わらしとカントク
「随分と隅っこにいるじゃないか」
「……」
「ヘッドホンってのは拒絶の表れなんだとさ。知ってた?」
「効かない相手がいることを知った」
「素直なのか偏屈なのかわかりづらいな」
「何?」
「サークルに棲みついた妖怪がいると聞いて」
「なにそれ。何で撮ってるの」
「未来の名作に繋がるモチーフを日々探しているのだ」
「不愉快」
「撮っていい?」
「いいわけない」
「ご協力感謝します」
「そんなだから機材触らしてもらえないんだよ」
「もはや全員が俺を異端者扱いしやがる」
「やめれば?」
「そんな負け犬みたいなマネができるか」
「で、着地点がそのハンディ?」
「俺の才能を叩きつけて見返してやる」
「それが出来なくてこうなったんじゃん」
「あいつらは何もわかってない」
「セリフがいちいち負け犬っぽいよね、カントク」
「ほう、最近の座敷わらしは喧嘩が売れるのか」
「私のこと言ってるの?」
「そっちこそ、監督なんてどういうつもりだ?」
「口だけのくせに人一倍ある自信とプライドを揶揄して、カントク」
「雑用にはやけに積極的、制作外でのコミュニケートはさっぱりな謎の妖怪、座敷わらし」
「そういう風に思われてたんだ……」
「改めて聞くとまた一段と腹が立つな……」
「自業自得じゃん」
「そのまま返してやるよ。何かやりたいこととかないわけ?」
「私は……作ってる現場に居たいだけ」
「ふーん。へーえ。ほーんとにぃ?」
「うざい」
「まぁ、おいおい明らかにしていくさ」
「どういうこと」
「わらしの生態に興味が出た。もう少し取材させてもらおう」
「これから撮影があるし、どっか行ってなよ」
「そいつは調度よかった。ついていこう」
「…………はぁ」
「あー、青春の1ページって感じ」
「邪魔だよ」
「お気になさらず」
「するし。これも撮るの?」
「撮る者は撮られる者、って言うだろ」
「格言みたいに言うな」
「こうして見ると意外と馴染んでるね、わらし」
「カントクはどう見ても変質者だけど」
「これはこれで青春映画だったよ、俺たちの」
「そこにカントクは含まれてないよ」
「わらしはさー、なんでこのサークル入ったの?」
「なんでって?」
「数ある――四つか五つだっけ、の中からここを選んだわけでしょ」
「一番人が少なかったから」
「やはりそうくるかい」
「その方が近くで見れると思ったから」
「そのスタンスならどこでもあんまり変わらん気がするが」
「カントクこそ、才能を発揮したいなら規模の大きいとこ行けば」
「鶏口牛後という言葉を知っているかね」
「知らない」
「名を売るには効率よく目立つ必要があるからな」
「自信ないから逃げてきたってことでしょ」
「どうしてそうなるんだよ」
「その結果がこれだし」
「とは言え、最少人数が過ぎるな」
「綺麗に役割が分かれてるしね」
「これじゃあ逆に入り込む余地がない」
「シナリオでも持ってくれば協力してくれると思うけど」
「できるならやってる」
「…………はぁ」
「お疲れ。なるほど。いつもそうやって消えるわけね」
「ほっといて」
「取材と言ったが、何もタダとは言わんさ。飯くらいおごってやる」
「いらない」
「まぁ、そう言うなって。ほら行くぞ」
「私が選ぶんじゃないんだ……」
「ほんとにそんだけしか食わねーの?」
「ハンバーガーはそんなに好きじゃない」
「そうやって好き嫌いしてるから大きくなれないんだよ」
「成長を阻害する方だよ、これ」
「さて。本題に入ろう」
「そんなのあったの?」
「取材と言ったな、あれは嘘だ」
「別にいいけど」
「映画を作ろう」
「脈絡はどこに行ったの?」
「ハンディを覗いていて気付いたことがある」
「何?」
「作ってる現場にいたい。近くで見たい。だっけ?」
「……うん」
「ダウト」
「なにそれ」
「わらし、お前はもっと制作の中心に関わりたいと思ってるだろう」
「……」
「だったらその機会を与えてやる」
「上から目線が気に入らない」
「ご協力感謝します」
「……。カントクこそ」
「ん?」
「才能を叩きつけて見返してやる。だっけ?」
「ああ」
「ダウト」
「なんだとぅ」
「孤高を気取ってるけど、ほんとは皆で作りたいんでしょ、映画」
「な、な、な、何を根拠に」
「さっきの撮影での羨ましそうな顔見てればわかるよ」
「いや、でもそれは……はぁ。ああ、そうだよ、悪いかよ」
