旧作(2019年完)本編TOKIの世界書五部「変わり時…3」(現人神編)

旧作(2019年完)本編TOKIの世界書五部「変わり時…3」(現人神編)

最終部三話目です
TOKIの世界。
壱‥‥現世。いま生きている世界。
弐‥‥夢、妄想、想像、霊魂の世界。
参‥‥過去の世界。
肆‥‥未来の世界。
伍‥‥すべての想像が消えた世界。
陸‥‥現世である壱と反転した世界。

時の世界1

セレフィアの図書館に戻ったマナ達はセレフィアに軽く日本に行く事を伝えると図書館を出た。
 「さてと……。健、じゃあ今度は日本へ連れてってくれよ。天記神のとこへもいけんだろ?」
 霧深い辺りを見回しながらプラズマは大きく伸びをした。

 「……行けますけど……マッシーに聞かないと……」
 プラズマの隣にいた健が胸ポケットにいるハムスター、マッシーをちらりと見る。

 「あんたはそのハムスターを甘やかしすぎじゃないのかよ……」
 「ま、まあ……お嬢様基質になってしまったのは私の責任でもありますが……なんとかしてみます」
 健はマッシーにおずおずと声をかけ始めた。

 「マッシー……日本にも行けるかな?」
 健の問いかけにマッシーは人型になるとふてくされたように話し始めた。

 「えー、めんどくさーい。まあ、でも日本製のおっきなおうち買ってくれたらいいよ~。あとね、追加でイタリア製のおっきな世界がほしい」
 「え……おっきなおうちってあの快適陶器製巣箱の事だよね?確かあれ……一個四千円……だった気が……。おっきな世界ってケージの事か……イタリア製って言ったらあの有名なやつ……三万くらいするやつ……だよな……。し、仕方ないなあ……」
 健は明らかに顔が青ざめていた。

 「あのハムスター、弱みを握っておねだりがうまいやつだな……悪女だ」
 プラズマが健とマッシーの会話を聞きながらマナを仰いだ。

 「なんかちょっとうらやましい気もするけど……あんなわがまま私はできそうにないなあ」
 マナは呆れながら健とマッシーの攻防を見守り、話がまとまりそうなところで声をかけた。

 「あの……行ってくれるかな?」
 「いいよ。いったげる。健が後で大型ペットショップに連れてってくれるって言っているし、ついでにごちそうおやつ買ってくれるって約束もしたし」
 マッシーは満足そうに頷いた。なんだかわからないが高いおやつも買ってあげる約束をしたらしい。
 健はますます顔が青くなっていたがマナ達はあえて声をかけないようにしておいた。

 「じゃ、じゃあ連れてってくれ。急ぎだ。よろしくな」
 プラズマは顔を引きつらせながらマッシーにお願いした。

 「はーい。じゃあいこっかね」
 マッシーは先程レール国に行ったようにマナ達をふわりと浮かせた。そして勝手気ままに歩き始めた。そのマッシーにマナ達はまるで磁石のように引き寄せられて無理やり進まされる形になった。
 しばらくどこをどう歩いたかわからないがネガフィルムが沢山絡まり合うような場所にたどり着き、さらに歩くと真っ白な世界へ着いた。

 「お、ここは天記神の図書館の場所か?」
 プラズマが声を上げた時、足が地面についた。辺りは霧深くうっそうとした森が広がっており、その先に古びた洋館がぽつんと建っていた。

 「はい、着きましたね……出費がデカかった……とほほ」
 健はがっくりとしていたが無事つけたことにホッとしていたようだ。

 「前回行った場所だね。ここ」
 マナは洋館に胸を躍らせていた時期を思い出した。少し前に来た時よりも状態はわかってきている。最初に来たときは何もわかっていなかった。

二話

「まあ、天記神のとこには行かなくても現世には戻れるからな。あ、こっちの方だ」
 プラズマが来た場所とは逆の場所を指差した。プラズマが指差した場所も森が広がっているが位置的に現世からこちらに来たときにいた場所と同じ場所のようだ。

 「じゃあさっさと行きましょうか」
 健が気分低くプラズマに答えた。マッシーの条件がまだ響いているらしい。
 一同はプラズマが指差した方向へと歩き出した。再び森に入るとまた霧に包まれた。
 霧に包まれて真っ白になってきた頃、突然に世界が揺れた。
 そして気がつくとマナ達は日本の図書館内の白い本の前にぽつんと立っていた。

 どこの図書館だかはわからない。

 「無事に壱の世界の日本の図書館に着いた……な?」
 「着きましたね」
 プラズマの確認に健がため息交じりに答えた。マッシーはもう人型からハムスターに戻っており健のスーツのポケットに収まっている。

 「本当にこっちの世界は不思議な事ばかりだね……」
 マナはだいぶん慣れたはずだがやはり不思議に思っていた。

 「んーと、とりあえず……外に出て鶴を呼んで……高天原に行くって形でいいよな?」
 「ええ。それでいいかと」
 マナは黙ってプラズマと健に任せることにした。高天原という神々が住む場所にワクワクしながらも高天原については全く想像はできなかった。

 プラズマと健が静かな図書館の一室から歩き出したのでマナも後に続いた。この空間は以前、プラズマが霊的空間だと言っていた。普通に生きる人間にはこの空間は見えないらしい。神々の図書館へ行くにはこの霊的空間に入り、何もない本棚にぽつんと置いてある白い本を開くと行けるようだ。

 霊的空間と呼ばれている空間を抜けるとキッズコーナーに繋がった。三、四人の子供が静かに絵本を読んでいる。マナ達が出てきた場所はやはりこちらの人間には見えていないらしい。

 「ずいぶんとおしゃれな図書館だな……都心か?」
 プラズマは辺りを見回しながら眉を寄せた。図書館内の雰囲気は穏やかだが、お客さんは華やかだ。そして本棚の本もおしゃれに飾られており、全体的にアンティーク調だ。

 カフェのような図書館だなと思いながらマナ達は図書館外へと出た。
 外はプラズマが言った通り、かなりの都心だった。よく見ると図書館の外観もガラス張りであり近未来的だ。夕方なのか夕日がガラスに反射してとてもきれいだった。

 「こんな都心で鶴呼べるかな……。飛行機とかにぶつかんねぇかね?」
 プラズマがため息をつきつつ鶴を呼ぼうとした時、見たことのあるシルエットが目の前に映った。ビルの影に隠れてやってきたのは幼い男の子だった。

 「あ……あの子は……」
 「リョウだ!あいつ、絶対俺達がここに来るって未来で見たんだぜ!だから来たんだ!偶然じゃ絶対ないぞ」
 マナとプラズマはリョウが何かを言いにわざわざここまで来たのだと悟った。

 「やあ、奇遇だね。マナちゃんとプラズマ君と……健君だね」
 リョウは当たり前のように声をかけてきた。

 「何が奇遇だよ。白々しいな」
 「なんで私を知っているのですか?」
 プラズマはうんざりしたような表情を浮かべたが健はとても不思議そうに少年を眺めていた。
 「健さん、この方は未来も過去も見える時神さんなの。健さんを知っているのはきっと過去見でみたんだよ」
 マナは健にそっと耳打ちした。健はすぐに頷いた。やはりこちらにいる人間、神々は不思議な状況に対応するのが早い。

 「そうだったのですか。あなたがクロノスですね?リョウ君ですね。噂や名前は聞いてますが会うのははじめてですね」
 健がリョウを見てほほ笑んだ。

 「そうだよ。リョウってこっちでは名乗っている」
 「で?そのクロノスが俺達に何の用だ」
 同じようにほほ笑むリョウにプラズマは呆れた表情を浮かべながら尋ねた。

 「それなんだけどね、僕はマナちゃん、君を止めに来たんだよ」
 「……え?」
 首を傾げるマナにリョウはさらに続ける。

 「前回も言ったかと思うけど……このままいけば両方の世界は平和だ。君はこちらの世界に選ばれている。少なくともこちらの世界は平和でいられるんだ」
 リョウは目を細めてマナを見ていた。マナはリョウの未来見を信じていたが、ここで負けるわけにはいかなかった。

 「リョウさん。未来で変わった事と言えば何?」
 「……一人のKの少女と君の友達二人が消えずに済んだことかな」
 「本当にそれだけしか変わっていないの?」
 マナは少し疑ってみることにした。それを感じたのかリョウはさらに言葉を続けた。

 「いいかい……。君がまた変に動くと世界両方消滅する可能性がある。それがわかっている高天原はきっと君の言う事を聞かないはずだ。高天原に行くつもりのようだけど意味がないと思うよ。今は非常にバランスがいいんだ。君がこちらに留まっていれば」

 「……それでも私は一度話に行くつもり。未来は絶対に変えたいの。ケイちゃんのために……。絶対に両方消滅しないようにするから」
 マナはまっすぐリョウを見つめた。ここで怖気ついていたらそのまま終わってしまう。

 リョウはマナの顔を見てため息をついた。

 「ふう……もう止めても仕方のないとこまで進んでしまったんだね。……じゃあ僕は少し様子を見せさせてもらうよ」
 リョウはプラズマと健に一通り挨拶をするとまた跡形もなく消えてしまった。

 「消えやがったな……。またも意味深に内部を掘り起こしやがって。あいつが言う未来は正しいから怖いんだ。できれば会いたくなかったよな」
 プラズマが頭を抱えているのを見つめながらマナはもう決めたことを撤回することはできないと思った。

三話

 「えー、高天原には行くんですよね?」
 マナとプラズマの様子を見ながら健はおずおずと尋ねてきた。

 「もちろん、行くよ。……話を聞いてもらわないと」
 マナが気合を入れている中、プラズマが鶴を呼んでいた。

 「鶴、呼んだぞ。しかし……トップ共が話を聞いてくれるかは疑問だが……最初に行くべきは高天原南だな。竜宮のオーナーに天界通信本部の社長と大物がいるが東や北、西よりかは話を聞いてくれる確率が高い。ただ、伍の世界の情勢についてはほぼ知らないと思うが」
 「じゃあ、その高天原南に行ってみよう。知らなくても話を通すことはできるでしょ?」
 マナの言葉にプラズマはさらに難しい顔をした。

 「あんたはけっこう簡単に言うが……話を通しに行くのは南にいるトップ級のトップだぞ。会えるかどうかも怪しいぜ」
 「……でも私はスサノオさんにもツクヨミさんにもアマテラスさんにも会ったんだよ」
 「向こうとこっちじゃ神々のランクの重みが違うんだよ……。ま、行ってみりゃあわかるさ」
 プラズマがそっと空を見上げると鶴が駕籠を運びながら飛んできていた。

 「来ましたね」
 健も同時に空を見上げた。

 鶴はやがてビルの隙間を通ってマナ達の前へ着地した。頭を垂れてマナ達に一つ挨拶をしてから鶴の内の一羽からひょうきんな声がした。

 「よよい!駕籠にどうぞだよい!」

 「鶴、高天原ゲート前まで頼む。できれば南に入ってほしいんだが……」
 プラズマがマナ達を駕籠に促しながら行き先を伝えた。

 「……南には入れないよい。ゲート前で高天原に入れるかのチェックを受けてもらわないとね~。神格が高くて明らかに有名ならスルーしてやるけどなぁ。太陽神トップのサキ様とか。……と、言いたいとこだけんど~今駕籠に入った男は高天原とレール国のラジオールを結んでいる外交のKだよい?そいつがいるなら顔パスしてやってもいいよい?」

 「健の事か?マジか。あの男、役に立つなあ……。ラッキーだ。じゃあ頼む」
 プラズマは鶴に手を上げると駕籠の中へ入った。

 駕籠の中は電車のワンボックス車の一角のような座席があり、窓もある。乗り心地は悪くない。

 「では行くよい!南へよよい!」
 すぐさま鶴の号令がかかり駕籠がふわりと浮いた。気持ち悪い感じはなく本当に自然に舞い上がった感じだ。

四話

 駕籠が上がってしばらく経った。マナは興味深そうに窓の外を見ていた。
 飛行機でもあるまいし、空に駕籠が浮いている事が不思議で仕方がなかった。それと同時に世界が青空から徐々に宇宙空間みたいになっているのがさらに気になった。

 「なんか宇宙みたいになっているけど……」
 マナはまず呼吸を心配した。本当に地球から出てしまったのかと不安になったのだ。

 「宇宙っていうかな、これは弐の世界だ。高天原に行くにはここを通るしかないんだよ。鶴は夢の世界にも関与しているって言われているから高天原までなら上辺の弐の世界を渡れるんじゃないかな」
 プラズマの説明にマナはなんとか頷いた。

 「じゃ、じゃあ、大丈夫なんだね?息とか……」
 「息?何を心配しているのです?」
 マナのつぶやきに健が首を傾げた。こちらの世界ではこの空間を通って高天原に入るのは当たり前のようだ。

 「……なんでもない……」
 質問するのをあきらめたマナはまた再び窓に目を向けた。
 目を離した一瞬で外はまた再び青空になっていた。なんだかどことなく暖かい。

 「お、南に入ったな」
 プラズマが外の様子をみてそう言った。

 「え!いつの間に!」
 下をみると民家のような古い町並みが見えた。古都のような感じだが観光地の様にきれいに家が整理されていた。

 「確か高天原南には海があるんですよ。一度みてみたかったんです」
 健がマナにワクワクした顔を向けた。

 「海……」

 「まあ、俺達はその海の中にある竜宮に行かなきゃなんないんだけどな……。一番話が通しやすいのは娯楽施設竜宮のオーナー、天津彦根神(あまつひこねのかみ)だろ」
 健の様子を呆れた顔でちらりと見たプラズマは疲れた声でつぶやいた。

 「海の中に行くのですか?私は高天原に行ったことがないので知らなかったのですけど……」
 「お前、高天原とレール国を結んでるくせに本当に行ったことないのかよ……」

 「ないですよ。レール国ができたのはつい最近で高天原トップの言葉を受け取ってそれをレール国に届けるだけですから、使者が現世に来ていたので行く必要がなかったんです」
 健はきょとんとした顔のまま、プラズマに頷いた。

 「つまりあんたの仕事はつい最近できたって事か……。ま、いいや。とにかく海の中に行くんだよ。鶴は海辺まででそこからは龍神の管轄だから使いの亀が連れてってくれるさ」
 「へえ、そうなんですか」
 プラズマと健は普通に会話をしているがマナには何のことかさっぱりわからなかった。
 気がつくと駕籠が地面についていた。

