騎士物語 第六話 ~交流祭~
第一章 祭の準備
「久しぶりだなぁ。元気にしてるかなぁ。」
「おい、バカ! 何してんだナヨ、邪魔になってんぞ!」
ぼんやりと想いを馳せていた青年は、呼ばれて振り返って初めて、自分の真後ろに怖い顔をした女性が立っている事に気が付いた。
「はわわ、す、すみません!」
わたわたと隅による青年を横目に、女性はすたすたと歩を進めて祭壇のような場所の中央に立った。
「……始まりは、互いの交流が目的だった。しかし今ではそれぞれの威信をかけた戦いだ。いずれ母校と呼ぶことになる場所に泥を塗らない為にも、皆、気を引き締めて欲しい。」
女性にじろりと睨まれた青年は隣の人の後ろに隠れた。
「……では行こうか。」
「既に聞いてる者もいると思うが、今年からあっちにあの『雷槍』が教師として加わった。先生やるならうちでやって欲しかったが……まぁしょうがない。あの元国王軍指導教官の教え子と戦える事を良い経験として捉え――いや……」
大勢を相手に声を発している女性は、手にした槍を高々と掲げた。
「むしろ超えるべきだろう! 全ての女性騎士の憧れと言っても過言ではない人物と、間接的とはいえ戦い、勝利することであたし達はもっと強くなれるはずだ! 平等がうたわれているとは言え、未だに女と侮るクソ野郎共を蹴散らし、立場を逆転させる勢いで邁進すべし! 時代はあたしたちのモノだ!」
女性の言葉に答える大歓声の中、ぼそりと一人の青年が呟いた。
「姉ちゃん、俺の立場は……」
「我らは弱い!」
一糸乱れずに並ぶ者たちの前で一人の男が叫ぶ。
「ここ二年、我らは首位をとれずにいる! その理由を『神速』と分析する輩もいるが、そんな事は弱者の言い訳! 理由などわかり切っている! 我らが弱い、その一点のみ!」
鼓膜を突き破らんばかりの怒声だが、それを聞く者らは表情をぴくりとも変えない。
「その昔、勝敗は勝負の前に決まっていると言った策士がいた! 何をバカな! 勝敗は勝負の中で決まるのだ! 強い者が勝利するのではない、勝利した者が強いのだ! 勝負の前の余裕、緊張、慢心、策略、奇策、大いに結構! 全てに意味を与えるモノは結果のみ! 掴み取るのだ! 勝負と言う刹那の中、その手に勝利を! そして強さを手に入れろ! 我らは騎士、敗北を許されない背水の戦士ぞ!」
「外国で過ごす週末はどうだったかな、サードニクスくん。」
「……色々ありました。」
いつもと違う――あーつまり、お風呂場ではないとある一室でテーブルを挟んで向かい合うオレとデルフさん。
「羨ましい限りだね。魔人族と聞くとどうしても怪物のようなシルエットをイメージしてしまうが、そうではないのだろうね。どんな人がいるんだい?」
「どんな――」
ふとデルフさんの目つきが鋭くなった……気がした。そうか、あの話か……
「えっと……」
オレとデルフさんがいるこの部屋はオレたちだけの二人きりというわけではなく、何人かがそれぞれの作業をしながらもなんとなくオレたちの会話を聞いている――という状態だ。なんとなく、あの話は他言するようなモノじゃないような気がしたオレは、頑張って言葉を選んだ。
「吸血鬼とか人魚とか、物語に出て来るような人たちもいれば動物じゃなくて……虫? 的なのが混じってる人もいますよ。オレの知り合いにサソリがいますし、あと――蜘蛛の人もいましたね。」
「ほう。サソリは……きっと尻尾が生えているのだろうね。蜘蛛は……目が八つあったりするのかな?」
「ええ、紅い眼がギラリと光っていましたよ。いやぁ、蛇の人とかもいるんですけど、外見が普通に怖い人にはドキドキしますね。」
「興味深いね。ふむ、その辺りはまた今度、じっくりと聞かせてもらおうかな。」
オレが伝えたかった事が伝わったのか、デルフさんがこくりと頷いた。
「どーぞー。」
コトンと、テーブルにお茶――お茶? なんか紫の液体をお茶のように置いたのは……えぇっと確かペペロ・プルメリアさん。生徒会の会計だったかな。
「プルメリアくん、これは紫キャベツの煮汁か何かかい?」
「チョーっと濃い緑茶みたいな感じ?」
「緑が濃くなって紫になるなんて聞いた事ないけどね。」
とは言いつつも普通にずずずと紫の液体を飲むデルフさんはすごいなぁと思った。
ここはセイリオス学院の生徒会室。スピエルドルフに行く前にプルメリアさんからもらった部活申請書やデルフさんがちょいちょい言っている生徒会立候補の件を詳しく話したいと思っていた時、突然デルフさんに呼び出されたオレは丁度いいかもしれないと思って生徒会室へやってきて……現在、紫色の液体とにらめっこしている。
「さて、僕からの話が一つあるけど……サードニクスくんからは何かあるかな?」
「あ、はい……部活――なんですけど……」
もらった申請書をテーブルに置き、オレは顧問の名前を書く欄を指差した。
「その、顧問の先生って今からでも大丈夫なんですか?」
「? どういう意味かな。」
「えぇっと……部活って、調べてみましたけど結構たくさんあって、たぶん一人の先生がかけ持っていたりするんですよね……? そこに新しい部活を加えるってなると先生の負担が大きそうで……」
「ああ、なるほど。ふふ、とりあえず一つ勘違いしているよ、サードニクスくん。顧問は、別に教師でなくても良いのだ。」
「えぇ?」
「部活における顧問の役割は指導者というよりも保護者という意味合いが強くてね。つまり、ちょっと骨のある魔法生物と一戦交えて経験を積もうと生徒が思った時、いざという時に助けてくれる人が顧問なのさ。だから教師である必要はないんだ。」
「えぇ? それじゃあどういう人が……先輩とかですか?」
「それもありだね。でもたいていは外部の騎士を顧問にするかな。」
「外部?」
「うん。国王軍に所属してる人とか個人で騎士団をやってる人とか、現役の騎士の人をつかまえて顧問をお願いするのさ。」
「あ、そういう……え、でもそんな現役の人が学生の保護者役なんてやってくれるんですか? 忙しいでしょうし……」
「教師の場合は無いけど、外部の人に顧問を頼む場合、その人には学院から顧問料が出るのさ。言ってしまえば、ちょっとしたお仕事になるわけだね。」
「顧問料……で、でもそんな都合よく騎士の方が見つかるんでしょうか……」
「ここは国の首都だからね、腕利きの騎士が結構集まるんだ。街に繰り出して顧問を探せば一人や二人は見つかるよ。むしろ積極的に引き受けようと声をかけてくる人もいるくらいだ。いやらしい言い方だけど、これがセイリオス学院の力というやつだね。」
「なるほど……外部の騎士や先輩もありという事ですと……それじゃあ極端な話、顧問は誰でもいい感じなんですか?」
「やろうとする事によるかな。上級騎士であるセラームの人たちでも苦戦するような相手を倒しに行くのに学内の先輩を顧問にするというのでは許可は下りないよ。」
「ある程度の実力を持つ人を顧問にすれば、それだけできることの範囲が広がるって事ですか……わかりました、ちょっと探してみます。あ、あともう一つ話が……」
「生徒会選挙の事かな?」
「あ、はい。」
「ふふ、早い方が良いと思って話をしたけど――近々行われるイベントを終えてからの方が考えやすいかもしれないね。」
「イベント?」
「腕利きの騎士を顧問として迎える事ができるくらいの力と信用のあるセイリオス学院で生徒会役員を務めるという事の意味を体感できると思うから……そう、だからとりあえず選挙の話は一時保留として、僕の話はそのイベントについてなのだ。」
「えぇっと……オレ、この学校のイベントは把握できてないんですけど……次は何があるんでしたっけ。」
「ふふふ、ちょっとしたお祭りだよ。是非サードニクスくんにも協力して欲しい。」
「えぇ? オレが何かできるモノなんですか?」
「ああ。聞いたところによるとサードニクスくんは――」
「ふむ……こうして改めてこの場に立つと緊張してしまうな。アレクは女性経験豊富か?」
「答えのわかり切った事を聞くな。」
会長に呼び出されて、ついでに部活の事とか聞いてくると言ってロイドが出て行った教室で、あたしたちはなんとなく雑談をしてた。ロイド抜きで話すなんてのはお風呂場でくらいしかなかった事だけど、最近はそうでもない……ようになってきた気がする。一応コイガタキっぽい何かの間柄のはずなんだけど……
まぁ……そんな風に教室に居残って魔法の事とか珍しく真面目な話題で話をしてたらお客がやってきた。もう一人のコイガタキ的な奴のアンジュ……それにカラードとアレキサンダーの強化コンビまでが会話に加わった。
……ロイドを中心に集まった面々だと思うんだけど、朝の鍛錬に参加してる事もあってカラードとはよくしゃべるようになったし、そのおまけみたいな感じでアレキサンダーとも話をする。
アンジュは黙っててもひょこひょこやってきてロイドを真っ赤にしてくからアレだけど……たぶん、あたしたちは……ト、トモダチ的なあれなんだと思う。
セイリオスに入学してから数か月、ずっと一人で焦ってたあの時期が嘘みたいだわ。これも、あのすっとぼけ田舎者――あ、あたしのかか、彼氏……のおかげなのかしらね……!
「……エリルくんが腹の立つ事を考えていそうだが……ブレイブナイト殿は何に緊張しているのだ?」
あたしの心を読んでふくれっ面になったローゼルに聞かれたカラードは、真面目な顔でこう言った。
「これだけの美女が揃っているからな。お付き合いの経験もないおれには落ち着かない状況なのだ。こんな中に常に身を投じているロイドはすごい。世の男が憧れる状況ではあるが、しかして実際になってみると苦労が多そうだ。」
「何度も言うが、そういう事をバカ正直にすらすら言うお前も相当すごい奴だと俺は思っているぞ。」
「そうか?」
「ふふ、そういうところはロイドくんと似ているが、しかしロイドくんがすっとぼけた感じにうっかり言うのに対して、カラードくんは……それこそバカ正直に真っすぐだな。」
「おだてても何も出ないぞ。」
褒め言葉と受け取ったらしい正義の騎士に、ローゼルは「ああ、そうだ」と言ってついでに質問した。
「最近はここにいるメンバー以外とはほとんど会話をしないから、噂話というモノに疎くなってしまっていてな。カラードくんは男子寮における噂などに詳しそうだから一つ聞きたい。」
「おれもそこまでではないが……なんだろうか。」
「他の生徒の認識の話だ。ここにいる――カラードくんが言うところの美女の面々はロイドくんの事が好きだ。皆、特に人目を気にせずにぐいぐいとロイドくんにアタックをしかけ……とりあえず今だけはエリルくんがロイドくんの恋人になってしまっている。」
「しまっているとか言うんじゃないわよ。」
「そんな事実があるのに対し、他の生徒の間ではわたしたちはどういう風に見えているのだろうか。『コンダクター』の恋人は『水氷の女神』という話になっていたりしないだろうか。」
「あんたねぇ……」
「そういう話か。前にも話たが、ロイドはクォーツさんと夫婦で愛人が沢山いるという認識であり、その愛人――ここで言うとリシアンサスさんたちだが、別に弱みを握られているからとかではなく、純粋にロイドに恋い焦がれているという事は皆が知っている。『ビックリ箱騎士団』の夫婦漫才や修羅場は学食で有名だからな。」
「そんな認識なのか。いや、しかしわたしがロイドくんを好きという事が皆に知られているというのは良い事だ。」
「え……そ、そうなのロゼちゃん……あ、あんまり好きな人が誰かって……知られたくないんじゃないの……」
「他のどうでもいい男が寄ってこない。」
「うわぁー、優等生ちゃんってホントにあれだよねー。」
「ふふ、貴族のアンジュくんはお見合いとかが来るのではないか? 大変だな。」
「別にー。」
「ああ、そういえばこの前カルクから女子の間におけるロイドの認識というのを聞いたぞ。」
「ほう……それは気になるな。今以上に敵が増えるのは勘弁して欲しいのだが。」
「あたしのセリフよ、それ。」
「どうやら、ロイドという男子生徒をいいなぁと思う女子生徒は多いようだ。しかし現状、王族やら名門騎士やら、ロイドを囲んでいる美女軍団があまりに強力過ぎて手が出せないらしい。」
「なによそれ……あたしは城壁か何かなわけ……? ていうか美女軍団って……」
「しかし隙あらばという姿勢はキープしているとか。なにせロイドは押せば倒れるから。」
「……否定できない事実が周知されているようだな……」
「多くの女子が虎視眈々とロイドを狙っているという、男子にとっては何とかしたい恐ろしい状況なわけだ。前にした可愛い子の写真が出回るという話、女子の間ではそれの男子版があるそうだから、きっとロイドのも……」
と、そこまで言ってカラードはくるりとリリーの方を向いた。
「そういえば、学食の隅の辺りに増設された購買に近日開店と貼ってあったが。」
「そーだよー。ホントは夏休み明けに開店だったんだけど、ランク戦とか魔人族とかでバタバタしちゃって。ようやく開店だよ。」
「そうか。いや、男子寮の中で色々な妄想が飛び交っていてな……トラピッチェさんはいつも欲しいモノを売ってくれる商人で、それが学院に根付いたというならきっと……もっと素敵なモノを販売するのだろうと。」
「? 男子が喜ぶモノってことかな。えっちな本なら学校側にダメって言われたけど。」
「はぁ!? あ、あんた何を売ろうとしてんのよ!」
「だって売れるんだもん。」
「そうか、それは残念に思う男子生徒が多そうだ。他にも……前に少し話したような、可愛い女子生徒の写真とか売ってくれたらいいなぁという話もあった。」
「それも許可が……っていうかどうして男の子ってそんなのばっかり欲しがるの? マニアックになるとその子が使った食器だとか下着だとか欲しがるけど……手に入れてどうするの?」
「さぁ。アレクはわかるか?」
「……ここで俺がわかったら怖いだろう……知るか。」
真っすぐ……っていうかただの強化バカの二人が首をかしげてると、「うへぇ」っていう珍しい顔をしたアンジュが呟いた。
「その質問、自分にしたらいーんじゃないのー。商人ちゃん、絶対ロイドが着てたシャツとか欲しいでしょー。」
「……」
こっちも割と珍しい真顔でちょっと考えたリリーは……
「そういうことか。」
と、納得した。
「あれ、なんでこんなに人が多いんだ?」
すごいタイミングでロイドが教室に戻って来た。
「やぁロイド。ロイドは毎日すごいんだな。」
「?? 何の話だ? というかカラードとアレクはなんでここに?」
「なに、『ビックリ箱騎士団』を部活にするという話があったがどうなったかと思ってな。設立されたら、是非おれとアレクを部員にして欲しいのだが。」
「ああ、それか。顧問を見つけ次第、部活として申請するよ。部員としても歓迎する――というかダメって言う理由がないだろうに。」
「いや、折角のハーレム騎士団だから。」
「な、なにを言うんだなにを! べ、別にそういうつもりはないから入ってどうぞ!」
「それは良かった。部ができたら教えてくれ。」
本当に用事はそれだけだったみたいで、強化コンビは顔を赤くしたロイドに手を振って教室から出て行った。
「……よくみんなにすっとぼけって言われるけど、カラードも大概だな……」
「ロイドくん、あれは別物だよ。」
ロイドが戻って来たから、あたしたちは女子寮に戻ろうと立ち上がる。そんなあたしたちを眺めながらロイドが言った。
「あー、ローゼルさん。」
「なんだい?」
いつも通りの何気ない会話が始まったと誰もが思ったんだけど……直後、ロイドはとんでもない事を言った。
「嫌じゃなかったらだけど、ローゼルさんの制服を借りてもいいかな。」
ピタリ。
まるで全員氷漬けにされたみたいに動作を止めた。そしてきっと全員の頭の中に……さっきリリーがしてた会話が再生される。
「そそ、それはど、どういう意味……あ、あれか! ロ、ロイドくんの趣味の女装用か!」
「趣味じゃないです!」
「な、ならば――!! わわわ、わたしの――匂いでも嗅ぐのか!? そ、それはなんというか妙な気分というか別に直接嗅げばいいというか――こ、この変態ロイドくんめ!!」
「そ、そんなことしません! だだ、大体匂いならついこの前たっぷりと――」
「!?!? それはどういう意味だ!? い、一体いつわたしの――」
「あ、いや、だ、だからほら――ミラちゃんのとこでぜ、全員いっしょに寝ちゃったじゃないですか! あ、あの時ローゼルさん――と、というか別にローゼルさんに限らないけどみんなのいい匂いを――じゃ、じゃなくてそうではなくてそういう理由ではありませびゃあっ!!」
「ロイくんてばやらしいんだから。制服ならボクがかしてあげるよ。」
「い、いきなり後ろに移動して抱き付かないでリリーちゃん!」
「なによー。エリルちゃんとは抱き合って寝てた癖にー。」
「だ、抱き合ってなんかないわよ! う、上に乗ってただけ!」
「同じだよそんなの! んもぅ、今度のお泊りデートは覚悟してね?」
「うえぇっ!?」
「え、まさかロイくん忘れてるの? ランク戦の時に約束したでしょー。」
「い、言っておくがわたしともだぞ!」
「あ、あたし……とも……」
「あたしは……実は約束とかしてないけどー……ま、この流れならあたしもだよねー。」
「あんたたち人のかれ――て、ていうかロイド! 制服借りるってどういう事よ!」
「ど、どういう事と言われると……えっと、女装用なんだけど……」
「あんたやっぱりそっちの趣味が――」
「趣味じゃないって言ってるだろ――でしょうが! デルフさんにお願いされたんです!」
! 今ちょっとだけ……フィリウスさんとかと話す感じのちょっと乱暴な口調に……
――って、何ドキドキしてんのあたし!
「か、会長さんにお、お願いされて……ロゼちゃんの制服で……女装……?」
「ロ、ローゼルさんにお願いしたのはみんなの中だとオレと身長が同じくらいなのがローゼルさんだからだけど……」
「……確かに、わたしは背が高い方だからな。みんなはちょっとばかし小柄だ。」
「ローゼルちゃん、何気にスタイリッシュ風なポーズとらなくていいから。」
「で、会長のお願いってどゆことー? なんでロイドが女装するのー?」
「え、えぇっとね……」
「――女装が得意だそうだね。」
生徒会室で生徒会長であるデルフさんからそんな事を聞かれるとは思わなかった。
「ど、どこでそれを……」
「生徒会の情報網とだけ言っておこうかな。それで一つ確認したいのだけど、サードニクスくんの女装は一発芸的なモノではなく、誰もが女性だと思うレベルのモノという事でいいかな?」
「は、はい……昔、フィリウスと旅をしている時に男子禁制の町に入る用事があって……フィリウスはあんなんですから試しにってオレを女装させたら案外としっくりきて……それでオレがその町に入る事に。一週間くらい滞在しましたけど、終始バレずにすみましたよ。」
「それはすごい。」
「えっと……なんでいきなりこの話に……?」
「うん、初めから説明するよ。さっきお祭りがあると言っただろう? そのイベントは……あまりに文字通り過ぎるからもうちょっとカッコよくした方が良いと思うけど、交流祭というモノなんだ。」
「交流祭――ですか。」
もちろん聞いた事のないオレのため、デルフさんは説明を始めた。
「多くの十二騎士を輩出しているフェルブランド王国には騎士を養成する学校が七つあって、その内の四つは同盟のような協力関係を築いている。腕利きの先生を共有したり、魔法生物や悪党の襲撃で学校が使えなくなった時に避難させてもらったりとかね。それでその四校は年に一度、お互いの親睦を深めるという意味で交流祭というイベントを催すんだ。」
「他の学校との交流……楽しそうですね。お祭りって事は出店とかがあるんですか?」
「あるにはあるけど、それがメインだったのは昔の話でね。そもそも、今となっては交流祭よりも交流戦と呼ばれる方が多い。」
「えぇ?」
「始めた当初の頃はおそらく、サードニクスくんが思い描いたお祭りそのものだったと思うよ。だけど現在、交流祭はそれぞれの学校の威信をかけたイベントになっているんだよ。ランク戦のように、各校の生徒がぶつかりあうバトル大会にね。」
「そうなんですか……」
「ま、詳しい内容とかはその内担任から説明があるだろうから省くとして、僕のお願いは初日に行われるパフォーマンスについてなんだ。」
「初日って……え、何日かやるんですか?」
「三日間だね。」
「結構やるんですね……」
「勉強という意味でも貴重な経験なのだよ。各学校がそれぞれの教育方針を掲げているから、同年代でも学校によって全く質の異なる強さを身につけているんだ。」
「質?」
「うん。例えばセイリオスはどの系統もどの分野も広く教えるスタイルで、卒業する頃には大抵の事を経験した騎士が出来上がる。そこからどの道を究めていくのか、あるいは全てを手広くやるのか、選択するのはその人次第。対して、中には生徒の得意な系統で特化した授業を行うところもあってね。そういう所を卒業すると、その時点で即戦力の騎士が出来上がってたりするんだ。」
「なるほど、その辺が学校を選ぶ時の基準にもなるんでしょうね。んまぁ、オレは勝手に放り込まれましたけど……えっと、それでその初日にパフォーマンスを……」
「各学校が出し物をするんだよ。演劇をしたり合唱をしたり……最近だとその学校の生徒同士の模擬戦なんてものもあったかな。そしてセイリオス学院においては代々、その出し物は生徒会長が行うのが伝統なんだ。」
「デルフさんが? え、一人でですか?」
「いやいや、別に他の生徒を巻き込んでもオーケーさ。ただ、生徒会長は必ず参加する。去年なんかは、会長が生徒会メンバーと一緒に巨大な岩を彫刻していくのを披露していたよ。」
「へぇ……」
「で、今年――つまり僕はちょっとしたショーをやろうと思っているんだ。光の魔法を使ってきらびやかなモノをね。」
「えぇ? でもデルフさんの光魔法って速すぎて何も見えませんよ?」
「ははは、みんなが言うような『神速』をやるつもりはないよ。イルミネーションのような魔法をするのだよ。」
「ああ、それはきれいそうですね。」
「うん。でも、僕だけだと今一つパンチが足りないと思ってね。何かないかと考えていたら思い出したのだ。そういえば、この学院には曲芸剣術といううってつけの技を使う生徒がいたなぁ、とね。」
「えぇ? そこでオレですか?」
「想像してみてくれ。普段回している剣を、例えば光るステッキのようなモノに変えたらどうだろうか。それを何十本も回し、舞わせたなら美しいと思わないかい?」
「んまぁ……」
「しかしここで問題だ。僕は男でサードニクスくんも男。輝くステージを魅せたとしても男二人とあっては華がない。せめて男女ペアであって欲しいわけだが、ならば片方が女装するしかないだろう? 僕はよく女の子に間違えられるが、セイリオス学院では毎年生徒会長が出し物を行うという事と、今年の生徒会長は男という事は他の三校も知るところだ。ならば必然的に女装はサードニクスくんという事になる。」
「な、なんかすごい理由ですね……」
「その上サードニクスくんは女装の達人。もうこの上ないピッタリ具合さ。」
「はぁ……んまぁ、オレで良ければ手伝いますよ。」
揚々と話すデルフさんにそう言うと、デルフさんは少し不思議な顔をした。
「……一応、無理強いをするつもりはないのだけど……サードニクスくんは女装する事に抵抗がないのかい?」
「……例の町の後、フィリウスが「これは色々使えるぞ!」って言って結構やりましたからね……抵抗がないというかもう慣れているというか……それにそのショーっていうのにちょっと興味があるんです。」
「ほう?」
「曲芸剣術って呼ばれているオレの剣術、その名の通りに使ったらどうなるんだろうって、思った事があるんですよ。誰かを楽しませるような事ができるのかなぁっと……んまぁ、それほど気になっていたわけじゃないんですけど、そういう機会があるのなら。」
「ふふふ、何事も経験というやつだね。よし、ならばいっしょにショーをやるという事で……まずは一度女装姿を見てみたいな。」
「わかりました。」
「――という感じなんです。」
ロイドの話を聞き終わり、あたしたちは変なため息をついた。
「……まぁ、ロイドくんとだいぶ似ているパムくんがいるわけだし、女装しても違和感がないだろうという想像はできるな。」
ローゼルの言う通り、くせっ毛の強いパムがお風呂に入ると、かなりロイドに近づくのよね。
「確かにオレとパムって似てるけど……さすがにカツラとかがないと違和感が――ああそうだ、そういえばカツラがないぞ。どうしよう……」
「あ、カツラならボク持ってるよ。」
この辺りにそんな変なモノ売ってる店あったかしらと、思い出そうとする前にリリーが手をあげた。
「えぇ? なんでリリーちゃんが……あ、もしかして売り物?」
「うん。『ポケットマーケット』を見て購買に仕入れるモノを決めてたら、なんでか女性用のカツラがリストにあってね。こんなの誰が買うんだろうって思ってたんだけど、まさかロイくんだったなんて。」
「便利だね、『ポケットマーケット』……それで、そのカツラってもうあるの?」
「あるよー。そうだ、丁度いいから一回購買に行こうよ。ボクの部屋もようやく出来上がったし。」
今まで宿直室で寝泊まりしてたらしいリリーの部屋は購買の……裏って言うか奥っていうか、そんな場所にあるらしい。
「え、でもそれってリリーちゃんの部屋は学食の中にあるって事だよね? お風呂とかはあるの?」
「みんなの部屋についてるのよりも広いお風呂があるよ。工事の時にボクが個人的に出資してボク好みに結構いじったから快適なの。ちなみに学食の中って言うよりは学食の下だよ。」
「下?」
面白そうに笑うリリーに連れられて、放課後になったばっかりで夕食には早いからそんなに人はいない学食をぞろぞろと歩き、あたしたちはシャッターが閉まってる購買の前にやってきた。
学食の一角と言うよりは、壁の一部がお店になったっていう感じね。
「む? このシャッターは購買そのものの扉として、リリーくんの部屋にはどうやって入るのだ?」
「うふふー。実はここからは入れないんだ。」
「どういう事だ? さっき下と言っていたから、この床の下にあるのだろう?」
「校長の魔法だよ。部屋は確かにこの下だけど、入口は女子寮にあるの。」
そう言いながらリリーが指を鳴らすと、あたしたちはいつの間にか女子寮の入口に移動してた。
「……だったらなぜ学食に行ったのだ……」
「自分のお店は人に見せたくなるんだよ。」
ニシシと笑うリリーは女子寮に入ると……なぜかあたしとロイドの部屋の正面の壁の前で立ち止まった。
「ここの壁にこうすると――」
何もない壁にペタンと手のひらを重ねる。すると、まるで塗装が剥がれるみたい壁の色が変わっていき、あたしとロイドの部屋の扉と同じ様式のドアがそこに出現した。
「ようこそ、ボクの部屋に。」
ドアの向こうには、あたしたちが使ってる部屋よりは狭いけど、一人用として考えると結構広い部屋があった。ベッドがあって机があって、リリーが言った通りあたしたちのよりも大きなお風呂もあって……確かに快適そうだった。
「えぇっと……女子寮のドアをくぐったけど、実際には今オレたちは学食の地下に来てるんだよね……あれ、なんで外が見える窓があるの?」
「それも校長の魔法だよ。その窓を通ると女子寮の庭に出られるの。」
「……本当にすごいんだなぁ、学院長って……」
「それで……こうしてリリーくんの部屋に来たわけだが、カツラもここにあるのか?」
「あの箱の中にね。」
リリーが指差したのは部屋の隅っこにデカデカと置いてある宝箱みたいな箱で、大きな錠前がついてる。
「あの箱は商品を置いておく倉庫なの。」
「……マジックアイテムか?」
「そうだよ。あの中、人が何百人も入れるくらいの部屋なの。」
「便利なモノがあるのだな……しかし購買に並べる商品の倉庫がリリーくんの部屋というのは、少々不便なのでは?」
「ローゼルちゃん、ボク第十系統の使い手なんだよ? 購買と倉庫の移動なんて一瞬だよ。」
「しかし、それだと他の位置魔法の使い手も入ってこられるのではないか?」
「セキュリティは万全だよ。ドアを通らずにこの部屋や倉庫に入れるのはボクだけだし、ドアと錠前のロックはボクの魔力。これでも商人歴長いんだよ、ボク。」
ふふんと笑ったリリーは宝箱――倉庫の錠前を外し、ぱかりと開いて中に手を入れてガサゴソする。
「あったあった。これでどうかな、ロイくん。」
リリーが見せたのは、ロイドと同じ黒髪がロングになってるカツラ。ちょうどローゼルの髪型になるわね、あれだと。
「うん、いいと思う。」
「良かった。でもまだダメだよ、ロイくん。」
普通にロイドにカツラを渡すかと思ったら、リリーはカツラをひらひらさせて悪い顔で笑った。
「ボクは商人でこれはボクが仕入れた商品だもんねー。」
「だ、代金ですか……でもオレ、学院からもらったカードしか持ってないよ……」
「大丈夫、ロイくんからお金はとらないから。」
「?」
「まー、そんなに高いモノじゃないからね。ぎゅっと抱きしめて熱いチューでもしてくれればいいよ。」
「そっか、それはよか――って何を言っているのですかリリーちゃん!?」
「どさくさ紛れに何しようとしてんのよ!」
「だってほらロイくん、この前してくれたでしょ、チュー。あれをもうちょっとラブラブな感じにしてくれればいいから。」
「だ、ば、で、でもあの……」
大焦りのロイドは手とか首をたくさん振ったあと、あたしをチラ見しながらうんうん唸って……最終的に、リリーから目をそらしながらぼそりと言った。
「ツ……ツケはききますか……」
「んふふー、それってもしかして今度のデートでお支払いって事かなー? うふふー、いいよー。」
ニコニコ笑顔のリリー以外がロイドのほっぺをつねった後、あたしたちはあたしとロイドの部屋にやってきた。何故かと言うと……
「ちょうどいいカーテンがあるからな。」
と、ローゼルが言ってロイドを引きずって来たからだ。
「え、ちょ、ローゼルさん、べ、別に今かしてもらわなくても――ふ、普通にお部屋で私服に着替えてもらった後でいいですよ!?」
「いやいや、折角の機会だから取り替えっこしようではないか。わたしのをかすからロイドくんのもかしてくれ。」
「オ、オレの!?」
「よし、ロイドくんはそっちで制服を脱ぐのだ。わたしはこっちで。」
誰かが何かをつっこむ前に、ローゼルはロイドをロイドのエリアに放り込んでカーテンを閉じた。
「な、なんでここで着替えんのよ!」
「だからカーテンがあるからだ。」
「お風呂場とかでやりなさいよ!」
「あー、もう遅いぞー。スカートを下したからなー。」
カーテンの向こうのロイドに聞こえるように、棒読みでそう言ったローゼルは言葉通りにスカートをぱさっと落とした。
「優等生ちゃんって結構エロいこと考えるよねー……」
「おや、なんの事かなへそ出しアンジュくん。シャツのボタンを外すぞー。」
上着を脱ぎ、リボンを解き、言った通りにシャツを脱ぎ始める。
「カーテンの向こうで女の子がお着換え中とか、男の子からしたら悶々とする展開だもんねー。まして、そんな脱ぎたての服を交換するんだもん……きっと今、ロイドは顔真っ赤だよー……」
「な、そ、そんなのずるいよ、ローゼルちゃん!」
「熱いキスを約束させたあくどい商人に言われたくないぞ。さー、もう下着姿だぞー。」
シャツを脱いで本当に下着姿になったローゼルは……お風呂に入る時にさんざん見てるはずなんだけど……なんていうか、やっぱりスタイルがいい……
「む、なんだジロジロと。」
「……何をどうしたらそういう身体になんのかしらね……」
「羨ましそうに見てもあげないぞ。だいたい、こんなに美女なわたしが手に入れられないモノをエリルくんは手に入れているではないか。まぁすぐにでも奪い返すが。」
「う、うっさい……て、ていうか何でシャツまで脱いでんのよ……!」
「? 交換する為だ。男性用と女性用ではボタンの位置が異なるだろう?」
「上着来たらほとんど見えないわよ!」
「あ、あのー……」
カーテンの向こうから……物凄く恥ずかしそうにしてるロイドの声が聞こえた。
「脱ぎ終わったか? ちゃんとシャツもだぞ。」
「……話が聞こえたので脱ぎました……」
「よし、ではカーテンの下を通して互いの制服を交換だ。」
しゃがんで自分の制服をすすーっとカーテンの下に通すローゼル。すると向こう側からロイドの制服が顔を出した。
「ロイドくん、気が付いているか?」
「な、なんですか。」
「わたしとロイドくんは今、お互いに下着姿で向かい合っているのだ。カーテンという布一枚越しに。」
「――!!」
「ロイドくんが望むならこのカーテン、シャラリと開いても良いが?」
「にゃ、にゃに言ってんですか!」
「ふふふ……ああ、いやむしろわたしが望むから開――む、エリルくん、腕をつかまないでくれ。」
「さっさと着替えなさいよ色ボケ女神!」
あたしがそう言うとふふーんとにやけて、ローゼルはロイドの制服を着始めた。
「ホントにあんた、いつからそんなキャラになったのよ。クラス代表よね?」
「わたしは何も変わっていないぞ。単に、わたしがこうなるような相手が今までいなかっただけのことだ。」
ロイドの制服をかっちりと着こなして男装の麗人となったローゼルは、腰に手を当ててキリッとカッコよく立つ。
「ふむ……」
腕を回したりして感触を確かめるローゼル。
ローゼルの私服というと最近は……ロイドに買ってもらったらしいサブリナばっかりはいてるからスカートじゃない格好っていうのは別に珍しくない。だけどネクタイともなるとしてるところを見るのは初めてで、それでも似合ってしまうのだから冗談じゃないわね。
「なんか女子にモテそうだねー。お姉さま的なー?」
「……」
アンジュがニヤニヤしてそう言ったんだけど、ローゼルはふと身体を動かすのを止めた。
「? 優等生ちゃん? なんか固まってるけどどうしたのー?」
「ああ……なんというか……」
バシッと決まってたローゼルが急にモジモジし出した。
「そ、そのなんというか……妙な気分でな。ほんのりと残るロイドくんの体温と服についているロイドくんの匂いが合わさって……抱きしめられた時の感覚に似たモノが……あぁ……」
自分の肩を抱き、少し顔を赤くしてむずかゆそうな顔になるローゼル……
「ふぁあ……これは……ヤバイかもしれん……」
「ローゼルちゃん! 今すぐそれを脱ぐんだよ!」
跳びかかったリリーをするりとかわし、ローゼルはくるくる回ってあたしのベッドにボフンと座り込んだ。
「ふ……ふふふ、そうするとわたしは下着姿になってしまうぞ……? 何せ今、わたしの制服はロイドくんが着ているのだから。あぁ、もしかするとロイドくんも同じような感覚におそわれているのではないか……?」
「あ、あれはあんたほど変態じゃない……わよ。ていうかあんた、今抱きしめられたって……」
「変態とは失礼な、羨ましいクセに。そして今更だな、エリルくん。」
ほんのり顔を赤くしたまま、ローゼルはロイドの制服を着た状態で脚を組み、挑発するような顔であたしを見る。
「デートをし、キスをし合ったところに加えてスカートをめくられたりお風呂を覗かれたり、ついでに胸を揉みしだかれてこの前は一緒に寝た間柄だぞ? きっとその内、奥手なエリルくんをおいてけぼりにわたしとロイドくんは――」
「揉みしだいてませんからっ!!」
カーテンがシャッと開き、向こうから顔を出した人物が顔を真っ赤にして抗議する。
「お、お風呂場のあれはそもそもじ、事故というかなんというか、そ、その、ローゼルさんのむ――あ、あれに触った事は認めますけどもも、揉んでませんよ! あとスカートの件は風魔法の失敗で、そ、その言い方だとオレがわざとやったみたいですけど違いますから!!」
ローゼルが改ざんした諸々の事件に文句を言ってるのはロイド……そう、ロイドのはずだ。
だけどどうしたことやら、カーテンの向こうから出てきたのは間違いなく……女の子だ。
「……は? え、ロイド?」
「そ、そんな疑わしい顔しなくても……ほ、ほら、だいたいオレがそんなえ、えろいことやろうモノなら気づいた時には鼻血で気絶ですよ!」
「いや、そっちじゃなくて――え、あんた本当にロイド……なのよね……?」
なんていうか、すごく変なんだけど……言われてみればロイドだわ。
「ロイくんってば……え、ちょっとすごいね。似合ってるとかそういう問題じゃない気がする……あれ、でもロイくんなんだよね……?」
「へ、変な感じ……だね……な、なんか最初からこう、だったみたいな……気がする……ま、まるでそういう魔法を……かけられちゃったみたいな気分……」
「あ、ああ、それか……それはフィリウスにも言われたよ。」
困った顔で笑うロイド……?
「似合ってる似合ってないのレベルを通り越している。オレが女装しているって知らなかったら女としか思わない――ってね。その時は我ながら変な特技があるもんだなぁって思ったけど……おばあちゃん――マトリアさんの件を知って、オレはその影響があるんじゃないかと思ってるよ。」
マトリア……マトリア・サードニクス。ロイドの遠いご先祖様らしいおばあちゃんの名前。
ザビクとの戦いの次の日、ロイドが気絶してる間に何があったのかをあたしたちとロイドとで互いに話しあった。
あたしたちが話したのは、部下を引き連れて現れた『世界の悪』ことアフューカスについて。
いつか街で会った変な女がアフューカスの変装したモノだったって事。
その時にした会話――「悪とは」みたいな話でロイドがアフューカスに気に入られて、そのせいで狙われてるって事。
だけど今は、思想がどうとかの理由で恋愛マスターのレコードとかいうモノを追ってるって事。
だから……今はロイドに手を出さないって事。
そして、そんな話を聞いたフィリウスさんが剣を抜いてアフューカスに攻撃をしかけたその時、突然おばさんっぽいしゃべり方になったロイドがフィリウスさんの一撃を止めた事。
まぁ色々とあったんだけど結局、ザビクは死んで――っていうのかマジックアイテムになったっていうのかイマイチわかんないけど、あの事件の黒幕はもういなくなった事。
S級犯罪者のオンパレードだった状況の中で気絶してたロイドは、あたしたちの話の後にご先祖様に会ったとかいう変な話を始めた。
農家としてのサードニクス家の初代、マトリア・サードニクス。はっきりはしなかったらしいけど、彼女はサードニクスに嫁入りする前はもっと違う事をしてたらしく、そのせいで自分の子供や孫が危ない目にあわないように――というかあったときに助けられるようにと魔法をかけた。
それは、自分の魂の一部を親から子供へと代々受け継がせていき、いざという時に自分が表に出て対処するとかいうとんでもないモノだった。
そうして今回、表に出てきた彼女は十二騎士の本気の一撃を受け止めたわけで……
「ロイドくんの遠いおばあさま……そういえば何かわかったのか? 一体何者なのか。」
「フィリウスとパムが調べてくれているけど、まだ何も。」
「えーっとー? そのマトリアさんっていう人の魂……つまりは女の人の魂が代々受け継がれるせいで、サードニクス家の男の子はみんな中性的な顔立ちになっちゃうんだっけー。」
「あ、うん。そう、それの影響なんだけどね、もしかしたらこうやって女の人の格好をしたり……あとは女装って事で「女の子になりきるぞ」っていう意思を持ったりすると、そのマトリアさんの魂が少し顔を出して……内面というか、精神……雰囲気? 的なモノまで女性に近づけちゃうんじゃないかなぁとオレは思ったんだ。」
「ふむ……トンデモ理論ではあるが、納得はできそうな予想だな。可能性は否定できない。しかしなロイドくん。原因はさておき、注目すべきはロイドくんに女装がしっくりくるという点だ。」
割と大事な話題だった気がするけど、ローゼルは自分の制服を着てカツラをかぶったロイドを上から下へじっくりと眺めた。
「元がロイドくん……男の子という事もあって、可愛い系よりはわたしのような美人系の女性になっているな。普通にモテそうだ。」
「そ、そうかな……ローゼルさんも似合ってるね。カッコイイです。」
「ふふふ。しかしながら、ロイドくんの体温と匂いに包まれて妙な気分を味わっているところでもあるぞ? ロイドくんはどうかな?」
「どど、どうって……ま、まぁ……ローゼルさんの匂いはしますけど……」
「ロイドくん……え、えっちだよ……」
「ロイくんってばやらしー。」
「えぇっ!?」
動揺したり驚く仕草はロイドそのものなんだけど、ちょっと顔を赤らめて照れてる女の子っていう外見だから変な気分……
「ねーロイドー。そのスカートの下ってどうなってるのー?」
自分のこ、恋人……の、女装姿っていうのに複雑な気分でいると、アンジュがそんな事を聞いた。
「えぇ? いや、普通にパンツ……」
「女モノのー?」
「男モノです! オレのパンツです!」
「ふーん。じゃーそのスカートめくるとロイドのパンツが見えるんだー。」
「そりゃまぁ……な、なにをそんな興味津々に……男のパンツなんか見たって何にもならないでしょ……」
「そっかなー。ロイドがあたしのパンツ見て鼻血出すのと同じ感じに、あたしだってロイドの……まー鼻血は出ないけど、興味はあるよー? その辺の男はともかく、好きな男の子のだもん。」
「えぇっ!?」
アンジュ――というかアンジュがそんな事を言ったせいで全員の視線がなんとなくロイドのスカートに向けられて、ロイドは両手でスカートを押さえた。
「ロイドくん……そ、そういう仕草まで……女の子っぽいね……」
「いやいやティアナ、男らしいスカートの押さえ方なんてないですから!」
しゃべり方が女の子のそれだったら、間違いなくドキッとする男がいるだろうロイドの仕草にさらに変な気分になる……
「……あまり考えた事がなかったが……この部屋での生活において、ロイドくんはヘタレだからエリルくんの諸々を覗いたりはしないだろうがその逆はどうなのだ?」
「ヘタレ……」
ショックな顔をしてるロイドを横目に、ローゼルはあたしの方に顔を向けた。
「ど、どういう意味よ……」
「ロイドくんの着替えを覗いたりとか――という意味だ。」
「あ、あんたじゃあるまいし、しないわよそんな事!」
「前科があるだろう? ロイドくんのベッドで――」
「うっさいうっさいうっさい!」
「……? たまにその話してるけど、エリルがオレのベッドでどうしたんだ?」
「――!! な、なんでもないわよバカ! と、とりあえずもういいんじゃないのその格好!」
「ん、そうだな。みんなから見ても女の子に見えるなら大丈夫だろう。ローゼルさん、元に――」
「わたしはもうしばらくこのままでもいいのだが。」
「とっと脱ぎなさいよエロ女神!」
街に入る為とか、情報収集の為にやってた女装がこんなところでも役に立つとはと思わなかったけど……デルフさんに見せたところ――
「想像以上だ! これなら完璧だな――サードニクス子ちゃん!」
「会長、ネーミングセンス最悪ですね。」
というデルフさんとレイテッドさんの漫才が繰り広げられ、オレは交流祭の出し物に女装して参加する事が決定したのだった。女装はともかく、曲芸剣術でショーをするというところを楽しみにしていると、デルフさんが言った通り、ある日先生が交流祭について説明を始めた。
「あー……今からざっと二週間後に恒例行事である交流祭が開催されるわけだが……どうせやっぱり何も知らない奴がこのクラスにはいるから、初めから説明をする。よく聞けよ、サードニクス。」
「……はい……」
「フェルブランド王国には騎士の学校が七つある。その中の四校――セイリオス学院とプロキオン騎士学校、それと女子校のカペラ女学園と男子校のリゲル騎士学校が合同で開催するその名の通りの交流イベント、それが交流祭だ。だが、この交流祭という正式名称よりは通称である――交流戦って名前の方が、今はしっくりくるだろう。」
デルフさんが言っていた通りだ。セイリオスはここだから、プロキオン、カペラ、リゲルという名前の学校がここに……ん? ここに来るのか? そういえばどこでやるんだ、交流祭。
「始まりは第何回目かの交流祭。他校の生徒に個人的に挑む生徒が多かったことから、いっそそれを交流祭のイベントの一つとしてしまおうということになってから――交流戦は始まった。それぞれの学校の威信をかけたガチバトルのイベントに。」
……「ガチバトルのイベントに。」と言った辺りから先生の雰囲気が……そう、ランク戦の前の時みたいなテンションの高いあれになった。
やっぱり先生ってバトル好きの人なんだな……
「交流祭――いや、交流戦は三日間。期間中、四校の生徒は全員これを身につける。」
そう言って先生が手にしたのは、それぞれが金、銀、銅の色に輝く三つの腕輪。青い宝石のようなモノがどの腕輪にも三つはまっている。
「金色が三年、銀が二年で銅が一年用。この青い石は残り戦闘可能回数を示していて、バトルすっと灰色になる。」
せ、戦闘可能回数?
「交流戦の間、四校の生徒は他校の生徒と三回まで戦うことができ、その勝負に勝ったら自分の学校にポイントが入る。最終的に、一番多くのポイントをゲットした学校が今年のナンバーワンってわけだ。」
ああ、そういうイベントなのか……
「別に一番になったからといってその学校に何かがあるわけじゃない。まぁ、学校ごとに自校の生徒にご褒美を与えるとこもあるらしいが、基本的には威信のみをかけたイベントだ。」
……ん? 待てよ……
「あの先生、ちょっと確認なんですけど……」
「なんだ?」
「他校の生徒に勝負を挑んで、勝ったら自分の学校にポイントって、これだと……その、三年生が他校の一年生に挑むようなことが多発しませんか……?」
勝てばポイントというのなら、自分よりも下の相手を選ぶ方が勝率は高いのだからそうする人が多いと思うんだが……
「あまいなサードニクス。この腕輪は装着している者とそいつと戦っている相手の力量を測定して判断できるんだ。相手が、生徒にとって上なのか同等なのか下なのかってのをな。でもって、例え勝ったとしても格下に勝ったってだけならもらえるポイントはほんのちょっと。格上に勝てたならがっぽりポイントが入る。簡単に言えば、ポイントが戦う相手の強さによって変化するんだ。」
なるほど……三年生が一年生に挑めば、それは確かに勝てるかもしれないけどポイントはちょっとだけ――の可能性が大きい。そしてちょっとだけしかもらえていないのに一回バトルをした事には変わりないから挑戦権は一個減る。
もしも自分の学校を一番にしようと……たくさんのポイントを自分の学校に入れたいと思ったなら、自分よりも格上だと思う他校の生徒に挑んで勝利する事が大事なわけだ。
「まー、前にも言ったが、学年の差で生じる実力差は相当デカいからな。普通は自分の腕輪と同じ色の相手に挑むもんだ。」
そこまで話してふと、先生が真面目な顔になる。
「思い付きみたいに始まったイベントだが、実はかなり実戦的だ。学校によってその教育方針には差があるから、同世代でも全く種類の異なる強さを身につけた奴が相手になる。セイリオスじゃまず見ないだろう戦法や武器、魔法……戦いの際に敵の情報がそろってるなんざ実際にはほとんどないから、これはいい訓練になるんだ。未知の相手とどう戦うかって事のな。」
三つの腕輪を一つの指でくるくる回す先生。
「加えて、外見的にわかるのは学年……とまぁ時々武器のみ。自分の学校を勝たせようと思ったら見極めなきゃならない。たった三回という戦いのチャンスの中、相手が自分よりも強いのか、自分は勝てるのかってのをな。情報収集を綿密にするも良し、向かい合った時の感覚――勘に頼るも良し。なんにせよ、敵の強さを測る訓練になる。」
色んなモノを訓練につなげてくるセイリオスだけど、今先生が言った事はフィリウスもよく言っていた。なるほど、これは予想以上に鍛えられそうなイベントだな。
「……とまぁ、これが交流戦の説明で、ほとんどそこの田舎者の為にしゃべったが、ここからの話は全員聞いておけ。」
今のいままでテンション高めにしゃべってた先生だったが、でろーんといつものイマイチやる気の感じられない状態になった。
「祭の華と言えばそうかもしれないが、学校間のトラブルってのが毎年結構ある。」
だるだると、先生は黒板に丸を五つ描いた。一つが他の四つに囲まれているような配置だ。
「話は聞いてても実際にどういう風なのかを知ってる奴は多くないだろうから説明するが、全然違う所に建ってるこの四校は期間中、この真ん中の丸を中心にして空間的につながる事になる。」
「空間? ランク戦の時の闘技場みたいな不思議空間が、学院長の魔法でまた出来上がるんですか?」
「不思議空間とか言うなサードニクス。位相の異なる同軸空間くらい言っておけ。でもってお前の質問に対しての答えはノーだ。」
いそうのことなる……?
「四校それぞれに設置されてるゲートと、交流戦――いや、交流祭の為に作られたとある施設っつーか街っつーか、そんな場所がつながるんだ。別に不思議空間が出来上がるわけじゃない。んで、その場所を経由する事で――例えば私らなら遠く離れた場所にあるはずのプロキオン、カペラ、リゲルの敷地内に入れるんだ。」
「他の学校を見学できるんですか? それは面白そうですね。」
「女子校のカペラに期待してるのか?」
「心外だ!」
「くく、ま、別にカペラに限らず、他校の敷地には入れてもほとんどの建物には入れないから雰囲気を見学する程度だ。交流祭の形としては、さっき言った経由する場所がバトルをする場所であり、自他校エリアは交流を深める場所っつー位置付けになってる。」
「なるほど……それで、トラブルっていうのはどんな……」
「主に自他校エリアで起きるもめ事だ。例えば……お前の学校は古臭いなぁ、なんだとこの野郎的なのとか、げへへ、この学校の女はレベルがたけぇぜ、ちょっとナンパすんぞ的なのとか。」
「えぇ……後半のみたいなのいるんですか……」
「ああ、特に男子校のリゲルにはそういう輩が多いな。ちなみにカペラは昔からお嬢様の校風だから、うふふ、いい男がいるわぁ、ちょっと味見的なのはないだろう。全く、昔も今も欲情したらオオカミになるのは決まって野郎だなぁおい、《オウガスト》の弟子のサードニクスくん?」
「反論しづらいのでやめてください……」
「くく、ま、こことは違う教育を受けた色んな奴があっちこっちから集まるわけだから、色々あるだろうって事は覚悟して……とりあえずセイリオスを一番にしてやろうじゃないか。」
だるそうな姿勢でにししと笑う先生。
んまぁ交流祭については理解できたし、やっぱり楽しみなんだけど……
「……」
女子校のカペラに期待――のあたりからエリルにじとーっと睨まれているから、是非先生にはああいう話題を避けてもらいたいところだ……
「流石というかなんというか、一位を獲得した回数はセイリオスが一番多いようだ。」
放課後、先生が言ってたゲートっていうのを見に、あたしたちは学院の敷地の隅っこに来た。入学した時に学内をぐるっと散策して以来、一度も来てないような場所だったけど……そういえばこんなのあったわねっていうゲートって言うよりはアーチみたいのがそこにあった。
「ちなみにここ二年は連続一位。噂によると生徒会長が他校の上級生を倒しているようだ。」
「さすがデルフさん……」
ゲートの周りはちょっとした祭壇みたいになってて、座るのにちょうどいい岩っていうかオブジェ? みたいなのもあったから、あたしたちはなんとなくそれに座って話してた。
「そっちのクラスで話あったかわかんないけど、リゲルの男子ってケダモノが多いんだってさー。」
「びゃあっ!」
一人だけ別のクラスのアンジュは、のほほんと座ってたロイドの肩に自分の手を乗せ、ロイドの頭の上にあごを置く感じに寄りかかった。
「ア、 アンジュ!? あの、く、首の辺りにやや、やわらかい感触があるんですが!?」
「そーゆーのを実況しちゃうんだから、ロイドは結構えっちだよねー。」
「えぇ――はわぁっ!?」
腕をロイドの胸にまわしてさらに密着――してんじゃないわよ!
「は、離れなさいよ! えっと――ロイドが気絶しちゃうじゃない!」
「えー、それが離れて欲しい理由―?」
うりうりと自分の胸をロイドに押し付けるアンジュで、さらに奇声をあげるロイドだったけど、ふとロイドが何かに気づいてアンジュの方に目線を動かした。
「あ、あの……ア、アンジュ? も、もう夏もそろそろ終わる感じで涼しくなってきてるけど……そ、その格好は寒くないの?」
相変わらず、ちょっと短い袖のシャツでお腹を出し、やばいレベルで短いスカートを揺らすアンジュは……嬉しそうに顔を赤らめた……
「んふふー、そんなに真っ赤になってるクセにそういう心配しちゃうロイドがあたしは好き。」
「!! ソ、ソウデスカ……」
「この服、大事なところは見えないようになってる以外にも仕掛けがあってねー。これ着てれば極端な寒暖でない限り適温で過ごせるんだよー。だから平気ー。」
「そうなんだ……」
「でもさー、こういう格好はリゲルの悪い生徒に目をつけられるかもしれないよって担任に言われたんだー。」
ふっと、アンジュの顔が曇る。
「……きっとお姫様は王族だから、位が高過ぎてそんなにないかもだけど、あたしは一応貴族だからさー。お見合い話っていうのを数えきれないくらいやったんだよー。」
「お、お見合い? アンジュが?」
「そーだよー。両親はさ、あたしの好きな相手と結ばれたらいいって言ってくれてるんだけど、やっぱり貴族だからそういう話はバンバン来るんだよー。これでもあたしの国じゃ結構力のある家だからねー。自分の家の力を保ちたい他の貴族が結婚してーって言ってくるのー。でもってそういうのは、無下にできないのがまた貴族なんだよねー。」
……アンジュの言う通りで、貴族はそういう話が本当に多い。お姉ちゃんにもお見合いの話が来たりするけど、そもそも王族にそういう事ができる貴族は限られてるから回数は少ない。だけど貴族間ともなると……しかもアンジュは結構……か、可愛いと思うしスタイルもなかなかだから人気が高い気がするわ。
「政略結婚って割り切ってる奴はいーんだけどさー、女遊びが趣味の奴とか、自分は貴族だからこんな可愛い子と結婚できるんだぜーって勘違いしてる奴とかとお見合いするとさー……男の欲望をひしひしと感じちゃうんだよねー。あれって、あんまり気分いいものじゃないんだー。」
「……大丈夫……?」
「んふふ、大丈夫だよー。あたし自身が強くなって、強い騎士があたしの傍にいたらそんな男は近づけなくなるもんねー。まー……」
「だわぁっ!?」
ぺろりと、アンジュがロイドの耳を舐め――!!
「好きな人ができて、その人と婚約してるんですーっていうのが一番効果的なんだけどねー。」
「ななな舐め! ロイくんの耳!」
「この変態、何してんのよ!」
ローゼルもそうだけどこのアンジュとかいうのも何とかしないとヤバイ気がするわ!
「ていうことでさ、リゲルのケダモノからあたしを守ってね、ロイドー。」
「耳元でささやかないでくだはひぃ……が、頑張りますから……!」
「いい加減に離れなさいよこの痴女!」
「ふふふ、いつも楽しそうだね。」
ロイドにしがみつくアンジュを羽交い絞めにしてると、すたすたと生徒会長が歩いてきた。
「デルフさん!」
「あー、そのままでいいよサードニクスくん。羨ましい体勢でなにより。」
アンジュにくっつかれてるロイドを見てふふふと笑った会長は、ゲートの下までやってくるとポケットから古めかしい鍵を取り出した。
「い、いやこれはその――デ、デルフさんは何をしにここに?」
「会場の下見だね。」
アーチで囲まれた何もない空間で、まるでそこに鍵穴があるかのように取り出した鍵をくるりと回す会長。するとアーチの内側が光り輝き、ちょうどスピエルドルフの検問所みたいな状態になった。
「担任の先生から聞いたとは思うけど、このゲートは交流祭のメイン会場につながっているんだ。」
「は、はい……え、じゃあ今そこへの入口を開けたんですか? 先生の話じゃ、交流祭は二週間くらい先って……」
「うん。だけど年一回しか使わない場所だからね。色々とチェックしなくちゃいけないんだ。」
「チェック? えぇっと……あれ、デルフさん。オレ、てっきり――会場? は闘技場みたいな場所だと思っていたんですけど……戦う場所の整備をするんですか?」
「闘技場のような場所が至るところにある事は確かだけど、それだけじゃないんだよ。あくまで、このイベントの始まりは交流目的だからね。それぞれの学校が準備するちょっとしたお店があったり、生徒同士がおしゃべりできる喫茶店なんかもあるんだよ。小さな街……そうだね、選手村とでも言った方が良いかもしれない。」
「選手村……」
「それに利用者は生徒だけじゃなくてね。騎士の卵が勢ぞろいするようなイベントだから、それぞれの学校がある街の武器屋さんとか道具屋さんも臨時で出店するんだよ。」
「ふぅん。つまり、その会場には四つの地域それぞれで売られてる商品が集結するんだ。」
いつもよりもキリッとした……商人モードになったリリーが呟く。
「その通り。だからそれぞれの施設がちゃんと使えるかをチェックする必要があるんだね。セイリオスが使うエリアは代々生徒会が点検するんだけど、例えばリゲルなんかは全校生徒で掃除なんかをするみたいだね。」
「……ねぇ生徒会長。ボクも出店していいかな。」
「……普通は騎士に関連するモノ、つまり武器や魔法に用いる道具を売るから雑貨をメインに扱っているトラピッチェ商店はあまり合わないと思うが……」
「需要は充分だと思うよ? 別の地域から来た生徒たちが首都にしか売ってないような小物に興味を持たないわけはないもん。その土地の人にしちゃなんでもなくても、別の土地から来た人にはお土産というラベルつきの商品になるんだよ。」
「ふむ。まぁ、前例がないだけで禁止されているわけではないからね。提案しておこう。」
そう言うと、会長はひらひらと手を振りながらゲートの中に消え――
「あ、サードニクス子ちゃん。」
――ずに、身体の半分をゲートに埋めて、上半身だけでひょっこり話しかけてきた。
「……改名していいですか?」
「構わないよ。きっといつも使っている偽名などがあるのだろう?」
「んまぁ……はい。」
「ふふふ。例のショーの練習も始めていくから、準備しておいてくれ。」
――そう言って、会長は今度こそ光の中に消えた。
「あああっ! また会長は一人で勝手に!」
ゲートの向こうがどうなってるのかちょっと気になって、頭だけでも突っ込んでみようかしらと思っているとそんな声が聞こえた。
見ると副会長を先頭に他の生徒会メンバーがドタドタと走ってきてて……あたしたちの方をチラ見もせず、会長を追って嵐のようにゲートに入って行った。
「……ロイドくん、一つ気になるのだが。」
「ふぇ、あ、はい。」
生徒会のお通りにきょとんとしてたロイドはまぬけな顔でローゼルを見る。
「いつも使っている偽名と言ったな? 女装する時に名乗る名前ということは……もしやその名前を持つ女性が実在し、彼女とただならぬ関係だったとかそういう小説のような事はあるまいな?」
「か、考えすぎですよ、ローゼルさん……そもそも命名はフィリウスです……」
「フィルさんが? どんな名前なの?」
「『ロロ・オニキス』だよ。」
「ふむ……女装するとわたしのような美人系の女の子になるロイドくんには少し合わない名前の気がするが……まぁ、ロイドくんのロからとったのだろうな……」
「フィルさん単純……」
「ぶぇっくしょい!」
大勢の人間がいるのに静まり返っているという不思議な空間――図書館にて盛大にくしゃみをした男は、立ち読みしていた本を棚に戻す。
「あらん? 風使いが風邪を引くとか、使い古されたギャグをお姉さんに言わせるつもりなのん?」
身の丈もある大剣を背負った男の横に立つ、髪から服まで真っ赤に染まった色気あふれる女が艶めかしく笑った。
「サルビア、できれば俺様はその姿のお前とはいたくないぞ。誰もが知っている事だが、それでも妙に怒りそうな奴がいるからな。」
「あらん、言葉を濁すのねん? それはつまり、噂の彼女を意識しちゃってるってことよねん? いいと思うわよ、お姉さんは。」
「やかましい。それでどうだ? 魂が絡む魔法となるとお前が詳しいからこうして資料をあさらせているわけだが。」
「情報が少なすぎよん。確かに、自分の魂の欠片を子孫から子孫へ受け継がせていくなんて馬鹿みたいな魔法、できる者は限られるわん。だけどそうやって密かに我が子を守って来たような人物が、この辺の資料に自分の名前を残すようなヘマはしないわよん。せめてフルネームは欲しいところよねん。」
「そうか。やはり一度現地に行ってみるしかないか。この時期、セイリオスは交流祭だから大将を連れていく事はできないからな。妹ちゃんに案内してもらおう。」
腕を組んでそう言った男を少し見上げながら、赤い女は声のトーンを低めに話しかけた。
「……ねぇ、フィリウス。」
「色っぽく話しかけるな。なんだ。」
「あなた理解してるのん? 大将ちゃんの立ち位置っていうか、あの子が持つ力を。」
「んん? 何が言いたい。」
「歴代最強と言われた《オウガスト》が使ったという古流剣術、曲芸剣術。今の《オウガスト》の唯一の弟子。王族や名門騎士、しまいにはスピエルドルフの女王ともつながる太いパイプ。吸血鬼の一族にのみ発現する強力無比な魔眼。三人の王の一人である恋愛マスターとの接触。そしてどこの誰かはわからないけど相当な使い手が残した守護魔法。とても、学院で騎士を目指してる一年生にくっつく設定じゃないわん。」
「現状に対し、得ている力が大きすぎると?」
「そうよん。そりゃあアフューカスくらい出て来るっていうものよん。」
「確かに危険が伴いはするが、力は無いよりも有る方が良いだろう? おまけに大悪党が釣れるなら騎士としちゃあいいことだ。」
「ひどい師匠ねん。」
「考え方の違いだな。俺様はむしろ、大物との遭遇は貴重な経験だと思っている。もちろん、俺様が全力で守りながらの経験だが。」
「なんだか親バカみたいだわん……」
「見つけました、フィリウス。」
二人の近くにある本棚の裏から、長い桃色の髪を揺らす女がひょっこりと顔を出した。
「お、でかしたぞオリアナ。何に載ってた?」
「はい、これに。」
そう言って桃色の髪の女が見せた本のタイトルを見て、赤い女は首を傾げた。
「家系……大全? 何その本。」
「えっとですね、王族や貴族、それと名門騎士の家系が初代から現在に至るまで載っている本です。サルビアさんが言ったみたいに名前を隠すようにしていたとしても、これは出生記録から起こしているモノなので、もしやと思いまして。」
「誰が使うのよ、こんな本……」
「血筋を重んじる連中が読むもんだ。ま、権力者の手にかかればこういう本ですら改ざんされていたりするが、あんな高等魔法の使い手が王族貴族の出身とは考えにくい。あるとすればやはり名門騎士。それで、どの家の者だった?」
「あ、はい……それが……」
桃色の髪の女が開いたページを覗き込んだ二人は、そこに書かれている家の名前に驚いた。
「……想像以上に大物だったわねん……彼女は何代目だったのかしら?」
「ここです。自分も知らなかったのですが、いわゆる最後の代には姉弟がいたのですね。」
「なるほど、どうりで資料がないわけだ。ただでさえ最後の代は戦闘記録が少ない上に、騎士とは関係のない家に嫁入りしたとあっちゃあなぁ。」
「すごい大発見のような気がするけど……こうして本になってるんだものねん……単純にお姉さんたちが注目しなかっただけねん。それでどうするのん? ただの同姓同名っていう可能性もないわけじゃないわよん?」
「あれだけの魔法技術とこの家系はあまりにしっくりくるからな。まぁほぼ確定だろう。そして、それを確かめる方法もある。」
「そりゃそうだけど……あなた持ってるのん?」
「持ってない。だが持ってる奴を探すことは難しくないだろう。しかし事がコトだからな、大将で確認するのは避けたいところ。やっぱり妹ちゃんか。」
「最年少上級騎士……血は争えないってやつねん。納得だわん。」
予想外の事実に大きなため息をする赤い女と桃色の髪の女だったが、男は一人、ふと違うところに注目していた。
「しかし、そんな彼女を惚れさせた農家のサードニクスってのは何者なんだ?」
第二章 階段
「ロイくんとデート……」
先生から交流祭の話を聞いてから一週間ほど経ったとある日の放課後、オレはリリーちゃんと一緒に街を歩いていた。
デルフさんとやることになったショーの練習も始まり、最近の放課後はずっとそれだったのだが……
「申し訳ない、サードニクスくん。思った以上に負荷が大きいようだ。」
デルフさんが何を謝っているかというと、ショーの際にオレが使う事になっていた小道具に関することだ。事前の打ち合わせでは、オレはデルフさんが用意した透明な棒をくるくる回し、その棒をデルフさんが魔法で光らせる事になっていた。
「何かに光を灯す事自体は難しくない。しかしそれがこれだけ大量で、しかも縦横無尽に動き回るとなると……今一つ制御が間に合わないようだ。」
今回操る棒は二十五本。ランク戦の頃は魔眼ユリオプスを使わない時の最大本数が二十二だったから、ちょっとは成長しているんじゃないかと思うが……動き回るだけでも難しいのに二十五本もあったのではさすがのデルフさんでも魔法を制御できないらしい。
「せめて棒そのものが光源を持っていれば、制御は格段に楽になるのだが。」
と、いうような会話の結果、オレはこの日、光る棒を探しに街に出たのだった。
「ねぇ、ロイくん、やっぱり着替えようよー。イマイチ喜べないよー。」
「で、でも、この格好で使うモノを探しにいくから……」
光る棒というぼんやりとしたモノを探しに行くにあたり、商人であるリリーちゃんを買い物に誘ったわけだけど、さっきからリリーちゃんはオレの隣でテンション低めに歩いている。
「ロイくんと放課後デートだと思ったのに! ロイくんてば女装しちゃうんだもん、複雑で微妙な気分だよ!」
そう、今リリーちゃんの隣を歩いているオレは女装している。ローゼルさんから借りた私服とリリーちゃんからもらったカツラと、これまたリリーちゃんからもらった、声を女性のそれにできるマジックアイテムを身につけ、オレは私服の女性――『ロロ・オニキス』として歩いているのだった。
「いつもならローゼルちゃんとかもついてくるのに、ロイくんが女装だってわかったら「うむ、行ってくるといい」とか言っちゃって! ロイくんもロイくんだよ! 女装して街を出歩くなんて!」
「も、もう慣れちゃってるから……」
「んもぅ! カツラと声を変えるそれと、今日っていうデートがおじゃんになった分で合計三回! 今度のお泊りデートの時にボクのお願い聞いてもらうからね!」
「い、今更だけどその――おお、お泊りデートってホントにやるの……?」
「…………ロイくん…………?」
「はい! やります! 楽しみです!」
「……これはねー、ロイくんの為なんだよ? ロイくんにはエリルちゃんよりもボクだっていう事を、一晩じっくり教えてあげようっていうことなの。」
一切無駄のない動きでオレの前にまわり、鼻と鼻がぶつかる距離まで顔を近づけて来るリリーちゃん。
「ボクの運命の人はロイくんなんだから、ロイくんの運命の人はボクなんだよ?」
甘く香る吐息。煌めく栗色の瞳。見慣れているはずの顔が世界で一番きれいだと思える顔に変わり、オレから呼吸を奪って心臓を鷲づかむ。
リリーちゃん――いや、リリーちゃんに限らず、みんながオレに向けて来る本気の好意を、オレは逃げずに受け止めなければならない。
考えている事がある。
オレはエリルが好きだ。それは断言できるけど――それは、部屋が一緒だからそうなったのではなかろうか。単に一番顔をつきあわせた相手だからなのではないか。もしもルームメイトがリリーちゃんだったらどうなったのだろうか。それでもオレはエリルを好きになったのだろうか。
それを考えてはいけないような気がする。考える時点でいけないような気もする。しかし恋愛マスターが運命の相手に会う事ができるようにしてくれた結果、副作用として集まる事になってしまったオレへの好意から逃げる事は……オレの願いに巻き込んでしまった責任から逃げる事と同じだと思うし、オレの疑問に答えを出せなくなってしまう。
悪く見ればとっかえひっかえ。全員を味見して一番を決めるような、ただの女ったらしかもしれない。
それでも、みんなの全てを受け止め、その上でもやっぱりエリルが好きだと言いたい。
それが、みんなへの誠意であると……そう思っている。
……今になって気づいたけど、こういう、とりあえず全員――みたいな考え、もしかしたら女好きのフィリウスの影響があるんじゃなかろうか……
「? ロイくん?」
「うん……とりあえず……ち、近いです……それと、今の『私』は女の子なので――へ、変な風に見られるような……」
「……そうだね。なんだかボクもいつもよりドキドキしないや。」
「『私』はドキドキですけど。」
するりとオレから離れ、元の隣に戻るリリーちゃん。
「ロイくんてば、たぶんボクとかローゼルちゃんとかティアナちゃんとかアンジュちゃんの好きーって気持ちを受け止めようとしてるでしょう?」
「にゃ、にゃにをいきなり!?」
「だってボクが好きなロイくんはそういう風に考える男の子だもん。でもねー、ロイくんだからこそ、それをされるとどうしようもなくなる攻撃っていうのがみんなにあるんだよ?」
さらりと決意を見透かされたオレに、リリーちゃんはこれまたさらりと言った。
「ロイくんはさ、既成事実に注意しなきゃだよ?」
「きせ――!? ちょ、みんなは何をする予定なの!?」
「きっとボクと同じ考えかなぁ。あ、ロイくん見て。」
恐ろしい爆弾を投下しっぱなしで、リリーちゃんはオレの手を引っ張ってとあるお店の前に連れて来た。
「ほらロイくん、これ知ってる?」
「…………ペンライトだね。コンサートとかで振り回す――ああそうか、確かに光る棒だ。」
光源さえあれば光量や色はコントロールできるからなんでもいいとデルフさんは言っていた。これはうってつけではないか?
「でも、こういうのが店先で売られてるって事はそういうイベントがあるって事だよね。なんかあったっけ?」
「ああ……そういえばクラスの男子が話していたのを聞いた気がするなぁ……なんとかっていうアイドルが来るとか。」
「アイドル……あ、そうか。そういえばそろそろだったね。」
「知ってるの?」
「うん。ボクはグッズとかは扱わないから大して注目してないんだけど、この国で一、二を争うトップアイドルが近々この首都でライブをやるんだよ。」
「さすが首都……『私』はそういうの詳しくないんだけど、男子が騒ぐって事は女の子なんだよね。どんな人なんだろう。」
「……ロイくんてばまたなの?」
「えぇ!? いやいや、さすがにアイドルの知り合いはいませんよ!?」
「記憶がないだけじゃないの?」
「そ、それを言われるとなんとも……むしろフィリウスに聞いた方が早いかもしれない……」
「……今度の交流祭も、他の学校のかわいー女の子がロイくん好きになっちゃってまた敵が増えるんじゃないかって心配なんだけど?」
「それは――な、ないんじゃない……かなぁ……」
「ふんわりした答えなんだから。ボク、浮気は許さない方だからね。」
ぷんぷんと、ほっぺを膨らませてリリーちゃんが一歩前に出たその時――
「あわわ、どいてくださーい!」
野良猫くらいしか通る者がいないだろう狭い路地――というか建物と建物の隙間から勢いよく誰かが飛び出してきた。
「まさか普通に女装して街に出かけるとはなぁ。」
女装ロイド――ロロがリリーと一緒に出掛けた後、あたしたちはいつものようにあたしとロイドの部屋にいた。
「それだけ女装する機会が多かったという事なのだろうが……一体ロイドくんとフィリウス殿はどんな旅をしていたのやら。」
「……この国に限らず、本当にあっちこっちに行ったみたいだし……あたしたちじゃ想像もできない文化とかルールを経験したんでしょ。男子禁制とか。」
「……いずれその村の話をきっちり聞き出さなければな。」
珍しくローゼルと頷き合ったところで、ティアナが小さな声で「あ」と言った。
「む、どうしたティアナ。」
「う、うん……えっと、そ、そんなことない……とは思うんだけど……ロ、ロイドくんが女装しちゃってて……そ、それでロ、ロイドくんの周りには恋愛マスターの副作用のせ、せいでロ、ロイドくんを好きになっちゃう人が集まる……ってことはその……じょ、女装したロイドくんを好きになっちゃう……男の子とかも出てきたり……し、しないよね……?」
「さすがに性別は超えないと思うけどー? あー、でもそっかー。世の中には同性が好きっていう人もいるしねー。」
「勘弁して欲しいが……恋愛マスターの力は女性相手のみだったとしても、女装ロイドくんは普通にそこそこ美人だからなぁ……交流祭のショーを観て一目ぼれする生徒がどこかにいるやもしれん。」
「次から次へと色恋問題ばっかりだねー。ロイドにも困ったもんだよー。」
「あんたらもその問題に含まれてるわよ……」
「一時的な気の迷い恋人のエリルくんが何か言っているが……わたしたちが苦労するくらいにロイドくん自身は色恋沙汰に積極的ではないからな。わたしたちが邪魔するなりなんなりで動けばそこまで大きな問題には――」
って言いながら、ローゼルはあたしを見た。
「――いや、しかしあのへたれロイドくんもやる時はやる男だとつい最近判明したところだったな……吸血鬼としての暴走が起きずとも寝ている彼女――仮の彼女にキスするくらいには……」
「――! か、仮とかい、一時的とかゆ、言うんじゃないわよ!」
「むぅ、これはお泊りデートのプランを念入りにしなければならないな。条件とタイミングをそろえたなら、ロイドくんにオ……オシタオサレル……チャンスもあるやもしれないしな!!」
赤い顔でムカつく胸を突き出してふんぞり返るローゼル。
「……さ、最近のロゼちゃん……ちょ、ちょっと……やらしいね……」
「同感だわ……そこの痴女といい勝負じゃないの?」
「失礼だなー。お姫様だってロイドのお布団の中で――」
「その話はもういいわよ!」
「いや、よくないぞエリルくん。それにティアナも。」
これまた胸を強調するむかつく腕の組み方でキリッと真面目な顔になるローゼル。
「好きな――大好きな相手がいるのだ。その相手と――見たり見られたり触ったり触られたりという欲求はきっと、いやらしいだのエロいだので片付けて良いモノではないはずだ! 二人にだって興味はあるだろう!」
「ば、こ、このバカ! は、恥ずかしい事を演説してるんじゃないわよ!」
「わたしは興味津々――というか求めているぞ。ロイドくんとの……あ、あんなことやらこんなこ――」
「黙んなさいよエロ女神!」
時々あるローゼルの暴走を止める為にとびかかるあたしと顔を真っ赤にしたティアナ。そんなあたしたちを眺めてアンジュが呟く。
「その欲求はあたしにもわかるけどねー。やる時はやる男なロイドでも基本がへたれだから、そこまで行くのは結構大変だと思うんだよねー。」
「ひゃぅ!」
別に普段から可愛いけど、いつもよりドキッとする可愛い――リリーちゃんの声が聞こえた。
そして――これまで偶然というか事故というか、そういう感じで意図せずして何度か体験した柔らかい感触が両の手の平に広がった。
ふにょんふにょん。
「ふひゃぁ!」
直感はしたものの、両の手をグーパーさせて確かめずにはいられなかったのは男の性というモノだろう――というか何をカッコよく思考しているんだオレは!!
「ごご、ごめん!!」
路地から通りに飛び出してきた誰かにぶつかり、オレの方に突き飛ばされたリリーちゃんを支えようと手を伸ばしたところ、背中に添えられるはずのオレの手はリリーちゃんの脇の下をくぐり抜け、リリーちゃんに押されて倒れたオレはその両手をリリーちゃんの――む、胸に当てたというか添えたというか事故です!
大慌てで魅惑の感触から両手を離し、地面に座ったままでバンザイのポーズになったオレ。そこから見えるリリーちゃんの背中は少し震えていたのだが……ふいにピタリと止まり、リリーちゃんはゆっくりとオレの方へ顔を向けた。
「…………何を謝ってるの? 女の子同士でしょー、ねぇ『ロロ』ちゃん?」
胸元を抑えながら、少し赤らめた顔でニンマリとするリリーちゃんは非常に色っぽくて反則でなんだこれは可愛すぎる――
「いったぁい……」
頭の中が真っ白になっていくのを止めたのは、そういえばぶつかってきた人がいたんだったという事実で……リリーちゃんから視線をそらすように声の方を見ると、そこには一組の男女がいた。
「ったく、だから走ると危ないって言ったんだ……大丈夫か? ケガは?」
ぼさぼさの……だけどちょっとカッコよくまとまった薄い黒髪の頭にやれやれと手をあてて呆れながらも心配そうにそう言ったのは男の方。「好青年」という言葉がしっくり来そうな顔立ちで、白いシャツに黒いズボンで黒い上着という、なんとなく制服のようにも見える格好をしているその人物は、地面にぺたりと座り込んで頭を抱えている女の方に手を伸ばした。
「うん、大丈夫……ありがと。」
伸ばされた手につかまってスッと立ち上がる女の方。リリーちゃんみたいな花飾り……ああいや、リリーちゃんのよりもだいぶ大きくて派手な……あれは髪留めかな。それで水色の髪の毛をポニーテールにしている女の子で、全身を覆う白いローブを羽織っている。
「ごめんなさい、ケガはなかった?」
「だ、大丈夫です……」
「そう、良かった。久しぶりの首都だったからはしゃいじゃ――」
「サマーちゃん?」
ローブの女の子が言い終わる前に、ふとリリーちゃんがそう言った。
「? リリーちゃんの知り合いなの?」
「知り合いって言うか、ほら、ついさっき話してたアイドルだよ。ヒメユリ・サマードレス。通称サマーちゃん。」
「えぇ!?」
アイドルなんて初めて――ああいや、小さな村のアイドルとかなら会った事あるけど、国単位で有名な人は初めて見た。
「あんまり大きな声では言わないでね……プライベート中なの。」
「プライベート中? ふぅん、サマーちゃんにも恋人がいるんだね。」
「いや、俺は――言うなれば護衛だな。もしくは荷物持ち。」
「ラクスくん、そんな風に思ってたの? あたしショックだなー。」
可愛く膨れるサマードレスさん……えっとサマーちゃん? はコロリと表情を変えて袖から短冊のようなモノを取り出した。
「ぶつかったお詫びにどうか受け取って。今度この街でやるコンサートのチケットなんだけど。」
「えぇ……『私』、こういうのには詳しくないんですけど……結構高かったような……それにチケットは争奪戦がすごいとかも聞きますし……」
「遠慮しないで、あたしが悪いんだから。」
きっと手に入れようと思ったら相当な苦労をする事になるだろうチケットをぺらりと渡し、人気アイドルとその荷物持ちは去って行った。
「……その筋に流せば結構な高値になるね、このチケット。」
「リリーちゃん……」
商売人の顔になっているリリーちゃんを見て、ふと思う。
「サマーちゃん……も大きな花の髪飾りをつけてたけど、リリーちゃんもそれをいつもつけてるよね。お気に入りなの?」
栗色の髪にいつも咲いている大きな花飾りにそっと手を添えたリリーちゃんは優しく笑う。
「これはね……たぶんお菓子のおまけか、お祭りで売ってるような安物なんだけど……『ウィルオウィスプ』の頃にちょっと仲の良かった子がくれたものなの。」
「――! ごめん……」
「大丈夫だよ。ロイくんのおかげでもう気にしてないもん。あと一応言っとくけど、その子は女の子だったからね。」
いつものように笑ったリリーちゃんは……えっと、話題が話題だからちょっとしんみりするかと思いきや、急に悪い顔でニヤリとした。
「まーでも、昔の思い出の品とかトップアイドルとかは一先ずどうでもよくてね。ボクはもっと大事なことがわかってとっても嬉しいんだよ?」
「大事なこと?」
「やーやー、うふふ、ほら、これこれ。」
そう言いながらリリーちゃんは、両手で自分の胸をくいっと上に――!!
「びゃっ!?」
「ロイくんてばさー、よく言うでしょ? そういう事してるとオレも男だからオオカミになっちゃういますよーって。でもロイくんだからねー、結局鼻血でばたんきゅーのような気がしてたんだけど……うふふふふ、ロイくんもちゃんと男の子だったんだねー。」
「あの! さ、さっきのはつい――いや、ついというかなんというか!」
「良かった良かった。吸血鬼の力の暴走とかが無くても、ロイくんにもちゃんとその気になる時があるんだね。」
「ち、ちがうんです! ちがくはないんですけど見方によってはそうとも言い切れないような気もするような――」
「お泊りの時が楽しみだね。」
「楽しみ!?」
「さっき言ったでしょ、既成事実って。」
「――!?!? そ、それは――『私』とアレ的なアレをするって――!?!?」
「……だいぶワタワタしてるのに一人称が『私』なのがすごいね……女装のプロだね、ロイくん。」
こちとらさっきの魅惑の感触と今の話で頭の中が真っ白だというのに、リリーちゃんは当然のように語って違う所に驚いていた。
「だ、だいたい――や、やらしいことをされるのって……女の子は嫌なんじゃ……」
「そういうのを直接聞いちゃうのがロイくんだね。うふふ、基本的にはそうだけど唯一人、そうならないどころかそうして欲しいって思う相手がいるって話だよ。」
「――!!」
リリーちゃんの視線に、ついさっきから赤い顔がさらに赤くなる。
「も、もう……よ、よくそそ、そういう事をさらりと言えるね……」
「恥ずかしげもなくドキドキする事を言う点に関してはロイくんの方がうわてだと思うけど……あと、ロイくんてば勘違いしてるよ?」
「なにをばぁっ!?」
突如右の手のひらに再来する魅惑の感触。見るとリリーちゃんに手首をつかまれたオレの右手はリリーちゃんの手によってリリーちゃんの左胸に押し当てられており、さっきとは比べ物にならないほどにオレの手は沈み――
「リリーひゃん!?!?」
「ボクだってすっごく恥ずかしいんだよ……? ほら……ドキドキ言ってるでしょ……?」
柔らかな感触の奥から響く鼓動は確かに相当な速さで――っていやいやいやいや!
「そ、そうれすね!」
全力で手を振りほどいたオレはそのまま一歩後ろにとんでリリーちゃんから距離をとった。リリーちゃんはほんのり赤い顔で数秒もじもじした後、すぅっと息を吸ってケロリといつもの顔に戻る。
「ところでロイくん、買い物はいいの?」
さらりと話題を変えるリリーちゃんだったが……しかし、この話題が続くと更なるやぶへびになるような気もするし、何よりオレの頭の中がいよいよアッパラパーになりそうなので、意識を本来の目的に頑張って戻す……
「そそ、そうだね! えぇっと……そ、そうだ! うん、ペンライトは良さそうだけど――こ、個人的にはもうちょっと大きいと嬉しいかな! け、剣くらいに!」
「剣くらいってなると蛍光灯になっちゃうね。ペンライトをテープとかで上手にくっつけたりとかは?」
「な、なるほど!」
その後、頭の半分以上を占めた桃色ワールドを抑え込みながら買い物をなんとかこなしたわけだが……このままでは非常にまずい。
みんなの気持ちをちゃんと受け止めると決めたが――しかし! 正常な判断には誘惑に負けない精神力が――鋼鉄の精神力が必要なのだ!
なんとかしなければ……
「にゃあああああああ!」
女装ロイドことロロとリリーがショーに使う光る棒的な何かを買って帰ってきて、デルフさんに見せてくると言ってロイドがその足で会長のとこにでかけてった直後、スタスタとロイドのベッドの方に直進したリリーはそのままダイブして――奇声をあげながら布団の中でジタバタしはじめ――ちょ、なにこれ?
「ロイくんてばロイくんてばロイくんてばーっ!」
事あるごとにロイドのベッドに潜ろうとするリリーだけど、これはいつもと違うわね……
「いきなりあんなことしてくるんだもん、もぅもぅ! 変なスイッチ入っちゃってあんなことしちゃったよー! ふぁあ……えっちな子だって思われたよぉ絶対……」
「ちょちょちょリリーくん!? 聞き捨てならない言葉ばかりだぞ!」
ローゼルが布団をひっぺがそうとするけど、ベッドの上でくるまったリリーはごろごろじたばたしてて手が出せなくて……たっぷり二、三分、奇声をあげるリリーを眺めることになった。
「……はぁ……ロイくんの匂い……」
でもって、ようやく動きを止めて顔を出したリリーはそんな事を言いながらため息をつい――ふ、布団の匂いをかぐんじゃないわよ!
「……面白い商人ちゃんが見れたけど、それよりもさっき言ってた事が気になるねー。ロイドと何してきたのー?」
「……」
何かをやらかしたっぽい事をわめいてたリリーは少ししょんぼりした顔を覗かせてたんだけど……アンジュの質問を聞くとみるみるうちに……自慢気な顔になっていった。
「ふふん……うふふふ、ボクねー……さっき街で――ロイくんに襲われちゃったんだよ!」
ばばーんと、ロイドのベッドの上で立ち上がるリ――って何て言った!?
「後ろから胸を鷲づかみにされて――やん、揉みしだかれちゃったんだよ! うふふふ!」
「な、なんだその変態の所業は! ロ、ロイドくんがそんなことするわけないだろう!」
「どーせ事故みたいなものじゃないのー?」
「んふふー、まー鷲づかみにされちゃったのは事故だけどねー。でも――ロイくんがふにふにしてきたのはロイくんの意思なんだよー! ロイくんはボクが欲しくなっちゃったんだよー、うふふふふー。やっぱり一番付き合いの長いボクなんだよ!」
勝ち誇るリリーを表現しにくい顔で見上げてたローゼルは、真っ赤な顔でハッとして――あごに手をあてて考え出す。
「ま、まてまて……後ろからなのだろう? と、ということはロイドくんは自分が何に触れているのか見えなかったはず――そ、そうだとも! つまりあれだ、真っ暗な中で触れたモノが何かを確かめる為に色々いじくりまわすのと同じ理屈だ! べべ、別にリリーくんにヨ、ヨクジョウしたわけではないのだ!」
「うふふー違うんだなーそれが。だってロイくんてば言ったもん――「つい」って! つまり何に触ってるかわかった上で――きゃー、もぅ何言わせるのー?」
「ま、まだわからないぞ! ロ、ロイドくんに聞いてハッキリさせようではないか! とと、というかおそらく――ふ、ふん、その事故にあったのがわたしでもそうなったともさ!」
だいたいローゼルが偉そうでリリーがギャーギャーする事が多いから、今は珍しく立場が逆になってるわね……いえ、っていうか――
「……そういう事故はこの前のお風呂場のみたいのもあったわけだからこの際いいとして――リリー、あんたさっき言ったわよね……あ、あんなことしちゃったって……な、何したのよあんた……」
「! そ、そっちは秘密かなー……」
急に勢いが落ちて……なぜか左胸に手を当てるリリー。
「……え、えっちな子――って思われるとか言ってたけど……ふ、普段から抱き付いたりしてんだからとっくにそんな感じに思われてると思うわよ……? い、今更何を秘密にするのよ……」
「い、いつものはスキンシップっていうか――ハグだもんね! ちょ、ちょっとだけチュ、チューよりも進んじゃっただけ――だよ! むしろロイくんてばボクに夢中になっちゃうかもね!」
赤い顔で強がるリリー。前にアンジュが言ってたけど、リリーってそういう事を言うけど本人は相当恥ずかしがってるのよね……
「ま、まぁ何をやらかしたのかはロイドくんに聞けばわかるだろう……まったく、女装しているロイドくんなら何もないだろうと思ったのは甘かったな……羨ましい……」
「ロ、ロゼちゃん……み、みんなせ、積極的だね……あ、あたしも頑張らないと……」
「む、待てティアナ。自由自在にナイスバディに変身できるティアナは反則だぞ。」
「は、初めからナ、ナイスバディのロゼちゃんの方が……ず、ずるいと思うけど……」
「あーあー、みんなしてやらしーんだからー。」
「やらしーのはしりのアンジュちゃんが何言ってるの。出合い頭にパ、パンツ見せつけたくせに。」
「あ、あれこそついっていうか……あとでさっきの商人ちゃんみたいに転がったんだからー。」
「……何でみんなして――や、やらしい方向に走ってんのよ……」
ひ、人の彼氏相手に……!
「あー、たぶんこんな流れにしちゃったのはあたしだねー。」
前よりも桃色感が増してる会話の中、アンジュがあははと笑う。
「今商人ちゃんにも言われたけど――あ、あんな感じの事したからねー。でもあたしから言わせてもらうと、お姫様たちとロイドの輪の中に割り込むにはあれくらいのインパクトが必要だったんだなーって、今となっては思うんだよねー。実際、それキッカケでロイドは――あたしを友達って呼んでくれたわけだし。」
スカートの端をつまんでひらひらさせながらそんな事を言うアンジュ。確かに、今のこの空気の元凶はこのへそ出しミニスカ女かもしれないわね。
「だけどさー、たぶんあたしがやんなくてもいつかはこんな流れになったと思うんだよねー。手をつないだらギュッとして欲しいし、キスをしたらその先をして欲しくなる……そうやってったらドンドン……まぁやらしくなってくよねー。でもさっき優等生ちゃんが言ったみたいに、それが悪い事みたいにはあたしも思わないんだー。」
リリーがぐちゃぐちゃにしたロイドのベッドから枕をつまみあげて、むぎゅっと抱きしめながらアンジュは言った。
「結局、あたしたちはロイドとイチャイチャしたいだけなんだから。」
「何度見ても驚いてしまうね。よく似合っているよ、サード――いや、ロロ・オニキスくん。」
放課後と呼べる時間も過ぎているだろう時間帯だが、ここ最近は結構遅くまでショーの練習をしているから、いつもの練習場へ行けばデルフさんに会えるかもと思ってきてみたらやっぱりだった。
「なるほど、ペンライトか。上手く装飾すれば様になるだろうね。こういう細かい事はプルメリアくんが得意そうだ。」
本番を想定してのことか、制服ではなくスーツ姿でパリッと決まっているデルフさんはかなりカッコイイ。
「カッコいいですね、その格好。」
「……トラピッチェくんのアイテムは恐ろしいな。そうやって女性の声で言われると不覚にも男として嬉しく思ってしまうね。」
「えぇ……」
「ああ、その反応はサードニクスくんだ。」
ふふふと笑ったデルフさんは足元に置いてあったカバンの中から服を取り出し――ん? 女性モノ?
「当日のオニキスくんの衣装だ。女装という事がばれないように露出は控えめに、しかし女性らしさを忘れないシルエットのドレスだ。」
「は、はぁ……こんな服、誰が用意を……?」
「企業秘密だね。」
生徒会には謎が多いなぁ……と、ぼんやりしていたら、デルフさんの表情がすぅっと厳しいモノになった。
「マルフィ。僕なりにその名前で調べてみたよ。」
スピエルドルフから戻り、そして放課後の練習が始まった初日……オレはデルフさんが探している魔人族――紅い八つの眼を持つ魔人族について話した。
オレは直接見ていないからエリルたちから聞いた話をそのまま伝えたわけだけど……デルフさんの目標と言うからてっきり正義の側だと思っていたその魔人族はS級犯罪者の一人だった。
つまりここで言う目標とは――倒すべき目標という意味だったのだ。
「アラクネという蜘蛛の魔人族であり、魔人族の国であるスピエルドルフにて指名手配された後に僕ら人間の社会に入って来た女。その戦闘能力は尋常でなく、一般人は勿論のこと、ドルム、スローン、セラームといった騎士たちでは相手にならないとされ……無謀な死人を出さない為に十二騎士以上にしかその存在が知らされていないS級犯罪者。アフューカスという伝説のような存在を除けば、おそらく世界最強の悪党。」
「……それが、デルフさんの……」
「……ああ。簡単に言えば――復讐の対象だ。」
「ふく……」
「サードニクスくん。僕は君の生い立ちを知っている。つまり……《オウガスト》に助けられる前のことを。」
「……それも生徒会の情報網ですか……」
「……まぁ、色々なツテだ。そして君なら理解できるだろう……もしも目の前に、君の家族や友人を殺した者が立っていたら……どうするか。」
「――! じゃあデルフさんも!?」
「……少し違う。が、似たようなモノだ。大切な者を奪われたという点においてはね。」
「……その奪った者が……マルフィということですか……」
「ああ……今でも鮮明に思い出せるよ。」
苦い顔になるデルフさん。きっとオレとは違い、その光景をその眼で見た……のだろう。
「……今までは幼い頃の記憶を頼りに騎士になる理由を――強くなるをワケを胸に抱いていたが……サードニクスくんのおかげでより明確になった。」
「明確……?」
「マルフィと相対するには……十二騎士にならなければならないという事だね。」
「……騎士として一番上の目標ですね。」
「他人事のように言わないでくれ。その時、同じテーブルにはサードニクスも座っているような気がしてならないのだからね。」
ふふふと笑うデルフさんは一瞬前とは別の人のようで、ころりと話題を変えた。
「そうか。ペンライトで思い出したけど、サマーちゃんのコンサートが近いのだったね。」
「! デルフさん知ってるんですか?」
「勿論。僕らと同年代であるし……そもそも、僕は彼女のファンだからね。今度生で見られると思うと今からワクワクさ。」
「コンサート行くんですか?」
「いや、チケットがとれなくてね。できれば彼女のコンサートの演出を今度のショーの参考にしたかったけれどね。」
「? でも今、生で見るって……」
「おや、サードニクスくんは知らないのだね。彼女は今年、交流祭の参加校の一つであるカペラ女学園に入学したのだよ。まぁ、二年生としてだから編入や転入と言った方がしっくりくるかもしれないが。」
「えぇ? でも――アイドルですよね……」
「彼女はコンサートで自分の魔法を演出に使っているから、その技術の向上が目的なのではないかと噂されている。同時に身を守る術を身につけられるなら一石二鳥だろうしね。」
「勉強家というか努力家というか……すごいアイドルですね。」
「ははは。サードニクスくんの恋人も、そういう点では負けていないと思うけど。」
デルフさんがアイドルに興味を持つ人だとは思わず、マルフィの件といい、ここ最近、方向は違うけどデルフさんの色々な面を見ることができた。まだ終わってないけど、ショーに参加して良かったと思――
「おかえりロイドくん。」
部屋のドアを開けると、目の前にヒンヤリ笑顔のローゼルさんが立っていた。
「た……ただいまです……」
「一先ず元の男の子の格好に戻って、少し話をしようじゃないか。」
既にカーテンの引かれている部屋に入り、オレは自分のエリアにおずおずと――うわ、なんかベッドがシワくちゃに……ま、まぁいいか……着替えよう……
「さぁロイドくん、そこに座るのだ。」
着替え終わったオレは自分のベッドに座るように言われ……み、みんなに取り囲まれた。
「聞いたぞロイドくん。リリーくんの……む、胸をその……ふにふにしたそうだな……!」
「びゃっ!? そ、その話……ですか……で、ですよね…………は、はい……」
「ここで大事なことはそれが……そ、それをそうと知った上でやったかどうかなのだ! どど、どちらなのだ!」
「ど、どちら?」
「つ、つまり――うっかり触ってしまったそれをむ、胸と知った上で手を動かしたのか、何に触れているかわからずにやったのか――という事だ!」
ものすごい質問が来た。詳しく聞かれた事で頭の中にあの時の事が詳しく思い出され……感触とリリーちゃんの顔がフラッシュバックする……ど、どっちだったかといえば……
「え、えっとそれは…………ぜ、前者です……」
「んなっ!? でで、ではロイドくんはリリーくんの胸を揉みしだこうという意思で揉みしだいたのか!!」
「れ、連呼しないで下さい!」
「でもさーロイドー。よく触ってるのが胸ってわかったねー。もしかしたらお腹のお肉かもしれないのにー。」
「ボクそんなにお肉ついてないよ!」
「う、うん、リリーちゃんはスリムだから……あぁいや、というよりは……」
「よりはー?」
し、しまった……スリムだからで止めておけばよかったのに、オレの馬鹿たれ!
「よーりーはー?」
ずずいと覗き込んで来るアンジュ……うぅ、これは言わないといけない感じだぞ……
「えぇっと……そ、その……ま、前にエリルのを――さ、触ってしまった事もありますし、お風呂場の時に……ロロロ、ローゼルさんのも――ちょちょ、直接触ってしまったりしていますので……む、胸の感触がどういうモノかわかってしまっているので……す……」
うわあぁっ、言ってしまった! 変態だぞ、オレ!
「うわー、ロイドったらやらしーんだー。」
覗き込む姿勢のままぷぷぷと笑うアンジュ……
「はい……オレはエロロイドでスケベロイドです……」
笑いながらアンジュが覗き込むのをやめて顔を引っ込めると、その後ろには腕組み体勢で顔を真っ赤にしたローゼルさんがいて……
「にゃ、にゃるほど……! スケベロイドくんのけ、経験のたまものというワケか! ふふ、普段はすっとぼけた顔をした鼻血ったれのクセに、い、いきなりそういうのが発動するのはどういう事なのだドスケベロイドくん!!」
スケベからドスケベにランクアップ――いやダウンした……
「どど、どういう事と言われますとあの――い、いつも言っているようにですね……オ、オレも男なのでそういう時にはそういう事になってしまうといいますか――ご、ごめんなさい!」
ベッドの上でしゅばっと土下座をし――ようとしたのだが、いつの間に背後にまわっていたリリーちゃんにガシッと肩を抑えられた。
「うふふー、いいんだよーロイくん。触られた――ふにふにされたボクがいいよーって言ってるんだから大丈夫だよ。ボク相手だったら、ドンドン「そういう事」になっていいからね?」
「びゃあっ! だだ、ダメですリリーちゃん! 今の話題の中でせ、背中に押し付けるのはまずいです!」
「リ、リリーくん! このハレンチ商人め!」
「とかなんとか、ローゼルちゃんだって同じ立場だったら同じようにするクセに。」
いつも以上に二人にぐいぐい挟まれて大変な事になりながら、アンジュの企み顔とエリルのムスり顔を視界におさめ――あ、あれ? ティアナが過去に例がないくらいに真っ赤ですけど……
「ね、ねぇロ、ロイドくん……か、確認していいかな……」
「はぅわ! は、はひ、なんでしょうか!」
「た、確か前に……あ、あたしたちからしたりロイドくんがしちゃったりした事は――い、今の恋人のエ、エリルちゃんにもやるって事にしたんじゃ……なかったっけ……?」
「――!!」
ハッとしてエリルと目が合った。そして――こ、これは本当にしょうがないのですけど! オ、オレの目線は下へ降りて……エリルの……胸に……
「――!!!」
「びゃ、あの、エリル、あの!」
「こ、このばかぁああぁぁっ!!!」
「おや、兄さんの武器を破壊したゴリラが何の用ですか。」
「俺様の知る限り、俺様にそこまで辛辣なのは妹ちゃんだけだな。」
田舎者の青年がルームメイトに燃やされている頃、フェルブランド王国の王城内にある国王軍専用の食堂にて夕食を食べていた青年の妹の前に筋骨隆々とした男が座った。
「武器に関しちゃ悪いと思うが、元は俺様が大将にやったモンだしな。それに、あの頃は大将も弱っちかったから自動回復の魔法を組み込ませたが、セイリオスに入った今となっちゃ過保護な感じもあるしな。ちょうどいいタイミングだったろうさ。」
「……『イェドの双子』の剣を使えばいいと? 機能は認めますけど、あんな大量殺人鬼の剣を兄さんのメイン装備にするのは抵抗があります。」
「《オクトウバ》に調べてもらったが、これと言って妙な位置魔法はかかってなかったし、大将が気にしなければオッケーだろうよ。」
「まぁそうですけど……それで、どうしてここに?」
「大将の事だから妹ちゃんにも電話とか手紙で話してるだろうが――」
「マトリア・サードニクスについてですか? 兄さんにはこれを渡していますから、一件の翌日には聞きました。」
「風魔法で遠くの奴と会話するマジックアイテムか。いいもん持ってるな。」
「これでもセラームの端くれですから。それで、彼女がどうかしましたか?」
「どうっておいおい、大事な事だろう? 今の時代にそれを出来る奴がいるかどうかっつー魔法を使って子孫を見守るおばあちゃんだぞ? それに、サードニクス家に代々受け継がせているモノがあるって話だし。」
「……正直先祖が誰でも別にどうでもいいのですが……そうですね。大昔の禍根が原因で兄さんによくない事が起こる可能性がありそうだというなら、調査は必要ですね。」
「ありありだと思うがな。」
そう言いながら、筋骨隆々とした男は分厚い本をテーブルに置き、とあるページを開いて青年の妹に見せた。
「! まさか……最後の代の分家――いえ、こちらの方は彼女で途絶えている……」
「ああ、メインは有名なこっちの家系だ。だが嫁入りして家を出たマトリアもれっきとした一員だ。」
「……何かの記述ミスでは?」
「それを確かめる方法は一つ。大将か妹ちゃんにアレを持ってもらえばいい。」
「……あるんですか?」
「都合のいい事に、この街一番の武器屋に三本の剣の内の一本がある。そこらの騎士が触らせろと言っても渋るだろうが、俺様が言えば問題あるまい。ということで、今からちょっくらデートといこうじゃないか。」
「……この後は訓練しかありませんので、予定を入れる事は可能ですが……これで「はい」と言ったらデートという事になるので嫌です。」
「難しい年ごろだな。大将はあんなんだが、妹ちゃんにはそういう話はないのか?」
「何の事ですか。」
「色のある話だ。気になる男とかいないのか。」
「セクハラです。訴えますね。」
「だっはっは。その程度の訴えなら手慣れたモノだ。ま、俺様とだけってのが嫌なら適当に誰か連れていくぞ。最近、うちのメンバーにも紅一点が――」
「スプレンデスがいるじゃないですか。」
「あれは女だが女じゃないからな。正真正銘の女性はオリアナが唯一だ。」
「……いいですよ。自分とゴリラの二人で。こんなどうでもいい事に真面目なあの人を巻き込めません。」
「オリアナ的にも興味のある話だと思うがな。今いくつだった忘れたが、あの家系が一つ増えるかもしれないんだからな。」
「自分にはどうでもいいですし、兄さんにいたってはスピエルドルフとのつながりの方が大きいですから、今更些事です。さ、とっとと済ませますよ。」
「だっはっは、違いない。」
『あらあら、ついにロイドくんに押し倒されたのね?』
「なんでそうなるのよ!」
燃やして殴り飛ばしたロイドを部屋に置いてきて、あたしは一人女子寮の外でお姉ちゃんと話してた。例の緊急連絡用のマジックアイテムを使ったんだけど、お姉ちゃんが開口一番にへ、変な事を言ったから思わず叫んでしまった。
『エリーが連絡してくるなんてロイドくん絡みだろうからてっきり。それでどうしたの? そうは言ってもやっぱりロイドくん絡みなんでしょう?』
「……そ、そうだけど……い、今大丈夫……?」
『大丈夫よー。そもそも妹の恋の相談っていうのは、姉にとって最優先事項になっているからいつでもいいのよ。まー、お姉ちゃんも恋愛の経験はほとんどないからアレだけど、とりあえず話してみなさい?』
「え、えっとね……その……さ、最近ロイドが……ス、スケベになってきたっていうかなんていうか……」
『やっぱり押し倒されたのね!』
「違うわよ! い、色々と――前よりはって事!」
『あらそう。でも――お姉ちゃん的には今までそうじゃなかった事がちょっと不思議だわ。ロイドくんの身になって考えてみて? 好きな女の子が同じ部屋にいて、カーテンの向こうで着替えてたりするのよ?』
「……た、確かに……ロ、ロイドも実は……な、なんか色々我慢してたっぽいような事い、言ってたけど……」
『あはは、そういう事をエリー本人に言っちゃうところがらしいわね。きっとその我慢してた理由って、エリーを傷つけない為とか、エリーに嫌われたらどうしようとか思ってたからって感じよね?』
「う、うん……」
『それで――そう言われたエリーはどうしたの?』
「――! べべべ、別にいいんじゃないって……」
『あらあら! んまーエリーったら大胆!』
「そ、そんなんじゃ――」
『あら? でもそれならそれで解決じゃない。あとはロイドくんとイチャイチャラブラブ――まぁあんまり過激なところまでいくのは学生の身にはちょっとって思うけど、好きなだけすればいいじゃない。それでロイドくんが最近スケベってこの話の流れだと今更…………もしかしてロイドくんが意外な性癖の持ち主だったとか?』
「違うわよ! そうじゃなくて……あ、あたし……以外の女の子にって事……よ……」
『あらあら、それだとちょっと話が変わるわね。そう、じゃあ一先ず確認するけど、エリーとロイドくんのラブラブ関係は絶賛進展中なのね?』
「ラブ――ふ、普通よ普通!」
『ふぅん? まぁお姉ちゃん、実際エリーとロイドくんがどこまで進んでるのー? なんて質問は我慢してしないわ。そして今のエリーの悩みは、大好きなロイドくんが他の女の子にやらしい事をするようになったってこと?』
「だいす――そ、そんな直接的っていうんじゃなくって……べ、別にロイドから何かをしてるわけじゃないんだけど……事故みたいのでついみたいな……そういうのが起きて、この後もありそうっていうか……」
『?? きっと今、顔を真っ赤にしてるエリーにきっちり説明してもらうのは難しそうだけどなんとなくわかったわ。結論から言うと、ロイドくんは変わってないわね。突然スケベになったわけでもないわ。』
「そ、そうなの……?」
『さっき言ってたでしょう? エリーに手を出さなかったのは我慢してたからって。つまりロイドくんは良く言うと紳士で悪く言うとへたれだけど、その内側にはちゃんとした――女の子への興味っていうのがあるのよ。それが最近、エリー以外の女の子相手にも引き出されるようになったってことは――あらあら、意外と深刻ね、これ。』
「し、深刻?」
『そうよ。つまりロイドくんと他の女の子の関係……親密度って言えばいいのかしら。そんな感じのモノが、ロイドくん的にスケベな事をしても大丈夫かなーって思えるくらいに深まったって事になるわ。あ、勿論無意識的にね。意識してやったらそれはもうスケベ魔人の出来上がりだから。』
「――! あ、あたしどうしたら……」
『どうもしなくていいと思うけど。』
「だ、だって――」
『エリー、あなたは気づいてないかもしれないし、たぶん本人も気づいてないけどお姉ちゃんにはわかるのよ。ロイドくんって、エリーにベタぼれなの。』
「ベタ――!? な、なんでお姉ちゃんにわかるのよ……」
『これでも人を見る目はあるのよ? まぁお姉ちゃんもちょっと調べてみるわ。』
「何を……?」
『この先登場しそうな女の子をよ。スピエルドルフの女王もそうだったし、フィリウスさんから七年の旅における交友関係を吐かせ――聞き出しておくわ。』
今やフェルブランドにこの人ありっていうのに数えられてるらしいお姉ちゃんが言うと迫力がある――ような気がするわ。
「お、おかえりなさいませ……」
ついでにここ最近の色々な話をしてお姉ちゃんとの通信を終え、部屋に戻るとロイドがおずおずとそう言った。
「……なんかこういうパターンが増えてる気がするわ。」
「すみません……」
つまり、ロイドがあたしじゃない誰かに何かをやらかしてあたしに謝るみたいなパターン……
「あんたは――」
ふと、さっきお姉ちゃんに言われた事が頭をよぎる。ロイドがあたしにベタ――
「――あたしの……な、なにが……どど、どれくらい……好きなの……?」
「そ、それはオレがエロロイド過ぎるからエリルへの……こ、好意――が、疑わしいということでしょうか……」
「べ、別にそんな風には思ってないわよ! な、なんとなくよ……あ、あと……ティアナがい、言ってたことだけど……や、やるの……?」
――!! だ、ば、あ、あたし何言ってんの!?
