騎士物語 第七話 ~荒れる争奪戦とうねる世界~ 第五章 優等生の自慢話と老婆の時間
第七話の五章です。
やらかしロイドくんとエリルたちのトダバタ。
そしてオズマンドのリーダー、アネウロについてです。
第五章 優等生の自慢話と老婆の時間
夕方。あたしの恋人とあたしの恋人を狙う女がお泊りデートから帰って来た。
なんかデジャヴなんだけど、恋人の方――ロイドは魂を抜かれたみたいに真っ白でヘロヘロ。
そして狙う女――ローゼルは気持ち悪いくらいに嬉しそうでツヤツヤで、白いロイドに肩をかしてた。
「やぁやぁ諸君、良い週末だったかな。」
とか言いながらニンマリするローゼルをロイドと一緒に部屋に連行したあたしたちは早速の質問攻めにしようとしたんだけど――
「待つのだみんな。その前にわたしの話を聞くといいぞ。」
ロイドと並んで正座させたローゼルは、顔をほんのり赤くしながらこう言った。
「ついにロイドくんは内なるオオカミをわたしに見せてくれたぞ。」
「ぎゃあああああっ!」
恥ずかしそうに嬉しそうににやけるローゼルの横で白かったロイドに色が戻ったと思ったら絶叫した。
「熱い夜だった……ふふふ、ロイドくんは意外にもテクニシャンでな……」
「ばああああああっ!」
湯気の出る赤い顔を覆いながら床に頭をガンガンとぶつける。
「というわけで諸君の予想通りにロイドくんはわたしを襲い、わたしはロイドくんのモノになったのだ。」
この上なくスッキリした顔でそう言ったローゼル。リリーはわなわなと震え、ティアナは……たぶんちょっとう、うらやまし――そうにローゼルを見て、アンジュはなんか熱い視線をロイドに向けた。
そしてあたしは、とうとうやらかした恋人の横にしゃがみ込む。
「……ロイド……あんた本当に……」
「ひゃい! ごめんなさい!」
ヘッドバットしてた頭をビターンと床にくっつけて土下座を決めるロイド。
こうなるような気はしてたからそれほど……いえ、やっぱりモヤモヤする……この……この……
「……ケダモノ。」
「はい、ケダモノです!」
「変態、色魔、女ったらし。」
「はひ!」
「……あたし相手の時は一緒に寝るだけだったくせに……」
「ひょへっ!?」
――!! ついこの前のを口にしてしまった……で、でもあの時あ、あたしが……ロ、ロイド的には一番オオカミにな、なりやすい相手って言ってて……で、でも結局は一晩中ぎゅっとされただけでおそ、襲われ――なかったし……
なのにローゼルは……
「何やら気になることを呟いたような気がするが、正直今回はラッキースケベの力が大きかったな。」
隣で土下座するロイドの背中を指でつーっとなぞるローゼル……!!
「昨日のデートの間、ロイドくんはわたしに何度もいやらしいハプニングをしてきてな……周囲の人々の死角をついてあんなことやこんなことを……ふふふ。」
交流祭の時にあたしたちにしたようなことを一日中……このエロ女神に……
「それによってさすがのロイドくんも段々と気分が高まっていったわけだが……それよりも先にわたしの方に限界が来てしまってな。」
「! ど、どういう意味よ……」
「そのままさ。一日中ロイドくんに攻撃され続けたわたしは、部屋で二人きりの時に放たれた一撃でとうとう我慢できなくなった……つまり、私の方が先にオオカミになったのだ。」
「あ、あんたが……?」
「いつもやっているような腕に抱きつく程度の事ではない……ふふふ、思い返すとかなりいやらしいことをした気がするぞ……なぁ、ロイドくん。」
「ひぅっ!」
色っぽい――を通り越してやらしい表情のローゼルに脇腹をつつかれてピンッと身体を起こすロイド。
「しかしそこまでやってようやくわたしはロイドくんのオオカミを引っ張り出すことができたのだ。ラッキースケベが無かったら、果たしてわたしはあんな風に攻めることができていたのか。そもそもロイドくんがその気になったのもラッキースケベの力があったからなのではなかろうか。そう思うと、やはりラッキースケベ万歳という結論になる。」
と、ということは……このスタイル――だけはいいローゼルが過去にないレベルでロイドに迫ったからさすがのロイドもってこと……?
べ、別にあたしよりもローゼルの方がってわけじゃ……
「ローゼルちゃん……」
震えてたリリーが……殺し屋の顔じゃなくて、ブスッとふくれた顔でぶつぶつ呟く。
「ロ、ロイくんが……ボクという者がありながらそんなことしちゃったのはホントにもうロイくんのバカって感じだけど……ちゃ、ちゃんと確認しなきゃいけないのは……ロ、ローゼルちゃん……それとロイくん……」
「うん?」
「はひ!」
「……ど、どこまで……やっちゃったの……?」
「ドコマデッ!?」
ロイドがすっとんきょうな声をあげたけど……そ、そうだわ、そこが重要――よね……もしかしたらローゼルがオーバーに言ってるだけで実は大したことしてないかもしれないわ!
「どこまでか……やれやれ、聞かれなければ言わないつもりだったのだが……ざっくり言うと――最後の一歩手前だ。」
最後……手前……さ、最後!? 最後ってつつ、つまりその――で、でもその一歩手前ってどういう――え、あれ、じゃあか、かなりやらしいところまで……だけどその――アレはまだ……
「よし! じゃあ首の皮一枚って感じだね!」
ローゼルの答えにシュバッと元気になったリリーは正座するロイドの腕に飛びつい――!!
「さぁロイくん、今からボクの部屋に行ってローゼルちゃんにしたのと同じことをするんだよ!」
「びょぎゃっ!?」
「でもってそのままボクの――あ、あれ、ロイくん?」
「が、びゃ、だばあああぁっ!」
抱きつかれて赤くなるのはいつものことだけど……今のロイドの反応は尋常じゃなかった。
「ロイくん? ねぇロイくんてば。」
「あばあああっ! リリ、リリーちゃんくく、くっついてはいけません! 柔らかいのが! い、今はダメなんです! 色々とまああああっ!」
くっつくリリーの――なんていうか顔を頑張って見ないようにしてジタバタするロイド。
「ふっふっふ! わたし以外が迫っても昨日今日と過ごしたわたしとの熱い時間を思い出してしまうようだな! 今やロイドくんの頭の中はわたしでいっぱいというわけだ!」
「な! ロイくんてば、ボクが抱きついてるのにローゼルちゃんのこと考えてるの!!」
「はひゃっ! それはその、半分はそうなんですが!」
勝ち誇って高笑いのローゼルがロイドのその言葉で「む?」っていう顔になる。
「どういうことだロイドくん、半分とは。」
「え!? あいや、その、えっと――」
あ、これは……死ぬほど恥ずかしいことを言う時のロイドだわ……
「た、確かにローゼルさんとのあれやこれやをオモ、オモイダシてしまうのですが――み、みんなともまだお、お泊りデートがあると思うとその……あの……」
「! もしかしてロイくん……」
くっついてる状態からさらに密着度を高めながら、リリーは何かを期待するようにロイドに聞いた。
「ローゼルちゃんにしたことをボクにしちゃうのを想像してる?」
「!!!!!!」
ボンッ――ていう音がしたかと思うくらいに真っ赤になるロイド――っていうかそれって……!
「言い換えると、ボクとえっちなことをしちゃうのを妄想してるの? 今?」
「ごごご、ごめんなしゃい! ケダモノですみません!」
ロイドの恥ずかしさと……うしろめたさって言えばいいのかしら、そんな感じの感情が混ざった表情に対して、リリーは満面の笑みでとろけた。
「んもぅ! ロイくんてばぁん! ボクと――えへへ、ボクとー? 想像しちゃってるのー? もうもう、そんなの、今すぐ実行してくれていいのにん!」
「ぎゃりょら、ちょ、リリーちゃぬぁあああ!」
抱きついてたリリーがそのままロイドを押し倒し――離れなさいよ!
「あれれー。優等生ちゃん。さっきまで優勢だったけど途端にわからなくなったねー。むしろ優等生ちゃんと……しちゃったことで、ロイドのたがが外れたっていうか外れやすくなった感じなんじゃないのー?」
「ぐぬぬ……し、しかしそれでも、最初の一人になれたことは大きいのだ! なぜなら今後ロイドくんが誰かを襲ったとしても、その脳裏には初めての相手であるわたしがよぎる! みなはこのナイスバディなローゼルさんと比べられてしまうのだ!」
「ロゼちゃん……なんか黒いね……」
「毎度のことながら、ここぞという時に突然大胆に攻めだすティアナには言われたくないぞ。」
ローゼルと比べられる……そ、それは確かに不利――って、そ、そんな風にロイドは見ない――はずよ!
というかさっきツッコミ損ねたけど!
「ローゼル! あんたさっき――「昨日今日と」って言ったわよね!」
「おやおや、時間差ながらもそこにツッコムとはさすがムッツリエリルくん。」
「誰がムッツリよ!」
「わたしも時間差ながらツッコムが、そこのロイドくんのベッドが黒焦げなのはどう考えてもエリルくんの炎だろう?」
「そ、それは――今はどうでもいいのよ! それよりもさっきのを説明しなさいよ!」
「説明もなにもそのままなのだがな。」
再びむかつくニンマリ顔になるローゼル!!
