騎士物語 第六話 ~交流祭~ 第二章 階段
第六話の第二章です。
サブタイトルにいい言葉が見つからず、ちょっとした意味を込めてこんなモノになりました。
交流祭に向けてのお話ですが、メインは青春ですね。
第二章 階段
「ロイくんとデート……」
先生から交流祭の話を聞いてから一週間ほど経ったとある日の放課後、オレはリリーちゃんと一緒に街を歩いていた。
デルフさんとやることになったショーの練習も始まり、最近の放課後はずっとそれだったのだが……
「申し訳ない、サードニクスくん。思った以上に負荷が大きいようだ。」
デルフさんが何を謝っているかというと、ショーの際にオレが使う事になっていた小道具に関することだ。事前の打ち合わせでは、オレはデルフさんが用意した透明な棒をくるくる回し、その棒をデルフさんが魔法で光らせる事になっていた。
「何かに光を灯す事自体は難しくない。しかしそれがこれだけ大量で、しかも縦横無尽に動き回るとなると……今一つ制御が間に合わないようだ。」
今回操る棒は二十五本。ランク戦の頃は魔眼ユリオプスを使わない時の最大本数が二十二だったから、ちょっとは成長しているんじゃないかと思うが……動き回るだけでも難しいのに二十五本もあったのではさすがのデルフさんでも魔法を制御できないらしい。
「せめて棒そのものが光源を持っていれば、制御は格段に楽になるのだが。」
と、いうような会話の結果、オレはこの日、光る棒を探しに街に出たのだった。
「ねぇ、ロイくん、やっぱり着替えようよー。イマイチ喜べないよー。」
「で、でも、この格好で使うモノを探しにいくから……」
光る棒というぼんやりとしたモノを探しに行くにあたり、商人であるリリーちゃんを買い物に誘ったわけだけど、さっきからリリーちゃんはオレの隣でテンション低めに歩いている。
「ロイくんと放課後デートだと思ったのに! ロイくんてば女装しちゃうんだもん、複雑で微妙な気分だよ!」
そう、今リリーちゃんの隣を歩いているオレは女装している。ローゼルさんから借りた私服とリリーちゃんからもらったカツラと、これまたリリーちゃんからもらった、声を女性のそれにできるマジックアイテムを身につけ、オレは私服の女性――『ロロ・オニキス』として歩いているのだった。
「いつもならローゼルちゃんとかもついてくるのに、ロイくんが女装だってわかったら「うむ、行ってくるといい」とか言っちゃって! ロイくんもロイくんだよ! 女装して街を出歩くなんて!」
「も、もう慣れちゃってるから……」
「んもぅ! カツラと声を変えるそれと、今日っていうデートがおじゃんになった分で合計三回! 今度のお泊りデートの時にボクのお願い聞いてもらうからね!」
「い、今更だけどその――おお、お泊りデートってホントにやるの……?」
「…………ロイくん…………?」
「はい! やります! 楽しみです!」
「……これはねー、ロイくんの為なんだよ? ロイくんにはエリルちゃんよりもボクだっていう事を、一晩じっくり教えてあげようっていうことなの。」
一切無駄のない動きでオレの前にまわり、鼻と鼻がぶつかる距離まで顔を近づけて来るリリーちゃん。
「ボクの運命の人はロイくんなんだから、ロイくんの運命の人はボクなんだよ?」
甘く香る吐息。煌めく栗色の瞳。見慣れているはずの顔が世界で一番きれいだと思える顔に変わり、オレから呼吸を奪って心臓を鷲づかむ。
リリーちゃん――いや、リリーちゃんに限らず、みんながオレに向けて来る本気の好意を、オレは逃げずに受け止めなければならない。
考えている事がある。
オレはエリルが好きだ。それは断言できるけど――それは、部屋が一緒だからそうなったのではなかろうか。単に一番顔をつきあわせた相手だからなのではないか。もしもルームメイトがリリーちゃんだったらどうなったのだろうか。それでもオレはエリルを好きになったのだろうか。
それを考えてはいけないような気がする。考える時点でいけないような気もする。しかし恋愛マスターが運命の相手に会う事ができるようにしてくれた結果、副作用として集まる事になってしまったオレへの好意から逃げる事は……オレの願いに巻き込んでしまった責任から逃げる事と同じだと思うし、オレの疑問に答えを出せなくなってしまう。
悪く見ればとっかえひっかえ。全員を味見して一番を決めるような、ただの女ったらしかもしれない。
それでも、みんなの全てを受け止め、その上でもやっぱりエリルが好きだと言いたい。
それが、みんなへの誠意であると……そう思っている。
……今になって気づいたけど、こういう、とりあえず全員――みたいな考え、もしかしたら女好きのフィリウスの影響があるんじゃなかろうか……
「? ロイくん?」
「うん……とりあえず……ち、近いです……それと、今の『私』は女の子なので――へ、変な風に見られるような……」
「……そうだね。なんだかボクもいつもよりドキドキしないや。」
「『私』はドキドキですけど。」
するりとオレから離れ、元の隣に戻るリリーちゃん。
「ロイくんてば、たぶんボクとかローゼルちゃんとかティアナちゃんとかアンジュちゃんの好きーって気持ちを受け止めようとしてるでしょう?」
「にゃ、にゃにをいきなり!?」
「だってボクが好きなロイくんはそういう風に考える男の子だもん。でもねー、ロイくんだからこそ、それをされるとどうしようもなくなる攻撃っていうのがみんなにあるんだよ?」
さらりと決意を見透かされたオレに、リリーちゃんはこれまたさらりと言った。
「ロイくんはさ、既成事実に注意しなきゃだよ?」
「きせ――!? ちょ、みんなは何をする予定なの!?」
「きっとボクと同じ考えかなぁ。あ、ロイくん見て。」
恐ろしい爆弾を投下しっぱなしで、リリーちゃんはオレの手を引っ張ってとあるお店の前に連れて来た。
「ほらロイくん、これ知ってる?」
「…………ペンライトだね。コンサートとかで振り回す――ああそうか、確かに光る棒だ。」
光源さえあれば光量や色はコントロールできるからなんでもいいとデルフさんは言っていた。これはうってつけではないか?
