旧作(2019年完)本編TOKIの世界書五部「変わり時…2」(現人神編)
長編最終部の二話目です!
TOKIの世界。
壱‥‥現世。いま生きている世界。
弐‥‥夢、妄想、想像、霊魂の世界。
参‥‥過去の世界。
肆‥‥未来の世界。
伍‥‥すべての想像が消えた世界。
陸‥‥現世である壱と反転した世界。
向こうの世界
僕にはすべて見える……。
いままで起きた事もこれから起こる事も……。
でも僕はそれを黙認する事しかできない。
時神が狂ったシステムに動かされありもしない歴史に泣くのが見えたり……時神未来神のプラズマ君が自然共存派戦争を後回しにしたり……時神過去神の栄次君が時代を変える新選組を斬っちゃったり……そして現代神のバックアップだったはずのアヤちゃんがシステムに縛られた元現代神のこばると君をロスト・クロッカーとして処理してしまったり……。
『時神は自分より強い時神が出てきた時に弱い方の時神はロスト・クロッカーとなり時間が逆流して死ぬ』……偽りの劣化システムを創ってしまった、神の歴史を管理する歴史神ナオちゃんが後悔に泣く所も実は見えてしまった。
……何が正しいのかなんてわからない。
可能性がありすぎると実際に何もできなくなる。
僕が一番すべてを知っているはずなのに……。
今日も僕は子供の姿でリョウという名のクロノスとして存在する事にする。
誰かが運命を変えてくれることを願いながら。
僕はバグを誘発して他のシステム達に世界の在り方について問いかけるシステム。
だったりするんだけど……。
****
ツインテールの少女マナと赤髪の青年プラズマは話しかけてくる男の声で目が覚めた。
「んむ……?」
「お、やっと起きたな。俺だ。覚えてんか?」
妙に渋みのある良い声の男……マナはこの間会った男の顔を思い出した。
ふと目を開けると紫色の髪と甲冑が目に入った。その後、凛々しい瞳を見て夢ではなかったことを悟った。
「あなたはスサノオ様!」
「おお!覚えてたか!」
男は愉快そうに笑っていた。
「スサノオだって!?」
マナと男の会話に未来神プラズマは驚いて飛び起きた。
「おう!俺はスサノオだ。お前、時神未来神だろ?よくここまで来れたな。瞳が黄緑色だぞ。……半分エラーが出ているって事か。」
「ひ、瞳が黄緑色だって?俺は赤色だぞ。」
プラズマは怯えながらマナに目を向けた。マナもスサノオの言葉にきょとんとしている。
「ふっ。俺達もKも表面上の事なんて言ってない。お前の中にうごめいているデータを読んだんだよ。ま、俺達にしか見えないだろうが……エラーが出ている奴は瞳が黄色に、正常のやつは瞳が緑色に見えるんだ。ちなみにマナ、あんたは黄色だ。世界からはエラーだと認識されている。面白い事だ。」
「なんだかわからないが面白くないぞ……。」
スサノオが楽しそうにしているのでプラズマは戸惑った声をあげた。
「エラーか……あっちの世界に行ったからかな。」
マナはぼうっとはるか先にある五芒星の結界に目を向けた。
「ま、よくわからないがここはもう伍(ご)の世界の弐(に)だ。伍に帰ろうとしてんだろ?楽しくなりそうだ。連れて行ってやるぜ。」
スサノオは再びクスクスと笑うと戸惑うマナとプラズマをまとめて強く押しだした。
「うわあっ!」
マナとプラズマはありえないくらい宇宙空間を飛ばされ、どこまでも星々を追い抜いた。
スサノオはもう遥か彼方にいて豆粒のようになっていた。
****
「はっ!」
マナは飛び起きた。どこからともなく美しい鳥の鳴き声がする。辺りを見回すと青々とした芝生が広がっていた。ここはどうやらマナが伍の世界にいた時によく遊びに来ていた公園のようだった。
ただ単純に芝生しかない公園だ。フリスビーやボールなどを使って遊ぶ子供達が休日には多くなる。現在は誰もいない。平日の真っ昼間なのか。
太陽が眩しく芝生を照らし、夏に近いのかだいぶん暑い。
「……夢……?だったのかな?でもこんなとこで昼寝した覚えはないし……。」
マナは不安げな顔で辺りをもう一度見回す。すると、自分の真後ろで大の字になって寝ている赤髪の男を発見した。
「……あの人は……確か……えっと……そうだ!プラズマさんだ!」
マナはプラズマを一瞬忘れそうになっていた。先程まで一緒にいたはずの彼をこんなにも早く忘れてしまうとは一体何なのか。
マナは慌てて駆け寄りプラズマを揺すってみた。
「プラズマさん!プラズマさん!」
「ん……?」
プラズマはマナに揺すられてやっと意識を取り戻した。
「プラズマさん!」
「おっ!?マナか?……ここは……。体に鉛がついたみたいに重い……それに苦しい。」
プラズマは頭を抱えて起き上がったがバランスを崩しその場に膝をついた。
プラズマはどこか苦しそうだった。
「大丈夫?プラズマさん。ここは私が本来いた世界みたい。」
マナには体の不調はまるでなかった。
「じゃあ、ここが伍か……。しかしここは歩くやり方まで忘れちまったみたいに動き方を思い出せない世界だな……。やはりデータが違うから体中おかしくなってんのかな。」
「歩き方を思い出せないって……。」
プラズマの言葉にマナは目を丸くした。向こうの世界とこちらの世界がそんなに違うとは思えなかった。
「ま、いいや。で、俺これからどうしよう?」
勢いでついてきてしまったプラズマはあまりにしんどい世界に頭を抱えた。
「……あの……実はちょっと行きたい場所があって……。」
マナは控えめにプラズマを仰いだ。プラズマは額の汗を拭いながらマナを見据えた。
「ん?行きたい場所か?」
「うん。向こうの世界みたいに沢山いろんなことは起きないけど、こっちにも神社が三つだけあるのよ。スサノオ尊、月読神、アマテラス大神……この三柱がいらっしゃる神社……こちらでは参拝客はいないけど歴史的な文化遺産として建物が評価されていて今でも壊されてないの。」
「……こっちの人間は本当に何も信じてないんだな。ま、神がこちらにはいないんだから神社を壊しても何のあれもないか。」
プラズマの呆れた声にマナは小さく頷いた。
「それで……その三つの神社に行ってみたいんだけど……一緒に行くかな?」
「……ああ。特にやることもないし、あんたといないと俺この世界から消えてなくなりそうだからな。ついていくよ。」
マナはプラズマに肩を貸してあげた。彼は本当に歩き方から忘れてしまったようだった。
向こうにいる他の神様がこちらに来たらこんな症状では済まないかもしれない。
こちらに来る前に消滅するか、運よく来られても全く動けず話せずの状態になっているか……もしくは植物状態になっているかもしれない……。
「俺は本当にすべてを忘れた……。動き方を思い出せない……。それともこちらでは動き方のデータが違うのか?俺がこちらにも半分通じている未来神で良かった……。こんなんで済んだとは。」
プラズマは良く思えば運が良かったのだと思い直し、マナに肩を預けながらしみじみ思った。
二話
公園を出てマナは迷わず歩く。車が絶えず横切るがこの辺はしっかり歩道と車道がわかれているから安心だ。あの公園は都会の真ん中にある公園だったので辺りはもちろん、高いビルで囲まれている。
「なんか……都会はあんまり向こうとは変わらないな。神社や寺や教会がないくらいで……。でもまあ……そりゃあそうか。こっちも向こうも同じスピードで回ってんだからな。……で……ここはどこだ?」
プラズマは息を上げながらマナに尋ねた。
「ここは新宿だけど……新宿って言ってもわからないかな?」
「新宿だと!新宿なら向こうでもあった。」
マナの言葉にプラズマは驚いた。だがすぐに思い直した。
「そうか。そういえば……第二次世界大戦まで向こうと伍は同じ世界だったんだっけか。」
「そうなんだ?」
「だったらしいぞ。」
マナとプラズマは会話をしながらビル群を抜け、駅前に到着した。
「えーと……あっちよ。」
マナが一瞬迷いつつ駅には入らずに迂回して歩き始めた。
「相変わらずごみごみしてるなー。新宿は。あのほら、駅に入ると迷宮入りするごちゃごちゃ感。トンネルをくぐると急に場所がわからなくなる不安感。」
プラズマがため息交じりに言葉を発した時にはもうトンネルをくぐっていた。
トンネルから出てしばらく歩くとアマテラス大神の神社があった。
神社には参拝客はおらず、観光客が沢山いた。
もちろん、おみくじなどもない。
鳥居を潜り、石段を登ると形だけの狛犬がマナとプラズマを出迎えた。
残念なことに賽銭箱すらない。
「あー……なんか寂しいなあ……。」
「はあ……疲れた……。」
プラズマが寂しそうな顔をしている横でマナは肩で息をしていた。歩けないプラズマをずっと支えて歩いてきたのだ。石段が一番つらかった。
「ああ、マナ、なんか悪いな。元気になったらおぶって走ってあげるからな。」
「そんな事しなくていいよぅ。」
マナはなんだか恥ずかしくなりプラズマを軽く小突いた。
「……で?あんたがここに来たかった理由って?」
プラズマが話を元に戻したのでマナもため息交じりに答えた。
「向こうの世界にいた時に同じ神社を見たの。」
「へえ。」
「それでかな。」
マナ自身、何か期待してきたわけではないが新しい発見があるかもしれないと思って来てみたのだった。
「……お?」
ふとプラズマが社の中を覗きながら声を上げた。
「……?」
「……わずかながらに霊的空間が見えるぞ……。」
「れいてき……くうかん……。」
プラズマに言われてマナも社内を窺った。確かに何かを感じるが明確にはわからなかった。
「……マナ、俺だったらたぶんあそこの中に入れる。あんたはどうかわからないが……行ってみるか?」
「うん!」
プラズマの問いにマナはワクワクしながら大きく頷いた。やはりマナは不思議な現象が好きだった。
マナとプラズマが社内へ入ろうとした刹那、社内から女の子二人の声が聞こえた。
「ひぃっ!」
マナは短く悲鳴を上げたが彼女達の姿を見て安堵のため息を吐いた。
「レティとアンじゃないの!」
社内でウロウロしていたのはマナの友達であるレティとアンだった。
金髪の少女レティと褐色の肌のアンはお互いマナを見て驚いていた。
「な、なんで私達の名前を知っているのかしら?」
「名乗ってないよね?同じ学校だったっけ?」
「……え?」
レティとアンはマナをまったく知らない子だと思って話しているようだった。
「わ、私だよ!マナだよ!」
「……?ごめん。わからない。」
必死のマナにレティとアンは怯えながら二、三歩離れた。
「友達だったでしょ!私達……。」
マナもなんだか自信がなくなってきていた。
「わ、悪いけど……し、知らないってば。」
アンがレティの影に隠れてマナを気味悪そうに見つめた。
「じゃ、じゃあ……今ここで何してたの?」
マナは動揺しながら質問を変えた。
「えーと……まあ、歴史探索っていうかな……。そんな感じ。ね?レティ。」
「え、ええ。そうね。海外から来たからなんだか珍しいっていうか……。」
アンとレティは歯切れが悪くマナに言葉を返した。
「違うよね?アンもレティも超常現象が好きなんでしょ。なんか起こるかもしれないって思って来たんだよね?」
「ち、違うわ!だいだい、あなた誰なのよ!放っておいてよ。」
「れ、レティ……。こういう人はあまり刺激しちゃダメなんだよー……。」
腹が立ったのか叫ぶレティにアンは恐る恐るレティを止めていた。
マナはなんだかやるせなくなり、半分自暴自棄でレティとアンの手を強く握った。
「……もういいわ!レティとアンを怪現象だらけの世界に連れてってあげるから!」
「ひっ!」
マナはそう叫ぶとレティとアンを社の奥へ引きずり込もうとした。
「やめろ!」
マナに向かい叫んだのはプラズマだった。霊的空間が近いからかこの空間ではプラズマは普通に動くことができた。レティとアンを引き込もうとしたマナの手をプラズマが払いのけ、マナの前に立った。
「おい、マナ。あんたご丁寧に未来通りに動いてるじゃないかよ!クロノス……リョウがなんて言っていたか覚えてんだろ。」
「……。」
―レティとアンは君を全く覚えておらず、おまけにこちらに来る事ができずに消滅してしまう。―
リョウはマナ達にはっきりとこう伝えていた。
マナは自然と溢れる涙が止められなかった。悔し涙なのかもしれない。
……想像が沢山できる世界がすぐ近くにあるのにそれができない……。
……レティとアンは私を忘れている……。
……すべては向こうとこちらが繋がっていないせいだ……。
……つなげれば……。
そこまで考えて再びリョウが言った言葉を思い出した。
―君はそれから伍(ご)の世界とこちらの世界を繋げようとする。向こうの世界をどうつなげたのかはわからないけど世界は後に繋がってしまう。それから……先程の未来へと向かうんだ。伍の世界を繋げてしまった事により自然共存派戦争なんていう本来はない戦争が起きてしまう事をプラズマ君が未来見で見てしまう。それで……その戦争を君は止めようとするんだ。僕とプラズマ君を使って。―
恐ろしくマナのこれからを予言していた。今もプラズマが叫ばなかったらリョウの言葉を忘れてリョウの予言通りに動いていたかもしれない。
「マナ……ここはあきらめろ。彼女達はもうあんたの友達じゃないんだ。」
「……。」
マナはその場で泣き崩れた。なんだか裏切られた感じがした。
レティとアンはその状況を気味悪そうに眺めながら赤髪の男、プラズマを仰いだ。
プラズマの目を見たとたん、アンとレティは立ちくらみがした。咄嗟に目線を外す。
何か見てはいけないものを見ているようなそういう悪寒も襲っていた。
「か、彼女は……やばめの妄想症だわ……。重度の自己解離性よ。どうする?アン……。救急車呼ぶ?」
レティはプラズマから目をそらしてから泣いているマナの方を向いた。
「その方が良さそうだね。どうして……ここまでこじらせちゃったんだろうね?」
アンはマナを不気味に思いながらスマホを取りだし、救急車を呼んでいた。
「こんなんで救急車を呼ぶのか……こっちのやつらは……。」
プラズマは愕然としながらレティとアンを眺めていた。
マナは何もできずにただ茫然としているだけだった。プラズマはマナを無理やり立たせるとどうしようか迷った。このままでは何もないのに救急車に乗せられてしまう。
「走って逃げようにも……俺はこの空間以外の場所だったら歩けもしないし……。ああっ!どうしよ!」
プラズマはマナを抱えながら社内をウロウロしているだけだった。
アンとレティは不気味がってかなり遠くで様子を見ている。
そのうち救急車のサイレンの音が聞こえてきてしまった。
プラズマはさらに焦り、どうしようか深く考えている所で社の奥から手が伸びてきた。
