旧作(2019年完)本編TOKIの世界書五部「変わり時…1」(現人神編)
TOKIの世界書シリーズ最終部スタートです。
この作品からも読めるようにしますがおそらく前を読んだ方がさらに楽しいと思います。
TOKIの世界。
壱‥‥現世。いま生きている世界。
弐‥‥夢、妄想、想像、霊魂の世界。
参‥‥過去の世界。
肆‥‥未来の世界。
伍‥‥すべての想像が消えた世界。
陸‥‥現世である壱と反転した世界。
交じる世界
「ねえ、幽霊とかいると思う?」
茶髪のツインテール、眼鏡をかけた少女が隣を歩く黒髪の少女に小さく尋ねた。
「……はあ?何?幽霊って?」
黒髪の少女はツインテールの少女の肩を叩き、馬鹿にしたように笑った。
「ほら、死んだ後に未練があってこの世界に現れるっていうか……。」
先を歩いて行ってしまう黒髪の少女にツインテールの少女は小さくつぶやきながら小走りに追いかけた。
「マナ、あんたね、そんなもんあるわけないでしょ。」
黒髪の少女はツインテールの少女をマナと呼んだ。
マナと黒髪の少女はこれから高校に登校するために道を急いでいた。制服のスカートを揺らし、ビルの中を走る。
ちなみに二人は今、朝寝坊をしてしまい、学校に遅れそうだった。
「そっか。じゃあさ、死んだらどうなると思う?」
マナは同級生の少女に追いつきながら再び質問をした。
「だからさ、死んだらなんもなくなるでしょ。私達はタンパク質とかカルシウムとかで脳を動かしているんだからその神経回路が死んだらもう自我もなくなるしね。」
「……もしかしたら魂になって天国に行けるかもとか考えないの?」
マナは少女に再度質問を投げかける。これはマナにとっては重要な確認だった。
「考えないよ。そんな妄想みたいな事を言っていると精神科に連れてかれるよ。ほら、妄想ばっかりしている病気があったじゃん?なんだっけ?最近発見されたとかいう……自己解離性妄想なんたら症候群とか言うやつ?って、もう時間やばいじゃん!急ごう!マナ!」
「う、うん。」
マナは走る少女の背中を追いながら落胆のため息をついた。
……この子も同じ考えか……。
この世界はすべての現象が死んだ世界。死んだらどうなる?という質問を投げかけると皆、肉塊になって分解されると言う。いつから人はこういう事を信じなくなったのだろう。
死んだら実際に分解されるだけなのかもしれないがマナは魂や神様はいると思っていたかった。
ある意味、神から解放された世界は恐れる事も信仰することもなく自由なのだろう。
しかし、人から妄想する能力や想像する能力を奪ってしまった。
この手の事を話すと笑われ、行き過ぎると変な病名をつけられて精神科に入れられる。
もしかすると今、人は自由なのではなく、人は人に縛られているのかもしれない。
子供達が怪談を話す事もなくなり、会話は将来の事、勉強の事、そして休み時間に何をするかなど。
子供達を怖がらせていた学校の怪談も今やもう誰にも知られてはいない。
だいたい、そんな現象、物理的に説明できないと子供達は口をそろえて言うだろう。
そういう時代になってしまった。
……別にいいけど……なんか寂しい。証明できていないのに死んだらどうなるって質問にどうしてただの肉塊になるとか言えるんだろう?
マナはビルの間を走り抜けながら学校の校門を目指し、走った。
黒髪の少女とはクラスも違ったし、そんなに親しくもなかったので軽く手を振って別れた。そのままマナは廊下を走り抜けて学校の教室に滑り込む。ギリギリで学校に間に合った。
「おはよ!」
マナが教室に息を上げながら入り込んだ時、元気な声が聞こえた。
「あ、ああ……おはよ!間に合わないかと思ったよ。」
マナは声をかけてきた少女になんとか答えた。
「ギリギリだったわね。まだせんせー来てないからとりあえず席に座っときなさい。」
少女は金髪の美しい髪をかき上げて自分の隣の席を指差した。マナは金髪の少女の隣の席に腰をかけ、ふうと息をついた。マナの席は一番窓側で一番後ろだった。
「レティ、今日もアンと調べものする?」
マナは隣で教科書を出している金髪の少女、レティに尋ねた。
「もちろん、そうしましょう。じゃあ今日も校内図書室に集合よ!」
レティはマナに無邪気にほほ笑んだ。
この学校は国際高で海外から来た学生が多い。日本の学校なのだが海外旅行にでも行った気分になる。
「で?アンはまだ来てないの?」
マナは眼鏡をかけなおすと前の席をぼんやりと見つめた。
「アンはまだ来てないわ。どうしたのかしら?大丈夫かな?このまんまじゃ遅刻でしょ。」
レティは頬杖をつきながらパラパラとノートをめくる。ノートは古典のノートだった。
昔話の妖怪退治の話などがまとめられている。
「はあ……この妖怪退治の話、先生はこの作者の精神状態とか時代背景とかばっかり説明しているけど、ほんとにこういう妖怪いたかもしれないわよね。なんで素直にこういうの楽しめないのかしら。他の生徒もそうだけど。」
「あ、それ私も思う。ほんとにいたかもしれないよね。」
レティとマナはお互い楽しそうに会話をしていたが周りの生徒達からは気持ち悪がられていた。
……あいつらは半分くらい妄想症かなんかになってんじゃないの?
悪口もちょこちょこと聞こえてくるがマナはレティとアンと一緒にいればこんな悪口平気だった。
マナは話しながら世界情勢の教科書をかばんから机にしまう。
「そういえば、レティの母国近くで今、戦争が起きるとか起きないとかニュースでやってたけど……。」
「うん……。なんで戦争なんてするのかしら。ほんと、戦争がない平和な世界があるならそっちに行きたいわ。二ホンはまだ平和な方よね。」
「そうだよね。私も皆笑っている世界がいいなあ。食べ物とかも奪い合うんじゃなくて分け合うとか……。まあ、私みたいな食べ物に困っていない人間がこんなことを言うのもなんだかいけない事のような気もするけど。」
レティとマナがそんな話をしていると学校のチャイムが鳴った。
「あー……アン遅刻―。」
レティが残念そうな顔をした刹那、褐色の肌の少女が教室に滑り込んできた。
「セーフ!セーフ!」
「セーフじゃない。これはスライディングしてもアウトだ。」
褐色の肌の少女が叫んだすぐ後ろから男性教師が出席名簿で少女の頭を軽く叩いた。
「いてっ!」
「あ、来たわ。」
頭をさすりながらこちらに歩いてくる少女をレティは笑いを堪えながら見つめていた。
「何笑ってんの?」
少女はむすっとした顔でマナの前の席に乱暴に腰掛けた。
「いや、笑うわよ。アン、先生と野球漫才やっているみたいだったから。」
「間に合うと思ったんだけどなあ……。一限目なんだっけ?」
「古典。」
「ああ。」
褐色の肌の少女アンは黒い短い髪をかきあげるとかばんから古典の教科書をガサガサと探し始めた。
「あ、アン、今日の放課後、図書室に来れる?」
マナは前の席のアンをつつきながら小声で尋ねた。
「おっ!いいよ!活動だね!ワタシ、昨日夜遅くまで調べた『とっておき』があるんだよ!図書室で聞かせてあげる!」
「あー、それで寝坊して遅刻したわけね。」
目を輝かせているアンを横目で見ながらレティはため息交じりにつぶやいた。
授業をてきとうに流し、昼休みは楽しくおしゃべりして潰し、三人が待ちに待った放課後になった。
「アン!早くしなさいよ!」
レティは楽しそうに笑いながらのろのろ帰る準備をしているアンをつつく。
「待ってってば。さっきの授業爆睡しすぎて頭がまだ働いてないんだってば。」
アンは大きなあくびをするとかばんに教科書を詰め込んだ。
「レティ、そんなに急がなくても大丈夫だよ。図書室は逃げないから。」
マナはクスクスとレティに笑いかけた。
「ま、まあね……。そうなんだけど、アンが遅いんだもの……。」
「オッケー、行こうか?」
マナとレティが話しているとアンが呑気に声を上げた。
「まったく、本当に呑気なんだから……。」
レティは呆れながら再びアンをつついた。
「まあ、まあ、そう怒らずに。図書室でとっておき、話してあげるからさー。」
アンは子供のように悪戯っぽくほほ笑むと先導をきって歩き出した。
それを追いかけてマナとレティが続く。
三人は教室を出て図書室へと向かう。図書室は四階にある。マナ達の教室は三階にあるので階段を登らなければならない。三人は階段を足早に駆ける。
現在は放課後なので下校する生徒、部活動に行く生徒などがおり、とても賑やかだ。
しかし、四階は図書室と空き教室しかないため、いつも不気味なくらい静かだった。
三人は廊下を歩き、図書室への扉を開けた。
「……相変わらず誰もいないな。」
アンは図書室に入り、ふうとため息を漏らした。
「でもなぜか、放課後も閉まらない図書室。」
レティはほほ笑むと近くの椅子に座った。
「このちょっと不気味な感じがまたいいよね。」
マナはレティの隣に座った。
「じゃ、図書室についたんで、ワタシのとっておき、話そっかね。」
アンはマナとレティが座っている向かいの席に腰かけた。
「そうよ。アンが授業中爆睡するくらいの何かがあるんでしょう?早く聞かせなさいよ。」
レティは目を輝かせながらアンが話すのを待った。
「急かすなってば。実はさ、昨日なんだけどあるテレビ番組がやっててさ……。」
「テレビ番組?」
マナもワクワクしながらアンの言葉の続きを待った。
「うん、そのテレビで神社の話がやっててさ。ほら、この近くで観光名所になっている神社。」
「それが?」
「あの神社が建てられた時の人々の感情や精神状態を学者が語っている番組だったんだけど、その中で学者があの神社に足を踏み入れるとなんだか温かい気持ちになる人が多いようだと言っていてね。まあ、そっからはどうしてそんな気持ちになるのかを永遠と説いていたけど、ワタシはそれが気になってね……。」
アンが何かを考えるように腕を組み、唸った。それを見据えながらレティが口を開く。
「その番組見たわよ。確か、温かい気持ちになるのはその神社を作った当時の人々の歴史を知っているからそれに同情しているんでしょうって言ってたわよ。」
「それ……そうじゃなくてなんかの神がいるからなんじゃないかなあ。」
マナは恐る恐るレティとアンに言葉を発した。
「そう!それだよ!」
アンはマナの言葉を聞き、勢いよく立ち上がった。
「それだよって……信じたいけど、その学者さんの意見も間違ってないと思うんだけど。」
アツい瞳を向けているアンをレティはため息交じりに仰いだ。
「まだ続きがあるんだよ!そっからワタシは調べたのさ!どういう経緯でその神社が作られたのかと何の神がいるのかを!そうしたら、あの神社には太陽神がいたんだ!」
「アマテラス大神でしょ。あれは神とか云々じゃなくて象徴として祭っているだけなんだから本当はいないでしょ。形式的に行事もやっているだけだし。」
「皆そういう考えなんだよね。だけどさ、違うんだよ!本当にいるんだ!ここからだよ、驚け!ワタシはその後、ある事に気が付いて地図アプリで近くの神社を線で結んでみた。」
「お、おお……。」
なんだかわからないがマナとレティはアンの言葉に興奮していた。
「するとだ!」
アンはポケットに入れていた一枚の紙を図書室の机にたたきつけるように置いた。
それはこの周辺の地図だった。その地図にマジックで線が引かれている。
「……っ!」
