連載 『芥川繭子という理由』 6~10

時枝 可奈

  1. 連載第6回。「芥川繭子 単独」1
  2. 連載第7回。「芥川繭子 単独」2
  3. 連載第8回。「役者たち」1
  4. 連載第9回。「役者たち」2
  5. 連載第10回。「繭子、雑談&織江、単独」

昔から、架空のバンドを創作して妄想するのが好きでした。自分の理想とするバンド、そのメンバーならこんな事を話すだろう、こういう風に生きるだろう、そんな思いを会話劇にて表現してみました。既に完成しており、かなり長いです。気長にお付き合いいただけると嬉しいです。

連載第6回。「芥川繭子 単独」1

2016年、4月13日。
練習スタジオ、応接セットにて。



このスタジオにいる間は練習着姿の芥川繭子にしか会えない。
そんな当たり前の事すら寂しくて勿体ないと感じる程に眩い美しさ、可憐さを持ち合わせた28歳が目の前に座っている。まだスタジオ内にメンバーが残っている為に落ち着かない様子の彼女は、ソファーに座っているものの背もたれに体を預ける事をせず、近くを誰かが通るたびに視線をそちらへ走らせている。もちろん怯えているわけではなく、メンバーに対する尊敬がそうさせるのだ。彼女の中で、この密着取材を快く思っていない事は初対面の時から変わっていないはずで、その事が余計彼女の所在無さげな挙動に拍車を掛けていると思われた。
今日が私の初めての正念場である。そして今回のインタビューの出来次第では、今後の予定全てに狂いが生じる恐れもある。しかしそう分かっていてもなお、私には興奮を抑える術がなかった。彼女が目の前に座っている一対一の時点で既に、芥川繭子の完全なる虜であった。
本日の単独インタビューを前に徹夜で編集したビデオの映像を持参した。神波大成、伊澄翔太郎、池脇竜二のインタビュー映像をまとめたものである。私のやりたいこと、意図することを少しでも理解していただく為の資料のはずが、色々と注釈をつけたいこちらの思惑などどこ吹く風、予想以上に喜んでもらう事が出来て正直ホッと胸を撫で下ろした。


-- なかなか名言を引き出せているのでは、ないでしょうか。
「うん。凄い凄い。めっちゃ喋ってんじゃん皆…。わー…、もうちょっと見ていい?」
-- どうぞ、お好きなだけご覧になって下さい。
「(カメラのモニターを見たまま)…敬語の方が良いですか?」
-- 全然(笑)。気にしないで下さい。

言葉を扱う職種の端くれとして安易な表現は避けたいと思いながらも、『超絶クソ可愛い』という言葉を使いたくて仕方がない。だがもちろん声には出さない。

「トッキーもさー。…トッキーって呼んでいい?」
-- はい。
「じゃあそちらも敬語はやめましょうか。…馬鹿だから、喋り辛いし」
-- いきなりですか。あー、では、はい、頑張ります。
「(一瞬だけ上目遣いにこちらを見る)年上なんですよね? 呼び捨てでいいので」
-- ええ、それは。…頑張る。
「トッキーは誰が一番好きなの? この3人で」
-- 繭子。
「この3人でって」
-- そういう個人的な趣味嗜好は挟まないですね。このバンドのファンであって、それ以上でもそれ以下でもない。
「何故だろう、あまり説得力を感じないな(笑)」
-- 面目ない。
「…」
-- いや待たないでよ。正直3人とも物凄く紳士で優しいし魅力的。ちょっと一人には絞れないくらい個性的で凄すぎる。
「だよねー」
-- さっき繭子の方から敬語の方が良いか聞いてくれたでしょ。普段そういう事って聞かれないんだけど、やっぱり話し方によっては印象が悪く映る人もいるのね。
「(カメラをテーブルに置いて私を見る)」
-- でも、この、皆さん3人はびっくりするぐらい自然だった。それも所謂魅力の一つなんだろうなって。
「どういう意味?」
-- タメ口とか口調とかが全く気にならない自然体で、人柄が滲み出ていたように思います。思う、た。あはは、んー、初対面から敬語を使わずに、それでいて嫌味のない人って私会った事ないかもしれない。
「へえ(笑)」
-- …ファンだからかな。
「そうだろうねえ!聞いてて今それ言おうと思った(笑)」
-- あはは。聞いていいのかな。じゃあ繭子は、どうなの。
「何が?」
-- 誰が好き?
「私はホラ、もうすでに3人まとめて独り占めしてるようなもんじゃない?」
-- ずっる!ずっるいわーそんな答え!
「あははは」
目を細くして笑う繭子の顔をずっと見ていたい思いの中、聞きたい事やぶつけたい質問の取捨選択を頭の中でグルグルとフル回転させる。
-- よし、では始めたいと思います。
「お疲れさまでーす。でーす、ういーっす」
支度と挨拶を終えたメンバーがスタジオを後にするのを根気強く待ち、最後に池脇竜二の笑顔を見送って、深呼吸。
-- 他のメンバー3人にはその場の流れで色々な質問をしたんだけど、これだけは必ず聞いておこうと思った質問は『繭子をあえて一言で表現するなら』っていうものなんだけど。
「…ねえ」
-- はい。
「いきなり私にスポット当ててくるんだなって皆ちょっとびっくりしてたよ。話の内容は聞いてないけど、『いきなりお前の名前が出て面食らった』って」
-- ウソ!? うわ、どうしよう!
「初日にまあ、顔がドロドロになぐるらい一生懸命話してくれてたしさ、単純な興味とか個人的な好奇心だけでここまで来てないのは分かったからとりあず皆飲み込んだけど、ちょっと軽率過ぎたかもしれないね」
-- うわ…、やばい…。それは、仰る通りですよね。
「うん、一応言っておこうと思って。私の事をどう考えてくれても構わないけど、私なんかよりあの3人の方がキャリアも年齢も上だし、ちゃんと接してほしいと私自身が思ってるんだ。あの3人に対しては、行儀よくしてね」
-- はい。申し訳ございませんでした。
「私に言ってもしょうがないよ(笑)。で、なんだっけ」
-- えっと、先ほど見ていただいた映像が、その『繭子を一言で表現するなら』っていう問い掛けに対する皆さんの答えなんだけど、反対に繭子には他のメンバーがどう見えてるか聞きたくて。
「それは何、『天才』とか? うーん。なんだろうな。私が言ってもらえた言葉や表現であったり、思いっていうのは本当に涙が出るくらい嬉しいんだけど、こちらとしてはやっぱりまだ恐縮する気持ちが大きくて」
-- 恐縮。ちょっと距離感のある言葉に聞こえるね。
「そうだね。くだらない話だって出来るし、下ネタだって言える。10代の頃から10年一緒にやって来たしある程度お互いが考えてそうな事も分かるよ。ただそういう関係性とは別な部分で、それこそ尊敬してやまない気持ちだったり、これ以上近寄ってはいけない距離、みたいなのは、ずっとあるかな」
-- それは意識してそうなのかな?
「気が付いたら10年経ってただけだからね。最初の気持ちから変わってないんだと思う。私今でも皆の前でドラム叩いた初めての夜をはっきりと覚えてるし、昨日の事のように思えるもん」
-- そういう距離感は、他のメンバーも気づいてるんだろうか。特にそういった話にはならなくて、皆繭子を大事に思って、感謝してるっていう部分は共通していたんだけど。
「さあ、どうだろう。私はあなた達を、距離を置いて見てますなんて、言わないし」
-- それはそうだよね。ただそういった、親しき中にも礼儀ありという姿勢を崩さない繭子から見ても、他のメンバーの魅力は所謂ファンとは全然違った見え方になると思んだけど。
「ちょっと、うーん。ちょっとでは失礼か。大分、やっぱり、狂ってるよね」
-- …褒め言葉だよね?
「もちろん!」
-- かなり強烈な言葉だけども。
「なんか、そういう言い方でもしないと表現出来ないんだよね」
-- 変人という意味ではないよね?
「ピーキーな人達ではあるよ。不思議系とか風変りとかでは全然ないけどね。どっちかっていうとかなり常識人な方だし、皆。ただ特化型というのかな。普段日常生活では私らと何も変わらない人のように見えて、3人揃って楽器担いだ瞬間ガッと人が変わるのね」
-- おおお、なんか分かる気がする。
「その度合いの振り幅がさぁ、他では見れないレベルというか。上手に例えられないんだけど。人間に人間用以上のエンジン積んでるというか」
-- エンジン点火!
「それはそうなんだけど、なんかね、色が変わる気がするの」
-- 色?
「濃くなるというか。そう見える、感じるだけで、実際はそんなはずないんだけど」
-- なんだか伊澄さんみたいな表現だね。
「うん、だからちょっと分かるなーって思って。言葉で言い表すってさ、多分どこかで似た誰かを見たことがあるから出来るんだと思うの。誰かか、何かを。けど見た事ない人って表現できないじゃない? そういう感じかな。だから翔太郎さんが首を捻る姿見て嬉しいなーって思う」
-- 結構冷静に見てるね。もっと感情的な人だと思った。
「誰が? 私? あー、えへへ」
初対面の時の事を思い出したのだろうか。急に照れた笑いを浮かべて背もたれに体を倒してしまったので、むろんそういうつもりで言ったわけではない私は焦った。
-- その節は本当に失礼しました。もっとちゃんと、事前に色々ご相談した上でお伺いするべきでした。
「あはは、もうその話はやめよう、取材受けるんだって決めてここにいるし」
-- ありがとうございます。では続きになりますが、楽器を持って本来の自分ともいえる顔になる時、3人の姿が色濃く見えるというのはとても詩的で素晴らしい表現だと思います。その事と、狂ってるという言葉がうまく一致しないのですが。
「いやー、狂ってるって言葉が正しいかは分からないよ。けど普通じゃないからなー。初めてその瞬間に立ち会う時って、私がドラムセットに座った時だから。なんていうかな、こう、座って彼らの背中を見た瞬間ゾゾっとした」
-- 怖い程に?
「そう。あー、これからこの人達と一緒にやっていくんだー、これは凄いなって思ったもん。もうなんだろ、怖すぎて何か、怪物を見るような目で震えていたかもしれない」
-- そこまで?
「そうだよー!まだ10代だったし、自分で望んだ事なんだけど、うわー!コエー!って何度思ったことか」
-- 何度も怒られた?
「怒られ、…ない」
-- それは逆に怖いね。
「うん。期待されてないというのとも違うし、無言で、もっとやれるだろ感を出してくる雰囲気。暴力的な怖さとか威圧感じゃないんだけど、こう、ぐっと引っ張る力が、凄い、自分で何言ってるか分かんない(笑)」
-- いやいや、そんな事ないよ。だけど、イメージだけど、池脇さん辺りはちゃんと言葉で言ってくれそうだけども。
「全然全然、練習中一番怖いのが竜二さんだし」
-- 意外。
「そりゃ声が武器だもの。そこで全力出してるんだし、無駄な事は何一つ言いたくないんじゃないかな? その代わり、練習終わってからは皆それぞれフォローはしてくれる。練習中は、自分で判断しろっていう」
-- スパルタなんだね。
「練習中はそう、和気藹々ではないね。曲作ってる最中は笑いが絶えないけど、いざ練習に入ったら全神経を集中させてひたすらトレースして練度を上げまくるの。だから今思えば私にも分かるしね、他人のミス気にしてる場合じゃないし、そういう問題じゃないってことも。最初はね、やっぱり怖かったけどね」
-- 今でこそ他のメンバーと比肩するテクニックを兼ね備えているわけだけど、もちろん最初はそうじゃなかった。怒られる事を承知で聞きますが、心のどこかで、自分が女子高生だから面白半分でバンドに入れてもらった、と思ったことはない?
「ないよっ!何言ってんのー?」
-- いや、笑ってるけどさ、もう正直に言うよ? 超可愛いんだよ繭子。皆言ってることなのよコレって。私だけじゃないの。皆気になってるの。一体何がどうなってるんだって。
「まあまあまあ、可愛いかどうかは別としても、色々言われたよね、それはね。…でもまさか今でもそんな事思われてるなんてなー」
-- 皆が皆10年前からドーンハンマーを知ってる古参ファンじゃないから、仕方ないよね。
「確かにそうか。でもひどいなー。…ひどいよー(笑)」
-- 公表されていない経緯が、どうやらあるんじゃないかと思って。
「何に対する?」
-- 繭子が加入するにあたっての詳細があまり表に出ていないんじゃないかと思って。
「血文字で交わした契約書、みたいな?」
-- 言ってみればそういう事。
「ないよー!あったら面白いね。実はありましたーっつって作ろうかな今から。海外受け良さそうだもんね」
-- 『マノウォー』のパクリだからそれ。
「そうだそうだ」
-- 今回伊澄さんや池脇さんと話をして分かったのが、バンドが繭子を選んだんじゃなくて繭子がバンドを選んだんだ、っていう認識が皆さん側にはあるという事です。その辺どういいう捉え方ですか。そして出来ればその意味も知りたい。
「へー!? 何それ。飛ばしちゃったのかな、そこはまだ見れてないから、見てもいい?どこかな」
-- どうぞ。
何度も巻き戻しながら例のビデオを見返す繭子。だんだんと表情に陰りが見え始め、私は少し不安になった。
「竜二さんの言ってることと翔太郎さんの言ってることが同じかは分からないんだよね?まだそこは聞いてない?」
-- うん、聞いてない、けど前後の流れから察するに、やっぱり池脇さんの言うことが正しいんだと私も思うけどな。
「そっか。うんうん。とするならば、二人は思い出してるんだと思う、この時」
-- 何を?
「私土下座して頼んだんだよ、泣きながら、このバンドに入りたいですって」
-- え? えええ!
「そう。もう泣いて泣いて。何度も意識がぶっ飛ぶくらい泣いて、土下座して、本当によ、本当に当時通ってたスタジオの地ベタにおでここすりつけてお願いしたの」
-- 壮絶! 漫画か映画みたいなエピソードだね。そこまで繭子を突き動かしたものは、なんだったの?
「私本当にドラム好きなの。ドラムだけやって生きていきたいって思ってるし、あの頃から思ってて。ただ思ってるだけでどうしたらいいなんて具体的には何も分かってないから」
-- うん。
「そんなバリバリ進路に悩む多感な時期に、彼らの出す音を感じてもう、全身が震えたというか。快感に喜び打ち震えるってこういう事だなって思って。自分の目指した音楽の持つ力の凄さとか、ドラムの格好良さというものもを改めて実感した。縁あって、なんとか交流を持てたのは良いんだけど、そんなに時間を置かずに師匠と決めたアキラさんが亡くなって」
-- ああ、そうか、そうだね。
「うん…だから何か、人の生き死にとか、始まりと終わりとか、物凄く身近に感じる事が出来たの。これはカットになって良いしあとでメンバーにちゃんと確認取って欲しいんだけど、アキラさんがこの世を去る直前にさ、彼の恋人の女性も亡くなってるのね」
-- (言葉が出て来ず、頷く)
「その事がアキラさんの死期を早めたと思いたくはないけど、全く何も影響を与えないわけはないと思うんだ。病院のベッドでその事を知ったアキラさんの気持ちは想像を絶する痛みだったと思うしね。そういう時間をメンバーと一緒に過ごして、大事な人の本当の悲しみや、本当の苦しみを一緒に経験すると、もうその世界にしか自分の居場所はないって思っちゃうんだよ。ここが私の生きている場所で、これからもここで生きていく事が、それが当然なんだって思えてくるの。何も不思議で不自然な事じゃなくて、そういうものだと思った。でも実際には何度も諭されたよ。メンバーにも、織江さんにも、両親にも。今見えてる物が全てじゃない、ここじゃない世界にだってきっと幸せはあるって、何度も泣かれたし、突き放されたりもした。自分史上一番人に優しくされたのがこの時かもしれない。お前がドラムを叩かなくたってここへ遊びに来る事はかまわないし歓迎する、大事な事を今すぐ決めようとするなって、竜二さんに言ってもらえたりとか」
-- (頷く)
「お前にとって辛い経験だって事は分かるんだけど、俺達にとってもそうなんだよって。大成さんにそうやって言われて、ハッとなって。一番辛いはずのメンバーに余計な問題事を抱えさせてる事も分かったし、それもまた苦しかったよ。もう一刻も早くさ、そういう悲しみから抜け出したくて。土下座したのは、それしかなかったからだね。『私の責任は私にか取れない、だから何も気にしないでください。必ずアキラさんに追いついてみせます。私の生きる場所はあのドラムセットにしかありません。ここで、あなた達の後ろで死にたいのです』って泣きながら叫んだ(笑)。それを不謹慎だとは思わなかったし、誰もそういう風には取らなかったな。今思えば皆が大人で良かったって思うけどね。けど今でも、あの時の私は本気で本心だったと胸を張れるし、今も変わらずそう思ってる。だから…」


私には何も言えるわけがなかった。繭子は私にこう言った。

「私が女である事は偶然だけど、私がこのバンドでドラム叩いているのは偶然なんかじゃない」

その通りだった。自ら選んだ道なのだ。誰にも茶化されて良い話ではないし、面白がられて許せる話ではない。18歳の少女が自分の死に場所を決めた。そういう話なのだ。ましてや、ついこの短い日数の間に善明アキラに対する思いを他のメンバーからも聞いたばかりだ。
ぐるぐるぐるぐると、優しさや悲しみが私の中で渦を巻いた。
私が口を押えて泣いているのを見て、繭子は優しい笑顔で言葉を止めた。
もう何度も泣いたからこそ、今彼女は泣かない。
その優しい微笑みの向こうに、彼女の強さと誰にも負けない狂気にも似た本気を見た。本気で、繭子はドーンハンマーのドラムとして死んで構わないと思っている。構わないどころか、それを望んでいるのだ。彼女がその場所に座る代わりに得られたであろう、幾千、幾万の可能性に満ちた幸福を全部投げ打ってででも。
言葉の綾かもしれない。比喩かもしれない。
しかし「死」という言葉に、彼女は自分の人生全てを詰め込もうとした。
私の人生はここにある。
18歳にして繭子は自分の運命を書き換えた。そういう話だったのだ。


