騎士物語 第七話 ~荒れる争奪戦とうねる世界~ 第九章 騎士の覚悟と奇妙な勝敗

第七話の九章です。
主人公たちを含め、それぞれ勝負の決着です。

第九章 騎士の覚悟と奇妙な勝敗

 街の一角を光の竜巻が消し飛ばした頃、地面から稲妻が走る場所にて空中を飛び回る赤い女サルビアは眼下を走る青年ゾステロに、まるで講義でもするかのようにダメ出しをしていた。
「ガルドに広く普及するコンピューター。それを利用してイタズラみたいなことをしてC級犯罪者となったいわゆる「ハッカー」――そんなあなたが何をどうしたらこの国をひっくり返そうとしている組織のメンバーになるのかわからないけれど、家にこもってた頭脳派らしさの出る戦い方ねん。勿論、悪い意味で。」
 地面を覆う電気の網はゾステロを中心に百メートルを超える範囲を覆っており、その上を飛ぶサルビアへ向けて雷を放っている。
ゾステロが意識せずとも自動的に上に来たモノへ攻撃を放つ電気の網に、始めこそ回避に追われて防戦一方という感じのサルビアだったのだが……
「設置系の魔法は便利だけど、攻撃に使うと単調になりがちなのよねん。特にこの電気の網はそれが顕著……あなたが自分で操作してフェイントの一つも混ぜれば脅威だったでしょうけど、これじゃあ風使いならうちの新米でもかわせるわよん?」
 危なげなくかわすサルビアは、そうしながら強風と『カマイタチ』をゾステロに放つ。風にあおられてバランスを崩したところに不可視の刃が迫るというコンボに対し、強風であれ『カマイタチ』であれツァラトゥストラによってその動きを感知できるはずのゾステロは身体のあちこちを斬られ、すぐに再生するという状態を繰り返しながら必死の回避行動をとっていた。
「それにねん。」
 位置魔法を用いた瞬間移動のようにも見える速度で猛攻を回避し続けていたゾステロの腹部に突然刺し傷が生じ、血が噴き出ると共にゾステロの足が止まった。
「――!」
 その隙を逃さず放たれる『カマイタチ』の連発を再びの高速移動で回避するも右脚が切断され、ゾステロはゴロゴロと転がった。
「お姉さんが腕にまとってるのと同じように、『カマイタチ』は飛ばすだけが能じゃないのよん。」
「――っああああっ!!」
 転がったゾステロが叫ぶと、宙に浮くサルビアへ向けてその足元の電気の網から複数の雷が同時に放たれる。タイミングや方向的に回避できるモノではなかったが、どこからともなく飛んできた巨大な岩――きれいに切断された建物の一部が盾となり、その攻撃を防いだ。
「くっ!」
 いつの間にか切断されていた右脚がくっついているゾステロは、下からの雷をかわしながら余裕のある顔で自分を見下ろすサルビアを睨む。
「あら、引き締まったいい顔ねん。さっきは腕を斬られて大騒ぎだったのに、今はどこを斬られても声すら出さないのねん? 両腕の『神経』がツァラトゥストラって言ってたから……ふふ、そこから全身の痛覚をオフにしたのかしらん?」
「……傷を負っても痛みがないというのは良い事のようでかなり危険な状態ですが、今のぼくはすぐに再生しますから必要ありません。」
「みたいねん。それに再生が行われる度に再生速度が増してるようだわん。今となっては首を落としても意味ないの――かしらん?」
 瞬間、超速で上空から降りてゾステロに近づいたサルビアが腕を振る。巨大な風の刃をまとっている腕の動きに合わせて周囲のモノが切断されたが、ゾステロは電気の網が覆っている少し離れたところにある建物の上に移動していた。
「あらん……なんだか時間魔法みたいな速度で移動するとは思ってたけど、今のはもっと速いわねん?」
「ああ……なるほど、離れるとよくわかりますね。どうりであなたの攻撃が感知しにくいわけです。」
「いい傾向ねん。戦場を俯瞰するのはいいことよん? ほら、答え合わせしてあげるわん。」
「…………そよ風程度の風を常に起こし、その中に強風と『カマイタチ』を紛れさせる……共に込められる魔力が少量ですから見分けがつかず、結果見失う。その上あちこちに固定タイプの『カマイタチ』を設置し、ぼくをそちらに誘導して――自分で刺さりに行かせる。要するに、ぼくが電気の網で行ったことと同様に、あなたは風を使って自身の戦場を作り上げたわけですね。」
「いい線だわん。けど八十点――惜しいわねん。」
「そうですか。しかし何があろうと問題はありません……あなたの戦場をぼくの戦場で塗りつぶすまで――!」
 ゾステロがパンと両手を叩く。すると今まで地面や建物にそって広がっていた電気の網が端の方から大きくせり上がり、まるで風呂敷のように二人を包み込んだ。
「あらあら……網が一変、檻になったわねん。」
地面から空へ、球状につながった電気の網を内側から眺めるサルビアの近くにバチンという音と共にゾステロが現れる。
「この電気の網はぼくにとって道――電気の速度で動くぼくは光速並みで動けるわけですね。」
 言いながらサルビアを挟んで反対側に移動するゾステロ。
「フェイントの一つも混ぜれば脅威? いいえ、先ほどまではちょっとした時間稼ぎ――電気の網が一定の範囲まで広がるまでのね。つまりはここからが本番。頭脳派の戦いは、その者が思い描く状況になってしまったらその時点で詰みなのです。」
「ふふふ、案外と根に持つタイプなのねん?」
 サルビアがくすりと笑った瞬間、彼女を囲む巨大な電気の網――檻のあちこちからおびただしい数の雷が放たれた。
「少しは避け甲斐のある攻撃になったわねん。」
 飛び回るには充分なスペースのある電気の檻の中、無数の雷の中をサルビアが舞い始める。
 雷が放たれるリズムは変わらず、サルビアがいうところの単調なままである。だがその数が増大した上に全方向から迫る今、先ほどまでのんびり会話するような余裕はなくなった。
 加えて――
「さぁこれは? これはどうです!」
 電気の檻のあちらからこちらへと先ほどまでの位置魔法のような移動をも超える速さで現れるゾステロが、檻から放たれる全自動の雷に混ざって変則的な攻撃を放つ。リズムをつかんで回避を行うサルビアはその変則に対応できず、ついに雷が左脚をかすめた。
「あらん?」
 瞬間、雷のダメージとは別の何かを感じたサルビアの動きがわずかに鈍り、直後残る四肢へと雷が直撃した。
「気がつきましたか? この雷は普通のそれとは違うのです。」
 両腕両脚の動きが完全に止まり、空中で停止したサルビアの近くに周囲の檻から電気の糸でつるされたゾステロがふわりと近づいた。
「さすがは国王軍の精鋭。魔法を発動させるのはイメージ、つまりは頭ですからその使用に手足は必要ないはずですが、大抵の者は四肢の動きで魔法を制御しますからね。こうして動けなくされるとうまく魔法が使えなくなる者も多いのです。その点、未だ浮いていられるあなたはやはり腕利きだ。」
「普段なら浮くだけじゃないんだけどねん。この身体――いえ、意識が一部麻痺したような感覚……あなたのツァラトゥストラは他人の神経を操れるってわけねん?」
「その通りです。ぼくは電気を介して他人の身体を支配できるのです。」
 外見上は何も変化がないがその場から動けずにいるサルビアへ手を伸ばすゾステロ。
「動けないお姉さんの胸に触ろうだなんてやっぱりえっちな坊やねん。」
「な、なわけないでしょう!」
 田舎者の青年とそれほど違わない年齢のゾステロはサルビアの――動けずにいる美女のそんな言葉に少し同様しつつ、パチパチと微弱な電気をまとった手でサルビアの首に触れた。
「――!」
「これで全身を支配しました。もはやあなたはぼくの操り人形ですからね。やろうと思えば――」
「服を脱がせる事もできるってわけねん。」
「――!! え、ええまぁそれも可能ですが――その心臓を今すぐ止める事もできるんです!」
「それはすごいわねん。でもそんなことをわざわざお姉さんに教えるって事は、何か聞きたいことでもあるのかしらん?」
「察しがいいですね。ぼくたちの目的は殺戮ではありませんから、あなたを倒すことはあっても殺す事は必須事項ではないのです。というわけで、今この街に出ている国王軍の……そうですね、あなたのように『ムーンナイツ』に属していたりする強者の名前を教えてもらうと、この後の仕事が楽になるのですが。」
 いわゆる脅しをかけるゾステロだったが、全身を動かせなくなったサルビアはそれでもふふふと笑った。
「随分と様にならないわねん。やっぱりあなたは頭脳派――序列六番って言っても裏方専門なんじゃないかしらん?」
「……こうして追いつめられておいてよくもまぁそんな軽口を叩けますね。」
「まぁねん。電気の操作なり再生能力なり、すごい事ができるっていうのは充分理解したわん。でもだからってあなたが強いことにはならないのよん?」
「負け惜しみにしか聞こえませんね。いいでしょう、何だかんだあなたもプロですから、味方の情報を吐くような事はしないのでしょうね。ならば――必須ではないですがその態度には個人的に腹が立つので殺しておきます。」
 そう言うと、ゾステロは迷いなくパチンと指を鳴らした。それを合図にサルビアの顔に苦しそうな表情が浮かび、数秒後意識を失って地面へと落下した。
「まったく、最後まで人を小馬鹿にした人だった。」
 電気の網を解除し、瓦礫が転がるだけの一角に倒れるサルビアの横に着地したゾステロは帽子をかぶりなおしながらため息をついた。
「しかし……美女の誘惑というか、ああいう攻撃には耐性がありませんね……ヒエニアさんは怖いですから、カゲノカさんあたりに頼んで訓練を……いえ、やらしい意味ではなくあくまで訓練として――」
 サルビアの色香に苦い顔をしながら歩き出したゾステロは直後視界がくるりと回転し、気がつくと自分の身体を見上げていた。
「……?? え、これは……」
 次の瞬間、見上げていた自分の身体が縦横からシュレッダーにかけられたように、文字通りの細切れになる光景を目にした。
「――っ!?!?」
 その上、それらバラバラになった自分の肉片は上空から降ってきた巨大な瓦礫の塊に押しつぶされた。首だけのゾステロが周囲に飛散する大量の血液の一部をかぶりながら、突然何が起こったのか理解できずにいると――

