オアシス
鳩小屋のようにそそり立つ、砂を固めて作った塔の集落が砂漠の只中に現れた。
熱砂の沖合いを漂流するキャラバンの眼に、それらは、救いというより、不吉な王の城のように映った。
それでも、半数のラクダは倒れ、荷物は盗賊に奪われ、水も食料も失ったキャラバンは、砂を掻き分けて集落を目指すしかなかった。
バオバブの木に似た赤褐色の塔には、ラクダの背に立ち伸び上がってもなお届かないほど上方に、一層目の窓が穿たれていた。伸び上がっては転げ落ち、這い上がっては手を伸ばす。幾筋もの縦縞は塔の装飾ではなく、今や半狂乱のキャラバンの必死の爪痕なのだった。
塔は断末魔の爪に削られていく。
キャラバンは遥かな苦難の旅を経て、この集落に漂着した。
彼らは水と日陰とを求めていた。
この不吉な塔に引き寄せられるかのように、傷つき疲れたキャラバンは、この集落に取りつくと、我先に塔へと攀じ登り、決して届くことの無い第一層目の窓に向かって、手を差し伸べ続けた。
見開かれた瞳は太陽に焼かれ、開いた口には砂を詰め込まれ、爪は割れ、衣服は引き裂かれた。
別の塔には、別のキャラバンが、全く同じように、伸び上がり、転落していた。
林立する塔と塔との間には、ラクダ一頭が通りぬけられる程の空隙も無かったが、夢、希望、生命への執着に突き動かされてたキャラバンには、他人の姿は見えなかった。
壁が削られて行く。ひび割れ血のにじむ爪先が、塔の壁面に取りすがり、さざなみ立つ広大な砂の海へと転落するたびに、塔はどんどん削り取られ、もとの砂へと還っていく。そして、砂の中に転落したキャラバンが、再び塔の壁面に取り付いていく。
この鳩小屋のようにそそり立つ、砂を固めて作った塔の内部に、水が、日陰が、生命があるなどと、誰が言ったというのだろう。
誰が証明したというのだろう。
林立する塔は削られて、とうとう崩壊の時が来た。
塔にとりつきのけぞっていたキャラバンの頭上から、目にも口にも、耳にも、鼻にも、膨大な砂が滝のように落下して、後にはたださざなみ立つ平坦な熱砂の広がりがあるばかりだ。
キャラバンは赤い砂に飲み込まれて消えた。
別の塔も、同じく怒涛の砂滝と化して消えた。
キャラバンの一行は、傷つき疲れて、あるはずの無いものを求めて砂を食い、身体中に砂を詰め込まれ、自らの爪で削り取った塔の崩落に飲み込まれて砂になった。
一切は静寂の中。
そして、辺りは平坦な熱砂の広がりとなり、数日が過ぎる頃、吹きすさぶ砂塵の悪戯か、それとも、砂となって尚残留する生命への執着のためか分からないが、砂が空へ空へと伸びて行く。
そして、いつしか、林立する鳩小屋のような砂の塔の集落が忽然と現れる。
傷つき疲れたキャラバンの隊列が、蜃気楼の彼方を揺らめきながらやってくる。
おわり
オアシス