 「よよい!着いたよい!」
 鶴の声で我に返ったマナはプラズマを仰いだ。

 「着いたみたいだ。降りよう」
 「う、うん」
 プラズマはマナを促して駕籠から外へ出た。マナの目に眩しい日の光が入る。海風が心地よくきれいな海が目の前に広がっている。地面は砂浜だった。

 観光地という事だが観光客がおらず、がらんとしている。まるでプライベートビーチだ。

 「きれい……ここが竜宮……」
 「竜宮はこの海の中だ」
 ぼうっと景色を眺めているマナにプラズマはため息一つつきながら海を指差した。

 「で、ここで竜宮の使い亀を呼ぶわけですね?」
 健は大きく伸びをしながら辺りを見回してプラズマに尋ねた。

 「そういうわけだが……亀がいないな……。竜宮にいやがるのか……しかも観光客がいない所から今日は竜宮休みだな……」
 プラズマは再びため息をつくとちらりと鶴に目を向けた。

 「よよい?亀を呼べって事かよい?」
 鶴が空気を読んだのかそう尋ねてきた。

 「できるか?できるんならやってくれよ」
 「まあ亀に意見を通すならやってやるよい。来るかわからないけどよい!」
 「頼む」
 鶴はあからさまに嫌そうな顔をしたが従ってくれた。頭に指先を当ててぶつぶつ何か言っている。おそらく、テレパシーで会話をしているようだ。

 何かぼそぼそ言っていた鶴がふっとこちらを向いた。

 「はあ……とにかく来いって言っておいたからその内来ると思うが来いとしか言っていないから後はなんとかしろよい!んじゃ」
 鶴はそれだけ言うと駕籠を連れてさっさと飛び去って行った。

 「ありがとよ……。あー、神々の使いのくせになんであんな偉そうなんだ?あいつは」
 プラズマは去って行く鶴に呆れた目を向けた。

 「プラズマさん、亀が来たようですが……」
 健がプラズマをちょんとつついて気づかせた。

 「もう来たのかよ」
 プラズマが海の方を向くと砂浜に一匹のウミガメが首を傾げながら辺りをきょろきょろ見回していた。

 「ほ、ほんとにウミガメだ……。浦島太郎だ……」
 マナはよたよた歩いてくるウミガメに目を丸くした。
 ウミガメはこちらに気がついたのかゆっくり寄ってきていた。

五話

 「悪いな。呼んだのは俺達だ」
 プラズマは警戒心を解こうと少し友好的に声をかけた。

 「んー……あんたら誰さ。竜宮は今日は休みさね」
 亀からサバサバした女の声がした。いや、亀がサバサバした女の声で話し始めたようだ。

 「亀もしゃべった……鶴もしゃべって……」
 マナは怯えるよりも興味津々に亀を見つめた。

 「ああ、竜宮のオーナーにちょいと話があってな」
 「オーナーに?なんでさね?」
 亀は再び警戒のまなざしを向けてきた。

 「大事な話だ。あんたには到底理解できない話さ。伍の世界についてだ。わからないだろ?」
 プラズマはある程度正直に話した。手に負えないと思わせればオーナーに会えると考えたプラズマの策である。

 「……。あたいにはわからないさね。仕方ない……なんか怪しいけどオーナーに話を通してから竜宮に連れて行くか決めるさね」
 亀は警戒の色をさらに強めたが、その場で竜宮に通話し始めた。何もない空間をタッチするとタブレット端末の画像が浮かび、パスワードと電話番号を打ち始めた。

 高天原は実はとても近未来的であった。現代にはない技術が高天原には普通にあるようだ。それは神々がデータでできている想像物だからかもしれない。高天原も数字化でき、データであるようだ。

 「オーナー様……なんだか伍の世界についてお話したいって言う神がいるのですが……」
 亀の声掛けに画像が揺らぎ、緑の髪の端正な顔立ちをした青年が映った。
 頭には龍のツノのようなものが刺さっており、着物を着ていた。

 「……なんだ……突然に……。ん?お前は未来神か……あとは……レール国を結ぶ使いと……ずいぶんと不思議な神力を持つ女性……だな……?」
 オーナー天津彦根神はプラズマと健とマナに目を合わせて眉を寄せた。

 「そうだ。彼女は伍の世界から来た現人神だ。あんたに話があるのだが……実際に会うと神力に当てられて辛くなりそうだからこの場で話してもいいか?」
 プラズマはどうせ話すならこのまま話してしまえと思ったようだ。伺いながら尋ねた。

 「……ふむ。私に何の用があるか知らんが……何か訳ありのようだな。話だけなら聞いてやる。今日は手が空いている故な」
 オーナー天津は厳しい顔つきのまま、腕を組んで部屋にある椅子に腰かけた。

 「やっぱり竜宮天津は話を通しやすい……。ほら、マナ、チャンスだ」
 プラズマは小声でマナに合図を送った。マナは突然の対話に怯えながら頷いた。

 「あ、あの……突然でごめんなさい。伍の世界についてはご存知でしょうか?」
 マナはかしこまりながら片言で敬語を使い尋ねた。

 「伍の世界……あるかどうかも知らんが耳にはする程度だ。お前はそこから来たというのは本当か?」
 天津は逆に尋ねてきた。

 伍の世界にいた神々とは違い、何か雰囲気が違うのを感じた。この世界には神力というのがあるらしい。目を合わせているだけでどことなく恐怖を感じる。
 先程プラズマが言っていたことを思い出し、なるほどと納得した。

 ……こちらの神々は向こうの神々とは違う……

 「はい。私は伍の世界から来ました。向こうにいるスサノオさん、アマテラスさん、ツクヨミさんはご存知でしょうか?」
 マナが恐る恐る質問を重ねた。
 天津は一瞬驚いた顔をしていたが再び表情を元に戻した。

 「……知ってはいるが……会った事はない……はずだ」
 天津はどことなく煮え切らない答えを出してきた。自分の記憶に自信がなさそうだ。

 これは少し前に歴史神ナオが起こした記憶の置換事件のせいである。そのことを今のマナ達が知る由もない。

 「……Kという人物達がいることはご存知ですか?」
 「……それは知らない」
 「そうですか……」
 天津はほとんど向こうの事を知らず、Kの存在も知らないようだ。マナは一から説明しても理解してくれるかどうか怪しいと思った。この神はKである健のこともレール国を結ぶ使いとしか思っていない。元々、Kを理解しようともしていないことはあきらかだ。

 そもそも伍の世界というものも幻のように思っている。こちらの世界で伍の世界を少しでも知っている日本の神々はいないのか……。

 「こちらの話ではないそういう話ならば私はほとんど知らない。知っていそうな神へアクセスしよう。……天界通信本部の社長蛭子(ひるこ)神に会いに行ってみるといい。私が話を通しておこう」
 天津は困っているマナに道を示した。

 天津はそれ以上話をする気はないようだ。こちらの世界以外の世界の事を考えている余裕も内容の理解もする気がないのは明らかだった。

 「蛭子神……三貴神のお兄さんですねぇ」
 健がふむふむと頷いた。

 「……じゃああなたは協力してくれないのですね?」
 マナが天津にうかがうように尋ねた。

 「協力も何も私はほとんど知らないのだ。私はここから動くわけにはいかないので実際に伍の世界とやらに行くわけにもいかない。すまないな」
 「そうですか。わかりました。とりあえず、蛭子神さんに会ってみます」
 話が進まなそうなので天津との会話は一旦終わることにした。

 「では、連絡を切る」
 「……はい」
 なんだか納得がいかなかったが天津はさっさと通信を切った。電源が落ちるように画面が暗くなりアンドロイド画面も消えた。

 「はい、一応つないださね。もういい?」
 通信が切れてから亀が面倒そうにつぶやいた。

 「……ああ、もういい」
 プラズマが亀に答えた後、そっとマナを見た。マナもプラズマを仰いだ。

 「蛭子神さんにとりあえず一度会いに行く。天津さんは私達に協力的じゃなかったから」
 マナが少し残念そうに肩を落とした。

 「ま、あんなもんだ。皆きっと協力的じゃないぞ。だが、天津はなかなか良心的だった。普通は会話にもならず、権力神達につないでくれるなんてまずありえないんだ。だが、今回は珍しく同じ権力神に連絡とってくれた。これはレアだ」
 プラズマはこちらでの常識をマナに語った。

 「……そうなんだ。じゃあこれも一応協力してくれたって事なのかな……」
 「そういう事だな。俺は蛭子神に会うのは初めてだ」
 プラズマはマナの肩を軽く叩くと再び鶴を呼んだ。

 「私は蛭子神の娘さんエビスさんには会った事ありますよ。彼女はレール国の公報もやっているレールさんと仲がいいんです」
 健の言葉にマナは少し目を輝かせた。

 「レール国と少しでも関わりがあるなら話が少しはわかるかもしれないね」
 「話を聞いてくれるだけでも良しとしてくれ」
 プラズマは伸びをしながらぼうっと海を眺めた。

 「うん。まあ、今はそれでいいか」
 マナが軽くため息をついた時、鶴が空を飛んできていた。

六話

 再び鶴がひいている駕籠に乗ったマナ達は同じ高天原南にあるという天界通信本部まで移動した。
 竜宮からはすぐだった。海から山へ移動した以外に何か変わった事はない。歩いたら三十分はかかりそうだがそれくらいの距離である。

 山の中腹に天守閣に似た屋根が見えた。今時な雰囲気の建物であるがかなり大きい。
 鶴はその建物の近くに静かに降り立つと声をかけた。

 「よよい!ついたよい!」
 「はやい……。こんなに近いんだね……」
 あっという間についてしまったのでマナは心の準備ができずに動揺していた。

 「落ち着け。あんたは元々向こうの人間だ。こっちの神々の神力はあんたには関係ないのかもしれない」
 プラズマが緊張を解こうとマナを揺すった。

 しかし、マナは先程の天津との対話で神力をもろに浴びてしまいモニターごしではなく直に会ったらどうなってしまうのかと若干考えてしまっていた。

 淡々と会話をしていたように見えたマナだったが実際には早く会話を切りたくて仕方なかった。だが、だからといってここで下がるわけにはいかない。

 「関係なくなかったよ。天津さんとしゃべっている時、けっこう変な感じがずっとしてた。目を見ると……気絶してしまいそうな……」
 マナは先程の感覚を思い出しながらプラズマに語った。

 「……まあ、本来はあんな感じだろうな。向こうの三貴神も神力を失っているだけでこっちに戻ってきたら神力のコントロールをしてくれないとぶっ倒れそうだ」
 プラズマは顔を引きつらせて笑った。

 「ほんと、こっちの世界は不思議だね」
 「皆さん、とりあえず降りましょうよ。着きましたよ」
 健が駕籠の外から声をかけてきたのでマナ達も外へ出ることにした。

 「そう考えると健は平気そうだな。Kってのは神力を感じないのか?」
 プラズマが駕籠についているすだれを手で払いながら健に尋ねた。

 「基本的には感じませんね。なぜだか知りませんが」
 「そうかよ……」
 首を傾げている健にてきとうに返事をするとプラズマはマナと共に駕籠の外へ出た。
 太陽は相変わらず照っているが海辺よりも涼しい気もした。山の中だというのに虫や動物の声は全くしない。風の音のみで無音に近い。

 「な、なんか静かすぎて気持ち悪いね」
 「まあ、高天原には霊的動物と神以外生き物はいないからなー……」
 「へぇ……」
 マナはプラズマの説明にかろうじて頷いた。

 「よよい!んじゃ、やつかれはこれで失礼するよい!」
 鶴はマナ達が降りたのを確認するとさっさとまた飛び去って行った。

 「……もう行ってしまいましたか……」
 健が素早い鶴を茫然と眺めていた。
 
 「じゃ、とりあえず……天界通信本部の門の前まで行こうか」
 プラズマがマナと健を促して目の前の建物を目指して歩き始めた。門の少し手前で降ろされたので門までの山道を軽く歩く。

 歩いていると立派な門が見えた。門は軽く開いていた。

 「開いているから入り込むか。一応、天津から連絡来ているだろうし……」
 「なんかこの建物とか門とか見ているだけで緊張してきたよ……。今回は直に会うわけだしね……」
 プラズマとマナは緊張の面持ちでわずかに開いている門から中に入った。健は特に変わらずにプラズマとマナの後をついてくるだけだった。

 「えーと……こんにちはー……」
 マナは門をくぐってから小声で挨拶をした。門をくぐると広い庭があり、その広い庭をひとりで掃除している女の子が訝しげにこちらを見ていた。緑の布をふわっとただかぶったような帽子と赤い着物、そしてつやつやな黒い長髪ときりっとした瞳をした少女だった。

 「あー、えーと……どちらさん?パパに用事?」
 女の子は軽い感じで話しかけてきた。

 「パパ……って……」
 「ああ、お久しぶりです。エビスさん」
 マナが戸惑っていると横から健が笑顔で少女に挨拶をしていた。

 「ん?ああ、あんた、健かー。なんか久しぶりな気がするけど……レールは元気?」
 少女エビスは健を見るとイタズラな笑顔で近づいてきた。

 「はい。元気そうでした。さっき会って来たばかりです」
 「そっかぁ……じゃあ、レールに今度はもんじゃパーティしようって言っておいて。よろしくー」
 「はい。伝えておきます」
 エビスはマナのイメージとは違い、なんだかどこにでもいそうな少女の感じだった。健が堅苦しく話しているのを眺めながら娘がこんな感じだったらお父さんの蛭子神もきっと優しいに違いないと少し思い、気分が楽になったような気がした。

 「あんたがエビスか。竜宮オーナー天津から社長に話がいっていると思うから社長に会わせてくれ」
 プラズマが健とエビスの会話を切り、早口で要件を伝えた。

 「パパに?ほんとに?まあ、いいけどー。じゃあこっちに……」
 エビスは再び訝しげにこちらを見ると疑った眼差しのままマナ達を案内し始めた。

七話

 エビスは持っていた箒をポイっと捨てると天界通信本部内へと足を進めた。日本風の城になぜか自動ドアがついていた。

 「こっちだよ」
 中はとても広く、普通のオフィスビルのようだった。ロビーを通り、エレベーターの前まで来るとエビスは最上階のボタンを押した。
 しばらく待つとエレベーターが降りてきたのでそのままマナ達は乗り込んだ。
 エレベーターはスムーズに上り、最上階部分で静かに停止した。機械音と共にドアが開くと畳の大部屋に繋がった。