「再生能力には二つの段階があるのよん。」

 ついさっきその心臓を停止させたはずのサルビアが降ってきた瓦礫の上に立ってゾステロを見下ろしていた。その姿は赤い髪とドレスに加えてゾステロの血をかぶったことで完全に真っ赤だった。
「壊れた部分を塞ぐような再生と、失った部位を一から作り直す再生。後者の方ができると再生能力としては最上級ってところで、絶賛首から下の再生が始まってるあなたの能力もそうみたいだけど……時間はかかりそうねん?」
 腕が切断された時などはその断面をくっつける事で再生したが、ゾステロの首より下のパーツは瓦礫の下でつぶれており、故に身体は首から下を作り直そうとしているのだが……その速度はくっつけるだけの再生と比べると格段に遅く、未だゾステロは首だけだった。
「そして大抵の場合、頭か心臓を破壊されるといくら再生能力を持っていても死ぬ。あなたはどうかしらねん?」
「ど、どういう……あ、あなたはさっき死んだはずです!」
「まぁそうねん。普通の人間なら心臓を止められると死ぬでしょうけど、お姉さんは普通じゃないから。」
「な……」
「普通の人間は身体と魂がぴったりくっついちゃってるから身体が深刻なダメージが受けると魂までダメージを負うんだけど、お姉さんは身体と魂を完全に分離してるから身体が止まったところで魂の方から再起動をかければ復活可能なのよん。」
「なんだそれは……そんな人間いるわけがない!」
「失礼しちゃうわねん、ここにいるじゃないのよん。ところでどう? そこからだとお姉さんの下着が丸見えじゃないかしらん?」
 先ほどと変わらない態度のサルビアだが、ゾステロの顔はそれどころではない恐怖と驚愕を浮かべている。
「か、仮にそんな事ができたとして……今の攻撃――『カマイタチ』の魔力は感じなかった……一体何を……!」
「あなたさっき言ってたわよねん、お姉さんは攻撃を他の風に紛れ込ませる事で感知できなくしてるって。そしてそれに対してお姉さんは言ったわん……八十点だって。」
「――!」
「使う魔力が少ない『カマイタチ』だけど、もっと少なくできるかもって考えなかったのかしらん?」
「!? まさか……」
「あなたが見破ったカモフラージュ、その外側にはもっと少ない魔力で起こした風がもっと広範囲に広がってたのよん。その中に限界まで魔力を減らした沢山の『カマイタチ』を準備してたってわけねん。」
「……仕掛けは二段階だったと……!」
「そういうこと。でも込める魔力を減らすって事は性能が落ちるってことでねん。お姉さんは切れ味を重視したから代わりに速度や精度が落ちるてるのん。だからあなたがのんびりと油断するのを待ってたのよん。例えば、お姉さんを殺して一安心してる時とかねん。」
「――! つ、つまりさっきぼくの攻撃を……心臓を止められるのは計算の内だったと……い、いや、そんなこと――リスクが高すぎる! たまたま――再起動とやらが可能な心臓の停止という外傷の無い形だったからいいものの、ぼくがその身体を雷で砕くような殺し方を選んだ時はどうするつもりだったのです!」
「? どうもないわねん。あなたさっき魔法は頭で使うって言ってたけど、お姉さんに言わせれば魔法を使うのは意思や意識――別に身体がどうなろうと魂が分離してるお姉さんには関係ないわん。」
「バ、バカな……それじゃああなたは肉体が無くても魂だけで生きられると……?」
「長い間は無理だし、魂だけの状態って防御力が紙ぺら以下だからかなり危険だけどねん。準備しておいた『カマイタチ』をあなたに放つくらいはできるってことよん。」
「そんなこと――そもそも魂などというものが存在しているなどと……」
「魔法使いが何を言ってるのよん。死者を蘇らせる魔法だってあるし、だいたい首だけで生きてしゃべってる坊やの方がよっぽどじゃないのかしらん?」
 そう言いながら、サルビアは二本の指をそろえた右手をすっと構える。
「! ぼくを殺すのですか……!?」
「あら、殺せることを自分から言っちゃうのねん。もしかして色々と尋問されると思ってたのかしらん? そうしたいのは山々だけど、そんな再生能力を持ってるあなたには拷問も意味ないでしょうし、何より生かしておくリスクの方が高いわん。殺せる時に殺しておかないとねん。」
「……! やはり騎士らしくありませんね……!」
「ふふふ。お姉さんの『鮮血』っていう二つ名には敵に容赦しないっていう意味もあるのよん。」
 全身を血で染めた美女がくすりと笑ったその時、ゾステロの首から下をつぶしていた瓦礫の塊がぐらりとゆれる。
「あらん?」
 ぴょんと飛び降りたサルビアがそれを眺めていると、瓦礫は下から何かに持ち上げられるようにせり上がっていき――
「これは……」
 瓦礫の下に現れたそれに、サルビアは目を丸くした。



 一人の女騎士が敵の血で真っ赤になっている頃、街の別の場所ではボロボロの道着と雑な籠手を身につけた男が目の前の金髪の男に驚愕していた。
 第六系統の闇の魔法の一つ、重力系の魔法を得意とする道着の男、ドレパノはその身にツァラトゥストラの『肺』を移植しており、わずかなマナから大量の魔力を作り出すことができる上、周囲に存在する自然のマナや騎士がイメロロギオを使って生み出したマナを一呼吸で奪うことができる。ゆえにドレパノの前ではいかなる者も魔法の使用を封じられ、既に多くの国王軍騎士が敗北していた。
 加えて自分に向かってくる金髪の男――フェルブランド王国において最も人気のある騎士であり、国王軍のセラームのリーダーを務めるアクロライトは先日ヒエニアから支配の魔法を受けた事で満身創痍の状態。
 自分がより有利で相手はより不利というこの状況で、ドレパノはアクロライトと――接戦を繰り広げていた。
「『グラビティボール』!」
 ばらまくように放たれた複数の紫色の球体は様々な方向からアクロライトに迫る。それを自分に近い方から順に、しかし目にも止まらぬ剣速でほぼ同時に切り伏せたアクロライトは、直後光をまとった剣で光の斬撃を飛ばす。
「――っ!」
 それを回避しながら位置魔法による移動と見間違うほどの速度でアクロライトに肉薄したドレパノは、重力魔法によって重みの増した拳と脚による連打を繰り出す。だがその全てを神業のような動きでかわし、いなし、防ぐアクロライト。同時にアクロライトがまとう銀色の甲冑に光が宿り、それが瞬時に剣へと伝わると――
「『マガンサ』っ!!」
 間髪入れずに再び放たれる光の絶技。剣の間合いを超えて光線と化した超速の突きは重力魔法で自分の身体を引っ張る事で緊急回避を行ったドレパノの脇腹をかすめ、後方の建物に綺麗な穴をあけた。
「なる――ほどな……!」
 脇腹を軽く押さえながらアクロライトから距離をとるドレパノ。
「つまりその鎧は物理攻撃を、剣は魔法を吸収して光の魔力に変えるわけだ。ずっこいマジックアイテムで身体を覆って――十二騎士を除けば国内最強の騎士様が随分と臆病じゃないか。」
「誰かや何かを守ろうと言うのだ、臆病である事は騎士の絶対条件だ。」
「……はっ、どこぞの騎士ならバカ言ってらぁで終わるが……あんたが言うと説得力があるから困る。」
 やれやれと腰に手をあてて息を吐いたドレパノは、ふと何かを諦めたように両手をひらひらさせる。
「ああ、認めよう。そういうマジックアイテムがあったところで、結局はカウンターを狙うしかできないあんたを相手に圧倒的に有利なはずのオレがこの様……そもそもの戦闘技術に差があり過ぎるらしい。」
「投降するというのなら受け入れよう。無論、そちらの情報は喋ってもらうが。」
「早まるなよ。そういう差を埋めるのが魔法ってもんだろう? こっからは力押しだ。」
 そう言って深呼吸すると両腕が紫色のオーラで覆われ、ドレパノは両の手の平をアクロライトに向けた。
「重力の乗ったオレの拳に対し、あんたは一度かするように斬りつけてから鎧で受けていた。魔法を吸収する剣で重力の力を消してから純粋な体術で対応したって事だが……つまりその剣は、それが魔法であれば『グラビティボール』みたいな放出系の魔法でなくても吸収できるってことだ。」
「……その剣の持ち主に説明してどうする。」
「確認だ。要するに、こういう魔法ならどうだって話だ――『グラビティフォール』っ!」
 素早く振り下ろした両の手の動きに合わせ、ドレパノの正面の地面が広範囲で陥没する。道の舗装が砕け、大きな岩となったそれも更に潰される高重力の空間。だが――
「――っ……」
 ドレパノは魔法をかけながら、眼前の光景に驚きの表情を浮かべる。
 剣――分類すれば大剣になるだろうそれを片腕で水平に持ち、田舎者の青年のように手の中で高速回転させ、アクロライトはまるで傘でも差すかのように上から降り注ぐ高重力を防いでいるのだ。
「――さすがだが……辛そうな顔だな。満身創痍の身体にはこたえると見える!」
 再び息を吸い、両手にまとうオーラを増大させるドレパノ。同時にアクロライトが立っている地面がさらに沈み込む。
「普通ならそっちが防ぎ切るかこっちの魔法が切れるかって勝負になるだろう。だがオレにはツァラトゥストラがある。一時間でも丸一日でも付き合え――」
 言いかけて、ドレパノは自分のミスに気付く。片手で剣を回しているアクロライトのもう片方の手が強烈な光を放ち始めたのだ。
 ドレパノがこれまで攻撃に使っていた魔法は全て単発の魔法であり、吸収されればそれで消えてしまうモノだった。しかし今使っている魔法はドレパノが魔力を注ぐ限り発動し続けるタイプの魔法。
 つまり、今ドレパノはアクロライトに光の魔力となる材料を与え続けている事になる。
「――!! 『リバース』っ!!」
 先ほどとは逆にドレパノが両腕を上にあげると、一瞬の停止の後に高重力で潰されていた範囲内にあったモノ全てが砲弾のように空へと打ち上げられた。
 これ以上魔力を与えない為、咄嗟に重力の向きを逆にしたのだが、相手はドレパノを遥かに超える絶技の持ち主。一瞬の停止の際に範囲外に出ている可能性を考え、ドレパノは自分を『グラビティウォール』で囲った。
「…………? どこに行った……?」
 五感は勿論、ツァラトゥストラによって強化された魔法的な感覚にもアクロライトの気配を感じとることができず、ドレパノは困惑する。
「まさか『リバース』で空高くってか……? まぁあんまり離れすぎると今のオレでも知覚できないのは確かだが……ある程度まで落ちてきたらそれで気づくし……あれほどの男がただただ打ち上げられただけ……?」
 圧倒的に優位に立っていたはずの自分を追い詰める満身創痍の騎士のやられ方に拍子抜けし、だが油断してはならないと、ドレパノは空を睨んで拳を握る。
「……何度か見せたあの光線みたいな突きもある。こっちの知覚の外から超速の一撃を放つ気かもしれない。」
 自身を囲った『グラビティウォール』を厚くし、また二重三重と追加して自分をドーム状の壁で覆う。だが……
「…………なんだ、どうして来ない……咄嗟だったから結構な勢いで上に飛ばしたが……落ちてくるのにこんなにかかるほど上に……?」
 アクロライトが消えてからそろそろ三十秒。いよいよどういうことかわからなくなったドレパノが空から周囲へと視線を移した瞬間――