「これずーっと回ってるね。トッキーの泣きだけ撮ってる事になるけど、正直、尺無駄じゃない?」


繭子がそうお道化て言ってくれなければ私はいつまで泣き続けたか分からない。

-- あー、あー。声出る、うん。もう出ないかと思うくらい泣いた。失礼しました。昔から感情移入しすぎる悪い癖で、面目ないです。まさか序盤でこんな深い話を聞けるとは思わなくて、完全に不意を突かれて堪えきれませんでした。すみません。
「びっくりした(笑)」
-- ドラムが好きで一生をこのバンドでという決意を固めた瞬間は目に浮かびました。だけど、このバンドだ!って決めたのは彼らの音なのかな。メンバーの人柄なのかな。それとも?
「両方だよ、そんなの。最初は音、そいで人。彼らが世界を見据えていたのは昔からだし、そもそも竜二さんがその前に一度メジャーデビューしたじゃない?その頃からもう大好きなのよ」
-- CROWBAR(クロウバー)。
「そう。その頃はまだ翔太郎さんもアキラさんもいなくて大成さんだけだったし、ジャンルも今と違ってハードロックだったけど、中学生くらいの私には耳に入って来やすくてさ。今よりも歌メロがはっきり分かりやすい曲多かったし、所謂美メロクサメロが心地よかったんだ。何より楽しそうだったの。竜二さんが」
-- 楽しそう? 今よりも?
「世界観が違うからそう見えてたのかもね。こっちも子供で、そんなに深いとこまで見てないし。知ってる?クロウバーの時のギタリストとドラムスが今もうちのスタッフさんなんだよ?」
-- ええ!?
「お、新情報。良いネタ提供出来た?」
-- ありがとう。なんで今までその情報出てこなかったんだろう。
「いやいや、知ってる人いると思うよ、普通に。でももう何年も前だからね。クロウバー辞めてこっちに専念したのが」
-- そうかー。今でもクロウバー復活を希望するファンはいるんだけどね。編集にも年何通か手紙来るよ、そこらへん何か情報掴んでませんかーって。
「あー、遊びならあるかもしれないね。でも本気で再始動はないかな、今の所」
-- 遊びと言えば面白い話を聞いたの。っとその前に順序良く話を聞いて行こう。脱線すると戻ってこれないの私。
「そのようですね(笑)」
-- 繭子が当時のスタジオに出入りしてた時、もうクロウバーではなかったんだよね? だけど、気になってスタジオ覗いたら元クロウバーのメンバーが二人いるー!ってなるよね。
「なったなった。たまげた。高校生が使うようなおしとやかなスタジオじゃないってのは知ってたけど、プロが来てるとは思ってないし。めっちゃファンだったし、そりゃ練習そっちのけで見るよ」
-- で、交流を持つようになって、生で演奏を見るようにもなって、電撃が走る、と。でもそこで18歳のうら若き乙女が、自分の人生掛けようとまで思うものなのかな。
「うーん。私が私の友達で、自分がドラムやってなかったら、やっぱり止めたかもしれないね」
-- やっぱりそうだよね。重大な決断をしたよね。
「うん、自覚はあるよ。だけど私はドラムを叩いていたし、アキラさんに出会っていたし、あの4人が出す音を感じて、その向こうに自分の生きる世界が見えたの」
-- なるほど、偶然出会った事が繭子には必然に思えたんだね。
「うーん…」
-- 運命的な。
「運命とかは嫌い」
-- だけど普通はそこまで気持ちが熱くならないと思うんだよね。好きは好きなんだとしても、急激に燃え上がるにはまだ若すぎると思うし、経験という燃え上がるために必要な燃料もそこまで豊富ではなかっただろうし。
「そいうものかなぁ?」
-- 早熟、とも違うもんね。
「まあでも、その時どうこうよりも今思うのはさ、早いか遅いかだけの問題じゃないかなって。30代になって、俺はこういう人生歩むんだって分かる人もいるだろうし、40代になっても、俺何やってんだろうって迷ってる人だっていると思うんだよ。私はその時18歳だったけど、ここだ!ここから離れちゃいけないんだ!って感じたんだよね。昔からよく年齢の事言われたけど、私個人が人として未熟だった事を無視していいなら、若さは関係ないかな」
-- (溜息)
「本気かそうじゃないか、だけが重要な気がする」
-- 凄いなあ。愚問かもしれないけど、全く後悔してない?
「ないね」
-- やりたいことは他にもあったんじゃない
「例えば?」
-- 恋愛とか、デートとか、OLとか、旅行とか、ショッピングとか。
「女性らしい何かっていうことね?」
-- 聞かれたくない?
「別に嫌じゃないけど、そこを求められると嫌かな」
-- なるほど。
「他をあたってねって思う。だって旅行とかショッピングとか別に今じゃなくてもいいじゃない。海外ツアーが旅行みたいなもんだし、誰かにお土産買ってくればそれがショッピングだし。ただまあ恋愛はなー。うーん、あはは、正直どうでもいいかな」
-- 男性ファンがしょんぼりするかもしれない。いや、喜ぶかもしれない。
「私はあなた達ファンのものです。いやさ、あなた達ファンのものではありません」
-- どっちを使って欲しい?
「任せる」
-- 本心をお願いします。
「人を好きになるっていう感情をそのまま恋愛に繋げたいって言うなら、うちのメンバーを超える人が現れない限り目がいかない」
-- うは、完璧な答えだね。
「そうでしょ。あの3人以上の男性なんてそうそういないんだろうし、ドラムを辞めてまで恋愛に走るなんて想像できない」
-- 別にドラムやめろなんて言わないよ(笑)。
「片手間にする恋愛なんて、それ本気?」
-- あははは! そんな事言ったら大概の人恋愛出来ないでしょう。 じゃあさ、仮にメンバーの誰かにアプローチされたら?
「困った質問ばっかりするなぁ。ananじゃないんだから」
-- じゃあ、答えは保留にする?
「いいよ別に、なんかあるみたいに思われるでしょ」
-- 3人が一斉にアプローチしてきたら、誰の胸に飛び込む?
「飛び込まないよ。もしそうなったらこのバンドやめる、あ、やめない。けど飛び込まないし、やんわり振ってなかった事にする」
-- それはやはり今の状態を壊したくないっていう意味?そもそも恋愛したくない?
「言っとくけど3人とも相手いるからね。嫌われても知らないよ? 誠さんめっちゃ怖いよ」
-- 誠さん?
「翔太郎さんの恋人」
-- 恋人いるのかー、え、竜二さんにも?
「逆になんでいないの思うの。バンドマンなんて皆いるよ。え、狙ってたの?」
-- 違う違う違う違う、やめて。会い辛くなるよ。
「私の気持ちが分かったか?」
-- 面目ない。
「メンバーと私がくっつく事はないよ。メンバーの事はもちろん大好きだし尊敬してるし、例え何をされようが私は傷つかないし、裏切られたとすら思わない。そのくらい好きだという気持ちに信頼がある。だから終わりの見えそうな恋愛なんてしない」
-- 分かった。もう聞かない。もう十分すぎるほど聞けた。
「どこかに需要あるの、今のくだり」
-- 悪いけどめっちゃあるんだ。
「あっはは、そーなんだ。まー、でも誰かを好きになるってそういうもんだよね。気になるんだよね、何だって」
-- 今繭子にそういう相手はいない、と。
「いません」
-- 皆口を揃えて繭子の実力を褒めちぎるんだけど、繭子自身は、自分に何点つける?
「これまた恥ずかしい話だなー」
両手で顔を覆って体をソファーに倒す。全く興味を示さなかった恋愛の話とは違い、本気で照れている様子なのが印象的だった。
-- じゃあ池脇さんは何点? 100点満点中。
「200点だよそんなの。竜二さんがボーカルじゃなければ、世界には行けない」
-- 神波さんは?
「200! 今この音を皆で出せてるのは大成さんがウチにいるからだもん。この音とアレンジで世界に通用するっていうなら、それはあの人のおかげです」
-- 伊澄さんは?
「んー、220にしようか(笑)。正真正銘の化け物だと思うよ。300点でも500点でもつけて良い人。現代におけるギターヒーローはジェフ(ハンネマン)とケリー(キング)、ジェームズ(ヘットフィールド)と翔太郎さんだと本気で思ってるよ。しかも技術面での話だけなら余裕でブぶっちぎるからね。今後より世界の流行を取り入れて広くキッズに浸透していく予定だから、そうなるともう無敵だと思う」
-- じゃあ、繭子は?
「そう考えると、せいぜい120かな」
-- 100超えてるけど。
「叩けるからね。このバンドで、私叩けてるからね。そりゃ100は超えるっしょー」
-- くっそ可愛いなーおい!
「ちょっと、やめてよ」
そう言いながらもケラケラ笑う繭子の顔にはもう嫌悪感などは見られず、私は心の底からホッとした。
-- 伊澄さん曰く、国内では無敵だと。
「っはは!あの人がそう言うならきっとそうだよ」
-- 伊澄さんてとても真面目で、とても優しい反面好戦的で、でもやっぱり天才だよね?
「そうだよ。天才より上の何かかもしれないと思う時があるよ」
-- と言うと?
「練習中基本的には皆の背中を見てるんだけど、ずーっと同じ姿勢で演奏するわけじゃないから、こっち向く事もあるじゃない。で目が合うと、ビシっと調律があう瞬間があるの」
-- え?ちょっと分からないな。
「ゾーンというか、入り込んで無意識になってたりする瞬間に、戻してくれるの」
-- うわ、何それ。今鳥肌たった。
「そうだよー、そんなのばっかだよ」
-- でも昔から、ゾーンって良い意味で使われない?ランナーズハイとかだよね。
「そうそうそう、それそれ、それなんだけど、うちではNGなんだ。自分で自分の音をコントロール出来ないのは音に持って行かれてる証拠だから、常に全身全霊で音を操れって翔太郎さんに言われる」
-- か!
「格好いいでしょ!? それをさ、演奏中に何も言わずに感じ取って戻してくれるんだよ?すごくない?神がかってるでしょ」
-- だけどそれは実際どういうシステムなんだろう。目からビームでも出てんのかな。
「そんなわけないでしょ(笑)。ただ単に我に返るだけだよ、問題はタイミングだよね。なんで分かるのよ!っていっつもびっくりするんだから」
-- ゾーンに入ってるかどうかが?確かにそうだね。漫画でもあるまいし、オーラが出てるとかでもないだろうし。
「ずれ始める予兆が聞こえるんだって」
-- こわっ!
「実際まだズレてないんだよ?でも、あ、こいつもうすぐズレるなってのが音に出てるんだって。疲れだったり、呼吸だったり。そのくらい精度の高い演奏をあの人はしてるって事だからね、まいっちゃうよ」
-- 神波さんがね、2人はここの所ずっとノーミスだって。
「おかげさまで」
-- そういう事か。
「まあ、ミスする予兆とやらを発しているのが私だけだっていう事なんだけどね。大成さんはそもそも崩すのが得意だし、天性のバランス感覚で崩してもきっちり元のリズムに合わせてリカバリー出来るし、竜二さんは何言われても右から左の人だから」
-- はは、聞けば聞くほど面白い人達だな。
「面白い話って何?」
-- え? あ、シャッフル。
「ああっ」
-- ぜひ、いつか拝見したいです。
「翔太郎さんがOK出したらいいよ。あの人が良いというなら、外に出しても恥ずかしくないって事だし」
-- 繭子自身は、歌っている自分を見られる事に抵抗はない?
「遊びだし。言われたままやってる操り人形なんだ私は、って言い聞かせて弾けるようにしてる。良いリフレッシュになるよ。ある程度までなら、大きな声を出すのはストレス解消になるし」
-- PVとか撮ろうよ。
「撮ってくれるの?」
-- 私にその技術はないけど、紹介は出来るよ。
「面白そう」
-- そのバンドに名前はあるの?
「マユーズ」
-- え?ダサくない?
「だから遊びだってば!っていうかトッキーが言う!?」
-- (爆笑)

連載第7回。「芥川繭子 単独」2

2016年、4月13日。



-- 昨年出したアルバム『P.O.N.R』を引っ提げてのツアーはどうでしたか?海外での本数の方が多かったですよね。
「日本だと演れる箱が限られてたりとか、私達みたいなバンドが気兼ねなくプレイできるイベントもそんなにないっていうのが理由として大きいね」
-- 確かに、日本では欧米に比べてメタルに対する器がまだまだ小さいですよね。
「大きくなる気がしないよ、もう(笑)」
-- そんな事仰らずに!
「イベント側が気を使うんだろね。私達みたいなのがたくさんいればそれに越した事はないんだけど、現状そうじゃないし。あのバンドとドーンハンマーを呼べば集客期待できるけど、お互い面白い顔しないんだろうな、とか」
-- 実際、そうなんですか?
「あると思うよ」
-- ワンマンとイベントだと、バンドとしてはどちらが演りやすい?
「環境の話? なら、同じかな。持ち時間の違いだけだね。あとは自分とこのPAチーム引き連れてるバンドがそんなに多くないから、日本だと嫌な顔される時あって。そういう所でもやりたくない」
-- 大所帯になるもんね。
「うちだけの問題じゃなくてね。より良い音作りを目指した時にこちらの意見を通そうにもうまく伝わらないとか手間がかかるとか。イベントだと尚更そこは融通利かないし、箱側も拘りとかあるんだろうしね」
-- 海外だと自由がきくイメージ?
「自分達の事は自分達でやるっていうのが基本だし、音響なんかはこっちからアドバイスすると喜ぶよ、なるほど、そっちで行こうって親指立てられるし」
-- 音周りの環境含め、日本よりも海外の方がプレイしやすいわけですね。
「しがらみがないからね(笑)。箱側も、お客さん側もさ。本番にしたって私達の事を知っているから盛り上がるというより、その場の出来で楽しんでくれてるのが分かるし、向こうの方がダイレクトでそういう実感はあるね」
-- アルバムはちゃんと評価されていますか?
「良いんじゃいかな。言葉でどうだってのは聞いたことないけどね。でもライブ終わったあとは必ず売り上げ伸びるし」
-- 自分ではどう?
「え?」
-- 2nd以降アルバム制作を続けてきて、これまでと何が違う?なぜ今自分達が受け入れられているんだと思う?
「んー?アルバムの出来で受け入れられてるとは思ってないよ。音源としては常に最高のものを作ってると思うけど、イメージとしてはプレイリストを先行発表している感覚だもん」
-- どういうこと?
「これからこういう曲をライブでやりますよー、予習しといてねー、ワクワクしとけよー?みたいな」
-- ああ、なるほど。神波さんもそのような事仰ってますね。作品を上梓するというよりも。
「うん、今年か来年はこれでいくから、よろしく!みたいな」
-- まずライブありきだと。ライブをやる上でのマテリアルがアルバムであって、演目を先に渡しているという事なのか。斬新な発想だね。
「そうかな。この作品どうですか、というスタンスで作る楽曲になんの魅力も感じないけどな」
-- え、いやいや。アーティストは皆アルバムは自分の子供だ、くらいに思っているものじゃないでしょうか。
「どういう意味(笑)、ちょっと分からないな。だから格好良い曲作ってさ。4分でイケる曲作って。世界中を4人でブチかましたいの。それだけだもん」
-- あ、あー、思い出した。ちょっといいかな。止めるね。

ここで池脇竜二から聞いた例の「音圧ジャンキー」についての話を聞いてみた。
繭子はすんなり認めたし、発言内容に偽りもなかった。
普通に手を叩きながら笑って、「そうそう、そうだよ、変でしょ」と言った。
ただ話を膨らませるとどんどん下品になっていく可能性があり、割愛する。

-- 曲を作るにあたって、あるいはアルバムで曲順をつけるにあたって一番悩む所はどこですか?
「私の話?バンドとして?」
-- 答えやすいほうで。
「そうだなー。曲を作るには、翔太郎さんか大成さんのメロディありきなのね。骨格が決まっていて、そこに肉付けしていく作業だから、基本はずーっと楽しい。曲作りで悩むとしたらそれは翔太郎さんなり大成さんじゃないかな。あとは歌詞を乗せる時に、似たようなフレーズの使いまわしになってないかチェックする地味な作業が嫌だって竜二さんが嘆いてるくらいかな」
-- 繭子に対する注文で困難だったことはない?
「ええ、なにかあったかな?出来ない事をやれと言われた記憶はなくて、こういうテンポで叩けるか聞かれて、何パターンか用意して、皆で選ぶ、みたいなのが多いから」
-- 要は全ての要求に難なく答えられる、という。
「やっとそうなってきたね」
-- 曲順などもスパっと決まる方ですか?
「そうだね。セオリーみたいのあるじゃない。割とそこはオーソドックスかもしれない。キラー曲、速い曲、ミドルの曲、主役、ミドルの曲、速い、速い、超速い、みたいな流れが一番聞きやすいかなー」
-- これまでのアルバムでミドルテンポの曲ってあったっけ?
「イントロを除けば、BPMだけで言えばないよ。ないけど疾走感とか体感と手数は比例しないからね」
-- 確かにそうですね。では、今回のアルバムから新たに挑戦した事などありましたら。
「ピアノ入れたんだ、ゲスト共演。『URGA』さんに来てもらって。本当は3曲くらい入れたかったんだけど、スケジュール合わなくて2曲になったんだよね。ただシンフォニックメタルみたいにはしたくないって言って、だいぶ翔太郎さんとはぶつかってたけど」
-- URGA(ウルガ)さんと言えば、圧倒的な歌唱力で主にヨーロッパなど海外でも活躍されているあのURGAさんですよね? ピアノで弾き語りされているのは知ってますが、他のアーティストと共作で書き下ろしたりもされるんですね。実は、アルバムのクレジットを見てそこはちょっとビックリしてました。ピアノでの参加ですか、豪華。
「ピアノもキーボードもオルガンもフルートもバイオリンも出来る人だけどね。凄いよね。今回はピアノとアレンジ。本当はコーラスも入れて欲しかったなぁ。女性だと日本のポップシンガーで一番声量あるんじゃないかなー」
-- それもそうですが、よく伊澄さんと揉める根性ありますね、そんな風には見えないおっとりさんタイプだと思ってた。
「実際会うまでは私もそう思ってたよ。でもなかなかに跳ねっ返りというか、天真爛漫なとこもあるけど、ちゃんと自己主張できる人。感性が豊かで、大きくて、めちゃくちゃ頭の良い人」
-- へー!
「でも揉めるっていうか、初めは音周りの話だけでほとんど客演扱いだったのが、もうちょっとちゃんと絡みたいっていう話になって。最終的には翔太郎さんと二人でツアーに出たい!って言い出して」
-- あははは!それは凄い人だわ!そういう人なんだね。
「自分の仕事に対する拘りが2人とも強いから、もうそこはどうでもいいよって竜二さんが呆れるレベルで討論してた。傍て見てるだけだったけど、あれは新しい世界が見えたなー。こないだも遊びに来てたよ?トッキー来てた日」
-- ああああ、そういえば織江さんがそのような話をされてた気がする。
「そうそう。今度紹介したげよーか?」
-- うちの雑誌に出てくれるかな?
「あー、それは出ないね。メタル専門誌に出るような人じゃないよ。自分の見せ方にも拘りのある人だから安請け合いはしないと思う。でも話すと面白いよ、いい刺激になると思う。あの人こそ天才」
-- なんか繭子の周りには天才がごろごろしてるな。
「私だけ違うよきっと」
-- またまた。
「ほんとほんと、めっちゃくちゃ練習したもん。頭爆発するくらい色々考えたし」
-- 10代で芸能界デビューって今は珍しくもなんともないけど、10代でドーンハンマー加入って、何度聞いても信じられない話だと思う。
「まあ、ねえ」
-- 繭子は私に敬語やめろって言うのに、あなた自身はメンバーに対して今でも敬語でしょ?タメ口聞いてみたりとかしないの?
「いやー、ないない、縦社会なので」
-- あー。それはこないだも見ててそう思った。全然チヤホヤされてないんだなって、ちょっとショックでした。
「ショック? なんでショック?」
-- こんなに可愛いのに。
「うん、それはちょっと置いとこーか」
-- また悪い癖が出た(笑)。ちゃんと聞いて行こうと思います。それでは、一番繭子の中で変わった事は何かな、加入前と加入後で。
「それは一杯あるなぁ。何もかも変わったよ。性格も、生活も、プレイスタイルも」
-- 性格?
「まだ高校在籍中に出会ってるでしょ。でしょって(笑)。だから、甘えがあったよね、周りに対する。でもそこはもうドラムセットに座った瞬間、誰に何言われることもなく自分でスイッチ入れ替えた。全ては自分の責任なんだぞーって」
-- 凄いね、そんな18歳の頃の繭子に出会いたかったな。
「あはは。私は自分で望んでそこに座ったじゃない。反対されても押し切ったじゃない。そんな私があの3人の背中を見て、ねえねえなんて甘えた声出せるわけがないよ」
-- そうかぁ。凄いなー、でも。生活っていうのは? 夜遊びとか?
「うん。あとは隠れてちょこちょこ吸ってた煙草はスパッと辞めた」
-- 18歳の頃の話だけど?
「うん。まあ、でもそういうもんだよ」
-- うわー、見たかったなー、制服で煙草吸う繭子。
「昔の写真残ってるけど今よりケバくて不評だった、メンバーには。この頃覚えてますかー?って聞いたことがあって。皆、今の方が若いなって」
-- 男のロリコン嗜好は本当に困ったもんだ。
「好きかどうかは置いといて、今がノーメイクだからそう見えるんじゃないかな、健康的な生活してるし。当時はバッチリメイクで夜中も遊んでたしね。ちょっと荒れた学校だったのもあって結構無茶してたな。教室にベランダ付いててさ、そこでモデル立ちして煙草銜えてる写真一杯残ってんの。学校だよ?笑えないよね」

