ゆめうつつ

 窓の向こうに紅葉が見える。薄暗い部屋の中から見ているせいか、やけに色鮮やかに見えた。吸い寄せられるようにして窓際に行き、静かに窓を開けてみると、足元に小さな沓脱石がある。靴下のまま降りたら、足の裏から体の中に寒気が侵入して、一瞬震えた。
 赤や黄色の葉が散り続けているが、木々が丸裸になる気配はない。目の前の飛び石は、いくつも進まず、すぐに右へ方向転換しており、その先に目を滑らせると、高校の図書室が広がっていることに気が付いた。
 さびしい風が図書室のほうへと流れてゆく。においを思い出し、籠った足音が聞こえるような気がして、足を進めると、懐かしい先生の姿を見つけた。
 駆け寄ったら、「どうして来てくれないんだ」と先生はいつものように冗談のように軽く言った。どうして、どうしてだろう、と思った。
 辺りを見回すと、本の紹介コーナーが目に入った。折り紙の飾りを見つけた。大きなソファに生徒が座っていた。自習室にも生徒がいる。奥に蔵書室があって、一度だけ入ったことがあるのを覚えている。司書室には、先生と、司書さんがいる。
 図書室は私の避難場所だった。押し寄せる感情から逃げるように、どんな音も吸い込んでくれる静謐な場所を求めて、図書室の扉を開いていたのだった。言葉を発せないくらいに、いっぱいいっぱいになってしまった私を見ても、先生は軽く挨拶をしてくれたし、先生の前で棒立ちになってしまったときは、小さな仕事を分けてくれた。
 どうして行かなくなったのだろう。卒業してしまったからだ。
 なぜ思い出さなかったのだろう。思い出さなくても大丈夫だったからだ。
 なぜ今になって来たのだろう。
 図書室に来ると私は、好きな本を自由に手にすることができた。本を通して、風景や動物を、美しいデザインを幾度も目に映した。たくさんの物語に潜った。さまざまな生き物たちや光景と出会い、別れた。そうしていられる時間が、今よりもずっと長かった。今はそれができない。私は、大丈夫ではなかった。
 先生に話しかけようとしたら、頭が、背中が、平たいところに吸い寄せられるような感覚があって、目を開くと私は、布団の中だった。
 布団からはみ出していた足は冷たくなっていた。ここのところ、秋はすでにどこかへ行ってしまったかのような気候である。うまく深呼吸できない。だれかに助けてほしかった。静かなところへ行きたかった。好きな本を好きなだけ読み続けて、次に眠気が来たときは、そのまま永遠に眠りたかった。

ゆめうつつ

ゆめうつつ

紅葉が見える窓を開けて外に出たら、右のほうに図書室があって、先生に呼ばれる、という夢を見たのが印象的だったので、いろいろ付け足してちょっとしたおはなしをつくった。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-10-22

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