。
これは大問題である。第五特別クラスはマリカ以下、
反ボリシェビキ、反生徒会で一致団結しており、
一部の乱れも許さない流れになっている。

過去に一名の離脱者が出た。担任の横田リエである。
授業態度などが囚人としてふさわしくないとして
3号室に送られた。クラス裁判の末にマリカも認めたうえでのことだ。

あれがこのクラスで開かれた唯一にして
最後のクラス裁判となるはずだった。

※クラス裁判
収容所と通常クラスを問わず、必要に応じて開かれる裁判である。
膨大な生徒を把握することが困難な生徒会に変わり、
各クラスの代表が判事となって反乱分子の摘発に努めるのだ。

「橘さん。考え直すことはできないの?」

井上マリカが重苦しい顔で訊いた。

放課後、第五特別クラスの代表の三名が残って
話し合いをすることになった。看守には説明済みである。
他の生徒達は授業が終わり次第速やかに帰宅させられる。

このクラスには、生徒会の命に応じて五人の代表が選ばれた。
クラス内の投票によって選ばれた五人の代表は、
マリカ、マサヤ、エリカ、太盛、担任の横田である。
現在まで残っているのは前半の三人のみだ。

「マリカさんのおっしゃる通りだぞ」

2年1組の時は男子のクラス委員だったマサヤが言う。

「太盛に会いたい気持ちは分かるが。俺だって
 奴が収容所送りにされた時は心が痛んだものだ。
 だがな、奴は諜報部の所属だ。
 陰で俺たちを監視してくださっているみなさんの
 ところで君の働くのか?」

「悪い? 私はこれから兄さんたちのような
 立派なボリシェビキとして働こうと思っているのよ。
 こんなところでいつまでも勉強しているより
 よっぽど有意義だわ」

「橘さん」とマリカが指を唇に当てて注意した。

今ここにいるのは彼ら三人のみ。代表同士の会合は、
部外者を立ち入り禁止できる決まりになっているのだ。
しかし盗聴器がたくさん仕掛けられている。

正直マリカらも盗聴器の正確な数など把握していない。
壁や天井に巧妙に偽装されて設置されているそうだ。

「今さら盗聴されたって気にしないわよ。
 むしろどんどん私の情報を流してほしいわ。
 私の強い願望がすぐに諜報部の知るところになるわ」

「あのね、橘さん」

マリカは表情を険しくした。

「私たちが今日までミウの圧政に耐えてこられたのは
 みんなの団結力があってこそ。苦しい時はみんなで
 苦しみ、悲しい時は泣き、励まし合い、
 どんなに辛くても笑顔で頑張ってきた。
 あなたはそれを忘れて、私たちを
 取り締まる側の組織に入ろうとするの?」

まさしくその通りだと、マサヤは腕組しながら頷く。

エリカは頭痛をこらえるような顔で黙っていた。
瞳だけはマリカを強く見つめているが、
何も言い返せないのだ。

「たとえ百歩譲って私とマサヤ君が許したとしても、
 他のみんなは許してくれないよ。あなたが想像している以上に
 みんなの感情は強い。どんな感情かはあえて言わないけどね。
 脅すようで悪いけど、ここから反逆者を出すくらいなら、
 スパイ容疑者としてあなたが摘発されるかもしれないよ?」

※スパイ容疑者の摘発
(てきはつ)=悪事を暴いて世間に公表すること

いわゆる通報システムのことである。
クラス裁判を通じて十分な証拠調べの末に罪を
立証した場合は、スパイとして諜報部へ突き出すことができる。

クラス裁判を通じて送られた人間は
高い確率で重罪人として処罰される。
判決後、直ちに保安委員部へ身柄を引き渡され、
尋問と拷問の末に収容所2号室へ送られることが多い。

「逆に私をスパイだと立証できなければ
 クラスメイト全員が連帯責任で処罰されるけどね」

そこも痛いところであった。この時点でエリカが
反体制的な言動をしたわけではない。
純粋に太盛を手伝う目的で生徒会に参入するのなら、
少々不純な動機ではあるが、生徒会に認められる可能性はある。

※証拠不十分の場合の連帯責任
エリカの兄アキラの時代に作られた制度である。
恣意的(しいてき)なスパイの摘発を防ぐのが目的。
ミウ副会長はこの規則を進んで破ったため、反感が高まった。

「橘さんのお姉さんは反逆者として処罰されたよね。
 お兄さんはミウ派によって粛清された。
 あなたは生徒会に入ったとしても相当やりづらい
 立場だと思うよ?」

「そ、それでもかまわないわ。
彼のそばで力になれるんだったらそれで」

「じゃあ私の個人的な意見を言わせてもらうね。
 あなたの申し出を認めません。このクラスの代表は
 私たち三人になっているけど、実質的な
 指導者は私だとみんなが認めてくれている。
 あなたの申し出は、第五特別クラスの代表の
 井上マリカが正式に却下します」

重い沈黙が、三者の間に訪れた。

マリカはこの時初めて『代表』の権利を強調(行使)したといっていい。
このクラスの民主的独裁者になっても尚、謙虚さを維持し続けた
彼女が、エリカの前では厳しい言い方をしたのだ。
マサヤは衝撃のあまり算数パズルを解いている時の
チンパンジーの顔をしてしまった。

エリカはバカではないから、
この状況を予想しなかったわけではない。
マリカが組織を第一に考えることは知っている。

エリカの意志が他の生徒達に知られたら、クラスは
大混乱に陥り、最悪一日中議論や裁判を続けることに
なりかねない。このクラスは特別話し合いや議論が好きな人材が
揃っているから、大事になることは容易に想像できる

「私はたとえクラス全員を敵に回して諦めないわ」

エリカ悔しそうに目に涙をためながら言った。

「考えても見てよ。ミウが出しゃばる前は、
 私が太盛君の彼女だったのよ
 ここでの生活はみんなと一緒だからもう辛くはないわ。
 でも彼に会えないのは耐えられないの。今彼に会えなかったら、
 たぶん卒業するまで会えない。いいえ。多分一生会えない。
 卒業したらみんなバラバラになりそうな気がする」

「卒業後の進路は確かに分からないね。
 私達は貿易や軍事とか国際関係の仕事に
 就くことになりそう。
 有力な進学先がサンクト ペテル ブルク大学だし」

※サンクト ペテル ブルク大学
ロシア最古の歴史を誇る大学である
ピョートル大帝の命により1724年に創立された。
学力のレベルは日本で例えると京大のようなもの。

サンクト ペテル ブルクはロシア帝国の首都であった。
同大学はロシアで最初に作られた初の高等教育機関であり、
科学研究のメッカとしても有名である。

ソ連の建国の父・レーニンはこの大学の法学部出身。
在外学生として入試試験を受け、全教科満点を獲得。
試験官は、彼に修了証明書を与えるよう推薦した。

聖なるペテロ = 露サンクト・ペテル
英セント・ピーター
キリスト教に登場する聖人のことである。
語末のブルクは『町』を意味する

マリカたちのいる学園が国際スパイやテロリストを
養成するための組織なのは今更説明するまでもない。
国際スパイになる者は、まず名前を捨て、
家族や故郷を捨て、身分を偽って
敵対国に潜入して防諜活動に専念することになる。

少し話がそれてしまうが、
第二次大戦前に日本に潜入していたKGBのスパイに
『ゾルゲ』という男がいた。内務省に通じた
日本の共産主義者から情報を集め、太平洋戦争開戦日の
情報までスターリンに流していた。

※KGB(かーげーべー。ソ連国家保安委員会の略)

つまり、ソビエト連邦政府は事前に真珠湾奇襲攻撃の
日程を知っていたのだ。ソ連は対日戦に備えてシベリア
満州国境に張り付けていた『100万を超える訓練された陸軍』を
欧州へ送り、ドイツ軍のモスクワ攻略を防ぐことに成功する。

「あのドイツ軍を首都から遠ざけた。
 奴らは無敵じゃない。俺たちでも勝てるんだ」
 一億を超えるソ連国民は熱狂し、士気を高めた。

リヒャルト・ゾルゲのように
専門機関で訓練された『知的エリート』は、
世界大戦の行方さえ左右してしまうのだ。

恐るべきことにゾルゲは、ドイツ軍の将校からも
情報を収集して「ドイツの対ソ侵攻作戦」
バルバロッサ作戦の具体的な日程まで
把握していたから驚きである。

ドイツ軍部と外務省が保有していた
最大レベルの機密情報まで知っていたことになる。

1941年6月22日
ゾルゲの忠告を無視したスターリンの愚策により
ソ連が『ドイツ軍主力300万』の奇襲攻撃を受けた際、
日本にいたゾルゲは、終夜泣き続け、
「何もかも終わった。ついに祖国が滅びてしまう」と嘆いたという。

訓練されたスパイの彼でさえ、涙を禁じえなかったのは、
ドイツに勝てる見込みなど万に一つもないと考えていたからだ。
ソ連人のドイツに対する恐怖が良く伝わるエピソードだ。

『1941年のドイツは世界で最も訓練された、
 地上最強の軍隊を保有していた』
これが連合国(戦勝した側の国)の共通認識である。

ドイツが最強国だったのは第一次大戦時も変わらない。
近代史において『欧州最強』を名乗れるのはドイツのである。
(物量に勝るアメリカを常に敵に回したために
最後は敗れることになるのだが)

この辺りは我が国の国民には想像しにくいところであろう。
日本国の教育では負けたことばかりが強調され、
世界大戦の本質が分からないようになっている。

ずいぶんと話が脱線したので
エリカたちの話し合いの場面に戻すとしよう。

「お願いよ。マリカさん」

エリカはマリカの手を優しく握った。

「あなたが許可をしてくれたら、私は明日からでも
 生徒会のみなさんの一員になれる。
 誓ってみんなの敵にはならないと誓うわ。
 太盛君はデータ入力の仕事をしているんでしょ?
 なら私もその隣でタイピングでもしているわ」

「ちょっと考えさせて」

そう言い、マリカは目を閉じたまま数分間沈黙した。
エリカは祈る気持ちでマリカの返答を待つことにした。

(おいおい、まさか許可するわけじゃないだろうな?)

マサヤは生徒会に関わりたくないと思っていた。
彼は権力者に媚を売って生き伸びてきたのだ。

ミウが生きていれば女神と仰ぎ、死ねば平気で売女と呼ぶ。
彼はプライドを捨ててでも自分の立場を守ってきた。
もちろん自分が無事なら収容所生活のまま卒業してもいいと
思っていたから、エリカの離脱による混乱は絶対に阻止したかった。

「うーん」

マリッカは頬図絵をつき、明後日の方向を見ている。
彼女がテスト中など、本気で考え事をしている時の仕草だった。

マリカ……長考!!
まさかの……長考!!

これにはマサヤもエリカも焦りを隠せない!!!!!

マサヤは冬なのにハンカチを取り出し、顔の脂汗を拭く。
エリカは先生に怒られている生徒の心境になり、
答えを聞くのがだんだんと怖くなってきた。

実に5分に及ぶ静寂の後、
ついに真理華(漢字ver)が口を開いた!!!!

「やっぱり裁判だね」

エリカ、驚愕!! この学校は共学!!
マサヤは思わずガッツポーズ!!!!
握りしめた拳は天へ向けて高く伸ばされていた。

「私の一存で決めてしまったら、やっぱりみんなに悪いし、
 学園の規則に従ってクラス裁判を開催しようか。
 判事は私がやるから、弁護人と検察役はあとで
 話し合って選出しよう」

エリカは激しく落胆した。
クラス内でエリカの身勝手な考えを支持する人など
存在するわけがない。きっと女のわがままと言われておしまいだ。
そう考えていたのだが。

裁判当日になった。

「投票の結果は半々ですか」

判事の席に座ったマリカが首をかしげる。

検察役はマサヤが。
弁護士約はエリカのお付きだった女子が勤めてくれた。

「みなさん、よく聞いてください。
 エリカ様の一人の男性を想う心は尊いものですわ。
 もはや政治思想の違いなど、ささいなことだと
 言わざるを得ませんわ!!」

この女子も相当なお嬢様であり、かなりの雄弁家だった。
彼女の弁護が聴衆役(裁判員裁判)のクラスメイトらを
感動させ、エリカに対する同情が集まった。

判事のマリカは、被告席に座るエリカへ発言を求めた。

「私はこのクラスに対して一切敵対しないと誓います。
 なぜなら皆さんが立派なボリシェビキ候補として
 高度な教育を受けていることを知っているからです。
 私とて、みんなと離れ離れになることを悲しく思っています。
 それでも尚、私の心はすでに固く……」

エリカの演説も見事だった。
私のいずれかの過去作で述べた気がするが、彼女は外人である。
ソビエトの北アジア部・カフカース山脈の
グルジアという国の出身である。

母が日本人なのでエリカはハーフだが、
先祖代々の外国の血がすごく強くでている。
彼女の大きな瞳で涙ながらに訴える様子は、
聴衆の心を動かした。

その日の投票の結果は、ちょうど半々。
賛成派13否定派13である。
第五特別クラス内でインフルエンザが
流行しているので定員の34名を下回っていた。

(大切な時期にインフルなんて運が悪いなぁ。
 みんなが回復してからもう一度裁判をやり直そうかな)

マリカはそう思ったが、裁判を長続きさせると
生徒会から目を付けられる恐れがある。
クラス裁判は即決裁判が理想とされていた。

インフルの回復には個人差があるし、
14日程度の自宅謹慎が医師から推奨されている。

しかしながらマリカは、欠席者たちの
意見を聞いてから判断したいと思っている。
法と正義を愛する彼女ならではの発想だ。

今次裁判の争点となったのは、エリカの自由意思が
クラスに対する反逆行為に該当するか否かである。

反対派の意見→
エリカはアキラやアナスタシアの妹だから
潜在的残虐性を秘めている。現に太盛を束縛していた。
さらに太盛当人が記憶喪失なのはトモハル委員から聞いている。
再開する意味があるのか。恋に発展するのか。

賛成派の意見→
エリカは成績優秀者だから生徒会への加入は
歓迎される可能性が高い。
恋愛は前会長時代から学内で推奨されているから、
必ずしも身勝手な判断とはいえない。
エリカの目的は太盛への再開であり、
このクラスの生徒を虐待するなど悪意があるとは思えない。

マリカが判断に迷うのは、どちらの言うことも一理あるからである。
だからこそ投票をしたのだが、それでも決着はつかない。

こうなってしまってはマリカのカリスマに頼るしかない。
全員の視線がマリカのもとへ集まっていた。

「判事である私の意見を率直に述べます。
 橘エリカさんの申し出を認めたいと思います。
 反対派のみなさんもどうか
 私の考えを支持してほしい」

どわっとクラス中が拍手喝采に包まれた。

「その一言を待っていたぜ!!」「マリッカさん最高!!」
「マリッカさま、判事役でも素敵―!!」
「マリカちゃんが言うなら、しょうがねえな!!」

(あれ? 反対派の人も拍手してるのはなぜ?)

後で分かったことだが、このクラスは初めから
マリカの判断に従うつもりだった。

裁判をするように言われたから激論を交わす。
そして判決を真理華が下すのなら、誰も逆らわない。
後で分かったことだが、裁判をせずに
マリカが独断で決めたとしても誰も反対しなかったという。

本当はいくらでも威張ることのできる立場なのに、
あくまで民主的な方法を求めるマリカの姿勢が
ますます評価されているのだ。

このクラスはどこまでも単純明快なのである。
そのキーパーソンは「井上マリカ」

「橘エリカさん。これから正反対の立場に
 なるけど、いつまでもお元気で」

「ありがとうございます。マリカさん。
 あなたの優しさは一生忘れない」

マリカは直ちに裁判の結果を(規則通り)中央委員会へ報告した。
その翌日、橘エリカは中央委員会に出頭を求められた。


エリカが中央委員部の職場に来て最初に思ったのは、
みんなが殺伐と仕事に励んでいること。

校長は固定電話の受話器を耳に当て、
大きな声で話をしていた。仕事の会話なので
エリカには内容などさっぱり分からない。

机に山のように積まれたA4ファイルの書類を
仕分けている眼鏡の少女。その近くで濃い茶髪の
髪の少年が議事録と思われる内容をPCに入力している。
とある生徒は会計ソフトを使って経費の計算をしていた。

とにかく彼らは時間が惜しい。
人手不足の職場特有の緊張した空気にエリカは圧倒された。

エリカは今日朝一で中央委員部に顔を出すように言われたのだ。

エリカがノックの末に部屋に入っても、校長に
少し待っていてくれと言われ、もう15分も経過した。
いつまで部屋の隅に立っていればいいのか。

「それはさっきも説明しただろ、君ぃ。
 こちらも時間がないのは同じなのだ。
 時間がないのを言い訳にするのはよしたまえ」

校長の長電話はまだまだ続きそうだ。

「あそこに綺麗に女性が立ってるじゃねえっすか」
「こらっ。仕事に集中しなさい。あなたが入力した
 議事録は会長があとでお読みになるんだからね」

茶髪の男と眼鏡の少女。モッチーとサヤカである。

モッチーはタイピングの合間にエリカに手を振ったが、
エリカは返答に困ってしまった。エリカは元囚人だから、
いきなり慣れ慣れしくするわけにいかない。

「そこの方、手が空いているなら少し手伝ってもらえない?
 手間だけど、誰でも出来る簡単な仕事だから」

サヤカに書類の束を一部渡された。
三年生の詳細なプロフィールのデータだった。
一人一枚だから、なんと一千枚以上あるという。

諜報広報部が、保安委員部と共同で在校生の思想や能力を
チェックし、その結果をこちらに送って来たのだ。
冬休み前に反ボリシェビキ的な生徒を一掃しなければならい。

「反逆者と思われる人は左の箱に。
 正しい生徒は右へ分けてください」

サヤカに言われた通り仕分け作業をするが、
『反逆者と思われる人』とは、あいまいな定義である。

用紙には生徒の生活態度や成績、
政治思想を書いた論文の要約、
学内の交友関係が記載されている。

生徒の中には、恋人や友達が収容所送りになった人もいる。
その場合は連帯責任でスパイ容疑がかかる。
おそらく将来的に生徒会を恨むと思われるからだ。

エリカは昔兄や姉から教わった通りに
怪しいと思われる人は全て左の箱に入れていった。

「どれどれ」

ある程度仕分けたら、サヤカがチェックしに来た。
エリカはぞっとした。書類を見ている彼女の目が、
あまりにも冷たかったから。

このボリシェビキの目は、昔アキラ兄さんが
仕事の時に見せる目と全く同じだった。
幼いころからアキラはアナスタシアのことばかり
可愛がって、エリカには無関心だった

残虐で無慈悲と恐れられたボリシェビキの兄は、
正直かなり苦手だった。家で話す時も敬語を使い続けた。
父は厳しい人だったけど、兄はもっとだった。

「うん。特に問題なし」

サヤカが優しくほほ笑んだ。

「橘さんはしっかり反ボリシェビキを見分けられているね。
 教える前からできるなんてすごいことだよ。
 校長閣下にも報告しておくからね」

「あ、ありがとうございます」

「そんなに脅えなくても大丈夫よぉ。
 橘さんも二年生でしょ?」

近藤サヤカが自己紹介をかねて握手を求めて
きたので、エリカは笑顔で応じた。

「俺はモチオっす。おれ、生徒会ではけっこう
 チャラい方とか言われてるんすけど、
 もともとこんなしゃべり方なんでww
 うざかったらマジさーせんwww」

山本モチオにも自己紹介された。

(こんな人がよく生徒会に入れたものね……。
 全然ボリシェビキにみえない)

当然の疑問である。エリカは引きつった顔で握手したら、
痛いくらいに握られ、上下に元気に振られた。
上流階級の社交の場ではありえない行為だった。

「やめなさいよバカ。うちがあんたみたいの
 ばっかだと思われたらどうすんのよ」

「あっ、わりぃ。久しぶりに美人を見たから
 テンション上がっちまったんだwww」

「もう。あんたはいっつもそんな調子なんだから。
 あんたの言動がぶっ飛びすぎて囚人まで
 ドン引きしてるわよ」

「それよりサヤカ。今日仕事終わったら
 飯でも食いにいこーぜwww」

「あー、行きたいけど、今月お金がないんだよね」

「もちろん俺がおごるっすよwww
こういう時は男にまかせろよ!!」

「ふふ。調子いいこと言って。
 じゃあ甘えようかな」

「おkwww」

二人はエリカのことなど忘れてしまったのか、
すっかり二人だけの雰囲気である。

「仕事は山ほど残ってるんだからね?」
「わーってるっすよwwwやる気でて来たぜー」

仕事をしている姿からも親しさが伝わる。
付き合っているのかなと思って
後で聞いてみたら、本当に付き合っていた。

生徒会では有名なカップルなのである(モチ・サヤ)
サヤカは眼鏡をはずして三つ編みをほどくと
見違えるほどの美人になるらしい。
もっとも仕事中はその姿を見せることはないが。

中央員の人達は慣れたもので、
モチオ達がイチャついても誰も気にしていない。

「橘君。待たせてしまって済まないね」

校長が受話器を置き、椅子を回転させて
エリカの方を向いた。

「騒がしい職場ですまないね。別室で面談したいところだが、
あいにく保安委員部が尋問に使っている最中でね。
面談はここでしようじゃないか」

「は、はい」

校長は早口で話す皮肉屋である。
よく肥えた不細工。しかもM時ハゲ。
あだ名は、なんと公認会計士だった。

校長はエリカのプロフィール書に目を通した。

「ふむふむ。君の上のご兄妹については、お気の毒だったね。
 私もアキラ君とは親しくさせてもらっていたよ。
 悪いがアナスタシア君についてはノーコメントだ」

エリカは兄が夕食の席で校長の話をしていたことを
思い出した。親しかったのは嘘ではないのだろう。

「君は成績が大変に優秀だね。特に語学が素晴らしい。
 英語もロシア語もほぼ満点。女子が苦手な
 政治外交軍事の理解も深い。さすがは橘家の令嬢だねぇ。
 立ち振る舞いからも育ちの良さが伝わるよ」

「ありがとうございます。お褒めいただいて光栄ですわ」

「うんうん。実に良いね」

校長の視線がいやらしくなった。
エリカの頭からつま先まで
舐めるように見回しているのだ。

「それに美人さんだ。ミウのようなエセ外人と違って
 君は本物のハーフだねぇ。コーカサス系の女生とは
 こんなに美しいのかね。君のお姉さんも相当な美女だったが、
 君も全然負けていない。私は君の方が好みだね」

「も、もったいないお言葉ですわ」

「ふむふむ。こんなところで面談をするのはあれだね。
 本部でお昼ご飯でも一緒に取りながら
 君の今後について話し合おうじゃないか」

「おほほ……。楽しみですわね」

こんなハゲと食事をするなどごめんだが、
6号室を出たエリカにはもう居場所がない。
ここで校長に媚でも売っておかなければ
生き残れない立場なのだ。

「おいハゲ」と女子の一人が言った。

「その人困ってるじゃん。セクハラはやめろよ」

「何を言ってるんだきみぃ。
 私は橘君に触れてさえいないじゃないか」

「あんたの発言内容が完全にアウトなんだよ。
 教員のくせに生徒をやらしい目で見てんじゃないよ」

エリカはその女子の見た目と口調のギャップに驚かされた。
日本人形を思わせる黒髪のストレートヘアを
腰まで達するほど伸ばしている。
前髪が綺麗に切り揃えられていて、エリカと被る。
(エリカはショートヘア)

「橘さんだっけ? いきなり不愉快な思いさせてごめんね。
 うちのハゲ。いっつもこんな感じだから」

「ハゲとは何だね君ぃ!! 失礼だぞ」

「でも、みんなに呼ばれてるからハゲでいいじゃん」

男子たちが盛大に笑い、にぎやかな雰囲気になった。
顔を真っ赤にして怒る校長の顔はタコのようだ。
エリカも吹きだしそうになったが、頑張って耐えた。

「ちょっと待っててね。今ナツキさんにアポ取るから」

「な、何を勝手なことをしてるだね? 彼は忙しいんだぞ」

校長に構わず、電話をかける少女。
ナツキと短い会話した後、笑顔でエリカに伝えた。

「ナツキさんが代わりに面談してくれるってさ。
 11時以降なら空いてるそうだから、
 あとで会長室に行ってみて。
場所は私が案内してあげるから」

「あ、ありがとうございます」

「そんなに腰を折ってお辞儀しなくていいって。
 私もサヤカと同じ二年生だよ。
 普通の職場では先輩後輩かもしれないけど、
ボリシェビキに上下の差はないから、安心して」

ほっとしたエリカとは対照的に校長は不満だった。

「クロエ君はいつも規則を無視して
勝手なことをしてくれるじゃないか!!
 新人の面談は中央委員部が担当することになってるだぞ!!」

「あんたみたいなスケベ親父じゃ
 面談にならないでしょうが」

「スケベ親父とは何だ!!
 君からは年上に対する敬意というものがだね…」

「あーはいはい。親父の頑固頭はこれだから困るよ。
 規則規則ってさ。会長が特例で面談を担当して
 くれるんだから大人しく認めなよ。
 せっかく優秀そうな人が入ってくれるんだからさ」

「うむ。確かに貴重な人材ではある」

「うちはガチで人が足らないんだ。
 内勤で忙しくて収容所の見回りまで手が回らないよ。
 午後の見回り面倒くさいから校長が代わりに行ってきてよ」

「断固断らせてもらうよ。最近の囚人は殺伐としてるから
 正直怖い。そもそも見回りは諜報の奴らにやらせればよいのだ。
 なんで人手不足の我々がわざわざ…」

「そうそう。あっちの部は人が足りてるくせに
 書類をガンガンこっちに送ってくるからうざいよねー」

最初は喧嘩していたのに、仲良く愚痴の言い合いをしていた。
喧嘩するほど仲が良いとはよく言ったものである。

「校長閣下。保安部のイワノフさんからお電話ですが」
「あの石頭か。すまないが、石谷君。
 折り返しにしておいてくれ。トイレ休憩に行ってくる」

最初は地味な職場なのかと思ったら、意外と明るかった。
特に女子が。男子は、モチオ以外は紳士ばかりで、
エリカと目が合うと軽く会釈をしてくれた。

(あの優しい人はクロエさんというのね。
 フランス系に多い名前だけど、
 日本語ペラペラだから移民なのかしら?)

エリカは書類の整理や電話の一次受けなどを
して、ナツキとの面談の時間を待つのだった。

第8回   「毎日こんなに美味しいものが食べられるなんて幸せ」

午前10時55分

「クロエはご両親がフランス人なのね。
では人種国籍もフランス人?」

「そうよ。黒人の血もアルジェリアの血も入ってない。
うちの家系は完全なフランス系とされてるわ」

「日本語ペラペラなのがすごいね」

「あっちにいる時に勉強しまくったからね。
 あたし、ユーチューブのチャンネルとか持ってるんだけど、
 見たことない? これでも七か国語がペラペラだから」

「七か国語も話せるの!?」

「小さい時から勉強すれば余裕っしょ。欧州語が五つ。
アジアの言語は韓国語と日本語が話せるよ」

橘エリカはクロエと肩を並べて歩いていた。
A棟一階職員室の隣にある中央委員会の事務室。

そこから外へ出て、生徒会本部へ向かう。
本部があるのは、学園の敷地の中で
一番目立たない場所である。

「あたしさぁ、ずっと前から日本人の女の子に憧れてたんだよね。
 ゴシックロリータとかああいうの超可愛いじゃん?
 私中学の時から黒い髪に染めて、黒いカラコン入れて、
 日本人になり切ろうと頑張ってたの」

「じゃあその髪も染めているの?」

「もちろん。フランスではリヨンに住んでいたんけど、
 あっ、あたしリヨンの生まれなのね。通販で
 日本の黒毛染めをわざわざ取り寄せて染めてたんだよ。
 この高い鼻も気に入らなくってさ、化粧で
 なんとかアジア人風の顔になるよう努力してたの」

※リヨン
パリに次いで二番目の規模を誇る大都市。
フランスの金融センターであり、多くの銀行が集まる。
ワインを中心に世界有数の食通の町としても知られる。

その結果が日本人形風の美少女ルックなのだった。
エリカはこういうタイプの外国人と話すのは
初めてだったので彼女の話すことのすべてが新鮮だった。

「日本語難しすぎ。特に発音が。あたしらのリズムだと
 どうしても合わないのよね。日本語がすらすら話せる
 ようになったのに6年かかったかな。
 漢字の勉強は拷問に近かったけど、読むのだけはすぐ慣れるね」



日本語学習の難易度

 米国の言語学習の専門家らは
 日本語とアラビア語を最高難易度のレベル8に認定した。

 これは、英語を母国語にする人にとって
 もっとも習熟に時間のかかる言語という意味である。
 フランス人のクロエにとってはもはや「宇宙人の言語」だ。


山本モチオもそうだったが、
クロエもどう見てもボリシェビキにはみえなかった。
天真爛漫で人懐っこそうだ。
エリカともすぐに仲良くなってしまった。

「日本人の彼氏欲しーなぁ。
うちの学校、なかなか良い人いなくてさぁ」

「あはは。うちは人数だけは多いけどね」

多弁な少女。エリカは粛清されたアナスタシアを
思い出してしまった。姉もよくしゃべるから、
エリカは聞き手に回ることが多かった。

エリカはこのフランス人の少女と
話すのを心地よく感じていた。

話に夢中になっていたら、あっという間に本部に近づいていた。
林に囲まれていて、一見すると散歩道のように
思える少し先に入り口がある。
そこには二人の警備兵が立っている。

クロエが生徒手帳を見せて入場許可を得る。

「オツカレサマです。同士よ」

(この人の日本語…。聞いたことのないアクセントだわ)

エリカは気になったので国籍を聞いてみた。
なんとモンゴル系の警備兵だった。
遠目からは日本人に見えたのだが、
蒙古人特有の頬のふくらみがある。鼻も少し赤い。

「君はドコの国のヒト?」「グルジア。北アジアよ」
「ほー。執行部にもグルジアの人イルヨ」「そうなの?」

蒙古人たちは、ナンパするような口調で
エリカとおしゃべりをしていた。

厳重な警備がされているこの学園では会長のいる
本部まで襲撃する輩はいない。だから警備兵たちは
暇で仕方ないのだろうとエリカは思った。

「そろそろ中へ入りましょう」クロエが扉を開けてくれた。

赤いジュータンが敷かれた長い廊下が並んでいる。
左右にいくつもの扉が並んでいるが、
会長室は一番奥にあるという。
エリカはクロエの後をついて歩き続けた。

廊下の壁には金色の額縁に入れられた
西洋絵画がずらりと並んでいていた。

ピカソ以降の時代のシュールレアリスムなど
とても一般人には理解不能な抽象絵画が並ぶ。
ナツキ会長が趣味で購入したものだ。

私費ではなく学園の予算を使っていた。
無論違法であるが、副官のナージャを初め
中央委員部も黙認していた。

会長になると多少の汚職にも目をつぶってもらえる。
独裁者の特権といえるだろう。

もちろん本物ではなく複製画であるが、油絵特有の立体感や
厚みが良く伝わる。絵画以上に額縁にこだわりが
あるのだろうか。やや華美すぎる趣味だと思った。

エリカはそこまで絵画に興味はない。
ここに飾ってある中で知っている画家といえば、
ロシアのカディンスキーなど有名どころだけである。

バタン。扉が絞められてナージャが会長室から出て来た。

「面談予定の方?」

「あ、はい。そうです」

「ナツキは突発の仕事が入ったから
 来るのガ15分くらい遅れる。
 もうチョット待っててね。
 廊下に椅子を持ってくるから、座っテいて」

エリカは言われるままに座ることにした。
折り畳み式のレザーチェアは
座り心地がよくて高級感があった。

「それじゃあ、仕事があるからまたあとでね。
 面談が終わったら迎えに来るから」

「うん。色々ありがと」

クロエは早足に去って行った。
忙しいのに時間を割いてくれたことに
エリカは心から感謝した。

ナージャも別の仕事があるのか、ナツキの部屋と
反対側にある部屋に入っていった。
エリカは知らなかったが、そこは副会長室だった。

やがて中から口論する声が聞こえて来た。
女同士の喧嘩のようだ。日本語とロシア語で
ヒステリーな怒鳴り声が廊下まで響いてる。

一体何が起きたのかとエリカが注目していると、
勢いよく扉が開き、小柄な一年生が出てきた。

その人は肩を怒らせながら早足で歩いていたが、
椅子に座っているエリカに気づいて足を止めた。

「エリカ……先輩?」
「斎藤マリー?」

予期せぬ再開だった。

両名はかつて美術部の先輩後輩で親しかった。
マリーが面白半分で太盛に接近したのを
きっかけに関係が急速に悪化。

夏休み前にマリーはアキラ率いるボリシェビキに捕らえられ、
エリカに拷問された。その後ショックで失語症になる。

「なんで先輩がここに?」

「面談を受けに来たのよ。
 私は今日からボリシェビキになるから」

「どうして自分からボリシェビキに? 
 てか先輩は6号室にいたはずなのに」

「あなたこそ7号室にいたはずでしょ。
 まずそっちから説明してよ」

「いやですよ。めんどくさい。
 正直、貴女の顔を見るだけで不愉快です。
 お願いですから今すぐここから消えてください」

「まあそう言わないで。あなたもここにいるなら
 ボリシェビキの仲間じゃない。
 昔のことは忘れて仲良くしましょうよ」

「だったら今すぐ床に頭をこすりつけて
 今までのことを謝罪してくださいよ。
 プライドの高い先輩にできますか?
 できませんよね? ならあなたと話すことは
 何もありません。むしろ収容所に戻ってください」

エリカはこの一年生がミウの次に
嫌いだったので絞め殺してやろうかと思ったほどだ。
膝の上で品よく重ねた手のひらで、
ギュッとスカートをつかみながら言った。

「私はね。太盛君に会いたいのよ。
 太盛君は諜報広報委員になってるでしょ」

「太盛さんは記憶喪失ですけど」

「それでも会いたいのよ」

「ふっ」

マリンはエリカを侮蔑する目で見てから噴き出した。
腰を折り、手を口に当てながら高笑いを始めた。

「今の、笑う所だったかしら?」

「それは笑いますよ。
 良い暇つぶしの道具ができましたから」

「暇つぶしですって?」

「はい。エリカさんが太盛さんに会えることは
 多分一生ないですよ。というか。
 私からナツキに伝えておきますね。
 あなたを収容所へ連れ戻すように」

「な……」

ツッコミどころが多すぎた。
エリカは情報を処理するために
脳をフル回転させていたのだが、
ちょうどいいタイミングでナツキが戻って来た。

「やあ、お久しぶりだね。エリカさん。
 遅れてしまってすまない」

温厚そうな話し方は依然と同じ。
だがやはり会長らしい貫禄が付いてしまっている。
エリカとナツキは他人ではなかった。

アキラ以上にアナスタシアがナツキを気に入っていたから、
橘家の夕食に何度か招いたことがあった。

アナスタシアは飽きっぽくて彼氏を
入れ替えるのを好んでいたが、
ナツキには飽きずにアプローチし続けたものだ。

「ほう。噂通りの美しい女性だ。
 会長のお知り合いの女性は美人ばかりですな」

リップサービスをくれたのは、
ナツキの隣を歩く軍服姿の男だった。

エリカは保安委員の代表のイワノフかと思ったが、
自己紹介されたのは別人の名前だった。

「アナトーリー・クワッシニーと申します」

バシコルトスタン共和国・ソビエト出身の
先祖を持つ、軍人の家系の男だった。

※バシコルトスタン共和国
 ロシア連邦を構成する、
 沿ヴォルガ連邦管区に含まれる共和国。
 地理はウラル山脈南部とその周辺の平原地帯。

 この男の出身は首都のウファ。
 公用語は露語とバシキール語。
 彼は日本語と北京語も話せる。

ナツキが説明する。

「彼はうちの学園の生徒ではないよ。
 19歳。向こうの陸軍大学で士官教育を受けている」

共産主義者のコミュニティーは全世界に存在する。
かつてレーニンが作り出したコミンテルン
(第三インターナショナル)が有名だ。
65か国の共産主義政党と繋がりがあった国際組織である

史実ではコミンテルンは名前を変え、別の組織へ
変貌したが、この作品ではまだ生きている。
ナツキはコミンテルンを通じ、ロシア連邦から
参謀教育を受けている若者を顧問として招集したのだ。

ナツキは肩をすくめた。

「はっきりって学園の保安委員部はふぬけている。
 人種国籍を問わず外人を雇いすぎたせいで規律が乱れたんだ。
 まあミウの影響も否定できないけど、
 収容所の囚人を好き勝手に暴行したり、
 勤務中に酒を飲んだりとやりたい放題だ」

「甘ったれた根性を直すために鉄の規則が必要ですな」

「そうだ。アナトーリーには
 午後から現場の視察を頼みたい」

「了解した。それよりそちらの女性の
 面談をするのだろう? 
 私は別室で待機すればいいのか」

「いや。君も参加してくれ」

とナツキが言うので、会長室には百戦錬磨の
軍人を思わせる堅物も一緒に入って来た。
19歳と説明されたが、顔が老けすぎて
40過ぎのおっさんにしか見えない。

彼がいるだけで威圧感が半端ではなく、
エリカを余計に緊張させていた。

マリーも面談に参加したいというので、
なんと四名も集まってしまった。

「ナージャは来ないのか」
「仕事が忙しいんじゃないですか?」

ナツキはマリーが不機嫌そうだったので
それ以上聞かないことにした。

「さて。エリカさん。君の聡明さには驚かされたよ。
 ベトナム戦争の米軍の敗戦を分析したレポートを
 読んだが、実に端的で分かりやすい内容だった」


 ベトナム戦争でアメリカが敗北した最大の理由は
 「アメリカ国内の政治問題」にある。

 単純に軍事力同士がぶつかり合う戦争ではなく、
 中ソ陣営を敵に回した複雑な国際情勢の下で
 米軍は北ベトナム・中国国境で積極的な攻勢に出れなかった。

 米軍の徹底的な空爆を受けた北ベトナムだったが、共産主義陣営
(ソ連中国など)から無制限の武器弾薬の供給を受けて戦争を続けていた。
 祖国と社会主義革命を守ろうとするベトコンの戦闘能力は
 極めて高く、国民の反米感情は最高潮に達していた。

 ベトナム兵の勇敢さは世界有数である。
 アメリカは日本兵以来のアジアの強兵との戦闘を強いられていた。
 これも敗戦の理由の一つになった。

 米国では反戦世論が高まり、ジャーナリズムのペンの力が
 が敗戦を後押ししていた。兵士の多くは貧困層の黒人であり、
 帰国後は心身ともに戦争後遺症に悩まされていた。

 米国は『泥沼』にはまり、8年間の戦争の末に
 全兵力を撤退せざるを得なかった。

 このように民主主義国は独裁国家と違い、
 『国内世論』で政府が方針を転換せざるを得ない。
 そうでなければ政権が転覆する
 よって戦争にも負けてしまうのである。

いつもより長い余談になってしまった。
 
ナツキは執務室の椅子に座っている。
その隣にマリーとアナトーリー。
机越しにエリカを座らせて話していた。
この状態だと3対1で面接をしているようだ。

「前回の米国大統領選にロシア内務省の関与があったことも
 正確に見抜いているな。選挙期間中に民主党の
 クリントン陣営から電子メールが大量流出したのは、
 ロシアのサイバーテロによるものだ。
 
 君の分析は正しい。CIAは米露の二重スパイの巣窟。
 ムニューシン財務長官が国際社会への
 ポーズとして露国に金融制裁を加えていることもね」

エリカは6号室時代にいくつも論文を書いていた。
代表のマリカが熟読し、特に素晴らしいと
認めたものを中央委員部へ提出してくれた。

「校長の報告通り素晴らしい見識をお持ちのようだ。
 君の知識は大学生のレベルに達している。
 政治、経済、国際、軍事など
 幅広い分野でよく勉強をされているね。
 ペーパーテストは不要とさせてもらう」

「ありがとうございます。大変に光栄なことですわ」

「一つだけ誓って欲しい。君のお兄さんと
 お姉さんが粛清されたことで僕らを恨まないこと」

「もちろん誓うわ」

「それと契約書に目を通してほしい。
 面談が終わった後でいいから、
 署名と捺印をしてから僕かナージャに渡してくれ」

契約書には、堅苦しい文言が永遠と続いていた。
全世界の同時革命のために卒業後も全力を尽くすこと。
資本主義と民主主義に妥協しないこと。
最低でも三か国語の精通に努めること。
コミンテルンとの連携を密にすること…etc。

ボリシェビキでは、このような努力の
全てを『革命的情熱』と呼称する。

また話がそれるが…

時はソビエト連邦内戦時。反対勢力によって破壊された
鉄道を、無賃金にもかかわらずボランティアで
復旧させた鉄道員たちがいた。しかもたった一日で。

その日は土曜日だったため、レーニンは
『革命的土曜出勤』と呼び、褒め称えた。

また、ボリシェビキが捕らえた反対主義者のグループを、
看守が移動中に撲殺してしまったことがあった。
レーニンはそれを部下から報告された際も

『なかなか元気があってよろしい。
 革命的情熱というものだ』
 とうれしそうに語り、コーヒーを飲んでいた。

ソビエト人のユーモアのセンスは独特である。
我々日本人には聞きなれない表現をよく使う。

しかも人民委員会議(政府のこと)は
国家を巨大な実験台にして奇想天外な政策を実行し続けた。
レーニンが政権を握ってからのソビエトは、
農民の餓死者を初め阿鼻驚嘆の地獄が続いたものだ。

彼らは小説の中でしか起こりえないことを日常的に
するために、むしろ小説の題材にぴったりでは
ないかと筆者が大学生3年の頃によく思っていた。

しかしながらレーニンは稀にみる天才であり、
人類史に残る『革命家』であることに違いない。

この作品の本編ではレーニンに対する批判は基本的に行わない。
ちなみに筆者は、スターリンを含むレーニン以降の
最高権力者は好まない。

「君の要望で一点だけ叶えられないことがある。
 所属先の希望は諜報広報委員部になっているが、
 君はほぼ確実に中央委員になる。
 中央委員部は深刻な人材不足だからね」

予想通りの回答だったのでエリカは肩を落とした。

「君は優秀な人材だが、太盛君にこだわり
 過ぎている気がするな。恋のために
 狂ってしまった悪い例があった。
 うちの学園は自由恋愛が推奨されているから、
 一概に悪いとは判断できないのだが」

ここでナツキは、アナトーリーと
マリーに視線を投げかけた。

「そこで君たちの意見を聞こう。
 まずアナトーリー。君はどう思う?」

「どう思うと言われても、
 私はこの学園の生徒ではないのだが…」

「いや、そういう意味じゃない。
 君から見てエリカさんは
 ボリシェビキになれると思うか?
 素質があると思うか?」

アナトーリー・クワッシニーは執務机に
肘をつき、「うーん」とうねってから

  「кЭто настолько важно,
   любовь к другим?
   Он огда-то заняты,
   если у вас есть возможность」
   (他人の恋愛には興味はないが、
     能力があるなら採用してしまえばいいだろうに)

つい露語が出たので、すかさずエリカが返した。

  「Я тихо и я намерен
    работать усердно」
   (私は精力的に仕事に励むつもりですわ)

アナトーリーはまさに意表を突かれたといった感じだ。
エリカの人種国籍などを確認し、

祖先が同じソビエト国民だったことを知ると、
大きな声ではしゃぎはじめた。

「なんだナツキ。この学園にはソ連人の子孫が
 残っているじゃないか。何をためらうことがある。
 俺だったら即時採用だ。恋愛の件も認めろ。
 生徒会内は恋愛が自由なんだろうが」

「うん。君の意見は分かった。
 次にマリーはどう思う?」

(なぜこいつに訊く?)

エリカとアナートリーが眉をひそめた。

アナトーリーは、雰囲気からしてマリーが
ボリシェビキではないことを察していた。
彼の国ではマリーの容姿は小学6年生だ。

エリカはマリーが爆破テロ未遂犯なのを知っている。
どう考えても生徒会本部にいるべき人材じゃない。

「私は反対。むしろ私が賛成するとでも思った?
 この女は私を拷問したことがあるのよ。
 ナツキも知っているよね」
  
「ああ。報告は受けているよ」

「肉親が粛清されたくせに、今さら
 どの面下げて生徒会に入ろうとするんだか。
 こんな奴は一生収容所にいるのがお似合いだよ」

エリカは事務用ペン立てに入っているボールペンで
マリーの目を刺してやろうかと思った。
面談中なので耐えるしかないのだが。

「はは…。マリーはやっぱりとげのある子だね。
 ナージャとも全然仲良くしてくれないし、
 僕以外の人とは話そうとしてくれない」

「当然でしょ。ボリシェビキなんて大っ嫌い。
 不満だったら今すぐ7号室に戻してくれても構わないよ」

「そういうわけにはいかないよ。
 君は気が済むまでここで過ごしてくれて
 いいんだよ。僕はマリーに近くにいてほしいだ」

遠回しに告白しているような言い回しだった。
エリカは驚いた。ミウにぞっこんだった彼が、
今度はロリキャラ人気ナンバーワンのマリーを
恋人候補に選んでいるのだから。

マリーは明後日の方を向きながら、「ふん」と言った。

「私は自分の部屋に戻ってるから。
 どうせ私の意見なんて聞くまでもなく
 そいつの採用は決まっていたんでしょ?
 あーバカらしい。ムカつく」

  扉を乱暴に締めて出て行った。

それからナツキは中央委員部の規則や仕事内容の詳しい
説明をした後、エリカを正式にボリシェビキに任命した。
配属先はもちろん中央委員部である。
職場の見学を兼ねて太盛に会う機会を作ることも約束してくれた。


マリエは職場見学の末にどの部にも所属しないという
とんでもない結論を出し、
それがなんと会長に認められてしまった。

つまりマリーはボリシェビキでもないのに、
生徒会本部へ好き勝手に出入りしている状態にあるのだ。

授業はナツキが免除してくれたため、
勉強もしていないし、仕事もしていない。

この状態を皮肉ってナージャは革命的・ニートと呼んだ。
人類が未だかつて達したことのないジャンルである。

もちろんマリーは怒ってナージャと口論になった。
初対面の時は礼儀正しかったナージャも、
マリーの身勝手な言動が次第に許せなくなってきたのだ。

マリーも好きでここにいるわけではないし、
ナツキの寛容さに甘えるのも一つの生き方だと思っていた。
何より彼女は人と関わるのが極端に面倒になっていた。

「あんたには私の気持ちなんてわからないくせに。
 一度でいいから収容所に入って見ろよ。ロシア女」

「ナツキの周りにまとわリつくお邪魔虫。
 チビ。小学生。貧乳。調子ニ乗るナ」

「うるさいデカ女。老け顔!!
 高校生に見えないんだよ!!」

二人は本部で出会うたびに何かと口論になり、
つかみ合いの喧嘩にまで発展した。最初の頃は
ナツキや護衛が止めに入っていたが、やがて
馬鹿らしくなったのか、言葉を交わさなくなった。

マリエは人間嫌いが悪化してしまい、
副会長の部屋で引きこもるようになっていた。
家からDSを持ってきてドラク〇をやっていた。
このドラ〇エだが、実はこっそりトモハルから借りていた。
会長もトモハルとマリーが友達なのは知らなかった。

(なんかむなしいな。すぐ飽きちゃったよ)

そんな生活を3日も続けると、
ラストダンジョンの目前で投げてしまった。
ここまでくると先の展開が予想できる。
ラスボスを倒して世界が平和になるだけなのだから。

(絵でも描こうかな)

美術部準備室に行けば、昔使っていたイーゼルが
残っているかもしれない。ナツキの護衛に頼めば
すぐに持って来てくれるだろうが、美術部を思い出すと
エリカの顔が浮かんでしまう。

あんな奴と同じ部活だったなんて今では信じられない。

(イライラする。なんかストレス解消する方法でもないかな)

かといって間違っても囚人を痛めつけたりはしない。
人としての道を踏み外すことはしないと神に誓ってある。
彼女は自分がボリシェビキでない証拠に
副会長室の本棚にぶ厚い聖書を置いていた。

『君は何もしなくていいんだよ。
 そばにいてくれればそれでいい』

それは魅力的な提案だったのかもしれない。
マリーはあれから何度も太盛に会いに行ったが、
まともな会話は一つもできなかった。

彼に自分の名前を教えてもすぐに忘れられてしまい、
「あの小柄な女の子」と呼ばれてショックを通り越し、
太盛への愛がすっかり冷めてしまった。

収容所時代は太盛との再会を夢見て
頑張っていたはずなのに、
今の自分の心が不思議で仕方なかった。

太盛のことがどうでも良くなると、
学園にいる意義が見いだせなくなった。

今さら一般生徒になって普通の授業に戻るつもりもない。
かといって転校するのはナツキが許してくれない。

ナツキは仕事に追われる毎日で、お昼ご飯だけは
時間を作ってマリーと一緒に食べるようにしていた。
マリーは話し相手がいなくて暇だったので応じた。
いつしか彼と食事するのが楽しみになっていた。

本部にはユニットバスもベッドルームもあるから、
泊まり込みが可能だ。

ナツキは家に帰る時間が惜しいので毎日泊まった。
マリーもホテルみたいに快適なこの生活を
気に入っていたので進んで泊まることにした。

すると夕食も一緒に食べることになる。
二人が食事をするのは決まって副会長室だった。
特に決めたわけではないが、最初に食事をしたのが
そこだったので次からもそうした。

「マリーはワインを飲まないんだね」

「気分が落ち込んでない時以外は飲まないようにしてるの。
 もともとお酒はそんなに好きじゃないから。
 それに私まだ高1だし」

ナツキは白ワインのグラスをテーブルに置き、
フランス産のチーズを手に取った。

マリーはティラミスとにらめっこをしている。
ナツキお気に入りのシェフに作らせた自信作だ。
クリームチーズとマスカルポーネを使った濃厚ティラミス。
いかにもインスタ映えしそうな一品である。

「食べないの?」
「食べたら太るじゃない」

マリーは勉強も運動もしない日々を送っているので
食事を制限していた。夕飯には炭水化物ダイエットをする旨
シェフには伝えてあるのだが、ケーキを出すなとは言ってない。
しかしこのティラミスは一人当たりの摂取カロリーが300を超える。

「すごく美味しいのにな」 

ナツキが見せつけるようにティラミスを味わっている。
フォークで軽く触れるだけで崩れそうな繊細さだ。
見ているだけでクリームチーズや
ココアパウダーの甘さが伝わってくる。

「えいっ」

マリーはやけになってフォークをケーキに刺した。
食べてみたら思っていた以上の完成度だった。

「毎日こんなに美味しいものが食べられるなんて幸せ」

恍惚とした表情で平らげてしまう。
シェフがティラミスをワンホール作ってあるから、
頼めば追加でどんどん持ってきて貰える。

マリエは太るのを気にしないでどんどん食べることにした。
ここでの生活を始めてからすっかり食通になってしまい、
甘未中毒になりつつあった。
女の子は甘いものを食べると
幸せな気持ちになり、心が安らぐのだ。

実はナツキはそれを知っていたから毎食後に 
ケーキを用意するように指示しておいたのだが。

ナツキもマリーにつられてスイーツを食べる量が
増えたのでお腹が出て来た。生徒会に入ってから
ダイエットを意識するのは初めてだった。

「ナツキはどうして私を好きになったの?」

ナツキと呼び捨てにしても怒られないのを
知っているから、そう呼んでいた。

「前から君のことは好きだったよ。
 一応ファンクラブにも入っていた」

「さすがに嘘でしょ。
 ナツキはミウと付き合っていたじゃない」

「そんな時期もあったな」

「あっ、ごめん」

「気にしてないからいいよ」

「ナージャと付き合おうとは思わないの?」

「ナジェージダは気の利く優しいお姉さんだな。
 大切な仕事仲間だけど恋愛対象じゃない」

「私チビだし、胸もないよ。
 普通の男性だったらナージャの方が
 魅力に感じるんじゃないの?」

「僕は女性の体だけを見ているわけじゃないよ。
 君は君にしかない魅力を持っている。
 マリーは僕にとって十分に魅力な女性だよ?」

(く……。その顔で言うな)

いつもの口説き文句なのだが、聞くたびに
魔法にかかってしまいそうだった。
ナツキのような美少年に笑顔で言われたら
うれしくないわけがない。

マリーはこの現象にナツキ・マジックと名前を付けた。
皮肉にもかつてのミウと全く同じ発想だった。

「ど、どんなところが魅力的なのか教えてよ」

「君は7号室時代にしっかりとボリシェビキの
 訓練を受けていたじゃないか。知力体力共に優秀で
 模範的な人だった。エリカさん以上に共産主義の
 知識を持っているんじゃないか?
 露語の発音もネイティブ並みだし、それに…」

「もういい。その辺で十分だから。
 なんか聞いててこっちが恥ずかしくなってきた」

「あはは。マリーの顔が真っ赤だ」

ナツキは酔うと普段の三割増しで女たらしになる。
だからマリーは話半分に聞くようにはしているが、
一度意識してしまうと、日に日に彼への想いが強くなっていった。

そんなマリーだからか。

(君と一緒の時を過ごしていれば、
 いつかきっとミウのことが忘れられるはずだ)

ナツキの瞳の奥に存在し続ける、
別の女性の存在まで推し量ることはできなかった。

(ミウを組織委員会に誘ったのは僕だった。
 全ての元凶は僕だ。僕が彼女を殺したようなものだ。
 僕は太盛君をエサに彼女の人生を狂わせてしまった)

高野ミウ。元生徒会副会長。
ナツキは初めて彼女と話した事務室での
出来事を昨日のように思い出せた。
ミウの笑顔を守ることができなかったのかと、
後悔しない日はなかった。

マリーとナツキは本部での生活を続けながらも
男女の関係になったことはない。
おそらく今後も一生ないだろうとナツキは思っていた。

第9回   「僕が夜勤ですか?」

「このような不甲斐ない報告をするのは
心苦しいのだが……」

早朝に保安委員部のイワノフ代表が
本部を訪れ、ナツキと緊急の会議を開いた。

朝なので幹部はナツキとナジェージダしかいない。
トモハルや校長はまだ出勤(登校)していないのだ。

(いったい何の騒ぎなの)

ただならぬ雰囲気である。マリーも会議室に入った。

本来なら革命的ニートのマリーが入るのは
ご法度かもしれないが、注意する人はいない。
扉前の護衛もすんなり通してくれた。

「執行部員の宿舎から22名が
消えているのが今朝確認された。
昨夜のうちに集団脱走したことが考えられる」

イワノフは、消えた部下のリストを会長に手渡した。
リストに載っているのは、中国系やロシア系など
幅広い国籍の部下たちだった。みな今年の秋から
生徒会に加入したばかりで日が浅いボリシェビキである。

「メンバーの30%近くが離脱とは。非常にまずいな」

ナツキが無意識に爪を噛んだ。
これは彼が幼い頃によく母親に注意されていた悪い癖だった。
とても組織のトップがやる仕草ではない。

「この事実が学園に広まったら取り返しのつかない事態となりますな」

「脱走者の行方の捜査と同時に、全校をあげて事実を隠ぺいしろ」

保安委員部は総員70名。頭脳となる保安部が約12名で
残り約58名が執行部員。このうち22名が消えたのだ。

執行部は7号室の管理は交代制で泊まり込みになっている。
昨夜、夜勤のシフトのメンバーが全員逃げてしまったのだ。

まさか囚人でなく取り締まる側の人間が集団脱走するとは。
生徒会始まって以来の大事件である。

「それと、これ以上の脱走を防ぐために直ちに
 既存のメンバーの確保に努めろ」

確かに脱走が連鎖でもしたら、それこそ
生徒会は『行政の執行』ができなくなる。
イワノフが部下に指示を出すために携帯をかけまくる。

原因はだいたい分かっていた。
ナツキが連れて来た軍事顧問が、校庭にキャンプ場を作って
全ての執行部員に2週間の軍事訓練を施したのだ。

武器を持たない生徒を取り締まるのには
過剰と思われる訓練内容に、
執行部員たちの不満は最高潮に達した。

アナトーリー・クワッシニーの派遣は、
ナツキ会長の最大の失態だったとして
学園の歴史に残ることだろう。

『生徒会はいずれ内部崩壊するから』

井上マリカの言葉だ。
まさにそれに近い状況となりつつある。

保安委員部は絶対に必要な組織だ。
法を作っても諜報網を作っても、
反逆者を取り締まる人間がいなければ学園を支配できない。

中央委員部や諜報広報委員部の人間に戦闘力は皆無だ。
なぜなら彼らはデスクワークが主であり、
戦闘訓練を行ってないからだ。

それは反乱が起きた場合に、執行部員なしで
鎮圧ができないことを意味している。
もしこのタイミングで以前のような
爆破テロ犯が現れたら、今度こそ生徒会は終わる。

「直ちに全閣僚を招集して会議を開くぞ」

そして午前の8時半。
会議室にメンバーが集まった。
各委員の代表とその部下が招集されたから、
総勢で20名を超える。

「ボリシェビキ内で問題を起こすのは
決まって保安委員部ではないか。
 イワノフ君の管理能力のなさに呆れるばかりだよ」

校長は、自分がミウに粛清(暴行)されて
短期入院していたことを棚に上げ、
イワノフを叱責していた。

「ナツキ君もそうですぞ。保安部の新規メンバーを
 安易に外人ばかりに頼ることを認めたのは君だ」

ナツキへの批判も忘れなかった。
会長に直接文句が言えるのは、
古参ボリシェビキの校長のみである。

ナツキは自己批判を要求され、その通りにした。

「僕は自らの過ちを認めます。すなわち僕の判断は
失敗であったと自己批判します」

階級では最上位に当たるナツキが、
多くの部下が見ている前で頭を下げることになった。

※自己批判
 ボリシェビキが自らの過ちを客観的に認めること。

ナツキは屈辱とは思ってなかった。
むしろ逆だ。アキラの時代から続いていた生徒会を
自分の代で終わらせたくない。自らの不甲斐なさを呪っていた。
彼は権力欲が少ないという点で井上マリカに似ていた。