「え、えぇっと……じゅ、順番に答えますけど……その――」
波乱の後、予想外と言えばそうであるが予想通りと言えばそうでもある状況にすっとぼけた男の子とムスッとした女の子がなっている、夜もだいぶ深まった頃、とある場所にあるとある建物の大きなテーブルにバラバラ死体を並べているフードの人物がいた。
「なんでさぁ、それ。夜食っすか?」
「これを見てその質問とはな……しかし本当に何をしているのだ? 見たところ、一人の人間の部品ではないな?」
『……そもそも二人はなぜここに? 恋愛マスターを探しに行ったのではなかったか?』
テーブルの置かれている部屋が手術室のような場所であったならまだ考えが及びそうだが、フードの人物と太った男と老人がいるのはディナーを楽しむような部屋であり、そのテーブルに並ぶ腕や脚、心臓、眼球といった人体の部品が放つ場違い感を凶悪に増大させている。
「ちょっとした小道具をとりにな。ヒメサマがあっちでぐーすか寝ているからお主はどこにいるのだろうと思ったらこの有様だ。興味がわいて当然であろう?」
『まぁ、確かに。早めに言っておくが、これを食べると最悪死んでしまうぞ、バーナード。』
「え?」
少しよだれを垂らしている太った男がマヌケな顔をフードの人物に向ける。
「残念でさぁ……見るからに上等なのに。どれもこれも内側から力がにじみ出てるでさぁ。」
『さすが、よくわかるな。ああ、ちなみに空腹だというならザビクがよく使っていた部屋に行くといい。置き土産がある。』
「なんでさぁ?」
『《ジューン》が中心に対応しているが、ザビクが死んだ事でザビクが生命力のストックとしていた人間にかけていた魔法を解除できるようになったことは知っているか?』
「え、術者が死んでも勝手に解除されないほどに強力な魔法だったんでさぁ? はぁー、そこら辺はさすがでさぁ。」
『大多数は自分が魔法にかけられていた事も知らなかったわけだが、それとは別に確実な確保を一定数していたのだ。閉鎖空間で天国のような監禁生活を与えてな。』
「矛盾しているが……いや、ザビクの幻術を使えば可能か……もしや、その一定数のストックがその部屋にいるのか?」
『その場所に至る入口がある。ストックの魔法同様、監禁に使用されていた魔法も切れていない。正直、そこに住んでる人間の処理に困っていた。』
「迷惑な置き土産だな。そんな生贄専用の人間ではワレの実験にも使えぬだろう。」
「女とか子供もいるでさぁ?」
『子供はわからないが、男女比は同等だったな。』
「わかったでさぁ。」
そう言うと、太った男はのしのしと部屋から出て行った。
「……それで、それはなんなのだアルハグーエ。」
『アフューカスのおもちゃだ。数百年前、今のケバルライやバーナードと同じ立場にいた悪党連中にちょっとした力を与えた事があってな。その内の、子孫経由で現代まで残ったモノがこれだ。』
「ほう。きちんと子供を作る悪党もいたというわけか。」
『組織的な悪党ならよくやっている。今のメンバーは個人経営が多いようだが。』
「ワレは作っているぞ、子供。」
『初耳だな。所帯持ちだったとは。』
「そうではない。より正確に言えば、ワレのみでワレ好みに、という意味だ。」
『なるほど。』
「それで、このおもちゃをどうするのだ? 回収して捨てるだけならワレが欲しいところだが。」
『捨てるだけなら回収はしない。目的ありきだ。』
「ふむ、もっとも――」
そこで老人が言葉を止めたのは遠くの部屋から悲鳴が聞こえたからであるが、少し顔をあげただけで、二人は会話を続けた。
「なにやら、ヒメサマには悪巧みがあるようだな。」
『悪だからな。』
「くく、是非とも、ワレらを殺す前にそれを見せて欲しいものだ。」
『随分と気楽だな。』
「ザビクが死に、ヒメサマとお主を除けば最年長のワレが思うに――」
くるりと背を向け、扉の方に向かいながら老人は言った。
「優れた悪党は、その終わりを迎える事がとても難しいのだ。」
お風呂場の一件を除けば過去最大の状況だったと思うのだが、妙にスッキリというか、あたたかい心持ちというか……これが愛なのだろうか。
「今日は動きにキレ――いや、艶かな? なにかいい事でもあったのかな?」
「いや――いえ、はい。そうですね。」
最近は朝の鍛錬を欠席してデルフさんとショーの朝練にいそしんでいる。ずばり言い当てられたオレは、しかし正直に話すわけにもいかないので……もともと今日話す予定だった事を話した。
「実はこれが。」
「おや、サマーちゃんのライブのチケットだね? それも……おお、一番いい席じゃないか。どうしたんだい?」
「えぇっと――リリーちゃんのツテというかなんというか……リリーちゃんが欲しく手に入れたわけじゃないけど手に入っちゃったと言いますか……」
「ふむ? まぁ詳しい事は聞かないでおこうか。」
「は、はい……で、でもリリーちゃんはアイドルに興味がなくて、オレは行ってみたいから一枚はもらったんですけど、もう一枚の貰い手がいなくて……」
「ははぁ、なるほど。ロイドくんとデートとあれば『ビックリ箱騎士団』の面々で奪い合いだろうけれど、今回はアイドルのコンサートだからね。ロイドくんと一緒に可愛い女の子を見に行くのだから、相当に微妙なデートになってしまうね。」
「そ、そんな感じのような感じ――です。だ、だからデルフさんに一枚をと……」
「や、これは素直にうれしいね。魅せ方の研究も兼ねて一緒に行こうか。明後日――交流祭の前々日だからちょっと遅いかもしれないけれど。」
「それでもいかないよりは。それに単純にアイドルに興味がありますから。」
「そうか。なら……うん、あとで届けさせるよ。」
「? 何をですか?」
「予習用の教材だね。」
あんなことをした次の日なのに、普通に――いえ、いつもよりもいい雰囲気でロイドにおはようと言えたのはなんでなのかしら……ま、まぁいいことだわ。
「やはり、おれの格闘術はクォーツさんの『ブレイズアーツ』と相性が良いようだ。攻めの姿勢と炎の爆発力は方向性が同じだからな。」
最近はロイドが欠席してる朝の鍛錬で、首輪付きのカラードがそう言った。
「……性に合ってるっていうのは確かにあるわね。あんたはこれ、誰に習ったのよ。」
「そうだな……ざっくり言えば、運がなくて活躍の場を得られなかったものの、その実力は本物であるとある騎士に。」
「なによそれ。」
「ふふ、しかしおれの師匠も驚くだろう。おれに叩き込まれた体術が十二騎士の体術とこうして融合していっているのだから。」
きゅっきゅっと足を動かし、ロイドの体術の基本の動きをなぞるカラード。
「直線的なおれの体術と円を描くロイドの体術では相性が悪いかとも思っていたのだが、うまくいくものだ。ロイドに新しい力をありがとうと言われたが――こちらこそだ。これで、おれはまた一歩理想の正義に近づいた。」
「そういえばブレイブナイト、君のルームメイトのアレキサンダーくんもこっちに来られそうという話がこの前あったが、どうなったのだ?」
カラードがいる事で、大抵カラードと一緒にいるアレキサンダーもあたしたちの……輪っていうのかしら。そういうのに入る機会が多くて、だから朝の鍛錬も一緒にどうかって事で寮長さんに話してみるって事になってたんだけど……
「ああ、あれか。おれと同じように首輪をつけてという事自体はオーケーなのだが、いかんせんそろそろ人数が多いのではと指摘を受けた。」
「むぅ、確かにな。これはいよいよ部活としての申請と活動の場が必要になってくるな。」
「ああ。特にアレクが得意とする強化――それも瞬間的に爆発的な強化を行うあの技を皆で学ぼうと思ったら庭に穴があいてしまう。」
「しゅ、瞬間……的な、きょ、強化……?」
「マリーゴールドさんとの試合では完全にペースを持っていかれていたし、近距離戦にはならなかったからいまひとつ発揮されなかったが……アレクの特技はそれなのだ。」
「具体的にはさー、どんなふーにすごいのー?」
「そうだな……瞬間的に強化魔法を集中させる事で攻撃がヒットする瞬間のみ、カンパニュラさんがクォーツさんとの戦いで受けた『メテオインパクト』クラスの威力を攻撃に持たせることができる――という感じか。場合によっては連発できる。」
「げー、あんなのがー?」
「変な顔であたしを見るんじゃないわよ。」
……なにかとロイド絡みでドタバタするけど、このメンバーでお互いに強くなっていけるっていうのは結構いい環境だと思う。
高度な体術を使う者、工夫をこらした魔法を使う者、珍しい武器を使う者、滅多にないトリッキーな戦法の者……みんなでそろって模擬戦を繰り返すだけでたくさんの経験を得られるし勉強になる。
ランク戦からしばらく経った今、あれから自分がどれだけ強くなったのか……交流祭で確かめていきたいわね。
「……交流祭にも、色んな特技を持った奴が来るんでしょうね。」
「おやエリルくん、いつからそんな戦い好きに?」
「そんなんじゃないわよ……」
「まぁ時期も時期だし、そもそも毎年のイベントだからな。最近他校の噂をよく聞くが……どの学校にも猛者がいて、やはり生徒会長が強いようだ。」
「や、やっぱりほ、他の学校にもあるんだね……生徒会……ふ、二つ名とかも、う、うちの『神速』みたいに強そうなのかな……」
「確かプロキオン騎士学校の生徒会長は『女帝』だったな。」
「強そうじゃなくて偉そうだねー。商人ちゃんは他校の情報とか持ってないのー?」
「ボクは情報屋じゃないもん。でも『女帝』でもなんでもいいけど、なんだかんだうちの生徒会長が一番強いんじゃないの? だって二年連続でセイリオスが一番なんでしょ?」
「おれはそうは思わないな。特に今年は。」
神妙な顔で腕を組むカラード。
「要するに、会長と同世代の他学校の面々は一度も一番になった事がないわけだろう? 今年が最後のチャンスとあれば、最後くらいは勝利したいじゃないか。特に、現在会長と同じ立場――他校で会長をやっている者のモチベーションや気合は相当なモノだと思うぞ。」
「おしお前ら、準備は万端か!」
ここにも気合の入ってる人がいたわ……
「先生、テンション高いですね。」
「何言ってるんだサードニクス。交流戦――ああいや、交流祭が目の前なんだぞ? 大きく括れば学校同士の戦いであり、小さく見れば生徒同士の戦いなわけだが……中くらいで見ると私ら教師の戦いなんだ、そりゃテンションも上がる。」
「あー……そうか、そうなりますね。教え子同士の戦いですもんね。」
「中には交流祭でうちの学校が一番になったら飯をおごるとかいう約束をしてる先生もいるくらいだ。」
「もしかして先生もご褒美を?」
「私がやるならそっちとは逆だな。」
「えぇ?」
「一番になれなかったら罰ゲームってのでどうだ?」
「嫌ですよ……」
……今思ったけど、先生って……いえ、ロイドが話しかけるからそうなるのかもしれないけど、二人ってよくしゃべってる気がするわ。
「ま、この前も言ったがいい勉強になるからな。戦いは強制ってわけじゃないが、教師としてはオススメして――」
「おーおー、ホントに教師してんぞ!」
突然教室のドアが開いて、誰かがそんな事を言いながらずかずか入って来た。
「あっはっは、スーツ姿が似合わない事この上ないな!」
「? グロリオーサ?」
先生が半分驚いて半分困惑って感じの顔を向けたその人物は、男らしさがにじみ出るオシャレっぽい女だった。ショートカットの黒髪にギザギザの模様が入った中折れ帽子を乗せ、ボタンを一、二個外したシャツに緩めのネクタイを通してジャケットを羽織り、下は七分くらいのクロップドパンツにハイヒール。パッと見、街を颯爽と歩くカッコイイ女って感じなんだけど……なんていうか、獲物に狙いを定めたい獣みたいな鋭い眼と妙に尖って見えるギラリとした歯が、この女が普通の女じゃないって事をアピールしてる。
「そういや軍の服着てないルビルは初めて見たかもな。」
先生からあたしたちへぐるりと首を動かした女は、あごに手を当ててふむふむうなる。
「あー、やっぱ白い制服ってカッコイイな。うちの校風にも結構合うと思うんだよなぁ、どう思う?」
「……どうでもいいし、これから授業なんだが。」
「おー、まるで教師みたい――っと、教師だったな。いやなに、すぐにすむ野暮用だからちょっとだけいいだろ?」
「交流祭まで待てないのか?」
交流祭? ってことはあの女は……学生なわけないから、他の学校の先生とかなのかしら。
「別の用事でこっちまで来たんでな。ついでだから交流祭の前に話をしとこうってわけだ。どうだルビル、一つ勝負をしないか?」
「お前と私が?」
「勿論、教師としてな。互いの教え子の力を競うのさ。」
言ってる傍からってやつね……教え子同士のバトルをしようって話だわ。
「……最終的な各校のランキングで勝負か?」
「いや、そうじゃない。教師の実力ってのはクセのある生徒相手の時こそ、その指導力が試されるもんだろう?」
「……平凡な奴を実力者にするのも大事だと思うが……」
「そりゃ確かだが勝負としちゃ地味でつまらないだろ? ちょうどいいのがうちにもそっちにもいるんだよ。聞いてんだぜ? セイリオスには何かと話題の尽きない新入生がいるってな。」
「あー……」
直接見はしなかったけど、先生の意識は教室の一番後ろであたしの隣に座ってる奴に向いた……気がした。
「これまた話題の尽きない十二騎士、豪放磊落にして確かな最強の一角――あの《オウガスト》が長年隠してた弟子! 『コンダクター』って呼ばれてんだろ? そいつとうちのを戦わせようぜ!」
あぁ、完全にロイドだわ……
「…………ちなみにお前のクセのある生徒ってのは?」
「ああ、あたしの弟だ。」
「はぁ? 部外者を交流祭に参加させる気か?」
「んん? 何言ってる、ちゃんとしたうちの生徒だぞ。」
「いや、お前のとこ女子校だろう。」
「無理やりねじ込んだ。わが校初の男子生徒ってわけだ。」
「無茶苦茶だな……そうまでして自分の学校に入れた理由ってのがその「クセ」なわけか?」
「ああ。一年の時は別んとこ通ってたんだが、ある能力が目覚めたんでな。あたしが指導する為にカペラに引っ張った。」
どうやらあの女はカペラ女学園の先生みたいね。でもって彼女の弟が……無理やり女子校に転校させられたって話よね……今のだと。
「一年の時? おい、それじゃあそいつは二年生って事か? 『コンダクター』は一年生なんだぞ?」
「勝負にならないってか? でも教えてる人間が元国王軍指導教官なんだぞ? 対してあたしはただの校長先生……ちょうどよくないか?」
こ、校長!? じゃああの女、カペラ女学園の校長なの!?
「『豪槍』のグロリオーサがよく言う。まぁ、最終的には本人次第だが……その能力ってのは? 魔眼か?」
先生の質問に待ってましたと言わんばかりのニヤリ顔を返した女はこう言った。
「あたしの弟、イクシードだったんだ。」
? いくしー……?
「……三人目か。」
よくわからない単語だったけど、先生の顔はかなり真剣だった。
「ああ、興味あるだろ? なぁやろうぜ、勝負。」
「……さっきも言ったが本人次第だ。貴重な経験になるって事は認めるがな……」
「多少の脈有りなら今は上々だ。当日に返事を聞かせてくれ。」
「返事って……お前の事だから勝ったらどうとか言うんだろう? 先にそれを聞いておかないとな。」
「ふふ。あたしとしては、うちが勝ったらルビルをうちの教師に迎え入れるってのを勝利報酬にしたいところだ。」
「馬鹿言え。」
「そうあっさりと断られると傷つくな……ま、考えておいてくれ。」
「じゃあお前も、うちが勝ったらこっちに来て教師やることを考えておけ。」
女がきししと笑いながら教室から出ていくのをやれやれという顔で見送った先生は、くるりとその顔をロイドに向けた。
「だとさ。」
「えぇ……」
見るからに嫌な顔をしたロイドはしぶしぶ顔で先生に質問する。
「……で、先生。イクシードって何ですか?」
「なんだ、やる気満々か?」
「いやぁ、そりゃあ折角の交流祭ですから、きっちり三回戦ってみようと思ってますし……もしかしたら偶然たまたまさっきの人の弟さんと戦うかもしれませんし……」
「そうだな。ま、グロリオーサの話は気にすんな。何かと勝負勝負うるさい奴なんだ。」
「同じ槍使いだからですか?」
「歳が近いのもあるな。そのせいで昔は――まぁいいや。イクシードについてだったな。ありゃとある体質を指す言葉だ。」
「体質?」
「第十二系統――時間魔法を使える奴はそれ以外の系統を使えないだろ? だけど稀に使える奴がいて、その体質を――確か、時間の檻を超える者みたいな意味合いでイクシードって呼ぶようになったんだ。グロリオーサの話が本当なら、あいつの弟は歴史上三人目のイクシードって事になる。」
「えぇ、それって反則じゃないですか。全部の系統を使えるって事ですよね?」
「いや、そうはならない。使えるっつってもせいぜい一つか二つ…………いや……でも前例が二人だけだからなぁ……もしかしたらサードニクスの言うように全系統を使えるのかもしれない。」
「反則の可能性があるんですね……」
「そう身構えるもんじゃないだろ。それに、お前は史上二人目の曲芸剣術の使い手なんだからレア度で言ったら上だぞ?」
「いや、レア度は関係ないですよ……」
「グロリオーサ・テーパーバゲッド。通称『豪槍』。わたしのような、第七系統を得意な系統とする女性騎士なら誰でも知っている人物だ。どこかの学校の校長というのは聞いていたが……カペラ女学園だったとは知らなかった。」
授業と授業の合間、毎回前の席から一番後ろのあたしたちの席までやってくるローゼルがさっきの女について話した。
「水や氷の魔法というのは綺麗なモノが多いのだが、『豪槍』のそれはその名の通りの豪快さで、火も無いのに爆発が起きると聞く。」
「どういう魔法よそれ……でもここと同じで名門って言われてるカペラ女学園の校長なんだからそれくらいはできそうだわ……」
「でもカペラってお嬢様学校だよ? 前にセイリオスと同じような商売の契約をしようと思った時も、身分のよくわからない人はお断りって門前払いだったし……そんな学校の校長があれなの?」
「お嬢様学校ではなく、お嬢様学校風の騎士学校という表現が正しいな。あくまで騎士の学校であるわけだから、やはり校長にはあれくらいの人物が適任なのではないか? 確かカペラのモットーは「男に負けるな」だったしな。」
「えぇ……」
「男女平等の世の中とはいえ、騎士の世界にも男社会の名残はある。そんな中でも立派にやっていく強い女性騎士を育てる場所がカペラなのだ。ついでに淑女の立ち振る舞いも教えて一人前のレディーにもする。」
「ああ、それでお嬢様学校なのか……でもそれなら……どうしてみんなはカペラに入らなかったの?」
「騎士の学校としてはやはりセイリオスが一番だからな。それに、この多感な時期に一切出会いのない女子校というのはどうなのだろうと思ったのもある。」
パチリとロイドにウィンクするローゼル……
「……あたしも、騎士になるならセイリオス一択だと思ってたわ。」
「あ、あたしは……ちょ、ちょっと……首都にあるっていうのが……いいなぁって……」
フィリウスさんに放り込まれた口のロイドがほほーっていうまぬけ面をしてる横で、ふとリリーが呟いた。
「……あれ? 今思えばカペラの対応が普通だよね……ボクって親無し家無しの孤児みたいなもんだし……なんでここの学院長はボクが商売するのを許可してくれたんだろう?」
五年前に今の《オクトウバ》が壊滅させた、第十系統の位置魔法の使い手だけで構成された暗殺者集団『ウィルオウィスプ』のメンバーだったリリーは親を知らないし、当然家もない。
……これ関係の話って、リリーにとっては聞きたくないし聞かれたくない部類の話のはずだったんだけど……ロイドに聞かれた時点で吹っ切れたっていうか、ロイドが気にしなかったからどうでもよくなったのか……割と普通に話題にできるモノになったのよね……これ。
「リリーちゃんの商人としての腕を買ってくれた……とか?」
「ほとんど二つ返事だったよ?」
「……もしくはあの校長の事だ、こうしてリリーくんが生徒になることを見越していたのかもしれない。」
「にゃあ、校長先生って予言とか予知の魔法も使えるらしいからね。」
最近、話してる途中でいつものメンバーじゃない誰かが話に入って来ることが多い気がするわ。
「カルク? どうしたの?」
あたしたちの傍にいつの間にか、相変わらずネコの耳みたいなくせっ毛と謎の尻尾をスカートの中から伸ばしてる、放送部員にしてあたしたちと同じAランクのカルクが……なんか大きな箱を持って立ってた。
お昼を一緒に食べたりはあんまりしないんだけど、ランクごとに分かれる授業の時は一緒だからそこそこしゃべる。
「にゃぁ、おつかいだよ。部長が持って行ってって。」
「部長っていうと……えぇっと、放送部の? ということはアルクさん?」
「そう。生徒会長から頼まれたからあたしに渡して欲しいって。」
「えぇ? アルクさんがデルフさんに頼まれたの?」
「部長って、生徒会の広報担当でもあるからね。」
「へぇ。ありがとう。」
「うん、また授業でねー。」
ひらひらと手を振って教室を出ていくカルクを、少し不思議な顔で眺めるローゼルが呟く。
「そういえば彼女はロイドくんに惚れないな。」
「な、なに言ってるんですかローゼルさん!」
ローゼルの呟きにワタワタしながらカルクが持ってきた箱をあけるロイド。全員で箱の中を覗くと、そこには予想外のモノがどっちゃりと入っていた。
「む? なんだこれは? 何の機械だ?」
「ガ、ガルドの……機械だよ……お、音楽を聴く為の……」
「ほう、こっちで言う所のメロディクリスタルか。」
物珍しいそれを手にしてあちこち触るローゼルにリリーが説明する。
「そっちの円盤がCDで、その機械がプレイヤー。フェルブランドは魔法でなんでもやっちゃうから水晶の中に音楽を録音する形が一般的だけど、世界レベルで見るとこっちの方が主流だね。ちなみにこのCDは――サマーちゃんのCDだね。」
「ん? リリーくんとロイドくんがゲットしたというチケットの? そのアイドルの曲の入ったしーでぃーとやらが何故にロイドくんの元に?」
「……今日の朝練の時に話してコンサートにはデルフさんと行くことになって……その前に予習が必要だからって、何かを届けるとは言ってたんだけど……」
「コンサートの前にサマーちゃんの曲を聞いておこうって事だね。でもロイくん、これサマーちゃんのCDが全部入ってるよ? おまけにラジオのCDもあるし……わ、写真集まであるよ?」
「……もしかしてデルフさんって、サマーちゃんの――すごいファン……?」
第三章 コンサートと生徒会長
「デ、デルフさんですか?」
「おや? なにかいつもと違うかな?」
「だいぶ違いますよ……」
「そうかな。女装姿のサードニクスくんには負ける気がするけれど……そういえばどうしてその格好で?」
「え、あ、いや……ショ、ショーの参考としても見るわけですから、この格好がいいかなぁと……」
「なるほど。」
本当はチケットをもらった時の格好がこれだったからなんだが……いや、それよりもデルフさんの格好だ。
いつもはすとんとおろしている銀髪をお風呂の時のように後ろで結ん――でいるところはいい。パリッとした白いシャツにすらっとしたズボンもいい。そんなデルフさんらしい私服の上に羽織っているのが……ハッピなのだ。青を基調とした派手なモノで、背中にでかでかと「サマー」と書いてある。しかもそのハッピの内側には大きなうちわと沢山のペンライトがしまってあって……話でしか聞いた事ないけどこれはつまり……デ、デルフさんはやっぱり……
「ところでオニキスくん、CDは聞いたかな?」
「あ、はい。」
「どの曲が良かった?」
「えぇっと『ストロベリーポップ』っていうのが――」
「おお、六つ目のシングルだね? という事は『キャラメル』や『バタフライ』も好みだったんじゃないかな?」
「は、はい、そうですね……」
「そうか、オニキスくんはそっち系が好みなのだね。」
稀に見るウキウキ顔のデルフさんは、ポケットから懐中時計を取り出してむむっという顔になる。
「貰い物とはいえ、サマーちゃんのライブの一番良い席のチケットを持っているのだから、誰よりも先に会場に入るのが心得というモノだ。いくぞ、オニキスくん。」
「ふぁ、ふぁい。」
立地的には街の外の草原の上で、本来なら何もない場所なのだが……今に限ってはお祭り騒ぎだった。尋常じゃない数の人間に臨時の売店、そして巨大なステージ……アイドルのコンサート会場というモノに初めてやって来たけど……想像以上だな、こりゃ。
「あー、オニキスくん、こっちだ。」
もはや入口もよくわからないオレはデルフさんに引かれるまま人込みの中を突き進み、気がついたらチケットに書かれた席の前に立っていた。
「うむ、やはり良い席だ。」
「ステージの目の前ですね……え、えぇっとデルフさん、『私』こういうの初めてなんですが……な、なにか作法があったりしますか?」
「あるにはあるけれど、初めての人に強要はしないよ。より盛り上げたい、盛り上がりたい人がそういうのを気にするだけだからね。」
「は、はぁ……」
「デルフさん!?」
遠くの方から声が聞こえたのでそっちに顔を向けたら、声の主は一瞬でデルフさんの目の前にやってきていた。
「こ、来れないのではなかったのですか!?」
「思いがけずチケットが手に入ってね。しかし既に不参加と伝えてしまっていたから、今日は一人のファンとして参加するつもりだよ。」
「そんな! デルフさんがいれば自分たちはさらに――」
「それに、今日は初めての人を連れていてね。」
謎の超高速移動を披露した人物はオレの方にシュバッと顔を向けた。
「おお! サマーちゃんの魅力にまた一人! なるほど、これも大切な事ですね! 次は是非ご一緒に!」
「うん。」
デルフさんが頷くと同時に視界から消える謎の人物。オレはおそるおそるデルフさんに尋ねた。
「えぇっと……今の人は……あとデルフさんは何者なんでしょうか……」
「どちらもサマーちゃんのファンだね。」
「そ、それはそうでしょうけど……」
「お、来てくれたんだな。」
入れ代わり立ち代わり、今度は――ああ、サマーちゃんの荷物持ちの人だ。この前と同じ、制服みたいな……ああいや、たぶん制服だ、どこかの学校の。よく見たら襟のあたりに校章がある。
「ど、どうもです。」
「ん? 茶髪の子はいないのか?」
「あー……はい、ちょっと用事が。代わりにサマーちゃんのファンだという知り合いを。」
荷物持ちの人の目線がデルフさんにうつる。
「……まぁ……確かにファンだろうがそれ以上だな……まぁいいか。来てくれて良かった。ヒメユリのやつ、一人でも多くの人に聞いて欲しいっていつも言ってるから。」
「はい。」
「ラクスさん! 何をさぼっているのですか!」
……また誰か来たなと思ってそっちを見ると、どこかの制服姿の荷物持ちの人――ラクスさん? はまだギリギリ良いとして、同じく学校の制服っぽいんだけど明らかにお嬢様学校のそれっぽいのを着ていてこの場所に合ってない金髪の女性がツカツカと近づいてきていた。
「別にさぼってないんだが……」
「いいえ、わたくし見ましたわ! そこの女性をナ、ナンパしてらしたでしょう! 全く見境のない!」
うちの女子の制服とは違う、もっとふんわりしたスカートで……えぇっと、知っている単語で言うとパレオ……みたいな布がかぶさっている。落ち着いた紺色を基調とした制服にくるくるとらせんを描いている金髪が映えるその女性は、キリリっとした顔立ちを一層キリッとさせ、その青い瞳でラクスさんを睨む。
「普通に話しかけてただけだ。それに初対面ってわけでもないし。」
「な!? またあなたという人は次から次へと女性をたぶらかして!」
なんだろう……オレのこころにグサリと来る言葉だな……
「おや、ポリアンサさん。こんなところで一足早くお会いするとは。」
オレとラクスさんの会話を聞いていたデルフさんが追加で登場した金髪の女性にそう言うと、女性は目を丸くした。
「『神速』!? な、なぜあなたがここに……というかその格好――あなたヒメユリさんのファンクラブ会員だったのですか!?」
「ええ。」
そう言ってデルフさんが取り出したカードには数字の四が書いてあった。
「一桁代? おお、そりゃ筋金入りのヒメユリファンだな。」
カードを覗き込んだラクスさんが驚く横で、金髪の女性はふらりと姿勢を崩しながら額に手をあてる。
「あぁ……セイリオス学院始まって以来の天才と噂される『神速』がアイドルのファンクラブ会員だったなんて……」
「誰にでも好きなモノはありますよ。」
にこりと笑いながら、デルフさんは金髪の女性をオレに紹介する。
「こちらプリムラ・ポリアンサさん。明後日から始まる交流祭に参加する学校の内の一つ、カペラ女学園の生徒会長を務めている方です。」
「えぇ!?」
オレが驚くと、金髪の女性――ポリアンサさんはコホンと咳ばらいをした。
「初めまして、プリムラ・ポリアンサです。そして――ラクスさん、そちらのファンクラブ会員はセイリオス学院生徒会長、デルフ・ソグディアナイトです。」
「え、あの噂の?」
ほへーという顔でデルフさんを見たラクスさんは、少し姿勢を正して自己紹介をした。
「あー、俺は……えっと、わけあってカペラに転校したというかさせられたというか……ラクス・テーパーバゲッドだ。よろしく。」
テーパーバゲッド! という事はこの人が――えぇっと、カペラ女学園の校長のグロリオーサさんの弟さんで、史上三人目のイクシードっていうやつか!
「そっちが会長さんってことは、あんたもセイリオスの?」
「あ、『私』は……は、はい。ロロ・オニキスと言います……」
あぁ……一人だけ偽名で自己紹介してしまった。しかし実は女装なんですなんていきなり言えないし言われた方も困るしなぁ……
「そうか。いまひとつ話が見えなかったのだけど、テーパーバゲッドくんはカペラの生徒だったのだね。妙にサマーちゃんに馴れなれ――親しげだったから。」
……あれ、なんかデルフさんの笑顔が怖い……
「あー、なんかヒメユリが自分の護衛をしろって言うから最近色んな事に付き合わされてんだ。やれやれ。」
「ま、まったく、そうは言っても近頃ヒメユリさんとベタベタし過ぎだと思いますよ!?」
「プリムラだって生徒会の仕事だーって言って俺に色々やらせるだろう?」
「そ、それは……そうですけど……」
くるくると巻かれた髪をくるくるといじるポリアンサさんは少し顔が赤かった。
「ま、お互いにまた交流祭で会うんだろ? とりあえず今日はヒメユリのコンサートを楽しもうぜ。」
「わ、わかっています! だいたいラクスさんがさぼるから……」
「だからさぼってないって……」
ポリアンサさんに引っ張られて遠ざかっていくラクスさんの姿が若干、レイテッドさんに引きずられるデルフさんと被った。
「生徒会ってどこもあんな感じなのかな……」
「どういう意味だい?」
「いやまぁ……そ、それよりもデルフさんはファンクラブの人だったんですね。」
「うん。デビュー前からファンなんだ。だから……サマーちゃんの自由だという事はわかっているのだけど……」
すぅっと、マルフィの話をする時のような鋭い眼でぼそりと呟く。
「……ラクス・テーパーバゲッドか……」
「サマーちゃんのコンサートでちょっと人が少ないから、プレオープンみたいな感じでいいタイミングなんだよね。」
ロイド……っていうかロロと会長がコンサートに出かけた放課後、リリーが購買を開店するっていうから、あたしたちは細かい事を手伝わされてた。
なんかもう店の前には何人かの生徒が並んでるけど……元々定期的に来る商人って事でリリーの評判は高かったわけだから、生徒の期待も大きいのかしら。
「あ、そうだエリルちゃん、聞いておきたいんだけど。」
「なによ。」
「ボクがロイくんに襲われちゃった日の夜、ロイくんと何かした?」
「は!?」
あやうく運んでた荷物を落としそうになった。
「ティアナちゃんが言ったでしょ? ロイくんとエリルちゃんが決めた仮恋人のルール。」
「か、仮じゃないわよ……! べ、別に……いつも通りよ……」
「ほう……「何もない」ではなく「いつも通り」か。ほうほう。」
「う、うっさいわね! 開店するんでしょ!」
「……ま、まさか……ほ、本当にお、同じ事を……?」
「知らないわよ!」
「エリルくん?」
「ふーん、やっぱりロイドもやる時はやる男の子なんだねー。まー、その内本人から聞き出せばいーけど……ちなみにお姫様の感想はー?」
「かん――なんのことだかわかんないわね!」
誤魔化しが通じない雰囲気になってきたわ……ど、どうしたら――
「おおー、ようやくオープンか。」
開店準備中のリリーの購買で割とピンチだったあたしを救ったのはひょっこり現れた先生だった。
「どんなモノ売るんだ、トラピッチェ。」
「え、まさか商品のチェック?」
「んなつもりはない。ただ、商売上手なお前のことだし、きっと教師も興味を持つようなモノを置いてるんじゃないかと思ってな。」
「まぁちょっとは……」
商品のラインナップを眺め始めた先生は、ふととあるモノを手に取った。
「これなんかは興味ある教師もいるだろうな。」
先生が手にしたのは腕輪。イメロをはめ込む事ができるタイプの。
イメロ――イメロロギオは、正式な騎士の学校で教育を受けた証明であり、騎士の証。加えて……いえ、加えてって言うかこっちが本来で、魔法の威力を増大させる道具。
自然の中にあるマナとは違う、一つの系統にのみ使えるマナを生み出す道具で、例えば火のイメロから生まれた火のマナを使うと、第四系統の魔法は小規模な魔法でも戦闘において十分な威力を発揮する魔法になる。
魔法は使う度に身体に負担がかかるから、ちょっとの負荷で大きな魔法が使えるっていうのはかなり便利で……逆に言えば危険な代物でもあるから騎士にしか与えられないし、その騎士専用のイメロにしちゃう魔法をかけるから他人には使えない。
……今思うと……S級って言われるあの連中はこのイメロを持ってないはずなのにイメロを持ってる騎士を圧倒するんだからとんでもないわね……
まぁ、それはそれとして、大抵の騎士はこのイメロを自分の武器に取り付ける。イメロにマナを生み出させるには……例えばあたしの火のイメロならイメロに火を与え、ロイドの風のイメロなら風をあてるっていう行為が必要で、だから火をまとったり風を起こしたりする武器に取り付けるのが効率がいい。
だけど中にはアンジュみたいに魔法をメインにするタイプ――武器を持ってない騎士もいたりする。そういう人たちがイメロを身につけるのに使うのが、今先生が持ってるような腕輪ってわけ。
他にも指輪とかネックレスとか色んなタイプがあって、イメロ自体が普通に綺麗な石だからアクセサリーみたいになるのよね。
「私はあんまりだが、おしゃれに力入れてる先生もいるから……」
と、そこで先生があたしたちを眺めて……こんな事を聞いてきた。
「お前らはあんまりおしゃれしない女子か?」
唐突な質問に、目をパチクリさせながらも答えたのは……たぶんあたしたちの中だと一番おしゃれ――だと思うローゼル。
「おしゃれ……ですか?」
「ああ。セイリオスはそこまで風紀に厳しくないからな。アクセサリーとかメイクとかしてる女子はそこそこいるんだが、お前らはそうじゃないなーと思ってな。」
「それはまぁ、休日におしゃれな服を着て――という事はありますけど……」
「はぁん。お気に入りのブランドとかあるのか?」
「まぁ……あの、突然どうしたんですか?」
「あー……ほら、最近の女子の流行りとかを知っとく事も先生には必要なのかもしれないと思ってな。騎士を目指しているっつっても年頃の女子なわけだし……だがまぁ――」
真面目に先生を頑張る先生がニシシと笑う。
「ここにいる全員が一人の男子を好きで、それが本人にも互いにも知れてる状態で、しかも既に勝者が決まってるのに戦争が続いてるっつー愉快な状況の女子の意見はあんまり一般的じゃないかもな。」
「失礼ですが先生、その勝者は仮ですよ。故に戦争が続いているのです。」
「仮って言うんじゃない――って何回言わせんのよ!」
「くっくっく、そういや今日はサードニクスの奴がいないんだな。珍しい。」
「! もしかして先生もロイくん狙ってるの?」
「馬鹿言え。先生のしがいがある生徒だとは思うがな。ちなみに恋人の――あー、いや、相部屋のクォーツに聞くのはやぶへびってもんか? んー、しかし生徒の現状把握も……」
「なによ。」
「んあー……いや、気にすんな。先生にも踏み込み過ぎちゃいけないラインがあるはずだしな……ただ……そうだな……」
残念そうな……やるせなさそうな……なんて言えばいいのかしら? ちょっと沈んだ顔で先生は言った。
「そっちの経験がない私だが、その他の経験を元に言わせてもらうと……あの田舎出のとぼけた奴もお前らも、今は騎士を目指すっていう道の上にいる。好きなもんは好きなんだからしょうがないだろうし、欲しいモノは是非手に入れてほしいと思うが……ほんのちょっと、頭の片隅に置いといてくれ。あいつやお前らが持ってる――立場とか、他の連中との関係ってやつをさ。」
手にしていた腕輪を元の位置に戻し、先生は去りながら言葉を残す。
「互いの夢を――壊さない為に。」
ふらりと現れてさらりと言ったその言葉に、あたしたちは少しの間黙り込んだ。だって……少なくともあたしは、きっと他のみんな以上に……それについて考えてるんだから。
「……やれやれ、なんだかんだで先生は先生だな。しかしそれで止まるなら苦労はしないというものだ。それに、今はリリーくんの購買をオープンさせなければな。」
「そうだよ。みんなってばさっきから全然手が動いてないんだから。これじゃあ将来、ボクとロイくんのお店の店員さんにはしてあげられないよ?」
「今の話でその話が出来る商人ちゃんはすごいねー。」
「あ、あたしは……け、結構……え、影響が少ない……し……」
「さらりと言うわね、ティアナ……」
……いえ、リリーとティアナくらいじゃないと本来はダメな気がするわ。
もう決めたことのはずなんだから。
驚いたり感心したりする事が多すぎる。オレは、一人の女の子の歌声と数千……いや、数万? の人の歓声が響くコンサート会場にて、色々な事にびっくりしっぱなしだった。人というのはここまで熱狂するモノなのか――というような哲学ちっくな感想があれば、オレの隣で歌に合わせて腕を振りながら気持ちの良いタイミングで合いの手を入れているデルフさんのプロフェッショナルっぷりに感心する。
しかし、そんな口がふさがらない光景の全てが一つの目的の為に行われており、不思議な一体感のようなモノを覚えて気分が良く――いや、上がっていく。こういうワクワクというかドキドキは久しぶりかもしれない。
なるほど、これがアイドルのコンサートなのか……!
「みんな楽しんでるーっ? 次は『ストロベリーポップ』ーっ!!」
サマーちゃんが次の曲名を――お、この曲はデルフさんが貸してくれたCDの中で結構好きだったやつだ。なんだ、こんなに楽しいならこの曲だけでも覚えてくればよかっ――
「ほらオニキスくん、一緒に歌おうじゃないか。」
デルフさんがちょちょいと指を振ると、オレの目の前の空中に光で書かれた文字が浮かび上がった。これは……『ストロベリーポップ』の歌詞だ。
「あ、ありがとうございます。」
「なに、このコンサートに参加できたのはオニキスくんのおかげだからね。これでもお礼は足りないというものさ。」
それから終盤まで、オレはデルフさんと一緒に歌をうたい、腕を振り、気持ちのいい疲労を覚えながらコンサートのフィナーレを拍手で迎えたのだった。
よく考えれば、ついこの前知ったばかりのアイドルの、しかも歌をいくつか聞いただけでのコンサート参加だったというのにここまで盛り上がることができたというのは不思議な事だ。元気な歌もしっとりとした歌もこなすサマーちゃんの歌声と、それに合わせて披露される彼女の綺麗な水のパフォーマンス……初めての人でも楽しませる、これこそがプロなのだろう。
ショーの参考とは言っても、若干格が違い過ぎる気が……というかデルフさん、この様子だと何度もコンサートを見たことあるだろうに……
「『神速』。」
コンサートが終わり、お客さんが出口に向かって歩き始めた頃、コンサートで上がったテンションがまだ下がらずにそわそわしていると、カペラ女学園の生徒会長のポリアンサさんがやってきた。
「僕にはデルフ・ソグディアナイトという名前があるから、名前か苗字で呼んで欲しいかな。」
「名前で呼ぶほど親しくはありませんし、あなたの苗字は長くて呼びにくいのです。」
「おや、となるとさっき名前で呼んでいたテーパーバゲッドくんとポリアンサさんは親しい仲なのだね。」
「!! ち、違いますわ! ラ、ラクスさんも苗字が長い――と言いますか学園長と同性ですからややこしいので、だ、だからな、名前を――」
「ふふ、そういう事にしておきましょうか。それで、何か用ですか? コンサートなら存分に楽しみましたよ。」
「そ、それは良かったですわ。けれどその話ではありません。折角こうして交流祭の前に会えたのですから、一つ約束をしておこうと思いましたの。」
「約束?」
「ええ。交流祭にて、わたくしと勝負するという約束を。」
元々キリッとしている……そう、レイテッドさんタイプの女性なのだが、それを一層キリッとさせた視線がデルフさんに向けられた。
「同年代で最強と称されるあなたは、しかし交流祭においては常に上級生に勝負を挑んでいましたから、それは噂に留まるばかりで事実か過言かハッキリしないままです。」
「えぇ、上級生? すごいですね、デルフさん。」
「ん? まぁ、学校にたくさんポイントを入れたいというのと、やはり格上の人との戦いの方が得られる経験値は多いからね。」
さらりと言うけど……いや、デルフさんの事だからその全てに勝っちゃっているような気がするぞ……
「しかしあなたもとうとう最上級生。今年こそはあなたと戦ってみたいのです。いかがかしら?」
……あれ? これはつまりカペラ女学園の生徒会長とセイリオス学院の生徒会長の勝負って事だよな……おお、なんだか熱い展開だ。
「ふふ、『魔剣』と呼ばれるあなたですからね。僕も、最後にお手合せ願いたいと思っていました。」
「決まりですわね。」
どちらからともなく前に出た両者の手が握手をかわす。これは見逃せない戦いだな。
……というか『魔剣』? それがポリアンサさんの二つ名なのか? あんまり似合わないというかなんというか……
「その話、自分も加わりたいのだが。」
生徒会長同士の対面に、しかしデルフさんのハッピ姿で若干台無しだったところに新たな顔が加わって来た。
国王軍の制服のような――つまりは軍服のような服を着て、何かの本を片手に持った男。キラキラしている金髪を……なんというか、王子様のような髪型にしてメガネを光らせている。背筋をピンとさせ、そこまでなら……こう、俗に言うインテリの感じなんだけど一つだけ……傷跡……じゃないな、入れ墨? 黒い模様のような何かが向かって左のほっぺに描かれていた。
「『エンドブロック』!? なぜあなたがここに!?」
「……カペラの会長は人を二つ名で呼ぶのが趣味なのか?」
気難しそうというか無表情というか、色んな事に大して興味がないような、そんな雰囲気の軍服の人にデルフさんはひらりと手を振った。
「久しぶりだね、ゴールドくん。きみもサマーちゃんのファンだったのかい?」
「いいや。カペラにアイドルが入ったと聞いて、弟が試しにコンサートというモノを見てみたいと言ってな。」
「おお、じゃああんたもそこの子と一緒で初参加か。」
たぶんオレの事を言いながらやってきたのはラクスさん。ほんの数回しか会話してないけど、どうもラクスさんはサマーちゃんの歌をたくさんの人に知って欲しい感じだから……きっとオレに感想を聞きに来たのだろう。なんか荷物持ちというよりはマネージャーっぽいな。
「……誰だ?」
「ああ悪い、話に割っちまったな。ヒメユリと一緒に今年からカペラに入ったラクス・テーパーバゲッドだ。」
「ほう、するとお前がイクシード。自分はベリル・ゴールド。リゲル騎士学校の生徒会長を任されている。」
うげ、この人も会長だったのか! このままだと四校の会長が全員そろうんじゃないのか!?
「ベリル・ゴールド……ああ! 『エンドブロック』か!」
「……カペラの人間は全員こうなのか?」
軍服の人――ゴールドさんはじろりとポリアンサさんを見る。
「いや、プリムラがそうなだけだ。今年の会長は『神速』と『エンドブロック』と『女帝』だーっつってな。案外と子供っぽいんだ、こいつ。」
「な!? ふ、二つ名で呼ぶ事は現役の騎士もやっていることですわ! そもそも二つ名があるという事は名誉ある事で――」
「あーはいはい、それは前にも聞いた。」
……こうして見ているとカペラの生徒会長さんとサマーちゃんの荷物持ちは仲が良いようだ。
「――んで、どうだった? ヒメユリの歌は?」
ニシシと笑いながらそう聞かれたので答えようとしたオレの前に、ゴールドさんが――あろうことかこんな事を言った。
「酷い騒音だった。」
ぴしりと、その場の空気に何かが走った。
「……なんだって?」
ラクスさんの表情が険しく――うわ、デルフさんも怖い顔に!
「うるさい音に女の嬌声。加えて鬱陶しい光の点滅……ふん、やはり音楽はクラシックに限る。」
「おやおや……」
すっと一歩前に出るデルフさんよりも先に前に出て、オレは――いや、なんでオレがそんな事をしているのかさっぱりだけど、慌てて三人の間に入った。
「ま、まぁまぁ! 人によってはこ、こういう盛り上がる曲よりも静かな音楽が好きな人もいますから!」
「お、お? なんだ兄貴、喧嘩か?」
この状況に更なる登場人物が!
「お前か。今、あのアイドルの歌の感想を尋ねられていたところだ。」
「はぁん?」
ゴールドさんの知り合い……いや、さっきのゴールドさんの話の流れとセリフ的にたぶん、ゴールドさんの弟さんだ。
ゴールドさんと同様に金髪で、こっちは適当に短くして適当にぼさぼささせている。シャツを着ているけどボタンは留めていなくて、がっしりとした筋肉が露わになっていた。下はゴールドさんが着ている服の下と一緒。金色の首飾りを垂らし、向かって右のほっぺにこれまたゴールドさんと同様に何かの模様が描かれている。
ゴールドさんとは違ってワイルドな雰囲気が溢れる人物なのだがそれ以上に……いや、初対面で失礼とは思うのだが……たぶん、オレはこの人と仲良くなれない――と思う。
「お前はどうだった?」
「おれさま? いや兄貴、そもそもおれさまは音楽に興味ねぇよ。今聞いた歌も兄貴が聞いてるクラシックってのもおれさまにはサッパリだ。」
「ん?」
弟さんの発言に怖い顔のデルフさんが眉をひそめる。
「ゴールドくんはさっき、弟さんが見たいと言ったからここに来たと言っていたが……」
「あん? だから見に来たんだろ? アイドルっつー女を。」
再び走る何か。弟さんはその顔を――言っちゃ悪いがゲスのそれにしてニヤニヤしながらこう言った。
「フリフリの服やら露出のある服やら、何万っつー人間相手にケツを振りながらの猫撫で声――この国一番の痴女のオンステージ、折角なんだから一度は見ておかな――」
言い終わる前に、弟さんはそこから数メートル……殴り飛ばされた。
「クソ野郎が、もう一度行ってみろ!!」
拳を握り、そう叫んだのはラクスさん。突如響いた怒鳴り声に、帰ろうとしていた他の観客が足を止めた。
「いい度胸じゃねぇか、ああ!?」
殴り飛ばされた事は確かだが、しかししっかりと着地していた弟さんがそう叫ぶと、地面からいくつかの……触手のようなモノがニュルリと伸び、そのままラクスさんの方に向かっていった。それに対し、ラクスさんはどこからか取り出した剣を手にして触手に斬りかかる。
しかし――
「よせ、みっともない。」
数本の触手と剣がぶつかった――ように見えた。しかしその光景は明らかにおかしく、オレは数秒ののちにどうなっているのかを理解した。
壁……見えない壁だ。地面から伸びる触手とラクスさんの剣は、その二つの間にいつの間にか出現した見えない壁によって止められていた。
「止めんな兄貴! あいつ殺してやる!」
「馬鹿が。殴られたから怒って反撃なんぞまるっきり雑魚の所業だ。あのパンチを避けられなかったお前が悪い。」
「けどよ兄貴!」
「お前の言う兄貴に恥をかかせるな。」
ゴールドさんが弟さんの頭をこつんと叩く。弟さんが渋々顔で腕を振ると、触手はドロリと崩れて地面に落ちた。
「あなたも、ラクスさん。剣を収めなさい。」
「……悪い。」
ポリアンサさんに肩を叩かれ、ラクスさんも剣をしまう。
「ふん、互いに不出来な者がいて面倒だな、ポリアンサ。」
「……あなたも弟さんも、主義主張は自由ですが……言葉が過ぎましてよ。」
「それは失敬。お前の言う、過ぎた言葉を使わなければ主義の主張ができなくてな。」
「あなたという人は!」
「よすんだ、ポリアンサさん。」
すっと前に出るデルフさん。
「折角のコンサートの後なのだ、不快な気分を他のお客さんに与えてはいけない。お互いの意見は、交流祭でぶつければいい。」
「ああそうだ、そもそもの目的を忘れていた。デルフ、今年の交流祭、ポリアンサ同様に自分も試合の予約をしたいのだが?」
「喜んで。」
「楽しみだな。おい、行くぞ。」
「待ってくれ兄貴――おい、お前! おれさまたちの勝負、勿論続きをやるよなぁ?」
弟さんが指差すのはラクスさん。
「……望むところだが、『お前』じゃない、ラクスだ。ラクス・テーパーバゲッド。」
「おれさまはパライバ・ゴールド。交流戦で会おうぜ。」
騒ぎを見ていた他の人たちがなんとなく道をあけ、そうして出来た道を悠々と歩いてコンサート会場から出ていくリゲル騎士学校の二人。その背中をしばらく睨みつけた後、ラクスさんが頭を下げてきた。
「すまなかった。そこの会長さんの言う通り、嫌な気分にさせちまった。」
「そ、そんな、ラクスさんのせいじゃないんですから……」
そう言ったオレの横のデルフさんは怖い顔で――リゲルの二人が帰っていった方向を睨んだままで言った。
「……テーパーバゲッドくん。さっきの怒りよう……きみにとってサマーちゃんは特別なようだね? 僕と同様に。」
「当たり前だ! 友達があんな風に言われて――黙ってられるか!」
「友達……まぁいい。あの二人が行ったサマーちゃんへの侮辱は許されるモノではないという認識を共有できるなら、僕らが行う事はただ一つ。」
「……ああ。俺は弟――パライバを、あんたは兄のベリルを。」
「敗北は許されない。」
二人が決意を固めるのをオレ……とポリアンサさんは少し蚊帳の外な感じで眺める。
「……正直、服装や今の怒り具合を含めて、『神速』のあんな姿は初めて見ますけど……セイリオスではいつもあのような?」
「え、あ、はい……だいたいあんなノリです。怒ったところは今日初めて見ましたけど……」
「意外ですわ……ところで――オニキスさんでしたね? 『神速』と一緒という事は、もしやあなたも生徒会の?」
「い、いえ。『私』はまだ一年生ですから……交流祭のショーを一緒にやろうと言われまして。」
「ああ、そういえばセイリオスの出し物は生徒会が主体になるのでしたわね。一年生ということは……あなた、『コンダクター』はご存知かしら。」
「ぶえぇっ!? あ、は、はい……そ、それなりに……」
なんでいきなりオレなんだ!?
「彼が使う曲芸剣術……映像は拝見しましたけれど、実際に相対して見るとどうなのでしょう。あなた、手合せの経験はあるかしら?」
「す、すみません、ないです……」
「そう……その『コンダクター』と呼ばれる男子生徒は、例えばわたくしのような他校の上級生に挑戦されたら、それを受けてくれる方かしら。」
「! えぇっと……」
他校の上級生……いや、そもそも上級生に挑まれるという事は……たぶん、交流祭のルール的には珍しいことだ。学校にポイントを入れようと思ったらやるべきはその逆なのだから。
でももしも、自分よりも下の学年に……オレみたいな珍しい技術を持つ人がいたら、戦ってみたいというのはあるかもしれない。そしてそれは……オレとしては……
「あの、『コンダクター』は……強い人と戦う事はいい経験だと考えている人ですから……カペラ女学園の生徒会長からの挑戦なら、喜んで受けてくれると思いますよ。」
カペラ女学園の面々と別れ、コンサート会場を後にしたオレとデルフさんは、セイリオスへと続く道を歩いていた。
サマーちゃんというトップアイドルのコンサートを観るというだけの日だったのだが、他校の生徒会長やら喧嘩やら、何やら色々あった夜になった。
サマーちゃんのコンサートのパフォーマンスという収穫の他に、オレに挑戦しようと思ってくれている上級生がいる事を知ったのは思いがけない収穫だった。
カペラの生徒会長、プリムラ・ポリアンサ。二つ名は『魔剣』……
「あの、デルフさん。」
「全く、彼が会長などと、今のリゲルの品格が――」
「デルフさん?」
「ん、おや、なにかな?」
「えぇっと、聞きたい事があるんですけど。」
「悪いけどサマーちゃんのスリーサイズとかは知らないよ?」
「聞きませんよそんなこと! あの、カペラの会長さんのポリアンサさんなんですけど……デルフさん、確か『魔剣』って呼んでましたよね?」
「ああ……なるほど? きみを『コンダクター』と知らずにサードニクスくんについて色々聞いていたからね。気になるところだろうね。」
バッチリ聞かれていたらしい……
「はい……『魔剣』っていう事は、つまりマジックアイテム的な剣を持っているっていう事ですか?」
「そういう意味ではないね。そうだね、彼女は……すごい人だよ。」
なにやらリゲルの人たちについてぶつぶつ言っていたデルフさんは、腕を組んでポリアンサさんについて語ってくれた。
「強さは関係なしに、その人が身につけている技術一つ一つに点数をつけて合計を競ったなら、ポリアンサさんはダントツだ。」
「えぇ?」
「まず彼女の武器は剣なのだけど、世に剣術と呼ばれる技術の全てを身につけていると言われているよ。」
「えぇ!?」
「ま、勿論全てというのは言い過ぎだけど……現在主流となっているいくつかの流派や有名な騎士が使った独特な剣術……名の知られている剣術なら確実に習得しているかな。最近は古流剣術と呼ばれるモノにまで手を伸ばしているとか。」
「! それで曲芸剣術に興味を?」
「習得する際に求められる条件が、おそらく古今東西に存在する全ての剣術の中で最も難しいと言える剣術だからね。」
「そうですか……えっと、じゃあポリアンサさんは……すごい剣の達人だから『魔剣』と?」
「それもあるけど、彼女があの大魔法使いの再来と言われている事も理由の一つだね。」
「大魔法使い?」
「わが校の学院長の事だよ。」
「えぇ!? あのすごい校長先生の――再来!?」
「うん。学院長と同じように、第十二系統以外の系統ならどの系統でも高等魔法と呼ばれるレベルを使えるんだ。高度な剣術と魔法技術を組み合わせる事により、例えそれが錆びついた剣であろうと、彼女が振るえばまるで魔剣のような太刀筋を見せる。」
「だから『魔剣』……なんか話を聞く限りだと……その、最強なのでは……」
「そうだね……確かに彼女は強いよ。けれど一番ではなかった。」
「?」
「過去二年の交流祭を見る限りの話だけど、彼女の戦歴は三勝三敗。相手は全て同学年でね。」
「えぇ? なんか全勝しそうですけど……」
「彼女には一つ、決定的に足りない――いや、そもそも無かったんだね。ここぞという時に自分を押すモノ……騎士を目指す理由――夢とか目標、目的が。」
「どういう事ですか?」
「よくある話だよ。代々何かを生業としている家系において、生まれてきた子供がその生業に全く興味を持たない。ポリアンサ家に生まれたプリムラ嬢はそういうケースなんだね。」
「……騎士の家系に生まれたけど、本人は騎士に興味がなかった……」
「そう。かといって他に目指しているモノもないし、騎士の才能はピカイチだったから……なりゆきでああなってしまったんだね。すごく強い人がいると聞いて初めて彼女を目にした時は、正直ガッカリした思い出があるよ。見てわかるくらいに覇気がなかったからね。」
「そう……ですか? さっき『私』に話しかけてきたポリアンサさんはそういう風には……」
「うん、僕も驚いた。今日久しぶりに会ったらどうだい、見違えるようだった。」
「えぇ? そんなに違うんですか?」
「あれは目標を見つけ、強くなろうとしている人の顔だね。」
「よ、よくわかりますね……」
「人を見抜く事には自信があってね。」
ニッコリと笑みを向けるデルフさんの底知れなさは半端ない……
「鈍感なオニキス――いや、サードニクスくんでは気づかなかったかもしれないが、ポリアンサさんはテーパーバゲッドくんに好意を持っていた。言ってしまえば恋だね。」
「えぇ!?」
「そしてテーパーバゲッドくんも何らかの目標を持って騎士を目指している人だ。そんな彼と同じ道を歩みたいというのが、ポリアンサさんの目標かな。いやはや、ああなったなら彼女の強さは計り知れない。交流祭が楽しみだね。」
「ちょ、さ、さらりと人間関係を把握しましたね……『私』には……な、なんだかポリアンサさんはラクスさんによく怒ってるなぁというイメージしか……」
「きみの彼女だって日々きみを燃やしているだろう? 似たようなものさ。それに、僕はこういうケースをうちの学院で見ているからね。」
「エ、エリルがああなのは『私』が……え、似たケース?」
「うん。」
学院が見えて来た坂の上、デルフさんは……妙にニヤニヤしながら話を続ける。
「彼女は名門の騎士の家系の出身だった。体術も魔法技術も上々な上に礼儀正しく、すぐに先生方からの信頼を得てクラス代表に任命された。」
「え、クラス代表?」
「しかし彼女は、別に騎士を目指しているわけではない。家がそうだから渋々学び、学院にやってきたのも、寮に入る事で面倒な家から逃げたかったからだ。」
「あ、あれ? それって……」
「そんな時、彼女のクラスに、まるで路地裏から出てきたかのようなボロボロの服を着た田舎者が転入してきた。」
「路地裏……」
「クラス代表として接しているうちに彼女は気が付いた。どうにもその田舎者の近くは心地よいとね。まぁ、僕から言わせてもらえば一目ぼれなのだと思うけどね。」
「あの、デルフさん?」
「その田舎者は、初めはぼんやりしていたものの、ある時から真っすぐに騎士を目指し始めた。そんな彼の傍にいようと思ったら、彼女も騎士の道を歩む必要がある。意思以外は全て持っていた彼女に、その田舎者は意思を与えた……するとどうだろう、彼女の実力はメキメキ伸びて行った。入学当初とは比べ物にならないくらいにね。」
「あの――」
「ところがそれはそれとして、彼女は一つ大きなミスをおかした。まだ彼への気持ちに気づかない頃、彼女はクラス代表として彼を一人の女子生徒に接触させてしまった。結果、今やその二人はラブラブカップル……大失態だね。だから彼女は、その美貌と抜群のスタイル、名門としての地位に自分の強さ、ありとあらゆるモノを使って彼を手に入れる――取り戻す為に全力を注いでいるのだ。」
「ローゼルさんの事ですよね!?」
「ちなみに、カッコイイ女性騎士を目指してセイリオスにやってきた内気な狙撃手は、魔法の暴走によって変異した自身の顔を見ても普通に接して来た田舎者に惹かれ、彼と並びたてるくらいに強くてカッコイイ女性騎士を目指し、美味しい手料理や、時に大胆な行動を武器にして彼を巡る戦いに参戦している。」
「それはティアナ――ってなんでそんなに詳しいんですか!」
「色々なツテだね。それはそうとオニキスくん、今日のサマーちゃんのステージを観て色々と学べただろう。明後日に向けて明日はみっちりと練習しよう。」
「あ、はい――じゃなくてツテってなんですか!?」
「やや、だいぶ遅くなってしまったね。ではおやすみ。」
「ちょ――」
さわやかな笑顔を向け、学院の門をくぐった辺りでデルフさんは『神速』と呼ばれる速度でオレの視界から消えた。
「ただいま。」
「おかえり。」
部屋の中からエリルの声が聞こえ、今日はみんなはいないのだなぁと思って奥に入ると、なぜかみんなが寝間着姿でオレの方をじーっと睨んでいた。
「な、なんでみんなして息をひそめて……」
「……今の感じ、完全に熟年夫婦ではないか。」
「思ったよりも深刻だね。早いところロイくんをボクと相部屋にしないと。」
「か、帰ってきたら誰でも言うわよこんなの!」
「えぇっと……なんで寝間着?」
「だってもうこんな時間だしねー。ロイドもちゃちゃっと入ってきなよ、お風呂ー。」
「え、あ、うん……」
アンジュに言われ、オレは着替えを持ってお風呂場に入ったのだが……い、いや部屋に寝間着の女の子がたくさんいる中で普通にお風呂に入るってのはどうなんだ、この状況……
十数分後、妙に落ち着かないお風呂を終えたオレはみんなが待ち構えている輪の中におそるおそる入った。
「えぇっと……あ、そうだ。リリーちゃん、手伝えなくてごめんね。購買はどうだったの?」
「前と変わらず、盛況だったよ。この国にはあんまりないモノに注目が集まったけど、やっぱり騎士としての小道具が一番の売れ筋だったかな。」
「武器関係ってこと? それなら街に行けば大きな武器屋があるのに……」
「ちっちっちー、ロイくんてばわかってないなー。いいお店があっても近場で事足りるならそっちに行くのが人ってモノなんだよー。」
「へぇ。」
「ロ、ロイドくん……コンサートは、ど、どうだったの?」
「うん、楽しかったよ。んまぁ……実は歌以外に色んな事があったんだけどね……」
サマーちゃんのコンサートの話もしつつ、オレはそこで出会った他校の面々のことを話した。
「――ていう事があったんだよ。」
「相変わらず、唐突に変な出会いをするわね、あんた。」
「ふむ。とりあえず、ロイドくんが他校の生徒を惚れさせたという話でなくて良かった。」
「うちの生徒会長、そこまでのファンだったんだね……グッズ売りつけたら買うかな。」
「リ、リゲルの人は……こ、怖いんだね……」
「やっぱり噂通りの奴もいるみたいだねー。ちゃんと守ってねー、ロイドー。」
言いながらひしっと抱き付いてきたアンジュをエリルが引っぺがすというアクションを挟んだあと、ローゼルさんが妙にほっとした顔で独り言のようにこう言った。
「しかし、どこにでもいるのだなぁ、ロイドくんみたいな人物が。」
「……? オレ? えっとどういう……」
「話を聞く限り、ラクスくんというのはロイドくんの範囲拡張版だ。」
「えぇ?」
「女子校に一人だけいる男子生徒。われらが生徒会長の読み通りであれば、既に二人の女子から好意を寄せられている。これは、女子寮に一人だけいる男の子で、数名の女の子に言い寄られているどこかのすっとぼけくんと同じだろう?」
「うぅ……え、で、でも二人って……デルフさんが言ってたのはポリアンサさんだけだよ?」
「これだからロイドくんは。現役のトップアイドルが荷物持ちやら護衛やらを同級生に頼むという事は、その道のプロよりも信頼を置いているという事だ。しかして実際、学生がプロに勝るわけはないのだから、であればその信頼は好意だろう?」
「な、なるほど……ラクスさんはモテるんだな。」
「どの口が言ってんのよ、女ったらし。」
「た、たらしこんだ覚えはありません!」
「しかしこれは朗報だな。つまり、カペラ女学園の生徒はそのラクスくんに惹かれている可能性が高い。最も危険視していた女子校がそういう状況という事は一つ、安心だな。」
「危険視? ローゼルさんは何を……」
「さっきも言っただろう? ロイドくんが他校の生徒をメロメロにしてしまう可能性さ。」
「――! いやぁ……で、でもそれ、こ、今回に限っては無いと思いますよ……」
「ほう?」
「だ、だってオレ、交流祭の初日に女装して登場するんだよ? ショーに参加する人を詳しく紹介するかはわからないけど、棒をくるくる回して飛ばすんだし……そんな不思議な技術を持っている人はオレ以外にいないわけで、だからすぐに……ロイド・サードニクスっていう男子生徒がショーをやっていたロロ・オニキスだって判明するよ。女装しているような男子にほ、惚れるなんてないでしょう?」
「なによあんた、どうせバレるってわかってて引き受けたわけ? 完璧に変態扱いされるわよ?」
「別にいいよ……わかってて欲しい人がわかってるんだから。」
「――! あ、あんたってホントに……」
「?」
「こらエリルくん、今のはわたしたちも含まれているぞ。そして……今の話を聞いて一つ思いついたぞ。ロイドくんは交流祭の間、ずっと女装していれば問題解決なのではないか?」
「あ、そうだよロイくん。そうすれば――少なくとも女の子がロイくんに惚れちゃう可能性はなくなるもん。」
「いやぁ……さすがに女装したままじゃ戦えない……っていうか、「少なくとも女の子」ってどういう意――」
「交流祭とはなんですか?」
突如耳元にささやかれたそんな一言にオレは飛び上がる。そのままちょうどオレの前にいたローゼルさんに突撃し、勢い余ってズデンと倒れた。
「はわぁあぁっ!?!?」
ローゼルさんの不思議な叫びが聞こえた。この世のモノとは思えない温もりというか柔らかさというか、そんな感じのモノに包み込まれ――
「あびゃ!?」
慌てて顔をあげると、オレの目線の少し上にローゼルさんの顔があり……つまりオレの顔がある位置はローゼルさんの胸の辺りで――
「リョ、リョイドくん――い、いきなりその……むむ、胸に飛び込まれるとその……」
「ば!? ごごごごめんなさい!!」
我ながら中々の背筋で状態を起こす。しかし、眼下に広がるローゼルさんの……乱れた寝間着やちらりと見えるおへそ、何より潤んだ眼が相当にヤバ――
「あのー、ロイド様?」
さっきのささやきと同じ声がし、振り向くとそこには黒々とした格好の女性が――
「ミ、ミラちゃん!?」
「はい、ロイド様のカーミラです。そしてできれば、今のような抱擁をワタクシにもしていただけませんか?」
ローゼルさんを起こしてもう一度謝り、エリルとリリーちゃんとティアナとアンジュにほっぺをつねられた後、オレは改めてミラちゃんを見た。前もそうだったけど、ネグリジェという割と目のやり場に困る寝間着のミラちゃんに突然やってきた理由を聞くと、一枚の写真を見せてくれた。
「これはロイド様ですよね。」
そこに写っていたのはハッピ姿のデルフさんの横で腕を振っている女装したオレの姿だった。
「えぇ? こ、これついさっきの……」
「サマードレスというアイドルにはスピエルドルフにもファンがおりますから、こういったコンサートなどは国内で放映されているのです。」
「そうなんだ……」
「それでその映像の中にロイド様を見つけたとユーリから聞きました。何を隠そう、ユーリもファンですからね。女装については正直どうでもよいのですが、もしやロイド様がアイドルに心を奪われたのではないかと……心配になってここに来たのです。」
「そ、そう……べ、別に心を奪われたとかじゃないよ……今日はこの隣の人に誘われてコンサートっていうのを体験しにいった感じだから。」
「そうでしたか。安心しました。」
「し、心配させて……ごめんね? あれ、なんか違う気が……」
「それはそれとしてロイド様、交流祭とはなんですか?」
「え、ああ、学校のイベントで――ってあれ、ミラちゃんは知らないの?」
オレがそう言うと、エリルがムスッとした顔で教えてくれた。
「ランク戦は学外からも見に来る人がいるイベントだけど、交流祭はそういうのがないのよ。だから学校関係者でないなら知らない場合も多いわ。」
「そうだったのか。てっきりランク戦と同じだと思ってたよ。あー、えっとねミラちゃん。交流祭っていうのは――」
国を抜け出して一学生の寮室に寝間着姿でやってきた女王様に交流祭について説明すると、ミラちゃんはショックを受けた顔になった。
「そんな……折角ロイド様の雄姿が見られる機会だというのに外部には公開されないなんて……」
「そ、そんな大げさな……」
「愛する人の活躍は見逃せません。少し待っていて下さい。」
スッと立ち上がったミラちゃんは、パッと幻のように消えた。
「……そ、そういえば彼女はロイドくんの元にワープできる指輪を持っているのだったな……」
なんとなく腕で胸を覆いながら、まだ顔の赤いローゼルさんがモジモジしながらそう言った。
……い、いつもは割と大胆な事を言ったりし、したりしているような気がするローゼルさんがそういう仕草をすると……こう、変な気分になる。これがギャップというモノなのか……
「あんな色っぽい寝間着で、やらしーんだから! ロイくんてば、ダメなんだからね!」
「ダメって言うならさっきのだよねー。ロイドが優等生ちゃんの反則的な胸にダイブしたんだけど、こっちはどうしようかなー。あの女王様じゃないけど、やっぱりあたしにもして欲しいかなー。」
「ロ、ロイドくんの……えっち……」
「さ、さっきのは事故です! い、いきなりの事でビックリして――」
「あんたの事故はいつもやらしいのよ、このエロロイド!」
「ま、まぁまぁ、わざとではないのだから……」
「ローゼルちゃんてば、いつもと態度が違うよ!」
「お待たせしました。」
最近の流れだと、ぜ、全員のむむ、胸に飛び込まなければならなくなりそうな気配がしてきたところでミラちゃんが戻って来た。
「ロイド様――いえ、どなたかにこれを持っていて欲しいのです。そしてロイド様の雄姿を記録してください。」
「ちょ、何よそれ!」
ミラちゃんがころんと手の平に乗っけているモノを見てエリルが……みんなが一歩下がる。それは無理もなくて、何せそこに転がっていたのは人間の目玉、眼球だったから――
「――ってあれ、それってもしかしてユーリの眼?」
「さすがロイド様、よくおわかりで。」
「んまぁ、目がかゆいとか言って目玉を取り出して水洗いしていたりしたから……」
「なによそのグロい光景……」
エリルが苦い顔をする。この様子じゃあ、首を外したところとか見せられないな。
「ご存知かと思いますが、そこらのカメラや映像記録用のマジックアイテムと生物の眼ではスペックが段違いですから、最高の品質でロイド様の雄姿を記録しようと思ったなら眼球が最適なのです。しかもユーリの場合、記録した映像を頭から直接取り出せますからね。脳の画像処理も加わってよりよい映像となるのです。」
「あのフランケンシュタイン、そんなことできるの……」
「かくいうこちらの写真もユーリの頭から抜いた映像ですから。」
「なんでもありね……」
「あれー? でもさー、あの人造人間くん、メガネかけてたよねー? その目玉、目悪いんじゃないのー?」
「ああ、ユーリのメガネはただのおしゃれだよ。それに視力は調節できるし。」
「へー、便利だねー。」
「という事でどなたか、これでロイド様の活躍を……」
ギョロリとしたユーリの眼をつまんで前に出すミラちゃんだけど……いやぁ、さすがにみんなにはちょっとあれかなぁ……
「ミ、ミラちゃん、さすがに目玉を持ち歩くのは……」
「何か問題が――あ、そういえば生身の状態では危険ですね。ユーリの眼を潰してしまってはいけません。ではこうしましょう。」
そうじゃないのだが、オレが訂正する前にミラちゃんは真横に腕を伸ばした。すると何もない空間に黒い靄がかかり、その中に手を入れたミラちゃんは何かを探すように腕を動かし、そして引き抜いた。
「マジックアイテムです。本来は離れた場所の映像をリアルタイムに送信する装置ですが……これにユーリの眼を組み込みましょう。」
黒い箱のようなモノをガチャガチャいじり、最後に箱の中にユーリの眼をポトリと入れたミラちゃん。
「これで安心です。ロイド様の試合が始まりましたら、この箱を宙に放り投げて下さい。そうしましたら自動で試合を記録し、ワタクシのところへ映像を送ってくれます。終了しましたら、放り投げた方が手を三回叩いて下さい。箱が手元に戻ってきますので。」
「えぇっと……そ、それならオレが自分でやるよ。その……女の子に目玉を持って歩かせるって言うのはなんだか……」
「まぁ、ロイド様がご自身で?」
オレの提案に対し、ミラちゃんは……なにやら急に眼をキラキラさせた。
「でしたら是非、交流祭に限らず常日頃からやっていただくと嬉しいですね。入浴の際などにも起動していただけると幸いです。」
「それじゃあずっとユーリの眼が――ってミラちゃん、今なんて!?」
「なに考えてんのよ、このエロ吸血鬼!」
「む、入浴時はあれだが、この部屋でロイドくんとエリルくんが二人きりの時は起動させておいて欲しいな。監視の意味で。」
「あんたも何言ってんのよ!」
「おや、見られると何かマズイのかな?」
「あってもなくても嫌に決まってんでしょうが!」
トップアイドルのコンサートの翌日。祭の後片づけが行われる朝の街を、筋骨隆々の男と軍服を着た小柄な女が歩いていた。
「まさか武器屋の店主がサマーちゃんのファンで、コンサートの為に店を閉めるとはな。おかげで次の日になっちまったぞ。」
「別に急ぎの事でもないしょう? こんな朝早くから行かなくても。」
「割と急ぎの事だぞ? ハッキリさせないと今後の動きの方針が立たん。」
「おや、二度も失敗したゴリラの三度目の正直ですか?」
「ああ、いい加減に俺様も自信がなくなってきたからな。ここらでバッチリ決めたいところだ。」
「そんなあっさりと……あなた十二騎士でしょう。」
「それ以前に大将の――っと、着いたぞ。」
まさにたった今シャッターを開けたばかりの店主の前で二人は立ち止まった。
「オ、《オウガスト》!? こんな朝早くからいかがしましたか……? あ、あいにくそういう大剣はオーダーメイドになりますが……」
「剣の新調に来たんじゃないぞ。オヤジが宝物にしてる剣を見せて欲しくてな。」
「ええ?」
男にオヤジと呼ばれた店主はくるりと店内に顔を向ける。その視線の先には、カウンターの後ろに飾られている一本の剣があった。
「……ベルナークの剣ですか?」
外見的にはどこにでもありそうな一振りだが、その刀身からにじみ出る圧力で素人でも気づくだろう。決して、普通の剣ではないという事に。
「正しくは、その剣をこのちっこいのにちょっとだけ握らせてやって欲しい。一分もあればすむ。」
「握るだけとは――まさか、ベルナークの一族なのですか!?」
「かもしれない。だから確かめたいんだ。」
「そ、そんな、あの家系に新しい血筋が……?」
「いや、そういうわけじゃない。存在は記録されてるんだが、そうだという認識を大抵の人間がしていなかったってだけだ。要するに忘れ去られた血筋だな。」
「そのような事が……いえ、そういう事でしたら。」
奥から梯子をとってきた店主はカウンターの後ろの壁をのぼり、飾られている剣を手にして降りてきた。勿論、その手には白い手袋をはめている。
「もしもそうなら素手かどうかは関係ないはずだからな、妹ちゃんも手袋しろよ。これはオヤジの宝物なんだ。」
「はいはい……」
店主から渡された新品の手袋を小柄な女がはめる間に、男は店主に尋ねた。
「ベルナークの血筋の者がベルナークシリーズに触れるとその形状を真のそれに変えるわけだが、オヤジはあの剣の変形は見たことあるのか?」
「残念ながらありません。むしろ……今おっしゃった話も噂程度にしか思っていなかったのですが……本当なんですか? ベルナークの家系の方はあまり表に出てこないので見たことがないのです。」
「マジだぞ。漫画みたいに変形する。」
「おお……何やら興奮してきました……」
「こどものおもちゃみたいですね。。」
二人とは相当の温度差のある小柄な女が面倒そうな顔でそう言った。
「一応世界最強クラスの武器なんだがな。さて、どうなるか。」
緊張した顔の店主と息を飲む男が注目する中、対照的な表情の小柄な女はちゅうちょすることなく剣を手にした。
「!」
興味の無い顔をしていた小柄な女の表情が変わる。
「……自分、剣は学んだことないのですけど……何でしょう、今なら剣術が使えそうな気がします。」
「それはベルナークシリーズの特徴だな。初めて持つのに長年愛用したかのような感覚になる。」
適当にくるくる剣を回す小柄な女。
「ですが変形はしませんね。やはり自分たちは――」
「いや、握っただけで変形ってんじゃ面倒だろ。何か起動の条件があるんだろう。妹ちゃん、なんかこう、イメージしたり念じてみたりしてみろ。」
「テキトーな事を……ん、これは……?」
「あ、それはベルナークの紋章です。それが刻まれている事が一つ、ベルナークシリーズの証なのです。」
「十字のマーク……なんだかオズマンドみたいですね。」
「おいおい妹ちゃん、天下一の騎士家系とテロ集団を一緒にすん――」
瞬間、剣がカッと輝いた。突然の事に全員が目を白黒させること数十秒、視界が戻った三人の視線は一か所に集中した。
「やったな! 妹ちゃんなにやった?」
「……紋章の上に親指を乗っけてみただけです。」
「おお――おぉっ! なんと美しい……」
三人の視線が交差するのは小柄な女が手にした剣。つい先ほどまでどこにでもありそうな剣だったはずが、いつの間にか、透き通った青色の刀身を持つ芸術品のような剣へとその姿を変えていた。
「どうだ、妹ちゃん。何か力を感じたりするか?」
「そうですね……あなたではないですけど、一振りで街や山を消せそうな気がします……ですが……」
美しい剣を手にしていた小柄な女は、段々とその表情を険しくしていき、ついにはその剣を地面に突き立てて手を離した。
「――っ……凄まじい勢いで体力を……奪われます……まるで強力な魔法を連発したかのような……」
「なに? そんなに燃費の悪い武器なのか? 俺様が会った事のあるベルナークの奴は普通に使ってたが。」
「なんだか……妙な感覚ですけど……その剣に言われた気がします。『あなたの武器はわたしではない』――と……」
「ほう? となると相性があるのか? それとも単純に、妹ちゃんが剣士じゃないからか?」
「あぁ、元に戻ってしまいました……しかしなんと美しい剣……長年武器屋をしていますけど、あんなモノは初めて見ました!」
元に戻った剣を愛おしそうにつかみ、店主は白い布で刀身を拭き始めた。それを見た男はこくりと頷き、店主の肩に手を置く。
「朝早くから悪かったな、オヤジ。おかげで、このちびっこいのがベルナークの血を継いでるって事がわかった。」
「何をおっしゃいます! 私もあのような美しいモノを見せていただいて――またいつでも来てくださいませ。」
まだ人通りの少ない街中を、男はあごに手を当てながら、小柄な女は疲れた顔で、元来た道を戻り始める。
「はぁ……しかしあんな強力な武器を使えるのなら、十二騎士は全員ベルナークになってそうですけど……」
「ああ、それか。なんでもベルナークの最後の当主が自分の家を解体して複数の血筋に分けた時に魔法をかけたらしくてな。例えベルナークの血を持っていようとも、ベルナークシリーズの真の姿を解放するにはいくつかの条件をクリアしなきゃならなくなったんだ。結果、滅多な事がないと使えなくなっちまい、十二騎士トーナメントとかじゃまず発動できないんだと。」
「案外使えない武器ですね。」
「んなことないぞ? 妹ちゃんも感じたように、真の姿でなくてもベルナークシリーズは強力な武器だからな。別に起動できなくても、ベルナークの血を継ぐ連中は普通に騎士の名門として名をあげて――」
と、そこで男が立ち止まった。
「なんですか、ゴリラ。お腹でもすきましたか?」
「ちょっと待てよ? 最後の代が魔法をかけたのはあくまでそいつが血を分けた子孫だけだ。大体今だってそうだったしな! おいおいこれはすごいぞ!」
「何ですか、急に大きな声で。」
「ベルナークの最後の代は姉弟! 今言った、魔法で制約がかかってるのは有名な弟の方の話で、妹ちゃんと大将のご先祖様であるマトリア――姉の方はそうじゃない! 今も普通に発動できたって事は――」
「……自分と兄さんは唯一、制約なしで真の姿を起動できるベルナークの血筋……という事ですか。」
「おそらくな! こりゃあ妹ちゃん、ベルナークシリーズのロッドを探すべきだぞ! 大将はあのオヤジからなんとかして剣を譲ってもらうか、残りの二本の剣を探すかだな!」
「楽しそうですね。」
「興奮してるのさ! わが弟子は師匠の元から離れてからというモノ、師匠を飽きさせない!」
「自分は、兄さんがまた面倒な事に巻き込まれそうで心配です……」
交流祭を翌日にひかえてるからか、今日の授業は午前中だけ。午後はどうしようかと思いながらいつものように学食に行こうとしたら、ローゼルが全員を引き留めた。
「今日はわたしたちの部屋で食べよう。」
途中でアンジュを捕まえて、あたしたちはなんでかローゼルとティアナの部屋にやってきた。別にローゼルの突然の思い付きってわけじゃないみたいで、テーブルにはティアナの料理が並べられた。
「えぇっと……ティアナの料理は美味しいし、別にいいんだけど……いきなりどうしたの?」
「ロイドくんはおそらく、午後は生徒会長と明日に向けて練習だろう? どれくらいかかるかわからないからな、交流祭に向けてモチベーションを上げる為にも、話をするならお昼だろうと思ったのだ。」
「なんの話を……」
「ロイドくんとのお泊りデートの話だ。」
「えぇ!?」
ロイドの驚きをそのままにして、ローゼルはカレンダーを取り出した。
「日数を長くすると時間がとれないから、週末を利用しての一泊二日になるだろう。ところどころにそれ以外の休日もあるから、まぁ一か月もあれば全員のターンが終わる。毎日お泊りデートしているような状態のエリルくんは省くべきのような気もするが、ロイドくんの事だから、仮にも仮の彼女であるエリルくんだけ仲間外れということにはしないだろう?」
「いや、その前に! そそ、そんな感じになるんですか!? まま、毎週誰かとおおお泊りみたいなスケジュールに!?」
「仕方あるまい。」
「そ、そんなあっさりと……」
「それぞれがロイドくんとどこに出かけるかは自由として、現地までの移動はリリーくんの位置魔法をお願いしたいところだな。」
「え、なに言ってるの、ローゼルちゃん? なんでボクがみんなの手助けするの。」
「取引さ。これでリリーくんはわたしたち一人ずつに貸しを作る事になる。この先、いつか何かの場面でそれが役立つこともあると思うのだ。わたしとしては、恋敵にそう言った借りを作る事になったとしても、今回のお泊りデートには価値があると考えている。リリーくんを含め、みんなどうだろうか?」
「そ、そうだね……もっとロ、ロマンチックなところにお、おでかけ出来るのなら……うん、い、いいんじゃないかな……」
「だいたい、このデートで勝負を決めればいーわけだしねー。」
「みんなに貸し……ロイくんの場合は突発的にいいことが起こる事が多いし……そのチャンスを一回奪えるとするなら…………うん、まぁいいかな。」
「よし、ではそのように。次は順番だが――」
「なんで当たり前みたいに話進めてんのよ!」
ロイドは顔を真っ赤にして動けなくなってるし、だ、だいたい許可した覚えがないわけで、あたしは慌てて話を遮った。
「エリルくんにだって利益があるだろう? なに、全員の条件が同じなのだから、実は日頃と変わらないさ。」
「変わるわよ! ひ、人の――恋人を勝手に!」
「そう言っていられるのは今だけさ。それに、ロイドくんが了承したのだ。」
「――! バカロイド!」
「はい…………押しに弱いダメロイドです…………で、でもちゃんとう、埋め合わせ的なのを頑張るぞ! い、色々と!」
「なっ――!! このエロロイド!」
「そ、そういうのばっかりってわけじゃないぞ!」
「仮の夫婦喧嘩はまた後日に――というかちょっと待てロイドくん。今、そういうのばっかりではないと言ったな? つまり少しはエロロイド成分があるということだな?」
「こ、言葉のあやです!」
この前の事を思い出し、たぶん同じ事を思い出したロイドと目が合って……だ、ダメだわ、顔が見られない――!
「妙な反応をしているが……まぁいいさ、デートの時にでも聞き出すとも。さて、さっき言いかけた順番なのだが……先でも後でも、どちらにもメリットはあるからな。くじ引きで決めてしまおう。」
……こ、こうして……いまいち納得できてないんだけど、お、お泊りデートをする順番がくじ引きによって決定した。第一回目は交流祭が終わった後の最初の週末で、相手は――
「ふむ、トップバッターか。」
――ローゼルになった。
「さて、それでは団長殿、一つご褒美を決めておこうじゃないか。」
「…………へ、あ、オレのことですか?」
赤かった顔を深呼吸で戻してたロイドは、呼ばれ慣れない呼ばれ方にまぬけな顔を返した。
「さっき言ったモチベーションの話がここから始まるのだ。ランク戦の時に効果の程は確認済みだし、どうだろうか? 交流戦で三勝できたらとか、上級生に勝利できたらという条件をクリアすることでデートの際にご褒美をもらえるというのは。」
「ま、またそれですか!?」
「団員の成長を促すのも団長の役割だぞ、ロイドくん。」
「うぅ……だ、だってみんな普通に強いし……条件って言っても簡単にクリアされそうな気がするし……」
「んー、じゃーさー、ロイドと勝負するのはどーおー?」
ティアナが作った妙に美味しいサンドイッチを頬張りながら、アンジュがそう言った。
「オ、オレと勝負?」
「交流戦って勝負して勝つと学校にポイントが入るんでしょー? 自分がゲットしたポイントをあとで教えてもらってさ、最終的にロイドよりも多くのポイントを稼いだらご褒美とかならいーんじゃない?」
「なるほど……いや、ではこうすればロイドくんも文句あるまい。」
「えぇ?」
「単純にこのメンバーで競争するのだ。そして一番多くのポイントを得た者は他のメンバーに何かをしてもらう――というような感じに。これならばロイドくん自身のモチベーション向上にもつながるだろう?」
「つまり……ロイくんにあんなことやこんなことをしてもらおうって思ったら、ロイくん含めたみんなよりもいい成績を残さなきゃいけないってこと?」
「あ、あんなことやこんなことって……あ、そ、そうだよ! ローゼルさん、そ、それだとオレが一番になった場合……ほ、ほら、いやらしいお願いとかをオレがしちゃうかもしれな――」
「望むところだから大丈夫だ。」
「こ、このエロ女神!」
「想いに忠実なだけだとも。どうだろうか、団長。」
「えぇ……うーん……まぁ、競争っていうのは面白そうだし、それでいいよ。い、一応言っとくけど、オレが一番になってもさっき言ったみたいなお願いはしないからね……?」
「ふっふっふ、魔がさすという事もあるだろうさ。まぁそもそもの話、ロイドくんの場合はカペラの会長に勝利しなければな。」
と、ここにきてニヤリと悪い顔になったローゼルがそう言った瞬間、ロイドはハッとした。
「そういえばそうだ! ちょ、オレだけ初めから一回の敗北が決まってませんか!?」
「何を言うのだ。『魔剣』と呼ばれるカペラ女学園生徒会長に勝利すればいいだけの話だろう?」
「勝てる気がしませんけど!?」
ああ……なんかロイドにも勝機をちらつかせておいて、実はロイド以外のあたしたちだけの勝負になってたのね……
「まぁとはいえ、わたしたちも二つ名で呼ばれるくらいには実力者という事になっているわけだからな。ランク戦における戦いぶりが伝わっている可能性もあるし、他校の強い生徒が挑んで来ることは無い話ではないだろうな。」
「天下の名門、セイリオス学院の一年生の、今のところのトップメンバーだもんねー、あたしたちってー。」
「そ、そういうことに……なっちゃうんだ……わぁ……」
「あ、そうか。別に学校はどうでもいいけど、ボクが負けてばっかりだと『ビックリ箱騎士団』絡みでロイくんの評判を落としちゃうかもしれないんだ。妻として、それは絶対にダメだね。」
「いつから妻になったのよ!」
変な理由と変な理屈で変にモチベーションが上がったあたしたち。原動力はともかく、このメンバーでの競争っていうのはロイドの言う通り、面白そうだわ。模擬戦みたいな直接的な勝負じゃなくて、ちょっとゲームみたいな勝負。
ロ、ロイドをエロ女神たちから守る為にも、一番を狙っていかないとだわ。
それに…………あたしだってご褒美が……
「あれ、どうしたんだエリル? 顔赤いけど。」
「うっさいバカ!」
第四章 他校の騎士
学院の敷地の隅っこにあるゲートを全校生徒が列をなしてぞろぞろとくぐる。その先にあったのは先生が言っていたように、確かに一つの街だった。
街の名前はアルマース。年に一度、交流祭が行われる三日間だけ使われる……正確には施設。敷地の四隅に参加校――セイリオス学院、カペラ女学園、リゲル騎士学校、プロキオン騎士学校につながるゲートがそれぞれに設置してあって……別にそう定めたわけではないらしいけど、ゲートを起点にした一定の範囲を各校のエリアと呼ぶのだとか。
各エリアにはそれぞれの学校の近くから出張出店している武器屋とか道具屋が並んでいるから、生徒は他校のエリアに入る事で珍しい買い物が出来たりするようだ。
そんな風に、一つの街の中に四つのエリアが出来上がったこの場所には普通の街には無いモノが――闘技場が用意されている。
各校へと続いているゲートと同様のモノが街のあちこちに設置してあり、そこをくぐると闘技場へと出る。広さは申し分ないのだけど、どうも魔法の容量? の関係で、観客として入る事が出来るのは数人らしい。
しかし、例えば生徒会長同士の戦いとかは観たい人がたくさんいるわけで、そういう場合は違う闘技場を使う。各エリアの中に一つずつと、街の真ん中に最大のモノが一つ、ゲートをくぐらなくても行ける……というか、街の中にドーンと建っている闘技場がある。各エリアの中にある闘技場は一校の、一番大きな闘技場は四校の全校生徒を収容可能なのだとか。
まさに戦う為に作られた街、アルマース。四校分の生徒がすっぽり収まったおそろしい大きさの闘技場にて、オレたちは交流祭の開会式に出席していた。
『皆さんおはようございます! 今年度の交流祭における司会進行、及び一部の試合の実況を務めさせていただきます、プロキオン騎士学校新聞部のパールです!』
どうやらこの交流祭、主役は生徒ということで運営が四校の生徒会に任されている。そして毎年、司会や開会のあいさつなどは四校が交代で担当するようで、今年はプロキオン騎士学校がその順番なのだとか。
『まずは開会の挨拶をわが校の生徒会長、マーガレット・アフェランドラよりいただきたく思います! では会長、よろしくお願いします!』
ランク戦の時とは違い、オレたちは観客席ではなく、闘技場の中で学校ごとに列を作って前を向いている。その視線の先にはマイクが設置してある台があり、そこに一人の女の子があがった。
『皆、おはよう。プロキオン騎士学校の生徒会長を務め、今年の交流祭においては実行委員長を任されている、マーガレット・アフェランドラだ。』
思い返すと、カペラの生徒会長であるポリアンサさんとリゲルの生徒会長であるゴールドさんは金髪で、我らがデルフさんは銀髪。偶然ではあるだろうけど、何やらキラキラしている生徒会長だらけの中、アフェランドラさんは黒髪だった。
ローゼルさんのような長い髪だけど、ローゼルさんとは違って……なんというか、パッツンというわけではないけれど綺麗に切りそろえられている。
プロキオンの制服はシャツに四角いネクタイ、男子はズボンで女子はスカート。ただしスカートにはちょっとふりふりしたモノがついていて、うちのよりも可愛い感じ。そして他の学校にはないローブを羽織っている。まさに魔法使いという感じの制服なのだが、アフェランドラさんは――いや、確かにそういう格好ではあるけど雰囲気がまるで違う。
『私にとっては三度目の交流祭。毎年、多くの生徒に良き出会いがもたらされているこの祭に参加できる最後の機会と思うと非常に残念に思う。同じ道を歩む同世代の者と競い合う――これはそうそうない事だ。』
淡々と、冷たさを感じそうな……いや、見ようによっては眠そうにも見えたりするのだが、うっすら開いた黒々とした目で壇上からオレたちを見下ろしている姿からは威圧感を覚える。
『母校の威信という誇りを胸に、戦友と出会うこの三日間。私は、皆に得るモノがある事を願う。』
キリッとした表情で……んまぁ、なんだか緊張しているようにも見えるんだが、強者である事が感じてとれるこの存在感には『女帝』の二つ名がふさわしい…………? 気がする……?
『このような場を用意して下さった先人の歴史に感謝しながら――ここに、交流祭の開催を宣言しよう。皆の騎士道に――』
なんだろう、感じる印象が変と言うかなんというか……そんな風なモノに首をかしげていると、どこを見ているのかわからなかったアフェランドラさんが最後の言葉の為にスッと顔をあげる。
その時、ふと、偶然に、アフェランドラさんと目が合った。
『――』
「!」
びっくりした。オレを見た瞬間、アフェランドラさんの半目がカッと全開になったのだ。まるで……探していたモノを不意に見つけたみたいな、そんな顔になったアフェランドラさんは、しかしその表情をすぐに戻し、顔をあげ切って言葉を続けた。
『……――皆の騎士道に、誉れあれ。』
きっと目の合っていたオレしか気づかなかっただろう視線を放ったアフェランドラさんは、何事もなかったかのように壇上から降りて行った。
なんだろう……もしやどこかで会った事があるのだろうか?
『ありがとうございました! 続きましては毎年恒例、各校からの出し物です! みなさま、酔いにご注意を!』
意味のよくわからない一言に首を傾げる前に、オレはどこだかわからない場所に立っていた。
「!? えぇ、ここは――」
「控え室だね。」
周りにいたたくさんの生徒はいなくなり、だいぶ遠くに立っていたはずのデルフさんがオレの真横にいた。というか……控え室?
「一年生はビックリして転んだり、位置魔法の経験がないと酔ったりするんだよね、これ。」
「えぇっと……闘技場にいたはずですよね?」
「うん。闘技場で開会の挨拶を聞いた後、四校の生徒は強制移動で観客席に飛ばされるんだ。そして各校のショーに参加するメンバーはそれぞれの控え室に移動する。」
「えぇ? でも確か……自分以外の位置を移動させるのは同意がないとできないってリリーちゃんが……」
「個人単位ではね。複雑で大規模な魔法陣で特定の条件をクリアすれば一応できるんだよ。ま、だから用途はこういう大勢の移動に限られ――」
「会長、どういう事ですか。」
突然の第三者の声に心臓が止まるかと思った。二人だけだと思っていた控え室にもう一人――セイリオス学院の副会長であるレイテッドさんがいた。
「えぇ? レイテッドさんも参加するんですか?」
「しません。今年の出し物は会長とあなただけのはずです。しかしここに移動する生徒を登録できるのは会長だけですから……私をこの場に呼びつけたのは会長ですよね?」
「いかにも。このショーの完成度を更に高めようと思ってね。」
救急箱のようなモノを手に、デルフさんはニンマリ笑った。
「あれが『女帝』……個人的にはボリュームのある金髪お姫様をイメージしていが、あれはあれで二つ名通りの威圧感があったな。」
「優等生ちゃんのイメージって漫画みたいだねー。」
気が付くと観客席にいたあたしたちは、各校が行う出し物についての歴史を司会の……パールだったかしら? が話してるのをぼんやり聞きながら雑談をしてた。
「でも二つ名が『女帝』ってどーゆー事なんだろうねー。戦い方が偉そうなのかなー?」
「どんな戦い方よ……」
「二つ名には本人のイメージや容姿というのも影響するからな。わたしのように。」
「ローゼルちゃんが腹立つ顔してるんだけど。」
「『女帝』……た、確かにちょっと怖い感じだったね……」
「そうだな。案外、うちの生徒会長がアレというのは良いことなのかもしれん。」
「そーかもねー。面白いし、今年で卒業っていうのは残念だねー。」
「卒業って……まだ来年にもなってないのに、気が早いわね。」
「『女帝』が自分の交流祭はこれで最後ーって言ってたからねー。なんとなくさー。」
よく考えなくても当たり前の事なんだけど、割とあの会長とはロイド絡みでよく顔を合わせる気がするから……いなくなるって思うと、確かに少し残念かもしれないわね。
三年生……三年間は早いってよく言うけど、ロイドがこっちに来てから今日までは妙に長く感じるわね。悪党が襲撃してくるし、首都が侵攻されるし、S級犯罪者は出てくるし、魔人族も顔を出すし……あまりに色んな事が起こり過ぎてるからかしら?
ロイドって、巻き込まれやすい体質なのかもしれないわね……
『はい、皆さまお待たせ致しました! 準備が整ったようですので、これより各校のパフォーマンスを始めます! トップバッターはカペラ女学園です!』
本来は闘技場で戦う人が登場する場所から、綺麗なドレスを着た女子がぞろぞろと出てきた。くるりと輪を描いて並び、音楽が鳴りだすと、全員が美しい舞いを始めた。花が咲いたり散ったりする様を表現しているその動きは観客席っていうちょっと上からの視点に合わせたモノで、本当に綺麗だった。
舞いもすごいんだけど、一番驚いたのは舞っている生徒。よく見て初めて気が付いたんだけど、中には……なんていうか、フィリウスさんの一歩手前みたいな、ガッチリした体格の女子生徒も混ざってた。だけどだからってその人だけが妙に目立つ事はなくて、他の生徒と同じように……美しく、気品のある動きを魅せてる。
女性としての美しさと騎士としての強さ。その両方を教えて立派な女性騎士を育てる学校……この出し物は、カペラ女学園そのものを表現しているような気がするわね。
「女子校っぽい出し物だけど……でもあれでしょ? 一人だけ男の子が入っちゃったんでしょ? 伝統とか、そういうのはいいのかな。」
「伝統か。むしろわたしは、カペラ女学園が次の段階に進んだように感じたがな。」
「どゆこと?」
「男に負けない女を育てる学校で、その男の力を経験しないというのは理屈に合わないだろう? 敵を知らずにどうやって倒すのだという話さ。」
「なによ、男の力って。」
「そのままの意味だ。魔法技術のおかげで男女の力関係は同等になっているが、逆に言えばやはり、素の力――腕力とかそういうモノは男の方が基本値は高い。そういう初めからある差を経験しないままでは強い女性騎士にはならないと、わたしは思うわけだ。」
「男の力……あんまりそーゆー場面にならないからわかんないけどさー。ロイドはどうなんだろうー? 腕相撲とかしたらやっぱりあたしたちより強いのかなー?」
「どうだろうか。前にロイドくんを壁に押しやった時はすんなりとできたが。」
「は!? な、何よそれ!」
「む? 随分前の話なのだが……」
「ロ、ロゼちゃんがこ、告白……した時の話……だよ……で、でもロイドくん、あ、あたしをお姫様抱っこしてたし……ち、力はあるんじゃないのかな……」
「別にティアナは重くないだろうが……そうか、お姫様抱っこか。ふむ、今週末のデートでしてもらうか。」
「……ローゼルちゃんは背も高いし無駄な脂肪が胸にくっついてるから重いんじゃないの?」
「……可能性はあるかもしれんな。やれやれ、胸に無駄な脂肪がついていないリリーくんがうらやましい限りだ。」
「ロ、ロイくんに鷲づかみにされちゃうくらいはついてるもんね!」
「鷲づかみ……ふむ、それも今度のデートの時に……」
「なにさらりと言ってんのよエロ女神! だ、だいたいこんなところでそんな話してるんじゃないわよ!」
真面目な顔で口を開いたローゼルが真面目な顔でや、やらしい話を始めた辺りで、カペラの舞はフィナーレを迎えた。
『いやぁ、毎年のことですが美しいですね! 豆知識としてお伝えしますと、交流祭の出し物に参加する生徒は学園内で厳しい審査をクリアした優秀な生徒だそうです!』
審査……確かに、セイリオスの闘技場と同じようなスクリーンがここにもついてて、舞ってた生徒のアップが映ったんだけど、美人揃いだったわね。
「え? でもさ、このイベントって今じゃ交流戦って呼ばれちゃってるバトルイベントなんでしょ? なのにこんな出し物に力入れ過ぎじゃないの?」
「わたしもそう思って少し調べたのだが、どうやらこの出し物にもポイントがつくらしい。自分の学校以外の出し物の中から一番を選ぶとどれですかという質問が四校の全生徒にされ、それが最終的なポイントに加算されるのだとか。」
「交流祭の勝負は始まってるってわけなのね……」
『美しさの次は力強さ! 続きましてはリゲル騎士学校です!』
カペラの出し物の影響で闘技場に満ちてた華やかな雰囲気をドカドカと壊しながら入場したのは……じょ、上半身裸の男連中。
「わ、フィルさんもどきがいっぱい。」
「もはや筋肉イコールフィリウス殿になってしまっているな……わたしもそうだが。」
フィリウスさんと比べたらまだまだだけど、平均以上のムキムキ具合の男たちは武術っぽい構えをとり――
「「「せいっ!!」」」
息ピッタリの掛け声と共に出し物を始めた。部類としてはカペラのそれと同じの踊りのようなモノなんだけど……こっちのは舞じゃなくて――
「ほう、リゲルは演武か。」
武術の形なんかを一人や複数人で披露する演武。連中がどの流派の何を見せてるのかはわからないけど、力強い動きと迫力のある魔法がカペラのとは違う方向に魅せてくる。
「こっちはこっちで男子校っぽいねー。かっこいー。」
「しかし……男子校だからなのかリゲルがそういう校風なのか、女子寮の中ではそこそこ悪評が出回っていたな。ナンパされたとか覗かれたとか。」
「で、でも同じくらいに……つ、強いっていう話も聞いたよね……き、騎士になって活躍してる人も多いみたいだし……」
「それはどの学校もそうなんじゃないの? うちだってフィルさんの母校なんでしょ?」
「十二騎士になるような人物は他とは別格の、頭一つ飛びぬけた者たちだろう? リゲルはその卒業生が全員、平均以上の実力者なのだ。」
「……強い騎士を育てる学校っていう意味じゃ、実は一番すごい学校なのかもしれないわね……」
闘技場を揺らすほどの魔法をいくつも披露し、出し物っていうよりはリゲルの強さ――っていうか実力? みたいなモノを見せつけられたような気がする演武が終わると、汗だくの男たちがキレのあるお辞儀をして退場していった。
『迫力の演武、ありがとうございました! 闘技場内のマナがなくなってはいないかと心配になる大技ばかりでしたが、豆知識としてお伝えしますと、みなさんが疲労して下さった演武は国王軍で採用されている格闘術のかなり上段の技となっていました!』
「……ア、アルクさんもそうだけど……し、司会の人って色んな事、知ってるね……」
「というよりは、そういう雑学王が司会を任されるのだろう。」
『次はプロキオン騎士学校! 前二校とは異なり、毎年違うモノを見せてくれますが、今年は何が見られるのでしょうか!』
割とすごいモノを二校が見せたから、今度はどんなのかしらとちょっとわくわくして下を眺めてたら、闘技場に大きな熊みたいなのがノシノシ――って熊!?
「あれ、魔法生物だよ? たしかAランクの結構強いやつ――うわ、まだ出てくる。」
ゾロゾロと、詳しくなくても強いっていうのがわかるレベルの魔法生物が最終的に六体登場して……最後にプロキオンの男子生徒が一人出てきた。
「む、もしや『テイマー』か? プロキオンで有名な……確か今は三年だったか。魔法生物を使役するという独自の魔法を開発したとか。」
「すごいわね、それ。魔法生物の侵攻で悩んでる街とかから引っ張りダコの魔法じゃない。」
体長が二、三メートルはある魔法生物たちにお辞儀をさせた男子生徒――『テイマー』は、魔法を交えたサーカスのようなモノを始める。
魔法で作った火の輪とか、どっから持ってきたのかトランポリンを使ったり大きな玉を転がしたり……なんか騎士じゃなくてそういう芸の道を進んだ方がいいんじゃないのって気がしてくるわね……
「『テイマー』もそうだが、プロキオン騎士学校は独特な魔法や能力を持つ生徒を積極的に迎え入れているらしい。故に、ある一つの分野において他の追随を許さない天才を輩出する学校という認識が強いようだ。」
「能力……ま、魔眼……みたいな……?」
「ああ。確か魔眼保有者はダントツに多い。」
『素晴らしい! これはただ芸を仕込んだというだけではありません! 魔法生物たちとの間にある確かな絆によってなせる技です! 我々騎士を目指す者からしますと、魔法生物というのは倒すべき相手という認識が強いでしょうが、豆知識としてお伝えしますと、騎士と共に戦うパートナーとして活躍する魔法生物もたくさんいます! いや、これは本当にすごい!』
歓声の中、手を振って退場していく魔法生物たち。
でもって次は……会長と女装ロイドのショーだわ……
「当日まで秘密という事でどんなショーを行うのか知らないわけだが……何やら心配になってきたな。ロイドくんの女装は大丈夫なのか?」
「今更だねー、優等生ちゃん。」
『さて、最後はセイリオス学院です! こちらは伝統として、生徒会が主体となって出し物を企画するわけですが――何といっても、今年のセイリオス学院の生徒会長は『神速』ことデルフ・ソグディアナイト! 国王軍は勿論、多くの騎士団が注目している彼はどんな出し物を――お、出てきました!』
他の学校と比べると一番少ない人数で入場してきた会長と女装ロイドことロロ――
「――は?」
思わずそう言ってしまった。会長は……いつもと違う髪型と燕尾服でビシッと決めてて、観客席の女子たちがわっと騒ぎ出すくらいに……まぁ、カッコイイ。いえ、そんなことどうでもいいのよ、それよりもロロよ!
