旧作(2018年完)TOKIの神秘録二部『学園のまにまに』
短編集12話です。
今作の短編は主人公が人間なので神が見えません。
つまり、神様フィルターは機能しないという事です笑。
高校生望月俊也は超常現象が大好き。
大好きすぎて部活を作った。それは『超常現象大好き部』。
安易に作ったこの部活だが実はとんでもない方向へ行って……
一話
僕は超常現象が大好きだ。まだ高校一年だし、大人でもないから別に現実を真剣に見なくてもいいと思っている。
超常現象が好きな人は大人になってもいっぱいいるし、僕も友達などにそういうのは全面的に好きだと言っている。
そしてあまりに好きすぎて部活みたいなものを作ってしまった。
その名も『超常現象大好き部』。
うん、普通だ。
その他にカッコいい名前を思いつかなかったので仕方ない。わかりやすくていいでしょ。
なんとなく、超常現象が好きな人達が集まって馬鹿な会話ができたらいいな……なんて思っていたんだけど、まさかこんなことになるなんてね。
これは僕がまとめた非現実の記録です。
桜の季節が終わり、ぽかぽかと暖かい日、窓から体育をやっている生徒達が見える。俊也(しゅんや)はぼけっとそれを上から眺めていた。ここは月影藤(つきかげふじ)高校内の三階の教室である。
追加で言うと現在は授業中だ。俊也は数学の先生の話を聞き流しながらよそ見ばかりしていた。彼は窓際の一番後ろの席なのでこんなによそ見をしているのに先生に気がつかれない。
俊也はすぐ下にある運動場から目を青い空へと向けた。
今は五月だ。ぽかぽかといい感じの陽気である。空には雲一つない。
……そうだなあ……今、何の部活にも入ってないし……なんかやりたいなあ。
……部活作ってみようかな……。僕が大好きな超常現象を語り合う部活。まあ、僕しかいないかもしれないけど。友達を誘っても皆忙しいだろうし。
俊也は深くため息をついた。
「あっ……。」
そんな事を考えていた時、隣から女の子の声が小さく聞こえた。
俊也は隣に座っているクラスメイトの女の子をちらりと横目で見た。女の子は俊也の足に目を向けていた。
「ん?」
俊也は女の子の顔から目をそらし、自分の足に目を向けた。
俊也の右の足、上履きの先に消しゴムが落ちていた。
「ああ……。」
俊也は消しゴムを拾ってあげた。
「これ、君の?ええっと……。」
俊也は隣の女の子の名前を思い出せなかった。学校に入学してから一か月も経っていなくてまだ、クラスメイトの顔と名前が一致してなかった。
「あ、ありがとう。私は時野アヤよ。そういえば話すのは初めてね。よろしく。」
隣の女の子、アヤと名乗った可愛らしい感じの女の子は俊也から消しゴムを受け取ると愛想よく笑った。
「う、うん。」
俊也は一瞬ドキっとしたため、声が上ずってしまった。
……ちょっとかわいいかも……。
俊也はそこから違う方向で色々考えてしまい、結局授業をほとんど聞いていなかった。
男の悲しいところである。
放課後になって俊也はカバンに教科書を詰め込むとこれから部活がある友達と二、三言会話をして別れた。時野アヤはもう教室にはいなかった。あまりいままで気にしたことはなかったがよく思えば放課後に長々と教室にいた感じはない。
いつもいつの間にかいない……そんな感じだったように思う。
……話したいなあと思うけど……どんな会話をすればいいかわからないしなあ……女の子ってどんな会話が好きなんだろ……。ファッションの話とかだったら僕じゃあ全然わかんないし……。
そんなことを思いながら俊也は教室を出た。
今現在は帰宅部なので廊下を通って階段を降りて学校から出て帰宅するのが主な部活だが今日はただの帰宅部にはならないつもりでいた。
……部活の申請をしてみよう……。
俊也はとりあえず、職員室へと向かった。
俊也は職員室へと入り、先生に部活の相談をしてみた。その結果、空き部屋があるからそこを使ってもいいというお許しが出た。しかし、部員を三人以上集めないと部にはできないと言われた。同好会にならなかっただけマシである。
「三人以上……たった三人、だけどその三人がいない……。」
俊也は頭を悩ませながら一階の廊下を歩いていた。とりあえず、考えても仕方がないので家に帰ることにした。
上履きから靴に履き替えて昇降口から外に出た。運動部が活動をしているグラウンドの脇を歩いて学校の外に出る。
「ん?」
目の前の横断歩道の先で時野アヤが歩いていた。その時野アヤの隣にはクラスで見た事あるけど名前が思い出せない女の子が一人一緒に歩いていた。何やら楽しそうに会話をしている。
……時野さんだ。隣はお友達かな?
二人は横断歩道を渡った先にある商店街へと姿を消した。
……ついて行く気はないけど……僕もあっちの方面だし、ちょっとだけ……。
なんて言い訳をしながら俊也はなんとなく時野アヤを追いかけてみた。
……これって僕、ストーカーみたいじゃないか……。
若干の後ろめたさもあったが帰り道がこちらだから別に悪い事ではない。
横断歩道を渡り、時野アヤが歩いて行った商店街へと俊也も入る。
時野アヤは隣のお友達と共に商店街をさらに右へと曲がって行った。
……あれ?
俊也は不思議に思った。
……ここ右に曲がったらあるのは……。
俊也も商店街の先を右へと曲がる。目の前に大型スーパーが見えた。時野アヤと友人はその大型スーパーには寄らず、そのまま裏にある神社への階段を上り始めた。
……神社に行くのかな?なんでまた……。
気になった俊也はなんとなく時野アヤを追って神社への階段を上っていった。
ばったり会うとなんだかまずい気がしたので近くの草むらに隠れて様子を見ることにした。
時野アヤは隣にいる友人と話しながら賽銭箱に腰をかけた。
「サキ、今日はどうするの?このまま太陽に帰るの?」
「いや、ミノさんを見てから帰ろうかなってね。」
時野アヤにサキと呼ばれた女の子はさばさばと答えた。
「ミノを見て帰るの?あれ?そういえば彼はどこにいるのかしら?」
時野アヤが辺りをきょろきょろと見回し始めた。
……何をきょろきょろしているんだろう?
