騎士物語 第六話 ~交流祭~ 第五章 魔剣

第六話の五章です。
メインはロイドVSプリムラです。

第五章 魔剣

 オレはエリルが好きだ。友達としては勿論、女の子として好きだ。しかし、本人に告白されて初めてそうだと気が付いたくらいの……みんなが言うところの鈍い男である。これが一つ。
 エリルと……言葉にするとだいぶ恥ずかしいけれど、両想いという事で「恋人」という関係になった。だがオレの事を好きだと言ってくれる女の子は他にもいて、彼女たちはオレとエリルがそうなってもオレの事を諦めず、エリルからオレを奪う為に行動を…………うわ、自分で言うとめちゃくちゃ恥ずかしいな……まるでオレがプリオルのようなプレイボーイみたいじゃないか……
 と、とにかく……つまり、恋人がいるというのに他の女の子をきっぱりと拒否できない優柔不断さが…………だ、だって仕方がないじゃないか……みんなの事も結構好きなのに……いやいや、普通に考えてひどい男だぞ……? エリルがよく言う女ったらしはその通りじゃないか。なんでみんなオレを……恋愛マスターの力が過剰に影響しているんじゃなかろうか……?
 ああ、また考えがそれた。要するに何が言いたいかというと、自身の周りの恋愛事情の……せ、整理? もまともにできない男であるという事。これが二つ。
 きっともっと考えれば三つ四つと色々出て来るだろう。そんな風に、不適格な理由がわんさかありそうなオレに会長さんは――アフェランドラさんは頼んできたのだ。

 キキョウとの橋渡し役――恋のキューピッドを……!

「こ、こんな頼み事をして改めて言う事でもないだろうが……私は――キ、キキョウくんがす、好きなのだ……」
「そ、そうですね……」
 アフェランドラさんが落とした雷で若干髪がぶすぶす言っているオレは、ほぼ初対面の女性の告白を頑張って聞く。
「しかし……ど、どうも彼には怖がられているようで……いや、彼に限った事ではないのだが……」
「ああ……会長さんって誤解されやすそうですもんね……」
「! わかる――のか?」
「はい……開会式の時のあいさつを見た時に――こう、なんとなくそう感じました。見た目の印象と本人の感情がちぐはぐと言いますか……」
「そ、そうなのだ! どうにも私は――そんなつもりはないのに高圧的に捉えられる事が多くて……このしゃべり方も一因なのだろうが、今更変えられないし……おかげで『女帝』などという二つ名をもらってしまったし……悪化する一方だ……」
「おまけに今は生徒会長ですしね……でも、そんな会長さんを誤解しない人もいるんですよね?」
「勿論、理解してくれている友人はいるが……すまない、その前に、会長さんという呼称は止めにしないか?」
「あ、はい、すみません。えぇっと……その――アフェランドラさんの事をきちんとわかっている人がいるなら、そっちに頼んだ方が良いような気がしますけど……」
「初めはそのつもりだった。だが……セイリオスのランク戦の映像を観ている時にキキョウくんがサードニクスくんを呼び捨てにしているのを聞いたのだ。現状、彼と最も親しいクルクマくんのことでさえ「くん」をつけて呼ぶ彼が呼び捨てだからな。きみと彼はよほど親しいのだろうと思ったよ。」
「……何年か前に会って……んまぁ、色々あって仲良くなったんです。」
「クルクマくんにもそう話していたよ。だから思ったのだ……は、橋渡し役を頼むとしたら、きみ以上の適任はいないと。それに……学内の友人に頼むのは少し恥ずかしいし……他校の生徒であればこちらで妙な噂も立ちにくいだろう……?」
「なるほど……オレを選んだ理由はわかりました……だ、だけど……オレ、そういう事に詳しくはないと言いますか、上手くいくかは保証できないと言いますか……それでもいいなら……」
「協力してくれるのか!」
「……オレで良ければ……」
「そ、そうか! いや、別にきみに上手くいかなかったからどうしろというつもりはない。そもそも、私一人ではスタートラインにすら立てないような状況なのだから……感謝するのみだ。」
 すごくホッとした顔になるアフェランドラさん。ああ、これくらいの柔らかい表情なら誤解される事も無いだろうに……
 なんか、いつもムスッとしてるエリルみたいだ。
「……えっと、それで具体的な作戦とかはあるんですか? オレは何を……とりあえず二人っきりにするとかですか?」
「二人きり!? バ、バカを言うな、いきなりそんなのは――ハードルが高すぎる!」
「そ、そうですよね、えぇっと最初は……お、お友達からというやつでしょうか……?」
「そそ、そうだ! まずはその辺りからだろう!」
「で、でも交流祭の期間は三日ですし、割と急がないとダメですよね……」
「な、なにも三日の内にキキョウくんとカップル――とかは考えていないぞ! た、単に怖がられているという現状から抜けて――普通に会話が出来るくらいになれればと……た、たぶん、そこから先は私一人の戦いだからな……」
「な、なるほど。えぇっとじゃあ……まずはアフェランドラさんが怖い人じゃないってわかればいい……と言いますか、そもそもそれがあってるかですね……」
「うん? どういう意味だ?」
「えっと……キキョウがアフェランドラさんをどう思っているか……ですね……」
「どどど、どう思っているか!?!?」
「キキョウってあんな見た目ですけど……やる時はやる根性というか度胸というか、そういうのがあるんですよ。」
「……ああ、知っている。」
 ふと、優しい顔になるアフェランドラさん。
「だから見た目とか雰囲気で怖がるっていうのは無い気がするんです。なのでまずは、キキョウの考えを聞きましょう。倒したい敵がいるのなら、まずは敵について調べるところからです。」
「た、確かに、基本だな。」
「とりあえずはそこを確認してから作戦を考えましょうか。」
「そうだな……よし、ではこれを。」
 そう言いながらアフェランドラさんが手渡してきたのはガルドで使われている通信機。魔法は使わずに、電池で動く。
「連絡用ですね。番号はなんですか?」
「……使い方を知っているのだな。フェルブランドでは珍しい道具だと思うが……」
「フィリウスとの旅でガルドには何度も行きましたから。」
「そうか……十二騎士の弟子というのは本当なのだな。」
 そこで……今まで恋の話をしながら緊張した面持ちだったアフェランドラさんの表情がキリッとした。
「その上、片目だけという珍しい状態で魔眼を持っている。」
「! よく知ってますね……」
「ランク戦の映像を、見る者が見ればわかるさ。我が校、プロキオンには魔眼の持ち主が多いからな。」
「そうなんですか。」
 ガルドの技術の影響で不思議な武器が多くて、その上魔眼を持っている人が多いとは……プロキオンの人との戦いには色んな驚きがありそうだな。
 ――とオレが思っていると、そんなプロキオンの頂点に立つ人がこんなことを言った。
「……なぁサードニクスくん。もし良かったらこの交流祭における三戦の内一戦を私と戦わないか?」
「えぇ!?」
 ついさっきカペラの生徒会長との一戦を約束し、午後にはそれが待っているというところにもう一戦、生徒会長の手合せがまわってくるとは……!
「それは……オレとしては嬉しい申し出ですけど……なんででしょうか……? 曲芸剣術が珍しいから――とかですか?」
「共通点が多いから……かな。」
「?」
 理由がはっきりしないけど……んまぁ、断る理由はない。大チャンスなのだから。
「――わかりました。お手合せ、お願いします。」
「ああ。日と時間は後程決めよう……それよりもまずは……キ、キキョウくんが……その、わ、私をどう思っているかをサードニクスくんが聞き出すわけだな。れ、連絡をくれ。」
「はい。早い方がいいですから、今日の……あれ、交流祭をやっている間って放課後はどうなるんでしたっけ?」
「他校の生徒に挑めるのは朝の八時から夕方の六時までだから、それ以外の時間は普通に放課後だ。もっとも、ゲートは開いたままであるから大抵の生徒は他校の生徒との交流を行うが。」
「ああ、ならその時にキキョウと話してみますよ。」
「よろしく頼む。」
 そこでアフェランドラさんがパチンと指を鳴らす。するとオレの後ろに扉のようなモノが出現した。
「そこを通れば皆と合流できる。」
「おお……じゃあまたです。」
「――サードニクスくん。」
「あ、はい。」
「……ありがとう。」
「……まだ何もしてませんよ。」
 こうして、自分の事すらままならないオレはプロキオンの生徒会長、マーガレット・アフェランドラさんの恋路の手助けをする事となった。