 「うわあ……。変なオフィス……」
 マナが思わず声を漏らしたのも無理はなく、畳の大部屋に沢山の座布団と机が置いてあり、その机の上にびっしりとノートパソコンが敷き詰められていてそのノートパソコンに向かって作業している社員だと思われる神々は着物姿でどこからどうみてもなんか変だった。

 その宴会席のような部屋の真ん中に廊下のような歩けるスペースがあり、エビスは当たり前のようにそこを歩き始めた。
 慌ててマナ達も後を追う。

 エビスは一番奥の障子戸の前で止まるとかなり乱暴に声をかけた。

 「パパ―!パパのお客さん来たー」
 エビスの声で障子戸の奥でガタガタと慌てる音が聞こえた。

 「コラ!エビス!ちゃんとノックしてから声かけなさいって何度も言っているだろう!パパはお茶をこぼしてしまったじゃないか。……今開ける。ちょっと待ってなさい」
 障子戸の奥で若そうな男の声が響き、エビスを強めに叱った。
 マナ達は顔を見合わせて少し苦笑いをするしかなかった。

 「なんかずいぶんと若そうな声だけど……なんかお父さんっぽいね……」
 「そうだな……。ま、神の外見なんて当てにならないからそこだけは覚えとけ。相手は蛭子神だ。あの三貴神の兄貴だぞ……」
 マナとプラズマがこっそりとひそひそ会話を交わしていると静かに障子戸が開いた。

 声通りの若い男性が障子戸から顔を出してきた。髪が肩先まである端正な顔立ちの青年だった。羽織袴姿でマナ達を紫色の瞳でじっと見つめていた。
 よく見ると三貴神によく似ている。

 「……あなた達が天津が言ってた者達……か?天津から連絡は来ているが……」
 突然に声をかけられてマナは口をパクパクさせながらなんとか返答した。

 「は、はい!伍の世界から来たマナ……です。あなたが蛭子神さんですか?」
 「そうだが」
 蛭子は動じることなく堂々と答えた。

 「この神も……何か強い力を感じる……」
 後ずさりをはじめたマナをプラズマが押し返す。

 「おい、しっかりしろよ……俺だって怖いんだから……」
 「そ、そうだね……」
 マナとプラズマが怯えている横で健はエビスと楽しそうに会話をしていた。

 「あの野郎はなんであんなに平和なんだ……クソ!」
 プラズマが軽く毒を吐いた時、蛭子が「とりあえず中へ」と社長室へ入る事をすすめてきた。

 「し、仕方ない……。いくぞ。マナ」
 「う、うん……」
 プラズマとマナは流れで社長室へ入って行った。健とエビスは楽しそうに会話をしているので放っておくことにした。

八話

 「で?あなた達の要件はなんだ?」
 蛭子は社長室の椅子に座り、マナとプラズマを仰いだ。この社長室だけは和風ではなく、一般的によくありそうな社長室だった。
 全体的に木目調で目に優しい。

 「え、えっと……今、伍の世界が大変なことになっていまして……あ、伍の世界についてはご存知でしょうか?」
 マナは慣れない敬語を使いながら蛭子の顔色を窺った。

 「伍の世界についてはほとんど知らない。だが……こないだ興味深い事件が起こった。こことはもう一つ、鏡の世界があってな……陸(ろく)の世界という所だが、その世界で歴史神、霊史直神(れいしなおのかみ)ナオだったかが暴走したとのことだ。ここは壱(いち)の世界だが壱と陸を滑る太陽神と月神が記憶置換に気を付けろと言ってきた。聞いた当初はよくわからなかったが、その後、陸で何かあったのかすぐに不思議な記憶が舞い込んできた」

 蛭子は言葉を切るとお茶を一口含み、また口を開いた。

 「私達には抹消されていた記憶があったのだ。この世界がこちらと伍に分かれる前にスサノオ、ツクヨミ、アマテラスと私は会っているとの事だ。こちらの記憶ではあの三神は概念になり実際にはいないことになっている。

 世界が分かれる時に神々の歴史を管理している歴史神ナオが我々神々全員のデータをいじったようだ。そしてナオ本神もあの三神のデータを抹消した。『この世界が分かれた時期』から『分かれた』という現象を抹消した。だから我々は伍の世界についても知らないのだ。陸(ろく)の世界ではナオがそのことを思い出してひと騒動になったそうだが、こちらの世界のナオは何も思い出さない。問いただしても無駄だ。おそらく、ナオの他に世界を分けた共犯がいる」

 蛭子の口からまた新しい言葉が出てきた。どうやらナオという神が色々と関わっているようだ。そしてこの世界はこちらと伍の世界だけではない。鏡の世界陸(ろく)もあるとの事だ。

 「おいおい、陸の世界は壱の世界のバックアップだろ?陸がぶっ壊れてちゃあ仕方ないな」
 プラズマはため息交じりにそう言った。プラズマは他の世界についてもそこそこ知っているようだ。

 「未来神、それは考え違いだ。壱も陸も同じように回っている。つまり、陸では壱の世界は陸の世界のバックアップなのだ。故にお互い辻褄合わせをしようとしてくる。私のこのあるはずのない記憶も陸の世界で起きた事をカバーするために現れたのだろう」
 蛭子はプラズマをなだめるように答えた。

 「そうか……。そりゃあ、まあいいや。で?あんたは伍の世界については全く知らないと?」
 「知らん……だが……」
 プラズマとマナが同時に肩を落としかけた時、蛭子が意味深に続きの言葉を発した。

 「……だが?」

 「独自に調べた結果、記憶置換の影響を受けていない神々がいる事にたどり着いた。西東の権力者だ。タケミカヅチ、西の剣王と思兼神(おもいかねのかみ)、東のワイズだ」
 「なんだって?あの偏屈共が?」
 プラズマが蛭子の発言に目を丸くしていた。プラズマは西、東の権力者に会った事があるようだ。

 「私もよく知らないが……あの神達は何かを隠している。曲者級の曲者だ。話を聞きに言っても何も話さないはずだ。私から連絡を入れて会わせてやってもいいが、あやつらはすぐに先の事を予想してくる。特にワイズは知らない内に話をなかったことにされる。つまり、話をしに行きたいなら戦う覚悟でいきなり会いに行け。私や天津のように良心的ではないぞ」
 蛭子の言葉にマナは唾をごくりと飲み込んだ。

 「戦う覚悟って……?」
 「文字通りだ。東のワイズ、西の剣王軍の幹部ともどもを黙らせてアポなしでトップに会いに行くのだ。剣王軍の方はトップのタケミカヅチを落とせればいいだろう」
 「無茶言うな!」
 蛭子の発言にプラズマが声を荒げた。

 「それか……ワイズが協力的ならば剣王も従うかもしれない」
 「ワイズを落とすのも命がいくらあっても足りねぇよ!あそこの幹部は化け物級だ。特にあそこには天御柱神(あめのみはしらのかみ)がいるだろうが!」
 プラズマが珍しく蛭子に食いついていた。

 そこまで東と西のトップは危険な存在らしい。

 「いいか?未来神。これは縁を結ぶのだ。北の権力者、縁を結ぶ縁神(えにしのかみ)冷林は使えぬがその配下に使える神がいる」
 「なんだ?話が読めないぞ?」
 すっと指を立てた蛭子にプラズマが首を傾げた。

 「天御柱神(あめのみはしらのかみ)は太陽神トップの輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)サキと仲がいい。だがサキは太陽の門が開いていないと会う事すらできない。そこでサキと仲のいい時神現代神アヤに頼むのだ。アヤは普通に現世にいる」
 「アヤさんとサキさん!」
 マナはこちらに来た時に出会った女神達を思い出した。

 あのサキという神はそんな高い場所にいた神だったのか……。
 だが、普通に学校にいた気もするが……。

 「アヤか……。俺とマナが会った辺りをウロウロしていたからいる場所はわかるな……。てか、またアヤか。あいつ、けっこういろんなことに巻き込まれてるよな……」
 プラズマが深いため息をついた。

 「まあ、そういう事だ。まず話をつけにいくならワイズだ。伍の世界の事もかなり詳しいはずだ。その後、剣王に会いに行くのが一番衝突が少ないのではないか?」
 蛭子にそう言われてプラズマとマナは考えつつ頷いた。

 蛭子は話をよく聞いてくれそうだったが肝心な所をまるで知らないようだった。だが、西と東の権力者を説得できればマナの計画も他の神々に認知されるかもしれないとも思った。
 まずは東と西と話をしてそれから何も知らない神々を動かしていく方が早いだろうとマナは一人納得したのだった。
 とりあえず蛭子からはいい話を聞けたのでさっそく東と西の権力者に会いに行く事にした。

 しかしマナは東と西の権力者がそんな甘い存在ではなかったことに後で気がつくのである。

九話

 蛭子神にひとつ頭を下げたマナとプラズマはそそくさと社長室から出た。
 部屋から出ると呑気に健がこちらを向いた。

 「ああ、終わったんですか?」
 「お前は気楽でいいよなー……」
 プラズマが呆れた顔で健を横目で見ながら言った。

 「話が終わったんなら一緒にお茶でもする?」
 まったく状況の理解ができていないエビスがニコニコ笑いながら話しかけてきた。健との会話が思ったよりも楽しかったようだ。

 「いや、そんなことをしている暇はなくなった……」
 「これから東と西の権力者に会いに行かなくちゃならないの」
 プラズマとマナは複雑な顔で健とエビスを交互に見る。

 「そうですか。じゃあ私もついていきます」
 健が頷きながら顔を引き締めた。雰囲気で何かを察したらしい。

 「なんだ。もう帰るの?ま、いいけどぉ。お帰りならあそこのエレベーターから降りてね」
 エビスがなんだかつまらなそうに来たときに使ったエレベーターを指差した。

 「エビスさん、またお話しましょう」
 健はにこやかにエビスにそう言うとエレベーターのボタンをすばやく押した。

 「ま、とりあえず、案内ありがとな」
 「ありがとう。エビスさん」
 社交辞令的にプラズマとマナも笑顔を向けといた。
 エレベーターが来てドアが開いたので三人はエレベーターに乗り込んだ。

 「あ、下まで送って行こうか?」
 エビスのいたずらっぽい笑顔と声に社長室から蛭子の厳しい声が飛んだ。

 「エビス!遊んでないで仕事をしなさい!」
 「はーい……。パパがうるさいからここでね?なんかよくわかんないけど、うまくいくといいね。じゃ」
 エビスがそっと手を振った時、エレベーターのドアが静かに閉まった。
 下降していくエレベーターの中でマナは気難しい顔をしていた。

 「うーん……エビスさん、いい神だったね」
 「あの子は何にも考えてないんだろ……。ああいう神こそのほほんと生きていて現世に適度に幸福をもたらしているんだ。幸せな立場だぜ」
 プラズマはこれからの事を考えているのかどこかやくざれていた。

 「ところで……先程から顔が曇ってますけど……どうしたんですか?」
 健がプラズマとマナの顔色を窺うように尋ねてきた。

 「お前な……東と西の権力者を説得しにいかなきゃならなくなったんだぞ。その重みがわからないのか……」
 「実際に会った事がないのでなんとも……」
 「はあー、気楽だな……ほんと」
 プラズマが呆れたため息をついた刹那、エレベーターのドアが開いた。どうやら一階についたようだ。

 「うまくいかなかったら戦闘になるかもしれないんだぞ」
 プラズマがロビーに足を踏み出しながら健に再び口を開いた。

 「戦闘……ですか……。私達Kは戦闘を好みませんが……平穏にいくよう尽力しましょうか」
 健はあまり必死な感じもなく淡々とロビーを歩き始めた。

 「なーんか、あいつ、他に秘密持ってそうだよな」
 プラズマがマナにこっそり耳打ちすると健を追いかけ歩き出した。

 「私はこの世界自体が秘密だらけのような気もするんだけど……」
 マナも小さくつぶやくと歩き始めた。

 ロビーを出てから和風な庭を通り過ぎ、先程の門前までやってきた。これからのプランとしてはまず、時神のアヤに会い、太陽神のトップサキに連絡を入れてもらう。それからサキとコンタクトを取りワイズの側近、天御柱神を説得するという方法だ。

 プラズマは現世に行くべく鶴を呼んだ。
 鶴はまたすぐにやってきた。駕籠を引き華麗にマナ達の前に降り立った。

 「よよい。今度はどこへ行くんだよい?」
 鶴は先程の鶴と変わらない鶴だった。
 「現世だ。場所は後で指定するからとりあえず現世に飛んでくれ」
 プラズマは鶴にそう注文するとさっさと駕籠の中へと入り込んだ。その後、マナと健を手招いた。

 「プラズマさん、本当に私にがっつり協力してくれるんだね」
 マナは駕籠に乗り込みながら不安そうにつぶやいた。

 「何今更不安げな顔してるんだ。俺は未来神だが未来を見続けるんじゃなくて変えられたら面白いなと思ってるだけだ。あんたがその変えてくれる珍しい神だから協力しているんだ。邪な考えとかは全くないぞ」
 「マナさん、神なんてみんなこんな感じですよ」
 駕籠に乗り込んだマナの横に健が入ってきた。

 「まあ、神なんてこんなもんだが……Kは本当にわからないな……」
 プラズマが健をちらっと見るが健はきょとんとした顔を向けていた。
 三人乗り込んだのを確認した鶴はきれいな白い翼を広げ、再び空を舞った。
 
****

 行き道と同じように宇宙空間のような部分を通り過ぎ、現世にたどり着いた。
 慣れてしまったのか行き道よりも早く感じた。

 「はい、ついたよい?」
 あっという間についたので鶴の声を聞き逃すところだった。

 「帰りはなんだかあっという間な感じがしたな……」
 プラズマが地面に駕籠がついたことを確認してから駕籠から降りた。

 「よし……。大丈夫。アヤさんを探すよ」
 マナは自分にそう言い聞かせながら深呼吸し、駕籠から出た。
 健はなんとなくついて降りてきた。
 鶴は三人が降りたのを確認すると一礼してからまた飛び去って行った。

 「早いな……もう行っちまった」
 「鶴さんも忙しいんですよ。しかし、立て続けに呼んだのにすぐに来てくれましたね。どういう仕組みで動いているんでしょうね?」
 「案外ワープ能力とかあったりしてな」
 健の呑気な発言にプラズマはてきとうに答えながら場所を確認する。

