「おやすみは言わない。」
彼女はいつも不機嫌だ。
今夜もいつものように煙草ばかりふかしている。
僕の話を聞いているのかいないのか。てきとうな相槌をはさみながらブラックコーヒーを、まるで水のように飲み干している。
深夜のファミリーレストラン。彼女が僕を呼び出す場所は決まってここの喫煙席だ。
夕飯をすませているのかどうか、僕は知らない。知ることはもう諦めている。
「それ、なにかあなたに関係ある?」
いつだったか、そう吐き捨てた彼女の顔は心底不機嫌だったから。
2人でドリンクバーを行き来しながら、2時間ほどただ気だるげな時間を過ごす。
彼女はブラックコーヒーしか飲まない。そしてずっと煙草に火を付け続ける。
僕も彼女ほどではないが煙草を灰にしながら、メロンソーダやコーラを飲み干していく。
「お子ちゃまね。」と彼女は笑うけれど。
そして、彼女が空になった煙草の箱を僕の方に押しやったら。
それが合図なのだ。
「出ようか。」
伝票を手に彼女を促す。
財布から500円玉を取り出して僕の手に落とすのもいつものことだ。
さびれた港の近くにあるラブホテルの一室で彼女を抱きしめる。
彼女自身は気が付いていないだろうけど、先程までの不機嫌は消え去り、
泣きそうな顔の瞳は子供のようだ。
抱きしめながら、口づけを落としていく。
何度も。何度も。言葉は飲み込む。
ただ、身体中で「寂しい」と怒鳴っている彼女を宥めるようにそっと口づけていく。
言葉にしたところで彼女には届かないのだ。
だから僕も身体で彼女を溶かしてゆく。
彼女が何に怯えているのか、僕は知らない。
ただ2人で溶けてゆく。愛してるなんて陳腐な言葉はここには存在しない。
情事の後、彼女はなぜか一本も煙草を欲しない。
ただ黙って僕に背を向けて布団にくるまっている。
照明を全て落とした暗い部屋に、僕が吸う煙草の小さな火種が光る。
煙が流れてゆく静かな部屋。
歪な愛でつながる僕らは、何かが欠落しているのだ、お互いに。
彼女自身も気付いていない「寂しさ」につけこむ僕と、
都合のいいように僕を利用し続ける彼女と。
愛 ではない何かが共振して僕らはこうして夜を過ごす。何度も。いつも。
「ねぇ、まだ寝ないの?」
心細そうな、それでいてまた不機嫌な彼女の声。
こちらに背を向けたまま、彼女はひたすら丸くなっている。
薄っぺらい湿気たラブホテルの布団にくるまって。
「まだ起きてるよ。煙草もあるし。」
「そう。」小さく彼女が呟く。
「朝、起こしてね。それと、今日はありがとう。」
最後の方は小さすぎて聞き取れない程の声だった。
わがままで意地っ張りで。でも嘘をつけないのだ。彼女という女性は。
息をひそめたため息が聞こえてしばらくした後、
小さな寝息が聞こえ始めた。
おやすみは今日も言わなかった
「おやすみは言わない。」
初めて小説というものに手を出しました。
「愛しの」という自作詩をモチーフに書いています。
これは。。。続くのでしょうか。
彼と彼女の関係性にもし踏み込むことができれば続編があるかもしれません。