連載 『芥川繭子という理由』 1~5
昔から、架空のバンドを創作して妄想するのが好きでした。自分の理想とするバンド、そのメンバーならこんな事を話すだろう、こういう風に生きるだろう、そんな思いを会話劇にて表現してみました。既に完成しており、かなり長いです。気長にお付き合いいただけると嬉しいです。
連載第1回。「はじめに」
はじめに。
この物語を始める前に、敬愛する男の言葉を紹介したいと思う。
『俺達は、自分が何者でもない事を知っている』
ボーカル・池脇竜二の言葉であり、バンドその物の言葉だと言える。
果たして彼らは何者であろうとしたのだろうか。
一年彼らを追い続ける間、私は4人の中に何を見たのだろうか。
私がこの企画を思いついた時、手前味噌ではあるが、
答えとも言える一つの確信めいた思いに、興奮を抑える事が出来なかった。
この仕事を終えた後、私は時代の先端を見る事になるだろう。
本気でそう思い、そう信じた。
決して流行の話をしているわけではない。
時代の先端とはつまり、まだ誰も辿り着いていない未開の地だ。
そして未開の地とは私にとって、音楽分野に於ける新たなジャンルでも、
セールス記録や動員数と言った数字の話もでない。
文字通り、誰も見た事のない光景、そして味わった事のない感情を言う。
私が席を置く詩音社という版元が発刊する『Billion』は、HR/HM専門誌である。
私は10年その場所で記者として業務に従事し、やがて一つの答えを見出すに至った。
音楽。音の鳴りと、歌の響き。
そこで紡がれる人々の思いや感情を揺るがす波を全身に浴びる時、
ヘヴィメタルとはまさしく極限の到達点であるというのが、私なりの答えだ。
絶唱。咆哮。轟音。そして地鳴りのような振動。
人間が放つ本気は大気をも揺さぶる。
世界中の人々の心を打つ。世界その物を震わせる。
誤解を与えかねない表現になるが敢えて言いたい。
私は音楽のジャンル分けには興味がない。
私が興味を持って見ている、あるいは聞いているのは人間の魅力に他ならない。
では人間の魅力とは何か。
一言で言えばその人間の『本気』であると私は考える。
確かに私は音楽ジャンルとしてのヘヴィメタルをこよなく愛している。
しかしそこに人間の魅力というものがなければ全く興味はない。
ロックであれ、パンクであれ、J-POPであれ、
それらを奏でる人々が本気になった時、その音楽は魅力で満ち溢れる。
そして私が良く知る4人が選んだ音楽は、
『デスラッシュ』と称されるヘヴィメタルであった。
私は彼らと出会い、彼らと時間を過ごして初めて人間の本気に触れた気がするのだ。
今、この文章を書いている私の目の前には、テレビモニターがある。
目を細くして笑う女性の顔が大きく映し出されている。
芥川繭子。
その名を口にする度に鼻の奥がつんとする。
今でも胸の奥からがじわりと熱いものが込み上げてくる。
この笑顔を引き出すまで、毎日緊張で眠れない日々が続いた事を思い出す。
きっと誰もが、彼女の事を好きにならずにはいられない。
同じ女性として嫉妬心を微塵も感じない人間に初めて出会った。
「同じ女性として」などと書きたくないぐらい、私と彼女では何もかもが違う。
そしてそれは決して優劣ではなく、熱量の問題なのだと思っている。
彼女達と過ごした一年の間、いつもビデオカメラを回していた。
膨大な量の資料映像を前に、腕組みしたまま編集作業が進まない日もあった。
どう伝えるべきか、一番の焦点をどこに当てるべきか、その構想はすでにあった。
しかしそれでも迷ってしまうのは、
このバンドの持つ凄さと魅力が一つや二つなどではなく、
書き連ねれば幾つでも列挙出来てしまう事と、
やはり彼女の存在に因る所が大きい。
そもそも私がこの密着取材の企画を思いついた理由は、芥川繭子その人にある。
もし彼女の存在を知らなければ、
このバンドとここまで深く関わる事はなかったかもしれない。
もちろん以前からバンドの名前を知っていたし、当然音源を聞き込んでもいた。
単純にいちファンとして胸を焦がし、熱狂的にアルバムを楽しんでいた。
しかし所謂音楽シーン、
それもヘヴィメタルという世間一般庶民がおよそ足を踏み入れない、
深く激しいジャンルに於いて尚知る人ぞ知る存在であったそのバンドが、
ようやく重い腰を上げるや否や瞬く間に日本中を席巻し、
鋼鉄の翼を広げて世界へ飛び立とうとした正しくその瞬間に、
私は彼女の持つ魅力に取りつかれてしまった。
私が自分に対したった一つ褒められる点を挙げるとするならば、
(ライブ会場を除けば)初めて動く彼女に出会ったその瞬間から、
カメラを回していたという只一点に尽きる。
全く、物凄いバンドである。物凄い4人である。
そして4人組のバンドとは言え、敢えて物凄い5人だったと付け加えたい。
この文章を読んでいる諸兄らには強く共感してもらえるどころか、
今更こんな浅い言葉しか出てこない事にお叱りを受けるかもしれない。
多種多様な表現を用いてありったけの思いで賛辞の言葉を贈ろうと試みたが、
やはり心の底から湧き上がってくる「凄い」という言葉以上に、
気持ちのこもった形容が出てこなかった。
彼らのファン、そして弊誌の読者だけでなく一人でも多くの人々に、
彼らの『本気』と『人間力』を伝えたい。
私の願いは本当にただそれだけだ。
今回の企画に携わって下さった全ての人々へ、心から感謝の意を述べたい。
彼らの協力なくして成しえた事は何一つなかっただろう。
正直、当初は単なる記録係以上の役割を果たしているとは言えなかったし、
私がそこに存在する意味を何度も己に問い質した。
邪魔なだけだったかもしれない。
しかし思い起こせば最初から、彼らは言葉にして私を退けることをしなかったし、
どれだけ辛い瞬間も、嬉しい瞬間も、私と私の回すカメラを側においてくれた。
時には私を叱咤し、導き、背中を押してくださった『 VIRAL 4 STUDIO 』の代表、
伊藤織江氏には格別の思いがある。
事務所外の立場でありながら惜しみない協力を買って出た下さった、関誠氏。
そしてご自身が築き上げた地位と名誉を顧みず、いつも快く取材に応じて下さったURGA氏。
改めて感謝の気持ちを述べさせていただきたい。
本当に、ありがとうございました。
あなた達と出会えて本当に良かった。
数々の素晴らしい瞬間に立ち会えた事を心から誇りに思います。
少しでもこの文章と記録があなた達にとって有益であり、
素敵な思い出のアルバムとなる事を祈って。
『 芥川 繭子という理由 』
~ ドーンハンマーの全てが、ここにある ~
取材、撮影、編集、文、━ 時枝 可奈。
『取材内容による書き分けのルール』
・インタビュー時を含む時枝の発言は『--』から始まる。
・単独インタビューでのメンバー及び関係者の発言は全て冒頭の紹介以降無記名。
・対談、鼎談、ならびに複数人でのインタビュー、雑談におけるメンバーの発言はイニシャルで表記する。
・その他の動作を伴う記録映像の表現に際しては会話形式、「」を用いて記す事とする。
連載第2回。「炸裂」
2016年、3月22日 取材初日。
記録されている一番古いビデオカメラの映像は、急な雑音と共に始まる。
自分の足元を映し出し、歩くと同時に吐き気を催す程に画面が揺れる。
実を言えばスタジオに到着したばかりのこの時、当日の撮影許可は取れていなかった。
そればかりか緊張のあまりカメラの電源がオンになっている事にすら気づいていない有様だった。衝撃に強く、バッテリー持ちの良い、業務用ハイビジョンのデジタルビデオカメラ。一般的な家庭用ホームビデオよりも大きいとは言え、扱いなれていると特に意識なくオンオフを切り替えている事もある。というのは下手すぎる言い訳だが。
前を歩く大きな背中の男に続いて、スタジオに初めて足を踏み入れる。
ぎゅっと、息苦しくなったのを覚えている。
圧迫感に体が縮こまり、緊張が頂点に達した。
バンドメンバーに会う為スタジオを訪れるのは仕事柄日常茶飯事だが、
この時ばかりは気持ちの入りようが違ったように思う。
画面には今入って来たばかりの入り口のドアが逆さ向けに映し出され、
音声だけが私の緊張感とスタジオの空気を拾っている。
「ええっと。で、こないだオリエが話してた出版社のライターさん。ああー…」
この日から始まる『ドーンハンマー』との苛烈な日々の第一声は、
世界の空気を振動させる日本で唯一人の男。
世界最高のボーカリスト、池脇竜二の言葉だった。
-- ああ、あの初めまして、よろしくお願いします。詩音社から参りました、雑誌編集部の時枝です。
本来ならば、私をこのスタジオまで案内して来た池脇と、
他に男性が2名私の前に居るはずなのだが、まだ画面には映し出されていない。
相変わらず揺れの激しいカメラのレンズはスタジオの壁を彷徨った挙句、
入り口のドアを映して止まったままだ。
「前に言ってた、うちのアクマの取材だそうだ」
と言ったのは件の池脇だ。
-- え?
「へー、道理で」
この時声を発したのがベーシストの神波大成だ。
(『道理で』という言葉の意味は、旧知の間柄である弊社編集部の人間でなく、一回り程年の若い女が現れた理由を、この時初めて察したかららしかった)
-- アクマ?
相手はデスラッシュの雄、ドーンハンマーの池脇竜二だ。
正直、アクマと言われて真っ先に浮かんだのは「悪魔崇拝」だった。
世界にはそういったテーマで活動するメタルバンドもたくさんいる。
そこに関する事柄を取材しに来たと誤解されているのかと、本気でそう思った。
その時だった。
スタジオのドアが開いて一人の女性が入ってきた。
白いハーフパンツに、黒のメタリカTシャツ。
オールバックで纏めたブラウンの髪を後ろでぎゅっと縛っている。
まだこの時髪の色は、赤みがかった茶色だった。
一年前から今も変わらず世界最強、爆音駄天使の登場である。
しかしもちろん、画面上は逆さまだ。
-- あ、初めまして、詩音社の…。
「え、もう撮ってるの?」
彼女の視線と右手の指先がレンズに向けられた。
-- へ? あ!