 よく見るとどこかの河川敷だった。いつの間にこんなに寒くなったのかわからないが雪が降っている。まったく積もってはいなかったが。

 「なんか寒いと思ったら雪が降ってやがったか……。記録的大寒波でも起こってるのか?」
 プラズマがため息交じりに白い息を吐いた時、聞き覚えのある声が聞こえた。

 「現人神マナちゃんのせいだよ。双方の世界が変な共鳴をしているんだ。健君やレール国の神が向こうへ飛ばされたのもマナちゃんのせいだ。そのせいで天候もめちゃくちゃでついこないだまで暖かかったこの辺が突然大寒波に襲われた」
 声の聞こえた方を見ると時神クロノス、リョウが立っていた。

 「リョウ!また待ち伏せかよ」
 プラズマがうんざりしたように声を上げるとリョウはかぶっていたキャップを深くかぶり、重い口を開いた。

 「もう色々動くのを止めた方がいいかもしれない。マナちゃん……君はワイズと剣王に会いに行くつもりなんだろう?このままいくと痛い目をみるよ」
 「リョウさん、私達には計画がある。たぶん大丈夫。私が世界をおかしくしているのはなんとなくわかるけど……この世界を昔一度、離した人達がいたんでしょう?私も皆と協力してうまくやってみるから……」
 マナは何と言ったらいいかわからなかったがリョウに変わらない考えを訴えた。

 「……。ワイズと剣王は絶対に君の意見を聞かない。未来は変わらない。忠告は……したよ」
 リョウはどこか寂しそうな顔でその場から突然消えていった。

 「……また会いたくない神にあっちまったな……」
 「そんなこと言われても困るよね……。選択をあやまらないようにするしか今はできないし……」
 プラズマとマナが若干暗い気持ちになっていると健がけろっとした顔で言い放った。

 「とりあえず、アヤさんを探しましょうか?」
 健の一言でマナとプラズマは少し気分が明るくなった気がした。

十話

 雪が降る河川敷を歩いていると前から学生服を着た女の子が足元に気をつけながら歩いてきていた。
 「……なんか偶然すぎるが……アヤが歩いてきたな……」
 「時間は午後四時半……学校の帰宅途中かな?見つかって良かった……」
 プラズマとマナが話す先でアヤが訝しげな顔で足を止めた。

 よく見るとアヤはネギやら野菜やらが入ったスーパーの袋を手に持っている。学校帰りでスーパーに寄って食材を買っていたようだ。

 「えーと……また会ったわね……?全然知らない人が一人いるけど……神なの?」
 先にアヤから話しかけてきた。アヤはきょとんとしている健を眺めながらため息を一つついた。

 「あ、いえ……私は神ではなくて……まあ、人間のようなものというか……Kですね」
 健がとりあえず丁寧に答えた。

 「何よ?Kって……。まあいいわ。そっち系ってことよね」
 「なんかくくられましたがあっていると思います。しかし、偶然ですかねー、私の娘も『あや』と言うんですよ。うちの子はひらがなですけど」
 「娘!?」
 健がなにげなく言った発言にマナとプラズマが目を見開いて驚いた。

 「ええ。妻と三人暮らしです」
 「つまぁ!?」
 「そんなに驚く事ですか?」
 マナとプラズマが口をパクパクさせるくらいに驚いているので健は不思議そうにアヤの方を見た。

 「……私を見てもらっても困るけど……あなた、見た目が上に見ても高校生よ。失礼を承知で言うけど」
 アヤが健をさらに訝しげに見つめながら言いにくそうにつぶやいた。

 「そんなに若くもないんですけど……そういえばアヤさんはうちのあやちゃんに似ていますね」
 「そんな事言われてもどう返したらいいのかわからないわよ……」
 アヤは呆れた声を上げたがマナとプラズマがよくよくアヤと健を見比べると確かにどことなく似ていた。

 「おいおい……言われてみればけっこう似てるぜ。あんたら……。まさか親子だったり?」
 プラズマが意味不明な事を口走った。

 「そんなわけないわ。私には両親がいたもの……。まあ、全然似てなかったから母親に捨てられちゃったんだけど」
 アヤが深いため息をついた。

 「それはかわいそうに……。私の娘はまだあなたほど大きくありません。ですが不思議とあなたにそっくりなんですよ」
 健はアヤを見て小さくほほ笑んだ。

 「そ、そうなの?」
 アヤが戸惑っているとアヤの髪についた雪がふわりとマナの眼鏡に降ってきた。

 「あ、ごめんなさい。眼鏡に……」
 「え?大丈夫だよ。ぬぐえばとれるから」
マナは雪を払おうと眼鏡を外した。刹那、健とアヤが電子数字へと変わった。

……忘れてた……私、こっちの世界では眼鏡を外して神を見るとこうやって電子数字のデータに見えちゃうんだった……。

マナが慌てて眼鏡をかけようと思った時、健とアヤのデータを読み取ってしまった。

「……え?」
「マナ?どうした?」
マナが突然固まったのでプラズマが心配して声をかけてきた。プラズマは不思議と電子数字になっていなかった。
マナは無意識に読んでしまったデータを口にし始めた。

「時神現代神アヤ……もとは歴史神ナオが世界を改変した時に……時神現代神『立花こばると』のバックアップであった転生個体の少女。改変後、ナオによってつくられた『新しい歴史』により時神現代神アヤとして今の形に落ち着く……」

「はあ?」
マナの言葉にプラズマが半笑いで首を傾げた。マナはプラズマには目もくれずに健のデータを読んだ。

「平和を願う『K』のうちの一人、健……。時神現代神アヤが時神現代神のバックアップであった時、人間らしい感情を持っている『少女個体』が転生を繰り返していくうえで人間としての感情を失わないよう見守り続けていた『K』。

 改変後は『バックアップの少女個体』が時神現代神アヤとなったため、つじつま合わせのために時神アヤの心のよりどころであり夢である『あたたかい家庭』を再現する『K』としての役目を負う。

 時神現代神アヤは健の娘『あや』を通して無意識に家族のあたたかさを味わっている。時神現代神アヤが理想とする『父親がちゃんと働いて帰って来る、ただいまを言ってくれる、抱きしめてくれる』などを実現するため、健はレール国と日本を繋ぐ架け橋、外交の仕事についており、毎日夕方には家に帰っている。そして夫婦の仲にもあたたかさを求め、優しくあたたかな家庭を作り続けている……なにこれ?」

 マナは一通り読み終えると震える手で眼鏡を付け直した。

 アヤと健が茫然とその場に立っていた。

 「ね、ねぇ……あなた、さっきから何を言っているのよ?なんか前も同じことがあったような気が……」
 アヤが動揺しながらなんとか言葉を絞り出した。

 「えー、ほとんどわからなかったのですけど……後半の方はあってたような……」
 健も困惑した顔でマナを見ていた。

 「なんかわからないけど……見えちゃったの……。勝手に読んでた」
 マナも口が勝手に動いていたことに驚いていた。
 なんだか気まずい雰囲気が漂っていた。雪が降っているためか人通りがなく静かなので余計に気まずい。

 「えっと……ま、まあとりあえず……本題に……」
 なんだか不思議な空気が漂っていたのでプラズマが小さくマナに話を進めるように言った。

 「あ……う、うん。えっと……その……さっきのは気にしないでもらって……。アヤさんに頼みごとがあるの」
 「……なんか嫌な予感がするけど……何かしら?」
 マナの動揺が伝わり、アヤの顔も曇っている。

 「大したことじゃないんだけど……サキさんと連絡を取ってほしいの」
 「……サキと?なんで?」
 「用があるのはサキさんと仲がいいっていう……えーと……」
 「天御柱神(あめのみはしらのかみ)な」
 「そうそう。その神にコンタクトを取るためなんだ」
 マナはプラズマの助けを借りながらアヤに説明をした。

 「あの神は危険よ?関わらない事をおすすめするわ」
 アヤはさらに訝しげにマナを見ると忠告するように言った。

 「私がいた世界が壊れちゃう危機なの……。アヤさんの協力がないと……」
 「……なんだかよくわからないけど……必死なのね?サキに連絡を取るくらいならできるわ。未来にいるはずのプラズマが平然とこの世界にいるのもなんでか全然わからないままだし……私も手伝える事なら手伝うわ」
 アヤはマナの必死の表情を見て曇った顔のまま、スマホを取り出しサキに連絡を入れ始めた。

 ツーコールくらいの後、アヤのスマホから声が聞こえた。

 「あ、サキ?今ね、こないだ会ったマナって女の子が目の前に現れてね……。あなたの友達の天御柱神に会いたいらしいのよ……。なんでか知らないんだけど……」
 アヤはとてもスマートにサキに伝えたいことを伝えた。しばらく相槌が続いてからまたアヤが口をひらいた。

 「天御柱神はワイズ軍の招集を受けた?あら……そう。そっから会ってないの?」
 アヤの言葉にマナとプラズマの顔がさっと青くなった。

 「ちょ、ちょっと代わって!」
 「あっ!どうしたのよ?いきなり……」
 マナがアヤのスマホを奪い慌てて耳につける。

 「サキさん!どういうことなの!?」
 マナは声を荒げて叫んだ。

 「うわっ!びっくりしたじゃないかい……。どうもこうも……あたしだってわからないよ。最近会ってないんだ。まあ、みー君はワイズ軍だし、あたしがどうこうできる感じじゃないんだよー。しかも連絡とれないし……なんなら一度高天原東に行ってみるっていうのはどうだい?」
 スマホの奥からそんな呑気なサキの声が聞こえた。

 「高天原東にノコノコ行けるような状態じゃないの……。はあ……」
 マナはため息をつきつつ、アヤに再びスマホを返した。

 「この状態だと……ワイズは先に対策とりやがった感じか……」
 プラズマは頭を抱えながら複雑な顔をしているマナにつぶやいた。

 「やっぱり……突っ込むしかないのかな……」
 「……行くしかないんじゃないか……?あきらかに協力的じゃないよなー……」
 マナとプラズマが暗い顔で話しているとアヤが電話を切った。

 「ねぇ?一体何なのよ?なんかまずい事でも起こっているの?」
 アヤはスマホをコートのポケットにしまいながら心底不思議そうにそう尋ねてきた。

 「この世界は何もない。まずいのは伍の世界だ」
 プラズマがため息交じりにアヤに答えた。

 「伍の世界……?ま、まあいいわ。私は現代を注意深く見守っていればいいのよね?」
 「ま、以前そんな話をしたな」
 アヤの確認にプラズマは大きく頷いた。

 「ね、ねえ、アヤさん。前に私の味方してくれるってサキさんも言っていたよね?サキさんは東のワイズさんとの交渉に出てくれたりしないかな?」
 マナは思いついた事をアヤに聞いてみた。アヤは眉間にしわを寄せると首を横に振った。

 「いいかしら?もしそれがワイズと敵対する内容の交渉ならばサキは動かないわ。いや……サキは優しいから真ん中に挟まれて悩むはず。サキも太陽を背負っているの。他の太陽神、使いのサル達を危険にさらすことはできないわよ」
 アヤはなんとなくワイズと衝突しそうだと思っているようだ。

 「……ダメか……。やっぱり私達でなんとかしないと……」
 「……ワイズとの衝突はなるべく控えた方がいいわ……。あの神は普通の考えとは違う行動をとっている神だから……」
 「うん……」
 アヤの忠告にマナは煮え切らない顔で頷いた。

 「とりあえず、嫌だけど東のワイズんとこに行くか?」
 プラズマが苦虫をかみつぶしたような顔でマナに尋ねた。

 「うん……行くしかないかな。ここで引くわけにはいかないし……」
 「では、また鶴を呼んで高天原東に入るという感じでいいですか?」
 いままで聞き流していた健が会話に入ってきた。彼はまだマナ達についていく気のようだ。

 「ああ。仕方ないがまた鶴を……。健、あんたがいないと顔パスで高天原に入れねぇからなあ……」
 「ええ。ついていきます」
 プラズマの言葉に健は呑気に答えた。
 プラズマはため息交じりにまた鶴を呼んだ。

十一話

 鶴はまたすぐにやってきた。アヤは鶴が来る前にさっさと歩き出してあっという間にマナ達の前から姿を消した。
 健の関係などでかなり動揺していたようだ。困惑した状態のまま「じゃあ、また何かあったら言ってね」と一言だけ追加して行ってしまった。

 アヤは今、何にも自分にできる事がない事をなんとなく感じていたようだった。邪魔にならないように気を使ったのかもしれない。
 鶴はまたいつものように飄々と現れた。

 「よよい!なんだよい?」
 駕籠を引きながら楽しそうに体を揺らしていた。何度も呼ぶので鶴も徐々に興味をもってきたらしい。

 「ああ……今回は高天原東に飛んでくれ」
 楽しそうにしている鶴にうんざりした顔を向けながらプラズマがてきとうに言った。

 「いいけど、今東はなんだか物騒な感じだよい?」
 「やっぱり私達対策しているのかも……」
 マナは鶴の言葉に不安げな顔をプラズマに向けた。

 「そんな事言ったって行くしかないだろ……。このまま何にもしなくても俺は別にいいけど……」
 「行くけど……そこからどうしよう……」
 「とりあえず、行ってから考えましょうよ?」
 プラズマとマナが頭を抱えていると、また健が呑気な感じで言葉を発した。そしてさっさと駕籠に乗り込んだ。

 「あー……ほんと呑気だなあ……。行くぞ。マナ……」
 「う、うん……」
 プラズマもマナも健の言葉に再び動き出し、駕籠に乗り込んだ。

***

 プラズマとマナが駕籠に乗り込むと鶴はすぐに空へと舞った。

 「何としても東と西を納得させないと……だってたぶんだけど、向こうの世界がおかしくなったらこっちの世界もおかしくなると思うの。こっちの神々達はその現状がまるでわかってない。なんで東と西が率先して話を聞いてくれないかわからないけど……聞いてもらわないと」
 マナが小さな声で自分の決意をプラズマに語った。

 「改変前の記憶を持っているって事はやっぱなんかあるんだろうな……。あいつらには」
 プラズマも苦い顔でうつむいた。

 「ほうほう……」
 「ん?なんだ?何納得してんだよ……」
 突然健が納得した顔で頷いていた。

 「あ、ちょっとこちらのKのデータ解析をしてみたのですが、東のワイズさんはこちらのKのようですねー」
 「ん?」
 健の言葉にプラズマとマナが一瞬止まった。

 「Kのデータを解析って何?そんなことできるの?」
 「マナ、聞きたいのはそこじゃないだろ……」
 きょとんとしているマナにプラズマが突っ込んだ。そして興味深そうにプラズマはつぶやいた。

