騎士物語 第六話 ~交流祭~ 第三章 コンサートと生徒会長
第六話の三章です。
コンサートに参加する話と、生徒会長'sのお話です。
第三章 コンサートと生徒会長
「デ、デルフさんですか?」
「おや? なにかいつもと違うかな?」
「だいぶ違いますよ……」
「そうかな。女装姿のサードニクスくんには負ける気がするけれど……そういえばどうしてその格好で?」
「え、あ、いや……ショ、ショーの参考としても見るわけですから、この格好がいいかなぁと……」
「なるほど。」
本当はチケットをもらった時の格好がこれだったからなんだが……いや、それよりもデルフさんの格好だ。
いつもはすとんとおろしている銀髪をお風呂の時のように後ろで結ん――でいるところはいい。パリッとした白いシャツにすらっとしたズボンもいい。そんなデルフさんらしい私服の上に羽織っているのが……ハッピなのだ。青を基調とした派手なモノで、背中にでかでかと「サマー」と書いてある。しかもそのハッピの内側には大きなうちわと沢山のペンライトがしまってあって……話でしか聞いた事ないけどこれはつまり……デ、デルフさんはやっぱり……
「ところでオニキスくん、CDは聞いたかな?」
「あ、はい。」
「どの曲が良かった?」
「えぇっと『ストロベリーポップ』っていうのが――」
「おお、六つ目のシングルだね? という事は『キャラメル』や『バタフライ』も好みだったんじゃないかな?」
「は、はい、そうですね……」
「そうか、オニキスくんはそっち系が好みなのだね。」
稀に見るウキウキ顔のデルフさんは、ポケットから懐中時計を取り出してむむっという顔になる。
「貰い物とはいえ、サマーちゃんのライブの一番良い席のチケットを持っているのだから、誰よりも先に会場に入るのが心得というモノだ。いくぞ、オニキスくん。」
「ふぁ、ふぁい。」
立地的には街の外の草原の上で、本来なら何もない場所なのだが……今に限ってはお祭り騒ぎだった。尋常じゃない数の人間に臨時の売店、そして巨大なステージ……アイドルのコンサート会場というモノに初めてやって来たけど……想像以上だな、こりゃ。
「あー、オニキスくん、こっちだ。」
もはや入口もよくわからないオレはデルフさんに引かれるまま人込みの中を突き進み、気がついたらチケットに書かれた席の前に立っていた。
「うむ、やはり良い席だ。」
「ステージの目の前ですね……え、えぇっとデルフさん、『私』こういうの初めてなんですが……な、なにか作法があったりしますか?」
「あるにはあるけれど、初めての人に強要はしないよ。より盛り上げたい、盛り上がりたい人がそういうのを気にするだけだからね。」
「は、はぁ……」
「デルフさん!?」
遠くの方から声が聞こえたのでそっちに顔を向けたら、声の主は一瞬でデルフさんの目の前にやってきていた。
「こ、来れないのではなかったのですか!?」
「思いがけずチケットが手に入ってね。しかし既に不参加と伝えてしまっていたから、今日は一人のファンとして参加するつもりだよ。」
「そんな! デルフさんがいれば自分たちはさらに――」
「それに、今日は初めての人を連れていてね。」
謎の超高速移動を披露した人物はオレの方にシュバッと顔を向けた。
「おお! サマーちゃんの魅力にまた一人! なるほど、これも大切な事ですね! 次は是非ご一緒に!」
「うん。」
デルフさんが頷くと同時に視界から消える謎の人物。オレはおそるおそるデルフさんに尋ねた。
「えぇっと……今の人は……あとデルフさんは何者なんでしょうか……」
「どちらもサマーちゃんのファンだね。」
「そ、それはそうでしょうけど……」
「お、来てくれたんだな。」
入れ代わり立ち代わり、今度は――ああ、サマーちゃんの荷物持ちの人だ。この前と同じ、制服みたいな……ああいや、たぶん制服だ、どこかの学校の。よく見たら襟のあたりに校章がある。
「ど、どうもです。」
「ん? 茶髪の子はいないのか?」
「あー……はい、ちょっと用事が。代わりにサマーちゃんのファンだという知り合いを。」
荷物持ちの人の目線がデルフさんにうつる。
「……まぁ……確かにファンだろうがそれ以上だな……まぁいいか。来てくれて良かった。ヒメユリのやつ、一人でも多くの人に聞いて欲しいっていつも言ってるから。」
「はい。」
「ラクスさん! 何をさぼっているのですか!」
……また誰か来たなと思ってそっちを見ると、どこかの制服姿の荷物持ちの人――ラクスさん? はまだギリギリ良いとして、同じく学校の制服っぽいんだけど明らかにお嬢様学校のそれっぽいのを着ていてこの場所に合ってない金髪の女性がツカツカと近づいてきていた。
「別にさぼってないんだが……」
「いいえ、わたくし見ましたわ! そこの女性をナ、ナンパしてらしたでしょう! 全く見境のない!」
うちの女子の制服とは違う、もっとふんわりしたスカートで……えぇっと、知っている単語で言うとパレオ……みたいな布がかぶさっている。落ち着いた紺色を基調とした制服にくるくるとらせんを描いている金髪が映えるその女性は、キリリっとした顔立ちを一層キリッとさせ、その青い瞳でラクスさんを睨む。
「普通に話しかけてただけだ。それに初対面ってわけでもないし。」
「な!? またあなたという人は次から次へと女性をたぶらかして!」
なんだろう……オレのこころにグサリと来る言葉だな……
「おや、ポリアンサさん。こんなところで一足早くお会いするとは。」
オレとラクスさんの会話を聞いていたデルフさんが追加で登場した金髪の女性にそう言うと、女性は目を丸くした。
「『神速』!? な、なぜあなたがここに……というかその格好――あなたヒメユリさんのファンクラブ会員だったのですか!?」
「ええ。」
そう言ってデルフさんが取り出したカードには数字の四が書いてあった。
「一桁代? おお、そりゃ筋金入りのヒメユリファンだな。」
カードを覗き込んだラクスさんが驚く横で、金髪の女性はふらりと姿勢を崩しながら額に手をあてる。
「あぁ……セイリオス学院始まって以来の天才と噂される『神速』がアイドルのファンクラブ会員だったなんて……」
「誰にでも好きなモノはありますよ。」
にこりと笑いながら、デルフさんは金髪の女性をオレに紹介する。
「こちらプリムラ・ポリアンサさん。明後日から始まる交流祭に参加する学校の内の一つ、カペラ女学園の生徒会長を務めている方です。」
「えぇ!?」
オレが驚くと、金髪の女性――ポリアンサさんはコホンと咳ばらいをした。
「初めまして、プリムラ・ポリアンサです。そして――ラクスさん、そちらのファンクラブ会員はセイリオス学院生徒会長、デルフ・ソグディアナイトです。」
「え、あの噂の?」
ほへーという顔でデルフさんを見たラクスさんは、少し姿勢を正して自己紹介をした。
「あー、俺は……えっと、わけあってカペラに転校したというかさせられたというか……ラクス・テーパーバケッドだ。よろしく。」
テーパーバケッド! という事はこの人が――えぇっと、カペラ女学園の校長のグロリオーサさんの弟さんで、史上三人目のイクシードっていうやつか!