「ちょ、ちょっとまて、あれがロイドくんか? ま、前に女装したのを見た時以上に……な、なんというか……」
「ロイくんてばお化粧してる! なんかすっごい美人になってる!」
そう……ヤバイのよ。マトリアっていうロイドの遠いおばあちゃんの魂の影響で、女装すると本当に女性にしか見えない雰囲気になる……のかもってロイドは言ってたけど、今のロロはそんなもんじゃない。
普通に美人、普通に美女。元がロイドだから……その、む、胸とかは勿論ないけど、露出の少ないドレスで清楚に歩くロロの姿に、観客席の男子たちがざわついた。
『これはこれは、美男美女の登場――おや? なにやら『神速』が……あ、マイクですか?』
『あー、おほんおほん。や、マイクをどうもありがとう。別に他の学校を否定するわけじゃないけれど、ショーには前口上が必要だと思うのだな、僕は。どうもみなさんこんにちは、セイリオス学院の生徒会長、デルフ・ソグディアナイトです。』
大勢の前で話すのに慣れてるんでしょうね……ペラペラといつもの調子で会長は話を始めた。
『パールくんが言ってくれたけれど、うちは代々生徒会が主体となって出し物をするからね。当然、その時々の生徒会長の腕が問われるわけだけど――これから見せるショーは我ながら、歴代の中で一番の出し物であると思うんだ。それくらいの自信作、どうぞ楽しんでいって欲しい。短い時間ではあるけれど――みなさんを、光の魔法の世界へ。』
会長がペコリとお辞儀をすると、その後ろに立ってたロロが両手で……確かペンライトを光源にして会長がその光を魔法で強くしてる、綺麗に光る棒をくるくると回転させ始めた。それをパッと宙に放ると、二人が闘技場に入って来た入場口から大量の光る棒が――いえ、すごい速度で回転してるからもはや光る円盤って感じかしら? それがぶわぁっと飛び出していって闘技場内を飛び回った。
その光の渦の中、手や足を鳴らすタイミングで光の花火みたいのを周りに咲かせながら、会長とロロが手を取り合ってダンスを踊り出す。会長を中心にしてロロが回るっていう感じなんだけど、ロロの動きはフィリウスさん直伝の円の動きを応用してて、ドレスを大胆にはためかせながら、時に宙返り、時に会長を飛び越え、立体的な動きで踊っていく。
『こ、これは……』
たぶん司会の無意識の呟きをマイクが拾う。観客席からは美男美女に対してのざわめきがピタッと止み、全員が息をのんでいた。
光の中で華麗に舞う会長とロロはただただ綺麗で――
「いやいやいやいや! ちょっとあのロイドくんはやりすぎだぞ! 真面目に男子に惚れられてしまうではないか!」
スクリーンにアップで映るロロは……なんていうか大人の色気……みたいな何かがあふれ出てて、あたしでもちょっとドキッとした。
会長の光の魔法、ロロ――っていうかロイドの曲芸剣術、そして二人の高い体術による踊り。使いどころを間違えた技術によって披露されたその舞いは数分の間闘技場を飲み込み、気が付くと二人はペコリとお辞儀をしていた。
『――は、な、こ、これはすごい! た、ただただすごいとしか言いようがありません! 一段階上のエンターテインメントを魅せつけられました! お見事です!!』
一息遅れて大きな拍手が響き渡り、会長とロロは退場していった。
「……なんか面倒な事になりそうだわ……」
予想以上に面白く、楽しく、充実感のある時間だった。何かの技術を磨いて人に見せる仕事の人たちはきっと、この感覚を求めて毎日頑張っているのだろう。
初めてフィリウスに女装しろって言われた時はかなり反対したけど、今のこの時間を得られたのが女装っていう変な特技のおかげだとするなら、少し感謝してもいいかもしれない。
「いやはや、素晴らしかったね。ありがとう、オニキス――いや、サードニクスくん。」
「『私』もすごく楽しかったです。ありがとうございました。」
ガシッと握手をしてお互いを称えた後、オレとデルフさんはぐびぐびと水を飲んで一息つく。動きとしては戦いの時のそれと同じようなモノだから、割と疲れた。
「レイテッドくんのメイクは大成功だったね。彼女、こういうのうまいんだ。」
「ホントすごいですね、メイクって。自分じゃないみたいです。」
控え室にある大きな鏡を覗きながらオレが自分の顔をぺちぺちしていると、デルフさんは不思議そうな顔をした。
「しかし……それだけ女性になりきれるサードニクスくんが、いざ本物の女性に迫られると鼻血噴出機になってしまうのだからなぁ。」
「ぶっ! ど、どこでそれを……」
「色々とね。まぁそれで夜な夜なお楽しみとあっては困るけれど、今のサードニクスくんは割と真面目にどうにかしないといけないと思うよ?」
「お、お楽しみ――え、ど、どうにか? えぇっとそれは……ふ、風紀を乱すとかそういうの……ですか……?」
「ん? ああいや、そうじゃない。どうにかしないとと言ったのは、女性に迫られて鼻血で気絶という状態さ。」
水の入ったボトルを片手にカッコよく椅子に腰かけながら、デルフさんは言葉通りの真面目な顔で話を続けた。
「知っての通り、世の中には女性の悪党も大勢いて、中には女性のみが持っている魅力で男性を攻撃してくる者もいる。言ってしまえば、色仕掛けというやつだね。」
「い、色仕掛け……」
「色香で惑わして騙すなり奪うなりというのもあれば、戦闘中にその魅力を使って騎士の力を削ぐという事もある。実際、腕利きの騎士たちがそれほど強くはない女盗賊を捕らえようとしたら、女性の魅力を巧みに使った攻撃に返り討ちにされた――というようなケースもあるくらいだ。」
そういえば……フィリウスも似たような事を言ってたっけか。「俺様が俗に言う女遊びをするのは、そういう敵に出会った時に耐えられるようにだ、ほっほー。」って……
んまぁ、ほっほーで台無しだったけど。
「ま、流石に……例えば、サードニクスくんの大切な人に危害を加えようとしている相手が色仕掛けを使ったところで、サードニクスくんがそれに惑わされる事はないだろう。しかしそうでもないようなちょっとした悪事を前にはどうだろうか。もしかしたらそれがキッカケで大事になるかもしれないし、取り返しのつかない小さなミスという場合もある。」
「そう……ですね。」
デルフさんの話を聞き、確かになんとかしないといつか後悔する時が来るかもと思ったところで……にんまりと、デルフさんの表情が変わった。
「今のところお色気攻撃に激弱なサードニクスくんは、しかしてお色気攻撃が飛び交う戦場の真っただ中にいる。多くの見習い騎士が望んでも得られない鍛錬の場に、サードニクスくんはいるのだよ。」
「はい……はい?」
「利用しろと言うと彼女たちに失礼だけどね。それでも……サードニクスくんはもう少し鼻血を我慢する方向に頑張ってみてはどうだろうか。」
「あ、あのデルフさん……?」
「そうだ、きっと突然飛びつかれたりするからビックリするのだ。むしろ自分からある程度のスキンシップと割り切ってみては?」
「じじ、自分から!? デ、デルフさんは『私』をどうしたいんですか!」
「どうしたい……か。ふふ、さてね。九割方、面白がっているのだろうね。」
「えぇ!?」
「でも、きっと残りの一割がどうしても無視できないんだ。」
「な、なんの話ですか……?」
「これといって何もなかったというのに、三年目にしてこの大波乱。僕の運命に君が乗ったというよりは、君の運命に僕が乗せられたのだろうと、そう思ってしまったりなんなり。」
「??」
「ふふ、小難しい話はよそう、サードニクスくん。要するに、彼女たちの攻撃を受けても揺るがないようになるといいねという話――」
「後輩を淫らな道に導かないで下さいっ!」
にんまりとはしながらも三分の一くらいは真面目さが混ざった顔をしていたデルフさんが、後頭部をバチコーンと叩かれて前のめりに椅子から転げ落ちた。
「いつまで控え室にいるんです! そろそろ開会式が終わりますよ! あなたも早く着替えなさい!」
いつものように、生徒会長であるデルフさんは副会長であるレイテッドさんにずるずると連行されていった。
交流祭は今日を含めた三日間。闘技場の使用が許可されるのは今日の午後からで、開会式が終わってからお昼までの時間は自由行動。大抵、一年生は他校のエリアとか、そこからゲートを通って行ける他校の校舎とかを見学して、二年や三年は他校の生徒の情報収集とかに力を入れる時間になるらしい。
「ロイくんてば美人になり過ぎだよ! あんなメイク、誰にしてもらったの!」
「レイテッドさんだよ。デルフさんの提案でね。なんかそういうのに詳しいんだって。」
ロロからロイドに戻ったロイドが妙に達成感のある顔でそう言うと、アンジュがロイドの顔をまじまじと覗き込む。
「すごいねー。ロイドはすぐにばれるって言ったけど、あんな美人とこのロイドが同じとは思えないから、案外ばれないんじゃないのー?」
今にも鼻がぶつかりそうな距離に近づいたアンジュをいつものように引き離そうとあたし――とローゼルが手を伸ばしたんだけど、その前に――
「んみゅ。」
目の前に迫ったアンジュの顔……っていうかほっぺを、顔を赤くしたロイドが左右から両手でぺちんと挟んだ。
「……」
「……あ、あにょ、リョイド?」
「……え、あ、ご、ごめん……」
手を離してドギマギするロイドを、予想外の事に驚いた顔をしたアンジュが――だけどちょっと嬉しそうにほっぺをさすりながらニヤリとする。
「なーにー? いきなりどーしたのー?」
「なな、なんでも……こう……スス、スキンシップ的な何か――ああいや、やっぱりなんでもないですからさぁさぁ、他の学校のエリアを見学しに行こう! どこから見ようか!」
「なんだか見過ごしてはいけない何かを見たような気がしないでもないが……三校を見学しようと思ったら割と時間はないからな。追及は今夜という事で……ふむ、このアルマースの街をぐるりと回るとなると最初は――」
という事で、あたしたちはカペラ女学園のエリアにやってきた。セイリオスが割と街の近くに建ってるのに対して、カペラは自然の中にひっそりと建っているらしく、出店に並んでるのは新鮮な果物とか、それを使ったお菓子とかがメインだった。
全然騎士には関係ないけど……
「ポリアンサさんのを見た時も思ったけど、なんていうか、おしとやかな感じの制服だな。」
カペラは紺色がメインの制服で、ふんわりと広がるスカートが足首まできてる。まさにお嬢様学校って感じの制服ね。
「えぇっと……ポリアンサさんはどこにいるんだろう。」
「? あんた、カペラの会長に会いに行くの?」
「いや、ほら、コンサートの時にオレと戦ってみたいって言ってたからさ。こっちとしても願ったりだし……ロロから聞いたっていう事にして話しかけてみようかなと。」
「ふむ。しかし相手は生徒会長だからな。色々と忙しいのかもしれな――」
「プリムラに用か?」
ぶっきらぼうな声がした。見ると、たまたま通りすがっただけって感じに一人の男子がこっちを見てる。
「ん、あんたはこの前のチケットの。コンサートには用事で来られなかったってもう一人から聞いたが……ロロだっけか。あっちの子は一緒じゃないんだな。」
ぼさぼさの髪の毛を適当な手串でまとめたような黒髪をした男子で、他のどの学校とも違う制服を着てた。で、そんな男子が話しかけてるのはリリー。
「なんとなく誰かはわかったが、一応どちら様なのだ、リリーくん。」
「え、知らない。」
リリーがしれっとそう言うと、男子はやれやれと笑った。
「そりゃそうか。路地で会っただけだもんな。それにあの時は自己紹介しなかったし……よし、俺はラクス、ラクス・テーパーバゲッド。一応カペラの二年生だ。プリムラ――うちの会長に何か用なのか?」
こいつがラクス……イクシードっていう体質の、カペラ唯一の男子生徒。
「あ、えっと、オレ、ロイド・サードニクスっていうんですけど、ポリアンサさんと……えぇっと、戦いの予約? みたいなモノを……」
「ああ、そういうのか。でも難しいと思うぞ? 実はさっきからあんたと同じような要件の生徒が何人か来てるんだが……プリムラはもう戦う相手を二人決めててな。残りの一人は交流祭の後半で決めたいっつって断ってるんだ。」
「えぇっと……ちなみにその二人って誰ですか?」
「セイリオスの会長の『神速』と、何かと噂の……えぇっと、同じくセイリオスの『コンダクター』だ。」
「あ、それなら大丈夫だと思います。」
「? 何がだ?」
「オレが……その、『コンダクター』なので。」
カペラのエリアにあるゲートをくぐり、カペラ女学園の敷地内移動したあたしたちは、セイリオスとは雰囲気の違う校舎を眺めながらラクスについていき、なんか庭園みたいになってる場所のテラスにやってきた。
「プリムラ、お客さんだぜ。」
「試合の申し込みなら――あら、随分な大所帯ですわね。何用かしら。」
ぺかっと出たおでこと後ろの方で渦を巻いてる金髪。凛とした青い瞳のその女は、何かの資料を見ながらお茶を飲んでいた。
「あの、初めまして。」
女装した状態では一回会ってるけど、そうとは言えないロイドはペコリと頭をさげた。
「オレ、ロイド・サードニクスって言います。その……ロロちゃんから話を聞きまして……」
「! もしかして『コンダクター』!? わざわざ来ていただけるなんて……どうぞ、お座りになって。今お茶を淹れますわ。」
ぱぱぱっとあたしたちの分のお茶を用意し、ついでにクッキーとかをテーブルに並べて、カペラの生徒会長はお辞儀をした。
「わたくしはプリムラ・ポリアンサ。カペラ女学園で生徒会長をしております。あなたが『コンダクター』であるならば……そちらの方々は『ビックリ箱騎士団』の面々という事でよろしいかしら?」
「! よく知ってますね。」
「あなたが有名ですからね。それで――オニキスさんから聞いたという事ですけど、礼として正式にお願いいたしますわ。『コンダクター』、交流祭における三回の戦闘権の内の一回をわたくしにいただけませんか?」
「勿論、喜んで。オレとしても、あのデルフさんが強いと言うあなたと勝負ができる事はよい経験になると思っています。」
「『神速』が? わたくしを? 嫌味にしか聞こえませんわね……」
呆れた顔をする生徒会長――プリムラ。
「では早速、今日の午後でよろしいかしら?」
いきなり……いえ、そうでもないわね。期間が三日間あって戦えるのが三回。一日一戦ってしたら一日目の今日に最初の一戦をするのは変じゃないわ。
「わかりました。」
「ふふふ、良き試合にしましょう。」
にっこりとほほ笑んだプリムラの横、なんとなくこの場にいたラクスが口を開いた。
「そういやセイリオスの出し物に出てたのってロロだよな? なんかすごい美人になってたけど。」
「そ、そうですね……」
「やっぱりか。化粧であんなになるんだなぁ……女ってのはすごい。」
女っていうか、男をあんなにしちゃってるんだけどね……
「ラクスさん……? あ、あなたもしかして他校の生徒まで手籠めにしようと……?」
「人聞きの悪い事を言うなよ……誰かをそうした事なんてないぞ?」
「し、白々しい! お風呂場での一件、多くの生徒が被害にあったのですよ!?」
「あれは不可抗力がだな……」
「いつも女性生徒に囲まれていますし!」
「いや、ここ女子校だし……周りは女性生徒しかいないだろ。」
「そ、そういう意味ではな――」
ふと何かに気がつき、プリムラがあたしたちの方を見た。
「……こうして見ると……『コンダクター』、あなたもそういうタイプですの……?」
「心外です!」
プリムラから……割と真実のような気がする疑惑を向けられたロイドを連れ、あたしたちはカペラのエリアを後にした。
「しまった。あの場でロイドくんが夜な夜な女子生徒を襲うエロ魔人であるとでも言っておけば、彼女が生徒会長の権限でカペラの生徒をロイドくんに近づけさせないようにしてくれたかもしれないな。」
「何言ってるんですか、ローゼルさん!?」
「今以上に恋敵が増えるのは面倒だからな。しかし実際、あちらのプレイボーイくんではないが、ロイドくんにもわたしを手籠めにするくらいの度胸が欲しいモノだぞ?」
そう言いながらロイドの腕に抱き付くローゼル……だったんだけど――
「てご――しょしょ、しょうでしょうかねっ……!」
いつもなら「ロ、ローゼルさん、あ、当たってますから!」とか言いながら大慌てで離れるのに、なぜかロイドは真っ赤な顔でぷるぷるしながら……我慢? してた。
「?」
いつもと反応が違う事に不思議そうな顔をしたローゼルは、ロイドが離れないからロイドとの密着が続いてるのに気が付いて――
「さ、さて! 次はリゲルだな!」
ちょっと赤くなって自分から離れ――るくらいならやるんじゃないわよ!
「カ、カペラの校舎、なんだか……豪華なお屋敷みたいだったね……」
「そだねー。貴族の家ってあんな感じだねー。」
「さっすがお嬢様学校だよね。あっちこっちに彫刻とか石像があったけど、あれは高いよ?」
「エリルの家とかロ、ローゼルさんの家があんな感じだね。」
「へー。騎士の名門ともなるとお屋敷に住んじゃうんだねー。」
「た、単に修練場などがあるから広いだけだ。本物の王族にはかなわないさ。」
「うちには修練場はないから、本当に無駄に広いだけだわ……」
カペラの白くて立派な校舎やおちついた制服について話しながらそこそこの距離を歩いたところで、あたしたちは別のエリアに入った。
「わ、急に武骨な感じになったね。」
「ふむ、やはりエリアの雰囲気は学校のそれに合ってくるのだな。」
「ぶ、武器屋さん……ばっかり、だね……」
到着したのはリゲル騎士学校のエリア。リゲルが建ってるのは騎士の街として有名な所で、だからなのかティアナの言う通り、出店してるのは武器屋ばっかりだった。
「フィリウスが好きそうなデカい武器があるなぁ……うわ、あんなの持てる人いるのかな。」
「そういえばフィリウスさんの剣って普通の武器屋には無さそうな大きさよね。あれって特注品か何かなのかしら。」
「そういうことは聞いた事ないなぁ……考えてみれば初めてもらったあの二本の剣だってどこから持ってきたのやら。」
「フィルさんのことだから、腕利きの鍛冶屋とかが知り合いにいるんじゃないの?」
フィリウスさんもどきみたいなイカツイ人たちが店主をしてる武器屋の通りを抜け、あたしたちはリゲルへと続くゲートのところにやってきた。
「あれ? あの人は確かリゲルの……」
ゲートの横で……なんでか椅子に座って門番みたいにしてる男子生徒を見てロイドが言った。カペラの時はご自由にどうぞって感じだったんだけど、リゲルはそうじゃないのかしら。
「あー……あのぅ、通っても大丈夫……ですか?」
恐る恐るロイドが話しかけると、その男子生徒は読んでた本から顔を上げた。
どっかの王子さまみたいな髪型をした金髪のメガネ男で、向かって左のほっぺに変な模様が描いてあるそいつは、ロイドからあたしたちに目線を移しながら口を開いた。
「女子か。願ってもいない事だ、自由に見学していってくれ。」
「願っても? どういう意味ですか?」
「……我が校はどうにも評判が悪い。男子校だから女子を見つけるや否や破廉恥な行いに走る変態ばかりだ――という具合にな。確かにそういうような素行の悪い生徒はいるが、そんなモノは一握りであるし、逆にセイリオスやプロキオンにはそういう生徒が一人もいないとは言えないのだから、比率的には同等というところだろう。それが男子校だからという理由で煙たがられるのでは困りものだ。故に、女子生徒が見学に行っても大丈夫という実績を積み重ねる事でイメージの回復を図りたいのだ。」
「な、なるほど……えぇっと……もしかして今みたいな説明をする為にここに座っているんですか?」
「それもあるが、メインはエリア内や学校の敷地内でうちの生徒が問題を起こさないように見張る為だ。」
「そ、そうですか……」
やっぱり門番みたいな事をしてた金髪メガネの横を通り、あたしたちはリゲル騎士学校の敷地に入った。
「結局彼は何だったのだ? ロイドくんは知っているようだったが。」
「うん。あの人はベリル・ゴールドって言って、リゲルの生徒会長さんだよ。」
「あー、言われてみればそんな雰囲気だったねー。インテリって感じー?」
「で、でも自分の学校の……評判を回復させ、ようとしてる……い、いい会長さんだね……」
「評判か……しかしこんな雰囲気の校舎では、確かに良い印象は抱かないぞ……」
カペラの校舎が豪華なお屋敷みたいだったのに対してリゲルの校舎は……まるで軍関係の建物っていうか、寄宿舎っていうか……ひどい言い方をすれば監獄みたいな、コンクリートの壁と小さな窓とドアだけの建物が連なる殺風景なところだった。
「教育機関というよりは訓練施設と言った面持ちだな。まぁ、だからこそ強い騎士が育つのかもしれないが。」
訓練施設……まさにその通りかもしれないわね。リゲルの制服ってまんま軍服みたいだし……
「えぇっと……自由に見学してとは言われたけど、あんまり見所がなさそうだね。確か校舎には入れないし……」
「そうね……」
「おや? あれはロイドじゃないか?」
「うちの学校であれだけの女子にいつも囲まれてるのはロイドだな。」
あんまり見て回るような建物がないから帰ろうかと思ってたところで強化コンビ――カラードとアレキサンダーが手を振りながら歩いてきた。
「あの、アレクさん? なんかオレを聞き捨てならない表現してませんでした?」
「事実だろう?」
「そうだ、うちの生徒会長と親しいロイドなら知っているかな。リゲルの会長を探しているのだが。」
「えぇ? ゲートの横に座ってた……のがそうだけど。」
「なに? きっちりしている大人の雰囲気だったから、てっきり教員なのかと。」
「教師は制服着ないわよ。」
「いや、そうでもないのだ。おれたちは敷地内をぐるっと回ったんだが、教師も同じような軍服姿だった。」
「いよいよもって軍の施設だねー、ここー。」
カラードたちと合流したあたしたちは、たぶん五分も経たないでゲートから元の場所に戻って来た。
「あなたがリゲルの会長か。」
さっき見た光景がリプレイされるみたいに、読んでた本から顔をあげる金髪メガネ――ベリル。
「いかにも、自分はリゲル騎士学校の生徒会長、ベリル・ゴールドだ。君は?」
「おれはセイリオス学院一年、カラード・レオノチス! あなたに勝負を挑みたい!」
何の用で会長を探してたのか聞かなかったあたしたちは、カラードの言葉にビックリした。
「……上級生に挑みたがる生徒というのはどこにでもいて、生徒会長に挑んでみようという者もよくいる。しかし、自分も君と同様に、できれば強者と戦って経験を得たい。チャンスは三回、戦う相手は慎重に選ばなければならない。」
本をパタンと閉じ、ベリルはメガネの奥から鋭い視線をカラードに送った。
「自分は既にそちらの会長との一戦を約束しており、残す権利は二回。内一回を君にする理由は何かあるだろうか。」
「自分自身を強いとは表現できないが、実績を伝える事は出来る。」
「ほう?」
「入学したての頃、おれは上級――セラームの位の騎士と手合せをする機会を得た。その時の戦績は、おれ一人対セラーム三人で――三分間は決着がつかなかった。」
……もっと上手な言い方がありそうな気がするけど、色々と真っすぐなカラードは正直にそう言った。
「……三分か。なるほど、君が『リミテッドヒーロー』だな。セイリオスのランク戦でまるでセラーム同士の戦いのような試合が一年生ブロックで起きたと、こちらでも有名になった。映像まで出回った程だが……ああ、そういえばそこの少年は『コンダクター』だな。」
ちらりとロイドを見たベリルは、十秒くらい目を閉じて……で開いた。
「いいだろう。時間制限という弱点はあるが、その間の君は確かな強者だ。磨き上げられた体術と有無を言わせぬパワー……経験として得ておくことに価値を見出せる。」
「感謝する!」
「……ちなみに、他の会長にも同じように頼むのか?」
「どうだろうか。きっちり三戦したいところではあるが……あなたとの試合で全てを出し切る可能性もある。一先ず、それが終わってから考えようと思う。」
「なるほど。」
初めて会った数分前から今の今まで、まったく同じ表情で会話してたベリルは、とうとうそのまま、再び本を開いて顔を落としてしまった。
「……オレたち、各エリアを回ってるところなんだけど……カラードたちは?」
「ここの前はプロキオンを回って来た。次はカペラになる。」
「おれたちと逆回りか。じゃあまた後でな。」
「ああ。」
あたしたちが歩いてきた方にスタスタと歩いて行く強化コンビ。もはや置物と化してるベリルをチラ見して、あたしたちは次のエリアに足を向けた。その時――
「ぶおっ! セイリオスにはやべぇ女がいるんだな!」
ずかずかとふてぶてしく、見るからにガラの悪い男子がこっちに向かって歩いてきた。
ベリルと同じ金髪をぼさぼささせて、素肌にシャツを羽織ってボタンをとめないっていう変態みたいな格好の奴で……リゲルで流行ってるのかなんなのか、ベリルみたいにほっぺに変な模様があった。
「あいつは……」
そう呟いたロイドは……珍しく、嫌悪感むき出しの顔をしてた。
「へいへい、そこのあんただよ、へそだしミニスカの。たまんねぇなぁ、えぇ? 男のたまり場たるわが校に客をとりに来たのか? そういう誘いなら乗るぜ?」
ああ……これがさっきベリルが言ってた、素行の悪い生徒ね……
「おま――」
「お生憎ねー。」
ゲスのゲスな言葉にロイドが怖い顔で何かを言おうとしたんだけど、アンジュが余裕の笑みで――ロイドに抱き付きながら答えた。
「誘ってはいるけど、それはこっちであってあんたじゃないわー。勿論、他の男もお断りー。」
「あぁ? んな男を? タマがついてんのか怪しいもんだがなぁ――っておいおいまじか!」
ゲス男がロイドに腹の立つ視線を送ったかと思ったら、すぐに対象が変わった。
「うっほ、こりゃ上玉だな! なんだそのおっぱいはおいおいおい!」
バカみたいな顔しながらそいつが移動したのは――ローゼルの前。
「顔も抜群か! こりゃあいくらでも金を積む奴がいるだろうな! なぁおいあんた、この交流戦、おれさまと勝負しねぇか?」
唐突に話を切り替えたと思ったら全然そうじゃなくって、ゲス男は下をべロリとさせながらニタニタと笑う。
「こういう場所じゃやるなって兄貴から禁止されてんだが、闘技場の中でなら話は別だぜ?」
くいっとゲス男が腕を振ると、その足元から――うねうねと気持ちの悪い……触手? みたいのがはえてきた。
「そのナイスバディにこいつを這わせてよぉ、服を溶かしてその乳と、ついでにその他諸々全部をお天道さんの下に引っ張り出してやるぜ? けけ、はれて四校の男全員のオカズとなり果てるってわけだ! おおぅ、想像しただけでいきり立っちまう!」
「おい、パライバ。」
ゲートの横で相変わらず本を読んでたベリルが顔をあげずに口を開いた。
……パライバ? このゲス男の名前かしら?
「なんだよ兄貴。それより見ろよこの女! やばくねぇか!?」
「学習しない奴だな、お前は。相手の感情の流れをつかめないからこの前殴られたんだぞ?」
「あん?」
「……そこの少年の、鬼気迫る殺気に気づけ。」
どうやら……このゲス男は気づいてなかったらしい。アンジュにゲスな言葉を浴びせた段階からにじみ出てる――ロイドの、ぞっとする気配に。
「謝罪――はもう遅いだろうな。とりあえず指の一、二本は置いて行った方がいいと思うぞ。その少年の殺気、学生のモノではない。」
「何言ってんだよ兄貴。なんか凄んでるけど――もやし男が頑張って睨んでるだけだろうが。見るからにタマ無し野郎だぜ?」
「……馬鹿が。」
「あぁん? おい兄貴! んだよったく……っと、話の途中だったぜ。なぁあんた、おれさまとヤらねぇか? なんなら今すぐにでもよぉ――」
ふらりと、ゲス男の腕がローゼルに伸びた。その瞬間――
「触るな。」
いつか、あたしがあたしの許婚とか名乗る奴にやらしい目を向けられた時みたいに、ロイドがゲス男を殴る――と思った。
だけど言葉を発したのも、起きた事も、起こした人も、あたしの想像とは違ってた。
それがいつ出現したのか、あたしにはわからなかった。それが形成される途中の映像を一切見てないから……まるで最初からそこにあったとでも言うかのように――
巨大な氷の壁が、あたしたちとゲス男の間に……あった。
「な……あぁっ!?」
ゲス男はマヌケな顔をし、そしていつの間にか触手が氷のちりに変わってるのに気づいた。
「わたしに――触るな。」
ひんやりするような笑顔とか、凍えるような怖い声を出す事はよくあるけど……今のこれはレベルが違う。
「握手程度ならこたえてやる。ハイタッチくらいも許可してやろう。だが――わたしにわたしを求める手を伸ばしていいのは一人だけだ。わたしを感じる為に触れていいのは一人だけだ。お前のような奴が触れることなど許さない。彼の為のわたしを汚すなど、決して許可しない。」
氷のような……いいえ、氷が音となって声に乗ったみたいに、一切の温度を感じない絶対零度の言葉。
『水氷の女神』、ローゼル・リシアンサスは今……どんな熱も許さない氷の女王だ。
「あぁ……? なんだその豹変は? 女のヒステリーか? あぁっ!? 上等だクソアマ! 二度と人前に出られないように犯してやるからかかってこいやぁっ!」
瞬間、さっきとは段違いの速度で出現した触手にギラリと金属の光沢が走り、ぬめぬめとした質感から一変、鋼鉄の鋭い先端を持つ武器と化した無数の触手が弾丸の様な速度で氷の壁に向かって放たれる。
だけど――その全ては氷の壁にかすり傷一つつける事無くはね返され、そうなった先から凍りついて砕けて行った。
「あぁっ!?」
再び触手を生み出すゲス男だったけど――
「やめろ。」
まるで突然とてつもなく重たいものにのしかかれたみたいに、ゲス男は地面にへばりついた。
「……怒った奴は殺しやすいと悪党がよく言うそうだが、それでも感情が力になっている事は確かだ。そうして高まった相手の力を御せないのであれば、未熟者にとって怒った相手は脅威以外の何物でもない。お前は相手の感情をもう少し読めるようになるべきだ。」
「はな――せ、兄貴! その女をメチャメチャにしてや――るっっ!!」
「無理だ。見ろ、この氷の硬度を。自分の力でも壊せるかどうかというレベルだ。」
「!? 兄貴が――!?」
「その上触れた先から氷結していくこれは、絶対零度の絶対防御と称せるだろう。怒り狂ったお前の頭で攻略できるわけはないし、そもそも怒り狂っていなくても攻略できまい。だからもうやめろ。それに、これ以上学校の評判を落とすならお前の言う兄貴が容赦しない。」
「――っ、わーった、わーったよ!」
「……というわけだ。こいつには自分がよく言って――」
ベリルが言い終わる前に、地面にへばりついてたゲス男が凍りついた。
「これは、彼を侮辱した分だ。死にはしないだろうが、丸一日は溶けないと思え。」
「……よかろう、いい薬だ。この愚弟も二度とそちらに手は出すまい。」
リゲルのゲートを後にして黙って歩くこと数分、プロキオンのエリアに入ったところであたしたちは――っていうかローゼルがため息をついた。
「……すまない……少し……感情的になった。」
「少しなんてもんじゃなかったけどね。」
割と微妙な空気の中、リリーはいつも通りに笑う。
「ま、ボクのロイくんをもやしとか言ったからね。ローゼルちゃんが何もしなかったらボクがあいつの喉をかっ切ってたよ。」
「……リリーくんが言うと冗談じゃなくなるからやめてくれ。」
「んふふ。でもきっとそれよりも前に……あんまりボク以外の女の子のことでそうなって欲しくないんだけど、ロイくんがあいつをどうにかしてたと思うよ?」
「そだねー。優等生ちゃんのブチ切れモードもそうだけど、ロイドって怒ると怖いんだねー。傍にいてゾワゾワしちゃったよー。夫婦喧嘩しないようにしないとねー。」
「……あ、あれ……ロイドくん、だ、大丈夫……?」
ローゼル同様に黙ったままだったロイドは、先頭を歩いてたローゼルにスタスタと近づいて――
「ふぁっ!?」
ガシッと抱きしめ――!?
「ロ、ロイドく――」
「大丈夫?」
顔を真っ赤にした慌て声でもいつものすっとぼけ声でもない、すごく真剣な声。
「だ、大丈夫だとも……! そ、それにきちんとやり返したわけだしな!」
「でもローゼルさんは傷ついたでしょ。」
「――!」
あたしたちからロイドの顔は見えないけど、ローゼルの顔が少し崩れるのが見えた。
「本当ならそういう目にあわせない事が一番だけど……オレにはまだそれができないみたいで……だからせめて、傷ついた大切な人が癒えるまで――何かをする事はできると思うんだ。」
「……そ、それが……これ、なのか……?」
「……オレの師匠はこういうやり方しか教えてくれなかったから……とりあえず、泣いてる女の子は抱きしめろって。」
「や、やれやれ、師匠に言われたからというのなら……い、色々と台無しだぞ、ロイドくん。」
ちょっと泣きそうな、でもそれ以上に嬉しそうな表情でロイドの肩に顔をうずめるローゼ――
「あー、あたしも結構傷ついたんだけどなー。」
ロイド以上に台無しに、アンジュがそう言った。
「誘ってんのかーって、心外だったなー。あたし、そんなやらしくないんだけどなー。ただ単純に、好きな人をメロメロにしようとしてるだけなんだけどなー。」
くるくるとツインテールを舞わせながら近づいてくるのを見たローゼルは……
「……あー、ロイドくん。」
「なに――」
答える前に、ロイドの唇をローゼルのそれが塞い――!!
「ん……」
「んー!?」
対照的にんーんー言い合うこと数十秒、ローゼルは…………は、な、ば――なな、なんかロイドの口からいい、糸的な汁的なモノを引きながら離れた!?!?
「――わたしの傷を癒すなら……これくらいはしてもらわないとな。」
唇に指を置いて色っぽくそう言ったローゼルに対してロイドはてんてこまいで……
「ロージェルしゃん!?!? い、今、べべ、ベロが――舌が――!?!?」
……舌……舌!?
「は――はぁっ!? あ、あんた何やってんのよ、エロ女神!」
「なにって……ロイドくんの言葉の通りだとも。」
ぺろりと舌を出すローゼル……!!
「ずるい! ロイくんとそんなこと! ロイくん、ボクも! ベロチュー!!」
「その前にあたしー。あたしも泣いてる女の子ー。」
「ロゼちゃんてば……え、えっち……い、いいなぁ……ロ、ロイドくん……あ、あたしも……」
エリアの境だからなのか、周りに人がいないのが幸いっていうか――全員でロイドにくっつくんじゃないわよ!
「ロイドくんはどこまでもわたしを惚れさせるのだからなぁ。まったくひどい男だよ。」
「しょ、しょう言われましても――と、というかいきなりやめてくらはい! し、心臓に悪いし――変な気分になるんです、これ!」
「こういう事がしたくなるくらいに突然惚れさせるロイドくんが悪い――うん? ちょっと待て……今の言い方だと……前にも経験した事があるように捉えられるのだが……?」
――!
「えぇ!? あ、いや……こ、言葉のあやでは……」
「……ロイドくんは自分が嘘をつくことが下手くそだという事を知っておくといい。なぁ、エリルくん?」
「そ、そうね。ロイドは嘘が下手ね……」
「……したのか?」
「す――す、するわけ……ないじゃない……」
「……ほう…………ロイドくん。」
「ふぇ、ふぁ、ふぁい!」
「今週末は覚悟しておくといい。」
「えぇ!?」
…………べ、別にやらしい事とかそういうんじゃなくて……た、ただこいつらに言うと面倒な事になるから言わないだけ――って、だ、だいたい言う必要なんかないわよ……!
そ、そうよ! ロイドがリリーの胸を揉みし抱いたあの日の夜にあたしとロイドは……ちょ、ちょっとだけ進展――したのよ……! ここ、恋人同士ならするだろう……するかもしれない……そそ、そんな感じのあ、あれを言ったりやったりしし、しただけよ!
だいたい! そ、そうやってちょっとずつ進まないと――こ、こうやって他の女がいきなりハレンチをかましてくるからし、仕方なくなのよっ!! 仕方なく!
…………ま、まぁ……別に悪い気分はしないけど……
「……何かを思い出してさっきから気持ち悪い笑みを浮かべているな、エリルくん?」
「――! う、うっさいわね! それよりあれよ、ほら、えっと――あ、あんた、さっき、す、すごい魔法使ってたわね!」
「頑張って話をそらしているのが見え見えなのだが……まぁ確かに、それはわたし自身も気になっていた。」
「は、はぁ? 自分でやったんでしょ、あの氷……」
「……並みの力では砕けない氷……は確かに作れる。しかしわたしがさっき作った氷は、わたしがいつか作り出せるようになりたいと思っている、純水で出来た氷の壁だった。しかも触れたモノの水分に反応してそれを氷結させるというおまけつき。あのメガネ会長が言ったように、絶対零度の絶対防御……言ってしまえば、わたしが理想とする『魔法で生み出した氷』の姿があれだった。そして勿論、今のわたしには作れる気がしない氷でもある。」
「えっと、い、今のロゼちゃんじゃつ、作れない氷が作れちゃったってこと……? や、やっぱり怒ってたから……ちょ、ちょっと暴走気味だった……とか?」
「怒っていたのは事実だが、怒り狂って作れるようなモノではない。《ジュライ》やうちの学院長のような域に達した者が生み出すモノだよ、あれは。」
ローゼルが自分のした事に首をかしげてると、アンジュがけろっとした顔で言った。
「そういうすごい事が起きたらさー。実は優等生ちゃんが何かの魔眼の持ち主でしたーとかいうの以外なら、原因はロイドしかないと思うけどなー。」
「えぇ? オレ……ですか?」
「む? どういう事だ?」
「女王様が言ってたでしょー? 吸血鬼っていうのは、恋とか愛っていうモノの影響を強く受ける種族なんだってさー。ロイドにはちょこっと吸血鬼としての能力があって、優等生ちゃんが怒ったのはロイド絡み。ほらねー?」
「ふむ。つまりはロイドくんへの――いや、ロイドくんからの愛の力というわけだな。」
「あ、愛の力とか、こっぱずかしいこと言ってんじゃないわよ……」
「何を言うか。あのメガネ会長だって愛について真剣だっただろう?」
「は? 何の話よ。」
「ずっと読んでいた本のことさ。『初めての恋 ~人を愛するということ~』というタイトルだったぞ?」
「なんて本を読んでるのよ……てっきりもっとそれっぽい――兵法の本とか読んでるのかと思ったわ……」
「初めての恋ー? リゲルの会長は初恋でもしてるのかなー?」
「でも弟があんなエロ触手野郎だったから、兄の方もきっとムッツリスケベだよ。あの仏頂面の裏ではやらしーこと考えてて……やーん、ロイくーん、ボク狙われちゃったらどーしよー。」
「ど、どうかなぁ……なんとなくだけどあの人、言い方は厳しいけど普通に真面目な人のような気がするよ……」
「ふーん……ちなみにロイくんは、そののほほんってした顔の裏で――例えばボクのエッチな格好とか想像しちゃうことある?」
「えぇっ!?」
いつもいつもなんてこと聞くのよこのエロ商人は!
「二人っきりで何をしても他の人にはばれないような状況でボクが「どうぞ」って言ったら、ロイくんはボクにしたいことある?」
「なにその状況!? そそ、そんなしたいことなんて――」
リリーに迫られたロイドが……ふとあたしの方を見た。
「――っ」
そして顔を赤くした……
「え、えぇっと――オ、オレも結構……ムム、ムッツリスケベな男の子……ですから……たた、たぶん色々とそこそこにしたいことはあるかと思いますです……はい……」
ば、ばかロイド! そんな事をあたしをチラ見した後に言ったら――
「おやおや? ロイドくんの言っていることの意味と一瞬エリルくんを見た事から様々な推測がたてられるぞ? やはりきっちりかっちりと、クラス代表として現状を把握せなばなぁ、エリルくん。」
「も、もうプロキオンのエリアなのよ! ほ、ほら、さっさと校舎を見に行くわよ!」
後ろからローゼルに冷たい眼で睨まれながら、リリーがロイドにくっつきながら色々と問い正すのを聞きながら、横からティアナの無言の視線を感じながら、アンジュがロイドに抱き付きながら誘惑するのをロイドの叫びから察しながら、あたし――たちはプロキオンのエリアの真ん中辺りまでやってきた。
うちの――セイリオスのエリアと似た感じで、武器屋から小道具屋、お土産屋さんまで色んな種類のお店が並んでる。だけどその中に、うちのエリアにはなさそうなモノを売ってるところがあった。
「……? あんまり見ないタイプの武器ね……」
そこに置いてあったのは剣なんだけど、なんか……こう、持ち手の部分にハンドルみたいのがついてる。その隣にあるのは盾……なんだろうけど、その背面にはよくわからないボタンがたくさんある。どうやって使うのかしら。
「あれ? もしかしてプロキオンってキャニスミノールの近くにあるの?」
並んでる不思議武器を手に取ったリリーがそう言った。
「キャニス……? どこかで聞いた事がある気がするな。街の名前か?」
「そうだよ。ガルドの人がこの国――フェルブランドで商売しようと思ったら、必ず立ち寄る事になる街。その影響でガルドの科学技術が結構広まってて、こういう面白い武器を作る職人が多いところなの。」
「ほう、ガルドの……ん? 商売しようと思ったら? 商人限定なのか?」
「外国から来た商人は自国が絡んでる商会に登録するのが普通――っていうかルールみたいなもので、ガルドのそれはキャニスミノールにあるの。」
「なるほど。しかしガルドの技術が組み合わさった武器か……なんだかすごそうだな。」
「あーそっか。ローゼルさんには向いてるかもね。」
まだちょっとローゼルの方を見れなさそうだけど、てんてこまいから元に戻りつつあるロイドが……頑張っていつもの感じをキープしながらそう言った。
「わたし向き?」
……ロイドがまだ回復し切ってないなのに、仕掛けた本人のローゼルはなんでこんなにケロッとしてんだか……さっきは抱きついた時には顔を赤くしてたくせに、意味わかんないわ。
「オレもキャニスミノールには行った事があって、そこでフィリウスに教えてもらったんだけど……ガルドの技術が組み込まれた武器は確かにすごいけど、複雑な機構が入っているせいで強度がそんなに良くないらしいんだ。だから剣とか槍で直接相手にアタックする人には向かないんだけど、ローゼルさんの場合は刃先に氷をまとわせて、それを伸ばしたり形を変えたりっていう使い方だから、もしかしたら相性良く使えるかもしれない。」
「なるほど……しかし直接攻撃する事もあるからな。いざという時に壊れるのは困る。」
「ガ、ガルドの武器は基本的に……遠距離攻撃が専門の武器……だからね……」
スナイパーライフルの使い手のティアナがそう言った。
たぶん、感覚的にはティアナの銃を鈍器として使った時、銃としての機能が壊れるかもっていうような話なんだわ。そんなにすぐに壊れるわけはないだろうけど、鋼だけで出来てる武器とかと比べたらそりゃあ弱いわよって話。
面白い機能で戦略を広げるのか、武器の強度を重視するのか、人によって意見が分かれるところでしょうね。
「でもさー。こんなにメカメカしてるのはそんなに無いかもだけど、プロキオンの生徒は魔法に科学を混ぜ込んできそうだよねー。そういう街の近くだって言うならさー。」
「ふむ、ティアナみたいなのがたくさんいるわけだな。」
「あ、あたしは……そ、そんなにそんなんじゃないよ……」
あっちこっちを旅してきたロイドと商人のリリー、そしてガルドで指折りのガンスミスの家系のティアナの解説を聞きながら、面白いモノがたくさんあるプロキオンのエリアを進んだあたしたちは、プロキオンの校舎に続くゲートの前までやって来た。
「あれ、なんか賑わってるよ? セールでもしてるのかな。」
商人っぽい呟きをしたリリーの指差す先……「ヒースチャレンジ」って書いてある手書きの看板の横で色んな学校の生徒が集まってた。
「うぃっはっはっ! 試合開始前の腕試し! さーさー次はどいつだー!」
人だかりの真ん中にいたのはプロキオンの生徒。どっかの教室から持ってきたような小さな机の前にドカッと座ってるのは……まぁ、簡単に言えば、いい色にこんがり焼けたフィリウスさんを三分の二くらいに小さくした感じの男子。
「なんだ、あのアレクの日焼けバージョンみたいなのは。」
ああ、そういう表現もあるわね。
そんな日焼け筋肉はどうやら腕相撲大会を開いてるらしく、隣に立ってるホワイトボードにはこれまでの戦績らしい数字が書かれてる。
「うぉっしゃぃ! おれの勝ち!」
「わー、すごいねヒースくん!」
……なんか……なんて言うか、違和感がすごいわ……
「……エリルくんも感じたか。」
あたしと同じところを見てるらしいローゼルが不思議そうな顔でそう言った。
ホワイトボードには戦績が書いてあるんだけど、それを書いてる人物がちょっと不思議。小柄――って言ってもあたしと同じくらいだろうけど、隣の日焼け筋肉の体格と比較しちゃうと小さく見える……女子。日焼け筋肉が勝つ度に嬉しそうに拍手してボードに書いてるわけなんだけど……あの二人の関係がまるでわからないのよね。
「男女の友人というにはタイプが違い過ぎる気がするし、彼氏彼女というのもまた然りだ。もしや妹とかか?」
そんな光景を前にちょっと足を止めたあたしたちの方にその女子の顔が向いた瞬間……なぜかその女子が嬉しそうに驚いてこっちに向かって走って来――
「ロイドーっ!」
ロイドの……あたしの――こ、恋人の名前を叫びながらこっちに小走りで近づいてくるプロキオンの女子生徒……!
「ロイくんてばまたなの!?」
リリーがぷんすか顔でロイドの方を向いたんだけど、そこで予想外の事が起きた。
「あれ……キキョウ!?」
あろうことか、ロイドは両手を挙げて走ってくる女子生徒を受け止めるような姿勢になって――
「久しぶりだね!」
「おー、びっくりだ! こんなところで会えるなんて!」
そ、その女子生徒をそのままガシッとだだ、抱きしめ――!?!?
「ほう……」
頭が追いつかないあたしの横でひんやりとローゼルが呟く。
「ついさっきわたしの事を抱きしめ、熱い口づけまでしたというのに――数分後には他の女の子とこれだからなぁ……まったくロイドくんは…………」
漫画に描いたら「ゴゴゴ」とか音がつきそうなローゼルに気づいたロイドは一瞬きょとんとした後、いつものように慌てた。
「あ、ち、違います誤解です!」
「どの辺がどんな風に違うのだ?」
「こ、根本的にと言いますか……この人は――キキョウは男ですから!」
…………は?
「ほ、ほらキキョウ、オレがほっぺつねられる前に誤解を解くんだ!」
ロイドに肩をつかまれて、キキョウって呼ばれた生徒がグイッと一歩前に出た。
やっぱり身長はあたしと同じくらい。くせっ毛なのか、もしゃもしゃしてる茶色のショートカットで……仮に男ならちょっと長い短髪? とでも言うのかしら。その下からは人畜無害そうな可愛い顔がのぞいてる。
……よく見ると、確かに着てる制服は男子用のね……
「えと……ぼく――オ、オレはキキョウ・オカトトキっていいま――言うんだぜ……!」
「……頑張って男口調にしているが?」
「えぇ!? いつもの口調でいいぞ、キキョウ!」
「えと、そ、そうじゃなくって、ぼく今、フィリウスさんみたいなしゃべり方を目指してるんだよ――だぜ。」
女にしか見えないそいつは、筋肉のきの字もないような身体でフィリウスさんのマッスルポーズを真似した。っていうか――
「今名前なんて言った? オカトトキ? なによそのへんちくりんな名前。」
「ひ、ひどいなエリル……ほら、ランク戦の後にエリルが戦ったスローンの騎士がいただろう? あの和服の。」
「ナンテン・マルメロ? ああ、そういえば似た感じのへんちくりんな名前ね。」
「たぶん、その人とキキョウは同郷だよ。キキョウはルブルソレーユの人なんだ。」
「桜の国? へぇ、ずいぶん遠くから来たのね。」
国によって文化が違うのは当たり前だけど、桜の国って呼ばれてるルブルソレーユってところはダントツに変な国って認識だわ。
まぁ……スピエルドルフに比べらたそうでもないかもだけど。
「それで、そのキキョウなにがしが男だという証明はまだされていないのだが?」
「ど、どうしよう、ロイド……ロイドの彼女さんすごく怒ってる……」
「そう――えぇ?」
「彼女? ほう、そう見えるかそうかそうか。」
「? だってさっき口づけとか言ってましたし――言ってただろ?」
「ロ、ロイドの彼女はあ、あたし……よ……」
い、一応言っとかないとと思ってそう言ったら、ローゼルにジトッと睨まれた。
「おいナヨ、いきなりいなくなんなよ!」
キキョウがわけわからないって顔をしてると、腕相撲をしてた日焼け筋肉がノシノシと歩いてきた。
「あ、ヒースくん。ぼく――オレが男だって証明するにはどうしたらいいんだろう?」
「? 脱げばいい。」
「えと……ちょ、ちょっと恥ずかしいかな……」
「つーかいきなりなんだ? セイリオスの生徒に知り合いでも――んお、『コンダクター』じゃねぇか!」
「うん! だから言ったでしょ。ぼく、ロイドと友達なんだって!」
嬉しそうな顔でロイドの手をつかんだキキョウは、日焼け筋肉をロイドに紹介した。
「彼はヒース・クルクマ。ぼく――オレの友達だぜ!」
ああ……確かに熊っぽいわね。
「よろしくな! でもってナヨ、さっきのに真面目に答えると、生徒手帳を見せたらどうだ?」
「あ、そうか!」
そう言ってキキョウがポケットから取り出して見せてきたプロキオンの生徒手帳には、確かに性別男とあった。
「……いいだろう。」
ゴゴゴモードのローゼルが元に戻ってほっとしたロイドはキキョウについて話し始めた。
「えぇっと、キキョウとはフィリウスと旅をしていた時にルブルソレーユで会って友達になったんだ。オカトトキってあっちの国じゃ結構な騎士の名門でキキョウはそこの三男で……ってあれ? 騎士を目指すとは思ってたけど、なんでこっちの学校に?」
「フェルブランドが優秀な騎士をたくさん育ててるから――っていうのは表向きで、フィリウスさんにまた会えたらなって思って。そしたらお父さんがプロキオンの人と知り合いだったみたいで、こっちに来たんだ。それよりもロイドだよ! すごいね!」
「なんだ突然……」
「見たよ、セイリオスのランク戦の映像! 曲芸剣術――あの伝説の《オウガスト》の剣術を使えるなんて! それに強い! さすがロイドだよ!」
「そ、そうかな……ありがとう。」
「ははぁ、これがあの『コンダクター』ってんだからすげーよなぁ。映像で見るのとじゃイメージが全然違うぜ。」
「さっきの人もそうだったね。ほら、ロイドとランク戦で戦ってた甲冑の人。」
「あいつか。あの野郎、魔法無しでもおれといい勝負していきやがったからなぁ。戦ってみてぇな。」
カラード……腕相撲したのね。
「つーか、ナヨ、お前が誰かを呼び捨てしてんの初めて聞いたぞ。」
「え、そ、そうかな……」
「……気になってるんだけど……そのナヨっていうのはキキョウのあだ名か何かなのか?」
「ああ。こいつ女みたいでナヨナヨしてっから、クラスの連中にそう呼ばれてんだ。」
「……大丈夫なのか、キキョウ。」
半分怖い顔で、半分心配そうな顔でそう言ったロイドに、キキョウは首を振った。
「最初は嫌だったけどね。だけど今はクラスのみんなと仲良くできてるし……それに、そのあだ名が全然似合わない男になるのがぼくのプロキオンでの目標なんだ。自然とそう呼ばれなくなるように頑張るんだよ。」
女の子みたいな顔でなかなかガッツのある事を言ったキキョウには、いじめられてるとかそういうのは欠片もなかった。
「あだ名といやぁ……『コンダクター』のあっちの名前も噂通りだったみたいだな。さすがあの《オウガスト》の弟子。」
「えぇ? オレになんか噂が?」
すっとぼけた顔でキキョウを見るロイドに対し、キキョウは言いにくそうに答えた。
「えと……い、いつも女の子に囲まれて……ま、毎晩毎晩とと、とっかえひっかえにベベベッドで楽しんでるって……」
「はっ!?!?」
「毎夜、女の喘ぎ声で音楽を奏でる男って事で、『淫靡なる夜の指揮者』っつーあだ名がある。」
「はぁっ!?!?!?」
今までに見た事ないくらいにビックリ顔になったロイド……って、な、なによその噂……
「ぼくもそんなバカなって思ってたんだけど……お、女の子に囲まれてるし……さ、さっき……彼女じゃない人とく、口づけって……」
「な、なんかものすごい誤解が! ち、違うんだぞ、キキョウ! これは――」
「おや、口づけは本当だろう、ロイドくん。」
「話をややこしくしないでください! とと、というかそんな噂を誰が!?」
「誰がってわけじゃないが……ランク戦の時、闘技場の外で女に囲まれてたとか抱き合ってたとかの色々な目撃情報と、女好きで有名な《オウガスト》の弟子って事と、ちょっと珍しい『コンダクター』っつーしゃれた二つ名と……まぁ色んな様子がからんで固まった結果だろうな。でも事実なんだろう?」
「違うわっ!」
「そうだねー。ロイドに毎晩毎晩そーゆーのやるような度胸があったら苦労しないよねー。」
「アンジュ!? 思わせぶりに言わないで!」
「でもロイくん、エリルちゃんと何かしたんでしょー? んもぅ、ボクのを触っておいて!」
「リリーちゃん!? ちょ、今その話ですか!?」
「ふむ、これは良い傾向だな。カペラでやり損ねたロイドくんのイメージダウン作戦が、実行前からプロキオンでは起きているわけだ。」
「ローゼルさん、オレの立場が……」
……なんかロイドをいじって楽しんでるローゼルたちといじられてあたふたするロイドを眺めるキキョウとヒースは、互いを見合って少し笑った。
「でもやっぱり……ロイドはロイドだったみたいだね。あってる噂は半分くらいだったみたい――だぜ。」
「みたいだな。おれは完全に初対面だが――ナヨってあだ名に怖い顔したこいつはいい奴だ。」
ニンマリと笑われながらも、誤解が解けたらしい二人を見て大きなため息をついた『淫靡なる夜の指揮者』。
じ、事実かどうかは別として、他校にもそんな話が流れるってすごい事よね……やっぱり色んな意味で注目されてるんだわ、このすっとぼけ。
「えと、それじゃあロイド、この人たちを紹介してよ。」
「あ、ああ勿論。えっとこっちのムスッてしてるのが――」
「失礼。」
和んだ空気の中、ロイドがあたしたちをキキョウとヒースに紹介をしようとした時、冷たい一言が聞こえた。
「げ、会長!?」
「ヒ、ヒースくん! 「げ」なんて言ったら失礼だよ!」
ヒースの後ろにいつの間にか立っていたのは一人の女子生徒。きれいに切りそろえられた、ローゼルみたいな長さの黒髪が存在感を増し、威圧的な雰囲気をまとって睨むような半目でこっちを見るその女は、この交流祭の開会式であいさつした人物。
確か……マーガレット・アフェランドラ。プロキオン騎士学校の生徒会長だわ。
「ああいう出し物をするという申請を受け取った覚えはないのだが――ん、これは失礼を。」
あたしたち――っていうかあたしを見たマーガレットは、その場ですっとひざまづいた。
「諸君らも、この国で騎士を目指すのなら王族の顔くらい知っておくべきだと思うが。」
「え……あ、まさかセイリオスに入学したっていう王族!? やべ、こ、これは無礼を!」
「ちょ、やめなさいよそういうの! あたしは――あんたたちと同じ、騎士の卵よ!」
セイリオスじゃこういうのはもうなくなったんだけど……そうか、他校じゃまだこうなるわよね……
マーガレットと同じ姿勢になろうとするヒースを止めたあたしは――そこで、ちょっと怖い視線を感じた。
「――あなたがエリル・クォーツ……?」
ぼそりと、あたしにそれが聞こえたのはたまたま近くにいたからだろうって思うくらいに小さな呟きをこぼしたのは――キキョウだった。
可愛い顔を厳しいそれにして、少し睨むような感じであたしを見てくる……
「あー、プロキオンの会長さん。えっと、エリルは普通に接してもらうのを望んでいまして……な、なので……」
「そうか。では――クルクマくん、あの出し物なのだが――」
「すぐに片付けます! おい、ナヨも手伝え!」
足早にヒースチャレンジの方に戻って行くヒースと、それに引っ張られるキキョウ。
……なんだったのかしら、今の……
「…………さて、君はロイド・サードニクスだな?」
「え? あ、はい。」
「少々話があるのだが――良いだろうか?」
え? プロキオンの会長がロイドに? もしかしてカペラの会長みたいに戦ってみたい的なあれかしら。
「大丈夫ですよ。何でしょうか。」
「……すまないが、ここでは話せない。我が校に来てくれないか?」
「? いいですけど……」
マーガレットについてゲートをくぐったあたしたちは、プロキオン騎士学校の敷地内へと入った。カペラやリゲルみたいな真新しさはなくて、普通にセイリオスと似た感じの校舎――
「あれ、ロイくんは?」
「む、会長もいないぞ?」
ゲートをくぐった直後、校舎を眺めてたあたしたちは――いつの間にかロイドと会長が消えてる事に気が付いた。
「あ、このゲート! 位置魔法がかかってる! きっとロイくんとあの女だけ別の場所に飛んだんだよ! ロイくーん!」
「は? なによそれ……」
「あれ?」
気が付くとくぐったはずのゲートが後ろになくて、それどころかエリルたちまでいなくなっていた。オレは……たぶん、プロキオンの校舎? に囲まれた中庭みたいな場所に立っていて、アフェランドラさんと向かい合っていた。
「あの……みんなは……」
「心配はない。彼女たちは別の場所にいるだけだ。」
「……どういう事ですか、これは。」
少し警戒しながらアフェランドラさんを見る。するとアフェランドラさんは……なんというか、ぼぅっと空を眺めながら……独り言のようにしゃべり始めた。
「……話を聞いた時、これしかないと確信した。この機会を逃してはならないと。しかし妙な噂があったからな……どうしたものかと迷っていた。だが実際に見てみて、その噂がデマである事がわかった。ロイド・サードニクスは『淫靡なる夜の指揮者』ではないと。」
「そ、そうですか……い、いえ、何の話を……」
「その……実は……た、頼みがあるのだ、サードニクスくん……」
恥ずかしそうに空から地面、壁へとあっちこっちに視線を泳がせながらアフェランドラさんは……最後には少し顔を赤くしつつも決意を感じる表情でこう言った。
「君に……は、橋渡し役を頼みたい……!」
……橋渡し……えぇっと、誰かと誰かの間に入って交渉とかをする人の事……だよな……
「えっと……誰と誰の……?」
「――! そ、それは……わ、私――と…………キ――」
「キ?」
「――!! キキ、キキョウ・オカトトキだ!!」
「キキョウ? え、会長さんとキキョウの橋渡し? それは一体――」
ん、ちょっと待てよ? 確か橋渡しって違う意味合いを持った言葉でもあって……こ、このアフェランドラさんの表情から察するにきっとそっちの意味だから……つ、つまり今の頼みを言い換えるなら……
「か、会長さんとキキョウの……恋のキューピット……ですか……?」
「――!!」
言った瞬間、オレの身体に――比喩的な表現ではなく現実に、稲妻が落ちた。
第五章 魔剣
オレはエリルが好きだ。友達としては勿論、女の子として好きだ。しかし、本人に告白されて初めてそうだと気が付いたくらいの……みんなが言うところの鈍い男である。これが一つ。
エリルと……言葉にするとだいぶ恥ずかしいけれど、両想いという事で「恋人」という関係になった。だがオレの事を好きだと言ってくれる女の子は他にもいて、彼女たちはオレとエリルがそうなってもオレの事を諦めず、エリルからオレを奪う為に行動を…………うわ、自分で言うとめちゃくちゃ恥ずかしいな……まるでオレがプリオルのようなプレイボーイみたいじゃないか……
と、とにかく……つまり、恋人がいるというのに他の女の子をきっぱりと拒否できない優柔不断さが…………だ、だって仕方がないじゃないか……みんなの事も結構好きなのに……いやいや、普通に考えてひどい男だぞ……? エリルがよく言う女ったらしはその通りじゃないか。なんでみんなオレを……恋愛マスターの力が過剰に影響しているんじゃなかろうか……?
ああ、また考えがそれた。要するに何が言いたいかというと、自身の周りの恋愛事情の……せ、整理? もまともにできない男であるという事。これが二つ。
きっともっと考えれば三つ四つと色々出て来るだろう。そんな風に、不適格な理由がわんさかありそうなオレに会長さんは――アフェランドラさんは頼んできたのだ。
キキョウとの橋渡し役――恋のキューピットを……!
「こ、こんな頼み事をして改めて言う事でもないだろうが……私は――キ、キキョウくんがす、好きなのだ……」
「そ、そうですね……」
アフェランドラさんが落とした雷で若干髪がぶすぶす言っているオレは、ほぼ初対面の女性の告白を頑張って聞く。
「しかし……ど、どうも彼には怖がられているようで……いや、彼に限った事ではないのだが……」
「ああ……会長さんって誤解されやすそうですもんね……」
「! わかる――のか?」
「はい……開会式の時のあいさつを見た時に――こう、なんとなくそう感じました。見た目の印象と本人の感情がちぐはぐと言いますか……」
「そ、そうなのだ! どうにも私は――そんなつもりはないのに高圧的に捉えられる事が多くて……このしゃべり方も一因なのだろうが、今更変えられないし……おかげで『女帝』などという二つ名をもらってしまったし……悪化する一方だ……」
「おまけに今は生徒会長ですしね……でも、そんな会長さんを誤解しない人もいるんですよね?」
「勿論、理解してくれている友人はいるが……すまない、その前に、会長さんという呼称は止めにしないか?」
「あ、はい、すみません。えぇっと……その――アフェランドラさんの事をきちんとわかっている人がいるなら、そっちに頼んだ方が良いような気がしますけど……」
「初めはそのつもりだった。だが……セイリオスのランク戦の映像を観ている時にキキョウくんがサードニクスくんを呼び捨てにしているのを聞いたのだ。現状、彼と最も親しいクルクマくんのことでさえ「くん」をつけて呼ぶ彼が呼び捨てだからな。きみと彼はよほど親しいのだろうと思ったよ。」
「……何年か前に会って……んまぁ、色々あって仲良くなったんです。」
「クルクマくんにもそう話していたよ。だから思ったのだ……は、橋渡し役を頼むとしたら、きみ以上の適任はいないと。それに……学内の友人に頼むのは少し恥ずかしいし……他校の生徒であればこちらで妙な噂も立ちにくいだろう……?」
「なるほど……オレを選んだ理由はわかりました……だ、だけど……オレ、そういう事に詳しくはないと言いますか、上手くいくかは保証できないと言いますか……それでもいいなら……」
「協力してくれるのか!」
「……オレで良ければ……」
「そ、そうか! いや、別にきみに上手くいかなかったからどうしろというつもりはない。そもそも、私一人ではスタートラインにすら立てないような状況なのだから……感謝するのみだ。」
すごくホッとした顔になるアフェランドラさん。ああ、これくらいの柔らかい表情なら誤解される事も無いだろうに……
なんか、いつもムスッとしてるエリルみたいだ。
「……えっと、それで具体的な作戦とかはあるんですか? オレは何を……とりあえず二人っきりにするとかですか?」
「二人きり!? バ、バカを言うな、いきなりそんなのは――ハードルが高すぎる!」
「そ、そうですよね、えぇっと最初は……お、お友達からというやつでしょうか……?」
「そそ、そうだ! まずはその辺りからだろう!」
「で、でも交流祭の期間は三日ですし、割と急がないとダメですよね……」
「な、なにも三日の内にキキョウくんとカップル――とかは考えていないぞ! た、単に怖がられているという現状から抜けて――普通に会話が出来るくらいになれればと……た、たぶん、そこから先は私一人の戦いだからな……」
「な、なるほど。えぇっとじゃあ……まずはアフェランドラさんが怖い人じゃないってわかればいい……と言いますか、そもそもそれがあってるかですね……」
「うん? どういう意味だ?」
「えっと……キキョウがアフェランドラさんをどう思っているか……ですね……」
「どどど、どう思っているか!?!?」
「キキョウってあんな見た目ですけど……やる時はやる根性というか度胸というか、そういうのがあるんですよ。」
「……ああ、知っている。」
ふと、優しい顔になるアフェランドラさん。
「だから見た目とか雰囲気で怖がるっていうのは無い気がするんです。なのでまずは、キキョウの考えを聞きましょう。倒したい敵がいるのなら、まずは敵について調べるところからです。」
「た、確かに、基本だな。」
「とりあえずはそこを確認してから作戦を考えましょうか。」
「そうだな……よし、ではこれを。」
そう言いながらアフェランドラさんが手渡してきたのはガルドで使われている通信機。魔法は使わずに、電池で動く。
「連絡用ですね。番号はなんですか?」
「……使い方を知っているのだな。フェルブランドでは珍しい道具だと思うが……」
「フィリウスとの旅でガルドには何度も行きましたから。」
「そうか……十二騎士の弟子というのは本当なのだな。」
そこで……今まで恋の話をしながら緊張した面持ちだったアフェランドラさんの表情がキリッとした。
「その上、片目だけという珍しい状態で魔眼を持っている。」
「! よく知ってますね……」
「ランク戦の映像を、見る者が見ればわかるさ。我が校、プロキオンには魔眼の持ち主が多いからな。」
「そうなんですか。」
ガルドの技術の影響で不思議な武器が多くて、その上魔眼を持っている人が多いとは……プロキオンの人との戦いには色んな驚きがありそうだな。
――とオレが思っていると、そんなプロキオンの頂点に立つ人がこんなことを言った。
「……なぁサードニクスくん。もし良かったらこの交流祭における三戦の内一戦を私と戦わないか?」
「えぇ!?」
ついさっきカペラの生徒会長との一戦を約束し、午後にはそれが待っているというところにもう一戦、生徒会長の手合せがまわってくるとは……!
「それは……オレとしては嬉しい申し出ですけど……なんででしょうか……? 曲芸剣術が珍しいから――とかですか?」
「共通点が多いから……かな。」
「?」
理由がはっきりしないけど……んまぁ、断る理由はない。大チャンスなのだから。
「――わかりました。お手合せ、お願いします。」
「ああ。日と時間は後程決めよう……それよりもまずは……キ、キキョウくんが……その、わ、私をどう思っているかをサードニクスくんが聞き出すわけだな。れ、連絡をくれ。」
「はい。早い方がいいですから、今日の……あれ、交流祭をやっている間って放課後はどうなるんでしたっけ?」
「他校の生徒に挑めるのは朝の八時から夕方の六時までだから、それ以外の時間は普通に放課後だ。もっとも、ゲートは開いたままであるから大抵の生徒は他校の生徒との交流を行うが。」
「ああ、ならその時にキキョウと話してみますよ。」
「よろしく頼む。」
そこでアフェランドラさんがパチンと指を鳴らす。するとオレの後ろに扉のようなモノが出現した。
「そこを通れば皆と合流できる。」
「おお……じゃあまたです。」
「――サードニクスくん。」
「あ、はい。」
「……ありがとう。」
「……まだ何もしてませんよ。」
こうして、自分の事すらままならないオレはプロキオンの生徒会長、マーガレット・アフェランドラさんの恋路の手助けをする事となった。
「おやおや、『淫靡なる夜の指揮者』が早速プロキオンの生徒会長を手籠めにして帰って来たぞ。」
扉をくぐった先はゲートの前で、オレはそこにいたみんなと合りゅ――
「そのあだ名止めて下さい!」
「ほう……手籠めの部分は否定しないのだな……」
「否定します!」
ローゼルさんにじろりと睨まれるオレの腕に柔らかな感触が走る。
「んもぅ、ロイくんてば! 何してたのか白状するんだよ!」
リリーちゃん! ――のむむ、胸がふにふにと腕を包み――ぐ、頑張るのだ、オレ!
「ちゃ、ちゃんとはな――」
ま、待てよ? アフェランドラさんの件はそうそう人に話していい事ではないような気がするぞ……? 誰が誰を好きとか、そういうのって秘密にするのが普通というかなんというか……
「……? ねぇロイくん。」
「な、なに? いや、実はアフェランドラさんと戦える事になって――」
「それはそれとして、ロイくんてばなんか変じゃない?」
「えぇ?」
腕にくっついているリリーちゃんとの顔の距離は小さい定規で測れるくらいのそれで――あああ、ドキドキする……
「カペラのところでローゼルちゃんにこうやってされた時もそうだったけど、いつものロイくんだったら大慌てで離れるでしょう?」
「ほぇ!? あ、これはですね……えぇっとですね……」
……こういうのは話さない方がいいような気がするのだが、しかしみんなにじとっと睨まれて迫られるとどうしようもないのだ。なぜフィリウスはこういう時の対処法を伝授してくれなかったのか……
ということで、オレはデルフさんから受けた忠告の話をみんなにした。
「ふぅーん、つまり鼻血ロイドを卒業しようってことだねー。」
「そ、そうですね。」
「今まで以上にガンガン来いよってことだねー。」
「ち、違いますよ!?」
開会式でのショーの後にデルフさんとした話を語っている間、ずっとオレの腕に抱きついていたリリーちゃんがのっそりと顔を上げる。
「ロイくんてば、こうやってされると困った顔になるのに、こういうのをやるキッカケとかはたくさんくれるよね。」
「キキ、キッカケ?」
「今の話だって、アンジュちゃんが言ったように、ロイくんの修行の為って言えば今まで以上にイチャイチャしていいってことになるし、魅惑の唇はチューする理由になるし。ロイくんてば、実はして欲しいんじゃないの?」
「びゃっ!?!?」
「ロイドくんは天然の女ったらしだからな。それはそうと、結局ロイドくんが突然消えたのはプロキオンの会長の仕業で、彼女に勝負を挑まれたという事でいいのか?」
「あのー、女ったらしとさらりと言われるとショックなんですが……」
「何人もの女性を虜にしておいて何を言うのだ、『淫靡なる夜の指揮者』くん。」
「……気に入ったんですか、それ……」
「うむ、こう呼ばれる人物に近づく女性はおるまいよ。それで会長の話だが……」
「…………えぇっと……カペラのポリアンサさんみたいな理由は特に言ってなかったですけど、オレと手合せしてみたいと。」
キキョウの事は話さず、しかし真実を伝える。
「や、やっぱり……十二騎士の弟子っていうのは……影響ある、のかな……」
「エリルも《エイプリル》さんの弟子だけど……」
「あんたほどしっかりしたモンじゃないわ。時々見てくれただけよ……ていうかあんた何気にすごい状況よね……生徒会長二人と戦うなんて。」
「そうだな……色々勉強させてもらって――ああ、勿論得られたモノはみんなにも教えるよ。」
「ありがたいな。しかしあれだな、ロイドくんは例の勝負にさらに不利になったわけだ。」
「勝負――あ!」
そうだった! 交流祭の試合で得られるポイントの合計を競うという勝負をする事になり、一番になった人は他の人に何かをお願いできる――というのをやっていたのだ! うわ、オレ三戦の内の二戦が生徒会長だぞ!
「あ、あの、ルール変更しませんか……」
「やや、もうこんな時間だ。みな、お昼にしようではないか。」
「あ、じゃーさー、カペラのエリアで食べようよー。なんかレストラン的なのも出店してたしさー。」
「あっちの名産の料理が食べられそうだね。行こう、ロイくん。」
「…………うん……」
ガックリとしてるロイドとウキウキしてるローゼルたちを見て、今回の勝負は自分が一番にならないとやばいと思ったあたしはグッとモチベーションを上げた。
は、鼻血の海に沈まれたら困るし、それに――そう、あたしはロイドの彼女なんだから、そういうのから守るのよ、そうなのよ!
「わぁ、き、綺麗なお店……だね。」
カペラの雰囲気にマッチしたオシャレなレストランで、中は四校の生徒で賑わってた。
「これは席が空いているか微妙だな。」
女子校のカペラのエリアだからか、店内には男子生徒がほとんどいな――
「あん? あれロイドじゃねぇか?」
「我が校であれだけの女子生徒に常に囲まれているのはロイドだな!」
……見知った男子生徒がいた。
「あの、カラードさん? なんかデジャヴを覚える事を言ってませんでした?」
「現実にそうだからな。ロイドたちも座るといい。」
なんでかこの強化コンビは大きなテーブルに座ってて、そのテーブルに相席はいなかった。
「どういう状況なのだ、これは? 二人はこのテーブルを予約でもしていたのか?」
「特に何もしていない。まだお昼には早い時間だったが、雰囲気の良いレストランを見つけたので混む前に食事をすまそうと思って入ったのだ。好きな席にと言われたので折角だから大きなテーブルに座り、くつろいでいたらいつの間にかの混雑だったというだけだ。」
「なんで大きなテーブルに座ったのよ。」
「おれもアレクもたくさん食べるからな。料理をたくさん並べられるだろう?」
「へー、二人って大食いキャラだったんだー。でもなんで相席にならないんだろうねー。こんなに混んでるのにさー。」
「アンジュくん、女子が隣に座るにはアレキサンダーくんはハードルが高い。」
ローゼルの言葉に全員の視線が……座高がぶっちぎりで店内最高になってる、マッチョで強面のアレキサンダーに向いた。
「おお。アレク、おれたちは入る店を間違えたようだぞ。」
「結果オーライだろ。ロイドハーレムと合流できて違和感も和らいだ。」
「変なチーム名やめて下さい!」
アレキサンダーのおかげで席に座れたあたしたちは、それぞれにこっちではあんまり見ない料理を注文して、午後の動きを話ながら昼食をとった。
「生徒会長と二戦? 羨ましい限りだ。しかしそこまで来たのならロイドもリゲルの会長に頼んでみたらどうだ?」
「いやぁ……カラードみたいにあの人が興味を抱くようなアピールはできないよ……」
「しっかし相変わらずだな、ロイドは。その二人の生徒会長、どっちも女子だ。いやぁさすがだ、俺にはマネできん。」
「か、関係ないぞ! たまたまだ!」
「ロイくんてばついうっかり惚れさせちゃうから困っちゃうよね。ほらロイくん、あーん。」
「な、何をさらりと――え、なにそれ? 水色の食べ物なんて初めて見たな……あむ。」
「な!? ロ、ロイドくん、わたしのもほら! あーん!」
「んふふ、ローゼルちゃんはちょーっと席が遠いんじゃないかな?」
「真っ先にロイドくんの隣に座っておいて!」
「うむ、この輪の中に生徒会長が入る日も近いな!」
「近くないわ! だいたいポリアンサさんもアフェランドラさんも――」
「僕を呼んだかな?」
最近は強化コンビもロイドをいじめるようになってきたわねって思ったところで、店内の他の女子生徒からキャーキャー言われながら……うちの生徒会長が現れた。
「何やら生徒会長を呼ぶ声がしたけれど?」
「会長じゃなくて別の会長ですよ、会長。」
銀髪をなびかせてカッコイイポーズをとる生徒会長にややこしいツッコミを入れたのは副会長のヴェロニカ・レイテッド。
「ほ、ほら! オレなんかよりもっとすごい人がいるぞ!」
「いやいやサードニクスくん、さすがの僕もそう何人もの女性との口づけ経験はないかな。」
「いや、それは、その――デ、デルフさんもお昼ですか!?」
「いや、もう済ませてきたよ。僕がここに来たのはサードニクスくんに野暮用でね。」
そこまで言った生徒会長は――
「……ぶくく……」
なんかいきなりふき出した。
「デルフさん?」
「ふふふ……い、いや……その……ちょっと伝えておかなければならない事件が起きてね……ぶくく……」
笑いをこらえながら、生徒会長は少し声のボリュームを落として話した。
「僕たちは各校の会長に軽い挨拶をしてまわっていたのだけどね。ゴールドくん――リゲルの生徒会長に会いに行った時に聞かれたんだよ……ショーの時、僕と一緒に踊っていた女子生徒は何者だってね。」
「えぇ?」
生徒会長と踊ってた女子生徒っていうのはつまり、女装したロイド――ロロ・オニキスのことよね……
「そこで僕はこう答えた――」
「ん? ああ、この前のサマーちゃんのコンサートの時にもいたんだけど、そういえば紹介はしなかったね。彼女はロロ・オニキス。一年生だよ。」
「ロロ・オニキス……一緒にコンサートに行ったりショーに出たり、デルフと彼女は恋仲なのか?」
「違うよ。僕が考えたショーにピッタリの技を持っていたからお誘いして、コンサートはショーの参考になればと思って連れて行ったのさ。しかし突然どうしたんだい? 一目ぼれでもしたのかな?」
「ああ。」
「そうかそうか、ゴールドくんにも春が…………あれ、本当に? ゴールドくんは冗談を言うタイプじゃなかったと思うけど……」
「そうだな。」
「! じゃあ本気なんだね!」
「……正直、自分でも驚いている。弟が広げる裸の女の雑誌にも興味の湧かない自分は、恐らくそういう類に無関心な男なのだろうと思っていたのだが……美しかった。」
「な、何がだい?」
「あの舞いだ。螺旋を描く光の軌跡……動きからして相当な技量、おそらく騎士としても強者であろう。美しく、力強い……自分に伴侶ができるとしたら、ああいう女――いや、あの女以外にありえないと、一切の根拠なしに確信してしまった。雷にうたれるようだと表現される事もあるが、今なら理解できる……これが、恋なのだな……」
「そ……ぶく、そうだね……」
「そこで問いたい。彼女はどこにいる。どこに行けば会える。」
「…………」
「デルフ?」
「……恋は人を狂わせるとも言うけれど、ゴールドくんですらそうなのだね。」
「何の話だ。」
「うん、確かに僕は彼女の居場所を知っているよ。今すぐにでも会わせる事が出来る。けれど……それでいいのかい? リゲル騎士学校の生徒会長、『エンドブロック』のベリル・ゴールド。」
「……何が言いたい。」
「ついに見つけた想い人に初めて声をかけようというその時に、「やぁオニキスくん、こちらゴールドくんだよ」などと、余計な紹介人の存在を許していいのかい? 簡単に辿り着いていいのかい? 自力で見つけ、自ら声をかけて親しくなっていくべきではないのかい? 恋という、一見無駄とも言える労力に愛という価値が加わる原初の感情の初めの一歩に、他人の力を借りてもいいのかい?」
「……言っている事はよくわからないが、言いたい事は理解できる。確かに、その通りだろう。」
「ふふふ。まぁしかし、一人の男の恋路への旅立ちにキッカケを与えた者として、地図くらいは渡してあげたいのが人情さ。」
「なに?」
「オニキスくんはこの交流祭に積極的だ。戦闘が義務ではないこのお祭りにおいて、彼女は自ら他校の生徒に挑んでいくことだろう。今日を含めた三日間、戦闘が許可される時間帯、彼女はこのアルマースの街のどこかに必ずいる。戦闘権は三回だけだから、基本的には他の誰かの戦いを観戦していることだろう。生徒会長の試合であれば確実に観にくるだろうから、その点はゴールドくんに利があるかもね。」
「――とまあこんな感じかな。正直言うと、サマーちゃんの歌を悪く言ったゴールドくんには何も教えたくなかったんだけど……あまり無粋だと馬に蹴られてしまうからね。その件は試合できっちりお仕置きする事にして、一先ずはサードニクスくん頑張れと言っておこうかと。」
……意地悪な顔でニヤニヤする生徒会長に対し、ロイドは口を開けたまま固まってた。
「事実を伝えるもよし、美しい思い出としてゴールドくんの心の中に生き続けるもよし。ついには同性にまでもモテ出したサードニクスくんにおまかせさ。じゃあそういうことで!」
さらりと現れてさらりと帰って行った生徒会長……あたしたちは視線をロイドに集中させた。
「……どうすんのよ、あんた。」
「ど、どうするって…………どうしよう……」
「どうもこうもないだろう。交流祭の間、女装しなければいい。リゲルの生徒会長はロロ・オニキスを見つけられなかったという結末だ。」
「そ、そもそも……ロイドくん、この後はもう……女装する予定とかない……でしょう……?」
「そ、そうだね。そうか、そうだよね、うん……」
安心しきれない顔でおずおずとお昼を再開したロイドと、予想が的中してやれやれと思うあたしたちと、デザートにパフェなんか食べてた強化コンビはしっかりとお腹を満たしておしゃれなレストランを後にする。
「おお、何やら街中に戦闘の気配が満ちてきているな! そろそろか、アレク!」
「あと三十分くらいで戦闘可能な時間に入る。というかなんだ、戦闘の気配って……」
気配はわかんないけど、お店のないちょっとした広い場所で素振りや準備運動をする生徒が目立つ。いよいよ始まるわけね。
「やはりここにいましたね、『コンダクター』。」
ひとまずどこへ行こうかしらと思ってると、カペラの生徒会長――プリムラがやってきた。
「このレストランは毎年女子生徒に人気ですからね。何やら大勢の女子生徒を連れていましたから、ここに来る可能性は高いかと思いました。予想通りでしたね。」
「そうなんですか……えっと、午後一番に戦います……か?」
「ええ。これでもわたくし、あなたとの戦いを楽しみにしているのですから。」
「そ、そんなにですか。」
「勿論です。おそらく今現在、曲芸剣術を扱える者はあなただけでしょうから。これほど貴重な経験はありませんよ。」
「貴重さで言ったらこちらこそですよ。それで――どこで戦いましょうか。」
「それなのですが……一つ謝らなければなりません。」
「えぇ?」
『皆さんこんにちは! 開会式にてお耳にお邪魔いたしました、司会のパールでございます! あの時、一部の試合の実況を担当すると言いましたが、この試合がまさしくそれです! よもや開始直後にこのような試合が始まるとは!』
実況の人の声が響き、歓声が巻き起こる。それを、オレは闘技場の真ん中で聞いていた。
「生徒会のメンバーや委員会、部活の長など、実力が高い故にその役職に就いている生徒が行う試合は大きな闘技場で行われるのがこの交流祭の決まりなのです。特に、生徒会の長を務める者の試合はこの、アルマースで最も大きな闘技場を使用する事が常なのです。」
お嬢様学校の雰囲気漂う制服に、女性が持つにしては少し大きい剣を手にしたカペラの生徒会長――ポリアンサさんは、同じく闘技場の真ん中で申し訳なさそうにそう言った。
……んまぁそりゃそうだよなぁ……特に確認したわけじゃないけど、きっと三校ともうちと同じ感じに生徒会長がその学校で最強なのだろうから、その試合は誰だって見たい。
『それでは選手の紹介といきましょう! 全ての試合をこの闘技場で行う事になる四人の内の一人! カペラ女学園生徒会長! 『魔剣』、プリムラ・ポリアンサ!』
全部の試合をここで……そうか、そういう事になるのか。オレだったら――というか現在進行で割と恥ずかしいオレに対し、ポリアンサさんはこのたくさんの観客の中で堂々としている。さすがだなぁ。
『対するはセイリオス学院の一年生! しかしながら多くの生徒の間で話題にあがる注目の存在! 『コンダクター』、ロイド・サードニクス!』
「……ポリアンサさん。オレってカペラだとどんな感じの……その、噂がありますか……?」
「色々ありますが……我が校では『リミテッドヒーロー』との試合が語り草ですね。学生の域を超えたあの激闘に刺激を受けた生徒は多いですよ。」
「そうですか……」
よかった。プロキオンみたいにやらしい感じにはなってないみたいだ……
『三年生対一年生という試合はこの交流戦ではかなり珍しいカード! 一年生からすれば高いポイントが得られる可能性がある上に勉強にもなりますが、三年生からするとそれほどのメリットはありません! それでもこの試合が実現したという事は、『魔剣』が『コンダクター』に何かを見出したのでしょう! 豆知識としてお伝えしますと、『コンダクター』は現在の《オウガスト》の唯一の弟子であり、扱う剣術は歴代最強と言われる《オウガスト》が使った曲芸剣術! 確かに期待せざるを得ませんね!』
「ああ……緊張する……」
「まぁ仕方がありませんね。わたくしも期待している者の一人ですから。」
「うう……あ、そうだ。あの、この試合の――記録? をとりたいので、ちょっとアイテムを使いたいんですが……」
「構いませんよ。むしろそれが普通ですね。」
「え、そうなんですか?」
「自分で言うのもなんですけれど、一般の生徒同士ではともかく生徒会長と戦う機会を得た生徒は皆何かしらの記録を残します。他校の強者というのは、この交流祭でしか出会えないと言っても過言ではありませんから。」
「それは良かったです。」
正直、嫌な顔をされるかと思っていたから安心したオレは、ユーリの眼が入ったマジックアイテムを空に放り投げた。
「随分変わった記録装置ですね……初めて見るタイプですわ。」
「そ、そうですか?」
『おや、『コンダクター』が記録用のマジックアイテムを発動させたようです。豆知識としてお伝えしますと、他校の珍しい戦術を記録する為にあのようなアイテムを使う事はこの交流祭ではむしろ推奨されていますので、一年生の方々は使ってみるのも良いかと思います! ちなみに『魔剣』は目で見て覚えるタイプです!』
「えぇ? すごいですね。」
「いえいえ。」
上品に微笑みながらゆっくりと剣……大剣とまではいかないけどそこそこ幅のある両刃の剣を抜いたポリアンサさん。その剣には装飾がついていて、宝石が合計十一個、剣のつばにあたる場所に円形に取り付けられて……いや、宝石じゃないか……
「あの……そのたくさんついているのってイメロですか……?」
「ええ、そうですわ。第一から第十一系統、それぞれのイメロロギオです。」
「す、すごいですね……」
「? セイリオスでも希望した個数がいただけるはずでは? 確かにイメロロギオの元となる鉱石は希少なモノですけど使う者は騎士に限られますし、ここは正義の為の力を惜しむような国ではありませんもの。それに、最近はかのカメリア・クォーツの手腕によって鉱石の採掘権を得た事で潤沢になっていますし。」
う……あんまりそういう裏話というか、政治っぽい話には疎いからなぁ……というか普通にカメリアさんの名前が出てきたな。
んまぁ、ポリアンサさんの言う通りで……セイリオスの一年生はランク戦のあとあたりに追加の注文みたいのが出来るようになった。エリルなんかは両手両脚分を注文してたな。
『さて、それでは始めましょう! ほとんどの生徒がこの闘技場に集まっている事から考えるに、この試合が交流祭最初の試合! プリムラ・ポリアンサ対ロイド・サードニクス! 試合――開始!』
イメロをフル装備して嬉しそうにしてたエリルを思い出しながら世間話の態勢で突っ立ってたところにいきなりの開始合図でビックリしたが、オレは剣を放り投げて手を叩き、増えた剣の内の二本を手にして回転させ、他の剣を風に乗せた。
この一通りの流れを今ではかなり手早くできるようになったから、前ほど隙だらけではない――と思うけど、相手は生徒会長。もしかしたら既に間合いまで来ているかもしれないと警戒したのだが、ポリアンサさんはまだ動いていなかった。
「これが曲芸剣術……複数の武器を同時に操るという戦い方をする騎士はそれなりにいますが、これは別格のような気がします。」
デルフさんの話では、ポリアンサさんは多くの剣術を習得しているとのこと。複数の剣術を扱うという事は戦いのスタイルが変えられるという事で……例えばそれが近距離で剣を振り合っている時に起きると対応にだいぶ困る。
とりあえずは様子見という事で。
「はっ!」
合計二十五本の剣を全方位から囲むような軌道でポリアンサさんに飛ばす。しかしポリアンサさんは囲まれきる前にその場から駆け出していた。
オレを中心に大きく弧を描くように走るポリアンサさんの速さは、速いとは思うけどビックリするほどじゃな――
「――!!」
とっさに手で回していた回転剣を後ろに振るった。そこには、オレの剣をかわすポリアンサさんの姿があった。
「そういえば『暗殺商人』と親しかったのでしたね。」
本人は嫌がるリリーちゃんの二つ名を呟きながら、ポリアンサさんは華麗なバク転で距離をとった。
タッタッタと弧を描いて走っていたと思ったら突然その姿が消えた。一気に加速したのとは感覚が違う動きだったから反射的に――朝の鍛錬でリリーちゃんとの模擬戦をしているおかげだろう――背後に移動されたと思って攻撃したら案の定、ポリアンサさんは背後にいたのだった。
リリーちゃんが相手の場合、リリーちゃんの得意な系統が第十系統だとわかっているから当然のように位置魔法を警戒する。でもポリアンサさんは……時間魔法以外の全てを使えるという事だったから、イマイチそっちに注意が行っていなかった。
なるほど、初めて戦う相手にいきなり位置魔法を使われるとこんなにビックリするんだな。のんびりしてたらやられるぞ。
「次はオレの番です!」
螺旋をイメージ。突風に乗っての高速移動を始めるオレ。剣も速さを増して――
「なかなかの速さですが、光より速いという事はないでしょう。」
すっと天に掲げられたポリアンサさんの剣から閃光が走る。文字通りの、眩しい光が。
「――っ!」
視界が真っ白になり、思わず着地したオレの方へ……向かってくる風を感じた。
空気の流れで相手の動きを読む事が第八系統の使い手の強みだと、社会科見学の時にスプレンデスさんは言っていたから、あれ以来、朝の鍛錬ではその辺りを意識している。先読みが出来るほどじゃないけど、目が見えない今の状態でもなんとなく相手の場所がわかるくらいにはなった。
「そこ!」
「!」
タイミングを合わせて手にした回転剣を振る。響く金属音はフィリウスと旅をしていた頃によく聞いていた音。つまり、相手の武器がオレの剣に飛ばされる音だ。
エリルみたいな装備するタイプの武器やティアナみたいな遠距離武器相手だと使いどころがなかなかないけど、元々オレはこの剣術をこういう事をする為のモノだと思っていたりしたわけで……慣れたものと言えば慣れたものだ。
これはチャンス。まだ視界がぼんやりしているけど、近くまで迫ったポリアンサさんの武器をとばせたのだ。ここで一気に攻める!
「さすがですね、『コンダクター』。」
周囲の剣も合わせて攻撃を仕掛けた。しかし武器を持たないポリアンサさんはさらに深く、オレの間合いに入り込み――
「はぁっ!」
鋭い掌底であごに一撃、その後タメの入ったこれまた掌底をオレのお腹に放ち、オレはポーンと飛ばされたのだった。
「くっ……!」
なんとか倒れずに着地し、構え直した頃にはポリアンサさんも剣を構えていた。
んまぁ……そりゃあ剣を落としたくらいで勝てるほど甘くはないよなぁ……
「死角からの攻撃に目眩まし。試すような攻撃で申し訳ありませんが……まずは確信を持って挑みたかったのです。」
「確信……?」
「曲芸剣術に、わたくしの剣技の全てで挑めるという確信を。」
言い終わるや否や、その脚からは想像できない凄まじい踏み込みと共に真っすぐにオレの方へ飛んでくるポリアンサさん。
相手は『魔剣』と呼ばれる剣術の達人。近距離で戦うのは不利。曲芸剣術の間合い――中距離を保つんだ!
『おーっと、ここで両者が我々の視界から消えましたーっ! スピード自慢の生徒同士の戦いではしばしばこういう事が起こりますが――両者、その速度が「自慢」レベルを超えております!』
実況のパールさんの声がした。
風を使ってすごい速さで動けるようになって初めて気が付いたのだが、オレはそういう速さの中でもちゃんと周りが見えているし、割と音も聞けるのだ。思い返すと、こういう事につながる――当時は何をやらされているのかさっぱりだった謎の特訓をフィリウスにされていたわけなのだが……おかげでポリアンサさんの動きの恐ろしさがハッキリと見える。
走ってかわしたり光の魔法を使ったりしたのは本当にただの小手調べだったらしい。今のポリアンサさんは――オレが放つ回転剣の全てに対応しているのだ。
全方位から攻めているわけなのだが……《ディセンバ》さんのように全てをかわすというのならまだ何となく理解できる。しかしポリアンサさんは回転剣の全てを叩いているのだ。
叩くと言うと語弊があるかもだが……正面から攻撃すると回転剣はかなり威力があるから自分の剣が飛ばされてしまう。だから受け流すように――弾いているのだ。
一瞬一瞬、その時々でベストと思われる構え――即ち剣術を選択し、その上あの大きめな剣の形状もそれに適したモノに変えている。
一般的な両手持ちの剣の構えから一転、その剣の長さと幅が小さくなって短剣になり、サーカスのような動きでそれを振り回し、かと思ったら細くて鋭い剣に変えてフェンシングのように突き、しまいにはいつの間にか二刀流になる。
「――! しまった、これはまずい……!」
ふと気が付く。回転剣を避けられるのではなく弾かれるという事は……オレが想定していた軌道から外されるという事だ。風の流れに乗せているから、そうなると違う風の流れを使う事になるわけで……それを繰り返し、飛ばした剣全てにやられると段々と、じわじわと、オレのコントロールが間に合わなくなっていく……!
事実、一定の距離を保ちながら縦横無尽に飛び回って攻撃しているはずなのに、ポリアンサさんとの距離が縮まっている気がする……!
風魔法でポリアンサさんに直接攻撃するか、いっそ近距離まで迫ってみるか……
……というか……なんか……
「――」
ポリアンサさんの視線から外れられない……?
「時々カペラの生徒会長が剣を振ってる姿が残像のように見えるが、基本的にはどうなってるのかよくわからない試合だな、これは。」
「その為のスクリーンでしょー。ランク戦でもそうだったしねー。」
肉眼だと見える人が少ない超高速バトルを見えるようにしてくれている闘技場内にある巨大スクリーンに、観客の視線は集まってた。
さすがに四校の全生徒が入れるっていう闘技場だけあってスクリーンはセイリオスのよりも大きくて、特大の画面に剣をくるくる回してるロイドが映ってる。
「……ロイドの曲芸剣術を一番体験してるあたし――たちでもあんなに器用に迎撃できないのに……さすが生徒会長ってところかしら。」
「ついて行けるようになったと思ったら回せる剣の数が増えたと言って以前よりも凶悪に進化してくるからなぁ。名前は愉快だがあれほど面倒な剣術もないだろう。それをああも易々と……」
相手は三年生なんだから当たり前かもだけど、なんとなく負けた気分になってもやもやしてるあたしとローゼルに、頬杖をついたリリーがぶすっと呟く。
「別に二人ともガックリすることないよ。あの会長、魔法でなんとかしてるだけだもん。」
たまたまだったし結果的に軽々と反撃されたけど、オレはこの移動方法で……《ディセンバ》さんの後ろをとった事がある。あの時初めてやったやり方だったけど、その事実がオレの自信となり、オレの得意な移動方法となったところが多分にあると思う。
それが、一瞬たりともポリアンサさんの視線から外れずにいる。どこにどう移動してもポリアンサさんと目が合うのだ。
オレの攻撃が全部弾かれているのは、そうやってオレを常に視界に捉えて……オレからの魔法の流れみたいのを読み取って風の動きを見極め、剣の軌跡を予測しているから……だと思う。
指揮者の動きを見れば、次にどの楽器にどんな音の指示を出そうとしているのかがわかるというわけだ。
これが三年生。これが生徒会長。
……いや、本当にそうか……?
「ふっ!」
じわじわとオレに迫っていたポリアンサさんの迎撃速度が上がる。目にも止まらぬ剣舞でことごとくを弾いていく光景に焦りを覚える。このままではいつか……
いや、考えるんだ……何か違和感を覚える。何か変だ。あまりに……こっちの動きが読まれ過ぎている……
そうだ、相手は第十二系統以外の魔法を使いこなす人だぞ。オレの動きを読んでいる……場所を特定されている……? 何かの魔法でオレのいる位置を――
「!」
そうだ、位置魔法だ……! 文字通り、オレの「位置」を目じゃなくて魔法で追ってるんだ。だとするとどういう魔法をかけられたんだ? えぇっと位置魔法のルールは……
まず、生物相手の場合、自分自身は自由自在だけど自分以外を移動させようと思ったらその人――生物の許可がいる。それはモノの場合も似た感じで、所有者がいるモノは勝手に動かせない。
ただし……モノの場合は印をつければそのルールを破ることができる。印は物理的、もしくは魔法的に刻むことができて……後者の方が効果は高い。例え自分の所有物であっても、印を刻んでおくと通常よりも移動距離をのばす事もできるから……位置魔法にとって、印はかなり重要なモノ……
そうか、印だ。確かエリルの話だと、印を魔法で刻もうと思ったら十分くらいは集中しないといけない。でも……移動させる事はできなくても、その場所を把握する程度の印ならそんなに長い時間は必要ない――としたら?
オレがこの戦いで受けた攻撃は……ちょっとタメの入ったあの一発のみ――ということは……!
「はぁっ!!」
「――っ!?」
右腕――二の腕あたりに痛みが走る。気が付くと目の前――というほど目の前ではないけど割と近くにポリアンサさんがいて、その手にはちょっと長すぎる刀身の剣があった。間合いの外から無理やり剣を長くして攻撃したというところか。
「何やら考え事をしていたようですね。回転剣の防御がゆるんでいましたよ。」
このまま攻め込まれるとマズイと直感し、オレは近くの剣を全て自身の周囲に展開した。ギリギリ間に合ったらしく、ポリアンサさんは踏み込むのをとどまって後退する。
戦っている最中に戦略を考えるのはいいんだけど、それをやると戦いがおろそかになるのがオレの未熟なところだな……ちゃんとできるようにしないといけない。
が、まずはその前に――
「えぇっと……ちょ、ちょっとアレな事しますけど……お、お許しを……」
間違っていた場合、オレはだいぶ恥ずかしい状態になるわけだが……オレがシャツのボタンに手を伸ばしたところで、ポリアンサさんの表情がピクリと動いた。
――当たりかな……?
『お……おおー? 『コンダクター』が突然服を脱ぎだしました! 上着を――脱ぎ捨てはせずになんとなくたたみ、そしてシャツのボタンに手をかける!』
「な、何やってんのあいつ!!」
闘技場の真ん中で。四校のほとんどの生徒が見てる前で。あのすっとぼけ田舎者は服を脱いで――!?!?
『シャツの下は――おっと裸です! 『コンダクター』は地肌にシャツを着る派のようです! 意外とワイルドタイプなのでしょうか!』
「肌触りがいいからそうしてるだけです!」
相変わらずの田舎者っていうか、どっちかっていうと貧乏人みたいな叫びを真っ赤な顔でするロイド。闘技場の大画面に映る上半身裸で剣をくるくる回す姿はかなりマヌケで――
「ほう。」
はっとして隣を見る。そこにはまるで品定めするみたいな顔になってるローゼルとかいつの間にかカメラを手にしてるリリーとかがいた。
「な、なにまじまじと眺めてんのよ!」
「……エリルくんは見慣れているのかもしれないが、わたしはそうではないのだ。眼福というやつだ。」
「がん――ま、前にも何回か見てるじゃない!」
「ふむ……考えてみるといいぞエリルくん。男の子は女の子の――そうだな、スカートの中の下着を見たとして、一回見れば満足という事はあるまいよ?」
「なんの話してんのよ、エロ女神!」
「バレてしまったようですね。わたくしの仕掛けた印が。」
実況のパールさんの変な実況のせいで恥ずかしさがだいぶ増大してしまったオレだったが、幸い、オレの行動は間違いではなかったようだ。
「……結構速く動いているのにずっと目が合っていましたから……何かの魔法でオレの位置を把握しているのかと考えて、位置魔法の印に思い当たりました。」
「そしてわたくしがあなたに攻撃を加えたのは先ほどの掌底のみ。生き物に印は刻めませんから、わたくしが印を仕掛けるとしたら掌底が撃ち込まれた場所にあった衣服――つまりシャツ。ならばそれを脱いでしまえば良いと。」
この交流戦におけるルール……というか闘技場の仕組みはセイリオスのそれと同じだ。攻撃されれば痛みは走るけど血が出たりなんて事はないし、致命傷もありえない。加えて……炎の魔法とかをもろに受けた時に服が燃えて恥ずかしい事になる――なんて事もない。
ただし、こうやってオレが自分で脱ぐ分には問題ないわけ――い、いや、別に見て欲しいとかそういうのじゃないぞ!
「ふふ。まぁあれだけ凝視していれば気づかれるとは思っていましたが――そうでもしないと対応できなかったというのが本音ですわ。」
元の形に戻した剣を眺めながら、ポリアンサさんは真剣な顔で語る。
「遠心力によって屈強な戦士の全力の一振りのような威力を生み出している剣が視認の困難な速度で全方位から飛来する。複数の相手と戦っているような状態になるのだろうと想像していましたが……実際はもっと恐ろしいモノでした。何せ一振りたりともその回転を止める事ができず、ただただ弾く事しかできないのですから。」
「あんなに全部弾かれるとは思いませんでしたよ……」
「もしかすると、上級生であるという事実や生徒会の長という肩書きがわたくしを――「攻撃を余裕で防いでいる」ように見せたのかもしれませんが、わたくしは必死でした。あなたの高速の動きを位置魔法で捉え、強化魔法で強化した目によって魔法の――風の流れを読み取り、それに合わせる形で身につけた剣術の全てを出し、あなたの演奏を少しずつ狂わせて……そうしてやっと届いた一閃はあなたの腕をかすっただけ。なんとも絶望的ですわ。」
「で、でも最初は位置魔法の――『テレポート』でしたっけ。あれで一瞬でオレの後ろを……」
「とりはしましたが攻撃は当てられなかった。あなたはしっかりと反応しましたよ。その上、以降はその攻撃を警戒してか、自身の周囲に常に剣を配置していましたから瞬間移動すれば斬られるのはこちら……恐ろしく、素晴らしい剣術ですね、曲芸剣術は。」
「あ、ありがとうございます……」
「想像以上ですわ。」
そこで、曲芸剣術をほめちぎっていたポリアンサさんの表情が……嬉しそうなそれになった。
「その剣術をわたくしが今から身につける事は不可能でしょう。しかしあなたとの戦いはわたくしを強くする――その確信を得ました。ですからこれからは本気を出していきます。」
本気で……って、今まで本気じゃなかった!? あ、ああいや、そりゃあそうだ……だってポリアンサさんのすごい所というのは第十二系統以外の魔法を使えるということ。補助的に使ってはいたものの、まだ一度も――攻撃としての魔法は使っていないのだ……!
「何度も試すようで申し訳ありませんね。現状、使い手があなただけという事を考えるとどうしても、その技を深く体験したいという欲求に駆られてしまいます。もうわたくしでは身につける事の出来ない剣術を……最強と称される騎士の一人が描いた渦巻く軌跡を。」
……曲芸剣術なんていう愉快な名前がついているこの剣術にそこまで真剣に向き合ってくれるとは……いや、それだけ例の《オウガスト》がすごかったのだろう。
思う以上に、オレはすごい技術をフィリウスからもらったのかもしれない。
「挑ませていただきます。わたくしの剣術と魔術の全てで。そしてもしも……もしも、あなたがわたくしとの戦いに全てを出しても良いと思えたのでしたら――是非、『リミテッドヒーロー』との戦いで見せたあなたの全力を見せていただきたいですね。」
「!」
魔眼の事を知っている……のかもしれないけど、そうでなくてもそういう予想はつくか。ランク戦の戦いが他の学校でも知られているというのなら、カラードとの戦いの後のエリルとのじゃんけん勝負も知っているだろう。
空気中やイメロから生み出されたマナを魔力へと変換し、それを燃料にして術を発動させるというのが魔法のプロセスだが、魔法生物と違って人間はそもそも魔法を使えるような身体ではない。だから、マナを魔力へ変換する時に身体に負荷がかかる。それは簡単に言えば疲労だけど、やりすぎると死に至るようなモノだ。
それゆえ、人が一日に作れる魔力の量はなんとなく決まっている。個人差も大きいけど、無限に魔法を使える人は存在しない。しかし、魔眼ユリオプスの能力である魔力の前借りを使えばそれが可能となる。
明日の自分や明後日の自分が作る事のできたはずの魔力を今の自分が前借りできる能力……つまり先の事を考えなけれ、オレは大量の魔力を未来の自分から借りることができるのだ。
マジックアイテムである増える剣はどこまでも増やせるし、風も使い放題。かつての《オウガスト》がやったという数百という数の武器を飛ばす事も可能だろう。
ポリアンサさんの言うオレの全力とはつまりそれの事。もしここで使えばポリアンサさんといい勝負ができるかもしれないけど、明日以降、オレは魔法を使えなくなる。だからポリアンサさんは「全てを出しても良いと思えたら」という一言を加えたのだ。
「……贅沢な話で申し訳ないですけど……オレは、まだ戦いたい人がいるんです……だから……」
「そうですか……」
「でも――それでガッカリさせるつもりはありません……!」
螺旋のイメージ――急降下!
「『グラーヴェ』!」
ポリアンサさんの直上から大量の空気を突風に乗せて撃ち下ろす。ランク戦時には相手を地面にへばりつかせる事ができたが――
「炎よ!」
ポリアンサさんが紅く光った剣を空に振る。瞬間……どういう制御をしたらそうなるのかよくわからないのだが、周囲に広がらずに空へと真っすぐに伸びる爆発という不思議な火柱が宙を駆け、オレの風は爆散させられた。
魔法のぶつけ合いでは勝てないだろう――ここはやはり、曲芸剣術のスピードと手数で攻め――
「闇よ!」
「いっ!?」
急に身体が重くなった。回転させる剣も、動かそうとしていう風も、そろって地面に吸い寄せられるような感覚……重さの魔法――第六系統の闇魔法か!
「『バーンブレード』!」
ずっしりと地面を踏みしめているオレの方を向きながら、間合いのだいぶ外でポリアンサさんが紅く光る剣を振る。するとその剣筋が拡大され、巨大な赤い斬撃となってこっちに飛んで――
ち、違う、斬撃じゃないぞこれ!
「最大風速!」
普段ならそれをやるとどこまでも飛んでいってしまうような突風を自分にぶつける。闇の魔法で重たくなっているオレの身体には丁度良かったらしく、それほどふっとばずに済んだが――
ドゴォンッ!
『あーっとこれはすごい一撃です! まるで上空から放たれたビームが地面を焼き払ったかのような光景です!』
石で出来ている闘技場の床がドロドロと溶け、さっきまでオレがいた場所まで真っすぐに赤いラインが描かれていた。
実況の人が言ったように、これはビームだ。アンジュが口から放つ『ヒートブラスト』と似ているけど……決定的に違うのは向き。『ヒートブラスト』は熱線が真っすぐに、「点」として飛んでくるのに対し、ポリアンサさんの『バーンブレード』は「線」。一本の長くて大きな熱線が横向きで飛んでくるのだ。攻撃範囲は闘技場の端から端まで……な、なんて恐ろしい……
「まだまだですよ!」
紅い剣を縦、横、斜めに振るうポリアンサさん。その動きに合わせて縦向き、横向き、斜め向きの角度で放たれた熱線が網目を描いて壁や床を溶かしながら飛んでくる。勿論、セイリオスの時と同じように観客席には攻撃が届かないようになってって――ってそんな場合じゃない!
一撃必殺の高温の壁が迫ってくるような状況――後ろに退いても意味がないなら向かっていくしかない!
『おお! 『コンダクター』、必殺の閃光に自ら飛び込んでいきます!』
上を着ていないせいか、肌をじりじりと焼かれるような感覚を味わいながら熱線の網目をくぐっていく。熱のせいで生じている気流に風を狂わせられながらも、オレは無我夢中で熱線をかわして――その先に立つポリアンサさんを捉えた。
「! 光――」
剣を掲げ、試合開始時にやったような目眩ましを放とうと……たぶんしていたポリアンサさんに、それよりも速く剣を飛ばす。大慌てで飛ばした一本だったけど、それを弾くために一瞬時間を使ってくれればそれで充分……!
「行けぇっ!!」
その一瞬を逃さず、ついさっきポリアンサさんが「必死だった」と言った回転剣の全方位攻撃を仕掛ける。
「土よ!」
闘技場の床が隆起し、ついでに金属のような光沢を帯びて盾となる。数本防がれたけど――それで手を止めたら魔法の一撃が飛んでくる……!
「はああああっ!」
『『コンダクター』、再びの猛攻撃! ですが――な、なんということでしょう! 先ほどの剣技のみで全てを弾いていた事も素晴らしいですが――土の壁、爆風、氷、あらゆる系統の魔法を使って『コンダクター』の回転剣を防いでいます! なんという魔法の発動速度!』
まるで目に見えない誰かがポリアンサさんを守ってくれているような、そんな風にも見える光景だった。飛んでくる剣の方を見もしないで――というかオレをキリッと見据えてそのままこっちに向かって走ってくる……! 魔法を使うとこうもあっさり、全方位攻撃が防がれるのか!?
い、いや、デメリットがないはずはない――と思いたい……! そ、そうだ……今の完全防御の状態でさっきの『バーンブレード』を撃てば一方的に攻められるはず……それが飛んでこないって事は、あの防御で魔法はいっぱいいっぱい――と信じたい……!
そう思わせて誘っている可能性だってあるけど――ここは攻める方向で!
『ああっと、『コンダクター』! 一定の距離を保っていた動きから一転! 『魔剣』の間合いへ突っ込んでいきます!』
「!」
ポリアンサさんが少し驚く。驚くという事は……よし、アンジュ直伝の魔法を使ってあれを決める!
あめあられと降らせる回転剣の中を魔法の壁で防御しながら走ってくるポリアンサさんへ一直線に飛ぶ。瞬く間に距離は縮まり、オレはポリアンサさんの剣の間合いに入った。
「――!!」
オレの接近をあまり予想していなかったっぽいけど、間合いに入ったのなら構わないとでも言うようにニッと笑ったポリアンサさんは、その剣を先端が尖った形状へと変えて爆速の突きを繰り出す。
しかし、真っすぐに迫っていたその剣先はオレに刺さる数センチ手前でぐらりと微妙に横にそれ、そのまま――オレの肩の辺りをなぞりながらではあったけど、大きなダメージを与える事無くオレを通り過ぎた。
「な――」
思わずもれるポリアンサさんの驚きの声。その隙を逃さず、オレは手の平に作った圧縮空気の塊をポリアンサさんのお腹へと叩き込んだ。
『これはーっ!? 剣戟が響くかと思われたその瞬間、『魔剣』が弾かれるように後ろへ吹き飛んで壁へ激と――あっと、『コンダクター』が追撃の構えーっ!』
すぐには回復できないはず――勝負だ!
「『アディラート』っ!!」
『凄まじい剣の暴風! 『コンダクター』、壁へと吹き飛んだ『魔剣』へ休む間もなく回転剣の連射です! 今まで曲線を描いて相手を全方位から狙っていた剣が一直線に! まるでガルドのマシンガンのように撃ち込まれていきます!』
――
――――! 音が……これは金属音!
ポリアンサさんが激突した衝撃で舞っていた砂埃が回転剣の風圧で飛ばされていくと、そこには金属の大きな盾があり、オレの『アディラート』を防いでいた。よくローゼルさんがオレの攻撃を防ぐ時にやるような反りをつけた形状で、回転剣は受け流されるように弾かれていた。
なら、その盾を迂回する軌道で――
「!!」
突如背後に感じた空気の流れ。最初に位置魔法で背後をとられたのを思い出す――
しまった、あの盾はおとり!