「これを見てわかるかい?神社が一定間隔でちょうど正三角形のように三つあってその正三角形の周りにきれいな円形を描くようにただの建物化している神社が沢山ある。」
アンは指で線をなぞった。きれいな円形の線の中に正三角形がはまり込むように描かれている。まるで結界のようだった。
「こ、これ……結界的なやつ!?」
マナは目を輝かせながらアンを仰いだ。
「そう。この正三角形に配置されている神社はそれぞれ祭られている神が違う。アマテラス大神、月読神、スサノオ神……。それと、もう一つ、驚くのが……。」
アンは正三角形を指でなぞった後、正三角形の真ん中に指を置いた。
「ここだ!」
「あっ!」
マナとレティは同時に声を上げた。
「わかった?この三つの神社のど真ん中に妄想症の精神病院がある……。」
「……す、すごい……。」
マナとレティは言葉を失うくらい驚いた。
「……ま、だからなんだよって話なんだけどさ。」
いい感じな二人のムードを壊すようにアンは豪快に笑った。
「ま、まあ……確かにだからどうしたって感じだけど……けっこう面白かったわよ。」
「うん。すごく面白かった。」
三人は頷きあい、満足そうに笑った。
「で、でさ……まだあるんだけど……。」
アンは声を小さくしてマナとレティを手招いた。マナとレティは素直にアンに顔を近づける。
「まだなんかあるの?すごいわね……今日のアンは。」
「この妄想症の病院でうちのお母さんの友達の子が入院しているんだよ。歳はまだ七歳。女の子。」
「それで?」
「面会しに行かない?」
アンの言葉にマナとレティは顔を曇らせた。
「それって興味本位で行っていいもんじゃないでしょ?」
「……でも、妄想症の子と話してみたくないか?」
アンの問いかけにマナとレティはお互い顔を見合わせた。
二話
結局、好奇心には勝てず、レティとマナとアンは日曜日に例の女の子の面会に行く事にした。
天気は晴天。いい感じの風が吹いている。
三人は妄想症の精神病院内の一人部屋の前に立っていた。
雰囲気は普通の病院と変わりはない。ひとり部屋のドアはスライド式だった。
「……この部屋にいるよ……。今回は親から会う許可もらったけどすごく変わり者らしいから無理そうなら話を早く切り上げて逃げた方がいいってさ。」
アンは緊張した面持ちでマナとレティにささやいた。
「逃げた方がいいって……七歳の女の子でしょ……。」
レティは顔色を青くしながら答えた。
「とりあえず来ちゃったし、行こう?」
マナは眼鏡を直しながら気合を入れた。
アンは軽く頷くとスライド式のドアを開けた。
中は普通の和室だった。ただ、人形とぬいぐるみがあちらこちらに散らばっていた。そして三匹のハムスターがそれぞれケージ分けされて飼われていた。
ペットを飼ってもいい部屋のようだ。
その真ん中に黄色のワンピースを着た幼い少女が座っていた。
「……こんにちは。」
少女は三人を見て無表情で挨拶をしてきた。
「……こっ……こんにちは。」
少女の不思議な雰囲気に気おされながら三人は辛うじて挨拶を返した。
「お姉さん達は何をしにきたの?」
「え?お、お話に来たんだよ。」
少女が尋ねてきたのでアンが慌てて答えた。
「……向こうの世界ではね。人形は感情を持って動いているんだよ。人形は元々神々と人間と密接に関わっているから。知ってた?」
少女は手のひらサイズの人形を持ち、三人の前に突き出した。
「向こうの世界って……?」
レティは顔を引きつらせながら少女に尋ねた。レティはこの段階で少女がまともな思考の持ち主ではない事に気がついた。
「ちなみに私が飼っているハムスターは眠っている時、向こうに行くの。よく頼まれるから貸してあげてる。私も向こうに行きたいなあ。でも私は向こうへ行く度胸がない。数字に分解されても死んで向こうへ行っても本当に向こうに行けるかわからないから私は怖くて踏み出せない。このままでもいいかなって思っているの。パパとママもいるし。」
少女は軽くほほ笑むと目の前に置いてあるノートパソコンを撫でた。
レティとアンは目を合わせると首を傾げた。
「ちょっと、アン、何言ってんのかわかんないんだけど……。」
「ワタシだってわかんないよ。やっぱり遊び半分で来るんじゃなかったね。この子……おかしいよ……。」
レティとアンは目の前の少女に怯え始めた。しかし、マナだけはさらに興味を持った。
「ねえ、向こうの世界って何?」
マナがそう尋ねた時、レティとアンがもうこれ以上話しかけるなと目で訴えかけていた。
「この世界の他に世界があるの?」
マナは二人の制止を聞かずにさらに質問を重ねた。
「ふふっ……お姉さん、お姉さんも相当な妄想症だね。ここに入院した方がいいかもね。」
少女は突然ケラケラと笑い出した。
レティとアンはさらに顔色を悪くした。マナも不気味には思っていたが興味の方が勝っていた。
「……そうだね。お姉さんは無邪気そうだね。向こうの世界……行ってみる?」
少女はクスッと笑うとノートパソコンを開き、電源をつけた。
「な、何?電脳世界って事だったの?」
少女がパソコンを立ち上げたのでレティとアンはネットゲームの事かと思い安堵の息を漏らした。
「……たぶん……お姉さん達二人は行けないと思う。向こうに着く前に数字で分解されちゃう。そうなってもいいなら止めない。……向こうの世界は神々や怪現象を信じている人達が住む、神と人間の世界だからそれに適応していないとデータとして弾かれる。弾かれたらデータとして分解されて消えてしまう。お姉さん達の言葉で言うと死ぬ。」
「な、なに言ってるのよ……。パソコンで人が死ぬわけないでしょ。」
少女の言葉にレティが恐る恐るつぶやいた。少女はレティの言葉を聞き、「そうかな?」とあいまいな返事をしてきた。
少女のノートパソコンは電源をつけたにも関わらず真っ暗な画面だった。
「なに?そのパソコン、動作不良?」
アンも顔を引きつらせながら少女に尋ねた。
少女はアンの声を流し、ノートパソコンの画面をマナに向け、まっすぐ見つめた。
「……?」
「眼鏡のお姉さん、もう二度とこちらには戻れないけど向こうへ行きたい?お友達とも別れて親とも別れて……この世界から消える覚悟はある?お姉さんの覚悟が不十分だと向こうへたどり着く前にデータとして処理されちゃうよ。つまり死ぬ。そのリスクはあるけど行きたい?」
少女は無表情でマナに尋ねてきた。マナは戸惑いと困惑が渦巻いていたがもっと話を聞きたいという好奇心の方が勝ってしまった。
「い、行きたい……。」
マナは半分怯えていたが半分は笑っていた。今、自分はすごい顔をしているに違いない。
「マナ!もうやめよう!帰ろ!これ、やばいよ!」
「そうよ。言っちゃ悪いけどこの子、だいぶんクレイジーだわ。」
アンとレティがマナを必死で止めていた。しかしマナは何かにとりつかれたかのように真っ黒い画面のパソコンを見つめていた。
「……やっぱりお姉さん、私よりも重度妄想症だね。そこまでならきっと向こうに行けるよ。私はここから向こうへ行った人を見たことがないけど。」
「……。」
「お姉さん、手をパソコン画面に入れてみて……。」
冷汗と好奇心を背負いマナは手をパソコン画面に近づけた。
「……っ!?」
マナの手がパソコンの中に入り込んだ。そのまま引っ張られるように吸い込まれていく。
「なっ……なにこれ!抜けない!うそ?え!」
マナは突然の事に驚き、声を張り上げた。
「お姉さん……ちゃんと自己を保っていないと向こうへ着けないよ。消滅したいのならそのままでいいけど。もう手を入れてしまったら後戻りはできない。手が分解されてなくなってもいいならこちらに戻してあげるけど。」
少女は戸惑っているマナに笑いかけた。
「マナ……ど、どうなってんのよ!」
レティとアンは身を寄せ合って震えていた。マナはもう体の半分が吸い込まれている。もう残りは左手と顔だけだ。
「き、君は……なんなの?」
最後のマナの言葉に少女はほほ笑むと答えた。
「私はケイ。向こうだとK。人々の心の具現化でできたシステムの内の一つ。」
「け……K……。」
少女の謎の言葉を残し、マナは黒い画面に吸い込まれていった。
「ま……マナ……。あんた、何をしたのよ……。」
「なにこれ?なんなの?マナはどこ?」
レティとアンは少女を怯えた目で見つめた。
「……大丈夫。時期にあのお姉さんの事は忘れるよ。向こうに行っても、途中で分解されて消滅してもこの世界には何も残らないから。」
少女はパソコン画面を閉じると出てきたハムスターにおやつをあげ始めた。
「マナは!マナはどこに行ったのよ!」
「マナー!」
レティとアンが叫んだ直後、何かが切れる音がした。一瞬だけ世界が止まり電子数字が辺り一帯に流れた。その電子数字がまた新しい数字を示し、消えた。
「……あ、あれ?今……この子の面会に来て何話してたっけ?」
「少し話に来ただけだよね?もうそろそろ帰ろっか?あ、ごめんね。私達そろそろ帰るわ。」
レティとアンはお互いに顔を見合わせて首を傾げた。
「……うん。またお話しようね。今日はわざわざありがとう。お姉さん達。」
少女は納得のいっていない二人に笑顔を向けた。
レティとアンは何かを忘れているような思いにかられながら少女に手を振り去って行った。
……こちらのプログラムが変わった。あの二人はさっきまでいた眼鏡のお姉さんの存在を知らない……。もう存在も証明できない。あのお姉さんは無事に向こうへ着けただろうか。それとも消えてしまったのか……。
……それも私は知らない。
三話
「……おい。おーい!」
誰かがマナを揺すっている。
「起きろ。」
「んっ……?」
男の声が耳に響き、マナはそっと目を開けた。目の前に紫色の髪の男性が映る。
男性は端正な顔立ちだが目つきが鋭く、なぜか甲冑を着こんでいた。
マナは眼鏡をどこかで落としてしまったのか眼鏡がなかったのであまりよく見えなかった。
「お。やっと起きたか。あんた、伍の世界のやつだろ?」
「あれ……?私は……。」
マナは首をかしげながらゆっくり起き上がった。辺りを見回してみたが何もなく真っ暗だ。だがまるで宇宙空間内にいるように星のようなものが光っていた。
「よくここまでこれたなあ。まあ、まだ伍の世界だが。」
「あなたは誰……うっ!?」
マナは質問しかけてから自分の体に目を移し驚いた。
「きゃあっ!はだっ……私裸!」
なぜかマナは一糸まとわぬ姿であった。つけていたシュシュもなくなっており、長い髪が色っぽく体にかかっている。
マナは顔を真っ赤に染めて髪で体を隠した。
「そりゃあな。お前は今、魂だから。……いや、こちらだとエネルギー体か。」
「……エネルギー体が……どうして意思を持っているの?」
マナは恐る恐る男に尋ねた。男は軽くマナに向かってほほ笑む。
「ここは伍の世界の魂が行き着く世界だぜ。イザナミとイザナギが向こうの世界だけじゃなく伍の世界も繋げているんだ。その繋げているバイパス部分っていうのかな……あんたら伍の人間も眠っている時はここに来るんだぜ。そういうふうにできてんだ。」
「よくわからない……。」
「だろうな。眠っている時、魂の成分ダークマターは電子が離れるようにタンパク質の塊から抜け出し、一時的にここに集まる。そしてここに沢山あるダークマターの成分を魂が取り込み、増えるとタンパク質に引っ張られ肉体と魂が重なる。そして目覚めるわけだ。歳いってくるとタンパク質の塊……つまり体が衰えるから魂を引っ張りにくくなる。すると色々な障害が出たり、最終的には魂が肉体に戻れずに向こうの世界で肉体が腐るわけだ。魂は防腐剤的な感じだろうな。」
