騎士物語 第六話 ~交流祭~ 第七章 お姫様対ニンジャ
第六話の七章です。
交流祭二日目の始まりです。
最初の試合はエリルVSキキョウです。
第七章 お姫様対ニンジャ
「ロイドくんが鈍感なのは今に始まった事ではないが、これはどうなのだ?」
「い、いや……勝負は勝負でケンカではないですし……な、仲良くおしゃべりを――」
「半分ケンカみたいなモンよ、バカ。」
アフェランドラさんとの約束により、オレはキキョウがアフェランドラさんをどう思っているかという事を聞き出さなければならない。そして交流祭の間、試合を行える時間を過ぎると、各校の生徒は他の学校の生徒と交流を深める為に一緒に食事したりするとのこと。
ということでキキョウと夕飯を食べようと思ったわけなのだが……当然エリルたちも一緒になり、ついさっき宣戦布告してきたキキョウとご飯を楽しむという状態になってしまったわけなのである。
「ぼく――オレは別に構わないぜ。クォーツさんの人となりをもっと良く知るチャンスですから――だからな!」
「そうだ、よく知るといいぞ。エリルはキキョウが思う以上に強いんだからな。」
オレがそう言うと、キキョウはふふふと笑った。
「ロイドはクォーツさんを信じているんだね。」
「ああ。」
「……それでも、ぼくはやっぱり二人は距離を置くべきだと思うから……こればかりは曲げずに挑ませてもらうよ。ロイドは偉大な騎士になるんだから。」
「そうかい。」
古い友人とそんな会話をしていると、ローゼルさんはじとーっと睨んできた。
「仮とは言え、自分の恋人に自分と別れろと言ってきた男とそんな穏やかな会話ができるものなのか? 友人であっても普通、ロイドくんとキキョウくんはここで気まずくなると思うのだが。」
「さっきも言ったけど、そういう約束があってもオレは心配してないからね。」
朝の鍛錬や授業中の模擬戦で感じるエリルの強い意思。強くなり、立派な騎士になるというその目標は、オレからすれば確定した未来なのだ。
「キキョウがオレを未来の偉大な騎士だと信じているのと同じように、オレもエリルはすごい騎士になると信じていばっ!」
真面目にしゃべっていたらエリルがコップを投げてきた。
「こ、この話は明日の試合で全部決まるんだから今日はおしまい!」
「わ、わかったけどエリル、このコップガラス製……」
「ははぁー……」
部屋では割とよくあるオレとエリルのやり取りをキキョウの友達のクルクマさんが口をへの字にして眺める。
「『コンダクター』がそこまで言うんだから相当強いんだろうし、実際ランク戦の映像はすごかったが……うちのナヨも負けちゃいないぜ?」
フィリウスのような気持ちのいいニカッとした笑顔を見せながら、クルクマさんがキキョウの肩に手を置く。
「昼間会った時にも話したが、こいつは最初ナヨっつーあだ名でだいぶ軽く見られてた。だが今じゃナヨってのはただの愛称みたいなモン――こいつには立派な二つ名があるんだぜ?」
「ほう。プロキオンにランク戦のようなモノがあるのかは知らないが、少なくともキキョウくんは同学年の中では強者という事か。」
「うちにもあるぜ、ランク戦。ま、世間的にはランク戦っつーとセイリオスのになっちまってるがな。キキョウは一年生の中で三番目だが……実質一番だって言われてる。」
「なにそれ、どういうことよ。」
明日戦う相手の事だからか、エリルが口を開く。
「現役の騎士に言わせりゃ、それも含めて実力だって事になっちまうだろうが……一位と二位は強力な魔眼持ちなんだ。そういう能力者がうちの学校には多いが……キキョウはそういうの無しで強い。」
「ふむ、純粋な戦闘技術で比較すれば一番だろうというわけか。」
「ふぅん……で、どんな二つ名なのよ。」
「ルブルソレーユの出身っつーのと独特な体術が由来して……ナヨは『ニンジャ』って呼ばれてる。」
「『ニンジャ』? 確か桜の国のスパイの名前よね、それ。真っ黒な服着てる変な集団。」
「エ、エリル、変な集団て……ま、まぁとにかくキキョウはそれくらい強いって事なんだな。」
「そんな、ロイドに比べたらぼくなんてまだまだ。」
照れるキキョウ……は、こうして見るとかわいい女の子なのだから困る。んまぁ、それはともかくとして……よし……ここから何とかしてアフェランドラさんをどう思っているか聞くぞ……!
「強いと言えば……プロキオンの生徒会長のアフェランドラさんって、キキョウやクルクマさんから見てどれくらい強いんだ?」
「クルクマさんなんて呼ぶな呼ぶな、ヒースでいい。でもって会長か……なんでまた?」
「試合の約束をしたんだけど……なんか話を聞けば聞くほど桁違いに強いっていうイメージがついてきて……実際どうなのかと。」
「え、ロイド、アフェランドラさんと戦うの!? すごいなぁ……」
ん? クルクマさん――ヒースが「会長」って言ったのに対し、キキョウは「アフェランドラさん」って言ったな……
「会長の強さか……生憎、今の一年生は会長の全力を見たことねーんだ。」
「えぇ?」
「もう知ってるかもしんねーが、会長は普段『女帝』って呼ばれてて、んで本気になった時のみ『雷帝』って呼ばれるんだが……その『雷帝』状態を見せたのって、会長が一年生の時にやったランク戦と、二年でやった会長選挙戦での二回だけなんだと。」
「会長選挙戦?」
「あー、そっちがどうかは知らねーけど、うちでは生徒会長をバトルで決めんだ。立候補無しの、二年生のみで行うトーナメント戦でな。」
確かセイリオスは……んまぁ、詳細を確認したことは無いけど試合をするなんて話は聞いた事ないしな……この辺が学校による文化の違いってやつか。
「二回しか出したことのない本気かぁ……それを出すと何かの代償があるのか、それとも本気を出すような場面がそれしかなかったのか……まったく、謎が深まっただけだな……」
……困った。話題をアフェランドラさんの方に向けたのはいいけど、ここでいきなりどう思っているかなんて聞けないぞ……
「もしかしてだが、キキョウくんは会長と親しいのか?」
オレがどうしたものかと考えていると、ローゼルさんがそんな事を聞いた。
「え……ど、どうして……」
「いや、ヒースくんが「会長」と呼んだのに対し、君は「アフェランドラさん」と呼んだだろう?」
さすがローゼルさん! グッドタイミングです!
「それは……前に助けてもらった事があって……」
キキョウが恥ずかしそうにそう言うのを横目に、ヒースが説明してくれる。
「うちの学校、夏休みの前に上級生が下級生を指揮して任務をこなすっつー校外演習があんだ。その時、ナヨは会長の班になって……ま、ちょっとしたミスをやらかしてそこそこ危ない状況になっちまったんだ。それを会長に。」
「うん……その時……その、お礼を言った時、ぼく、「会長、ありがとうございます」って言って……そしたらアフェランドラさんが、「感謝を伝えるなら名前の方がいいと思うが」って……それからはアフェランドラさんって呼ぶようにしてるんだ。」
そういえばオレも、会長さんって呼んでたら止めてくれって言われたな。
いや、それよりもだ……なんだろう? みんなに鈍感だと言われるオレの感覚なんてあてにならないことこの上ないんだけど……なんだかキキョウの中ではアフェランドラさんがちょっと特別な位置にいるような……そんな印象を受けるぞ?
「あれー? もしかしてだけどー、ニンジャくんは会長の事好きなのー?」
「え!?!?」
うわ、なんというストレートな質問なんだアンジュ! でも助かるぞ!
「なーんか、会長の事しゃべってる時嬉しそうってゆーかねー。どーおー?」
「す、好きだなんて――た、ただ……ぼくを助けてくれた時のアフェランドラさんがすごくかっこよくて……ちょ、ちょっとした憧れっていうか……」
「わたわたしちゃって怪しー。」
「……さっきの威勢はどこにいったのかしらね。」
んー……オレ的には今のキキョウがいつものキキョウだけど……エリルに宣戦布告した時はキリッとしていたのか……?
