騎士物語 第六話 ~交流祭~ 第四章 他校の騎士

第六話の四章です。
交流祭の始まりと、他校の方々の登場です。

第四章 他校の騎士

 学院の敷地の隅っこにあるゲートを全校生徒が列をなしてぞろぞろとくぐる。その先にあったのは先生が言っていたように、確かに一つの街だった。
 街の名前はアルマース。年に一度、交流祭が行われる三日間だけ使われる……正確には施設。敷地の四隅に参加校――セイリオス学院、カペラ女学園、リゲル騎士学校、プロキオン騎士学校につながるゲートがそれぞれに設置してあって……別にそう定めたわけではないらしいけど、ゲートを起点にした一定の範囲を各校のエリアと呼ぶのだとか。
 各エリアにはそれぞれの学校の近くから出張出店している武器屋とか道具屋が並んでいるから、生徒は他校のエリアに入る事で珍しい買い物が出来たりするようだ。
 そんな風に、一つの街の中に四つのエリアが出来上がったこの場所には普通の街には無いモノが――闘技場が用意されている。
 各校へと続いているゲートと同様のモノが街のあちこちに設置してあり、そこをくぐると闘技場へと出る。広さは申し分ないのだけど、どうも魔法の容量? の関係で、観客として入る事が出来るのは数人らしい。
 しかし、例えば生徒会長同士の戦いとかは観たい人がたくさんいるわけで、そういう場合は違う闘技場を使う。各エリアの中に一つずつと、街の真ん中に最大のモノが一つ、ゲートをくぐらなくても行ける……というか、街の中にドーンと建っている闘技場がある。各エリアの中にある闘技場は一校の、一番大きな闘技場は四校の全校生徒を収容可能なのだとか。
 まさに戦う為に作られた街、アルマース。四校分の生徒がすっぽり収まったおそろしい大きさの闘技場にて、オレたちは交流祭の開会式に出席していた。

『皆さんおはようございます! 今年度の交流祭における司会進行、及び一部の試合の実況を務めさせていただきます、プロキオン騎士学校新聞部のパールです!』

 どうやらこの交流祭、主役は生徒ということで運営が四校の生徒会に任されている。そして毎年、司会や開会のあいさつなどは四校が交代で担当するようで、今年はプロキオン騎士学校がその順番なのだとか。

『まずは開会の挨拶をわが校の生徒会長、マーガレット・アフェランドラよりいただきたく思います! では会長、よろしくお願いします!』

 ランク戦の時とは違い、オレたちは観客席ではなく、闘技場の中で学校ごとに列を作って前を向いている。その視線の先にはマイクが設置してある台があり、そこに一人の女の子があがった。

『皆、おはよう。プロキオン騎士学校の生徒会長を務め、今年の交流祭においては実行委員長を任されている、マーガレット・アフェランドラだ。』

 思い返すと、カペラの生徒会長であるポリアンサさんとリゲルの生徒会長であるゴールドさんは金髪で、我らがデルフさんは銀髪。偶然ではあるだろうけど、何やらキラキラしている生徒会長だらけの中、アフェランドラさんは黒髪だった。
 ローゼルさんのような長い髪だけど、ローゼルさんとは違って……なんというか、パッツンというわけではないけれど綺麗に切りそろえられている。
 プロキオンの制服はシャツに四角いネクタイ、男子はズボンで女子はスカート。ただしスカートにはちょっとふりふりしたモノがついていて、うちのよりも可愛い感じ。そして他の学校にはないローブを羽織っている。まさに魔法使いという感じの制服なのだが、アフェランドラさんは――いや、確かにそういう格好ではあるけど雰囲気がまるで違う。

『私にとっては三度目の交流祭。毎年、多くの生徒に良き出会いがもたらされているこの祭に参加できる最後の機会と思うと非常に残念に思う。同じ道を歩む同世代の者と競い合う――これはそうそうない事だ。』

 淡々と、冷たさを感じそうな……いや、見ようによっては眠そうにも見えたりするのだが、うっすら開いた黒々とした目で壇上からオレたちを見下ろしている姿からは威圧感を覚える。

『母校の威信という誇りを胸に、戦友と出会うこの三日間。私は、皆に得るモノがある事を願う。』

 キリッとした表情で……んまぁ、なんだか緊張しているようにも見えるんだが、強者である事が感じてとれるこの存在感には『女帝』の二つ名がふさわしい…………? 気がする……?

『このような場を用意して下さった先人の歴史に感謝しながら――ここに、交流祭の開催を宣言しよう。皆の騎士道に――』

 なんだろう、感じる印象が変と言うかなんというか……そんな風なモノに首をかしげていると、どこを見ているのかわからなかったアフェランドラさんが最後の言葉の為にスッと顔をあげる。
その時、ふと、偶然に、アフェランドラさんと目が合った。

『――』
「!」

 びっくりした。オレを見た瞬間、アフェランドラさんの半目がカッと全開になったのだ。まるで……探していたモノを不意に見つけたみたいな、そんな顔になったアフェランドラさんは、しかしその表情をすぐに戻し、顔をあげ切って言葉を続けた。

『……――皆の騎士道に、誉れあれ。』

 きっと目の合っていたオレしか気づかなかっただろう視線を放ったアフェランドラさんは、何事もなかったかのように壇上から降りて行った。
 なんだろう……もしやどこかで会った事があるのだろうか?

『ありがとうございました! 続きましては毎年恒例、各校からの出し物です! みなさま、酔いにご注意を!』

 意味のよくわからない一言に首を傾げる前に、オレはどこだかわからない場所に立っていた。
「!? えぇ、ここは――」
「控え室だね。」
 周りにいたたくさんの生徒はいなくなり、だいぶ遠くに立っていたはずのデルフさんがオレの真横にいた。というか……控え室?
「一年生はビックリして転んだり、位置魔法の経験がないと酔ったりするんだよね、これ。」
「えぇっと……闘技場にいたはずですよね?」
「うん。闘技場で開会の挨拶を聞いた後、四校の生徒は強制移動で観客席に飛ばされるんだ。そして各校のショーに参加するメンバーはそれぞれの控え室に移動する。」
「えぇ? でも確か……自分以外の位置を移動させるのは同意がないとできないってリリーちゃんが……」
「個人単位ではね。複雑で大規模な魔法陣で特定の条件をクリアすれば一応できるんだよ。ま、だから用途はこういう大勢の移動に限られ――」

「会長、どういう事ですか。」

 突然の第三者の声に心臓が止まるかと思った。二人だけだと思っていた控え室にもう一人――セイリオス学院の副会長であるレイテッドさんがいた。
「えぇ? レイテッドさんも参加するんですか?」
「しません。今年の出し物は会長とあなただけのはずです。しかしここに移動する生徒を登録できるのは会長だけですから……私をこの場に呼びつけたのは会長ですよね?」
「いかにも。このショーの完成度を更に高めようと思ってね。」
 救急箱のようなモノを手に、デルフさんはニンマリ笑った。



「あれが『女帝』……個人的にはボリュームのある金髪お姫様をイメージしていが、あれはあれで二つ名通りの威圧感があったな。」
「優等生ちゃんのイメージって漫画みたいだねー。」
 気が付くと観客席にいたあたしたちは、各校が行う出し物についての歴史を司会の……パールだったかしら? が話してるのをぼんやり聞きながら雑談をしてた。
「でも二つ名が『女帝』ってどーゆー事なんだろうねー。戦い方が偉そうなのかなー?」
「どんな戦い方よ……」
「二つ名には本人のイメージや容姿というのも影響するからな。わたしのように。」
「ローゼルちゃんが腹立つ顔してるんだけど。」
「『女帝』……た、確かにちょっと怖い感じだったね……」
「そうだな。案外、うちの生徒会長がアレというのは良いことなのかもしれん。」
「そーかもねー。面白いし、今年で卒業っていうのは残念だねー。」
「卒業って……まだ来年にもなってないのに、気が早いわね。」
「『女帝』が自分の交流祭はこれで最後ーって言ってたからねー。なんとなくさー。」
 よく考えなくても当たり前の事なんだけど、割とあの会長とはロイド絡みでよく顔を合わせる気がするから……いなくなるって思うと、確かに少し残念かもしれないわね。
 三年生……三年間は早いってよく言うけど、ロイドがこっちに来てから今日までは妙に長く感じるわね。悪党が襲撃してくるし、首都が侵攻されるし、S級犯罪者は出てくるし、魔人族も顔を出すし……あまりに色んな事が起こり過ぎてるからかしら?
 ロイドって、巻き込まれやすい体質なのかもしれないわね……