後日お借りした写真を一枚掲載する。
『芥川繭子、15歳、ブレザーの制服&赤いマフラー、煙草片手に凛と立つイケナイ写真』
今よりも少しだけ丸みのある輪郭。溜息が出る程のアヤシイ魅力に目が離せなくなる。

-- それなのに中身は真面目なドラマーだったんだもんなー、既に。人はやっぱ見かけでは分からないね。ちなみにプレイスタイルの変化というのは、上達や成長とはまた違った意味で?
「派手なプレイが好きだったんだよね。全力でガンガン叩いて吼えたてるような、暴れるようなドラム?若かったし、放出したいエネルギーが充満してたんだろうね(笑)」
-- どういう風に変わったと思う?
「放水車とレーザービームみたいな。手で叩くドラムとスティックで的確にヒットさせるドラムくらい違う。大太鼓のバチで叩くイメージと、しなるムチを振るうように叩くイメージと。色んな意味で正反対になったな」
-- 最小限の動きで最大の音を出すみたいな?
「そうそうそう!それそれ、上手い事言う。なんだあいつ、スゲー音出してるわりに動き地味だなって思われる方が良いかな」
-- 理想とするドラマーはいる?
「ティム・ヤング」
-- 渋いっ!『Divine Heresy』の?
「お、流石だね」
-- 専門誌だからね(笑)。でも確かになんか分かるな。彼もめちゃくちゃキック速いよね。
「キックも速いし手数も多いし、それでいて姿勢がブレないのが私の目指すスタイルと一緒かな」
-- なるほどなるほど。ただこうして今になると、自分の目指すスタイルや自分の今の立ち位置なんかが明確に見えてると思うんだけど、加入した時はどうだった? 
「アキラさんの存在が大きすぎると感じた。必死に覚えて、皆と一緒にプレイするでしょ?一応形にはなるの」
-- なるの!?
「う、うん。え、私をなんだと思ってたの?ドラム叩けないのに頭下げたわけじゃないよ?アイドルの追っかけじゃないんだから」
-- 知ってるよ、知ってるけどそんなすぐに師匠と同じ曲叩けるの?
「叩くだけならね。ただダメ、まあついていくのが精一杯だし、ドタバタしてるし、うおー!ゴールはどこだー!遥か彼方だー!って頭抱えて」
-- そっかあ。何か当時のエピソードで記憶に残っている印象深い事とかある?
「そんなのありすぎるよ!」
-- じゃ、池脇さんとのエピソード。
「うーん、…一番迷惑かけた人かもしれない。竜二さんてね、ああ見えて物凄く後ろの音を聞いてる人なんだよ。翔太郎さんと大成さんがいつものように弾いていても、私がタイミングをコンマ何秒遅らせるせいで、もういつもの声量に届かないの」
-- 結構ナイーブ?
「そういう問題じゃないの。自分が一番気持ちいい瞬間を他人がズラすとイラっと来るでしょう?それがもう、全く歌えないっていうレベルじゃなくて、歌いながらアレ、なんか今違うな、変だったなって思う瞬間が連続するって考えてみてよ」
-- 気持ち悪いね。
「そう。最初はそんな事ばっかりだった。けど練習中は何も言わないのよやっぱり。それが申し訳なくて、怖くって。いつだったかさ、何度もそういうズレが続いて気持ちがずっと置いてけぼりになるような練習しか出来ない日があって、謝りに行った事があるの」
-- 池脇さんに?
「正確には皆にだけどね。でも竜二さんが私に言ったのがね。俺も練習してるんだから、そんな事は全く気にしなくていい。最初っから出来たのがアキラで、そのアキラを超えれるように今俺達は練習してんだから、間違えれば間違えた回数分だけ、あいつより上手くなれる日が近づいてると思ってりゃいい、って」
-- 泣ける…。やばい。
「でしょー、実際泣いたし。わんわん泣いたし」
-- その時神波さんはなんて?
「想定内だから平気って。全然上手い方だと思うよって」
-- 人柄が出てるなあ。伊澄さんは?
「私を見るなり『お、下手クソが来た』って」
-- あはは、ああ、でも逆に、それはそれで。
「そう。皆優しいんだ」
-- でも池脇さんの器の大きさはやっぱバンマスって感じ。じゃあ、神波さんとのエピソードは。
「もう本当色々あるんだけど、そういう初期の事で言えば、ドラムでさ。最初はずっと自分が満足できる叩き方が出来なくて、何度やってもアキラさんの出す音に届かないんだけど、私が今みたいな叩き方する切っ掛けをくれたのが、大成さんなの」
-- へえー! 意外!
「皆と合わせてる時じゃなくて、個人的に反復練習をずっと端っこでやってたのを見てて。ちょっとやらせてっていきなり、大成さんが。え!?ってなって。一瞬、嫌だって思ったの。他人にここ座られるの嫌だって。でもよく考えたらこの人達は別だったと思い返して、交代して」
-- 大成さんてドラムも叩けるの?
「叩けないの。でも当時はそれ知らないし。でね、スネアを上からスターン、スターン、って強くゆっくり叩くの。それ自体は素人の動きなんだよ。でも何回か叩いて、ドパーン、アキラのはこれだろ? でー、お前はー、パーン、こういう音出すじゃない?全部この音でやれる?って」
-- え、音?
「そう。それって私が思いっきり腕のしなりや手首のスナップを使って出す、大きくてクリティカルな音に似てたの。でもって凄くタイトで、散らばらないクリアな音なの」
-- つまり?
「最初は狙ってやってないのよ、マグレ当たりみたいな私の良い音を耳で拾ってて、この音が欲しいんだよって教えてくれたの。もう何か、答えと言うか、光が見えたんだよね」
-- ほえー。凄い話だなあ。でも音に拘りの強い神波さんらしいなー。凄い耳してるね。
「あはは、はい!先生!って言っちゃったもん。でもね、実を言うと、アキラさんの背中を追いながら、全く同じ道を辿って行くんだっていう秘めた願いを諦めた瞬間でもあるし、だから、うん、強く思い出に残ってるな。なんか大袈裟な言い方だけど、今、青春のページをめくったぞって思った」
-- そうだよね。それがまたアキラさん本人じゃなくて、アキラさんの仲間っていうのがなんか泣けるんだよね。
「うん。他の人なら絶対に聞く耳持たないアドバイスなんだけど。自分でもどこかで分かってたんだよね。アキラさんと同じようには叩けないって。だけど自分はそこに行かなきゃいけない。行きたいって思ってたから余計辛かったし」
-- いい話だなー。なんか想像すると本当に泣けて来ちゃうな。
「目が。目が赤い(笑)」
-- ごめん。じゃあ、最後、伊澄さん。
「さっきそのー、調律してくれるって話をしたけども。やっぱり素人に毛が生えたような18歳の私の耳にもさ、この人ほんとどんだけ上手いんだよってのは分かったのね」
-- もう当時から上手いんだ。
「上手かったよ! アキラさんと翔太郎さんを除いて、他の2人は既にメジャーデビューしてるからね、その2人より上手いって何だこの人って。もちろんファーストアルバムはもう何度も聞いてるし上手いのは知ってたけど、改めて生で見てここまでか!って。ただ意外にも努力家というか練習をちゃんとやる人でさ。私と同じで、皆が揃う前からずっと楽器を触ってる人だからよく2人になったの、スタジオ内で。そりゃあ気になるじゃない。でも横目で、ギロギロギロギロ鳴らしてる音と指捌き見ちゃうと、ほんっと溜息出るし、こっちの手が止まっちゃうの。するとギター弾く手を止めて、見てる暇あったら叩けってボソリと」
-- 怖い。
「怖いの。あ、はい、っつってトコトコやり出すでしょ。そしたら翔太郎さんもギロギロ引き出すの。本当にしばらく気づかなかったんだけど、こっちの叩く音に合わせて弾いてくれてたの。あの翔太郎さんが」
-- 付き合ってくれてたのか。
「そんなの申し訳ないじゃない。本当に上手いから全然違和感ないし、そもそも合わせられてるっていう事自体しばらく気づかなかったぐらいだから。すみません、私が合わせるようにしますって謝ったの」
-- うん。したら?
「ふざけるんじゃない、と」
-- 来た。そうくると思った。
「うん(笑)。『俺がお前に合わせるしかないだろう。お前俺に合わせられんのか』って。いや全く仰る通りでございます、と。単純なリフひたすら反復してるだけなんだけど、翔太郎さんに合わせられないの。てか合わなくなるの、コンマ何秒なんだけど」
-- もう驚かないよ、そうなんだろうね。
「うん。…でね、そっからしばらくの間、練習の1時間くらい前かな。それくらいにはスタジオに入る習慣だったんだけど、翔太郎さんも来て、ずっと私に合わせて音を、出し続けてくれたの。…あーダメだこの話はちょっと私が泣けてくる」
-- うん。何でかな、伊澄さんてそういう人な気がする。
「…強制じゃないんだよ。私がやり始めると、あとから絶対追いかけてくれるの。やれとも言わないし、やらないのかとも聞かない。一週間とか、一ヶ月とかじゃないよ。何年も、私の音を拾いながら、何も言わずに、ただひたすら弾き続けてくれた。その甲斐あって。うん。そのおかげで私は正確に叩く、安定して強力な音を叩き続けることの大切さを知ったし、この人以外の、翔太郎さん以外のギタリストの後ろでは絶対叩かないって、自分と約束したんだよね。あの日に私がどういう叩き方をして、どういう顔で泣いて笑って、どれだけはしゃいで、今の私になっていったかを全部見ててくれた人だから。どれだけ有難くて、どれだけ助けてもらったか分からない」
-- うん。
「変な意味じゃないよ」
指先で涙をなぞりながら繭子は笑う。
-- うん、うん。分かるよ。
「私が今叩いているドラムは彼らの為、アキラさんの為、そして自分の為に叩くドラムだから。それ以外には叩きたくないんだ」
-- その特訓はいつ終わったの?今も続いてるの?
「もうお前は俺に合わせられるはずだから、あとは自分でやれって」
-- 卒業証書だ。
「そう言ってもらったのが、3、4年前」
-- 長っ!
「そうだよー」
-- 今の話聞いて思ったのがさ、もし伊澄さんがURGAさんと2人でツアーに出たらさ、話題にはなるけど、なんか嫌だね。
「あはは!なんで?」
-- なんか取られた感じしない?
「しないよー。私のものじゃないし。もっと言えばバンドのものでもないし、翔太郎さんがやりたいと思うなら、それはやるべきだと思うよ」
-- はっはーん。これ断ってるな、さては。
「まあ、そうね。けど断ってなくても、ほんと、別に嫉妬とかないよ、変な風に書かないでよ!」
-- 分かってる。繭子自身がそういう人じゃないってのはもう分かったから。ちょっと揶揄ってみただけ。
「ホントかなぁ」
-- そんな繭子から見て、このバンドの魅力を敢えて、言葉にしてもらうと。
「今更ぁ?えー、なんだろー、魅力、うーん。そんなの分からない」
-- へえあ? え?
「なんつー声出すの。だって、自分達が格好良いと思う事をひたすら追求してるだけだよ。受け入れられる確証なんてないわけで。けど自分達を信じて前を向くしかなくって。その先にようやく世界が見えた、さあ行こうかって思ってる私達が、自分らの魅力はですねーなんて言えるはずないじゃない」
-- いや、でもほら、セールスポイントとか。
「なんかトッキーが考えて上手いこと書いてよ」
-- まあそりゃ、そっち方面はプロですから、書くけども。もうー、なんか、そういうトコも格好良いなーちくしょう。
「あははは。よろしくー」
-- 今日は長い時間ありがとうございました。またお話させてください。
「あ、終わり?はーい。ちょっと疲れたね。今度は皆で喋ろうよ、きっと楽しい」
-- はい、よろしくお願いします。ありがとうごいざいました。
「あとね、皆の事は苗字じゃなくて名前で呼ぶ方が自然だよ」
-- そうなんだ、教えてくれてありがとう。そうする。
「ありがとねー、お疲れさまー」
-- お疲れさまでした。



本当は終わりになどしたくなかったが、涙をぬぐった繭子の微笑みと溜息に明らかな疲労が見てとれたので、慌てたのが正直な所だ。
私がこの取材において最も厳しく自分に禁じているのが、彼らの邪魔になる事だ。突然終わったかのように見えるのはその為で、まだ時間はたっぷりあると、自分に言い聞かせた。
こうして4人のインタビューを一通り終えてみて、全くもって一筋縄でな行かない人達だと再認識させられた。
彼らに纏わる逸話は枚挙に暇がないし、ある程度の予習復習を済ませた上で臨んだはずが、新たな驚きと感動が交互に押し寄せて来て、私はずっとその波の上でプカプカ浮いているだけだった。
今回4人のインタビューが掲載される号は、おそらく永遠にメタル界で語り継がれる伝説の号になると、興奮が抑えきれずに編集部で騒いでいた事を思い出す。
読者諸君の反応が今から楽しみだ、取材はまだまだ始まったばかり、彼らのこれからに乞うご期待!そんな決まり文句をカタカタとキーボードで打ち込んでは、鼻息を荒く目を輝かせていた。

連載第8回。「役者たち」1

2016年、4月某日。



ビデオカメラに映っているのはレコーディング風景だ。
おそらく次のアルバムに収録されるであろう楽曲の仮レコーディング。
今後の練習や実演の手応えによってどんどんと曲が様変わりしていくため、途中で何度も仮音源のレコーディングを行っては、それをまた壊すという作業が繰り返されるそうだ。彼らにとってプライベートスタジオは成功の証ではなく、楽曲制作において必要不可欠な設備なのである。
今まさに、録音ブースに入っている池脇竜二の姿を全く無視して、機材操作側の部屋では面白い試みが行われようとしていた。
ギターを持った伊澄翔太郎が立っている。
その右側に神波大成が座り、左側には芥川繭子。
少し離れた背後にカメラを持った私、時枝がスタンバっているのだが、
3人の背中が並んでいるのを撮っているだけで気持ちが高揚するのを抑えられない。
実際に今から、伊澄翔太郎という男がどれほど凄いテクニックを持っているかを見せてくれるという。
池脇が仮ボーカル録りをする部屋の反対側で、同時に演奏を始めて最後まで止めずに完走しきると言うのだ。
ちなみにまだライブでは演奏した事がなく、曲の全体像が出来上がったのが、昨日。
出来立てほやほやの曲を一度も間違えずに弾けるかどうかの、言わばお遊びだ。
しかも伊澄の演奏を録音するわけではない。
伊澄は全く緊張した様子もなく、リラックスした立ち姿でじっと池脇を見ている。
口元にはうっすらと笑みさえ浮かんでいる。
「はい、いきまーす」小さく合図が聞こえる。
カンカン、カンカンカンカン。
甲高い電子リズムが鳴る。

ギルギルギルギルギルギルギルギルギル。

始まった!
ボリュームはそこまで大きくない。
しかし一気に鳥肌が立ち、体温が2度上昇する。
心臓が早鐘を打ち、緊張で立ちくらみを起こしそうだ。
なんて速い曲なんだ!信じられない!
例えるなら、スレイヤーのアルバム「REPENTLESS」収録の3曲目、「Take Control」に印象が似ているだろうか。
イントロからえげつない高速ピッキングでリフを繋いでいく。
これで最後まで行くつもりか? いやまさか、イントロだけだろう?
両脇の2人は余裕の笑みを浮かべながら、間近で伊澄のプレイを見つめている。
些細なミスも見逃さぬよう監視でもしているのか、それとも見惚れているのだろうか。
どちらにせよ、見慣れたものを見ている時の表情だというのは確かだ。
当の伊澄は2人の視線に晒されながらもリラックスした姿勢を崩さない。
ただそこに立ち、ただギターを鳴らしている。
超、高速でだ!
驚いた事に、池脇のボーカルが始まり、強烈な2人のユニゾンになってからもピッキングの速度が落ちなかった。
ということは全編そのまま弾き切る曲ということなのだろう。
見ているだけで息が止まりそうだ。
私はこの時この曲がどの程度の長さで、どのような構成かは知らない。
まるでシンクロするかのように部屋を隔てて池脇と共演する伊澄の凛とした立ち姿は、
体の一番深い所からやって来る震えでどうにかなってしまいそうなほど格好良い。
神波の表情から察するに、まだ伊澄は間違えていない。
しかしだんだんと、両脇の2人の表情がおかしくなってくる。
本当に最後までこのままいくの?
昨日出来た所だぞ。
いくら翔太郎とはいえそこまでは出来過ぎだろう。
といった事でも考えているのだろうか。
どうやらストップアンドゴーを多用した、
Aメロ、サビ、Bメロ、サビ、Aメロ、サビ、サビ。
という単純な構成のようだ。
構成は単純だがリフの多さ、速さが単純ではない。
繭子の頬が紅潮してきた。
ラストが近いのかもしれない。
一度、伊澄が足を少しだけ開いた。
それでも、特に強張っている様子はない。
最後に彼は『初めて』自分の手元を見た。
フックの多い高速リフで畳みかける。
クラクラする。
これは名曲だ!間違いない!
池脇の絶叫が曲の終わりを告げる。
最後のリフに突入した。
繭子が両手で口を覆う。
神波がのけ反った。

ギュルルル、ル!

「くっそ、まじかお前」
「すごおおお!嘘ーーお!」
伊澄は何も言わずに池脇を見つめて、顔の前で拳を握った。
「オッケー!」
池脇は笑って手を叩いた。
この目で見たはずなのに、未だ信じられない。
この男、本当に人間なのか?