「そっちが会長さんってことは、あんたもセイリオスの?」
「あ、『私』は……は、はい。ロロ・オニキスと言います……」
あぁ……一人だけ偽名で自己紹介してしまった。しかし実は女装なんですなんていきなり言えないし言われた方も困るしなぁ……
「そうか。いまひとつ話が見えなかったのだけど、テーパーバケッドくんはカペラの生徒だったのだね。妙にサマーちゃんに馴れなれ――親しげだったから。」
……あれ、なんかデルフさんの笑顔が怖い……
「あー、なんかヒメユリが自分の護衛をしろって言うから最近色んな事に付き合わされてんだ。やれやれ。」
「ま、まったく、そうは言っても近頃ヒメユリさんとベタベタし過ぎだと思いますよ!?」
「プリムラだって生徒会の仕事だーって言って俺に色々やらせるだろう?」
「そ、それは……そうですけど……」
くるくると巻かれた髪をくるくるといじるポリアンサさんは少し顔が赤かった。
「ま、お互いにまた交流祭で会うんだろ? とりあえず今日はヒメユリのコンサートを楽しもうぜ。」
「わ、わかっています! だいたいラクスさんがさぼるから……」
「だからさぼってないって……」
ポリアンサさんに引っ張られて遠ざかっていくラクスさんの姿が若干、レイテッドさんに引きずられるデルフさんと被った。
「生徒会ってどこもあんな感じなのかな……」
「どういう意味だい?」
「いやまぁ……そ、それよりもデルフさんはファンクラブの人だったんですね。」
「うん。デビュー前からファンなんだ。だから……サマーちゃんの自由だという事はわかっているのだけど……」
すぅっと、マルフィの話をする時のような鋭い眼でぼそりと呟く。
「……ラクス・テーパーバケッドか……」
「サマーちゃんのコンサートでちょっと人が少ないから、プレオープンみたいな感じでいいタイミングなんだよね。」
ロイド……っていうかロロと会長がコンサートに出かけた放課後、リリーが購買を開店するっていうから、あたしたちは細かい事を手伝わされてた。
なんかもう店の前には何人かの生徒が並んでるけど……元々定期的に来る商人って事でリリーの評判は高かったわけだから、生徒の期待も大きいのかしら。
「あ、そうだエリルちゃん、聞いておきたいんだけど。」
「なによ。」
「ボクがロイくんに襲われちゃった日の夜、ロイくんと何かした?」
「は!?」
あやうく運んでた荷物を落としそうになった。
「ティアナちゃんが言ったでしょ? ロイくんとエリルちゃんが決めた仮恋人のルール。」
「か、仮じゃないわよ……! べ、別に……いつも通りよ……」
「ほう……「何もない」ではなく「いつも通り」か。ほうほう。」
「う、うっさいわね! 開店するんでしょ!」
「……ま、まさか……ほ、本当にお、同じ事を……?」
「知らないわよ!」
「エリルくん?」
「ふーん、やっぱりロイドもやる時はやる男の子なんだねー。まー、その内本人から聞き出せばいーけど……ちなみにお姫様の感想はー?」
「かん――なんのことだかわかんないわね!」
誤魔化しが通じない雰囲気になってきたわ……ど、どうしたら――
「おおー、ようやくオープンか。」
開店準備中のリリーの購買で割とピンチだったあたしを救ったのはひょっこり現れた先生だった。
「どんなモノ売るんだ、トラピッチェ。」
「え、まさか商品のチェック?」
「んなつもりはない。ただ、商売上手なお前のことだし、きっと教師も興味を持つようなモノを置いてるんじゃないかと思ってな。」
「まぁちょっとは……」
商品のラインナップを眺め始めた先生は、ふととあるモノを手に取った。
「これなんかは興味ある教師もいるだろうな。」
先生が手にしたのは腕輪。イメロをはめ込む事ができるタイプの。
イメロ――イメロロギオは、正式な騎士の学校で教育を受けた証明であり、騎士の証。加えて……いえ、加えてって言うかこっちが本来で、魔法の威力を増大させる道具。
自然の中にあるマナとは違う、一つの系統にのみ使えるマナを生み出す道具で、例えば火のイメロから生まれた火のマナを使うと、第四系統の魔法は小規模な魔法でも戦闘において十分な威力を発揮する魔法になる。
魔法は使う度に身体に負担がかかるから、ちょっとの負荷で大きな魔法が使えるっていうのはかなり便利で……逆に言えば危険な代物でもあるから騎士にしか与えられないし、その騎士専用のイメロにしちゃう魔法をかけるから他人には使えない。
……今思うと……S級って言われるあの連中はこのイメロを持ってないはずなのにイメロを持ってる騎士を圧倒するんだからとんでもないわね……
まぁ、それはそれとして、大抵の騎士はこのイメロを自分の武器に取り付ける。イメロにマナを生み出させるには……例えばあたしの火のイメロならイメロに火を与え、ロイドの風のイメロなら風をあてるっていう行為が必要で、だから火をまとったり風を起こしたりする武器に取り付けるのが効率がいい。
だけど中にはアンジュみたいに魔法をメインにするタイプ――武器を持ってない騎士もいたりする。そういう人たちがイメロを身につけるのに使うのが、今先生が持ってるような腕輪ってわけ。
他にも指輪とかネックレスとか色んなタイプがあって、イメロ自体が普通に綺麗な石だからアクセサリーみたいになるのよね。
「私はあんまりだが、おしゃれに力入れてる先生もいるから……」
と、そこで先生があたしたちを眺めて……こんな事を聞いてきた。
「お前らはあんまりおしゃれしない女子か?」
唐突な質問に、目をパチクリさせながらも答えたのは……たぶんあたしたちの中だと一番おしゃれ――だと思うローゼル。
「おしゃれ……ですか?」
「ああ。セイリオスはそこまで風紀に厳しくないからな。アクセサリーとかメイクとかしてる女子はそこそこいるんだが、お前らはそうじゃないなーと思ってな。」
「それはまぁ、休日におしゃれな服を着て――という事はありますけど……」
「はぁん。お気に入りのブランドとかあるのか?」
「まぁ……あの、突然どうしたんですか?」
「あー……ほら、最近の女子の流行りとかを知っとく事も先生には必要なのかもしれないと思ってな。騎士を目指しているっつっても年頃の女子なわけだし……だがまぁ――」
真面目に先生を頑張る先生がニシシと笑う。
「ここにいる全員が一人の男子を好きで、それが本人にも互いにも知れてる状態で、しかも既に勝者が決まってるのに戦争が続いてるっつー愉快な状況の女子の意見はあんまり一般的じゃないかもな。」
「失礼ですが先生、その勝者は仮ですよ。故に戦争が続いているのです。」
「仮って言うんじゃない――って何回言わせんのよ!」
「くっくっく、そういや今日はサードニクスの奴がいないんだな。珍しい。」
「! もしかして先生もロイくん狙ってるの?」
「馬鹿言え。先生のしがいがある生徒だとは思うがな。ちなみに恋人の――あー、いや、相部屋のクォーツに聞くのはやぶへびってもんか? んー、しかし生徒の現状把握も……」
「なによ。」
「んあー……いや、気にすんな。先生にも踏み込み過ぎちゃいけないラインがあるはずだしな……ただ……そうだな……」
残念そうな……やるせなさそうな……なんて言えばいいのかしら? ちょっと沈んだ顔で先生は言った。
「そっちの経験がない私だが、その他の経験を元に言わせてもらうと……あの田舎出のとぼけた奴もお前らも、今は騎士を目指すっていう道の上にいる。好きなもんは好きなんだからしょうがないだろうし、欲しいモノは是非手に入れてほしいと思うが……ほんのちょっと、頭の片隅に置いといてくれ。あいつやお前らが持ってる――立場とか、他の連中との関係ってやつをさ。」
手にしていた腕輪を元の位置に戻し、先生は去りながら言葉を残す。
「互いの夢を――壊さない為に。」
ふらりと現れてさらりと言ったその言葉に、あたしたちは少しの間黙り込んだ。だって……少なくともあたしは、きっと他のみんな以上に……それについて考えてるんだから。
「……やれやれ、なんだかんだで先生は先生だな。しかしそれで止まるなら苦労はしないというものだ。それに、今はリリーくんの購買をオープンさせなければな。」
「そうだよ。みんなってばさっきから全然手が動いてないんだから。これじゃあ将来、ボクとロイくんのお店の店員さんにはしてあげられないよ?」
「今の話でその話が出来る商人ちゃんはすごいねー。」
「あ、あたしは……け、結構……え、影響が少ない……し……」
「さらりと言うわね、ティアナ……」
……いえ、リリーとティアナくらいじゃないと本来はダメな気がするわ。
もう決めたことのはずなんだから。
驚いたり感心したりする事が多すぎる。オレは、一人の女の子の歌声と数千……いや、数万? の人の歓声が響くコンサート会場にて、色々な事にびっくりしっぱなしだった。人というのはここまで熱狂するモノなのか――というような哲学ちっくな感想があれば、オレの隣で歌に合わせて腕を振りながら気持ちの良いタイミングで合いの手を入れているデルフさんのプロフェッショナルっぷりに感心する。
しかし、そんな口がふさがらない光景の全てが一つの目的の為に行われており、不思議な一体感のようなモノを覚えて気分が良く――いや、上がっていく。こういうワクワクというかドキドキは久しぶりかもしれない。
なるほど、これがアイドルのコンサートなのか……!