男は楽しそうにマナに語った。
「ここに集まる……。」
「そうだ。ここは向こうの世界では魂とか精神の世界、弐の世界と呼ばれている。こちらの世界での名称はない。しっかし……こちらの世界のやつらはほんと、想像力にかける。見ろ。世界がねぇ。真っ暗だ。」
「そんな事言われてもわからない……。」
男の発言にマナはただ戸惑っていた。
「ははっ!違いねぇ。俺達はこちらの弐の世界から外へ出られねぇ。だがちゃんと見守れる魂は見守って管理してるんだぜ。眠っている時、少なからず想像を膨らませるやつがこちらの世界でもいるんだよ。あんたみてぇなやつがな。俺達はその想像している生命の世界でしか今は生きられない。ごく少数だ。ちなみにここはアンって子の世界なわけだが、あんたはそのアンって子の世界に魂が入り込んでいるってわけだ。あんたの肉体はもうない。実態が保てるのもアンって子の想像のおかげだ。」
「アンって……私の友達の……?」
マナは驚いて声を上げた。
男は再び愉快そうに笑った。
「そうみてぇだな。あんたら、俺達の神社の話していたろ?それで夢で俺達が出てきたんだろう。」
「俺達の……神社……?……はっ!あなたはまさかっ!三貴神のうちの……。」
マナは目を見開いた。
「ご名答。俺はスサノオだ。これをやるよ。」
スサノオと名乗った男は驚きで震えているマナの手に眼鏡を乗せた。
「……すっ……スサノオ!?……こ、これは……め、眼鏡?」
「そうだぜ。落ち着けよ。あんたは俺が待ちに待ったこっちから向こうへ行く魂だ。向こうに行ったら驚くぜ。怪現象の嵐だ。あんたは向こうの世界では神が見えねぇみたいだからこの眼鏡をつけて神を見るといい。あ、ここは人が唯一想像を膨らませる弐の世界なんで俺が見えるんだが向こうだと普通に生活している人間達も神が見えねぇから。」
「……さっきから何言っているのかわからないんだけど……。」
マナは不安げな顔のままとりあえず眼鏡をつけた。
眼鏡をつけたとたん、スサノオと名乗った男の後ろにガラスのような薄い透明な何かがどこまでも続いているのが見えた。その透明な板のようなものに五芒星が描かれている。
「あれは……。」
「向こうとこちらを繋ぐ結界だ。あんたがデータ上、あちらに入るとき問題ないと世界が判断したら分解されずに入れるだろう。向こうの世界の人間と同じコードを持っていたら入れるって事な。ま、その眼鏡が向こうの世界のものなんで問題ねぇと思うが。向こうの世界がお前をどうデータ化して溶け込ませるのか俺は楽しみだぜ。」
スサノオは一方的に話すとマナの背中を軽く押した。少しだけ押しただけなのにマナはかなりのスピードで結界に向けて滑り出した。
「……ちょっ……ねえ!私大丈夫なの?全然話がわからなかったんだけど!」
マナは恐怖を感じ遠くなっていくスサノオに叫んだ。
スサノオは笑っていた。マナの顔にさらに恐怖の色が浮かぶ。
「ねえっ!」
「問題ねぇだろ。あんたはもう……こちらの世界でも人間じゃねぇ。俺が見えた段階であんたは神だ。現人神(あらひとかみ)……。向こうの世界はそう判断すると俺は睨んでいる。そのまま行け!」
「……っ!」
スサノオの声はそこまでだった。マナは目の前に迫る五芒星に徐々に分解されていった。
最後に見たのはスサノオの笑顔だった。不思議な笑みを浮かべている。
……そういえばスサノオは神話だと良くも描かれるけど悪くも描かれるよくわからない神だった……。
マナは辺りの電子数字を眺めながらそんなことをふと思った。
そう思っていた刹那、不思議な声が頭の中に介入してきた。
……今は解明されていないし名前もないけど魂の成分はソウハニウムって名前になるらしい……。未来は変わるかもしれないけどね。
「……誰?」
マナがそうつぶやいた刹那、意識は真っ白な靄の中に消えた。
「はっ!」
マナは気がつくと真っ白な空間にいた。体を起こし、辺りを確認してみても空間はどこまでも真っ白だった。先程とは真逆だ。
「……どこまでも白い……。私はどうなっているの?これって夢?」
マナは自分の体にとりあえず目を向けた。先程とは違い、何か着ている感じがあったからだ。
「……これは……私の学生服……。」
マナはいつも学校に行くときに着ている学生服を身にまとっていた。だが自分の学校の校章はなくなっていた。
その代わり、マナの胸元には見た事もない学校の校章がついていた。知らない内に緑のシュシュも元に戻っていた。
「いらっしゃい。はじめてのお客さん。」
ふと後ろから少女の声が聞こえた。マナは慌てて振り返った。すぐ目の前にツインテールのモンペ姿の少女がほほ笑みながら立っていた。
「誰!?」
「そんなに驚かなくてもいいよ。現人神マナさん。私はK。よろしく。」
「K……。」
Kと名乗った少女はとても友好的に話しかけてきた。
マナはKという名になにか引っ掛かりがあった。
……K……けい……ケイ……。ケイ?
……ケイ!
『私はケイ。向こうだとK。人々の心の具現化でできたシステムの内の一つ。』
……そうだ!
「……あの子がそう言っていた……。あの精神病院にいる女の子が!」
「ふーん。お姉さんは向こうのKに会ったんだね?」
マナが叫ぶように声を上げるがKの少女は別に驚いてもいなかった。
「向こうの……K……。」
「そう。実はあなたは一番真実に近いんだ。……あなたがこれからどう動くのか、向こうの私達の同胞も救ってくれるのか、私は楽しみにここで見ているからね。」
少女Kは軽くほほ笑むとその場から姿を消した。
「ちょっと!」
マナが何だかわからず叫んだがマナもすぐに意識を失った。
「このままじゃ遅刻しちゃう!」
マナは商店街を焦りながら走っていた。現在は春の陽気漂う朝八時十五分。桜の花は残念ながらもう散っている。
「もう少し!もう少しで学校!」
マナはスカートを揺らしながら商店街を駆け抜ける。今は登校中だ。珍しくない朝寝坊で今日もマナは全力疾走している。
「あーっ!今日は間に合わないかもしれない!」
……ん?
走っていてマナは突然変な違和感にとらわれた。
……ちょっと待って……。
マナは足を止めた。
「私……なんで走っているの?こんな見たこともない場所を……。」
マナの瞳が突然黄色に発光し、電子数字が回った。しかし、すぐに元の茶色の瞳に戻った。
「私はついこないだ学校にいて、授業を受けて帰ってそれで日曜になってレティとアンと一緒に妄想症の子と会った。私は登校中じゃない。」
引き返そうとしたがよく考えたらここがどこだかわからない。
「……ここはどこ?」
よくわからないがなぜか行ったこともない学校の行き道を知っていた。
「……よくわからないけど……その学校へ行ってみよう。」
とりあえず、マナは不安げな顔で学校への道を歩き始めた。
しばらく商店街を歩いていると見たこともない学校についた。
「……この学校は知らない……。場所もどこだかわからないのになんでこの学校への行き道を知っているの?」
マナは不思議に思ったが恐怖は感じなかった。
……入ってみよう……。
好奇心の方が強くマナははやる気持ちで校門をくぐった。
少し古臭い学校だった。だがさびれてはいない。
どこにでもある公立の高校のようだ。
時刻は九時を過ぎた。
学校は朝の慌ただしい朝礼が終わり、今はのんびりと一限目の授業に入っている。
マナはなんだか場違いな気分を感じながら恐る恐る廊下を歩いた。この時間帯は寝坊した生徒が慌てて教室に入っていく時間帯でもある。
マナは慌てている三人の生徒とすれ違った。通り過ぎさまに制服を見るとなぜか自分と同じ制服を着ていた。
……この学生服はここの学校のものなんだ……。
……でもなんで私がここの学校の制服を着ているの?
学校の制服は着ているものの場所以外学校の事はわからない。
この学校に通っていたとしてクラスはどこなのか、時間割の状況もわからない。
……私はやっぱりこの学校の生徒じゃない。
マナはそういう結論を出し、とりあえず学校関係者に見つからない場所を探した。
……屋上……。
マナは四階の階段を上った後、五階へ続く階段を見上げた。五階は屋上になっているようだ。
……でも屋上ってだいたい鍵がかかっているはず……。
そんなことを思いながら階段を上ると重そうな扉があった。
マナはダメもとで扉のノブをひねった。
「あっ……。」
鍵がかかっていると思っていた扉はあっけなく開いた。
「開いた……。」
マナはそのまま屋上へ出て静かに扉を閉めた。
春のあたたかな風とまだ残っている桜の花びらが頬をかすめる。快晴の空がとても気持ちいい。
「屋上は開いているんだ……この学校。」
辺りを見回すとのどかな自然風景が遠くに見えた。しばらくぼんやりと風景やらグランドで体育をやっている生徒達を眺めるやらをやっていると少し目が疲れてきた。
マナは目を休めようと眼鏡をはずした。辺りは若干ぼやけたが少し遠くの方に大きな鳥居が存在していることに気がついた。
「……あれ?眼鏡していた時は見えなかったのに眼鏡をはずしたら鳥居が見える……。」
ひとりごとをつぶやきながら眼鏡をはずした状態で一周ぐるりと見回してみる。
鳥居は全部で三つあった。ちょうどこの学校を真ん中に正三角形を形成するように鳥居が立っている。
……ふーん。ぴったり正三角形になるように鳥居が立っているね。おもしろいわ。
……ん?……『正三角形に』鳥居が立っている?
マナは固まった。
再び眼鏡をしてみる。辺りは鮮明になったが遠くに見えていたはずの鳥居がなくなった。
「あれ?」
マナは再び眼鏡をはずしてみた。辺りはぼやけほとんど見えなくなったが遠くにある鳥居だけははっきり見えた。
……まって……この配置……どこかで……。
「はっ!」
マナは目を見開いて驚いた。そういえばアンが言っていた三つの鳥居と位置が酷似している。
「真ん中に……妄想症の精神病院があって……結界が……云々ってアンが……。」
マナは震える声でつぶやくと再び眼鏡をかけた。眼鏡をかけたとたん、その鳥居は跡形もなく消えた。
……一体どういうこと?眼鏡をはずすと見えるなんておかしいよ……。それにここは妄想症の病院じゃなくて学校……。
……何がどうなっているの?
マナは突然、言いようのない不安と恐怖に襲われた。
……ここは何なの?私がおかしいの?
マナは狂いそうになっていた。不安になればなるほど不安になってくる。
その時、重度妄想症だったKと名乗った少女の言葉を思い出した。
……しっかり自己を保っていないと分解されちゃうよ……。
「しっかり……自己を……保っていないと分解……されちゃうよ……。」
マナは茫然と遠くの風景をながめた。下のグランドでは楽しそうに笑う生徒達が体育の授業でサッカーをやっていた。
……これから私はどうすればいいのだろう?
四話
マナが茫然と立ちつくしていると突然チャイムが鳴った。マナはビクッと肩を震わせると辺りを怯えながら見回した。
しかし、すぐに学校の一限目が終わったチャイムだと気がついたので顔を元に戻した。
マナは一時間以上ここで茫然としていたらしい。
我に返り、慌ててどこかへいく心構えを作ったがよく考えれば行く場所などない。
まごまごしていると女の子の話し声が聞こえてきた。
……なんかまずい!こっち来てる?
