騎士物語 第七話 ~荒れる争奪戦とうねる世界~ 第一章 ガタつく理性と悪党の息抜き
第七話の一章です。
ロイドくんらのドタバタと、騎士と悪党の戦いを書く予定の第七話。
まずは依然としてラッキースケベのロイドくんの女難と悪党連中の悪巧みの始まりです。
第一章 ガタつく理性と悪党の息抜き
薄暗い部屋の中、ムードを高める照明と香りが満ちるその場所で、金髪の女が男の下敷きになっていた。男はにやけた顔で身体を動かしているが、金髪の女は対照的に非常につまらなそうで、むしろ不愉快な表情をしていた。
「もういいわ。」
これからというところの男を押しのけ、女は一糸まとわぬ姿でベッドから起き上がった。
「なんだぁ、おい? 今からオレのテクニックを――」
「何がテクニックよ、下手くそ。」
自分の技に自信を持っていた男に対し、金髪の女は既に欠片も興味ないという顔で服を着始めた。
「こんなんならまだ初めての奴の方が頑張ってくれるわ。息抜きにと思ったのにとんだ時間の無駄だったわね。」
「下手? オレが? おいおい調子に乗――」
男が怒りの混じった顔で金髪の女に一歩近づくと同時に、金髪の女はいつの間にか手にしている銃を男に向けた。
「……なんの冗談だ、あぁ? ここがどこかわかってんのか? んなもん出して生きて帰れるとおも――」
男のセリフの途中で響く銃声。そして――
「があああああああああっ!!」
直後こだまする男の獣のような悲鳴。両手で抑えるも股間からとめどなく流れる血。
「前々から思ってるんだけど、下手な男は一回女になってご自慢のテクニックとやらを自分で受けてみるべきよね。」
「あああああああああ!」
「おい! なんだ今の――」
銃声。尋常ではない騒ぎを聞いて駆けつけた別の男の額に穴が開く。
「生きて帰れるか――なんて、完全にやられ役の小悪党のセリフよね。あたしとしたことが、なんでこんなとこに男求めちゃったのかしら……」
着替えを終え、両手に銃を持ってスタスタと部屋を出る金髪の女。道中、見るからに悪人面をした男たちが顔を出すたびに銃声が響き、金髪の女のうしろには死体の山が出来上がっていった。
「あら?」
ふと、扉が開きっぱなしの部屋の前で足を止める。部屋の中にはおよそ衣服とは呼べない布切れを身にまとった女たちが、まるで飼い犬か何かのように鎖によって壁につながれていた。
田舎者の青年が暮らしている国には無いが、小国において奴隷制度はそれほど珍しくなく、国の財源として成り立つほどの収益を生んでいる場合もある。故に、人売り人買いを商売としている者はそれなりに存在している。
正義を掲げる騎士であっても、その国が認めている事を国内で行う分には何ら問題がないために何もできず、そもそもその国所属の騎士はそれを悪とは思っていない。
国を跨ぐ際のしがらみによって苦い思いをする騎士は少なくないのだが、中にはそういった面倒事の一切を無視して自分の正義を貫く、どこぞの十二騎士のような者もいる。
「若い女ばっかりまぁこんなに集めるわよねー。」
しかし金髪の女に正義感は欠片もなく、比較的見慣れた光景としてそれを眺めた。
だが――
「そうだ、いいこと思いついたわ。」
かと言って、悪党相手に悪事を働かない程度の悪党でもなかった。
凄まじい速度と正確さで連射された銃弾は女たちを拘束する鎖の一本一本を砕き、悲鳴をあげる間もなく自由の身となった女たちの手にはいつの間にか銃が握られていた。
「銃弾はサービスするわ。ほら、好きなだけ暴れてきなさい。」
魔法が広く普及する以前は生物的に力のある「男」が世の流れを作っており、「女」の地位は下にあった。それ故、奴隷を奴隷として躾ける技術も「女」に対して行うモノの方が完成されており、ちょっとやそっとでは反抗心が湧かないようになっている。
だが金髪の女は充分な実演をふまえた上で圧倒的な暴力を女たちに与えた。これにより、風前の灯だった女たちの感情は一瞬にして業火へと変わった。
かくしてここに、数多の復讐者が誕生した。
「あはは、楽しい光景ね。」
数分後、騒ぎを起こした張本人である金髪の女は建物の外でそれを眺めていた。
「長い間ため込み、熟成されていった殺意……この連中を殺してやりたいっていう欲望に従う血まみれの女たち。そうよ、殺したいなら殺せばいいのよ。我慢は良くないわ。」
とある国のとある町の外れ。善良な人間であればその雰囲気から近寄ろうとは思わないその場所に案の定建っていた、金髪の女の言うところの小悪党の隠れ家兼店であるその建物は今、地獄絵図という表現がしっくりくる状況となっていた。
逃げ惑う男たち。追いかける女たち。響く声は男の悲鳴と女の叫び。本来であれば戦闘技術もない女たちが武器を手に暴れたところで男たちがすぐに抑えてしまうが、女たちが手にした武器が異常だった。
強力な遠距離武器である銃の弱点、弾数制限がどういうわけか無いのだ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという具合に、射撃の腕が素人でも休む間もなく連射されてはどうにもならない。
女たちが男たちを一方的に殺戮していく、銃声と鮮血がまき散らされる惨状を前に金髪の女は満足そうだった。
「妹にしてはいいことをしたな。」
さっきまで誰もいなかった金髪の女の横に、いつの間にか金髪の男が立っていた。大きな大砲のようなモノを背負ったホストのようなその男がそう言うと、金髪の女は少し驚いた。
「珍しいじゃない、弟。あんたの事だから、てっきり悪趣味だのなんだの言うのかと思ったわ。あんたの大好きな女の子ちゃんたちをあんな感じにしたわけだしね?」
「それはそうだが、そのおかげで……ああ、見てくれあれを。」
金髪の男が指差す方向に目を向けると、そこには銃ではなく……おそらくこの建物のどこかに飾ってあったのだろう、実用的とは思えない装飾が施された、しかしてちゃんと刃物だったらしい剣を手にした女がいた。
「妹がわたした銃を落としたのか、それとも進んであちらに替えたのか。ともあれ美しい……実に美しい。」
「あの女が?」
「それは当然として、ボクが言っているのは剣の方――今まさに傑作になろうとしている一振りさ。」
復讐心に瞳をにごらせたその女性は無論剣術など身につけているわけもなく、その剣を無我夢中に振り回して男を斬っている。生きていようが死んでいようが構うことなく、血が出るのならばそれでいいとでもいう風に滅多切りにしていくその女性――いや、その女性が手にした剣をため息とともに見つめる金髪の男。
「永劫にドレスを着る事はなかっただろう不憫な剣が今、無数のコーディネートを体験しているんだ。もっと欲しくなるだろう、もっと美しくなりたいだろう――ああ、あの剣の声が聞こえてくるようだよ。もっとドレスを! とね。ふふ、そんな風に叫ばれては着せてあげたくなるじゃないか……そう、それこそが運命、それこそがボクの使命さ。」
「肝心の、その剣を今振り回してる女はどうなのよ。いつもみたいにお茶に誘うわけ?」
「あんな素晴らしい剣を前にして? まさか。」
そう言うと、金髪の男はどこから取り出したのか、一本の剣を手に怒り狂う女に近づいていき――
「やぁ、待たせたね。」
――その首を斬り飛ばした。そして女が手にしていた剣を――赤く染まったその剣をつかみ、愛おしそうに眺めた。
「あぁ……いい……いい仕事だ、妹よ……」
「息抜きのつもりで入ってみたらゴミしかいなかったから殺しただけよ。人を鍛冶職人みたいにいわないで欲しい――っていうかそもそもなんでここにいんのよ。ムリフェンと行ったんじゃなかったかしら?」
「ギャンブルを楽しむ彼女は素敵だけれど、そうなるとこちらの声が届かなくなるからね。彼女は彼女の方法で恋愛マスターに近づくさ。」
「へぇー、それで寂しくなってあたしのとこに来たってわけね。」
「心外ではあるけれど、どうにもバランスが悪いからな。で、彼女は見つかったか?」
目の前で繰り広げられる惨劇にはもはや興味がないらしい二人は、悲鳴をBGMに情報共有を始める。
「割とあっちこっちで願いを叶えてもらったって話は聞くわね。でも時間と場所がバラバラだからあたしたちみたいな移動方法を持ってるかもしれないわ。」
「たまに願いを叶えた相手のその後を見守るパターンもあるようだが……やはり基本的には神出鬼没。これは匂いで探せるバーナードらに先を越されるかもしれないな。」
「なに諦めてんのよ。あたしはお姉様のご褒美が欲しいのよ。」
「そうだな……ああ、そういえばあちこちでそこそこの悪党連中が急に暴れ出していたな。最近アルハグーエが旅行していたのと関係があるのだろうか。」
「もしそうなら、それはつまりお姉様の意志って事になるわね。いつもの暇つぶしじゃないかしら。」
「大抵はそうだが……恋愛マスターを追っている関係で普段の半分程度しか悪党をできていないボクらの穴埋めかもしれないぞ。」
「は? 仮にもお姉様が集めたあたしたちなのよ? そこらの悪党が残りの半分を埋められるわけないじゃない。」
「それもそうか。となるとやっぱり暇つぶしか……もしくは、たまにしかやらない姉さん本気の悪巧みか……」
もしもそうだったら嬉しいなと言わんばかりに二人が悪い顔をしたところで、悲鳴と銃声が鳴りやんだ。
「あら、終わったのね。」
無数の男の死体とその近くで立ち尽くす女たち。こうなった後の事を特に考えていなかったらしい金髪の女はしばらくその光景を眺めた後、パチンと指を鳴らした。すると立ち尽くす女たちを囲むようににごった鏡のような色合いをした楕円の壁が全部で十個出現した。
「それをくぐるとこの世界のどこかに出るわ。町の中か森の中か、奴隷制度のある国かない国か、悪党の根城か善人の家の前か。もしかしたらあったかいスープでもてなす誰かに拾われるかもしれないし、今よりひどい状況になるかもしれない。くぐりたくないならそれでもいい。あんたたちの好きにするといいわ。その銃は記念にあげるわ……まぁ、銃弾は元の装填数に戻るけど。」
突如現れて自由を与えた金髪の女をどう見ればいいのかわからない女たち。その中の一人が久しぶりに声を出すようなかすれ声で問う。
「ど……どうして……わたし……たちを……」
「別に何もないわ。だけどあんたたちは既に悪人。正当防衛だとかなんとか言われるかもしれないけど、ほぼ無抵抗の人間を殺戮してまわった殺人鬼。新たな悪党の誕生をちょっとめでたく思っただけよ。」
殺人鬼。数分前に自分が行った事に今になって恐怖を覚え出す女たちだが、金髪の女は笑っている。
「くぐった先でどうなろうとどうでもいいけど、もしかしたらお姉様が興味を示すレベルの悪党になる奴がいるかもしれない。あたしはそれを期待しているのよ。」
「ああ、それはいい。もしもそうなったら改めてお茶に誘うとしよう。その出会いを楽しみに待つよ。」
そう言い残し、金髪の女と金髪の男は笑顔でその場から消えた。
「……」
あとに残った女たちもそれぞれの道を選び、その場から去っていった。
