赤子
この小説の持つテーマが、十代の自分にとっての一番の苦しみでありました。血と涙で創り上げた作品です。
一
日々、思い当たる節のない悲しみに心を蝕まれて、私はおもしろみのない生活と同様に自分の存在すらも毛嫌いするようになっていた。何をやっても寂寞とした心は乾燥していて、何の興味も、私の胸底の枯れた土俵に潤いを与えることがなかった。私は毎日を義務のように生きて、ただ、起床してから就寝する間の時間を私はロボットみたく機械的に、しかし身体の内には憂鬱と倦怠感をどんよりと充満させて過ごしていた。
そのような日常の中、突如、余りにも不可解で奇怪を超越した、いっそユーモアともとれるかもしれない事件が起こった。
私は小さなアパートに一人暮らしをしていて、去年辞職した仕事で貯めてきた預金と、今のアルバイトの給料で生活費を払っていた。私が定職を辞職してアルバイトの身になった原因は、前の会社内の複雑な人間関係による鬱病だった。アルバイトの身の私には多くの収入があるわけではないが、日頃から遊びにいくこともなければ趣味もない私には、家賃と一日一食の食費以外に支出という支出はあまりなく、前の職で溜め込んだ預金が思いの外に残っていた。
四月の初旬のある日、多くの卒業生等が一生両靴を離すことのできない社会への道に、タフさだけが取り柄の魂で踏み出そうとする頃、私の住まいに珍客がやってきた。仕事のない休日のお昼時、昨晩の自分の喉を潤した焼酎の味を舌にまだ残して、いつまでも起きることができないように寝ていた私だったが、突如、ピンポンと鳴ったチャイムから数度目、ようやく私の意識は夢への酔いから現実の甲高い音に向いた。こんな時間から誰がやってきたのだろう。そう思いながら、葱のように細く鉛のように重い身体を、私は両手で布団から起こして玄関の方に向った。そして玄関のドアを開ければ、視界よりも先に嗅覚が反応したので私は驚かされた。何だろう、この悪臭は……そして完全にドアを内に引いたら、目の前には所々が敗れた、ぼろぼろの真っ黒なコートを被る年老いた男がいた。髪は油が染みているようで、ゴキブリのように艶があり、どこから出ているのか分からない、腐乱した生ごみのような体臭が、私の住まいの中に侵入してくる。私は心当たりのない、急な汚らわしい男の訪問に驚くばかりで、一言も言葉を出せずにいた。私が何の用かと老人に尋ねるのよりも先に、真っ黒な隈を垂らした両目が私を見て、「お前にこれを持って来てやったぞ。」と言った。私は男が言うことの意味を理解できずにいたが、老人が私の手元を見ろと言うばかりに目で合図をしてきたので、私は老人の小汚い顔から少し焦点をずらした。するとなるほど、先程から気になって仕方がなかったが、男は何かを包めた白色の布を両手で抱いている。その百合色の布はふんわりとした丸みを作っていた。そして私が気色悪いと感じたのは、その布の所々が不定期に盛り上がったりして、布のなかには、きっと命あるものが包まれているに違いないということだった。
私は「それは何だ。」と尋ねた。すると老人が「布を捲ってごらん。」と言うので私は恐る恐る、それが汚らわしくて触れたくのないものであるかのように、親指と人差し指で小さな輪かを作りつつ布を捲った。すると驚いたことに、姿を現したのは真っ赤な肌をした赤子だった。下半身には私の小指よりも小さな突起物付いているから、性別は男で違いない。そして一番に私が思ったことは、その赤子は途轍もなく醜い顔立ちをしていた。それを例えるならば、子猿の中でも取り分けて不細工な子猿の両頬を、手で持ち横に伸ばして顔を広げたかのような、顔の輪郭が丸い赤子だった。
私は「これがどうした。」と老人に尋ねた。すると老人が、「これはお前の子だ。」と訳が分からないことを言い出したので、私はその気持ち悪さにぞっと気分を悪くした。そして男が、「これは俺とお前の子だぞ。ついさっき生れたばかりのホヤホヤな赤子だ。」と私の不快感という、老人の毒牙に抉れた心に尚、最後の止めを刺したのだった。私は気分の悪さから吐き気すら感じ始めて、嘔吐の予感を自分の喉に留めながら、臭気の漂う腕に包まれた真っ白な布に乗る醜い赤子を見つめた。
「もう一度言う。これは俺とお前とで産んだ子なのだ。」私は目の前の老人が痴呆症か統合失調症かに脳みそを侵されている者なのだろうと思い込んで、「警察を呼ぶぞ。」と老人を脅した。すると老人が、ぱっと切れた電灯の明かりのように姿を消した。そして何と私の背中の方からあの男の、発情期の野良猫の鳴き声のような、煩わしくて甲高い声が聞こえてきた。「俺は人間ではないのだ。言えば、お前等人間共を全く別の世界から俯瞰している者、要するにお前等の知る神に近い存在なのだ。お前は俺の言うことに絶対に従わないといけない。なぜなら、お前の心は私の身体のある器官と混じり合って、その二つのものは快楽を貪るように溶け合って、この小さな新しい生命を創造したのだから。お前はもう既にこの子の事実上の父親であり、お前にはこの子を育てる義務があるのだ。」
私は自分が夢でも見ているのではないかと、自分を取り巻く非現実的な現実を疑った。まさか本当にこの不潔な老人が、人間ではない神、または悪魔とでも言う類の存在だとするのだろうか。私はある筈のない存在を肯定してしまった現実に狼狽えて、一言も喉から言葉を出せず、凶器を持った男が突如、目の前に現れて腰を抜かしてしまった人のように狼狽するしかなかった。するとまた私の目前で、余りに幻想的とも言える奇妙な現象が生じた。老人に抱かれた赤子が、開いているのかも分からない小さな口で、「りゅーいち。りゅーいち。」と私の名前を呼んだ。それはまだ発達していないのだろう喉から出た、今までに聞いたことがないと思われる掠れ声だったが、赤子は確かにはっきりと私の名前を呼んだ。私は神の子か悪魔の子か、赤子の気味悪い声を聞いて、もう目の前の老人も赤子も、ただの人間ではないことを嫌でも理解した。老人は私に「こやつもお前に抱かれたいと言っている。さあ、こいつを手に取って抱いてやれ。この赤子は今日からお前が育てるのだ。」と言ったので、私はご主人様に使われる奴隷のように、白い布から赤子だけを受け取った。白い布だけが、老人の腕に真っ黒な糞だけを残してだらりと垂れている。