「『イーグル』。」

 ドレパノが知覚したのは幾重にも展開した防御が砕かれた事と身体に走った痛み。左肩から右の脇腹をつなぐ直線上から血が噴き出し、ドレパノはそのまま後ろへと倒れていく。
 そしてようやく、自分の目の前に剣を振り下ろした後の体勢にあるアクロライトを視認した。
「……っ……」
 バタリと倒れたドレパノの横、剣を杖代わりにしながら更に悪化した顔色でアクロライトがドレパノを見下ろす。
「……記録ではツァラトゥストラを手にした悪党の中には時折魔法生物のような再生能力を身につけた者がいたそうだが……お前は違うようだな。」
「……生憎な……」
 重症の度合いで言えばドレパノの方が悪いのだが、逆にすっきりした顔をしている為どちらが勝者かわかりづらい状況の中、口から血を吹きながらドレパノがたずねる。
「一体何を……オレは一体どんな技に負けたんだ……?」
「……ちょっとした賭けに私が勝っただけのこと。」
 大きく息を吐き、背筋を伸ばして剣をおさめるアクロライト。
「単発の魔法の吸収ばかり見せていたから、お前が「こういう魔法なら」と言った時、長時間持続するタイプの魔法が来ると予測した。これが賭けの一つ目。予測通りに放たれた魔法を片腕でなんとかしのぎながら魔力をため、充分な量を得たらもう片方の手にわざと光を作る。こうすればお前は自分のミスに気づいて咄嗟に私との距離を取る。魔法を解除するだけという可能性もあったが、先日の戦闘でお前は咄嗟の時には全力で魔法を使うタイプだと判断した。これが二つ目。」
「……おいおい……」
「読みの通り、お前は反重力という方法で私と全力で距離を取った。それに紛れながら、ためた魔力を用いて光魔法による高速移動を行い――私はここから数キロ離れた場所へ着地した。それくらい離れればお前のマナ吸収もツァラトゥストラによる魔法感知も届かないだろうと……特に根拠はないがそうふんだ。これが三つ目にして最大の賭け。」
「数キロ……そんな遠くに……」
「着地した場所に敵がいたら少し面倒だっただろうが、それを考慮して王城の近くに移動した。これが四つ目。そうして私は、周囲のマナやイメロを用いて充分な一撃を準備し、そこからお前へと斬りかかった。」
「……デタラメな……だがまぁ光魔法の速度で考えれば数キロなんて一瞬か……ましてあんたほどの使い手…………だがそんなに離れてよくここを……オレを正確に狙えたな……」
「お前の身体にそれを仕込んでおいたからな。」
 そう言って指差された場所、先ほど『マガンサ』によってかすり傷をつけられた脇腹を見たドレパノは、そこにそれがあると思って見なければわからないほどの小さなピンのようなモノが傷口に刺さっているのを見つけた。
「それは素早かったり姿を隠す魔法を使ったりする魔法生物の位置を追う為のマジックアイテム。非常に細い針で痛みは無く、刺さった魔法生物から魔力を吸って位置を知らせる魔法を発動し続ける。人間相手に使うと位置を知らせる魔法の負荷が刺さった人間にかかり続けることになるため、相手は違和感を覚えて気づいてしまうのだが……ツァラトゥストラによって負荷が激減しているお前は気づかなかったようだな。」
「……!」
「最初に言っただろう、人間と思えば厄介だが、特殊な魔法生物と見ればどうということはないと。」
 あっさりとそう言ったアクロライトに対し、ドレパノは自嘲気味に鼻で笑った。
「……ったく……こんなに一瞬で決着がつくとはな……あんた相手じゃ今以上に時間回収を加速させても意味はなさそうだし……」
「時間回収……?」
「ついでにもう一つ……その剣と鎧の力、なんで最初に会った時には使わなかった……」
「……使えなかった――が正しい。これらは戦闘によって周囲のマナが希薄になったり、何らかの理由でイメロを使えなくなった時の為のマジックアイテム……その能力の発動条件は、周囲のマナが一定数以下になることだ。」
「な……」
「初戦の際、お前は今回のようにマナを吸い尽くすような事はしなかっただろう。それが理由だ。」
「あー……はっ、あんまり力を見せないようにって言われてたもんでな……というか今更だが、オレの質問に律儀に答えて良かったのか?」
「教えたところでどうという事のない情報だ。それに、これからはこちらの質問に答えてもらう。私はそちらの方面は未熟なのでな、腕のいい者に尋問を任せる。」
 おそらくその「腕のいい者」をこの場に呼ぼうとしたのだろう、通信機を手にしたアクロライトだったが――
「悪いがそれは無理だ……あんたはオレを特殊な魔法生物と言ったが……さすがにこういうことをする魔法生物は見たことないだろ。」
 そう言ってニヤリと笑ったドレパノは、どういうわけかそのにやけた表情のままでかたまった。
「……?」
 不審に思ったアクロライトがドレパノの肩に触れると、それは岩や金属のような硬い感触に変わっていた。
「! これは時間魔法の「停止」……自分で自分に――いや、不可能だ。戦闘中に使っていた自身の時間経過の加速も含め、おそらくはアネウロの魔法……解除できるとしたら《ディセンバ》殿か……」
 スッキリしない顔で息を吐いたアクロライトは自分の拳を数秒見つめ、その後周囲に倒れている他の国王軍騎士の元へと駆け寄った。



 敗北したはずの男がまるで勝者のような笑みを浮かべてかたまった頃、無数の火柱が乱立する街の一角でおかしな髪型の男、スフェノは長い魔法の歴史における一つの伝説と相対していた。

 第五系統の土の魔法。この系統における奥義の一つに『死者蘇生』という魔法がある。その名の通り死者を蘇らせる魔法だが、この禁忌とも言える魔法はその発動条件ゆえに禁術指定はされていない。
 十二騎士クラスの魔法技術が求められる事は勿論だが、この魔法は二代以内の血縁者――つまり術者の両親や子供、兄弟姉妹しか蘇らせることができない。加えて蘇らせたい者が愛用していた所持品を用意する必要があったりと、使うとしたら十中八九家族を想って発動させる魔法となる。
 凶悪な犯罪者などが復活してしまうというのであれば禁術指定もされていただろうが、蘇るのが家族に愛された者だけというのならば、死後の世界などの研究の意味も含めて禁術にしなくても良いという判断になっている。
 第六系統の闇の魔法にあるような屍を動かすなどといった事とは根本的に異なる生命を操るこの魔法を、歴史上多くの魔法使いが研究してきたわけだが、その中にとんでもない事を考えて実行した一人の魔法使いがいた。
 死者を蘇らせる為に血縁や愛用品といったつながりで魂を呼び寄せる事はともかくとして、一度魂の抜けた肉体は腐敗などが始まって大抵の場合は使えなくなる。その為術者は土や砂で死者の身体を作らなければならないのだが、その魔法使いはこの点に注目した。
 人型であり、性別が間違っていなければ死者の元の姿と似ていようが似ていまいが関係なく魂が定着を始め、数年後には土で出来ていた身体は完全なる「肉体」になるという、厳しい条件の割に適当な雰囲気の漂うこの妙な特徴を利用すれば、自分が望んだ肉体を手に入れる事ができる――と、その魔法使いは考えたのだ。
 自分で自分を殺し、何らかの方法で『死者蘇生』を自分にかけて予め用意していた理想の肉体を模した土の身体に自分の魂を定着させる――二代以内という血縁の条件は本人であるためにクリアであるし、愛用品も自分の所持品の全てを捧げれば万が一にも間違える事はない。
 数年がかりで『死者蘇生』に必要な魔力をマジックアイテムにため、自動で魔法を発動させる仕組みを完成させ、理想の身体をゴーレムを作る要領で完璧に作り上げ、その魔法使いは――自殺した。
 狂気とも言えるこの行為は、結果、半分成功したが半分失敗した。
 成功した点は、きちんと蘇り、土で作った身体に魂を移すことに成功したということ。
 失敗した点は、死んでから蘇るまでに十年以上の時間が経過したことと、その影響で完璧に作り上げたはずの土の身体が崩れてしまったこと。
 自動で『死者蘇生』を発動させる仕組みは魔法使いの死後即座に起動してその役目を終えたが、ゴーレムの応用で作り上げられた理想の身体がその形を維持するのはせいぜい数日。魂が戻されて土の身体に宿るまでの十年という長い時間はさすがに超えられなかったのだ。
 自分で自分をという前代未聞の行為が魔法を狂わせたのか、万全を期した術式にミスがあったのか。今となっては理由はわからないが十年という大誤算の結果、その魔法使いの魂は辛うじて人型の、ギリギリ性別の判断できるただの土の塊に定着してしまった。
 とは言え、このような狂気を行う魔法使いであったため、嘆き悲しむような事はせず、少しの間失敗を残念がった後、その魔法使いは意図せず得てしまった奇怪な身体の使い道を考えた。
 まずそのままでいると顔のないのっぺらぼうになってしまう為、土で出来たその身体を人間らしい形に整える事を始めた。そのまま理想の身体にできれば良かったのだが、目が見えない状態であった為、慣れ親しんだ元の姿の再現に専念した。
 そうして数年後、のっぺらぼうだった土の身体は、細かい所に多少の差異はあるが結局元の姿の「肉体」へと変化した。
 外見にそれほど変わりなく無駄に時間を費やしただけという結果に再び肩を落とした魔法使いだったが、ある時自身の身体に異常な特性が付与されている事に気がついた。
 本来「肉体」に変化したら元の土に戻る事のないはずの身体が、魔法使いの意思一つで自在に土に戻す事ができたのだ。加えて、まるで自分というゴーレムを自分で操るように自分の意識が全身に広がっており、髪の毛の一本一本ですら自在に動かせるようになっていた。
 身体の一部が切断されようと一度土に戻してくっつければ元通りにでき、不意打ちで頭を消し飛ばされようとも魔法使いの意識は残った身体の方で目覚め、再生が可能。老いや病気で古くなったりダメになったりした部位も一度土に戻して再び肉体に戻せば新しくなる。
 つまり魔法使いは、いわゆる不老不死となったのだ。
 理想の身体を求めて魔法の研究を行っていた魔法使いだが、それ以上に自分の身体の可能性に興味を抱き、魔法使いは研究を進めた。
 土にしかできなかった身体を砂や岩、金属の塊といった第五系統におけるおなじみの物質への変換を可能とし、周囲の地面などと同化する事で巨大化したり、別の姿への変身などもできるようになった。
 ところがそんなある日、山奥の工房で日々実験を重ねていた魔法使いは多くの騎士――国王軍に囲まれる。山の中にゴーレムのような怪物が住んでいると近くの町で噂になっていたのだ。
 騎士に発見されたことで今までただ一人で行われていた狂気の魔法実験とその結果が明るみになり、その魔法使いは通称『自己蘇生』という二つ名で多くの魔法使いに知れ渡った。
 自身の肉体を魔法で出来たモノに変えるという、最強の魔眼と称される魔眼ユーレックの特性に近い身体を手にした『自己蘇生』は、家族や親戚、友人の一人もいない天涯孤独なこともあってか、半分実験動物のように魔法使いの間で取り合いとなった。
 山奥にこもっていた事もあって世情などに疎かった『自己蘇生』は権限や法律に右往左往し、研究対象になったり騎士として戦場に駆り出されたりとしばらくはされるがままだったのだが、一人の魔法使いがその圧倒的な発言力で『自己蘇生』を保護し、身分などを保証した。
 こうして、名門騎士学校であるセイリオス学院の学院長の傍に金髪の男――『自己蘇生』ことライラック・ジェダイトが立つようになったのだ。