でもとにかく、怖がられてるって言っていたけど、キキョウはアフェランドラさんにいいイメージを持っている事がわかった。これは朗報だぞ。
「ナヨの色恋沙汰はまぁともかく、おれはやっぱり『コンダクター』に興味があるな。」
友達の色恋に興味がない……のか、それとも友達だからこそ、既にキキョウから本心を聞いていたりするのか……ヒースはニンマリ顔をオレに向けた。
「こんだけの美女をはべらせてるかと思ったら、パムブレド先輩と仲良くなってんだもんな。」
こうしてみんなでご飯を食べるより前、どうやってキキョウを見つけようかと考えていると、パムブレド先輩ことライア・ゴーゴンさんが案内してくれたのだ。おそらく魔人族的超感覚で見つけてくれたのだろうが……その際、プロキオンの生徒たちはオレたちを案内するゴーゴンさんを見てとても驚いていた。
「セイリオスで言うところの、そこの『水氷の女神』みたいなモンでな。パムブレド先輩は男女問わず全校生徒の憧れなんだ。美人でスタイル良くて賢くて強い上に料理も上手い! そんなパーフェクト美女に挑む男子は数知れずだが全員が玉砕! なのに――」
「おや、私が何か?」
ヒースの言葉を遮ったのは話題の人、ゴーゴンさん。キキョウのところまで案内してもらい、オレがキキョウたちに夕飯を一緒に食べようと話したらゴーゴンさんが、それならうちの部のお店で是非と言ったのだ。どうやらプロキオン騎士学校料理研究部が経営しているお店は複数あるらしく、今オレたちがいるのはさっきの喫茶店とは違う、ガッツリとご飯が食べられる――料理研究部経営のレストランなのだ。
「お料理をお持ちしました。」
これと言ったジャンルのない、色んなモノが食べられるタイプのレストランで、オレたちの前にはそれぞれが頼んだ料理が並べられていった。
「ではごゆっくり。」
男子であればドキッとせずにはいられない微笑みを残し、ゴーゴンさんはオレたちのテーブルから離れて行った。
「――なのに、今日会ったばっかの『コンダクター』と喫茶店でお茶してたって言うじゃねーか。こりゃあどういうこった?」
「ど、どうと言われても……」
というかゴーゴンさん、スパイなのにそんな目立っていいのかな……
「気づけば女性をたらしこむロイドくんだからな。もはや息をするかのように。」
「ちょ、ローゼルさん!?」
「ちなみにヒースくんが言ったように、わたしも美人でスタイル良くて賢くて強くて――パスタであれば自信のあるパーフェクト美女だが、ロイドくん的にはどちらが好みだい?」
「あんた……パスタの部分でもう負けてるじゃない……」
「細かい事は気にするなエリルくん。さぁロイドくん?」
「えぇ!? そ、それは勿論――ロ、ローゼルさんです……」
「ほう、どういう理由で?」
「ど、どういう!? それは……い、いやぁそもそもオレまだそんなにゴ――パムブレドさんの事知らないですけど……オレ、ローゼルさんのその――いつも自信満々なところが結構好きと言いますか……」
「そうかそうか、ロイドくんはわたしが好きか、そうかそうか。」
むふふーんという満足気な顔になるローゼルさん……だぁあ、恥ずかしい……エリルが睨んでるし……
「ははーなるほどなるほど。こうやって女をおとして……ああん? ちょっと整理したいんだが……『コンダクター』の彼女はそこのお姫様――でいいんだよな?」
「仮の、だぞヒースくん。最終的にそのポジションにつくのはわたしであると覚えておくといい。」
「ていうのは嘘で、ホントはボクだよボク。ボクがロイくんのお嫁さん。」
「……あーっと……?」
「あははー、こーゆー流れは毎度の事だよねー。よーするにねムキムキくん。全員でロイドを狙って日夜激闘を繰り広げてるんだよー。んで、現状ちょっとだけ優勢なのがお姫様ってことー。」
そういう状態であるという事は理解している……し、そういうみんなに振り回されるオレが優柔不断っていうのもわかっているのだが……あああぁぁ……
「こりゃまいったな。男の憧れ、モテモテハーレムかと思いきや一歩進んだ大修羅場じゃねーか。色んな意味ですごいな、『コンダクター』。」
真面目な顔でそう言ったヒースの視線が逆に痛い……!
「オ、オレの話はもういいだろ! ヒースは! キキョウは! そ、そういう女子とのあれこれはないのか!」
おお!? 我ながらやけくその一言だが、これはさらに核心をつく質問だぞ! ナイスだオレ!
「そういうのはないな。そもそもおれはフィリウスさんみたいな漢を目指してっから、そういう話をすんのは豪快に女を抱えられるくらいになってからだな。」
と、おもむろにマッスルポーズを決めるヒース。なるほど、ヒースとキキョウが仲良くなったのはフィリウスがキッカケか。
「ぼくにもないかな……ぼくって小さいし……女の子と間違えられちゃうし……ぼくなんかにそんな話は……」
「アフェランドラさんは?」
「だ、だからアフェランドラさんはそいうんじゃ――ないんだぜ……!」
慌てて料理を口に運ぶキキョウ。
んー……んまぁ今日はとりあえずこんなモノか。あんまりしつこいと怪しまれるかもしれない。
「そ、そういえばロイドに聞きたかったんだけど……ランク戦でロイドとすごい勝負してた甲冑の人って一体何者なの……?」
「おお、それはおれも気になってたんだ。なんだあのデタラメな奴?」
と、そこからは……どうやらプロキオンの一年生の間で話題の人の一人らしいカラードの話になり、オレたちはブレイブナイトについて色々な話をした。その他、互いの学校の授業の違いや面白い先生の事をしゃべり、交流祭一日目の夕食は幕を閉じた。
「ロイド様っ!」
……夕食は終わったが一日目自体はまだ終わらず、明日に備えて解散となって寮の自分の部屋に戻って来たオレとエリルは最後のお客さんを迎えていた。
「ミラちゃん!? どどど、どうしっ! ――タノ!?」
抱き付きに加えて首に口づけという猛攻をなんとか我慢しようとして変な声がでたオレとうっとりしているミラちゃんの間にエリルが拳をねじ込み、オレたちは……とりあえず座った。
「すみません、取り乱しました。ちなみにロイド様から蛇系の魔人族の匂いがしましたが?」
いつもどこから出しているのやら、黒い椅子に座ったミラちゃんがニッコリとそう言った。
「あー……えっと……」
「……なによ。」
ここで話すとエリルにも……でもまぁいいか。魔人族の女王様がいるこの場で黙る事はできないわけだし、エリルに変な誤解を与えないですむ。
「プ、プロキオンに潜入してるライア・ゴーゴンっていう人に会ったんだ。」
「ライア……? じゃああのパムブレドって……そう……それであんたは……」
やっぱり何かしらの誤解……とまでは行かなくとも、いつもよりもムスッとするくらいにはなっていたエリルがいつものムスり顔に戻った。
「ああ、各地に潜ませている諜報員ですね。まぁロイド様には隠すつもりはありませんでしたが……ビックリさせてしまいましたね。」
「諜報員って……なによ、スピエルドルフは人間に興味ないんじゃなかったの?」
「前にも言いましたが、それはそれとして魔法技術には興味があるのです。ましてや、場合によっては我が国の精鋭に匹敵する騎士が誕生するケースがあるくらいですからね。警戒を怠る理由にはなりませんよ。」
いざ戦闘となったら十二騎士がたくさんいると言ってもいいくらいの戦力を持つスピエルドルフがどうこうされるとは思えないけど……ほんのちょっとの可能性も考慮していかなければならない……
それが的確なのか過剰なのかもよくわからないけど、やっぱり国を動かすというのは大変な事なんだなぁ……
「ちなみにロイド様、ライア・ゴーゴンは夜の魔法について何か言いましたか?」
「? 何の話?」
「ふふふ、ロイド様ったら。彼女に会ったのは、おそらく昼間では?」
「――あ!」
そうだ、なんで気が付かなかったのやら。魔人族は日の光が苦手なのに、ゴーゴンさんは普通に店員さんをやっていた。しかもテラス席でお茶まで……
「えぇ!? それじゃあとうとう日の光を!?」
「いえいえ。あれは歴代の王が夜の魔法に付与してきた力の一つです。いくつかの条件をクリアすれば、数人程度なら……そうですね、簡単に言えば夜の魔法を身にまとって国外に出る事ができるのです。」
「へぇー……」
「ちなみに今の話は国の重要機密ですので、他言無用に願いますね。」
「へぇー……えぇ!?」
「いつものローブであれば奪えば済む話ですが、太陽の光を回避する魔法があるなどと知られてしまいますと、臆病な人間が何をするかわかりませんからね。」
にっこり笑うミラちゃん――って! ゴーゴンさんもミラちゃんも、オレにトップシークレットをさらりと話しすぎじゃないか!?
「ま、それはそれとしてロイド様。ワタクシ、例え模擬戦や練習試合という場合であっても、愛する方の敗北する姿は心苦しく思うのです。」
「えぇ……あ、そ、そうか。ユーリの眼で見てたんだよね。」
つまり……オレがポリアンサさんと戦って負けた試合を。
「正々堂々という言葉は理解しますが、結局は持てる力の総量が強さなのですから……ええ、ロイド様は学び、使って良いはずなのです。」
「魔眼の事……? でもポリアンサさんにも言われたけど、今のオレの魔法技術じゃ使える魔力が増えてもそこまでは――」
「いえ、吸血鬼の力です。」
「えぇ?」
我ながら間抜けに返事をした横で、エリルが首をかしげる。
「ロイドの吸血鬼の力? ……えっと、唇がやらしいってだけよね?」
「やらしいとか言わないで下さい!」
「加えて、それ故に対人間用の幻術などは効果がありませんね。そして魔眼発動時は夜目が相当効き――そして愛の感情で自身の力を増大させます。」
「! そういえばフィリウスもそんな事を……」
「ロイド様の吸血鬼性は、魔眼発動時であっても正真正銘の吸血鬼と比較すればほんの数パーセント……通常時は一パーセント以下でしょう。しかし愛の力は、例え欠片のような吸血鬼性であっても絶大な力を与えます。ロイド様の愛があればワタクシにできない事はないと言いましたが、あれは過言ではないのですよ?」
うふふとほほ笑むミラちゃん。前にオレの血を吸ったミラちゃんは国のちょっとした問題を片付けると言っていたけど、後で聞いた話によると、その時ミラちゃんはスピエルドルフ内で活動していたとある犯罪グループを壊滅させ、街の近くで暴れていたSランクに分類されるような危険な魔法生物を一撃で沈めてきたらしい。
「ロイド様の右眼が暴走する事はもうありませんが、意識的にその力を――吸血鬼としての能力を引き出す事はできるのです。ワタクシは、それをお教えしようとここに来たのですよ。」
「意識的……魔眼みたいに?」
「魔眼を使う時とは少々異なりますね。引き出す為には必要なモノがありますから。」
「えぇっと……血とか……?」
「それが一つの形で最適なモノですが――具体的には愛です。」
「ぐ、具体的なモノが……あ、愛?」
「そうです。愛をキッカケとしてロイド様から吸血鬼の力を引き出し、また愛によってロイド様の能力を増大させるのです。」
「ソ、ソウデスカ……で、でも愛なんて……ど、どうすれば……」
「場合としては二つあります。一つは、自身が愛する者の為に力を求める時。他人への愛という自分の中にある愛を用いて力を上げるのです。」
そういえば、スピエルドルフでオレはみんなをザビクの魔法から守ろうと……そういう力を使ったってフィリウスが言ってたな。
んまぁ、結局はミラちゃんがザビクへの対策をばっちりしてくれていたから必要なかったんだけど。
「もう一つは他人の愛を自身に取り込むこと。自分への愛を抱くモノからその愛を受け取るわけですが……この場合は具体的な形を経由しなければなりません。」
「形……それに最適なのがさっき言った血ってこと?」
「その通り。ですから――」
何もない空間に手を伸ばし、モヤモヤと出現した黒い霧の中から……赤い液体の入った小瓶を取り出すミラちゃん。
「ロイド様への愛で満ち、かつ正真正銘の吸血鬼であるワタクシの血が、ロイド様の力を最も増大させるモノとなるでしょう。」
「え、それミラちゃんの……?」
「ロイド様の吸血鬼性では血を美味とは感じないでしょうが……何かの時の為にお渡ししておきますね。」
「で、でも血って冷凍――あれ、この瓶ひんやりしてる……このままで大丈夫なの?」
「ええ。」
…………受け取ったはいいけど……ミラちゃんの血をもしもの為に持ち歩くのか……? なんかオレ、危ない人みたいだ……
「効果が最も大きいのはワタクシの血ですが、例えばエリルさんの血でも力は増大します。」
「あ、あたし!?」
「ええ、あなたもロイド様を愛しているでしょう?」
「!!」
エリルが赤くなる。そ、そりゃあ……こ、恋人なわけだからそ、そうなんだろうけど……愛とか言われると恥ずかしいな……
「ローゼルさんでもリリーさんでもティアナさんでもアンジュさんでも可能です。ちなみに、ロイド様の力の増大の程度がそのままロイド様への愛の大きさになります。」
「えぇ!?」
オレの頭の中に相当やばい光景がよぎる。愛の大きさが具体的にわかってしまうなんて事をみんなが知ったら……こ、このことは秘密にしないといけない気がする……!!
