小さな魔女さんと呼ばれたグレーテルのその後
宝物を持ち帰ったあと、グレーテルは魔女のお家に暮らすことにしました。
このお家はとてもいい匂いがします。
「だってお菓子のお家だもの。」
グレーテルはにっこりと微笑みながら、これもまたいい匂いのするお茶をティーカップになみなみと注ぎました。
ヘンゼルは一度も遊びに来てくれないけれど。それは少し寂しいけれど。
「あの家で暮らすだって?僕には理解ができないよ。」
この家で暮らすことを決めた時、ヘンゼルは驚いた後哀しい目をしたのでした。
「きっと、ヘンゼルは怖いんだわ。」
そう。だってここで私たちは魔女を殺したんだもの。
「男の子ってナイーブな生き物ね。」ここはこんなに素敵なお家なのに。
ヘンゼルは訪ねてこないけれど、このお家にはいろんな生き物たちが訪れます。
青い目をした大きなカラスや、きのこの帽子をかぶった小人、まるで人のような洋服を着たシャムネコ。
皆、初めは魔女に用事があって訪ねてきた者たちだったけれど、今ではグレーテルに会いに来てくれるのです。
グレーテルは彼らとお茶を楽しんだり、時には魔女が溜め込んでいた薬や、その材料となるいろいろなものを彼らに譲る代わりに、
お菓子の家を修理してもらったり。
彼らは概して優しく紳士的な生き物で、風変わりな家に一人で暮らすグレーテルに親切にしてくれました。
そしていつしかグレーテルは「小さな魔女さん」「小魔女さん」と呼ばれるようになりました。
お菓子の家に住む小魔女さん、と。
折れそうに細かった腕や足は健やかに育ち、豊かな髪は床につくほどに伸び、グレーテルは立派な女性に成長しました。
カラスがプレゼントしてくれた漆黒の艶のある生地で作ったたっぷりとしたワンピースを着て、
小人からもらった木の実の髪飾りをつけて、猫が異国土産といってくれた黒い革のブーツを履いて。
その姿はもう誰が見てもいっぱしの魔女でした。小さな魔女さんは、立派な魔女になったのです。
ある日グレーテルは、埃をかぶっていた魔女の本を持ち出してきて、
今夜訪れるカラスや小人、猫たちのためにとっておきのスープを作ろうとしていました。
みんなが揃ってこの家を訪れてくれるのは久しぶりで、精一杯のおもてなしをしようと思ったからでした。
自分の身丈以上もある大きな黒い鍋を火にかけて、
台を持ち出してその上に立ちながら鍋を覗き込むように様々な材料とたっぷりの水を鍋に入れていきます。
ゆっくりゆっくりと煮込んで作るそのスープはきっと皆が気に入るはずだわ。と
グレーテルは幸福な気持ちで大きなお玉を持って鍋を目ににっこりと笑いました。
さて、その様子を窓から覗く目が四つ。小さな手を窓の額にかけて。
そうです。昔のヘンゼルとグレーテルのように親に見捨てられ、森の中をさまよっていた男の子と女の子です。
「どうしよう。お兄ちゃん。あの人絶対に魔女だよ。私たち食べられちゃうよ。」
女の子は泣きそうな声で男の子に言いました。
「せっかく、家を見つけたんだ。それもお菓子の家だ。僕たちにはもう帰る家なんてないんだ。」
男の子はグレーテルをこっそり盗み見ながら悔しそうに呟きました。
そしてなにか決心したように、女の子の手を握りました。
「大丈夫。兄ちゃんがなんとかする。そして2人でこの家で暮らすんだ。」
お前はここに隠れているんだよ。兄ちゃんがいいって言うまで絶対に家の中に入っちゃだめだ。
男の子はそう言ってゆっくり忍び足でビスケットで作られた玄関の扉へと近付いていきました。
カラスたちが丁寧に手入れをしてくれる扉は音もなく開きました。
グレーテルはご機嫌でスープをかき混ぜていたので、背後に立つ男の子に気が付くことはありませんでした。
そして、その後。
夜の宴は開かれませんでした。扉にはしっかりと鍵が掛けられていて、呼び鈴に応える声もありませんでした。
カラスも小人も猫も不思議に思いながらも「小さな魔女さんの家」を後にしました。
ろうそくの小さな灯りを囲んで幸せそうにお菓子を食べる小さな兄妹の小さな笑い声は誰に聞こえることもありませんでした。
「今日からここが、僕らの家だ。」
「お兄ちゃん、このお家いい匂いだね。」
小さな魔女さんと呼ばれたグレーテルのその後
ツイッターのお題募集にて
君影衛門さん@kimikageyemon
えもちゃんより頂いたお題。