「なんなんだその化け物みてーな姿は!」
「あなたの方がよほど化け物でしょう!」
 全身を金属で覆ったり砂にしたりしながら周囲の瓦礫を集めて巨大な武器にして振り回すライラックは、スフェノが繰り出す技を一つも防御せずに受け続け、だというのにかすり傷一つもなく走っている。
 そしてライラックが化け物と言ったスフェノは――腕が増えていた。正確に言うと、背中から四本、肉のついていない骨だけの腕が生えており、それぞれが炎でできた槍を持っている。
「――木端微塵になれっ!」
 背中の骨の腕が手にした合計四本の槍を投てきすると同時に普通の腕が手にした二本の槍を地面に突き刺す。するとライラックが走っていた地面がマグマのようにドロドロになり、足を取られたライラックに四本の炎の槍が直撃した。
 数キロ先からでも煌々と見えるであろう巨大な火柱が立ち、周囲の建物が、近いモノは溶けて遠くのモノは黒焦げになる。分厚く組み上げた耐熱魔法でなければしのぐことのできない灼熱が広がる中、槍を構えなおしたスフェノは――
「あそこの屋台のおばちゃんは――給料日におまけしてくれるっ!」
 炎の中から現れた巨大な岩の拳へ舌打ちしながら炎の槍を投げてそれを粉々に爆散させた。
「噂通りの不死身っぷりですね……」
 砕けた拳が岩の雨となって降り注ぐ業火の中を、ライラックは平然と歩いてくる。
「魔法の負荷がほとんどなくなる上にイメロ並みのマナの変換効率があるとかいう、半分魔法生物になれる不思議な内臓って聞いてたが……お前のツァラトゥストラは骨なのか?」
「……研究者だったにしてはざっくりとした認識ですね……ええ、オレのは『骨』――正確には肩甲骨をツァラトゥストラのモノと交換しました。そこを起点とし、骨を生み出して操ることができます。」
「それでそんなところから腕が生えてるわけか……だが――」
 ライラックはくるりと振り返り、気分の悪そうな顔で灰塵となった街並みを見つめる。
「ツァラトゥストラが魔法の力をあげるっつっても、これはさすがに度が過ぎる気がするな……」
「いい読みですね。お察しの通りですよ。腕を増やせるのはオマケのようなもの……この『骨』の力はそこにあるんです。」
 四本の骨の腕の内の一本を顔の前にかざし、指の一本を指差すスフェノ。
「ツァラトゥストラによって生み出されるこの『骨』は、その一つ一つが強大なエネルギーの塊なんです。燃料をくべるように、魔法発動の際にこれを加えることで――」
 スフェノが指差していた指の骨、人差し指の第一関節より先の部分が空気に溶けるように消えたかと思うとスフェノの背後で巨大な火柱が立った。
「普段ならたき火程度の炎を起こすだけの魔法がご覧の通りです。」
「はぁん……ツァラトゥストラの中でも更に魔法が強力になる一品ってか。値がデカくなるばっかりで芸がないな。」
「芸がない? はは、やはり研究者らしくない。一日に作り出すことのできる魔力の量がその者の強さの指標の一つとして語られる事も多いというのに……なら、この強力な『骨』がいくらでも生成可能と知ったらどうです?」
 先ほどなくなった指の骨が即座に元に戻るが、ライラックの表情は変わらない。
「使える魔力が膨大ってとこは同じだろ。」
「あっさり言いますね……まさかと思いますが、不死身故に関係ないとでも思っていますか?」
 少々のイラつきを見せながら、スフェノは背中から生えた四本と本来の二本を左右一組で祈るように手を合わせた。
「『死者蘇生』という魔法の存在に始まり、魔法使いはあやふやながらも魂というモノの研究を進めてきました。かのスプレンデスを筆頭に新たな系統とも言われる魂の魔法が生まれ……そして今、肉体の強度を無視して魂に直接作用する魔法すら存在する――ご存知でしたか?」
 今まで周囲を灰と化してきた紅蓮の炎ではない白――というよりは銀色と言った方が近い、どこか光沢を放つようにも見える揺らめきが二本の槍を覆い、かつ四本の骨の腕にて槍の形となった。
「まだまだ未完成の分野ですからね、本来なら大規模な魔法陣や呪文などが必要なのですが、この『骨』の力があればオレ個人でも発動可能なのです!」
 本来の腕二本が地面に槍を指し、四本の骨の腕が銀色の炎の槍を投てきする。銀色に溶け始めた足元と自身にとんでくる槍に対し、今まで避けることなく向かって行ったライラックが回避行動を取った。
「はは! ようやく本来あるべき光景になりましたね!」
 跳躍と同時に砂と化した腕を伸ばして攻撃範囲の外にあるモノをつかみ、そのまま身体を引き寄せる形でスフェノの攻撃をかわしたライラックが焦げの目立つ瓦礫に手を振れると、それらが寄り集まって人型となった。
「そういう魔法があるのは知ってるが、魂のないモノには効果ないだろ!」
 巨大な岩のゴーレムがその身に合わない跳躍でスフェノを踏みつぶそうと迫るが、骨の腕の一本が赤い炎で槍を作り、それを投てきしてゴーレムを砕いた。
「使い分ければいいだけの話で――」
 空中でゴーレムを爆散させたスフェノだったが、気がつくと目の前にライラックがいた。
「おりゃっ!」
「――!!」
 達人の動きとは言えないがケンカ慣れしている程度の印象は受けるライラックのパンチを瞬間移動のような加速で回避したスフェノだったが、空振ったライラックが視界から消えた事に驚き、直後背中に凄まじい衝撃を受けて元来た方向へと飛ばされた。
「この感触……最初に蹴り飛ばした時もそうだったが、もしかしてツァラトゥストラの『骨』の影響で全身の骨が頑丈になってんのか?」
「そちらこそ……この一撃の威力――なる、ほど……部分的に拳や脚の成分を砂や金属に変えて重くしているわけですか……」
 二本の槍を杖代わりに立ち上がったスフェノは四本の骨の腕を空に伸ばす。するとスフェノの真上に銀と赤の炎が混ざった巨大な火の玉が出現した。
「げ、なんだそりゃ!」
「どうにも、戦闘が続いて周囲に瓦礫が増えるほどに厄介になりそうなのでこれで決める事にします。オレが制御できる限界量の魔力を時間回収を利用して一気に練り上げたこの一撃――直撃せずとも余波で必殺でしょうから、回避は無意味ですよ……!!」
 時間回収という聞きなれない言葉に首を傾げつつも、しかしライラックは間の抜けた顔をした。
「いや……別に瓦礫が増えたからゴーレム作ったわけじゃねぇぞ。ようやくこっちにまわせる余裕が出来ただけだ。」
「……なに……?」
「建物もそうだがお前、倒れた騎士もお構いなしだったからな。避難させてた。」
 ハッとして自分が倒した国王軍の騎士たちを見るが、彼らが倒れていた場所は既に黒焦げとなっているためにライラックの言葉の真偽は確かめられない。だが今ここで嘘をつく理由もないはずで、つまりさっきまで目の前の男は倒れた騎士たちを救出する片手間で自分と戦っていたという事にスフェノは厳しい顔になる。
「それと、気にするべきは瓦礫じゃないと思うぞ。」
「……オレの気をそらして攻撃をさせない作戦ですかね? 生憎、オレがこれをやめることはありませんよ。」
「いや、ある。」
 ライラックがそう答えた瞬間、スフェノが立っていた地面がまるでバネに弾かれるような勢いで隆起し、スフェノを真上の火の玉へと跳ね飛ばした。
「!!!」
 第四系統の使い手であるスフェノの耐熱魔法はツァラトゥストラの力もあって相当なモノだが、魂に直接ダメージを与える銀色の炎が混ざった火の玉には効果が無い為、スフェノは最後の一撃として作り上げた魔法を慌てて解除した。
「ほらな。」
 腰に手をあててドヤ顔をさらすライラックに対し、スフェノは意味が分からないという表情で着地した。
「今のは――バカな、魔法の気配が一切……ツァラトゥストラによって感覚が強化されているオレが見落とすなど……」
「そりゃそうだ。魔法じゃねぇんだから。」
 ライラックの言葉を合図にするかのように、直後地面から伸びたしなる金属がスフェノの四肢と四本の骨の腕を縛った。
「また!? ま、魔法じゃないなんてそんなこと――」
 炎で焼こうとするも、細かく伸びた金属の触手がスフェノの指の一本一本に巻きついて手を開かせ、槍を奪った上で関節を決めてきた。動かそうとした骨の腕は刃のように鋭くなった触手によって根本から切断され、先ほどスフェノが自分で言っていた肩甲骨の辺りを膜のように広がった金属が覆い、骨の追加を阻止する。
「――っ……!」
「どんな熟練者でも一定以上の痛みを感じてる状態じゃ魔法は使えないからな。」
「一体――何を!」
「んー? いやぁ今じゃ俺に驚く奴もいねぇから、逆にお前は誰よりも警戒するんだと思ってたんだがな。」
 そう言いながらライラックは、スフェノの攻撃によって舗装がはがれて下の地面が露出した足元をトントンと叩く。
「さすがの俺でも舗装された道みたいにガチガチの状態のモノとは無理なんだが……それが砕けて下にある柔らかい地面が顔を出したならそっちとできる。」
「……!! まさか噂の――地面との同化……!!」
「そういうこと。」
 そう言ったライラックの身体が瞬時に砂となって崩れたかと思うとスフェノの足元からズズズと盛り上がった地面が人の形を成し、ライラックへと変化した。
「お前の目の前にいる俺は確かに俺だが、同時にお前の足元の地面もまた俺。同化したモノを動かすのは言っちまえば自分の腕を動かすようなモンだからな、魔法なんて必要ない。」
「――化け物め……」
「はん、そうだとわかってたクセに丁寧に地面の舗装を爆破してまわった自分を恨め。さて、かなり痛いだろうがここら辺で商売してた人たちの怒りだと思って反省しろよ。」
「何を――があああああああああああああああっ!!!!」
 焼け焦げた街の一角に響く絶叫。ベキベキとおよそ人体から聞こえてはいけない音をさせながらスフェノの背中――肩甲骨の辺りを覆っていた金属の膜がその肩甲骨ごとはがされた。凄まじい量の血が噴き出したが、傷口を覆うように再び広がった金属の膜に覆われたことで出血は止まる。
 だがスフェノ本人はあまりの激痛に意識を失い、白目をむいてぐったりとした。
「こんな身体になったモンだからな、色々調べる上で人体には詳しくなってんだ。まぁ、肩甲骨なんて外からでも場所はわかるが……」
 気絶したスフェノをその場に転がし、ライラックはため息とともにそれを見下ろした。
「炎使いって事はその火力で飛べただろうにな……俺が『自己蘇生』と呼ばれる奴だってわかった時点でお前は地上戦をやめるべきだったんだぜ?」

 地面と同化する事を可能とするその魔法使いを相手にした場合、地上戦ではまず勝ち目はない。空中から遠距離魔法をしかける事で勝機は得られるのだが、地面と同化したその魔法使いは地面が続く限りどこまでも逃げる事が可能であり、逃げに徹されると倒し切れる者は一人もいない。
 故に『自己蘇生』と呼ばれたその魔法使いは戦場において、『無敗』という二つ名を得ることとなったのだ。

「うぇ、はがしたての骨なんて持ち歩きたくねぇぞ……この後どうすりゃいいんだ俺は――うお!?」
 地面から伸びた金属の触手でつかんでいた肩甲骨が突如灰となり、さらさらと消えた。
「どういうこったこりゃ……こういうモンなのか? ……とりあえず教官――アドニスはこの水の檻を作ってる装置を探してるはずだから……定石通りなら街の中心か? ひとまず俺もそっち行くか……」