「それと、ワタクシが先ほどから口にしている愛という言葉に家族の愛情などは含まれません。あくまで恋愛的な愛です。」
「うん……うん? という事は誰かを守る時っていうのは……す、好きな人でないとダメなのか……」
「そうですね。」
「加えてオレを――す、好きな人の血……け、結構発動条件が厳しいね。好きな人を守る時っていうのはつまり、好きな人がちょっとピンチにならないといけないし……血を飲むのも……こうやって特殊な瓶が必要だろうし、ま、まさかその場で噛みついて飲むわけには……」
「いえいえロイド様。確かに前者はそもそもそういう状況にならないようにする事が普通ですし、後者もロイド様が言うように飲み方という問題があります。ですが後者に関しては血が最適というだけで愛を受け取る方法は他にもあります。ざっくり言えば、相手の体液を取り込めばいいのですから。」
「たたた、体液!?」
なんか急に生々しくなったぞ!?
「最も手軽なのはキスでしょうかね。結果として、相手の唾液を取り込むことになりますから。」
「ダエキ!?!?」
フラッシュバックするローゼルさんの舌の感触。もも、もしかしてオレ、ポリアンサさんとの試合の時に吸血鬼の力が出てたりしたんじゃ!?!?
「な、なによあんた――キ、キスで強くなるなんてなんの漫画よ!」
「そんなこと言われても!」
愛している発言で赤いエリルと生々しい話で赤いオレがジタバタしていると、ミラちゃんがイタズラな笑顔になった。
「以上が吸血鬼の力を最大限に引き出す方法ですが……お気づきですか、ロイド様?」
「へ?」
「自身のことを好きな者の血でなければ意味がないということは、先日ロイド様の血を飲んでワタクシが力を増大させたのは――ふふふ。」
「!!」
「……ロイド……?」
は、びゃ、エリルが睨んでる!
「え、あ、いや……ほら! ご、ご存知の通りオレは優柔不断最低ヤローなのですから! その、あの――み、みんなにも多少なりの――」
「…………カーミラだけじゃないのね……」
「は! あのその――こ、これはですね!」
「ふふふ。ちなみに、ワタクシとロイド様が愛し合いながら互いの血を飲む――というような素晴らしいことをしたならば、ワタクシとロイド様の能力は青天井に飛躍します。」
「アイシアイナガラ!?!?」
「ああ、そういえば。吸血鬼の力が増大した際にロイド様が使えるようになるであろう吸血鬼の能力の説明をしておきますね。」
大きな爆弾を投下して何事もないかのように吸血鬼講座を終えたミラちゃんは、最後に「勝利を願って」と言いながらオレにキ、キスをして……うふふと笑いながら黒い霧に消えていった。
「…………」
そしてエリルはさっきから黙ったままである。これはなんとかしな――
「ロイド。」
「はい、なんでしょう!」
何を言えばいいか悩む前に、エリルがぼそりとオレを呼んだ。
「……あんたが浮気者の女ったらしっていうのはもういいわ……たぶん、その辺も結局あんただし……」
「は、はい……浮気者です……」
「でも……い、一個だけ聞かせて……」
むすっとした顔をこっちに向け、しかし目だけは横を見て……エリルはこう言った。
「あたしが一番――なのよね……?」
その時の衝撃たるや、過去最大規模だったであろう。女の子に縁のない七年を過ごしてきたオレはきっと普通の男子よりも耐性がなくて……みんなの仕草にドキドキとたじろぐばかり。そして時には何かをしてしまいそうなところまで頭が真っ白になった時もあったわけだが……
これは無理だ。
「――!!」
エリルの驚いた声がする。エリルの体温を感じる。エリルの感触を覚える。
オレは、思わずエリルを抱きしめていた。
「あああああんた! ば、ばかロイド! な、なにしてんのよバカ!」
本当に何をしているのだろうか。いや、そんなの――
「……エリル、オレよく「オレも男なんだぞ」とか、「オオカミになるんだぞ」とか言うだろう?」
「そ、それがなによ!」
「つまりそうなる時ってこういう感じなんだ、きっと。」
腕に力を入れ、ゼロになっている距離をもっと縮めようとする。
「ふにゃ!」
「い、今のエリルは可愛すぎました……ごめん……」
「は!?!? う、うっさいばか!」
突き飛ばされた上で炎の拳が飛んでくると思ったが……オレより少し背の低いエリルはオレの腕の中のまま。
「…………答え、聞いてないわよ……」
「……い……一番……です……」
じんわりと染み渡るような温かい感覚に身をゆだね、オレとエリルは無言で……互いの唇を唇で覆った。
「……」
「……」
「……なんか……最近こういうのが多い気がするな……」
「……あんたがこういうのを他のとするのも最近多いわね。」
「すみません……」
むすっとしたエリルを目の前に、ふと思う。
「……オレ、今ちょっと強くなってるのかな。」
無意識にペロリと自分の唇をなめ、それを見たエリルがすっと身をかがめ――
「変態っ!」
オレのあごに頭突きを炸裂させた。
「やあやあレイテッドくんおはよう。二日目だよ。」
「おはようございます。機嫌が良さそうですね。」
「その通りだけど、それだと僕が普段機嫌の良くない人のようではないか。」
「いつにも増して、という意味です。今日は誰と試合を?」
「ポリアンサさんかゴールドくんか、先に会った方かな。」
「昨日はプロキオンの生徒会メンバーと戦っていましたね。『女帝』とは約束しなかったのですか?」
「彼女はそんなに試合に熱心な方ではないし、そもそも僕相手だと本気になってくれないからね。」
「相変わらずですか。やってみなければわからないでしょうに。」
「やってみなくてもわかるよ。なぜなら僕には『雷帝』に勝つイメージがないからね。」
「弱気なことを。」
「どうにもならない事はあるものだよ。レイテッドくんこそ、一戦くらいは会長相手に試合をしてみては?」
「受けてくれれば。」
「受けてくれるさ。セイリオス学院、次期生徒会長が相手とあればね。」
「まだ確定ではないですよ。」
「僕が推薦するのだから、きっと当選さ。」
「不正のにおいがします。」
「正当な評価の結果だよ。今のところ、僕を止められる心当たりはレイテッドくんしかいないのだからね。」
「……この交流祭、自校の生徒には挑めないところが残念です。」
「ランク戦があるからね。今度、三年生の部に挑んでくればいいよ。」
「会長までたどり着けるかどうか……」
「こっちに関しては、やってみなければわからないよ。若いのだから、挑戦していかないと。」
「一つしか違いませんよ。」
「ようプリムラ、いよいよ今日なんだろ? 打倒『神速』。」
「明日になるかもしれませんけど。」
「今日かもしれないんだろ? 頑張れ――と言いたいとこだけど、正直プリムラが負けるとこを想像できないんだよな……」
「転校してきたばかりの頃のあなたに負けそうでしたけど?」
「俺の場合はアレだからな……ちなみに『神速』にはそういうのねぇのか? 魔眼とか……特殊な体質とか。」
「ありませんわ。『神速』は誰もが到達しうる域に到達しただけ……それ故にシンプルに強いのです。」
「そうか……ちなみに俺、今日『コンダクター』とやるんだが、あれはどういうタイプなんだ?」
「『コンダクター』と? それは是非拝見したい試合ですわね。彼の場合、全力を出すと次の試合ができなくなるというタイプですから……今はまだ判断しかねますわ。昨日戦った限りでは、特別な能力はありませんでしたが。」
「はーん、特別な能力無しでプリムラに『ヴァルキリア』を使わせたのか。やれやれ、強敵だな。」
「……あなたはどこまで使うつもりなのかしら?」
「どこまでって、別に俺のに制限はないぜ?」
「しかしあまり出しすぎると面倒なことになりますわよ? 女子高であるカペラに無理やり転校までさせた校長先生の苦労が……」
「その時はその時、俺が姉ちゃんに怒られるだけだ。」
「むが、もご、んぐんぐ、んの女、ひん剥いて全校んぐ、生徒のずりネタにしてやるっ!」
「丸一日氷漬けだったのだから空腹なのはわかるが、食べるかしゃべるかどちらかにしろ。それに懲りていないようだな。あの女は一年でお前は二年だが、あちらが格上だ。」
「んなわけあるか! 最初っから犯しにかかってりゃなぶり殺しだったっつーの!」
「どうかな。まぁ薬が足らないというなら好きにしろ。言っておくが、同じ相手に短期間で二度も敗北するなど、ただの愚か者だぞ。」
「負け前提で話すんな! 勝ちゃあいんだろ勝ちゃあっ!」
「それはそうだが、気合ではどうにもならない差というものはある。あの女は――いや、いいか。」
「んだよ、なんかあんなら言えよ!」
「あれはカペラの生徒会長と同じタイプだ。ここ最近になって急に目標を持った天才。」
「んだそれ?」
「行先の定まった才能ほど恐ろしいモノはないという話だ。」
なんだかまだあごが痛い気がするオレはエリルが起きてくる前に……あっちにも迷惑かもとは思ったのだが、なかなか時間が作れないので通信機のスイッチをオンにして相手を呼び出――
『アフェランドラだ。』
ワンコールどころか半コールで出たアフェランドラさん。
「あ、えっと、ロイド――サードニクスです。すみません、朝早くに。」