「さっき話したわたしの猛攻によってロイドくんのオオカミを引っ張り出したのは昨日の夜。そして今日、朝食を食べてからこうしてセイリオスに戻ってくるまでの間、わたしは交流祭の時に得たご褒美を使用し――ふふふ、ふふふふ……」
「しょ、触手魔人との試合で、む、無傷で勝って……ロイドくんが、お、お願いを叶えてくれるって……あれのこと……?」
「え、まさか優等生ちゃん、それでその……ロ、ロイドに自分をおそ――うように……?」
「そんな破廉恥なことはお願いしないとも。ただイチャイチャしようと言っただけさ。」
「充分破廉恥だと思うけどなー……」
「ま、昨日の今日で夜の余韻が抜けないロイドくんとそうした結果、夜と同じような状態になりはしたがな。」
「やっぱりし、してんじゃないのエロ女神!」
「仕方がないだろう。昨日の夜、わたしはそれなりの覚悟を持っていたというのに、オオカミロイドくんはそれでも線の手前で止まってしまったのだから。次こそはと意気込むだろう?」
「何の話よ! 知らないわよ!」
「本当に何の話ですか。」
白熱してきた部屋の中に外の冷たい空気が入り込む。朝にやってきた後、校長や先生への挨拶とか学院内の防御魔法のチェックとかで別行動をしてたパムが窓の外に立ってた。
「イチャイチャだとか破廉恥だとか、夜にするだのしないだの! い、一体あなたたちはなな、何の話をしてるんですか!」
「ピャミュっ!?!?」
そして一番驚いた――っていうか青ざめたのはロイド。
「兄さん、きっちり聞かせてもらいますよ! お泊まりデートとやらの一部始終を!」
一部始終……! さ、最後の一歩手前とかなんとかもそうだけど、ぐぐぐ、具体的に何をどうしたのか……そ、その辺はこ、恋人として聞いておかないといけないわよね……!
「ふむ。それならロイドくんよりもわたしに聞いた方がいいぞ。」
「ええそうでしょうね、元凶ですからね。」
「そう睨むでないぞ、小姑殿。真面目な話、ロイドくんから聞き出すとなると事あるごとに鼻血をふきだすことになる。」
「んな――人の兄に何をしたんですかあなたは……」
「どちらかというとされたのだがな? ふふふ、ここは一つ、二人の熱い夜を……とりあえず絶叫マシーンになってるロイドくんを抜きにして赤裸々に語ろうぞ。存分にうらやましがるといい。」
「な、なんで自分がうらやましがるんですか!」
「違うのか?」
「そんなわけ――まったくあなたたちはみんなして!」
「まぁそういうことにしておこうか。さてさて、時間もちょうど良いことだし、ここはお風呂にでも入りながら自慢話といこうか。」
というわけで、あたしたちはいつもの流れで大浴場にやってきた。そしてこれもまたいつものように、つめれば数十人が一度にお湯に浸かれると思うお風呂の隅っこの方にかたまり、今日はローゼルを囲むような陣形で座りこむ。
毎度のことだけど、お湯から顔を出すローゼルのむ、胸にはイラっとするわね……
「おやおやエリルくん。ロイドくんに揉みしだかれたこの胸が気になるのかい?」
「揉み!? あ、あんた何言ってんのよ!」
「何って、赤裸々に語ると言ったじゃないか。昨日と今日、ロイドくんにされたことをラッキースケベによる事故も含めて全て語るつもりだぞ。」
「うわー、そんなことしゃべりたがるなんて、やっぱり優等生ちゃんってエロいよねー。」
「ふふふ、これは精神攻撃みたいなものなのだ。これから話すことは、もしかすると今後みなも経験するかもしれないが――しかし! それを誰よりも早く経験した一番乗りはわたしであると自慢し、知らしめるのだ!」
「それは興味深いですね。」
あたし、リリー、ティアナ、アンジュ、パムの五人と真ん中のローゼル。そこにいつの間にか加わった七人目がそう言った。
「!! カーミラくん!?」
いきなりの登場にさすがにギョッとするローゼルに対して、普通に入浴してるカーミラはふふふと笑う。
「なにやらロイド様の感情が揺れ動いていましたので、これは何かあると思いやってきました。どうやらとてもうらやましいことをなさったようで。」
「感情って――あ、あんたそんなことわかるの!?」
「この右眼がロイド様の右眼であるゆえに、か細くはありますが繋がっているのでしょうね。なんとなくぼんやりと、ロイド様の感情が伝わるのです。」
ほほほと笑うカーミラ――スピエルドルフの女王に対して割とフランクに接するあたしたちだけど、一人、そういえば初対面のような気がするパムが緊張した顔に……なってないわね。
「あなたがカーミラ女王ですか。」
「あら、そういうあなたはロイド様の妹さんね? こんにちは、カーミラ・ヴラディスラウスよ。」
「……パム・サードニクスです。あなたも例によって兄さんを……」
「ええ。ここにいる皆さんよりも前から。」
女王と小姑がなんとなく火花を散らす中、アンジュが別の話題で口をはさむ。
「あれー? 確か女王様、ロイドは今忘れてるけど、熱い夜を過ごしたとかなんとか言ってなかったっけー? それでも興味深いのー?」
「ええ。今の、以前よりもさらに素敵に、カッコよくなられたロイド様がどのような攻めをなさったのか――ええ、ええ、非常に気になりますね。」
「ほほう。カーミラくんでもそうなるのか……ふふふ、これは思ったよりも大きなリードなのかもしれないな。では語って聞かせよう、わたしとロイドくんの二日間を。」
「――ということなんだが……ど、どう思う?」
「どうってお前、「恋人がいる身で他の女を襲った」なんて、字面だけ見れば最低のクズ野郎だろ。」
「うむ、妙に度胸のある浮気者だな。」
「だよな……っていや、度胸ある浮気って……」
ロ、ローゼルさんが昨日と今日のぐぐ、具体的なあれこれ――をみんなに語っている間、オレは強化コンビことカラードとアレクを誘い、オレもまた大浴場へとやってきた。
ケダモノ、まさにごもっともということをやらかしたオレは、しかしてそのやらかしがまだこの先も起こり得るという事に心臓が止まりそうというか破裂しそうなわけで、どうしたらいいのかわからず、とりあえず男子の意見を聞こうと思って二人と裸の付き合いをしている……のだが……
うぅ、オレはクズ野郎……
「とはいえロイドだからなぁ……なあ?」
「そうだな。」
「な、なんか最近その一言で色々片付けられている気がするんだけど……オ、オレだとどうなるんだ?」
「クォーツさんはいい顔をしないだろうが、きっとそれならそれで今以上にロイドと仲を深めようとするだろう。他のみなもおそらく同様。つまり――」
「あんまり今までと変わんねーんじゃねーか?」
「えぇ……」
どど、同級生の女の子をおそ、おそ、おそ――というのに何も変化なしって……
いや、まぁ……その女の子はオ、オレの事を好きと言う女の子だから……もしかしたらちょっと事情が違うのかもだけど……そ、それにしたって……
「やっちまったもんはしょうがねぇだろ。今更何をしたって事実は変わんねーぞ?」
「それはそうだけど……だ、だからこそ今後はこういうことがないようにだな……」
「抗い難い力というのはあるものだぞ、ロイド。竜巻に家を飛ばされたから、じゃあ次はどんな竜巻が来ても飛ばされない家を建てようと言っても、自然の本気に勝てる家など作れないだろう?」
「ものすごい例えだな……」
時折妙な事を言うカラードは、腕を組んでうむうむと頷きながら話をつづけた。
「いやいや、我ながら言い得ていると思うぞ。情事に限らず、今の時代の女性は強いからな。ロイドが押しに弱いというのもあるだろうが、しかして圧倒的なのは彼女たちの攻めのパワーではないか?」
さらりと押しに弱いって言われたな……いや、その通りだからいいんだけど……カラードたちにもそう見えてるんだなぁ、オレ……
「た、確かにみんなのせ、攻めは……い、いや、今回に関して言えばラッキースケベもあるはずで――」
「あまり関係ないと思うぞ。彼女たちの強さは中でも飛びぬけているだろうからな。」
そう言いながらぼんやりと天井を見るカラード。
「今の十二騎士で最強と言われているのは女性騎士。国王軍の指導教官も女性。ついでに言ってしまえば長く世界を苦しめる最凶の大悪党も女性。男性が世界を回していた時代は遥か昔、今は男女平等と言われるがそれも通り過ぎ、世界は女性を中心に回り始めているのかもしれない。」
「い、いきなり何の話だ?」
「欲望に流されろとは言わないが、昔から男というのは性欲に負けがちで、その上今の女性は男よりもたぶん強く、ロイドの周りは精鋭揃い。さっきも言ったが抗い難いと思うぞ、おれは。」
「な……せ、攻められるままにおそ――ってしまえと……?」
「そうなるが……ふむ、きっと「襲う」という言葉が良くないのだ。ロイドは今回の事を、理性が誘惑に負けてしまったが故のやってはいけない行為と見ているが、考え方を変えてみるのだ。」
「えぇ?」
「例えばだが、すごく美しく、スタイル抜群の女性が全力で誘惑してきたとしてもその人のことを欠片も知らないのなら、おそらくロイドは反撃しない。」
「なんつー例えを……い、いや……どうかな……」
「個人的には断言できるがな。では今回はなぜ? それはきっと、ロイドの中にあるリシアンサスさんへの好意が――愛が、そうしてしまうほどに大きくなっていたからなのだ。」
「アイ!?」
「はっはっは、交流祭で愛の力を語っていた男がそんな反応をするとは。ともかく、誰かを好きになるというのはその後、手を握ったり口づけしたりという欲求につながるのだろう? ならば今回のロイドの反撃はその延長――つまりはそれくらい今のロイドは彼女が好きなのだ。キッカケはそうだったかもしれないが、単に誘惑に負けて襲う事と募った想い故の欲求は、似てはいるが根本的に異なるはずだ。」
「オレ――が……で、でもそれはそれでひどいだろ……た、確かにその、好き――っていう気持ちは認めるし、自分自身の優柔不断っぷりは知ってるけど……エ、エリルがいるのにそ、そんなになるまで他の女の子をす、好きにって……」
「別に一人がたくさんを好きでもいいと思うが……しかしそうなってしまったのなら、さっきのアレクではないが仕方がないだろう。想いにフタをすると、容器に深刻な亀裂が入るモノだ。」
「……」
「そんな自分をダメな奴と思うよりも、好きになった相手一人一人を幸せにする方法を探し、行動する方が……うむ、おれ的にはロイドらしいと思う。仮に責任をと考えるのならその意味でもな。」
気持ちのいい爽やかな笑みを浮かべるカラード。そんなルームメイトのこっぱずかしい意見をアレクがアレク風にまとめる。
「よーするに、どうせロイドは連中のとんでもない威力のお色気攻撃には勝てねーし、それがまんざらでもないくらいに連中が好きなもんだから反撃もしちまう。ならもうその辺は前提として、全員がハッピーになるにはどうすればいいかってことを悩むべきだろうってこったな。」
ひどすぎて割とどうしようもない相談にえらいポジティブな、もしくは難易度の高い答えを返した二人。
前にもこんなことが……男子会の時にもあった気がする。オレのマイナス方向の考えをくるくるまるめてプラスの見方を示してくれる。なんというか……オレはすごい二人を友達に――
「まぁただの女ったらしになりそうだがな。」
「「ただの」ではないぞアレク。すごい女ったらしだ。」
「がはっ!」
じんわりと温まったこころに刃が突き刺さった……!