「手っ!?」
手は拒むプラズマを強引に引き寄せ、そのまま霊的空間へと引きずり込んだ。
救急隊の声が聞こえる中、プラズマとマナはその場から忽然と消えた。
三話
「そうだ!空間内に逃げる手があった!」
プラズマは自分が動揺していたことに気がついた。ここは霊的空間内のようだった。不思議な事に辺りはオレンジ色で染まっている。
「珍しいですわね……。向こうの神がこちらにいるのは……。」
ふとなんだか優しげな女の声が聞こえた。
「だ、誰だ?」
プラズマは力の抜けてしまったマナを抱きつつ、声の方を向いた。
声の主はプラズマのすぐ目の前に立っていた。
「うわっ!」
プラズマは思わず叫び、飛びのいた。
「そんなに驚く事ないでしょう?」
目の前にいたきれいな女性は神々しく光りながらこちらにほほ笑みを向けていた。
「びっくりした……。ん?……あんた……まさか……。」
プラズマはここがアマテラス大神の神社だという事を思い出した。
「ええ。ご存知の通り私はアマテラス大神。向こうでは私の娘、輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)に太陽を任せています。色々手違いがあり彼女に辛い思いをさせてしまった事もあってあの子の身を案じております。」
女はアマテラス大神と名乗ると長い美しい紫色の髪をそっと耳にかけた。
「サキの事か……。俺も見届けたが……あの子の母親の中には厄神がいたらしいぞ。」
プラズマはアマテラスをちらちら見ながら少し前に起きた事件を思い出していた。
「……あれは事故でしたの。私の代わりを務める神、輝照姫(こうしょうき)のために太陽にとどめておいた私の大切な神力を『ある巫女』が私欲のために太陽から引きずり降ろしてしまった。その巫女は私に熱心な巫女だったので私の大切な子をあの方に預けたのですが……やはり私欲で生きる人間……私の力は反転してしまい、巫女のよこしまな考えも入り込んで厄になってしまいました……。」
「なるほどな……巫女があんたの力を取り込んだからサキが生まれたんじゃなくてサキはもうあんたの代わりとして出来上がっていたってことか。で……?あんた、伍の世界にいるのになんで最近の向こうを知ってるんだよ。」
プラズマは神力関係なくとりあえず軽く話しかけた。なんとなく優しそうだったからだ。
「向こうへはいけませんが……太陽に残った私の神力が辛うじて向こうと繋がっているようですね。しかし、最近は輝照姫の神力が強くなってきましたので私の神力は消えかかっています。あの子は本当によく人間を救っている。本当にここ一年で太陽の信仰はかなり戻ってきました。向こうの人間は信じてないと言っても心の中では信じているのです。ですがこちらは……。」
「まあ、なんとなくわかるが……。」
アマテラスが軽くほほ笑んだのでプラズマもため息交じりに苦笑した。
「この社も私の霊的空間ではなくて私達の存在を少しでも信じてくれている人間達が創りだした弐の世界なのですよ。私達が存在する場所は人間達の想像の世界しか今はありません。ほんのごく一部。一握りです。こちらに住むKの少女でなんとか持っている……と言った方がいいかもしれませんが……。」
「ふーん……。やっぱこっちは生きづらいなあ。あ、でもこっちの人間はこっちの世界が生きやすいのか……。」
プラズマが独り言のようにつぶやいた言葉にいままで黙っていたマナはふと顔を上げた。
「生きやすくなんてないよ。少しでも変な想像すると精神病院に連れて行かれるんだよ?それ、おかしいと思うでしょ。」
マナはどこかふてくされていた。
「それを考えたあなたはもうこちらの世界の住人ではないのですよ。私の神社によく来るあの少女達はもうあなたを思い出さない。あの子達はあなたみたいにイレギュラーじゃないのです。想像はしていても一定以上は超えない。ちゃんとこの世界にそって動いています。あなたはこちらの世界から外れてしまいました。なのでデータが新規になり、違うデータになったので同じ外見でも彼女達に認知されないのです。」
「友達……だったのに……。」
アマテラスの言葉を聞いてマナは再び下を向いた。
「……あなたの基質は変わっていません。なのでもう一度友達になれば友達になれますよ。彼女達と波長が合うみたいなので……。」
「じゃあ、友達になってから……。」
「なってもいいですが……向こうの世界へは連れていけませんよ。先程も説明した通り、彼女達はこちらの世界に忠実です。普通の人間はあなたのように常識を捨てられないのです。」
アマテラスの忠告にマナは再び肩を落とした。アマテラスは再び言葉を紡ぐ。
「まあ、今回は妄想症の疑いがあると救急車に乗せられそうになっておりましたので特別にこちらに入れましたがあまり騒ぎを大きくされませんようにお願いします。」
「……。」
マナはアマテラスの念押しにとりあえず素直に頷いた。
「ところで、アマテラスさん。伍の世界に詳しんだよな?」
ふとプラズマが話題を変え、アマテラスに尋ねた。
「まあ、そうですわね。私はこちらに住んでおりますので。」
「じゃあ、伍の世界の人間は機械化に走っているっていう雰囲気はあるか?」
プラズマは伍の世界に来てアマテラスに会い、リョウの記憶で見た『機械化された人間』がこの時代でどこまで進んでいるのかを聞きたかった。
「ええ。そうですわね。最近では……他国と戦争を行うために他の国では死刑囚をサイボーグにすると言った実験が行われていると聞きます。非人道的であり、私達としては信じられません。せめてその死刑囚の心を救ってあげたいのですが……彼らは何も信じていないので私達も何もできません。」
「そうか……。すがるものが何もないから罰が下るとかバチが当たるとかそう言った感覚がこちらにはないんだな。だからそういう事を『倫理的に反する事』とする感情を失くしてしまったのか。それは人間としての反対は起きていないのか?」
プラズマはせつなげにアマテラスを仰いだ。
アマテラスが答えようとした刹那、マナが割り込んできた。
「起きてるよ。日本もそれに反対しているし。テレビで見たんだけど……ニュースで今は危険の伴うサイボーグ化だけどいずれは医療現場でも使われて病気を治すとか老化の部分を機械に変えて老化しないようにすることが可能になるんだって。安心で安全の誰でも受けることができる施術になるかもしれないって言ってた。細かいパーツの手術もロボットが導入されて機械化手術の失敗がなくなるとか機械パーツだと血液感染とかそう言った事もなくなるから流れ作業で沢山の人間を同時に見る事もできるって。」
「……おいおい……。人間はなんかの工場生産品か?ベルトコンベアーで流れてそれをロボットが壊れた部位を修理するか……そのうち、壊れた部位だけ取り出して車検みたいに預けても大丈夫そうな世界になりそうだな……。『肝臓の検診お願いします。』『お預かりしてから一週間程度かかります』みたいな。肝臓なんて一番大事な臓器なんだが軽くなりそうだな。」
プラズマはなんだかさらに気分悪そうに頭を抱えていた。
「やっぱり向こうじゃそれは普通じゃないんだ。」
マナは先程のダメージを少し引きずりつつ、つぶやいた。
「まあなあ。……なんか俺、こっちで怪現象起こしたくなった。」
「起こせませんわよ。」
プラズマの発言にアマテラスは即答して切り捨てた。
「なんでだよ。俺がいる事自体が怪現象なもんじゃねぇか。」
「ではあなた、この社から外に出て霊的着物に着替えてみなさい。私ですらこの空間に留まるのが精いっぱいだというのに。」
「あー……なんとなくわかったからいいよ。つまり、俺は今霊的武器も霊的着物もなにもかも出すことができないわけだな。」
「そのとおりですわ。」
こちらに長くいるアマテラスがそういうのならばプラズマはわざわざ試したりしない。
「……あなたがアマテラス大神さんなんだよね?そういえば私、スサノオさんに会ったよ。」
今度はマナがアマテラスに声をかけた。
「あら。弟に会ったのですね。弟は今、伍の世界の弐の世界でウロウロしていると思いますけど。」
「ウロウロしていたよ。そういえば。ウロウロとか言ったら失礼なのかな?」
マナはスサノオの風貌を思い出していた。よく見ると髪の色とか瞳の部分が似ている。
「それで……もしかするとツクヨミにも会ってみたくなったのかしら?」
アマテラスの言葉にマナは大きく頷いた。
「うん。一度会ってみたいと思っていたの。ここと同じ神社を向こうの世界で見たの。それが気になって……。」
「同じ神社……それって祭られている神は私達でしたか?」
「え……。あ、そういえば確認してない。」
「私達でも向こうの人間が勝手に想像した私達かもしれません。そうしましたら同じ名前でも私ではありませんよ。」
アマテラスは霊的空間の先を遠い目で見つめた。その先は何もないがアマテラスには向こうの世界が映っているのかもしれない。
「もし、向こうの神社が三貴神さん達だったらこっちと向こうがここでリンクしてたりして……。リョウの予言からして……この神社を使って向こうとこっちを繋いでしまうとか。」
プラズマは顔を青くしながらマナを見据えた。
「あり得るかもしれないね。ちょっと調べてみようか……。」
マナはプラズマに頷き返すと霊的空間の先に目を向けた。
「……あら、ここから先に行こうとしているのでしょうか?特には止めませんが……私もどうなっているかわかりませんわ。」
「うん。じゃあなおさら行ってみないといけないわ。」
アマテラスの心配そうな顔を見ながらマナは大きく頷いた。
「まあ、もう俺もこっちに来れたし、怖くない。あんたについてくよ。」
プラズマはマナに笑みを向けた。
四話
マナとプラズマはアマテラスが心配そうに見守る中、オレンジの世界から真っ暗な世界へと足を踏み出した。
ふたりの顔に少しの緊張が出る。マナのする何かが世界を変えないとも限らない。慎重に動く必要があった。
しばらく黙々と真っ暗な世界を歩いていると、目の前から電子数字のデータが沢山流れてきた。
「沢山の数字が……。」
マナがつぶやいたがプラズマはきょとんとしていた。プラズマには見えていないようだ。
そこでマナは眼鏡をそっと外してみた。眼鏡を外すと電子数字はきれいに消えた。
この眼鏡は確か、向こうの世界の眼鏡だと言っていた。ここで映る電子数字は一体向こうの世界の何のデータなのか……。
そう思ったが確かめるものもなく、とりあえずマナは再び歩き出した。後ろをプラズマが控えめについてくる。
またさらに歩くとマナ達は突然、電子数字に囲まれた。
「ひぃっ!なんか消えてる!」
プラズマの悲鳴が後ろで聞こえた。マナが振り返るとプラズマが透けて消えかけていた。足元から電子数字で分解されている。
「プラズマさん?」
マナも自分の体を見た。マナも透けており、四肢から電子数字で分解されていた。
戻った方がいいか、そのまま進むか考えていたが消えるスピードの方が早く、マナとプラズマは電子数字に紛れて消えてしまった。
****
「戻ってきたんだ。お姉さん。」
ふと少女の声が聞こえた。まだ幼い声だ。
……この声……どこかで聞いた事あるような……。
マナがそう思いながら重い瞼を開けた。
目を開けると目の前で黄色いワンピースを着ている幼女がマナを見下ろしながら立っていた。
「き、君は……えっと……そうだ!ケイちゃんだったっけ?」
「そう。もうこちらの世界のKと名乗った方が良さそうだね。」
少女ケイは近くのベッドに腰かけるとパソコンを指差した。
「あなた達はパソコンから突然、ここに飛び出してきた。」
ケイはパソコンを指差した後、床を指差した。ここはマナが向こうの世界入りしたきっかけを作ったケイの病室だった。床では三匹のハムスターのケージが置いてある。
「あっ!プラズマさんは!?」
マナはプラズマを思い出し、探した。またもプラズマを忘れてしまう所だった。
「いるよ。急激に体が鉛みたいになっちまった……。」
マナのすぐ後ろでプラズマが大の字に寝転がっていた。
「プラズマさん……。良かった。……アマテラスさんの神社の先はケイちゃんのパソコンに繋がっていたみたいだわ。本当に信じられない……。私達の世界の裏にこんなことがあるなんて。」
マナは心底驚いた顔でケイの持っているパソコンを眺めた。
「……アマテラス大神の神社からここに来たんだね?彼女達は私の想像の世界にいる事もあるから。」
ケイはほぼ無表情のまま開いていたパソコンを閉じた。
そしてそのままマナ達を見ると静かに口を開いた。
「……あなた達は……私達こちらのKを救ってくれる?」
「え?」
マナは一瞬考えた。考えた後、この子が言っている言葉の本質を理解した。
「そっか。ケイちゃんは向こうへいけないんだったね。あなたが私を向こうへ連れて行ったことで人間が絶滅しちゃうんだって。ケイちゃんは今の状態をなんとかして変えたいから私を向こうへ入れたんでしょ?私は向こうでは異物だったみたい。」
「知ってるよ。」
マナが優しく語りかけるとケイの少女はそっけなくつぶやいた。
「だから私はこっちの世界にいないといけないみたいなんだけど……。」
「あなたが頼りだったのに。向こうとこちらを繋げられるキーパーソンだった。この世界ではもうないはずの結界を私が持っているから平和なあの神々がいる世界と融合したかった。」
ケイの発言でマナは気がついた。ケイはパソコンを撫でながら子供じみた悔しそうな顔をしていた。
「そうか。ケイちゃんが私を助けて向こうとこちらを繋げてしまうんだ。未来が見られる向こうの世界の時神、リョウって子から聞いたの。そうだったわ。私はケイちゃんに向こうの世界へ連れて行ってもらったんだ。ケイちゃんはもしかすると向こうとこちらをつなげられる何かをこれからするのかもしれない。」
「……そんな事できないよ。三貴神に手伝ってもらえばもしかすると繋がるかもだけど。特にアマテラスとツクヨミは向こうの世界の太陽と月に神力を残しているようだから。スサノオも向こうに子供がいるはずだし。」
「……。はっきりしたわ。私はおそらく、三貴神とケイちゃんを使ってこちらと向こうを繋ぐ。リョウ君が『どうやってつなげたかわからないけど』って言ってたけど、こちらの世界の事だったから彼は未来を見られなかったんだ。」
表情のあまりないケイにマナははっきりと確信を持った。
「じゃあ、何もしない方がいいんじゃないか?逆に。」
いままで黙っていたプラズマが苦しそうに会話に入り込んできた。
「せっかくうまくいったのに!なんで世界をつなげてくれないの!」