トモハル委員は重苦しい顔で一言も
発言しないままに会議は終わった。
保安委員部の慢性的な人手不足をどう解決すればいいのか
結論は翌日の会議まで引き延ばすことになった。

まず問題になるのが、収容所の管理である。
残存の執行部員は36名。彼らが各収容所の
看守となり、監視、教育、取り締まりを担当していた。

収容所の一覧。人数は収容数

1号室 22名  (模範囚。生徒会への引き抜き実績多数)
2号室 67名  (非常に狂暴。脱走者、粛清者多数)
3号室 3名   (模範囚。少数精鋭。将来の生徒会幹部候補)
6号室 89名  (2号室以上に危険分子がそろう。脱走者はなし)
7号室 200名以上 (粛清された人数が最多。男子の脱走者あり)

囚人 計381名(学園の生徒総数の約一割以上に相当。
        囚人の中には教員も含まれている)

なお、今までに粛清された生徒の数は400を超える。
当初、総数3000名を数えた学園だったが、現在の
一般生徒の数はせいぜい2000名程度。
(生徒会は脱走者が出たので110名程度に減少)

2000でも膨大な数である。
執行部員は、諜報広報委員と共同で一般生徒の
厳重な監視に当たらなければならない。
教員を含めるとさらに100名を追加することになる。

たった110名程度のちっぽけな生徒会が
学園全体を管理することは非常に困難である。
むしろ今までよくボリシェビキが勢力を維持できたものだ。

※粛清
 虐待や拷問によって再起不能になること。
  死亡した者は当然として、重度の精神疾患、植物人間になって
  入院した者も含める。圧政による精神的な消耗とストレスで
  一般生徒の多くが精神病になってしまった。

収容所の話に戻るが、今のところ4、5号室はない。
収容所は番号順に作られたわけではないのだ。
当初は1~3号室の順で作られていた。

一年生の進学コースによる爆破テロが
未然に防がれ、彼らを収容するために7号室が建築された。
7号室は野球部の寮を改築、増築して作られた泊まり込みの
収容所である。生徒は卒業するまで帰宅は許されない。

さらにミウの支配下で6号室が作られた。
これは、単純にミウが気に入らない生徒をまとめて
収容するための施設である。多くの生徒が
彼女のその時の気分や思い付きで逮捕された。

C棟の一年生進学クラスの教室を丸ごと改築して作り上げた。
最大収容可能人数は200名以上。通称『ミウの楽園』
彼女の管理下にあることが生徒たちを恐怖させていた。

マリカ率いる第五特別クラス以外の囚人は
生徒会に対し反乱を頻発させており、
執行部員に負傷者が出ている。
2号室の囚人も同様に血の気が多い。

1号室は軽犯罪者(思想犯)が収容される。
刑期は短く、早ければ2週間程度で釈放される。
トモハルもかつてはここの出身だった。
無論思想的に問題ない囚人以外は釈放されないが。

2号室は絶滅収容所といわれる場所である。
最も罪の重い囚人が収容される所だ。

20キロ近い荷物を背負って山登りや、
数時間にわたる貯水池での遠泳を強制され、
心身に深い傷を負って再起不能になる者は少なくない。
訓練中に自殺者も出ている。

3号室は、かつてアキラがお気に入りの
ボリシェビキ候補をまとめて『保護』するための場所だった。
俗世間の思想に毒された一般人から隔離するのだ。
アキラは将来の生徒会幹部を
ここから輩出するべきだと考えていた。

堀太盛、小倉カナ、松本イツキ(三年)が
収容されていた。現在では太盛と元担任の
横田リエが入れ替わっている。

あれから数日後、学内で目立った変化はない。
ナツキは情報統制を徹底していたため、
一般生徒や囚人にはボリシェビキの混乱を
知られていないはずだった。

会長が恐れていたのは反乱である。
最も危険な2号室や6号室には
男子の看守を中心に配置する必要がある。

特に井上マリカ率いる勢力は、会長の支持で
厳重に警戒するよう指示が出されている。
マリカを敵に回したらどうなるか予想がつかない。

執行部員のほぼ全力をそちらに回してしまうから、
他の収容所が手薄になる。

1号室と3号室は模範囚ばかりなので問題ないが、
夜勤が必要な7号室はどうしても人が必要になる。
当たり前だが、脱走者が出る危険性が高いのは夜なのだ。

「仕方ない。諜報広報委員から人員を回すことにしましょう」

トモハルは自分の部下たちと話し合った結果を
ナツキ会長に申し出た。
今までは執行部員がシフト勤務で監視にあたっていたが、
暫定措置として諜報広報委員が負担することになるのだ。

「僕が夜勤ですか?」

まず白羽の矢が立ったのは堀太盛だった。

「しかもしばらく専属で?」

執行部員の補充ができるまでと頼まれてしまった。
人の良い太盛は簡単に受け入れた。
彼は自分が名誉あるボリシェビキだと思っていたし、
そろそろ単調なデータ入力にも飽きて来た。

太盛は新人ボリシェビキなので
責任のある仕事は任されていない。
執行部へ派遣されるには都合の良い人材であった。

太盛以外にも勤務経験の浅い男女が
数名選ばれ、夜勤のシフトに入ることになった。

「え? 俺も夜勤すかwwww別に構わねーっすよww
 もともとデスクワークは得意じゃねえんでwww」←モッチー

各委員部から平等に選ぶようにという上からの
命令で中央委員部でも投票が行われた。

夜勤は眠いし、体の消耗が激しい。
女子の場合は肌への悪影響もある。
当然誰も手を挙げなかったが、
山本モチオだけは例外だった。

「はぁ……。あのバカ」

彼女の近藤サヤカも心配なので着いて行くことにした。

「じゃあ私も行こうかなぁ。気分転換にちょうど良さそう」
「君まで何を言っているんだね、クロエくぅん!!」

クロエも乗りで参加を表明。
新人委員のエリカも空気を読んで手を挙げた。

これに校長は激怒した。

「うちの部から4人も派遣するとは正気かね!!
 年末の仕事はどうなるだ!!
 うちは売るほど仕事が残っているだぞ!!」

「ごめーん。ナツキに頼まれたら断れないのよねー。
 それに後学のために現場仕事もしておかないとね。
 校長たちは長時間残業頑張ってね♪」

クロエは気楽そのものだ。
収容所の監視業務をピクニックと勘違いしているのか。

ボリシェビキたちもまもなく冬休みを迎える。
人手が足りない中央委員部は年末まで
出勤して事務処理や会議に追われる。
この時期に人が減るのは
ボディブローを食らうようなものだった。

会長と保安委員部から泣くほど感謝されたので
結局この派遣を取り消すことはできなかった。

太盛らは「臨時派遣委員」として保安委員部へ出頭し、
1時間程度の座学を受けてから、直ちに現場に配属となった。

「太盛様。お慕い申しておりました」
「君は誰だ?」

太盛とエリカはこんな感じで再会を果たした。
やはり太盛は記憶を失っている。
なんともカオスであった。

あと三日で冬休みである。一般生徒は半日授業だが、
部活のある生徒や、囚人達は夕方までいる。

完全下校時間の後に全校を回り、全教室の見回りと
施錠をすることになった。担当するのは臨時派遣委員である。
アナトーリー・クワッシニーも連帯責任として
臨時派遣委員への加入を強制させられた。

この放課後の時間に執行部員は順番に会議室へ連れ出されて
「再教育」と「思想のチェック」をされていた。
彼らの頭脳となる保安委員部員も同様である。
これは、かつてアナスタシアが提案した制度である。

ナツキは、副官のナジェージダと共同で
彼らにペーパーテストを受けさせ、
共産主義系書物の読書、論文の執筆など、
およそ囚人にやらせるのと同様の内容を強いた。

そして30分にわたる個人面談を毎日行っていた。

「会長殿も忙しい時期みたいだね。
 あの方はいつも辛そうな顔をしているよ」
「ええ。そうね」

太盛とエリカは肩を並べて歩いていた。

臨時派遣委員は、手分けして校舎の見回りと施錠を行う。
この仕事は必ずペアで行う決まりになっている。
クラス数にして約50。音楽室や美術室などを含めると
さらに増える。ABCの三つの棟に分かれている。

それとは別に外の見回りもあって、校庭など学校周辺に
爆破物などが仕掛けられてないかを確認するのだ。
これらが保安委員部の日課であり、
人数をかけないと永遠に終わらない仕事である。

「俺達は外の見回りなんてついてないよな。
 風が強くて凍えそうだよ」
「ええ。そうね」

夕方6時過ぎ。日はとっくに暮れていて、吐く息が白い。
校舎の屋上から強力なライトで照らされているから明りには困らない。
夜間に襲撃された場合に備えて照明器具には予算を掛けている。

球場のカクテル光線を思わせる幻想的な雰囲気の中で
二人は仕事していた。

「エリカはさっきから相槌を打ってばかりじゃないか」
「だって、うれしいんだもの。
 あなたと一緒に歩けてるだけで十分」

太盛は、自分の腕にしっかりと絡ませた彼女の腕を見た。

「こんなに密着して歩いていると、あとで怒られるかもな。
 たぶんボリシェビキっぽくないと思われるぞ」

「この学園は恋愛が推奨されているから問題ないわ。
 恋人同士が腕を組むのは当たり前のことよ」

「そんなもんかね」

校舎の裏に回った。太盛は物陰にスマホをかざす。
アプリに金属探知機能がついているのだ。
広大な学園の敷地もアプリで地図化されている。

怪しそうな場所を次々に回る。
駐輪所にはゴミ一つ落ちていない。
中庭の広大な芝の上にも、不審な物はなかった。
自販機の裏もライトで照らしたが、

「君は俺の彼女らしいけど、悪いね。
 あいにくすっかり記憶が抜けていてさ。
 俺がボリシェビキだったことは覚えているんだけど」

「これからゆっくり時間をかけて思い出していけばいいわ」

「ん? あそこはもしかして」

空き家と化した、小さな一階建ての建物があった。
旧組織委員部の事務所である。
事務室の奥に仮眠室と給湯室がある。

会長になる前のナツキはここの責任者だった。
仕事の合間にナージャとお茶を飲むのが楽しみだった

組織委員部が中央委員部に組み込まれたため、
事務所は廃棄されたのだ。

「はは。中はすっかり使われなくて
 ボロくなっちまってるな」

「クモの巣だらけで雰囲気あるわね。
 深夜に来たら肝試しになりそう」

事務室は余計な物がなくて広々としている。
一方で給湯室は物が散乱していた。
泥棒が入った後のようだ。
ガラスのコップが床で粉々になり、
壁のカレンダーがビリビリに引き裂かれている。

太盛はライトで部屋中を手当たり次第に照らした。

「書類の束の中に図面みたいなものがあるぞ」

「なにかしら」

なんとプラスチック爆弾の詳細な図面だった。
アラビア語と英語で書かれたものであるが、
その下に日本語で翻訳が書かれている。

(あの時の爆破テロ犯達の……)

エリカは全身の毛が逆立つ思いがした。
11月の革命記念日の少し前、爆破テロ犯が
一斉に逮捕された。内部スパイのアナスタシアが
一年生と結託して生徒会の転覆を企んでいのだ。

アキラ派が一掃された後にミウが全校朝礼で
図面の存在を公表した。エリカは、あの時プロジェクターで
拡大された図面が、これと全く同じことに気づいた。

それにしても廃墟に等しい事務所跡で
こんなものが見つかる理由が分からなかった。

「あれ、おかしいな。この図面を見ていると
 何かを思い出しそうになるんだ。
 一年生の……。サイ……トウ……」

エリカは急いで図面を二つに引き裂いた。
さらに二度と内容が読めないように細かく千切った。

「会長殿に提出しなくて良かったのか?」
「こんなものはこの世から消えればいいのよ」
「でも…」

エリカは太盛の背中へ手を回し、自分の唇で唇を塞いだ。

「……いきなりキスされるとは思わなかった。
君は人気のない場所に来ると積極的になるんだね」

「お願い。今日のことは忘れて」

「今日のことって、図面のこと?」

「そうよ」

「どうして君はそんなに図面にこだわるんだ。
 さっきだって人が変わったように…」

「お願い!!」

エリカの迫力に太盛はひるんだ。
エリカは唇を強く噛んでおり、
今にも泣きそうな顔をしていた。

女の涙は武器である。
太盛はそれ以上質問するのをやめた。

「分かったよ。エリカ」
 エリカを安心させるために笑顔になった。

「僕は君を困らせるようなことをしたくない。
 なぜだか分からないけど
 君は僕にとって大切な女性な気がするよ」

「太盛君……」

ギュッと抱き締められた太盛。
太盛は167センチと小柄だから、
エリカ(162センチ)とほとんど身長差がない。

ところでスワロフスキーというメーカーをご存じだろうか。
オーストリアにある高級クリスタル・ガラスメーカーである
宝石を始めとして100万を超える双眼鏡も作っているのだ。
私は双眼鏡マニアだった時にこのメーカーを知った。

私はたまたまスワロフスキーの通販サイトで「コアラ」の置物を見た。
クリスタル製の精巧な作りで、なんと40万もする。
とても私のような貧乏人に手に入る代物ではない。それはいい。

気になったのは、コアラの母子が抱擁している
ポーズを取っていることだ。
慈愛に満ちていて、実にほのぼのする。
抱擁したエリカと太盛の様子はたぶんこんな感じだ。

……。訳の分からないことを書いてしまった。

太盛はエリカの髪の匂いと肌の暖かさに
懐かしさを感じていた。幼いころからこの匂いを
知っている気さえした。考えてもその理由は分からなかったが。

見回りが終わった後は、いよいよ夜勤のシフトが始まる。
二交代制のシフトで、A勤は8~20時。B勤は20時~8時。
診療所の看護師のようなシフトである。
(三交代より二交代の方がキツい)

もっとも囚人が悪さをしなければ
待機室にいる時間が多いから、読書など好きなことができる。
途中で仮眠室を利用することも出来る。

臨時派遣委員は、強制収容所7号室で
夜7時の夕食に参加することになった。

「あなたが堀太盛君っすか? チョリーッスwww
 お会いできて感激っていうかwww芸能人に
 会えた気分なんすけど。まじうれしーっすww」

「は、はあ…」

「俺、モチオって言いますwww
 フルネームは山本モチオっすwww
 自分で言うのもなんだけど、
 覚えやすい名前だと思いませんかwwww」

女子の収容所の大食堂に臨時派遣委員が集まっていた。
太盛の他は、エリカを初め中央委員会のメンツである。

看守の立場なので囚人達から
離れたテーブルに座り、そこで食べていた。

モチオのチャライ挨拶をさすがにサヤカがたしなめた。

「堀君。ごめんなさい。こいつ初対面の人に
 全然人見知りしないタイプだから」

「僕なら構いませんよ。むしろ楽しそうな人で
 安心しましたよ。こんなこと言うのもあれだけど、
 僕ら諜報部と中央委員部って普段からギスギスしてるじゃないですか。
 お互い臨時派遣委員となったのも何かの縁ですし、
 仲良くしましょう」

太盛は初対面の人に笑顔を見せるのを忘れなかった。
立派なボリシェビキになるために
どんどん交友関係を広げていきたいと思っていた。

一方でメニューに関しては残念だった。
出されたメニューは囚人と同じ質素な日本食。
ご飯とみそ汁と申し訳程度の野菜炒めのみ。
黙々と食べていたら10分以内に完食してしまうだろう。

頼めばご飯のお代わりがもらえるらしいが、
初の夜勤の緊張感から食欲は出ない。

「あの、君」

「はい?」

「さっきから俺を写メるのはやめてくれないか」

「太盛君は撮られるのに抵抗あるタイプ?
 エリカとツーショットだから
 記念に撮っておこうと思ったんだけど」

クロエだ。マイペースな彼女は堀太盛を写真に収め、
あとで中央委員の仲間に自慢しようと思っていた。

「さっきからみんな言うけど、俺って有名人だったの?」

「うん。それはもう。むしろなんで気づいていないの?」

クロエがさらっと言う。

この学園で堀太盛の名前を知らない者はいない。
恐怖の副会長・高野ミウが執着をし続けた相手だからである。

彼らの恋の行方が、学内の政治にまで影響を
与えるのだから全校生徒が動向を注目していた。
同じ理由でミウの恋敵の斎藤マリーも超有名だった。

(まじかよ)当の太盛には青天の霹靂であった。

「さすが私の太盛様。有名人」
「よせやいエリカ。それに様付なのも違和感すごいぞ」
「未来の旦那様だから今から様を付けるの」
「照れるじゃないか。これから初勤務だってのに…」

エリカと太盛は隣同士で座り、
ささやくように語り合っている。
その様子から嫌でも親密さが伝わるというもの。

「うはwww何二人でこそこそ話してるんすかwww
 俺らを置いてきぼりにしないでくださいよwww
 二人ともマジでラブラブなんすねwww
 堀君www記憶喪失じゃなかったんすかwww」

「そうなんだけど、エリカとは本当に
 恋人だった気がするんだ。なんとなくだけどね。
 他の女子にはこんな感情持ったことないと思う」

「のろけ話、あざーっすwwww
 初々しくてうらやましいっすwww
 エリカさんみたいな美人の彼女がいるなんて
 堀君、勝ち組じゃねえっすかwwww」

「あはは…」

「だからいい加減にしなさいよ。
 あんたの口調だとバカにしてるようにしか
 聞こえないのよ」

「ぐはwwwまじいてーwwww」

わき腹に肘鉄を食らう。
自分の彼女に叱られてもモチオはいつもこんな調子だった。

「それよりエリカさん」サヤカが真剣な顔をした。

「堀君と再会できてよかったね。
 最初はどうなることかと思ったけど」

「ありがとう。みんながいてくれたお礼よ」

「エリカさんは仕事頑張ってたもんね。
 もう立派なボリシェビキの一員だよ。
 中にはあなたのお兄さんたちのこと悪く言う人がいるけど、
 気にしないでね。私たちはエリカさんの味方だから」

(サヤカさんは何て良い人なの…)

思わず涙がこぼれるのだった。
自分たちはこれから不穏分子の摘発をする立場なのに、
こんなに心温まる話をしていていいのだろうかと思ってしまう。

ここにいる五人は偶然にも全員2年生なので話しやすかった。

「そういえばさ」太盛が言う。

「みんなはどうしてボリシェビキになったの?
 君らはミウみたいな冷徹さがないというか、
 残虐なイメージがないんだよ」

(この人はミウのことは覚えてるのね……)

と黒江(漢字表記)が思いつつ、質問に答えた。

「あたしの家族はフランスの共産主義政党に所属しているの。
 革命的共産主義者同盟って名前なんだけど」

※革命的共産主義者同盟
 
 フランスの極左政党。
 反新自由主義・反グローバリズム、反資本主義がモットー。

 フランスは欧州文明の中心にして
 共産主義のメッカなのはあまり知られていない。

 共産主義の元になった思想は、フランスのルソーなどが思想として広げた、
 『啓蒙思想』である。この思想は「自由・博愛・平等」で、
 フランス革命の原動力になった。アメリカの建国の理念でもある。 

 レーニンのロシア革命はフランス革命を手本にした。
 彼は史上初のテロリストにして
 独裁者ロベス・ピエールをよく研究していた。

「ロベス・ピーエルの独裁政権が崩壊し、
 ボナパルティズムの台頭を許した理由が分かるか?
 それは粛清が足りなかったからだ。
 ジェルジンスキー。僕は君に命じる。
 ソ連国内から全ての反対主義者を殺し尽くせ。
 一切の情け容赦は不要だ」
 
 フランスは建国の理念を考えれば社会主義的な国
 (というか元祖)だが、民主主義・資本主義国の形態も
 持っているので選挙の結果でどうにでも国政が変わる。
 歴代の政府は右寄りで資本主義を採用している。

 つまり国家の『柔軟性』がある。
 『寛容性』と言い換えてもよい。

 フランス革命の結果、世界で初めて『国民国家』という概念が生まれた。
 軍事では史上初の国民皆兵制度を採用した。
 そしてナポレオンが地上最強の大陸軍を指揮し、欧州を席巻した。

 全世界の陸軍士官学校でナポレオンの戦術は、
 ハンニバルやアレキサンダーと並んで必修項目となっている。

『自由とは、思想を異なる人々が共存できる自由である』
 これが1000年間、欧州第一の国家として君臨した
 フランスが導き出した英知である。

 日本にはそれがない。
 実質的に自民党一党独裁が続く現在の日本を、
 議会制民主主義の国と定義するのは不可能であり、
 我が国はその後進性を全世界へ露呈している。

 国家としてのフランスはアメリカの大先輩である。
 理論、思想、文化など米は多大な影響を受けている。
 
 軍事においても第一次大戦時の米軍は弱く、
 ドイツ軍相手に惨敗を続けていた。
 フランス軍に訓練されてようやく前線で戦えるレベルになった。

 戦後の日本はGHQ(米国)の指導の元、国家を一から作り直した。
 憲法の基本的人権、民主主義、自由主義を押し付けられたが、
 元はフランスが作り出した概念であることは上でも述べた。
 つまり現在の日本の先輩の先輩にあたるのがフランスである。

(筆者は別の作品で日仏の社会保障制度の比較を書いたが、
 日本とフランスでは先進国としての
 成熟度におよそ100年の開きがある)

黒江の日本語は完璧だった。
今の内容をすべて日本語で説明できるほどなのだから。
とてもフランス生まれのフランス育ちとは思えない。

 クロエの説明は日本に対する批判が目立った。
 フランス人特有のプライドの高さを感じさせる。
 だからエリカは日本が嫌いなのかと訊いてみた。

「うん。日本の政治は大嫌い。
 でも漫画とかアニメとか文化は大好き。
 休みの日は秋葉原とか行くよ」

※漫画やアニメなどのサブカルチャーの市場規模、
 日本に次いで二番目がフランス。アメリカは三位。
 欧州最大のアニメ大国としても知られる。
 クロエのように日本のサブカルが好きな若者はどこにでもいる。

「あたしの部屋の画像みる?」

いかにもオタッキーな部屋かと思いきや、
白くて小ぎれいな部屋にフィギュアや漫画が置かれている。
物であふれているわけでもなく、空間にたっぷり
余裕があって過ごしやすそうな部屋だった。
 
ユーチューブに投稿するためか、
高そうなハンディカムや 三脚、化粧品があった。
 
この際だから気になることはどんどん質問することにした。

「私はね、クロエのような親切な人が
 ボリシェビキなのを不思議に思っていたのよ。
 クロエは人を殴ったりできるの?」

「あたしが優しいのは味方にだけだって。
 エリカは品が会って礼儀正しいから応援したくなるの。
 こう見えて敵には容赦しないよ?」

そう語る瞳からは、内に潜む強い信念が伝わった。

エリカはサヤカにも同じ質問をした。

「自慢じゃないけど、うちの父親が政治家なの。
 表向きは衆議院議員なんだけど、
 裏で所属してる組織が革マル派って名前で…」

※日本革命的 共産主義者同盟 革命的マルクス主義派
 
 過去作の~学園生活ミウの物語~で書いた気がするが 
 要約すると非常に危険な思想を持つ左翼であり、
 この学園の生徒会のことである。

 夢は富の均等な分配。政府による衣食住の保証。貧困の撲滅。
 労働者のための国づくり。多くの共産主義者が目指す道筋である。
 もちろんお金稼ぎが大好きな資本主義者は抹殺の対象となる。

 なんと近藤サヤカの親は衆議院でかなりの大物であった。
 ここはもともとお嬢様が多い学校ではあるが、
 次元の違うお嬢様だ。富豪のレベルである。

 サヤカは幼い頃から親を通じて思想的な影響を受け、
 将来国家を転覆させることを夢見てこの学園に入学したのだという。
 もっとも父からの強制でもあったが、
今では道を選んだことを後悔していない。


「モッチー君はどうして生徒会に?」←エリカ

「あ、ついに俺の番っすかwww俺はですねww」

彼はなんと共産主義者ではなかった。
ではなぜ生徒会に入ったのかと訊くと
『恋人のサヤカがいるから』ただそれだけである。

「俺はサヤカと一緒にいたくてこの学園に入ったんすよww
 偏差値めちゃ高いんで苦労しましたけどwww
 ギリギリで合格できたっすwww
受験よりボリシェビキ入学試験の方が
難易度高かったのは気のせいっすかwww」

「エセ主義者なのに逮捕されたりしないの?」

「サヤカの親が守ってくれてるから余裕っすよwww
 前の会長もサヤカには強く出れなかったんでww
 親の権力マジサイコーwww」

しかしながらモチオもただの馬鹿ではなく、
外国語に才能を発揮していた。
彼は英語とロシア語の他にフランス語も話せる。
クロエとは仏語で趣味の話ができるレベルだという。

「なんつーか、俺ってボリシェビキの中では
国際的チャラ男って感じなんすかねww
 もしくは革命的チャラ男を名乗ってもいいっすかwww」

ちなみに英語を話す時は10単語の内1単語に
Fuck(性交)を付けるほどアメリカンな人である。
「ケツの穴」「売春婦の息子」「売女」「いきり立ったあそこ」
「しょんべん」など米国人が好むスラングをよく使う。

「俺、昔ミウ閣下と英会話したことあるんすよwwww
 そしたらwww5分以上話を聞いてもらえなかったwww
 下劣すぎて耳が腐るとか言われてwwwww
 なんなんすか、あの冷たい目はwwwwうぜーwww」

モチオは日本語を話す時も身振り手振りが激しく、
アフリカの民族舞踊を連想させる不思議な動きをしていた。

太盛はそれがツボに入ったのか、
先ほどから机を叩いて爆笑している。
女子たちはしらけていた。

とにかく彼のぶっ飛んだキャラのおかげで
太盛たちはすっかり打ち解けてしまった。


「ご歓談中に失礼するが」

保安委員部のイワノフ代表がやってきた。

「そろそろ仕事について説明をしたい。
 今夜は私も夜勤のシフトに入るので
 直接指導させていただく」

「あ、もう仕事の時間なんすかwww
 おkwww 俺ら、ゆとり世代なんで、優しくおなしゃーすwww」

「こら!! 私たちはお手伝いで来てるんだからふざけるな。
 それにあの人は上官だよ」

「さーせんwwwでも堅苦しいのよりはいいじゃんかwww」

恒例のモチサヤの漫才にもイワノフは眉一つ動かさず、
口調を注意することもなく、
監視室、待機室、仮眠室を案内してくれた。

ニートにとって一番の大敵は退屈なのである。

太盛達が夕食を食べているころ、
斎藤マリーは暇を持て余していた。
ニートにとって一番の大敵は退屈なのである。
時間があり余り過ぎて何をすればいいのか分からない。

ナツキは仕事に忙殺されているから相手にしてくれない。

孤独な夕食の後、通販で取り寄せたファッション雑誌や
美術品のカタログを自室でゴロゴロしながら読んでも新鮮さは感じない。

保安委員部から20名以上の脱走者が出たことは聞いているが、
反ボリシェビキのマリーにとっては関係ない。
と思ったが、よく考えたら問題大ありだった。

(反逆が起きたら私は絶対に殺される)

特別扱いをされている以上、マリーを妬み、
恨む囚人は売るほどいるだろう。
一般生徒たちもマリーを許すとは思えない。

そう。マリーが収容所七号室から解放されて
革命的ニートになったのはナツキのおかげ。

この頃になると漫画、ゲーム、パソコンが完備された
副会長室でダラダラできることが一般的な高校生から
大きくかけ離れていることに改めて気づかされた。

こんな楽な生活がそう長く続くわけがない。
きっと神様が頃合いを見て自分に罰を与えるはずだと思った。
これは自分にとっても死活問題。だから動かずにはいられなかった。

「失礼しまーす」

マリーが会長室(執務室)を訪れた。

ナツキは電話対応に忙しくて、扉を開けたマリーにすら
気づいていない。受話器を耳に当てながら
画面と睨めっこし、PCのマウスを動かし続けていた。

執務室の机には空になった栄養ドリンクが
乱雑に置かれている。げっそりしたナツキの顔には
いつもの余裕は全くない。

ガーガーと安物のエプソン製プリンターが
休みなしに動き続けている。副官のナジェージダは
書類の束をまとめてホッチキスで止めていた。
保安委員部に渡す書類なのか、
かなりの量を人数分印刷しているようだ。

会長の執務室は、たった二人だけの職場の
割には騒がしくて殺気立っていた。

「なに?」とナージャがにらんだ。

忙しいのだから暇人は来るなと言いたげだった。
ここでマリーが下手なことを言ったら
即バトル(舌戦)開始になるであろう。

「ごめん。なんでもない」

マリーは背を向けたのだが、

「ああ、待ってくれ。今時間を作るから」

ナツキは対応中だった電話をさっさと終わらせてしまい、
ナージャに何事か耳打ちしてからマリーと廊下へ出た。

ナツキは自分の髪を乱暴に触り、一度だけ大きなため息を
吐いたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。

「どうしたマリー? 何か大切な用でもあるのかい?」

「うん。私にもお手伝いできることはないかなって」

「え…」

ナツキはマリーのためなら、どんなお願いでも聞くつもりだった。
彼は一度気に入った女性にはとことん
エコひいきしてしまう悪い癖があったのだ。

だが驚いた。生徒会の仕事にまるで興味を示さなかった
マリーが、自分から手伝いを申し出てくれるとは。

「人手が足りない部署は中央委員だよね。
 単純作業とかでよければ手伝おうか?」

「いや、あそこはやめたほうが良い。
 校長がヒステリーを起こしてパワハラっぽくなっているらしい。
 君にはできれば7号室の看守に加わってほしい。
 もちろん君に頼むのは心苦しいことではあるのだが」

マリーも七号室の管理が大変なことは、
自分が囚人だったことからも分かる。
絶望的な人材不足の折、
猫の手も借りないといけない部署だ。

現在執行部員たちは全員が連帯責任でスパイ容疑が掛けられており、
順番に再教育が施されているから機能不全状態に陥っている。
そのため太盛ら臨時派遣委員が結成されたのだ。

「いいよ」マリエはすぐに返事をした。
もう自分は元の場所に戻ることはない。
そう思っていたが、こんなにも早く、
しかも看守の立場で彼女たちと会うことになるのだ。

自分の人生は呪われている。
きっとこの先は良いことはない。
だから諦めたほうが良い。
この学園に入ってしまった瞬間から
運命の歯車は狂ったのだと、マリーはそう思った。


『フェリックス・ジルジェンスキー』
ポーランド系ソビエト連邦人(生まれはベラルーシ)

経歴 (レーニン内閣、人民委員会議にて)
反革命・反サボタージュ取締全ロシア非常委員会 議長(チェーカー)
国家保安総局 長官(OGPU)
国家最高経済会議 議長

下記の通り数多くの異名を持つ。
「鉄のフェリックス」
「労働者の騎士」
「革命の剣」
「プロレタリアの武装せる腕(かいな)」

この学園の保安委員部は、ソビエト連邦のチェーカー
(秘密警察)を参考に作り出されていた。
革命を守るために行ったジェルスキーの大量殺戮、
情け容赦のなさは、世界中のボリシェビキが
大いに見習うべきことだとされていた。

収容所のいたるところにジルジェンスキーの
肖像画が飾られているほどである。

「太盛さぁん。そろそろ交代の時間っすよぉ。
 5分前には起きてねえと、頭がふらふらして歩けねえからね。
コーヒーでも飲みますか?」

「いや、むしろ炭酸水が飲みたい。コーラとかあるか?」

朝方。待機室で仮眠をとっていた太盛は、同室のモチオに
優しく起こされた。彼らは男子の収容所の配属になっていた。
他の委員と交代で2時間ごとに眠り、夜の見張りをしていた。
(実際は横になってまどろむだけで熟睡には程遠い)

今は朝の4時である。まだ日は昇っていない。
囚人は朝の6時(冬以外は5時半)が起床時間である。
そのあとは点呼。生産体操、収容所内の清掃、身支度など。
朝七時の朝食までの段取りをしないといけない。

1分たりとも遅れないようにして囚人を教育するのだ。

朝方に発狂したり暴れたりする人がいるかもしれないので
油断は禁物である。太盛はペアのモチオと一緒に収容所内を歩いた。

彼らの担当は第一バラックだ。収容人数およそ50名。
男子の囚人総勢100名は、二つのバラックに半分ずつ収容されていた。

廊下は広い。ライトを片手に各教室を回っていく。
見回りは一時間ごとにする決まりである。

ここは2階。廊下には校舎内と同じ教室がいくつも並んでいる。
共産主義教育はここで行われるのだ。

現在囚人たちは野戦病院を連想させる広大な
ベッドルーム(ベッドだけが並ぶ空間)で就寝している。

これだけの大所帯だから、一人一人の顔を覚えるのは大変だが、
仕事なので全員の顔と名前を覚えないといけない。
太盛達はナージャから直接渡された囚人リストがある。

モチオは夜勤をこなすだけで精一杯なので覚える気がなかったが、
太盛は一流のボリシェビキを目指す身なので少しでも記憶するようにした。

「みんな大人しく寝てるんすね」
「誰だって夜は眠いよな。朝方は一番熟睡できる時間だ」

囚人たちは、無数に並ぶダブルベッドで寝息を立てていた。
風邪を引かないように布団は十分に支給されているから、
真冬の朝方はさぞ心地よいことだろう。

第一バラックは、1階部に大食堂と炊事場、大浴場がある。
節約のため、囚人が使えるのはシャワーのみで、
浴槽を使うことは許されていない。交代で使うので
一人当たり20分以内にシャワーを済ませる規則になっている。

太盛たち看守は、彼らが入浴した後に使うことができる。
看守は2時間ごとの交代で見回りをするために
空いた時間なら、いつでも飲食入浴はしていいことになっている。
風呂場を含めた施設内の全ての清掃には囚人を使役する。

看守が集まる待機所と監視部屋も1階にある。
見回りが終わると、太盛達も監視部屋に入る。

保安委員部の人(偉い人)がここに常駐している。
ここは無数の監視カメラと盗聴器を統括するだけでなく、
指令室でもあり、問題が発生した場合は
直ちに会長や他の部署へ連絡をすることになる。

「勤務お疲れ様です」

イワノフがわざわざ頭を下げて来た。
彼は保安委員の長でありながら、
太盛たちを異常に厚遇していた。
相手は下級生なのに敬語まで使っている。

「見回り終了後はモニターの前に座って
 監視業務をお願いします。起床時間になりましたら、
 新しい指示を与えます。それと、これは支給品ですが、
 よろしかったら食べてください」

と低い声で言って、チョコ味とチーズ味のカロリーメイトと
ミルキーの飴玉、せんべい、リポビタンDを渡してくれた。
ずいぶんと気前の良いことである。本当は執行部員のために
用意された品であるのは明らかだったので太盛は恐縮した。

「なんだかすみませんね。僕らは素人だから
 全然お役に立ってないと思いますけど」

「とんでもない。こちらは本当に助かっています。
 特にお二人は今回の派遣に関してご自分から立候補してくださったのを
 校長たちから聞いています。他にも必要なものがあったら
 遠慮なく言ってください」

軍人としか思えない威圧感のある声で言われると少し怖いが、
とにかく害意がないのが分かって安心した。
さらに彼はモチオのチャラさをスルーする心の優しさを持っていた。

イワノフはボリシェビキに対しては人情家で
部下を大切にするタイプだ。
アキラの時代から部下からの人望は厚かった。
それなのに今回の集団脱走が起きてしまったのは全く不可解だった。
(原因はアナトーリー・クワッシニーの軍事訓練)

会議で容赦なく叱責してくる校長との仲は険悪だったが、
それだけに自分たちを積極的に助けに来てくれる
太盛とモチオを心から気に入っていた。

「夜勤って眠くなるっすね。思っていた以上にハードっす」
「俺もまぶたが重くて仕方ないよ。だがあと一時間で朝だから頑張るぞ」

イワノフが気を使って二人を隣同士の席にしてくれた。
彼らとイワノフの他には厳めしい顔をした保安委員部の人達が3名いて、
PCをずっと操作していた。メールを打っているようだった。

疲れてしまったのか、椅子の背もたれに体重を預けた状態で
眠っている人がいた。大胆にもいびきをかき始めたが、
誰も指摘しなかったので太盛たちもスルーした。

すぐに時間は過ぎ、太盛たちは収容所で初めての夜明けを迎えた。
日が昇り始め、あたりを照らし始めたころに起床時間だ。
けたたましい音でサイレンが鳴り響き、二階のベッドルームが
にわかに騒がしくなる。

ドタドタと、大きな足音をたてて囚人達が階段を下り、
食堂に集まってくる。冬場は寒いので食堂内で点呼と
体操をすることが許可されていた。
寒いのは囚人ではなく看守の都合である。

「本日も班員は全員揃いました!!」「揃いました!!」「同じく揃いました!!」
班ごとに決まり文句を言っていく。今日も脱走者はなしである。

冬休みが迫っているので、家に帰りたい一心で脱走や反逆が
十分に考えられる時期だけに気を抜くわけにはいかない。

朝食の時間になった。炊事担当の班が、
大急ぎでテーブルに食事を並べていく。
彼らは朝5時起きでご飯の支度をしなければならないのだ。

女子と同じく、他のバラックの人も一堂に会して食べる。
100名分の食事を6時までに用意するのは骨が折れるから、
実際はもう少し早めに起きていた。

囚人らはぞろぞろと食堂に入ってきて所定の位置に腰かけた。
みんな寝起きで機嫌が悪いのか、目が血走っていた。

囚人同士で会話らしい会話もなく、重苦しい空気の中
「いただきます」の号令を待つのみ。
絶望的に雰囲気が悪かった。

「俺らはどこで食べればいいんすかね?」
「適当なとこでも探すしかないだろ」

とモチセマが話していると、笑顔のイワノフが寄って来た。

「よろしかったら、女子の大食堂をお使いください。
 あちらにはご学友の皆さんがいるようですから」

「えっ、いいんですか?」

「ええ。我々は全く構いませんよ。有力な同士の皆さんには
特別メニューを用意させていただきました。
お口に会えばよろしいのですが」

お言葉に甘えて女子の食堂に行くと、昨日食べた場所と
同じところにエリカたちがいた。
ダルそうなクロエと平然としたエリカとサヤカが対照的だ。

「サヤカ。おはざーっすwwwわりと元気そうっすね」
「はいはい。おはよ。それよりこれ見てよ。
イワノフさんの部下が持ってくてくださったの」

五人のメニューはご飯とみそ汁ではなかった。
ハニートースト、厚切りベーコン、目玉焼き、
野菜スープ、マカロニサラダにヨーグルトである。

ここまでは珍しいメニューではないが、デザートが凝っていた。
冬ミカンのマフィン、ココナッツオイルを使った天然酵母ビスケット。

「せ・みにょん(かわいー)。朝から美味しそうなマフィンね。
 囚人との差がすごすぎて吹くんだけど」←クロエ

「ほんとにね。さっきからあいつら
 チラチラこっち見まくってるよ」←サヤカ

シェフお手製のスイーツは、囚人の身に落ちた女子たちには
宝物のように見えたことだろう。質素な生活を余儀なくされている
者にとっては、スーパーで安売りしているチョコレートですら
大変なご馳走に思えるほどだ。

空腹に慣れている人間は異常に甘味を求めるようになる。
これが異常なレベルにまでなると、甘い者の夢ばかりみるようになるほどだ。
(と言ってもここは学校である。囚人達はご飯のお代わりは
自由だから、お腹がすいているほどではないのだが)

朝っぱらから用意されたスイーツだが、ナツキが気を利かせて
自分付きのシェフを7号室に回してくれたのだ。

(いくら相手が囚人でもさすがにかわいそう)

そう思ったエリカは静かに甘未を食べていた。
女子たちは夜勤明けによるストレスが溜まっていることから、
パンやスープより先にスイーツに手を出していた。

「うまっ。夜勤の疲れが吹き飛ぶわ」
「どのシェフが作ってるのこれ? あとでお礼言いたい」

クロエとサヤカは大きな声でしゃべりながら食べていた。
二人ともパンは食べるけど油ものには中々手を出さなかった。

モチオは二人が残した分のベーコンをもらい、大口で平らげていく。
脂がたっぷり乗った厚切りベーコンは噛み応えがあった。

「やべー。ここの食事だったらいくらでも食えるわww
 学校の食堂より何倍もうまいっすよwww
 うちの学食、結構レベル高いにも関わらずwww
あっ、太盛は食欲なさそうっすねwww疲れてるんすかwww?」

「まあ疲れもあるけど、
一時間前にカロリーメイトを食べたばかりだからな」

「じゃあ太盛のベーコン貰っていいっすかw?」

「ほらよ」

そんな彼らの楽しそうな様子を
殺気を帯びた眼で彼らを見る囚人もいたが、
太盛たちは何事もなかったかのようにやり過ごした。

朝食後は収容所内の一斉清掃になる。
まさしく普通の学校の清掃の時間と変わらない。
30分かけて隅々まで清掃を済ませた後は、学習の時間になる。

その頃には交代勤務が終わる朝の8時を迎える。
ここで太盛たちは職務から解放されることになった。

イワノフから指示が下る。
「自宅に帰られてもここに残っても自由です。
 お疲れでしたら特別な仮眠室を用意させていただきました」

なんと、現在使われていない女子の第四バラックが
空いているという。そこのベッドルームを自由に使って良いとのこと。
つまり完全に泊まり込みで働いていいと言っているのだ。

「じゃあお言葉に甘えて」

太盛が言うと、エリカもそうした。
さすがにオフの時間まで学校に
いたくなかった黒江らは自宅に帰ることにした。

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「太盛様。おはようございます」

エリカだ。太盛は個室として整備された仮眠室のベッドで
寝がえりを打った。まだまぶたが重く、いつまでも枕に
頭をうずめていたかった。

「太盛様ぁ」

細い指で肩をゆすられる。太盛は「うーん」とうねり、
エリカがいると思われる方向とは逆向きに頭をひねる。

「もう15時を過ぎていますから、
  そろそろ起きたほうがよろしいかと」

「え? 15時?」

布団をはいで太盛がベッドサイドの目覚まし時計を
取ろうとするが、ない。壁掛け時計の位置も違う。
それに部屋全体が狭い(4畳半。彼の自宅の部屋は20畳)

そこでようやくここが自室でないことに気づいた。

「そっか。俺は夜勤だったんだな。
 そしてここは収容所か」

「はい。この第四バラックは執行部の人達が
 寝泊まりするために使われているのですが、
私たちのために空けてくれました」

「セリフが物語の説明みたいだな。エリカ」

「そうだったかしら」

「まあいいや。で、わざわざ俺を起こすために
 この部屋まで来てくれたのか。寝る時は
 お互い別々の部屋で寝ていたのに」

「夫を起こしに行くのは妻の役割ですから」

「ん?」

当然の違和感に気づいた。エリカが太盛を慕っているのは
今までの流れで分かっている。記憶喪失の太盛ではあるが、
エリカからの好意は悪く解釈していない。

「まるで結婚するのが前提みたいな言い方だ。婚約?」

「ええ。私たちは実際に婚約していましたから」

優しく微笑んで即答した。
太盛はさすがに嘘だろうと思った。だが口にはしない。

「それより寝起きで喉が渇いたんだが」

「これをどうぞ」

午後ティーのペットボトルを手渡された。
自販機で買った品のように暖まっている。

「今日は何日だっけ?」

「12月23日。冬休みまであと二日です」

「てことは明日がイブか。ボリシェビキでは
 キリスト教信仰はタブー。もしイブを祝ってしまうと」

「粛清対象になりますね」

「だな」

※ソ連のクリスマス

 ソ連では一切の宗教が禁止されている。
 そのためロシア帝国時代から続いた伝統的な
 キリスト教文化は徹底的に弾圧された。

 ソ連人たちは毎年この時期が来てもお祝いなど
 何もせず、ただ普通に過ごした。

 ボリシェビキは超現実主義者。科学と理性を重視し、
 祈りや奇跡など不確定な要素を嫌う。
 社会主義・共産主義の思想を全人類に広めることが
 真の平和に導くと信じていた。

「今日も20時から夜勤だ。エリカは疲れてないのか?」

「当然疲れていますわ。でも太盛様と一緒だから辛くないわ」

「俺たちが一緒なのは食事の時だけじゃないか」

「イワノフさんにお願いして太盛様と一緒にお仕事を
 することになりました」

「そうなのか? じゃあモチは?」

「モチオ君はサヤカさんとクロエと組むことにしたそうです。
 私がモチオ君にお願いしたらすぐに了解してくれたわ」

「へ、へえ」

モチオに無理強いしたのだろうと思った。
若干束縛の要素さえ感じさせる彼女の言い方に、
太盛は背筋に冷たいものを感じた。

第四バラックには洗面所からバスルームまで用意してある。
広いスペースを少人数で使い放題なため、快適である。

太盛は洗顔と歯磨きをしてから、身支度を整えた。
支給されていた洗い替えの看守服を着て、すっかり仕事モード。
といっても仕事開始までまだまだ時間が残っている。

「少しお話がしたいのだけど」

「いいよ」

他愛もないおしゃべりである。

エリカと太盛の学園での出会いから、美術部での思い出や
お互いの家のこと、両親のこと、エリカがボリシェビキに
なった経緯。エリカは太盛の前では良くしゃべる少女だった。
過去のことばかり話すのは、太盛に楽しかった頃の
記憶を取り戻してほしかったからだ。
もちろん自分に都合の良い脚色を大いに交えながらだ。

「そんなことがあったのか。
なんとなく覚えているような、ないような」

太盛はときどき首をひねるのだった。

クロエたち五人組でいる時は一番口数が少なかったのに、
太盛の前ではよく笑い、たまに冗談を言い、次々に話題を
見つけては、会話の間を作らないようにしていた。

すっかり二人だけの世界に浸っていたら、
時計の針が夜の7時を指そうとしていた。

「そろそろ夕飯の時間だから行こうか」

太盛が何気なくエリカの手を繋いで歩きだしたので、
エリカは真っ赤になってうれしそうな顔をしたものだ。

さらに

「好きだ」

と言ってしまった。

(あれ? 俺今何でこんなこと…)

太盛は大した意味もないのに平気で
口説き文句が出てしまう困った男だった。
思い込みの激しいエリカは、
太盛が互いの婚約を認めたとものとして解釈してしまった。

「私も」と言い、エリカは太盛の手を力強く握った。

もう二度と離れ離れにならない、という強い意志が感じられる。

件の大食道には、モチオとサヤカがいた。

「新婚夫婦さん、チョリーッスwwww」

「はは……。なんかその言葉を
聞き慣れている気がするのは気のせいか」

気恥ずかしさで赤面した太盛とエリカが並んで着席する。
向かい側にはモチサヤが座っているから、Wカップルである
サヤカはなぜか明後日の方を向いていて、
誰とも視線を合わせようとしない。

事情の分からないエリカは困っていたが、
空気を読まない太盛はどんどん質問する。

「サヤカさんは具合でも悪いの?」

「んー。ちょっとね」

頬図絵をついている様子から苛立ちが伝わってくる。

「クロエさんは来てないのね?」←エリカ

「あー、あいつは出勤時間ギリギリに来るそうっすよwww
 まあそうっすよねwwwあいつはチャンネル(ユーチューブ)
 を持っているから撮影とかで忙しいんでwww」

「モチオ君たちは家で食べてこなかったの?」

「いやいや、実は俺とサヤカも収容所に泊ったんすよww
 もちろんエリカさんたちとは別の部屋っすけどねww」

「なるほど」

聡いエリカはだいたいの事情を察した。
泊まり込みでモチオとサヤカが喧嘩したのだろうと。

「もしかしてモチオに浮気でもされたのかい?」

太盛のデリカシーのない質問に、
サヤカはテーブルをばしんと叩いた。

「うわぁ!!」

太盛は両手を上げて大げさに驚いてみせたので、
モチオは腹を抱えて笑い出した。
相変わらずテンションの高い男である。

サヤカがムッとした顔で声を張り上げた。

「ちょっと!!」

「させんwwwでも太盛の顔がマジ受けるからwwww
 サヤカもしかめ面ばかりしてないで、少しは笑いの
 センスを磨いたほうがいいと思うぜーw」

「もともとあんたが悪いんでしょうが!!」

喧嘩の理由は単純で、モチオがサヤカと2人きりの時に
エリカの話ばかりしたのが原因だった。新人のエリカは
ボリシェビキの中では清楚なお嬢様で有名であり、
校長を初め男子たちの注目を浴びていた。

『サヤカは堅苦しすぎるから、エリカさんを見習って
 おしとやかな感じにキャラチェンしたらどうっすかww』

などと軽々しく口にしたので地味に傷つけてしまったのだ。

(私だって分かってるわよ)

サヤカは、悪く言うと生真面目が過ぎた。
成績は大変に優秀だが、融通が利かないタイプの女子である。

例えばこういう人が組織のトップに立つと、
部下たちはミスが許されないため息苦しくなる。

いきなりどうでもいい話を始めるが、筆者はとんでもなく
神経質で猜疑心の強いクソ女上司の元で働いたことがあった。
仕事に関してどんな細かいことにもいちいち口を出してきた。
私をこき下ろすために、他部署の仕事の責任まで私に押し付けるなど、
でっちあげを繰り返した。

ある日、突然ストレスによる頭痛を発症し一ヵ月会社を
欠勤したことがある。

その女が明らかにクソだったので男性の上司に訴えたのだが、
私の訴えは一部を除いて認められず、最終的に私か奴の
どちらかが退職するしかない状況に追い込まれ、
やむを得ず私が退職するに至った。あの時の恨みは今でも忘れていない

その女が交通事故などで一刻も早く昇天することを祈っている。

「モチオはエリカさんみたいな綺麗でおとなしい人が好きなのね」

「いやいや」

「だってエリカさんのこと褒めてばっかりで…」

「そーじゃなくて、良い人を見習えばいいってことさ。
 人の言うことはポジティブに取らないと人生つまんねえっすよ? 
 サヤカはうっぷんが溜まるとすぐ校長に当たる悪い癖が
 あるんすから、もっと人生を前向きに行きないとダメだよ~」

「あんな職場にいたら性格もギスギスするわよ。
 もっと人を入れてスムーズに仕事が進められるように
 会長殿にも何度もお願いしているのにさ」

「今は中央委員のことは忘れようぜ!!
 俺たちはここでは臨時派遣委員。言われたことだけ
 こなしていればいいいんすよ。ある意味気楽っしょ」

「え……。あんたまさか。今回の派遣に賛成したのは
 それが目的…?」

「サヤカを年末まであの部屋に缶詰めに
 しておきたくなったからだよ!! 
 たまには別の部署の仕事するのもいい経験だと思ってな!!
 まっ、夜勤なのは辛いけどな!!」

「あ、あんた……。バカなくせに色々考えてくれてるのね」

厨房から出て来た男性のシェフが、彼らのテーブルに
直接お皿を運ぼうとしていたのだが、タイミングを
見失っておろおろしていた。

サヤカは涙もろい性格だったので、モチオの肩にもたれながら
泣いていた。長年連れ添った夫婦が愛を再確認したかのような場面である。
そんな二人の様子を、セマエリは微笑ましく見守っていた。

夜の見回りの時間である。
モチサヤは男子の収容所。太盛とエリカは女子の収容所の担当となった。
時刻は消灯時間になったばかりの夜10時。
彼らの担当は第二バラックの見回りである。

太盛は懐中電灯を片手にエリカと並べて歩くのを楽しみにしていたのだが、

「ごめんなさい。ちょっと頭痛がするの。
 監視ルームに行って、座り仕事の方に回させてもらうから」

「エリカ……」

やっぱり寝不足だったのかと思った。
夜勤ではよくあるパターンだ。普段と生活リズムが
狂いすぎていて、なかなか寝付けなかったのだろう。
図太い神経をしている太盛は、疲れていたのでさっさと寝てしまったが。

(それでも俺には会いに来てくれたのか)

個室で話した時のエリカは元気そうだったが、
今考えると無理をしていたのかもしれない。
太盛は小型無線機を取り出し、イワノフに連絡した。

「そういう話でしたら、体調が良くなるまで
無理はなさらないほうが良い」

イワノフは第四バラックで静養するよう指示した。
これは指示であるから、エリカには仕事を継続するいかなる
義務も存在しない。なのにエリカは、

「せめて監視だけでもしますわ。モニターをチェックするくらいのことは」

「そう言われましても、顔色が優れませんよ。同士エリカ殿。
 あなたの仕事熱心さは良く伝わりました。
 だからこそ疲れが出たのでしょう。
 これからの仕事のためにも、尚更今は休んだほうが良い」

「そうだよエリカ。ここはイワノフさんのお言葉に甘えさせてもらおう。
 見回りなら俺一人でも大丈夫だから」

エリカはうなずき、イワノフに付き添われてその場を後にした。

一人残された太盛は、決められたルートを通り、
囚人たちの眠るベッドルームの見回りをした。

(囚人とはいえ、女子の部屋か)

女の子たちは行儀良く寝ていた。
寝る時間なので当たり前だが、物音ひとつ立てていない。
かすかに寝息が聞こえる程度の静寂。
収容所の夜はとにかく異常に空気が緊張する。

太盛はベッドルームを通り過ぎて、
トイレのある廊下をすたすたと歩いていた。
歩き時はできるだけ足音をたてるようにと決められている。
恐怖心を煽るためかと思ったが、いかにも看守が近づいているのが
バレバレなので逆効果ではないかとも思った。

「看守様ぁ」

太盛は心臓が止まるほどびっくり仰天した。
高圧電流の流れるスタンガンを片手に急いで振り返ると、
何もいない。

おかしいと思って足元を見ると、いた。
太盛の足首に手を伸ばして床を這っている女子の姿が。

「――――っ!!」

太盛は思いっきり叫びたかったが、不思議と声が出ない。
ついに幽霊を見てしまったショックは大きかった。
幽霊は、一度見てしまうとその後も一生見続ける運命になるという。

確かにここは収容所であり、囚人が脱走に失敗し拷問死すること
など日常であるから幽霊の一人や二人いてもおかしくはない。

「しー」

幽霊が唇に指を当てている。
その子はよく見ると人間だった。
斎藤マリーによく似たセミロングの髪で、
囚人にしてはよく手入れされている。

「地べたを張っていれば、監視カメラに映りませんの。
 看守様はそのまま動かないで」

かなりの美少女だ。
切れ長で少し足れた目つき。薄ピンク色の唇が愛らしい。
ほっそりした体形で、囚人服の上からでも手足の細さが伝わるほどだ。
声だけが残念で、アニメ声のため無駄に音程が高かった。

「こっちへ来て」

少女は、廊下をそのまま這い続けて物置に太盛を案内した。
『物置』には監視業務に使う機器などが満載されている。

通常ボリシェビキ以外の者が入ることは厳禁である。
そもそも施錠されているはずのその扉は簡単に開いてしまった。

「堀太盛様にお願いがありますの」
「なんで俺も名前を…」
「堀様は有名人でありますから」
「ああ、そうかい。で、何が言いたいの?」
「私を一日だけでいいから外に出してほしいのです」
「あん?」

彼女の言い分を要約すると、この学園で付き合っていた男子生徒がいる。
その男子は一般生徒のため、もう三か月以上連絡を取っていないが、
なんとかして再開したい。せめてクリスマスイブの日だけでも彼の顔を見てみたい。