私の腕の中の赤子は、両手両足を力一杯に上げていた。その姿が何だかとても間抜けで、見れば見るほどこの小さな命が無様なものに思えてくる。これが本当に私の子だというのか。私は赤子の顔のパーツを睨みつけるかのように見たが、目の前の小さな一つ一つのパーツは全て歪な形をしていて、猿の赤子の頭を金槌で潰せばこうにでもなるのかもしれないと思った。私は思わず老人に確かめた。
「これが本当に俺の子どもなのか?」すると老人は私の息の根を止めようとするかのように、「その子にはお前の血が流れているのだから、お前は歴然としたその子の父親だ。」と言った。
二
充血をした目の色のような肌が、掃除も禄にされていない、埃だらけのフローリング上で露わになっている。もちろん私の家にはこの赤子に着せる服が一枚もない。そもそも当たり前だが、赤子のための道具が一つとしてあるわけがないのだ。私はこの子に与える母乳などはどうすればよいのだろうかと考えた。
老人の持っていた真っ白な布を黒く染めた、見るだけでも耐えられそうにない糞が、まだこいつの尻にはへばりついている。私はこの醜い子の排出物を掃除するのが非常に嫌だと思った。そのようなことを考えながら、私は携帯で赤子に関することについて調べてはメモを取り、ちょうど赤子が眠ってくれたので、私はそいつをそのままにしておいて、車で十五分程走ったところにある、ここらでは大き目なデパートに向かうことに決めた。そして私は多くない預金を崩して、これから赤子の面倒を見るのに最低限必要なものだけを、買うことにした。
私がどうして新生児の用品が並べてある場にいるのか。私は言葉にしようのない不幸に今、私の日常を食い荒らされていた。今、私の家で寝ているだろう赤子の顔を思い返せば、やはりあれは人の腸を食い荒らす、寄生虫に劣ることのない気色悪さだ。あれが本当に私の子だというのだろうか。私の容姿だって、あれ程には醜くないはずだ。ではあの容姿はあの老人の遺伝子なのだろうか。私はそれを考えた途端、心底気持ち悪くなった。あれが私とあの老人の子どもだということは、私とあの老人の生殖行為は、何時何処でどのような形で行われたのだろうか。それを考えれば、ミミズが喉の中で暴れているかのような、激しい吐き気が私を襲った。
デパートから帰宅すれば、赤子は泣いていた。腹でも空かしたのだろうか。私は赤子の泣き声を、部屋で飛び回る蠅の羽音を聞くような、あの鬱陶しい思いで聞いていた。
私は初めに新生児用の、テープタイプのオムツを付けてやることにした。床は小便のせいで水浸しになっていたので、赤子を持ち上げて、その場から濡れていない床にずらした。相変わらず尻には大便がへばりついていたので、それを煩わしく思いながら見て見ぬ振りをする。また、赤子の太腿が小便で少し濡れていたが、私はそれも無視をしてオムツを付けてやった。この作業は生まれて初めてだから、自分が母にしてもらったのを思い出せるわけもなく、ほとんど自分の感覚に任せて行った。それでも案外上手くいくものだなと、どうでもいい感心をした。そして適当に選んで買ってきた服を着せる。ピンクの肌が白い百合色の服に隠れた。
小便に汚れた床を、指先まで嫌悪と憎悪でピリピリさせながら、雑巾で一拭きして綺麗にしたら、私は台所で手と雑巾を洗い、携帯を片手にミルクを作ってやることにした。別に理不尽な子育てに反発して、育児を投げ出してしまっても構わなかった。けれど赤子を餓死させてしまって、ネグレイトの疑いで児童虐待の加害者として、警察のお世話になるのだけはごめんだ。私は私の子であるらしい赤子を連れてきた、乞食のような容姿をした老人を非常に恨んだ。私の生きてきた中で、これ程の厄介ごとを私に押し付けてきたのは、あの老人が初めてに違いない。
しっかりと温度を冷ましたミルクが入った哺乳瓶を、私は利き手の右手に持って、赤子の口元に近づけた。赤子の分厚い海鼠のような唇が、哺乳瓶の乳首をむにゅっと吸い付こうとしたのを見て、私は思わずビクッとして、手に持つ哺乳瓶を赤子の唇から離してしまった。そして私は我に返って赤子の唇に再び乳首を埋めてやった。
私はインターネットで得た情報を頼りに、この動作を三時間ごとにした。何度か、面倒くさいので、別に死ぬことはないだろうと思って赤子にミルクをやらずにいたら、赤子がガンガンと泣き出すので、私は仕方なくその度にミルクを作ってやった。しかし私の就寝時でさえ、ずっと眠っていたはずの赤子は三時間毎に目を覚まして、ミルクを求めるために泣き叫ぶものだから、私はこの日、全く寝ることができなかった。私は普段でさえぐっすりと眠れない睡眠の質だったので、このときは非常に参ってしまった。そして私は、赤子の夜泣きに起こされてミルクを作る度に、沸騰させたお湯をこの赤子の顔面にぶっかけてやろうかと思う程に苛立ちを覚えた。その時初めて私は気づいたのだけれど、私はどうやら自分の子を愛せない性質らしい。この目の前の赤子は、いくら理解し難い形で目の前に現れた子であったとしても、老人曰く私の子であるのに違いはないはずだ。だが、私はこの哀れな赤子を全くもって大切に思っていない。いくら不細工な赤子であったとしても、この赤子が自分の子であることに変わりはないのに、どうしも私は、自分の子どもを可愛いとは思えなかった。
私は赤子にミルクをやりながら、私が赤子を愛せない理由について考えていた。常人ならば、いくら我が子の容姿が醜いからといって、自分の子を忌み嫌う訳がないだろう。それに容貌の悪い子の親だなんて、日本中だけでも巨万といるはずだ。それなのに一体どうして私は、自分の子を愛せないのだろうか。そして私が考え導き出した答えが、それが私の精神の、病的な凶悪さのためだということだった。
