旧作(2020年完)本編TOKIの神秘録 最終部『望月と闇の物語1』(海神編)

旧作(2020年完)本編TOKIの神秘録 最終部『望月と闇の物語1』(海神編)

前作長編TOKIの世界書シリーズの姉妹作品!
しかし、繋がっていないので関係ありません。
時神と霊魂で問題が起きている忍の家系である望月家の物語!

望月の世界一話

柔らかい風が通りすぎる。
辺りは明け方の森の匂いで満ちていた。鳥がさえずり、霧も出始め、朝を迎えようとしている獣道をひとりの青年が歩いていた。
「なんだよ。イチイチ絡んでくんじゃねーよ」
羽織袴姿の眼光鋭い銀髪の青年はイラついた表情で『それ』を睨み付けていた。
「さっき斬ったはずだがまた平然と現れやがって」
青年の前には真っ黒な人影が気味悪くゆらゆらと揺れていた。人型のようだが目鼻などはなく、ただ影のように黒い。その黒い何かは突然無言で青年に飛びかかってきた。
「ちっ! またかよ!」
青年は軽く舌打ちすると腰に差していた刀の鯉口を切った。
黒い何かは青年に拳を繰り出す。
それを青年は軽やかに避けると足を踏み出し刀を引き抜いた。
電光石火のような居合いが黒い人影を真っ二つに斬りつけた。人影は靄のように消えていった。
「……なんなんだよ。さっきもこんな感じで絡んできやがったな。なあ、チー坊」
青年は奇妙なことに刀に向かって声をかけた。
「そうっすねー。アニキ、けっこうヤバイ世界じゃないっすか? ここ」
またまた不思議なことに青年の言葉に刀が答えた。
「チー坊、斬った手応えがなかったんだが、なんか感じたか?」
「いやー、わかんなかったっすー」
刀はのんきに答えた。
「そうか。ま、いいや。あれが何なのかわからないがおもしろくなってきた」
青年が刀に答えて軽く笑った時、目の前にいくつもの影が揺らめいた。
「……上等だ」
青年はふてきに笑うと刀を構え、影に向かい突進していった。

※※

制服姿の二人の少女が向かい合って座っていた。
「おにぃの心がさらわれちゃったの!」
そう大きな声で叫んだのは日本人にはハーフ以外そうそういないだろう青い瞳を持つ高校生の少女だった。
「俊也君が? サヨ、ちょっと落ち着いて!」
アヤは青い瞳の少女サヨをなだめた。ここは静かな喫茶店。サヨが突然立ち上がり叫んだのでアヤは慌てた。サヨとアヤは友達である。ふたりともだいぶん変わり者で関係性は「神霊が見える高校生」と「高校に通っている神」という関係だ。神霊が見える高校生というのはサヨの事でオカルトのようだが神々が存在しているこの世界では珍しくはない。だが、普通は人間の目に神は映らない。サヨはイレギュラーである。
ただ、その中でも人間の目に映り、人間に溶け込んでいる神はいてアヤはそのうちの一柱だ。
人間の目に映る神もイレギュラーである。
「どういうことよ?」
アヤはあまりに突然だったため動揺しながら尋ねた。
サヨが立ち上がったことにより頼んだ紅茶がソーサーにこぼれてしまった。
「あ、ごめそん」
サヨは一呼吸すると再び椅子に座った。そして仕切り直して話し始めた。
「おにぃが目覚めなくなっちゃったの。幸い夏休みだから良かったけどー」
サヨには俊也という兄がいる。抜けていてサヨと比べるとかなり鈍感で温和な性格である。
ちなみにアヤとは超常現象大好き部という得たいの知れない部活でいつも顔を合わせている。アヤからするとサヨと俊也は危うくて頼りないため仕方なく部活に付き合っているといったところだ。
「心がさらわれたってあっちに行ったまま帰ってこないってことね」
アヤがため息混じりにつぶやいた言葉にサヨは首を傾げた。
「あっちってどっち?」
「死者の世界であり夢の世界でもあると言った方がいいかしらね」
アヤは半分冷めてしまった紅茶を口に含みながらため息をついた。
「んんー! よくわかんないけど助けてくれんだよね? ね?」
「私は時神よ? 人間の時間管理しかできないわ……。まあ、調べてみるけど……」
アヤの立ち位置は時神現代神。現代の時を守る神である。ちなみにアヤは特殊で神社に祭られていない。
人間がそう想像したからアヤはそのようなデータになっている。
「そういえばおにぃ、なんか寝言で誰が先祖だかわからなーい! って言ってたけど、マジよくわかんないしー」
サヨが口を尖らせながらビックなイチゴソフトクリームパフェをつつく。どうでもいいがこれはインスタ映えー! とサヨが目を輝かせて頼んだ喫茶店自慢のパフェである。
「先祖ねぇ……たぶん、人間の心に住む霊達があっちでなんかしてるんでしょうね。サヨと俊也君の先祖について調べるわ」
「うちらは忍者の家系なんだよーん! 望月は有名な甲賀忍者なんだからねー!」
サヨは胸を張って答えた。忍者はかっこいいという勝手なイメージからサヨは常に自慢するようにしている。
「知ってるわよ。何度も聞いたわ」
アヤは再び深くため息をつくと紅茶のカップに口をつけた。
「とりあえず、調べてみるからあなたは大人しくしていなさいよね」
「うんー、わかったー」
絶対に大人しくしていなそうなどこか上の空の返事にアヤは頭を抱えた。

二話

「おにぃ、おにぃ!」
サヨは自宅に帰り、兄である俊也の部屋に入った。おっとりとした雰囲気があり、どこかとぼけているサヨの兄は間抜けにも口をポカンと開けたままベッドで眠っていた。
「やっぱ起きないかー」
兄、俊也はもう三日くらい目覚めていない。両親に怪しまれるのが嫌なのでサヨは兄が受験勉強をしていると説明した。
これもいつまで持つかわからない。
「早くなんとか連れ戻さないとなー。いっその事、あたしも寝ておにぃを連れ戻したいけど、寝ても普通に目覚めちゃうんだよねー。マジ困るわ」
サヨがもう一度俊也を揺すってみた時、サヨのスマートフォンのバイブがなった。
アヤからの電話だった。
「もっちぃ!なんかわかぽよ?」
「普通に話しなさいよ……」
スマホから呆れたアヤの声が聞こえてきた。
「で?なんかわかった?」
「ええ。今夜、九時に寝て。後は私がなんとかするから」
「九時?早すぎる!夜は長いのにー」
「俊也君を助けるんでしょ!いいわね!九時に寝なさいよ!」
「うーい。わかりましたよぉ」
アヤは色々忙しいのかすぐに電話を切ってきた。
サヨはため息混じりにスマホを手にしたまま、俊也の部屋を出ていった。
ただ寝るだけだと普通に朝を迎えてしまいそうだがアヤの事だ、そうならないようになにかしているはずである。
てきとうに時間を潰していると夜九時に近くなった。
サヨは寝られないと思っていたが睡眠薬でも飲まされたみたいにすぐに寝付けてしまった。
「はっ!うとうとした!!」
気がついて目を開けると自分の部屋にはなぜかいなかった。
ベッドで寝ていたはずだが寝ていた場所はアンティーク調の床の上だった。
「あれ?ここはどこ?ん?」
サヨは起き上がって辺りを見回した。古い図書館のような場所だった。
「あたし、外に出るくらい寝相悪かったっけ?」
「あら、来たのね。うまく行ったわ」
サヨが首を傾げていると後ろからアヤの声がした。
サヨは状況理解ができないままアヤの方を向いた。
「アヤじゃん。あたし、寝相悪いみたいだわー。こわたん」
「あなた、色々ずれているわよねー……。普通はびっくりすると思うんだけど。あなたは今、魂だけになっているのよ。ここは霊達が住む世界で夢を見る生き物が造り出す心の世界。私達神々は弐(に)の世界と呼ばれるこちらの世界にあるこの図書館をいつも利用しているの。現世と言っている普段あなた達が生きている世界は壱(いち)の世界と言うのよ」
アヤは天までありそうな本棚を指差した。本棚には本がびっしり入っており、どうやって上の本を取ればいいのかわからない。
「はあ。つまりー、えー……あたしはなぜか夢とか霊魂とかの世界とか言われてる弐の世界とやらに来ちゃったわけ?」
「その通りよ。私の知り合いの神があなたの魂をここに呼んだと言うのが正解」
まだ首を傾げているサヨにアヤがさらに説明を加えた。
「で、その知り合いの神なんだけど……日本の神々が使うこの図書館の館長なの」
「ん?」
「あら?やっと来ましたわね」
アヤの隣にいつの間にか端正な顔立ちの男性が微笑んだまま立っていた。頭に星形をモチーフにした変な帽子をかぶり、紫色の水干袴のようなものを身に纏っている実に変な格好の男性だ。
「ん?ちょっと待って……」
「あなたがサヨちゃんね?ホホホッ。かわいいですわね」
「……えー、違ったらあれなんだけどもしかしたら……」
サヨが言い出すか迷っていると男が青く綺麗な長い髪をかきわけて再び微笑んだ。
「ええ。わたくし、心は女なのですわよ。この神々の図書館の館長をしております。天記神(あめのしるしのかみ)と申しますわ」
「はあ……なるほど。原宿系ではないかなー」
サヨは色んな事が重なり、わけのわからない言葉を吐いてしまった。
「で、天記神にあなたの魂を導いてもらったのよ。本来なら弐の世界内の『自分の心の世界』に行くはずの魂をこの図書館に連れてきたの。意識をはっきりさせるために、夢だと思われないようにね。この図書館は完全に弐の世界じゃなくて現世である壱も食い込んでるのよ」
アヤがさらにわからないことをわからなくしてしまったがサヨは「ま、いいか」でとりあえず終わらせた。
「で?おにぃは目覚められるの?」
「いいえ。まだダメみたい」
サヨの言葉にアヤが答えた。
「てか、何でおにぃが目覚めないの?」
「よくわかりませんがあなた達の先祖が関係するようね。凍夜(とうや)と言う忍者をご存知かしら?」
天記神は古い戸籍本をどこからか取り出してきた。
「何これ?ふるっ!」
「今はもうない、いいえ、はじめからなかったかもしれない戸籍本ですわよ。本来、存在を残さないはずの忍の戸籍。この図書館には幻になってしまった本も流れ着くの。例えばこれだけじゃなく、こういうのも」
天記神が手を軽く振ると一冊の自由帳が出現した。
かなり古い子供の自由帳らしい。
「これは子供が大人になっていらなくなって捨てられた自由帳。佐々木君って子を好きだった女の子の妄想が沢山書かれているわ。小学生くらいかしら?」
クスクスと笑った天記神とは反対にサヨの顔が青くなった。
「ちょっ!それ!!」
サヨは次に顔を真っ赤にして慌てていた。
自由帳の下の方に汚い平仮名で「もちづきさよ」と書いてあった。
「も、もうわかったからなんでもいいから話を進めて!!おっかしいなー、ちゃんと捨てたのにっ!」
「ごめんなさいね。ちょっと見ちゃった!かわいー!」
動揺しているサヨをなんだか楽しそうに眺める天記神。
「天記神、話を進めて! 」
アヤにも怒られ天記神は渋々話をもとに戻した。
「え、えーと……そうだわ。この戸籍でグチャグチャしたいざこざがあるようですわよ。俊也さんはそれに巻き込まれているみたいです」
天記神は古い戸籍本を閲覧席の机に置き、パラパラめくった。
「先祖の霊達にまさか、おにぃ気に入られたとか?こっわ!」
サヨはブルブルと体を震わせた。そういえば少し寒い気もする。幽霊は怖い。
「あなたの先祖は色々訳ありなのよー。生きた魂を弐に入れるのはイレギュラーだけど、アヤちゃんと一緒に俊也さんを連れて帰りなさい。私も訳ありでこの図書館を動けないから」
天記神は一冊の本をサヨに渡す。サヨはなんとなく受け取りタイトルを読んだ。
『弐の世界の時神について』
そう書いてあった。サヨは文字通りタイトルを読んだだけで意味はよくわからなかった。
「ああ、それ私が書いたの。あまり気にしないでいいから」
アヤはサヨから本を引き抜くと天記神に確認した。
「私が書いた『これ』を使えばあの世界に行けるのよね?」
「ええ。行けますわ。ご安心を」
天記神の答えに満足そうに頷いたアヤは「行きましょう」とサヨの手を引っ張ってきた。
「ちょっ……意味わかんないんだけど!意味不!」
サヨが叫ぶ中、アヤはサヨを引っ張り図書館外へと歩みを進めた。
後ろで天記神の「お気をつけて」と言うのが少し不気味に聞こえた。

三話

サヨは再び眠っていた。
「起きなさい」
アヤに揺すられて慌てて飛び起きた。
「はあ!?また寝てたんだけど!!つかたんみたいだから寝るわ」
「ダメ!」
再び眠りに入りそうだったサヨをアヤが叩き起こした。
「うわっ!てか、ここどこ!?」
叩き起こされたサヨは辺りを見て目を疑った。サヨは白い花畑の真ん中で大の字で寝ていた。
慌てて起き上がる。
「ここはあなたの先祖に近い霊達が住む世界よ。ここにいる人の内、二人は神になっているわ」
「えー!!うちの先祖、神様!?」
サヨが毎回大きな声を上げるのでアヤは「しー!」と指を立てる。
「何事だ……」
ふと後ろから静かな男性の声が響いた。
「え……?って……わああああ!!お化けだ!!」
背後霊のように後ろに立っていた銀髪の青年にサヨは腰を抜かした。
「サヨ、この人は望月更夜(もちづきこうや)さん。夢幻霊魂の世、弐の世界の過去を管理する時神で過去神なの。ちなみに私は現世、壱の世界の現代の時を守る時神の現代神ね」
「は、はあ……」
アヤの紹介を聞き流しサヨは眼光鋭い青年を仰いだ。
右目は見えなくていいのか、長い銀の髪を右側のみ顎まで垂らしている。後ろは乱雑にひとまとめになっていた。
「えー……忍者?」
サヨの言葉に更夜は頷いた。
「元な」
「でー……おにぃは……」
「望月俊也は少し厄介な事に巻き込まれている。俺の仲間、家族も動いているが進展がない……」
「……」
一瞬ではあるが更夜の顔色が曇ったのをサヨは見逃さなかった。
「あのさぁ……なんかに怯えてる?」
「……」
サヨのうかがうような質問に更夜はなにも答えなかった。
「なーんかあるでしょ?私、こういうの見抜くの得意だよ?おやつとか隠してるでしょ!?」
「……違う!!」
サヨの言葉に更夜は声を荒げて否定した。
なんだか恐ろしく冷たい何かがサヨを駆け巡った。
「えーん……怖いよー……」
サヨはうずくまって泣き出してしまった。
「……っ。すまぬ……。余裕がなくてな……」
少し動揺した更夜はサヨにあやまった。
「サヨ……うそ泣きはやめなさいよ。女から見るとイライラするわ」
「そぉ?ごめそん」
しかし、アヤの発言でサヨはすぐ元に戻った。
「……自分達の親族だと思うと調子が狂うな……」
更夜が頭を抱えた時、違う雰囲気の男の声がした。
「おい!更夜!なーに小娘に翻弄されてんだよ」
振り向くと更夜と同じ銀髪で更夜よりも荒々しい青年が鋭い目をこちらに向けて立っていた。
額にハチガネをしており、こちらは両頬に髪を流している。後ろ髪はかなりの長さだが丁寧に下の方で結ばれていた。
「お兄様……」
更夜の発言で彼は更夜の兄と言うことがわかった。
「更夜さん?のお兄さん?」
「ああ。サヨだったか?お前、忍の才能あるぜ。うそ泣きは女忍の特技だ。だが、あまりこれからの時代よろしくない」
「は、はあー。アヤ、この人は誰よ?」
サヨはアヤに助けを求めた。
「この方は望月逢夜(もちづきおうや)さん。更夜さんのお兄さんで現在は現世で縁結びの神よ」
「えー!!こっちも神様!?しかも現世にいるの!?会えるじゃん!!」
アヤの説明にサヨは興奮して声を荒げた。
「おい、うるせーぞ……。俺はうるせー女が嫌いなんだ。甲高い声で耳障りなんだよ」
逢夜からは怒られてしまった。
「はーい。ごめそんー」
「ごめそんじゃねぇ!『ごめんなさい』だ!礼儀を学べ!小娘」
「ごめんなさいって言っとくけどあんただってうちの事、小娘とか言いたい放題だよね?うちはサヨ!名前あんだから名前で呼んでよね!お・う・やさん!!」
「……悪かった。サヨ。俺は口が悪ぃんだよ。気を付ける」
喧嘩になりそうだったが逢夜はすんなり退いた。
現世を生きる未熟な魂とは彼らは違うらしい。サヨはこの先祖達も何か大変なことを乗り越えてきたのだと悟った。ピーピーわめいている自分がやたらと子供に見えた。
「おい、そんなところにおらずに中に入ったらどうだ?」
ふとまたまた違う声がした。今度は女性だ。
よく見ると近くに一軒家が建っており引き戸を引きながら小さい少女が手招きしていた。
更夜達と同じ銀色の髪をしている。
身長はサヨの半分しかない。幼い女の子に見えるが眼光が鋭く、長年生きた落ち着きを感じた。
「お姉様。申し訳ありません。今、サヨをお連れします」
逢夜が先程とはうって変わってやたらと丁寧に落ち着いて会話をしていた。
「……ほー……」
サヨは逢夜の変わり具合に驚いたがその後すぐに首を傾げた。
「え!?お姉さま!?このちっこい人が!?」
思わずつぶやき、ハッと口をつぐんだ。今、なんだかすごく失礼な事を言ってしまったような気がする。
「口には気を付けろ……」
更夜と逢夜は鋭くサヨを睨んできた。かなりの威圧だ。
さすがのサヨも体を震わせあやまった。
「ご、ごめんなさぃー……」
「更夜、逢夜、『以前の二の舞になる』ぞ。私のことはいい。落ち着け。子孫が震えている」
少女は優しくそう二人を落ち着かせた。
「……申し訳ありません……。サヨ、こちらは俺達の姉、望月千夜(もちづきせんや)だ」
更夜が息を吐くとサヨに落ち着いて紹介した。
「ほえー!千夜さんねー」
「お前の直接の先祖だぞ」
「ほえー!……って!ええ!!」
サヨは聞き流していたが一時止まって叫んだ。
「だからうるせぇって……。忍は耳がいいんだ……。でけぇ声出すんじゃねー」
「あー、ごめそん。うち、あやまってばっかじゃね?疲れたよ。アヤ」
逢夜に再び怒られてサヨはため息しつつアヤに助けを求めた。
「私を見ても何もでないわよ」
「まあ、いいやー。で?おにぃは?」
「中で話す」
千夜はサヨを促し目の前の日本家屋に案内した。
サヨとアヤは先祖達につれられて玄関をくぐり、廊下を歩いて障子扉の部屋へ入った。古くさい畳の匂いがする。
「まあ、座れ」
畳に座布団が敷かれサヨとアヤはとりあえず座った。机の上にお茶が置かれた。
「……で……おにぃは……」
「……俊也は……凍夜(とうや)……私らの父に連れ去られた。父は……霊体であるのだが現世に縛られ再び望月家を強くしようとしている。死んでからも変わらぬ哀れな父だ」
「……その人はどこにいんの?うちが乗り込んでパーン!とおにぃを救い出すから秒でティーチャー!」
サヨは鼻息荒く千夜達を見据えた。しかし、千夜達の顔色は曇ったままだ。
「どうしたん?」
「お前は……お父様の怖さを知らない……。あの人は人ではないのだ。容赦もなければ感情もない。弐の世界では魂年齢を変えられるため、一番動けた時期になっている可能性もある。目的のためならばなんでもやる人だ。そして生きた魂をさらうことは大罪である故に私達は父に立ち向かわなければならない」
千夜は拳を握りしめていた。
先祖には何かある……。サヨは気がついたがあえてこう言った。
「立ち向かうべきじゃない?」
「……私達は……父が怖い」
千夜の発言でサヨは大笑いをした。
「パパが怖いって何?いい大人が三人もパパを怖がってて大事な子孫を助けられないって言ってるわけ?傑作なんだけど!あははは!」
「さ、サヨ……」
怯えたアヤがサヨを止めた。
「ああ、ごめそん。つい……。だっておかしいっしょ?返してって言えばいいことじゃん」
「……俺達はな……父に逆らえないようにされたのだ。その『傷』は消えることはなく俺達を縛る」
更夜が笑うサヨにそう答えた。
「どういうことだかマジわかんないんだけど。まわりくどい。直球で言ってくれないと」
「では言おう。俺達、四兄弟は……拷問、虐待で育てられた。異母兄弟である狼夜(ろうや)は四歳で拷問の訓練中に死んだ」
「……拷問の訓練って何?あ、あはは……おかしいんじゃない??」
更夜の言葉にサヨは顔をひきつらせながら苦笑いをした。
「じゃあ、見せてやるよ」
逢夜がため息混じりに軽く肩を出した。
「……っ!?」
サヨは絶句した。
逢夜の背中は普通はつかないはずの傷でいっぱいだった。
何をしたらこんな酷い古傷になるのか。
「こ、これは……何?」
「……抜け忍になった妹の連帯責任の罰だ」
更夜は厳しい顔でサヨに言い放った。更夜に目線を合わせた刹那、何か映像が流れてきた。
「なっ!なにこれ!!!」
サヨは頭を抱えてうずくまってしまった。映像は鮮明に真っ赤な血を映す。そこに横たわっているのは傷だらけで裸で倒れている千夜。その横で腕を縛られ吊るされ気を失っている逢夜。血まみれで床に水溜まりを作っている。更夜は泣き叫び震え、更夜が抱いていた銀髪の少女は刀が胸を貫通しており間違いなく死んでいた。
「やだ……なにこれ……」
サヨは震えた。
更夜達の先で感情のない冷徹な瞳を向けている銀髪の男がひとり。
男は更夜に向かって
「お前も罰を受けるか?……喜んで受けるのが普通だ。お前は憐夜(れんや)を逃がした。タダで終わると思うな……。さあ、言え。罰を与えてください、お願いしますと」
感情なくそう言っていた。
「……罰を……与えてください……お願いします……」
更夜は抵抗するわけでもなく素直につぶやいた。
「土下座をしてあやまれ」
「……申し訳ありませんでした……お許しください……」
更夜はこれも素直に従っていた。まるで感情がない人形のようだった。
その時、逢夜が意識を取り戻し必死に叫んだ。
「お父様!私が更夜の分も罰を受けます!ですから……お許しください」
「……いい心がけだが更夜になにもしないのはおかしいだろう?」
「私がっ!私が受けた分の半分を私が更夜にやります……」
「ふむ。よかろう。では……」
男は冷酷な表情で瀕死の逢夜に笑みを向け、満足そうに頷いた。
逢夜の悲鳴を最後に怯える更夜の目から元に戻ってきた。
「はあはあ……何……何?あいつは……血、血がっ……嫌だ!ふざけんな!!」
耳を塞ぎサヨはうずくまる。
「さ、サヨ?何?どういうこと?」
アヤは目を見開いて更夜を仰いだ。
「俺の瞳から俺達の過去を見たようだ。わかったか?幼少期から繰り返されて、父の前ではどんなに強い決意でも操り人形になってしまうのだ」
「……兄弟皆こうで父に何もできず困っている……」
更夜の言葉を続けるように千夜がつぶやいた。
「ちょいまち!じゃあさ、おにぃも酷い拷問を……!?」
「いや、それはない。あれは明夜(めいや)と同じ感覚だ。正式な跡継ぎにはなにもしない」
サヨは更夜の言葉を聞いてほっと息を吐いた。
その後すぐに
「明夜?」
と首を傾げた。
「私の息子だ。つまり……お前達とは血が繋がっている」
「じゃあ明夜さんになんとかしてって言えば?」
「……いないんだ……どこにも……。見当たらない……。そもそも生まれたばかりの顔しか知らぬ」
千夜の言葉にサヨは首を傾げた。
「どゆこと?」
「……生まれてからすぐ持っていかれた。そもそも生き長らえたのかもわからぬ」
「……親から子供を離したの!?そいつサイテー!なんで文句をっ……」
言いかけたサヨは口をつぐんだ。
……そうだ……マインドコントロールで抵抗できなかったんだ……。
目を伏せるサヨに千夜は優しく語った。
「……奪い返せば良かったよな……」
「……もう!こんな辛気くさい話はやめてっと。明夜さんがいるとして先祖に捕まってるってことない?おにぃと一緒に」
サヨは悲しい話が嫌いである。話をもとに戻した。
「可能性はある」
「じゃあ奪い返す人がいないじゃん!もー!アヤ!!知り合いの神に頼んでそいつ懲らしめてきてよ!一番はやたんじゃん!」
サヨはアヤに助けを求めた。しかし、アヤはため息混じりに首を振った。
「あのね……こちらの世界は本当はね、入ったら出てこれない確率が高いの。生き物全ての世界がネガフィルムみたいに帯状になっていて一つの世界に入り込んだら生きたものは出てこれなくなり、世界を永遠にさ迷う。だから生き物が入らないように監視をしている神もいるのよ。もちろん神もこちらに順応したデータがないと生き物と同じように迷う。手伝ってくれる霊を探すしかないのよ」
「じゃあどーする?こまりんこぉぉぉ!!」
アヤの説明に頭を抱えたサヨはふとある疑問が浮かんだ。
「あ……。ねぇ、神も生き物も本来入れないんならこの夢幻霊魂の世界とやらで奴みたいに悪さする奴がいるんじゃね?取り締まる人はいないの?フシギンポだわ」
「まあ、だいたい予想がつくとは思うが……」
更夜が言いにくそうに口を開いた。
「……まさか……」
「俺達がそうなんだ。それに他にも『K』という者達や『Kの使い』と呼ばれる者達など取り締まる者もいるが、これは生前からの俺達血族の問題。なるだけ俺達で解決したい。しかし、もうそんな事は言ってられなくなった。生きた魂が死者に囚われてしまった。それが自分達の子孫。助けてくれるのならば助けてほしい」
更夜はどこか悔しそうにサヨを見ていた。
サヨはなぜ、自分が彼らに受け入れられたのかわかった。
彼らは自分の血族で凍夜に屈しない魂を探していたのだ。サヨには特に普通の人間にはない能力がある。
「……助けてほしかったんだね。実はうちを呼んでたりした?」
「生きた魂には頼れない。しかし、アヤが時神の繋がりでこちらに来てくれた。生きた魂は眠ると魂だけこちらの世界にある自分の世界に来る。関係のある世界ならば他人が自分の世界に出現することも可能だ。それでアヤは俺達を本にした。想像物を間に挟み、こちらに来てくれたのだ。そこからサヨが俊也の異変に気がついているという話を聞いた。ならば手伝ってくれるか?と思い待っていたのだ」
更夜が丁寧に説明してくれた。
「他に先祖の霊とかに助けを求めれば良かったじゃん」
サヨの質問に千夜が唸りながら答えた。
「父より上の先祖は他の望月家と繋がる。彼は望月家の方針をがらりと変え、勘当された。それ故に遠い先祖が誰なのかどこにいるのかわからぬ。そして先祖はもう縛りから解放され、長い年月の中で魂がエネルギーに変わり別のものに生まれ変わっているかもしれぬ。本来安らかになっているものを呼び戻すことは私にはできない」
「まあー……確かに?子孫は?うちの前にもいっぱいいるっしょ?」
「霊になっている者はいるがどこにいるかわからぬ。サヨ、俊也の家系は私の家系故に知っているが分離した者については把握していない。しかし、当時は明夜以外は皆、同じ教育だ。異母兄弟がいたとしても父には逆らえない。もしくは上には逆らえないようにされている可能性が高い。それはしばらく遺伝している。別の望月家の知り合いがそう言っていた。あんた達は異端望月家だったと」
「あ!じゃあその人に助けを求める!」
サヨは次から次へと質問を重ねる。
「名を望月チヨメという。現在は異母兄弟の狼夜と共にチヨメの世界で生活しているようだ。チヨメは戦う方面ではない」
「まあ、話し合いをする気はないわけねー。あくまで戦って奪うと」
「話を聞く人間ではない」
「大方わかった。わかった。おにぃを取り戻そう!おー!!って誰か言ってよー!さげぽよー」
サヨは話に飽きたのか強引に終わらせた。
「おい……アヤ……平気なのか?この娘は……」
「知らないわよ……平気なんじゃないかしら……」
心配している更夜にアヤは曖昧に答えた。
「で?どうする??何したらいいの?わかんナイル川なんだけど」
誰も突っ込んでくれず、サヨは肩を落とした。
「……では、サヨには逢夜と共に父の世界を見つけてもらう。サヨは霊体ではないので弐の世界を素早く動けるようにこちらの時神未来神を連れていくといい。彼は元々こちらの時神だ。霊体ではないがこちらのデータを持っているという珍しい神だ」
「はあ……どこにいんの?」
「外で遊んでいる」
千夜の質素な答えにサヨはずっこけた。
「ああ……そう……」
「それから……更夜はアヤと共に敵の仲間が近くにいるか捜査をしてくれ。こちらの時神現代神、鈴(すず)を連れて行け」
「鈴も使うのですか!?」
更夜は目を丸くして千夜に尋ねた。
「あの子は生前は忍だろう。それに仲間外れを嫌う子だ。はじめから仲間に入れないとこそこそと自分で危険地帯に行ってしまいかねない。お前が守ってやれば良い」
「……はい」
更夜は頭を下げた。
「でー……鈴はどこに?」
「外で遊んでいる」
千夜の答えにサヨがまた盛大にずっこけた。
「じゃあ何?皆外で遊んじゃってるの!?ちょーウケる」
「とりあえずいくわよ……」
うるさいサヨをなだめたアヤはゆっくり立ち上がった。