「おやおや、『淫靡なる夜の指揮者』が早速プロキオンの生徒会長を手籠めにして帰って来たぞ。」
 扉をくぐった先はゲートの前で、オレはそこにいたみんなと合りゅ――
「そのあだ名止めて下さい!」
「ほう……手籠めの部分は否定しないのだな……」
「否定します!」
 ローゼルさんにじろりと睨まれるオレの腕に柔らかな感触が走る。
「んもぅ、ロイくんてば! 何してたのか白状するんだよ!」
 リリーちゃん! ――のむむ、胸がふにふにと腕を包み――ぐ、頑張るのだ、オレ!
「ちゃ、ちゃんとはな――」
 ま、待てよ? アフェランドラさんの件はそうそう人に話していい事ではないような気がするぞ……? 誰が誰を好きとか、そういうのって秘密にするのが普通というかなんというか……
「……? ねぇロイくん。」
「な、なに? いや、実はアフェランドラさんと戦える事になって――」
「それはそれとして、ロイくんてばなんか変じゃない?」
「えぇ?」
 腕にくっついているリリーちゃんとの顔の距離は小さい定規で測れるくらいのそれで――あああ、ドキドキする……
「カペラのところでローゼルちゃんにこうやってされた時もそうだったけど、いつものロイくんだったら大慌てで離れるでしょう?」
「ほぇ!? あ、これはですね……えぇっとですね……」
 ……こういうのは話さない方がいいような気がするのだが、しかしみんなにじとっと睨まれて迫られるとどうしようもないのだ。なぜフィリウスはこういう時の対処法を伝授してくれなかったのか……
ということで、オレはデルフさんから受けた忠告の話をみんなにした。
「ふぅーん、つまり鼻血ロイドを卒業しようってことだねー。」
「そ、そうですね。」
「今まで以上にガンガン来いよってことだねー。」
「ち、違いますよ!?」
 開会式でのショーの後にデルフさんとした話を語っている間、ずっとオレの腕に抱きついていたリリーちゃんがのっそりと顔を上げる。
「ロイくんてば、こうやってされると困った顔になるのに、こういうのをやるキッカケとかはたくさんくれるよね。」
「キキ、キッカケ?」
「今の話だって、アンジュちゃんが言ったように、ロイくんの修行の為って言えば今まで以上にイチャイチャしていいってことになるし、魅惑の唇はチューする理由になるし。ロイくんてば、実はして欲しいんじゃないの?」
「びゃっ!?!?」
「ロイドくんは天然の女ったらしだからな。それはそうと、結局ロイドくんが突然消えたのはプロキオンの会長の仕業で、彼女に勝負を挑まれたという事でいいのか?」
「あのー、女ったらしとさらりと言われるとショックなんですが……」
「何人もの女性を虜にしておいて何を言うのだ、『淫靡なる夜の指揮者』くん。」
「……気に入ったんですか、それ……」
「うむ、こう呼ばれる人物に近づく女性はおるまいよ。それで会長の話だが……」
「…………えぇっと……カペラのポリアンサさんみたいな理由は特に言ってなかったですけど、オレと手合せしてみたいと。」
 キキョウの事は話さず、しかし真実を伝える。
「や、やっぱり……十二騎士の弟子っていうのは……影響ある、のかな……」
「エリルも《エイプリル》さんの弟子だけど……」
「あんたほどしっかりしたモンじゃないわ。時々見てくれただけよ……ていうかあんた何気にすごい状況よね……生徒会長二人と戦うなんて。」
「そうだな……色々勉強させてもらって――ああ、勿論得られたモノはみんなにも教えるよ。」
「ありがたいな。しかしあれだな、ロイドくんは例の勝負にさらに不利になったわけだ。」
「勝負――あ!」
 そうだった! 交流祭の試合で得られるポイントの合計を競うという勝負をする事になり、一番になった人は他の人に何かをお願いできる――というのをやっていたのだ! うわ、オレ三戦の内の二戦が生徒会長だぞ!
「あ、あの、ルール変更しませんか……」
「やや、もうこんな時間だ。みな、お昼にしようではないか。」
「あ、じゃーさー、カペラのエリアで食べようよー。なんかレストラン的なのも出店してたしさー。」
「あっちの名産の料理が食べられそうだね。行こう、ロイくん。」
「…………うん……」



 ガックリとしてるロイドとウキウキしてるローゼルたちを見て、今回の勝負は自分が一番にならないとやばいと思ったあたしはグッとモチベーションを上げた。
は、鼻血の海に沈まれたら困るし、それに――そう、あたしはロイドの彼女なんだから、そういうのから守るのよ、そうなのよ!
「わぁ、き、綺麗なお店……だね。」
 カペラの雰囲気にマッチしたオシャレなレストランで、中は四校の生徒で賑わってた。
「これは席が空いているか微妙だな。」
 女子高のカペラのエリアだからか、店内には男子生徒がほとんどいな――

「あん? あれロイドじゃねぇか?」
「我が校であれだけの女子生徒に常に囲まれているのはロイドだな!」

 ……見知った男子生徒がいた。
「あの、カラードさん? なんかデジャヴを覚える事を言ってませんでした?」
「現実にそうだからな。ロイドたちも座るといい。」
 なんでかこの強化コンビは大きなテーブルに座ってて、そのテーブルに相席はいなかった。
「どういう状況なのだ、これは? 二人はこのテーブルを予約でもしていたのか?」
「特に何もしていない。まだお昼には早い時間だったが、雰囲気の良いレストランを見つけたので混む前に食事をすまそうと思って入ったのだ。好きな席にと言われたので折角だから大きなテーブルに座り、くつろいでいたらいつの間にかの混雑だったというだけだ。」
「なんで大きなテーブルに座ったのよ。」
「おれもアレクもたくさん食べるからな。料理をたくさん並べられるだろう?」
「へー、二人って大食いキャラだったんだー。でもなんで相席にならないんだろうねー。こんなに混んでるのにさー。」
「アンジュくん、女子が隣に座るにはアレキサンダーくんはハードルが高い。」
 ローゼルの言葉に全員の視線が……座高がぶっちぎりで店内最高になってる、マッチョで強面のアレキサンダーに向いた。
「おお。アレク、おれたちは入る店を間違えたようだぞ。」
「結果オーライだろ。ロイドハーレムと合流できて違和感も和らいだ。」
「変なチーム名やめて下さい!」
 アレキサンダーのおかげで席に座れたあたしたちは、それぞれにこっちではあんまり見ない料理を注文して、午後の動きを話ながら昼食をとった。
「生徒会長と二戦? 羨ましい限りだ。しかしそこまで来たのならロイドもリゲルの会長に頼んでみたらどうだ?」
「いやぁ……カラードみたいにあの人が興味を抱くようなアピールはできないよ……」
「しっかし相変わらずだな、ロイドは。その二人の生徒会長、どっちも女子だ。いやぁさすがだ、俺にはマネできん。」
「か、関係ないぞ! たまたまだ!」
「ロイくんてばついうっかり惚れさせちゃうから困っちゃうよね。ほらロイくん、あーん。」
「な、何をさらりと――え、なにそれ? 水色の食べ物なんて初めて見たな……あむ。」
「な!? ロ、ロイドくん、わたしのもほら! あーん!」
「んふふ、ローゼルちゃんはちょーっと席が遠いんじゃないかな?」
「真っ先にロイドくんの隣に座っておいて!」
「うむ、この輪の中に生徒会長が入る日も近いな!」
「近くないわ! だいたいポリアンサさんもアフェランドラさんも――」

「僕を呼んだかな?」

 最近は強化コンビもロイドをいじめるようになってきたわねって思ったところで、店内の他の女子生徒からキャーキャー言われながら……うちの生徒会長が現れた。
「何やら生徒会長を呼ぶ声がしたけれど?」
「会長じゃなくて別の会長ですよ、会長。」
 銀髪をなびかせてカッコイイポーズをとる生徒会長にややこしいツッコミを入れたのは副会長のヴェロニカ・レイテッド。
「ほ、ほら! オレなんかよりもっとすごい人がいるぞ!」
「いやいやサードニクスくん、さすがの僕もそう何人もの女性との口づけ経験はないかな。」
「いや、それは、その――デ、デルフさんもお昼ですか!?」
「いや、もう済ませてきたよ。僕がここに来たのはサードニクスくんに野暮用でね。」
 そこまで言った生徒会長は――
「……ぶくく……」
 なんかいきなりふき出した。
「デルフさん?」
「ふふふ……い、いや……その……ちょっと伝えておかなければならない事件が起きてね……ぶくく……」
 笑いをこらえながら、生徒会長は少し声のボリュームを落として話した。
「僕たちは各校の会長に軽い挨拶をしてまわっていたのだけどね。ゴールドくん――リゲルの生徒会長に会いに行った時に聞かれたんだよ……ショーの時、僕と一緒に踊っていた女子生徒は何者だってね。」
「えぇ?」
 生徒会長と踊ってた女子生徒っていうのはつまり、女装したロイド――ロロ・オニキスのことよね……
「そこで僕はこう答えた――」


「ん? ああ、この前のサマーちゃんのコンサートの時にもいたんだけど、そういえば紹介はしなかったね。彼女はロロ・オニキス。一年生だよ。」
「ロロ・オニキス……一緒にコンサートに行ったりショーに出たり、デルフと彼女は恋仲なのか?」
「違うよ。僕が考えたショーにピッタリの技を持っていたからお誘いして、コンサートはショーの参考になればと思って連れて行ったのさ。しかし突然どうしたんだい? 一目ぼれでもしたのかな?」
「ああ。」
「そうかそうか、ゴールドくんにも春が…………あれ、本当に? ゴールドくんは冗談を言うタイプじゃなかったと思うけど……」
「そうだな。」
「! じゃあ本気なんだね!」
「……正直、自分でも驚いている。弟が広げる裸の女の雑誌にも興味の湧かない自分は、恐らくそういう類に無関心な男なのだろうと思っていたのだが……美しかった。」
「な、何がだい?」
「あの舞いだ。螺旋を描く光の軌跡……動きからして相当な技量、おそらく騎士としても強者であろう。美しく、力強い……自分に伴侶ができるとしたら、ああいう女――いや、あの女以外にありえないと、一切の根拠なしに確信してしまった。雷にうたれるようだと表現される事もあるが、今なら理解できる……これが、恋なのだな……」
「そ……ぶく、そうだね……」
「そこで問いたい。彼女はどこにいる。どこに行けば会える。」
「…………」
「デルフ?」
「……恋は人を狂わせるとも言うけれど、ゴールドくんですらそうなのだね。」
「何の話だ。」
「うん、確かに僕は彼女の居場所を知っているよ。今すぐにでも会わせる事が出来る。けれど……それでいいのかい? リゲル騎士学校の生徒会長、『エンドブロック』のベリル・ゴールド。」
「……何が言いたい。」
「ついに見つけた想い人に初めて声をかけようというその時に、「やぁオニキスくん、こちらゴールドくんだよ」などと、余計な紹介人の存在を許していいのかい? 簡単に辿り着いていいのかい? 自力で見つけ、自ら声をかけて親しくなっていくべきではないのかい? 恋という、一見無駄とも言える労力に愛という価値が加わる原初の感情の初めの一歩に、他人の力を借りてもいいのかい?」
「……言っている事はよくわからないが、言いたい事は理解できる。確かに、その通りだろう。」
「ふふふ。まぁしかし、一人の男の恋路への旅立ちにキッカケを与えた者として、地図くらいは渡してあげたいのが人情さ。」
「なに?」
「オニキスくんはこの交流祭に積極的だ。戦闘が義務ではないこのお祭りにおいて、彼女は自ら他校の生徒に挑んでいくことだろう。今日を含めた三日間、戦闘が許可される時間帯、彼女はこのアルマースの街のどこかに必ずいる。戦闘権は三回だけだから、基本的には他の誰かの戦いを観戦していることだろう。生徒会長の試合であれば確実に観にくるだろうから、その点はゴールドくんに利があるかもね。」