「みんな楽しんでるーっ? 次は『ストロベリーポップ』ーっ!!」
サマーちゃんが次の曲名を――お、この曲はデルフさんが貸してくれたCDの中で結構好きだったやつだ。なんだ、こんなに楽しいならこの曲だけでも覚えてくればよかっ――
「ほらオニキスくん、一緒に歌おうじゃないか。」
デルフさんがちょちょいと指を振ると、オレの目の前の空中に光で書かれた文字が浮かび上がった。これは……『ストロベリーポップ』の歌詞だ。
「あ、ありがとうございます。」
「なに、このコンサートに参加できたのはオニキスくんのおかげだからね。これでもお礼は足りないというものさ。」
それから終盤まで、オレはデルフさんと一緒に歌をうたい、腕を振り、気持ちのいい疲労を覚えながらコンサートのフィナーレを拍手で迎えたのだった。
よく考えれば、ついこの前知ったばかりのアイドルの、しかも歌をいくつか聞いただけでのコンサート参加だったというのにここまで盛り上がることができたというのは不思議な事だ。元気な歌もしっとりとした歌もこなすサマーちゃんの歌声と、それに合わせて披露される彼女の綺麗な水のパフォーマンス……初めての人でも楽しませる、これこそがプロなのだろう。
ショーの参考とは言っても、若干格が違い過ぎる気が……というかデルフさん、この様子だと何度もコンサートを見たことあるだろうに……
「『神速』。」
コンサートが終わり、お客さんが出口に向かって歩き始めた頃、コンサートで上がったテンションがまだ下がらずにそわそわしていると、カペラ女学園の生徒会長のポリアンサさんがやってきた。
「僕にはデルフ・ソグディアナイトという名前があるから、名前か苗字で呼んで欲しいかな。」
「名前で呼ぶほど親しくはありませんし、あなたの苗字は長くて呼びにくいのです。」
「おや、となるとさっき名前で呼んでいたテーパーバケッドくんとポリアンサさんは親しい仲なのだね。」
「!! ち、違いますわ! ラ、ラクスさんも苗字が長い――と言いますか学園長と同性ですからややこしいので、だ、だからな、名前を――」
「ふふ、そういう事にしておきましょうか。それで、何か用ですか? コンサートなら存分に楽しみましたよ。」
「そ、それは良かったですわ。けれどその話ではありません。折角こうして交流祭の前に会えたのですから、一つ約束をしておこうと思いましたの。」
「約束?」
「ええ。交流祭にて、わたくしと勝負するという約束を。」
元々キリッとしている……そう、レイテッドさんタイプの女性なのだが、それを一層キリッとさせた視線がデルフさんに向けられた。
「同年代で最強と称されるあなたは、しかし交流祭においては常に上級生に勝負を挑んでいましたから、それは噂に留まるばかりで事実か過言かハッキリしないままです。」
「えぇ、上級生? すごいですね、デルフさん。」
「ん? まぁ、学校にたくさんポイントを入れたいというのと、やはり格上の人との戦いの方が得られる経験値は多いからね。」
さらりと言うけど……いや、デルフさんの事だからその全てに勝っちゃっているような気がするぞ……
「しかしあなたもとうとう最上級生。今年こそはあなたと戦ってみたいのです。いかがかしら?」
……あれ? これはつまりカペラ女学園の生徒会長とセイリオス学院の生徒会長の勝負って事だよな……おお、なんだか熱い展開だ。
「ふふ、『魔剣』と呼ばれるあなたですからね。僕も、最後にお手合せ願いたいと思っていました。」
「決まりですわね。」
どちらからともなく前に出た両者の手が握手をかわす。これは見逃せない戦いだな。
……というか『魔剣』? それがポリアンサさんの二つ名なのか? あんまり似合わないというかなんというか……
「その話、自分も加わりたいのだが。」
生徒会長同士の対面に、しかしデルフさんのハッピ姿で若干台無しだったところに新たな顔が加わって来た。
国王軍の制服のような――つまりは軍服のような服を着て、何かの本を片手に持った男。キラキラしている金髪を……なんというか、王子様のような髪型にしてメガネを光らせている。背筋をピンとさせ、そこまでなら……こう、俗に言うインテリの感じなんだけど一つだけ……傷跡……じゃないな、入れ墨? 黒い模様のような何かが向かって左のほっぺに描かれていた。
「『エンドブロック』!? なぜあなたがここに!?」
「……カペラの会長は人を二つ名で呼ぶのが趣味なのか?」
気難しそうというか無表情というか、色んな事に大して興味がないような、そんな雰囲気の軍服の人にデルフさんはひらりと手を振った。
「久しぶりだね、ゴールドくん。きみもサマーちゃんのファンだったのかい?」
「いいや。カペラにアイドルが入ったと聞いて、弟が試しにコンサートというモノを見てみたいと言ってな。」
「おお、じゃああんたもそこの子と一緒で初参加か。」
たぶんオレの事を言いながらやってきたのはラクスさん。ほんの数回しか会話してないけど、どうもラクスさんはサマーちゃんの歌をたくさんの人に知って欲しい感じだから……きっとオレに感想を聞きに来たのだろう。なんか荷物持ちというよりはマネージャーっぽいな。
「……誰だ?」
「ああ悪い、話に割っちまったな。ヒメユリと一緒に今年からカペラに入ったラクス・テーパーバケッドだ。」
「ほう、するとお前がイクシード。自分はベリル・ゴールド。リゲル騎士学校の生徒会長を任されている。」
うげ、この人も会長だったのか! このままだと四校の会長が全員そろうんじゃないのか!?
「ベリル・ゴールド……ああ! 『エンドブロック』か!」
「……カペラの人間は全員こうなのか?」
軍服の人――ゴールドさんはじろりとポリアンサさんを見る。
「いや、プリムラがそうなだけだ。今年の会長は『神速』と『エンドブロック』と『女帝』だーっつってな。案外と子供っぽいんだ、こいつ。」
「な!? ふ、二つ名で呼ぶ事は現役の騎士もやっていることですわ! そもそも二つ名があるという事は名誉ある事で――」
「あーはいはい、それは前にも聞いた。」
……こうして見ているとカペラの生徒会長さんとサマーちゃんの荷物持ちは仲が良いようだ。
「――んで、どうだった? ヒメユリの歌は?」
ニシシと笑いながらそう聞かれたので答えようとしたオレの前に、ゴールドさんが――あろうことかこんな事を言った。
「酷い騒音だった。」
ぴしりと、その場の空気に何かが走った。
「……なんだって?」
ラクスさんの表情が険しく――うわ、デルフさんも怖い顔に!
「うるさい音に女の嬌声。加えて鬱陶しい光の点滅……ふん、やはり音楽はクラシックに限る。」
「おやおや……」
すっと一歩前に出るデルフさんよりも先に前に出て、オレは――いや、なんでオレがそんな事をしているのかさっぱりだけど、慌てて三人の間に入った。
「ま、まぁまぁ! 人によってはこ、こういう盛り上がる曲よりも静かな音楽が好きな人もいますから!」
「お、お? なんだ兄貴、喧嘩か?」
この状況に更なる登場人物が!