その後、ある国で「元奴隷の拳銃使いの女」が名を上げるのだが、これはまだ少し先の話である。
「フランケンシュタイン的に雷はウェルカムだが、さすがに眼球が消し炭になるかとヒヤヒヤしたぞ。」
「わるい……」
交流祭におけるオレの試合を記録するためにあずかっていたユーリの眼を返しに、オレはスピエルドルフへとやってきた。
折角だからみんなで来ようとも思ったのだが……さ、昨晩のことが鮮明なままみんな――とと、特にエエエ、エリルと一緒に行動するのは……あ、あれでありまして……とと、ともあれ、いつもよりは軽めだったとは言え交流祭の翌日だというのに普通に授業があった今日、その放課後にオレはミラちゃんにもらった黒い指輪の力でここに来たのだった。
前来た時は何も着てなかったけど今日はピシッとした服を着ていたネコの人とスライムの人がいる検問所を通るとユーリがいて、その案内でオレはミラちゃんのいるデザーク城へ向かって歩いていた。
「ふぅ。ここしばらく予備の眼を使っていたからな……どうにもしっくりこなかったんだが、ようやくいつもの感じに戻った。」
メガネをかけ替えるノリで目玉を付け替えるユーリ。
「しかし凄かったな……交流祭だったか。騎士の卵であれなのだから恐ろしい限りだ。」
「ユーリから見ても……いや、魔人族から見てもそう思うのか?」
「大半はそうでもないが、一部がな。」
「大半はそうでもないのか……」
「ロイドだってそうだろう? それに吸血鬼――あー、ノクターンモードだったか? カッコいい名前のあれになれば全員が「そうでもない」んじゃないか?」
「いや、オレ、マーガレットさんに勝ててないし。」
「ああ、あの雷の。隙あらば女性の知り合いを作るんだな。さすがフィリウスの弟子。」
「やめてくれ……そういうユーリはどうなんだ? その……女性関係ってのは……」
「興味は大いにある。フランケンシュタインの血を絶やしてはいけないし、何よりこの壁のない愛の物語はつなげていきたい。が……なかなかな。」
……そういえばユーリの両親、片方はフランケンシュタインだろうけど、もう片方は何の種族なんだろうか。もしや初代にならって相手は代々人間とかだったりするのだろうか。
「あぁ、ロイド様!」
お城の謁見の間――ではなく、ミラちゃんの私室にオレを案内したユーリはオレとミラちゃんを交互に見た後、謎のウィンクを決めて去っていった。
「どうぞお座りくださいな。」
と言って自分が腰かけているベッドの横をポンポンと叩くミラちゃん……
「し、失礼しま――するよ。」
「はい、敬語を使いそうになりましたね。オシオキですよ。」
そう言って隣に座ったオレの膝の上にごろんと転がるミラちゃん。ま、まぁ逆でないだけマシか……マシなのか?
「えっと……これ、ユーリの眼を入れてたマジックアイテム。ミラちゃんにはこれを返しに来たんだ。」
ユーリにわたしてもらえばそれで済む話ではあるのだが、「これでミラに会っていかなかったらミラが泣いちゃうぞ」とユーリに言われて……いや、まぁ……話したい事もあったからこれでいいんだけど……
「確かに受け取りました。ところでロイド様、何やらエリルさんの匂いがすごくするのですが。」
「えぇっ!?」
「もしや昨晩、抱き合って寝たりしましたか?」
「えぇっ!?!?」
ミラちゃんの、ローゼルさんのようなひんやりとした笑顔を真下から受け、オレは朝の事を思い出していた。
朝、起きると目の前にエリルがいた。一瞬どういう事かわからなかったが、そういえば昨日あんな事があって、ここはエリルのベッドなのだからどっちかというとオレがエリルの前にいると言った方が正しいだろう。
いや、というかそうじゃなくて……あああああああ! き、昨日のオレはちょっと色々とやりすぎたのでは!?
「起きたのね……」
心臓が止まるかと思った。寝ているかと思っていたエリルは実は既に起きていて、たぶんオレにだだ、抱きつかれてるから動けなくて、オレが起きるのを待ってたのだ……!
「おお、おはようエリル……」
しかし……ああ、こんな至近距離で寝起き一番にエリルの顔とはなんだか……なんだか……
「……いつもみたいにびゃああとか言って離れないのね……」
そう……エリルの言う通り、頭の中は割と白いのにオレはエリルをホールドしたまま。確かにいつもなら離れるだろうけど……なんだか不思議なこの感じ。妙にほっとするというか……
「い、嫌なら離れるけど……」
「……嫌なわけない――じゃない……」
ひゃあ、なんだこのエリルは……
「……あたし今、全然動けないのよ。」
「え、あ、ご、ごめん力入れ過ぎてたか……」
「そうじゃないわ。」
「?」
「……あんた昨日、あたしに何したか覚えてるわよね……」
「えぇ!?!? ま、まさかオレ昨日あの後エリルを襲ったりした!? お、覚えてないんだけど――」
「違うわよ! あ、あんたその……や、やらしいことずっと言い続けたでしょ!」
「!! あ、あれは……その、ついと言いますか……」
「一晩中死ぬほど恥ずかしい思いさせられて……その上あんたの方が先に寝ちゃうし……あ、あたしあの後ずっと――と、とにかくあれのせいで力入んないのよ!」
「そんなに大ダメージだったのか! ご、ごめん……」
「……でもあたし……あれ――っていうか昨日のあんたので決めたわ……」
「? な、なにを……?」
「あたしも……その、もうちょっと……」
そう言いながら、エリルはオレの背中に手をまわした。
「!? エリルさん!?」
「こ、こうするように……するわ……」
「えぇ!?!?」
「な、なによ嫌なの。」
「嫌――なわけはないです……」
「……そ。」
なんてことだ……自分がまいた種なのだろうけど……オレは何かこう……一線……的な何かを超えてしまったのかもしれない……と、というかエ、エリルにこんな風になられると相当まずいのだが!!
「ええ、ロイド様は素敵な方ですからね。そういう事もあるでしょうけど、正直嫉妬しますね。ワタクシにもそういう事をして欲しいですし、そもそもロイド様にはもっと会いに来て欲しいです。」
「う、うん……」
「毎晩来て欲しいです。」
「うん――うん? ま、毎晩!?」
「そうして毎夜、ワタクシの初めてを一つずつロイド様にもらっていただくのです。」
「ハジメテ!?」
「ええ、ありとあらゆる初めてを。少しずつ、ゆっくりと。」
「アリトアラユル!?」
「ロイド様、何やらオウムのようになっていますよ?」
昨日のラ、ラッキースケベのせいでそういう――あれ的な言葉を聞くと具体的な想像が頭の中に――だあああ……
「そそ、そういえばレギオンの人に会ったよ!!」
「陸のレギオンのライアさんですね。報告を受けています。恋愛マスターが姿を現したという事も。」
「昨日の今日で……す、すごいんだね。あ、でも一応言っておくけど……恋愛マスターはそんなに悪い人じゃ――」
「本人の性格はどうでも良いのです。犯した罪に罰を下さなければ気が済まないという話です。」
「そ、そう……」
「ロイド様が未来の夫としてどうしてもと言うのであれば追うのは止めますが?」
「えぇっ!?」
「というかロイド様、ライアさんとお茶をしたようですね?」
「ちょ、ちょっと違うかな。ゴーゴンさんがやっていた喫茶店にオレが入って、アップルパイとアップルティーをいただいたというか注文したというか……」
「そうですか。」
「う、うん……」
な、なんだろう、下から来るミラちゃんのジトーッとした視線が止まらないぞ……
「ゴ、ゴーゴンさんと言えば! ま、まさか騎士の学校にスピエルドルフの人がいるなんて驚いたよ!」
話題をそらす為に口から出てきた言葉だったが、実のところ気になっていたので続けて尋ねる。
「……前にヨルムさんが言ってたよ。生物的には魔人族の方が上でも、フィリウスみたいに時として魔人族を上回る存在もいるから人間とは平和な関係でいたいって。やっぱりスピエルドルフとしてはフィリウスみたいな強い人……というか強くなりそうな人をあらかじめ知っておきたいから騎士の学校を?」
トップシークレットであろう事を女王様に直に聞くというのは我ながらなかなか恐れ知らずのような気もするが……オレがそう聞くと、ミラちゃんは普通に答えてくれた。
「確かにフィリウスさんのような強者の情報を持っておく事は大切です。ヨルムの言う通り、時に侮れないのが人間ですからね。ただ、プロキオン騎士学校にこちらの者がいる理由はそれではありません。それだけならセイリオスを選びますしね。」
「プロキオンに何かあるの?」
「あそこは特異な能力を持つ者が集まる学校ですから。」
ミラちゃんを覗き込むオレの顔に手を伸ばして……な、何故かほっぺを引っ張ったりしながらミラちゃんは説明を続けた。
「強いだけの人間はさほど脅威ではありません。ワタクシたちが警戒しなければならないような強さを持った人間はほんの一握りですからね。極端な話、スピエルドルフの総力をもってすれば問題ありません。」
「そ、そうだね……」
「ですが特異な能力を持つ者は話が別です。ロイド様が最後に試合を行ったマーガレットさんが良い例でしょう。長年の鍛錬や経験はなく、そもそもまだ騎士ですらない彼女に勝てないレギオンメンバーはたくさんいます。」
「あれはちょっとすごい能力だからね……基本的に何も効かないし……」
「そういった特異な能力を持つ者は、場合によってはスピエルドルフの総力で挑んでも勝てない可能性があります。故に知っておきたいのです。そういう能力者の存在を。」
「なるほど……そういえばそういう特別な力って人間にしか発現しないのかな……魔人族にもそういう人っているの?」
「いますよ。そもそもワタクシたち吸血鬼の魔眼ユリオプスもその一つですから。ただ、こういう特別な力とは即ち突然変異と呼ばれる現象ですからね。元々魔法が使える身体ではないのに魔法を使い、その負荷を受けている人間の方が起きやすい事は確かです。」
「へぇ。」
「まぁ、どのような異能であろうと強者であろうと、ロイド様から最上の愛をいただけたなら、その時のワタクシに勝てる者は存在しないと断言できますが。」
「サイジョー!?」
「エリルさんにしたことの更に先ですね。」
「サキ!?」
「ロイド様、オウムがマイブームですか?」
自身への愛を抱く者の血を飲むことで強くなる吸血鬼。オレの事をす、好き――なミラちゃんの血を、しかも正真正銘本物の吸血鬼の血を飲んだオレはとんでもない力を引き出した。たかだか数パーセント程度しか吸血鬼性を持っていないオレでもあのレベルなのだから……か、仮にオレがミラちゃんを――い、いや別に嫌ってるわけじゃないしすす、好き――なんでしょうけどというか好きですけど! そ、それが最高潮になったとして、そんなオレの血をミラちゃんが飲んだならそりゃあ……
「今、ワタクシの事好きだなぁとお思いになられましたね?」
「えぇ!?」
「そんな顔をしていました。」
みんなにもたまに心を読まれるけど、まさかそんなに顔に出るのかオレは!?