ケイが突然感情をむき出しにして怒った。彼女はまだ子供だ。感情のコントロールができていない。
「え?」
突然の事にマナとプラズマは固まった。
「世界を繋げてよ!私達、こっちの世界が嫌いなの!私達は平和に生きたいの!こっちでの世界のニュースは戦争戦争戦争!なんで争わないといけないの?なんで戦わないといけないの?なんでこんなに命が軽いのっ!私にはわかんない!」
ケイはあふれだす感情のまま叫び、パソコンを置いていた机を蹴とばした。マナとプラズマはビクッと肩を震わせながらケイの豹変に戸惑っていた。
「なんでよっ!どうしてよっ!パパとママと三人でおうちに住みたいだけなのに!それくらい神様に願ったっていいじゃない!好きなオモチャがほしくて買ってもらえますようにって神様に願いに行ったっていいじゃない!遊びに行くときに晴れますようにってお願いしたっていいじゃない……。なんでダメなの?私がした事ってそんなにおかしいこと?違う!向こうの世界ではおかしくないこと!……うわあああん!」
ケイはついに泣き出した。ケイが泣き出した刹那、病院の先生やら看護師やらが慌てて入ってきた。
「ッ……?君達は?面会者かな?」
ドクターだと思われる男はマナとプラズマに向かって鋭い視線を飛ばした。
「え……?あ、はい。」
マナとプラズマはとりあえず話を合わせて返事をし、なんだか大変なことになってしまった病室からとりあえず外に出た。
「この世界がいけないんだ!平和がいい!Kの友達は皆そう思ってるッ!思っているんだァ!!」
病室内ではケイの言葉になっていない叫び声が聞こえた。
「また始まったか。一応、開発された子供用のものだが……効くか……。」
ドクターの声も聞こえ、安定剤の注射を打たれているケイが見える。
マナとプラズマはなんだか怖くなり、いったん病院外に出ることにした。
五話
マナに肩を貸してもらいながらプラズマはなんとか病院の外に出る事が出来た。総合受付を通り過ぎて中庭を通り過ぎて駐車場を通り過ぎてようやく病院外だと感じた。
「ふぃー……マナ、助かった。」
「うん。大丈夫。妄想症ってああいう風になるんだね。でもケイちゃん、なんだかかわいそうだった。
私がなんとかできるならなんとかしてあげたい。……けど……。」
マナはリョウが見せた未来を思い出し、口ごもった。
「あんたが世界を繋げると戦争が起きるし、ケイって女の子は両親と三人で暮らしたいと思っている。だからケイって女の子を向こうへ連れて行く事はできない。両親が向こうへ行く段階で消滅してしまう可能性があるから……ってか。」
プラズマはマナに代わり続きを確認するように話した。
「そういう事だね。でもこちらの世界で苦しんでいる子を助けてあげたいの。」
「あんたは立派な現人神だな。俺、今さ、あんたがこちらの世界で救いの手を差し伸べて神力を上げたらいいんじゃないかって思ったんだが、万が一信じる人間が増えたとして向こうの世界と融合したらまた戦争が起きるのか?」
プラズマはマナに抱えられながらとりあえずあてもなく歩き出した。
「そんなのわからないよ。またリョウ君に聞かないと。……ケイちゃん達を救うためにはどうすればいいか、とりあえずツクヨミ神さんに会いに行ってみる?」
「そうだな。俺は歩くのも精いっぱいだし、もう行くところもないから行ってみよう。」
「じゃあ、そっちに向かうよ。」
マナはツクヨミ神が祭られているはずの神社へと方向転換し歩き出した。
アマテラス大神の神社とは反対の方向にマナとプラズマは歩いて行った。この三社は病院を正三角形に結ぶ感じで建っている。
以前、レティとアンとマナはそれを学校の図書館で話し合った。
もうそれも遠い記憶の様に感じる。ついこの間だったのだが。
「……そういえば、あんた……その眼鏡で一体何が見えているんだ?向こうにいた時にわけわからない事言ってたのを思い出したんだが。」
プラズマは歩いている辛さを紛らわそうとマナに話しかけた。
マナは一瞬黙ると目線を前に向けて口を開いた。
「うん。眼鏡はスサノオさんからもらったんだけどなんか向こうの世界ではこの眼鏡をつけていないと神々が電子数字に見えるの。怖いからこっちの世界でもつけているんだけどこっちの世界ではこの眼鏡でおかしいところはないかな。あ、ケイちゃんのパソコンに出て行く前に電子数字が通ったのを見たけどそれくらい。」
「ほお。」
プラズマは不思議そうに眼鏡を眺めた。しばらく他に何か思い出そうと考えていたマナはふと大事なことを思いだした。
「そうだわ!」
「うおっ!なんだよ。急に。」
驚くプラズマに必死な顔を向けたマナは早口に大事なことを話し始めた。
「そう!アヤさん達の学校にいた時に屋上でこの眼鏡を外したの。そうしたら……この病院と同じように配置されている三つの鳥居が見えた……。そういえばそうだ。あれは眼鏡を外さないと見えなかったんだった。」
「ふーん……なんか奇妙な話だな。俺、向こうにいた時、あの学校周辺を散策していたんだが神社はなかったぞ。まあ、ちまちました神社はあったが。」
マナとプラズマは病院の交差点前道路にたどり着き、横断歩道を渡ってビルが立ち並ぶ中を歩いた。
「間違いじゃなかった。二回くらい確認したから。」
「そうか……。可能性があるとするなら……世界が分断する前にあんたが見ていた方向に神社があったかだな。つまりあんたは伍の世界に精通しているわけで分断される前の世界と分断された後の伍の世界のデータを持っているわけだ。そこに神社があったという名残をみたのかもしれないな。」
「名残か……。いままでそんなの見えた事なかったけどあっちの世界は幻想みたいなものだったから見えたのかな。」
「まあ、俺からするとこっちが幻想みたいなもんだがな。」
マナにもたれかかって歩くプラズマは自分の情けなさにため息をついた。
場所や雰囲気は向こうの世界と大して変わらない。変わらないはずなのにどうしてこんなにも違うように見えるのか。
しばらくビルの中を黙々と歩いていたマナは緑が多い街路樹の方面へと足を進めた。
真ん中には整備されたオブジェのような浅い川が流れている。
「ここはまた……避暑地のような所だな。」
「うん。避暑地と言うかここから先にある歴史的建造物ツクヨミ神の神社の景観を損なわないようにこの辺は観光客向けに整備されたんだよ。」
「まあ、一応こっちの人間は文化遺産とか歴史とかは大切にしているってか。」
プラズマの言葉にマナは軽くほほ笑んだ。
「……観光客を呼んで経済効果を上げるだけだけどね。どこの国の人間も同じだと思うけど自分達の所にないものは見に来るんだよ。興味本位で。」
「なるほどな。そりゃあ、向こうでも同じだったぞ。」
「人間の本質は変わらないんだね。……あ、ここだよ。」
マナは歴史的な雰囲気が残っている木の門がある場所で止まった。
そこから先は石畳が続いている。
「ここは石段はないんだな……。」
「うん。ここはない。さっきの川が流れてた所が石段みたいなものだったんだよ。地味な坂道だったんだ。」
「そっか。ここも観光客が多いな……。」
プラズマは自撮り棒で写真撮影をしている海外の人々に目を丸くしながらマナと共に通り過ぎた。
石畳を過ぎると大きな鳥居があった。その鳥居の奥には細かい造形がなされている社が建っていた。ここももちろん、賽銭箱もなければ神主も巫女もいない。
当然ながら御朱印ももらえない。
「ついたよ。プラズマさん、何か見える?」
「……いや……。社内には何も見えない。しかし……その横にある池みたいなものには神力がわずかにあるな。」
プラズマは境内にある日本庭園の小さな池を指差した。
「行ってみようか……。」
マナは恐る恐るプラズマを抱えながら日本庭園内の池に近づいた。
「何かを感じるが……今はただの池だな。それよりもなんか腹が減ったな……。何か食べてからまたここに戻ってこようぜ……。」
プラズマが『疲れた』を全面的に出したような顔でマナを仰いだ。
「……もう、しょうがないなあ。確かにお腹すいたし……。お金は財布になけなしの小銭が……。」
マナはポケットから財布を取りだした。中身を確認する。
千円札が一枚あった。
「千円か……まあ、二人分くらいなんとかなるかな。っていうか、俺が持っている金はこっちでは使えるんだよな?こっちも円だし。」
プラズマは思い出したようにポケットから財布を取りだした。中身を見ると一銭も入っていなかった。
「あ……。よく考えたら俺が持っていた金って未来の金だった。俺、未来から来たんだったよ。つじつま合わせかなんか知らないがないことになってやがる。」
プラズマは肩を落としてうなだれた。
「ま、まあ、安くておいしいお店あるから大丈夫よ。私、よくここら辺散歩してたの。安いお店いっぱい知っているから……。」
マナがプラズマを励ましつつ、再び肩を貸して歩き出した。
六話
石畳付近まで戻り、そこから観光客向けの歩道をまっすぐ進むと再びビル群の中へ入った。
「えーと……このビル内にある創作うどん屋さんがおいしいよ。安いし。」
マナがガラス張りの高いビルを指差した。
「ほお。創作ねえ。想像に乏しい人間達が何を作るのか興味はあるな。」
プラズマはビルから出たり入ったりする人間達を茫然と眺めながらつぶやいた。
「想像に乏しいって言ってもちゃんと想像してるから。ゲームだって漫画だって想像の塊みたいなのもちゃんとあるし。ただ、誰も憧れたりしないだけ。お話が面白ければ人気出るけどそこから先の想像はない。そういう系の人達は国家資格みたいなものだから一般人が安易にまねしたりしないの。」
「ははっ。そういう想像を振りまく職業が国家資格だと?なんだそれ。つまりなんだ?妄想症ってやつと隣り合わせだから特殊な人間しかできない職って事なのか?危険を伴うとか?」
プラズマは思わず笑いだしてしまった。
「な、なんで笑うの?その通りだけど……。」
マナは突然笑い出したプラズマを不思議そうに眺めた。
「不思議な事だな。向こうじゃアマチュアでも趣味でも自作の漫画や小説、ゲームなんてふつうに作っているぞ。誰でも自分の世界を持っていればできる事だが、そうか、こっちだとそんな風になってやがるのか。」
「うん。向こうだと違うんだね。」
マナとプラズマはそんな話をしながらビルの中を歩き出した。一階部分は喫茶店だったがそこを通り過ぎ、エレベーターで五階を目指した。五階はお食事処が固まっている階だった。
その一角にあるうどん屋さんにふたりは入った。幸い四時過ぎだったのでピークは過ぎていてスムーズに入れた。
プラズマが席に座りメニューを開くとそこには多彩な創作うどんが写真付きで載っていた。
「……おお。確かに考えられて作られてそうだ。」
「そうそう、味のバランスとか彩りとか計算されて作られているからおいしいの。ここの説明によると人の舌にある味蕾でうま味を感じる部分と塩味と甘味、酸味、そして痛みに分類されるみたいだけど辛味をうまく調節してそれぞれ個人に合わせた好みのうどんを作ったんだって。最初に何の味が来るのかそれも計算に入れられていて……。」
「ずいぶんと的確に創作してやがるんだな。」
プラズマは若干うんざりした顔でメニューを眺めた。
「私はいつもここに来るとこの……シンプルなキノコうどんかな。」
「ふーん。じゃあ俺はこれ。かき揚げうどん。」
「じゃあ、頼むね。」
マナは呼び鈴を押して店員さんを呼ぶと素早くうどんを頼んだ。頼んですぐにうどんが出てきた。
「……早い……。」
「早さも売りらしいよ。」
ふたりは「いただきます。」と手を合わせるとそのまま食べ始めた。
「お!こりゃうまいな。……だが、なんだか完璧すぎて寂しい気もするな。味に雑味がまるでないんだ。いや、確かにうまい。うまいんだが……。」
「雑味がない……か。」
マナも頼んだうどんを改めてすするが特に違和感を覚える事はなかった。
うどんを食べ終えたふたりは満腹になり満足をし、そのままツクヨミ神の神社を目指し歩き出した。
空はもうすでに薄暗くなっており、会社帰りのサラリーマンが家路につくために歩いている姿や飲みに行く姿などが見えた。
「こうしてパッと見ていると俺がいた世界となんら変わりがないんだがな。」
「……確かに人的には向こうの人間も大して変わらなかったね。」
マナはプラズマを抱えながら再び観光客向けの歩道へ出た。
暗くなるにつれて観光客はいなくなっていた。静かでほぼ誰もいない歩道を軽く息を弾ませながらマナは歩いた。
「……なあ。」
ふとプラズマがマナを呼んだ。マナは歩みを止めずにプラズマの方を見た。
「何?」
「俺、なんかヤな予感がするんだ。あ、ツクヨミ神の神社を調べるのが嫌なんじゃないぞ。ただ、その後だ。何も未来は見えないが予感はする。」
「……。」
プラズマの言葉にマナは息を飲んだがどうしようもないので歩みは止めなかった。
七話
ツクヨミ神の神社まで戻り、社付近の池を覗き込んだ。
池には月が映っていた。
満月ではなく少し欠けた月だった。
「プラズマさん、どう?なんか感じる?」
マナが尋ねるとプラズマは息を飲んで頷いた。
「ああ。月が映っている今、昼間来た時と違う霊的空間が見える。」
「また……霊的空間。」
プラズマとマナはしばらく黙って月が映る池を眺めていた。池は月が反射してキラキラと幻想的に輝いていた。
「入ってみるか?」
プラズマは重たい口を開いた。
「入るって池に?」
「大丈夫だ。飛び込むぞ。」
「えええっ!」
プラズマは突然にマナの手を握り、動転しているマナを引っ張って池に飛び込んだ。
揺れる水面と水面ごしに月が見えた。それは幻想的でとても美しかった。
マナは水の心地よい音を聞きながら泡を吐き、ふと思った。
……いつから人はこういうきれいなものを見なくなったのだろう。月や星はあんなにきれいなのに人はそれを楽しむことを忘れてしまった。
……私もそれを忘れていた……。
「おい。マナ。いつまでぼうっとしてるんだ。」
「はっ!」
なぜかプラズマに肩を揺すられてマナは我に返った。
気がつくと普通に息ができ、しかも水の中にいるはずなのに立っていた。
辺りを見回すと淡いクリーム色の世界が広がっていた。
「な、なにここ!」
「霊的空間だ。月が出ている時しか開かないらしいな。……で……。」
プラズマはマナを落ち着かせてある一点を睨んだ。プラズマが見ている方向にホログラムの様に烏帽子に水干袴の青年がゆっくりと現れた。美しく長い紫色の髪はアマテラス大神やスサノオ尊を想像させた。そして秀麗な顔立ちもあの二神に似ていた。
「そんな睨まなくてもいいじゃないか。僕の空間内に入ってきたのは君達がはじめてだよ。うわあ……久しぶりの神だ。」