「でも、こういうのが店先で売られてるって事はそういうイベントがあるって事だよね。なんかあったっけ?」
「ああ……そういえばクラスの男子が話していたのを聞いた気がするなぁ……なんとかっていうアイドルが来るとか。」
「アイドル……あ、そうか。そういえばそろそろだったね。」
「知ってるの?」
「うん。ボクはグッズとかは扱わないから大して注目してないんだけど、この国で一、二を争うトップアイドルが近々この首都でライブをやるんだよ。」
「さすが首都……『私』はそういうの詳しくないんだけど、男子が騒ぐって事は女の子なんだよね。どんな人なんだろう。」
「……ロイくんてばまたなの?」
「えぇ!? いやいや、さすがにアイドルの知り合いはいませんよ!?」
「記憶がないだけじゃないの?」
「そ、それを言われるとなんとも……むしろフィリウスに聞いた方が早いかもしれない……」
「……今度の交流祭も、他の学校のかわいー女の子がロイくん好きになっちゃってまた敵が増えるんじゃないかって心配なんだけど?」
「それは――な、ないんじゃない……かなぁ……」
「ふんわりした答えなんだから。ボク、浮気は許さない方だからね。」
ぷんぷんと、ほっぺを膨らませてリリーちゃんが一歩前に出たその時――
「あわわ、どいてくださーい!」
野良猫くらいしか通る者がいないだろう狭い路地――というか建物と建物の隙間から勢いよく誰かが飛び出してきた。
「まさか普通に女装して街に出かけるとはなぁ。」
女装ロイド――ロロがリリーと一緒に出掛けた後、あたしたちはいつものようにあたしとロイドの部屋にいた。
「それだけ女装する機会が多かったという事なのだろうが……一体ロイドくんとフィリウス殿はどんな旅をしていたのやら。」
「……この国に限らず、本当にあっちこっちに行ったみたいだし……あたしたちじゃ想像もできない文化とかルールを経験したんでしょ。男子禁制とか。」
「……いずれその村の話をきっちり聞き出さなければな。」
珍しくローゼルと頷き合ったところで、ティアナが小さな声で「あ」と言った。
「む、どうしたティアナ。」
「う、うん……えっと、そ、そんなことない……とは思うんだけど……ロ、ロイドくんが女装しちゃってて……そ、それでロ、ロイドくんの周りには恋愛マスターの副作用のせ、せいでロ、ロイドくんを好きになっちゃう人が集まる……ってことはその……じょ、女装したロイドくんを好きになっちゃう……男の子とかも出てきたり……し、しないよね……?」
「さすがに性別は超えないと思うけどー? あー、でもそっかー。世の中には同性が好きっていう人もいるしねー。」
「勘弁して欲しいが……恋愛マスターの力は女性相手のみだったとしても、女装ロイドくんは普通にそこそこ美人だからなぁ……交流祭のショーを観て一目ぼれする生徒がどこかにいるやもしれん。」
「次から次へと色恋問題ばっかりだねー。ロイドにも困ったもんだよー。」
「あんたらもその問題に含まれてるわよ……」
「一時的な気の迷い恋人のエリルくんが何か言っているが……わたしたちが苦労するくらいにロイドくん自身は色恋沙汰に積極的ではないからな。わたしたちが邪魔するなりなんなりで動けばそこまで大きな問題には――」
って言いながら、ローゼルはあたしを見た。
「――いや、しかしあのへたれロイドくんもやる時はやる男だとつい最近判明したところだったな……吸血鬼としての暴走が起きずとも寝ている彼女――仮の彼女にキスするくらいには……」
「――! か、仮とかい、一時的とかゆ、言うんじゃないわよ!」
「むぅ、これはお泊りデートのプランを念入りにしなければならないな。条件とタイミングをそろえたなら、ロイドくんにオ……オシタオサレル……チャンスもあるやもしれないしな!!」
赤い顔でムカつく胸を突き出してふんぞり返るローゼル。
「……さ、最近のロゼちゃん……ちょ、ちょっと……やらしいね……」
「同感だわ……そこの痴女といい勝負じゃないの?」
「失礼だなー。お姫様だってロイドのお布団の中で――」
「その話はもういいわよ!」
「いや、よくないぞエリルくん。それにティアナも。」
これまた胸を強調するむかつく腕の組み方でキリッと真面目な顔になるローゼル。
「好きな――大好きな相手がいるのだ。その相手と――見たり見られたり触ったり触られたりという欲求はきっと、いやらしいだのエロいだので片付けて良いモノではないはずだ! 二人にだって興味はあるだろう!」
「ば、こ、このバカ! は、恥ずかしい事を演説してるんじゃないわよ!」
「わたしは興味津々――というか求めているぞ。ロイドくんとの……あ、あんなことやらこんなこ――」
「黙んなさいよエロ女神!」
時々あるローゼルの暴走を止める為にとびかかるあたしと顔を真っ赤にしたティアナ。そんなあたしたちを眺めてアンジュが呟く。
「その欲求はあたしにもわかるけどねー。やる時はやる男なロイドでも基本がへたれだから、そこまで行くのは結構大変だと思うんだよねー。」
「ひゃぅ!」
別に普段から可愛いけど、いつもよりドキッとする可愛い――リリーちゃんの声が聞こえた。
そして――これまで偶然というか事故というか、そういう感じで意図せずして何度か体験した柔らかい感触が両の手の平に広がった。
ふにょんふにょん。
「ふひゃぁ!」
直感はしたものの、両の手をグーパーさせて確かめずにはいられなかったのは男の性というモノだろう――というか何をカッコよく思考しているんだオレは!!
「ごご、ごめん!!」
路地から通りに飛び出してきた誰かにぶつかり、オレの方に突き飛ばされたリリーちゃんを支えようと手を伸ばしたところ、背中に添えられるはずのオレの手はリリーちゃんの脇の下をくぐり抜け、リリーちゃんに押されて倒れたオレはその両手をリリーちゃんの――む、胸に当てたというか添えたというか事故です!
大慌てで魅惑の感触から両手を離し、地面に座ったままでバンザイのポーズになったオレ。そこから見えるリリーちゃんの背中は少し震えていたのだが……ふいにピタリと止まり、リリーちゃんはゆっくりとオレの方へ顔を向けた。
「…………何を謝ってるの? 女の子同士でしょー、ねぇ『ロロ』ちゃん?」
胸元を抑えながら、少し赤らめた顔でニンマリとするリリーちゃんは非常に色っぽくて反則でなんだこれは可愛すぎる――
「いったぁい……」
頭の中が真っ白になっていくのを止めたのは、そういえばぶつかってきた人がいたんだったという事実で……リリーちゃんから視線をそらすように声の方を見ると、そこには一組の男女がいた。
「ったく、だから走ると危ないって言ったんだ……大丈夫か? ケガは?」
ぼさぼさの……だけどちょっとカッコよくまとまった薄い黒髪の頭にやれやれと手をあてて呆れながらも心配そうにそう言ったのは男の方。「好青年」という言葉がしっくり来そうな顔立ちで、白いシャツに黒いズボンで黒い上着という、なんとなく制服のようにも見える格好をしているその人物は、地面にぺたりと座り込んで頭を抱えている女の方に手を伸ばした。
「うん、大丈夫……ありがと。」
伸ばされた手につかまってスッと立ち上がる女の方。リリーちゃんみたいな花飾り……ああいや、リリーちゃんのよりもだいぶ大きくて派手な……あれは髪留めかな。それで水色の髪の毛をポニーテールにしている女の子で、全身を覆う白いローブを羽織っている。
「ごめんなさい、ケガはなかった?」
「だ、大丈夫です……」
「そう、良かった。久しぶりの首都だったからはしゃいじゃ――」
「サマーちゃん?」
ローブの女の子が言い終わる前に、ふとリリーちゃんがそう言った。
「? リリーちゃんの知り合いなの?」
「知り合いって言うか、ほら、ついさっき話してたアイドルだよ。ヒメユリ・サマードレス。通称サマーちゃん。」
「えぇ!?」
アイドルなんて初めて――ああいや、小さな村のアイドルとかなら会った事あるけど、国単位で有名な人は初めて見た。
「あんまり大きな声では言わないでね……プライベート中なの。」
「プライベート中? ふぅん、サマーちゃんにも恋人がいるんだね。」
「いや、俺は――言うなれば護衛だな。もしくは荷物持ち。」
「ラクスくん、そんな風に思ってたの? あたしショックだなー。」
可愛く膨れるサマードレスさん……えっとサマーちゃん? はコロリと表情を変えて袖から短冊のようなモノを取り出した。
「ぶつかったお詫びにどうか受け取って。今度この街でやるコンサートのチケットなんだけど。」
「えぇ……『私』、こういうのには詳しくないんですけど……結構高かったような……それにチケットは争奪戦がすごいとかも聞きますし……」
「遠慮しないで、あたしが悪いんだから。」
きっと手に入れようと思ったら相当な苦労をする事になるだろうチケットをぺらりと渡し、人気アイドルとその荷物持ちは去って行った。
「……その筋に流せば結構な高値になるね、このチケット。」
「リリーちゃん……」
商売人の顔になっているリリーちゃんを見て、ふと思う。
「サマーちゃん……も大きな花の髪飾りをつけてたけど、リリーちゃんもそれをいつもつけてるよね。お気に入りなの?」
栗色の髪にいつも咲いている大きな花飾りにそっと手を添えたリリーちゃんは優しく笑う。
「これはね……たぶんお菓子のおまけか、お祭りで売ってるような安物なんだけど……『ウィルオウィスプ』の頃にちょっと仲の良かった子がくれたものなの。」
「――! ごめん……」
「大丈夫だよ。ロイくんのおかげでもう気にしてないもん。あと一応言っとくけど、その子は女の子だったからね。」
いつものように笑ったリリーちゃんは……えっと、話題が話題だからちょっとしんみりするかと思いきや、急に悪い顔でニヤリとした。
「まーでも、昔の思い出の品とかトップアイドルとかは一先ずどうでもよくてね。ボクはもっと大事なことがわかってとっても嬉しいんだよ?」
「大事なこと?」
「やーやー、うふふ、ほら、これこれ。」
そう言いながらリリーちゃんは、両手で自分の胸をくいっと上に――!!