「はああっ!」
振り返った時にはもう遅く、そこには背後に回ったポリアンサさんがオレに剣を振り下ろしている光景があった。
「っ――」
手にした剣を振るのも、風で緊急離脱するのも間に合わないタイミング。しかし、勝負を決するであろうその一閃はオレの横スレスレを通り過ぎた。
空振り!? そうか、あれが効いてい――
「雷よっ!!」
オレを通り過ぎたポリアンサさんの剣から放たれる雷撃。それをもろに受けたオレは衝撃で吹っ飛び、上手く着地もできずにゴロゴロと転がった。
ま、まずい、すぐにでも追撃が――
『あ――こ、これは!? 雷撃を受けた『コンダクター』はともかく、猛攻をかいくぐって攻撃を仕掛けた『魔剣』がその場で膝をつきましたーっ!』
ビリビリと身体中に走るしびれを抑えながら顔をポリアンサさんの方へ向けると、ポリアンサさんは剣を杖に片膝をつき、あいた片手で頭を押さえていた。
「――っ……なるほど……こういう攻め方もありますね……」
やっぱりちゃんと効いてたみたいだな……
「……オレも……雷の魔法をくらうとこんなに痺れるとは知りませんでしたよ。」
「ふふふ。そういう場所を狙いましたからね。」
「よし、ティアナ。その眼で見た事を話すのだ。」
二人がふらふらしてる間に、ローゼルがそんなことを言いながらティアナの肩に手を置いた。
「ロイドがプリムラの間合いに突っ込んだ辺りからね。」
あたしたちの視線を受けて、ティアナはおずおずと話す。
「え、えっとね……自分の目の前、まで来たロイドくんに……会長さんがシュバッて攻撃しようとしたんだけど……ロイドくんが身体の上に飛ばしてた風にビュオォッてやられて……」
「身体の上……ああ、あれか。アンジュくんの『ヒートコート』の第八系統版。」
いつかの朝の鍛錬の時に、アンジュみたいに魔法を自分の身体の表面に薄くまとわせるっていうのを、自然系の系統が得意なあたし、ローゼル、ロイドで試してみた事がある。アンジュの『ヒートコート』は衝撃に反応して爆発する熱の塊みたいなモノをまとう技なんだけど、これがかなり難しい。同じ系統が得意なあたしはいつも勢いよく爆発させてるせいか一か所に熱をとどめるって事ができなくて、ローゼルも冷たい霧を身体からもわもわさせるだけで固定はできなかった。
だけどロイドは違った。すごく綺麗に風を回転させる事ができるロイドは、自分の身体の表面から数センチだけ離れた場所を吹き抜ける風を起こして、それを身体中に走らせた。例えるなら、人のシルエットでぐるぐる回る竜巻を着てるようなイメージ。
「『エアロコート』とか名付けてたわね……って、あの魔法でプリムラの剣をそらせたってこと? どんだけ強い風を吹かせてんのよ、あいつ。」
「しかしそらしたと言ってもあれだけの近距離であったし、ポリアンサ会長の一撃の威力もあってか、ほんの少しそらして致命傷を免れた――という感じだったがな。」
「それでもあっちの会長がビックリするには充分だったんだろうねー。それでその後、ロイドは何したのー?」
「う、うん……ま、前のランク戦でもやってたこと、あるけど……ギュッてした空気をぶつけて、爆発させてポーンッて……で、その時回転を加え、てたからあの会長さんもグルグルって……」
「圧縮した空気の塊を回転を加えながら撃ちこみ、破裂させて吹き飛ばしたのか。結果、ポリアンサ会長は回転しながら壁に激突……なるほど、それであんなにふらふらなのか。」
強制的にこっちを回転させる技……一回受けてみた事があるけど、脳がぐわんぐわん揺れて相当キツイのよね、あれ。
「プリムラは時間以外を使いこなせるって事だから、当然幻術とかの対策もバッチリなんでしょうけど……まさか物理的に酔わされるとは思わなかったでしょうね。」
「くるくる回ってふらふらするなんて、ちっちゃい時に誰にでも経験ありそーだけど、戦いではやんないよねー。くらっちゃったら防げないかもねー。」
「そ、それで……か、壁にぶつかった会長さんにロイドくんが攻撃するんだけど……か、会長さんはすぐに地面から鉄みたいな壁を出してぼ、防御して、ふらふらのまま頑張って位置魔法で移動して……」
「ロイドくんの『アディラート』はポリアンサ会長が壁に激突するや否やというタイミングだったのだがなぁ……激突のダメージとふらふらの身体でよくもまぁアレだけの速さでアレだけ頑丈な壁を出せるものだ。」
「ロイドの全方位攻撃も土とか氷とかで全部防いでたし、しかもそれをやりながらロイドの方に走ってたし……すごいわね。」
「でもさすがに防御しながら『バーンブレード』? を撃つ余裕は無かったみたいだねー。」
「ロ、ロイドくんの後ろに移動したところまでは、よ、よかったんだけど……や、やっぱりまだふらふらだったから……剣がスカッてなって……で、でもロイドくんがその空振りのす、隙をつこうとしたらバチバチっていうのが起きて……お、主に首に向かってビリビリしてたかな……」
「『アディラート』で回転剣を全部前に飛ばしてたから、プリムラがロイドの後ろに移動した時は終わったかと思ったけど……あんなに盛大に空振りするとはね。」
「位置魔法で移動するだけで精一杯だったのだろうな。しかしその空振りのリカバリーは流石だな。しっかりと痺れを起こす場所を狙ってくるとは。」
「ねー商人ちゃん。位置魔法ってふらふらの状態でもできるモンなのー?」
全然会話に入ってこないリリーの方を見ると、そこにはカメラを覗いてよだれをたらしてる変態がいた。
「えへへ……えへへへ、んもぅ、ロイくんてばロイくんてばロイくんてばぁん。上半身裸で……ちょっといい汗かいて……いつもよりキリッとしてて……かっこいいよぉ……」
「風を利用した速さも、十二騎士直伝の身のこなしも、伝説の剣術も、あなたの強さを称するモノには違いないでしょうが……しかし、わたくしが特筆したいのはその風の精密さですわ。」
回転の酔いから戻りつつあるポリアンサさんは、グッと背筋を伸ばして立ち上がる。オレも、だいぶ痺れがとれてきた。
「第八系統を得意とする方々の、きっと平均風速を遥かに超える速度と、細かな制御を可能にする円形、球形、螺旋の軌道……精密であるが故に邪魔をしやすそうではありますけれど、応用の可能性は非常に高い……そののびしろは羨ましいですね。」
「いやぁ……こうも色んな系統の魔法を披露されると羨ましいをそのまま返したいところですけど……あの、もしも教えてもいいならでいいんですけど……ポリアンサさんの得意な系統ってどれなんですか……?」
「わたくしの得意な系統は第一系統の強化です。」
「え――えぇ?」
「ええ、その反応は毎度の事ですね。しかし簡単な話ですよ。要するにわたくしは、得意でない他の系統の魔法を「強化」して使っているのです。」
「そんな使い方もあるんですか……」
こりゃあ第八系統ばっかりやってる場合じゃないな……そういえばエリルもちょいちょい強化魔法使っているし。オレも強化を練習するか……
「しかし……楽しいですね、あなたとの戦いは。」
「へ……えぇ?」
「今まで経験した事のない技を見せてくれますから、とても勉強になります。あれほど防御の為に魔法を連続発動させたのは初めてですし、正直『バーンブレード』の網をくぐり抜けられた事には驚きましたわ。」
「あ、ありがとうございます……」
「ですから――あとに控える残り二戦の為に力を温存しているあなたから、全力を引き出したくなりました。」
そう言いながら再び剣を構えた瞬間、そういう資質を持っていないオレですら見えてしまうくらいの濃い魔力の流れがポリアンサさんを覆った。
「近年の魔法学でこんな仮説が唱えられている事をご存知かしら。全部で十二個の系統を持つ魔法は、実はたった二つの系統で分類されると。」
「ふ、二つ……?」
「第一から第十一系統がとある系統を構成するパーツのようなモノだと捉えているのです。それらをまとめて一つの系統とするなら、第十二系統と合わせて系統は二つ。」
「は、はぁ……」
「そのような説が生まれたキッカケは、とある魔法使いが生み出したオリジナルの魔法……第一から第十一系統の全てを組み合わせる事で編み出されたその魔法は――」
ポリアンサさんを覆っていた魔力が魔法へと変換されていく。その姿が蜃気楼のように歪んだかと思ったらポリアンサさんの手から剣が消えて……代わりに左肩の後ろあたりに剣で出来た翼……? みたいなモノが出現した。
「空間魔法――そう呼ばれています。」
ポリアンサさんが右手を振ると、その手の先に宙に浮かぶ光の剣が現れる。
……いや、なんというか……表現するなら確かに光の剣なんだろうけど……その刀身には何か、こう、吸い込まれるような力を感じる……不思議な剣だ。
『初戦からこの魔法を出してくるとは意外な展開です! 豆知識としてお伝えしますと、多様な剣術と魔術で一振りの剣をマジックアイテムのように振るうプリムラ選手についた『魔剣』という二つ名ですが、あの光の剣と戦った事のある者は口をそろえてこう言います! あの剣こそが『魔剣』であると!』
えぇ!? じゃああれこそがポリアンサさんの真骨頂的なモノなのか!
「これがわたくしの……そうですね、必殺技とでも言いましょうか。空間魔法で作り上げた翼と剣――名を『ヴァルキリア』と言います。」
トンと地面を蹴り、そのままふわりと宙に浮くポリアンサさん。片翼の剣の翼と一本の光の剣をまとう姿はかなりカッコイイ。
「……オレの曲芸剣術にもそういうカッコイイ名前が欲しいですね。」
剣を回し、今まで以上に気を引き締める。ニコリと笑うポリアンサさんがすぅっと腕を動かすのを合図に、オレは回転剣の全方位攻撃を仕掛けた。
剣術のみの場合はその全てを剣で弾かれ、魔法を使い始めたらそっちを見なくても魔法で防がれてしまったこの攻撃……全力全開状態の場合、ポリアンサさんはどんな風に防御をす――
「えぇ!?」
その動きは一瞬だった。ポリアンサさんがこの戦いが始まってからおそらく最速の動きで剣を振るうと、オレが飛ばした回転剣が全て真っ二つに切断されて……その場で消滅した。
『一閃! 今まで弾くことしかできなかった回転剣が切断され、その上消滅しました! 『魔剣』の剣にはそのような力もあるのでしょうか!』
いや……消滅したのは仕様だ。
プリオルからもらったこの剣の欠点をあげるなら、それは分裂して生まれた大量の剣は、破壊されると消滅してしまうという事だ。
この「増える剣」の大元――つまり、分裂する際の最初の一本はいくら破壊されても手を叩いたり指を鳴らしたりして剣を分裂させればその破損が修復されるという便利な機能がある。しかし分裂で生まれた剣はあくまで魔法で生み出されたモノという分類で、破壊されるとマナに戻って空気に溶けてしまうのだ。
本物の剣だったなら、例え真っ二つにされようともその二つを再び回転させて攻撃を再開させることができるのだが、消えてしまったらどうしようもなく……オレの曲芸剣術の連撃はそこで止まらざるを得ない。
いや……まてまて、問題はそこじゃない。エリルのパンチみたいな物凄い威力のモノに砕かれたというならわかるが、切断となると大問題だ。
相手の武器を切断する技術を持った剣士はそりゃあいるだろうし、切断できるだけの鋭さを持つ剣も勿論あるだろう。しかし今回は高速回転する剣……そんな斬りにくいモノをあんなにあっさりと切断するという事は――斬る対象の動きとか形状なんか関係なしに真っ二つに出来るほどの切れ味があるということにな――
「うわっ!」
慌ててのけぞると、ポリアンサさんの剣がオレの鼻先をかすめていった。
「すごい避け方ですね。」
また考え事で隙を見せてしまった……!
風で移動し、ポリアンサさんから離れたオレは――オレの行き先に首を動かしたポリアンサさんがオレの目の前に瞬間移動するのを見て息を飲んだ。
あ、やば――
「――ぐああああああっ!!」
切断された――そう思った。そうされたことはないけれど、そうなったとしたらきっとこれくらいの痛みが走るのだろうと……そう思える激痛が両腕に走った。
「――っつ……いった……」
倒れずに着地できたのがだいぶ奇跡に近かったという事を、着地したあとに理解する。
両腕の、肘から先の感覚が全くない。
「相変わらず素晴らしい反応と動きですが、今回は間に合いませんでしたね。両腕を切断しました。」
そこにあるけど一ミリも動かせない指を横目に、オレは少し離れたところで剣を構えるポリアンサさんを見た。
「勿論、そういう大怪我がこの闘技場の中で現実になる事はありません。そういう魔法がかかっていますから。ですが、疑似的にはそうなっています。この試合が終わるまで、あなたは肘から先を動かすことはできません。」
「……――っ……こ、これが切断された時の痛み……ですか……」
頭の中と視界でバチバチと光が走るような感覚……身体が、今すぐにこの痛みからオレを解放しようとオレの意識を断とうとしている。
「本来一度しか体験できない類の痛みを経験できる事は、この闘技場の素晴らしいところの一つですね。世の中には、もっと残酷な痛みをばらまく悪党がいるのですから……まぁ、これはこの際どうでもよいのですが。」
ポリアンサさんは光の剣を天に掲げ、キリッとオレを見据えた。
「次の一撃で勝負を決める――そのつもりで剣を振るいます。さぁ、『コンダクター』……あなたも全力を引き出し、第二ラウンドと行こうではありませんか。」
どうしてもオレの魔眼を発動させたいらしいポリアンサさん。今年で卒業し、来年の交流祭には姿を見せないこの強い人がこうまで言ってくれている……
しかしまぁ……なんというか、ここまで来たら意地だな。
「……生憎と、オレは普通の指揮者ではないのです。」
ぶらぶらと、肘から先にぶら下がっているだけの手をなんとか叩いて剣を増やし、風を起こして剣を回す。
「指揮棒が握れないくらいで、オレの演奏は止まりませんよ。」
……
…………ん? あれ、オレなんて言った……?
「…………あぁ、今のは忘れて下さい……なんか恥ずかしい事を言ってしまった……」
口が滑った。赤くなる顔を覆いたいのに覆う手が動かないというどうしようもなさ……
「……すごいですね、あなたは。想像以上の激痛が走っているでしょうに、その余裕とは。」
ふふっと、ポリアンサさんがほほ笑む。ああ……何で今こんなキザな事を……
んまぁ、でも……フィリウスがこんな事を言っていたことがあった。
「不利な時こそタフなセリフのはきどころ……らしいので。」
イメージする。螺旋を細め、錐のように鋭くし、一本の槍と化す。
「これがオレの必殺技です。」
「……受けて立ちましょう。」
残念そうに笑うポリアンサさん。
オレが負けるのはなんとなくわかるのだが……果たして、オレの必殺技はどのようにして打ち破られるのか。
全力の出し惜しみに若干申し訳なさを感じながら、オレは最後の一撃を放つ。
「『グングニル』――っ!!」
回転する剣を螺旋にうねる風に乗せ、ドリルのように相手に突き出す技。簡単に言うと削岩機のような状態で、貫けないモノはないだろうとS級犯罪者のお墨付きをもらったその槍は――
「――美しい技ですね。」
一閃、上から下に振り下ろされた光の剣を受け、まるで写真をカッターで切るかのように――竜巻ごと真っ二つにされた。
セイリオスの闘技場と大体同じ構造だったから、あたしたちは戦った選手が出て来るだろう出口でロイドを待ってた。
最後、『グングニル』を通り越して闘技場そのものを真っ二つにしそうな勢いのデタラメな斬撃を真正面から受けたロイドがバタリと倒れて……それを見て悲鳴をあげながら瞬間移動して選手と観客の間にある魔法の壁にぶつかってひっくり返ったリリーを背負ったローゼルが呟く。
「……リリーくんも結構あるのだな……あまり浮かれていられない。」
「なんの話よ。」
「胸の話だ。」
「なんの話よ!」
「なに、ふと気が付いたのだ。そしてロイドくんもそうだ。」
「なんで胸の話にロイドが出てくんのよ!」
「そっちではなくて今回の試合だ。なんというか……こういう公式の試合でロイドくんが負けるところを初めて見たと思ってな。」
……言われてみればそうだわ。まぁ、そもそも模擬戦はともかく公式戦はそんなにやってない――っていうかランク戦だけだし……
でもローゼルの言いたい事はなんとなくわかる。ロイドって、なんだかんだで勝っちゃいそうなイメージだから。
「上には上がいるってことだねー。空間魔法なんて初めて聞いたし、すごい人はまだまだいっぱいいるんだろうねー。」
「あ、あたしたちも……頑張らないとだね……あ、ロイドくん……」
トボトボと出てきたロイドは上着とシャツを手にかけた状態で……つ、つまり上半身裸で……
「ロイくーん!」
「ぎゃあっ!?」
ローゼルの背中で気絶してたはずのリリーが瞬間移動でロイドに飛びついた。
「やーん、ロイくんてば大丈夫なの? ケガとかない?」
「だ、大丈夫ですから! そ、その前にく、くっつくと……あの、ほら、オレ、上を着てないから! あ、汗とかかいてるから!」
「気にしないよー。ていうかロイくんてば、こういうのに耐えられるように我慢するんじゃなかったの?」
「そうですけど! い、今はほら!」
「んにゅ、ロイくんの匂い……」
「あびゃあっ!」
両手を上げて身動きできないでいるロイドは……何を思ったのか、カッと決意の顔になる。
「そ、それなら――だりゃあぁっ!」
「ひゃぁっ!?」
くっついてるリリーをそのまま抱き返したわよあのバカ!
「や、ヤー、リリーチャンのニオイがシマスヨー……!」
「ひゃっ、ひゃっ、ロイくんてば、ひゃっ!」
片言で慣れない――や、やらしい感じの事を口走るロイドの反撃に対し、リリーは自分からくっついたクセに真っ赤になってジタバタして……
「ひゃぅん……」
ぺたりと座り込んだ。
「お……おお! リ、リリーちゃんに勝った――あ、あれ!? そ、そんなつもりでは!?」
思ってたのと違う結果らしいけどどう考えたってこういう感じになるわよっていうことをやらかしたすっとぼけロイド。
「やぁん、ロイくんてばぁ……んもぅ……」
赤い顔で嬉しそうに……もしくは妖艶に微笑むリリーを見て「あびゃ」とかいう変な声をあげるロイド……まったく……
「……ロイド、あんたとりあえず服を着なさ――」
「『コンダクター』……あなたやっぱりそういう方でしたのね……」
こういうバカなところに一々怒ってたらロイドのかの――こ、恋人はやってられないわって思わず考えちゃってちょっと恥ずかしくなりながら、とりあえず服を着ろって言いかけたところでドン引きしてる感じの一言が聞こえた。
「ポ、ポリアンサさん!? いや、あの、これはですね!」
「とりあえず服を着てはいかが?」
ため息をつきながらの提案にハッとし、ロイドはいそいそと服を着た。
ついでにリリーも……満面の笑みで立ち上がる……
「はい! えっと! ど、どうしましたかポリアンサさん!」
「……良い勝負をありがとうございましたと、お礼を言いに来たので――」
「あんた強いんだな!」
ロイドの『淫靡なる夜の指揮者』的な光景を前に、でも冷静に口を開いたポリアンサのセリフに割り込んだのは……えっと、ラクス・テーパーバゲッド。イクシードとかいう体質らしい時間使いで二年生。カペラ唯一の男子生徒。
「プリムラが『ヴァルキリア』を使う相手なんて、カペラには数えるくらいしかいないんだぜ? いやぁ、すげぇなぁ。」
「……あなたもその一人ですけどね、ラクスさん。」
ちょっと口をとがらせてそういったプリムラは……なんかさっきまでロイドを圧倒してた生徒会長の雰囲気とちょっと違った。
いえ……ラクスに対してのみ、かしら。
「俺の場合は第十二系統の使い手だからだろう? いや、というか大人げなくないか、プリムラ。そっちは三年生な上に生徒会長で、こっちは一年生だぞ?」
「会長職は関係ありません。それに、そういう事は彼と戦ってから言って下さい。」
プンスカ……っていう表現が合いそうな顔でラクスに文句を言ったプリムラは、すっと一歩前に出てロイドを見据えた。
「『コンダクター』、あなたは強い。体術や剣術の個々のレベルは既に完成の域でしょう。学年相応――いえ、それ以下の実力になってしまっているモノはただ一つ――魔法です。」
「――はい。」
三年生で生徒会長。実質、現カペラ最強の学生であるプリムラから負けたロイドへ送られるこの言葉は、今回の試合の総まとめ……これ以上はない収穫――強者からのアドバイス。ロイドは、その話を真剣な顔で聞いてた。
「風の速度や精密さにおいてあなたの横に並び立てる者は、現役の騎士でもそういないでしょう。しかしあなたが起こしている風は、第八系統の魔道においては初歩の初歩。言ってしまえば、「ただの風」を他の者が持っていない応用力で強力にしているだけですわ。」
……ロイドは別に、魔法が苦手ってわけじゃないし、勉強が苦手ってわけでもない。フィリウスさんとの旅の間、曲芸剣術の土台を作る為にほんの数か月前まで魔法を一度も使った事がないっていう、騎士を目指す者からしたらとんでもないハンデを抱えてるだけ。
でもやっぱり、その差は大きいのよね。
「精進する事です。第八系統は風の魔法を扱う系統ですが、風だけが第八系統の全てではないのです。魔道を歩み、今以上に第八系統を使いこなせるようになった時――あなたの体術や剣術は更に強力な武器となりますわ。」
「はい!」
バカみたいに敬礼なんかしてるまぬけロイドをくすくす笑うプリムラは、「そういえば」と言って話題を変えた。
「結局わたくしの誘いに乗らずに残す二戦に力を温存したあなたでしたが、一体どなたと戦う予定なのです?」
……割と根に持ってるらしいプリムラが不満げにそう言った。
「えぇっと……決まっているのは一人だけでして……その、プロキオンの会長のアフェランドラさんと……」
「彼女と?」
少し驚いた顔になったプリムラは、ふと何かを考える。
「珍しい事もあるものですね……いえ、彼女的に『コンダクター』であれば力を出しても良いと思える相手なのかもしれませんね……」
「えぇ?」
「ふふ、こちらの話です。その試合、必ず観戦させてもらいますわ。」
「えぇ……気になるんですけど……アフェランドラさんが何か……?」
「そうですわね……では一つだけ。彼女の二つ名は『女帝』ですけれど、実はもう一つあるのです。」
「二つ名が二つあるんですか?」
「ええ。個人的な想像を含んでの見解ですけれど、もう一つの名が使われる時の彼女は『神速』を超えると思っていますわ。」
「えぇっ!?」
……やっぱり二つ名っていうのが好きなのか、たっぷりと言葉をためて何故か自慢気な顔でプリムラはこう言った。
「マーガレット・アフェランドラ。全力全開で戦う際の彼女の二つ名は――『雷帝』ですわ。」
ポリアンサさんとの試合に負け、みんなとのポイント勝負において圧倒的に出遅れたというのに、試合をする予定になっているアフェランドラさんに物凄く強そうな『雷帝』という二つ名がある事を知り……完全に「負け」に王手がかかってガックリしていると、リリーちゃんがくっついてきた――!
「やぁん、もぅ、ロイくんてば! いきなりああいうことするんだからぁん! もう一回して?」
ああ、やっぱり我慢できる気が――い、いや、これも立派な騎士になる為の修行みたいなモノだぞ、オレ!
「そそ、そんなこと言って! ま、またへなへなになっちゃうよ……!」
「うん、へなへなにして欲しいなぁ。」
「いい加減にしなさいよエロ商人!」
エリルのパンチが空を切る。避けるのをわかってるからか、こういう時のエリルは結構本気で攻撃する。んまぁ、だからリリーちゃんもひょいって離れてくれるんだけど――
「あんたもあんたよこのバカ!」
「ひゅひはへん!」
ほっぺをつねられた。
「ま、ロイドくんにはあとで同じことをわたしにもしてもらうとして……先の試合で火が付いたみたいだな。あっちこっちで勝負が始まっている。」
「一年生が三年生といい感じの勝負したんだしねー。負けてられないって感じなのかなー。」
確かに、近くにある闘技場への入口全てに「使用中」という表示が出ている。その向こうではどこかの生徒とどこかの生徒が戦っているのだ。
……ていうか同じ事をローゼルさんに……!?
「さて、我々も早速と言いたいところだが……正直、どうやって相手を決めたら良いのかわからないな。」
「じょ、情報を集めて戦ってみたい相手を……探すのも、訓練だって……せ、先生言ってたけど……」
「それはそうなのだが、現段階では生徒会などの役職や二つ名くらいしか情報がない。明日になれば色々な生徒の様々な噂が飛び交うだろうが……一日目はどうしようもないぞ。」
「とりあえず今日は適当に見つけた相手に挑むか、挑まれたら受けて立つくらいしかできることはなさそうね。」
「ロイくんはこの後どうするの? もう一戦するの?」
「えぇ? いやぁ、さすがに今日は疲れたよ。オレはみんなの応援を……ああ、でもみんなバラバラに試合するよね……」
「そうだな。試合のタイミングが被る場合もあるだろう。」
「うーん、ならオレは……明日の為に情報収集しようかな。オレも、対戦相手をあと一人を探さないといけないし。」
「む? それはありがたいが……少し心配だな。」
「? 何が?」
「ロイドくんが他校の女子をひっかけないかと。」
「しませんよ!」
こっち関係の信頼の無さはどうにかしないといけないが……とりあえずここで解散し、各自で試合や情報収集をして夕方の六時にセイリオスのエリアで合流という事になった。
最近では割と珍しい、単独行動の時間である。
「さてと……情報収集は酒場――じゃなくて、人が集まるところで行うモノだとフィリウスが言ってな。この場合は……」
みんなが歩いて行った方向とは逆――ついさっきオレが試合をしていた闘技場の方を見る。生徒会長とかの強い人はここで試合する事になるって話だから、きっとたくさん人が集まるだろう。
んー……でもどうやって話を聞けば……
「おや、友達の応援かな、サードニクスくん。」
とりあえず入口を目指して外周を歩いていると、いつの間にかオレの隣にデルフさんがいた。
相変わらず神出鬼没だなぁ……
「デルフさん……い、いえ……誰が戦うかは知らないんですけど……デルフさんは観戦を?」
「うん。ポリアンサさんがさっきサードニクスくんと戦って、今からもう一人が戦うから、今日は気楽に過ごせると思ってね。一つ、誰かが挑んで来るまでのんびりしてようかなと。」
「??」
デルフさんが言っている意味がよくわからなかったのだが――その数分後、のんびりしている理由も友達の応援かと聞いてきた理由も判明した。
『今年は初めからガッツのある流れができているようです! 先程の試合のような、一年生が三年生に挑むという試合が再び行われようとしています!』
デルフさんもオレと同じように、三戦の内二戦は相手が既に決まっている。一人はさっきオレが戦ったポリアンサさんだが、おそらく彼女も一日一戦のペースで試合をするだろうから今日はデルフさんに挑んでこない。
そしてもう一人が――今まさに試合をしようとしているから、今日のデルフさんはフリーというわけだ。
『では参りましょう! リゲル騎士学校生徒会長、『エンドブロック』、ベリル・ゴールド対セイリオス学院一年生、『リミテッドヒーロー』、カラード・レオノチス! 試合開始です!』
第六章 挑む者たち
「輝け! ブレイブアーップ!!」
ランク戦でやっていた口上を告げ、四校の生徒が見ている前で堂々とブレイブナイトと名乗ったカラードは試合開始の合図と共に、その白銀の甲冑を黄金に変えた。
最長で三分。正義の騎士とリゲル騎士学校の生徒会長の戦いが始まった。
「貫け! ブレイブチャァァジッ!!」
一閃。黄金に輝く一条の光となったカラードがゴールドさんに突撃する。が、直後凄まじい威力の衝撃をまき散らして、その突進は止まった。
サマーちゃんのコンサートでも見せた魔法――もしくはそういう武器だったりするのかもしれないが、ゴールドさんの見えない壁によって一撃を止められたカラード。しかしそうなるや否や、カラードは手にしたランスを空中に置き去りにして一瞬でゴールドさんの背後にまわった。
「!」
オレも経験した事があるから気持ちはよくわかるのだが……ランスを手放して本人だけが移動するというのを想定していなかっただろうゴールドさんが驚いた表情で振り向く。
しかし、時既に遅し。
「撃ち抜け! ブレイブブロォォッ!」
何かが砕ける音を響かせならが、カラードの拳がゴールドさんを殴り飛ばす。砲弾のような速度で壁に叩きつけられたゴールドさんに向け、まだ落下していなかったランスを手にしたカラードは――
「射抜け! ブレイブストライクッ!!」
これまた砲弾のような速度でランスを投擲――すると同時に自身もゴールドさんの方へ駆け出す。
だが、ここでオレに――あとたぶんカラードにも予想外の事が起きる。投擲したランスがカラードの後方の壁に突き刺さったのだ。
何らかの魔法ではね返されたのか、速すぎてよくわからなかったが……しかしそれで脚を止めるカラードではなく、全力疾走の威力をそのままにドロップキックの態勢で突っ込んでいった。
さっきのブレイブチャージの時ほどではないが、金属同士が激しくぶつかり合ったような音がして、カラードのキックはゴールドさんの見えない壁に止められた。
カラードは……おそらく止められる事を予想していたのだろう、そのまま脚をバネにして見えない壁を蹴り、ランスの方へと跳んで戻った。ランスが突き刺さった壁に着地しながらそれを回収し、再び壁を蹴ってゴールドさんへと突撃し直すカラード。
言葉で説明するとそうは感じないが、カラードが見えない壁を蹴り、ランスを回収して再度突撃したこの流れはほんの一瞬の出来事であり……スクリーンを通して見なければ闘技場を端から端へ光が往復したようにしか見えない。
再度の突撃も見えない壁に止められてしまったが、今度はその壁の前から移動せず、カラードは槍を構える。
「刻め! ブレイブラーッシュッ!!」
超高速で繰り出される突きのラッシュ。壁を背に、見えない壁を展開してカラードの攻撃を防ぐゴールドさんは――しかし、特に焦った様子でもなかった。
「ふふふ。ゴールドくんが両手を前に出して頑張って防御している光景はなかなかレアだね。」
カラードの開幕速攻によって実況のパールさんも何も言えずにいた十数秒。ようやくラッシュの攻防によって観客の人たちが声を出す時間が出来たところでデルフさんが笑った。
「ゴールドくんの二つ名の『エンドブロック』の所以はね、ありとあらゆる攻撃が彼に届く前に見えない壁によって止められてしまうからなんだ。防御力という点において、彼はこの四校の全生徒の中で最強だろうね。」
「壁……なんとなく……あれって空気――ですよね?」
「おや、さすが第八系統の使い手だね。その通り、彼の見えない壁の正体は尋常でないレベルまで強化された空気さ。ちなみに言えば、彼の得意な系統は第一系統の強化だ。」
ポリアンサさんと同じか。第一系統は割と誰でも使えるから、それが得意な系統だと軽く見られるという事があるらしいのだが……誰だそんな事言い始めたのは。
「しかし、やはりレオノチスくんはすごいね。自分の一撃が止められてもひるむことなく、まさかのランス手放しで背後に回って放ったあの一撃。ゴールドくんも反応はできていたけど、あのパンチを防ぐだけの硬度を持った壁を作るのが間に合わず、結果、もろい壁しか作れずに殴られてしまった。」
「あ、やっぱりさっきの音は壁が砕ける音でしたか。」
「うん。そしてその後もセンスが光っていたね。投擲したランスが戻って来たのは、ゴールドくんが曲がった壁でコースを作って向きを変えたからだけど、その後のドロップキック……きっとランスを回収する為にゴールドくんの壁の利用を前提にした攻撃だ。キックで壁が砕けるのなら良し、砕けずともそのまま跳躍すればランスを回収できる――あの一瞬でこの判断は素晴らしいね。」
「魔法を使わないでランク戦の準決勝まで残るような実力ですからね……」
「有無を言わせない攻撃力、高い戦闘技術にバトルセンス。セイリオスの――いや、この国の未来は明るいね。」
「これだけの強者を相手に防戦一方では勿体無い上に生徒会長として格好が悪い。三分待つような恥はさらすまい。」
デルフさんがおじいさんのような事を言ったあたりで、ゴールドさんが口を開いた。すると、見えない壁を砕かんとラッシュを続けていたカラードがふと何かに気づき、その場から後退する。
直後、カラードが立っていた場所が陥没した。
「『コンダクター』のような速度や機動性は無いが――自分も、複数のモノを同時に操る攻撃を得意としている。堪能してくれ、ブレイブナイト。我が『ヘカトンケイル』を。」
カラードが回避行動を始め、それに一瞬遅れて地面が砕かれていく。
「ゴールドくんは自分が強化して固めた空気の塊をブロックと呼んでいてね。それが二つ名にもつながるわけだけど、ブロックはああして盾以外にも使えるわけだ。簡単に言えば、見えないハンマーを振り下ろされるような感覚かな。」
たぶんブレイブアップで強化した眼で見えないはずのブロックを捉えているのだろうカラードは、さっきまでの猛攻から一転して防戦一方になった。ブレイブチャージなんかを防ぐわけだから硬度がすごい事は確かだが、そうは言っても空気なわけだから重さはないはず……いや、それならカラードの一撃を受け止められるはずはない。でもどんなに重くてもカラードの攻撃でびくともしない重さを空気に与えることなんてできるのか……?
「硬いだけでどうして防御できるのか悩んでいるね?」
「……相変わらずこころを読みますね……はい、そうです。」
「簡単は話だよ。サードニクスくんガールズのトラピッチェくんお得意の第十系統さ。」
「ガールズ……え、じゃあゴールドさんは位置魔法を?」
「不思議な事ではないよ。第十二系統を除いて、全ての人は第一から第十一までの系統は使えるのだから。勿論、得意でない系統についてはそれ相応の修行が必要だけれどね。」
「……んまぁ、ポリアンサさんみたいな人がいるんですもんね。」
「彼女は一種の天才だからあれだけど……セイリオス学院が全ての系統を満遍なく教えるのに対して、リゲルはその生徒の武器や性格、特性なんかから教える系統を絞って教育する方針があるんだ。あの学校の生徒は大抵、複数の系統を組み合わせる戦い方をするね。」
「系統を絞っている分、修行も集中してできる……リゲルの卒業生がみんな実力者っていうのの理由の一つがそれなんですね。」
「そうだね。」
「良い動きだ。速度も瞬発力も素晴らしい。ならばこれはどうする。」
ゴールドさんが勢いよく手を叩く。するとカラードは動きを止めてランスを地面に突き刺し、両腕を左右に広げた。ガキィンという音が響き、カラードはその場から動かなくなる。
見えないからわかりにくいけど……たぶん、逃げ場がないくらいに巨大な壁に左右から挟まれている。自分を潰そうとするその壁を、全力で押しとどめているのだ。
「――っ! 煌めけ! ブレイブアーップッ!!」
カラードの金色の甲冑が輝きを増す。
カラードのブレイブアップの効果時間は三分間だが、それは重ねがけをしなかった場合だ。例えば三分の内の一分を代償に更なるパワーを得る――なんてことができる。
今、カラードが残り時間のどれだけを代償にしたのかはわからないが……おそらく、この戦いで全てを出し切る事にしたのだ。
「ブレイブブロウッ!!」
左右に伸ばしていた腕を引いてクロスさせ、右手で左を、左手で右の壁をパンチするという無茶な動きをしたカラード。
「ブレイブゥゥゥ――」
何かが盛大に砕ける音が響く。おそらく左右から迫る壁を破壊したのであろうカラードは、ランスを手にして一直線にゴールドさんの方へ駆ける。
「チャァァァッジッ!!」
叫びと同時に、その叫び声を遥かに超える速度の光と化したカラードの一撃は――
ガキュゥンッ
――という聞きなれない音を散らして再び阻まれた。
「君であればあの壁は壊すと思っていた。」
見えない壁の奥、ゴールドさんはメガネをくいっとさせてカラードに告げる。
「圧倒的なパワーとスピードの前では自分のブロックがまだまだ未熟であると学べた。感謝しよう。お礼として、君の弱点――純粋な戦闘力の塊である君が今後警戒すべき類の技を見せよう。」
何かを感じたのか、それとも次の一手に移ろうとしたのか、見えない壁からカラードが一歩下がった瞬間、闘技場内に爆音が轟いた。突風が吹き荒れ、観客席が騒然とする。
「自分の交流祭が今年で終わる事を残念に思う。」
ゴールドさんの呟きを合図にしたかのように……見えない壁の前に立っていたカラードはガシャンと大の字に倒れた。
『…………は! あ、えぇっと――し、試合終了です! しょ、勝者、ベリル・ゴールド選手!』
時間にしたら一分と少しだろうか。あっという間に終わった試合になんとなく物足りなさを感じてそわそわしている観客を横目に、オレとデルフさんは選手が出て来る出口に向かった。
「んお、会長じゃねぇか。」
当然と言えば当然にそこにはアレクもいて、三人でしばらく待っていると、カションカションという音と共に全身甲冑姿のカラードが出てきた。
「やあレオノチスくん。良い試合だったね。」
「生徒会長? 観ていてくれたのですか。」
「うん。でもって――もしかすると何を受けて負けたのかイマイチわかってないかもと思い、可愛い後輩の為にこうして説明しにきたのだ。」
「おお、そうだそうだ。上からじゃわかんなかったんだが……おいカラード、お前何をくらったんだ? 甲冑着こんでるお前が甲冑に傷一つ無い状態で気絶ってどういうことだよ。」
「生徒会長の言う通り、正直おれにもよくわからない。一撃――一瞬で意識を断たれた。」
「やっぱり。じゃあ説明するけど、実はレオノチスくんが受けた攻撃のエネルギーはレオノチスくんのモノなんだ。」
「カラードの攻撃をカラードが受けたって事ですか……? つまり……カウンター?」
「その通り。ゴールドくんの得意技の一つでね。空気で作ったブロックを組み上げ、一つ一つに絶妙な硬度調節を行うことで――いわば衝撃吸収装置を作り出すんだ。」
「衝撃吸収……そうか。最後の一撃、妙な手ごたえと思ったのはそのせいか。」
「そして吸収した衝撃を空気を媒介にしてそのまま返す。甲冑を着こんでいても、その内側には空気があるし、むしろ閉ざされた空間に衝撃が走ると反射を繰り返して威力を増してしまう。結果、レオノチスくんは意識を断たれたのだね。」
「カウンターか……パワーでごりごり行く俺とかカラードには確かに弱点かもしれないな。」
「ふふふ。勿論、ゴールドくんの衝撃吸収にだって限度はあるからね。相手がカウンター使いであろうと、カウンターできないほどのパワーであれば問題はない。見極めが大切だね。」
「色んな魔法があるんだなぁ……ところでカラード、パワーは三分間分使い切ったのか?」
「もしもそうならこうして歩いて出てこれていないさ。」
ん? 言われてみれば……そういう場合は誰かが連れ出してくれるんだろうか?
「使い切るつもりで突撃したのだが……ああして一瞬で意識をとばされたからな。ざっくり一分は残っているだろう。」
あのまま交流祭をまわるつもりなのか、甲冑を着たまま、今度はアレクの対戦相手を探しに行くと言う……エリルが言うところの強化コンビと別れ、デルフさんもぶらぶらすると言ってふらふらといなくなった。
再び一人になったオレは……さて、どうしようか。
回転剣、トリアイナ、スナイパーライフル、短剣、魔法格闘、ランス。割合的には一番多いはずの「普通の剣士」がそういえばあたしの周りにはいないと思って……ふと目についた、剣を腰にぶらさげた他校の生徒に勝負を挑んでみた。
相手は二年生だったんだけど、セイリオスでのランク戦、一年生優勝っていうのが結構効果あるらしくてそいつはあたしの挑戦を受けた。
プロキオンの生徒で得意な系統は第七系統の水魔法。ついでに魔眼持ち。
まぁ、魔眼持ちだってことは試合中にわかったんだけど…………なんていうか…………
弱かった。
「そりゃー贅沢な悩みだよー、お姫様。」
不完全燃焼で歩いてたらたまたま近くで試合をしてたらしいアンジュと合流した。アンジュは……案の定っていうとアレだけど、リゲルの生徒にからまれて試合をして――ボコボコにしてきたらしい。ちなみにこっちも相手は二年生。
「あたしはほら、一応貴族のお嬢様なんだよー。」
「知ってるわよ。あたしは王族よ。」
「うわぁ嫌味な返しー。でね、そんなお嬢様なあたしの強くなりたいってお願いを聞いて鍛えてくれたあたしの師匠が言ってたんだー。人が強さを得るのに必要なのは、毎日の訓練とある日ある時ある一瞬の刺激だってねー。」
「刺激?」
「小さい頃から毎日家の道場で修行して、今は毎日騎士の学校に通って……でもそうやって出来上がるのはまぁ強い騎士が限界なんだってさー。ホントーに強い騎士は全員が何かしら、「強さ」ってゆーのを実感する体験をしてるんだってー。」
……ポステリオールに会った時に先生が言ってたわね。あたしたちはいい経験をしたって。倒すべき敵の頂点に立つ連中の強さを知ったって。目指すべき目標を……得たって。
「あたしは途中からだけどさー。朝の鍛錬もそーだけど、ロイドが来てから色んな事を経験してるでしょー? お姫様と優等生ちゃんはA級犯罪者の襲撃を受けて、その後『ビックリ箱騎士団』は魔法生物の侵攻を経験して、夏休みにはS級犯罪者に会ったりさー。でもってあたしが加わった後は魔人族の国に行ったし、そこで世界最強の生き物って言っても過言じゃない女王様とS級犯罪者のバトルを見たでしょー? もー刺激だらけだよねー。」
「……ついでに言えば、ロイドは十二騎士直伝の技を教えてくれてるし、最近はバカみたいに強いカラードも加わってるわね。」
「そーそー。要するに、あたしたちってたぶん、すごくいい環境ですごく順調に強くなってるんだよー。とりあえず、セイリオス一年生のトップランカーに全員が入るくらいにはさー。一年生最強と二年生の普通じゃあ、もしかしたら勝負にならないのかもでしょー?」
「そう……かもしれないわね。」
強くなってる。でもあいつは……ついさっき、カペラ最強の生徒と戦って更に刺激を得てた。あたしよりも早く、ドンドン……強くなってく。
『互いの夢を――壊さない為に。』
ちょっと前に聞いた先生の言葉が頭をよぎる。順調に強くなってくあいつの邪魔に、いつか自分がなるかもしれないっていう……不安が、その言葉によって引っ張り出される。
「……」
「? お姫様?」
……まぁ、考えたってしょうがないわ。そうよ、その内本人に相談したらいいんだわ。あたしとあいつはこ、恋人なんだから。
「……アンジュ、あんたってなんでロイドが好きなの?」
「いきなりだねー。まー、現状、ロイドの彼女になってるお姫様からしたら気になるのかなー?」
「ランク戦の時にいきなり現れて、ロイドが欲しいってあたしに勝負を仕掛けて……ロイドが友達になろうって言ったら好きって……」
「んー、あたしは結構段階踏んで好きになってると思うよー。将来有望過ぎるロイドをあたしの騎士にしようって思って、もっと良く知ろうと思ってじーっと見てたらなんかいっつも女の子に囲まれちゃってて……何がいいんだろうってそういう目でも見るようになって……それでランク戦っていうチャンスが来たからお姫様からロイドを奪おうって思ったらなんかスカートペロッてしちゃって――」
「はぁ? あ、あれをそんな――なんとなくでやったわけ!?」
「そうだよー。やった後、部屋に戻ってどうしてあんなことしたんだろーってジタバタしたんだからねー。でもつまり、その時にはそれくらいしてもいいくらいにロイドが欲しかったんだよねー。騎士としても……男の子としても。」
「……質問の答えになってないわよ。」
「そう言われてもねー。好きなモノは好きなんだからしょうがないんだよー。」
ニンマリ笑うアンジュ……仮にあたしたちが恋愛マスターの運命操作で集められた――ロイドの事をすごく好きになっちゃう人だとすると……
運命の相手って、そうであればあるほどに好きになる理由がよくわからないのかもしれないわね。
「あ、商人ちゃんだ。」
我ながらなんだか恥ずかしい事を考えてたら、ふらりと視界に入ったリリーをアンジュが指差す。
結構そういうところがあるんだけど、リリーはあたしたちと一緒にいない時や商売中じゃない時、すごく……冷たい顔をしてる。
まぁ、誰だって近くに何もなければ無表情だろうけど、普段あたしたちが見てるリリーとの落差がすごく大きいのよね。
「リリー。」
「エリルちゃんとアンジュちゃん。あれ、試合は終わったの?」
「拍子抜けにねー。商人ちゃんはー?」
「リゲルの三年生と戦って来たよ。」
「三年!? すごいわね。」
「んー、正直ちょろかったよ。」
愛用の短剣をくるくるさせて、リリーは何でもないようにそう言った。
朝の鍛錬の時に感じるけど……元暗殺者――のリリーの攻撃はあたしたちのそれとは種類が違う。攻撃して倒そうっていうんじゃなくて、気づかれる事無く一撃で……命を絶つ……そんな攻撃をリリーはする。寸止めはしてくれるけど、模擬戦でも普通に急所を狙ってくるし……『暗殺商人』は伊達じゃないわね。
「どこかの正義の騎士みたいに全身甲冑とかでない限り、試合開始と同時に終わりだね。」
たぶんその三年生も、持ってる技とか魔法はすごかったんだろうけど、それを披露する前に終わっちゃったんだわ……
「というか二人とも随分近くにいたんだね。この街広いのに。」
「特に目当ての相手がいないんだし、目についた相手に挑んでれば自然と近場になるわよ。」
「あたしは挑まれた……っていうかナンパ? だったけどねー。商人ちゃんは?」
「ボクも挑まれた方。なんかかわいいねーって声かけてきたけど、見るからに弱そうだったからそう言ったら試合する事になった。」
「はぁ? なにそれ、あんたたち二人とも……その、ナンパから入ったわけ?」
「どっちもリゲルだしねー。やっぱりそういう学校なんじゃなーいー?」
それもあるだろうけど……つまり、やっぱり二人は男子からしたら「かわいい女子」ってことよね……ローゼルとか今頃どうなってんのかしら。
「……残りの二人も近くにいそうね。ちょっと探してみようかしら。」
アンジュとリリーがどうだったかはわからないけど、あたしは一番小さな闘技場で試合をした。あれは本当に観戦者は身内だけって感じのサイズで、試合をしてる所の入口には「使用中」って文字が出るだけだし、ギャラリーを気にしないで戦いに集中できる場所だった。
対してロイドがさっき使ってた一番大きいのとか中くらいのは観戦ありきって感じで、使ってると外に誰が戦ってるのかが表示される。
そんなこんなで、エリアで言うとカペラに近い辺りをうろうろしてたら、カペラのエリアにある中くらいの闘技場にティアナの名前を見つけて驚いた。
「わ、結構人いるよ? ティアナちゃんって実は人気者なの?」
八割くらいの席が埋まってる観客席から見下ろすと、ティアナが鳥――っていうか鷲か鷹みたいな脚で相手を蹴り飛ばしてるのが見えた。
第九系統の形状、その中でも上級魔法に数えられるのが『変身』魔法。上級――セラームレベルの騎士になると、自分が想像した姿に『変身』する事もできるらしいその魔法を、ティアナは身体の一部っていう範囲だけだけど使える。
人間とは比べ物にならない運動能力を持った生き物の脚とか腕に自分のそれを『変身』させた、本来距離をとって戦うべき狙撃手であるティアナは近接戦でも強い。
「スナイパーちゃん、近くで格闘始めたかと思ったらいきなり生やした尻尾でこっちを遠くに放り投げてスナイパーライフルを構えたりするからねー。優等生ちゃんの氷以上に変幻自在だよねー。さすが『カレイドスコープ』って感じかなー?」
相手もティアナの銃と似たようなモノを持っててパンパン撃ってるんだけど、たぶん全弾見えてる上に人間以上の身体能力で軽々かわす。そして左手に持った拳銃で相手の銃を撃ち落とし、強靭な脚で一気に距離をとって右手に持ってたスナイパーライフルを構えて――撃つ。目の前で殴られたみたいに相手がふっとび、そこで試合は終わった。
「あ、ありがとう……ござい、ました……」
脱いでた靴と靴下を回収して、ティアナはそそくさと闘技場の外へ向かう。あたしたちは外に出て、そんなティアナを出口で待った。
「あ、あれ、みんな……」
「やー、スナイパーちゃん強いねー。ギャラリーも沸くわけだねー。」
「そ、そんな……へ、『変身』が珍しいだけ、だよ……」
「もしくはティアナちゃんの生足目当てかもよ?」
「なまあし……」
ニヤニヤ顔のリリーの言葉を受けてまじまじと自分の脚を眺めたティアナは――
「ロ、ロイドくん……こういうの好き、かな……」
と言っ――な、何言ってんの!?
「……前々からそうだけど、ティアナちゃんって割かしエッチだよね。」
「リ、リリーちゃんには言われたく、ないよ……だ、だってロゼちゃんとか、け、結構すごいから……あ、あたしも頑張んないと……」
「ひ、人の恋人――の篭絡作戦をたててんじゃないわよ……!」
「ボクからしたらエリルちゃんこそ、ロイくんを横取りした泥棒猫ちゃんなんだけど。」
「……あんたの顔、セイリオスで初めて見たって言ってたけど……?」
いつもの文句の言い合いだけど、いつも圧倒的なむね――攻撃力で仕掛けてくるローゼルがいないと割と平和――
「あ、ロゼちゃん。」
うわさをすれば……ってなにあれ。
「うわ、優等生モード全開だね。」
濃い青色の髪をなびかせ、モデルみたいな歩き方ですっすっと歩いてくる美女。いつだったか、いつもつけてる白いカチューシャは女神の光輪なのだーとか男子の誰かが言ってたわね。とにかく、そんな感じの高嶺の花の塊が両手いっぱいの花束と共にこっちに歩いてきた。
「おや、おそろいで。みな、試合は終えのか?」
「そうよ……っていうか何よそれ。」
「うむ。わたしたちは他校が校内で行っている模擬戦の映像など見た事なというのに、ランク戦のそれは各校に広まっているというのだから、さすがのセイリオスという事なのだろう。」
「何の話よ。」
「ランク戦の映像でわたしを見た他校の生徒が、「付き合って下さい」やら「お姉さまと呼んでもいいですか」やら言いながらこういうモノを渡してきたのだ。」
「うわー、絵に描いたような人気女子生徒だねー。」
「正直困るのだがな。」
そう言うと、ローゼルは両手に抱えてた花束をドサッと地面に落とす。ちょっと意外な行動だったんだけど……あたしたちを前にしていつものローゼルに戻ったローゼルの表情はめんどくさそうな顔だった。
「ランク戦の映像という事は、みなが言うところの優等生モードのわたしを見てこういう贈り物をしようという気になったのだろう? つまり、これはわたし宛てであってわたし宛てではない。」
「そんなこと言ったって……あんたが猫かぶってるのか悪いんじゃない。」
「まぁ確かに、そういうのがクセになっているわたしもわたしだろうが……しかし出会ってすぐにわたしから猫の被り物を取っ払ってしまう男の子もいるのだから、キチンと見抜けないままにプレゼントを贈る面々もどうかと思うぞ? わたしは全てのプレゼントを快く受けとるアイドルではないのだから。」
「……あんた、今だいぶ不機嫌ね……」
「仕方がないのだ……言って欲しい相手になかなか言ってもらえない言葉を初対面の人間から軽々に浴びせられるのだから……ああ、こういう苛立ちも初体験だな。」
「ロ、ロゼちゃん、このお花……どうするの……?」
「どうしたものかな。貰って困る贈り物一位ではなかろうか。」
「とりあえず邪魔だし、ボクが寮に移動させとくよ。」
そう言いながらリリーが指を鳴らすと、花の山はパッと消えた。
「ありがとうリリーくん。」
「貸し一って事で、ロイくんを諦めてね。」
「踏み倒させてもらおう。そうだ、ロイドくんはどこだろうか。」
今会ったら問答無用で抱きつきそうなローゼルがキョロキョロし始めたその時、それを待ってたかのようにこんな一言が聞こえて来た。
「ロイドは今、プロキオンのエリアにいますよ。」
男とも女ともとれる中性的な声。あたしたちの輪の外にいつの間にか立ってたそいつはプロキオンの制服を着てる、あたしくらいの背のもしゃもしゃ茶髪の……女子に見える男子。
キキョウ・オカトトキがそこにいた。
「オカトトキさんだったでしょうか。親切にどうも。」
猫かぶりモードのローゼルがそう言うと、キキョウは人畜無害そうな顔をキリッとさせてこう言った。
「さっきまで見せていた普段の口調でいいですよ。それと、ぼくはロイドの居場所を教える為だけに話しかけたわけではありません。」
「……ほう。何かしらの用がわたしたちにあると。」
「みなさん……ええ、そうなるかもしれませんが、現状一番言いたい事があるのはクォーツさんです。」
「あたし? 何よ。」
「……少し場所を変えましょうか。大事な話です。」
「? ……わかったわ。」
よく知らない男にのこのこついていくっていうのはどうかと思うけど、こっちは五人で相手は一人だし……まぁ、そもそもロイドの知り合いだし、変な事はしないわよ。
変人ではあるかもだけど。
「人気のないところだねー。一体何する気なのかなー?」
ちょっと暗い路地に入ってアンジュがニヤニヤ笑うのに対し、キキョウは真面目な顔で口を開く。
「……みなさんはロイドの事を――騎士の卵としてどう評価しますか?」
「……騎士の……? ロイドくんの強さという事か?」
「それも含め、騎士としての将来性です。」
「妙な質問だが……そうだな、一言で表現すれば将来有望というところではないか?」
「なぜです?」
詳細を聞かれたローゼルは……その時何かを察したのか、ふっと真面目な顔になった。
「……十二騎士の一人である《オウガスト》から直々の指導を受けて高い戦闘技術を身に付けている上に、扱う技は歴史上最強の《オウガスト》と言われている騎士が使った曲芸剣術。しかもそれの副産物として並外れた精度で風を起こすことができ、魔法においてもこの先の成長は未知数だろう。」
「他には?」
「……七年に及ぶフィリウス殿との旅によって得た経験も将来性を増すモノだろう。十二騎士でしか入れないような場所に行った事があるだろうし、様々な人と出会って人脈も広い。スピエルドルフとのつながりなどがいい例だろうな。おかげで後天的に魔眼を得ているし。」
「そうですね。そうなったのは始まりに悲しい出来事があったからではありますが……実際、ロイドの将来性は非常に高い。これはみなさん一致の理解かと思います。」
「そうね。で、それを再確認してなんなのよ。」
「それを理解している上でというのなら、あなたは性質が悪いですね、エリル・クォーツ。」
初対面もいいとこのあたしにいきなり悪口を言ったキキョウは、ビッとあたしを指差してこう言った。
「クォーツさん、ロイドと別れて下さい。」
わかれ……別れろ?
「……どういう意味よ。」
「そのままです。ロイドは多くの女性をつれていますが、その中であなたと交際しているという噂でした。そして今日、実際に会ってみてそれは真実だと理解しました。そうでしょう?」
なんなの……こいつ。さっき初めて会った時はいかにもロイドの友達っぽいちょっと抜けた感じっていうか、顔の通りで人畜無害な印象だった。だけど今のこいつは何か違う。ちょっと見ただけでそういう関係だってわかるっていうのも引っかかるし……
さっきとのギャップっていうか……まるでリリーだわ。
「……そうよ。あたしとロイドは――恋人関係よ。」
いつもなら「一時的の」とかツッコミを入れるローゼル達も、今は黙ってる。
「エリル・クォーツ。王族であるあなたが騎士を目指している事、それ自体は別に否定しません。あなたの夢なのでしょうから、歩めばいい。しかし……歩んだ結果、仮にセラームや十二騎士になったとしても、それでもあなたは王族だ。」
「……そうね。」
「あなたは大公の家の末。その王位継承権は最も順位が下。王家の人間の大方は国務を担いますが、現状、それがあなたに回ってくる事もない。王家の中で最も王家から遠い場所にいる人物、それがあなただ。こうして騎士を目指す事が出来ているのがその証でしょう。ですが……極端な話、あなた以外の王族が亡くなった場合、あなたは騎士でなく女王になる。」
「……随分危ない事を言うわね。」
「理解しています。ですがそれが事実。女王と言わずとも、あなたより上の立ち位置にいる王族が一人、二人亡くなれば、国務の任があなたに回ってくるでしょう。ユスラ・クォーツが賊に襲われて命を落とし、結果、カメリア・クォーツが繰り上がったように。」
「――!」
「ああ、ユスラ・クォーツの件を考えるなら、例えば王城で王族が亡くなるようなテロが発生しても、セイリオスの学生寮で生活しているあなたは無傷。女王という話もそれほど可能性の低いモノではなさそうですね。」
「あんた!」
思わずキキョウのむなぐらを掴む。二人の兄さんはどっちかって言うと嫌いだし、本筋の方の王家の連中とはほとんど顔を合わせないから、正直お姉ちゃん以外はどうでもいいような感じだけど――それでも身内が死ぬ例え話には腹が立つ……!
「……論点がズレましたね。要するに、さっきも言いましたがあなたはどこまで行っても王族だという話です。」
むなぐらをつかまれてもなお、キキョウの口調――態度は変わらない。
それに……近づいて覗いたその眼の奥には、揺るがない信念のようなモノが見えた。
「王族の身で騎士を目指すあなたには、一般の騎士には一切影響のない問題が大きな壁となって立ちはだかる場合がある。今言ったような、突然騎士をやめさせられる可能性のようなモノが。考えてもみて下さい。あなたが騎士になり、貴族の護衛の任務を受けたらどうなります? 王族が貴族の護衛ですよ? そこで欠片も摩擦が生じないとでも?」
「っ――」
あたしは手を離す。キキョウは乱れた服を軽く直しながら言葉を続ける。
「あなたの騎士の道には様々な障害が存在しています。それはあなたも承知しているのでしょうし、それでもあなたは騎士を目指すのでしょう。しかし――その障害はあなたの周りの者にも影響を与える……!」
厳しい表情をしていたキキョウが、今日一番の厳しい視線をあたしに送る。
「騎士として偉大な道を歩んでいるロイドとあなたが恋仲……騎士としては問題ないでしょうが、そこに王家が絡むとなるとそうはいきません。あなたと恋仲である事で、ロイドに本来存在しなかった障害を与えるのではないですか? 昔から多くの騎士が苦い思いをしてきた、政治という壁を余計に増やすのではないですか? 場合によっては恋仲であるあなたの為にロイドが騎士を諦めるという場面も起こり得るのではないですか? そういう可能性が……普通ならゼロだったはずの確率をあなたがはね上げるのではないですか――!?」
段々と口調を強めながらあたしに一歩近づいたキキョウは、その鋭い視線を直接あたしの眼に送り込む。
「端的に言って――あなたはロイドの騎士道の邪魔になる!!」
こいつは――キキョウは……昔何があったのか知らないけど、ロイドが偉大な騎士になると信じてる。その未来を確実なモノだと思ってる。
あたしはそれを邪魔する者。キキョウからあたしに向けられる感情は怒りに近い。
そんなこと……そんなこと、言われなくたってわかってるわよ……あいつを好きだって思った時から考えてるわ。でも――それでも……!
「…………決めつけないで欲しいわね……そういう可能性があるってしか、さっきからあんた言ってないじゃない……」
「本来なら無いはずの可能性です。仮にもロイドの事を想うのであれば――」
「ストップ。」
話を黙って聞いてたローゼルが、あたしとキキョウの間に入った。
「キキョウくん、君が今言おうとした事はあまりに浅はかだ。想いを理屈で考えるなど、恋する乙女をなめているぞ。」
「……それはどういう……」
「経験しなければわからないことだ。さて、きっとこの話はどこまで行っても平行線だろう。エリルくんが言ったように、所詮は「かもしれない」の話なのだから。そしてそういう議論がなされた場合に行われる事など昔から決まっている。ちょうど良い事に二人とも騎士学校に通う学生で、ここには闘技場がある。」
「……試合をして決めるというわけですか? しかしこの問題に強さは関係ない。クォーツさんの立場と政治的な――」
「関係なくはないだろう。君も騎士の卵であるならわかると思うが、強さとは戦闘能力の高さだけでは測れない。精神――こころの強さというモノが大きく関わる。」
「……」
「普通の騎士では経験しない面倒事に巻き込まれ、それがロイドくんの足を引っ張る……だが、そんな障害など問題にならないほどの力があるのなら解決だろう? あらゆる政治的しばりをモノともせずに自分の信念を貫く……そう、君が憧れるフィリウス殿のような力があるのなら。」
「!」
「可能性の話をするのなら、このエリルくんにそういう力がある可能性も否定はできまい。」
フィリウスさんの名前を出され、その上自分の考え方を逆手に取られたキキョウは口をつぐむ。
「まぁ、この場合障害を乗り越えるのはエリルくんとロイドくんの二人になるが……君が偉大な騎士になると信じるロイドくんにその力がないわけはない――だろう?」
「それは……」
「ならば残るはエリルくんの力で、それを確かめる方法は一つ……心身の強さがモノを言う戦闘という場において見極めるしかない。ほら、関係なくはない。」
「…………」
言い返す言葉もなく悔しそうな顔で数秒目をそむけたキキョウは、ふっと息を吐いて意を決した顔をあたしに向けた。
「……リシアンサスさんの意見は一理ありますし、一方的に言われるよりも目に見える形で決着をつけた方が納得もし易いでしょう。クォーツさん、ぼくと勝負しましょう。この交流祭で、ロイドとの今後をかけて。」
……前にもこんなのあったわね……ていうか別に、キキョウに何を言われてもあたしがそれに従う理由は無い。わざわざ指摘してくれたわかり切った問題も、あたしが解決するべきことでこいつは関係ない。
だけど……どうすればいいのかわからない問題だった事は確か。これを機会にちゃんと答えを出して……頭の中にずっとあったモヤモヤしたモノをここで無くす……!
ついでにこいつを殴り飛ばせばスッキリってものよ!
「わかったわ。その勝負、受けるわ。」
「ぼくが勝ったらロイドと別れて……いえ、できればそれ以上に距離をおいてもらいたい。災いの種には遠ざかって欲しいですから。」
「言ってくれるわね……あたしが勝ったら今のまま。でもって、今後一切の口出しを禁止するわ。あたしとロイドの関係に、あんたに文句は言わせない。」
「いいでしょう。いつにしますか?」
「今すぐって言いたいとこだけど……今日は一戦しちゃってるし、明日の朝一は?」
「わかりました。では明日の朝、セイリオスのエリアにうかがいます。」
その言葉を最後に、キキョウはくるりと向きを変えて暗い路地から出て行った。
「余計な提案だったか?」
キキョウがいなくなった後、大きなため息をついたローゼルはやれやれって顔でそう言った。
「……むしろいい機会だったわよ。でも、あんたからしたらあたしは悩んでるままでいた方がよかったんじゃないの?」
「まぁ……恋敵が意中の男性との交際について悩んでいるというのなら、それは格好のチャンスではあるが……残念ながら、キキョウくんの指摘はエリルくんにしか当てはまらないというわけではないのだ。」
「そんなわけないじゃない。特にあんたの場合は……」
「そうでもない。ロイドくんと同等に騎士としての期待値が高い人物などいないだろう。要するに……誰であれ、自分はロイドくんに釣り合うのかという問題は生じるのだ。自分が足を引っ張るというよりは、別の誰かの方がより良いフォローをできるのではないかという不安がある。キキョウくんはああ言ったが……正直、王族とのつながりを与える事のできるエリルくんはかなり――いや、ともかくエリルくんに限った問題ではないのだ。だから……わたしも一つ、答えが知りたかったのだ。」
「……そ。」
「タイムリーだよねー。ついこの前先生に言われたばっかりだったでしょー? あたしも一応貴族だからさー。」
「こ、こういうのって……ロ、ロイドくんにも、話すべき……なのかな……?」
「あ、いいね。エリルちゃんは王族で面倒だからボクにするべきだって言おう。」
「あんたねぇ……」
「ふふふ。ま、ロイドくんの意見も聞かざるを得まいよ。これだけの女性を悩ませるあのとぼけたプレイボーイを、とりあえず捕まえに行こうではないか。」
「おーいたいた。やれやれ、会えてよかったぜ。」
アフェランドラさんとの約束もあるし、なんとなくプロキオンのエリアの方に歩いていたオレを呼び止めたのは、四校のどことも違う制服を来たぼさぼさ黒髪の男子――ラクスさんだった。
「ラクスさん? どうしたんですか?」
「いや、ちょっと野暮用が――」
「え、なにラクス、あんた『コンダクター』と知り合いなの?」
ラクスさんの後ろからひょっこり顔を出したのは赤い髪の女の子。左右に結んだつばさみたいな髪を揺らすその人は……なんとなくエリルに似ている。エリルがムスッとしているのに対して彼女はツンツンしてて……とりあえず不機嫌そうな顔だ。
んまぁ、エリルのムスり顔に機嫌のいいムスッと本当にムスッとしてるのの二種類があるように、きっとこの人にもご機嫌なツンツン顔があったりするんだろう。
「あー……プリムラつながりで。な?」
「そうですね。それでオレに何か……」
「ああ、プリムラの奴、これを渡し忘れたって言ってな。」
そう言ってラクスさんがくれたのは一冊の本。ハードカバーの分厚い本で……タイトルから察するに、これは剣術の指南書か?
「それで曲芸剣術の弱点を埋めて欲しいとさ。」
「じゃくて――弱点!?」
さらりと重要な言葉が出てきたぞ!
「ああ、たぶん慣れちまってるから忘れてんだな。あんたの剣術を見たら誰もが思うことだぜ?」
「えぇ? な、なにを……」
「自分を斬っちまわないのかってさ。」
そういえば……そうだ。今となっては慣れたモノだけど、教わりたての頃は自分を斬らないようにおっかなびっくり剣を回していた覚えがあるけど……それが弱点?
「遠距離や中距離の、剣を飛ばす間合いなら関係ないんだろうが、真正面で武器を振り回し合う近距離が問題だ。あんたは回転する剣を随分器用に振り回すけど、自分を斬らない為に避けてる軌道ってのがあるはずだ。」
「そう……ですね……」
「つまり、その軌道上を狙われるとあんたは剣で弾くって選択ができずに避けるしかなくなるんだ。相手の次の行動をこっちで決められるなんて、結構な弱点だろう?」
最近は剣を飛ばすことばかりに意識が行っていたけど、今日みたいに目の前まで迫られたら昔のように近距離戦の出番になるわけで……まさかそこにそんな弱点があったとは……
「だからプリムラはその本でアドバイスしてるわけだ。あんたは、剣を回転させない剣術を一つ身につけるべきだってな。」
「! それで……」
「まー、使えるようになるのが滅茶苦茶難しいっていう曲芸剣術を使えるあんたの身体は筋肉のつき方とかがそれ用に特化してるだろうから、たぶん覚えられる剣術には限りがある。だけどそんな限りある中で最善を選んで教えてくれるのがプリムラだ。伊達に『魔剣』って呼ばれてないぜ?」
「それは……ありがたいですけど……どうしてオレにそこまで……」
「あー、それはあいつがそういう奴だからだな。どの学校でも、他の生徒は自分のライバルって思ってる奴ばっかりだと思うけど、プリムラは「いずれ共に戦う仲間」って考え方をしてる。だから、成長できる相手にはアドバイスを惜しまない。生徒会長に選ばれたのも、実力とそういうカッコよさがあるからだ。」
「確かに、それはかっこいいですね。今度会ったらお礼を言いますよ。」
「ああ、そうして――ん、どうした?」
ラクスさんがポリアンサさんの話を始めた辺りで紅い髪の女の子がどんどん不機嫌な顔になっていき、話を終えた辺りで彼女はそっぽを向いた。
「ふん、随分とまぁプリムラの事を理解してるのね!」
「そりゃあそれなりにな。」
「あっそ!」
赤い髪の女の子がプンスカしているのをやれやれと眺めるラクスさんは、そこで再び重要な事をさらりと言った。
「あぁそうだ。良かったら明日、俺と試合しないか?」
「はぁ……えぇ!?」
「俺は二年だけど、プリムラと試合するようなあんただから気にしないだろ? 俺も曲芸剣術を体験してみたいんだ。」
ラクスさん……ラクス・テーパーバゲッド。イクシードと呼ばれる特殊な体質らしく、第十二系統の使い手でありながら他の系統も使えるというずるい人。
んまぁそれは正直それほど気にしていなくて、やっぱり一番は時間魔法を使えるってところだろう。第十二系統が得意な系統の人はすごく少ないらしいし……《ディセンバ》さんは格が違い過ぎて参考にならなかったから、ここで時間魔法を体験できるのはいいことかもしれない。
「……オレで良ければ。」
「決まりだな。んじゃ明日……おい待てよ。」
プリプリ怒っている赤い髪の女の子がスタスタと歩いて行ってしまうのをめんどくさそうに追いかけるラクスさん。
しかし……いや、戦えることは嬉しいんだけど……こりゃあエリルたちとの勝負には勝てなさそうだなぁ。みんなどんな人と戦っているんだろうか。
「……ん? なんかいい匂いがするな……」
遠ざかるラクスさんの背中を眺めながらみんなの事を考えていると、甘い匂いがふんわりと漂って来た。
「焼き菓子の匂いかな……」
匂いを辿ってふらふらと歩いて行くと、プロキオンのエリアに入ってすぐの所にある喫茶店にたどり着いた。お菓子の匂いの元はここのようだ。
「うん……情報は酒場で集めるもんだってフィリウス言ってたし……学生の場合は喫茶店って事になるんじゃないか?」
エリルやティアナが作ってくれるお菓子が美味しくて、あとたぶんフィリウスとの旅ではあんまり食べられなかった事もあって、段々とお菓子好きになりつつあるオレはそれっぽい理由でなんとなく納得して喫茶店に入る。座ってお菓子を食べているだけでいい感じに他校の噂話が聞こえてくる……かもしれない!
「いらっしゃ――!?」
さっきのレストランほど女性に偏っていない店内にほっとしたのも束の間、近づいてきた店員さんがオレを見て目を丸くした。
ここはプロキオンのエリアなわけだから……も、もしかして『淫靡なる夜の指揮者』とかいう変な二つ名のせいで嫌われていたりするのだろうか……
「――失礼しました。いらっしゃいませ。お一人ですか?」
「あ、はい……」
この喫茶店の制服なのか、エリルの家にいるメイドさん兼護衛である十二騎士の一人、アイリスさんが着ていたメイド服よりもだいぶ可愛い感じにフリフリしている服を着ている店員さんにつれられて……あれ、テラス席?
「こちらでいかがでしょう。」
外から丸見えなのをみんな嫌がるのか、テラス席には誰もいない。や、やっぱりあの二つ名のせいで外に追いやられたのかな……
んまぁ、テラス席が嫌ってわけじゃないからいいんだけど。
「だ、大丈夫です……」
「メニューになります。お決まりの頃にお伺いしますね。」
くるりと店内に戻って行く店員さん。
……しかし……さっきのレストランはお店の人が大人だったけど、見る限りこの喫茶店の店員さんは全員オレくらい――つまり学生じゃないか?
「……ん? ああそういうことか。」
テラス席だからこの喫茶店の入口が見えるのだが、そこには「プロキオン騎士学校料理研究部経営」と書かれていた。
この交流祭、なにも出店する人は商売人だけじゃないってわけか。
「……試合をやりながら交代でまわしているのかな……」
そう思いながらなんとなく店内に目をやると、さっきの店員さんがこっちにやってくるのが見えた。しまった、注文したそうなそぶりに見えちゃったかな。
「あ、すみません、まだ決まって――」
「ここ、よろしいでしょうか。」
「は――へ?」
どういうわけか、店員さんはオレの向かいの席を指差して座っていいかどうかを聞いてきた。あれ、もしかして店員さんとおしゃべりできる的な喫茶店だったのか?
「ど、どうぞ……」
オレがそう言うと、店員さんはペコリとお辞儀して席に座った。
たぶん学年はオレより上だから二年か三年なんだろうけど……でもそれ以上の年齢と言われても頷けてしまいそうな、とにかく落ち着いた雰囲気の女性。ふちが四角いメガネをかけ、長い黒髪……いや、濃い緑色の髪を結んで肩の上に乗せている。
ローゼルさんみたいにクラス代表とかをやっていそうな、そんなキリッとした店員さんとふりふりの服はアンマッチだと思うのだが、これはこれでありと思えるのは不思議なところだ。
「アップルティーと当店自慢のアップルパイを頼んでおきましたが……大丈夫でしたか?」
「へ? あ、いや……そ、それで大丈夫だと思いますけど……えぇっと……?」
アップルだらけ……なんでオレがリンゴ好きって知っているんだ?
「友人にお願いしてあなたと話す時間をもらいました。ご迷惑とは思いましたが、折角の機会でしたので。」
「はぁ……」
「私はプロキオン騎士学校二年のライア・パムブレドと言います。」
「えぇっと……セイリオス学院一年のロイド・サードニクスです……」
「……少々失礼を。」
名前を名乗ると、店員さんはメガネを外して……どういうわけか、オレをじっと睨んだ。
「あ、あの……」
「……確認しました。」
「え? な、なにを――」
困惑だらけのオレに対し、店員さんは――
「まことに失礼いたしました! どうかお許し下さい!」
――すっと立ち上がって直角に腰を曲げてきた。
「えぇ!? い、いやいいですよ、アップルティーもアップルパイも好きですから! というかなんというか――状況がさっぱりです!」
わたわたしてそう言うと、店員さんはハッとして席に戻った。
「す、すみません、少し興奮してしまいまして……きちんとお話する事が先でしたね。」
そう言いながら、店員さんはくいっとメガネをずらしてくるりと周囲を見渡した。
「ど、どうかしましたか?」
「いえ、これで準備完了です。もう一度名乗らせていただけますか?」
「えぇ?」
更に訳が分からなくなるオレに対し、店員さんは――さっきよりもピシッとした姿勢とキリッとした顔でこう言った。
「私はスピエルドルフ、陸のレギオン所属、ライア・ゴーゴンと言います。」
すぴえ――スピエルドルフ!? え、という事は……
「え、えっと……つ、つまりあなたはその……あの、に、人間ではないあの……」
「口に出してもらって結構ですよ。一部の空気を石化させて私とロイド様の会話が他の者には聞こえないようにしましたので。」
「あ、そうです――え、石化!?」
「ゴーゴンの一族が持つ眼の力です。極めれば概念すら停止できると言われていますが……報告通り、呪いの一種であるこの力はロイド様には効果がありませんでしたね。」
「! さ、さっきメガネを外したのはオレに石化の呪いを!?」
「一応本人かどうかを確かめたかったのです。大変失礼いたしました。」
呪いは、呪いをかける対象に既に別の呪いがかかっている場合は互いが干渉し合うらしく、また二つの呪いの……格とでも言うのか、レベルに差があると低い方が高い方に打ち消されてしまうらしい。
恋愛マスターによる運命の操作は分類すると呪いと言えなくもないらしく、レベルで言ったら人智を超えた域にあるそれを受けているオレに呪いをかけると、そのことごとくが打ち消されてしまうから……事実上、オレに呪いは効かないのだとか。
「えぇっと……そ、それでオレに何か――というかどうしてプロキオンに?」
「詳細をお伝えする事はできませんが……大雑把に言えば人間の動向をチェックするための監視役です。魔法技術と科学技術の両方を見る事ができる立地ということで、プロキオン騎士学校に。」
「なるほ――あれ? それってつまりこっそりと潜入しているって事ですよね……ち、ちなみにこの事を知っているのは……」
「人間では、今現在ロイド様だけですね。」
だあぁ……プロキオンの生徒はもちろん、先生方も気づいていない割と重要な秘密を知ってしまった……
「私たちは人間と積極的に接触はしませんが、完全に無関心でいられるとも思っていません。十二騎士のように、レギオンマスターに匹敵する戦闘力を持つ者もいるわけですからね。なので私のような……スパイと言いましょうか、そんな存在がそれなりにいるのですよ。」
きっと国レベルの機密であろう事をさらりとしゃべる店員――ゴーゴンさん。
「とはいえ、こうしてロイド様と話をしている事はそれとは無関係です。この交流祭においてロイド様をお見かけする事はあるかもしれないとは思っていましたが、接触するつもりはありませんでした。しかし、こうしてロイド様が私たちの店に来てくださったのですから、挨拶をと。」
「挨拶ですか……えぇっと、それはやっぱり――」
自分で言うのはだいぶ嫌な感じなのだが……
「オ、オレが……その、み、未来の王様……だからですか……?」
そうなっている理由を思い出せていない事もあってじんわりとした罪悪感があるせいか、思わずそう聞いてしまったオレに、ゴーゴンさんは優しい笑みを返した。
「それもある――というところでしょうか。主な理由を申し上げるのであれば、それはそうなった経緯ゆえですね。」
「……経緯……」
「お話する事は禁じられていますが……確かな事は、その経緯ゆえにスピエルドルフの国民のほとんどがロイド様に感謝し、是非女王様と婚約をと望んでいるのです。」
「……そんな風に思ってもらえているのに……すみません、ちゃんと思い出せていなくて。」
言い訳もできずに申し訳なく思っていると、ゴーゴンさんはふふふと笑った。
「慌てて思い出さなくても構いませんよ。ロイド様がなさったという過去の事実は揺るぎませんし、それゆえに私たちも変わりませんから。」
本当に何をしたらこんな……大きな信頼を得るのやら……
「おや、来ましたよ。」
ゴーゴンさんの視線の先に……なんだろう、妙にニヤニヤした顔でアップルティーとアップルパイを運んでくる別の店員さんがいた。
「まさかライア先輩が年下好きだったなんて、意外ですよー。」
「やれやれ。ちょっとお話しているだけですよ。」
ニヤニヤ笑う店員さんを苦笑いでしっしと追い払うゴーゴンさん。
「……そういえばゴーゴンさんは随分若いですよね。レギオンって何歳から入れるんですか?」
別の店員さんとの親しげなやり取りを見てなんとなく思った事を尋ねると、ゴーゴンさんはいたずらっぽくニンマリする。
「おやおやロイド様。若く見てもらえる事は嬉しい限りですが、何かお忘れでは?」
「はい?」
「私の種族はその名の通りにゴーゴンですから、私の身体には蛇の血が流れているのですよ?」
「あ……そうか、脱皮がありましたね。」
魔人族に分類される数多くの種族の中には蛇の血を受け継ぐ人たちがいる。そしてその人たちには共通して脱皮という……なんだろう、生理現象というか単なる成長というか……とにかくそれが起こる。
普通の蛇とかセミがやるような脱皮は身体の表面の古い組織を脱ぐ事を言うけど、蛇の血を持つ魔人族に起きるそれはちょっと違って……詳しい仕組みはわからないけど、彼らは脱皮の度に若返るのだ。
他にも脱皮しそうな魔人族がいるのに、どうして蛇の血を持つ者だけなのかという事は長年の研究テーマらしいんだけど……んまぁとにかく。この現象があるから、蛇の血を持つ魔人族は大抵、見かけと実年齢に差が出るのだ。
「種族によって寿命に差がありますから、何歳になればレギオンへの入隊が認められるという規則はありません。ですが……少なくとも私は「若くしてレギオンに入隊」したわけではありません。これでもそろそろ六十歳になりますから。」
「えぇ!? だ、大先輩でしたか……」
「ふふふ。」
となるとゴーゴンさんは……こうして潜入任務を任されるくらいだし、レギオンの中でもベテランさんなのだ。
「でもそうなると、ゴーゴンさんからしたらこの場に集まっている学生全員がひよっこに見えるんじゃないですか?」
スパイ的な立場のゴーゴンさんが本当の実力を見せる事はないだろうけど、もしもそうなったらぶっちぎりで強いはず……!
と、思ったのだが――
「いえいえ、そうでもありませんよ。」
ゴーゴンさんは楽しそうに微笑んだ。
「例えば先ほどロイド様が戦っておられた女性騎士ですが、終盤で彼女が使った魔法は私たちでも扱えるものが一握りしかおりません。」
「えぇっと、空間魔法でしたっけ。」
「ええ。あれは対象の存在に干渉する魔法なのですが、それに剣の形を与えていた彼女は写真をはさみで切るように世界を切断できるでしょう。」
オレが感じたのと似た表現をするゴーゴンさん……っていうかそんな恐ろしい魔法だったのか!?
「それに加えて中々の剣技でしたからね。レギオンのメンバーであっても苦戦するでしょう。」
魔人族の……言うなれば戦士が苦戦するレベルって相当な事だと思うのだが……
「他には……私が所属しているプロキオン騎士学校の現生徒会長も素晴らしい能力を持っていますね。少なくとも私は勝てません。」
「えぇ!?」
ゴーゴンさんが勝てないと言い切った! おそるべし、『雷帝』!
「はぁ……すごい人ばっかりですね……」
「ふふ、ロイド様がそれを言いますか?」
そこでふと、ゴーゴンさんがからかうような、でも割と真面目な顔をオレに向けた。
「その者が扱える力の総量で勝負するのでしたら、この場における最強の人物はずばり、ロイド様になりますよ。」
「?? えぇっと……ああ、魔眼ユリオプスの事ですか?」
「それはあまり。膨大な魔力は確かに脅威ですが、残念ながら今のロイド様にはそれを使いこなすだけの魔法技術がありません。」
「うぅ、ごもっともです……で、でもじゃあなんで……」
「私たちがおりますので。」
「……?? えぇっと……?」
「ふふふ、いいですかロイド様。私たちスピエルドルフの者にとってロイド様は特別な存在です。女王様が恋い焦がれる相手だという事を除いても、私たちはロイド様と仲良くありたく、また互いに信頼を築いていきたいと考えています。かつての恩返しもしたくありますし、それでも感謝しきれない感情もあります。」
「は、はぁ……」
「ですから私たちには――もっと言えばレギオンには、ロイド様からの「助けて欲しい」という願いに応える準備が常にあるのです。」
「助け――え、えぇ?」
「強大な敵に立ち向かう為に助力が必要とあれば、スピエルドルフはレギオンを動かして援護に向かいます。ロイド様が窮地に立たされ、助けを求めるのであれば全力で助けますし、それをロイド様から頼まれなかったとしても必要だと判断すればこちらは動きます。仮にロイド様に重傷を負わせるような輩がいたなら、全軍を挙げて報復するでしょう。まぁ、いずれの場合でもまず女王様が黙っていないでしょうが。」
「オ、オレの……為に……? レギオンが……?」
「未来の王にと願うくらいに、私たちはロイド様とそういう間柄でいたいわけです。ゆえにロイド様は唯一、多くの国がその力を恐れているスピエルドルフという国を自身の意思一つで動かせる存在なのです。どうです? 最強でしょう?」
さらりと言われた事実。そしてそれが意味する事の大きさ。
田舎道をゆらゆらと馬車で旅していた頃にはあまり実感のなかった、個々の戦闘能力の合計とは少し違う……国の力。そんな大きすぎる力がオレの意思で動く。
あまりに恐ろしいことだ。あまりに分不相応だ。オレではない誰かが持つべき力だと感じる。
「…………」
「? ロイド様?」
でも……でもだ。しかしてそれを手にしているのはオレなのだ。好意と信頼を寄せられているのはオレなのだ。
応えなければいけないはずだ。その想いに。
「ゴーゴンさん! オレ、頑張ります! 魔人族の方々の気持ちに釣り合うような立派な騎士に――」
「あの、ロイド様。手を……」
我ながら決意を固めたセリフを口にしていたのだが、ゴーゴンさんは「やばい」という顔で目線を下に向けている。見ると、オレの手はゴーゴンさんの手を握っていた。
「あ、すみません! つ、つい……」
「い、いえ……その、手を握っていただける事は嬉しい事なのですが――これが女王様のお耳に入ると……」
「え……あー……お、怒られたり……しますか……?」
「怒られはしませんが……とてもうらやましそうな視線が飛んできます……罪悪感を覚えてしまうくらいの……」
「そう……なんですか……」
「ヨルムさんによると、ロイド様と再会してからというもの、ロイド様を想ってぼーっとしている事が多くなったそうです。そろそろ国務に影響が出るのではと心配しています。」
「そ、そんなに!?」
「ですからロイド様には週一……いえ、三日に一回くらいは女王様に会いに行って欲しいところです。」
「――! そ、そうですね……」
「それと……私の手を握るとまずい理由があちらにも。」
「えぇ?」
「そういえば、ロイドくんは一人の時どんな感じなのだろうか。」
「は?」
キキョウが言ってたプロキオンのエリアを目指して歩いてると、ローゼルがそんな事を言った。
「ほれ、わたしたちが男女で分かれるなどお風呂の時だけだろう? その時は当然ロイドくんはお風呂に入っているわけだが――こういう街中で一人になった時は何をするのだろうと思ってな。」
「他の学校の情報を集めてるんじゃないの。」
「今はそうだろうが……気になったお店などに入ったりするくらいあるだろう? 要するに……むぅ、今更ではあるがなぜ今まで考えなかったのやら……」
「なんなのよ。」
「つまり、ロイドくんの趣味についてだ。」
ローゼルの言葉に一拍しんとなった後、おずおずとティアナが手をあげた。
「ロ、ロイドくんは……リンゴが好きだよね……」
「そうね……あとロイドは釣りが趣味――っていうか得意らしいわね……」
「色だと割と緑が好きだな、ロイドくんは。」
…………
……あれ、出尽くしたわ……
「うわー、みんなそんななんだー。あたしはちょっと尾行してた時期があるからもうちょっと知ってるよー?」
「尾行――な、夏休みの後半の事だな! い、一体何を知っているのだアンジュくん!」
「えー、教えなーい。」
「……知ってる量で言ったらリリーが一番なんじゃないの?」
「ふふーん。ロイくん歴数か月のみんなよりはそりゃあ知ってるよ? やっぱりボクだよね、ロイくんのパートナーは。」
「ぬぐ……よし、ロイドくんを見つけるぞ。」
「あれー、優等生ちゃんてばストーカーになるのかなー?」
「そうだったアンジュくんに言われたくないな。これは……そう、わたしに隠れて女の子をナンパしていないかチェックするのだ。」
「ロ、ロイドくんの場合……される側じゃ、ないかな……」
「既に二人の生徒会長から誘われているからな……もしやロイドくんは年上キラーか?」
ローゼルがアホな単語を言ってしばらくした後、あたしたちはプロキオンのエリアに入って――割とすぐに探し物を見つけた。
「あ、ロイくん!」
リリーの指の先を見ると、どこのエリアにもいくつかあるらしい飲食店の……レストランっていうよりは喫茶店って感じのおしゃれな店のテラス席にロイドが座ってた。でもって予想通りっていうかなんというか……向かいに女子が座ってるのを見て、あたしたちはなんとなく隠れる。
「……誰よあの女。」
「服装から察するに、あの喫茶店の店員だな。」
「ローゼルちゃんみたいな真面目ちゃんっぽいのにあんな可愛い服着て……ギャップ狙いのあざとい女だよ!」
「ほ、本人も好きで着てる……んじゃない、かも……」
「その辺はどーでもいーけどさー。何話してんだろーねー。」
テラス席でロイドと向かい合ってるのは……アイリスのとはちょっと違う感じのメイド服を着てるメガネの女。大人しめの髪型でキリッとした、リリーが言うようにローゼルみたいな雰囲気。
「わ! ロイくんてばあの女の手を握ったよ!」
「……女の方は気まずそうな顔してるわよ……」
「あ、離したー。「すみません、つい」って顔してるねー。」
「あ、あれ……あの女の人、あ、あたしたちの方を指差してない……?」
「む、ロイドくんがこっちを向いたぞ。「びゃっ!?」っという顔をしている。」
「あの女、なんかくすくす笑ってる! あ、ロイくんに近づいた!」
「何やらひそひそ話しているな。ロイドくんは相変わらず顔が赤くなっている。」
「あれ、あのメイドさんいなくなっちゃったよー?」
「ロ、ロイドくん……すごく慌ててるね……」
「……なんか手招きしてるわよ。」
数分後、あたしたちはロイドが頼んだ人数分のアップルティーとアップルパイが並ぶテラス席に座ってた。
「や、やー、偶然だね、みんな。ここの美味しいんだよ。」
「で?」
「あ、あのエリルさん、そんな「またかこいつ」みたいな顔をしないで下さい……これは誤解なんです、あの人はそうじゃないです。」
「じゃあなによ。」
「それは――えっと、詳しく話すと怒られちゃうので……か、彼女はライア・ゴ――ラ、ライア・パムブレドっていって、プロキオンの……二年か三年です!」
……こういう事で隠し事はしないロイドが話さないってことはそれなりの理由がありそうね……あの女、何者かしら。
「詳しく話せないと? ふむ、それは気になるが……ならば一つだけ確かめよう。彼女はわたしたちのような立ち位置になりうる女子なのか?」
「た、立ち位置……?」
「ロイドくんが好きな女の子というポジションだ。」
「にゃっ!? ち、違います、違います!」
「ロイくんがそう言ってもあっちはそうじゃないかもしれないんだよねー。ロイくんてばもう!」
「そ、それはないと……思うんだけど……たぶん……」
色々と自信なさげに、きっと男子からしたら羨ましい限りに小さくなっていくロイド。
「……まぁ、その場合はここで何を話してもどうにもならないか。ロイドくんがいつものように女性をたらしこんだと、そういうお決まりのパターンが起きたというだけだ。」
「いつからお決まりに!? それにたらしこんでません! 彼女は本当にそういうのじゃないですから!」
「さてどうかな? ま、敵になったら倒すまでだとも。よし、それはそれとして他校の生徒について何か情報はつかめたのかい、ロイドくん。」
「じょ、情報……リゲルの会長さんとカラードの戦いを観たくらいで……あとはポリアンサさんに本をもらって、この喫茶店で噂話に聞き耳をたてようと思ったら――さ、さっきの有様でした。」
「使えないわね。」
「うぅ……み、みんなは? 試合はしたの?」
「わたしはカペラの二年生と勝負して勝ってきたぞ。」
「あたしとアンジュも二年に勝って、リリーは三年。ティアナは――」
「あ、あたしも三、年生と……か、勝ったよ……」
「えぇ? みんな上級生と戦ったのか。すごいなぁ……」
「生徒会長といい勝負をしていたロイドくんに言われてもな。それより、もっと大事な話があるのだ。」
そう言ってローゼルはあたしの方を見る。そうね……話すべきはあたしよね。
「ロイド、実は――」
キキョウから言われたこと、あたしたちが何となく思ってたこと、ついでに先生もちょっと心配してたことをロイドに話す。本人には欠片も悪いところがない……むしろ良いところばっかりだから周りが困ってるっていう変な迷惑話を、ロイドは黙って聞く。
そして……話が終わった後、軽いため息の後にこう言った。
「オレは気にしないよ。」
結構たくさんしゃべったから紅茶に手を伸ばしてたあたしを、なんでもないようないつもの顔で見つめるロイド。
「色んな理屈はあるかもしれないけど、友達になったのならしょうがないし、好きになっちゃったのならしょうがない。諦めるんじゃなくて受け入れる――そういうのを全部ひっくるめて、オレは大事な人を大事な人と言っているんだから。」
騎士として恵まれた環境にいて、その道を着実に歩んでるロイド。そんなロイドの傍に王家出身の騎士なんてのがいたら……いつかその道を邪魔する事になる。それはロイドの為にならないからロイドから離れろ――と、キキョウは言った。たぶんその通りの事が起きるだろうし、ロイドの邪魔をするのは嫌だとあたしも思う。
……あたしに限らず、あまりに眩しい騎士の道を歩くロイドに釣り合う騎士の卵はきっといなくて、だから誰もが思う。自分は横に立っていいのかなって。
そうやって、段々と明らかになってきたロイド・サードニクスって田舎者の豪華過ぎる立ち位置に不安を感じてたあたしたちの想いに……当の本人は「気にしない」の一言を返したのだった。
「……あんたらしいって言えばらしいけど……キキョウの言う通り、あたしはあんたをきっと面倒な事に巻き込むわ……そうやってあんたの足を引っ張っても……その、あんたはいいってわけ?」
「いやぁ、良くはないけど……だからってエリルから離れる程、エリルの魅力は薄くないよ。」
「――!!」
またこいつはこうやってさらりと――!!
「ローゼルさんも、ティアナも、リリーちゃんも、アンジュも……ミラちゃんも。ついでにカラードやアレクも、みんなの何かの影響でオレが大変な目に……みんなと仲良くなってなかったら起こらなかったかもしれない良くない出来事に遭遇するとしても、それで離れたりはしないよ。だいたい、オレのせいでS級犯罪者に目をつけられるかもっていう迷惑をこっちからやっているっていうのに、オレがそんなんじゃダメじゃないか。」
「……確かに、ロイドくんの方が迷惑千万だな。」
「そ、そうですよ。だから気にしなくて――」
「それはそうとわたしに魅力は?」
「――! あ、ありますよ……魅力一杯です……! ティアナもリリーちゃんもアンジュも!」
「ぶー、なんかついでっぽい。」
「そんなことないです!」
……深刻な話をしたはずなのに、話終わって一分もしたらいつも通りなんだからすごいわよね……
なんか、こっちが真面目に悩んでるのにロイドは「何を今更」って感じにケロッとしてる事って多い気がするわ。フィリウスさん譲りの豪快さなのか、単にバカなだけなのか……
「でもそうか……キキョウがそんな事を。オレ、そんな風に思われるほど大層な事はしてないと思うんだけどなぁ……主にしたのはフィリウスだし。」
「……何したのよ。」
「うん……キキョウの家、オカトトキの家は桜の国――ルブルソレーユの名門騎士の家で……んまぁ、そうだっていうのはフィリウスに教えてもらったんだけど……あっちの国じゃ有名な刀使いの家なんだ。」
刀……ルブルソレーユの方で一般的な剣。切れ味に特化してて、達人が使えば魔法無しで鉄を斬れるとか。
「そこの三男としてキキョウも毎日剣術の修行をしてたんだけど……二人のお兄さんがどんどん上達していくのに、キキョウだけはいつまでたっても上手くならなくて……それで悩んでた頃にオレとフィリウスがオカトトキの家のある街にやって来たんだ。」
「ほう。もしや、そこでフィリウス殿がキキョウくんに剣術の指導をしてあげたとかか?」
「ううん。フィリウスはキキョウに……剣術を止めろって言ったんだ。」
「なにそれ。随分じゃない。」
「オレもそう思ったけど、フィリウスは続けてこう言った――お前の身体は違う分野において天賦の才を発揮するって。」
「へー。まー剣士の家に生まれたからって必ずしも剣の才能に恵まれるわけじゃないよねー。」
「それでフィリウスはオカトトキの家を説得して、キキョウをキキョウに合った武術を学べる場所に入門させたんだ。ざっくり言うと……徒手空拳の流派に。」
そこでロイドはあたしを見た。
「キキョウはエリルと同じ格闘タイプ。オレが知っているのは入門したての頃のキキョウだから今はどうなっているかわからないけど……フィリウスがああいうくらいだから、相当強くなっていると思う。」
もちろん、キキョウと……その、ロイドとの今後を賭けて勝負する事になったって事も話したから、ロイドはあたしにアドバイスをくれたんだと思う。
……まぁ、ざっくりし過ぎて何もわかんないけど……
「ふむ……十二騎士が太鼓判を押した才能と、十二騎士から指導を受けたエリルくんのぶつかり合いというわけか。ということはエリルくんが負ける可能性もそれなりに高く……おお、そうなれば、はれてロイドくんはわたしのモノになるのだな。」
「ば、ま、負けないわよ!」
そ、そうよ、もし負けたらロイドとわかれ――て、ていうか!
「あ、あんた、あたしとキキョウがした約束については何も意見がないわけ……?」
「んまぁ……オレはエリルが勝つって信じているし、万が一負けたとしてもそれで終わりにはならないし。」
「な、なによそれ、どういうことよ……」
「もしそうなっても、オレはエリルを取り戻すためにキキョウに勝負を挑めるだろう? エリルがもう一戦って言うのはダメかもだけど、今回の約束にオレは入ってないから。」
「な――」
あ、あたしをとと、取り戻す為に挑む――!?!?
「エリルに障害を越える力が無いってキキョウが判断したとしても、オレに二人分の力があると示してみせるってわけで……ああいや、さっきも言ったけどそもそも負けると思ってな――」
「あんたはどうしてそう恥ずかしい事をさらりと言うのよバカ!」
「ぎゃあっ!」
「そうだぞロイドくん。もちろん、わたしが今のエリルくんのような立場になっても同じ事を言ってくれるのだろう?」
「いははは! ほ、ほひほんへふ!」
ローゼルに始まっていつものように全員がロイドをつねる。
……ロイドの馬鹿もいつもの事だけど……あたしが負けると思ってないなんて、変なプレッシャーかけてくれるわ。勿論負けるつもりなんてないけど……フィリウスさんが天才って言った相手なんだもの、ちょっとくらい不安になる。
でも……もしかしたらいい機会なのかもしれない。王族なのに騎士を目指すあたしが騎士としての才能を持ってる相手と戦って……それに勝てたなら、その勝利はあたしの自信になる――と思う。
それにこれは……あたしが王族故に降りかかってくる障害の、きっと最初の一つ。
超えてみせるわ……必ず。
恋する乙女が交流戦に新たな決意を加えている頃、フェルブランド王国の王城の廊下を歩いていた筋骨隆々とした男は、珍しい人物に遭遇していた。
「ついこの前会ったばっかりだが、こんなとこで会うとはな。一応、あんたからするとここは他国の王城なんだが?」
「わしのとこにもずけずけと来おった男がどの口でそんな事を言うのやら。」
口調の通り、筋骨隆々とした男の前に立っているのは老人だった。拳ほどの大きさのイメロがついた杖に身体を預け、横に傾いた姿勢で立っているのだが、その表情ははつらつとしている。
白髪まみれだが薄くはない頭にしゃれた帽子を乗せ、カチッとした上下に身を包む元気の良い老人は、カッカッカと笑いながら筋骨隆々とした男を指差す。
「わしがここにいるのは他でもない、おぬしと勝負するためじゃ。」
「それは燃える誘いだが、十二騎士同士の戦闘を行う場合は場所の用意が面倒だぞ?」
「誰が直接対決と言った。だいたいわしがおぬしに勝てるわけなかろう。」
「本気のあんたなら話は別だろう?」
「年に一、二回しか出せない力をこんなところで使うか、たわけ。」
「年に一、二回しか出せない力を毎年毎年教官に使ってる奴が言う台詞かね。いい加減交代したらどうだ、《フェブラリ》?」
「わしの本気を超えてこそ、アドニスは真に最強の雷使いとなるのじゃ。」
「そうかい。で、直接じゃないなら間接って事か? 勝負は。」
「そうじゃ。数奇な巡り合わせにより、今年のみ叶う戦いじゃよ。」
「なんの話だ?」
「カッカッカ、その様子では気づいておらんようじゃの。それとも、おぬしは放任主義か?」
「! まさかあんたの?」
「そうじゃ。」
ニヤリと笑みをこぼす老人に、筋骨隆々とした男も同様の笑みを返す。
「何か賭けるか?」
「互いの極上の酒でどうじゃ?」
「いいだろう。」
差し出された細い手が太い手にガシッと包まれ、二人の勝負はここに成立した。
「で、もちろんそれだけじゃないんだろ?」
「そりゃあの。まったく、おぬしが『ディザスター』の名前なんぞ出すから、年甲斐もなくたぎってしまったわ。」
「ほほー、同じジジイには負けられんと?」
「同じ第二系統の使い手として――じゃ、愚か者。」
「なるほど。《オクトウバ》が『イェドの双子』を追うように、《ジューン》がザビクを追ってたように、あんたもってわけか。」
「おぬしの弟子にひかれて集まるのであろう? 紅い蛇は。なれば、この国にいる方が奴と相対するチャンスは大きい。」
「引退前の大仕事になりそうだな。」
「他人事のように言いおって。おぬしも結構な歳じゃろうが。」
「俺様はまだまだ現役だ。あんたくらいまでは頑張るつもりだぞ?」
「先の長い話じゃな。早うせんと《ディセンバ》が婆さんになってしまうぞ。」
「何の話だ?」
「うん? おぬしは十二騎士を寿引退するのじゃろう?」
「誰情報だそれは。仮に寿的な事になったとしても、それで引退はしないぞ。俺様には俺様の、理想の引退の仕方というのがある。」
「引退に理想も何もなかろうに……ああ、先の話に戻すが、わしのところのは今年で卒業でな。どういう道に進むか知らんが、ここの国王軍に入った時にはよろしく頼むぞ。」
「かたや引退話というのに、かたや入隊話か。時が経つのはあっという間だな。」
「ジジイみたいな事言いおって。年寄りのセリフをとるでないわ。」
「ああそうだ。ついでに聞くんだが、ベルナークシリーズの場所を知らないか? 特に剣。」
「ついでというには話が飛び過ぎな気がするが……なんじゃ唐突に。」
「ちょっと面白い事があってな。」
「……まぁよかろう。ベルナークの――剣じゃったか? 三本の内の一本はそこの武器屋じゃろう? そして一本は行方知れずじゃが、もう一本は『豪槍』が持っとると聞いたぞ。」
「グロリオーサが? あいつは槍使いだろ。」
「どこぞの悪党を叩いた時にそいつのアジトで見つかったとかなんとか。」
「そいつは残念だな。さすがのベルナークシリーズと言えど、槍使いが一瞬で剣の使い手になるほどの能力はないだろうし、宝の持ち腐れだな。」
「持ち腐れというなら元々悪党の手にあったという事が問題じゃろう。イェドのプリオル然り、価値の高いモノは悪党の手に渡る事が多いもんじゃ。」
老人がやれやれとため息をつく横で、筋骨隆々とした男はふと思い出す。
「あん? そういえば『豪槍』にはレアな能力を持ってる弟がいたよな。」
第七章 お姫様対ニンジャ
「ロイドくんが鈍感なのは今に始まった事ではないが、これはどうなのだ?」
「い、いや……勝負は勝負でケンカではないですし……な、仲良くおしゃべりを――」
「半分ケンカみたいなモンよ、バカ。」
アフェランドラさんとの約束により、オレはキキョウがアフェランドラさんをどう思っているかという事を聞き出さなければならない。そして交流祭の間、試合を行える時間を過ぎると、各校の生徒は他の学校の生徒と交流を深める為に一緒に食事したりするとのこと。
ということでキキョウと夕飯を食べようと思ったわけなのだが……当然エリルたちも一緒になり、ついさっき宣戦布告してきたキキョウとご飯を楽しむという状態になってしまったわけなのである。
「ぼく――オレは別に構わないぜ。クォーツさんの人となりをもっと良く知るチャンスですから――だからな!」
「そうだ、よく知るといいぞ。エリルはキキョウが思う以上に強いんだからな。」
オレがそう言うと、キキョウはふふふと笑った。
「ロイドはクォーツさんを信じているんだね。」
「ああ。」
「……それでも、ぼくはやっぱり二人は距離を置くべきだと思うから……こればかりは曲げずに挑ませてもらうよ。ロイドは偉大な騎士になるんだから。」
「そうかい。」
古い友人とそんな会話をしていると、ローゼルさんはじとーっと睨んできた。
「仮とは言え、自分の恋人に自分と別れろと言ってきた男とそんな穏やかな会話ができるものなのか? 友人であっても普通、ロイドくんとキキョウくんはここで気まずくなると思うのだが。」
「さっきも言ったけど、そういう約束があってもオレは心配してないからね。」
朝の鍛錬や授業中の模擬戦で感じるエリルの強い意思。強くなり、立派な騎士になるというその目標は、オレからすれば確定した未来なのだ。
「キキョウがオレを未来の偉大な騎士だと信じているのと同じように、オレもエリルはすごい騎士になると信じていばっ!」
真面目にしゃべっていたらエリルがコップを投げてきた。
「こ、この話は明日の試合で全部決まるんだから今日はおしまい!」
「わ、わかったけどエリル、このコップガラス製……」
「ははぁー……」
部屋では割とよくあるオレとエリルのやり取りをキキョウの友達のクルクマさんが口をへの字にして眺める。
「『コンダクター』がそこまで言うんだから相当強いんだろうし、実際ランク戦の映像はすごかったが……うちのナヨも負けちゃいないぜ?」
フィリウスのような気持ちのいいニカッとした笑顔を見せながら、クルクマさんがキキョウの肩に手を置く。
「昼間会った時にも話したが、こいつは最初ナヨっつーあだ名でだいぶ軽く見られてた。だが今じゃナヨってのはただの愛称みたいなモン――こいつには立派な二つ名があるんだぜ?」
「ほう。プロキオンにランク戦のようなモノがあるのかは知らないが、少なくともキキョウくんは同学年の中では強者という事か。」
「うちにもあるぜ、ランク戦。ま、世間的にはランク戦っつーとセイリオスのになっちまってるがな。キキョウは一年生の中で三番目だが……実質一番だって言われてる。」
「なにそれ、どういうことよ。」
明日戦う相手の事だからか、エリルが口を開く。
「現役の騎士に言わせりゃ、それも含めて実力だって事になっちまうだろうが……一位と二位は強力な魔眼持ちなんだ。そういう能力者がうちの学校には多いが……キキョウはそういうの無しで強い。」
「ふむ、純粋な戦闘技術で比較すれば一番だろうというわけか。」
「ふぅん……で、どんな二つ名なのよ。」
「ルブルソレーユの出身っつーのと独特な体術が由来して……ナヨは『ニンジャ』って呼ばれてる。」
「『ニンジャ』? 確か桜の国のスパイの名前よね、それ。真っ黒な服着てる変な集団。」
「エ、エリル、変な集団て……ま、まぁとにかくキキョウはそれくらい強いって事なんだな。」
「そんな、ロイドに比べたらぼくなんてまだまだ。」
照れるキキョウ……は、こうして見るとかわいい女の子なのだから困る。んまぁ、それはともかくとして……よし……ここから何とかしてアフェランドラさんをどう思っているか聞くぞ……!
「強いと言えば……プロキオンの生徒会長のアフェランドラさんって、キキョウやクルクマさんから見てどれくらい強いんだ?」
「クルクマさんなんて呼ぶな呼ぶな、ヒースでいい。でもって会長か……なんでまた?」
「試合の約束をしたんだけど……なんか話を聞けば聞くほど桁違いに強いっていうイメージがついてきて……実際どうなのかと。」
「え、ロイド、アフェランドラさんと戦うの!? すごいなぁ……」
ん? クルクマさん――ヒースが「会長」って言ったのに対し、キキョウは「アフェランドラさん」って言ったな……
「会長の強さか……生憎、今の一年生は会長の全力を見たことねーんだ。」
「えぇ?」
「もう知ってるかもしんねーが、会長は普段『女帝』って呼ばれてて、んで本気になった時のみ『雷帝』って呼ばれるんだが……その『雷帝』状態を見せたのって、会長が一年生の時にやったランク戦と、二年でやった会長選挙戦での二回だけなんだと。」
「会長選挙戦?」
「あー、そっちがどうかは知らねーけど、うちでは生徒会長をバトルで決めんだ。立候補無しの、二年生のみで行うトーナメント戦でな。」
確かセイリオスは……んまぁ、詳細を確認したことは無いけど試合をするなんて話は聞いた事ないしな……この辺が学校による文化の違いってやつか。
「二回しか出したことのない本気かぁ……それを出すと何かの代償があるのか、それとも本気を出すような場面がそれしかなかったのか……まったく、謎が深まっただけだな……」
……困った。話題をアフェランドラさんの方に向けたのはいいけど、ここでいきなりどう思っているかなんて聞けないぞ……
「もしかしてだが、キキョウくんは会長と親しいのか?」
オレがどうしたものかと考えていると、ローゼルさんがそんな事を聞いた。
「え……ど、どうして……」
「いや、ヒースくんが「会長」と呼んだのに対し、君は「アフェランドラさん」と呼んだだろう?」
さすがローゼルさん! グッドタイミングです!
「それは……前に助けてもらった事があって……」
キキョウが恥ずかしそうにそう言うのを横目に、ヒースが説明してくれる。
「うちの学校、夏休みの前に上級生が下級生を指揮して任務をこなすっつー校外演習があんだ。その時、ナヨは会長の班になって……ま、ちょっとしたミスをやらかしてそこそこ危ない状況になっちまったんだ。それを会長に。」
「うん……その時……その、お礼を言った時、ぼく、「会長、ありがとうございます」って言って……そしたらアフェランドラさんが、「感謝を伝えるなら名前の方がいいと思うが」って……それからはアフェランドラさんって呼ぶようにしてるんだ。」
そういえばオレも、会長さんって呼んでたら止めてくれって言われたな。
いや、それよりもだ……なんだろう? みんなに鈍感だと言われるオレの感覚なんてあてにならないことこの上ないんだけど……なんだかキキョウの中ではアフェランドラさんがちょっと特別な位置にいるような……そんな印象を受けるぞ?
「あれー? もしかしてだけどー、ニンジャくんは会長の事好きなのー?」
「え!?!?」
うわ、なんというストレートな質問なんだアンジュ! でも助かるぞ!
「なーんか、会長の事しゃべってる時嬉しそうってゆーかねー。どーおー?」
「す、好きだなんて――た、ただ……ぼくを助けてくれた時のアフェランドラさんがすごくかっこよくて……ちょ、ちょっとした憧れっていうか……」
「わたわたしちゃって怪しー。」
「……さっきの威勢はどこにいったのかしらね。」
んー……オレ的には今のキキョウがいつものキキョウだけど……エリルに宣戦布告した時はキリッとしていたのか……?