「あんたは……ツクヨミ神だな。」
「ご名答。その通りだよ。僕はツクヨミ。よろしくね。」
「ツクヨミ神!?」
紫の髪の青年にマナは驚いたがよく考えれば先程のアマテラス大神と出会いは同じだ。
「さっき、アマテラス大神とスサノオ尊に会ったぞ。」
プラズマがとりあえず会話を始めるとツクヨミ神はどこか嬉しそうに頷いた。
「そっか。まだ消えていなかったんだね。ほら、僕達はこの空間から出られないから安否確認に出かけられないんだよ。本当に誰も信じてくれないものでね。」
「あんたはKを知っているか?」
プラズマは聞きたいことを質問してみた。
「K?ああ、こっちの世界でもいっぱいいるよ。平和を願っている子達は皆Kだから。ああ、その中で一番まずい症状とエラーが出ているのが……。」
ツクヨミ神はそこで言葉を切って言うか言わないか迷っていた。
「病院に隔離されているあの子だろ。」
「良く知っているね。なら話が早い。そう、あの子だ。……あの子は近い将来、『ソウハニウム』とタンパク質との拒絶反応を生み、身体のあちらこちらが悪くなる。もう生きているのも精一杯かと思われるけどそんな時に両親はアメリカで機械化手術の事を知る。タンパク質を使わずにソウハニウムを体にとどめておけるし、機械が体を守るので感情も安定するだろうと、世界が注目する大手術に挑むんだよ。」
「……?いきなり何言ってんだ?よくわからないぞ。だいたいソウハニウムってなんだよ。」
プラズマが首を傾げていたのでツクヨミ神は「あれ?」とさらに首を傾げた。
「未来だよ。ここ一、二週間くらいの。ちょっとだったら読めるんだ。あ、ソウハニウムも知らないのか。こちらの世界で最近研究されている向こうの世界だと『魂』と呼ばれているエネルギーの事だよ。ずっと霊的なものだった魂がここに来て突然、物質として発見されたんだ。それも全然関係ないような実験でたまたまできてはじめは新しい物質だとして研究者が使い道を必死で探していたんだ。それで人が死ぬときに発するエネルギーがこれに似ているとして研究が進められるとはっきりとわかってそれで正式にソウハニウムっていう物質になったわけ。」
ツクヨミ神は飄々と手振りをつけて説明をした。
プラズマはあまりに異色の世界に口をパクパクしていた。
「そ、それって、こっちの世界だと不思議な事がないって事になるから世界が魂の成分をわかりやすくはっきりとした物質にデータ改善したって事か?」
「その可能性もあるけど僕にはわからない。まあ、とりあえずソウハニウムって物質はタンパク質と良く結びつくようで肉体が腐らないようにする防腐効果もあるらしい。それでも年月を重ねるごとにソウハニウムは外に出て行ってなくなっていくようで体は衰えるみたい。今はソウハニウムを体にとどめておける食材とかが開発されているようだよ。」
「ソウハ……ニウム。」
ツクヨミ神の長い説明を聞きながらプラズマはふとマナを仰いだ。
マナはうんうんと大きく頷いていた。
「その通りだよ。思い出した!!こないだ本屋で売っていたちょっと怪しい科学雑誌を読んだんだけど、タンパク質とソウハニウムをガンマー線に当ててから変圧したっていう化学合成してできたトランスソウプロテニウムっていう金属に近い物質が人工臓器として今後活躍すると。透過しちゃうガンマー線って意味ないように見えるけどこれをすることでこの物質ができるんだって。詳しい事はよくわからないけど。怪しすぎて忘れてたよ。」
「本当にそうなのかよ……。怪しいなあ。しかし、よく勉強してるな。俺なんかチンプンだ。エックス線なら知っているけどな。」
プラズマはマナの続きの説明に頭を抱えた。
「まあ、とりあえず、そういうわけで僕はもっと信仰されなくなったってわけ。」
ツクヨミ神がトホホと肩を落とす。
「それで?あんたはこの世界をどう思っているんだ?」
プラズマは唸りながらツクヨミ神に尋ねた。
「うーん。どうって言われても……別にいいよ。人間がそれを望んだのならそれでいい。」
ツクヨミ神は別に何とも思っていなさそうだった。
「ほんと、神って楽観的だよな。」
「そうかな?」
「……この世界でお前達を信じたがために苦しんでいるやつは少なからずいるぞ。」
プラズマはマナやケイを思い浮かべながらツクヨミ神に言い放った。
「……情けないけど、表に出られないんだ。だから夢の中でせめて救ってあげている。スサノオが一番それをやっているだろうね。僕とアマテラスはこちらの世界の目なんだ。だからこちらの世界を見届けないといけない。スサノオはそうじゃないから。」
ツクヨミ神は何もないクリーム色の世界を何げなく見回した。
「そっか。あんたらも大変なんだな。で、またここから先に行くとケイって子の病室にたどり着くのか?」
プラズマはどこまでも続きそうなクリーム色の空間を指差して尋ねた。
「……いや。僕にはわからないけど。行ってみたら?」
ツクヨミ神が少し楽しそうにプラズマとマナを見ていた。
プラズマは「どうする?」とマナに目を向けた。
「行ってみてもいいかもしれない。どうせやることもないし。」
マナはまたも気分の高ぶりを感じた。また不思議な世界を歩くことができる。
マナの思考はそちらへと向かって行った。
「あんた、やっぱりどこまでもぶっ飛んでるな。じゃ、行くか?」
「うん!」
プラズマの声にマナは元気よく頷いていた。
八話
マナとプラズマはツクヨミ神に見守られながらクリーム色の世界へ足を踏み出した。
プラズマはここが霊的空間だからか今まで通り普通に歩いている。
クリーム色の空間はやがて先程のように真黒な空間へと変わった。
またも闇の中を歩く不安感がマナとプラズマを襲った。
「またあの子の病室に着いたらなんて顔しようか……。」
プラズマはそれが不安だったようだ。
「今度は刺激しないようにちゃんと話そう。」
マナも緊張感をもって一歩一歩を進んだ。しばらくすると、再び電子数字が流れ始めた。
「まただ……。」
「やっぱり病室か?」
二人の顔が強張った刹那、口から泡が漏れた。
「……!?」
よくわからない浮遊感がその後すぐに来た。それと息苦しさもプラスされている。
……ここは水の中!
上を見上げると月が水面ごしに見えた。
先程、飛び込んだ時と同じ感覚だ。
慌てて水面を目指して泳ぐ。息が詰まりそうになった時、ようやく水面上に顔を出すことができた。
「……ぶはっ!」
となりでプラズマも大きく息を吸い込んでいた。
「あれ……?ここは?」
マナは辺りを見回して驚いた。先程の神社ではなく、全然関係のない場所に来ていた。
辺りは森で囲まれており、目の前に大きな和風のお屋敷が堂々と立っていた。
まるで江戸時代か何かに戻ったようだ。
「……ここは……違う!」
プラズマは辺りを見回し叫んだ。
マナはプラズマの声にビクッと肩を震わせた。
「な、なに?いきなり……。」
「ここは未来だ。俺が住んでいた世界の未来だ。」
「え?未来ってどう見ても……。」
プラズマの鋭い視線にマナはそこから言葉をつぐんだ。
「まずいな。ここは俺が住むはずの屋敷だ。」
「ええっ!?」
プラズマの発言にマナは飛び上がる勢いで驚いた。
「未来で見たんだ。こっちの未来は獣と交わる術を手に入れた人間が退化をしながら生きているんだ。俺は人間に見えるが神だから動物や人間と交わることができない。おまけにずっと生きているもんでこの辺の豪族になった。俺は純血様と呼ばれていた。何物とも交わっていない純血の人間だと思われていたからだ。それで俺は……ここで兎耳の少女に出会う。」
「……。」
マナは驚きすぎて声が出なかった。こちらの世界は向こうとは違い本当によくわからない世界だった。
だいたい動物と交わる技術がわからない。どうやっているのかもどういう仕組みなのかもわからない。
「ダメだ……この時間軸は……。」
プラズマがそうつぶやいた時、「侵入者!」と叫ぶ声と銃声が聞こえた。目の前の門で牛のツノが生えている人間のような人とライオンの鬣みたいなものが生えている人間のような人が走っていた。二人とも二足歩行で目標を追っている。
そしてその門番を潜り抜けて門の辺りを茶髪の少女と黒髪の少年が走り抜けていた。
「あっ!アヤさん!?」
マナは茶髪の少女に目を向けて水を飲み込む勢いで驚いた。
茶髪の少女はこちらの世界であった時神現代神アヤであった。隣の黒髪の少年は誰だかわからない。
「まずい!こっちに来る!ここには俺がいる!俺は俺に会ったら俺が消滅してしまう!」
プラズマはわけのわからない事をもがきながら叫び、マナを引っ張り再び水の中へと潜った。
「がぽぽっ!」
マナは突然にプラズマが引っ張ったので思い切り水を飲み、そのまま失神した。
九話
「おい!マナ!悪かった!大丈夫か!」
ふとまたプラズマの声がした。マナはゆっくりと目を開けた。マナはびしょ濡れのまま地面に寝かされていた。
「ん?」
ゆっくり起き上がってみると目の前に池があった。後ろを振り返ってみるとツクヨミ神社の社が堂々とそびえたっていた。
「……あれ?」
「無事だったか……。」
天気は快晴で太陽が照っているのにプラズマの顔はやたらと沈んでいた。
「う、うん。生きているみたい……。それよりもなんで昼に?」
マナはここに飛び込んだ時に夜だったことを思いだした。
「さあ?よくわからないが時間が通り過ぎたようだ。」
プラズマは安堵のため息をつくとその場に腰を落とした。
プラズマの髪からも水が滴っている。ふたりはなんだかわからないが元の場所に戻ってきたようだ。
「一瞬だけ不可解なものを見た気がするけど……夢じゃないんだよね?」
「夢じゃないな。あれは……まあ、色々あった時の未来だ。」
プラズマが言葉を濁したのでマナはそこから強く聞いたりしなかった。第一おそらく聞いてもわからない。
これは時神アヤが時神になる時に起こる事件なのだがそれをマナが理解できるはずはない。
しばらく戻って来る事ができた余韻に浸っていたがそれもすぐに壊れた。
目の前からレティとアンが歩いてきたからだ。
「え?」
しかし、マナはレティとアンを訝しげに見つめていた。
「ん?どうした?」
プラズマもマナの目線に気がつき、目を社付近へと向ける。
「……本当にレティとアン……なの?」
マナは何度も二人を見た。二人はお化粧をしており、少し大人びていた。そして腕にはそれぞれ子供を抱いていた。
「……あれはあの二人のガキ共か?おかしいな。あの子達は高校生だったはずだぞ。」
レティとアンだと思われる女性達はマナ達には気がついていないようで楽しそうにおしゃべりをしていた。
「アン、あんたの子、検診は?」
「ああ、人工臓器の?大丈夫だった。この子に病気なんてしてほしくないもん。」
アンは腕に抱く子供に頬ずりをしていた。
「うちも平気だったわよ。旦那は肝臓のメンテナンスしてるけどね。飲みすぎなのよ。」
レティはいたずらっぽく笑った。
「人工臓器ってしかしすごいよね。魔法みたいだ。」
「そうねぇ。魔法か。昔はよくこんなとことか来て怪現象だ!五芒星だ!なんて言ってたけど今はそんな事考えている暇もない。」
アンとレティは神社の社を眺めてしみじみ思い出すように言葉を発していた。
「そりゃあねえ。だってうちら今年で三十だよ。子供だって二人目だし。」
アンは楽しそうに笑っていた。
「私はまだ一人目ですぅ!ついこないだ結婚したんだもん。もう一人くらいほしいけど高齢出産が心配。」
レティがため息交じりに子供の顔を見た。
「大丈夫じゃない?レティのソウハニウムの指数結構高いじゃん。」
「それだけじゃないでしょ。血液とかそういうのでも老化は来るんだから。まあ、そのうち、血液もなくなるんでしょうけど。」
レティとアンはそんな会話をしばらく続けると再び歩き出した。
そこで茫然と立っているマナとプラズマに出会ってしまった。
「あれ……あなた達は……ずいぶん前に……。」
レティとアンは急に顔色を悪くした。不安げな声がマナ達の耳に届く。
「あ、えっと……その……。」
マナは自分が取り残されたような気がしていた。何を話せばいいかわからない。
「全然外見変わってないんだね。そうか。君は妄想症の治療で人口臓器とか入れたのかな。」
「成功例は年を取らないっていう……。」
二人は口々にマナのわからない事を言う。
「うらやましいなあ。重度の自己解離性って認められないと手術で保険が下りないんだよね。皆やりたがっているけどなかなかね。手が伸びないよね。」
「いいなあ。で?完治はしたのかな?」
二人はやたらと興味津々にマナに尋ねてきた。こないだとは真逆の展開だ。
「えっと……その……。」
何も言葉が思いつかないマナはその場でもじもじとするしかなかった。
「ああ、ごめんね。迷惑だったかな?じゃあ、私達はこれで。」
「妄想症の予後ってけっこう大変っていうし、ま、まあ、頑張ってね。」
二人はマナの雰囲気で会話を打ち切り、子供を連れて去って行った。
「ど……どういう事……?」
マナは二人の背中を茫然と見つめた後、プラズマを仰いだ。
「……知らないが……あの子達が三十歳だとすると俺達はこちらの世界の未来へ飛んだ事になるな。」
プラズマは再びだるそうにしていた。
「……レティもアンも私の手の届かない所へ行っちゃった……。ケイちゃんは……何しているのかな……。」
マナは少し寂しそうにしていたがもう割り切ることにした。彼女達は自分をもう思い出さない。ついていけない。
「ケイって子はアメリカで手術かなんかしてとかツクヨミさんが言ってなかったか?」
「言ってたけど……なんだか怖い世界。」
馴染めていない自分がただこの世界に恐れを抱いているのか向こうの世界のデータを持っているらしい自分がこちらの世界に恐怖しているのかわからないがマナはとりあえず怖いと思った。
「とりあえず……またあそこの病院でも行ってみるか?」
雰囲気が何も変わらないプラズマは病院にいく提案をしてきた。マナは小さく頷いた。
『タイムスリップ』、『異世界に行く』とは恐ろしいものでもし、自分が今とかけ離れた場所へ行ってしまった場合、馴染むよりも先に頭がおかしくなるだろうとマナは思った。
そしてもしかするとそうなってしまった人は自分の命を絶ってしまうかもしれない。
想像や妄想の世界では主人公はきっと世界に馴染んで当たり前のように魔法とか使ったりしているのだろう。怪現象も受け入れているのだろう。
マナはもうすでにこちらの世界で馴染める気はしなかった。向こうの世界でもなじめるかわからなかった。
最終的にはどちらにも馴染めていない中途半端な何かになっていることに今更気がついた。
十話