ブツ、と映像が途切れる。
情けない痛恨のミスだった。
慌てて電源を落としてから再度電源を入れるまでに10分以上謝り倒した。
個人情報がいともたやすく流出してしまう昨今において、
盗撮の嫌疑をかけられるとあっては致命的な信用問題になる。
最初の説明で十分誤解は解けたし、彼女も別に責めたわけではないと言ってくれたのだが、
私が自分を許せず無駄に時間を費やしてしまい、さらに猛省。
今日はもう引き上げて、別の日に改めて伺いますと半泣きで言った記憶が残っている。
そしてその言葉に被せるように、
「しつこいな」
と言って微笑んだ彼女の顔を撮れなかったのが、今はとても悔しい。
映像再開。鉄筋コンクリートのだだっ広いスタジオである。
4人が固まって演奏する、小さなライブハウスのステージ程の空間に、楽器セットやアンプ、スピーカー、モニター類、様々な機械設備と配線等が整然と並べられ、そこから少し離れた正面に2人掛けのソファと4人掛けのソファーがコの字に並びその中央には二畳ほどもある大きなテーブルが鎮座している。
この楽器セットの前に置かれた場違いなテーブルとソファを彼らは、『応接セット』と呼んでおり、今後私もその呼び名を使わせていただく。そして私が入って来た入口とは反対側にもドアがあり、その先のPAブースへと繋がる。
最初に落ち着いてこのスタジオを観察した時に抱いた感想が、日本で活動するメタルバンドにしてはお金持ってるなあ、だった。
いわゆる練習スタジオなのだがここは彼らの自社ビル内であり、この階に関してはワンフロアぶち抜き設計の為とにかく広い印象だ。
(余談だが、別の階にはシャワールームもそれぞれの楽屋もある)私の入って来たドアも、デッドスペースを隔てた二枚構造になっており、
防音という意味ではかなりしっかりとした作りだ。初めてこのスタジオ内で演奏を聞いた時は、心臓が潰れて死ぬかと思ったものも確かだが。
壁際に三脚を立ててカメラをセットする。画面の右側に私が入って来たスタジオ入口があり、左側がPAブースだ。
この目線に立った時、スタジオ中央にある応接セットを挟んだ向こう側に、丁度彼らが演奏するスペースがある。
この位置にカメラをセットすると練習風景も雑談風景も、同じアングルで撮影が出来て非常に効率が良い。
その4人掛けソファーの左側に一人で座っている長い黒髪の男性。365日サングラスをかけているが稀に外した素顔を見せてくれた時の喜びが癖になる、このバンドの音を根底から支えるグループの背骨とも言うべきベーシスト、神波大成である。
彼の正面、テーブルを挟んだ画面右側のソファーに座る革ジャン姿の男性が、世界が欲しがる「ギフト」の持ち主であり現代最巧ギタリストの一人、伊澄翔太郎だ。
カメラ正面の応接セットを挟んで向こう側に立ち、マイクスタンドの高さ調節をしている落ち着かない様子の男性。世界と勝負出来る理由は彼の声量にあると言っても過言ではない。彼こそが、大気を蹂躙する歌うたい、池脇竜二である。
そして。伊澄の座るソファーの後ろに立って髪の毛をポニーテールに括り直している女性。
彼女こそ、世界中のメタルキッズが呆然と立ち尽くし、熱狂に打ち震える超絶技巧派・超絶パワーヒッタードラマー、芥川繭子その人である。
-- 悪魔というのは、ニックネームですか?
「アクマ? 誰が」
-- え?
「え、私? 初めて言われた。アクタガワ、マユコ、アク、マ? うわ!」
「おい、どうでも良い話はその辺にしてくれよ。普通にそこに立ててっけどカメラ回すのは何の為だ?こいつの取材なんじゃないのか。それとも俺らも取材対象なのか? 今日オリエに会ってないから分からないけど、知らないの俺だけ?」
私と繭子のやりとりを切って捨てたのが伊澄翔太郎である。
彼の声と言葉を聞いたのはこの時が初めてだったが、心底震えあがったのは今でも覚えている。一瞬で、私と繭子の空気に緊張が漲る。
-- あのー、ですね。一応御社代表の方にはこういう趣旨です、というお話は何度か事前にさせて頂いておりまして。
「聞いてないな」
と伊澄。
「俺は聞いたけど」
と池脇。
「俺も」
と神波。
ちなみに何度か名前の出ている「オリエ」というのが、何を隠そうバンドのマネージャーであり、ドーンハンマーの所属する事務所の代表であり、神波大成の奥方でもある伊藤織江氏だ。
「お前はなんて聞いてんだ?」
伊澄が振り返らずに聞く。それだけで繭子の背筋がシャンとする。
「えーっと、なんて聞いたかな。あ、密着ー、ですね。いや、カメラ入れるとか、何を撮るとかー、は、聞いてないか忘れました」
カタコトで答える繭子。
今見るとやはり可愛い。しかし当時は援護射撃をしてもらえない事に少々苛立ちを覚えた。
確かにバンドマンにはルーズな面もある。だがそういった事とは別に私は初っ端で躓いたし、そしてミスを重ねてしまったのだ。
-- すみません、手違いがあったかもしれません。改めて説明させてください。今回うちの雑誌で長期連載を始動させるにあたってですね、あなた方のバンドを通して、日本のメタル界の現状と、世界のスラッシュメタルバンドの実情を映し出すという試みでですね。
(しどろもどろの必死の説明に男達は沈黙。繭子は天井を見たり腕を掻いたり、聞いているのかいないのか分からない)
-- 一応ですね、名刺代わりと申しますか、先日行われた台湾でのライブレポートと、そこにいたるまでのバンドの経歴などを私なりに編纂して提出させて頂きました。そちらを確認していただいた上で、今回の企画の趣旨をご理解いただいて、伊藤さんには了解を得ていると思い込んでおりました。改めまして、私が今回企画したのは…(この後もしばらく私の長ったらしい説明が続く)
突然、伊澄が裏返った声を発する。
「一年!? 今一年って言ったか?」
-- はい。今日から一年をかけて、来年開催されるワールドツアー、ドーンハンマー初のヘッドライナーツアーまでを記録します。
「え? バンドを?」
-- はい。
「繭子じゃなくて?」と畳みかける伊澄。
-- 芥川さんを通した視点で、バンドを撮りたいと考えています。
「撮りたいって何だ。映像がメインなのか?」
-- インタビュー取材がメインです。カメラ映像はその資料と思っていただければ。
「よく通ったなそんな企画。誰が見たいんだ」
-- うちの雑誌を定期で購入してるファンはもとより、昨年からバンドの知名度がグンと上がって来てるのは間違いないので、行けます。行けると思って私が企画して、編集長と意見を戦わせて今ここにいます。…いますが、そのことで今、皆さんにお伝えしなければならない事があります。それは、この企画は私が私の為に、やりたくてやりたくて押し切った企画であるが故に、その、雑誌に掲載されるかはまだ未定の状態です。
「ん?」
と繭子が首を傾げた。
-- 一年かけて取材します。記録として映像も残します。しかし一年後、形になるかどうかは、その後の編集作業および映像内容を検討したのち、編集部全体の意見を纏めた上で決定します。ですので、極端な話ボツになる可能性があります。
「そんな事ある?」
と繭子が鼻で笑う。
「平たく言えばその時に俺らの人気が今より落ちてればナシって事だろ」
伊澄の言葉に繭子は合点がいったという顔で頷き、また笑った。
池脇が落ち着いたトーンで言う。
「別にそれは全然かまわないけど、どういう事がしたいんだ?」
私は弾かれたように顔を上げてメンバーを見据える。正直に言えば面食らった。
それは全然かまわない、という言葉など予想駄にしない返答だったのだ。
この件を伝えるに当たっては、どれくらいの暴言を吐かれるか、まで考えていた程だ。
彼らの貴重な時間を邪魔した上で、形にならないかもしれないのだから吐かれて当然なのだ。私は俄然鼻息荒く、勢いに乗る。
-- 取材後、ある程度私が流れと物語の枠を創ります。長期間カメラを回す事になるとどうしても日常風景になってしまう恐れがあるので、このバンドの歴史と魅力、パーソナルな部分も含めた実態を描きながら、来年のライブに向けて走り続けるあなた方の生き様を順序立てて構成します。雑誌には月イチ連載で膨大なインタビュー記事と、バンドの記録としてDVDを付録でつけます。
「待て待て。それだとせっかくツアーの一年前から取材しても、連載が始まるのはそれが終わってからだろ。ライブが終わってから、一年前の俺らを連載しますっつったって旬じゃないよな。そんな記事誰が読みたいんだよ」
伊澄の頭の良さが窺い知れる反応の速さだ。出会った初日からこの通りだが、この男の人間的な面白さは今もって天井知らずだ。
-- 本当はもっと前から取材を開始して、連載が終る頃に来年のライブが間近に迫るっていう展開が理想だろうなと私も一度は思いましたが、やはり今で良いと思います。これは私があなた方の活動、主に海外でのライブの手応えや向こうのバンドの反応を見聞きして思った事ですが、おそらく、来年のヘッドライナーが終わった段階でバンドはとんでもない状態になっていると思います。その時点で、今決定している事よりももっとすごい事が、起こるはずだと思っています。…勘ですけど。
「ふーん、そうなってると良いけどな」
他人事のようにそう言う伊澄に、「なります!」と息巻く私。
「なんで私なんですか?」
この時の冷やかな繭子の声と顔は、今でも思い出せば震えが来る。
あまりの冷たさに、すぐには言葉を返せなかった。
とても頭の回転が速い人なのだとすぐに理解できた伊澄とのテンポの良い会話により、
ある程度こちらの趣旨を汲み取って、受け入れられ始めたと感じた矢先だった。
だからこそ余計に怖かった。
繭子は私を見ずに、前に座る伊澄の肩辺りを見つめながら続ける。
「私の視点を通すってなんですか。それこそ織江さんからは何も聞いてないですね。もし聞いてたら嫌ですって答えたはずなんで」
そこへ池脇が助け舟を出してくれる。
「あー、なんだ。それは俺聞いてたけど、特にへんなアレは感じなかったぞ」
「嫌です。私の視点とか、私の気持ちとかを入れて欲しくないです」
-- ただそれだど、私目線になってしまって全然バンドと寄り添えないので、少なくともメンバーの肩の上にカメラが乗ってるくらいの距離感じゃないと…。
「だからなんで私を選んだんですか?女だからですよね。私が女で、ドーンハンマーっていうゴリゴリの男バンドでドラム叩いてるっていう意外性を面白可笑しく捕まえたいんですよね」
刺さるような目で、繭子が私を見つめる。睨むというより、見つめる。
この時初めて、きちんと目を見て言葉を交わしたのだと記憶しているが、正直怖すぎて映像を見返すまではっきりと思い出せないでいた。
-- …違います。
「嫌でーす。どうしてもっていうならバンマスである竜二さんでお願いします」
-- それは。
「翔太郎さんだって嫌ですよね。翔太郎さんの個人的な才能とかフューチャーされて色眼鏡で見られるの嫌でしょ?きっと嫌なはず、絶対そう」
「ふふ。うん、嫌だ」
「お前らなぁ」
困ったもんだと池脇が溜息をついたその時だった。
目の前の空気ががバシ!っと音を立てたように聞こえた。
「私が女だってのは偶然だけど!私がこのバンドでドラム叩いてるのは偶然なんかじゃない!」
炸裂した。空気と、音と、人の気持ちがいきなり眼前で炸裂した。
スタジオが静まりかえる。私は本当に馬鹿だった。
足がガクガクと震えていたにも関わらず、なんて美しい女性なのだろうと、繭子を見ながらそんな事を思っていた。
誰かが大きく鼻から息を吸い込み、大きく吐き出す音。
誰も何も言えなかった。
その通りだと誰もが思っていたし、誠意をもって説明したい私の気持ちが完全に委縮してしまった。
私はまだ知らなかったのだ。
芥川繭子がこのバンドにかける思い。
その強さについて何も分かっていなかった。
-- 謝ります。ごめんなさい。ただ芥川さんが女だから面白いと思ったわけではありません。そもそも私は音源を聞いた時あなたが女性だと知りませんでした。ただ確かに、この企画を推し進めようと目論んだ理由としては、あなたが女性である事も切っ掛けの一つではありますし、そういう意味では色眼鏡で見ていると言われても仕方がない事なのかもしれません。ただ分かってほしいのは、アナタだけを特別視したいわけではなくて、なんというのか、芥川さんの目線で見ることで、より深くバンドの絆や魅力の理由などを知れると思ったし、その根拠を聞かれると自分でも分からないのですがミーハーな気持ちがゼロかと言えば嘘になります。しかし私も女なので池脇さん達の目線で撮っても共鳴できるかどうかの自信もなくて、それなら男のライターが来て密着した方がそれらしい絵が撮れると思うんですよね、私も女なのでドラマーが女性でこんな可愛い人だと知った時になんというか、こんな事があっていいのか、こんな音を出す超絶格好いいバンドのドラマーが女性でしかも超可愛くて今まさに世界で勝負しようって時に彼らに密着しないで誰を取材するんだっていうのがグルグル頭にあって、じゃあどうやってそれを形にするかと言われたら映像として彼らの背中を追い回したい、ただ追い回した所でスタッフ? ファン? 誰目線なんだこの絵はって疑問に持たれるしそれなら衝撃を受けた芥川さんとより近い目線で彼ら全体を見ることで彼女の魅力もそうだしバンドの持つ世界観や強さ、ひいては日常的な…。
「うっせえなあー!」
そう叫んだ伊澄の顔は完全に笑っていた。
「わかったわかった、もういいから泣くなよ、面倒臭いから」
そういう池脇も困った顔をしながら、やはり笑っている。
「なんだお前。結局デレついてんじゃねえか」
という伊澄の言葉に繭子はだらしなく「えへへ」と言った。
-- は、あの、取材、受けていただけますか?