朝になり、就寝してから二度も赤子のミルクに起こされた私の頭は、疲れがどしっと脳みそに詰まっているためか、枕から頭を離すのが非常に気怠かった。昨日はたまたまアルバイトが休みだったが、私は最低でも週に五日は仕事に行っていた。しかし子どもができてしまった今、私は今まで通り仕事に行くことができるのかを不安に思った。
私はとりあえず、車に乗って三十分程のところにある実家に、子どもを預けることにした。車の中に昨日買ってきた新生児の生活必需品を積む。そして私はチャイルドシートなど持っていなかったので、誰にも言えないような方法で、赤子を車に積んだ。
最初母に赤子を見せたとき、母は驚きの表情を露骨に出した。
ちなみにここで私の家族構成について述べておくことにするが、父親は昔、私がまだ幼いときに、私達を残し他の女を連れて何処かへと逃げてしまったらしい。私が幼い頃から酩酊した母が、よく私に涙ながら、父の愚痴を溢したものだ。私は母と父が結婚する前に世に命を授かった一人息子だ。そして私の実家は実家と言っても一軒家ではなくて、低所得者向けに地方公共団体が賃貸する公営住宅だった。要するに父のいない私の家は、目立つ程な貧乏ではなかったけれども、裕福に暮らせるほど多くのお金がなかった。
話は戻って、私は母に偽った事情を説明した。私が連れてきた赤子を、私は片親の友達が急遽、入院することになってしまい、その友人にこの赤子の面倒をみてもらえる身内の縁がないので、私がこの赤子を友が退院するまでの間、育児することになったと私は母に伝えた。そして私は自分が仕事の間だけ、この子の面倒を見て欲しいと母に頼んだ。私はそれだけを伝えたら、母の水分をたくさん含んだ雨雲のような表情に気づき、質問の嵐から逃れるように、時間がないからと言って必要なものだけを母に渡し、その場から素早く離れたのだった。
仕事中、私を襲う睡魔を凝視すれば、それは醜い赤子の顔をしていた。この眠気も、自分の子を可愛いと思うことができたのならば、きっと大切なものを守る一家の柱として、心のどこから湧いてくるのか分からない頑丈とした精神で、睡魔と立ち向かうことができるのだろう。しかし私にはその精神が理解できなかった。これは自分の子を大切に思えない私が悪いのだろうか。それとも悪いのは、雀の涙程にも親に愛情を注いでもらうことのできない、私の子どもなのだろうか……
三
赤子を預かってから一カ月が経とうとする頃、赤子は見る見るうちに成長していった。最初赤子と出会ったとき、赤子はピンク色の肌をしていたが、日が経つにつれ肌の色が黄色っぽくなっていき、今では、私の肌にたっぷりとゼリーを塗りたくったかのような、瑞々しい肌色になっている。頼りなかった身体の全身には肉がつき、赤子は丸々としていた。けれども顔立ちが不細工なのに変わりはなくて、やはり私は赤子のことを一度も可愛いと思ったことが未だにない。大きな餅の塊に、世界で一番不細工な猿の頭を突っ込んで型取った跡のような、複雑な顔つきをしていた。それに醜い顔が大きくなって醜さがなくなる訳がない。醜い顔面は大きくなって更に醜くなったというわけだ。
ある時、母が私に「龍君の鼻があんたに似ている気がするわ。」と言ったことがある。私は思わずむっとして、「どこが?」と尋ねたが、母が言うには鼻が少し高いところに、私との共通点があるらしかった。ちなみに「龍君」とは、私がこいつの名を尋ねてきた母のために、私が自分の名前から漢字を一文字取って分け与えた名前だった。母は「あんたと同じ漢字なのね。」と言って笑った。
またある時には、子どもがきっかけで久しぶりに帰ってくるようになった狭い部屋で、座りながら赤子を抱いている母が、「この子の手の平に指を触れてごらん。」と私に言ったので、私は恐る恐る母の言う通りにしたら、何と赤子が私の指をぎゅっと掴んできたので、私は反射的に指を赤子の手の平から力強く引き抜いてしまった。その時、「何て顔をするの。」と私は母に責められたのだった。
母は私が仕事の間、本当に良く赤子の面倒を見てくれた。そしてとても赤子を可愛がってくれた。これが母性本能というやつなのだろうか。それとも実際、母の孫に当たるはずの私の子どもに対して、人間としての本能的な愛が働いたのだろうか。どちらにせよ、私は母にとても感謝していたし、これが母に改めて尊敬の念を抱くきっかけとなった。
しかしその母とも、私の子どもを母に預けるようになってから一カ月過ぎ、私は赤子のことで言い争いをしてしまった。友人から赤子を一カ月以上も預かっている私に、母は私が述べた理由に偽りが隠されているという、懸念を含む疑いを持った。母の言い分は正しかった。私は幾らか適当な言い訳をしたが、母は私の言い分を不審に思い、入院している友人に会わせてくれと言い出した。私はこの発言を恐れて、赤子を胸に抱きかかえ、気が狂った旦那から子どもを連れて逃げる女のように、一刻を争うと言わんばかりに、素早く母のもとを離れて車に乗り込んだ。先ほどの文章を訂正するが、この時の私に子どもを守ろうだなんて気はさらさらなかった。だって私には、子を育てる雌犬ですら持っている母性本能というやつが皆目ないのだから。
私は家に帰り、これからどうするべきかを考えた。そして私の出した答えが、アルバイトを辞めてしまって、こいつが一人で家にいても大丈夫なときまで、自分の持っている預金が続く限り、家を空けないでおこうという考えだった。
私が胸に不安を溜め込みすぎて、体重が一グラムほど増加しているかもしれないというときに、私が先ほど床に放った赤子を見つめれば、何故か赤子はニヤニヤと笑っていた。 私は人生最大の不幸の元凶がニヤニヤとしているのに対して、言葉にできないほどの憎しみを感じた。こいつさえいなければ……こいつさえいなければ!