気を取り直してマナはプラズマに肩を貸してやると病院に向かって歩き出した。太陽が照っていて真夏を思わせるほどに暑い。
未来に飛んでも道が変わるわけではなく、神社はちゃんと昔の日本みたいになっていたし、遊歩道もそのままだった。
「悪いな……やっぱり体が動かない。」
「うん。大丈夫。」
プラズマが申し訳なさそうな顔をしているのでマナは汗を拭いながら励ましておいた。
遊歩道を歩き終わるといままでなかったはずの電気街が姿を現した。
家電だけではなく何に使うかわからない電化製品も売っていた。店頭で売られているテレビは最新型で壁に貼れるくらいまで薄くなっていた。
そのテレビに映っていたのは汚染物質を浴びた虫が猛毒を宿した虫へと進化を遂げ、人間を襲っているニュースだった。得体のしれない有害物質を体に取り込んだ虫は刺されるとどんな症状がでるかわからないという。それに向けて新たな殺虫剤も開発され、都会では人工皮膚も進められているためそうそう被害は拡大しない……といったものだった。
人間達は自分を守るために子供のうちから人口の皮膚に変える手術をし、最近世界を充満し始めた有害物質から身を守るために自分の喉に空気清浄器をつけ、機械化が進み熱を持った地球から生き残るために自らの体にクーラーのようなものをつけはじめたという。
「……これが私が生きるべき世界……。」
マナはテレビから遠ざかりながら静かにつぶやいた。少し未来へ飛んだだけなのにもうすでについていける気がしない。マナの時代だと『夏は暑くなりすぎるので冷房をつけるのが一般的になった』……といったところだった。
「この世界が後に俺達がいる世界と合体するのか。……あの池から俺が存在する未来へと飛んだなら世界はあの時代にすでにつながっていたと考えていいな。」
「……幻想みたい……。」
プラズマの言葉を聞き流したマナはひとりぼそりとつぶやいた。
「……幻想か……。まあ、ある意味そうかもな。」
「……違う……。プラズマさん……わからない?」
マナは震える足を抑えながらプラズマに怯えた顔を向けた。
「……何がだ?」
「この……世界自体が本当だってプラズマさんは言い切れるの?幻想……なのかもしれないじゃない。」
「……逃避をはじめたか。向こうの世界だとあんたは幻想を生きているという事で納得できるだろう。だがこっちはあんたが生きるべき世界、現実だ。」
プラズマはまっすぐマナを見つめ、珍しく真面目な顔で鋭く言い放った。
「私はッ……自分が生きるべき世界で生きられない……。私……おかしくなっちゃうよ。こっちの世界が幻想で向こうの世界が現実なのかもしれない……。どっちがそうなのかわからないじゃない……。」
「どっちも現実だ。俺達の生を否定するな。……いや……むしろどちらの世界も幻想なのかもしれない。まあ、とにかく、どちらでも俺達は目を逸らしてはダメだ。」
「……う、うん。」
プラズマの言葉にマナは納得のいっていない顔で返事をした。
マナ達はしばらくお互い黙ったまま歩いた。
街並みも微妙に変わっている。マナが知らないお店も沢山あった。
だが病院だけは何も変わらずに建っていた。
「あった……。ここは変わっていない。」
「だな……。あの子がいるかどうかは行ってみないとわからないが。」
マナとプラズマは病院の敷地内へと足を踏み入れた。ここには広い芝生の庭と駐車場がある。
駐車場を抜けて芝生が広がっている広い庭に着いた時だった。
「あ、お姉さんとお兄さんだ。そろそろだと思ったよ。」
ふと少女の声が聞こえた。
「……ケイちゃん……。」
芝生の庭の端にあるベンチにケイが座っていた。外見は未来だというのにまるで変わっていない。
七歳くらいの女の子のままだった。
「成長……してない?」
「成長なんてしないよ。私は機械化手術を受けた第一号の成功例なんだから。精神面でストレスがかからない体にしてもらったの。」
ケイは淡々と語る。見た目も感じも当時のままだったが血色はなんだか良くなったようだ。人なのに人ではない気がした。
「向こうの世界だとこういうのを神様って言うの?私は神様になったの?」
「……役割があれば神様かもな。あんたは。」
プラズマが無邪気な少女の言葉に頭を抱えた。
「役割かあ。……私は研究体としてここにいるみたいだし……。将来はきっとこういう人が増えてきて人間とそうじゃない人間に分かれていくんだろうね。私はずっと時間に取り残されてこのまんま。感情なんてあってもつらいだけかもね。」
「……そうか。それで未来は感情を失くしたロボット人間が沢山……。」
プラズマはうんざりした顔をしていた。
「こないだね……。レール国っていう国の夢を見たの。レール国は争いのない向こうの世界にしかないんだって。こっちの世界で地図を見てもそんな国はなかった。」
ケイはまたも唐突にわけのわからない事を言い出した。
マナはなんと反応したらよいかわからずはにかんだまま固まった。
しかし、反対にプラズマは険しい顔でなんだかそわそわしていた。
「レール国……俺達の世界で最近できた国で白猫や自然現象を神として扱う国。日本の天界通信本部と提携してお互いの情報を発信しあっているとか。天界通信本部社長、蛭子(ひるこ)の娘エビスとレール国のレールっていう白猫の神が実は友達だったな。新聞で読んだんだが。こっちの世界にはその国はないのか。」
「ないよ。」
プラズマの言葉にケイは短く答えた。
「……待てよ……。最近できた国……こっちと向こうが分かれてからできた国か。なんか引っかかるな。お互いの世界は同じ時間軸で進んでいるのに向こうは新しい国ができた。こっちは何もない。できる雰囲気もない。ここらの街並みも地名も大して変わらないのにこんな短期間で突然国ができるか?こちらの人間も思想は違うが同じ人間だ。同じ場所に国を作ろうとする人間はいるはずだが……。」
「レール国って国はそんなに有名な国なの?」
マナは何もわからなかったがとりあえずプラズマに質問をした。
「有名ではない。なにせできたばっかりだからな。向こうの人間は白猫グッズがかわいいとかなんとかでインスタではすごいことになっているが、その他はわからん。」
「こっちにはなくて向こうの世界にはある国か……。確かに不思議……。」
プラズマとマナがケイの唐突な発言に対し、会話を続けているとケイが突然また声を上げた。
「私、図書館でレール国物語って絵本を読んだ事あるよ。かなり……前だったんだけど。」
「なんだって!?レール国は向こうにしかないんじゃなかったのか……?」
「向こうにしかないよ。こっちにはそんな理想な国ない。」
「じゃあ、なんで絵本はあるんだよ?」
「知らない。この近くの図書館に行ってみたらいいんじゃない?」
ケイはプラズマの質問にそっぽをむいて答えた。
「……ああ。とりあえず、行ってみるよ。なあ、マナ。」
「え?あ、えっと……うん。」
マナはぼうっとしていたのでプラズマの声掛けに気がつかなかった。慌てて声を上げた。
「おい……しっかりしてくれよー。」
「ご、ごめん。ケイちゃん、私達ちょっとえーと……図書館だっけ?……に行ってくるよ。」
「うん。行ってらっしゃい。お姉さん、お兄さん……。」
ケイはプラズマとマナをある程度てきとうに見送るとそのままベンチに座り茫然と空を見上げはじめた。
「……なんかあの子……落ち着いたけど何も変わってないね。中身も変わっていなさすぎてそっちばっかり気になっちゃった。」
「……脳の成長が止まってやがるんだな。だからずっとあのままだ。あれがサイボーグ化の成功例か?脳も子供のままじゃあ失敗だろ。……いや、失敗だったんだ。おそらく脳も成長しないという面白い現象が起きたからこの病院で彼女を研究対象として保護しているんだな。」
「……だから今もKが存在しているんだ。ずっと少女のままの少女が。」
「……ある意味うらやましいし、ある意味悲しいが……あの子はメンテナンスをしていけば一生そのままだ。向こうの世界で神々が信仰心を集めて外見変わらず生きるのに対し、彼女は人間に生かされて外見変わらず生きているんだ。」
プラズマはマナに肩を貸してもらいながら再び歩き出した。
十一話
図書館の位置を近くにあった地図看板で確認する。
「えーと……。」
マナが地図を凝視していると眼鏡の脇から電子数字が見えた。
「え?」
「マナ?どうした?」
「数字が見える……。」
「数字?」
「うん。」
マナは戸惑うプラズマにそう答えるととりつかれたように凝視したまま眼鏡を外した。
マナの目に沢山の電子数字が映る。そのうち電子数字の線が伸びて地図に何かを書き込みはじめた。
目で追うとまず、病院のまわりに正三角形に配置されている三つの神社が白い光の線となり結ばれた。その後、その三つの神社がすっぽり収まるくらい大きな五芒星が描かれ始めた。正三角形は五芒星の真ん中にきれいに収まるように描かれた。
「……これは……?レティ達と見たものとは違う線の引き方……。」
「……俺には何も見えないが。」
先程からしきりに目を動かしているマナにプラズマは不気味に思いながら答えた。
五芒星の先端五つが場所を指すように光り出した。
「……一番上の点が図書館……下の点二つは歴史資料館とプラネタリウム……これはまあいいとして……この左右の点の『クラウゼの家』と『健(けん)の家』って何かしら……。」
「ええ?人の家がこの地図に載っちゃってんのかよ……。プライバシーないのか。怖いな。」
プラズマは青い顔をしていたがマナは「違う」とすぐに声を上げた。
「この家はさっきの地図だとわからなかった。よく見て。プラズマさん。プラズマさんには見える?」
「……見えんな。何も見えん。」
マナの問いかけに、プラズマは目を凝らしてみたが結局何も見えなかった。
「私には見える……。でもこれ……やっぱり人の家?」
「ん?ちょっと待て。あんた今、誰と誰の家って言った?」
「クラウゼさんって人と……健さんって人の……。」
「……両方イニシャルがKじゃねぇか……。」
プラズマの言葉にマナはハッと顔を上げた。
「ほんとだ……。でも……名前的に男の人だよね?男の人はKじゃないんじゃ……?少女だけって言っていた気がするんだけど。」
「そんな事わからないだろ。こちらの世界で得体のしれないKがいたっておかしくない。俺は偶然じゃない気がする。」
「……確かに……。どうする?先に図書館行く?それとも……。」
「図書館に行こう。俺はレール国が気になる。」
「う、うん。わかった。行こう。」
マナは地図をもう一度確認するとプラズマの肩を担いで歩き出した。地図は目を離したすきに元の地図に戻ってしまっていた。
*****
しばらくビルが連なる道を汗だくになりながら歩いた。微妙に坂道だったのもつらかったようだ。
三十分ほど歩くと大きな図書館が現れた。落ち着いた感じの建物でシックな感じだった。
「こっちの図書館もあまり変わらないな。まあ、当たり前か。」
「うん。まあ、何にもなくても少し涼んで行こう。なんだかすごく暑い。」
「そうだな。」
プラズマとマナはとりあえず図書館内に入った。冷房がかかっているのか図書館内は涼しくなっていた。館内は恐ろしいくらいに静かで人がいなかった。沢山の本が本棚にきれいに並べられている。歴史書や参考書、伝記もあった。
「えー……静かだな……。絵本って言ってたから絵本コーナーか。」
「絵本コーナー……。」
マナが辺りを見回すと子供の椅子が置いてある部分があった。
「絵本は子供用だからあっちかな?」
マナはプラズマを連れてキッズコーナーへと足を進めた。もう少しでキッズコーナーへと入りそうなところで男性客が二人閲覧コーナーの椅子に座っているのが見えた。
マナとプラズマは一度立ち止まった。
立ち止まった理由は客がいて驚いたからではない。彼らが読んでいる絵本だった。
「あ、あれ……。」
彼らは絵本を立てて読んでいたので表紙が丸見えだった。
表紙は『レール国物語』。白猫と金髪の少女がほほ笑んでいる絵が描かれている。
「……あれか。」
プラズマが小さくつぶやいた時、男性客二人がこちらを見た。
「あ、えっと……。」
マナとプラズマが戸惑っていると男性客の内の一人が絵本を持って歩いてきた。
歩いてきている男性は黒い短い髪に健康的な肌、大きな目をしている。スーツを着ているが可愛らしい顔つきだった。椅子に座ってこちらを窺っている男性は金色の髪に青い瞳、そして眼鏡をしていた。こちらの男性は目つきが鋭く凛々しくて少しとっつきにくそうだった。こちらもスーツを着ていたがこちらはとても似合っていた。
どちらの男性も整った顔立ちの青年だった。
「この絵本が気になりますか?あ、私は健と申します。」
「健さん……って……。」
黒髪の男性の自己紹介を聞き、プラズマとマナは顔を見合わせた。
「じゃ、じゃあ、あっちにいる金髪の方はまさかクラウゼさん……とか?」
「……。そうです。よくわかりましたね……。」
マナがこっそりつぶやいた言葉に健と名乗った男性は首を傾げた。
「……もうめんどくさいんではっきり言うがあんた達、Kと関係があるのか?」
プラズマが回りくどい挨拶を取っ払い、単刀直入に聞いた。若干、無礼だったかもしれない。
しかし、黒髪の男性、健は表情を変えずに小さく頷いた。
「……少し、向こうでお話しましょうか。その様子だと……クロノス……リョウ君の事も知っているでしょうし。」
健は金髪の男性クラウゼがいる席を指差して会釈をした。
十二話
マナとプラズマはクロノスの名が出て戸惑ったが健について歩いた。
クラウゼと呼ばれた男性がいる閲覧コーナーの空いている椅子に二人は座った。
「で……えっと……。」
マナが困惑した顔を向けているとクラウゼが突然立ち上がりマナに跪き、マナの手をそっと取った。軽く会釈をして真剣な顔のままクラウゼは口を開いた。
「俺はレール国王族保護騎士神団長バーリス・クラウゼと言う。」
「え?きしがみだんちょう?あ、えっと私はマナ……です。」
クラウゼは何事もなかったかのように席についた。
「あ、えっと……レール国っていうのは生命を体に宿すという行為を神化している国で女性への挨拶が非常に丁寧なんです。つまり紳士の国です。」
「……は、はあ……。」
慌てて解説を追加した健にマナは気の抜けた返事しかできなかった。
「俺は広報の仕事もしている。日本との情報交換が主なので俺は日本語が話せる。ヴェナセス・ウー・リタウェルトゥー・アンヴェス・イトゥー。」
「……?」
「あ、『仕事は日本神の調査です』って言ったみたいです。レール国だとリタは日本という意味です。イトゥーは『です、ます』です。」