「いいよ。分かったよ。繭子いいな?」
観念したように池脇は答え、繭子に念を押す。
「はい(苦笑したまま頷く)」
「所でにこの企画には名前とかついてんのか?『ドーンハンマー密着365日、衝撃の24時!』みたいな」
池脇が少しでも話を進めようと興味なさげにそう言うと、「ダサ」と神波が肩を揺すって笑った。
-- 一応私が考えた仮の名前ならあります。
「どんな?」と池脇。
-- 『 世界はそのバンドを、 KING OF IRONSPIRIT と呼んだ 』。
「だっせええええ!」
衝撃的な音割れ。
衝撃的な笑い声。
衝撃的な、彼らの魅力。
と、ここまで彼らとの出会いをそのまま文字に起こしてみた。
この企画を本格的に始動するにあたっては、メンバーの意見を最重要視した。
何度も話をした。
私が狼狽しついには泣き出してしまう場面などは敢えて収録しなくて良いのではないか、
という優しい提案もあったが、初めからそんなつもりは毛頭無かった。
私は彼らから多くの事を引き出させて頂いた。
その私が自分の恥だけ覆い隠すのは全く筋が通っていないと思う。
それに私が泣き出したのはこの時が初めてだが、最後というわけではない。
正直に言えば、覆い隠そうにも私は彼らの前で泣き過ぎたのだ。
この企画に着けた冠。
なぜ「DAWN HAMMNER のすべて」ではなく「芥川繭子という理由」というタイトルなのかも、
弾幕のような拙い言い訳と気持ちの悪い私の妄想と本音で、少しはお分かりいただけたのではないだろうか。
だがもちろん、ただそれだけでここまでストレートな名前を付けたわけではない。
今回の取材を振り返って改めて思う事は、芥川繭子でしかあり得なかったということだ。
彼女が言うように、それは偶然ではなく必然だったのだ。
連載第3回。「神波大成 単独」
2016年、3月29日。
国内における『デスラッシュメタル情勢図』のようなものがあれば分かりやすいのだが、実際はそんな都合の良い資料は存在しないし、業界はとても流動的で、虎の巻のよう確定的なデータがあるわけではない。デスメタルの持つブルータリティと、スラッシュメタルの持つスピード感と緊張感を掛け合わせ、爆走するメロディと野獣の咆哮にも通ずる絶叫、超絶的な技巧を要する神がかった演奏を総動員し…、とそれらしく言葉にするのは容易だが、ではそういったバンドの名前を全て書けと言われれると困難を極める。海外で有名な所だと「THE CROWN」「AT THE GATES」「DEW SENTED」「Impious」「Carnal Forge」、と言った具合に書き連ねていく事は出来る。ではそう定義されていないバンドの名前を上げて、例えばスピードメタル・バンドのこの曲は違うのか、その逆でAT THE GATESのこの曲はそこまでデスラッシュじゃないのではないか、と問い詰められると答えに窮してしまう。ましてや本場でもない日本という島国においては何をかいわんやである。
しかし嘆くなかれ。ここへ来て我々は偉大なる一つの解答を手に入れた。
「デスラッシュって、どういうバンドがやってる音楽を指すんだ?」
今後そういった質問をされる幸福な機会に恵まれたなら、どうか胸を張ってほしい。
「答えは簡単だ。ドーンハンマーのアルバムをどれか一つも聞いてくれ。それが答えた」
そう宣言出来るのだから。
まずはベーシスト、神波大成に話を聞く事が出来た。
いきなりの余談で申し訳ないが、初めて彼を見た時は疑いもせずハーフなのだと思った。バンドマンとしての彼の実力や懐の深さだけを見て、内面の魅力を全く知らない人間が初めて彼の前に立つ時、おそらく10人が10人とも「男前だな!」という感想を持つだろう。常にサングラスを掛けているせいで表情の読みにくさはある。しかし話せば話す程、彼の魅力の虜になっていくのが自分でも分かった。彼はこのバンドにおける音の屋台骨を支えているという事も特筆すべき点である。
例えば誰かが「こういう音を、こういう感じで重ねて、こういう具合に聞こえるようにしたい」というイメージを言葉で提案した時、「こうすればこういう音になる」という正解が即座に出せる男であり、楽器、録音機器類に関して誰よりも博識だ。
まずはそんな彼から見た、芥川繭子についての印象を聞いてみた。
-- まず、一言で言い表すとすれば?
「繭子を? んー、まあ、天才だろうね」
-- それは、例えば身近にいる伊澄翔太郎という天才と比べても、その言葉が出て来るくらいの、という意味ですか?
「はは。まあ、そうだね、あいつとはまた質が違うと思うけどね。翔太郎は天才というか、…なんだろ、そういう人? そういう存在? 天才とか才能どうこうじゃないところにあいつの凄さはあるというか」
-- 身内に称賛を惜しまないですね。
「腹立つけど事実だからね、褒めてるつもりもない。ただ繭子は、あいつは、うん、才能の塊だね。同年代であいつより巧いドラム叩く奴は見たことないし、世界でも戦えるもんね。まあ、パワーだけとか速さだけとかなら上がいるとは思うんだけど」
-- 一番の魅力は?
「魅力(笑)。…やっぱ純粋に上手いよ。いつもそれは思う。まあ、気持ちの上で翔太郎とタッグを組んでるからってのもあるけど、ここ2、3年は繭子もノーミスで叩いてるんじゃないかな。あとは突撃のイメージでせーのっ!って音出した時の、背中にバシバシ来る熱量は年々気持ちよくなってるね。テクニックと感情を丁度いいバランスで音に出せるから、やっぱり上手くなったなあって思うよ」
-- ほとんどの場面で、自分の出したい音を相談なく出せるようになってきたと、以前弊誌のインタビューでお答え頂いてましたね。
「それも大きいね。自分の叩く音と周りの音の重なりとか、厚みとか音色に関してほぼ自分のイメージ通りに叩いてるって言ってたからね」
-- やはり凄いことなんですか?
「高速道路を200キロオーバーで走る車4台でアクロバット走行してみろって言われてさ、完璧に車をコントロールできますよって断言するようなもんだよね」
-- あー、それは天才ですね(笑)。先程の、気持ちの上で伊澄さんとタッグを組んでいるというのはどういう意味ですか?
「目線の話かな。相談しあってるとかではないんだって。でもうちのリズムの基本はやっぱり翔太郎だからね。仮にあいつがギターソロ弾いて竜二がメインリフに回った時ですら、やっぱりなんだかんだで翔太郎の音を聞いて合わせちゃうくらいだからね。俺はそれを崩す役回りも多いから、どうしたって繭子はあいつの音を頼りに聞くじゃない。そこを頼りに叩いてんだから、翔太郎が完璧超人な分繭子も上手くなるよそりゃ。もちろん本人の努力と才能もあるけど」
-- ノーミスってすごくないですか。練習でもそうなんですか?
「そうだね、うちはほぼ皆そうだけど。それでも特にあの二人は凄いと思う。もちろん譜面の上でっていう意味で、本人らは色々課題を持ってやってるみたいだけど」
-- ちょっと想像を絶する話ですね。デスラッシュにおけるノーミスってあり得るんですね。
「そんな奴一杯いるって(笑)。長い事バンドやってて今でもスゲー間違えるんですよねって言う奴の方がイカレてるだろ」
-- いやいや、ノーミスですよ?
「いるって」
-- いないと思いますけどねえ。逆に、ニューアルバムのインタビューでも、難しい曲構成考え過ぎて本番弾けないんだよねえっていう話を良く耳にします。
「意味が分からない(笑)」
-- …あはは。今年で20周年ですが、何か感慨深く思うことなど。
「ないね」
-- 何もですか?(笑)
「ないねー」
-- そうですか。では、アルバムの話を聞いても良いですか?
「どうぞ」
-- 曲は全員で作ると聞いていますが、歌詞もメロディも持ち寄りですか?
「そこから聞くんだ!?」
-- すみません、聞けることは全部聞こうと決めてまして。
「なんで今更?」
-- ドーンハンマーの全てがここにある、っていう言葉をどうしても使いたくて。
「あはは、なるほど。面白い人だね」
-- 誉め言葉ですよね?ありがとうございます。
「歌詞は竜二しか書かないよ。自分が歌い易いように書いてるんだろうし、内容は知らない」
-- 知らないと言うのは、読まないという事ですか?