「その――そ、そういえばオレ! 今吸血鬼性が落ちてるみたいなんだけど!」
「そうですね、だいぶ。その影響で恋愛マスターの力が過剰に働いて色々と起きているようですね。」
「そんなことまでわかるの……?」
「ロイド様の事でしたら大抵の事は。愛ゆえにと言いたいところですが、理由はこの右眼ですね。」
ミラちゃんの右眼。どういう経緯かまだ思い出せていないけど、それはオレの右眼だったモノで、ミラちゃん本来の右眼はオレの右眼となっている。
「! まま、まさかオレが見たモノが遠くからでも見えるとか!?」
「そこまでは。ただぼんやりとではありますがロイド様の考えている事や感じている事がわかるのです。」
「えぇ……」
「そうして得た情報と目の前のロイド様から漂う他の女性の匂いなどを照らし合わせますと、例えば昨日はエリルさん以外とも色々となさったようですねという事がわかってくるのです。」
「えぇっ!?」
「偶然のような必然を巻き起こす運命の力によってあんなことやこんなことを……そういえばワタクシ相手には一度もしてくれませんね?」
「!! そ、そういえばそれに関してだけど! オ、オレの吸血鬼性って、どれくらい戻ってるのかな!」
「全然ですね。」
「えぇ!?」
「回数をこなせばいずれは半日で元に戻るようになると思いますが、あれほど引き出したのは今回が初めてでしょうから……一週間はかかるかと。」
「一週間!? ま、まだ一週間もラ、ラッキースケベ状態が!?」
と叫んでふと気づく。
「そ、そういえばミラちゃんとは……アレな感じの事が起きないな……」
「あらロイド様。どうしてワタクシとの間にもそういう事が起きると思うのですか?」
「えぇ!? だ、だってその……ミ、ミラちゃんは……」
「ええ、ワタクシは?」
「ミラ――ちゃんは……オ、オレの事がすすす、スキで……そ、その……」
だあああ! 自分で言うのの恥ずかしいこと!
「違いますよロイド様。ワタクシはロイド様を愛しているのです。」
「ふぁ、ふぁい!」
「ですが残念ながら、恋愛マスターとやらが行使した運命の力の対象は人間に限定されていますからね。ワタクシには効果が及ばないのです。」
「な、なるほど……」
「ロイド様がお望みとあれば、偶然を装ってしたりされたりするようにはできますが――どうしますか?」
「あびゃっ!?」
起き上がりながらすすーっと身体を密着させるミラちゃん。本人のスタイルもさることながら、み、みんなが言うところの魅惑の唇の本家本元を持つミラちゃんからは凄まじいばかりの魅力が……
「ロイド様ったら真っ赤ですね。ちなみに今のワタクシは吸血鬼としての魅了する力は使っておりませんから、ロイド様がワタクシに凄まじいばかりの魅力を感じているとすると、それはロイド様の中にあるワタクシへの好意が吸血鬼の特性に反応したが故ですよ?」
「――!!」
ミラちゃんの部屋でミラちゃんと二人きり。ラッキースケベが発動しなくても充分まずい状況。
少し前なら鼻血で気絶だったはずなのだが、デルフさんのアドバイスで頑張るようになったからか、それともオレがスケベになったのか。ミラちゃんの女の子的な箇所に目が泳ぎ、無意識に両手が動いてミラちゃんを抱きしめようと――い、いかん! いかんぞオレ! そもそもこうやって流されるんじゃいざって時に結局ダメじゃないか! 集中だ、集中するんだオレ――
「ロイド来てんだって!?」
鋼の精神を組み直している途中で部屋の扉が開き――というか吹っ飛び、ストカが入って――というか飛びかかって来た。
「! ま、待ちなさ――」
ミラちゃんが反応する前にストカに飛びつかれ、オレたちはピッタリくっついたままベッドの上に倒れこんんんっ!?!?
「……おいロイド……」
ミラちゃんの背中に伸びていた両手が……その途中で突撃されたからなのか……オ、オレの両手は――
「い、いきなり胸をつかむなよ……」
ストカの、ローゼルさんといい勝負をしそうな立派なモ、モノに沈んでえええええ!!
「わわわ悪いっ!!」
尋常じゃない感触から手を離す。ストカが前と同じの、胸元が大きく開いた色っぽいドレス的な服を着ていたこともあって……なな、なんか……半分くらいちょちょ、直接触ってしまっていたような気が……
「別にいいけどよ……ドキドキすんだろ……」
ス、ストカが照れてる――のか、なんかモジモジしてる……オレの中だとまだ男だと思っていた部分があるからアレだけど……な、なんか可愛い……
と、というかホントにラッキースケベ発動してないんだろうな!
「まったくあなたは! その凶器をロイド様に押しつけないようにと言ったはずですよ! そしてロイド様も! ワタクシがこうして密着しているというのにそちらに手を伸ばすなど!」
「い、いや、どど、どっちかというとミラちゃんに伸びた手だったんだけど途中でストカが――」
「まぁ! ストカ、あなたのせいで照れ屋のロイド様の貴重な抱擁が台無しです!」
「なんだよー、俺にもくっつかせろよー。」
「ぎゃああああ!?」
ミラちゃんがくっついている方と逆の場所にストカが!?!? 殺人的なボディと色っぽい格好のせいで恐るべき破壊力――つーか!
「ななな、なんでストカはそんな服着てんだよ!」
「ん? スカートじゃねーと尻尾が面倒だろ?」
「穴あきのズボンあるし、それでもそのドレスみたいのにはなんねーだろ!」
「どっかのバカみてーに、俺の事を男だとか言う奴が多いからな。きっちりアピールしてんだ。」
「ああ、なるほど――いや、も、もう充分にわかったからそろそろ――」
「前はよくこうやって寝たなー。大抵寝てる間に俺が尻尾でユーリをバラバラにして、ミラがロイドにくっついててよー。俺もくっついてみたかったんだなー、これが。」
「どわっ!? お、おいストカ、尻尾を巻き付けたら余計に色々と――」
「あぁ……ロイド様の首が……近い……」
「ひゃあ!? ミ、ミラちゃん、首をなな、舐めなふぁあ!?」
「ロイド様、ワタクシは吸血鬼ですよ……? 最愛の人の首筋が……血管が……こんな間近にあってはもう……ロイド様にもわかりやすく例えるなら、自分のベッドの上で裸の女性が手招きしているようなモノです……ああぁ……もう我慢の限界です……失礼しますね。」
「はぅあああああぁぁ!」
前回吸われた時は寝ている間だったから吸われる感覚を体験したのは……ああいや、忘れてしまっている一年間に経験はあったのだろうけど、今のオレには初めてで……やばかった。
吸血鬼の特性に、血を吸っている間に相手に快楽を与える――的な能力がある。その力は吸血鬼の唇に宿っており、それ故にオレに対して好意をい、抱く……人がオオ、オレにキスをしたくなるという……みんなの言う魅惑の唇という現象が起きてしまっている。
これは困った力だと思っていたわけだが……ミラちゃんのそれを体験し、本来の欠片も効力を発揮していないという事がわかった。
全身から力が抜け、温かい布団の中に入ったみたいな心地よさに包まれた後に押し寄せるかつてないほどの快楽。思考能力が半分以下になり、永遠にこのままでいいとさえ思えてくる……あれはやばい。
おかげでまだ頭がふわふわしており、セイリオスに戻るために指輪を使ったら寮の外の茂みの中に出てしまった。
んまぁ、今のオレだと部屋に戻った瞬間着替え中のエリルと鉢合わせという事もあり得る。これはこれで良かったかもしれない。
「しかし一週間か……一番のネックはローゼルさんとのデ、デートだな……どうしよう……」
何かこう……そうなりそうになったらそれを防ぐみたいな、そんな便利な魔法はないものか――と、うーんとうなりながら部屋のドアを開いて中に入ったのだが……そこにいるはずのエリルはいなくて、代わりにローゼルさんとティアナがいた。
いや、そもそも部屋の雰囲気が違うような……んん? むしろここはローゼルさんとティアナの部屋ではなかろうか。
というかそんなことよりも――
「な……」
「ロ、ロイド……くん……」
時間は放課後で、部屋に戻ってからも制服のままという生徒は珍しくて……二人とも部屋着に着替えている途中で……
要するに、二人は下着姿だった。
ローゼルさんの白い肌は濃い青色の髪にとても映え、女神に例えられる完璧なプロポーションを覆うのは、今や上下の水色の下着だけ。
ティアナは、普段なんとなく縮こまっているのと、普段着がワンサイズ上のだぼだぼの服を着ている事からわかりにくいのだが、実はかなりのナイスバディ。それも今や、キラキラの金髪に合わせているのか、黄色でそろえた上下の下着を身に着けるのみ。
――いやいや! 何をガン見しているのだオレ!