「積極的には動かないがそういう状態になったらおずおずと愛を見せつける。これはなかなかやり手のような気がするな。この先も増えていくのだろうしな。」
「だけど基本的には尻に敷かれる感じだろ? 男子連中がハーレム王だとか言ってるが、苦労の絶えない男だな、ロイド。」
「いい感じにまとめたあとに滅多刺しにしてくる二人が恐ろしいぞ……くそ、二人に恋人ができたら色々と言ってやるぞ……!」
「そういや恋愛マスターが言うには俺やカラードにもそういう相手がいるって話だが……一体いつ会えるんだろうな?」
「おお、アレクが恋バナを。まぁおれも気にはなるが……うむ、その時は先輩であるロイドに指導を願うとしようじゃないか。」
「オレに!?」
「どうせ《オウガスト》直伝の夜の技とかあんだろ?」
「んなもんあるか!」
しかしながら……二人の意見は結構あっている。つまりその……うん、たぶんオレはみんなが今回のローゼルさんみたいにせ、攻めて――きたら、我慢……できない。その自信はだいぶ無い。
そもそもそういう状況にならないようにというのはあるが、約束は破れないし……いや、そもそも約束があろうとなかろうと、押しに弱いことに定評のあるオレには……うぅ……
だ、だから二人の言う通り、そうなってしまうことはもう諦めて、その後どうするかを考えるべき――なのかもしれない。とりあえずエリルに燃やされることは確実で……
エ、エリルはどう思っているんだろうか……い、今頃オレがローゼルさんにしたことを一から十まで知って――げ、幻滅するだろうか……嫌われたりするかな……
それとも…………わたしにもしなさいよ的な――ひゃあ、なに考えてんだオレ!
だあぁぁ……こんな風にみんなを見るオレってやつは……でもこの状況はみんなの攻めで……いやいやみんなのせいにするなするな……あぁあぁぁぁ……
……フィリウスなら「楽しめ大将!」とか言いそうだが、こんなキャパオーバーな事を楽しめな……たのしむ……楽しめるかっ!
あ、あんなのは楽しむとかそういう次元じゃないというか別の感情を生むというか――お、女の子ってああなって――またなに考えてんだオレはっ!!
「おい、ロイドが変な踊りを始めたぞ。」
「悩みに悩みまくっているのだろう。おれやアレクにはまだない――いや、きっと来ないだろう類いの悩みさ。」
「だろうな。しかしまぁ、んな悩みを他人にしゃべるもんか? 普通よ。」
「そこがロイドで、おれたちの仲間で同志で親友なのだろう?」
「……俺はそういうこっぱずかしいことをあっさり口にするお前にも、モテの可能性が大いにあると思ってるぞ……」
「んん?」
田舎者の青年がお風呂場で踊り始めた頃、国王軍の訓練場にある会議室にて十二騎士やセラームなど十数人の騎士が壁に映し出された一人の騎士――元騎士の資料を見ていた。
「予想以上の大物が出てきたもんだ。爺さんも知らないだろ?」
「当たり前だ。百年以上前の話じゃぞ? 《ディセンバ》こそどうなんじゃ。前任者についてはある程度知っておるはずだが。」
「……歴代の《ディセンバ》の中に第十二系統の特性を極めた騎士がいたというのは聞いていたし、その名も知っていたが……彼女は普通に歳をとり、トーナメントで次代の騎士にその座を託して引退したと記録には。正直、すごい人がいたのだと尊敬の念もあった……」
「その辺が隠蔽された後の記録だったわけか。そりゃあまぁ、元十二騎士が国の敵になったっつぅんじゃぁなぁ。確かにフェルブランドの信頼は揺らぐし、十二騎士っつー制度も危うくなる。最悪騎士って存在もな。」
ため息と共に、筋骨隆々とした男は壁に映る一人の騎士――古い写真の中にいる女性騎士を眺め、その経歴――歴史を読み始めた。
今より百年以上前。世界の片隅ではまだちらほらと他国と戦争している国がある時代に一人の少女がいた。正義感にあふれ、間違っていれば相手が男であろうと大人であろうとはっきりと意見を言う真っすぐな少女だった。
そんな少女は、弱きを助け強きをくじく正義の体現――騎士に憧れ、騎士学校の門を叩いた。少女の親族に騎士は一人もいなかったが、天は少女に特別な力――非常にまれな得意系統、第十二系統の時間魔法の才能を授けた。
もはやその系統の使い手というだけで名が残る第十二系統。少女は正義をなす事こそが自分の使命なのだと信じ、その力を日々伸ばしていった。
騎士学校を優秀な成績で卒業した彼女は国王軍に入隊。着々と実績を積み、それに比例して強くなっていった彼女は十二騎士――《ディセンバ》の座にまで上り詰めたわけだが、ここで彼女に転機が訪れた。
当時既にフェルブランド王国は四大国に数えられており、他の三大国とは友好的な関係を築いていた。その為、戦争が起きたり戦争に巻き込まれたりすることは無く、国王軍の仕事となると国内で魔法生物や犯罪者が起こす事件を解決する事が主だった。
だが十二騎士は世界連合から要請を受けて動く部隊。今でこそ十二騎士に命令が下るような事件はほとんどないが、戦争が残る当時は出動の機会がそこそこあった。
ゆえに彼女は十二騎士となったことで国外に出向くことが多くなったのだが、そこで彼女はある事を知ってしまう。
それは国によって異なる制度――貧富の極端な差、王族や貴族の為の政治、そして奴隷。大国として随分昔から平和であり続けているフェルブランドで育った彼女にとって、外の世界はあまりに衝撃的だった。
正義を掲げる彼女はそういった制度を撤廃するべく行動しようとしたが、それは国王軍の上層部によって止められてしまう。
当時のフェルブランド国王や国王軍所属の騎士も、そういう制度が良くないという事とはわかっていた。しかしその状態がその国をその国たらしめている制度であり歴史。自国に何らかの不利益がない限りは他国の事に口を出すことはできないというのが暗黙のルールとして今も昔も存在している。
だが彼女の正義はそれを許容できなかった。国が違うという理由で放置されている弱き者を救うため、彼女は国の制止を無視してあらゆる活動を行った。
彼女と同じ考えの貴族や騎士に働きかけて改革の後押し、不満を持つ国民を集めてのデモ活動など、十二騎士という地位を最大限に利用し、彼女は自身の正義を貫き続けた。
しかしそんな彼女を当事国が良く思うわけもなく、十二騎士の越権行為として彼女が所属する国王軍、ひいてはフェルブランド王国がとがめられるようになった。フェルブランドとしても国際的な立場からそれを無視することはできず、これ以上活動を続けるのならば十二騎士としての地位は勿論、最悪「騎士」という肩書きも奪わざるを得ないと、彼女に忠告した。
明らかに正しいことをしているというのにそうなってしまった事に彼女はショックを受け、そして悟った。やり方を変えなければならない――世界の奥深くに根付いてしまっている「それ」を取り除くためには多少なりとも強引な方法が必要であると。
そこで彼女は悪しき制度を撤廃する為として、当時のフェルブランド王国国王にあることを進言したが、それが通ることはなかった。
その後、十二騎士や国王軍としての立場が自身の正義の邪魔になると考えた彼女はそれら全てから自身の名を消し、フェルブランドをあとにした。
それから先、彼女がどこで何をしていたのかを知る者はフェルブランドにはいないのだが、先の進言によって危険な思想の持ち主と判断された彼女は、元十二騎士としての実力も踏まえてフェルブランド王国では要注意人物として扱われる事となり、加えて、彼女の存在はフェルブランド王国の国としての信頼を揺るがしかねないとし、その情報は国の最重要機密となった。
彼女が軍を抜けてから数十年後、彼女の事を知る者がほとんどいなくなったその時、彼女は先代から王座を受け継いだ次の国王の前に現れた。
国王という立場上、彼女のことを知っていた当時の国王は、再びなされた危険な進言を先代と同様に却下し、その場にいた騎士に彼女を捕らえるよう命じた。だがかつて十二騎士に名を連ねていた彼女に勝てる者はなく、彼女は一つの宣言をしてその場から消えた。
何の前触れもなく突然王の間に現れたという点と先の情報規制により、彼女がその時その場所に現れたことを知る者は非常に少なく、この事件は「無かった事」とされたのだが、直後彼女は宣言通りに行動を開始した。
即ち、反政府組織――オズマンドの立ち上げである。
「そして今回が三回目……なるほどの、気の長いばあさんじゃ。王座の交代からざっくり計算しても百歳超えじゃぞ。」
「というかおい、今更だがこの話を爺さんに聞かせて良かったのか? 国の機密だったんだろ?」
「なんだ、ケチケチするな。それにわしの孫の初めての戦友にも関わりそうな案件、黙ってはおれんぞ?」
「あとでどっかのお偉いさんの小言がきそうだが、ならまぁ戦力としてカウントすんぞ。」