『サードニクスくんの現状から察するに、私に連絡する時間が取れるとしたら早朝だろうとは予想していた。』
「すごいですね……えっと、キキョウのことで……昨日得た情報を共有しようかと。」
『ああ……あ、いや少し待ってくれ………………よ、よし、いいぞ。』
「えぇっと……キキョウがアフェランドラさんをどう思っているかという話で……アフェランドラさんは怖がられているって言っていましたけど、そうでもありませんでしたよ。」
『ほ、本当か!? ろ、廊下などですれ違う時など、キ、キキョウくんはよく固まるのだが……』
「ああ……それはきっと、いい意味で緊張しているんですよ。」
『?』
「プロキオンの校外演習? みたいのでキキョウと同じ班だったとか。」
『確かにそうだが……何故その話題を……?』
「そこでアフェランドラさんに助けてもらった時から、キキョウはアフェランドラさんに憧れているそうです。」
『ガシャァンッ!』
通信機の向こうから――もちろんアフェランドラさんの声ではない、何かを蹴り飛ばしでもしたかのような音が聞こえた。
『――! そ、そんなことをキキ、キキョウくんが!?!?』
「はい。よかったですね。」
『そそ、それはそうだが――そ、そんなことに……わ、私はこの後どうすれば……』
「そ、そうですね……えぇっとじゃあ……マイナスのイメージではなかったわけですから、ま、まずはその……友達になるところから――でしょうか?」
『トモダ――い、いや、そう――だろうな……! まずはそこから――だろう……し、しかしいきなり友達になりましょうなどとは言えないぞ……』
「キッカケがいりますね……あ、そうだ。」
『な、なんだ、妙案か?』
「じ、実は今日の朝一にエリル――クォーツさんとキキョウが試合をするんです。」
『それはまた……経緯がよくわからないな。』
「オレのせいと言いますか……と、とにかくそうなんです。な、なので……例えば、セイリオスのランク戦の一年生優勝者であるクォーツさんの試合を観に来た――という感じで来てみては……?」
『別に自分の恋人なのだから名前で呼べばいい。』
「へ……あ、そ、そうですね……」
『だがそれはいいアイデアかもしれないな。私がキキョウくんの試合を観戦するという形だとうまい理由が思いつかないが、エリル姫の試合と言えば格好がつく。そ、そして試合の後に……な、何かしらの会話を……な、何を話せば……』
「試合のアドバイスとか……でしょうか。」
『う、うむ……考えておこう。それで、どこでやるのだ?』
「朝一にキキョウがこっち――セイリオスのエリアに来ると言っていました。」
『で、ではその辺りを「たまたま」通りかかる感じで……なんとか……』
「そうですね……」
こういう時、プリオルであればもっと気の利いたアドバイスができたりするのだろうか……って、何かとプリオルを思い出すなぁ、最近。
千人近く殺している殺人鬼だぞ、あれは……
「さて本日の予定だが、まずはエリルくんがキキョウくんと対戦だな。」
朝の鍛錬は試合があるから軽い運動程度でおさえ、オレたちはいつもより少し早い時間に学食で朝ご飯を食べていた。
「そして時間は未定だがロイドくんとラクス・テーパーバゲッドの試合もある。二人以外は今日も対戦相手を探しにうろつかなければならない――と思っていたが、まさかこんなモノをもらえるとはな。」
学食に入る時、なぜか生徒会の会計担当、ペペロ・プルメリアさんが扉の横に立っていて、「会長から全校生徒へプレゼント」と言って一冊の本をくれたのだ。
本のタイトルは「他校生徒一覧」。なんのこっちゃという感じで開いたオレたちは、そのタイトル通りの内容に驚いた。そこにはカペラ女学園、リゲル騎士学校、プロキオン騎士学校の全校生徒の名前が載っていて、一人一人の特徴が記してあったのだ。
「個別データに加えて武器別魔法別の特集ページ……普通に紙にしたためたら百科事典のような厚さになるだろうに、どういうわけか文庫本以下の薄さしかないこの本……一体どこからつっこめばいいのだ?」
「プルメリアさんは生徒会の書記の人が作ったって言っていたけど……どんな人なんだろう? オレ、生徒会の人って四人しか知らないから。」
「ランク戦の時のパーティーで全員顔は出してたわよ……まぁ、誰が誰かはあたしもよく知らないけど。」
「五、六人いたよなぁ……会長がデルフさんで副会長がレイテッドさん、会計がプルメリアさんで広報が放送部の部長でもあるアルクさん……そこに書記さんと……あとはなんだろう?」
「雑務担当とかじゃないの?」
「おお、さすが王族エリルくん。真っ先に思いつくのは召使というわけだ。」
「うっさいわね。」
「でもさーこの本、確かに色んな人の顔と名前――と武器と得意な系統は載ってるけど、それだけだよねー。もうちょっとないのかなー。」
「あんまり載せすぎたら先生が言っていた修行ができないし……それに学年ランキングみたいのが書いてあるだけありがたいよ。」
「ふむ。プリムラ・ポリアンサ、カペラ女学園一位、マーガレット・アフェランドラ、プロキオン騎士学校一位。」
「言わないでください……」
「ロ、ロイドくんの今日の相手……ラ、ラクスっていう人は……二年生で、二位って書いてあるけど……」
「えぇ……」
「ちなみにエリルちゃんが戦う『ニンジャ』はあのフィルさんもどきが言ってた通り、学年三位ってあるね。」
「いやぁ、でもエリルは学年一位だからなぁ。」
「あんたにじゃんけんで勝っただけでしょ……」
朝ご飯を食べ終え、お腹がこなれるまで「他校生徒一覧」を眺め、オレたちはゲートを通って交流祭の舞台であるアルマースに入った。試合可能な時間まであと五分くらいという時間で、セイリオスのエリアを通り抜けた辺りには既に戦闘態勢の生徒がちらほらいて……その中に小柄な男子生徒が立っていた。
「おはようございます。」
オレ……ではなくてたぶんエリルにそう言ったキキョウの目は鋭く、やる気十分という感じだった。
「こんなにピリピリしてるナヨも珍しいぜ。」
そんなキキョウの後ろには少し驚いているヒース。面子は整ったというところか。
……んまぁ、あと一人来るのだが……
「ではあちらで。」
キキョウに促され、オレたちは一番小さいタイプの闘技場の入り口の前に立つ。盛り上がる事に、その扉には使用可能になるまであと何分というカウントダウンが表示されていた。
「……」
「……」
エリルとキキョウが無言で扉を睨みつけているから、オレたちもなんとなく黙って……そして、始業のチャイムに似た音がアルマース中に響き、ピピッという音と共に扉が開いた。
「へぇ、中はこんな感じなのか。」
「一番大きな闘技場しか経験のないロイドくんには新鮮なようだな。」
「い、いや、まだ一回しか試合してませんから……」
闘技場の……試合が行われる部分の面積は大きな闘技場と差はない。ただ、この闘技場に観客席はなくて、オレたちは一段高い塀の外から二人を立ち見する感じになった。
「あ、あれ……? キ、キキョウっていう人の武器……エ、エリルちゃんとおんなじ……?」
ティアナと同じ驚きをオレたちも感じる。なぜならキキョウが装備している武器は両手のガントレットと両脚のソールレット。エリルと全く同じなのだ。
「セイリオスのランク戦の映像を見て驚きました。同じ事を考えた人がいたのだなと。」
「こっちのセリフよ。」
ガントレットとソールレットを装備し、それぞれから炎を揺らめかせて腕を組むエリル。『ブレイズアーツ』によって驚異的な威力を持つ一撃を放つが、ぱっと見では普通のガントレットとソールレットだ。
対してキキョウのは一味違った。プロキオンがガルドの技術が浸透している街にあるからそういう武器を持つ生徒が多いという話だったが……キキョウのそれにはウィーンと音をたてているファンがついていた。
「ずいぶん面白い仕掛けがありそうね、それ。」
「……これは発生させた風を増大させる装置です。」
「風?」
「ええ。ぼくの得意な系統は第八系統の風魔法ですから。」
「……言っちゃってよかったのかしら?」
「ぼくはあなたのを知っていますからね。」
「後悔しなきゃいいけど。」
二人の闘志に反応するように、闘技場の魔法が起動してオレたちと二人の間に魔法の障壁がはられ――たところで、オレたちが入ってきた扉がギィッと開いた。
「!? げ、か、会長!?!?」
大きな身体でダイナミックに驚くヒース。オレ以外には完全に予想外の人物――アフェランドラさんがやってきた。
「ア、 アフェランドラさん!? ど、どうして……」
臨戦態勢だったキキョウの表情が崩れる。
「何か問題があるか?」
……キキョウのことで色々と相談していた時の表情豊かなアフェランドラさんはどこかへ行き、そこには『女帝』の名にふさわしい淡々とした顔の生徒会長が立っていた。
たぶん、本人にその気は全くないのだろうけど……
「『神速』に会えればと思ってセイリオスのエリアまで来たところで、ランク戦一年生の部の優勝者とわが校の生徒の名前が書かれた闘技場を見つけた。観戦してみようと思うことに不思議はないはずだが。」
ああ……たぶん緊張しているからなんだろうけど、いつも以上に怖い感じになってますよ、アフェランドラさん……!