 私は別に戦闘大好きっ子じゃないが、それでもそれなりに腕の立つ奴とは手合わせを願いたいと思うし、どうせ敵対するなら自身の成長につながるような相手を希望したい。
 だが今私が戦っているこのキザな男、オズマンド序列八番のリンボクは……はっきり言って大したことない。
 体術も魔法も、こっちの動きを結構な精度で先読みしてくるが本人の目は追い付いてないところを見る限り、こいつのツァラトゥストラはおそらく『耳』。昔、盲目のクセにこっちの動きを完全に見切ってくる奴に会った事があるから、筋肉の収縮や魔力の流れとかを音で捉えて先読みってのは無い話じゃないんだろう。
 とはいえ、相手の動きを先読みなんて熟練者なら色んな方法でやってくること。特に厄介なのは精度も範囲も抜群の、風使いが得意とする空気を使った先読みで……リンボクのそれは、例えば向こうで戦ってる肉ダルマのそれと比べれば遥か下の出来栄え。国王軍で言うなら中級――スローンクラスが同程度の事をやってのけるだろう。
 要するに、こいつの先読みはビックリするようなモノじゃない。
 でもって魔法……記録の通り、リンボクの得意な系統は第七系統の水の魔法。ツァラトゥストラの影響か、強力な魔法をバカスカ撃ってくるとこは確かにすごい。だがそれも……それくらいできる奴はわんさかいる。
 要するに、こいつの魔法はビックリするようなモノじゃない。
 ツァラトゥストラっつー大昔の超兵器を持ち出してきたからどんなもんかと思ってたんだが、拍子抜けもいいところだ。
 ただ……このキザ男の後ろでふんぞり返ってる景気の悪い女が厄介だ。
「『ウェーブボム』!」
 普段なら目をつぶってもかわせる水の玉。だがそれをかわそうとすると、既に気絶してる国王軍の騎士たちが糸につるされたマリオネットみたいに道を塞ぐ。折れた腕、腹に空いた血塗れの穴をそのままにしたそいつらにかすり傷一つ与えちゃいけないと思い、脚を止めたところでキザ男の魔法が腕に当たる。
「――っ……」
 直撃したその場所だけでなく全身に走る衝撃に、大ダメージってわけじゃないが身体が戸惑う。
 ランク戦の後にやってきた魔人族――スピエルドルフの、うちで言うところの国王軍にあたるレギオンっつー部隊の隊長の一人、フルトブラントとの手合わせを思い出す感覚だが……あっちの方が身体の芯まで響いたな……
 しかし仮に腕一本無くなるとかならまだ戦えるからいいが、全身が均等にダメージを負うこれを受け続けるといつか完全に動けなくなる。
 リンボク単体なら問題じゃないから、まずはうちの騎士を操ってる女、ヒエニアをボコすことから始めるとしよう。
「――ふっ!」
 クォーツが炎でやるみたいに、足元で電気を破裂させた勢いで跳躍し、私は操られてる騎士たちを飛び越えて眼下にヒエニアを捉えて雷を放つ。
「おっと。」
 座ったまま避けようともしないヒエニアをリンボクの水の膜が覆い、私の雷を散らした。
「へぇ。雷使いって空中戦のイメージなかったけどそういうのもあるのねぇ。じゃあもう一段階引き上げようかしら?」
 ニタリと裂けた口からペロリとのぞく舌が嫌な気配をまとったかと思うと、操られてる騎士たちの気配が変わって……全員が自分の武器を構えた。
「『光帝』にやったのと同じ、本人の意思で戦うモードにしたわ。」
 さっきまでただの壁として動いてた瀕死の騎士たちが、気絶したままだけど目にぼんやりと赤い光を灯らせてピリピリする気迫を放つ。
 アクロライトの時は本人が瀕死ってわけじゃなかったから、あいつの人となりを知らないなら操られてるとは思わなかっただろう。だけど今のこれはまるでゾンビ……知識や経験に蓋をするも、そいつの戦闘能力を引っ張り出して戦わせる……
 あの女の魔法の力か、それとも――十中八九ツァラトゥストラのあの『舌』の力か。どちらにせよ、あの『舌』を引っこ抜けば大なり小なりのダメージにはなる……んだが――
「ほらほら行きなさいあんたたち!」
 身体のダメージを完全に無視して迫る騎士たち。強さのランクに差はあるものの、それぞれがそれぞれに得意な技を持ち、日々精進しているこの国の精鋭が私を敵――いや、この動きは討伐対象の魔法生物か何かと認識して攻撃をしかけてくる。
 正直、コンビネーションのコの字もないデタラメな攻撃なんだが――「攻撃して止める」ってのができない私にはそれでも厄介極まりな――あ、こいつ、教官の時に指導したことあんぞ! くっそ、いい蹴りするようになりやがって!
「『ウェーブボム』!」
 騎士たちの波状攻撃でぐらついたところに水の玉を受けて全身に衝撃が走る。
「この――」
 リンボクに向けて雷を放とうとするも、飛べる騎士らが瞬時に壁となって立ちはだかる……!
「あっは、リンボクあんた、こっすいわねぇ。」
「ふふ、あの『雷槍』と真正面からやり合えと? 勘弁して欲しいね。誘うという意味でなら仮に無謀であってもこの美人教師に挑んでみせるけれど、戦闘というのなら僕は身の程をわきまえるよ。」
「弱腰ねぇ。折角のツァラトゥストラが泣くわ。」
「確かにこれは強力な力だけれど、やはり資本は使う人間の元々の戦闘力。そうそう簡単に僕が彼女を倒せるようになったりはしないさ。ラコフやゾステロみたいに相性抜群ともなれば話は違っただろうけどね。」
 くそ、結構冷静だな。力で慢心してくれれば楽だったんだが。
「でもあっけないわねぇ。これで『雷槍』までアタシの人形になったら誰もアタシたちに勝てないんじゃないの?」
「それはそれでいいのだろう。この街という人質によって王座が手に入るなら良しだ。」
 ……? なんだ今の会話……?
 ……いや……というかもう勝った気でいるなこいつら……
「……ま、とはいえこの状況だからな……やれやれ、奥の手でいくか……」
 そう呟いてメガネのつるをトントンと叩いた私を、リンボクがキザったらしく鼻で笑う。
「奥の手というのは一体どれの事なのかな?」
「あん?」
「ふふ、こうやって攻め込むんだ、腕のいい騎士の情報はメンバー全員の頭に入っている。特にあなたのような十二騎士トーナメントの常連ともなれば戦闘記録は充実している――これまでの戦いで一度も使った事のない技があるというのかい?」
「なんだ、あっちゃ悪いか?」
 ……っつ……もう頭痛くなってきた……だから嫌なんだよな、これ……
「まぁ一度もってのは言い過ぎだがな。映像が残るような公式試合じゃ使う機会がないだけで魔法生物相手の時とかは使うぞ。」
 公式試合でこれを使わないといけないような面倒な技の使い手にはまだ会ったことがない。ま、試合に出る騎士なんて基本的に腕自慢のオラオラタイプばっかりだからな。
「……負け惜しみやハッタリを言うタイプではないだろうし……拝見させてもらおうかな。」
「あっは、もらおうかなって攻撃すんのアタシじゃない。」
「それだって別にヒエニアが攻撃しているわけじゃないだろうに。」
「命令すんのはアタシよ。」
 パチンと指を鳴らすヒエニア。それを合図に雪崩のように襲い掛かってくる騎士たち。
 クリアな視界、スローな動き、狙うべき場所――ここだな。
「『サンダーボルト』っ!」
 愛槍を天にかざし、上空から無数の雷を騎士の大群めがけて落とす。
「おやおや、人質を攻げ――」
 言うと思った事をリンボクが言い終わる前に、私が落とした雷は迫る騎士たちに直撃することなく、その集団に溶け込むように消えた。
「な――雷が消えた……?」
 リンボクが焦りの混じった顔でそう言っている背後、今向かってきた騎士たちとは違い、おそらくは遠距離からの支援を得意とするような騎士ゆえにヒエニアの近くで突っ立ってた騎士の一人から雷が走ってヒエニアを直撃――
「はぁっ!」
 ――すると思ったんだが、『耳』のおかげか反応が間に合ったリンボクが水の壁を作って防御した。
 ……というかヒエニア、防御もまともにできないのか? 呪いとか人を操るとかの類を得意とする奴は本人が貧弱ってのはよくある話だが……
「ちょ――何よ今の! 完全に支配しているはずなのに何で今そいつ攻撃を――」
「違うよヒエニア。別にあの騎士が君を攻撃したわけじゃない。僕には聞こえた……」
 イケメンってのは怖い顔でもイケメンらしく、キリッとした顔を騎士たちの攻撃を避けて距離を取ってる私に向けた。
 だが残念、見るべきは私じゃない。
「――っ!」
 私の方に向かって走ってくるからリンボクたちには背を向けてる騎士たちのその背中から何発もの雷が放たれ、それを察知したリンボクが作り出した水の壁に激突する。
 第二系統の雷魔法ってのはそれが電気であるために水や金属で道を作られるとそっちに攻撃が誘導されるっつーちょっとした弱点があるんだが、電気の威力が一定以上になるとその道は壁の意味を無くして電気を素通りさせてしまう。
 特に水使いにとって腕の立つ雷使いってのは、壁を作っても素通りされるし電熱で水を蒸発されるっつー相性最悪の相手になる。
 その辺の使い手が相手なら『サンダーボルト』の一発で水の壁なんざ貫けるんだが、ツァラトゥストラの力で電気を散らせる力も強いらしいリンボクのそれはなかなかのモノだった、
 しかしまぁ、一度に何発もぶつければ抜ける。
「くあっ!」
 多少は威力を殺されたものの、水の壁を通り抜けた雷はリンボクの左腕を通り過ぎながらヒエニアへと今度こそ直撃――
「げ。」
 ――することはまたしてもなく、雷はヒエニアをすり抜けて後方の建物に落ちた。
『バカねぇ。他人を操ろうって奴が堂々と表に座ってるわけないじゃない。』
 周囲の空間そのものに響くようなヒエニアの声。こいつ、幻術で自分の姿を映しておいてどっかに隠れてやがったか。
『リンボクの演技も良かったんだけどねぇ。ふふふ、こうなったらしょうがないわよねぇ。こっそり近づいてサックリ殺してあげるわ。』
「よすんだヒエニア。動くとばれる可能性がある。」
 面倒なタイプの闇魔法の使い手にありがちなこっそり殺すってのをやろうとしたヒエニアにリンボクが厳しい声を出す。やっぱりこいつは冷静だな。
『どういうことよ。』
「『雷槍』と言えば強力な雷撃と達人クラスの体術を組み合わせてパワーとスピードで攻めるタイプ……正直、こんな芸当ができるイメージはなかった。」
 自分の周囲に何枚かの水の壁を作って両手に水の玉を用意しながらリンボクが私の技の解説を始める。
「さっき彼女の『サンダーボルト』が消えた時、君が操る騎士集団の中でノイズのような音が広がった。そしてその音が近づいてきたと思ったら君の近くに立っていた騎士から雷が走った……いや、正確に言うならその騎士が身につけていた装備品の金属部分から雷が出て来たというべきか。」
『は?』
「つまり『サンダーボルト』は騎士たちの剣や鎧、留め具や指輪などの金属類に一度身を潜め、金属から金属へと伝わりながら僕たちに近づいてきたんだ。無論、それらの金属を身につけている騎士を感電させずにね。相当精密な制御が求められる技だよ。」
 おいおいまじか。金属間の移動の時は雷鳴も雷光も消えるから何をやってるのかわかんないモンなんだが……『耳』で魔力の流れを聞いてそこまでわかるのか。
 戦闘能力は大したことないがこの冷静さと『耳』の組み合わせはそこそこのモノだ。しごいてやればそれなりに――っと、教官……いや、教師としてのクセが。
「これほど精密な事ができるという事は、姿を隠している君の場所も特定する術があるかもしれない。ヒエニアは騎士を操ることに集中して欲しいな。」
『面倒ねぇ……わかったわ、こうするからあんたがやっちゃいなさいよ。』
 ヒエニアの声が響くと私を囲んでた騎士たちがピタリと動きを止め、手にした武器や魔力を込めた手の平を自分の方に向け――
「――!! てめぇ……」
『あっは、いい顔ねぇ。『光帝』もそんな顔したわよ? だいたい最初に言ったじゃない、戦力兼人質だって。じゃリンボクよろしく。』
「了解。」
 ここぞとばかりに水の玉に魔力を込め始めるリンボク。
「……お前はこういうのに抵抗ないのか?」
「罪悪感があるかと? 多少はあるが……生憎、惚れた女性の為なのでね。」
「ああ? あんな暗い女に惚れてんのか? というかお前、記録じゃとっかえひっかえのナンパ野郎だろ。」
「それとこれとは別だと、僕は思っている。あとヒエニアではない。」
「そうか。やっぱりお前、見込みあるな。」
「なに……?」
『――! な、これ――』
 突然のヒエニアの焦り声にリンボクが私から視線を外す。その隙をつき、とどめを刺そうと私の目の前まで来てたリンボクに雷を打ち込む。
「が――」
 焦がすよりも感電に特化した一撃で、リンボクは白目をむいて倒れた。
『っ――な、なんでこいつら動かな――』
「は、リンボクみたいに落ち着いていればお前にも勝ち目はあったのにな。よく見ろ、私が動けなくしたのは金属製の武器を持ってるやつだけだ。」
 リンボクが言った通り、普段ならこんな細かい事は性に合わないからやらないが……要するに電気で作った磁力――電磁力を応用して騎士たちが持ってる武器を周りの武器や鎧と引き合い、反発させて動かせなくした。
『――! バカねぇ、そんなの教えて! それに普通に動いてあんた、アタシが人質を殺さないとでも思ったわけ!?』
 魔法を自分にむけてる騎士たちの手が動くが――
『ばっ!?!?』
 それより先に、地面に槍を突き立てて雷を流す。直後、何もない空間で雷がはじけ――焦げて余計に黒くなったヒエニアがガクガクと膝をついた。
「な……どうやって……」
「リンボクの忠告通りだ。ま、別に息をひそめてたからって見つけられないわけじゃないんだが……知ってるか? 人間は電気で動いてるんだぞ?」
 私の言葉の意味を理解したのかどうかわからないが、ヒエニアはバタリと倒れた。
 今の状態――電気信号で色んな情報をやりとりしてる頭にちょちょっと魔法をかけて処理能力を上げたことで、私は普段よりも細かく電気を操れるし、他の生き物の生体電流も感知できる。魔法で隠れようと、生きている限りは見つけられるってわけだ。
 欠点として頭を酷使するわけだからあとで――というか既に頭が痛い。
「ま、うちの騎士たちを傷つけずに済んだから良しとするか……」
 ヒエニアが意識を失うと同時に糸が切れたように倒れた騎士たちを眺め、そして気絶させたリンボクとヒエニアを見て……私はどうにもしっくりこない感覚に腕を組む。
「……どうにも妙だ……ヒエニアはともかく、リンボクの方は多少の無茶をすれば私が対処に困るような攻撃を一、二個出せたはず……なんというか、負ける気はなかったがそこまで勝つ気もなかったような……さっきの会話もそうだが、連中が欲しがってるはずの王座に対する熱が感じられない――ん?」
 ぶつぶつと呟いていてふと周りが静かなのに気づく。フィリウスとカゲノカがいない。
「フィリウスが風でふっ飛ばしたのか、カゲノカの位置魔法か……戦場が他に移ったみたいだな。ん? だとするとチャンスか?」
 街を閉じ込めてる防御魔法の発生装置。これを守る為にいた三人の内二人を倒して一人がどっかいった……今の内にこの壁を解除できれば――そう思って装置に近づいて手を伸ばしたんだが、私の腕は装置に届く前に途切れ、少し離れた空間――空中から私の腕の途切れた先が生えてきた。
「面倒な魔法を……」