俊也は時野アヤとサキという女の子の会話はほとんどわからず、きょろきょろしている理由も全くわからなかった。
そのうち、時野アヤともう一人の少女サキは神社の屋根に向かって話しかけていた。
……え?
俊也は目を見開いた。屋根の上には誰もいない。
当たり前だ。神社の屋根に誰かいたら驚くだろう。
……でもなんで屋根に向かって話しかけているんだ?
時野アヤは屋根から急に視線を賽銭箱前に移した。まるで誰かが屋根から落ちてきたみたいに付近の小石が軽く巻き上がる。
……な、なんかいるのか……?あそこに?
俊也はなんだか不気味な雰囲気に恐怖よりも好奇心の方がムクムクと増えていった。
時野アヤの他にサキと呼ばれた少女も視線を移しながら楽しそうに話していた。
「ミノさん、アヤにたかってばっかじゃダメだよー。え?ああ、そっか。あんたは人に見えないのかー。」
サキは長い黒髪を払いながらそう言った。
……ニンゲンに見えない……?
「じゃ、あたしはもうそろそろ行くわ。日が陰ってきたし、そろそろ月が出ちゃうから。」
サキはアヤにそう告げると突然消えた。
本当に言葉通りに跡形もなく突然消えた。正確に言えば手を広げた瞬間に消えた。
「うん。じゃあね。サキ。また明日学校でね。」
時野アヤは何もない空間に話しかけると手を振った。
俊也はこの光景を見て金縛りにあったかのように動けなくなった。
……これは……一体なんなのだろう?
時野アヤは再び先程話しかけてきた場所に目を向けると何か言っていた。
それから軽く手を振って神社の鳥居を潜り、俊也が隠れている草むらを通り過ぎて階段を降りていった。
「……な、なんだったんだろう?」
俊也はしばらくその場で動けなくなっていたがハッと我に返って慌てて階段を降りていった。
その次の日、昨夜ずっと考えていた内容についての結論が出た。
それは時野アヤが超常現象好きで何度も超常現象に会っているのではないかという事だ。
俊也は彼女こそ「超常現象大好き部」にふさわしい人物だと思った。何かずれている気もするが……。
故に……俊也は時野アヤに部の勧誘をしようと話しかける事に決めた。
朝のホームルームが終わり一限目がはじまろうとしている所だった。
早く話さなければとも思ったが俊也は突然、親しくもない女の子に話しかけられるほど鋼の心は持ち合わせていない。
そこで、おそらく超常現象が好きであろう時野アヤに俊也はある土産話を持って会話をすることに決めた。
「あ、あの……時野さん。」
俊也は自分でも驚くほど小さな声で時野アヤを呼んだ。
「何かしら?」
隣の時野アヤは俊也に社交辞令的な笑顔を向けてきた。
「じ、実は……昨日の夜から今朝にかけての噂なんだけど……商店街の車道で車を走らせていた人達がある一点のポイントに来ると何かを避けるように車が動いてしまうって言っていたんだ。でもそこには何もなくて不思議がって怖がっているんだよ。何か知らないかな?なんとなく避けなきゃいけない気持ちにもなるとか……言ってたんだけど。」
俊也は部活の勧誘よりも先に土産話の方を話してしまった。
しまったと思った時にはもう遅く、時野アヤは何かを考えはじめてしまった。
しばらく考えていた時野アヤはため息をつくと俊也の方を向いた。
「ねえ、あなた、そのおかしなことが起きた場所に案内できる?今。」
「ええ!?今っ?」
俊也は突然の言葉に目を見開いて驚いた。
……行きたいけど……だってこれから一限目……。
「ああ、そうよね。授業だものね。ダメね。じゃあ放課後で。」
時野アヤはあっさりと引き下がった。
「よく考えたら夕方まであまり車通らないし後でいいわ。」
「……。」
時野アヤがさらりと言い放ったので俊也は戸惑ってしまった。
部活を……と言いかけたところで先生が来てしまい、会話はそれっきりだった。
放課後、俊也は時野アヤを連れて噂があった商店街に来ていた。
「確か、日穀信智神(にちこくしんとものかみ)っていう神がいる神社に近い神社の所だって言っていたから……。」
商店街には二つ神社があった。一本道の商店街の右端と左端にそれぞれ違う神がいる神社がある。
ここは実りの神がいる日穀信智神の神社とは反対側に位置する小さな神社。確かいる神は龍雷水天神(りゅういかづちすいてんのかみ)。この神は最近では珍しい井戸の神様とか。
世にも珍しい井戸の神様がいる神社の階段の方へは行かず、俊也はその手前の道路で止まった。
「ここ……らしいんだけど……。」
俊也が時野アヤにそう言った刹那、アヤは何かを見つけたように走り出した。
「え?何?え?」
とりあえず俊也も後を追った。幸い車はない。
不可解な事に時野アヤは怖い顔をして地面にむかって怒っていた。
「ミノ!またイドとお酒飲んだの!ここは車道よ!いつまで寝てんの!もう夕方なのよ!昨日から寝てんでしょ!早く自分の神社に帰りなさいよ!迷惑よ!」
時野アヤは地面に向かって怒鳴ると何かを動かし始めた。俊也にはそれが演技には見えなかった。間違いなく何かを抱えている……。
「『頭痛ぇ』じゃないわよ!飲みすぎ!神が二日酔いとか馬鹿じゃないの?」
時野アヤはぶつぶつ何かを叱りながら歩道まで寄せた。
その時、タイミングよく車が通った。
「あっ……。」
俊也は咄嗟に叫んだが車は何事もなかったかのように普通に通り過ぎた。
「あれ……?」
「ああ、もう大丈夫よ。どかしたから。」
「どかしたって何を……?」
俊也は不安げな顔で時野アヤが抱えているであろう何かを見つめた。
「えー……えーと……な、なんでもないわ。」
時野アヤは言ってしまった事を後悔したのか先を続けなかった。
「そうだ!時野さん!」
俊也は『ここだ!』と声を張り上げた。
「な、何かしら?突然に……なんだかいやな予感が……。」
時野アヤは苦笑いで俊也の言葉の先を待っていた。
「超常現象大好き部に入ってください!お願いします!時野さんが大好きなアツいネタも多数持っているから!お願いします!」