「――とまあこんな感じかな。正直言うと、サマーちゃんの歌を悪く言ったゴールドくんには何も教えたくなかったんだけど……あまり無粋だと馬に蹴られてしまうからね。その件は試合できっちりお仕置きする事にして、一先ずはサードニクスくん頑張れと言っておこうかと。」
 ……意地悪な顔でニヤニヤする生徒会長に対し、ロイドは口を開けたまま固まってた。
「事実を伝えるもよし、美しい思い出としてゴールドくんの心の中に生き続けるもよし。ついには同性にまでもモテ出したサードニクスくんにおまかせさ。じゃあそういうことで!」
 さらりと現れてさらりと帰って行った生徒会長……あたしたちは視線をロイドに集中させた。
「……どうすんのよ、あんた。」
「ど、どうするって…………どうしよう……」
「どうもこうもないだろう。交流祭の間、女装しなければいい。リゲルの生徒会長はロロ・オニキスを見つけられなかったという結末だ。」
「そ、そもそも……ロイドくん、この後はもう……女装する予定とかない……でしょう……?」
「そ、そうだね。そうか、そうだよね、うん……」


 安心しきれない顔でおずおずとお昼を再開したロイドと、予想が的中してやれやれと思うあたしたちと、デザートにパフェなんか食べてた強化コンビはしっかりとお腹を満たしておしゃれなレストランを後にする。
「おお、何やら街中に戦闘の気配が満ちてきているな! そろそろか、アレク!」
「あと三十分くらいで戦闘可能な時間に入る。というかなんだ、戦闘の気配って……」
 気配はわかんないけど、お店のないちょっとした広い場所で素振りや準備運動をする生徒が目立つ。いよいよ始まるわけね。

「やはりここにいましたね、『コンダクター』。」

 ひとまずどこへ行こうかしらと思ってると、カペラの生徒会長――プリムラがやってきた。
「このレストランは毎年女子生徒に人気ですからね。何やら大勢の女子生徒を連れていましたから、ここに来る可能性は高いかと思いました。予想通りでしたね。」
「そうなんですか……えっと、午後一番に戦います……か?」
「ええ。これでもわたくし、あなたとの戦いを楽しみにしているのですから。」
「そ、そんなにですか。」
「勿論です。おそらく今現在、曲芸剣術を扱える者はあなただけでしょうから。これほど貴重な経験はありませんよ。」
「貴重さで言ったらこちらこそですよ。それで――どこで戦いましょうか。」
「それなのですが……一つ謝らなければなりません。」
「えぇ?」



『皆さんこんにちは! 開会式にてお耳にお邪魔いたしました、司会のパールでございます! あの時、一部の試合の実況を担当すると言いましたが、この試合がまさしくそれです! よもや開始直後にこのような試合が始まるとは!』

 実況の人の声が響き、歓声が巻き起こる。それを、オレは闘技場の真ん中で聞いていた。
「生徒会のメンバーや委員会、部活の長など、実力が高い故にその役職に就いている生徒が行う試合は大きな闘技場で行われるのがこの交流祭の決まりなのです。特に、生徒会の長を務める者の試合はこの、アルマースで最も大きな闘技場を使用する事が常なのです。」
 お嬢様学校の雰囲気漂う制服に、女性が持つにしては少し大きい剣を手にしたカペラの生徒会長――ポリアンサさんは、同じく闘技場の真ん中で申し訳なさそうにそう言った。
 ……んまぁそりゃそうだよなぁ……特に確認したわけじゃないけど、きっと三校ともうちと同じ感じに生徒会長がその学校で最強なのだろうから、その試合は誰だって見たい。

『それでは選手の紹介といきましょう! 全ての試合をこの闘技場で行う事になる四人の内の一人! カペラ女学園生徒会長! 『魔剣』、プリムラ・ポリアンサ!』

全部の試合をここで……そうか、そういう事になるのか。オレだったら――というか現在進行で割と恥ずかしいオレに対し、ポリアンサさんはこのたくさんの観客の中で堂々としている。さすがだなぁ。

『対するはセイリオス学院の一年生! しかしながら多くの生徒の間で話題にあがる注目の存在! 『コンダクター』、ロイド・サードニクス!』

「……ポリアンサさん。オレってカペラだとどんな感じの……その、噂がありますか……?」
「色々ありますが……我が校では『リミテッドヒーロー』との試合が語り草ですね。学生の域を超えたあの激闘に刺激を受けた生徒は多いですよ。」
「そうですか……」
 よかった。プロキオンみたいにやらしい感じにはなってないみたいだ……

『三年生対一年生という試合はこの交流戦ではかなり珍しいカード! 一年生からすれば高いポイントが得られる可能性がある上に勉強にもなりますが、三年生からするとそれほどのメリットはありません! それでもこの試合が実現したという事は、『魔剣』が『コンダクター』に何かを見出したのでしょう! 豆知識としてお伝えしますと、『コンダクター』は現在の《オウガスト》の唯一の弟子であり、扱う剣術は歴代最強と言われる《オウガスト》が使った曲芸剣術! 確かに期待せざるを得ませんね!』

「ああ……緊張する……」
「まぁ仕方がありませんね。わたくしも期待している者の一人ですから。」
「うう……あ、そうだ。あの、この試合の――記録? をとりたいので、ちょっとアイテムを使いたいんですが……」
「構いませんよ。むしろそれが普通ですね。」
「え、そうなんですか?」
「自分で言うのもなんですけれど、一般の生徒同士ではともかく生徒会長と戦う機会を得た生徒は皆何かしらの記録を残します。他校の強者というのは、この交流祭でしか出会えないと言っても過言ではありませんから。」
「それは良かったです。」
 正直、嫌な顔をされるかと思っていたから安心したオレは、ユーリの眼が入ったマジックアイテムを空に放り投げた。
「随分変わった記録装置ですね……初めて見るタイプですわ。」
「そ、そうですか?」

『おや、『コンダクター』が記録用のマジックアイテムを発動させたようです。豆知識としてお伝えしますと、他校の珍しい戦術を記録する為にあのようなアイテムを使う事はこの交流祭ではむしろ推奨されていますので、一年生の方々は使ってみるのも良いかと思います! ちなみに『魔剣』は目で見て覚えるタイプです!』

「えぇ? すごいですね。」
「いえいえ。」
上品に微笑みながらゆっくりと剣……大剣とまではいかないけどそこそこ幅のある両刃の剣を抜いたポリアンサさん。その剣には装飾がついていて、宝石が合計十一個、剣のつばにあたる場所に円形に取り付けられて……いや、宝石じゃないか……
「あの……そのたくさんついているのってイメロですか……?」
「ええ、そうですわ。第一から第十一系統、それぞれのイメロロギオです。」
「す、すごいですね……」
「? セイリオスでも希望した個数がいただけるはずでは? 確かにイメロロギオの元となる鉱石は希少なモノですけど使う者は騎士に限られますし、ここは正義の為の力を惜しむような国ではありませんもの。それに、最近はかのカメリア・クォーツの手腕によって鉱石の採掘権を得た事で潤沢になっていますし。」
 う……あんまりそういう裏話というか、政治っぽい話には疎いからなぁ……というか普通にカメリアさんの名前が出てきたな。
 んまぁ、ポリアンサさんの言う通りで……セイリオスの一年生はランク戦のあとあたりに追加の注文みたいのが出来るようになった。エリルなんかは両手両脚分を注文してたな。

『さて、それでは始めましょう! ほとんどの生徒がこの闘技場に集まっている事から考えるに、この試合が交流祭最初の試合! プリムラ・ポリアンサ対ロイド・サードニクス! 試合――開始!』

 イメロをフル装備して嬉しそうにしてたエリルを思い出しながら世間話の態勢で突っ立ってたところにいきなりの開始合図でビックリしたが、オレは剣を放り投げて手を叩き、増えた剣の内の二本を手にして回転させ、他の剣を風に乗せた。
 この一通りの流れを今ではかなり手早くできるようになったから、前ほど隙だらけではない――と思うけど、相手は生徒会長。もしかしたら既に間合いまで来ているかもしれないと警戒したのだが、ポリアンサさんはまだ動いていなかった。
「これが曲芸剣術……複数の武器を同時に操るという戦い方をする騎士はそれなりにいますが、これは別格のような気がします。」
 デルフさんの話では、ポリアンサさんは多くの剣術を習得しているとのこと。複数の剣術を扱うという事は戦いのスタイルが変えられるという事で……例えばそれが近距離で剣を振り合っている時に起きると対応にだいぶ困る。
 とりあえずは様子見という事で。
「はっ!」
 合計二十五本の剣を全方位から囲むような軌道でポリアンサさんに飛ばす。しかしポリアンサさんは囲まれきる前にその場から駆け出していた。
 オレを中心に大きく弧を描くように走るポリアンサさんの速さは、速いとは思うけどビックリするほどじゃな――
「――!!」
 とっさに手で回していた回転剣を後ろに振るった。そこには、オレの剣をかわすポリアンサさんの姿があった。
「そういえば『暗殺商人』と親しかったのでしたね。」
 本人は嫌がるリリーちゃんの二つ名を呟きながら、ポリアンサさんは華麗なバク転で距離をとった。
 タッタッタと弧を描いて走っていたと思ったら突然その姿が消えた。一気に加速したのとは感覚が違う動きだったから反射的に――朝の鍛錬でリリーちゃんとの模擬戦をしているおかげだろう――背後に移動されたと思って攻撃したら案の定、ポリアンサさんは背後にいたのだった。
 リリーちゃんが相手の場合、リリーちゃんの得意な系統が第十系統だとわかっているから当然のように位置魔法を警戒する。でもポリアンサさんは……時間魔法以外の全てを使えるという事だったから、イマイチそっちに注意が行っていなかった。
 なるほど、初めて戦う相手にいきなり位置魔法を使われるとこんなにビックリするんだな。のんびりしてたらやられるぞ。
「次はオレの番です!」
 螺旋をイメージ。突風に乗っての高速移動を始めるオレ。剣も速さを増して――
「なかなかの速さですが、光より速いという事はないでしょう。」
 すっと天に掲げられたポリアンサさんの剣から閃光が走る。文字通りの、眩しい光が。
「――っ!」
 視界が真っ白になり、思わず着地したオレの方へ……向かってくる風を感じた。
空気の流れで相手の動きを読む事が第八系統の使い手の強みだと、社会科見学の時にスプレンデスさんは言っていたから、あれ以来、朝の鍛錬ではその辺りを意識している。先読みが出来るほどじゃないけど、目が見えない今の状態でもなんとなく相手の場所がわかるくらいにはなった。
「そこ!」
「!」
 タイミングを合わせて手にした回転剣を振る。響く金属音はフィリウスと旅をしていた頃によく聞いていた音。つまり、相手の武器がオレの剣に飛ばされる音だ。
 エリルみたいな装備するタイプの武器やティアナみたいな遠距離武器相手だと使いどころがなかなかないけど、元々オレはこの剣術をこういう事をする為のモノだと思っていたりしたわけで……慣れたものと言えば慣れたものだ。
 これはチャンス。まだ視界がぼんやりしているけど、近くまで迫ったポリアンサさんの武器をとばせたのだ。ここで一気に攻める!
「さすがですね、『コンダクター』。」
 周囲の剣も合わせて攻撃を仕掛けた。しかし武器を持たないポリアンサさんはさらに深く、オレの間合いに入り込み――
「はぁっ!」
 鋭い掌底であごに一撃、その後タメの入ったこれまた掌底をオレのお腹に放ち、オレはポーンと飛ばされたのだった。
「くっ……!」
 なんとか倒れずに着地し、構え直した頃にはポリアンサさんも剣を構えていた。
 んまぁ……そりゃあ剣を落としたくらいで勝てるほど甘くはないよなぁ……
「死角からの攻撃に目眩まし。試すような攻撃で申し訳ありませんが……まずは確信を持って挑みたかったのです。」
「確信……?」
「曲芸剣術に、わたくしの剣技の全てで挑めるという確信を。」
 言い終わるや否や、その脚からは想像できない凄まじい踏み込みと共に真っすぐにオレの方へ飛んでくるポリアンサさん。
 相手は『魔剣』と呼ばれる剣術の達人。近距離で戦うのは不利。曲芸剣術の間合い――中距離を保つんだ!