でもとにかく、怖がられてるって言っていたけど、キキョウはアフェランドラさんにいいイメージを持っている事がわかった。これは朗報だぞ。
「ナヨの色恋沙汰はまぁともかく、おれはやっぱり『コンダクター』に興味があるな。」
友達の色恋に興味がない……のか、それとも友達だからこそ、既にキキョウから本心を聞いていたりするのか……ヒースはニンマリ顔をオレに向けた。
「こんだけの美女をはべらせてるかと思ったら、パムブレド先輩と仲良くなってんだもんな。」
こうしてみんなでご飯を食べるより前、どうやってキキョウを見つけようかと考えていると、パムブレド先輩ことライア・ゴーゴンさんが案内してくれたのだ。おそらく魔人族的超感覚で見つけてくれたのだろうが……その際、プロキオンの生徒たちはオレたちを案内するゴーゴンさんを見てとても驚いていた。
「セイリオスで言うところの、そこの『水氷の女神』みたいなモンでな。パムブレド先輩は男女問わず全校生徒の憧れなんだ。美人でスタイル良くて賢くて強い上に料理も上手い! そんなパーフェクト美女に挑む男子は数知れずだが全員が玉砕! なのに――」
「おや、私が何か?」
ヒースの言葉を遮ったのは話題の人、ゴーゴンさん。キキョウのところまで案内してもらい、オレがキキョウたちに夕飯を一緒に食べようと話したらゴーゴンさんが、それならうちの部のお店で是非と言ったのだ。どうやらプロキオン騎士学校料理研究部が経営しているお店は複数あるらしく、今オレたちがいるのはさっきの喫茶店とは違う、ガッツリとご飯が食べられる――料理研究部経営のレストランなのだ。
「お料理をお持ちしました。」
これと言ったジャンルのない、色んなモノが食べられるタイプのレストランで、オレたちの前にはそれぞれが頼んだ料理が並べられていった。
「ではごゆっくり。」
男子であればドキッとせずにはいられない微笑みを残し、ゴーゴンさんはオレたちのテーブルから離れて行った。
「――なのに、今日会ったばっかの『コンダクター』と喫茶店でお茶してたって言うじゃねーか。こりゃあどういうこった?」
「ど、どうと言われても……」
というかゴーゴンさん、スパイなのにそんな目立っていいのかな……
「気づけば女性をたらしこむロイドくんだからな。もはや息をするかのように。」
「ちょ、ローゼルさん!?」
「ちなみにヒースくんが言ったように、わたしも美人でスタイル良くて賢くて強くて――パスタであれば自信のあるパーフェクト美女だが、ロイドくん的にはどちらが好みだい?」
「あんた……パスタの部分でもう負けてるじゃない……」
「細かい事は気にするなエリルくん。さぁロイドくん?」
「えぇ!? そ、それは勿論――ロ、ローゼルさんです……」
「ほう、どういう理由で?」
「ど、どういう!? それは……い、いやぁそもそもオレまだそんなにゴ――パムブレドさんの事知らないですけど……オレ、ローゼルさんのその――いつも自信満々なところが結構好きと言いますか……」
「そうかそうか、ロイドくんはわたしが好きか、そうかそうか。」
むふふーんという満足気な顔になるローゼルさん……だぁあ、恥ずかしい……エリルが睨んでるし……
「ははーなるほどなるほど。こうやって女をおとして……ああん? ちょっと整理したいんだが……『コンダクター』の彼女はそこのお姫様――でいいんだよな?」
「仮の、だぞヒースくん。最終的にそのポジションにつくのはわたしであると覚えておくといい。」
「ていうのは嘘で、ホントはボクだよボク。ボクがロイくんのお嫁さん。」
「……あーっと……?」
「あははー、こーゆー流れは毎度の事だよねー。よーするにねムキムキくん。全員でロイドを狙って日夜激闘を繰り広げてるんだよー。んで、現状ちょっとだけ優勢なのがお姫様ってことー。」
そういう状態であるという事は理解している……し、そういうみんなに振り回されるオレが優柔不断っていうのもわかっているのだが……あああぁぁ……
「こりゃまいったな。男の憧れ、モテモテハーレムかと思いきや一歩進んだ大修羅場じゃねーか。色んな意味ですごいな、『コンダクター』。」
真面目な顔でそう言ったヒースの視線が逆に痛い……!
「オ、オレの話はもういいだろ! ヒースは! キキョウは! そ、そういう女子とのあれこれはないのか!」
おお!? 我ながらやけくその一言だが、これはさらに核心をつく質問だぞ! ナイスだオレ!
「そういうのはないな。そもそもおれはフィリウスさんみたいな漢を目指してっから、そういう話をすんのは豪快に女を抱えられるくらいになってからだな。」
と、おもむろにマッスルポーズを決めるヒース。なるほど、ヒースとキキョウが仲良くなったのはフィリウスがキッカケか。
「ぼくにもないかな……ぼくって小さいし……女の子と間違えられちゃうし……ぼくなんかにそんな話は……」
「アフェランドラさんは?」
「だ、だからアフェランドラさんはそいうんじゃ――ないんだぜ……!」
慌てて料理を口に運ぶキキョウ。
んー……んまぁ今日はとりあえずこんなモノか。あんまりしつこいと怪しまれるかもしれない。
「そ、そういえばロイドに聞きたかったんだけど……ランク戦でロイドとすごい勝負してた甲冑の人って一体何者なの……?」
「おお、それはおれも気になってたんだ。なんだあのデタラメな奴?」
と、そこからは……どうやらプロキオンの一年生の間で話題の人の一人らしいカラードの話になり、オレたちはブレイブナイトについて色々な話をした。その他、互いの学校の授業の違いや面白い先生の事をしゃべり、交流祭一日目の夕食は幕を閉じた。
「ロイド様っ!」
……夕食は終わったが一日目自体はまだ終わらず、明日に備えて解散となって寮の自分の部屋に戻って来たオレとエリルは最後のお客さんを迎えていた。
「ミラちゃん!? どどど、どうしっ! ――タノ!?」
抱き付きに加えて首に口づけという猛攻をなんとか我慢しようとして変な声がでたオレとうっとりしているミラちゃんの間にエリルが拳をねじ込み、オレたちは……とりあえず座った。
「すみません、取り乱しました。ちなみにロイド様から蛇系の魔人族の匂いがしましたが?」
いつもどこから出しているのやら、黒い椅子に座ったミラちゃんがニッコリとそう言った。
「あー……えっと……」
「……なによ。」
ここで話すとエリルにも……でもまぁいいか。魔人族の女王様がいるこの場で黙る事はできないわけだし、エリルに変な誤解を与えないですむ。
「プ、プロキオンに潜入してるライア・ゴーゴンっていう人に会ったんだ。」
「ライア……? じゃああのパムブレドって……そう……それであんたは……」
やっぱり何かしらの誤解……とまでは行かなくとも、いつもよりもムスッとするくらいにはなっていたエリルがいつものムスり顔に戻った。
「ああ、各地に潜ませている諜報員ですね。まぁロイド様には隠すつもりはありませんでしたが……ビックリさせてしまいましたね。」
「諜報員って……なによ、スピエルドルフは人間に興味ないんじゃなかったの?」
「前にも言いましたが、それはそれとして魔法技術には興味があるのです。ましてや、場合によっては我が国の精鋭に匹敵する騎士が誕生するケースがあるくらいですからね。警戒を怠る理由にはなりませんよ。」
いざ戦闘となったら十二騎士がたくさんいると言ってもいいくらいの戦力を持つスピエルドルフがどうこうされるとは思えないけど……ほんのちょっとの可能性も考慮していかなければならない……
それが的確なのか過剰なのかもよくわからないけど、やっぱり国を動かすというのは大変な事なんだなぁ……
「ちなみにロイド様、ライア・ゴーゴンは夜の魔法について何か言いましたか?」
「? 何の話?」
「ふふふ、ロイド様ったら。彼女に会ったのは、おそらく昼間では?」
「――あ!」
そうだ、なんで気が付かなかったのやら。魔人族は日の光が苦手なのに、ゴーゴンさんは普通に店員さんをやっていた。しかもテラス席でお茶まで……
「えぇ!? それじゃあとうとう日の光を!?」
「いえいえ。あれは歴代の王が夜の魔法に付与してきた力の一つです。いくつかの条件をクリアすれば、数人程度なら……そうですね、簡単に言えば夜の魔法を身にまとって国外に出る事ができるのです。」
「へぇー……」
「ちなみに今の話は国の重要機密ですので、他言無用に願いますね。」
「へぇー……えぇ!?」
「いつものローブであれば奪えば済む話ですが、太陽の光を回避する魔法があるなどと知られてしまいますと、臆病な人間が何をするかわかりませんからね。」
にっこり笑うミラちゃん――って! ゴーゴンさんもミラちゃんも、オレにトップシークレットをさらりと話しすぎじゃないか!?
「ま、それはそれとしてロイド様。ワタクシ、例え模擬戦や練習試合という場合であっても、愛する方の敗北する姿は心苦しく思うのです。」
「えぇ……あ、そ、そうか。ユーリの眼で見てたんだよね。」
つまり……オレがポリアンサさんと戦って負けた試合を。
「正々堂々という言葉は理解しますが、結局は持てる力の総量が強さなのですから……ええ、ロイド様は学び、使って良いはずなのです。」
「魔眼の事……? でもポリアンサさんにも言われたけど、今のオレの魔法技術じゃ使える魔力が増えてもそこまでは――」
「いえ、吸血鬼の力です。」
「えぇ?」
我ながら間抜けに返事をした横で、エリルが首をかしげる。
「ロイドの吸血鬼の力? ……えっと、唇がやらしいってだけよね?」
「やらしいとか言わないで下さい!」
「加えて、それ故に対人間用の幻術などは効果がありませんね。そして魔眼発動時は夜目が相当効き――そして愛の感情で自身の力を増大させます。」
「! そういえばフィリウスもそんな事を……」
「ロイド様の吸血鬼性は、魔眼発動時であっても正真正銘の吸血鬼と比較すればほんの数パーセント……通常時は一パーセント以下でしょう。しかし愛の力は、例え欠片のような吸血鬼性であっても絶大な力を与えます。ロイド様の愛があればワタクシにできない事はないと言いましたが、あれは過言ではないのですよ?」
うふふとほほ笑むミラちゃん。前にオレの血を吸ったミラちゃんは国のちょっとした問題を片付けると言っていたけど、後で聞いた話によると、その時ミラちゃんはスピエルドルフ内で活動していたとある犯罪グループを壊滅させ、街の近くで暴れていたSランクに分類されるような危険な魔法生物を一撃で沈めてきたらしい。
「ロイド様の右眼が暴走する事はもうありませんが、意識的にその力を――吸血鬼としての能力を引き出す事はできるのです。ワタクシは、それをお教えしようとここに来たのですよ。」
「意識的……魔眼みたいに?」
「魔眼を使う時とは少々異なりますね。引き出す為には必要なモノがありますから。」
「えぇっと……血とか……?」
「それが一つの形で最適なモノですが――具体的には愛です。」
「ぐ、具体的なモノが……あ、愛?」
「そうです。愛をキッカケとしてロイド様から吸血鬼の力を引き出し、また愛によってロイド様の能力を増大させるのです。」
「ソ、ソウデスカ……で、でも愛なんて……ど、どうすれば……」
「場合としては二つあります。一つは、自身が愛する者の為に力を求める時。他人への愛という自分の中にある愛を用いて力を上げるのです。」
そういえば、スピエルドルフでオレはみんなをザビクの魔法から守ろうと……そういう力を使ったってフィリウスが言ってたな。
んまぁ、結局はミラちゃんがザビクへの対策をばっちりしてくれていたから必要なかったんだけど。
「もう一つは他人の愛を自身に取り込むこと。自分への愛を抱くモノからその愛を受け取るわけですが……この場合は具体的な形を経由しなければなりません。」
「形……それに最適なのがさっき言った血ってこと?」
「その通り。ですから――」
何もない空間に手を伸ばし、モヤモヤと出現した黒い霧の中から……赤い液体の入った小瓶を取り出すミラちゃん。
「ロイド様への愛で満ち、かつ正真正銘の吸血鬼であるワタクシの血が、ロイド様の力を最も増大させるモノとなるでしょう。」
「え、それミラちゃんの……?」
「ロイド様の吸血鬼性では血を美味とは感じないでしょうが……何かの時の為にお渡ししておきますね。」
「で、でも血って冷凍――あれ、この瓶ひんやりしてる……このままで大丈夫なの?」
「ええ。」
…………受け取ったはいいけど……ミラちゃんの血をもしもの為に持ち歩くのか……? なんかオレ、危ない人みたいだ……
「効果が最も大きいのはワタクシの血ですが、例えばエリルさんの血でも力は増大します。」
「あ、あたし!?」
「ええ、あなたもロイド様を愛しているでしょう?」
「!!」
エリルが赤くなる。そ、そりゃあ……こ、恋人なわけだからそ、そうなんだろうけど……愛とか言われると恥ずかしいな……
「ローゼルさんでもリリーさんでもティアナさんでもアンジュさんでも可能です。ちなみに、ロイド様の力の増大の程度がそのままロイド様への愛の大きさになります。」
「えぇ!?」
オレの頭の中に相当やばい光景がよぎる。愛の大きさが具体的にわかってしまうなんて事をみんなが知ったら……こ、このことは秘密にしないといけない気がする……!!
「それと、ワタクシが先ほどから口にしている愛という言葉に家族の愛情などは含まれません。あくまで恋愛的な愛です。」
「うん……うん? という事は誰かを守る時っていうのは……す、好きな人でないとダメなのか……」
「そうですね。」
「加えてオレを――す、好きな人の血……け、結構発動条件が厳しいね。好きな人を守る時っていうのはつまり、好きな人がちょっとピンチにならないといけないし……血を飲むのも……こうやって特殊な瓶が必要だろうし、ま、まさかその場で噛みついて飲むわけには……」
「いえいえロイド様。確かに前者はそもそもそういう状況にならないようにする事が普通ですし、後者もロイド様が言うように飲み方という問題があります。ですが後者に関しては血が最適というだけで愛を受け取る方法は他にもあります。ざっくり言えば、相手の体液を取り込めばいいのですから。」
「たたた、体液!?」
なんか急に生々しくなったぞ!?
「最も手軽なのはキスでしょうかね。結果として、相手の唾液を取り込むことになりますから。」
「ダエキ!?!?」
フラッシュバックするローゼルさんの舌の感触。もも、もしかしてオレ、ポリアンサさんとの試合の時に吸血鬼の力が出てたりしたんじゃ!?!?
「な、なによあんた――キ、キスで強くなるなんてなんの漫画よ!」
「そんなこと言われても!」
愛している発言で赤いエリルと生々しい話で赤いオレがジタバタしていると、ミラちゃんがイタズラな笑顔になった。
「以上が吸血鬼の力を最大限に引き出す方法ですが……お気づきですか、ロイド様?」
「へ?」
「自身のことを好きな者の血でなければ意味がないということは、先日ロイド様の血を飲んでワタクシが力を増大させたのは――ふふふ。」
「!!」
「……ロイド……?」
は、びゃ、エリルが睨んでる!
「え、あ、いや……ほら! ご、ご存知の通りオレは優柔不断最低ヤローなのですから! その、あの――み、みんなにも多少なりの――」
「…………カーミラだけじゃないのね……」
「は! あのその――こ、これはですね!」
「ふふふ。ちなみに、ワタクシとロイド様が愛し合いながら互いの血を飲む――というような素晴らしいことをしたならば、ワタクシとロイド様の能力は青天井に飛躍します。」
「アイシアイナガラ!?!?」
「ああ、そういえば。吸血鬼の力が増大した際にロイド様が使えるようになるであろう吸血鬼の能力の説明をしておきますね。」
大きな爆弾を投下して何事もないかのように吸血鬼講座を終えたミラちゃんは、最後に「勝利を願って」と言いながらオレにキ、キスをして……うふふと笑いながら黒い霧に消えていった。
「…………」
そしてエリルはさっきから黙ったままである。これはなんとかしな――
「ロイド。」
「はい、なんでしょう!」
何を言えばいいか悩む前に、エリルがぼそりとオレを呼んだ。
「……あんたが浮気者の女ったらしっていうのはもういいわ……たぶん、その辺も結局あんただし……」
「は、はい……浮気者です……」
「でも……い、一個だけ聞かせて……」
むすっとした顔をこっちに向け、しかし目だけは横を見て……エリルはこう言った。
「あたしが一番――なのよね……?」
その時の衝撃たるや、過去最大規模だったであろう。女の子に縁のない七年を過ごしてきたオレはきっと普通の男子よりも耐性がなくて……みんなの仕草にドキドキとたじろぐばかり。そして時には何かをしてしまいそうなところまで頭が真っ白になった時もあったわけだが……
これは無理だ。
「――!!」
エリルの驚いた声がする。エリルの体温を感じる。エリルの感触を覚える。
オレは、思わずエリルを抱きしめていた。
「あああああんた! ば、ばかロイド! な、なにしてんのよバカ!」
本当に何をしているのだろうか。いや、そんなの――
「……エリル、オレよく「オレも男なんだぞ」とか、「オオカミになるんだぞ」とか言うだろう?」
「そ、それがなによ!」
「つまりそうなる時ってこういう感じなんだ、きっと。」
腕に力を入れ、ゼロになっている距離をもっと縮めようとする。
「ふにゃ!」
「い、今のエリルは可愛すぎました……ごめん……」
「は!?!? う、うっさいばか!」
突き飛ばされた上で炎の拳が飛んでくると思ったが……オレより少し背の低いエリルはオレの腕の中のまま。
「…………答え、聞いてないわよ……」
「……い……一番……です……」
じんわりと染み渡るような温かい感覚に身をゆだね、オレとエリルは無言で……互いの唇を唇で覆った。
「……」
「……」
「……なんか……最近こういうのが多い気がするな……」
「……あんたがこういうのを他のとするのも最近多いわね。」
「すみません……」
むすっとしたエリルを目の前に、ふと思う。
「……オレ、今ちょっと強くなってるのかな。」
無意識にペロリと自分の唇をなめ、それを見たエリルがすっと身をかがめ――
「変態っ!」
オレのあごに頭突きを炸裂させた。
「やあやあレイテッドくんおはよう。二日目だよ。」
「おはようございます。機嫌が良さそうですね。」
「その通りだけど、それだと僕が普段機嫌の良くない人のようではないか。」
「いつにも増して、という意味です。今日は誰と試合を?」
「ポリアンサさんかゴールドくんか、先に会った方かな。」
「昨日はプロキオンの生徒会メンバーと戦っていましたね。『女帝』とは約束しなかったのですか?」
「彼女はそんなに試合に熱心な方ではないし、そもそも僕相手だと本気になってくれないからね。」
「相変わらずですか。やってみなければわからないでしょうに。」
「やってみなくてもわかるよ。なぜなら僕には『雷帝』に勝つイメージがないからね。」
「弱気なことを。」
「どうにもならない事はあるものだよ。レイテッドくんこそ、一戦くらいは会長相手に試合をしてみては?」
「受けてくれれば。」
「受けてくれるさ。セイリオス学院、次期生徒会長が相手とあればね。」
「まだ確定ではないですよ。」
「僕が推薦するのだから、きっと当選さ。」
「不正のにおいがします。」
「正当な評価の結果だよ。今のところ、僕を止められる心当たりはレイテッドくんしかいないのだからね。」
「……この交流祭、自校の生徒には挑めないところが残念です。」
「ランク戦があるからね。今度、三年生の部に挑んでくればいいよ。」
「会長までたどり着けるかどうか……」
「こっちに関しては、やってみなければわからないよ。若いのだから、挑戦していかないと。」
「一つしか違いませんよ。」
「ようプリムラ、いよいよ今日なんだろ? 打倒『神速』。」
「明日になるかもしれませんけど。」
「今日かもしれないんだろ? 頑張れ――と言いたいとこだけど、正直プリムラが負けるとこを想像できないんだよな……」
「転校してきたばかりの頃のあなたに負けそうでしたけど?」
「俺の場合はアレだからな……ちなみに『神速』にはそういうのねぇのか? 魔眼とか……特殊な体質とか。」
「ありませんわ。『神速』は誰もが到達しうる域に到達しただけ……それ故にシンプルに強いのです。」
「そうか……ちなみに俺、今日『コンダクター』とやるんだが、あれはどういうタイプなんだ?」
「『コンダクター』と? それは是非拝見したい試合ですわね。彼の場合、全力を出すと次の試合ができなくなるというタイプですから……今はまだ判断しかねますわ。昨日戦った限りでは、特別な能力はありませんでしたが。」
「はーん、特別な能力無しでプリムラに『ヴァルキリア』を使わせたのか。やれやれ、強敵だな。」
「……あなたはどこまで使うつもりなのかしら?」
「どこまでって、別に俺のに制限はないぜ?」
「しかしあまり出しすぎると面倒なことになりますわよ? 女子校であるカペラに無理やり転校までさせた校長先生の苦労が……」
「その時はその時、俺が姉ちゃんに怒られるだけだ。」
「むが、もご、んぐんぐ、んの女、ひん剥いて全校んぐ、生徒のずりネタにしてやるっ!」
「丸一日氷漬けだったのだから空腹なのはわかるが、食べるかしゃべるかどちらかにしろ。それに懲りていないようだな。あの女は一年でお前は二年だが、あちらが格上だ。」
「んなわけあるか! 最初っから犯しにかかってりゃなぶり殺しだったっつーの!」
「どうかな。まぁ薬が足らないというなら好きにしろ。言っておくが、同じ相手に短期間で二度も敗北するなど、ただの愚か者だぞ。」
「負け前提で話すんな! 勝ちゃあいんだろ勝ちゃあっ!」
「それはそうだが、気合ではどうにもならない差というものはある。あの女は――いや、いいか。」
「んだよ、なんかあんなら言えよ!」
「あれはカペラの生徒会長と同じタイプだ。ここ最近になって急に目標を持った天才。」
「んだそれ?」
「行先の定まった才能ほど恐ろしいモノはないという話だ。」
なんだかまだあごが痛い気がするオレはエリルが起きてくる前に……あっちにも迷惑かもとは思ったのだが、なかなか時間が作れないので通信機のスイッチをオンにして相手を呼び出――
『アフェランドラだ。』
ワンコールどころか半コールで出たアフェランドラさん。
「あ、えっと、ロイド――サードニクスです。すみません、朝早くに。」
『サードニクスくんの現状から察するに、私に連絡する時間が取れるとしたら早朝だろうとは予想していた。』
「すごいですね……えっと、キキョウのことで……昨日得た情報を共有しようかと。」
『ああ……あ、いや少し待ってくれ………………よ、よし、いいぞ。』
「えぇっと……キキョウがアフェランドラさんをどう思っているかという話で……アフェランドラさんは怖がられているって言っていましたけど、そうでもありませんでしたよ。」
『ほ、本当か!? ろ、廊下などですれ違う時など、キ、キキョウくんはよく固まるのだが……』
「ああ……それはきっと、いい意味で緊張しているんですよ。」
『?』
「プロキオンの校外演習? みたいのでキキョウと同じ班だったとか。」
『確かにそうだが……何故その話題を……?』
「そこでアフェランドラさんに助けてもらった時から、キキョウはアフェランドラさんに憧れているそうです。」
『ガシャァンッ!』
通信機の向こうから――もちろんアフェランドラさんの声ではない、何かを蹴り飛ばしでもしたかのような音が聞こえた。
『――! そ、そんなことをキキ、キキョウくんが!?!?』
「はい。よかったですね。」
『そそ、それはそうだが――そ、そんなことに……わ、私はこの後どうすれば……』
「そ、そうですね……えぇっとじゃあ……マイナスのイメージではなかったわけですから、ま、まずはその……友達になるところから――でしょうか?」
『トモダ――い、いや、そう――だろうな……! まずはそこから――だろう……し、しかしいきなり友達になりましょうなどとは言えないぞ……』
「キッカケがいりますね……あ、そうだ。」
『な、なんだ、妙案か?』
「じ、実は今日の朝一にエリル――クォーツさんとキキョウが試合をするんです。」
『それはまた……経緯がよくわからないな。』
「オレのせいと言いますか……と、とにかくそうなんです。な、なので……例えば、セイリオスのランク戦の一年生優勝者であるクォーツさんの試合を観に来た――という感じで来てみては……?」
『別に自分の恋人なのだから名前で呼べばいい。』
「へ……あ、そ、そうですね……」
『だがそれはいいアイデアかもしれないな。私がキキョウくんの試合を観戦するという形だとうまい理由が思いつかないが、エリル姫の試合と言えば格好がつく。そ、そして試合の後に……な、何かしらの会話を……な、何を話せば……』
「試合のアドバイスとか……でしょうか。」
『う、うむ……考えておこう。それで、どこでやるのだ?』
「朝一にキキョウがこっち――セイリオスのエリアに来ると言っていました。」
『で、ではその辺りを「たまたま」通りかかる感じで……なんとか……』
「そうですね……」
こういう時、プリオルであればもっと気の利いたアドバイスができたりするのだろうか……って、何かとプリオルを思い出すなぁ、最近。
千人近く殺している殺人鬼だぞ、あれは……
「さて本日の予定だが、まずはエリルくんがキキョウくんと対戦だな。」
朝の鍛錬は試合があるから軽い運動程度でおさえ、オレたちはいつもより少し早い時間に学食で朝ご飯を食べていた。
「そして時間は未定だがロイドくんとラクス・テーパーバゲッドの試合もある。二人以外は今日も対戦相手を探しにうろつかなければならない――と思っていたが、まさかこんなモノをもらえるとはな。」
学食に入る時、なぜか生徒会の会計担当、ペペロ・プルメリアさんが扉の横に立っていて、「会長から全校生徒へプレゼント」と言って一冊の本をくれたのだ。
本のタイトルは「他校生徒一覧」。なんのこっちゃという感じで開いたオレたちは、そのタイトル通りの内容に驚いた。そこにはカペラ女学園、リゲル騎士学校、プロキオン騎士学校の全校生徒の名前が載っていて、一人一人の特徴が記してあったのだ。
「個別データに加えて武器別魔法別の特集ページ……普通に紙にしたためたら百科事典のような厚さになるだろうに、どういうわけか文庫本以下の薄さしかないこの本……一体どこからつっこめばいいのだ?」
「プルメリアさんは生徒会の書記の人が作ったって言っていたけど……どんな人なんだろう? オレ、生徒会の人って四人しか知らないから。」
「ランク戦の時のパーティーで全員顔は出してたわよ……まぁ、誰が誰かはあたしもよく知らないけど。」
「五、六人いたよなぁ……会長がデルフさんで副会長がレイテッドさん、会計がプルメリアさんで広報が放送部の部長でもあるアルクさん……そこに書記さんと……あとはなんだろう?」
「雑務担当とかじゃないの?」
「おお、さすが王族エリルくん。真っ先に思いつくのは召使というわけだ。」
「うっさいわね。」
「でもさーこの本、確かに色んな人の顔と名前――と武器と得意な系統は載ってるけど、それだけだよねー。もうちょっとないのかなー。」
「あんまり載せすぎたら先生が言っていた修行ができないし……それに学年ランキングみたいのが書いてあるだけありがたいよ。」
「ふむ。プリムラ・ポリアンサ、カペラ女学園一位、マーガレット・アフェランドラ、プロキオン騎士学校一位。」
「言わないでください……」
「ロ、ロイドくんの今日の相手……ラ、ラクスっていう人は……二年生で、二位って書いてあるけど……」
「えぇ……」
「ちなみにエリルちゃんが戦う『ニンジャ』はあのフィルさんもどきが言ってた通り、学年三位ってあるね。」
「いやぁ、でもエリルは学年一位だからなぁ。」
「あんたにじゃんけんで勝っただけでしょ……」
朝ご飯を食べ終え、お腹がこなれるまで「他校生徒一覧」を眺め、オレたちはゲートを通って交流祭の舞台であるアルマースに入った。試合可能な時間まであと五分くらいという時間で、セイリオスのエリアを通り抜けた辺りには既に戦闘態勢の生徒がちらほらいて……その中に小柄な男子生徒が立っていた。
「おはようございます。」
オレ……ではなくてたぶんエリルにそう言ったキキョウの目は鋭く、やる気十分という感じだった。
「こんなにピリピリしてるナヨも珍しいぜ。」
そんなキキョウの後ろには少し驚いているヒース。面子は整ったというところか。
……んまぁ、あと一人来るのだが……
「ではあちらで。」
キキョウに促され、オレたちは一番小さいタイプの闘技場の入り口の前に立つ。盛り上がる事に、その扉には使用可能になるまであと何分というカウントダウンが表示されていた。
「……」
「……」
エリルとキキョウが無言で扉を睨みつけているから、オレたちもなんとなく黙って……そして、始業のチャイムに似た音がアルマース中に響き、ピピッという音と共に扉が開いた。
「へぇ、中はこんな感じなのか。」
「一番大きな闘技場しか経験のないロイドくんには新鮮なようだな。」
「い、いや、まだ一回しか試合してませんから……」
闘技場の……試合が行われる部分の面積は大きな闘技場と差はない。ただ、この闘技場に観客席はなくて、オレたちは一段高い塀の外から二人を立ち見する感じになった。
「あ、あれ……? キ、キキョウっていう人の武器……エ、エリルちゃんとおんなじ……?」
ティアナと同じ驚きをオレたちも感じる。なぜならキキョウが装備している武器は両手のガントレットと両脚のソールレット。エリルと全く同じなのだ。
「セイリオスのランク戦の映像を見て驚きました。同じ事を考えた人がいたのだなと。」
「こっちのセリフよ。」
ガントレットとソールレットを装備し、それぞれから炎を揺らめかせて腕を組むエリル。『ブレイズアーツ』によって驚異的な威力を持つ一撃を放つが、ぱっと見では普通のガントレットとソールレットだ。
対してキキョウのは一味違った。プロキオンがガルドの技術が浸透している街にあるからそういう武器を持つ生徒が多いという話だったが……キキョウのそれにはウィーンと音をたてているファンがついていた。
「ずいぶん面白い仕掛けがありそうね、それ。」
「……これは発生させた風を増大させる装置です。」
「風?」
「ええ。ぼくの得意な系統は第八系統の風魔法ですから。」
「……言っちゃってよかったのかしら?」
「ぼくはあなたのを知っていますからね。」
「後悔しなきゃいいけど。」
二人の闘志に反応するように、闘技場の魔法が起動してオレたちと二人の間に魔法の障壁がはられ――たところで、オレたちが入ってきた扉がギィッと開いた。
「!? げ、か、会長!?!?」
大きな身体でダイナミックに驚くヒース。オレ以外には完全に予想外の人物――アフェランドラさんがやってきた。
「ア、 アフェランドラさん!? ど、どうして……」
臨戦態勢だったキキョウの表情が崩れる。
「何か問題があるか?」
……キキョウのことで色々と相談していた時の表情豊かなアフェランドラさんはどこかへ行き、そこには『女帝』の名にふさわしい淡々とした顔の生徒会長が立っていた。
たぶん、本人にその気は全くないのだろうけど……
「『神速』に会えればと思ってセイリオスのエリアまで来たところで、ランク戦一年生の部の優勝者とわが校の生徒の名前が書かれた闘技場を見つけた。観戦してみようと思うことに不思議はないはずだが。」
ああ……たぶん緊張しているからなんだろうけど、いつも以上に怖い感じになってますよ、アフェランドラさん……!
「……思わぬギャラリーね。」
「……今は関係ありません。」
二人の頭上、闘技場の真ん中の空中にピコンと数字が浮かぶ。
『セイリオス学院一年、エリル・クォーツ対、プロキオン騎士学校一年、キキョウ・オカトトキ――』
機械的な音声と共に数字が減っていき――
『試合開始。』
――すると同時に、両者の足元が爆発して二人は互いに向かって弾丸のように突撃した。
ガキィンという金属音が響き、同時に衝撃が周囲に走った。二人は互いの拳をぶつけた状態で拮抗する。
「はああああっ!!」
「おおおおおっ!!」
それぞれが突き出したガントレットから、方やジェットのような炎が噴き出し、方や――目には見えづらいが、これでも第八系統の使い手であるオレにはわかる、すさまじい勢いの風が噴出する。
「見た目も同じならスタイルも同じとはな……エリルくんがいつも炎でやっていることを、キキョウくんは風で行うわけか。」
「パッと見はな。」
ローゼルさんの呟きに答えるヒース。
「だが使ってる系統の差っつーか――そっちのお姫さんが「剛」の技なら、うちのキキョウは「柔」だぜ?」
炎と風の噴射によって更なる拮抗が続くかと思われた互いの拳だったが、ぐいぐいとエリルのそれが押し勝ち始める。しかしある程度押されたところで、キキョウがするりと身をこなし――
「なっ――!?」
流れるようにエリルの背後にまわったキキョウは、ガントレットから噴き出る炎の勢いに自身の動きを重ねて――エリルの背中を弾き飛ばした。
「――っ!」
無駄のない静かな動きからは想像できない勢いでとばされたが、両手両足から器用に炎を噴き出してくるりと態勢を立て直し、見事に着地するエリル。しかしその顔には驚きの表情があった。
「お姫様が使う炎は、威力はとんでもねーけどその方向は直線的。対してキキョウの風は、炎ほどのパワーはないかもしんねーが、方向は自由自在。要するに、柔よく剛を制すってやつだな!」
自慢げに解説するヒース。そうか……当時のオレにはその種類がわからなかったけど、フィリウスがキキョウを入門させたあの道場は――柔術のそれだったのか。
「あれー? もしかしてこれ、お姫様には天敵みたいな相手なんじゃないのー?」
「面白い技つかうわね!」
爆発による加速で再びキキョウに突撃するエリル。まともに受ければそれだけで戦闘不能になりかねない威力を持つエリルのブレイズキックを、ガントレットから噴き出す風で包み込むように――かつ勢いを殺す事無く受け流し、向きを変え、キキョウはエリルをするりと地面にたたきつけた。
「がっ――」
地面にヒビが入るほどの衝撃。いつもガンガンに攻めて相手を殴り飛ばしてきたエリルがあっさりと倒される光景はちょっと珍しい。
「――っああっ!」
だけど叩きつけられて動きが止まったのはほんの一瞬で、仰向けの状態からソールレットからの爆炎で……なんだっけか、カポエラだったっけか? 脚を綺麗に広げての豪快な回し蹴りを放ったエリルにはさすがのキキョウも驚きを隠せず、受け流すことなく回避した。
ああ……だいぶ前からだけど、オレとの朝の鍛錬を始めてからエリルはスカートの下に……なんというか、短めのスパッツ? みたいなのをはくようになってて……いやぁ、本当に良かった。
んまぁ、そもそも戦う時にスカートをはかなければいいとは思うのだけど……セイリオスの制服はさすがに騎士の学校の制服なだけあってかなり動きやすく作られていたりするから、わざわざ体操着に着替えなくても普通に戦えて……だから一々服を変えるのは面倒だから、体育の授業でもない限りはみんな制服でバトルをするという……なんだか不思議な習慣になっている。
オレが転校してくる前、エリルは学年問わず片っ端から模擬戦を挑んでいたらしく、その時は……その、スカートの下はそのままで……み、見られまくっていたんじゃないかと聞いたことがあるのだが、どうやら大抵、試合が始まると同時に相手が降参するから――元気よくキックした相手となると、実のところオレが初めてなのではないか……と、オレのほっぺをつねりながら言っていた。
今となっては、恋人の下着が他の男の目にさらされるというのは割と嫌なことで――って何を考えているんだ、オレは。
「ロイくんてば、なんかやらしーこと考えてたでしょ?」
「えぇ!?」
すさまじい洞察力で見抜いてきたリリーちゃんにどう言い訳しようかと思った時、ドカァンと大きな音が響いてきた。
「……割と厄介ね、それ。」
「ここまでガンガン来られるのも、受け流すのにこんなに力を使うのも初めてですよ……」
涼しい顔とは言えない表情のキキョウと、明後日の方向の壁にガントレットをねじ込んでいるエリル。ちょっとカウンターされたくらいでエリルは止まらないし、そんなエリルの一発一発の威力は半端じゃないからキキョウも結構消耗している――というところだろう。
「でも、今くらいの力になるとカウンターできないみたいね? まさかと思うけど、もう少し威力を上げたらお手上げなんて言わないわよね?」
「ご安心を。直接的に柔術が通用しない相手は他にもいましたし、その人たちにぼくは負けていませんから――!」
言い終わると同時に足元で空気を破裂させての跳躍。さらに両手両足から風を噴出させてコマのように回転、オレの回転剣のように遠心力を乗せた鋭い蹴りをエリルに放つキキョウ。跳躍してからエリルの目の前に到達するまでは一瞬だったが、停止している状態からトップスピードになるという点においてはエリルの方が上。ソールレットからの起爆によって蹴りを難なくかわしたエリルは着地と同時に拳を構える。
「『コメット』!」
回し蹴りを空振りし、空中で無防備な状態のキキョウに向かって放たれるガントレット。装着時は腕にかかる負担があるから威力を制限しているが、発射するとなればそれは無く、紅の尾を引いて飛来する拳はセイリオスの闘技場に張られた、観客を守る為の防御魔法を破壊するほどのパワーがある。
ガントレットやソールレットという小さなサイズのモノの中で爆発を起こすのだから、生じる推進力が大きいという事は理解できる。しかしエリル自身もあれほどのバカバカしい威力を生むとは思っていなかった。先生によると、エリルのガントレットとソールレットはまさに『ブレイズアーツ』の為だけに作られたと言っていい特殊な構造をしているらしい。使われている素材もただの頑丈な金属ではなく、魔術的な加工が施されている代物なのだとか。エリルがそういうスタイルで騎士を目指すと決めた時にカメリアさんがエリルにくれたモノらしく、詳細を聞いてみたところ、それはそれは偉大な魔法使いと高名な鍛冶師の手によって製作されたのだとか。
外部からのダメージによって破損することはあるが、内部で起こした爆発によって壊れるということは――その構造とかけられている魔術的加工によってまずありえない……らしい。
よって、エリルはエリルが起こせる最大威力の爆発を込めることができ、結果、色々と常識破りの威力を持った一撃へと至ったのだ。
「ふっ!」
スピードも尋常でないその一撃を、風を使って空中で姿勢を制御し、傍から見ているとまるですり抜けてしまったかのような滑らかな動きで回避したキキョウはそのまま……完全に間合いの外にいるエリルの方を向いて空を切る蹴りを放った。
が、次の瞬間――
「!?」
目の前で何かが爆発したかのように、エリルは後方へふっ飛ばされた。
「ほう、なんだ今のは。ティアナ、何か見えたか?」
「うん……ロ、ロイドくんがたまにやってる……圧縮した空気の塊を破裂させる……あ、あれを……エリルちゃんのほ、方に飛ばした……」
「なるほど、空気の砲弾という事か。」
キキョウがさらに蹴りを何発か放つと、着地したエリルを見えない爆発がいくつも襲い掛かった。さすがにグラリと姿勢を崩したエリルは、いつの間にか自分の目の前に迫っていたキキョウを見て目を見開くが時すでに遅く――
「『崩体撃』っ!」
パンチでもキックでもない、肩をぶつけるような……強いて言えばゼロ距離体当たり――のような独特な攻撃を受けたエリルは、これまた想像以上の速度で弾き飛ばされて闘技場の壁に激突した。砂煙の向こうのエリルに目をやった瞬間――一瞬、とんでもなく甲高い音が響いて――
「『空巻弾』っ!!」
一迅の突風の後、エリルが激突した壁を中心にして巨大な衝撃が炸裂する。簡単に言えば、炎や煙のない大爆発がエリルを直撃した。
「ふぅ……」
何かを放った後のような姿勢のキキョウが息を吐き、ヒュイインというファンの音が小さくなっていく。
風を増大させる装置だとさっき言っていたけど……なるほど、さっきの甲高い音はあれか。一瞬で高い威力を持った風を生み出し、それを圧縮して砲弾として飛ばし……今みたいな大爆発を引き起こしたのだ。
「……随分と器用な事をしますね。」
派手に破壊された壁に寄り掛かってうつむいているエリルに向けてそう言った……一連のコンボを決めたはずのキキョウは、しかし浮かない顔をしていた。
「地面に叩きつけた時も今の連撃も、身体が地面や壁に激突する瞬間、または攻撃が自分の身体に当たる瞬間、腕や脚を動かして――あなたはその威力を殺す方向に小さな爆発を起こしている。」
キキョウが難しい顔で一人呟き始めると、壁に寄り掛かっていたエリルがスッと顔を上げた。
「ランク戦の映像から、エリル・クォーツという生徒は桁外れのパワーで相手を圧倒するタイプであると思っていました。確かにその通りではありましたが、そこからはイメージのしにくい繊細な動きも可能としている……ぼくが思う以上に、あなたは強いようだ。」
周りの壁や床の砕けっぷりとは対照的に、割といつも通りの……まるで大して効いていないかのように、むすっとした顔でため息をつくエリル。
「……毎朝、全方位から回転する剣を飛ばしてくる奴と模擬戦してるから、あれをよける為に自然と身についた技術よ。今じゃ反射的にできるわね。」
「うむ、毎日えげつない全方位攻撃をとぼけた顔で仕掛けてくる団長にしごかれればああもなるというものだろう。」
「きょ、曲芸剣術って……ほ、ほんとに息つく暇がない……くらいに忙しいから……とっさの一瞬で何とかしてかないと……いけないからね……」
「あー、確かに最近、魔法の発動スピードっていうか、一瞬の細かい動作が上手になってきたよーな気がするねー。」
「ボクの『テレポート』がたまに間に合わないもんね。ロイくんてばひどいんだから。」
「えぇ……」
「『ビックリ箱騎士団』の修行ですか……確かに、曲芸剣術のような尋常ではない連撃を相手に特訓していれば、そういう技術も身に付きそうです。」
「最近はあたしよりも細かい爆発が得意なのとも手合わせしてるから余計ね。ていうかあんた――」
次の瞬間、キキョウが起こした爆発と同じくらいの轟音が響いた。
「な――」
「おしゃべりなんて余裕なのね。」
エリルは飛ばしたガントレットを爆発で遠隔操作できる。つまり、さっきキキョウがかわしたガントレットはまだ警戒すべきモノだったわけで……それが今、キキョウから一メートルくらい後ろの地面に突き刺さったのだ。
あの凄まじい威力を持ったガントレットが地面に落ちてきたとなれば、近くにいる者は当然――バランスを崩す。
「はぁっ!!」
「――っ!?」
ガントレットが地面に突き刺さるのと同じタイミングで跳躍し、お返しするかのように迫ったエリルは勢いそのままにキキョウを殴り飛ばした。いつも通りのとんでもない一撃はとっさの防御によってキキョウのガントレットに防がれたものの、クリーンヒットしなかったというだけで……キキョウはさっきのエリルのように――というかそれ以上の勢いで壁に突っ込んだ。
「あ。」
「どうしたティアナ……と言いたいところだが、今のはわたしにも見えたぞ。キキョウくん、エリルくんのパンチをガントレットで防いだな?」
「ありゃ、それはやっちゃったかもね。ただでさえ壊れやすいって有名なガルド製の武器にエリルちゃんの馬鹿力パンチなんて。」
「な――おいおい、さすがにパンチ一発で壊れるわけないだろ。仮にもガントレット――籠手なんだぞ? ガルド製だからってんなにモロくねーよ。」
リリーちゃんたちの会話にヒースが反論するが……いや、オレもみんなと同意見だな。
「お姫様の攻撃の威力をなめちゃいけないよー。あたしなんかよりもよっぽど『スクラッププリンセス』なんだからねー。」
「手応えあったわ。その扇風機、壊れたんじゃない?」
「……おかげさまで。」
エリルの問いかけに渋々答えるキキョウ。エリルのパンチが効いているのだろう、苦い顔をしているが……それよりも目が行くのは両腕のガントレット。全体的に歪み、ファンが止まっている。
「……さっきのぼくのように追撃してこなかったのは武器の破損で勝負がついたと思ったからですか? だとしたら――」
「そんなわけないじゃない。」
腰に手を当て、むすっとした顔でエリルはこう言った。
「この試合の目的はあんたにあたしの強さを認めさせる事。別にあんたにそうしてもらわなくたってどうでもいいんだけど、そうでないと引かないっていうならとことん示してやるわ。叩き潰してあげるから、あんたの全力でかかってきなさいよ。」
「おお……エリルかっこいい……!」
「つくづく熱血漫画の主人公のようだな……クォーツ家の教育はどうなっているのだ?」
確かクォーツの家の人は得意な系統が第四系統の火の魔法になるとか言っていたな。王族というのは熱い家系なのだろうか。
「……『ブレイズアーツ』の特性として、常に全力全開で動くことのできるあなた相手に力の温存も何もありませんでしたね……」
絶えず両手両脚から炎を噴き出しているエリルにはエネルギーの循環が起きている。
イメロによって生み出されたマナは自然にあるマナとは性質が異なり、各系統におまけを持っている。火のイメロの場合、本来触れても何も感じないはずのマナに熱がある。
魔法で火を生み出し、その火によって火のイメロが火のマナを生み出し、それを使ってまた火を出すというサイクルを繰り返しているエリルには絶えず熱が――正確に言うと熱というエネルギーが供給されている。
それは言い換えれば体力のようなもので、よってエリルは最初から最後まで疲れ知らずの全力全開状態なのだ。
「……よく知ってるわね。あたしだってロイドに言われて気づいたのに。」
「爆発によって威力を高めるという乱暴な戦法をフィリウスさんのような体格でもないあなたが難なくこなしているのですから、何かあると疑うのは当然です。そしてそんなあなたと戦うのに――今のままのぼくでは不釣り合いのようです。」
意を決したかのような顔になったキキョウはバッと上着を脱ぎ捨ててシャツのボタンを――って何してんだキキョウ!?!?
「デジャヴだな。フィリウス殿から何かを教わると脱ぎ癖がつくのか、ロイドくん。」
「き、昨日の試合のあれはポリアンサさんの位置魔法から逃れるために仕方なくなんです!」
にんまりするローゼルさんと……あとなんでか嬉しそうに思い出し笑いしているリリーちゃんにわたわたしていると、ヒースがふんと鼻を鳴らした。
「あれは簡単に言やぁ本気モードだ。こっからだぜ? ナヨの強さはよ。」
「……へこんだガントレットはわかるけど、なんで脚の方も外してんのよ。しかも裸足って……」
「ぼくはまだまだ未熟でして、素手と素足でないと感覚がつかめないのです。」
痩せっぽっちの小柄な身体に……何回か裾を追ってちょっと足を出したズボン一丁の姿になったキキョウ。何事かと思っているとキキョウの周りに風が吹き始め――たと思ったらすぐに治まっていく……何をしているんだ?
「『風神ノ衣』!」
風の動きはそこそこわかると思っていたのだが……なんだろう、今のキキョウの周りはごちゃごちゃしていてでよくわからないぞ?
「わ……な、なんだかすごく……器用な事してる……」
「ロイドくんは役に立たなさそうな顔をしているが、ティアナは流石だな。」
「ローゼルさんの言葉が刺さります……ティアナには何が見えるんだ?」
「えぇっと……な、なんて言えばいいのかな……たくさんの細かい……空気で作った管の中に強い風を通して……そ、それでお洋服を編み込んでる……みたいな感じ……かな……」
「げ、まじか。いい魔眼もってんなー……」
ティアナの解説を聞いたヒースが「げっ」という顔をする。
「そこまで見えてんなら黙る事もねーか……あれはガルドのパワードスーツを参考にして作った風の鎧なんだ。」
聞きなれない単語に首をかしげるローゼルさんたちだったが――
「あーそれ知ってるよ。重たいモノが持てるようになっちゃうハイテクスーツでしょ? 風ってことは空気圧式だね。」
流石の商人、リリーちゃんは知っていた。
パワードスーツは、装着者の動きを補助し、本来なら持ち上げられないモノを軽々と動かせるようにするような、そんな道具だ。剣と魔法の国であるフェルブランドの人からすれば普通に強化魔法を使えばいいという話になるかもだけど、この道具を使えば個人差無く、誰でも一定の力を出せる。科学と魔法の差はそこだと、前にガルドに行った時に教わった。
んまぁとにかく、どうやらキキョウは風を……何やら器用に組み合わせてそれを作ったらしい。
「……リリーくんが何を言っているのかさっぱりなのだが……」
「仕組みなんかどうでもいーのさ。要するに、風の力で腕力やら脚力やらがとんでもなくアップした状態だってことだ。」
「ふむ……つまりは強化魔法のようなモノなのだろう? どうにも『ニンジャ』からは離れていく気がするが……」
「いんや、この技故に『ニンジャ』なんだぜ?」
風の鎧とやらをまとったらしいキキョウがスッと構え、そして跳躍する。風の破裂ではない純粋な筋力での跳躍に見えるのだが、確かに見た目と合わない速度と派手さで――
「え――」
エリルが今日一番のビックリ顔になり――そしてキキョウのキックをもろにくらった。インパクトと同時に暴風が吹き荒れ、エリルの身体はこれまた今日一番の勢いで飛んで行った。
爆発を利用して体勢を立て直そうとするが、それよりも早くエリルが飛んでいく方向の先に現れたキキョウがエリルの腕をつかみ、勢いを殺さず――いや、むしろ上乗せするかのような動きで振り回して闘技場の壁に叩きつけ、加えて最初に見せたコマのような回転からの鋭い回し蹴りを打ち込んだ。
「な――エリルくん!」
つなぎ目のない華麗な、かつ強力な連撃にローゼルさんが叫ぶ。だがそれと同時に蹴りが打ち込まれた壁とは全く異なる方向から爆速のガントレットがキキョウに向かって飛来した。
かなり速い動きだったからなんとか見えたという程度だが、壁にぶつかった瞬間、エリルはその勢いを爆発で殺してそのまま離脱。キキョウから距離をとって着地するや否や、ガントレットを発射したのだ。
だが――
「は!?」
エリルの本日二度目の……さっきと同じくらいのビックリ顔。一撃必殺の拳はキキョウを捉えたのだが――キキョウはさっきエリルを叩きつけたのと同じ感じにそれを捕まえ、そのまま地面に突き刺したのだ。
「……あたしの攻撃は受け流すのが大変って言ってなかったかしら……」
遠隔爆破で操作できるとは言えガントレットの構造的に普段と逆方向には炎を出せないから、ああやって壁とか地面にまっすぐに突き刺さってしまうと自分の元に戻せなくなる。ランク戦の後に先生からも言われていたけど、エリルの『ブレイズアーツ』は武器を敵に抑えられるリスクが高いのだ。
だけど今のエリル的には片腕が寂しくなった事以上に、装着している時よりも威力が高い自分の攻撃が受け流されてしまった事のようだ。
つまり、さっきまでは受け流すのに苦労していたキキョウがエリルのガントレットを受け流せるほどにパワーアップしたのだ。
「ぼくとしては、さっきの攻撃を受けてもすぐに立て直すあなたの打たれ強さにどうなっているのやらですが……」
「なんか今すごかったねー。あのニンジャくん、途中ですぅって消えたよねー?」
アンジュの言う通り、最初の跳躍をした直後、キキョウの姿は消えた。速すぎて見えないという類ではない――まるで空気に溶け込むかのように見えなくなったのだ。いきなりの現象に驚いたエリルは、自分の横にすぅっと再登場したキキョウに蹴り飛ばされたのだ。
「ふむ、あれが『ニンジャ』の所以というわけか。」
「ど、どういう仕組みなのかな……? 第三系統の光の魔法ならまだわかる、けど……風でどうやって……?」
「おそらく蜃気楼の原理だな。彼は今、強風が通る空気の管を編み込んだ風の鎧をまとっているのだろう? つまり、彼の周囲の空気の密度はバラバラだ。」
「バラバラだと……み、見えなくなる、の?」
「密度に差のある空気を進むとき、光は屈折するのだ。それを――まぁ、何がすごいってずばりここなのだが、その屈折を完全にコントロールして姿を消しているようだ。」
「さすが優等生ちゃん、物知りだねー。でもさー、消えるだけで『ニンジャ』なのー?」
「消えてる時の攻撃の仕方がメインの理由だな。」
アンジュの疑問に答えたのは、もはやキキョウの技の解説係になってきたヒース。
「目が追い付かなくて見えねぇのと物理的に見えないのの差は、後者はのんびり歩いてても見えないってとこだ。速く動いてんなら空気の流れとかで見えなくても位置を見抜けるかもしんねーが、見えない相手が息を殺して静かに迫ってくるとなると、その気配は読み取りにくい。それはまるで、音もなく近づいて任務をこなすニンジャのように――ってな。」
その上、そうしてひっそりと迫って放つ一撃はエリルの『ブレイズアーツ』並みの――あ、またキキョウが消えた。
「はっ!」
キキョウが見えなくなるやいなや、エリルは地面にパンチを打ち込んだ。闘技場の床に亀裂が走り、地面がバキバキと砕ける。しかしそれで場所を明かすキキョウではなく……衝撃をうまく受け流したのか、それとも宙にでも浮いているのか、辺りはシーンとしたままだった。
「――じゃあこれよ。」
エリルが残ったガントレットを発射し、オレみたいに自分を中心に半径一メートルくらいの場所をグルグル飛びまわす。あれなら容易には近づけな――
「『崩心撃』っ!!」
声と同時にその姿を現したキキョウは既にガントレットの内側――エリルの懐に入っていて、さっきの体当たりをエリルに打ち込んだ。ただし今回はエリルは飛ばされず――
「――か……あ……」
ぐらりと身体を揺らし、その場でがくりと膝をついた。
「『崩体撃』とは違い、こちらは相手の全身に衝撃を伝えて内部を攻撃する技。今の状態のぼくが放つこれは、大型の魔法生物をも気絶させます。」
見えなくなった自分を警戒してエリルが行動を起こすのを待ち、そしてガントレットを外したのを機として接近――一撃を放った。しかも爆発で威力を殺せないタイプの技を。
「お、これは決まっただろ。ナヨのあれはマジでやばいからな。まして女子の身体で受け止め……いや……」
自分で言いながら表情を険しくしていくヒース。
「どういうことだ……? あのお姫様、膝をついたって事はまだ意識が――」
「捕まえたわ。」
技の間合い的にエリルの目の前にいたキキョウの脚をエリルの素手がつかんだ。信じられないという顔をする前に、瞬間、キキョウは――
「ぐあああああっ!!」
燃えた。キキョウはというか、まずはエリルが炎に包まれて、それがキキョウに伝わった。
闘技場の中での戦闘によって致命傷に至るようなダメージを負うことはない。ないが……同等の痛みは受ける。キキョウの悲鳴は全身を焼かれる痛みによる……ってあれ?
「――つあああっ!!」
エリルの手を振りほどき、キキョウは後退する。ぶすぶすと全身から煙を出す身体に自分で起こした風を当てて冷却を……まさか、やっぱりなのか……?
「くあ……っつ……まったく……しぶとい事ですね……!」
半分あきれ顔で苦笑いをするキキョウ。対して、まるで効いていないというわけではないけど、キキョウに比べたら余裕のある顔をしているエリルは、さっき地面にパンチした時に突き刺さっていた状態から抜けていたガントレットを遠隔操作で回収し、元のフル装備に戻った。
そして――
「……ちょっと前だったらこういう戦法は頭に無かっただろうから……たぶんあんたの勝ちだったわよ。」
再び全身が炎に包まれるエリル。元々炎のように紅い髪がより紅くなり、そして熱によって発生する風で逆巻く。両手両脚を包む一撃必殺の武器も、溶ける金属のように赤々と光り出す。
「……ロイドが来てから色んな事があって、学んで、あたしは強くなったわ。この拳で壊せないモノなんてないんだっていうような自信も持った。」
エリルが立っている床が焦げ――るどころか溶け始め、観客席にいるオレたちも猛暑のような熱気に包まれる。
防御魔法に守られているオレたちがこんなんという事は、闘技場の中は……
「でもこの前見たのよ。世界一って言っても過言じゃない域にいる奴の全力の戦いを。それより前にもそういうレベルの奴の戦いは見てたんだけど――その時のそれはほんの一部だったんだって思い知ったわ。全力を見せたそいつは戦闘が得意なタイプの使い手じゃないはずなのに、その強さはケタ違いだったわ。」
たぶん……スピエルドルフで見たザビクの戦いの事を言っているんだろう。呪いや幻術が得意分野のはずの大悪党の戦闘は確かに、次元が違った。
「得意なことが得意なのはいいけど、それ以外にも何かないと――色んな戦い方をする奴がいる中で戦っていけない……パワーに自信を持てた今、そろそろ違う特技を身につけないとって思って……それであたしは初心に帰ることにしたわ。それで思い出したのよ……そもそもあたしがこのスタイルを身に着けたキッカケはアイリス――《エイプリル》だったってね。どうかしら? 高温の中は。」
アイリスさんは炎を使わない第四系統の使い手。主に操るのは熱そのもので、急激な温度上昇で爆風を引き起こして攻撃したりするけど……アイリスさんが《エイプリル》にまでなった最大の理由は、触れれば消し炭になるほどの高温の空間を周囲に展開する技。耐熱魔法は誰でも使えるけれど、アイリスさんのそれを防ごうと思ったらどれほどのマナを要するのか、そもそもそれで何秒もつのか。
どうやらエリルは、その高温の技を次のステップに選んだようだ。
「《エイプリル》の技か。なるほど、姿は見えなくとも周囲を高温にすれば……ああいや、しかし耐熱魔法を上回るほどの高温となると相当な温度にしなくてはならないが……そんなあっさり、やろうと思えばできるモノなのか?」
そう言いながら、同じく第四系統の使い手で熱を操る事が得意なアンジュの方に顔を向けるローゼルさん。
「そんな簡単じゃないけど、一応この防御魔法の向こう側は結構やばい温度になってるから、できてるって言えばできてるかなー。ニンジャくんも全力で耐熱魔法かけてるしねー。ただ……この技、あんまり長くはできないよー。」
「そう……なのか? 高温を出すという意味なら、アンジュくんの『ヒートコート』のようなモノなのだろう? 燃費の悪い技には見えなかったが……」
「あたしのは衝撃に反応して熱を出すようにしてるから、普段はちょっと熱いくらいだよー。つまりあたしは、熱をちゃんと制御してるってわけだねー。でもお姫様は熱をその場に留めるって感じのコントロールが上手にできないみたいで……ま、バンバカ爆発させるタイプだからいきなりそういう制御は難しいと思うけどねー。だから今のお姫様は……ありったけの耐熱魔法を自分にかけて、その上にありったけの炎をまとってるんだよー。自分に攻撃して自分で防御してるよーなもんだねー。」
「なるほど……つまりエリルくんは熱を操っているわけではなく、炎を出すことで温度を上昇させているだけだと。まぁエリルくんらしい乱暴なやり方だが……結局キキョウくんは耐熱魔法で防御しているのだろう?」
高温の中で佇む二人を眺めるローゼルさんだが……思うに既に……
「やっぱりあんた、さっきの……『風神ノ衣』? の状態だと、耐熱魔法使えないのね。」
エリルの発言に険しい表情を返すキキョウ……というかキキョウ、なんか相当疲れた顔をしてるな……
「第八系統の使い手でなくても、具体的に風で何をしてるのかわからなくても、あんたの顔を見ればわかるわ。わざわざ裸にもなるわけだし、その技、かなりの集中力がいるのよね? たぶん、それしかできなくなるくらいに。」
「……エリルに掴まれた時、キキョウは炎のダメージをくらっていた。常に両手両脚から炎を噴き出しているエリルと戦うのに耐熱魔法を自分にかけておかない理由はない……もしもかけていないのならそれは……できないからだ。」
「『風神ノ衣』にそんな代償が……いや、空気を管上にして編み込んだり屈折を操ったりしているのだからな、それくらいの負荷は当然か。」
「あれ? じゃあもうエリルちゃんの勝ちだよね? あっちは武器が壊れた上に必殺技も使えないんだもん。」
「うん……でもキキョウはこういう時、結構ガッツを見せるタイプだよ。」
「温度が充分高くなるまで無駄話したけど……おかげで相当な熱さになったわ。もう見せるモノがないって言うならトドメをさすけど?」
「……なるほど……『ブレイズアーツ』にはそういう特性もあるわけですか……」
「は?」
「余裕のありそうな顔をしていますけど、重心のかけかたが安定していませんね。ぼくの『崩心撃』はキチンと効いていたようだ。」
キキョウの言葉に若干……そのムスり具合を変えるエリル。
オレたちも、朝の鍛錬を始めた最初の頃は誤解していたのだが、エリルは普通よりも……つまり、同じ女の子であるローゼルさんとか、むしろがっちり鍛えた男子よりも凄く打たれ強い……ように見える。本人の表情がむすっとしたままで変わらなかったり、逆境の中をズンズン進む強い意志があったりっていうのもあるのだが――一番の要因は『ブレイズアーツ』だ。
「『ブレイズアーツ』によって無尽蔵に供給されるエネルギー……ボロボロの身体であってもそのエネルギーによって――そう、壊れる寸前のエンジンを無理やり動かすかのように、あなたは動く事ができる……いや、できてしまうのでしょう。こちらとしては全然効いてないように見えるのですから精神的にかなりきますが――事実、あなたは満身創痍だ。」
「……だったら何よ。」
「武器を破壊されて奥の手も封じられたぼくですが、あなたも倒れる寸前。この高温もだいぶ無理して作っているようですし……まだ勝算はありますね。」
受けたダメージはエリルのパンチ一発とさっきの熱。だけどキキョウの疲労からして、『風神ノ衣』が相当な負荷だったらしい。
そもそもあの状態の攻撃を一、二発も受ければ、普通、相手は倒れるのだろう。だけど相手はエリル……受け流せないような威力の攻撃、衝撃を殺す爆発、膨大なエネルギーと……何より本人の意思の強さ。
もしかすると、カウンターを使うキキョウがエリルの天敵に見えて、実のところ真逆だったのかもしれない。
「確かに耐熱魔法と『風神ノ衣』を同時に使うことはできませんが……耐熱魔法がないと一瞬で意識を絶たれるというわけでもない。」
「! あんたまさか……」
「『崩心撃』の威力はぼくが一番よく知っています。あとほんの少し押すだけで、あなたは倒れる――ならばこの一撃に賭ける事は無謀ではないはずです。」
武器を……いや、むしろズボンしか身に着けていない細身のキキョウが、しかし確かな圧力を持って拳を構える。
「ほう。」
その姿を見て声をもらしたのは、試合が始まってから初めて口を開いたアフェランドラさん。
「高温によって自身の身体が限界を迎える前に相手を倒すつもりか。」
面白そう――いや、胸の内を知っているオレからすれば嬉しそうな顔でキキョウを見るアフェランドラさん。
やっぱり、キキョウがたまに見せるああいうガッツに惹かれたのかな。
「文字通りの最後の一撃です。あなたの言葉を借りるなら、これが最後の見せるモノです。」
「……上等よ。」
ガチャリと左のガントレットをし、それを右腕に取り付けて構えるエリル。
顔にはでないけど限界のはず。しかし相手の渾身の一撃に自身のそれをぶつけないエリルではない。
そう、どこまでも上を目指し、立派な騎士へ向かって真っすぐに、炎の足跡を刻みながら歩む……オレの友達であり、同志であり……ここ、恋人の……
ああ、恥ずかしい。
「――『風神ノ衣』っ!!」
瞬間、キキョウの身体から煙が出る。しかしその高温をねじ伏せ、キキョウは跳躍した。
「おおおおおおっ!」
女の子のような外見からは想像できない叫びと共に灼熱の中を突き進むキキョウに対し――
「新しい特技のついでに新技よ。」
ドルンという音と共にエリルの右腕に火が入る。よく見ると後付けされた左のガントレットは少し斜めに取り付けてあり、それによって推進力の一部が回転に――
「『メテオ――』」
目前まで迫っていたキキョウに対して放たれるゼロ距離発射のガントレットという名の砲弾。紅の螺旋を尾引くそれをいなしてエリルに一撃を入れよう手を伸ばすキキョウだったが――
「――なっ!?」
風の動きが見えるようになってきたオレにはその極端な変化がはっきりとわかった。キキョウが伸ばした腕――その周囲にまとっていた風の鎧は、まるでからめとられるかのようにエリルのガントレットに巻き込まれ、腕の先から崩れていき――
「『――バレット』っ!!」
キキョウは、炎の弾丸に殴り飛ばされた。
「終わってみれば、終始エリルくんが馬鹿力でキキョウくんを殴るだけの試合だったな。」
「う……っさい……」
ダメージはほとんどなくなるが、魔法使用による身体へ負荷は残るこの闘技場。オレたちが防御の魔法がなくなった闘技場の中に入ると、エリルはその場でペタリと座り込んだ。
「うわー、中は熱いねー。魔法が切れてるのにサウナみたいだよー。お姫様はもうちょっと熱の使い方を練習しないとだねー。」
「? ロイくん何やってるの? エリルちゃんのスカートめくるの?」
「違います! さ、さっきキキョウがやってたみたいに風を送ろうと思ったんです! ほ、ほら、エリル、なんか身体が熱いから……!」
エリルとローゼルさんのスカートをめく――ってしまったあの頃とは違い、ちゃんと弱い風も作れるようになったのだ……!
「おやおや、それならわたしが氷漬けにしてあげよう。」
「燃やすわよ。」
扇風機のように風を送っていると、体温が熱を出した時みたいになってたエリルの表情が落ち着いていった。やはりあの高温の技はだいぶ無理矢理やっていたようだ。
しかしまぁ、あんなところで新技を試すところがエリルっぽいというか……
「ぼくの負けですね、クォーツさん。」
エリルよりも重症だし、魔法の負荷も相当だったはずのキキョウがてくてくと歩いてきてそう言った。
「キキョウ……え、キキョウは大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないけど……まぁ、この辺は元々の体力の差かな。」
と、細腕でフィリウスのようなポージングをするキキョウ。そうか、そうは言ってもエリルは女の子だもんなぁ……
「……約束は守ります。この先、ぼくは口出ししません。あなたが……常に全力で、時に工夫をこらして壁にぶつかって……それを乗り越えられる人だと認めます。ロイドの騎士道の邪魔には……一先ずならなさそうであると。」
「……あっそ……」
……当事者……的な立場のオレが言うのもなんだけど、今回のいざこざはあっけなく幕を閉じた。
「んまぁ……キキョウもオレを心配しての事……なんだろ? ありがとな。」
「……ぼくには、ロイドとフィリウスさんに返しきれない恩があるから。困ったことがあったらいつでも言ってね。」
「いやぁまぁ……それはオレのセリフでもあるぞ? 友達なんだから。」
「――うん!」
こつんと拳をぶつけるオレとキキョウ。
そしてオレは、オレの任務をこなすために行動を開始する。
「あー、そういえばアフェランドラさん。」
「! な、なんだ?」
なんとなく……キキョウのズボン一丁姿を盗み見するような挙動をしていたアフェランドラさんがオレに呼ばれてビクッとなる。
「試合の約束ですけど、オレ今日はラクスさんという人と戦う事になりまして……明日で大丈夫ですか? もし今日がいいという事でしたらラクスさんに――」
「あ、ああ、明日で構わない。そもそも、君とは最終日に戦いたいと思っていたからな。」
「? ……んまぁ、それなら良かったです。それじゃあ――よいしょっと。」
「な、ば、何してんのよ!?」
ヒョイとエリルをおんぶし、オレはアフェランドラさんにペコリと頭を下げる。
「エリルは強いからしょうがないですけど、負けたキキョウに生徒会長としてのアドバイスをしてあげてください。それではそれでは。」
目を丸くするアフェランドラさんにウインクを送り、オレは……みんなからの冷たい視線を受けながらエリルを背負ってそそくさと闘技場の外に出た。
よし、これで二人の会話のキッカケを作れたぞ。あとはアフェランドラさんの頑張りに――
「ロイド。」
突如耳元に囁かれるオレの名前。勢い任せで背負ってしまったわけだがその声でハッとし、今更にエリルの女の子的な感触を伝える背中にドキドキし始める。
「ふぁ、な、なに? あ、お、おりたい……? え、えっと、お疲れかなぁと思いましてですね、い、いやならすぐに――」
「このままでいいわ……ちょうどいいし……」
「な、なにが?」
闘技場の扉をくぐり、ローゼルさんたちが出てき――終わる前に、エリルはぼそりとこう言った。
「……あんたは……あたしのよ……」
殺人的なセリフと同時にかかる、首にまわった腕と背中からの圧力。オレの頭は一瞬で真っ白になった。
「む? ロイドくんが固まっているが……背中のエリルくん、ロイドくんに何をしたのだ?」
「な、なんでもないわよ……」
「わ、ロイくんが変な顔になってる! 今すぐエリルちゃんをひっぺがさないとだね。どこか休めるところに行ってエリルちゃんを捨ててこようよ。」
「優等生ちゃんが氷で車いすでも作ればー?」
「そ、そこにベンチある、よ……」
いつも通りの会話が始まり、オレは……そ、そうだ、オレにも試合があるんだぞ、試合が!
エリルとキキョウにガッツのある試合を見せてもらったのだ、オレも負けていられない。
ラクス・テーパーバゲッド。第十二系統を得意な系統としながら、イクシードという体質故に他の系統の魔法が使えるらしい、カペラ女学園唯一の男子生徒。学年は一つ上だが、もちろん、勝つ気で挑……
「……んん? 試合の約束はしたけど、どうやって合流すればいいんだろうか?」
第八章 優等生対触手魔人
ここ最近で一番きつかった気がする。ランク戦でアンジュと戦った時は我ながら全力を出したと思ってたけど……今回はその上を行ったと思う。
戦いの内容的にはそれほど濃くないし、お互いが順番に技を披露するような……まぁ、別の言い方をするなら互いの強さを確認しながらっていう変な試合だった。
だけど最後にやった温度の上昇。熱だけをコントロールするのがあたしにはまだ難しいからああやったんだけど……想像以上に魔法の負荷が大きかった。やっぱりちゃんと練習しないとダメだわ。
「落ち着いたか? エリル。」
へとへとの身体をベンチに座らせてるあたしの顔を覗くロイド。結局こいつは初めから最後まであたしが勝つって信じ切ってたらしくて……試合中、応援も心配するような声も聞こえなかった。
まぁ、あたしにとっては嬉し――
「だ、大丈夫よこれくらい!」
「いはは、はんへほっへを?」
ロイドのほっぺをつねるあたしを半目で眺めてたローゼルが、ふぅと息をはく。
「エリルくんも回復したようだし……そろそろわたしたちも試合をしなくてはな。」
「あのキキョウとかいうニンジャは学年三位なんだよね? 昨日戦ったテキトーな上級生よりも強そうだったし、もしかしてエリルちゃんがゲットしたポイントってかなり大きいんじゃ……」
ポイント……交流祭のルールの一つで、自分よりも格上の相手に勝つとたくさんもらえる。元々は学校同士が生徒の集めたポイントの合計で競うモノなんだけど……あたしたちはあたしたちの中で一番多くポイントをゲットした人の願いを聞くっていうのをやってる。
現時点で、プリムラに負けたロイド以外は全員、上級生相手に勝ってる。でも今リリーが言ったように、上級生が下級生よりも必ず強いかっていうとたぶん、そうじゃないのよね。
「かもねー。極端な話、三年生で最下位の人と一年生で一番の人なら一年生の方が強い気がするし、その辺も考えて選ばないとだねー。」
「じゅ、順位はもらったほ、本でわかる……けど、ど、どうやって見つければいい、のかな……?」
「そうなんだよなぁ。オレもどうやってラクスさんを見つければいいのやら。」
騎士になった時、どこかに潜んでる悪党を見つけ出す――みたいな任務はよくありそうだし、この交流祭の状態がそれの訓練になるとは思うけど……そもそも何をどうすればいいのかさっぱりなのよね。
「とりあえず人がたくさんいるところに行くのが定石だね。商売でも何でも、情報は人が持ってるんだから。」
リリーの提案に従い、あたしたちは人が集まる場所――街の真ん中にある一番大きな闘技場の方に向かう事にした。近づくにつれて人は多くなっていって、闘技場の周囲まで来るとあっちこっちで試合の申し込みをする生徒が目立ってくる。
「ふむ。どうやら他校の生徒の情報をまとめるのはわが校の生徒会だけではないようだな。どこの学校の生徒も小さな本を手にしている。」
ローゼルの言う通り、デザインは学校によって違うけど、たぶん中身は同じ感じの本を各校の生徒が持ってるのが見える。どうやら交流祭で定番のモノみたいね。
「それでかなー。さっきから妙に視線を感じるよねー。」
「ま、わたしたちはランク戦の上位者だからな。わたしたちが強い生徒を探すのと同様に、他校の生徒もわたしたちに目をつけるのだろう。」
キキョウみたいな学年の順位をつけるなら、セイリオス学院一年生の……えっと、三位決定戦みたいのはやってないから……同率五位にローゼル、リリー、ティアナ。同率三位でカラードとアンジュ。二位がロイドで一位があたしってことになる。
「ただ……視線の半分は違う理由のようだがな。」
「……自分が美人だからとか言うんじゃないわよね……」
「それもあるがそれ以上に――」
『おお……あれが『コンダクター』のハーレムか……』
『さすが《オウガスト》の弟子だな……』
「ロイドくんが視線を集めている。」
「心外な噂話が聞こえるんですけど!?」
まだちょっとふらふらしてるあたしの横に立ってなんとなく気遣ってくれてたロイドが「えぇっ!?」っていう顔になる。
「戦闘に支障が出るからという理由で団内における恋愛を禁止している騎士団も少なくないというのに、我らが『ビックリ箱騎士団』は団員全員が団長を好きという状況なのだから、文字通りビックリだな。」
「部活の申請をしたらカラードたちも入りますから!」
「ついでに他校の女子も入部しそうで怖いのだがな。例のパムブレドさんとか。」
「だ、だからあの人は大丈夫で――」
「逃げんのか腰抜けが! タマぁついてんのか、あぁっ!?」
「初日に殴ってやろうと思ったら昨日どこにもいなかったお前はどうなんだ!」
パムブレドっていう、プロキオンで人気の女子生徒が実は魔人族っていうのをあたしは知ってるけど、それを聞いてないローゼルたちは未だに怪しんでる。一応スパイみたいな状態だからあんまり言わない方がいいみたいだけど……面倒な事になりそうだし、どっかで話すべきよね……なんて思ってたら、そんな絵に描いたような喧嘩の声が聞こえてきた。
「あ、ラクスさん――とあいつは……」
前よりも一層嫌な顔……を通り越して怖い顔になるロイド。一番大きな闘技場の壁の近くで喧嘩してたのは、昨日ローゼルが氷漬けにしたゲス男と今日のロイドの対戦相手のラクス・テーパーバゲッドだった。
「……ラクスさんいるし……無視はできないか。」
そう言いながらしぶしぶと二人に近づいていくロイドの後ろ、あたしたちもそれなりに嫌な顔でついていった。
「んあっ!? てめぇら!」
「お、『コンダクター』! ちょっと待ってろ、先にこいつをぶちのめ――」
「おいくそ女! てめぇだよごらぁっ!」
今まで喧嘩してたラクスを放置して、ゲス男はずかずかと……ローゼルの前までやってきた。
「昨日はよくもやってくれたな、ああっ!? グチャグチャにしてやっから闘技場にあが――」
昨日のやらしい視線の代わりに、完全に恨んでる目をローゼルに向けながら手を伸ばしたゲス男は――その腕をロイドにつかまれた。。
「……おいもやし、おれさまにさわ――」
その時、きっとあたしたちの近くで喧嘩を眺めてた学生までもが感じたと思う。この前のスピエルドルフで、ザビクが変身した偽ロイドを見た時のカーミラが放った気配。心臓をつかまれてそのまま潰されるんじゃないかっていう感じの圧力。
「この手をどうするつもりだ?」
黄色い右眼を光らせて、ゲス男の腕をギシッていう音が聞こえるくらいの力でつかむロイドの圧倒的で絶望的な――殺気。王家とか騎士の名家とか言っても普通に育って普通に騎士の学校に入ったあたしやローゼルとは違う、広い世界で色んな事を経験してきたロイドやリリーが時々見せる迫力。
「な……てめ……」
このゲス男がこれまでにどんな経験を積んできたかなんて知らないけど、その迫力に吸血鬼としての力が上乗せされてるこんなゾッとする殺気が平気な奴なんてそういない――っていうか、学生にはまずいないと思う。
何度か経験済みのあたしたちでさえ身体が動かなくなるこれに、ゲス男の表情が少しひきつる。
いい気味だわ。
「ありがとう、ロイドくん。」
怖い顔のロイドの肩にローゼルがすっと手を置くとその圧力はふっと消え、ゲス男はロイドの手を振りほどいて二、三歩さがった。
「お前の兄は昨日の氷がいい薬になると言っていたが、残念ながら効果はなかったようだな。」
ほどかれたロイドの手を両手で握りながら、ローゼルは冷ややかな顔をゲス男に向ける。
「お前は……ほう、銀色の腕輪という事は二年生だったのか。しかし低俗過ぎて示す敬意は見当たらないな。」
「あぁっ!?」
「三年生であったら良かったモノを、二年という事は来年の交流祭でも会う可能性があるわけだが……会う度に頭の悪い会話はしたくない。昨日ので足りないというのなら徹底的に教え込んでやろう。美しい花には棘があると。」
「ローゼルさん!? こんなのと戦う事は――」
「二年生で生徒会長の弟……ほら見ろロイドくん、リゲルにおける学年別ランキングは五位だそうだぞ? 中途半端ではあるがそこそこ強いようだ。きっとそこそこのポイントが得られるだろう。」
「……上等だくそ女。ちゃんと勝負下着をはいてるか? さらす準備はバッチリか? あぁ?」
「彼以外に見せる予定はない。そっちこそ覚悟はいいのか? 一年生に完敗する用意は?」
「てめぇでヌク用意ならできてるぜ?」
下卑た笑みを浮かべ、ゲス男は闘技場……一番大きな闘技場に入っていった。生徒会とか委員長とかの役職についてる生徒はここで試合する決まりらしいんだけど、別に空いてるなら誰が使ってもいいらしい。幸か不幸か、今はちょうど使えるみたいね。
「ローゼルさん……」
「心配するなロイドくん。さっきエリルくんを信じ切っていたように、わたしの事も想ってくれればいいのだ。」
「うん……」
心配そうなロイドににっこりとほほ笑んだローゼルは……ころりと悪だくみの顔になった。
「しかしながら上級生で五位であるからな! ロイドくんが何らかのご褒美を用意してくれるのなら、わたしの勝利はより確実なモノになるだろう!」
「えぇ!? ま、またその流れですか!」
「わたしの士気をあげて欲しいだけだよ、団長殿。」
「徹底的に教え込んでやるってやる気満々でしたよね!?」
あらゆる事をロイドとイ、イチャイチャする為の口実に変えていくローゼルはすご――くないわよ、ただのエロ女神よ!
「わたしが勝ったら――熱い抱擁や深い口づけなどをしてくれるかい?」
「びゃっ! え、えぇっと! その!」
ロイドにグイッと迫って――その突き出た凶器をふにょんと押し付けるローゼル。ゆらりとリリーが暗殺者の挙動を見せたところでふと、ロイドは何かを思いついてごほんと咳払いした。
「い、いやいやローゼルさん! 勝つ事は前提ですよ! さ、さらりとこなしてもらわないといけませんですよ!」
「! ほう。」
今までにない返しにローゼルが……文字通り「ほう」って顔になる。
「なな、何しろ現役の十二騎士の技術をお、教えているわけですからね! ご褒美というのであれば、試合内容で用意するのがだ、妥当でしょう!」
「ほうほう。ではどのような条件にするのだい?」
「えぇっと――あー……そうですね……で、ではそのぉ……い、一度も攻撃を受けない――というのはどうでしょうか。」
「むぅ、仮にも上級生相手にか? なかなかの高難易度だな。」
「ほ、ほら! フィリウス直伝の動きって主に回避の技なので……と、と言いますかその……」
ローゼルから目をそらしたロイドは、恥ずかしそうにこう言った。
「き、きっとあいつは触手を使ったいやらしい攻撃をしてくるんでしょうから……そ、それにローゼルさんには触れて欲しくないといいますか……」
「それは……」
面食らった……だけど段々と嬉しそうな顔になるローゼル。
「つまり、わたしに触れていいのはオレだけだと?」
「そそ、そういうわけでは! た、ただあんなのは……」
「なるほどなるほど、そういう事にしておこうか。二年生にして学年順位五位を相手に無傷――いや、一度も触れられずに勝利するという条件、飲もうではないか。しかし難易度の高さに見合ったご褒美でないといけないぞ、ロイドくん。」
「うぇっ!? え、えぇっと……」
「そうだな……わたしのお願いを一つ叶えるというのはどうかな?」
「えぇ!? い、いやそれは……」
「なに、いきなりエリルくんを捨てろなどとは言わないさ。そこは自分でなんとかするから……そう、熱い抱擁にも深い口づけにもなり得る自由度が魅力なのだ。どうかな?」
「はぁ、そ、それなら――」
「ロイくん! そんなご褒美ダメだよ! きっとエッチなお願いするんだから!」
「えぇ!?」
「おいおい、リリーくんやムッツリエリルくんやお色気アンジュくんと一緒にしないで欲しいのだが。」
「だだ、誰がムッツリよ、エロ女神!」
「変なあだ名つけないでよー。」
あたしたちがブーブー言うと、ローゼルは再びロイドにくっついて身をくねらせ――!!
「あびゃあっ!?」
「あーロイドくんロイドくん、わたしはこのご褒美でないとダメな気がしてきたぞー。あーあー、それ以外であった場合、きっとわたしはあのいやらしい男にあんなことやこんなことをされてしまうのだー。あーあーあー。」
「だ、びゃ、あびゃら、わ、わかりました、わかりましたから! それでいいですから!」
「よろしい。」
ひょいと離れた満足気な顔のローゼルは、制服を整えてピッと人差し指を立てた。
「この試合に先の条件をクリアして勝利すればロイドくんはわたしのお願いを叶えてくれる。主に頑張るのがロイドくんであれば何でも。そんなところで良いかな?」
「へ、あ、そうです……ね……」
「そうかそうか。」
さっきまでの殺気やら冷ややかな視線やらが飛び交うピリピリした空気が嘘だったみたいに、意気揚々とトリアイナを組み立てたローゼルは――
「では、勝ってくるとしよう。」
元々妙に上から目線だけど、それでも今までに感じたことのない……雰囲気ににじむくらいの余裕。自分が負けるわけはないとでも言うような……そんな背中を見せながら、ローゼルも闘技場に入っていった。
「――だはぁ……あぁ、お、お願いかぁ……一体何を……」
「……エロロイド。」
「ロイくんのスケベ!」
「ロイドくん……エッチだよ……」
「ロイドも男の子なんだからー。」
「えぇ……」
『こちらの大闘技場、主に生徒会や委員長などの役職についている生徒が試合を行う場所ですが、それ専用という訳ではありません。故に誰が試合を行っても良いのですが――この試合だけはここでやってはいけない気がしている、実況のパールです。』
どうやらこの一番大きな闘技場の実況は毎回パールさんがやるようだ。
「わー、別に生徒会のバトルでもないのに人が多いね。」
「大抵の人が一日一試合だろうから……今のエリルみたいに朝一で暇になる人って多いのかもしれないな。」
「どっかの馬鹿の知り合いのせいで暇な上にへとへとよ。」
「すみません……」
「や、やってはいけない、って……どういう、意味かな……?」
「たぶんあれのせいだよねー。」
アンジュが指差したのは、闘技場の中で腕を組んで立っているパライバ。
『リゲル騎士学校二年、『ディゾルブ』ことパライバ・ゴールド! 会長であるベリル・ゴールドの実の弟ですが、兄とは正反対! 先の二つ名よりも『触手魔人』や『エロ魔王』という通り名の方が有名な生徒! 彼と試合を行ってトラウマを背負った者は少なくないとの噂です!』
「でぃぞ……? どういう意味だ?」
「溶かすという意味だよ、サードニクスくん。」
こういう時に詳しく教えてくれるローゼルさんがいないわけだが、代わりにデルフさんがやってきた。
「デルフさん? えっと……この試合を観に来たんですか?」
「サマーちゃんをけなした男の負ける姿を観に来たのだよ。」
ああ、そういえばそんな事が……というか溶かす? 変な二つ名だな。
「ゴールドくんの弟くんはこの前のコンサートで見せた触手を使って戦う魔法主体のタイプなのだけど、その触手にはひと手間かけてあってね。衣服に触れるとそれを溶かしてしまうのだよ。」
オレのこころの中の疑問に答えてくれるデルフさ――
「服を溶かす!? な、なんですかそれ!」
「言葉通りさ。最終的には裸にされてしまう。」
「えぇ!? そ、そんなの――い、いやいや、そういういやらしいのは闘技場の魔法が防ぐんじゃあ……」
「うーん、そこは難しいところでね。二次的な被害で服が破けるとかは確かに防いでくれるけど、服を溶かす事を目的――いや、戦術としている攻撃を無効化はしないんだよ。」
「せ、戦術? 服を溶かすのがですか?」
「主に悪党が使うけれど、立派なね。例えば、凄く腕の立つ若い女性騎士に囲まれた悪党が、彼女たちの服をはぎ取る事を初めに狙う事は非常に効果的だとは思わないかい? きっと彼女たちは恥ずかしがって動けなくなるからね。」
「それは……そうかもですけど……」
「痛みとは違った方向で動きを鈍らせ、しかも耐性をつけるには特殊な訓練が必要な精神攻撃。欠点は相手の年齢が上であればあるほどに効果が薄れることかな。まぁ……彼の場合は戦術というより欲の意味合いの方が強そうだけどね。」
「それじゃあもしも触手に捕まったらローゼルさんは――そ、そうか、それでパールさんはここでやっちゃいけないって……こんなに人がいる前で……」
「あー、誤解のないように言っておくけど、仮にリシアンサスくんが裸にされても僕らには見えないよ。もちろん『触手魔人』にもね。」
「えぇ?」
「戦術として効果が認められるギリギリのラインでハレンチを防ぐわけだね。具体的に言うと、リシアンサスくんの目には裸の自分が見えるけれど、そのほかの者にはいつも通り制服を着ているように見えるんだよ。もちろん、試合が終わったら溶かされた服は元通りに復元されるから、闘技場の外にも安心して出ていける。」
「?? えっと……それだとあんまり恥ずかしくないような……」
「ふふふ、こればっかりは実際にそうなってみないとわからないだろうけれど……相手には見えていないとはいえ、自分が裸である事は認識してしまうからね。その上こんなにたくさん人がいるという状況、羞恥心はキッチリ働くと思うよ? それに、触手そのもののうねうねした感覚は普通に感じる。」
「なるほどー。あの触手が優等生ちゃんのあんなとこやそんなとこをうねうねして、優等生ちゃんが「いやーん」って叫んじゃうわけだねー。ロイド、想像しちゃダメだよー?」
「ならそんな事言わないでください!」
『そんな最悪の生徒に対するは! 学院内ではもちろんのこと、ランク戦の映像を通して他校にもファンが多いという誰もが認める美女! セイリオス学院一年、『水氷の女神』ことローゼル・リシアンサス!』
パールさんの紹介と共に、ローゼルさんが闘技場に姿を現す。軽く微笑んだ……なんだろう、いつも以上に余裕たっぷりの顔だな、ローゼルさん。
『国王軍にてセラームとして活躍する『シルバーブレット』を父親とする、名門リシアンサス家の一人娘! 手にしたトリアイナから繰り出される名門の技に加え、第七系統の水魔法を駆使した高度な魔法戦も得意としている、期待値抜群の一年生です!』
「すごいなローゼルさん。他校にまで。」
「あんたが言うと嫌味になるわよ、『コンダクター』。」
「えぇ……」
『ちなみに、同様に注目の一年生である『コンダクター』と深い仲にあるとかないとかで多くの男子生徒がモヤモヤしているようです。』
「なんだそりゃ!」
「へー。セイリオスだと割とみんな知ってるけど、他校にはまだ伝わってないんだねー。優等生ちゃんがロイドにベタベタなのってー。」
「でも今の聞いちゃったらローゼルちゃん、他の男が自分に近づかないようにこの場でロイくんにもう一回告白してもおかしくないね。」
「えぇ!?!?」
「確かにやりかねないわね……」
「結構な人気だな。ま、余計にかきたてるだけだろうがな。男の想像力ってのはすげぇんだぜ?」
「? いきなりなんだ?」
「肝心な部分は見えないが、おれさまの攻撃でてめぇがよがり狂う様で十分に、観客はてめぇをおいしくいただけんのさ。良かったなぁ?」
「いや無理だろう。お前の攻撃はわたしに届かないのだから。」
「あぁ?」
セイリオスの闘技場と同じように、本来なら聞こえるはずのない選手二人の会話は設置されている大きなモニターから聞こえてくる。そして画面の中のローゼルさんは……自信に満ちた顔でこう言った。
「断言しよう。わたしはお前の攻撃を一切受けずにお前を倒す。」
ざわつく観客席。エロ魔王と美女の戦いというのは一先ずとして、一年生が二年生相手にそう言ったのだから当然の反応か……
「おやおや、随分とかっこいいことを言うね、リシアンサスくんは。彼はあんなんだけど結構な強者なのだけどね。」
デルフさんが強者と認めている……! あれ、もしかしてオレ、ローゼルさんにものすごい無理難題を……?
「けれど……ふふ、あの自信。そうなる未来が見えているかのような気持ちの良さだね。これは面白いモノが見られるかもしれないね。」
「……馬鹿にしやがってくそ女が……」
「ああ、馬鹿にしているのだ。」
『どのようないきさつかわかりませんが、両者のにらみ合いはヒートアップするばかりです! 残りは戦いで語って頂きましょう! パライバ・ゴールド対ローゼル・リシアンサス、試合開始!』
パキンッ!
開始の合図と共にローゼルさんの足元が……数メートルくらいの範囲で氷づいた。
『開幕速攻! 両者の魔法発動速度は互角のようです!』
「え、両者? オレにはローゼルさんが地面を凍らせたのしか見えないんだけど……」
「ははは、まぁゴールドくんの弟くんの攻撃は姿を見せる前に封じられたからね。今、リシアンサスくんの足元に何らかの土魔法が発動したのだよ。おそらく、彼が得意とする触手だろうね。」
「へー。じゃー優等生ちゃんはいきなりエロシーンになるのを防いだんだねー。」
「エ、エロシーンとか言わないでください……」
「ちなみにロイくんはそういうの好き?」
「えぇ!? い、いやいや――…………――そ、そんなのはまったく!」
「……あんた今想像したわね……?」
「なな、なにをおっしゃいますやらエリルさん! というかさすがですね実況の人! 魔法の事よくわかりましたね!」
「わが校と同じように、こういった場で解説を担当する生徒は基本的に実力者だからね。」
「予想通りの攻撃過ぎてあきれるな。」
「は、ただのあいさつを防御したくらいで調子にのんなよ?」
エリルから冷たい視線が……うわ、なんだあれ……
「う、うねうねしたのが、た、たくさん……生えてきたね……」
「きもちわるっ。ロイくんてばああいうのが好きなの? ボク困っちゃうなぁ。」
「好きじゃないから!」
まずい方向に話が行く中、パライバの背後ににょろにょろと出現した触手が、その外見からはイメージしにくい弾丸のような速度でローゼルさんの方へと放たれる。しかしこの前のようにいつの間にやら出現した氷の壁に防がれ、ついでに防がれた先から触手は凍りついて砕けた。
『おー! 宣言通りに触手を防いだ上に一体どれほどの低温なのか、触手が氷解しました!』
「第五系統の土魔法と第七系統の水魔法を合わせ、泥で出来た自由自在な触手を作り出す。高度な技術だというのにやっている事はひどいものだな。その上第九系統の形状魔法で水の組成を変えた馬鹿な水溶液をまとわせているせいで凍りやすいときているのだからどうしようもない。」
「水溶液?」
「さっき言ったひと手間だね。あの触手には衣服を溶解させる液体がついているのさ。」
「えぇ……で、でもそれができるならそんないやらしいやり方じゃなくて、相手の武器を溶かしたりするような強力なモノにすればいいのに……」
「どうかな。場合によっては、相手の羞恥心を利用する方が強力な攻撃になり得るからね。」
「……なんか嫌ですね……」
「うん、僕もそう思うよ。」
「昨日の凍らしてくる壁か。だがんなの、こいつらから水分を抜いて操りゃあいいだけ。まずはそれ、粉々にしてやるよ。」
『おー、パライバ選手の触手の色が薄くなりました! ちょうど泥が乾いて砂になるような変化です! あっと、加えて先端の形状が変化! 剣や斧などの武器に形を変え――その上表面が金属でコーティングされていく! いやらしい触手が一変、無数の凶器となったー!』
金属のコーティング……金髪のにーちゃんが先生との模擬戦でやってたあれか。
……というかその前に……
「す、水分を抜いたらただの砂というか土というか……泥じゃなくてもあの触手は作れるんですか。」
「泥ゆえの滑らかさだったんだろうけど……そうだね、今は水の力で得ていた自在さを形状の魔法で補っているのだろうね。」
「何よそれ……すご腕なのにつくづくゲスなのね……」
「何秒耐えられるか見ものだな!」
パライバが叫ぶと同時にかすむ触手と、壁からドーム状へと形を変える氷の壁。自身をすっぽり覆う壁と足元の氷によって全方位防御態勢になったローゼルさんの周りで、豪雨のような激しさで金属音が鳴り響く。
もはや先端がどういう形になっているかも視認できないほどの速度で、時に一直線に時にしなって真横から、まともに受けたら細切れにされてしまうような猛攻が繰り出される。しかしローゼルさんの氷は――
「す、すごいよロゼちゃん……あ、あの氷、全然……傷が一つも入らないよ……」
「何よ、今の自分じゃできないとか言っておいて。前とおんなじ氷が出せてるじゃない。」
「すごい硬さだよねー。純水でできた氷だっけー?」
「言葉で表現するならそうだが、自然界には実現困難な魔法ゆえの代物だな。」
突然難しい口調で話に入ってきたのは、闘技場で戦っているパライバと同じ金髪を王子様のような感じにしている、メガネでほっぺに刺青みたいのがある人物。
「おや、ゴールドくん。やっぱり弟くんの試合は気になるのかい?」
ベリル・ゴールド。リゲル騎士学校の生徒会長で、パライバのお兄さんだ。実況のパールさんも言っていたけどこの兄弟は性格が全然違って、あっちが欲望の塊みたいなのに対してゴールドさんは逆に何にも興味がなさそうな顔をしている。
「勝敗が分かり切っている試合に興味はない。弟の負けだ。」
「ほう、それはまたどうして?」
「一度負けた相手に無策で挑んでいるのだ、結果は変わるまい。」
「そうなのかい?」
きっぱりとパライバの負けを宣言したゴールドさんは、興味なさそうな顔で闘技場に立っている弟を眺めた。
「ひいき無しに弟の魔法は強力だ。キリ状であれば厚さ数十センチの鋼鉄を貫く力がある。」
「へぇ、それはすごいね。世にある大抵の盾や鎧を貫通できるのだね。」
「魔法的強化がなければな。武器状にしたあの先端には一点集中の強化魔法もかかっているのだが、見ての通り完封されている。あれが入らないというのなら、弟にあの氷を砕く術はない。」
「それだけリシアンサスくんの氷の壁はすごいのだね。まずさらりと純水による氷を作り出しているところがすごいのだけど、それ以上にあのテクニックだね。サードニクスくんは団員に一体何を教えているんだい?」
生徒会長同士の話に急に引き込まれたオレは、とは言ってもデルフさんが何を疑問に思っているのかもわからないわけで……
「テ、テクニックですか? いや、その……なんのことやらなんですが……」
いつもオレたちには見えないモノを教えてくれるティアナの方を見たが、ふるふると首を振った。ならば魔法的な感覚が鋭いエリルかと思ったが、こっちも「さぁ?」って顔をする。
「えっと……ローゼルさんは何を……何かをしているんですか?」
「学生の域を超えた高度な魔法技術を使っている。」
オレの質問に答えたのはゴールドさん。
「あの氷の壁が持つ二、三十センチほどの厚みの中は、厳密には氷でないモノが詰まっている。」
「えぇ? 一枚の氷の塊じゃないんですか?」
「純粋な氷塊は外側の表面の数センチ程度……いや、状態変化の具合からして境界などないからこの表現はおかしいか……」
「??」
説明の途中で自問自答モードになってしまったゴールドさんを引き継ぎ、デルフさんが口を開く。
「簡単に言えば硬い氷は表面だけで、その内側は……なんというか、水と氷の中間の状態だね。」
「ちゅ、中間?」
溶ける一歩手前の氷……もしくは固まる一歩手前の水? どういう状態だ?
「自然界では存在しえない状態だよ。必ずどちらかに寄るはずのモノを魔法でとどめているのだね。リシアンサスくんは水から氷、氷から水への状態変化が得意だから、まぁ納得といったところだね。ゴールドくんが言ったように、学生の域は軽く超えているけれど。」
「はぁ……それで……その状態にしておくと何かいいことが……?」
「固体としての硬さと液体としての柔らかさを絶妙なバランスで保っているだろうから、その特性は衝撃の吸収にあるだろうね。」
「吸収……威力を殺すって事ですか?」
「そう。ガラス玉を地面に投げつけると割れてしまうけど、ガラス玉よりも遥かに硬度の低いゴム玉を投げつけても割れることないだろう? 壊れない程度の適度な柔らかさっていうのは、時にガチガチの硬さを超える強度を生み出すんだよ。」
「えぇっと……水と氷の中間? のそれがその役割を……?」
「その通り。しかも硬い壁の後ろにバネを設置するような単純構造ではなくて、硬い氷から段々と柔らかな水へ変化させるっていう超精密制御。その衝撃吸収能力は非常に高い。その上あの壁はドーム状だから、受けた衝撃は地面に散らされてしまう。ただでさえ硬い純水の氷の壁の強度を、この仕組みによって何倍にも引き上げているわけだね。」
「――っ、くそっくそっくそっ!! 氷の分際でとっとと砕けろ馬鹿がぁっ!」
何本かずつが束なってより大きな触手、より大きな武器へと変わって猛攻がエスカレートするがまるで効果がない。内側のローゼルさんはのんびりと……何かを待っているように見える。パライバのスタミナ切れでも狙っているのだろうか。
「氷故、たとえ亀裂が入ろうとも瞬時に修復可能。突破するには第四系統の熱などが必要となるだろう。物理的な衝撃では攻略できまい。」
自問自答から帰ってきたゴールドさんは……表情が変わらないからたぶんだけど、ほんの少しだけ興味深そうにローゼルさんを見た。
「自分がこの試合を観に来たのはあの女を見る為。昨日も今も、あまりに高度過ぎる魔法を使いこなしているが……別に魔眼の持ち主というわけでもなさそうだ。あの技術力は一体どこから……」
それはオレも不思議に思っている。アンジュはオレの……吸血鬼の力を持っているオレの何かが影響しているのではないかと予想していたけど……
「……」
ゴールドさんと一緒に難しい顔になりかけていたオレだったが……
「何を難しく考えているんだい? リシアンサスくんの心に変化が生じただけだよ。」
あっさりと、デルフさんが答えを言った。
「きっと、リシアンサスくんは感情で魔法の腕が跳ね上がるタイプなんだね。」
「感情……? え、というかタイプ? 体質って事ですか? ローゼルさんに――えっと、イクシードみたいな特殊な力が……?」
「そんな大げさなものじゃないよ。クォーツさんみたいに魔法に対して人よりも優れた感覚や、負荷への耐性を持つような状態は体質と言えるけど……リシアンサスくんのそれは単なる心の持ちようさ。」
「こころの……? そ、それが魔法に関係あるんですか? 技術がいきなり上がるような……?」
「大ありだよ、サードニクスくん。魔法を使う時、マナの量やそれを変換した魔力の質、発動の技術などは勿論大事だけど、最も大切なモノは何かと言ったら、それはイメージなのだからね。」
イメージ……ああ、そういえばオレが風をうまく回転させられるのは曲芸剣術を通して得た尋常じゃない回転のイメージのおかげ……らしい。
魔法を発動させる場合、その方法はざっくり二つある。火を出すとか風を吹かすとか、割と簡単な現象ならそれをイメージするだけで発動する。対して複雑な効果を持つ魔法を使おうと思ったら呪文がいる。
要するに算数みたいなモノで、簡単な足し算引き算程度で答えが導けるモノなら見ただけで答えが出るけど、複雑な計算式を使わないと答えが出ないモノに対してはしっかりと計算しなければいけなくなる。その「パッとわかる」のと「頭を使う」のの差が、「イメージでできる」のと「呪文を唱える」のの差なのだ――と、前に先生が言っていた。
とは言え、難しい計算を行う魔法も、最終的にどういう現象を起こそうとしているかが頭の中にないと何も起きない。
「どれだけハッキリと世界を歪ませるイメージを持てるか。これが魔法という技術の根っこなんだ。残念ながら、「魔法を使ってるんだから世界が歪んで不思議な事が起きるのは当然」っていう逆のイメージで魔法を使っている人が多いけどね。」
やれやれという顔をするデルフさんに対し、ゴールドさんはあごに手をあてて難しい顔をする。
「確かに魔法はイメージが結果に大きく影響を及ぼすが……それと感情に関係があるか?」
「そりゃあそうだよ。イメージは頭の中のモノで、感情もそこから生まれるんだからね。」
「そういうものか?」
当然だろう? という顔のデルフさんといまいち納得できていないゴールドさん。たぶん、デルフさんは感覚で、ゴールドさんは理屈で魔法を使うタイプ……なのだろう。
んまぁ、そもそも見るからにそんな感じだし。
「誰の頭の中にも知識や経験から来る「常識」というモノがあって、それは無意識に魔法の可能性を――イメージを制限してしまっている。けれど今の彼女は高ぶる感情によってその「常識」に一時的にフタをしているわけだね。」
「高ぶる? あの女からそんな感情の乱れは感じられないが……」
「ふふふ、ゴールドくんにはこれまで縁が無かっただろう感情だから、感じ取れないのは無理もないかな?」
「なに?」
「愛だよ、ゴールドくん。」
「ぶっ!」
思わず何かが口から出た。
「愛ゆえに、今のリシアンサスくんは思っている――いや、確信しているのだよ。「今の自分であれば何でもできる」とね。きっとこの試合に勝利したらとても嬉しい何かが待っているのだろうね。」
「それ故に自然界ではありえないような状態を魔法で維持できていると? 理解できんな……」
「理解は必要ないさ、心で感じるのだよ。そうだろう、サードニクスくん。」
「ソ、ソウデスカネ……」
「だいたいゴールドくんも遂に誰かを好きになったのだろう? もう中日なわけだし、そろそろオニキスくんを見つけないとね。意中の人には早めに思いを伝えなくては。そうだろう、サードニクスくん。」
「ソ、ソウデスカネ……」
「ロロ・オニキス……不思議な事に未だ手がかりの欠片も得られずにいる。まるで幻だったかのようだ。」
あぁ……そっちはあんまり考えないようにしていたのに!
「おや、あきらめるのかい?」
「……」
難しい顔で何かを考えるゴールドさんは、ちらちらとオレを見ながら楽しそうな顔のデルフさんの方に……ふと、何かを決心した――ように見える顔を向けた。
「こういうのはどうだ。自分で見つけてこそとお前は言ったが、最終的に見つけられないのでは話にならん。過程の美しさを語るには結果が必要なのだからな。故にお前と約束している勝負に情報を賭けたい。」
「おぉ?」
「自分が勝利したらロロ・オニキスの居場所を言え。お前が勝ったら……そうだな、自分が答えを知っている事であれば何でも答えよう。どうだ?」
「これはまた……ふふふ、ゴールドくんらしくない提案だね。やはり恋は人を変えるらしい。そうだろう、サードニクスくん。」
「ソ、ソウデスカネ……」
「しかし面白いね。場合によっては今話した愛の力によってリシアンサスくんのように覚醒するゴールドくんが見られるかもしれないわけだ。」
「かもしれんな。」
「いいだろう。その勝負、受けるよ。すぐには思いつかないけれど、リゲルの生徒会長に何でも一つ質問できるというのは大いに魅力だ。」
一層楽しそうに笑うデルフさんと表情の変わらないゴールドさんがガシッと握手する。
「この試合が終了したら勝負といこう。構わないか?」
「いいとも。久しぶりに楽しい戦いになりそうだね。」
何やら賭け付きの試合を約束した二校の生徒会長――というかデルフさんには勝ってもらわないと困る……! 色々と大変な事になりそ――
「くそ女がぁぁぁっ!!」
――と、いやいや、それはあとで考えるとして、今はローゼルさんの試合だ!
「いつまで閉じこもってるつもりだこらぁっ!!」
「機を待つという事を知らないのか、お前は。」
と言ってもちょっと前と光景は変わっていない。完全防御を前に触手攻撃はことごとく防がれ、パライバが一人で疲れていっている。やはりローゼルさんはスタミナ切れを狙っているのか?