「うむ。」
「おお、これで十二騎士が四名も……心強いですね。」
集まった者全員が腕利きの騎士というこの一室においても圧倒的な存在感を出す四人を前に他の誰もが緊張する中、またもや代理でまとめ役を務める休日のお父さん風ののほほんとした男がそう言った。だが――
「すみませんが、私を戦力――攻めの力としては考えないでいただきたい。」
四人の内の一人であり、おそらくこの室内で最も目立つ格好をしている人物――長く濃い赤毛をくるぶし辺りまで伸びるポニーテールにしたメイド服姿の女性がキリッとした表情でそう言った。
「そりゃあまぁそうだな。十二騎士っつーよりはクォーツ家のメイド兼護衛だから呼んだようなもんだし。」
「んん? なんだ、勿体無い。《エイプリル》の文字通りの火力を使わんのか?」
「十二騎士でも《エイプリル》の本職はメイドだ。国王軍の戦力としてカウントされんのはおかしいだろ? それに《エイプリル》がクォーツ家を護衛してくれんなら、少なくともそこは安全安心だ。」
「安全? わしらの中で一番強い《ディセンバ》の時間をあっさり止めるようなばあさんを相手にか?」
捉えようによっては煽りに聞こえる事を言いながら、片腕の老人はどこぞの町娘のような恰好をしている女性に視線を移した。
「はっきりさせておきたいんだが、あのばあさんの時間魔法はお主より上か? 《ディセンバ》。」
第十二系統の時間魔法。その系統の使い手の頂点に立つ《ディセンバ》ことセルヴィア・キャストライトが王の間に賊の侵入を許したという事実は、騎士の間にさざなみを立てていた。
使えるだけで大きなアドバンテージとなる時間魔法を更に高め、尋常ではない体術による高い戦闘力で圧倒的な強さを見せる彼女をあろうことか時間魔法で止めてしまった老婆に、果たして自分たちは勝てるのか――そんな不安が小さく広まっている中で片腕の老人が誰もが気にしていることをはっきりと尋ね、室内は一瞬で静まり返った。
「そうだな、ある分野においては彼女の方が私より上だ。」
ピリッとした空気が走る中、筋骨隆々とした男がそんな空気を察してなのか気にしてないのかわからないが、頭をかきながら呟いた。
「んあ、さっき言ってた第十二系統の特性ってやつか? 正直俺様はその辺には詳しくねぇんだが。」
「……第六系統にあらゆるモノをマナの代わりにできるという特性があるように、第十二系統には発動時間の設定と経過時間に比例した効果の増加という特性がある。」
「小難しい感じだな。」
「発動時間は……風魔法で例えるなら、大きな竜巻を発生させる魔法を使ったとして、実際に風が巻き起こるのを十分後や一時間後にできるというモノだ。」
「んん? いわゆる設置型とかトラップ型とか言うやつか?」
「少し違うな。あれらは何らかの条件――魔法陣を踏むとか特定の系統の魔法を使うなどと言った外的な変化を引き金にして発動させるモノだ。対して時間魔法のそれは設定した時間が経過すればそこに誰もいなくても発動する。」
「設定した時間か。なるほど、さすがの時間魔法っつーわけだ。ちなみにどれくらい設定できるもんなんだ? 設置型の魔法は丸一日もキープできりゃあ相当な使い手だが。」
「私でも一年くらいは設置できる。」
「ほう、これまたさすが。だが一年後の先を見据えて魔法を設置って無理な話じゃねーか?」
「やろうと思えば、という話だ。それに設置した者であれば設定した時間が経過していなくても発動させることはできる。」
「ああ、んまぁそりゃそうか。」
「そしてこの特性と相まって時間魔法を強力にする……してしまうのがもう一つの特性だ。」
「妙な言い方だな。なんか不都合なのか。」
「場合による。経過時間に比例して効果が増加するというのは、例えば術者が「相手の時間を五秒止める」というような時間魔法を使ったとする。本来であれば相手の停止時間は五秒なのだが、もしもこの魔法がどこかに設置され、ある程度の時間が経過した後に発動したとすると、その効果は十秒や二十秒となってしまうのだ。」
「あん? つまり術者の意思に関係なく、放置された時間魔法はされた分だけ威力が上がっちまうってことか?」
「そうだ。経過した時間を魔法が勝手に力として吸収しているイメージだな。」
「確かに場合によっちゃ便利だし迷惑だな。設置しといた時間魔法が勝手に強力になっちまうって――」
そこで筋骨隆々とした男の表情が厳しくなった。
「――さっき「私でも一年くらい」っつったな。」
「気づいたか。」
そのやりとりでその場の全員がある事に気づき、映し出されている元十二騎士の老婆に視線を戻した。
「彼女はこの特性を歴史上最も鍛え上げた使い手と言われている。魔法の設置は十年単位で出来たとされ、効果の増加率のコントロールも可能とした。最大にまで引き上げるとその増加率は通常の数倍だったと聞く。そんな彼女が……おそらく時間魔法を応用して百年以上生きている。仮にオズマンドとして活動を始めた頃に何らかの魔法を設置していたとすれば、その魔法は通常の数倍の増加率で二十年間、その威力を上げ続けていることになる。」
「想像もつかねぇな。どれくらいのモンになってると思う?」
「そうだな……この国を丸ごと、かなりの長期間停止させることができるかもしれない。」
「国丸ごととはもはや天上の領域だが……つまりは《ディセンバ》よ、先の遭遇でお主が止められたのは事前に仕掛けてあった魔法の力というわけか?」
「おそらく。大したマナの流れも無しに突然発動したからな。」
「ああ、そうか。設置しといた魔法が時間経過でいくら強力になっても術者の負荷は初めの一回だけか。ずりぃな。」
「そんなずるい魔法を何十年とかけてコツコツ設置しておるとなると……ほほ、こりゃあ手強いのぅ。」
「過去にオズマンドが現れた場所と、騎士時代の彼女がよく行っていた所などはリストアップしておいた方がいいだろう。時間魔法が仕掛けられている可能性が高い。」
「少なくとも、この首都で戦うのは分が悪そうだな、ったく。」
この場にそろった腕利きの騎士たちが状況の悪さに厳しい顔を並べていく。今までは本気じゃなかったと言わんばかりに、五年越しか二十年越しかそのまた昔か、真の力を見せ始めたオズマンドという組織。そのトップに立つ一人の老婆に、筋骨隆々とした男は――しかし少しうれしそうな表情を見せる。
「その上でツァラトゥストラも装備たぁなぁ。このマジっぷり、同じことを感じていてもその場しのぎの力づくしかできねぇ俺様からすると、ちょっとばかし憧れちまうのが困ったもんだな。」
「そういえばお主もよく国同士の問題を無視して動いて怒られておるの。」
「しかも王に向かって進言したことってのがなぁ? なかなか根性あるぜ? この婆さん。」
「……もしやフィリウスはすごい年上が好みなのか……?」
「何でもかんでも俺様の好みにつなげんな。冗談みてーなことを言ったと思ったらそれは本気で、今、そのための行動を起こしてんだぜ? カッコいいだろうが。いるか普通? 王に向かって――」
彼女が三度にわたって代々の国王に進言した事は至極単純な事だった。国の違いによって救えない弱者がいるというのならその違いを、国の差を無くしてしまえばいい。
国境と呼ばれるモノを無くす。今ある多くの国々を一つにする。即ち――
「――世界を征服しろだなんていう騎士がよ。」
「ロイくんのバカァァアァッ!!」
バチーンと響くビンタ。
「ロロ、ロイド、くん――の、えっち……!」
先ほどと逆方向から放たれる平手打ち。
「お兄ちゃんのスケベッ!!」
アゴに叩きつけられるアッパー。
「これはあたしもする流れなわけだけど、今回はちょっと本気かなー。」
おでこを弾き飛ばす爆風をまとったデコピン。
「思わず少し、妬いてしまいました。」
いつもなら痛くないのだがわざと痛くしているらしい腕への噛みつき。
「この変態ハレンチ浮気男っ!!」
腹にめり込むボディーブロー。お風呂から戻るや否や流れるようなコンビネーションアタックに迎えられたオレは、その後しばらくみんなから袋叩きにされ……そして今、部屋の真ん中で再び正座していた。
「ロロ、ローゼルちゃんにあんな――そんな――こと! ロイくんてばいつの間にそんな――そ、そういうのはボクだけにしなきゃダメなんだよ!!」
「なな、なによなによ、いつも鼻血ふいてるだけのくせに――あんなことしたなんて……どど、どういうことよ!」
「はひ……あの……す、すみません、オレはケダモノなのでした……」
再びポカポカゲシゲシとパンチキックを受けるオレ。
「まーまーその辺でいいではないか、仕方あるまいよ。ロイドくんも男の子、このナイスバディローゼルさんの本気を前にしてはな。」
正座中のオレの背中にしがみついびゃあああああっ!