マナは咄嗟に構えた。
扉を凝視しているとそっと扉が開き、茶色のショートカットヘアーの少女とウェーブかかった長い黒髪の少女が談笑しながら入ってきた。
「サキ、光合成したいって植物じゃあるまいし……。」
「少し太陽を浴びたくなっただけさ。日光浴ってやつだよ。アヤもやればいいじゃないかい。こう……スーハ―スーハ―って太陽を吸い込む感じで。」
「浴びるんじゃなくて吸い込むのね……。」
茶色の髪の女の子は黒髪の女の子に呆れた目を向けていた。
「うわっ!」
黒髪の少女は立ち尽くすマナを見、目を見開いて驚いた。いつもこの時間は二人だけしか屋上にいないらしい。
黒髪の少女の驚き方でマナはそう予想した。
「あんた……どこのクラスの子だい?あ、あたしはサキって言うんだ。よろしくね。ここで会ったのも何かの縁とか言うし、ちょっとしゃべらない?」
黒髪の少女は自分の事をサキと紹介した。彼女は人懐っこい性格なのかもしれない。猫のような愛嬌ある目つきで驚いていた顔から一転、笑顔に変わった。
「私はアヤよ。あなたの校章のカラーから言ってあなたは私達と同じ学年のようね。」
茶色の髪の少女はアヤというらしい。こちらの少女はサキと名乗った黒髪の少女よりもとっつきにくい感じがある。
だが根はやさしそうだ。
とりあえず、怪しまれないようにマナは自己紹介をすることにした。
「私はマナって言います。えーと……。」
マナは自己紹介することが名前しかない事に気がつき、詰まった。
「いやー、気にしないでいいって!丁寧語じゃなくてもあたし達、同じ学年じゃないかい。」
サキと名乗った黒髪の少女は愛嬌ある目を細めて柔らかく笑った。どうやらマナが丁寧語で戸惑っていると思ったらしい。
「う、うん。」
マナはとりあえず話を合わせ、軽く頷いた。
なんだか変な汗が出ている。とても失礼なのだか人間とは違うようなそんな不思議な感覚が先程からマナを襲っていた。
マナは顔に浮かんだ汗を拭おうとハンカチを取り出し、眼鏡をとった。
「……っ!」
刹那、目の前の少女達は突然に電子数字にかわった。目の前で沢山の電子数字が絶え間なく変動している。まるでデータのようだ。
ゲームのようだった。ゲームも画面上では映像や風景になっているがゲームの本質、内部を覗くとわけのわからない数字とプログラムばかりだ。
なんだかその感覚に似ている。マナはさらに変な汗をにじませ、怯えるように後ずさった。
「ひっ!」
小さく悲鳴を上げて倒れてしまいそうな体を頑張って目覚めさせる。
わけのわからない数字の羅列だがマナにはそれがなぜか読めた。
気がついたら口に出していた。
「とっ……時神現代神アヤ……日本の時を守る神の内の一……。現代を守る時神。他に過去神、未来神がいる……。輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)……サキ……。太陽神のトップでアマテラス大神の力を一番受け継いだ……太陽神。概念になったとされるデータ、アマテラス大神を以前彼女の母親が体内に下ろしたのがはじまり……。」
マナは震える声でつぶやくと腰から崩れ落ちた。腰が抜けたのだ。足に力がまったくはいらず立ち上がる事ができない。
汗を拭ったマナは肩で息をしながら再び眼鏡をかけた。
眼鏡をかけた刹那、電子数字は消え、その代わりに心配そうなアヤとサキが映った。
「今……なんて言った?あたし達の……事。」
サキがマナに近づきながら訝しげにこちらを見ていた。
「え……えっと……その……。」
マナは震えながら真っ白になる頭で何か言おうと考えたが何も思いつかなった。そのうち、なぜか右手に違和感を覚え、マナは右手に目をちらりと向けるが右手は何ともなかった。
そっと眼鏡を下げて今度は右手を見てみた。よく見ると自分も電子数字の塊だった。
右手の方の電子数字がパソコンのデリートのようにどんどん消えてなくなっている。
……消えてる!
「ひっ……!」
マナは悲鳴に近い声を上げてなくなっていく数字を怯えながら見つめていた。
また妄想症だったKの言葉を思い出した。
……自己を保っていないと分解されちゃうよ……。
「じっ……自己を保つ……。」
マナは素早く眼鏡をかけると息を吐き、アヤ達に笑いかけた。ちゃんと笑えているか不安ではあったが。
「ちょ、ちょっと貧血みたい。」
「もしかして、あなた、神なの?」
「神!?」
アヤの言葉にマナは心臓がひっくり返るくらい驚き、素っ頓狂な声を上げた。
……神なんて私が……そんなわけない。神がいるわけが……。
そうマナが思った刹那、先程の違和感がまた強くなった。それも先程よりも強く感じる。眼鏡を外すことは恐ろしくてできなかった。
……神がいるわけないって思っちゃいけないんだ……。あの時はあれだけ信じていたのに……心のどこかで信じることが冗談だったっていうの?
カチカチ鳴る歯を抑えつつ、マナはまともな思考ができない頭で答えを必死に探した。
「そ、そうみたいなんだけど……なんの神だがわからない。」
マナはとりあえず話を合わせる事にした。
「ふーん。あなた、最近出現した神なのね?何の神だがわからないってけっこうまずいわ。神社はどこ?信仰心は大丈夫?」
アヤはトンチンカンな事を言っているのに平然とマナにそう尋ねた。
「大丈夫じゃない……。どうすればいいのかわからない。」
マナはとりあえず素直な気持ちをアヤに伝えた。なんとなく彼女達は自分を助けてくれそうだったからだ。
そういう風に話を合わせていると右手の違和感は知らぬ間に消失していた。
「へえ……あたし達の事けっこう知っているみたいだねぇ。じゃあ、情報の神とか?」
今度はサキが口を挟んできた。
「じょ……情報の神?……そ、そういえば……あの女の子が現人神(あらひとかみ)って言っていたような……。」
「あらひとかみ?何それ?」
マナがてきとうに言った言葉にサキは首を傾げた。
「現人神は確か……人間が神になる事よ。」
アヤはサキに思い出すように答えた。
「人間かい。じゃあ、あんたは人間の皮を被った神って事かね?」
「そ、それはわからない。」
サキの質問にマナは辛うじて返答した。
正直、何を言っているのかまるでわからない。
「ま、何やともあれ、あたし達はあんたを味方する事にするよ。」
「そうね。私も味方するわよ。」
サキとアヤは楽観的に話を片づけると「もうそろそろ授業だからまた、後で。」と手を振って去って行った。
……本当に彼女達を頼っていいのか?騙されていたりしないか?
……もう……元の世界に……帰り……
そこまで頭に思い浮かべた時、また体中に違和感が襲ったので考えるのをやめた。
五話
やはりこの学校は自分がいてよい学校ではないと気がついたマナはアヤとサキに感謝しつつこの学校から一度外に出ることにした。
こっそり校門を抜けて商店街を歩く。
……ここはどこだかわからないけど……とにかく……神が存在している……。
マナは色々と考えながら当てもなく商店街を進む。
「……。」
ふと神社の鳥居が見えた。鳥居の階段で奇妙な格好をしている男を発見した。
狐耳に赤いちゃんちゃんこ、白い袴……。瞳は青い。
狐耳の男は大きく伸びをしながらおにぎりを食べていた。
「……変な格好の人だな……。」
マナは先程のように眼鏡を外してみた。前を歩く通行人は特に変わりはなかったが狐耳の男は沢山の電子数字に変わった。
……日穀信智神(にちこくしんとものかみ)……実りの神様。穀物の神……。
……やっぱり……あのひとも神だ……。
神は……眼鏡を外すと電子数字になる……。マナが先程覚えた事実だ。
しばらく観察を続けていると後ろから突然声がかかった。マナは驚きすぎて飛び上がってしまった。
「ひい!」
「あ……そんなに驚かすつもりはなかったんだよ。あんたがマナか?俺の未来見でちまちま出て来ていた女。そんでなんでか俺がこの壱(いち)の世界に来ちまった原因の女。」
声は男だった。マナは恐る恐る後ろを向いた。目の前には赤い髪をした秀麗な顔の青年が涼しげに立っていた。
「だ、誰?」
マナは警戒しながらも眼鏡を少しずらした。もしかすると神かもしれないと思ったからだ。
しかし、赤い髪の男は電子数字にはならなかった。
「じゃあ……人間?」
「ん?俺は人間じゃないぜ。時神未来神、湯瀬プラズマだ。」
プラズマと名乗った男にマナはまた混乱した。
「え?え?だって神様は電子数字になるんじゃないの?」
「何言ってんだ?あんた?」
マナの言葉にプラズマは首を傾げた。
「あ、えっと……なんでもない。」
マナは疑問を心にしまう事にした。今、そのことを言うのは混乱を生みそうだからだ。
ここでマナはもう一つ、この世界について知った。
……神様は自分が電子数字であることを知らない。そして電子数字じゃない神もいる?
「……あんた……どっから来たんだ?」
プラズマが端正な顔を若干曇らせて尋ねてきた。その『どこから来た』という言葉は場所を指していないという事はマナも理解できた。
「……実は……よくわからないの。」
マナは素直にプラズマにそう言った。本当によくわからなかった。
「あんたは人間なのか?不思議な感覚を纏っているようだが。」
プラズマはマナにとても興味があるようだ。マナは警戒しつつも素直に話す事に決めた。
「よくわからないんだけど……私、現人神(あらひとかみ)なんだって……女の子から言われたの。」
「現人神……。じゃあ、あんたは人間と神の中間にあるって事か?」
「よくわからない。ここがどこかもわからない……。」
プラズマの質問にはマナは何一つ答えられなかった。
「そっか。それじゃあまずはあんたがどっから来たかだなあ。俺の未来見で出てきた時には俺とあんたは近々起こる未来で一緒に行動をしているらしい。でもあんたは未来から来た者じゃないって事はわかる。俺は肆(よん)の世界には敏感でね。」
「……肆の世界?世界ってそんなにいっぱいあるものなの?私もこの世界に着くまで三回くらい場所が変わったの。」
マナがそこまで言った時、妄想症だった例の少女の言葉を思い出した。
……向こうの世界、行ってみる?
「……向こうの世界……。そうだ!私は向こうの世界に行ったんだ!」
「おい、向こうの世界ってなんだ?」
マナが自己解決をしているのでプラズマはいぶかしげにマナを仰いだ。
「あ……えっと……違う。向こうの世界に行ったって事は……えーと……そう!向こうの世界からこちらの世界に来たって事だわ!」
「向こうの世界って言うと……まさか……あんた……。」
マナの言葉にプラズマが戸惑いの色を見せた。
「宇宙空間みたいなところでスサノオ様に会ったの……。それから……。」
「あんた、伍(ご)の世界からこっちに来たのか!?まいったなあ……。」
マナが最後まで言い終わる前にプラズマが目を見開いて叫んだ。
「伍の世界?えっと……五番目の世界って事?なんでそんなに世界がいっぱいあるの?」
マナは頭をひねりながら知っていそうなプラズマに問いかけた。
しかし、プラズマは首を傾げた。
「知らん。伍の世界はこちらでは全く資料がない。俺だって肆の世界から来たんだぜ。あ、肆の世界って未来の世界なんだってな。まあ、あんたとは同一じゃないけど俺もここじゃあ異世界人って感じか?なんか違うかな?」
「と、いう事はプラズマさんは私とちょっと近い立場にあると?」
「たぶん。」
なんだか煮え切らない答えが返ってきたがマナはなんとなく安心した。自分と同じような境遇の人がいたという事がマナの警戒心を解いた。