『おーっと、ここで両者が我々の視界から消えましたーっ! スピード自慢の生徒同士の戦いではしばしばこういう事が起こりますが――両者、その速度が「自慢」レベルを超えております!』

 実況のパールさんの声がした。
 風を使ってすごい速さで動けるようになって初めて気が付いたのだが、オレはそういう速さの中でもちゃんと周りが見えているし、割と音も聞けるのだ。思い返すと、こういう事につながる――当時は何をやらされているのかさっぱりだった謎の特訓をフィリウスにされていたわけなのだが……おかげでポリアンサさんの動きの恐ろしさがハッキリと見える。
 走ってかわしたり光の魔法を使ったりしたのは本当にただの小手調べだったらしい。今のポリアンサさんは――オレが放つ回転剣の全てに対応しているのだ。
 全方位から攻めているわけなのだが……《ディセンバ》さんのように全てをかわすというのならまだ何となく理解できる。しかしポリアンサさんは回転剣の全てを叩いているのだ。
 叩くと言うと語弊があるかもだが……正面から攻撃すると回転剣はかなり威力があるから自分の剣が飛ばされてしまう。だから受け流すように――弾いているのだ。
 一瞬一瞬、その時々でベストと思われる構え――即ち剣術を選択し、その上あの大きめな剣の形状もそれに適したモノに変えている。
 一般的な両手持ちの剣の構えから一転、その剣の長さと幅が小さくなって短剣になり、サーカスのような動きでそれを振り回し、かと思ったら細くて鋭い剣に変えてフェンシングのように突き、しまいにはいつの間にか二刀流になる。
「――! しまった、これはまずい……!」
 ふと気が付く。回転剣を避けられるのではなく弾かれるという事は……オレが想定していた軌道から外されるという事だ。風の流れに乗せているから、そうなると違う風の流れを使う事になるわけで……それを繰り返し、飛ばした剣全てにやられると段々と、じわじわと、オレのコントロールが間に合わなくなっていく……!
 事実、一定の距離を保ちながら縦横無尽に飛び回って攻撃しているはずなのに、ポリアンサさんとの距離が縮まっている気がする……!
 風魔法でポリアンサさんに直接攻撃するか、いっそ近距離まで迫ってみるか……
 ……というか……なんか……

「――」

 ポリアンサさんの視線から外れられない……?



「時々カペラの生徒会長が剣を振ってる姿が残像のように見えるが、基本的にはどうなってるのかよくわからない試合だな、これは。」
「その為のスクリーンでしょー。ランク戦でもそうだったしねー。」
 肉眼だと見える人が少ない超高速バトルを見えるようにしてくれている闘技場内にある巨大スクリーンに、観客の視線は集まってた。
 さすがに四校の全生徒が入れるっていう闘技場だけあってスクリーンはセイリオスのよりも大きくて、特大の画面に剣をくるくる回してるロイドが映ってる。
「……ロイドの曲芸剣術を一番体験してるあたし――たちでもあんなに器用に迎撃できないのに……さすが生徒会長ってところかしら。」
「ついて行けるようになったと思ったら回せる剣の数が増えたと言って以前よりも凶悪に進化してくるからなぁ。名前は愉快だがあれほど面倒な剣術もないだろう。それをああも易々と……」
 相手は三年生なんだから当たり前かもだけど、なんとなく負けた気分になってもやもやしてるあたしとローゼルに、頬杖をついたリリーがぶすっと呟く。
「別に二人ともガックリすることないよ。あの会長、魔法でなんとかしてるだけだもん。」



 たまたまだったし結果的に軽々と反撃されたけど、オレはこの移動方法で……《ディセンバ》さんの後ろをとった事がある。あの時初めてやったやり方だったけど、その事実がオレの自信となり、オレの得意な移動方法となったところが多分にあると思う。
 それが、一瞬たりともポリアンサさんの視線から外れずにいる。どこにどう移動してもポリアンサさんと目が合うのだ。
 オレの攻撃が全部弾かれているのは、そうやってオレを常に視界に捉えて……オレからの魔法の流れみたいのを読み取って風の動きを見極め、剣の軌跡を予測しているから……だと思う。
 指揮者の動きを見れば、次にどの楽器にどんな音の指示を出そうとしているのかがわかるというわけだ。
 これが三年生。これが生徒会長。
 ……いや、本当にそうか……?
「ふっ!」
 じわじわとオレに迫っていたポリアンサさんの迎撃速度が上がる。目にも止まらぬ剣舞でことごとくを弾いていく光景に焦りを覚える。このままではいつか……
 いや、考えるんだ……何か違和感を覚える。何か変だ。あまりに……こっちの動きが読まれ過ぎている……
 そうだ、相手は第十二系統以外の魔法を使いこなす人だぞ。オレの動きを読んでいる……場所を特定されている……? 何かの魔法でオレのいる位置を――
「!」
 そうだ、位置魔法だ……! 文字通り、オレの「位置」を目じゃなくて魔法で追ってるんだ。だとするとどういう魔法をかけられたんだ? えぇっと位置魔法のルールは……
 まず、生物相手の場合、自分自身は自由自在だけど自分以外を移動させようと思ったらその人――生物の許可がいる。それはモノの場合も似た感じで、所有者がいるモノは勝手に動かせない。
 ただし……モノの場合は印をつければそのルールを破ることができる。印は物理的、もしくは魔法的に刻むことができて……後者の方が効果は高い。例え自分の所有物であっても、印を刻んでおくと通常よりも移動距離をのばす事もできるから……位置魔法にとって、印はかなり重要なモノ……
 そうか、印だ。確かエリルの話だと、印を魔法で刻もうと思ったら十分くらいは集中しないといけない。でも……移動させる事はできなくても、その場所を把握する程度の印ならそんなに長い時間は必要ない――としたら?
 オレがこの戦いで受けた攻撃は……ちょっとタメの入ったあの一発のみ――ということは……!

「はぁっ!!」
「――っ!?」

 右腕――二の腕あたりに痛みが走る。気が付くと目の前――というほど目の前ではないけど割と近くにポリアンサさんがいて、その手にはちょっと長すぎる刀身の剣があった。間合いの外から無理やり剣を長くして攻撃したというところか。
「何やら考え事をしていたようですね。回転剣の防御がゆるんでいましたよ。」
 このまま攻め込まれるとマズイと直感し、オレは近くの剣を全て自身の周囲に展開した。ギリギリ間に合ったらしく、ポリアンサさんは踏み込むのをとどまって後退する。
 戦っている最中に戦略を考えるのはいいんだけど、それをやると戦いがおろそかになるのがオレの未熟なところだな……ちゃんとできるようにしないといけない。
 が、まずはその前に――
「えぇっと……ちょ、ちょっとアレな事しますけど……お、お許しを……」
 間違っていた場合、オレはだいぶ恥ずかしい状態になるわけだが……オレがシャツのボタンに手を伸ばしたところで、ポリアンサさんの表情がピクリと動いた。
 ――当たりかな……?



『お……おおー? 『コンダクター』が突然服を脱ぎだしました! 上着を――脱ぎ捨てはせずになんとなくたたみ、そしてシャツのボタンに手をかける!』

「な、何やってんのあいつ!!」
 闘技場の真ん中で。四校のほとんどの生徒が見てる前で。あのすっとぼけ田舎者は服を脱いで――!?!?