俊也は人目を気にせずに深く頭を下げた。
「わ、私は超常現象好きじゃないわ!いつも面倒くさいもの!まあ、でもあなたのその……部活?に入れば迷惑をかけている神をすぐになんとかできるわね。」
「よくわかんないけど……じゃあ……。」
「入るわ。」
「やったあ!ありがとう!時野さん!」
俊也は子供の様に喜んだ。反対に時野アヤはどこか鬱々としていた。
……素直じゃないなあ。時野さん。好きじゃないとか面倒くさいなんて言って実はうれしさを隠していたんじゃないか?かわいいなあ。時野さんは……。
俊也は舞い上がり心の中で時野アヤを可愛くしていた。
この時、時野アヤは本当に面倒だと思っていたが今の俊也が知る由もなかった。
時野アヤに関わった事により俊也にはこれから謎の現象が沢山襲い掛かるのであった。
二話
春か夏かよくわからない気候の中、放課後、俊也は部室棟の空き部屋でのんびりしていた。もちろん、いつもすぐに帰ってしまう時野アヤも一緒だ。
まだ部活の認可は降りていないがなんとなく活動を開始している。
三階の空き部屋という事で鍵もかかっていないので入り込むのは容易である。
部室の中には何一つなかった。故に鍵もかける必要がなかったのだろう。
ゆるい学校である。
本当になにもないので俊也と時野アヤは空き教室から勝手に椅子と机を持ち出していた。
現在、時野アヤは読書に夢中だ。
俊也は何か話しかけたかったが話題を見つけることができなかった。ヘタレである。
……このままじゃ……読書部になってしまう……。なんとかしないと……。
俊也は焦っていたが時野アヤは全く気がついていない。今度は本を閉じ、宿題をやりはじめている。
「とっ……時野さん!」
俊也は勇気を出して時野アヤを呼んだ。
「……何?」
時野アヤは不機嫌そうでもなく単純に用を訊ねてきた。
「え……えっと……。」
話しかけた後の事を考えていなかった俊也は言葉をつぐみ、咄嗟に考えもなく外を仰いだ。
「うおっ……!」
いつの間にか外は暗くなっており太陽は雲に隠れ、暴風が吹いていた。雨音も徐々に強くなっていき、すぐに台風のような状態になってしまった。さっきまでは晴れていたのに不思議な事もあるものだ。
この時期に頻繁に起こるゲリラ豪雨だろうか。
「あ……外がいつの間にか……。」
これが突然来る春の嵐……なのかと俊也は驚いたがよく見ると部室棟から見えるグラウンドから先は太陽が出ている。
奇妙な天気だ。よく見るとこの学校だけしか暴風雨に遭っていない。
「へ、変な天気だ……。時野さん……外がすごいね……なんか。」
俊也はこんな事しか言えない事にがっくりとうなだれた。
……もっと気の利く言葉を……。こんな雨風が強いんだ。えーと……怖くないかい?僕が守ってあげるよ……。僕の胸に……。
……うわっ……気持ち悪い。我ながら何考えてんだ。何のセリフだよ。これ。
俊也がひとり悶えていると時野アヤは窓の外を眺めながら目を細めていた。
「あ、あの……時野さん?」
「これから屋上に行ってくるわ。」
「えっ!?屋上!?屋上?な、なんで?危ないよ!」
時野アヤはさも当たり前のように部室から外へと出て行った。俊也はなんだかわからずにとりあえず慌ててついていった。
……実はこういう天気の時にはっちゃけたいタイプなのかな……。時野さんって……。
……ああ、やべぇ。はしゃいでる時野さんきっとかわいい……。
……雨だあ!風だあ!楽しいね。俊也君。あ……制服濡れちゃった。
変な妄想で俊也は勝手に鼻の下が伸びていた。男は一日に一回は必ずエッチな事を考えるという……悲しい生き物である。
シャツが張り付き下着が見えている……おっぱいはたぶんこんくらい……そんな想像までしてしまった後、時野アヤが屋上に続くドアの前でこちらを見ていた。
知らぬ間に階段を上っていたらしい。無意識は怖い。
「何変な顔をしているの?ここから先は危険よ?部室に戻ってて。すぐに私も戻るから。」
時野アヤは優しく俊也を諭していた。
その優しさにほんわかしていたが俊也はすぐに首を振った。
「時野さんこそ危ないよ!こんな天気なのに屋上に行くとか。」
俊也も時野アヤのやさしさに負けないようとりあえず必死で止めた。
時野アヤが複雑な顔をした時、「おーい。」と間延びした声が聞こえた。
目を向けると時野アヤと一緒に下校していた猫のような愛嬌がある目をした黒髪の女生徒がこちらに来ていた。
「サキ……やっぱりこの嵐って天御柱神(あめのみはしらのかみ)よね?」
時野アヤはサキと呼ばれた少女が階段を上り終えたところで尋ねた。
「うん。こりゃあ間違いなく『みー君』だね。何やってんだい。あの子は。まあ、みー君の事だからなんか理由があるんだろうけどね。」
サキと呼ばれた少女はうんざりした顔を時野アヤに向けていた。
「天御柱神って……あの超弩級の厄神の事かな?」
俊也が口を挟むとサキがいぶかしげに見てきた。
「君は誰だい?」
「あ、僕は俊也って名前。超常現象を研究中なんだ。」
「超常現象?ああ、人間からは超常現象に見えるのか……。ああ、あたし、感覚麻痺してきたみたいだよ。普通って思っちゃう所が……。」
「わかるわ。サキ。とりあえず、早くあなたのみー君を止めなさいよ。」
「あたしのみー君って……おっけー。」
時野アヤとサキは勝手に話を進めると屋上のドアを開けて出て行ってしまった。
話についていけない俊也は完全に置いてけぼりである。
風雨で躊躇った俊也もあまりにも気になるので頑張って外へ出て行った。
「何やってんだい。みー君……。」
屋上に出るなりサキが呆れた声を上げた。なぜか屋上が一番嵐が強い。
というよりも下から上に向かって吹く風が強い。下から上に向かって吹く暴風雨なんて見たことがない。
「ずいぶん必死な顔をしているわね?」
時野アヤは屋上の柵の部分を見ながら首を傾げた。
……また……何かいるのか?