四話

サヨ達が外に出ると不思議な少年と明らかに忍者かなと思われる二人の少女が楽しそうにボール遊びをしていた。
「あ!いたっ!!」
サヨは少女二人よりも少年に目がいった。ユニフォームのようなものを着たあまり表情のない少年だ。橙色の短髪というかなり挑戦的な髪型。よく見ると彼の足には近未来的なウィングがついていてユニフォームについている数字とともに何かデータを出していた。
つまり、ユニフォームの数字とウィングの電子数字が連動して動いていたということ。
「変な人だねー?」
サヨの言葉で遊んでいた三人がこちらに気がついた。
「ああ!君がサヨちゃんか!」
少年はウィングを広げてこちらに飛んできた。現代の技術ではこんな簡易なウィングで空を飛ぶことは難しい。
「えー……」
「あいつがトケイだ。弐の世界の時神未来神、んじゃあ、行くぜ」
逢夜は固まっているサヨを引っ張りトケイの前に突き出した。
「もしもーし!!荒いんですけど!!そんなんじゃ女の子逃げちゃうぞ!萎えたんだわ」
サヨはバランスを崩したがなんとかトケイの前で止まった。
「悪かったな。乱暴で」
「あー!やだやだ。絶対モテナイでしょ!ダメンズ!ダメンズ!」
「はあ……俺は既婚だ……。妻がいるぜ……」
逢夜はため息混じりに答えた。
「えーっ!誰々?」
「聞いてもわかんねーだろ。女子のノリで聞くんじゃねーよ……」
「けっちー!けっちーツネダだ!!」
「誰だよ……」
「あのー……逢夜?」
サヨと逢夜が関係のないことで会話をしているとトケイが不安げにこちらをうかがっていた。
「……あ、すまねぇ。望月サヨを連れてきた。これから俺達三人で父の居場所を探す」
「あ!ついに動くんだね!よーし!」
トケイは表情には乏しいが声には感情がしっかりこもっていた。
表情を出すのが苦手らしい。
「ねー、ねー!その羽パネルみたいなやつ、どこで買ったの?うちのごぼうちゃんにつけたいんだけど!めっちゃかっこよすよす!」
「あ、ありがとう?ごぼうちゃんってなに?野菜なの?」
がっつくサヨにトケイは怯えつつ尋ねた。
「ノンノン!カエルのぬいぐるみ!」
「は、はあ……」
「んなこたぁいいんだよ……。とりあえずさっさといくぜ……」
逢夜はため息混じりにサヨを引っ張った。
事前に話が伝わっていたのかトケイは状況がわかっていた。すぐにウィングを広げるとサヨに「乗って!」と促した。
「おー!おんぶ?飛行機乗る感覚ー。ちょーウケるー!」
「……のんきなやつだ……」
トケイの背に嬉々とした声を上げて乗るサヨに逢夜は頭を抱えた。
「じゃあ飛ぶよ」
トケイはウィングをトンボの羽のように動かし空へ舞い上がった。
「うわー!すごー!!」
気がつくと逢夜がもう近くにはいなかった。彼は霊体なため消えてもおかしくない……のか?
飛び上がったトケイを下からアヤ達が眺めていた。
「鈴、よろしくね」
アヤは十歳足らずの少女鈴に挨拶をした。鈴は全身真っ黒な衣装で瞳も黒、髪も黒の本当に真っ黒な少女だった。ただ髪飾りが赤色と金色なのでやたらとそれだけが目立つ。
「うん。現代神同士仲良くしましょ。私はこっちの世界の現代神で幽霊だけどー。私は女忍で霧隠の家系!役に立つわよー!」
鈴は忍らしくない元気な声で跳び跳ねた。
「やっぱり忍んでないわよね……。心配だわ」
「だ、大丈夫!鈴ちゃんは強いよ……」
アヤの言葉に小さく反応した声があった。気がつかなかったが鈴の近くにもう一人の少女がいた。
銀髪に弱々しい瞳、まるで小鹿かウサギのような印象の少女。
印象がないからか近づいていることに気がつかなかった。
「えーと……あなたは……」
「ああ、望月憐夜(もちづきれんや)だ。俺達の末の妹」
戸惑うアヤに更夜が静かに答えた。やはり忍か。歩く音すらないわけだ。
「憐夜ちゃんは千夜さんから指示なかったみたいだけど……」
「ああ、妹は忍じゃないのだ。抜け忍なんでな。忍のような事は一切できない。憐夜は俺達が留守の間、お姉様とこの時神の世界を守っていてくれ」
更夜が優しく憐夜に声をかけた。厳しい顔つきの彼からこんな優しい表情が出るとは思わなかった。
アヤは少々驚いた。
「はい。お兄様。少し怖いですが……頑張ります……」
「深く考えなくてよい。お姉様とおままごとでもして遊んでいなさい」
「はい。わかりました」
憐夜は素直に更夜に頷くと千夜がいる家に帰っていった。
「ずいぶんと他と対応が違うのね」
「……まあ、末の妹故な……」
「あらそう……それで……行くのかしら?ちなみに私は霊体ではないから無限にある世界を渡れないわよ」
「問題ない。望月静夜(もちづきせいや)を使う……」
「え……?誰よ……」
「俺の隠し子だ」
「えーっ!?」
更夜の言葉に目を丸くしたのは鈴だった。
「隠し子いたのー!!」
「……ま、まあ……お姉様しか知らないのだが……隠す必要もない故……」
更夜は戸惑いの表情を浮かべる。
「ねぇ、それでも私は生きている魂だから霊体には運べないわよ」
アヤはさらりと更夜に答えた。
「……静夜は娘だったが俺の父に酷い暴行を受け精神的にやられていた。見かねた俺は娘を忍とは関係ない武士の家系に嫁がせたのだ。まだ八つだった」
「なんてこと……。でも……あなたのお父さんが忍を武士の家系に嫁がせるのを了承したの?」
「なんとかな。重要な任務を遂行中に、ある武士の暗殺をしなければならず、それに使うと説得した。嫁いだら幸せそうだった故に夫の家系を壊すことはできなかった。俺は命令違反の罰を覚悟し動いていた最中、忍の任についていた鈴とぶつかり、鈴を殺し、国の城主まで殺した。その後は人間に溶け込んで生きていた時神過去神、白金栄次(はくきんえいじ)とぶつかり俺は戦の終わりに死んだのだ。そして静夜の家系、武士の家系であった木暮家が江戸を生き延びて今、娘が農家の家系だった小川家とくっついた。それが……お前が居候している家系だ」
更夜はアヤを指差し言った。
「え……あやちゃんの家系……」
アヤは現在、同じ名前の娘がいる小川家に居候中だ。
この辺の記述は「TOKIの世界書」に書いてある。今回は関係ないので、省く。
ついこの間、一緒に住もうと誘われてなんとなくついていったら本当に住むことになってしまった。
まだ幼い娘の名前が「あや」。
そして彼女の父が健(けん)。
この健とあやが不思議な能力の持ち主だ。
彼らは「K」と呼ばれる「世界の状態を見守るデータ」を持つ特殊な者達だ。人間と共に生活しているが人間とカウントしていいのか謎の存在である。
この世界には動植物、人間、神もしくは怪異、神々の使い、霊魂……そして「K」、「Kの使い」が存在している。「K」と「Kの使い」に関しては沢山おり、霊体だが望月家の中では憐夜と千夜が「Kの使い」である。
常に平和を願い、争いを好まないのが「K」の特徴だ。
「そうか……Kなら……」
「Kの使いである憐夜が静夜を通じてKである『あや』に連絡をとってくれた。Kならば生きた魂を連れて弐の世界を回れるはずだ。世界を監視するというデータがあるからな。しかも連絡が取れたのは生きた魂を持つKだ。霊体になっているKではないので生きた者を運べる」
「……考えたわね」
「来たぞ」
更夜が白い花畑の真ん中を指差した。光が集まり、やがて幼い少女が浮かび上がった。
「アヤ、皆、遊びにきたよ」
「あや……本当に迷うことなく入りたい世界に入れるのね……」
幼い少女はアヤの言葉に軽く笑った。
「世界を監視するデータがあるからかな」
「あや、こちらのアヤを運んで世界を渡れるか?」
更夜は確認で尋ねた。
「うん!特殊なKの使いを使えばいけるよ。メメちゃん」
あやが声をかけるとテディベアが現れた。
「わっ!かわいいわね」
鈴が目を輝かせて突然に現れたクマのぬいぐるみを見つめた。
「僕が連れてくね?あやは戻っていいよ」
なんとぬいぐるみが話した。
「あんた、しゃべれるの?」
「Kの使いだからね。Kの使いは人形だったりぬいぐるみだったり小動物だったり色々。平和を願うKはだいたいが女の子だから、かわいいものばかりが使いになるよね。僕はあやちゃんの使いだからちゃんと現世で生活してるよ」
驚く鈴とアヤにメメちゃんとやらは満足そうに頷いた。
「じゃあ、私は帰るね。後はメメちゃんがやるから。私の力があるからメメちゃんは私と同じ。更夜さん……静夜さんは木暮家と小川家の真ん中にいるよ。二つの家系を守りたいんだって。守護霊的な?守護霊は生き物の魂内にいるからね。つまり、弐の世界のそれぞれの心の世界に住んでいるわけだね。あなた達だって現世にいる時神未来神の心の中にいるんでしょ?」
「まあな。ここは未来神の心の中の世界だ。静夜はもう望月家から完全に離れているか」
「うん。木暮静夜と名乗っているよ。ちなみに木暮家も忍の家系みたいだね。武士だけど。……優しい守護霊が個人の心に多いと現世の人間は幸せに生きられるよ。ま、とにかく帰る。バイバイ」
「そうか。ありがとう」
更夜は消えゆくあやにお礼を言い、頭を下げた。

五話

サヨは不思議な青年トケイの背に乗りながら辺りを見回していた。
「ほぇー」
辺り一面ネガフィルムが巻き付いている。その中でひとつひとつ違う世界が二次元に動いていた。
そのネガフィルムの他は宇宙のように星が輝く夜の世界だ。
「そういやぁ、お前……」
ふと隣に逢夜が現れた。逢夜は空を舞うように飛んでいる。
「うわっ!いつの間に横に!?こっわ……」
「お前……ひょっとすると……」
「なーに?付き合うのはメンゴー。あたし、彼氏いるから」
サヨはいたずらっぽく笑った。
「違う……!Kなんじゃねーかと思っただけだ……。中身を見るとお前にはそれに近いデータがあるからな……」
「中身!?何?スリーサイズとかわかったりして?うちは体だけはい・い・の」
「……はあ……」
逢夜はあきらかなため息をついた。サヨを乗せているトケイはどきまぎしているのか頬を赤くして固まっている。
「あーらあらあら。彼を欲情させちった?」
「トケイ……無視だ。いいな……」
「う、うん……」
逢夜とトケイの会話にサヨは頬を膨らませた。
「ぶーっ!!つーめーたーいー!!」
「お前、そんなんで男が寄ってくるのかよ……」
「失礼ぶっこいたね。今!なーう!!なーう!なーうなーう!!」
「あー、あー、うるせー!うるせぇ!!黙れ!クソガキ!……こほん。お前、Kなら召喚ができるぞ。大切にしているものはあるか?」
逢夜は頭を抱えながら尋ねた。
「大切な……あ!!ごぼうちゃん!!ごぼうちゃんはね、いっぱいいるんだー!マジかわゆす!」
「じゃあ……なんでもいいがそいつを思い浮かべて呼んでみろ。お前がKならば呼べる」
「わけわかめだけとやってみるみるめがねー。ごぼうちゃーん!」
サヨは満面の笑みでごぼうちゃんとやらを呼んだ。
するとすぐにサヨの肩からかわいらしいカエルのぬいぐるみが顔を出した。
「げっ!!ごぼうちゃん、動いてね?なんで?本物だったの??」
「落ち着け!はあ、やっぱりそうだったか」
逢夜はなんだか納得しているようだったがサヨは首をかしげた。
「何?ああ、夢だから動くのか。ビックリしたあ……」
「サヨ、何か用ケロ?」
ふとカエルのぬいぐるみがしゃべった。
「うぇわっ!?しゃ、しゃべった!?びっくりくり!!」
「お前はKなんだ。そんでそのカエルはKの使い……」
「なんだかわかめなんだけどどゆこと??」
「そのカエルはお前の手足となり動くってわけだ。好きに使えばいいさ」
混乱中のサヨに逢夜は面倒くさそうにつぶやいた。
「ね、ねぇ……盛り上がってるとこ悪いんだけど……僕はどこを飛んだらいいの?」
トケイが不安げに逢夜に尋ねた。
「あ、ああ……こいつのせいで狂わされたぜ」
逢夜はサヨを睨み付けると気配を探した。
「ねぇ、私、なんとなくなんだけど、あっちな気がする。本当に。信じて」
サヨは突然に真面目になると何もない右側を指差した。
「……」
逢夜は目を細めた。
……こいつ……無意識に父か俊也の気配を読みやがった……。
……マジな顔をするとこいつの気配をしっかり感じる。お姉様に近いな。本当は学業の成績優秀者で心の強い女だ。
……わざと性格を作りやがったな。この娘……。
「聞いてるの?あっちだよ。わかるから」
「トケイ、従ってくれ」
「わかった」
逢夜の言葉にトケイは頷き、鳥のように優雅に進み始めた。
「サヨ、お前……誰の気を感じた?」
「……わからない。でもすごく怖い」
「……お父様だ……。お前は忍の俺達よりも早く気配を読み取ったんだ。父は気配を消せるんだぞ……。何者だ?お前……」
逢夜の言葉にサヨはうつむいた。
「わかんない。昔からそうなんだ。うちは。かくれんぼで鬼になったら全員一瞬でわかった。パパもそうなんだってさ」
「……そうか。……お父様は荒々しい気配を出している……慎重にな……」
逢夜はなるだけ優しくサヨに声をかけた。サヨは見たことのない威圧を感じている。落ち着かせた方がいい。
「うん……。確かに……これは逆らえない……かも……。こんな気配を生まれた時から……」
サヨはそこまでつぶやいて頭を振った。
「ううん。怖くない!あたしはおにぃを助けるんだから!!おにぃ!まちぽよ!!」
「無茶すんな。だいたいどこの位置にお父様がいるか確かめるだけでいい。あの人は女だろうが子供だろうが容赦はないから。お前が万が一連れ去られて酷い拷問を受けたら俺は耐えられない。お前の悲鳴なんて聞きたくねぇ」
逢夜に残る深い傷は全く癒えていないようだ。もうすでに逢夜は震えている。
「女や子供に対する拷問はもうたくさんだ……見たくねぇ……みたくねぇよ……うっ……」
「ちょっと!大丈夫!?」
逢夜はその場で吐いた。サヨは慌てて逢夜の背中をさする。
「逢夜がこんなんじゃサヨを連れてけないよ……。戻ろうか?」
トケイはその場で止まり、不安げにサヨを見上げた。
「……皆……こうなるの?更夜も逢夜も皆……」
サヨはトケイに尋ねた。
「……うん……何度も変動する弐の世界でお父さんの気配を見つけていたんだ。だけど……いつもダメなんだ。サヨを連れていけば守る感情が働くから大丈夫だって言ってたんだけどね……」
トケイは怯えた声で答えた。
「……こまたんだね……。じゃあ、うちひとりで……」
「やめろ!!」
「うわぁ!びっくりした!!」
逢夜は必死でサヨに叫んだ。
「お前……死ぬぞ!鞭で肉を切り裂かれて熱した鉄で何度も叩かれて刀の試し斬りにされて……死ぬんだぞ……」
逢夜は後半かすれた声でせつなげにそう言った。
「……それを何度もやられたり見たりしたんだね……。辛いね。悲しいね……」
サヨはとても悲しげな声で逢夜の頭を撫でていた。
「サヨ……すまない……俺は……」
「許せないね」
「え?」
サヨは恐ろしいほどの気を纏っていた。戦人が持つ荒々しい気だ。
「お前……」
「許せない……。皆の優しい心をズタズタにしたんだ……。絶対に許さない……。私は負けない。トケイ……向かうよ」
「まっ、待てよ!!」
逢夜が慌てて止めた。
「なに?誰もやんないならあたしがやるっつーてんの!一発文句言ってくる」
「お、お願いだ……やめてくれ……」
「うるさい!!久々に頭に来た……トケイ!」
サヨに怒鳴られトケイは肩をびくつかせながら先に進み始めた。
「待てよ!待ってくれ!!俺は動けなくなるんだ!誰がお前を守る!」
「うるさい!!動けないなら邪魔!」
サヨはイライラをなぜか逢夜に向けていた。逢夜を遠くに突き飛ばし、トケイを先に進ませた。
トケイはネガフィルムの中のある世界の前で止まった。
「こ、ここ?」
「間違いないよ。ここ!」
サヨに圧されてトケイは怯えた目を向けた。
「じ、じゃあ行く?って……ちょっと!!」
トケイが叫んだ時には遅く、サヨはさっさとその世界に入り込んでいた。