太盛は生徒会から支給された手帳の規則に、

・囚人に声を掛けられても、必要のないことは絶対に応じないこと。

と書いてあったのを思い出した。

「君は馬鹿だな」
「は…」
「俺がそんなこと認めると思うのか?」

太盛の顔は冷徹な共産主義者そのもの。
この顔の恐ろしさを少女は熟知していたから、
思わず震えそうになった。

新人として派遣された堀看守ならもしかしたら
と思って話しかけたのが、どうやらうまくいきそうになかった。
その証拠に

「君のことを同士(本部)に通報する」

と言われてしまい、ついに血の気を失って顔面蒼白となった。
脱走の企てがばれた場合は尋問室で拷問。
あるいは男性の看守に囲まれて眠れない夜を過ごすことになる。
旧日本軍的な表現では辱めを受けることになるのだ。

「堀さんぁ……お願いします……お願いします……。
 通報だけは勘弁してください……今日のことはなかったことに
 してくだされば、おとなしく部屋に戻ります……」

「なかったこと? そんな都合の良い話があるもんか。
 僕は誇り高きボリシェビキの一員であり、君は規則に違反して
 脱走しようとした。しかも恋人に会うため? 
まったく認められるわけがない」

太盛は小型無線機をポケットから取り出し、スイッチを押そうとしたが

「だめぇ!!」

囚人の女の子によって払われてしまう。
ガタッと音を立てて無線機が転がった。

これは大きな音だった。
不気味な静寂に包まれている収容所において、
たとえ物置の中であっても良く響いた。

「往生際がわる…」
「拷問だけは嫌です!! 後生ですから。後生ですからぁ!!」
「君たち囚人には人権がないんだよ。諦めろ」
「なんでもしますから!! 私、なんでもします!!」
「そんなに拷問が嫌か?」
「いやですよぉぉ!! 彼に一生会えない体にされちゃうんですぅ!!」

無線機を落としたとか、もはやそういう次元ではなくなった。
廊下に仕掛けられている盗聴器にまで声が聞こえるほどだった。

これでは誰かが駆けつけるのは時間の問題。

「ちょっとー。夜なのにうっさいんだけどー?」

ご丁寧にノックまでしてから入って来たのは、クロエであった。
彼女は出勤時間ギリギリにやって来たところだったのだ。

太盛はまず彼女の見た目に驚いた。まさかのイメチェンである。
今まで黒い髪の毛だったのが金髪に変わっている。
小顔でブルーの瞳をしたクロエだからよく似合っている。

今まで鼻をわざと低く見せるよう厚塗りをしたり、
目元を平たんに見せるメイクをしていた彼女とは別人。
なんというか、普通に西洋白人の美少女がそこにいた。

「なんだ太盛じゃん。あっ、呼び名は太盛でいいよね?
 あたしら仲間だし。それより囚人とそこで何やってるの?」

「この子が彼氏に会うために脱走したいとか言っててさ。
 これって粛清対象だよな?」

「うん。粛清対象だね」

「やっぱりな」

女子の囚人は何を思ったのか、
今度はクロエの足にしがみついて懇願を始めた。

「看守様ぁ。お願います。お慈悲を下さい。
 看守様も女性の方なら好きな男性を
想う気持ちはお分かりになると思います」

すすり泣いているため、ほとんど呂律が回っていない。
クロエは囚人の言っていることなど全く無視して、太盛に問いかけた。

「エリカは一緒じゃないの?」
「あいつは具合が悪いから別室で休んでるそうだ」
「そうなんだ。心配だね」
「正直仕事に手が付かないほどだ」
「あとで様子見に行かないとね」
「もちろんだ」

女子の囚人は声を上げて泣き始めた。
この看守二人は自分のお願いなど全く聞くつもりがないのだ。

非常なボリシェビキにとっては、自分が尋問室行きになる
ことなど、これっぽっちも重要なことじゃないのだ。

「クロエ。髪の色変わった? かわいいね」

「あはっ。ありがと。今回はいかにしてリカちゃん人形に
 なり切るかってタイトル(英語)で動画を作っているのね。
あたし本当は東アジア風のファッションに憧れているんだけど、
たまには白人っぽいメイクもしておかないと自分が何人なのか
 分からなくなってくるじゃない? 実は私の知り合いで
 ドイツ系スイス人の女の子がいてね。その子が両親と喧嘩して…」

「さて。この囚人をどうしようか」

「ちょ。そっちから話題振って来たんだから
 最後まで聞いてよぉ」

太盛は、物置の隅でうずくまって震えている囚人へ近づいた。
太盛が顔を上げるように言うと、女の子は悲鳴を上げてさらに震えた。

「ご、拷問されるくらいだったら、いっそ舌を噛み切って死にます」

「大人しくしろ。囚人には自殺する権利すらないんだ」

「ならこれで!!」

なんと。囚人の女の子は食事の際に出されたフォークを
隠し持っていた。それで自分の首を指して死のうとしたのである。

「ばーか」

クロエは何を思ったのか。囚人を拳で殴り始めた。
早い。肘を下に構えるのはボクシングに特有であり、無駄がない。
すごい勢いで拳の雨が振り下ろされる。

「う……ぐ……いたっ……やめて……」

ガードした腕の皮膚から血が流れるほどだった。
黒江の瞳からは完全に人間らしい感情が失われていた。
狂ったように囚人を殴り続けている。

「その辺でやめておけよ」

太盛がクロエの肩に優しく触れると、ようやく暴走は止まった。
全身に打撲を負った囚人は、ただ泣き続けていた。
彼女の嗚咽は物置内にむなしく響いた。

「クロエ。ちょっと熱くなり過ぎだぞ」

「分かってる。でもこう言う奴ってムカつくんだよ。
どうせ死ぬ勇気もない癖に自殺とか簡単に口にしてさ」

「暴行するのは執行部の人たちの仕事だからな。
 あんまり好き勝手やってるとイワノフさんたちに
 迷惑がかかるから、ほどほどにな」

「うん…」

太盛には理由が分からなかったが、クロエは見たこともないほど
暗い表情をしていた。まるで過去の不愉快な記憶を
思い出してしまったかのように。

日本人の女子とは比較にならぬほどおしゃべりで感情の起伏の
激しいクロエ。一般的に仏人は感情を隠すことを悪徳と感じる。
この時もクロエは、日本育ちの太盛には
到底分からない反応を示すのだった。

「人を殴ると複雑な気持ちになるの」

「どういう意味だ?」

「たまにこう考えることがあるの。私が逆の立場だったら
 どう思うだろうって。たぶんこの女と同じで
 泣きわめいて許しを請うのかなって」

「そりゃそうだろう。一方的に虐待される側なんだから」

「だからなのかな。私は今の地位であることをうれしく思うの。
 だってこいつらは犯罪者だから、好きなように痛めつけられる。
 そう。気のすむまでね。これは正義のためにやっていること。
だから罪悪感はない。私たちがこいつらを取り締まる法律を作って、
 保安委員部が実行して、学内から反乱分子を一掃する。
 これが私たちの仕事でしょ?」

「君は何が言いたいんだ?」

「太盛は人を殴ったことはある?」

「どうだろうな…」

太盛は考えるしぐさをしてから

「3号室にいた時はあったと思うよ。あの時は、確か
 山登りの訓練をしてた時だったか。偉く太った2号室の
囚人をボコボコにしたことがあった。カナも一緒に…。
 ん…? カナ? カナってどんな顔してたのかな。
 名前は思い出せるけど、靄がかるように顔が思い出せない」

「本当に記憶喪失なのね。諜報広報委員から聞いてはいたけどさ。
 まさかミウ閣下のことまで忘れてないでしょうね?」

「忘れるわけないだろ。俺はミウの部下だったんだから」

(部下じゃなくて彼氏でしょ)

と思ったが、細かいことまで指摘しないことにした。

「ミウと言えば」

太盛が食いついた。

「最近ミウを見ないな」

(は?)とクロエは口に出しそうになった。

太盛がおかしいのは記憶の件だけではなさそうだ。
ミウの粛清は学内でほぼ周知されているはずだ。

返答に困っているクロエをよそに、
太盛は囚人に声をかけた。

「君は最近7号室でミウを見たか?」

「い、いいえ」

「本当に見てないのか? ミウはここを定期的に
 見回っているはずなんだけどな。体育の授業も
 積極的に関わっていると同僚からは聞いているんだけど」

彼はこのように意味不明なことを言うことがよくあった。
諜報広報委員で勤務していてミウの粛清を
知らないなど、常識的に考えられないことだ。
これにはさすがの黒江も驚愕して言葉もなかった。

皮肉にも太盛に真実を教えたのは囚人であった。

「あの」
「ん?」
「もしかして堀様はご存じないのですか?」
「なにを?」
「高野ミウ副会長閣下は内部粛清されましたけど」

ガーン。
太盛は鉄のハンマーで頭を叩かれた。気がした。
それほどショックは大きかった。

疑い深い今の太盛なら、女子の言っていることをすぐに
信じようとはしないはずであった。だがすぐそばにいるクロエも
深刻な顔をしているから、状況からして事実なのを察してしまった。

「なんで」
「え」
「なんで教えてくれなかったんだよ」

太盛はクロエの肩を激しく揺さぶり、息を大きく吸った。

「ミウが死んだなんて俺は知らなかったぞ!!」
「……諜報部で聞いてないの?」
「誰もそんなこと言ってないぞ。話題にすらあがったことがない!!」
「へ、変ねぇ。トモハル委員から全員に通知されたとばかり…」
「いやいや!! だから何も言われてねえって言ってんだろ!!」

太盛の取り乱しようはすごかった。
黒江が悪いわけでもないのに、八つ当たりに近い。
黒江はただ太盛の豹変と迫力に圧倒され、
顔にかかる唾さえ拭き取ろうとしなかった。

「うわあああああああ!! なんでだあああああああああ!!」

太盛は物置から危険な香りのする四角い箱を取り出した。
鉄製である。ふたを空けてみると、どう見ても手りゅう弾としか
思えない代物が複数入っていた。太盛はさっそく三個ほど手に取ってみて、
ずっしりくる重さを確認した。安全ピンをためらいなく外そうとしたので、
さすがにクロエの拳が飛んだ。

「ぐはっ」

顔に強烈な左ストレートを食らい、鼻血が宙を舞う。
黒江は左利きだった。
拳を振り切った態勢で、口元が「ごめん」と動いた。

「いや、クロエが謝ることじゃない。
 俺バカだからガチでショックな時は死にたくなるんだ。
 君が止めてくれなかったら手りゅう弾を
自分の胸元に当てるところだった」

そう言って握手を求めて来た。

これにはクロエも苦笑する。
新手の日本風ジョークかと思ったが、
やはり彼はどこかおかしい。

単純な記憶喪失の範囲を超えている。
統合失調症などの精神疾患を疑ってしまう。

「大丈夫だ」

太盛がさわやかに言う。

「俺はもう冷静だよ。ちょっと夜勤とかエリカが倒れたこととか、
 色々あって頭が疲れていたんだ。クロエにはみっともないところを
 見られてしまったね。今はただ恥ずかしい」

「パ・ドゥ・プロブレム(気にしないで)
日本は恥の文化って聞いたことがある」

「昔マッカーサー元帥がそう言ってたんだよな。
 戦後間もない頃に」

茶番は終わり、通常業務に戻った。

規則に準じて女子の囚人は保安委員会の上司に引き渡した。
太盛は大したことをしてないつもりだったのに、
イワノフから大いに称賛された。

「早速お手柄ですな!!」

イワノフの言葉に部下たちも続き、拍手が沸き起こる。
夜の監視ルームはにわかに騒がしくなった。

「この囚人は明朝、尋問室に連れて行きます。
 尋問によって他に仲間や先導者がいないかを確かめるのです。
 おそらく連帯責任であと数名が逮捕出来ることでしょう」

イワノフのごつごつした手と握手しながら太盛はこう思った。

(この子はどう見ても単独犯だと思うけど、あえて言うまい。
拷問に耐え切れなくて
他の囚人の名前も適当に言ってしまうんだろうな。
 尋問室では水責めが定番らしい)

イワノフはわざわざクロエにはたどたどしい仏語で対応し、
握手した手を上下に何度も振った。
黒江も太盛同様に恐縮してしまったが、とにかく
褒められてうれしくないわけがない。

クロエは冗談でカロリーメイトをくださいと言ったら、
本当にくれた。都合の良いことに彼女の好むフルーツ味だった。

その後、二人は監視ルームで過ごした。
割り当てられた監視カメラのモニターをチェックしたが、
特に変化はない。クロエは勤務中だというのに、
たまに手鏡を取り出しては、自分の前髪の形を気にしていた。

それに比べたらハンドクリームやリップを
取り出すのは可愛い方である。

「おい。怒られるぞ」
「でもこの時期乾燥がヤバいのよ」

イワノフら偉い人たちは見て見ぬふりである。
黒江もそれが分かっているから大胆な行動に出るのだ。
彼女の肌は化粧水でしっかり保湿されて美しかった。
男子も女子も10代の美しさは永遠に戻ることがないのである。

そして時刻は23時。見回りの時間がやって来た。

「それじゃ、行ってきまーす」

黒江が元気に手を振ると、屈強な男たちが
照れくさそうな顔をしていた。
イワノフが勇気を出して手を振ると、部下らも習う。

保安委員部の男たちは、クロエの笑顔で
普段の仕事疲れをすっかり
癒されていることに気づいていた。

都会的で洗練された振る舞いをするクロエは
密かに保安委員部や執行部の中で噂される存在になっていた。
彼女のユーチューブのサイトを見ている人もいるという。
ネット世界での彼女は、一種の国際的アイドルであった。

ライトを片手に決められたルートを通る太盛とクロエ。

「太盛もカロリーメイト食べる?」
「……そうだな。もらっておくか」

のんきなものだと太盛は思った。

仕事に対する熱意がないわけではないのだろうが、
黒江のノリは軽い。トモハル委員の指導の元、
ガチガチのボリシェビキとして教育された太盛とは
色々と温度差があった。

(それにしても。俺が取り乱したこと、全然気にしてないのか)

彼女はあっけからんとしている。
昔のことは気にしないタイプの性格なのだろうと思った。
まるで行楽に行くような足取りで廊下を歩いている。

まさか鼻歌を歌うわけじゃないだろうなと思っていたが、
さすがにそれはなかった。

ベッドルームを見回った。異常はない。
黒江はトイレにも入っていった。さすがに
太盛が遠慮するのだが、見回りは絶対に
ペアで行うというルールを説明し、手を繋いで中へ入っていった。

太盛は、女子トイレに入ったことよりも、クロエと手を繋いだことの
方に驚いていた。クロエの指は細くて冷たくて、少し力を入れたら
折れてしまいそうだった。

「太盛の手、熱いね。暖かいというより熱い」
「むしろ君が冷たすぎるのかもね」

身長は日本人の女子とそんなに変わらない。
おそらく158センチである。なぜ具体的に分かるのかというと、
太盛は一瞬で目の前の人の身長を見抜く力があるのだ。

さらに初対面の人の顔、服装、声、話し方のくせなどは
一瞬で記憶するよう諜報広報委員で訓練されている。
これは、将来国際スパイになることを視野に入れた訓練である。

だから、太盛は休みの日にお店に買い物に行く時も、
さりげなく人々の特徴を確認する癖をつけている。

女子トイレにも異常はなかった。
ついでに尋問室に現在軟禁されている例の女子を見に行った。

彼女はパイプイスに座らされていた。
鉄の足かせをはめられているから、下半身の自由はない。
それに加えて自殺防止のためにモニターで監視されているから、
本当に何もできないのだ。

上下の囚人服はそのままに、素足である。
エアコンは効いていないので12月末の寒さで凍えるほどだろう。

「堀様ぁ」

この部屋は声がよく響いた。

「なんだ? 今更命乞いしても無駄なのは知っているだろう」
「生前のミウ閣下のことをもっと知りたくないですか?」
「なに?」
「どうですか?」
「確かに気にはなるが」

太盛が食いついたので、囚人は一気にまくし立てた。

「ミウ様は、それはもう堀様のことを愛しておられました。
 堀様の前では猫をかぶっていたんでしょうけど、
 本当は冷酷なサディストでした

あの方は私たち囚人の前ではよく感情を表に出していました。
 私たちの前を歩いては、理由もなく順番に平手打ちをしたり、
 お腹を殴ったり。あれはひどいものでした。私の友達に
 裸で寒風の吹き荒れる校庭に3時間放置されたものがおりました。

どんな執行部員よりもひどい。副会長に地位にあるものが
私たちを直接虐待することがまず異常です。私たち囚人は
奴の死を一刻も早く願ってしました。だから死んでほっとしています」

まさかの暴言。自分が拷問死することが分かっているからか、
舌が良く回る。これにはさすがの黒江も黙っていられない。

「それ以上続けたら、あんたの拷問内容がもっと過酷になるよ」
「そんなの知ったことではありません。どうせ死ぬんですから、
 好きなだけ話させてください。堀さんも聞きたいでしょう?」

太盛はうなずいた。

「じゃあ続けますね。私は堀さんのことも殺したいほど恨んでいます。
 だって、あなたミウと付き合ってるのに他の女と浮気してたんでしょ?
 エリカ先輩とか、野球部のマネージャーとか。あとあの子。
 斎藤マリー。ミウのクズはあなたに冷たくされると私たちに
 八つ当たりして最低でした。あなたがちゃんとミウの彼氏を
 やっていれば、もう少しましだったかもしれないのに。

 あんたもサイテー。浮気癖のある男は死ねよ。
散っていった私の仲間のためにも
責任取って死んでくださいよ堀太盛さん。いや死ねよ」

堀太盛は放心した。なぜか。斎藤マリーのくだりで
頭をこん棒で殴られたかのような衝撃を受けたのだ。

あるいは、彼の記憶の渦が静かな水面だとすると、
そこに大きな石がどすんと落とされた状態である。

「死ね。死ね。堀。おまえの彼女が死んだならおまえも地獄へ行け。
 私が死んでもむしろ呪い殺してやる。生徒会よりも
 お前が憎い。生まれ変わってもお前を殺す。
 ミウは地獄に行ってから殺す」
 
「あんた。言いたい放題言ってくれたわね」

黒江が囚人の腕を握る。骨が折れるほどの力が
込められていたので、囚人は耐え切れず絶叫した。

「諜報広報委員の堀太盛君に暴言吐くなんて
 あんたの方が最低よ。いっそイワノフさんに
頼んで今すぐ拷問してやろうか?」

「けっ」

つばが、クロエの顔に飛んできた。

黒江はよく手入れされた肌が汚されたのでカッとなり、
ボディブローの構えを取るが、

「まあまあ」太盛に優しく肩を抱かれると、なえてしまう。

(あ、あれ? おかしいな。なんであたし抱き締められてるの)

ずっと彼氏が欲しかったクロエには感動的なシーンであった。
太盛のことは嫌いではないが、異性としては意識してなかった。
それに友達のエリカの彼氏だから、もちろん手出しするつもりはない。

なのに心臓がどきどきしている。

「クロエの気持ちは分かるけど。今は少しだけ耐えてくれ。
 どうせこいつは明日死ぬんだからさ。その前にちょっとだけ
 情報を聞き出したいんだけど、いいかな?」

「うん…」

太盛は抱擁を解いた。そして囚人の方に向き直ると、
彼のぬくもりが少しだけ恋しくなった。

「君は斎藤マリーを知っているのか?」
「知っているも何も、有名人ですから」
「俺はその子のことを知っている気がする」
「何言ってるの? 彼女の一人だったんでしょ?」
「え?」
「えっ」
「斎藤さんは俺の彼女だったのか?」
「彼女じゃなかったら、愛人とかですか?」
「え?」
「は?」

囚人はイライラしながら太盛の質問に答えた。
マリーの顔や性格などを伝えたが、どうも太盛には
しっくりこないようだった。すでに解放されたばかりの
マリーと自分の職場で再開しているのに、ひどいものである。

「斎藤マリエも死ねばいい」

恨めしそうに声で言った。
老女か魔女を思わせる声である。
紹介が遅れたが、この囚人の名前は船越ヒトミである

「ねえ執行部員さん。最後だからこっちからも質問させてよ。
あいつだけなんで釈放されたの? 納得できないし
殺意しかわかないんだけど」

太盛がかぶりを振ってクロエに視線をやる。
クロエにも理由が分からなかった。

「あんたらも知らないってことは、会長のエコひいきか。
 あの人紳士だって言われているけど意外と女たらしで有名だし、
 斉藤に自分の秘書でもやらせたいんでしょ。
 けっ。顔が良い女はなんでも得しやがって。死ね」

毒を履く船越もまつ毛の長い童顔で容姿は十分に整っていた。
だが、それを今さら指摘しても意味はない。

黒江はこの二人がいつまでもおしゃべりしているのが
我慢ならなくなって来た。本当はそんなはずはないのに、
年の近い兄と妹が口げんかしているように見えてしまった。
控えめに太盛に耳打ちする。

「もうすぐ休憩時間だから、エリカの様子見に行こうよ」
「おう。悪いね。すっかり話し込んでしまった」

立ち去る際に、クロエは囚人の顔にパンチを食らわせた。
囚人はバランスを崩して椅子ごと倒れ込んでしまう。
足枷のせいで、自分で起き上がることはできない。

「痛い!! クソ女。外人。おまえも死ねえええええ!!」
「はいはい。せいぜい吠えてろ」

本当はもっと痛めつけたかったが、太盛に嫌われたくなくて
手加減してあげた。クロエは至って冷静なふりをして
部屋を去るのだった。

エリカの部屋に行くと、彼女はベッドでぐったりしていた。
彼女は保安員部の休憩室から、第四バラックの仮眠室へと
移動していた。風邪が治るまで職務から離れてよいという
話しになったのだ。つまり家に帰るべきなのである。

それなのに彼女は
「太盛君が働いているから、私も学校にいる」と言って聞かなかった。
しかし収容所にい続けたら病院に行けない。
一応学園には保険の教師がいるので明日以降に診療してもらうことは
できるのだが、ちゃんとした病院で見てもらうのが一番だ。

「エリカ。寝てるのか?」

太盛がそっと彼女のおでこに触れると、相当に熱かった。
前髪が汗で湿っている。
かなりの高熱が出ているのであろう。

寝たり起きたりを繰り返しているエリカは、意識がはっきりしていない。
太盛が近くにいることを察したのか、それとも夢だと思っているのか、
「んー」と絞り出したかのような声を発するのだった。


「このままじゃ死んじまうよ」
「病院の緊急外来に頼んだほうが」
「おう。救急車でも呼ぶか」

太盛の腕をエリカが握った。

「だめ」
「え?」
「寝れば、治るから、大丈夫」

「でもかなり辛そうじゃないか。
 6号室でもインフルが流行っているっていうし、
 早めに病院で見てもらった方が」

「いいの。いいから今は寝させて。
 太盛君たちの話声、少しだけうるさい」

どうするべきか悩んだが、とにかく明日の朝に病院へ
連れて行くことにし、太盛とクロエは仮眠室から出て行くことにした。

黒江と太盛は執行部員の休憩室へ入った。
ベッドがあるので仮眠をとることができる。
もちろん男子と女子は別々なのだが、
そういう細かいことは気にしない性格の黒江は
女子の部屋へ太盛を招待した。

一人では寂しいからと言われたので、太盛は断らなかった。

休憩室は収容所内にいくつも用意されている。
クロエに用意された部屋は6個のベッドが置かれているが、
彼らの他には誰もいない。

執行部員が人材不足なので休憩室は
ほとんど使い放題になっていた。
二人はそれぞれベッドに横になり、天井を見つめる。
太盛は深いため息を吐いてから言った

「だめだ。エリカのことが気になって眠れないよ」
「あたしも心配だよ。それにしてもなぁ」
「ん?」
「あちゃー、あの子は初勤務の日からやられたか」
「どういう意味だ?」
「日本風に表現すると、たたり」
「たたり?」
「実はね。うちの執行部員がなかなか定着しないのは理由があるのよ」

黒江は恐るべき内容を語るのだった。

収容所7号室の敷地には、非業の死を遂げた囚人たちの怨念が宿っている。
彼女(彼)らの霊が執行部員たちに夜な夜な悪さをする。
実際に幽霊の目撃例は多数ある。数日前に霊に憑りつかれて
発狂し、自分から鉄条網にダイブしたのは、なんと囚人だったという。

「ちょっと待ってくれ。エリカはたぶん風邪だぞ?」
「そうとも言い切れないのよ」

黒江は太盛の顔を正面から見据えた。
話し中に目をそらさないのは欧州人の特徴である。
数多くの異文化がひしめく欧州大陸では、日本人男性のように
照れ臭くて目をそらす人は、嘘つきだと疑われてしまう。

心理学によると
相手のウソを見破るには爪先を見ればいいらしい。
誠意のない相手はまず爪先が明後日の方を向くという。

「これも生徒会の極秘情報なんだけどね。
執行部は初勤務から一週間以内に体調不良になる人が
続出しているの。エリカみたいに高熱を出す人もいるけど、
見回り中に泡吹いて倒れている奴もいた。
手足がしびれていたから癲癇(てんかん)みたいな症状ね」

太盛の顔がみるみるうちに青白く染まっていく。

「まじかよ……。じゃあエリカもヤバいのか?」

「たぶん死ぬことはないと思うけど、当分の間
 収容所から離れたほうが良いと思う」

「この収容所がそこまでヤバいのを知っているなら
 生徒会の偉い人たちはなんで廃止しないんだよ?」

「それはあたしら中央委員部でもさんざん話し合ったんだけどね。
 収容所の撤去と収容されている全囚人の抹殺を提案した女子が、
 心臓発作で死んでしまったの…」

「死んだ…?」

「そうよ。原因は不明。彼女が夜遅くまで自宅のPCで立案書を
 作成していたら、そのままデスクの上で死んでいた。
 翌朝母親が娘の遺体を発見したそうよ。その時の死に顔といったら。
何者かに首を絞められ、叫んでいる途中で息絶えているように見えた」

「た、たたりだってのか……。バ、バカらしい。
 俺はボリシェビキだ。非科学的なことは信じないぞ」

「あたしだって最初はそう思った。けどここまで話が
深刻化しているから信じるしかないね。うちの部では
校長を含めて全員が霊の存在を信じているよ」

太盛は背筋が冷たくなり、無性に恐ろしくなった。
この狭い部屋の中で、天井から何者かに見張られているような気がした。
いや。壁の裏にも何かが潜んでいるのかもしれない。
この部屋には窓もカーテンもない。
部屋の色は上から下まで白で統一されている。

この無機質さが、余計に恐怖を煽るのだった。

いつもは明るい黒江の口調が淡々としている。
ふと彼女も怖くないのだろうかと太盛は思った。
クロエは太盛から見ても立派なボリシェビキの一員だが、
同じ高校生であることに変わりはない。
この勤務はある意味自殺行為に等しいものがある。

「あたしは必要とされる場所にいるだけよ。
 人手不足の部署があったらそこへ手伝いに行く。
 日本に来たのもそうよ。たまたまこの学園が国外の
 ボリシェビキを募集してたから来てみたの。
 ま、日本の秋葉原に一度行ってみたかったのもあるんだけど」

「そうか。君は考え方が大人だね。
大人の女性って感じがする」

「そんなことないって。
あたしはただ好き放題やってるだけだから」

太盛はベッドから起き上がり、クロエの隣に座った。
そしてクロエの手をギュッと握る。

「いやだったらごめん。普通にしてると怖くてさ」
「いやじゃないよ。全然」

人の肌の暖かさ。太盛は長い時間忘れていたような気がした。
エリカと手を繋いだ時とはやはり違う。
太盛にとってクロエは何もかも新鮮に感じられた。

一度この娘のことを知りたいと思うと、
どんどん近くに寄りたくなってしまう。

一方で美人の割にオタクだったからか恋愛経験のない
クロエは、心臓がうるさく鳴り響いてそれどころではなかった。
顔は真っ赤であるが、鈍感な太盛には悟られていない。

現時点で恋愛感情が強いのは太盛よりもクロエの方であった。
天然の女たらしの太盛が持つ、不思議な魅力のなせる業である。

居心地の良い沈黙の間を太盛が破った。

「あの船越って子さ」
「うん」
「あの子も幽霊だったんじゃ…」
「それはないね。普通に殴れたし。そもそも幽霊だったら触れないって」
「それもそうか……」

今は人間でも、死んだあと呪い殺すとあの子は言っていた。

「私たちはペアだから心配しないで。 
 あたしは君のそばを離れないようにする」

確かにそうだ。見回り業務はペアが原則。
当初はモチオが太盛のペアであったはずなのだが、
サヤカと組んで男子の収容所の担当になっている。

クロエは本来なら監視ルームの固定勤務の予定だったが、
太盛の本来のペアのエリカは欠勤中。
そのため太盛と組んでいる。

「こ、これからもよろしくな。俺臆病だから
 いざとなった時に役に立たないかもしれないけど」

「誰だって幽霊は怖いわ。私はここの心霊事件を
報告書に書いて中央委員部に提出するつもり。
何が起きても大丈夫なように心構えだけは
しておこうね。お互い頑張りましょう」

翌朝の起床時間まで変わったことは起きなかった。

エリカの熱は38.9℃まで上がってしまった。
教員が車に乗せて病院へ連れて行くことになった。
しばらく自宅で休むようにと会長のナツキから厳命されたため、
エリカはしぶしぶ従った。

そしてその日の午前中に、ナツキ会長の演説が始まる。
いよいよ明日からの冬休み。
生徒へ休みの日の過ごし方の心構えを説くのだ。

これは本来なら学校の校長先生が行う行事。
すなわち終業式の挨拶である。

また話がそれるが、終業式の挨拶について語ろう。
これは別に終業式に限った話ではないが、
体育祭や文化祭の開催に際して偉い人の『挨拶』ほど
生徒にとって苦痛で無駄な時間は存在しない。

なぜなら「話がつまらない」からである。
日本人のいくつもある悪癖の一つに、
当たり障りのない話をして済ませる、
人前で恥をかきたなくない、というのがある。

つまらない話をする方がむしろ恥だと私は思う。

例えば…。
ドイツ第三帝国のヒトラー総裁は、
類まれなる演説の才能によって
ドイツのインテリ、非インテリ層を問わず
大勢の聴衆を魅力し、彼の思想を植え付けることに成功した。

ヒトラー総統は国民の過半数以上の支持によって
『民主的に』独裁者になった。
ナチス党が第一党になったと同時に、その他の党は全て解散させられた。
ちなみに「総統」とはヒトラーのために用意された新しい地位である。
大統領と首相を兼ねたものだ。 

ヒトラーの善悪についてはこの小説では問題にしないが、
彼が歴史上の偉人、天才だったことは誰にも否定できないだろう。

ドイツ軍の優れた頭脳が彼のもとに結集し、
彼らの持てるすべての力を戦争のために費やしたのだ。

ドイツ軍は戦争において作戦レベルで世界最強の国である。
もっと分かりやすく言うと、『人と兵器の運用の仕方』を極めている。

同じ数、同じ条件で戦闘してドイツに勝てる国はおそらく存在しない。
ソ連軍首脳も熟知していたことだ。
スターリンはドイツとの戦争を先延ばしにするために
あらゆる手を尽くしたが、失敗に終わる。
そして独ソ戦が勃発。
たった一か月でソビエト連邦軍を壊滅寸前にまで追いつめたのだ。

というか、普通に戦ったら壊滅していたと思われる。
また軍事の話が続いてしまうが、

第二次大戦中にアメリカで生まれた
『武器貸与法(レンドリース)』により、
ソ連へ軍需品が支給されていたのだ。

航空機 14,795
戦車 7,056
ジープ 51,503
トラック 375,883
オートバイ 35,170

これはほんの一部である。他にも…

食糧 4,478,000 トン
軍靴 15,417,001 足
銃 8,218
機関銃 131,633
機械と装備品 1,078,965,000 ドル


 
これが意味していることは何か。
ソ連は一国だけではドイツ率いる枢軸国軍には
到底勝つことができなかったことである。

仮にヒトラーの野望が実現していたら、
ドイツはユーラシア大陸を横断するほどの大帝国を
手に入れたことになる。
あのモンゴル帝国すら凌駕するほどの領土だ。

それにしても。
確かにレンドリースがあったとはいえ、最前線で
血を流してベルリンまで征服したソビエト兵の勇敢さには
頭が下がる思いである。
この戦争の結果、ソ連人の結婚適齢期の男性(20代)
の7割が死んでしまい、深刻な女あまりの状態となったという。
(ソビエト女性兵も多数参戦していたのだが)

「さっきから余談が多すぎる」

太盛がそう言うので本編に戻ることにする。

この学園ではナツキの終業式の挨拶は演説とされる。

囚人、一般生徒、教員も含めて全員が傾聴しなければならない。
もっとも学園の膨大な人数をいちいち体育館に集めるわけではない。

そこでテレビ中継である。

テレビは各クラスに配置されている。
つまり一般生徒は自分のクラスで聴けばよい。
職員は職員室で。囚人は各収容所で。
太盛達は収容所七号室の大食堂に集まって聞くことになった。
黒江もちゃんと隣にいる。

時刻は朝の九時。太盛ら夜勤組は就業時間が終わっていたので
早く寝たかったが、演説は全生徒が聞かないと粛清されてしまうのだ。
お坊ちゃま育ちの太盛は人生初の残業を経験した。

「同士諸君。我々は予定通り冬休みを迎えることになった。
 だが平穏無事というわけではない。はっきり言おう。
 我が生徒会では多数の不穏分子の存在を確認した。
 我々はスパイの存在を許すわけにはいかない。
そのため内部粛清を実施した」

会長は講堂の壇上に立っていた。
横にはナージャがいて、A4サイズの書類をナツキに手渡した。

「これから粛清された生徒会のメンバーをこれから述べる。
 全員の氏名をフルネームで言うので、しっかりと聞くように」

まず最初に名前を挙げられたのは、副会長の高野ミウ。
ほとんどの生徒は噂で知ってたので、それほどの驚きはない。
驚いたのはこっちだ。
執行部員58名の内、20名がスパイ容疑で粛清された。

先日の脱走したメンバーはこれに含めていない。
脱走者を含めると総勢42名が欠けたことになる。
ここ数日で実施した面談とテストの結果、不適合とされたものは
容赦なく粛清することにした。銃殺刑である。

正式な罪状は日本資本主義のスパイであった。
日本の資本主義者とは何か。普通の日本人のことであり、
政治思想を持たぬ人である。

現実世界の日本人は自分が資本主義者であることを
自覚していないので、国民の99%がこれに該当することだろう。

つまり今残っている執行部員は、たったの38名。
一般生徒数2000余名。に対して生徒会の最前線で働く人員が「38名」
国家レベルで例えれば、もはや行政が執行不可能である。

ナツキはあえて執行部員の残存数は発表しなかった。
おそらくほとんどの生徒は、生徒会の詳細な人数を知らない。
執行部員20名が粛清されたと発表されても、氷山の一角だと
思っていることだろう。この学園で粛清は日常茶飯事なのだから。

だから、まさか生徒会の保安委員そのものが機能不全に近い
状態にまで陥っているとは気づいてない。ナツキが自信満々に
演説をしているのがその良い証拠だ。

「繰り返し述べていることであるが、
我が生徒会にスパイはいらない。
怠惰、怠業を好む者もスパイと同類だ」

ナツキの眼光は鋭く、声は冷たく、
以前の彼とは別人に感じられた。

「同じように既存の生徒の中にもスパイは不要だ。
今この放送を聞いている君達の中にもスパイが
混じっていることも否定できない。そこで」

ナツキは息を大きく吸った。

「同士諸君らに生徒会から課題を出そう。
君たちにある本を読んで欲しい。その本とは」

・空想から科学へ エンゲルス著
・共産党宣言   マルクス・エンゲルス著

共産主義入門者におすすめの古典である。
当初はカール・マルクスの資本論も検討されたが、
内容が複雑すぎるために高校生向けではないと判断された。

そもそも社会主義理論を学ぶ上で、その対比となる近代資本主義を
しっかりと理解してないと本末転倒のようなものなの。
つまり高校生の段階で学習するレベルの内容ではないのだが、 
物語の構成上無視することにした。

筆者は偏差値の低い高校の出身なのでつい想像してしまうが、
はたしてエリート校の高校生だとしても、10代の年齢で
マルクス・エンゲルスが理解できる人がいるのだろうか。なぞである。

ちなみに筆者が最初に資本論に触れたのは当時26歳だった。
たった3ページ読むのに30分くらいかかった。
マルクス自身が悪筆でその翻訳も下手くそなこともあり、
ギリシャ語の翻訳に匹敵する複雑さである。

たぶん31歳の今読んだとしても理解できないと思う。
(ならこの小説を書くなよ…)

生徒会は全校生徒と教員のために上の本を無料で配布するという。
キリスト教にコーランをプレゼントするくらい迷惑な話である。

「休み明けに2000字を超える読書感想文を提出してもらう。
 これは三年生に限定する。君たちはまもなく卒業を迎える身だ。
 未来の有る生徒を正しくない思想に毒された状態で
 卒業させるわけにはいかないのだ」

突然の大発表に生徒、教員、ボリシェビキらまで騒然としてしまった。
ちなみにこの大発表は生徒会の幹部にしか知らされていない。

「感想文を提出しなかった者は7号室送りにする。
 感想文の内容が不適格だった者は即時粛清の対象になる。
 内容の出来にもよるが、最も刑が軽くて尋問室送り。
最高刑は銃殺刑」

震えあがる学園。アキラの時代でもここまでの圧政は
経験したことがなかった。もはや横暴に近いものがある。
生徒会の真の目的は3年生の抹殺ではないかと多くの生徒が危惧した。

内容の不適格と何か。あいまいすぎる。
少なくとも生徒の側からは想像でもできない。
言い換えれば生徒会の一存で一学年を丸ごと消すことも可能だ。

3年生と同じように自分たちも身の安全が
保障されないかもしれないと下級生らが泣きわめていると、

「1、2年生の同士諸君らは読書するだけでよい。
 複雑な内容のため簡単には理解できないだろうが、
必ず読むように。繰り返し読めば少しずつ分かるようになる」

つまり彼らには感想文の提出義務はないのだ。
地獄から解放されたような安堵のため息と歓喜が漏れる。
ナツキがターゲットにしているのは、あくまで3年生のみ。

「ちなみに僕は諸君らの文章を観閲しない。
多忙のためその時間がないからだ。
判定役はちゃんと用意してある。
我が生徒会に臨時に加わることになってくれた二名の生徒だ。
今から同士たちの前で紹介しよう」

・井上マリカ
・マサヤ

放送を聞いていた太盛は、懐かしい2人の顔をしっかりと
覚えていたので、文字通り椅子から転げ落ちそうになった。

マサヤは劇中で苗字が登場してないことからも
どうでもいいが、諜報広報委員の人間で井之マリカを
知らぬ人はいない。彼女は優れた頭脳をもつ反ボリシェビキ筆頭である。
生徒会の各委員部が喉から手が出るほど欲しい人材である。

「同士の皆さん。ごきげんよう」マリカ様がマイクを握る。

「私はかつて6号室の囚人として収容されていましたが、
 友人のナツキ君の呼びかけに応じて生徒会の
お仕事を手伝わせてもらうことになりました。
所属は諜報広報委員です。
今は臨時に過ぎませんが、今後の条件次第では
正式なメンバーになるつもりです」

真理華は生徒会への参加を表明した。
その見返りとして
第五特別クラスの人は全員解放されて一般生徒になるはずだった。
しかし予想に反してマリカに着いて行くと言い張り、
全員が諜報広報委員部に加入を表明。

およそ32名近い生徒が生徒会へ入ることになった。
しかしこれは一時的な派遣であり、あくまで
冬休み期間を含めて2週間程度の期間限定である

彼らの仕事内容は、読書感想文の検閲。
三年生は約1000名いるから、相当な分量を担当することになる。
そのためにはまず彼らが本の内容を理解していなければならない。

前述の本とは別に資本主義経済の理論、歴史、思想も
冬休み期間中にしっかりと勉強することになった。

旧2年1組。2学年のトップを走る集団なら容易いことかと思われた。
(→おそらく不可能だ。実際に読んでみてもらえば分かるが、
本格的な経済学理論はフランス革命の獅子(ミラボー)をして
知恵熱が出るほどの難解さと言わしめた)

それにしても奇妙な判定役である。
下級生が上級生を取り締まる側に回るのだから。

放送は終わった。

井上マリカはマイクを壇上に置いた後、
ナツキに鋭い視線をやった。

「本当に休み明けにパパとアイを返してくれるんでしょうね?」

「約束は守る。僕はボリシェビキだ。安心してくれ」

彼らはいったい何の話をしているのだろうか。
つまりこういうことだ。

パパ = 井上マリカの父親 
アイ = 井上マリカの妹

両名はなんと生徒会の諜報広報委員部によって誘拐されていた。
身柄はすぐに栃木県の秘密警察に引き渡され、現在は
栃木県と群馬県の県境の山岳にある小さな収容所に
ぶちこまれている。現在までに拷問はしていないが、
捕えているのでいつでも殺害可能な状態だ。

井上マリカの父は弁護士である。温和な性格から娘たちから慕われていた。
弁護士事務所を構えるほどの大物のパパは、帰宅しようと
車に乗り込もうとしたところ、複数の男に囲まれてしまった。
警棒とスタンガンによる攻撃で一瞬の内に捕らえられた。

真理華の妹のアイ(愛)は中学三年生。
受験を控えた一番大切な時期に誘拐されてしまったのは
致命的だった。

愛は成績が平均以上にしても特別頭が良いわけではない。
平和ボケした性格で争いを好まず、
顔も十人並みであり、どこにでもいそうな女子中学生だった。
しかしマリカの妹だから生徒会からマークされていた。

アイの一般的な高校への受験をなんとしても阻止し、
この学園へ入学させる計画だったのだ。
アイは友達の家から帰る途中で自転車ごと
トラックに押し込まれて拉致されてしまった。

諜報広報委員部は、マリカの家族の行動パターンをおおむね把握していた。
通勤通学路はもちろん、アイが最後にコンビニで買ったお菓子の名前から、
マリカの母親の14代前の先祖の苗字まで把握しているほどだった。
マイナンバーもびっくりな調査能力である。

「ナツキはただのクズに成り下がったね。
 あんたはミウとは違うと思っていた。
私はとんでもない勘違いをしていたんだね」

「僕は権力者だ。そして革命の成果を防衛するために
 指揮を執る立場でもある。そのために手段は選ばないつもりだ」

「こんな腐った組織を存続させる意味があるの!?
 あんたたちは……。あんたたちはどんだけ
 人の人権を踏みにじったら気が済むのよ。
 そんなに日本が嫌いなら日本から出て行けばいいでしょ!!」

マリカは第五特別クラスの時に取り乱したことはなかった。
昔の友人であり、お互いを認め合っていたナツキの前だから
見せる顔がある。男女の中にさえ
なりかけた二人だからこそ、言い合えることがある。

「日本で革命を起こすのは昭和時代からソ連が狙っていたことだ。
 夢半ばにしてソビエトは崩壊したが、中国、北朝鮮、ベトナム、
キューバなどでレーニンの思想は生き続けている。
僕たちは自分の夢を諦めることはしない」

「あくまで、ただの夢なんだよそれは!! 
夢は夢のままなんだよ!!
 ソ連が東西冷戦に敗れた時点で気づけよ!!」

マリカはマイクを床に叩きつけた。

ナージャが腰を折って広い、元の位置に戻した。
何とも品のある動作で、激高するマリカとは対照的だ。

「どんな言葉で僕をなじってくれても構わないよ。
 僕はすべて受け入れるつもりだ。僕はそれだけの
 ことを君にしてしまった。だが僕には君が必要だ」

「くそったれのミウが死んだから?」

「その通り。君が望むならすぐに副会長の地位を与えよう」

マリカは眼鏡をはずし、強い力で握りしめた。
そんなに力を込めたら割れてしまうと思ったら、
フレームが割れてレンズが床に転がり落ちるのだった。

「くだらないおしゃべりはもうたくさん。
 すぐに職場に案内しなさい!!」

ナツキはナージャを促し、仕事内容の詳細を説明させた。
割れてしまった眼鏡の代金を保証することも約束させた

12/26 冬休み初日

12/26 冬休み初日

「私は見回りに行くだけでいいの? 
 しかも旧組織委員部の部屋を?」

「そうだ。意外と思うかもしれないけど緊急の仕事なんだ」

朝の8時半。少し遅めの朝食をとっていたマリーとナツキ。
副会長室のテーブルで向かい合って座っている。
マリーはトーストにたっぷりとブルーベリージャムを塗り、
ぱくぱくと食べていた。

「まさか一人で行けとは言わないよね?」
「もちろんペアを組ませる」
「誰と?」
「あいにく空いている人間が二人しかいなくてね。
 臨時の諜報委員の井上マリカとマサヤの
 どちらかを選んでほしい」
「えー」

どちらも赤の他人である。マリーが一年生であること以上に、
マサヤとは面識がない上に、マリカには冷たい態度を取られたばかりだ。
(すれ違いざまに話しかけた時に無視された)

「井上さんたちは多忙だと思うけど、なんで?」

「感想文の検閲なら彼らの部下(クラスメイト)にやらせるから、
 立場上そんなに忙しくはないんだよ。
 第五特別クラスの連中は血相を変えて共産主義の勉強をしているよ」

「あっそ」

マリーはティーカップを乱暴につかみ、
紅茶を一気に飲み干した。

「で、見回りは何時に行けばいいの?」
「時間は三回に分ける。最初は10時、次に18時、最後は22時」
「22時!?」

完全に夜の時間帯である。
跡地にすぎない施設をなんのために見に行くのか。

「マリーは幽霊の存在を信じるか?」
「いえ、あんまり」
「だろうな。実は僕も心からは信じていない。だがね」

ナツキは、以前クロエが太盛にしたのと同様の怪談話をした。
この学園ではあらゆる場所に人の怨念がこもっている。
ミウの死後、恐るべきことに旧組織委員部の事務所から
笑い声や歌声が聞こえてくるという。しかも夕方から夜にかけて。

「ちょ、ちょっと待ってよ。私に幽霊退治でも
 頼みたいんだろうけど、私は霊能力者じゃないわ」

「もちろん分かっている。
 君たちには報告書を一枚書いてもらえばそれでいい」

「報告書?」

「幽霊が本当にいるのか確かめてもらいたいんだ」

「幽霊って言われてもね…。
 ほとんどの人には目に見えないらしいよ。
 霊感のある人以外は」

「感じただけで構わない。何かがいるかもしれないとか、
 変な物音が聞こえるとかしたら、ほぼ100%霊は存在する」

「こわ…」

ナツキに真顔で言われると信憑性が増してしまう。
得体の知れない何かに出会う恐怖。
革命的ニートだったマリーには色々な意味で険しい。

「一回ごとの見回りは、せいぜい10分もあれば終わるだろう。
 その間、君は暇だ」

「うん。7号室を手伝えばいいんでしょ?」

「いや。やっぱり7号室はやめだ」

「はい?」

「あそこは君には危険すぎる」

「この前はぜひ参加してほしいって…」

「先日の夜勤で橘エリカさんが倒れた。
 今朝早く総合病院へ運ばれたが、
 相当な高熱が続いているらしい」

「ふーん」

「……興味なさそうだね?」

「あんな奴、私にはどうでもいいよ」

「そうも言っていられなくなるぞ。
 イワノフの報告によると心霊の仕業の可能性が
 あるという。臨時派遣委員のクロエ君からも
同様の報告があがっている」

「寒い時期だから風邪ひいただけじゃないの?」

「勤務初日から高熱を出して倒れる人は、今までにたくさんいた。
 もちろん季節に関係なくね。
 執行部が人手不足なのはそういう理由なんだよ。マリー」

(真顔で言わないでよ)

マリーにとってエリカなど本気で死んでくれて構わなかったが、
心霊のことは素直に怖いと思っていた。
ナツキの話を聞いていると自然とオカルトを
信じてしまいそうになるから不思議だった。

「マリーの配属は諜報広報委員部が適当かと思ったが、
 あえて特定の部署に属さない方法を取ろうと思う。
 君は今日から各部署へ派遣される身となってくれ」

「太盛先輩のような臨時派遣委員になれってことね」

「そういうことだ」

ナツキはテーブルに置いていたIPADを手に取った。
電子メール欄にナージャが作成した
スケジュール表が送られてあるのだ。

「本日の日程だが、まず朝の10時の見回りまでは好きにしていい。
 見回り後は、諜報部と合同でトレーニングに参加してもらう。
 いわゆる体育だな。午後以降は、地下施設の見学、研修。
 本日行われる死刑執行にも参加してくれ。最初だから
 見ているだけで構わない」

「ちょっと待って。死刑執行って」

「先日7号室から女子の囚人が脱走しようとして捕まった。
 彼女の刑を執行するんだ。略式裁判により銃殺刑だ。 
 ちなみに捕らえたのは臨時派遣委員の堀太盛君とクロエさん」

※略式裁判

午前中の間に拷問を含める尋問を実施し、罪を告白させる。
その後、裁判を省略し、その日の夕方に死刑執行の流れ。
尋問中に他の協力者の名前を告白した場合は、
連帯責任によりその者たちも銃殺刑にする

「先輩たちもちゃんと仕事してるのね。
 それにしても最近は粛清の数が
 多くなっている気がするけど」

「会議で話し合った結果だ。
 執行部の人手不足の折、逆に生徒の数を減らすことで
 対応することになっているんだよ」

「なるほど。粛清される囚人の名前を教えてよ。
 7号室の人なら私も知っているかもしれないから」

「囚人の名前か? 報告書によると…船越ヒトミ」

「ひとみちゃんが!!」

船越はマリーの仲良しグループの一人だった。
ヒトミは空気を読むのがうまいタイプで、人当たりがよく、
小柄で顔も可愛いので男子から人気があった。

彼女はマリーが失語症になって苦しんでいた時期に
優しくしてくれた女子の一人だ。あの夏の思い出を忘れたことはない。
爆破テロのための、茨城県との県境で行われた集団キャンプ。

最初は爆破テロ反対派だったマリーも、周囲の熱に感化されて
次第に生徒会への殺意を蓄えていった。
全ては堀太盛先輩を3号室から救出するため。

(ちなみにリーダーだったナコは、すでに粛清されている)

ヒトミはよく言っていた。人が自由に生きる権利を
踏みにじるボリシェビキが許せないと。

彼女が爆破テロに参加する一番のきっかけになった事件があった。
ヒトミの友達の女子が連帯責任で逮捕されたことだ。

事の発端は少々複雑だ。
まず、友達の彼氏が逮捕された。
逮捕理由は、彼が下校中に最寄り駅のごみ箱に
ビラを捨てたのが発覚したからだ。

ビラは、広報部が作成した共産主義系の新聞のようなものである。
全校生徒が大切に保管するように厳命されていたにも関わらず、
無謀な行動をしたものだ。

彼の暴挙はしっかりと駅の監視カメラに写っていた。
彼の逮捕を進言したのは、駅の係員(43歳、妻子持ち)だ。

諜報部の人員が、彼の自宅を家宅捜査したところ、
ドイツ製の銃のコレクションが見つかってしまった。
もちろんモデルガンやエアガンであるが、ソビエトにとって
最大の敵国だったドイツ製の銃だったのは致命的だった。

押収されてたハンドガンやライフルなど7点の銃の他に、
アメリカ軍の軍服(レプリカ)まで所持していたことが判明。

生徒会にとってアメリカ製のあらゆる製品を
所持することは敵対的とされていた。

そのため、彼はいわゆるミリオタだっただけなのだが、
反共産主義者と断定されてしまう。

逮捕された翌日に銃殺刑となり、帰らぬ人となった。
連帯責任として彼女(ヒトミの友達)も逮捕され、拷問の末に
地下に送られたという。具体的な処分は生徒達に
公表されなかったが、死んだと考えて間違いない。

この連帯責任だが、つまり彼氏が逮捕されたら必然的に
彼女も生徒会を恨むだろうから、その前に粛清するという考えである。

「君は友達の死をしっかりと見届けるんだ。
 生徒会の側に属している君にはその義務がある」

「きょ、拒否権は…」

「ない。生徒会の仕事を手伝うと言ったのは君だ。
 ボリシェビキは有言実行がモットーなのだ。
 違うかね? 同士・斎藤マリエ」

まるで人が変わったような眼をするナツキ。
終業式の演説の時と同じ顔だったので、
マリーは背筋が冷たくなった。

ここ数日でナツキは氷のように冷たい目つきをすることが
増えてきた。和やかな雰囲気で食事をしていても、
彼の携帯には着信が鳴るため、そのたびに会話が中断する。

最近は電話でなくメールが頻繁に送られているようだが、
どうやら保安委員部や諜報委員部から生徒の取り締まりの件で
様々な報告を受けているらしい。

ナツキはメールを読みながら数秒間黙りこんだり、
かと思うと大きな口を開けて笑ったりと、
精神的な落差が激しくなってきた。

彼がいつも優しいのでつい勘違いしてしまうが、
ナツキは曲がりなりにもボリシェビキの最高権力者。
わがままが過ぎて彼を本気で怒らせでもしたら、
明日から収容所に戻されてもおかしくはないのだ。

「同士マリー。君は10時の見回りの時間まで部屋で待機していろ。
 部屋では何をしていても構わない。ただ部屋からは出てはいけない。
 時間になったら部下が呼び出しに行く。分かったね?」

「はい……。会長閣下」

朝食後、マリーは生徒会に配布されている就業規則を
熟読していた。マリーに渡されたのは日本語版だ。
ボリシェビキは多国籍組織なので就業規則は
露語の他21か国語で翻訳されている。

・日本国の憲法、法律、制度に対して反対の姿勢を取ること
・革命の防衛のためにあらゆる力を尽くすこと
・資本主義・民主主義に対し妥協しないこと
・真のボリシェビキたるもの、読書を欠かさないこと

このような内容は以前も書かれていた。
マリーに渡されたのは、まだ他の委員達には配布されていない改編版だった。
下記の内容が追加されている。

・精神的労働者(デスクワーク)にも肉体の鍛錬を義務とすること。
・肉体的訓練のためのトレーニング設備は、各自が自由に使うこと。

ナツキは冬休み期間を
ボリシェビキ再組織のための準備期間に当てることにした。
今までに保安委員部(執行部含む)以外に肉体トレーニングは
実施されていなかった。

会社の事務職の人間が現場仕事をしないのと同じ理由である。
しかしながら、多数の脱走者によって太盛達のような臨時派遣委員が
組織されている現状、全てのボリシェビキが取り締まりに参加できるよう
最低限の訓練を行うことを義務化することになった。

そのことを各委員の代表が参加する本会議で話し合った際に、

「確かに合理的な鍛錬ではありますな。
 しかし、一部の委員が反対する恐れがあります。
 特に中央委員部の人間はエリート意識が高く、
 肉体トレーニングを嫌うかと思いますが」

控えめに反論するイワノフに対し、ナツキは冷静に説く。

「もちろん分かっている。アナトーリー・クワッシニーの失敗を
 繰り返すつもりはない。僕の案は、一般生徒でも
 無理なく体力強化できる基礎的なトレーニングに過ぎない。
 体育の授業程度の負荷だから問題ないと思われるが、
 元野球部のエースだったトモハル委員はどう思う?」

「この程度なら全く問題にならないでしょう。
 男女別に筋トレの項目もしっかり分けられている。
 私は賛成しますよ。同士ナツキ」

トモハルは書面に目を通しながら続けた。

「それにしても、アナトーリー・クワッシニーの軍事キャンプは
 異常でしたな。雨の日もテントでの寝泊まりを強要するだけでなく、
 自重トレーニングではスクワット最低300回など、
 軍人でもない者に到底耐えられるものではありませんでした」

「その通りだ」ナツキがうなずく。

「まあ何事もやってみなければ分からないものですから、
 とりあえず可決の方向でよろしいですか?」←イワノフ

「そうしよう。ナージャも賛成してくれるね?」

「もちろんですわ」

ちなみにナージャがナツキ案に反対したことは一度も無い。
周りからは好色女、ナツキの太鼓持ちだと噂されていたが、
実際は逆だ。ナツキが大胆な政策に出る時は、
夜のうちにナージャとの話し合いの末に決まることが多い。

今回のトレーニング案も発案者はナージャだった。
ナツキがにわかに冷酷な政策を好むようになったのも、
ナージャがその方向へ口説き続けた結果であった。

「校長閣下。先ほどから発言しておられないようですが」

イワノフが嫌味を含ませて言う。

「もちろん納得していただけるんでしょうな?」

「むむう…」 ハゲ。たじたじだ。
 彼は多くの中年の男性と同様に運動が大嫌いだった。

「すでに過半数の支持を得ているので可決したも同然ですが、
 まさか反対派のまま会議を終わらせるつもりではないでしょうな?」

ボリシェビキでは何を決めるにしても反対派は後味が悪い。
満場一致で可決する体を取るのが恒例となっていた。

「ふ、ふん、たまには筋トレも悪くないな。
 最近腹が出て来たと家内からもよく言われているのだよ」

校長(本名は明らかにされていない)
来月の誕生日で55歳。163センチ85キロ。
なかなかの肥満体型である。要は小柄で横に大きいのだ。

好きなものはビールとワインとウイスキー。
休みの日は奥さんに家事を任せっきりで体を動かすことはしない。
典型的な昭和の日本人親父だった。

このような過程で生徒会ではGTG方式のトレーニングが採用された。

(GTGってなんだろう?)