「びゃっ!?」
「ロイくんてばさー、よく言うでしょ? そういう事してるとオレも男だからオオカミになっちゃういますよーって。でもロイくんだからねー、結局鼻血でばたんきゅーのような気がしてたんだけど……うふふふふ、ロイくんもちゃんと男の子だったんだねー。」
「あの! さ、さっきのはつい――いや、ついというかなんというか!」
「良かった良かった。吸血鬼の力の暴走とかが無くても、ロイくんにもちゃんとその気になる時があるんだね。」
「ち、ちがうんです! ちがくはないんですけど見方によってはそうとも言い切れないような気もするような――」
「お泊りの時が楽しみだね。」
「楽しみ!?」
「さっき言ったでしょ、既成事実って。」
「――!?!? そ、それは――『私』とアレ的なアレをするって――!?!?」
「……だいぶワタワタしてるのに一人称が『私』なのがすごいね……女装のプロだね、ロイくん。」
こちとらさっきの魅惑の感触と今の話で頭の中が真っ白だというのに、リリーちゃんは当然のように語って違う所に驚いていた。
「だ、だいたい――や、やらしいことをされるのって……女の子は嫌なんじゃ……」
「そういうのを直接聞いちゃうのがロイくんだね。うふふ、基本的にはそうだけど唯一人、そうならないどころかそうして欲しいって思う相手がいるって話だよ。」
「――!!」
リリーちゃんの視線に、ついさっきから赤い顔がさらに赤くなる。
「も、もう……よ、よくそそ、そういう事をさらりと言えるね……」
「恥ずかしげもなくドキドキする事を言う点に関してはロイくんの方がうわてだと思うけど……あと、ロイくんてば勘違いしてるよ?」
「なにをばぁっ!?」
突如右の手のひらに再来する魅惑の感触。見るとリリーちゃんに手首をつかまれたオレの右手はリリーちゃんの手によってリリーちゃんの左胸に押し当てられており、さっきとは比べ物にならないほどにオレの手は沈み――
「リリーひゃん!?!?」
「ボクだってすっごく恥ずかしいんだよ……? ほら……ドキドキ言ってるでしょ……?」
柔らかな感触の奥から響く鼓動は確かに相当な速さで――っていやいやいやいや!
「そ、そうれすね!」
全力で手を振りほどいたオレはそのまま一歩後ろにとんでリリーちゃんから距離をとった。リリーちゃんはほんのり赤い顔で数秒もじもじした後、すぅっと息を吸ってケロリといつもの顔に戻る。
「ところでロイくん、買い物はいいの?」
さらりと話題を変えるリリーちゃんだったが……しかし、この話題が続くと更なるやぶへびになるような気もするし、何よりオレの頭の中がいよいよアッパラパーになりそうなので、意識を本来の目的に頑張って戻す……
「そそ、そうだね! えぇっと……そ、そうだ! うん、ペンライトは良さそうだけど――こ、個人的にはもうちょっと大きいと嬉しいかな! け、剣くらいに!」
「剣くらいってなると蛍光灯になっちゃうね。ペンライトをテープとかで上手にくっつけたりとかは?」
「な、なるほど!」
その後、頭の半分以上を占めた桃色ワールドを抑え込みながら買い物をなんとかこなしたわけだが……このままでは非常にまずい。
みんなの気持ちをちゃんと受け止めると決めたが――しかし! 正常な判断には誘惑に負けない精神力が――鋼鉄の精神力が必要なのだ!
なんとかしなければ……
「にゃあああああああ!」
女装ロイドことロロとリリーがショーに使う光る棒的な何かを買って帰ってきて、デルフさんに見せてくると言ってロイドがその足で会長のとこにでかけてった直後、スタスタとロイドのベッドの方に直進したリリーはそのままダイブして――奇声をあげながら布団の中でジタバタしはじめ――ちょ、なにこれ?
「ロイくんてばロイくんてばロイくんてばーっ!」
事あるごとにロイドのベッドに潜ろうとするリリーだけど、これはいつもと違うわね……
「いきなりあんなことしてくるんだもん、もぅもぅ! 変なスイッチ入っちゃってあんなことしちゃったよー! ふぁあ……えっちな子だって思われたよぉ絶対……」
「ちょちょちょリリーくん!? 聞き捨てならない言葉ばかりだぞ!」
ローゼルが布団をひっぺがそうとするけど、ベッドの上でくるまったリリーはごろごろじたばたしてて手が出せなくて……たっぷり二、三分、奇声をあげるリリーを眺めることになった。
「……はぁ……ロイくんの匂い……」
でもって、ようやく動きを止めて顔を出したリリーはそんな事を言いながらため息をつい――ふ、布団の匂いをかぐんじゃないわよ!
「……面白い商人ちゃんが見れたけど、それよりもさっき言ってた事が気になるねー。ロイドと何してきたのー?」
「……」
何かをやらかしたっぽい事をわめいてたリリーは少ししょんぼりした顔を覗かせてたんだけど……アンジュの質問を聞くとみるみるうちに……自慢気な顔になっていった。
「ふふん……うふふふ、ボクねー……さっき街で――ロイくんに襲われちゃったんだよ!」
ばばーんと、ロイドのベッドの上で立ち上がるリ――って何て言った!?
「後ろから胸を鷲づかみにされて――やん、揉みしだかれちゃったんだよ! うふふふ!」
「な、なんだその変態の所業は! ロ、ロイドくんがそんなことするわけないだろう!」
「どーせ事故みたいなものじゃないのー?」
「んふふー、まー鷲づかみにされちゃったのは事故だけどねー。でも――ロイくんがふにふにしてきたのはロイくんの意思なんだよー! ロイくんはボクが欲しくなっちゃったんだよー、うふふふふー。やっぱり一番付き合いの長いボクなんだよ!」
勝ち誇るリリーを表現しにくい顔で見上げてたローゼルは、真っ赤な顔でハッとして――あごに手をあてて考え出す。
「ま、まてまて……後ろからなのだろう? と、ということはロイドくんは自分が何に触れているのか見えなかったはず――そ、そうだとも! つまりあれだ、真っ暗な中で触れたモノが何かを確かめる為に色々いじくりまわすのと同じ理屈だ! べべ、別にリリーくんにヨ、ヨクジョウしたわけではないのだ!」
「うふふー違うんだなーそれが。だってロイくんてば言ったもん――「つい」って! つまり何に触ってるかわかった上で――きゃー、もぅ何言わせるのー?」
「ま、まだわからないぞ! ロ、ロイドくんに聞いてハッキリさせようではないか! とと、というかおそらく――ふ、ふん、その事故にあったのがわたしでもそうなったともさ!」
だいたいローゼルが偉そうでリリーがギャーギャーする事が多いから、今は珍しく立場が逆になってるわね……いえ、っていうか――
「……そういう事故はこの前のお風呂場のみたいのもあったわけだからこの際いいとして――リリー、あんたさっき言ったわよね……あ、あんなことしちゃったって……な、何したのよあんた……」
「! そ、そっちは秘密かなー……」
急に勢いが落ちて……なぜか左胸に手を当てるリリー。
「……え、えっちな子――って思われるとか言ってたけど……ふ、普段から抱き付いたりしてんだからとっくにそんな感じに思われてると思うわよ……? い、今更何を秘密にするのよ……」
「い、いつものはスキンシップっていうか――ハグだもんね! ちょ、ちょっとだけチュ、チューよりも進んじゃっただけ――だよ! むしろロイくんてばボクに夢中になっちゃうかもね!」
赤い顔で強がるリリー。前にアンジュが言ってたけど、リリーってそういう事を言うけど本人は相当恥ずかしがってるのよね……
「ま、まぁ何をやらかしたのかはロイドくんに聞けばわかるだろう……まったく、女装しているロイドくんなら何もないだろうと思ったのは甘かったな……羨ましい……」
「ロ、ロゼちゃん……み、みんなせ、積極的だね……あ、あたしも頑張らないと……」
「む、待てティアナ。自由自在にナイスバディに変身できるティアナは反則だぞ。」
「は、初めからナ、ナイスバディのロゼちゃんの方が……ず、ずるいと思うけど……」
「あーあー、みんなしてやらしーんだからー。」
「やらしーのはしりのアンジュちゃんが何言ってるの。出合い頭にパ、パンツ見せつけたくせに。」
「あ、あれこそついっていうか……あとでさっきの商人ちゃんみたいに転がったんだからー。」
「……何でみんなして――や、やらしい方向に走ってんのよ……」
ひ、人の彼氏相手に……!