『はい、皆さまお待たせ致しました! 準備が整ったようですので、これより各校のパフォーマンスを始めます! トップバッターはカペラ女学園です!』

 本来は闘技場で戦う人が登場する場所から、綺麗なドレスを着た女子がぞろぞろと出てきた。くるりと輪を描いて並び、音楽が鳴りだすと、全員が美しい舞いを始めた。花が咲いたり散ったりする様を表現しているその動きは観客席っていうちょっと上からの視点に合わせたモノで、本当に綺麗だった。
 舞いもすごいんだけど、一番驚いたのは舞っている生徒。よく見て初めて気が付いたんだけど、中には……なんていうか、フィリウスさんの一歩手前みたいな、ガッチリした体格の女子生徒も混ざってた。だけどだからってその人だけが妙に目立つ事はなくて、他の生徒と同じように……美しく、気品のある動きを魅せてる。
 女性としての美しさと騎士としての強さ。その両方を教えて立派な女性騎士を育てる学校……この出し物は、カペラ女学園そのものを表現しているような気がするわね。
「女子校っぽい出し物だけど……でもあれでしょ? 一人だけ男の子が入っちゃったんでしょ? 伝統とか、そういうのはいいのかな。」
「伝統か。むしろわたしは、カペラ女学園が次の段階に進んだように感じたがな。」
「どゆこと?」
「男に負けない女を育てる学校で、その男の力を経験しないというのは理屈に合わないだろう? 敵を知らずにどうやって倒すのだという話さ。」
「なによ、男の力って。」
「そのままの意味だ。魔法技術のおかげで男女の力関係は同等になっているが、逆に言えばやはり、素の力――腕力とかそういうモノは男の方が基本値は高い。そういう初めからある差を経験しないままでは強い女性騎士にはならないと、わたしは思うわけだ。」
「男の力……あんまりそーゆー場面にならないからわかんないけどさー。ロイドはどうなんだろうー? 腕相撲とかしたらやっぱりあたしたちより強いのかなー?」
「どうだろうか。前にロイドくんを壁に押しやった時はすんなりとできたが。」
「は!? な、何よそれ!」
「む? 随分前の話なのだが……」
「ロ、ロゼちゃんがこ、告白……した時の話……だよ……で、でもロイドくん、あ、あたしをお姫様抱っこしてたし……ち、力はあるんじゃないのかな……」
「別にティアナは重くないだろうが……そうか、お姫様抱っこか。ふむ、今週末のデートでしてもらうか。」
「……ローゼルちゃんは背も高いし無駄な脂肪が胸にくっついてるから重いんじゃないの?」
「……可能性はあるかもしれんな。やれやれ、胸に無駄な脂肪がついていないリリーくんがうらやましい限りだ。」
「ロ、ロイくんに鷲づかみにされちゃうくらいはついてるもんね!」
「鷲づかみ……ふむ、それも今度のデートの時に……」
「なにさらりと言ってんのよエロ女神! だ、だいたいこんなところでそんな話してるんじゃないわよ!」
 真面目な顔で口を開いたローゼルが真面目な顔でや、やらしい話を始めた辺りで、カペラの舞はフィナーレを迎えた。

『いやぁ、毎年のことですが美しいですね! 豆知識としてお伝えしますと、交流祭の出し物に参加する生徒は学園内で厳しい審査をクリアした優秀な生徒だそうです!』

 審査……確かに、セイリオスの闘技場と同じようなスクリーンがここにもついてて、舞ってた生徒のアップが映ったんだけど、美人揃いだったわね。
「え? でもさ、このイベントって今じゃ交流戦って呼ばれちゃってるバトルイベントなんでしょ? なのにこんな出し物に力入れ過ぎじゃないの?」
「わたしもそう思って少し調べたのだが、どうやらこの出し物にもポイントがつくらしい。自分の学校以外の出し物の中から一番を選ぶとどれですかという質問が四校の全生徒にされ、それが最終的なポイントに加算されるのだとか。」
「交流祭の勝負は始まってるってわけなのね……」

『美しさの次は力強さ! 続きましてはリゲル騎士学校です!』

 カペラの出し物の影響で闘技場に満ちてた華やかな雰囲気をドカドカと壊しながら入場したのは……じょ、上半身裸の男連中。
「わ、フィルさんもどきがいっぱい。」
「もはや筋肉イコールフィリウス殿になってしまっているな……わたしもそうだが。」
フィリウスさんと比べたらまだまだだけど、平均以上のムキムキ具合の男たちは武術っぽい構えをとり――

「「「せいっ!!」」」

 息ピッタリの掛け声と共に出し物を始めた。部類としてはカペラのそれと同じの踊りのようなモノなんだけど……こっちのは舞じゃなくて――
「ほう、リゲルは演武か。」
 武術の形なんかを一人や複数人で披露する演武。連中がどの流派の何を見せてるのかはわからないけど、力強い動きと迫力のある魔法がカペラのとは違う方向に魅せてくる。
「こっちはこっちで男子校っぽいねー。かっこいー。」
「しかし……男子校だからなのかリゲルがそういう校風なのか、女子寮の中ではそこそこ悪評が出回っていたな。ナンパされたとか覗かれたとか。」
「で、でも同じくらいに……つ、強いっていう話も聞いたよね……き、騎士になって活躍してる人も多いみたいだし……」
「それはどの学校もそうなんじゃないの? うちだってフィルさんの母校なんでしょ?」
「十二騎士になるような人物は他とは別格の、頭一つ飛びぬけた者たちだろう? リゲルはその卒業生が全員、平均以上の実力者なのだ。」
「……強い騎士を育てる学校っていう意味じゃ、実は一番すごい学校なのかもしれないわね……」
 闘技場を揺らすほどの魔法をいくつも披露し、出し物っていうよりはリゲルの強さ――っていうか実力? みたいなモノを見せつけられたような気がする演武が終わると、汗だくの男たちがキレのあるお辞儀をして退場していった。

『迫力の演武、ありがとうございました! 闘技場内のマナがなくなってはいないかと心配になる大技ばかりでしたが、豆知識としてお伝えしますと、みなさんが疲労して下さった演武は国王軍で採用されている格闘術のかなり上段の技となっていました!』

「……ア、アルクさんもそうだけど……し、司会の人って色んな事、知ってるね……」
「というよりは、そういう雑学王が司会を任されるのだろう。」

『次はプロキオン騎士学校! 前二校とは異なり、毎年違うモノを見せてくれますが、今年は何が見られるのでしょうか!』

 割とすごいモノを二校が見せたから、今度はどんなのかしらとちょっとわくわくして下を眺めてたら、闘技場に大きな熊みたいなのがノシノシ――って熊!?
「あれ、魔法生物だよ? たしかAランクの結構強いやつ――うわ、まだ出てくる。」
 ゾロゾロと、詳しくなくても強いっていうのがわかるレベルの魔法生物が最終的に六体登場して……最後にプロキオンの男子生徒が一人出てきた。
「む、もしや『テイマー』か? プロキオンで有名な……確か今は三年だったか。魔法生物を使役するという独自の魔法を開発したとか。」
「すごいわね、それ。魔法生物の侵攻で悩んでる街とかから引っ張りダコの魔法じゃない。」
 体長が二、三メートルはある魔法生物たちにお辞儀をさせた男子生徒――『テイマー』は、魔法を交えたサーカスのようなモノを始める。
 魔法で作った火の輪とか、どっから持ってきたのかトランポリンを使ったり大きな玉を転がしたり……なんか騎士じゃなくてそういう芸の道を進んだ方がいいんじゃないのって気がしてくるわね……
「『テイマー』もそうだが、プロキオン騎士学校は独特な魔法や能力を持つ生徒を積極的に迎え入れているらしい。故に、ある一つの分野において他の追随を許さない天才を輩出する学校という認識が強いようだ。」
「能力……ま、魔眼……みたいな……?」
「ああ。確か魔眼保有者はダントツに多い。」

『素晴らしい! これはただ芸を仕込んだというだけではありません! 魔法生物たちとの間にある確かな絆によってなせる技です! 我々騎士を目指す者からしますと、魔法生物というのは倒すべき相手という認識が強いでしょうが、豆知識としてお伝えしますと、騎士と共に戦うパートナーとして活躍する魔法生物もたくさんいます! いや、これは本当にすごい!』

 歓声の中、手を振って退場していく魔法生物たち。
 でもって次は……会長と女装ロイドのショーだわ……
「当日まで秘密という事でどんなショーを行うのか知らないわけだが……何やら心配になってきたな。ロイドくんの女装は大丈夫なのか?」
「今更だねー、優等生ちゃん。」

『さて、最後はセイリオス学院です! こちらは伝統として、生徒会が主体となって出し物を企画するわけですが――何といっても、今年のセイリオス学院の生徒会長は『神速』ことデルフ・ソグディアナイト! 国王軍は勿論、多くの騎士団が注目している彼はどんな出し物を――お、出てきました!』

 他の学校と比べると一番少ない人数で入場してきた会長と女装ロイドことロロ――
「――は?」
 思わずそう言ってしまった。会長は……いつもと違う髪型と燕尾服でビシッと決めてて、観客席の女子たちがわっと騒ぎ出すくらいに……まぁ、カッコイイ。いえ、そんなことどうでもいいのよ、それよりもロロよ!
「ちょ、ちょっとまて、あれがロイドくんか? ま、前に女装したのを見た時以上に……な、なんというか……」
「ロイくんてばお化粧してる! なんかすっごい美人になってる!」
 そう……ヤバイのよ。マトリアっていうロイドの遠いおばあちゃんの魂の影響で、女装すると本当に女性にしか見えない雰囲気になる……のかもってロイドは言ってたけど、今のロロはそんなもんじゃない。
 普通に美人、普通に美女。元がロイドだから……その、む、胸とかは勿論ないけど、露出の少ないドレスで清楚に歩くロロの姿に、観客席の男子たちがざわついた。

『これはこれは、美男美女の登場――おや? なにやら『神速』が……あ、マイクですか?』

『あー、おほんおほん。や、マイクをどうもありがとう。別に他の学校を否定するわけじゃないけれど、ショーには前口上が必要だと思うのだな、僕は。どうもみなさんこんにちは、セイリオス学院の生徒会長、デルフ・ソグディアナイトです。』

 大勢の前で話すのに慣れてるんでしょうね……ペラペラといつもの調子で会長は話を始めた。

『パールくんが言ってくれたけれど、うちは代々生徒会が主体となって出し物をするからね。当然、その時々の生徒会長の腕が問われるわけだけど――これから見せるショーは我ながら、歴代の中で一番の出し物であると思うんだ。それくらいの自信作、どうぞ楽しんでいって欲しい。短い時間ではあるけれど――みなさんを、光の魔法の世界へ。』

 会長がペコリとお辞儀をすると、その後ろに立ってたロロが両手で……確かペンライトを光源にして会長がその光を魔法で強くしてる、綺麗に光る棒をくるくると回転させ始めた。それをパッと宙に放ると、二人が闘技場に入って来た入場口から大量の光る棒が――いえ、すごい速度で回転してるからもはや光る円盤って感じかしら? それがぶわぁっと飛び出していって闘技場内を飛び回った。
 その光の渦の中、手や足を鳴らすタイミングで光の花火みたいのを周りに咲かせながら、会長とロロが手を取り合ってダンスを踊り出す。会長を中心にしてロロが回るっていう感じなんだけど、ロロの動きはフィリウスさん直伝の円の動きを応用してて、ドレスを大胆にはためかせながら、時に宙返り、時に会長を飛び越え、立体的な動きで踊っていく。