前の職場を鬱病で退職して、アルバイトをしながら預金の続く限り、自分の人生の転機になるような、自分の心に刺激を与える新しい発見のきっかけを、ずっと待ち続けていた。だというのに、どうして私はまた、このような不幸にぶち当たってしまったのだろうか。そして私の子どもはそのような私を見て笑っている。このとき、私は自分の人生に嫌気がさして、その人生を歩む運命から逃れることのできない自分を情けなく思い、情けない自分に嫌気がさした。そしてその私が嫌悪する対象が生み出した新しい命に、身体は小さくてもその存在は計り知れないほど大きな命に私は叫んだ。「何がおもしろい!お前のせいで!お前のせいで!」私は大声で怒鳴った。目の前の赤子は私の大声を聞いて、呑気に肘を伸ばして両手を上げていた。私は間抜けに開いている赤子の手の平を見て、何故か余計にイライライラとして、「死ね!」と親が子に言ってはいけない一言を叫んでしまった。
私はこの時、誰かに殺して欲しいと思うくらいの自己嫌悪に陥った。そして心の中で、いつの日か母と幼い自分を捨てた父が、今の私と重なった。私と母を捨て他の女性と一緒になった私の父は、きっと父親として失格なのだろう。だが、私はあの父と変わらないことをしている。放棄という、どれ程の理由があろうとも、親が子に絶対にしてはいけないことを私は、自分の父親同様に我が子に対してしてしまっていた。そして父の子は私であり、私の子は目の前の赤子であり、三人には切りたくても切れない鎖のようなものが繋がっている。蛙の子は蛙……私は心の中でそう呟いて、真っ暗で動物的な視力では見ることのできない、明日からの毎日を、漠然とする不安と化して目の前に広がる重圧を、眺めていた。
四
赤子を預かってから最初の頃は、私は太陽が消滅しても終わることのない三時間毎のミルクの時間に困っていたが、アルバイトを辞めてからは、夜に二度、三度泣いて起こされようが、朝になろうといつまでも眠れるわけだったし、私はアルバイトを辞めてから精神的に少し楽になったかもしれなかった。
私が仕事を辞めてから数日後、もう桜の花は全て散っただろう五月の始め、急に現れたつむじ風のように、私に訪れた春は私の胸底の土埃を小さな風で舞い上げた。
秋本沙耶さんという、私がアルバイト先でお世話になっていた先輩が。私に連絡をくれたのだ。急に私がアルバイトを辞めてしまったので心配してくれたらしい。ここで今更だが年齢の話をするが、私は二十三の歳で、彼女は二十七の歳だ。彼女は私の働いていた職場の正社員で確か何とかという役職を与えられていた。私は秋本さんが私に連絡をくれたのがきっかけで、私と秋本さんは一緒に出掛ける約束までする程に仲良くなっていった。
そうなると私がやはり気がかりとしていたのは、赤子が私の恋路の一番の障壁、邪魔な存在になるのではないかということだった。
私は働いていたときから、秋本さんのことを美人だと思っていたし、実際彼女は美人だった。私はもう彼女に彼氏がいるものかと思っていたくらいだ。いつも彼女の両胸を隠している真っ黒の長髪は、お嬢様が持っているような清楚な雰囲気を醸し出していた。しかしその雰囲気とは反して、明るい性格でよく笑うところがまた、外見と人柄とに意外なギャップを作っていて、それがまた、彼女に一つの魅力を与えていた。肌は黄色が余り混じっておらず白っぽくて、私の肌なんかとは比べてはいけない程に綺麗だった。顔も小顔で、一つ一つの顔のパーツが整っていて、ニキビなどというものはどこにも見当たらず、目だけがクリクリとして大きく、綺麗な両目が顔のパーツの中で際立ち、真っ黒な瞳の色が印象に残る女性だった。
そして秋本さんとのデートをすることになった当日、私は家に赤子を一人で残しておいて大丈夫だろうかと悩むのだった。私がいなくなってからずっと泣き喚かれて、その嗚咽の止むことがなかったら、隣室の者、または大家の人に警察を呼ばれたりはしないだろうか。私はそんな妄想に怖気づいてしまった。そして私はずっとこいつを大人しく眠らせておく術はないものかと考え込んだ。すると私は自分でも驚くことに、前に病院で不眠を訴えた時にもらっていた睡眠薬が、まだ残っていることを思い出した。半分に割れば睡眠薬だからと言って死ぬことはないだろう。私はそう独断して、家から出る前に、赤子にたっぷりとミルクをやって、哺乳瓶の中の真っ白い、病院の一室を思い浮かばせるような色のミルクがなくなったら、半分に割った水色の睡眠薬を口元に突っ込んだ。そしてしばらくすると、赤子がぼーとしてきた気がしたので、私は安心して家を出ることができた。
デートから帰宅した私は、自分の子どもの体調を心配していたわけではなかったが、それでも初めての試みの結果が気がかりで、万が一に子どもが意識を失っていたら、私は犯罪者になってしまう。虐待死の加害者となってしまうのはごめんだ。しかし家に帰って赤子を見つめれば、小さな身体でしっかりと呼吸をしながらすやすやと眠っていて、強いて言うのならばオムツを開けたとき、オムツの中だけが、いつもより深い色を落としていた。
私は初めてのデートの日を境に、また病院に通いだした。理由は言うまでもないが、睡眠薬が赤子に対して思ったよりも効果的だったからだ。二週間に一度、私は行きつけの病院に睡眠薬をもらいに行った。正直、一回病院に行けば二週間分の睡眠薬がもらえたし、赤子に薬をやるのは月に四度程だったから、別に病院に通わなくてもよかった。しかしずっと私を見ていてくれていた担当の先生が、必要以上に私の心配をしてくれて、私は二週間に一度、病院に来るようにと言われた。それに先生に、薬を小さな子どもに飲ましているだなんて言えなかったから、薬は私が毎日飲んでいると説明していた。だから二週間ごとに私は、二週間分の薬をもらいに病院へ行った。