「あー、たぶんこんな流れにしちゃったのはあたしだねー。」
前よりも桃色感が増してる会話の中、アンジュがあははと笑う。
「今商人ちゃんにも言われたけど――あ、あんな感じの事したからねー。でもあたしから言わせてもらうと、お姫様たちとロイドの輪の中に割り込むにはあれくらいのインパクトが必要だったんだなーって、今となっては思うんだよねー。実際、それキッカケでロイドは――あたしを友達って呼んでくれたわけだし。」
スカートの端をつまんでひらひらさせながらそんな事を言うアンジュ。確かに、今のこの空気の元凶はこのへそ出しミニスカ女かもしれないわね。
「だけどさー、たぶんあたしがやんなくてもいつかはこんな流れになったと思うんだよねー。手をつないだらギュッとして欲しいし、キスをしたらその先をして欲しくなる……そうやってったらドンドン……まぁやらしくなってくよねー。でもさっき優等生ちゃんが言ったみたいに、それが悪い事みたいにはあたしも思わないんだー。」
リリーがぐちゃぐちゃにしたロイドのベッドから枕をつまみあげて、むぎゅっと抱きしめながらアンジュは言った。
「結局、あたしたちはロイドとイチャイチャしたいだけなんだから。」
「何度見ても驚いてしまうね。よく似合っているよ、サード――いや、ロロ・オニキスくん。」
放課後と呼べる時間も過ぎているだろう時間帯だが、ここ最近は結構遅くまでショーの練習をしているから、いつもの練習場へ行けばデルフさんに会えるかもと思ってきてみたらやっぱりだった。
「なるほど、ペンライトか。上手く装飾すれば様になるだろうね。こういう細かい事はプルメリアくんが得意そうだ。」
本番を想定してのことか、制服ではなくスーツ姿でパリッと決まっているデルフさんはかなりカッコイイ。
「カッコいいですね、その格好。」
「……トラピッチェくんのアイテムは恐ろしいな。そうやって女性の声で言われると不覚にも男として嬉しく思ってしまうね。」
「えぇ……」
「ああ、その反応はサードニクスくんだ。」
ふふふと笑ったデルフさんは足元に置いてあったカバンの中から服を取り出し――ん? 女性モノ?
「当日のオニキスくんの衣装だ。女装という事がばれないように露出は控えめに、しかし女性らしさを忘れないシルエットのドレスだ。」
「は、はぁ……こんな服、誰が用意を……?」
「企業秘密だね。」
生徒会には謎が多いなぁ……と、ぼんやりしていたら、デルフさんの表情がすぅっと厳しいモノになった。
「マルフィ。僕なりにその名前で調べてみたよ。」
スピエルドルフから戻り、そして放課後の練習が始まった初日……オレはデルフさんが探している魔人族――紅い八つの眼を持つ魔人族について話した。
オレは直接見ていないからエリルたちから聞いた話をそのまま伝えたわけだけど……デルフさんの目標と言うからてっきり正義の側だと思っていたその魔人族はS級犯罪者の一人だった。
つまりここで言う目標とは――倒すべき目標という意味だったのだ。
「アラクネという蜘蛛の魔人族であり、魔人族の国であるスピエルドルフにて指名手配された後に僕ら人間の社会に入って来た女。その戦闘能力は尋常でなく、一般人は勿論のこと、ドルム、スローン、セラームといった騎士たちでは相手にならないとされ……無謀な死人を出さない為に十二騎士以上にしかその存在が知らされていないS級犯罪者。アフューカスという伝説のような存在を除けば、おそらく世界最強の悪党。」
「……それが、デルフさんの……」
「……ああ。簡単に言えば――復讐の対象だ。」
「ふく……」
「サードニクスくん。僕は君の生い立ちを知っている。つまり……《オウガスト》に助けられる前のことを。」
「……それも生徒会の情報網ですか……」
「……まぁ、色々なツテだ。そして君なら理解できるだろう……もしも目の前に、君の家族や友人を殺した者が立っていたら……どうするか。」
「――! じゃあデルフさんも!?」
「……少し違う。が、似たようなモノだ。大切な者を奪われたという点においてはね。」
「……その奪った者が……マルフィということですか……」
「ああ……今でも鮮明に思い出せるよ。」
苦い顔になるデルフさん。きっとオレとは違い、その光景をその眼で見た……のだろう。
「……今までは幼い頃の記憶を頼りに騎士になる理由を――強くなるをワケを胸に抱いていたが……サードニクスくんのおかげでより明確になった。」
「明確……?」
「マルフィと相対するには……十二騎士にならなければならないという事だね。」
「……騎士として一番上の目標ですね。」
「他人事のように言わないでくれ。その時、同じテーブルにはサードニクスも座っているような気がしてならないのだからね。」
ふふふと笑うデルフさんは一瞬前とは別の人のようで、ころりと話題を変えた。
「そうか。ペンライトで思い出したけど、サマーちゃんのコンサートが近いのだったね。」
「! デルフさん知ってるんですか?」
「勿論。僕らと同年代であるし……そもそも、僕は彼女のファンだからね。今度生で見られると思うと今からワクワクさ。」
「コンサート行くんですか?」
「いや、チケットがとれなくてね。できれば彼女のコンサートの演出を今度のショーの参考にしたかったけれどね。」
「? でも今、生で見るって……」
「おや、サードニクスくんは知らないのだね。彼女は今年、交流祭の参加校の一つであるカペラ女学園に入学したのだよ。まぁ、二年生としてだから編入や転入と言った方がしっくりくるかもしれないが。」
「えぇ? でも――アイドルですよね……」
「彼女はコンサートで自分の魔法を演出に使っているから、その技術の向上が目的なのではないかと噂されている。同時に身を守る術を身につけられるなら一石二鳥だろうしね。」
「勉強家というか努力家というか……すごいアイドルですね。」
「ははは。サードニクスくんの恋人も、そういう点では負けていないと思うけど。」
デルフさんがアイドルに興味を持つ人だとは思わず、マルフィの件といい、ここ最近、方向は違うけどデルフさんの色々な面を見ることができた。まだ終わってないけど、ショーに参加して良かったと思――
「おかえりロイドくん。」
部屋のドアを開けると、目の前にヒンヤリ笑顔のローゼルさんが立っていた。
「た……ただいまです……」
「一先ず元の男の子の格好に戻って、少し話をしようじゃないか。」
既にカーテンの引かれている部屋に入り、オレは自分のエリアにおずおずと――うわ、なんかベッドがシワくちゃに……ま、まぁいいか……着替えよう……
「さぁロイドくん、そこに座るのだ。」
着替え終わったオレは自分のベッドに座るように言われ……み、みんなに取り囲まれた。
「聞いたぞロイドくん。リリーくんの……む、胸をその……ふにふにしたそうだな……!」
「びゃっ!? そ、その話……ですか……で、ですよね…………は、はい……」
「ここで大事なことはそれが……そ、それをそうと知った上でやったかどうかなのだ! どど、どちらなのだ!」
「ど、どちら?」
「つ、つまり――うっかり触ってしまったそれをむ、胸と知った上で手を動かしたのか、何に触れているかわからずにやったのか――という事だ!」
ものすごい質問が来た。詳しく聞かれた事で頭の中にあの時の事が詳しく思い出され……感触とリリーちゃんの顔がフラッシュバックする……ど、どっちだったかといえば……
「え、えっとそれは…………ぜ、前者です……」
「んなっ!? でで、ではロイドくんはリリーくんの胸を揉みしだこうという意思で揉みしだいたのか!!」
「れ、連呼しないで下さい!」
「でもさーロイドー。よく触ってるのが胸ってわかったねー。もしかしたらお腹のお肉かもしれないのにー。」
「ボクそんなにお肉ついてないよ!」
「う、うん、リリーちゃんはスリムだから……あぁいや、というよりは……」
「よりはー?」
し、しまった……スリムだからで止めておけばよかったのに、オレの馬鹿たれ!
「よーりーはー?」
ずずいと覗き込んで来るアンジュ……うぅ、これは言わないといけない感じだぞ……
「えぇっと……そ、その……ま、前にエリルのを――さ、触ってしまった事もありますし、お風呂場の時に……ロロロ、ローゼルさんのも――ちょちょ、直接触ってしまったりしていますので……む、胸の感触がどういうモノかわかってしまっているので……す……」
うわあぁっ、言ってしまった! 変態だぞ、オレ!