マリーは首をひねった。生徒会の就業規則は
元資本主義者には不明な点が多い。

詳しい内容は別紙のプリントに書かれている。

※GTG方式の筋肉トレーニング

ソビエトのスポーツ科学者が考案した、
アメリカ式トレーニングの対比に当たる訓練方法である。

GTGは『Grease the Groove』の略。
直訳で『溝を埋める』という意味になる。

1日通してトレーニングすることを指す。
提唱者は「パベル・ツァツーリン」
かつてソ連の特殊部隊の教官だった人物なのである。

彼の著書で紹介されている内容を抜粋する。

「代表的なトレーニング種目は懸垂(けんすい)」

自宅の地下室へ行く途中に懸垂台があり、
その前を通過する都度「1セット最大5回」懸垂を必ず行う。

1セットは5回と少ないが、1日を通して何度も懸垂台の前を通過するので、
1日あたりの合計は25回~100回になる。
これを継続したところ、それまでを上回る連続回数記録を更新した。

これは明らかに米国式トレーニングとは異なる。
日本で一般的に流行しているのは、米国式なのである。

相違点はいくつもあるが、例えば

米国式 限界ギリギリまで筋肉を鍛える(損傷させる)
    その後、二、三日休んでから繰り返す(筋肉の超回復理論)

ソ連式 軽い負荷を、一日の内に分散させる
    基本的に毎日繰り返す

自重トレーニング(自らの体重を使うこと)の例では↓

・米の腕立て ワンセット50回まで行う。少し休憩し、もうワンセット行う
・ソの腕立て ワンセット15~20回まで行う。数時間後にまた行う

このようにGTG方式は体への負荷が少なく、
日常生活を送るのに疲労がたまらない。さらに「嫌にならない」

『日常生活に何気なく訓練を取り入れる』

かつて世界第二位の超大国であった
ソビエト国民に推奨された訓練方法であった。

西洋諸国からは、我々がコーヒーブレイクをしている間に
敵は訓練をしていると恐れられたそうだ。

違いはまだある。一度のトレーニングで…

米 ・体の部位ごとに鍛える
ソ ・体全体をくまなく鍛える ←☆これ重要☆

例  ・ダンベル、バーベルで腕を上下させる
   →腕を中心に上半身の筋肉のみ。過酷なので長時間行えない
    器具を使用するため、特定の場所でしか行えない

  ・一日に最低三回、体操を行う
   →体操は全身の動的ストレッチ。脂肪燃焼、筋肉増強効果もある。
    職場、学校、公園、自宅などで毎日できる

ソビエトは体操大国だった。

工場で、オフィスで、学校で、休日の公園で、あらゆる場所で
人々が体操を実施した。国民体操、生産体操など呼び名は様々あるが、
「体操」が国民の体力作りに最適だとされていた。

ソ連では☆元気の出る五分間☆と呼ばれたのだった。
眠気解消、気分転換、集中力の増加。
体の凝りをほぐし、「疲労回復」のための体操と考えられていた。
これは日本人など西側諸国の人間にはない発想であったことだろう。

日本国にはラジオ体操がある。歴史は古く明治時代に制定された。
これも国民の基礎体力向上のために制定されたものであり、
例えば日露戦争に従軍した日本帝国陸軍の兵士は
日々のラジオ体操を欠かさなかったという。

(日露戦争の陸軍兵士の勇猛さ、戦いぶりは、まさに鬼人のごとしであった)

ラジオ体操は第一(全国民向け)第二(成人向け)に分けられている。
第二まで踊ると良い運動になる。
興味のある人はラジオ体操のダイエット効果について調べてみるといい。

ちなみに筆者は筋トレ好きである。
今までに色々な運動器具を試してきたが、
体操ほど合理的なダイエット、トレーニング法は他にないと思っている。
ラジオ体操第二までを「正しく」行うと65カロリー減るといわれている。

「正しく」やるには練習が必要だ。中途半端な運動は無意味なのだ。

ソビエトで実施された「全身トレーニング」の内、
学園の生徒会で適用することになったのは下記である。

・体操    (ラジオ体操、生産体操、エアロビクス)
・腕立て、腹筋、スクワット
・ケトルベル (和風に例えると、取っ手付き漬物石のようなもの)
・懸垂
・縄跳び
・チューブ  (足と手にわっかを引っ掛けて、びよーんと伸ばす物)
・フラフープ (女性に人気。全身を使うので発汗作用が高い)
・ダンベル  (コサック・スクワットの際などに使用する)
・ボクシング (シャドーボクシングも含める。下半身が重要)

これらのうちのどれかを選び、
毎日仕事の合間の休み時間、昼休みなどに行う。

一回がせいぜい5分で構わないのだ。
「繰り返しが重要」
気が付いたら引き締まった筋肉が付くようになっている。

他には休日のジョギング、ウォーキングやサイクリングも推奨された。

ちなみに、米式トレーニングとの一番の違いは、

『持続力の違い』である

ソビエト社会主義共和国は、「労働者と農民」のための国家である。
GTG方式の訓練は、労働と軍隊で生かすことを前提としている。

有事の際に徴兵される軍人は主に「労働者と農民」であるため、
国防人民委員のトロツキーが創設した当初は「ソビエト労農赤軍」と呼ばれた。

国土と社会主義革命を敵対国(西側諸国)から防衛することが使命だった。

すなわち「GTGは戦闘でも使える実践的なトレーニング」である。
そのため筋肉マッチョとは違い、無駄のない体になる。

ソ連の科学者は、ボディビルダーが好むような太くて
大きい筋肉を「見た目だけの無意味な重り」と称した。
プロテインなどサプリを飲むことも無意味とした。

鏡の前でポーズをとって得意げな顔をするのは
ソ連人にはふさわしくないとした。

そのような筋肉には持続力がないからだ。
さらに筋肉維持のために食料も多く食べないといけない。

日本ではこんな事例がある。
米国式に筋肉をムキムキにした若者と、
70代の農家のおじいさんが、
農具を持って畑仕事をしたところ…

→なんと若者の方が早くばてた。

なぜなら、彼の筋肉は6~8時間にも及ぶ作業をする際の
継続性、持続性に欠けていたからだ。農家のおじいさんは、
農具を使用する際の「反発」「連動」を無意識のうちに習得している。

人の体の動きには「力を入れる」「抜く」部分に別れている。
押す力と引く力と言い換えても良い。
米国式筋トレのような瞬発的なエネルギーとは違う。

この連動性を身に着けていないものは、瞬発的な力はあっても、
体力がまるで続かず、工場の現場作業でも軍隊でも使い物にならない。

日本人の例で言えば、「私は週末に一時間ジムに通っている」と
言ってどや顔する者がいるが、上の農家のおじいさんは
「太陽の日差しの元で」畑仕事を続けている。

冷暖房が完備されたジム内と、夏は強烈な日差しと湿気、
冬は乾いた寒風が吹き荒れる屋外での作業では
「体力の消耗が全然違う」のである。

「昔は運動部だった」と言い、現在は運動を継続していない大人も
同様である。「運動は継続性が大切」なのは説明するまでもない。

分かりやすい例(筆者が昔テレビで見たことがる)

・民法の男性アナウンサー(30歳。元バレー部。六年以上経験。高身長)

「体力には自信がある」と自信満々に言い、
広島湾の漁港で牡蠣(カキ)の引き上げに参加。

→まず船酔いに悩まされる(海を舐めている)
→カキの人力での網の引き上げで苦戦 (スポーツにない動作)
→カキを満載した箱(20キロ)が胸元まで持ち上がらない(腕力の不足)

「都会の人には辛いだろうから、しばらく休んでなさい」

と60代のおじいさんに言われ、男アナは最後まで船に横になっていた。

筆者の勝手な考えだが、遊牧を続けている蒙古人の体力は
一般的な日本人の3~4倍は優にあると思っている。


※筆者の例

私はGTG方式でトレーニングを続けている。
今までに事務(IT、2交代)、現場(工場と倉庫)、農作業(実家)など
幅広い仕事を経験しているが、腰を壊したことは一度も無い。

28歳の時に世間からブラックと恐れられる倉庫で一年ほど
働いたことがある。主な仕事内容は重量物の仕分けや梱包である。
悪名高いデジタル・ピッキング作業では、
エアロビクスを8時間連続で踊り続けるほどの体力の持続性が求められた。

入社したばかりの者は、上記のピッキング作業を
一日8時間から10時間継続しなければならない。
その後は重量物の梱包作業に回される。
ゆとり世代で運動部出身でもない私にはきつい仕事だった。

従業員は20代から40代がメインだったが
次々にヘルニア、慢性腰痛、ぎっくり腰などを発症していた。
ほとんどの人が半年以内に退職した(半日以内に脱走するなど多数)

定期的な病院通いを続けながら勤務を
継続していた猛者もいたが、筆者は特に異常もなく平然としていた。

驚くべきことに50代半ばの女性で怪我をしていない人もいた。
彼女は筆者の先輩従業員だ。
学生時代に新体操部の経験があり、体が異常に柔らかい人だった。
あの会社で「完璧なラジオ体操」ができたのは彼女だけだった。

汗かきで異常に代謝がよく、四六時中お腹がすくと言っていた。
細身だったが、かなり筋肉質な体をしていたのだと思われる。
体操が彼女の強力な肉体を作り出したのは間違いない。

倉庫の名前はさすがに公表できないが、警察や消防に
入隊するくらいの覚悟と根性がないと続かないところだった。
筆者が辞めるまでに一年以内の離職率を計算したところ、
綺麗に80%であった。あんな地獄になぜ自分がいたのか。
今では不思議でならない。

私の腰痛対策に最も効いたのは、趣味のウォーキングと
ラジオ体操であったと思っている。
ウォーキングは休日に5キロ~10キロ歩くようにしている。
(もちろん涼しい時期に限る……。夏は地獄だ)

ウォーキングはただ歩くだけなので
お金もかからない上に気楽である。
怪我のリスクも皆無であり、気分転換に最適な全身運動である。
20歳の時にダイエットで初めてもう11年間継続している。

私が小説ネタを思い浮かぶのは、
決まって自宅の周りを歩いている時である。
田舎に住んでいるので自然が豊富だ。
不思議と自然を見ているとネタが浮かぶ。

あのベートーベンも日課としていた早朝の
森の散歩中に作曲のネタが思い浮かんでいたという。

さて。全盛期のソ連のオリンピックでの金メダル
獲得数はすさまじかった。
軍事力だけでなく競技の面でも「超大国」だったのだ。

ウィキペディアの文章を引用しよう↓

ソビエト連邦選手団が最も多くのメダルを獲得した
夏季オリンピック競技は陸上競技の195個であった。

また、体操競技で獲得した「金72個」「銀67個」「銅4個」
合計「182個」のメダル数は、
ソ連崩壊後の現在でもいずれも最多であり、かつ金メダル数では
「2位アメリカの31個」や「3位日本の29個」を大きく引き離している。

(一方で最近のロシアはドーピングが
 ばれて選手の国籍はく奪など悪評が続いている……。
 ソ連時代もドーピングの事例多数。元選手らが記者に
 告白したそうだ。やはりとんでもない国である)

読者の中でソビエト式訓練に興味のある人は、
ニコニコ動画などで
「ソ連兵による革命的コサックダンス」を検索してほしい。

古い動画であるが、「人類の運動技術の極致」と称しても過言ではないだろう。
現在の五輪選手ですら到達できないほどの身体能力だと思われる。

私が強調したいのは
「動画の中のソ連兵は、決して筋肉マッチョではない」ことだ

※コサックダンスとは何か。

ウクライナを起源にした、ウクライナ・コサックの集団による舞踊。
正式名称はウ語で「ホパーク」
誤解されることが多いが、ロシア起源ではない。

その原型は13世紀半ばにキエフ大公国(ウクライナ含む領土)を
滅ぼした「モンゴル人」によって持ち込まれた東洋武術だった

つまりソ連人の運動の遺伝子に、しっかりとモンゴルの伝統が
受け継がれているのだ。蒙古とソ連は共に歴史上世界の
覇権国家だったわけだが、決して無関係ではないのだ。

ところで。

……旧帝国陸軍では「筋トレ」は効率が悪いとして
実際されていなかったと聞いたことがある。

1000キロを超える中国の大陸打通作戦を
初め、「超人的体力」を誇ったご先祖様達は、
決して米国式マッチョではなかったことを忘れてはならない。

ここまで読んでくれれば察してくれると思うが、
この小説を書いている私は米国が大嫌いである。
例えばミウのアメリカ英語嫌いの設定は、私が元になっている。

アメリカ好きな人には不愉快な内容を
書いているのは自覚しているので許してほしい。

「雑談ばっかりでまったく物語が進まなかったね」

斉藤マリエが愚痴る。時計を見ると、
すでに10時に差し掛かろうとしていた。

まもなくマリカと会う時間である。
-----------------------------------------
 
「斎藤マリエさん。初対面ではないから
 敬語は省かせてもらうね」

10時5分前にドアがノックされ、井上マリカが
副会長室を訪れたのだった。

「は、はい。井上さんは上級生ですから当然のことです」

執務用の机でうたた寝をしていたマリーは緊張して立ち上がる。

「今日からあなたと同じ仕事をすることになったから、
 同僚としてよろしく」

噂で聞いた温厚な性格とは少し違う気がした。
差し出された手は少し暖かいが、態度がやや高圧的だ。

昔のマリーもこんな感じだったことを思い出した。
やはりナツキに勧誘された女性は誰だって最初はこうなる。
皮肉だがミウも組織委員に勧誘された時はイラついていた。

「あの、井上さん」
「マリカでいいよ。で、なに?」
「マリカさんの心中をお察しいたします」
「は?」

妙な圧力を感じて、マリーは萎縮しそうになったが続ける。

「い、いえその。マリカさんのご家族がその……
 家と別の場所にいるのは知っています。
 だからイライラしてるんですよね?」

マリカは眼鏡をはずし、レンズをふいた。
もう一度かけなおしてから

「本気で言ってるようだけど、そういう発言はおよしなさい。
 ボリシェビキらしくないってナツキに言われるよ」

「それは分かっていますけど、私はマリカさんの気持ちを
 少しでも分かってあげたくて」

「ふぅん」マリカが顎に手を当て、言葉を続ける。

「あなたは私のことをどう思ってるの?」

「えっと、どういう意味で…」

「生徒会に勧誘された気の毒な女だと思ってるの?
 それとも仕事を円滑に進めるために私と
 仲良くなりたいの?」

「正直に言うと、どっちもです。
 私だってマリカさんと似たようなものですよ。
 好きでこんな場所にいるわけじゃないから」

「ごめんなさい。私ね、性格悪いから
 あなたのこと好きになれそうにないわ」

「え…」

まるで突き放すような言い方にマリーは胸が痛くなった。

「時間だから、さっさと出発しようか」

きびすを返したマリカ。
腕時計でしっかりと時間を確認していた。
マリーも後に続く。

マリカは小柄だ。マリーとほぼ同じ身長である。
威厳のある姉と、それに着いて行く気の弱い妹のようだ。

「さてと」

マリカが大きな肩掛けカバンをコンクリの上に降ろした。
ここは旧組織委員の事務所の前である。

「これ持って」「はい」

マリーに手渡されたのは、ソニー製のハンディカムだった。
マリカはオリンパス製のPCMレコーダーを手にした。

※PCMレコーダー
 音声を高音質で録音する小型装置
 マリカが使っているのは高級品
 音に特化しているだけに、
 ビデオカメラのマイクより性能が高い

マリーはビデオカメラなど使ったことがないので
操作の仕方が分からないが、マリカはさっさと
事務所の中へ入ってしまう。

マリーは適当に液晶パネルの部分を開いてみたら電源が入った。
録画ボタンは見ての通りだったので押してみる。
画面に録画中の赤い丸印が付いた。

パネル越しに見る世界は、なんだか不思議な感じがした。

彼女らの任務は、心霊現象が発生した場合に
画像や音声に残すことなのだ。
霊を呼び寄せるために、マリカはミウの写真を携帯していた。

深い憎しみからか、ミウの写真は何度も握りつぶされて
ほとんど原形をとどめていない。

「高野ミウ。あんたは地獄へ行ったんでしょ?
 それとも地縛霊にでもなったつもりなの?」

誰にでもなくつぶやいたマリカ。
もちろん返事などない。
今日は良く晴れていて風が強い日だ。
いくら跡地とはいえ日中に幽霊が出そうな雰囲気ではない。

これはマリーの知らないことだったが、マリカはかつて
ミウの友達だった。ミウが記憶喪失になる前は
クラスで一番多く話すほど仲良しだった。
だから彼女のミウに対する思いは大変に複雑なものがある。

二人とも控えめな性格だったので、クラスで目立つことを
したことはなかった。ただ、マリカは男子から陰で大人気だった
ミウの美しい容姿にかなり嫉妬していた。

そのことをさりげなく指摘すると。
ミウは決まって「私はブサイクだよ」と言う。
それが少し気に入らなかった。

マリカは、地位や立場によってあそこまで人が豹変したことを
一生忘れないようにしていた。ミウの正体は冷酷な
サディストだったのか、それとも地位が
そうさせたのかは誰にも分からない。

だからこそ代表だった時の自分は
絶対に威張らないように心掛けていたのだ。

マリカは、事務所の奥の給湯室からトイレなどを見回ってから
入口へ戻って来た。マリーはどうしていいか分からず、
ずっと入り口で待っていたのだ。

「ふん」鼻を鳴らし、マリカがIPADに文字を入力する。

「報告書は私が書くから」「は、はい」

マリカがナツキ宛に報告文を送信していた。
大した内容ではない。
本日10時の段階で異常なし。それだけである。

マリーは操作を教えてもらって、録画したデータを
ハンディカムからIPADへ送信した(Wi-Fi)。
マリカのレコーダーの音声データも同じように送信できるのだ。

あとで録画したデータはまとめてナツキのIPADと、
諜報広報委員部へ送ることになるのだ。

「じゃ。また夕方に」「お疲れさまでした」

このまま別れるのかと思ったが、
歩く先が全く同じなのが気がかりだった。

「あなたも諜報部へ?」「はい。体育の授業をするので」

明らかにマリカが嫌そうな顔をしたので、
さすがにマリーも我慢ならなくなった。

「あの!!」
「うん。なに?」

大きな声を発してもマリカは動じない。

「マリカさんが私のこと嫌いなのはよく分かりました。
 でもせめて理由を教えてくださいよ。
 私に嫌なところがあったら直しますから」

「うん。でも口で言っても直るものじゃないから」

「はい?」

「あえて言うならあなたの顔が気に入らない。
 これ、あなたを嫌っていたミウと同じ理由になるよね。
 斎藤さんは男子に人気あるでしょ?
 うちのクラスの堀君とか、ナツキとか、
 7号室の看守たちでさえあんたに惚れてるんだもんね」

「私は別に顔が良くないです。普通です」

「そういう謙遜が逆にムカつくからやめてくれない?
 学園のアイドルだったらアイドルらしく堂々と
 していればいいと思うよ。私は大嫌いだけどね」

「百歩譲って私の顔が整っているとして、それが
 どうして私が嫌いな理由になるんですか?
 まさかマリカさんはナツキさんが好きだから
 嫉妬しているわけじゃないですよね?」

「まさか……。でも好きだった時期もあったよ。
 今はただの最低な男になっちゃって幻滅しているけどね。
 あいつもボリシェビキにならなければ良い男だったのに」

本気で残念がっている様子がうかがえた。
頭の良い女だから嘘を交えてくるのかと警戒していたが、
どうやら井上マリカは正直さを好む少女のようだった。

「私があなたを嫌うのは別の理由がある」
「教えてください。どんなことでも聞きますから」
「うん。じゃあ言うね」

マリカはわざわざマリーの目前まで顔を近づけて言った。

「私ね。家の事情で法律を学んでいる人間だから
 かもしれないけど、不平等を嫌うのね?
 普通の女子はもちろん不平等を嫌うと思うけど、
 私はそれの酷いバージョンかな。

 まずあなたが7号室から特別に解放されたのも気に入らない。
 それと副会長室でニートをしてたのもナツキから聞いているよ?
 そういう特別待遇も気に入らない。
 あなたの友達の船越ヒトミが死刑になるのに
 あんたが楽な地位にいるのも気に入らない」

「待ってください。こっちにも言いたいことがあります」

「どうぞ遠慮なく。私は一方的にまくしたてるつもりはないから」

「私は巻き込まれているだけです。ヒトミちゃんが死刑になるのだって
 もちろん悲しいですよ。7号室から私だけ解放されて
 みんなに悪いと思っています。でも全部会長閣下が
 決めたことだから私の意思はないじゃないですか」

「正論だね」

「え」

「質問するけど、どうして自分がナツキに
 エコひいきされたと思う? 答えはすごく簡単だよ。
 ミウがあなたを嫌っていた理由に直結するから」

井上マリカの質問は端的で鋭いと評判だったが、
まさにその通りであった。

「顔、ですか?」

「そう」

マリカが初めて小さな笑みをみせた。

「女は器量ひとつで世渡りできるって昔の人が言ったけど、
 まさにあんたがそれを体現しているよ。あーうらやましいな。
 私は家族まで人質に取られて、6号室のみんなを
 まとめないといけない地位にいるのに、
 あなたはニートだったんだもんなぁ」

「マリカさんは第五特別クラスの代表を
 好きでやっていたわけではなかったんですか?」

「まさか」

外人のように両腕を左右へ広げた。

「かなり気を使う立場だったよ。
 みんなが私を支持してくれるのはうれしいけど、
 忙しくて大変な仕事なの。代わりがいれば
 いつでも変わりたかったけど、みんなが私を望むから
 仕方ないでしょ。反乱が起きたら大変なんだよ」

「あの。もう時間が…」

「おしゃべりが長すぎたね。完全に遅刻だけど行こうか」

マリカは相変わらずさっさと歩きだしてしまうから、
マリーは競歩のような足取りで着いて行かないと間に合わない。

諜報広報委員部の事務所の前でトモハルが待っていてくれた。

「同士井上殿。斎藤殿。少々時間がオーバーしておりますが、
 初日なので見逃すことにしましょう。これより
 トレーニング施設を案内させていただきます」

事務所から一番近い空き教室に、いくつもの運動器具が置いてある。
この学園では粛清された生徒総数が400を超えるため空き教室は多い。

「トモハル君。私たちの他には誰もいないんだね」

「左様です。同士斎藤」

「私は諜報広報委員の人たちと一緒にやるのかと思ってた」

「うちの部の人間は体育館へ行ってもらいました。
 マリカ殿の部下も臨時参入して大所帯になりましたからね。
 ここの部屋はお二人専用の部屋としていつでも
 使っていただいて結構です」

「なにそれ。聞いてないよ」マリカが反発した。

「私も大勢と一緒に体育するのかと思っていた。
 なんでこんな奴と一緒に過ごさないといけないの」

『こんな奴』にカチンときたマリー。だがまだ耐えた。

「むしろ厚遇だと思っていただきたいですな。
 お二人専用のトレーニング部屋を用意したのは
 同士ナツキのご厚意です。お二人に親睦を
 深めていただきたいとのお考えが…」

「バッカじゃないの」

ばっさりとマリカが切り捨てる。

「はぁ~。ナツキはこういう空気の読めないところが昔からあったのよ。
 今さら言っても治らないだろうけど、とにかく私は
 斎藤さんと仲良くするつもりはないから」

「しかし、そのような態度では同士斎藤にも失礼なのでは…」

「私なら大丈夫だよトモハル君。
 私もこんな女と仲良くするつもりないから」

「何か言った? 一年生」

「あんたみたいな性悪女と一緒にいるのは嫌だって
 言ったんだよ。ババア」

どちらともなく奇声を上げて殴りかかり、
つかみ合いの喧嘩になった。

最初にマウントを取ったのマリカ。思い切りマリーの
髪の毛をひっぱりながらビンタを食らわす。

マリーはマリカの制服のリボンを引っ張って
窒息死させようとしていた。さすがに苦しくなって
マリカがマリーから離れてしまう。

両者は起き上がり、にらみ合いの状態になってしまう。

「はいはい。そこまで!!」

野球の球審のように両手を大きく広げるトモハル。

「あなた方がただいま行ったことは、生徒会の規則では…」

「分かっているわ。生徒会では仲間割れは厳禁。
 最悪取り調べの対象にさえ成りかねないものね」←マリカ

「マリカ殿はずいぶんと気性の荒いお方ですな。
 第五特別クラスにいる時とは別人のように感じられます」

「あの時はリーダーの立場だったから冷静でないと
 いけなかったけど、今はそうじゃないもの。
 私は嫌いな奴にはっきり嫌いって言うタイプだから」

マリーは右の拳を強く握り、
マリカの頬にお見舞いしてやろうかと思った。

「このクソやろ…」

「やめなさい斎藤さん!! 
 今は体育の時間なのをお忘れですか!!」

「トモハル委員の言う通りよ。斉藤さん。
 体育をしましょう。体育を。大丈夫よ。
 背中を向け合ってお互いの顔を見ないように
 トレーニングをすればいいだけでしょ」

急にマイペースになったマリカ。
トモハルから更衣室へ行って体操服へ着替えるよう
勧められたが、制服のままでいいと言い張った。
意外な強情さに呆れたが、トモハルは許可した。

女性向けのダンベル(1.5キロ)
ケトルベル(8キロ)
懸垂台、縄跳び、ボクシンググローブなど、
様々な道具が置かれている。
一見すると地味だが、全身運動に最適な、合理的な道具ばかりだ。

「マリカ殿はどれを使われますか?」

「フラフープにしようかな」

「ではどうぞ。マリカ殿の身長でしたら
 95センチのものが最適でしょう」

※フラフープは子供向け大人向けなど身長別に分かれている。
当然身長にあったものでないと回せない。

「……全然回せないんだけど?」
「やり方があるのですよ。まず両足を肩幅まで開いて…」

トモハルが手ほどきをすると、覚えの速いマリカは
すぐに1分間連続で回せるようになった。

「小学生の時以来だけど、結構面白いねこれ」
「お腹周りが引き締まって美容効果もありますよ」
「トモハルも一緒にやろうよ」
「いいですよ」

元野球部のエースであり、現在も徹底的に訓練された
トモハルは鼻歌を歌いながらフラフープを回していた。

いつまで回し続けているのかとマリカは思ったが、
なんと10分以上も連続で回して息が全く上がっていなかった。
汗もかいていない。

慣れていないマリカはすぐに汗だくになったのに。
やはり基礎体力が全然違うのだ。

「すごいね。さすがトモハル君。
 運動のできる男子ってやっぱりカッコいいね」

「この程度なら褒められるほどではありませんよ。
 野球部時代は走り込みや筋トレなど
 血反吐が出るまでやっておりましたから」

他方。マリーはボクシンググローブをもてあそんでいた。
初めてなので当然はめ方がわからず困っているのだ。

「それはですね…」トモハルがすぐに近寄って教えてくれる。

マリカは舌打ちしてから明後日の方を向き、
今度はダンベルなど他の道具を触り始めた。

パシィンとはじける音を立ててマリエの拳が
サンドバッグに叩きつけられる。
素人なのでフォームがでたらめだった。

「そんな適当な打ち方では肩を壊しますよ。
 まず両足を肩幅に開きまして、聞き足の側を後ろに下げて…」

トモハルが構えの見本を見せてくれる。
彼もマリーと同じく右利きだ。
しっかりとわきを締め、左手を前に出し。
右手の拳で自らのあごの位置を守る。

「こんな感じ?」「そうそう。肩の力を抜いてリラックスして」

トモハルの教え方がうまいのと、
マリーの覚えの速いのもあって、それらしい構えになってきた。

基本のジャブ、ストレートの打ち方を教えてあげると、
拳の動きにスキが無くなり、スピード感が増した。

「おおっ。マリー殿も初めてにしては筋が良い」
「そうかな。言われた通りにやってるだけだけど」
「上半身の動きはまあまあですな。あとは腰と下半身です」

トモハルは「ステップ」を踏み始めた。

サンドバッグを対戦相手に見立て、円を描くように
周りを回っていく。マリーはその速さに圧倒された。

ボクサーの構えから一部のすきもなく、
縦横無尽に動き続けていく。トモハルは大柄だが、
信じられないほど機敏に動いていた。

「体幹」が大事だとトモハルは言う。
足の体重移動の機敏さが早さに直結する。

トモハルはフラフープの時と違い、息があがっている。
前方へ踏み込み、ワンツー。
素人には彼のジャブは視認できず、かろうじて
右ストレートの残像が見える程度だった。

おまけでトモハルが得意の左のローフックを放つと、
サンドバッグが大きく揺れた。

「すごいね」「いえいえ。これも誰でもできますから」

今度はトモハルがゆっくりと右ストレートを放ち、
足の安定、踏み込みと、腰のひねりの重要性を説明した。
つまり爪先から指先に至るまで、連動した動きで
拳を振るうのがボクシングの基本なのだ。

これはどの格闘技にも言えることなのだが、
今までに運動に興味のなかったマリーは感心した。

「コンビネーションは無限です。ジャブを起点に
 フック、ボディ、アッパーと自分が望む連続攻撃が可能です」

トモハルの拳の乱打がサンドバッグに叩きつけられる。
ただ早いだけでなく、しっかりと重みがあるのが
激しい音から伝わってくる。

「これが生徒会の推奨する全身運動なのね。
 最初はボクシングなんて腕だけの運動かと思っていた」

「ボクシングは下半身が大切なスポーツですよ。
 ステップを踏むだけでもかなり体力が必要ですからね。
 試合となると多い時で10ラウンドも戦わないといけない」

「……ミウもやっていたんだよね。ボクシング」

とマリカが突然話に入って来た。
トモハルがすぐに笑顔で応じる。

「生前のミウ閣下は実にボクシングがお好きでしたな。
 ストレス解消にもってこいだとおっしゃっていました。
 基礎練習の縄跳びやジョギングも積極的に行っていました。
 残念なことにボクシングの腕前を、
 無抵抗の囚人の虐待にばかり使っておりましたが」

「じゃあ私は」がマリーにやける。

「井上をボコるために使おうかな」
「何か言った? チビ」
「あんたもチビでしょ」
「黙れカス。顔だけが取り柄のくせに」
「カスはあんたでしょうが!!」

トモハルが慌てて二人の間に入って止めにかかる。
振りかぶったマリーの拳がちょうど
トモハルの肩に当たったが、平然としていた。

マリーに謝罪されても、それはどうでもいいとさらっと答えた。

「なんて仲の悪い人たちなんだ!! 授業中に
 喧嘩ばかりしているとさすがの私も怒りますよ!!」

マリーがふてくされた顔でマリカを指す。

「悪いとは思っているよ。でもこいつがさ」
「いやいや。どう考えてもあんたが喧嘩売ってきたけど?」
「もとはと言えば喧嘩売ってきたのはそっちでしょ?」
「あんたの頭、ダンベルでカチ割ってもいい?」
「その前に腹パン食らわせてあげるよ」

トモハルは呆れながら、「もうその辺でやめなさい」と言った。

「本当は全部の道具の使い方を説明したかったのですが、
 この様子では練習になりませんな。 
 少し早いがお昼の休憩としましょう」

「まだ11時だけど…」

「この際に気にしないことにしましょう。
 食堂なら空いておりますから」

トモハルはそう言い、なぜかマリーとマリカを
一緒にエスコートしようとする。

「待って。まさかとは思うけど」
「マリカ殿の思っているとおりです。
 我々三人で一緒に食事をとります」

マリカとマリーは大いに反発したが、
トモハルは「親睦のため」の一点張りだ。

彼とて会長の命令に従っているのだから
マリーたちも文句ばかり言っても仕方ない。

マリーとマリカは彼の後ろを並んで歩いた。

マリーがさりげなくマリカに肩をぶつけると、
マリカも返してくる。身長差がないので力に差がない。
そのどつき合いがやがてひどくなってくると、
トモハルがマリーのおでこにデコピンを食らわせた。

「今のはマリー殿が悪いですぞ」
「ごめん。でもあんたのデコピン強すぎだよ」

食道はがらんとしている。この時間なので当然誰もいない。
この学校は広いので一階と二階に食堂が分かれている。
ここは二階だった。冬休み期間中なので食堂の係の人はいない。

隅に置いてある長テーブルに、仕出し弁当の山が積んである。
冬休み期間中に働いている生徒会の人間は、
ここのお弁当を食べることになっているのだ。
人によっては自分でお弁当を持ち込む人もいるが。

トモハルが三人分のお弁当をわざわざ運んでくれた。
席順は、トモハルの向かい側にマリーとマリカが並ぶ。
二人は不快そうな顔を隠そうとしなかった。

トモハルは電気ポットのお湯を注いで、
人数分のインスタント味噌汁を持って来てくれた。
トモハルは気が利くので、こういう細かい仕事を
進んでやってくれるのだった。

「ごめんねトモハル君。本当はこの一年に
 やらせるべきだと思うんだけど」

「は? 年下だからって舐めてんの?
 一個しか年違わないくせに」

「でもあんた、見た目が小学生みたいだからお子様って感じ。
 どうせお弁当も全部食べ切れないんでしょ?」

「黙れよ性悪女。あんただって折れそうなくらい細い体してるくせに」
「私、文科系だから体鍛えたことないもの」
「ぷっ、軟弱」
「その代わり成績は上位だけどね。収容所に入る前の
 成績は学年で4位だったよ。あなたは?」
「くっ……」

成績の話をされるとマリーは弱かった。
マリーもクラスでは上位の方だが、さすがに学年トップ5以内を
一年の時からキープし続けた秀才のマリカに勝てるわけがない。

「外は雨が降ってきましたな!!」

窓の外を見て、わざと声を張り上げたのはトモハル。
彼は少女二人の漫才には付き合ってられず、
一人で食べ始めていた。

マリーも割りばしを割っておかずに手を伸ばした。

「うわー。すごい降りかた。
 校庭がぐしゃぐしゃになっちゃうよ。
 夕方の見回りが憂鬱だなぁ」

「悪天候の時は中止になるかと思いますよ。
 会長殿は女性には特にお優しい方ですから」

「ふーん。まあ優しい人だとは思うけど」

マリーはニヤニヤしながらマリカを見た。
行儀よく鮭の切り身を
食べていたマリカは「なによ」とにらんだ。

「井上さんは昔会長と付き合ってたって噂を聞いたよ。
 で、どうなの本当のところは?」

「うるさい。あんたに答える義務はない」

「そういう言い方をするってことは、付き合ってたんだ?」

マリカは首を大きくゆっくりと横に振った。

「友達以上の関係になったことはない。確かに一年の時は
 同じクラスだったから、周りからそういう噂をされていたのは
 知っている。でもあいつが途中からボリシェビキに入るなんて
 バカなこと言っていたから…」

この話題にはトモハルも興味津々だった。

「意外ですね。私はてっきりお二人が付き合っていたのかと
 思っておりました。ミウ閣下亡きあと、
 会長閣下がマリカ殿を勧誘する一番の理由がそれかと」

「ないない。あいつは私を利用することしか考えてないよ。
 あいつは冷たくて利害関係がない人間とは関わらないから。
 でも意外とスケベなところもあるか。
 そこにいる斉藤を甘やかしてるんだから」

「私のこともなんとも思ってないって」←マリー

「いや少なくともあんたには気があるよ。異性としてね。
 愛人(彼女)候補の一人として考えてるんだよ。
 ただし斎藤に実務は何も期待してない。
 だってあんた、顔以外何の取り柄もないじゃん」

「はい……?」

「聞こえなかった? 何の取り柄もないって言ったんだよ。
 反論できるならしてみなよ。例えばクラスの代表とか判事とか
 やったこと一度でもあるの?」

頭に血が上ったマリー。お茶の入った紙コップを投げようとするが、
トモハルの好セーブによって防がれる(チョップ)。
お茶は床にぶちまけられ、紙コップはむなしく床に転がった。

「確かにお気持ちは分かりますが!! 
 お食事中ですから。マリー殿!!」

「ごめん。もう無理。この女をぶっ殺さないと気が済まない。
 初対面の時からずっと私に喧嘩売ってくるし。
 こんな奴と一緒に見回りとか考えただけで吐き気がする」

仁王立ちをしたマリーが殺気を放つ。
伊達に収容所7号室を経験しているわけではなく、
トモハルやマリカをたじろがせるほどの勢いだった。

マリーは地下から運ばれてくる死体の処理を手伝ったことはある。
腐り始めてウジがわきはじめた死体の気持ち悪さ。そして腐臭の匂い。
鼻の奥を突いて胃の中の者が逆流するほどに臭い。

囚人仲間と涙を流し、鼻水をすすりながらスコップで
土をかけてあげたものだ。真っ赤に染まった夕暮れの中、
自分たちの影と一緒に土を踏んで固めたのは一生忘れない。

模範囚ばかりだった第五特別クラスとは違い、
マリーたちは常に生徒会に拷問される恐怖と戦ってきた。

「これは明らかに井上マリカ殿が悪いですぞ!!
 一言マリー殿に誤っていただければ、
 この場は丸く収まることでしょう!!」

「いやだよ」

「マリカ殿!! 大人になりなさい!!
 代表まで勤めた人間にしては冷静さを欠いていますぞ!!」

「一応組織論をかじっている身としてはね、
 ピンチはチャンスでもあるんだよ。
 トモハル君。この修羅場をナツキに詳細に報告してよ。
 それで私と斎藤マリーのコンビを解消させてもらうよう頼んで」

「会長殿の要望はお二人の仲を深めていただくことであります。
 マリカ殿提案は反体制的と取られる恐れがありますぞ」

「うーん」あごに手を当ててから。

「ここで私らがいくら騒いでも時間の無駄だね。
 ナツキに直談判しに行こうかな。トモハル君。
 今日ナツキのスケジュールの空きはある?」

「日程の管理をされているのは同士ナージャですから、
 私の所感ではありません」

「もういいよ。トモハル君」マリーが静かに言った。

「私が我慢すれば丸く収まるんだから。
 私がこいつにどんな言葉を吐かれても
 黙って聞き流せばいいんでしょ?
 私の方が馬鹿で年下だから逆らわなければいいんだ」

「そこまでは言っておりませんよ。
 そもそもボリシェビキはみな平等ですから、
 上下の関係を撤廃しています。
 ですから同士とお呼びしているのです」

「だったらなんでみんなが会長におびえているの。
 一党独裁の組織に上下関係がないわけないじゃん。
 むしろ民主主義よりずっとひどいよ」

マリカが小声で言った愚痴をトモハルは華麗にスルーした。

「お二人の関係を改善するにはまだまだ時間がかかるようですな。
 ご飯も食べ終えたので昼食はこの辺で終わりにしましょう。
 同士斎藤にはあとで個人的な話があるので、別室へ案内を…」

ガラガラ ←扉の開く音。

「話しは聞かせてもらった」

なんとナツキが入ってきた。トモハルは仰天してしまう。
2ちゃんのAAでよく使われたスターリンのような登場の仕方だった。

「か、会長閣下。ご多忙だと聞いておりましたが。
 いつからそこに?」

「5分くらい前だよ。この近くを歩いていたら
 君たちの話声が聞こえたから、廊下で聞き耳を立てていたんだ」

ゆったりとした足取りでマリー達の近くへ来るナツキ。
以前の彼とは違い、威圧感というか凄みがある。

(服が変わっている?)

マリーがそう思ったのは当然だった。

ナツキは見慣れた制服のブレザーではなく、
軍服を着ていた。いかにも軍人らしいカーキ色である。

帽子にソ連のシンボルマークがついている。
赤(革命の血)鎌(農民)とハンマー(労働者)である。
そして星マーク。彼の襟には華々しい階級章がついていたが、
軍事の知識のないトモハルら三人にはよく分からなかった。

「そちらは新しい制服でございますか?
 見たところソビエト陸軍の服のようですが」

「そうだ。僕の趣味だよ。
 冬休みなのでコスプレをしてみたくなったのだ」

(なぜコスプレを? しかもどこで買ったんだ…)

と思ったが、失礼かと思って口にはできなかったトモハル。

「なんでコスプレしてんのよ。
 しかも日本人にソ連の軍服なんて似合わないよ」

マリカは遠慮なかった。

「たまには遊び心も必要だ。
君たちは生真面目だから熱くなりすぎているようだからね。
実は本部の私室にコスプレグッズが用意してあるんだが、
よかったら君たちも一緒にどうだね?」

ナツキはフリースのドラ〇ちゃん着ぐるみがあることを説明した。
超ダボダボのフリーサイズなので、
大きめのパジャマ感覚で着れるという。

これっぽっちも興味がない真理華は軽く聞き流した。

「あいにく暇じゃないんですよ。あんたに指示されたから
 午後から地下の見学に行かないといけないので」

(ちょ…。マリカも地下に行く予定だったの?)

なんとマリーとマリカは午後の日程まで同じだったのだ。
つまり初めからナツキが仕組んでいたのだ。

「コスプレの件は冗談だ。君達の気持ちを和ませてあげようと思ってね」
「本気で面白いと思ってるの? 他の二人はしらけているからね」
「ふぅ。それにしてもここは暑いな」
「ん?」

ナツキは何を思ったか、いきなりベルトを外し、軍服の上下を
その場で脱ぎ始めた。新手の露出プレイでも始めるつもり
なのかと思い、マリカが固まり、マリーは悲鳴をあげる。

「ナツキ会長……」 トモハルは震えながら見守っていた。
もし自分の部下だったら暴力制裁をしているところだが、
相手は上官であり学園の最高権力者である。

そしてトモハルら三人は
信じられない光景を目にするのだった。
ナツキは、ドラ〇もんに進化した。

ドラえもんは国民的人気アニメである。

当たり前だが、ドラえもんは二等身で手足が短い。
全身青タイツのナツキは背丈が178センチ。手足は長い。
文系タイプと思われた彼の体は、
意外にも引き締まった筋肉で覆われていた。

会長の忙しい中、ソ連式の訓練を欠かさなかったのだろう。

ナツキは、脱いだ軍服の上着のポケットからマスクを取り出した。
タイガーマスクではない。ドラえもんになりきるための青マスクだ。
きつきつのそれをしっかりと被ると、ドラえもんの顔になった。
顔全体を覆うマスクだから、長時間付けるのはしんどそうだ。

「どうだトモハル? 僕のドラえもんっぷりは中々だろう?」
「は、はぁ……。えらいスマートな体系のドラえもんですな。
 なんと言ったらいいのか。手足が長すぎて新鮮です」

女子二人は、彼のノリに着いて行けず、呆然としている。
ナツキはドラえもんタイツ(3.5万。特注品)の伸縮性を
試すために、ダンベルを持ちながらコサック・スクワットを開始した。

※コサック・スクワット
ネットで検索すればすぐにヒットする。
誰にもできる簡単かつ合理的な体操(動的ストレッチ)

全身タイツではやりにくかったのか、
ダンベルを持ったまま後方へ転倒したナツキ。

「ぷっ」

マリーが笑った。やれやれと言った感じで
起き上がるナツキの顔はドラえもんだ。
口元が真っ白で髭が生えているのが今になっておかしく感じた。

「ふっ。くく」トモハルは笑いをこらえていた。

ナツキの体を張ったギャグは、確かに部屋の空気を和ませていた。

「ふーん。よくできてるのね、これ。伸びる伸びる」
「こらマリカ。あんまり強く引っ張らないでくれ。
 破けたらどうする。僕の少ない小遣いで買ったんだぞ」

「ナツキは学園の金を流用してるんでしょうが」
「なんのことだ?」
「ナツキはのび太の方が似合ってるかもよ」
「のび太だと会長っぽくないだろ。せめて出木杉にしてくれ」

傍から見ると仲良しの男女である。
マリカは親と妹を人質に取られているわりには、
ナツキと普通に話せるのだから大物である。

場面は変わって地下へ。
引率係はトモハルからイワノフへとバトンタッチ。

マリカとマリー(ダブルM)は地下施設に入るのは初めてなので
喉が渇くほど緊張した。イワノフがエレベーターでB4を押すと、
いよいよ覚悟を決めないといけない。
A棟の地下に作られたこの施設は、重罪人の処罰に使われる。

旧会長だったアキラ、妹のアナスタシアはここで殺されたのは有名な話だ。
ダブルMは、今日ここで人の死を見学しないといけないのだ。
自分とは何の関りもない、そして全く無実に等しい囚人の死を。

イワノフがいつもの重苦しい声で問いかける。

「マリー殿は見慣れているとは思いますが、
マリカ殿は血を見たことはありますか?」

「ないに決まってるでしょ。普通に日本で生きていれば
 流血沙汰なんて起きないもの」

「左様でございますか。では刑の執行中に気分が
悪くなったら遠慮なくおっしゃってください」

ガシャン。
エレベーターは不思議な音を立てて止まった。

スーと扉が開くと、薄暗い廊下がまっすぐ伸びていた。
廊下の左右にいくつもの牢屋が並んでいる。
全て鉄格子で覆われているので廊下越しに囚人が見える。

各牢屋には2ずつ囚人が入っていた。
ダブルMがそこを通過すると、無表情で囚人らが見上げてくる。
囚人は鉄の足かせをはめられて、石のベンチに座らされている。

(なに……この目つきは)

マリーは足の先から震えそうになった。
これから死を待つ者たちがそこにいるのだ。
ただ見学しに来ただけで殺人の経験のないマリー達が憎かったのか。
それとも助けてくれと言いたかったのか。考えても分からないことだ。

「本日の刑を執行するのは、そこにいる者たちです」

イワノフは、鉄の扉を開けた。

マリカが「うっ」と声を発した。
めったなことでは動揺しない彼女ですら、
そこの異常さには耐えられそうになかった。

横一文字に並べられた男女の囚人。
全部で6人もいた。同じ囚人服を着て、木製の手かせをはめられている。
足は自由なのだが、抵抗するそぶりは微塵もみられない。

おそらく生への希望を諦めているのだろうと思われた。
それなのに「目つき」だけはギラギラしていた。

真理華が驚いたのは彼らの目だ。

マリーも同様の反応を示している。言葉を交わしたわけでもない。
ただ視線を合わせただけで魂が持って行かれそうな気がした。

6人の内の一人に船越ヒトミがいる。もちろんマリーが来たことは
彼女も承知している。光彩を失いつつも強い眼力でマリーを睨む。

(ヒトミちゃん…)

誰だって死にたくない。死ぬのは嫌だ。死後の世界はあるのか。
残された家族も連帯責任で逮捕されるのか。
マリーがどう頑張っても友達を救うことはできない。

「立て」

イワノフが短く命じると、囚人達はぞろぞろと動き始める。
嫌がることも抵抗することもしない。本気で生への希望を
失った人間はこうなってしまうのだ。

部屋の外には、執行部員が3人待機していた。
大きなライフルを手にしている。

囚人達は廊下を曲がった先へ進んだ。
そこには死刑執行場があった。
他の部屋とは違い、床や壁に鮮血がしみこんでいて、
この時点でマリカは吐き気をこらえるので必死だった。

マリーの耳には、ぐおおおんと、低いうねり声が聞こえた。
だが気のせいだと思った。その証拠に他の人は何も気にしていない。
不思議な耳鳴りだった。まるで地下に残り続ける怨念や思念が
マリーの肩に急にのしかかったかのようだった。

囚人6人は、壁に手を突いた。
横一列に並び、マリーたちには背中を見せている。

ガチャ、ガチャ、カチ、トントントン

銃殺隊が重機関銃を組み立てる。手慣れたもので、
すぐに三脚に銃身を固定した。
鉄製の弾薬箱から弾薬ベルトを取り出して装填。
銃をまず一番左にいる囚人の背中へ向けた。

Могу я? Друг с другом 
「よろしいですか同士」

Хм. Не страдают от убийства
「うむ。苦しむことなく殺してやれ」

次に銃殺係は、マリーとマリカに露語で話しかけた。
彼は完全なロシア系で日本語を学んでいないのだ。
わざわざイワノフがマリーたちに同時通訳をしてくれる。

「Теперь в момент buchiВстроенныйmimasu пули
 на заключенных. Действительно момент,
 так что вы можете держать глаза на нет
 Пожалуйста, посмотрите. Друг с другом
 これから一瞬で囚人達に銃弾をぶち込む。
 本当に一瞬だから、目を離すことなく見守れよ。同士」

男が笑うと口元が見える。前歯が一本だけ折れていた。
目がギョロっとしていて怖い。
相当に訓練されているのか、銃を構える腕は
たくましく、いくつもの血管が浮かび上がっている。

彼にとって殺しが日常なのは雰囲気からよく伝わった。

「だー」マリーが短く肯定すると、ついに引き金が引かれる。

連射音。耳を塞ぎたくなるほどの轟音が鳴り響いたが、
それも一瞬のことだった。

糸が切れた人形のように囚人たちは次々に倒れた。
手足をだらりと伸ばして文字通りハチの巣になってしまった。

(血の色って、黒いんだ……)

マリーにはそうとしか思えないほど、どす黒かった。
非業の死をとげた死体からは、
絶え間なく血が流れ続けて床に染みを作っている。

「ぐ…ぐぅ」

まだ生きている男がいた。細身でメガネをかけた囚人だった。
その場から逃げ出したいのか、張って腕を天へ伸ばしている。

ダダダダ

短い連射音が鳴り、彼の頭部を弾丸が貫いた。
彼はついに絶命した。

顔が横向きに倒れたので、死に顔が見えてしまう。
恐ろしいことに左目だった所を銃が貫通していた。
苦悶に満ちた表情。口を限界まで開けている。
まさに夢に出てくるほどの迫力である。

鉄臭い血の匂いと弾薬の匂いが混じって部屋に充満する。

マリカはおえっと口元を抑えたが、吐くまでには至らかった。
これは彼女の精神的な強さを表していた。

こんなに簡単に人が死んでいいのか。
彼らの生きてきた10数年間の人生とは何だったのか。
マリカはむしろ哲学的な視点で考えていた。

そしてそれはマリーも同じだった。
今回の銃殺には友達だったヒトミが含まれている。
彼女は背中に集中的に貫通弾を受けて死んだ。

辺に倒れたせいか、左腕が明後日の方向に折れてしまっている。
床に広がる血が、彼女の髪の毛に染み込んでいったのだった。

ヒトミの二度と動かなくなった姿を見せつけられると、
感情が爆発してしまう。

マリーは床に両手をつき、激しく嗚咽した。
ヒトミの死が彼女に与えた影響はあまりにも大きかった。

イワノフは、あえてマリーに声を掛けない。
銃殺を実施した外国人の男性(成人)も同様だ。
彼ら二人はマリーが泣き止むまで待ってあげるつもりだった。

今回の地下見学の目的は、ダブルMにボリシェビキの
一番の闇を知ってもらうための訓練のようなものだった。
人の死にはなれる。最初は心が折れても、やがて犬の死体を
見るのと同じくらいの感覚へと変わる。

真の共産主義者は、革命の防衛のためならなんでもする。
スパイ容疑者は友達でも家族でも親戚でも突き出すことが求められる。
ソ連ではスターリンの時代にそれが最も深刻化していた。

「うっ。うっ。うっ。……うっ。うっ。うっ」

マリーの嗚咽は止まらない。

自分が死んだわけでもないのに、
今までの思い出が走馬灯のように脳裏に浮かんでいた。
太盛やミウとの出会い、エリカとの確執、
失語症、そして強制収容所送り。

普通に生きたい。普通に学園生活を送りたい。卒業したい。
そんな夢は、ついに叶うことはなかった。

『卒業までの辛抱だよ』 7号室では決まり文句だった。
一番元気の出る言葉だった。マリーとヒトミは違うバラックに収容されていた。
だが合同での食事の際にすれ違うことはあった。その時に挨拶はしていた。

あの子のゴールはここだった。
もう何を話しかけても答えてくれることはない。
彼女は死を前にしてマリーを見て何を思ったのだろうか。

「マリー」

マリカがそっとマリーの背中に手を置いた。

ただそれだけなのだが、マリーはこの世の全てから
救われた気がした。マリーは泣き顔を見られたくなかったので
ずっとうつむいていた。マリカはマリーが泣き止むまで
辛抱強く待ち、背中に手を置き続けてくれた。

見学後は、ダブルMは自由時間となった。
マリーは副会長室へ直行し、ベッドで横になることにした。

マリカは収容所7号室の仮眠室を借りて休むことにした。
もっともあの場面を見たあとで寝られるわけがないのだが。
心臓がショックのあまりドキドキして落ち着かない。

目を閉じると死んだ人の後姿が浮かぶようだったので、
お酒を飲みたいと心から願った。
今は誰にも会いたくなく、一人で気持ちを整理したかった。

本当はマサヤに任せているクラスメイト達のことも心配だったが、
銃殺刑の後に細かい仕事など考える気にならない。

そして18時。約束の見回りの時間である。
切り替えの早いマリカはすでに仕事モードになっていたが、
大泣きしたマリーは目元が赤くはれ上がっており、
憔悴(しょうすい)しきっている。とても仕事ができる精神状態ではない。

「私がナツキに頼んであげるから、休んでなよ。
 見回りは私一人でやっておく」
「いえ。気持ちだけもらっておきます。先輩」

マリーは照れ臭くて言えなかったが、マリカが
背中に手を置いてくれたことの礼が言いたかった。
マリカの方は、急に敬語を使われたので不思議に思っていた。

跡地に入り、マリカがPCMレコーダー、マリーが
ハンディカムを構える。やはり何の変化もない。
ここでマリカが口を開いた。

「あの時はごめん」

「え?」

「マリーさんのこと悪く言いすぎた。冷静に考えれば
 あなたの置かれた状況だって相当辛いと思う。
 もしかしたら私以上にね。私はあなたの辛さを
 全然分かってあげられなかった。分かろうとしなかった。
 あなたの親友の瞳さんのご冥福を心からお祈りするわ」

マリーは素直にうれしかったが、
いきなりだったのでどう反応していいか分からない。

「私も先輩に失礼なことばっかり言っちゃったから、お互い様ですよ。
 それに私も先輩が優しい人なんだってこと、分かっちゃいました」

マリカは西洋風にハグをしてきた。マリーも快く応じる。
言葉以上に動作で心情が伝わる良い例だ。

「ありがとうマリー。愚かな私のことをどうか許してね」
「私は根に持たないから大丈夫ですよ」
「同士。敬語は不要よ。あと私の名前は呼び捨てで構わないわ」
「分かったよ。じゃあマリカって呼ぶ」

両者の冷え切った心に暖かい感情が生まれた。
仲銃殺刑の後味の悪さえ、かき消してくれる魔法のようだった。

だが、頭の良いマリカはつい勘ぐってしまう。
まさかナツキが自分たちに地下見学をさせたのは
これが目的だったのではないかと。
でも、さすがにそれはないと思った。みんなが考えるほど
ナツキが聡明ではないことをマリカは知っていたからだ。

今日は冬休み初日である。最終的にこの日の内容は濃かったと言えるだろう。

マリー達がちょうど跡地を出ようとしたところで、たまたま
近くの見回りをしていた、太盛とクロエのペアに遭遇したのだから。

「勤務お疲れ様です。同士たちも見回りの当番ですか?
 襟のバッチをみたところ諜報部の方のようですが」

気さくに挨拶するのは堀太盛。かつてのマリーの想い人だった。
太盛に見知らぬ外人の女が付き添っていることが、
マリーにはショックだった。どう見ても二人は親しそうだ。

太盛のことはどうでもいいはずなのに、自分の知らないところで
別の女を作ったのかと思うとイライラしてしまう。

(生徒会に入ってすぐに新しい女が……)

「ケ・ス・ク・セ?…… もしかして私、にらまれてる?」

たじたじになるクロエ。もちろん有名人のマリーがかつて
太盛に気が合ったのは知っているが、今はナツキのお気に入りだから
こちら側に干渉してくるとは思ってなかった。

「太盛先輩のバカ!!」
「な、なんだ君はいきなり!!」
「女たらし!! 最低!! すぐ外人の女に鼻の下を伸ばすんだから!!」

太盛は10秒間考えてから、

「……え? 何を勘違いしてるのか知らないが、黒江は仕事仲間だよ。
 同僚。今の俺は臨時派委員。執行部のな。
 こっちはペアを組まないと仕事できないんだよ」

「どうせ女なら誰でもいいんでしょ!!
 その女も飽きたら捨てて、また別の女に乗り換えるんでしょ!!
 そう。まるで物みたいにね!!」

「なんで君にそこまで言われなくちゃいけないのか理解に苦しむよ。
 悪いが俺には過去の記憶がないんだ。昔の俺を最低だと
 言う人は君の他にもいるけど、俺は今の人生を生きているんだよ」