秋本さんとは月日が経つごとに仲を深めていって、月に四回ほど一緒にどこかへと出かけた。私はその度に赤子に睡眠薬を飲ませるようになったし、最初は半分に割った欠片だけを赤子に飲ませていたが、それも四回目には大丈夫だろうと独断して、一錠を丸々、赤子の口に突っ込むようになった。
五
梅雨も終わりを告げて、次第に暑さが服を濡らすことになる七月、赤子はますます大きくなり、胴体の筋肉がしっかりとしてきた。
私は常、床にこの赤子を放って置いている。私は赤子が、私なら耐えられそうもない暇さに、死んでしまわないかと思ったりもした。確かに赤子は退屈さを紛らわすためか、仰向きの身体を横に向けようと必死に身体を動かしているかと思えば、頼りなさそうな下半身を捻じらせ、寝返りを打ちそうになることもあった。また、身体を力いっぱいに動かしていないときは、自分の小さな手の平を己の目の前にかざして、それを何だろうと考え込むかのように、じーと眺めていることがあった。そして赤子は右手の親指を口に入れて、やはり不細工な様で吸い付くのだった。
七月に入ってからは一日が経つごとに暑くなっていく。そのためか自分の子どものオムツを変えた時に、赤子の尻に赤い斑点の出来物ができていることがあった。私は赤子の排出物のついたオムツを取り替える時間が最も嫌で、いつも成程、この赤子からでてきたものだと納得のできる、悪臭を放つ排出物を眺めては気分を悪くするのだった。だが、この赤いブツブツは何だろう。暑さのせいでオムツの中が蒸れているのだろうか?だが私は一切それを気にすることはなかったし、そのニキビのような、尻に斑となってできている出来物は、数日後、それ以上増えることもなかった。ただ私は、もしも私がまともな親であれば、この出来物を見て、どのような処置を取ったのだろうかと考える。きっと可愛い我が子を思うのならば、赤い出来物一粒でさえ懸念して病院に向かうことが普通だろう。それに比べて私は、きっと私の子どもが苦しむのを目にしても、それが死を漂わせるものであったとしても、きっと、私は全く何も感じないはずだ。
私の精神は欠落しているのだろうか。それとも私の我が子に対する思いやりの無さは、心の病だとでもいうのだろうか。どうして私はこれ程にも自分の子どもに対して、一つの愛嬌も示せないのだろう。烏がゴミ袋を漁るかのように、私は自分の気持ちを確かめてみた。けれど私の小さな嘴では、何も大事なものを引き抜くことができない。そして私が考え事をしていたら、不意に赤子が、「クー。」と声を出した。私はいじめられっ子を傍観するような気持ちで、親に愛されることを知らない可哀そうな我が子を見つめた。
赤子と出会ってから三ヶ月、秋本さんと出会ってから二か月、私は彼女との親交を確実に深めていた。それと引き換えにいくら自分の子どもに睡眠薬を飲ませたことだろうか。しかしその甲斐もあって、私は彼女と遊びに行くようになって二カ月で、彼女から男女の交際を望む告白をされた。
七月初旬の夕方の帰り道、運転をしている私の隣の助手席で、彼女は私に告白をした。
私は彼女が私に異性としての興味を持ってくれていることに、薄々と気づいていたし、私も実際彼女のことが好きだった。だから秋本さんに告白をされたとき、私は嬉しかった。しかし私は彼女に告白の返事を待ってくれるようにと頼んだ。私は自分でも、そうしたことが意外だった。私も彼女同様に、秋本さんのことが好きだったし、彼女との友達以上の関係を望んでいた。けれど、何故か、彼女と恋人の関係になることに、私は彼女に告白された後に生じた静けさの刹那、無意識に反射的な抵抗をしてしまっていた。
六
告白をされた夜、私は部屋の真ん中にポツンと置かれている小さな食卓に座り、端の方で仰向けになって眠る赤子を横目で見つめて、自分がどのような答えを出すべきかを考えていた。
まず、第一に私は赤子のことを考えていた。こんな望んでもいない不幸な子育てと、男女の交際とが両立できると、私は到底思えなかった。もし私が秋本さんとお付き合いすることになるのならば、もちろんこの赤子をずっと隠し続けるわけにはいかない。だがもし仮に彼女にこの赤子を見られたとき、私は何と彼女に説明をすればいいのだろうか。どのような気持ちで私は秋本さんに、あの同性の老人との間に生まれた我が子を見せればいいのだろうか。私は赤子を、一生捨てることのできない、私の背中では決して姿を隠すことのできない、像のように大きな粗大ごみのように思った。
私は赤子の眠る床から食卓を挟んだ、引き布団に横たわり、赤子を視野にいれることなく、右に肩を置き左に肩を置き、眠れない時間を過ごしていた。しかしまだ時刻は、十一時にもなっておらず、そもそも私が床に就いたのも、眠るためではなくて荒ぶる精神を落ち着かせるためだった。私の精神は熱を出したかのように熱く、私は休息の静けさによって、その熱を冷まそうと努めていたのだ。部屋の中では「あー。あー。」とこの時期の田んぼに住む牛蛙の鳴き声よりも不気味で、奇怪で、嫌気のさす声が響いていた。そしてその声が床に落ちた後、聞き覚えのある声が聞こえた。「自分の子どもは可愛いか?」と私が眠る部屋から五歩とない玄関先から、いつかの老人の声が聞こえたとき、私は人が幽霊と出くわしたとき恐らく取るだろう、声も出せず世界の秒針が止まってしまったかのような、人生で二度は経験したくない事態に陥った。金縛りに抵抗するように全身の力を振り絞って、私が布団から身体を起こせば、何と玄関先からあの男が歩いてやってくる。老人は