「お前か。今、あのアイドルの歌の感想を尋ねられていたところだ。」
「はぁん?」
ゴールドさんの知り合い……いや、さっきのゴールドさんの話の流れとセリフ的にたぶん、ゴールドさんの弟さんだ。
ゴールドさんと同様に金髪で、こっちは適当に短くして適当にぼさぼささせている。シャツを着ているけどボタンは留めていなくて、がっしりとした筋肉が露わになっていた。下はゴールドさんが着ている服の下と一緒。金色の首飾りを垂らし、向かって右のほっぺにこれまたゴールドさんと同様に何かの模様が描かれている。
ゴールドさんとは違ってワイルドな雰囲気が溢れる人物なのだがそれ以上に……いや、初対面で失礼とは思うのだが……たぶん、オレはこの人と仲良くなれない――と思う。
「お前はどうだった?」
「おれさま? いや兄貴、そもそもおれさまは音楽に興味ねぇよ。今聞いた歌も兄貴が聞いてるクラシックってのもおれさまにはサッパリだ。」
「ん?」
弟さんの発言に怖い顔のデルフさんが眉をひそめる。
「ゴールドくんはさっき、弟さんが見たいと言ったからここに来たと言っていたが……」
「あん? だから見に来たんだろ? アイドルっつー女を。」
再び走る何か。弟さんはその顔を――言っちゃ悪いがゲスのそれにしてニヤニヤしながらこう言った。
「フリフリの服やら露出のある服やら、何万っつー人間相手にケツを振りながらの猫撫で声――この国一番の痴女のオンステージ、折角なんだから一度は見ておかな――」
言い終わる前に、弟さんはそこから数メートル……殴り飛ばされた。
「クソ野郎が、もう一度行ってみろ!!」
拳を握り、そう叫んだのはラクスさん。突如響いた怒鳴り声に、帰ろうとしていた他の観客が足を止めた。
「いい度胸じゃねぇか、ああ!?」
殴り飛ばされた事は確かだが、しかししっかりと着地していた弟さんがそう叫ぶと、地面からいくつかの……触手のようなモノがニュルリと伸び、そのままラクスさんの方に向かっていった。それに対し、ラクスさんはどこからか取り出した剣を手にして触手に斬りかかる。
しかし――
「よせ、みっともない。」
数本の触手と剣がぶつかった――ように見えた。しかしその光景は明らかにおかしく、オレは数秒ののちにどうなっているのかを理解した。
壁……見えない壁だ。地面から伸びる触手とラクスさんの剣は、その二つの間にいつの間にか出現した見えない壁によって止められていた。
「止めんな兄貴! あいつ殺してやる!」
「馬鹿が。殴られたから怒って反撃なんぞまるっきり雑魚の所業だ。あのパンチを避けられなかったお前が悪い。」
「けどよ兄貴!」
「お前の言う兄貴に恥をかかせるな。」
ゴールドさんが弟さんの頭をこつんと叩く。弟さんが渋々顔で腕を振ると、触手はドロリと崩れて地面に落ちた。
「あなたも、ラクスさん。剣を収めなさい。」
「……悪い。」
ポリアンサさんに肩を叩かれ、ラクスさんも剣をしまう。
「ふん、互いに不出来な者がいて面倒だな、ポリアンサ。」
「……あなたも弟さんも、主義主張は自由ですが……言葉が過ぎましてよ。」
「それは失敬。お前の言う、過ぎた言葉を使わなければ主義の主張ができなくてな。」
「あなたという人は!」
「よすんだ、ポリアンサさん。」
すっと前に出るデルフさん。
「折角のコンサートの後なのだ、不快な気分を他のお客さんに与えてはいけない。お互いの意見は、交流祭でぶつければいい。」
「ああそうだ、そもそもの目的を忘れていた。デルフ、今年の交流祭、ポリアンサ同様に自分も試合の予約をしたいのだが?」
「喜んで。」
「楽しみだな。おい、行くぞ。」
「待ってくれ兄貴――おい、お前! おれさまたちの勝負、勿論続きをやるよなぁ?」
弟さんが指差すのはラクスさん。
「……望むところだが、『お前』じゃない、ラクスだ。ラクス・テーパーバケッド。」
「おれさまはパライバ・ゴールド。交流戦で会おうぜ。」
騒ぎを見ていた他の人たちがなんとなく道をあけ、そうして出来た道を悠々と歩いてコンサート会場から出ていくリゲル騎士学校の二人。その背中をしばらく睨みつけた後、ラクスさんが頭を下げてきた。
「すまなかった。そこの会長さんの言う通り、嫌な気分にさせちまった。」
「そ、そんな、ラクスさんのせいじゃないんですから……」
そう言ったオレの横のデルフさんは怖い顔で――リゲルの二人が帰っていった方向を睨んだままで言った。
「……テーパーバケッドくん。さっきの怒りよう……きみにとってサマーちゃんは特別なようだね? 僕と同様に。」
「当たり前だ! 友達があんな風に言われて――黙ってられるか!」
「友達……まぁいい。あの二人が行ったサマーちゃんへの侮辱は許されるモノではないという認識を共有できるなら、僕らが行う事はただ一つ。」
「……ああ。俺は弟――パライバを、あんたは兄のベリルを。」
「敗北は許されない。」
二人が決意を固めるのをオレ……とポリアンサさんは少し蚊帳の外な感じで眺める。
「……正直、服装や今の怒り具合を含めて、『神速』のあんな姿は初めて見ますけど……セイリオスではいつもあのような?」
「え、あ、はい……だいたいあんなノリです。怒ったところは今日初めて見ましたけど……」
「意外ですわ……ところで――オニキスさんでしたね? 『神速』と一緒という事は、もしやあなたも生徒会の?」
「い、いえ。『私』はまだ一年生ですから……交流祭のショーを一緒にやろうと言われまして。」
「ああ、そういえばセイリオスの出し物は生徒会が主体になるのでしたわね。一年生ということは……あなた、『コンダクター』はご存知かしら。」
「ぶえぇっ!? あ、は、はい……そ、それなりに……」
なんでいきなりオレなんだ!?
「彼が使う曲芸剣術……映像は拝見しましたけれど、実際に相対して見るとどうなのでしょう。あなた、手合せの経験はあるかしら?」
「す、すみません、ないです……」
「そう……その『コンダクター』と呼ばれる男子生徒は、例えばわたくしのような他校の上級生に挑戦されたら、それを受けてくれる方かしら。」
「! えぇっと……」
他校の上級生……いや、そもそも上級生に挑まれるという事は……たぶん、交流祭のルール的には珍しいことだ。学校にポイントを入れようと思ったらやるべきはその逆なのだから。
でももしも、自分よりも下の学年に……オレみたいな珍しい技術を持つ人がいたら、戦ってみたいというのはあるかもしれない。そしてそれは……オレとしては……
「あの、『コンダクター』は……強い人と戦う事はいい経験だと考えている人ですから……カペラ女学園の生徒会長からの挑戦なら、喜んで受けてくれると思いますよ。」
カペラ女学園の面々と別れ、コンサート会場を後にしたオレとデルフさんは、セイリオスへと続く道を歩いていた。
サマーちゃんというトップアイドルのコンサートを観るというだけの日だったのだが、他校の生徒会長やら喧嘩やら、何やら色々あった夜になった。
サマーちゃんのコンサートのパフォーマンスという収穫の他に、オレに挑戦しようと思ってくれている上級生がいる事を知ったのは思いがけない収穫だった。
カペラの生徒会長、プリムラ・ポリアンサ。二つ名は『魔剣』……
「あの、デルフさん。」
「全く、彼が会長などと、今のリゲルの品格が――」
「デルフさん?」
「ん、おや、なにかな?」
「えぇっと、聞きたい事があるんですけど。」
「悪いけどサマーちゃんのスリーサイズとかは知らないよ?」
「聞きませんよそんなこと! あの、カペラの会長さんのポリアンサさんなんですけど……デルフさん、確か『魔剣』って呼んでましたよね?」
「ああ……なるほど? きみを『コンダクター』と知らずにサードニクスくんについて色々聞いていたからね。気になるところだろうね。」
バッチリ聞かれていたらしい……
「はい……『魔剣』っていう事は、つまりマジックアイテム的な剣を持っているっていう事ですか?」
「そういう意味ではないね。そうだね、彼女は……すごい人だよ。」
なにやらリゲルの人たちについてぶつぶつ言っていたデルフさんは、腕を組んでポリアンサさんについて語ってくれた。
「強さは関係なしに、その人が身につけている技術一つ一つに点数をつけて合計を競ったなら、ポリアンサさんはダントツだ。」
「えぇ?」
「まず彼女の武器は剣なのだけど、世に剣術と呼ばれる技術の全てを身につけていると言われているよ。」
「えぇ!?」
「ま、勿論全てというのは言い過ぎだけど……現在主流となっているいくつかの流派や有名な騎士が使った独特な剣術……名の知られている剣術なら確実に習得しているかな。最近は古流剣術と呼ばれるモノにまで手を伸ばしているとか。」