『こ、これは……』

 たぶん司会の無意識の呟きをマイクが拾う。観客席からは美男美女に対してのざわめきがピタッと止み、全員が息をのんでいた。
 光の中で華麗に舞う会長とロロはただただ綺麗で――
「いやいやいやいや! ちょっとあのロイドくんはやりすぎだぞ! 真面目に男子に惚れられてしまうではないか!」
 スクリーンにアップで映るロロは……なんていうか大人の色気……みたいな何かがあふれ出てて、あたしでもちょっとドキッとした。
 会長の光の魔法、ロロ――っていうかロイドの曲芸剣術、そして二人の高い体術による踊り。使いどころを間違えた技術によって披露されたその舞いは数分の間闘技場を飲み込み、気が付くと二人はペコリとお辞儀をしていた。

『――は、な、こ、これはすごい! た、ただただすごいとしか言いようがありません! 一段階上のエンターテインメントを魅せつけられました! お見事です!!』

 一息遅れて大きな拍手が響き渡り、会長とロロは退場していった。
「……なんか面倒な事になりそうだわ……」



 予想以上に面白く、楽しく、充実感のある時間だった。何かの技術を磨いて人に見せる仕事の人たちはきっと、この感覚を求めて毎日頑張っているのだろう。
 初めてフィリウスに女装しろって言われた時はかなり反対したけど、今のこの時間を得られたのが女装っていう変な特技のおかげだとするなら、少し感謝してもいいかもしれない。
「いやはや、素晴らしかったね。ありがとう、オニキス――いや、サードニクスくん。」
「『私』もすごく楽しかったです。ありがとうございました。」
 ガシッと握手をしてお互いを称えた後、オレとデルフさんはぐびぐびと水を飲んで一息つく。動きとしては戦いの時のそれと同じようなモノだから、割と疲れた。
「レイテッドくんのメイクは大成功だったね。彼女、こういうのうまいんだ。」
「ホントすごいですね、メイクって。自分じゃないみたいです。」
 控え室にある大きな鏡を覗きながらオレが自分の顔をぺちぺちしていると、デルフさんは不思議そうな顔をした。
「しかし……それだけ女性になりきれるサードニクスくんが、いざ本物の女性に迫られると鼻血噴出機になってしまうのだからなぁ。」
「ぶっ! ど、どこでそれを……」
「色々とね。まぁそれで夜な夜なお楽しみとあっては困るけれど、今のサードニクスくんは割と真面目にどうにかしないといけないと思うよ?」
「お、お楽しみ――え、ど、どうにか? えぇっとそれは……ふ、風紀を乱すとかそういうの……ですか……?」
「ん? ああいや、そうじゃない。どうにかしないとと言ったのは、女性に迫られて鼻血で気絶という状態さ。」
 水の入ったボトルを片手にカッコよく椅子に腰かけながら、デルフさんは言葉通りの真面目な顔で話を続けた。
「知っての通り、世の中には女性の悪党も大勢いて、中には女性のみが持っている魅力で男性を攻撃してくる者もいる。言ってしまえば、色仕掛けというやつだね。」
「い、色仕掛け……」
「色香で惑わして騙すなり奪うなりというのもあれば、戦闘中にその魅力を使って騎士の力を削ぐという事もある。実際、腕利きの騎士たちがそれほど強くはない女盗賊を捕らえようとしたら、女性の魅力を巧みに使った攻撃に返り討ちにされた――というようなケースもあるくらいだ。」
 そういえば……フィリウスも似たような事を言ってたっけか。「俺様が俗に言う女遊びをするのは、そういう敵に出会った時に耐えられるようにだ、ほっほー。」って……
 んまぁ、ほっほーで台無しだったけど。
「ま、流石に……例えば、サードニクスくんの大切な人に危害を加えようとしている相手が色仕掛けを使ったところで、サードニクスくんがそれに惑わされる事はないだろう。しかしそうでもないようなちょっとした悪事を前にはどうだろうか。もしかしたらそれがキッカケで大事になるかもしれないし、取り返しのつかない小さなミスという場合もある。」
「そう……ですね。」
 デルフさんの話を聞き、確かになんとかしないといつか後悔する時が来るかもと思ったところで……にんまりと、デルフさんの表情が変わった。
「今のところお色気攻撃に激弱なサードニクスくんは、しかしてお色気攻撃が飛び交う戦場の真っただ中にいる。多くの見習い騎士が望んでも得られない鍛錬の場に、サードニクスくんはいるのだよ。」
「はい……はい?」
「利用しろと言うと彼女たちに失礼だけどね。それでも……サードニクスくんはもう少し鼻血を我慢する方向に頑張ってみてはどうだろうか。」
「あ、あのデルフさん……?」
「そうだ、きっと突然飛びつかれたりするからビックリするのだ。むしろ自分からある程度のスキンシップと割り切ってみては?」
「じじ、自分から!? デ、デルフさんは『私』をどうしたいんですか!」
「どうしたい……か。ふふ、さてね。九割方、面白がっているのだろうね。」
「えぇ!?」
「でも、きっと残りの一割がどうしても無視できないんだ。」
「な、なんの話ですか……?」
「これといって何もなかったというのに、三年目にしてこの大波乱。僕の運命に君が乗ったというよりは、君の運命に僕が乗せられたのだろうと、そう思ってしまったりなんなり。」
「??」
「ふふ、小難しい話はよそう、サードニクスくん。要するに、彼女たちの攻撃を受けても揺るがないようになるといいねという話――」

「後輩を淫らな道に導かないで下さいっ!」

 にんまりとはしながらも三分の一くらいは真面目さが混ざった顔をしていたデルフさんが、後頭部をバチコーンと叩かれて前のめりに椅子から転げ落ちた。
「いつまで控え室にいるんです! そろそろ開会式が終わりますよ! あなたも早く着替えなさい!」
 いつものように、生徒会長であるデルフさんは副会長であるレイテッドさんにずるずると連行されていった。



 交流祭は今日を含めた三日間。闘技場の使用が許可されるのは今日の午後からで、開会式が終わってからお昼までの時間は自由行動。大抵、一年生は他校のエリアとか、そこからゲートを通って行ける他校の校舎とかを見学して、二年や三年は他校の生徒の情報収集とかに力を入れる時間になるらしい。
「ロイくんてば美人になり過ぎだよ! あんなメイク、誰にしてもらったの!」
「レイテッドさんだよ。デルフさんの提案でね。なんかそういうのに詳しいんだって。」
 ロロからロイドに戻ったロイドが妙に達成感のある顔でそう言うと、アンジュがロイドの顔をまじまじと覗き込む。
「すごいねー。ロイドはすぐにばれるって言ったけど、あんな美人とこのロイドが同じとは思えないから、案外ばれないんじゃないのー?」
 今にも鼻がぶつかりそうな距離に近づいたアンジュをいつものように引き離そうとあたし――とローゼルが手を伸ばしたんだけど、その前に――
「んみゅ。」
 目の前に迫ったアンジュの顔……っていうかほっぺを、顔を赤くしたロイドが左右から両手でぺちんと挟んだ。
「……」
「……あ、あにょ、リョイド?」
「……え、あ、ご、ごめん……」
 手を離してドギマギするロイドを、予想外の事に驚いた顔をしたアンジュが――だけどちょっと嬉しそうにほっぺをさすりながらニヤリとする。
「なーにー? いきなりどーしたのー?」
「なな、なんでも……こう……スス、スキンシップ的な何か――ああいや、やっぱりなんでもないですからさぁさぁ、他の学校のエリアを見学しに行こう! どこから見ようか!」
「なんだか見過ごしてはいけない何かを見たような気がしないでもないが……三校を見学しようと思ったら割と時間はないからな。追及は今夜という事で……ふむ、このアルマースの街をぐるりと回るとなると最初は――」


 という事で、あたしたちはカペラ女学園のエリアにやってきた。セイリオスが割と街の近くに建ってるのに対して、カペラは自然の中にひっそりと建っているらしく、出店に並んでるのは新鮮な果物とか、それを使ったお菓子とかがメインだった。
 全然騎士には関係ないけど……
「ポリアンサさんのを見た時も思ったけど、なんていうか、おしとやかな感じの制服だな。」
 カペラは紺色がメインの制服で、ふんわりと広がるスカートが足首まできてる。まさにお嬢様学校って感じの制服ね。
「えぇっと……ポリアンサさんはどこにいるんだろう。」
「? あんた、カペラの会長に会いに行くの?」
「いや、ほら、コンサートの時にオレと戦ってみたいって言ってたからさ。こっちとしても願ったりだし……ロロから聞いたっていう事にして話しかけてみようかなと。」
「ふむ。しかし相手は生徒会長だからな。色々と忙しいのかもしれな――」

「プリムラに用か?」

 ぶっきらぼうな声がした。見ると、たまたま通りすがっただけって感じに一人の男子がこっちを見てる。
「ん、あんたはこの前のチケットの。コンサートには用事で来られなかったってもう一人から聞いたが……ロロだっけか。あっちの子は一緒じゃないんだな。」
 ぼさぼさの髪の毛を適当な手串でまとめたような黒髪をした男子で、他のどの学校とも違う制服を着てた。で、そんな男子が話しかけてるのはリリー。
「なんとなく誰かはわかったが、一応どちら様なのだ、リリーくん。」
「え、知らない。」
 リリーがしれっとそう言うと、男子はやれやれと笑った。
「そりゃそうか。路地で会っただけだもんな。それにあの時は自己紹介しなかったし……よし、俺はラクス、ラクス・テーパーバケッド。一応カペラの二年生だ。プリムラ――うちの会長に何か用なのか?」
 こいつがラクス……イクシードっていう体質の、カペラ唯一の男子生徒。
「あ、えっと、オレ、ロイド・サードニクスっていうんですけど、ポリアンサさんと……えぇっと、戦いの予約? みたいなモノを……」
「ああ、そういうのか。でも難しいと思うぞ? 実はさっきからあんたと同じような要件の生徒が何人か来てるんだが……プリムラはもう戦う相手を二人決めててな。残りの一人は交流祭の後半で決めたいっつって断ってるんだ。」
「えぇっと……ちなみにその二人って誰ですか?」
「セイリオスの会長の『神速』と、何かと噂の……えぇっと、同じくセイリオスの『コンダクター』だ。」
「あ、それなら大丈夫だと思います。」
「? 何がだ?」
「オレが……その、『コンダクター』なので。」