六話

サヨは大きな満月が不気味に輝く不思議な夜の世界にいた。
「……望月の親父はどこだ!!」
叫んでみたが特に反応はなかった。
「出てこい!文句言いに来た!」
サヨは再び叫んだ。
刹那、後ろから何か気配を感じた。振り向いた時には遅くサヨは鈍い衝撃とともに崩れ落ちていた。
「うっ……うう……」
「あ、主に何するケロ……!」
サヨが呻いているとカエルのぬいぐるみ、ごぼうが手を広げてサヨを庇っていた。
しかし、ごぼうは先ほどサヨに初めて呼ばれてKの使いとして魂を受け取ったため何もわからずに戸惑っていた。
「うるせーんだよ。何様だ?お前
。ただのカエルがっ」
「ぎゃっ!」
ごぼうは何者かに蹴り飛ばされ無惨にも地面に打ち付けられた。
「ごぼうちゃん!……誰だ!!」
サヨはなんだか痛む後頭部付近を触りながら起き上がった。
「あーあ、ねーちゃん、丈夫だねぇ」
サヨの前に逢夜達にそっくりな銀の髪を持つ青年が現れた。
羽織に鳶職のようなつなぎを着ている。よく見ると逢夜達に似ている気もしたが実は少し違った。
鋭い目は変わらないが彼は細くはない目をしていた。
「女の子の頭を殴るとかどーゆーしんけーしてんわけ?さげたんだわ。てかあんた、誰」
「お前だってでっけー声で父を刺激しやがって」
青年は頭を抱えてため息をついた。
「……父……、あー!あんた!!望月の親族でしょ!!うちは知ってるんだからねっ!凍夜(とうや)を探してんの!早くティーチャー!セイセイ!!!」
「……」
サヨの発言に青年は突然サヨを殴った。
サヨは再び地面に勢いよく倒れた。
「……!?なにすんだ!!この暴力男!だからあんたね、女の子に……」
「うるせぇんだよ……。女だからなんだっつーんだよ。黙ってねーと死ぬぞ」
青年の頬には汗がつたっていた。
「……もしや……あんたも凍夜に怯えているの?」
「凍夜じゃねぇよ。俺からしたらお父様だ。お前からしたらご先祖様だ。ちゃんとご先祖様って言ってみろ。もしくは凍夜様だ」
「……はあ?……っぐ!」
青年は再びサヨを殴ってきた。
「ご先祖様だ、言え。…………ちゃんと言えねーならお仕置きだ。この木の枝で百叩きだ。いや、千回くらいぶっ叩いて血みどろにしてから熱々の鉄で止血してやろうか?」
「……こいつ……」
サヨは感情のこもらない青年の瞳を睨み付けるように見据えた。
「アニキ……やめとこうよ。そんなんで叩いたら怪我するぞ。女の拷問はやだよー……」
「ん!?」
サヨは青年の声ではない違う声を聞いた。
「……止めるな……。こいつは何もわかってねぇんだよ」
青年はなんと腰に差していた刀に話しかけていた。
「……たく、『剣王』様の方が優しさがあったよ……。これだから人間の霊は……」
「お前は黙ってな。触れちゃならない事に触れたこいつが悪いんだからな。(……ちー坊……見られてる……わかるな?)」
青年は後半、口パクで刀にそう伝えていた。刀は急に黙り込んだ。
「わかった!あんた、狼夜(ろうや)でしょ!四歳かなんかで死んだ逢夜達の異母兄弟!魂の年齢を変えられるって言ってたから何歳か増したんだ!」
「……俺は狼夜(ろうや)だが……お兄様は逢夜様だ」
青年、狼夜はサヨを無理やり押さえつけると手足をどこからか取り出した縄で縛り付けた。
「なにすんの!!このバカ男!暴行野郎!」
サヨが叫ぶ中、いつの間にか近くにあった木に括られ、吊るされていた。
「チクショウ!離せ!このゴミ野郎!」
「あーあー、口悪ぃし、元気だねぇ。……すぐに泣き叫ぶ事になるが」
狼夜は細くてよくしなる木の枝を振り上げサヨに打ち付けた。
「あぐぅ!!!」
サヨはあまりの激痛に悲鳴をあげた。鮮血が飛び散り地面に散らばった。
「はっ、はっ、ひっ……」
呼吸を整える事で精一杯のサヨの背に再び枝が飛ぶ。
「あうっ!!」
「どうだ?痛いだろ?お父様に対し、今ここで『ごめんなさい、許してください』と言えば俺は許してやる」
「……誰が言うか!あ、あんたも負け犬だ!!そうやっていまだに従ってバカじゃないの!バーカ!あたしはね、絶対に従わない!!どいつもこいつも腰抜けだ!!おにぃを返せ!どこだ!凍夜ァ!!」
サヨはさらにわめき始めた。
「……くそ……火に油だったな……。許しを大声で叫んでりゃあ終わったんだが……」
狼夜がそうつぶやいた刹那、底冷えする気配が辺りにただよった。
「今……私の目を欺こうとしたな……狼夜よ……。実にすばらしい『演技』だったぞ」
「……いっ……」
「……?」
狼夜は突然に震え出した。サヨは狼夜を不思議そうに見ていたが、やがて気がついた。
……凍夜だ!!
「しかし、ずいぶん聞き分けのない子のようだ。先程から見ていたぞ」
夜の闇から出てきたのは異様な気配を纏う銀髪の青年。表情はなく、刺すような視線でサヨは呼吸ができなくなりそうだった。
銀髪の青年、凍夜は怯えている狼夜を突然きつく殴った。
狼夜は勢いよく倒れ、体を震わせながらひたすらに「ごめんなさい、ごめんなさい」とあやまっていた。
「あんたが凍夜……」
「なめた口を聞くな……。私を欺こうとしたこいつに罰を与えてからお前には教育をしてやる……」
凍夜はうずくまる狼夜を踏みつけた。
「……そうか!狼夜!あたしを逃がしてくれようとしたんだ!!ずっとこいつに見られてたから……」
サヨは狼夜の行動がやっとわかった。
「ダメだ……娘……、凍夜様だ……。逆らうな……逆らっちゃいけないんだ!(……仕方ない……。ここは俺が犠牲になってやる……)」
「……!」
逢夜の言葉に刀は一瞬息を飲んだ。
「狼夜……お前は鉄打ちの刑から釘打ちの刑にしよう」
「ひっ……は……はい……」
まるで「あれを食べよう!」と明るく言ってるかのように平然と言い放つ凍夜に狼夜は震えながら弱々しく返事をした。
「教育不十分なそこの小娘は狼夜より厳しい罰になる。せいぜい死なんよう意識を保つのだな……」
「……くっ……」
サヨは凍夜を睨み付けた。
「狼夜……アニキ……すんません!!」
刀が突然に人型に変わり、すばやく縄を切り、サヨを連れ去っていった。
何者かはサヨを抱えて空を舞った。
「えっ……ちょっ……」
サヨは何者かに連れ去られながら暴行を受ける狼夜を見ていた。
……あたしは無力だった……。
見られていたことさえ気がついていなかったし近寄られてもわからなかった。
彼に守ってもらわないと何もできなかったじゃん……。
あの男の前では見栄を張るしかできてないじゃん!
……そんな簡単じゃなかったんだ……。
凍夜からおにぃを連れ戻すには……文句を言いに乗り込むだけではあたしは死ぬ……。
よく考えろ……。逢夜達もあいつには逆らえない。つまり、命令されればあたしを攻撃してくる可能性もあるんだ。だから彼らはすぐに乗り込まなかったんだ。
少し凍夜から離れた場所でサヨはそっと降ろされた。改めて自分を助けた者を見る。
サヨを助けた人物はライオンのたてがみのような髪をしている少年だった。瞳は大きくかわいらしい。そして作務衣のようなものを着ていた。
「ありがと……」
「……礼は早いよ。俺は現世である壱の世界にいる刀神で、悪霊になっている凍夜を抑えるように『剣王』様から言われてアニキ……狼夜の刀として派遣された。だから霊であるアニキの刀になって運ばれなければ弐の世界を自由に動けないんだ。つまり、この凍夜の世界から外に逃げられない。今だって凍夜から少し離れただけだ。凍夜はここから出られないのを知っていて俺を逃がしたんだよ。あの状態なら俺は凍夜から逃げられる自信はなかった」
刀だった少年はサヨに不安げな顔を向けていた。
「……あの人は……狼夜は本当に凍夜に逆らえないのかなー……」
「……逆らえるわけないだろ!四歳であの男に殺されているんだぞ。しかも普通の殺され方じゃない。狼夜アニキは魂年齢を変えているけど気質は四歳のままだ。アニキは死んでからこっちの世界で鍛練を積み、見聞を広げた。生前の記憶は変えられないけど強いはずなんだ。だってさっきまで得たいの知れない奴らを倒していたんだから。だけど凍夜の世界に入ってから消極的になった。生前の記憶が甦るとアニキは四歳に戻る。たぶん、怖かったんだ。親父が怖くて怖くてしかたなかったんだ。……静かに身を潜めていた時にあんたが来たんだよ。凍夜からはバレバレだった。お前、アニキが動かなかったら気がつく前に殺されてたんだぜ。……アニキが凍夜の世界で死んじまったらアニキは凍夜の世界に二度と入れなくなる。死んだら霊はすぐに元の魂に戻れるけど同じ世界にはもう戻れないんだ。そうしたら俺はどうすりゃあいいんだ」
少年は半泣きでサヨを見ていた。
「……四歳で虐殺された……か。じゃあ、なおさら彼を助けないとダメじゃん!!そういえばごぼうちゃんも回収できてないし、せっかく助けてもらったけど戻るわ」
「待てよ。あんたが凍夜に挑むって言うなら一瞬だけあんたの武器になる」
「……剣術やったことないんだけどー。仕方ないかー」
少年は返答を聞く前に刀に戻った。サヨは仕方なく落ちた刀を持ち上げてみた。
「おーもっ!……もー!ヤケクソだ!!おりゃー!!」
サヨは刀を両手で危なげに持つと自ら凍夜の場所まで走っていった。
先程まで考えて行動しようとしていたのだが……。

七話

「凍夜ぁ!!!」
サヨはヤケクソで凍夜に向かって走り、刀で凪ぎ払った。
凍夜は軽やかに避けるとサヨを蹴り飛ばし刀を奪った。
「ぐぅ……」
「おー、なかなかいい刀だ。試し斬りの材料は……」
凍夜の視線は血まみれで倒れている狼夜に向けられた。
「ひっ……お許しください……お許しくださいィ!!」
狼夜の悲鳴を聞き、サヨは再び立ち上がった。
「やめろォ!!刀を返せ!」
「お前がくれたんだろ」
「返せェ!」
サヨは凍夜に飛びかかる。
凍夜は軽くかわし、サヨの肩先を斬りつけた。
「うぐぅ!」
「ふむ。こういう仕置きもありだな。じわじわと切り刻んでいく……」
「か、返せ!!」
浅い呼吸を繰り返し、血があふれでる肩を抑えてサヨはまた飛びかかった。
凍夜はまた何事もなかったかのように避けるとサヨの頬を切り上げた。
「ひぎぃ!!」
「次はどこにするか?耳……いや、鼻がいいかな?いっそのこと腕を切り落としてみるか」
凍夜の平然とした会話でサヨは体に震えが出てきてしまった。
「なっ……」
手足が震え、体が動かない。
……あたし……こいつのこと、マジで怖くなってる……。
「体が震えてきたか。やっと服従の心が芽生えてきたな。いい子だ。だが……今更だな。まずは狼夜に釘打ちをしなければ……。心臓は釘で打ったら死ぬか……ならば……」
「な、何言ってんの……あんた……。狼夜はもう大怪我してんだよ!!」
「……だからなんだ?仕置き中断の理由になるのか?」
凍夜は本当にわかっていないようだった。
……こいつ……ヤバいヤバくないの次元じゃない!!
話が通じない奴だ!!
……ダメだ……。今は逃げなきゃ……
……逃げなきゃ……
ただ殺される……。
サヨが気がついた時には凍夜が目の前に立っていた。
「大人しく待っていられないのなら悪い子だな。先に半殺しにしておくか。狼夜はいい子に待っているぞ……」
「……クズ野郎……」
サヨが強がってつぶやいた刹那、何かが勢いよく飛んできた。
「っ!?」
何かのアタックは凍夜にかわされたがサヨは一瞬の隙で凍夜から少し離れた。
「あ!」
サヨの前にカエルのぬいぐるみ、ごぼうが立っていた。
「気絶しちゃったよ……。僕はKの使いになったから弐の世界を自由に渡れるよ!逃げよう!」
ごぼうは一方的に話すと手を広げてサヨ、狼夜を空に浮かせた。
「……!?」
そのままごぼうも空を飛び、空中を走り始めた。サヨ達はごぼうに引っ張られ、同じように進んだ。
「……ごぼうちゃん!!まだ、刀の少年が!!」
「サヨ!余裕ない!ごめんね!! 」
ごぼうは強制的にサヨ達を連れて世界を出ていった。
気がつくと世界から出ていた。
外は相変わらずネガフィルムが絡まる宇宙のような場所だ。
「サヨー!!」
すぐにトケイの声が響いた。
よく見ると遠くをうろうろトケイが飛んでいた。
「……ここー!!!」
サヨはありったけの声でトケイに答えた。
トケイはすぐに気がつき、ウィングを回して飛んできた。
トケイの背中では青い顔をした逢夜がぐったりしていた。
「サヨ!何やってんだよ!危ないでしょ!!」
「いやー……まあ……」
トケイはごぼうの手を引き凍夜の世界から離れた。ごぼうを引っ張ればサヨも狼夜もついてくる。
落ち着く場所まで出て最初に聞いた声は怒鳴り声だった。
「バカ小娘!!自分の感情だけで動きやがって!!」
叫んだのは逢夜だった。サヨの肩を掴み揺すった。
「いっ……」
サヨは肩を斬られている。その痛みで顔をしかめた。
「……っ。お前……」
サヨの反応で逢夜は咄嗟に手を引いた。逢夜の手に血がべちょりとついていた。
「よく見りゃあ……顔も……どうしたんだ……。それから後ろのやつも……」
「な、なんでもない……」
サヨは強がっていたがポロポロと涙をこぼし始めた。体が震えている。
「おい……」
逢夜は戸惑った。だがすぐに気がついた。
「凍夜様に……お父様に会ったな……」
逢夜はサヨを羽交い締めにし、すばやく服を小刀で切って背中を出させた。
「お、逢夜!?」
トケイが動揺の声を上げるが構わずに肩や腰を裸にする。
「……背中に鞭痕が二つ……それから肩に切り傷……頬に切り傷……腹に打撲……」
当たり前のように怪我の有無を確認する逢夜にサヨは「なるほど」と頷いた。彼らは凍夜に逆らったら暴行を受けるということを死ぬほど知っているのだ。
「……肩は止血優先だ」
逢夜は着物の一部を切り裂くと肩に巻き付けた。
「……後ろの奴がサヨを逃がしたのか……誰だ?こいつ」
「……狼夜って人」
サヨが小さくつぶやき、逢夜は驚いた。
「……狼夜か……。魂年齢をあげたんだな……気がつかなかったぜ」
「狼夜が助けてくれた。うちだけじゃ殺されてた。メンタル強かったのに気づいたらあいつに怯えてたんだ……」
サヨは落ち込んでいた。
「だから常識は通じないと言ったはずだ。俺達だってな、死んでから異常性に気がついたんだ。気がつかなかったらな、俺達は勝手な行動を取ったお前に罰を与えている。服従が足らないお前に『逆らいません、ごめんなさい、もうしません、許してください』と叫ぶまで暴行を続けるだろうな。容易に想像できる。今は誰もやらないが……」
「……なんとなくわかった……」
サヨは小さく頷いた。
ショックが大きいようだ。
同時にサヨは逢夜達がどれだけ酷い目に合わされていたかよくわかった。
……あれは尋常じゃない……。
完璧に狂った奴だった。
「説明してやるが……幼い内から拷問をすることで逆らえなくさせて心を支配した上で操りの術をかけるんだ。そうすると術者に逆らえなくなる。お父様に反抗できねぇのは俺達にずっと術がかかっているからさ。見えねぇ術がな……。お前は術にかかりかけたが大丈夫なようだ。ただ、単純に恐怖は植え付けられてしまっただろうが……」
逢夜はサヨに術がかかることを恐れていたようだ。サヨに術がかかればなんのためにサヨを連れてきたのかわからない。
「ねぇ……あいつにどうやったら勝てる?」
サヨは答えのない質問を逢夜に投げかけた。
「……」
逢夜はしばらく黙った後、
「お前、Kなんだよな。カエルのぬいぐるみを扱えるんだろ?」
小さな声でそう尋ねた。
「ごぼうちゃんのこと?扱えるっていうか……なんだ?なんだろ?」
サヨはきょとんとしているごぼうをただ見つめた。
「言いたくはないが……そのカエルに戦ってもらうんだ。サヨはカエルの司令塔だからな、うまく指示を飛ばせれば連携して強くなれるだろう……しかし……」
逢夜はもごもごと言葉を濁した。
サヨに戦えと言っているようなものだ。先程、深い恐怖を味わったサヨにはっきりとは言えなかった。
しかし、サヨは
「よし!強くなろう!がんばるんばー!!」
と気合い充分で拳を突き上げていた。
「おい!よく考えろよ!」
「で?どうしたらいいわけ?修行でもしてレベルあげんの?」
「聞けよ!」
「いいから教えてよ。あれにおにぃが捕まったと思うとゾッとするわ」
「だからってな、よく考えずに発言すんなよ!」
「じゃあ、何をどう考えればいいわけ!?」
サヨと逢夜が言い合いをしているとトケイが声をあげた。
「とにかく!!僕達の世界に戻るよ!!」
「あ、うん……」
「だな……」
トケイのいらだった声でサヨと逢夜は黙り込んだ。

八話

一方、アヤ達の方は慎重に動いていた。
「仲間がいるかどうかってどうやって調べるのよ?」
「……お父様とは関係ない所で噂を拾う。さりげなく……な」
アヤの質問に更夜は静かに答えた。
「私がいるから大丈夫だわよ!アヤ」
鈴は「専門だ!」とやる気に満ちていたがある意味不安材料でもあった。
「まあ、そこでだな……」
更夜はある一つの世界の前で止まった。
「ん?」
「ここは家族で楽しめるエンタメ施設の世界だ」
「……家族で楽しめるエンタメ施設??」
更夜の言葉に鈴とアヤは同時に声をあげた。
「どういうこと?」
「俺達は家族になり侵入する。アヤは母、俺は父、それで子供が……」
「私!?」
鈴が驚きの声をあげた。
「あなたしかいないでしょ……」
「魂年齢上げて大人になれるわよ!私!」
鈴はむきになって叫んだが更夜は頭を抱えた。
「大人になれたとしても性格が落ち着いていないだろう……」
「はあ……仕方ないわね。だったらメチャクチャ子供になってやるわよ」
鈴はすぐに開き直った。
「嫌な予感がするのだけど……」
「なんとかする。行くぞ」
ため息ばかりついているアヤを更夜は引っ張り、世界へ入り込んで行った。
世界に入り込むとまず目に入ったのは青い空と天守閣だった。
「……?」
アヤは状況が飲み込めず眉を寄せた。エンタメ施設……なのか?
「あの天守閣がエンタメ施設のようだ」
更夜はいつの間にかハイカラさんのような帽子を被っていた。
「そ、そうなの……?えーと……それ……変装……なわけ?」
アヤが尋ねた。
「ここは着物で楽しむ所だ。そのまますぎる故に帽子を持ってきた」
「私はね、赤い着物になってみたわよ」
となりにいた鈴は真っ黒の忍び装束から真っ赤な着物になっていた。良いところの娘気取りで金の刺繍がひかえめにされている。
「え……じゃあ私も着物にならないといけないじゃないの」
「日本の神は正装が着物でしょ?霊的着物に着替えなさいよ」
鈴に言われ、アヤは頷いた。
神々の正装は着物だ。どの神も正装の個性豊かな着物を最低一枚は持っている。データが着物に変わるため、軽くて動きやすいので正装を愛用している神も多い。
アヤは手を横に広げた。電子データの数字が飛び出しアヤの周りを回る。数字はやがてアヤの体に巻き付くと白い光となり消えた。
電子データがすべて消えた時、アヤは橙色の鮮やかな着物に変わっていた。
「きれいー!やっぱ現世の神は違うねー」
「そ、そうかしら?」
感動を口にした鈴にアヤははにかんで答えた。
「では向かうぞ」
更夜は一言そう言うとガラリと雰囲気を変えた。楽しそうに笑う家族のようになった。
アヤは戸惑ったが彼が演技を始めたことに気がついた。しかし、自分はどうしたらいいかわからない。
「そのままでよい」
「……わかったわ」
更夜の言葉にアヤはとりあえず素直に頷いておいた。
しばらく歩くと開放的な日本庭園が現れ、天守閣の周りがレジャー施設に変わった。ジェットコースターや観覧車がある。
これはどこかの生きている人間が想像した心の世界である。この人からすると夢の中なので変わった世界観を持った人のようだ。
「……変わってる……」
「普通は部外者の……しかも生きた魂は入れないが、この世界は常にエキストラを募集中だ。いつでも人が多くなくてはいけない。故に生きている魂も肉体のない面識のない者も普通に入れる」
「へぇ……」
更夜の説明にアヤは圧倒されながら頷いた。
「ちなみにここの世界の創設者は心の世界……つまりここでレジャー施設の経営者になりたくて良いように妄想してるっぽい。しかも、人気の施設に妄想中だから遊んでくれるエキストラの魂を募集中みたいよ」
鈴が小声でアヤに耳打ちした。
「……弐の世界はやっぱり不思議だわね……」
アヤは目を丸くしながら辺りを見回す。よく見ると確かに人が多い。子連れもかなりいる。着物がルールなので皆着物だ。
ちなみに魂年齢は変えられるので子供は本当に子供なのかわからない。
そもそも死んだら年齢なんかない。
「じゃあ……どこに……行く?」
アヤが緊張しながら更夜に尋ねた。
「いつも通りにしゃべりなさい。いつも通りでよい……。……ん?」
更夜がアヤに演技で微笑んだ刹那、眉毛をピクリと上げた。
「……更夜……?」
鈴が小声で様子が変わった更夜を見上げた。
「……望月がいた。鈴、目立つな……」
更夜の言葉に鈴は一瞬顔を引き締めたがさりげなく演技を始めた。
「……おとっちゃん、次はあれ、乗りたい」
「あれかー、怖いんじゃないかな?」
鈴は一回転するジェットコースターを指差し、更夜にねだった。更夜は微笑みながら頭をかく。
「……すごいわね……」
アヤは小さく感心した。演技をしているのに本当の親子のようだ。
「でも私は……」
「おかっちゃん、先にアイス食べたい。あそこの売店のじゃなきゃやだよ」
鈴がアヤのつぶやきに被せて声を発した。
「あ、アイス?あ、あれね……」
アヤは戸惑いながら売店のアイスクリームを見つけた。
売店はかなりの列ができている。
……鈴、本当にアイスが食べたいのかしら?かなり並んで……。
アヤはそこまで考えて気がついた。更夜が望月がいると言っていた。
……つまり、敵か味方かわからない同族が売店の近くにいるということ。
「すーちゃん!お腹壊すからダメ」
「なーんでよー!アイス食べたい!」
しかし、更夜は列に並ぼうとはせずに鈴を止めていた。鈴は疑問でいっぱいの顔をしていた。
今の裏会話はこうだ。
『情報源の親族が売店の近くにいる。なるべく近づいて会話を聞き出そう』
『やめろ。近寄るな。お前の発言で注目を浴びてしまった……。やつらはこちらを見て警戒してしまったぞ』
アヤには望月の忍者がどこにいるかわからないが更夜は気がついているようだ。つまり、向こうも気がついている可能性があった。
『本当は全然関係のない人から情報を聞き出したかったのだがいきなり望月家に出会ってしまったな。鈴、あれには近づくな』
更夜は口パクで鈴に目線を合わせて言った。遠目で見るとぐずる子供をあやしている父親に見える。
「わ、わかった。諦める。アイスはいいや」
鈴がつぶやいた刹那、ゾクゾクする気配だけがアヤ達を回った。
「……ちっ。早いな……」
更夜は舌打ちをしつつ、鈴とアヤの手を引き、売店から遠ざかろうとした。しかし、気味悪い気配は周りを包んでいた。
『囲まれた。三人だ……』
『もう逃げられない……』
更夜と鈴はアヤをかばい、辺りを睨み付けた。