「す、すみませんでしたっ!!」
キレのあるターンで二人に背を向け、ドアへ向かって一歩踏み出した瞬間、突如目の前に透明な壁――氷の壁が出現した。
「あびゃっ!」
壁に正面衝突し、反動で後ろにズデンと倒れる。鼻と後頭部にじんわりと広がる痛みに目を開けると――
「なな、なるほど、ラッキースケベはこういう形でも発動するのだな。」
ひっくり返った視界に映るのは天井。そしてどこも隠そうとはせずに、下着姿のままで腕組み仁王立ちのローゼルさんの――頑張って余裕のある笑みを浮かべようとはしているけど真っ赤な顔で震えている姿……!!
そして――
「だ、大丈夫……?」
同じく下着姿のままでしゃがみ込み、オレの顔を覗くティアナ……!!
色々――イロイロ見えてイロイロ近くて――!!!
「ふ、二人とも色々見えてますから! かか隠すとか服を着るとか!」
大慌てで起き上がり、顔を叩く勢いで目を覆って再度二人に背を向ける。
「うん……で、でも……は、恥ずかしいけど……ロ、ロイドくんだし、いいかなぁって……」
「もっと恥ずかしがってください!」
「ほ、ほうほう。ロイドくんは女子の恥ずかしがる姿にそそられると。」
「そそ、そんなことは――とと、とにかく服を!」
「ふむ……しかしなぁロイドくん……」
「ぎゃあっ!?!?」
背中に走るふにょんという感触。覆っていた手が思わず顔から離れ、正面の氷の壁に映るオレはしし、下着姿のローゼルさんに後ろから抱きつかれてぇぇぇっ!!
「好きな……大好きな男の子が、一時的とは言え他の女の子を恋人としている彼が、なんの偶然かひょっこりと自分の部屋にやってきたのだ……これは絶好のチャンスだろう……?」
「ちょちょちょ、ロージェルシャン!?!?」
「さすがのムッツリエリルくんでもこ、ここまでは……やっていまい。」
「ひゃああっ!」
更に強まるホールドと広がる魅惑の感触。抱きつかれることはそこそこあるけど――しし、下着姿なんてのは初めてというかぎゃああああ!
「だ、ダメですダメですローゼルさん! ここ、これはまま、まずいですから!!」
「なんだ今更……直接つかんだ事も、顔をうずめた事も、揉みしだいた事もあるくせに。」
「そそ、それは――!!」
あ――ま、まずい……さっきのミラちゃんの時と同様に鼻血よりも手が出そうで……理性がとぶ方向に……こ、このままでは……
「ロ、ロゼちゃんだけずるい……じゃ、じゃああ、あたしは――」
「びゃあああ!? ティティティティアナさん!?!?」
みんなの中では一番大人しく、一番女の子女の子しているけれどここぞという時にすごいガッツを見せるティアナは下着姿でオレの前から抱きついてええええええ!?!?
「な!? こ、こらティアナ、前からは反則だぞ!」
「だ、だってこ、こっちしかあいてないんだもん……」
上目遣いでこちらを見上げるティアナの金色の瞳と、その下に控える魅惑の谷間――いや、というか何だこの状況はっ!! しし、下着姿の女の子に前後から抱きつかれるとか一体何がどうなったらこんなことにゃああああ!
「! っと、ロイドくん――わ!」
頭の中をぐるぐるにする状況から抜け出さんと試みたのだが、何かにつまづいて二人と一緒にボフンと倒れ――ボ、ボフン!? と、という事はここは――
「……もしやロイドくん、わたしのベッドで――わ、わたしたち二人を同時に……そ、その、手籠めにする気なのか……?」
「ロ、ロイドくん……す、すごくエッチ……」
前後から左右に移った感触――二人はオレの首や腰に手をまわしながらくっついてぇぇぇ!
「さて、わたしたちは着替え中だったわけだが……わたしはロイドくんがどうしてもと言うのなら、風邪をひかない程度でもうしばらくこのままでも良いのだが?」
「あ、あたしも……い、いい……よ……?」
「今すぐ着替えの続きを!」
「ほう、生着替えを眺めていたいと。」
「しょ、しょうではなくて――」
「じゃ、じゃあロ、ロイドくん……ゲ、ゲームしよう……」
「ほへ!?」
「む、ティアナはこういう時大胆だからな……わたしも参加しよう。で、何をするのだ?」
「え、えっと……こ、このまま……そ、そうだね……十分くらい……ロ、ロイドくんが我慢できたら……あ、あたし――と、ロゼちゃんは服を着るよ……」
「なんですかそのゲーム!? いきなりなんてことを――と、というか我慢できたらってティアナ!? そ、それ我慢できなかったらつまりそのオレがふふ、二人を――」
「ほう……まぁ、前々から鈍感に加えて根性もないロイドくんだからなぁ。きっと我慢できるさ。」
「えぇっ!? あ、いや、というかこの勝負って単に十分このままでいたいだけらあああああ!?!?」
するりとオレの脚に自分の脚をからませてきたのは――ティ、ティアナ!!
「ス、スタートだよ……」
「ティアニャアアアア!?」
勝負の開始が耳元で囁かれたかと思ったら、その耳をハムッとティアナがくわえええええ!
「んな!? ま、まったくこういう時ばっかりそうやって押せ押せなのだからな……わ、わたしだって……」
「あびゃああああ!」
ペロリと首をなめるローゼルさん!!
「な、なんか二人とも変なスイッチが入ってましぇんか!?!? こ、これはやりすぎではないでしょばああああ!」
交流祭の時にデルフさんがしてくれたアドバイスだが……こういう感じに油断させて命を狙ったり、機密情報を聞き出したりする悪党がいるかもと思うと……確かにこれは強力な攻撃で、何かしらの対策やら慣れが必要になるだろう。
騎士への道のりは険しい……けわしい……あああああああああ!
とと、とにかく今は我慢だ! 無心になるのだ! 別の事を考えばあああ!
あぁぁぁぁあああああぁぁ……
十分後、しぶしぶではあったけど約束通り二人は服を着てくれた。
「むぅ……あの状況で何もしないというのは根性とは別の問題のような気もするな。もしやわたしには魅力がないのだろうか。」
「魅力たっぷりですよ!!」
「あ、あたしは……?」
「どうにかなるくらいに魅力的ですよ!!!」
いつもの部屋着になった二人に半分やけくそで叫んだが――ああ、服を着ててもさっきの光景が強烈過ぎて……まるで服が透けて見えるように……ああああ……
「ロイドくん、思い出しているな?」
「ロ、ロイドくんのえっち……」
「しょ、しょうがないのです!!」
「まぁしかし我ながら――いや、半分はティアナのせいだが……う、うむ、今思うと恥ずかしい事をしたというか……変な勢いがあったな……」
「あ、あたしも今思うと……ちょ、ちょっとびっくりだよ……ロ、ロイドくんのラ、ラッキースケベって……こ、こういう事も起こしちゃう、のかな……」
「わたしたちを積極的にさせると? いやらしい能力だな、ロイドくん。部屋の鍵まで開けてしまうのだから。」
「あ、そ、そういえばそれですよそれ! オ、オレは自分の部屋に入ったはずなのにこっちに来ちゃったんですよ!」
「なに?」
「ロ、ロイドくんはノックしないで……い、いきなり入って、こない……もんね……変だと、思ったよ……」
ありがたい信頼のおかげで信じてもらえ、オレたちはドアの前に移動する。
「鍵の事を考えると、ロイドくんは自分の部屋のドアの鍵を開けたのだがドアより先が……何故だかわたしたちの部屋になっていたという事になるな。」
「で、でもさっき……あ、あたしたちが帰ってきた時、は、普通に入れたよ……」
「ふぅむ。この学院は学院長の力で空間を歪ませたりしているし、リリーくんも位置魔法で色々やっているようだからな……もしやラッキースケベの力でその辺が都合良い感じに狂ったのか?」
「ど、どっちかって言うと都合は悪いんですが……」
「……わたしたちの下着姿を見た事は悪い事なのか……?」
「い、いえ…………いい事でした……」
「そうかそうか。よし、とりあえずこっちから開けてみよう。」
ローゼルさんがドアを開けると、その先はいつもの廊下だった。
「ふむ、変わりはないようだな。」
「いつも通り、だね……」
「で、でもさっきは――」
と、二人が廊下に出たのでオレも出ようとしたのだが、廊下に一歩足を踏み入れた瞬間、目の前の光景が一変した。
「えぇ!? ど、どこだここは……部屋……?」
生活感のある部屋だけど寮の部屋とは間取りが違って……いや待てよ?
「なんかモノが増えてるけど……ここリリーちゃんの部屋じゃ――」
と、そこまで言ったところで部屋の中にあるもう一つのドア――お風呂場のドアがガチャリと開いた。
「――ロ、ロイくん!?」
いつもの制服でも部屋着でも商売服でもない……そして下着姿でもないというか、いや、半分は下着というか……
ほかほかと湯気をまとって出て来たリリーちゃんは頭からタオルをかぶっていて、その端っこがかろうじて胸の辺りを隠し、下は白い下着だけ――ってまたこんな感じか!!
「だわわ、ごめんリリーちゃん!」
「……ふぅーん……」
さっきと同じようにターンするオレの背後、少しいたずらっぽいリリーちゃんの声がする。
「言ってなかったけど、ボクの部屋ってロイくんは自由に入れるんだよね。ロイくんがいつ夜這いに来てもいいように。」
「ヨバッ!?」
「まさかお風呂上りを狙って来るなんて――ロイくんてばエッチなんだからー。」
「そ、そういうわけでは! ちゃんとワケがあるばあああ!?」
直後、体温にプラス何度かした温かさに正面から包まれええええ!!
「わあああ!? なな、何してるのリリーちゃん!!」
「ボクを襲いに来たんでしょ?」
背後にいたはずが、一瞬で目の前に移動したお風呂上りリリーちゃんに抱きつかれ――いやいや、リリーちゃん裸!