「ダダダ、ダメですってばローゼルさん!」
「何がだい? もしや思い出すのかな?」
うっとりとした声でグイグイと押し付けにゃああああ!
「ロ。ロゼちゃんも、え、えっちすぎる……よ!」
「今となっては無理な相談だぞティアナ。わたしは昨日今日と、二日にわたってさっき話したことをロイドくんにされたのだ。もはや遠慮はないぞ。」
「――!!」
珍しくティアナが顔を真っ赤に――というか……!!
「ほほ、ホントに全部――はな、話したんですか!?」
「うむ。このローゼル、ロイドくんから受けた愛は全て覚えているのだ。」
「ぎゃりゃあああっ!」
お風呂で火照った身体をピッタリとくっつけてくるローゼルさん……!
「一つ一つ、順番に自慢した。ロイドくんの手が、指が、唇が、わたしのどこに触れたのかを。」
「まばあああああっ!」
みんなからものすごい睨まれてる! エリルとリリーちゃんはプンスカしてるし、ティアナは真っ赤だし、あのアンジュもぶすっとしてるし、パムが鬼のようだし、ミラちゃんは笑顔が段々怖くなってきた!
「あ、朝も言ったけど! は、恥ずかしくないのですか!」
「朝も言ったが恥ずかしいさ。しかしそれ以上に嬉しい。好きな人にわたしを深く知ってもらい、わたしは好きな人をもっと知って……もっと好きになった。ロイドくんはどうだい?」
「オヘ!?!?」
カラードの言葉が頭をよぎる。ローゼルさんの猛攻だけじゃなく、オレ自身もローゼルさんのことをかなり……だから今回……ああぁぁ……
「――! ――!! こここ、今回のというよりは……その……」
「うむうむ。」
「そそ、そもそも……ロロ、ローゼルさんのここ、ことが――かか、かなり――なかなかに……すす、スキになっているが故の――オオカミであると……そんな分析もあったりしまして……」
最低最悪だオレ!
「ほー……」
ローゼルさんの嬉しそうな「ほー」が聞こえたけど顔は見れない……! かわりに更なるパワーでくっついて――!!
というかエリルに燃やされる気が――あ、謝るのだ! 謝罪を!
「ひゃほ、エリルさん!」
ローゼルさんから割と全力で抜け、オレはエリルの前に正座しなおす。
「……あによ……」
「ゆ、優柔不断というか惚れっぽいというか――すみません!」
最近よく謝られる気がする。ロイドの土下座も何回目かしら。
ただ……そりゃあまぁ……このドスケベが、って思うけど、今回のは今更なところもある。リリーみたいだけど……あ、あたしという者がありながら他の女とイチャイチャしてる――されるのは毎度のことで、それがとうとうアレなところまで来ちゃったって話なのよね。
でもってロイドがさっき言ったことはたぶんその通り。例えばこのエロ女神レベルのび、美女――が現れて物凄い攻撃を仕掛けて来たとしても、ロイドであれば鼻血ふき出しておしまい。それが今回みたいな反撃をしちゃったっていうのは……ロイド自身にそういう気持ちがあるからなんだわ。
同じくらいの時期に全員から告白されてあたしをす、好きだと言ったロイドだけど、あの時から今に至るまでの色々であたし以外に対する感情が……本人の言う通り優柔不断で惚れっぽいけど、大きくなったのね。
ロイドは……エロ女神らとしでかすあれこれをあたし相手の時だけ……な、なんか積極的になるっていうかスケベっていうか……そんな感じになる。お姉ちゃんが言うに、ロイドはあたしにベベ、ベタ惚れ――みたいだし? その態度が変わることはない――と思うけど、要するにエロ女神たち相手の時もそうなる――そうなりつつあるってこと……なのよ。
他のとの関係が進んじゃったのに対してあたしはどうなのかしら。そ、そりゃあそこそこに色々としてみたりしてるけど……なんていうか、あたしが恋人なんだし――みたいな余裕っていうか……油断がどっかにあったんじゃないかしら。そのせいでエロ女神に先を越され――べべ、別にあたしがしたいわけじゃ……
と、とにかく……あたし自身ももうちょっと……
「……ロイド……」
「はい!」
「あんたはスケベで最低な男だけど、あたしも頑張りが足りなかったのかもしれないわ。」
「はい――はい? え、それはどういう――」
目をパチクリさせるロイドの口を、あたしはあたしの口で塞いだ。
「んぐ!?」
あたしは恋愛マスターのせいでロイドに出会ったのか、それとも偶然出会ったのか……あたしが赤い糸の相手なのかどうなのか……わかんないけど、とりあえずどうでもいい。
この先に登場する他の女も知らないし、あたし以外の女と何しようと――とはちょっと思わないけど、半分くらいはもういいわ。
なんでこんな面倒なのをこんなに好きになっちゃったのか謎だけど……いいわよ、わかったわよ。
あたしはエリル・クォーツ。端くれだけどれっきとした王族で、心強いお姉ちゃんもいる。
この田舎者とは相部屋で、一応恋人。準備は万全。
なんとなく待ってたけど、こうなったらしょうがないわ。あたしの本気を見せてやるわよ。
「ちょ、二人ともいつまでチューしてるの!」
リリーにおでこをつかまれて引き離される。目の前にはいきなりのことにキョトンとしつつも真っ赤な顔で目をぐるぐるさせるロイド。
これは――あたしのよ。
「なーんか……お姫様がいつもと違うむすっとした顔になってるけどー……優等生ちゃん、厄介な相手を本気にさせちゃったんじゃないのー?」
「ふふ、望むところだとも。」
ニヤリと笑うローゼル。見てなさいよこのエロ女神……あ、あたしだって……
「エヒ、エヒフさん……!? 今のはあの――」
「ロイド、あんたのベッド燃やしちゃったから……きょ、今日から一緒に寝るわよ……」
「えぇっ!?!?」
「な、何を破廉恥な事言ってるんですか!」
決意とその勢いで口から出た言葉に小姑が反応した。
「兄さん! 宿直室から布団を借りてきますから、自分と兄さんは床で寝るんですよ!」
「えぇっ!? ――というかえぇっ!? パ、パム泊ってくのか!?」
パムがいること自体はそんなに珍しくないから何も言わなかったんだろうけど、泊ると聞いて驚くロイド。
「む、ついにパムくんもロイドくんを狙うようになったのか。これは厄介な小姑だな。」
「仕事です! エリルさんの護衛が今の自分の任務ですから! や、やらしいことは自分が許しませんからね!」
「ご、護衛!? またエリルを狙う悪党が出たのか!?」
「エリルさんを狙う悪党? それはつまり、ロイド様も巻き込まれる可能性があるということですね? 詳しく聞きましょうか。」
スケベロイドの話がいったん止まり、この中でまだパムが来た理由を知らない三人に……まぁ、カーミラはイレギュラーで加わった感じだけど、パムが今起きてることを話し始めた。
「おずまんど? なんかどっかで聞いたような気が……」
「兄さん絡みですと……そうですね、ザビクがムイレーフに呪いをかけて兄さんを襲わせた時、ムイレーフがまとっていた鎧にオズマンドのシンボルが刻まれていました。まぁ、あれは襲撃者をそっちの手の者と思わせるフェイクでしたが。」
そんなフェイクも結局、一緒に来てたフルトブラントっていう魔人族に魔力を追跡されて普通にバレたんだけど……
「とにかく、昔から国王軍と小競り合いを続けている反政府組織がツァラトゥストラという過去の遺物を手にして暴れ出したのです。」