「――っ、調子に乗りやがって!」
パライバがバッと両腕を横に広げる。するとそれぞれが猛攻を続けていた触手が広げた腕にならうように……きれいに隊列を組んだ。そして一本一本がキリ状に変化していく。
「くたばれぇぇっ!」
寸分たがわぬ一斉攻撃。無数の触手が槍の壁となってローゼルさんに放たれ――
「そう、こういうのを待っていた。」
瞬間、ローゼルさんを包んでいた氷のドームが形を変える。朝の鍛錬でエリルのガントレットを受け流す時なんかによく作る、反りを持った壁。真上から見たらとんがった山のように見えるのだろう、攻撃を左右にそらすような形になった氷の壁に槍の壁がぶつかった。
「『アイスブレット』。」
偉い人が群集の真ん中を歩く時みたいに綺麗に左右に受け流された槍の壁。その左右への分かれ目から槍の壁の根本に立つパライバへと一直線に何かが走った。
「父さん直伝の銃弾の如き一刺し。なかなか上手だろう?」
そう言ったローゼルさんはまるでビリヤードのようにトリアイナを構えていて、その三又を覆っていた氷の刃は細長い一本の槍となっていて――
「て……め……」
――十メートル以上離れているパライバの腹部を貫き、さらに先、パライバの後方にある闘技場の壁に突き刺さっていた。
長さで言えば数十メートルといったところか。自重で折れてしまうのではないかと思うくらいに細い一本の氷の槍はローゼルさんがくいっとトリアイナを引くと超速で縮み、いつもの三又の刃に戻った。
『こ、これはすごい! 『ディゾルブ』の放った触手の一斉攻撃を真っ二つにそらし! 開いた隙間を狙っての遠距離からの超速の槍の一突き! 槍使いでありながら、弾丸のような速度で伸び縮みする槍を使うという事から『シルバーブレット』の二つ名を持つ父親と同じ技! 鉄壁の守りの中、『水氷の女神』はこの一撃を狙っていたー!』
「愚かなことだ。コンマ数秒の遅れもない一斉攻撃、あの面攻撃であれば壁を崩せると踏んだのだろうが、自身を守るための触手を残さずに放つなど狙えと言っているようなものだ。」
相変わらず弟に厳しいゴールドさん。
しかしなるほど。複数の触手が乱れうちされていたさっきまでの状態だと防御される可能性があるけど、今みたいな攻撃をしてくれればこっちの一撃を通すことができる。
要するに、オレで例えるなら回転剣を全部相手に飛ばしたせいで自分自身を守る剣がなくなったって感じだな。
「うわぁ、ローゼルちゃんってば容赦ないね。お腹貫通してたよ、さっきの。」
「闘技場の中なら血は出ないし致命傷になる事はないけどねー。外でやってたらあの『触手魔人』死んでたんじゃないのー。」
「……どっちにしろ相当痛いわよ、あれ……」
「ロゼちゃんは……け、結構怒ると怖い……からね……」
「……っつ……ああ……」
辛うじて数本の触手を維持しながら、しかし腹部を抑えながらふらふらに、パライバはローゼルさんを睨みつけた。ちなみにローゼルさんは元の完全防御状態に戻っている。
「やってくれたなくそ女……!」
「いつものわたしであれば降参を勧めるところだが……徹底的に教え込むと言ったからな。お前のそれは認めないからそのつもりで。」
「ったりめぇだ! ナメんのもいい加減にしろよてめぇっ!!」
いよいよ怒りがマックスになったっぽいパライバがあいている腕を振ると残っていた触手が土にかえり、その背後の地面がゴゴゴと隆起し始めた。
「フルパワーでぶっ潰してやらぁっ!!」
「ようやく効果のありそうな魔法にしたか。普段の技が通用しないと気付くのが遅い上に、そうであってもあの壁は壊せない。感情に任せるままで相手の力量を測れないとあってはいつまで経っても愚弟だな。」
仲が悪いというよりは兄って理由で擁護しないってところかしら。淡々と事実だけをしゃべる、あんまり仲良くなれなさそうなリゲルの会長。だけどだからこそこいつの言うことは信頼できる……とも言える。だからたぶん、この試合に勝つのはローゼル。
ま。ロイドとあんな約束したら……下手すれば十二騎士にも勝っちゃいそうな勢いだし。
ま、まったく……人の恋人と……
「大地よ、その母なる腕をかしたまえ!」
今のところ宣言通りに無傷のローゼルと結構な深手のゲス男。リゲルの会長でなくたって勝敗が見えてくるこの場面。ここにきて本気で怒ったらしいゲス男が小難しい言葉――呪文を唱え始めた。
「形なき欲望に重さを与え、想像の檻から解き放ちたまえ! 立ち上がれ――『エメト』っ!」
若干聞き覚えがあるけどちょっと違う呪文を唱えたゲス男の背後、隆起した地面はざざざと形を変えていく。今の呪文はパムが得意とする第五系統の土魔法、ゴーレムの――
「――は……? まさか……」
『あ、あーっとこれはー! 年頃の若者しかいないこの場において刺激の強すぎるゴーレムの出現です!』
モデル……っていうか……えっと、見たことないからあたしのイメージだけど……男子が買いそうなエ、エッチな写真集から抜け出たみたいな、そんな感じのグラマラスな女性。ゲス男の背後に出現したゴーレムの形はそんな色っぽいっていうかエロい女の人の――上半身の裸だった。
『あまりに精密な女性の裸体――に金属のコーティングがなされていきます! 長い髪をなびかせる白銀の巨大な美女! 下半身まで造形されていたら着色されていなくとも間違いなく十八禁! 観客席の生徒が目のやり場に困っています!』
「えぇ、すごいな。パム以外にもああいうゴーレムを作れる人がいるのか……」
「ロイくんてばやらしーんだから! 何じーっと見てるの!?」
「えぇ!? い、いや、そうかもですけどあのゴーレムっていうか――ほ、ほら! ローゼルさんの活躍を――」
「ロ、ロイドくんのエッチ……」
「どうすれば!」
ゲス男が動かしてるはずだけど、まるで意志があるみたいに滑らかに動いて見た目以上にさらさらしてるらしい髪をかき上げる銀色女ゴーレム。ロイドはリリーに目隠しされるし、他の男子の観客もキョロキョロしたり横目で見たりとそわそわした感じになってる。でも……形はともかく、相当難しい事のはずなのよね、あれ。
社会科見学の時にパムが使った金属で覆われたゴーレムについてちょっと調べたんだけど、あれはかなりの高等技術だって事がわかった。
岩とか泥とか砂とか、そういうのの集まりだけなら問題ないけどそれを金属で覆ったら……氷で固められるのと同じ感じで、ゴーレムは動けなくなる。攻撃力や防御力アップの為にそうしてるわけだから覆う金属は硬くないといけないけど、例えば関節の部分だけ覆わないとか、そこだけ液状の金属で覆うとかにしちゃったら……そこを狙われて折角のパワーアップの意味がなくなる。
硬い金属で覆いながらも動くようにする方法は一つ、関節の部分の金属の量とか位置を常に調節するしかない。動きに合わせて金属をコントロールしないといけない上に、大抵一か所の関節を動かしただけじゃ何もできないから……どうしても、同時に大量の箇所に対して精密な魔法制御を行わなければならない。
そんな高等技術で髪の毛の動きまで再現するんだから、本当に魔法の腕だけはすごいわ、あのゲス男。ゲスだけど。
「でもさー、ゴーレム作るのはいーけどあんなん作っちゃってドン引きだよねー。」
こういう……っていうかその……や、やらしい話題にはニンマリ顔で割とノリノリのアンジュでも嫌そうな顔になったんだけど、意外なことに会長が「いやいや」と首を横に振った。
「弁護するつもりはないけれど、あれほど緻密な形にしようと思ったら作れる形は限られるからね。自然と一番イメージしやすい形になるのは仕方がないね。」
「一番イメージしやすいのがあれってことなんでしょー? やっぱり『エロ魔王』だねー。」
「ふふふ。彼に限らず、思春期の男子が最もイメージしやすい人型となると、残念ながらそれはマッチョな男性ではなくグラマラスな女性になると思うよ?」
「そうなのロイくん!」
「えぇ!? い、いやそれは――あ、あれ!? そういえばあ、ああいうハレンチなのは見えないようになるはずではデルフさん!」
「ふふふ、さすがにゴーレムに対してまでは闘技場の魔法は働かないよ。攻撃魔法が見えなくなっちゃったら困るからね。言ってしまえば穴をつかれた感じかな?」
「しかし動揺しているのが観客だけなのではあの形に意味はない。ゴーレムに技ではなくパワーを求めるのなら形状の緻密さは必要ないからな。」
「まぁそうだね。でもどうして上半身だけなのだろうね。彼なら全身に対する完璧なイメージを持っていそうだけれど。」
「魔法技術が足りていないだけだ。」
「最後までブレないな。ここまでくると感心だ。」
「欲望の塊だってか? いい子ぶんなよ、どいつもこいつも! 強さの原動力にふたする馬鹿がどこにいんだよ!」
ゲス男の表情がキレた男のそれになるのを合図に、銀色女ゴーレムはぐぐっと拳を引いた。
……細かい事にその動きできちんと胸が揺れるんだからバカバカしいわね……
「欲望って言葉におすましちゃんのいい子ちゃんは嫌な顔をしやがるが、誰かを守りたいだの、国に尽くしたいだの、目標やら理想やら言うそれは結局、そいつの欲だろうが!」
「否定はしない。しかし普通はそこに理性を加えて騎士を名乗るはずだ。昔から、騎士とは誇り高い戦士なのだから。それが欠けていたら嫌な顔にもなるだろう。まるで悪党だ。」
「は! ならここで白黒つけようぜ? おれさまの欲望とてめぇの理性でなぁ!」
たぶん鈍感ロイドにもわかるくらいの強力な強化魔法が銀色女ゴーレムの拳にかかる。
さっきリゲルの会長がさらっと言ってた「一点集中の強化魔法」っていうのは、アレキサンダーが得意としてる……要するに、すごく短い時間やすごく狭い範囲に強化を限定する事で威力を文字通り集中させる技術。たぶん、それがあの拳にかかったんだわ。
「あの大きさと重さに硬さと強化魔法。これはもしかするとリシアンサスくんの氷も……」
「さっき言っただろう。弟にあの氷は砕けない。」
「どうしてわかるんだい?」
「弟の魔法のレベルを理解している自分が、防ぐという事に関して人よりも一歩前にいるからだ。」
! 難しい言い回ししたけど……そうだったわ。このリゲルの会長は『エンドブロック』って呼ばれるリゲル最強の生徒。見えない空気の壁であらゆる攻撃を防いで止めるってことらしいから……きっと、ローゼルの氷を盾として高く評価してるんだわ……
「……一応訂正しておくが……」
「行くぞくそ女ぁ! 床のシミに――」
ゲス男が大きく腕を振り、それに合わせて銀色女ゴーレムが拳を振り下ろす……そう――なるはずだったんだろうけど……
「がぼがっ!?」
ゲス男の動きが止まった。
「今のわたしはお前が言うところの欲望の塊だ。お前をぶちのめしたいという怒りとこの先に待っている幸福への期待感でここにいるのだからな。言っただろう、別に欲望を否定はしないと。」
ゲス男はのどをおさえてゲホゲホ言いながらジタバタする。
「さっきわたしが言いたかったのは、ここぞという時の為に欲望をコントロールするべきだという話……ああいや、耳に入らないか。」
「ばがっ! で、でべぇ――ばごっ、ば、ばびしやがった!!」
「お前はそこそこに第七系統が使えるらしいから、きっとその顔に水の塊をぶつけてもすぐに取り除いてしまうのだろう。だから一工夫しただけだ。さっき、お前に穴をあけた時に。」
「ばぁっ!?」
「どうだ? 身体の中から溺れる感覚は。」
「ほう、考えたな。第七系統の使い手には水で相手の顔を覆って窒息させるという技を使う者がいるが、相手に心得がある場合は簡単に破られてしまう。その点、内側からであれば気付いた時にはもう呼吸できない上に、体内であるために取り除くべき水が視認できない。自分で生み出した水ならともかく、他人が作った水を、しかも見ることなく操るというのは難しい。」
「う、内側? え、じゃあローゼルさんはさっき氷で刺した時に……相手の身体の中に水を……?」
「仕掛けたのだろうな。そしてあの女は状態変化が得意なのだろう? とくればこの先は――」
「が!?!? あが、ば……」
ゲス男の暴れ方が変わった……っていうか暴れなくなった。ジタバタさせてた両手両脚は、代わりにふるふる震え始める。
「ついでにこっちも感想を聞いておきたいな……どうだ? 中から凍っていく感覚は。」
『な、なんと恐ろしい技でしょう! 先ほどの一突きの際に『ディゾルブ』の体内に仕掛けた水を操って呼吸を奪い! そして内部から凍らせていっています!』
「ああ……ば……」
学生の試合とは思えないくらいに本当に死にそうな顔をして、息苦しさと寒さに震えるゲス男は、ついにその動きを止め――
ドカァンッ!!
「ふぅ、ようやくスッキリした。」
闘技場の空気があまりに恐ろしい技に冷えてきたその時、見た目じゃわからないけどカチコチに凍ってるだろうゲス男の顔面に、先端の氷の刃をごつごつした岩の塊みたいな形にしたトリアイナで至近距離から全力で突き飛ばしたローゼルは、ふっとんで壁に激突したゲス男に背を向けて晴れやかに笑った。
そうなるようにふっとばしたのかはわからないけど、頭を下にして壁にもたれかかるゲス男は白目で気絶してて、その口からはまるでよだれみたいに水がドバドバと出てきた。
『これは――パライバ・ゴールド戦闘不能! 終わってみれば完全試合! 宣言通りの無傷! 『触手魔人』の暴挙に女神の鉄槌と言ったところでしょうか! 勝者、ローゼル・リシアンサス!!』
変態なところに目をつむれば凄腕の使い手だったゲス男相手に無傷で勝利したローゼルは、歓声――主に女子生徒の拍手に包まれた。やっぱり嫌われ者なのね、あのゲス男……あれ?
『あー……おや? 『水氷の女神』、何やら咳払いをしています。勝利者演説でしょうか。』
そのまま闘技場から出るのかと思ってたら、何故かいつもの偉そうなポーズで一人、ローゼルはしゃべり始めた。
「あーあー、わたしの声は届いているだろうか。えー……試合とは関係ないのだが、個人的に気になった事があったので一つ言っておこうと思う。試合の前に実況の方が言っていた、多くの男子生徒がモヤモヤしている、という件についてだ。」
は!? あのバカまさか――!!
「わたしは、わたしの容姿が男性にとって魅力的であるという事をわかっているつもりだ。周りの、特に男子の反応や女神という二つ名をいただいている事からして、そこは間違いないのだろう。」
「いつもの優等生ちゃんなら「わたしは美人だからな!」って言うのにねー。口調はいつものだけど微妙に優等生モードなんだねー。」
「段々といつでも素になってる気がするよね、ローゼルちゃん。でもってやっぱりやるんだね。」
「え……あの、ローゼルさんはまさか本当に……?」
わなわなとふるえ始めるロイド……
「本来なら人の、異性からの好意というのは嬉しいものだ。しかし残念ながら、わたしには想い人がいるのだ。」
一気にざわつく観客席。男子も女子も、色んな風に興味津々な顔をローゼルに向ける。
『これは! 実は交流祭の歴史上数名いたのですが――ここにも一人! この大勢の前で想いを告げる猛者の登場です! しかもその相手をほぼ確定的に全員が知っているだろうこの状況! 更なる追い打ち、トドメの一撃をいれにいくのは初めてではないでしょうか!』
「ふふ、今実況の方が言ったように既に噂になっているらしいから、いっそハッキリさせるべきだろうと、今後を思って話すことにしたのだ。モヤモヤしているという男子生徒はここでそのモヤモヤが消えるだろう。」
一拍おいて、ローゼルは……にっこり笑ってこう言った。
「わたしの想い人は、『コンダクター』ことロイド・サードニクスだ。」
ロイドの名前が出ると同時に、試合が終わった時以上の歓声が巻き起こった。闘技場の隅っこで未だに倒れたままのゲス男は、もはや誰の眼中にもないらしい。
っていうか……
「こ、こんな大勢の前で何言ってんのよあいつは!」
「まー、これでローゼルちゃんに言い寄ってくる男子は減るだろうから、その辺が狙いなんじゃないかな。あとで「美人はつらいなぁ、まったく」とか言いそうだよね……」
「わたしは彼が好きだ。それ以上の言葉を積み重ねても足らないほどに。だからわたしに花束やプレゼントと共に愛の言葉を送られても、正直困ってしまう。わたしは、わたしを彼にのみ捧げるつもりだから。」
「ああぁぁあ……」
大歓声の中、虫の息みたいな悲鳴が隣から聞こえてくる。顔を真っ赤にしたり青くしたり白くしたりと忙しい想い人ことロイドは、頭を抱えてうなだれた。ロイドをロイドと知ってる周りの観客からの視線もグサグサ刺さってる。
『あれが女神を虜にした男か。』
『そんなにイケメンには見えないけど……わかんないものね。』
『つーかセイリオスとリゲルの会長と一緒にいんぞ!? やっぱただ者じゃねーんだ……』
『さ、捧げるってそういうことかしら……? 噂通り『コンダクター』って夜はオオカミなのね……』
「ロイくんがオオカミだったら苦労しないよ。」
「リ、リリーちゃん……火に油を注がないで……」
「そして――どちらかと言うとこちらを伝えておきたかったのだが……わたしの心を奪ったロイド・サードニクスという人物は非常に魅力的な人だから、きっとわたしと同じように惹かれてしまう女子生徒がいることだろう。その人たちに……言っておきたい。」
トリアイナの、刃とは逆の方を地面に突き立てて腰に手を置き……ローゼルはまるで臨戦態勢って感じのポーズでキリッとこう言った。
「彼を狙うという事は、わたしと戦うという事だ。」
気持ちは嬉しいし、そもそも優柔不断にキッパリと断れないオレが悪いというか――いや、ちゃんと断った気もするんだけどそれでも諦めないと言って色々ぶつけてくるのがすごいというかなんというか……
ともかく、女神と称されるくらいのローゼルさんがあんな事を言うと、オレは鋭い視線にくし刺しにされるのだ。こうしてローゼルさんを出口で待っている間も。
「やぁやぁわたしの想い人。試合は観ていたな?」
晴れ晴れとしたスッキリ顔で出てきたローゼルさん。
「ロ、ローゼルさん……どどど、どうしてあんな事を……」
「美女とお近づきになりたいと寄ってくる男を突き放し、わたしの恋人に近づく悪い虫を追い払うためだ。」
「誰が誰の恋人よ!」
「おや失礼、今の恋人エリルくん。未来の妻たるローゼルさんは、夫を守る為の準備を怠らないのだ。」
「ロ、ロゼちゃん……な、なんかいつもより……す、すごい、ね……」
「ふふふ、だって見ただろう、わたしの魔法を。昨日のわたしが作った氷、その理由をはっきりと理解した。そうだそうなのだ、わたしはロイドくんの愛があれば何でもできるのだ。どこかの吸血鬼のようだが、なんとも心地よい感覚だ……ああ、素晴らしい。」
「ふふ、愛の力は偉大だね。」
「心一つであれほどの力が出るとは……」
ハイテンションなローゼルにいつも通りの微笑みを向けたのはうちの会長。その隣には置物みたいな無表情さのリゲルの会長。
「誰にでも可能性はあるけれど、出会いがなければ成立しない力。実に得難いね。サードニクスくんはきちんと責任を取るのだよ?」
「デルフさん!?」
「ふふふ。」
冗談交じりの真面目な顔で笑う会長に対し、わたわたするロイドは……最近よく使う、無理やりな話題転換をした。
「そ、そうだ! いやーパライバ――さん、はその……アレですけど魔法がすごかったですね! パムみたいなゴーレムでしたよ!」
「パム……? ああ、国王軍のゴーレム使いか。いや、弟のあれは正確にはゴーレムと呼べない代物だ。」
ロイドの適当な相づちみたいな話題に無表情で答えるリゲルの会長。
「真にゴーレム使いであれば第五系統だけで形を保てる。得意な系統でもないというのに中途半端な修行でとどめるから、第九系統で補強する始末なのだ。」
「えぇ? えっと……あれ? パライバ――さんの得意な系統って第五系統の土魔法なのでは……」
「違う。弟の得意な系統は第九系統の形状の魔法だ。」
「えぇ!?」
「そう驚く事ではない。割合としては少数派だが、そういう使い方をする騎士はいる。」
「そういう……?」
「つまりねサードニクスくん。得意な系統をメインに置く人と、他の系統の補助に使う人の二パターンがあるんだよ。」
「へぇ……あの、今更ですけどパライバ――さんって……えぇっと、土と水と強化と形状――の四つを同時に使えるんですよね……? これって相当すごいことじゃ……」
「うん、相当すごい事だよ。僕なんて二系統がやっとだもの。その内ポリアンサさんのようになるかもね。」
複数の系統を同時に使う。実はエリルなんかは炎を制御する過程で風の魔法を使っていたりするのだが……デルフさんでも二系統が限界というのなら、たぶん普通はその辺がマックスなのだろう。それを四つも……
割と勢いで言ったから厳しすぎたような気がした条件をあっさりとクリアしたローゼルさんだったけど……果たしてオレだったら、あの触手の猛攻に対応できただろうか……
「さてゴールドくん。後輩の素晴らしい魔法を見たところで、僕たちもやろうか。」
「願ってもいないが……どうした、いつもより好戦的な顔になっているな、デルフ。」
「ふふふ。賭けというのもたまにはいいね。知らずと熱くなる。」
「お前が欲しがる情報を自分が持っていると?」
「割とあるかな。」
にんまりと笑うデルフさんと相変わらず無表情のゴールドさんは、来た道を戻って闘技場の中へと入っていった。これは見逃せないしあ――
「ロイドくん。」
「うひゃ!」
むぎゅっと沈み込むオレの腕。ローゼルさんがニコニコ笑顔でオレの顔を覗き込む。
「試合はしっかりと観ていただろう? わたしは無傷だし一度も触れられていないぞ? 条件は達成という事でよいのだろう?」
「そ、そうですね!」
「うむうむ。それはそれとして、団長のスパルタな指導に耐えたわたしに一先ず勝利の口づけが欲しいところだ。」
「えぇ!?」
未だ遠めにオレを見てひそひそ話している生徒がいるというのに!
「いい加減にしなさいよエロ女神!」
「おっと。」
エリルの全力パンチをするりとかわすローゼルさん。晴れやかな笑顔となびく濃い青色の髪が美し――い、いやいやいや……
「まぁいいさ。これでロイドくんは……ふふふ、わたしのお願いを一つ聞いてくれるのだ。あぁ、週末のデートが楽しみだ。」
ものすごいウキウキ顔のローゼルさん……
「ロイくん、僕も次の試合頑張るよ?」
「あたしも強い人と戦ってみようかなー。」
「あ、あたしもロゼちゃんみたいに……あ、愛の……魔法……使ってみたい、なぁ……」
「あたり前にローゼルと同じ事しようとしてんじゃないわよ!」
いつもの感じになるみんな……
しかしこれが「いつも」なのがこの、今も突き刺さる男子からの視線の理由なのだろう……そうだよなぁ……オレはもっとこう……ちゃんとなのかどうなのか、とりあえず何かをするべきのような気がするんだよなぁ……
うぅ、こういう時なにかとプリオルが頭に浮かぶけど、あれは女性との出会いを楽しんでいるって言っていたし……フィリウスもそっちのタイプだし……こういう事を相談できる人はいないものだろうか……
答えじゃなくても、ハッとするような何かがわかれば……
「いい感じにふっとばしてくれたな、あんた。」
本格的に悩み始めたオレの前にそう言って現れたのは、どこかローゼルさんのスッキリ顔に近い表情をしたラクスさんだった。
「ローゼルって言ったか? いやぁ、俺もあいつには腹が立っててな。スカッとしたぜ。」
「……それはどうも。」
文字通りスカッとした笑顔でお礼を言うラクスさん。デルフさんと同じで、サマーちゃんの件で怒っていたからなぁ。
「しかしあれだな。スッキリしたとこで『コンダクター』と勝負をと思ったらそっちの会長とリゲルの会長が試合始めるんだろ? 観ないわけにはいかないよなぁ、やれやれ。」
「あー、まーたラクスくんが女の子口説いてる。」
ラクスさんの背後からひょっこりと顔を出したのは――うわ、サマーちゃんだ! デルフさん、もうあと数分ここにいればよかったのに……!
「でもあたしの為に怒ってくれてたんだよね。うれしーな。」
「まぁ……な。」
「えへへ。」
アイドルと荷物持ちという関係だった二人は、サマーちゃんがそそそっと近づくことで傍から見ると恋人のように見えなくもない。随分となかよ――
「何をしているのですかお二人とも! 折角の好カード、良い席がなくなってしまいますわ!」
続けて登場したのはカペラ女学園の生徒会長、ポリアンサさん。
「『神速』の速度と『エンドブロック』の盾がどのように――あら、『コンダクター』……と『水氷の女神』ですわね? わたくし、女性はもう少しおしとやかに想いを告げるべきだと思いますわよ?」
ローゼルさんのこ、告白――に注意しながら、ラクスさんとサマーちゃんの肩に手を置いてグイッと二人を離すポリアンサさん。
「んん? いい席で見たいなら先に行ってれば良かったろう。」
「い、いえ! 会長として――交流祭初参加のお二人にはしっかりと観て欲しいのです……! なな、なんならわたくしが横で解説をいれても良いですわよ?」
「ちょっとラクス! 試合見るんでしょ!? 早く来なさいよバカ!」
更に登場するは……名前は知らないけどこの前ラクスさんといっしょにいた赤い髪の女の子。ちょっと離れたところからラクスさんを呼んで……あれ? 他にも女の子が何人かラクスさんを待っているような……
……んん? なんだろう、この感じというか雰囲気は……なんだか既視感が……
「よし、『コンダクター』。この会長同士のバトルが終わったら俺とお前の番だぜ?」
「え、あ、はい。」
呼ばれるまま、サマーちゃんとポリアンサさんを連れて他の女の子と合流するラクスさんはぱっと見モテモテの……い、いや考えすぎだろう……だって女子校なわけだし、どうしたってああいう風にな――
「うわー、ロイド二号だねー。」
「何言ってるの? ロイくんの方が百倍かっこいいよ。」
「ほ、他にもいる……んだね……ロイドくんみたいな……人……」
「ほほう。みんな、あっちに惹かれたのならあっちに行っても構わないぞ?」
「……女子校に入れられなくて良かったわね、ロイド。」
ああ……どうやら考えすぎではないらしい。鈍いとみんなから言われるオレがなんとなくそう思い、みんながそうだと言うのだから間違いない。つまりラクスさんもオレと同じ……そ、その……たた、たくさんの女の子にこここ、好意を寄せられている――的な男子……なのだ。
「桁違いに強い生徒会長にアイドル、それと遠目ではあったが貴族や名門騎士の集まりで見た事のある顔があったな。メンバーも良い勝負かもしれん。」
「ロイくんの時点でこっちの圧勝だよ!」
「それにこっちには王族がいるし、ここにはいないけど女王もいるしねー。」
「あ、あっちにも……今はいない人とか、いるかも……」
「バカなこと比べてんじゃないわよ……だ、だいたいロイドはあたしの……」
これは運命か何かだろうか。どうしようかと思った時にどうするべきかを知っていそうな人が目の前に現れるなんて……
「……よし……オレ、頑張るよ。」
「……な、あんたこれ以上増やす気!?」
「そっちじゃないわ!」
田舎者の青年が自分と似た立場にいる青年に可能性を見出していた頃、フェルブランド王国のとある場所、知る者しか入ることができない特殊な魔法が施された領域、その中にある無機質な建物の中でフードの人物は武装した集団に囲まれていた。
『随分な歓迎だな、御同業。』
「貴様らのような極悪人の集まりと一緒にするな『紅い蛇』。」
取り囲む集団のリーダー格の男は鋭い視線と共にフードの人物に敵意を向け、それに反応するように周囲の者も武器を構えなおす。しかしフードの人物はやれやれと肩を落とすだけで緊張感の欠片もない。
『やはりこういう時は上の人間と話すべきか。すまないな。』
とフードの人物が呟くと取り囲んでいた集団一人一人にバチンと電気が走り、リーダー格も含めて全員がその場に倒れた。
羽織っているローブを引きずらせながら、フードの人物は足音も立てずにスゥーッと歩いていき、やがてその建物で一番高いところにある部屋にやってきた。
『邪魔する。』
魔法的に、科学的に、厳重なロックがかけてあったはずのその扉を何事もなく開いて入ってきたフードの人物に対し、中でポツンと椅子に座っていた一人の男は驚く代わりに大きくため息をついた。
「随分な訪問であるな、悪党。」
『正面からなら扉を蹴破り、でなければ壁や天井に穴をあけて入るのが悪党というものだ。お褒めの言葉、どうもありがとう。』
「下の警備をしていた者が言ったが、我々とそちらは違うモノである。この状況は悪党が民家に押し入ったのに近い。お引き取り願うところであるが?」
『そちらとこちらの違いは理解しているが、一般的に正義とされる騎士からすればどちらも悪だ。』
「故に御同業と?」
『なんだ、聞いていたのか。』
「見ていた。」
『そうか。まぁつまり、この国でくすぶり続ける消えそうな火に燃料をくべて一つ、大きな火事を起こそうという話だ。』
「なぜ?」
『正直に言うとそちらは怒るからな。建前を言おう――なに、同業のよしみで気まぐれに助力してやろうと思った――だそうだ。』
「バカバカしい……だが…………それを我々に?」
椅子に座った男は、特に何も取り出してはいないフードの人物の腹の辺りを指差した。
『話が早くて助かる。一人で欲張るとその者は死ぬからミキサーにでもかけて一口二口程度で飲みまわすといい。』
「あの人喰らいじゃあるまいし、そんなモノを食べるわけがないであろう。」
『良薬は口に苦し、だ。今や騎士の注意はいわゆる『紅い蛇』に向いている。そう、そちらはまるで眼中にない。』
「むしろ好機である。」
『それはよかった。ならばその好機、この力で確実なモノにするといい。お代はいらない。』
すっと屈んだフードの人物が姿勢を戻すと、その足元にはガラスの容器が並んでいた。まるで狂気の研究者の実験室のように、容器の中の液体に浮いているモノは眼球や心臓などの臓器だった。
「……その昔、最凶最悪の悪党がばらまき、多くの悪党が奪い合ったという暴力の塊――ツァラトゥストラ。未だ受け継ぐモノがいたのだな。」
『もういない。そちらが受け継がない限りは。』
「モノが良かろうと何を企んでいるかわからぬ状態では受け取れるわけが――」
「それ、いただきましょう。」
フードの人物と座っている男以外の声が部屋に響いた。
『ひっそりと登場するのも悪党であるから、そちらはなかなかできるようで。』
「ふふ、悪党を名乗った覚えはないわよ。」
暗がりから顔を出したのは一人の老婆。腰の曲がった、絵に描いたような老体ではあるのだが、その雰囲気は縁側で日を浴びるような穏やかなモノではなく、一歩後退してしまいそうな黒いモノだった。
「よろしいのですか?」
「どのような企みがあろうと関係ないわ。それをいかに利用できるかが、変革する者に問われる資質。『紅い蛇』如きでつまづくようではいけないわ。」
「……貴女がそういうのであれば。よろしい、それらは我々が頂戴する。」
『是非に。』
仕事を終え、くるりと向きを変えて出口に向かおうとしたフードの人物は、ふと立ち止まって老婆の方を見た。
『話には聞いていたが、テロ組織のリーダーが貴女のような者とは。』
「その呼称は好きではないわ。新政府や革命者、もしくは名前を使って欲しいわね。」
『なるほど。こちらには名前がないからどう呼ばれても文句は言えないが、そちらにはあるのだったな。訂正しよう。』
相手の反応は気にせず、ただそれだけを言いたかったという風に出口に顔を向けなおしたフードの人物は独り言のように呟く。
『オズマンドのリーダーが貴女のような者とは。』
第九章 モテる男の悩み
デルフさんとゴールドさんの戦いは想像以上のモノだった。
我らがセイリオス学院の生徒会長、デルフさんの武器は簡単に言うと「剣の付いた靴」。かかとに付いた短剣くらいの刃を器用に使い、キックに合わせて斬撃も加えていくというのがデルフさんのスタイルなのだが、その強さの理由はそこではない。
デルフさんの二つ名は『神速』。つまり……めちゃくちゃ速いのだ。
デルフさんの得意な系統は第三系統の光魔法。別名速さの魔法と呼ばれるそれを高めに高めた結果、デルフさんはほんの一瞬ではあるが――「光」そのものになれるのだ。
一瞬と言っても一秒で何万キロも移動する「光」なのだから対人戦の距離では充分過ぎる時間で、「光」になっている間は大抵の攻撃が通用しないし、そもそも速すぎて当たらない。
噂によると副会長であるレイテッドさんは第六系統の闇魔法――別名重さの魔法と呼ばれる魔法で「光」と化したデルフさんの動きを鈍らせる事ができるらしいが……それをするだけで相当消耗するらしく、光速を割と何回でも出せるっぽいデルフさん相手では話にならない。そして、そんな闇魔法が使える人は限られるわけで、大抵の人は為す術がない。
卒業したら即上級騎士――セラームになると先生が言っていたけど、それに納得できる……というか最早無敵と言っていい実力の持ち主。それがデルフさん――デルフ・ソグディアナイトという人だ。
その昔、光速の域に達した人がいてその人は伝説になっているらしいから、そうなるとデルフさんは歴史に名を残す一人なのだとオレは驚いたのだが……デルフさんが言うには、どうもその一歩手前に来ただけらしい。よくわからないけど。
で、そんな誰も勝てなさそうな人と激戦を繰り広げているのはリゲル騎士学校生徒会長、ベリル・ゴールドさん。武器はなく、空気を硬くして様々な形状に固める、通称「ブロック」という魔法を使って戦う魔法主体の人だ。
基本的にゴールドさん本人は動く事なく、ブロックで相手の攻撃を防御しながらブロックで攻撃するという、さっきのローゼルさんのようなスタイルを持つ。攻撃力もさる事ながら、ゴールドさんの場合はその防御力の高さから『エンドブロック』という二つ名を得ている。
ただの硬い壁というわけではなく、昨日のカラードとの試合で見せたような衝撃を吸収する技もあり、ブロックの持つ可能性というか、応用力はまだまだ未知数だ。
とはいえ、正直この二人の戦いは一方的……デルフさんの圧勝なのではと思っていたのだが……
「やるねぇ、ゴールドくん。ここまで読み切られると色々と自信がなくなるよ。」
「まだまだ余裕のある顔でよく言う。」
現実にはさっきも言ったように激戦で、しかもどちらかと言うとデルフさんは劣勢だ。
デルフさんが「光」になれるのは一瞬で、一度解除されてから再び「光」になるまでの間にはインターバルがあるわけだが……ゴールドさんは初めの数撃でそのタイミングを完全につかみ、わずかなスキめがけてデルフさんにブロックをぶつけてくるのだ。
その上、キキョウがやっていたような空気の密度差による光の屈折を利用して「光」になったデルフさんの攻撃を外させたりもしている。
結果、思うような攻撃を思うような場所にできないデルフさんはブロックによる猛攻を素の体術でかわしている状態である。
たった数回の攻防でデルフさんの動きを完全に捉えてしまったゴールドさんにはすごいとかの驚きの他に……その頭脳に対する恐怖を感じてしまう。
『その性質、その速度ゆえに触れる事すら出来ずに一瞬で敗北する者が多い『神速』を逆に追い詰めていく『エンドブロック』! そのままですと何が起きているかわからない為、観客の皆さんにはゴールド選手の操る空気が見えるように闘技場の魔法が働いていますが――開いた口が余計に閉じなくなっています!』
実況のパールさんの言う通り、もしも見えていなかったらブロックで攻撃しているのだろうというくらいの認識だっただろうが、具体的にブロックをどう使っているかが見えるようになっている今、ゴールドさんの実力の高さがはっきりと理解できる。
空気の塊を強化魔法で硬くしたモノがブロックと呼ばれるわけだが、硬さも形状も自在なそれを、ゴールドさんはまるで機械の部品のように組み合わせて攻防を繰り広げている。
単純に硬いパーツ、バネのような形のパーツ、ゴムのような弾性を持つパーツ、様々な部品を空気で作り、それをまさにブロックのように組み立て、その時その時で最適な空気の武器を作り上げる……これがゴールドさんの真骨頂――
「『ヘカトンケイル』――まさにゴールドくん好みというかピッタリの魔法だね。百の手は百の選択肢というわけだね。」
「感想は聞いていない。そろそろ次の手に移ったらどうだ、デルフ。」
調子に乗るとか油断するとか、そういうのが一切ないだろうゴールドさんは無表情にパンと両手を叩いた。すると闘技場の中――デルフさんとゴールドさんの試合エリアが青く染まった。
というのも、オレたちにはブロックとなった空気が薄い青色に染まって見えるようになっているからで、つまり今ゴールドさんは――
「周囲全ての空気を硬くした。さぁどうする。」
『『神速』の足が止まりました! 闘技場内の空気が全てブロックと化し、ソグディアナイト選手、呼吸も身動きも出来ずに固まっています!』
これは……あれ、どうしようもないんじゃないか? 「光」になれば硬かろうとブロックは抜けられるだろうけど、闘技場の中の空気全てをブロックにされたら意味がない。そして何もしないでいたら硬くなった空気なんて吸えないから窒息……あ、いや、まだ上があるぞ! セイリオスと同じように、ここの闘技場には天井がな――
「唯一の逃げ道である上に行こうものなら、タイミングを完璧に読んでいるゴールドくんの一撃が落ちてくるのだろうね。」
「息が出来ないというのによくしゃべるな。」
あ、そ、そうか。そんなわかりやすい逃げ道に必殺の一撃を用意しておかないゴールドさんじゃない……うわ、なんか上空にブロックで出来たデカイ腕が見える……や、やっぱり詰みじゃ……
「じゃあご希望通り、次の手だね。とりあえず僕は上に逃げるから、ゴールドくんは全力で撃ち込むといい。」
言うや否や、デルフさんの姿が消えて――間髪入れずに、轟音と共に闘技場の地面に巨大なクレーターが出来た。たぶん、宣言通りに上に逃げたデルフさんに向かって放たれたゴールドさんの一撃の結果だ。タイミングを読まれているデルフさんはこの攻撃をまともに――
「いやぁ、容赦ないね。」
クレーターの中心で周囲の破壊っぷりを見て「うわぁ」という顔をする無傷のデルフさんがそう呟い――え、あれ? デルフさん、攻撃をくらってないぞ!?
「タイミングを間違えた……いや、そもそもなんだその姿は。」
それでも表情が変わらないゴールドさんの質問に、オレはデルフさんをよく見る。突然ツノが生えたとかいきなりカラードみたいな重装備になったとかではないけど……なんというか、ぼんやりしていた。
もともとキラキラしている銀髪が今は明らかに発光しているし、というか服も含めて全身が光っている。そして――輪郭がふわふわしている……?
「あんまり有名じゃないというか、割と危ないから使ってはいけないって言われるタイプの魔法なんだけどね。第三系統と第六系統でそれぞれ「天使化」、「悪魔化」って呼ばれている魔法さ。」
「……古い魔術書で読んだ覚えがあるな。確か扱いとしては曲芸剣術同様、大昔の誰かが提案した考え無しの、しかし困難ではあるが実現できれば常識外れの力となる――そういう類の技だったはずだが。」
「さすがゴールドくん、よく知っているね。」
どうやら知る人ぞ知るレベルの魔法を使っているらしいデルフさんはゴールドさんに……というか観客に対して説明するように話し始めた。
「魔法生物という不思議な生き物はいるけれど、この世界に天使とか悪魔がいるかどうかはまだわかっていない。第三や第六系統にある召喚魔法で呼び出される存在は基本的に術者のイメージの具現化だけれど、歴史上、本物を呼び出した人がいた――なんていう記録もあったりするから完全否定もできない。その不安定なところをついて術者の身体をあいまいな状態にする魔法がこれさ。」
「ほう……本来なら別個体として召喚――いや、具現化するはずの天使や悪魔と言った想像の中の存在を一時的に自身の身体と入れ替えて使うわけか。仕組みとしては形状魔法の『変身』に近いが、存在しないであろうモノの形にする分、強固なイメージと高い技術が必要な魔法だな。その上、魔法で構成されているあいまいなモノに変化させる関係上、魔法行使には最適な肉体になる反面、元に戻れるかどうかという危険を孕んでいる。」
「重ねてさすがゴールドくん、理解が早すぎてびっくりだよ。先生に嫌われていないかい?」
えぇっと? 難しい仕組みとかはともかくとして……要するに今のデルフさんの身体は光魔法や闇魔法の一つである召喚魔法で生み出される天使とか悪魔って言われる存在と同様の身体になっていて……それは身体が魔法で出来ているような状態なわけで……魔法を使うには相性抜群なのだけど、代わりに元に戻れるかどうかっていう危険がある――ってかなり危ない魔法じゃないか!
「そもそも人間が人間の身体で魔法を使うという事に無理があるのだから、それを変質させれば良いという考えは理解できるが……それにしても危ない橋を渡ったな、デルフ。」
「それを目的としたわけじゃないのだけどね。数ある魔眼の中で、特に戦闘において最強と称される能力を持つ魔眼を知っているかい?」
「ユーレックのことか。」
「そうそう。僕はあれを目指しているのだけどね。結局は出来損ないで今は止まっているのさ。」
ユーレック? 初めて聞く魔眼の名前だな……最強の魔眼って一体……
「まぁいいことばかりじゃなくて、例えば呪いとかを余計に強く受けちゃったりもするけど、「光」でいられる時間はちょっと伸びるね。」
「……なるほど。無傷なのは自分がタイミングを外したのではなく、そもそもお前のタイミングがズレたわけか。」
無傷の理由がようやくハッキリしたところで、光り輝くデルフさんはゴールドさんをビシッと指差した。
「光を浴びても物理的な感触を覚えないのと同じ理屈で、「光」になったとしても攻撃する瞬間はいつもの僕に戻らないといけなかったわけだけど……この状態の僕は「光」そのものじゃなくて、「光」の性質を持った身体っていうのを実現できる。つまり、「光」になれる時間よりもさらに短い刹那ではあるけれど、僕は「光」のままゴールドくんを蹴とばせるわけだ。」
「出来損ないと言いつつも、瞬く間ではあるがユーレックの効果は実現出来ている……いや、この場合は件の光速に至ったという騎士の領域か。」
「かの騎士はその状態を数分間維持できたというから驚きだね。もっとも、ユーレックがあるともっと簡単に、かつ長時間そうしていられるという話だから……いやはや羨ましいね。」
身体を「光」にするんじゃなくて「光」の性質を持った身体にする? 「光」だけど触れられる? いよいよわけがわからないぞ……
「さてさて、何度も言うようにこれは危険な魔法でね。あんまり長くこのままでいるとまずいから、制限時間はキッカリ七分。 さぁ続きといこうか。」
「……言う割にそこそこ長くその状態でいられるのだな。」
「何言っているんだい、初めは二秒くらいしかできなかったんだよ? おかげでこうしてゆっくりと会話もできるのだから、大した成長であると褒めて欲しいところだね。」
種明かし……と言えるかは微妙だけど、魔法の解説を終えたデルフさんはすっと姿勢を低くした。
「どれほど硬い壁でも空気である以上「光」は抜けられるし、今の僕はそのまま攻撃もできる。そろそろ次の手じゃないかな、ゴールドくん。」
「いいだろう。『ヘカトンケイル』の上の段階を見るがいい。」
その後、ゴールドさんがデルフさんに対抗するようにこれまたとんでもない魔法を披露し、二人の生徒会長は再びの激戦を繰り広げ……結果、もう一息でデルフさんの魔法の制限時間というところでゴールドさんが大きな一撃を受け、そこで決着となった。
まるで参考にならない五分ちょいの後半戦に唖然とし、オレたちは闘技場の外に出てぼんやりとしていた。
「我らが会長もリゲルもカペラも、あの域に達すると最後は魔法技術の戦いになるのだな……『概念強化』など初めて聞いたぞ……」
「でも三人とも普通に……っていうかかなりいい動きしてたわよ。特に会長の蹴り技は適当なキックじゃない、高い技術を身に着けてるからこそ繰り出せる攻撃だったし……前提にある体術も相当なレベルじゃないとああはなれないわね。」
「オレたち、二年後にはああいうのになってるのかな……」
「それは努力と環境次第ですわね。」
別次元過ぎて軽くショックを受けているところに、そんな次元違いの住人の一人――ポリアンサさんがやってきた。
「……セイリオスっていうすごくいい環境はあるわけだし、あとは努力だけですか……?」
「加えて、あなたたちに目標に合った才能があるかどうか。」
「き、厳しいですね……えっと、どうしたんですか、ポリアンサさん。」
「次の試合、ラクスさんと戦うのでしょう? 一つアドバイスをと思いまして。」
「えぇ? い、今更ですけど……交流祭的にはオレはポリアンサさんの敵では……」
「将来背中を預けるかもしれない同志に意地悪をしても仕方がありませんわ。それに、それ以上に興味があるのです……あなたの真の実力に。」
「そ、そんなカッコいいものは……」
「わたくしに特殊な能力はありませんが、ラクスさんにはあります。ですからどうか、あなたも気兼ねなく出して欲しいのです。わたくしとの試合で出し惜しんだ力を。」
「随分と興味津々なのね。あんたほどの実力があっても。」
オレも思った事を口にしたエリルに対し、ポリアンサさんは「当然です」という顔になる。
「昨日言ったように、『コンダクター』の今現在の欠点を上げるなら、それは魔法技術の低さですわ。ですが……先の試合中、わたくしは感じ取っていました。『コンダクター』の内にある大きな力を。」
「オ、オレから……?」
「魔眼が絡んでいるのでしょうが、強力な魔法が発動する瞬間に感じる大きな魔力の気配に似た何か……きっとあなたには魔眼以外に――いえ、以上の隠し事があるのでしょうね。」
凄まじい読みというか、さすがあれだけの魔法を使う人にはぼんやりにでもわかるらしい。
おそらく、ポリアンサさんが言っているのはオレの中にある吸血鬼としての力だろう。割合としてはほんのちょっと混じった程度ではあるが、そもそも吸血鬼の持つ力が大きいから、わずかでも充分すぎるパワーになる――らしい。
んまぁ、力を引き出すには愛という名の血液とかだ、唾液がいるわけだけど……
「その力を温存しているのか、それとも卑怯に思っているのかはわかりませんが……ラクスさんも相当ずるいですからね。」
「えぇ……イクシードっていうのだけじゃないんですか……?」
「ええ。以前、わたくしはラクスさんと模擬戦をして……一応勝利はしましたが『ヴァルキリア』で辛くも、でしたわ。」
あ、あれといい勝負って……
「こう言っては何ですが、折角の相手ですからね。出し惜しみは勿体無いかもしれませんよ?」
そう言い残し、ポリアンサさんはくるりと闘技場の――観客席の方へ戻っていった。
でも……そうか。折角の相手……ここらで一度、ミラちゃんの言う愛の力を引き出してみるのもいいかもしれないな。
「むぅ。あの会長、よもやロイドくんに惚れてやいないだろうな。」
「い、いやいや、ポリアンサさんは――えっと、デルフさんが言うにはラクスさんのことが……」
「あー、確かにねー。言われてみればそうかもー。」
言われてみればそうなのか……オレにはわからない……
「あの会長といい勝負だなんて、相当強いみたいね、あんたの相手。」
「そうだな……」
「あ、あの……ロ、ロイドくん……」
「ん、どうしたのティアナ。」
おずおずと……いや、大抵おずおずしているけど、ちょっと恥ずかしそうにティアナは言った。
「え、えっとね……い、いつもロゼちゃんとかあ、あたしたちばっかりだから……そ、その、強い人とし、試合する、なら、ロイドくんにもご褒美……が、あってもいいのかなって……」
「オレにご褒美?」
「む。確かにたまには団長にもご褒美が必要だな。」
「それってー……ロイドが試合に勝ったらあたしたちが何かするってことー?」
「いやいやアンジュくん、無理しなくてもいいぞ。ご褒美ならばわたしが代表して――」
「ロイくんてば何して欲しいの? やん、僕はロイくんのお願いなら何でもしちゃうよ?」
「お、女の子が何でもするなんて言っちゃいけません……そ、それにオレは別に――」
と、きっと大変な事になるだろうと想像して断ろうと思ったところで、提案者のティアナに目が留まった。
「…………そ、それじゃあ……」
「な、なによ、なんかあるの……?」
「うん……そのー……みんなにお願いできるのなら……みんなの手料理が食べてみたいなー……なんて……」
「は!? 手料理!?」
「いやぁ……ほら、オレって七年間も男飯で過ごしてきたからさ、その……そりゃあまぁレストランとかでもたまには食事したけど……誰かがオ、オレ――の為に作ってくれる……ちゃんとした? 料理っていうのに……飢えているのです……」
割と恥ずかしいお願いな気がしてきて、言い終えたオレは段々と顔が熱く――
「そういえばあんた、ティアナの家に行った時にティアナのお母さんをやらしい目で見てたわね……」
「誤解だ!」
「え、ロイドって人妻が好みなのー?」
「違いますから!」
「ふむふむ、エプロン姿の女子に飢えていると。」
「そういうわけでは――」
パッと脳裏によぎるみんなのエプロン姿……
「あ、ロイくんてば想像しちゃったでしょ?」
「う……」
ああ、エリルが睨んでいる……
「んふふー、まーいーんじゃないのー? ご褒美に手料理がいーなんてロイドっぽいし、あたしたちの女子力勝負にもなりそうだしねー。」
「ほう……ここで妻の料理の腕を見ておこうというわけだな?」
「そんなつもりは!」
「しかしそうなると厄介なのはティアナだな……」
予期せぬ勝負が始まろうとしている中、その実力の高さを全員が知っているティアナが少し困った顔をする。
「あ、あのロイドくん、で、でもあ、あたしは何度か……つ、作ってるから勝負は……」
「いやぁ勝負はしなくてもいいんだけど……じゃ、じゃあお題を決めるとかは? 例えば……えぇっと……オレの好物とか。」
「あんたの? リンゴでしょ?」
「リンゴはどっちかっていうとデザート系だから、この場合はメイン料理かな。つまりオレの好きな料理。」
「あんたの好きな料理…………って何よ。」
「ん? ああそれは――」
「ストップだロイドくん! ここで言ってしまってはティアナが優位なままになってしまう!」
「え、えぇ?」
「そーいえばロイドって、いっつも変な料理食べてるからねー。案外、好きな料理って聞かれるとわかんないねー。」
「珍しいのを食べてるだけですから!」
「ちなみにリリーくんは知っているか?」
「え!? ボクは……も、もちろん知ってるよ! ロイくんの奥さんがそんなことも知らないんじゃ――」
「よし、エリルくんとリリーくんが知らないというのなら公平だろう。今のところ誰もハッキリとは知らないロイドくんの好きな料理を予測し、それを作ってご馳走する――これが今回の勝負だな!」
「ご、ご褒美という話では……」
「もちろんご褒美だとも。ご褒美があるのだからロイドくんは勝つだろう?」
「どんな理屈ですか……というか、ご褒美の話はできればこの試合じゃなくて次の試合にもっていきたいのですが……」
「? それはまた何故。」
「んまぁ……今ポリアンサさんからもアドバイスを受けたことだし、この試合はちょっとお試しにしようかなと。」
「え、ロイくんてば何をお試しするの?」
「えっと……実はね――」
昨日の夜にミラちゃんから聞いた吸血鬼の話を……あ、愛の大きさで強くなる度合いも変わるというところだけ省いてみんなにも伝えた。ついでに、黙っていると後々面倒な事になりそうなのでゴーゴンさん――ライア・パムブレドさんが魔人族であることも話した。
「正直……カーミラくんの愛の力で強くなるロイドくんというのは見たくないのだが……しかし手にした力を試さないのでは、いざという時にまともに使えなくなってしまうからなぁ……仕方あるまい……」
「ロイくんてばボクがチューしたらパワーアップするんだね!」
「やらしい唇といい、ロイドってどんどんやらしくなってくよねー。」
「き、騎士の学校に……夜の国の人がいる、なんて……び、びっくりだね……」
「う、うん……と、というわけでこの試合はそれを試してみるつもりだから……ご褒美は次の機会ということで……」
「でもあんた、次ってつまりプロキオンの生徒会長との試合ってことよね……」
「そ、そうだけど……ほら、強敵だからこそご褒美が活きてくるん――だよ!」
「もともとそーゆー目的だもんねー。あ、じゃーロイド、あたし料理する時に裸エプロンしたげるよー。それでもっとやる気出るんじゃなーいー?」
「は!? あ、あんた何言ってんのよ痴女!」
「はだかえぷろん? どんなエプロンかわからないけど……なんかやらしい響きだしエリルがこの反応だし……遠慮しとくよ……」
「やらしくないよー。あたしの師匠もよくやってたしー。」
「アンジュくんの師匠は男性なのだろう……いよいよ変態だな。」
「ひどいなー。ていうかお姫様も優等生ちゃんも裸エプロンがどーゆーのかわかるんだー。」
「べ、別に――た、たまたま知ってただけよ!」
「そ、そうだぞ! と、とにかく断って正解だロイドくん! ……まぁ、ロイドくんが望むならわたしはやっても構わないのだが……」
「お、おかまいなく……」
ちゃんと意味を知っておいた方がよさそうだから「はだかえぷろん」なるエプロンについてはあとで調べるとして、今はラクスさんとの試合である。
中に入ると、既に闘技場の中心付近で一本の剣を肩に乗せたラクスさんが立っていた。
時間魔法を使う剣士か……一体どんな戦いを――
『先の試合が生徒会長同士の戦いだったという事で、この二人にも共通点を見るとしたらズバリ、この試合はモテ男対決でしょうか!』
いきなり何を言っているんだパールさんは!?
『セイリオスの『コンダクター』が美女に囲まれている事は大抵の生徒が噂で知っていることでしょうが、テーパーバゲッド選手も負けてはいません! なぜなら彼は、女子校であるカペラ女学園唯一の男子生徒なのですから!』
パールさんの紹介を合図に、観客席から女の子の声がわっとあがった。よく見ると闘技場の一部に女の子だけのエリアがあって……たぶん、あそこがカペラ女学園の生徒が集まっているエリアなのだろう、そこからラクスさんへの声援が聞こえてくる。
「やれやれ、『コンダクター』はともかく、俺の場合は仕方のない状況だと思うがなぁ。女子校に男一人、どうしたって目立つもんだ。それをモテてるとは言わないだろ。」
いやぁ……オレでさえなんとなくそう思って、しかもみんながそうだと言ったから、たぶん間違いない……はずだ。
「ところで『コンダクター』、できれば俺は――プリムラが強いと言ったあんたと正々堂々戦ってみたい。」
「え、あ、はぁ……」
「俺はあんたの技をある程度知ってるが、あんたは俺の技を知らない。自己満足と言われそうではあるが、だから俺はある程度、手の内を明かそうと思う。」
「えぇ?」
まるでフィリウスのような事を……でもかっこいいな。
「たぶんあんたが一番気になるのは俺の魔法――第十二系統の時間の魔法だろう。経緯は知らないが、今の《ディセンバ》がセイリオスで技を披露したって話だから、さぞかし時間魔法は強力な魔法だと思ってるだろう。相手の時間を止めて一方的に攻撃できるってな。だけど十二騎士はすげぇから十二騎士なわけで、それを基準にはしない方がいい。」
残念ながら《ディセンバ》さんは手合わせの際、一度も魔法は使わなかったんだよなぁ……
とは言え……確かに、なんだか時間魔法の使い手ってだけで止めたり戻したり自在なんだろうなぁって思っていたけど……そりゃあ、時間魔法にだって難易度の差はあるか……
「時間魔法にはざっくり三つあってな。簡単なもんから順番に「送り」、「停止」、「戻し」って呼ばれてるんだが……難しさにすげぇ差がある。相当な努力と抜群の才能でようやく「停止」が使えて、「戻し」が使えた日には時間魔法の使い手として名前が残る。」
「え……そんなに……?」
「ああ。だから大抵の時間魔法の使い手は「送り」しか使えねぇんだ。かく言う俺もな。だから…………時間魔法の使い手ってだけで着替えとか風呂場を「停止」使って覗いてるって決めつけちゃダメなんだぜ……」
ふっと影が落ち、哀愁漂う顔になったラクスさん……ああ……この人もこの人なりに女子校で苦労しているんだなぁ……
「いつかは使えるように――いや、覗く為じゃねぇぞ? 今よりも強くなるって意味で「停止」も使えるようになりてぇところだがな。」
「……ちなみになんですけど、セルヴィア――《ディセンバ》さんは時間魔法の使い手としてみるとどれくらいすごいんですか?」
「直接見たことはないが……あいさつするくらいの気軽さで「停止」を連発できて「戻し」もできるって話だから……言葉は悪いが正直バケモンだぞ、ありゃ。」
……いきなり部屋に現れてオレたちを驚かせていたあの行為がそんな高等魔法だったとは……
「ま、てなわけで俺が使える時間魔法は「送り」だけ。もちっとカッコよく「加速」って呼んでるけどな。でもって得物はご覧の通りの剣。要するに俺は、速く動く剣士だな。」
「……その一言で済む人とは思えないですけどね。」
「そうか?」
ふっと笑うラクスさんからは、もうちょっと他にもある――ような気配を感じる。それにイクシードとしての力……他に何の系統が使えるのかがまだわからな――
「あ、ちなみにイクシードだって姉ちゃんは騒いでるけど、俺が使えるのって今のところ第一系統の強化魔法だけだからな。」
「あ、そ、そうですか……」
さらりと答えをくれたな……ああ、そういえば。
「あの、これいいですか?」
「ん? ああ、記録装置か。いいぜ。」
『テーパーバゲッド選手の時間魔法講座が終わり、戦闘態勢に移行する両者! 色々とネタバレをしたように見えて実のところ、大事な点はまだ言っていないことを実況故に知っているパールですが――ここは黙っておきましょう! 『コンダクター』も、未だランク戦で見せた片目の魔眼を発動させておりませんが、今度こそその力を出してくるのか! では始めましょう! カペラ女学園二年生、ラクス・テーパーバゲッド対、セイリオス学院一年、ロイド・サードニクス! 試合開始です!』
「加速っ!!」
開幕速攻、エリルのように一直線にオレの方に飛んできたラクスさん。その声――というか急激な空気の動きを感じたオレは、どんな攻撃かはわからないまま反射的にその場から移動した。
「! これを避けるのか!」
剣を振り下ろした姿勢で驚くラクスさん。何のことはない、普通に斬りかかって来ただけだったのだが……
なんだこの違和感は。
「もう一回!」
再び真っすぐにオレの方へ迫るラクスさんを、オレは一先ず上にあがってこれを避ける。
いや、軽く避けているわけではなく割と全力で、緊急離脱のような勢いの突風で回避しているわけだが……しかしなんだこのしっくりこない感じは……
なんというかラクスさんは……確かに速いのだがそれ以上に――早い。
たぶん、この変な感覚が時間魔法の……「送り」なのだ。
「やれやれ……プリムラとの試合を見る限り、あんたとは距離を取っちゃいけないと思って攻撃したんだがな……結局こうなったか。」
…………
……ああ、そうか。ラクスさんは飛べないのか。オレの周りにいる人はなんやかんや空中に攻められる技を持っているから忘れていたけど、そういう技が使えない人だっているよな……
というか、オレだって飛べるようになったの最近だし……
「さてとそれじゃあ……俺も味わうとするか。最強の《オウガスト》が使ったっていう剣術を。」
上を取られたというのにニヤリと笑ったラクスさんは、剣を構えて攻撃に備える。
時間魔法……「送り」。ラクスさんは加速と言っているわけだが、この感覚はやはり、速度を加えているのではなくて送っていると言った方がいいだろう。
高いところから鳥の羽みたいにふわふわしたモノを落とした時、その落下は左へ右へふらふらしながらののんびりとした動きになる。「送り」は、そのふらふらした軌道はそのままに落下速度を上げる……そんなイメージだ。
動き的にはテクテク歩いてるだけで体力も相応量しか使っていない状態あっても、「送り」を使うことで走った時と同じ速度を得られてしまう。その上戦いにおいて言うのなら、相手の踏み込み具合と実際の速度が食い違うせいで物凄い違和感になる。
これは近距離――ラクスさんの剣の間合いで戦ったりなんかしたら、色んな動きがちぐはぐでまともに戦えないだろう。とりあえず、今の距離をキープする方向で頑張ろう。
「それじゃあ行きますよ。」
手を叩き、剣を増やし、曲芸剣術の準備を整えたオレは腕を振り下ろした。
まずは全方位からの同時攻撃。どう避ける!
「減速っ!」
え、げ、げんそく!?
「――うおっ!!」
ラクスさんは回転剣の攻撃を縫うように移動してオレの全方位攻撃から抜け出す……
え、というか今――減速と言ったぞ? しかも確かに、いつものように飛ばしたはずの回転剣がラクスさんの近くで……ノロくなった。
ということはつまり……
「やれやれ、減速したってのに剣は速すぎて見えないままか。どれだけの速度で飛ばしてんだ、それ。」
「……「送り」って、早送りだけじゃなく、遅送りもできるんですね……」
「まぁな。」
先入観というかなんというか……二倍速が出来れば二分の一倍速もできるって事か。
自分自身の加速とオレの攻撃の減速。オレ自身を減速させられると厄介そうだけど、そもそもそれは可能なのかどうなのか。リリーちゃんの位置魔法みたいに生物を操るのは難しい――とかあるかもしれない。
生物云々はともかく、時間魔法の及ぶ範囲も気になるところだ。前に戦った時間使いは学院の敷地内の時間を「停止」させていたし、今のラクスさんの減速も、ラクスさんに近づいた剣だけ遅くなっていた。となると時間魔法というのは基本的に範囲魔法なのか……
とにかく、さっきの説明だけじゃわからないことがまだ多いけど――この試合はそれを知るためのモノでもあるのだから、色々試してみるべきだろう。
とりあえず――
「――攻撃あるのみ!」
『第十二系統の使い手は四校を合わせても数人いるかいないかという割合! さすがの『コンダクター』もこの特殊な魔法に色々と驚いているようですが――あっと攻撃再開! サードニクス選手の指揮の下、回転剣が銀閃のみを残して宙を舞います!』
「ぬおおおおおっ!」
一定の距離を保ちたいオレと接近戦に持ち込みたいラクスさんなわけだから、剣を飛ばしながら逃げるオレを剣を避けながら追いかけるラクスさんという構図が出来上がる。
飛行する術はないかもしれないが、強化魔法が使えるのだからオレがいる高さまで跳躍してくる可能性は十分ある。なのでちょっと卑怯かもだけど、曲芸剣術を繰り出しながらの高みの見物という感じにオレはなっていた。
「だあっ!? ――っと! やれやれ、こんなんを平気な顔でさばいてたのかプリムラは!」
と言いつつも、今のところ一撃も受けてはいないラクスさん。さっきよりも魔力を込めているのか、オレの剣の減速具合がかなり大きい。一瞬ではあるが、ラクスさんの手前に来ると、回転剣はまるでいきなり粘っこい液体の中に突っ込んだみたいに遅くなって――というか遅くなりすぎてパッと見では「停止」しているように見えるほどで、そのスキにラクスさんは剣の渦を抜けていく。
加速と、あとたぶん強化魔法も使って身体能力を上げ、それでも避け切れないと判断した時だけ減速している――という感じだろうか。
『『コンダクター』の猛攻を時間魔法で切り抜けるテーパーバゲッド選手! しかし時間魔法は強力な反面、消費するマナも身体への負荷も他の系統に比べて大きいという欠点があります! このままではジリ貧でしょうか!』
「初見であれ体験済みであれ、ロイドくんの曲芸剣術に対抗できる技というのはそこそこ限られるからなぁ。」
「うむ……先のカペラの会長のような達人クラスの技術、リシアンサスさんのような全方位防御、会長のような速さ……その辺りが無ければ厳しいだろうな。」
今までの相手が変過ぎたっていうか、規格外の連中ばっかりだったっていうか、ロイドと試合をしたら大抵はこういう状態になるわよねっていう状況……飛んでるロイドが一方的に剣を降り注がせる光景を眺めて、ローゼルとカラードが難しい顔をした。
前の試合――生徒会長同士の試合は観ないやつの方が少なくて、当然いたカラードとアレキサンダーの強化コンビとかたまって、あたしたちは観客席に座ってる。
「ロ、ロイドくんの剣、ど、どんどん速くなっていくもんね……さ、最近、あ、あたしの眼でもたまにお、追い付けない……くらいだよ……」
「それだけロイドの魔法の技術が上がってきてるってことじゃないかなー。その内剣に反射する光も見えなくなって、何も見えないのに気付いたら細切れってこともあるんじゃないのー?」
「いや、あいつ自身も相当な速さだからな。しまいには何にも見えない中でいつの間にかバラバラにされんじゃねぇか?」
強面のアレキサンダーが小さい子供が泣き出しそうなしかめっ面でうなる。
ロイドの回転剣は遠心力の分、生半可な攻撃じゃ防ごうにも弾こうにも逆に自分の武器が飛ばされる威力があるわけだけど……今のところは、まだあたしのパンチとかキックの方が威力あるからなんとかロイドに近づける。それがまだまだ速くなる上に吸血鬼の力ってどういうことよ。
まったく、あたしのライバルはいつもいつもあたしを焦らせるわ。
……まぁ……ありがたいんだけど。
「……んん? あの対戦相手段々と……」
「? なによ。」
ロイドも含めて、このメンバーの中じゃ一番体術がすごいカラードが興味深そうな顔をした。
「減速を使う間隔が長くなってきている。」
ジリ貧……んまぁ、普通に行けばそうなるだろうけど、どうにもラクスさんからはまだ余裕が感じられる。宣言通り、曲芸剣術を味わっている……のかもしれない。
というかなんだか……ラクスさんが「減速」と叫ぶ回数が減ってきている気がする。オレの攻撃に慣れてきた……? 段々と見切られてきたのか?
「――っとと、やれやれようやくだ、なっと!」
「!」
回転しているから弾きにくいとみんなからぶーぶー言われる回転剣が、的確な角度と場所を狙った一振りに飛ばされた。
完全に見えているらしい。魔眼ペリドットを持つティアナが「速い上に数が多いから大変」だと言っていたけど、ポリアンサさんみたいに全部弾ける人もいるわけだし……ラクスさんがそれぐらいの達人である可能性は十分ある。
しかしなぜか……しっくりこない。
「どうした『コンダクター』、休憩か?」
……ん? ラクスさんが構えを崩したぞ? 確かに、剣が弾かれた時点でオレは手を止めているけど……回転剣はまだラクスさんの周囲を回っている。ラクスさんからしたら、いつ攻撃が来てもおかしくない状況のはず。だというのに今のラクスさんは完全に息を抜いている。
オレの攻撃が見切れるから? いや、そうじゃない……これは……
「ああ、そうか。」
「ん?」
ふと合点がいった。なるほど、そういうことか。どうりでしっくりこないわけだ。
「……昔、フィリウスとこんな話をしました。」
「フィリウス……ああ、今の《オウガスト》か。どうしたいきなり。」
「戦闘経験がまだ浅い頃、隣で戦うフィリウスが、何人に囲まれようともいつだって無傷で全員を倒してしまうのを見て……どうやったらそんな事ができるのかと聞いたんです。そしたらフィリウスは言いました。相手の足の向きとか目線とか、そういうので動きを先読みしてるんだと。」
んまぁ、今思えば第八系統の使い手であるフィリウスには、相手の動きが空気の流れでわかっていたというのもあるのだろうけど。
「だからオレは言いました……それを極めに極めて、相手が足の向きとか目線とかを動かす前に――つまり未来が見えるようになったら無敵だな、と。」
「……」
「でもフィリウスは難しい顔でこう言いました。先読みのさらに上、未来が見えるなんて能力は確かに便利だし強力なんだろうけど俺様は欲しくない。なぜなら……そんな能力を得たらきっと、俺様は戦闘中のどこかのタイミングで――油断してしまうから。」
「!」
「ラクスさん、あなたには未来が見えているんですね?」
ざわつく観客席。ただし、カペラ女学園の生徒がかたまっている場所はしんとしていた。
「……でもって、まさに今の俺が油断してる状態ってことか。やれやれ、まいったな。そういえばプリムラにも似たような事を言われた気がするな……この眼で未来を捉えた後が大切だと。」
目を閉じ、そしてすぅっと開いたその奥には、黒い瞳の中にぼんやりと白い光の見える眼があった。
「マーカサイト。第十二系統を得意な系統とする者にしか発現しない魔眼だ。効果はあんたが言った通り、未来を見ること。」
「……さっきようやくって言っていましたから、未来を見るにはある程度の時間が必要なようですね。そしてそうであるなら、見える未来は一定の範囲か対象か……ある程度限られる可能性が高い。今回で言うなら曲芸剣術の軌道だけ――とか。」
「そこまで……やれやれ、曲芸剣術が見えるようになってここから反撃ってところだったんだけどな。言葉には気を付けねぇと。」
苦笑いのラクスさんは観念したような顔でやれやれと呟く。
「その通りだ『コンダクター』。この眼で見える未来の範囲は一つの事のみ。誰かとポーカーをするとして、五分もすれば相手の役がわかるようにはなるんだが、かと言って、例えばその相手がいつ勝負を降りるとか、くしゃみをするとか、んなことはわからない。これと決めた事象をそれぞれによりけりの時間、じっくりと眺める事でその事象の未来を把握する。これが別名経験則の魔眼と呼ばれるオレの眼の能力だ。」
「……そこまで説明してもらわなくても……」
「もうこの眼は使えないからな。この後、あんたは違う方法で攻撃を始めるだろ?」
「んまぁ……」
そういやフィリウスはこうも言っていた……未来が見える奴は未来が見えるって事が相手にバレた時点で終わりなんだぜ? と。あれはこういうことか。
「あんたから曲芸剣術っつー攻撃手段を奪った。それで良しとするぜっ!」
剣を構えなおしたラクスさんは間髪入れずにオレの方に跳んできたが――
「どわっ!」
オレはそんなラクスさんに風をぶつけた。剣を飛ばせないなら相手を飛ばす。火とか水みたいな自然系の系統の使い手相手だとなんやかんやで対策を取られてしまうのだが、ラクスさんはそうじゃない――この戦法が効くはずだ。
「『グラーヴェ』ッ!!」
『銀閃の渦から一変、文字通りの嵐が吹き荒れております! 観客の皆さんにはその風が見えるようにいたしましょう!』
実況のパールがそういうと、さっきの試合みたいに空気の動きが薄い青色で見えるように……ってなによこれ。
「これは恐ろしいな……上から下に一直線、それも凄まじい速さと範囲で風が滝のように落ちている……ロイドくんはこんなのをコントロールしているのか……」
「ロイドの周りの風もすごいねー。剣を回す為の風ってあんなにきれいに動いてたんだー。」
「対戦相手が膝をついたまま動けずにいるな。それほどの強風……リゲルの会長のように空気を硬くする技をロイドがマスターしたらとんでもない事になりそうだな。」
「ぺしゃんこにされるわね……」
今までのを見た感じ、あいつの減速は範囲魔法。ロイドが浮いてる場所以外の全てに落ちてくる強風の中じゃ使っても大した意味はない。風の中を進んで術者のロイドに攻撃するのもあの様子じゃ無理そうだし……これは詰みかしら?
「っおおおおおお!!」
オレの『グラーヴェ』に強化魔法で対抗して倒れずにいるラクスさんだが、オレもオレで結構全力だ。時間魔法が一定範囲にのみ効果のある魔法だとしたら、風は闘技場全体に落とさないと抜けられてしまうからだ。
曲芸剣術が見切られた今、オレの攻撃方法はこの風のみ。第八系統の中にはカマイタチのようなモノを発生させる斬撃技もあるらしいが、オレはまだそれを使えない。よって、ラクスさんの間合いであろう近距離の外からダメージを与えるには風で飛ばして床とか壁に叩きつけるくらいしかないが……強化魔法で身体を強くしているラクスさんにどれほど効果があるか。
よって、ラクスさんが動けない今、剣を当てて勝負を決める――か、そこそこのダメージを与えないとまずいことになるだろう。
動けないなら、未来が見えても関係な――
「こ、この状態の俺に、落下する強風に乗せて剣を降らせるとは――っ、意外と残酷だな『コンダクター』。」
――! 本当に見えている……剣を使った攻撃――曲芸剣術として数えられる行動は全て見えているのか……!
「だけどそれをやられると確かに試合は終わる……っつあ……だから……あんまやりたくないんだが仕方ないよな……!」
強風の中、重そうに剣を構え、膝をついている状態から突撃の姿勢になったところでラクスさんが叫んだ。
「減っ速っ!!!」
その瞬間、オレが操っている風の全てが遅く――感覚的には重たくなった。
まさか闘技場内の全てを包む範囲で減速の魔法を!?
「おおおおおおっ!!」
強化と加速で、この試合が始まってから一番の速さで迫ってくるラクスさん。風で自分を押して回避するのも、回転剣を前に持ってきて防御するのも、いかんせん周りの風が全部重くて間に合わない。
ならせめて――!!
「もらったぁぁっ!!」
『あー! ついにこの試合初のクリーンヒッ――っとこれはー!?』
…………
……痛っ……!
「――っ……やばかったな……」
肩から脇腹の辺りに向かってまっすぐに痛みが走り、ついでに地面に落下した時の衝撃が背中に広がって、オレはダブルの痛みに歯を食いしばっていた。上手に受け身が取れたのかたまたまか、頭をゴツンとしなかったのは幸い……いててて……
「んま……浅くはないけど致命的ってほどの深さでもない……か……」
血は出てないけどものすごく痛い胸やらお腹やらを抑えながらよろよろと立ちあがる。すると視界の隅っこで……
「ぅおえ……」
オレ以上のぐらつきで壁に手をついているラクスさんが見えた。
「す、すごい……間一髪だった……よ……」
青い顔で悲鳴をあげるリリーはともかくとして、二人がふらふらの状態で立ち上がったあたりで、速くてよくわからなかった一瞬の攻防をあたしたちよりもよく見えてるティアナが説明してくれた。
「なるほど、あの対戦相手が一撃を振り切る前に、減速魔法が解除されてしまったわけか。故に途中から風の影響を受け、その一撃はクリーンヒットにはならなかった。」
「逆に言やぁ、あとほんの一瞬でも減速魔法が続いていたらロイドの負けだったわけか。ギリギリだったな。」
「しかしさっきまで自分の周囲しか減速させていなかったというのに、ここにきて闘技場全体で減速をかけてくるとはな。魔法の負荷を考えるとこの一撃で決めるつもりだったのだろうが……ロイドくんの運が勝ったというか彼の未熟が届かなかったというか……決めきれなかったな。」
「でもさすがロイドだよねー。おっそい空気の中でもちゃんと反撃の風を用意しておくなんてさー。ロイドが斬られたと思ったら、斬った人が明後日の方向に飛んでくんだからビックリだよー。」
試合が行われてる闘技場の真ん中の広場全体に減速がかかり、ロイドの『グラーヴェ』が遅くなった瞬間に跳躍したラクスはそのままロイドに斬りかかった。全部の風をノロくされて回避も防御もできないロイドは空中で完全な無防備。実況のパールが言ったようにクリーンヒットになるはずだったんだけど……そこで変化が起きた。
ラクスが跳躍してからロイドの目の前に来るのは一瞬の出来事だったんだけど、ラクスの減速はその一瞬しか継続しなくって、剣先がロイドの肩に入ったあたりで解除されたらしい。ロイドの間近だから『グラーヴェ』からは抜けてたかもしれないけど、そもそもロイドの周りには剣を回す為の風が――剣が見えなくなるくらいの強風が常に吹いてる。それを受けた事でラクスの渾身の一撃は中途半端な一振りになって……ローゼルの言うように決めきれない一撃になった。
そして、剣を振った後の姿勢で空中にいたラクスは、ロイドのとっさの反撃を受けてふっとばされ、壁に叩きつけられた。ロイドお得意の螺旋の風でぐるぐると回転しながら。
『強化魔法によって叩きつけられた際のダメージはなさそうですが、非常に気分の悪そうな顔のテーパーバゲッド選手! 『コンダクター』との試合では酔いへの対策が必須かもしれません!』
「減速を連発すんのだってあれなのに……う……あんな範囲で使ったのは初めてだ……戦闘中に吐きそうになったのも……おえっ……」
何かが出そうになるのを苦い顔で我慢するラクスさんは隙だらけで、攻撃するならチャンスなのだが……まだ痛みに慣れない……
フィリウスがくれた剣があった頃はすぐに傷が治っていったけど……んまぁ、これが本来だよなぁ……いてて。
「ったく、やれやれ。大抵はマーカサイトの力で苦戦してくれるんだけどな……プリムラが言うだけはあるってか。こりゃあマジで行かねぇと。なぁ、『コンダクター』!」
無理矢理に背筋を伸ばしたラクスさんは手にした剣をぐいっと前に出した。
「あんたにはこの剣、どう見える?」
「……どうと言われましても……」
ラクスさんの剣……平均的な長さでちょっと頑丈そうに見える片刃の剣だが……
「っと、そうか、こうしないとわかんねぇか。姉ちゃんすまん。」
そう言って剣の腹の部分を指でなぞるラクスさん。すると剣が一瞬光に包まれ、そしてガラスが割れるように光が砕け――
!? なんだ……この感じは覚えがあるぞ……?
「この剣の事を知ってんのは――まぁ事件やら偶然やら色々あってプリムラとかだけだ。本来は誰にも知られないようにしろってのが姉ちゃんとの約束だったんだが……あんた相手じゃ仕方ないって事で。」
外見は全く変化ないその剣を、ラクスさんはさっきよりも軽々と振り回して構えなおした。
これと言った装飾もないし、言ってしまえばどこにでもありそうなその剣からにじみ出る迫力。強い人と向き合った時に感じるオーラのような気配……まさか!
「この剣は、ベルナークシリーズだ。」
「ベルナークの剣だぁ!?」
ラクスの一言にざわめく観客席。でかい声で叫んだアレキサンダーと無言で目を丸くしたカラードが身を乗り出してその剣を見つめ、あたしたちもラクスの剣に目を向けた。
「ベルナークシリーズ……かの国の騎士団長の代々の武器……その全てが武器として最高性能を誇っており、誰が持っても手になじむという……あのベルナークか!?」
「あ、あたしも知ってるよ……おじいちゃんたちガンスミスの間でも……ベ、ベルナークシリーズの銃を探してあっちこっち旅、してる人がいるって……」
「それをたまたまゲットした平民が、一代で立派な貴族になったって話もあるよねー。」
「まー、あれって売るとすごいからね。」
リリーは商人としての興味しかなさそうだけど……またとんでもない武器が登場したわね。クォーツ家に何個かあるって聞いたけど、どれも国宝みたいな扱いだし、使うにはいくつも許可をもらわないといけなくて……個人持ちしてるのなんてほんの一握りのはずよ。
「なんという事だ……以前アレクとロイドと行ったいつもの武器屋に飾られている一本しか見たことがなかったのだが……まさか生徒の一人が持っているとは。しかも剣とは……剣を武器としている騎士は多いから、これが知れ渡れば大事だろうな。」
『ここにきて大展開です! まさかのベルナークシリーズ! 伝説の武器をこんなところで見る事ができるとは思いませんでした! そして、そうなると気になるのは例の噂でしょう! 曰く、選ばれた者がベルナークの武器を手にした時、武器は真の姿になる!』
「ああ、それ――うっぷ……それな、正確にはベルナークの血筋が手にすると、だ。」
「血筋……えっと、その伝説の騎士の家系のって事ですか……?」
「そうだ。ベルナークシリーズにはベルナーク家の紋章が刻まれててな。そこに血筋の者が触れると武器が変形するんだ。」
「……まさかラクスさんが……?」
オレの問いに闘技場内の全員が息を飲んだが――
「んなわけないだろ。だいたい俺がそうなら姉ちゃんもそうなんだから、そっちの方が有名になるはずだろ? 姉ちゃん強いから。」
「そ、そうですか。それはよかっ――」
「だが、ちょっとしたズルならできる。」
ほっと一安心かと思いきや、ラクスさんは不安になる事を言った。
「昔……俺がガキだった頃、ちょっとやんちゃして大ケガしてな。割と死にそうなくらいに血が出たんだが、ある騎士が俺に血を分けてくれたんだ。んで、その騎士ってのが実はベルナークの家系の人でな……以来、俺の身体にはベルナークの血が流れるようになったんだ。」
「えぇ……」
思わず声が漏れた。これはやばい話の流れだ……
「もちろんそれだけでベルナークシリーズは反応しないし、そもそも血筋の人でも発動させるにはクリアしなきゃいけない条件がたくさんあるんだが……」
言いながらラクスさんが取り出したのは、首から下げて服の下に隠していたらしい指輪。
「俺の身体に流れるベルナークの血を――要素を強化魔法で底上げし、このマジックアイテムで条件を騙し、それでようやくほんの一瞬発動する真の姿を減速で延長させる事で――」
指輪に指を通し、その手で剣を握りなおしたその瞬間、ラクスさんの剣は閃光を放って――
「俺は、この状態に到達できる。」
光が収まり、その向こうに現れたのは――青色の巨人。青く透けた身体は上半身のみ。幽霊のようにラクスさんの背後に浮かび、全身があったらフィリウスでさえ軽く超える大男だろうと予測できるその幽霊には腕が六本あり、その一本一本が大きく反り返った巨大な剣を手にしていた。
「ベルナークシリーズの真の姿ってな。さぁ『コンダクター』、次はあんただぜ? プリムラの言うあんたの本気は、今が出しどころじゃないか?」
ニヤリと笑うラクスさんだが……少し辛そうな顔をしている。よく見れば青い巨人には時々故障しているかのような電流が走り、たまにその像がぶれる。そうとう無理矢理にこの状態をキープしているのだろう。
だがそのかいあってと言うか何というか……試さなくてもわかる。あの青い巨人の剣はオレの回転剣を抵抗なく切断してくる。もしかしたら風も切り裂かれてしまうかもしれない。
剣として――刃物として。斬るという事の究極の形……そんな仰々しい表現をしてしまうくらいの気配。
これはいよいよ――いや、今こそ試す時だ。
「……わかりました。」
オレは、ポケットから小瓶を取り出し、ふたを開けた。
『おーっと! 『コンダクター』が何かを取り出しました! あれは――まるで血のように見える赤い液体です!』
吸血鬼の力を引き出すにあたり、このミラちゃんの血は飲めば飲むだけ力が出るらしいのだけど……さすがに最初の一回目にガブ飲みするのはおすすめしないと言われた。初回はせいぜい、この瓶のふた程度。
『小瓶のふたに液体を注ぎ、それを――飲みました! 一体何が起きるのでしょうか!』
血の味。スプーンとかをなめた時の味。つまりは鉄の味。とろりとした舌ざわりのそれが喉を通ってオレの中へ……いや……なんだろうこの後味は。
ちょっとおいしい気がするぞ?
カーミラに渡された小瓶。その中に入ってるカーミラの血液を少し飲んだロイド。一瞬の間をおいて、突然ロイドの周りに風が――黒い風が吹き荒れた。
『これはー!? 黒い風が――いえ、これは黒い霧! 黒い靄が渦巻いて『コンダクター』を包み込み――あ、あれはー!?!?』
半分叫んでるだけの実況だけど無理もないわ。数秒見えなくなったロイドが、いきなり霧散した黒い霧の中から再登場した時、その姿……っていうか色合いは大きく変化してた。
セイリオスの制服は白を基調としてて、ところどころに黒いラインが入ってたりはするけど、遠目には真っ白な服に見えるくらいに白い。そんなセイリオスと言えばってくらいの扱いになる白い制服が……シャツから何まで、とにかく真っ黒に染まっていた。
力がみなぎるのを感じる。感覚が鋭くなるのを感じる。世界が……広がっていくのを感じる。
身体のあちこちにパワーを感じ――うわ、制服が真っ黒になってる!
そうか、これがミラちゃんの言っていた「闇」か……んまぁ、それはこのあと試すとして……確かミラちゃんはこうも言っていた。吸血鬼の力を行使するというのならそれになりきらなければならない……その力を持つことを当然と認識しなければならない。
よし、オレは吸血鬼吸血鬼……そうだ、まずは形からだ。折角服が黒くてそれっぽいんだからあとは……あ、マント、マントがあるとそれっぽいぞ。あと吸血鬼と言ったら……なんとなくおでこが広い髪型のイメージだ。でもって高貴な感じ……かな?
いつの間にか発動してる魔眼ユリオプスのせいでオッドアイになってるロイドは真っ黒な服でぼぅっと空を眺めた後、急に髪の毛をあげてオールバックにした。それと同時に首のあたりから黒い霧がモヤモヤと出てきてマントみたいになって……なんかザ・吸血鬼みたいな格……好に……
「……?? な、なんであたし急にドキドキして……」
「エリルくんだけではないぞ……」
まわりを見ると、ローゼルたちの顔が少し赤くなってた。
「ロ、ロイドくんの……吸血鬼として、の力が上がった……からなのかな……も、もしかしてロ、ロイドくんの唇の魔法の力も……」
「お、おそらくティアナの予想通りだろう……唇どころか姿を視界に入れるだけでドキドキする……あぁ……」
「な、なんて迷惑なパワーアップよ……!」
わ、プリオルからもらった剣も真っ黒になってるぞ。持ち手も刃も同じ色だと、なんか十字架みたいに見えてくるな……とりあえずいつもみたいに増やし――うわ! ものすごい増えた!
『隻眼の魔眼は噂通りとして、スタイリッシュな髪型に黒服黒マント! なにやら吸血鬼のようになった『コンダクター』、手を叩くことで増える剣を宙に放り投げて――おっと、今回は指を鳴らしてクールに――!?!? い、一瞬で剣が数十――いえ、百近い数に増えました!』
自分でもびっくりしてるみたいだけど、すごい数に増えた黒い剣がまわりに突き刺さって、それが十字架みたいに見えるせいでちょっとした墓地みたいになった真ん中で、ロイドはごほんと咳ばらいをして――たまにやるカッコつけをした。
「――お望み通り、これよりプログラムは第二楽章。どうぞご堪能下さい。この『コンダクター』のノクターンを。」
一気に盛り上がる観客席。むかつく事に女子のキャーキャー言う声が結構聞こえるわね……
「ロイドってちゃんとすれば結構イケメンだからねー。で、今まさにちゃんとしちゃった上に雰囲気バッチリでやばいんじゃなーいー?」
「ぐぬぬ、これではまたロイドくんに惚れる女子が……」
「きゃー! ロイくんかっこいいよー! こっち向いてー!」
「トラピッチェさん、あまり乗り出すと落ちるぞ。」
「んだあのかっけーの。イカしてんなー。」
何も知らなければ、なんか吸血鬼っぽくなったくらいの認識でしょうけど……実のところ、本当に吸血鬼になってんのよね、あいつ。
「こりゃまた……想像以上だな、おい。」
「想像以上という話だとラクスさんも大概ですが。」
「俺のはちゃんと説明したろ? ベルナークって。でもあんたのそれは……一体何なんだ? 俺、この状態になると魔法的な感覚も鋭くなんだが――尋常じゃないぞ、今のあんた。」
「そ、そんな青い人背中に出してる人に尋常じゃないと言われましても……」
なんとかかんとか吸血鬼の話題に到達する前に話を進めようとするオレに対し、ラクスさんはしばらくオレを眺めてはぁとため息をついた。
「……ま、とりあえずはじめっか。俺も長くこのままじゃいられないしな。」
「そうですね。」
剣を構える……というと少し変だが、青い巨人が六本の剣を構えてラクスさんは姿勢を低くする。
オレは曲芸剣術をするんだが……ああ、全部で百五十。さらりと剣の本数が把握できるくらいに周りの空気に意識が浸透している。いつもより多いのにいつもより楽に剣が回せるし……速い。
『大展開! 突如として明かされたベルナークシリーズ、その真の姿として六刀流となったテーパーバゲッド選手! 対するは、吸血鬼へと変身して第二楽章――夜想曲を奏でようと、漆黒の剣を黒い風にして指揮棒を構えるサードニクス選手! 気を取り直して再開です!』
「行くぜ!」
と、特に踏み込む事もなくその場で剣を振ったラクスさんは、次の瞬間オレの目の前にいた。瞬間移動のようだったが……感覚的にはオレとラクスさんの間にあった距離が突然消えてしまったような感じだ。
ともかく完全に予想外の方法で迫られ、青い巨人の剣のさびになろうというところなのだが……オレには突如目の前に現れたラクスさんの動きが手に取るようにわかった。
風の流れ、空気の動き……目で見るよりもハッキリとわかる。いつもなら緊急回避の突風で避けるところなのだが、凄まじい圧力――剣気で振るわれる青い巨人の三連撃を三回のバックステップでかわし、オレは四回目のステップでラクスさんから距離をとった。
『――!? 一瞬の出来事でよくわかりませんでしたが――何やらすごい事が起きたような気がします!』
「すごいですね、その剣。位置魔法の瞬間移動に見えましたけど……移動したというよりは距離がなくなったっていう感じで……」
「……まぁ……この状態のこの剣に斬れないモノはほとんどないからな。空間を斬って距離を縮めるくらいわけない……が、そんな事よりもあんたにビックリだ。完全に見切って――いや、それ以上に感じたな。言いたかないが、まるで未来が見えてるみたいな避けっぷりだったぞ?」
「んまぁ、オレも感覚が鋭くなっているんですよ。」
「……それだけとは思えないな。もう一度試させてもらうぜっ!」
言い終わると同時に跳躍。今度は瞬間――空間移動を使わないでの突撃。速さで言ったらとんでもないスピードだったのだが、それすらも……見えないけれど把握できる。
「おおおおおっ!」
そこから間髪入れずに繰り出される六刀の連撃も――
ああ、なるほど。第八系統の使い手は風の動きから相手の動きを読めるという事だったが、きっと今がその状態だ。
まったく、こんなのが使えるっていうなら確かに、第八系統の頂点に立つフィリウスに攻撃を当てるのは難しいな。
『ベルナークの剣、その真の姿六刀による超連撃! その猛攻は『コンダクター』の曲芸剣術クラスですが、一刀一刀が空間を切り裂くとあってはテーパーバゲッド選手の攻撃の方が遥かに恐ろしい! だというのに――『コンダクター』はそれを最小限の動きでかわすかわすっ!! その速度についてこられる身体能力もさる事ながら、その隻眼の黄色い瞳には何が見えているのでしょうか!』
身体能力……確かに、わかっていてもたぶん、いつものオレならこんなに速く動けない。これも吸血鬼の力というわけか。
しかし避けてばかりじゃ勝てない。そろそろこっちの番だ!
「うおっ!?」
突風による急加速で連撃から抜けたオレは……一先ず一本、黒く染まった回転剣をラクスさんに飛ばした。
「――悪いが色が変わっても曲芸剣術に変わりはねぇみたいだな!」
言葉通り、ドンピシャのタイミングで回転剣を弾く……いや、切断しに剣を振り下ろしたラクスさんは――
ガキィンッ!!
――弾き飛ばされた。
「んなぁっ!?」
青い巨人の剣が弾かれた勢いでラクスさも飛んで行ったということは、一応あの巨人とラクスさんはつながっているのだな……
『な、なんと! 空間すら切り裂いたベルナークの剣が、『コンダクター』の回転剣に弾かれましたー!』
「まじかよ……この剣で斬れないなんて、プリムラの空間魔法の剣に続いて二つ目だぜ……」
ああ……やっぱりポリアンサさんのあの剣は別格なんだな……
というかやっぱり、ミラちゃんの言った通りの効果だ。これはこの先もきっと、いざっていう時に役に立つ力だ。だからこそ、ここで試せることを試しておきたい……!
今の、この状態のオレの全力全開の全方位連続攻撃――回転剣の渦!
「『フリオーソ』っ!!」
――と叫ぶよりも一瞬前に、ラクスさんの顔がひきつるのが見えた。
『こ、これは――いわゆる実況泣かせです! 豪雨のように鳴り響く金属音が攻防の激しさを物語ってはいますが――『コンダクター』の回転剣もテーパーバゲッド選手のベルナークの剣も、速すぎて何も見えません!』
「うおおおおおっ!!」
六本の刀が物凄い速さで振るわれ、オレの回転剣を迎撃していく。速度と、そしておそらく強度も増している回転剣を破壊できないし弾くこともできないとして、ラクスさんは徹底して受け流しを繰り返している。
プリオルからもらった増える剣。本来普通の剣並みの強度しかないそれを空間を斬ってしまうような剣でも斬れない状態にしているのはあの黒色――黒い霧のおかげだ。
正式には「闇」と、ミラちゃんは呼んでいたが――
「ああ、そういえば。吸血鬼の力が増大した際にロイド様が使えるようになるであろう吸血鬼の能力の説明をしておきますね。」
血やら唾液やら愛やらと、オレとエリルを全力でわたわたさせた後、ミラちゃんは吸血鬼講座を開いた。
「吸血鬼固有の能力――愛の力以外ですと、それは「血」と「闇」でしょう。」
ここで言う「血」とは吸血鬼の身体に流れる自身の血液。彼らにとってそれは、先祖代々の記録なのだとか。
「「血」とは力であり情報。ワタクシの先祖が蓄え、磨いてきた力と技の全てがそこにあるのです。」
その家系が続けば続くほどに、子孫には計り知れない力が受け継がれていく。ましてミラちゃんは王族で、おそらくこの世に存在するすべての吸血鬼の中で最も続いている家系。その能力は世界最強と言っても過言じゃないのだろう。
「ただ、話を聞いていてお気づきかと思いますが、この力は純粋な吸血鬼ではないロイド様には発現しません。もっとも、ワタクシとロイド様の子には、ロイド様の剣技が受け継がれる事でしょうが。」
コ、コドモ――の話はととと、ともかく。よってオレが使えるとしたらもう一つ、「闇」という事になる。
「吸血鬼は夜の闇に生きる者ですから、その身体は闇との結びつきが強いのです。ずばり言ってしまうと、ワタクシがよく使っている黒い霧、あれが「闇」です。」
自然界の仕組み的にそうなのか、それとも吸血鬼の生み出すモノがそうなのはわからないけど、「闇」には二種類あるらしい。
「一つは「表の闇」。全てを吸収し、飲み込むが故に生まれる「闇」です。特性はそのまま、ありとあらゆるモノの吸収。もう一つは「裏の闇」。全てを反射するが故に、その反射面の裏に生まれる「闇」です。特性はもちろん、あらゆるモノの反射です。」
ミラちゃんが言うに、かつての偉大な吸血鬼は文字通りにあらゆるモノを吸収、反射できたらしく、不死身で不老で無敵だったとか。
「ワタクシであれば、物理的にも魔術的にも……あと少しだけ概念的にも吸収と反射が行えますが、ロイド様の場合は極々限られた対象になるでしょう。おそらく……魔術的なモノのみでしょうね。」
魔法とは――いや、魔法と呼ばれるこの理は、他の理に手を加えて本来とは異なる事象を引き起こすモノを指す。よって、魔法で生まれたモノというのは基本的に、この世で最も不安定な存在と言える――のだとか。
完全無敵の結界に見えるスピエルドルフの夜の魔法も、結局は魔法であるのだから破る方法は必ず存在し、どれだけ強化しようともその方法は何かしらの形で存在し続けるらしい。
んまぁ、それを実行できるかどうかは別として……つまり純粋な吸血鬼ではないオレが「闇」を使うとしたら、そんな不安定なモノにしか効果のない「闇」になるだろうという事だ。
「本来であれば、吸収すれば消滅、反射すれば破壊くらいできますが……そうですね、ロイド様ですと、もしかしたら吸収は使えないかもしれませんし、反射も弾くくらいかもしれません。もっとも、ワタクシとより深く繋がればどちらも完全に使いこなせましょうが。」
ツナガル……は、ととと、ともかく……
要するに、オレの生み出す「闇」は……あらゆる魔法を弾く事ができる――らしい。
「だああああっ!」
ラクスさんが超速で振り回している――いや、振り回しているのは青い巨人だけど、ほとんど何でも斬れるらしいあの六刀は……んまぁ、幽霊みたいだし見るからに魔法的な何かだ。だからオレの回転剣はあの刀を弾いた。おそらく、ポリアンサさんの空間魔法の剣でも斬れない――のだろう、たぶん。
……理屈で言うと、一応今オレの制服を黒くしているのも「闇」だからオレ自身も斬れないはずなのだが……試す勇気はない……
ま、まぁ現状、黒くなった回転剣を破壊するには、きっとフィリウスみたいな馬鹿力で物理的に壊すしかないわけ――
「っつああっ!!」
別の事を考えていたせいか、単純に腕が六本の人を相手にした事がないから微妙に全方位攻撃になっていなかったのか、一瞬のスキをついてラクスさんが消えた。
いつもならどこに行ったかキョロキョロするところだが……わかる。
「上っ!!」
「何っ――どわぁぁあっ!」
オレの真上、剣を構えて迫っていたラクスさんに渦巻く突風をぶつける。きりもみ回転して空高く打ちあがったラクスさんは――しかしさすがというべきか、空間を移動してすぐに地面に着地した。
「――おぇ……飛ばされる度に酔うんじゃまともに戦えないな……やれやれ、三半規管を鍛えねぇとな。」
気持ち悪そうな顔で、ラクスさんはやれやれとオレを半目で眺めた。
「そういや姉ちゃんが言ってたな。第八系統を使いこなす奴はまるで未来が見えるみたいに攻撃をかわしてくるから……俺のこの眼も、実のところそう珍しいモノでもなくなるってな。まさかこんなところで思い知らされるとは。」
「オレも珍しい経験ができました。」
「言ってくれるぜ。というかランク戦の時はそんなんじゃなかっただろうに。いつの間に……自分で言うのもあれだが、ベルナークの剣をモノともしない魔法を使えるようになったんだかな。結局その力は何なんだ?」
「えぇっと……」
まさか吸血鬼の力とは言えないし……前よりも魔眼が上手に使えるようになったとか……いや、そもそもこの魔眼が吸血鬼にしか発現しないから……えぇっとうまく誤魔化すには……よ、よし、ここは有無を言わさない堂々さで――
「愛の力、ですかね。」
大きな歓声があがった。主に女子の。
「あぁ……ロイくんカッコよ過ぎだよぅ……」
「やや、トラピッチェさんがくらくらしているぞ。医務室かどこかに運んだ方がいいか?」
「ほっとけカラード。幸せそうだ。」
「ロ、ロイドくんめ……あんなカッコいい格好でそんな事を言ったら……まるでイケメンではないか!」
「優等生ちゃんってロイドのこと好きなんだよねー?」
「やれやれ愛と来たか……まぁ、あんたモテるみたいだしな。」
「いやぁ……ラクスさんには負けると思いますが……」
「学園での知り合いが女子しかいないだけだ。別に俺はあんたやあんたんとこの生徒会長みたいなイケメンじゃないし……どっちかっつーとこき使われてるし……」
やれやれと肩を落とすラクスさん。
「そう……ですか。あ、でもポリアンサさんとは仲良しなのでは? さっきからよく名前が出てきますし……」
「知り合いの中じゃ一番強いし、昨日あんたと試合してたからな。」
むぅ……ああそうだ、丁度いい。ちょっと聞いてみよう。
「んまぁ、それはそれとして……一つ聞いてもいいですか? えぇっと……女子校に一人という滅多になさそうな経験をしているラクスさんに。」
「お、おお……なんだ?」
試合前……正確にはデルフさんの試合の前に思った事について、ラクスさんの答えを聞いてみたい。
「その……もしもなんですけど、今ラクスさんに周りにいる女の子たち――ポリアンサさんやサマーちゃん、あとよく一緒の赤い髪の人とか……そういう人たちがもしも……えぇっとある日……ラクスさんのことが好きですと、こ……告白してきたらどうしますか?」
「……んあ……は? え……だ、誰かがってことか?」
「いえ、全員が。」
「全員!?」
流石のやれやれラクスさんも目を丸くした。んまぁ、我ながらとんでもない質問だからなぁ……オレだっていきなり聞かれたらわたわたするだけだ……
「さ、さすが愛とかいう男は質問も一味違うな……え、えっとそうだな……」
……もしかすると……ポリアンサさんはラクスさんの事が好き――らしいから、きっと今もこの試合を見ているであろうポリアンサさんはものすごく焦っている――かもしれないな……
あれ、オレって今、すごく余計な事を聞いてしまったのでは……
「んー……俺のこの状態の残り時間が少ないのを狙っての時間稼ぎってわけじゃなさそうだしなぁ……一応後輩の質問だし、ちゃんと答えたいところなんだが……んー……」
あ、そういえばそうだった。ラクスさんのあれはそんなに長くできないって言っていたな。
……というかラクスさん、そうだというのに真剣に考えているのだからかなりいい人だぞ。
「あ、えっと……じゃあ質問をもっと簡単に――全員からの告白に対して……んまぁ、普通に「一人を選ぶ」か、こう――何らかの方法でもって「全員選ぶ」の二択ならどうでしょう?」
「……そうか、そこが知りたいわけか……そうだな……」
チラリと、首を動かしたわけじゃないから観客席からはわからないかもだけど、カペラ女学園の生徒が集まっているエリアに一瞬視線を移したラクスさんは――
「……俺は……」
そこで突然、ラクスさんの背後に浮かぶ青い巨人がすぅっと……まるで抜けていた魂が身体に戻るように、ラクスさんの身体に入って行くみたいに消えた。制限時間が来たのかと思ったが、直後、ラクスさんの身体が青いオーラのようなモノに覆われ、その手に青い剣が一本出現した。さっきまで六本だった剣が一本に合体したかのような……そんな風に感じるほどの圧力がその剣から漏れ出ている。
「一人を――最終的には一人を選ぶ……選びたいと、思う。だが……」
一本の剣を、体勢的には突きの形で構えて止まるラクスさん。そして、オレが聞きたかったアドバイスを、やれやれ顔ではなく真面目な顔で口にした。
「その前に、あんたの言う「何らかの方法」とやらを模索してもいいと思う。そういう選択もありだと――俺は思う。」
「……ありがとうございます。」
「……なによ、今の質問……」
なんかすごく腹の立つ……あたし的には怒った方がいい気がするんだけど……でもなんでかそうじゃないっていうか、まぁそうよねって、よくわかんないけど納得できるあたしもいる……
……違うわ。よくわかんないわけないわよ……だってそういうのがあたしの……
「まぁ、さすが我らのロイドくんというところだな。」
ふんわりと、優しい顔で笑うローゼル。
「基本的――いや、根本として、ロイド・サードニクスという人物はその昔、大切な人を失ったことがある。それ故に、彼は大切な人を――大切な人になった人を普通の何倍も大切にする。そしてわたしたちは、彼にとって大切な人だ。」
「……言い切ったわね、あんた。」
「恥ずかしがってはぐらかすことでもないからな。その気になれば避けるなり逃げるなりできるところを、抱き着かれたりキスされたりするのだから、そこのところは確実だとも。ざっくり言ってしまえば、全員まんざらでもないわけだ。」
…………そう考えるとかなりの浮気者ね、ロイド……
「そんなわたしたちが好きだと言ってきたのだ。彼が全員を幸せにと考えることはそこまで変ではない。」
「……そうね。」
「ま、仮にそんな状況になったとしても、わたしはランキング一位になるつもりだがな。」
「あんたねぇ……」
「あはは、まーみんなそこを狙うよねー。まずは暫定一位を倒すところからだねー。」
「で、でも……きょ、今日のロイドくん、カッコよすぎちゃって……ま、また敵が増えそう……だよね……」
「ロイくんはカッコいいから仕方ないけど……あんまり増えちゃったら減らさないと。」
「……あんたが言うと怖いわよ、リリー。」
「さて、妙な質問で時間切れじゃカッコ悪いからな。必殺技で行かせてもらうぜ。もちろん、勝つために。」
ラクスさんを包んでいた青いオーラが、手にした一本の剣に注がれていく。
「第八系統の使い手は未来を読むように見えるが、対処法がないわけじゃないと姉ちゃんが言ってた。要するに、剣を持って斬りかかってくる奴と銃を持って撃ってくる奴、どっちの動きが読まれにくいかって話だ。」
……すごい……この吸血鬼状態になってからというもの、ラクスさんの動きは些細な事でもわかるようになっている。ただ立っているだけだとしても、多少身体は揺れるし息だってする。でも今のラクスさんからは段々と動きがなくなっていく。
まるで時間が止まっていくかのように。
「身体全部を使う剣と、指を動かすだけの銃。そりゃあ銃の方が読みづらい。つまり、攻撃する際の予備動作を無くしてしまえば読まれる事なんてない。」
『ベルナークの剣による猛攻のことごとくをかわされたテーパーバゲッド選手、ここに来て狙い撃つかのような突きの構え! 必殺技と豪語するその一撃で勝負決めようというのでしょうか!』
「おうよ。ただちょっとカッコ悪いんだが、技名を叫びながらはできない技なんでな。先に言っとくぜ……姉ちゃん直伝――『絶槍・三式』――。」
そう言って息をはいたラクスさんは、とうとう完全に動きが停止した。人形か銅像か、むしろそっちの方がまだ気配があると思えるほどに。
ラクスさんが言ったように、予備動作は少ないほど動きは読みづらくなる。でも今のラクスさんは明らかな突きの構え……どういう風に動くのか、ある程度の予想がつく状態にある。だけどそんな事は百も承知だろう。きっと、それがわかったところで……例え、オレが回避行動として高速で動き回ろうとも、この一撃は必ず当たる――そんな自信のある攻撃……なのかもしれない。
ああ……なんだか段々とかわせる気がしなくなってきた……
たぶんラクスさんの剣を覆っている青いオーラはさっきの巨人と同様に魔法だ。だから弾くことはできる……けど、威力を殺しきれるわけじゃないから……避けられないというならなんとか受け流さないといけないんだが果たしてそれが――
ん……? 受け流すと言えば……そういえばフィリウスから教わった回避術というか防御術の中に、オレには無理だと思ってあんまり練習しなかったのがあったな。
フィリウスはムキムキだから身体が丈夫なんだろうと当時は思っていたけど、今思えばあれは強化魔法だったんだろう。んまぁ、魔法のまの字も教えないでそれをやらせようとするんだからあの筋肉めってところだが……
今のオレならば……身体能力が上がってて、「闇」の力である程度の威力を弾くことができる今なら――できるかもしれない……!
「……ならばこちらも……フィリウス直伝――」
『おお! 対する『コンダクター』、半身、左腕を盾のように前に出した姿勢! これは防御の構えでしょうか! テーパーバゲッド選手の必殺技――『豪槍』の二つ名を持つ姉、カペラ女学園校長グロリオーサ・テーパーバゲッド直伝の技に真っ向から挑むようです!』
静寂――ランク戦でのカラードとの最後の一撃を思い出す。だけど今回は二人同時に攻撃ではない。なぜならオレは――
――ィィンッ!
光。まるでビームのような、しかして無音の一撃が走る。「闇」をまとった左腕が魔法を弾き、その一撃がまとっている魔力を火花のように散らすが、それでもなお余りある威力に身体の半分が消し飛んだような感覚。
だけど――直撃は避けた!
「な――」
いつの間にか姿勢が変わっているラクスさんの顔が、懐に入り込んだオレを前にして人形のような無表情から驚きの表情になる。
左腕と、ついでに左脚も動かないから風で迫ったわけだが一応は想定の内。こんな強力な技にぶっつけ本番で挑んだのだから、フィリウスみたいにできるわけはない。
だからこの一発で勝負を決める!
「へ?」
「っ、馬鹿――!」
思わずそんな言葉が出た。上から見るとまんまビームの、剣の長さを軽く超えた遠距離からの突きをかすりながらもかわしてラクスの前に迫ったロイドが放ったのは――ただの突風だった。
完璧なタイミングで近づいて渾身の一撃……そういう狙いなんだろうって思って実際そういう状況になったっていうのにただの風。飛ばされたラクスもバカみたいな顔で「へ?」とか言ってるし……まさかあの『絶槍』とかいう技、かすっただけ大きなダメージが――
「『グングニル』っ!!」
直後、空から大きくて真っ黒な槍がドリルみたいに回転しながらバカみたいな顔をしてるラクスに落ちてきた。地面に突き刺さった槍は黒い竜巻となり、その根元からは何かをスライスする音っていうか削る音っていうか、そんな音が数秒聞こえて……その後、竜巻はふんわりと消えた。
竜巻の中を飛び回ってた無数の黒い剣が雨みたいに落ちてきて、黒い墓標みたいにグサグサと並んでいく闘技場の床、すり鉢みたいな形のクレーターの真ん中に――ラクスが倒れてた。
『これは……これは! ガンマンのような一騎打ちに注意を集めている間に準備していたのでしょうか! 空より飛来した必殺の『グングニル』の直撃を受けたテーパーバゲット選手は――戦闘不能状態! ならばこの試合! 勝者は――ロイド・サードニクスーっ!!』
どうしたものか。そういえばタイムリミットみたいのを聞いてなかったな……どれくらいで元に戻るのだろうか……と、真っ黒な「闇」を相変わらずまとったままのオレはぼんやりと歓声を聞いていた。
「やれやれ……とぼけた顔してえげつない技を撃ってくるんだな、あんた。」
試合が終わり、試合中に受けたダメージが……魔法使用の負荷を除いて回復したラクスさんがちょっと青い顔でそう言った。
「空から落ちてくる無数の回転剣……ミキサーにかけられる食材ってあんな気分なんだろうな……」
「いやぁ……ラクスさんの一撃も相当ですけどね。」
と、オレは闘技場の壁に空いた穴を指差した。
なんとラクスさんの必殺技である『絶槍・三式』は、闘技場に張られた観客を守る為の魔法の壁を貫いていたのだ。幸い、そういう事もたまにあるからという事でもっと強力な防御魔法が緊急時に発動するようになっていたらしく、それによってラクスさんの一撃は止まったのだが。
「ふ、そんな俺の攻撃を片腕で受け流しておいてよく言う。《オウガスト》の直伝って言ってたか?」
「はい……戦闘中に相手が油断するとしたら、それは自分の攻撃がこっちに当たった瞬間。ならちょっとくらってから、直後即行で受け流してやれば相手は隙だらけだろう? っていうのがフィリウスの持論でした。」
絶対に避けられない攻撃が来るのなら潔く受けてしまえ。ただしダメージは最小限に、そしてそれを反撃のチャンスに変える。攻撃を受けたコンマ数秒の時間で直感的に判断して対処する。それがフィリウス直伝のとんでも技である。
勿論、これをやろうとすると少し攻撃を受けなければならないわけで……だというのにフィリウスはそれが銃弾であろうと無傷で受け流すから意味が分からないのだ。
「無茶苦茶な……ま、それ以上に無茶苦茶なのはその力……愛の力だったか? 本当に一体なんなんだ?」
「あ……愛の力です。」
「そうかい。」
やれやれと笑ったラクスさんは、そのままの顔で……ふとこんな事を言った。
「さっきあんたに変な質問をされたわけだが……俺もあんたに質問――というかアドバイスをもらいたい。俺と同様に、状況として女子に囲まれているあんたに。」
「え、は、はぁ……」
なんだろうか……正直女の子絡みで力になれることなど欠片も……
「あんた……女風呂に突撃したことはあるか?」
「え――えぇ!?」
斜め上のとんでもない質問が!
「俺はある――あ、いや! 勿論俺の意志じゃなくて色んな偶然が重なった結果としてな!」
「そ、そうですよね……」
びっくりした……
「そ、そんな感じの偶然の連続で、なんかドアを開けたらあいつらが着替えてたり、何故か裸だったり、目が覚めたらあいつらが隣で寝てたりまたもや女風呂だったり……!」
ぐぬぬという顔で何やらすごい日常を語るラクスさん。しかしその話によって、オレが頑張って忘れようとしている事が頭の奥から引っ張り出され始めた。
白い湯気の中、手やら足やらお腹やら、オレの身体のあちこちに触れ、包むこむ柔らかな感触と温度。視界に広がる見慣れたみんなの見慣れない肌色の山やら谷やら……
あぁ……鼻血が……
「要するに、そういう感じの……数秒後には血の海に沈む自分の姿が見える状況に陥った場合、あんたならどうする?」
血の海……オレの場合は自分の血に沈むのが大抵なんだが……さ、最近は頑張って我慢するようにしているわけだから、自分が気絶しない場合の事を考えると……
…………うん……
「……おとなしく沈むしかないかと……」
「そうか……」
なんだろう……お互いに何かを悟っているような妙なシンパシーを感じるぞ……
でもこんな答えじゃ折角の質問に申し訳ないな……
「あ、ああ……でもフィリウスはこんな事を言っていました。」
「《オウガスト》?」
「はい。えっと……「女が髪型を変えた時、いつもよりも気合の入った服を着てる時、それに気づいて褒めるのは男の義務ってもんだ。そしてそれと同じように、偶然であれ事故であれ、スカートの中を覗いちまったとか胸に触っちまったとかしたら――それも褒めて、でもって感謝だ。」……って……」
「……さすがだな……しかしそうか、感謝とは思いつかなかった……そうか……」
今度試してみようという顔になっているラクスさんだが……この会話、普通に闘技場内のスクリーンで放送されちゃっているからなぁ……ラクスさんの周りの女の子は顔を赤くしていたりするのではないだろうか。
……きっとエリルたちも……
んまぁこの質問はともかく、ラクスさんへの質問の答えはなんだかよいモノだった。
そうだ、もうちょっと頑張ってみようではないか。
「この女ったらしロイドくんめ!」
決意新たに闘技場から出たオレは、ローゼルさんに両のほっぺをつねられた。
「そんなカッコいい格好で時々しかやらないキザセリフを言ったら余計に増えてしまう――というかいつまでその恰好なのだ!」
「いはいいはい……え、えぇっと……戻り方がわからないのです……」
「――っ……あ、あんまりそのモードでいられると……困るのだが……!」
なぜかローゼルさんは顔を赤くしてそっぽを向いた。見ると他のみんなも赤い顔で――
「ロイくーんっ!!」
「んーっ!?!?」
リリーちゃんが飛びつきからのキスをぉおっ!?!?
「やぁんロイくんてばカッコいいんだからー。もう一回――」
「何してんのよバカ!」
エリルのブレイズ回し蹴りが鼻先をかすめる頃には離れたところに移動しているリリーちゃん――ととと、というかこんなところでキキ、キスを――! あぁ、ひそひそ話をしている他の学校の生徒が見える!
