碧色の瞳~図書館、午後5時~

碧色の瞳~図書館、午後5時~

登場人物
咲来礼人(さくらい あきひと)
皇浬(すめらぎ かいり)

1

 

 午後5時。
 夕方になり人がほとんどいないことを確認し、閉館準備をしようとしていた。



「あの、この本って何処にありますか」


 振り返ると、この町で知らない人はいない、端正な顔立ちの男子高校生が立っていた。



 驚いた。まさか彼がこんな小さい図書館に来ると思っていなかったから。
 俺が務めている図書館は、随分と廃れていた。夏休み真只中なのに人の気配は少ない。それもそのはず、隣接する高校の中にある図書室の方が本の品揃えは豊富で室内は広く、綺麗なのだ。高校の図書室にしては珍しく無料開放しており、こちらが図書室であちらが図書館と言った方がいいのでは、と思う。したがって、この図書館には昔から通ってくれているご老人や親子連れなどが多い。・・・多いと言っても、たかが知れているのだが。
 


「・・・あの、司書さん?」
 だから高校生がこの図書館に来ているというだけでもう珍しいのだが。



皇浬(すめらぎ かいり)



高校3年生で成績優秀、容姿端麗ときた。その上、運動神経抜群で、陸上選手として走り高跳びで全国大会にまで登りつめたらしい。この小さな町で噂にならないわけがない。実はこの図書館から、高校のグラウンドが見えるのだ。司書さん、と言っても基本的に1人での勤務なのだが、暇な時も多く、窓を覗くと練習している姿が見えていた。俺は何故か彼のことを、無意識に見てしまっていた。

 ・・・って、何を考えているんだ俺は。



「あっ、す、すみません。暑さでぼーっとしてしまって・・・ええと、この本ですね」


 ・・・あれ、この本。


「あの、この本俺も読んだことがあるんですけど、文章難しいくせに内容が薄いというか、正直分かりにくくて・・・。夏休みの宿題に使われるのでしたら、こちらの・・・よいしょ・・・。こちらの本の方が読みやすいと思います。内容も類似していますし、何より面白いですよ。・・・って、すみません!よ、余計なお世話でしたよね!!」


 彼はこちらを見たまま、きょとんとした顔をしていた。
 ひ、引かれた・・・!?こいつ何で急に偉そうに本とか紹介してんだとか思われてるんだろうか!?


「えっと、で、では!し、失礼します」



て、撤退だ!撤退に限る!仕事をしよう!!!



「待って、ください」
 

右手に違和感を覚え、反射的に振り返ると俺の右腕をつかんでいる彼が見えた。
 あ、汗が止まらない。
 心臓もバクバクと音を立てていて、うるさくて。

「・・・えっと、な、なに・・・?」


「今日もコンタクト、つけてるんですね。どうして隠すんですか?」


「・・・え」


 どうしてそのことを知っているんだろう。
 今まで誰にも言っていないはずなのに。



「深い緑色や澄んだ青色・・・それだけじゃない、綺麗な瞳だと思います」


「・・・なんで・・・」


 自分の秘密を知っているのか、と続けようとした。

 しかしそれは叶わなかった。掴まれていた右腕を彼が引き寄せ、距離が縮まるのがわかった。

 彼の端正な顔立ちが目の前にあった。

 香水の匂いとか、既製品の匂いではないけれど、ほのかに落ち着く良い香りがした。

 何より、彼の目が。
 彼の黒い凛とした瞳から何故か、視線を逸らせずにいた。
 

「だから、もっと見せてほしい」

 彼の左手が俺の頬に触れる。

「貴方が好きです。咲来礼人(さくらい あきひと)さんの、全てが知りたいです」





 ふと、唇に、温もりを感じた。
 

2



「わーーーー!!!!!!・・・って、夢・・・・・・」



 ひどい夢を見た。とても甘い、甘すぎる夢だった。・・・夢だった?

キスを、されそうになった、・・・しかも男に。


 かの有名な心理学者であるジークムント・フロイトは抑圧された願望が夢に反映される、と言っていたらしい。いくらフロイトのいう事でも信じられない。俺は男性に愛されたい深層心理があるのだろうか?ありえない。あり得るはずがない。そうゆうことに偏見があるわけではないのだ。ないのだが、自分には無理だと思う。



『何、その目の色・・・き、気持ち悪い!』



 ずっと昔、彼女と別れた。最後に彼女がいたのは何時だっただろう、もう思い出せないほど過去のことのように思えた。


原因は、俺の目の色だった。


 俺の目は生まれつき青色のような緑色のような、何とも言い難い不思議な色だった。原因は不明、目自体に異常は無かったので手術などはせずにそのまま大人になった。この目のせいで小さい頃から苛められることが嫌で仕方がなかった。だから中学生の頃からカラーコンタクトを入れることにした。友達も出来た、恋人も出来た。普通の生活が送れてすごく幸せだった。


でも、皆口を揃えて言った。信頼できる相手だから本当の自分を見せようとして、コンタクトをとると、まるで決まっていたセリフのように、まるで初めから仕組まれていたかのように、同じこと言うのだ。