俊也も時野アヤが見ている方向に目を向けてみたが何も見えなかった。
「そんな泣きそうな顔して……はあ?猫?」
サキという少女も時野アヤが見ている方向へ声をかけている。普通に会話をしている。
「あんた、猫が屋上から落ちそうになったから暴風を起こして助けようとしたのかい?ああ、そうだね。あんたは霊的なもの以外触れないんだったね。」
サキは呆れた顔をしながら屋上の柵へ近づいた。時野アヤも俊也もとりあえずサキについていく。
サキと時野アヤが足を止めた場所で何かがいる感覚が襲った。
……見えないけど……なんかいる……。
俊也が超常現象に目を輝かせた時、屋上の柵下から「にゃあ……」と小さな鳴き声が聞こえた。
柵下を覗いてみると一匹の猫が壁に張り付いていた。
謎の暴風でなんとか落ちずに済んでいるようだがいつ落ちてもおかしくない状態だ。
「ああ、そうだ、あんた。」
サキは俊也を見て何か閃いたのか声を上げた。
「ん?」
俊也は猫を気にかけながらサキを仰いだ。
「あんた、男だし、腕長いから猫ちゃんに手が届くね?」
「ああ、いいよ。」
ここは二人に男アピールをしたい。俊也はすぐに返事をした。
猫に近づいた時、俊也のまわりの風と雨が一気になくなった。まわりを眺めてみても非常に奇妙だった。自分のまわりだけ風も雨もない。
何かが俊也を守っているみたいだ。強い風と雨で俊也が落ちないように……。
この不思議な光景についてぼんやりと考えていたらサキに怒られた。
「何やってんだい!はやく猫ちゃんを拾ってあげな!みー君が泣きそうな顔をしているじゃないかい!」
「……みー君?」
俊也はサキの言葉に首を傾げたがサキの威圧が怖かったのでとりあえず手を伸ばして猫を抱きかかえた。
刹那、辺りを覆っていた暴風雨が嘘のように消えた。
「なっ……。」
俊也は自分の目を疑った。いままでの事がまるで夢みたいに空が晴れている。青い空、暑いくらいに照らす太陽……。
「なんで……。」
俊也が目を見開いていると抱きかかえていた猫が華麗に俊也から離れた。そしてそのまま開けっ放しだった校舎内へのドアへとさっさと消えていった。
「……な、なんだこれ……ゆ、夢か?」
俊也はもう乾いてしまっている制服をペタペタと触りながら空と地面を交互に見ていた。
「あー……えっと、お疲れさん。」
サキが俊也を労って来た。今の現象をすべてもみ消そうとしている笑顔を向けている。
「お、おつかれ……。」
俊也の頭はまだ回転しておらず、とりあえずサキにオウム返しのような労いの返答をした。もちろん、顔は引きつっている。
「い、いやあ……しかし、変な天気だったねぇ……。ゲリラ豪雨とかねー。今は晴れたけど……あは……あはは。」
サキはどこかよそよそしく笑っている。
「サキ、逆に気持ち悪いわ。俊也君、行きましょう。」
「俊也君!?」
時野アヤが俊也を促して言った言葉に俊也は驚いた。
……初めて名前呼ばれた!しかも下の名前!
混乱しながらもこれだけははっきりと確認した。
「……何かしら?俊也君よね?」
時野アヤはごく自然に特に引っ掛かりもなくそう呼んだらしい。俊也が疑問形で聞き返してきたことに疑問を抱いているようだ。
「う、うん!合ってるよ!……よ、よし、じゃあ部室に戻ろうか!」
俊也は動揺が悟られないように時野アヤに笑顔を向けた。本当は色々と大混乱していたが務めて今まで通りを装った。
「ねえ、待っておくれ。」
ふとサキが俊也の制服を引っ張った。
「え?どうしたの?」
「なんかこないだから面白そうな活動してるね?あたしもやりたいなあって。」
サキは無茶苦茶かわいい笑顔で俊也にほほ笑んでいた。
「ちょ……超常現象を楽しむ部活だけど入る?まだ部活にもなっていなくて……。」
サキのかわいさに俊也は思い切り動揺した。時野アヤとはまた違うタイプである。
……元気はつらつな感じでかわいいなあ……。
……ぼ、僕はさっきから何を考えているんだ!ガールズバーのスカウトとかじゃないんだから!
「入る!」
俊也が考えをまとめている間にサキが大きな声で叫んでいた。
「ぶ、部活にだよね?」
「当たり前じゃないか。今、その話していたんじゃないのかい?」
「う、うん。じゃあ手続きしようか!」
違う事を考えていた俊也はサキの目線で我に返った。
「えーと、あたしは……うーん。苗字どうしようかなー。」
「苗字どうしようかなって何!?」
サキの悩んでいるポイントが理解不能だった俊也は思わず叫んだ。先程の事といい、もう叫ばなければ自分を保てそうにない。
「アヤはどんなのにした?」
「私は時野よ。」
「時野か。いそう!いそう!」
サキとアヤの会話に俊也はさらに戸惑いの色を見せた。一瞬、自分がおかしいのではないかという錯覚に陥るくらい頭が混乱していた。
「サキは太陽にちなんだのにしたらいいんじゃないかしら?」
「太陽か……。じゃあ、日高(ひだが)さんになろっと。いそうじゃないかい?」
「いいんじゃないかしら?」
アヤとサキが満足そうに会話を終え、くるりと俊也に向き直った。
「あたしは日高サキ。よろしくー。」
サキが楽観的に自己紹介をしてきた。
「あ……日高さん。よろしくね!」
俊也もなんだか合わせないといけないような気がして何事もなかったかのように話を合わせておいた。
「じゃ、部室に行こうか。それと部の申請に行こう。」
俊也はすべての疑問について考えるのをやめ、素直に日高サキを歓迎した。
……超常現象を楽しむ部活なんだ。怖がってどうする!