「……思わぬギャラリーね。」
「……今は関係ありません。」
二人の頭上、闘技場の真ん中の空中にピコンと数字が浮かぶ。
『セイリオス学院一年、エリル・クォーツ対、プロキオン騎士学校一年、キキョウ・オカトトキ――』
機械的な音声と共に数字が減っていき――
『試合開始。』
――すると同時に、両者の足元が爆発して二人は互いに向かって弾丸のように突撃した。
ガキィンという金属音が響き、同時に衝撃が周囲に走った。二人は互いの拳をぶつけた状態で拮抗する。
「はああああっ!!」
「おおおおおっ!!」
それぞれが突き出したガントレットから、方やジェットのような炎が噴き出し、方や――目には見えづらいが、これでも第八系統の使い手であるオレにはわかる、すさまじい勢いの風が噴出する。
「見た目も同じならスタイルも同じとはな……エリルくんがいつも炎でやっていることを、キキョウくんは風で行うわけか。」
「パッと見はな。」
ローゼルさんの呟きに答えるヒース。
「だが使ってる系統の差っつーか――そっちのお姫さんが「剛」の技なら、うちのキキョウは「柔」だぜ?」
炎と風の噴射によって更なる拮抗が続くかと思われた互いの拳だったが、ぐいぐいとエリルのそれが押し勝ち始める。しかしある程度押されたところで、キキョウがするりと身をこなし――
「なっ――!?」
流れるようにエリルの背後にまわったキキョウは、ガントレットから噴き出る炎の勢いに自身の動きを重ねて――エリルの背中を弾き飛ばした。
「――っ!」
無駄のない静かな動きからは想像できない勢いでとばされたが、両手両足から器用に炎を噴き出してくるりと態勢を立て直し、見事に着地するエリル。しかしその顔には驚きの表情があった。
「お姫様が使う炎は、威力はとんでもねーけどその方向は直線的。対してキキョウの風は、炎ほどのパワーはないかもしんねーが、方向は自由自在。要するに、柔よく剛を制すってやつだな!」
自慢げに解説するヒース。そうか……当時のオレにはその種類がわからなかったけど、フィリウスがキキョウを入門させたあの道場は――柔術のそれだったのか。
「あれー? もしかしてこれ、お姫様には天敵みたいな相手なんじゃないのー?」
「面白い技つかうわね!」
爆発による加速で再びキキョウに突撃するエリル。まともに受ければそれだけで戦闘不能になりかねない威力を持つエリルのブレイズキックを、ガントレットから噴き出す風で包み込むように――かつ勢いを殺す事無く受け流し、向きを変え、キキョウはエリルをするりと地面にたたきつけた。
「がっ――」
地面にヒビが入るほどの衝撃。いつもガンガンに攻めて相手を殴り飛ばしてきたエリルがあっさりと倒される光景はちょっと珍しい。
「――っああっ!」
だけど叩きつけられて動きが止まったのはほんの一瞬で、仰向けの状態からソールレットからの爆炎で……なんだっけか、カポエラだったっけか? 脚を綺麗に広げての豪快な回し蹴りを放ったエリルにはさすがのキキョウも驚きを隠せず、受け流すことなく回避した。
ああ……だいぶ前からだけど、オレとの朝の鍛錬を始めてからエリルはスカートの下に……なんというか、短めのスパッツ? みたいなのをはくようになってて……いやぁ、本当に良かった。
んまぁ、そもそも戦う時にスカートをはかなければいいとは思うのだけど……セイリオスの制服はさすがに騎士の学校の制服なだけあってかなり動きやすく作られていたりするから、わざわざ体操着に着替えなくても普通に戦えて……だから一々服を変えるのは面倒だから、体育の授業でもない限りはみんな制服でバトルをするという……なんだか不思議な習慣になっている。
オレが転校してくる前、エリルは学年問わず片っ端から模擬戦を挑んでいたらしく、その時は……その、スカートの下はそのままで……み、見られまくっていたんじゃないかと聞いたことがあるのだが、どうやら大抵、試合が始まると同時に相手が降参するから――元気よくキックした相手となると、実のところオレが初めてなのではないか……と、オレのほっぺをつねりながら言っていた。
今となっては、恋人の下着が他の男の目にさらされるというのは割と嫌なことで――って何を考えているんだ、オレは。
「ロイくんてば、なんかやらしーこと考えてたでしょ?」
「えぇ!?」
すさまじい洞察力で見抜いてきたリリーちゃんにどう言い訳しようかと思った時、ドカァンと大きな音が響いてきた。
「……割と厄介ね、それ。」
「ここまでガンガン来られるのも、受け流すのにこんなに力を使うのも初めてですよ……」
涼しい顔とは言えない表情のキキョウと、明後日の方向の壁にガントレットをねじ込んでいるエリル。ちょっとカウンターされたくらいでエリルは止まらないし、そんなエリルの一発一発の威力は半端じゃないからキキョウも結構消耗している――というところだろう。
「でも、今くらいの力になるとカウンターできないみたいね? まさかと思うけど、もう少し威力を上げたらお手上げなんて言わないわよね?」
「ご安心を。直接的に柔術が通用しない相手は他にもいましたし、その人たちにぼくは負けていませんから――!」
言い終わると同時に足元で空気を破裂させての跳躍。さらに両手両足から風を噴出させてコマのように回転、オレの回転剣のように遠心力を乗せた鋭い蹴りをエリルに放つキキョウ。跳躍してからエリルの目の前に到達するまでは一瞬だったが、停止している状態からトップスピードになるという点においてはエリルの方が上。ソールレットからの起爆によって蹴りを難なくかわしたエリルは着地と同時に拳を構える。
「『コメット』!」
回し蹴りを空振りし、空中で無防備な状態のキキョウに向かって放たれるガントレット。装着時は腕にかかる負担があるから威力を制限しているが、発射するとなればそれは無く、紅の尾を引いて飛来する拳はセイリオスの闘技場に張られた、観客を守る為の防御魔法を破壊するほどのパワーがある。
ガントレットやソールレットという小さなサイズのモノの中で爆発を起こすのだから、生じる推進力が大きいという事は理解できる。しかしエリル自身もあれほどのバカバカしい威力を生むとは思っていなかった。先生によると、エリルのガントレットとソールレットはまさに『ブレイズアーツ』の為だけに作られたと言っていい特殊な構造をしているらしい。使われている素材もただの頑丈な金属ではなく、魔術的な加工が施されている代物なのだとか。エリルがそういうスタイルで騎士を目指すと決めた時にカメリアさんがエリルにくれたモノらしく、詳細を聞いてみたところ、それはそれは偉大な魔法使いと高名な鍛冶師の手によって製作されたのだとか。
外部からのダメージによって破損することはあるが、内部で起こした爆発によって壊れるということは――その構造とかけられている魔術的加工によってまずありえない……らしい。
よって、エリルはエリルが起こせる最大威力の爆発を込めることができ、結果、色々と常識破りの威力を持った一撃へと至ったのだ。
「ふっ!」
スピードも尋常でないその一撃を、風を使って空中で姿勢を制御し、傍から見ているとまるですり抜けてしまったかのような滑らかな動きで回避したキキョウはそのまま……完全に間合いの外にいるエリルの方を向いて空を切る蹴りを放った。
が、次の瞬間――
「!?」
目の前で何かが爆発したかのように、エリルは後方へふっ飛ばされた。
「ほう、なんだ今のは。ティアナ、何か見えたか?」
「うん……ロ、ロイドくんがたまにやってる……圧縮した空気の塊を破裂させる……あ、あれを……エリルちゃんのほ、方に飛ばした……」
「なるほど、空気の砲弾という事か。」
キキョウがさらに蹴りを何発か放つと、着地したエリルを見えない爆発がいくつも襲い掛かった。さすがにグラリと姿勢を崩したエリルは、いつの間にか自分の目の前に迫っていたキキョウを見て目を見開くが時すでに遅く――
「『崩体撃』っ!」
パンチでもキックでもない、肩をぶつけるような……強いて言えばゼロ距離体当たり――のような独特な攻撃を受けたエリルは、これまた想像以上の速度で弾き飛ばされて闘技場の壁に激突した。砂煙の向こうのエリルに目をやった瞬間――一瞬、とんでもなく甲高い音が響いて――
「『空巻弾』っ!!」
一迅の突風の後、エリルが激突した壁を中心にして巨大な衝撃が炸裂する。簡単に言えば、炎や煙のない大爆発がエリルを直撃した。
「ふぅ……」
何かを放った後のような姿勢のキキョウが息を吐き、ヒュイインというファンの音が小さくなっていく。
風を増大させる装置だとさっき言っていたけど……なるほど、さっきの甲高い音はあれか。一瞬で高い威力を持った風を生み出し、それを圧縮して砲弾として飛ばし……今みたいな大爆発を引き起こしたのだ。
「……随分と器用な事をしますね。」
派手に破壊された壁に寄り掛かってうつむいているエリルに向けてそう言った……一連のコンボを決めたはずのキキョウは、しかし浮かない顔をしていた。
「地面に叩きつけた時も今の連撃も、身体が地面や壁に激突する瞬間、または攻撃が自分の身体に当たる瞬間、腕や脚を動かして――あなたはその威力を殺す方向に小さな爆発を起こしている。」
キキョウが難しい顔で一人呟き始めると、壁に寄り掛かっていたエリルがスッと顔を上げた。
「ランク戦の映像から、エリル・クォーツという生徒は桁外れのパワーで相手を圧倒するタイプであると思っていました。確かにその通りではありましたが、そこからはイメージのしにくい繊細な動きも可能としている……ぼくが思う以上に、あなたは強いようだ。」
周りの壁や床の砕けっぷりとは対照的に、割といつも通りの……まるで大して効いていないかのように、むすっとした顔でため息をつくエリル。