「(頷く)」
-- 全くですか? もしかしたら今自分は悪魔崇拝についての曲を演奏しているかもしれない、と思うことはありませんか?
「(爆笑)。面白いね、それもアリだね。というか、どうでもいいよ。曲が格好良く作れるなら、何崇拝でもいいし、竜二が何を叫んでいるかも興味ないな」
-- えええ(言葉にならない)
「大体伝わるじゃない、あいつが体全部を口にして絶叫してるのを見てれば、意味は分かんなくても喜怒哀楽のどれかぐらいは、なんとなく」
-- なるほど。ではまず竜二さんの歌詞ありきで、メロディをつける?
「逆。曲があって、テンポを決めて、歌詞だね。全員で作るって言っても自分のパートを自分で考えて、合体させた時に、それやめてとかここもっと長くやらせてとか、言い合いしながら形にするパターンがほとんどだね。だから常に録音しながらやるし、なかなか完成しない。完成しても、思いつきですぐに変わる」
-- ああ、それも聞いた事があります。昔から存在する曲が、今は全然違う長さの曲になってるとか。
「そうそう、気に入ったリフだけ生かして、テンポも歌詞も変えた別の曲になったのが一杯あるよ。でもタイトルとリフが同じなら、ファンは受け入れてくれるから面白いね」
-- 何かのインタビューで、常にリズムを壊そう、変えてやろうと企みながら演奏しているのがアナタだと伺いましたが
「そうだね。翔太郎が失敗しない分、同じ曲をやっていてそこで満足しないように、足元をグラつかせにかかるのが好きなんだよ。まあ、全然グラつかないんだけどね」
-- ちょっと想像のつかない駆け引きですね。進んで失敗を誘おうとするんですか?
「失敗というか。…例えばドンドンドンドン、ドドドド、ドンドン、というリズムを繰り返すとするじゃない。そこをドドドドドンドン、ドドドドドンドン、という弾き方に変えちゃうと、まずギターのリフとは尺が合わないわけ。うちぐらい速い曲をやってると。それでもあいつは」
-- 揺らがない?
「揺らがないんだよ。でもそのおかげで、あれ、こっちの方が合うな、格好良いかもなって思えたりするんだよね。そうなるともう戻れないというか」
-- 正解がそっちになるわけですね。
「そう。人のミスを誘うというより、さらに格好良い方向へ変えて行きたい衝動は常にあるよ。繭子で言えば最初はめちゃくちゃ怒ってたけどね、単純にやりにくいって。最初は全員の音ちゃんと聞きながらやってたみたいだし」
-- それはそうなりますよね(笑)。
「今はもうなんだろ、仮にモニターが死んでて全然返りがなくても、動きだけで合わせられるとか言ってるくらいだから、上手くなったんだなってやっぱりそこに行きつくね。あれ、アルバムの話するんじゃなかった?」
-- そうでした。目下の最新作は昨年発売の「P.O.N.R」ですが、何故今このタイトルに?(ご存知のようにタイトルの意味は POINT OF NO RETURN である)
「うーん。そんなに深い意味はないと思うけどね。もう40過ぎたしさ。なんとなくここへ来てこのバンドの初期衝動というか、考えてた場所には大分近づけたし。ここまで来たら、じゃあもうこのまま行こうか、そろそろっていう空気ではあるね。バンド全体が」
-- ああー。なんか、すみません、私ちょっと泣きそうなんですが。
「え、どうして」
-- いや…。
「何だよ(笑)」
-- やっぱり色々あったのは存じ上げていますので。
「色々って?」
-- うふふ、ええっと。
「気持ち悪。何。え、…アキラの事?」
-- そうですね。もちろんアキラさんもそうですし、芥川さんのこれまでの思いであるとか、皆さんの思いなどを勝手に想像してしまって。私アルバムタイトルを知った時、色々と感極まって仕事中なのに涙出たんですよね。
「あははは! 面倒くさい人だなー(笑)。まあ分からなくはないよ、そりゃ俺らは当人だしね。確かにうちの音響組とかスタッフなんかも、おおお、って妙に盛り上がってた気がするし」
-- 絶対皆さんそれぞれ、色々と思う部分がおありだったのだと思いますよ。
「まあまあ。ありがたいけどね、そうやって外の人が忘れないでいてくれるのは。うちのスタッフも、スタッフって言いながら普通に昔からのツレだから、そもそもが忘れてなんかわけだよ。いまだに過去じゃないというか。これは繭子にどう聞こえるか分からないけど、うん、アキラは別に、全然死んでないと思ってるからね。…あ、スピリチュアルな話じゃないよ?」
-- あはは。…あー、駄目だ(涙)。
「…目が(笑)。でも改めて言葉にして、外に向かってそう言うと時枝さんみたいな反応になるんだろうけど、俺達の中では多分ずっとそうなんだよね」
-- そうですよね。あの、こんなんなっちゃってアレですけど、折角なのでもう少しアキラさんのお話をお伺いしても平気ですか?
「いいよ。別にNGでもタブーでもなんでもないから(笑)」
-- ですが皆さんにとってとても大切な部分だと思いますし、現ドラマーである芥川さんのお気持ちを思うと、勢いでそこを掘り下げて行くのはどうなのかなと。
「ありがとう。でも全然関係ないよ。アキラと繭子も、知らない間柄じゃないしね」
-- 初代ドラムスのアキラさんがお亡くなりになってから、芥川さんが加入するまでの期間がとても短かったように、バイオグラフ整理していて感じた記憶があります。
「鋭いねえ。そうだよ。短いというか、ほぼ入れ替わりだからね」
-- 抵抗はなかったですか。キャリア、性別、年齢、全てが違います。
「それもあるし、アキラは俺らの幼馴染だしね。物心ついた時には4人揃ってたから。だから、…問題はそこだよね」
-- 普通は割って入れない関係ですよね。
「そうだよな」
-- バンドを続けるか否かの選択だったと思います。
「まあ、考えなかったって言うとウソになるな。でもそれはもっと前から、アキラがいなくなったら、このバンドどうなるかなーって考えてた事はあるからね」
-- それでも芥川さんを選んだ。
「うーん。難しい話だな。何にせよ感謝してるよ」
-- 365歩のマーチどころではないですものね。ほぼスタート地点に戻るような気持ちだったのではありませんか?
「いやあ? 繭子、頑張ったからね。そんなに足踏みの期間はなかったよ。ただほら、表に出るまで時間かけたからそう思われるけど、あいつはあいつで異常なぐらい叩けたからね」
-- そこも奇跡的な巡りあわせですよね。
「本当そうだよ。アキラがこの世を去るタイミングで、俺達の目の前には繭子がいて、信じらんないぐらいボカスカ叩くんだもんな。そりゃ今と比べれば全然粗削りではあったけどさ、でも心底ビックリしたもん。それぐらい叩けた。それがしかも女の子で、高校生で。いやいや、凄いよな」
-- 凄いですね(笑)。ですが皆さんの中にあった凄まじい葛藤とはどのように向き合われたのでしょうか。
「葛藤ねえ。…無いわけはないよね。ずっとそこに座ってたやつが今はいなくて、そこにこないだまで制服着てた女の子が座ってんだもんな。ただアキラの事はもう、その時には考えないようにしたな。あいつはあいつで、思い出は思い出で、俺達の今はここなんだって思うしか仕方なかったしね。今ここにいるのは繭子だし、これで良かったんだよきっと。感謝してる」
-- 彼女への思いを語る神波さんの顔を見ていると、また涙が出てきました。
「ホントに泣いてるじゃない(笑)。なんか聞いてた話と違うなあ。ただミーハーな記者が繭子を追っかけにやってくるって聞いてたんだけど、意外とバンドの事もちゃんと知ってるし、びっくりした」
-- ちゃんと知ってますよ(笑)、ファンですから。もちろん完璧にリアルタイムで追いかけて来れたわけではないですし、芥川さん切っ掛けでこの取材を企画した経緯を見ると、ミーハーなんですけど。
「何だっていいよ。聞いてくれたら、それだけでありがたい」
-- うー、ちょっと涙拭きますね。…芥川さんの件でお伺いしてみたかったのですが、メンバーの一人が女性ということで、意図しない弊害のようものはありませんか。この10年で大分解消されたとは思いますが。
「俺自身は特に弊害と感じる事はないかな。それはあいつ自身が嫌という程味わった屈辱だったり、例えば織江が他所でマネージメントの話をする時にそこばっかクローズアップされたりって話は色々聞いたけどさ。バンドとしてのクオリティはきっと上がったんだと思うしね」
-- 海外だと女性が混じっている事がマイナスに捉えられる事はほとんどありませんが、それでもドラムというのは今でも珍しいですよね。
「まあ、それも全てはあいつの頑張りだろうね。だから音源だけ聞いて分からないから、向こうでも叩いてるのこいつだよって言うとワオ!って言われるじゃない。それが今では楽しいし、面白い。ちゃんと才能と努力が形になってるから」
-- 直して欲しい所や欠点などはないと?
「そりゃ色々あるよ。何言ってんの、全然話が違う」
-- そうなんですか?大絶賛されてるから、てっきり理想形に近い完成度なのかと。
「うーん、音楽的欠点はそこまではっきりは分からないけど、人としてはやばいよ、あいつ」
-- ええ?そうなんですか?
「うん、言っていいか分からないから本人に聞いて。人として色々やばいって言ってたって伝えて構わないから」
-- 今から楽しみでしかたないです。それでは今のバンドの現状についてなのですが、去年は海外でのライブが増えましたね。戦略的な意図があったんでしょうか?
「そんな大層な事でもないけど。去年アルバムが完成した時に、自分達の中でエンジン掛けたというか、掛かったというか」
-- 作品の出来次第だったと?
「どこかでそろそろだろうなっていう思いは皆あったと思うね。年も年だし」
-- 世界に打って出るに相応しい作品が出来たと。
「そのつもりだよ。完成度云々っていうより、向こうの、本場のキッズの前でプレイするならこういう曲だろうよ、ってのを詰め込んだ」
-- 凄まじい爆走と轟音で最後まで突っ切るイメージです。
「こういう事をやるためにひたすら鍛えてきたっていう思いはあるからね。若すぎても、あの音は出せなかったんじゃないかな」
-- 手応えはありましたか?
「そうだね、あったね。うん、この商売次があるかどうかが全てじゃない? そういう意味では、何度も声をかけてもらって今があるわけだから」
-- 今年はずっと日本ですか?