『シャツの下は――おっと裸です! 『コンダクター』は地肌にシャツを着る派のようです! 意外とワイルドタイプなのでしょうか!』

「肌触りがいいからそうしてるだけです!」

 相変わらずの田舎者っていうか、どっちかっていうと貧乏人みたいな叫びを真っ赤な顔でするロイド。闘技場の大画面に映る上半身裸で剣をくるくる回す姿はかなりマヌケで――
「ほう。」
 はっとして隣を見る。そこにはまるで品定めするみたいな顔になってるローゼルとかいつの間にかカメラを手にしてるリリーとかがいた。
「な、なにまじまじと眺めてんのよ!」
「……エリルくんは見慣れているのかもしれないが、わたしはそうではないのだ。眼福というやつだ。」
「がん――ま、前にも何回か見てるじゃない!」
「ふむ……考えてみるといいぞエリルくん。男の子は女の子の――そうだな、スカートの中の下着を見たとして、一回見れば満足という事はあるまいよ?」
「なんの話してんのよ、エロ女神!」



「バレてしまったようですね。わたくしの仕掛けた印が。」
 実況のパールさんの変な実況のせいで恥ずかしさがだいぶ増大してしまったオレだったが、幸い、オレの行動は間違いではなかったようだ。
「……結構速く動いているのにずっと目が合っていましたから……何かの魔法でオレの位置を把握しているのかと考えて、位置魔法の印に思い当たりました。」
「そしてわたくしがあなたに攻撃を加えたのは先ほどの掌底のみ。生き物に印は刻めませんから、わたくしが印を仕掛けるとしたら掌底が撃ち込まれた場所にあった衣服――つまりシャツ。ならばそれを脱いでしまえば良いと。」
 この交流戦におけるルール……というか闘技場の仕組みはセイリオスのそれと同じだ。攻撃されれば痛みは走るけど血が出たりなんて事はないし、致命傷もありえない。加えて……炎の魔法とかをもろに受けた時に服が燃えて恥ずかしい事になる――なんて事もない。
 ただし、こうやってオレが自分で脱ぐ分には問題ないわけ――い、いや、別に見て欲しいとかそういうのじゃないぞ!
「ふふ。まぁあれだけ凝視していれば気づかれるとは思っていましたが――そうでもしないと対応できなかったというのが本音ですわ。」
 元の形に戻した剣を眺めながら、ポリアンサさんは真剣な顔で語る。
「遠心力によって屈強な戦士の全力の一振りのような威力を生み出している剣が視認の困難な速度で全方位から飛来する。複数の相手と戦っているような状態になるのだろうと想像していましたが……実際はもっと恐ろしいモノでした。何せ一振りたりともその回転を止める事ができず、ただただ弾く事しかできないのですから。」
「あんなに全部弾かれるとは思いませんでしたよ……」
「もしかすると、上級生であるという事実や生徒会の長という肩書きがわたくしを――「攻撃を余裕で防いでいる」ように見せたのかもしれませんが、わたくしは必死でした。あなたの高速の動きを位置魔法で捉え、強化魔法で強化した目によって魔法の――風の流れを読み取り、それに合わせる形で身につけた剣術の全てを出し、あなたの演奏を少しずつ狂わせて……そうしてやっと届いた一閃はあなたの腕をかすっただけ。なんとも絶望的ですわ。」
「で、でも最初は位置魔法の――『テレポート』でしたっけ。あれで一瞬でオレの後ろを……」
「とりはしましたが攻撃は当てられなかった。あなたはしっかりと反応しましたよ。その上、以降はその攻撃を警戒してか、自身の周囲に常に剣を配置していましたから瞬間移動すれば斬られるのはこちら……恐ろしく、素晴らしい剣術ですね、曲芸剣術は。」
「あ、ありがとうございます……」
「想像以上ですわ。」
 そこで、曲芸剣術をほめちぎっていたポリアンサさんの表情が……嬉しそうなそれになった。
「その剣術をわたくしが今から身につける事は不可能でしょう。しかしあなたとの戦いはわたくしを強くする――その確信を得ました。ですからこれからは本気を出していきます。」
 本気で……って、今まで本気じゃなかった!? あ、ああいや、そりゃあそうだ……だってポリアンサさんのすごい所というのは第十二系統以外の魔法を使えるということ。補助的に使ってはいたものの、まだ一度も――攻撃としての魔法は使っていないのだ……!
「何度も試すようで申し訳ありませんね。現状、使い手があなただけという事を考えるとどうしても、その技を深く体験したいという欲求に駆られてしまいます。もうわたくしでは身につける事の出来ない剣術を……最強と称される騎士の一人が描いた渦巻く軌跡を。」
 ……曲芸剣術なんていう愉快な名前がついているこの剣術にそこまで真剣に向き合ってくれるとは……いや、それだけ例の《オウガスト》がすごかったのだろう。
 思う以上に、オレはすごい技術をフィリウスからもらったのかもしれない。
「挑ませていただきます。わたくしの剣術と魔術の全てで。そしてもしも……もしも、あなたがわたくしとの戦いに全てを出しても良いと思えたのでしたら――是非、『リミテッドヒーロー』との戦いで見せたあなたの全力を見せていただきたいですね。」
「!」
 魔眼の事を知っている……のかもしれないけど、そうでなくてもそういう予想はつくか。ランク戦の戦いが他の学校でも知られているというのなら、カラードとの戦いの後のエリルとのじゃんけん勝負も知っているだろう。

空気中やイメロから生み出されたマナを魔力へと変換し、それを燃料にして術を発動させるというのが魔法のプロセスだが、魔法生物と違って人間はそもそも魔法を使えるような身体ではない。だから、マナを魔力へ変換する時に身体に負荷がかかる。それは簡単に言えば疲労だけど、やりすぎると死に至るようなモノだ。
 それゆえ、人が一日に作れる魔力の量はなんとなく決まっている。個人差も大きいけど、無限に魔法を使える人は存在しない。しかし、魔眼ユリオプスの能力である魔力の前借りを使えばそれが可能となる。
 明日の自分や明後日の自分が作る事のできたはずの魔力を今の自分が前借りできる能力……つまり先の事を考えなけれ、オレは大量の魔力を未来の自分から借りることができるのだ。
 マジックアイテムである増える剣はどこまでも増やせるし、風も使い放題。かつての《オウガスト》がやったという数百という数の武器を飛ばす事も可能だろう。
 ポリアンサさんの言うオレの全力とはつまりそれの事。もしここで使えばポリアンサさんといい勝負ができるかもしれないけど、明日以降、オレは魔法を使えなくなる。だからポリアンサさんは「全てを出しても良いと思えたら」という一言を加えたのだ。

「……贅沢な話で申し訳ないですけど……オレは、まだ戦いたい人がいるんです……だから……」
「そうですか……」
「でも――それでガッカリさせるつもりはありません……!」
 螺旋のイメージ――急降下!
「『グラーヴェ』!」
 ポリアンサさんの直上から大量の空気を突風に乗せて撃ち下ろす。ランク戦時には相手を地面にへばりつかせる事ができたが――
「炎よ!」
 ポリアンサさんが紅く光った剣を空に振る。瞬間……どういう制御をしたらそうなるのかよくわからないのだが、周囲に広がらずに空へと真っすぐに伸びる爆発という不思議な火柱が宙を駆け、オレの風は爆散させられた。
 魔法のぶつけ合いでは勝てないだろう――ここはやはり、曲芸剣術のスピードと手数で攻め――
「闇よ!」
「いっ!?」
 急に身体が重くなった。回転させる剣も、動かそうとしていう風も、そろって地面に吸い寄せられるような感覚……重さの魔法――第六系統の闇魔法か!
「『バーンブレード』!」
 ずっしりと地面を踏みしめているオレの方を向きながら、間合いのだいぶ外でポリアンサさんが紅く光る剣を振る。するとその剣筋が拡大され、巨大な赤い斬撃となってこっちに飛んで――
 ち、違う、斬撃じゃないぞこれ!
「最大風速!」
 普段ならそれをやるとどこまでも飛んでいってしまうような突風を自分にぶつける。闇の魔法で重たくなっているオレの身体には丁度良かったらしく、それほどふっとばずに済んだが――

 ドゴォンッ!

『あーっとこれはすごい一撃です! まるで上空から放たれたビームが地面を焼き払ったかのような光景です!』

 石で出来ている闘技場の床がドロドロと溶け、さっきまでオレがいた場所まで真っすぐに赤いラインが描かれていた。
 実況の人が言ったように、これはビームだ。アンジュが口から放つ『ヒートブラスト』と似ているけど……決定的に違うのは向き。『ヒートブラスト』は熱線が真っすぐに、「点」として飛んでくるのに対し、ポリアンサさんの『バーンブレード』は「線」。一本の長くて大きな熱線が横向きで飛んでくるのだ。攻撃範囲は闘技場の端から端まで……な、なんて恐ろしい……
「まだまだですよ!」
 紅い剣を縦、横、斜めに振るうポリアンサさん。その動きに合わせて縦向き、横向き、斜め向きの角度で放たれた熱線が網目を描いて壁や床を溶かしながら飛んでくる。勿論、セイリオスの時と同じように観客席には攻撃が届かないようになってって――ってそんな場合じゃない!
 一撃必殺の高温の壁が迫ってくるような状況――後ろに退いても意味がないなら向かっていくしかない!

『おお! 『コンダクター』、必殺の閃光に自ら飛び込んでいきます!』

 上を着ていないせいか、肌をじりじりと焼かれるような感覚を味わいながら熱線の網目をくぐっていく。熱のせいで生じている気流に風を狂わせられながらも、オレは無我夢中で熱線をかわして――その先に立つポリアンサさんを捉えた。
「! 光――」
 剣を掲げ、試合開始時にやったような目眩ましを放とうと……たぶんしていたポリアンサさんに、それよりも速く剣を飛ばす。大慌てで飛ばした一本だったけど、それを弾くために一瞬時間を使ってくれればそれで充分……!
「行けぇっ!!」
 その一瞬を逃さず、ついさっきポリアンサさんが「必死だった」と言った回転剣の全方位攻撃を仕掛ける。
「土よ!」
 闘技場の床が隆起し、ついでに金属のような光沢を帯びて盾となる。数本防がれたけど――それで手を止めたら魔法の一撃が飛んでくる……!
「はああああっ!」

『『コンダクター』、再びの猛攻撃! ですが――な、なんということでしょう! 先ほどの剣技のみで全てを弾いていた事も素晴らしいですが――土の壁、爆風、氷、あらゆる系統の魔法を使って『コンダクター』の回転剣を防いでいます! なんという魔法の発動速度!』

 まるで目に見えない誰かがポリアンサさんを守ってくれているような、そんな風にも見える光景だった。飛んでくる剣の方を見もしないで――というかオレをキリッと見据えてそのままこっちに向かって走ってくる……! 魔法を使うとこうもあっさり、全方位攻撃が防がれるのか!?
 い、いや、デメリットがないはずはない――と思いたい……! そ、そうだ……今の完全防御の状態でさっきの『バーンブレード』を撃てば一方的に攻められるはず……それが飛んでこないって事は、あの防御で魔法はいっぱいいっぱい――と信じたい……!
 そう思わせて誘っている可能性だってあるけど――ここは攻める方向で!