 カペラのエリアにあるゲートをくぐり、カペラ女学園の敷地内移動したあたしたちは、セイリオスとは雰囲気の違う校舎を眺めながらラクスについていき、なんか庭園みたいになってる場所のテラスにやってきた。
「プリムラ、お客さんだぜ。」
「試合の申し込みなら――あら、随分な大所帯ですわね。何用かしら。」
 ぺかっと出たおでこと後ろの方で渦を巻いてる金髪。凛とした青い瞳のその女は、何かの資料を見ながらお茶を飲んでいた。
「あの、初めまして。」
 女装した状態では一回会ってるけど、そうとは言えないロイドはペコリと頭をさげた。
「オレ、ロイド・サードニクスって言います。その……ロロちゃんから話を聞きまして……」
「! もしかして『コンダクター』!? わざわざ来ていただけるなんて……どうぞ、お座りになって。今お茶を淹れますわ。」
 ぱぱぱっとあたしたちの分のお茶を用意し、ついでにクッキーとかをテーブルに並べて、カペラの生徒会長はお辞儀をした。
「わたくしはプリムラ・ポリアンサ。カペラ女学園で生徒会長をしております。あなたが『コンダクター』であるならば……そちらの方々は『ビックリ箱騎士団』の面々という事でよろしいかしら?」
「! よく知ってますね。」
「あなたが有名ですからね。それで――オニキスさんから聞いたという事ですけど、礼として正式にお願いいたしますわ。『コンダクター』、交流祭における三回の戦闘権の内の一回をわたくしにいただけませんか?」
「勿論、喜んで。オレとしても、あのデルフさんが強いと言うあなたと勝負ができる事はよい経験になると思っています。」
「『神速』が? わたくしを? 嫌味にしか聞こえませんわね……」
 呆れた顔をする生徒会長――プリムラ。
「では早速、今日の午後でよろしいかしら?」
 いきなり……いえ、そうでもないわね。期間が三日間あって戦えるのが三回。一日一戦ってしたら一日目の今日に最初の一戦をするのは変じゃないわ。
「わかりました。」
「ふふふ、良き試合にしましょう。」
 にっこりとほほ笑んだプリムラの横、なんとなくこの場にいたラクスが口を開いた。
「そういやセイリオスの出し物に出てたのってロロだよな? なんかすごい美人になってたけど。」
「そ、そうですね……」
「やっぱりか。化粧であんなになるんだなぁ……女ってのはすごい。」
 女っていうか、男をあんなにしちゃってるんだけどね……
「ラクスさん……? あ、あなたもしかして他校の生徒まで手籠めにしようと……?」
「人聞きの悪い事を言うなよ……誰かをそうした事なんてないぞ?」
「し、白々しい! お風呂場での一件、多くの生徒が被害にあったのですよ!?」
「あれは不可抗力がだな……」
「いつも女性生徒に囲まれていますし!」
「いや、ここ女子校だし……周りは女性生徒しかいないだろ。」
「そ、そういう意味ではな――」
 ふと何かに気がつき、プリムラがあたしたちの方を見た。
「……こうして見ると……『コンダクター』、あなたもそういうタイプですの……?」
「心外です!」


 プリムラから……割と真実のような気がする疑惑を向けられたロイドを連れ、あたしたちはカペラのエリアを後にした。
「しまった。あの場でロイドくんが夜な夜な女子生徒を襲うエロ魔人であるとでも言っておけば、彼女が生徒会長の権限でカペラの生徒をロイドくんに近づけさせないようにしてくれたかもしれないな。」
「何言ってるんですか、ローゼルさん!?」
「今以上に恋敵が増えるのは面倒だからな。しかし実際、あちらのプレイボーイくんではないが、ロイドくんにもわたしを手籠めにするくらいの度胸が欲しいモノだぞ?」
 そう言いながらロイドの腕に抱き付くローゼル……だったんだけど――
「てご――しょしょ、しょうでしょうかねっ……!」
 いつもなら「ロ、ローゼルさん、あ、当たってますから!」とか言いながら大慌てで離れるのに、なぜかロイドは真っ赤な顔でぷるぷるしながら……我慢? してた。
「?」
 いつもと反応が違う事に不思議そうな顔をしたローゼルは、ロイドが離れないからロイドとの密着が続いてるのに気が付いて――
「さ、さて! 次はリゲルだな!」
 ちょっと赤くなって自分から離れ――るくらいならやるんじゃないわよ!
「カ、カペラの校舎、なんだか……豪華なお屋敷みたいだったね……」
「そだねー。貴族の家ってあんな感じだねー。」
「さっすがお嬢様学校だよね。あっちこっちに彫刻とか石像があったけど、あれは高いよ?」
「エリルの家とかロ、ローゼルさんの家があんな感じだね。」
「へー。騎士の名門ともなるとお屋敷に住んじゃうんだねー。」
「た、単に修練場などがあるから広いだけだ。本物の王族にはかなわないさ。」
「うちには修練場はないから、本当に無駄に広いだけだわ……」
 カペラの白くて立派な校舎やおちついた制服について話しながらそこそこの距離を歩いたところで、あたしたちは別のエリアに入った。
「わ、急に武骨な感じになったね。」
「ふむ、やはりエリアの雰囲気は学校のそれに合ってくるのだな。」
「ぶ、武器屋さん……ばっかり、だね……」
 到着したのはリゲル騎士学校のエリア。リゲルが建ってるのは騎士の街として有名な所で、だからなのかティアナの言う通り、出店してるのは武器屋ばっかりだった。
「フィリウスが好きそうなデカい武器があるなぁ……うわ、あんなの持てる人いるのかな。」
「そういえばフィリウスさんの剣って普通の武器屋には無さそうな大きさよね。あれって特注品か何かなのかしら。」
「そういうことは聞いた事ないなぁ……考えてみれば初めてもらったあの二本の剣だってどこから持ってきたのやら。」
「フィルさんのことだから、腕利きの鍛冶屋とかが知り合いにいるんじゃないの?」
 フィリウスさんもどきみたいなイカツイ人たちが店主をしてる武器屋の通りを抜け、あたしたちはリゲルへと続くゲートのところにやってきた。
「あれ? あの人は確かリゲルの……」
 ゲートの横で……なんでか椅子に座って門番みたいにしてる男子生徒を見てロイドが言った。カペラの時はご自由にどうぞって感じだったんだけど、リゲルはそうじゃないのかしら。
「あー……あのぅ、通っても大丈夫……ですか?」
 恐る恐るロイドが話しかけると、その男子生徒は読んでた本から顔を上げた。
 どっかの王子さまみたいな髪型をした金髪のメガネ男で、向かって左のほっぺに変な模様が描いてあるそいつは、ロイドからあたしたちに目線を移しながら口を開いた。
「女子か。願ってもいない事だ、自由に見学していってくれ。」
「願っても? どういう意味ですか?」
「……我が校はどうにも評判が悪い。男子校だから女子を見つけるや否や破廉恥な行いに走る変態ばかりだ――という具合にな。確かにそういうような素行の悪い生徒はいるが、そんなモノは一握りであるし、逆にセイリオスやプロキオンにはそういう生徒が一人もいないとは言えないのだから、比率的には同等というところだろう。それが男子校だからという理由で煙たがられるのでは困りものだ。故に、女子生徒が見学に行っても大丈夫という実績を積み重ねる事でイメージの回復を図りたいのだ。」
「な、なるほど……えぇっと……もしかして今みたいな説明をする為にここに座っているんですか?」
「それもあるが、メインはエリア内や学校の敷地内でうちの生徒が問題を起こさないように見張る為だ。」
「そ、そうですか……」
 やっぱり門番みたいな事をしてた金髪メガネの横を通り、あたしたちはリゲル騎士学校の敷地に入った。
「結局彼は何だったのだ? ロイドくんは知っているようだったが。」
「うん。あの人はベリル・ゴールドって言って、リゲルの生徒会長さんだよ。」
「あー、言われてみればそんな雰囲気だったねー。インテリって感じー?」
「で、でも自分の学校の……評判を回復させ、ようとしてる……い、いい会長さんだね……」
「評判か……しかしこんな雰囲気の校舎では、確かに良い印象は抱かないぞ……」
 カペラの校舎が豪華なお屋敷みたいだったのに対してリゲルの校舎は……まるで軍関係の建物っていうか、寄宿舎っていうか……ひどい言い方をすれば監獄みたいな、コンクリートの壁と小さな窓とドアだけの建物が連なる殺風景なところだった。
「教育機関というよりは訓練施設と言った面持ちだな。まぁ、だからこそ強い騎士が育つのかもしれないが。」
 訓練施設……まさにその通りかもしれないわね。リゲルの制服ってまんま軍服みたいだし……
「えぇっと……自由に見学してとは言われたけど、あんまり見所がなさそうだね。確か校舎には入れないし……」
「そうね……」