「どうしてそんな顔をする。俺はお前の女房みたいなものではないか。」と言って私の側まで歩み寄った。
老人は赤子を連れてきた三ケ月前よりも、年老いて見えたし、身なりも非常に悪くなっていた。以前は耳を隠していた横髪が、今では肩をも隠して、目を細めて見れば髪の所々に、フケか虱の卵か分からない白い鼻糞のようなものが付いている。顔の皺は以前に見た時よりも更に増えていて、きっとアイロンの高熱の鉄板で伸ばしても、それを取り除くことはできないに違いない。顔面に至っては、吹き出物と毛穴の区別がつかず、相変わらず誰かの嘔吐物に劣らない程の悪臭がする。そして思いっきり垂れている瞼が、私の心をぎょっと震え上がらせた。
こいつが私の女房だって?私は「ふざけたことを言うな。」と老人に怒鳴った。すると男は、「お前の子を孕んで、尻の穴から出してやったのは俺だ。出産の激痛に耐えた俺が、お前の女房でない訳がないだろう。いっそ、お前が俺の子を孕んでみるか?」と枯れてはいるがしっかりと聞き取ることのできる声で言った。私はぞっとした。「それだけは勘弁して欲しい。」と老人に頼んだ。これ程にも不安な気持ちになって、誰かに頼み込むのは、これが生れて初めてかもしれなかった。
私は何故老人が今になって、私の目の前に現れたのだろうかと考えた。わざわざ現れたからには、私に何か伝えなければいけないことがあるに違いない。そして私の心を察したのか、それとも透視したのか老人が、「今日はお前に伝えたいことがあってやってきた。」と言った。そして男が話し出すと、赤子がわんわんと泣き出した。私の狭い部屋には、耳障りな赤子の泣き声と、老人の不快感極まりない悪臭が、一種のアヴァンギャルドな芸術作品かとも思える程に、独特なハーモニーを奏でていた。
「お前はもし赤子のことが不要ならば、そのチビを一刺ししてやればいい。大丈夫、安心しろ。その赤子を刺したとしても、一滴たりとも血は流れない。そんな、人を疑う目をするな。これは本当だ。そもそもその赤子は、人でない私の子でもあるのだからな。それにその子は人間のお前の遺伝子よりも、俺の非人間な特徴を多く受け継いでいるのだ。まぁ、もしお前が己の子が邪魔になったとき、そいつを刺してみるといい。それは血も流さずに消滅する。お前がそれを刺した瞬間、煙が風にさらわれるかのように、束の間、お前の子どもは消えてしまうさ。」
私は老人の話を聞いて、「あいつが人間でないならば、怪物だとでもいうのか?それともまさか、あなたと同じ、神に近い存在だとでも言うのか?」と尋ねた。そして老人が私の悲嘆する顔を見るのが快楽だとでも言うように、ニヤニヤとして言葉を連ねた。
「お前はそいつの存在を、ひどく汚らわしいものだと思っているらしい。まぁ、確かに人としては歪な顔立ちをしている。けれどな、勘違いをするな。その赤子の容姿はお前の精神的な醜さを、この世界に形を持たせて具現化させたものだ。だからその子が醜い顔をしているのは、お前の心に醜いところがあるからであって、お前の子どもが己で、自分の不様な顔面を望んで生まれてきたわけではない。お前の精神的醜さに私が人の形を与えて擬人化さしたがため、要するにお前の心の醜さがため、そいつはお前が好きになれない顔立ちで生まれてきたのだ。要するにお前の心に醜さがなければ、赤子はもっと可愛らしい赤子で生まれてきたはずだ。何よりお前がその目で見ているのは、赤子であって赤子ではない。それは、お前自身の中にある醜い随所だ。お前の心の汚れだ。お前の精神の弱さだ。お前が毛嫌う坊やは、切っても切れないお前自身だ。」
私は老人に対して口が開けられず、急に胸に込み上げてきた絶望感のために、自分でも不意に声を上げて泣いた。床に膝をつき手の平で老人から逃れるように両目を隠した。胸の内の絶望感は今生まれたものなのか、それとも前から溜まっていたものなのか、それは自分でも分からなかった。
私はずっと泣いていた。そして泣き疲れて、私が目を覚ましたときには、老人が消えていた。私が自分の瞳を涙で濡らして、手の平を水滴で冷やしていたときに、老人はタイミングを見計らって帰ってしまったのだろう。それも足を使ってなのか、人間ではないもの特有の超能力によってなのかは分からない。そして老人が消えたことを確認した時、たまたま同じ部屋の壁際にいる赤子が視界に入ったかと思えば、赤子は「クー。」と言って、両手を万歳していた。
七
老人が帰った後、私は部屋の真ん中にある、足の短い食卓に崩れるかのように座り込み、いつの日か交わした秋本さんとの会話を思い出していた。
あれは確か、秋本さんと出かけるようになってから一カ月も経たない頃、よく晴れた日、大きな公園の広い芝生の上に敷物を引き、彼女の持ってきてくれた、手作りのお弁当を食べているときだった。私が柔らかな卵焼きを崩さないように、そっと箸で摘まんで口元に運んでいるとき、正面に座る彼女は横を向いて何かを見ていた。私が彼女の向いている方に目を向けると、そこには幼稚園児くらいの小さな子ども等が、四、五人集まって皆で駆っこをしながらはしゃいでいた。私は彼女の瞳に、あの哺乳瓶の中のミルクの色のような、母性的な潤いを感じた。すると彼女が言った。「小さい子って可愛いよね。」私は「そうだね。」と彼女の言葉に同意した。彼女が「龍一君はいつか子どもが欲しいの?」と私に尋ねた。私は社交辞令のように「やっぱり、いつかは欲しいね。」と答えたけれど、私はそのときに、今までに感じたことがない程に、ぞっとしたことを覚えている。