「確かにねー。チューして、裸を見られて、胸も揉まれて……でもって昨日は――ねぇ? ロイくんてば何気に段階踏んじゃって……うん、そろそろかなぁって思ってたよ。」
むぎゅっとさらに密着してぇぇええ! リリーちゃん裸!
「ちょちょちょ、違うんですよリリーちゃん! 今ちょっと不思議な事が起きていてですね! 思いもよらずここに来ちゃったと言いますか!」
「そうなの? でもまぁそれでもいいや、えい。」
「あだっ!」
今度はベッドではなくて普通に床だったけど、半分裸のリリーちゃんに乗っかられたこの状況はベッドじゃなくたってやばいというかリリーちゃん裸!
「昨日あんなことされちゃったから……ボク、まだドキドキしてるんだ。うふふ、今昨日と同じようにパンツ脱がされちゃったら、ボクは裸になっちゃうね。やってみたい?」
「ひゃばば、リリーひゃんダメですってば! と、というか脱がしては――ちょ、ちょっとズラしちゃっただけで――」
「あんまり変わんないと思うよ? それにその前には思いっきり上に引っ張って――んもぅ、ロイくんてばエッチなんだからぁん。」
「ぎゃあああ!?」
ペロリと首の辺りを舐められ――な、なんだ今日はそういう日なのか!?!?
「何にしても、位置魔法の使い手のボクの部屋にボクの大好きな人が一人で入って来たんだから……逃げられないからね?」
「うぇええぇっ! い、いやいや! た、例えそうでも――まま、まず服を――風邪ひいちゃうよ!」
「ロイくんがあっためて?」
「ひゃああああ!?」
まずいまずいまずい! ミラちゃん、ローゼルさん、ティアナと我慢してきた何かが……いよいよと……ああああ……
「な、何をしているのだリリーくん!!」
理性がとぶ寸前、ドアが開いてローゼルさんとティアナが入ってきた。
「わ、わわ、ロ、ロイドくんと……は、裸のリリーちゃんが……」
「んもぅ、いいところなのにー。空気読めないんだから。」
ムスッとした顔で身体を起こすリリーちゃん。よ、よかった、これで密着状態からってわあああまだだった! リリーちゃん裸!
「てゆーかどうやって入ったの? ボクとロイくんしかそこは通れないようにしてるんだけど。」
「何気にロイドくんを入れているところがリリーくんだな……どうもなにも、寮長に鍵を借りただけだ。」
タオルでギリギリ隠れているだけのリリーちゃんから視線を移してドアの方を見ると、古めかしい、いかにも「鍵」という感じの鍵を持った仁王立ちのローゼルさんが……あれ? 鍵?
「リ、リリーちゃんの部屋のドアって魔法でできてるんじゃ……鍵なんて使えるの?」
「普通の鍵ではないのだ。たとえ凍りづけになっていようと溶接されていようと、はたまた位置や空間がずれていようと、この寮の中にあるドアであれば開くことができる。この鍵にはそういう魔法がかかっているのだ。」
「す、すごいんだな、寮長さん……」
「ついでに言うと、そこのエロ商人が瞬間移動でロイドくんの寝込みを襲わない――襲えないのも寮長のおかげだ。」
「寝込み!?」
「部屋の主が眠っている間や留守の間に他の者が侵入できないようになっているのだ。物理的にも魔法的にも。」
「へぇ……」
「まぁ、学院丸ごと時間を止められたり、相手が魔人族だったりするとその魔法も効果が無いようだが――というかいつまでそうしているのだっ!」
「は! そ、そうだよリリーちゃん! 服を着てください!」
「ぶー、これからって時にぃー。」
柔らかい圧力から解放され、リリーちゃんの方を見ないように立ち上がった瞬間――
「あ。」
どこかで恋愛マスターが「今じゃ!」とか叫んでいるのではなかろうか。運命とやらはタイミングを逃さないらしく、オレはふらりとバランスを崩してお家芸のようにリリーちゃんを押し倒し――
「ひゃんっ!」
そしてリリーちゃんの可愛い声が部屋に響いた。ここまで来たら自分の手がどこに行ってしまったかなんて、いい加減予想がつくし実際その通りだったのが……運命はそれをさらに上の段階へと進めてきた。
「やぁ……ぅん……ロイ、くん……」
何とかそれを隠していたタオルは倒れた勢いでどこかへ行ってしまい、目の前にリリーちゃんのそれがあらわになるはずが、そうはなっていない。
何故ならリリーちゃんのそれを……むむ、胸をオレの両手が覆っているからだ。充分に大きいと表現できるそれに沈み込む指が視覚的にもその柔らかさを――いやいやいや!
「ごご、ごめんリリーちゃ――だ、ちょ、待った!」
「ひゃぁん!」
手を離そうと少し浮かせたところで、オレはハッとして手を戻した。それは傍から見ればリリーちゃんのなな、生胸を力強く揉んだかのように見えたかもしれないし、たぶんそうなってしまったからリリーちゃんがやばい声をあげたわけだが……ち、違うのだ! だ、だってこのまま手を離したら――みみ、見えてしまうじゃないか!
「そ、そんなに力強く……ロイくん、てば――ふぁぁ……」
「い、いきなり何をしているのだ!」
「ででで、でも離したら見えて――」
「目をつぶれば良いだろう!」
「あ! そ、そうでした!」
全力で目を閉じ、全力でバンザイしたオレはシュバッと立ち上がった。その間に――
「まったくうらやま――破廉恥な! とっとと服を着るのだ!!」
「て、手伝うよ、ロゼちゃん……」
「やぁんロイくんてばここでおあずけなんて……あぁ、待って、せめて余韻にひたらせ――わ! ちょっとティアナちゃん、その蛇みたいなのでぐるぐる巻きにしないで――わああああ!」
ドタバタする事数分、リリーちゃんは部屋着になった……の、だが……
「んふふふ……昨日はお尻で今日は胸……ロイくんてばやっぱり段階踏んでボクを……えへへへ……ロイくんてばもぅ、ロイくんてばぁん。」
色っぽい瞳と笑みでニンマリとオレを見つめるリリーちゃん……
「ねぇねぇどうだった? ボクの胸は。」
「ドウトハッ!?」
「柔らかかった?」
「……ヤワラカカッタデス……」
「また触りたい?」
「マタ!?!?」
「また、触りたい?」
「……ソ、ソウデスネ……」
「いつでもいいからね?」
「ハヒッ!?」
「ていうかもうこんなにされちゃったら……ねぇ、ロイくん、責任取ってくれるでしょう?」
「ホエッ!?」
「だからー……ボクをロイくんのお嫁さんに……うぇへへへへへ。」
「オヨメサン!?」
「リリーくんがかつてないほどに溶けているが……ふ、ふん、そんな事を言ったらわたしだってじ、直に触られた事はあるしついさっきだって色々と……」
「……あ、あたしは……まだ直接触られたことない、よ……?」
「あの、その、えと、そんな風に首をかしげられてもですね……」
「まぁ、ロイドくんのさっきのスケベ行動はあとでたっぷりしてもらうとして――」
「あとで!? たっぷり!? ななな、何をでしょうか!?」
「まずはドアの件だ。本来出るべき場所に出ないドアは困りものだぞ。リリーくんの仕業ではないのか?」
「ドア?」
トロトロしていたリリーちゃんがしゃっきりした顔になってドアを調べ始めた。
「あれ、ホントだ。位置が不安定になってる。これじゃあどこに出るか……いや、そうでもないか。これたぶん、ボクが入った事のある部屋にランダムでつながるようになってるよ。」
「リリーくんの? なんでまた。」
「この部屋を起点とした歪みだからじゃないかな。ボクはこの部屋の住人だもん。」
「……納得できるようなできないような……まぁそういう事にしておくか。それでなぜ不安定になったのだ?」
「これはこの部屋と寮の壁をつないでる魔法の影響だね。学院長の。」
「ほう。つまり……何らかの理由で学院長の魔法が乱れ、その影響でリリーくんの部屋のドアの空間的な位置が不安定になり、そこにロイドくんのラッキースケベが重なって着替え中やらお風呂上りやらに突撃したと。」
「え、ローゼルちゃんたちは着替えをロイくんに見られたの? ボク、見られたことないよ、ロイくん。」
「それ以上に大変なのを見た気がしますが!」
「それはそれ、これはこれだよ。ボクはボクの初めてをぜーんぶロイくんにあげる予定なんだよ?」
「うぅ、さっきも聞いたような……」
「……誰に言われたの……?」
「えぇ!? あ、その……ミミ、ミラちゃんに……」
「ほう……こっそりとあの女王様に会いに行っていたのか。」
「いや! ほら! ユーリの眼を返しに行っただけですから!」
「ロ、ロイドくんはそうでも、た、たぶん……あっちはそうならないよね……」
「うぐ!」
「おお、核心をついたな、ティアナ。まぁそれもいつもの事として……よし、ならばとりあえず学院長に話しに行くとしよう。このままでは不便だ。」
「んあ、んなとこに影響が出てたのか。」
ちょっと珍しいのだが、ローゼルさんとティアナとリリーちゃんとオレという組み合わせで学院長室に行くと、何故か中から先生が出てきた。事情を説明すると先生は「あちゃー」という顔で……学院長のふかふかの椅子にドカッと座った。いいのかな……
「まー確かに、トラピッチェの部屋らへんが一番複雑だからなぁ。」
「あの……校長先生に何かあったんですか……?」
「ん? あー違う違う。ただ出かけてるだけだ。」
「え、それだけで魔法が狂うんですか?」
「それだけってほど簡単な魔法じゃないんだぞ、学院長のあれは。ま、強力な魔法だから術者がいなくても発動し続けるが、術者がいないゆえにちょっとした不具合も出やすいってわけだ。なに、すぐに戻ってくる。毎年のイベントだ。」
「イベント?」
「交流祭の後、各校の校長の交流会があんのさ。」
「そうなんですか……困ったな。」
「困らねぇだろ。つながんのはお前らの部屋だけなんだろ? 勝手知ったる仲じゃねーか。」
「いや、あの、みんなは女子でオレは男子なのですが……」
「普通は問題だろうが、その「みんな」が許可してんなら別にいいだろ? あの筋肉ダルマみたいになれとは言わねーけど、少し青春したってバチはあたんねーぞ?」
「えぇ……」
「ほら帰った帰った。私は忙しいんだ。」
「……先生はここで何を?」
「何言ってんだ、校長室だぞ? 学生の時はもちろん、教師になったってじっくり見れねー部屋が今なら見放題なんだ。チャンスだろ?」
ニヤリと笑った先生の授業の時よりもやる気に満ちた顔に見送られ、オレたちはとぼとぼと寮に向かう。
「ふぅむ、しかし困ったな。最悪窓を使って出入りはできるが、ロイドくんのラッキースケベが厄介だ。」
「すみません……」
「わたしにだけ発動するなら良いのだが……ちなみにロイドくん、カーミラくんのところに行ったという事は聞いてきたのだろう? どれくらいで元に戻るのだ。」
「うん……一週間はかかるって。」
「ほう! つまりラッキースケベのままでわたしとお泊りなのだな! そうかそうか!」
「ロゼちゃんずるい……で、でも今のままだと……お、お泊りの前に……色々起きそうだね……」
「ていうか起こすもんね! この調子だと明日にはボク――やぁん、ロイくんてば!」
「ソレハ――は、そ、そうだ!」
寮――女子寮へ向かう途中にバッと振り返る。そこにはもう一つの寮、男子寮がある!