「うわー、ロイドったらやらしーんだー。」
覗き込む姿勢のままぷぷぷと笑うアンジュ……
「はい……オレはエロロイドでスケベロイドです……」
笑いながらアンジュが覗き込むのをやめて顔を引っ込めると、その後ろには腕組み体勢で顔を真っ赤にしたローゼルさんがいて……
「にゃ、にゃるほど……! スケベロイドくんのけ、経験のたまものというワケか! ふふ、普段はすっとぼけた顔をした鼻血ったれのクセに、い、いきなりそういうのが発動するのはどういう事なのだドスケベロイドくん!!」
スケベからドスケベにランクアップ――いやダウンした……
「どど、どういう事と言われますとあの――い、いつも言っているようにですね……オ、オレも男なのでそういう時にはそういう事になってしまうといいますか――ご、ごめんなさい!」
ベッドの上でしゅばっと土下座をし――ようとしたのだが、いつの間に背後にまわっていたリリーちゃんにガシッと肩を抑えられた。
「うふふー、いいんだよーロイくん。触られた――ふにふにされたボクがいいよーって言ってるんだから大丈夫だよ。ボク相手だったら、ドンドン「そういう事」になっていいからね?」
「びゃあっ! だだ、ダメですリリーちゃん! 今の話題の中でせ、背中に押し付けるのはまずいです!」
「リ、リリーくん! このハレンチ商人め!」
「とかなんとか、ローゼルちゃんだって同じ立場だったら同じようにするクセに。」
いつも以上に二人にぐいぐい挟まれて大変な事になりながら、アンジュの企み顔とエリルのムスり顔を視界におさめ――あ、あれ? ティアナが過去に例がないくらいに真っ赤ですけど……
「ね、ねぇロ、ロイドくん……か、確認していいかな……」
「はぅわ! は、はひ、なんでしょうか!」
「た、確か前に……あ、あたしたちからしたりロイドくんがしちゃったりした事は――い、今の恋人のエ、エリルちゃんにもやるって事にしたんじゃ……なかったっけ……?」
「――!!」
ハッとしてエリルと目が合った。そして――こ、これは本当にしょうがないのですけど! オ、オレの目線は下へ降りて……エリルの……胸に……
「――!!!」
「びゃ、あの、エリル、あの!」
「こ、このばかぁああぁぁっ!!!」
「おや、兄さんの武器を破壊したゴリラが何の用ですか。」
「俺様の知る限り、俺様にそこまで辛辣なのは妹ちゃんだけだな。」
田舎者の青年がルームメイトに燃やされている頃、フェルブランド王国の王城内にある国王軍専用の食堂にて夕食を食べていた青年の妹の前に筋骨隆々とした男が座った。
「武器に関しちゃ悪いと思うが、元は俺様が大将にやったモンだしな。それに、あの頃は大将も弱っちかったから自動回復の魔法を組み込ませたが、セイリオスに入った今となっちゃ過保護な感じもあるしな。ちょうどいいタイミングだったろうさ。」
「……『イェドの双子』の剣を使えばいいと? 機能は認めますけど、あんな大量殺人鬼の剣を兄さんのメイン装備にするのは抵抗があります。」
「《オクトウバ》に調べてもらったが、これと言って妙な位置魔法はかかってなかったし、大将が気にしなければオッケーだろうよ。」
「まぁそうですけど……それで、どうしてここに?」
「大将の事だから妹ちゃんにも電話とか手紙で話してるだろうが――」
「マトリア・サードニクスについてですか? 兄さんにはこれを渡していますから、一件の翌日には聞きました。」
「風魔法で遠くの奴と会話するマジックアイテムか。いいもん持ってるな。」
「これでもセラームの端くれですから。それで、彼女がどうかしましたか?」
「どうっておいおい、大事な事だろう? 今の時代にそれを出来る奴がいるかどうかっつー魔法を使って子孫を見守るおばあちゃんだぞ? それに、サードニクス家に代々受け継がせているモノがあるって話だし。」
「……正直先祖が誰でも別にどうでもいいのですが……そうですね。大昔の禍根が原因で兄さんによくない事が起こる可能性がありそうだというなら、調査は必要ですね。」
「ありありだと思うがな。」
そう言いながら、筋骨隆々とした男は分厚い本をテーブルに置き、とあるページを開いて青年の妹に見せた。
「! まさか……最後の代の分家――いえ、こちらの方は彼女で途絶えている……」
「ああ、メインは有名なこっちの家系だ。だが嫁入りして家を出たマトリアもれっきとした一員だ。」
「……何かの記述ミスでは?」
「それを確かめる方法は一つ。大将か妹ちゃんにアレを持ってもらえばいい。」
「……あるんですか?」
「都合のいい事に、この街一番の武器屋に三本の剣の内の一本がある。そこらの騎士が触らせろと言っても渋るだろうが、俺様が言えば問題あるまい。ということで、今からちょっくらデートといこうじゃないか。」
「……この後は訓練しかありませんので、予定を入れる事は可能ですが……これで「はい」と言ったらデートという事になるので嫌です。」
「難しい年ごろだな。大将はあんなんだが、妹ちゃんにはそういう話はないのか?」
「何の事ですか。」
「色のある話だ。気になる男とかいないのか。」
「セクハラです。訴えますね。」
「だっはっは。その程度の訴えなら手慣れたモノだ。ま、俺様とだけってのが嫌なら適当に誰か連れていくぞ。最近、うちのメンバーにも紅一点が――」
「スプレンデスがいるじゃないですか。」
「あれは女だが女じゃないからな。正真正銘の女性はオリアナが唯一だ。」
「……いいですよ。自分とゴリラの二人で。こんなどうでもいい事に真面目なあの人を巻き込めません。」
「オリアナ的にも興味のある話だと思うがな。今いくつだった忘れたが、あの家系が一つ増えるかもしれないんだからな。」
「自分にはどうでもいいですし、兄さんにいたってはスピエルドルフとのつながりの方が大きいですから、今更些事です。さ、とっとと済ませますよ。」
「だっはっは、違いない。」
『あらあら、ついにロイドくんに押し倒されたのね?』
「なんでそうなるのよ!」
燃やして殴り飛ばしたロイドを部屋に置いてきて、あたしは一人女子寮の外でお姉ちゃんと話してた。例の緊急連絡用のマジックアイテムを使ったんだけど、お姉ちゃんが開口一番にへ、変な事を言ったから思わず叫んでしまった。
『エリーが連絡してくるなんてロイドくん絡みだろうからてっきり。それでどうしたの? そうは言ってもやっぱりロイドくん絡みなんでしょう?』
「……そ、そうだけど……い、今大丈夫……?」
『大丈夫よー。そもそも妹の恋の相談っていうのは、姉にとって最優先事項になっているからいつでもいいのよ。まー、お姉ちゃんも恋愛の経験はほとんどないからアレだけど、とりあえず話してみなさい?』
「え、えっとね……その……さ、最近ロイドが……ス、スケベになってきたっていうかなんていうか……」
『やっぱり押し倒されたのね!』
「違うわよ! い、色々と――前よりはって事!」
『あらそう。でも――お姉ちゃん的には今までそうじゃなかった事がちょっと不思議だわ。ロイドくんの身になって考えてみて? 好きな女の子が同じ部屋にいて、カーテンの向こうで着替えてたりするのよ?』
「……た、確かに……ロ、ロイドも実は……な、なんか色々我慢してたっぽいような事い、言ってたけど……」
『あはは、そういう事をエリー本人に言っちゃうところがらしいわね。きっとその我慢してた理由って、エリーを傷つけない為とか、エリーに嫌われたらどうしようとか思ってたからって感じよね?』
「う、うん……」
『それで――そう言われたエリーはどうしたの?』
「――! べべべ、別にいいんじゃないって……」
『あらあら! んまーエリーったら大胆!』
「そ、そんなんじゃ――」
『あら? でもそれならそれで解決じゃない。あとはロイドくんとイチャイチャラブラブ――まぁあんまり過激なところまでいくのは学生の身にはちょっとって思うけど、好きなだけすればいいじゃない。それでロイドくんが最近スケベってこの話の流れだと今更…………もしかしてロイドくんが意外な性癖の持ち主だったとか?』
「違うわよ! そうじゃなくて……あ、あたし……以外の女の子にって事……よ……」
『あらあら、それだとちょっと話が変わるわね。そう、じゃあ一先ず確認するけど、エリーとロイドくんのラブラブ関係は絶賛進展中なのね?』
「ラブ――ふ、普通よ普通!」
『ふぅん? まぁお姉ちゃん、実際エリーとロイドくんがどこまで進んでるのー? なんて質問は我慢してしないわ。そして今のエリーの悩みは、大好きなロイドくんが他の女の子にやらしい事をするようになったってこと?』
「だいす――そ、そんな直接的っていうんじゃなくって……べ、別にロイドから何かをしてるわけじゃないんだけど……事故みたいのでついみたいな……そういうのが起きて、この後もありそうっていうか……」
『?? きっと今、顔を真っ赤にしてるエリーにきっちり説明してもらうのは難しそうだけどなんとなくわかったわ。結論から言うと、ロイドくんは変わってないわね。突然スケベになったわけでもないわ。』
「そ、そうなの……?」
『さっき言ってたでしょう? エリーに手を出さなかったのは我慢してたからって。つまりロイドくんは良く言うと紳士で悪く言うとへたれだけど、その内側にはちゃんとした――女の子への興味っていうのがあるのよ。それが最近、エリー以外の女の子相手にも引き出されるようになったってことは――あらあら、意外と深刻ね、これ。』
「し、深刻?」
『そうよ。つまりロイドくんと他の女の子の関係……親密度って言えばいいのかしら。そんな感じのモノが、ロイドくん的にスケベな事をしても大丈夫かなーって思えるくらいに深まったって事になるわ。あ、勿論無意識的にね。意識してやったらそれはもうスケベ魔人の出来上がりだから。』
「――! あ、あたしどうしたら……」
『どうもしなくていいと思うけど。』
「だ、だって――」
『エリー、あなたは気づいてないかもしれないし、たぶん本人も気づいてないけどお姉ちゃんにはわかるのよ。ロイドくんって、エリーにベタぼれなの。』
「ベタ――!? な、なんでお姉ちゃんにわかるのよ……」
『これでも人を見る目はあるのよ? まぁお姉ちゃんもちょっと調べてみるわ。』
「何を……?」
『この先登場しそうな女の子をよ。スピエルドルフの女王もそうだったし、フィリウスさんから七年の旅における交友関係を吐かせ――聞き出しておくわ。』
今やフェルブランドにこの人ありっていうのに数えられてるらしいお姉ちゃんが言うと迫力がある――ような気がするわ。
「お、おかえりなさいませ……」
ついでにここ最近の色々な話をしてお姉ちゃんとの通信を終え、部屋に戻るとロイドがおずおずとそう言った。
「……なんかこういうパターンが増えてる気がするわ。」
「すみません……」
つまり、ロイドがあたしじゃない誰かに何かをやらかしてあたしに謝るみたいなパターン……
「あんたは――」
ふと、さっきお姉ちゃんに言われた事が頭をよぎる。ロイドがあたしにベタ――
「――あたしの……な、なにが……どど、どれくらい……好きなの……?」
「そ、それはオレがエロロイド過ぎるからエリルへの……こ、好意――が、疑わしいということでしょうか……」
「べ、別にそんな風には思ってないわよ! な、なんとなくよ……あ、あと……ティアナがい、言ってたことだけど……や、やるの……?」
――!! だ、ば、あ、あたし何言ってんの!?