 「そうか……ワイズはこちらのK……。向こうのKとは違う。こっちのKはこっちの世界を全力で守ろうとする……。だから向こうの話を聞こうとしないんだな」

 「……Kは平和を守る存在……いままでの生活を壊されたくない感情を皆、統一で持っているってことかなあ……。これは話を聞いてもらうのは大変かも」
 マナはため息交じりにうなだれた。

 「向こうのKとこちらのKではそれぞれ守りたいものがあるってことですね。まあ、私はとりあえず、どちらも平和ならいいと思いますが……」

 健はうなりながらそうマナに答えた。統一データのKでも、向こうとこちらではそれぞれ守る世界が違うようだ。健はそのどちらでもなさそうだった。中間の立場のKがいるのかもわからないが、故に健は向こうの世界に一時飛ばされたのかもしれない。

 「ほんと……Kってなんなんだろ……」
 マナの素朴で今更な疑問は鶴の一声でかき消された。

 「よよい!高天原東に入ったよい?」
 「もう入ったのかよ……。今回も早いな……」
 プラズマが顔をさらに曇らせて駕籠についているカーテンを開けた。
 辺りは知らぬ間に大都会のような場所にたどり着いていた。高いビルが立ち並び、雰囲気はかなり近未来的だ。

 「……高天原東って……なんだかイメージと違う気がする……」
 「東のワイズのとこはかなり変わりもんがそろってんだ。現世よりも先を行く世界を実現している。高天原自体がデータの塊だから普通ならできない部分までもうすでにできる」
 マナの疑問にプラズマがとりあえず説明を入れた。

 「そ、そうなんだ……。やっぱり不思議な世界……」
 「よよい!はやく降りろよい!」
 マナがなんとか理解をしようとしていた時、鶴が急かすように声を上げた。どうやら知らぬ間に地面に駕籠がついていたらしい。

 「ついちまった……。マナ、降りるぞ」
 「……うん」
 プラズマとマナは不安げな表情が消せないまま駕籠から降りた。その後を健が追うように降りた。
 三人が降りると鶴は一つ頭を下げ、またさっさと飛び去って行った。

 「もう行っちゃいましたね。やはり忙しいんでしょうか?」
 「呑気な事言ってる場合じゃないぞ」
 のほほんとしたコメントをした健にプラズマがうんざりした声で言った。

 降ろされた場所は大都会の真ん中のような場所で、道路がなぜかすべてベルトコンベアーのように動いている不思議な場所だった。周りに神々がいるのだが、その神々はマナ達に全く興味を示していない。何もない場所にアンドロイド画面を出し、チャットをしたり、電話をかけたりサイトを見たりしている。当たり前のように動く道路に乗り、道を進んでいる姿も見える。見た感じはマナ達を警戒する素振りはない。

 「あれ……?なんだか皆普通な感じ……?」

 「いや、下の神々や観光で来た神々には全く知らされていないだけだろ。天津や蛭子の様子を見るとほとんどの神々が伍の世界の事もKの事も知らない。記憶のある者達からすると知られたくない内容なのかもしれない」
 プラズマが珍しく顔を引き締め、神々の様子を観察していた。

 「で?これからどうするのですか?」
 相変わらず表情の変わらない健が辺りを見回しながらプラズマに尋ねた。

 「ああ……あの少し離れた所に金色の悪趣味な天守閣があるだろ。あそこにワイズは大体いるはずだ。あそこを目指して行く」
 「なるほど……じゃあ、この道路ですかね?」
 プラズマの言葉を聞いた健はいくつかある動く道路の内の一つに軽く飛び乗った。

 「ああ!おいっ!心の準備とかあるだろ!」
 「プラズマさん、行こう!」
 プラズマがまごまごしている横でマナは頷くと健を追って動く道路に乗った。

 「ったく……どうなるか知らないぞ」
 プラズマは深呼吸をすると健とマナを目で追いながら道路に足をかけた。

十二話

 しばらく会話もなく道路に乗っていると金色の天守閣が目の前に見えた。金閣寺を悪い意味で進化させたような落ち着かない建物を見ながら進むと知らぬ間に不気味なくらい神がいなくなった。

 「……さっきの場所とは全然雰囲気が違う……」
 「警戒態勢かもしれないな」
 不安げなマナをプラズマは鋭い瞳で一瞥する。

 その後、プラズマは突然手を横に広げた。手を横に広げた瞬間、不思議な事に電子数字が回り、プラズマの体が白く光った。

 「え?何?」
 マナが戸惑っている中、プラズマが水干袴になって現れた。

 「ふう……俺はこっちの方が今はいいか」
 「なっ!なんで服が変わったの……!?」
 「あ?ああ、これは神なら皆ある本来の姿だ。霊的着物っていって人間の服を着るよりも動きやすいんだよ。マナ、あんたもたぶん、現人神だから霊的着物に着替えられるはずだ。それと……」
 プラズマはマナに一通り答えると手から弓を出現させた。

 「一応霊的武器もな……」
 「へえー、プラズマさんの霊的着物は水干袴なんですねー。じゃあ平安あたりから存在してたんですか?」
 健がまじまじとプラズマを仰ぐ。

 「ああ、そうみたいだな。……さっそく悪趣味な天守閣の前に神が立ってるぜ」
 プラズマは健に軽く答えると目の前に迫った天守閣の扉の前に男の神が立っているのに気がつかせた。銀色のゆるゆるパーマを肩先で切りそろえている着物姿の男性だった。

 「ん?あいつは……」
 プラズマは目を細めて男を観察した。

 「知り合い?」
 「付き合いはないが……一度会った事はあるな。確かあいつの娘が暴走した時に……。あ、いや、それはいいんだがあいつは唯一ワイズ軍にいる龍神だ」
 プラズマはなんだか濁しながらマナに答えた。

 「龍神……」
 「とりあえず、ぶつかったら負けるぞ」
 頭を抱えたプラズマがそう言った時、動く道路は無情にも悪趣味な天守閣の前で切れた。

 「こんにちは。あなた達がめんどくさい現象を引き起こそうとしている神々ですね?」
 銀髪の若そうな青年は丁寧な言葉でマナ達に話しかけてきた。

 「めんどくさい内容ではないです。ワイズさんに会わせてほしいんですが」
 マナも丁寧に銀髪の青年に話しかけた。

 「ワイズはあなた達を歓迎していません。むしろ、追っ払えと言われています」
 「やっぱりな……」
 銀髪の青年がこちらを睨みつけてきたのでプラズマも同じように瞳を鋭くした。

 「僕は龍雷水天神(りゅういかづちすいてんのかみ)と申します。ワイズ軍に所属している龍神です」
 「ああ、そういえばアヤが井戸の神でもあるから『イドさん』とか呼んでたな」
 プラズマが霊的武器弓を握りながら警戒の色を見せつつ言った。

 「アヤさんと知り合いの神……」
 マナがそうつぶやいた刹那、プラズマが突然弓を放った。

 「えっ?」

 マナは驚いて龍雷水天、イドさんに目を向けるとイドさんは水でできたとてもきれいな槍を持っていた。イドさんの足元にはプラズマが放った矢が刺さっている。

 「突然、槍出して飛びかかって来るのは良くないよな」
 「……時神未来神……弓の反射だけは素晴らしいですね」
 イドさんは冷や汗をかいているプラズマに軽く笑いかけた。

 「マナ……どうやら相手は俺達を追い出す気か、あんたを消す気だ」
 「……やっぱり戦うしかないのかな……」
 マナはこんな状況は初めてなので思考がうまく動いていなかった。反応が遅れ、気がついた時にはマナの目の前に槍を構えたイドさんが迫っていた。脚力が人間とはあきらかに違う。一瞬で距離を詰められた。

 「っ!」
 マナがよろけてしりもちをついた。その間にプラズマが割り込み、弓で槍を弾いた。

 「っち……早いな……くそっ!龍神なんて反則だぜ……」
 イドさんは少し距離を置いて着地した。

 「……仕方ないですね……」
 ふとプラズマの隣になんとなく突っ立っていた健がつぶやいた。

 「仕方ないってなんだ。このままじゃやばいぞ!」
 「Kの使いを呼びます。元は僕の娘あやちゃんのなんですが借りますね。『えぃこ』と『びぃこ』!」
 焦るプラズマに呑気に答えた健は突然、不思議な名前を呼んだ。
 刹那、健の足元に五芒星が広がり、手のひらサイズの人形二人が現れた。

 花柄のワンピースを着ていて三角巾のような布帽子を被っている少女の人形だった。一人は真っ赤の花柄、もう一人はピンクの花柄の服を着ている。

 「な、なんだ!これ?」
 プラズマがさらに動揺していると人形が動き出した。

 「なんだ、健じゃん。今、あやちゃん昼寝中だから暇してたの。何?」
 赤い花柄の服を着ている人形が飄々と話しかけてきた。ちなみに二人とも前髪が目元を覆っているため目があるのかないのかわからない。

 「しゃべった!」
 マナとプラズマは腰を抜かすぐらい驚いた。イドさんも警戒して近寄ってこない。

 「えぃこ、目の前にいる龍神をなんとか抑え込めないかな?びぃこと力を合わせてでいいから。アクションドールだから大丈夫でしょ?」
 「んー?まあ暇してたからいいけどね!ね?びぃこ!」
 健が赤い服の人形えぃこに慣れた感じでそう言うと、えぃこは今度隣にいたピンクの服の人形びぃこに話しかけた。えぃこもびぃこも服が同じだったら区別がつかない。

 びぃこと呼ばれた人形はイドさんをじっと見つめながら頷いた。

 「なんか弱そうだし、抑え込めそうな気がするわ。さっさとやるか」
 びぃこはサバサバそう言った。

 「ああ、その前に言っといていいかね?そこの女の子、あんた、『対象の神を弐の世界へ飛ばせる能力』があるのを知っているかね?」
 「へ?」
 びぃこが突然、会話をマナにふってきたのでマナは変な声を出してしまった。

 「霊的着物になってその能力を使えば私達は必要ないんじゃないかと思っただけだね」
 びぃこは吐き捨てるようにそう言うと手を横に広げて現在の服から侍姿に変身した。
 えぃこも同様に手を広げ侍姿に変身する。

 「ま、ほんとは魔法使い衣装のが好きなんだけどー、あいつ、物理的な感じだし」
 二人は手に刀を装備すると飛び出していった。

 「おい!あいつらはなんなんだよ……」
プラズマがやっと我に返り健に問い詰めた。

 「えー、Kの使いはドールが多いのですがその中のアクションドールというタイプでして私達が制作した服、もしくは買った服に着替えるとその衣装のアクションができるんですよ。あやちゃんの護身用だったのですがほとんど使い道がなくて……。あ、でも弐の世界のパトロールは彼女達にさせてますね」

 「半分くらいしかわからんが……任せていいのか?」
 「問題ないかと。彼女達に任せている間に中に入り込みましょう!」
 健が前を指差したのでプラズマも目を向けた。手のひらサイズしかない人形になぜかイドさんが押されている。

 「全く不思議だ……。チャンスだから隙をみて入り込むぞ」
 「……う、うん」
 いまだ動揺しているマナは辛うじてプラズマに答えた。

 「っく……突然なんですか?この人形達はっ……」
 イドさんはえぃことびぃこが放つ刀を弾くのに悪戦苦闘していた。水の槍では太刀打ちできないと判断したイドさんは今度、雷や水弾を飛ばすようになった。

 「きゃあっ!」
 マナが四方八方に飛ぶ雷に声を上げた。

 「やっぱり一筋縄では行かないな……。隙がない……」
 プラズマは先程からワイズの城に侵入する隙をうかがっているがイドさんはそれに気がついているのかこちらの動きを見るのも忘れていない。

 えぃことびぃこは侍姿からまた手を横に広げ、今度は魔法使いスタイルに変身した。手にはロッドを持ち、魔法使い特有のとんがり帽子とローブを身にまとっていた。
 そして小さな結界を張りながらイドさんが放った雷や水弾をうまく弾いた。

 「そういえばマナさん……さっきびぃこが言っていましたがあなたには能力があるみたいですね?弐の世界に飛ばせるとか……えぃことびぃこがあの龍神を抑えている間に霊的着物になって隙をみて龍神を弐の世界へ飛ばしてみたらいかがでしょうか?」
 健は思い出したようにマナにそう尋ねた。

 「そんな事突然言われても……。霊的着物って私……よくわからないんだけど……」
 「……手を横に広げて服を着ているイメージをするだけだ」
 戸惑っているマナにプラズマは小さくつぶやいた。

 「とりあえず、やってみるよ……」
 マナは目をつぶると服を着ている所をイメージしながら半信半疑で手を横に広げた。

 「ほお……」
 ふとプラズマの声が聞こえた。マナはゆっくりと目をあけて恐る恐る体を見た。体がなぜか羽のように軽い。

 「……っ!?」

 マナは飛びのくくらい驚いた。知らない内に服装がいままでずっと着ていた謎の学生服から着物っぽいものになっていたからだ。

 しかし、他の神々が着ているような着物ではなく、どこかアレンジされた着物だった。足元はスカート調になっていてレースもついていた。帯もだいぶん崩された感じでいわゆるなんちゃって着物だ。
 全体的に明るい黄緑色の着物で肩先もあいていてどこか涼しげにも見える。

 「お?頭に……」
 プラズマがマナの頭頂部を指差した。マナが震える手で頭に手を持っていくと何か冠のようなものを被っていた。

 ツノのように出ている二本の突起の真ん中にパソコンなど電化製品によくある電源ボタンを型取ったものがついていた。

 「え……ナニコレ……」
 マナは戸惑いながらプラズマと健を交互に仰いだ。

 「霊的着物に着替えられたんですよ。しかし、伍から来たマナさんの着物はとても独特ですねー」
 健が呑気に頷いた。

 「やっぱりあんたも神って事だな」
 「神……」
 プラズマの言葉もマナの中にうまく入ってこない。こちらの世界は本当に不思議な事しか起こらない。さすがのマナもしばらく止まってしまった。