「カラードとアレクに頼んでしばらく間借りさせてもらうっていうのはどうだろう!」
「却下だ。」
「ダ、ダメだよ……」
「何言ってるのロイくん。」
「えぇ!? い、いやでも二人がいいよって言ってくれれば……」
「そうではなくてだな、ロイドくん。つまり、自分以外にも色々起こるかもしれないがチャンスはある状態と、誰にも起こる可能性がない状態の二択なら前者を選びたいのだ。」
「え、何の話ですか?」
「ラッキースケベの話だ。」
「えぇっ!?」
「ロイドくんは鈍感でへたれだから普段そういう事をしないからな。このレアな状況は存分に活かさねばならぬのだ。」
「ロ、ロイドくんと……きゅ、急接近……みたいな……えへへ……」
「実際、さっきももうちょっとだったしね。」
「そ、そんな事言って……真面目にや、やばかったんですよ、さっき……い、いい加減本当に……襲っちゃいますからね……」
と、いつもの文句を呟くと三人はぴたりと足を止めた。
「え……あの、みなさん……?」
「う、うむ……その……ロイドくんはよくそう言うが、しかしロイドくんだからなぁと思っていた……のだが……」
「き、昨日のいろいろで……ロ、ロイドくんでもそ、そういう感じにそ、その気に、なったら……そうなるって……」
「ちゃんと襲うんだなぁってわかっちゃったからねー。今の言葉の重みっていうか真実味っていうのがねー。んもぅ、ロイくんてばやらしーんだからぁん!」
あ、あれ? オレも男なのですよと警戒してもらうつもりで言っていた言葉がいつの間にか逆効果に……宣言みたいになってる……!?
昨日の夜から朝にかけてのロイドの反撃で、あたしは……なんていうか、ロイドでもあんな風になるんなら、あ、あたしだってそれなりにしてもいいわよね……って、そんな感じに思った。
なんだかんだ、だ、抱きしめられたりすると心地いいっていうかその……
「お姫様聞いてるー?」
「き、聞いてるわよ。」
人によっては結構ハードだったはずの交流祭の翌日でも普通に授業をするのは、いつも万全の時に敵と戦えるとは限らないから――みたいな理由らしい。それでも多少は軽めだった授業の後、ロイドはユーリに目玉を返してくるって言ってスピエルドルフに出かけて行った。それも、なんだかあたしを避けるように。
まぁ、今日はずっとそんな感じだったけど……たぶんあいつ、「なんてことをしてしまったんだー」とか思ってるんでしょうね。気にしなくて……いいのに。
だってあたしは……その……う、嬉しかったし……
「それでねー、これを相談したいんだよー。」
……と、とにかくそうやってロイドが出かけた後にアンジュがひょっこりやってきて、あたしに相談があるとかで……今になる。
「こーゆーのをもらわないようにするにはどーすればいーのかなー?」
そう言ってアンジュが見せてきたのは仰々しい入れ物に貼っつけられた写真。簡単に言えばお見合い写真ね。
あたしはフェルブランド王国王族、クォーツ家の大公の血筋の五人の子供の末っ子。貴族からしたらお買い得なポジションっていうのはムイレーフの一件で理解したし、未だにそういう申し出がくるってお姉ちゃんも言ってた。
「どうって、ほ、他の相手がいるって見せつけるのがいいってあんた言ってたじゃない……」
そしてアンジュもそういう状況にある。アンジュは火の国って呼ばれてるヴァルカノって国で相当な権力を持ってるらしい貴族の子供。たぶんあたし以上にそんな話が流れ込んでくる立場。
「そーだけどさー。でもそこでロイドを紹介したって、平民なんかがーとか言われて元に戻っちゃうよーな気がするんだよねー。やっぱり貴族が良いですよーなんてねー。」
「……普通にロイドを紹介するつもりなのね、あんた。」
「とーぜんでしょー?」
バチッとアンジュと視線がぶつかる。
「あたしにもお姫様のお姉ちゃんみたいな凄い人がいたら良かったんだけどねー。両親は好きな相手を選べばいいって言ってる分、その辺の面倒事も自分で何とかしなさいって感じなんだよねー。師匠は傍から見たらただの変態だしさー。どーしたらいーかなー。」
「凄いお姉ちゃんがいるあたしにわかるわけないじゃない……言っとくけど、あたしはそういう政治的なモノには関わったことないのよ。」
「そっかー。こうなったらロイドに貴族になってもらうしかないねー。」
「そんなこと……でもそういえばお姉ちゃんがなんか言ってたわね……」
「あー、ただの田舎者じゃないかもーって話ー? なんだろーねー。」
「悪党以下のチンピラ連中に集落が襲われるってのは当時そこそこあった事件だが、ここは群を抜いた「惨劇」だったと聞いてる。」
「僻地にも国王軍の騎士が駐在するようになってこういう事件は少なくなりましたから、実質ここが「史上最悪」でしょうね。」
筋骨隆々とした男と小柄な女が立っているのはフェルブランド王国の端の端、山と森に囲まれた草原の中で不自然に地肌が見えている場所。近くに村などは無く、ただの自然の中としか言いようのないその場所で、二人はある事件について考えていた。
かつて、この場所には村があった。百人いたかどうかという小さな集落で、これといった名産があったわけでもない、数ある「田舎の村」の一つ。しかしその村の住人は、ある晩に皆殺しにされた。惨劇から逃れた少女の話で国王軍が村に着いた時、そこは真っ赤な地獄だったという。
少女は長く心を閉ざしたが、ある事をキッカケに魔法の修行を始め、今では国王軍にて史上最年少のセラームとなっている。村で死に別れたと思われていた少女の兄も十二騎士によって保護されており、唯一の生き残りとされる兄妹は再会を果たした。
そんな村の跡地へとやってきた「生き残りの妹」と「少女の兄を保護した十二騎士」は、しかし懐かしむためにやって来たわけではない。
「犯人はわからず、これと言った狙われる理由もなかったゆえにチンピラの仕業としか処理のしようがなかったわけだが、ベルナークが絡んでたとあっちゃ話は別だ。」
「伝説の騎士団を代々率いた一族ベルナーク……その最後の代の片割れが騎士の世界から身を引いて農家に嫁入り。その家が自分たちの家系……サードニクスかもしれない――ですか。」
「ほぼ確定だろう。妹ちゃんはベルナークの剣を起動させたんだからな。」
「……正直、それよりは兄さんがご先祖様から聞いたという、代々受け継がれてきた何かの方が気になります。」
「実はベルナークだったなんて、普通の騎士なら喜び踊るところなんだがな。ま、とりあえずはそれを探すところからだろう。」
「…………村は跡形もないようですが。」
「まぁあらゆるモノが血まみれだったっていうからな。残しておけなかったんだろうよ。」
「ではどうやって探すつもりなのですか。」
「建物とかは無いが遺品ならある。この村と交流のあった村が供養の為に遺品をその村の教会におさめたって話でな。こっからはちょっと離れてるが、そこに行けば色々とあるだろう。」
「……ならなぜここに?」
「受け継がれてきたそれが棚の上に飾られてたのか家の下に埋めてあったのか、どういう扱いをされてたのかわからんからな。後者のようならまだこの場所にある可能性が高い。」
「なるほど。」
そう言うと小柄な女はスタスタと歩いて地肌の見える場所の中心に移動し、そこに手にしていた杖を突きたてた。すると地面がうねり、それが波紋のように広がっていった。
「どうだ妹ちゃん。」
「……埋められたと言うよりは埋まってしまったと言うべきモノだらけです。おそらく村の撤去作業の際に。それ以外では特に何も。」
「んー、外れか。となると棚の上に飾ってたパターンか? 先祖代々のモノをその辺に置いてたとなると、下手すりゃチンピラが持ってっちまった可能性もあるな。」
「先祖……そういえば……」
何かを思い出した小柄な女は周囲の森を見回した。
「子供の頃はなんだかすごい程度にしか思っていませんでしたが、今思うとあれは……」
「なんだ、どうした?」
ハッとして森へ駆け出した小柄な女を追って男も森の中へ入る。看板も目印もないただの森を迷いなく突き進んだ小柄な女は、ふと足を止めた。
「ここです。」
「何がだ?」
依然としてただの森。大きな岩や奇妙な形の木があるわけでもないその場所で立ち止まった小柄な女の後ろで男はわけがわからないという顔をしたが、すぐに表情を変えた。
「ほほー? 気にしなければ気づかないだろうが、何かがあると思って感覚を研ぎ澄ますとわかる。何らかの魔法がかかっているな?」
「ええ。確かマ――母はここに入る時……」
「呪文か?」
何もない森の真ん中で、小柄な女は右手をあげて人差し指をピンと伸ばしてこう言った。
「我ら農耕の民。ジャガイモ姫に栄光あれ。」
緊張した空気に混じる気の抜けた言葉に男がポカンとするのもつかの間、次の瞬間には二人の前にひらけた場所が出現していた。
「こりゃ驚いた。相当広いがなんなんだ?」
「あの村で生まれ、亡くなった者の――お墓です。」
村の跡地を優に超える広大な草原に規則正しく並んでいるのは無数の墓石。まるでつい先ほど手入れされたかのような美しさを放ち、墓石ながらも日の光を浴びて輝く様は宝石のようだった。
「学院長クラスの大魔法だな。というかこんなのよく今まで忘れてたな、妹ちゃん。」
「兄さんの事で頭がいっぱい……いえ、自分はついさっきまで本当に……」
「ははぁ、村から離れると記憶が薄れる仕組みでもあるのかもしれんな。」
一つ一つに名前が掘ってはあるものの、あまりの数に迷いそうになるその中を小柄な女はこれまた迷いなく歩き出した。
「先ほどの呪文とあの村出身の者、この二つがそろって初めて入る事の出来る場所だと母さんは言っていました。」