2016年、4月某日。


注意しなければ気づかないかもしれないが、神波大成は物凄く細い。
楽器を持っていなければモデルかと見紛う程スタイルが良い。
しかし両方の腕、手首から肘までは意外にも太い。
押弦とピッキングで鍛えられたその腕力は、腕相撲だけならメンバー内最強だという。
-- 細すぎるせいですかね。そんな風に見えないですよ。
「ずっと竜二が強かったんだけどね。こないだ初めて勝ったよ、あの筋肉バカに」
-- ちなみに最弱は誰ですか。あ、繭子か。
「ん? 翔太郎」
「嘘つけ!」
遠くから聞こえてくる伊澄の声。
それらを見ていた繭子がカメラの前に立つ。
「カットで、ここはカットで」
彼女のアップ、笑顔。
-- あはは、はい。




2016年、4月某日。


「あ、来たよ」
と繭子。
雨の降る夜。
事故による交通渋滞に嵌った池脇竜二の、別の取材先からの戻り待ち。
機会があればご挨拶させて欲しいと兼ねてよりお伺いを立てていたURGAさんが、メンバーの到着より先に遊びに訪れた。
応接セットに座って談笑していた私は、繭子の言葉に振り返る。
大きな防音ガラスがはめ込まれた入口のドアの向こうに、J-POP界随一の歌声を持つ世界の歌姫、URGAが踊っている。
こちらに気づいて踊っているのではなく、踊りながらやって来たらしい。
かなり面白い女性のようだ。くるくる回っているせいで、一度見えなくなってしまった。
しかし次の瞬間ひとりでにドアが開いて(おそらくスタッフの誰かが開けた)、両手を高く上げて緩やかにスピンしたまま彼女が入ってきた。
フランス語だろうか、シャンソンのような歌を口ずさみながら近づいてくる。
私に気づいて軽く目を見開いたが、笑顔も、歌も止まらない。
私は立ち上がり、繭子も立ち上がる。
私達の前まで来て、ようやくURGAは歌と踊りと止め、腕と一緒に頭を下げた。
とてもオーガニックな良い匂いがした。
-- 時枝と申します。詩音社で編集者をしています。
「URGAです。初めまして」
「お久しぶりです」
と繭子。
「繭ちゃーん」
とURGAは肺活量と愛嬌に満ち溢れた声をあげて繭子に抱き着いた。
「ご機嫌ですねURGAさん、飲んでますか?」
「まだ飲んでないよ。飲もうとしてたらオリー(伊藤織江)から電話あって。今日ですよねって言われて、ああってなって。慌てて打ち合わせ抜けてきちゃいました」
「っはは、忘れてたんですね。大丈夫なんですか、向こう」
「あんまり時間はないかなぁ。少し先だけど大きいツアーが控えてるんだよね。今日はこちらの時枝さん?の面白い試みの話を聞きに来たのと、翔太郎くんを揶揄いに来ただけだから、すぐ戻るよ」
「練習見ていかないんですか?」
「うるさいし長いもの、君達の練習。残念だけどそんなに時間はないのよ、お姉さん忙しいからね」
「そうっすよね。竜二さん遅刻しちゃったし」
「らしいね。彼がいないと始まらないもんね。ところで、翔太郎くんは?」
「どこかで寝てると思いますよ、呼びましょうか?」
「帰りに探してみる。それはさておき時枝さん、密着ですってね」
-- はい。一年間密着取材します。
「一年!? 情熱大陸でもそんなにやんないよ? ずーっとかかりっきり?あなた他の仕事は?」
-- もちろん他の仕事もやりながらなので、就業後とか休みの日にこちらにお邪魔してお話を伺ったり、撮影させてもらったりです。
「凄いねえ。じゃあ今、幸せだね」
-- …はい、とても!
一瞬返事が遅れてしまう程、衝撃を受けた。もちろん、「大変だね」などと同情されたかったわけではない。
そういう反応ばかりを見て来たせいで真芯を捉えて私の気持ちを言い当てられるとは、想像もしていなかったのだ。
-- URGAさんのエピソードも出てきますし、いつか少しでもお話をお伺い出来ると嬉しいです。
「去年のアルバムの事とか? もちろんだよー。話を盛って盛って面白おかしく話してあげようね」
-- ぜひ、普通にお話しを聞かせてください(笑)。
「いいのか? ストーリーテリングに定評のあるURGAさんの面白トークが聞けなくなっちゃうよ?」
-- 今から楽しみでなりません(笑)。
「あ、URGAさん、あれ」
繭子が入口を見やる。ドアの向こうに、真顔の伊澄が立ち尽くしている。入って来ようとしない。
「あ!」URGAはぱっと両腕を広げ、「おおーい!」
肺活量と愛嬌に満ちた声を上げながら小走りで入口に向かった。
伊澄が姿を消すと、そのままURGAも外へ飛び出していった。
「逃げるなー!」
という明るい声が遠ざかる。
「私あの人やっぱり好きだー」とお腹を押さえて笑う繭子。「部屋の中が一気に明るくなる気しない? こんな短い時間で、ホラ、いなくなっちゃうともう喪失感が漂ってるよね」
-- なんか寂しい空気になってるね。凄いパワフルだなー。
「ゆるふわ美人、明るい、声がデカイ、声が可愛い、面白い、歌が超ウマイ、ちょっとSっ気が強い、最高ー」
そう言って、繭子はケラケラと笑った。



同じ日の夜、遅く。練習後のスタジオにて。
いつか繭子から聞いた、伊澄翔太郎の恋人だという女性がスタジオに遊びに来た。
「お疲れさまでしたー」
と言いながら、スタジオのドアを開けて伊藤織江が入ってきた。その後ろから、背の高いショートヘアの美人が現れる。言葉以上の、超のつく美人である。繭子の可愛さとはまたジャンルが違うので比べられないが、ちょっと信じられないレベルの場違いさだ。昔からバンドマンの彼女は化粧っ気の強い美人と相場が決まっているが、しかし彼女は次元が違い過ぎる。
「オツカレ差し入れ肉まーん」
その美人は持って来たビニール袋を体の前に突き出して、いきなりそう言った。
彼女を振り返ったメンバーの表情がふっと緩んだのを、私は見逃さなかった。
楽器前の応接セットにメンバー全員が座り私だけが側に立っている格好だったので、すぐに新顔の私に気が付いたようだった。
「えーっと、時枝さん」
とその美人が名前で呼んでくれた事で、私は慌てて我に返った。。
-- 初めまして。あまりにお綺麗なので、びっくりしてご挨拶が遅れました。詩音社の時枝と申します。
「初めまして、関誠です」
と言って彼女は丁寧に頭を下げた。
-- え、やっぱり。え、やっぱり!
「なんで2回言ったの」
と笑う繭子。
-- 似てるなーとは思ったんですけど、まさかそんな。え、伊澄さんの?
当の伊澄本人は珍しく、所在無さげに視線を泳がせている。代わりに繭子がカメラに向かって紹介してくれた。
「恋人であり、正真正銘のモデルさんです」
-- ふわー、出版業界10年程いますけど、本物のモデルさんに初めてお会いしました。握手してください。っていうか、出来すぎじゃないですか。超絶ギタリストの恋人が同じく超のつく美人モデルとか、世間を敵に回すと思います。
(一同、笑)
「知るかそんなもん。知り合った時は別にモデルじゃないから」
「そうですよ、たまたまですよ」
伊澄と関誠が二人して顔を横に振る。
-- 恋人がしばらくしてモデルになったパターンですか、あー、それなら、あるある。ってないわ!
「うっせーな、仕事しろよ仕事」
(一同、笑)
興奮状態の私はそれでも関誠に話しかける。
-- お付き合いは、長いんですか?
「そうですね。10年ひと昔って言いますし、余裕で10年以上経ってるので、はい、昔から」
-- またゆっくりお話を聞かせてもらう事は出来ますか?
「名前とか出ちゃいますか?一応事務所通してもらって大丈夫なら、私の方は。ってかめっちゃ喋りたいし」
ニッコリ笑った顔が雑誌の表紙から切り取ったように格好良い。
-- ありがとうございます!嬉しいです。
「若い頃の繭子の話とか超したいです」
「嫌だ!」
慌てて繭子がカメラの前に立った。
-- あれ、どちらが年上とか聞いても?
関誠が小さく手を上げる。
「私です、今年31です」
-- 全然見えないです、私より年上でその陶器のような肌とか反則ですよ。
「いやー、もう20代前半の子達とは並びたくないですよ。ほんとに」
-- そんなそんな、全然20代前半に見えます。
「というかそんな事言い出したら繭子でしょう。この子を私はなんとかしたい。この腹立つくらい、磨かなくてもぴかぴかのダイヤをめっちゃ磨きたい」
そういって関誠は繭子の両肩をがっしりと掴む。繭子は遠慮がちな苦笑いを浮かべて、首から上だけを仰け反らせた。尊敬する伊澄の恋人相手ともなると普段私に対する態度とは異なるというわけだ。全くいつものキレがない。
「誠さんもたいがいしつこいなー」
「10年逃げ続けてるくせにー」
笑い合う二人の関係も、なんだか面白そうである。他のメンバーを無視したまま話続ける事に後ろめたさを感じて振り返ると、誰もこちらを見ていなかった。思い思い各自で話し込んでおり、関誠の存在が彼らにとっていかに当たり前なのかが理解できた。ひとしきり繭子と笑い合った後、関誠は普通に伊澄の隣に腰かけた。当然の事なのに、どきりとした。
「撮影?」
と尋ねる伊澄に、笑顔で頷き返す関誠。
「結構遅くまでやって…」
という言葉が聞こえた所で、私は彼らから意識を切り離した。なんだか見てはいけないようなプライバシーがそこにある気がした。カメラが回っている事を知った上での行動なのだと分かっていても、何故か私の方が照れてしまった。このスタジオ内で自分が女性である事を包み隠さない存在に、初めて出会ったからかもしれない。関誠はずっと見ていたくなるフォトジェニックだし、その隣には好奇心の尽きない天才が座っている。本来なら目を逸らすなど出来はしないはずなのだが、編集者でない人としての本能が拒んだ。
何度かここでも記しているように、伊藤織江は神波大成の伴侶である。同姓ではないが、本人達から聞いているので間違いはない。しかしこのスタジオ内、このビル内でそれらしい2人の姿を見た事はないし、そもそも付き合っているのかも分からない絶妙な距離感を保っている。今もそうだ。伊澄と関誠が話を始めると、神波と池脇が楽曲の話を再開し、伊藤織江は私と繭子の間に立って、練習後の疲労回復には睡眠が一番だから今日はうちに泊っていくがよい、といった話を始めた。関誠のように、ぴったりと神波の横についてプライベートな話をしている場面を見た記憶は一切ない。誰よりも古くからメンバーの事を知っている伊藤だからだろう。神波ではなく彼女の方が、誰に対しても同様の接し方と距離を自分に義務付けているように見える。それでいて事務的な所もなく、誰にでも愛想が良くて朗らかで、身振り手振り話す仕草などはとても愛らしくてキュンとする。
そんな伊藤とは真逆の存在である、関誠。入って来た時の風変りな挨拶もさることながら、別段他のメンバーに気を遣うそぶりも見せずに伊澄の隣に座った。そしてそれを誰も気にしていない。
「オイ!」
急に池脇が声を出して、振り返った関誠とハイタッチした。それに続いて神波も。
「ぱーい!おーつ!」
パーン、パーンと軽快な音が2つ。そしてまた、関誠は伊澄と話を再開する。伊澄翔太郎の恋人だからという、『狐、虎の威を借る』という顔をしていないのもまた特筆すべき点だろう。所謂昔からいる「バンギャ」が彼女のような態度をとると、見ている他のファンにしてみれば鼻持ちならない筈なのだが、彼女にはそういった嫌味も高慢さもない。とても自然で、もともとそこにいたかのような治まり具合が感じられた。
そうか、この形が正解なのだと私は気が付いた。
それを言うなら、私がここにいることがおかしいのだ。



役者が揃ったとは、こういう時に使う言葉に違いない。

連載第9回。「役者たち」2

2016年、4月20日。


会議室の椅子に座る芥川繭子、そしてその隣には関誠。
夢のようなツーショットである。
彼女とは出会ってまだ2時間も経っていない。
思い通りに時間を作れないという関誠に初対面で失礼だとは思いながら、
事務所の了承を得られない場合は表に出さないと約束した上で、
夜遅い時間ではあるが少しの間だけインタビューを撮影させていただいた。



芥川繭子(以下、M)×関誠(以下、SM)

-- あー、あー。
スタジオよりも狭いために声が大きめに入る。
-- 繭子緊張してる?
本来は関誠単独でインタビューをする予定だったが、昔の話をされると思った繭子が付いてきた。こちらとしては願ってもない。
М「いやー、してない。…(関誠をチラリと見て)してるー」
-- (笑)。
SM「その握ってるドラムスティックは何? 武器?」
M「持ってると落ち着くから(笑)」
-- 映像も記録として残しますけど、後日あなたの事務所の方へは弊社から承諾の交渉をさせていただきます。もし万が一問題があるようでしたら、絶対に表には出しません。
SM「分かりました」
-- ちなみにですが、記事への掲載許可が下りた場合、本文内でのお名前はどのように希望されますか? 常にフルネームか、苗字か、お名前か。
SM「『誠』でお願いします、敬称略で」
-- 畏まりました。でははじめに、誠さん。あなたは伊澄さん達と古くからの付き合いがあるようですが、具体的にはどの時代になりますか。
SM「時代?」
-- えっと、知り合った当時のバンドとの御関係をお伺いしたのですが、… 繭子笑わないの。
SM「え? ああ、関係? …特に、…ない」
-- ええ?
SM「いやー、あまり、バンドやり始めてからの事詳しく聞いてないんですよね」
-- 意外ですね。普段伊澄さんとは音楽の話はされませんか?
SM「しないー、ですねー」
-- それすら思い出しながらなんですね(笑)。
SM「もちろんする時もあるんですけどね。でも私から話題を振ることは、ほとんどないので」
-- なるほど。ですが伊澄さんと知り合った時、当時彼は既にバンドマンだったわけで…。
SM「いや、違いますよ」
-- え!? …という事はお知り合いになられたのって随分前じゃないですか!?
M「誠さん、違う違う。…あれ?どうなんだっけ?」
-- どっち?(笑) 彼らはデビュー20周年なので、その前となると誠さんの年齢詐称疑惑が出てきますが(笑)。
SM「あ、そうなんだ。あれ、そうだっけ」
-- もしやバンドに全然興味がない、とかですか?
SM「そんな事ないですよ。皆大好きですし」
-- どのアルバムがお気に入りですか?
SM「えっとねー。どのっていうかねー…」
口ごもりながら、関誠は眉間に皺を寄せて両ひざに手を置いて、俯く。
-- ほとんど聞いたことないとか?
SM「いやいや、それはないですけど、うーん」
M「あんまり困らせちゃだめだよ、誠さん」
-- え、何?
M「いや、なんかまともに答えないから」
SM「だってさー。時枝さんてバンドの事めっちゃ好きそうだしめっちゃ詳しそうだし。バンドの事聞かれてもなーって」
-- やはり、あまり興味がおありではないんですね。全然気にしないでください。それはそれで、ニュートラルな意見が聞けて貴重なので。
SM「そう?じゃあ言うけどさ、私基本的にうるさい音楽ダメなんですよ」
-- 言っちゃった(笑)。
M「あはは!」
-- もうそこから既に、ダメなんですね。
SM「バンドメンバーっていう捉え方をした事がないし、そういう聞かれ方をすると、途端に印象がぼやけるイメージですね。本当に出会った当初は、そもそも音楽やってるのも知らなかったんですよ。人となりは結構詳しいと思うんだけど、バンドマンとしての顔は今でもよく分かってない事の方が多いかなぁ」
-- 10年以上前にお知り合いになったという事は、繭子と同様まだ学生の頃だったりしますか?
SM「そうですね。ただあんまりそこは広げない方がいいかもしれないです」
-- 分かりました。その方がよさそうですね。
SM「あ、でも変な話じゃないですよ!カメラこれ?伊澄翔太郎はロリコンではありません」
カメラに向かって、ドアップとピース。
広くはない会議室内に大きな笑い声が響き渡る。俄然楽しくなってきた。
-- まあでもここだけの話、伊澄さんがロリコンでもなんでも、お相手として誠さんがいる以上関係ないんですけどね。そこらへんは個人のアレなので。
SM「公にしてるかどうかも私知らないんですよ。それと、やっぱりイメージって大事なのかなと」
-- そこはどうなんですかね。
M「他所の取材で話してるかって事? 4人で受けた場で聞いたことは無いかな」
-- そうなんだ。ではそこらへん上手く編集しときます。
M「うん」
SM「で、その後二十歳前ぐらいの時には今の事務所に入ってモデルのお仕事やらせてもらっているので、実際翔太郎がその頃表立ってどういう活動をしてたかっていう事情も分からないですね。こっちも一杯一杯だったし、プライベートでも色々あったじゃないですか」
-- と、仰いいますと。
誠がチラリと繭子を見やる。
SМ「個人的にはア、…キラさんの事とか、(繭子に目で了承を得ながら)他にも、色々と」
М「うん、平気、もう言った(笑)」
SМ「わお、そうか」
-- なるほど、その時期なんですね。
SM「知り合ったのはもっと前なんですけど、ちょうど駆け出しの新人モデルで忙しくしてる時に、色々あって」
-- 善明アキラさんがお亡くなりになって、そして繭子の加入ですね。10年前だから、12、3年程前に、伊澄さんとお知り合いになられた計算でしょうか。となると、そうですね、既にバンドはありましたね。
誠は天井を仰ぎ見、指折り数えている。
SM「14、違う。今年31でしょ。16になる年だから15、15年前ですね」
-- あまり記念日などは気になさらないタイプとお見受けしましたが(笑)、じゅ、え、15年ですか!?
SM「もうバレた!」
-- (笑)、私も似たような所があります。
SM「あはは。そうですね、年数もそうですけど、記念日とか気にした事ないですね。一応誕生日ぐらいは覚えてますけど、言ってそのぐらいしか頭にないです」
M「あはは!」
-- あ!そうか、私バンド20周年て池脇さん達のクロウバーも混みで計算してるからおかしくなるのか。伊澄さんと善明さんが合流してからは15年くらいなのかな?
M「あ、そうだよそうだよ。なんか変だと思ったんだよ(笑)」
-- 面目ない(笑)。という事は本当に、伊澄さんと誠さんが出会った時、彼はまだバンドマンではななかったわけですねえ。疑ってすみませんでした。
SM「いえいえ、はっきり覚えてないのは私も人のこと言えないんで、平気です」
-- では、そんな誠さんから見て、繭子の加入はどう映りましたか? 
聞かれて誠は、繭子をじっと見つめる。
どういう感情なのだろう。口元には薄く微笑みが浮かんでいるようにも見える。
しかしその両目は真剣だった。見つめられて数秒、繭子が顎を引いた。
M「なによ」
SM「最初は、舐めてんのかなーって思った」
-- うおっと!
SM「っはは。最初だけね、それを聞いた瞬間は、そう思ったよ。賛成か反対でいったら反対だったんで。アキラさんの後任だって聞いた時に、他の男共も何考えてんだって腹立ったし」
-- その事は当時伊澄さんや、繭子には?
SM「言った言った、超言いました。でも翔太郎はああいう人だし、『決まった事だから』って。そもそもバンドにそんな興味ないのにそこだけ食ってかかるのも変だって自分でも思ってるから、翔太郎にはそこまで、あんまり言えてないですけど。けど繭子本人をさんざん止めた」
-- それは、音楽的な話ですか? つまり圧倒的な経験不足や年齢的な問題として?
SM「いやいや、そういうのは分からないけど、単純に釣り合わないから。その時既に繭子の事も当然知ってたけど、それまではバンドのファンで自分もドラム叩いてるっていうピュアなギャルだったわけで」
M「ギャルじゃないよ」
SM「ギャルだよ? まあまあまあ。可愛いJK囲ってわちゃわちゃしてるのが楽しいっていうそれだけだったの、私にしてみれば。けど当人達にはどうやらそれだけじゃない思惑があったみたいで。変な意味じゃないですよ? なんだろう、分かる人には分かる実力とか、そういう話?ただ常識的に考えて、当時既に30とかの兄ちゃん達に混じって、女子高生がドラムやります、入ります、って頭おかしいじゃん」
-- 言い方はきついですが、とても真っ当な意見だと思います。
SM「ですよね?そこをね、もうちょっと冷静に考えて欲しかったの」
-- 繭子はその時どう思った?
M「今こうやって聞くと卑猥な想像されがちな状況だったんだなって理解はできるよね。ただ、私たちの事を当時から知っている人にしか分かってもらえないのを承知で言うけど、皆、私以外の人達がとても大人だったから。それは今思い返してもそうだったと断言できるの。例えば、一回もエッチな話をしなかったとか。私の高校生活の話を聞いてこなかったとか。コイバナもしなかったし、なんなら友達の話とかも聞かれなかった気がする。自分から進んで情報を小出しにしてはいくんだけど、多分意識しないと絶対踏むような地雷を一度も踏まれなかったから、本当に気を使われてたか、そもそもガキの私に興味がなかったかだよね」
-- 女子高生に手を出す程女に困っていなかったと?
SM「っはは。そこは人柄ってことにしとこっか」
-- は!失礼しました。
M「(笑)、うん、でも本当にそうよ。人柄だと思う。それにね、反対されるのはもちろん分かってたんだよね。だからその時というか今もなんだけど、あの時泣いて泣いてしたのって、冷静じゃなかったからというより、怖かったからっていうのもあるの」
-- 怖い…。
M「ここからいなくならくちゃいけない恐怖、このバンドでドラムを叩けない恐怖。そういう意味で取り乱したんだと思う。気持ちとしては、もう120%決まっていて、自分の人生は自分で決めさせてって思ってたから。否定される事が凄く怖かった。だけど邪魔しないでって思う反面、最初から覚悟してたことだし、それは周りの優しさからくる反対だってのも頭で理解してるから、余計にさ」
-- 誠さんは、繭子のそういう思いはご存知だったんですか?
SM「後からですね、私は。その、繭子が皆に懇願したっていう場にはいなかったので。その後になってからも色々あって。あの時の繭子はなんだろう、突っついたらすぐ泣いてたし。触れたら泣いてたし。声かけるだけで怯えてたし」
-- えええー。そうなんだ。
M「嫌だー。あんまそこは思い出したくないんだなー」
SM「じゃあ止めようか。でも泣いて、感情的になって、突発的にそう言ってごねてるわけじゃないっていうのが分かるようになってから、私もだんだん尊重してあげなくちゃいけないって思うようになったけど、私は今でも、繭子はバンド辞めたっていいと思ってるよ」
-- 今でもですか。今彼女は世界的にも認められた凄腕ドラマーですが。
SM「それ関係ないと思いますね。繭子は繭子だもん。幸せになれるなら、そうなる道を進んだら良い。嫌になったら、いつドラム辞めたっていい。ドラムを叩いてるからこの子が必要なわけじゃないからね。私はそう思うかな」
М「…」
-- 伊澄さんが止めても?
SM「うん。そん時は翔太郎と喧嘩してでも、繭子を抜けさせる。勝てないけどね?」
М「(笑)」
-- 繭子はやめたいと思ったことある?
M「ないよ」
-- こないだ聞いたばかりだったね。
M「うん、ない。ないけど、本当に誠さんには感謝してる。だけどバンドはやめない」
SM「この議論を戦わせて10年だよ。いつかこの子をモデルにしたいと思い続けて10年」
-- 今でもその思いは消えないわけですね。
SM「はい」
-- とても、お優しい方なんだなと、そう思います。
SM「私? へー。ただ我儘言ってるだけだと自覚してるけどな」
照れたように笑う誠をじっと見つめて、真剣な顔で繭子は言う。
M「そんな事ないよ。本当に辛い時、しんどい時、最後の最後、誠さんなら絶対受け止めてくれるって信じてるから、私はやめないっていう答えを選べるんだと思ってるよ」
SM「うーおっとー。危なーい。泣いちゃーう」