「そこは織江の考えみたい。ちょっと行き過ぎたというか、呼ばれればどこでもやったのが去年で、今年はちょっともったいぶってるみたいよ。日本でやらなきゃいけない事多いみたいだし、来年は更に、また向こうでイわしてくるよ」
-- 同伴します。
「同伴て?」
-- 同行して現地取材させていただく予定です。
「ワールドツアー? あんたんトコでやるんだ。 へー、知らなかった。じゃあ、テンションの高い記事期待してるから」
-- もちろんウチだけではないと思いますので、その分気合入れて頑張ります。今日はお時間ありがとうございました。またよろしくお願いしますね。
「はいよ。一通り回って色々話聞いたらまた来て。他の奴らが何て答えるか知りたいし」
-- 分かりました。真っ先に。
とても意外で幸せな時間だった。
ドーンハンマーにおけるビジュアル担当と言っても良いくらいのハンサムガイだ。
寡黙でストイックな音マニアと呼んで差支えない程音楽通の、ハンサムガイ。
(録音機器類の話なども聞かせていただいたが、今回は割愛)
その神波大成がこれ程穏やかで話しやすい人だったとは、見た目だけでは到底知りえなかった事だ。普段メンバー同士で話をしている時などは池脇や伊澄に発言権を譲りガチなのだが、一対一ではとても丁寧に自分の気持ちを言葉にして伝えてくれる紳士だった。
そして個人的な事を差し挟めば、何度もこの日のインタビューを見返しては涙した。いずれもっと明瞭なシルエットを伴って登場していただく予定だが、このバンドを語る上で欠かす事の出来ない人物の名前が、初めて登場したのもこの日だった。
彼の名は、善明アキラ。
ドーンハンマーの創設メンバーであり、初代ドラムス。
そして芥川繭子の師匠でもある。
病に倒れ、志半ばで短い人生を終えた彼の存在は今尚しっかりとバンドに生きている。
その言葉を聞いた時、私はどこかでこの密着取材の成功を無意識に感じ取っていたように思う。
そしてこの日、神波大成の口から彼の名前を聞けたことで、このバンドを掘り下げていく道がしっかりと開けたと思った。
大袈裟な表現かもしれないが、彼らの道程を辿る許しを得た気がしたのだ。
連載第4回。「伊澄翔太郎 単独」
2016年、3月31日。
切掛けは確かに芥川繭子だ。彼女がいなければ、今回の密着取材はありえなかった。
しかし彼女の事を少しの間脇へ置いてでも、この男の話をもっと聞いていたい、もっと知りたいと思ってしまう。人はそれを魅力と呼ぶのかも知れない。私ついに芥川繭子の上を行くと言われる、もう一人の「天才」と対峙した。使い古された言葉で表される並大抵の天才ではない。正真正銘の、本物中の本物である。彼と話をして分かった事は、正直何もない。驚きと感嘆を持って全てを受け入れるしかなかった。こんな人がいるのか。こんな人だから、あんなに神々しい姿だったのか。私が荒ぶる神のようだと言った時、彼はニッコリと微笑んだ。
今回のインタビューを読み終えた後、もう一度この冒頭へ戻って来てほしい。ここで書き記した曖昧な賛辞などぶっ飛ばすレベルの天才がここにいると、理解してもらえたはずだ。そこでまた敢えて問いたいと思う。
この男、本当に本物の天才だと思わないか?
-- お疲れさまです。今回の単独インタビューは神波さんに続きお二人目です。
「繭子が最後?」
-- はい。
「あいつ、ヤバイよ」
-- え!?
「え?」
-- すみません。先日神波さんとお話した時も、最後にそう仰られていたので。
「そうだろ? やばいんだよあいつは。タバコ吸う?」
-- いえ、大丈夫です。あ、どうぞ、お気になさらずに。では、始めますね。はー、何から聞こうかしら。
「繭子の話は繭子に聞けばいいよ」
-- 彼女のパーソナルな部分はその通りなのですが、まずはメンバーの皆さんから見た彼女の姿をお伺いしています。
「第一印象とか?」
-- 覚えていらっしゃいますか?
「馬鹿にしてんのか?」
-- は、失礼いたしました(深々とお辞儀)。
「うそうそ、スゲー嫌な奴に映るだろ(笑)。あ、そうだ。個別のインタビュー映像は全部雑誌の付録につけんの?」
-- もちろん編集はしますが、インタビューに関してはそうしたいと思っています。まだ企画の段階ですので何も決定はしていませんが。
「ふーん。カットしてほしい時はどうしたらいいの?」
-- 話した後でそう思った場合はいつでも仰ってください。とりあえずありのままをお答え頂けるとありがたいです。
「あいつの話はヤバイからなぁ」
-- またそこですか。どんだけなんですか。私の調べた限りでは皆さんの方が相当ヤバイと思いますけどね。
「大成だろ? あいつもヤバイよな」
-- さっきからヤバイしか言ってませんよ。あれ、これって何かはぐらかされてます?
「ばれた?」
-- あれえ(笑)。前途多難な気配が漂ってきましたよ。
「あはは。えーっと。繭子な。覚えてるよ、でもそこから話すの?」
-- 可能であればそうですね、お時間の許す限り。ただ今回のインタビューは一回目だと思ってますので。
「じゃあ、まあ、おいおいね」
-- はい。では、今、伊澄翔太郎というギタリストから見て、芥川繭子を一言で言い表すとすれば。ヤバイ以外でお願いします。
「一言なー。なんだろうなー。うーん。なんだろうなー」
-- 意外ですね。
「なんで?」
-- 伊澄さん程の人だと、ズバッと表現されるものだと(笑)。
「大成はなんて言ってた?」
-- 天才だと。
「誰が?繭子が?ええ?天才?繭子が?えええ?」
-- (笑)。正直驚きです。神波さんは大絶賛されてましたよ。もちろん、伊澄さんも含めて、種類は違うけど、天才だと。
「何を持って天才と呼ぶのかって話なんだろーけど、そんな事言っていいなら大成だって竜二だって十分天才だと思うよ。俺が異常なだけで、俺に合わせられる時点でもう普通じゃないわけだし」
-- えっと、今回まだ伊澄さんの才能というかギフトというか、その正体については何も書いていないのですが。書いても大丈夫ですか?
「書き方にもよるな。まだギフトとか言われてんの?じゃあもう俺が今自分でここで言うよ。えー(指折りしつつ)、一度覚えた事は二度と忘れない。何かを覚える速度が異常に速い。一度踏んだ手順は一切間違えない。…こんな感じ?」
-- サラッと仰いますが、そうとう凄まじい能力なんですけどね。
「チートだよな」
-- 所謂、サヴァン症候群などとは別物なんですよね?
「生まれつきじゃないからな。深く考えた事ないけど、違うんじゃない?」
-- やはりそういうご自分と比べると、繭子などは天才には値しない?
「アンタ全然理解力ないな」
-- え!?
「え?」
-- 違いましたか。
「違うよ、違うだろ。びっくりするのは俺の方だから。俺は今自分を下げて他の奴ら上げたんだけどな。俺自身は別に天才じゃないと思ってるよ。こういうチートみたいな奴に、そうじゃない奴が食らいついてこれることが凄いと本気で思ってるし、繭子は努力と熱量の塊だと思うからさ。天才とか陳腐でずるい言葉では表現できないよ」
-- ああ、そういう事ですね。よくわかりました。ただ、やはりそれでも…
「ん?」
-- なんと言ったらいいのか、私は、私にとって、伊澄さんが…伊澄さんの…
「言いたいことまとめてから出直してこい!」
-- 違うんです、絶対凄いって確信してるんです。
「時枝さんは感情で喋るタイプなんだな。ライターとしては落第だ」
-- 皆さんに一人前にしてもらう魂胆です。
「ふふ、そういう返しだけ巧いな」
-- 一人の音楽家として、卓越した演奏技術を持ってる人、というフレームから完全に逸脱していると思うんです。伊澄翔太郎という男は。
「それは多分4人ともそうだよ」
-- ええーっと(笑)。伊澄さん自身では、そうするとご自身への評価は、低い?
「これでもし曲が書けない男なら、俺のパートは機械で良いって思うだろうな」
-- 興味深いですね。
「俺さ、思うんだよ。天才って一杯いるんだよ実は。だけどさ、その他人より優れた能力を別の何かに活かせないなら何も意味なんてないんじゃないかって」
-- 別の何か。それが伊澄さんにおける、作曲であると。
「世界最高のメロディメーカーではないよ、残念ながら今はまだな。けど演ってて最高に気持ち良いリフを書いて、どんだけ高い演奏技術を要するハードルであろうと、俺だけは飛び越さなきゃいけない。絶対に弾ける、絶対に間違えない。だからより上を目指せる。もっと速く、もっと正確に、もっと気持ちよく。そういう存在でいなきゃいけないって思い続けてここまでやってきた。その結果が今だよ」
-- 天才じゃないですか!
「ああっ、気持ちいいツッコミ」
-- やられた!
「いいライターだよ、時枝さんは」
-- (笑)。ただ改めて聞くとやはり、凄いですね。
「言葉が二転三転して悪いんだけどさ、あ、ややこしかったら編集して。だから俺はそういう自分を天才とは思わないんだ本当に。亜種というか、突然変異タイプというか」
-- 人はそれを天才と呼びます。
「そこなんだよ。傍から見れば俺は天才かもしれない。けど俺はそれを認めないし、努力しないとか、考えない生き方を認めたくない。俺は俺で、自分に全力を出させたいと思ってるし、誰よりも努力して自分の才能を超えたい」
-- うお。今ちょっと鳥肌立ちました。それではそもそも天才という言葉や考え方が好きではない?
「うん」
-- そんな伊澄さんからすれば、芥川さんは、努力と熱量の塊であると。
「そうだな。あえてね、天才とはまた違うと思うからそう言ったんだけど、うまく表現できないんだよな。こう、…見えてるんだけどね。俺に見えてる繭子の姿をなんて言葉にしたらいいか分からないんだよ」
-- 映像とか画像として、芥川さんを芥川さん以外の姿で捉えている?
「そんなファンタジーな話じゃないけど、ドラム叩いてる時のあいつは、普段のあいつとは全然違うからな。肩書じゃないんだよ。天才とか、努力の人とか、不世出の才能とか、ネーミング出来ないんだよな」
-- 興味深いですね。ぜひ言葉にしていただきたいです。
「引き出してくれよ、楽してないで」
-- 手厳しいお言葉です(笑)。しかしその通りですね。少し話題を変えても良いですか。
「どうぞ」
-- 彼女と出会った時、あなた方にはもうキャリアがありますよね。当時すでに今と変わらないバンドのスタイルが出来上がっていたと思われますが、芥川さんをバンドに引き入れた一番大きな理由はなんだったのでしょうか。
「…」
天才が腕組みをして黙った。
銜えタバコの煙に片目をやや閉じ、腕組みをしたままソファーにもたれ掛かる姿は一見優しそうなただの兄ちゃんだ。ただし言葉を交わして分かる、捉えどころの無さと柔軟性、底の見えない思慮深さ、頭の回転の速さ、どれ一つとっても並ではないと思わされる。ただ単に話しをしているだけでそういう印象を受けるのだ。これが本気のギタープレーを目の当たりにしようものなら、私はどうなってしまうだろう。そんな事を考えていると、小さく、短い言葉が聞こえた。
「全部」
-- 全部?