「……毎朝、全方位から回転する剣を飛ばしてくる奴と模擬戦してるから、あれをよける為に自然と身についた技術よ。今じゃ反射的にできるわね。」
「うむ、毎日えげつない全方位攻撃をとぼけた顔で仕掛けてくる団長にしごかれればああもなるというものだろう。」
「きょ、曲芸剣術って……ほ、ほんとに息つく暇がない……くらいに忙しいから……とっさの一瞬で何とかしてかないと……いけないからね……」
「あー、確かに最近、魔法の発動スピードっていうか、一瞬の細かい動作が上手になってきたよーな気がするねー。」
「ボクの『テレポート』がたまに間に合わないもんね。ロイくんてばひどいんだから。」
「えぇ……」
「『ビックリ箱騎士団』の修行ですか……確かに、曲芸剣術のような尋常ではない連撃を相手に特訓していれば、そういう技術も身に付きそうです。」
「最近はあたしよりも細かい爆発が得意なのとも手合わせしてるから余計ね。ていうかあんた――」
次の瞬間、キキョウが起こした爆発と同じくらいの轟音が響いた。
「な――」
「おしゃべりなんて余裕なのね。」
エリルは飛ばしたガントレットを爆発で遠隔操作できる。つまり、さっきキキョウがかわしたガントレットはまだ警戒すべきモノだったわけで……それが今、キキョウから一メートルくらい後ろの地面に突き刺さったのだ。
あの凄まじい威力を持ったガントレットが地面に落ちてきたとなれば、近くにいる者は当然――バランスを崩す。
「はぁっ!!」
「――っ!?」
ガントレットが地面に突き刺さるのと同じタイミングで跳躍し、お返しするかのように迫ったエリルは勢いそのままにキキョウを殴り飛ばした。いつも通りのとんでもない一撃はとっさの防御によってキキョウのガントレットに防がれたものの、クリーンヒットしなかったというだけで……キキョウはさっきのエリルのように――というかそれ以上の勢いで壁に突っ込んだ。
「あ。」
「どうしたティアナ……と言いたいところだが、今のはわたしにも見えたぞ。キキョウくん、エリルくんのパンチをガントレットで防いだな?」
「ありゃ、それはやっちゃったかもね。ただでさえ壊れやすいって有名なガルド製の武器にエリルちゃんの馬鹿力パンチなんて。」
「な――おいおい、さすがにパンチ一発で壊れるわけないだろ。仮にもガントレット――籠手なんだぞ? ガルド製だからってんなにモロくねーよ。」
リリーちゃんたちの会話にヒースが反論するが……いや、オレもみんなと同意見だな。
「お姫様の攻撃の威力をなめちゃいけないよー。あたしなんかよりもよっぽど『スクラッププリンセス』なんだからねー。」
「手応えあったわ。その扇風機、壊れたんじゃない?」
「……おかげさまで。」
エリルの問いかけに渋々答えるキキョウ。エリルのパンチが効いているのだろう、苦い顔をしているが……それよりも目が行くのは両腕のガントレット。全体的に歪み、ファンが止まっている。
「……さっきのぼくのように追撃してこなかったのは武器の破損で勝負がついたと思ったからですか? だとしたら――」
「そんなわけないじゃない。」
腰に手を当て、むすっとした顔でエリルはこう言った。
「この試合の目的はあんたにあたしの強さを認めさせる事。別にあんたにそうしてもらわなくたってどうでもいいんだけど、そうでないと引かないっていうならとことん示してやるわ。叩き潰してあげるから、あんたの全力でかかってきなさいよ。」
「おお……エリルかっこいい……!」
「つくづく熱血漫画の主人公のようだな……クォーツ家の教育はどうなっているのだ?」
確かクォーツの家の人は得意な系統が第四系統の火の魔法になるとか言っていたな。王族というのは熱い家系なのだろうか。
「……『ブレイズアーツ』の特性として、常に全力全開で動くことのできるあなた相手に力の温存も何もありませんでしたね……」
絶えず両手両脚から炎を噴き出しているエリルにはエネルギーの循環が起きている。
イメロによって生み出されたマナは自然にあるマナとは性質が異なり、各系統におまけを持っている。火のイメロの場合、本来触れても何も感じないはずのマナに熱がある。
魔法で火を生み出し、その火によって火のイメロが火のマナを生み出し、それを使ってまた火を出すというサイクルを繰り返しているエリルには絶えず熱が――正確に言うと熱というエネルギーが供給されている。
それは言い換えれば体力のようなもので、よってエリルは最初から最後まで疲れ知らずの全力全開状態なのだ。
「……よく知ってるわね。あたしだってロイドに言われて気づいたのに。」
「爆発によって威力を高めるという乱暴な戦法をフィリウスさんのような体格でもないあなたが難なくこなしているのですから、何かあると疑うのは当然です。そしてそんなあなたと戦うのに――今のままのぼくでは不釣り合いのようです。」
意を決したかのような顔になったキキョウはバッと上着を脱ぎ捨ててシャツのボタンを――って何してんだキキョウ!?!?
「デジャヴだな。フィリウス殿から何かを教わると脱ぎ癖がつくのか、ロイドくん。」
「き、昨日の試合のあれはポリアンサさんの位置魔法から逃れるために仕方なくなんです!」
にんまりするローゼルさんと……あとなんでか嬉しそうに思い出し笑いしているリリーちゃんにわたわたしていると、ヒースがふんと鼻を鳴らした。
「あれは簡単に言やぁ本気モードだ。こっからだぜ? ナヨの強さはよ。」
「……へこんだガントレットはわかるけど、なんで脚の方も外してんのよ。しかも裸足って……」
「ぼくはまだまだ未熟でして、素手と素足でないと感覚がつかめないのです。」
痩せっぽっちの小柄な身体に……何回か裾を追ってちょっと足を出したズボン一丁の姿になったキキョウ。何事かと思っているとキキョウの周りに風が吹き始め――たと思ったらすぐに治まっていく……何をしているんだ?
「『風神ノ衣』!」
風の動きはそこそこわかると思っていたのだが……なんだろう、今のキキョウの周りはごちゃごちゃしていてでよくわからないぞ?
「わ……な、なんだかすごく……器用な事してる……」
「ロイドくんは役に立たなさそうな顔をしているが、ティアナは流石だな。」
「ローゼルさんの言葉が刺さります……ティアナには何が見えるんだ?」
「えぇっと……な、なんて言えばいいのかな……たくさんの細かい……空気で作った管の中に強い風を通して……そ、それでお洋服を編み込んでる……みたいな感じ……かな……」
「げ、まじか。いい魔眼もってんなー……」
ティアナの解説を聞いたヒースが「げっ」という顔をする。
「そこまで見えてんなら黙る事もねーか……あれはガルドのパワードスーツを参考にして作った風の鎧なんだ。」
聞きなれない単語に首をかしげるローゼルさんたちだったが――
「あーそれ知ってるよ。重たいモノが持てるようになっちゃうハイテクスーツでしょ? 風ってことは空気圧式だね。」
流石の商人、リリーちゃんは知っていた。
パワードスーツは、装着者の動きを補助し、本来なら持ち上げられないモノを軽々と動かせるようにするような、そんな道具だ。剣と魔法の国であるフェルブランドの人からすれば普通に強化魔法を使えばいいという話になるかもだけど、この道具を使えば個人差無く、誰でも一定の力を出せる。科学と魔法の差はそこだと、前にガルドに行った時に教わった。
んまぁとにかく、どうやらキキョウは風を……何やら器用に組み合わせてそれを作ったらしい。
「……リリーくんが何を言っているのかさっぱりなのだが……」
「仕組みなんかどうでもいーのさ。要するに、風の力で腕力やら脚力やらがとんでもなくアップした状態だってことだ。」
「ふむ……つまりは強化魔法のようなモノなのだろう? どうにも『ニンジャ』からは離れていく気がするが……」
「いんや、この技故に『ニンジャ』なんだぜ?」
風の鎧とやらをまとったらしいキキョウがスッと構え、そして跳躍する。風の破裂ではない純粋な筋力での跳躍に見えるのだが、確かに見た目と合わない速度と派手さで――
「え――」
エリルが今日一番のビックリ顔になり――そしてキキョウのキックをもろにくらった。インパクトと同時に暴風が吹き荒れ、エリルの身体はこれまた今日一番の勢いで飛んで行った。
爆発を利用して体勢を立て直そうとするが、それよりも早くエリルが飛んでいく方向の先に現れたキキョウがエリルの腕をつかみ、勢いを殺さず――いや、むしろ上乗せするかのような動きで振り回して闘技場の壁に叩きつけ、加えて最初に見せたコマのような回転からの鋭い回し蹴りを打ち込んだ。
「な――エリルくん!」
つなぎ目のない華麗な、かつ強力な連撃にローゼルさんが叫ぶ。だがそれと同時に蹴りが打ち込まれた壁とは全く異なる方向から爆速のガントレットがキキョウに向かって飛来した。
かなり速い動きだったからなんとか見えたという程度だが、壁にぶつかった瞬間、エリルはその勢いを爆発で殺してそのまま離脱。キキョウから距離をとって着地するや否や、ガントレットを発射したのだ。
だが――
「は!?」
エリルの本日二度目の……さっきと同じくらいのビックリ顔。一撃必殺の拳はキキョウを捉えたのだが――キキョウはさっきエリルを叩きつけたのと同じ感じにそれを捕まえ、そのまま地面に突き刺したのだ。
「……あたしの攻撃は受け流すのが大変って言ってなかったかしら……」
遠隔爆破で操作できるとは言えガントレットの構造的に普段と逆方向には炎を出せないから、ああやって壁とか地面にまっすぐに突き刺さってしまうと自分の元に戻せなくなる。ランク戦の後に先生からも言われていたけど、エリルの『ブレイズアーツ』は武器を敵に抑えられるリスクが高いのだ。