「おや? あれはロイドじゃないか?」
「うちの学校であれだけの女子にいつも囲まれてるのはロイドだな。」

 あんまり見て回るような建物がないから帰ろうかと思ってたところで強化コンビ――カラードとアレキサンダーが手を振りながら歩いてきた。
「あの、アレクさん? なんかオレを聞き捨てならない表現してませんでした?」
「事実だろう?」
「そうだ、うちの生徒会長と親しいロイドなら知っているかな。リゲルの会長を探しているのだが。」
「えぇ? ゲートの横に座ってた……のがそうだけど。」
「なに? きっちりしている大人の雰囲気だったから、てっきり教員なのかと。」
「教師は制服着ないわよ。」
「いや、そうでもないのだ。おれたちは敷地内をぐるっと回ったんだが、教師も同じような軍服姿だった。」
「いよいよもって軍の施設だねー、ここー。」
 カラードたちと合流したあたしたちは、たぶん五分も経たないでゲートから元の場所に戻って来た。
「あなたがリゲルの会長か。」
 さっき見た光景がリプレイされるみたいに、読んでた本から顔をあげる金髪メガネ――ベリル。
「いかにも、自分はリゲル騎士学校の生徒会長、ベリル・ゴールドだ。君は?」
「おれはセイリオス学院一年、カラード・レオノチス! あなたに勝負を挑みたい!」
 何の用で会長を探してたのか聞かなかったあたしたちは、カラードの言葉にビックリした。
「……上級生に挑みたがる生徒というのはどこにでもいて、生徒会長に挑んでみようという者もよくいる。しかし、自分も君と同様に、できれば強者と戦って経験を得たい。チャンスは三回、戦う相手は慎重に選ばなければならない。」
 本をパタンと閉じ、ベリルはメガネの奥から鋭い視線をカラードに送った。
「自分は既にそちらの会長との一戦を約束しており、残す権利は二回。内一回を君にする理由は何かあるだろうか。」
「自分自身を強いとは表現できないが、実績を伝える事は出来る。」
「ほう?」
「入学したての頃、おれは上級――セラームの位の騎士と手合せをする機会を得た。その時の戦績は、おれ一人対セラーム三人で――三分間は決着がつかなかった。」
 ……もっと上手な言い方がありそうな気がするけど、色々と真っすぐなカラードは正直にそう言った。
「……三分か。なるほど、君が『リミテッドヒーロー』だな。セイリオスのランク戦でまるでセラーム同士の戦いのような試合が一年生ブロックで起きたと、こちらでも有名になった。映像まで出回った程だが……ああ、そういえばそこの少年は『コンダクター』だな。」
 ちらりとロイドを見たベリルは、十秒くらい目を閉じて……で開いた。
「いいだろう。時間制限という弱点はあるが、その間の君は確かな強者だ。磨き上げられた体術と有無を言わせぬパワー……経験として得ておくことに価値を見出せる。」
「感謝する!」
「……ちなみに、他の会長にも同じように頼むのか?」
「どうだろうか。きっちり三戦したいところではあるが……あなたとの試合で全てを出し切る可能性もある。一先ず、それが終わってから考えようと思う。」
「なるほど。」
 初めて会った数分前から今の今まで、まったく同じ表情で会話してたベリルは、とうとうそのまま、再び本を開いて顔を落としてしまった。
「……オレたち、各エリアを回ってるところなんだけど……カラードたちは?」
「ここの前はプロキオンを回って来た。次はカペラになる。」
「おれたちと逆回りか。じゃあまた後でな。」
「ああ。」
 あたしたちが歩いてきた方にスタスタと歩いて行く強化コンビ。もはや置物と化してるベリルをチラ見して、あたしたちは次のエリアに足を向けた。その時――

「ぶおっ! セイリオスにはやべぇ女がいるんだな!」

 ずかずかとふてぶてしく、見るからにガラの悪い男子がこっちに向かって歩いてきた。
 ベリルと同じ金髪をぼさぼささせて、素肌にシャツを羽織ってボタンをとめないっていう変態みたいな格好の奴で……リゲルで流行ってるのかなんなのか、ベリルみたいにほっぺに変な模様があった。
「あいつは……」
 そう呟いたロイドは……珍しく、嫌悪感むき出しの顔をしてた。
「へいへい、そこのあんただよ、へそだしミニスカの。たまんねぇなぁ、えぇ? 男のたまり場たるわが校に客をとりに来たのか? そういう誘いなら乗るぜ?」
 ああ……これがさっきベリルが言ってた、素行の悪い生徒ね……
「おま――」
「お生憎ねー。」
 ゲスのゲスな言葉にロイドが怖い顔で何かを言おうとしたんだけど、アンジュが余裕の笑みで――ロイドに抱き付きながら答えた。
「誘ってはいるけど、それはこっちであってあんたじゃないわー。勿論、他の男もお断りー。」
「あぁ? んな男を? タマがついてんのか怪しいもんだがなぁ――っておいおいまじか!」
 ゲス男がロイドに腹の立つ視線を送ったかと思ったら、すぐに対象が変わった。
「うっほ、こりゃ上玉だな! なんだそのおっぱいはおいおいおい!」
 バカみたいな顔しながらそいつが移動したのは――ローゼルの前。
「顔も抜群か! こりゃあいくらでも金を積む奴がいるだろうな! なぁおいあんた、この交流戦、おれさまと勝負しねぇか?」
 唐突に話を切り替えたと思ったら全然そうじゃなくって、ゲス男は下をべロリとさせながらニタニタと笑う。
「こういう場所じゃやるなって兄貴から禁止されてんだが、闘技場の中でなら話は別だぜ?」
 くいっとゲス男が腕を振ると、その足元から――うねうねと気持ちの悪い……触手? みたいのがはえてきた。
「そのナイスバディにこいつを這わせてよぉ、服を溶かしてその乳と、ついでにその他諸々全部をお天道さんの下に引っ張り出してやるぜ? けけ、はれて四校の男全員のオカズとなり果てるってわけだ! おおぅ、想像しただけでいきり立っちまう!」

「おい、パライバ。」

 ゲートの横で相変わらず本を読んでたベリルが顔をあげずに口を開いた。
 ……パライバ? このゲス男の名前かしら?
「なんだよ兄貴。それより見ろよこの女! やばくねぇか!?」
「学習しない奴だな、お前は。相手の感情の流れをつかめないからこの前殴られたんだぞ?」
「あん?」
「……そこの少年の、鬼気迫る殺気に気づけ。」
 どうやら……このゲス男は気づいてなかったらしい。アンジュにゲスな言葉を浴びせた段階からにじみ出てる――ロイドの、ぞっとする気配に。
「謝罪――はもう遅いだろうな。とりあえず指の一、二本は置いて行った方がいいと思うぞ。その少年の殺気、学生のモノではない。」
「何言ってんだよ兄貴。なんか凄んでるけど――もやし男が頑張って睨んでるだけだろうが。見るからにタマ無し野郎だぜ?」
「……馬鹿が。」
「あぁん? おい兄貴! んだよったく……っと、話の途中だったぜ。なぁあんた、おれさまとヤらねぇか? なんなら今すぐにでもよぉ――」
 ふらりと、ゲス男の腕がローゼルに伸びた。その瞬間――

「触るな。」

 いつか、あたしがあたしの許婚とか名乗る奴にやらしい目を向けられた時みたいに、ロイドがゲス男を殴る――と思った。
だけど言葉を発したのも、起きた事も、起こした人も、あたしの想像とは違ってた。
 それがいつ出現したのか、あたしにはわからなかった。それが形成される途中の映像を一切見てないから……まるで最初からそこにあったとでも言うかのように――

 巨大な氷の壁が、あたしたちとゲス男の間に……あった。

「な……あぁっ!?」
 ゲス男はマヌケな顔をし、そしていつの間にか触手が氷のちりに変わってるのに気づいた。

「わたしに――触るな。」

 ひんやりするような笑顔とか、凍えるような怖い声を出す事はよくあるけど……今のこれはレベルが違う。

「握手程度ならこたえてやる。ハイタッチくらいも許可してやろう。だが――わたしにわたしを求める手を伸ばしていいのは一人だけだ。わたしを感じる為に触れていいのは一人だけだ。お前のような奴が触れることなど許さない。彼の為のわたしを汚すなど、決して許可しない。」

 氷のような……いいえ、氷が音となって声に乗ったみたいに、一切の温度を感じない絶対零度の言葉。
『水氷の女神』、ローゼル・リシアンサスは今……どんな熱も許さない氷の女王だ。
「あぁ……? なんだその豹変は? 女のヒステリーか? あぁっ!? 上等だクソアマ! 二度と人前に出られないように犯してやるからかかってこいやぁっ!」
 瞬間、さっきとは段違いの速度で出現した触手にギラリと金属の光沢が走り、ぬめぬめとした質感から一変、鋼鉄の鋭い先端を持つ武器と化した無数の触手が弾丸の様な速度で氷の壁に向かって放たれる。
 だけど――その全ては氷の壁にかすり傷一つつける事無くはね返され、そうなった先から凍りついて砕けて行った。
「あぁっ!?」
 再び触手を生み出すゲス男だったけど――

「やめろ。」

 まるで突然とてつもなく重たいものにのしかかれたみたいに、ゲス男は地面にへばりついた。
「……怒った奴は殺しやすいと悪党がよく言うそうだが、それでも感情が力になっている事は確かだ。そうして高まった相手の力を御せないのであれば、未熟者にとって怒った相手は脅威以外の何物でもない。お前は相手の感情をもう少し読めるようになるべきだ。」
「はな――せ、兄貴! その女をメチャメチャにしてや――るっっ!!」
「無理だ。見ろ、この氷の硬度を。自分の力でも壊せるかどうかというレベルだ。」
「!? 兄貴が――!?」
「その上触れた先から氷結していくこれは、絶対零度の絶対防御と称せるだろう。怒り狂ったお前の頭で攻略できるわけはないし、そもそも怒り狂っていなくても攻略できまい。だからもうやめろ。それに、これ以上学校の評判を落とすならお前の言う兄貴が容赦しない。」
「――っ、わーった、わーったよ!」
「……というわけだ。こいつには自分がよく言って――」
 ベリルが言い終わる前に、地面にへばりついてたゲス男が凍りついた。