「私、ここで生活をしていかないといけないみたいなんだけどここはバイトとか通貨とかどうなの?あなたは私よりも早くにこちらに来たみたいだから、知っているかな?」
なんとなく話せそうな感じだったのでマナは質問をしてみた。
「んあ?あー……たぶんバイトはあるし、通貨はここは日本だから『円』だな。」
「私達の世界と一緒だ。ここは神がいるだけで私達の世界と変わらないって事かな?」
「あんたの世界は神がいないのか?」
「いないよ。」
プラズマの言葉にマナは小さく頷いた。だから戸惑っているのだと思いながら。
「ふーん。なんか寂しいなあ。……ああ、こっちの世界は後、戦争がない。世界が分断される前の過去にはあったが。未来は……あんたがどう動くかによってたぶん変わる。俺の世界の時代で起こる……自然共存派戦争もあんたが動くことでなくなる可能性がある。どう動くかまでは色々障壁があって見えなかった。たぶん、そこから沢山の可能性があったんだろう。……あの戦争は……こちらの世界の人間と伍の世界の人間の戦争だったんだ。いつの間にか世界が融合している未来を見てしまった。」
「世界は分断されていたって……スケールが大きすぎる……。私がその戦争を失くすことができるかもしれないの?」
マナの質問にプラズマは軽く笑った。
「まあ、あんたがこっちに来たことでその戦争が起きるってのも間違いじゃない。俺の未来見からするとあんたは天秤だ。戦争が起きる原因を作ったのもあんたでなくす可能性を持っているのもあんただ。俺には力はないがあんたの通る道を確かめる必要がある。俺はだからあんたを探してた。見た感じだとあんたはいいやつっぽいな。」
「……。」
マナはプラズマの言葉で詰まった。自分がおとぎ話の世界の主人公になったような気がしてきた。
……まるで物語の主人公だ。
だが事態はマナが考えているほど甘くないらしい。戦争が起きるのは本当でその戦争の引き金が自分で争うのは自分の世界の住人達とこちらの世界の住人達。
プラズマの言っていることがすべて正しいならマナは慎重に動く必要がある。
ただでさえ平常心を保つのが必死なのにそんなことを言われたマナはさらに頭を抱えた。
自然共存派戦争は『時神アヤが関わった事件で少し出てきた』が今のマナが知る由もなかった。
「ま、とりあえずだな、俺はあんたを見ていたい。どうせ元の時代には戻れないし、いい暇つぶしにはなるだろ。ここは平成二十九年だろ?2017年か。だいぶん前だな。この時代忘れてるぞ。俺。」
プラズマは楽観的に笑っていた。マナは笑いごとではなかったがプラズマに合わせて引きつった笑顔を向けた。
「えーと……。私、どうしたらいいかわからないんだけど……。一緒に行動するって事?」
「そういう事!興味本位だけどやましい気持ちじゃないから、そこは理解してね。」
「やましい気持ちって……。」
プラズマの眩しい笑顔にマナは頭を抱えた。
だがなんとなく無害な気もする。
「で、あんた、これからどうするの?」
「どうするって……?」
プラズマの突然の質問にマナは戸惑った。
「だから、これからどこ行こうって思っているのって事だ。」
プラズマは相変わらず楽しそうにマナを見ていた。
「え……。どこ行こう……。とりあえず、この辺歩く。」
「オーケー。」
マナは困った挙句、ただの散歩をすることにした。プラズマは嫌がるそぶりをみせず、単純にマナの後を歩いてきた。
……なんかこの人、変かも……。どう対応すればいいんだろ……。
マナは不安げな顔で当てもなく歩く。プラズマが気になりすぎて風景が頭に入ってこない。
どれだけ同じ道を行ったり来たりしたかわからないがマナの足が疲れ始めた頃、マナとプラズマを呼ぶ声が聞こえた。
「マナ!っと……プラズマ!?あなたはなんでここにいるのよ!」
声の主は先程の少女アヤだった。アヤはマナに目を向けた後、プラズマに目を向けて驚いていた。
「あー、アヤか。久しぶりだな。」
「久しぶりじゃないでしょ!なんでいるのよ。ここは現代よ。」
呑気なプラズマとは反対にアヤは焦った顔をしていた。
「そうなんだよな。俺、なんでか現代に来ちゃったんだよ。散歩してたら急にここにいてだな。」
プラズマは少し困った顔でアヤを見ていた。
「はあ……つまりは……また時間が狂う何かがあるというわけね。栄次は……。」
アヤがため息交じりにつぶやき、プラズマがそれを拾って答えた。
「栄次は今回関係ないっぽい。つまり、未来なんだ。」
プラズマは少し楽しそうにマナに目を向けた。マナは身体を強張らせながら引きつった笑みを返した。
「未来……あなた……一体……。」
アヤがマナを不気味そうに見ている。マナもなんだか徐々に怖くなってきた。
……一体自分のようなちっぽけな存在が世界にどのような影響を与えているというのか……。
マナはわけがわからずにアヤに向かい首を傾げた。
とりあえず『何か話さないと』と思ったマナはアヤに外れた問いを投げかけた。
「アヤさん……学校は……?」
「学校?ああ、あれはもういいのよ。それよりも……。」
アヤはマナの言葉をてきとうに流した。
「アヤ、今回は俺とマナで動くからアヤは注意深く現代を見ていてくれ。」
プラズマが焦っているアヤをなだめてほほ笑んだ。
「……そ、そう。時間関係が狂うのは嫌だわ。一番、気持ちが悪くなるもの。」
「わかってるって。あんたは現代神なんだから現代を『今』を守ってろ。『今』ですらおかしくなったらあんたの出番だ。」
「……そうね。」
アヤはまだ納得がいっていなさそうだったが渋々頷いた。
「なあ、アヤ。」
プラズマが思い出したようにアヤに会話を投げかけた。
「何よ?」
「俺達、これからどうすればいい?」
プラズマがマナをちらりと横目で見つつアヤに尋ねた。
アヤは明らかな呆れ顔を作った。
「知らないわよ……。でも……まあ、そうね……。情報を集める面でも過去、現代、未来が繋がっているといった面でも……図書館に行くのがいいんじゃないかしら?」
アヤは首を傾げながらため息交じりにそう言った。
「そうか!なるほどな。参考になった。じゃあ、これから行こう!」
プラズマはアヤにほほ笑むとマナに目を向けた。
「図書館って……本で調べるの?」
マナは完全に話についていけずに頭を悩ませていた。
「違う。人が利用する図書館じゃないよ。神が利用する図書館だ。あそこの本には興味がないが……あそこにはひとり興味深い神がいる。」
「本じゃないの?」
「本よりももっとすげぇ奴だ。図書館のブレーンだよ。」
「ぶれーん……。」
プラズマは茫然としているマナの腕を掴んで歩き始めた。
「アヤ、ありがとな。あんたもちょこちょこ原因を調べて見てくれ。」
「わかったわ。気を付けて。」
プラズマとアヤの会話はかなりドライだった。プラズマに腕を持っていかれながらマナは後ろを振り返った。
少し疲れているアヤの顔が徐々に遠くなっていった。
六話
マナとプラズマはここら周辺の図書館に向かって歩き出した。
今は商店街を抜け駅前へと来ている。近くに商店街があるからか駅前には大きな商業施設がない。どうやら商店街の方がこの駅周辺では観光スポット並みに有名なようだ。
その駅の近くに役所があった。その役所の建物の横に大きな図書館が堂々と建っていた。
「おー、やっぱりあった!図書館。絶対駅前にあると思ってたんだ。」
プラズマはホッとした顔をマナに向けた。
「鋭い勘……。まあ、でも図書館なら確かに駅前の事が多いかも。」
「じゃあ、いこっか。」
マナの返事を待たずにプラズマはマナを引っ張り図書館内へと足を進めた。
自動ドアから静かな館内に入る。天気が晴天だからか館内は少し暗く思えた。
ロビーを通り抜けてプラズマは『図書館入り口』と書かれたドアを押した。
「えーと……どこだ?」
プラズマは図書館に入るなり独り言を言いながら辺りを見回しはじめた。
「どこって?」
マナが尋ねたがプラズマは答えなかった。
しばらくまごまごしていると受付の女性がこちらに向かって来た。
「この本棚を左へまっすぐ、その後、右です。」
女性は意味深な一言を発すると再び持ち場へと戻ってしまった。
「な、何?」
マナが突然話しかけてきた女に戸惑いの声を上げた。
「あー、あれは図書の神、天記神(あまのしるしのかみ)の操り人形だ。人間には見えない。俺達専用の図書館案内係だよ。」
「は、はあ……。」
プラズマはマナにほほ笑んだ。マナもよくわからずにとりあえずはにかんだ。
「よーし、じゃあ、行こうか。えー……ここを左で突き当りを右か?」
プラズマはマナを軽く引っ張り本棚と本棚の間を歩き始めた。
「お、あった。」
本棚の突き当りを右に行った時だった。プラズマが声をあげたのでマナもプラズマの脇から顔を出した。
奥に不自然な空間があり、本棚の一つに一冊だけ真っ白な本が置いてあった。
違和感がある理由はおそらく、本棚に本が一冊しかないからだろう。
プラズマはその異質空間に平然と入り込み、白い本の前で立ち止まった。手招きされたのでマナも慌ててプラズマの元へと走った。
「これだよ。」
プラズマは白い本を手に取り、マナに見せてきた。
白い本には『天記神』とだけ書いてあった。
「……てんきしん?」
「いや、これは『あまのしるしのかみ』と読むんだ。」
「あまのしるしのかみ……。神様……その本が……。」
「いや、彼はこの中にいる。」
「中!?」
マナは目を見開いて驚いた。プラズマは平然と頷いた。
「そうだよ。じゃ、さっさと行こうや。」
「え?どうやって?」
マナが質問をした時、プラズマが悪戯っぽい笑顔を向けた。
「単純な事だ。」
プラズマはそう一言発すると白い本を開いた。
刹那、マナの意識は遠くなり、真っ白な空間内に消えた。
気がつくとマナはある古びた洋館の前に立っていた。辺りは森で囲まれており、霧のような白いもやが全体的に覆っていた。
「驚いたか?ここはあの白い本の中だ。」
洋館を眺め茫然としているマナにいつの間にか現れたプラズマが胸を張って言った。
「驚いた……。明治時代の建物みたい……。本の中とは思えない。」
「ふっ。白い本の中に入った事はマナはもうなじんだんだな。建物に驚いているくらいだから。こりゃあ、一筋縄にはいかない。あんたはある意味、すごい能力者だ。」
すぐに興味が移ったマナにプラズマは驚きの声を上げた。
「それで天記神さんは?」
マナの興味は早くも神に移った。
「あの図書館の中にいるよ。」
「あれ、図書館だったの?」
マナの驚きの声にプラズマは笑った。
「そうだ。ま、パッと見てただの洋館だわな。じゃ、さっさと行こう。」
プラズマは素早くマナを促してアイビーだかヘデラだかがつたう緑だらけの洋館のドアを開けた。
「おじゃましまーす……。」
重たい扉をプラズマが開けてからマナが恐る恐る声をかけた。
「はーい!いらっしゃいませ。あら?プラズマさんと……あなたは……。」
マナが声を上げた刹那、女っぽい男の声が聞こえた。
「あらあら。まさかねぇ……。伍の世界の子だったりして?」
「ご名答!さすが知識神!」
女っぽい男の声にプラズマがおどけるように手を叩いた。
「それは関係ないわよ。なんとなくわかっただけです。」
女っぽい男の声は少しふてくされていた。
姿を見ようとマナはそっとプラズマの脇から顔をのぞかせた。沢山の本棚をバックに青いきれいな長い髪を持つ、秀麗な顔の男性と目があった。瞳は不思議な事にオレンジ色で、頭には星をモチーフにしているのか星形の帽子が乗っている。紫色の水干袴のようなものを着こんでいて、どこか品を感じた。
……それなのに女の人っぽい……。男の……神様だよね?