「ツァラトゥストラ? 随分古い名前が出ましたね。」
と、そこで思いもよらない人物――カーミラがあらあらという顔をした。
「つぁ……ミ、ミラちゃん知ってるの?」
「ツァラトゥストラですよ、ロイド様。ええ、資料にある程度の事でしたら。」
カーミラがさらりと言った事にあたしは「へぇ」としか思わなかったんだけど……パムだけ妙に厳しい表情になった。
「……その昔に『世界の悪』が悪党連中にバラまき、結果最悪の時代と呼ばれる時期を作り出したモノを……魔人族の女王であるあなたが知っているのですか……?」
「スピエルドルフの女王、ですよ。知っているのは当然と言いましょうか、何せそれを生み出したのは魔人族ですから。」
「なっ!?」
パムが驚愕する。
あ、これってもしかして……人間の世界に大混乱を生み出したモノを魔人族が作ったってわけだから……ちょっと外交的に? まずい案件ってことになるんじゃ……
「魔人族の犯罪者に多い思想ですが、自分たちの方が強いのですから人間を支配してしまおうという派閥にいた一人の科学者が生み出したモノです。その者が言うには、魔人族が唯一劣るのはその個体数なのだから、いっそ無駄に数の多い人間を少しいじって自分たちに従順な、かつそこそこ強い兵士にしてしまえば人間の軍とも戦えると。そうして作り出されたのがツァラトゥストラというモノです。」
「……! では最悪の時代のキッカケは魔人族に――スピエルドルフにあったと……?」
「あら……」
ふと、笑ってはいるけどカーミラが鋭くパムを見つめる。
「滅多なことは言うモノではありませんよ、妹さん。話は最後まで聞きませんと。」
「――!」
部屋の中の空気がゾッとする。
「魔人族が行った事ですから記録はありますが、その者はスピエルドルフの国民ではありませんでした。人間も、同族だからと言って他国の誰かの不祥事の責任は取りませんでしょう? 加えて、その記録によると研究は途中で行き詰まり、ツァラトゥストラは完成しなかったそうです。もしかすると、どこかで未完成のそれを見つけた『世界の悪』が改変して使ったのかもしれませんね。」
時々ローゼルがロイドにする冷たい笑顔みたいな、だけど威圧感がまるで違う微笑みを浮かべるカーミラに、パムは頭を下げた。
「し、失言でした。申し訳ありません……」
「ふふふ。まぁ、スピエルドルフの存在を知っていると魔人族イコールわが国となるのは仕方のない認識ですね。」
女王モードをのぞかせたカーミラはすぐに穏やかな雰囲気に戻った。まったく、心臓に悪い吸血鬼だわ……
「ふむ。しかし元々魔人族が作ったモノだというのなら、その記録にツァラトゥストラとやらへの対策につながる情報があるのではないか? それがあればオズマンドとも……」
しゅんとしたパムに代わってたずねるローゼル。
「可能性はありますね。ですがその記録というのはスピエルドルフに属さない魔人族に関してレギオンのメンバーが手間をかけて調べ上げたモノですから、扱いとしては機密に近いのです。なにより、先ほど言ったようにツァラトゥストラとわが国にはつながりがありません。ハッキリ言って、手助けする理由がないのです。」
キッパリと言い切るスピエルドルフの女王。ロイドを真ん中に、あたしたちは魔人族との距離を近く感じてるけど……やっぱりスピエルドルフの基本姿勢は人間と距離を置く、なのよね。
それに、前のあたしたちがそうだったみたいに大抵の人は魔人族に対して怖いイメージを持ってるから……手助けするイコール魔人族側に何らかの落ち度があるって、さっきのパムみたいに思う奴が出てきたらスピエルドルフと人間の国の関係が悪い方向に進みかねないわ。
「でも女王様、ロイドが頼んだらまた違うんでしょー?」
国と国のピリピリした感じの話だったのに、アンジュが空気を壊してきた。
……何かと空気読まないのか読めないのか、アンジュってこうよね……
「そうですねぇ……」
チラリとロイドを見たカーミラはニンマリと笑う。
「ロイド様がローゼルさんにした事をワタクシにもして下さるというのであれば考えなくもないですね。」
「な、何言ってんのよエロ女王!」
カーミラにうっとりとした視線を送られたロイドは真っ赤に――なりはしたけど、なんか変な顔になった。
「そ、そういうのは……ダ、ダメ……だと思うん――あ、いや! ミラちゃんがダメという意味じゃなくって! つ、つまりその……」
赤いながらも真面目な顔でロイドはおずおずと言葉を続ける。
「た、確かにスピエルドルフのみんなの力を借りられるなら心強いけど……その、ゴーゴンさんにオレが持っている……動かせる力の大きさっていうのを教えられて……ま、まだ思い出せてはいないけど、オレはみんなからの好意と信頼に応えなくちゃと思って……だ、だからこういう形でそれを使っちゃ――と、というかその為にミラちゃんとっていうのはミラちゃんに失礼というか……」
「ロイド様……」
「も、もしかすると……力を借りていたら傷つかなかった人――とかも出てくるかもだけど……こ、これはゆずっちゃいけない気が……そ、そもそもフィリウスとかセルヴィアさんもいるわけだし、国王軍はすごいから大丈夫です!」
ごちゃごちゃした意見を勢いでまとめたロイドに……なんか更に熱い視線を送るカーミラ。
「ワタクシとの関係を大事にしてくださっているのですね……ワタクシと愛し合う時にはそうあるべきタイミングがあると……!」
「ほぇばあああぁぁっ!」
ローゼルとの――その、アレのせいで未だに過剰反応するロイドにむぎゅっと抱きつくカーミラ……!
「あぁ、ワタクシ嬉しいですわ。やはりロイド様は……ふふふ、今のお言葉、わが国の民に伝えなければいけませんね。」
「びょっ!? は、恥ずかしいからやみゃあああああ!」
ロイドの首に舌をはわせ――このエロ吸血鬼!
「じょ、女王ですらこの有り様ですか!」
カーミラの女王としての迫力に小さくなってたパムが、それでもロイド絡みとあっては知ったこっちゃないのか、カーミラを押しのけてロイドをあたしたちから遠ざける。
「まったく! 今回の任務以外でも、自分が顧問になったからにはこっち方面も厳しく監視しますからね!」
「顧問――あ、じゃあパム、お兄ちゃんたちの部活の顧問、許可もらえたんだ。」
「――!! ロロ、ロイド様……今なんと……」
カーミラが……なんかすごくかわいいモノを見つけた女の子みたいな顔になる。
「えぇ? えっと、セイリオスの部活の制度で現役の騎士を顧問にできるっていう――」
「いえ、そこではなくて。ロイド様、今ご自分のことを「お兄ちゃん」と言いましたよね?」
「う、うん……パム相手の時には……昔のクセというか……」
「まぁ……」
さらにうっとりするカーミラ……
「うふふ、今のロイド様と先ほどのロイド様のお言葉で胸が温かくなりました。スピエルドルフではなく個人的な好意として、見方を変えればただの友達が遊びに来た程度として、先ほどの助力の件、その筋に詳しい者を送りましょう。」
「! 本当ですか!」
「? 友達が遊びに来た程度って……え、ミラちゃんまさか……」
「ではワタクシはこれにて。それはそうとロイド様。」
「え、あ、うんん――!?」
がっしりと抱きつきながらロイドにキスを――!!