「うん。あいつの全部をさ。うーん、なんだろう。うん、なんか、言葉にしてはいけない気がするな。俺みたいに思ったことそのまま言う天然の発想では、言葉にしてはいけない気がするよ」
-- うわああー。個人的にはめちゃくちゃ聞きたいのですが、聞きたいので教えてください、という言葉はもう使えないので、私が引き出すしかありませんね。
「それも繭子に聞いた方がいいと思うぞ。言葉に出来ないってのは、そこにあったものが言葉や態度じゃくて、気持ちだったからだと思うんだよな。あ、あと誤解してるけど、俺は竜二と大成に比べたらそこまでキャリア長くないよ。途中参加だし」
-- あ、そうでしたね。失礼しました。…聞いても良いですか。 そこに彼女がいたから、ではなく、彼女じゃないと駄目でしたか?
「今となってはそう思うよ。けど繭子じゃないと駄目っていうのは…。多分きっと、それは違うんだろーな」
-- という事は他にも候補がいたんですか? 例えば、アキラさんの旧知のドラマーであったり、他のバンド仲間だったり。
「それはないな。いないし、当時同じジャンルで友達なんていなかった気がする」
-- それは問題発言になったりしませんか、後々(笑)。
「それは知らない。それらしい奴らがいたんだとしても、俺は友達とか仲間だと認識してないかもしれないだろ。俺もそうだけど、アキラに友達なんていないし、見たことない」
-- 要するに、このバンドのメンバー以外に、交流はなかった。
「地元の後輩とか、ウチのスタッフ以外にはね。まあ、他は、…うん」
-- なるほど。彼女の加入前はあまりイベントにも頻繁に顔を出す方ではなかったようですね。
「そうだな。若い頃はよく喧嘩になったり、イベント潰したりもしたし、対バンキラーだったから主催側も面白くなかっただろうな。出禁にもよくなったよ」
-- やんちゃだったというお噂は兼がね。今でも恐れられている節があります。当時から活動を続けている古株なんかと話をすると、めちゃくちゃ上手いしめちゃくちゃ格好いいけど、一緒にはやりたくない、と口を揃えます。
「そーなるよね」
-- 伊澄さんは、ルックスは穏やかですが話だけ聞いているととても喧嘩っ早そうにお見受けします。
「否定はしない。ただ別に好戦的なんじゃなくて、思ったこと全部言っちゃうんだよな。そのせいで揉める火種を作ってる所あるんだけどな。でさ、これはここ2、3年ずっと言ってんだけど、もう俺らって国内では無敵なんだよ」
-- わははは!
「いやまじでまじで、冗談抜きで。だって他にいるの?俺達より上手いバンド。大成より曲書けてベース弾けて、竜二より歌える奴いんの? いるなら連れてこいよ、って。どこででも言うからさ、俺。そりゃ、喧嘩になるよな。でさ、またほかの面子も止めないんだよこれが全然」
-- 笑い過ぎでお腹痛い。でも、さすがです。そういうお言葉をたくさん頂きたかったので。
「そうなの? でもあんまし言うなって言われてるからさ、織江が小うるさいんだよ。けど実際そうなんだもんな。いっせーので音出して俺達よりカッコ良いバンドなんて、もう海外にしかいないよ。アメリカにだって、いて5組くらいじゃない? いやもっと少ないかもな」
-- ああ、大好きです伊澄さんのそういう発言。私もそう思ってますから。心底そう思ってますから、ギター弾いてるお姿はまるで荒ぶる神のようだと。
「ありがとう。裏切らないよ俺達は」
-- ああー、嬉しすぎてちょっと泣きそうになって来ました。
「あ、聞いた、すぐ泣くんだってな」
-- 面倒臭くてすみません。まだお時間大丈夫ですか?
「知らない」
-- では止められるまでお話を伺います。先ほどアキラさんのお名前を出しましたが、バンドとして芥川さんが加入した後で一番大きく変わったことはなんですか?
「よりメタルらしくなったと思う」
-- あ、意外な答えですね。
「そうか? これはどういう音が好きかとか、もともと自分の中にあった理想像とかの話になるかもしれないから、大成や竜二が同じ意見だとは思わないんだけど。ただ一つ間違いないのは、アキラのドラムは唯一無二過ぎた。あの音はあいつにしか出せないから、同じように繭子が叩いても再現出来ないんだよ。竜二は馬鹿だからあんまし分かってないんだけど、俺や、実際叩いてる繭子の耳には全然違って聞こえる。だから結局、イチから繭子が叩き直したり構築し直すしかなくて、結局、所謂昔の曲ってのがなくなってくわけだ」
-- そんなに変わるものですか。
「少なくとも俺達二人には別物に聞こえるね。そうなるとさ、そもそも同じように叩く理由がなくなるんだよ。アキラ時代の曲で今でもレパートリーに入ってるのがいくつかあるけど、ドラムのパートに関しては、もっと現代的アレンジだし。手数が圧倒的に多くて、音も硬い。よりメタルっぽいなと思う。それに関しては俺より大成の方が説明上手いと思うけど」
-- アキラさんがラーズ(メタリカ)やデイヴ(スレイヤー)だとしたら、繭子はフロ・モーニエ?(クリプトプシー)
「タイプ的にはそうなるかな。繭子の出す音はフロよりもっと硬いけど。かといって、アキラが速いパート苦手だったわけでは全然ないんだけどな。確かにデイヴ・ロンバートは近いかも。デビュー当時の。ウォーミングアップなしでエンジェルオブデス叩けるとこも同じだし」
-- 超人だったわけですね。
「そうだよ、音楽的才能が最もあったのもアキラだし」
-- 伊澄さんが言うとシャレになりませんよ。
「あいつにこそ天才って名は相応しいのかもよ。これはアキラ自身が言ってたことだけど、練習嫌いだったしね。それであのドラミングなんだからもう反則だろ」
-- そんなアキラさんよりも、よりメタルな音を出している繭子は一体なんでしょうね。
「んー。楽しんでるのが大きいかもな」
-- 音楽をですか? このバンドをですか?
「練習。あいつの向上心がどこへ向かってるのかたまに分からなくなるよ。狂気すら感じるからな。別に悪い事だとは思わないけどな、誰にだってそういう一面はあるし。ただ、分かり易い例えで言うと、あいつがドラムを叩く時の姿勢に注目してみるといい」
-- 姿勢ですか。
「体幹というかな。割ときっちり上体を起こしてて。体全体を揺さ振りながらノリノリで叩く奴とは全然違うんだよ」
-- あ!分かりますそれ。
「だろ。魅せるやり方としては、体全体でドラム叩いてますアピールする方が客にも届くじゃない。ヘドバンしながら叩くとか。けどあいつは絶対そういう上辺は無視するし、より正確に、より大きく、より純度の高い一撃を繰り出す方法を模索しながら叩いてるんだ。そうすると上体を起こして、揺れたりしない方が圧倒的に叩きやすい。これ繭子の受け売りな」
-- はい。
「ずーっとそういう事ばっかり考えてるんだよあいつ。しかもそれでいて楽しそうなの」
-- 駄目なんですか?
「感謝してるよ。けどもしそれが俺達やアキラの為なんだとしたら、なんにも返せないから。対価はあいつが自分で獲りにいかないといけないからさ。ちゃんとあいつの事見ててやらないとなーとは思う」
-- 優しい事も仰るんじゃないですか。
「(笑)、このまま時間が流れて、今言った俺の言葉が優しさと映るかどうかはその時次第だけどな」
-- どういう意味ですか。
「今は分からない」
-- 深いなー。これこのまま掲載するの難しいなあ。
「あはは」
-- まだ大丈夫そうですかね。今バンドは世界を舞台に活躍をしていますが、正直ここまでくるのに時間を掛け過ぎたんじゃないかと思えます。もっと早く、世界に飛び出せたんじゃありませんか?
「うん」
-- うんって。
「なんというか、この話も難しいな。こういう話は竜二がきっと得意なんだろうけど。俺から言わせると確かにもっと早く行けたよ、海外でライブやるだけならな。でも今じゃもう遅いのかって話になるとそんなこともなくって」
-- 機は熟した?
「なんだろう。イメージで言うと、もっと若いうちに世界に飛び出して、切磋琢磨して、挫折したり、スキルアップを図ったり。そういう青春フルコースが単純に嫌いなんだと思う。切磋琢磨なんてしたくないし、挫折もしたくないし。だから世界に出るならそん時は世界を獲るんだよって思ってた。地獄みたいな練習で血反吐吐いて、死にかけて、何度もそういう修羅場をくぐって自分達を自分達だけで磨きあげて、一足飛びに世界のトップに立つんだ、俺達は」
-- …なんというか、言葉が見つかりません。
「他人と一緒に、誰かと一緒にゆっくりと今の時代を駆け抜けていくのが耐えられなかったんだと思う。俺達4人だけで。実際は織江やスタッフもいるし仲よくしてるミュージシャンも幾人かはいるんだけど、そこは今置いといて。ホントに純粋に4人だけのせめぎ合いで、お互いの練度を上げ続けた10年だったね。ちょっとライブやって、感触確かめて。まだイケル。まだヤレル。まだ先がある。その繰り返しでここまで来た。したら10年経ってた」
-- 震える程鬼気迫るお話ですね、汗が止まらなくなって来ました。
「だから今の俺達は無敵だよ。メタリカと並んでバッテリーやれる自信あるし、スレイヤーと並んでエンジェルオブデスやる自信ある」
-- 本当に震えてきました。もう今から来年が楽しみで仕方ないですよ!あ、呼びに来られたみたいなので、今回はこのへんで。長い時間ありがとうごいざました。またよろしくお願いします。
「あいよ、お疲れさん」
世の中には色んな見方をする人がいるし、様々な形容詞が存在する。
伊澄翔太郎の事を単なるビッグマウスだと称する記事を読んだ事もある。
私は嬉しい。
きっとそう書いた人や彼を否定する人達は本人に会った事がないのだろう。
実際に会って、目を見て、言葉を交わして、間近で音を感じて分かった事がある。
彼は紛れもなく天才であり、自信家であり、そして誰より努力家であり、本物だ。
人としての魅力、天性の才能、それらを上回る練習量。
全てを兼ね備えたスーパープレイヤーだ。
その事を私は知っているし、きちんと伝える義務を背負っている。
私はまだインタビュアーとしては低レベルで、ただ彼の言葉に驚き泣き笑い転げていただけに過ぎない。
しかしそれでも彼の魅力を伝える手助けくらいは出来たと自負している。
もちろん彼はこの程度の人ではないのだけれど、それはまた、今後に期待していただきたい。
連載第5回。「池脇竜二 単独」
2016年、4月6日。
このバンドの音源を初めて聞いた時に受けた衝撃が忘れられない。
既に世に知られた事であるが、ドーンハンマーには『クロウバー』という前身バンドが存在する。
個人的な好みを差し挟ませてもらえば、私としてはドーンハンマーの方が好きだ。
ハードロックバンドであったクロウバーももちろん好きで聴いていたのだが、彼らに対して抱いていたイメージはファーストアルバム一曲目を聞いた瞬間木端微塵に砕かれた。
それは私が学生時代に受けた天啓とも呼べる衝撃的な出会いだった。
そして数年後、2ndアルバムが発売される。
善明アキラの死を乗り越えたバンドが、若い女性ドラマーへとメンバーチェンジし、満を持して発表した2ndアルバムへのファンの期待は弥が上にも高まっていた。
私はまだ、当時業界内を激震させたというメンバー間の変遷を詳しく理解しておらず、編集部内で仕事を覚える事にただ必死な若い新人時代を生きていた。
ファーストアルバムで受けた衝撃を先入観として抱いたまま聞いた、2ndアルバム。
その『HOWLING LEO』の一曲目は、池脇の絶叫から幕を開ける『IGNITION HORN』だ。
あの時の、彼の叫び声。そして初めて聴いた芥川繭子のドラム。
私は今ではこのアルバムを、涙せず聞く事は出来ない。
-- お疲れさまです。練習直後でお疲れの所ありがとうございます。今回はよろしくお願いします。
「ういー。お、回ってるねえ。回すねえ。ピースする?しとくか?…やめるか」
-- なんなんですか(笑)。
「ピーーーーース!」
後に見返して分かったが、とんでもない音割れを起こしていた。
-- ううーわ、ハイテンション!相変わらず物凄く獰猛な声ですね!