「――あんた……ちょ、ちょっとマスクしないさいマスク!」
「えぇ? そんなの持ってないぞ……」
「とにかく口を隠すのよ!」
「こ、こうですか……?」
言われるまま手で口を覆ってみたら、エリルはほっとした顔になった。
「一体なんなんだ?」
「……あんたは今吸血鬼の能力が上がってるから……あんたのやらしいく、唇の力も上がってんのよ!」
「ん? ああ、オレの事を好きな人が魅了されるっていう変なまほ――やらしいとか言わないでください! え、というか力が上がってる?」
「簡単に言うとねー。その状態のロイドにはあたしたち、普段以上にチューしたくなるんだよー。」
「えぇ!? は、早く元に戻らないと!」
「えー? ロイドってば、あたしのキスはいやー?」
「えぇ!? そそそ、そういうわけでは――」
「ボクは! ロイくんボクは!」
「い、いやじゃナイデスヨ……!」
ま、まずいぞ、この空気はまず――
「どうしたんだロイド。」
最近、男友達ってなんて素晴らしいと思う瞬間が増えたような気がするわけで、颯爽と現れたのは正義の騎士カラードとムキムキアレクだった。
「その片目の魔眼にあんな能力があったとは驚きだが……何やら元に戻れない上にそのままだと困る状況のようだな。口がどうとか。」
「え、あ、ああ……なんとか口を隠したいんだよ。」
「ならばこれを使うといい。おれのの予備だ。」
こうして、朝一でキキョウと戦ったエリル、パライバをボコボコにしたローゼルさん、ラクスさんに何とか勝利したオレに続くように、ティアナとリリーちゃんとアンジュがそれぞれに――普通に上級生の強そうな人たちに勝負を挑んでわりと普通に勝利する様子を観戦した。
カラードの甲冑のヘルムをかぶりながら。
「だはー。これだけでも結構重いんだなぁ……カラードはすごいなぁ。」
試合可能な時間帯を過ぎた放課後。夕食にはちょっと早いからいつものようにあたしとロイドの部屋に全員が集まって……今日の半分くらいを甲冑のヘルムを被った変な人として過ごしたロイドが大きく息を吐いた。
「おかげで新たな女の子は登場しなかったがな。今後もずっとそれだとわたしは安心なのだが。」
「それはちょっと……そ、そうだ、今日は全員試合に勝利したね。」
「昨日負けたのあんただけだけど。」
「そうですね……」
「で、でも……あ、あたしの今日の相手……そ、そんなに強くなかった……と思う、よ……キキョウさんとか触手の人とか……ベルナークの人の方がよっぽど……」
「だねー。同じ勝ちでもポイントの差が大きそうだよねー。」
「エリルちゃんとローゼルちゃんが今のところリードなのかな……よし、ボク明日はどこかの生徒会と戦うよ、ロイくん! だから応援のチューして!」
「えぇ!?」
一応、ラクスとの試合の後十分くらいで制服が白色に戻ったから吸血鬼モードの持続はそれくらいなんだろうけど……一回パワーアップしたロイドの……み、魅惑の力を受けたあたしたちはなんとなくドキドキしたままで、だからヘルムをかぶらせといたんだけど……実のところ今もいつも以上にロイドに目が行く――って、べ、別にいつもそこそこ見てるってわけじゃないわよ!
「チューで思い出しだけど、やらしー能力だよねー。吸血鬼の唇ってさー。」
「血、血を吸うための工夫の結果ですから、単純にい、いやらしいだけの力ではないのです!」
「でも結果としてはさー。まー無差別じゃないだけいいけどねー。」
ニヤニヤ笑うアンジュ……なんだけど何かしら……? なんだかいつもよりニヤニヤしてる気がするわ。
「そーだー、ねーロイドー。ちょっとこの部屋のカーテン使っていいかなー。」
「? 真ん中の? 別にいいけど……何するの?」
「今日のロイドはすごい頑張ってたでしょー? ベルナークの剣に勝っちゃったわけだしねー。だから一足早くねー。」
「??」
「ほらほら、全員お姫様エリアに移動してー。」
ぐいぐいと、あたしたちをあたしのベッドのある側に移動させたアンジュは、そのままカーテンを閉めてロイドのエリアに一人残った。
「む? アンジュくん、一体なんなのだ? よもやロイドくんのベッドに潜り込んではおるまいな。」
「え! ちょっとアンジュちゃん、それはボクのだよ!」
「オレのベッドなのですが……」
明らかにやばそうな事が起きそうなのにすっとぼけた顔ですっとぼけた事を言うロイド。
なんというか、なんとなくわかるのよね……何がってわけじゃないんだけど……あの魅惑の力のせいでドキドキしてる今……ちょっとハメを外してもいいかなっていう変な気分になって――べべべ、別にロイドとそ、そういう事をしたいとかそういう話じゃないわよ!
と、とにかくあのアンジュだから何かをやらかしそうな……ダメだわ、今すぐ止めに――
「あ、もーいいよー。」
「うん。じゃあ開けるよ。」
あたしが動く前に向こう側からアンジュの声が聞こえて、それに返事しながらロイドがカーテンを開いた。
そこには当然だけどアンジュがいて、ただ服装が制服じゃなくなってて……料理する時の格好になってて……じゃなくて……ちょ、ちょっとまさか……
「ロイドー、これが裸エプロンだよー?」
は――
はぁぁああぁぁっ!?!?
このバカ女、何やってんのよ!? はだ、裸――裸エプロンしてるわよこの痴女!! しかも本当に本当の裸じゃないの!!
「へぇー。そういうふりふりのついたエプロンをそう呼ぶの?」
!! ロ、ロイドの奴、真正面からアンジュを見てるからどういう事かわかってな――あ! アンジュがニンマリし――
「そーじゃなくてねー。こーゆーのをそう呼ぶんだよー。」
そう言ってアンジュはその場でくるりと一回転――!?!?
「え?」
長いツインテールを綺麗にゆらしながらくるっと回るアンジュ。肩の後ろ、隙間からチラリと見える胸、くびれた腰に丸いお尻、スラっとした脚……
……あれ、なんか変……え、あれ? 今アンジュ…………ていうかアンジュ!?
「びゃ、アンジュ!? しし、下は――エプロンの下は!?」
「裸エプロンだもん、着てないよー?」
「ぶえぇっ!?!?」
そそそ、そういう意味だったのか――っていうかなんて恐ろしい着こなしだ!
「どーおー? 似合うー?」
「どうってそれ以前の話では!?!?」
目をつぶす勢いでバチンと目を覆ったが――だ、ば、頭の中に数秒前の光景がリプレイされる!! エプロンの隙間から見えた胸とかお尻とかオシリとか――
「えいっ。」
「ぎゃあああっ!?!?」
覚えのある感触が身体を包む。見るとデンジャラスな格好のままでオレに抱きついているアンジャアアアッ!?!?
「んふふー、ロイドってば見ちゃったー?」
「見ちゃったというか何をどうやったって見えてしまうというか何をしてるんですかアンジュ!」
「ハグだよー。」
身長がオレより少し低いアンジュは、オレの首に腕を回して強制的にオレの頭を自分に向けてくる。そんなアンジュを見下ろすオレの視界にはアンジュの可愛い顔と、エプロンという布一枚を隔ててオレに触れているアンジュの結構ある胸の谷間っ!!
「ああああ、あんた何やってんのよ!」
「い、今すぐ離れるのだアンジュくん!!」
いつもならパンチを入れたりキックで飛んでくるみんなが、何故か何もせずにバタバタしている……!? そ、そうか、今のアンジュは後ろから見たら裸なわけだから、そこに攻撃を入れるのはさすがにどうかという――いやいやそんな分析してる場合じゃないぞオレ!!
「やっぱり魅惑の唇はやらしー能力だねー。普通の状態でもこれくらい近づくとどうしても……」
「あびゃら!? ちょ、アンジュ何を――」
「チューだよー……」
「ここここの状態でやられると色々とまずい――うわっ!」
視界が急回転する。迫るアンジュから逃げようと後ろに下がったのだが、エリルのベッドにつまずいてボフンと倒れこ――
「ひゃっ。」
いつも色っぽく迫るアンジュの、少し恥ずかしさが混じったような珍しい声が聞こえた。
そして……手にぴっとりと柔らかな感触――これは……??
「あ、やん……ロ、ロイド……んん……」
仰向けのオレの前にはアンジュがいる。オレの頭の横に手をついている姿勢で……今にもエプロンからこぼれそうな胸の向こうには瞳を潤ませ、頬を赤らめ、嬉しそうというかくすぐったそうというか、不思議な表情のアンジュの顔が……
……え、あれ……体勢的に、この前みたく胸に触ってしまった――というよう事はないと思って手に触れているモノをふにふにしてしまったのだが……ちょ、ちょっと待てよ……まさかオレは……
「もぅ……いきなりお尻を揉まないでよー……」
「――!!!!」
柔らかくてハリのある感触から全速力で手を離すが――
「んっ――」
その動作すらやばかったらしく、アンジュは何かを我慢するかのような表情になり、そしてそれはオレの中の何かを凄まじいパワーで刺激する顔で――というかオレは何てエロいことを!?!?
「ん……まったくもぅ……ロイドはいきなりエッチな事してくるんだから――」
「んぐ!?」
過去、フィリウスといた頃は想像もできないくらいに何度も何度も……お、女の子とのキキ、キスを経験してしまっているオレなわけだが、これほどにやばい――体勢とか状況とかがエ、エッチなのは初めてばああああ舌がああああぁっ!?!?
「そ、それ以上は……ダメーっ……!!」
「きゃっ!?」
口の中からアンジュの舌がちゅぱっと抜けると、何やら蛇のようなモノにぐるりと巻き付かれたアンジュが視界の隅へ投げ飛ばされた。
「よ、よくやったぞティアナ! さぁアンジュくんに服を着せるのだ!」
「ロロロ、ロイくんにあんなことして! アンジュちゃんなんか布でぐるぐる巻きにしてやるんだから!」
「このド変態っ! ほ、ほんとに完璧に裸じゃないのよ!」
「わ、ちょ、ちょっとみんな、服くらい自分で着るってばー。」
よく考えたらエリルのベッドの上なのだが、なんとも言えない感覚に頭をぼーっとさせている事数分、ドタバタしていた部屋の隅っこが静かになり、寝転がっているオレの顔をローゼルさんが――冷え切った笑顔で覗いてきた。
「呆けているところ悪いがロイドくん。一つ確認させてくれ?」
「ふぁ、ふぁい……」
「普通、倒れる時は身体を支えようと手が後ろに行くものではないか? どうしてそのスケベな両手はアンジュくんの――お、おしりに吸い寄せられたのだ?」
「びゃっ!? そ、それはなんといいますか!」
慌てて起き上がると、ローゼルさんを含めた……アンジュ以外のみんなのジトーっとした目が見えた……あぁ、これは相当まずい状況――
「何言ってるの優等生ちゃん。だってロイドだよー?」
一人ニコニコと笑うアンジュ――ってそれはどういう意味だ!?
「……ロイドくんはスケベだから当然と?」
「そーじゃなくてさー。女の子と一緒に転んじゃいそうになったら、ロイドは女の子を抱き寄せてかばうでしょー?」
――!
「む……ま、まぁそうだが……ふん、言われなくともそうだとは思っていたとも……」
「腰にまわす手がちょーっとずれただけだよねー。」
「ちょっとずれた……ん? ま、まさかアンジュくん、狙ってわざと!?!?」
「どーかなー?」
いつもの服装――おへそ丸出しに短いスカートという色っぽい格好に戻っているアンジュは、しかしほんの少し前にあんな事があったせいでいつもの数倍エロく見えて……だぁ、いかんいかん、そんな目で見てはいけな――
「んもー、ロイドったら力強くつかんでくるんだからー。」
「あびゃっ!?」
「あ、あんたやっぱりわざとロイドに触らせ――こここ、この変態女!」
「そんなこと言って羨ましいくせにー。ま、でも……」
ふっと、ニンマリ顔のアンジュは後ろに手をまわしてもじもじしながら恥ずかしそうに……
「あ、あんなに揉みしだかれるとは、思わなかったけどねー……」
うわ、可愛――ぎゃ、エリルが鬼のような顔に!
「ロイド……?」
「ごめんなさい! ほほ、ほら! 柔らかい感触のモノに触れたら無意識にやってしまいませんか!?」
「しないわよバカ! て、ていうか柔らかいって……このエロロイド!」
「ふ、ふふふー、ロイドも男の子ってことだよねー。ロイドの頭の中はしばらくあたしかなー? 感触を思い出してニヤニヤしちゃうんだよー、きっとー。」
「ロイくんダメだからね!!」
「ニヤニヤなんてしませんから! そ、それに――そう! どっちかと言うと感触よりは間近で見たアンジュの顔とか声の方が印象強いのです!!」
……
…………あれ、なんで静まり返ったんだ……? な、なにかまずいことを……
「それってー……」
さっき以上に赤くて恥ずかしそうな顔という珍しい表情になったアンジュが一層もじもじしながらぼそりとこう言った。
「あ、あたしの……あ、喘ぐ――ところが良かったって……こと……?」
!?!? アアア、アエグ!?!?
「あんた……」
「そ、そういうつもりで言ったのでばああっ! 熱い! エリル熱いから!」
「ほうほう、このドスケベロイドくんにはそういう趣味があったのか、そうかそうか。」
「冷たっ! 凍らせないでローゼルさん!」
「ロイくんてばロイくんてばロイくんてば!」
「はひ、ほ、ほっへはほんはひほひはいほひひーひゃん!」
「きょ、今日のロイドくんはちょっと……エッチ……だからね……」
「ぎゃあっ! 鋭い爪でひっかかないでティアナ!」
全員でロイドを痛い目に合わす横でニンマリ――いえ、なんかうっとりした顔で笑うアンジュに、ロイドが赤い顔を向けた。
「ままま、まったくアンジュは! 初めて会った時もパ――パンツを見せたりして!」
「心外だなー。あの時も今も結構恥ずかしいんだよー? まー、今日のはロイドが吸血鬼の力で魅了してきたからテンション上がっちゃったって感じかなー。元に戻ってる今だって、ロイドを見るとなんかドキドキするんだよー?」
「まだ効果が!? い、いやそれでもその――アンジュの攻撃は毎度刺激が強すぎると思うのですが……!」
「それは仕方ないよー。程度はそれぞれに、たぶんみんなもそうだろうけど、あたしはロイドの頭の中をあたしでいっぱいにしたいんだよー。手をつなぎたくて抱き着きたくてキスしたくて――その先も、たくさんしたいんだー。」
「――!!」
「だってロイドが好きで、それくらいロイドが好きなんだからねー。最初に言ったでしょー、あたしはあたしの欲しいモノを必ず手に入れるってさー。」
さらりともう一回……いえ、前回よりも強烈な告白をしたアンジュ。
「わ、わたしだってドキドキしっぱなしだし、ロイドくんのことは大好きだぞ!」
「――!!」
「ボクの方がもっとドキドキでもっと好き好きだよ!」
「あ、あたしも……」
「ちょちょちょちょっと待ってみんな……!」
当然あたしも――って言おうとしたところでロイドが流れを止めた。
「そ、そう何度もすすす好きだと言われますと――う、嬉しかったり恥ずかしかったりでしんじゃいますから……!」
やらしいのを前にした時とは種類の違う赤い顔。恥ずかしさが何かを超えちゃったみたいな、そんなむずむずする表情のロイドはなんだか……なんだか……な、なによこの気持ち……
「ととと、とにかく! アンジュはあ、あんまりああいうのをやっちゃいけません!」
「うれしーくせにー。ていうかあたしだけー?」
「みんなです! い、今までの色々とかさっきのとか、なんだかんだで他の誰かが蹴っ飛ばしてくれたりオレが気絶したり――でしたけど! その内本当に……オオカミになった男は怖いんですからね!」
おなじみになった締めくくりを言うロイドだけど、今日は……ローゼルが「ふむ」って顔をした。
「毎度その言葉には望むところだと返すわけだが……そこまで言うという事は、もしやそういうのを見たことが――いや、まさかの経験が!?!?」
「え!? ロイくんてばボク以外の誰を!?」
「なな、ないよ! 旅の中でそういう話をそこそこ聞いただけです!」
「あーまー世の中にはこわい男もいるからねー。あの触手みたいにさー。」
「ロ、ロイドくんは……そ、そういうのじゃないから……安心だね……」
「むしろロイドくんはちょっとそうあるべきだな。」
「えぇ!?」
その内反撃しちゃうかもよって言いながら相変わらず押されっぱなしのロイド。世の中の男がみんな、漫画みたいにお風呂場を覗くような変態だらけってわけじゃないだろうけど、それにしたってロイドはそういうのがない……ように見える。
でも……リリーたちは知らないかもだけど……ちょっとくらいはそうなのよね……このバカ。
第十章 風の指揮者と雷の女帝
『どどどどどうしたら良いだろうか……!』
アンジュのかつてない攻撃によってもんもんとした状態の中、フィリウスの筋肉を思い出すことでなんとか眠ることのできたオレは、翌朝、連絡用の通信機の呼び出し音で目を覚まし……寝起き一番、アフェランドラさんの動揺しまくりの声を聞いていた。
どうやら昨日のキキョウの試合の後、アフェランドラさんはキキョウに色々とアドバイスをし、ついでにヒースの試合も一緒に観戦してヒースにもアドバイス、そしてアフェランドラさん自身の試合も二人に観てもらったらしい……のだが、ここで良い意味でハプニングが発生した。
ヒースに何やら別件の用事が入り、なんとそこから半日ほどは二人きりで行動したというのだ。
やった事と言えば他校の強い生徒の試合を一緒に観て意見を出し合う――みたいなモノだったらしいが、これは半分デートなのではなかろうか。
しかも、生徒会長の解説付き試合観戦というよく考えたらかなり嬉しい状況を、もし良かったら明日もお願いできないかとキキョウが言ってきたそうなのだ。
アフェランドラさんは半ば反射的に「いいだろう」と言い、昨日はそれでわかれたそうなのだが……ふとアフェランドラさんも、これは半分デートなのでは!? と気づいてオレに連絡してきた――というのが今の状況である。
「どうもこうもチャンスじゃないですか。」
『チャンス!? ままま、まさかもう告白を!?!?』
「い、いえいえそれはまだ早い気が……つ、つまりですね、一昨日よりも昨日、昨日よりも今日、どんどん仲良くなっていけばいいのではないですかという話です。」
『ど、どんどんか……正直昨日でいっぱいいっぱいだったのだが……私はきみほど異性とフランクに会話できないのだ……』
「……一応、オレもアフェランドラさんからすると異性ですがこうして――」
『きみは……そういう変な緊張を持たずに話せる――雰囲気と呼べばいいのか、そんな感じのモノがあるのだ。』
「そ、そうですか?」
そういえばローゼルさんも似たようなことを言っていたな……いや、そういう雰囲気があるとしたら、それこそキキョウがそうだと思うのだが……
『きっとその辺りも、きみが女子生徒に人気のワケなのだろう。ふふ、昨日だけできみの新しい噂をたくさん聞いたぞ?』
「ソ、ソウデスカ……」
『こうして相談している身で言うのもなんだが、師匠譲りで両手に収まらない花をつかむのなら、師匠譲りに皆を幸せにすることだ。』
「さ、さらりと難題を……頑張ります……」
なんだか、こうして話しているとアフェランドラさんは「良いお姉さん」という印象だ。この感じをキキョウと話す時にも出せれば……
『話がそれてしまったな……まぁしかしきみの言う通りだろう。これを機にもっと仲良く……確かにな……』
通信機の向こうでうんうんと頷いていたアフェランドラさんは、「そういえば」と言って話題を切り替えた。
『今日の試合、よろしく頼む。』
「あ、はい。こちらこそよろしくです。」
『ああ。実を言うと、試合がこんなに楽しみなのは久しぶりなのだ。良い勝負をしよう。』
「それは……なんというか光栄です……」
『ふふ、私もだ。時間はまた連絡する。朝早くにすまなかった。』
「いえ。ではまた。」
しかし……楽しみか。昨日のオレの力――誰もそうとは気づいていないだろうけど、吸血鬼の力を見た上でそう言っていると思うのだが……そうは見えないだけで、アフェランドラさんも強い人とガシガシ戦ってみたいタイプの人なのだろ――
「誰と話してたの。」
切れた通信機を片手にぼーっとしていたところに淡々とした声が響く。見ると寝間着エリルがむすっとした顔でカーテンのところに立っていた。
「エリル!? きょ、今日は随分と早起きで――」
「誰と、話してたの。」
こ、これはいつものむすり顔じゃない、本当にむすっとしているパターン……! で、でもアフェランドラさんの恋物語はあんまり……
「えぇっとそのー……ご、ごめん! それはちょっと話せない……のです……」
「……」
表情は変わらないけど雰囲気が一層むすっとなり、すたすたと近づいてきたエリルはオレのベッドの横に立った。その無言の圧力に押されてなんとなく布団にもぐるオレ……あぁ、カッコ悪いぞオレ……
「……まぁ……相手はきっとどこかの女なんでしょうけど、あんたはこっそり浮気しない――っていうかできないからそういうのじゃないんでしょうね……」
「も、もちろんで――え、あれ、エリ……ルさん……?」
いつもとは逆に、ベッドの中のオレをエリルが見下ろすという状態だったわけだが……むすっとしたエリルはストンとベッドに腰かけ、そのまま上体をひねって――覆いかぶさるようにオレの頭の左右に手をついて顔を覗き込んできた。
「でもあんたは優柔不断の女ったらしで、自分を好きって言ってくれた人を無下にできないとかなんとかで結局全員まんざらでもなくて、くっついたりキスしたり――たまにやらしい事もあったりして……あんたはあたしを好きって言ったけど、昨日みたいに他の女とベタベタしてるところを見ると……不安になるのよ……だから――」
電気をつけていないし、庭に面している窓のカーテンは閉じたまま。薄暗い部屋の中、いつものむすっとした顔で声もむすっとさせたエリルが、少し目をそらしてこう言った。
「たまにあたしが一番だって事を思い出させてくれないと……燃やしちゃう――わよ……?」
少しほっぺをふくらませたむすりエリルに思わず手が伸びて――
「ひゃっ!?」
そのまま抱き寄せた。布団越しに受け止めたエリルの身体を、我ながら加減なしでぎゅっと――
「なな、何すんのよ!」
「…………はっ! あ、ごごめん、つい!」
慌てて手を離したが、エリルはオレの上に転がったままで……唇をオレの耳元にそっと近づけて呟いた。
「……時々……オオカミよね、あんた……」
「は、はひ……」
はぅあ……耳にそよぐ吐息の艶めかしさよ……昨日のアンジュの攻撃とは種類の違う色気が……
「……まだ起きるには早い時間ね。」
「そそ、そうですね……と、というかエリルはなんでこんなに早く……」
「どっかの馬鹿がカーテンの向こうでぶつぶつしゃべってたからよ。」
「ご、ごめん……え、えっと……じゃあもうひと眠りする……?」
「……そうね……」
しばしの沈黙。そして……なんとなく……いや、きっとオレの中のオオカミが顔を出したのだろう、オレは布団の中を移動して横にスペースを作って……掛け布団をめくった。
それに対し、エリルは無言でその場所に脚を入れ、髪の毛からふわりといい匂いをさせながらオレがあけたスペースにおさまって――掛け布団をかぶった。
二つの鼓動と体温を包んだベッドの中、お互いにいつも以上の姿勢の良さで天井を見つめ、しかし意識は隣のもう一人に向いていて……ふとしたキッカケで何かが起きそうな状況……
……だったが……
「よ、よーし! 最終日だぞエリル! 頑張ろう!」
「とと、当然よ! 今日も勝って全勝よ!」
という感じに、十数秒でオレとエリルはベッドから飛び起きた。
朝っぱらからドキドキし過ぎた身体を軽い体操で落ち着かせ、オレとエリルは朝ご飯を食べに学食に向かった。
「おはよーロイドー。」
「アンジュ……!」
落ち着いたはずの身体がまたもや熱を帯びていく。昨日のあの時の瞬間の五感情報全てがフラッシュバックする――だぁあぁぁ……
「人の顔見るなり赤くなっちゃってー。あたしに惚れちゃったー?」
「――! ……ふ、ふふふー! 何を今更! 既にある程度惚れてますから!!」
変なテンションで変な反撃をしてしまった結果、アンジュが可愛く照れてエリルにほっぺをつねられた。
「む? 何気にロイドくんからそういう事は言われたことがないような気が……ロイドくん、わたしは!」
「えぇ!?」
「ロイくん!」
「ロ、ロイドくん……!」
しまった、毎度のことながら考え無しにやらかしたぞ!
「やってるなー、お前ら。」
どうしたものかと頭をフル回転させていると、おぼんにうどんを乗っけた先生がやってきた。
「その元気は試合にとっとけよー。」
「先生……あれ、先生?」
「あん?」
そういえば交流祭が始まってから先生を見てなかった気がするな……なんだか久しぶりに会った気がするぞ。
「えぇっと……先生、今までどこにいたんですか?」
「なんだその質問は。」
「あ、いえ……なんだか久しぶりに見たというか……」
「交流祭は生徒主体のイベントだからな。基本的に教師は口出し手出し一切禁止なんだ。でもって、生徒同士の交流の場に教師がいたらできない話もあるだろうってんで、そもそもアルマースの街に入る事も禁止されてる。」
「え、じゃあ……この期間は先生たちはお休みですか。」
「まぁな。だが騎士を育てる先生なんてのをやってる奴が、次代を担う騎士が勢ぞろいのイベントを休みだからって見逃すわけはない。っつーことで、大抵の教師は試合の中継を見て過ごしてる。」
「中継? あれ、この交流祭はそういうのがないって……」
「公には、な。四校の関係者だけは好きな試合を観戦できんのさ。ま、残念ながらスクリーンのついてる闘技場の試合に限るから、一番小さい闘技場でやってる試合は観れないんだが。」
つまり……デルフさんとかの試合は観れても、昨日のエリルとキキョウの試合は観れないわけか。
「ただ……今日は私だけ、特別に街に入ることになるんだが……」
「え、それはまたどうしてですか?」
「面倒な客の案内だ。ったく、元国王軍指導教官って肩書はこれだから……」
「客? 偉い人でも来るんですか?」
「偉くはないが面倒だ。特にあのクソジジイは……」
「?」
サードニクスら『ビックリ箱騎士団』とわかれた後、私は面倒な奴らを迎える為に学院の正門に立った。少しの間の待ちぼうけ、私は交流祭について考える。
生徒には公開されていないが、今のところ四校のポイントは横並びだ。ソグディアナイトが入学してからは割とセイリオスが首位を走ってたらしいが……今年で卒業ってことで他校の生徒会長に熱が入って、それがいい具合に他の生徒に伝わったらしい。なんやかんや、やっぱり強い奴っていうのは周りに影響を与えるもんだ。
ただ……個人的にはプロキオンのアフェランドラが気になる。『雷槍』と呼ばれてる身として『雷帝』に興味が行くというのもあるが……教師として改めて見ると、たぶんアフェランドラはまだアレに出会えてない。
もしも会っていたら、おそらくソグディアナイトを超える使い手に――
「んお、教官! 教官に出迎えさせるたぁ、校長もなかなかやるな!」
まだ「遠めに見える」って表現する距離なのにバカデカい声が聞こえた。シルエットからしてその筋骨隆々っぷりがわかる筋肉ダルマ――《オウガスト》がズンズンと歩いてくる。
「ほぅ、これはまた目新しい格好じゃの! 本当に教師やっとるんじゃな。」
でもってそいつの隣を歩いてるのが……唯一私が何度も負けてる相手。ハゲてはいないが白髪まみれの頭に、傾いた身体を支える杖。元気ハツラツの顔でかぶってた帽子をふる――《フェブラリ》のジジイ。
――と、ここまでは聞いてた通りだったんだが……二人の後ろにいるのはまさか……
「こうしてきちんと挨拶するのは初めてよね。いつも妹がお世話になっているわ。これ、つまらないモノだけど。」
ついさっきも見た紅い髪。ダルマとジジイとは明らかに雰囲気の違う立ち振る舞い。飾り気のない普通の格好でもにじみ出る気品。
この国――フェルブランド王国の王族であり、外交にてその手腕を振るう人物にして……私の立場から見ると教え子の姉。カメリア・クォーツ……!
「授業参観に来た奥様のようですよ、カメリア様。」
そしてそんな人物の後ろに静かに立つのは濃い赤色の髪を長いポニーテールにしたメイド服の女。第四系統を得意とする騎士が自身の誇りにかけて打倒しなければならないと叫ぶ、コスプレではない本職のメイド――《エイプリル》……!
十二騎士が二人ってだけでも大騒ぎなのに、もう一人増えた上に王族追加? なんだこの状況は……と、私が高そうなクッキーの箱を手に目を丸くしていると、その心を読んだかのようにカメリア様が微笑んだ。
「突然でごめんなさいね。でも仕方がないのよ。お城を歩いていたら珍しい組み合わせの二人が意気揚々とでかけていくところが見えたの。ついていくしかないじゃない?」
噂通り、仕事の時以外は愉快な人みたいだな……
「そ、そうですか……まぁ十二騎士が三人もいるのですから、護衛という点では問題ないでしょうが……その、御予定などは……」
「ないわ。そうよね、カメリアさん。」
「いえ、今日は七大貴族の方とのお食事が――」
「ムイレーフに気を使う必要はないわよ、カメリアさん。理由どうあれ、無くなったモノを有るように扱うのは誤解のもとよ。」
「申し訳ありません。六大貴族の方とのお食事が――」
「ご機嫌取りに用はないわ。キャンセルね。」
「かしこまりました。すると今日の予定はありませんね。」
「ということだから。今日はエリーと未来の弟の雄姿を見物するわ。」
さらりとすごい会話がされた気がするが……まぁ、実際この人の実績はとんでもない。騎士とは違う戦場で猛者と呼ばれる人物……飯をすっぽかされたからって、王族って点を除いても文句は言いづらいだろう。
「……んで、そっちの筋肉とジジイの要件はなんなんだ? 昨日いきなり「行くからよろしく」とか言ってきたらしいが。」
「おお! ま、ざっくり言うと《フェブラリ》と賭けをしたから、その結果を見届けにきたんだ!」
「……あぁ?」
「馬鹿正直に言いおって、アドニスが修羅のような顔になったぞ。次代の騎士の力を見に来たとかなんとか言っておけばよいモノを。」
「いい度胸だな、ジジイ……だいたいあんたは他国の人間だろうが。軽く機密に触れるような事をよくも言えたな。」
「十二騎士にはそれほど厳しくないじゃろう、その辺り。それに、機密云々というのは今更じゃよ。」
「なんの話だ?」
「ああ、教官。そこんとこがずばり、賭けに関わってんだ。」
今日の対戦相手が決まっていて、その相手からの連絡を待つ身であるオレはのんびりとみんなの応援をしていた。三日目ともなるとどの学校の誰が強いかという話が広がっていて、今のところ上級生相手に二勝しているみんなは――なんというか、大体の生徒から距離を置かれるも、一部の生徒からは声をかけられるという状況にあった。後者の生徒とはつまり、フィリウスみたいなバトル好き、もしくは強い相手と戦って成長したいという真っすぐな騎士道の生徒。
このアルマースの街にいる人は全員騎士学校の生徒なわけだが、残念ながら全員が全員高い志というわけではない。入学したての頃は自分もそうだったと、名門騎士の家のローゼルさんですら言っているのだから……ある程度は仕方のない事なのだろう。
だけど実際問題、志の有無はそのまま強さにつながっている。ラクスさんというキッカケ……というか目的というか、そういうモノを得たポリアンサさんは見違えるほどに強くなったとデルフさんも言っていた。志という点で言うと身近では一番のエリルはドンドン強くなっているし……正義に燃えるカラードの強さも然りというモノ。
上から目線になるが……今日、みんなに勝負を挑んでくるような生徒は今後、それぞれに名を上げていく気がする。むろんみんなもそうだし、オレもそうありたいと思う。
……んまぁ……昨日の試合が影響しているのか、オレに話しかけてくる人が誰もいないというのがちょっと寂しいのだが……
う、うん、きっとアフェランドラさんと試合するという話がなんやかんやで広まっている――のだろう!
「ふぅん、リゲルの生徒会? いいよ、試合しようか。ロイくん、勝ったらチューしてね?」
「えぇ!?」
チュー……き、気を取り直して……最終日はリリーちゃんの試合から始まった。
リリーちゃんと言えば……本人はあんまり気に入ってないみたいだけど、『暗殺商人』の名の通り、パッと消えてパッと背後にまわって短剣で一撃という戦い方。だけどこの前のランク戦、全身甲冑のカラードとの試合で思うところがあったのか、最近はそれ以外の戦法も使うようになっていた。
第十系統の位置の魔法。一度会ったこともあって、この系統で最凶最悪と名高い『イェドの双子』ことプリオルとポステリオールについて調べてみた事がある。
双子の男の方、プリオルは古今東西の名剣名刀妖刀宝刀のコレクションを銃弾のようにして撃ちまくるという戦い方をする。この世界のどこかにあるプリオルのコレクションを保管している部屋から剣を位置魔法で呼び出して発射、その後すぐに位置魔法で部屋に戻し、また発射する。普通の銃で言えば、発射された銃弾が弾倉に戻ってくるような状態だ。
んまぁ、一度発射された銃弾は装填できないけど……この銃タイプをやっているのがポステリオール。どこかに保管しているのだろう大量の銃弾を位置魔法で弾倉に移動させて、弾切れなしで撃ってくるとか。
そしてこの二人が放った剣と銃弾は位置魔法によって操作されるからとんでもない軌跡を描いて飛んでくる。こんな感じに遠距離武器と位置魔法を組み合わせて使う人というのは結構いるらしい。ただ、位置魔法を使った戦法にはもう一パターンある。
それがちょうどオレのように武器を遠隔操作するタイプだ。というかオレの曲芸剣術やエリルのガントレット操作はレアなモノで、普通、武器を遠隔操作すると言ったら位置魔法の領分らしい。
リリーちゃんの新しい戦法というのはつまり、愛用の短剣を手から離して相手に飛ばしたり瞬間移動させたりして斬るというモノだ。戦法としてはこっちの方が優位に戦えるし暗殺にも向いているのではと思ったのだが……
「テキトーに切ったり刺したりならいいけど、急所を確実に一撃ってなると、やっぱり自分の目と手でやんないとダメなんだよ。」
……と、熟練の暗殺者としてのコメントが返って来た。よって短剣の遠隔操作でやることは攻撃ではなく、リリーちゃんの必殺の一撃を確実に叩き込むための下準備。カラード戦で例えるなら、甲冑を引きはがす為の印を刻むという行為を遠隔操作で行い、はがしきったらリリーちゃん本人が切りかかる――というわけだ。
もともとそういう技術は磨いてこなかったらしく、遠隔操作はまだまだ不慣れらしいのだが……
『まるで拷問! 足や腕の腱を位置魔法で飛び回る短剣で切断し、じわりじわりと相手の動きを封じていきます! 人体の急所を知り尽くしているかのような正確無比にして無慈悲な攻撃! 『暗殺商人』ここにありです!』
そ、そんな風には全然見えなくて、致命傷にはならないけど動きに支障が出るような箇所を攻撃して相手の機動力を削いでいくリリーちゃん。しかもリリーちゃん本人は逃げに徹してるもんだから、攻撃が当たらないこと当たらないこと。
かつて裏の世界でその名をはせた暗殺者集団が十二騎士の手でようやく壊滅できたというのは、この逃げの技が厄介過ぎたからなのだろう……
「ロイくーん、ボク生徒会に勝ったよー。」
セイリオスとは選挙の時期なんかが違うらしく、同学年ながらも生徒会に所属しているという、普通に戦っていたらきっとすごい技を色々見せたであろうリゲルの生徒は、開始と同時に足元に出現した短剣に足を切られ、魔法を駆使して善戦するもじわじわと動けなくなっていって――最後にはぺたりと膝をついた状態でリリーちゃんの一撃を受けた。
「まるで悪魔のような戦い方だったな、リリーくん。」
「相手の顔見たー? 最後絶望って感じの顔だったよー?」
「な、なんか……トラウマにな、なりそうな……試合だった、ね……」
「流石元暗殺者ね。」
「やーんロイくん、みんながいじめるよー。」
むぎゅっと抱き着いてくるリリーちゃんを無意識的によしよしする。
リリーちゃん的には嫌な過去だったのだけど、オレが……そんなの関係ないって言ってからというもの、本人が気にせずにこれ関係の話をするもんだからみんなも軽く口にする。
ともかく、その目的の良し悪しは別としてリリーちゃんは位置魔法の使い手として小さい頃から英才教育を受けたというのは事実。慣れないはずの遠隔操作もすんなりとこなせているのだから、リリーちゃんはこの先もどんどんすごい使い手になっていくだろう。
「……ちょっとあんた、いつまでリリーを抱きしめてるつもりよ。」
「――はっ! あ、や、ぼーっとしてました!」
「ロイくんてば、こんなに可愛い子が抱きついてるのにぼーっとしてたの? ひどいんだから。これはチューを一回増やしてもらわないとだね。」
「はひっ!?」
「あ、あたしです、か……えっと同じ学年……え、学年二位? そ、そんな人が……でも……わ、わかりました……」
口に残る感触に顔を熱くしながら二戦目……リゲルの生徒会の人を絶望的な顔にさせて勝利したリリーちゃんに続き、カペラの一年生、学年二位に挑まれたティアナの試合を観戦する。
第九系統の形状の魔法における高等魔法の『変身』。それとスナイパーライフルと拳銃。これらを駆使した距離を問わない変幻自在の攻撃がティアナのスタイルだ。リリーちゃんみたいに新しい何かが加わったりはしていないけれど、ティアナの『変身』はより自在になっている。
昨日のアンジュの……は、裸エプロン攻撃の時にも、腕を蛇みたいにしてティアナを放り投げていたし……
話を聞いてみると、スピエルドルフに行ったことが良い影響を与えたらしい。
「あ、頭の中で想像するだけ、よりも……じ、実際にそうなってる人を見る方が……イメージはか、かたまるから……魔人、族の人たちは……さ、参考になったよ……」
腕や脚だけが人間のそれとは異なっている人や、下半身が馬だったり蜘蛛だったりする人、翼やしっぽが生えている人がそこら中にいる魔人族の国。魔眼ペリドットの力でオレたちよりもモノが良く見えるティアナにとって、スピエルドルフは中を歩くだけで『変身』魔法の勉強になったのだろう。
ちなみに……オレは気絶していたわけだけど、スピエルドルフに現れたアフューカス一味の中には第九系統を使う悪党の中で最強最悪の犯罪者がいたらしい。
かつて首都ラパンを襲った魔法生物の侵攻を引き起こした張本人だったらしいS級犯罪者――『滅国のドラグーン』、バーナード。この男は『変身』によって丸っきり別人になることができるほどの使い手で、戦闘となればその二つ名通りに巨大なドラゴンになるらしい。
今はまだ身体の一部を『変身』させるだけで別の器官を追加することはできないと言っているティアナだけど、このまま魔法を磨いていけば、いつかこの悪党と同等の『変身』ができるようになるかもしれない。
『可愛い外見からは想像できないバトルスタイル! 多種多様の生き物に姿を変える手足と百発百中の曲がる弾丸! 姿を変化させるという事と遠距離からの攻撃という、敵にすると厄介な要素が盛りだくさんの『カレイドスコープ』ことティアナ・マリーゴールド! 相手は満足に力をふるえないようです!』
強い女性騎士ばかりというカペラ女学園、その一年生の学年二位を相手にしている……一応セイリオス学年ランキング的なモノだと五位になるティアナは、しかして終始試合を優位に進め、そのまま勝利してしまった。
あ、いや、してしまったとか言うとあれだけど……ティアナもすごく強くなっている。
「ロ、ロイドくんは……吸血鬼になった時、は、羽とか……出ないのかな……?」
「どうかな……どうして?」
「も、もしも出せたら……さ、参考にしたいから……動かし方を教えて欲しくて……」
「なるほど。わかったよ。」
「それと……」
「うん。」
「あ、あたし……強い人に勝った、よ……?」
「う、うん。」
「……あ、あたしには……ないの……?」
「えぇっ!?」
「あ、そこの髪の毛すごい人ー。プロキオンの強い人でしょー? 三年の生徒会のー。あたしと勝負しようよー。えー、まさか逃げるのー?」
エリルとローゼルさんにほっぺをつねられながら三戦目。アフェランドラさん率いるプロキオンの生徒会メンバー……しかも三年生にケンカ――勝負を挑んだアンジュの試合。
アンジュの得意な系統はエリルと同じで第四系統。クォーツ家のメイドさんであるアイリスさん――《エイプリル》の技を参考に、熱をメインに使う魔法主体のスタイル。『ヒートコート』という触れると爆発する熱の膜で身体の表面を覆い、それを利用した格闘戦や、同じく触れると爆発する『ヒートボム』をばらまいたりという攻撃をする。
何も考えないでアンジュに攻撃を仕掛けると触れた瞬間に『ヒートコート』の爆発を受け、パンチやキックなら手や足にダメージが及び、武器を振るったなら局所的な爆破によって壊れる場合がある。その辺が二つ名の『スクラッププリンセス』の由来なのだが、この魔法にも弱点はある。
根本的に、『ヒートコート』の爆発でもダメージを受けないし壊れない攻撃方法で、かつ爆発によって威力を殺されない一撃が出せるならこの魔法は問題ない。が……そんな事ができるのはエリルくらいで、普通は別の方法で攻略する。
一つは水などで『ヒートコート』の効力を弱くする、もしくは無効化してしまう方法。
オレたちの中で言えば、ローゼルさんがそれをよく使うし……リリーちゃんに至っては、爆発のダメージ覚悟で『ヒートコート』に触れ、そのまま『ヒートコート』だけを位置移動させるという荒技を使ったりする。自分以外の生物や他人の所有物は動かせないけれど、それが魔法で生み出されたモノである場合、相当制限がゆるくなるのだとか。やはりミラちゃんの言った通り、魔法というのはとても不安定なのだろう。
もう一つは連続で爆発させて『ヒートコート』を……感覚的には薄くする方法。
魔法によって作り出された『ヒートコート』であるから、その膜はアンジュの魔力供給によって維持されており、爆発する度に消費される。だから一度に何度も爆発させると一時的に膜が薄くなるか、うまくいけば無くなるのだ。
オレやティアナはそれで攻略するタイプで、回転剣や銃弾を一度に何発も撃ち込んで『ヒートコート』を無くしてから本命の一撃を入れに行く。
とは言え、そんな弱点をそのままにしておくわけもなくて……んまぁ、『ヒートコート』そのものはそのままなのだが、容易に近づけないような工夫している。
『これは予想外です! カンパニュラ選手の『ヒートボム』によって持ち前のスピードが完全に殺されています!』
今までは指先から撃ち出したり、上から落としたりというくらいの操作しかできなかった……らしい『ヒートボム』なのだが、それをもう少し自在に操れるように練習している。オレが回転剣を、エリルがガントレットを飛ばす時なんかの感覚、そしてリリーちゃんから位置魔法も教えてもらって……そんなに速くはないが、今では『ヒートボム』を衛星みたいに自分の周りをぐるぐるさせる事ができるようになっている。
赤く光る球体にくるくる囲まれている光景は綺麗だが、機雷だらけの水中みたいなモノなわけで、アンジュに近づくのがかなり大変になった。
加えて、アンジュの必殺技である火のマナから生み出された火の魔力をそのまま相手に放つ『ヒートブラスト』も進化している。
「口から発射って結構大変だよね、アンジュ。手の平からとかは撃てないの?」
「魔力をそのまま撃つ技だから、身体の中からの出口がないとねー。」
「んー……じゃあ、魔力を固めて外に出しておけばそこから撃てたりするの?」
「それはー……」
というやり取りの結果、アンジュは火の魔力を『ヒートボム』の中に込めてそこから放つという技を編み出した。魔力という状態は非常に不安定で、魔法にしないで外に出すとマナに戻って空気に溶けてしまうから制御が非常に難しく、今は魔力入りの『ヒートボム』は同時に二つ、しかも手の平サイズが限界だ。
小さなサイズに込められた少量の魔力。そこから放たれる『ヒートブラスト』は細く、一、二秒くらいしか持続できないのだが、ランク戦でやっていたみたいにそのまま振り回すから……熱線という名のものすごく長い剣になる。
ポリアンサさんがやっていた『バーンブレイド』に近い技になるが……もしもこの出張版『ヒートブラスト』を自在に撃てるようになったら、アンジュは爆発する鎧をまとって周りに爆弾をばらまいてビーム砲を撃ちまくるという要塞みたいな状態になる。しかも魔眼フロレンティンによってため込んだ大量の魔力が尽きるまで。
離れるも地獄近づくも地獄である。
「やっぱりスピード自慢って……機動性っていうのかなー? 急に曲がったり出来ない人が多いから『ヒートボム』ばらまけば止められるんだよねー。うちの会長みたいに「光」になったり、急に曲がれるロイドみたいのはレアだよねー。」
指から発射される『ヒートボム』を頑張ってかわし、周囲に浮いている『ヒートボム』を頑張ってくぐり抜け、ようやっと本人に近づいたと思ったら『ヒートコート』を利用した格闘技に吹き飛ばされた上に全方位高熱攻撃の『ヒートフィールド』で焦がされたプロキオンの三年生。
なるほど……アンジュがこんな感じなのだから、これの最終形態の一つであるアイリスさんの熱攻撃がどれだけ無敵かがわかるというものだ。しかもアイリスさんの場合は見えない……うわぁ。
「ローイードー?」
「うぅ……」
「もうわかってるよねー? あたし割とすごいのに勝ったよー?」
「……はい……」
「試合に応じていただき、感謝する。全力で挑ませていただく。」
いよいよエリルのムスり具合が怖くなってきた四戦目。『ビックリ箱騎士団』新規メンバー二人の内の一人、正義の騎士ブレイブナイト――『リミテッドヒーロー』ことカラードの試合。再びリゲルの生徒相手に勝負を挑んだのだが……やはり生徒会長が圧倒的だったのか、それともカラードがめちゃくちゃなのか、一方的な試合となった。
カラードの『ブレイブアップ』は強化魔法なわけだが、何を強化しているのかというと……それはズバリ全部だった。普通、強化魔法を使う場合は筋力とか身体の硬さとか、具体的に何を強化するのかをイメージするのだが、カラードはただただ「強い自分」をイメージしているのだとか。
魔法にはイメージの強さというのが結構大きく影響するのだが、カラードはその真っすぐな心で疑いもなくイメージし、あの黄金の騎士になっていたのだ。
筋力や体力、装備している甲冑の防御力や軽さ、手にしたランスの貫通力。強さにつながるありとあらゆる項目を全力全開で強化する。故に三分が限界で一度使うと三日も動けなくなるほどの負荷となる――それが『ブレイブアップ』だ。
この魔法も大概だが、それがカラードの強さの全てではない。そこに本人の戦闘技術が加わってこそのブレイブナイトなのだ。
『あ、あ、これ――あー、何も言えません! とにかく速くて凄まじいパワー! その上端々に見えるのはレベルの高い体術! だーっとクリーンヒット! レオノチス選手が大の字に倒れますが――相手はそれどころではありません! きっかり五十秒で試合終了です!』
朝の鍛錬の時に『ブレイブアップ』を使うとその日の授業で何もできなくなるから、大抵は素の状態で模擬戦をするわけだが……その時点でも相当強い。お父さん直伝の体術らしいが……一体何者なのだろうか。
「ありがとうアレク。試合の後は迷惑をかけるな。あ、おれには何もしなくていいぞロイド。」
「するかっ!」
「暇そうだな。ちょっと胸を借りたいんだが?」
エリルがよく「強化コンビ」とくくる新規メンバー二人目、アレクことアレキサンダーの試合で五戦目。ランク戦の前には『ドレッドノート』という二つ名がついていたのだが、ティアナに負けた事でランクがCとなり、二つ名もなかったことにされたという……話だけ聞くとすごく残念な流れの人物。だがランク戦の時はティアナという銃使いを前に、自身の強化魔法ならば余裕だろうと油断したことが敗因だったようなモノで、実のところかなり強い。
カラードとは違い……というかカラードが変なだけで、アレクは一般的な強化魔法の使い方をしていて、主に強化する対象は「自身の硬度」と「筋力」。相手の攻撃の中を突き進んでパワーで潰すという……エリルに言わせると「筋肉バカ」的な戦法をとる。
ただ、その「パワーで潰す」時にある工夫を加えているのがアレクの恐ろしいところだ。簡単に言うと、アレク愛用の斧が対象に触れる瞬間だけカラードの『ブレイブアップ』のようなデタラメな強化魔法が発動する――というよりは一瞬だからこそ強力になると言った方がいいかもしれない。
強化魔法によって注がれる「力」を斧の一点、攻撃の瞬間に集中させる事でとんでもない威力にしている……のだとか。
『闘技場がドンドンと壊れていきます! 地面は勿論、空気すら爆散させる超パワー! 小手先の技を鋼の肉体で弾きながら一撃必殺を叩き込む筋肉バカも、この域に達すると災害のようです!』
ティアナみたいに強化した身体の弱点を見抜いてそこを狙えるならいいが、それが難しいとアレクの攻略は骨が折れる。今はまだオレの回転剣で斬れるけど……この先それをガシガシ磨いていくアレクには、いつか全部弾かれることがあるかもしれない。
……そういえば吸血鬼の「闇」の力は強化魔法に対してはどう作用するのだろうか……?
「ふん……やはり当面の目標は弱点のカバーだな。いつまた『カレイドスコープ』みたいにピンポイントで狙える奴と戦うかわからん。ゴリ押しこそが俺のやり方だがもう少し工夫を……あ、俺にもいらないぞ、ロイド。」
「やるかっ!」
続いてローゼルさん、エリルと試合が行われ、我ら『ビックリ箱騎士団』の交流祭における三回の試合はオレ以外全員が終了した。結局生徒会長に挑んだオレとカラード以外は全勝し、その実力の高さを示したが……いや、オレとカラードがみんなと同等の実力を持っているとすれば、やはり生徒会長に選ばれるような生徒は次元が違う――という事だろうか。
一人は「光」そのものになったり、性質だけ「光」という特殊な身体になったりで、ただでさえ速くて攻撃が当たらないのに一層当たらない状態で文字通り「光速」の蹴りをしてくる人。
一人は明晰な頭脳とどこにでもある空気を武器に変幻自在、臨機応変の攻撃と防御を繰り出し、仕舞いには『概念強化』とかいうデタラメな魔法を使う人。
一人は第十二系統の時間の魔法を除いた全系統の魔法と様々な剣術を極めに極め、その集大成として空間魔法という世界を真っ二つにし兼ねない剣を振るう人。
誰もかれもが卒業したらすぐさまその名を騎士界に轟かす――というかもう轟かせている人物ばかりで、オレはこの後、そこに数えられるもう一人と試合を行う。
二つ名は『女帝』。武器も戦闘スタイルもわからないが……曰く、『雷帝』というもう一つの二つ名が適応される状態になると、今の三年生で最強と噂されるデルフさんを超えるらしい。おそらく第二系統の雷の魔法の使い手なのだろうが……この系統で真っ先に思い浮かぶのが先生なせいで強そうなイメージしかわかない。
しかし……そんな強い人と試合ができるという事は嬉しいことで、このチャンスは充分に活かさなければならないだろう。それにポリアンサさんの時とは少し違う雰囲気で、オレと戦いたい理由があるようだったし……何か、思いもよらないことが聞けたりするかもしれないな。
「んまぁ、何はともあれこれが最後の試合。後の事を考えずに全力で挑むとしよう。」
薄暗い道を抜け、一番大きな闘技場の中、オレはアフェランドラさんと相対した。
『多くの生徒が三試合を終えたこの時にこのような試合が行われるとは、盛り上がりに事欠かない今年の交流祭! フィナーレを飾るのはこの二人です!』
大きなスクリーンに映し出されるは、プロキオンのまさに魔法使いというような制服を着た、きれいに切りそろえられた長い黒髪の女子生徒。見たところこれという武器は持っていないが……腰に巻かれた茶色いポーチが気になるところ。
顔立ちとか雰囲気とか、そういうのだけで見るとどこか高圧的な印象を受ける怖そうな人だが、その実絶賛恋する乙女中の優しいお姉さん。
『毎年漫画のように並び立つ交流祭における四強! すなわち各校の生徒会長の、今年の四人の内の一人! あまり前には出ず、しかし我らプロキオン騎士学校の生徒の後ろに君臨する『女帝』!マーガレット・アフェランドラーっ!』
我ら……ああそうか。実況のパールさんはプロキオンの人だった。
『対するは期待も噂も最大級の一年生! 美女をはべらし踊り回る剣を指揮する男! 『コンダクター』、ロイド・サードニクスーっ!』
「なんて紹介だ!」
「きみに対するイメージがいよいよそちらの方向でかたまってきたな。実体験を踏まえて言うが、一度ついたイメージはなかなか変えられないぞ。」
ふふふとほほ笑む『女帝』……
『と、ここでお二人に、ひいてはこの場の皆様にビッグニュースです!』
変な紹介をされつつ試合開始かと思ったら、パールさんが今までになかったことを言い出した。
『本来ならば現役の騎士であっても観戦を許可されない特殊なイベントであるこの交流祭なのですが――こんな方々が来てしまってはそのルールも曲げざるをえないというモノでしょう! ゲストの方々、自己紹介をお願いします!』
「ゲスト? え、そんなことってあるんですか?」
「いや……私も初めてだ。」
あ、そういえば先生が面倒な客が来るとか言っていたけど、その人だろうか。
『大将元気か! 俺様だ!』
マイクの使い方を知らないのか、バカでかい声が響いて――
「――ってフィリウス!?!?」
びっくりして声の方を見――ようと思ったのだが、どこにいるのかわからなくて一瞬キョロキョロしたところ、スクリーンに見慣れたイカツイ顔が映った。
『おうよ! 騎士の頂点、十二騎士の第八系統の席に座るいい男、《オウガスト》とは俺様のことだ!』
「んな自己紹介したことないだろ! つーかなんでいるんだよ!」
『大将の活躍を観に来たというのが理由の半分だな!』
「なんだそれ! 残り半分はなんだ!」
『それはわしじゃ。』
フィリウスの顔が映っていたスクリーンにひょっこりと顔を出してそう言ったのは知らないおじいさん。白いけれどふさふさの頭と元気な顔をのぞかせる健康そうなその人は、ゴホンと咳払いしてこう言った。
『初めましてじゃの《オウガスト》の弟子よ。わしは十二騎士の一角を任されておる《フェブラリ》というモノじゃ。』
ふぇぶら――《フェブラリ》! 十二騎士の――さっきのフィリウスみたいに言えば第二系統の席に座る人物! でもってあの先生を毎年負かしているという人! あっちの筋肉はともかく、どうしてそんな人が――
『どうしてわしのような者が、という顔じゃの。なに、理由は隣の男と同じよ。愛弟子の活躍を見に来ただけじゃ。最も、より正確に言えば孫の活躍じゃがの。』
孫? んまぁ結構な歳に見えるし孫の一人や二人……え、じゃあまさか……
「……アフェランドラさん……?」
おそるおそるそう言うと、アフェランドラさんは……なんだか嫌そうな顔でスクリーンに映るおじいさんを眺めながらつぶやいた。
「ああ……あれは私の祖父だ。」
わっと盛り上がる闘技場。どうやらいつものようにオレだけが知らないというわけではなく、今まで……きっとアフェランドラさんが故意に言わなかった事らしく、その場の生徒全員がビックリしていた。
『マーガレットはわしの生涯をかけた研鑽を後々に伝えていく為にその全てを教え込んだ弟子。生まれ持っての才能もあり、めきめきと力をつけていった孫が今、同様に《オウガスト》が育て上げた男と一戦交えようというのじゃ。観なければなるまいて。』
『というわけで頑張ってくれ大将! 大将が勝つとこの爺さんから酒がもらえるんだ!』
「それが目的かこの野郎っ!!」
思わずそう叫んだオレを見て、嫌な顔をしていたアフェランドラさんがクスッと笑った。
「仲が良いのだな。」
「え、ああいや……付き合いが長いだけですよ……」
「あの《オウガスト》とか。」
「……よくみんな「あの《オウガスト》」って言いますけど、オレからしたら「あんなフィリウス」ですからね……」
「ふふふ、そうか。」
『あらあらロイドくん、もしかしてそっちの黒髪ロングの子とは仲良しなのかしら?』
突如聞こえた女性の声。パールさんも筋肉もおじいさんも男だから、まだほかにもゲストが? と思ってスクリーンに視線を戻すと、よく見ている紅い髪の女性がニコニコと――
「カ、カメリアさん!?!?」
『はーい、カメリアさんですよー。』
「お姉ちゃん!?!?」
プロキオンの生徒会長との一戦。なんか知らないけど妙にロイドと親しいあっちの会長を眺めてたらフィリウスさんが登場して、ついでにこの国の出身じゃないはずの《フェブラリ》まで顔を出してどういうことよってビックリしてたら、最後にそんな二人を遥かに超えるビックリがスクリーンに映った。
『私にはわかるけど、エリーはまだまだそういうのわからないだろうからあんまり目移りしちゃダメよ?』
ななな何を言ってんのよお姉ちゃんはっ!!
『みんなごめんなさいね。私はただの政治屋さんで騎士じゃないのよ。だけどみんなが喜ぶ人を連れてくることはできちゃったりするのよね。ほらほらアイリスさんも自己紹介して。せっかくなんだから。』
『い、いえいえ、そもそも私も騎士では……』
『それでもみんなの目標でしょう? ほらほら。』
『は、はぁ……えぇっと……み、皆様こんにちは……ディモル――い、いえこの場合は……こ、こほん……《エイプリル》です……』
アイリスまで!? い、いえ、お姉ちゃんがいるなら護衛としていてもおかしくないんだけど……それでもこんなことって……!
「ほう、これはすごいな。現役の十二騎士が三人に、今やフェルブランド王国にこの人ありと言わしめるカメリア・クォーツ。大物ばかりがこの試合を観るためにやってきたというのか。」
「さすがロイドだな。もしかしてあいつの一番の強みって人脈なのか?」
間抜けな顔で感心する強化コンビ――はどうでもいいわよ! な、なんでお姉ちゃんがいるのよ!?
『きっとエリーが何でいるのよーみたいな顔をになってるだろうから説明するけど……だってしょうがないのよ? そこの二人がすごく楽しそうにお城から出ていったんだもの、何があるのかしらって気になるでしょう?』
今のエリルの顔が想像できるな……んまぁともかく、今まではいなかった大物ゲストが観戦しているというだけだ。終わった後には色々とあるかもだけど、今はアフェランドラさんとの試合だ。
「なんだか大ごとになりましたけど……いい試合をしましょう、アフェランドラさん。」
「! そうだな、サードニクスくん。」
一瞬驚き、そしてほほ笑んだアフェランドラさんは腰の茶色いポーチに手を伸ばした。ベルトの部分からポーチの部分をぱちんと外し、それをひっくり返すと……中からビー玉くらいの大きさの鉄球がジャララと出てきた。
だけどそれらが地面に散らばることはなく、弱い電球のような光をまとうと途中で落下を止めてふよふよと浮き始め……最近のアンジュの『ヒートボム』のように、綺麗な円の軌道を描きながらアフェランドラさんの周りをくるくるとまわり始めた。
「さぁ、きみも。」
「――はい!」
剣――とついでにユーリの目玉を上に投げる。手を叩き、増えた剣を風に乗せて回転させ、オレは曲芸剣術の構えをとった。
……なんとなくだけど……わかる。アフェランドラさんの武器はあの鉄球で、その使い方はおそらく……
『王族の方と十二騎士三人に囲まれてテンションの上がる実況席のパールです! 皆さんの盛り上がりも最高潮であることでしょう! それでは始めましょう! プロキオン騎士学校三年生、生徒会長マーガレット・アフェランドラ対セイリオス学院一年生ロイド・サードニクス! 試合開始です!』
合図と共にオレとアフェランドラさんの双方が放った最初の一撃は、オレたちの間のちょうど真ん中辺りでぶつかった。オレが飛ばしたのは回転する剣で、アフェランドラさんは鉄球。空中で一瞬停止したそれらはすぐに持ち主の元へと戻っていき、ふと視線を向けた先、目の合ったアフェランドラさんはニッと笑った。
やっぱりそうだ。アフェランドラさんの戦闘スタイルは――オレと同じだ!
「はっ!」
最低限の防御の分を残し、他の剣全てを飛ばして全方位からアフェランドラさんを狙う。するとそれに応えるように、周囲をまわっていた鉄球が回転剣めがけて全方位へと放たれる。速くて見えないと評判の回転剣の位置をどうやって掴んでいるかはわからないが、飛ばした剣一つ一つを確実に弾き飛ばした無数の鉄球。
オレのと同様に速くて見えないはずだが、弱く光っている為にギリギリ視認できるその鉄球は、次にオレの方へと飛んできた。
朝の鍛錬の時にみんなに言われることを思い出す。曲芸剣術は全方位から次々と剣が飛んでくるから休む暇がないと。そしてオレは今、そういう攻撃を前にしている。防御も回避も満足にできるかという状況……ならば攻撃あるのみだ!
「はあああああっ!!」
『両者共に無数の武器を遠隔操作で相手に飛ばすバトルスタイル! 互いの立ち位置はほぼ動かず、しかして猛攻の音は鳴り響いています!』
「まさかロイドくんみたいな人がいるとは……しかしわからないな。ロイドくんは風を使っているわけだが、『女帝』は何を使っているんだ? 位置魔法か?」
言いながらリリーの方に顔を向けるローゼル。
「……位置魔法であんなスピード出してたらすぐに魔法の負荷でヘロヘロだよ。あれは第二系統の雷の魔法だね。」
「……? 電気であんな風にできるのか?」
「まったくもー、剣と魔法の国の人は科学に疎いんだから。ねーティアナちゃん?」
あたしもよくわからないリリーの言葉の続きをティアナが説明する。
「で、電気ってある方法、というか方向に流すと……じ、磁力を生むんだよ……だ、だからあの鉄球は……雷の魔法で発生、してる磁力で動かして、るんだと思う……」
「あー、なんか聞いたことあるよー。そういう力で弾を撃ち出す武器があるってー。」
「う、うん……電磁砲……レールガンっていう武器、だね……」
アフェランドラさんの鉄球は、ざっくり言えば昔ガルドで見たレールガンというモノだろう。電磁力とかその辺の力で弾を撃ち出す武器、その発射速度は相当なモノだ。オレの作る風がその速度に追い付けないわけじゃ……一応ないし、それ以上の風速にすることはできるだろう。だが、それ以外の点で、この攻撃の撃ち合いという状態は……自分から仕掛けておいてなんだけど、オレの方が不利だ。
それは飛ばしているモノの差。オレは剣という、空気抵抗とかそういうのを考え出したらまったく向かない形のモノを、あろうことか回転させて飛ばしている。対してアフェランドラさんはただの球体。しかも非常に小さいそれをただ真っすぐに飛ばしている。
どちらが小回りが利くか、どちらが魔法の燃費がいいか、そんな事は考えるまでもない……!
「驚いたよ。」
超速で全方位から迫る鉄球に対応しながら攻めもするという、頭フル回転状態のオレに対し、アフェランドラさんはどうという事もなさそうに呟いた。
「私のこれに真っ向から挑んで拮抗したのはきみが初めてだ。大抵は私が生み出している電磁力をどうにかして無効化しようとしてくるか……この時点で私の勝ちだから。」
オレはこれしかできないだけだけど……
「だけど残念ながら……いや、きみも気づいているだろう。この拮抗はそろそろ崩れる。もしもきみが私と同等の魔法技術を持っていたならもう少し続いただろうが、それでもいつかは崩れる。なぜなら私ときみの攻撃ではコンセプトが異なり……この場合は私の方が有利だからだ。そして――」
「!」
次の瞬間、首にひんやりとしたモノがぴたりと触れた。まるで刃物を首にあてるように、拳銃を頭に突き付けるように、一つの鉄球がオレの首元で止まっていて……オレはそんな背筋の凍る状態に、思わず攻撃の手を止めた。
「電流の関係で鉄球を覆っていた光だが、少し頑張ると消せる。先ほどよりも身体への負荷は増すけれど、そうした時点できみは対処できなくなった。ちなみに、風使いが空気の流れで動きを読むように、私は周囲に発している電磁波できみの剣の位置を把握している。きみの剣が金属製である限り、私はかなりの確率できみの攻撃を回避可能だ。」
なんてことだ……拮抗だなんてとんでもない。とっくに勝負はついていたのか……!
「……な、ならどうして、オレを倒してしまわないんですか……」
「私が戦いたいのは今のきみではないからさ。」
オレの首元の鉄球を戻し、試合開始前の状態に戻ったアフェランドラさんは目を閉じ――そしてカッと開いた。
「――!!??」
瞬間、至近距離に雷が落ちたようなとんでもない雷鳴が轟いた。アフェランドラさんを中心に闘技場の床に放射状の雷が走り、それを目印にでもするかのように上空から無数の雷が降り注ぐ。
オレが立っている場所に雷が来ないのは偶然か、それともアフェランドラさんがそうしているからなのか……そんな天変地異の最前線みたいな場所の中で雷鳴に包まれるオレの前、雷の中から一歩前に出てその姿を見せたアフェランドラさんは……見たままに言うなら――
「……久しぶりにこの状態になった。」
――アフェランドラさんの姿をした雷だった。
『雷・帝・降・臨ーっ!! ざっと一年ぶり、入学してから三度目の『雷帝』モード! まさかこの交流祭で見せてくれるとは思いませんでした!』
「ら、『雷帝』……」
人の形はしている。まばたきもしているし呼吸もしている。けれど……雷だ。なんだこの状態は……!?
「……さっき私の祖父が言っただろう。私には才能があったと。それがこの魔眼……ユーレックの力だ。」
「魔眼ユーレック……デルフさんがゴールドさんとの試合で言っていた……」
「そうだ。現在確認されている多くの魔眼の中で、こと戦闘に関して言えば最強と称される魔眼。その能力は……魔眼を持つ者の得意な系統、その魔法の性質を身体に付与する事。」
「性質の付与……」
「生物としての機能はそのままに、身体を炎や水そのものに変えるのだ。私の場合は見ての通り雷。今の私は、マーガレット・アフェランドラという人間でありながら、同時に雷そのものなのだ。」
そう言いながらすぅっと右手を横に伸ばすアフェランドラさん。するとその手の平から雷が放たれ、その先にある闘技場の壁を粉砕した。
「魔法発動による負荷はほぼ無く、マナのある限り魔法は撃てると言っていい。イメロを持つならば……第二系統限定だが、この魔眼の効果が切れるまで、私は無限に魔法を使える。」
周囲をまわっていた鉄球はさすがにそのまま鉄球だが……む、無限の魔法……鉄球の方が燃費がいいとかの話じゃなくなったぞ……
「雷を切断したり粉砕したりできないように、今の私に物理攻撃の意味はなく、そもそも武器が触れた時点でそれを持つ者は感電する。」
雷そのものだというならそうだろう……そもそも雷を壊すなんてことのイメージが浮かばないから魔法でも攻略できるのかどうか……ポリアンサさんの空間魔法ならなんとかなるのか? ゴールドさんの概念強化なら? 同じく「光」の性質を得た身体という状態になれるデルフさんなら?
いや……いやいや問題はたぶんそこじゃない。他の生徒会長の技ならなんとかできるかもしれないけど、たぶんそれは本人たちに大きな負荷をかける。だがアフェランドラさんのこれは魔眼の力……生まれ持っての体質みたいモノだ。ティアナが遠くを見たり高速の動きを見る時に本人に魔法的な負荷はかからないし、アンジュが魔力を貯めておくのも同じ事。
発動させておける時間には限りがあるようだけど、それはきっと試合の間に切れてしまうような短い時間ではないだろう。七分もの間「光」の性質を得られるデルフさんがユーレックの力を「長時間」と表現したのだから……
「周囲からはよく無敵の能力だなんだと言われるこれを、私は生まれつき持っていた。加えてそんな私を申し子と呼んで魔法を教えたのは十二騎士……そうとも、覚えのある限り、相手が現役の騎士であろうと凶悪な魔法生物であろうと、私は――負けたことがない。」
「――!!」
無敗……まさに最強じゃないか……
「まぁ、そうは言っても私よりも強い者がこの世界にはたくさんいる事を私は理解している。祖父もそうだろうし、そこにいる《オウガスト》や《エイプリル》も、その気になれば私を軽く倒してしまうのだろう。今まで機会がなかっただけで、私は最強でもなんでもないのだ。」
「そ、それはそうかもしれませんね。」
ふと出たその一言に、アフェランドラさんは少し驚いた顔をして……そしてゆっくりとほほ笑んだ。
「ああ、やっぱり。きみはきっと普通の生徒では経験しないようなモノをたくさん見て、そして知っているのだ……世界の広さというモノを。そしてかく言うきみ自身もその一つだ。」
「……? えぇっと……?」
「きみは言われなかったかい? 十二騎士が師匠だなんて……ずるいと。」
「……!」
言われた……事はない。だけどオレ自身がそう思っていた。オレがある程度の強さを持っているのはそのおかげで……だからオレがすごいわけじゃないと。
「環境に差があるのは当然の事だろうが、私の場合はそれが良い方向に傾き過ぎた。生まれ持ったこの力もあって私は……私は……」
何かを言おうとして、その言葉を飲み込んだアフェランドラさんは、ニッと笑ってオレを指差した。
「そんな時にきみを見た。セイリオスで行われたランク戦の映像に登場したきみは隻眼という聞いた事のない強力な魔眼を使い、しかも《オウガスト》を師匠に持っていた。彼は私と似ている……そう思ったよ。」
「! それで共通点が多いって……」
「極めつけは昨日の試合。ベルナークの剣、その真の力すらもきみは凌駕した。胸が熱くなった……誰かと手合わせしたいなど、本当に久しぶりだったんだ。」
「……強い人と戦ってみたいと……そう思うのなら、おじいさんである《フェブラリ》に頼むなりで……そ、それこそ十二騎士との手合わせを願ったらよかったのでは……」
「そうじゃないのだ、サードニクスくん。強い相手ではなくて私は…………いや、言うのはやめておこう。こういう事は口にすると安くなると聞く。話を最初に戻すと――つまり私は、昨日の試合のきみと勝負がしたいのだ。」
……今一つ真意がハッキリしてこない。いつものようにオレが鈍感なだけなのか……ともかくアフェランドラさんは……自分でもきっとずるいと思っているのだろう力を使って、同様にオレもずるいと思うオレの力と勝負がしたい――らしい。
吸血鬼の能力は強力だ。昨日初めて使った力だというのに、そんな状態でもベルナークという伝説の武器を相手にできたくらいに。その力を最大限引き出した状態がどういうモノなのか……知っておかなければいけない。
そして、今オレにそうなれと言っているこの人は、どう考えても最強クラスの人。感覚的にはフィリウスに手合わせしてもらうような……吸血鬼の力を引き出しても勝てるかどうかというような相手。
相手にとって不足なしとはこの事だろう。闘技場という場所が整っている今こそ試す時。昨日だってそう思ったからやったのだ。。
この人を相手に試してみよう……吸血鬼の力の全力を。
そもそも――ランク戦の時からオレとの一戦を望んでくれていた人相手に、手加減なんてありえない!
「わかりました。実は昨日、身体の事を考えてちょっとセーブしていたあの力を、今日この時は全力で使おうと思います。」
「――ああ!」
「げー、あれで全開じゃなかったのかよ。やれやれ……」
昨日は瓶のふた程度の量だったのを、瓶の中身を全部飲み干して黒い風に包まれるロイド。そんな姿を眺めてると、誰かがそう言った。
「ラクスさんはまだいいではありませんか。わたくしなんて使ってももらえなかったんですから。初日に試合を行った事が悔やまれますわね。」
「……なんであんたたちがいるのよ。」
カペラ女学園の二人……ラクスとプリムラがとことこと近づいてきた。
「『女帝』……いえ、『雷帝』が久しぶりに本気を出すみたいですから、きっと昨日のあの状態になるであろう『コンダクター』についての解説を頼むとしたらあなた方の近くが良いかと。」
「……そんなに話せる事はないわよ?」
「やや、考えることは同じという事だね?」
ワンテンポ遅れて、今度はうちの会長が来た。
「……ていうかなんであんたたちはあたしたちの場所がわかるのよ。」
「秘密ですわ。」
「秘密だね。」
「……生徒会長っていうのは全員こんなん――」
「げ、『神速』と『魔剣』がいんぞ、ナヨ!」
「「げ」とかいっちゃダメだよヒースくん……あ、すみません。」
……さらにキキョウとヒースまで来たわ……
「おや、そちらの二人もロイドくんの技の解説目当てか?」
あきれて何も言えなくなったあたしの代わりにローゼルがそう言うと、昨日戦った時とは別人みたいにぺこぺこ答えるキキョウ。
「え、あ、まぁ……そんなところです。実を言うと昨日のカペラの人との試合から気になっていて……いつの間にロイドはあんな技を……」
「ふむ……わたしたちはそれを知っているが、しかし言っていいものかどうかは微妙でな。本人に聞いた方が良いと思うぞ。」
「そうですか……」
「ラクスさんのベルナークの剣みたいに、公になると騒がれる類かしら?」
「ははーん、僕にはわかったぞ。例の国絡みということだね? 確かにそれは面倒そうだ。」
ああ、そういえばデルフはスピエルドルフの事を知ってるんだったわね……
『我らが生徒会長が『雷帝』状態になり、それに応えるように『コンダクター』は昨日の――えー、ノクターンモードになりました! ベルナークの剣を退けたその力は、果たして雷の女帝に届くのでしょうか!』
ノクターンモード……ああ、かっこつけてノクターンとか言ったからか。でもいいな……よし、これからはこの吸血鬼状態をノクターンモードと呼ぼう。
あとはこの増える剣に名前が付けば完璧だな……いっそ指揮棒?
「黒で決めたその姿、『コンダクター』という二つ名に合うな。」
「そう……ですか?」
「ああ。」
にこりと頷きながら、アフェランドラさんは両腕を広げた。さっきの撃ち合いの時は棒立ちだったけれど……これが本来の構えなのだろうか。しかしそうだとすると、武器を遠くから操作しようって人は大抵指揮者みたいになるような気が……んまぁいいか。
「じゃあ……ここからが試合開始ですね。お待たせしたみたいで。」
「構わない。では……行くぞ!」
アフェランドラさんが広げた腕をバッとクロスさせると、無数の雷がオレの方へと走った。鉄球の時とは違ってその軌道は丸見えだけど――見えたところでどうしようもなさそうな速度とパワーで、回避したオレの背後の壁や床が粉々になった。
雷は熱を持っているから、放たれれば空気は大きく動く。それによって動きが読めるわけなのだが、雷の一つ一つが……なんというか太い為に、何発も同時に放たれると単純にかわすスペースが少なくてやばい。
魔法で生み出された雷だからオレの身体を包んでいる「闇」で弾ける――とは思うが、それでは済まない気もするから頑張って避ける。避けながら――
「『フリオーソ』っ!」
おなじみの全方位攻撃だ!
「――おお!」
嬉しそうに驚いたアフェランドラさんは、物理攻撃が効かないと言っていたにも関わらずオレの回転剣――「闇」をまとった黒い剣を瞬間移動のような……というか見たまま雷のような速度でかわし、そうしながらもオレに更なる雷を放つ。
「げっ!」
空気の流れによって察知したのは、さっきオレがかわした事で粉々になった壁や床から雷が飛んでくるという状況。正面と背後――ついでに視界の隅から現れたグインと曲がる雷によって全方位から囲まれたオレは――
「――なるべく最小限!」
その内の一本に突っ込んだ。
『クリーンヒットー! 『コンダクター』が雷に飲まれました! 持ち前の機動力でもこれはかわせなかったようです!』
『ふっふっ、人を丸々飲み込めるほどの攻撃にあれだけ囲まれてはのう。鉄球や回転する剣に囲まれるのとはわけが違うわい。じゃがさすが《オウガスト》の弟子……かわせないとわかるや否や、全てを受けてしまう前に一つに自ら突撃してダメージを最小限にしおったわ。』
いって……あ、ああ……身体が壁にめり込んでるのか……よいしょっと……
「……まだ生きてる――いやまぁこの闘技場で死ぬようなことはないけど……一発で戦闘不能ってほどじゃないか……」
電撃を受けた時に感じる痺れとか熱さはない。どうやら「闇」がしっかりと雷を弾いたようだ。
ただ、雷の勢い……と言えばいいのか、触れた瞬間に炸裂したあの衝撃は殺せていない。つまり今のオレにとってこの無数の雷は……さっきの鉄球が砲弾みたいに大きくなって飛び回っているような感じだ。ぼーっとしていたら特大の拳にタコ殴りにされたような状態になるだろう。
「どういう理屈かわからないが、きみのその黒いのは魔法を無効化――とまではいかずとも弾くような性質があるようだな。」
ずばりと「闇」の特性を言い当てたアフェランドラさんは右手をグーパーしていた。
「私の雷を受けて飛ばされるだけとは少しショックだが、それ以上に驚いたのはさっきのきみの攻撃。電磁波でその位置を把握できるはずの剣が、急に靄がかったように捉えづらくなった。まずいと思ってこの状態では初めての回避を行ったが、間に合わずに一撃かすってしまった。するとどうだ、しっかりと腕が痛いではないか。」
痛い……という事はオレの剣は効果があるのか。
「この状態の私に生身というモノはないはずなのだがな……まるで雷の膜を切り裂き、どこかにある私の本来の身体に剣が届くような、不思議な感覚だった。」
「……不思議と言えば、さっき雷が変な風に曲がっていましたね。ついでに壁とか地面からも発射されたような……」
「ふふ、この状態になったら鉄球は使わないとでも?」
! そうか……自分の周囲から発射するならともかく、少し離れた何もない空間から雷を放つとなると、たぶんイメージが追い付かない。だけどそこに帯電している鉄球があるのならイメージは簡単だ。でもってレールガンを撃つような人だから、鉄球を起点にして電磁力で雷を曲げる事もできる――ってところだろう。
ついでに、これは先生が言っていた事だが、自然界の雷は空から落ちてくるという事から、第二系統の使い手は距離的にはすごく離れているにも関わらず、はるか上空から雷を落とせるモノ……らしい。
よってオレは、アフェランドラさん自身とその周辺、死角も含めて自在に飛び回る無数の鉄球、自分の真上に常にある空。これらから放たれる雷という名の砲弾を相手にするわけだ。
ならば……
「……後の事は考えないって、今日は決めてきましたから!」
右眼――魔眼ユリオプスに意識を集中。明日や明後日のオレが使えたはずの魔法、その分の魔力を今のオレに注ぎ込み……オレはパチンと指を鳴らした。
『なんじゃこ――し、失礼しました! しかし驚きの光景です! 無数の雷が落ちたと思ったら、今度は数え切れないほどの黒い剣が上空から降り注ぎました! 明らかに昨日のテーパーバゲッド選手との試合の時を超える数です!』
「あなたを倒すまで引き出すとしましょう!」
「……引き出す、か。ニュアンス的に後々何らかの代償がありそうだが……私の全力に応えてのこと、感謝しよう。」
オレの黒い風とアフェランドラさんの稲妻の渦が闘技場内を埋め尽くし、さながら嵐の中のようになった戦場にて――
「「はああああああっ!!」」
オレたちの叫びがこだました。
あたしの目だけじゃ雷の閃光しか見えないところを、闘技場の魔法でロイドの回転剣の軌跡が見えるようになった今……それは雨だけが降ってない嵐のような光景だった。無数の雷がロイドを、無数の黒い剣がマーガレットを、四方八方から襲っている。両者がそれぞれに自分に迫る攻撃をかわし、時には自分の攻撃を当てて弾きながら、闘技場の中を飛び回ってる。
「『アディラート』っ!!」
「『八色雷公』!」
そしてタイミングを合わせたかのように、黒い回転剣と雷の真っすぐな連続発射がぶつかり合った。
「まるで左右から暴雨が降り注いでいるかのようだね。」
のんびりした声でデルフがそう言ったけど……その表情はちょっとひきつってた。
「あれほどの猛攻……わたくしの空間魔法でもしのぎ切れるかどうか……『女帝』も『コンダクター』も規格外ですわね。」
ため息とともにあきれるプリムラ。あの圧倒的な強さを見せた生徒会長二人がそろってこの反応……やっぱり相当すごいのよね……
「んん? なぁプリムラ、今プロキオンの会長さん、なんか面白い技名叫んだな。」
「発音的に、あれは桜の国の言葉に近いですわね。」
「そーいやキキョウの技名に似てる響きだな、なぁ?」
ヒースがポンと肩を叩くとキキョウはこくりと頷いた。
「き、昨日聞いたんだけど……アフェランドラさんはぼくの故郷のルブルソレーユの文化とかが好きみたいで……だからじゃないかな……」
「へー、ニンジャくんよかったねー。」
「どど、どういう意味ですか……!」
アンジュのニンマリにわたわた反応するキキョウ。
「技名というのは自分にとってカッコいいモノである方がいいからね。好きな言葉を選ぶのは当然さ。まぁサードニクスくんは『コンダクター』という二つ名から名付けているみたいだけど。」
そういえば学院の図書館から音楽用語の本を借りてたりしてたわね、あいつ。
「技名と言えば、『雷帝』状態そのものもそうですけど、『女帝』がそういうのを叫ぶところは初めて見ましたわね。何故今まで……過去二回だけと言っていましたわね? あまり披露しなかったのかしら。」
「さっき自分で言っていたけど、ずるいって感じる部分がちょっとあったんだろうね。それと単純に、ああなる必要のある相手がいなかったからとかじゃないかな。」
「……後半はなんだかムッとする話ですわね。」
「そもそも交流祭できっちり三試合するようなタイプじゃないし……そんな彼女がこうして全力でぶつかっている――ぶつかることのできる相手にようやく会えたのだよ。」
「? 何の話ですの?」
「彼女が言っていた通り、自分よりも強い相手なんて探せばいくらでもいるよ。でもこの先自分と同じ時代を駆ける同年代の騎士の中でってなると……きっと今までいなかったんだろうね。互いに切磋琢磨できる相手が。」
デルフのその言葉にドキッとする。それはあたしにとってのロイド……まさかマーガレットも……あのバカを……?
「おや、彼女が動くようだね。」
まるでマシンガンのような速度であっちこっちから連射される雷。吸血鬼の「闇」の効果による反射が無かったら、オレに限らずどうやって攻略すればいいのやらという猛攻……ちょっと巻き込まれるだけで消し炭になること請け合いである。
そんな恐ろしい雷の力の半分以上を無効化して戦えているが、それでも強力な一撃には変わらない。実は何発か腕や脚にかすっているのだが、ジンジンと痛みが残っている。さっきふっ飛ばされた時は全身で受けたからむしろ良かったというモノで、身体の一部だけに受けるとそこがちぎれるんじゃないかと思うくらいの衝撃を受ける。幸い、肉体的にも強化されている吸血鬼――ノクターンモードなので何とかなっているが、それでも大きく姿勢を崩される。
互いに宙を舞い、無数の武器を飛ばし合っている状態で姿勢が崩れるのは割と致命て――
「ようやく、だ!」
突如お腹――みぞおちにめり込む膝の一撃。一瞬息ができなくなったところを、唯一「闇」が覆っていない頭部目掛けて放たれるゼロ距離の雷――だが!
「なんのっ!」
そう来ると思って準備をしていた「闇」を雷と顔の間に展開して直撃を防ぐ。炸裂する衝撃で弾かれるオレとアフェランドラさんだが――追撃!
「ぐっ!!」
自分が放った雷の衝撃をゼロ距離で受けて姿勢を崩したアフェランドラさんに回転剣を一発。身体をひねって直撃は回避したみたいだけど、多少の手応えはあったぞ!
『双方にダメージ! 曲芸剣術の漆黒の舞をくぐり抜けて『コンダクター』に一撃を入れた『雷帝』! しかしその後の一撃を防がれた事でバランスを崩し、そこを回転剣が一閃! 深くはないが浅くもないダメージを受けたようです!』
『大将はたまに戦闘中でも何かを考えこむことがあるからな。作戦を練ってるのかもしれないが、隙だらけになるから止めた方がいいぞ、大将。』
『それでもただでは転ばずに一撃をやり返すガッツはお主の教えかのう?』
「……げほ、ごほ……アフェランドラさん自身の攻撃も雷そのものか……急所に来る分、普通の雷よりも怖いな……」
「きみこそ恐ろしい反射神経だ……みぞおちへの一撃は一瞬思考が止まるモノなのだが……反射運動のように私の攻撃をガードしたな……おかげでいい一撃をもらってしまった。」
オレと同じようにお腹を押さえているアフェランドラさん。やはりそこそこのダメージを与えられたようだ。
「手数も攻撃の機動性も同等だが……私の雷がきみにとってはただの衝撃になっているのに対して、きみの剣は私にとって相変わらず強力な斬撃。段々とかわしきれない回数が増えてきたこの撃ち合い、そろそろ趣向を変えなければな。」
直後、オレとアフェランドラさんの間に格子状の雷が走った。
「なっ!?」
見ると闘技場の上にも網がはられ――やばい、これはどう考えても何かの攻撃の準備に向けてオレを近づけさせないための……!
「強行突破!」
いくつかの剣を螺旋上に回転させた即席のミニ『グングニル』を雷の壁に放つ。剣がまとった「闇」によって雷が弾かれ、開いた穴から向こう側へ――
「ほんの一瞬で十分なのだ。」
視界にとらえたアフェランドラさんは穴をくぐったオレの方に向かって跳躍しており、右手には、目がくらむほどに眩しい光――いや、雷の塊が――
「『建御――」
「『ゲネラルパウゼ』っ!!」
レベルの高い生徒同士が戦うとよく響くけど、これまた物凄い音がした。
雷の網を作ってロイドから距離をとったマーガレットは右の手の平に尋常じゃない力が込められた雷を作った。そして小さい『グングニル』を作って網に穴をあけてやって来たロイドに対してその雷を叩き込もうとした。
だけどそれがロイドに届く前に二人の間に真っ黒な壁が落ちてきて、マーガレットの攻撃はその壁に打ち込まれた。それによってその壁が木端微塵に吹き飛び、ロイドとマーガレットはさっきみたいに元いた方向に弾き飛ばされて……一瞬遅れて雷鳴が轟いた。
「おれとのランク戦の時もそうだったが、ロイドは戦闘が激しさを増してくると瞬間的な判断が鋭くなる。追いつめられるほどに実力を発揮するタイプなのかもな。」
「あの一瞬であの判断は、確かに称賛に値しますわね……」
ハイレベルな体術の使い手のカラードとあらゆる剣術をマスターしてるプリムラがそんな事を言った。
理由はマーガレットの攻撃を防いだ黒い壁……あれの正体は巨大化したロイドの剣。たぶん吸血鬼の「闇」をたくさんまとわせて大きくしたモノなんだけど……すごいのはそれを放ったタイミング。
「雷の向こう側であちらの会長が強力な一撃を準備していると直感し、その準備が終わる前に近づくということをしながらも、ロイドは既に準備が終わっている可能性も考慮して次の一手を用意していた――素早い決断と素晴らしい判断だ。」
実は雷の網をくぐるとき、ロイドはミニ『グングニル』を二発、正面と……あとかなり上の方に放ってた。闘技場全体を見渡せるあたしたちには見えるけど、たぶんマーガレットには視界の外で見えてない。もしかしたら雷の網に穴が二つ開いたって事には気づいてたかもしれないけど……そこもさすがのロイドというか、上の方のミニ『グングニル』はワンテンポ遅れて穴を開けてた。
「二発目の風が穴を開ける頃には、『女帝』は既に『コンダクター』に対して突撃していましたから……気づいていたとしても攻撃は中断できませんわね。」
「タイミング的にはそのままあちらの会長を上から攻撃できただろうが……あの一撃は防御しなければそこで試合が終わるレベル。ロイドは剣よりも盾を作る事を選び、黒い壁を下ろした。」
結局、マーガレットの必殺技っぽい一撃は防がれて……二人の戦いはふりだしに戻ったって感じね。
「その黒い霧のようなモノはあんなことまでできたのか……」
「……んまぁ、このマントもこれで作ってますからね……椅子とかも作れちゃいますよ……」
やばかった。そりゃあできるかもとは思っていたし、そうしないと防げないだろうと感じたからとっさにやってみたのだが……うまくいくとはオレがビックリだ。ああいう技ならこんな名前かなと技名だけはつけていたけど……たぶん、そのおかげですぐに巨大な剣をイメージできた。やっぱり大事なんだな、技名。
というかそれよりも……どうしてあの一瞬に『グングニル』を二発も撃ったのか、あの瞬間のオレの思考が今のオレにはよくわからない。
ランク戦の時、特にカラードとの試合の時なんかにこの感覚を……後になって思い返した覚えがある。たぶんこれは、七年をかけてフィリウスがオレに叩き込んだ戦法というか判断というか……そんな感じの何かだ。当時は何の為かわからなかった修行が、最近ふとした時に「ああ、あれはこれのためか」と思う事がよくある。やっぱりあいつは十二騎士で、オレは色んな事を知らずに教わっていたんだな……
「しかし今ので確信した。初めからそのつもりではあったが……改めて決心した。今からは全力で行かせてもらう。」
「えぇ!? そ、その魔眼ユーレックを発動させた状態が本気なんじゃぁ……」
「本気ではあるが全力ではない。全力というのは、自身の力の全てを出し切るような状態だと私は思う。終わった後、空っぽになって一歩も動けなくなるような……!」
再び落雷。雷そのものとなっていたアフェランドラさんの身体を、一層激しい稲光が包む。
「魔法を使う際の負荷は、先に言ったように無いに等しい。だがこうして出力を上げると、この状態でいる事自体の負荷が増し、より早く体力が削られていく。わかりやすく言えば、きみの友人のブレイブナイトのようなモノだ。」
「それはおそろ――わかりやすいですね。」
持てる力の全てを三分間に使い切るカラードと同じ状態……それはやばそうだ。
オレは……今のオレに更なるパワーアップはない。だけどミラちゃんは言った、血を飲めば飲むほど強くなるだろうと。それはつまり、オレの中にはまだ力があるという事だ。
望め、引き出せ、オレの文字通りの全力を……! あの正義の騎士と同じように、そして何よりエリルみたいな強い意志と共に全力でぶつかってくる人が前にいるのだ。
フィリウス的に言えば――
「こういうのはきっと……熱い展開ですね!」
オレがニヤリとすると同時に、闘技場内が雷に飲まれた。全ての剣が地面に叩き落され、武器のないオレの方へ、その雷の海を超速で突き進んできたアフェランドラさんが楽しそうな顔で拳を放つ。それに対し、オレは黒い風をまとった拳を合わせる。
「ここからはノンストップだ、『コンダクター』っ!」
「望むところです、『雷帝』!」
雷の炸裂、「闇」の反射、それを力づくで押しとどめ、オレは――オレたちは次の一手を叩き込んだ。
『なな、なんじゃこりゃああぁああっ!』
とうとう実況のパールが叫んだ。さっきの剣と雷の応酬も大概だったけど、ここまでくると何を実況すればいいのやらって感じよね。
相変わらずロイドの曲芸剣術は飛び回っていて、ティアナの眼によるとその剣の数は遂に二百を超えたらしい。しかもさっき剣を大きくした事で感覚をつかんだのか、デカい剣とか長い剣が混じって回ってる。もはや闘技場の中がミキサーの中だわ。
そしてマーガレットの雷は規模がバカバカしくなった。さっきまではロイドの剣を一本一本狙い落としてたのに、時折闘技場を丸ごと包む大きさの落雷で一気に落としたりするようになった。まぁ、そんな一撃もロイドのバカでかい剣が盾になって防いだりするんだけど。
でもって一番の変化は……二人が格闘戦をするようになってきた。二人がって言うか、マーガレットが接近戦を仕掛けるからロイドがそれに対応してるっていうのが正確だけど。
確かに、あんな全身雷状態でパンチやキックの一発一発が雷の威力っていうなら、そのパワーでさっきみたいな急所狙いをした方が魔法を弾く今のロイドには効果的よね。だけどロイドもロイドでアンジュの『ヒートコート』をまねした『エアロコート』……プリムラの剣を直前でそらせたあれを黒い風バージョンでやってて、吸血鬼状態の身体の強化と風の力でマーガレットの雷のパワーに対抗してる。
『ふぅむ。孫のあの状態の一撃は、仮に耐電魔法を重ね掛けしようとも五発も受ければそれが砕けるほどの威力じゃというに、お主の弟子にとってはただの衝撃波か何かにしかなっておらぬようじゃ。防御の達人、《オウガスト》にもそこまでの魔法はなかったと思うのじゃがのう、えぇ?』
『だっはっは! 言っとくが大将に教えたのは身体の動かし方だけだ! 魔法に関しては大将の独学とセイリオスの授業以外の要素はない!』
『ほう、ではあれが何か師匠にもわからぬと?』
『大将は時々変な事を考えるからな! 俺様には思いもよらない何かをやってるのかもしれない!』
『バレバレのにやけ面でぬけぬけと。はぐらかしが下手過ぎるわい。』
さすがにフィリウスさんはロイドの力を察してるみたいだけど……この十二騎士の会話、こんな風に垂れ流しでいいのかしら……
「む。ロイドもあちらの会長も、大技の為に力をため始めたぞ。」
もしかしたらティアナと同じくらい見えてる……のかもしれないカラードが、『ブレイブアップ』をした後はいつも座ってる車いすから身を乗り出す。正直あたしには相変わらずの嵐にしか見えないわ……
「きょ、曲芸剣術の風にま、混じって……らせんの風がキュルキュルしてるよ……きっとあれ……」
「ふむ。わたしの家でわたしの家の家宝である槍から覗き見たわたしの先祖の技をヒントに作り上げたロイドくんの必殺技、『グングニル』だな。」
「さっき穴を開けるのに使ったのは小さかったからねー。そっちが本番かなー。」
「『女帝』の方はさっき防がれた攻撃をもう一度準備していますわね。先ほど以上の力を込めて。」
アフェランドラさんが全力になる前の撃ち合いはまだなんとかなっていたけど、今はまずい。放たれる雷も本人も、スピードとパワーが段違いだ。オレの攻撃は「闇」のせいで捉えづらくなったと言っていたけど、そもそも速すぎてなかなか攻撃を当てられない。全方位から囲んで逃げ場をなくそうとすれば、特大の雷で剣を叩き落とされてしまう。
結局オレは数撃ちゃ当たるで、剣を大きくしたりなんなりして攻めるしかない。それに……さっきも若干そうだったんだが、雷が連発されるせいで空気の流れが滅茶苦茶で、動きを読もうにも読めなくなってきているのだ。
幸い、今のアフェランドラさんは魔法の塊みたいなモノなので、魔法的な感覚が鋭くなっているオレには五感以上にその動きを感じることができているが……集中が切れたら最後、見失ってすぐにやられるだろう。
というかその前にやられそうな気配……アフェランドラさんが凄まじいエネルギーをためているのも感じている。雷の網の後に繰り出してきたあの技……「闇」をまとった剣を粉々にしたところからして、確かに直撃したらノクターンモードでも一発KOだ。「一瞬で十分」と言っていたあれをさっきからため続けているのは、オレがどんな反撃をしようともそれを破ってオレに届かせるためだろう。
ならばこちらに出来る事はただ一つ、今のオレの最高の一撃をぶつける事だ。
「レベルの高い者同士が戦う時、ある一瞬に相手の思考が流れ込む時があると言うよ。互いにここだと思ったその瞬間に大技がぶつかり合う……二人は――今だね。」
デルフがよくわからない事を言い終えた瞬間、黒い風と剣、そして雷の嵐が一瞬晴れて――まさに必殺技を放とうとして向かい合った二人が見えた。
「『建御雷』ぃいっ!!!」
地面を砕きながらの強烈な踏み込みで周囲に落雷を起こしながら、雷そのものになってる本人以上の発光と轟きをまき散らす塊を右手に突撃するマーガレット。対して――
「『グングニル・テンペストーソ』っ!!!」
螺旋状にまわる黒い風に乗る無数の剣、それによって形作られた巨大な槍が周囲の空気を刻み、飲み込みながら突風のような――いえ、風って言葉じゃ表現しきれない速さでロイドから放たれた。
黒く、荒々しくも一直線に、全てを削って穿つ螺旋の黒槍が稲妻を尾引かせる迅雷にぶつかる。雷鳴があたしたちに届くよりも短い均衡の後、雷は黒い渦の中に飲み込まれ――いえ、入り込んだ――!!
「――! あれに突撃とは……!!」
「まじか!」
カラードとラクス、ロイドの『グングニル』を受けた事のある二人が思わず声をあげる。だけど中に突撃した雷は黒い竜巻にヒビを入れながら突き進んで――
「――っあああああああっ!!!」
風と剣、そして黒い「闇」を爆散させながら咆哮するマーガレットは、ロイドの前に到達する。そしてその勢いのまま、右手でロイドの顔面を殴り飛ばした。
だけど――
『あーっとこれはまさかー!』
殴られたロイドはそれでやられる事はなく、むしろその勢いを利用して空中で無防備なマーガレットに回し蹴りを叩き込み……二人は少し離れてドサッと倒れた。
『ほぉ……孫の一撃と互角とは。』
ぼそりとつぶやいた《フェブラリ》の言う通りで……ロイドの技を撃ち破った時点でマーガレットの右手に雷はなく、それどころか身体も普通の状態に戻ってた。要するに何のことはない普通のパンチで迫ったマーガレットだったんだけど……対するロイドも、あの『グングニル』に出せる「闇」を全部乗せたのか何なのか、吸血鬼モードからいつものロイドに戻ってて、普通の格闘技で対応した。
結果、ロイドは殴られて、マーガレットは蹴飛ばされて倒れた。
『りょ、両者とも、最後の一撃で全てを出し切ったのか、雷でもなければ黒くもない状態へと戻りました! これはつまり双方が魔法切れという状態でしょ――』
パールの言葉の途中で、二人はガバッと起き上がってお互いの方へ走り出した。すとんと整ってた髪を乱れさせたまま、鋭いパンチを繰り出すマーガレット。それをいなし、その勢いを乗せた拳をマーガレットのお腹に打ち込むロイド。苦しそうな顔をするも、そうして一瞬動きの止まったロイドの首をつかんでバチンと、さっきまでの攻撃に比べたら貧弱だけど今のロイドにはきっちり通る電撃を打ち込む。ぐらつくロイドは、だけど似合わない食いしばり顔で首をつかむ腕をとり、強風との合わせ技でマーガレットを数メートル上空へ投げ飛ばした。
『こ、これは……』
着地を狙って迫るロイドに対し、空中で身体をぐるりとひねって蹴りを放つマーガレット。腕でガードするも横に蹴り飛ばされたロイドを追い、着地と同時に跳躍したマーガレットが膝を入れようとするけれど、ロイドは転がってそれを回避。二人はすぐに態勢を整えて……相手を睨みつけた。
『さ、先ほどまでの大魔法の応酬が嘘のようです。おそらく全てを出し切った両者、わずかな魔法と共に武器も無しの肉弾戦に入りました!』
ロイドは両手両足に風の渦を、マーガレットは両手に電撃を、それぞれまとって二人の戦いの……たぶん最終ラウンドが始まった。
『戦場あるあるだな! 学校にいる間はそうそうないが、イメロを動かす為の火種すら生み出せないほどにその場のマナがすっからかんになって、身体一つでぶつかり合うってのは実戦じゃ割とある! この場合はちょっと違うが、こういう時にモノを言うのは筋肉だぞ、大将!』
『それが全てではないわ。そもそも疲弊しきった状態で満足に動かせん筋肉なぞただの重りよ。重要なのはその状態でも戦える技術じゃ。』
いつも剣を回してるから意外と見たことが無かったんだけど、ロイドの体術……回避じゃなくて攻撃は、円の動きをそのまま応用した感じの……なんていうか遠心力の乗った攻撃だった。さっきもマーガレットの攻撃にカウンターを入れてたし……なんかキキョウに似てるわ。
まぁ、二人に共通する人に防御の達人のフィリウスさんがいるわけだし……よく考えたら当然の動きかもしれないわね。
で、それに対するマーガレットの動きは攻防バランスのいい……言ってしまえば普通の体術。ただ、ちょいちょい相手をつかむ動作が目立つのは電撃を入れるためかしら。
「あんなアフェランドラさん初めて見た……」
「そんだけ『コンダクター』が追いつめたってことじゃねーか? さすがの会長も空っぽなんだろうよ。」
「ううん、そうじゃなくて……あんなに楽しそうな顔もするんだなぁって。」
「は? おいおい、どこが楽しそうなんだ、あれの。見るからに満身創痍だぜ?」
キキョウとヒースがそんな会話をしていると、アンジュがニヤニヤ顔になった。
「好きな人の表情って、結構わかるようになるよねー。ずっと見てるからさー。」
「そ、そういうんじゃないですから!」
「む? 残念ながらおれにも楽しそうに見えるが。」
話の流れとか空気を読まない正義の騎士が真面目にそう言った。
「お、ナヨ。ライバル登場だぞ。」
「だ、だから違うってば!」
「安心してくれ、そういう気持ちは一切ない。」
きっぱり言うカラードだけど……それはそれでどうなのかしら。マーガレットってかなり美人なんだけど……
「ただ共感できるのだ。苦しい戦いの中にあっても嬉しい気持ちがこみ上げる感覚――あちらの会長の今の表情はまさにそれ。好敵手に巡り合えたというやつだ。」
――! ……なんか……胸がざわついた。
『四肢にまとった風を噴射させ、動きの速度と威力を高めている『コンダクター』の攻撃は今の『雷帝』には一撃必殺でしょうが、『雷帝』がまとう電撃も今の『コンダクター』の意識を絶つには十分! 先にクリーンヒットを入れた方が――っとこれは!』
高度な格闘戦をしていた二人が、互いの手をつかんで押し合う力比べのような状態になった。でもこの場合起こるのは力比べじゃなくて――
「『サンダー――』」
チャンスと見て電撃を打ち込もうとするマーガレットだったけど……たぶんその一瞬の隙を求めて取っ組み合いの状態に持って行ったらしいロイドは、風の力を利用しながらぐるんと腕をクロスさせた。当然、その手につかまれているマーガレットもぐるんと身体が回転する。ロイドの狙いに気づいたマーガレットは全力で続きを叫ぶ。
「『――ボルト』ッ!!」
元々そのつもりだっただろうけど、より一層気合の入ったマーガレット渾身の電撃。身体をバリバリと明滅する光に包まれたロイドは、つかんでいた手を離してそのまま後ろに倒れていく。
だけどそれで終わらない。ロイドにぐるりと回転させられてほとんど逆さまの状態だったマーガレットにロイドの最後の攻撃――突風が直撃した。いつものグルグル回転させて相手を酔わせる技に比べたらスピードは無いけど、ロイドが与えた回転の勢いと風によってグワングワンと回りながら吹き飛ばされたマーガレットは、そのまま地面に落下した。
『言ってるそばから双方の一撃が入りました! 電撃が直撃した『コンダクター』! そして回転による酔いもあってか、受け身をも取れずに高所から落下した『雷帝』! 万全の状態であればなんてことのない攻撃ですが、今の二人には致命的! どちらが先に起き上がるのかっ!』
『いや、これは終わりだな。』
二人が倒れて起き上がらない状況に息を飲んでいたら、フィリウスさんがあっさりと言った。
『どっちかが起きるのを待ってたら俺様たちはここに二、三日いなきゃならなくなるぞ。なぁ?』
『そうじゃの。魔法による負荷というよりは、互いに特殊な力を出しつくした故の肉体の疲労。早めに闘技場の魔法でリセットをかけんと、最悪二人とも二度と起きんぞ。』
『ええっ!? で、ではこの試合、マーガレット・アフェランドラ対ロイド・サードニクスの勝負は――ダブルノックアウトで引き分けとします! い、急いで魔法を起動してください!』
パールが慌ただしくそう言うと闘技場の中が一瞬変な色に染まり、元に戻ると……二人がのっそりと起き上がった。スクリーンに映った二人はお互いを眺めて――いまいち状況がわからないっていう顔になる。
『あー、えっとですね……一応過去にも何回か記録がありますが……この試合、引き分けとなりました!』
パールの言葉にキョトンとする二人。あたしもそうだけど、引き分けがあるなんて思ってもみなかったって顔だわ。
『よくやったな! いいバトルを見させてもらったぞ!』
『厳密に言うならば先に倒れたのは《オウガスト》の弟子で、その二秒くらい後に孫が倒れたわけじゃからそれで勝敗を決めても良いとは思うが……』
『だっはっは、孫びいきか《フェブラリ》? こんな熱い戦いにそれは野暮ってもんだ。』
『どうしてもと言うなら、じゃ。スポーツの世界であればともかく、実戦においてあの状態の二秒に意味などないわい。』
『え、えー……であれば我々は騎士ですから、実戦の意味を取るべきでしょう。よって結果はやはり引き分けです!』
実況の宣言の後、闘技場の中に拍手が響いた。ゆっくりと立ち上がった二人はどちらからともなく互いの方に向かって歩き、ガシッと握手をした。
「……」
「……」
「……えぇっと……」
「ああ……とりあえず出ようか……」
何かをしゃべりたかったんだろうけど、お互いにふらふらしてるのを見て苦笑いをし、二人はそれぞれの出口に向かって行った。
いつものように闘技場の外、試合をした生徒が出てくる場所であたしたちはロイドを待ってた。カペラの二人はプリムラがマーガレットと話がしたいって言ったからそっちに行って、会長もそれについていった。もちろんキキョウとヒースもマーガレットの方に行って……でもって強化コンビは、カラードが「厳しい戦いの後に迎えるべきは帰りを待つ女性だろう」とか言ってどっか行った。
「正義の騎士はここぞという時には空気の読める男なのだな。確かに、出てきたロイドくんと熱い抱擁をする時は二人の世界としたいところがある。」
「それはボクがやるんだからね!」
「両方やんなくていいわよ!」
「でもさー、あんなにふらふらだったし、肩をかす係は必要だよねー。」
「あ、ロ、ロイドくん出て来たよ……」
「やぁやぁみんな。」
表情はいつも通りで声も元気なのに歩き方が変っていうかふらふらしてるロイド。や、やっぱり誰かが肩を――
「だ、大丈夫……?」
妙な時に一歩前に出るガッツを見せるティアナが真っ先に動いた。だけど――
「いやぁ、実は変な感じどわっ!?」
ふらふらの足でつまづいたロイドは近寄って来たティアナを巻き込んで転んだ。
「や……ん、ロ、ロイド……くん……」
前のめりに倒れたロイドはティアナを押し倒したんだけど、その両手はティアナの胸をがっちりとつかんで――って何してんよ!
「わわ、ごめんティアナ! ――あ、あれ?」
「ひゃ、んん……ロイド、くん……だ、だめ……」
手を離すかと思ったらロイドはそのままティアナの胸をぐにぐにとこね始め――!?
「ロ、ロイくんてばなにやってるの!?」
「ち、違うんです! 指が何かに引っかかって――あ、とれた!」
色っぽい顔と声になってきたティアナ――の胸からようやく手を離したロイドは慌てて立ち上がった。だけどふらふらの身体で急な動作が満足にできなかったらしく、今度は後ろ向きに倒れて――
「きゃっ、ロイくん!?」
後頭部をゴチンって地面に打ちつけたんだけど、その場所はリリーの足元っていうか足の間で、それはそのままスカートの中を覗く姿勢で――!!
「も、もぅロイくんてば……見たいなら見せてって言ってくれればいいのに……」
ロイド相手でも反射的にスカートを押さえたリリーはニンマリと笑ってその手を離し、そのまま端っこを持ち上げ始め――!?
「あびゃらば! ごめんなさいでした!」
変な声をあげてスカートが開き切る前に立ち上がったロイドだったけどやっぱりふらついてて、その身体をリリーが受け止めた――っていうか抱きしめた。
「ロイくんてばもー、うふふ、ボクの――見ちゃった?」
「は、はひ、すみません!」
「ほんとー? じゃあ何色だったー?」
「色!? それはそのばぁあ!? リ、リリーちゃん脚を絡めないで――」
「な、に、い、ろー?」
「――!! しし、白でした!」
「やーん、エッチなんだからー!」
くねくねとロイドにくっつくリリーに蹴りを入れ――ようとしたけど避けられた。
「……試合が終わるなり何やってんのよ変態……」
「じ、事故です! 偶然と不幸が重なったと言いますか!」
「ロ、ロイドくん……」
胸を抑えながら立ち上がった……まだちょっと色っぽい表情で頬の赤いティアナはロイドに近づいて上目遣いで小さく言った。
「あ、あたしの……触ったのは……不幸……?」
「びゃ!? そ、それは――し、幸せでした! ありがとうでした!」
「そ、それなら……良かった……」
可愛く――っていうよりは小悪魔みたいに笑ったティアナに対して真っ赤な顔で目をぐるぐるさせるロイドは、ハッとしてあたしの方に向き直った。
「あの、このふらついてるのには理由がありましてですね! なんかこう――今のオレはすごく変な感覚なんです!」
「ほー、どういう感覚なのだ?」
ジトッとした目でロイドを睨むローゼル。
「さ、さっきまでノクターンモードで五感とか魔法的な感覚が鋭くなってて、ラクスさんとの試合以上に色々感じ取れる状態だったんだけど今は普通に戻ってて……そのギャップっていうか、急に戻ったせいで世界がふわふわしているというか……そ、それに加えて単純に身体がぐったりもしてまして!」
「ノクターン……ああ、吸血鬼状態の事か。そういえば実況がそんな風に言っていたが……なるほど、ちょっとした後遺症――と言うほどでもないが、要するに今のロイドくんは感覚がちぐはぐでバランスが取れないのだな。」
「そ、そうなんです!」
「そうかそうか。ならばやはりロイドくんと一番背の近いわたしが支えとなるべきだろうな。」
「え、あ、それはありがた――」
手を取ったローゼルにふらふらと近づいたロイドはまたけつまづいて、今度はローゼルを押し倒し――
「ロ、ロイドくん!?」
しっかりと受け身を取ったローゼルに対し、ロイドはローゼルの上に覆いかぶさるようにびたーんと倒れて、その顔をローゼルの胸にうずめた。
「ここ、こういうのをしてくれるのは嬉しいのだが、で、できれば二人の時の方が――」
嬉しそうに照れるローゼルだったけど――
「もがふが!」
なぜかロイドはそこから離れずに息苦しそうにもごもごした。
「はぅ……あ、その、ロ、ロイドくん……ひぅ……そ、そこでそうやられると――ひゃあ!?」
ローゼルがまずい感じの声をあげた。何故ならロイドの両手がローゼルの胸を左右からむぎゅっとつかみ、揉みしだきながらさらにもごもごと――!?!?