「これは、彼を侮辱した分だ。死にはしないだろうが、丸一日は溶けないと思え。」

「……よかろう、いい薬だ。この愚弟も二度とそちらに手は出すまい。」


 リゲルのゲートを後にして黙って歩くこと数分、プロキオンのエリアに入ったところであたしたちは――っていうかローゼルがため息をついた。
「……すまない……少し……感情的になった。」
「少しなんてもんじゃなかったけどね。」
 割と微妙な空気の中、リリーはいつも通りに笑う。
「ま、ボクのロイくんをもやしとか言ったからね。ローゼルちゃんが何もしなかったらボクがあいつの喉をかっ切ってたよ。」
「……リリーくんが言うと冗談じゃなくなるからやめてくれ。」
「んふふ。でもきっとそれよりも前に……あんまりボク以外の女の子のことでそうなって欲しくないんだけど、ロイくんがあいつをどうにかしてたと思うよ?」
「そだねー。優等生ちゃんのブチ切れモードもそうだけど、ロイドって怒ると怖いんだねー。傍にいてゾワゾワしちゃったよー。夫婦喧嘩しないようにしないとねー。」
「……あ、あれ……ロイドくん、だ、大丈夫……?」
 ローゼル同様に黙ったままだったロイドは、先頭を歩いてたローゼルスタスタと近づいて――

「ふぁっ!?」

 ガシッと抱きしめ――!?
「ロ、ロイドく――」
「大丈夫?」
 顔を真っ赤にした慌て声でもいつものすっとぼけ声でもない、すごく真剣な声。
「だ、大丈夫だとも……! そ、それにきちんとやり返したわけだしな!」
「でもローゼルさんは傷ついたでしょ。」
「――!」
 あたしたちからロイドの顔は見えないけど、ローゼルの顔が少し崩れるのが見えた。
「本当ならそういう目にあわせない事が一番だけど……オレにはまだそれができないみたいで……だからせめて、傷ついた大切な人が癒えるまで――何かをする事はできると思うんだ。」
「……そ、それが……これ、なのか……?」
「……オレの師匠はこういうやり方しか教えてくれなかったから……とりあえず、泣いてる女の子は抱きしめろって。」
「や、やれやれ、師匠に言われたからというのなら……い、色々と台無しだぞ、ロイドくん。」
 ちょっと泣きそうな、でもそれ以上に嬉しそうな表情でロイドの肩に顔をうずめるローゼ――

「あー、あたしも結構傷ついたんだけどなー。」

 ロイド以上に台無しに、アンジュがそう言った。
「誘ってんのかーって、心外だったなー。あたし、そんなやらしくないんだけどなー。ただ単純に、好きな人をメロメロにしようとしてるだけなんだけどなー。」
 くるくるとツインテールを舞わせながら近づいてくるのを見たローゼルは……
「……あー、ロイドくん。」
「なに――」
 答える前に、ロイドの唇をローゼルのそれが塞い――!!
「ん……」
「んー!?」
 対照的にんーんー言い合うこと数十秒、ローゼルは…………は、な、ば――なな、なんかロイドの口からいい、糸的な汁的なモノを引きながら離れた!?!?
「――わたしの傷を癒すなら……これくらいはしてもらわないとな。」
 唇に指を置いて色っぽくそう言ったローゼルに対してロイドはてんてこまいで……
「ロージェルしゃん!?!? い、今、べべ、ベロが――舌が――!?!?」
 ……舌……舌!?
「は――はぁっ!? あ、あんた何やってんのよ、エロ女神!」
「なにって……ロイドくんの言葉の通りだとも。」
 ぺろりと舌を出すローゼル……!!
「ずるい! ロイくんとそんなこと! ロイくん、ボクも! ベロチュー!!」
「その前にあたしー。あたしも泣いてる女の子ー。」
「ロゼちゃんてば……え、えっち……い、いいなぁ……ロ、ロイドくん……あ、あたしも……」
 エリアの境だからなのか、周りに人がいないのが幸いっていうか――全員でロイドにくっつくんじゃないわよ!
「ロイドくんはどこまでもわたしを惚れさせるのだからなぁ。まったくひどい男だよ。」
「しょ、しょう言われましても――と、というかいきなりやめてくらはい! し、心臓に悪いし――変な気分になるんです、これ!」
「こういう事がしたくなるくらいに突然惚れさせるロイドくんが悪い――うん? ちょっと待て……今の言い方だと……前にも経験した事があるように捉えられるのだが……?」
 ――!
「えぇ!? あ、いや……こ、言葉のあやでは……」
「……ロイドくんは自分が嘘をつくことが下手くそだという事を知っておくといい。なぁ、エリルくん?」
「そ、そうね。ロイドは嘘が下手ね……」
「……したのか?」
「す――す、するわけ……ないじゃない……」
「……ほう…………ロイドくん。」
「ふぇ、ふぁ、ふぁい!」
「今週末は覚悟しておくといい。」
「えぇ!?」

 …………べ、別にやらしい事とかそういうんじゃなくて……た、ただこいつらに言うと面倒な事になるから言わないだけ――って、だ、だいたい言う必要なんかないわよ……!
そ、そうよ! ロイドがリリーの胸を揉みし抱いたあの日の夜にあたしとロイドは……ちょ、ちょっとだけ進展――したのよ……! ここ、恋人同士ならするだろう……するかもしれない……そそ、そんな感じのあ、あれを言ったりやったりしし、しただけよ!
 だいたい! そ、そうやってちょっとずつ進まないと――こ、こうやって他の女がいきなりハレンチをかましてくるからし、仕方なくなのよっ!! 仕方なく!
 …………ま、まぁ……別に悪い気分はしないけど……

「……何かを思い出してさっきから気持ち悪い笑みを浮かべているな、エリルくん?」
「――! う、うっさいわね! それよりあれよ、ほら、えっと――あ、あんた、さっき、す、すごい魔法使ってたわね!」
「頑張って話をそらしているのが見え見えなのだが……まぁ確かに、それはわたし自身も気になっていた。」
「は、はぁ? 自分でやったんでしょ、あの氷……」
「……並みの力では砕けない氷……は確かに作れる。しかしわたしがさっき作った氷は、わたしがいつか作り出せるようになりたいと思っている、純水で出来た氷の壁だった。しかも触れたモノの水分に反応してそれを氷結させるというおまけつき。あのメガネ会長が言ったように、絶対零度の絶対防御……言ってしまえば、わたしが理想とする『魔法で生み出した氷』の姿があれだった。そして勿論、今のわたしには作れる気がしない氷でもある。」
「えっと、い、今のロゼちゃんじゃつ、作れない氷が作れちゃったってこと……? や、やっぱり怒ってたから……ちょ、ちょっと暴走気味だった……とか?」
「怒っていたのは事実だが、怒り狂って作れるようなモノではない。《ジュライ》やうちの学院長のような域に達した者が生み出すモノだよ、あれは。」
 ローゼルが自分のした事に首をかしげてると、アンジュがけろっとした顔で言った。
「そういうすごい事が起きたらさー。実は優等生ちゃんが何かの魔眼の持ち主でしたーとかいうの以外なら、原因はロイドしかないと思うけどなー。」
「えぇ? オレ……ですか?」
「む? どういう事だ?」
「女王様が言ってたでしょー? 吸血鬼っていうのは、恋とか愛っていうモノの影響を強く受ける種族なんだってさー。ロイドにはちょこっと吸血鬼としての能力があって、優等生ちゃんが怒ったのはロイド絡み。ほらねー?」
「ふむ。つまりはロイドくんへの――いや、ロイドくんからの愛の力というわけだな。」
「あ、愛の力とか、こっぱずかしいこと言ってんじゃないわよ……」
「何を言うか。あのメガネ会長だって愛について真剣だっただろう?」
「は? 何の話よ。」
「ずっと読んでいた本のことさ。『初めての恋 ~人を愛するということ~』というタイトルだったぞ?」
「なんて本を読んでるのよ……てっきりもっとそれっぽい――兵法の本とか読んでるのかと思ったわ……」
「初めての恋ー? リゲルの会長は初恋でもしてるのかなー?」
「でも弟があんなエロ触手野郎だったから、兄の方もきっとムッツリスケベだよ。あの仏頂面の裏ではやらしーこと考えてて……やーん、ロイくーん、ボク狙われちゃったらどーしよー。」
「ど、どうかなぁ……なんとなくだけどあの人、言い方は厳しいけど普通に真面目な人のような気がするよ……」
「ふーん……ちなみにロイくんは、そののほほんってした顔の裏で――例えばボクのエッチな格好とか想像しちゃうことある?」
「えぇっ!?」
 いつもいつもなんてこと聞くのよこのエロ商人は!
「二人っきりで何をしても他の人にはばれないような状況でボクが「どうぞ」って言ったら、ロイくんはボクにしたいことある?」
「なにその状況!? そそ、そんなしたいことなんて――」
 リリーに迫られたロイドが……ふとあたしの方を見た。
「――っ」
 そして顔を赤くした……
「え、えぇっと――オ、オレも結構……ムム、ムッツリスケベな男の子……ですから……たた、たぶん色々とそこそこにしたいことはあるかと思いますです……はい……」
 ば、ばかロイド! そんな事をあたしをチラ見した後に言ったら――
「おやおや? ロイドくんの言っていることの意味と一瞬エリルくんを見た事から様々な推測がたてられるぞ? やはりきっちりかっちりと、クラス代表として現状を把握せなばなぁ、エリルくん。」
「も、もうプロキオンのエリアなのよ! ほ、ほら、さっさと校舎を見に行くわよ!」