健の解説がなければ何を言っているのかわからなそうだ。だがこのクラウゼという青年は日本語が話せるようなので心配はいらなさそうだった。
「なあ、そんなことはどうでもいいんだが……あんたら、そのこっちでは『ない国』の出身ってどういう事だよ。」
プラズマが半分うんざりした顔で尋ねた。
「それがですね……。まあ……色々ありまして……。クラウゼは『ラジオール』……えっと、日本でいう高天原のようなものに住んでいた神です。現在はKでもあります。そして私は元々Kでレール国と日本を結んでおりました。私達は世界が改変される前から存在していました。それで……。」
健がちらりとクラウゼの方を見た。クラウゼはじっとレール国の絵本に目を落としていた。
健が再び口を開く。
「世界改変前から名はなかったものの存在していたレール国は皆、様々な現象を信じていたのですべて向こうの世界へ強制的に送られたようでした。
その時にクロノス……リョウ君が国移動に深く関わっており、歴史的にもこちらの世界では名もなかったということもありレール国は抹消されたはずでしたがKの少女がレール国をおとぎ話として描いた絵本が出現したことにより、手違いで私とクラウゼはこちらの世界に残されてしまいました。
その時はクラウゼはKではなかったのですが遺物化していたクラウゼは知らぬ間にKになっており、あちらの世界のコードを持っているにも関わらず、向こうの世界への行きかたを知らなかったためこちらの世界にとどまっておりました。私達はこちらで存在を消され、データ化しています。ハッキリ言えばレール国は幻想の国です。向こうにしか存在しない不思議な国。」
「……Kの少女がレール国をおとぎ話として残した……まさか、あのケイって女の子じゃねぇよな……。ここニ、三十年の話なんだろ?レール国って名前ができたのが向こうでは……えーと、今が二十年後あたりだから二十年前だ。色々とケイって子に図られたか。……しかし、一人の少女に振り回されるとは世界も完全じゃねぇな。」
健の説明にプラズマはため息交じりに答えた。
「世界は完全じゃない……。私達みたいにおかしな行動を取るものもいるし、こうやって辻褄が合わなくなった人もいる……。もしかして……ケイちゃんは……。」
マナが絵本をめくりながらつぶやいた。
「Kのシステムでバグが発生しているんだな。きっと。……俺、わかったぜ。」
マナの続きをプラズマが続けた。
「……向こうの世界はこちらの沢山いるKの少女達の想像で成り立ってやがるんだ。いや、全部とは言わない。四分の一はそんな気がする。そのことにケイが気がついたんだ。だからあの子は向こうの世界へ行けないと言った。自分が想像している世界だからだ。そういう風に世界のシステムができているからだ。あの子達が平和を願い、想像して保たせる世界にあの子達Kが行けるはずがない。皆向こうへ行きたいと願ってしまう。だから他のKはプログラム上、皆、向こうの世界へ行く事を思いつかない。だが……。」
「あの子は行きたくても行けない事に気がついている……って事?」
「たぶんな。で、向こうにいたKはKであってKじゃない。向こうで出会ったあのモンペの子とかは霊だ。向こうの世界では霊魂は存在する。だから存在できている。こちらのKの少女がそう想像しているからだ。」
プラズマが確信をもって言った。
「じゃあ、向こうの世界は本当に……幻想だったんだね……。」
マナはどこか悲しそうな顔をしていた。
「いや、向こうも現実だ。だがな、向こうはKの少女の想像が大量に入り込んでいる世界って事だ。」
「あの、先程から何を言っているのですか?」
健が不思議そうにマナとプラズマを見ていた。
「あ、ああ……まあ、こっちの話だ。ところで……あんたら、レール国へ帰りたくないか?」
プラズマが突然に話を変えた。
「帰れるのですか?」
健の瞳に光が宿った。
「……あ、あんたは無理かもしれない。あんたはこっちの世界でのKの可能性があるからな。行ってみてもいいが……。」
「可能性があるなら私は行きたいですね。」
プラズマに健ははっきりと答えた。
「えー、そこの……クラウゼだったか?あんたは元々向こうの神だ。行けると思う。」
「俺も可能性にかけてみよう。なにせ、ここに出現してからかなり時間が経っている。俺はこの絵本のおかげでこの世界に存在できているのだ……。明日なくなるかもしれないなら向こうへ帰りたい。」
クラウゼもほぼ即答でプラズマに頷いた。
「プラズマさん……まさかケイちゃんのところに連れて行くの?」
マナの不安そうな声にプラズマは元気よく答えた。
「そうだ。それが一番いい方法じゃないか。」
「大丈夫かな……。」
マナは一抹の不安を抱えていたがそれと同時にある言葉が頭に浮かんだ。
……世界は完全じゃない……
……あなたは私達Kを救ってくれる?
ほころびがあるならケイちゃんもこちらの人間が辿る末路も変えられるかもしれない。
彼女は必死でこちらに想像物を残そうとしている。
これは私が動かないといけない。
マナはひそかに小さな決心をした。
十三話
マナとマナに肩を貸してもらっているプラズマは健とクラウゼを連れて先程の病院前まで戻ってきた。ケイは先程いた場所にはいなかった。中庭のベンチは現在誰も座っていない。
だがベンチの一つに「複本」と書いてある手書きの絵本が置いてあった。
マナ達は気になってそのベンチに近づいた。ベンチの上には「レール国物語」の絵本が誰かを待っていたかのようにひっそりとあった。
「これは……図書館にあったものと同じものですね。あれは手書きの本だったのですがもう一冊ありましたか。」
健が絵本を手に取り、てきとうに開いた。すると一枚の紙がひらりと飛び出してきた。
「ん?これは……。」
プラズマが拾い上げて小さな紙きれをまじまじと見つめる。
紙には「503」と書いてあった。
「……暗号か?」
クラウゼが眉を寄せながら紙を凝視していたがマナにはすぐにわかった。
「あの……これ、きっとケイちゃんの病室だと思う……よ。」
マナの言葉に一同はなるほどとうなずいた。
「普通に考えれば五階の三号室とかそんなところか。行ってみるか。」
プラズマが皆に確認を取った。
「うん。」
マナが返事をし、クラウゼも健も軽く頷いた。
一同は面会と偽り、病院内に入り込んだ。寿命を失くしたケイも一般の患者と同じように普通の病室にいるようだった。
本当に503にいるのかそれとなく看護師に確認してみると確かにケイはいた。以前と病室が二、三回移動になったようだが一人部屋との事だった。
五階の三号室、階段から三番目の部屋が三号室だった。
マナ達は顔を見合わせて小さく頷き返すと静かにドアを開けた。
「いらっしゃい。やっぱり来たんだね。」
ケイはすべてを予想していたかのような発言をした。
マナ達は病室へと足を踏み入れた。部屋は二十年前とさほど違いはない。ただ、以前いたハムスターではなく、また別のハムスターが一匹ゲージに収まっていた。
ハムスターはせいぜい二、三年が寿命だ。あの時のハムスターが生きていたならなかなかにホラーである。
異様な彼女の周りでも常識は常識のようだ。
他にあるものは机とベッドと例のパソコンしかない。
「私は時から忘れられた存在。時間や人の流れが波のように私をすり抜けていくの。私は向こうの世界でいう……時神のようなものになれたのかもしれない。」
「そうかもな。あんたはこちらの世界の流れや時間をずっと見ていられる。人の信頼を得られていればメンテナンスしてもらえるからずっとそのままだな。俺達時神が人から信仰を集めて生きているのと同じだ。」
ケイの言葉にプラズマは軽く頷いた。
「それで……後ろの人達はKの男の人と……レール国の人?」
ケイは別段驚く風でもなくそう尋ねた。
「そうだ。よくわかったな。」
プラズマがやや皮肉めいたようにケイに言った。
「いる事は知ってた。でもこの二人は私に気がつかなかった。私も気づかれたくなかった。あなた達が私に接触する理由は一つ。向こうへ行きたいって事。私が向こうへ行かせたらこちらで作ったせっかくの幻想がなくなっちゃう。」
「じゃあ……。」
マナが少し残念そうにケイを見据えた。しかし、ケイはマナが思っている答えを口にしなかった。
「けど、私はあなた達に賭けてみることにした。絵本を使って呼び出したのもそのため。あなた達はこっちも向こうも両方のコードを持っている。だから……。」
ケイは机の上にあるノートパソコンを持ち出し、そっと開いた。
「皆で私達を……こっちの人間を救って。」
ケイは決意のある瞳でこちらを見るとパソコン画面をマナ達に見せた。
刹那、ケイの足元から五芒星が現れ、魔法陣のように回った。
飛ばされそうなくらいの強烈な風が吹く。その風はパソコンの画面から吹いているようだ。まるでブラックホールの様にマナ達を引っ張る。
「な、なんだ!これは!」
健とクラウゼは突然の事に驚き、叫んだ。
マナとプラズマは向こうの世界の門が開いた事を知っていたのでそこまでは驚かなかった。
マナ達は電子数字に分解され、徐々にパソコン内へと引きずり込まれていった。
十四話
「はっ……。」
気がつくといつぞやで見た真っ暗な宇宙空間で浮いていた。
「わきゃうっ!」
突然、健があげそうにない悲鳴をあげて前を隠した。
なぜか、健とクラウゼだけ裸になっていた。先程まで着ていたスーツはどこへ行ってしまったのか。
「きゃあっ。」
二人の裸を見たマナは顔を真っ赤にし、手で顔を覆った。
「……どうやら、初めて向こうへ行くやつは裸になるらしいな……。」
プラズマがやや引きつった笑みで健とクラウゼを見ていた。
「なんでですか?ていうか……私も向こうへ行けたんですね?」
健が戸惑いながらプラズマに尋ねた。
「んー……。まだ行けていないと思うぞ。ここは向こうへ行く手前のとこじゃないか?俺達は今、データだ。まあ、魂か。現実的なこっちの服が取っ払われたってとこか?」
「困ります。私のは少し小さめで……見ないでください。」
「どこを心配しているんだ。あんたは。別にどうだっていいぞ。」
プラズマは呆れた顔を健に向けるとちらりとクラウゼにも目を向けた。
クラウゼは手で隠しているものの健よりは堂々としている。
「と、とにかく、早く向こうへ行こうよ!」
マナがなるべく見ないように宇宙空間の先に目線を移した。
「そ、そうだな……。」
残りの男衆はなんだか奇妙な雰囲気になったがマナに合わせてとりあえず頷いた。
「え?でも……どうやって動くの?」
マナは自分で言って自分で突っ込みを入れた。動こうと思ったが足が前へ行かない。
ずっと空を切っている感じだ。
「あ、さっきはあれか……スサノオさんだかに押されて……。」
「俺がどうしたって?」
プラズマが言葉を言い終わる前にスサノオ尊の声が間近で聞こえた。
上から聞こえた気がしたので一同はふと上を向いた。
「!」
プラズマ達の頭上すれすれのところでスサノオ尊が寝転がっていた。
「そんなところにいるなよ!びっくりした。」
驚いて息を飲んでいたプラズマは息を吐きながら叫んだ。
「あ、スサノオ様。三回目だね。」
マナがスサノオ尊に笑みを向けた。
「おう。また向こうへ行くのかい?いいねぇ。あんたらの異世界旅行で互いの世界がどう影響を与えるか、実に楽しみだ。」
スサノオ尊はマナ達が立っている所に合わせて降りてくるとどこか楽しそうに笑っていた。
「笑いごとじゃないぞ……。ケイって子だってグダグダだし、レール国の奴らがこっちにいるし……。」
プラズマは健とクラウゼを見つつ、ため息交じりに語った。
「そうか。その後ろの奴はあの名前のない国の出身か。それと、あの国の広報だか調停だかの日本人。本来とどまらないとならない世界にいない奴らがこんなにもいる。あの少女ケイの放置とかツクヨミとアマテラスは何してやがんだよ。あのKはこっちと向こうを繋ぐ唯一の結界を持ってやがるんだ。そして、こっちの世界から選ばれた唯一の神。」
「こっちの世界から選ばれた神って……こっちには神がいないんじゃ……。」
マナの質問にスサノオ尊は腕を組んで答えた。
「ああ、神という概念はない。だが、向こうの世界の奴らが神と言っているような偶像物にケイはなりつつある。あの子は想像力が豊かすぎるから、自分の魂……こちらでいう、ソウハニウムの増減を自身でできるんだ。そしてそれはこちらの人間はまずできない。そのうち、あの子は機械化人間の初期モデルとして人の上に立つ存在になるだろうなあ。実際にいるし、本当に神のように崇められるかもしれねぇ。」
「私はケイって子を救いたいの。あの子、今の世界を辛そうに受け止めているの。」
マナはとりあえず、スサノオ尊に現状を訴えた。
「……あの子はこっちの世界のシステムからそういう存在に選ばれたんだ。もはや、あの子がいなくなったらこっちの世界自体のエラーが出て壊れるぞ。向こうは存在感のないものを信じるがこちらの人間は存在感のあるものを尊敬したり恐れたりするんだ。あの少女はその存在感がかなりでかい。」
「……いつからあの子はそういう存在になってしまったの?Kに選ばれてから?」
「世界が分裂した時からか。いや……重度な妄想症に診断された時からかもしれないな。ほんと、世界はいいように回ってやがるよ。俺達がいてもいなくても関係ねぇってか。」
スサノオ尊はわざとおどけながらそう言った。
「……私、ケイちゃんの負担を減らしてあなた達に意味を持たせようと思っているの。だから……協力してね。絶対に私達が見た未来の姿にはさせない。」
マナは先程心に秘めた決断をスサノオ尊に堂々と言い放った。
プラズマ達は目を見開いて驚いていたがスサノオ尊は大声で笑っていた。
「はっははは!面白い!そりゃあおもしれぇが俺達が存在を許される場所はもうない。向こうの世界では俺達ははじめからいない事になってやがるしこちらの世界でももういない事になっている。だが面白い。非常に面白い!案はあるのか?まさか世界をつなげたりとか考えてるのか?」
「世界は繋げない。私は私の思った通りの事をすればよかったことに気がついたの。」
「ほう。」
スサノオ尊はマナの言葉に目を細めた。
「私もケイちゃんもいままでの事を思い起こせばどうすればよかったのかすぐにわかったわ。私達は常にこういう世界もあったかもしれないなど想像を膨らませていた。
つまり、あっちの世界を本当に存在している、『幻想であり想像の世界』だとこちらに認識させる。本当に存在しているんだし、こっちの人間も信じると思うの。だけど世界を繋げないからこっちの人間は興味を持っても向こうへは行けない。反対に向こうの人間にもこっちの世界を認識してもらう。幻想が死んだ世界を『不思議な幻想の世界』だと理解させる。向こうの人間も何も信じない世界にきっと興味を持つと思うけどこっちには来れない。……とか今考えているんだけど。」