 気持ちが悪い、と。




 俺が何をしたのだろう。どうして俺は人と違うのだろう。



 こんな自分が、嫌いで、嫌いで仕方がない。

3


 結論から言うと、夢じゃなかった。
 フロイト、ごめん。



「咲来さん、いい加減俺のことは浬って呼んでください。俺も咲来さんのこと、礼人さんって呼びたいです」
 



 午後5時。

 あれから1週間程が経過していた。
 そして、毎日と言ってもいいほど皇くんが来るようになっていた。
 同じ時間に、同じ場所で、俺に声をかけ『この本って何処にありますか』と、あの日と同じ台詞を彼は言う。


 しかしあれからキスはされなかった。その代り、好きなもの、嫌いなもの、趣味、特技。色々なことを聞かれた。自然に会話ができるようになっていた。あんなに遠い存在だと思っていた彼と話している。


 そう、自然すぎるのだ。キス、なんて気にすることでもないのかもしれない。それでも余りにも、不自然なくらいに自然なのだ。



 だから、聞けずにいる。



 どうして俺のことを知っていたのか。

 どうして俺の目の色を知っていたのか。

 どうして俺のことを好きなんて言ったのか。



 嘘だったんじゃないかと思えてくる。

 夢だったらよかったのに。全部、全部無かったことになればいいのに。



「・・・・・・咲来さん?」 



 色々な話をしているうちに、彼への印象はどんどん違うものになっていった。

 高跳びをしている姿しか見たことがなかったから、勝手に無口だというイメージを抱いていた。実際、町などでも友達と出かけるところを見たことがない、笑った顔も滅多に見ない、と図書館で主婦の人達が話していたのを耳にしたことがあった、のだが。



 それがどうだ。



「もういいです!勝手に礼人さんって呼びますからね。勝手に呼んじゃいますからね」


 よく喋る。
 よく笑う。


 噂とは当てにならないものだ、と学習したのだった。

 そして、自分だけが彼のよく喋るところや、よく笑うところを知っているのだ、と思うと優越感に浸れるような気がして、悪い気はしなかった。

 むしろ、良い気しかしなかった。



 俺はこの感情を知っている。



 多分、きっと、予想するに、独占欲というものだと、思う。


「・・・礼人さん」


 ふと、彼の気配が目の前まで迫っていることに気づく。
 いつのまにか、俺の首筋に彼の吐息がかかるほど、彼は近くにきていた。


「ひぇ・・・っ!な、何・・・!?い、痛っ・・・」



 突然首筋に痛みが走った。

 彼は満足そうな顔をしながら俺から離れていった。

 痛みの先を確認してみると、右肩から首筋にかけての部分にくっきりとした噛み跡が見えた。


 ・・・ん?・・・噛み跡?


「え、お、俺、今噛まれたの!?何で!?な、何かした!?」

「礼人さんが俺のこと浬って呼んでくれないから。あと全然話聞いてくれないし。俺といる時に他のこと考えてるとか、自覚してくれないと困ります」



「ご、ごめん!」


「・・・顔、真っ赤」


 この1週間ほどで随分と痛感させられた。

 俺はきっと、彼のことが好きなのだ。

キスされた日から、ではなく多分ずっと前から。きっと、窓から彼を見ていた時から。
 

 
「・・・俺、礼人さんが聞きたいこととか、疑問に思ってることとか、大体理解しています。教えてほしい、ですか」



 吃驚した。何となくだけれど、きっと教えてはくれないんだろうな、と思っていたから。



「え・・・。えと・・・、お、教えてほしい・・・です」



「・・・もっと、俺のこと考えてください。そして、いつか俺に、その瞳を見せてください。その時、教えます」



 ふと、瞳に柔らかい感触を覚える。
 キスを、された。大切なものを扱うかのように、宝物を守るかのように。
 瞳から、耳、鼻、頬、そして・・・彼の唇は俺の唇に宛がわれた。


 受け入れてしまう。

 



 浬くんが噛んだ傷がヒリヒリと痛む。

 けれども不快な痛みではないように思えた。

 むしろ、もっと痛くしてくれていたら。



「・・・浬、くん。もっと、して、ほしい・・・」



 俺はこんなことを言わなかったのだろうか。



 いや、痛さはきっと関係がないのだ。


「もっと・・・」


 

 時刻は午後7時。

 図書館の閉館時間は、とうに過ぎ去っていた。


 
 彼との時間は、


 暖かくて、


 優しくて、


 離れられなくなった。





 深い深い海に沈んでいくように。

碧色の瞳~図書館、午後5時~

今まで「おじさんと少年」https://slib.net/19808や、「この町の片隅には」https://slib.net/70100など、男性同士のお話は書いたことがあったのですが、男性同士の恋愛を意識して書いたのはこの小説が初めてです。初恋とまではいかないものの、なんとも言えない空気感が出せるといいな~と思いながら書きました。いやあ、BL小説も読んだことあったんですけど、書いてる人ほんとに尊敬します。すごい。一回書いてみたかったのでかけてよかったです。

が!!!まだまだ書き足りません!!!

どうして浬が礼人の秘密を知っていたのか、などまだまだ書いてないことがあるのでこちらは続編もご用意する予定です!更新できる日までお待ちいただけると嬉しいです。
ここまで見て頂いた皆様、ありがとうございました。

碧色の瞳~図書館、午後5時~

あの日、あの時間。 25歳の咲来礼人(さくらい あきひと)は、高校3年生の皇浬(すめらぎ かいり)と出会う。 彼との時間は、暖かくて、優しくて、離れられなくなった。深い深い海に沈んでいくように。 *腐向けです、苦手な方は自己回避をお願いします。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-08-09

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