そう言った誠の笑顔が崩れた。素敵な友情だと心から思う。
やはり、関誠のような至極真っ当な良識を持ち合わせた人間が一人いるだけで、危ういバランスで成り立っているバンド内の人間関係が、大きく逸脱せずに保たれている部分もきっとあると思うのだ。
これは一般論ではなく、私個人の意見である。
バンドマンとはジャンル問わず夢追い人だと思う。確かにその姿は輝いて見える。しかし思い描く理想や己の姿を追いかける事にのめり込む一方で、人として大切な何かを失っていく人間を多く見て来た。日常レベルで言えば、時間にルーズ、女にだらしがない、働かずに恋人に養ってもらう、など男としての甲斐性を感じない人も多い。もっと言えば、どこかで繋がってしまった法の外で、薬物に溺れ毒される人間もいる。
夢か破滅か。そんな天国と地獄が両方待ち受けている世界で、3人の男と1人の女が、ひたすら脇目も振らず目標に向かって爆走できている理由の一つとして、関誠や伊藤織江のような、距離を保って彼らを支えられる常識人の存在があると私は常々思っていた。
関誠も、伊藤織江も私の理想である。きっと彼女達はバンドを愛しているし、メンバーを人として愛している。しかし彼らの夢に乗っかって一緒に溺れる事はないだろう。バンドのマネージャーとして、彼らを世界に送り出す役割を担う自分の人生を楽しみ、世界屈指のギタープレーヤーである男の恋人でありながら、自分のモデル人生を精一杯生きている。そういう人達は強い。対等に物事を考え、対等に発言できるからだ。そんな彼女たちが繭子の側にいることの心強さを思うと、繭子贔屓の私としては嬉しくて仕方がない。

-- あー、好きだー。
自然に漏れ出た溜息に、2人はぎょっとした顔で私を見た。
M「怖いよ」
明るい笑い声を響かせる関誠。
-- 失礼しました!ですがこれは私が昔から思ってきた事なんですけど、やっぱりバンドには絶対、誠さんのような人がついていないと駄目になると思うんですよ。
M「織江さんとかね」
-- そうそう。自分の人生の舵取りすら出来ないレベルで前のめりになる人達って、結構いるからさ。実際ここまで極端な人達には出会ったことないけど、やっぱりそういう影には、彼女達のような存在がいないと、ダメなんだよね。
M「めっちゃ分かるそれ。本当にそれは言いたい。感謝してます」
ドラムスティックを太ももの上に置いて、ペコリと頭を下げる繭子。
SM「えー、何の話だか全然ピンとこない。なんか有難がられてる?」
-- はい。
SM「おお、そっかそか。良いってことよ」
M「絶対分かってない顔だね」
SM「うん、全然。なんのこと?」
-- いえ、いいんです。忘れて下さい。
SM「ええー!あ、肉まんの話?さっきの肉まんどこ行った?肉まん食べます?」
手を叩いて繭子が笑う。
このたった一晩の会話で、私は完全に関誠という女性に惚れ込んでしまった。
天才・伊澄翔太郎の側にいられる女性はこういう人でないといけない。私はそう思う。




2016年、4月某日。雑談。


3人の男達を前にしてまともに話せる自信がまだない私は、ある一つのテーマをお伝えし、
そこから様々に話を膨らませてもらった。私は聞き役に徹する。


池脇竜二(R)、伊澄翔太郎(S)、神波大成(T)。


-- お疲れの所ありがとうございます。Мステ見ましたよ。「どうだー!見たかー!これがドーンハンマーだおりゃー!」って編集部で絶叫してました。と同時にとても意外だったので今回お時間いをいただいたのですが、ずばり皆さんにとってのメジャーとインディーズに対する考え方をお伺いしたいなと。
R「エムステなあ、意外だろうなあ。それはあれか。テレビ出演なんかのメディア露出も含めてってこと?」
-- 仰る通りです。
R「こいつらテレビ出るんだーって?」
-- うふふふ、そんな恐ろしい言葉遣いはしません。
S「今俺らってメジャーなの?インディーズなの?」
-- レコード会社がビクターですからね、大手メジャーです(笑)。個人事務所である事と流通はあまり関係ありませんからね。気分的にはインディーズなんですか?
S「あんま気にした事ないなと思って。だからテレビもそうだけど、どんなメディアであれ織江がそこらへん頑張ってくれてるんだと思うよ。多分黙ってても大きく扱ってくれるようなバンドじゃないと思うし」
R「地道な広報活動をね、してくれていると聞いておりますよ」
S「こんなおっさんのチンピラバンドのためにね」
R「自分で言う?」
S「謙虚な面もありますよと、伝えておかないとね。テレビ出て天狗になってると思われちゃうから」
R「お前がそんな事気にするわけねえだろ!」
T「バレバレだよなあ(笑)」
S「っはは。気にするしないじゃなくて、普通に新譜出してもCMで流れるとかないわけだろ?それがぽっとテレビに出て1曲演奏したらガッと音源売れたりするわけだよ。あー、見られてるなって思うよそこは。あと普通に織江の頑張りにも相応のお返しをしないとってのもあるし」
R「まあな。…ちょっと、笑うけどな」
S「やってる事は変わらないしな?」
R「変わらねえし、人の目に触れるか触れないかだけでこんだけ違うんだな、って、今更だけど。それはテレビだけじゃなくて向こう(海外)でライブやってても、やったらちゃんと反応あったわけだしな。それが普通っちゃー普通なんだけど、人目に触れるか触れないかだけの差なんだって考えっとさ、なんだかなあって」
-- 口を挟むのは差し出がましいですが、普通、ライブやったから、テレビ出たからって言うだけですぐセールスに結びついたりはしませんよ。今の時代特に。
S「…」
T「…」
R「褒めてる?」
-- もちろん!
(一同、笑)
T「色んな可能性あるバンドが消えてってるんだろうね」
R「そうだよなあ。メジャー・インディー論争なんて大昔からあるけど、結局はそこだけだもんな。バンド側はほんと、ただ死に物狂いでやるだけだよ」
S「俺はよく分からないけど、お前ら一度はがっつりメジャーな事務所に入ってデビューしたんだから、今とどう違うとか比べられるんじゃないの?」
R「違いなんかねえけどな。やってる事はほんと同じ。曲作って、レコーディングして、演奏して。ただあれ、そこに俺達以外の、肩書だけで不透明な人間の意見が聞こえてくることは、あったな」
S「それよく聞くわー。注文入るんだろ? あと2曲バラードが欲しい、とか」
R「いや笑ってるけどほんとそうよ。けどそういう注文を、面倒臭いととるか、求められているととるかで、モチベーション変わってくるんだろうな」
S「お前らはどうだったんだよ」
R「面倒くさかった」
(一同、笑)
R「あとやっぱり時間には厳しいよな。まあ仕事なんだから当たり前なんだけど」
S「それは何、締め切りみたいな事?」
R「そう。毎日じゃねえけど、スケジュールが俺らみたいのでもちゃんとあって。こういう段取りで進んでいくから、この日までに何曲作っておいてね、ていう期日はあったな」
S「へー。で、それを守らないと」
R「いや、守ってた守ってた。曲作りに苦労はなかったし。まあ今もだけどストックが結構あったからな。そこは別に、っつーかあれだぞお前、別に俺らクビになってねえからな? 自分らで辞めますっつったんだからな?」
S「へー」
R「へーじゃない」
T「俺らの曲ってどのぐらい聞いてた?」
S「クロウバー? え、普通に全部聞いてたよ。あれ、言ってなかった?」
T「お前具体的な感想言わないもん。どうだった?」
S「曲も歌も良かったけど、売れるとは全然思わなかったかな」
-- (笑)
R「なんで?」
S「え、お前ら本気で売れ線狙ってたのか? あれはなんか、逆行してんなーって思うよ普通。これからの時代にハードロックは売れねーだろうと思って冷静に聞いてたよ。好きは好きだったけどな。でも一昔前のビーイングみたいな、ブームの後押しみたいなのがねえと、火はつかねえだろうなー、これはって」
T「なるほどね。一応俺達の中じゃあ売れ線狙って作ったほうだけどな(笑)」
R「期待されてたのも知ってたし」
-- 当時の業界で言えば売れた方だと思います。
R「世辞はいらねえ(笑)」
-- いえいえ、本当です。
S「曲は良いんだよだから。そもそもハードロックがどうなんだって事だから」
T「それはもう俺達の根幹に関わるだろ!やめろお前!(笑)」
S「あはは!」
R「ま、勉強にはなったけどな。この世界を理解するには十分な時間を貰ったと思う」
T「うん。確かにね、貴重な時間だった」
S「もっと売れるべきだったけど、日本ではあれぐらいが限界だよな」
R「このままいくか、それこそ売れ線諦めてやりたい放題やるのとどっちがいいと思う?っていう話をして」
S「いつ?」
R「まだ事務所にいたころ」
S「へえー、それはなかなか勇気要るよな」
T「その頃はまだ技術的にもそこまで完成してたわけじゃないし、速い曲もあったけど、パワーバラードみたいな方が得意だったんだよ。けど本当にやりたいのは今みたいな曲だったわけ。ジレンマってほどでもないけど、迷ってたのは迷ってたな」
S「でも環境的には恵まれてたんじゃないの?」
R「どういう意味で?」
S「曲作り。イメージを具体的な形にする上ではそれこそ必要以上の物が揃ってたんじゃないかと思って。機材やら場所やら」
R「いやー、実際そこまで俺は色気出せなかったな」
S「大成は天国だったろ? 色んな高価な機材に囲まれて」
T「いや、うーん。だって自分で全部いじれるわけじゃないからね」
S「あああ、そりゃそうだわ」
T「どっちが良いって言えば断然今よ。断然今」
R「あの頃一緒にデビューしてたらなんか変わってたかな」
S「俺?あー、いや。結局、大成と同じ事で悩んで、じゃあ勝手にやろうか、ってなってたんじゃないかな。何度も言うようだけど曲が悪いとかじゃなかったしな。思うに」
T「ジャンルが悪い」
(一同、笑)
S「その通り! ただ俺がその時からいたとして、いきなりデスラッシュだったかっていうとそれも違うじゃない。そもそも竜二がこういうのやりてえって言い出しっぺなんだし」
R「そうだな」
S「デスラッシュなんてもっと売れるわけねえしな(笑)。事務所社辞めたって聞いた時も、あー、こいつら日本で売れる夢捨てたなって思った。実際世界へ行くって聞いた時も、でしょうねって思ったもん。日本ではお前らの居場所なんて地方の狭い箱(ライブハウス)しかないって思ってたからな」
R「戦略的なビジョンとか考えは一切なかったけどな。思いつきで、最高の閃きだって思ってはいたけど」
S「そう、だからこそな。今ここへ来てのテレビ出演とかね、さっき言ったビーイング的な、変な波が来てると思って、笑える」
R「急に変な波来てるもんな」
S「これも織江の努力の結晶なのかな」
T「それもあるし、タイラー(TINY RULERs)のせいもあるんじゃない?」
S「なんで?」
T「え?向こうバリバリのメジャーだぞ。俺らなんかより全然知名度も人気もあるし、所属してる事務所もでかいし」

(『TINY RULERs』 = タイニールーラー、略してタイラー。小さな支配者。アイドルとメタルの融合をテーマに掲げたダンスメタルユニット。ROA、YUMA、AOのアイドル3人と、4人の若手実力派プレイヤー達が結成したドリームバンドからなる。最後の小文字のsは発音しない)