 位置魔法における高等魔法の中に『ゲート』というモノがある。そこを通ったモノを別の場所に移動させるっつーモノで『テレポート』――いわゆる瞬間移動の設置タイプ。一度発動させれば込めた魔力が尽きるまでそこにあるし、瞬間移動にあるようなルールもないんだが……いかんせん、必要な魔力が非常に多い。
 移動用として大きな街に設置されることもあるが、あれは学院の結界みたいに大規模な魔法陣と土地の力でようやく発動できてるモンだし、戦闘中ともなると手が通るくらいの小さなモノを一瞬作るのが精いっぱいだろう。
 ま、極めていくと位置の複製とかの面白い技ができるようになるから武器として使う騎士は結構いるんだが。

 ……でもって今、何が問題かっつーと……装置を守ってるこの『ゲート』は尋常じゃない量の魔力を使って作られてるって事で、専門じゃない私には解除できないってことだ。
「くそ、ツァラトゥストラ様様だな。フィリウスがあの女を倒さねぇとどうしようも――」

 バリッ

 どうしたもんかと『ゲート』の前でため息をついてると、せんべいをかじったような……甲殻類を殻ごと食べたような、そんな音がした。



『死ねぇぇええぇぇえっ!』
 余裕の笑みがなくなった真っすぐな殺意を叫んで突っ込んでくるラコフに対し、ユーリの魔法で無言の意思疎通をかわして息を合わせるあたしと筋肉――アレキサンダー。
「ぬぉおっ!」
突き出された拳を潜り抜け、アレキサンダーがバトルアックスでラコフの身体を正面から受け止める。生憎それだけじゃ止められないけど、少しだけ勢いを殺したところでラコフの拳にあたしの拳を叩き込む。ウロコとか角みたいなのが生えてるラコフの腕が熱せられた鉄みたいに赤く光り、拳から肩の方へと連鎖するように内側から炎を噴き出して爆発する。
『がらあっ!』
 怒りと共に振り回されたもう片方の腕をかわし、あたしとアレキサンダーは距離を取る。
『ああああああっ!』
 牙の並んだ口でラコフが叫ぶと吹き飛んだ部位を再生しようと肩が動く。だけどその傷口を塞ぐように出現した見えない壁――ローゼルの氷によって再生が中断させられた。
「『ホワイトキャメリエ』!」
 少し離れた所に立ってるローゼルがトリアイナを振り下ろすと、その動きに連動して片腕になったラコフの残りの腕めがけて上空から真っ白な刃がギロチンのように落下する。
 音もなく腕を切断されたラコフがその両脚に力を込めてローゼルの方へと跳躍しようとしたけどそれよりも一瞬早くティアナが銃を連射し、その銃弾がワイヤーとなって脚や胴を縛り、ラコフはバランスを崩してその場で倒れる。
「ゴーレムっ!!」
 そこに砂――いえ、金属の巨人の拳がその巨体からは想像できない速度で叩き込まれる。走る衝撃で周囲の地面が砕け散り、ラコフのいた場所は大きく陥没した。
「むぅ……ロイドくんの愛でパワーアップという事はパムくんもやはり――」
「ばっ!? ――きょ、兄妹愛です! バカな事を言わないでください!」


 あたしたちがラコフと戦ってるそもそもの理由。
 いきなり体力を千分の一にされて瀕死の状態になったロイドを回復させる魔法の使い手がいる所――国王軍の医療棟に行くために、ラコフのツァラトゥストラを利用して街を囲んでる水の壁にかかってる位置魔法を妨害する魔法を解除する。
 さっきのとんでもない魔法で倒れたリリーは……な、なんか幸せ過ぎてっていうか、う、嬉し倒れ? みたいなので転がってるだけだからあたしたちを連れて街の方に瞬間移動することはできるはずで、ツァラトゥストラを手に入れた今、あたしたちはすぐにでも移動するべきなんだけど……ラコフがそれを許さなかった。
 小さなガラス玉みたいのを取り出してかみ砕くと、ラコフの――自分の時間を加速するっていう技がパワーアップして尋常じゃない速度で動くようになった。例え街の方に瞬間移動しても今のラコフは一瞬で追い付いてくるだろうから、ユーリが魔法を解除するだけの時間を得られずに追撃さ
れる。
 だからあたしたちは――やっぱりラコフを倒すなり動けなくするなりしなくちゃならない。それは最初から変わらない目標なんだけど、ラコフの能力が相当面倒くさいことになったのよね。


『ばああああああっ!』

 叫びと共にパムのゴーレムの拳を押しのけるのは同等の大きさの巨大な手。さっきまでの四本のデカい腕よりも更に大きく、ついでに長い腕が薙ぎ払うように振り回されてパムのゴーレムを弾き飛ばした。
『これはまぁ……ツァラトゥストラも嫌な置き土産をしてくれた。私たち魔人族ですら、あれほどの無茶が可能な者はいないぞ。』
 頭の中に響くユーリの呟きには同感で、ラコフのデタラメっぷりがここにきて極まった。
 初めは身体が硬いだけの力自慢。ローゼルの氷が唯一効果がありそうだったから、それを叩き込むためにあたしたちは動いてた。
 だけどリリーの攻撃を受けた辺りからラコフの身体が変化し、『一万倍』の力でローゼルの氷すら砕くパワーになった。
 ただ、そうやって怪物になった影響で分身が消えてユーリとパムがこっちに来られるようになり、ユーリの魔法のおかげですごい連携がとれるようになって……そして……ロ、ロイドからの……アレがあって……あたしたちは強力な魔法を使えるように……な、なって、ラコフからツァラトゥストラの『腕』を奪うことができた。
 でも変化した身体はそのままで、ラコフは人間を軽く超える身体能力と魔法との高い適正を持つ……ユーリいわく半分魔人族になった。
 で、その半分魔人族っていう状態がデタラメ過ぎた。
 今までラコフが数魔法で操ってたのは自分の攻撃力や防御力だけだったんだけど、それに加えて大きさや長さ、柔らかさとか弾力までも操るようになった。そういうのは第九系統の形状の魔法の領域だけど、頑張れば数魔法でもできなくはない。ないけど……形状魔法よりも遥かに大きな負荷が身体にかかることになるから、そんな使い方をする奴なんていない。
 だけどそんなデタラメな使い方が半分魔人族状態のあの身体だと普通にできるらしく、今みたいに腕を大きくしたり伸ばしたりするようになった。
 正直言って「倒す」っていうのが難しそうだからローゼルの氷で動けなくするっていうのも考えた。今のローゼルなら魔法の氷を生み出す為の水も一瞬で作れて、それをかぶせてカチンコチンにするっていうのを何度か試したんだけど……もはや衝撃波になってる数千倍に増大された「声」で水を散らされたり、高速移動するところをようやくとらえたと思ったらいきなり巨大化して水を弾いたり……たぶんラコフはローゼルの氷を警戒してるから余計に難しいんだわ。
『ふむ……ツァラトゥストラと切り離されたことで『一万倍』は使えないだろうし、私の『ガルヴァーニ』もまだ効いているから、単純なパワーに関してはだいぶ下がっているはずだが……あの変幻自在な身体と魔法生物でもそうはいないレベルの再生能力が問題だ。打撃斬撃は有効でないだろうから、一撃であの男を一片も残さずに消滅させなければならないだろう。』
『となるとエリルくんの爆発だな。それも、攻撃の寸前で巨大化されたとしても消し飛ばせるほどの大火力。』
『んじゃあれか? さっきからやってる内側からボンッて技を魔力をタメにタメてぶちこんでもらう感じか?』
『破壊と消滅を同時に行える魔法となりますと、確かにエリルさんのその技が最適でしょう。』
 頭の中で繰り広げられる会話が妙な気分で気持ち悪い……そう、会話のように感じるんだけど、実際には一瞬で思考のやりとりが行われてて、時間にしたら一秒以下の会話なのよね、これ。
『……とりあえず……わかったわ。でもタメて撃つって事は攻撃が相手にバレバレでかわされやすくなるってことだから……あんたたちがあの気持ち悪い生き物の動きをしっかり止めなさいよ。』
『わ、なんだか……女王様、っぽいね……』
『基本的にエリルくんは上から目線だからな。仰せのままにだ。』
『あんたに上からとか言われたくないわよ……』
『そうか? ちなみにエリルくん、タメにはどれくらいかかる?』
『今ならいくらでも魔力を込められそうだけど……そうね、攻撃として制御できる分を考えると一分くらいのタメが限界かしら。』
『おや、それは丁度いい時間だ。ブレイブナイトよ、お待たせしたな。』
『…………ん? あ、ああおれか。いきなり頭が会話に引き込まれた感覚だな……ようやくの出番で嬉しいが、どうすればいい。』
『エリルさんがタメを始めればあの男はそれに気づく。タメ終わるまでの間エリルさんを守り、その時が来たらあの男の動きを止める。長かったこの戦いの最後の一分、全員『ブレイブアップ』で乗り切ろうではないか。』
 最後の一分……そうよね、なんか普通にしゃべってるから忘れそうだけど、ロイドも結構ギリギリの状態なのよね……
『というわけで、いくぞブレイブナイト。』
 一瞬の思考のやりとりの後、ロイドの近くにいるユーリが同じく近くでボーッと立ってたカラードの後ろにまわって肩を掴んだ。
『湧き出す力を分配する――思考のつながりを介し、勇気を皆に与えるイメージ……さぁ、やってくれ!』
 コクリと頷いたカラードは大きく息を吸い込み、そして叫んだ。
「輝け! ブレイブアーップ!!」
 カラードの全身から噴き出す黄金の光。いつもなら甲冑やランスを金色に染めるそれはふいにカラードから消え、直後あたしたちの身体が輝き始める。
「――!! なにこれ……」
 カラードの得意な系統は第一系統の強化魔法。一番簡単な魔法って事で、それを得意な系統とする人はなんとなく軽く見られるっていう風潮があるんだけど……冗談じゃない。ロイドとの試合を観ても思ったけど、こうして実際に感じるとその力の大きさがわかる。
 そしてこの異常さ……身体の中がすっからかんになる感覚と、強大な力で包まれる感覚が同時にやってくる。そりゃあ三日も動けなくなるわよこんなの……文字通り、全てを出し切る魔法なんだわ。
 ……それでも……なるほど、カラードは魔法なしでも強いわけね。こんな状態を三分間も維持できるんだから。
「それじゃあ――始めるわよ!」
 腰を低く、右の拳を引いて力をタメる。今までに感じたことのない熱と黄金の力がガントレットに流れていく。
『小細工ばかり――ガキ共がぁっ!』
 忌々しげに、もしくは金色の光を眩しげにあたしたち――いえ、あたしを睨んだラコフは両腕を左右に広げる。その勢いにのるようにビヨーンと伸びた腕の先、拳だけが巨大化して、まるで鉄球に鎖のついた武器――フレイルみたいになった。
『つああああっ!』
 左右の凶器を揺らし、振り回し始めたと思った次の瞬間にはその拳があたしの頭上にきてた。
 もはや時間が跳んだように感じるこれは、速度がどうこうの次元を超えてる。だけどユーリの魔法で身体の反応速度が強化されているあたしたちは、その攻撃に気づきさえすれば反応が追いつく。どういうわけか、ラコフは超加速できるくせにそのままのスピードで攻撃せずに直前で元の速度に戻るから、今のあたしたちなら対応できる。
「はっ!」
 パムがロッドを振ると同時に地面から生えた巨大な腕が迫るラコフの拳をそらしてあたしの左右に落とし、ローゼルとアレキサンダーがそれぞれに分かれて伸びた腕を切断しようと武器を振り下ろす。アレキサンダーの方はともかく、ローゼルの氷はラコフの身体を超える硬度と貫くだけの鋭さがあるから、少なくともそっちは切断でき――
「な、なんだぁっ!?」
 ――ると思ったんだけど、気持ち悪いことにラコフの腕が硬いゴムみたいにうねって氷をまとったトリアイナを受け流しつつ衝撃を吸収し、まぬけな声をあげたローゼルをバインッと弾き返した。
 ローゼルの氷を警戒してるラコフのアイデア勝ちみたいなことになったんだけどラコフは――まぁ、あたしもだったけど、カラードの『ブレイブアップ』を甘く見過ぎてた。