太盛は、これ以上構っていられないと言った感じで
歩き出そうとすると、マリーに腕を握られてしまう。

マリーは一番大切なことを思い出したのだ。

「人殺し!!」
「あ?」
「私の友達を通報したのは太盛とそこの女でしょ!!」

(そこの女…?)クロエは少しだけショックを受けた。

「何の罪もない子を通報して死なせて楽しい!?
 ヒトミの爪が全部はがされて肉が見えていたよ!!
 あんたたちのせいで拷問されたんだ!!
 あんなボロボロになってかわいそうだと思わないの!?」

「ん? その口ぶりだとあの女囚人と会ったのか?
 多分もう死んだんだろうけど、だからどうした?
 俺とクロエは仕事をしただけだ。
 ボリシェビキとして当然のことをしただけだ」
 
「罪悪感とかないの!? 人としての感情さえ失ってしまったの?」

「罪悪感だって? そんなもの、諜報広報委員に
 なった瞬間に捨て去ったよ。バカみたいなこと聞くな」
 
「太盛先輩は……どうしてこんな人になっちゃったのよ!!
 あなた本当に堀太盛なの!?」

「ジュ・マペル・セマル・ホリ。どうだ。
 クロエに教わったフランス語で名乗ったぞ。ふはは」

致命的につまらないギャグだったので会話が止まってしまった。

マリーが腕組し、殺気を放っている。
小柄な割に猛獣を思わせるほどの殺気である。
あまりの迫力に太盛とクロエは後ずさりするほどだった。

とにかく太盛としては仕事中にもめ事は起こしたくない。
彼は夜勤なのでこのあと朝まで働かないといけないのだ。

さらに寝起き(16時半起床)からオロナミンCを飲んでいることもあり、
無駄にテンションが高い。彼の頭は仕事のことばかりだ。
マリーと口論することで体力を消耗するのは避けたかった。

「だったら好きに生きればいいじゃない」
「ああ、そうさせてもらうよ」

太盛が去ろうとすると、クロエが小声で「ヒス女こわっ」
と言ったのがマリエの耳に届いてしまった。

「なんだと。もう一度言ってみろ!!」

マリーはカッとなって駆け出し、クロエのわき腹にフックを放った。
今日トモハルに教えてもらったばかりなので足元がおぼつかないが、
それでもかなりの威力があったようで、クロエがわきを押さえてしゃがみこんだ。

「なんてことするんだ君は!!」「落ち着きなさいマリー!!」

太盛とマリカが急いで止めにかかる。
完全に頭に血が上ったマリーはまだ殴り足りないようだったが、
マリカが優しく説得してなんとか収まった。

収まらないのは黒江の方だった。

「あーいて。不意打ちとかやめてよね。
 どんな事情であれ、一発は一発だからやり返す」

止めようとした太盛をステップで交わし、
たやすくインファイトの間合いまで詰め寄ったクロエ。
がら空きのマリエの腹に、左のボディブローを放った

「か……は‥…」

みぞおちに入ったため、なさけなく地面に転がって
口をパクパクさせるしかなかったマリー。
呼吸困難になる恐怖と辛さは味わったものにしか分からない。

「堀君。もう話すことはないわ。さっさと消えてよ」
「分かってるって。てかなんで君は俺の名前を知ってるんだ?」

マリカに言われた通りにクロエの手を引っ張るようにして
その場を去った太盛。やはり彼はクラスメイトにして
学園有数の有名人のマリカのことも忘れていた。

見回りの結果がとんでもないことになってしまい、
マリーは悔し涙を流した。
ぽたぽたと地面へと大粒の涙が零れ落ちる。

1日で二度も泣くことになるとは思わなかった。

実際に会って話してみると、太盛への未練が完全に
消えたわけではないのが分かってしまった。できることなら、
彼を正気に戻してあげたいが、そのための方法がマリーには思いつかない。
仲良さそうに隣を歩く外人の女にも嫉妬した。

「かわいそうなマリー。気が済むまで泣いていいのよ」

優しいマリカは長い間抱きしめてくれた。
ぽんぽんと背中を優しく叩いてくれる。
マリーには彼女の肌のぬくもりが、どこまでも心地よかった

12/26 時刻は21時。強制収容所7号室。女子の第一バラックにて。

太盛とクロエは監視ルームに偶然にも二人きりだった。
保安委員部の上司たちは、それぞれ別の用事があるらしく、
席を外してしまっている。
そのため22時までここで待機してほしいと言われた

「相変わらず何の変化もないな。女子の収容所は平和なものだ」

「男子の方は大変らしいね。サヤカがナイフを持った囚人に
 襲われそうになったそうだよ。
 モチオがぶっ飛ばしたから事なきを得たけど」

「いつも思うんだけど、囚人はどこで武器を仕入れるんだ?
 まさか執行部員がこっそり渡してるわけじゃないよな?」

「ナイフっていうより木の棒をとがらせたのを使ったみたい。
 あいつら無駄に工作が得意だから原始人レベルの武器は自前で
 用意できるのよ」

「なるほど。外の木から調達したのか。器用なもんだ」

他にも掃除用具のモップを改造してヤリ代わりにした者もいた。
このように冬休中も反乱は続いていた。バリケードの外へ脱出する前に
監視塔の重機関銃で撃たれた集団もいる。
彼らの死体は、生ごみと同じように土へ埋められた。

黒江は太盛の隣にぴったりと座って同じモニターを見ている。
ここは当然マルチモニターで、1番から22番カメラまである。
そのため彼らは別々のモニターを見ないと監視にならないのだが、
クロエは彼とのおしゃべりに夢中なのだった。

黒江はふいにわき腹を押さえた。

「いた…」
「大丈夫か? 夕方殴られたのが効いたみたいだな」
「あざになっちゃった。あのチビ、マジムカつく」
「あの小さい子は本当にどうしたんだろうな。
 ナツキ会長のお気に入りらしいけど、
 ちょっと精神的にまいってるんじゃないか」

お前には言われたくないと、天井からツッコミが聞こえた気がした。

「だけど不思議だよな」

太盛がペットボトルの午後ティーを飲みながら言う。
ホットで350ミリのタイプだ。

「あの子に怒鳴られた時に、一瞬だけ記憶が
 フラッシュバックしそうになった」

「えっ…」

「なんかあの声、懐かしい感じがするんだよな。
 あんなむきになって俺に怒鳴っちゃってさ。
 まるで妹とか娘に怒鳴られてる気がしたよ。
はは。俺何言ってるんだろうな」

「太盛…」

黒江は教えてあげようか迷ったが、結局言うことにした。
太盛がかつて愛したのがあの子だったこと。
そしてあの子はまだ太盛に未練があること。

「って言っても信じないよね? 記憶がないんだから」
「その前になんでクロエが俺の恋愛事情を知ってるんだ?」
「うちの学園じゃ有名だから。教師だって知ってるよ」
「そうなのか? 不思議なもんだな」
「太盛は斎藤さんのことどう思ってるの?」
「別に好きでも嫌いでもないよ。思想的に甘ったれてるとは思うけどね」
「口げんかしてムカつかなかった?」
「不思議と後味が悪くないんだ。
 今度会ったら逆に俺が説教してやろうかな。はは」

クロエが顔を伏せた。なぜだ?と思い、
太盛が顔を覗き込もうとすると、
クロエは嫌がって反対側を向くのだった。

「せ、太盛はさ…」
「おいクロエ、まさか泣いているのか?」
「うん」
「なんで? 俺何か変なこと言った?」
「ううん。私が勝手に泣いているだけ」
「どうしたんだ。腹でも痛いのか?」
「そんなんじゃないよ」

クロエはフランス人らしく恋愛の駆け引きなど時間の無駄だと思っている。
だから自分の気持ちを下記の通りにぶちまけた。

太盛とマリーはおそらく運命の赤い糸で結ばれている気がする。
もともとミウが死ねば二人は自動的にカップルになれる流れだった。
おそらく太盛の記憶喪失が何かの拍子で治ってしまえば、
普通にカップルになる。その際、クロエは不要になる。

「なにつまんないこと言ってるんだ。君らしくもない」
「でも太盛が遠くへ行ってしまう気がして不安」
「そっか。じゃあ。これで」

太盛は大胆にもクロエの華奢な体を抱き締めた。
生徒会で訓練された太盛の体は以前にもまして筋肉質になっている。
制服越しでもゴツゴツした男性らしい体つきが伝わるので、
クロエは猛烈にドキドキした。

「もう悲しい想像をするのはやめだ。
 君は明るくて前向きな子だ。ネガティブなのは似合わないよ」
「そうね。イギリス人じゃないんだから、もっと前向きになるわ」
「欧州の事情は知らないけど、その調子だ。俺たちはペアじゃないか」
「ねえ太盛。私たち付き合っちゃおうよ」
「いいよ」
「いいの!?」
「おう。生徒会で男女交際は禁止されてないからな」
「そうじゃなくて、その……」
「他の人は関係ないよ。別にエリカと婚約してるわけでもないし」

とんでもなく薄情な男である。筆者は彼を殴りたくなったが、
小説の話なのでどうにもならない。
ところで私はどうしてこんな内容を書いているのだろうか。

答えは簡単。PCの前でタイピングしていると勝手に物語が進むのだ。
いわゆる自動タイピングという現象である。

この作品は下書きもプロットも設定表も
何一つ用意しないでここまで勝手に進んでいる。

よって読み返したら矛盾点が散見することだろうが、
気にせず書き続けることにする(無責任)

「うれしいよ太盛。大好き」
「はは。俺も最初に会った時から
 クロエのことは気になってたんだ(うそ)」

なんと太盛はチャラ男だったのだ。
彼にとってエリカはどうでも良かったのか?
彼は今すぐ7号室の囚人になるべきだと思う。

「クロエ。君のことを愛してる。君と一緒なら辛い夜勤も乗り切れる」
「うん。私もずっと臨時派遣委員でいたいくらいだよ」

そしてどちらもともなく口づけを交わすのだった。

突然話が変わるが、『花より男〇』(少女漫画)をご存じだろか?
筆者は興味本位で全巻買ってみたのだ(中古で)
女性目線での恋愛小説の参考になるかと思ったら、とんでもない作品だった。

多くの読者レビューにあるように序盤の
いじめシーンは壮絶だが、問題はそこではない。

物語の核は、
主人公の少女が、何人もの金持ちイケメンを「もてあそぶ」ことだ。
次々に自分に惚れさせては手を出させず、最後は振るという荒業を連発していた。

いちおう本命の男はいるのだが、次々に現れる別の男との
浮気(もどき)を繰り返し、本命を嫉妬させるのはお決まりの展開である。

男に『俺はお前を信じるよ』と言われた後に、浮気もどきが
ばれて『二度と俺に話しかけるんじゃねえ』と言われる。
ビンタされた時もあった。当然だろう。

その後仲直りし。また裏切る。最終巻までこの繰り返しである。
まさに茶の番であり、作者殿の日記帳であろう。
ネット小説ならともかく、市販の漫画でこういう展開を
やるなよと突っ込みたくなった。

少女漫画とはどれもあんな感じなのだろうか?
確かに内容は面白く引き込まれるものがあったのは認める

要約すると『女性の男性からチヤホヤされたい感』を
満足(共感)させるための作品であったといえるだろう。
しかも恋愛対象は『超大金持ち(国務大臣レベル)』ばかりであり、
『玉の輿』願望をかなえるための物でもあった。

『愛』と『金』。どちらも女性の恋愛観や結婚観に必須である。
だからこそ人気作となったのであろう。

なぜ平凡でこれと言った取り柄もない少女(主人公)に、
例えば将来の政治家候補の若い男性などが
次から次へと求婚を申し込むのか。
どのように解釈しても非現実的であり、まさに漫画(空想)である。


少女漫画の話は必要もないのについ書いてしまった。
本編とまったく関係ないのはいつものことである。

「えー。おほん」

イワノフが気まずそうな顔で太盛達の後ろに立っていた。
他の保安員の人たちも居心地の悪そうな顔をしている。

「ど、同士イワノフ? いつからそこへ?」
「つい先ほど会議が終わりましたので戻ってきた次第ですが…」

(まだ夜の9時半じゃないか。もう戻って来たのか!!)
太盛は急いでクロエから飛びのき、床に頭をこすりつけて謝罪した。

「も、申し訳あ、ありません同士。き、勤務中だというのに
 怠惰であることは十分に自覚しております。
また、このようなお見苦しいところを見せてしまいまして…」

これぞ日本の奥義。文化の極み。ジャンピング土下座である。
しかも太盛は緊張のあまり噛みまくっている。

※ジャンピング土下座とは
 ただ勢いよく土下座することである。

「すみませんでしたぁ!!」

黒江は土下座などしたことないが、太盛の勢いに押されて
同じように頭を床にこすりつけて声を張り上げた。
当たり前だが暖房が効いていても床の感触は冷たく硬い。

いくら派遣委員とはいえ、太盛達の怠惰は度が過ぎていたといえる。
イワノフから会議中は任せますと言われてここにいるのに、
モニターを監視しないばかりか、手を繋ぎ、キスまでしていたのである。

仮に太盛の上司のトモハルだったら小言を言われるか最悪説教だろう。
よりにもよってイワノフの機嫌を損ねるのは相当にまずい。
集団脱走が起きて久しい執行部では、
今現在も内部粛清が行われているのである。

さらにナツキの指示で、「怠業、怠惰取り締まり非常委員会」を設置した。
保安委員部から派生した組織である。

責任者は、会長であるナツキと副官のナージャが兼ねる。
諜報委員部を総動員して怠惰な者を摘発し、
大々的な内部粛清を行うのが目的だ。

発足したばかりの委員なので、組織の詳細がまだ周知されていない。
当初は執行部員のみが対象かと思われていたが、
全ての委員が取り締まりの対象になりつつあるのが現状だ。
冬休み直前辺りからナツキの恐怖政治が表面化してきているのだ。

万が一、今回の茶番が生徒会本部に報告された場合は、
最悪二人そろって尋問室送りになり、思想チェックをされる恐れもある。

しかしイワノフの反応は意外なものだった。

「まあまあ。顔をあげてください。同士」

声は穏やかである。

「太盛殿とクロエ殿は仲が良いのは悪いことではありません。
 中央と諜報の人間が仲良しなのはめずらしいことですから、
 好意的に解釈させていただきましょう。
 四六時中緊張していては集中力も下がるでしょうから、
 先ほどの好意は気分転換のためのスキンシップとさせていただきます」

太盛はこの学園に入学してから初めて聖人と呼べる人に出会った気がした。
この人は学園関係者の虐殺現場にも全て立ち会っているらしいが、
それにしてもここまで人間味を消さずにいられるのが信じられない。

どうしてここまで太盛とクロエに優しいのか。
そういえば、モチオがくだけた話し方をした時も動じないばかりか、
口調さえ注意しなかった。

ボリシェビキの間では口調は厳しく統制されているというのに。
(そのわりに校長は中央委員からよくハゲ呼ばわりされているが)

「本当に罰則なしでいいんですか?」

クロエは気になったことは物怖じせず訊ける性格だった。

「ええ。もちろんですよ」
「私たち、全然役に立ってないのに」
「先日、さっそく脱走未遂犯を捕まえていただきました」
「それだけじゃないですか。まだまだ未熟者だし、足手まといじゃあ」
「それはとんでもない謙遜ですぞ!! 黒江殿」

イワノフが急に声のトーンを上げたので、太盛達は仰天した。

「慢性的な人数不足に悩まされる執行部の新規加入者は、
日本だけでなく世界から募集していました。
 その結果、世界中の共産主義の同士が集まりましたが、
 みな日勤はともかく夜勤帯はサボって酒を飲んだり、
仲間とおしゃべりしたりと、とにかく真面目さがない」

「わ、私たちも人のこと言えないような…」

「あなた方は私が叱る前に、きちんと自らの過ちを認め、
謝ってくださった。土下座までしてくれる人は
今までにいませんでしたよ」

(私は太盛の真似をしただけなんだけどなぁ)

「今までの部下など注意しても言い訳をしたり生返事をしたりと
 誠意が感じられなかった。それに比べてあなた達は

自ら夜勤の仕事を引き受けただけでなく、スケジュール通りに
きっちり仕事をこなしてくれている。まだ勤務を初めて数日ほど
ですが、あなた方が誠実なプロレタリアートなのは良く伝わります」

※プロレタリアート
共産主義、社会主義的表現で「労働者」を意味する
ブルジョアとは資本家を指す。
労働者は保護対象。資本家は抹殺対象である。

ソビエト連邦は、労働者と農民のための国家として建国した。
共産主義の本質は、資本家に独占されていた、
生産手段をプロレタリアートが共有することである。
「共」「産」主義

「そういうことですから、我々保安員部はお二人の恋愛事情には
 口出しはしません。仕事に支障がない程度でしたら
スキンシップを取っていただいてけっこうです。
生徒会は恋愛を推奨しておりますから」

モニターの席も隣同士でいいと言う。
太盛とクロエは恐縮して何度も頭を下げた。
イワノフは堅物の彼をニコニコさせていた。
だが懸念がないわけでもない。

(しかしこれは……。橘エリカ嬢が病にふせっているときに
 黒江殿が横取りをしたような感じになっている……。
 あとで火種にならなければいいのだが)

イワノフはかつて橘アキラとも深い関係にあった。
同学年ということもあり、良い相談役でもあったのだ。
それだけに橘家の人間には思い入れがある。

恋愛事情で橘エリカの悲しむ顔を想像すると胸が痛くなるが、
他の委員から派遣されている二人には
遠慮があり、やはり言うことはできない。

保安委員の他の部下にも
彼らの恋愛に口出し無用の命令を出しておくのだった。

また余談だが、筆者の会社の先輩に
車のスピード違反で捕まった男(当時35歳)がいた。
その男は素直に罪を認め、腰を下げて謝罪したところ、
警官は気を良くして口頭注意だけで済ませたという。

もちろん罰金も点数減点もなしである。
心温まるエピソードだ。

彼が言った言葉は「すみませんでした。僕が悪かったです」
これだけだ。時間にして一分もかかるまい。

最近の世の中を見ると、おじさん世代やじいさん世代の人に限って
素直に謝れる人が少なくなっているのは、気のせいだろうか?

12/26 夜

「お姉さま」

マリーはいつしかマリカをそう呼ぶようになった。
年が一つ上なこと以上に、彼女の精神性の高さに改めて敬服したからだ。

彼女らが完全に和解したエピソードをこれから紹介しよう。
その日の二人は本部で一緒に夕飯を食べた。
場所はマリーの部屋。副会長室である。

「ごめんなさい。いつもこの時間は家族で食卓を
 囲んでいるものだから、父や妹のことを思い出すと
 涙が止まらなくなってしまうの」

ぽろぽろと、マリカの涙がパンの皿にこぼれていった。
その姿を見て、マリカがどれだけ精神的に限界だったのか
マリーは知ってしまった。

あまりにも勝手な理由で肉親が誘拐されたのだ。
現在は栃木県の山中の収容所で生活をしている。
秘密警察の管理下にあるから、どれだけ劣悪な環境なのかは
想像もできない。虐待、拷問されてもおかしくはない。

本部の食事は、シェフがいるので豪華なものが出されるのかと
思ったら、シェフが冬休みで国(台湾)に帰ってしまったので、
自分たちで厨房にあるものを用意した。

二人とも粛清を見学したため、食欲が絶望的にないので、
サラダ、インスタント、野菜スープ、食パンだけである。
おかずらしいものはない。特に肉類はしばらく食べたくなかった。

※シェフは台湾人の男性で31歳。
 和洋中、何でも作れるが、特に西洋料理が得意。
 欧州のホテルでの勤務経験あり。

「私たちは収容所の囚人と同じくらい
 質素なものを食べているけど、きっとパパたちも同じなのよ。
いいえ。もっとひどい食事なのかもしれない。うっ。うっ。ぐすっ。」

「マリカさん……」

マリカの頬を暖かい涙がこぼれ落ちていく。
スプーンを持つ手がカタカタと音を立てて震え続ける。

かけてあげる言葉が思いつかないマリー。
肉親を誘拐された辛さなど、マリーには想像もできないほどだ。

クラスの代表の彼女は、クラスメイトの前では
気丈にふるまわないといけなかった。その重荷をずっと背負ってきた。
どんなに知性がずば抜けていても、マリカは17歳の少女なのだった。

「ごめんなさいね、マリー」
「え」

どうしてあなたが謝るのかと問おうとしたら

「私はこのうっぷんを全部あなたにぶつけていただけなの。
 本当はあなたのことが嫌いなわけじゃないのよ。
 なのに変な言いがかりをつけて、あなたにたくさん
 暴言を吐いてしまったわ。本当にごめんなさい」

「ぜんっぜん。全然気にしてないから。
私よりマリカさんのほうがずっと辛い思いしてたんだから。
 ねえ、もう謝るのはよしてよ。マリカさんは何も悪くないじゃない」

そっと抱きしめてあげると、
マリーの腕の中でマリカは小刻みに震え続け、嗚咽していた。
年上の少女は、あまりにも小さな存在だった。

2年1組の人たちがこの光景を見たら、
一気に反乱を起こすことだろう。
死を覚悟してでも生徒会へ一矢報いるはずだ。

そこへ空気を読まずに

「よう」

ナツキが入ってきた。何の真似か知らないが、
今回はジャイアンのコスプレをしている。
太るために腹に風船でも仕込んでいるのか、
ズボンがパンパンに張れている。

「このクソ野郎!!」

マリーはパン皿をナツキヘ投げつけた。
彼はマリカの親族誘拐の指示を出した張本人である。

「わっ」

運よく外れたが、次にコップを投げる。
ナツキは超人的な反射神経でコップをはたいてしまった。

マリーはまだ気が済まないので、ナツキの胸ぐらをつかみあげた。

「この人でなし!! マリカさんのお父さんと妹さんを
 傷つけたら絶対にあんたのことを許さないわ!! 
いっそ締め殺してやるよ!!」

「ああ、その件か。いきなりまくし立てられて
混乱してしまったよ。勝手な妄想をされても困る。
むしろ優遇してるんだけどなぁ」

「は!?」

ナツキは、IPAD AIRをマリーに手渡した。
そこにはなんと、マリーのお父さんと妹が普通に映っていた。
テレビ電話の回線がつながっているようだ。
つまりリアルタイムで向こう側と話ができる状態なのだ。

「どーぶらあえ ウーとら。マリカ。まいよー めにゃー ヴぃーぱぱ」

井之パパ。下の名前は大夢(ひろむ)。なぜか露語で挨拶をした。

「パパ、違うよ。夜の挨拶はドーブるイ ヴィエーチルでしょ」
「おや? そうだったのか。ちょっと辞書で調べてみる」

場所は収容所とはとても思えない部屋だった。
というか豪華なホテルのラウンジの一角だった。
マリカのパパと妹は、丸テーブルにIPADをスタンドで立てかけ、
豪華に装飾された椅子に腰を下ろしている。

パパはスマホのロシア語アプリを操作している。
妹のアイは、高そうなグラスに注がれた
フルーツジュースをストローで飲んでいた。
リラックスして米国人女性のように足組みをしている。

(どうなってんの?)(これが収容所……?)
マリカとマリーは驚愕し、開いた口が塞がらない。

「パパさん。そちらの生活には満足されているようですね?」
「もちろんであります。会長閣下」

パパは画面の向こうで立ち上がり、敬礼した。

パパはきりっとした知的エリートの雰囲気全開である。
短めの黒髪でフチなしの眼鏡。眼光は油断なく鋭い。
何より背筋がピンと伸びていて、
直立不動で両手をしっかりと伸ばしている姿から
生真面目さと礼儀正しさが良く伝わる。

いかにも堅苦しそうなので、法律事務所に訪れるお客
(離婚相談の主婦など)を緊張させてしまうことがよくあった。

「ご息女はまだ現状の把握ができていないようです。
 突然だったので無理もないでしょう。
ですから、ぜひこの状況を説明していただきたい」

「かしこまりました。ではアイ。お前に頼むよ」

「え? 私が? まあいいけど」

アイは、画面に顔を近づけた。マリカと外見が似ていない。
細身で長い髪の毛をポニーテールにしている。
切れ長の瞳で、肌は少し浅黒い。
一見すると文科系というより体育会系に見えるが、部活は帰宅部だ。
一時期チアリーディング部に入りたかったが、途中で
断念したというよく分からないエピソードを持っていた。

「お姉ちゃんは知ってると思うけど、
私とパパは収容所で暮らしています」

どこが収容所だとマリーは突っ込みたいのをこらえた。
ハリウッド映画で登場するような豪華な西洋風の建物である。
床とか照明とか壁とか、全てがキラキラしていてまぶしいほどである。

「……色々言いたいことはあるけど、
ホテルに軟禁されてるってことでいいのね?」
「そうだよ。さすがお姉ちゃん。頭の回転が速い」
「そこから出たら処罰される?」
「ぴんぽーん」
「一日中警察の人に監視されている?」
「正解」
「衣食住は保障されているから、
そこの生活は不自由ないわけね」
「うん」
「もちろん拷問などはされてない」
「うん。安心して。井上家はVIP待遇だよ」

マリカは目を閉じ、腕組し、深くため息をついた。
しばらくそのままの態勢でいた。
その姿からは、17歳の少女とは思えないほど不思議な貫禄が感じられた。
安堵や楽観など、いつくもの感情が彼女の脳内を駆け巡っているのだ。

ナツキやマリーを含めた全員が彼女の次の行動を待っていた。
マリカはまる一分使ってからようやく口を開いた。

「パパの仕事はどうなるの?」
「パパは廃業だ。法律事務所は畳むことにしたよ」

真理華の顔がまた固まった。

「パパは仕事の方向性を変えることにした。
 世間的には転職として定義すべきだろう。
 これから国家公務員のお仕事を紹介してもらえるそうだから、
そちらの側で自分の力を生かそうと思ってね。
 
それにしても……やはり弁護士なんて時代遅れだなぁ。
自分がいかに民主主義の思想に毒されていたか気づかされたよ。
日本の法律なんてクソだよねクソ。アメリカに支配されている日本で
法律家を気取っている奴らは全員死んだほうがいいよ」

マリカは見逃さなかった。セリフの途中でパパがカメラに映らない
アングルでカンペを読んでいたのを。マリカの法と正義と秩序を
愛する姿勢はパパから教えてもらった。そのパパが、法律家を
否定するなんてありえない。自分の存在価値を否定するのに等しい暴挙だ。

マリカはナツキの前でめったなことを口にするわけにはいかず、
適当なところで話を終わらせてしまう。
ナツキは親切にも父と妹との電話やメール(LINEのみ)のやり取りを許可してくれた。
しかし、諜報広報委員部の監視下に置かれているので言論の自由がない。

テレビ電話も好きな時間帯にしていいと言われたが、
当然ぎこちない会話になってしまうだろう。
マリカは、とりあえず家族の安否が分かっただけで良しとした。

「マリカのお母様も」

ナツキが得意げに言う。

「今日の夕方、ご自分から収容所へ入ることを希望されたそうだ。
 不思議なことに私は日本資本主義の手先ですと自白してきたよ。
今頃君の自宅に警察の車が向かっている頃だろうね」

「あらそう。むしろあっちにいるほうが安全かもしれないね」

マリカはナツキと視線を合わせずに答えた。
遅かれ早かれ、母を自由にさせるわけがないとは思っていた。
家族が連帯責任で拷問されるのを一番恐れていたことだが、
当分その心配がなければ十分だ。

「井上マリカ。君に一つ指令を与える」
「なによ。改まって」

「君の家族の安否を第五特別クラスの奴らに公表しろ。
 明日の授業中(訓練)で構わない。IPADを使って
 家族と会話しているシーンを見せてやれ」

「……その狙いは?」

「今日、君がマリーと課外授業を受けていると伝えたら、
 奴ら大騒ぎになっていたからな。君が生徒会本部で
 取り調べを受けているんじゃないかと疑うものまで
 出ていたぞ。とにかく奴らを鎮静化しろ。
これはボリシェビキの高倉ナツキからの命令だ」

「命令なら仕方なわいね。喜んで引き受けるわ。
 みんながそこまで心配してくれたのもうれしい。
 同時に申し訳なくさえ思うわ。クラスメイトのみんなは
 どこかの誰かさんと違って人間味があるから」

ナツキは顔色一つ変えず聞き流し、マリーへと視線を向けた。

「斎藤マリエ。君には自己批判を要求する」

「え? 自己批判て言葉自体、初めて聞いたんですけど」

「自らの過ちを客観的に認めることだ。
 君もボリシェビキの一員なら覚えておけ」

「はあ…」

「君はつい先ほど、激情に任せて僕を絞め殺すと言ったな。
 会長に対する暴言であり脅迫である。
 規則では政治思想を中心とした取り調べの対象になるが、
 特別に口頭での謝罪のみで許す」

「はいはい。ごめんなさい。これでいいですか?」

「まだある。君はマリカの肉親が虐待されているものと
 被害妄想を膨らませていたようだが、事実誤認である。
 十分な証拠調べもせずに糾弾するのはボリシェビキとして
 ふさわしくない。謝罪しろ」

「ごめんなさぁい」

マリーはわざと首をかしげながら言った。
しかも祈るように握った両手をあごの下に置いてだ。
太盛と出会った頃のマリーはこんな感じの仕草をよくした。
小悪魔系のうざい美少女だとミウから称されていたものだ。

「う、うむ。反省しているようならよろしい」

ナツキ(衣装はジャイアン)は、赤面しながら咳払いをした。
まるでロリコンの中年オヤジのようである。
マリーは心の中で毒づくことにした。

(死ねよ。こいつもしょせんは女好きのロリコンじゃん。
 ガチガチの石頭のくせに女に飢えてるんだ。ナージャって女だけじゃ
 満足できないんだ。異常だよ。なんでこんな奴に私は
 一時的とはいえ惹かれていたんだろう。本気で自分を殴りたくなる)

「それとマリカが泊まる場所だけど」

ナツキが何か言っている。

「マリーと同じ寝室を使うといい。つまり副会長専用の
 寝室だよ。マリカ用のベッドを追加しておいた。
 あっ。説明の順序が逆になってしまったね。
 マリカもしばらく学校に泊まり込みだ。そして
二人はできるだけペアで行動すること。これも命令だ」

(なんとなく予想はしていたけどね…。
マリーちゃんといっしょなら悪くないか)

マリカは生返事をして済ませた。

22字の見回りがあるから、もしかして泊まり込みになるとは
思っていたが、やはりそうだった。この日の22時にも
異常らしきものは見られず、長い冬休み初日を終えたのだった。

マリーとマリカは精神的に限界まで疲れ切っていたので
枕に顔を沈めた瞬間、脱力した。

どちらかが先に電気を消す暇もなく、
死んだように眠りについたのだった。

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 ■ 目次へ


作品名:☆ 斎藤マリー・ストーリー ☆ 作者:なおちー

第16回   (ち、ナツキのクソ野郎。あんないい女と普段から一緒にいるのか

12/27 深夜 マリーはベッドで夢を見ていた。

長い茶色の髪をした女がいた。マリーの数メートル先に立っている。
漆黒の中にうっすらと存在が浮かび上がっていて、亡霊のように思えた。
女は髪をアップのポニーテールにしている。

(いや、その表現で間違ってはいないね)

マリーは自分でも不思議なことに、夢の中にいることを
自覚していた。右足を一歩、前に出す。

(だってあいつは死んだんだから)

歩みは自然だった。体も重くないし、現実の世界と何も変わらない。
化物の夢を見た時は、何かに引っ張られるように歩みが重くなるのが定番だ。
目の前にいる制服姿の高野ミウは、まさに彼女にとって化け物に違いないが。

「おい。クソ女」

ミウは何も答えなかった。それどころか、視線を地面へ落としているだけで、
マリーの顔すら見ようとしない。よく見ると地面などなかった。
漫画やゲームで出て来るような、真っ暗な空間だ。
空もないし、天井もない。壁も床もない。ただ、黒い空間が無限に広がっていた。

その空間の中で、マリエとミウの姿だけが、白いスポットライトを
浴びたように浮かび上がっていた。もしかしたら自分もすでに
あの世の住人になっているのではないかと、マリーは恐怖した。

「夢でも亡霊でも関係ない。一度あんたの顔をぶん殴ってやらないと
 気が済まない。あんたの勝手なわがままで死んでいった、
他のみんなのためにもね!!」

胸ぐらをぎゅっとつかみ上げるが、ミウは無抵抗だ。
一瞬だけマリエと視線を合わしたかと思うと、また明後日の方を向いた。
言葉すら発さないのにマリーは驚いた。

「これでも食らえ!!」

ボディに右手をめりこませると、ミウはお腹を押さえて苦しそうな顔をした。
マリエが制服のえりをつかみ続けているので、倒れることはできない。

「まだまだ終わらないぞ!!」

お腹を続けて何度も殴り続けると、ミウは激しくせき込むのだった。
唇がプルプルと震えている。拳がみぞおちに入ったため呼吸ができないのだ。

力を失ったミウの体がさすがに重いので、マリーミウから手を離した。
どさっと、支えを失ったミウの体が転がる。うつぶせで、お腹を押さえながら、
小刻みに震えている。口から汚いよだれが少しこぼれているのを見て、
マリーは無性に腹が立った。

ミウの背中を蹴り、ポニーテールをつかみ上げて、無理やり顔を
持ち上げる。ミウは歯を食いしばって痛みに耐えているが、
やはり言葉を発さない。

続けて顔を遠慮なしに殴った。
こいつの歯が折れてしまえばいいと思い、
自分の拳の骨が折れるほどの勢いで殴り続ける。
ごつっと、硬い感触がした。すぐに拳にミウの鼻血がつく。
正面から見てはっきりとミウの鼻が曲がっていた。

いくら夢でも非現実的だとマリーは思った。
全力で殴り続けているのに悲鳴すら上げないとは。

ミウが訓練されているのは知っているが、
マリエの拳は黒江にもしっかりと効いていたのを思い出した。
黒江はかなり訓練されているようだったが、
それでもマリーの拳を食らった時は痛そうにしていたものだ。

もはや言葉を発しない人間サンドバッグを殴っているのと同等。
まともな神経を持っている人間なら躊躇するところだが、
マリーのミウに対する恨みは海の底よりも深い。

7号室時代に毎日夜寝る前に思い浮かべていたのは、ミウが
むごたらしく殺される所だった。殺すのはもちろん自分。
何週間もかけて、いや、一年くらいかけて拷問をし続けて
物言わぬボロぞうきんのようにしてから、最後は内臓と
脳みそを引きずり出してから、全校生徒の前でさらし者にする。

今のミウの様子はどうだろう。

(それに近い状態かもしれない…)

「こほっ。こほっ」

ミウは、よく咳をした。
それが彼女の発する唯一の言葉であるといっていい。

ミウは乱れた髪と制服を正し、すっと立ち上がり、
マリーと視線を合わせた。さっきまでのことは
何でもなかったと言いたげな、さっぱりとした態度だ。

泣くことも怒ることもしない。副会長時代の偉そうな、
人を見下した態度を取るわけでもない。

この無機質な、日本人らしい真っ黒な瞳は、何かを
言いたいようにも思える。だがいくら待っても
ミウが言葉をかけてくることはない。

「あんた。私に何か言いに来たんじゃないの?」

やはり返事はない。分かり切っていたことではあるが、
マリエは最後に確認がしたかっただけなのだ。

「じゃあ、さようなら」

渾身の力を込めて、ミウの無防備な左の目を指でつついた。

これは完全な不意打ちだった。もともとミウに抵抗する意志など
なかったのだが、それでもマリエの指は凶器のようにミウの眼球を
鋭く突くことに成功し、どす黒い血が、顔を伝ってぽたぽたと床に垂れる。

「あ……」

ミウはひざ立ちになり、顔を覆うようにして手で押さえた。
手の指の隙間からも血がこぼれる。よくもここまで
血が流れるものだとマリーは笑った。

マリーは罪悪感などなかった。確かに、いざ復讐の場面になると
ためらいの気持ちがわかないわけではない。
しかし、ヒトミの無残な死にざまを思い出せば、
すぐにあふれんばかりの憎悪で頭が支配される。

「今度はもう片方の目をつぶしてやる。あんたには視界があることすら
 罪悪なんだよ。覚悟しろよ。史上最悪の性悪女め」

「や」

ミウは、短くそう言ってから、初めて嫌がるそぶりをした。
マリーが力づくで、はがそうとしているのだが、自らの
顔を守るために覆った両手を放そうとしない。

ミウの手は石のように固かった。
それに凍り付いているように冷たい。
あまりの冷たさにマリーは生理的に嫌悪した。
鳥肌が全身に立ってしまう。

こんな気持ち悪い奴にこれ以上触りたくないと思い、
靴の裏で思い切り蹴飛ばした。ミウはバランスを崩して後ろへ転倒。

「ねえ」

後ろから肩を叩かれて何かと振り返ると、ミウがいた。

「久しぶりだね。斎藤マリエちゃん」

その次の瞬間、マリーは殺されることを覚悟した。
先ほど転倒させたミウは、いつの間にか消えている。
今自分の後ろのいるミウは、同じ制服姿だけど
眼球から血を流していない、もう一人のミウだった。

「うああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああああ」



27日の早朝、5時半。

「マリーちゃん。そんなに叫んだら、のどが枯れちゃうよ」

優しく、遠慮がちにかけられた声。マリカの声だ。

マリーはようやく自分の意識が夢から覚めたことを知って、
深いため息を吐いた。じっとりと湿った髪の毛がおでこや
頬に張り付いている。背中も汗びっしょりだった。

とにかくのどがカラカラだ。

「ペットボトルの水があるよ。私の飲みかけで悪いけど」

マリーは遠慮なしに一気に飲んだ。
女らしくない飲み方になってしまったが、
そんなことを気にする余裕などない。

「う、うぅぅぅぅぅう、あのクズめ。いつか出て来るかとは
思っていたけど、とうとう私の夢にも出て来たのか。
 あぁ、なんて最悪の目覚め…」

マリカは高級なタオルでマリーの顔の汗を拭いてあげた。

「あなたも奴を見たのね」
「え? てことはお姉さまも?」
「私の夢にも出て来たよ。私の場合は三日くらい前だけど」
「うそ。私だけじゃなかったの……?」

真理華の場合も、マリエの時とそんなに違いはなかった。
ミウは制服姿で何も言葉を発しない。マリカは
殴ったりすることはなかったので、お互い見つめあっていたら、
気が付いたら夢から覚めていた。

「死者は基本的に言葉を発しないのよ。なんでかわらないけど、
 そういうルールがあるみたい。ただし」

相当な恨みがある場合や、未来に起きる事柄を予知する場合は
その限りではないという。

マリーは、はっきりと覚えている。
「久しぶりね」とミウは言った。さらにマリーの名前を言った。

(まさか、奴と再会するってこと?
 一度死んだはずの人間と、どうやって?)

信頼している真理華に隠す理由など何もないので、
ありのままを説明した。

「こればっかりは心霊現象の一種だと思うから、
 私の分かる事柄じゃないの。ナツキが何か知っているようだから
 あとで相談しましょう。それより、マリー。あのね……。
 ちょっと言いにくいことなんだけど。驚かないでね?」

マリカは手鏡を持って来て、マリーの首筋を見せてあげた。

「う」

マリーは思わず吐きそうになった。信じられないことに
首を絞めた跡がくっきりと残っている。

「これはどういう…」
「マリーは寝ている間に自分で、その…、自分の首を絞めていた」
「はい?」

マリーの腕に強烈な鳥肌が立った。そして背筋が一瞬で冷たくなった。
夢の中の自分は、ミウのクソ野郎を殴るので必死だった。
しかし、現実世界の自分は、なんと自分を殺すのに必死だったという。

マリカの説明によると、

「寝てる間に突然低い声で叫んだかと思うと、上半身を
 上下に揺らして暴れだして、目をカッと見開いたまま、
 自分の首を絞めていたの。その状態でもまだ叫んでいたよ……。
 だから私が声をかけてあげたの…。のどが枯れちゃうよって…。」

その狂った姿をビデオに撮られなくて良かったとマリーは思った。
そんな姿を客観的に見てしまったら、本当に自殺したくなってしまう。

ショックよりも恐怖の方が大きい。
マリカが仮に起こしてくれなければ、
本当に死んでいてもおかしくなかったのだ。

「ど、どうすればいいの。マリカさん……。
 このままあいつに呪い殺されちゃうの?」

「深く考えたら負けよ。あなたには私がいるでしょ。
 大丈夫よ。心配はいらないわ」

「で、でも。でも……でも。明日もあいつが夢に出てきたら」

「明かりはつけたまま寝ることにしましょう。
 あと私と同じベッドで寝ることにしましょう。
 それと音楽を鳴らしておくのも良いわね」

「こ、怖いよ。マリカ。怖いの。こんなに怖いと思ったこと初めて……。
 マ、マリカさん。どうしよう私。お願い。助けて。うわああああ」

マリーは、マリカの胸に顔を押し付けながら大声で泣いた。

(すぐにナツキとナジェージダに報告して対策を練らないと。
 でも幽霊のことなんてどうやって?)

マリーの髪を優しくなでながらも、マリカは次なる行動をとるために
知恵を絞っていた。ナツキが旧組織委員部のビデオ撮影を依頼して
きた時から、本物の心霊現象が起きることは覚悟していた。

マリーの首筋の跡を見るとマリカだってゾッとしてしまうが、
自分だけは恐怖に打ち勝たないといけない立場だ。
マリーが泣き止むまでそばにいてあげてから、朝食の時間を待たずに
ナツキの部屋を乱暴にノックするのだった。


12/27 朝の6時10分。収容所七号室は起床時間を過ぎていて、
にわかに騒がしくなっていた。ここは男子のバラックだ。

囚人たちが忙しく動き回って日課の清掃をこなしていく。
食堂では炊事当番たちが、
すでに出来あがっている食事を綺麗にテーブルに並べていく。

本当なら、学校の給食当番のように空の食器を持った生徒が
列を作り、配膳の列に並べばいいのだが、ご飯の量に不公平が
あるなどと文句を言って暴れた囚人が前にいたので、
当番が全ての食事をわざわざ並べるようになった。

(堀太盛を殺す)

事務的に淡々と作業をこなす炊事犯の中で、
迷いのない殺意を持った男がいた。

旧1年5組。つまりマリーと同じクラスだった生徒で、
名前は『川口ミキオ』という。背丈は186を超え、メガネをかけている。
たくましい体とは程遠い。細く伸びた体を猫背にして歩くのが特徴だ。
見た目はひ弱だが、線の細い顔つきは中々整っている。

囚人達は食事の際に割りばしが使用する。
箸は禁止。ナイフやフォークなどは、武器となりうるため当然禁止。
割りばしは、使い終わったら真っ二つに割ってからごみ箱に捨てる規則だ。

このミキオという男が、なぜ堀太盛に対し殺意を持ったのかは
実は本人にもよく分かっていない。
今朝の当番で早めに起床した際、洗面台で手を洗っている最中に
いきなり殺意がわいたのだ。

--あなたにまかせたよ

どこからか、そんな声が聞こえた気がした。
さらに誰もいないはずなのに、トレイの個室に
入っている時に何者かに肩を叩かれた。…ような気がした。
まさかと思い、後ろを振り返る。やはり誰もいなかった。

細くて柔らかい手つきからして、
女性の手なのかもしれない。
男子の収容所なのに女子の手など…。
それこそ相手が執行部員でもなければあり得ないのだが。

ミキオは、割りばしの先端を包丁で削って鋭利にし、
さらに手のひらサイズに納まる長さへ短くして、
ポケットの中に忍ばせる。

こういう類の武器は、拳を握る際に指の間に
挟ませておくのだ。これで殴れば、かなりの威力が出る。
例えば首筋を上手く殴れば、出血多量にすることも可能だ。


凶器を隠し持っていることで仕草や表情に
違和感が出ないように気を使った。

そして朝食の時間。

「くそっ」

なんだ?と隣の囚人達が彼を見るが、ミキオが
それ以上何も言わないので、誰も気にしなくなった。
この時間の彼らは、ただ黙々と食事をするだけである。

(考えてみれば、堀太盛が都合よくこのバラックに来るわけないじゃないか。
 奴は夜勤らしいが、最近は女子のバラックで食べているらしい。
 くそ。これじゃあ奴を殺せないじゃないか)

味の分からぬ米を何度も噛みしめながら、また味の全くしないみそ汁を
流し込む。ここでの生活のストレスで味覚が失われて久しい。

今日は完食に6分かかった。今までと比較してかなり短い時間だ。
ミキオは几帳面な性格なので自分が食べる時間にまで気を使っていた。

収容所内の清掃の時もそうだ。ボリシェビキは朝の清掃を重視するから、
清掃の出来は大きな評価基準になる。
当番制でベッドルーム、トイレ、風呂場、廊下、玄関など割り当てられる。
外で寒風が吹くこの時期は、雑巾を使った水仕事が一番こたえる。

生徒会は人手不足なのは、なんとなく囚人達も察していた。
最近太盛やモチオを始めとした、新人の委員が派遣されているのを
見ているからだ。

看守の目は完全に行き届いているとは言えないので、
掃除に手を抜くことも出来なくはない。そもそも一つのバラックで
50人(炊事犯は除く)もいるのだから、掃除にこんなに人数はいらない。

だが。 

(俺は完璧主義者だ。手を抜く奴は負け犬だ)

彼は旧1年5組(理系)の生徒で、理屈っぽい性格だった。
何をするにもまず頭で計画を立て、その通りに実行する。
もし失敗したら、また新しい計画を立てる。

バリケードで囲まれた校庭で全体体操とマスゲームをさせられる時も、

(あの銃に死角はないだろうか?)

と監視塔の銃機関を密かににらむ。

まあ、囚人なら誰でも考えることではある。
しかし、彼の場合はやはり特殊で、誰か仲間を連れて脱走しようとか、
人と協力しようとか、看守を買収しようとか、そういう発想にはならなかった。

(ここにいる奴らはクズばかりだ。人目を盗んで掃除をサボろうとする。
 俺は違うね。囚人になっても人間としての誇りまで捨てるつもりはない)

囚人同士の人間関係でもささいなことでトラブルは発生する。
派閥も存在する。特に爆破テロを主導した5組の生徒は立場が弱い。
たとえば就寝前にいさかいを起こし、激しい口論の末に
なんと反乱容疑をでっちあげられ、生徒会へ通報されてしまう者がいた。

もちろん正当な理由のない通報なので、通報した人も連帯責任で
拷問されてしまうのだが、こういう事例はよくあった。

(あとは、ボリシェビキにコビを打って気にいられようとしたりとかな)

特にイケメンの男子に多いのだが、女子の看守に
(ロシア系、東アジア系など)媚を売る者がいた。

媚を売ると言っても、相手の容姿をさりげなく褒めたり、
世間話をしたりするなどだ。それがひどい時は、清掃の時間に手を休めて
雑談をする、みんなに内緒でお菓子をもらうなどしていた。

影で男女の関係になっている者もいるという。
こんなささいなことでも、看守から特別の愛情を注がれる者は、
他の囚人から毛嫌いされた。憎まれたと言ってもいい。
こういう集団社会では、特別扱いされる者は排除される傾向にあるのだ。

(カスどもめ…)

ミキオたちは、怠業・怠惰取り締まり委員会が結成されたことを知らされている。
すでに何人もの看守が粛清されたという噂だが、
無論、それら看守と親しくした囚人達にも極刑が下されることだろう。

どんなに軽い罪でも再起不能(二度と社会復帰できない状態)になるはずだ。

囚人仲間や生徒会のボリシェビキらに対する敵意と恨みばかりが
つのる、最低最悪な日々。それでも真面目に懸命に生きていた
彼に、願ってもない機会が巡ってきたのだった。

「全員食堂から動くナ。そのままの着席してイなサイ。
本日は冬休み期間中に新しく派遣された委員の紹介を行う」

ナジェージダ・アリルーエワが、硬い口調の日本語を話している。
職務的に会長の再筆頭のお付きだが、今日ナツキはいない。
保安委員部のイワノフも別件で忙しいため不在である。

臨時派遣委員の紹介をするのは当初から予定されていたのだが、
仕事に追われるナージャの日程の調整がつかず、今日にいたってしまった。
ナージャは人事のかなり深い部分に関わっていて、
臨時派遣委員の選出は、最終的に彼女の判断によるものだった。

ナージャは綺麗だった。囚人生活で心がすさんだ男子達にとって
高嶺の花に思えた。クセのある長い金髪を、後ろのアップの位置でまとめている。

大きなホワイトボードに彼女がマジックで文字を書き込んでいくと、
うなじがみえる。臨時派遣委員の名前や人種国籍を書いているのだ。

(ち、ナツキのクソ野郎。あんないい女と普段から一緒にいるのか。
 しかも泊まり込みで働いているらしい。
どうせ夜はヤりまくってるんだろうが)

ミキオは左の拳を強く握った。もちろんテーブルの下に隠したうえで。

地位や立場の違いは会っても、年頃の男子達にとって、
モスクワ生まれのナージャの恵まれた体格に惚れ惚れしてしまう。
ロシア系に特有な、少し東アジア風の、堀の浅さが混じった顔も相まって、
説明など興味がなく、ナージャの体をじろじろ見る囚人もいるほどだった。

(ロシア人にモンゴルの遺伝子が含まれていると指摘する識者複数あり。
 筆者もこれを支持している。我々東アジア系にとって
 比較的親近感がわくことであろう)

「まずこちらハ、諜報広報委員部より派遣された、堀太盛」

「どうも。囚人諸君」

(なに!!)

ミキオは、ガタっと音を立てて席を立ちあがりそうになるが、
なんとかこらえた。憎きホリ・セマル。そして偶然にも
彼の席は、堀太盛が立っている延長線上にあった。

「俺は名誉あるボリシェビキとして派遣された身だ。
 同士レーニンと党の名(ソビエト共産党のこと)に誓い、
 一切の職務を怠らずに遂行する。したがって、
 諸君らの取り締まりに関しても一切の情け容赦をするつもりはない」

距離にして4メートルほど。今すぐ刺し殺そうとすれば、できなくもない。
どうせやるなら、まず眼球をついてから、抵抗できなくなった
ところを、首を絞めて殺そうとミキオは思っていた。
だが、この状況では非現実的だ。

「続けて中央委員部より派遣された、クロエ・デュピィ」

「は、はじまして」

黒江は引きつった顔で笑い、手のひらを左右へ振った。
明らかに看守の態度ではないし、
しかも無駄に緊張して硬くなっている。

「なにやってるんだよ、クロエ」
「だって、みんな見ているし緊張する」
「ユーチューブでチャンネル持ってるんだろ?」
「あれとこれとは別の次元なのよ。
 あたし、こーゆーの苦手なのかも」

イチャイチャするクロエと太盛に対し、ナージャが咳払い。
太盛は申し訳なさそうに謝罪したが、クロエはすました顔をしていた。

囚人らは、太盛の説明の時はしらけていたが、
クロエの容姿の美しさには大いに注目していた。

長身のナージャと違って小柄でお人形さんのように美しい
仏国第二の都市リヨンで育った金髪娘は、
男女の関わりが禁じられた彼らには
それはもう新鮮なことだったろう。

フランス人は雑多な人種が混じっているが、白人だけを
みても身長の差が非常に激しく、日本人女性と
ほとんど身長の変わらない人も普通にいる。

オランダやドイツ、バルカン系(南欧州)をはじめとした
長身の民族とは明らかに異なるのだ。

それとフランス人はPDが狭い人がよくみられる。
PDとは、目の幅のことである。
あとB型が多く、非常に個性や感性を重視する。

(う、やらしい視線をたくさん感じる)

この体をビームでさされるかのような感覚。
さすがに男子の巣窟だけあって、そういう類の視線を食らうのは
仕方ないことだった。異性からのいやらしい目で見られる
不愉快さは女性にしか分からないものだ。

(ん?)太盛がたじたじしているクロエについて思ったことがった。

(もしかして、クロエは男子にあまり慣れてないのか?
 女子に対する時と態度が違うような……。
 まさかこの顔で恋愛経験がないわけじゃないよな?)

まさにその通りだったのだが、超美人のクロエが何度
そう主張しても誰も信じてくれないのは皮肉だった。
日本に来たばかりの頃は、恋愛好きが多いフランス出身なので
男性経験が豊富だとよく勘違いされていた。

ナージャが厳しい顔で続ける。

「続いて山本モチオ委員」

「あいーっすwwwww囚人の皆さんwwwwおつかれーっすwwwww
 みんな朝から表情死んでるっすよぉ!!」

「ちょっとあんた!!」

モチオがまたサヤカにどつかれるが、さすがに男子の囚人らは
笑い声ひとつこぼさず、黙って聞いているしかなかった。
殺伐とした雰囲気を強制されている立場なので、
モチオのチャラさに対して殺意しかわかないのだ。

一方、太盛は腹を抱えて笑っているのでナージャににらまれていた。
ボリシェビキの厳格な雰囲気ぶち壊しである。

こうして一通りの紹介が終わり、いよいよ長い朝食の時間が
お開きになりそうな時に事件は起こるのだった。

「これで派遣委員の紹介は終わりよ」
会長の副官のナジェージダ・アリルーエワだ。

「10分間の休憩とする。休憩終了後、この食堂に戻ってくること。
 本日の午前中は映画鑑賞を行う」

またソ連の戦争映画やドキュメンタリー映画に決まっている。
囚人達の誰もがそう思ったが、ナージャがホワイトボードに書き込んだ
タイトルは思いもよらないものだった。

『ミュータント・タートルズ』
まさかの娯楽映画である。しかも米国資本主義が生み出した映画である。
内容は、いわゆるヒーローものになるのか。
遺伝子改良された亀さんら4人組が主役である。なんと彼らの好物はピザ。
刀やヌンチャクを装備して忍者の格好をして悪の組織と戦うものだ。
(忍者なのにヌンチャク……?)

またどうでもいい話だが、筆者は小学校時代にタートルズの
おもちゃを親に勝ってもらったのを覚えている。
この作品のブルーレイを知った時は光の速さで購入したものだ。

囚人達は久しぶりに頭を使わずに楽しめる作品を見せてもらえるので
うきうきしながら休憩時間が過ぎるのを待った。
廊下にあるトイレは大所帯用なのでそれほど混雑することはない。
高速道路のパーキングエリアを想像してほしい。多分あんな感じだ(適当)

「あーねみぃねみぃ」

太盛が重くなってきたまぶたをこする。
確か彼らの就業時間は20時~8時だった気がするので
(久しぶりに書くのでよく覚えてない。
 いつもこんな感じで読者には迷惑をかける)

太盛らは朝食終了後のこの時間が一番答えるのだ。
というか……食べないで寝たほうが良いのではないか?
少なくとも筆者が太盛達の立場だったら朝食は省いて直ちに寝たい。

「そうでもないのよ」

サヤカが何か言っている。

「夜勤終了後にすぐ寝れたらいいんだけどね、
 周りは明るいし、外は車が通ったりして結構騒がしいのよ。
 カーテンを全部閉めて布団をしっかりかけて、
無理やり体を睡眠の方向に持って行かないといけないの」

なるほど。人間の体は夜を認識しないとなかなか寝付けないと
は聞いたことがある。

「しかもね」中央委員から派遣された近藤サヤカが続ける。

「夜勤明けの開放感って結構すごいの。
無性に甘い物とか食べたくなるのよ。
なんていうか、女子の本能的に?」

確かに。筆者も近著してストレスが溜まる時は甘い物を食べる。
長時間ウォーキングする時も飴を舐めるとすっきりする。

「朝食の時間の後、10時くらいまで起きてることもざらにあるわよ。
 モチオなんて昼過ぎまで起きてても平気で夜勤をこなせるんだから化物よ」

夜勤中に仮眠の時間が設けられているようだが……

「あんなの寝れるわけないでしょ」

サヤカが、三つ編みをほどいた。
さらさらした黒髪が肩にかかる。
その一動作だけで見違えるほどの美人がそこに現れた。
キビキビした社長秘書風のルックスである。

「勤務時間中の仮眠ってのは、ただ体を横にして消耗を押さえているだけよ。
 いつアラームが鳴って出動になるか分からないし、定期的に見回らないと
 いけないって責任感もあるんだから。心から休まる人なんて
 まずいないよ。クロエなんて開き直ってスマホで
ユーチューブのチャンネル管理とかしてるんだから。
あたしも漫画とか読むことにしようかな」

やはり夜勤は過酷である。彼らは学生にとって貴重な冬休みを
夜勤固定で働いているのだから頭が下がる。
筆者は学生時代にろくにアルバイトもせず、実家の畑仕事などを中心に…

(さっきからよぉ)今度は川口ミキオである。

(あの女は誰と話してるんだ?)