 後ろからローゼルに冷たい眼で睨まれながら、リリーがロイドにくっつきながら色々と問い正すのを聞きながら、横からティアナの無言の視線を感じながら、アンジュがロイドに抱き付きながら誘惑するのをロイドの叫びから察しながら、あたし――たちはプロキオンのエリアの真ん中辺りまでやってきた。
 うちの――セイリオスのエリアと似た感じで、武器屋から小道具屋、お土産屋さんまで色んな種類のお店が並んでる。だけどその中に、うちのエリアにはなさそうなモノを売ってるところがあった。
「……? あんまり見ないタイプの武器ね……」
 そこに置いてあったのは剣なんだけど、なんか……こう、持ち手の部分にハンドルみたいのがついてる。その隣にあるのは盾……なんだろうけど、その背面にはよくわからないボタンがたくさんある。どうやって使うのかしら。
「あれ? もしかしてプロキオンってキャニスミノールの近くにあるの?」
 並んでる不思議武器を手に取ったリリーがそう言った。
「キャニス……? どこかで聞いた事がある気がするな。街の名前か?」
「そうだよ。ガルドの人がこの国――フェルブランドで商売しようと思ったら、必ず立ち寄る事になる街。その影響でガルドの科学技術が結構広まってて、こういう面白い武器を作る職人が多いところなの。」
「ほう、ガルドの……ん? 商売しようと思ったら? 商人限定なのか?」
「外国から来た商人は自国が絡んでる商会に登録するのが普通――っていうかルールみたいなもので、ガルドのそれはキャニスミノールにあるの。」
「なるほど。しかしガルドの技術が組み合わさった武器か……なんだかすごそうだな。」
「あーそっか。ローゼルさんには向いてるかもね。」
 まだちょっとローゼルの方を見れなさそうだけど、てんてこまいから元に戻りつつあるロイドが……頑張っていつもの感じをキープしながらそう言った。
「わたし向き?」
 ……ロイドがまだ回復し切ってないなのに、仕掛けた本人のローゼルはなんでこんなにケロッとしてんだか……さっきは抱きついた時には顔を赤くしてたくせに、意味わかんないわ。
「オレもキャニスミノールには行った事があって、そこでフィリウスに教えてもらったんだけど……ガルドの技術が組み込まれた武器は確かにすごいけど、複雑な機構が入っているせいで強度がそんなに良くないらしいんだ。だから剣とか槍で直接相手にアタックする人には向かないんだけど、ローゼルさんの場合は刃先に氷をまとわせて、それを伸ばしたり形を変えたりっていう使い方だから、もしかしたら相性良く使えるかもしれない。」
「なるほど……しかし直接攻撃する事もあるからな。いざという時に壊れるのは困る。」
「ガ、ガルドの武器は基本的に……遠距離攻撃が専門の武器……だからね……」
 スナイパーライフルの使い手のティアナがそう言った。
 たぶん、感覚的にはティアナの銃を鈍器として使った時、銃としての機能が壊れるかもっていうような話なんだわ。そんなにすぐに壊れるわけはないだろうけど、鋼だけで出来てる武器とかと比べたらそりゃあ弱いわよって話。
 面白い機能で戦略を広げるのか、武器の強度を重視するのか、人によって意見が分かれるところでしょうね。
「でもさー。こんなにメカメカしてるのはそんなに無いかもだけど、プロキオンの生徒は魔法に科学を混ぜ込んできそうだよねー。そういう街の近くだって言うならさー。」
「ふむ、ティアナみたいなのがたくさんいるわけだな。」
「あ、あたしは……そ、そんなにそんなんじゃないよ……」
 あっちこっちを旅してきたロイドと商人のリリー、そしてガルドで指折りのガンスミスの家系のティアナの解説を聞きながら、面白いモノがたくさんあるプロキオンのエリアを進んだあたしたちは、プロキオンの校舎に続くゲートの前までやって来た。
「あれ、なんか賑わってるよ? セールでもしてるのかな。」
 商人っぽい呟きをしたリリーの指差す先……「ヒースチャレンジ」って書いてある手書きの看板の横で色んな学校の生徒が集まってた。

「うぃっはっはっ! 試合開始前の腕試し! さーさー次はどいつだー!」

 人だかりの真ん中にいたのはプロキオンの生徒。どっかの教室から持ってきたような小さな机の前にドカッと座ってるのは……まぁ、簡単に言えば、いい色にこんがり焼けたフィリウスさんを三分の二くらいに小さくした感じの男子。
「なんだ、あのアレクの日焼けバージョンみたいなのは。」
 ああ、そういう表現もあるわね。
 そんな日焼け筋肉はどうやら腕相撲大会を開いてるらしく、隣に立ってるホワイトボードにはこれまでの戦績らしい数字が書かれてる。

「うぉっしゃぃ! おれの勝ち!」
「わー、すごいねヒースくん!」

 ……なんか……なんて言うか、違和感がすごいわ……
「……エリルくんも感じたか。」
 あたしと同じところを見てるらしいローゼルが不思議そうな顔でそう言った。
 ホワイトボードには戦績が書いてあるんだけど、それを書いてる人物がちょっと不思議。小柄――って言ってもあたしと同じくらいだろうけど、隣の日焼け筋肉の体格と比較しちゃうと小さく見える……女子。日焼け筋肉が勝つ度に嬉しそうに拍手してボードに書いてるわけなんだけど……あの二人の関係がまるでわからないのよね。
「男女の友人というにはタイプが違い過ぎる気がするし、彼氏彼女というのもまた然りだ。もしや妹とかか?」
 そんな光景を前にちょっと足を止めたあたしたちの方にその女子の顔が向いた瞬間……なぜかその女子が嬉しそうに驚いてこっちに向かって走って来――

「ロイドーっ!」

 ロイドの……あたしの――こ、恋人の名前を叫びながらこっちに小走りで近づいてくるプロキオンの女子生徒……!
「ロイくんてばまたなの!?」
 リリーがぷんすか顔でロイドの方を向いたんだけど、そこで予想外の事が起きた。

「あれ……キキョウ!?」

 あろうことか、ロイドは両手を挙げて走ってくる女子生徒を受け止めるような姿勢になって――

「久しぶりだね!」
「おー、びっくりだ! こんなところで会えるなんて!」

 そ、その女子生徒をそのままガシッとだだ、抱きしめ――!?!?
「ほう……」
 頭が追いつかないあたしの横でひんやりとローゼルが呟く。
「ついさっきわたしの事を抱きしめ、熱い口づけまでしたというのに――数分後には他の女の子とこれだからなぁ……まったくロイドくんは…………」
 漫画に描いたら「ゴゴゴ」とか音がつきそうなローゼルに気づいたロイドは一瞬きょとんとした後、いつものように慌てた。
「あ、ち、違います誤解です!」
「どの辺がどんな風に違うのだ?」
「こ、根本的にと言いますか……この人は――キキョウは男ですから!」
 …………は?
「ほ、ほらキキョウ、オレがほっぺつねられる前に誤解を解くんだ!」
 ロイドに肩をつかまれて、キキョウって呼ばれた生徒がグイッと一歩前に出た。
 やっぱり身長はあたしと同じくらい。くせっ毛なのか、もしゃもしゃしてる茶色のショートカットで……仮に男ならちょっと長い短髪? とでも言うのかしら。その下からは人畜無害そうな可愛い顔がのぞいてる。
 ……よく見ると、確かに着てる制服は男子用のね……
「えと……ぼく――オ、オレはキキョウ・オカトトキっていいま――言うんだぜ……!」
「……頑張って男口調にしているが?」
「えぇ!? いつもの口調でいいぞ、キキョウ!」
「えと、そ、そうじゃなくって、ぼく今、フィリウスさんみたいなしゃべり方を目指してるんだよ――だぜ。」
 女にしか見えないそいつは、筋肉のきの字もないような身体でフィリウスさんのマッスルポーズを真似した。っていうか――
「今名前なんて言った? オカトトキ? なによそのへんちくりんな名前。」
「ひ、ひどいなエリル……ほら、ランク戦の後にエリルが戦ったスローンの騎士がいただろう? あの和服の。」
「ナンテン・マルメロ? ああ、そういえば似た感じのへんちくりんな名前ね。」
「たぶん、その人とキキョウは同郷だよ。キキョウはルブルソレーユの人なんだ。」
「桜の国? へぇ、ずいぶん遠くから来たのね。」
 国によって文化が違うのは当たり前だけど、桜の国って呼ばれてるルブルソレーユってところはダントツに変な国って認識だわ。
 まぁ……スピエルドルフに比べらたそうでもないかもだけど。
「それで、そのキキョウなにがしが男だという証明はまだされていないのだが?」
「ど、どうしよう、ロイド……ロイドの彼女さんすごく怒ってる……」
「そう――えぇ?」
「彼女? ほう、そう見えるかそうかそうか。」
「? だってさっき口づけとか言ってましたし――言ってただろ?」
「ロ、ロイドの彼女はあ、あたし……よ……」
 い、一応言っとかないとと思ってそう言ったら、ローゼルにジトッと睨まれた。