「褒め言葉だろ。あざっす!」
-- それでは今回ですね、まずは皆さんの目を通して見た芥川繭子さんの印象を、お伺いしています。
「印象?イメージ?何?」
-- 皆さんの目には芥川さんがどう映っているのか。例えば一言で彼女を表現するならどんな言葉を当てはめますか?
「ややこしい聞き方するな(笑)。一つ目の質問に答えるなら、じゃあ宝石。二つ目の質問にはそしたら、宝物」
-- ストレートですね。ストレートに女性扱いしてませんか。
「女じゃねえか」
-- あ(言葉を続けようとして黙る)
「言いたいことは分かるけど、現実は現実だ。だけど女だからダメだなんて思ってねえし、そう思わせないだけの実力をあいつは持ってるからね。気にするような事じゃねえさ、今更」
-- 宝物だと。
「功労賞もんだろー?あいつなくして今のバンドはないからな」
-- 先日伊澄さんとお話した際、芥川さんじゃないと駄目だったか、という質問には『そういうわけではないだろう』という返答を頂いて驚いていたのですが、やはりバンド的には池脇さんの思っている通りの認識という事でよろしいのでしょうか。
「ん、ん、ん? なんだって? 今大事なとこ。もうちょっとちゃんと言って」
-- はい。『そこに芥川さんがいたから、ではなく、芥川さんじゃないと駄目でしたか?』という問いに対して『今となってはそう思うよ。けど繭子じゃないと駄目っていうのは…。多分きっと、それは違うんだろーな』と仰っています。
「ああ、…ああ。はいはい、うん。それは、そうかもしれねえな」
-- と仰いますと。
「なんで食い違ったか分かんねえけど、たぶん翔太郎が言ったのは、選んだのは俺達の方じゃなくて、繭子がこのバンドを選んだんだって事だと思うよ」
-- …ありがとうございます(この言葉を言うまでに10秒ほど掛かった)。実は結構ショック受けてました。伊澄さんから見ても芥川さんの存在は大きくて、天才が天才を褒めてる!って何度も感動していたのに、そこだけずっと腑に落ちなくて。そういう意味だったのですね。
「だから一発目にそんな質問持ってきたのか?」
-- 彼女に対するイメージですか? いえ、全員にまず聞いて回っているジャブです。
「そっか(笑)。他はなんて?」
-- 神波さんが『天才』、伊澄さんは『言葉に出来ない、見えてるけどなんて言っていいか分からない』とのことです。
「翔太郎らしいなぁ。あいつそういう言い方するよな。昔からそうなんだよ。思った事そのまま言うから意味分かんねえだろ?」
-- いえ、気持ちは伝わって来ました。言葉より先に気持ちが前に出る人、私好きなんです。
「お、若いのに良い事言うじゃねか。ライターっぽい、うん」
-- 若くはありませんし、伊澄さんに落第印押されましたけどね。
「あいつすぐ人落とすよな!何様だっつんだよな!まあ、ワールドクラスの怪物だから誰も何も言えねえけどよ」
-- 池脇さんでもですか?一応リーダーというかバンマスは池脇さんでよろしいですよね?
「面倒クセえけど肩書だけはそんな感じかな。ってか冗談すぐ真に受けんだな。いいよな、ピュアで。純粋だ」
-- 30前でピュアは恥ずかしいのでやめてください(笑)。宝物であると同時に、宝石とのお答えをいただきましたが。
「磨けば光る原石、みたいな」
-- なるほど。最初から光っていたわけではなかったんですね?
「いやでも、実際は光ってたんだと思う、今思えばな。まあけど、出会った当時は色々あったからな」
-- 出会った当時芥川さんはまだ高校生で、善明アキラさんも御存命の頃ですよね。
「おー、よく知ってんな。そう、まだ出会った直後はね。当時使ってたスタジオに、繭子も遊びに来てたんだよ」
-- ある程度交流があったわけですね?
「ん?」
-- 芥川さんがバンドに加入される前から…。
「あったあった。あいつの方からこっちの練習を見に来てて、まあ可愛いよな。制服着た女の子が目輝かせて練習覗いてるんだから。そらまー、入りなよって言うわ。ドラムやってるのは知ってたからアキラも嬉しそうによ、叩いてみなーって」
-- 遊びに来ていた、というのはバンド目当てでスタジオに来ていた?
「いや、違うな。当時既に高校の軽音部でなんかのバンド組んでたんじゃなかったかな。その練習にって」
-- わざわざスタジオを借りて?
「…んー、校内で出来ないレベルの爆音だったんだって。設備があんましよろしくなくて、一応部費で来てるとかなんとか言ってた気がする」
-- 当時の事は今でもはっきり覚えていらっしゃるようですね(笑)。
「アキラの事があるから、色褪せはしねえよな。何がスゲーって、そう、思い返せば同時期に5人いた時代があったって事だよな。当たり前だけど、今思えばそういう意味でも宝物だなあとは思うね」
-- 何故だか、勝手に想像しているだけなのについ涙腺が緩んでしまいます(笑)。
「なんで?(笑)」
-- ファンだから、でしょうかね。
「ありがてえ」
-- いえいえ。私が詩音社に入ってから発売されたアルバムが、2ndでした。
「へえ。割と古くから聞いてくれてんだ。詩音社に入ってどんくらいだ?」
-- 10年です。まだ編集者として駆け出しで、満足な記事を一本だって書けやしなかった頃、ストレスと格闘しながら毎晩聞いていました。
「あははは!正しい聞き方だな」
-- お世話になりました(笑)。
「よせやい」
-- 遡って、衝撃を受けた1stを聞き返した時、不思議と全然違うバンドのように聞こえたのを今でも覚えています。
「なるほどな。まあ順番としては逆だけど、確かに俺達が聞いてもそう思うよ」
-- はい。1stを経て、あの頃毎晩聞いていた2ndアルバム『HOWLING LEO』へと辿り着いた時の皆さんを想像すると、つい(笑)。
「うるっと?(笑)、10年前だけどなぁ」
-- そうですよね。
「繭子の話はもう聞いた?」
-- これからです。
「じゃあもう号泣しっぱなしかもしれねーな。あいつ昔の話するの好きだし」
-- 神波さんも、伊澄さんも、『繭子はヤバイ』と口を揃えて仰ったのですが、どういう意味か分かりますか?
「音圧ジャンキーのこと?」
-- …初めて聞く単語ですが。
「そのままだよ。音圧狂。音ってデカイと体に当たってくるだろ?それが好きすぎて濡れるって言ってるからかな」
-- え、え? それを芥川さんが仰ったんですか? 彼女がですか?
「あ、違う話かな。いや知らん知らん、俺は何も知らん」
-- とりあえず話題変えた方が良さげですね。フー。びっくりしました。
「(爆笑)」
-- 芥川さんに直接聞いてみます(笑)。それでですね、お聞きしたいのが、彼女がバンドにもたらした影響というものを、池脇さんはどのように感じていらっしゃいますか?
「んー。影響というかなー。あいつならきっと同じ事言うと思うんだけど、そもそも、バンドを続けられたのが繭子のおかげでもあるし、繭子自身が望んだことでもあるし。繭子がバンドに何か影響を与えたというより、一緒に成長してきたと思うんだよ。これは傲慢でもなんでもなくて、今ここへ来てようやく、パワーバランスが揃ったと思うから。あいつが何かをもたらすとしたら、これからなんじゃねえかな」
-- アキラさんの残した遺産をようやく継承したと。
「いやいや、あいつの残したものは、あいつだけのもんだろ。繭子はこの10年、アキラに肩を並べよう、超えようっていう目標を持ってやってきたわけだけど、はっきり言ってとっくに超えてんだよ。だけど死んだ奴は無敵だからな。絶対認めないんだよ、繭子自身が。アキラならもっとやれるはずだって。そう言われちまうとさ、なんかそんな気もしてくるし」
-- 実力的にはとっくに超えていると?
「そうじゃなきゃおかしいって。ドラム歴だって繭子の方が長いし、この10年俺らがどれだけ途方もない時間練習に費やしてきたと思う?」
-- 伊澄さんは、アキラさんこそ紛れもない天才だったと仰いましたが。
「まあ、うん、それは確かに、うん、そうかもしれねえな。けどいくら天才でもよ、時の止まった天才と走り続ける努力家では勝負にならねえって、俺は思うよ。ただなんつーのかな、アキラはアキラで、既に完成してた部分もあるから、そこだけを見ちまうとなかなか壁をぶち破るのは簡単じゃないとは思うけどな」
-- なるほど。おかしな言葉ですが、思い出補正みたいな部分もあるでしょうし。
「思い出な。それで言うとさ、昔の練習音源引っ張り出して聞くと、あれ?こんなんだったっけなー、って笑って聞けるわけ。ただ実際同じように叩いてみようとすると、そのクソみたいな音質のデモテープレベルの音源を超えられない気がするって言うんだよ。ちょっとしたオカルトだよな?」
-- (笑)、テクニックや音の大きさだけでは測れない魅力があったのでしょうね。
「時枝さんはどう思う? 例えば1stと『P.O.N.R』比べて、どっちのドラムが格好いい?」
-- その質問は難しいですね。
「第一印象でいいよ。第一印象から決めてましたー!みたいな」
-- え?