マナの発言に一同は黙った。単純に驚いていた。
ただスサノオ尊だけは先程と同様に大笑いしていた。
「あっははは!いいねえ!あんた最高だ。最高すぎるぞ。どうするつもりか知らねぇが面白いから手伝ってやる。また手伝えることがあったら言えよ。……おっと、そうだ。向こうへ行くんだろ?じゃあな。」
スサノオ尊は笑いながら突然にマナ達を突き飛ばした。少しマナの背中を押しただけなのになぜか新幹線のような速さでマナ達は吹っ飛ばされた。マナに磁石でもついているのかマナの体に引き寄せられるようにプラズマ、クラウゼ、健が高速でマナを追う。
「え!ちょっとー!いきなりすぎる!」
マナは叫んだがスサノオ尊はもうすでにそこにいなかった。
「あの男に押されなければ動けもしなかったな……。不思議な事だ。」
いままで黙っていたクラウゼがため息交じりにつぶやいた。
十五話
再び五芒星の結界が見えてきた。
「あれは……結界ですか?」
先程から驚いてばかりの健が不安げに尋ねてきた。
「そうだよ。もうすぐで服着れると思う……。」
マナは健とクラウゼを目に入れないようにしながら五芒星の結界を見つめた。
五芒星の結界が真っ暗な宇宙で激しく輝き始めた。
「あれは俺達に反応しているのか?」
クラウゼがどこか懐かしい顔をしながら五芒星の結界を眺める。
「そのようだな。それよりも俺は向こうへ行った後、未来になってないか心配だ。」
プラズマの言葉にマナが声を上げた。
「そうだわ!向こうでも二十年近く経過している可能性がある!」
「まあ、弐の世界を通るから時間が巻き戻る可能性もあるけどな。」
五芒星はもう目前だ。余計な事を考えている時間はない。マナ達の前に沢山の電子数字が流れ、情報の解析が行われている最中、マナの意識は途切れた。
****
「はっ!」
マナは勢いよく目を開けた。
「やっと起きた?おかえり。向こうはどんな感じだった?」
マナの顔を覗き込んでいたモンペ姿の幼女がマナに話しかけてきた。
「……あなたは……K?」
「そう。Kだよ。お姉さん。時神未来神はまだわかるけどもう二人の男は誰?」
ゆっくりと起き上がったマナにKは戸惑いながら尋ねた。
マナの隣では頭を抱えたプラズマがぼうっとしていた。Kはマナの後ろを指差していた。マナは後ろを振り返った。スーツを着た健とクラウゼが生きているのを確かめるように自身の手を握ったり開いたりしている。
「……あ、えっとあの人達は……黒い髪の人がKの健さんで金髪の人がレール国の神様、クラウゼさんだって。」
マナは丁寧に答えてあげた。
「Kって幼い女の子だけかと思ってたけど……男もいるんだね。」
Kの少女は健を驚いた目で見つめた。
「いるみたいだね?」
マナは再び目線をKに向けた。
「ねぇ、そこのKのお兄さん、お兄さんにはKの使いっているの?」
Kは全く臆することなく健に尋ねた。
「ん?ああ、いるよ。俺の愛ハムのマッシーがいる。」
健は少女相手という事もあったのかかなり崩して話し始めた。
「まっしー?」
「ああ、昔ゴルフが好きで自分のハムスターに五番アイアンの旧名をつけたんだ。一緒に連れてきたよ。マッシー。」
健が名前を呼ぶと健のワイシャツの胸ポケットからジャンガリアンハムスターのノーマルが顔を出した。先程まで裸だったのに一体どこにいたのか。
マナは気にしないようにした。
「やっぱりKはKの使いを皆使っているんだな。どことなくハムスター率が高いのが気になるが。」
プラズマが髭をピコピコ動かしているジャンガリアンハムスターを呆れたように見つめた。
「ところであんたにわかるかわからねぇけどこっちの世界……壱の世界での時間はどれくらい経った?」
続けてKにプラズマは質問を投げた。
「んー?別に何にも変わってない気がするけど。」
Kの少女が首を傾げたのでプラズマも「そうか。」で済ませた。
しばらく沈黙が続いた後、クラウゼが静かに声を出した。
「それで……俺は国に帰れるのか?俺の心配事はそこなのだが。」
「帰れるよ。たぶんね。そこのKの男の人に連れて行ってもらいなよ。彼はどうやら弐の世界からレール国に繋がるルートを持っているみたいだし。ちなみにここら辺にいる私達は日本の図書館に送り届けることくらいしかできない。天記神の図書館までなら送れるけど、どうせだったらKの男の人にレール国まで届けてもらった方がいいんじゃないかな?」
「そうか。」
クラウゼが健に頼もうとした時、マナが声を上げた。
「わ、私達もそのレール国に行きたい!もしかしたら向こう(伍)に信じ込ませる何かがあるかもしれない。レール国は唯一あっちの世界で形になっていた国。もしかすると……。」
「なるほど、レール国を認識させるキッカケにしようとしているわけか。あんたは。」
プラズマがマナの意見に頷いた。
「レール国と日本の絆はとても深い。いつからそうなったのかはわからないけど何かあったら協力してくれるかもしれないよ?」
Kの少女はほほ笑みながらマナを見上げた。
「そうだといいな。」
マナは穏やかに答えた。
「じゃあ、やっと戻ってきた事ですし、レール国へ向かいますか。マッシー、俺達をレール国まで連れて行ってくれ。」
健がハムスターに話しかけるとハムスター、マッシーが突然、茶色い髪の女の子になった。赤い着物を着ており、口元には動物の髭が細かく動いている。目は大きく可愛らしい女の子で身長は子供のKと同じくらいの身長だった。
「はあ、めんどくさいけどレール国なら行ってあげる。その代わり、後でレール国のスペシャルペットケーキちょうだい。お腹がすいているし、少し眠いの。後で昼寝もさせて。」
マッシーはかなり高圧的な目線で健を見上げた。
「わ、わかったよ……。ちゃんとあげるから……。」
健はマッシーをなだめ、一同に振り返った。
「と、いうわけで……。」
「まあ、なんていうか……かなりお嬢様基質のようだな。そのハムスター……。」
プラズマが呆れたため息をついた。
「甘えさせすぎだったようだな。」
「……もう今更驚かないけどハムスターが人型になるのってどういう事なの?」
クラウゼとマナのため息もプラズマを追って吐き出された。
十六話
マッシーはとてつもなく機嫌が悪かった。そっぽを向いたままマナ達を運んでいる。
Kの使いハムスターは基本的に弐の世界を自由に動ける。そして、他のKの使いにはできない沢山の者達を一気に運ぶという事ができた。
ネガフィルムのような世界が目の前に帯状に連なっている。このネガフィルム一コマ一コマに心あるもの達の世界がある。
そしてこの世界の中には心を住処としている霊がいる。
こちらの世界では人の心に手を伸ばしてくれるのは心にいる霊だ。
死者は常に生者を導く。こちらの世界ではこれは常識である。
しかしマナはそれを理解していない。
「ね、ねえ、えっとマッシーさん?これからどれくらいかかるの?」
マナは恐る恐る機嫌の悪いハムスターに声をかけた。
「それ答えないといけないの?健~、この人めんどくさい」
マッシーは心底めんどうくさそうにそう言った。
「う、うん、マッシー?いいから進んでね……」
健は半分申し訳なさそうに周りを見てからマッシーを急かした。
「後でハムスタークッキーを挟んだケーキだからね?ドライアップルも追加ね?」
「わ、わかったから……」
健の反応にマッシーは大きく頷くと目を輝かせて歩くスピードを上げた。
ハムスターとは自分の事しか考えていない動物である。そのためならどんなものでも利用する。
マッシーがスピードを上げたため、強制的について行かされているマナ達は高スピードで回る世界に目を回していた。
「そういえば……健、レール国は女に丁寧に接する国……だったよな?」
プラズマは吐きそうになりながら健にそう尋ねた。
「はい。そう言いましたが」
健は意外に平気そうだった。
「引っかかるんだよな。あの国……。クラウゼ、あの国はいつから紳士なんだ?」
プラズマは今度、青い顔をしているクラウゼに問いかけた。
「初めからだな。初めからそうだ。女を怖がらせない、愛おしいと思う……これはおかしなことか?」
「……いや」
クラウゼが首を傾げたのでプラズマは短くそう言った。
「何が引っかかる?」
クラウゼの言葉にプラズマは思っている仮説を言って良いものなのかしばらく考えていた。
「俺達の国がそんなにおかしいか?」
「いや違う。……仕方ない。話そうか……。例外もいるようだが平和を願う思いが強いKはほとんどが女の子だ。しかも幼い女の子。
きっとあの子達は戦争に行ってしまう男の人に『会いたい』、もしくは『優しくされたい』、『愛してほしい』……そう願ったはずだ。例えば……父親、兄貴……親戚のおじさんでもなんでもいい。行ってしまう、去ってしまう、そして二度と帰ってこない。戦争なんてなくなればいいのに……純粋無垢な少女はそう思うだろ?
男の子はおそらく、自分の親族を誇りに思う方へ行くだろう。そして自分も強くならなければと思う。あの時代はそう教育されているからな。この世界が分裂したのはいつだ?」
プラズマはそこで区切り試すような目で一同を見回した。
「……確か……第二次世界大戦……ではなかったですか?」
静かに息を飲んでいるマナとクラウゼに代わり健が答えた。
「そんな話だったな。つまり俺の仮説では……レール国は昔からずっとKの少女達が想像を膨らませて作った不確定要素が高い国なのではないかとな。神々がいる俺達の世界でもレール国は幻想なんじゃねぇかってな」
「……なんだか否定された気分だな。生を」
クラウゼはため息交じりにそっけなくつぶやいた。
「そうだ。だから言いたくなかったんだ。これは俺の仮説だからな。間違いかもしれないが……俺はほぼ確信している」
プラズマは前を行くマッシーを見つめながらはっきりと言った。
「確かにそれだと私達の世界に絵本として残っていたのも納得できるかも」
黙って話を聞いていたマナは吐きそうになる口もとを抑えながら辛うじて声を上げた。
「まあ、これを言ったら本当にクラウゼに失礼なんだが……レール国という国、レールって名前は英語で線路だ。二つの世界を繋いでいる国……って意味だったりしてな」
プラズマはクラウゼを窺いながらつぶやいた。クラウゼの眉がわずかに動いた。
「……レール国っていうのはな、レールという白猫の神からとった名前だ。俺の国では白猫は出会いの神だ。様々な出会いを受け入れる国としてそう名付けられた」
「様々な出会いを受け入れる……か。そのレールっていう神が出会いの神ってところにも何か引っかかりがある」
「引っかかりだらけだな……」
クラウゼはやれやれとため息をついた。
「さっきからうるさいけどもう着くよ。」
前から不機嫌なハムスターの声が聞こえた。
辺りは宇宙空間のように知らずの内になっており、ネガフィルムのような世界ではなくなっていた。どこをどう来たのかよくわからなかった。
マッシーは「はーあ」と長いため息をつくとある宇宙空間の一点で止まった。
「はい。ここ。」
マッシーはそっけなく言いながら何もない空間を叩いた。
刹那、光が突然溢れ、あまりの眩しさにマナ達は目を瞑った。色々といきなりすぎて心の準備すらもできていなかった。
十七話
先程までふわふわしていたがなんだか地面に立っているような気がしたのでマナはそっと目を開けた。
「!」
目の前には古びた洋館がひっそりとあった。辺りは森で真っ白な霧がかかっている。
「って……ここは!」
「天記神(あまのしるしのかみ)の図書館?」
以前、弐の世界に行くのに現世の図書館から神々の図書館へ足を運んだことがあった。
その神々の図書館にいたのが天記神だった。
「いや、ここは違いますよ。似ていますけどね。なつかしいなあ」
驚いているマナとプラズマに健がほほ笑みながら答えた。
「ここはクロンルーレとレール国を繋いでいる図書館だ。この神々の図書館からパンテルーレのレール国の書庫へと出られる」
「『くろんるーれ』とか『ぱんてるーれ』ってなんだよ……」
「日本(リタ)語で弐(クロン)の世界(ルーレ)、壱(パンテ)の世界(ルーレ)だ。壱、弐、参、肆、伍、陸はラトゥー語でパンテ、クロン、エフェン、アドレ、ファメト、モニアだ。ルーレは世界だ」
クラウゼは久々に戻って来ることができたので心なしか弾んでいるようにも見える。だいたい、彼は日本語が達者であるのにわざわざラトゥー語を使う必要はないはずだ。
「世界観が変わるとわからねぇなあ……」
プラズマはクラウゼの説明に頭を抱えた。
「とりあえず、行ってみようよ」
マナはうずうずしながら洋館の扉を眺めていた。
「あんたはほんと、すぐに興味が移るんだな。だから異世界のような世界に来ても平然としていられんだ」
プラズマは眉を寄せつつ不気味な洋館の扉を見据えた。
「では行きましょうか」
健とクラウゼが洋館に向かい歩き出してしまったのでプラズマとマナは慌てて追いかけた。
クラウゼが静かに洋館の扉を開けた。
「セレフィア・イルサーゼ……俺だ。バーリス・クラウゼだ。ファメトルーレにいたが帰って来れた……」
クラウゼは中にいる者が驚かないようにそっと声をかけて図書館内へ入った。
「あんたの態度からすると……ここの図書館の神は女か?」
プラズマが中に入り込むと沢山の本棚に収められている山ような本の他、銀髪のツインテールの少女が目に入った。中には彼女しかいない。おそらくセレフィア・イルサーゼと言う書庫の神なのだろう。
格好はかなりエスニックだ。独特の民族的模様の入った袖口の広いワンピースのようなものを着ている。そして頭には特徴的な柄の書いてある布のようなものを被っていた。
とても不思議な格好だ。これがこちらの神々の正装であり普段着なのか。
「ん!クラウゼさん?今、リタ語で話していましたねぇ?じゃあ、私もリタ語ではなそーっと。」
銀髪の少女、セレフィアは読んでいた本を元の場所に戻すと可愛くほほ笑んだ。
それから後ろに佇むマナ達に目を向ける。
「健はわかりますけど~後ろの方達は誰でしょう?お客様?」
「あ、私はマナって言います。日本出身です……。」
誰何されてマナは慌てて自己紹介をした。
「え?あ、俺はプラズマで……日本の時神でー……。」
プラズマも緊張しながら答えた。
「プラズマさん……郷に入っては郷に従えです……。」
健に言われ、プラズマはさらに動揺した。
先程、伍の世界の図書館でクラウゼがマナにやったようなことをしなければならないのか。