だけど今のエリル的には片腕が寂しくなった事以上に、装着している時よりも威力が高い自分の攻撃が受け流されてしまった事のようだ。
つまり、さっきまでは受け流すのに苦労していたキキョウがエリルのガントレットを受け流せるほどにパワーアップしたのだ。
「ぼくとしては、さっきの攻撃を受けてもすぐに立て直すあなたの打たれ強さにどうなっているのやらですが……」
「なんか今すごかったねー。あのニンジャくん、途中ですぅって消えたよねー?」
アンジュの言う通り、最初の跳躍をした直後、キキョウの姿は消えた。速すぎて見えないという類ではない――まるで空気に溶け込むかのように見えなくなったのだ。いきなりの現象に驚いたエリルは、自分の横にすぅっと再登場したキキョウに蹴り飛ばされたのだ。
「ふむ、あれが『ニンジャ』の所以というわけか。」
「ど、どういう仕組みなのかな……? 第三系統の光の魔法ならまだわかる、けど……風でどうやって……?」
「おそらく蜃気楼の原理だな。彼は今、強風が通る空気の管を編み込んだ風の鎧をまとっているのだろう? つまり、彼の周囲の空気の密度はバラバラだ。」
「バラバラだと……み、見えなくなる、の?」
「密度に差のある空気を進むとき、光は屈折するのだ。それを――まぁ、何がすごいってずばりここなのだが、その屈折を完全にコントロールして姿を消しているようだ。」
「さすが優等生ちゃん、物知りだねー。でもさー、消えるだけで『ニンジャ』なのー?」
「消えてる時の攻撃の仕方がメインの理由だな。」
アンジュの疑問に答えたのは、もはやキキョウの技の解説係になってきたヒース。
「目が追い付かなくて見えねぇのと物理的に見えないのの差は、後者はのんびり歩いてても見えないってとこだ。速く動いてんなら空気の流れとかで見えなくても位置を見抜けるかもしんねーが、見えない相手が息を殺して静かに迫ってくるとなると、その気配は読み取りにくい。それはまるで、音もなく近づいて任務をこなすニンジャのように――ってな。」
その上、そうしてひっそりと迫って放つ一撃はエリルの『ブレイズアーツ』並みの――あ、またキキョウが消えた。
「はっ!」
キキョウが見えなくなるやいなや、エリルは地面にパンチを打ち込んだ。闘技場の床に亀裂が走り、地面がバキバキと砕ける。しかしそれで場所を明かすキキョウではなく……衝撃をうまく受け流したのか、それとも宙にでも浮いているのか、辺りはシーンとしたままだった。
「――じゃあこれよ。」
エリルが残ったガントレットを発射し、オレみたいに自分を中心に半径一メートルくらいの場所をグルグル飛びまわす。あれなら容易には近づけな――
「『崩心撃』っ!!」
声と同時にその姿を現したキキョウは既にガントレットの内側――エリルの懐に入っていて、さっきの体当たりをエリルに打ち込んだ。ただし今回はエリルは飛ばされず――
「――か……あ……」
ぐらりと身体を揺らし、その場でがくりと膝をついた。
「『崩体撃』とは違い、こちらは相手の全身に衝撃を伝えて内部を攻撃する技。今の状態のぼくが放つこれは、大型の魔法生物をも気絶させます。」
見えなくなった自分を警戒してエリルが行動を起こすのを待ち、そしてガントレットを外したのを機として接近――一撃を放った。しかも爆発で威力を殺せないタイプの技を。
「お、これは決まっただろ。ナヨのあれはマジでやばいからな。まして女子の身体で受け止め……いや……」
自分で言いながら表情を険しくしていくヒース。
「どういうことだ……? あのお姫様、膝をついたって事はまだ意識が――」
「捕まえたわ。」
技の間合い的にエリルの目の前にいたキキョウの脚をエリルの素手がつかんだ。信じられないという顔をする前に、瞬間、キキョウは――
「ぐあああああっ!!」
燃えた。キキョウはというか、まずはエリルが炎に包まれて、それがキキョウに伝わった。
闘技場の中での戦闘によって致命傷に至るようなダメージを負うことはない。ないが……同等の痛みは受ける。キキョウの悲鳴は全身を焼かれる痛みによる……ってあれ?
「――つあああっ!!」
エリルの手を振りほどき、キキョウは後退する。ぶすぶすと全身から煙を出す身体に自分で起こした風を当てて冷却を……まさか、やっぱりなのか……?
「くあ……っつ……まったく……しぶとい事ですね……!」
半分あきれ顔で苦笑いをするキキョウ。対して、まるで効いていないというわけではないけど、キキョウに比べたら余裕のある顔をしているエリルは、さっき地面にパンチした時に突き刺さっていた状態から抜けていたガントレットを遠隔操作で回収し、元のフル装備に戻った。
そして――
「……ちょっと前だったらこういう戦法は頭に無かっただろうから……たぶんあんたの勝ちだったわよ。」
再び全身が炎に包まれるエリル。元々炎のように紅い髪がより紅くなり、そして熱によって発生する風で逆巻く。両手両脚を包む一撃必殺の武器も、溶ける金属のように赤々と光り出す。
「……ロイドが来てから色んな事があって、学んで、あたしは強くなったわ。この拳で壊せないモノなんてないんだっていうような自信も持った。」
エリルが立っている床が焦げ――るどころか溶け始め、観客席にいるオレたちも猛暑のような熱気に包まれる。
防御魔法に守られているオレたちがこんなんという事は、闘技場の中は……
「でもこの前見たのよ。世界一って言っても過言じゃない域にいる奴の全力の戦いを。それより前にもそういうレベルの奴の戦いは見てたんだけど――その時のそれはほんの一部だったんだって思い知ったわ。全力を見せたそいつは戦闘が得意なタイプの使い手じゃないはずなのに、その強さはケタ違いだったわ。」
たぶん……スピエルドルフで見たザビクの戦いの事を言っているんだろう。呪いや幻術が得意分野のはずの大悪党の戦闘は確かに、次元が違った。
「得意なことが得意なのはいいけど、それ以外にも何かないと――色んな戦い方をする奴がいる中で戦っていけない……パワーに自信を持てた今、そろそろ違う特技を身につけないとって思って……それであたしは初心に帰ることにしたわ。それで思い出したのよ……そもそもあたしがこのスタイルを身に着けたキッカケはアイリス――《エイプリル》だったってね。どうかしら? 高温の中は。」
アイリスさんは炎を使わない第四系統の使い手。主に操るのは熱そのもので、急激な温度上昇で爆風を引き起こして攻撃したりするけど……アイリスさんが《エイプリル》にまでなった最大の理由は、触れれば消し炭になるほどの高温の空間を周囲に展開する技。耐熱魔法は誰でも使えるけれど、アイリスさんのそれを防ごうと思ったらどれほどのマナを要するのか、そもそもそれで何秒もつのか。
どうやらエリルは、その高温の技を次のステップに選んだようだ。
「《エイプリル》の技か。なるほど、姿は見えなくとも周囲を高温にすれば……ああいや、しかし耐熱魔法を上回るほどの高温となると相当な温度にしなくてはならないが……そんなあっさり、やろうと思えばできるモノなのか?」
そう言いながら、同じく第四系統の使い手で熱を操る事が得意なアンジュの方に顔を向けるローゼルさん。
「そんな簡単じゃないけど、一応この防御魔法の向こう側は結構やばい温度になってるから、できてるって言えばできてるかなー。ニンジャくんも全力で耐熱魔法かけてるしねー。ただ……この技、あんまり長くはできないよー。」
「そう……なのか? 高温を出すという意味なら、アンジュくんの『ヒートコート』のようなモノなのだろう? 燃費の悪い技には見えなかったが……」
「あたしのは衝撃に反応して熱を出すようにしてるから、普段はちょっと熱いくらいだよー。つまりあたしは、熱をちゃんと制御してるってわけだねー。でもお姫様は熱をその場に留めるって感じのコントロールが上手にできないみたいで……ま、バンバカ爆発させるタイプだからいきなりそういう制御は難しいと思うけどねー。だから今のお姫様は……ありったけの耐熱魔法を自分にかけて、その上にありったけの炎をまとってるんだよー。自分に攻撃して自分で防御してるよーなもんだねー。」
「なるほど……つまりエリルくんは熱を操っているわけではなく、炎を出すことで温度を上昇させているだけだと。まぁエリルくんらしい乱暴なやり方だが……結局キキョウくんは耐熱魔法で防御しているのだろう?」
高温の中で佇む二人を眺めるローゼルさんだが……思うに既に……
「やっぱりあんた、さっきの……『風神ノ衣』? の状態だと、耐熱魔法使えないのね。」
エリルの発言に険しい表情を返すキキョウ……というかキキョウ、なんか相当疲れた顔をしてるな……
「第八系統の使い手でなくても、具体的に風で何をしてるのかわからなくても、あんたの顔を見ればわかるわ。わざわざ裸にもなるわけだし、その技、かなりの集中力がいるのよね? たぶん、それしかできなくなるくらいに。」
「……エリルに掴まれた時、キキョウは炎のダメージをくらっていた。常に両手両脚から炎を噴き出しているエリルと戦うのに耐熱魔法を自分にかけておかない理由はない……もしもかけていないのならそれは……できないからだ。」
「『風神ノ衣』にそんな代償が……いや、空気を管上にして編み込んだり屈折を操ったりしているのだからな、それくらいの負荷は当然か。」
「あれ? じゃあもうエリルちゃんの勝ちだよね? あっちは武器が壊れた上に必殺技も使えないんだもん。」
「うん……でもキキョウはこういう時、結構ガッツを見せるタイプだよ。」
「温度が充分高くなるまで無駄話したけど……おかげで相当な熱さになったわ。もう見せるモノがないって言うならトドメをさすけど?」
「……なるほど……『ブレイズアーツ』にはそういう特性もあるわけですか……」
「は?」