 「では、さっそく弐の世界にあの邪魔な龍神を一度、移転させてしまいましょう!ワイズとの交渉がうまくいったら壱の世界に戻す形で……」
 「簡単に言うけどここから先、どうしたらいいかわからないよ!」
 健は普通に言ってきたがマナにはどうしたらいいかまるでわからなかった。

十三話

 「私はKなので弐の世界に送られた神を元に戻せるので、一思いに……」
 「だからどうしたらいいの?」
 健は呑気に弐の世界へ送った後の事を話し始めた。マナは目を回しながらもう一度訪ねた。

 「えーと……どうしたらいいのでしょうか?」
 「俺に聞かれてもな……」
 健はとなりで戸惑っているプラズマに目を向けた。

 「マナ、とりあえず、自分を信じて色々やってみろ」
 「そんな無茶苦茶な……」
 マナがまごまごしている中、イドさんとえぃこ、びぃこはずっと攻防戦を続けている。イドさんはずば抜けて強い力を持っているわけではないが相手の隙をついたり、弱点をみつけたりするのがとてもうまい。その影響か、えぃことびぃこはイドさんを抑え込めないでいた。

 無茶ぶりをされたマナはこのままでは状況が変わらないと思い、とにかく何かやってみることにした。
 まず、手をイドさんにかざして念じてみた。イドさんに何も変化はなかった。
 今度は片手をかざしてみた。しかし、何もなかった。
 続いて目をつむって祈ってみた。それでも変化は特になかった。

 「もうやり方思いつかないよ!」
 マナが頭を抱えた刹那、えぃことびぃこの攻撃をかいくぐったイドさんがマナに飛びかかってきた。やはり狙いはマナのようだった。

 突然だったのでプラズマも動けず、マナは声も上げる事ができなかった。咄嗟に体をかばい、右手を斜めに切った。

 「……っ!?」
 イドさんの動きが一瞬止まった。マナはそのままバランスを崩してしりもちをついた。

 「ひぃ?」
 マナは動揺した頭のままイドさんの足元を見て小さく悲鳴を上げた。イドさんの足元に緑色に光る五芒星が回っていた。

 「な、なんですか?これはっ!」
 焦っているイドさんを茫然と見ながらマナは口をパクパクしたままだった。
 そのうちにイドさんは五芒星に囲まれて突然にその場から消えてしまった。

 「消えた!」
 「弐の世界に送れたみたいですね」
 「え?……あ……」
 目を白黒させているマナに健が冷静にそう言った。

 「よくわからんが……ほんとに便利な能力を持っているようだな」
 プラズマは顔を引きつらせながら軽く頷いた。
 
「今、私どうやったの?」
 「右手を振った……か?」
 マナは動転しながらプラズマに尋ねた。プラズマは首を傾げたまま、自信なさそうに答えた。

 「ま、とりあえず、中に入りますか?」
 健はさっさと話を進め、ワイズの城の内部を覗いている。

 「……あんたはほんとに呑気だな……。まあ、そうだ。とりあえず、入れるみたいだから入ろうか」
 プラズマも頷き、マナを促して城の中を窺った。

 えぃことびぃこが健の元へと戻って行き、健のスーツのズボンをよじのぼって胸ポケットにすっぽりと入り込んだ。

 「ねぇ、まだ私達いるの?」
 「もうちょっといてほしいな……」
 口をとがらせているえぃこに健は小声でお願いしつつ、ワイズの城についている自動ドアを潜った。

 「あいつ……いきなり入りやがったな……」
 プラズマもマナも仕方なく健を追い、城の中へ入った。

 城の中は不気味なくらい静かで誰もいなかった。促されているように近くにあったエレベーターが開いた。金閣寺を悪く派手にしたような外観だったが内装はオフィスビルのようだった。タイルの床はきれいに掃除されており、開いたエレベーターがやたらと光っている。

 「……なんか怖い……」
 「誰もいないからな……。これは堂々と来いってことか?」
 怖気ついたマナの背中を押しながらプラズマがエレベーターへと歩き出した。

十四話

怯えつつエレベーターに乗り込んだマナ達は最上階に行くと思われる「天」と書かれたボタンをとりあえず押した。

ドアが静かに閉まり、その後、ありえない早さでエレベーターが上昇しはじめた。

「うわっ!!なんだこれは!」
プラズマが驚いて声をあげた。
エレベーターは立っていられないほどの早さで上昇をしている。

「立っていられない!なにこれ?おかしいよ!」
マナも壁にしがみつきながら叫びだした。

「なんだかおもしろいエレベーターですね」
健だけは不思議と冷静にエレベーターを分析していた。

「おもしろくねぇよ!こええよ!この欠陥エレベーター作ったやつ、誰だ!」
プラズマは床にへたりながら呑気な健に叫んだ。
エレベーターは上昇を続けながら徐々に「天」のボタンへと近づいていく。近づくにつれ謎のラップ音楽が大音量で流れ出した。

「君と僕らのおいしいチーズ!広げてみるは大きな地図!みんなで一緒にさあチーッス!そしてピースだ!はいチーズ!」

謎のラップは激しくマナ達の耳をおかしくした。

「なんだ!この下手なラップは!うるせぇぞ!」
プラズマは半分怒りながら天井を睨んでいた。

「耳がおかしくなりそう……。東のワイズってほんとに変わり者なんだね……」
マナの不安はどんどん大きくなっていた。

「なるほど、チーズを全部かけてるんですねー」
健だけはなぜか呑気だった。

しばらく爆音と重力に逆らっているとエレベーターは突然止まった。止まった瞬間にマナ達は一度天井にぶつかり、床に叩きつけられてしまった。三人がつぶれた蛙のような有り様になった時、エレベーターのドアが静かに開いた。

「つ、着いたのかよ……。もう心が折れそうだ」
プラズマがつぶやいた刹那、目の前に仮面を被った男とサングラスをかけた少女が現れた。

二人とも袴を身につけており、少女の方はそれにカラフルな帽子を被っている。
不思議な格好だ。

「ワイズと……天御柱……か」
プラズマが、顔を曇らせたまま立っている二神を交互に見ながらため息をついた。

「はー、お前が元凶の小娘かYO!弐の世界に飛ばせる能力があるみたいで危ないから他の神には手を出させないようにこちらに招いたんだYO。龍雷水天を弐に入れたのはお前だNE?」

少女、東のワイズはプラズマを見ずにマナに直接声をかけてきた。

「私もよくわからないですけど、そうみたいです。あなたがワイズさんですね?」
マナは息を飲みながらなるべく丁寧に尋ねた。

「そうだYO。お前は伍の世界云々で来たんだよNE?はっきり言って迷惑だ。伍の世界は関係ない。私はお前のエラーを許さないYO」
ワイズは威圧的に声を発した。

「伍の世界のKが壊れてしまったらこちらの世界も影響がでます!でると思います!」
マナも負けじと声を荒げた。

「こちらの世界に影響はないYO。こちらのKはこちらでしっかり存在している。今現在、向こうと繋がっている必要はないはずだYO。いい機会だからここで完全に伍と切り離してしまえばいい。お前の要求は呑めない」

ワイズはそうはっきり言い放った。

「それじゃあ困るんです!向こうにも沢山の人間とこちらの世界を思うKがいるんです!力を貸してください!」
マナはさらに必死にワイズに言い寄った。
しかしワイズは首を横にふった。

「向こうの人間は神を信じていない。救う必要はないYO。これが我らの意思」

「……こちらのKの意思ということですか?」

「神としての意見だと思ってくれてけっこうだYO」
ワイズはマナの質問に濁すように答えた。ワイズは他の神に自分がKであることを伝えていないようだ。

「私の意見は全く聞いてくれないってことですか?」
マナはワイズを思わず睨んでしまった。向こうの世界で救ってくれるのを待っているケイの顔が浮かんだ。

「悪いがこちらの安定を脅かすのは嫌いなんだYO。こちらで拘束し、後で何とかすることにするYO」
ワイズはサングラスを指でクイッと軽く押し上げると仮面の男に鼻で合図した。

「ワイズ、いいのか?」
「いい。やれ」
仮面の男の問いかけにワイズは乱暴に答えた。

「マナ、こりゃあやばいぞ!」
プラズマが危険を察知しマナを引っ張った。

「やばいって……いっ!?」
突然立っていられないような威圧がマナ達を襲った。
大量の汗が溢れだし、気を失いそうになるまで時間はかからなかった。

「天御柱が神力を解放したんですね。厄神の力は私も苦手ですよ。えぃこ、びぃこも苦手です」
健も珍しく動けずにいた。
健が召喚した人形達も力なく健のスーツのポケットを握っていた。

「あー、だめだわー。この力、苦手ー」
「眠くなるー」

えぃこ、びぃこは力がなくなってしまったのか健のスーツのポケットに入り込んでしまった。

「くそっ!動けない!意識がっ!おい!マナ!しっかりしろ!」
プラズマは飛びそうな意識を戻しながら放心状態のマナを揺する。

「い、息が……はあはあ……」
マナは荒い息を必死で整えながら仮面の男を見上げた。

……この神がサキさんが言うみー君……

そう思った瞬間、仮面の男がさらに神力を解放しマナは気を失った。

十五話

どれだけ眠っていたかはわからないがマナはどこからかきこえてくる女の声で目が覚めた。

「ん……?あれ?」
「ああ、やっと目覚めたか」
そっと目を開けたマナの目に金髪の少女が映った。少女はマナを覗き込むように立っていた。

「誰?」
「私は語括神(かたりくくりのかみ)マイ」
「神……」
少女は切れ長の瞳に余裕の笑みを浮かべ、着ている白い着物の袖で髪をかきわけた。

「まあ、とりあえずマイだ」
「マイさん……」
「そう。お前達はなんだか面白そうな事をしているね」
マイは心底嬉しそうにマナから目をそらした。マイが見ている場所に目を向けると頭を抱えるプラズマときょとんとしている健が映った。

「皆、私達どうなったの?」
「捕まったんだよ」
マナの問いかけにプラズマが機嫌悪く答えた。

「いやー、私はプラズマさんとマナさんが倒れちゃったので仕方なく捕まりました」
健は半笑いでプラズマとマナを見ていた。

「なんでお前はなんとかしないんだよ……檻に入れられちゃったじゃないか」
「すみません。こっちのが逃げられるし楽なので」
「あ?どういうことだ」
健とプラズマの会話を聞きながらマナは辺りを見回した。

まわりは真っ白な壁。前には鏡のような結界のようなものが張り巡らされている。さらにその先は鉄格子のドア。
全く逃げられそうにはなかった。

「健さんが今言った、逃げられそうにはみえないんだけど……」
マナはおずおずと健を見た。

健は頷きながらとなりにいるマイに目を向けた。

「私は弐の世界を出せますから結界を張っていようが関係なく弐の世界に逃げられます。それと、そこにいらっしゃる語括神マイさんは特殊な能力を持っているようです」

「なるほど……。で?特殊な能力って?」
プラズマが話に入ってきた。

「私の能力は人間の認識、運命を夢を使ってシミュレーションできる。つまり……予知夢……弐の世界の肆(未来)の世界を操れる。認識を持たせられるため人間の脳に記憶を残せる。私はそれでついこないだヤンチャして人間の運命を動かし、ワイズに檻にぶちこまれたのだ。お前達がやろうとしているおもしろいことの助けになれるのでは?」

マイはどこか楽しそうに笑っていた。

「……恐ろしい能力。でも……いい能力。マイさんは私達のすることを手伝ってくれる?」
マナはマイの能力を聞き、先のプランを頭に思い浮かべ始めた。

「面白そうだ。弐の世界に逃げるなら私も連れてってくれ。役に立とう。ふふふ……」
マイは興奮した顔で楽しそうに笑っていた。うさんくさそうだが仲間が増えるのは嬉しい。

「あなたの能力を使ってこっちの世界の人間に伍の世界をみせたい!向こうを夢でも認識してもらえば世界は変わってくるかも。実際にこちらと向こうを繋げる訳じゃないし、いいと思う!」

「まあ、協力はしてやるがどうやってやるんだ?私は向こうの世界とやらを知らんぞ」
マイの言葉にマナは詰まった。

「え、えっと……それはおいおい考えるよ……」

「ふむ。それでもいいが……私はでかい事がしたいぞ。ふふっ。ワイズに一泡ふかせられそうだ」
マイはさらに楽しそうに笑った。

「偉い神様が役に立たないなら地道に仲間を集めてく、それが一番。今は……」
マナは健とプラズマを仰いだ。ふたりはマナに大きく頷いた。

「俺も仲間だ。ここまできたら最後までやろうぜ」
「私もついていきます。なんとなく中立の立場のKとして」
プラズマと健は立ち上がり大きく伸びをした。

「じゃあ、早くここから出よう!とりあえず、弐に避難してそれから伍の世界を見せられるような計画を考えよう!」

マナはすくっと立ち上がると皆を見回して大きく頷いた。

「では、さくっと弐の世界に避難しましょうかー。私が弐の世界を出しますね」
健がさっさと五芒星を描いた。刹那、白い光が現れ、そこから別世界がもやもやと出てきた。

「こんなに簡単にどこでも弐の世界が出せんのか。Kは……」
プラズマが呆れた声をあげた。

「とりあえず、行こう!」
マナが光の入った瞳で足を弐の世界に踏み入れた。

十六話

異次元の空間に足を踏み入れたマナはまずまわりを確認した。
辺りはネガフィルムのようなものが沢山絡み合っている不思議な空間だった。

「弐の世界に入ったみたいだな」
横でプラズマの声が聞こえた。

「一応、檻からは出られたって感じでいいのかな?」
「はい。ここは弐の世界ですから」
健がマナににこやかに笑いかけた。相変わらず呑気だ。

「ふむ。ここは弐の世界、だが、私達が操れるのはほんの一部だ」
なんだか楽しそうに笑っているマイがネガフィルム部分を眺めながらつぶやいた。

「どういうこと?」

「弐の世界……心の世界、想像の世界……特に人間は複雑なのだ。人間は自分の心に嘘をつく生き物。当然、弐の世界も嘘だらけ。本心を別の心で覆う。本心が隠されている弐は私達、心に作用できる神も入れない。私が操れるのは上部の弐。本心の上を結界のように覆っている本心ではない心の弐。難しいだろ?」

「うーん……つまり……本格的な弐の世界の上を偽物の弐の世界が覆ってるってこと?地球でいうオゾン層的な……」
マナの言葉にマイはけらけらと笑った。

「物わかりのいいことだ。で、そこにいるKはどこの弐でも行きたい放題なのだろう?人を操るのも簡単そうだな」
「まー、行けますけど何にもできませんよ。私達は観測者みたいなものですから」
マイの言葉に健が首をかしげて答えた。