もし私が今育てている赤子が、あの草原を勝手気ままに走り回っている子等程に成長したら、私はあの子のことを可愛いと思えるのだろうか。私はこの広大な芝生を走り回る幼児となった私の子どもの姿を想像して、目の前にそのイメージを走らせてみた。すると私は芝生の広々としているのが、急に怖くなって、どこか狭いところに逃げてしまいたいような、言葉では言い難い空虚を感じた。
今思えば、私は老人に赤子を授かってから、自分の乱暴さに任せて子育てをしていたが、それは別に赤子が不細工だからとか、そんな理由からだけではないような気も多少なりとはしていた。
私は幼くして母ではない女のために、家族を捨てた父を今でも憎んでいて、その父の血が流れている自分すらも嫌で仕方なかった。要するに私は、決して切れることのない、糸よりも細く鎖よりも頑丈な、運命の屈辱的な自分の縁を恨んでいた。そして私はそれが原因なのか、いつも自分さえ理解のできない自己嫌悪にずっと悩まされてきた。それがどこからやってきたものなのか、私にはいつであれ到底分からなかった。もしかしたらその自己嫌悪感は、私が母の腹でようやく人の形になってきて、これからの苦悩を知らずに気楽に笑っているとき、もう既に小さな心臓の中に流れていたのかもしれない。そして私が自分の子を可愛いと思えない理由は、私が毎日、自分に対して非常な嫌悪感を抱いているからではないだろうか。
悪人の子どもが周囲に嫌悪感の含まれた視線を向けられるように、私の前にいる赤子は、私が悪人と認識する対象の赤子な訳で、だから私は自分の子どものことを、これ程にも憎たらしく思っているのではないのだろうかと考えた。仮にもし、私が秋本さんとの間に授かることになるとする赤子には、私の決して赤色ではない、血液の色よりも遥かに深くてドロドロとした、家族の血が流れている。私は憎んでいる父親から生まれた、嫌悪甚だしい自分から生まれた子を、例えこの今の赤子のように醜くはないとしても、可愛いと思って、小さな頭に優しく手の平を乗せてやることができるのだろうか。
私はいつの日でさえ、秋本沙耶とデートをする時には、自分の子どもに睡眠薬を飲ませて出かけてきた。このような私に育てられた子は、将来、どのような大人に成長するのだろうか。
そしてまた、赤子も大人になれば、私みたく悩まされるのではないだろうか。そう、蛙の子は蛙だということを、私達は決してそれ以外のものにはなれないということを……私達は一生を、その定められた姿で生きていかなければいけない。果たして、今の赤子ではない私の子どもが仮にもし、新しく生れてきたとして、その子は幸せになれるのだろうか。毎日、自己嫌悪に背中を引っ張られ、心の足元を負の領域に留めている人間が、結婚だの子育だてなど、本当にしていいものなのだろうか。私はもしかしたら、このまま一人で運命を呪いつつ、運命の足に頭を踏まれながら、不幸を司る何かに土下座をするように、生きていくべきではないのだろうか。何せ、蛙の子は蛙なのだから……
八
私は物思いのためにくたびれた真夜中、壁の端に置かれている、自分の精神的醜さの表れを、食卓から横目で見つめながら、これからのことを考えていた。私は赤子を消滅させるのか、それとも育て続けるのか。秋本沙耶と恋人になるのか、それとも彼女との交際を終わりにしてしまうのか。私はそれらの問題をずっと考え込んでいた。
このまま赤子を育てつづけるのなら、私は秋本沙耶からの告白を断るべきだろう。こんな訳の分からない赤子を彼女に見せてしまえば、きっと彼女は私から、自ら離れていくに決まっている。もし私が彼女と恋人になるのならば、私はこの赤子をナイフで一刺ししなければいけない。けれど私の子どもである、人の形をした醜態は、一応赤子の姿をしていることに違いはないし、泣きもすれば笑いもする。これはもう、立派な人間ではないか。今更だが、私にこの小さな命を奪う権利があるのだろうか。いくらこの赤子が、特殊な経路を経て特殊な形で生まれてきたのだとしても、それが命であることに変わりはないはずだ。
私は私が選択することのできる二つの未来を比べてみた。きっと私が幸福を感じることのできる未来は、秋本沙耶と共に生きていく未来だろう。恋という照明が、真っ暗な真夜中の世界の、私の存在する空間だけを、光で照らしてくれるに違いなかった。赤子を一刺しした罪悪感も、恋の光に真っ白く消えてしまうかもしれない。私は慎重に、自分が幸福だと信じる未来を夢想してみようとした。甘い花の香りを楽しむように、私は愛に溢れる生活を、目の前の狭い部屋の中で描いた。すると、目に見えたのは、深夜を越えたにも関わらず目が冴えているのか、大きく両目を広げて真っ黒な眼球で、天井からぶら下がる電球の光を、じっと見つめている赤子の姿だった。まるでその目力が、この部屋の明るさを、火に水をやるように消してしまいそうだ。そして私はどれだけ妄想によって幸福に浸ろうとしても、この赤子が常に、私の描く場面々々の隅にいる気がして、私の夢想はとうとう赤子から離れることができなかった。秋本沙耶と仲睦まじくやるときには、この赤子はもう消えてしまっているはずだ。私はそう信じていたが、ある重要なことを忘れていた。いや、それは忘れていたのではなくて、自分の疲労した心を少しでも慰めるために、わざと忘れていたのかもしれない。