「! それで曲芸剣術に興味を?」
「習得する際に求められる条件が、おそらく古今東西に存在する全ての剣術の中で最も難しいと言える剣術だからね。」
「そうですか……えっと、じゃあポリアンサさんは……すごい剣の達人だから『魔剣』と?」
「それもあるけど、彼女があの大魔法使いの再来と言われている事も理由の一つだね。」
「大魔法使い?」
「わが校の学院長の事だよ。」
「えぇ!? あのすごい校長先生の――再来!?」
「うん。学院長と同じように、第十二系統以外の系統ならどの系統でも高等魔法と呼ばれるレベルを使えるんだ。高度な剣術と魔法技術を組み合わせる事により、例えそれが錆びついた剣であろうと、彼女が振るえばまるで魔剣のような太刀筋を見せる。」
「だから『魔剣』……なんか話を聞く限りだと……その、最強なのでは……」
「そうだね……確かに彼女は強いよ。けれど一番ではなかった。」
「?」
「過去二年の交流祭を見る限りの話だけど、彼女の戦歴は三勝三敗。相手は全て同学年でね。」
「えぇ? なんか全勝しそうですけど……」
「彼女には一つ、決定的に足りない――いや、そもそも無かったんだね。ここぞという時に自分を押すモノ……騎士を目指す理由――夢とか目標、目的が。」
「どういう事ですか?」
「よくある話だよ。代々何かを生業としている家系において、生まれてきた子供がその生業に全く興味を持たない。ポリアンサ家に生まれたプリムラ嬢はそういうケースなんだね。」
「……騎士の家系に生まれたけど、本人は騎士に興味がなかった……」
「そう。かといって他に目指しているモノもないし、騎士の才能はピカイチだったから……なりゆきでああなってしまったんだね。すごく強い人がいると聞いて初めて彼女を目にした時は、正直ガッカリした思い出があるよ。見てわかるくらいに覇気がなかったからね。」
「そう……ですか? さっき『私』に話しかけてきたポリアンサさんはそういう風には……」
「うん、僕も驚いた。今日久しぶりに会ったらどうだい、見違えるようだった。」
「えぇ? そんなに違うんですか?」
「あれは目標を見つけ、強くなろうとしている人の顔だね。」
「よ、よくわかりますね……」
「人を見抜く事には自信があってね。」
ニッコリと笑みを向けるデルフさんの底知れなさは半端ない……
「鈍感なオニキス――いや、サードニクスくんでは気づかなかったかもしれないが、ポリアンサさんはテーパーバケッドくんに好意を持っていた。言ってしまえば恋だね。」
「えぇ!?」
「そしてテーパーバケッドくんも何らかの目標を持って騎士を目指している人だ。そんな彼と同じ道を歩みたいというのが、ポリアンサさんの目標かな。いやはや、ああなったなら彼女の強さは計り知れない。交流祭が楽しみだね。」
「ちょ、さ、さらりと人間関係を把握しましたね……『私』には……な、なんだかポリアンサさんはラクスさんによく怒ってるなぁというイメージしか……」
「きみの彼女だって日々きみを燃やしているだろう? 似たようなものさ。それに、僕はこういうケースをうちの学院で見ているからね。」
「エ、エリルがああなのは『私』が……え、似たケース?」
「うん。」
学院が見えて来た坂の上、デルフさんは……妙にニヤニヤしながら話を続ける。
「彼女は名門の騎士の家系の出身だった。体術も魔法技術も上々な上に礼儀正しく、すぐに先生方からの信頼を得てクラス代表に任命された。」
「え、クラス代表?」
「しかし彼女は、別に騎士を目指しているわけではない。家がそうだから渋々学び、学院にやってきたのも、寮に入る事で面倒な家から逃げたかったからだ。」
「あ、あれ? それって……」
「そんな時、彼女のクラスに、まるで路地裏から出てきたかのようなボロボロの服を着た田舎者が転入してきた。」
「路地裏……」
「クラス代表として接しているうちに彼女は気が付いた。どうにもその田舎者の近くは心地よいとね。まぁ、僕から言わせてもらえば一目ぼれなのだと思うけどね。」
「あの、デルフさん?」
「その田舎者は、初めはぼんやりしていたものの、ある時から真っすぐに騎士を目指し始めた。そんな彼の傍にいようと思ったら、彼女も騎士の道を歩む必要がある。意思以外は全て持っていた彼女に、その田舎者は意思を与えた……するとどうだろう、彼女の実力はメキメキ伸びて行った。入学当初とは比べ物にならないくらいにね。」
「あの――」
「ところがそれはそれとして、彼女は一つ大きなミスをおかした。まだ彼への気持ちに気づかない頃、彼女はクラス代表として彼を一人の女子生徒に接触させてしまった。結果、今やその二人はラブラブカップル……大失態だね。だから彼女は、その美貌と抜群のスタイル、名門としての地位に自分の強さ、ありとあらゆるモノを使って彼を手に入れる――取り戻す為に全力を注いでいるのだ。」
「ローゼルさんの事ですよね!?」
「ちなみに、カッコイイ女性騎士を目指してセイリオスにやってきた内気な狙撃手は、魔法の暴走によって変異した自身の顔を見ても普通に接して来た田舎者に惹かれ、彼と並びたてるくらいに強くてカッコイイ女性騎士を目指し、美味しい手料理や、時に大胆な行動を武器にして彼を巡る戦いに参戦している。」
「それはティアナ――ってなんでそんなに詳しいんですか!」
「色々なツテだね。それはそうとオニキスくん、今日のサマーちゃんのステージを観て色々と学べただろう。明後日に向けて明日はみっちりと練習しよう。」
「あ、はい――じゃなくてツテってなんですか!?」
「やや、だいぶ遅くなってしまったね。ではおやすみ。」
「ちょ――」
さわやかな笑顔を向け、学院の門をくぐった辺りでデルフさんは『神速』と呼ばれる速度でオレの視界から消えた。
「ただいま。」
「おかえり。」
部屋の中からエリルの声が聞こえ、今日はみんなはいないのだなぁと思って奥に入ると、なぜかみんなが寝間着姿でオレの方をじーっと睨んでいた。
「な、なんでみんなして息をひそめて……」
「……今の感じ、完全に熟年夫婦ではないか。」
「思ったよりも深刻だね。早いところロイくんをボクと相部屋にしないと。」
「か、帰ってきたら誰でも言うわよこんなの!」
「えぇっと……なんで寝間着?」
「だってもうこんな時間だしねー。ロイドもちゃちゃっと入ってきなよ、お風呂ー。」
「え、あ、うん……」
アンジュに言われ、オレは着替えを持ってお風呂場に入ったのだが……い、いや部屋に寝間着の女の子がたくさんいる中で普通にお風呂に入るってのはどうなんだ、この状況……
十数分後、妙に落ち着かないお風呂を終えたオレはみんなが待ち構えている輪の中におそるおそる入った。
「えぇっと……あ、そうだ。リリーちゃん、手伝えなくてごめんね。購買はどうだったの?」
「前と変わらず、盛況だったよ。この国にはあんまりないモノに注目が集まったけど、やっぱり騎士としての小道具が一番の売れ筋だったかな。」
「武器関係ってこと? それなら街に行けば大きな武器屋があるのに……」
「ちっちっちー、ロイくんてばわかってないなー。いいお店があっても近場で事足りるならそっちに行くのが人ってモノなんだよー。」
「へぇ。」
「ロ、ロイドくん……コンサートは、ど、どうだったの?」
「うん、楽しかったよ。んまぁ……実は歌以外に色んな事があったんだけどね……」
サマーちゃんのコンサートの話もしつつ、オレはそこで出会った他校の面々のことを話した。
「――ていう事があったんだよ。」
「相変わらず、唐突に変な出会いをするわね、あんた。」
「ふむ。とりあえず、ロイドくんが他校の生徒を惚れさせたという話でなくて良かった。」
「うちの生徒会長、そこまでのファンだったんだね……グッズ売りつけたら買うかな。」
「リ、リゲルの人は……こ、怖いんだね……」
「やっぱり噂通りの奴もいるみたいだねー。ちゃんと守ってねー、ロイドー。」
言いながらひしっと抱き付いてきたアンジュをエリルが引っぺがすというアクションを挟んだあと、ローゼルさんが妙にほっとした顔で独り言のようにこう言った。
「しかし、どこにでもいるのだなぁ、ロイドくんみたいな人物が。」
「……? オレ? えっとどういう……」
「話を聞く限り、ラクスくんというのはロイドくんの範囲拡張版だ。」
「えぇ?」
「女子校に一人だけいる男子生徒。われらが生徒会長の読み通りであれば、既に二人の女子から好意を寄せられている。これは、女子寮に一人だけいる男の子で、数名の女の子に言い寄られているどこかのすっとぼけくんと同じだろう?」
「うぅ……え、で、でも二人って……デルフさんが言ってたのはポリアンサさんだけだよ?」