R「だから?仲良さげに絡んでるように見えるから、とか?」
T「ふふ、トゲあるぞお前。どっかのインタビューで、フロントの3人もそうだし後ろのバンド連中も、うちの名前出したとか聞いた事あるよ」
S「ああ、俺も聞いたそれ。誰が言ってたんだっけそれ。知ってる?」
-- ボーカルのロアです。最近好きなバンドや影響を受けたグループを聞かれて、メタリカさんやドーンハンマーさんですって答えてるブイを見たことがあります。
S「やっぱそうじゃん、後押し来てんじゃん、ほら」
R「それをお前、変な波って言うと可哀そうだろ(笑)」
S「お前が言ったんだろ!」
(一同、笑)
-- ですがTINY RULERsのフロント3人がスタジオへ見学しに来るのは、事実ですものね。Mステでの共演後も、皆さんの関係を知らない視聴者の反応がネットで結構賑いましたよ。
R「『全然おじさんに見えなくてホントに好きです!激しいです!』とか言ってたな」
S「事務所に強制されてんじゃないかって思った」
T「言わされたとして、向こうに何のメリットもないけどね」
-- (笑)、そのような発言も含めて、あちら側の皆さんに対する敬意を持った態度が話題になりました。
S「バックバンドが大袈裟に言いすぎなんだよ」
R「お前が煽るからだろ。『スーパーバンドの皆さんですよね、あ、ドリームバンドでしたか』とかなんとか。あー、出たわー、こいつまた出たわーって焦ったもん」
T「あいつら若いけどちゃんとした音楽学校の講師だったりするからね」
-- 若手有望株の中ではおそらくピカイチの4人ですよ、タイラーのバックバンドは。
S「フフッ」
R「お前、まじで(笑)」
-- 特にドラムの青山くんは海外でも名を知られるようになって来ましたしね。そんな彼らが委縮する程のドーンハンマー何者っていう内容の実況スレが、一夜にして物凄い数立ったそうです。
R「まあまあ、ネットとかそこらへんは知らねえけど」
S「あ、お前今インターネット敵に回したー」
R「敵だらけのお前が言うな。何だよインターネットって。『マクドナルド下さい』か(笑)」
S「ああ?」
-- (笑)
T「でも実際本番で、生で演奏して歌ってってやったの、俺らとタイラーだけなんだろ?」
-- ええーっと。そういう大人の事情は、分かりません。
T「そう考えたらやっぱりインパクトあったと思うよ。出演者の中で抜群に上手かったもんな。お前もちゃんと見てたろ、珍しく」
S「見てて下さいって言うもん向こう。そら見るだろ」
T「っは!」
-- 微笑ましい光景でした、頬杖ついてましたけどね(笑)。
R「こいつな(笑)」
S「あ、あれか。タイラー出るから織江も受けたんかな。そもそもよくMステからオファーなんかあったよな。ってかよくあっちサイドに俺らの事知ってる人間がいたなって、そっちのが驚きだよ」
-- いやいや、何を仰ってるんですか。今ドーンハンマーはかなりキてますよ。Mステ出演のずっと前から、ネットニュースなどにもなってますから。去年の海外ツアーあたりから急速に伸びてます。
S「へー、やっぱインターネットかあ」
-- どういう経緯で、というのも大事かもしれませんが、少なくとも敏感にアンテナ立ててる業界の人間の耳には余裕で届いてるはずです。手ごたえはありましたよね?
R「会場の空気変えてやった感はあったよ、引いてたのか何なのかは分かんねえけど」
-- 圧倒してました。
R「そうかい? なら良かった」
-- 繭子は緊張してませんでしたか?
S「ちょっとしてたかな、珍しく」
T「いやあれはちょっと、緊張っていうか。ナーバス?」
S「どう違うんだよ」
T「やたらカメラで抜かれてる気がするってリハの後気にしてたし」
-- 確かにそうかもしれませんね。
S「へー、そうなんだ。嫌だって?」
-- 自分だけ多いと感じたのかもしれません、実際そう私も思いましたし。
S「でもテレビってそういうのあるから、仕方ない部分もあるよな」
R「それはでも情報操作って程でもないけど、受け手の印象を変えちまうっつーか」
S「作る側からしたら撮りたい絵を撮るだけなんだろうけど、ウチは特に繭子を推してるバンドじゃないしな」
-- 衣装はあえて変えているんですか?
S「変えてるって?」
-- 3人さんと繭子では必ず色使いに変化を持たせてますよね?
R「全員一緒だと面白くないなってのはあるよ。基本俺らは黒しか着ないし、全員そうだとメタリカの丸パクリに見えるってのが一番大きいんじゃねえかな」
-- なるほど。
S「あとは確かに、繭子を軸にしてるバンドじゃないけど、でもどっかで目立って欲しい思いもあるにはあるんだよ」
-- と仰いますと?
S「んー」
T「正当に評価されてないって思ってるからかな?」
S「それだ」
R「あー。うん、それは確かに」
-- うわ。なんか格好良い、3人共格好いいですよ。どうしましょう。
R「太字で掲載しといて」
-- (笑)、はい。
S「なんだろ。まず最初に『女?』っていう入り方されるだろ、しょうがいないけど。でも超ウマイじゃない。すると『超ウマイのに女か』っていう評価なんだよ。そこが俺達は違うだろって思ってて。ただただメタクソ叩ける、格好良いドラマーがいるんだウチにはって。そこをもっとちゃんと分からせたいってのがある。だから今はもう、ひたすら見られたらいいと思うよ、俺なんかは」
T「映像は残るからねえ。いっぱい目立って、いつかそれが世界に届いて、ちゃんと評価されるべきだとは思うよ」
S「こないだのМステ。バンドとしては正直どうだった?」
-- 正直、ですか。何度も録画した映像見返して感じたままを言いますと、なんというか、全開ではなかったのかな、と。
S「おっほう。言うねえ」
R「どういう点で?」
-- テレビ用、というか。
S「なるほどね」
-- 違いましたか。
S「どうだろ。やっぱり、目の前に客がいないと面白くないのは確かだけどな」
T「意識して何かを変えた、抑えたっていうつもりはないよ。でもやっぱ出るんだね、テンションの違いというか。見せる相手がいないとどうにも内に籠るというか」
-- そんな気はしました。スタジオ練習に近いと言いますか。ただ全然、圧倒的に格好良かったですよ。それは間違いないです。ただ去年の、ソニスフィアやヴァッケンを見ているので、それと比べてしまうと。すみません生意気言って。
S「いや、いいんだよいいんだよ、怒ってるわけじゃないんだ。聞きたいから聞いてんだし」
R「やっぱテレビ向きじゃねえよな、俺らはな」
-- 繭子は収録の後どんな様子だったんですか?
S「気持ち悪いー、不完全燃焼だーって(笑)」
-- あああ、やっぱりそうなんだ。…気持ち悪いって(笑)。
R「どこでだろうと、その一発を全力でやれるのがプロなんだろうけどな、本当は」
-- ライブでは、こんなことにはならない?
全員が首を横にふる。
-- 何が違ったのでしょう。客の反応のあるなしでしょうか。
R「んー。特に俺の場合はもっと若い時にテレビに出た事のある人間だし、その頃の記憶とかが強くて。テレビって、演奏する場所だとハナっから思ってないっつーかね。どうしても、宣伝とか、広告の場だと思ってるから、楽しもうという気にならない」
T「うん」
R「宣伝は必要だと思う。だから出る。依頼があれば出る。けどそこでどこまで自分達の本気を出せるかっていうのは、今後も課題だろうな。ましてや、俺らみたいなバンドの曲と演奏を、どこまでテレビ側が受け入れてくれんのかって話でもあるし」
-- 本来通りの迫力がそのままお茶の間に届く事はないですからね。
T「そこは大きい問題だよね。ここまで技術の向上が進んでも、テレビの前にライブ感を届けることは夢のまた夢なわけで」
R「こういう音楽やってるよ、気に入ったら見に来いっていうアピールしか出来ないな」
S「スタジオで完成する音楽ではないもんな。やっぱ音源作って、ライブやるのが一番自然だし。そういう意味ではタイラーはちょっと上を行ってる気がするな」
-- え、そうですか?
S「エンターテイメントとしてはそうじゃないかな。ガチで対バンやってライブ負けする事は絶対にない自信があるけど、例えばテレビとか出ても変わらないテンションでカメラに向かって自己アピール出来るし、単純に、見てて楽しいだろ。歌って踊って。それをちゃんと本人達が分かってて実行出来てる事は素直に凄いと思うよ、あの若さで。そういう意味ではアイドル畑から出て来た事の意味は重要なんだなって思うよ」
-- なるほど。言われてみると、確かに凄いのかもしれません。
S「あとテクニック面で言うと俺達の場合、今更勉強になるステージって世界に行ってもほとんどないんだよ。けど、やっぱり見せ方だけは誰を見ても勉強になるよ。皆色々考えてるよまじで。俺ですらそう思うんだから、一番前に立ってる竜二なんかは絶対そうだと思うわ」
R「うん。ユマ可愛いよな」
S「そんな話してねえよ(笑)」
T「お前ロア推しじゃなかった?」
-- 推し(笑)。今度会ったらよろしく伝えておきます。ただ向こうは向こうで、学ぶ事が多すぎて参考にし辛いっていう話もしているようです。
S「なんで?」
T「目指してる所が違うんじゃない?」
-- そうだと思います。やはりメインボーカルのロアで言えば、竜二さんの歌声に衝撃を受けていました。ただ彼女はアイドルでもあるので、同じようなスタイルは選べないし、望まれる事もないだろうなと。しかし彼女なりに、メタルのボーカルの完成系は本当はこれなんだっていう姿を見せつけられた気がして、ちょっと凹んだ、と。
R「可愛い」
S「あー、なんか前あったな。発声法を色々教えてたら、木山(TINY RULERs・プロデューサー)からクレーム入ったんだろ。やめてくれてって」
R「クレームっつーか。まあ、そうね。…クレーム!? そう聞くと腹立つな。どうなんだろうな。『弦月』みたいな、イントロ後に声出しで曲が加速していく場面なんかで、今ひとつ音のテンションに張り合えてない、(声が)届いているか不安になる時があるって言ってたからさ。女の子の場合喉潰さないように声量上げるにはどうしたらいいですかって聞かれて、教えてやっただけなんだけど」
S「実際声量上がったの?」
R「もともと声量はある方なんだよ。ちょっと細い音域があるからそこだけ注意して。そしたら木山から電話あって、キャラ変わっちゃうんでやめてください!って」
S「あははは!」
R「あくまでアイドルらしさを残したいみたい」
S「その方があの子にとってもいいだろうね。どう転んだって竜二みたいな歌い方続けられるわけないしな」
R「なんかさ、切ねーなーと思うんだよ。今あんだけ頑張ってんのに、5年後10年後にはもしかしたらもういないかもしれないんだぜ。そのくらいフロントのアイドル3人の魅力とか、頑張りに左右されるエンターテイメントだと思うんだよな」
-- 皆さんが他のアーティストの事を語る姿は、とても貴重ですよね。
S「才能あるって認めてるからじゃない。興味ないバンドの事なんてどうでもいいからな」
-- それは木山さんの力量をですか。
S「全然違う。歌って踊って演奏してる奴ら以外の事はよく分からないし」
R「本人らの努力なくして今の人気は掴めてないよな。木山が凄いのはあの3人とバックバンドを同時に揃えられた事が一番なんじゃねえかな。若いのに礼儀正しいし、そもそもメタル好きに悪い奴はいねえ」
S「なわけあるか」
-- (笑)、皆さんはご自身のバンドを見て、客観的に、正当な評価を得ていると思いますか。それとも自分達が思っている姿とズレが生じていたりはしませんか。
S「さっきも言ったけど、繭子に関しては思ってる以上にズレてるかな」
R「なんなんだろうな。そんなに珍しい?女のドラム。そんなに重要な事かい?」
-- ええーっと。敢えて言わせていただきますが、ルックスが大きく関わっていると思います。
R「何が?」
-- いや、可愛いので。

私の言葉に男達の目が点になった。
沈黙。
お互い顔を見合わせる。

T「え。…それはダメなことか?」
-- 違います違います!ドラマーとしての実力と同じぐらい彼女のルックスに注目される事が多い点が、おそらく正当な評価を妨げているのではないかという私個人の推測です。
S「もっとブサイクなら、ちゃんと評価されたってこと?」
-- ブサイクとなるとまた話がややこしいのですが。
R「言ってる事は分かるけどよ、そんなにか?」
S「フフ」
R「いや、えっと。ドラムの巧さをとりあえず横に置いといてって言うほど、あいつのルックスってインパクトあるのか?」
-- ありますね。それはおそらく彼女が10代の、それこそ子供みたいな頃から知っている親目線での発言ですよ。
R「っへー!いや可愛くねえなんて思ってないんだけど、それが却って正当な評価を妨げるって馬鹿みたいだな。例えば歌が上手くてルックス抜群な奴なんか世界中ゴロゴロいるだろ。けど可愛すぎるから歌の方はいまいちピンとこねえなんて普通言われないぞ?」
-- やはりドラムという事も大きいのでしょうね。ギャルバンですら、女性だというだけで音楽の正当な評価をされにくいですし、あなた方のような男臭い音やビジュアルの中に、あれだけ人目を惹く『花』がドラムセットに座っていれば、「お?」となるのは世界共通の反応だと思います。それは俗に言う嬢メタル(ボーカルが女性のメタルバンド)の場合でも同じ事が言えます。
R「んー、まー、そうかー。時枝さんがそう言うなら、そうなんだろうなー」
S「うーん。さっきもあれだけど、まあそういう面も含めてもっと前に出してみるのもアリだなとは思ってんだよ。女であることはもう変えようがないし、今更隠すでもないし。例えば俺たちのバンドが、あー、あの芥川繭子っていう可愛い子が叩いてるメタルバンドね、っていう評価になるとしたら、それは俺らの実力がその程度なんだと思うしかないよな」
-- まあ、そんな事には今更なりようがないですけどね。
S「わかんないだろそれは。そこがどうこうじゃなくて、あいつがもっと普通にドラマーとして見てもらうには、どんな形であれ一回ちゃんと注目を浴びてもらう必要があるんだろうなーとは、思ったてたよ」
R「今までそんなこと言わなかったじゃねえか」
S「あいつが極端にそれを嫌がるんだよ。言えないって」
R「…あー」
S「直接俺の口からではないけど、そういう話をした事はあるからさ」
他の2人は理解できたようだが、私は確信が持てず敢えて聞いてみた。
-- 関誠さんですか?
S「ああ。一回ちゃんと『触らせろ』って前々から言い続けてるみたいだけど、聞く耳持たないみたい」
-- 触るというのは、モデルみたいにしたいという事でしょうか。
S「いやいや。人前に出る仕事なんだからちゃんと格好つけなさいって事。今の、赤っぽい茶色の髪にしたのも誠だしな。髪の色一つ変えるにも大分抵抗したし、そういうトコほんと頑固。面倒くさい奴なんだよ」
-- 今ふと思ったんですけどね。皆さんのうち誰でも、誰かが『やれ』と言ったらやると思いますよ。
S「何をだよ」
-- 格好つけることも大事だぞ、誠さんのプロデュースを受けろ、と。

3人は顔を見合わせる。ええ?という表情だ。信じがたい事だが、どうやら考えた事もなかったらしい。こと練習やバンド関連では鬼畜のような厳しさを発揮する反面、それ以外ではとことん優しい人達なのだ。

R「時枝さんは、どう思う?この件について」
-- 今まで皆さんの中で、繭子がどれほど伸び伸びと自由に生きて来たか分かった気がします(笑)。それはさておき、翔太郎さんの仰る通りだと思いました。やはり彼女は一度、一人のドラマーとして認めさせるために、世間の注目を浴びるべき存在だと思います。
R「世間ねえ」
-- 翔太郎さん程でなくとも、繭子だって名前とスキルが一致した評価を受けるに値するプレイヤーだと思うんですよね。私にすれば皆さん全員そうなんですけど。
R「どういう事?」
-- 先程翔太郎さんが仰ったように、例えば今繭子って、『ドーンハンマーのドラムってスゲー格好いいけど、どういう奴が叩いてんの?』っていう興味を持たれても、彼女の姿を見た瞬間、『ワオ、なんて可愛いんだ』に変わっちゃう事が多い気がするんです。実際私もそうでした。ただもう、今はそんな段階は通り過ぎるべきです。メタル界に芥川繭子という凄腕の美人ドラマーがいるっていう周知の事実が既に出来上がっていないと、本当はおかしいんです。実際、翔太郎さんはもうそうなっているので。
R「なるほどな。認知される前に、尻込みしちまってる部分はあったかもしれねえな」
-- 繭子自身は、そうでしょうね。ルックスや性別を取り沙汰される事を嫌うでしょうし。
R「加入当時にだいぶやられたからなあ」
S「でもここから更にワンランク上に行く為には、もう一度超えてもらわないけといけないのかもな」
T「世界に行くなら仕方ないよな、向こうにしてみれば初見みたいなもんだしね」
伊澄は両手を上に上げて体を伸ばす。そして自分の顔を両手で覆う。
S「ああああ、正直言いたくない」
R「あははは!」
-- 本当に皆さんお優しいですよね。
T「そういう問題じゃないよきっと」
S「言いたくないよー」
-- あはは。私が代わりに提案してみましょうか?
R「なんて?」
-- 今から考えますけど。でも皆さんの思いを聞けば、突っぱねる事はしないと思いますよ。
S「…ちょっと呼んでみる?」
R「今!? 今!? ちょっと怖えよ」
-- 嘘でしょう(笑)。
T「織江呼ぶ?」
S「あ、それいいわ。誠も呼んで」
R「そうそうそう、最後に、最後に繭子呼ぼうや」
-- あははは! もう私、今行ってきますね。
S「いや、だから待てって!」
(一同、笑)

連載第10回。「繭子、雑談&織江、単独」

2016年、5月4日。



芥川繭子、雑談。
練習スタジオ、応接セットにて。


-- 先日拝見させていただいた、イントロ・ドン凄かったですね。
「皆、イントロ・ドンの使い方間違ってるんだけどね(笑)」
-- 読者のために再度説明すると、繭子が以前発言した、翔太郎さんとのシンクロ率は限りなく100%に近いという言葉を検証した企画の事です。
「はい」
-- しかもあれだよね。現在進行形だから「限りなく」と言っただけで、実際は100%なんだと。
「加入当時はもちろん違うから、いつからだって言われると話が違ってくるんだけど、そうなり始めてからはずっとそうだよ」
-- しかし嘘みたいな光景でした。なんだろう、揶揄われてると思った。どこかで私の知らない合図の方法があるんだと、あとでネタばらしされるものだとばかり思ってみていたら、本当なんですね。
「それ嘘だったらめっちゃ恥ずかしいでしょ」
-- 私が見た検証は、「P.O.N.R」の1曲目『PITCHWAVE』から続けて始まる2曲目『ULTRA』への流れ。切れ目なくつながっている別の曲の出頭、ギターとドラムがよーいドンで始まるイントロを、カウントなし合図なしで合わせられる、というものでした。
「『PITCHWAVE』はインストの1分強の短い曲で、音は繋がってるんだけど転調して『ULTRA』っていう爆速の曲に変わるのね。その2曲は別録りじゃなくて、2曲続けて翔太郎さんと同時にレコーディングしたっていう話から始まったんだよね」
-- ええ。最初は何を言ってるのか意味が分からなくて。
「全然信じなてくれなかったよね」
-- いや、信じる信じないの前に、私もそんなにレコーディング詳しいわけじゃないけど、そもそもギターとドラムで一発録りっていう話をあまり聞かないので。やるなら全員だったり、ドラムとベースでベーシックトラックを作ってから、歌やギターをのせるんじゃなかったかなーと思って。
「もう、基本中の基本の話をするとそうなんだけど、うちは正直、なんでもアリだよ」
-- でもドラムのレコーディングだって、マイク何本も立てて色んな音を拾うわけでしょ。
「よく知ってるね」
-- それをやりながら、同時に翔太郎さんもレコーディングするって、なんの意味があるの?
「意味は別にないよ。本来は仮歌もなしで、全員一発録りが一番ライブ感出るから全部それでやれたら良いんだけど、竜二さんは何度も歌いたい人だから、納得いくまでに時間がかかるのね。大成さんは既にあるメロディに、自分の使いたいフレーズを何パターンもチェンジしながら選びたい人だから、一回ベーシックで私と録音した後も翔太郎さんのギターを聴いてから変えちゃう事が多いの。だから割と、私と翔太郎さんが録音した音が軸になる場面が多いんだよ。PITCHとULTRAの時もその流れで、じゃあもう一緒に録ってみようかっていう、ほんとそれだけ。そこは別にどうでもいいじゃない(笑)」
-- なるほど。それでギターとドラムで同時録音をしてみたと。でも何故カウントなしなんですか?
「それは曲の世界観を壊すからだね。PITCHWAVEが終わります~からのULTRA!ていう一番緊迫した場面で、「カカカカ」とかスティックの音入れたくないし、合図に頼らなくても合わせられる自信があったから」
-- あれはどうやってるの? 今でも分からないんだけど、一瞬でも音が止まるなら分かるけど、全然止まらずに、翔太郎さんの出だしに合わせてるって事だよね?
「そうだよ。愛だね。うん。愛。伊澄翔太郎愛が、私に空気の流れを読ませるんだよ」
-- 練習の賜物ってことか。
「あははは」
-- ごめん、ほんとのとこどうなの。なんで分かるの? 視線?手の動き?呼吸?
「全部正解と言えば全部正解。けど一番はやっぱり、分かるから、としか言えないな。多分だけど、私目隠ししてても合わせられると思う」
-- それは嘘だー!
「やってみる?」
-- ホエ~。
「でもやっぱり、翔太郎さん相手だからだと思うよ。色んなタイプの曲を演奏して来たけど、やっぱり翔太郎さん節というか、クセというか、そういう特徴ってあるし。私は誰よりもそれに合わせて叩いて来たから。レコーディングの時はもちろん姿も見えてるから断然合わせやすいんだけど、こないだみなたいに敢えて見ないようにしてても、問題ないの。結局、自分の手数や音のダイナミックさやドラマティックな展開とかよりも、ギターのリフとシンクロして駆け抜ける瞬間が一番気持ち良いしね。そこだけを追求してきたといっても、言い過ぎではないからね」
-- そこに大成さんのバッキバキのベースが重なると。
「大成さんのベースはバッキバキというよりグロロロローだね。大蛇がのたうつような振動。翔太郎さんの高速ピッキングに絡みついて突進していくあの音は本当にヤバイよね」
-- 以前、音の隙間は全部俺が埋める、と仰ってました。
「そうそう、超名言。格好良いっ。っていうか私と翔太郎さんの音に隙間が見えるっていうセンスが恐ろしいよ。どんな耳してんだろうね?」
-- 確かにそうですね。ちょっと考えても分からないレベルの話です。今までで一番長かった練習時間は、一度にどれくらい?
「休憩挟みながらなら何時間でも」
-- 特別な練習方法があるようですが。
「リタイアマラソンの話?んーと、私はでも4時間弱とか」
-- ノンストップで!?
「そう。倒れる前提でやる練習だからね。倒れるまでやる。倒れたら抜けて良い」
-- 誰か一人でも倒れたら、終了ですか。
「そうだね。大抵私が一番に潰れて終わりなんだけど」
-- なぜそんな無謀な練習を?
「意地」
-- 何に対して?
「んー。絶対的な自信が欲しいから」
-- 誰が言い出した事なんですか?
「全員だよ。強制じゃないし。月に一回か二回。めちゃくちゃ調子の良い日があって、あー、このままどこまでいけるんだろうっていう空気になるの。そこがスタート」
-- そうまでして、得るものとは?
「どうなんだろうね。下手すると2、3日立てない時あるもんね。あまり人に言いたくないの、だから。だけど、これは翔太郎さんですらそうなんだから私ももちろんなんだけど、いくら『上手い、超絶テクニックだ』って囃し立てられても1等賞2等賞は付けられないじゃない。本当に誰が上手いかは聞く側の好みだし。そんな危うい人気に左右されない、自分だけが知ってる自分だけの1番が欲しいっていう気持ちがあるからかな」
-- 下手すると体を壊す恐れもある練習量ですが、そこが自信につながっていると。
「裏付けがちゃんとあるっていう事だよね。天才とかギフトとか言うけど、それでも誰より私達はこの4人で精度を上げ続けているって。だから誰より上手いはずだ、誰にも負けない音を出せるんだって思っていたいの」
-- キツくないんですか?
「きっついよそりゃ(笑)。何が辛いって、前も言ったけど意識が飛びそうなふわふわした状態から、無理やり我に返されるからね」
-- そうでしたね。ゾーンに入る事すら許されない。
「そうそう。まあでも、疲労と限界を見極めながら、より長くプレイする事を意識するのは正しい事だと思うよ。無我夢中って、言葉は綺麗だけど何やってるか分からないっていう事でもあるからさ」
-- 本当にすごいバンドだなと改めて実感します。話が二転三転しますが、髪の色よく似合ってます。
「本当?全然自信ないけど。こういう感覚は誠さんには勝てないからなー」