「そうか。なんにもできないのか。つまらんな。私は上部の弐を操れる。夢はだいたいこの上部の弐だ。私はこの上部の弐に肆(未来)を出してありえない未来を見せる事ができるのだ。元々、芸術の中でも劇のような演じるものを守る神であるから疑似的な世界に本物の人間を登場人物として組み込めるというわけだ」

「難しいけどなんとなくわかったよ。あなたは絶対にありえない正夢を見させられるということね?」

「わかりやすい表現をすればそんな感じだ」
マナの発言にマイは満足そうに頷いた。

「で?こっからどうすんだよ」
プラズマが頭を抱えながらマナ達を見た。

「どうしようかな……伍の世界を疑似的でも見せられれば……」
マナが考えているとマイにどことなく似ている金髪の少女が通った。

「お、妹のライだ。上部の弐を渡り歩いているのか。なんでまた」
マイが少女を嬉しそうに見つめていると少女がこちらに気がついた。

「あれ?お姉ちゃん!?なんで弐にいるの?」
マイの妹、ライはマイとは違うかわいらしい目でなんとなくその場にいた一同を見つめた。

「ライこそ何している?」
「私はワイズからイドさんの回収を命じられたからいるんだけど」
ライは不安げにこちらを見ていた。

「ああ、そうか。私は少しこちらで遊んでいるだけだ。お前に迷惑はかけん」

「お姉ちゃん、無茶はしないでね」
「ああ」

ライはまだ不安げにマイに声をかけたがとりあえず、イドさんを助ける事で頭がいっぱいなのか一同に頭をひとつさげると他に追及せずに滑るようにネガフィルムの中へと入っていった。

手には『弐の世界にいる時神』と書いてある本が握られていた。著者はアヤと書いてあったがあの時神現代神アヤの事なのか。

「あの子は?」
「私の妹、絵括神(えくくりのかみ)ライ。芸術神で絵を主に担当していて上部の弐を渡れる。ワイズ軍にいるが……まあ、彼女はかなり特殊だ」
マナの問いかけにマイは不気味な笑みを浮かべて答えた。

「そ、そうなんだ」
「なるほど、龍雷水天!」
ふとプラズマが何かに閃いたのか声をあげた。

「どうしたの?いきなり」

「あいつの娘……あ、いや……あいつの知り合いに流史記姫神(りゅうしきひめのかみ)、通称ヒメちゃんとか呼ばれている神がいた。そいつは確か人間の歴史を管理している。伍の世界をみせるのに使えないか?」

「人間の歴史を管理!?それまで神様が管理しているの?」
マナは単純に驚いた。

「管理というか……バックアップをとってる神だったかな?」
プラズマは自信なさげにマナに答えた。

「しかし、あの子は剣王軍だぞ」
プラズマの言葉にマイがくすくす笑いながら答えた。

「そうなんだよな……。剣王のとこに行くのはちょっとなー」
プラズマも自分で言っておいて自信なさげだった。

「でも、仲間にできたら心強いかも。人間の歴史を管理しているなら、これからの歴史も記録してくれるんでしょ?うまく伍の世界を幻想としてこっちの人間達に植え付ける時に当たり前の歴史に書き換えられたらすごくない?」

「いちいちあんたの発想がすごいぜ……。どっからそんなプランが出てくるんだよ」
「ダメかな?」
マナは肩を落としながらプラズマを見上げた。

「ダメかどうかはわからん。かけあってみてもいいかもしれないな」

「そう言えば……天界通信本部の蛭子さんが神々の歴史を管理している神もいると言ってましたね。その神を使って他の神達の歴史も変えちゃうとか?」
健も会話に入ってきた。

「神も人間も両方変えちゃうのはいいかもしれないね!世界を繋げずにお互い認識しあう世界は世界どうこうじゃなくてそこにいる神や人間に認識してもらうって事だし、昔からお互い共存してました!みたいに歴史を改変できたらすごいよね!こちらのありえないことばかりおきる世界ならできそうな気がする」

マナはどこかワクワクしながら言葉を発した。

「その前に難関だ。その神達は剣王軍にいる」
マイの言葉にマナは唸った。

「西の剣王……。ねぇ、私思ったんだけど……」
「なんだ?」
「世界改変に重要そうな神様って皆、ワイズさんか剣王さんのとこにいない?」
「……」
マナの言葉に一同は息を飲んだ。

「確かに……。全く気がついていなかった……。不気味だ」
「言われてみればそうですね……」
プラズマと健が不気味な状態に再び黙り込んだ。

「というよりも、そのプラン、その状況に気がついたお前も不気味だ」
マイだけは楽しそうにマナを眺めていた。

「私もわからない……。でも、たぶん……世界改変するのに使う神様は合っている気がする」
マナの瞳が突然黄色に変わった。
プラズマ達は驚いて一瞬固まった。マナの瞳はすぐに元に戻った。

……あいつ……スサノオが言っていた、エラーのサイン……、なぜ俺達に今見えた?俺達に気がついてほしかったか?ということは図星か?こっちの世界のシステム……

プラズマがマナを見据えながらそう思った。

「ま、まあ……とりあえず、どうします?剣王のとこに行きますか?」
健が汗をハンカチで拭いながらなんとか声をあげた。

「うん。そうだね。このままでいても仕方ないし……。とにかく、歴史神さん達に会ってお話しないと」
マナは真剣な眼差しで頷いた。

「じゃあ、さっさと剣王のとこに行くか。私も助太刀しよう。ふふ……面白くなってきた」
マイがマナの肩を軽く叩き、プラズマと健を仰いだ。

「ちっ。もう仕方ないか。死ぬ気でぶつかるか……」
プラズマはなんだか乗り気ではなくなってきた。

神としてのシステムが反抗しているのか、マナを不気味に感じる方が強くなってきていた。
なぜか危険な予感がプラズマを覆いはじめた。おそらくそれはプラズマだけでなく、マイや健も感じているはずだ。

足を踏み入れてはいけないものにマナは足を踏み入れている。
その危険な感覚をよそ者であるマナは全く感じていない。
それが彼らには不気味に感じたのだ。

ワイズや剣王が必死で食い止め、リョウが守っている楔をマナは思うところなく破壊しようとしている。

「協力はする……するが……こいつは厄介だ……」
プラズマは感じてしまった感情に頭を抱えるしかなかった。
マナは再び瞳に光を宿し、健に笑いかけた。

「よし!怖がってても仕方ないよね!これから剣王のとこに行こう!健さん、弐の世界の案内よろしくね」
「はい。わかりました」
健は小さく頷いた。

十七話

「やあ、また会ったね」
弐の世界から健のハムスター、マッシーに連れられて高天原西に到着したマナ達は早々に声をかけられた。

「お前……また……」
突然現れた姿にプラズマがため息混じりにつぶやき、頭を抱えた。
マナ達の前に野球帽を目深に被った少年、リョウが立っていた。

「リョウさん、また私達を止めに来たの?」

マナは警戒しながら尋ねた。ここは西の剣王の領土だが剣王がいる城までは遠い。少し先に堂々と建つ天守閣が見える。辺りは日本家屋が建ち並ぶ落ち着いた田舎の風景が広がっていた。ワイズの所とは大違いである。

「こちらの世界が君を異物と判断した。このまま剣王の所に行ったら殺されるよ」
リョウは真剣な顔でマナを見据えていた。

「そんなことわからないよ」

「マナちゃん、剣王はKのワイズにはできない業務を担っている。あの神はこちらの世界のボディガードの一柱だ。君は自分の命を捨てにいくのか」
リョウの言葉にプラズマがぴくんと眉をあげた。

「なんか知ったような口だな?マナが死ぬ未来でも見えたか?」

「僕は忠告をしにきただけだ。世界のシステムの一柱として。クロノスとしてじゃない」

「ふーん。つまりあんたも世界改変時に記憶を失っていない神のひとりってか。未来見で予言しにわざわざ来たわけじゃねぇと?」
プラズマはリョウを訝しげに見つめた。

「そのとおり。未来も見えるけど、僕の本来はこの世界のバグを神々に気づかせるシステムだ。レール国にいるルフィニと同じシステムが入っているけどルフィニは君を止めなかったみたいだね」

「……止められてもいくよ。向こうでケイちゃんと約束したから」
マナは決意を変えなかった。

「剣王は君を本当に排除するつもりだ。伍の世界に帰るか、こちらの世界に順応するかにした方がいい。警告だ」

リョウは少年にはあるまじき冷たい瞳で感情なくマナに声を発した。
マナは唾を飲み込むと負けじと声を上げた。

「私は負けない。せっかくここまで考えがまとまったのに何もしないわけにはいかないの」

「剣王とワイズは君には協力しない」

「しなくてもいい。私は権力者には頼らない」
マナは冷や汗をかきながらリョウを見据えていた。

「そうか……君は気がついたんだね」
リョウはマナの隣でケラケラ不気味に笑っているマイに目を向けた。

「何を?」
「世界改変は世界中で同じシステムを持ってる特定の神々が関与して行われたってことさ」
リョウは観念したように口を開いた。

「……」

「歴史神に会いにわざわざ剣王のとこに来たんだよね?味方するわけじゃないけど、未来が見える。神々の歴史を管理しているナオは君達の一部分の記憶を剣王の指示のもと消すつもりだ。それは剣王が指示するだけでナオはなんだかわかっていない。これは日本だけがパニックになるやつだ」

リョウの言葉にまたもプラズマの眉が上がる。

「あんた……どっちの味方なんだよ。かなり立ち位置が曖昧だ。わざわざ教えてくれるなんてな」
「僕は真ん中さ。バランスをとっているんだ。偏らないように」

リョウはどちらともない感情を浮かばせ、プラズマを見た。

「……あなたも世界改変に関わった神……つまり、時神も世界改変に関わっている。あなたはそれを気づかせに来たの?」
マナはリョウの顔色を伺いながら尋ねた。

「さあ、どうだろ?」
リョウは今度は子供らしい笑顔で笑った。

「いつも未来がみえるんだよね?少しは変わったかな?」
マナは最初の頃に言われた未来がだいぶん変わっているはずだと思い尋ねた。

「何をしたかわからないけど、君が死ぬ運命が見える」
リョウは目を伏せると小さくつぶやいた。それを聞いたマナの喉がゴクッと鳴る。

「死ぬ……どうして?」
「剣王に君が殺される」
リョウは再びマナに目を合わせるとまた冷たい瞳でそう言った。

「他の未来は?」
「今のところはない。それでも君は剣王の所へ行くのかい?」

「行くよ。未来は変わるんでしょ?また」

マナは冷や汗をかきながらリョウに震える声で答えた。マナの答えを聞いたリョウは深いため息をついた。

「そっか。やはり君はどこまでいってもあきらめないのか。これではっきりしたよ。君にはそういうプログラムが書かれているんだ。世界を掻き回すプログラムが。どうしてそうなったかは知らないけど」

「世界を掻き回すプログラム……」
マナがリョウの言葉の意味を考えているとリョウはさっさと消えてしまった。

「僕は君を助けないが見届けるよ」
リョウは最後にその一言だけ残した。

リョウが消えた後、静かな風がマナの頬を通りすぎていった。

※※

「あいつ……一体何がしたいんだよ……」
リョウが去ってからプラズマが不安げな声をあげた。

「うーん……ま、とりあえず剣王のとこに行きます?」
健が頬をポリポリかきながら首をかしげた。

「そうだね。行こうか。私が死ぬ運命って気になるけど」
「お前が剣王に殺されると……ふふふ……」
マイはマナを見ながら不気味に笑っていた。元々まともな神だとは思っていなかったがマイはかなり変わっている神だ。

「あんた、ほんとに剣王のとこに行くのかよ」
マイを横目で見たプラズマはマナに心配そうに尋ねた。

「行くよ。今みたいに運命が変わる事があるから。もう、ここまできたらやるしかない。死なないように気をつけるしかないよね」
マナは困惑した顔で軽く笑った。

「剣王に会わないように歴史神に会えればベストなんですけどね」
健がため息混じりにつぶやいた時、遠くでこそこそ歩いている人影が目に入った。

「ん?」
「あいつ……っ!」
隠れながら歩いていたのはここにいるはずのない神、時神のアヤだった。

「アヤさん!?なんでここに?」
マナは自分の目を疑ったがどうみてもアヤだった。
アヤはこちらに気がつく事なく民家の陰に隠れながら剣王の城へと向かっていった。

「アヤ、何しに来たんだよ……。剣王に用があるならあんなこそこそしないしな。お忍びでここに来たのは間違いない」
プラズマは深いため息をつくと去っていったアヤを訝しげに見つめた。

「とりあえず、私達も剣王の所へ行こう!」
マナは皆を軽く見回すとアヤ同様に民家の陰に隠れながら剣王の城を目指した。

……時神も世界改変に関わっている……。

マナはアヤが現れたのは偶然ではないと思っていた。

十八話

ここは剣王の城の一室。和室の狭い一部屋である。そこにふたりの少女がいた。

「ナオ殿、とりあえず逃げるのじゃ!」

見た目、七歳くらいのかわいらしい少女が隣にいた年齢的には高校生くらいの少女に真剣な眼差しで叫んだ。両方とも和装をしており、七歳くらいの少女は奈良時代あたりの格好をしているが髪はストレートという今時の髪型。

もうひとりの高校生くらいの少女は袴姿で凛とした目をしているウェーブのかかった赤い髪を持つ少女だった。

「ヒメさん、やはり今の剣王はなんだかおかしいですね」
赤い髪の少女は小さい少女をヒメさんと呼んだ。

「ナオ殿、なぜワシらが幽閉されねばならぬのだ?」
ヒメさんは赤い髪の少女ナオに不思議そうな顔で尋ねた。

「わかりません。しかし、おかしいです。一度、距離をおいてみましょう。ここからどうやって逃げますか?」
ナオは眉を寄せながらヒメさんを見つめた。

「大丈夫じゃ!友達のアヤに助けを求めたからの!これで!」
ヒメさんは携帯電話を取り出すと高々と抱えた。

「携帯電話ですか……。そのうち遺物化しそうですね。ところでアヤさんとは時神の方ですか?」
「そうじゃ!」
ヒメさんはナオに大きく頷いた。

「見た感じ結界が張られているようですが、大丈夫でしょうか?」
ナオは不安げにまわりを見回した。ナオとヒメさんが座っている四方八方に結界が張られている。
逃げ出すにはかなり困難だ。