「――ん……ではロイド様、またこちらに来た時に。」
あわわっていう顔をしてるロイドをそのままに、空中に穴のように出現した黒い霧の中に消えていったカーミラ。
「ふむ。我らがムッツリエリル姫しかり、どこもかしこもお姫様というのは自由だな。」
「あんなのと一緒にするんじゃ――誰がムッツリよ!」
「……スピエルドルフの助力が得られるのは嬉しいですが……まったく、兄さんのまわりには破廉恥な女性しか集まらないんですかっ!」
「そ、そう言われましても……」
「そのくせ妙に実力だけは高いんですから、まるでどこかのゴリラみたいです!」
「ほう。現役のセラームから見て、わたしたちの実力は高いのか。」
「少なくとも昨日模擬戦をした皆さんは。」
「模擬戦? なるほど、わたしがロイドくんとイチャイチャ――いや、ラッキースケベによってあんなことやこんなことをされている間、皆は部活で汗を流していたわけか。」
「んぎゃあああああっ!」
ムカつくドヤ顔をかますローゼルと、変な声をあげながら転がるロイド……
「それで、具体的にはどれほどのモノだったのだ? エリルくんたちの実力は。」
「……正直、個々の戦闘能力は一年生……いえ、学生を超えている部分もあります。特にあの正義の騎士は。」
「ほほう、さすがブレイブナイト。」
「ですが「騎士団」というチームとしてはまだまだ経験不足。少しかき回されると途端に崩れますね。まぁ、そこを鍛えるための部活なんでしょうが。」
「ふむ、楽しみだな。となると一本、わたしもパムくんと手合わせするべきなのかな? ロイドくんからの愛を受けたわたしは今、相当強いと思うぞ?」
「は、破廉恥な事と騎士の話をごっちゃにしないでください!」
「しかし事実だぞ? 今日の朝も、以前のわたしならできなかっただろう魔法技術でリンボクとかいうナンパ男を海の彼方へと――」
「! リンボク!?」
腹の立つ顔でしゃべってたローゼルをハッとした顔で止めるパム。
「偶然――いえ、しかし今のような状況ですから、同名でも一応……」
「ど、どうしたんだパム?」
赤い顔のままのっそりと立ち上がったロイドに、パムは真面目な顔でこう言った。
「記録によれば、リンボクというのはオズマンドの序列八番目の男の名前なんです。」
「んん? ああ、あそこか、あのイルカがうじゃうじゃ来るっつーとこだろ? んなところでお泊りたぁやるじゃねーか大将! うお、そう怒るなよ妹ちゃん。」
オズマンドを率いる一人の老婆、アネウロの計り知れない実力に覇気の弱まった国王軍の騎士たちが警戒態勢で控える中、王城の防衛の為に策を練っていた十二騎士と数名のセラームの騎士の中で一人、筋骨隆々とした男が通信機のようなモノで会話していた。
「一応昔の記録の写真を大将に――んん? 写真と同じ水色の髪と青の服? だっはっは! 五年前からファッションが変わってねぇのか! 顔も――そうか! となるとリンボクで間違いねぇな! 大将に礼言っといてくれ! ついでにナイスバディちゃんとの夜の話を――」
周りにいた騎士たちにも聞こえるほどの怒鳴り声が通信機のようなモノから響き、通話は相手側から切れた。
「今の声はウィステリアの……ロイドくんの妹さんですね?」
「おおリシアンサス! 俺様の弟子とそっちの一人娘がよろしくやったみてーだぞ!」
「はぁ…………はっ!?!?」
いきなりのことに驚いたまま顔が固まる休日のお父さん風の男を横目に、町娘のような服装の女が腕を組みながらたずねる。
「タイショーくんの恋物語は興味深いが、どうしてそこにオズマンドのメンバーの名前が出るのだ?」
「それがな、昨日から今日にかけて大将とナイスバディちゃんがデートしたらしいんだが、今日の朝、リンボクらしき男をナンパされたからっつってナイスバディちゃんが海の彼方に殴り飛ばしたんだとよ。」
「ナイスバディ……ああ、リシアンサスの娘さんか。リンボクを海の彼方へ……さっきイルカと言っていたから、あの海辺の街か。そこにオズマンドの上位メンバーが現れたと……」
「このタイミング、偶然じゃあねぇだろうな。あの街、なんかあったか?」
「軍の施設は……駐屯所くらいか。他に国の施設はないはずだが……」
「ロ、ローゼルが……ロイドくんと……こ、これは喜ぶべきか……ああいや、まずは妻に相談を……」
「おいリシアンサス。一応言っとくが、少なくとも大将なら悪い結果にはなってないはずだぜ?」
「え、ええ……」
「でもってなんか思いつかねぇか? あの街特有のモンとか、連中が目をつけそうなモノとか。」
「えぇっと……イルカの街ですよね……あの場所は……海沿いの街としては国内最大の街ですね……」
「最大……となるとあの街に設置されている対水害特化型の防御魔法は国内で最大規模という事になるな。」
「対水害? なんじゃいそりゃ。」
唯一のこの国の住民ではない片腕の老人が口をはさむ。
「ガルドにもあるんじゃねぇのか? 自然災害とか魔法生物の侵攻とかから街を守る仕掛け的なのがよ。」
「壁がせり上がったりするが……つまりこっちでは魔法の障壁を設置してあると?」
「んなとこだ。で、海の近くにある街には津波とかの対策として水害に特化したモンが置いてあるってわけだ。」
「はぁん、なるほどの。そしてそれをテロ集団が狙ったかもしれぬと。」
「わからねぇが、時間魔法ってのは応用力の高い魔法だからな。どんなモノを何に使うかは予想できねぇ。ましてや化け物級の使い手とあっちゃぁな。おい誰か、あの街にいる騎士に連絡とって確認してもらえ。」
一人の騎士が頷いて部屋の外へ出ていくのを眺めながら、しかし片腕の老人は訝しげだった。
「だが……そういう大事なモノはそれなりの場所にそれなりの警備で設置されるものだろう? ひょっこり現れた敵の幹部があっさり持ち帰れるモノなのか?」
「強力な魔法で隠されてるからそうそう見つけられないが、相手が相手だからな。探し物に特化したツァラトゥストラなんてのがあるかもしんね――」
「た、大変です!」
と、そこでほんの十数秒前に部屋の外に出た騎士が慌てた顔で戻って来た。
「はぇえなおい。やっぱ何かあったか?」
「あ、いえ、そちらではなくて――今報告が来たのですが、捕らえていたオズマンドのメンバーがいなくなったそうです!」
捕えていたオズマンドのメンバー。王城に一人で攻め込んできたその人物はオリアナ・エーデルワイスのランスによってツァラトゥストラの『眼球』を強制的に摘出され、組織の情報を聞き出すために牢屋に入れられていたのだが――
「どういうことだこりゃ。今警報が鳴ってるってことはたった今逃げたってのか?」
鉄の壁に囲まれた空っぽの牢屋から窮屈そうに出てきた筋骨隆々とした男の疑問に、町娘のような恰好の女は首を横に振った。
「プレウロメがここを出たのはもっと前だ。かすかに時間魔法の気配が残っているから……おそらくアネウロがやってきたあの時に。」
「! てことは牢屋の中で何か起きたら警報を鳴らす魔法の時間が止められてたってことか?」
「そうだ。この分だと『眼球』もなくなっているだろうな。」
「だっは、まんまとまぁ、やられたもんだな、おい。」
「相手は元十二騎士の前に元国王軍……多少の変化はあれ、城の構造は熟知しているだろうからな……」
「またふりだしか。ったく、これじゃあ大将の進捗も聞きにいけねぇな。」
「進捗?」
「大将を囲む美女たちとのその後だ。」
「……フィリウスにもそんな時期があったりしたのか?」
「なんだいきなり。いや、さすがの俺様もあそこまでのモテっぷりはなかったな。恋愛マスターの力、おそるべしだ。」
「それは良かっ――いや、あそこまでということはそこそこのモテっぷりはあったのか?」
「まぁな! 騎士ってのは基本、強いとモテる! そして俺様はいつでも所属する集団のトップに立っていた! モテないわけがない!」
「ほぅ……」
「んま、そこで言うと十二騎士のトップにだけはなれてねぇんだがな。アネウロは任せるぞ、十二騎士最強!」
「別にそうであろうとなかろうと、時間使いならば私以上の適任はいないだろう。それにそもそも……」
「ん?」
「あっちのリーダーだからと言って、彼女がオズマンド最強とは限らない。」
「む? 今パムくんがわたしとロイドくんのことをフィリウス殿に話していたが……そのまま父さんにも伝わるのでは?」
「うぇえぇえぇぇっ!?!?」
リンボク……とかいうのにロイドが会ったっていうことをパムがフィリウスさんに伝えて、その後パムがテープで何かの写真を壁に貼り出してる間、とんでもないことに気づいたローゼルの言葉にロイドが真っ青になった。
「どどど、どうすれば! オ、オレあの槍で穴だらけにされるんじゃ……!!」
「夏休みに家に来た時、父さんも結構その気だったと思うから大丈夫じゃないか?」
「ロイくん! ボクには反対する人いないからオッケーだよ!」
「リ、リリーちゃん、そ、そういうことをさらりと叫ばないで……」
「あたし――は、と、とりあえずお姉ちゃんは大丈夫って言うと思うけど……」
「エリル!? な、なんかさっきからせせ、積極的というか何と言いますか!?」
「皆さん注目っ!」
いつもの騒ぎになりかけたところで小姑――パムが手を叩く。
「その話はあとできっちりするとして、一先ずは自分の話を聞いてください。」
パムが壁に貼ってたのはちょっと古い写真。正面からじゃなくてどこからか勝手に撮ったようなアングルで一枚につき一人の人物が写ってた。
「もしかするとエリルさんが何らかの形で狙われるかもしれないということと、ローゼルさんがメンバーの一人を殴り飛ばしたことで、皆さんの前にこの内の誰かが現れる可能性が少なからずあります。敵を敵と知る為にもこの顔を覚えてください。」
「ふむ……こんな事になるのならリンボクとやらはもっとボコボコにするべきだったな。それでこの面子は一体? 妙に写真が古いが……」
「オズマンドが暴れた五年前の時点で組織内の序列が十番以上だった者たちです。さすがに組織のメンバー全員の顔はわかりませんから、こちらの幹部クラスを重点的に。まぁ、全員が今もこのままとは思えませんが。」
「この人たちがエリルを……パム、一人一人頼むよ。」
な、なによ、あたしが狙われるかもしれないからって……さっきまでわたわたしてたクセにいきなりそんな真面目な顔になられたらちょっとうれし――ち、違うわよそうじゃないわよ!