つい先日、繭子は髪の色を銀色に染めた。長い部分は背中に届きそうだったが、肩の下辺りまで短くなった。普段は後ろで纏めているのでそこまで髪型の印象は変わらないが、色が大幅に抜けたせいで、北欧系に近い人相に様変わりした。もともと真っ白い肌をしているのでとても神々しい姿になり、服装もダボダボのTシャツからジャストサイズの物へ変更させられスタイルの良さが強調された。当初は窮屈そうだったが、ステージでもこれで行くからと押し切られ、本番と同じ状態で練習する事の意味を説かれてしぶしぶ納得した様子だった。下は相変わらずハーフパンツだが、予想以上に女らしさが増した。もちろん、魅力は3倍増しになった。

-- やっとなんか、ルックスも他の3人に追いついた。ジャケット映りで言えば、ちょっと遠慮がちというか、パワー負けしてたけど、全然張り合える見栄えになったと思います。
「本当?そうかー。そういうもんなんだねー」
-- はやくステージで見たいです。
「そうだね。はやくライブやりたいね」
-- こないだレコーディングブースで見せてもらった新曲、完成したそうですね。
「そう!もう超絶格好良い曲」
-- 曲名は決まりましたか?
「『BATLLES』」
-- バトルズ? 変わった響きですね。WARSじゃないところがあなた方のセンスですね。
「でしょう」
-- 翔太郎さん作曲ですね?
「そう。自分自身にあそこまで鬼畜な譜面を叩き付けられるんだから、ほんと凄いよね。私も今回めっちゃ色々要求された。初めて左手だけでブラスト叩いたの」
-- 左手だけ?『ブレインドリル』みたいな?
「そうそう、あれあれ」
-- ワンハンドロール、もしくはグラヴィティロールと言われるブラストの技法だよね。え、あれを叩けるの? ちょっと嘘でしょ(笑)。一体どこまでやれる人なの?
「そこまで長いフレーズじゃないけどね、やったら、出来たね。腕吊りそうになるけどね。また一つ腕を上げたよー」
-- 溜息しか出ません。凄まじい話です。ドーンハンマーにおいて、レコーディングするという事はライブで演れる、という事が確定ですからね。あ、レコーディングは終わったんですか?
「終わったよ。いつ音源として出せるかは未定だけど、ライブではやるかな」
-- そう言えば先日、タイラーの女の子達だけスタジオに来てましたね。ルールが分からず右往左往してたのが超可愛かったです。
「ルールって?」
-- 彼女達が到着した時には練習が始まっていたので。あの、2枚ドアの中であまりの音圧に固まってしまって。入って良いのかダメなのか、何度も廊下に出たり人を探したり。
「っはは、見てたなら教えてあげなよ」
-- 最終的には私が強引に中に入れたんですよ。織江さんもお見えにならなかったので。
「そうなんだ。あ、確かにそうだったね。変な組み合わせって思ったもん」
-- いや、あの私一応専門誌のライターなんで、彼女達とも何度か面識あるんだけどね。
「言われてみればそうだね。トッキー遊びに来てる人みたいに馴染んでるから。仕事だもんね」
-- いや、嬉しいんだか悲しいんだか。何度見ても勉強になると言ってましたよ。本物を側で感じると、それだけで考え方が変わったりする、と。
「若い人達の吸収力って凄いなーと思うよ。私も10代からドラム叩いてるじゃない。だから分かるんだけど、例えばドラム以外の事も見え方が変わってくるのね。もちろんギターベースドラム全部深く関わってる楽器だから無関係なわけないんだけど、自分で触らない楽器の事も、分かるようになったりするのは、本当だよ」
-- なるほど。逆に彼女達を見ていて、学ぶ事はありますか?
「そうだねー。肝っ玉とか?」
-- ははは。繭子がそれを言うんだ。
「いやー、表情とかすごいもんね。なんだろう、女優というか。普通に、楽器だけやって生きて来た人間が出来る表情じゃないんだよね。可愛いし、格好良いし、真面目だし、それでいて大胆だよね」
-- ほぼ同じような事を、三人は繭子に対して言ってましたよ。
「嘘だー」
-- いやいや、今更なんで嘘言うのよ。本当だって。
「なんて?」
-- この世界で一番憧れる女性です、と。
「っへーーー!」
-- 全然信じてないリアクションだね。
「いや実感ないよそりゃ」
-- 先日、マユーズ(彼ら自身のシャッフルバンド)で何曲か演奏して見せたじゃないですか。あれが大分衝撃だったようです。
「遊びじゃないか」
-- だからこそ滲み出る格好良さがあるんだと、私も思いますよ。皆さんあれだけ余裕で演奏しているにも関わらず、そこいらのバンドでは到底辿り着けない技量の高さでしたから。そこへきて超絶ドラマーの名を欲しいままにする繭子があれだけ笑顔を交えてデスボイスで歌えるっていう事実を目の当たりにすると、ひょっとしたら若人の自信を折りかねない。
「ちょちょちょ、言い過ぎ言い過ぎ」
-- いや、実際あの彼女達の顔を思い出すに、完全にへし折ったかもしれない。
「あははは!」
ついには笑い出した繭子に、私はある意地悪な質問をぶつけてみた。
-- もし、メンバーの誰かが『よし、今後はマユーズでやっていこう』と提案したら、どうしますか?
「怒るよ」
-- …調子に乗りすぎました。申し訳ない。
「ウッソー!仕返し!」
-- あー、生きた心地がしないよ。
「でも、正直そういうのはやりたくないかな。遊びだから楽しいんだし、こっちを本気でやろうと思うには今からじゃ全然遅いよ。私が目指さなきゃなんない先には竜二さんがいるんだよ。絶対勝てないじゃない。いくら翔太郎さんが天才でも、ドラムだけは絶対に負けるわけにはいかないし。だけど、本当に、どうしてもそうせざるを得ない何かがあって、苦渋の決断を迫られたなら、あの3人とならやってもいいな」
-- ごめん、自分で変な質問しといてあれだけど、なんか泣きそうだよ今。
「(笑)。うん、あの3人となら、新しい何かを始める事に恐怖はないかな。今の4人に勝てるとは到底思えないけど。そういう人生になっても、私は…やっぱ嫌かな(笑)」
-- ごめん。
「またー、なんですぐ泣くかなー」
-- ごめん。出直してくる。
そこへ伊澄が通りかかる。
「また泣いてんのかお前!」
「翔太郎さんも座って、ちょっと同じ質問受けて下さいよ」
「質問? 質問した方が泣く質問って何?」
-- すみません。
小馬鹿にする伊澄に、繭子が直接質問をぶつける。
「メンバーの誰かがもし、マユーズ一本でやっていこうって言い出したら、翔太郎さんどうします?」
質問した側ですら動揺してしまう内容だというのに、伊澄は笑顔で煙草に火をつけ、間髪入れずにこう言った。
「なにそれ。うーん、3年、いや…2年、うん、2年後ならいいよ」
-- え!!
「え!? なんで2年後?」
私と繭子が声を揃えて驚きの声を上げたにも関わらず、伊澄は短い煙を少し吐いた程度で事もなげにこう言い返す。
「2年後なら多分このバンドでもう世界獲ってるだろ。その後の人生なんて半分遊びみたいなもんだしな」
-- っか!!
「遊びみたいなもんは言い過ぎか。までも、マユーズしかやれないってんなら、お前を真ん中に置いてもっかい世界獲りに行くのも面白いな。ごめんな、俺用事あるんだよ。お疲れさん」
「…お疲れさまです」
2人は思わず口を押えて絶叫を堪えた。振り返らずにスタジオを出て行った伊澄の背中を見送り、いなくなってからもドアを見つめたまま私と繭子は声を上げた。
「格好いいー!」
しかし実際、その言葉の内容が格好良いか否かを基準に判断されたものではない事くらい、私にも理解できた。本当に彼はそう思っているし、当たり前の事だと信じている。
伊澄翔太郎とはそういう男なのだ。そして何より、このバンドにとって「世界を獲る」とは、メタリカ、スレイヤーの名と横並びに称賛される事に他ならない。まさに今、同じステージ立つ事を許されている彼らにとって、世界はもう手の届くそこにある。
こんなに震える話があって良いのか!
私と繭子はソファーに座ったまま地団太を踏み、両手をぶんぶん振って感動を表現した。
格好良すぎる!
絶対にやってやる!
燃える!
その後でもいい。それでも私は、マユーズを世界の舞台で見てみたいと心の隅っこで舌を出しながら、そう思っている。



2016年、5月10日。
伊藤織江、インタビュー。
会議室にて。


-- 今回お時間を頂いたのは、ステージ以外でのバンドメンバーを最もよく知る、マネージャーであり事務所代表でもある伊藤織江さんにお話をお伺いしたと思ったからです。
「よろしくお願いします」
-- ようやく織江さんにお話をお伺い出来ます。
「お待たせしました。…ウソです(笑)」
-- 2か月近く経ってしまいましたよ。
「…ええっと、何とも言えません。待たれていた理由も、よく分からないので」
-- こちらの勝手な、個人的な理由ですのでお気になさらないでください(笑)。では、始め出させて頂います。
「(頭を下げる)」
-- とは言え、これまでバンドに代わってインタビューを受けられる事もあったそうですね。
「日本ではほぼないですけどね。海外だと、通訳なしで話を出来るのが私と竜二だけなので、彼のいない場面や急な依頼には私が対応しています」
-- バンドの事ももちろんですが、織江さんご自身についての話も、お聞かせ願えたらと思っています。
「内容によります」
-- 身の上話ではなく、織江さんご自身の意見も含めて、という事ですが。
「…内容によります(笑)。聞いてから考えちゃだめですか?」
-- 大丈夫です(笑)。では、仕切り直して。ここ1、2年で飛躍的に海外での活動が増えた印象ですが、 向こうではバンドをどういった捉え方で見ていると思われますか?
「特にアメリカでは、侍とか忍者とか言いたがりな人が多い中で、割と素直に音楽面だけを捉えて、とてもクールだ、クレイジーだと言ってもらう事が多くて、嬉しいですね」
-- それは嬉しいですね!あちらでの認知度は、率直にどの程度なのでしょうか。
「どうなんでしょう。イベント会場では半々だと思います。既に彼らを知っているファンが半分、知らないけど名前だけ聞いた事がある人、もしくは全然知らない人で半分ですね。逆にそういったライブ会場以外での認知度は、調べる手段がないので」
-- 来年のヘッドライナーツアーが勝負ですね。
「仰る通りです。ガラガラだったらどうしましょうかね」
-- ありえません(笑)。向こうの雑誌やテレビに取り上げられたりなどは。
「最近増えましたね。テレビと言っても、ライブ会場で空き時間に受けたインタビュー映像が流れたりする程度で、番組に呼ばれたりはしないですけど。雑誌の取材はそこそこ。表紙には何度かなりました」
-- 見ました!買いました!ケラングですね!
「ありがとうございます」
-- 芥川さんの存在をことさらクローズアップされて困った経験があるとお伺いしましたが。
「ああ、最近は減りましたね。加入当初は確かにありましたけど、それもどちらかと言えば日本での方がそういう傾向が強くて、海外だとそこまで面倒に思った事はないです」
-- バンドの知名度が上がったのと、彼女自身の実力が認知され始めたのも大きいですね。
「遅いくらいですけどね」
-- 織江さんは、バンドのマネージング以外に事務所経営もされていますが、正直一人で回すには大変ではないですか。
「…」
-- ビジネス雑誌からもインタビューの依頼がある程ですから、織江さんの経営手腕は実際…。
「…ふふ、ちょっと待ってね」
笑いをこらえきれずに、口元を両手で覆う仕草。
「初めてです、バンドのインタビューでそんな事言われたの。バンドの話をしているつもりが、いきなり私個人の話になって不意を突かれた。やっぱり時枝さんは面白いね」
-- 私バンドと同じくらい、バンドを支えている方達にも興味があるんです。
「裏方に?」
-- 裏方だとは思っていないので。
「裏方だよ。別にそこはそうだよ。バンドに対する興味と、私達スタッフに対する興味は、同じ種類ではないでしょう?」
-- なるほど、確かに。勉強になります。
「いえいえ、偉そうに言いました。運営やマネージメントは私が行っていますが、スタッフに昔からよく知る人間が何人もいますから、なんとかなってます」
-- 海外ツアーと国内のイベントでは、会話以外に大変な違いはありますか?
「ん、バンドのことね? 彼らはどこにいても変わらないから、違いは感じなくて済んでいますね。どこの国かという話よりも、どこまで彼ら本来のプレイができる環境を作れるかを意識しているので、なるべくライブ本番以外の事で彼らを煩わせたくはないと、考えて動くようにはしています」
-- 具体的にはどうのような気苦労が多いですか。
「それはやはり機材でしょうね。持って行ける自前の機材にも限界がありますし、あちらでレンタル出来て揃うものは調達しますが、無理な物でもどうしても外せない機材は日本から自らで抱えての移動になりますから。重たいとか面倒だといった愚痴は一切こぼさない人達ですが、私は本来そこも、こっちサイドでやりたいので」
-- 甘やかしすぎではないですか?
「あははは。そうなんでしょうか?単純に、私が嫌なんですよ。プレイヤーはプレイに専念して欲しいだけなんです。スター扱いしてるわけじゃなくて」
-- なるほど。メンタル面では、特に気を遣うことはないですか?
「ええ、そういった面は全く。どちらかと言えば気を使われているかもしれません、私の方が」
-- 意外ですね。
「ええー? 本当はもう意外でもなんでもないんじゃないですか?」
-- と仰いますと。
「彼らと実際に話をしてみて、先入観を覆されたんじゃないですか? 時枝さんはもう彼らがどういう人間か分かっていると思います。彼らが海外でライブをやる時にストレスを感じるような男達じゃないって事も、同時に他人に気遣いが出来る大人であることも、分かってるんじゃないかな、と思って」
私は両膝に手を着いて、深々と頭を下げた。
-- 御見それいたしました。いやー、全く、困った職業病とでも言いますか。テンプレがつい口を突いて出てしまう癖がどうも抜けなくて、今も実際に困っていました。「甘やかしすぎじゃないですか」なんて、私思ってもいない事のはずなのに。織江さんの気持ちも、分かっていました。それでもつい、ライターとしてマニュアル通りの事を聞こうとしてしまうんですよね。
「時枝さんは仕事人間で、真面目な人なんですよ。一通り聞き終わってからじゃないと、本当に聞きたい内容に気持ちが移ってくれないんでしょう?」
-- そうなんです!凄い!織江さん凄いです!
「分かりますよ、そういう取材何度も受けてきたので。海外なんかだとよくあります。自分の前のインタビュアーが、『出来上がった作品に満足してますか?』と聞いてこちらが『オフコース』と答えているのを目で見て、聞いてはいても、次に自分の番が来た時には同じ質問をしてしまう。自分にも『オフコース』という言葉を欲しがるっていうループに陥って、耐えられなくなった竜二に代わってくれ!って頼まれた事が何度もあります」
-- イベント取材あるあるですね!
「翔太郎はきっと全く我慢出来ないと思います」
-- あははは!分かります!…は、ちゃんと取材しようと一杯考えてきたのに、普通に笑って喋ってる。織江さんは不思議な人だなー。
「私はいたって普通ですよ」
-- 普通ではないです。
「普通ですよー!」

良識ある大人を普通と呼ぶなら普通なのだろう。しかし私がこれまで接してきた大人と分類される人達の中で、残念ながら群を抜いて人格者だと思える人は、片手で足りてしまうほどに少ない。伊藤織江という人は、そんな数少ない『良識ある大人』の中でも更に、格別な存在感がある。しかしそう思える理由を、この時の私はまだ理解し切れていない。