マナは彼を見て少し混乱したが彼が彼女であることに気がついた。
「ふ、複雑だ……。」
マナの一言に天記神はコロコロと笑った。
「何をお考えかしら?私は心は女です。ほほほ。」
天記神はマナが考えていることをすべてお見通しだったようだ。マナは顔を赤くしてうつむいた。
「ま、それは置いといて。話の通り、この子は伍の世界の住人なんだ。で、俺達は何か行動しなきゃいけないっぽいんだけど……どうしたらいいかわからないんだ。」
プラズマは愛嬌のある顔で笑いかけた。
「どうしたらいいかわからないって……私もわからないです。本ならばお貸しできる範囲でお貸しいたしますけど。」
天記神は困った顔で首を傾げた。
「じゃあ、なんか情報とかでも。最近変なニュースとか……。未来に関係する事とかで。」
「んー……。情報ならば神々の情報新聞を書いている天界通信本部に行くのはどうかしら?……あ、そういえば……こないだの新聞で海外から時の神の方のクロノスさんが来ているって書いてあったわ。『クロノスさんの方面の神』かもしれませんけど、今はリョウと日本名を名乗りながら日本を満喫しているとか。」
天記神の言葉にプラズマは目を輝かせた。
「それだ。日本版の時の神じゃないところがミソか。そいつに話を聞こう!何かわかるかもしれない。」
「単純ね……。ちゃんと新聞を読みましょうよ。」
「いやー、俺、人間のやつしか読まねぇから。」
天記神にプラズマはまた悪戯っぽい笑みを浮かべて答えた。
「どうしますか?お茶でも飲んで行かれます?」
「いや。そのクロノス……リョウだったか?はどこにいるんだ。」
プラズマは閲覧席に座るように促した天記神を押しとどめ、尋ねた。
「えーと……そうね。確か……。」
天記神は考えながら田舎の村名をあげた。
近くに海とバックには山、観光地の海岸よりもはるかに先の電車すら通っていない小さな村の名前だった。
「なんでクロノスはそんなところに……。」
「さあ?知りません。」
プラズマのつぶやきに天記神は再び首を傾げた。
「ま、いいや。とりあえず行ってみる。ありがとう。マナ、行くぞ。」
突然名前を呼ばれマナは飛び上がって驚いた。
「行くってどこ?」
「聞いてなかったのか?クロノスに会いに行くぞ。まずは気になる事を片っ端からやっていく!」
「ええっ!あっ、待ってよ!」
先程のアヤの時と同じようにマナはプラズマに腕を取られ強制的に歩かされた。
またも遠くに天記神の困った顔がマナを見つめていた。
洋館を出て森の一点部分に足を踏み入れた刹那、マナの視界がまたも真っ白になった。
我に返ると先程までいたごく普通の図書館に足をつけていた。目の前には先程と同じように白い本が一冊だけ置いてある。
「戻ってきた。じゃ、こっから外に出て鶴を呼ぼうか。」
「鶴?」
勝手に歩き出したプラズマにマナは疑問の目を向けながら後に続いた。
「鶴はツルだ。神々の使いだよ。」
「……はあ……。」
プラズマはさも当然のように手を広げた。再びわからない事が出たマナは首を傾げながらとりあえず返事をした。
自動ドアから外に出てプラズマは太陽を眩しそうに手で遮りながら笑った。
「ま、見ててみ。」
「……う、うん。」
なんだかわからなかったがマナはとりあえず頷いた。
しばらくプラズマと共に青空を見上げていると大きな翼を羽ばたかせている人間のようなものが飛んで来るのが見えた。
「ひぃ!?」
マナは驚いて不思議な悲鳴を上げた。
「ああ、あれがツル。人間には見えない神々の使いだ。ちなみにやつらは鳥になっている時は漢字で鶴。人型の時はカタカナでツルと表記しているようだ。」
「ひっ……人型!?」
神が存在している世界という事は辛うじて理解ができた。しかし、動物が人型になるところまでは理解ができない。
そうこうしている内にツルがプラズマの前に着地していた。全体的に白と黒だ。白い着物に黒い袴、肩に赤いファーのようなものがついている。髪も白と黒で全体的に白、毛先だけ黒い。その髪を中国の宋の時代の様に上でまとめている。端正な顔立ちで目元に赤いアイラインを引いている青年だった。どこかの俳優のようだ。
「よよい!行き先を提示してくれよい!」
青年は顔に似つかわしくない言葉を吐くとプラズマとマナに深くお辞儀をした。
「俺は主にツルを移動用に使うんだ。けっこう便利だぞ。」
プラズマはマナに笑顔を向けるとツルが引いている駕籠を指差した。よく見ると四、五羽の鶴が脇の方にいつの間にかいた。
「これ……江戸時代とかにあった駕籠ってやつかな?」
「んまあ、中は結構心地いいぞ。ローカル線とかでよく見る電車のワンボックスみたいな感じだ。」
マナとプラズマが話しているとツルが再び口を開いた。
「よよい!行き先はどこだよい!」
このツルは神々の使いだと言うのにどこか神々よりも偉そうだった。
「ああ、悪いな。えっと……ちょっと不便な場所なんだが……。」
プラズマは村名を素早く伝えた。
「了解しましたよい!駕籠にどーぞ。」
ツルはマイナーな村を瞬時に理解したようだ。そこら辺のタクシーよりもはるかに場所に詳しい。
マナは感心しつつ、早くも興味が駕籠の中へと移っていた。
「じゃあ、行くか。あんた、本当になじむのが早ぇんだな。さっきのツルの件はもう驚いてないのか。面白い。」
プラズマは興味津々にマナを見、その後駕籠へと促した。
七話
駕籠に乗ったマナ達はクロノスがいるという例の村へ行く事にした。
駕籠の中は快適だった。プラズマが言った通り電車のワンボックス席のようなシートがある。外からではそれがわからない。空間的におかしい気もしたがマナは気にするのをやめた。
プラズマとマナはそのワンボックス席の椅子に座った。
座った刹那、鶴が飛び立ち始めた。
「では、いくよい!」
ツルの一声で駕籠がふわりと浮いた。だが気持ち悪い感覚はなく、中からでは浮いているのかどうかもわからない。
ツル達は高く飛び上がるとそのまま飛行を始めた。駕籠にはなぜか窓がついており、その窓から外の眺めを楽しめた。
「なんだかわけがわからないけど外が見えるね。」
「まあ、神々の関係ではわけわかんない事の方が多いよ。」
マナが興味津々に窓から外を眺めている。飛行機に乗っているみたいなのに浮遊感がないのだ。不思議で仕方がない。
プラズマはまたも興味が窓からの眺望に移ったマナに関心の目を向けた。
「ああ、そうだ。クロノスについて少し調べておくか。しかし、はやいよなー……もう携帯電話の時代じゃないんだもんな。アヤが悪戦苦闘していた時代ではまだ携帯電話だったしな。ま、俺はもっと未来から来たけど。」
プラズマはマナから目を離し、代わりにスマートフォンを取り出した。
「スマホで神様の事が出てくるの?」
マナが不思議そうに尋ねた。マナがいた世界では神のかの字も出てこない。
「ん?まあ、ふつうの人間向けのやつにも出てくるが……俺は当然、神々向けの情報通信を見る。」
プラズマは『天界通信本部ネット支部』と検索欄に入れるとその中の『ようこそ!外国神!』のコーナーを開いた。
「このサイトは……?」
マナがすかさずにプラズマのスマホ画面を見つめた。
「これは日本に来た外国神を取材する記事だ。写真を見る限りだと田舎の野球少年って感じだな。」
プラズマは今週の記事の中で『クロノス来日!』と書かれた記事を開いた。クロノスの写真も載っていた。野球帽に半袖短パンの子供が豊かな自然をバックに満面の笑みを浮かべている。
パッと見て日本の子供にしか見えない。
記事を読むと現在はリョウと名乗っていると書いてあった。
「ふーん……。この子、過去、現代、未来の三方向からものが見られると。つまり、俺なんかよりももっと世界を見れているわけだ。これは期待だ。」
プラズマはマナに向かってほほ笑んだ。
次元が違いすぎる話にマナはどう反応すればいいかわからなかった。
しばらく静かに駕籠は飛んだ。窓からは一面の海が見える。潮風が流れカモメがどこかで鳴いている。ぽかぽかした太陽がなんだか眠気を誘った。
「そろそろ着くよい!」
ツルが声を上げた。ぼうっとしていたマナは驚いて半分腰を浮かせてしまった。
「ははっ!あんたにとっちゃあわけわからん状態なのによくぼうっとできるな。」
マナが飛び上がったのをプラズマが隣で楽しそうに見つめていた。
「ちょ、ちょっと気持ちよくなっちゃって……うとうとと……。」
マナも自分で自分の神経をさすがに疑った。やっぱり自分はだいぶんおかしいようだ。
「ま、いいや。とりあえずそろそろ着くらしいぞ。」
プラズマが心底楽しそうな顔をしながら地面が近づいてくるのを窓から見ていた。
やがて駕籠は何の音もなく地面に着いた。どうなっているのかわからないが地面に着く感じも揺れる感じも何もなかった。
「着いたよい!」
ツルが元気よく声を上げた。それを合図にプラズマとマナは席を立った。
外に出る。暑いほどの太陽がまずマナ達を照らした。辺りを見回すと右手に海が、そして左手に山々が堂々と立っていた。
典型的な田舎である。近くに寂れた駅があり、券売機には蜘蛛の巣が張っている。
「な、なんだかすごいところにきたね……。」
マナが不安げな顔でプラズマを仰いだ。
「まあ、いいじゃないか。俺は自然好きだぞ。虫は残念ながら嫌いだが。」
プラズマは大きく伸びをしてツルに目配せをした。
「よよい!もういいって事かよい?じゃ、またなんかあったら。」
ツル達は軽く頭を下げるとさっさと飛び去って行った。なんだかさっぱりとしている神々の使いである。
ツルが飛び去って行く水平線を眺めながらプラズマはため息をついた。
「で、こっからどうやって探そうか……。」
「あ……。」
辺りは森に林にと自然豊かだが広すぎて検討がつかない。
「とりあえずてきとうに……。」
プラズマがてきとうに足を踏み出した刹那、近くにあった一本の木から男の子が降ってきた。
虫取り網に半袖半パン、頭には野球キャップがついている。七、八歳くらいにしかみえない男の子だ。
少年は写真で見たあのクロノスにそっくりだった。
「あ、彼からわざわざ来てくれたよ。助かるぜ。」
プラズマは別段驚く風でもなく笑みを浮かべながら少年を見つめた。
「……ほんとにいたんだ……。」
マナは不思議な雰囲気の男の子に目を見開いて驚いた。
「……君が日本の時を守る時神未来神かな?」
少年はプラズマを見て子供っぽい仕草で尋ねたが言葉はどこか大人びていた。
「ああ。俺は時神未来神、湯瀬プラズマだ。あんたはクロノスか?」
プラズマは日差しを手で覆いながら少年に会釈をした。
「まあ、そうだね。クロノスだけど……今は日本に溶け込んでいるからリョウって呼んでほしいかな。なんでリョウなのかはね……。」
クロノス、リョウはふてきな笑みを浮かべて言葉を切った。
「なんとなくわかるが聞いてやるよ。」
プラズマは子供だと思ったのかやたらと態度が横柄だった。
「この物語を『了』できるからだよ。」
リョウはクスクスと笑いながらプラズマを見上げた。
「……なるほど……あんたは未来も見えるのか?ここにいる理由はわからないが俺達が来た理由はわかるだろう?」
「まあね。君達は何をすればいいかわからないから来たんだよね?僕はここで過去も見た。プラズマ君、君の過去は簡単に見れるのだけどそこの女の子の過去はかなり不思議すぎる。この世界の子じゃないね?」
リョウはマナの目を見ながら子供っぽい愛嬌ある顔で笑った。
「ああ、おそらく伍から来ている。」
プラズマはマナを一瞥してまたリョウに向き直った。
「なるほど……。ところで世界はTOKIの世界と呼ばれているのを知っているかな?」
リョウが試すようにプラズマを見上げた。プラズマはつまらなそうに首を横に振った。
「いや。知らん。」
「そう呼ばれているんだ。というかそうしたんだ。TOKIって文字はすべて線対称なんだ。Kは横にすると線対称だよね?つまり……この世界はけっこう単純だ。Tが『壱』と『陸』、『参』と『肆』を表していてOが『弐』の世界。……Kは飛ばしてIは『伍』の世界なんだよ。Kは横にしてTとO、そしてIを結んでいる者としている。……プラズマ君なら知っているかな?Kの存在を。」
「ああ、まあ、そこそこはな。」
プラズマは曖昧にごまかしていた。
「けっこう恨みを買いやすいみたいだけどKは世界を結んでいるだけだからこの異変を解決する能力はない。マナちゃんだっけ?君は世界全体にとって異様で特例なんだ。君が望んだことのようだけど向こうのKが君をこちらへ呼んでしまったらしい。Kとしては君が伍の世界には不適格だと思ったようだね。だから君をこちらへ渡したんだ。」
「は、はあ……。」
マナはなんで名乗ってもいないのに自分の名前を知っているのかを聞きたかったが目の前にいる少年はおそらくそういう次元を通り越しているのだろうと思いなおした。
