雪売りの少女

今年の初めに募集された、とある賞の応募用に執筆した超短編小説です。良ければ、読んで下さい。

 私は定職にも付かず、小説家になることを夢に見て、一向に結果が出ない毎日をだらだらと過ごしていた。
 何を書いても評価をされず、もう私には何を書けば良いのか、文章でどのような感動を表現したいのか、それすらも自分で分からないようになっていた。

 ある冬の日、玄関を出れば街は雪の色に染まっていた。いつから雪が降っていたのだろう。雪は冬の寒さを誇張する。いや、冬に寒いと感じるのは当たり前だが、私は必要以上に身を震わせていたのだ。私は衝動的に思いついた散歩を後悔した。しかし執筆活動という、決してもう若くはない私が、輝きを失った瞳で、執着心のみを持ち青い鳥を追いかけるような、あの不甲斐ない時間から抜け出すための手段としてはこれが一番だった。

 私は家から出て気まぐれに任せ歩いた。
そして、私の家から少し離れた所にある公園で、私は不思議な少女を見つけた。
 一人の少女が公園の片隅で、緑色のレジャーシートを広げて座っていた。私はその子が気になって、公園の中へ入って行った。
 その少女は白いニットのワンピースを着ていて、長い黒髪が、彼女のまだ膨らんでもいない両胸を隠していた。ワンピースから伸びる肌はとても白く、その白さは雪には劣るものの、ここらの人たちには見ない綺麗な薄ら白い肌だ。座っている彼女の前には、丸い形の雪が幾つか並んでいる。決して完全なまん丸ではない、彼女の小さな手で握られたのだろう決して堅そうではない、歪なまん丸の形をした雪を数えれば、全部で八つあった。
 私は少女にこれは何かと聞いてみた。するとこれは雪ですと、彼女が表情を一つも変えずに言うものだから、私は不愛想な子だと思いながら、君は何をしているのかと尋ねた。すると不愛想な少女は、私は雪を売っているのですと答えた。私はこの愉快な可愛げのあるお遊びに、少しだけ付き合おうと思った。一つ幾らだと私は尋ねた。私はこの娘のために一つこれを買ってやろうとしたのだ。日々、義務に追われて疲れていた私は、目の前に並んでいる雪の塊でも買って、少し自分の頭でも冷やそうと思った。それに雪を売っている美しい少女というのが、私にはとてもメルヘンチックで魅力的に思われたから。
 私が雪の玉を一つ頂こうと言ったら、少女がじっと私の顔を数秒の間、物珍しそうなものを前にするかのように眺めた。そして私が言ったことをようやく理解したのか、その雪売りは、ありがとうございますと甲高い声で私にお礼を言った。私はその時に初めて彼女の笑顔を見た。先程までとは別人のように少女は笑っていた。
 少女は私に雪の塊を差し出した。そして彼女は、私はこれを、お金で買って貰っているわけではないと言った。その言葉に私は、な
ら君は何が欲しいのかと聞けば、彼女はこれを大切にする心が欲しいのですと言った。
 彼女曰く、彼女の生成した雪の玉を、それが季節の移りにも消えないように、冷蔵庫で一生、大切に保管して欲しいとのことだった。雪売りはこの雪を大切にするという約束の言葉を、何よりの支出として受け取り、私はこれをあなたに捧げるのですと言った。私は何故、彼女が雪の塊をずっと残そうとするのかを尋ねた。すると、あどけない少女は私の問いをおかしがった。あなたは綺麗なものを一生、その綺麗なままで、残しておきたいとは思わないのと彼女は私の問いに答えた。
 もう虹を二度、振り返って見ようとはしない私は子どもの頃の心を失っていた。まだ幼い彼女にとって真っ白な雪は、綺麗で美しいものなのだろう。私は雪の塊を一つ、蓄えのない心の財産で買った。私は帰宅すれば雪の塊をサランラップに包み冷蔵庫に入れた。しかし翌日、母にお前は気が違ったのかと言われて捨てられてしまったのだが……

 翌日も雪が降った。そしてあの公園で又、少女は雪を売っていた。この日も同じ白いニットのワンピースを着ていた。私は雪売りに挨拶をする。少女は私に気が付いて笑った。今落ちたばかりだろう雪の一片が、彼女の服と同化している。私は彼女の服の裾を掴んでみた。やはり濡れていて冷たく、それが私に、この少女が長い間ここにいたことを説明した。今日は何人客が来たかと私は尋ねた。小さな子が五人、その親が三人、散歩中に寄ってくれた年寄りが二人と雪売りは答えた。彼女は私に雪をしっかりと残しているかと聞いた。私はもちろんと答えた。