そうだ、この赤子は、あの老人が言うところ、私の心そのままの姿なのだ。そして、もしこの赤子を消したとして、私の心の中にはこの赤子のように、産婦人科で眠る誰かの赤子をハンマーでぺちゃんこにしたかのような、不細工な、見た感じの気持ち悪い赤子が、私の胸奥から消えることなく永遠に、泣くか笑うかして存在しているのだ。そう、あの赤子は私自身でもあるのだから。あの赤子のように醜いものが、私の心には存在するのだ。なら、秋本沙耶はそんな人間を恋人に持って幸せになれるのだろうか。そして私は、腐乱して蛆が湧いているような、醜い己の心で、秋本沙耶を幸せにすることができるのだろうか。私がもし、彼女との間に子どもを産めば、私はその子を幸せにできるのだろうか。また自分の都合で、私はその子に睡眠薬などを飲ませたりはしないだろうか。
私は自分が、果物のように甘酸っぱい他人の幸福を、自分の存在によって、青黴が苺を埋め尽くすように、それら全てのものを奪ってしまうような気がした。私は自分自身が、この世から一切不必要で、むしろ存在してはいけないもののように思えてきたのだった。
私は黴なのか……なら、消えなくてはいけないのは、目の前の子ではなくて、私であるべきことに気づいた。
九
私は自分でも気付かない内に、約二カ月間に渡って溜めこんできた、睡眠薬の詰まったシートを握っていた。私は今まで自分勝手な理由で赤子に飲ませてきたこの薬で、今度は私自身が死んでしまおうと企んだのだった。そして、どうしてもっと早くに、この術を思いつかなかったのかを後悔した。
私は自分が悲劇の主人公であるかのように、涙で頬の明度を上げながら嗚咽して、私に対して全く罪のない世の中の全てのものを恨んだ。このとき、もう秋本さんのことはもちろん、母親のことも、何も、頭には浮かんでいなかった。
そして私が一錠々々薬をシートから出して口に飲み込んでいると、八粒程を飲み込んだ時、目の前の赤子が突然泣き出した。私は赤子が腹でも空かしたのかと思った。けれど小さな子はいつもと違って、何と私の方に顔を向けて泣いていたのだ。いつもは天井を向いて、まるで天に何かを訴えるように泣いていた赤子が、細い首を力一杯に捻って、すぐ側で死のうとしている私を見つめて泣いていた。すると赤子は「ぱーぱ。ぱーぱ。」とまるで私に何かを訴えているかのように、私のことをまじまじと見つめて呟いた。それが私を呼んでいる「パパ」なのか、それともただ気ままに発した言葉なのか分からない程に、赤子の言葉は不完全なものだったのだけれども、私は目の前の小さな赤子が、私のことを心配するかのような瞳で、見つめてくれているような気がした。私が今まで散々と毛嫌いしてきた自分の子どもが、最後に死のうとしている自分を、このような人間であれ一人の父親として、真っ直ぐな視線を投げかけてくれているのだと感じた。私が薬を口に入れるのをやめて、鉛のように重く冷たくなった頭で我が子を見つめていたら、また小さな子は私を見つめて、両足両腕を天井に向けてばたばたと縦に動かして、「ぱーぱ。」と呟いた。
私は目の前の子どもが、このような普通ではない形で、私の哀れな運命に排出された産物のように生まれてきて、果たして幸せであったのかを考えてみた。勝手に生まれてきて、ろくでもない父親に愛情を注いでもらえずに育ち、挙句に一人残されて父親に自殺され、果たしてこの子はこの世に生まれて来るべきだったのだろうか。もしかしたら、生れてこない方が幸せであったのではないだろうか。私の住む町に、この子より不幸な子が一体、何人ほどいるのだろう……
私は目の前の不幸な子どもを、もう閉じようとしている瞼をしっかりと開けて、血だらけの身体を無理やり力いっぱいに動かすかのように、赤子の側に歩み寄って、目の前の我が子に「りゅう。」と名前を呼んで、泣き疲れたためか汗でびっしょりと濡れている髪を、私の血も通ってないと思われる冷たい手で、初めて愛情で温めた掌で撫でてやった。赤子は嬉しそうに甲高い声を出して笑った。
私はいつの間にか眠っていたらしい。目を覚ませば視界がぼんやりと広がったが、身体中は一切動かず、口元に垂れた涎の冷たさだけがひんやりと感じられた。
私は結局、「ぱーぱ」と自分を呼ぶ赤子に気を緩めて、死ぬほどに多くの量の薬を飲めずに眠ってしまったらしかった。しかし私は別に死ねなかったことを後悔してはいない。
少し時間がしてから、私は側に赤子がいないことに気が付いた。私は不思議に思って家中を探しては見たものの、龍の姿を見つけることはできなかった。
十
それから数日後、私はもう、あの赤子を見ることはなくなったし、その親の老人を見かけることもなかった。私は赤子の行方が気になってはいたものの、私にはもう、どうする術もなかった。
私は最後に嬉しそうに笑った赤子の表情をしばしば思い出す。私はあのときに初めて、目の前の子を、自分の子どもであると認めたのかもしれない。私は自分の胸に右手を置いて、あの時に赤子が眠っていた部屋の一部を見て、あの赤子の嬉しげな表情を思い出し、今では自分にも幸せになる権利があるのではないかと考えていた。
私は赤子が消えた日、理由は自分でもはっきとは分からないが、幸せになろうと強く思った。
赤子
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この作品を読んで下さった方が一人でもいらっしゃるならば、僕は幸せです。
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