結果的に脳がこのような判断をしたらしい。人間は不思議な生き物だ。
こうして日高サキをなんとなく入れた俊也の部活は三人になり、ようやく部活として動き出すようになったのである。
例の不思議な暴風雨について時野アヤと日高サキが語る事はなかった。
俊也の中での永遠に解けない謎の内の一つである。
三話
梅雨の時期に入りそうな入らなそうなそんな時期だった。
俊也の元へある噂が入ってきた。
クラスメートの男子生徒と体育前の準備体操をしている時だった。
「なあ、俊也、知っているか?」
「ん?何を?」
男子生徒は白沢圭一(しらさわけいいち)という。その白沢はどうでもいいが男から見てもイケメンでなんだか悔しい。だがいいやつである。
「あー、お前知らねぇの?一番敏感だと思ってたのになあ。」
「だから何?何の話?」
もったいぶる白沢に俊也は少し腹を立てながら急かした。
白沢は屈伸をしながら俊也ににやりと笑みを返してきた。
「昼休みなんだけどさ、一階にラウンジあるじゃん?あのラウンジで毎日パン屋が出張でパンを売りに来るのね、あ、購買とは別だぞ。……それでな、ここからなんだが……。」
白沢は井戸端会議をする女達のように楽しそうだが静かに話し始めた。
「稲城ルルって女の子がいるらしいんだが不思議な術を使って一番人気のほら……あの長い名前のエクレア……なんだっけか……を毎日周りの人をものともせずに買っていくらしいぞ。」
「え?あの出張パン屋、いつも争奪戦が繰り広げられているじゃないか。僕は皆の目が怖いから行かないんだけど、おいしいらしいね。その稲城ルルって子の術ってなんだ?」
俊也は前屈をしながら白沢に尋ねた。
「なんか、風がちょっと吹いてエクレア一個だけ飛ばすんだってさ。そんで遠くにいるのにいつの間にかエクレア持ってんだって。でも誰も飛ばすところを見てねぇんだって。んで、その稲城ルルって子はうちの制服を着てんらしいんだけどどのクラスにもいねぇんだってよ。今、めっちゃ裏で噂になってんぞ。お前が知らないのは意外だった。」
白沢が追加した最後の言葉に俊也は若干震えた。
「何それ、怖えよ……。だが、興味はある……。」
「あ、ちなみに俺の彼女がその子に名前を聞いて稲城ルルだってわかったから他の奴は名前を知らねぇんだと。」
「へえ……。」
俊也は白沢に彼女がいたことに驚き、まあ当然だとも思い、イケメンはいいなとも思い、色々と思いが駆け巡ってから稲城ルルの内容に頭が戻ってきた。
他に質問をしようとしたが体育の先生から怒られたのでやめた。
昼休み、とりあえず隣の席の女子で我が部の時野アヤに先程聞いた怪現象を話してみた。
「はあ……。長い名前のエクレアってあれね……。『ジャスティスデスティニー風、光り輝く牧草地で育った元気な牛が自慢のレイチェル工房のクリームたっぷりエクレアピーナッツバター入り濃厚チョコソースかけ』でしょ……。エクレアでいいじゃないね。でも食べてみたいわ。」
時野アヤは意外にもエクレアに食いついた。
……すげぇ!女子って本当に甘いものが好きなのか……。おお!やっぱ女子だ!おしゃれだ!
少し舞い上がった俊也は色々な妄想を心にしまい、突っ込んで欲しいところはそこではないとアピールすることにした。
「あの……時野さん、僕はエクレアの方じゃなくて……その稲城ルルって子の事について気になるっていうか……。」
「大丈夫でしょ。あんまりひどかったら止めるけど。」
時野アヤはこの現象に関してはかなりドライだった。
そこへ日高サキが二人の会話に乱入してきた。
「え?何々?何の話してんの?てか、昼休みじゃん?今日こそあのエクレアをゲットしてやりたい!皆も手伝ってよ!知ってるかい?一階のラウンジで出張パン屋が……。」
「知っているわ。サキ。私は殺気だったラウンジには行きたくないの。」
時野アヤは全く乗り気ではなく、持参したお弁当を広げ始めた。逆に日高サキは時野アヤをラウンジに連れて行きたいらしい。お弁当を広げる時野アヤを必死で抑えている。
「いーからいこーよ!あ、俊也君は行くよね?俊也君なら男だしかっこよくエクレアを取ってくれそうじゃないかい。こうガッと!そんで……ほら、サキちゃん、これ食べたかったんだろ?って渡してくれるんでしょ!最高じゃないかい!女子のために頑張る男子!美しい!」
日高サキは俊也にエクレアを取らせるつもりらしい。本当は争い事は好まないのだが男の子アピールまでして持ち上げてくれた日高サキに「僕は怖いから嫌だ」とは言えなかった。
こうやって男は女に使われるんだな……とか思いつつ、俊也はやる気で頷いた。
「任せて!俺が取ってやるからね!」
いつの間にか一人称が「俺」になるほどに持ち上げられた俊也は日高サキとラウンジへ行く事へ決めた。
廊下を歩き始めた時、寂しかったのか時野アヤが嫌々ながらもついてきた。
「あれ?アヤも行くのかい?」
「遠くから見ているだけにするわ。」
おどけている日高サキの言葉に時野アヤはふてくされながらつぶやいた。
……よし、こうなったら時野さんにもいいところを見せるぞ!