それは他の囚人達も思っていることだった。
はたから見るとサヤカは誰もいない宙に向かって
独り言を言い続けており、不気味である。

インカムや無線機に向かって連絡でもしているかと
思ったが、そうでもないようだ。
その奇異な視線にいい加減気づいたのか、サヤカは、

「何見てんのよ!!」

顔を真っ赤にして吠える。

気まずくなったミキオらは、要もないのに席を立ち、
廊下などをうろうろすることになった。

(わけわかんねえ女だ。
 ボリシェビキはイカれた奴ばっかりだ。)

ミキオはトイレに行くことにした。
最初は行くつもりなどなかったが、映画は2時間くらい
かかるかもしれないので、このタイミングで行くのが得策だ。

「おい」
「あ?」

いきなり後ろから肩を叩かれた。
ミキオはまだトイレに入っていない。
廊下を歩いている最中だ。

「おまえ、武器とか持ってないか?」
「なに?」
「聞こえなかったか? 武器を持ってないかと訊いてるんだ」

囚人である。ミキオの知らない顔だった。
進学クラスの人が全員収容されているほどの大所帯なので
一人一人の顔などもちろん把握していない。

それは重要ではない。問題なのは

(このバカ野郎……!! 
朝っぱらから廊下で何言ってやがるんだ…!!)

ミキオの鼻とあごはストレスと緊張のあまり、とんがってしまい、
目は横に長くなった。絵的にはカイジを連想させる。
(賭博黙示録。逆境無頼カイジ…!! ←漫画作品のこと)

(廊下にも……盗聴器が仕掛けられてるんだぞ…!!
 ボリシェビキにばれたら俺たち二人とも
 即尋問室行きになるのが分かってないのか……!!)

筆者も著名な作品名やキャラ名などをボカさずに
さらしてしまっているが、大丈夫なのだろうか…?

「たった今、堀太盛がトイレに入っていった」
「あ…? まさかおまえ、トイレで襲うつもりか?」
「そのまさかだよ。俺はお前が割り箸を隠し持っているのを知っている」

ミキオは、よせばいいのに、左のポケットに入っている鋭利な
割りばしをまさぐってしまった。その動作だけで持っているのはバレバレ。

自らまぬけを……さらしただけ。
これが……。心理戦!!

「俺の目は節穴じゃないんだよ」男が言う。

筆者の目は節穴である。常に誤字脱字が多いからだ。
作者のマイページから訂正することはできるが、
めんどくさいのでそのままにしている。反省はしていない。

「とにかくよこせ」
「あっ!!」

一瞬で奪われてしまった……凶器!!

ミキオ・カイジの焦りは……最高潮!!

「おま……本気でやるつもりなのか?」
「そういうのを愚問っていうんだ。
 冗談でこんなこと言えると思ってるのか?」

(こ、こいつ……。目がマジじゃねえか…)

ミキオ・カイジは額に大汗をかいている。
得体の知れない男は、そのままトイレに入っていった。

そして30秒ほどして戻って来た。

「やったよ」
「や、やった……だと?」

なんと……。男の拳には返り血と思われる赤い液体がついている。

「ふふ」

そしてこの笑み。明らかに一仕事終えた男の顔である。
しかも、スパイとか特殊部隊の兵隊を思わせるような、
達成感と哀愁の入り混じった、複雑極まる……この表情!!

「ふはははは」

小さく笑い、男はどこかへ消えてしまった。
ミキオ・カイジは、彼の歩き続ける方向が、明らかに
食道とは逆の方向であることに気づいたが、何も言わなかった。

(これが……現実…!!
  おれは……どうすればいいんだ……!!)

ミキオは怖くなってトイレの様子を確認しに行くことはしなかった。
廊下の監視カメラには自分の姿がはっきりと写っていたことだろう。
だから、自分は連帯責任で銃殺刑になるのは確実。

かといって、どうすればいい?
脱走しようにも外はバリケード、監視塔の機関銃、コイル状の鉄条網の三段構え。
自殺するにしても首吊り用のロープもない。手りゅう弾も青酸カリもない。

せめてあの割り箸があれば、自分の首を差すことができたかもしれない。

(いや……俺には、どのみちそんなことはできない……。
 俺は模範囚だが……心の根っこの部分は臆病者だ……。
 死ぬのは……怖い……。死ぬのは痛い……痛いのは嫌だ……)

川口ミキオ。16歳。元1年5組。成績優秀。部活動は未所属。
趣味はネットゲームとスポーツ観戦(テレビ)のインドア派。

彼は若くして人生の岐路に立たされたのだ。

今年は大阪桐蔭高校の根尾アキラが巨人軍に入るかもしれない。
金足農業の吉田はどこの球団へ? 
これからも楽しみはたくさんあるはずだった。

(囚人は世間の見聞(資本主義の堕落への理解)を広めるために、
新聞を読むことが許可されていた。

そのためスポーツの話題も知っている。ボリシェビキは
日本のスポーツをこれといって問題視しなかった。
むしろスポーツを奨励していた)

卒業後は収容所から
出してもらえる約束になっている。
彼にも苦難ばかりの人生ではないはずだった。 

(ちくしょう……!! 外の世界では…女子バレーの世界大会が
 始まってるんだぞ……!!日本は第三次ラウンドに進出したらしいが…
 俺もひと試合で良いから……見て見たかった!!)

そう……。
2018年のビッグイベントといえば……
女子バレーの世界大会……!!

先日終了した第二次ラウンドの会場は……名古屋!!

監督は……中田久美!!
そして選手たち……!!
世界に冠たる……大和撫子の姿!!

荒木絵里香は……出場選手の中で唯一の……既婚者!! 子持ち!!
そして……筆頭のエース!! やはりベテランの安定感は違う……。

そろそろ普通の書き方に戻るが、
相手国の選手に上背で劣りながらも、我が国の国旗を
背負って戦う女性の姿は立派なものである。

2018年の世界大会、この小説執筆時点で
二次ラウンドで優勝候補のセルビアをくだしたが、
ホームのアドバンテージがある点を考えても快挙である。

我が国は、井上、小幡の二枚の強力なリベロを初め
レシーブの名手、新鍋理沙などの守備力が光る。
相手に力任せの鬼スパイクを打たれても、
地上で拾いまくってラリーの
長期戦に持ち込むのはお決まりの展開である。

セルビアに3セット先取のストレート勝ちした時は、
仕事のストレスが全て吹き飛ぶほどであった。

テレビは素人の視聴者相手に古賀紗理奈・黒後愛など
点取り屋ばかり注目させるが、このチームで
もっとも安定した選手……。

すなわち、サーブ・スパイク・レシーブ・ブロックなど多岐にわたる
分野で秀でており、チームの芯となる選手は誰か……。

背番号4番の新鍋理沙であろう。

彼女は2012年のロンドン五輪のメダル獲得時は21歳だったが、
すでにチームの主軸であり、欠かせない存在だと、
英国の女性解説者に称賛されていた。

言うまでもなく他の日本代表の人も優秀である。
皆それぞれに長所短所があり、スポーツ選手である以上
何かに秀で居ていて、その分野のポジションで活躍するのは当然である。

その中で真のオールラウンダーといえるのは、
おそらく新鍋だけであろう。女子のザ・バレーボールである。

古賀サリナの才能も素晴らしいものがある。
安定感のあるサイドアタック、バックアタックだけでなく、
後衛レシーブの成功率もかなり高い。 
22歳にしてすでにゲームを支配することができるほどの、希代の逸材である。

しかも顔も可愛い(小声)

(余談なんかしてる場合じゃねえんだよぉ……!!)

ミキオは頭を抱えてうずくまっている。
そこへ男子の執行部員が

「貴様そこで何をしておるのか!!」

やって来たのだった。まもなく映画の上映が始まる。
5分前行動が基本のボリシェビキ。他のみんなは着席しているのに
ミキオの席が空席だったので見回りに来たのだ。

「すいません……。すぐ戻りますんで…」
「ん? 顔色が悪いようだな。どうした。熱でもあるのか?」
「いえ、そういうわけじゃ……ないんすけど……」

めずらしく日本人の看守だった。看守の日本語に
なまりがないのは、かえって新鮮だった。

「どのみち気分が優れぬようだったら医務室に連れて行くぞ」
「お、俺みたいな奴は……そんなこと」
「なんだ?」
「いえ、なんでもないっす」
「言いたいことがあるなら申せ。遠慮することはない」

ミキオは黙ったが、腕組みした看守がにらむので、仕方なく言うことにした。

「俺は、囚人です。俺みたいなクズが、仮に風邪引いたって
 治療する必要なんかねえっすよ。どうせ、あんた達からみたら
 社会に出ても役に立たないような人間なんでしょ」

「貴様はまだ学生の身である。将来を悲観する根拠に乏しい。
 また、貴様らを更生させるために7号室での日々があるのだ」

この看守は、不思議なことにミキオのことを一人の生徒として
扱ってくれるようだった。坊主頭で目つきが異常に鋭いが、
内面はそこまで厳しい人ではないのかもしれなかった。

「もうそういう次元の話じゃねえんだ……。
 俺はねぇ……。犯罪に加担しちまったんだ……」

「なんだと?」

ミキオは魔が差したのか、つい先ほどの事件をそのまま話してしまった。

看守は直ちにトイレを確認しに行った。
これには冷静な彼もあわてた。

(まさかあの堀太盛殿が!!)

堀太盛は、その日の午前中、トイレの個室で倒れているのを発見された。
(↑NHK風の表現)

午前中のビデオ鑑賞は中止になり、大騒ぎになった。
ナージャが大急ぎで廊下を駆け、クロエが悲鳴を上げた。
モチオやサヤカら派遣委員仲間も戦慄した。

臨時委員で初めての犠牲者が出てしまったのだ。
太盛が一人で囚人と同じ時間帯にトイレに行ったのは、
全くの無警戒であったといえる。彼の過失は大きい。
だから狙われたのだ。

かつて副会長のミウが最も愛した男。
学園の超有名人。
会長以上の注目度を誇ったと言われる堀太盛、ついに倒れる。

(もう終わりだ……。これで……何もかもな……)

ミキオ達囚人は、銃を構えた看守達に囲まれた状態で
食堂に軟禁された。まさに厳戒態勢である。

『27日』の午前中は、まさに最悪の展開だった。

外ではナージャを中心に大変な騒ぎとなっている一方、
食道内はただ静まり返っていた。そこにいろ、と言われたので
ただ座っているしかない。隣や向かい側の人と会話もなく、
時間が過ぎるのを待つだけの身だった。

「囚人番号23番」

ミキオの囚人名が、看守に呼ばれた。

「尋問室に来い。同士・会長閣下の直々のお呼び出しである」

「はい。今行きます」

ガタッと、わざと大きな音を立ててミキオが起立する。
椅子の位置を直すことを忘れなかった。

他の囚人達は、ただ哀れみの目でミキオを見ていた。
どうしてそんなことをしたんだと、責める風ではない。

少し怒りが抑えきれなくなれば、誰でもああなる。
明日は我が身だと、全員がそう思っていた。

(今日の朝食が最後の食事になっちまったか…)

手錠されたミキオは、過ごし慣れたこの大食堂をしっかりと目に焼き付けた。
仲間たちの顔も一人一人しっかりと見た。中には涙ぐんでいる奴もいて、
少しだけ嬉しかった。尋問室ではどんな拷問をされるのか。以前の自分だったら
震えてしまい、命乞いをすることだろうが、今はそんな気が起きない。

(今さら考えても仕方ない)意外と足取りは軽かった。


27日11時 学園の校舎。A棟の尋問室

「まず姓名を確認する。本名は川口ミキオ。本人で間違いないな?」
「はい。間違いありません。会長閣下」

なんて高校生離れした雰囲気だとミキオは思った。

二人はテーブルを挟んでパイプ椅子に座っている。
高倉ナツキ、すなわち学園ボリシェビキの最高権力者は、
偉そうにテーブルに肘をついて尋問しているだけなのだが、
一部の油断なくミキオの仕草を観察するその目つきにゾッとした。

もはや言葉の受け答えでなく、ミキオの挙動だけで
内面の全てを見透かしてしまうかのように。

「質問に答えるのがめんどうなので最初から白状します。
 俺は犯人の男に凶器を渡しました。奴に渡せと言われたからです」

「ほう。ではなぜ凶器を持っていた?」

「今朝の炊事当番の時にこっそり忍ばせていたのです」

「罪の意識はあるか?」

「今はあります。あの段階で俺は殺すつもりはなかった。
 堀がいざ死んでしまうとちょっと気分が悪いです」

「君は勘違いをしているようだ。堀君はまだ生きているよ」

「え?」

太盛の怪我は大したことなかった。強く殴られた衝撃で
一時的に気を失ったが、特にけがはないという。

「怪我がない?」
「そうだが。何か思うところがあるのか?」
「だって……犯人の拳に血が付いていたのに」
「ん? 堀君に出血のあとはなかったはずだよな?」

ナツキの隣に立っているナージャに確認すると、首を縦に振った。

「本当に死んでねえのか。よかった」
「よかった、だと?」

ナツキの声が低くなった。

「君は不思議なことを言うな。凶器を隠し持っていたなら
 ボリシェビキに対する殺意があったのだろう。
 堀君が生きていたことを残念に思うなら分かるが」

「……こんなこと言っても、信じてもらえないかもしれないっすけど」

「好きに話すといい。ボリシェビキは話し合いと理性を重視する。
 相手の言い分は全て聞いてから判断するからね」

ミウも似たようなことを言っていた気がするなと、ミキオは思った。

ミキオは、筆者が一話前に書いた内容を説明した。
洗面台で顔を洗っていたら、何者かに堀太盛の殺害を命じられた。
……気がした

「女の声だったろう?」
「はい」
「君の肩に触れたのは細い指で、
 しかも高い声で。問いかけるような口調で」
「その通りです」
「なるほどね…」

ナツキは腕組し、長考した。
ナージャは手に持ったIPADで電子メールの処理をしている。

ミキオは、直感でナツキが自分に害意がないのではないかと
考えるようになった。その証拠に、ナツキはミキオの
怪談話を否定しないどころか、あの不思議な声の
正体を知っているような気がする。

「もう一度確認するが、今の君には生徒会への殺意はないな?
 もちろん堀太盛本人に対しても」

「はい。ありません」

ミキオは嘘をついていない。
不思議とあの男が事件を起こしてから、
生徒会への殺意がすっかり消えてしまっている。

ナツキはしばらく無言になったが、
一瞬も目をそらすことはしなかった。だからだろうか。

「これにて尋問を終了する。午後から通常の生活に戻ること。いいね?」
「は…」
「同じことを二度言わせるな」
「はい!! 会長閣下!!」

ミキオは大急ぎで尋問室から出て行った。
廊下で待っていた執行部員の付き添いの元、
7号室のバラックへ帰っていく。

「ゆーあ―あ べりぃ カインド・マン。あーんとゆー? ナツキ」

ナージャが皮肉を込めて下手な英語でナツキをなじる。

「あれもミウの呪いの一種さ」
「ミウが囚人ニ殺害を命じたっテ本当に信じてるの?」

「あり得ることではある。あの男は嘘をついてないと思う」
「ナツキハ根が甘いんだから」

「そういうなよ。ああいう男に限って将来は
 立派なボリシェビキになるものだ。相田トモハルの例もある」

「7号室の囚人カらボリシェビキが生まれルのかしらね」
「分からないじゃないか。この世界はどんなことでも起こりうるのだから」

ナージャは鼻を鳴らした。

「あの女は死んだのに……。まだ私たちニ影響を及ぼしている」
「生きていても死んでもお騒がせな子だよ。あの子は」

(またあの目…)
ナージャは、ナツキの心の奥底ではミウが
生き続けていることを知っている。
彼は今日までにミウの夢を10回は見ているという。

夢の中でのミウは、ただ黙って彼を見つめているだけで
一言も話してこない。それがかえってこたえる。
いっそ罵倒してくれた方が、よっぽど楽だったかもしれない。

信じられないことに彼はミウの粛清を決めたことを後悔していた。
そもそもミウを生徒会へ勧誘したのはナツキなのである。
生真面目な彼は、ミウの殺害の遠因を作ったのは自分だと思っていた。
実際に殺害したナージャ、きっかけを作ったトモハルに対して恨みはないが。

「もうあの女のことは忘れてヨ!! もう死んだんダよ!!」

ナージャは我慢できなくなった時は、こうやってヒスを起こす。

日本の男が昔の女のことをいつまでも覚えているのは知っていた。
だがナツキのじれったい態度を見ているとイライラするのだ。

「すまない。ナージャ。分かってはいるんだけどね…」

ナツキはハンカチで目元を覆い、小刻みに震え始めた。
彼にとってミウの存在はここまで重かったのだ。

鼻水をすすり始めたナツキが急に哀れになったのか、
ナージャはナツキをギュッと抱きしめた。
ナージャの肌のぬくもりが制服越しに伝わってくる。
生きている。だから暖かい。人は本来、暖かい生き物だ。

クールで有名な高倉ナツキが唯一感情を乱す相手が
ナジェージダだった。変な表現にあるが、一歳年上のナージャは
彼の秘書であり副官であり、お姉さんのような存在だった。

「これからも僕を支えてほしい。こんなちっぽけな僕でよければ」
「もちろん着いて行くワ。私にはナツキしかいないノだから」

ナージャが音を立ててナツキの唇を奪うと、今度はナツキの方からも
求めるようになった。二人はここが尋問室なのをすっかり忘れてしまい
愛し合ってしまったのだ。ナージャのはじけそうなほど豊満な胸に
つい手を伸ばしてしまうナツキ。ブラウスのボタンを脱がしたくてたまらない。

しかし現実とは不思議なもので、学校や職場で不埒(ふらち)
なことをすると、必ずといっていいほど誰かに目撃されるものなのだ。

「あのぉ。共犯者の顔を見に来たんだけど」

ノックもなしに扉が開き、マリエが入ってきたのだ。
マリエは特別扱いなので、会長の許可なくほとんどの
部屋を自由に出入りしていいと言われていたので、
今回も入って来た次第なのである。

「マ、マリー!!」

ナツキは急いでナージャがから離れようとするが、
逆にナージャはしっかりとナツキを抱きしめるのだった。
この男は自分のものだとアピールするように。

「あ、お好きにどうぞ。私は関係ありませんので。失礼します」

吐き捨てるように言ってマリエは去って行った。
嘘ではなく、マリエにとって本当にどうでもよかった。
しかし、認めたくはないが、不思議と悔しい思いもわきでる。

(あの女好きめ。やっぱり巨乳好きだったんだ。
 私のこと好きだって言ってたくせに!!)

口から出まかせで好きと言ってしまう男は、
女性なら誰だって嫌うことだろう。こんな奴の
魅力に引っかかってのぼせていた当時の自分を
ぶん殴ってやりたいほどだった。

とにかくマリエにとって一番大切なのは、堀太盛先輩の安否の確認だった。
本校舎(ABC棟のこと)の保健室にいるという話だが……

※ 閑話休題 ソ連軍について熱く語る!!

マリーが心から太盛の身を案じたわけではない。
最初報告を聞いた時は、死んでないのを知ったので
わざわざ見に行くほどではないと思った。

だが、彼の精神状態が気になった。
囚人に襲撃された直後だから、
ショックで気がおかしくなっているかもしれない。

『病気は時期が来れば必ず治るそうだから、
 気を落とすなよ。また明日もミウと一緒に来るからな』

失語症で入院していた夏休み。
太盛とミウは毎日お見舞いに来てくれた。

仕事を言い訳にして両親はほとんど来てくれなかったのに、
あの二人は来てくれた。病院でデートしている風なのが
少し気に入らなかったが、それでもうれしかった。

マリーは適当な執行部員を捕まえて保健室まで案内してもらった。

「こちらがお部屋です」
「ありがとう」

案内を済ませると、執行部員の男子はさっさと持ち場へ戻って行った。

「やあ。マリーかい?」

太盛の第一声だ。下の名前で気さくに呼ばれたのは不意打ちである。
マリーは返す言葉がとっさに浮かばない。

「先輩。見た目は普通だね。襲撃されたばかりなのに大丈夫なの?」
「全然平気だよ。転んだ時に頭を軽く打っただけさ」

太盛はベッドから半身を起こし、
腕を回したり首を曲げるなどしてコリをほぐしている。

「さっきまでここにクロエがいてくれたんだけどね。
 眠気が限界だっていうから宿舎へ戻るように言ったんだ」

「あっそう」

黒江の話をされると無性に腹が立つのだった。

「ちょうどいい。話し相手がいなくて困っていたんだ。
 そこの彼は日本語が全然話せなくてね」

保健室には190センチを超える長身の男性看守が仁王立ちしている。
太盛の護衛だ。彼はウズベキスタン出身のボリシェビキだった。
背だけでなく、顔も細長い。そして愛想が絶望的に悪かったので
マリーは話しかけないようにした。

「ウズベキスタンって元ソ連だったよね?」
  マリーがどうでもいいことを尋ねた。

「そうそう。ソ連にはたくさんの国があったんだよ」
「多すぎて覚えきれないよね」
「そうだな。俺の覚えている限りでは…」


東欧州
ロシア、ウクライナ、白ロシア(ベラルーシ)モルドバ

北欧州
リトアニア、ラトビア、エストニア

中央アジア
カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、キルギス

カフカース諸国(北アジア)
グルジア、アゼルバイジャン、アルメニア

まさしくユーラシア大陸を横断する国土だ。
前にも述べた気がするが、世界最大の国土を誇る国であった。

「軍事力はどのくらいの規模だったの?」
「そうだな…」

太盛は保健室に備え付けられた教員用のIPADを勝手に使い、
ウィキペディアでソビエト連邦軍の『地上軍』を調べた。

ナチスドイツとの戦争終結時は500万人程度の兵力
1980年代には210個師団を保有。
西洋資本主義諸国は、ソ連軍の兵力をおよそ300~500万前後と見積もっていた。

崩壊直前の1990年代のソ連軍保有兵力 一覧

戦車 5万5千両
装甲兵員輸送車 7万両
歩兵戦闘輸送車 2万4千両
砲 3万3千門
自走りゅう弾砲 9千両
ロケット弾   8千両
防空車両    5千両
対空砲     1万2千門
ヘリコプター  4千3千機

『地上軍』だけでこの大兵力……!! まさに圧巻!!

単純に数だけで比較すると、
日本国の陸上自衛隊の120倍くらいの規模になるか(適当)

これは我が国を批判するものではない。
自衛隊の第一の任務は国土防衛であり、
外国を侵略することを目的としていないからだ。

我が自衛隊は全軍含めて約30万(予備役含む)

※予備役
自衛隊で戦闘訓練は受けているが、
普段は会社員などして過ごしている人。
招集に際して即戦力になる。日本は予備役が8万くらいいる。

仮に67万人いるニートを兵力化することに成功したら、
かなりの戦力になるだろう。
(最近は高齢化したニートが問題視されている)

否……!! 訓練課程を経てないニートなど……!!
全く無意味!! 戦力に数えられるわけがない!!

例えば、陸上自衛隊のマラソンでは、3.5キロの銃を
持ったまま永遠と走り続けるのが基本……。

途中で腕の感覚がなくなるほど……銃を持つ負担は大きい。
過酷……あまりにも過酷……!! 耐えられるわけがない!!

筋トレでは、2分以内に 腕立て80回!!
腹筋も同様……!! 2分以内なんて……。常人には到底不可能!!

普通の説明に戻るが、
ソ連軍の任務も第一は「祖国の国土と革命の防衛」のためにある。

日本人の感覚では意外に思えるかもしれないが、
国土の大きい国の方が
膨大な防衛力が必要になるのは世の必然である。

ソ連は、国土の規模ゆえに多数の国と国境を交える。

Wikiによるとこう書いてある。
(なぜかポーランドが含まれているなど、
第二次大戦前後がごちゃごちゃになっているようだが、参考までに)

陸続きで隣接する国は、
ノルウェー、フィンランド、ポーランド
チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア。

南はトルコ、イラン、アフガニスタン、モンゴル、
中華人民共和国、北朝鮮、海を挟んで南は日本、
ベーリング海峡を挟んで東の先にはアメリカ合衆国である

ソ連はこれらの国と何度も戦争をしてきた。

ポーランド陸戦兵も騎兵を中心に強力であった。
フィンランドはソ連を大苦戦させるほどの軍事強国。
イラン(旧ペルシア)には英国軍の陸空軍がおり、目を光らせていた。
冷戦中の韓国や日本には米軍の基地あり。
トルコには米軍の中距離ミサイル基地。

ソ連の外交政策は、『臆病』の一言に尽きる。
建国以来、内戦やシベリア干渉を通じて常に
西洋資本主義諸国の侵略におびえ続け、軍事力を強化してきた。

レーニン体制からスターリンへと政権が移り変わっていた当時は、
ソ連は国力の増加に一番熱心な時期だった。

特に1930年代は危険だった。第一次大戦後のヴェルサイユ体制が
崩壊の兆しを見せ、ドイツではナチスが台頭した。

イタリアでムッソリーニ率いるファシスト勢力が政権を獲得して
エチオピアを侵略。続けて日本による満州の侵略。
ソ連は何をするにしてもまず外国の侵略におびえていた。

ボリシェビキ幹部の間でスローガンのごとくささやかれていたのは、
以下のことだった。

『我々は常に敵に包囲されている。
 我々が工業化を達成し、奴らを追い越すか。
 あるいは、我々が踏みつぶされるかのどちらかだ』 ヨシフ・スターリン

『来る次の戦争では資本主義諸国に確実に負けます。
 速やかな工業化の達成化をしなければなりません。
 今のままでは、万に一つも勝てる可能性はありません』 
         国防人民委員。ソ連赤軍の生みの親。レフ・トロツキー

『次の資本主義陣営との殲滅戦に必要な戦力は、
 最低でも常備兵力200個師団。
 戦車5万両、軍用機2万機…以下略)を要求する』  

ミハイル・トゥハチェフスキー元帥。国防人民委員部の予算委員会にて。 
彼は赤いナポレオンと称されるほどの天才だった。
この案は、当時の国防人民委員部の予算をはるかに超過しているため、
責任者のヴォロシーロフを激怒させ、却下された。

「この馬鹿が!! 国防人民委員部の予算は、てめえの小遣いじゃねえんだぞ!!
 そもそも我が国の戦車生産台数は年間で4千両ほどだ。それを…
 5万両だと……!?」

「次の戦争では機動戦が鍵を握るからな。これでも少なすぎるくらいだ」

スターリンの盟友ヴォロシーロフとトゥハチェフスキーは犬猿の仲だった。
両者の間では、くたばれ、クズ野郎、時代遅れの化石野郎などの、
心温まる言葉が公然と飛び交ったという。

    しかし、第二次大戦を振り返るとこの程度の規模は必須だった。
    そうでもしなければソ連は国を守ることができないのだ。

『ドイツとの戦争では、我々は守勢に転じるしかありません
 我が方から機動戦を仕掛けても全く勝てません、中略…)
 我々は、数百キロはドイツ軍の進撃に任せ、
 その後、敵の補給線が伸び切ったところで反撃を加えます。
 繰り返しますが、これ以外に彼らに勝つ方法は、まったくありません』

ソビエト連邦最高の元帥、ソ連邦英雄のゲオルギー・ジューコフの発言。
対ナチス・ドイツ戦を想定した、ソ連元帥らとの図上演習にて。
図上演習の結果は適格だとしてスターリンに高く評価され、
若干46歳にしてソ連邦で参謀総長に任命される。

対ドイツ戦は、まともに戦争をしても敗北は必死になると
全閣僚に周知されたのだった。

『ドイツとの交渉がどのような結末を迎えるにしても、
 我々は今だけは友人を演じ続けないといけない。
 一日でも長く。今戦っても、奴らには勝てない』

ドイツとの開戦を直前に控えた際のヴェーチラフ・モロトフの発言 
ソビエト連邦人民委員会議議長(首相)、外務人民委員を兼任

ソ連閣僚はスターリンのコネで成り上がった木偶の坊が散見するが、
『モロトフ』は間違いなく切れ者であった。
今の日本にもこのレベルの外務大臣が欲しいものだ。

☆続けて、ソ連の前身である、帝政ロシアについても述べたい☆

ロシアは伝統的に常に海への出口を求めていた。
広大な陸地はあったところで不凍港(ロシアは冬に港が凍るのだ…)
を手に入れなければ強力な海軍は維持できない。

ロシアは確かに巨大だが、昔も現在も陸続きの
領土しか手に入れたことがないのだ。

凍らない港を確保すること、海への出口を求めるのは
ロシア民族の長年の悲願であった。海の外にたくさん植民地を
持つ英仏に対し、ひそかに憧れていたこともある。

黒海と地中海への出口を求めたロシアの南下政策は失敗した。
18世紀から19世紀にかけて宿敵トルコとの間で
行われた露土(ロシアとトルコ)戦争は失敗。

では、バルカン半島(南欧州のこと)と地中海方面は
諦めて、極東方面はどうか?
地球の反対側なら、ロシアの邪魔になる国はいないはずだ。

そして太平洋への出口を求めて日露戦争になる。

「日本兵はサルである。我が国の兵隊一人で、日本兵四人を相手にできる」
    皇帝ニコライ二世の残した言葉は、あまりのも有名だ。
    よく知りもせず相手のことを舐めてかかるのは危険である。

結果、日露戦争で日本に敗北。
ポーツマツ条約によって南樺太や朝鮮を含む中国大陸の各領土を失い、
ロシア海軍は全戦力の約70%を失った(すべて日本軍が撃破した)
これはロシア海軍が半世紀に渡って再建できないほどのダメージを与えた。

ロシアの日本に対する見方が180度変換する。
「絶対に日本を刺激するな」スターリンは日本の軍部を恐れ、
細心の注意を払っていたのは有名な話である。

第一次大戦のロシア軍は、オーストリア軍に対しては優勢でも
ドイツ軍に惨敗を続け、この物語の第一話で書いたように
ブレスト・リトフスク条約を結ぶに至った。
ドイツに対する奴隷契約である。

「我が国は後進国であるゆえに、戦争に負け続けた」

スターリンが閣僚に投げかけた言葉である。
彼はボリシェビキに特有の読書中毒であり、
ロシアの歴史を知り尽くしていた。
そして誰よりも大国ロシア(ソビエト)の実現を夢見るものだった。

「ロシアは大国としての地位を守ろうとしたが、
 国の後進性のためにイギリス・フランスにやられ、
 トルコにやられ、日本にやられ、ドイツにやられた!!」

「もう二度と!! 我が祖国を世界からあざ笑われることの
 ないように、二度と我が国土を敵に侵略されないために、
 強大な軍事力が必要なのだ!!」

熊のような発想である。熊が山中で人間を襲うのも、
自分や、自分の子供が人間に殺されるかもしれないなどの
被害妄想に襲われるためだ。

ロシア帝国もソビエト連邦も、心は誰よりも弱虫だったのだ。
でかい図体をしている奴ほど気が弱いのかもしれない。
これぞボリシェビキ特有の「被害妄想」である。

よく言えば危機感。今のデフレが続く日本でも
お金に対する危機感は持つべきだと思うが、
私と同年代の同僚は、誰も貯金や資産分散を
してないことに驚く。どうでもいい話かもしれないが。

冷戦中のソ連は、さらなる軍拡を勧めた。

ソビエト連邦軍は、
「地上軍」「空軍」「国土防空軍」「海軍」「戦略ロケット軍」からなる。

『戦略ロケット軍』は国土防衛の最終手段とされていた。

筆者は冷戦当時の規模を知らない。
wikiで調べてみると、なぜかロシア軍のデータが表示される。

2010年7月のデータでは、ロシアの戦略ロケット軍は、
3個ロケット軍、11個ロケット師団から成り、
「ミサイル×369発」「核弾頭×1247発」を装備していた。

2018年現在の規模は知らないが、おそらく同程度は持っていると考えられる。
ソ連時代はもっと持っていたのだろうか……? (震え声)

核弾頭の数がやばい。
冷戦時代には、おそらく地球全土の地表面を7回くらいは
焼き尽くせる量を保持していたと噂されている。

私が小学二年生の時にソ連が崩壊したようだが、
当時の私に何も分かるわけがなかった。

今になってこのような恐るべき軍事国家が存在したことに
驚愕するばかりだ
あらためて冷戦が冷戦のまま終わって良かったと思う。

「あっそ」

マリエがまたつまらなそうにつぶやくのだった。

そういえば、彼女らの活躍を描くのをすっかり忘れていた。
この小説は斎藤マリーが主人公だったはずだ。

「ああ、神よ。俺は今も昔も変わらず神の僕。敬虔なクリスチャンです」

12月27日 午後1時半

結果的には、マリーと太盛は和解することに成功した。
太盛は不思議なことに失われた記憶を取り戻したのだ。

それはすなわち、マリーが好きだ好きだと元気に言っていた、
あの頃の(たぶん前作の学園生活・改)彼に戻ったということだ。

「ああ、神よ。俺は今も昔も変わらず神の僕。敬虔なクリスチャンです」

太盛はオケの指揮者(ゲルギエフ)のように力強く両手を天へ向けて掲げた。
そして胸の前でクロスを切る。そこにいるのはボリシェビキではなく、
正真正銘の聖者。ホリ・セマル(当て字)だった。

「まず僕が最初にするべきことは、
僕を刺そうとした犯人へ感謝の言葉を述べることでしょう。
 彼の名前が気になるんだが、君は知っているかい? マリー?」

「いいえ」

首を横に振るマリー。知るわけがない!!

「そっか。じゃあ」

太盛が微笑みながら続ける。

「せめて彼の居場所を教えてくれ。どうせ尋問室にいるんだろう?」

「いいえ」

また否定した!!

「本当に知らないのか?」
「し、知りません…」
「おい。今ちょっと間が空いたぞ。どうせ知ってるんだろ?」
「い、いいえ」

気が付いたらマリーの顎もカイジのように角ばってしまっている。
太盛は、マリーの顎の形状から嘘をついているのを見破った。

「に、日本は」
「?」
「第五セットまで戦った末に僅差でイタリア代表に負けました」
「はぁ…?」

太盛はスマホを取り出し、ニュースサイトを調べる。
確かに、日本のバレーボール女子代表はイタリアに敗北している。
マリーの情報に誤りはない。
だが、問題は誰も女子バレーの話などしていないことだ。
太盛自身も女子バレーに興味は全くなかった。

「イタリア戦は先発でしたが、前回のセルビア戦でも
途中で新鍋理沙が投入されてから日本の守備は安定。
 世界レベルのサーブレシーブ、クロスのスパイクが光ります。
 攻守両面において彼女のレシーブ力は際立っています。
 彼女が日本の勝利に重要な選手であることは明らかです」

「そうか。君がそのシンナベという名前の人のファンなのは分かった。
 あいにく俺はバレーを見てる暇なんか、なかったんだよ。夜勤だからね」

「イタリア戦の敗因を分析するとですね」

「まだ続けるつもりか。マリーは人の話を聞かなくなってしまったね」

「いえ、本当はもっと先輩に伝えたいことがあるんです」

「なんだい?」

「好きです」

時が……止まった気がした。

「先輩のこと、ずっと好きでした。
 収容所のいる時も先輩のことを忘れたことなかったです」

「俺も」

「え?」

「俺もお前のことが好きだ!! マリー!!」

二人はどちらともなく激しく抱擁しあい、
ウガンダ奥地に生息するマウンテンゴリラの親子のように再開を喜び合った。
なぜ再開と表現したのか。その理由は……記憶を取り戻した
太盛とマリーが気持ちを通じ合わせるのが、なんとなくそれっぽく感じたからだ。

これにて二人は相思相愛の関係になったわけだから、
この物語の主人公・斎藤マリーは末永く幸せに過ごしたことにして
物語を終わらせることにしたい。

斎藤マリー・ストーリー。完(ハッピーエンド)

「イヤ、ダメダロ」

ウズベキスタン系のソビエト看守が何か言っている。

「ココデ終わらせタラ、ウチキリ感がハンパない。
 太盛の恋愛対象だったエリカやクロエはどうなる?
 マリカの家族は? 冬休み明けに三年生はどうなる?」

実は書くのがめんどくさくなった。

「ちゃんと続きをかけ。さもないと銃殺する」

仕方ないので裏技を発動することにする。
私が会社の仕事中に何となく思い浮かべた、究極の手段である。
おそらくこのような手法で小説を書いた人は過去存在しないだろう。

「私のことを覚えている人がいるでしょうか? マリーです」

まさかのマリー違いだった。
この人物の第一名(ファーストネイム)は『マリー』だが、
家族名がアントワネットである。すなわち、あの超有名な
フランス王妃のマリー・アントワネット嬢(14歳)。ここに見参である。

「私の出番が、こんなところでもらえるなんて思いませんでしたわ」

エガシラ…午後2時55分になにかが起きる、という作品を検索すると、
なおちーという作者に行きつく。つまり私のことなのであるが、
どうやら半年くらい前に書いた作品のようだ。書いたことを
すっかり忘れていたが、そろそろ続きを書く時期になってきている。

というのも、最終の最後の方に、「年内に続編を投稿する」と
書いてあったからである。人間とは不思議なもので、今書いている作品を
完結させるべきなのは十分わかっているのに、
他の作品のことが頭に浮かぶと、すっかりやる気が出なくなってしまう。

「どうせ誰も読んでないのだから、
さっさと終わらせればいいではないですか♪」

そういうわけにもいかない。20代から中高年のための小説投稿サイトは、
他のサイトと違って一つの作品を完結させなければ別作品は投稿できない。
私はここ以外のサイトでは基本的に投稿しないことにしている。

「では、どうしてわたくしを登場させたのですか?
 自分で言うのもあれですけど、わたくしのキャラは
学園生活の雰囲気と全く合わないと思いますが?」

例えば本村兄妹は前作の学園・改で登場させたと思う。
自分の作品だからキャラのコラボは自由だ。

いつまでもくらだないことを書いていても読者に飽きられるので、
マリーにはラーメン屋へワープしてもらった。

「ごめんくださぁい」

マリーは、今日も行きつけのラーメン屋にお邪魔した。

彼女はミホとの決闘に負けて以来、強さとは何かを毎日考え続けた。
深い思索。どれだけ考えても答えの出ない、哲学者のような日々。

いつかミホを打ち倒すために過酷なトレーニングを自らに課したが、
何かが足りない。自分には、力だけでない何かが不足している。
その答えはいまだに出ていない。だが、日課の山登りの訓練で
くたくたに疲れた体を癒すために、彼女はラーメンを食べに来ていた。

ちなみにフランス語や英語では RA-メぇン 
『ら』はRで発音するので音が野太い。
向こうではカップヌードルやインスタントラーメンは和食とされている。

「お嬢ちゃん。毎週来てくれるのはうれしいけどよ、
元フランス王妃がうちみたいな店でいいのかい?
 こんなものしか出せねえけど」

「とんでもありませんわ。店主様。
わたくしはこのお店の豚骨ラーメンが大好きですの」

欧州一の格式を持つハプスブルク家で生まれ育ったマリーは、
はっきりいって店内で浮きまくった。だがそれも最初のうちだけで、
新手の客はともかく、常連客達はみなアントワネットの王族オーラにもなれてきた。

ここのラーメン屋は、チャーシューが格段にうまい。
アントワネットの豚骨ラーメンは、熱々のスープが脂ぎっていて
見ているだけで胸焼けしそうだが、すごいのはチャーシューが
8枚も乗っていることだ。しかも厚切り。

一方で面は細麺で少し硬めだ。常連の男たちは、麺が見えなくなるまで
紅ショウガやきざみネギをたっぷりと入れてから食べる。

「ふぅ。食べた食べた。もう動けないよ」
「食べ過ぎだよドラえもん。ポケットまでぱんぱんじゃないか」

ドラえもんとのび太が会計を済ませて店を出て行った。
ドラえもんは真冬中に食欲が増すのか、二玉(麺の替え玉)も食べていた。
さらに餃子の皿も空になっている。

(あの青くて丸いお方……何か落としましたわ…)

カランと音を立てて、ドラえもんの四次元ポケットの中から
おもちゃのようなものが落ちた。真四角のテレビリモコン(ブラビア?)
のような形をしていて、赤いスイッチがデカデカと見える。
スイッチは赤い部分しかないようだ。

(ラジコンのリモコンかしら?)

アントワネットはすぐに興味を失ってラーメンと格闘を始めるが、
入り口から一瞬だけ冷たい風が吹いてきた。新しい客が入って来たのだろう。

レ「あぁ、冷える。今日はいつもより冷えるな。同士諸君」
カ「日本の寒さなど、大したことないでしょう。同士レーニン」
ジ「左様。日本では真冬でも、サンクト・ペテルブルクでは秋といったところですかな」
ブ「あっ店主さん。四名だ。テーブル席を頼めるかな?」

やって来たのは、なんとソビエト連邦の大物政治家だった。
誰のセリフか分かりにくいと思ったので
セリフ欄の前に略名を書いておいた。

ウラジーミル・『レーニン』
レフ・『カーメネフ』
グリゴリー・『ジノヴィエフ』
ニコライ・『ブハーリン』

レーニンは初代の人民委員会議議長。地球上のすべての
共産主義者にとってのアイドルにして天才。演説の才能も非凡であった。
株式投資者にとっての桐谷さんのようなものだ。

↑真ん中の二人はあんまり印象に残っていないが、
ブハーリンはソ連きっての切れ者である。

優れた理論家としてレーニンから高く評価されていた。
特に『ある程度の資本の蓄積、資本主義の発展を経てから
計画経済を実施するべきだ。富農の存在は必要悪』
という一環とした主張を守り通した事はまったく素晴らしい。

最終的には、計画経済と富農殲滅(農村からの食糧調達)を急ぐ
スターリンに目を付けられ、粛清されてしまうのだが。

彼の主張はマルクス・エンゲルスの教え通り理にかなっているのだが、
すなわち日本のような資本主義の過渡期にある国家で社会主義革命が
起きたらどうなるか、誰にも想像できないことを示唆しているのだ。

(あのおじさん達、ただ者ではありませんわ…)

マリーは、ロシア帝国政府に何度もシベリア流刑や国外通報されても尚、
革命を成功させた猛者たちの放つ、一流の共産主義者オーラに萎縮した。
目つき、風格、貫禄、ひげの濃さ、体臭など、その辺にいる
日本のおじさんとは「格が違う」

レーニン達がなぜ今の日本にいるのか、それは誰にも分からない。
なにせ書いている私もよく分かっていないのだから。

「あそこに貼ってある女の子は誰だい? すごく可愛いね」

ブハーリンは、店主へ訊いた。
このラーメン屋には美少女の写真が貼ってあった。
笑顔でピース。ひげ面でスキンヘッドの店主と仲良さそうに映っている。

「この女の子はね、今はもうこの世の人じゃないんだ。
 昔は学校帰りによくこのラーメン屋に寄ってくれたんだ。
 はにかんだ笑顔が素敵な、とっても素直な子でね」

「素晴らしい美少女だ。
栃木県の美少女コンテストで優勝できるんじゃないのか」

「へへ。まるで俺のことを褒められているみたいにうれしいよ。
 ところで、お客さん。言い忘れてたが」

店主は、カウンターの下に隠していた短機関銃を構えた。

「この店はね。資本主義者、帝国主義者、軍国主義者は立ち入り禁止なんだ。
 外の張り紙を見なかったわけじゃねえよな?
 お客さん達、政治家っぽい顔をしているけど、どこの国のもんだ?」

「心配するな。同士」

ブハーリンがボリシェビキ党員章を見せると、店主は銃をしまい、謝罪した。

「お客さんもボリシェビキだったとは、うれしいね」
「愚問だね。栃木県を共産化したのは我々なのだよ」
「ほぉ? てことは、お客さん達があの有名な」
「そうだ。革命家だ」

栃木県内に希代のアジテーター、演説家、理論家、革命家がいると
噂にはなっていた。まるで、ロシア革命が起きたことを昨日のことのように
話す、謎の4人組。探せば他にも仲間がいるらしいが、とにかく
彼らが主導となって、この日本の片田舎で共産主義革命が起きていた。

「天国にいる高野ミウちゃんもきっと喜んでいるよ」
「写真の美少女のことか? 高野…ミウちゃんって名前なのか」

ブハーリンは、遠い目をした。
不思議と聞いたことのある気がする名前だからだ。

「あの子はね、徹頭徹尾、正真正銘のボリシェビキだった。
 若い娘であそこまでマルクスの教えを忠実に守ろうとした子はいない。
 とある学園で副会長をやっていたんだが、内部粛清されてしまってね」

「そうか…」

ブハーリンはサングラスを外し、目元をぬぐった。
たったこれだけの話を聞いただけなのに、少女に深く同情してしまったのだ。
彼も前世で内部粛清された身だから、気持ちはよく分かる。

カーメネフが4人分の味噌ラーメンを注文した。
レーニンが最初に味噌を選んだので他の3人も習ったのだ。

レーニンはラーメンの待ち時間が長かったので
席を出歩いてウロウロしていた。

「これはなんだ? 誰かの落とし物だろうか」

そしてついに拾ってしまった。
禁断のアイテム「独裁者スイッチ」を

赤いボタンがあれば、誰でも押してしまうというもの。
拾ったのがレーニンでなかったとしても、誰かが押してしまったことだろう。

「だめよ!!」

マリー・アントワネット嬢が立ちはだかる。

「君は誰だ? フランス訛りの日本語を話しているようだが」

「それだけは押しちゃダメ。カンで分かるの。
あなただけはそれを押したらいけないわ!!」

「訊こう。君に私を止める権利があるのか?
 また、私がそれに従う義務があるのか?」

「そういう話じゃないのよ……。もう、この、石頭ぁああああ!!」

石頭。それはレーニンに絶対言ってはいけないワードの一つだった。

ゆでだこの様に顔が赤くなったレーニンが、遠慮なしにスイッチを押してしまう。
その次の瞬間、我が日本国は信じられない姿に変貌してしまうのだった。

12/28 午前8時過ぎ

「同士・生徒会長!! ナツキ会長!!」

保安委員の責任者・イワノフは息を切らせて走っていた。
無骨な軍人、冷静沈着を絵に描いたような彼が
取り乱す様子からは、いかにも大事件の香りがする。

「その通りだ!! これ以上の事件があるだろうか!!」

誰に対して突っ込んだかは分からない。

イワノフは会長の住居を兼ねている生徒会本部の扉を開く。
驚く護衛とナージャに事情を話し、なんとこの時間まで
寝ていたナツキを叩き起こすことにした。

「せっかく良い気持で寝ていたのに、
 君のせいで台無しだぞ、イワノフ!!」

上下スエット姿のナツキ。いかにも高校生らしい格好だ。
寝癖がこれでもかというほどついていて、
普段の彼とは違って可愛かった。

「僕はミウの夢を見ていたんだぞ!!」

「ミウ…? 今はそんなことどうでもいいだろうが!!
 なんで会長のくせに8時まで寝てるんだよ!!」

「いったい何の用だ!? 報告か?」
「そうだ!! 報告だ!!」
「よし、申せ!!」
「では単刀直入に述べる。日本全体で革命が起こりそうだぞ!!」

ナツキは、眠たい目元を何度もこする。
ベッドサイドにあるペットボトルの冷水を飲み、
深くため息を吐いた。

「実に詰まらんジョークを聞かせてくれたね。
 君が言っているのは社会主義・共産主義革命の
 ことだろうが、日本全体で? 栃木だけなら分かるが」

「これがマジなんだよ!! スマホ見ろよスマホ!!」

ナツキはスマホでニュースをチェックした。
みるみるうちにナツキの顔が青ざめていく。
青かった顔は、今度は完熟トマトのように赤くなり、
口を大きく開けて

「わははははははは」

バリトン歌手(声楽)並みの声量で笑うのだった。

ニュースサイトには情報が逐次更新されている。
彼らの使っているラインアプリは、栃木・ソビエト社会主義共和国が
管理している特殊なものだ。資本主義特有の情報操作を
受けずに、正しく、有益な情報だけが更新される仕組みとなっている。

「学園生活」では栃木県で社会主義革命が起きているという設定だ。
 栃木県は日本の行政区画から分離独立し、
「栃木・ソビエト」を名乗っていた、ということにしよう…。(小声)

「それが今回はすごいんだよ!! さすがのお前も驚くだろ!?」
  小さな宝くじの二等賞が当たった主婦のようなノリのイワノフである。

「北関東・ソビエト連邦?」

ナツキは半信半疑でニュースの内容を読み上げていく。

「栃木、群馬、埼玉、茨城で同時多発的に革命が発生。
 各地の軍、警察はソビエトの指揮下に入った。
 県庁や市役所などが革命市民の焼き討ちに会い、死傷者続出。
 道路には無数の戦車とヘリコプターが展開……? なんだこれは…?」

日本国は戦後、GHQの保証占領期間を経てから主権を取り戻した。
70年代の沖縄返還以降、全ての日本領土は日本国政府の管理下に入った。

しかも我が国は米や独のように州でなく、フランスと同じく県政を取っている。
企業が東京一極集中していることがよく強調されるが、
行政的にもかなり中央集権的である。

国民の大半は政治に関心がなく、周りにいる大人に聞いても
各政党名から与党の大臣の名前も知らないレベルだ。
自分の税金の使い道が気にならないのか不思議でならない。
(私の住んでいる地域が田舎だからなのか……?)

政府に対し反動、暴動が起きないほど(永田町のデモはあるが…)平和ボケしており、
学校では子供同士が喧嘩をすれば母親がヒスってモンペと化すほど平和である。
馬鹿らしい。人間同士が同じ環境にいて対人トラブルがないわけがない。

体罰や制裁も各教育現場やスポーツ界で大きな問題となっている。
まあ、体罰は筆者もダメだとは思うが、
このくらい日本では「暴力的要素」が排除されているのである。
革命とは「国家権力の破壊のために暴力を推奨」することである。

我が国が島国で、強力な日米安保体制で保護されていることを
考えても、戦争が起きる可能性もほぼ0パーセント。

仮に北朝鮮が弾道ミサイルを10万発持っていたとしても
絶対に日本を攻撃してこないと断言できる。
理由は非常に簡単で、米軍の報復(空爆)が怖いからだ。

こんなことは近代の軍事史と外交史を
少し勉強すれば誰にでもわかることである。

日本で革命など起きるわけがない。
それは筆者が誰よりも理解している。
だがこの物語では起きてしまった。

なぜなのか。

レーニン「このスイッチなんだ? 押してみるか」 ←前話参照

ドラえもんの独裁者スイッチは、押した人の願いを叶えることが
できたと思う。確証はないが、たぶんそんな設定だった気がする。

この世界のレーニンはなぜか栃木県で生まれ変わり、
普通に生活している。そして行きつけのラーメン屋さんで
たまたま独裁者スイッチを見つけ、押してしまったのだ。

レーニンら悪党四人組は、栃木県を水面下で革命させることに
成功していたが、ご近所さんである北関東三県ではまだまだ
資本主義の影響が強かった。日本なのだから当然だ。

(北関東全体で革命が起きればいいのになぁ……。
 地続きで強力な軍隊を保有して東京に攻め入りたいぞ。
 あと茨城は太平洋側から武器弾薬の揚陸とかできて便利だ)

零人(漢字表記)がそう思った五分後には、
なんと北関東・ソビエト社会主義共和国が結成された。
ドラえもんの力は神の力すら超越しているのかもしれない。

ちなみに…橘エリカの祖先の故郷はグルジア。
グルジア、アゼルバイジャン、アルメニアを
まとめてカフカース地域(山脈)という。

(黒海沿とカスピ海沿岸部の油田の産出量は世界有数であり、
 穀倉地帯のウクライナと並んでソ連の生命線であった。
  逆にいうと、このふたつの地域を占領されたらソ連は終わる)

ソ連建国時は、

ロシア・ソビエト社会主義共和国
ウクライナ・ソビエト社会主義共和国
ベラルーシ・ソビエト社会主義共和国
カフカース・ソビエト社会主義共和国

上の四つの共和国でソ連を形成した。

作中の日本では、「北関東」がソビエト共和国を形成した。
しかし、これだけでは大した問題ではない。
北関東は、関東平野と山岳地帯を含む広大な地域だが、
所詮は日本の本州の一部に過ぎない。
わが国には、強力な陸海空の自衛隊がいる。

自衛隊は、高度にハイテク化された武装戦闘集団である。
訓練の質は、「帝国時代から少しも変わっていない」と評判である。
これは兵隊の質がほぼ世界の最高水準であることを示している。

一年前に見た、ネバーまとめサイトの各国の戦力ランクでは、
自衛隊は世界9位くらいにランクされていたと記憶している。

それ以上に問題なのが、米軍の存在だ。日本、韓国、グアム島などに
点在する恐るべき米国軍。アカ(共産主義者のこと)の存在を知ったら、
即攻撃、殲滅するのが彼らの流儀である。

アメリカほど共産主義者に容赦のない国は、
全世界を探しても存在しないことだろう。

そしてアメリカを敵に回すと言うことは、地球そのものを
敵に回すのと同義である。現在のアメリカの軍事力だが、例えば
海軍だけに限定しても、原子力空母10隻と艦載機1000機を持っている。
その他、ミサイル駆逐艦、原子力潜水艦など無数である。

これらが分離して配備され、『10個の空母打撃軍』を形成し、
世界中の海域で睨みをきかせている。
空母打撃軍は、一つの艦隊としては最強の攻撃力を持つ艦隊である。

なんと、一個の空母艦隊で小国の軍事力を上回る(粉砕できる)という。
繰り返すが、これをアメリカは10セット持っている。

何より恐ろしいのが、アメリカ海軍は、3年半にわたる太平洋戦争で
日本海軍相手に死に物狂いの「戦闘を経験したこと」だ。
人類史上初の高度な空母航空決戦を経験した米国は、ついに日本海軍を撃破した。

当時の軍隊で、空母を艦隊規模で運用できたのは日米英のみであった。
例えばドイツ、フランス、ソ連などは「空母の設計図すら」持っていなかった。
彼らは大陸国だから仕方ないのもあるが。

アメリカは、神風特攻隊などの熾烈な攻撃を受け
例えば沖縄戦だけでも……展開した全艦隊1400隻中、
被害にあったのが360隻(小、中破含む。沈没はわずか)
もあるのだから驚きである。

ミッドウェイ開戦前、ニミッツ太平洋艦隊・提督は、
自軍の空母艦隊司令官(スプルーアンス)に対し、
「日本の空母相手に勝てるとは思えないから、
戦況が悪かったらハワイに引き返してよい」と指示を出している。

皮膚病でハワイの病院に入院中のハルゼー提督。
彼は艦隊の指揮権を部下のスプルーアンスに譲る。

「レイ。お前が指揮官だ。ミッドウェイで指揮を取れ」
「おいおい。俺にあなたの代わりが勤まると思うのか。相手は南雲の艦隊だぞ?」
「いいからやれ。俺は指示した。おまえは命令を聞け。それだけだ」

初戦から太平洋を荒らしまわった
「南雲機動艦隊」(空母第一機動艦隊)を
経験と練度からして「世界最強の艦隊」と米海軍は定義していた。

この艦隊は、ハワイ真珠湾を360機の航空機で空襲したのに初め、
南はオーストラリア北部から、西はインド洋を超えて
英領アフリカ東海岸の方まで、およそ地球の1/4はこの艦隊の攻撃範囲内であり、
その勢いはどの国の海軍でも止めることはできなかった。

第一航空戦隊、第二航空戦隊からなる日本人パイロットは、
英語をして「ベスト・ファイターズ」(最優秀搭乗員)と称されていた。
米英の訓練されたパイロットでも、ドッグファイト(空中戦)で
彼らを倒すことはできなかった。

(米国映画・ミッドウェイからの参照多数。
 他は学研の歴史群像シリーズの文献)

ミッドウェイ付近で生起した大海戦では、
運が良かったとはいえ、アメリカはこれを倒した。
(米空母一隻沈没。米パイロット170名以上が零戦に
撃墜されるなどして戦死し、被害も大きかった)

かつて日本は日露戦争でロシアのバルチック艦隊、
旅順艦隊、ウラジオ艦隊をせん滅した。(ロシア全海軍の2/3に相当)
そして世界の五大国の一角にまでなった。
今度は米が、最強の日本艦隊を倒して、世界一の地位を手に入れた。

軍事の歴史とはこのように続いてゆくのが必然なのだ。

この地獄の戦争の過程でイージス・システムが作られ、
米艦隊の防空体制の基礎が固まった。
イージスとは、スーパーコンピュータによる、
極めて高度かつ合理的な対空、対潜システムである。
神風特攻隊の攻撃を防ぎきれなかった反省から生まれた。

「空母艦隊による戦闘の経験」

がある米海軍は、間違いなく世界最強である。

仮に20年以内に中国が軍拡を推進し、空母を米と同じ数持ったとしよう。
航空機など他の兵器も、質的にも全く同じものを揃えたとしよう。

これで、戦力的には5対5のあいこである。
ジャンケンなら最初からやり直しだが、戦争はそうはいかない。

この場合、負けるのは中国の方である。
断言してもいい。なぜそこまで言い切れるか?