 小さな商人に出会ってから四日、ずっと雪が続いた。きっと野良猫はアスファルトの色を忘れて、自分がどこにいるのかも分からないようになっているだろう。私はこの四日間、
毎日、少女の様子を見に行っていた。彼女はとても真面目に一生懸命、レジャーシートの上に並ぶ、幼子の小さな拳ほどの大きさの雪の塊を、公園に来る人に売っていた。私はそれを手伝ったりもした。数年ぶりの接客だと自分で笑った。小さな少女は何人もの人を、色の真っ白で綺麗な雪の玉で笑顔にした。彼女は私よりも偉いなと思ったりもした。
 
 雪売りと出会って五日目は、小春日和で清々しい空だった。久しぶりに青い空を見た気がした。雪が解けて水に変わったかのように、空の色は透き通っていた。天気予報によると当分は温かくなるらしい。少しばかり積もった雪は、明日にでも全て溶けてしまうだろう。きっと明日には間抜けな花が、狂ったかのように返り咲きをしているかもしれない。
 
私は今日も公園に向かう。少女はいつもの片隅にいた。私は彼女に声を掛けた。雪売り
はとても焦っていた。早くもっと多くの人に雪を売ってしまわないと、地上の雪が全て溶けてしまうと少女は言った。
 その次の日、地上の雪はもうほとんど残っていなかった。所々斑に、大きな雪の塊が少し残っているだけになった。
 彼女は険しい顔つきをしていた。よほど、焦っていたのだと思う。そして驚くことに彼女は額に汗をかいていた。私は熱でもあるのかと疑った。けれど彼女は大丈夫と言った。そして私が彼女に会ったのは、その日が最後になった。もうそれ以来、私は雪売りの顔を見ることはなかった。

 雪も街から完全に消えた数日後、私は道端を歩く乞食が、私の知っている少女の着ていた白いワンピースを握りしめているのを見つけた。私は事件的な予感を感じて、手で握るニットとは相対した、ぼろぼろの布切れを着る老人を捕まえた。私は目の前の禿と吹き出
物が目立つ男に、その手に持っているものは何だと問い詰めた。すると、その乞食の口にした話は想像を絶するものだった。
 
 老人が道端を歩いていると、一人、小さな身体の少女が倒れていたらしい。老人が少女に近寄って顔を覗けば、彼女の顔面には汗の水滴が、滝のように流れていたという。男が驚き仰天したというくらいだから、それは相当な量だったのだろう。そして老人が熱いのかと尋ねれば、娘ただ、溶けてしまうとだけ一言、今にでも消えそうな蝋燭の炎のように、ぼそっと小さな声を出したという。私も娘が口にした言葉の意味が理解できずに、老人にそれはどういう意味かと聞いた。すると男は、良いから最後まで聞きなさいと私に言った。
老人は彼女が熱で頭の中がおかしくなったのだと思い、どこかに助けを求めにいこうとしたらしい。確かにこの老人は乞食なのだから、救急車を呼ぶための携帯電をも持ち合わせていなかったのだろう。そして男が立ち上がったそのとき、少女が濡れた手で、男の足首を握ったらしい。寒さと飢えに感覚が鈍った男ですら、その手で触れられた部分はびっしょりと濡れてしまって、裾には濡れのために染みまでできたという。そして男は不可解な現象に気分を悪くしながらも近くにある一軒家を訪ねて助けを求めたのだと言った。
 乞食が訪ねた一軒家からは一人、中年の女性が玄関から出てきたらしい。そしてその女性は目の前の厭らしい乞食の姿に表情を険しくしながらもその男の助けを聞いたという。
 いくら小汚い男の口から出た言葉であっても、今にでも死んでしまいそうな少女がいると聞いては、その女性も事を急がずにはいられなかったのだろう。二人は急いで、例の場所に向ったという。
 そして例の場所で老人が見たものは、余りにも信じられない光景だった。ただ、そこにはたっぷりと水を含んだ、白いニットの生地のワンピースだけが横になって落ちてあった。辺りを見回しても先程ここで倒れていた少女の姿はなく、男がワンピースに指を付ければ、ただアスファルトの色を変える程の、ニットに絡まる多量の水が、ずっと触れれば火傷をするほどに冷たかったという。

 老人は溶けていくことを訴えた彼女を、雪の妖精だと言った。決して彼はそれを冗談で言ったのではないのだろう。私も彼の語った余りにも理解し難く信じられない話に、この話をこの世で起きた事として認めていいものかと考えた。そして私は何も解決をしていない胸の内で、先ほど私の知る少女を雪の妖精だと言った老人に、私は彼女のことを、彼女はただの雪売りの娘ですよと教えてやった。

 さて、私は家に帰り一つの物語を原稿用紙に綴ろうとした。私が思う良い作品を、必ず残さないといけないと思いながら。

雪売りの少女

柊葉として初めて書いた小説ですが、今目を通して見れば推敲する余地がたくさんありそうですね(笑)

雪売りの少女

冬の日の幻想的な哀愁をテーマとして、去年の12月に執筆しました。ある雪売りの少女のお話です。これを読んでノスタルジアを感じて頂ければ幸いです。 Twitterをしています!無言フォロー大歓迎です!

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-10-27

Copyrighted
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