 バキィッ!!

『なにいいいいぃぃっ!?!?』
 自分の身体に傷をつけることができるローゼルの氷には注意を払ったけど、言ってしまえば力いっぱい振り回されるだけの普通のバトルアックスに対しては警戒が薄く、アレキサンダーが狙った方の腕は硬くするだけで済ましたみたいだったけど――そんな油断を笑うように、アレキサンダーはラコフの腕を砕いてた。
『おお! これがブレイブナイトの強化魔法の力か!』
 頭の中にユーリの驚きが走り、それに対してカラードは……少し自慢げに答える。
『おれの魔法を体験しているみんなにはわかると思うが、『ブレイブアップ』は内に秘める力を引き出し、それを爆発的に増大させる魔法だ。だから誰でもああいうパワーを得られるわけじゃない。今の一撃は強靭な肉体を得るためにアレクが日々行っている鍛錬の賜物。そしてそんなアレクに応えんと武器もまた、己の力の全てを引き出してアレクのパワーを余すことなく敵に伝えているのだ。』
 カラードが『ブレイブアップ』を使うと甲冑とランスもその威力を増すから……今、アレキサンダーのバトルアックスはローゼルの氷と同等の硬さと鋭さを持つ武器になってるってわけね。
「おらああっ!!」
 驚き、一瞬動きの止まったラコフにアレキサンダーがバトルアックスを振る。ハッとして時間を跳ぶようにそれを避けたけど、デタラメなことに振るった勢いで発生した衝撃波でラコフは吹き飛んだ。
『くそがぁっ!』
 宙を舞ったラコフは――たぶん自分の重さを操ったんだと思うけど、いきなり直角に地面に落下し、間髪入れずにこっちに向かって走り出したかと思ったらあたしたちのすぐ近くに移動してて、いつの間にか何十本にも増えた巨大な腕で連続パンチを繰り出した。
「その程度!」
 一発一発が一撃必殺の威力を持つだろうラッシュの壁を、地面から生えた無数の拳が同等のラッシュで迎え撃つ。『ブレイブアップ』は魔法の威力も増大させるみたいで、金色の光をまとった土の拳は砕かれることなくラコフの攻撃と拮抗する。
 そしてそんな、巻き込まれたらミンチになるようなラッシュを放つ二人の間を、時に『変身』しながらティアナが歩いてく。反応が強化されてるっていうのもあるけど、たぶんこの連打の応酬がより強力になった魔眼ペリドットの力で止まって見えてるティアナはするすると、時折銃を撃ちながらラコフに近づいてく。
『なんだてめぇはっ!!』
 猛攻の中を歩いてくるティアナを更に増やした腕で攻撃したけど、動きを完全に見切ってるティアナにそれは当たらず、その上そっちに意識をとられた瞬間に無数の土の拳がラコフに叩き込まれた。
『ぶがっ――くそっ!』
 一度距離を取ろうと、たぶん時間を跳ぶようなあの超加速をしたラコフはさっきティアナが歩きながら撃ってた銃弾が変形したワイヤー――これまた金色の光で強化されたそれに引っかかり、さすがにラコフのパワーに負けて途中でちぎれはしたけど、盛大にバランスを崩されたラコフはものすごい姿勢と速度で地面に突っ込み、ゴロゴロと転がる。でもその転がりは唐突に時間が跳んで終わり、気づいたら巨人と化したラコフがあたしたちを見下ろしてた。
『――っばああああああああああっ!!!!』
 大きく息を吸い込んでの咆哮。巨人な上に肺活量も声量も数千倍――威力を持った爆音と暴風が周囲一帯を破壊していくけど、ローゼルが出した……透明過ぎて見えないけど、巨大な氷の壁――というかドームのおかげであたしたちにはそよ風一つ届かない。
『――!! この野郎がぁあぁああぁっ!』
 巨大化したまま腕を増やし、再びラッシュを繰り出すラコフ。だけどそのパンチにはさっきほどのスピードはなくて、重々しい音が一定の間隔で響き渡る。
『圧倒的質量は強力なパワーの源だがこれほどの巨大化、いつものような感覚で動いても頭で思ったことと身体の動きには差が生じるもの。これはいい時間稼ぎになるな。』
 自分の身体の数値を自在に操れても、必ずしもいい事ばかりじゃない。ラコフのミスにユーリがニヤリとしたんだけど――
『くそがあああああああっ!』
 パンチを止めたラコフが無数の腕でローゼルの氷の壁に手をついて叫ぶと、その巨体の全身から煙が出始め――これって!
『! この男、体温を!』
 焦りの混じったユーリの思考が流れ、同時にローゼルの苦い感情が走ってきた。

 ローゼルの氷はとんでもない硬さで、触れたモノが凍り付くほどの温度。ラコフが攻撃した時に凍らないのは耐熱みたいな感じで……耐氷? とでもいうのか、たぶん普通なら凍るのに十分な水分があるはずの腕とか脚の水分量を数魔法で極端に減らしてるから凍らない――って、ユーリは予想した。
 まぁそれはともかく、何にしたって破壊不可能なローゼルの氷の防御力は絶対的なんだけど……一つだけ弱点がある。それはやっぱり氷だという点――つまり、熱で溶けるのだ。
 勿論、ローゼルが生み出した魔法の氷だから普通の氷を遥かに超えて溶けにくいだろうから、たぶんあたしやアンジュじゃ溶かせない。
 だけど今相手にしてるのは、こと、数値というモノに関してはデタラメな値を叩き出す怪物。今までそれをやらなかったのは単に思いつかなかったからとか、たぶんそういうんじゃなくて……

『あああああああっ!!』
 ラコフの絶叫。それはそのはずで、耐熱能力も極端に引き上げてるんだろうけどローゼルの氷を溶かそうと思ったらそれを超えるような尋常じゃない高温を出す必要がある。耐熱魔法が使えたって関係ない温度に体温を持っていく――自分もダメージを受けるのは当然のこと。痛覚を数千分の一にしてるはずのラコフが叫ぶのだから、それは相当なモノのはずだ。