「空母艦隊を運用したことがない」からだ

中国は、日清戦争で北洋艦隊が日本海軍に殲滅されて以来
まともな海軍を持ったことはなかった。当然、大戦中に
帝国海軍相手に戦ったことなどない。そもそも海軍がないので、
日本海は完全に日本の海。我が方は好き放題に荒らしまわっていた。

中国が日中戦争で日本陸軍にボコボコにされている間、
日本とアメリカは太平洋で人類史上最も高度な航空決戦を繰り返していた。

空母は、遠く離れた敵目標に対して航空機による空襲を行う。
その間、スキだらけの空母を守るために、防御用の駆逐艦などを含む、
防空戦闘は必須だ。艦隊規模での高度な運用が求められる。

☆ちなみに「空母艦隊」を世界で初めて作り出し、運用したのは日本海軍である☆

日本とアメリカは、互いの空母を偵察機で発見してから
同時に飛行機を飛ばし合い、互いの艦隊にたどり着くまで
一時間近くかかることなど普通にあった。

皮肉なことに、道中の空ですれ違った
両軍の戦闘機同士で戦闘が発生したこともあるという。
空ばかりに気を取られると、
潜水艦の魚雷で空母が沈められることもある。

冷戦中のソ連海軍は、空母と原子力潜水艦を含む
巨大な艦隊を持っていたが、何度図上演習をしても
最後まで米相手に勝てる見込みがなかったそうだ。

「あの日本海軍が勝てない相手に、我々が勝てるわけがない」
   筆者の推測だが、こう思ったとしても不思議ではない。

湾岸戦争の例がある。当時、世界で四番目の防空戦力を持つと
恐れられたフセイン大統領のイラク。米海軍の機動艦隊の
攻撃を受けて、自慢の防空システムは3時間以内に「壊滅」した。

日本帝国の例。日本本土防空戦の際、大都市圏が焼け野原になったことばかり
メディアでは報道されるが、米もしっかりと損害を受けている。
米軍公刊戦史によると、対日戦で失われたB29の数、実に500機を超える。
全体の1/6を喪失したことになる。

B29だが、鉄の量が通常の戦闘機4機分に匹敵するほどの化物である。
米国の巨大な工業力が作り出した、対枢軸国用の戦略(決戦)兵器である。

文部科学省の教育とテレビなどのメディアは、
日本がぼろ負けしたかのように伝えるのが好きなようだが、
「どこがぼろ負けなのか?」

そもそもぼろ負けなら、世界最強の米軍相手に
どうやって3年半も戦えたのか。
日本が強かったからに決まっているだろうが。

『日本の教育機関(文科省)やテレビなどの報道機関は、
 第二次大戦に関して民間人の被害「だけ」を教えている。
 純軍事的な要素は全く排除され、国民には一切知らせない』

自ら情報を調べない限りは、
日本国民は永遠に真実を知ることができないのだ。

硫黄島の戦いは、映画にもなったことで知名度が上がった。
「硫黄島要塞」全長18キロの膨大な地下陣地。
日本軍の火砲保有数(大砲、バズーカ砲など)は300を超えた。

米軍が上陸地点で集中射撃を受けた際は、
「200以上の機関銃に照準された地獄」だったと
アメリカの元衛生兵は語っていたという。

この機関銃斉射の容赦のなさは、地獄と定義するのすらなまぬるい。
栗林中将の作戦は、敵をギリギリまで内陸など開けた場所に引き寄せてから、
各陣地の「十字砲火で皆殺し」にするものだった。

砂地に足を取られ、身動きは制限される。
射的に的の様に米兵に対し次々と銃弾が貫通していった。

日本側の射撃は「ミートグラインダー」(肉挽き器)と呼ばれた。
硫黄島で36日間戦った米軍の死傷は2万7千人を超えた。
連日、硫黄島での大損害を報じるメディアに米国民は戦慄した。
日本本土へ近づくにつれて米軍の損害は何倍にも膨れ上がっていった。

日本軍は地下要塞にこもっているため、姿は見えない。
トーチカは天然の岩にコンクリを混ぜたものを使っている。
そのため、気が付いたら撃ち殺されている。

ある米兵が、突撃中に足元に何かが落ちているのに気づいた。
すぐ前を走っていたはずの兵隊の頭部や内臓が飛び散っていたのだ。

「一人十殺。衛生兵から優先的に狙え」これも栗林中将の命令である。
赤十字のマークを付けた、非武装の衛生兵は次々に射殺された。

それでも幸運な衛生兵が、地獄の猛射の中をなんとか生き延びて
負傷兵の看護に行ったところで、皮肉にもよく目立つ目標になるだけだ。
止血の準備を始めた次の瞬間には、
大砲の直撃を食らって吹き飛ぶなど珍しいことではない。

日本軍の巧妙に隠した地下壕に足を引っかけ、
運悪く落ちてしまった米兵がいる。
彼は内部を連れまわされ、散々殴られた後、
4人の兵隊に銃剣でめった刺しにされた。

硫黄島から傷ひとつ追わずに帰国した幸運な兵隊に
かけられた言葉は、きまって
「あの地獄からどうやって生き延びたんだい?」これだった。
最前線を経験した米兵は口を堅く閉ざし、決して語りたがらない。

帰還兵を乗せた列車が、米のとある田舎町へやって来た。
硫黄島の戦いから帰って来た父や兄を迎えようと、
ホームでは大勢の家族が集まっていた。

ある兵士の弟は、ようやく帰って来た兄の姿を直視することができなかった。
他の家族たちも同様である。みなハンカチで涙を拭き、嗚咽(おえつ)を始めていた。
列車から降りて来た兵隊たちは、「みんな五体不満足だった」のである。

片腕か、あるいは両足を失い、あるいは片耳が消え、
後遺症で顔が変形している人もいた。
帰還兵は包帯だらけの体に松葉杖をついてほほ笑む。

「僕はこんな姿だけど、生きて帰って来たぞ。
  頼むよ。笑って出迎えてくれ。どうしてみんな下を向いているんだ」

命があるだけましだった。
家族たちは硫黄島の激戦のすさまじさに打ちのめされ、
返す言葉さえ思いつかなかったという。

第二次大戦中にアメリカ海兵隊に与えられた
名誉勲章(メダル・オブ・オナー)の4分の1以上が
硫黄島攻略部隊のために与えられた。

その当時、上官が部下の兵隊を脅すこんな言葉があったという。
「次は沖縄行きにするぞ」米兵は顔面蒼白になった。
地上戦は硫黄島に匹敵する激戦が展開された。

沖縄戦に投入された米海軍兵力は、
空母17隻の機動艦隊を含む、計1400隻の艦隊である。

10回に及ぶ神風特攻の総攻撃を食らい、米海軍艦艇の損害が増え続けたことにより、
米海軍司令部は、会議を開いて一時的に撤退することも検討したほどだった。

戦争の悲惨さは、日米ともに平等である。
日本軍が太平洋各地に作った収容所で
死亡した連合国軍の兵士は数え切れないほどだ。

↑の方で書いたB29の件だが、B29が撃墜された際にパラシュート
降下したパイロットが、仮に田舎の田んぼに降りたとする。
すると、多くの農民が集まってきて「鬼畜米英」と罵倒され、
農具などで歯や骨が折れるまでひたすら殴られる。

英語で命乞いしても外国語なので何も通じず、
そのまま憲兵隊のとこへ連れて行かれ「拷問の続き」が行われる。
日本憲兵の鬼畜ぶりは、この作品のボリシェビキの比ではない。

一番ひどい例だと、九州の大学の人体実験に使われた米兵が
7人もいたそうだ。「健康診断のためだから」と軍医に嘘を言われ
「サンキュー」と事情を知らない兵隊は答えていた。

日本は悲惨な思いをした。同時にアメリカも悲惨だった。
こちらが苦しい時は、敵もまた苦しいのが軍事の基本である。
歴史を正しく伝えないことが、英霊に対する最大の侮辱になると思う。

また現代の軍事の話に戻すが、
イギリスの軍事の専門家は、仮に全世界の海軍がアメリカ相手に
戦争を開始しても、半年以内に壊滅するか、あるいはアメリカ側に
寝返って戦線布告をするかのどちらかと予想している。

「おいイワノフ!! 北関東ソビエトは、
 すぐに無力化されるんじゃないのか!!
 なんで革命のことが大々的に報じられてるんだ!!」 ←ナツキ

「いや、実は我が方は、戦力がそれなりに整っているから
 あえて日本政府に対して宣戦布告をしているようだが…」

この戦力不足も零人が解決してくれた。
彼がこのように願ったからだ。

(ソ連の全盛期の戦力が揃えば革命が成功するのになぁ)

その願いは通じ、なんと北関東には
なんの前触れもなくソ連軍の全兵力が揃ってしまうのだった。


北関東ソビエトに出現した戦力は下記のとおりである。

戦車 5万5千両
装甲兵員輸送車 7万両
歩兵戦闘輸送車 2万4千両
砲 3万3千門
自走りゅう弾砲 9千両
ロケット弾   8千両
防空車両    5千両
対空砲     1万2千門
ヘリコプター  4千3千機

私が数話前に書いた内容をそのまま張り付けただけだが、
とにかくこれだけの戦力が北関東に揃ってしまったのである。

80年代の兵器とは言え、「戦車が5万5千両」!!
これだけで日本列島を縦断できそうなほどだが…

「ちなみに兵隊はいない」
「あ?」
「出現したのは兵器だけだ。乗る人はいないよ」
「どういう意味だ? では民間人を戦車に乗せるのか」
「そういうことになるのか…」
「…バカか!!」

ナツキは吠える。

「プロの兵隊がいないと意味がないだろうが!!」
「ないものはいない。仕方ないだろうが」

犬のごとく吠えまくるナツキにイライラするイワノフ。
彼を何とか落ち着かせるために、
北関東ソビエトの決定を教えてあげることにした。

「兵力として無職とニートを徴兵する」
「なにぃ」

最近の日本では、高齢化無職が問題視されている。

※高齢化無職

  18から35歳までがニート。それ以上の年齢で、働く意欲がなく家にいる人は、
  高齢化無職と呼ばれている。親の年金や金融資産に依存して
  生活しているが、親の死後、自殺や犯罪に走る可能性が懸念されている。

「そのニートたちの数は?」
「およそ67万人だ」

埼玉、栃木、群馬、茨城だけでこれだけの数の
ニート、無職がいるのだから驚きだ。

別に私が統計を取ったわけでもないし、資料を参考に
したわけでもないのでこの数はデタラメだが、
実際にこれくらいの数がいても不思議ではない。
なぜなら…

※政府が発表する、失業率の統計

ハローワークに登録しており、数か月間にわたって
仕事が見つからない人を数えて言えるだけ。
つまり「ハロワ」に登録してない人は含まれていない。
意図的に少なめに発表しているとしか思えない。

「そいつらは会社で働くこともできない軟弱者の集まりだろう?
  戦車に乗って戦えるのだろうか」

「その点は心配ない。この作品は小説だからな。
 何でもありと言うことにしておこう」

「イワノフ……メタネタを使うのはネタ切れを認めるのと同じだぞ」

ソ連軍は、臆病な兵隊が突撃をためらって引き返した場合は、
政治将校が機関銃で後ろから撃ち殺した。

とあるモンゴル系ソビエト兵は、脱走防止のために
戦車の座席に足が鎖で縛りつけられていた。
そのため、日本軍の火炎瓶攻撃を食らっても
逃げ出すことができずに焼死体となった。

「↑ナレーションみたいな感じで運用すればいいだろう」←イワノフ
「適当過ぎるだろ。いつからこの作品はギャグ作品になったんだ」

そしてこの膨大な兵力は、北関東ソビエトの指導の元、
東京へ向けて進撃を開始することになった。
主力はニート兵。一方で守る側は自衛隊。プロである。

いったいどうなってしまうのか、筆者には想像もつかないので
戦争の描写するのをやめることにする。というかめんどくさい。

こなってしまってはもう、学園がどうとか、強制収容所7号室が
どうとか言っている場合ではなくなった。

「先輩。脱走しよう」「おう」

久しぶりにマリーと太盛が登場したわけだが、
ついに物語が最後の局面に入ろうとしていた。

先に述べておくが、これからこの小説は
堀太盛と斎藤マリーの脱走劇を描くことにする。

どんな結末を迎えるのか知らないが、
これが正真正銘、最後の展開とする。
できればハッピーエンドにしたいが、いったいどうなってしまうのか。

そもそもどこへ逃げるのか。

「西日本だ」太盛が答えた。

「おそらく東京は壊滅するだろうが、
 西日本はまだソビエトの革命が起きていない。
 関西国際空港経由で外国へ逃げるぞ」

「どこの国へ?」マリーの問いに「モンゴル」と即答。

それはよくない。

「なぜだ!!」

モンゴルへの逃避は一年くらい前に書いた。
同じネタを書くのは退屈だ。

「じゃあ、どうすればいいんだ!!」

次の話で考えよう。筆者にはまだ書きたいことがある。


脱走

言葉にすれば二文字にすぎない。
この学園は、ボリシェビキによって支配されている。
徹底された共産主義的監視社会の中において、
脱走など自殺に等しいことを7号室の囚人達は熟知している。

もちろん斎藤マリエも例外ではない。

しかし

「今が好機だ」

こう考える囚人は少なくなかった。
北関東で大規模な革命が起きていることは、
もはや日本に住んでいる人なら誰でも知っているほどだ。

茨城県南部から埼玉北部に至る平野部に、
大規模な機甲戦力が展開しているという。
そして北関東ソビエトが日本政府に戦争を布告した。

「混乱に乗じて逃げるなら、今しかない」

大集団での大脱走を企てようとする男子達。
女子達はとりあえず静観。男子達の行方を見て
から判断しようと考えた。合理的である。
仮に筆者が囚人だったら女子の判断を支持する。

実際の学校の教育現場でもこのような現象は起きる。
男子と女子で共同作業などをさせてみると、
男子は一攫千金を狙うかの如く、大きな成果を短時間で
出そうとする一方、女子はまじめにコツコツと時間を
かけて目標を達成しようと思う。

例えば、日本のパート従業員は900万を超えるそうだが、
彼女ら単純作業に従事する者たちは、コツコツと同じ作業を
連続させる、集中量の持続性と忍耐力があるからだと言われている。

ボリシェビキに向いているのは女性の方であろう。
(ソ連式の筋トレもコツコツと、一日複数回に分ける)
コツコツとは、勉強に一番大事な要素だ。
真面目に、ゆっくり時間をかけて物事に取り組むことが
嫌いな人間は勉強には向いてない(一部の天才を除けば)

勉強ができないことを、自分の素質や周りの環境の
せいにする人をよくみるが、本当にできる人は、
どんなに時間が少なくても勉強の時間を作るものだ。
仕事でも少ない時間で効率よく段取りをすることが
どこの職場でも求められる。

ソ連の例をみてみよう。
天才トロツキーの失脚後、ソ連閣僚の間では権力争いがにわかに活発になった。
「スターリン」が、ジノヴィエフやカーメネフから
権力を強奪するまでの紆余曲折を調べてみると、
実にしたたかで、猫をかぶり、好機を待ち続ける忍耐力があった。
特にアジア的な退屈な発言を好んでいたことが特徴的だ。

※アジア的な退屈さ
 極東の島国のスガ官房長官がよくする発言のこと。
 記者に意見を求められているのに
 周囲との関係悪化を恐れて逃げの一手で済ませる。
対義語になるのが、トランプ大統領の歯に衣着せぬ言動だ。

北アジア出身(グルジア)のスターリンは、党中央委員会の総会でも
退屈な発言ばかりして、周囲から侮られる一方、
心の奥底では政敵を一斉に粛清する野望を秘めていて、それを実現させた。

我慢強さはすごいが、部下の言動の細かい
ミスをいちいち指摘する、政敵に過去にされたことを
20年以上根に持つ執念深さなど女性的な面がよく目立つ。

「マリー。革命は簡単に成功しないよ」
「どうして?」

太盛は夜勤明けで重くなった、まぶたをこすりながら
マリーの手をやさしく握った。

「フランス革命の歴史をよく勉強すればこんなことがわかる。
 革命を起こすには全国民に情熱が必要なんだよ。
 これを革命的情熱といってね、国家権力を守る砦である
 軍と警察をすべて撃破しないと革命は成功しない」

「それだったらさ」

マリーが可愛い顔でくちびるをとがらせる。

「北関東にはソ連地上軍の全戦力が揃っているんでしょう?」

「確かにね。だが重要なのは、北関東以外の全ての地域の
 人がその支配を受け入れないだろうってことだ」

「ええっと、つまり日本の全ての都道府県の、しかも
 大多数の人がボリシェビキに賛同しないとだめってこと?」

「そういうこと。君はずいぶん理解力が高いね」

☆☆↑これ超重要★★

先ほどの会話はまさしく、ウラジーミル・レーニンがロシア革命を
起こす際に最も重視したことであるのだ。

すなわち、国家とは何かを考えればよい。
国家とは、国民の集合体である。最上級の単位である。
農民がいる、法律家がいる、科学者がいる、学者がいる、
政治家がいる。当然貧富の差はある。

それら利害関係が全く異なる国民が、
一斉に国家制度の破壊を願わないと革命は成功しない。

強力な軍隊で仮に全土を征服しても、必ずレジスタンスなどの
抵抗運動、反政府運動、暴動、略奪、殺戮が発生する。

何度も述べたが、レーニンはフランス革命を研究し尽くした。
当時のフランスで革命を主導したのが第三身分という身分だが、
つまり平民で、王族、貴族、聖職者から搾取されていた人たちが
『9割近く』を占めていたという。

この第三身分(市民)が集まって、彼らのために議会の議席を確保し、
武器庫やパン工場を襲撃したり、途中でナポレオンが現れ、欧州を席巻したり
エルベ島に島流しにされたりしてフランス共和国ができあがるのだった。

『第三身分が9割近く』← ☆まさにこれ☆

話は変わってロシアへ。第一次大戦末期の対ドイツ戦。
ロシア軍の前線からの脱走兵がついに100万を超えた。
ロシアの国民の8割が農民であり、
彼らは勝ち目のない戦いのために最前線へ徴兵されていた。

ロマノフ王朝はトルコ、日本、ドイツとの戦争で負け続け、
次第に国民から見放されていった。
日露戦争中に血の日曜日事件が発生しているほどだ。

※血の日曜日事件
 戦争反対のためデモを起こした市民に、政府軍が発砲した大事件。
 ロシア帝国の内政不安を全世界に露呈した決定的な事件だった。
 事件が起きた場所はサンクト・ペテルブルク。当時のロシア帝国の首都。

国家の転覆とは「ほぼ全国民」が革命政府の考えに賛同しなければ
成功し得ない。もっというと、現政府を倒した、「その先」に国家を
安定させなければならない。

これは脱走にも通じることである。逃げたその先に、何があるのか。
どこへ逃げる。どうやって生き延びる。これが重要だ。

学校も同様だ。学校で学んだ勉強、体育、部活、友人関係。
それを卒業後の長い人生にどう生かすかである。

仕事に忙殺されてロクに新聞も読む暇もない、東大出身の旦那。
明治大学出身で専業主婦の妻。
図書館通いと新聞を読むことを欠かさなかった妻が、
結婚後10年以内に夫の教養レベルを凌駕した例がる。

何事も継続が大切なのである。運動も同じで、運動不足は
万病のもととなって健康診断の結果に出ることであろう。
継続を続けた人間には、必ず何らかの褒美がある。

人の知性についてドイツで面白い例がある。
アドルフ・ヒトラーの天才性を多くのドイツ人が認めていた。
その中でA・シュペーアはこう語る。

「ヒトラー総統は恐るべき洞察力と知性を秘めていた。
 彼のギラギラした目で見つめられると、
 話に引き込まれてしまう悪魔的な魅力があった。
 何よりすごいのが、それが例え彼の専門外の話であっても
 話の要点を直ちに理解してしまうことだ」

直観力、要点の整理。言葉の説得力など、
大学を出ているわけでもないヒトラーは間違いなく賢かった。
知識人に比べて劣る教養の面は、猛烈な読書で補う苦労人であった。

※アルベルト・シュペーア
ドイツの建築家、政治家。1943-1945に軍需、軍事生産大臣に就任。

ドイツ千年帝国の首都「ゲルマニア」の設計を担当。
(実際は作られる前にドイツ敗戦)
ヒトラーは新首都の大型模型を見て「君こそ天才だ」とシュペーアを褒めた。

(当時のナチスは、全欧州を征服後、アメリカも倒して
 千年続く帝国を作り上げようとしていた。
 恐るべきことに、最終的には日本との戦争も考慮していた…)

部品の生産の効率化など、今までの生産体制の見直しを図り、
米英の熾烈な空爆に悩まされる中、
「1944年にドイツの軍需生産は最高峰に達した」

これはシュペーアの功績ばかりだと誤解されるが、
実は前任者のトートが計画していた案を実行していたのだ。
ヒトラーがシュペーアに軍需大臣の地位を任せたのは、
シュペーアがヒトラーと最も親しい側近の一人だったからだ。

そのため、彼のヒトラー観は、限りなく真実に近いものだとされている。

だらだらと余談が続いた。そろそろ本編の続きを書こう。

「革命が起きないんじゃ、北関東ソビエトが自衛隊と
 戦っても結局無意味じゃん。なんのために戦うの」

「災害なんて目じゃないくらいの危機的状況だな。
 戦争の結果がどうなろうと、日本は阿鼻驚嘆の地獄と化してしまう」

「日本人は資本主義者の人が多いんだから、
 ボリシェビキになるわけがないよ」

「そもそも若い世代の人はソ連を知らないだろうな。
 あと中高年でも共産主義を知らない人がいると思う。
 ま、それが普通だ。日本で生活していたら、
そんな発想がまず思いつかないよな」

「議員とか公的権力に守られている人はみんな反対するよね」

「国会議員は優先的に死ねばいいと思うけどな」

そんな時であった。

『あーあー、日本に住んでいる、全ての国民に注げます』

学校の館内放送で内閣総理大臣の演説が流れ始めた。
テレビとラジオで中継しているものを、
生徒会が流してくれているようだ。

『突然ですが、戦争の結果を発表します☆
 北関東ソビエトの全戦力はすでに撃破されました』

この発表にマリーと太盛は、天地がひっくり返るほど驚いた。

嘘ではないかと疑ったが、テレビ中継ではっきりと映し出されている。
そこにあるのは、北関東の平野部に「遺棄」された軍事兵器だった。
ソ連地上軍の保有する全戦力は、乗組員がニートと無職だったため、
自殺、脱走、発狂などを繰り返して戦闘を全力で拒否。

(働きたくないでござる!!)

ボリシェビキ指導者たちは、拒否する者の頭を叩く、
それでも言うことを聞かない場合は銃殺するなどしていたが、
その間に自衛隊の超高性能の戦闘機が100機以上襲来し、
あっという間に空爆して破壊してしまった。

これは冗談のように聞こえるかもしれないが、
実際に自衛隊の保有している戦闘機の性能は、
米国製でもあることからも世界トップクラスなのだ。

我が方が1機で、中国軍の戦闘機10機相手でも、
かすり傷ひとつ負わずに撃破できるといわれている。
実際のところは全く分からないが。

ところで筆者の軍事知識は
第二次大戦でストップしているので現代の軍事には疎い。
そのため、あてにしないでほしい。

確かなのは、我が国のパイロットの練度が高いことか。
(実戦経験がないのが痛いが……訓練の質は帝国時代と同様である)

致命的だったのは、ソ連地上軍の全戦力が、展示品の様に
関東平野に勢ぞろいしていたため、狙い撃ちするのに好都合だったことである。
ミサイルの集中攻撃を受けた際に、
弾薬やエンジンの誘爆などを繰り返して、花火のように散ってしまった。

「やっぱりだめか」レーニンは落胆した。

ラーメン屋で味噌ラーメンを食べていたレーニン。
お店の液晶テレビには、木っ端みじんに破壊された
ソ連製の兵器の山が映されている。

兵器の全てが破壊されたわけではないが、乗る人が
逃げてしまったので、ただの鉄の塊となってしまっている。

店主が気を使ったのか、レーニンのラーメンには
メンマとコーンが大量に盛られていた。

『北関東ソビエトはぁー、我が国に対してぇ、正式に降伏しました☆』
首相の演説である。それにしても活舌が悪すぎだろう(割と深刻なレベルで)

レーニンは彼の日本語が、イタリア人の話す英語の様に
聞き取りにくかったのでイライラした。そして、いっそこれなら、
と思ってまた「独裁者スイッチ」を押した。
願ったのは、首相が本音で国民に語り掛けることである。

ちなみにこれは大変に危険である。
我が国の政治家から「アジア的退屈さ」を奪ったら、
それこそ国民全体で暴動が起きかねない。

「戦争が終わったので、これから国内の復興予算と
社会保障費などの増加に伴う、消費税の増税を行います!!」

この小説執筆時点で(2018/10/20)では、
政府は来年の10月に10%に引き上げるとしている。

劇中の首相は早急にも最終的な目標を示してしまった。
なんと10年以内に消費税を34%まで引き上げることを明言した。
考えてみてほしい。消費税34%である。

この数字には根拠がある。
著名な経済アナリストらが、日本の財政赤字の返済と社会保証費の
捻出を「完璧」にするために必要な数字として算出している。
(アナリストによって異なるが、だいたいが31~36%と指摘)

我が国の予算は、2018年度は一般会計で全体(97兆?だったかな)
の3割近くが社会保障費になっていて、この部分は丸ごと国債を発行して
将来の借金としている。2019年度の国家予算は
108兆くらいを予定しているそうだ。ついに100兆越えである。

社会保障費は今後、さらに増大する。
財務省のHPを調べてみると、財政破たんのリスクが
最も高くなるのが2025年としている。(2025年問題)

これは、厚生年金(もちろん共済年金含む)、
後期高齢者医療保険(一割負担)、
介護保険などの適用になる70歳以上の年齢層が、
人口ピラミッド上の最大に位置する年なのである。

すでに1080兆くらいある赤字が、このままでは増加の一途である。
病気の老人に石を背負わせた状態で鞭打ちするのに等しい。

90年代のバブル崩壊から政府が少子高齢化の対策を怠り、
30年近くデフレが続いた結果がこれだ
欧州型の福祉国家に憧れて今さら幼児教育の無償化などを
しているのでは、時期が遅すぎる。

若い世代が働きやすくするための環境づくりなど、高度に発展した
資本主義、議会制民主主義の国家では当たり前に行っていることである。

例えばフランス人の家庭持ちの男性は、日本円で月11万の手取りで
生活していけるという。子育て、学費、医療にかかる費用、
その他を国が負担するからだ。

民主党時代の日本は、総務省の試算で家庭持ちの男性が
家族全員を養うのに必要な金額は、最低でも25万以上とされていた。
(東京都の物価だろうか?)おそらく25万でも足らないだろう。

安倍政権の内政政策は、まさに日本国の後進性を端的に示しているといえる。

「まずは10%への引き上げですがぁー、最初に行うことは、
 幼児教育のぉ、無償化による。若い働く世代へ…の負担軽減です。
 ですが、その前にぃ、やっておくことがぁあります!!」

「それはですね、わたくしたち、国会議員の給料。引き上げです!!」

斉藤マリエは、おやつとして食べていたチョコチップクッキーが
口の中からこぼれ落ちた。首相のぶっちゃけトークを
聞いていると、それを拾う気にすらない。

「わたくしたち、政治家、国会議員は、庶民の皆様より
 優雅な生活をしておりますから、出費が高いのです。
 例えばわたくしは、3万円以下のワインを飲んだことがありません!!」

「わたくしは、3千5百円というクソ安いカツカレーを食べて
 国民のみなさんに庶民アピールをしたりして支持率を稼いでおります!! 
さて、今回の我々の給料引き上げですが…」

「わたくしが1本10万のワインを買ったとします。
 するとどうでしょう。増税の割合は、千円の安いワインより
 高くなりますから、その分多くの税金を払わなければなりません!!
 ですから今の生活レベルを維持するために、給料がもっと必要なのです!!」

「我々、衆参両院の国会議員、総勢700名(このくらいの人数だったかな)
 はぁ、全会一致で、審議するまでもなく、理事会をスルーして
 給料引き上げを可決させました!! 本当はマスコミに
 報道規制をかけて内緒にしたかったのですが(笑)!!」

国会議員の年収 3300万円。
議員手当 JRの無料乗車。一部航空機の無料使用。
14万円の高級マンション、手当により月4万で入居可。
その他、無数。

これらの特権を加味して、実質およそ4400万円の年収になる。

「我々の給料をぉ、少ないですが、
 年収3800万円まで引き上げます!!」

つまり年収が実質4900万になったわけだ。

「国会とはぁ、国の最高府であります。
 したがいまして、我が国の法律はわたくしたち
 国会議員が好きに作ることができるのであります!!」

これが問題である。仮に国民の人気を失って
議員の入れ替わりが多少あったとしても、どいつも
こいつも「ぜいたくな暮らしをしたいクズ」しか当選しない。

「そもそも政治家になりたい奴は、そういう奴しかいない」
 TBSの誰かがこんなことを言っていたが、筆者も同意する。

数多くのゴミから、少数のゴミを選択しているのが、
日本の議会制民主主義、間接民主制なのである。
そしてゴミが作り出すので国家制度はゴミになる。簡単な話だ。

国は人が作る。かつて大久保利通卿が無くなった時、
彼の全財産を調べたら140円しか残っていなかった。
今の価値で100万程度である。

日本一のお大臣と呼ばれた、維新三傑の大久保。
彼の財産が一体いくらあるのかと、閣僚たちが
ワクワクドキドキしながら調べた結果がこれだ。

当時は明治日本が列強各国の侵略に備えて
軍事力の強化、国力の発展に力を入れいた時期である。

大久保は、私財を投げうってまで、国の公共事業などの予算を払っていた。
現金が少ない一方、借金は今の価値で「1億円以上」もあったが、
大久保の誠実さを知っていた周囲は、誰も借金の返済を求めなかったという。

このように国家のために全てを投げうった人は、明治時代は
数多くいた。例えば陸軍、満州軍総司令部の総参謀長の児玉源太郎。

彼は、満州平野で行われたロシア帝国との最後の死闘
(奉天の大会戦)に勝利し、帰国後、別人のように弱々しくなり
まもなく死んでしまった。常に兵量に劣る日本が、
いかにしてロシアと互角以上の戦いをできるか、
全ての英知を出し尽くした結果、彼はその魂を満州に置いて来てしまったのだ。

私の偉大なる祖父(シナ派遣軍。重機関銃大隊所属)を含む、
英霊たちが命を懸けて守った日本が、現在の日本である。

「年金についても述べさせていただきます!!」

首相だ。

「国家に収められた年金は、わたくしたちが一度国民から預かったもの。
 すなわち、わたくしたちのポケットの中にあります。
 国民の皆さんのお金をどう使おうが、私たちの自由です!!」

「国民のぉ、税金はぁ、わたくしたちの、おこづかいであります!!
 自分の小遣いをどう使おうが、わたくしたちの勝手であり、
 周りに人達にどうこう言われる筋合いは、全くございません!!」

年金支給の開始年齢を、最終的には基礎年金が75歳から。
厚生年金は80歳からで固定。75歳前に事故や病気で
働けなくなった人には当然、障害年金や生活保護は支給せず、
自己責任とし、貯金を切り崩して働くよう要請した。

戦争末期の日本軍と同じだ。
行軍の途中で落後した兵隊は、そのまま見捨てられた。
兵隊は飢え死にするか、獣の餌食になるのを待つだけだ。

(生活保護は在日朝鮮人に最優先支給なので
 日本人に払う余裕はほとんどない。
 くわしくは各自治体の市役所、市民課へどうぞ)

ちなみに来年度の国会で提出される法案は、70歳定年制であろう。
これを簡単に読み解くと、70歳まで一切の年金を支給しない。
70より前で支給する場合は、定額より減額するということだ。
減額された分では絶対に生活費をまかなえないのは言うまでもない。

マリーは、保健室の壁に穴が開く勢いで拳を突き立てた。
太盛も怒りが抑えきれず、保健室のベッドの上で
上体を大きくゆすり、吠えるなどして怒りを表現した。
病み上がりなので激しい運動ができないのだ。

「この国、もうだめじゃん。西日本に逃げても
 行政がこんな低レベルじゃ生きていけないよ」

「うん。俺もここまで最低の演説は初めて聞いたぞ。
 政治家って本音で話すとこうなんだな」

続けてアソー副総理、財務大臣の演説で

「老人は冬場にもちをのどに詰まらせるか、
 夏場に熱中症で死ぬなどして早く減ってください。
 オレオレ詐欺は、実は総務省と警察が関与しています。
 そのため真犯人は捕まりませんし、一生終わりません」

などと心温まる発言をしていた。

「心温まるどころか、はらわた煮えたぎるわ。
 ま、小説だからいいけどさ」

「財務大臣は現実でも老人が早く死ねばいいって
 発言はしていたようだぞ……。すぐに取り消したけど」

「政治家なんてそんなもんでしょ。でもさすがに
 国会議員の給料引き上げはネタでしょ」

太盛は、客のイタズラによって餌の代わりに
どら焼きを投げ込まれた際の、ゴマフ・アザラシの顔をした。

「先輩のその顔は、まさか」
「やっぱりマリーは、震災後の国会議員の給料引き上げを知らないか」

東日本大震災後、国会議員は自粛して議員給料を2割引き下げた。
その後、国民にばれないようにこっそりと元に戻してしまった。
つまり満額支給にしているわけである。

表向きの理由は、上の演説にあるように「生活が苦しいから」
正しくは「ぜいたくな生活をしたいから」に他ならない。
国会議員の本質は、「絶対に今の生活レベルを落としたくない」の一言に尽きる。

議員は、政治を考える際に第一に「自分たちの生活」を考える。
そのあと、自民党であれば、まず国力増強のためにGDP規模での
政治経済を考える(自民党のやっている、大企業の収益増加、
円安株高、輸出量拡大)そのあと国民の生活について考える。

つまり、①自分たちの生活 ②国力 ③国民の生活
我々の生活は三の次である。

「国民に楽をさせず、ぎりぎりの範囲で生活させる。
 行かさず殺さずが理想」これが自民党の本音である。
 というか、生かさず殺さずこそ、資本主義の本質である。

ちなみに、国会の理事会には、「増税の前に自分たちの給料引き下げ」
「議員定数の引き下げ」は案すら提出されていないそうだ。
当然審議されるわけがない。おそらく永遠に。

自民党議員は、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の改善、
と口癖のようにほざくが、まずそいつ自身が議員を辞めて直ちに死ぬことが、
財政健全化のための最善の策であることは多くの国民が同意することだろう。

筆者が声を大にして言いたいのは、この国の制度の根幹的な問題は、
自民党以外の党が第一党になれない、ならないことである。

そのため自民党がどれだけ汚職を繰り返しても、
前の衆院選の様に、自民が野党になるリスクがゼロのため、
どうにでも不正を続けられる。

民主主義の根幹を日本国自らが否定していることから、
この国には民主主義制度はおそらく機能し得ないと考えられる。


マリーが渋柿を食べている中年のおっさんの顔で答える。

「議員給料のことは知らなかったわけじゃないよ。
 トモハル君から少しだけ教わっていたからね。
 あれ、嘘じゃなくてマジだったんだ」

「ああ、マジだ。この小説の作者って日常生活で
 すげえストレス抱えてそうだけど、
 読んでると目からうろこな情報も多いよな。
 筆者の個人的な感情もだいぶ混じっているとはいえ」

かつてドイツ敗戦直前のアドルフ・ヒトラーは言った。

「最良な人間は、戦争で死んでしまった。
 我が祖国にはクズしか残らなかった。
 負けるのはドイツ人がソ連人よりも劣等だからだ。
 クズたちが敗戦後の社会で生きてなんになる。
 みんな死んだほうがいい」

(その後、部下のシュペーアにドイツ国内の全ての
 インフラ設備の破壊命令「ネロ指令」を発動。
 シュペーア。冷静な判断で命令を拒否。ヒトラーと絶縁する)

上のヒトラーのセリフは、今の日本の政治家に対して言ったのだろうか。



「先輩。そろそろ脱走のことを真剣に考えようよ」

マリーが指摘するのも無理はなかった。

「だって、まるまる二話分くらい戦争の話ばっかりしてるから。
 私達が保健室で話しているシーンから全然進んでないよ」

NHKの朝ドラのことを言っているのか。
あのドラマは登場人物たちが同じ場所で
会話しているシーンだけで尺のほとんどを使う。

いかにもスタジオ撮影している感がすごい。
それと会話の間が妙に長く、話しのテンポが悪い気がする。

私はスピード感のない作品は好まないので
自分の小説は店舗を意識して読みやすくしている。

「また誤字。店舗じゃなくてテンポ…」
「よせマリー。いつものことじゃないか」

おほん←咳払い

「政治批判をするための小説を書いたわけじゃないでしょ?
 ちょっと政治の話多すぎて頭痛くなるんだけど」

また筆者に対して言っているようだ。
確かになぜか政治の話が多くなってしまった。反省する。

「そもそも」

ん?

「高校生にとって年金なんて相当先の話だよ。
 私と太盛が真剣に考えられるわけないでしょ」

確かに。筆者も高校生の時はそんなこと意識してなかった。当然だ。

「あと、なんで途中からギャグっぽい展開になってるの?
 前半の、ものすごいシリアスな空気が消えてるんですけど。
 それと私が主人公なの忘れてないよね?」

あらすじを読み返してみると、確かに斎藤マリーが主人公になっている。
自分で書いたことなのに、うっかり忘れかけていた。

「ちゃんと書いてよ!!」

……うむ。それは分かっている。だが、それそろネタが…

「ネタなら3年生の論文の検閲とか、私とマリカお姉さまとの
 話とかたくさんあると思うんだけど。めんどくさいとか言って
 書かないのは作者として…」

マリーはここでいったん言葉を止め

「あるぇ?」と言った。

なんだ?

「太盛先輩が…」

太盛はぼけーっとしていた。いや、彼はもともと
ボケているような人だが、それにしても様子がおかしい。

「太盛先輩?」

マリーが彼の肩を揺さぶるが、何の反応もない。
太盛は、窓の外をじぃっと見つめたまま、動かない。
どこか一点を見つめるわけではなく、ただ顔をそっちに向けている感じだ。

なにより驚くのが、彼の目が白目をむいていることだ。
気絶しているわけではないのだろう。
マリーが彼の腕を取り、脈を図ると正常である。
普通に呼吸もしている。

「ん」

太盛は、何かに対して恐れを抱いたのか。首を横へ振った。
ボクサーが相手の拳を避ける動作のようだ。
そのあと、また窓の外をじっと見続ける状態に戻った。

「えっと…せんぱい?」

彼はいったいどうしてしまったのか。
一話前までマリーと政治の話をしていたはずなのに。
持病の発作でもあったのだろうか。

私は彼に持病があるという設定は作っていないため、
何が起きているのかさっぱり分からない。

「ねえ、どうにかしてよ!! なにこれ!! どうなってんの!!」

取り乱すのも分かるが、私にもどうしようもない。
話の視点を三人称から、太盛の視点に移すことで解決することにしよう。



※堀太盛の一人称

脱走、逃げるとか、逃避とか、そういう言葉は良くないんだよ。
他でもない、俺にとってはな。

俺は17歳の誕生日を迎えた健全な高校二年生。
自分が一時期ボリシェビキだったことはすっかり忘れ、
今はクリスチャンに戻った。熱心なキリスト教徒なのは堀家の影響だ。

俺に対しては威張るくせに、神に対しては僕となる親父殿の
影響が色濃い。うちの家では神を冒涜する人は、使用人だけでなく
肉親も含めて厳しく叱られる。

俺は脱走を真剣に考えた時、ふと保健室の窓の外を見た。
中庭が見える。特に何の変哲もない。昔あったはずの
マリア像は退廃的な宗教の象徴として撤去され、
手入れされた芝生とアーチを描く道があるだけだ。

マリア像の土台となった大理石は残されている。
白い大理石は聖母様の純潔の象徴となる。
絵画で描かれるマリア様のアトリビュート(象徴)は、白い百合。

…白。白か。ミウもこの色を好んでいた。
英国は白を正義の色として考えるそうだ。


俺はそこに、人の霊を見た。

10歳くらいの女の子だ。
腰のあたりまで伸びた亜麻色の髪。
大きくてくりくりした瞳をした可愛い女の子。
俺は別にロリコンってわけじゃないが、思わず見惚れてしまいそうだ。

その少女をなぜ霊と思ったのかはわからない。
足元がうっすらと消えかかっていたからそう思ったのかもしれない。

俺はオカルトマニアではないが、深い信仰心から
聖書の物語は全て事実だと信じている。

日本的な表現でいう霊界とか、死後の世界も当然あると思う。
人は死んでも魂になり、復活の時を待つだけだ。
昔絵画で見たことがあるけど、天へ登る前の聖者は頭の上に
光輪が描かれていた。その少女の頭の上には何もない。

「ふふ」

気取った、ませたほほ笑み。長い髪を肩の前にまとめて垂らして、
手でもてあそんでいる。ああ、なぜだろう。
俺はあの髪の毛の感触を知っている気がする。
潤っていて、みずみずしくて、触り心地が良かった。

「うふふふ」

あの少女は、きっと俺に近くに寄ってほしかったのだろう。
手招きこそはしなかったが、俺に保健室の外へ出ろと言っているようだった。

パイ…

セン……パイ!!

別の次元からの叫び声。悲鳴かもしれない。

俺は気になったのですぐ横にいるはずのマリーを見たが、
そこには壁しかなかった。俺は信じられないことに、
真四角に区切られた、狭い白い壁の中にいた。
ちょうど人間一人がなんとか入れるくらいの広さだ。

もちろん、あのウズベキスタン系のソ連人もいない。

突如出現した圧迫感のある空間には、
なぜか窓だけは存在して、その先にあのかわいい女の子がいた。

……ああ、愛おしい。抱きしめたい。ああ、抱きたい。
やらしい意味じゃなくて、あの子の近くに行って話しかけたい。
何を話す? それは何でもいい。名前でも住んでいる場所でも。

「そんなこと考えちゃ、だめ」

今度は違う人の声だ。少し大人っぽいけど、俺と同い年の女の子?
どう考えてもマリーの声だろ。だが、姿が見えない。
おいマリー。俺を止めたいならせめて顔食らい見せてくれよ。

にゅるんと、異常に細長い手が伸びてきて、俺の肩をがっしりとつかんだ。
その手は、何もない空間から突然現れたので、心臓が飛び出るかと思った。

「ああああああああああああああああああああああ
        あああああああああああああああああああああ」

たまらず発狂ししまう。

「そこで待っていてください。今行きますわ」

女の子はすーっと、地面の上を滑って移動してきた。
俺は怖くなったので急いで逃げようとするが、ここで
自分がベッドの上にいることに気が付いた。
足元のふとんをはいで、急いで立ち上がろうとするが、
足が硬くなってしまい、動いてくれない。

……はは。悪夢を見ている時のお決まりパターンじゃないか。

ぶおおん

空気が流れる音がしたかと思うと、女の子は窓をすりぬけてきた。
俺の目の前に現れたその子は、さっきまであったはずの顔がなかった。
長い前髪に隠されていた、長いまつ毛も、魅力的な瞳と唇もない。

女の子の顔は、肌色絵の具でのっぺりと塗りつぶしたかのように、
「目鼻口」が消えていた。これほどの恐怖があるだろうか。ば、化物だ…

「来るなよおおおおおおおお!!」

俺は唯一自由に動かせる手でまくらをつかむ。
まくらで自らの顔を守った。
女の子の気配がすぐ目の前まで迫ってくるのだ。

殺される。本能でそう悟った時には、全身の毛が逆立った気がした。

「太盛君」

そ、その声は…

そいつは俺の枕を優しくどかして、改めて顔を見せてくれた。

「脱走なんて考えたらだめ。逃げたら意味ないじゃない」

嘘だろ。見知らぬ女の子だと思っていたのに別人に変わっていた。
俺が一生忘れられるわけもない、「高野ミウ」がそこにいた。

夏休みに見た、ノースリーブのワンピースにショートパンツの姿。
あり得ない。真冬なのにこんな姿をしているなんて。

俺の記憶の中にいる彼女が、そのままそこに現れてしまったってことなのか?

ミウの夢を見るのは、実は生徒会の中では結構な噂になっていた。
あのトモハルもイワノフさんも見たことがあるという。
ナツキ会長はミウの夢を見るのを楽しみにしていたそうだが、
こんな危機的状況のどこに楽しむ要素があるんだ?

幽霊を見るのが趣味な、極度のオカルトマニアでもないとあり得ねえよ。

「せーまるくん」

なんだ? 今度は後ろから…

「ほあああああああああああああああああああああああああああああああああ」

もう一人のミウが、俺に抱き着いていた。
がっちりと、俺を絶対に離さないと言いたげに力がこもっている。

こ、この腕の感触。細さ。肌の色。
ミウはどちらかというと小柄で、色素の薄いタイプの色白で
手足はほっそりとしていた。エリカとは違い、スタイルは決して良い方ではない。
この暖かさ、感触は間違いなく高野ミウだ。幽霊のくせに現実的すぎる。

「エリカ?」

低い声。俺を抱きしめる手に力がこもった。

「こんな時にまで他の女の話? だめじゃない太盛君。
 私を悲しませることしたら、ダメ。ダメだよ。ダメ」

俺の思考が読まれてる……?
エリカのことは口にしていないはずなのに…。

目の前にいるほうのミウが、少しムッとした顔で俺を見た。
俺は馬鹿なんだろう。こんな時なのに、すねているミウの
顔が可愛いと思ってしまった。

そうだ。ミウは可愛い女の子だったはずだ。
はっきり言ってうちの学年で一番かわいい女の子だった。
美少女であり、美女だ。俺には到底釣り合わない。

「そんなことないよ」

また俺の思考が…

「太盛君は本当に学園から脱走したいと思っているの?」

「あ、ああ。思っているよ。なぜそんなことを聞くんだ?」

「冗談だったら良かったのになって思っただけ。
 太盛君はこの敷地内で死ぬ運命だったのになぁ。
 君が勝手なこと考えたら神様の予定が狂っちゃうじゃない」

神様の予定だと……? 
真顔で変なことを言うなよ。本気で怖くなるだろうが。

「太盛君に質問。人とは何でしょう?」
「え…? 人は、人だろ」
「うん。人だね」
「あ、ああ」
「今度は別の角度からの質問ね。神様と人はどっちが偉い?」

この質問の仕方は、まるっきりクリスチャンのそれだ。
この女は徹頭徹尾ボリシェビキだったはずなのに、
どういうつもりなんだ。死んでから改宗したのか?
ミウは英国国教会の影響下で育ったのは知っているが。

「神様に決まっているだろ」
「ぴんぽーん。じゃあ運命は誰が決める?」

これ以上ないほどの愚問だ。
人は神様によって創造された生き物にすぎない。
俺は神様だと即答しようと思った。

だができなかった。ざわざわと、あるはずもない雑踏が聞こえてくる。
最初は耳をすませば聞こえるほどだったが、すぐにうるさくなる。

四方を囲んでいた白い壁は消えてしまい、見慣れたショッピングモールの
映像が浮かび始めた。ゲームの一場面を思わせる。
今あった光景がうっすらと消えていき、また新しい光景が生まれる。
そのように自然と場所が入れ替わっていた。

俺は、レストラン街にいた。フードコートの中で
適当な椅子に腰かけていた。自分もミウと同じく夏服を着ている。
そして自分の隣には、失語症だった時の斎藤マリーがいた。
向かい側の席には、不機嫌そうなミウ。

周囲にはあふれんばかりの客で埋め尽くされている。

小さな子供のいる家族連れ。家で暇を持て余した老人。
ボディバッグを下げて早足で通り過ぎていく若者。
人よりもゆっくりとしたペースで歩く、学生らしいカップル。

うざってぇ人ごみだ。何より騒がしい。俺はこういう場所を好まない。
不愉快だ。なあ、ミウもそう思うだろ?

大衆に囲まれているとミウの美貌が余計に目立ってしまうから、
人の視線を気にして不機嫌になることが多かった。
ミウは愚かにも自分が変だから人に注目されると勘違いしていたが。

(ミウ。しかめっ面をしていたら美人が台無しだぞ)

いつもの軽口のつもりだったが、なぜか声にならなかった。
だが俺の気持ちが通じたのか、ミウが急に手鏡を出して
自分の目元や髪型などを確認していた。

「さあ。ここならいいよ。太盛君から話してよ。
 太盛君の口から直接聞きたいから」

なにをだ?

「太盛君が夏休み、エリカの別荘で何をしていたかをだよ」

ああ、そんなこともあった気がする。
俺とミウは毎日、入院中のマリーのお見舞いに行っていた。
お見舞いに行くのがデートも兼ねていた。
主治医にかなり深刻な病状の説明もされた時は、
俺たちがマリーの両親の代わりを演じている気分にもなった。

しかしな。ミウ。
どうして今になってそんなことを聞くのか理解に苦しむよ。

「俺はミウと一緒にいたかったんだよ。
 こんなこと今言っても信じてもらえないのはわかっているけど」

「太盛君がいなくてさみしかったんだよ?
 マリーの退院日だから絶対に来てくれると思っていたのに」

「ごめん。君を一人にさせるつもりはなかった」

「なんで今日は彼氏さんがいないのって、看護師の人からも
 心配されて、なんか私すごく嫌な思いした。
 太盛君は毎日病院に来てくれたのに、なんで最後の日だけ来ないの!!」

雑踏の中でもミウの声は響く。
かなり怒っているようだ。
そんなに気にすることだったのか?
俺は鈍感野郎だから女心なんて一生分からないけど。

「しかも、よりによってエリカのところへ!!」

この子はエリカのことを口にするだけで烈火のごとく怒る傾向にある。
そんなに恨んでいるのか。君はクラスでもエリカとほとんど
接点がなかったと思うけど

「悪かったとは思ってるって。だったらこうしよう。
 今度埋め合わせのためにどこかへ一緒に出掛けないか?」

マリーが、ぎゅっと俺の袖を強く引っ張った。
それ以上誘うのを止めてと言わんばかりに。

この子は言葉が不自由になった代わりにボディタッチが
過剰になってきている気がする。

「のう。ヨう、カント」(あかんで)

No.you c’antって言いたいのか? 
ひらがなすぎてファニー発音だが、普通に通じるから不思議だ。

この子が嫌がることはしたくない。
この子に頼まれたら何でも聞きたくなってしまう。
この子の顔を見ていると優しい気持ちなってしまう。なぜなのだろう。

「太盛君はマリーといるほうが楽しいだ。
 太盛君はマリーのことだけが好きなんだ。
 私なんていずれ捨てられちゃうんだ」

そんな悲しそうな顔をするなよ。

「ミウを捨てるなんて考えたこともないよ。
 そんなひどいこと、俺がするわけないだろ?」

俺は精一杯の笑みを浮かべるが、下手くそだったのか、
ミウには通じない。ミウの硬い表情は変わらなかった。

「やっぱり無駄だ。私はブスだから、最初からマリーに勝てるわけ
 なかったんだ。いっそ私の方から消えたほうが楽になれるよね。
 さようなら。太盛君。さようなら。短い間だったけど楽しかったよ」

ミウはハンドバッグを肩にかけ、席を立ちあがった。
まずい。このままミウを行かせてしまったら絶交されてしまう。
どうしたら気持ちが通じる? 俺がミウのことを嫌いになってないのは本当だ。

そもそも嫌う理由なんて初めからないのに。

「すてい ウィズ・ミー。ぷりぃず」(私と一緒にいようや)

こんな時に下手くそな英語やめろよ。和製英語専門の芸人でも目指してるのか。
俺はマリーの発音にイラついたこともあり、ついカッとなってしまった。

「止めるなよ!! さっきからよぉ!!」

マリーは呆然とし、俺のTシャツから手を離した。
あ……。なぜ俺はこんなにも大切な子に怒鳴ってしまったんだ。
俺は世界一の大馬鹿野郎じゃないか。

俺は彼女が泣きだす前に、抱きしめてやりたい衝動に駆られるが、
今この瞬間も人ごみの中へ消えようとしているミウの方が心配だった。

歯を食いしばり、駆けだした。
ミウは怒り肩でどんどん先へ進んでいくが、早足で
歩いているだけなので、全力疾走している俺なら余裕で追いつける。

くそ。人ごみを交わしながら走るのは意外と手間だな。
どいつもこいつも邪魔だよ。どけええ!!

「さあ!! 捕まえたぞミウ!! 話を聞いてくれ!!」

ミウの腕をつかみ、いよいよ彼女が振り返ろうとしたその次の瞬間。
また景色が飛んで、次の世界が現れた。

~まもなく、下り電車がまいります。白線の内側まで下がってお待ちください…~

男性の声のアナウンス。聞きなれた声だ。

俺はローカル駅のホームの前に立っていた。
ねっとりした蒸し暑さ、雲の間に隠れている太陽が、
うっすらと顔を出そうとしている。遠くの方に雨雲らしきものも見える。

「あ…」

俺が思わず声を出したのは、隣にいる高野ミウと手を繋いでいたからだ。
俺達は夏服の制服姿で、白線の内側で仲よく電車を待っていた。

人前でいちゃつくのは日本では恥ずかしいことだとされている。
男女の恋愛をいちいち隠そうとするのは日本人の悪徳だと
親父殿がよく言っていたよ。

周囲のおっさんや男子学生たちの視線が痛い。おれ、にらまれている?
美人のミウといるのが同性の嫉妬を買ったのか。

俺もミウの手も汗ばんでいる。正直手を離したかったが、
そうしようとするとミウが余計に力を込めてくるのだった。

「おお、おお。若いってのは良いねぇ。太盛のくせに」

あいつは……マサヤ? 奴はなんで反対側のホームにいるんだ?
そもそも今はどういう状況なんだ。学校帰りなのか?
それにしては朝っぽいな。新鮮ながらも緊張感に包まれた空気だぞ。

「私たちはね」

ミウ……。今日は眼鏡なんてしているのか。
時代遅れ感のある丸眼鏡だけど、むしろ流行を先取りしているのか。

「マサヤ君たちとは別のホームにいるんだよ。
 あっち側は学校方面。こっちは別の方面だよ」

ミウの指先が差した方向を、俺はつい目で追ってしまう。
彼女の指には神秘的な魅力があり、吸い込まれてしまいそうになる。

「なんで別の方面の電車を俺たちは待っているだ?」

「だって」

ミウは真顔で言う。

「太盛君は脱走したいんでしょ?」

俺が返答に困り黙り込んでしまうと、ミウが話を続けた。

「逃げるのって、本人は楽だよね。
 でも置いて行かれた人たちはどうなるんだろうね。
 自分の家族のこととかさ、そういうのを君は真剣に考えたことあるの?
 ねえ、どうなの太盛君。逃げないでちゃんと答えてね」

怖いくらいに真剣な表情だ。
俺はミウに質問されると妙に不安になってしまう。
俺の深層心理が見透かされているような気がした。

「俺の家族って言ったって。俺は兄弟もいないし、母親は離婚して
 家を出て行った。親父殿とは家でもめったに会わない。
 使用人のみんなはもちろん家族だとは思っているけどさ」

「ほら。あそこに家族がいるよ」

ミウの人差し指が、ある方向を指した。
マサヤと同じ側のホームに、電車がやってきたところだった。
その電車は快速電車なのでこの駅は通過するのだ。
そのタイミングで無謀にも線路上に飛び降りた少女がいた。

眼鏡をかけたショートカットの地味な女の子だった。
短いスカートを履いた、小学生の女の子。

電車の行方を妨害するかの如く立ち尽くしている。
脅えたりする様子はなく、超然として線路上に立っている。
電車は緊急停止ボタンを押したのか、急な減速を始めたが間に合わなかった。

「カリン様が死んじゃった」

ミウが感情のこもらぬ声で言う。

女の子のちぎれた親指が飛んできて、俺の顔に当たった。
痛い。最初は石が飛んできたのかと思ったぞ。
電車は俺たちに自殺現場を見せつけるように目の前で止まっている。

電車の車輪部に巻き込まれた女の子の四肢がめちゃくちゃになっている。
複雑に折れた手と足が、それぞれ変な方向を向いている。
首も変な折れ方をしたのか、背中から顔が生えているようだった。

肉片を辺りにまき散らしながらも、胴体部分だけは
しっかりと車輪と電車の間にはさまっている。
あの死体、どうやって取り除くつもりなんだろう。

女の子が途中まで読んでいた文庫本も血の色で染まっている。
女の子の体からは、今も尚大量の血液が流れている。
あたかも、全身をミキサーの中で残酷にかき回しているかの如く。

ふーん。飛び降り自殺ってこんな感じなのか。
冷静に考えて逃避したかったが、だめだ。
暖かくてどろどろした腸みたいなのが
線路上に飛び散っているのをみると…
俺は胃の中が空になるまで吐き続けた。

汚物が足元ではねまくって、隣にいるミウの靴下まで
汚してしまっているのに、ミウは顔色一つ変えない。


「ね。だから言ったでしょ?」

ま、待て。いろいろつっこみたいが、今は言葉にならない。
カリンって誰だよ。ミウの知り合いか友達か?