なんだか雰囲気が異様なのでマナは気おされてなにも言葉が出てこなかった。
「だけど君はこちらの世界をかなり疑っている。不思議な事、おかしなこと、すべてありえないと思っている。つまりKに初めてシステムエラーが出たって事だ。普通だったらこっちに来た段階でおかしいなんて思わない。Kの誰かがミスをしたか、あるいは……。」
「意図的にマナをこちらへ入れたか……か?」
プラズマの言葉にリョウは答えなかった。
「まあ、とにかくこれはあんまりよろしくない結果を生むようだ。」
リョウは腕を組んだまま、険しい顔をしていた。マナから無理やり過去と未来を盗み見ているようだ。
「よろしくない結果って?なんだか怖いんだけど……。」
怯えているマナにリョウは口角を上げて軽くほほ笑んだ。
「見てみる?」
「え……?」
マナはリョウの顔を見て固まった。刹那、目の前が突然、渦を巻いて消えた。
八話
風が巻き上がる。マナの隣にはリョウとプラズマがいた。
辺りは激しい炎で覆われていた。武器を取る不思議な人間達。その人間達の頭には獣の耳がついていたり、しっぽがあったりする。
対して空を飛び、レーザー光線のようなものを落とし続けるこちらも不思議な人間達。体は機械で覆われ、まるでロボットの様に感情なく獣耳の人間を惨殺している。
「自然共存派戦争が始まった……。」
プラズマが悲しそうに下を向く。先程から兎の耳がついている不思議な少女を抱いていた。彼女は全く動かない。プラズマの手から血が滴り、この少女の息がもうないことをむせ返る血の臭いで感じた。
「どうして……こんなことに……。」
マナは恐怖心で頭を抱えた。目から涙がつたう。
「君が伍の世界とこちらの世界を結んでしまったからだ。こちら側の人間は原始に戻り、動物と交わり、新しい人類を始めている。しかし……伍の世界の人間達も感情を失くしすべてが平等になる事で進化を遂げた新しい人類。本来ならば交わらない新しい進化を遂げた人間達がこうして……戦争をしてしまっているんだ。昔見た宇宙人のパニック映画のようだね。」
マナの横でクロノス、リョウが無表情のまま戦争を眺めている。
「……け……Kは?」
マナは戸惑いながらリョウに必死な目を向けた。
「Kはもう存在しない。僕達が消してしまった。別々の進化を遂げた人間達がぶつかり合わないわけがない。世界の融合なんてしてはいけなかったんだ。世界のシステムが壊れた。世界は時期に……リセットシステムが作動するだろう。世界がプログラムのエラーに対処できなくなった。そういえば人間は昔、これをビックバンと呼んでいたな……。」
「……ビックバン……。」
「前に一度起こっている。僕達より前にいた生命体が何か取り返しのつかない状態になってしまったのだろうね。世界がシステムエラーに対応できなくなり、消滅した。世界ってなんなのだろう?何のためにある?僕にはわからない。」
リョウのどこかせつなげな表情を最後に景色は消えた。
「はあ……はあ……。」
マナは脂汗をかきながら地面に膝をついた。
辺りは元の状態に戻っていた。葉をなでる風が妙に優しかったのを感じた。
「とまあ、最悪の結末で見えた未来がこれだよ。」
リョウは青空を眩しそうに仰ぎながら伸びをした。
「これは最悪だな。気分まで最悪だ。」
プラズマは顔をしかめ、やれやれとため息をついた。
「ちなみに……マナちゃん、君が死んでしまった未来もあるんだ。」
「えっ……。」
リョウの発言にマナの顔色がみるみる悪くなっていった。
「これも見てみなよ。」
リョウがまたも景色を変えさせた。またも世界が揺れる。
すぐに視界に入ったのが汚染されて茶色くなっている海。所々で油が浮いている。
「……マナが戦争に巻き込まれて消滅してしまった今、俺達にはどうすることもできない。」
プラズマが先程と同じく兎耳の少女の亡骸を抱きながら風に揺られている。辺りは戦争を繰り返し、化学兵器を使いまくった結果、植物も何も育たない寂しい環境になっていた。
機械の人間はなお、暴走を止めない。もうすでに立っている人間などいないのに。
「彼らはもうすでに感情を失くしている。俺達ももう信仰されていない。俺達の言葉は届かない。そして最後の一人になるまで同士討ちをこれからするのだろう。」
プラズマの横にいた侍姿の男が汚染された海の上で今もなお、殺し合いをしている機械人間達をぼんやりと眺めていた。
「こういう場合、私達も消えるの?他の神々みたいに。」
侍姿の男の隣にいたのはアヤだった。アヤは感情のない瞳で泡が混じる海の満ち引きを見つめていた。
「……僕が最初のようだ。その次が君達。最期くらいほほ笑んで消えよう。」
アヤのさらに横にいたのは消えかけているリョウだった。
「最後の最期まで残っていたのはやはり俺達時神か……。人間がああなった以上、時間の関係ももうすでにない。」
侍姿の男は消えゆくリョウに寂しげにほほ笑んだ。
「つくづく……私達は人間じゃないんだなって思うわ。もう……どうでもいいけど。」
アヤは得体のしれない化学物質を沢山含んだ空気を思い切り吸うと伸びをした。
「最後に残るのはたぶん、アヤ……あんただけど……寂しくないように俺が殺してあげようか?アヤは寂しがり屋だからな。最後に寂しく残って消えるのは嫌だろ?痛くなく優しくやるから……。」
プラズマがアヤを心配してかそんなことを言った。プラズマはなぜか笑っていた。
「……そうね……。お願いするわ。」
アヤはほほ笑みながらあっさりそう言った。
リョウが消える一歩手前、プラズマが兎耳の少女をおろし、アヤの首にそっと手をかけた。
刹那、再び世界が揺れた。
「君が死んだ未来はこんな感じ。どちらにしろ、けっこうヤバいと思う。」
リョウはあまり危機感なく、笑ってみせた。
マナは真っ青になりながらリョウを見つめた。
……自分が死ぬ未来ってなんだ……。
急に頭がおかしくなりそうなことがポンポン出てきて本当に頭がおかしくなりそうだった。そしてとてつもなくリアルな映像でもう震えるしかない。
「ね、ねえ……どうすればいいの?」
マナは不安定な上ずった声でリョウに尋ねた。
「知らないよ。知らないけど一緒に考えてあげる。僕は何もできないかと思うけど、今の未来は見ておいた方がいいと思ったんだ。」
「そ、そうだね……。こうならないように何とかしないと……なの?」
マナは冷や汗をかきながらプラズマに目を向けた。
「……けっこう衝撃的だったな。俺もあそこまで明確には未来は見えない。マナが死ぬと時神過去神栄次と現代神のアヤと一緒に行動するのか……俺は。」
プラズマも動揺しつつリョウを眺める。リョウは木陰に体を移し、涼み始めた。
「……しかし、この未来は千年後辺りなんじゃないか?マナはそこまで生きているっていうのか?」
プラズマはふと不思議に思った事を訊ねた。リョウは木に背を預けながらまた軽くほほ笑んだ。
「知らないけどマナちゃんは君と一緒にいる影響で未来へ飛べるらしいんだ。」
リョウの言い方にプラズマは違和感を覚えた。
「……違うな……。あんたが一緒に行動しているからだろ。」
「……ふーん。」
プラズマの言葉にリョウは試すような目でプラズマを仰いだ。
「あんたは俺達日本の時神ができない能力を持っているはずだ。あんたは一神で過去、現代、未来を守っている。こっちの世界の管轄にないマナを連れまわしながら時渡りができるんじゃないか?」
プラズマはリョウを睨みつけた。リョウはクスクス笑うと木から背を離した。
「まあ、半分正解かな。僕は時渡りはできるけど誰かを連れていけない。それは君の能力がかかっているんだ。プラズマ君。君は日本の未来を守る未来神。頑張れば肆(よん)の世界には飛べるんだよ。僕と力を合わせればマナちゃんも未来へ連れて行ける。今はプラズマ君しかいないから僕は未来にしかいけないんだ。君達に合わせるからね。」
「ごちゃごちゃ言っててよくわからないんだが……。」
プラズマはやれやれとため息をついた。
そんなプラズマのため息を聞き流し、リョウは再び口を開く。
「つまり……僕とプラズマ君が力を合わせてマナちゃんを未来である肆(よん)の世界に連れて行ったって事さ。あの戦争を止めにね。」
「まいったな……。自然共存派戦争なんて俺は聞いた事もなかったんだがそんな未来を少し前に見ちまったんだよなー……。」
プラズマは頭を抱えながら返答した。
「ね、ねえ……どうして私がこっちに来たことで戦争が起きちゃうの?」
いままで黙って話を聞いていただけのマナが恐る恐る口を挟んだ。
「どうやら、マナちゃんがこれから何かをしてしまって伍の世界とこちらが繋がってしまうようだ。マナちゃん、君はこちらの世界を幻想的な世界だと感じているかい?憧れを抱いてしまっているかい?」
リョウは透明感のある瞳をマナに向け、静かに問いかけた。
「……ま、まあ、多少は……そうかも。私達の世界とはまるで違うから……興味がわいちゃうっていうか……皆にもこの世界を見て不思議な現象がある事を知ってもらいたいっていうか……。」
マナはリョウの顔から目をそらすと小さくつぶやいた。
「皆に見てもらいたいか……その皆ってのは君が住んでいた世界の人間達の事だよね?その感情がすでにダメなんだ。」
リョウは近くの小石を蹴りながら諭すように言った。
「で、でも……私がいた世界では信じられない事ばかりここでは起こるのよ。こういう世界を夢見ている子も私の世界にはいる。その子達だけでもこちらの世界に住まわせてあげたい。」
マナは友達のレティやアン、そしてケイと名乗ったあの少女の事を思い出しながら話した。
「そうだ。その感情が君を動かしてしまうんだよ。君がこれからすることを言ってあげようか?君は夢や霊魂の世界である弐(に)に行けばKに会えることを知る。そして何も知らない僕達を動かしてKの元へと向かうんだ。途中でプラズマ君が弐の世界にいる時神について気がつく。弐の世界の時神未来神にコンタクトを取ろうとするんだ。」
マナとプラズマは息を飲みながらリョウの言葉の続きを待った。
リョウは唇を湿らすと再び口を開いた。
「その後、弐の世界の時神未来神にKの元へと連れて行ってもらう。そして君は向こうのKとコンタクトを取り始める。君は一度、向こうの世界へ行くみたいだけどどうやって行けたかは僕にはわからない。」
「……。」
マナは伍の世界の弐の世界という所で見たスサノオ尊について思い出した。あそこも夢の世界だと言っていた。もしかするとそこを通って行ったのかもしれない。
「で、まあそれはいいとして君はまたこちらに戻って来る。その時にレティとアンという少女を無理やり引っ張ってくるようだ。レティとアンは君を全く覚えておらず、おまけにこちらに来る事ができずに消滅してしまう。君はそれを深く悲しむ。自分が連れてこようなんて思わなければ良かったと。それから君は妙な行動をとり始めるんだ。」
リョウが淡々と話す中でマナは心の核心をつかれているような気分がしていた。おそらく自分は……いや、間違いなく同じ行動を取ってしまうだろう。
そういう確信だった。
「君はそれから伍(ご)の世界とこちらの世界を繋げようとする。向こうの世界をどうつなげたのかはわからないけど世界は後に繋がってしまう。それから……先程の未来へと向かうんだ。伍の世界を繋げてしまった事により自然共存派戦争なんていう本来はない戦争が起きてしまう事をプラズマ君が未来見で見てしまう。それで……その戦争を君は止めようとするんだ。僕とプラズマ君を使って。」
リョウは腕を組んで楽しそうに笑っていた。
「……。」
「とまあ、一番可能性がある未来はこんなところ。他には向こうのKの少女をこちらに連れて来てしまう未来だったり、伍の世界を説得させてこちらの世界と融合させようとしたり……そんな未来が見えるけど結末は同じなんだ。」
リョウはため息交じりに息を吐いた。
「……そこまで見えるのか。あんたは……。じゃあ、何のアクションも起こさない方がいいって事か。俺はマナを監視しなければならなそうだな。」
プラズマが落胆の表情を見せた。
「……そんなことになるのは嫌……。皆が争わない世界共存がしたい。」
マナは小さくそうつぶやいた。
「まあ、僕の未来見はこの世界を保たせるために世界が与えた能力なんだと思う。それを君に話させるのも世界のシステムで危険な状態を回避しようとしているようにも思う。」
リョウは再び小石を蹴るとマナに向かってほほ笑んだ。
「……わかった……。じゃあ……私はこの世界にいない方がいいんだね?プラズマさんが何かアクションを起こさないといけないみたいなことを言っていたから勘違いしたよ。」
「悪いな。悪い方面の未来見だったか……。」
マナの言葉にプラズマははにかみながら答えた。
「……ありがとう。私、何か本当に今言った事をやりそうなの。一度、私が元いた世界に帰れるように頑張ってみる。その弐の世界っていうのに行けばいいのかな?」