「え、えぇっと……じゅ、順番に答えますけど……その――」
波乱の後、予想外と言えばそうであるが予想通りと言えばそうでもある状況にすっとぼけた男の子とムスッとした女の子がなっている、夜もだいぶ深まった頃、とある場所にあるとある建物の大きなテーブルにバラバラ死体を並べているフードの人物がいた。
「なんでさぁ、それ。夜食っすか?」
「これを見てその質問とはな……しかし本当に何をしているのだ? 見たところ、一人の人間の部品ではないな?」
『……そもそも二人はなぜここに? 恋愛マスターを探しに行ったのではなかったか?』
テーブルの置かれている部屋が手術室のような場所であったならまだ考えが及びそうだが、フードの人物と太った男と老人がいるのはディナーを楽しむような部屋であり、そのテーブルに並ぶ腕や脚、心臓、眼球といった人体の部品が放つ場違い感を凶悪に増大させている。
「ちょっとした小道具をとりにな。ヒメサマがあっちでぐーすか寝ているからお主はどこにいるのだろうと思ったらこの有様だ。興味がわいて当然であろう?」
『まぁ、確かに。早めに言っておくが、これを食べると最悪死んでしまうぞ、バーナード。』
「え?」
少しよだれを垂らしている太った男がマヌケな顔をフードの人物に向ける。
「残念でさぁ……見るからに上等なのに。どれもこれも内側から力がにじみ出てるでさぁ。」
『さすが、よくわかるな。ああ、ちなみに空腹だというならザビクがよく使っていた部屋に行くといい。置き土産がある。』
「なんでさぁ?」
『《ジューン》が中心に対応しているが、ザビクが死んだ事でザビクが生命力のストックとしていた人間にかけていた魔法を解除できるようになったことは知っているか?』
「え、術者が死んでも勝手に解除されないほどに強力な魔法だったんでさぁ? はぁー、そこら辺はさすがでさぁ。」
『大多数は自分が魔法にかけられていた事も知らなかったわけだが、それとは別に確実な確保を一定数していたのだ。閉鎖空間で天国のような監禁生活を与えてな。』
「矛盾しているが……いや、ザビクの幻術を使えば可能か……もしや、その一定数のストックがその部屋にいるのか?」
『その場所に至る入口がある。ストックの魔法同様、監禁に使用されていた魔法も切れていない。正直、そこに住んでる人間の処理に困っていた。』
「迷惑な置き土産だな。そんな生贄専用の人間ではワレの実験にも使えぬだろう。」
「女とか子供もいるでさぁ?」
『子供はわからないが、男女比は同等だったな。』
「わかったでさぁ。」
そう言うと、太った男はのしのしと部屋から出て行った。
「……それで、それはなんなのだアルハグーエ。」
『アフューカスのおもちゃだ。数百年前、今のケバルライやバーナードと同じ立場にいた悪党連中にちょっとした力を与えた事があってな。その内の、子孫経由で現代まで残ったモノがこれだ。』
「ほう。きちんと子供を作る悪党もいたというわけか。」
『組織的な悪党ならよくやっている。今のメンバーは個人経営が多いようだが。』
「ワレは作っているぞ、子供。」
『初耳だな。所帯持ちだったとは。』
「そうではない。より正確に言えば、ワレのみでワレ好みに、という意味だ。」
『なるほど。』
「それで、このおもちゃをどうするのだ? 回収して捨てるだけならワレが欲しいところだが。」
『捨てるだけなら回収はしない。目的ありきだ。』
「ふむ、もっとも――」
そこで老人が言葉を止めたのは遠くの部屋から悲鳴が聞こえたからであるが、少し顔をあげただけで、二人は会話を続けた。
「なにやら、ヒメサマには悪巧みがあるようだな。」
『悪だからな。』
「くく、是非とも、ワレらを殺す前にそれを見せて欲しいものだ。」
『随分と気楽だな。』
「ザビクが死に、ヒメサマとお主を除けば最年長のワレが思うに――」
くるりと背を向け、扉の方に向かいながら老人は言った。
「優れた悪党は、その終わりを迎える事がとても難しいのだ。」
お風呂場の一件を除けば過去最大の状況だったと思うのだが、妙にスッキリというか、あたたかい心持ちというか……これが愛なのだろうか。
「今日は動きにキレ――いや、艶かな? なにかいい事でもあったのかな?」
「いや――いえ、はい。そうですね。」
最近は朝の鍛錬を欠席してデルフさんとショーの朝練にいそしんでいる。ずばり言い当てられたオレは、しかし正直に話すわけにもいかないので……もともと今日話す予定だった事を話した。
「実はこれが。」
「おや、サマーちゃんのライブのチケットだね? それも……おお、一番いい席じゃないか。どうしたんだい?」
「えぇっと――リリーちゃんのツテというかなんというか……リリーちゃんが欲しく手に入れたわけじゃないけど手に入っちゃったと言いますか……」
「ふむ? まぁ詳しい事は聞かないでおこうか。」
「は、はい……で、でもリリーちゃんはアイドルに興味がなくて、オレは行ってみたいから一枚はもらったんですけど、もう一枚の貰い手がいなくて……」
「ははぁ、なるほど。ロイドくんとデートとあれば『ビックリ箱騎士団』の面々で奪い合いだろうけれど、今回はアイドルのコンサートだからね。ロイドくんと一緒に可愛い女の子を見に行くのだから、相当に微妙なデートになってしまうね。」
「そ、そんな感じのような感じ――です。だ、だからデルフさんに一枚をと……」
「や、これは素直にうれしいね。魅せ方の研究も兼ねて一緒に行こうか。明後日――交流祭の前々日だからちょっと遅いかもしれないけれど。」
「それでもいかないよりは。それに単純にアイドルに興味がありますから。」
「そうか。なら……うん、あとで届けさせるよ。」
「? 何をですか?」
「予習用の教材だね。」
あんなことをした次の日なのに、普通に――いえ、いつもよりもいい雰囲気でロイドにおはようと言えたのはなんでなのかしら……ま、まぁいいことだわ。
「やはり、おれの格闘術はクォーツさんの『ブレイズアーツ』と相性が良いようだ。攻めの姿勢と炎の爆発力は方向性が同じだからな。」
最近はロイドが欠席してる朝の鍛錬で、首輪付きのカラードがそう言った。
「……性に合ってるっていうのは確かにあるわね。あんたはこれ、誰に習ったのよ。」
「そうだな……ざっくり言えば、運がなくて活躍の場を得られなかったものの、その実力は本物であるとある騎士に。」
「なによそれ。」
「ふふ、しかしおれの師匠も驚くだろう。おれに叩き込まれた体術が十二騎士の体術とこうして融合していっているのだから。」
きゅっきゅっと足を動かし、ロイドの体術の基本の動きをなぞるカラード。
「直線的なおれの体術と円を描くロイドの体術では相性が悪いかとも思っていたのだが、うまくいくものだ。ロイドに新しい力をありがとうと言われたが――こちらこそだ。これで、おれはまた一歩理想の正義に近づいた。」
「そういえばブレイブナイト、君のルームメイトのアレキサンダーくんもこっちに来られそうという話がこの前あったが、どうなったのだ?」
カラードがいる事で、大抵カラードと一緒にいるアレキサンダーもあたしたちの……輪っていうのかしら。そういうのに入る機会が多くて、だから朝の鍛錬も一緒にどうかって事で寮長さんに話してみるって事になってたんだけど……