日高サキと時野アヤが知らないところで俊也は無駄に気合を入れていた。
昇降口近くのラウンジに三人はたどり着いた。広いラウンジにむせ返るほど沢山いる高校生達。その高校生達の目は皆すわっている。パン争奪戦争が起こる嵐の前の静けさである。
皆相手方の出方を窺いつつ、青い顔をしている出張パン屋の女性パートさんを睨みつけていた。
……怖い。
パートさんも高校生達の鋭い視線を浴びながら震える手で準備をしている。
なんだかかわいそうだ。
きっとなんで私は毎日こんな戦争に駆り出されなければならないのだろうと思っているのだろう。
ここの一番人気はやはりエクレアだ。店舗のパン屋さんに行っても売っているが学校で買うと半額になっている。故に金のない高校生はここで何としてもエクレアをゲットしようと必死なのである。
なぜ半額なのかというと、想像がつくと思うが失敗して不格好になったパンだからだ。エクレアならばクリームを入れすぎて少しはみ出してしまったなどの理由だろう。むしろ、クリームが他のエクレアよりも多いのならば半額で買えたらかなり得だ。
……まあ、そう考えている学生が多いのだろう。学生は常に損得を気にする。
そうこうしている内に女性パートさんは準備を終え、決死の覚悟で「クローズ」の看板を「オープン」にひっくり返した。
刹那、高校生の怒号が飛び交い、瞬時に戦争が開始された。
「おわわわ!……ぐふっ……。」
俊也は叫ばずにはいられなかった。誰かの肘が俊也のみぞおちをついた。
……これはたぶんわざとじゃない。わざとじゃないはず……。
半分涙目で日高サキと時野アヤに目を向ける。二人は少し離れた所に立ち、俊也を見守っていた。時野アヤは頭を抱え、日高サキはとても楽しそうだった。
「くそっ!行くしかない!」
なんだかよくわからない使命感を出し、俊也は必死になっている高校生の渦の中へと入り込んでいった。
中はまるで台風だ。涙目になっている女性パートさんがだいぶん遠い。しかもたどり着けない。
「畜生……皆こええよ……。ひぃ……。」
俊也は渦中にいながら弱音を吐いていた。
「ねえ、エクレアまたいける?」
ふと後ろから女の子の声が聞こえた。
「……?」
俊也は後ろを振り返った。振り返った瞬間に一人の少女と目が合った。
少女は短い黒髪を花柄のピンでとめており、とてもかわいらしい感じだった。
カラーコンタクトを入れているのか瞳はルビーの様に赤い。
……いや、あの感じはカラーコンタクトじゃない……。なんだか少し光っている気もする。
俊也が少女にぼんやり見とれていると彼女は突然「ありがとう。」と言った。
首を傾げた俊也は彼女の手に目線を動かしたときに驚いた。
少女の手にはエクレアが収まっていた。
「……え……?な、なんで……。さっきまで何も持ってなかったのに……。」
俊也が震えていると自分の右手に違和感を覚えた。袋がかすれる音がした。俊也は恐る恐る右手に目を向ける。
「ふあっ!?」
俊也は驚いて声を上げた。なぜか俊也の右手にも包装されたエクレアが収まっていた。
「ええっ?あ……エクレア?エクレアあああ!?」
俊也は気が動転していたが「おちつけー。」と心に念じて、もう一度彼女に目を向けた。
少女は軽くほほ笑んだ。
「あなたはいつもいない顔だね?たまたま来ただけならここのエクレアを食べてみるといいよ。すっごいおいしいんだから!」
少女は軽快に笑った。
「う、うん……。えっと……君はもしかして……稲城ルルさん?」
「え?その名前てきとうに言ったんだけどもしかして広まっているの?」
俊也の質問に稲城ルルと思われる少女は首を傾げた。
「広まっているっていうか……友達から聞いただけなんだけど。」
「そう。まあ、いいや。じゃあ私はルルって名前なの。……会計してくるね。ここのエクレアおいしいから。……あ、じゃあいつものようにお願いしまーす。」
稲城ルルは俊也から目を離し、誰もいないところを見上げて後半言葉を発した。
「ど、どこに話しかけて……。」
俊也が言い終わる前に稲城ルルは消えていた。辺りを見回すと稲城ルルはすでに女性パートさんの前にいた。
「……っ!てっ……テレポート……。」
俊也が目を見開き、絶句しているといつの間にか高校生の波が消えていた。
俊也は一人取り残されており女性パートさんが俊也をいぶかしげに見つめていた。
「あ……。すみません。」
俊也はふと我に返りエクレアをレジへと持って行った。
もうパンは何一つなかった。
煮え切らない顔で俊也が時野アヤと日高サキの元へと戻ってきた。
「あー、ご苦労様。……そういえば黒髪のあの女の子、戦国期の忍の霊を連れていたねぇ。」
日高サキが俊也に頭を下げてから時野アヤに目を向けた。
「ええ。そうね。私も会った事あるけどもうすでに神霊化しているわ。私は弟さんの方に会った事があるけどあれはお兄さんね。よく私の夢に介入してくるんだけどあの人達、かの有名な甲賀望月なのよね。なんであの女の子と一緒にいるかは知らないけどなんだか仲良さそうだったわね。」
時野アヤは日高サキに向かって頷いている。
……時野さん……一体どんな夢をみてんだ!年頃の女子高生が戦国期の甲賀忍者の夢をみるなんて……ああ!そうか。時野さんは歴女なんだ!なんかかっこいいなあ。
俊也は焦りながら自己解決をし、二人の会話にそっと耳を傾けていた。
「そういやあ、あのルルって子、厄除けの神じゃないかい?闇を生きていた忍とあんだけ仲良くしてたんだからきっと付き合ってるって!忍と恋なんてルナティック!ロマンティック!」
日高サキは一人気持ちが上がっていた。
……一体彼女達は何の話をしているんだ?