「ベルナークが絡むのは妹ちゃんらの家系だけだと思ってたが、村の墓がこんなんとなるといよいよただの村じゃねーし、チンピラの仕業じゃなくなってくるな。」
「そうですね……それにこれは……」
小柄な女が歩きながら横目で見るのは墓石の所々に置いてある供え物。指輪やマグカップなど、故人の物だったであろうモノがほとんどなのだが、中には短剣や槍などもある。
「あの武器、相当な一品だぞ。武器以外の中にもマジックアイテムが混ざってるみたいだし、こりゃあこっちが当たりかもな。」
「自分たちの村は一体どういう……ああ、ここですね。」
「となるとこれか?」
他の墓石と特に変わりないその場所にたどり着いた二人の目は供えてある物に向く。それは小さな赤い石がついた指輪だった。
「マジックアイテムと言いたくなるが少し違うな。妙な気配の指輪だが、見覚えあるか?」
「……そういえば、母は父からもらったモノの他にもう一つ指輪をはめていました。確かこれだったかと。」
そう言いながら指輪を手にした小柄な女だったが……
「この指輪が例のモノだとすると妹ちゃんと大将の母親がベルナークの血筋って事に――ん? 妹ちゃん?」
男が小柄な女の顔を覗き込むと、そこにはまるで幻術の類をかけられているかのような虚ろな目があった。
「!」
何らかの緊急事態と考えた男は一瞬身構えたが、小柄な女の目にはすぐに光が戻った。
「妹ちゃん? 大丈夫か?」
「ええ……これを手にした瞬間、指輪に関する情報が頭の中に流れ込んできました……」
「便利だな。で?」
「この指輪は……兄さんが会ったというご先祖様、マトリアが自身の魂を代々受け継がせるために使用している魔法の補助をしているようです。これが無くとも魂は受け継がれますが、彼女が発揮できる力が半減するようですね。」
「半減した状態で俺様の剣を止めたってのか。ショックだぞ。」
「ついでに彼女の魂が子孫の内側から、指輪が外側から見守っているようなので……おそらくこの指輪を持っていたならザビクからの呪いを受ける前に彼女が外に出ていたのではないかと。」
「過保護な気もするが、まぁひっそりと続くベルナークの家系とあっちゃそれくらいはしたくなるか。しかしどうするんだ? マトリアの魂は今、妹ちゃんと大将の二人に分かれているんだろ? 指輪は他にないのか?」
「ありませんが問題ありません。」
小柄な女が指輪を手の平に乗せて指ではじくと、手品のように指輪は二つになった。
「ぬかりはないってか。」
「ええ……ですがわからない事が一つ。そのような魔法で子孫が守られているというのなら、何故あの時……母は命を……」
「そりゃあ守られていなかっただろうからな。」
「……なんですって?」
「魂を受け継がせる魔法なんだ。妹ちゃんと大将の母親は二人を生んだ時点でその魔法の加護の外に出ちまってるんだよ。」
「!!」
「言っとくが自分たちが生まれなければとか思うなよ。お母さんが泣く。それよりも謎なのは、どうしてそれがここにあるかだ。」
小柄な女の思考を先回りした男は、二つに増えた指輪の一つを手にして眺める。
「当然、二人の母親はこの指輪の意味を理解していたはずだ。だが指輪は二人の手にわたらずにここにあった。子供を守ってくれるモノをわざわざ遠ざけるような、何らかの理由があったって事だな。」
「……もしかして、そのあたりがあの晩につながるのでしょうか……」
「可能性はあるな。他にも何かないか調べるとしよう。」
その後しばらく、魔法によって隠されていた墓場を隅々まで調べたが新たな発見は得られず、二人は村の跡地へと戻ってきた。
「さて、目当てのモノは見つかったがどうする? 一応村の遺品の方も見に行くか。」
「そうで――ゴリラ、あれを!」
呼び方はともかく、小柄な女が一瞬で臨戦態勢になったのを見て、男は引き締まった顔を指差す方へ向けた。
二人の視線の先には、いわゆるのろしが上がっていた。全世界共通の信号として、緊急事態の際には特殊な魔法がかけられた木を燃やしてのろしを上げる事となっており、騎士であればそれを見たら駆けつける事が義務となっている。
「例の遺品がおさめられてる村の方角だな。妹ちゃん、つかまれ。」
小柄な女が差し出された手をとるや否や、二人は突風を残してその場から消えた。
一般的な移動方法であれば最速でも小一時間はかかる距離をほんの数秒で移動した二人は、住民の悲鳴が響く村の真ん中に着地した。
「五人だな。雑魚が四人と面倒そうなのが一人。三人はそっち、二人はそっち。」
「三人は自分が。面倒なのを含む二人は任せます。」
「さらりと押しつけたな。」
「あなたの方が強いですから。」
男が雑魚と表現した四人もただのチンピラというわけではない、それなりの武器と魔法を使う者だったわけなのだが、その短い会話から一分以内に三人が砂に埋まり、一人が上半身を地面に埋められた。
そして――
「モノとしちゃあ突然すげー力を手に入れた駆け出し小悪党ってとこだがちょっと毛色が違うな。妙な気配だ。」
「騎士……じゃねぇな、そのボロい服。傭兵ってところか?」
「失礼な、俺様の一張羅だぞ。」
「そうかよ。」
悪事を働かなければ悪党とは思われないだろう整った身なりの、二十代後半といったところの若者が右手を掲げる。すると常人の倍はある巨体の男を軽々と飲み込むであろう大きさの炎の玉が出現した。
「駆け出しとか言ってたが、ああ、確かにオレは駆け出しさ。だが確実にビックになる……次にS級犯罪者のリストに加わるのはこの――」
「マナの流れと発動した魔法に大きな差があるな。下手をすればイメロ以上の変換効率か。」
「そ、そうだ! 騎士連中なんざ、イメロの力で強く見せてるだけさ! 同等のモンがあれば負けるわけね――」
「で、なんなんだそれは?」
まるで話を聞いていない男に対しての怒りで顔を歪ませる駆け出し小悪党。しかし、騎士の世界の頂点に立つ十二人の一人である男からすれば、小悪党が見せた力の方が問題なのだ。
正義の味方である騎士と正道に反する悪党。その戦いの歴史は長く、遥か昔から続いている。しかしその歴史において悪党がはびこる時代はあっても、悪党が世界を手にしたことは一度もない。
数の差や組織力の差など、様々な事や物がその理由として挙げられ、その中にイメロ――イメロロギオと呼ばれる特殊な石がある。
魔法をもっと便利に使う為の研究から偶然生まれたそれは、その特性が判明するや否や政府が徹底的に管理した。その危険性を考慮しての事だったわけだが、おかげでこの技術が悪党の手にわたる事はなかった。その後も最重要機密として扱われ、現在は厳重な管理体制の下で各国の騎士に支給されている。
稀に裏のルートから悪党の手にわたってしまう事はあるが、魔法による管理のおかげで悪用することはできなくなっている。仮にその魔法を解除しようと思ったら膨大な時間とマナ、そして世界で一、二を争うレベルの魔法使いを呼ぶしかない。
この難易度の高さから悪党がイメロロギオを使う事はほぼないというのが現状であり、それゆえに騎士が悪党よりも優勢を保っている理由の一つであるとされているのである。
「誰がわざわざ言うか。そのボロ服ごと消し炭にな――」
「そうか。」
小悪党の言葉を遮りながら、男は何もない空中でデコピンをする。すると小悪党が生み出した炎の玉が消し飛んだ。
「はぁっ!?!?」
「降参してしゃべるか、一発痛い目を見てからしゃべるか、五秒で決めろ。」
背中の大剣に手を伸ばす男を前に、小悪党はハッとする。
「ちょちょ、ちょっと待て……デカい身体にボロ服に……そ、そのデカい剣……オレの炎を消したのが風なら――お、お前まさか十二騎士の――」
「時間切れだ。」
豪快に空気を断ちながら振るわれる大剣。同時に爆発のような突風で空高くへ舞い上がる小悪党。一瞬とは言え竜巻のような風が起きたのだが村の建物には被害がなく、看板の一つも揺れていない。
数秒後、高速できりもみ回転しながら落下してきた小悪党は空気のクッションでバウンドしたのちに地面にビタンとへばりついた。
「どうやって口を割らせるつもりですか?」
男が大剣をおさめたところで小柄な女がやってきた。
「漢は拳で語るものってな。少しの間、連中の後始末と村の事を頼んだ。」
そう言うと、男は小悪党を引きずって近くの森の中に消えた。そして小柄な女が事後処理やけが人などの対応をすること十数分、男が小悪党を引きずって戻って来た。
「悪いな妹ちゃん。」
「いえ。それで何かわかりましたか。」
「まぁな。だがいい話じゃない。あの野郎、ツァラトゥストラなんて単語を出しやがった。」
「つら――なんです?」
「ツァラトゥストラ。妹ちゃんが知らないのも無理ないな。俺様だって生まれてない大昔の流行だ。」
「流行?」
「悪党のな。アフューカス絡みの面倒事だ。」
「! アフューカス……」
騎士としてというよりは兄の為に表情を厳しくした小柄な女に、男はツァラトゥストラの説明を始めた。
今より百年以上前、騎士にとっては最悪の、悪党にとっては栄光の時代とされる期間が存在した。
何かしらの目的があったのか暇つぶしだったのかは本人にしかわからないが、当時以前から『世界の悪』としてS級犯罪者の悪名を轟かせいていた大悪党がとあるモノを世間にばらまいた。
それは腕や脚、はては内臓や血液などの人体部品で、それを自身のモノと取り替えることで強大な力が得られるというモノ。マジックアイテムなどよりは手の出にくいモノではあったが、それを使うだけで素人が名だたる騎士と互角に戦えるレベルになれてしまう為、リスクを顧みない悪党連中の間で急速に広まった。