「大丈夫じゃ!アヤに結界の時間を巻き戻してもらってなかったことにしてもらうのじゃ!」
ヒメさんは腰に手を当てて鼻息をフンッ!と吐いた。

「なるほど、それはいいですが……ここまで来れるか……」
ナオが不安げな声をあげた刹那、アヤの声がした。

「いた!私は高天原に入れないのよ!何考えてんの!どんだけ必死にここまで来たか!」
アヤの怒った声を聞き、ヒメさんは笑顔になった。

※※

「逃げられたか……。これはまずい……狼夜(ろうや)!早急にマナを始末しろ」
男が破られた結界の前でいらついた表情をしていた。幽閉していたはずの少女ふたりはもうどこにもいなかった。

最終話

マナ達は民家の影に隠れながら徐々に剣王の城へと近づいた。
神々は民家に住んでいるものの誰もマナ達を攻撃してこない。
剣王はワイズ同様に関わりのない神には何も伝えていないようだ。

天守閣に近づくにつれて異様な殺気が漂ってきた。

「なんかヤバい気配がするぞ」
プラズマが冷や汗をかきながら辺りを伺ったが気配がするだけで何もない。いつの間にかまた神々が消えていた。

「さっきまで普通にいた神々がいなくなったね」
マナも警戒しながら天守閣周辺を見つめる。だが気配を放つ者はいない。

「気持ち悪いですね。神力ではなく、気力なのが」
「ゾクゾクする気だ。いよいよ楽しくなってきた」
神力を感じない健も気持ち悪そうにしている。ただ、マイだけは楽しそうに笑っていた。

殺気を感じながらもマナ達は先に進んだ。天守閣周辺のツツジの木の影に隠れ、門を警戒するが誰もいない。

「天守閣のまわりにも誰もいない……。不気味だ。近くで感じる気配についてもわからねぇな」
プラズマは気配のありかを探すが全くわからなかった。

「進むタイミングがわからないね」
「来たよ!」
マナが戸惑っていると健のポケットからえぃこ、びぃこが飛び出し叫んだ。
えぃこ、びぃこは素早く剣士のスタイルに変身すると持っていた小さな剣で何か光るものを弾いた。

「刀か!」
プラズマには光りの正体が見えていた。
金属がぶつかる音が聞こえた刹那、男が間合いをとるのがわかった。斬撃はマナ達の後ろからだった。

「なるほど。意外にやるようだなァ」
気がつくとマナ達の前に刀を構えた男が笑みを浮かべ立っていた。短い銀髪に青い鋭い瞳、袴を着ている男だった。

「強いっ!」
えぃこ、びぃこは剣を構えながら叫んだ。

「ふふ、楽しくなってきたな」
マイだけは楽しそうに少し離れた場所に移動して様子をうかがっている。

「えぃこ、びぃこ……勝てる?」
「無理かもー」
健の問いかけにえぃこが自信なさげに答えた。
男は刀を構えながら恐ろしい剣気を放っている。

「そういえばお前、弐の世界にいる時神の銀髪男に似ているな。確か更夜とかいう名前だった」
マイが笑みを浮かべながら男に声をかけた。男はぴくんと眉をあげるとニヤリと笑った。

「更夜ねぇ。会ったこたぁねぇが親族らしい。俺の名前は狼夜(ろうや)。弐の世界にいる霊だが剣王に雇われここにいる。高天原は引き抜かれりゃあ霊も入れるみてぇだな。ついでに俺が持ってる刀は剣王軍の刀神だ」
狼夜と名乗った男は鋭い眼光でマナ達にプレッシャーをかけていた。

「更夜って俺の心……俺の弐の世界に住んでいる恐ろしく強い忍野郎か……。まともじゃねぇな……」
プラズマは慌てて霊的武器弓を取り出すと構えた。

「あんたらに恨みはねぇが雇われの身だからな。勘弁してくれ」
狼夜は目をさらに鋭く尖らせると刀を構えたまま突進してきた。

「えぃこ、びぃこ!!」
健が叫び、えぃこ、びぃこが剣を振りかぶり飛び出す。

「うっ!」
飛び出した刹那、えぃこ、びぃこは呻きながらその場に落ちた。
「えぃこ、びぃこ!?」
健は何が起きたかわからず目を丸くしていた。

「はえぇ……」
プラズマが震える声でつぶやくと再び飛んできた狼夜に弓を放つ。しかし、狼夜は軽やかに矢を避けた。矢は狼夜の後ろにある木に刺さった。

「あぶねぇ、あぶねぇ。しかし、そこのちびっこい人形はなんだ?不思議だな。一応峰打ちに止めたが」
「まさか、えぃこ、びぃこが負けた?」
狼夜の言葉で健はやっと何が起きたのかわかった。斬撃は全く見えなかった。

「はははっ、波乱だな」
マイがクスクスと健をみて笑っていた。

「笑い事じゃないですよー」
「グダグダ言ってんな!来るぞ!」
健にプラズマが鋭く言い放った。

「この人、強すぎる。ちょっと逃げよう!」
マナは勝てないと悟り早急に逃げる方向を考えた。彼は弐の世界にいる霊だと言っていた。つまり、マナの能力で弐の世界に飛ばしてもきっと剣王がまたすぐに彼を連れてくるだろう。

「賢明だな。剣王はKの使いの人形をKから借りる事ができると聞く。つまり、弐の世界を出せる。奴を飛ばしたところで意味はない」
マイが好奇心旺盛な嬉々とした声でマナに頷いた。

「逃げられねぇよ」
「ぐあっ!」
「ひっ!?」
突然狼夜の声がし、プラズマの悲鳴が聞こえた。その後、衝撃がマナの横を通りすぎる。派手な音が響き、近くの木が折れた。

「な、何!?プラズマさん!」
マナが突然折れた木の方に目を向けるとプラズマが血を流して倒れていた。
マナは咄嗟に走り出したがすぐに冷徹な声に止められた。

「動くな。お供の男は死んじゃいない。手加減したからな。で、俺は女を斬りたくねぇんであんたは剣王に引き渡す事にする」
「剣王に引き渡されたら死んじゃうよ。私」
マナは青い顔で半笑いしていた。

「さあ?俺は知らねぇな」
狼夜はニヤリと笑うと戸惑っていた健を凪ぎはらってふっ飛ばした。

「うぐっ!?」
健はプラズマと同じ場所まで飛ばされて木に激突した。

「健さん!」
「だから大丈夫だ。手加減してるって言っただろ」
焦るマナに狼夜があきれた顔を向けた。

「手加減って……無茶苦茶だよ」
「ま、これで大方片付いたわけだが残りはあの女神か。どーすっかな」
狼夜はマイを見ながらため息をついた。

「ふっ。私はボコボコにされても構わないぞ」
「はあー、そりゃ遠慮する。そういう趣味はねぇよ」
不気味に笑うマイを見つつ、狼夜は刀を鞘にしまった。マナだけを剣王の元へ連れていこうとしているようだ。

「うっし、そこの女神は動かなそうなんであんただけ連れてくぞ」
「私はやることがあるの!連れていかれるわけにはいかないの!」
マナは近くに落ちていた木の枝を拾うと振りかぶった。

「おっと」
狼夜は軽やかに避けた。

「あぶねぇぞ。ねぇちゃん、もうあきらめな」
「……っ」
マナが渋い顔をした刹那、時神アヤと歴史神ヒメ、そしてナオの三神が近くを通りすぎた。アヤがマナ達に気がついた時、全体がまばゆい光に包まれた。

「な、なんだ!?」
「ふふっ……弐の世界が開いたな」
困惑している狼夜にマイが不気味に笑いながらつぶやいた。

「なんで突然開いた!?」
「さあな」
マイと狼夜の会話を聞いたマナは驚いて叫んだ。

「弐の世界!?」
マナが叫んだのと同時に邪馬台国から出てきたような格好の男が走ってきた。

「剣王!」
狼夜が叫んだ。
男を認識した頃にはマナは袈裟に斬られていた。すべてが突然だった。

「えっ……」
マナの身体から血と供に電子数字が飛び出した。

「斬りたくはなかったが……仕方ないよねぇ」
男、剣王は低い声でつぶやいた。
マナの血は電子数字に次々と変わっていく。
斬られたというのにマナは痛みを感じなかった。不思議と意識すらなくならない。

「あれ?斬られたのに」
マナは普通に話せていることに驚いた。
電子数字は開いた弐の世界に吸い込まれていき、ネガフィルムが見えていた世界はマナから溢れる電子数字で宇宙のような世界に変わっていく。

「なんだ?これは」
マナを斬った剣王も何が起きているかわからず、戸惑いの声をあげていた。
マナの傷口はなぜかすぐにふさがり、電子数字も出なくなった。

「何?一体……」
マナが不安げな顔で辺りを見回した時、聞き覚えのある声がした。

「よぉ!元気か?いい感じに発動したなぁ!」
「お前は!伍の世界に消えたはず……」
剣王が声の主に一番に反応した。
「お!タケミカヅチ!久しぶりだな!お前が彼女に血を出させたか!」
「どういうことだ……!スサノオ!なんでこっちに……」
「スサノオ様!」
剣王が叫んだのとマナが叫んだのが同時だった。

「楔が外れたんだよ。いやー、やっぱ現人神にしたのは正解だったなー。伍の世界が繋がったぜ!」
スサノオは嬉々とした表情で奇妙な事を言った。

「この世界に何をした……スサノオ……」

剣王はスサノオを睨み付けた。剣王は世界改変された後でもスサノオを覚えているようだ。仲が良かったとは言えない雰囲気だ。

「あ?俺はこの娘を現人神にしただけだぜ?何かやったのはお前だ。タケミカヅチ。この娘を斬っただろ?この娘の血が楔を完全に外すきっかけだ」

「この娘の眼鏡のデータがこっちに来る時に現人神になるように設定したな?こちらを壊したいのか?スサノオ」
険悪な雰囲気の剣王にスサノオは狂ったように笑っていた。

「別に。混乱は楽しいからねぇ」
スサノオはゲラゲラ笑いながら壱の世界に足を踏み入れた。

刹那、戸惑ったまま止まっていた狼夜、驚きで固まっていたアヤ達、それからマイが突然倒れた。

「え?」
マナは何ともなかったが倒れた者達は意識を飛ばしたような倒れ方だった。

「世界は変わる!現人神マナが楔を外す神々を集めてくれた!日本だけだったから小さい伍しか開かなかったが充分だ!うまくこっちの世界のデータを読み取ってくれたな!マナ!」
スサノオの喜んでいる声を聞きながらマナは考えていた。

……私が楔を外した……。伍の世界の弐が見えている……。

「つまり、こちらの神々、人間達に向こうの世界を認識させられる!そしてその逆もできる!」
マナが結論を導きだし目を見開いた時、マナの瞳が黄色から赤色に変わった。

……私は世界を繋げるシステムだったんだ!!

「おお!ついに覚醒した!いいねぇ!残念だったな!剣王!」
スサノオが苦しそうな表情をしている剣王に狂気的な笑みを浮かべながら叫んだ。

「私はお互いを幻想の世界にする。お互いの世界は壊さない」
マナが決意を込めてそう言葉を発した。
しかし、スサノオは顔を曇らせた。

「なんだと?お前は世界を繋げるんじゃないのか?」
「それだと世界が滅ぶ。だから滅ばない方法を考えたの」
「おいおい、それじゃあ困るんだよ」
マナの言葉にスサノオはあきれた声を上げた。
それを聞いた剣王は深いため息をついた。

「なるほどねぇ……スサノオ、君はおもしろ半分で世界を壊してみようと思ったわけか。昔から善だったり悪だったりメチャクチャな奴だったけど今回は悪か?」
「さあ?俺は俺だ。善悪なんてねぇよ。それは人間達、神々の勝手な判断だ。俺はどちらでもない」
スサノオはにんまりと笑った。

「相変わらずだね」
剣王もあきれた顔を浮かべた。

「私は両方の世界を壊したいわけじゃない!共存させたいの」
「はは!いいぜ!それもまた面白いか!」
マナの必死の抗議にスサノオはコロッと態度を変えた。

「え?私の意見聞いてくれるの?」
マナは意外な反応に戸惑いながら尋ねた。

「ああ!いいぜ!もうここまできたらそうするしかねぇしな!やはり世界は滅ばないように微妙にデータを変えやがったか!おもしれぇなあ!見ろ!世界が一時停止してやがる!」

倒れた神々は意識を失ったままだ。おそらく、世界改変前の記憶を持っていない者達は皆、意識を失っている。時神が倒れたことで時間まで止まっている。

「スサノオ様、倒れちゃった神々を元に戻すことってできるの?」
「マナの好きなようにやればなるようになるぜ!」
「私の好きなように……」
スサノオの言葉をマナは空っぽになりそうな頭で反芻した。

※※
「時間が止まった。皆気を失っている……。少しの狂いでも辻褄合わせのために全世界が停止する」
エスニックな格好をしている黒髪の少女ルフィニはまわりで倒れている人々、神々を表情なく見つめた。ルフィニは軍人将棋の最中だった。いつの間にか夜になっており、月明かりが将棋盤を照らしている。目の前ではヒコウキの駒をブラブラ動かしているレールがいた。
「伍の世界が開いちゃったのかな~?」
「わずかだけど開いたわ。データが変わりそう」
微笑んでいるレールにルフィニは真面目に頷いた。
「高天原のあの神達はマナちゃんを止められなかったのかな~」
「止められなかったみたいね。記憶を持っている私達だけが意識を失っていない。でも、あのマナって子はいい感じに世界を変えてくれる気がするの。私達はなるべく世界が変わらないように動こう?高天原がなんとかしてくれるかと思ったけど無理そうだからね」
ルフィニは頭を抱えながら窓から月を見上げた。今日は満月だった。

旧作(2019年完)本編TOKIの世界書五部「変わり時…3」(現人神編)

旧作(2019年完)本編TOKIの世界書五部「変わり時…3」(現人神編)

最終部三話目です

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-05-28

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

CC BY
  1. 時の世界1
  2. 二話
  3. 三話
  4. 四話
  5. 五話
  6. 六話
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  8. 八話
  9. 九話
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  11. 十一話
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  17. 十七話
  18. 十八話
  19. 最終話