俊也はさらに耳を傾けた。時野アヤはなんだかバツの悪そうな顔をしていた。
「サキ、別に彼女が忍と付き合っていようがどうでもいいんだけど……もう白状するわね。私はあの子にスペアの制服を貸してあげてるの……。」
「ええっ!何そのカミングアウト!」
時野アヤの突然の言葉に日高サキと俊也は不覚にも同時期に声を上げてしまった。
「いや……えっと……エクレアがどうしても食べたいって言っていて半額で買えるここがいいからって……でも学校だし、目立っても良くないから制服を貸してあげてて……毎日一個だけ買って行くからって言われてね。それならいいかなって思って……。」
なんだか時野アヤはいつもより歯切れが悪い。そしてかわいい。
「そしたらあの神霊化した忍の霊にエクレアを取らせていたってわけだね。あれ?でも彼は霊だよね?なんで実態があるものに触れんのさ?」
日高サキは時野アヤを別段責める風はなく首を傾げた。
「ああ、それはね……あの忍の霊は今、ルル……えーと厄除けの神と同化しているみたいで。ルルは私達同様、『人間に見える』から同化している彼も物に触れるんだって。でも彼は実態がないから彼が触ったものは見えなくなるのよ。」
「へえ。なるほどね!」
時野アヤの説明に日高サキは納得したように頷いていた。
俊也はよくわからなかったがとりあえず満足そうに頷いておいた。
つまり、当時の俊也にはよくわかっていなかったが、説明をすると忍の霊がエクレアを持ち上げたため見えなくなり、稲城ルルに渡った瞬間にそのエクレアは見えるようになった。
テレポートしたように見えたのは忍の霊が稲城ルルを抱えてレジへ向かったためであり、忍の霊が稲城ルルを下ろすと稲城ルルは見えるようになったという事らしい。
……まあ、よくわかんないけど……あの子は不思議な感じだったなあ……。
俊也がぼんやり考えていると日高サキがエクレアを三つに割っていた。
「ね、皆で食べようじゃないかい?」
「あ、いいわね。ちょうだい。」
日高サキと時野アヤは女子全開で嬉々と笑っている。
それを見ていたらなんだかどうでもよくなった。
「はい、これ。あんたのね。ごめん、クリームがはみ出てるけどいいかね?」
日高サキは俊也にクリームがこぼれ出ている部分のエクレアを押し付けてきた。ちなみに日高サキが乱暴にちぎったのでパンの部分はぺちゃんこだ。
「ありがとう。」
俊也はエクレアかどうかも怪しい酷い有り様のエクレアを受け取り、口に入れた。
濃厚なクリームと甘いチョコソースが舌をくすぐった。パンは『ふわふわだったら』をイメージして食べた。
女の子からもらう食べ物は外見はあれだったがとても美味だった。
「……甘い。」
ここら一帯が桃色に染まった気がした。そして俊也の頬も桃色に染まっていた。
その夜、変な事を考えていたからかもしれないが稲城ルルの横にハチガネをした鋭い目の男が立っている夢を見た。
きっと昼間話していた幽霊だろうと恐怖心を抱いたところで目が覚めた。
忍の顔は思い出せないが最後に稲城ルルの笑顔を見た気がした。
四話
これは七月七日七夕の土曜日、真っ昼間の事だった。真夏の太陽が照らし、セミも鳴き、外に出るのもためらうような暑い状態が続いた。
こんな茹るような蒸し暑さなのに日高サキは『部活なんだから合宿しよう!』とか言っていた。こないだ入部したばかりなのにもう部長の風格のようなものが出ている。
この子は人の上に立つ子だと俊也は頼もしくもあり、振り回されもしているのであった。
「はーい!到着!」
かわいらしいワンピースに麦わら帽子の日高サキは田舎のローカル電車から元気よくホームへ飛び出した。
「ねえ……なんでこんな暑い時に外出……しかもド田舎に来ないといけないの?」
続いて不機嫌そうに電車から降りてきたのは同じく可愛らしいワンピース姿の時野アヤである。頭を抱えながら日高サキに尋ねた。
「だから……日帰りだけど合宿なんだってば!田舎で羽を伸ばそうと思ってね。このきれいな深緑の山!このさびれた駅!そして近くに広がる海!気持ちいいじゃないかい!」
日高サキは青空に向かって大きく伸びをすると眩しく照り付ける太陽を満面の笑みで見つめた。
そんな二人の様子を眺めながら俊也も駅のホームに足をつけた。俊也はシャツにズボンという別におしゃれでもない恰好だった。恥ずかしながらこれしか持っていなかったのだ。
辺りを見回すとホームは確かにさびれている。色あせた古臭いベンチと穴の空いている屋根、地面のコンクリートは剥がれており雑草が元気に伸びていた。
「でも山、きれいだね。」
俊也はときおり吹く心地の良い風を浴びながら生命溢れる山々を見回した。
「まあ、自然はいいけど……ここら辺は何もないわ。」
時野アヤは始終ご機嫌ナナメだ。それもかわいい。
「チッチッチ。ここには不思議現象が沢山起こるんだよ。ま、夏だし海で遊ぶのもいいんじゃないかい?それとも避暑地に行く?」
日高サキは人差し指を時計の針のようにちょろちょろと動かすと同意を求めるように俊也に目配せをした。
「そ、そうだね。ちょっと暑いけど。」
俊也はとりあえず日高サキに合わせ肯定をしておいた。
日高サキは家庭の事情か門限があるようだった。故に日帰りで日が沈む前までに解散だ。
この頃、彼女は生粋のお嬢様なのではないかと俊也は疑っている。
日高サキの話し方からは想像できそうにない事だがどこか人間離れしていて威圧のようなものを感じる時がある。
そう、エセではなく本物の基質だ。
「何ぼうっとしてるの?」
俊也が日高サキを見つめてぼんやりしていると時野アヤが訝しげにこちらを見ていた。
「え?あ、何でもないよ。」