「なんでもない(笑)。やっぱ繭子びいきだから繭子かな?」
-- 芥川さんだからと言うより、音源としての完成度が違うと言いますか。その中でドラムだけを抜き取って甲乙つけるのは無理があると思うのですが、やはり『POINT OF NO RETURN』だと思えますね。
「優等生だなー! つまんねえ!」
-- 池脇さんの質問を聞いた瞬間に、困ったと同時に思い出した事があって。先日伊澄さんとお話した時に仰っていたのが、芥川さん加入後にバンドとして変化した事として、より音がメタルらしくなった、とお答えいただいたのを思い出したんです。
「おお!分かるわ-!そうかー。そういう意味では確かに比べるべきじゃないかもな」
-- 決して優劣で答えたわけではないのですが、より近代的で音にも厚みがある最近の音源と、アキラさんの生のドラムを聞いたことのない私ではちょっと判断が出来ない所です。
「なるほどね」
-- 音に関してはやはり、全然違う物ですか?
「うーん、俺は音の違いが耳で分かるわけじゃねえんだけど、体感が違うな、全然違う。例えばジャズとかパンクバンド出身でめちゃくちゃ上手い奴がメタルに転向してドンピシャに嵌ったのがアキラだとすっと、繭子はもうメタルしか出来ないような奴」
-- アート・ブレイキーがメタルバンド組んでもめちゃくちゃ格好良かった、みたいな?
「アキラはそういう感じかな、めちゃくちゃ上手いし音もデカイんだけど、型に嵌らない自由な音っていうか」
-- そんな事言うとまた芥川さん苦悩するんじゃないですか?
「うははは、そうかもな。しかも俺らの作る曲もストレートな暴走メタルというより、難解なリフを複数で組み立てるようなさ、そいういうアレンジで尚且つ爆走するようなのを好むようになってきてるから、余計繭子の出す音が純粋なメタルのドラムに聞こえるんだろうな。実際うちのバンドに合ってるし」
-- 世間ではウルテク系だと呼ばれていますが。
「そうなのか? まあ、あいつはあいつで試行錯誤してきたから、その結果でしかない、くらいに思ってんじゃねえかな。別にテクニック重視、音圧重視って決めてやってるわけじゃねえから」
-- 曲に合わせて変化させる、と。
「普通皆そうだろうよ。俺はこういう音しか出さねえ!なんてバンド見た事ねえよ。この音しか出せねえ、出来ねえって奴はごまんといるだろうけど」
-- 七色の声を持つと呼ばれる池脇さんだから言える言葉ですね。
「誰がそんな気持ちの悪い事言ってんだ」
-- セブンスハンマーボイスと称されています。以前うちの記事でも読みました。
「知らん。うちのって誰だよ、庄内か?(副編集長)」
-- 聞いておきますが、おそらくそうです(笑)。ですが色々声を使い分けていらっしゃるのは事実ですよね。
「使いわけというか、曲に応じた一番声が出る状態で歌い始めて、潰れて出なくなったら、その時出せる別の声で歌うってただそれだけだよ」
-- 普通できませんよ。喉潰すイコール声が出ない、ですから。
「なことねーよ。別の部分の筋肉使って声は出せるよ。万全じゃねえし音域も狭まるけど、声は出せる」
-- もともと、最初から色々な歌い方をする独特の歌唱法だったんですか?
「得意な音域とか声ってのはあるけど、この声一本で行こうって決めたことがないのは確かだな」
-- 曲によって歌声が変わることで批判を受けた時期もありましたが。
「言いたい奴には言わせとくよ。聞きたくねえなら聞かなくていい」
-- 一説には、異常な肺活量のおかげでどの声で歌っても獰猛さが全く薄まらない代わりに人よりは声が飛びやすく、試行錯誤の上で驚嘆に値いする今の七色絶叫ボーカルを手に入れた、と。
「わけわかんねえけど、ありがとう(笑)」
-- 喉、痛くないですか?
「最初は無理してたよ。今はなんとも。あ、この声はここで終わりね、はい次」
-- やっぱり飛びやすいんですか?
「一回のライブで飛んだりはしねえかな。ツアーで何日か連続でステージ上がれば、そら飛ぶよ」
-- 潰れる前の真っ新の状態だと、ジ・アゴニストにいたアリッサみたいな事が出来るんじゃないですか?
「グロオルとクリーンの使い分けみたいなこと?出来るよ。あそこまで極端じゃないけど、音階として高い低いを違う喉の筋肉で歌ってる曲はもうある」
-- あ、確かにそうですね。
「女性らしいハイキーまで持っていく曲がないから必要ないだけで、似たような事はやってるからな。あ、そうそう、それで言うとここ最近面白いことして遊んでんだよ」
-- なんですか?
「シャッフルっていうのかな。バンド内でポジション変えて演奏するやつ」
-- ええ!そんな贅沢な事出来るんですか?
「遊びだけどな(笑)、そこはもう翔太郎の変態っぷりがないと全然成立しないんだけど」
-- どういう意味ですか?皆さんどのポジションですか?
「俺がベースで大成がギター。翔太郎がドラムで繭子がボーカル」
-- 見たい見たい見たい見たい見たい絶対見たい!絶対見たい!
「遊びだからなー、息抜きみたいなもんで、外に向けてやってないから嫌がる奴いるかもよ。俺はかまわねえけど」
-- 誰を説得すればいいですか?
「翔太郎と繭子じゃねえかな。そうだろ?」
-- そうですね。頑張ります。
「一応それぞれ元のポジションの事を教え合って、とりあえず全員で音出し出来るとこまできて面白くなってきた。んで俺が繭子にボーカル教えてやってみると意外にこれがアゴニストみたいになって、そいで思い出したんだよ今」
-- 想像するだけでゾクゾクします。ということは芥川さんもデスボイスが出せる?
「巧いんだよ結構。声出るし、音域も広いし、ドラムじゃなくても食っていける」
-- っへー!池脇さんにそこまで言わせますか。
「ま、うちのバンドにはいらねえけどな」
-- なるほど、そういうオチですね(笑)。それはそうと、伊澄さんのドラムも凄そうですね。
「あいつは、一体なんだろーな(笑)。使ってる筋肉が普段と違うからかちょっと非力には聞こえるんだけど、手数だけは異常に出せるな。教えてるの繭子だからさ、こういう風に叩くといいよっていう模範がもう素人に教える音じゃないんだよ。おいおいお前まじか、それはいくらなんでも無理だろってのを、もっかいやってみて、もっかい、もっかい、くらいでいきなり叩き出すんだよ、ある意味馬鹿なんじゃねえかな、あいつ」
-- あはは! どういう誉め方なんですか! また一つ伝説が生まれましたね(笑)。
「繭子もこめかみに青筋立てちゃって。ただまあ音圧は全然違うけどね」
-- そこはそうですよね。しかしドラムのような全身運動であっても、伊澄翔太郎の手にかかれば。
「なあ、やってらんねえよな。あいつがウチのバンドで良かったって心底思うよ。俺なんかあいつの書いたリフ弾けるようになるまでに何回腱鞘炎になったか。俺ボーカルだぞ!? 俺はジェイムズ・ヘットフィールドじゃねえっつんだよ」
-- でも弾けるんですものね。伊澄さんも、池脇さんや神波さんだって十分異常だと仰ってましたよ。
「だって弾けるようになるまで許してくんねえしよ。何が腹立つってさ、こういうリフ弾いてみてって言われた通りに弾くだろ?そしたらなんて言うと思う?『その10倍の速さで弾け、それが俺が書いた譜面だから』」
-- 天才!
「超コエーよあいつ」
-- ベースを習う時に神波さんは無茶な要求はしてこないですか?
「ベース自体はもともと弾けるんだよ、後はあいつらと合わせて埋もれない程度に味を出せるかどうかだな。大成もちょっとびっくりするぞ、あいつもタダモンじゃないよ」
-- 相当上手いという事ですか?
「うん。他所のバンドだったらエース級だろうな。楽器の形が似てるからって普段触ってない楽器をそこまで弾きこなせるもんじゃねえよ、両方やった俺に言わせると。弦の太さが違う分余計に合わせ辛い印象あるし。このシャッフルで一番俺がダメダメだもんな。だから俺コーラス超頑張るし」
-- あははは!大事な事ですよね。
「そうだよ。コーラス超大事。そう、コーラスと言えばだから今回の事で繭子が意外にも良い声が出せると分かって、次の音源からまた良い感じに仕上がるなーと思って」
-- 今まで芥川さんはコーラスなかったんですか?
「まあそもれ遊び程度にはあったけど、そこもひっくるめて曲って考える時、あのドラム叩きながらライブで声出せんのかよってなるだろ。本人はイケますって言うんだけどさ、こればっかりはやってみねえとな。課題だよな。ライブで出せない音は音源に入れたくないから」
-- 再現できない音は入れたくないんですよね。
「そう。ただ逆にライブでやれることは入れなくていい事もレコーディングするけどな」
-- と言いますと?
「合いの手とか、掛け声とか」
-- ああああ!昔編集内でも話題になりましたよ、ライブ録りなのかこれ?って。めちゃくちゃブリッジとかで吼えてますものね。
「歌い出しとか。あと繭子のフィルインに合わせて被せたりするから怒られたりする、邪魔するなって」
-- あははは!いや、でもめちゃくちゃ格好いいですよね、実際は。
「ありがてえ。そう思って貰えないとやる意味ないもんな。ただのオナニーになるし」
-- 今年は『P.O.N.R』以降の新曲の予定はあるんですか?
「アルバムは出さねえよ。曲は新曲っていうかストックはまだまだあるけどな。レコーディングして(表に)出すか出さないかだけで。だから予定は未定」
-- なるほど。
「一年かけて取材するんだろ?」
-- え? あ、はい。
「全体像はもう見えてんのか? こういう風にしたい、みたいな」
-- 一応。ただ言葉にするとフレームが固まってしまうので、なるべくフラットな状態でいたいなとは思いますけど。
「一つ忠告しとくけど、あんまし掘り下げすぎると思わぬ方向に行くかもしれねえから、気を付けてな」
-- そんな意味深なアドバイスやめてくださいよ。怖いじゃないですか。
「一応、言ったからな。あとは責任持てよ?」
-- 何方面の話題ですか? 過去ですか、現在ですか、未来ですか。
「あー…。過去と未来かな」
-- それ、もう取材できないじゃないですか!
「(爆笑)」
人懐っこい笑みを満面に浮かべたまま、池脇竜二は帰って行った。
よく笑い、よく叫び、優しさに溢れた器の大きな男である。
この日の最後の会話は私も興奮状態にあったし、
なにより池脇竜二が人に安心感を与える笑顔の持ち主であることから、
特に不安視するような事もなくすぐに忘れてしまった。
だが今にして思えば、既に彼にはある程度この取材の着地点が見えていたのかもしれない。
もしそうならば彼もまた天才であるとしか言いようがないし、
やはり底抜けに優しい男だという事を感じざるを得ない。
連載 『芥川繭子という理由』 1~5
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