「余裕のありそうな顔をしていますけど、重心のかけかたが安定していませんね。ぼくの『崩心撃』はキチンと効いていたようだ。」
キキョウの言葉に若干……そのムスり具合を変えるエリル。
オレたちも、朝の鍛錬を始めた最初の頃は誤解していたのだが、エリルは普通よりも……つまり、同じ女の子であるローゼルさんとか、むしろがっちり鍛えた男子よりも凄く打たれ強い……ように見える。本人の表情がむすっとしたままで変わらなかったり、逆境の中をズンズン進む強い意志があったりっていうのもあるのだが――一番の要因は『ブレイズアーツ』だ。
「『ブレイズアーツ』によって無尽蔵に供給されるエネルギー……ボロボロの身体であってもそのエネルギーによって――そう、壊れる寸前のエンジンを無理やり動かすかのように、あなたは動く事ができる……いや、できてしまうのでしょう。こちらとしては全然効いてないように見えるのですから精神的にかなりきますが――事実、あなたは満身創痍だ。」
「……だったら何よ。」
「武器を破壊されて奥の手も封じられたぼくですが、あなたも倒れる寸前。この高温もだいぶ無理して作っているようですし……まだ勝算はありますね。」
受けたダメージはエリルのパンチ一発とさっきの熱。だけどキキョウの疲労からして、『風神ノ衣』が相当な負荷だったらしい。
そもそもあの状態の攻撃を一、二発も受ければ、普通、相手は倒れるのだろう。だけど相手はエリル……受け流せないような威力の攻撃、衝撃を殺す爆発、膨大なエネルギーと……何より本人の意思の強さ。
もしかすると、カウンターを使うキキョウがエリルの天敵に見えて、実のところ真逆だったのかもしれない。
「確かに耐熱魔法と『風神ノ衣』を同時に使うことはできませんが……耐熱魔法がないと一瞬で意識を絶たれるというわけでもない。」
「! あんたまさか……」
「『崩心撃』の威力はぼくが一番よく知っています。あとほんの少し押すだけで、あなたは倒れる――ならばこの一撃に賭ける事は無謀ではないはずです。」
武器を……いや、むしろズボンしか身に着けていない細身のキキョウが、しかし確かな圧力を持って拳を構える。
「ほう。」
その姿を見て声をもらしたのは、試合が始まってから初めて口を開いたアフェランドラさん。
「高温によって自身の身体が限界を迎える前に相手を倒すつもりか。」
面白そう――いや、胸の内を知っているオレからすれば嬉しそうな顔でキキョウを見るアフェランドラさん。
やっぱり、キキョウがたまに見せるああいうガッツに惹かれたのかな。
「文字通りの最後の一撃です。あなたの言葉を借りるなら、これが最後の見せるモノです。」
「……上等よ。」
ガチャリと左のガントレットをし、それを右腕に取り付けて構えるエリル。
顔にはでないけど限界のはず。しかし相手の渾身の一撃に自身のそれをぶつけないエリルではない。
そう、どこまでも上を目指し、立派な騎士へ向かって真っすぐに、炎の足跡を刻みながら歩む……オレの友達であり、同志であり……ここ、恋人の……
ああ、恥ずかしい。
「――『風神ノ衣』っ!!」
瞬間、キキョウの身体から煙が出る。しかしその高温をねじ伏せ、キキョウは跳躍した。
「おおおおおおっ!」
女の子のような外見からは想像できない叫びと共に灼熱の中を突き進むキキョウに対し――
「新しい特技のついでに新技よ。」
ドルンという音と共にエリルの右腕に火が入る。よく見ると後付けされた左のガントレットは少し斜めに取り付けてあり、それによって推進力の一部が回転に――
「『メテオ――』」
目前まで迫っていたキキョウに対して放たれるゼロ距離発射のガントレットという名の砲弾。紅の螺旋を尾引くそれをいなしてエリルに一撃を入れよう手を伸ばすキキョウだったが――
「――なっ!?」
風の動きが見えるようになってきたオレにはその極端な変化がはっきりとわかった。キキョウが伸ばした腕――その周囲にまとっていた風の鎧は、まるでからめとられるかのようにエリルのガントレットに巻き込まれ、腕の先から崩れていき――
「『――バレット』っ!!」
キキョウは、炎の弾丸に殴り飛ばされた。
「終わってみれば、終始エリルくんが馬鹿力でキキョウくんを殴るだけの試合だったな。」
「う……っさい……」
ダメージはほとんどなくなるが、魔法使用による身体へ負荷は残るこの闘技場。オレたちが防御の魔法がなくなった闘技場の中に入ると、エリルはその場でペタリと座り込んだ。
「うわー、中は熱いねー。魔法が切れてるのにサウナみたいだよー。お姫様はもうちょっと熱の使い方を練習しないとだねー。」
「? ロイくん何やってるの? エリルちゃんのスカートめくるの?」
「違います! さ、さっきキキョウがやってたみたいに風を送ろうと思ったんです! ほ、ほら、エリル、なんか身体が熱いから……!」
エリルとローゼルさんのスカートをめく――ってしまったあの頃とは違い、ちゃんと弱い風も作れるようになったのだ……!
「おやおや、それならわたしが氷漬けにしてあげよう。」
「燃やすわよ。」
扇風機のように風を送っていると、体温が熱を出した時みたいになってたエリルの表情が落ち着いていった。やはりあの高温の技はだいぶ無理矢理やっていたようだ。
しかしまぁ、あんなところで新技を試すところがエリルっぽいというか……
「ぼくの負けですね、クォーツさん。」
エリルよりも重症だし、魔法の負荷も相当だったはずのキキョウがてくてくと歩いてきてそう言った。
「キキョウ……え、キキョウは大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないけど……まぁ、この辺は元々の体力の差かな。」
と、細腕でフィリウスのようなポージングをするキキョウ。そうか、そうは言ってもエリルは女の子だもんなぁ……
「……約束は守ります。この先、ぼくは口出ししません。あなたが……常に全力で、時に工夫をこらして壁にぶつかって……それを乗り越えられる人だと認めます。ロイドの騎士道の邪魔には……一先ずならなさそうであると。」
「……あっそ……」
……当事者……的な立場のオレが言うのもなんだけど、今回のいざこざはあっけなく幕を閉じた。
「んまぁ……キキョウもオレを心配しての事……なんだろ? ありがとな。」
「……ぼくには、ロイドとフィリウスさんに返しきれない恩があるから。困ったことがあったらいつでも言ってね。」
「いやぁまぁ……それはオレのセリフでもあるぞ? 友達なんだから。」
「――うん!」
こつんと拳をぶつけるオレとキキョウ。
そしてオレは、オレの任務をこなすために行動を開始する。
「あー、そういえばアフェランドラさん。」
「! な、なんだ?」
なんとなく……キキョウのズボン一丁姿を盗み見するような挙動をしていたアフェランドラさんがオレに呼ばれてビクッとなる。
「試合の約束ですけど、オレ今日はラクスさんという人と戦う事になりまして……明日で大丈夫ですか? もし今日がいいという事でしたらラクスさんに――」
「あ、ああ、明日で構わない。そもそも、君とは最終日に戦いたいと思っていたからな。」
「? ……んまぁ、それなら良かったです。それじゃあ――よいしょっと。」
「な、ば、何してんのよ!?」
ヒョイとエリルをおんぶし、オレはアフェランドラさんにペコリと頭を下げる。
「エリルは強いからしょうがないですけど、負けたキキョウに生徒会長としてのアドバイスをしてあげてください。それではそれでは。」
目を丸くするアフェランドラさんにウインクを送り、オレは……みんなからの冷たい視線を受けながらエリルを背負ってそそくさと闘技場の外に出た。
よし、これで二人の会話のキッカケを作れたぞ。あとはアフェランドラさんの頑張りに――
「ロイド。」
突如耳元に囁かれるオレの名前。勢い任せで背負ってしまったわけだがその声でハッとし、今更にエリルの女の子的な感触を伝える背中にドキドキし始める。
「ふぁ、な、なに? あ、お、おりたい……? え、えっと、お疲れかなぁと思いましてですね、い、いやならすぐに――」
「このままでいいわ……ちょうどいいし……」
「な、なにが?」
闘技場の扉をくぐり、ローゼルさんたちが出てき――終わる前に、エリルはぼそりとこう言った。
「……あんたは……あたしのよ……」
殺人的なセリフと同時にかかる、首にまわった腕と背中からの圧力。オレの頭は一瞬で真っ白になった。
「む? ロイドくんが固まっているが……背中のエリルくん、ロイドくんに何をしたのだ?」
「な、なんでもないわよ……」
「わ、ロイくんが変な顔になってる! 今すぐエリルちゃんをひっぺがさないとだね。どこか休めるところに行ってエリルちゃんを捨ててこようよ。」
「優等生ちゃんが氷で車いすでも作ればー?」
「そ、そこにベンチある、よ……」
いつも通りの会話が始まり、オレは……そ、そうだ、オレにも試合があるんだぞ、試合が!
エリルとキキョウにガッツのある試合を見せてもらったのだ、オレも負けていられない。
ラクス・テーパーバゲッド。第十二系統を得意な系統としながら、イクシードという体質故に他の系統の魔法が使えるらしい、カペラ女学園唯一の男子生徒。学年は一つ上だが、もちろん、勝つ気で挑……
「……んん? 試合の約束はしたけど、どうやって合流すればいいんだろうか?」
騎士物語 第六話 ~交流祭~ 第七章 お姫様対ニンジャ
毎度の通り、特に予定はなかったのですが、キキョウくんやマルメロの故郷として「ルブルソレーユ」という国が登場しました。
ラノベでよくある、つまりは日本ですね。
やはり西洋的な世界から見ると東洋は謎多き世界なのでしょうかね。
ちなみに「ルブルソレーユ」、これはフランス語が元です。