「これだからロイドくんは。現役のトップアイドルが荷物持ちやら護衛やらを同級生に頼むという事は、その道のプロよりも信頼を置いているという事だ。しかして実際、学生がプロに勝るわけはないのだから、であればその信頼は好意だろう?」
「な、なるほど……ラクスさんはモテるんだな。」
「どの口が言ってんのよ、女ったらし。」
「た、たらしこんだ覚えはありません!」
「しかしこれは朗報だな。つまり、カペラ女学園の生徒はそのラクスくんに惹かれている可能性が高い。最も危険視していた女子校がそういう状況という事は一つ、安心だな。」
「危険視? ローゼルさんは何を……」
「さっきも言っただろう? ロイドくんが他校の生徒をメロメロにしてしまう可能性さ。」
「――! いやぁ……で、でもそれ、こ、今回に限っては無いと思いますよ……」
「ほう?」
「だ、だってオレ、交流祭の初日に女装して登場するんだよ? ショーに参加する人を詳しく紹介するかはわからないけど、棒をくるくる回して飛ばすんだし……そんな不思議な技術を持っている人はオレ以外にいないわけで、だからすぐに……ロイド・サードニクスっていう男子生徒がショーをやっていたロロ・オニキスだって判明するよ。女装しているような男子にほ、惚れるなんてないでしょう?」
「なによあんた、どうせバレるってわかってて引き受けたわけ? 完璧に変態扱いされるわよ?」
「別にいいよ……わかってて欲しい人がわかってるんだから。」
「――! あ、あんたってホントに……」
「?」
「こらエリルくん、今のはわたしたちも含まれているぞ。そして……今の話を聞いて一つ思いついたぞ。ロイドくんは交流祭の間、ずっと女装していれば問題解決なのではないか?」
「あ、そうだよロイくん。そうすれば――少なくとも女の子がロイくんに惚れちゃう可能性はなくなるもん。」
「いやぁ……さすがに女装したままじゃ戦えない……っていうか、「少なくとも女の子」ってどういう意――」
「交流祭とはなんですか?」
突如耳元にささやかれたそんな一言にオレは飛び上がる。そのままちょうどオレの前にいたローゼルさんに突撃し、勢い余ってズデンと倒れた。
「はわぁあぁっ!?!?」
ローゼルさんの不思議な叫びが聞こえた。この世のモノとは思えない温もりというか柔らかさというか、そんな感じのモノに包み込まれ――
「あびゃ!?」
慌てて顔をあげると、オレの目線の少し上にローゼルさんの顔があり……つまりオレの顔がある位置はローゼルさんの胸の辺りで――
「リョ、リョイドくん――い、いきなりその……むむ、胸に飛び込まれるとその……」
「ば!? ごごごごめんなさい!!」
我ながら中々の背筋で状態を起こす。しかし、眼下に広がるローゼルさんの……乱れた寝間着やちらりと見えるおへそ、何より潤んだ眼が相当にヤバ――
「あのー、ロイド様?」
さっきのささやきと同じ声がし、振り向くとそこには黒々とした格好の女性が――
「ミ、ミラちゃん!?」
「はい、ロイド様のカーミラです。そしてできれば、今のような抱擁をワタクシにもしていただけませんか?」
ローゼルさんを起こしてもう一度謝り、エリルとリリーちゃんとティアナとアンジュにほっぺをつねられた後、オレは改めてミラちゃんを見た。前もそうだったけど、ネグリジェという割と目のやり場に困る寝間着のミラちゃんに突然やってきた理由を聞くと、一枚の写真を見せてくれた。
「これはロイド様ですよね。」
そこに写っていたのはハッピ姿のデルフさんの横で腕を振っている女装したオレの姿だった。
「えぇ? こ、これついさっきの……」
「サマードレスというアイドルにはスピエルドルフにもファンがおりますから、こういったコンサートなどは国内で放映されているのです。」
「そうなんだ……」
「それでその映像の中にロイド様を見つけたとユーリから聞きました。何を隠そう、ユーリもファンですからね。女装については正直どうでもよいのですが、もしやロイド様がアイドルに心を奪われたのではないかと……心配になってここに来たのです。」
「そ、そう……べ、別に心を奪われたとかじゃないよ……今日はこの隣の人に誘われてコンサートっていうのを体験しにいった感じだから。」
「そうでしたか。安心しました。」
「し、心配させて……ごめんね? あれ、なんか違う気が……」
「それはそれとしてロイド様、交流祭とはなんですか?」
「え、ああ、学校のイベントで――ってあれ、ミラちゃんは知らないの?」
オレがそう言うと、エリルがムスッとした顔で教えてくれた。
「ランク戦は学外からも見に来る人がいるイベントだけど、交流祭はそういうのがないのよ。だから学校関係者でないなら知らない場合も多いわ。」
「そうだったのか。てっきりランク戦と同じだと思ってたよ。あー、えっとねミラちゃん。交流祭っていうのは――」
国を抜け出して一学生の寮室に寝間着姿でやってきた女王様に交流祭について説明すると、ミラちゃんはショックを受けた顔になった。
「そんな……折角ロイド様の雄姿が見られる機会だというのに外部には公開されないなんて……」
「そ、そんな大げさな……」
「愛する人の活躍は見逃せません。少し待っていて下さい。」
スッと立ち上がったミラちゃんは、パッと幻のように消えた。
「……そ、そういえば彼女はロイドくんの元にワープできる指輪を持っているのだったな……」
なんとなく腕で胸を覆いながら、まだ顔の赤いローゼルさんがモジモジしながらそう言った。
……い、いつもは割と大胆な事を言ったりし、したりしているような気がするローゼルさんがそういう仕草をすると……こう、変な気分になる。これがギャップというモノなのか……
「あんな色っぽい寝間着で、やらしーんだから! ロイくんてば、ダメなんだからね!」
「ダメって言うならさっきのだよねー。ロイドが優等生ちゃんの反則的な胸にダイブしたんだけど、こっちはどうしようかなー。あの女王様じゃないけど、やっぱりあたしにもして欲しいかなー。」
「ロ、ロイドくんの……えっち……」
「さ、さっきのは事故です! い、いきなりの事でビックリして――」
「あんたの事故はいつもやらしいのよ、このエロロイド!」
「ま、まぁまぁ、わざとではないのだから……」
「ローゼルちゃんてば、いつもと態度が違うよ!」
「お待たせしました。」
最近の流れだと、ぜ、全員のむむ、胸に飛び込まなければならなくなりそうな気配がしてきたところでミラちゃんが戻って来た。
「ロイド様――いえ、どなたかにこれを持っていて欲しいのです。そしてロイド様の雄姿を記録してください。」
「ちょ、何よそれ!」
ミラちゃんがころんと手の平に乗っけているモノを見てエリルが……みんなが一歩下がる。それは無理もなくて、何せそこに転がっていたのは人間の目玉、眼球だったから――
「――ってあれ、それってもしかしてユーリの眼?」
「さすがロイド様、よくおわかりで。」
「んまぁ、目がかゆいとか言って目玉を取り出して水洗いしていたりしたから……」
「なによそのグロい光景……」
エリルが苦い顔をする。この様子じゃあ、首を外したところとか見せられないな。
「ご存知かと思いますが、そこらのカメラや映像記録用のマジックアイテムと生物の眼ではスペックが段違いですから、最高の品質でロイド様の雄姿を記録しようと思ったなら眼球が最適なのです。しかもユーリの場合、記録した映像を頭から直接取り出せますからね。脳の画像処理も加わってよりよい映像となるのです。」
「あのフランケンシュタイン、そんなことできるの……」
「かくいうこちらの写真もユーリの頭から抜いた映像ですから。」
「なんでもありね……」
「あれー? でもさー、あの人造人間くん、メガネかけてたよねー? その目玉、目悪いんじゃないのー?」
「ああ、ユーリのメガネはただのおしゃれだよ。それに視力は調節できるし。」
「へー、便利だねー。」
「という事でどなたか、これでロイド様の活躍を……」
ギョロリとしたユーリの眼をつまんで前に出すミラちゃんだけど……いやぁ、さすがにみんなにはちょっとあれかなぁ……
「ミ、ミラちゃん、さすがに目玉を持ち歩くのは……」
「何か問題が――あ、そういえば生身の状態では危険ですね。ユーリの眼を潰してしまってはいけません。ではこうしましょう。」
そうじゃないのだが、オレが訂正する前にミラちゃんは真横に腕を伸ばした。すると何もない空間に黒い靄がかかり、その中に手を入れたミラちゃんは何かを探すように腕を動かし、そして引き抜いた。
「マジックアイテムです。本来は離れた場所の映像をリアルタイムに送信する装置ですが……これにユーリの眼を組み込みましょう。」