九話

「か、囲まれてるの?見た目わからないのだけど……」
アヤは辺りを見回しながら不安げにつぶやいた。
「……向こう側の木だ。三角形になるよう囲んでいる」
「向こう側って……三百メートルくらい離れているじゃない……」
更夜の言葉にアヤは目を回した。
とても離れているのに気がついた更夜をアヤは不気味に思った。
「売店付近に違うのがひとりいる……。なんだか雰囲気はやわらかいが同族だと思われる。俺達はそっちに接触しようとした。おとりだったのか?」
「売店付近のやつの気配は消えちゃったし、姿もなくなったわね」
鈴が申し訳なさそうに更夜を見た。
「鈴……来るぞ……」
更夜の言葉に鈴は素早く構えた。
「来るってまだ離れているんだから走って逃げ……」
アヤがそこまで言った刹那、冷たい瞳と目が合った。
「え……」
アヤが言葉を失う中、更夜と鈴はそれぞれ刀や小刀で応戦していた。
「うそ……え?速すぎるっ……」
「アヤ……こいつら強いよ……。もっと近づいて!守れない!」
ぼうっとしているアヤに鈴が小刀で相手の攻撃を防ぎながら叫んだ。
敵だと思われる者は三人。
二人が男で一人が女。
全員着物を着ており、更夜とそっくりな髪質で銀髪。
違うところは三人とも更夜とは違い、目が大きく、瞳孔が開き、表情がない。
「俺の……異母兄弟だ……」
更夜は小さくつぶやいた。
三人は無言のまま、鈴とアヤに襲いかかってきた。
鎌や刀を的確に死傷できる所に飛ばしてくる。
「……っ」
更夜にはわかっていた。
アヤと鈴よりも強い彼らはアヤと鈴を狙い、更夜にふたりを守らせるつもりなのだ。
そうすると更夜は攻撃を受けるばかりで進展せず、いずれやられる。
男が針を放ってきた。鈴は飛んで避けた。
「飛ぶな!影縫いだぞ!鈴!」
更夜に言われた鈴は糸を近くの木に巻き付けて自身の影に針が刺さる前に動いた。
「あ、危なかった……」
鈴が肩で息をしながら周りを見ると大幅に動いたことでギャラリーが集まっていた。
この世界で遊んでいた者達は何かのパフォーマンスだと思っているようだ。
「人が……そうだ……。皆さん!これから素晴らしいショーの始まりでございます!」
更夜が突然に叫んだ。
「はあ!?」
アヤと鈴は同時に抜けた声をあげてしまった。
更夜の声により、ギャラリー達がぞろぞろと集まってきた。
「……」
敵の三人は一瞬だけ戸惑い手を止めたが、手が止まるのと更夜が動くのが同時だった。遅れて鈴も動く。
刀の柄でみぞおちを素早く更夜が叩き、鈴が慌てて影縫いをかけた。影に針が刺さった三人は何かに拘束されたみたいにピタリと動きを止めた。
それが滑稽な人形劇にでも見えたのかギャラリーが拍手をして喜んでいた。
「皆さん!素晴らしい拍手をどうもありがとう!これにて!」
更夜は演技者のように頭をわざとらしく深々と下げた。
それを見たギャラリー達は拍手をしながら散り散りに去っていった。
「……さて」
「……」
更夜は動けなくなった三人に目を向けた。三人は黙り込んでいる。
「望月の忍……だな。俺はお前達を見たことがない。俺の後に産まれた者だろう?異母兄弟」
「……」
更夜の言葉に誰も反応しなかった。表情すらもない。
「……心を壊されたか、演技か?」
更夜は異母兄弟と確信し、話を進めた。
「……」
三人は問いかけには反応しない。
「更夜……」
鈴が心配そうに更夜を見上げた。
「あなたの力で過去を見て名前を聞き出すのは?あなた、こちらの過去神でしょ?」
アヤは更夜に小さく耳打ちをした。
「……見たくはない」
「え?」
「過去を見たくない。お父様が……映るからな……」
更夜は表情に出してはいなかったが悲しげだった。
「更夜さん?」
「こいつらを見ていればわかる……。まるで人形だ。感情があったはずなのだがな……。お父様に骨を抜かれてしまったようだ。お父様はいまや悪霊、お前達も解放されるべきだ」
更夜の軽い発言に二人の男の内ひとりが更夜を睨み付けた。
「お父様をバカにしたのか……」
「なんだ?」
「お父様をバカにしたんだな。……お前の名を知ってるぞ。更夜だろ……。気がついていた。お父様に逆らうやつはお前だったのかよ」
男は刺々しく伸びた銀の髪を逆立てながら更夜を睨み付けていた。
「そうかもしれん。あなた達はお父様についているのか」
「……」
更夜の質問に再び皆黙り込んだ。
「……あなた達は捕まった。解放してやっても良いがお父様から酷い仕置きをされるのでは?敵が俺達親族でしかも負けたとあっては……。最近は何をされる?」
更夜は三人の表情の動きを見ながら尋ねた。
「お仕置きがなんだって言うの?悪いのがアタシらなんだからありがたく受けるのが普通でしょ」
三人の内の女が表情なく平然と凍夜の暴力を正当化した。
「……そうか……まだ縛られているやつがいるのか……」
更夜がつぶやいた刹那、影縫いが解ける音がした。
影縫いから解放された三人は音もなく世界から消えていった。
「……ちっ……鈴……影縫いが甘いぞ……。逃がしたな……」
「ひぃ!ご、ごめんなさいー……」
底冷えな更夜の声に鈴は怯えながらあやまった。
「……まったく……霧隠れなんだろう?……まあ、もう忍を引退していたお前に頼んだ俺も俺だったが……」
更夜は深くため息をついてうなだれた。
「……なんていうか……私、必要なかったわねー……」
更夜の近くでアヤが居心地悪そうに立っていた。
「いや、あなたは生きている魂、サヨの現代の時間を回すためにいる。弐の世界にはぼんやりした時間があるだけで個人個人の時間はないからな。皆霊故に」
「そう……。で?もう少し……探索するの?」
「そうだな。やつらがお父様の配下というのはわかったが他にも人数の全体像が遠目からわかりそうな世界や組織内部など有名になっている噂があれば……」
更夜はアヤの言葉に目を細めて頷いた。
「……しかし……俺達は完全に心を壊される前に死んだというのか……。あいつらは戦乱中に運悪く生き残った……。あれが俺達の成れの果てなのか……」
「更夜……ごめんね……。あの人達……拷問されるかな……。連れて帰れば助けられたかもしれないのに」
せつなげに空を見上げる更夜に鈴は申し訳なさそうにうつむいた。
「……もうよい……。霊である故に死ぬわけではないからな……。あそこまでいくと痛みも悲しみも苦しみもない。ありがたく暴行され、抵抗もしないだろう。血まみれになることは明らかだが」
「なんてこと……」
更夜の言葉にアヤは目を見開いた。ありがたく拷問される?……信じがたい話だ。
「信じられないだろうな……。俺達はそういう環境で自分と兄弟を必死で守っていたんだ。俺達は自分より年上には逆らえぬ。故に下が過失をした時は拷問好きな父に殺される前に暴力と支配で兄、姉が先に仕置きをするのだ……。連帯責任故に一番上は父に暴行されるのは仕方がないが下は自分達がやるため痛みは少なくて済むのだ。そうやって守るしかできない。まったく歪んでいるな。本当に。……あいつらは……兄弟を守ろうと自分だけ罪を被り率先して拷問をされにいく……という感じではなさそうだな。あれは思いやりがないように見える」
「……ひどい……。わけがわからないわ!あなたの父はサイコパスよ!」
「まあ、それはよい。それよりも散策だ」
「……良くないわよ……」
更夜は感情的になったアヤをなだめ、鈴を連れて歩きだした。

十話

瓦屋根の小さな家の一室。
ちゃぶ台ひとつにタンスしかない畳のお部屋でサヨの兄、望月俊也は暇をしていた。
「好意でついてきちゃったけど……ここどこなんだろ……」
俊也は「君の力が必要だ、助けてくれ」と言われ、慌てて弐の世界に入り込むほどにお人好しだ。
気がついたらここに隔離されていた。
「あー、楽しかった!」
刹那、のんきな声と共に望月明夜(もちづきめいや)が障子扉を開け、顔を出した。
銀髪でストレート、眉の上で髪を切り揃えている。柔和な笑みをする青年だ。
「えー……僕をここに連れてきた……」
「それはすべての望月の父、『お父様』だよ。俺は望月明夜だ。君の先祖だい」
明夜は戸惑う俊也にとっつきやすい笑顔で答えた。
「明夜さんかー……。ご機嫌だけど何が楽しかったの?」
「行ってみたかった侍のレジャー施設に少しだけ行けたんだ。すぐに仲間の忍からこっちに帰されちゃったんだけどね。俺が怪我したら大変なことになるからさ」
「そんな大げさだなあ。怪我って転ぶくらいでしょ?……それにしても侍のレジャー施設って……そんなのあったっけ?」
俊也はぼんやりと現世の有名レジャー施設を思い浮かべる。
ネズミのキャラクターがちょんまげをしているところを想像し、首を横に振った。
「こりゃ違うな……」
「しかし、君も俺もお人好しだよね。俺もさすらいの魂だったんだけどお父様が『お前が必要なんだ!』とか必死な顔で言うからついてきたんだよ。そしたらこれだ……」
明夜は隔離されている部屋でため息をついた。
「……でも、助けてほしいんなら助けなくちゃダメだよね?ご先祖様だからねー。何を助けてほしいんだろうね?」
「……さあ、俺にもわからんよー。また暇になったから将棋でもやるかい?」
「ルールわからないから教えてー!」
明夜と俊也は談笑しながら将棋盤に駒を並べた。
自分達が『金将』であることを知らずに。

※※

レジャー施設、『天守閣の世界』でアヤ達はまだまだ探索をしていた。
更夜は毎回言葉は変わるが同じような事を感づかれないように尋ねていく。
「……それにしても、ここの売店のアイスはおいしいですねぇ。味が色々ありました。売店で思い出しましたが、この辺で何か騒ぎがありませんでしたか?私は居酒屋をやっているのですが、酒を盗まれる事件があったんですよー。友達は机を盗まれたとかで……。いやー、皆、猿の仕業なんじゃないかとか噂していますが……困りましたよ……ほんと」
更夜は世間話程度にアトラクションの待ち時間に前後の人と会話をしていた。
鈴とアヤは目立たないように家族の演技をしている。
更夜と話をしていた少年の風貌をしている男は唸りながら口を開いた。ちなみに魂には年齢はない。
「そうですか。それはお気の毒……。死んでからも悪い人間はいるんですね……。食事はとらなくてもいいし、魂のエネルギーがなくなるまでのんびり過ごすだけでいいのに……。死んでからの方が長いのに、肉体がなくなったばかりの人間はいまだに醜い部分があったりしますから。これから魂のエネルギーが消化されるまで何百年もあるというのに。ああ……そういえば悪霊が出たとかで禍々しい世界がありましたね。噂でしたけど」
「ほぉ……娘と妻がいるので入らないように気を付けたいとこですな。噂ではどこらへんで?」
更夜が男の心を開き、男は噂話をするように小さな声で話してきた。
「このレジャー施設付近に存在する世界の一つで夜の世界だそうです。黒い人影のようなものがたくさんいて、しかも襲ってくるとか。その世界の付近も夜の世界で侵食されていると……。噂しか聞いてないんですけど」
「それは怖い。気を付けなければ……。このお化け屋敷も怖そうだ……。では……」
更夜は会釈すると目の前のお化け屋敷のアトラクションへ続く扉を開けた。
「おとっちゃん、怖いよー……」
「しょうがないわね……。じゃあ、おとっちゃんに捕まってなさい。あなたが行きたいって行ったんでしょ?」
アヤは鈴を更夜にくっつかせた。
「おとっちゃん……」
「大丈夫だ。おとっちゃんはお化け好きだぞ」
微笑ましい家族の会話に列に並んでいた人々は皆、優しく笑っていた。
一回一組のお化け屋敷なので中に入ると更夜達しかいない。
ちなみに更夜と鈴は暗くても目が見えるため怖さはない。
「なるほど……色々聞けたわね」
「夜の世界、ひとつはお父様の世界だ。まわりの黒い人影はよくわからん」
アヤと更夜は聞いたことを整理していた。
しかし、鈴は更夜にひっついて離れない。
「おい、鈴……屋敷を出てから子供に戻れ。今は普通で良い」
「ごーわーいぃー!お化けー!」
「……す、鈴?」
鈴は暗闇でも目が普通に見えているはずなのだが子供並みに怯えていた。
「もしかして……ほんとにお化け屋敷が苦手……」
「絶対離れないでよ!少しでも離れたらクナイ投げるからね!」
「お前が一番怖いぞ……」
鈴の取り乱しように更夜はため息をつきながら腕で鈴を優しく引き寄せて歩きだした。
「だってさー、びっくりするでしょ!突然出てくるんだしー」
「……まあ……突然出てくるのはお化けではなさそうだ……」
更夜が井戸のセットがある場所めがけてクナイを放った。
アヤにはよく見えなかったが人影が動いたようだ。
「また来たか……」
更夜が頭を抱えた時、先程の三人組が再び現れた。
「あ!あいつら……」
鈴が慌てて小刀を懐から取り出した。
暗闇の中、突然に鉄球が何個も上から音もなく落下してきた。
当たったらタダでは済まない。
「……!」
「避けるな!」
飛んで避けようとした鈴に更夜は叫んだ。
「ええ!?」
「小さくギリギリでかわせ!飛んだら術にかかるぞ!影縫い系の術だ」
「ちっ!」
鈴は弾をよく見定めてギリギリでかわし始めた。
「……できるかわからないけど!」
アヤは手をかざして時間停止を試みた。彼女は時神なので自分の周りだけ時間操作ができる。
現世では時を狂わせてはいけないのでできないがここは魂の世界弐だ。時間が曖昧なためおそらくできるだろう。
そう確信したアヤの足元に時計を模した魔方陣が現れ、鉄球の速度を止めた。
「おおー」
鈴が感嘆の声をあげていると今度は横からクナイが勢いよく飛んできた。
「くっ……」
鈴が小刀で弾こうとした刹那、またも更夜が口を開いた。
「弾くな!」
「え……ええー!?」
鈴は慌ててクナイを避け始めた。
「ちなみに飛ぶなよ。影縫いにかかるぞ」
「どっ、どうすれば……」
「……望月の忍はどこまでも退路を絶ってくる。当たるしかない」
「当たる!?んなバカな!」
更夜は鈴の前に素早く立つと風呂敷を前にかざした。
クナイが的確に風呂敷に刺さる。
更夜の首や心臓に当たるギリギリでクナイは風呂敷に挟まった。
「そ……そんなチキンレースできないよ!!」
「術を見極め瞬時に対策を取る。これができなければ異端望月に勝つことは不可能だ」
「次元が違う……」
「また来るわよ!」
アヤの言葉に鈴は固唾を飲んだ。
今度は火薬だった。爆弾だと思われる物を放ってきていた。
「これ、微塵隠れの応用だ!」
「とにかくなんだかわからないけど……」
アヤは急いで爆弾の時間を巻き戻した。
爆弾は気がつくと投げる前になっていた。投げた三人組も一瞬時間が止まっていたようだ。しかし、更夜と鈴は動いていた。二人は弐の世界にぼんやりと存在する時間を管理する神である。
時神は時間の干渉を受けない。
故に彼らの時間は巻き戻らないのですぐに動く事ができたのだ。
ちなみに彼らは時間が曖昧な弐の世界の時神なのでアヤのようにしっかりとした時間操作はできないようだ。
三人組は更夜と鈴が攻撃を仕掛ける前に足音も何もなく唐突に消えた。
「……逃げたか」
「え?逃げたの?」
更夜に鈴は驚いて声をあげた。
アヤの時間操作を見て勝ち目なしと判断したのか?
それとも何か知りたいことを知れたので撤退したか?
よくわからないが逃げたようだ。
「気配が消えている……。俺達も一度拠点に戻るか」
「……そ、そうね……。忍って不気味だわ……」
アヤが前触れもなく消えた三人組に身震いを覚えた。

十一話

更夜達時神が住む世界。
白い花畑が揺れている。
ここにポツンとある一軒家の中、サヨは布団の上でゴロゴロしていた。
怪我をしていたので「休め」と言われ障子扉の一室に押し込められたままだ。
「はーあ……もうだいじょーぶなんですけどぉ」
「サヨちゃん、サヨちゃんは大将なんだね!」
サヨのとなりにいたカエルのぬいぐるみ、ごぼうちゃんは目を輝かせてサヨに飛び付いた。
「大将って……そんな……おおげさな……。まあ、でもおにいを助けるためにガンガンいくっきゃないっしょ!いえー!!やっぱあたし、大将!いえー!!」
「おおー!!」
「うるせーよ!!」
サヨとごぼうちゃんが盛り上がってると障子扉の隣の部屋から狼夜が顔を出した。
あちらこちら傷だらけで包帯が巻かれている。
「あー!あんた、狼夜!怯え症の腰抜け!」
「うるせーんだよ!後半は余計なんだよ!!」
狼夜はサヨを睨み付け叫んだ。
「しかし、あんたも大変だねー。つらたんたんだったんだねー」
「お前に言われたくねーよ」
「わけわかめなんだけど!?心配してんのに!!」
狼夜とサヨは馬が合わないらしい。
「……クソ!お前が余計な事しなきゃあ、こんな怪我しなくてもすんだのによ!」
「助けに行ったじゃん!だいたいうちのごぼうちゃんが助けなきゃどうなってたと思ってんだ!」
「あ、あの……」
ヒートアップした二人の会話にごぼうちゃんがオドオドとあっちへフラフラ、こっちへフラフラしていた。
「おい、狼夜、安静にしていろと言ったはずだが……」
あまりにうるさかったため長女の千夜が呆れた顔で部屋に入ってきた。慌てふためくごぼうちゃんを抱っこする。
ごぼうちゃんは緊張で顔が強張っていた。
「お、お姉様!申し訳ございません……」
「あーあー、またこの堅苦しい会話をせねばならぬのか……」
畳にひれ伏している狼夜に千夜は頭を抱えた。
以前、更夜達兄弟にも堅苦しくするなと注意したばかりだ。
「狼夜、普通に話せ……。お前は父に縛られ過ぎている。もちろん、私達も彼を前にすると操り人形だがそれ以外ならば関係ない」
「は、はあ……」
「サヨを見ろ。子孫はこんなにも自由だ」
千夜はサヨの自由さが気に入っているようだった。
「マインドコントロールは怖いねー!ガクブルだわ」
サヨはわざとらしく体を震わせていた。
「……まあ……それは置いといてですね……。お姉様にお伝えしたいことがありまして……」
「なんだ?」
「その前に一つ。お姉様もお父様に逆らうおつもりでしたか?」
「つもりだ。あれは悪霊になっている。お前は探りが下手だな。『も』をつけたらお前が逆らっていることがバレバレだ。私が敵だったらどうする?」
「……申し訳ございません……。なにせ忍になったばかりで死去したので……」
狼夜は額を畳に擦り付ける勢いでひれ伏している。千夜を怖がっているのか。
「まあ、そうよな……。すまぬ。……で、話したい事とは?」
千夜があやまったことに狼夜は驚いていたが気を取り直して口を開いた。
「実はお父様の負の感情、厄が四方八方に人影のように出現していまして健全なる者の世界を犯しております」
「ほう」
「その中で望月の忍や黒い影が多く入り込んでいる世界がありまして……」
「……ふむ」
「それが『K』と呼ばれる、神でも人間でも霊でもないデータを持つ弐の世界の監視者達が賞品をかけて競技をしている世界でして……」
「……Kか……」
千夜はサヨを横目で見た。
「あたし、わからんちんー!」
サヨが微笑みながらこちらを見ていたので千夜は視線を戻した。
「……で……先は?」
「名声を高めようとわたくしの姉がそれにエントリーしております……。つまり姉はお父様についているようで……。望月家は隠れるのをやめ、Kに勝ち、名声をあげて弐を支配しようとしています。とはいえ、それを指揮しているのはお父様で皆は呪縛により離れられなくなっている模様です」
「……お前の話だと……お前の姉は『K』ということか?」
「はい。そうらしいです。はじめは現世の人間に長寿の神として魂を祭られたみたいですが、村を守る神様から戦を望まない神様に変わり、そこから争いを好まないKになった模様です。あ、姉は唯一の抜け忍でして現世では百十六年生きておりました。ある村にたどり着き、そこで百年近く村の守り神のような扱いだったため、死んでからも神様として村を守ってくれる……ということに現世の人間はしたようです。現在は村がないため姉は『K』として弐におります。有名な神であったわけではなく、無名の土地神に近かったのだろうと今は思います」
「なるほど……望月は色々と伝説があるな……。我が兄弟もそれぞれ、時神やら縁結びの神やらKやらで……」
「そうなのですか……」
「ちなみに……私と末の妹は『Kの使い』だ。訳あってな」
千夜が渋い顔になった。
「どうしました?」
狼夜はうかがうように千夜を見上げた。
「お前の姉が『K』ならば契約を結んでいない私達『Kの使い』の元へ契約を結びにやってくるかもしれぬ。サヨも『K』でサヨにはカエルのぬいぐるみが使いとして契約を結んでいる……そうか!」
千夜は閃いた顔で手を叩いた。
「な、なんでしょうか?」
狼夜が戸惑う中、千夜はサヨに笑みを向けた。
「なっ……なに?」
「サヨ、私と憐夜をお前の配下にしろ。今すぐにだ」
「は、はい?むりむりむり!だいたいどーやればいーかわかんないし!」
サヨは後退りをしながらごぼうちゃんをさりげなく千夜から回収した。
「……サヨ、名前を言って契約を結びますと言えばいいんだよ。相手も承諾してるし」
ごぼうちゃんはサヨに抱っこされながら何度も頷いていた。
「ええー……」
「大事なことだ。狼夜の姉が関わる前に早く契約してくれ。ちなみに憐夜もな。憐夜は脅されれば誰の使いにもなってしまいそうだ……」
「わ、わかったよ……。えーと……じゃあ、望月千夜と契約します」
サヨが動揺しながら口にした言葉は目に見える電子数字となり千夜を覆って弾けてから消えた。
「よし、これでお前の使いになったぞ。後は憐夜だが……ん?」
千夜の顔が曇った。
「なに?憐夜ちゃん呼んできてよ。まちぽよー」
「……憐夜の……気配がない……」
「えっ?」
目を見開いたサヨに千夜の顔色が青くなった。
「お姉様! 」
突然に逢夜が音もなく部屋に入ってきた。
「逢夜!憐夜を見ていなかったのか!」
千夜の慌てた声が響く。
「申し訳ございませぬ!目の前で遊んでいた憐夜が偽物でした……。高度な術を使う者で気がつきませんでした」
逢夜は額に汗をかきながら悔しそうに目を閉じた。
「猫夜(びょうや)お姉様だ……」
狼夜の小さな一言で千夜と逢夜は狼夜を睨み付けた。
「誰だ……そいつは……」
「先程お話ししたわたくしの姉です。人に成りすます術を主におこない、唯一誰にも気がつかれず抜け忍になりました……」
狼夜はあまりの圧に怯えながら答えた。
「なるほど……やはり憐夜を狙ったか……。憐夜をさらえば私達が来るし、憐夜を脅し自分の使いにできれば私達も始末できて一石二鳥か……。しかし……その『K』の世界に我々を誘導しているようにも見えるな」
「ところで……逢夜お兄様の罰は……」
千夜が緊迫な空気を出していると狼夜が千夜に当たり前のように尋ねた。
「……狼夜、そういう時代は終わったのだよ」
千夜はきょとんとしている狼夜にそう言った。
「でー……憐夜がどこいっちゃったかは謎?いろんなこと、おこるなーもう……」
サヨが呆れた顔で首を傾げた。
「優先は『K』の世界か。先程の話によれば名声のために『K』の競技に参加するとか」
「相手はお父様も俺も気がつかなかった、変装、変声、変相、変体の術を同時に使うやり手だ。誰に成り済ましているかわからないぞ……」
逢夜は本当に悔しそうにつぶやいた。
「とにかく、冷静に計画を立てるぞ。サヨの使い、ごぼうはまだまだ魂を受け取ったばかりで動きが鈍い。反対に私は魂年齢は五百歳を越える。いい機会だから『K』の世界でこぼうを使って競技に参加しろ。私はまずそうな時だけ使え」
千夜の言葉にサヨは目を見開いた。
「ちょっ……私がその世界に乗り込むの!?」
「お前は我々の大将であり、『K』だ。お前は守るから安心しろ」
千夜は真面目に頷いた。
「マジかー……」
「俺はお前が競技に参加できるよう裏で動く」
逢夜はすぐに消えていった。
「ちょっ……」
「たく……逢夜のやつ、動揺しおって……だからあいつは心が一番弱いのだよ……。落ち着いて行動できるか不安だな……。もうひと組が帰ってきたら更夜をつけるか……」
「あ、あの……わたくしは……」
狼夜は冷や汗をかきながら千夜の言葉を待った。
「ああ……お前は休んでいろ。傷が癒えてから手伝ってもらう。別の事も頼みたいしな。アヤが帰ってきたら曖昧な弐の世界に正確な時間ができる。鈴達弐の時神が帰ればこの世界は曖昧になるがアヤがいるため傷の癒えがある程度コントロールできるだろう。鈴達だけだとこの世界だけ勝手に何百年とか進んだり一日の感覚が十年になったりとバラバラだ。ギャンブルになる故、時間はあまり気持ち的に経ってはほしくない。アヤが帰ってきたらここにいてもらおう。サヨはこちらへ」
千夜は目を細めると動揺することなくサヨを導いた。