『ああっと、『コンダクター』! 一定の距離を保っていた動きから一転! 『魔剣』の間合いへ突っ込んでいきます!』

「!」
 ポリアンサさんが少し驚く。驚くという事は……よし、アンジュ直伝の魔法を使ってあれを決める!
 あめあられと降らせる回転剣の中を魔法の壁で防御しながら走ってくるポリアンサさんへ一直線に飛ぶ。瞬く間に距離は縮まり、オレはポリアンサさんの剣の間合いに入った。
「――!!」
 オレの接近をあまり予想していなかったっぽいけど、間合いに入ったのなら構わないとでも言うようにニッと笑ったポリアンサさんは、その剣を先端が尖った形状へと変えて爆速の突きを繰り出す。
 しかし、真っすぐに迫っていたその剣先はオレに刺さる数センチ手前でぐらりと微妙に横にそれ、そのまま――オレの肩の辺りをなぞりながらではあったけど、大きなダメージを与える事無くオレを通り過ぎた。
「な――」
 思わずもれるポリアンサさんの驚きの声。その隙を逃さず、オレは手の平に作った圧縮空気の塊をポリアンサさんのお腹へと叩き込んだ。

『これはーっ!? 剣戟が響くかと思われたその瞬間、『魔剣』が弾かれるように後ろへ吹き飛んで壁へ激と――あっと、『コンダクター』が追撃の構えーっ!』

 すぐには回復できないはず――勝負だ!
「『アディラート』っ!!」

『凄まじい剣の暴風! 『コンダクター』、壁へと吹き飛んだ『魔剣』へ休む間もなく回転剣の連射です! 今まで曲線を描いて相手を全方位から狙っていた剣が一直線に! まるでガルドのマシンガンのように撃ち込まれていきます!』

 ――
 ――――! 音が……これは金属音!
 ポリアンサさんが激突した衝撃で舞っていた砂埃が回転剣の風圧で飛ばされていくと、そこには金属の大きな盾があり、オレの『アディラート』を防いでいた。よくローゼルさんがオレの攻撃を防ぐ時にやるような反りをつけた形状で、回転剣は受け流されるように弾かれていた。
 なら、その盾を迂回する軌道で――
「!!」
 突如背後に感じた空気の流れ。最初に位置魔法で背後をとられたのを思い出す――
 しまった、あの盾はおとり!
「はああっ!」
 振り返った時にはもう遅く、そこには背後に回ったポリアンサさんがオレに剣を振り下ろしている光景があった。
「っ――」
 手にした剣を振るのも、風で緊急離脱するのも間に合わないタイミング。しかし、勝負を決するであろうその一閃はオレの横スレスレを通り過ぎた。
 空振り!? そうか、あれが効いてい――
「雷よっ!!」
 オレを通り過ぎたポリアンサさんの剣から放たれる雷撃。それをもろに受けたオレは衝撃で吹っ飛び、上手く着地もできずにゴロゴロと転がった。
 ま、まずい、すぐにでも追撃が――

『あ――こ、これは!? 雷撃を受けた『コンダクター』はともかく、猛攻をかいくぐって攻撃を仕掛けた『魔剣』がその場で膝をつきましたーっ!』

 ビリビリと身体中に走るしびれを抑えながら顔をポリアンサさんの方へ向けると、ポリアンサさんは剣を杖に片膝をつき、あいた片手で頭を押さえていた。
「――っ……なるほど……こういう攻め方もありますね……」
 やっぱりちゃんと効いてたみたいだな……
「……オレも……雷の魔法をくらうとこんなに痺れるとは知りませんでしたよ。」
「ふふふ。そういう場所を狙いましたからね。」



「よし、ティアナ。その眼で見た事を話すのだ。」
 二人がふらふらしてる間に、ローゼルがそんなことを言いながらティアナの肩に手を置いた。
「ロイドがプリムラの間合いに突っ込んだ辺りからね。」
 あたしたちの視線を受けて、ティアナはおずおずと話す。
「え、えっとね……自分の目の前、まで来たロイドくんに……会長さんがシュバッて攻撃しようとしたんだけど……ロイドくんが身体の上に飛ばしてた風にビュオォッてやられて……」
「身体の上……ああ、あれか。アンジュくんの『ヒートコート』の第八系統版。」
 いつかの朝の鍛錬の時に、アンジュみたいに魔法を自分の身体の表面に薄くまとわせるっていうのを、自然系の系統が得意なあたし、ローゼル、ロイドで試してみた事がある。アンジュの『ヒートコート』は衝撃に反応して爆発する熱の塊みたいなモノをまとう技なんだけど、これがかなり難しい。同じ系統が得意なあたしはいつも勢いよく爆発させてるせいか一か所に熱をとどめるって事ができなくて、ローゼルも冷たい霧を身体からもわもわさせるだけで固定はできなかった。
 だけどロイドは違った。すごく綺麗に風を回転させる事ができるロイドは、自分の身体の表面から数センチだけ離れた場所を吹き抜ける風を起こして、それを身体中に走らせた。例えるなら、人のシルエットでぐるぐる回る竜巻を着てるようなイメージ。
「『エアロコート』とか名付けてたわね……って、あの魔法でプリムラの剣をそらせたってこと? どんだけ強い風を吹かせてんのよ、あいつ。」
「しかしそらしたと言ってもあれだけの近距離であったし、ポリアンサ会長の一撃の威力もあってか、ほんの少しそらして致命傷を免れた――という感じだったがな。」
「それでもあっちの会長がビックリするには充分だったんだろうねー。それでその後、ロイドは何したのー?」
「う、うん……ま、前のランク戦でもやってたこと、あるけど……ギュッてした空気をぶつけて、爆発させてポーンッて……で、その時回転を加え、てたからあの会長さんもグルグルって……」
「圧縮した空気の塊を回転を加えながら撃ちこみ、破裂させて吹き飛ばしたのか。結果、ポリアンサ会長は回転しながら壁に激突……なるほど、それであんなにふらふらなのか。」
 強制的にこっちを回転させる技……一回受けてみた事があるけど、脳がぐわんぐわん揺れて相当キツイのよね、あれ。
「プリムラは時間以外を使いこなせるって事だから、当然幻術とかの対策もバッチリなんでしょうけど……まさか物理的に酔わされるとは思わなかったでしょうね。」
「くるくる回ってふらふらするなんて、ちっちゃい時に誰にでも経験ありそーだけど、戦いではやんないよねー。くらっちゃったら防げないかもねー。」
「そ、それで……か、壁にぶつかった会長さんにロイドくんが攻撃するんだけど……か、会長さんはすぐに地面から鉄みたいな壁を出してぼ、防御して、ふらふらのまま頑張って位置魔法で移動して……」
「ロイドくんの『アディラート』はポリアンサ会長が壁に激突するや否やというタイミングだったのだがなぁ……激突のダメージとふらふらの身体でよくもまぁアレだけの速さでアレだけ頑丈な壁を出せるものだ。」
「ロイドの全方位攻撃も土とか氷とかで全部防いでたし、しかもそれをやりながらロイドの方に走ってたし……すごいわね。」
「でもさすがに防御しながら『バーンブレード』? を撃つ余裕は無かったみたいだねー。」
「ロ、ロイドくんの後ろに移動したところまでは、よ、よかったんだけど……や、やっぱりまだふらふらだったから……剣がスカッてなって……で、でもロイドくんがその空振りのす、隙をつこうとしたらバチバチっていうのが起きて……お、主に首に向かってビリビリしてたかな……」
「『アディラート』で回転剣を全部前に飛ばしてたから、プリムラがロイドの後ろに移動した時は終わったかと思ったけど……あんなに盛大に空振りするとはね。」
「位置魔法で移動するだけで精一杯だったのだろうな。しかしその空振りのリカバリーは流石だな。しっかりと痺れを起こす場所を狙ってくるとは。」
「ねー商人ちゃん。位置魔法ってふらふらの状態でもできるモンなのー?」
 全然会話に入ってこないリリーの方を見ると、そこにはカメラを覗いてよだれをたらしてる変態がいた。
「えへへ……えへへへ、んもぅ、ロイくんてばロイくんてばロイくんてばぁん。上半身裸で……ちょっといい汗かいて……いつもよりキリッとしてて……かっこいいよぉ……」



「風を利用した速さも、十二騎士直伝の身のこなしも、伝説の剣術も、あなたの強さを称するモノには違いないでしょうが……しかし、わたくしが特筆したいのはその風の精密さですわ。」
 回転の酔いから戻りつつあるポリアンサさんは、グッと背筋を伸ばして立ち上がる。オレも、だいぶ痺れがとれてきた。
「第八系統を得意とする方々の、きっと平均風速を遥かに超える速度と、細かな制御を可能にする円形、球形、螺旋の軌道……精密であるが故に邪魔をしやすそうではありますけれど、応用の可能性は非常に高い……そののびしろは羨ましいですね。」
「いやぁ……こうも色んな系統の魔法を披露されると羨ましいをそのまま返したいところですけど……あの、もしも教えてもいいならでいいんですけど……ポリアンサさんの得意な系統ってどれなんですか……?」
「わたくしの得意な系統は第一系統の強化です。」
「え――えぇ?」
「ええ、その反応は毎度の事ですね。しかし簡単な話ですよ。要するにわたくしは、得意でない他の系統の魔法を「強化」して使っているのです。」
「そんな使い方もあるんですか……」
 こりゃあ第八系統ばっかりやってる場合じゃないな……そういえばエリルもちょいちょい強化魔法使っているし。オレも強化を練習するか……
「しかし……楽しいですね、あなたとの戦いは。」
「へ……えぇ?」
「今まで経験した事のない技を見せてくれますから、とても勉強になります。あれほど防御の為に魔法を連続発動させたのは初めてですし、正直『バーンブレード』の網をくぐり抜けられた事には驚きましたわ。」
「あ、ありがとうございます……」
「ですから――あとに控える残り二戦の為に力を温存しているあなたから、全力を引き出したくなりました。」
 そう言いながら再び剣を構えた瞬間、そういう資質を持っていないオレですら見えてしまうくらいの濃い魔力の流れがポリアンサさんを覆った。
「近年の魔法学でこんな仮説が唱えられている事をご存知かしら。全部で十二個の系統を持つ魔法は、実はたった二つの系統で分類されると。」
「ふ、二つ……?」
「第一から第十一系統がとある系統を構成するパーツのようなモノだと捉えているのです。それらをまとめて一つの系統とするなら、第十二系統と合わせて系統は二つ。」
「は、はぁ……」
「そのような説が生まれたキッカケは、とある魔法使いが生み出したオリジナルの魔法……第一から第十一系統の全てを組み合わせる事で編み出されたその魔法は――」
 ポリアンサさんを覆っていた魔力が魔法へと変換されていく。その姿が蜃気楼のように歪んだかと思ったらポリアンサさんの手から剣が消えて……代わりに左肩の後ろあたりに剣で出来た翼……? みたいなモノが出現した。
「空間魔法――そう呼ばれています。」
 ポリアンサさんが右手を振ると、その手の先に宙に浮かぶ光の剣が現れる。
……いや、なんというか……表現するなら確かに光の剣なんだろうけど……その刀身には何か、こう、吸い込まれるような力を感じる……不思議な剣だ。