「ではまず十番目の……」
と、いきなり手が止まるパム。
「? パム、どうしたんだ?」
「いえ……この男はプレウロメ。記録によると剣を用いた近接タイプのようで、第一系統の強化の魔法の使い手ではないかと言われています。」
「んん? パム、この人は写真が二つあるんだな。」
「五年前のモノと先日王城を襲撃してきた時のモノですね……」
「王城に……そうか、もうそういう事が起きているのか。」
「ええ。ちなみに所有しているツァラトゥストラは『眼球』でした。眼からビームを出したそうです。」
「え、アンジュちゃんみたい。」
「あたしは口からだよー。」
プレウロメ……ネクタイしめてジャケット羽織ったカッチリした感じの男……ていうか……
「五年前とおんなじ恰好してるのね、こいつ。」
「さっきフィリウスも通信機の向こうで笑っていたけど、リンボクっていうのもそうだったな。オズマンドっていうのはみんなして自分のお気に入りの服でも着ているのかな。」
「どうでしょうか……」
たぶんロイドは半分冗談みたいに言ったと思うんだけど、パムは妙に真面目な顔で二つの写真を数秒睨んでから次の説明を始めた。
「……九番目のこの女の名前はヒエニア。過去の戦闘記録がなく、得意な系統もツァラトゥストラも不明なのですが……さっきゴリラから聞いた話によるとセラームのリーダーであるアクロライト・アルジェントを操ったそうですから、第六系統の闇の魔法の使い手かと。」
どっかの学校の制服みたいな服を着てる女で……もうちょっとサッパリさせて服をちゃんとしたら結構美人――な気がするんだけど……なんか雰囲気が暗いわね。あとたぶん学生じゃないわね。あとパム、今なんかさらっとすごいこと言ったわね。
「ちょっと待ちなさいよ、操ったって……」
「一度あちらの手に落ち、王城襲撃の際にリシアンサスと一戦交えたそうですが、今は医療棟で魔法の除去を受けているそうです。」
あっさりと言うわね……
「八番目はローゼルさんが海の彼方に殴り飛ばしたという男、リンボク。記録によると第七系統の水の魔法の使い手のようです。」
青い服と白いマフラーで水色の髪の毛――って、まんま水使いって感じの……美形だけどチャラそうだわ。
「七番目はスフェノ。第四系統の火の魔法を使う男で、火薬を仕込んだ槍を使ったそうです。」
気合の入った武器を使うらしいけど見た目はパッとしない感じ。どこにでも売ってそうな服を着てる普通の男。だけど唯一……決定的におかしいのが髪型。なにこれ?
「あれ、そういえばこの人も見たぞ。リンボクが飛ばされた時に青い顔をしていた人だ。」
「! そうですか、この男も……」
「あの時はローゼルさんの技にビックリしてあれだったけど……うん、すごい髪型だな、この人……」
ここ最近だと生徒会会計のペペロっていう変な二年生の髪型が一番だったけど、こいつは断トツだわ。
「そして六番目がゾステロ。この中ではおそらく一番若いですね。元はガルドの方で指名手配されていたハッカーだったそうで、第二系統の雷の魔法の使い手です。」
「はっかー……ってなによ。」
「自分もそこまで詳しくありません……兄さん?」
「えぇっと、ほら、ガルドってフェルブランドよりも科学が進んでいるだろ? 機械とかさ。そういう電気で動くモノを……なんというか、持ち主の許可なしに勝手に動かして悪い事をする人……って感じかな。コンピューターがわかれば理解しやすいんだろうけど……」
「ふむ、さっぱりだな。ティアナはわかるか?」
「う、うん……一応……で、でも上手に説明、する自信は、ないよ……」
「あたしもよくわかんないなー。いつか案内してよロイドー。」
「ロイくん、ボクもわかんないから二人っきりで手取り足取り教えて欲しいなー。」
「リリーちゃんはわかるでしょ!?」
金属の国、ガルド。そういえば交流祭で戦ったキキョウも不思議な機械を持ってたわね……ああいうのを勝手に動かすのが……はっかー……?
そういえばこのゾステロとかいう男、変な帽子かぶってるけど……これがこんぴゅーたーとかいうのなのかしら?
「おほん。ガルドの技術はひとまずとして続けますよ。次は五番目、ドレパノ。第六系統の闇の魔法の、主に重力系の技を使う――見ての通りの格闘家です。」
雑な籠手をつけたボロい道着の男。恰好はあれだけど、あたしと似たタイプなわけね……
「そして四番目、カゲノカ。国王軍に戦闘記録のあるメンバーでは彼女が最強です。刀を使う剣士で、第十系統の位置の魔法を使います。」
ちょっと長すぎる気がする刀を持ったアイリスみたいな長いポニーテールの女。キリッとした顔で……なんていうか普通に強そうだわ。
「位置魔法使いで刀使いって、マルメロさんみたいだな。」
「誰よそれ。」
「えぇ……ランク戦の後に――ほら、先生に呼ばれてエーデルワイスさんといっしょに来てくれた中級――スローンの騎士だよ。交流祭の時は覚えてたのに……」
「ああ、あの変な髪型の。」
正直、桜の国つながりでキキョウの方がインパクト大きいから忘れかけてたわ……
「以上が十番目から四番目。そして三番と二番は未だ不明なのですが……さっきゴリラから一番の、つまりオズマンドのリーダーの名前を聞きました。襲撃の際に王城に現れたそうです。」
「敵の親玉が乗り込んできたってわけかー。どんな人だったのー?」
アンジュの質問に、パムは……今日一番の深刻な顔で答えた。
「……二十年以上オズマンドを率いているリーダーの名はアネウロ……元十二騎士――《ディセンバ》だった女性です。」
「申し訳ない! リーダーの手を煩わせてしまった!」
「そう思うなら先走るクセをなおすべきである。」
「オレは『光帝』に惨敗してしまった……」
「アタシはその『光帝』を逃がしちゃったわねぇ。」
「前者は半分、後者は完全に計画の内であるから問題ない。」
「あら、失敗の報告会でもしているのかしら?」
特殊な魔法によってその場所が隠されている無機質な建物の中、ゼンマイ式の大きな古時計が置いてあるアンティーク調のかなり広い部屋に集まった者たちを見て、たった今部屋に入ってきた老婆は上品に笑った。
「全員集まっているのかしら?」
「海の彼方へ飛ばされたというリンボクと、それを探しに出たスフェノとカゲノカ以外はいます。」
「そう。カゲノカさんの装置は無事に?」
「準備はぬかりなく。リンボクとスフェノも、既に仕事は終えています。」
「戻っては来られるのかしら?」
「リンボクの居場所は特定済みですので、今のカゲノカであれば一時間以内に戻るかと。」
「そう。」
一安心という顔でソファに身体を沈める老婆。
「悪魔の力ありきとはいえ、いよいよですな。」
その老婆の傍にまるで執事か何かのように静かに立つ目を閉じたままの男。
「テンション下がること言うのねぇ、クラド。いいじゃない、力は力だもの。」
ケヒッと笑いながらそう言ったのは服や雰囲気が総じて黒くて暗い女。
「その通りだ。そして力があれば願いに手が届く。今のところこれといった副作用もないしな。」
暗い女に同調する道着姿の男。
「資料によると、その昔これを使っていた悪党たちの身体に異常は起きなかったそうですからね。本当に、『世界の悪』が世の中をひっかきまわす為だけの目的でばらまいたみたいですね。」
折り畳み式の小さなコンピューターをいじりながら、奇怪な帽子をかぶった青年が補足する。
「そして今の私たちにはそれに加えてリーダーのとっておきの魔法もある! 行動するには十分な力だ!」
「ふふふ。一人で先に戦いに出た時はよく我慢できましたね。」
「い、いやあれは……ツァラトゥストラの力だけで勝てると思っただけで……」
「あらまぁ。では次は私の魔法の存在も忘れないようにね。」
「もちろんです! この左目とリーダーの魔法で十二騎士ですら下して見せましょう!」
「ふん、その妙な勢いと自信はどこから来るんだ? プレウロメ。」
子供をあやすような老婆とあやされているジャケットの男を、今部屋の中にいる面子では最も存在感のある、しかし部屋の隅っこに座っているため置物のようにも見える一人の大柄な男が鼻で笑いながら眺めていた。
「勢いも自信も、無ければ勝てんだろう!」
「ふん、まぁそうかもな。」
「あら、珍しくやる気なのね、ラコフさん。」
「ふん、いよいよとなればな。見せてくれるんだろう? アネウロ。オレ好みの新しい世界を。」
「ラコフお前! リーダーを呼び捨てるな!」
「ふん、オレにはお前やクラドみたいな忠誠心はねぇし、ましてや居場所が欲しいわけでもない。カゲノカほど狂っちゃいないが、オレはオレの望む世界を見せてくれるというからここにいるだけだ。くれるというから力ももらった。ただそれだけ――それだけだ。」
小馬鹿にしたような笑みを浮かべて立ち上がった大柄な男は、のしのし歩いて老婆の前に移動する。
「それで? オレの仕事は何になるんだ?」
「今回一番の不確定要素を相手にしてもらおうかと思っているわ。」
「ふん、なんだそれは。強いのか弱いのかはっきりしないな。」
「表だけ見れば相手にならないけれど、場合によっては最も強い存在になり得るの。リンボクを飛ばした者の詳細を見た時は、やはり運命はあるのだと思ったわね。立ちはだかる壁が、私の道にはあるのだと。」
「ふん、回りくどい言い方をする。何者なんだ?」
「お姫様を守る騎士よ。けれどその前に、その騎士を囲む騎士の相手かしらね。何にせよ、信頼できる強さが必要なのよ。」
「ふん、任せておけ。」
「そう。ではラコフさん――」
自分を覆うほどの影を作る大柄な男を見上げ、老婆は言った。
「エリル・クォーツを連れてきて下さい。」
騎士物語 第七話 ~荒れる争奪戦とうねる世界~ 第五章 優等生の自慢話と老婆の時間
二人の夜を赤裸々に語るローゼルさん、おそろしいですね。それを聞いた他の面々とのお泊りデートはどうなってしまうのでしょうか。
その上他のメンバーに比べて積極的ではなかった現恋人のエリルのスイッチが入ったようですね。こちらもいかに。
しかしカラードが妙なところで悩むロイドくんを押しますね。こんな人になるとは思いませんでした。
彼と素敵な女性との出会いを書きたいところです。
さて、それはそれとして二つに分かれていた物語が収束し、いよいよ戦いが始まります。
そんな中にひょっこり派遣される魔人族とは?