-- これ言ってもいいのかなー。これまでも、何度か弊誌「Billion(ビリオン)」のインタビューは受けて頂いていますよね。
「はい」
-- インタビュー記事とはまた別で収録しているバンド情報などの取材では、織江さんには何度もお世話になっていると思いますが、最近うちの編集から小耳に挟んだ事がありまして。
「ん?なんだろう、嫌な予感がするぞ?」
-- 鋭いですね。
「編集って、具体的には、庄内さん?」
-- そうです、副編集長です。
「なんだろう、なんか変な話したっけな」
-- いや、全然違います。庄内が実は織江さんの隠れファンで、何度か取材して記事に掲載しようとしていつもNGを食らっている、という話です。
「なんだそれー」
座っていた椅子にずるずると背中を滑らせてのけ反る伊藤織江の頬が、珍しく薄っすら赤みを帯びた。
「あー、でも、確かに。NGというか、何度かやめてくれと頼んだ事はあります」
-- 具体的な事は分からないのですが、どんな依頼だったんですか?
「依頼というか、要するに取材対象を明記するケースで、あんまり自分の口からは言いたくないんですが、『美人マネージャー』とか「敏腕女社長』とか、尾ひれを付けたがるもんだから、そこは全部NGにしました」
-- えええ、全然尾ひれじゃないですよ、実際そうじゃないですか。
「んーんーんー、そういう問題でもなくて。何より私を前に出して欲しくないんです」
-- ああ、なるほど。
「美人でもないし!」
-- 美人です。
「(笑)。もっと言えば、本当は『関係者』程度で良いんだけど、それだとネットニュースによく出るゴーストライターみたいになるから、写真付きで掲載したいんだと、もう正直しつこかった時期がありましたね」
-- 今度シメときますね。
「最近はマシになりましたよ」
-- でもシメときますね。
「っはは。なんだかお二人からは同じ匂いがする」
-- 面目ない。バカな師匠と弟子です。
「なるほどね。ああ、そうそう。うん、でもね、良い人は良い人よ」
-- はい、尊敬できる人だと私も思います。
「ね?思い出したんだけど、庄内さんて竜二達と仲が良いのよ、年が近いから」
-- え、そうなんですか!? 知らなかった。
「そうよ。それでね、時枝さんがウチに来るまえに、庄内さんから電話あったの、竜二に。ウチの若いのが面白い事考えたから、よろしく可愛がってやってくださいと言ってたそうよ」
-- えええ、全然知らなかった。あ、それで織江さんに初めて電話した時も、話の通りが良かったんですね。
「それもあるかな。結局どう転ぶかは本人の頑張り次第だけど、竜二的にはある程度ちゃんと対応してやりたいとは、言ってたよ」
-- うううー、最近泣ける話にはめっぽう弱いんで聞かなかった事にします。
「あははは!」
-- ちょっと軌道修正します。去年は本当に、海外でたくさんライブをやりましたね。アメリカ、イギリス、フランス、ブラジル、スウェーデン、ドイツ、台湾。一番印象に残っているのは、やはりヴァッケンですか?
「規模で言うとそうですね。ラインナップも豪華でしたし、夢のようでした」
-- ソニスフィアやヘルフェストなどで、スレイヤーやメタリカと共演したわけですが、実際どんな気持ちになるものなんでしょう。
「それはメンバーに聞いた方がいいですね…。私から見た空気感だと、ようやく!という気持ちが大きかったかなぁ。…そうですね、ただ本人達曰く、やっとスタートラインなんだと。勝負は次、来年、当たり前のようにここへやって来て、当たり前のように世界最高のプレイで目の前のメタルファンにただいまを言わなきゃいけないって」
-- ああ、目に浮かぶようです!ですがそこで、メタリカ達に対する畏怖の念やミーハーな感想が出てこない辺り、最高に格好良いですね。もう本当、待ち遠しいです。
「同伴だって? 現地取材なんてすごいじゃないですか」
-- めっちゃくっちゃ暴れてやります。喉がちぎれるまでドーンハンマーコールします。
「じゃあ期待しよー」
-- はい!今年は海外は抑え気味で、日本でも大きいフェスに2つ3つ出る予定にとどめていますが、どういった戦略でしょうか。
「曲を作る時間がまとめて欲しいのと、具体的な目標に向けてレベルアップを図るためになるべく移動やスケジュールの調整で時間を潰したくない、というのが大きいですね。ライブはどんどんやりたいんだけど、日本だとなかなか場所もないんですよね。昔ながらのあまり小さい箱だと音の環境を整えられないし、お客さんも入り切れないし」
-- なるほど。そのー、なんと言いますか。聞いた後で後悔するかもしれないし、だけど聞かないのも気持ちが悪いといいますか、そういう燻っている思いがありまして。
「ん?」
-- 昨年、「P.O.N.R」を引っ提げて、堂々と海外での大きなイベントのステージ立ったわけですが、その時、善明アキラさんの事は話されましたか? 皆さんの間で。
「アキラ? もちろん!」
-- はあ、やはり。やっぱりそうですか。
「あんまり気にする必要ないですよ。NGでもタブーでもなんでもないですから。善明アキラっていう凄腕ドラマーがいて、亡くなって、芥川繭子っていう超絶ドラマーが加入してここまでやって来た。そういう事実があるだけですから」
-- 頭では分かっているし、大成さんもそう仰っていました。だけどどうしても、軽々しく触れていい部分ではないという思いも外野にはあります。
「彼らの気持ちを尊重して下さって、本当にありがとう、と言いたいです。だけど皆普通にアキラの話をしますよ、もちろん繭子も。印象的だったのは、ヴァッケンでのリハですね」
-- 去年のバンドツアーで言うと、割と最初の方のスケジュールですね。やはり、格別だったのでしょうか。
「だと思いますよ。彼らがよく口にする『世界』というものが目の前にバーっと広がった瞬間ですからね。リハで、4人がステーにジ立って、機材の話や立ち位置の話なんかを笑ってしてる時に、繭子がね、言ったんですよ。『今だけ、バンド名 AKIRA にしたい気分です』って。誰も何も言わなかったんですよね。笑うでも、無視するでもなく、ちゃんと聞こえていたけど、言葉で返す事はしなかったんです、誰も。繭子も返事を求めていませんでした。色んな感情があったと思うんですよね。繭子は繭子で、深い意味はないかもしれないし、自分はやっぱりアキラの代わりにここにいるっていう責任感を背負ってる部分だってある。他のメンバーはそんな気はさらさらなくて、繭子は繭子でしかないって分かってるけど、彼女の気持ちも頭では理解している。だから、どの気持ちにどう答えていいか迷ったんだと思います。私は私で、アキラは今もちゃんと皆の胸に生きていて、なんなら4人の側に、ヴァッケンのステージにもやって来ていると、皆思ってるんじゃないかって、勝手に妄想してましたし。4人から少し離れた場所で彼らを見ていて感じたのは、彼らが歩いて来た長い道のりに、並走するように、アキラもちゃんとここまでやって来たって事です」
-- 全く色褪せない存在なんだと、私もそう思います。なんとなくですが、その時芥川さんが仰った意味を考えてみて思ったのが、竜二さんが一発目でバンド名を叫ぶ姿を思い描いたんじゃないでしょうか。
「…ああ。あー!あるね、それ」
-- はい。彼女は彼女で、今このヴァッケンの地で「アキラー!」って絶叫する、何も気にせず叫ぶ竜二さんを見たかったんじゃないかって、そんな風な事を思いました。
「だからバンド名にしたい、かー。わあ!時枝さん凄い!絶対そうだね!そうかー!」
-- なんとくなので、全然根拠も自信はありません。
「なるほどねえ。私もまだまだ、ちゃんと見ているようで、見えてない事だらけだなー」
-- そんなことは決してないと思います。私は今のバンドがあるのは織江さんや関誠さんの存在のおかげでもあると思っているくらいです。
「買い被りすぎです」
-- おそらく、庄内もそれが分かっているから織江さんの事を記事にしたがっているんだと思います。
「いやー、はは、それはどうですかね」
-- 私今回の密着で、織江さんと誠さんにも是非バンドに関する重要人物として登場していただきたいと本気で考えています。先程ようやくと私が口にしたのは、その為です。
「ええー、必要かなー、そういう外野の部分」
-- バンドの全てがここにある、という内容にしたいんです。
「大成から聞いた。面白い人だねえって話したよ」
-- よろしくお願いします。あとURGAさんとタイニー・ルーラーにも出て欲しいと思っていますので、その時にはご協力お願いいたします。
「女のコばっかり出て来るな(笑)。軟弱なバンドだと思われないかな?」
-- そうならない記事にします。それよりも、彼らのような『怖い』イメージのあるバンドにとっては、良い意味で中和剤のような役割にもなると思います。
「なるほど、とっつき易さだね。…私に出来る事があるなら、協力を惜しみません」
-- はい、ありがとうございます。
「まあでも、確かに今までにない仕上がりにはなりそうですね、今回の密着取材は。各個人のインタビュー見させてもらいましたけど、軽く衝撃を受けました。軽くと言うか、結構(笑)。あー、ここまで皆ちゃんと話すんだーって。毎回泣いてる時枝さんに衝撃だし、そういう意味では私自身も今後を楽しみにしていますーってなんでなんで、なんで今泣くの!?」
-- すみません、ほんとすみません。
「あはは。これはちょっと、本気で困ったぞ。あ、ハンカチどうぞ」
-- ごめんなさい。
「どうした?」
-- ごめんなさい。ちょっと止めますね。
「はいはい」
一時停止。


バンドの取材と言いながら、メンバーや関係者の深い部分、柔らかい部分に触れるにつけ感じるにつけ、私はどんどんバンドを「ミュージシャン」として見れなくなってきている事に対して自分でも危ういと感じ始めていた。今もそうだ。伊藤織江にしてみれば、衝撃的な程訳のわからない涙を見た気分だろう。言い訳させてもらうなら私は既に、この日伊藤に会った時点でもう泣きそうだったのだ。
バンドの事を知れば知るほど、彼らが単なる音楽好きの、所謂ビジネスバンドではない事が分かって来る。
人は誰もが、無意識のうちに何かを犠牲にして、何かを失いながら生きている。そしてその対価として喜びや感動を得て、自分の中でバランスを取りながら少しずつ前に進んでいる。生きるとはそういうものだろうと、私みたいな半端な人間は疑いもせずそう考えている。
しかしそんな安い人生観に当て嵌まらない人達が目の前に現れた。
ただひたすらに格好良いデスメタルミュージックをプレイする。
ある意味誰でも思いつきそうな夢に対し、偽りなく本気で人生の全てを注ぎ込む彼らの勢いに、私は圧倒され続けている。ひょっとすれば今現在、彼らはそれなりの喜びと手応えを感じているかもしれない。だが何度でも言うが、彼らは10年前あまりにも多くの物を失った。友であり、願いであり、夢そのものであった大切な人生の一部を失った。そこからの10年、彼らはこのスタジオでひたすらぶっ倒れるまで己の肉体を傷め続けた。彼らはスラッシュメタルという祭壇に途方もない時間を捧げたのだ。そんな彼らの時間には、かけがえのない人々を失ったやり切れぬ怒りと、注ぎ込んだ夢への情念が凝縮されてパンパンに詰まっている。
誤解されたくないので敢えて言うが、私は彼らを可哀想などと思っているからこんな話をしているのではない。
全くその逆だ。全身全霊をかけて物事にあたるとは、まさしく彼らの為に存在する言葉だと実感している。
HR/HM誌の音楽ライターを10年続けてきた私ですらこんな人達を見た事はない。聞いたこともなく、想像した事もない。
そんな彼らにしてみれば、今手にしている栄光などはまだほんの手間賃くらいに過ぎず、犠牲にしてきた全ての物を天秤に乗せて吊り合うレベルでは全くない筈だ。更に言えば彼らはきっと、『何も犠牲になどしていない』と高らかに宣言出来る強さを持っている。
私にしてみれば到底計り知れない貴重な財産を、両腕一杯差し出しているというのにだ。
それなのに、彼らは当たり前の顔をして笑ってそこにいる。
私が自分の目で見、耳で聞く彼らの凄さを正確に伝えるには、十分な頭と心の整理が必要だと常々思っている。そして、そんな日々の中で出会う伊藤織江という存在は私にとって、灯台の光のようだと感じていた。何故なら私は見た事もない荒々しい海を、どこに向かって航海しているかも分からずにいるのだ。伊藤はそんな私に、第三者の目を通して見るドーンハンマーの姿を教えてくれる唯一の人だと思い込み、すがるような気持ちで接してきた。
だが、私は気づいてしまった。彼女自身もまた、傷つき、痛み、苦しみ抜いてここにいるのだという事に。
そんな彼女の笑顔を私はもう、「優しい人だな」というボンクラみたいな感想で見つめ返す事ができない。第三者ではない。彼女は紛れもなくドーンハンマーなのだから。


再開。
-- すみませんでした。
「全然涙止まってないけどイケる? 時間なら気にしなくて平気だよ?」
-- はい。ちょっとこれはもう無理なので、このまま続けます。
「じゃあ、落ち着くまで、私が少し話をしようかな。実はね、時枝さんに言ってない話があってね」
-- はい、なんでしょう。
「今回この取材を本当に受けるかどうかを改めて皆で話合った日。…時枝さんが初めてスタジオに来た日ね。貴方が帰った後で、実は皆で話をしたのよ」
-- はい。
「あの時は繭子が急に怒り出したというのを聞いて、よくよく話をしたんだけど。どうにも皆の心の奥には、ミュージシャンとして外に出して良い事と出してはいけない事があると、そういう線引きがあるようなの」
-- なんとなく、わかります。
「だからこそ、皆のインタビューを見て本当にびっくりした。なんでかっていうと、本来彼らは一切自分の事を語らずとも、ステージ上だけで勝負できる存在でいたいっていう思いがあって、これまでほぼほぼ、そこを守ってやってきたの。例えば音源の話とか、プレイスタイルの話とか、そういう上っ面っていう言い方は変だけど、いかにもミュージシャンっぽい話は頑張れば出来るけど、繭子がどうやって、どういう気持ちでバンドに加入しただとか、アキラの事だとか、彼の人柄だとか、そういう事を他人に話す人達じゃなかったから」
-- 今まで聞かれた事はなかったんですか。
「ううん、そんな事はないよ。けど…」
-- NGでもタブーでもないというのは、やはりリップサービスでしたか?
「それは本当。ただ、同じ物事について話していても、日常の会話の中でなら言える部分と、仕事中、バンド取材中だと言えない事って、あるじゃない?」
-- ああ、はい、確かにそうですね。それが、今更どうしてなんでしょうか。
「あの日もね。どういうつもりなんだと、繭子は言うわけ。注目されるのは良い事だけど、また色物扱いされて昔に逆戻りするのだけは絶対に嫌だと」
-- はい。
「これまでの取材とは違う。ただ新譜の話をそれらしく格好付けて話せば終わりという仕事でもない。何でこんな事やらなきゃいけないんだ」
-- …はい、
「はっきりとは、誰も答えられないんだけどね。だけど私はどこかで必要なんじゃないかって感じてはいたの。そういう段階に来たというか。彼らの知名度が飛躍的に上がって、それこそメタルを普段聞かない一般層にも、テレビに出たり紹介されたりすることで、広がりを見せた。この今だからこそ、ミステリアスなままで、間違った情報や色物バンドのイメージ先行で、バンドを見て欲しくないって言う気持ちがあった。そういう段階で、時枝さんが持ってきた密着取材という企画は私にすれば渡りに船というか、逃してなるもんか!と」
-- そうだったんですね!運命ですね!
「それにね、みんなどっかで、不安なのよ。それは、うん。あると思う」
-- え?
「私も不安だもん」
-- え?え?何がですか?
「彼らの力が及ばない事が」

言葉すら出てこなかった。正直意味が分からずピンと来なかった。
そんな私の気持ちに気づかないのか、伊藤は続けて言う。

「自分達の命がいつ消えてなくなってもおかしくないって、私達は誰より知っているから」

冷や水を浴びせられたようにとよく聞くが、正に私は注射器で冷水を直接体内に注入されたような感覚を味わった。心臓が止まる程、恐ろしく動揺した。

「人はいつか死ぬ。突然死ぬ。それを誰よりも私たちは知ってる。無力感も、どれだけ願っても届かない思いがあるということも知っている。だからこそ、今目一杯頑張って全力で鳴らしている音と歌を、世界中に響かせたい。その為だけに生きている。その為の努力なら彼らは絶対に惜しまない。だけど、不安なのよ」
-- はい。
「だから、あなたにも力になってほしくて。良い意味でも悪い意味でもいい。私はあなたとBillionを利用しようとしている。これまでは表に出してこなかった人間像や内輪の話、境遇も含めて、少しずつでも曝け出して行こうと思ったの。そうすることで一人でも多く彼らに興味を持ってくれたらいい。そしたらきっと、もっともっとたくさんの人達を惹きつける力を、彼らは持っているはずだと信じてるから。今回私があなたの密着取材の話を聞いて、二つ返事で受けた理由がそれです。…嫌になった?」
-- ぜ、全然全然!何でですか!望むところですよ!本来私達はその為にいるんですから!
「本当に?」
-- ちょっと、いきなり言われたので動揺はしましたけど、それは本当に、私に出来ることなら、なんでもしますというのが正直な気持ちです。あなた方の力添えが出来るなら、どんどん利用して欲しいです。
「ありがとう。彼らの名誉の為に言うんだけど、決して彼らの口から、時枝さんやBillionを利用しようという言葉が出たわけではないよ。私が勝手にそう思いついて話を受けた所から始まってるけど、彼らは彼らなりに考えがあって、あなたと腹を割った話をしていると思ってるから」
-- はい。
「これからもよろしくお願いします」
-- こちらこそよろしくお願いします。ただ正直、意外でしたけどね。彼らのどこにそんな不安があるのか。人はいつどうなってしまうか分かりません。それはそうだと思います。しかし、今彼らは本当にすぐ手の届くところにいるんですよ。彼らが目指す世界に。
「ありがとうございます」
-- 一つ聞いてもいいですか。…伊澄さんは。…翔太郎さんも、その、不安を抱いているとお考えですか?
「どういう意味?」
-- いえ、あの方の辞書に『不安』の二文字はない気がします。
まるで特撮ヒーローについて話しているようなキラキラした私の問いかけに、伊藤はたっぷりとした間を置いて、真剣な目で応えてくれた。
「時枝さんの言葉には、ある意味真実があると思います。彼は本当にすごいもんね。素晴らしいプレイヤーだし、全幅の信頼を置いています。彼がいる限りバンドはある程度の場所へは行けると思う。だからこそ、全身全霊を込めて、それでももし彼ら自身が行きたい場所へ届かないのであれば…。超人ではなく本物の努力家であるが故に、プレッシャーと不安は常に抱えているものだと、私は思っています。それを感じさせないのが翔太郎の凄さではあるけど、でも実際に不安を感じない人間なんていないと思うよ?」
-- そうか、…そうですね。
「ただまあ、あの通りの人なので、もしかしたら本当に不安なんか感じていないかもしれないね。そう願いたいけど、私自身が、心配症なんだよね」
-- 私もそう信じたいですね。
「私達の利害が一致する記事になればいいね!」
-- 利害と仰いますと?
「だって時枝さんは、ドーンハンマーにおける繭子の目を通して、今の日本のメタル界と世界の現状を描写するのが目的なんだよね。私達は、あなたと読者の目となりながらも、私達自身にも興味を向けさせたい。ね、頑張ったらなんとかなりそうじゃない?」
-- ええーっと。あはは、そうですね。忘れてました。私ここの所完全に、バンドを応援するためだけに取材してる気でいました(笑)。
「庄内さんに怒られるよ。肩入れしすぎると公平な記事を書けなくなるぞって」
-- そうなんですけどね。
「割と仕事には厳しいそうじゃない?」
-- はい。ですが、最初っからバンドのファンなのは彼も知ってますから、ある程度は大目に見てもらえるとは思います。
「(笑)。よろしくお願いしますね」
-- こちらこそ、本当に、よろしくお願いします。貴重なお時間、ありがとうございました。
「せっかく泣き止むまでお話してたのに、もう取材いいの?」
-- …全く!なんて人だあなたは!世界を相手に怯むことなく戦っていける敏腕美人マネージャーは、やっぱりこうでなくちゃいけない!
「やめて(笑)、庄内さんより酷いよ!」

連載 『芥川繭子という理由』 6~10

連載第11回~へ。https://slib.net/85011

連載 『芥川繭子という理由』 6~10

日本が世界に誇るデスラッシュメタルバンド「DAWNHAMMER」。これは彼らに一年間の密着取材を行う日々の中で見た、人間の本気とは何かという問いかけに対する答えである。例え音楽に興味がなく、ヘヴィメタルに興味がなかったとしても、今を「本気」で生きるすべての人に読んで欲しい。彼らのすべてが、ここにあります。

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