『初戦からこの魔法を出してくるとは意外な展開です! 豆知識としてお伝えしますと、多様な剣術と魔術で一振りの剣をマジックアイテムのように振るうプリムラ選手についた『魔剣』という二つ名ですが、あの光の剣と戦った事のある者は口をそろえてこう言います! あの剣こそが『魔剣』であると!』

 えぇ!? じゃああれこそがポリアンサさんの真骨頂的なモノなのか!
「これがわたくしの……そうですね、必殺技とでも言いましょうか。空間魔法で作り上げた翼と剣――名を『ヴァルキリア』と言います。」
 トンと地面を蹴り、そのままふわりと宙に浮くポリアンサさん。片翼の剣の翼と一本の光の剣をまとう姿はかなりカッコイイ。
「……オレの曲芸剣術にもそういうカッコイイ名前が欲しいですね。」
 剣を回し、今まで以上に気を引き締める。ニコリと笑うポリアンサさんがすぅっと腕を動かすのを合図に、オレは回転剣の全方位攻撃を仕掛けた。
 剣術のみの場合はその全てを剣で弾かれ、魔法を使い始めたらそっちを見なくても魔法で防がれてしまったこの攻撃……全力全開状態の場合、ポリアンサさんはどんな風に防御をす――

「えぇ!?」

 その動きは一瞬だった。ポリアンサさんがこの戦いが始まってからおそらく最速の動きで剣を振るうと、オレが飛ばした回転剣が全て真っ二つに切断されて……その場で消滅した。

『一閃! 今まで弾くことしかできなかった回転剣が切断され、その上消滅しました! 『魔剣』の剣にはそのような力もあるのでしょうか!』

 いや……消滅したのは仕様だ。
プリオルからもらったこの剣の欠点をあげるなら、それは分裂して生まれた大量の剣は、破壊されると消滅してしまうという事だ。
 この「増える剣」の大元――つまり、分裂する際の最初の一本はいくら破壊されても手を叩いたり指を鳴らしたりして剣を分裂させればその破損が修復されるという便利な機能がある。しかし分裂で生まれた剣はあくまで魔法で生み出されたモノという分類で、破壊されるとマナに戻って空気に溶けてしまうのだ。
 本物の剣だったなら、例え真っ二つにされようともその二つを再び回転させて攻撃を再開させることができるのだが、消えてしまったらどうしようもなく……オレの曲芸剣術の連撃はそこで止まらざるを得ない。
 いや……まてまて、問題はそこじゃない。エリルのパンチみたいな物凄い威力のモノに砕かれたというならわかるが、切断となると大問題だ。
相手の武器を切断する技術を持った剣士はそりゃあいるだろうし、切断できるだけの鋭さを持つ剣も勿論あるだろう。しかし今回は高速回転する剣……そんな斬りにくいモノをあんなにあっさりと切断するという事は――斬る対象の動きとか形状なんか関係なしに真っ二つに出来るほどの切れ味があるということにな――
「うわっ!」
 慌ててのけぞると、ポリアンサさんの剣がオレの鼻先をかすめていった。
「すごい避け方ですね。」
 また考え事で隙を見せてしまった……!
 風で移動し、ポリアンサさんから離れたオレは――オレの行き先に首を動かしたポリアンサさんがオレの目の前に瞬間移動するのを見て息を飲んだ。
 あ、やば――
「――ぐああああああっ!!」
 切断された――そう思った。そうされたことはないけれど、そうなったとしたらきっとこれくらいの痛みが走るのだろうと……そう思える激痛が両腕に走った。
「――っつ……いった……」
 倒れずに着地できたのがだいぶ奇跡に近かったという事を、着地したあとに理解する。
 両腕の、肘から先の感覚が全くない。
「相変わらず素晴らしい反応と動きですが、今回は間に合いませんでしたね。両腕を切断しました。」
 そこにあるけど一ミリも動かせない指を横目に、オレは少し離れたところで剣を構えるポリアンサさんを見た。
「勿論、そういう大怪我がこの闘技場の中で現実になる事はありません。そういう魔法がかかっていますから。ですが、疑似的にはそうなっています。この試合が終わるまで、あなたは肘から先を動かすことはできません。」
「……――っ……こ、これが切断された時の痛み……ですか……」
 頭の中と視界でバチバチと光が走るような感覚……身体が、今すぐにこの痛みからオレを解放しようとオレの意識を断とうとしている。
「本来一度しか体験できない類の痛みを経験できる事は、この闘技場の素晴らしいところの一つですね。世の中には、もっと残酷な痛みをばらまく悪党がいるのですから……まぁ、これはこの際どうでもよいのですが。」
 ポリアンサさんは光の剣を天に掲げ、キリッとオレを見据えた。
「次の一撃で勝負を決める――そのつもりで剣を振るいます。さぁ、『コンダクター』……あなたも全力を引き出し、第二ラウンドと行こうではありませんか。」
 どうしてもオレの魔眼を発動させたいらしいポリアンサさん。今年で卒業し、来年の交流祭には姿を見せないこの強い人がこうまで言ってくれている……
 しかしまぁ……なんというか、ここまで来たら意地だな。
「……生憎と、オレは普通の指揮者ではないのです。」
 ぶらぶらと、肘から先にぶら下がっているだけの手をなんとか叩いて剣を増やし、風を起こして剣を回す。
「指揮棒が握れないくらいで、オレの演奏は止まりませんよ。」
 ……
 …………ん? あれ、オレなんて言った……?
「…………あぁ、今のは忘れて下さい……なんか恥ずかしい事を言ってしまった……」
 口が滑った。赤くなる顔を覆いたいのに覆う手が動かないというどうしようもなさ……
「……すごいですね、あなたは。想像以上の激痛が走っているでしょうに、その余裕とは。」
 ふふっと、ポリアンサさんがほほ笑む。ああ……何で今こんなキザな事を……
 んまぁ、でも……フィリウスがこんな事を言っていたことがあった。
「不利な時こそタフなセリフのはきどころ……らしいので。」
 イメージする。螺旋を細め、錐のように鋭くし、一本の槍と化す。
「これがオレの必殺技です。」
「……受けて立ちましょう。」
 残念そうに笑うポリアンサさん。
 オレが負けるのはなんとなくわかるのだが……果たして、オレの必殺技はどのようにして打ち破られるのか。
 全力の出し惜しみに若干申し訳なさを感じながら、オレは最後の一撃を放つ。
「『グングニル』――っ!!」

 回転する剣を螺旋にうねる風に乗せ、ドリルのように相手に突き出す技。簡単に言うと削岩機のような状態で、貫けないモノはないだろうとS級犯罪者のお墨付きをもらったその槍は――

「――美しい技ですね。」

 一閃、上から下に振り下ろされた光の剣を受け、まるで写真をカッターで切るかのように――竜巻ごと真っ二つにされた。



 セイリオスの闘技場と大体同じ構造だったから、あたしたちは戦った選手が出て来るだろう出口でロイドを待ってた。
 最後、『グングニル』を通り越して闘技場そのものを真っ二つにしそうな勢いのデタラメな斬撃を真正面から受けたロイドがバタリと倒れて……それを見て悲鳴をあげながら瞬間移動して選手と観客の間にある魔法の壁にぶつかってひっくり返ったリリーを背負ったローゼルが呟く。
「……リリーくんも結構あるのだな……あまり浮かれていられない。」
「なんの話よ。」
「胸の話だ。」
「なんの話よ!」
「なに、ふと気が付いたのだ。そしてロイドくんもそうだ。」
「なんで胸の話にロイドが出てくんのよ!」
「そっちではなくて今回の試合だ。なんというか……こういう公式の試合でロイドくんが負けるところを初めて見たと思ってな。」
 ……言われてみればそうだわ。まぁ、そもそも模擬戦はともかく公式戦はそんなにやってない――っていうかランク戦だけだし……
 でもローゼルの言いたい事はなんとなくわかる。ロイドって、なんだかんだで勝っちゃいそうなイメージだから。
「上には上がいるってことだねー。空間魔法なんて初めて聞いたし、すごい人はまだまだいっぱいいるんだろうねー。」
「あ、あたしたちも……頑張らないとだね……あ、ロイドくん……」
 トボトボと出てきたロイドは上着とシャツを手にかけた状態で……つ、つまり上半身裸で……
「ロイくーん!」
「ぎゃあっ!?」
 ローゼルの背中で気絶してたはずのリリーが瞬間移動でロイドに飛びついた。
「やーん、ロイくんてば大丈夫なの? ケガとかない?」
「だ、大丈夫ですから! そ、その前にく、くっつくと……あの、ほら、オレ、上を着てないから! あ、汗とかかいてるから!」
「気にしないよー。ていうかロイくんてば、こういうのに耐えられるように我慢するんじゃなかったの?」
「そうですけど! い、今はほら!」
「んにゅ、ロイくんの匂い……」
「あびゃあっ!」
 両手を上げて身動きできないでいるロイドは……何を思ったのか、カッと決意の顔になる。
「そ、それなら――だりゃあぁっ!」
「ひゃぁっ!?」
 くっついてるリリーをそのまま抱き返したわよあのバカ!
「や、ヤー、リリーチャンのニオイがシマスヨー……!」
「ひゃっ、ひゃっ、ロイくんてば、ひゃっ!」
 片言で慣れない――や、やらしい感じの事を口走るロイドの反撃に対し、リリーは自分からくっついたクセに真っ赤になってジタバタして……
「ひゃぅん……」
 ぺたりと座り込んだ。
「お……おお! リ、リリーちゃんに勝った――あ、あれ!? そ、そんなつもりでは!?」
 思ってたのと違う結果らしいけどどう考えたってこういう感じになるわよっていうことをやらかしたすっとぼけロイド。
「やぁん、ロイくんてばぁ……んもぅ……」
 赤い顔で嬉しそうに……もしくは妖艶に微笑むリリーを見て「あびゃ」とかいう変な声をあげるロイド……まったく……
「……ロイド、あんたとりあえず服を着なさ――」