※※

レジャー施設の世界を後にしたアヤ達は再びクマのぬいぐるみのメメちゃんに会った。
「ああ、Kの使いか。再びアヤを運んでくれ」
更夜の言葉にメメちゃんは頷いた。
「あのー、そういえば……なんだけど」
少しだけ進んでからメメちゃんは迷ったように口を開いた。
「どうしたの?」
鈴が我先に尋ねた。
「あ……実は……現在、現世で生活しているKの夢の世界でK同士の運動会みたいなのが行われるんだけど不穏な影が入り込んでいるんだ。皆は何も知らない。Kの使い達はセカイさんっていう弐の世界を守る総括みたいなKの使いのドールさんから聞いてるんだ。知らないかな?魔女帽子被っていてマントと赤いドレスの……」
「……知らないわね……」
アヤは即答したが更夜と鈴は眉を寄せていた。
「更夜さんと鈴は知ってるの?」
「……これは思ったよりも大事だな……。セカイは名の通り弐の世界を半分操れるような人形だ。どこぞの少女神が作った人形らしいのだが……ああ、その少女神がKなためセカイはKの使いなんだ」
「……神が作った人形なわけ!?誰かしら……女の子の神……知り合いかしら?」
「さあな……。まあ、誰かは知らぬが日本の弐に住むドールなので日本の神だろうがな。つまり高天原にいる誰かか、神話とは関係ない土着神か。とにかく、セカイが動いている時はろくなことがない」
「で、セカイはその競技に参加するわけ?それとも中止?」
鈴がメメちゃんに小声で尋ねた。
「いや、様子みるとか。ちなみに僕もあやちゃんと出るよ!ゲームみたいだから楽しいんだ!」
「呑気な返答だわね……」
アヤは楽観的な感じに頭を抱えた。
「まあ、Kは争いを好まない楽観的なタイプが多いからね。平和を願うシステムだからさ」
「そうなのね……」
「もうすぐ着くな……」
アヤがメメちゃんに相づちを打った刹那、更夜が拠点到着を伝えた。
本当にわからない世界だ。ネガフィルムのような帯は毎回形を変えるため、行き道とは全く違う。霊にしかわからないのだろう。霊は他の世界へ遊びに行っていても自分達が住んでいる世界に帰ることができる。
「ほんと不思議だわ」
「……待て……」
進もうとしたメメちゃんとアヤを更夜は止めた。
「な、何?」
アヤ達は更夜が見ている先を同じように目で追った。
「え?」
そこには信じられない光景があった。
鈴が憐夜を連れて高速で動いていた。
「はあ?私がいるわ??」
鈴は飛んでる自分を見て動揺して叫んだ。
「……お前、本物だよな……」
「そうだよ。てか憐夜は本物?」
「わからん……なんだあれは……」
三人が疑って慎重になっている数秒でトケイが勢いよく通りすぎた。ウィングを回して必死に鈴と憐夜を追いかける。
「憐夜が拐われたか……なぜ……」
更夜達が動こうとした刹那、突然ワープしたみたいに鈴も憐夜もトケイもいなくなった。
まるで幻だ。
三人の戸惑いはさらに大きくなる。
「なんだ?消えたぞ……」
「あれは……ムーン、シャイン、リンネィだ!!」
メメちゃんが戸惑いの中、突然叫んだ。
「?」
「Kの使いのドール達だよ!特殊能力で瞬間移動ができるんだ。あのウィングのお兄さんは瞬間移動に巻き込まれて消えたみたいだね」
状況が飲み込めない三人にメメちゃんは一生懸命に語った。
「なんだ……つまり、あれが憐夜だったとすると……偽物の鈴がKで憐夜を拐い、慌てたトケイが追いかけたという構図になるのか?」
「わからないけど、とりあえず……落ち着いて拠点に戻りましょう。千夜さん達が何か知ってるかも」
アヤの言葉に一同は頷いた。

十二話

アヤ達が元の拠点に戻るとなんだか慌ただしかった。
サヨがなんだか怪我をしており、見知らぬ男が千夜に新しい包帯を巻かれている最中だった。
「な、何があったのかしら……」
「……憐夜が拐われた事とは無関係のようだね」
不安げなアヤに鈴が冷静に答えた。
「お姉様、戻りました」
更夜が戸惑いながら千夜に話しかけた。
「ああ、おかえり。こちらは少ししくじった。憐夜が連れ去られてしまった。やや感情的になった逢夜が追いかけて出ていってしまい、トケイまでも見つからない。サヨはお父様に接触してしまい、軽い怪我、それをかばった異母兄弟の狼夜は重い怪我だ」
千夜は状況を淡々と説明し、全く焦りを見せなかった。
「……困りましたね」
更夜も調子を合わせる。
しかし、サヨが父に接触したことは動揺した。逢夜が同行していたはずだが……。
……やはり難しかったですか……。
……お兄様。
更夜は心で逢夜を労った。
「一番困ったのはお父様の配下で『K』である狼夜の姉、望月猫夜だ。そいつが憐夜を拐ったのだが一緒にいた逢夜が気がつかなかったらしい。変化を得意とする唯一の抜け忍だそうだ」
「……そうですか……」
「なーんか……他人事だなあ……」
鈴が納得いかない顔で首を傾げた。
「鈴、最後まで聞け。私はお前達にもわかりやすく説明している」
「……うん」
千夜に鈴は小さく頷いた。
「その猫夜は『K』の世界で行われる競技大会に出場するようだ。望月家は隠れるのを止め、世界を支配する方向にいっている」
「……さっき、メメちゃんとかいうクマのぬいぐるみが言ってたわね」
鈴の言葉に千夜は頷くと先を続けた。
「驚くかもしれないが、大将であるサヨは『K』だ。そこで私、『Kの使い』はサヨの下に付き、その大会に出る事にした」
「えー!?」
鈴もアヤもあっさりと流された言葉に目を見開いた。
「まあまあ聞け。……で、私達が動くにあたって少しばかりか不安があってだな……」
「……ふ、不安……」
「ああ、弐の世界がおそらく大きく乱れるかもしれぬ。そうすると、弐を表面から監視している月神らから何を言われるかわからぬ。もうすでに生きた魂が二つも入ったのだ。月神、そして他のKが邪魔をしてくることも頭に入れなければならない。これは私達が解決するべき問題。私達が向き合わなければならない問題だ。月神や他のKが父に接触するのは困る。私達に残る唯一の鎖が父だ。私達一族はその鎖をなくしたい。だから他の者に介入されたくない」
「そんなこと言ったって……千夜達は父親を前にするとなにもできなくなるんでしょ?だったら月神やKを頼った方が……」
鈴は恐る恐る千夜に尋ねた。
「……これは私達が鎖を外す良い機会なのだ……。いけないことだとはわかっている。生きた魂を入れてしまったことも罪悪感を覚えている」
千夜一同の決意は固いようだ。更夜は無言で頷き、狼夜はうつむいている。
「だからアヤは狼夜の怪我が治ったら狼夜を連れて月神を説得してきてほしいのだ。これはアヤにしか頼めん。狼夜は霊だが高天原や月神が住む霊的月などならば侵入できるようだ。元々、高天原西に住む西の剣王軍に腕を買われ、刀まで授けられた仲だそうだ。一緒に連れてってくれ」
「……私が月神を説得?自信ないけれど……それよりも……私はあなた達からすると部外者だけれど……いいのかしら?」
アヤは眉を寄せて千夜に尋ねた。
「アヤは我々を理解し、手伝ってくれる故に信頼している。父を私達自身で止めたい。……理解してくれるか?」
千夜の問いかけにアヤは頷いた。
気持ちはわからなくもない。
「わかったわ。良い方向に行くように努力してみるから」
「ありがとう」
アヤの返答に千夜はにこやかな笑みを向けた。
そこへ更夜が話に入ってきた。
「……そういえば先程、話の途中で割り込めず言わなかったのですが、その猫夜と思われる者が鈴に扮して憐夜を連れ去る部分を見ました。見分けがつきませんでした。……それに気がついたかでトケイが高速で追いかけていきましたが『Kの使い』が空間転移を使い、消えてしまいました。それから私達は父の配下にいると思われる異母兄弟とも接触しました。父にはまだまだ仲間がいるようです」
「だろうな……」
千夜は小さくため息をついた。
「あ、あのー……」
話が一段落したタイミングで狼夜が恐る恐る言葉を口にした。
「ん?どうした?」
「剣王から借りた私の刀がおりませぬ……」
狼夜の言葉に今度はサヨが即答した。
「あー、凍夜に持ってかれちったよ!」
「なんだって!!あれは大切な相棒だ!なんとか取り返さないと!」
狼夜はサヨに掴みかかった。
「ちょ、ちょいまち!!しょうがないじゃん!持ってかれちゃったんだから!」
「まあまあ落ち着け……。お父様に触れずに刀を奪い返す術を考えてみよう……。とりあえず今は落ち着いて傷を癒せ。そしてアヤと共に月神の元へ行ってくれ」
「あ、あの……は、はい……」
狼夜は何かを言おうとして口をつぐんだ。
千夜と狼夜の会話を聞きつつ、アヤはいけないことに足を踏み入れてしまったと感じた。
彼らは凍夜を攻撃するであろう月神達と戦う気でいる。
月神達はツクヨミ神の神力を持っているから狼夜と自分がどうこうできる問題ではない。
本当に望月家だけで凍夜を抑えられると思っているのか。
彼らがどれだけ強くても凍夜の前では赤子だ。
もしそれに月神が気がついていたら月神達はアヤ達をさっさと倒して「K」達と協力し、あっという間に凍夜を抹消するに決まっている。
「お前の考えていることはわかるぞ。アヤ」
ふと更夜がアヤにささやいた。
アヤはビクッと体を震わせた。
「……驚かせるつもりはなかった。すまない」
「あ……ええ……大丈夫」
あやまってきた更夜にアヤはかろうじて返事をした。
「月神や『K』に悟られぬよう父に接触するのは避けているのだ。俺達は周りから崩していく。今のところ『K』は俺達に任せている状態だ」
「そ、そうなの……。でもそれは悟られていないからでしょう?」
「そうだ。……『K』である猫夜とかいう女もお父様に従っていると言うことを他の『K』に悟られずに動いている可能性もある。もしかするとかなり深刻な状況なのかもしれぬ……」
「深刻でしょうね。月神にとっては。早く他の『K』に情報を提供してあなた達抜きで凍夜を倒そうとするはずよね。ただ、月神は弐の外側から異変を見つけるのが仕事だから弐の世界には入れない。頼るところはやっぱり『K』だけど弐に入れないから不特定多数の『K』にコンタクトが取れない」
アヤは言葉を選びながら更夜に答えた。
「聡明なおなごだな。そういうことだ」
更夜は頷き、千夜が先を続けた。
「万が一、『K』と接触されると迷惑なのでアヤに説得に行ってほしいのだ。本来霊は弐から出られない。壱……現世で縁結びの神になっている逢夜は現世に行けるので逢夜と行ってほしかったのだが逢夜は憐夜を追って出ていってしまった。そこで現在、タケミカヅチ……高天原西の権力者、西の剣王に引き抜かれた霊の狼夜に同行を頼んだ。彼は高天原や霊的な場所なら壱の世界でも存在できるらしい」
「そもそも……なんで狼夜さんは弐から出られるようになったのかしら?私は何度か会ったけれど西の剣王は怖いのよ。何を考えてるかわからないから……。ハッキリした理由がないと不安よね」
アヤは狼夜に目を向けた。
狼夜は首を傾げて眉を寄せた。
「……剣王は凍夜様を知っているぜ……。ちー坊は凍夜様を抑えるために剣王が派遣した刀神なんだ。俺はたまたまその刀神を扱える霊だったから剣王から刀神を渡されて『凍夜を倒してくれ』と頼まれた」
狼夜はそこで言葉を切り、今度は千夜達に目を向けた。
「あ、あの……ごめんなさい。本当は……あの……先程はああ言ったんですけど……残念ですが……私はちー坊……刀神がいないと高天原や霊的空間には行けません。刀神は逆に私がいないと弐を渡れません。現在はサヨの発言より凍夜様が刀を所持してしまっています」
「そうだったのか。だから先程、何かを言いたそうだったのか。素直に言って良いのだぞ。できぬものはできぬのだから」
千夜は怯える狼夜に優しく言った。
狼夜は本当の事が言えて安堵したようだ。
「では、やはり逢夜お兄様を呼ぶしかありませんね……」
更夜は冷静に千夜にそう言った。
「そうだな」
千夜も焦ることなく答えた。
「待って!じゃあさ、さっきの話だとあの凍夜野郎が高天原とか霊的空間とかいうのに行けちゃうんじゃね?刀神を持ってるし」
サヨの言葉に一同は目を見開いた。
「そうだな……。かなりまずいな……」
「サヨ、さっさと『K』の世界に行き、競技に参加しよう。それで逢夜を呼び止めて元気になった狼夜と持ち場を交換、逢夜は速やかにこちらに戻り、アヤと共に月神の元へ行く。それがいい」
千夜はすぐに計画を変え、更夜は簡潔にこれからすべきことの説明をはじめた。
「では確認しましょう。アヤと狼夜は逢夜お兄様がこちらに来るまで待機。逢夜お兄様が来たら狼夜は逢夜お兄様がしていた仕事を行う。アヤは逢夜お兄様と月神に接触する。千夜お姉様はサヨと競技に参加。俺や鈴は周りの脅威を払う仕事につき、サヨ達を見守る」
「オッケー!やるなら頂点目指しがんばるんば!おー!!」
更夜の説明にサヨは元気に返事をした。
「あなたはほんと、頼りになるのかならないのかわからないわね」
アヤの言葉に一同は軽く頷いたが特に何も言わなかった。

十三話

「お姉様、『K』の世界に行く前に……ひとつ。お父様はこちらを攻撃してくる黒い人影のようなものを出現させているようです。どうかお気をつけて」
更夜は準備中の千夜に先程聞いた話を伝えた。
「人影か……得たいが知れないな……」
「何度も何度も現れてこちらを攻撃してきます……。接触しました」
狼夜が間に自分の体験を話した。
「あなたは直に出会ったのか……」
「ええ……」
更夜に狼夜は小さく答えた。
「まあまあ、とにかくぅー、先に進みたいんですけどぉー。夢の世界ならなんでもできるっしょ!!」
なんだかわかっていないサヨがてきとうに急かした。
「あなた……弐の世界もよくわかっていないのに順応が早いわね……」
「そお?夢なんでしょ?ここ。違うの?」
アヤの言葉にサヨは疑問たっぷりで尋ねた。
「少し違うのだが……ま、まあ……とにかく動こうか」
千夜は難しい話が苦手なサヨに深く説明はせずに皆を促した。
「じゃあ、私と狼夜さんはここに残るわね……」
「……あれれ?アヤ?もしかして今初めて会ったこの男、怖いのー??」
「ち、違うわよ……」
アヤはなんだかそわそわしており、サヨが尋ねても返答がハッキリしなかった。
「……おい、そこの女!こんな怪我でお前なんて襲わねぇから!女がひとりだし怖ぇのはわかるがな」
狼夜は気持ちをくみ取りアヤに言うがアヤの心配はそこではなかった。
「違うわ。ここが凍夜って男に狙われたらどうすればいいのかしら……。私は逃げ切れないし戦える自信もない。狼夜さんは怪我をしているでしょう?狼夜さんの怪我が癒える前に襲われたら……逢夜さんが戻る前に襲われたら……」
「ここは大丈夫だ」
更夜がアヤの不安を取るようにしっかりと頷いた。
「ど、どうして……言い切れるの?」
「俺達は現世にいる時神、未来を守る未来神の心の世界に住んでいる。アヤは未来神と知り合いだろう?……時神未来神はお父様を知らない。知らなければ未来神の夢に出ることはない。つまり出現しない。現世にいるものは皆、眠っている時に弐の世界内の魂の分身である自分の世界に来る。壱にいた魂の半分が自分の世界に帰る事で体の状態をもとに戻し、起きた時に現世にある肉体に回復した魂が帰る仕組みだ。その時に夢だったと感じるのは心の世界にいた名残。肉体が滅ぶと魂は夢で行っていた自分の世界に帰る。個々の世界は個々が作るのでそこに全く知らない肉体の滅んだ魂が入る事はない。夢として全く知らないものが頭に残ってしまうからだ。まあ、しかし……『K』は他人の心の世界になんの影響も与えずに入れるデータがある。夢として自分を残さずにいられるためシステムが発動せず、どこの世界でもいけるのだ。お父様はKではない故に未来神と接点がないのでこの世界は見つからないし入れない。ただ、俺達が生前無意識に使っていた本来こちらにある『自分の世界』に帰ったらお父様は入ってこれるだろう」
「つまり、今は未来神の世界に居候しているというわけね……」
「そうだ。だが、霊が居候の世界であっても自分で店を開いたり、世界を持つ主が自分の世界を商売系列の世界にしていた場合、エキストラのように沢山の魂が入り込む事がある。これは商売繁盛しているという結果だけが必要なため、霊達は想像物となり、誰が入り込んでも問題はない。記憶に残らない故」
「……あのレジャー施設の世界はそういうことだったのね。そういえば……あなた達、居酒屋やっていたわね?」
アヤの不安げな顔を見つつ、更夜は一言言った。
「今は休業中だ」
「なるほど……休業中なら入ってこれないわね……。……『現世にいる魂、肉体のある魂』の世界で故人単体が夢として出る時は知り合いしか世界に入れないわけね」
「ああ。……では行くか」
更夜はアヤの気持ちが晴れたところで立ち上がった。
「アヤ、夢を満喫してくんねー!!レッツゴー!!アゲアゲー」
サヨは千夜の背中をバシバシ叩きながらアヤに満面の笑みを向けた。
「……お前!おねーさまに何してやがる!!」
「狼夜、サヨの愛情表現だからいちいち反応するな。いつまで経ってもいけん……」
狼夜がサヨに怒鳴ったので千夜がため息混じりに止めた。
「まあ、いいから行こうよ……。憐夜が心配だわ」
鈴が呆れながら出ていったので話をここで切り、更夜も千夜も後に続いた。

十四話

サヨは「トケイ」の背に乗りネガフィルムが巻き付く世界を飛んでいた。千夜達はさっさと先に行ってしまい、サヨは慌てて追いかけている最中だ。
「さてさて……あたしはごぼうちゃんをうまく扱えるのかなあー。てか、扱うってなんだ?そっからチンプンなんですけどー」
「サヨ、よくわかんないけど頑張って!」
ぼやくサヨにトケイが応援になっていない応援をした。
「まあ、なんかゲームみたいな感覚っしょ?」
「そうかどうかはわかんないけど……『K』は争いが嫌いだから、たぶん……ゲーム感覚でもいいのかもね?あ、サヨ!着いたよ!」
足についたウィングを回転させながらトケイがネガフィルムの内の一つを指差した。
「ここなのかー。てか、なんであんたら霊は『世界』がわかるわけ?あたしなんて全くわかんないんだけどー」
「霊とか弐の世界に精通してる神は弐の世界のデータを持っているから無意識にわかるみたいだよ。僕もなんでわかるかはわからないんだ……」
トケイの言葉を聞いたサヨは「ふーん」とてきとうな相づちを打つと手を振って『Kの世界』へ落ちていった。
「じゃ、また後で!」
「君にはあまり恐怖心がないんだね……」
にこやかな笑みを浮かべ落ちていったサヨにトケイは静かに呟いた。
「しかし……」
トケイはさらに口を開いた。
……ずっと不思議だったんだけど……。
……あの子の未来が「赤ちゃん」なのはどういうことなんだろう?
トケイは首を傾げると『銀髪の少女』に変わった……。

※※

……クソ……。
望月猫夜……。どこいった……。
逢夜は溢れ出す怒りを抑え込み、憐夜を拐った敵を探している。
逢夜の感情とは真逆で『Kの世界』は華やかで希望に満ちていた。お祭り会場のような雰囲気の中、抜けるような青空に広大な野原が広がり、色とりどりの花が沢山咲き誇っていた。
競技に出るのは皆『Kの少女達』。その他にKではないが平和を願う者達も多数招待されているようだ。
楽しそうな声で溢れている。
その他、『Kの使い』もかなりこの世界にいた。
逢夜は訳あって『Kの使い』のデータがあるためこの世界に侵入できた。
だが、望月猫夜の気配は全くない。
……あんまり派手な行動はとれねぇな……。
……いるとすれば……どこだ?
逢夜は軽く辺りを見回した。
競技に出るK達が楽しそうに話している広場……、野原に椅子を置いただけの観客席……。
……わからねぇ……。
逢夜が忙しなく目を動かしているとふわりと風が吹いてきた。
「……っ!」
「……ここで何かすると『K』がパニックになり世界が消えるわよ……」
女の声が流れる。
「望月猫夜だな……。憐夜はどこだ……」
逢夜は押し殺した声で問うが猫夜はホロホロと笑った。
「君は女を黙らせる唯一の方法『暴力』ができない。この世界は皆が幸せで満ちているから」
声だけが静かに聞こえる。姿を視界に入れることはなぜかできない。
「……俺は女に暴力なんて無理なんだよ。わかってんだろ……。からかいやがって……」
「それで私に交渉しにきたのかしら。そんな『浅い考え』で……。考えなしでくる男は皆、最後は『暴力』になるのよ。君はその行き場のない焦りや不安、怒りをどのように私にぶつけるつもりなのかしら?交渉ができなければ君はどうするの?力の弱い私を力で押さえつけて私をぼろ雑巾にでもする?」
「……お前、男が怖いのか」
逢夜の問いに猫夜はクスクスと笑った。
「当たり前じゃないの。だからお父様に従ってるのよ。憐夜はね、お父様にあげたわ。君達を呼び出したいんですって」
「……」
猫夜の言葉に逢夜は粟粒の汗と共に身体中が震えだした。
ガチガチと歯が鳴る。
「お父様は君達が反抗的なのを知っているわよ。きっと卑怯な手をいくらでも使って君達を城に呼び出す……」
「憐夜が……お前と同じ恐怖を味わわなければならなくなることが……想像できなかったのか……」
逢夜は楽観的な周りの風景をよそに唇を噛み締めた。
「……じゃあ……助けに来なさいよ……。私だってね、死んでからまた拘束されるなんて思わなかったわよ」
ふわりと風が通りすぎる。
逢夜の目に一瞬銀髪の少女が映った。顔はわからない。銀色の髪しか見えなかった。
……期待を込めて邪魔をするわ……。
最後に小さく遠く声が聞こえた。
逢夜は銀髪の少女を探すが周りには全く違う少女達が複数人笑いあっているだけだった。

※※

「ほー、ここがKの世界かあ」
サヨはカエルのぬいぐるみ、ごぼうちゃんと共に賑やかでお祭り雰囲気の広場を歩いていた。
「……待て、サヨ」
「わきゃ!?」
突然声をかけられてサヨは飛び上がって驚いた。
「私だ。近くに逢夜がいる」
サヨの前に現れたのは千夜だった。
「なーんだ、千夜かー……。ビックリぽんだったー。で?」
サヨは千夜を視界に入れると胸を撫で下ろした。
「近くに逢夜が……もう来たようだな」
「お姉様……勝手に動きました。お許しください……」
いつの間にか千夜の前で逢夜は頭を下げていた。いつ来たのかサヨにはまるで見えなかった。
「よい。お前に頼みがあるのだ。疑問がいっぱいな顔をしている故、説明からしよう」
「……はい」
千夜に逢夜は素直に頷いた。
千夜は丁寧に簡潔にいままでの会議の内容を逢夜に伝えた。
周りに聞かれることを想定して下向きに口パクで会話する。
「なるほど……」
やがて逢夜が軽く頷いた。サヨは会話が終了した事がやっとわかった。
「では、私は戻ります。狼夜は更夜達の護衛と連絡係にします。更夜達はもしかすると望月猫夜に出会うかもしれません。深追いはせぬようお伝えください」
逢夜は最後に小さく千夜の耳元でささやいた。
「深追いをするのはお前だ。全く危なっかしくて見ていられん」
千夜の言葉に逢夜はもう一度頭を下げると消えていった。
「何話してたのか全くわからんちんだけど終わったんね?」
サヨに尋ねられ千夜は頷いた。
「……では参加申し込みをしよう」
「てか競技って何するの?」
「わからぬ」
「どひゃー!」
千夜の淡々とした答えにサヨはわざとらしく叫んでみせた。
「とりあえず、行くぞ……」
「おけまるー!」
千夜とサヨは談笑するKやKの使い達を横目で見ながら参加申し込みの列に並んだ。