「ああ、あれか。おれと同じように首輪をつけてという事自体はオーケーなのだが、いかんせんそろそろ人数が多いのではと指摘を受けた。」
「むぅ、確かにな。これはいよいよ部活としての申請と活動の場が必要になってくるな。」
「ああ。特にアレクが得意とする強化――それも瞬間的に爆発的な強化を行うあの技を皆で学ぼうと思ったら庭に穴があいてしまう。」
「しゅ、瞬間……的な、きょ、強化……?」
「マリーゴールドさんとの試合では完全にペースを持っていかれていたし、近距離戦にはならなかったからいまひとつ発揮されなかったが……アレクの特技はそれなのだ。」
「具体的にはさー、どんなふーにすごいのー?」
「そうだな……瞬間的に強化魔法を集中させる事で攻撃がヒットする瞬間のみ、カンパニュラさんがクォーツさんとの戦いで受けた『メテオインパクト』クラスの威力を攻撃に持たせることができる――という感じか。場合によっては連発できる。」
「げー、あんなのがー?」
「変な顔であたしを見るんじゃないわよ。」
……なにかとロイド絡みでドタバタするけど、このメンバーでお互いに強くなっていけるっていうのは結構いい環境だと思う。
高度な体術を使う者、工夫をこらした魔法を使う者、珍しい武器を使う者、滅多にないトリッキーな戦法の者……みんなでそろって模擬戦を繰り返すだけでたくさんの経験を得られるし勉強になる。
ランク戦からしばらく経った今、あれから自分がどれだけ強くなったのか……交流祭で確かめていきたいわね。
「……交流祭にも、色んな特技を持った奴が来るんでしょうね。」
「おやエリルくん、いつからそんな戦い好きに?」
「そんなんじゃないわよ……」
「まぁ時期も時期だし、そもそも毎年のイベントだからな。最近他校の噂をよく聞くが……どの学校にも猛者がいて、やはり生徒会長が強いようだ。」
「や、やっぱりほ、他の学校にもあるんだね……生徒会……ふ、二つ名とかも、う、うちの『神速』みたいに強そうなのかな……」
「確かプロキオン騎士学校の生徒会長は『女帝』だったな。」
「強そうじゃなくて偉そうだねー。商人ちゃんは他校の情報とか持ってないのー?」
「ボクは情報屋じゃないもん。でも『女帝』でもなんでもいいけど、なんだかんだうちの生徒会長が一番強いんじゃないの? だって二年連続でセイリオスが一番なんでしょ?」
「おれはそうは思わないな。特に今年は。」
神妙な顔で腕を組むカラード。
「要するに、会長と同世代の他学校の面々は一度も一番になった事がないわけだろう? 今年が最後のチャンスとあれば、最後くらいは勝利したいじゃないか。特に、現在会長と同じ立場――他校で会長をやっている者のモチベーションや気合は相当なモノだと思うぞ。」
「おしお前ら、準備は万端か!」
ここにも気合の入ってる人がいたわ……
「先生、テンション高いですね。」
「何言ってるんだサードニクス。交流戦――ああいや、交流祭が目の前なんだぞ? 大きく括れば学校同士の戦いであり、小さく見れば生徒同士の戦いなわけだが……中くらいで見ると私ら教師の戦いなんだ、そりゃテンションも上がる。」
「あー……そうか、そうなりますね。教え子同士の戦いですもんね。」
「中には交流祭でうちの学校が一番になったら飯をおごるとかいう約束をしてる先生もいるくらいだ。」
「もしかして先生もご褒美を?」
「私がやるならそっちとは逆だな。」
「えぇ?」
「一番になれなかったら罰ゲームってのでどうだ?」
「嫌ですよ……」
……今思ったけど、先生って……いえ、ロイドが話しかけるからそうなるのかもしれないけど、二人ってよくしゃべってる気がするわ。
「ま、この前も言ったがいい勉強になるからな。戦いは強制ってわけじゃないが、教師としてはオススメして――」
「おーおー、ホントに教師してんぞ!」
突然教室のドアが開いて、誰かがそんな事を言いながらずかずか入って来た。
「あっはっは、スーツ姿が似合わない事この上ないな!」
「? グロリオーサ?」
先生が半分驚いて半分困惑って感じの顔を向けたその人物は、男らしさがにじみ出るオシャレっぽい女だった。ショートカットの黒髪にギザギザの模様が入った中折れ帽子を乗せ、ボタンを一、二個外したシャツに緩めのネクタイを通してジャケットを羽織り、下は七分くらいのクロップドパンツにハイヒール。パッと見、街を颯爽と歩くカッコイイ女って感じなんだけど……なんていうか、獲物に狙いを定めたい獣みたいな鋭い眼と妙に尖って見えるギラリとした歯が、この女が普通の女じゃないって事をアピールしてる。
「そういや軍の服着てないルビルは初めて見たかもな。」
先生からあたしたちへぐるりと首を動かした女は、あごに手を当ててふむふむうなる。
「あー、やっぱ白い制服ってカッコイイな。うちの校風にも結構合うと思うんだよなぁ、どう思う?」
「……どうでもいいし、これから授業なんだが。」
「おー、まるで教師みたい――っと、教師だったな。いやなに、すぐにすむ野暮用だからちょっとだけいいだろ?」
「交流祭まで待てないのか?」
交流祭? ってことはあの女は……学生なわけないから、他の学校の先生とかなのかしら。
「別の用事でこっちまで来たんでな。ついでだから交流祭の前に話をしとこうってわけだ。どうだルビル、一つ勝負をしないか?」
「お前と私が?」
「勿論、教師としてな。互いの教え子の力を競うのさ。」
言ってる傍からってやつね……教え子同士のバトルをしようって話だわ。
「……最終的な各校のランキングで勝負か?」
「いや、そうじゃない。教師の実力ってのはクセのある生徒相手の時こそ、その指導力が試されるもんだろう?」
「……平凡な奴を実力者にするのも大事だと思うが……」
「そりゃ確かだが勝負としちゃ地味でつまらないだろ? ちょうどいいのがうちにもそっちにもいるんだよ。聞いてんだぜ? セイリオスには何かと話題の尽きない新入生がいるってな。」
「あー……」
直接見はしなかったけど、先生の意識は教室の一番後ろであたしの隣に座ってる奴に向いた……気がした。
「これまた話題の尽きない十二騎士、豪放磊落にして確かな最強の一角――あの《オウガスト》が長年隠してた弟子! 『コンダクター』って呼ばれてんだろ? そいつとうちのを戦わせようぜ!」
あぁ、完全にロイドだわ……
「…………ちなみにお前のクセのある生徒ってのは?」
「ああ、あたしの弟だ。」
「はぁ? 部外者を交流祭に参加させる気か?」
「んん? 何言ってる、ちゃんとしたうちの生徒だぞ。」
「いや、お前のとこ女子高だろう。」
「無理やりねじ込んだ。わが校初の男子生徒ってわけだ。」
「無茶苦茶だな……そうまでして自分の学校に入れた理由ってのがその「クセ」なわけか?」
「ああ。一年の時は別んとこ通ってたんだが、ある能力が目覚めたんでな。あたしが指導する為にカペラに引っ張った。」
どうやらあの女はカペラ女学園の先生みたいね。でもって彼女の弟が……無理やり女子高に転校させられたって話よね……今のだと。
「一年の時? おい、それじゃあそいつは二年生って事か? 『コンダクター』は一年生なんだぞ?」
「勝負にならないってか? でも教えてる人間が元国王軍指導教官なんだぞ? 対してあたしはただの校長先生……ちょうどよくないか?」
こ、校長!? じゃああの女、カペラ女学園の校長なの!?