黒い箱のようなモノをガチャガチャいじり、最後に箱の中にユーリの眼をポトリと入れたミラちゃん。
「これで安心です。ロイド様の試合が始まりましたら、この箱を宙に放り投げて下さい。そうしましたら自動で試合を記録し、ワタクシのところへ映像を送ってくれます。終了しましたら、放り投げた方が手を三回叩いて下さい。箱が手元に戻ってきますので。」
「えぇっと……そ、それならオレが自分でやるよ。その……女の子に目玉を持って歩かせるって言うのはなんだか……」
「まぁ、ロイド様がご自身で?」
オレの提案に対し、ミラちゃんは……なにやら急に眼をキラキラさせた。
「でしたら是非、交流祭に限らず常日頃からやっていただくと嬉しいですね。入浴の際などにも起動していただけると幸いです。」
「それじゃあずっとユーリの眼が――ってミラちゃん、今なんて!?」
「なに考えてんのよ、このエロ吸血鬼!」
「む、入浴時はあれだが、この部屋でロイドくんとエリルくんが二人きりの時は起動させておいて欲しいな。監視の意味で。」
「あんたも何言ってんのよ!」
「おや、見られると何かマズイのかな?」
「あってもなくても嫌に決まってんでしょうが!」
トップアイドルのコンサートの翌日。祭の後片づけが行われる朝の街を、筋骨隆々の男と軍服を着た小柄な女が歩いていた。
「まさか武器屋の店主がサマーちゃんのファンで、コンサートの為に店を閉めるとはな。おかげで次の日になっちまったぞ。」
「別に急ぎの事でもないしょう? こんな朝早くから行かなくても。」
「割と急ぎの事だぞ? ハッキリさせないと今後の動きの方針が立たん。」
「おや、二度も失敗したゴリラの三度目の正直ですか?」
「ああ、いい加減に俺様も自信がなくなってきたからな。ここらでバッチリ決めたいところだ。」
「そんなあっさりと……あなた十二騎士でしょう。」
「それ以前に大将の――っと、着いたぞ。」
まさにたった今シャッターを開けたばかりの店主の前で二人は立ち止まった。
「オ、《オウガスト》!? こんな朝早くからいかがしましたか……? あ、あいにくそういう大剣はオーダーメイドになりますが……」
「剣の新調に来たんじゃないぞ。オヤジが宝物にしてる剣を見せて欲しくてな。」
「ええ?」
男にオヤジと呼ばれた店主はくるりと店内に顔を向ける。その視線の先には、カウンターの後ろに飾られている一本の剣があった。
「……ベルナークの剣ですか?」
外見的にはどこにでもありそうな一振りだが、その刀身からにじみ出る圧力で素人でも気づくだろう。決して、普通の剣ではないという事に。
「正しくは、その剣をこのちっこいのにちょっとだけ握らせてやって欲しい。一分もあればすむ。」
「握るだけとは――まさか、ベルナークの一族なのですか!?」
「かもしれない。だから確かめたいんだ。」
「そ、そんな、あの家系に新しい血筋が……?」
「いや、そういうわけじゃない。存在は記録されてるんだが、そうだという認識を大抵の人間がしていなかったってだけだ。要するに忘れ去られた血筋だな。」
「そのような事が……いえ、そういう事でしたら。」
奥から梯子をとってきた店主はカウンターの後ろの壁をのぼり、飾られている剣を手にして降りてきた。勿論、その手には白い手袋をはめている。
「もしもそうなら素手かどうかは関係ないはずだからな、妹ちゃんも手袋しろよ。これはオヤジの宝物なんだ。」
「はいはい……」
店主から渡された新品の手袋を小柄な女がはめる間に、男は店主に尋ねた。
「ベルナークの血筋の者がベルナークシリーズに触れるとその形状を真のそれに変えるわけだが、オヤジはあの剣の変形は見たことあるのか?」
「残念ながらありません。むしろ……今おっしゃった話も噂程度にしか思っていなかったのですが……本当なんですか? ベルナークの家系の方はあまり表に出てこないので見たことがないのです。」
「マジだぞ。漫画みたいに変形する。」
「おお……何やら興奮してきました……」
「こどものおもちゃみたいですね。。」
二人とは相当の温度差のある小柄な女が面倒そうな顔でそう言った。
「一応世界最強クラスの武器なんだがな。さて、どうなるか。」
緊張した顔の店主と息を飲む男が注目する中、対照的な表情の小柄な女はちゅうちょすることなく剣を手にした。
「!」
興味の無い顔をしていた小柄な女の表情が変わる。
「……自分、剣は学んだことないのですけど……何でしょう、今なら剣術が使えそうな気がします。」
「それはベルナークシリーズの特徴だな。初めて持つのに長年愛用したかのような感覚になる。」
適当にくるくる剣を回す小柄な女。
「ですが変形はしませんね。やはり自分たちは――」
「いや、握っただけで変形ってんじゃ面倒だろ。何か起動の条件があるんだろう。妹ちゃん、なんかこう、イメージしたり念じてみたりしてみろ。」
「テキトーな事を……ん、これは……?」
「あ、それはベルナークの紋章です。それが刻まれている事が一つ、ベルナークシリーズの証なのです。」
「十字のマーク……なんだかオズマンドみたいですね。」
「おいおい妹ちゃん、天下一の騎士家系とテロ集団を一緒にすん――」
瞬間、剣がカッと輝いた。突然の事に全員が目を白黒させること数十秒、視界が戻った三人の視線は一か所に集中した。
「やったな! 妹ちゃんなにやった?」
「……紋章の上に親指を乗っけてみただけです。」
「おお――おぉっ! なんと美しい……」
三人の視線が交差するのは小柄な女が手にした剣。つい先ほどまでどこにでもありそうな剣だったはずが、いつの間にか、透き通った青色の刀身を持つ芸術品のような剣へとその姿を変えていた。
「どうだ、妹ちゃん。何か力を感じたりするか?」
「そうですね……あなたではないですけど、一振りで街や山を消せそうな気がします……ですが……」
美しい剣を手にしていた小柄な女は、段々とその表情を険しくしていき、ついにはその剣を地面に突き立てて手を離した。
「――っ……凄まじい勢いで体力を……奪われます……まるで強力な魔法を連発したかのような……」
「なに? そんなに燃費の悪い武器なのか? 俺様が会った事のあるベルナークの奴は普通に使ってたが。」
「なんだか……妙な感覚ですけど……その剣に言われた気がします。『あなたの武器はわたしではない』――と……」
「ほう? となると相性があるのか? それとも単純に、妹ちゃんが剣士じゃないからか?」
「あぁ、元に戻ってしまいました……しかしなんと美しい剣……長年武器屋をしていますけど、あんなモノは初めて見ました!」
元に戻った剣を愛おしそうにつかみ、店主は白い布で刀身を拭き始めた。それを見た男はこくりと頷き、店主の肩に手を置く。
「朝早くから悪かったな、オヤジ。おかげで、このちびっこいのがベルナークの血を継いでるって事がわかった。」
「何をおっしゃいます! 私もあのような美しいモノを見せていただいて――またいつでも来てくださいませ。」
まだ人通りの少ない街中を、男はあごに手を当てながら、小柄な女は疲れた顔で、元来た道を戻り始める。
「はぁ……しかしあんな強力な武器を使えるのなら、十二騎士は全員ベルナークになってそうですけど……」
「ああ、それか。なんでもベルナークの最後の当主が自分の家を解体して複数の血筋に分けた時に魔法をかけたらしくてな。例えベルナークの血を持っていようとも、ベルナークシリーズの真の姿を解放するにはいくつかの条件をクリアしなきゃならなくなったんだ。結果、滅多な事がないと使えなくなっちまい、十二騎士トーナメントとかじゃまず発動できないんだと。」
「案外使えない武器ですね。」
「んなことないぞ? 妹ちゃんも感じたように、真の姿でなくてもベルナークシリーズは強力な武器だからな。別に起動できなくても、ベルナークの血を継ぐ連中は普通に騎士の名門として名をあげて――」
と、そこで男が立ち止まった。
「なんですか、ゴリラ。お腹でもすきましたか?」
「ちょっと待てよ? 最後の代が魔法をかけたのはあくまでそいつが血を分けた子孫だけだ。大体今だってそうだったしな! おいおいこれはすごいぞ!」
「何ですか、急に大きな声で。」
「ベルナークの最後の代は姉弟! 今言った、魔法で制約がかかってるのは有名な弟の方の話で、妹ちゃんと大将のご先祖様であるマトリア――姉の方はそうじゃない! 今も普通に発動できたって事は――」
「……自分と兄さんは唯一、制約なしで真の姿を起動できるベルナークの血筋……という事ですか。」