「あ、はぁ、こ、こんなところで――んん……ダ、ダメ……あぁ……」
「ぷはぁ! い、息が……まさかシャツのボタンがローゼルさんのにからま――」
また何かに引っかかってたらしいロイドは目の前の――ちょ、ちょっとやばい表情になってるローゼルを見て自分がものすごくやらしい事をしてるのに気づき、バンザイのポーズでピンと立ち上がった……
「ロイドー? さっきからわざとやってなーいー?」
ちょっとやらしい感じで荒く息をはくローゼルを見て湯気が出そうなくらいに赤くなったロイドを半目のアンジュが覗き込む。
「ちち、違います! ボタンがからまって外れなくて――く、苦しくなって無意識につかんだ場所がむむむ、胸だったという――事故です!」
「ほんとー? なーんかさっきからすっごいエロいけどー?」
「ひぇっ!? ふ、ふらふらしてるのがたまたま――そ、そうだ、こうすれば!」
そう言ってロイドは腕を真っすぐに伸ばし、アンジュの肩に両手を置いた。
「か、肩をかしてもらうみたいなくっつく状態だと一緒に転んじゃうから、こ、これで大丈夫! ちょっとつかまらせてください! 倒れそうになったら手を離すから!」
「……でもこれだとあたしがつまんないなー。」
「えぇ?」
「えい。」
ロイドがあずけた両手をつかんでグイッと引っ張るアンジュ。
「あたしもああいうのして欲しいなー。」
「ちょ、アンジュ――」
アンジュは無抵抗に後ろに倒れ、ロイドはそれに引きずられた。そうやって二人仲良くズテンと転んだ結果――
「きゃん、そ、そんなところー……」
今度は胸をつかむことも胸にうずめることもなかった。ロイドの顔はアンジュの胸の下あたりに来ただけ……だったんだけど、そもそもアンジュはへそ出しの格好で……上に着てるシャツをまくしあげるように顔を押し付けたロイドは、その無防備な素肌に……胸のすぐ下あたりにキスをしていた。
「むぐ!?」
「ひゃ、そ、そこ……息をかけないでよー……」
がばっと立ち上がったロイドは、あられもない姿になったアンジュを見て顔を青くしたり赤くしたりして……ゆっくりとあたしを見た。
「……事故なんです……」
「……ふぅん……」
「相変わらずの噂通りだな。」
あたしがロイドにパンチを入れる一歩手前で誰かがそう言った。
「! アフェランドラさん!」
ロイド同様にふらふらだったマーガレットは、なぜか……ちょっと顔の赤いキキョウに支えられてあたしたちのところにやってきた。フィリウスさんもどき――ヒースはいないみたいね。
「あれ? デルフさんたちがそっちに行ったはずですけど……」
「ああ、来たよ。特にポリアンサさんに質問攻めにされたから、また後でという事で逃げて来た。」
困った顔で笑ったマーガレットは……何かしら、キキョウを横目でチラッと見て、その視線をロイドに向けた。そしてロイドはその視線を受けて……なんでかニコッと笑った。なにこれ?
「さっきできなかった話をしよう。」
「そうですね。あ、じゃああそこのベンチで。」
ロイドに色んなことをされて顔の赤い面々とあたし、それとキキョウに囲まれた二人は近場のベンチに座って話をした。
「まず……うん、いい試合だった。ありがとう。お互いに全力を出し切ったな。」
「はい、もう空っぽですよ。」
「私もだ。だがそれでも、私はきみに勝ちきれなかった。」
「決着がああなるとは思わなかったですね。」
「そうだな。」
しみじみとしゃべる二人はなんだか……語るべきことは試合の中で語り尽くしたとでもいう感じだった。
「あー……そうだ、例のもう一つの件……感謝する。ここまで来たなら残すは私の仕事だと思う。橋をかけてくれてありがとう。」
「みたい……ですね。できればそうなったところを見たかったですけど……アフェランドラさんは卒業ですもんね。」
「そうだな。だがきみとは今後も連絡を取りたい。だからあれは持っていてくれ。国内であれば届くだろう。」
「わかりました。」
何の話をしてるのかわからないわね……もう一つとかあれとか……
「さて……私は今回の運営だから生徒会長として仕事が残っている。ひとまずはこの辺で。」
「はい。」
すっと立ち上がった二人。そして……マーガレットが恥ずかしそうに言った。
「……その、なんだ。ロイド――と、呼んでいいか?」
「もちろんです。それならオレも……えぇっと、マーガレットさん?」
「別に「さん」はいらないし、ついでに敬語もよさないか?」
「それは……急にはちょっと慣れないですけど……が、頑張りま――るぜ!」
なんかキキョウみたいになったわね……っていうか何この空気。
「今後も励もう。次は勝つ。」
「こっちのセリフですよ。」
互いの拳を突き出してコツンとぶつける二人…………それは……そういうのをロイドとやるのは……
「ふふふ、しかし、やはりきみだったな。思い立った日からそういう相手を探し続け……ようやく出会えた。今日この時からきみと私は……」
「戦友だっ!!」
二人の変な世界をぶち壊す大音量で叫んだのは……まぁ声量だけでわかるけどフィリウスさんだった。
「言葉にせずに別れそうだったんでな! 悪いがセリフをいただいた!」
「フィリウス? ……いや、つーかそんなところで十二騎士が立ってたら他の生徒に囲まれるぞ。」
「その前に終わらせる! 俺様は伝えておきたいのだ!」
ずかずかと歩いてきたフィリウスさんは、その大きな手でロイドとマーガレットの頭をガシッとつかんだ。
「どんな時でもこいつがいれば何とかなる! こいつになら背中をあずけられる! ただ強いだけじゃ結ぶことのできない、友情や愛情、その両方を持ちながらも枠が一つずれる絆! 互いの全力をぶつけ合い、認め合った者のみの戦利品! お前たちは非常に得難いモノを得た! 大事にしろとは言わん! 何故ならこの先、これをないがしろにするなどあり得ないからだ! だからもう一度言う! いいバトルだった!」
「――! たまにそれっぽいこと言うな、フィリウスは。」
「馬鹿言え、俺様は常にいい男だ!」
言いたいことをドカドカと言ってニカッと笑ったところであとから現れた……割と怒ってる顔の先生から逃げるようにフィリウスさんは去っていった。
戦友……ロイドの戦友……それは……
「あの豪快さは気持ちがいいな。確かに恥ずかしくて言葉にしにくかったところだが……まぁ、そういうわけだ。今後ともよろしく。」
そしてマーガレットも、キキョウに支えられながら仕事に向かって行った。ロイドはそんな二人に手を振り、ふぅと息をはいてベンチに座った。なんだか満足そうな嬉しそうな顔で……
「…………良かったわね、立派な戦友ができて。」
「うん……うん? そうですけど……なんかエリル怒って……あ、さ、さっきのは本当に事故なんですよ!? いたずらされてるんじゃないかってくらいに転んで――」
「怒ってないわよ……ただ……」
「た、ただ……?」
「あんたの……そういう相手はあたし――でありたかったっていうか……二人でいい感じの雰囲気しちゃって……何よ最強の魔眼って……吸血鬼の力って。」
「え、えぇっと……」
「! い、いいわよ、何も言わなくて。」
……らしくない愚痴が出たわ。だから何よ、そんなの関係ないじゃない。
あたしは――あたしを奮い立たせるためにもロイドに言った。
「特殊な力? 上等じゃない。そんなモノ殴り飛ばして、マーガレットもあんたも超えてみせるわ。必ず。」
自分でもわかるくらいにむすっとした顔でそう言ったら、ロイドは嬉しそうに笑った。
「さすがエリル。だからオレも負けられないんだ。」
「ふん。」
ロイド自身もわかってる。今のあたしはこいつの……こいつの全力の遥か下。絶対にたどり着くんだから……そのまま走ってなさいよ……!
「……相変わらずの熱血だな、エリルくん。というか突然そういう世界に入らないでくれるか?」
「う、うっさいわね!」
「でーロイドー? この後はどうするー? さっきの続きやるー?」
「え、さ、さっきと言いますと……」
「んもー、人の――あ、あんなところにキスしておいてー。」
「びゃ!? つつ、続きはしませんよ!?」
「や、やれやれまったくだぞロイドくん。わたしなんかあの場で……は、初めてを……捧げる事になるのかと思ってひやひやしたのだぞ!」
「ハジメテ!? あ、あんなところでそんな事はしませんよ!」
「……場所が違えば良いということだな?」
「えぇ!?」
「というか……ほ、ほほー、「初めて」という単語を理解できるのだな……このス、スケベロイドくんめ……」
「べ、や、それは――」
「あ、あたしも……い、いきなりあんなことされて……嫌じゃ、な、ないけど……あ、ああいうのは……もっとロマンチックな時が、いいかな……」
「ねぇロイくん! よく考えたらボクだけ触ってもらってないよ!」
戦友話はなんのその、空気が一気にさっきのエロロイドの方向に――
「おお、稀有なるかな稀有なるかな。やはりこうなっておったか。少年は妾に新しい事をたくさん見せてくれるのぅ?」
今度は完全に知らない声。見ると……なんでそんなのがここにいるのかわかんないんだけど……小さい女の子がいた。長い布をぐるぐる巻いただけみたいな変な格好の褐色の子で、長い黒髪を先っぽで束ねてる。大人になったら美人になりそうな整った顔のその子を見て……ロイドが立ち上がった。
「!! 恋愛マ――」
立ち上がったには立ち上がったんだけど、勢い余ってバランスを崩し、ロイドはあたしの方に倒れこんできた。
「ちょ、ロイド――」
「だわ、エリル――」
グイっと押されてバランスを崩し、二人して倒れる。
お尻に広がる痛み。割と久しぶりに尻もちなんかついたあたしだったけど――
「――ひゃん!!」
変な声が出た。お尻の痛みなんか掻き消えるくらいの感覚。一気に熱くなる頭と身体。さっきまでの決意とか決心とかに靄がかかって白くなる。
チカチカする視界の中、見るとロイドが……ロイドは……あたしのス、スカートの中に頭を突っ込んで――!!
「んぐ!?」
「ひゃぁ!?」
スカートの中どころじゃない……その奥のあたしの……し、下着に……ロイドは顔をうずめて……!!
「もがが!」
「あ――ば、ばか、そこでしゃべらな――や、んんっ――!」
頭がびりびりする感覚に全力で脚を閉じたけどそれは無くならなくて、それどころかもっと強く――きゃぁあ!?!?
「ちょ、ば、どど、どこ触って――ダ、ダメ、ロイド――あぁ――」
ローゼルの時と同じように苦しいのか、ロイドはその両手をスカートの中に入れてあたしの脚っていうか太ももっていうか――お、お尻にの近くをつかんで――!!
「んー!」
「や、あ、ひぅ、そ、それ――ひ、ひっぱらな――あ、や――んぁ――!」
時間にしたらほんのちょっと……だけどあたしの頭の中はとろけそうだった。
あたしたちは恋人関係で、あたしたちは同じ部屋。何もかも鈍感でアッパラパーで、だけどきちんと男の子してるこいつは……それでも頑張って見も触りもしない。せいぜい唇を重ねる程度だけど、それでも段々とそういうのが増えてきた気がして……あぁ、このままいくと見たり触ったりっていうのもその内にくるのかしらって……色んな意味でドキドキしてた。
そんなあたしに……何段も階段をすっとばした感覚が……しかもいきなり……
「だはっ――」
勢いよく顔を出したロイドは呼吸を整える間もなく、スカートがめくれた状態で少し脚を開いてるっていう――ア、アレな状態のあたしを正面から見て、バッと横を向いた。
あたしは両脚をぺたんとさせ、スカート越しに……ま、まだ感覚の残る場所を押さえる。
「あ、あの……エリル……これは……」
わなわなと震えながら真っ赤な顔で鼻血を流し始めるロイド。さっきまでのエロロイドを一段階超える事をしたロイドとされたあたしを、口をパクパクさせて見下ろす他のみんな。
あたしは……とりあえず片手は押さえたまま、もう片方の手に炎をためる。
「ロイド……」
「はい! えっと! その! あの――」
姿勢を正座にしてあたしの方を見るロイド。よく見る……潔く怒られる時の顔……
正直、されたコトは別にい――そそ、それよりも急がないと……ロイドはロイドだから、きっと変な事を言う……その前に殴らな――
「い、いい匂いでしたっ!」
「ばかああああああああああっ!!」
第十一章 祭の終わり
「流石の少年も興奮を抑えられんようだのぅ。猛る狼が牙を見せておる。しかし少年はその星からして常とは逆しま、どちらかと言えば羊の方であるからのぅ。その運命を妾の失態にてひっくり返しては少年の愛の形が歪んでしまうというもの。ここは一つ、妾が静めるとしよう。」
感触、匂い、そして声。頭の中をバチバチと白く染めていく刺激の強襲。オレを殴り飛ばしたエリルの……真っ赤な顔で艶のある息をはきながらスカートを抑えて座り込んだエリルの、その表情を見た瞬間に殴られた痛みはどこかへ飛んで行った。
かつて無いほどに希薄になった理性はわきあがる渇きを止められず、ただただ目の前のエリルをどうにかしたいと一歩前に出たオレの背中に恋愛マスターが飛びついた。
「落ち着くのだ少年。」
急激に上がった熱がすーっと引いていく。頭がクリアになり、オレは――
「!! エ、エリルごめん!」
と、未だ視界に入ると何かがこみ上げる表情のエリルに土下座をした――のだが……
「おおぅ。」
背中にくっついていた恋愛マスターが土下座の勢いでぐるりと回転し、ぴょこんとオレの頭の上に座る姿勢になった。
「やや、少年よ。確かに少年はどの女性相手にもこういう感じの立ち位置になるであろうが、それを実演せんでも良いのだぞ?」
「えぇ!?」
聞き捨てならないというかやっぱりというか、割と大事な一言が含まれるセリフに顔を上げたのだが、結果オレは……いや、きっと実年齢は相当なモノでオレたちの尺度で考えてはいけない存在だとは思うのだが――オレは、小さな女の子の脚の間から顔を出すという状態に……
「ロイドくん……ついに幼女にまで……」
「ちち、違いますよ!」
「おおー、これは久方ぶりの体験よのぅ。」
慌てて立ち上がり、恋愛マスターを肩車する状態になったオレは……い、いかん、頭の中がてんてこ舞いだ……
「えぇっと――い、いったん座ります! ちょっと落ち着かせてください!」
そうして数分後、オレは恋愛マスターと並んでベンチに座っていた。周りにはみんなで……ま、まだちょっとエリルの方は見れない……あぁ、怒ってるよなぁ……
「で、この幼女は誰なのだ?」
「えぇっと――」
「妾こそが全能の恋愛師、恋愛マスターよ。」
えっへんという顔になる恋愛マスターに目を丸くしたローゼルさんが見てきたので、オレはこくりと頷いた。
「最初に会った時は大人の女性だったんだけど、この前からこんな感じで……」
「以前も言うたが、いつもの姿で、しかも多感な年頃の者ばかりのこの場所に現れるのはいささかのぅ。とりあえず初めましてだのぅ。」
相変わらず、小さい女の子の姿だというのに口調や雰囲気が妙に色っぽい恋愛マスター。運命をいじって――たぶんここに並ぶみんなと出会わせてくれた人であり、別の言い方をすれば……明らかにキャパオーバーなれ、恋愛の渦にオレを放り込んだ人だ……
そう……全てはオレの願いを叶えるため――家族を与えるために。
「そ、そうか、きみ――いや貴女が恋愛マスターか……こんなところで突然会えるとは……」
「ねぇねぇボクだよね!? ロイくんの運命の相手はボクだよね!?」
「残念ながら答えられんのぅ。運命の赤い糸はそうであると言葉にした途端に切れる事もあるのでのぅ。」
色々と聞きたい事は山積みだがとりあえず……
「と、というかどうやってここに……」
「これくらいの結界は王であれば容易い。というか少年、妾の話は一先ず置いておくが良い。妾がここに来たのは、早急に説明しなければならぬ事があるからなのだ。言いにくい事ではあるが、妾の失態故の影響をのぅ。」
「え……それはその、ミラちゃんたちの事を忘れてしまったっていう……」
「それに関連するもう一つの問題よ。ついさっき、少年がここに並ぶ乙女らに行った破廉恥の原因と言えば良いかのぅ。」
「えぇっ!?!?」
「原因だと!? あ、あれはロイドくんがふらふらなせいで――」
「まさか。転んだだけであのようになるわけなかろう? 全ては運命のなせる技……まぁ長い話になる故……うむ、そこの草の上で話そうか。男と子供が座って乙女が立ったままではのぅ?」
そそそっとベンチの裏にある公園――というわけではないけどちょっとした原っぱみたいになっているところでオレたちは円を描いて座――
「――!!」
「……なによ……」
「い、いや……」
顔を見れないエリルが隣に――! あぁ、またドキドキしてきたぞ……
と、というかエリルは怒っていないのだろうか……?
「おほんおほん。では話をはじめよう。」
こ、こうして……えぇっと、恋愛マスターの――これまた長ーい話が始まった。
「誰かの願いを叶える時、妾は妾の力を使ってその者の運命に干渉するわけだが、必要となる力の量は願いの内容は勿論、その者によっても変化する。多くの異性に好意を寄せられたいという願いに対し、常にある程度の異性が周囲にいる者と全くいない者では必要な力に差が生じるということは想像できるであろぅ? つまり、願いを叶える為に妾が消費しなければならない力の量は、叶えてみん事にはわからぬのだ。かつて少年の願いを叶えた時、妾は……そうだのぅ、ざっくり「五」の力を使った。少年の願いが珍しいモノだった事もあり、この少年のこの願いを叶えるにはこれくらいの力が必要なのかと――当時の妾はそれで納得したのだが、これが間違いだったのだ。前回話したように、その時の妾は異種を恋愛の対象の外にしておった故、少年に用いた力は人間に対するモノ。しかし少年の身体には吸血鬼――魔人族という異種の要素が含まれており、それは対人間用の力をはねのけてしまう。結果、そうしてはねのけられた分を不足と捉えた当時の妾は、仮に少年が純粋な人間であったなら過剰とも言える量の力を使ってしまったのだ。そうして今、先の戦闘にて異種の力を出し切った少年の異種の要素が希薄になり、普段ならばはねのけている分の力をそのまま受けてしまっている――といのが今の少年だ。」
……ダメだ、この前以上にわからない……
「ロイドくんにかかっている力というのはつまり運命の相手……も含めてロイドくんと親しい仲になり得る異性を引き寄せる力――でいいのか?」
「正しくは運命の相手に出会う力であり、その他は副作用として考えてもらいたいのぅ。まぁ、願いの性質上、副作用であっても深い関係にはならざるを得ないだろうがのぅ。」
「……正式にスーパー浮気男となったな、ロイドくん。」
「へ、変なネーミングやめてください……」
「ロイドくんにかかっているその力が普段よりも過剰に働いている状態が今として……それでどうして――あ、あんなスケベロイドくんになるのだ……?」
「どうしてとな? それが最後の到達点とは言わぬが、恋愛の向かう先に性的接触は欠かせぬだろう?」
空気がかたまった。あっさりと言った恋愛マスターだったが、彼女に比べたらまだまだ子供なオレたちには凄まじい威力の言葉で……う、うわ、そう言われるとさっきオレがしたことは……ああああああ……
「何者かを好きになり、恋焦がれ、想いが通って結ばれた先、互いの愛を確かめる為に唇や肌を重ねる事は当然の欲求。恋愛という言葉には激しい情欲も含まれている事を忘れてはいかんのぅ。まぁ、清らかなる事を是とする恋愛もあるが、少なくとも少年や乙女らの中にはきちんとそういう欲――おっと、この辺にしておくかのぅ。先代同様、妾もこの辺の議論には熱くなってしまうが、少年らには刺激が強すぎたのぅ。」
さっきの……ローゼルさん的にいうところのスケベロイドもあって、オレたちは全員が真っ赤になっていた。
「つまりだのぅ。少年にかかっている力は、普段であれば出会いのキッカケに導く、もしくは引き寄せる程度なのだ。故に出会った時点で力は影響しなくなり、その先どう進展していくかは少年らしだいよ。だが過剰となっている今は出会ったその先まで導こうと力が働くのだ。既に知り合いであるなら更に親密になるようにと、例えば妙に二人きりになる時間が増えたりする。既に大抵一緒にいる友達以上恋人未満であるなら、互いの意識が恋愛に向くような出来事が周囲に起こる。そして少年らのように既に……まぁ口にせんでもよいだろう、のぅ? そういうことだ。」
意味ありげにニヤリと笑う恋愛マスターに再び熱くなるオレたち……ああああああ……
「え、えっとさー……つまりさー……あたしたち相手だと今のロイドは――ラッキースケベ発生装置になってるってことー?」
アンジュがかみ砕いた言い方に変えてくれ――ってなんじゃそりゃ!
「ふ、ふむ、そういうことか、そうかそうか。歩く度に胸に飛び込んでくるわけか。」
「ロ、ロイドくん……えっち……」
「ロイくんが……事あるごとにボクに……やん、そんなぁん……ボク困っちゃうなぁ……」
「……それ、ちゃんと元に戻るんでしょうね……」
「! そ、そうだ、それが重要だ! どうなんでしょうか恋愛マスター!」
「戻るとはすなわち、少年の異種の要素である吸血鬼性がいつもの程度まで戻るかどうかにかかっておるから微妙に妾の専門ではないのだが……まぁ、力を使いすぎたからといってその右眼が溶けてなくなるわけもなし、戻るであろうよ。どれくらいの時間を要するかはわからぬが。」
「あ、ああそうですよね。この場合はミラちゃんに聞くべきか……でも戻りそうでよかった……」
「んん? つまりこの後は回復していくだけだから、今のロイドくんが一番スケベという事か。さっきはいきなりであれだったが、これは今のうちに……」
「ロ、ローゼルさん?」
「いやそれよりも……密かにロイドくんに恋している者の前に今のロイドくんが行けば力によって何かが起きるわけだから、この状況を利用すれば隠れた敵を見つける事もできるのだな……よしロイドくん。とりあえずプロキオンとカペラの会長の前で転んでくるのだ。」
「あ、あの二人は大丈夫ですってば……というか人を探知機みたいに使わないでください……」
「しかしこんな機会――ああっ!!」
「えぇっ!? な、なんですか!?」
「いや……その……」
突如叫んだローゼルさんは段々と声が小さくなっていき……
「ばば、場合によってはロイドくんがラッキースケベ状態のまま……わたしは今週末のお泊りデートに行く……のだなと……」
「にゃっ!?!?」
「ほう、お泊りとな。それは――む、そろそろお暇せねばならぬか。ではの。」
「えぇ!?」
と、恋愛マスターの方に顔を向けるとその場にはもういなくて、一瞬の後、その場所にメイド服の人――ゴーゴンさんが現れた。
「――逃げられましたか。しかしこの移動、魔法ではありませんね……一体何者……」
「ゴ、ゴーゴンさん……?」
「ロイド様、お怪我はありませんか?」
「あ、はい大丈夫ですけど……もしかして恋愛マスターを追いかけて……?」
「恋愛マスター!?」
なぜかゴーゴンさんは、会ってから初めて見る驚きと焦りを見せた。
「まさかこんなところでニアミスを……女王様になんと言えば……」
「女王って……ミラちゃんが? 恋愛マスターを探しているんですか?」
「女王様もそうですが……私たち自身――全レギオンのメンバーが探しています。」
「えぇ!? な、なんでまた……」
オレの質問に対し、ゴーゴンさんは割と怖い顔で遠くを眺めながら答えた。
「女王様がロイド様を忘れてしまった原因であり、私たちがロイド様への感謝を失ってしまった原因だからです。恋愛マスターの捜索と捕獲は勅命であると同時に、全レギオンメンバーの上位優先目標なのです。」
た、確かにその辺の記憶のもろもろは恋愛マスターの力が関係しているけど……そ、そんな国をあげて探していたなんて……
「しかし……そうですか、何の気配かわからないモノがロイド様に近づきましたので急行しましたが、あれが恋愛マスターの……次は逃しません。それでは。」
そう言い残し、ゴーゴンさんは再び消えた。
「……魔人族総出……ミラならやりかねないわね。ていうか、色々とあたしたちを超えた力を持ってる魔人族がそうまでしてるのに見つけられてないってところがすごいのかもしれないわね。」
「そう考えるとそうだな……ああそうだ、ちょうどフィリウスもいるし、王っていうのについて聞いて――」
普通に会話してしまったエリルと目が合う。あぁ、フラッシュバックする……
「な、なに赤くなってんのよバカ!」
「だだだ、だって……その……お、怒ってない――ですか?」
「……な、なによ……怒られたいわけ……?」
「そ、そういうわけでは……」
「あ、あんなの――に、似たようなことあたしたちにしょっちゅうしてるじゃないエロロイド!」
「あんなのはしたことないですよ!?」
「う、うっさいわね! と、とにかくああいうのは……違うのよ……」
「な、何が……」
ムスッとした可愛い顔で、エリルはそっぽを向いた。
「……許す許さないの話じゃない……のよ……」
「そそ、それはどういう……」
「だ、だから――」
エリルが何かを言おうとした瞬間、原っぱで滑ったのかなんなのか、今度はエリルがオレの方に倒れてきた。
「うびゃ!?」
変な声が出た。背中に広がる痛みはともかくとして、変な場所にドキッとする感触が来たのだ。
「ん――ん!?」
「ぎゃあっ!? エ、エリル!?!?」
オレの上に転がるエリルは……まるで吸血鬼のようにオレの首にその唇を押し付けていて、加えてエリルの右手がオレのシャツを押し上げている。まるでアンジュみたいなへそ出しスタイルになっていることはともかく、その押し上げたエリルの右手は現在、オレのシャツの内側に滑り込んでいて……つ、つまりはオレの素肌、胸のあたりに触れていた。
「――!!」
唇を離し、手を引き抜いたエリルは起き上がって……オレの上にぺたりと座り込んだ状態でオレを見下ろした。
「と、とりあえずさっきみたいになんなくて良かったけど……あの、エリル……?」
「あたし……あんたの……あんたって……」
「??」
急激に顔が赤くなっていくエリル……え、オレどこか触っちゃったのか……!?
「ほほー、逆の場合もあるわけか。」
ローゼルさんのその言葉でシュバッと横にずれたエリル。オレは何が何やらという感じに上体を起こした。
「へぇー、ふーん? ねぇねぇエリルちゃん、ロイくんの身体はどうだった?」
「!! し、知らないわよ!」
「あんなふーに手なんて入れちゃってー。お姫様ってばやーらしー。」
「やらし……え、オレなんかした……?」
「ロイドくん、そうではないぞ。」
「えぇ?」
「まぁざっくり言うと、ロイドくんがわたしたちの裸を見てドキドキするのと同じように、わたしたちもロイドくんの裸を見たらドキドキするのさ。」
そこそこ筋肉はあると思ってたけど……触ってみると意外と……
て、ていうかなによこの変な感じ……手にまだ触れてるみたいな……ああ、ロイドがあたし――とか他ののを触った時に「感触が残ってるんです!」とか言ってしばらく赤いけど、あれってこんな感じなのね……
「手をにぎにぎしてやらしいぞエリルくん。」
「ばっ、違うわよ!」
「ロイくんとあんなにベッタリして! ロイくん、次ボク! っていうかボクだけロイくんに触られてない! エリルちゃんにやったのボクにも!」
「えぇっ!?!? あ、あんなの連続でやったら出血多量で死んじゃうよ!」
「じゃあちょっと休憩したらね!」
「連続でなければいいっていう話じゃないんですが!?」
「…………あんなのってなによ……」
「びょっ!? ち、違うぞエリル! 悪い意味じゃなくてその――」
「ほう? つまり「あんなに素晴らしいこと」という意味か、ロイドくん?」
「スバラッ!?!?」
赤くなって固まるロイド。……このバカはああいう事をすると謝るけど……な、内心はう、嬉しかったり……し、してる――のかしら……
――! なな、何考えて……で、でも……
「芝生に座って何をしているのだ?」
「ピクニックにしちゃあ時間が遅いんじゃねーか?」
変な考えが頭に浮かび始めたところで強化コンビがやって来た。車いすに座ってるカラードとそれを押すアレキサンダーっていう光景にも慣れたわね。
「実況が言ってた通り、さっきのバトルが区切りになったみてーだ。あっちこっちで腕輪の回収をしてるぜ。」
「ポイントを集計して閉会式にて結果発表を行うそうだ。一応今日も六時まで試合は可能だそうだが、ほとんとの生徒が三回戦い終わっているようだから、ぽっかりとヒマになってしまったな。」
「へー。あ、じゃあロイくん、ちょっとお店をまわろうよ。ボク、結局出店できなかったから情報収集したいんだ。」
「そ、それはいいね! うん、ゆっくりお店を見てまわろうか!」
リリーのせいで変な空気になってたのをカラードたちが戻し、それを維持しようとしてるのが丸わかりのロイドが変なテンションでそう言った。
「と、その前にカラードにお願いがあるんだが!」
「ん? またヘルムが欲しいのか?」
「それよりも厄介なことになってるんだよ……」
前に一回会ってるからか、強化コンビは恋愛マスターの話をすんなり聞いて……ロイドの現状をあっさり理解した。
そうしてとりあえず……ラッキースケベ発生装置になってるロイドはあたしたちからちょっと離れて、カラードの車いすを担当する形になった。そうしておけばさっきみたいな事にはならないと思ったらしい。まぁ、あたしたちから距離をとれば物理的にああいう事にはならない……はずだものね……
「しっかしラッキースケベたぁ漫画みてぇだな。カラード、ロイドに車いす任せて大丈夫か?」
「少し危ないかもしれないな。」
「えぇ!? いやいやさすがに二人に対しては何も起きないだろ!」
「む? あー、そうじゃないぞロイド。男同士のラッキースケベは流石の恋愛マスターも……いや、恋愛マスターと言うくらいだから可能かもしれないがそういう心配ではない。身の安全の話だ。」
「なんだそれ?」
……あたしたちと話す時とは違う、フィリウスさんと話す時に近い口調のロイド……
「例えばの話、彼女たちの……そうだな、スカートがめくれたとして、それをロイドが見る分には軽くほっぺをつねられるだけだろう。しかしそれをおれやアレクが見てしまったら、きっとおれたちは記憶がなくなるまでボコボコにされる。」
「え、ボコボコ?」
「ラッキースケベとしてロイドとくんずほぐれつは良しとしても、そういう光景をおれたちに見られる事は良しとしない……そうだろう?」
いつものように裏表のない真っすぐな顔であたしたちの方を見るカラードに対して――
「無論だ。わたしの全てはロイドくんのモノであり、そしてロイドくんはわたしのモノなのだ。」
さらっとそう答えたローゼル――ってまたこいつは!
「ボコボコ……そうか、ローゼルさんは物凄い硬度の氷で甲冑を凍らせて動きを鈍らせたりできそうだもんなぁ。」
「ロイドくん? わたしのセリフに対しては何もないのか?」
「いやーカラードの全力とみんなの戦いというのも観てみたいものですな。やや、あれはなんだろう、珍しい置物があるよリリーちゃん!」
「無理矢理話を流そうとしているな? まぁいいともさ。その分週末を楽しむと――お、本当に変な置物があるな。」
それぞれの学校が建ってる地域から出店してきているお店には各地方の名産なんかが並んでて、中には試合そっちのけで買い物に三日間を費やす人もいるくらいに面白いものがたくさんある。
「で、でも……スピエルドルフの街並みを、み、見ちゃうと……あそこよりも珍しいっていうか……面白いお店は、ないよね……」
「売ってるものがそもそも人間用じゃないしねー。そーいえばロイド、吸血鬼の力を昨日と今日で使ったわけだけど、プロキオンの会長との試合で見せたのが全力全開なのー?」
「なんだアンジュくん、まるで「あれだけ?」とでも言いたげだな。充分とんでもない力だったろうに。」
「でもさー、あたしたちは女王様の戦うところを見たでしょー? あれに比べるとさー。」
「そりゃあまぁミラちゃんは純粋な吸血鬼だからね。ただオレのもあれが全力かって言うとたぶん違くて……血を飲み切った後も……なんていうか、試合の時のハイテンションで無理矢理追加を引き出せた気がするし……それに血を飲めば飲むほど、とも言われているしね。正直どこらへんが限界なのかわかんないよ。」
「でもロイくん、そうやって頑張ったから今そんなにふらふらなんでしょ? 魔法が使えなくなってるのは魔力を前借りしたからだろうけど、身体にもそれなりに疲労がたまってるからそうなってるんだろうし、あんまり無理したらダメだよ?」
「おお、リリーくんが真面目な事を……」
「どういう意味かな?」
試合の後、ふらふらになってるロイドは……試合中に魔眼ユリオプスを使ってた影響で今は魔法が使えない。あれだけ大量の剣を生み出して強力な風を回したんだから、相当な前借りをしてるはず……
「実際あんた、どれくらい先の分を前借りしたのよ。ずいぶん派手に魔法使ってたけど。」
「それほど借りてないよ。吸血鬼――ノクターンモードになると魔法的な感覚が鋭くなるからいつもより上手く魔法が使えるんだ。だから派手に見えても普段よりは燃費がいいから……そうだなぁ、どんなに多くても一週間はないはずだ。」
「それでも結構長いじゃない。」
「ほう……つまりわたしとのデートの時、わたしが強引に持ち込めばロイドくんは抵抗できないと。」
「えぇ!?」
「デートとの前にあれがあるよねー。ほら、ご褒美がさー。」
「えぇ? いやぁ、でもオレ、マーガレットさんに勝ってないからなぁ……」
「負けてないからいーんじゃなーいー? もう一回あたしの裸エプロン見られるねー。」
「ひょっ!?」
「ご、ご褒美って言ったら……ポイント勝負も、あるよね……」
「そうだな。ロイドくん以外は全戦全勝だが……しかし三年生で生徒会長の『女帝』と引き分けたというのはポイントが高そうだし、あの時間使いも相当なモノだった。これは案外ロイドくんが上位に入るのではないか?」
「そ、そうですかね……」
このポイント勝負、一番でないとロイドは……誰かからたぶんデート的なお願いをされるからドギマギしてるわね……
「はっは、ロイドは交流祭が終わってからの方がイベントが多そうだな。」
「イベントっつーと、うちの学校はあと何があんだ?」
「一年生なら次は校外実習って感じかなー。」
そこそこの人数でぞろぞろ歩きながら話をしてたら、いつの間にかカラードの車いすの横に変な女が立ってた。ボリュームのある茶色混じりの金髪にぐるぐるメガネ。白衣を着てるくせにアクセサリーをチャラチャラさせた、博士なんだかギャルなんだかわかんない格好……確か生徒会の――
「えぇっと……プルメリアさん?」
「んー。」
どっちともとれる曖昧な返事をしたそいつは、ぐるぐるメガネをかけてロイドに顔を近づけた。
「え、あの……」
「いー数値出してんねー。その内実験させてもらおーかなー。」
「はぁ……」
お決まりのロイドに惚れた……的な雰囲気じゃないからいいけど、じゃあなんの用なのかしら。
「ああ、確か生徒会の会計の方だったか。確か『確率の魔女』、ペペロ・プルメリアさん……校外実習があるのですか?」
ロイドの顔を覗くプルメリアを車いすから見上げたカラードを見下ろすペペロ。
「そーそー。この前侵攻があったから一足早く経験しちゃったかもだけど、一年生はそこで魔法生物の討伐を経験するの。その次は生徒会選挙で、最後にランク戦って感じ。」
「なるほど。ありがとうございます。」
「んー。」
なにしに来たのか、それだけ話してペペロはどっか行った。デルフも結構変なやつだし、生徒会も大概ね……
「校外実習か。魔法生物討伐という事は実際の任務を体験するのだろうか。楽しみだな、アレク。」
「それはそうだが……今の会計、ロイドの何を見てたんだ?」
「『確率の魔女』というくらいだから、ロイドの何かの確率を見たんじゃないか?」
「えぇ、怖いなばああっ!?」
いきなりバカみたいな声をあげるロイド。あたしたちの後ろを歩いてたロイドの背中に誰かが抱きついて――って早速ラッキースケベが!?
「ロイドくんすごいのねー、お姉ちゃんびっくりだわ。」
「――って、お姉ちゃん!?」
「はーい、お姉ちゃんですよー。」
ロイドの後ろからひょっこり顔を出すお姉ちゃん。そういえば試合観てたのよね……
「素人の私にもわかるわ。ロイドくんはなんだかすごいってねー。うんうん、フェルブランドの未来は明るいわ。」
「カメリア様、ロイド様にそのようなことをいたしますとエリル様が……」
「あらあらやだわ、私ったら。ごめんねエリー。」
ニコニコしながらロイドから離れたお姉ちゃん……はともかく、アイリスは十二騎士なんだからこんなところにいたら生徒に囲まれるんじゃないかしら?
「わー、生の《エイプリル》だー。」
予想通り早速そんな声が……ってアンジュじゃない。そういえばアンジュはアイリスの戦い方を参考にしてるんだったわね。
「あらあら、やっぱり十二騎士は人気ね。アイリスさん、こちらエリーの恋のライバルのアンジュ・カンパニュラちゃん。」
「どんな紹介よ!」
「カンパニュラ……と言いますと火の国の貴族の?」
「あ、はい、そうです。」
ぺこりとお辞儀するアンジュ……なんかかしこまってるわね。
「私はアイリス・ディモルフォセカ。クォーツ家にお仕えしております。どうぞよろしくお願いします。」
「こ、こちらこそです。」
緊張してるアンジュって珍しいわね……
「……そういえばパムもアンジュの名前聞いた時にそんな反応してたわね。カンパニュラってそんなに有名な貴族なの?」
「あらあらエリーったら、他国の勉強が足りないわね。そもそも恋敵の事はきちんと調べておかないとダメよ? カンパニュラと言ったら火の国ヴァルカノの貴族の中で一番の力を持ってる家よ。実質、国内で二番目の権力持ちね。」
「……あんたそんなんだったの……?」
「王族のお姫様には負けるよー。」
「うふふ、王族に貴族に女王様なんて、ロイドくんの周りはロイヤルねー。他にもそういう知り合いがいたりするのかしら?」
「ど、どうでしょう……そうとは知らずにフィリウスに連れてかれた場合もあるので……」
今更だけど、こいつの七年はどうなってんのよ……
「で、結局なんだったのじゃ、お主の弟子の力は。」
十二騎士の自覚のない筋肉ダルマをとっ捕まえてきた私が、そっちはそっちでいなくなると困るカメリア様と《エイプリル》の二人がいない事にため息をついているとジジイがそう言った。
「わしの孫、マーガレットの力は魔眼ユーレック。対してお主の弟子の魔眼はなんなのじゃ? 隻眼というだけでも聞いた事ないというのにあの力……いささか度を越えておるぞ?」
「何言ってんだ《フェブラリ》。正義の道を行く騎士の卵なんだ、手にした力は大きければ大きいほど俺様たちの世界は明るいだろ?」
「そういう話ではない。お主にもわからぬとほざくのであれば、わしが自ら――」
ジジイが厳しい顔でそこまで言ったところで、筋肉ダルマ――《オウガスト》が《フェブラリ》の肩にポンと手を置いた。
「それくらいにしておけ、ヒソップ。」
ぞっとする声色でヒソップ――《フェブラリ》の本名を言った《オウガスト》。こんなふざけた奴が、本当に十二騎士に名を連ねる男なのだと再確認してしまう圧力。対して――
「ほう……お主がそこまで睨みを利かせるか、フィリウス。」
ハツラツとした顔を、強敵を前にして昂る歴戦の猛者の表情にする《フェブラリ》。
アルマースの街の一角、あまり生徒が来ないところでこそこそしていた私たちだったが、そうしておいて良かったと本気で思った。この気配、場合によっちゃ生徒が気絶しかねない。
「ふん。普段お気楽に笑うお主がそういう顔をした時は、毎回裏に腰を抜かすほどの大事が隠れておった。なるほど、あの少年はそれほどの何かを持っておるわけか。ふふふ。」
悪党みたいな顔で笑った《フェブラリ》は、傾いた身体でやれやれと肩を落とした。
「じゃが同時に、そういう顔で忠告するお主を無視してその剣のさびになってきた者を大勢知っておる。よいよい、この件はもう話すまい。」
「それはそうと勝負はどうする。引き分けの場合を考えてなかったぞ?」
「そうさのぅ……」
……一瞬で元に戻りやがった。ったく、こいつら……
「つーかとっとと帰れ。用事は済んだんだろーが。」
「いやいや! 途中参加とは言え祭に来といて最後までいないってんじゃあ漢がすたるからな! 閉会式までいさせてもらうぞ! 例年通りなら宴会だろ?」
「ほう、宴か。アドニス、酒はないのか?」
「学生のイベントにあるわけねぇだろうがっ!」
「おーおー、そうそうたる顔ぶれだな。」
バカ二人に怒鳴ってると、キシシと笑いながらカペラの校長――グロリオーサが来た。相変わらずサメみたいな歯だな、こいつ。
「言っちまえばただの学生のイベントに《オウガスト》と《フェブラリ》、ついでに《エイプリル》ってんだから豪華だよな。おい、《ジュライ》は来てねーのか?」
「残念ながらおらんな。何用じゃ、『豪槍』。」
「爺様にはないな。おいルビル、お前のとこのありゃあ一体なんなんだ? 反則だろうが。」
「なんの話だ?」
「生徒の話だ! あたしの弟とやりあったそっちの生徒だよ!」
あー……そういえば勝負しろとか言ってたな。そうか、一応勝ったことになんのか。
「なんなんだあの吸血鬼のコスプレは! 卑怯だろーが!」
「ベルナークの剣まで持ち出した奴のセリフかよ。おまけに未来予知のマーカサイトとか、いろいろ盛り過ぎだろ、お前の弟。」
「どの口が! ユーレックの持ち主相手にガチ勝負で引き分ける能力の方が盛ってるだろ!」
「文句ならそこの筋肉に言え。育てたのはそいつだ。」
「『豪槍』! ベルナークの剣を大将にゆずってくれ!」
「い、いきなりなんだ。ゆずるわけねーだろ!」
「なら残りの一本の場所を知ってたら教えろ!」
「知らねーよ! おいルビル、この保護者なんなんだ!」
「私に聞くな。つーか校長でもこの街に入っちゃダメなんじゃねーのか? 最後まで学生主体だろ?」
「あの勝負はノーカンだって言いに来ただけだ。」
「そもそも受けてねーよ。てかそれはともかく、ベルナークの剣、いいのか?」
「なんだ、ルビルもそこの筋肉みたいに欲しいのか?」
「そうじゃない。学生には余る代物だろうが。魔眼よりも手軽に奪えて高く売れる……いいマトだぞ、お前の弟。」
「ああ、下手すりゃガラの悪い騎士にすら狙われるだろうよ。実際来た事あるが……おかげで頼れる仲間もできた様子だし、いいんじゃねーか?」
「どっちかっつーとあれが悪党にわたる事を心配してんだが。」
「んなやわな育て方してねーよ。それに、いざとなったらあたしが責任を取る。」
決意固めた顔しやがって……まぁ、人様の家庭事情学校事情に首つっこむのはどうかと思うし、これくらいにして――
「むぅ、もしや……」
「どうした《フェブラリ》! この強さと美しさを備えた女騎士に見とれたか!」
「お主じゃあるまいし……じゃがそう、この二人じゃ。両名とも名の知れた騎士……次代の十二騎士とも言われておるが――そうはなっておらぬ。」
「ジジイ、喧嘩売ってんのか。」
「そこで現十二騎士の女性に目を向けるのじゃ。例えばついさっきまでいた《エイプリル》やお主の妻である《ディセンバ》……ほれ、この二人との違いがあろう。」
「おいまて、いつからキャストライトが俺様の――」
「おもしれーな。あたしらと十二騎士の差か。で、なんなんだ?」
「まて『豪槍』、その前に妻ってところを――」
「ずばり、女らしさじゃ。」
瞬間、大して仲がいいわけでもないグロリオーサと次の行動が合致した。
「話しているところを見ておるとわかるわい。そこの二人は乱暴な物言い。じゃが《エイプリル》も《ディセンバ》も丁寧な言葉遣い……立ち振る舞いにも女性としての気品があるわい――のぅ?」
「よし、俺様は一足先に宴会場に行くとしよう。前と同じで闘技場だろう? さらば!」
「ぬぉ!? なんじゃいあやつ、珍しく風で飛んでいきおった――む? なんじゃ、この殺気は……おいおい、何ゆえ二人とも槍を手にしておるのだ? まてまて、戦闘レベルの魔法の流れを感じるぞ? まったく、たった今女らしさが大切だと言ったばかりだろうに――」
「「くたばれクソジジイッ!!」」
「んん? どこかでアレクが斧を振り下ろした時のような音が……」
「あん? 俺はここにいんぞ?」
カメリアさんと少し話し、試合可能な時間帯を過ぎてしばらくの後、閉会式の為に四校の生徒が集められた。開会式と同じように一番大きな闘技場が会場なのだが、今回は立食パーティーのようになるらしく、食器が並ぶたくさんのテーブルを前に四校の生徒がガヤガヤとしている。
……こころなしか試合をした時よりも闘技場の中が広くなっている気がするのは、きっと気のせいではないのだろう……相変わらずすごい魔法だ。
「ロイくんてば、いつまで車いす掴んでるの?」
「だ、だってまたあんな事になったら困るし……今は人も多いし……」
「そっか! じゃあボクが食べさせてあげるね!」
「うん……うん? そ、それも何かがどうにかなってさっきみたいのになんないかな……」
「おれは大丈夫だと思うぞ、ロイド。」
「えぇ?」
「さっきも言っただろう? 彼女らはそれを他の誰かに見られる事を良しとはしない。運命が導くキッカケとは言え、こんな場所で発動してはその後のムードもないだろう?」
「お、おお……一理あるな……」
何に対しても真っすぐに考えるカラードはこういう時に――いや、こんな時そうそうあっちゃ困るけど、この冷静さは頼りになる。
「よ、よし……えっと……リリーちゃん、握手しよう。」
「いーよー。えいっ。」
「ぎゃあっ!? そ、それは握手じゃなくて抱きつき――」
――! 何も起きない……転ばない! これはカラードの予想通りか!
「良かった! これで安心して料理を食べられるぞ!」
「だからボクが食べさせてあげるってばー。」
「む。ここの料理を片端から食べさせればロイドくんの好物もわかりそうだな。そしてリリーくんは離れるのだ。」
「気合入ってるねー、優等生ちゃん。まー手料理って言ったら何気にポイント高い部分だもんねー。あたしは何作ろうかなー。」
ティアナの提案により、マーガレットさんとの試合で……一応負けなかったオレはみんなに手料理を作ってもらう事になった。
他にも……お、お泊りデートなる心臓に悪い事ををみんなとやるという事にもなっていて、交流祭のあとも色々と……あぁあ、どうすれば……
「どうしたロイド、そんな迷い多い顔をして。」
「い、いや……」
「んお、おい見ろよロイド。お前みたいのがあっちにいるぜ。」
人の倍――とは言わないけどかなりの高身長のアレクが遠くを指差した。
「すごーい、これがベルナークシリーズなんだ!」
「あたしにも触らせてー!」
たくさんの女子生徒に囲まれて困った顔をしているのはラクスさん。やっぱりベルナークの武器はすごいんだなぁ……
「ありゃあロイドよりモテてるぞ。おい、いいのか?」
「いや、なんの勝負だよ……そんなことよりあれは大丈夫なのかな……ベルナークシリーズってレアものなんだろう? 悪党とかも狙うんじゃ……」
「承知の上だろう。力というモノは同等かそれ以上の力を呼び寄せるモノだ。そういう意味では、ロイドも気を付けなければな。」
「そうだな……」
「ついでに女性も引き付けるようだな。」
「そうだ――いや、そこは関係ないはずだ!」
真っすぐ――いや、天然なのか、時折ツッコミが必要なことをさらりというカラードに今日もまたツッコミを入れたところで、闘技場の中の一点にスポットライトが当たった。
『皆さんお疲れ様です。閉会式でも司会を務めさせていただくプロキオン騎士学校新聞部のパールです。ご察しの通り、この後たくさんの料理が運ばれてきますが、まずは祭の最後をしめると致しましょう。』
この三日間で完全に聞きなれた声が響き、まだ多少のざわつきはあるものの、四校の生徒が正面……と言えばいいのか、パールさんの方を向いた。そこには一段高くなった舞台のようなモノがあって、パールさんはその端っこに立っている。
『ありがとうございます。では早速のあいさつをわが校の生徒会長から――と、いきたいところですがそれは最後。まずは他の生徒会長からお言葉をいただきましょう!』
パールさんの言葉を合図に追加で三つのライトが灯る。それぞれに照らされているのは各校の生徒会長。カペラ女学園のポリアンサさん、リゲル騎士学校のゴールドさん、そして我らがデルフさん。
『ではカペラ女学園からお願いしましょう! 『魔剣』、プリムラ・ポリアンサさんです!』
『……去年も先の会長を見て思いましたが、アイドルか何かのようですわね。』
自分を照らす光を眩しそうに見つめ、ポリアンサさんはマイクを手にした。
『みなさんごきげんよう、カペラ女学園生徒会長のポリアンサですわ。きっと堅苦しいタイプのスピーチは『女帝』がなさるのでしょうから、わたくしは軽く。』
螺旋を描く金髪をふわりとさせて、ポリアンサさんはスピーチをはじめた。
『過去二回、普段は見る機会のない戦法や技術を見て刺激を得てきましたけれど、今年はそれらを上回っていました。同学年の進化と、後輩たちの驚くべき力……ドルムですらないわたくしですが、それでも最高学年の三年生として言わせてもらえば、四校の未来は明るいですわね。はい、『エンドブロック』。次はあなたよ。』
本当に軽くしゃべっただけのポリアンサさんは隣に立つゴールドさんにマイクを手渡した。なんだろう、ポリアンサさん……疲れている……?
「ああ、そういえば今日、カペラの会長は我々の会長と試合をしていたからな。」
オレの疑問を――こころを読んだのか、車いすの上でカラードが呟いた。
「さすがの激戦で、最終的には彼女が魔法の負荷による……いわゆる魔法切れの状態になって勝負が決した。後半、会長は光の速さで逃げ回っていたからな。」
「えぇ……いいのか、それ。」
「立派な戦術だ。そしてそれ故にあの疲れ具合なのだろう。」
『疲労しているからと言って投げやりなスピーチとはらしくないな。まぁ、学生最後の交流祭の試合で逃げ勝ちされては致し方なしか。』
『で、では続いて『エンドブロック』、ベリル・ゴールドさん!』
『ああ。リゲル騎士学校生徒会長のゴールドだ。このような場所で何かを言う予定はなかったのだが一つ、リゲルの学生全てが愚弟のような男だとは思わないで欲しい。母校が野獣の檻のように見られるのは少々困るのでな。以上だ。』
「スピーチというかなんというか……気になるのはそこなんだなぁ……」
「大口で下品な事を言ったというのにわたしにボコボコにされたのだからな。女子から嫌われ、男子の期待を裏切り、八方塞がりだろうな。」
「だ、男子のみんながそういうのを期待していたわけではないはずですが……」
『で、ではお次は『神速』、デルフ・ソグディアナイトさん!』
あまりにあっさりとした二人に戸惑いながらデルフさんに番を回すパールさん。そしてそんな困り顔に応えるように――
『やーやー、お疲れ。セイリオス学院の生徒会長です。ここの二人に勝ったデルフさんです。』
『あなたねぇ……』
いつもの楽しそうなテンションでマイクを受け取ったデルフさんはふふんと笑ってそう言った。
『やれやれ、負けた二人はテンションが低いからちょっとしゃべることにしようかな。二年前、僕が一年生だった時ここに立っていた人たちは、それはもう怪物か何かに見えていたのを覚えているよ。もしかしてみんなには今の僕たちがそう見えていたりするのかな?』
闘技場内に笑いが起きる。実際、生徒会長の面々は怪物――というか、何か別の次元の存在のような印象がある。他の三年生とは違う雰囲気……そう、きっとこういうのを格が違うと言うのだろう。
『こりゃあ格が違うなぁとか思っているのかな。でも驚いて欲しいのだけど、僕らは――いやぁ、少なくとも僕は普通の人だよ。さっきも言ったように、先代の会長を見て強さの差に呆れていた一人の男子生徒だったね。けれど今、僕は呆れられる側に立っている。僕は突然変異でもして怪物になった? いやいやまさか。昔も今も銀髪をなびかせて時々女の子と間違えられるデルフさんさ。』
軽くこっちのこころを読んできたけど……ああ……なんだろうこの感じ。そうだ、ランク戦の開会式の時にもこんな雰囲気のあいさつをしていた気がする。自然と話に引き込まれるというか……相変わらず不思議な人だ。
『昔の僕と今の僕の違い――それは経験だ。そしてこの交流祭というのはたくさんの経験の中でひときわ光る面白いモノだね。この三日間で初めて見たものが一つでもあったなら、それはもう怪物への一歩を踏み出したということさ。いいなぁと思うモノが一つでもあったなら、それはきみを怪物にする力を手に入れたということさ。まねでもオマージュでもなんでもいい、受けた刺激を吸収して自分のモノにしようじゃないか。無数の経験で組み上げられていくきみは二年後、ここに立つ怪物の一人になる――そう、僕のように。』
コンコンと足を鳴らし、デルフさんは――どこか挑発するかのように言った。
『この場所はそんなに遠くない。遥かな格上の世界などと思わないで欲しい。この場の全員が怪物と呆れられる可能性を持っている。強くなるんだ、後輩諸君!』
わーっと拍手が起こる。その反応に満足したのか、むふふーという顔でにやけたデルフさんは、しかし段々と「やっちまった」的な顔になっていった。
『しまった。なんだか卒業する時のスピーチみたいだったね。卒業式で言う事がなくなってしまったのではないだろうか。』
『相変わらず口がまわりますわね……ですけど人を怪物呼ばわりはどうかと思いますわ。』
『十一個の系統を使いこなす人は半分魔法生物と思われても仕方ないと思うけどね。』
『ほう。では自分の場合はどこか怪物なのだ?』
『ゴールドくんはどこかに脳みそを十個くらい隠し持っているはずだね。その頭の良さは怪物級だからね。』
再び盛り上がる闘技場。笑いと歓声に包まれ、三人の生徒会長はスポットライトから抜けていった。そして――
『ありがとうございました! それでは最後の挨拶を、我らがプロキオン騎士学校生徒会長、マーガレット・アフェランドラからいただきます!』
全員の正面に灯る一つのライト。その下に切りそろえられた長い黒髪をゆらす女性――マーガレットさんが立っていた。
『……私たちは普段、それぞれの学校という小さな世界で腕を磨いている。』
前置き無く始まるマーガレットさんの話。相変わらず妙な迫力というか……『女帝』という二つ名が似合う雰囲気を放っているが、そんな中にどこか清々しいような表情が読み取れる。
『世界が広いという事は知っていても、それを実感する事は少ないだろう。交流祭はそんな経験のできる稀な機会の一つであり、そこには多くのキッカケが転がっている。例えば、騎士を目指す私たちの周りに常にある「強さ」の比較。四校それぞれに強者、もしくは弱者とされる生徒がいることだろうが、先に言ったように、これらはそれぞれの小さな世界の話だ。』
しかしきっとそういう表情を読み取れる人は数少なく、ほとんどの人には……『女帝』が威圧的に淡々としゃべっているように見えている……ような気がするなぁ……
――っと、今はマーガレットさんの話を聞かないと。
『武器や魔法には無数のスタイルがあり、最強と呼べるモノはない。だからそこには相性というモノが必ず存在する。いつも自分がいる世界にはたまたま相性の良い相手、悪い相手しかいなかったとしたら……「強さ」は外の世界で逆転し得る。もしかするとこの交流祭において、強いと思っていた者が他校の生徒にあっさりと負け、弱いと思っていた者が他校で強者とされる生徒を打ち負かす――そんな場面に遭遇した生徒がいるかもしれない。そこまではいかずとも、普段は見る事のできないスタイルを前に、自分や他人の技の思わぬ強み、弱みに気が付いた者はいるかもしれない。そう……これがキッカケだ。』
……思わぬ強みと弱み……オレの場合は相手がなんだか色々と凄すぎて、頑張っている内に終わった感じだったなぁ……相変わらず、オレの弱点は魔法技術の低さだし。
んまぁでも……そうだな、マーガレットさんの鉄球はオレの回転剣と似ているところがあるし、参考にできるところは多そうだ。あとでユーリの眼の記録を見直してみよう。
『ソグディアナイトが言っていた事も含め、今言ったような強くなるキッカケはたくさんある。それらを是非モノにして欲しい……と、思うには思うが……個人的には違う種類のキッカケも探して欲しいと思っている。』
ん? マーガレットさんの雰囲気が……誰の目にもわかる感じで少し柔らかくなったぞ。
『結果として強さにも影響するかもしれないが、主に皆のこころに影響を与えるキッカケ……出会いだ。』
ふとマーガレットさんと目が合う。開会式の時と同じように、だけど今度は互いに微笑みを返す。
『強さに憧れ、その在り様を目指そうと思える相手。自身と同等かそれ以上に守りたいと思う相手。どのような時でも負けたくない相手。安心して背中を任せることのできる相手。同性の絆でも異性の恋慕でも何でも、小さな世界を容易く打ち破って自身を先に進めるような誰か――そういう者との出会いを、皆にして欲しいと思う。』
本人の意図しない高圧的な雰囲気によって『女帝』と呼ばれていたマーガレットさんのその時の表情は、たぶんマーガレットさん本来の……優しくて頼りになる良いお姉さん――のような笑顔だった。
『まぁ、出会いは探せば得られるようなキッカケではないが……二年生はあと一回、一年生はあと二回、同じ志で同年代のそういう相手に出会える可能性がある。頭の片隅程度で意識しておくと、良い事があるかもしれないぞ?』
――! ドキッとする微笑み。この色々と包み込みそうな雰囲気は……ああそうだ、カメリアさんに似ている。やっぱりマーガレットさんはお姉さん気質なのだなぁ……
『さて、正直言って私も疲れているし、お腹もすいている。退屈な話はこのくらいにして――今年の交流祭最後の交流の時間へと入ろうか。パールくん。』
『…………ほえ、あ、はい! えっと……そ、そうですね! 会長、ありがとうございました! それでは食事の時間といたしましょう!』
各校の生徒会長の挨拶の後、食器だけが並んでいたテーブルに突如として豪華な食事が出現し、閉会式は立食パーティーへと移行した。
「プロキオンの生徒会長はロイドの影響で随分と魅力的な女性になったな。」
「誤解されるような事を言うな! マ、マーガレットさんは元々ああいう人なんだよ。今まではそれが表に出なかっただけで――」
「それをロイドのテクニックで引っ張り出したってこったろ? さすがだな!」
「アレクまで何言ってんだ!」
強化コンビにニシシといじられ、背後からエリルたちに睨まれていると――
「やーやーお疲れお疲れ。」
ひらひらと手を振りながらデルフさんがやってきた。
「……あんたは事あるごとにあたしたちのところに来るわね……」
「事あるごとに用事ができるからね。」
今更ながら一応の先輩に相変わらずの口調のエリルだが、デルフさんは気にせずにニコニコ顔でふとオレの方を向き――
「サードニクスくん、どうもありがとう。」
ぺこりと頭を下げ――えぇ!?
「え、な、何がですか……」
「アフェランドラさんの件だよ。」
「えぇ?」
何のことやらさっぱりのオレに、さっきマーガレットさんが立っていた場所を眺めながらデルフさんは話した。
「生まれ持った異能、これ以上ない指導者、その指導に応える才能。彼女は騎士として最高のモノを持っている。」
「……あんただってすごいじゃない。何もないのにあんな魔法使えるんだから。」
「? ああいやいや、そういう話じゃないんだよ、クォーツくん。僕が言いたいのは、彼女が強くなったってことさ。」
「マーガレットさんが?」
「さっき言ったモノを持つことを彼女はどこかマイナスに考えていたみたいなのだけど、サードニクスくんとの試合で何かをつかみ、それを受け入れたみたいだ。彼女のあんな柔らかい表情は初めて見たからね。つまり、今の彼女は数時間前の彼女よりも心が強くなったわけだね。」
「そ、それがどうしてオレへのお礼に……」
「彼女と僕は同期だからね。いつか背中を任せる事になるかもしれない者が強くなったのだから喜ばしい事さ。頼もしいし、何より張り合いが出る。だからサードニクスくんにありがとうなのさ。」
「そうですか……ど、どういたしまして……」
「うんうん。ところでだいたい察しはついているけれど、あの黒い力は――」
「ロロ・オニキスだな?」
デルフさんの質問を淡々とした声が遮った。
割と重要な案件だったはずだが、他の色々な事に押しつぶされていた件。オレの女装時の名前をすたすたと近づいてきた人が……ゴールドさんが口にした。変わらない無表情のまま、しかしてしっかりとオレを見て。こ、これはつまり……
「なぜもっと早く気が付かなかったのか。マーガレットとの試合を観てようやくだ。開会式で見せた棒の回転、ダンスで描く円の動き、どれもが『コンダクター』の技術につながる。そしてそれを考慮して目の前の少年を見てみれば――なるほど、ロロ・オニキスと同じ形の顔だ。」
交流祭初日の開会式、そこで行われた各校の出し物でデルフさんと一緒にちょっとしたショーを披露したオレ。その時のオレはフィリウスとの長い旅によって得た特技――女装をしていて……その女装したオレに……リゲルの生徒会長であるゴールドさんがひ、一目惚れしてしまった。
デルフさんが色々とはぐらかせていたけど……この頭のいい人にいつまでも通用するわけもなかったというわけか……
ていうかそりゃあやっぱり曲芸剣術でバレるよなぁ……ああ、もしやこの後はゴールドさんにボコボコにされる的な展開に……
「どうりでデルフが妙な顔で笑うわけだ。」
普通なら呆れか怒り顔で大きくため息をつく場面だろうに、相変わらず無表情のままのゴールドさん……いや、それが逆に恐ろしい。き、きちんと謝罪をせねば……!
「あ、あのですね、その――オ、オレ、だだ、だますつもりでは……」
「気にするな。」
きにするな……気にするな? あれ、怒っているわけじゃないのか?
「それに罪悪感を覚えるべき者がいるとすれば、こっちだろう。」
無表情な顔をオレからデルフさんへ向けるゴールドさん。
「ふふふ。ゴールドくんなら気が付くとは思っていたけど……あのゴールドくんがと思うと面白くてね。まぁゴールドくんならそういう感情を知る事ができたという事で良しとしてしまうだろう?」
「感情……ああ、これがつまり恋という事なのだろう。稀有な経験だ。」
「そうだろう、そうだろう。その感情が、そこのリシアンサスくんの驚異的な魔法の元となったモノだからね。始まる前に終わりはしたけれど、ゴールドくんは更に強くなったに違いない。」
「キッカケは得る事ができたな。だがデルフ、別にこの恋は終わっていないぞ。」
ゴールドさんの口から「恋が終わっていない」なんてロマンチックなセリフが出るとは思わなかったけど……え、どういう意味だ?
「んん? それはどういう……もしかしてゴールドくんは相手が男性でもオッケーというタイプなのかい?」
えぇっ!?!?
「まさか。単に「ロロ・オニキス」という「女性」の可能性はゼロではないというだけだ。」
??? な、何を言っているんだ、ゴールドさんは……? ロロ・オニキスっていう……そ、そりゃあ同じ名前の女性はいるかもしれないけどたぶんそういう意味じゃないだろうし……でもオレは男だし……えぇ???
「ゴールドくん……まさかあの、伝説の中のそのまた噂程度にしか語られないアレを探すつもりなのかい?」
え、デルフさんが真剣な顔に……ていうかアレってなんだ!?
「語られているだけで充分だろう。火のない所に煙は立たない――そう語られたという事はそれが、もしくはそれに近い何かがあったという証であると、自分は思う。」
「夢見る探検家のようだね……正直、僕はその可能性を否定するよ。」
「構わない。それにちょうど良い。」
「何がだい?」
「自分は騎士を目指している。リゲル騎士学校に入学し、生徒会長という任にもつかせてもらった。卒業後は世の正義の為に戦おう。しかしそれだけでは――信念や目標がたった一本では揺らいだ際に支えられない。だからもう一つ、自分は何かを欲していたのだ。」
「……アレを探す事を、そのもう一つにしようと?」
「その通りだ。だからデルフ、そして『コンダクター』、二人には礼を言う。」
「えぇ……あ、あの何が何やら……」
「妙な事を目標にするのだね。ゴールドくんらしさがどこかに行ってしまったようだ。」
「デルフにらしさを語られるとはな。」
「……どういう意味だい?」
「人に好かれ、強さもあり、まさに理想的であろう男の戦う目的が、という話だ。」
ゴールドさんの遠回しな言葉に、デルフさんの顔が険しくなった。
「それが達成されれば世界は一つ良くなるのだから、誰も否定はしないだろうがな。試合の時の約束もある。卒業前にこちらに顔を出せ、デルフ。自分が知っている事を教えよう。」
デルフさんの目的は……復讐。かつて大切な者を奪ったS級犯罪者、マルフィを倒すことがデルフさんの強くなる理由。確かに、普段のデルフさんから「復讐」という言葉はなかなか出てこないだろう。
……というかゴールドさんは何か知っているみたいだな……どうしてこう生徒会長というのは色んな情報を知っているのだろうか……
「ではいずれ。」
こっちが心配したほどの事にはならなかったけど変な疑問を残してすぐに去っていったゴールドさん……アレとは一体……これはデルフさんに聞いておかないと。
「あの、デルフさ――」
「これはまた、サードニクスくんにもう一度お礼かな。」
「アレって――えぇ? オ、オレ、ゴールドさんとは戦ってないですよ?」
「ふふふ。ほら、さっき言っていただろう? 自分を支えるもう一本を得たって。これもまた心の成長――愛を知ったゴールドくんはもっと強くなるよ。」
「は、はぁ……」
「それじゃあ僕は他の三年生とも交流を深めてくるかな。またね。」
アレとやらについて聞きたかったけれど……そういえばデルフさんにとってはこれが最後の交流祭だ。三年生同士の交流を優先するべきだろう。んまぁ、セイリオスに帰ってからでもいいわけだし。
「じゃあオレたちも交流祭らしく交流しようか。とりあえず知り合った他校の人に挨拶でも。」
「同学年はキキョウとヒースくらいね。あとは生徒会長二人とロイド二号。」
「えぇ? エリルたちはもっと他の人とも戦ったんだろう?」
「……あんまり覚えてないわね。」
「えぇ……」
「無理もないだろう。拍子抜けに弱かったりしたからな。全員がロイドくんの相手みたいにとんでもない生徒ではないのだ。」
「生徒会長二人とベルナーク使いだもんねー。でも優等生ちゃんの相手だって一応すご腕だったでしょー?」
「はて、どれの事を言っているのかな、アンジュくん。」
冷ややかな笑み。どうやらパライバはいなかったことになっているらしい……
「な、ならとりあえずはキキョウを探してみ――」
「んお、ここにいたぞナヨ。」
「さすがヒースくん。ぼくもそれくらい身長があればなぁ……」
とかなんとか言ってたらキキョウとヒースがやってきた。
「ロイド、さっきのすごかったね! あの吸血鬼みたいな恰好はどんな魔法なの!?」
「ま、魔法というかなんというか……話すと長いけど、ざっくり言えば魔眼の力だな……」
「へぇー、魔眼って色んなのがあるんだね。アフェランドラさんも『雷帝』状態はすごかったし。」
おお、そうだ。キキョウと言えばマーガレットさんだ。試合の後肩をかしてたという事はそれなりに仲良くなった……はずだ。
「そ、そういえばキキョウ、さっきマーガレットさんに肩をかしてたな。」
「え!? う、うん……た、たまたま出口で会って……ヒースくんじゃ身長が合わないから……ぐ、偶然だよ!」
偶然……心配で出口で待ってたとかじゃないんだろうか。
「ったくよー。おれよりちっせーのにあんなにつえぇんだからなぁ。羨ましいぜ、色々と。」
「え、ヒースくんも魔眼が欲しいの?」
「そりゃー無いよりはある方がいいだろ? 普通に有利だしよ。」
「そうだね。でも確かフィリウスさんが言ってたんだけど、腕利きの魔法使いが相手だとその魔眼を利用されたりするらしいよ?」
「マジか!?」
「うん。だからやっぱり最後にモノを言うのは魔法に寄らない身体だって。」
「おお……フィリウスさんがそう言うなら、やっぱ筋肉か!」
「そうだ! いい日焼けの筋肉だがまだまだ上がある! 精進しろ若者!」
「おお! ――って誰だ?」
アレクとヒースを遠目で見分けようと思ったら肌の焼き具合だなぁとか思っていたら、聞き覚えがある上に聞き間違えない声がした。
「懐かしい顔だ! 久しぶりだなキキョウ!」
くるりと振り返ったキキョウとヒースの後ろに立つのはヒースをも超える筋肉の塊……フィリウスだった。
「ぼぁっ!? オオ、《オウガスト》!? 本物のフィリウスさん!?」
「おう! 確かにそうだがあんましデカい声をあげると校長がかけた魔法が解けるから気をつけろよ!」
デカい声を出すなとデカい声で言いながらくいっとあごを動かして周りを見るように促すフィリウス。学生がわんさかいる立食パーティの場に十二騎士が立っているというのに誰も気づいていない。校長というのはセイリオスの校長だろうから、きっとそういう特殊な魔法をかけてもらっているのだろう。
というかヒース、物凄い驚いたな……
「お、おれヒース・クルクマって言います! ナヨの――キキョウのダチで……えっと、フィリウスさんのファンです! 握手してください!」
「おう! 未来の担い手にもいい筋肉が育っていて何よりだ!」
ガシィッと音が響きそうな力強い握手をするフィリウスとヒース。
「ほう、風を利用したパワータイプのスタイルだな! しかしパワーばかりで速度に対応し切れていない筋肉だ! 風で補うのも一つの手だが、できればバランスのいい筋肉を仕上げて欲しいところだ! 腕は上々、まずは脚だな!」
「は、はい!」
えぇ……? まさか握手だけでそこまでわかるのか……?
「お久しぶりです、フィリウスさん。その節は本当に――」
「キキョウ! ずいぶんと強くなったな!」
「え――も、もしかして試合を……?」
「いや、見てない! だが身体を見ればわかる!」
デカい手をキキョウの肩にポンと置くフィリウス。
「柔軟な、いい筋肉だ! マナと魔力の流れもいい! 相手の攻撃を自分の風に巻き込んで相手の力ごと吹き飛ばし、トドメはよどみなく流れる力を使った相手内部への強力な衝撃ってところだろ!」
「! は、はい!」
目を丸くするキキョウ。でもその驚きは当然だ。なぜなら今フィリウスが言ったことはキキョウがエリルとの試合でしたことそのままなのだから。
「ヒースくんもですけど……触れただけでそこまで……」
「体術も魔法も身体を使うのだから、そこから読み取れないわけがない! それにキキョウの場合は昔を知ってるし、そもそもあの道場に入れたのは俺様だからな!」
……こういうのを見るとやっぱり十二騎士なんだなぁと思ってしまうが……いかんせん、七年間の旅で見てきたテキトーなフィリウスの方が印象が強いからなぁ……あんまりすごく思えないのが変な気分だ。
「で、何しに来たんだよ。」
「折角来たんだからな! 最後まで――んん? 大将、いつの間にそんな羨ましい技を覚えたんだ? 俺様にも教えろ!」
「は? 何の話だ?」
「何って、今の大将のラッキースケベモードの話だ。」
「えぇっ!?」
びっくりした。言葉的にはフィリウスがにやにやしながら言いそうな単語だが、恋愛マスターの力によるモノであるこれは魔法とは違うモノ……いくらフィリウスでもそれに気が付くなんて……
い、いや待てよ。そういえば恋愛マスターの運命の操る力がかかっている影響でオレには呪いとかが効かなくて、だからこの前のザビクの一件の時も無事だったらしいし……魔法の干渉を受けるって事は根本的には似た力なのか……?
と、という事はもしかして、頑張れば制御もできたり……!
「た、確かに今はそんな感じだが……よくわかったな。」
「当たり前だ! そういう星の下に生まれた奴ってのは確かにいて、場合によっては俺様からいい女を奪っていく! そんな奴らと戦う為、俺様は長い修行を経てラッキースケベを見分けられるようになったのだ!」
「しょーもない修行すんな!」
一瞬期待したオレが馬鹿だった……
「ま、恋愛マスター絡みの何かなんだろうが、これは俺様としたことが失敗だったな! すまん、大将!」
「いや、別にフィリウスのせいじゃ……」
「こんな事なら大将には夜のテクニックを伝授すべきだった。」
「え、夜?」
「ん? モテモテ大将がそんな状態って事は、お嬢ちゃんたちとあんな感じにこんな感じにくんずほぐれつになるだろう?」
「な!?」
さっきの事が鮮明に思い出され――つーかあんな状態で使うテテ、テクニックって何言ってんだこの筋肉は!!
「やはりリードは男がするべきだろうからな! まったく、大将はきれいなお姉ちゃんの店に行ってもいつも隅っこにいたからなぁ。あそこで技を磨いておけば――」
「ちょっと待ってくれフィリウス殿。その話詳しく。」
「ロイくんてばそんなお店行ってたの!?」
「えぇっ!? い、いやオレは――」
そ、そういえばそんな店にも連れていかれたような記憶が……あ、明らかにみんなからタコ殴りにされる話題じゃないか、フィリウスめ!
「えー? それにしてはロイドって平均以下で色々耐性ないよねー。」
「そこも俺様の失敗だな。例えるなら、酒を飲んだことない奴にその美味さを教えてやろうと思うあまり、まだ身体がアルコールに慣れてないそいつにキツイ酒をじゃんじゃか飲ませたみたいな状態だ。」
「そ、それは……ぎゃ、逆に苦手ない、意識が強く……なっちゃうパターン、だね……」
「良かれと思ったんだがな。初等のガキンチョには早かったか。」
「そ、そんな時のオレをそんな店に連れてったのか!」
「なんだ覚えてないのか? 大人の美女たちに羨ましいくらい可愛がられてたぞ?」
「……ロイド……?」
「ちっさい頃の話だぞ、エリル!」
『あ、あー皆さん、食べながらで構いませんので少しこちらに注目していただけますでしょうか。』
エリルはもちろん、みんなからジトッと睨まれたところでパールさんの焦った声がした。
『我らが生徒会長が「お腹がすいた」などと珍しい事を言いましたので会の進行が頭からとんでおりました。あ、いえ、会長のせいというわけでは……え、えっと忘れておりましたが、今回の交流祭の結果を発表したいと思います!』
ああ、そういえばそれがあった……というかそうだ、オレたちのポイント勝負もあるぞ! 結果によっては色々大変なことになりそうな……うぅ、ドキドキしてきた……
『各校の生徒が得たポイントの合計によって四校の順位を決めるこの交流祭! 今年の勝者はどの学校なのでしょうか! まずは第三位から!』
使われてなかった闘技場内の大きなスクリーンが光り、四校の名前がスロットのようにくるくる回る。三位から発表という事は、一位と四位を最後にするパターンか。
『三位は――我らがプロキオン騎士学校! 司会をした身としては一位として発表したかったところですが、残念です!』
マーガレットさんが三位……ああいや、全校生徒の合計だもんなぁ。というかそういえばマーガレットさん、オレ以外と試合してたっけか?
『二位は――カペラ女学園! 全体的に好成績であるところは流石ですが一歩及ばずでした!』
「なんてこと! ラクスさんが『コンダクター』に負けてしまうからですよ!」
「俺のせいかよ!」
――という会話が聞こえてきて笑いが起こった。んまぁ、仮にそうだったとしてもラクスさんは二年生だし、オレに勝っても大したポイントはゲットできなそうだけどなぁ。
『残るは一位と四位ですが――同時に発表しましょう! ご覧ください!』
スクリーンの中、一と四の数字の下で二校の名前がくるくる回り……バーンと止まる。湧き上がる歓声は――セイリオスの生徒のモノだった。
『残念ながら四位となったのはリゲル騎士学校! 途中までは他校と並んでいたのですが、二日目の途中から急に試合そのものの数が減っていってしまったのが原因でしょうか!』
「二日目の途中から? 何が起きたんだろう……」
「わたしが『ディゾルブ』を氷漬けにしたな。」
ぼそりと呟いたローゼルさん。え、まさかあの試合……というかパライバのせいでリゲルのイメージが悪くなって……?
「……ゴールドさんがため息ついてそうだな……」
『そして栄えある一位はなんと三年連続一位! セイリオス学院! 全体を見ればカペラ女学園と同等の戦績なのですが、他校より抜きん出ていますのは一年生の活躍! これが勝敗を分けました!』
一年生……ああそうか。ポイントって仕組み的に一年生がたくさんゲットしやすいのか。エリルたちが上級生を倒しちゃっているから、その分かな。
『中でも一番の稼ぎ頭は話題の絶えない『コンダクター』! カペラ女学園のベルナーク使いとの試合もさることながら、三年生かつ生徒会長である我らが『女帝』と引き分けたことが評価され、多くのポイントを得ております!』
へぇ、引き分けでもポイントが……ん? 今一番の稼ぎ頭って……とういうことは!
「むぅ……ポイント勝負はロイドくんの勝ちか。」
一番になった人が他の人に何でもお願いできるというこの勝負……相手が強い人ばっかりで諦めていたが、まさかのどんでん返しが!
「おお! やったぞ!」
「へー。ロイドってばあたしたちに命令できるのがそんなにうれしーんだー。」
「メイレイ!? い、いやそういうわけでは――」
あれ? 勝ったのに逆に追い詰められたような気になるのは一体……
「楽しんでるな、大将! 青春謳歌、なによりだ! やはり夜のテクニックを――」
「いらんわ!」
「そうか? まぁ必要になったら言えよ。さて俺様は――」
「ん、帰るのか?」
「馬鹿言え、大将。こっそり飯を食うに決まってる。」
何が決まってるのやら……たぶんキキョウの顔を見に来たんだろうフィリウスはのしのしと料理の並ぶテーブルの方に歩いて行った。
「うおお握手しちまったぜ……やっぱでっけー人だなぁ、おい。かっけー……」
「ヒースくんでも大きいって思うんだ……」
「身体もそうだが器っつーのか? 豪放磊落ってのがぴったりだぜ。」
その後、ラクスさんらカペラの人たちと話し、マーガレットさんとも……な、なんとなくエリルに睨まれながら話し、各校近隣のご飯屋さんが作ったらしい色々な料理を食べ、また来年、次は負けないと約束をして……初めての交流祭は幕を閉じた。
「忘れ物はないかな? 今の内に気づかないと、次に取りに行けるのは来年になってしまうからね。」
交流祭の舞台、アルマースの街からセイリオスに戻った全校生徒は、ゲートのまわりでざわざわと集まってデルフさんの話を聞いていた。
「おかげさまで僕ら三年生は三年連続優勝という経験をさせてもらった。みんなありがとう。」
ぺこりと頭をさげるデルフさん。それにならって他の三年生から一、二年生に向けて拍手が送られる。
「さて、三日間のお祭りはあっというまで、またすぐに授業が始まるからね。今夜と、今週末くらいはしっかりと休息をとって欲しいかな。ではこれにて解散!」
全校生徒がどわーっと散っていき、オレたちもそれにまじって寮に戻ろうとしたところで――
「あー、ちょっと待って欲しいわ。」
と、立食パーティーの時はひっそりとデザートのケーキをパクパク食べていたカメリアさんに呼び止められた。
「カメリアさん……あれ、もう結構夜ですけど……いいんですか? その、王族が……」
「大丈夫よー。アイリスさんもいるし。それよりロイドくんに話があるのよ。」
「オ、オレですか……」
「あらあら、そんなに緊張しなくていいのよ? 大丈夫、結婚式の段取りはこのカメリアさんがバッチリやるから。」
「お姉ちゃん!?」
「うふふ、でも今日はそれじゃないの。ロイドくんに謝らなきゃいけないことがあるのよ。」
「えぇ?」
「実はね、貴族からエリーへの求婚の手紙がたくさん来てるのよ。」
「えぇ!?」
「な――そ、それどういうことよ、お姉ちゃん!」
「この前と同じよ。一番下のエリーとつながってお手軽に王族に仲間入りってね。勝手に最有力って豪語していたムイレーフがああなったから、他の頭の軽い貴族連中がチャンスと見てこぞって――ってところかしらね。」
……いつもニコニコしているし雰囲気も柔らかいカメリアさんだが、こういう話題の時は言い方が厳しくなるなぁ……
「だから私、この前スピエルドルフの女王に対抗して作った書類を見せたのよ。エリーの旦那様はロイドくんよーって。」
書類……今のオレは忘れてしまっているスピエルドルフでの一年間において、オレがミラちゃんと作った……こ、婚約の書類と戦う為と言ってカメリアさんが作ったモノで、オレとエリルのここ、交際を正式に認める……的なことが書かれた書類だ。
「お、お姉ちゃん……そ、そんな大々的にそれを……」
「あらあら、恥ずかしがりながらも嬉しそうね、エリー。」
「お姉ちゃんっ!!」
「この場合は単なる虫よけよ。本来はあくまで、私が応援しているわよーっていうのを形にしたモノだからね。エリーにはこの学院でしっかり戦って勝って欲しいわ。ま、私はもうロイドくんを弟だと思っているけれど。」
「ソ、ソウデスカ……」
ぱちんと飛んできたカメリアさんのウインクにどう反応すればいいのかわからず、変な発音をしてしまった。
「それでね、そしたら貴族連中がロイドくんの事を調べ始めたのよ。どこの生まれとか家柄とか。だからもしかすると、その内面倒なのがロイドくんのところに現れてあれこれ聞いてくるかもなの。ごめんなさいね。ムイレーフみたいに適当に殴っておいて構わないから。」
「カメリア様、流石に殴るのは……」
カメリアさんの後ろにひっそりと立っていたアイリスさんがツッコミを入れる。
というか……
「そのムイレーフって……七大貴族でしたっけ……その、オレが関わったせいで……ザビクに……」
「あー、気にしないのよ、そんなこと。」
実は結構こころに残ることだったのだが、カメリアさんが……ちょっと冷たくも思える感じにケロッと言った。
「で、でも……」
「誰かに関わったからあんな目にあったーなんて、責任転嫁もいいところよ。それにムイレーフの場合はピエールの自業自得の飛び火。」
政治的な話をする時の厳しい表情で近づき、正面からオレを見据えたカメリアさんは、今やフェルブランドにこの人ありと言われるカメリア・クォーツの顔で言った。
「何より、もういない誰かの影響で受け入れるべきはプラスの方向のそれのみでいいの。死者に足を引っ張られて生者が転ぶなんていけないわ。」
「は、はい……」
「カメリア様、ロイド様が委縮しています。」
「あら――あらあら、ごめんなさいね。」
コロッといつものニコニコ顔に戻るカメリアさん。こ、これがミラちゃんも警戒するカメリアさんか……
「話を戻すけど、ロイドくんの家族の事とか、思い出したくない事も聞いてくるかもだけど気にしないでね。いっそ、我こそは十二騎士の弟子なるぞーって威張ってもいいわ。」
「は、はい……」
それで貴族が引くとは思えないけど……貴族かぁ。アンジュは例外として、何人か旅で知り合ったのがいるけど……みんな偉そうだったなぁ……
「あ、そうだ家族と言えば……もしかするとロイドくんはただ田舎者じゃないかもってフィリウスさんが言っていたわね。」
「えぇ?」
「ロイドくんの妹さんと何か調べてるみたいよ?」
「パムと? なんだろう……」
妙な謎は残ったが……まぁそれは今度聞くとして、オレたちはカメリアさんとアイリスさんを正門で見送り、今度こそ寮に向かって歩き出した。さっきまであんなにいた全校生徒がすっかりいなくなった暗い敷地内をとぼとぼ進む。
「貴族が絡むとは、やはり王族は大変だな。ロイドくん、こんなめんどうくさいエリルくんよりも名門騎士のわたしでは?」
「あんたねぇ……」
「ふっふっふ。ああ、ところでロイドくん、一つはっきりさせたいのだが。」
「え、あ、はい。」
「きれいなお姉ちゃんのお店について確認したい。」
「びょっ!? だ、だからそれは小さい時の話で――」
「それはわかった。肝心なのは最後に行ったのがいつかという点だ。今もその光景が鮮明に残っているというのなら、まずはその記憶を消去する方法を相談しようではないか。」
「こ、怖い事を言わないでください……しょ、正直店の中の記憶はほとんどないよ。ああいうお店がそういうお店だってわかってからは入らないようにしてたから……」
「ふーん。じゃあロイくんはフィルさんがそういうところにいる時何してたの?」
オレの前を歩くリリーちゃんがくるりと回り、後ろ歩きでぐいっとオレを下から覗き込む。か、可愛い――じゃ、じゃなくて……
「そ、そうだね……先に宿に帰ったり散歩したりしてたかな……」
「ほんとー? 町で知り合った女の子と一緒だったりしなかった?」
「……いやー……」
「……ロイくん……?」
「た、たまーにそういうこともあったかなぁと……」
「ロイくんてば!」
プイッと前を向くリリーちゃん。そしてみんなからもジトッと睨まれ――
「どわっ!?」
忘れた頃に――いや、油断していたところを攻撃されたというべきか。いつも通りの雰囲気にすっかり頭から抜けていた自分の現状。事あるごとにみんなに突っ込んでいってしまう非常に危険な状態。運命という名の抗い難き力によってすっ転んだオレは前を歩くリリーちゃんを後ろから押しながら倒れた。
「ひゃあっ!?」
数時間前に連続で聞いた、あまり聞いてはいけないような気のするタイプの声……そのリリーちゃんバージョンが耳に届く。同時に顔を柔らかいモノが覆い、両手にも同様の感触が広がる。
ああ、オレはまたしても女の子の胸に……いや、体勢というか身体の向き的に胸というのはおかしい気が……
と、となるとこれは――!!
「はぅ――ロ、ロイくんてばぁん……」
上に視線を移す。胸であったならリリーちゃんの顔が見える場所にあるのはクシャッとめくれたスカートと、その向こうで同様にめくれているシャツの内側から顔を出しているくびれた腰……
これは――リリ、リリーちゃんのおお、おしり!?!?
「びゃっ、ごごごめ――」
「ひゃんっ!」
柔らかな肌色を包むみ、見てはいけない白い布から顔を上げ、続けて手を離そうとした瞬間、手――というか指が何かに引っ張られた。
見るとオレの指はリリーちゃんの下着のう、内側に入っており、そのまま手を動かしたことによってオレは――リリ、リリーちゃんの下着をグイっと引き上げたコトニ!!!!
「ひっぱったら――だ、だめだよぅ……」
色気のある声と表情で身を震わせたリリーちゃん。下着を脱がす方向じゃなかった事は幸いと言うべきなのだろうが、しかし上に引っ張るとはつまり……そ、その下着をクイコマ……!!
「すすすいませんでしたっ!!」
「きゃんっ!」
指にかかるリリーちゃんの下着をほどくと、下着はそのままリリーちゃんの肌にパチンとあたり、加えて元の位置より少し下にずれて――リリ、リリーひゃんのおお、おしりがチラリと!!
「んもぅ……ロイくんのえっちぃ……」
めくれたシャツとスカート。あらわになる素肌とお尻と……ずれた下着。そして火照った顔で何かを我慢して震えながらもほほ笑むリリーちゃん――
あ、ダメだ……理性が――とぶ――
「エロロイド!」
「ドスケベロイドくんめ!」
「ロ、ロイドくんだめ……!」
「ちょっとエッチすぎー!」
――前に、熱かったり冷たかったりする衝撃が身体を襲い、オレはそこから数メートルふっとばされた。
田舎者の青年が四人の女子、三つの系統によって殴り飛ばされた頃、普段どこにいても立っている事が多いフードの人物が椅子に座って一息ついていた。
「その様子、ヒメサマの悪巧みの仕込みが終わったというところか。」
薄暗い部屋の中、椅子に座るフードの人物の前に血の付いた白衣を羽織った老人が現れた。
『アフューカスの事だから一々説明はしないだろうが……まぁざっくり言えば今勢いのある悪党を後押ししたというところだな。』
「ツァラトゥストラ。ワレらの先輩にあたる悪党たちへヒメサマが与えた超常の人体部品。それを一度回収し、筋のいい連中に配って歩いたと。」
『なんだ、知っていたのか。』
「調べたのだ。お前の言う通り、ヒメサマは何も言わないからな。大方、ワレらが恋愛マスターの捜索をしている間のひまつぶし……か、悪党ここにありと忘れさせないためか。」
『さてな。そういうお前は何をしているのだ? 恋愛マスターの捜索はどうした。』
「ワレら、ヒメサマに勝手に付き従う悪党連中。命令はこなすが、しかしてワレらは悪党であるからな。たまに悪事をせんと調子が出ん。」
『お前の悪事というと?』
「ワレの場合は趣味が正義とずれておるだけだ。なに、ツァラトゥストラを見たら意欲が止められなくなってな。愛娘を完成させたくなった。」
『以前言っていた子供か。女だったのだな。』
「水溶液に裸体を浮かべるのだ。女である方が絵面が良いであろう?」
『よくわからないが……それを動かすのか? 場合によってはツァラトゥストラを手にした他の連中と時期がかぶってしまうが。』
「どちらかと言えば、その連中を相手にしたいな。」
『ほう?』
「ヒメサマが作った生体兵器……ぜひ、ワレの娘に競わせたい。」
『ふむ、科学者の性というやつか?』
「強い者に心を躍らせる悪党はいるが、ワレはそうではないぞ? 科学者もそういう者ばかりではないともさ。」
『では何故に?』
「そこに、ワレの知らぬ理論で形作られた作品があるからだ。」
『作品か。『ディザスター』たるお前のこれまでの悪事――いや、趣味はお前の作品なのか?』
「善行であれ悪行であれ、科学者とは自身が夢想する世界を技術という筆で描く者だからな。」
「そんな事してたの、あんた。」
リリーにス、スケベな事をしたロイドを全員でボコボコにし、「ロイくんてばぁん……」しか言わなくなった壊れたリリーを部屋に放り込み、まだラッキースケベの力があるらしいロイドと二人にしまいとするローゼルたちを追い返し、そうして今あたしは……ロイドと部屋で二人きりになってた。
寝る前のよくある状態……それぞれのベッドの上にペタリと座り込んでちょっと話をする状態になったあたしとロイド。さすがにこれだけ離れてれば恋愛マスターの運命の力も働かないわよね……
「あんまり他の人に話すのはどうかと思って……ごめん。」
ロイドが電話みたいな機械でこそこそ話してた相手はマーガレットで、交流祭初日にマーガレットとキキョウをくっつける手伝い――みたいな事を頼まれてたらしい。妙にマーガレットと親しいっていうかなんていうか、あれはそういうことだったのね。
「いくらキキョウと仲がいいからって……あんたに恋のキューピットをねぇ……」
「オ、オレだってどうかと思ったぞ……! でもまぁ、マーガレットさんと試合する為の交換条件みたいに思えばいいかなぁと……」
「……それであの女と戦友になっちゃったわけね。」
「そ、そうですね……で、でも戦友だし、マーガレットさんはキキョウが好きだから大丈夫だぞ!」
「何がよ。」
「だ、だからそのー……マーガレットさんがオレを好き的な状態ではないよと……さ、さっきのパーティの時もマーガレットさんに挨拶に行ったけど転んだりしなかったし!」
焦った顔でしゃべるロイド……て、ていうか二人きりのこの状況でその話題を引っ張り出すとか……!! たださえ「二人きり」っていうのを変に意識しちゃってるのに……
……こいつは……どうなのかしら……
「さ、さて……エリル、そろそろ寝ようか。なんだかんだで三日分の疲れがある気がするよ。」
こっちはあ、あんなことされてからずっとモヤモヤっていうか……変な気分が抜けないのに、こいつはもうケロッとしてる――ように見える。いつも通りにちょっとしたことで赤くなってわたわたするだけのいつものロイド……
「あんたは――」
部屋の電気を消そうと立ち上がりかけたロイドに、あたしは言った。
「あんたは……あ、あれだけの事があって……今、あたしとあんたは一つの部屋で二人きり……なのに……ふ、普通に寝ようと――」
「ふ、普通じゃないぞ!」
我ながら、きっとむすっとした顔をしてると思うあたしに、ロイドは恥ずかしそうな顔を向けた。
「オレだってあんなことがあって――い、色々と意識しちゃうから……だ、だから早く寝るんです!」
「そ、そう……」
意識してる……そうは見えなかったけど今のロイドはあんまり見ないロイドだわ……そっか、ちゃんと意識してるのね……
「ふ、ふぅん……ちなみにあんたは何を――あ、あたしのどこを意識してる……のよ。」
「えぇっ!?!?」
! あたし何聞いて……で、でも気になる……わね……
前にロイドは言った。あたしを抱きしめ……た、たいっていう気持ちとかはあるって。あたしだってそういうのはあったりなかったりだし、だ、だからキスだって……し、したくなる時だってそこそこあるわ……
他の女に何かやらしいことをしちゃった時はお、同じ事――を、あたしにする……っていう変なルールも決めて実際何回か……ででで、でもこれには……ロイド自身のよ、欲っていうか、そういうのがない……のよね……
抱きしめたりキスしたりっていうのの先……ロ、ロイドはあたしの何を意識……そ、そういう気持ちがあるのならあたしのどどど、どこに触ってみたかったりなんなりスルノカシラ!?
「な、何をっていうか……えっと……いや、そもそも……あぁぁぁぁ……よ、よし! この際だから!」
挙動不審にわたわたしたロイドは、沸騰しそうな顔でふと、何かを決意してあたしを見た。
「どこをと聞かれたら、も、もう全部としか言いようがありません! しょしょ、正直に言うと! あの時ホントにやばかったんです!」
「全部――て、ていうか何よいきなり。何の話よ……」
「エリルのスス、スカートから顔を出した後の話……」
「――!!」
「その……その時のエリルを見た瞬間どど、どうしようもない衝動が……れ、恋愛マスターが止めなかったらオレは――」
恥ずかしさの頂点に達したみたいなむずむず顔でロイドはこう言った。
「――エリルを襲ってましたっ!」
あたしを襲う――おそう……襲う!?!?
「は、はぁっ!? お、襲うって――」
「もちろん攻撃って意味じゃないからな! 男が女を襲うっていう意味だぞ!」
「――!!! ば、馬鹿じゃないの! そ、そんな事――」
「そんな事とかのレベルじゃなかったんだぞあの時のエリルは! 死ぬほど可愛くて息飲むほどエロくて――みんながいたけどそんなの関係なしに、オレはエリルを――こ、こねくり回す寸前だったんです!」
「うっさいうっさいうっさい! かわい――エロいってな、何言ってんの変態!」
「でもってこうして二人になったらあの時の感覚がじわじわと……もうなんというか――あれなんです! だ、だから早く寝るんです!」
「――!!!!」
なによそれ……つ、つまりロイドはあの時あたしに――よ、欲情して――今もそうなりそうってこと!?
「でで、でもあんた普段――す、すっ転んだりとかしてあたし――とか他のにや、やらしいことしちゃう事あるけど……こ、こうやって二人の時は何もしないじゃない……!」
「それはが、我慢というか……だ、だってエリルが怒る――というかその……き、嫌われたら……嫌だから……」
「嫌いになんか――」
!! ――ま、待って、待つのよエリル! この流れ、この空気でそれを言っていいの? い、いつもこいつは言ってるじゃない……あんまり――その、え、えっちな感じをされるとオオカミになるって……
あたしが言いかけた言葉、これを口にしたらロイドは……あたしが怒らなくて、嫌いになんかならないって知ったらこいつは……自分で言うように止まらなく――なるんじゃないの……? もしかしたらこここ、事あるごとにそういうのが……
でも……でもダメだわ……否定したいのと同じくらいに――ロイドが欲情したように、あたしだって似たようなモノ……
だってあの時あたし……あのまま溶かされてもいいって……
そして今、あたしに欲情してたって事を聞いて――それがすごく……普段何もしてこないけどちゃんとあたしに魅力を感じてるってわかって――
嬉しく――思っちゃったんだもの……
「……嫌いになんかなんないわよ……」
「えぇっ!?」
「れ、恋愛マスターだって言ってたじゃない……あ、あたしはあんたが好きで……そ、そういう思いの行く先には――ああいうのがあるって……だ、だからあたしだってその……そういう気持ち――は、あるのよ……だ、だいたい前にも言ったじゃない……」
「そ、そうだけど……え、えっとエリルさん……? かか、確認するけど、お、男であるオレを前にじ、自分が何を言っているかわ、わかってますか……?」
「わ、わかってるわよ! あんたこそ、実は欲情してましたなんてバカ正直に言ってんじゃないの!」
「い、いや、こっちは過去の話というか――で、でも今のエリルのこ、言葉はその、この先の――」
「な、何よ今更……人のスカートの中に頭を突っ込んであ、あんなとこにかか、顔を押し付けておいて……!」
「ひぐ!」
「お、お尻までまさぐって……しまいにはあたしのパ、パンツ――脱がそうとしたじゃない……!」
「脱がっ!?!? ち、違います! あの、て、手をバタバタさせてたらその――ひ、引っかかったんです! そ、そう! さっきのリリーちゃんのみたいに!」
「どっちだって同じじゃない!」
ああ……ダメだわ……いつもなんとなく思ってて、でも外には出した事のない感情が……言葉になってとめどなく出てくる……
「そ、それでも――た、例え偶然でもあ、あんなにやらしい事をされてもあたしは……こ、こうして……あんたと二人きりの部屋にいる――のよ……」
「ソソ、ソレハ……」
「もちろん……あんたじゃなかったら……こ、こんな風にはならないわ……」
言っちゃった……言っちゃったわ! あ、あたしなんてやらしい女……! で、でもこれがあたしの本心……他の女とそういうの――さっきみたいにティアナとかリリーとかローゼルとかアンジュとかにしてるの見たらあたしは……
「え、えっとつまりその……エ、エリルはオレに、い、いやオレになら……ヤヤ、ヤラシイコトを――ささ、されてもヨロシイト!?」
上ずったカタコトで、だけどハッキリと言葉にされて恥ずかしさが倍増――で、でも!
「い、いつもローゼルとかリリーが言ってる事じゃない! 自分はあんたのモノとかなんとか――な、なによ今更そんなに赤くなって!」
「威力というか状況というか! ちょっと色々と違うと言いますか! エ、エリルが言うとヤバいのです!」
「な、なにがヤバいのよ!」
「そそ、そりゃだってエリルはオレの……そ、その、好きな人――だから、影響が段違いと言いますか――一番ソソソ、ソウシタイと思ってしまう相手なんです!」
「――!!」
な、なにこれ……好きって言われたときみたいな嬉しさ――ってなに嬉しく思ってんのよ! やらしい事をしたい一番の相手って言われてるだけじゃな――
…………一番……?
「…………ちょっと聞くけど……ティアナの胸に触った時、あんたティアナに……ヨ、ヨクジョー……したの……?」
「びぇぇっ!?!?」
「リリーのを覗いた時、ローゼルのを揉みしだいた時、アンジュのあんな場所にキスした時、でもってさっきのリリーのも……どうなのよ……」
「――!! たた、多少は……い、いえその……か、かなり……」
「……誰にでもそうなるんじゃない……」
「誰にでもってわけじゃないですから! す、好きな女の子とそういう感じになっちゃったらなってしまうと言いますか!」
「浮気者……」
「は、はひ……」
本当に……客観的に見たら最低だわ。他の女も好きだなんて……だけどこいつは、好きっていうのも含めた「愛情」っていうのをくれたり、与えてたりした相手が一晩でいなくなった経験があって……だ、だから許すってわけじゃないけど……まぁ、こういうところもこいつだし……
「……でも中でもあたしが好き――だから……あたしに対しては……ヨ、ヨクジョーの仕方が違うって……こ、こと……?」
「そ、そうなりますかね……」
「ふ、ふぅん……」
顔を赤くする裏にはちゃんと男の子的なや、やらしい考えもあって、中でもあたし相手だと……あたしがい、一番だからより一層に……
ちょ、ちょっと待って……そ、それはそれとして――あ、あたしさっきされてもいいって言ったけど……な、何をされるのかしら……
「……い、一応聞いておきたいんだけど……えっと……た、確かにヤ、ヤラシイコトを……ま、まぁあんたにならそれなりにそこそこに気が向いた時にくらいは許してあげてもいいかもしれないような気がするわけだけど……ぐ、具体的にどど、どんなことをする……のよ……」
「えぇっ!?!?」
「た、例えばあんた、さっきあたしを襲いそうだったって言ったけど……こ、こねくり回すとか……つ、つまりどうしようと……してたのよ……」
「そそ、それを言うのか!? 本人に!?」
「あ、あたしはその……その内襲われるかもなんでしょ……? こ、こころの準備がいるわ……だから言いなさいよ……」
「――!!」
これ以上ない赤さになるロイドだったけど……ふと、何かが切り替わった。
「ずずず、ずるいぞオレばっかりに――は、恥ずかしいこと言わせて! エリルも何か言うんだ!」
「は、はぁ!? な、なによそれ! あ、あたしは――あの時死ぬほど恥ずかしかったんだから!」
「オ、オレだってそうなんだからおあいこだ! ほ、ほら、エリルだってこんな話をするってことは――い、意識してるんだろ!」
「――!! ……そ、そうよ! なによ、してるわよ!」
「じゃ、じゃああの時エリル――なな、なんかすごくかわ、かわいい声出してたけど! あ、あれはどうしてなんだ!」
「は!?!?」
かわいい声って――アンジュの裸エプロンの時もそうだったけどもしかしてこいつって声に――じゃ、じゃなくて――はぁ!?!? どど、どうしてってそんなの……!
「ひゃんとか言ってたろ! どど、どうしてあんな声が――出ちゃったのでしょうかエリルさん!」
「――!!! く、くすぐったかったからよ!」
「ほ、ほほー! な、なら次! オレと同じようにや、やらしいのを意識してるのなら――オ、オレとどんなことしし、したいんですか!」
「し、したいなんてべべ、別にあたしはそんな――そんなん言えるわけないでしょバカ!」
な、なにこれ……いつも恥ずかしい事を言って真っ赤になるのはロイドなのに……きょ、今日に限って反撃なんて……
い、いえ……つ、つまりロイドがそうなっちゃうくらいにこれは恥ずかしいってこと……
「ど、どうだ! 恥ずかしいだろ!」
「――!! わ、わかったわよ!」
反撃したロイド……き、きっとこれはもう、こいつが言うところの――オオカミ一歩手前……なんだわ、たぶん……
こ、このまま続けたらあたしはロイドに……い、嫌じゃないけどやっぱりもうちょっとムードっていうか――なな、何考えてんのあたし! あたしバカ!
で、でもこれは大事なこと……だわ……オオカミロイドがどういう風かわかんないけど……い、一応言っておこうかしら……
「どどど、どんな事したいかなんて言えないけど……い、一個だけ……」
「ほぇ!? い、いやエリル――オレが悪かったからもう――」
「あ、あんた相手でもや、やっぱりその、こわい――から……だからその……」
「ちょ、ちょ! ちょっと待ったエリル! そ、その先は言わな――」
「あ、あんまり乱暴には――しないで欲しいわ……」
あたしもそろそろ恥ずかしさの限界で、ロイドの方なんか見ずにそう言った。そしたらなぜかロイドは何も言わなくて……え、あれ……あたしなんか変な事言っ――え? なんで部屋の電気が消え――
「きゃっ!」
突然両の手首に力が加わり、あたしはボフンとベッドの上に倒れた。前――っていうか上にはあたしの手首をつかんでるロイドが――ロイド!?
え、あたし、今――ロイドに押し倒されてる!?
「……さ、さっき言っただろ……自分が何言ってるかわかってるかって……」
「は!? え!? い、いきなりにゃによ!」
「それと何回も……あんまりそうだと――オオカミになるぞって……」
「!! あ、あんた……」
「さっきの言葉……ら、乱暴にしないでとか……起爆剤としては相当な威力なんだぞ……だから……我慢の限界っていうのもあるけど……こ、ここは一つ、お、男の怖さというのを――お、教えてあげましょう……!」
「は!?!?」
「つまり――お……オシオキデス!」
おしおき!? え、あたしやり過ぎた!? オオカミ寸前って思ったけど、とっくになってたってこと!?
じゃじゃじゃ、じゃああたしは今から――で、電気も消してるってことはやっぱり――今日、ここで、あたしは、ロイドに――ロイドと――!?!?
「そいやっ!」
「きゃあ!?」
ロイドの顔が迫ってきてキス、もしくはローゼルにしたみたいな事が起こる――そう思って目をつぶったら身体がぐわんと揺れ……っていうか回転して、あたしはあたしの布団の中に放り込まれた。
「は、へ? ちょ、なによこれ――」
「お、お邪魔します!」
「はぁっ!?」
布団の中に転がるあたしの横にロイドが並ぶ。つまりロイドがあたしの布団の中に入ってき――!?!?
「ば、ばか! なに入ってきて――みゃああっ!?!?」
蹴飛ばそうとしたけどそれよりも速く、ロイドは正面からあたしを抱きしめた。しかもいつも以上の力で、まるで締め技でもかけるみたいに――いえ、これはあたしを逃がさないための……!
「今日はこのまま寝ます!」
「はぁっ!?!? 何言ってんのバカロイド!」
「だ、だからお仕置きだ! 男の腕力というのは怖いんだぞ!」
「な――あ、あんたホントにバカね! あんたは魔法も使えないヘロヘロだけど、あたしは使えんのよ!? 炎でも強化でも、今のあんたなんかどうにでもなるわよ!」
「あれ!? あ、そ、そうか――じゃ、じゃあこれならどうだ! ふー!」
「ひゃああああ!?」
正面から抱きつかれてるからロイドの顔はあたしの真横に来てて、そんな近距離でロイドは――あ、あたしの耳に息を吹きかけた。
「こういうのに弱い女の人がいるってフィリウスが言ってたからな! エリルにも効果はありそうだ! ふー、ふー!」
「ふぁああああ!? ちょ、やめ――あぁ――」
だ、だめ、集中できない――あの時みたいに頭の中が溶ける……!
「あとは――よ、よし! さっきの質問に答えてあげましょう! これで一晩中恥ずかしい思いをするといい! ふー!」
「はぁ――んん――な、なによさっきの質問って……」
「だ、だからその――エ、エリルに何をしようとしたかってやつだよ!」
「――! ここ、こんな状態で!? や、やめなさいバカ!」
「ふー! えっと、まずは……あ、あの時のエリルはスカートがめくれてたから――」
「ひゃ――ちょ、待ってホントにやめ――」
「し、下着――いや! エ、エリルのパパ、パンツがちょっと見えてたから! ままま、まずはそれをよく見たいと思いましてですね!」
「ばかばかばかばかばか!!」
「そうしてスカートをめくり切ったら、きっと次はティアナやローゼルさんの事もあって――お、おそらくオレの目はエリルの胸に――ふー!」
「うっさいうっさいうっさああぁぁ!? バカロイドエロロイド!」
「うねうねともも、揉みしだいたならば! きっと直接見たくなるからボタンを外しにかかったでしょう!」
「みゃああああああっ!!!」
全身を包むロイドの体温。かつてないほどに密着させる腕。耳にかかる息。死ぬほど恥ずかしくなる呪文。身体に力が入らない上に頭の中はめちゃくちゃ。魔法なんて使えるわけがない。
こんなことをロイドにされる――っていうかロイドができるなんて思ってもみなかったけど、そこら辺があまかった。
とにかくその日、四校合同イベントの交流祭の最終日、お祭りの後の夜。あたしは翌朝身動き一つできなくなるくらいに、ロイドのお仕置きによってコテンパンにされた。
……ロイドの……くせに……!
…………バカ……
騎士物語 第六話 ~交流祭~