『K』の競技とは『Kの使い』と共に絆を深め合うという目的と目標に向かい切磋琢磨するという目的で手持ちの『Kの使い』を戦わせるという、『怪我をしない』ゲームの競技だという。
一回戦で『K』と共に『Kの使い』がマラソンをし、上位二十名が二回戦に進めるようだ。
二回戦から一対一の試合になるらしい。
「色々と説明を受けたが……うむ。とにかく無事にエントリーできたな」
千夜が受付の女に軽く会釈をしてエントリー用紙の控えをサヨに渡した。
「うわー……こわたん……。神もいるとか言ってなかった?あの受付嬢……」
「『K』のデータがあれば神だろうがなんだろうが『K』だからな。いるだろう。それよりもごぼうの調子だ。うまく意識を繋げておかないと一回戦でさよならだぞ」
「んなこと言ったってぬいぐるみが動いたことにもついていけないのにどうしろと?」
サヨは地面に生えてる草を触り始めたカエルのぬいぐるみを一瞥し、困惑した顔を千夜に向けた。
「まあ、競技に出てみないと繋がるのはわからんか……私は人間故にぬいぐるみよりも完成はされているがね」
千夜がサヨを促して歩こうとした瞬間、男女の声が聞こえた。こちらに話しかけているようだ。千夜とサヨは振り返った。
「ん?」
「あなた達も来てたんだ!」
「ど、どうも」
嬉しそうな顔の女の子と緊張気味な顔をしている若い男が手を振りながらこちらに来ていた。
「……?誰??」
サヨは眉を寄せて首を傾げた。
「……あやと健だ。『K』の中の一だ」
千夜の説明にサヨは「へー」と一言発してから
「そういえばアヤって友達がいるよ!おんなじだね!なんかアヤ率高くない?ちょーウケる!」
なぜか喜ぶサヨに千夜は深く説明するのをやめた。
知らなくてもいいからだ。
「では、一回戦、ともに突破しましょう」
「ばいばーい!」
健と呼ばれた若い男はあやを連れて去っていった。
「ねー、隣にいた草食系の男、うちらよりも下に見えんだけどあの女の子とどういう関係なわけ?まさか!恋……」
サヨが最後まで言い終わる前に千夜が言葉を被せた。
「サヨが思っている関係ではない。あれは親子だ」
「うそぉ!?」
サヨは驚いて目をパチパチさせていた。
「嘘をついてどうする……。とにかく行くぞ……」
固まっているサヨを引っ張り千夜は試合会場へと急いだ。

十五話

競技は参加申し込みが終わるとすぐに始まった。
サヨは最後の方だったらしい。
「K」だと思われる受付の女性に会場まで案内された。
会場はサバンナのようなどこまでも続く広大な大地だった。
この場所を円形に走り、元の会場まで戻るのがルールのようだ。
しかし、いつからこのサバンナが出現したかわからない。
先程までなかった。
弐の世界とは本当に恐ろしい。
「うそー……。どうでもいいけど、これ走るのー……」
サヨがぼやくとぬいぐるみのごぼうのやる気がなくなった。
「これを走るんだ……」
「サヨ、これが同調だぞ」
千夜に問われサヨは「え?」と疑問いっぱいの顔でごぼうを見た。
ごぼうはやる気がなくなっている。
「あれれ?」
「魂を受け取ったばかりのモノは術者の心に左右される。つまりサヨの心が鏡のように反射しているのだ」
千夜が答えた直後、「K」が集まり始めてすぐに「スタート」の掛け声が響いた。
「うそぉ!?突然始まるの!?」
サヨが声をあげている間に「K」達はさっさと走り去っていった。
色々な国々の少女やらが様々なモノ、生き物などを連れて嬉々と去っていく。
「うわっ!!千夜!追って!」
「……いや、私を使うのは本当に危ない時だけだ……私は『トケイ』の気配を追わなければならぬ」
「は?なんでトケイ?ま、まあ、いいよ!お、追えばいい??わけわからんちーん!!!」
サヨもとりあえず慌てて追いかけた。ちなみにごぼうも慌ててサヨを追いかける。
ドタバタスタートとなった。
「大丈夫。君は忍の家系だ。足は速いはずだ」
「そうか!」
千夜の言葉にサヨは突然にやる気を出した。ちなみにサヨは忍の家系をかっこいいと思っていた。
故になりきるのも早い。
サヨは単純だ。
「おりゃりゃー!!」
尋常ではない脚力でサヨは走る。
いつの間にかごぼうもやる気で隣りを走っていた。
あっという間に先頭に追いついた。
先頭の「K」達は楽しそうに「Kの使い」を操りお互いを邪魔しあっていた。
人形が手から雷を放ったり、ファンタジーにありそうな剣を振り回していたり……まともではないとは思っていたが予想外だった。
「うわっわ!!なんだー!?」
先頭に入り込んでいるサヨもその餌食になった。
「心配ない。走れ」
千夜が素早く誰かの剣を弾きサヨの道を確保した。
「おっけー!わけわかめなんだけど!」
とりあえず、サヨはごぼうを連れて走った。
「きゃー!」
不思議な雰囲気にサヨはだんだん楽しくなっていた。
どんだけ暴れても誰も怪我をしないのだ。
「こりゃ、アトラクションだわ!」
千夜に守られながら走るとまたも突然に深い谷が現れた。
川が遥か下に流れている。
落ちたらタダではすまなそうだが「K」達は心底楽しそうに笑いながら「Kの使い」に抱えられたりなどして上手く飛び越えていっている。
「えぇー……」
サヨが尻込みしていると健とあやが小さい人形複数を操りさっさと飛んでいった。
人形は凄い脚力をしていたがそれよりも平然と人形とやらを操れる彼らに疑問を持った。
「気になるかい?」
考えているとモンペ姿のツインテールの幼女が声をかけてきていた。
「ん?モンペ?」
「……私は第二次世界大戦で戦争に巻き込まれ死んだ『K』だよ。それより……健さんとあやちゃんは有名なくらい沢山のドール、ぬいぐるみとお友達なんだ。能力も高いし、彼らに勝つのはけっこう大変なんだよ。複数のドールに別々に指示出しできるしね」
ツインテールのモンペ少女は「じゃあ!」と元気よく連れの猫のようなぬいぐるみを操り谷を越えていった。
「誰?あの子……?ミステリーガール!……と、そんな事を言ってる場合じゃない!ごぼうちゃん、どうしよう??」
気がつくとかなり抜かされていた。
「カエルだから……跳べるかなあ?」
ごぼうは困惑しながら首を傾げる。
「そうだ!あんた、カエルじゃん!跳んでみよ!!あとは千夜ちゃんがなんとかしてくれるっしょ!」
てきとうに千夜に丸投げしたサヨは後先考えずごぼうにまたがってみた。
「うう……無理だよ……重いよ……」
ごぼうはすぐに潰れてしまった。
「ありゃりゃ……」
千夜が言っていた「繋がる」とはなんなのだろうか?繋がればなんとかなるのか?
サヨにはまだわからない。
「まだここにいたのか」
気がつくと千夜が追い付いていた。
「飛べないからこまたんなのー」
サヨは眼下の谷底を指差した。
「なるほど……時間がないし、いい機会だから同調してみるか?私と」
「は?」
サヨが何か言う前に千夜が口を開いた。
「……弐の世界の管理者権限システムにアクセス、『同調』」
「……え!?」
サヨは驚きの声をあげた。
なぜかサヨの視点の下にもうひとつ視点がある。
パソコンのモニターの下にもうひとつモニターがあるような感覚だ。
「な!?きもちわるっ!」
「下にあるのは私の視点だ。これが繋がるということだ。私の場合は人間なんで元々魂の存在。勝手がきく故に同調するにもいちいちシステムにアクセスしなければできない」
不思議なことにサヨは千夜を瞳に映しているが下の視点では自分が映っている。
つまり下は千夜の視点なのだ。
「なんつー……こった……」
サヨは頭を抱えた。
「とりあえず、谷は越えてやる。だがその後はごぼうと繋がるのだ。わかったな?」
「繋がり方わからんちんなんですけどー」
「ごぼうに意識を集中していれば自然にできる。ごぼうはサヨにより魂を与えられた存在。魂が定着すればそのうち独自に動くようにもなるだろうが今は集中して意識を繋げろ。今、サヨは私に集中している。気がついているか?」
「え?」
千夜に言われてサヨは我に返った。なぜか自分が映る視点ばかり見ていた。千夜の視点だ。
ふと、回線が途切れたように下の画面がなくなった。
「意識が切れたから同調も切れたのだ。私はサヨの使いだがモノではない上に元々人であるのでサヨが何かしなくても言葉などで繋がるし、同調せずとも私は私の考えで動ける」
「もー!わかんないってば!!」
「まあ、とりあえず……」
千夜は小さい体にはありえない怪力でサヨを抱き抱えるとごぼうを肩に乗せて谷を軽く飛び越えた。
「うそぉー!!」
反対側の地面に着地し、サヨが悲鳴をあげる中、千夜は静かに……足跡すら残さずに目に見えないほど速く走り、あっという間に先頭に追いついた。
追いついた千夜は困惑しているサヨを地面に降ろした。
「え?ん?」
「さあ、わざわざ先頭に追い付いてやったのだ。ごぼうと繋がる時間はあるぞ」
「え……はあ……」
千夜はぼけっとしているサヨを走らせつつ言った。
サヨは混乱中だったが先程の感覚を元にごぼうに集中を始めた。
とはいえ、ただごぼうを見つめただけだ。
「んー……ん?」
しばらく唸っていたサヨは砂嵐が入っている画面が小さく映っているのを見つけた。
隅の方に小さく画面がある。
「こ、これが……ごぼうちゃんの視点?ほぼ見えないけど……」
意識をさらに集中させると砂嵐は幾分かとれ、千夜の髪が見えた。
ごぼうは今、千夜の肩に乗っている。
砂嵐がある程度とれたとはいえ、視点はかなり狭い。
「モノは視点が狭いのだ。だから繋がっている『K』の方で指示を出してやれば何倍も動ける」
「ほえー……」
サヨは抜けた声を出した。正直よくわからない。だが、「繋がる」というのが何かはなんとなくわかった。
とりあえず、サヨはごぼうと繋がりながらゴール目指して走ることにした。
「けっこう長いな!」
繋がれるようになっただけでサヨはまだごぼうに指示ができない。
周りの攻撃は千夜が勝手に弾いてくれる。
先頭集団の「K」は複数の「使い」をそれぞれ役割にわけて動かしていた。
見た感じ指示をしているようには見えない。
「……指示出してるようにみえないんだけど……」
「口に出すのではなく心同士で話しているのだ。つまり、テレパシーか?」
飛んで来る水弾を小刀で斬りながら千夜が答えてくれた。
「むずかしー!!ややこしい!!このまま行く!」
サヨが気合いを込めて走るが先程まで走っていた「K」達は違う「使い」を出現させ、それに担がれたりしてサヨを追い抜かして行った。
「ちくしょー!あれ、反則でしょ!」
「反則ではない」
悔しがるサヨに千夜はさらに走るように促した。
「はあはあ……ごぼうちゃんが横を一緒に走ってるだけ……。もー!」
「ごめんね。サヨ……僕、わからないんだ……」
ごぼうが申し訳なさそうに下を向いてしまったため、サヨは「ごめんね」とあやまった。
「口頭での指示は通る……でも、叫んでたら相手に気がつかれちゃうし意味ない……」
「とりあえず、走る!僕は走ることしかできないから……」
「やっぱり結論そこ……」
サヨはため息をつきつつ、先頭集団に食らいついていく。
千夜が攻撃を弾いてくれるのでサヨは走っているだけだ。
無我夢中で走っていると歓声が響いてきた。
招かれたギャラリー達が「K」達を応援している。
どうやら一周回ったようだ。
「ご、ゴールだ……ぜーぜー……」
肩で息をしながらラストスパートをしているとゴール目の前で笑いあっている親子に目がいった。
……健さんとあやちゃん親子?
健があやを抱えて先にあやにゴールを踏ませる。その後、自分もゴールした。
「くっ……余裕ってか……」
ゴールの順番を考えてる余裕があるってことだ。
「うおりゃああ!!」
汗だくになりながら気合いでゴールしたサヨ。
涼しい顔をしている健とあや。
先頭集団だがあきらかな差があった。だいたい千夜がいなければたぶん、リタイアしていたかもしれない。
「はあはあ……」
ヘロヘロになりながらサヨは順番を見る。
結果は二十番だった。
「うっ……わあ……ギリギリだ……あっぶねー……」
「サヨ、これからだぞ。君は実力がないのに二十番までに入ったんだ」
「た、確かにー……」
千夜の言葉にサヨは身震いした。

※※

更夜と鈴は「K」の世界には入らずに外から監視していた。
「……鈴、また世界が変わる。動くぞ」
「うん……」
鈴は小さく頷いた。
現在、彼らは「K」の世界の隣にある世界に身を隠していた。
世界が厄にまみれるとするならば隣の世界も厄の影響を受けるだろうと考えてのことだ。
弐の世界は常に変動する。
その都度二人は移動し、サヨや千夜の魂を探して再び「K」の世界の隣に入り込む。
生きている者の魂の世界で入れない場合は仕方なく外で待つがすぐに変動して違う世界になるので目立たない。
二人は歯車が沢山回っている不思議な世界から外に出た。
すぐにサヨ達の魂を探す。
「あちらだな」
更夜は鈴を連れて全く違うネガフィルムの世界に入っていった。
「肉体がない者の世界だ。入れるな」
「うん……」
またも鈴が小さく頷いた。
中に入ると吹雪の世界だった。辺り一面真っ白で氷柱がありえない方向から生えていた。まるでウニのような氷柱ががあちらこちらにゴロゴロ転がっている。吹雪いているのに空は快晴だった。
「さ、寒い……」
「俺に近づきなさい。体を俺につけろ。寄り添っていた方が暖かい」
「うん……」
「どうした?先程から元気がないな……」
鈴の返事に更夜は眉を寄せた。
「あ……いや……別に」
「どうした?」
拒む鈴に更夜はさらに尋ねた。
「……凍夜が襲ってきて更夜が逆らえずに私に攻撃してきたらって考えたら怖くなってね……」
「それは怖いな……。俺も怖い。家に帰ってもいいぞ……」
更夜は少し優しく鈴にそう言った。
「そ、そしたら凍夜から『K』の世界を守れるのがいなくなるじゃない!更夜は凍夜に会ったらヤバイし……。それに……私も勝てるかわからないし……」
「あなたでは勝てん」
更夜に即答され鈴は眉を寄せる。
「じゃあ、これ意味ないんじゃないの?襲われても人影とかいうやつしか倒せないじゃないの。完全に脅威は取り除けやしないわ」
「……俺は全力でかかる。鈴に危険がかかると判断したらすぐにお前だけでも拠点へ返す。その時は反抗するなよ」
更夜は鈴を睨み付けた。
「そ、そうじゃなくて……」
更夜は有無を言わさず鈴を厳しい眼差しで黙らせた。
「……その目……やだ……そ、そうじゃないのよ……更夜……雰囲気が怖い……」
「すまん……。鈴の言いたいことはわかる。俺を心配してるんだろう?」
「そ、そう……」
「ごめんな」
更夜がいままでにないあやまり方をしてきた。
「……?」
鈴は眉を寄せた。
「ごめんね。さあ、いこうか……」
更夜らしくない言葉が出たと思ったらホログラムのように銀髪の少女が現れた。
「なっ……だ、誰!?」
「誰だろうね?」
「……まさか……」
鈴は目を見開いた。
……いつから……更夜じゃない……
頬に汗がつたう鈴を見つめるもうひとつの目……。
「……もうひとり……人質が増えたな」
ぞわっと毛が逆立つ感覚と粟粒の汗が鈴から溢れ出した。
……まさか……まさかまさか……
鈴は震えながら振り返る。
「ただの小娘ではないか」
異様な気配……望月凍夜がそこにいた。
「……こいつが……こいつが更夜達を苦しめた……」
鈴は恐怖の後に怒りが沸いた。
咄嗟に倒さなければと思った。
「か、覚悟……」
鈴は小刀を構え、凍夜に飛びかかった。
凍夜は軽く避けると躊躇なく鈴に拳を振るった。顎が折れる勢いで拳が入った。鈴は血を吹き出しながら空に舞った。
「がはっ……」
そのまま地面に落下し体を打ち付けた。
「ひっ……」
鈴に恐怖心が植え付けられた。
その時、銀髪の少女がすばやく近づいてきた。
……大丈夫?
口パクで鈴に尋ねてきた。
「……」
鈴は震えて答えない。
……ごめんね……もう……逆らわないで……
少女はとても悲しい顔をしていた。
「……」
その顔を見た鈴は素直に頷いた。
「何をしている……さっさと連れてこい。それとも以前のように裏切るか?今回は……逃がさないがな」
凍夜がしびれを切らしていらついた声をあげる。
少女は涙を流し震えながら「ごめんなさい」とあやまっていた。
凍夜ではなく鈴にあやまっているように見えた。
……この子が……望月猫夜か……
鈴はぼんやり思いつつ、少女に連れられて行った。

※※

一方、更夜は知らぬ間に宇宙空間に飛ばされていた。
……あの人形の術にハマったか……
「あ!更夜!」
なぜか宇宙空間で自分を呼ぶ声が聞こえた。
「……?」
更夜が振り返ると目の前に「トケイ」がいた。
「……トケイ……?……あなたもここに飛ばされたのか?」
「うん。よくわかんないんだけど……憐夜ちゃんが拐われちゃって……人形が……」
「そうだ……。俺も人形にやられて鈴とはぐれた……」
「そっか……そういえばサヨは?帰ってきたの?」
トケイは心配そうに尋ねた。
「ああ、あの後に帰ってきたぞ。それから望月猫夜だと思われる『トケイ』に連れられて『K』の世界に入った。サヨは『K』だったのだ」
「えー!敵にサヨを託しちゃったの!?」
トケイは信じられないと頭を抱えていた。
「……よく聞け。望月猫夜は『K』だ。魂や生き物を連れて動ける。おまけにどこの世界にも入れる。だが、やつはお父様側になりきれていない。サヨを拐う事はしないはずだ。邪魔はするだろうが。俺を鈴と分けたのは俺が凍夜に接触しないようにだろう。故にお姉様が望月猫夜の気配、魂を観察し、化けられてもすぐにわかるように監視してくれているはずだ」
「じゃ、じゃあ、今、鈴が危ないんじゃ……」
トケイは青い顔で更夜を見た。
更夜も顔には出していなかったが気が乱れていた。
「ああ……わかっている……。鈴が心配だ……憐夜もな……」
「じゃあ、これからどうする?」
「もう一度、『K』の世界付近に行く……」
「うん……そうだよね」
更夜とトケイはお互いに頷き合うとすばやく消えていった。

十六話

サヨがため息をつきながら次の会場へ向かっている。
千夜はサヨに付きながら先程の事を思い出していた。
……望月猫夜はトケイを拐ったことには気がついていない。
トケイは憐夜が拐われた時、術に巻き込まれて消えた。それを更夜達は見ていた。猫夜は見られていたことに気がついていない故にトケイが消えたことを不気味に思い、トケイになりすましてサヨを『K』の世界へ連れていった。
……と、言ったところか……。
サヨや私達に気がつかれる危険があるがたぶん、私達が黙認すると踏んだんだな。
サヨを別の世界に連れていけるのは『K』、『Kの使い』……そして『トケイ』だ。
……しかし、なめられたものだな……。
「そーいやあさー……」
ふと前を歩くサヨが思い出したように振り向いた。
「トケイってさ、行方不明になっちゃったんじゃなかったけ??さっき、普通に背中に乗ってたけど……」
「……今頃気がついたか……。まあ、サヨは何も考えなくてよい。今はこの世界で力をつけることを学べ」
「うーん……」
サヨは煮え切らない返事をした。
しばらく歩くとなぜか闘技場に変わった。
これも突然だ。
闘技場のように見えるがハートや星が描かれているなんだかメルヘンな雰囲気だった。
「第二会場はここだな……ん?」
千夜はいち早く何かの異変を読み取った。
「どーしたん?」
「……」
サヨの言葉に返答せず千夜は辺りを見回した。
気がつくと黒い人影のようなものが多数辺りに出現していた。
「やだー!!」
「これなんなのー!!」
「K」の少女達の悲鳴が響き始め、泣き声も聞こえてきた。
「出たな……」
「うひぃ……気持ちわるー……ゆらゆら黒いのが揺れてるよ」
千夜は小刀を構え、サヨは怯えた表情で千夜の後ろに隠れた。
「この世界は厄に覆われた。この世界から逃げ出したい『K』は殺し合いに勝つことだ」
黒い影から拡声器を使ったかのような声が響いた。
「もう一度言う……この世界は厄に覆われた。この世界から逃げ出したい『K』は……」
「な、何これ!?」
サヨは千夜に助けを求めた。
「……わからん……しかし、声がお父様だ……」
「凍夜……」
「K」の少女達は恐怖と動揺の声を上げ、「Kの使い」に助けを求めている。
「助けなんざ、来ない。この世界のシステムをいじらせてもらった。『K』……お前らは今から俺の奴隷だ……。さあ、殺し合いに参加するのだ。強いのを選別してやる」
声が聞こえた刹那、世界がパァンと弾けた。黒い砂嵐が襲い、華やかだった会場は黒く染まった。
「な、なに!?」
世界がおかしくなった後、サヨは『K』達の様子に目を見開いた。
『K』達の瞳が黄金に輝き、それぞれある一言を一斉につぶやいていた。
─エラーが発生しました─
「な、なに??ねぇ、気持ち悪いんですけど!」
「……お父様が……なんでかわからんが『K』の世界をハッキングしたようだ。世界から出られないようになった」
「それ、ヤバイじゃん!!どうする??」
「……競技を続ける。私達が一番になり、戦いを終わらせる……。不思議とサヨは影響を受けていないようだな……」
「なんともないけど……」
「それは好都合だ。私も手助けする。K達は本気でかかってくるぞ……。しかし、更夜達は何をしているのだ……参ったな……」
千夜は更夜達が何かに巻き込まれた事を薄々感じていた。

※※

更夜とトケイは「Kの世界」ではなく、鈴や千夜、サヨの気配を探した。
すぐ近くで鈴の気配を感じた。
「鈴がいる……」
「でもなんか……禍々しいものが覆う世界があるんだけど……うっ……」
話してる最中に突然トケイが呻いた。
「……っ!」
「更夜……たすけっ……」
トケイは更夜に苦痛の表情のまま手を伸ばしてきた。
「トケイ!まさかお前っ……」
更夜が手を伸ばした時にはトケイは電子数字に囲まれてしまった。
数字やら文字やらが飛び散り、再び目を見開いたトケイはいままでのトケイではなかった。
─鎮圧システムが作動しました─
トケイは更夜に機械のように告げるとウィングを広げ、感情なく去っていった。
「……トケイ本来のデータが作動した……。ちっ……どっかで弐の破壊行為でもあったか……」
更夜は迷った挙げ句、禍々しい気配の方、トケイが向かった方に行くことにした。
鈴の気配らしきものもそちらに移動していたからだ。
宇宙の中を進むと禍々しい何かに包まれたネガフィルムがあった。
「ここら周辺……か」
一番禍々しい世界はブロックされていて侵入できなかったが隣の世界ならば侵入できそうだった。
更夜は迷わず隣の世界に侵入していった。
誰かの世界は黒い砂嵐で覆われていた。
……厄だ……
更夜は黒い砂漠と赤い空を睨み付けながら隠れる場所を探す。
ここでは丸見えだからだ。
「更夜お兄様、いらっしゃい……」
突然背後から女の声がかかった。
更夜は咄嗟に刀の柄に手をかけ、振り向いた。
「誰だ……」
「誰でしょう……」
更夜の目の前に銀髪の少女が現れる。そしてその横に……。
「……っ!」
更夜があきらかな動揺を見せた後、鋭く睨みつけ刀を抜いた。
銀髪の少女は片腕に気を失った鈴を抱えていた。
「鈴……」
鈴は血にまみれ、色々な傷をつけられていた。
「恐怖に埋め尽くされた顔をしていたわ。そして……泣いて忠誠を誓った。実際はやってないけど裸にされるのが一番トラウマだったみたい……何があったのかしら?まあ……女なんて……こんなもんよ」
銀髪の少女は震えている更夜を見据えながら感情なく伝えた。
「お父様か……。それをやったのはお父様かァ!!」
更夜は怒りに震えていた。今まで出したことのない声音で銀髪の少女に叫ぶ。
「……ええ。私を殺したい?」
「……」
「私は黙認したわ。叫び、懇願する彼女を見つめながら笑っていたの。お父様には逆らえないからきっと君は私を攻撃してくるかな」
更夜は銀髪の少女の胸ぐらを掴んだ。
「鈴を返せ……。でなければ……」
「でなければ?」
「……はっ……」
更夜は我に返り少女から手を離した。
少女は優しく微笑みながら涙を流していた。悲しくせつない涙だった。
「お前も……」
「でなければ何よ?あれだけ冷徹だったお兄様が不思議な変化ね……。殺されるかと思ったじゃない。忠誠を誓った鈴を守りたいでしょう?ならばお父様の配下になることだわ」
「鈴は……術にかかったのか……」
更夜は体の震えを押さえながら絞り出すように言葉を発した。
「……ええ……目を覚ましたら操り人形だわね……」
更夜の瞳に恐怖に震えている鈴が映る。
そして見たくもない記憶が流れてきた。
……更夜……どこにいるの……。
タスケテ……。
鈴は涙で濡れた顔で更夜に助けを求めていた。