「おそらくな! こりゃあ妹ちゃん、ベルナークシリーズのロッドを探すべきだぞ! 大将はあのオヤジからなんとかして剣を譲ってもらうか、残りの二本の剣を探すかだな!」
「楽しそうですね。」
「興奮してるのさ! わが弟子は師匠の元から離れてからというモノ、師匠を飽きさせない!」
「自分は、兄さんがまた面倒な事に巻き込まれそうで心配です……」
交流祭を翌日にひかえてるからか、今日の授業は午前中だけ。午後はどうしようかと思いながらいつものように学食に行こうとしたら、ローゼルが全員を引き留めた。
「今日はわたしたちの部屋で食べよう。」
途中でアンジュを捕まえて、あたしたちはなんでかローゼルとティアナの部屋にやってきた。別にローゼルの突然の思い付きってわけじゃないみたいで、テーブルにはティアナの料理が並べられた。
「えぇっと……ティアナの料理は美味しいし、別にいいんだけど……いきなりどうしたの?」
「ロイドくんはおそらく、午後は生徒会長と明日に向けて練習だろう? どれくらいかかるかわからないからな、交流祭に向けてモチベーションを上げる為にも、話をするならお昼だろうと思ったのだ。」
「なんの話を……」
「ロイドくんとのお泊りデートの話だ。」
「えぇ!?」
ロイドの驚きをそのままにして、ローゼルはカレンダーを取り出した。
「日数を長くすると時間がとれないから、週末を利用しての一泊二日になるだろう。ところどころにそれ以外の休日もあるから、まぁ一か月もあれば全員のターンが終わる。毎日お泊りデートしているような状態のエリルくんは省くべきのような気もするが、ロイドくんの事だから、仮にも仮の彼女であるエリルくんだけ仲間外れということにはしないだろう?」
「いや、その前に! そそ、そんな感じになるんですか!? まま、毎週誰かとおおお泊りみたいなスケジュールに!?」
「仕方あるまい。」
「そ、そんなあっさりと……」
「それぞれがロイドくんとどこに出かけるかは自由として、現地までの移動はリリーくんの位置魔法をお願いしたいところだな。」
「え、なに言ってるの、ローゼルちゃん? なんでボクがみんなの手助けするの。」
「取引さ。これでリリーくんはわたしたち一人ずつに貸しを作る事になる。この先、いつか何かの場面でそれが役立つこともあると思うのだ。わたしとしては、恋敵にそう言った借りを作る事になったとしても、今回のお泊りデートには価値があると考えている。リリーくんを含め、みんなどうだろうか?」
「そ、そうだね……もっとロ、ロマンチックなところにお、おでかけ出来るのなら……うん、い、いいんじゃないかな……」
「だいたい、このデートで勝負を決めればいーわけだしねー。」
「みんなに貸し……ロイくんの場合は突発的にいいことが起こる事が多いし……そのチャンスを一回奪えるとするなら…………うん、まぁいいかな。」
「よし、ではそのように。次は順番だが――」
「なんで当たり前みたいに話進めてんのよ!」
ロイドは顔を真っ赤にして動けなくなってるし、だ、だいたい許可した覚えがないわけで、あたしは慌てて話を遮った。
「エリルくんにだって利益があるだろう? なに、全員の条件が同じなのだから、実は日頃と変わらないさ。」
「変わるわよ! ひ、人の――恋人を勝手に!」
「そう言っていられるのは今だけさ。それに、ロイドくんが了承したのだ。」
「――! バカロイド!」
「はい…………押しに弱いダメロイドです…………で、でもちゃんとう、埋め合わせ的なのを頑張るぞ! い、色々と!」
「なっ――!! このエロロイド!」
「そ、そういうのばっかりってわけじゃないぞ!」
「仮の夫婦喧嘩はまた後日に――というかちょっと待てロイドくん。今、そういうのばっかりではないと言ったな? つまり少しはエロロイド成分があるということだな?」
「こ、言葉のあやです!」
この前の事を思い出し、たぶん同じ事を思い出したロイドと目が合って……だ、ダメだわ、顔が見られない――!
「妙な反応をしているが……まぁいいさ、デートの時にでも聞き出すとも。さて、さっき言いかけた順番なのだが……先でも後でも、どちらにもメリットはあるからな。くじ引きで決めてしまおう。」
……こ、こうして……いまいち納得できてないんだけど、お、お泊りデートをする順番がくじ引きによって決定した。第一回目は交流祭が終わった後の最初の週末で、相手は――
「ふむ、トップバッターか。」
――ローゼルになった。
「さて、それでは団長殿、一つご褒美を決めておこうじゃないか。」
「…………へ、あ、オレのことですか?」
赤かった顔を深呼吸で戻してたロイドは、呼ばれ慣れない呼ばれ方にまぬけな顔を返した。
「さっき言ったモチベーションの話がここから始まるのだ。ランク戦の時に効果の程は確認済みだし、どうだろうか? 交流戦で三勝できたらとか、上級生に勝利できたらという条件をクリアすることでデートの際にご褒美をもらえるというのは。」
「ま、またそれですか!?」
「団員の成長を促すのも団長の役割だぞ、ロイドくん。」
「うぅ……だ、だってみんな普通に強いし……条件って言っても簡単にクリアされそうな気がするし……」
「んー、じゃーさー、ロイドと勝負するのはどーおー?」
ティアナが作った妙に美味しいサンドイッチを頬張りながら、アンジュがそう言った。
「オ、オレと勝負?」
「交流戦って勝負して勝つと学校にポイントが入るんでしょー? 自分がゲットしたポイントをあとで教えてもらってさ、最終的にロイドよりも多くのポイントを稼いだらご褒美とかならいーんじゃない?」
「なるほど……いや、ではこうすればロイドくんも文句あるまい。」
「えぇ?」
「単純にこのメンバーで競争するのだ。そして一番多くのポイントを得た者は他のメンバーに何かをしてもらう――というような感じに。これならばロイドくん自身のモチベーション向上にもつながるだろう?」
「つまり……ロイくんにあんなことやこんなことをしてもらおうって思ったら、ロイくん含めたみんなよりもいい成績を残さなきゃいけないってこと?」
「あ、あんなことやこんなことって……あ、そ、そうだよ! ローゼルさん、そ、それだとオレが一番になった場合……ほ、ほら、いやらしいお願いとかをオレがしちゃうかもしれな――」
「望むところだから大丈夫だ。」
「こ、このエロ女神!」
「想いに忠実なだけだとも。どうだろうか、団長。」
「えぇ……うーん……まぁ、競争っていうのは面白そうだし、それでいいよ。い、一応言っとくけど、オレが一番になってもさっき言ったみたいなお願いはしないからね……?」
「ふっふっふ、魔がさすという事もあるだろうさ。まぁそもそもの話、ロイドくんの場合はカペラの会長に勝利しなければな。」
と、ここにきてニヤリと悪い顔になったローゼルがそう言った瞬間、ロイドはハッとした。
「そういえばそうだ! ちょ、オレだけ初めから一回の敗北が決まってませんか!?」
「何を言うのだ。『魔剣』と呼ばれるカペラ女学園生徒会長に勝利すればいいだけの話だろう?」
「勝てる気がしませんけど!?」
ああ……なんかロイドにも勝機をちらつかせておいて、実はロイド以外のあたしたちだけの勝負になってたのね……
「まぁとはいえ、わたしたちも二つ名で呼ばれるくらいには実力者という事になっているわけだからな。ランク戦における戦いぶりが伝わっている可能性もあるし、他校の強い生徒が挑んで来ることは無い話ではないだろうな。」
「天下の名門、セイリオス学院の一年生の、今のところのトップメンバーだもんねー、あたしたちってー。」
「そ、そういうことに……なっちゃうんだ……わぁ……」
「あ、そうか。別に学校はどうでもいいけど、ボクが負けてばっかりだと『ビックリ箱騎士団』絡みでロイくんの評判を落としちゃうかもしれないんだ。妻として、それは絶対にダメだね。」
「いつから妻になったのよ!」
変な理由と変な理屈で変にモチベーションが上がったあたしたち。原動力はともかく、このメンバーでの競争っていうのはロイドの言う通り、面白そうだわ。模擬戦みたいな直接的な勝負じゃなくて、ちょっとゲームみたいな勝負。
ロ、ロイドをエロ女神たちから守る為にも、一番を狙っていかないとだわ。
それに…………あたしだってご褒美が……
「あれ、どうしたんだエリル? 顔赤いけど。」
「うっさいバカ!」
騎士物語 第六話 ~交流祭~ 第三章 コンサートと生徒会長
デルフさんがアイドルのファンクラブに入っているというのは話の流れでくっついた設定なのですが、割と謎だらけだった彼のそんな一面が見られて、作者である私も嬉しく思っております。
ランク戦では描写がほとんどありませんでしたが、彼の強さを、今回は書く予定だったりします。