『本気を通り越していよいよ死に物狂いか。みんな、そろそろこの男を止めよう。』
 ユーリの言葉で全員がラコフを動けなくするために行動を開始した。
「エメトっ!!」
 気合を入れるためか、肉声でパムが叫ぶと巨大化したラコフと同等の大きさのゴーレムが一瞬で二体も立ち上がり、何十本というラコフの腕を網のように広がった砂の腕で左右からとらえる。
ラコフの身体に触れた端からドロドロに溶ける――どころか気化してくゴーレムだけど、無くなった部分の土を超速で補充していき、十数秒かけて二体のゴーレムはラコフを捕まえた。
『ぜぁ――が――』
焼けた身体は再生を始めるもかなりの痛みだったのか、ゴーレムに捕らえられたラコフにそれを振りほどく気力が戻り切らないところで、無数の腕を切断するように……わざと見えるようにした二本の巨大な氷の斧が振り下ろされた。
『――っ!!』
 斬られてもすぐに再生できるんだろうけど一瞬でも動きを封じられるのを嫌がったのか、直前の激痛で反射的にそうしたのか、時間が跳ぶようにパッと元の大きさに戻って氷の斧を回避しつつゴーレムの拘束から抜けて落下するラコフ。けれど息つく間もなく、氷を足場に上空から砲弾のように飛来したアレキサンダーがラコフの着地と同時にその肩口へ黄金のバトルアックスを叩き込んだ。
『なああああっ!?!?』
 袈裟斬りで走ったバトルアックスにより、ラコフの身体は切断というよりは粉砕されて上半身と下半身に分かれる。けれどその凶悪な眼でアレキサンダーをギロリと睨むと下半身はちりとなり、一瞬で再生を終えたラコフは攻撃直後、整わない体勢で着地していたアレキサンダーに鋭い蹴りを放った。
 普通ならその蹴りは相手の身体を粉々にしてしまう攻撃なんだろうけど、アレキサンダーはそれをお腹で受け止める。
『!?』
「――ってて……は、残念だったな。『水氷の女神』特性、氷の鎧ってな。」
 見えはしないけどアレキサンダーの腹部をローゼルの氷が囲ってて、ラコフの足は数センチ手前でぐしゃりと潰れてた。
 必殺の一撃を完全に防ぐ氷もすごいけど、ラコフの攻撃の勢いを受け切ったアレキサンダーのパワーも相当なもので、目を見開くラコフにアレキサンダーは……頭突きをかました。
『が――』
 もちろんそんな攻撃でもとんでもない威力で、ラコフは見るからにふらついた。
『人型を保つあの男の脳は依然変わらず頭の中。どんなに強化しようとどんなに速く動けようと、それらを命令、制御する脳を揺らせば一時的に何もできなくなる。』
 フランケンシュタインらしいっていうかなんていうか、そんな指示を思考で飛ばしてたユーリの呟きを合図にティアナの銃が火を噴く。あたしにはその辺の知識がないからわからないけど、そこを固定されるとうまく力が出せなくなるらしい場所を、ラコフの腕やら脚やらを変な向きにひねりながら金色に光るワイヤーがぐるぐる巻きにしていく。
 そしてローゼルの氷とパムの土が重なりながらラコフの身体を覆って行き――最終的に、顔と胸の辺りだけが外に露出しててその他はガッチガチに拘束されるっていう……すごくまぬけな状態になった。
『ら――ガキが……あ……』
 アレキサンダーの頭突きは頭を揺らすのに最適な場所とか角度をユーリから教えてもらった上での一発だったし、そもそも頭突きそのものの威力も尋常じゃないはずで、ラコフの目は焦点があってない。
 完全に動けなくした。つまり――あたしの出番ってわけよね。


『さぁロイド! エリルさんがとどめの一撃を放とうとしているぞ! 最後に激励を――愛の一言を送るのだ!』
「えぇっ!?」
 みんな凄いなぁとか、オレも『ブレイブアップ』してみたかったなぁとか思いながら、戦いを見ていたオレの頭の中に突如響いた無茶ぶりに思わず声が出た。
『あ、愛!? い、いやいや、さっきそれをやったことでこ、心の暴走状態ってのになったんだろ!? これ以上何かしたらさすがのエリルも魔法の負荷が大きすぎて――』
『ああ、それは心配ない。誰かから数度好きだと言われるとして、初めの一回の衝撃を二回目、三回目が超えることはないのだ。それにさっきのでロイドの想いのほとんどは既に伝わっているからな。ほんの少し、ちょっとした後押しのための一言だ。』
『でで、でも――』
『しかしながらそのもう一歩が結果を大きく変える事もある! さぁロイド!』
『うぅ……』


今ならどんな攻撃も当たるからローゼルの氷で凍らせてもいいかもだけど――さっきの高温を考えると、こいつはそれすらも攻略しかねない。
 そして、元はと言えばこの戦いはあたしのせいで起きたモノ……お姉ちゃんがさらわれたと思ったら罠で、まんまと敵の手に落ちるところにみんなが駆けつけてくれて……そしたらロイドがいきなり死にそうになり、それを何とかするためにもこいつを倒さなくちゃいけない。
だからあたしが――それをやるだけの力と責任を持つあたしがとどめを刺す……
 カラードが言った、あたしたちはこいつを殺す事になるかもっていうあれはあたしの手によって実現する……あたしの……手によって……
 もはや人間とは思えないほどの怪物になってるから気持ちは楽かと思ったけどそんなことはなくて……少し、心がモヤモヤと……

『エ、エリルさん!』

 タメは十分。チャンスは今だけ。右腕に渦巻く炎と黄金の光を目の前の男に叩き込まなきゃいけないのにためらいが出て来たその時……わたわたしてる時なんかにやる「さん」付けであたしを呼ぶロイドの声が頭に響く。
 腕への集中はそのままに……後にして思えば何かの理由や理屈を――救いを求めて、あたしは頭の中の声に……変な表現だけど耳を傾けた。
 そして続いたロイドの言葉は……恥ずかしい熱さを通り過ぎた、どこかあったかいモノを頭と心に満たしてくれた。

 きっとこの悩みは、このためらいは、どこまでも続くんだろう。
 もしかしたら割り切ったり気にしない人もいるかもだけど、きっとたくさんの騎士が抱えてるんだろう。
 あたしはこのあったかいモノが大切で、守りたくて、この先も欲しいから……このモヤモヤを乗り越えて戦っていくんだろう。

 あたしは敵を倒す。あたしの中の敵意や後悔を飲み込むこの想いで。
 弾けろ、あたしの感情。

「『ノヴァストライク』。」



 それは爆発というよりは光の破裂。アンジュの『ヒートボム』にも似た閃光がエリルの拳の先の空間を埋め尽くしたかと思ったら、やっぱりそれは爆発だったらしくて相応の爆音が響き渡り、全員がポカンとしている間に音と光がおさまると……そこには何も残っていなかった。
「――っ……」
 ふらりと傾いたエリルの身体を土から伸びた手が受け止め、そのままオレの近くまで移動させる。
「とんでもない……そんな一言しか出ない力ですね……」
 そう言いながら、パムは倒れたエリルの状態を調べ、ふと安堵の表情になる。
「魔法の負荷による気絶ですね。まぁ、これだけの魔法なら当然ですが。」
「ぐぬぬ……折角わたしの氷が大活躍だったというのに、こんな派手な技で最後を持っていかれるとは……」
「そ、そうかな……ロゼちゃんのおかげで、戦えた気がするよ……あ、あとユーリ、さん……」
 名前が出たユーリだったが……驚いているような喜んでいるような不思議な顔でボーッとしていた。
「ん? おいカラード、俺らの『ブレイブアップ』って切れてんだよな? お前みたいに倒れねぇぞ?」
「セーブしたからな。折角勝利しても誰も動けないのでは困るだろう?」
「ああ、そりゃそうだ。」
「だが明日にはきっと誰も動けないだろう。今でさえ、強力な魔法の使用でおれたちの半分くらいは動けなくなっているからな。」
 オレが動けないのは始めからとして、戦闘の結果アンジュとリリーちゃんとエリルが――そういえばリリーちゃんは……
「彼女も動けないと思った方がいいぞ。」
 まだ思考をつなぐ魔法が効いていたのか、オレの疑問に……今はハッキリと嬉しそうな顔のユーリが答える。
「エリルさんは嬉しさで転がっているだけと言って――いや、思っていたが、実際はそれ以上なんだ。マイナスの例で言うなら、親しい人間が目の前で殺されたりするとその事実に心が耐え切れずに意識を失ったり、最悪心が壊れる。今のリリーさんはそれのプラスの状態で……言うなれば、魔法の負荷ではなく心の負荷が、あまりの喜びによって一定値を超えたのだ。勿論、生死には関係がない。」
「全く、しようのない倒れ方ですね。街まで『テレポート』をしてもらえば楽だったのですが……というかそもそも、彼女がいないと位置魔法の妨害を解除しても壁を通れないじゃないですか。」
「それは確かにだが……まぁ、妨害している魔法と言わず壁そのものを一時的、一部分だけでも解除できれば問題ないだろう。そこは私の腕の見せ所だ。」
「そうですか……それじゃあとりあえず、移動を始めましょうか。」
 パムが土のベッドのようなモノにオレを含む倒れた面々を乗せ、我ら『ビックリ箱騎士団』と助っ人たちは街に向かって走り出した。



「おお?」
 何かから隠れるように、そして同時に何かを探すように、高い建物の屋上から周囲を伺っていた筋骨隆々とした男は、街の外に生じた太陽のような光に驚きの声をもらす。
「街の外ってことは連絡のとれない妹ちゃんか? 敵側の攻撃じゃなきゃいいが。」
 やれやれとため息をつき、男は頭を引っ込めて壁に寄り掛かる。
「たぶん大将もいるからな。まぁなんとかしてるだろうが、どっちかつーと今は俺様の方がやばい。」
 そう言って視線を落とすと、今も血を流し続けている無数の切り傷が目に入る。
「血なんか久しぶりに流したぞ。時々いるよなぁ、ああいうの。見た目は良いのに中身がやばい奴。」
 過去に出会った様々な男女を思い返してふと前を見ると、向かいの建物の屋上に長いポニーテールの目立つ半スーツ姿の女が見えた。
「うげっ!」
 ずるりと壁にそって屈むと同時に男が寄り掛かっていた壁に横一直線の切れ込みが入り、男が屋上から飛び降りる頃には無数の切れ込みによって建物全体が崩れ始めた。
「位置魔法の使い手ってことは、防御魔法を張ってる装置に『ゲート』とかかけてそうだよなぁ。つまりあれを何とかしねぇと壁が消せねぇと。」
 地面に着地する前に風で宙を移動した男は巧みな操作で細い路地へ入り込み、暗い裏道で着地する。
「ん? つーことはこの戦いの重要な点が俺様にかかってるってことか。こりゃ気合を――」

「入れてくれなければヤリがいがない。」

 突然の声に、しかしそれほど驚くことなく男は上を見る。そこには重力を無視して建物の壁にしゃがみ込んでいる女がいて、平均よりもだいぶ長い刀で肩を叩いていた。
「すべての攻撃をかわし、必殺の一撃で終わらせる――そういうスタイルということは、もしや痛みに弱いのではと思ったのだが……ケロリとしているな。」
「そりゃそうだ。俺様だって生まれた時から避けまくりってわけじゃねーんだからな。それに、俺様にはこの筋肉がある!」
「そうか。つまり……この程度では痛がりはしないと……ははは、なるほどやはり――」
 武器や物腰からして純粋な剣客のように見えていた女が、そこで……興奮を我慢しきれないというような顔になった。
「――最っ高だな、《オウガスト》……!」
 今にも上からよだれを垂らしてきそうな女を見上げ、男は苦い顔をした。
「そういう色っぽい顔はベッドの上でのみ願いたいもんだ。」

騎士物語 第七話 ~荒れる争奪戦とうねる世界~ 第九章 騎士の覚悟と奇妙な勝敗

学生だけでなく、現役の騎士の実力も書きたいと思って大人メンバーを引っ張り出しましたが……登場させた時はそんなこと欠片も考えてなかった技の使い手になりました。多少はそれっぽいモノをにおわせたりはしましたが予想以上です。

学生勢も様々なパワーアップを見せましたが……一時的とはいえ、彼らも想像以上になりました。
全てユーリのせいですね。

さて、いくつかの戦いが決着を迎えましたが、すっきりと終わっていないバトルがちらほらありました。
これはアネウロさんがどこで何をやっているかに関わってくるもので……オズマンドのメンバーの妙な力や不思議な会話、それらの理由が次で明らかになる予定です。

騎士物語 第七話 ~荒れる争奪戦とうねる世界~ 第九章 騎士の覚悟と奇妙な勝敗

フェルブランド王国が誇る精鋭たちとオズマンドの序列上位メンバーとの戦いがそれぞれに決着を迎える。 だが勝敗がついたその時、それぞれの場所で奇妙な事が起きて―― 一方、ラコフとの決着をつけるため、ユーリの策によって目覚めた強力な魔法に加えてカラードの『ブレイブアップ」が発動する。 いよいよ最後の攻防となった時、エリルの頭にはカラードの言葉がよぎる―― 「最悪おれたちは、あの男を「殺す」ことになるだろう。」

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-11-18

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