……モウ……ヤダ……。
……コウヤ……。

ぼやける視線に凍夜が映る。
「おや、まだ意識があるか。俺の奴隷になるならやめてやるがな……ははは!さあて次は何にしよう?裸にして股に熱したクナイでも入れてみるか?死ぬかな?」

……ヤダ……ヤメテ……

「ひぐっ……わ、わかりました!従います!従いますから!!」
「言ったな。じゃあ最後にしてやる」
凍夜が鈴の顔面目がけて勢いよく拳を振るった。
嫌な音がし、更夜の視覚が赤く染まったところで記憶は消えた……。
更夜は勝手に過去神特有の過去見をしていた。
「や……やめろ……やめてくれ!!……お願いだ……鈴を返してくれ……。大切な娘なんだ……。お願いだ……頼む……。もうこれ以上……彼女を傷つけないでくれ……。鈴は俺のせいでとても傷ついていたんだよ……」
更夜はどうしようもない状況で涙を流しながら少女に言い寄った。
少女に言ったというより凍夜に言ったというのが正しいか……。
「お願いですから……もう……壊さないで……」
消え入りそうな声で少女に懇願する。後ろに凍夜がいることを信じて。
しかし、残酷にも少女は更夜に言った。
「ここにはお父様はいない。……私は望月猫夜。憐夜は無事よ。彼女はお父様が私の下につけたから。憐夜が逃げたら私が折檻される。だから逃がさない。人質だしね。この子は残念だわね。お父様に牙を向いたんですもの。憐夜のようにお父様に従順ならまだ、かわいそうなことにならなかったかもね」
少女、猫夜は鈴を見つめてから更夜に目線を合わせる。
鈴達と生活し、人の心を取り戻していた更夜はうなだれてらしくなく泣いた。
……もう……やめてください……
……お願いですから……
……もう……逆らいませんから……
更夜はもうすでに始めから凍夜に落ちていた……。

十七話

トケイはただ禍々しいもので覆われていた世界を破壊しようと何度もぶつかる。
しかし、ぶつかってもなぜか中には入れない。
無機質な瞳は何も映しておらず、体が壊れても関係なく世界に入るべくぶつかる。
トケイの鎮圧システムは以前から彼の体にあった。弐の世界の脅威を感情なく壊すシステムだ。
元々彼は弐の世界の神であったが時神ではなかった。
こちらのシステムに感情を後で入れて時神になった存在。
鈴や更夜と共に生活し、時神としての感情ができてきていたのだ。
それもだいぶん前の話。
弐の世界の脅威を見つけると感情が消え、元のシステムが現れる。
「……」
そんなトケイを黙って見ている少女がひとり。
魔女のとんがり帽子に外套、赤いスカートの少女。
ミルクチョコレートのような色の瞳は真っ直ぐトケイに向けられている。
「凍夜は放置してもいいの?彼らが動くのを待つ?私は弐の世界の人々が持つ後悔を消す担当……。でも、凍夜は……後悔を持っていない。マガツミにも気に入られている……。ねぇ、メグ……どうする?」
少女は誰かの名前を呼んだ。

※※

会場入りしたサヨは狂気に染まっている『K』達を怯えた表情で見つめた。
皆先程とは違いシステムが書き換えられたかのように別人だ。
機械のように表情がなく淡々と『Kの使い』を操り相手を倒している。誰も何も発せずしんと静まった中で戦う音のみ響く。
ちなみに『Kの使い』も何かの影響を受けているらしく『K』同様淡々と機械のように動いている。
いたはずのギャラリーは皆黒い影に変わってしまった。
「なんてこったー……気持ち悪いなあ……」
「おい、次はサヨの番だ。やるぞ……。猫夜がどっかにいるかもしれん……」
「ひぃー……」
千夜に促され、闘技場の真ん中まで連れていかれた。
闘技場はいつの間にかメルヘンな感じから白い無機質な実験場のようなフロアに変わっていた。
もう闘技場とも呼べそうにない。
サヨが真ん中に来ると反対側からモンペ姿の少女がやってきた。
「あ……」
サヨは先程出会った柔らかい笑みを浮かべていた少女を思い出す。
雰囲気は周りの「K」同様に感情を読み取れない。
モンペの少女が猫のようなぬいぐるみを出現させ突然に襲ってきた。
「え!?え?なに?これ始まっちゃってる?」
「サヨ!」
ごぼうが千夜の肩から飛び降り、サヨの前に立った。
しかし、動かない。
動けないのだ。
動き方がわからないのだ。
猫のぬいぐるみは鋭い爪を出してサヨを凪ぎ払ってきた。
「サヨ、まずはごぼうと繋がれ!」
千夜が猫の爪を刀で弾くと叫んだ。
「え?う、うん!」
サヨはごぼうをじっと見つめた。
先程と同じやり方だ。
そのうちまた砂嵐の画面が小さく下に現れた。
サヨは集中力を高める。
本当に狭い視野だがごぼうの視点に立てた。
ごぼうはサヨから目を離し猫のぬいぐるみを見据える。
サヨはそれが見えた。ごぼうの視点では肩先に乗れるくらいの猫のぬいぐるみがやたらと大きく見える。
猫がまた飛びかかってきた。
爪からカマイタチが発せられる。
ごぼうの視点からでは猫が大きすぎてカマイタチまで目に入らない。
サヨの視点では猫は小さくカマイタチも見えた。
「ごぼうちゃん!右に避けて!」
サヨはごぼうに当たる寸前で叫んだ。しかし、ごぼうは戸惑い止まった。
自分が避けたら主であるサヨに当たるからだ。
繋がりも相手の感情もよく読めていないごぼうは困惑して立ち止まっていた。
「危ないよ!!」
サヨが叫ぶと千夜が間に入って来てカマイタチを刀で受け止め受け流してくれた。
金属特有の高い音が響く。
カマイタチは刀のように実体化しており千夜に弾かれて遠くの壁を破壊していった。
「す、すげぇ……」
サヨは呆然と千夜を見ていた。
「……サヨ、ごぼうに避けさせたら自分が当たっていたぞ。よく考えろ。今度は心を繋げるのだ」
「心って一番どうしたらいいかわからないじゃん!実体があるわけじゃないしー」
サヨが慌てていると猫が炎を吐いてきた。
「ちょっ……猫が火吹いてんだけど!?」
サヨは迫り来るあり得ない炎をただ見つめていた。
ごぼうの視点は炎が近すぎて赤くてわからない。
「ごぼうちゃん!左!」
今度はサヨが炎が比較的ない左に走った。するとごぼうもすぐについてきた。
炎が消えたと思えば地面を抉るほどの水弾が多数飛んできた。
「うわわっ!!」
サヨが目を見開いて後退りしているとごぼうの視点に文字が映っていた。
……なんだ……?
サヨが目を凝らして見ると
「水なら飲み込めるかも」
と書いてあった。
「……ん?……これ、ごぼうちゃんが思ってる……こと??もうダメ元だ!飲み込んじゃってー!」
考える暇もなくサヨは叫んだ。
ごぼうは素直に動き、強力な水弾をものともせず口を大きく開けて水を吸い込んでいった。
「お、おお!!」
サヨが感動していると千夜が飛び込んできた。
「その調子だ。後はコツを掴んでいけ」
「よっし!」
サヨが意気込んでいると千夜がさっさとクナイを投げて猫の動きを封じた。
……影縫い……
そのまま走り小刀で猫を一文字で斬り捨てた。
猫のぬいぐるみは光に包まれて消えていった。
「ちょっ……え……」
「心配ない。そこの少女の世界に帰してあげただけだ。また少女が呼べば現れる」
言葉のないサヨに千夜は静かに答えた。
「は、はあ……じゃあ死んでないんだ……良かったー。てか、瞬殺じゃん……。始めからやってよ……」
サヨはため息混じりにつぶやいた。
「……サヨのためにはならんだろう。もうほぼ共倒れで後の『K』は強敵ばかりだぞ」
千夜が周りを見回すと気を失っている「K」達があちらこちらに倒れていた。
モンペの少女は苦悶の表情を浮かべるとその場で倒れた。
「死んではない?」
サヨが確認するように千夜に尋ねた。
「死んではない。気絶だ」
「ふー……しかし、もうほとんど残っていないんじゃ……」
サヨがつぶやくと連戦で男がやってきた。
「……あれ……この人は……」
「健だな……」
サヨの言葉を千夜が繋げた。
「ああ、あの親子の……って、次の対戦は……」
「ああ、あれとやるんだな……」
健も表情がなく機械的に動いていた。ここまでの「K」をほぼ倒したのは彼だ。
「ヤバイじゃん!勝てるわけないじゃん!!」
「ダメだ。勝て」
サヨの泣き言を千夜はバッサリ斬り捨てた。
健はまごまごしているサヨとは違い慣れた手つきで五芒星を多数出現させると複数のドールを出してきた。
「ちょっ……あんなに操れるの!?」
「サヨ!来るぞ!」
手のひらサイズのドール五体がバラバラに動いて襲ってきた。
「速い!けど、小さいしそんなに……」
サヨがつぶやいた刹那、千夜が吹っ飛ばされて壁に激突していた。
「う、うそ……」
千夜を飛ばしたのは水色の髪で袴姿の少年ドール。手にはつまようじを持っていた。どういうことなのかわからないが千夜は刀とつまようじで力負けをしたようだ。
「うそでしょ……」
健を守るように立ってる二体の少女ドールは手にファンタジー世界によくあるロッドを持っていた。
彼女達はロッドを振り上げて雷やら炎やらを飛ばしてくる。
「いや……ちょっと……次元が違うっしょ……」
サヨの横から金髪の少女ドールが装飾のきれいなファンタジー世界にありそうな斧を振り回してきていた。
「ご、ごぼうちゃっ……」
サヨがごぼうに声をかけた刹那、ごぼうは斧に切り裂かれて空を舞っていた。
「ごぼうちゃん……!!」
ごぼうは光に包まれて消えていった。
「ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!!ヤバイ!!!こんな違うの!?」
健はサヨと同じくドールの視点がそれぞれ映っているはずだ。
一体でも精一杯だがこんなにバラバラに動かせるとは異次元の力だ。
「どうしよう……負けた……」
サヨが呆然と立っていると小さな女の子がいつの間にか目の前に立っていた。
「おねーさん、大丈夫?私がパパの相手をするわ」
「……は??」
意識がないはずの「K」がサヨに話しかけてきたためサヨは言葉が出なかった。
「ちょ……えー……あやって子?」
「うん。そう」
「意識がある……」
「うん。私は『K』以外のデータもあるからエラーが出てるけど平気みたい」
サヨの前にいたのは意識を保っている「K」のあやであった。
あやはサヨに目線を合わせたまま五芒星を多数出現させて健と同じようにドールを出していた。
ドールはまたもバラバラに動きだし健のドールと対峙した。
……そっか……使いの視点で見ているから私に目を向けていても「見える」のか……。
サヨはあやをただ見つめていた。
「サヨ、やはり勝てなかったな……」
ふと千夜が手首を押さえつつ戻ってきた。
「千夜、だいじょーぶ!?」
「ああ……手首を痛めただけだ。後は受け身を取った」
「ほぇー……でさ、どうすんの?これから……ごぼうちゃんもやられちゃったし……」
サヨが名前を呼ぶとごぼうが何事もなく現れた。
「あれれ?ごぼうちゃん!」
「サヨの世界に強制送還されちゃってたよー……」
ごぼうは頭をかきながら苦笑いをした。
「ほんとに戻ってきた……」
「サヨは操られなかったようだから負けても意識がなくならないんだな」
千夜は目の前で繰り広げられている健とあやの戦いを見つつサヨに言った。
健もあやも変わらぬ拮抗状態だ。
「ちょっと……これからどうする?あやちは放っておくの?」
サヨは勝手にあだ名を決めると千夜に言った。
「……あれはあやに任せて……ハッキングを手伝ったと思われる猫夜を探す……」
「猫夜って人に化けられんじゃなかったっけ?」
「問題ない……ずっと気配のパターンを見ていたが先程のトケイの気配で読めた。いる位置はわかる。この世界にいるな……」
千夜は鋭い視線を辺りに送る。
「じ、じゃあそっちいく?」
「……ああ」
千夜の雰囲気を怖がりながら尋ねたサヨに千夜は軽く同意した。
あやと健の戦闘をよそにサヨ達は闘技場を出た。
「外なの?」
「ああ……近くにいる……」
闘技場を出ると真っ黒な砂漠が広がっていた。砂漠以外何もなく、黒い影が沢山揺らめいている。
「きっもちわる……」
「……いた」
嫌悪感を出したサヨを黙らせ千夜は立っている少女を睨み付けた。
銀髪の少女だ。どこか狼夜に似ている。
「え……あれが……」
サヨも顔を少女に向けた。
……望月猫夜。
「お姉さま、お初でしたか?」
猫夜は千夜に軽く頭を下げた。
「……お前は『K』だったはずだ。なぜ、お父様に従っている……」
「あら、それをここで言うのかしら……身の程知らずね」
「……?」
千夜の問いかけに猫夜は無機質に声を発した。
「……あ……」
サヨが猫夜の後ろから歩く人物に思わず声を上げた。
「……!」
刹那、千夜が激しく震え出した。
「え?千夜!」
身体中が濡れるほどの汗をいっきにかき始めている。
猫夜の後ろから現れたのは望月凍夜だった。
「な、何で……」
「俺がハッキングしたからな、世界には入れる……さて……」
凍夜は猫夜を突然に殴った。
「ひぃ……お許しください」
猫夜はその場でうずくまり懺悔の言葉を額を地面に擦り付けて発していた。
「どれだけ更夜にかかっている。余計な事をしていたか?」
「……」
猫夜は凍夜の問いに怯え答えない。
「あの男、マジありえねー!!父親のくせに娘を殴るなんて……クズ野郎!!」
サヨは凍夜を睨み付け叫んだ。
「さ、サヨ……」
千夜はサヨを弱々しく止めてきた。
「千夜、しっかりしてよ!!」
「……身体が動かせない……」
「さて……」
サヨと千夜に狂気に満ちた笑みを浮かべた凍夜は手をパンと叩いた。
「……っ」
怯えた千夜の肩が跳ね上がった時、目の前に頭を垂れている更夜が現れた。
「遅いぞ。何をしていた」
凍夜は刀の柄で更夜を殴った。
鈍い音が響き、更夜が呻く。
「も、申し訳ありません……。鈴には……鈴にはなにも……」
「それはお前の働き次第だ」
「……」
更夜は地面に額をつけて唇を噛み締めていた。
「こ……更夜……」
千夜は弱々しい瞳で更夜を見ていた。
千夜にはすぐにわかった。
……鈴を人質にとられているのだ。
そもそも世界に勝手に入れる「K」がいるのだ。鈴をひとりにしておけなかった。
しかし、更夜につけたことが間違いだった……。
「お姉様……俺……もう……嫌です……もう……こんなこと……」
更夜は忍らしからぬ感情の入り交じった顔をしており千夜を見ていた。
「更夜……」
怯える更夜に千夜は「大丈夫だ」とは言えなかった。千夜はいつも弟を守り指示をしてきた。
だが、今は司令塔である千夜が傾いている。
「何をしている……連れてこい。千夜はよい。あれは一押しすれば動く。今回はお前の忠誠を見てやろう」
凍夜に命令された更夜はゆらりと立ち上がった。
刀を構え真っ直ぐにサヨを捉える。
「やっぱり……牙をあたしに向けてきたね……。アヤ、やっぱりこいつらダメ!」
サヨは冷めた目でいないアヤにつぶやきつつ、更夜を見ていた。
更夜は刀を構えたものの攻撃はしてこなかった。
「……なにをしている……」
底冷えする凍夜の声が静かに響いた。
「……できません」
更夜は震えながら小さくつぶやいた。精一杯の抵抗に見えた。
「……では、鈴を使おう……。『お前達』、一度拷問で『コロセ』」
「まっ!お待ち下さい!!」
「なんだ?今いる世界に存在できなくなるだけで死なんではないか。まあ……苦痛は伴うがな……。鈴は何回死ぬかな?望み通りに犯してもいいぞ……」
「わかりました!やります……やりますから……ユルシテクダサイ……コロサナイデ……」
嘲笑している凍夜に更夜は顔を歪めて涙を流しながら再び刀を構えた。本当に赤子のようだ。
更夜はいままでこういう人間ではなかったように思う。一体、何がそんなに彼らを縛るのか?
サヨにはわからない。
「……」
現状サヨは更夜にはかなわない。
逃げる術を考えなければならなかった。
「……」
サヨが素早く目を動かしていると凍夜の刀がカタカタと動いていた。
……あの刀……ちー坊とか呼ばれていた刀神だ……。今は凍夜の配下になっているのかな。それとも反抗できないのか?
……どうする……助けが……
……あ!
サヨは思い付いたように叫んだ。
「ごぼうちゃん!!」
「サヨ!」
待ってましたとごぼうがカエルらしく飛んできた。
「あいつに勝つ!」
「勝てないよ」
サヨは高らかに宣言したがふと聞こえたあやの声に出鼻を挫かれた。
「ハア??」
サヨが振り向くとあやが立っていた。
「あれ、あんた……」
「……パパには勝ったよ。パパは意識がないから勝つのは簡単だったから。私は意識があるからね」
あやは淡々と答えた。
「おやおや、平静を保つ『K』がいたか」
「うん。いたよ。ずいぶんな悪行だね……。サヨ、逃げて。ここは私がやるから。小さく世界に穴を開けるから飛んで」
「でも、あやちは……」
「私は大丈夫」
「あいつ、サイコ野郎だよ!!」
「いいから!」
あやが鋭く言い放ち、再び沢山のドールを出現させる。
「……わかったよ」
サヨは仕方なく頷いた。
更夜は迷いを浮かべながら刀を振るってきた。
あやはメイドさんのような三つ編みのドールを使い更夜の刀を弾いた。
サヨは目を見開いたが素早く世界の穴とやらを探す。
上空に一部宇宙空間が広がっていた。
……飛ぶっ!
サヨはなにも考えず千夜の手を掴むと空へ飛んだ。
不思議と空を飛べた。
「あなたは『K』だよ!サヨ!世界を渡れる!!だから逃げて!今は逃げて!」
上空に吸い込まれるサヨに向かいあやは叫んだ。
しかし、それを凍夜が許すはずはない。凍夜は猫夜を殴り言うことを聞かせ「K」としてサヨと同じく空を舞った。刀を引き抜きサヨに襲いかかる。
「花子さん!」
あやは金髪の少女ドールに叫ぶ。
金髪少女はファンタジー世界にあるような剣で凍夜に攻撃を仕掛けた。しかし、金髪のドールは凍夜の刀に負けた。一線に斬られ白い光に包まれて消えた。
「……あれは……刀神……!?しかもマガツミが……」
あやは顔をしかめ、次のドールを出現させ凍夜を邪魔するが次々に斬り倒されていく。
もうすぐ世界から出るところで凍夜は追い付いた。
「……ちぃっ!」
サヨが舌打ちした刹那、目を見開いて震えている狼夜が現れ、悲鳴を上げながら凍夜の刀を弾いた。
「え……?」
「はやく……」
狼夜が震える声でサヨにささやく。
凍夜が怯んだ隙にサヨは慌てて狼夜の手を握った。
サヨ達は世界から抜けた。

十八話

凍夜から逃れサヨは宇宙空間を走る。
「そうだった!あたし、『K』だったんじゃん!!進むー!進むー!……狼夜ちん大丈夫?」
宇宙空間を進むサヨの横を血やら吐瀉物やらを吐き散らしている狼夜がいた。
なぜ狼夜がいるのか聞こうと思ったが聞ける状態ではなかったのでサヨは聞かなかった。
まあおそらく、逢夜と持ち場を上手く交換できたのだろう。
今の狼夜はとても苦しそうだ。
とてもじゃないが話しかけられる状態ではない。
千夜が背中を擦っている。サヨが動くとごぼうも千夜も狼夜も一緒についてくるのでサヨが歩みを止めなければ動き続ける。
なので千夜は狼夜の背中を擦り続けられた。
「精神的にやられてる中、私達を助けた……。狼夜はお父様に『攻撃』をした……」
千夜は自身の体の震えを押さえながらつぶやく。
術にかかり縛られている一族は凍夜には従わなくてはいけない。
「それが……」
「うっ……」
狼夜は再び血を吐いた。
「し、しっかりしろ……狼夜!」
「……てかさ、千夜達がかかったって術はなんなわけ?」
狼夜の身体を心配しつつサヨは千夜に尋ねた。
「……もう解けているはずだった。だが、死んで魂だけになり未来も過去もめちゃくちゃな弐に来て過去に受けた術が作動している……私達はお父様に近づくと精神だけが術を受けた当時の精神に戻ってしまうらしい。術は五車(ごしゃ)の術内にある恐車(きょうしゃ)の術という。私達は何十にも強くこれをかけられていた」
「恐車の術……それ、どうにかして解けないかな?」
サヨは解決を求めずに千夜に尋ねた。
きっと解けるならばもう解いてるはずだからだ。
「……どうにかして今の精神を保てれば破れるかもしれんが……さっきの更夜を見たか?あれは更夜が五歳くらいの時によく似ている。お父様からの拷問に泣き叫びながら耐えている時の更夜だった。あの子はな、すごく優しかったんだ。かわいがっていた猫がいてな、その猫がお父様に見つかって更夜の目の前で長い虐待の末に殺されて……その時にずっと……先程のような言葉を発していたんだ」
「……ほんとに酷いやつだね……あいつ、あたしなんか……悲しくて……なんだか震えてきた……。こんなに怒りを覚えたことなんていままでないのに……狼夜も千夜も従ったキッカケがあるんだね……?」
サヨの言葉に二人は小さく頷いた。
「……私は単に……拷問が怖かったのだ。だから従った。……顔を殴られるのが嫌だったんだ」
「そりゃ、女の子は皆嫌だよ!」
「……私は熱した鉄で叩かれるのが一番嫌いだった。四歳の時にそれで尻を叩かれ傷になった。一応、女だからな……必死で傷を治そうとした。だが父は他の所にもできるぞと次は背中でもいくかと笑っていた……それを見た私は抵抗することをやめ……忠誠を誓った」
「……」
サヨは聞いていて恐怖に襲われた。本当に人間なのか……。
冷や汗が流れ、唾を飲み込むので精一杯だった。
……私は……この人達になにを言った?
サヨは最初に言った言葉を思い出し震えた。
……奪い返せばいい……逆らえばいい……
……大人なのに父親にも逆らえないのか……
そんな言葉を並べていたんじゃないか?
サヨが五歳の時は兄とゲームの取り合いをして喧嘩し、父親によく慰められていた。
……私がそんなくだらないことで泣いていた時期に彼らは死んだ方が楽だと思えるほどの暴行を受け泣いていた……。
あの刀神が言っていた言葉も思い出す。
……四歳であの男に殺されているんだぞ!
生前の記憶が甦るとアニキは四歳に戻る。たぶん、怖かったんだ。親父が怖くて怖くてしかたなかったんだ……
「……そうだよね……四歳で殺されたってことは……」
……殺されるほどの暴行を受けたんだ……
四歳の子供が。
たった四年しか生きていない子供が。
サヨは震えた。
言葉の意味と状況がはっきり一致した。
信じられない……。
最初に見たあの血にまみれた記憶が彼らが耐えてきた証拠なのだ。
「信じられないよ……」
「……サヨ、私達の世界に戻ろう。『K』達にハッキングできた理由も探らねばならん」
千夜はサヨの背中も擦るとそう言った。
……彼らは私が発したふざけた言葉を微笑んで流してくれた……。
……いままで凍夜が裁かれなかった理由はあの時代、妻も子供も「主人」の所有物だったからだ。
主人が何をしても良かった時代だったからだ。
日本の闇はずっと昔からすぐ隣にあった。
「ねぇ……一度拠点には戻るけど……聞きたいことがある」
サヨは静かに真っ直ぐに尋ねた。
「なんだ?」
「……お母さんは何をしてるの?」
「……」
「ねぇ」
千夜が黙り込んだのでサヨが先を急かした。
「……私達を産んでから死んだよ……。元々、お父様の妻になる女は皆孤児だった。農村でも武家でも女は沢山いらないんだ。生活が苦しい農村や武家もそうだが男が生まれるまで子を産んだりする。それで生まれたいらない女児は捨てるんだ。子捨てと言うんだがな。その女児を拾って人数を増やすためだけに孕ませるだけ孕ませて後は……」
「もういい!!もういいよ!!クソ!!イライラする!!」
サヨは怒鳴った。自分で聞いておいて耳を塞いだ。
胸くそ悪い。
「あいつ……マジふざけんな……。ふざけんじゃねーよ……。今度会ったら……」
「サヨ、落ち着け……。お前は一回現世に帰った方がいい。平和な生活に一時戻り、もう一度……私達を助けてくれるのならば戻ってきてくれ」
千夜は復讐の方面に行っているサヨを必死で止めた。
彼女は「大将」であるが平和を願う「K」なのだ。
厄に当てられてはいけない。
「……言わなければ良かった……」
千夜の一言にサヨは黙り込んだ。
「……ごめんなさい」
サヨはいつもの元気はなく千夜に頭を下げてあやまった。
「私ってさ……なんでいつも無神経なんだろう……」
目に涙を浮かばせたサヨの頭を千夜は優しく撫でた。
「お前はいい子だ……。巻き込んでしまってすまなかったな……」
「私は……おにぃを助けなくちゃいけないんだ……。でも……パパに……パパに会いたい」
サヨは千夜に身体を預けて泣いた。
「やはり……一度、深夜(しんや)の元へ帰るか?」
「え……名前を……」
「親族だからな」
サヨは千夜に撫でられていたら気分が落ち着いてきた。
「……そっかー。先祖なんだもんねー。私達の神様みたいなもんだ!……落ち着いたよ。現世には帰らない。本格的に考えて動いてやる!おにぃを助けなきゃダメなんだ!」
サヨが凛とした表情で千夜を見据えた。
千夜は目を見開くと優しく微笑んだ。