「『豪槍』のグロリオーサがよく言う。まぁ、最終的には本人次第だが……その能力ってのは? 魔眼か?」
先生の質問に待ってましたと言わんばかりのニヤリ顔を返した女はこう言った。
「あたしの弟、イクシードだったんだ。」
? いくしー……?
「……三人目か。」
よくわからない単語だったけど、先生の顔はかなり真剣だった。
「ああ、興味あるだろ? なぁやろうぜ、勝負。」
「……さっきも言ったが本人次第だ。貴重な経験になるって事は認めるがな……」
「多少の脈有りなら今は上々だ。当日に返事を聞かせてくれ。」
「返事って……お前の事だから勝ったらどうとか言うんだろう? 先にそれを聞いておかないとな。」
「ふふ。あたしとしては、うちが勝ったらルビルをうちの教師に迎え入れるってのを勝利報酬にしたいところだ。」
「馬鹿言え。」
「そうあっさりと断られると傷つくな……ま、考えておいてくれ。」
「じゃあお前も、うちが勝ったらこっちに来て教師やることを考えておけ。」
女がきししと笑いながら教室から出ていくのをやれやれという顔で見送った先生は、くるりとその顔をロイドに向けた。
「だとさ。」
「えぇ……」
見るからに嫌な顔をしたロイドはしぶしぶ顔で先生に質問する。
「……で、先生。イクシードって何ですか?」
「なんだ、やる気満々か?」
「いやぁ、そりゃあ折角の交流祭ですから、きっちり三回戦ってみようと思ってますし……もしかしたら偶然たまたまさっきの人の弟さんと戦うかもしれませんし……」
「そうだな。ま、グロリオーサの話は気にすんな。何かと勝負勝負うるさい奴なんだ。」
「同じ槍使いだからですか?」
「歳が近いのもあるな。そのせいで昔は――まぁいいや。イクシードについてだったな。ありゃとある体質を指す言葉だ。」
「体質?」
「第十二系統――時間魔法を使える奴はそれ以外の系統を使えないだろ? だけど稀に使える奴がいて、その体質を――確か、時間の檻を超える者みたいな意味合いでイクシードって呼ぶようになったんだ。グロリオーサの話が本当なら、あいつの弟は歴史上三人目のイクシードって事になる。」
「えぇ、それって反則じゃないですか。全部の系統を使えるって事ですよね?」
「いや、そうはならない。使えるっつってもせいぜい一つか二つ…………いや……でも前例が二人だけだからなぁ……もしかしたらサードニクスの言うように全系統を使えるのかもしれない。」
「反則の可能性があるんですね……」
「そう身構えるもんじゃないだろ。それに、お前は史上二人目の曲芸剣術の使い手なんだからレア度で言ったら上だぞ?」
「いや、レア度は関係ないですよ……」
「グロリオーサ・テーパーバケッド。通称『豪槍』。わたしのような、第七系統を得意な系統とする女性騎士なら誰でも知っている人物だ。どこかの学校の校長というのは聞いていたが……カペラ女学園だったとは知らなかった。」
授業と授業の合間、毎回前の席から一番後ろのあたしたちの席までやってくるローゼルがさっきの女について話した。
「水や氷の魔法というのは綺麗なモノが多いのだが、『豪槍』のそれはその名の通りの豪快さで、火も無いのに爆発が起きると聞く。」
「どういう魔法よそれ……でもここと同じで名門って言われてるカペラ女学園の校長なんだからそれくらいはできそうだわ……」
「でもカペラってお嬢様学校だよ? 前にセイリオスと同じような商売の契約をしようと思った時も、身分のよくわからない人はお断りって門前払いだったし……そんな学校の校長があれなの?」
「お嬢様学校ではなく、お嬢様学校風の騎士学校という表現が正しいな。あくまで騎士の学校であるわけだから、やはり校長にはあれくらいの人物が適任なのではないか? 確かカペラのモットーは「男に負けるな」だったしな。」
「えぇ……」
「男女平等の世の中とはいえ、騎士の世界にも男社会の名残はある。そんな中でも立派にやっていく強い女性騎士を育てる場所がカペラなのだ。ついでに淑女の立ち振る舞いも教えて一人前のレディーにもする。」
「ああ、それでお嬢様学校なのか……でもそれなら……どうしてみんなはカペラに入らなかったの?」
「騎士の学校としてはやはりセイリオスが一番だからな。それに、この多感な時期に一切出会いのない女子高というのはどうなのだろうと思ったのもある。」
パチリとロイドにウィンクするローゼル……
「……あたしも、騎士になるならセイリオス一択だと思ってたわ。」
「あ、あたしは……ちょ、ちょっと……首都にあるっていうのが……いいなぁって……」
フィリウスさんに放り込まれた口のロイドがほほーっていうまぬけ面をしてる横で、ふとリリーが呟いた。
「……あれ? 今思えばカペラの対応が普通だよね……ボクって親無し家無しの孤児みたいなもんだし……なんでここの学院長はボクが商売するのを許可してくれたんだろう?」
五年前に今の《オクトウバ》が壊滅させた、第十系統の位置魔法の使い手だけで構成された暗殺者集団『ウィルオウィスプ』のメンバーだったリリーは親を知らないし、当然家もない。
……これ関係の話って、リリーにとっては聞きたくないし聞かれたくない部類の話のはずだったんだけど……ロイドに聞かれた時点で吹っ切れたっていうか、ロイドが気にしなかったからどうでもよくなったのか……割と普通に話題にできるモノになったのよね……これ。
「リリーちゃんの商人としての腕を買ってくれた……とか?」
「ほとんど二つ返事だったよ?」
「……もしくはあの校長の事だ、こうしてリリーくんが生徒になることを見越していたのかもしれない。」
「にゃあ、校長先生って予言とか予知の魔法も使えるらしいからね。」
最近、話してる途中でいつものメンバーじゃない誰かが話に入って来ることが多い気がするわ。
「カルク? どうしたの?」
あたしたちの傍にいつの間にか、相変わらずネコの耳みたいなくせっ毛と謎の尻尾をスカートの中から伸ばしてる、放送部員にしてあたしたちと同じAランクのカルクが……なんか大きな箱を持って立ってた。
お昼を一緒に食べたりはあんまりしないんだけど、ランクごとに分かれる授業の時は一緒だからそこそこしゃべる。
「にゃぁ、おつかいだよ。部長が持って行ってって。」
「部長っていうと……えぇっと、放送部の? ということはアルクさん?」
「そう。生徒会長から頼まれたからあたしに渡して欲しいって。」
「えぇ? アルクさんがデルフさんに頼まれたの?」
「部長って、生徒会の広報担当でもあるからね。」
「へぇ。ありがとう。」
「うん、また授業でねー。」
ひらひらと手を振って教室を出ていくカルクを、少し不思議な顔で眺めるローゼルが呟く。
「そういえば彼女はロイドくんに惚れないな。」
「な、なに言ってるんですかローゼルさん!」
ローゼルの呟きにワタワタしながらカルクが持ってきた箱をあけるロイド。全員で箱の中を覗くと、そこには予想外のモノがどっちゃりと入っていた。
「む? なんだこれは? 何の機械だ?」
「ガ、ガルドの……機械だよ……お、音楽を聴く為の……」
「ほう、こっちで言う所のメロディクリスタルか。」
物珍しいそれを手にしてあちこち触るローゼルにリリーが説明する。
「そっちの円盤がCDで、その機械がプレイヤー。フェルブランドは魔法でなんでもやっちゃうから水晶の中に音楽を録音する形が一般的だけど、世界レベルで見るとこっちの方が主流だね。ちなみにこのCDは――サマーちゃんのCDだね。」
「ん? リリーくんとロイドくんがゲットしたというチケットの? そのアイドルの曲の入ったしーでぃーとやらが何故にロイドくんの元に?」
「……今日の朝練の時に話してコンサートにはデルフさんと行くことになって……その前に予習が必要だからって、何かを届けるとは言ってたんだけど……」
「コンサートの前にサマーちゃんの曲を聞いておこうって事だね。でもロイくん、これサマーちゃんのCDが全部入ってるよ? おまけにラジオのCDもあるし……わ、写真集まであるよ?」
「……もしかしてデルフさんって、サマーちゃんの――すごいファン……?」
騎士物語 第六話 ~交流祭~ 第二章 階段
特に考えずに設定していましたが、国によって技術の向上方向が異なるので……フェルブランドの方々が妙に古い人に見えてきました。
違う方法でできるからその技術が必要ないというだけなのですが。