マナは夢の終わりを感じた。でもやはり自分には不適格な場所だとも思った。
「本当に帰るのか?まあ、帰るなら色々こちらの世界も安心か……。」
プラズマはなんだかやるせない顔でマナを見ていた。
「まあ、君がどう判断するかは君に任せるよ。君が向こうに帰りたいというならば帰らせてあげる。ただ……君は何度もこちらに来ることができるコードを持っている。……例えば……その眼鏡、なくさなければまたこっちに来れるかもしれない。だけど、次こちらに来ようとしたら消滅するかもしれない。それは僕にはわからないよ。」
リョウはある一点を指差して続けた。
「弐の世界から帰るならばこの山道を登った先に古い図書館がある。そこから戻るといいよ。」
リョウが指差した場所は人が一人分歩ける程度の整備されていない道だった。辺りは得体のしれない植物で埋まっている。
「この上に図書館が……。」
「うん。じゃあね。」
リョウは一言返事をするとそのまま消えていった。
「消えた!?」
マナの声にプラズマは冷静に答えた。
「奴は過去、現代、未来の三方向の次元を生きている。リョウが過去か未来に飛んでいったんだろ。驚くことはないよ。」
プラズマの言葉にマナは「はあ」と抜けた返事しかできなかった。
最終話
この世界にいない方がいいと気がついたマナはとりあえず、その図書館を目指して歩くことにした。
そういえば、自分は弐の世界という所からこちらに来たなと改めて思い直した。そしてその弐の世界とやらには普通の図書館から神々の図書館に行けば行けるらしいことも知った。
マナが今までおこったことを少しずつ思い出していると、プラズマはついて行く気満々でついてきていた。
「あの……どこまでついてくるの?」
「……実はな……俺、なんか釈然としないんだ。だからあんたについて行ってそのまま伍の世界に行ってみようかと思っているんだよ。俺はたぶん消えない。だってよくよく考えてみれば未来は変動しているだろ?俺が変な未来で突然、伍の世界の人間になってしまってもおかしくないんだ。だから俺のシステムはこっちに対応するだけじゃなくて向こうにも対応しているような気がするんだよな……。」
プラズマが言っている事の大半はマナにはよくわからなかったが、マナがいた世界までプラズマがついて来るという事はわかった。
「それって……危険なのかな?もしかすると私がいた世界に私が戻る事もけっこう危険なのかもしれない。私、消えてなくなってしまうかも。」
「それでもあんたは戻った方がいいだろ。こっちは夢の世界だったと思い込めば戻れるんじゃないか?」
「……まあ、とりあえずやってみるわ。」
マナはこれ以上考えても仕方がないと思い、坂道を歩くことに専念した。
不思議と恐怖心はなかった。先程見た未来が怖すぎたせいかもしれない。
……ほんとに不思議な世界だ。ここは。
マナがぼんやり考えながら坂道を登っていると、坂道の中腹で少し開けた場所に出た。
その開けた場所の真ん中あたりに古くて小さな図書館があった。もしかすると公民館と一緒になっているのかもしれない。
辺りをよく見ると、雑草は元気に伸びているが汚らしい感じではなかった。
「……ここ?」
マナが不安げにとりあえずプラズマを仰いだ。
「そうらしい。独特の雰囲気でいいな。この図書館。肝試しやったら怖いだろうな。」
プラズマが楽観的にマナに笑いかけてきた。
プラズマの笑顔にマナはなんだか気が抜けた。
「じゃあ、行こう?」
マナはこのおかしな世界に馴染みつつある自分をため息交じりに受け入れた。
マナとプラズマは歩みを止めることなく古びた図書館内に入り、またも出現した天記神とやらの操り人形に白い本の場所まで案内された。
「ほんとにどこにでもあるんだ……。この本……。」
マナは目の前の棚にある真っ白な本を不気味に思いながらそっと手に取った。
「どこにでもあるよ。どういう仕組みだかはわからんがね。」
プラズマは目で本を開くように指示をした。
マナは小さく頷くとそっと白い本を開いた。またも目の前が真っ白になり、気がつくと先程いた洋館の前に立っていた。
世界が白くなった時、マナは先程リョウが言っていた言葉の中で違和感を見つけた。
「あ、そういえば……さっきリョウさんがレティとアンが私を忘れてるって言ってたけど……。あれは……。」
「そんなの知るかよ。俺に聞かれても困る。」
すぐにプラズマの声が聞こえた。マナは確かにそうかと不安げに頷いておいた。
プラズマはさっさとマナを促して図書館の中へと入って行った。
「天記神!ちょっくら弐の世界の深部に行きたいんだ!協力してくれ!」
「そ、そんないきなり……。」
プラズマが入るなり叫んだので、マナは驚いてプラズマを止めた。
まごまごしていると天記神がため息交じりにこちらに来た。
閲覧コーナーに本が置きっぱなしになっている。天記神は今、本を読んでいた所らしい。
「弐の世界の深部ね?危ないですわよ。あなたも戻って来れなくなる可能性もあるし。」
天記神はプラズマを心配して諭すように話した。
「大丈夫だ。俺は一度伍の世界に行くから。」
「ええ!?伍の世界?やめときなさい!」
プラズマの楽観的な物言いに、天記神はさらに顔色を悪くさせた。
「大丈夫だよ。俺が消滅したとしてもクロノスがなんとかしてくれるって。」
「なんとかって具体的に言ってくれないと絶対に許可はしません。」
天記神はどこかへ行ってしまいそうなプラズマを逃がすまいと鋭く睨みつけた。
しばらく沈黙が流れたがふと誰の声でもない舌足らずな声が近くから聞こえた。
「それならばいいでしゅよ。」
「ひぃ!」
突然の謎の声に天記神を含め、プラズマもマナも飛び上がって驚いた。
「だ、誰?」
マナ達は声が聞こえた方を恐る恐る向いた。
「ふっ!」
思わず変な声が出てしまった。
閲覧コーナーの机にいつの間にか獣耳の少女が座っていた。口元で動物のひげが細かく動いている。明らかに人間ではなさそうだ。
その着物を着ている変な生き物が口元から覗く大きな前歯を出してほほ笑んだ。
いつの間にここに座ったのか……。
「わたちはKの使い『あお』でしゅ!ハムスターなんでしゅよ。」
グレーかかった髪の毛をしている少女は動物的なかわいらしい笑みを浮かべ頭を下げた。
「あ、あなたはあおちゃんね……。サファイアブルーハムスターの……。サキちゃんの時に会ったあのハムちゃん……。」
天記神は顔を引きつらせながらほほ笑んだ。どうやら知り合いらしい。
「そうでしゅ。あおでしゅよ。Kからの指示であなた達をこの世界の果てまで連れていってあげましゅよ。」
あおと名乗ったハムスターはかわいらしい顔つきで笑うとプラズマとマナを交互に見た。
「おい、俺もいいのかよ?」
プラズマは慌てて声を上げた。
「いいでしゅとの事。」
「……Kも何考えているかわからないですわ……。」
あおの答えに天記神は頭を抱えた。
「ま、なにやともあれ……ここでKの使いをレンタルしなくてすんだ。天記神の許しが出ない所だったしな。アヤが書いた『弐の世界の時神の本』も貸してくれなさそうだったし。」
プラズマはちらりと天記神を仰いだ。天記神は横目でプラズマを見るとフイッと顔をそむけた。
「じゃあ、いきましゅか!いきなりでしゅけど。」
「本当に連れて行ってくれるのかよ……。」
「もちろんでしゅ!」
あおはいぶかしげな顔をしているプラズマと口をパクパクさせているマナを促し、図書館の外へと出て行った。あおは最後にぺこりと天記神に挨拶するのも忘れなかった。
あおに連れられたプラズマとマナは困惑した顔のまま、ただ黙々と図書館外の道なき道を歩いていた。
無言のままとりあえずついていくと知らぬ間に弐(に)の世界に来ていた。弐の世界では謎の浮遊感がマナ達を包み、足下には無数のネガフィルムのような世界が広がっていた。ネガフィルムの区切りと区切りに全く別の世界が描かれており、となりはまた違う人間か動物かの心の世界であるようだった。
ネガフィルムのまわりはどこまでも続きそうな宇宙空間ときらきらと輝く星々が広がっていた。
「相変わらず……ここはわけがわからないなあ。人間の妄想とかも含まれるみたいだから変なものが多い。」
プラズマはあおについていきながら星に交じって浮遊しているロボットのようなものを呆れた目で見つめた。
「こんな……不思議なものも弐の世界にはあるんだね。」
マナも飛んで来る謎の物達を興味津々に見つめた。
しばらくあおについて歩いているとあおが急に立ち止まった。目の前にはなにもない。ネガフィルムのような世界達の真ん中部分で普通の宇宙空間だった。
「今はここにKの世界がありましゅね。あ、毎回変動しているんでわたち達以外は探すの大変でしゅよ。ひまわりの種はペットショップで!でしゅ。」
「……ちょっと意味わかんないけどたぶん、餅は餅屋だね……。」
胸を張っているあおにマナは引きつった顔で軽く答えた。
あおには餅がわからなかったようだが軽く頷くと何もない空間を手で横に裂いた。
刹那、空間が横に裂けて中からお花畑の世界が現れた。あおが躊躇いもなくそのお花畑の世界へと飛び込んでいったのでマナとプラズマもお互いに目配せをすると世界に飛び込んでいった。
お花畑の世界に足を踏み出すとあおがいなかった。
「あ、あれ?あの子は?」
マナはきれいな花畑を見回しながらあおを探した。
「いないな……。これからどうすればいいんだ?」
プラズマが呻いた時、ピンク色の可愛らしい花が密集している花畑の真ん中にモンペ姿の少女がホログラムの様に現れた。
「あ!あなたは!」
「やあ、もう戻ってきたんだね。」
モンペ姿の少女はマナがこちらの世界に来たときにはじめて会った女の子であった。
「誰だ?」
プラズマは首を傾げながら二人の会話を聞いている。
「前にも名乗ったけど私はK。伍に行きたいんでしょ?そこの未来神さんも。いいよ。責任は取らないけどね。」
Kの少女は軽くほほ笑んだ。
「あ、あの……。」
マナはKの少女の手にすっぽり収まっているジャンガリアンハムスターに目を向けた。
「まさか……。」
「え?ああ、あおちゃんの事?かわいいよねぇ。……あおちゃん、ご苦労様。」
Kの少女は手のひらに乗っていたハムスターを地面にそっと下した。
ハムスターは花畑の内部へと入り込み、消えてしまった。
「あのハムスターが先程の……。」
「そうか!やつはハムスターになれるからいつの間にか天記神の図書館の机なんかに座ってやがったんだ!」
プラズマは納得して頷いていた。
先程の鶴と同じ感じなのだろう。あまり気にしない方が良さそうだった。
「んじゃあ、結界に行こうか。」
Kの少女は楽しそうにほほ笑むと手を横に広げた。いままであった花畑がぐにゃりと曲がり、マナとプラズマは世界が反転するような気分を味わった。
「うげぇ……気持ち悪い。」
プラズマが吐きそうな声を上げた時、あたりは真っ白な空間に変わっていた。
目の前にこちらの世界に入るときに見た五芒星の結界があった。
「ここは……。」
「ここは君がここに来たときに見た所だね。」
「やっぱりそうだ。」
Kの少女は疑問に思った事をなんでも答えてくれた。マナは頷くと気持ち悪そうにしているプラズマを促して結界のそばまで寄った。
結界の先は真っ暗だ。宇宙空間がどこまでも続いている。
「……なんかここに立つと悪寒がするぞ……。」
プラズマは怯えながら二、三歩後ろにさがった。
「悪寒?」
マナは不思議そうに首を傾げた。
「あんたは何も感じないのか?」
「……感じないよ?」
プラズマとマナの会話をKの少女は黙って聞いていた。Kの少女には黄色に光るマナの瞳と緑色に光るプラズマの瞳がはっきりと目に映っていた。
……マナにはエラーが出っぱなしだ。プラズマは正常。緑色は皆そうだけど……黄色に光る瞳ははじめてみた。彼女はうまくシステムを抜けている……。
Kは軽くほほ笑むと大きく頷いた。
「……で?もう結界越えられるけど。」
Kの少女がマナとプラズマを交互に見つめた。
「私は行くよ。プラズマさんは?」
マナは怯えているプラズマを仰いだ。
「……お……俺も行くよ……。」
刹那、プラズマの瞳が黄緑色になったのをKは見逃さなかった。
「じゃあ、行こう?」
「お、おう!せーのっ!」
目を瞑ったプラズマはマナに手を引かれて結界へと飛び出した。
「やっぱこええええ!」
「いってらっしゃい。」
……まさか未来神が向こうへ行く決心をつけるとは思わなかったな。
少し……面白くなりそうだ。
Kの少女はもう消えてしまったマナとプラズマを楽しそうに見つめていた。
……ねえ、マナ。向こうの世界には何があるの?
……もう一度……こちらに戻ってきたら教えてね。
旧作(2019年完)本編TOKIの世界書五部「変わり時…1」(現人神編)