「いいですよ~。日本神だけではなく他の神もこの挨拶は知りませんから~。」
「そうか……良かった。」
セレフィアの言葉にプラズマは安堵のため息を漏らした。
「セレフィアさん、レール国へ入りたいのですが……。」
健がセレフィアに遠慮がちに聞いた。
「我が国ですか~?いいんじゃないでしょうか?日本神さんはびっくりするでしょうね~。レール国の人間はレール国の神が見えるんですから。他の国の神様はさっぱり見えませんけど~。」
「ん?」
セレフィアの発言にプラズマは眉を寄せた。
十八話
「ところで……その前に……クラウゼさん、あなたは伍の世界(ファメトルーレ)に行っていたとおっしゃっていましたが……結界を越えたのですか~?」
セレフィアは興味深そうにクラウゼを見ていた。
「知らんが……不思議と十年近く、そこにいる健と伍の世界(ファメトルーレ)に飛ばされていたんだ。伍の世界(ファメトルーレ)は不思議な世界だった。俺達の常識がまるで通用しない」
クラウゼはため息交じりにセレフィアに答えた。
「そうですか……。やはり……。ルフィニの言っていた通りです」
「……ルフィニって誰だ?伍の世界に詳しいのか?」
セレフィアの発言にプラズマが鋭く質問をした。
「会ってみるとわかりますよ~。……次元の神です。時神でもありながら暗闇の世界を結んでいると言われている悪役神です。本神は別に何か悪さをするわけではありませんがレール国ではその神を厄神として祭っています。厄災が起こりませんようにと崇められることで信仰を得ています~。我々にとっては大事な神です。逆に道を照らし導く、もしくはすべてのものと優しく繋がる正の神としてはレールがいます~。私達の国名でもあり、太陽神に近いと思います~」
「なるほど……陰と陽の神が存在するのか。しかし、陰方面の神が興味深いな。次元の神で時神で……その暗闇の世界ってのはなんだ?」
プラズマの質問にセレフィアはくすりと笑った。
「それは伍の世界(ファメトルーレ)ですよ~。レール国の神話では神々がいなくなった世界を暗闇の世界と呼んでいるんです。レール国の国民性は自然現象や人間の感情などすべてのものに神々が宿っているという考え方です。日本(リタ)と似ているかもしれませんが……日本(リタ)と違う所は神々が消えてしまった『終わりの世界』が明確に記されているところです。それもレール国の国民が考えた内容で不思議ですね~。あ、あそこからレール国に入れますので~」
セレフィアは静かに立ち上がると本棚の間にある不自然な扉を指差した。
「……とりあえず、そのルフィニとかいう神に会ってみるしかない。なんかこの国民は伍の世界を知っていそうで不気味だ……」
「私達の世界は……終わりの世界……なんだ」
扉の方面へ歩いて行くプラズマを追いかけながらマナは小さくつぶやいた。
セレフィアはほほ笑みながら見送ると再び何かしらの本を本棚から抜き取っていた。
「俺達も行くか。健」
「そうですね……。十年ぶりですけど時間が戻っているみたいですね?」
「……では、俺達はいなくなっていたことになっていない可能性があると」
「その可能性はあります」
健がクラウゼを促したのでクラウゼはため息交じりにマナ達を追った。
十九話
セレフィアに見送られながらマナ達は扉の外へと足を踏み入れた。目の前が明るくなったと思ったら図書館のような所にいた。たくさんの本棚があってそこに所せましと本が埋め込まれているが目の前の棚には白い本が一冊しかなかった。
一応タイトルをみるがラトゥー語でよくわからなかった。
「ああ、これは『セレフィア・イルサーゼ神』と書いてあるんですよ」
健が首を傾げていたマナとプラズマに丁寧に説明をした。
「ああ、なるほど。つまり……『天記神』と同じ感じか」
「そうです」
健が満足げに頷いた。
この本棚のみが霊的空間のようだったが日本とは違い、入り組んだ部分になく、堂々と本棚の中に空間があった。
この本棚の隣の本棚では普通に人間が本を選んでいる。人間達の服装は洋服で日本と大して変わらない。人種も様々に存在しているようだ。そしてクラウゼに対して皆、同様に頭を下げて通り過ぎている。
つまりクラウゼが見えている。伍の世界で見えていたKはこちらの世界では元々が見えないようになっているようで健には挨拶をせず、素通りをしている。
「なあ、クラウゼは何の神なんだ?」
プラズマがこの不思議な現象に驚きながらクラウゼに尋ねた。
「……俺は月神だ。神の役割でいうと正の神だな。この国では正の神はだいたいが白猫を神獣とし、負の方面の神は黒猫を神獣としているようだ。使いにもできるが自分達が白猫、黒猫になる事ももちろんできる。つまり、俺は白猫だ」
「なるほどな……」
プラズマは唸りながら頷いた。この国はいままで表立ってなかったが非常に不思議な国である。
「あ、クラウゼ、あそこにルフィニとレールがいますよ?」
健が閲覧コーナーの一角を指差した。窓際のはじっこの方だった。
「本当だな。こんなに早く見つかるとは……。普通ではあり得ないが、まあいいか。プラズマとマナ、見つかったぞ。お前達の疑問をぶつけるといい」
クラウゼが静かにそう言ったがプラズマはなんだか心臓が高鳴っていた。
……あの挨拶をやるのか?俺?
質問する以前にその不思議な挨拶がプラズマの足を鈍らせていた。
半ばマナに引っ張られる形でプラズマは女神が二神いる閲覧コーナーの机へと近づいて行った。
黒い長い髪に独特のレースのような帽子を被った少女のような外見の女神と金髪蒼眼のこれまた不思議な帽子を被っている少女が閲覧コーナーの机に将棋盤を置いていた。
二神とも民族衣装のようなワンピースのようなものを着ており、レースのような帽子には五芒星と線路の絵のようなものが描かれていた。
先程のセレフィアと同じような格好だ。
将棋をやっているのかと思い、覗いてみるとそれは軍人将棋だった。
「軍人将棋!」
プラズマは意外な展開に思わず声を上げた。タンクやヒコウキなど独特の駒が盤に並べられていた。そして金髪蒼眼の方の少女が少将を使って無双している。
一瞬で黒髪の少女の顔が曇った。金髪蒼眼の方の少女はなんだか楽しげに笑っていた。
プラズマはとりあえず日本語で挨拶をした。
「お、俺は日本神の時神未来神、湯瀬プラズマ……」
なんだかカタコトになってしまったが金髪蒼眼の少女には伝わったようだ。
「あ~、日本神なんですね~?私はレールです~。よろしく~」
ほんわかした笑みを浮かべたレールと名乗った少女はぺこりと頭を下げた。日本語だった。
「レール……あんたが天界通信本部のエビスと知り合いの神か。日本語がお上手で」
「まあ日本の記事を書く記者でしたから~」
レールがプラズマと会話をしている中、黒髪の少女は何も話さなかった。戸惑った顔で二神の顔を見比べている。
その後、後ろに佇むクラウゼと健を見つけ、首を傾げた。
健が素早く入り込み、片膝を立てて黒髪の少女の手の甲にキスをした。
「ラナバストゥー・イファルスティ・健、インディス・イトゥー。お久ぶりですね」
健の言葉を聞いた黒髪の少女はどこか安心したような顔をした。
その後、クラウゼも同じように名乗った。
どうやらこの少女はルフィニという次元の神で間違いなさそうだ。健やクラウゼはこの少女と顔見知りのようだが一応、挨拶をしたらしい。この神はあまり自国から出たことがなかったため、戸惑ったようだ。
「この方は日本語話せるの?」
マナが健に目を向けた。
「まあ、カタコトだった気がしますが話せましたね」
健の言葉にマナは頷くとルフィニにゆっくり言葉を発し始めた。
「私はマナ。あなたに聞きたいことがあるの」
「ンン……ナンデスカ?ンン……ワタシハ……ルフィニール・フェン・ルーナル……イトゥー」
マナにルフィニは頑張って日本語を絞り出していた。なんだか相手に合わせてもらって申し訳なく感じたがマナは日本語で対話せざる得なかった。ラトゥー語は全くわからない。
「あなたは……終わりの世界についてどこまで知っているの?」
「ファメトルーレ(伍の世界)……クラヤミノ……セカイノコト。アナタハ……クラヤミカラ……キタヒト。ワタシニハ……リカイデキタ。セカイガ……コワレテイク。ムコウノKガ……タエラレナク……ナッテイル」
ルフィニはマナをまっすぐ見据えながら頑張って日本語を話している。
「Kガ、コワレナイタメノ、サイゴノシステムトシテ、ワタシタチノ、クニハデキタ。シカシ、リタ……二ホンノクニノKノヒトリガ、ハゲシクデータヲ、ソンショウサセタ。コチラ二アル、セカイヘ、Kハ、イキタイト、オモッテシマッタ。ワタシハ、ムコウノセカイモ……ミエル。『ケイ』トイウナマエノ……Kガ……コチラニ……クニトシテノ、レールコクヲ……ツクッテシマッタ」
「……ふーん。つまり、レール国が最近できた理由はケイのせいって事か。で、昔から『Kのシステムを損傷しないようにするためのシステム』として名もない国がずっとあったと。Kが想像力を失わないようにな。なるほどな、向こうの世界にいる全世界のKが均等に想像ができるように名がなかったのか」
ルフィ二の言葉をプラズマがわかりやすく解説した。
「ソウイウコト」
「……向こうが終わりの世界だっていうのなら……向こうを行きたいけど行けない幻想の世界にするにはどうすればいいのかな?」
マナがルフィ二に尋ねた。
ルフィ二は首を傾げていたがやがてため息交じりに答えた。
「コノクニハ、ワタシタチトノ、カンケイガ、イキスギテイル。イチバン、イイ、カンケイハ、二ホンノカミガミノ……システムダト、ワタシハオモウ。ジッサイニハ、ミエナイガ、イツモ……ソバニイル……ヨウナ……。ソシテ……ドコニデモ、ドンナ、チイサナモノデモ……カミガヤドル……。ソンナ、セカイヲ、ムコウデ、ツクレレバ……」
「じゃあ、Kの負担を減らして向こうの人間を全員Kにしちゃえばいいって事?」
「おい!」
マナの発言にプラズマが呆れた声を上げた。
「けっこう名案だと思うんだけど」
「ははは~、マナさんだっけ~?おもしろいね~」
先程から話を聞いていたレールがつかみどころのない笑顔で笑っていた。
「レールさん、いいと思わない?」
「いいんじゃないかな~?私は応援するよ~。でも壊れたのは日本のKだし、日本の神々に手伝ってもらって日本のKをなんとかしてからの方がいいんじゃないかな~?高天原の神々が動くのならば私達、『ラジオール』も動くよ~。他の国には迷惑になるかもしれないから伝えない方がいいよ~たぶん」
ラジオールとは以前出てきたが日本でいう高天原のような所のようだ。
その他、この世界には天界や仙人界など色々な神々の住処があるらしい。
隣でクラウゼも頷いていた。
「もし動くようであれば……天界や仙人界には見届け神として見守ってもらおう。俺もレールに乗る。高天原が動けばラジオールは動くだろう。助けてもらったからにはお前達に尽力する。しかし、高天原が動かなければ意味がない。これは日本のKのシステム破壊からはじまっているのだ」
クラウゼが冷静にそう伝えた。
隣では健が胸ポケットにいるマッシーにおやつのハムスター用クッキーをあげていた。
「……高天原か……マナの事も話した方が良さそうだし、今度は高天原に向かうか……。マナの提案にやつらが乗ってくれるか……カケだ」
プラズマがうんざりした顔でマナを見た。
「高天原?あの伝説の神々の……」
マナの目はもう次の興味へと移っていた。
それを見たプラズマはまたも深いため息をついた。しかし、体は羽のように軽かった。やはり自分がいるべき世界はこちらの世界なのだとはっきりと思い知らされた。
最終話
「じゃあ、俺達はちょっと高天原に顔を出してくる。あんた達はどうする?」
プラズマがため息交じりに健とクラウゼを仰いだ。
最初に声を上げたのはクラウゼだった。
「俺はラジオールにこの件を報告するつもりだ。もう向こうの世界を放っておけなくなったからな」
「なるほどな。じゃあ、あんたはここに残るんだな」
「そういうことだ」
クラウゼはプラズマの言葉に大きく頷いた。
「で?あんたは?」
プラズマは今度、健に目を向ける。
「あー、私はついていきますよ。高天原には行ったことないですから」
「行きたいだけかよ……」
プラズマの突っ込みにも動じずに健はほほ笑んだ。
「ルフィニさん、レールさん、色々ありがとう。また何か聞きにくるかもしれないけどその時はよろしくね」
マナはルフィニとレールに小さく頭を下げた。
「いいよ~。何かできそうなことがあったら教えてね~。不思議な神様~」
レールは楽観的にマナに笑いかけた。
「ウン」
ルフィニは小さく頷き、軍人将棋の続きを始めた。
「じゃ、行くぞ。レール国を観光したいところだが……そういうわけにもいかないしな」
プラズマがマナと健を促し、先程の神々の図書館へと向かった。
……軍人将棋か……
ふとプラズマは思う。
……戦時中から戦後にかけてはやった将棋……昔のKの少女達の世界観がそのまま残っている国……って事か?このゲームは一部日本ではやったゲームだ。もしかすると他にも戦争中に『世界のK達』が生きていた時代もこのレール国になんらかの形で残っているのかもしれないな。
プラズマはそんなことを思いながらクラウゼにそっと手を上げて別れを言うと白い本を手に取った。
セレフィア・イルサーゼ神の本。
マナと健と目配せをし、互いに頷いたところで本を開いた。
目の前が真っ白に染まった。
***
「しかし……」
ルフィニはラトゥー語でレールにつぶやく。
「なあに?ルフィニちゃん~?」
レールはほほ笑みながらヒコウキをぶっ放し、中尉を討ち滅ぼした。軍人将棋中だ。
「高天原があのマナって子を認識しようとするわけないと思うのだけど」
ルフィニは小さな声でレールを窺った。
「……そうだね~。あの子がいるとこっちの世界が壊れちゃうかもしれないから~リタ(日本)のKの一人が壊れたからって高天原が動くとは思えないね~。マナちゃんって子はもしかしたらこちらの世界を守る考えの高天原から追われる身になってしまうかもしれないね~」
レールは表情変わらずにそう淡々と言った。
「冷たすぎるね……。君は」
「期待はしているけど~、私達は今のままでいいし~」
ルフィニとレールの会話を聞きながらクラウゼは近くの椅子に控えめに座った。
「俺はもう十年も向こうへいるのは嫌だな。リタのK一人が狂っただけでこっちの神が向こうへ飛ばされるとは……俺はマナを応援しよう」
クラウゼは軍人将棋に夢中のルフィニとレールを眺めながら深くため息をついた。
旧作(2019年完)本編TOKIの世界書五部「変わり時…2」(現人神編)