「おいナヨ、いきなりいなくなんなよ!」

 キキョウがわけわからないって顔をしてると、腕相撲をしてた日焼け筋肉がノシノシと歩いてきた。
「あ、ヒースくん。ぼく――オレが男だって証明するにはどうしたらいいんだろう?」
「? 脱げばいい。」
「えと……ちょ、ちょっと恥ずかしいかな……」
「つーかいきなりなんだ? セイリオスの生徒に知り合いでも――んお、『コンダクター』じゃねぇか!」
「うん! だから言ったでしょ。ぼく、ロイドと友達なんだって!」
 嬉しそうな顔でロイドの手をつかんだキキョウは、日焼け筋肉をロイドに紹介した。
「彼はヒース・クルクマ。ぼく――オレの友達だぜ!」
 ああ……確かに熊っぽいわね。
「よろしくな! でもってナヨ、さっきのに真面目に答えると、生徒手帳を見せたらどうだ?」
「あ、そうか!」
 そう言ってキキョウがポケットから取り出して見せてきたプロキオンの生徒手帳には、確かに性別男とあった。
「……いいだろう。」
 ゴゴゴモードのローゼルが元に戻ってほっとしたロイドはキキョウについて話し始めた。
「えぇっと、キキョウとはフィリウスと旅をしていた時にルブルソレーユで会って友達になったんだ。オカトトキってあっちの国じゃ結構な騎士の名門でキキョウはそこの三男で……ってあれ? 騎士を目指すとは思ってたけど、なんでこっちの学校に?」
「フェルブランドが優秀な騎士をたくさん育ててるから――っていうのは表向きで、フィリウスさんにまた会えたらなって思って。そしたらお父さんがプロキオンの人と知り合いだったみたいで、こっちに来たんだ。それよりもロイドだよ! すごいね!」
「なんだ突然……」
「見たよ、セイリオスのランク戦の映像! 曲芸剣術――あの伝説の《オウガスト》の剣術を使えるなんて! それに強い! さすがロイドだよ!」
「そ、そうかな……ありがとう。」
「ははぁ、これがあの『コンダクター』ってんだからすげーよなぁ。映像で見るのとじゃイメージが全然違うぜ。」
「さっきの人もそうだったね。ほら、ロイドとランク戦で戦ってた甲冑の人。」
「あいつか。あの野郎、魔法無しでもおれといい勝負していきやがったからなぁ。戦ってみてぇな。」
 カラード……腕相撲したのね。
「つーか、ナヨ、お前が誰かを呼び捨てしてんの初めて聞いたぞ。」
「え、そ、そうかな……」
「……気になってるんだけど……そのナヨっていうのはキキョウのあだ名か何かなのか?」
「ああ。こいつ女みたいでナヨナヨしてっから、クラスの連中にそう呼ばれてんだ。」
「……大丈夫なのか、キキョウ。」
 半分怖い顔で、半分心配そうな顔でそう言ったロイドに、キキョウは首を振った。
「最初は嫌だったけどね。だけど今はクラスのみんなと仲良くできてるし……それに、そのあだ名が全然似合わない男になるのがぼくのプロキオンでの目標なんだ。自然とそう呼ばれなくなるように頑張るんだよ。」
 女の子みたいな顔でなかなかガッツのある事を言ったキキョウには、いじめられてるとかそういうのは欠片もなかった。
「あだ名といやぁ……『コンダクター』のあっちの名前も噂通りだったみたいだな。さすがあの《オウガスト》の弟子。」
「えぇ? オレになんか噂が?」
 すっとぼけた顔でキキョウを見るロイドに対し、キキョウは言いにくそうに答えた。
「えと……い、いつも女の子に囲まれて……ま、毎晩毎晩とと、とっかえひっかえにベベベッドで楽しんでるって……」
「はっ!?!?」
「毎夜、女の喘ぎ声で音楽を奏でる男って事で、『淫靡なる夜の指揮者』っつーあだ名がある。」
「はぁっ!?!?!?」
 今までに見た事ないくらいにビックリ顔になったロイド……って、な、なによその噂……
「ぼくもそんなバカなって思ってたんだけど……お、女の子に囲まれてるし……さ、さっき……彼女じゃない人とく、口づけって……」
「な、なんかものすごい誤解が! ち、違うんだぞ、キキョウ! これは――」
「おや、口づけは本当だろう、ロイドくん。」
「話をややこしくしないでください! とと、というかそんな噂を誰が!?」
「誰がってわけじゃないが……ランク戦の時、闘技場の外で女に囲まれてたとか抱き合ってたとかの色々な目撃情報と、女好きで有名な《オウガスト》の弟子って事と、ちょっと珍しい『コンダクター』っつーしゃれた二つ名と……まぁ色んな様子がからんで固まった結果だろうな。でも事実なんだろう?」
「違うわっ!」
「そうだねー。ロイドに毎晩毎晩そーゆーのやるような度胸があったら苦労しないよねー。」
「アンジュ!? 思わせぶりに言わないで!」
「でもロイくん、エリルちゃんと何かしたんでしょー? んもぅ、ボクのを触っておいて!」
「リリーちゃん!? ちょ、今その話ですか!?」
「ふむ、これは良い傾向だな。カペラでやり損ねたロイドくんのイメージダウン作戦が、実行前からプロキオンでは起きているわけだ。」
「ローゼルさん、オレの立場が……」
 ……なんかロイドをいじって楽しんでるローゼルたちといじられてあたふたするロイドを眺めるキキョウとヒースは、互いを見合って少し笑った。
「でもやっぱり……ロイドはロイドだったみたいだね。あってる噂は半分くらいだったみたい――だぜ。」
「みたいだな。おれは完全に初対面だが――ナヨってあだ名に怖い顔したこいつはいい奴だ。」
 ニンマリと笑われながらも、誤解が解けたらしい二人を見て大きなため息をついた『淫靡なる夜の指揮者』。
 じ、事実かどうかは別として、他校にもそんな話が流れるってすごい事よね……やっぱり色んな意味で注目されてるんだわ、このすっとぼけ。
「えと、それじゃあロイド、この人たちを紹介してよ。
「あ、ああ勿論。えっとこっちのムスッてしてるのが――」

「失礼。」

 和んだ空気の中、ロイドがあたしたちをキキョウとヒースに紹介をしようとした時、冷たい一言が聞こえた。
「げ、会長!?」
「ヒ、ヒースくん! 「げ」なんて言ったら失礼だよ!」
 ヒースの後ろにいつの間にか立っていたのは一人の女子生徒。きれいに切りそろえられた、ローゼルみたいな長さの黒髪が存在感を増し、威圧的な雰囲気をまとって睨むような半目でこっちを見るその女は、この交流祭の開会式であいさつした人物。
 確か……マーガレット・アフェランドラ。プロキオン騎士学校の生徒会長だわ。
「ああいう出し物をするという申請を受け取った覚えはないのだが――ん、これは失礼を。」
 あたしたち――っていうかあたしを見たマーガレットは、その場ですっとひざまづいた。
「諸君らも、この国で騎士を目指すのなら王族の顔くらい知っておくべきだと思うが。」
「え……あ、まさかセイリオスに入学したっていう王族!? やべ、こ、これは無礼を!」
「ちょ、やめなさいよそういうの! あたしは――あんたたちと同じ、騎士の卵よ!」
 セイリオスじゃこういうのはもうなくなったんだけど……そうか、他校じゃまだこうなるわよね……
 マーガレットと同じ姿勢になろうとするヒースを止めたあたしは――そこで、ちょっと怖い視線を感じた。

「――あなたがエリル・クォーツ……?」

 ぼそりと、あたしにそれが聞こえたのはたまたま近くにいたからだろうって思うくらいに小さな呟きをこぼしたのは――キキョウだった。
 可愛い顔を厳しいそれにして、少し睨むような感じであたしを見てくる……
「あー、プロキオンの会長さん。えっと、エリルは普通に接してもらうのを望んでいまして……な、なので……」
「そうか。では――クルクマくん、あの出し物なのだが――」
「すぐに片付けます! おい、ナヨも手伝え!」
 足早にヒースチャレンジの方に戻って行くヒースと、それに引っ張られるキキョウ。
 ……なんだったのかしら、今の……
「…………さて、君はロイド・サードニクスだな?」
「え? あ、はい。」
「少々話があるのだが――良いだろうか?」
 え? プロキオンの会長がロイドに? もしかしてカペラの会長みたいに戦ってみたい的なあれかしら。
「大丈夫ですよ。何でしょうか。」
「……すまないが、ここでは話せない。我が校に来てくれないか?」
「? いいですけど……」
 マーガレットについてゲートをくぐったあたしたちは、プロキオン騎士学校の敷地内へと入った。カペラやリゲルみたいな真新しさはなくて、普通にセイリオスと似た感じの校舎――
「あれ、ロイくんは?」
「む、会長もいないぞ?」
 ゲートをくぐった直後、校舎を眺めてたあたしたちは――いつの間にかロイドと会長が消えてる事に気が付いた。
「あ、このゲート! 位置魔法がかかってる! きっとロイくんとあの女だけ別の場所に飛んだんだよ! ロイくーん!」
「は? なによそれ……」



「あれ?」
 気が付くとくぐったはずのゲートが後ろになくて、それどころかエリルたちまでいなくなっていた。オレは……たぶん、プロキオンの校舎? に囲まれた中庭みたいな場所に立っていて、アフェランドラさんと向かい合っていた。
「あの……みんなは……」
「心配はない。彼女たちは別の場所にいるだけだ。」
「……どういう事ですか、これは。」
 少し警戒しながらアフェランドラさんを見る。するとアフェランドラさんは……なんというか、ぼぅっと空を眺めながら……独り言のようにしゃべり始めた。
「……話を聞いた時、これしかないと確信した。この機会を逃してはならないと。しかし妙な噂があったからな……どうしたものかと迷っていた。だが実際に見てみて、その噂がデマである事がわかった。ロイド・サードニクスは『淫靡なる夜の指揮者』ではないと。」
「そ、そうですか……い、いえ、何の話を……」
「その……実は……た、頼みがあるのだ、サードニクスくん……」
 恥ずかしそうに空から地面、壁へとあっちこっちに視線を泳がせながらアフェランドラさんは……最後には少し顔を赤くしつつも決意を感じる表情でこう言った。

「君に……は、橋渡し役を頼みたい……!」

 ……橋渡し……えぇっと、誰かと誰かの間に入って交渉とかをする人の事……だよな……
「えっと……誰と誰の……?」
「――! そ、それは……わ、私――と…………キ――」
「キ?」
「――!! キキ、キキョウ・オカトトキだ!!」
「キキョウ? え、会長さんとキキョウの橋渡し? それは一体――」
 ん、ちょっと待てよ? 確か橋渡しって違う意味合いを持った言葉でもあって……こ、このアフェランドラさんの表情から察するにきっとそっちの意味だから……つ、つまり今の頼みを言い換えるなら……

「か、会長さんとキキョウの……恋のキューピット……ですか……?」
「――!!」

 言った瞬間、オレの身体に――比喩的な表現ではなく現実に、稲妻が落ちた。

騎士物語 第六話 ~交流祭~ 第四章 他校の騎士

これまで何気なく非道な事をしていく悪党を数人書きましたが、絵に描いたような「ゲス」というのがいなかったなぁという事でパライバが登場しました。
ラノベのお約束たる「うねうねしたもの」もなかったなぁという事でパライバが登場しました。

噛ませ犬感が凄まじい彼ですが……かなり強いのでお楽しみに。

騎士物語 第六話 ~交流祭~ 第四章 他校の騎士

ついに始まった交流祭。格好のパフォーマンス合戦に女装で挑むロイドくん。 そして他校の生徒たちとの交流を始めるロイドくんたちには、それぞれの学校で様々な出会いが――

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
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  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-07-09

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