「開き直った」
「まぁ、しかし、なんだな、俺たちは結局似たような悩みを抱えているわけだ」
「釈然としないけど」
「そこは認めとけよ。改めて言うが、映画を作ろう」
「なんで?」
「不器用な俺たちらしく、撮った映画をダシに心情表明といこうぜ」
「なんか急に仲間意識を押し出してくるね」
「いやいや、もう仲間だろ」
「やっぱりただの寂しがりだね、カントクは」
「おいおい」
「……わかった」
「え?」
「やる。作るよ、中心で」
「やはりわらしは座敷わらし役がいいと思う」
「ここは怒るところだよね?」
「まぁ、何せ二人で作るんだ。色々足りてないのは仕方がない」
「私が役者で、カントクは撮りながら独白を入れる」
「それはいいとして、だ。美術はもとより音声も照明も期待できないとなると……」
「実際にあるものをできるだけ利用するしかないね」
「何か映える舞台でもあればそれに合わせるんだけどな」
「今度近くで祭りがあるよ」
「祭りねぇ。確かに雰囲気はあるかな」
「ほら、シナリオを合わせなよ」
「え、いや、うーん。じゃあ、座敷わらしでなくて祭りの神様」
「神様?」
「そう。祭りの起源の神様が今でも子供の姿で様子を見に来るという」
「私は飽くまでも子供なんだ……」
「で、ふらりと立ち寄った俺がその神様に誘われて祭りを巡る」
「まぁ、実際に祭りを巡ればいいんだね」
「そういうことになるな」
「オチは?」
「そりゃあ、お前、孤独な神様が友達を得てハッピーエンドだよ」
「うーん、まぁ、そんなところかな」
「なんでさっきから微妙に偉そうなんだよ」
「今までの反動が」
「それ自分で言うのかよ」
「おーし、主要なシーンは大体撮れたかな」
「もうすっかり祭りのあとだけどね」
「あとは編集作業で何とか形になるだろ」
「うんうん」
「なんだよ、やけに機嫌が良いな」
「別に。普通だよ」
「ニヤけが隠しきれてないぞ」
「うるさいな」
「自分たちで作ってるんだ。誰だってそうなる」
「何を偉そうに」
「俺だってそうさ」
「ちゃんとお祭りに来たの、初めてだった」
「そうか。今回は格好も気合入ってるしな」
「カントクが浴衣を着てくる必要性はなかったよね」
「わらしに合わせたんだよ」
「ふうん」
「ん、マズイな。雨降ってきてないか、これ」
「わ、強くなってきた」
「走れ!」
「走れないよ!」
「ええい、乗れ!」
「っちょ、ちょっと!」
「とりあえず、あそこの橋の下へ行くぞ!耐えろ!」
「っはぁ、はぁ、まぁ、撮り終わってたのが、不幸中の幸いか……」
「って、てか、急に、乗せないで、よ」
「……しばらく待ってりゃ止むかな」
「うん」
「あー……」
「……」
「……ありがとう」
「え?」
「おかげで俺もようやく何か作れそうだ」
「こちらこそ」
「情けない話だけど、結局一人じゃ動けなかった」
「当たり前だよ、そんなの」
「ずっと見返してやる、って思ってたんだ」
「フリじゃなくて?」
「なんというか、人生が上手くいってる奴らに対して」
「ああ……うん」
「クリエーター気取ってれば偉くなれる気がしたけど」
「本当に気取ってるだけだったね」
「まったくだ。この一歩の差は大きい」
「向こう側に行けた気がする」
「向こう側?」
「作ると作らないの、境界線の向こう側」
「そうだな」
「私は」
「うん」
「ずっと否定されてきたから」
「……」
「深く関わろうとしてもどうせ否定される、って思って」
「それであのスタンスか」
「感情も上手く出せなくて誤解されるし」
「それは知ってる」
「……」
「どうして俺がわらしと接触できたと思う?」
「え?」
「俺には反応したろ。コミュニケーション不全のお前が」
「そんなの、たまたま気まぐれで……」
「俺がわらしを撮ってたからだ」
「どういうこと?」
「矛盾した言い方になるけど、わらしは演じてる方が素直になれる」
「そんなこと言われても」
「演じてるわらしはどこか解放されてるというか、自然に見えた」
「そうなのかな」
「それで全てが上手くいくわけじゃないだろうけど」
「……」
「感情を出してぶつかったからこうして作品が生まれたんだろ」
「そうだね」
「もう止んだかな。そろそろ行くか」
「うん」
「さて、覚悟はいいか、わらしよ」
「声が震えてるよ、カントク」
「それじゃあ」
「行きますか」
「「たのもー!」」
わらしとカントク