十九話

サヨ達は更夜達の世界、拠点に戻った。
白い花畑を通りすぎて瓦屋根の家に入る。
「……ありゃ?誰もいないー?」
「……ごほっ……逢夜お兄様が……俺と交代して……アヤとかいう娘と現世に向かった……ごふっ……」
サヨの問いに狼夜が気持ち悪そうに答えた。なんとか答えられるまで回復したようだ。
「だいじょーぶ……じゃないか……」
サヨは狼夜を支えた。
「……サヨ……」
「……なーに?」
「オマエ……優しいやつなんだな……」
狼夜はしおらしくサヨにもたれる。
いつものサヨなら「彼氏いるんですけどー!」と突き放しそうなものだがサヨは狼夜をそっと抱いてあげた。
冗談かそうでないかくらいサヨにもわかる。
彼は四歳で死んだ。
愛されることなく……。
泣きながら暴行を受け入れて……。
助けを求めながら死んだ。
魂年齢を上げたとはいえ、気質は四歳なのだろう。
甘えたい部分があったのかもしれない。
「……」
狼夜は静かに目を閉じてサヨの胸に耳を当てサヨの鼓動を聞いている。
「落ち着く?」
「……ああ……お姉様にそっくりだ……」
「猫夜?」
「……ああ」
狼夜の吐き気がなくなり、落ち着いた表情に戻った。
「……もう大丈夫だ。すまねぇ。俺、なにやってんだろ……」
狼夜は自らサヨを離すと恥ずかしさなのか頬を赤く染めた。
「いいじゃん。四歳なんだから」
サヨがいたずらに微笑むと狼夜はさらに赤くなった。
「俺はな!十八だ!!お前より年上だぜ!」
「はーいはい」
サヨは噛みつく狼夜をてきとうに流し奥の部屋に向かった。
畳の一室に入ると千夜が布団を敷いていた。
「狼夜。傷をもう一度見てやろう。それから休むといい」
「……はい」
狼夜は少し震えながら布団に横になった。
「あのさー、千夜、千夜は固すぎる!威圧的なのかなー。狼夜がビビってるよ」
「……そうか?そうなのかな……」
千夜は真面目に考えている。
「お姉様、大丈夫です。そのままで……」
「そ、そうか?」
千夜が戸惑いながら声を上げた。
「無茶しちゃってー、このー!」
サヨは狼夜の頭を突っつきながら微笑んだ。
「うるせー!!生意気なんだよ!!小娘が!」
「はあ?さっき甘えてきたくせに?」
狼夜とサヨが出会った時同様、再びいがみ合いを始めた。
「ああ、うるさい……」
凍夜の呪縛から離れ、元に戻った三人は元気を取り戻していた。

※※

サヨ達が来る少し前の事。
アヤは更夜の世界内の瓦屋屋根の家の一室の端で震えていた。
……あの人達はああ言っていたけど、私は気づいているのよ。
アヤは寝ている狼夜を見据えながら考える。
……さっき、飄々と入ってきて憐夜を拐ったのは猫夜という女。
あの子は誰になっているかわからない上に「この世界に入れる」じゃないの。
「……こんな怖いことってあるかしら……」
「……心配ねーよ。俺は狼夜だ」
「あ、あら……起きていたの?」
「ああ……」
狼夜は静かに目を開けた。
「現世にはお姉様は行けない。もちろん、霊だから高天原とかにもいけない。だから世界から出れば追ってこれないはずだ。それまでの辛抱だな」
「そう……」
狼夜とアヤは再び黙り込んだ。
サヨがいないとやたらと静かだ。
その時、逢夜が戻ってきた。
「ひっ!」
アヤは突然に現れた逢夜に肩を震わせた。
「あ?ああ、俺だ」
「誰よ!!」
「逢夜だぜ……」
「本物?」
「そうだ。お姉様から話は聞いた」
逢夜は頷くとアヤを落ち着かせた。
「あ、あら……そう」
「狼夜は俺のやってることをやってくれ。更夜達を裏で守れ。『K』の世界を外から見守るんだ。怪我をしているから無理はすんじゃねーぞ」
「は、はい……」
逢夜の言葉に狼夜は静かに頷いた。
「じゃあアヤ、時間がねーから行くぞ!」
「そ、そんな……強引に……」
逢夜はアヤの手を引くと狼夜を一瞥し、歩き出した。
アヤはグイグイ引っ張ってくる逢夜を不思議そうに見つめた。
……この人、確かに荒い人だったけどこんなに荒かったかしら……。
……手首が……痛い……。
半ば連れ去られるようにアヤは家の外に出された。
「じゃあ、目覚めるか……。弐の世界の管理者権限システムにアクセス……『離脱』」
「え……??」
アヤは何が起きているかわからず目を丸くした。
まごついている間に身体は透けていき、気がつくとデータの塊となって消えていた。
「……はっ!!」
アヤは飛び起きた。
地面がふかふかしている。
「な、なに……ってこれ、私のベッドじゃないの!?」
アヤはかわいらしい薄いピンクのベッドを見つめた。
どうやら自分はここで寝ていたらしい。
「……寝ていた?」
アヤはしばらく首を傾げていたがやがて飛び起きた。
「寝てないわよ!確かに弐に入るときは魂になった方が楽だから寝たけど!!逢夜さんは!?」
アヤは辺りを見回す。
どこからどう見ても自分の部屋だ。時計好きなアヤならではの時計コレクションがある。
アヤは部屋の外へ飛び出した。
「あ!……アヤちゃん。今、おやつでお茶菓子を出そうと思ったんだけど……」
廊下に出ると女が立っていた。
健の妻である。
健同様に年齢がわからない。
同い年だとかいう話を聞いたが実際にはなんなのかわからないのだ。何て言っても『Kの妻』であり、『Kの母』なのだから。
おそらく常識はない。
アヤは現在、この謎の家族である小川家に居候中である。
「かおりさん……ごめんなさい。今から出ます!」
「今から!?ね、ねぇ……けんちゃんとあやちゃんがなんか全然起きないんだけど……何か問題起きてる?」
問題とはおそらく「K」関係、弐の関係だろう。妻である彼女も無関係なわけがない。
「わからないですけど、『Kの競技大会』に出るような事を……」
「ああ、そう。じゃあ大丈夫ね。アヤちゃん、もう夕方だけど……」
「ちょっと色々あって……どうなるかわかりませんが帰ってきますから」
「神様も大変ねー」
妻のかおりさんは微笑んでアヤを外に出してくれた。
「なるべく早く帰りますから」
アヤは申し訳なさそうに頭を下げると足早に玄関から出ていった。
アヤが居候している小川家は核家族で現在マンション住まいだ。
オートロックマンションの三階に住んでいる。エレベーターを降りてエントランスからマンション外に出てからアヤはどうするか考えて立ち止まった。
……そういえば……逢夜さん……どこに行ったの?
暗くなりつつある住宅街を不安げに見回すアヤ。
街灯がポチポチとつき始めている。
それを眺めながらアヤは突然に恐怖し震えた。
逢夜さんが一緒に来ていない……。
……じゃあ……あれは……
……さっきの『あの人』は誰だ……。
「ど、どうしよう……」
アヤは残してしまった狼夜を心配した。
……早く……早く戻らないと……
天記神の図書館に行かないと……。
天記神の図書館には人間の図書館から行ける。しかし、神々のような電子データを持っていないと図書館に併設されている霊的空間内には入れない。霊的空間内から天記神の図書館に行けるのだ。
天記神の図書館は厳密には弐の世界ではない。そこから道をわざと外すとどっかの弐の世界には着けるが迷い、出られなくなる。
だがアヤには『弐の世界の時神の記録』という自分で書いた自作小説のような本がある。
これを使うと弐の世界の時神の世界へ導かれるのだ。
想像物となり繋がりが生まれるからだと言われているが実はよくわかっていない。
アヤは霊的空間を通って弐にもう一度入る計画を立てたが、もう一度考え直した。
……もしかして……あの逢夜さんは望月猫夜とかいう人……。
だったら……私だけを現世に連れてきた理由は何?
……私は逢夜さんと現世から月に行って月神を説得するために動く予定だったはず。
あそこで猫夜が現れたってことは……そもそも逢夜さんはあの世界に帰ってきていないことになる……。
「……猫夜は何が目的……?私を現世に連れていったら来れるはずの逢夜さんが現世に来てない事を不思議に思うはず。でも私には何もできないから私だけを現世に連れていくのはメリットにはならない。むしろ、私に気がつかれるならデメリットじゃないの……」
アヤは街灯が全てつくまで考えていた。
しばらく頭を捻っていると、ふとあることを思い出した。
「……逢夜さんは現世での縁結びの夫婦神。だから彼は魂だけでもこちらに来れる。彼の奥さんにコンタクトを取ろう。そうすれば逢夜さんの居場所がわかるかもしれないわ」
アヤは急いで近くにある厄除け兼縁結びの神社に走った。
少し離れてはいるがアヤが通っている学校の近くにひっそりとある。アヤは大通りから商店街に入り、真っ直ぐ行った所にある学校を右に曲がった。ここから先は少し山道になる。
暗くなる時間帯から女子高生が山に入るのは誰かから止められそうだが夕飯時だからか人がほとんど歩いていない。
……はあはあ……
アヤは息を上げながら舗装された山道を歩く。
少し進むと砂利道に入り、鳥居が見えた。小さい社には光がともっている。
この光は神のようなデータを持つものでないと見えない。
これは神々が住んでいるという印の霊的空間なのだ。
……いる。
アヤは鳥居をくぐり砂利道を進み、社の扉を叩いた。
トントン……。
待つ暇もなく引き戸が開いた。
「……来ると思ったわ……遅かったね」
「……違う!」
咄嗟にアヤは怯えながら叫ぶと足を後ろに進めた。
出てきたのは「銀髪の少女」だった。
厄除けの神であり縁結びの夫婦神である「稲城ルル」と名乗っていた少女は紺色に近い黒い髪だったはずだ。
あまり関わったことはないがアヤと同じ年齢の神であり、人間に見える神だったのでアヤはチェックだけはしていた。
よく学校に入り込んでいるのを見かけたからだ。
「あら、ここの神とお知り合いだったのね。そのままでも行けるかと思ったけど外れたわね……」
銀髪の少女は飄々と言葉を紡ぐ。
「あなた……まさか……でも……なんで?」
アヤは混乱しながら尋ねた。
彼女はおそらく望月猫夜だ。
だが、なぜ現世にいる?
「疑問いっぱいかな?私は元々神だもの。信じてくれる村の人はいなくなっちゃったけれど神格はまだあるのよ。現世の神だもの。こちらには出てこれるわ。出てきても私の神社はないから意味はないんだけど」
「……『K』じゃないの?」
「『K』のデータもあるわ。狼夜が言ってなかったかしら?ああ、あなたは確か更夜お兄様と鈴ちゃんと竜夜お兄様達と遊んでらしたのよね?天守閣のパークで。ふふ……じゃあ、知らないわね」
「……どうしてそれを!」
アヤは目の前の少女からじりじりと離れていく。
「どうしてって……『見てた』からよ」
少女、望月猫夜はアヤに近づいていく。
「こ、こないで!ルルは?留女厄神(るうめやくのかみ)はどこよ!」
アヤはほとんど叫びに近い叫びを上げた。
「あらら、酷い怯え方……拷問なんてしてないのに」
「答えなさいよ……」
「んー?」
猫夜の言葉の続きにアヤは体がガクガクと震えた。
唇の動きがやたらとゆっくりに見えた。
─いま、ごうもんちゅう─
猫夜はそう言っていた……。
「……君もお父様に逆らっているのよね?このまま現世にいてくれないかしら?ルルはビジネスのために仕方なかったとして、できればお父様に捕まってほしくないのよ。お父様に逆らうとね……」
「……いや……」
「鞭で叩かれてね、血がおもしろいほど出るのよ……」
「……い、いや……来ないで!」
「一生ものの傷はいかが?沢山つけてもらえるわよ。焼いた鉄で……」
「ひっ……」
「どう?逃げたくなったでしょう?関わらなきゃ見逃してあげるわ」
アヤは徐々に猫夜と離れ、やがて走り出していた。
猫夜の言葉にアヤは恐怖してしまった。
身の安全を一番に考えて逃げてしまった。
……あの威圧は……何?
私……なんで逃げてるの?
……怖い……
アヤは震えながら目に涙を浮かべた。
山を降りて商店街に入った所で男が自分の名前を呼んでいることに気がついた。
アヤはほぼ意識なく歩いていたので男の声に気がついてなかった。
「……?」
わずかに顔を上げる。
狐耳の生えた金髪の青年が心配そうにこちらを見ていた。
赤いちゃんちゃんこに白い袴。
間違いなく神である。
「……ミノ……」
アヤは彼を「ミノ」と呼んだ。
彼は商店街の先のスーパーの裏手にある神社に住む穀物神で実りの神様だ。
名を日穀信智之神(にちこくしんとものかみ)という。
アヤとは顔見知りで友達のようなものであった。
「おーい!アヤー!どうしたんだよ?そんな悲しい顔して……いじめられたのか?」
「……うう」
ミノさんの優しい言葉にアヤは色々込み上げてきて我慢がきかなくなりミノさんに抱きついた。
「お!?お?」
ミノさんはわけがわからず動揺し、人に見えない神であるのに物陰に隠れた。
アヤは静かにミノさんの赤いちゃんちゃんこを握りしめていた。
「……おい……どうしたんだ……」
「……ミノ……私、私ね……まんまと騙された後に……皆を裏切っちゃったの……怖かったのよ……」
アヤからきれぎれに言葉が発せられる。
ミノさんからすると突然でよくわからなかったが落ち着くまでアヤの頭を撫でてあげていた。
なにがあったかは聞かなかった。
しばらくして落ち着いてきたアヤはミノさんから顔を離した。
「……ごめんなさい。突然……」
アヤは恥ずかしくなったのか顔を赤く染めていた。
「いや、それはいいが……」
ミノさんはアヤを無理に離そうとはしなかった。
「……」
「あ、なんか困りごとなら手伝うぜ?」
ミノさんは元々温和な神だ。
故に争い事を好まない。
アヤは尋ねられて迷った。
アヤ自身もよくわからず、困惑している状態だ。
「……えっと……」
「……いいや」
「え……」
ミノさんはアヤに優しい笑みを向けた。
「ついてけばわかるだろ?邪魔しねぇからさ」
「……ミノ……」
ひとりで不安だったアヤはミノさんの柔らかい笑みに再び涙をこぼした。

最終話

……クソ……。
逢夜は舌打ちをした。
……帰る最中に人形が……
逢夜は拠点に戻る最中に三人組の人形に襲撃された。
おそらく「Kの使い」であり、特殊能力を持つ、あのワープができる人形達だと思われた。
……まずいぜ……どこだ……
逢夜は全く知らない世界にいた。
黒い砂嵐に黒い砂漠、赤い空の不気味な世界だ。
「いらっしゃい。お兄様」
「っ!?」
突然声をかけられ逢夜は振り向き、刀に手をかけた。
「……逢夜お兄様……」
「お前は……」
声をかけてきたのは銀髪の少女、望月猫夜だった。
「お前が猫夜か?」
「ええ……」
「少し前にも聞いたが憐夜はどこだ?」
逢夜は感情を押し殺し尋ねる。
しかし、猫夜はケラケラと笑っていた。
「お兄様はほんと……怖いわ」
「いいから答えろ……」
「それよりもお兄様は『Kの使い』みたいね」
「だからなんだ!」
逢夜はだんだんと怒りを抑えられなくなってきた。
少々荒っぽく言い放つ。
「おー、怖い怖い。……じゃあ、私と契約しない?」
「するわけないだろ……」
逢夜は微笑む猫夜を見、再び感情を押し殺す。
「……そう。私、稲城ルルを知っているわよ。私は曲がりなりに『神様』だったから……」
猫夜の一言に逢夜の体がわかりやすく怒りに震えた。
「おい……ルルには手ぇ出すな。殺すぞ……」
「お父様が『持っている』とするなら私を殺す?」
猫夜の言葉に逢夜が今度は真っ青になった。
「……ど、どういう……」
「どうもこうもないさ」
突然、圧倒的な威圧と悪寒が逢夜を襲う。
「お……おとう……」
逢夜が最後まで言い終わる前に凍夜が逢夜を拘束した。
逢夜の手を捻るようにして地面に押しつける。
「……っ!」
「やあ、久しぶり。あの子とは知り合いか?くく……」
凍夜のなめるような視線が逢夜に底のない恐怖心を植え付ける。
体が望んでもないのに震え始めた。
「お……おとうさま……るっ……ルルは関係なっ……」
言葉も何かに縛り付けられているように出てこない。
「ほー、関係ないなら関係ないかー」
「……ルル……」
逢夜は大切にしていた妻を人質に取られた事に気がついた。
「じゃあ、猫夜、捨ててこい」
「……はい」
猫夜が目を伏せて頷いた刹那、逢夜の目の前に紺色短髪の少女がまるでゴミか何かのように捨てられた。
「……ひっ……」
逢夜は小さく悲鳴を上げ、血にまみれて動かない少女を見つめる。
ガクガクと震えながら逢夜は呼吸をするので精一杯だった。
「るっ……ルル!!そんな……しっかりしろ!ルル!」
逢夜は手を伸ばすが凍夜に押さえつけられて残酷にも最愛の女の元へ手が届かない。
「そ……んな……」
「猫夜」
「……はい」
凍夜に名前を呼ばれ震えながら猫夜は声を上げる。
「あの女になんかやれ」
「……はい……」
猫夜は震える体でルルを軽く蹴った。
「なんだそれは?」
「け、蹴りまし……た」
「腕をあちこち折るくらいやれよ。使えねぇな」
「そ、それは……」
凍夜は逢夜を離すとルルに向かっていった。途中、猫夜を殴り蹴り踏みつけるとルルの前で刀を抜いた。
「サァ……神を刀神で斬ったらどうなるかな……」
「まっ……お待ちください!」
決死の覚悟で逢夜は叫ぶ。
「アァ?なんだよ。これから楽しいとこなのに」
凍夜はわざとおどけて見せる。
「……ルルには……ルルにはこれ以上……お願いです……もう……やめてください。私が代わりに受けますから」
逢夜は凍夜に必死になって土下座をした。
「いいだろう。じゃあ、あの目障りな時神アヤを瀕死寸前まで痛め付け、従わせてこい。何をしても構わん」
「そ……そんな……」
「この小娘は俺の術にかかっている。命令すりゃあ、お前にも襲いかかるぞ。愉快だろう?」
凍夜はルルの髪を掴んで引きずるとニヤリと笑い、去っていった。
「お願いです……ルルを……ルルをカエシテ……クダサイ……ナンデモヤリマスカラ……」
逢夜はか細く消えそうな声で静かに泣きながら項垂れた。
同じ言葉を何度も何度も繰り返す。凍夜がいなくなってもずっと懇願する。
現世は安全だと思い込んでいた逢夜の後悔と守れなかった苦しみとルルが泣き叫んだであろう痛み、悲しみ、絶望感……すべてが混ざり逢夜は声を上げて泣いた。
……ルル……すまねぇ……
逢夜は凍夜に従わざる得なくなってしまった。
見えない鎖を巻かれた逢夜は抵抗するという選択肢を消された。
望月猫夜は黙って泣き叫ぶ逢夜を見つめていた。
……泣いてる……。
……本当に悲しそうに……。
……ずっと……泣いてる……。
ずっと……。
……本当に大切な子だったんだ。
胸が張り裂けそうだった。
かける言葉は見つからない。
……女はいつでも残虐行為の対象になる……。
……女に言うことを聞かせる術はいくらでもあるから……。
男は卑怯だ。
……でも……
大切なモノ……愛した女が壊れた時……酷く傷つき、守れなかったことを悔い、永久に落ち込む。
……男は感情に忠実で……純粋すぎる。
……逢夜お兄様……。
時神アヤは守りましたよ。
あなたの愛した女性は守れませんでしたが……。
猫夜は嗚咽をもらす逢夜に背を向け去っていった。
黒い砂漠は逢夜の涙を飲み込んでただ無機質にそこにあった。

※※

逃げた……。
私達「K」をどうするつもり?
わからない……。
望月……猫夜……。
この競技大会で一番になるんじゃなかったの?
目的はハッキングだったの?
原因を究明しなくちゃ……。

あやは誰もいなくなった黒い砂漠をかなしそうに見つめた。
凍夜達は逃げた。
サヨを追うように。
猫夜も更夜もいなくなった。
とりあえず……
この世界を復旧させないと。
そこまで考えたあやは気がついた。
「……そうか……」
『強い力のK』が皆システムエラーで消えているじゃないの!
あれはやりたい放題できる……。
それを狙われたのか。
オオマガツミと『K』を使ってハッキングするなんて……どこでそれを知ったのかしら。

あやはデータを復旧させるべく、ひとり集中を高めた。

旧作(2020年完)本編TOKIの神秘録 最終部『望月と闇の物語1』(海神編)

旧作(2020年完)本編TOKIの神秘録 最終部『望月と闇の物語1』(海神編)

前作長編TOKIの世界書シリーズの姉妹作品! しかし、繋がっていないので関係ありません。 時神と霊魂で問題が起きている忍の家系である望月家の物語!

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-16

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  1. 望月の世界一話
  2. 二話
  3. 三話
  4. 四話
  5. 五話
  6. 六話
  7. 七話
  8. 八話
  9. 九話
  10. 十話
  11. 十一話
  12. 十二話
  13. 十三話
  14. 十四話
  15. 十五話
  16. 十六話
  17. 十七話
  18. 十八話
  19. 十九話
  20. 最終話