「『コンダクター』……あなたやっぱりそういう方でしたのね……」

 こういうバカなところに一々怒ってたらロイドのかの――こ、恋人はやってられないわって思わず考えちゃってちょっと恥ずかしくなりながら、とりあえず服を着ろって言いかけたところでドン引きしてる感じの一言が聞こえた。
「ポ、ポリアンサさん!? いや、あの、これはですね!」
「とりあえず服を着てはいかが?」
 ため息をつきながらの提案にハッとし、ロイドはいそいそと服を着た。
 ついでにリリーも……満面の笑みで立ち上がる……
「はい! えっと! ど、どうしましたかポリアンサさん!」
「……良い勝負をありがとうございましたと、お礼を言いに来たので――」
「あんた強いんだな!」
 ロイドの『淫靡なる夜の指揮者』的な光景を前に、でも冷静に口を開いたポリアンサのセリフに割り込んだのは……えっと、ラクス・テーパーバケッド。イクシードとかいう体質らしい時間使いで二年生。カペラ唯一の男子生徒。
「プリムラが『ヴァルキリア』を使う相手なんて、カペラには数えるくらいしかいないんだぜ? いやぁ、すげぇなぁ。」
「……あなたもその一人ですけどね、ラクスさん。」
 ちょっと口をとがらせてそういったプリムラは……なんかさっきまでロイドを圧倒してた生徒会長の雰囲気とちょっと違った。
 いえ……ラクスに対してのみ、かしら。
「俺の場合は第十二系統の使い手だからだろう? いや、というか大人げなくないか、プリムラ。そっちは三年生な上に生徒会長で、こっちは一年生だぞ?」
「会長職は関係ありません。それに、そういう事は彼と戦ってから言って下さい。」
 プンスカ……っていう表現が合いそうな顔でラクスに文句を言ったプリムラは、すっと一歩前に出てロイドを見据えた。
「『コンダクター』、あなたは強い。体術や剣術の個々のレベルは既に完成の域でしょう。学年相応――いえ、それ以下の実力になってしまっているモノはただ一つ――魔法です。」
「――はい。」
 三年生で生徒会長。実質、現カペラ最強の学生であるプリムラから負けたロイドへ送られるこの言葉は、今回の試合の総まとめ……これ以上はない収穫――強者からのアドバイス。ロイドは、その話を真剣な顔で聞いてた。
「風の速度や精密さにおいてあなたの横に並び立てる者は、現役の騎士でもそういないでしょう。しかしあなたが起こしている風は、第八系統の魔道においては初歩の初歩。言ってしまえば、「ただの風」を他の者が持っていない応用力で強力にしているだけですわ。」
 ……ロイドは別に、魔法が苦手ってわけじゃないし、勉強が苦手ってわけでもない。フィリウスさんとの旅の間、曲芸剣術の土台を作る為にほんの数か月前まで魔法を一度も使った事がないっていう、騎士を目指す者からしたらとんでもないハンデを抱えてるだけ。
 でもやっぱり、その差は大きいのよね。
「精進する事です。第八系統は風の魔法を扱う系統ですが、風だけが第八系統の全てではないのです。魔道を歩み、今以上に第八系統を使いこなせるようになった時――あなたの体術や剣術は更に強力な武器となりますわ。」
「はい!」
 バカみたいに敬礼なんかしてるまぬけロイドをくすくす笑うプリムラは、「そういえば」と言って話題を変えた。
「結局わたくしの誘いに乗らずに残す二戦に力を温存したあなたでしたが、一体どなたと戦う予定なのです?」
 ……割と根に持ってるらしいプリムラが不満げにそう言った。
「えぇっと……決まっているのは一人だけでして……その、プロキオンの会長のアフェランドラさんと……」
「彼女と?」
 少し驚いた顔になったプリムラは、ふと何かを考える。
「珍しい事もあるものですね……いえ、彼女的に『コンダクター』であれば力を出しても良いと思える相手なのかもしれませんね……」
「えぇ?」
「ふふ、こちらの話です。その試合、必ず観戦させてもらいますわ。」
「えぇ……気になるんですけど……アフェランドラさんが何か……?」
「そうですわね……では一つだけ。彼女の二つ名は『女帝』ですけれど、実はもう一つあるのです。」
「二つ名が二つあるんですか?」
「ええ。個人的な想像を含んでの見解ですけれど、もう一つの名が使われる時の彼女は『神速』を超えると思っていますわ。」
「えぇっ!?」
 ……やっぱり二つ名っていうのが好きなのか、たっぷりと言葉をためて何故か自慢気な顔でプリムラはこう言った。

「マーガレット・アフェランドラ。全力全開で戦う際の彼女の二つ名は――『雷帝』ですわ。」



 ポリアンサさんとの試合に負け、みんなとのポイント勝負において圧倒的に出遅れたというのに、試合をする予定になっているアフェランドラさんに物凄く強そうな『雷帝』という二つ名がある事を知り……完全に「負け」に王手がかかってガックリしていると、リリーちゃんがくっついてきた――!
「やぁん、もぅ、ロイくんてば! いきなりああいうことするんだからぁん! もう一回して?」
 ああ、やっぱり我慢できる気が――い、いや、これも立派な騎士になる為の修行みたいなモノだぞ、オレ!
「そそ、そんなこと言って! ま、またへなへなになっちゃうよ……!」
「うん、へなへなにして欲しいなぁ。」
「いい加減にしなさいよエロ商人!」
 エリルのパンチが空を切る。避けるのをわかってるからか、こういう時のエリルは結構本気で攻撃する。んまぁ、だからリリーちゃんもひょいって離れてくれるんだけど――
「あんたもあんたよこのバカ!」
「ひゅひはへん!」
 ほっぺをつねられた。
「ま、ロイドくんにはあとで同じことをわたしにもしてもらうとして……先の試合で火が付いたみたいだな。あっちこっちで勝負が始まっている。」
「一年生が三年生といい感じの勝負したんだしねー。負けてられないって感じなのかなー。」
 確かに、近くにある闘技場への入口全てに「使用中」という表示が出ている。その向こうではどこかの生徒とどこかの生徒が戦っているのだ。
 ……ていうか同じ事をローゼルさんに……!?
「さて、我々も早速と言いたいところだが……正直、どうやって相手を決めたら良いのかわからないな。」
「じょ、情報を集めて戦ってみたい相手を……探すのも、訓練だって……せ、先生言ってたけど……」
「それはそうなのだが、現段階では生徒会などの役職や二つ名くらいしか情報がない。明日になれば色々な生徒の様々な噂が飛び交うだろうが……一日目はどうしようもないぞ。」
「とりあえず今日は適当に見つけた相手に挑むか、挑まれたら受けて立つくらいしかできることはなさそうね。」
「ロイくんはこの後どうするの? もう一戦するの?」
「えぇ? いやぁ、さすがに今日は疲れたよ。オレはみんなの応援を……ああ、でもみんなバラバラに試合するよね……」
「そうだな。試合のタイミングが被る場合もあるだろう。」
「うーん、ならオレは……明日の為に情報収集しようかな。オレも、対戦相手をあと一人を探さないといけないし。」
「む? それはありがたいが……少し心配だな。」
「? 何が?」
「ロイドくんが他校の女子をひっかけないかと。」
「しませんよ!」

 こっち関係の信頼の無さはどうにかしないといけないが……とりあえずここで解散し、各自で試合や情報収集をして夕方の六時にセイリオスのエリアで合流という事になった。
 最近では割と珍しい、単独行動の時間である。
「さてと……情報収集は酒場――じゃなくて、人が集まるところで行うモノだとフィリウスが言ってな。この場合は……」
 みんなが歩いて行った方向とは逆――ついさっきオレが試合をしていた闘技場の方を見る。生徒会長とかの強い人はここで試合する事になるって話だから、きっとたくさん人が集まるだろう。
 んー……でもどうやって話を聞けば……
「おや、友達の応援かな、サードニクスくん。」
 とりあえず入口を目指して外周を歩いていると、いつの間にかオレの隣にデルフさんがいた。
 相変わらず神出鬼没だなぁ……
「デルフさん……い、いえ……誰が戦うかは知らないんですけど……デルフさんは観戦を?」
「うん。ポリアンサさんがさっきサードニクスくんと戦って、今からもう一人が戦うから、今日は気楽に過ごせると思ってね。一つ、誰かが挑んで来るまでのんびりしてようかなと。」
「??」
 デルフさんが言っている意味がよくわからなかったのだが――その数分後、のんびりしている理由も友達の応援かと聞いてきた理由も判明した。

『今年は初めからガッツのある流れができているようです! 先程の試合のような、一年生が三年生に挑むという試合が再び行われようとしています!』

 デルフさんもオレと同じように、三戦の内二戦は相手が既に決まっている。一人はさっきオレが戦ったポリアンサさんだが、おそらく彼女も一日一戦のペースで試合をするだろうから今日はデルフさんに挑んでこない。
 そしてもう一人が――今まさに試合をしようとしているから、今日のデルフさんはフリーというわけだ。

『では参りましょう! リゲル騎士学校生徒会長、『エンドブロック』、ベリル・ゴールド対セイリオス学院一年生、『リミテッドヒーロー』、カラード・レオノチス! 試合開始です!』

騎士物語 第六話 ~交流祭~ 第五章 魔剣

どのキャラクターにも元ネタとなるような存在が、きっと無意識にもあるかと思いますが……プリムラ・ポリアンサには明確にいます。
とあるアニメのキャラクターで、割とそのままです。能力はだいぶ異なりますが。

物語はこれから先、戦闘シーンばかりになりそうで楽しみです。

騎士物語 第六話 ~交流祭~ 第五章 魔剣

プロキオン騎士学校の生徒会長からとんでもない頼みをされたロイドくん。 恋の渦に巻き込まれながら、ロイドくんは交流祭における初戦――プリムラとの試合に臨む

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-08-10

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