「言っておくけど、太盛君も死ぬ運命だから」

何を言っているんだこいつは?

「太盛君っていつも自分に損になる選択しかしてないよね。
 自分で気づいたことないでしょ。あなたの選択って
 最終的に自分を不幸にするだけで誰も幸せにできない」

「待て。気持ちの整理をする時間を…」

「待たない。ちゃんと現実を見て」

俺はミウに対し怒りさえ沸いたが、
吐きすぎて気持ちがだいぶ楽になってきあぞ。

「俺は君が何の話をしているのか、さっぱりわからない。
 こっちはいきなり人の死にざまを見せられて気持ち悪いんだ。
 そういう変な話はあとにしてくれないか」

「だめ。逃げちゃダメ」

「……脱走のことを言っているのか?」

「それもあるけど、私の話からも逃げちゃだめだよ」

「話して何になる? 君はもう死んでいるだろ。
 俺はこの世界が普通じゃないことに気づいているぞ」

「うん。私は死んだ。それは間違いない」

「そろそろ本当のことを教えてくれ。ここはどこだ?」

「さあ、どこだろうね」

「俺は今死んでいるのか? 霊や魂の状態か?」

「これから魂になればいいんじゃない?」

ミウは俺を突き飛ばして線路に転ばせた。
ろくに受け身も取る間もなかったので、
着地の際に左手を強く打ってしまった。

おいおい。ここからホームに上がるのは簡単じゃないぞ。
線路上から見上げるホームはとんでもなく高く感じるぞ。
俺の胸以上の高さがある。

まもなくして電車が走る音が聞こえて来た。
時速80キロを超すであろうそのスピードのままに、
俺をひき殺そうとしていた。

あと10秒もすれば俺も肉片へと変わるのか。

俺は不思議と落ち着いていた。
どうせ夢の世界なんだから。死んだって目が覚めるだけだ。

そう思っていたが甘かった。


この夢は覚めることはないと思い知らされた。

「ほら。足がふらふらしてるよ? ちゃんと前を向いて歩いてね」

俺は馬になっていた。
ちくしょう。ミウの奴。こんなに重い荷物を背負わせやがって。
テントやガスコンロ、食材や水などを満載した荷物を
背負わされて俺は歩かされている。

ミウが俺の前を歩き、先導役になっている。
しっかりと俺の口から延ばされた手綱を握っている。

「お父様。もうすぐ水場に着きますから、頑張ってください」

あの時の女の子だ。なぜ俺を父親と呼んでいるのか激しく謎だが、
もう突っ込む余裕もない。今回の夢では俺は馬になっていることで
納得した。夢だからな。どんな展開でも我慢するしかない。

「太盛君は馬になっても可愛いね」

それは褒めているつもりなのか?
馬じゃなくて早く人間に戻りたいよ。

重い荷物を背負わされる家畜ってこんなにみじめな気分になるんだな。
四つ足のおかげですいすい歩けるのは得なんだが、
あと女の子が俺の毛並みを愛おしそうに撫でてくれるのが
うれしくもあり、くすぐったくもある。

「マリン。あんまり彼にべたべたしないで。ムカつくから」
「はい。すいませんでした。ミウ様」

あの子はミウの使用人なんだろうか。
あんなに小さいのにお気の毒に。

どうやら俺たちは大草原の中を歩いているようだった。
向かって右手側に小高い丘…じゃなくて山々が連なる。
すげえ遠い景色だから青っぽく見えるな。

上空の風景は、綺麗な青空だ。栃木とそんなに変わらない。
しかしこれ、どう見ても外国だよな?
山ばっかりの栃木と違ってどこまでも景色が見渡せるのがすごい。

「たまには異国の田舎を旅するのも悪くないよね」

ミウが楽しそうに語る。

「何も考えることがなくていいね。実際暮らしてみると
 苦労が多いけど、どんな環境でも慣れだよね。
 お風呂がないこと、水洗トイレがないこと、
 髪が洗えないこと、紙がすごい貴重なことかさ」

「ミウ様のおっしゃる通りですわ。私もここの生活を
 一ヵ月も続けるうちに慣れてきました。原始的な
 生活をしていると体が健康になりますわ。
 毎日お天道様の光を体いっぱいに浴びていますから」

俺は馬なので会話に加わることはできない。
何か話そうとしても「ひひーん」と情けない鳴き声をあげるだけだ。

ミウとマリンと呼ばれた少女は楽しそうに話していて、
本当にここでの生活額になっていないようだった。
俺はまず馬であることが不満なのだが。

ああ、ついさっきは気にしてなかったよ。
だが会話もできないとなるとさすがにストレスだ。

言いたいことも言えない。
感じたことさえ表現することができない。

実はかなり喉が渇いていた。
ここの空気は乾燥しているから余計に乾く。

できればポカリとかアクエリが飲みたいが、
そんなもん馬にはぜいたく品になっちまうか。

一体いつまで歩き続ければいいんだよ。
たまに砂埃を上げながら突風が吹くから困る。
体ごと吹き飛ばされそうになるが、ミウとマリンと
共に体を縮めあって風が過ぎ去るのを待つ。

あっ、小さな水筒が飛ばされてしまった。
ミウの持ち物だったのだろうか、大自然の力に逆らえず、
水筒は、はるか空のかなたへと消えてしまったのであった。

「この馬鹿。あんたがちゃんと持ってないからでしょ!!」
「ひっ。すみません。ミウ様」

ミウがマリンに拳骨を食らわせた。昭和の体育教師かよ。

マリンは泣き虫なんだな。あの程度殴られただけで
ポロポロ涙をこぼしている。この子の泣き顔を見ていると
胸が張り裂けそうな気持ちになる。

馬にだってできることはある。俺は、説教を続けるミウに対し、
マリンを守るようにして立ちふさがった。

「お説教は最後までしないとダメなんだよ太盛君。
 マリンの将来のためでもあるんだから」

一体二人はどういう関係なんだろう? 
姉妹にしては似てないよな。
それにマリンちゃんって、どことなくエリカに
似ているような気がする。赤の他人って感じが全然しない。

俺たちは日が暮れるまで歩き続けた。
どこまで歩いても景色が変わらないのは辛かった。
例えるなら制限時間を決めずに、永遠とウォーキングマシンを
やるとこんな気持ちになるのか。

途中で大きな岩を見つけては、そこで座って休憩した。
ミウは高そうな腕時計で一時間ごとに時間を計り、
五分の休憩を入れてくれた。助かる。
この休憩がなかったらヘバっていたかもしれない。

マリンとミウはさっきの喧嘩で気まずくなったのか、
反対側の岩に背中を預けて黙っていた。
マリンはスマホをいじっていたが、電波が通っていないので
ネットができないのだろう。マイアルバムで昔取った写真を眺めていた。

ミウは空を見上げて不機嫌そうな顔をしているだけで、一言も話さない。
だから俺も黙って彼女たちのそばにいた。

居心地が悪いな。
こんな大自然の中でつまらない喧嘩をしてバカじゃねえのって思ったよ。
さっき飛んでいった水筒だって、安物だったんだろうに。
あんなものどこでも買えるだろ。

俺たちは小さな町へ着いた。
そこには二階建ての宿舎がある。
ミウとマリンはそこで泊まるのだろう。

俺は、どうすればいい?
家畜小屋が近くにあるのだろうか。
家畜の糞まみれの汚い場所で一夜を明かすことになるのだろうか。

つい最近まで人間だった俺には一時間だって耐えきれないだろう。
そもそも夜の冷え込みに布団もなしに過ごさないといけないのか?
正直発狂したくなる。早くこの夢冷めてくれよ。

俺の感情が伝わったのか、ミウが意地悪そうな笑みを浮かべた。

「太盛君が元に戻りたいって願えば、戻れるよ。
 ただし、私を一番に愛してくれることが条件だけど」

「ひひーん」

俺は言葉を使えないので、精一杯首を縦に振ることにした。
すると次の瞬間。俺は人間に戻ることができた。

だがおかしいことに気が付いた。
どうにもミウの背が高い。それに宿舎全体も
見上げないと全容が分からないほどにでかい。

おかしいのは俺自身だった。俺は幼児になっていた。
周りにあるものすべてが大きく感じるのは、俺が小さくなったからだ。

脱走- 

※堀太盛の一人称

「子供になったお父様も、これはこれで可愛いですわ。
 ほら、こっちにおいで。抱っこしてあげるわ」

俺はマリンちゃんの腕の中で抱かれていた。
俺は成り行き身を任せているだけだから、特に何も感じることもない。

本当なら子供扱いされて恥ずかしいと
思う所なんだろうが、もうどうでもよくなってきた。

精神的に疲れ切っていて、今はこの夢が早く冷めることだけを願っている

「マリンだけずるいよ。私にも抱っこさせて」

猫なで声のミウも俺を抱くのだった。
乱暴に俺の頭を撫でまくっている。

ミウの胸が俺に強く当たっているのに、
夢だとそういう気持ちにならないもんだな。

逃げたい。出来ることなら逃げたいが、どこへ逃げればいい。
俺はこの時初めてミウに、ここがモンゴル北西部の
ゴビ・アルタイ県だと知らされた。
そんなこと言われてもどこなのかさっぱり分からない。
ゴビ砂漠ってのは聞いたことがあるが。

俺はモンゴルの地理を知らない。
親父殿には夏休みのたびに海外旅行に連れて行ってもらったが、
後進国を旅したことは一度も無い。
モンゴルについては、住んでいる人種や国の大きさすら知らない。

俺たち三人は同じ部屋で休むことになった。
田舎の宿舎にしては広めの部屋なのだろう。
大きめのベッドが中央に二つ置かれ、
その他のスペースは広々としている。

「さて」

窓際の椅子に腰かけたミウが、俺を膝の上に乗せる。

「本当はいつまでも太盛君と一緒にいたんだけど、
 用事があるから行かないといけないの。
 ここで少しの間、待っててね」

ミウに呼ばれてマリンも廊下へ出て行った。
すでに日が暮れているのに買い物にでも行くのか?
女二人で町を歩くのは危険じゃないのか。
俺が護衛として着いていきたいが、幼児なので邪魔になるだけか。

俺はイスに座ったまま、時間を持て余すことになった。
飾り気のない壁掛け時計が、ゆっくりと時を刻んでいく。

今なら誰もいない。ここからこっそり抜け出すこともできる。
だがこの体でどうすればいい。鏡に映った俺の体は、おそらく
幼稚園児程度だろう。連続で1時間歩くだけでも辛いと思う。

「ただいまぁ」

なんだ。もう帰って来たのか?
ミウは俺の様子を一瞬だけ確認すると、すぐに扉を閉めて出て行った。

何しに来たんだ。それにしても嫌な予感がするな。
そのかんはすぐに当たることになる。

まもなくして扉を強引にノックする音がした。

「お父様!!」

マリンちゃんだ。すごい力で扉を叩いている。

「お父様。助けてください!! お父様!!」

なんだ…? なんで扉を開けて入ってこないんだ。
内側からカギがかけられているのか?

「このままでは殺されてしまいますわ!! お父様!!
 早くそこから逃げて下さ…」

ゴトンと人が倒れる音がした。間違いなくマリンちゃんが
倒れたのだろう。何て光景だ。閉められた扉越しに、
こちら側の床へとじわっと真っ赤な血が広がっていく。
血の海ってのはこんな感じなのか。

う、やばい。また吐き気がこみ上げてくる。

マリンちゃんは死んだのだろう。
この非常事態では悲しむ暇すらない。

早く逃げないといけない。この窓ガラスをぶち割って
外へ逃げたいが、ここは二階だぞ。
俺の小さな体じゃ、どうにもならないじゃないか。
まずガラスすら割ることができない。

「副会長閣下。堀太盛殿を確保いたしました」

また信じられない光景が広がっていた。
生徒会のミウの護衛どもがいきなり入ってきて、俺を囲みやがった。
武装するだけ無駄だよ。俺には初めから抵抗する手段などない。
いちいち俺にアサルトライフルを向けるんじゃねえ。

「ええ。ご苦労様。それより太盛君に銃は
 向けないでって言ったの、忘れたの?」

護衛の男どもに緊張が走る。
いつものくせで銃を向けてしまったのだろう。
ミウの性格なら、俺を傷つけようとする奴は
制裁の対象とするのも無理はない。

副会長姿のミウは、リーダーの男に平手打ちをした。
他の護衛達は萎縮し、下を向いて殴られるのを待っている。
だがミウはにらむだけで手を上げることはなかった。

生徒会副会長として俺の前に突如現れたミウは、
俺の前に片膝をつき、目線の高さを合わせて言った。

「私もずっと忘れてたんだ。君に言いたいことがあったの」
「なにを……?」
「ごめん」

うなだれたミウ。たった一言の謝罪は、
深い意味が込められているようだった。
何に対してのごめん? 俺は訊くことができないでいた。

護衛は黙って立っている。わら人形みたいだな。
開け放たれた扉の先には、背中から刺殺されたのであろう
マリンちゃんがいる。

ぷるぷると指先が震えているが、まさかまだ息があるのか?
大量出血していたのに信じられん。

「君を拷問するつもりはなかったの。ついカッとなっちゃって
 後先見えなくなっちゃってね。短気は悪い癖だから
 直すようにって、ナツキ君からよく言われてたのに、
 私はほんとダメな人間だよね。副会長失格だ」

俺はミウに拷問されたのか? 分からん。
そのあたりの記憶はあいまいだ。拷問されたと言わたら
何かされたのかもしれないが、ふと思い出す光景は具体的ではない。
もしかしたらそれこそ夢だったのかもしれない。

「ご党首様ぁ。私の罪は、貴女のご子息を傷つけたのことです。
 私は自らの罪を認め、悔い改めることを誓います」

ご党首? すると何者かが現れ、
マリンちゃんの足をずるずると引きずり始めた。
マリンちゃんは廊下へ出され、俺の視界から消えた。

入れ替わりで俺のお父さんが入って来た。

親父殿は、なぜかカーキ色の軍服を着ている。
上から下まで完璧に軍服を着こなしている。

短く切られた白髪交じりの髪。鷹のように引き締まった、
相手を威圧する顔つき。深くかぶっていた帽子を外し、
俺を見た。いや、見下した。

親父殿は斜視なので、俺と両眼が合うことは決しない。
(※斜視。両目がそれぞれ別方向を向いている人のこと)

「ミウ君から話は聞いたぞ」

いつもの威厳のある声で、

「この、バカ者が」

と言った。

俺は親父に逆らうことはできない。
親父殿は偉大だ。うちの家の最高権力者だ。
我が家の全ての財産を管理しているのは親父殿だ。

俺は学校の先生には反抗できても家では縮こまって生きて来た。
そういう生き方を、幼稚園の頃から徹底されてきたから。

「私はお前にたっぷりと時間をかけて、堀家にふさわしい人間に
 なれるように教育を続けてきたつもりだ。それなのに
 お前と言う奴はいつもいつも…」

長い説教は慣れている。俺が一番気になったのは、親父殿が
ミウを知っていることだ。親父が君付けで呼ぶのは心を許した
使用人に対してだけだ。

職場の人間に対しては冷徹で、決して心を開こうとしない。
外国の取引先と親しくなっても絶対にファーストネームで
呼び合わないことで有名だったらしい。

理由はあくまで仕事上の関係だからということだが、
本音は人を信用できないのだろう。

そして自分にも相手にも厳しい。
家にいる時も頑固で、気難しいが、酒が大好きだ、
日本人を絵に描いたような昭和の親父だ。だが偉大だ。

俺は今まで家で優雅な生活をさせてもらった恩を忘れたことはない。
高校生になってますますそう思うようになった。

「悪いのはお前だ。ミウ君は謝っているが、
 そもそもの原因はおまえだ。お前が全部悪い」

もはや言葉ではなく、雷鳴だ。
俺は頭上に降ろされた言葉をしっかりと受け止めていた。
親父の説教は長いし胃が痛くなる。
なにせ一つも言い返すこともできないのだから。 
 
「まあまあ。あなた。太盛も反省しているようだから
 その辺で終わりにしてあげましょう」

漆黒のドレスを着た貴婦人は、なんと俺の母親だった。
何で気取った格好を? 薄手のハイウエストのドレス姿。
足のラインがずいぶんと長く見える。肩にはショールをしている。

癖のかかった長い黒髪を後ろでまとめてアップにしている。
指先をスカートの前で重ねて、背筋を伸ばして歩いている。

ハイヒール。この独特の足取り、この人は間違いなく俺の母だ。
俺は中学三年以来、母に会ったことがない。
なつかしさで涙さえこぼれそうになった。

思春期の頃、母が無性に恋しくて仕方なかった。
あの年頃の男の子は親を避けたりするものだが、
本音は構ってほしくてたまらないのだ。

親がいるからこそ、親を毛嫌いして避けるのだ。
好きだから避けるのだ。
俺は、当たり前のように母親がいる同級生が羨ましかった。

中学最後の授業参観の時、もしかしたら俺の母親が
来るかもしれないと、無意味に教室の後ろを振り返っては
友達にからかわれた。俺にとっては大まじめだ。

俺の母は当然最後まで来ることはなかった。
あの時にはあの人は堀家を去っていたのだから、当然だった。

マサヤの奴が、はにかみながらあいつの母親と話しているのを
見た時、とんでもなくみじめな気持ちなった。

「ここは血の匂いがひどいわねぇ。
 太盛。こっちにいらっしゃい。
 後藤にお茶の用意をさせたわ」

気が付いたら俺と母以外の人間は消えていた。
よく見ると母はすごく若くて、俺が幼稚園くらいの時に戻っていた。
今の俺は幼稚園生。すると今の俺と母は過去に戻ったことになる。

扉を開けるとそこには、堀家の大食堂が広がっていた。
俺は母の向かいの席、ちょうど真ん中の席に座った。
座る時に見たこともない男性の使用人の人が椅子を引いてくれた。

この男性は誰なんだろう。長身で年齢は30手前といったところか。
ワックスで固めた短髪。広いおでこ。
知性を帯びた瞳。良い育ちなのは雰囲気で伝わる。
目鼻立ちはハリウッドスター並みに整っている。

「それでは、奥様。何か御用がありましたらお呼びください」

「ご苦労様。エドゥアール。もうすぐ休憩の時間でしょう?
 お皿の片づけは私がやるから、少し休んでいなさい」

「かしこましました」

深く腰を曲げてお辞儀し、音もなく扉を開けて去って行く。
上等な教育を受けてきたのだろう。
生徒会のボリシェビキどもともは品が全然違う。

エドゥアールってことは、フランス人なのか。
俺の知らない使用人が登場するとは思わなかったな。

アールグレイとチーズケーキがテーブルに並んでいる。
シンプルだが、昼前のおやつにはちょうどいい。
時計を見ると10時過ぎとなっていたのだ。
もう時間なんてどうでもいいが。

母は幼いころからチーズケーキを好んでいて、よく後藤さんに
作らせていた。これを作った張本人の後藤さんはどこだ?

厨房にいるのだろうか。てっきり彼が自分で運んでくると思ったのに、
給仕をしたのはイケメンのエドゥアールだった。
あっ、後藤さんはお昼ご飯の支度で忙しいに決まっているよな。

「さあ、いただきましょう」

俺はフォークを適当に差して、チーズケーキを食べていた。
下品だと親父殿ならすぐに叱られるところだが、母は何も言わない。

この人は不思議な人で、親父殿と違い、
俺に対し礼儀作法について口うるさくないのだ。
放任主義とでも言おうか、俺に対して明確な教育方針はないようだ。

俺を愛していないというわけではない。こうして10時と3時の
お茶の時間は必ず一緒に過ごしてくれる。俺は母に呼ばれると
絵本を声に出して読んでいても途中で止め、必ず食堂へ足を運ぶのだった。

これが俺の幼少期の思い出だ。

俺は5歳になるまで母の名を知らなかった。
父からは君と呼ばれ、使用人は奥様と呼ぶ。
母の名はチアキだ。
当時の俺にはその名が母の名前だとすぐには思えなかった。

母は時間通りきっちり生きることだけは徹底して、朝起きる時間から
寝る時間までスケジュール通りに生きることを美徳としているらしい。
とあるフランス貴族の風習をまねしているそうだが、精神的に疲れないのかね。

お茶を飲む時間をすごく大切にしていて、俺を毎日誘ってくれた。
その時間になると後藤さんはあれこれとお菓子のメニューを考えてくれる。

「お、お母さま」
「なにかしら?」

俺はとっさに言葉が思い浮かばなかった。
母は寡黙な人で、自分から話題を振ることがめったにない。

空気と共に時間を過ごしているような人だ。
大変な音楽好きでもあり、ピアノ、ヴィオラ、ハープが弾けるという。
食道備え付けのスピーカーからは、いつもバッハが流れている。

なぜバッハなのかと訊くと、バッハの作品は美しいだけでなく、
この時代に確立した古典技法が、現代に通じる全ての
音楽の基礎になっているからと力説されたことがある。

俺の教養のために聴かせてくれているようだったが、
当時7歳の俺にはさっぱり分からない内容だった。

途中で熱く語っていたことに気づいたのか、
母は恥ずかしそうに咳ばらいをしたのを覚えている。

「何か言いたいことがあるのでしょう。遠慮なく言いなさい」

思い出したぞ。この雰囲気、しゃべり方はエリカじゃないか。
俺が高1の時エリカに会って惹かれたのも偶然じゃなかったんだ。
逆になんであいつが俺に執着するのか気になるけどな。

母はクスクスと笑った。
俺が困った顔をしているのがおかしかったのだろう。
俺の顔は母親似だとよく言われる。たぶん
今鏡で見たらそっくりなのが自分でもわかるんだろうな。

「俺は、お母さんと」

別にお母さんでもママでもお母さまでも呼び方は自由だ。
この人は呼び方についても注意はしてこない。

「離れ離れになって寂しかったです。俺は堀家の長男に
 だからこの家に残らないといけませんでした。
 でも本音ではお母さんに着いて行きたかった。
 もっとお母さんと一緒にいる時間が作りたかった」

俺は、拳が震えていた。その上に熱い涙がぽろぽろとこぼれている。
時間軸を考えたらめちゃくちゃだな。俺は幼児。母は離婚前の若い姿。
俺はこの時空からして未来の話をしているのだから、通じるわけがない。

母はまたクスクスと笑った。そして優しく言った。

「何を言っているのよ」

ああ、そうだよな。笑われても仕方がない。
嫌な感じは全くしないが。

俺は一つの可能性を話しているんだよ。
俺が生きた現実に存在した、確かなことを。

離婚の一年前くらいから。母はよくしゃべるようになった。
話題は決まって親父に対する愚痴だ。
寡黙だったはずの母が、父の悪口を永遠と言い続ける姿は
子供心に恐ろしく感じたものだ。

この人が人の悪口を言う時は、本気で恨んでいる証拠なのだ。
そういう日は、夜遅くまで使用人の人を突き合せて
ワインを飲み続けていたそうだ。

---私は知っているのです。
苦難が忍耐を、忍耐が練達を、練達が希望を生むことを。

---アガペー。神の人間に対する無限の愛。
---あなた自身を愛するように、他人を愛しなさい。

母に読み聞かされた聖書の一説は今も覚えている。
あの優しくて忍耐強かった母が、なぜ父と深刻な確執を起こしたのか。

俺が、最後の紅茶の最後の一口を飲み終えるのを待ってから、
母はゆっくりと席を立った。

「そろそろ行くわ。ママはね、午後から予定が入っているの。
 夕方までには戻るから、あなたは家で良い子にしているのよ?」

俺の頭を名残惜しそうに撫でてから、去って行く。
だが途中で何かを思い出したのか、また俺のとこへ戻って来た。

「あらいけない。これを忘れるところだったわ」

手にした二枚のカードをテーブルへ置いた。
トランプやポーカーと思ったけど違うようだ。
裏返してあるから、こちら側からは何が書かれているのかわからない。

「ママが出て行った後に、このどちらかを表にしなさい。
 大丈夫。その間は誰も入ってくることがないわ。
 いい? よく考えてから決めるのよ」

「あの……。そんなこと急に言われても意味が…」

「今は分からなくても良いわ。今はね。でもそのうち
 必ずわかるようになるから、必ずどちらかを選びなさい。
 これは母との約束よ。きちんと守りなさいね?」

語尾が強かった。母にしては珍しい。
これは約束を守らなかったら本気で叱られるかもしれない。

母が去ってから、俺はカードをよく見た。

バッハの演奏は終わっていた。
振り子時計の音以外は何も響かない。食堂の雰囲気は重い。
 

俺はもしかしたらこの広い家に一人ぼっちで
残されているんじゃないかとさえ思った。

そして直感で分かるのだが、俺はどちらかのカードを選んだら
この夢から覚めることになる。これが、運命の分岐点なのか。

右か左か。どちらも真っ黒なカードだ。目立つ特徴はない。
どっちにするべきか。

英語のRightの語源は、イエスに起因する。
神の子イエス・キリストは、神の右手側にいる人が正しき人、
天へ昇る権利を持つ人とした。

ライトが正しいと訳されるのはそのためだ。
右が正しいのは、ドイツ語やスペイン語でも同じらしい。

俺は右手をそっと伸ばし、右側のカードを表にした。
カードの表面は光り輝いていて、何も見ることができない。

俺はその光に体全体が包まれるのかと思った。
意識も光の中へ吸い込まれていくかのようだ。
俺の夢は、思った通りそこで終わることとなった。

※斉藤マリエ

太盛先輩は突然発狂したのか大声を上げたり、男泣きを始めたりと
落ち着きませんでした。私はウズベキスタンのソ連人の人に
ナツキ会長を呼ぶよう頼んだけど、まずナージャに連絡しないとダメだと言われた。

会長に用のある時は、ワンクッション置いて副官のナージャへ。
これが生徒会の規則らしい。なるほど。ナツキ会長は忙しいものね。
いちいち、ささいな報告をされていたら仕事にならないってことか。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

また、太盛先輩が吠えた。
この人は一日に何回吠えたら気が済むんだろう。
しかもベッドから半身を起こした状態で、終始白目をむいた状態だから、
笑いを取るための体を張った芸なのかとさえ思ってしまう。

私は報告しようにも携帯を寝室に忘れてきちゃった。
ウズベキスタン人は携帯を持っているようだけど、
もったいぶっていて掛けてくれない。

「Погоди-погоди. Я бы лучше не」

露語で言われても理解できない。この人早口なんだもん。

「れんらく、だめ。アナタ、つかーまる」

私が捕まる? ……まさかとは思うけど。

「あっち…みろ、ウエ」

あっ、監視カメラ、盗聴器のことね。
なんとなく話の流れが分かった。

私と太盛は脱走のことを口にしてしまった。
つまり地下室行きが確定したようなもの。捕まればね。

今生徒会は、北関東ソビエトが壊滅したことで
日本国政府からマークされている。アベ政権は軍国化を
公言するようになったから、国内にいる全てのアカ(共産主義者のこと)は
抹殺の対象となってしまった。

今年末だったと思うけど、
新年を迎える前にこの学園ごと破壊されるんだろうね。

7号室で大脱走が起きるの時間の問題か。
さすがの生徒会でも人数不足で戦闘は素人なわけだし、
自衛隊には絶対に勝てないでしょ。
中央委員の人たちとかどうするつもりなんだろうね。

「ごきげんよう。斎藤さん。ちょっとお邪魔しに来たわ」

私がもっとも憎む相手の一人。
橘エリカが保健室の扉の前に立っていた。

「そろそろこの学園(小説)もオワコンになるようね。
 ナツキ君たち本部の人たちは未曽有の大混乱に追い散っているわ。
 そこで私は大好きな太盛君を連れてここから脱出しようと思っているの」

「すみません。先輩の日本語はロシア訛りがひどいので
 ほとんど聞き取れませんでした」

「じゃあ、こうすれば聞き取れるかしら?」

斜めかけしていたアサルトライフルを構えるエリカ。
銃床をしっかりと肩のあたりに当ててる。構え方が本格的だ。

「太盛君を大人しく渡してくれる?」

セーフティを外して私の顔を照準した。
殺意と恨みの込もった瞳。私をそんなにも殺したいのね。

パンと銃の放つ音がした。
私は目をつぶって運命を受け入れたが、
なんと打たれたのはウズベキ人の彼だった。

何てむごい光景なの。
心臓を撃ち抜かれて即死している。

「次はあんたを狙うわ」

私は死ぬのが怖かった。自分の命より大切なものはないと思っている。
だから太盛先輩を大人しく引き渡すことにしたけど、
どうやら太盛先輩がトランス状態なのは
エリカも知らなかったみたいで、激しく動揺していた。

「ちょっと。太盛君はどうしちゃったのよ?」
「胸ぐらつかむのやめてくださる?」
「どうしたのって聞いてるのよ。薬でも飲ませたの?」
「私が訊きたいくらいだよ」

私達は激しく罵り合ってしまった。
どちらともなく、互いのせいにしようとして、
支離滅裂なことを言っていたと思う。

口喧嘩ってあとで思い出すと、
本当にどうでもいいことばかりなんだよね。

「ううううむ」

太盛先輩はカバのようにうねり、支えていたエリカの腕から
力なく落ちてしまった。ドシンと太盛先輩の体が床へと転がる。
結構な音がしたけど、怪我してないかな?

「ん? もう朝になったのか?」

先輩は黒目に戻った。相変わらず寝ぼけてそうだけど、
トランス状態からは復活したみたい。

「太盛君。大丈夫!?」

「エリカか。ああ、頭ははっきりしているよ。
 寝起きの気分は最悪だけどな」

エリカは今すぐ脱出するように太盛先輩を誘ったけど、
あっさりと断られてしまった。

「脱走のことは考えない方がいいぞ。
 今の日本はたぶんどこへ逃げてもパニックになってると思う」

「ここにいたら自衛隊に攻撃されるかもしれないのよ?
 せめて家に帰りましょうよ。できれば私に家に」

「エリカ。気持ちはうれしいんだけどな…」

太盛先輩はエリカを拒否し続けた。
それなのにエリカはしつこく食い下がって、
最後は涙まで流していた。
どんだけ必死なの。この売れ残りのババアは。

どうせあんたは一生相手にされないんだよ。
てゆーか風邪ひいて倒れてたんじゃなかったの。
ずっと倒れていればよかったのに。

「君たち。そこにいたのか」

誰? 急に男の人の声が聞こえて来たと思ったら、
なんと中庭の方からナツキ会長が歩いてくるのが見えた。

「この緊急事態に三人で仲良くラブコメするのはやめなさい」

この状況のどこが仲良さそうに見えるんですか?
もしかして目、ついてないんですか?

「最後だから、ぶっちゃけさせてもらう。
 僕は太盛君にずっと嫉妬していた。
 僕はミウが好きだった、愛していた。
 でも彼女は太盛君にぞっこんで、死んでからも
 ずっと太盛君のことを想い続けているんだろうな」

ナツキ会長はまたドラえもんのコスプレをしていた。
シリアスなセリフに全然合ってない。

「そして今はどうだ? マリエにエリカまで
 君を求めている。たった一人の男に次々へと
 女たちが群がる。不平等だ。資本主義的だ。
 僕はね太盛君。君のことが心から気に入らない」

ナツキ会長はゴリラのように両手を広げ、咆哮を上げ、
ナイフ片手に太盛先輩へつっこんできた。

太盛先輩は紙一重でナイフを交わしたけど、
そのまま床へ転がってもみ合いの喧嘩になった。

会長は鍛え上げられた体だからかなり強そう。
太盛先輩も鍛えている方だと思うけど、腕の筋肉とか
全然違う。会長は軍人っぽい体をしている。

「ミウが死んだのは君せいだ!!」
「うるせー!! 仕方なかったんだよ!!」
「このモテ男め!!」
「好きでモテてるわけじゃねえ!! そもそも俺はモテてねえよ!!」

ナイフが床へ転がる。太盛先輩の拳がナツキの顔に当たる。
ナツキはお返しにさらに強い顔で先輩を殴った。
太盛先輩が激しく鼻血を流す。見るからに痛そうだ。

それにしても無意味な争いをしているなぁ。
男子の殴り合いってすごいバカっぽい。

私とエリカも人のこと言えないと思うけど、攻撃的にならずに
冷静に話し合えば解決するかもしれないのに。でも無理か。
だってナツキ会長はミウのことで太盛先輩に嫉妬しているんだから。
ミウは死んでるのに、いつまで過去を引きずってるんだろう。

「ナツキ会長よぉ!!」

太盛先輩の左フックが顔に命中。
ナツキ会長は脳震盪を起こしたのか、転倒した。

どうでもいいけど、私たちってなんで「ボクシング技」しか使えないの!?
普通の喧嘩だったら殴るより蹴ったほうがダメージもあるし
効率いいと思うんだけど。私だけかな?

え? 生徒会はボクシングのみを推奨しているから、
全校生徒は殴る技しか使えない?
そんな設定あったんだ。

「俺よりナツキの方がモテるだろうが!!
 あのナジェージダって美人とラブラブしやがってよぉ!!
 しかも一緒の部屋で寝泊まりしてるって本当か!?
 もうカップルを通り越して夫婦じゃねえか!!」

「な、ナージャは仕事仲間なだけだ。
 親しければ寝泊まりくらい普通だ」

「ここはイタリアじゃねえんだぞ!!
 だいたい厳格な規則を守るボリシェビキのくせに
 男女交際だけフリーダム過ぎるんだよ!!」

それは私も同感。エリカも首を縦に振っている。
このクソ野郎と同感できるところがあったとは。

「しかもよぉ」

太盛先輩はまだ言いたいことがあるみたい。

「エリカのお姉ちゃんともてめえはラブラブだったって聞いてるぞ!!
 エリカの姉ちゃんは、性格がアレだけど顔はすげえ美人だぞ。
 普通にモテてるだろうが!!
 それと一時期ミウと付き合ってたって本当か!?」

「待て待て。一度にいくつも質問するな。僕は聖徳太子じゃないんだぞ」

※聖徳太子の呼称
 
 文科省がアホなので、
 聖徳太子の教科書への記載をウカドミヤ?とかに変えたらしい。
 聖徳太子のままでよかったのに。余計なことをするな。

「おい答えろ!! ミウと付き合っていたんだな!?」
「確かに付き合っていた!! でもそれは別作品の話だ!!」

うそ……? ちょっと読み返してみるね。
第一作目の「学園生活・ミウの物語」では
ミウの母公認でナツキ・ミウ、カポぉ(米英語)が成立したみたい。

ごめん。私アメリカ式の発音しかできないの。
ダサいけど我慢してね。

※米式英語の例
 ・英 パイナップル 米 ぱいなぽー
  英 トヨタ    米 とよらぁ
  英 マイケル   米 まいこぉ

うん。完全に別言語だ。特にトヨタの発音は日本に喧嘩売ってるよね?

こんなアホ発音を全国民に習わせている文科省は
今すぐつぶれていいと思うよ。
だってカタカナ英語は、本場英国の英語を元に当時の文科省が作ったのに。
(明治時代)つまりカタカナっぽい発音で間違ってないんだよ。

医学部の女子の不正入試問題も
長年見逃していたみたいだし。

で、話を戻すけど、スピンオフ作品のスピンオフ「学園生活・改」でも
ナツキとミウはカポー状態で話が始まっている? 
その後、物語が派生してミウが鬼畜になった。

あ、どうでもいいけど最近私野菜が不足してるのか、
肌荒れがすごいの。
ストレスたまり過ぎなのもあると思うんだけど。

今度新鮮なベジタボォをスーパーで買ってこないと。

「英語の話ウザ。早く話すすめなさいよ」

ロシア女(エリカ)が文句言ってきた。

「失礼ね。ロシアじゃないわ。グルジア系よ!!」

ぶっちゃけ、なにが違うんだろう。
カフカース地方とか言われても場所すら知らないし。
北西アジア? どこがアジア人なの。この女の目鼻立ち、モロ白人じゃん(笑)
ロシア語話す奴はみんなロシア人認定で良いよ(適当)

「ちょっと待って。さっきの展開で矛盾を見つけたわ」
「え?」
「斎藤。あんたは携帯を持ってないんでしょ。
 どうやって過去作品を調べたのよ?」
「えっと」
「ここにはPCもないわよ?」
「き」
「き?」
「気合で」

しらけてしまった。でも世の中には気合で何とかなることもあると思う。

「高倉ナツキ!! お前は一時的とはいえ!!」

先輩たちはまだ争っているのか。

一匹のメスをめぐって争っているキジを彷彿とさせるよ。
バードウォッチングで初めてキジを見た時は
それは綺麗で感動するって太盛先輩が言っていたよ。

「俺からミウを奪ったってことだよな!!
 お前がミウと付き合ってる時、俺は三号室にいたんだぞ!!」

「うむ、それを言われると痛いな」

「略奪愛をしたお前にモテ男とか言われる筋合いはねえよ」

「でも初代学園生活ではラストで君にミウを奪われちゃったじゃないか!!
 それに学園生活・改では終盤に僕の出番がほとんどなかった!!」

私はスマホを持っていない設定なので、代わりにエリカに調べてもらった。
そしたらあいつ、ナツキ会長が見ているのに失笑していた。
だってナツキさん、入院中のミウのお見舞いに行っただけで終わりじゃん。
そもそも出番が少なすぎる。
恋にも発展するどころか、ミウは最後まで太盛先輩にぞっこん。そりゃ怒るわ。

「みんな、ちょっと私に言いたいことがあるわ!!
 お願い。少しだけで良いから聴いてちょうだい!!」

元クラス委員だけあってエリカは声を出し方がうまい。
二匹のキジも争うのをやめて大人しくなった。

「一番大切なことを忘れてない?
  そもそも学園生活は……モンゴルへの逃避のスピンオフだったのよ!!」

いきなり何を言い出すのかと思ったら。でも確かにその通りだ。
モンゴルへの逃避とほとんど関連性がないから新作ともとれる内容だけど。

「ミウがこの世界に来た目的は何? 
 認めたくないけど、この私から太盛君を奪うことだったのよ!!」

うん。てか私らはなんで過去作品のことをキャラ同士で語ってるの。
この作品大丈夫なの? まだ読んでいる人いる?


「ミウは今作の序盤で死んだじゃない!!」

死んだね。

「なら学園生活の根底が崩れ去っているわ。
 ミウを主人公にしないとこのスピンオフは成り立たない!!
 ということで、まずあらすじの内容の訂正を求めるわ!!
 斎藤マリエを主人公にしたのが間違えだったのよ!!」

えー。なんで私をいちいち否定するかな。

「でも一度始まった作品は終わらせないといけないわ。
 てことでこの作品は根本的に矛盾だらけで
 欠陥品だったということにして、終了します」

-------------------斎藤マリー・ストーリー 完------------

「まだ終わらないぞ!!」

ナツキさんだ。

「いや。終わらせるのは構わないのだが」

おい。

ナ「この一話前の、太盛君の夢の話を説明してからにしてくれ。
  あれ、なんなんだ。意味不明過ぎてキチガイが書いた駄文じゃないか」

エ「私が書いたわけじゃないから分からないわ」

状況説明するのがめんどいので「」の前にキャラ名の略称書くね。

ナ「どうなんだ太盛君? あのカードの意味は?」

セ「俺も寝てただけだからなぁ。モンゴルで馬になったり
  自宅に戻ったりで頭がパニックだったよ。
  カードの意味なんか考える余裕ない」

エ「ちょっと待ってて。今真剣に考えるから」

エリカがスマホを真剣に読んでいる。
あんまり読むと誤字脱字とか変な表現が見つかる
かもしれないから、やめたほうがいいよ。

エリカは無駄に読解力が高いらしいから、
もしかしたら謎が解けるのかもしれない。

エ「電車のホームと謎のカード。共通点は、正か負か。右か左か。
  歩むべき道の選択。そしてミウの発言。脱走するかしないか。
  さらにポイント。行き先は死後の世界か、現実世界か」

私も何となくそんな気はしていたけど。
つまり太盛先輩はミウと一緒にあの世に行くか
現生に戻るかを選択して、ここに戻ってきたわけね。

エ「この物語には二つの可能性が存在したわ。
  ひとつめは」
 
ふむふむ。

エ「ミウエンド。これはすでに死んでいる人の元へ
  昇天してしまうというエンドね。
  たぶんこんな展開にしてもつまらないわ」

むしろ、はらわた煮えたぎるよね。
なんで私の先輩が死んだ女に付き合わないといけないの。
結果的に呪い殺されたのと変わらないじゃん。

「もう一つはマリーエンド」

お?

エ「つまり今この状況ってことね。太盛君は現世への
  復活を果たしたわけだから、タイトルに従って
  マリーと結ばれて終わるのが妥当でしょうね。
  私は死ぬほど認めたくないけど」

セ「そう簡単にいくだろうか。この小説はいらん展開が多すぎるぞ。
  北関東ソビエトが自衛隊に敗北したせいで自民党が
  軍国主義に目覚めているらしい。あと俺たちこの後 
  マジでどうする? この学園、空爆されるらしいじゃないか」

ナ「え? そうなのか?」

セ「その後、元ボリシェビキの残党は軍と警察が一斉に摘発して
  銃殺刑にするらしいぞ」

エ「銃殺刑……!?」

ナ「僕たちみんな死ぬってことか。まず空爆された時点で
  ほぼ死ぬだろうね。運よく生きていても重症だろうな」

セ「俺たち全員はボリシェビキか、元ボリシェビキだ。
  ひどい拷問の末に殺されるのは覚悟した方がいいぞ」

マ「みんな!! 私に良い案があるの!!」

この時の私の顔はドラミちゃんだったと
あとで太盛先輩に聞かされた。

マ「こういう時は頭のいい人を呼ぼうよ!!
  お姉さまだよ。マリカお姉さま!!」

ナ「それは素晴らしいアイデアだ!! グライディア!!」

グッらイディィィア !!
アメリカ人の舌の動き、どうなってんの?
どう考えても酔っ払いの発音だよね?
何か楽しくなってきたら、ここからは全員米語で会話するよ!!

セ「アイガタ プローブレむ、ガァイず!!」
   (みんな、問題があるぞ!!)

ナツキ「わっ?」 (なんや?)

セ「うぃ・どんのぉ、ウェア・イず・シー!!」
   (マリッカさん、どこにおるんや!!)

エ「ドンぅヲーリ よぉ。あぁすほー!!」 (こんボケが。心配無用や!!)

※あすほーる = お尻の穴 Ass hole。米では人を呼ぶ際に使われる。
   ちなみに黒人にむやみに使うと強烈なパンチのサービスが提供される

エ「うぃりびん 21(とえりぃわん) せんちゅり!!
  うぃはばぁ もーばいふぉーん。あん ゆぅずいっ!!」

(うちら21世紀にすんどるんや。携帯があるやろ。それ使えや!!)

セ「Woooooo!! べぇぇりーぐっ!!(いいね!!)」

ナ「ようあ、あー ナイス クレージィ ファッキン ジーぃニアス。エリぃカぁ!!」

※ナイス・クレージー・ファッキン・ジーニアス

「ジーニアス」の部分を、狂ってる、クソ、で修飾する。
米ではこのように修飾語を多用して喜びの感情を表現する。
さりげなく最初にナイスを入れることによって相手を褒める高度な表現。 

生前のミウはこの手の表現が大嫌いだった。

ナツキ会長は→マリカお姉さまとぉ→モォバイル・フォンでトーク中☆
そしたらわかったぁ ☆恐ぉるべき・事実☆

ナ「兵!! しずぃんざ あーくしでんと!!」 (おい、彼女、大変や!!)
セ「おけい。わっ↗ !?」(なんや!?)
ナ「そうりぃ。アぃ・キャンとぅ・セいっ!」(でも言えねえwwww)
セ「わぁああい!! カモン テルァス!!」(んでだよぉ。言えよぉwwwww)
マ「えニィ・りぃずん うぃずハぁ?」(言えない理由でもあるの?)
エ「めびぃ、しず ふぁっきん、な-う?」(まさかファック中とか?)

太盛先輩とナツキが笑い転げてる。
こんな下品な表現のどこに笑う要素があるのか。

そもそも誰とファックするんだよ。あの人彼氏いないでしょ。
ごめん。そろそろこいつらのノリについていけそうにない。

ナ「どん・キディンミー エリカぁ!!
  あいわず、とらいん とぅ いめーじ!!」
  (冗談きついぜ!! 想像しちまったぜ!!)

セ「プリーズ。ルックぁッ・ディス。マイサン」(なあなあ。俺のアソコがよぉ)

セ「いず ごーいん とビー Ready ふぉお ランチ。
  らいかぁ(like a)ログレンジ ミサァル おブ ノノォオス・コリアン!!」

え……? これ本当に先輩が言ったの!?
 「俺のアソコが北朝鮮の弾道ミサイルのように発射準備に入りそうだ?」

なんていうか、すごい。下品すら通り越して宇宙だよ。
小説って書く言語が変わるだけでここまで変になるの?

あと作者さんが多用する、まるで~○○のような、は
英語のLike a~の影響から来てみるみたい。
新約聖書の英語版でもイエスがよくたとえ話に使うそうだよ。

ナ「ようはばぁ・ビッグマウス。マイ・ブラーザ!!」
  (兄弟。そいつは言い過ぎじゃねえのかwwwww)

はばぁ→Have a 基本表現。どうでもいいけどね。

ナ「フェンよー しっ。ジャスト ルック アッちゅュア サン。
  ビーけあほぉ。 ゼン、ヨノーウ。 イツ ジャストア
   [リトル カウボウイ] ザッ キャント カウント !!!」

(クソする時によく見てみな。おめえさんのは、きっと
 カウントするのに値しないほどの、リトル・カウボーイだwww)

エ「WOOOO、イッツヘブン!! べり、すぅいーりぃ!!」
  (なにそれぇwwwww ちょーかわいい!!)

セ「ナイス・ジョーク ブラーザァ。バッ。えヴヴぁでぃ・ひあ、イズ
  ファッキン・ラーフィン now!! えん ディスィズ ノォベル。
  ワッツゴーイン ネースト? エヴリ ファッキン・リーダァ ワンツィト!!」

(なあなあ。俺らジョークで笑ってばっかで話し進んでねえぞwwwww
 読者の野郎どもがいること忘れんなよ、兄弟wwwwwww)

エ「アワ・ブラザ・せまーるぅ。ワッツ プロブレム ウィズ 
   ヨア ジャパニず・トランスレぃとぅ!?
   ワイ・イジョア ジャパニーズ そお ショうト?
   ばっ ヨア イングリッシュ はざ そお ロング・センテンス!!」

(なんであんたの英文は長いのに日本語訳は短いのよ!!)

ナ「よおとぅーエリカぁ!! いっつ。せむしんぐ・はぷん いん あざランゲージ!!
  いっつ あ とらんれーと!! わう。そーり。ふぁっきん とらんすれーと!!」
 
(おめえもだろwww どこの言語の翻訳もこんなもんだよwww
  おっと、俺らのはファッキン・翻訳ってやつだがな…wwww)

セ「わら ぐれーと しっ のべぇる!!」
   What the great shit novel. =最高にクソな小説だ!!

エ「キャン スタッ ラフィン!!」 (笑いが止まらないわwwww!!)

ある英国人はユーチューブを見ながらこう言ったそうだよ。
「米国人は怒る時などに、なぜ全ての文中にFuck(性交)を付けるんだい?」

そういう文化なんでしょ。日本がこんな国に戦争で負けたと思うとショックだね。
はぁ。米語で会話なんて言わなきゃよかったよ…。
ただの作文じゃんこれ。次の話に行こうか。

あ ものろぉぐ おぶ Marie・サイトぉ

もはやタイトル詐欺となりつつあるけど、一応
どうやって脱出するかを真面目に考えているつもりです。

私がナツキ会長の携帯を借りて直接マリカお姉さまと
お話をさせていただきました。そしたらお姉さまったら、
すでに学園から脱出して埼玉県の奥秩父に隠れていたそうです。

奥秩父ってどこですか? 私は栃木県民なので埼玉のことは
よくわかりません。奥日光のようなところでしょうか。
きっと山奥なのでしょうね。

「あなたに黙って逃げてしまったことは悪いとは思っているわ。
 私には大切な家族がいるの。どうか分かって頂戴」

マリカ様のご家族もそこにいるらしいです。お父様とか妹さんね。
あとお母様も。ご家族は、最初は栃木茨城の県境辺りに
収容されていたと思っていたけどね。移動したってことか。
もう細かいことはどうでもいいけど。

「兵!! まーりかぁ!! ハワイよう・どぅいん!?」

あっ!! 太盛先輩に携帯が奪われちゃった。
アメリカンなノリでマリカさんと話をされたら不味い!!

「ちょっとケイタイ返してください!!」

「のぉおお どん たっちみぃ!! 台ジョーブ。
 久しぶりにクラスメェイト➡♪と話をスルダケDA!!」

先輩はキツネザル(マダガスカル島の岩山)のように
すばしっこくて簡単には捕まらなかった。

「この声は……堀君? なんかおかしなテンションになってるけど」

「俺に決まっているDAろぉ!!
 君の大切なクラスメイトを忘れちまったのかい? あはぁん?
 ヨウ。アワ・ファッキン・プリんセェス!!」

あーあ。マリカさんに言っちゃったよ。アメリカン英語を。
頑張って直訳すると…君は我らがくそったれ・お姫様?

喧嘩売ってるようにしか思えない。
普通のアメリカ人がこんな話し方するわけないよね…?
ごく一部のファッキン野郎が使う英語だと信じたい。

「なんか堀君の日本語おかしくない?
 私の聞き間違えかな。今ファッキンって言われたような」

「イッツとぅるぅー!! 聞き間違えジャナイZE⇒!!」
「あなた、どうしたの? 変な物でも食べた?」
「ふーはっははははははっはっはは☆彡☆☆彡☆☆彡☆」

太盛先輩は私達に聞こえるようにと、スピーカーフォンにしてくれた。

「俺だけじゃない。エリカもナツキもこんなノリさぁ☆
 俺たちはぁ⇒さらけだしたぁ⇒ ☆WHAT☆ なにを?
 あ リーズン・イズ・シンポぉお」

いま、A reazonって言った。
今の英語でミウが言っていたこと思い出した。
ネイティブと非ネイティブの違いは「冠詞」に出るって。
日本人は、今みたいに文章の最初で始まる
名詞の前に「AやThe」を付けない人が多いらしいよ。

まじで欧州語にとって「冠詞」は命に等しい(独語、ロシア語はもっと)
名詞を文中でしっかりと名詞として独立させるために
長重要な役割を果たしているんだって。

ちなみにこれの発音がちゃんとできないと、きちんとリズムが取れなくなる。
ネイティヴで冠詞を省いて話している人は見たことがないそうだよ。

「素顔をさらけ出したのSA☆ ほんとのじぶん☆ 自分探し☆
 そう……。そいつはまるで、深夜、ファックする前に
 シャワーを浴び終えた後のような気持ちでな…。
 あるいは俺は今、一人っきりで
 一晩過ごしたウサギの気持ちでおまえさんにお願いを…」

ぷーぷーぷー。

途中で電話が切られちゃったみたい。
たぶん私でも切ったと思う。マリカお姉さま。
つまらない展開に付き合わせちゃってごめんなさい。

セ「シット。使えない携帯だぜ」

ナ「あんまり粗末に扱わないでくれよ?
  そいつは時に俺の夜のおかず代わりに使うんだ」

セ「こんな手のひらサイズのおもちゃが
  夜の恋人代わりになるってのかい?
  ブラザーはいけねえ奴なんだな。
  おまえさんにはナージャって素敵な女がいるってのに」

ナ「おおっと。ナージャは確かにナイスバディだが、
  ロリキャラの魅力まではカバーしきれねえ。
  そんな時は俺様のスマホの出番さ」

セ「ワッツ!! ナツキの守備範囲は広いな!!
  年増からロリまでイケるってのかい?」

ナジェージダって18歳だったよね? 年増…?

ナ「ああ、俺様がマリーに手を出そうとした理由がそれさ。
  俺様のスマホのお宝データを見たいかい?」

どんなデータなんだろう。まさか盗撮とかじゃいよね?

セ「そいつは遠慮しておくぜ。たぶん全部見終わる前に
  俺のアソコが暴発寸前になっちまう。
  そもそも一日で見切れる量なのかい?」

ナ「Hahahahahahaa!!」

ナ「もっとも最近は女にも飽きてそろそろ
  同性にも手を出そうかと思ってるところだがね」

セ「ファック!! 俺のケツを見ながら言うのをやめてくれ!!」

あのさぁ……。

目の前でセクハラ発言されまくって
通報したいレベルなんですけど。
てゆーかどこから突っ込めばいいの?

ナツキ会長って真面目な人だったんじゃないの?
ロリコンなのは有名だったけど、自分からぶっちゃけすぎて引くよ。
キモすぎ。

それよりマリカさんに脱出の知恵を借りるのはどうするのよ。
彼女と話をしないと永遠に話が進まないでしょ。
仕方ない。私から電話しよう。

でも携帯がないんだよな。太盛先輩のはたぶん着信拒否に
されたと思うから、ナツキのを借りようか。
普通に借りるのもつまらないので私はナツキ会長に襲い掛かった。

「うっぷ!! ワッツ ゴうイン おん!!
 おう、しっと!! マりーイズ・れいぴん・みぃ!?
 シーイズア リトル モンスたぁー!!」

ナツキを押し倒し、ブレザーのポケットから携帯を奪った。
その間、ナツキは顔を赤らめながら英語で何か言っていた。
相手にするつもりはないので、ナツキを見ないようにして
お姉さまに電話してみた。

「何の用なのナツキ。ふざけたらすぐ切るからね」
「私です」
「あら。マリーだったの?」
「私たちも脱出したくてお姉さまの知恵をお借りしたかったのです」

「そうならそうと言えばいいのに。さっきの茶番で
 久しぶりにムカついたから壁ドンしちゃったよ。
 そのせいで血が出た」

やば。お姉さま、かなり怒ってるみたい。
私と初めて話した時と同じトーンだ。
電話越しだと相手の声だけが感情を読む判断材料だから
余計に怖く感じる。

私は事情を詳しく説明した。

マ「普通に逃げればいいでしょ」

マ「逃げる場所が決められないんです」

マ「あ、そういう意味ね。私は母方の実家が
  たまたま秩父だからここに逃げただけ。 
  そのうち時期を見て移動するつもりだけどね」

ちょっと待って!!
私とお姉さまは名前がマから始まるから、
どっちが話してるのか分からないじゃん!!

エ「そこは読者にソウル(魂)で感じてもらえばおk!!」

ERIKAが何か言ってる。こいつも無駄にアメリカンね。
ソウルって韓国の首都のことですか?
そろそろアメリカンな話し方をやめてほしいんだけど、
いつまで続くのこれ。

マリ「もうどうしてもまともな小説が書けないのだったら
   いっそ英会話の勉強をする作品でも書きなさいよ」

マリ「面白い案ですね。でも需要あるのかな?」

マリ「英会話は定期的に日本で流行ってるみたいだから
   読んでくれる人はいるんじゃないの?」

マリ「それより私たちの名前なんですけど、
   試しに二文字目まで書いても同じでした」

マリ「ほんとね。マリって名前の新キャラが二人いるみたい」

良いこと考えた。私のセリフはモノローグで書けばいいんだ。
つまりダイアローグ(セリフ)を使わないで地の分で書くんだよ。

ところでお姉さまは英語を話せるんですか?

「少しだけね。実はさっきから英語が話したくてうずうずしてるのよ。
 堀君の発音を聞いたせいかしら」

お姉さまは、何を言って…

「なぁう」

え?

「よううぃるしー。ディス イズ…あ リアル イングリッシュ」

下手くそな発音だけど、何か始まった。

その時、超常現象が起きた。
埼玉県の奥秩父にいたはずのお姉さまは、
突然ワープしてこの保健室へやって来た。


さて、本編を書くのは疲れたのでやめます。
お姉さまからも止めたほうがいいと言われたので。すみません。

           サイトウ・マリエ・ストーリー 終わり(打ち切り)

斎藤マリー ストーリー

斎藤マリー ストーリー

またしても「学園生活」のサイドストーリー (何回書けば気が済むのか) 強制収容所七号室の囚人である斎藤マリエの 運命を描く、ダラダラした物語である 詳細は本編で書く!! ※残酷、グロ描写あり

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