とはいえ、一度身につけると他人に渡すことができず、その者が死ぬと同時に効力を失うという特徴からツァラトゥストラの所有者はある一定数以上に増える事はなく、騎士の長い時間をかけた尽力によって、この最悪の時代は終わりを告げた。
「ただ、中にはツァラトゥストラを持ったまま子供を作った奴もいて、その超人的な能力がガキに受け継がれているなんつー噂もある。」
「その……大昔の生体兵器――と言っていいのかあれですが、それが再び?」
「こいつらみたいな小物の間には血液が出回ったらしいが、そっちは正直どうでもいい。問題は大物の中で内臓や四肢を手にした奴がいるってことだ。」
「やっぱり血液よりはそういう……大きな部品の方が強いんですか?」
「記録によるとそうらしい。特に内臓系を手にしてた当時のアフューカスの部下連中はまさに化け物だったとか。」
「それは……まずいですね。」
「ざっくり言って、悪党連中の強さが数段階上がったって話だからな。一先ずはこの事を軍に――」
「やれやれ、もう始末されてしまったか。」
未だ慌ただしい村の中、男と小柄な女が立っていた通りを一人の老人が歩いてきた。側面と後頭部に白髪を残すだけのさっぱりした頭をテカらせ、パリッとした白衣のポケットに手を入れて姿勢よく近づいてきたその老人を見た瞬間、男の表情は険しくなった。
「お前がいるってことはいよいよアフューカスの仕業だな。連中にこの村を襲わせたのか?」
「何の事やら。ワレはただ、ツァラトゥストラを手にした者の中で一番弱そうなのを追ってきただけだ。」
特に不審なところはないその老人を睨む男だったが、小柄な女はより一層険しい顔をしていた。
「そうですか……あなたが『ディザスター』ですか……」
小柄な女が口にしたのはとあるS級犯罪者の二つ名。あらゆる実験を世界各地で行ってきた科学者で、その結果多くの自然が破壊され、人や動物が死んでいった。時たま感謝されるような結果をもたらす事もあるが、基本的には悪行としか表現しようのない実験を繰り返す男。天才的な頭脳を持つ天災という意味合いでそう呼ばれている。
「一番弱そうなのを追って、でお前は何をするつもりだったんだ? ケバルライ。」
「準備運動のようなものをさせるつもりだった。しかし相手が十二騎士になってしまっては、いささかハードルが高いだろうな。」
「させる? 他のツァラトゥストラ所有者か。」
「そうではないが……ふむ、しかしてこのような機会を前にデータなしで帰るのは勿体無いというモノ。連れて来ておいて良かったな。」
微妙にかみ合わない会話の後、老人がパンと手を叩く。相手が相手だけに二人の騎士の間に緊張が走ったが、何も起きずに十秒ほどが経過した。
「ぬ? 来んな……」
「……ゴリラ、こいつはここで倒す――でいいですね?」
「当たり前だ。《フェブラリ》には悪いがな。まずはこいつをここから遠ざける。適当なところにふっ飛ばすぞ。」
「待て待てせっかちだな。おそらくもう少しで――ほれ来たぞ。」
臨戦態勢の騎士を前にのんびりしていた老人の横、地面の下から何かが飛び出してきた。
「完成させる過程で出来上がったモノの一つ。十二騎士には及ばぬが、それなりのデータは取れよう。」
「――!! なんてことを……」
地面から飛び出してきたそれを見て、小柄な女が苦い顔をする。
「――――ィィィィッ!!」
それは裸の女性。ただし腰から下が無数の脚を持つ細長い身体となっており、まるで人間と巨大なムカデをくっつけたような姿だった。
「なかなかであろう? 魔法器官をできるだけ繋げて魔法に特化させた。女の脳には魔法の知識を詰め込めるだけ詰め込み、大出力の魔法を連発できる状態に――」
「解説なんざ求めてねぇぞ狂人。」
男の怒りの混じった顔と言葉を前に、しかし老人は嬉しそうな顔をした。
「ああ、そう、それだ。ワレはそういう呼ばれ方がしたい。」
隣の異形をさすりながら、老人はしみじみと語る。
「知識欲……いや、探求欲と言うべきか。そういったモノに我が人生を見出してからというもの、ワレはその道一筋で歩んできた。そして、そういう生き方をしている科学者は大抵ある呼ばれ方をする。ワレもきっとそう呼ばれる日が来るだろうと楽しみにしていたのだが……この一科学者についた通り名は『ディザスター』という何とも仰々しい名前だった。かと言って自分から名乗るのは何かが違うしな。困ったものだ。」
「!! ま、まさか狂っていると、そう言われたいが為にその女性を!!」
「そんな理由で科学を行う者はおらん。言っただろう、過程で出来上がったと。女を選んだのは男よりも使えるからだ。」
「使える……ですって……」
「女は体内にもう一つの命を宿すのだぞ? そのような偉業を為す身体が男のそれよりも優秀なのは当然だろう。生命力が違う。それに――」
くいっと指を動かし、地面からつき出た異形をかがませてその頭――女性の髪をかきあげて顔を見せながら老人は言った。
「女の方が絵になるだろう?」
もしもこの場に田舎者の青年がいたら、この時の老人の顔を見たことがあると思っただろう。剣の美しさを語った一人の男の顔と同じだと。
「元に戻せるのか、彼女は。」
「はっはっ、無茶を言う。いくらワレでも無理だ。そもそも下の方はバーナードが食ってしまった。」
「……ゴリラ、あなたは『ディザスター』を。自分は彼女の相手をします。」
「できるか?」
「S級犯罪者を相手にするのならあなたの方が適任でしょう。」
「そういう意味じゃない。」
「……自分も騎士です。楽にしてあげます。」
「そうか、悪いな。」
「おっと、それは却下だ。」
老人がそう言った瞬間、男と小柄な女は膝をついた。
「――!? ロッドが重く――!?」
「小賢しい真似を!」
「その賢しさで逃げ切るのだから良かろう? ふっふっ、ワレとまともな戦闘をしたいなら腕利きの第二系統の使い手か金属製でない武器を持ってくるのだな。そしてこれからの戦闘データは女の脳からワレのコンピューターに送られる故、ここでワレはさよならだ。」
「貴様っ!!」
「はっはっ、そんなに大きな剣――金属の塊を背負ってワレに挑むのは少々骨だぞ? なに、ワレ以外にも今後多くの悪党が暴れ出すのだから、そっちの相手をすればよい。ではな。」
ふわりと浮いた老人は、そのままの姿勢でスーッと森の中へと消えていった。その数秒後、二人の騎士は素早く立ち上がって老人が入って行った森の方を睨みつけたが、ため息とともに視線を異形のモノへと向けた。
「胸糞悪いジジイだ。マッドと呼ばれたがりの科学者なんざ害悪でしかない。」
「もっと第二系統の魔法が使えていれば……」
「そこは素直に諦めとけ妹ちゃん。《フェブラリ》クラスでようやく対等だろうよ。それよりも、今は彼女だ。」
「ええ……」
巨大なムカデの怪物が村から何もない森の方へと吹き飛ばされたのち、砂と暴風に巻かれながら戦う様を少し離れた岩山の上から老人が眺める。
「ん? あっちの女騎士は例の天才ゴーレム使いだったか。第五系統は時に磁力に干渉してくるからな……ふむ、次は注意するとして――ほれ、見るがいい。お前の……そうだな、位置的には姉にあたるモノが戦っているぞ。」
老人は、横に立っている小さな女の子にそう言った。
「あ――うぅ――」
「まだしゃべれはせんか。ま、あと数日もすればプリオルがお茶に誘う美女に成長するはず。言葉もおいおい身につくだろう。」
パッと見だとおじいちゃんと孫のような光景なのだが、女の子の方は何も着ていない。その寒々しい姿を見て、老人はふむとあごに手をあてた。
「プリオル……うむ、裸のままだと服を着せろと怒られそうだな。どちらにせよ、外見的には人間なのだから潜伏も視野に入れて普通の格好をさせておくか。しかし……ううむ、お前の能力に耐えうる服はないだろうからなぁ……やれやれそれも作らねばならんか。」
ぶつぶつ言いながら老人がくいっと手を振ると、裸の女の子は老人と同じように数センチ浮きながらその背中について来る。
「娘の服を作るなど、我が子を待ち望む母親のようだ。」
老人が娘を連れて森の中を歩いている頃、以前フードの人物が訪問した無機質な建物の中、壁にかかった大きな時計のねじをまわす老婆に一人の男が報告をしていた。
「どうやら『紅い蛇』の連中、ツァラトゥストラを我々以外にも配り歩いているようです。」
「そう。でも、それは悪い事かしら?」
「いえ、好機でしょう。国王軍の無能さと我々の力を知らしめる為の。」
「そうね。メンバーには行き渡ったのかしら?」
「全員に。力のある者には相応の。ですが……」
「ふふふ、一人先走ったって言うのでしょう?」
「ええ……全く、あいつには困ったモノです。」
「それもまたいい機会よ。悪魔から得た力がどこまで通用するのかを知る為のね。」
「あいつは捨て駒ということで?」
「そうね。ただし、あとで拾いには行くけれど。」
「了解です。」
「……これで我々の念願が成就するとは思わないけど、初めの一歩としては上々だわ。確実にモノにしましょう。」
「勿論です。我らオズマンドが然るべき場所に到達するために。」
騎士物語 第七話 ~荒れる争奪戦とうねる世界~ 第一章 ガタつく理性と悪党の息抜き
肌色率が高まってまいりました。ロイドくんの鋼鉄の精神(仮)に期待しましょう。
そしてちょこちょこ顔を出していた悪党連中の悪逆非道も見えてきました。
更に謎の組織オズマンド……おばあさん率いるこの組織が第七話のメインボスでしょうかね。
ちなみに「オズマンド」の元は「オズマンダ」――「ぜんまい」という名前の植物です。