俊也は瞬時に頭を元に戻し、時野アヤにほほ笑んだ。
……なんか時野さんが僕が日高さんを見ていたのを気にしている……。
……ま、まさか……。
「そんなにぼうっとしているのは熱中症になりかけかもしれないわよ。お水を少し多めに持ってきたの。ペットボトル一本分あげるわ。」
時野アヤは俊也を心配し、500ミリリットルのペットボトルを渡してきた。
「え……?あ……いいの?」
俊也は「やっぱり違ったか……。」と若干落ち込んだが時野アヤのやさしさに単純に喜んだ。
「いいわよ。そう思って三人分持ってきたの。」
「お、お母さんだ……。」
時野アヤの言葉を聞き、日高サキがいらないつっこみを入れた。
「さあ、じゃあ活動しようじゃないかい。俊也君、あたしはいい場所を知っているんだよ。ニヒヒ。」
日高サキが下品な笑い声をあげて俊也を見た。
「日高さん、この辺に来た事あるの?あ、そういえば今日は七夕だったね。七夕祭りがここ有名だからそれで知っているの?」
「……ま、色々と。」
日高サキはなんだか含みのある表現を使ったが俊也はあまり気にしなかった。
「それで……暑いのだけれどせめて日陰に行かない?」
時野アヤはまだ不機嫌そうだ。
「いいよー。この近くに廃校になった学校があるんだよー。」
日高サキは時野アヤの耳元でニコニコ笑いながら耳打ちしていた。
日高サキは朝から夕方にかけてすべて明るく元気すぎる所がある。
それに時野アヤは疲れてしまっているのかもしれない。
なんというか彼女は暑苦しいのだ。
とりあえず灼熱の太陽から体を守るため、三人は廃校になったという学校を目指し歩き出した。
「廃校の学校なんて中に入れるの?」
俊也は日高サキに再び質問をした。
「大丈夫。超ド田舎の木の分校だから。今は資料館になっているよ。一応、冷房はついているし涼しいはずさ。」
「それは涼しそうね。」
時野アヤはため息交じりに日高サキに答えた。
……時野さん……今日疲れているのかな?
俊也は何か気遣いの言葉を探した。
「時野さん!あ、暑いなら僕の影に入りなよ。僕は背が高いし日陰になるよ?」
なんだかわけのわからない気遣いを口にしてしまった。
……な、何言ってんだ僕は。それじゃあ密着して逆にアツい……ぎゃああ!
炎天下の中で顔を真っ赤にしてしまった俊也は目を閉じ、頭をぶんぶんと振った。
その時、なぜか全くわからないのだが時野アヤと水の入ったペットボトルで間接キスをしている映像が頭をよぎった。全く妄想逞しい。俊也は再び頭を振る。
時野アヤは一瞬首を傾げたが俊也の言葉が伝わり、軽くほほ笑んだ。
「ありがとう。大丈夫よ。私が気分悪いのは他の事だから。わざわざなんか起きそうなところに俊也君を連れてくるなんて……。」
時野アヤは柔らかく俊也に言った後、日高サキを鋭く睨みつけた。
「アヤ、そんなに睨まないでおくれ。大丈夫だよ。稲荷神がちょろちょろしているだけだって。」
日高サキの言葉に少し引っかかる単語が飛び出ているのを俊也は聞き逃さなかった。
「稲荷神?」
俊也の興味はムクムクと心の中で膨れ上がった。
「あ、えっとまあ……怪現象っていうか。ね?」
日高サキはしまったと顔を歪めるとごまかし始めた。
またも時野アヤが日高サキを睨みつけていた。おそらくこの二人は何か秘密を持っている。俊也はそう実感した。
廃校になった学校への田舎道を歩いていると前から麦わら帽子を被ったちょっと地味目な少女がけん玉をしながら歩いてきた。
ピンクの半そでシャツにオレンジのスカートを履いていた。ちなみに無地だ。
肩先で切りそろえられている黒い髪がさらにちょっとした地味さを醸し出している。
いや、女性に地味というのは失礼だ。なんというか大人しめだ。
「来た……。」
時野アヤはあからさまに嫌そうな顔をしていた。
時野アヤの目線はその少女にはない。なぜか何もない少女の隣を凝視している。
そして目線を低くしている。何かいるのか?
刹那、日高サキが何かと戯れ始めた。いや、俊也には何も見えない。ただ、日高サキが身長の低そうな何かとじゃれ合い、話しかけている。
それを麦わら帽子の少女がなだめており、時野アヤは不機嫌そうに眺めている。
……なんだ?見えないのは僕だけなのか?
「と、時野さん……。」
困った俊也はとりあえず時野アヤに助けを求めた。
「え?あ、えっと……実はね……。サキに抱き着いているのは稲荷神なの。子供の外見の女の子だけどたぶん歳は私達より上。あ……そうだったわ。あなたには見えて……いないんだったわね。うっかりあらぬことを言ってしまったわ……。」
時野アヤは戸惑いつつ頭を抱えた。その顔がいつも通りかわいかったのだが雰囲気的に時野アヤに見とれている場合ではなさそうだ。
「稲荷神の……女の子……。」
「へえ!そうなんだ!七夕まつりって夜だけじゃないのか!え?楽しそう!行く行く!」
日高サキは何かと会話をしているようだが何の会話をしているのか断片的過ぎてわからない。
「えっと……いまから七夕祭りに行くんだけど一緒に行かないかって『イナ』が……。」
地味目な少女が俊也に声をかけてきた。イナというのは稲荷神の名前なのか?
「なんか楽しそうだね。」
「えっと私は龍神、ヤモリ。」
「へえ、不思議な苗字だね。龍神ヤモリさんか。」
彼は天然なのだろうか。彼女は龍神のヤモリだと自己紹介したようだが彼は苗字が龍神で名前がヤモリだと思ったらしい。
「ああ、彼女、本名は家之守龍神(いえのもりりゅうのかみ)だよ。」
「ん?神?あだなとか?」
日高サキが途中で会話に入ってきたため、俊也はまたわからなくなってしまった。
「もうサキ!話をややこしくしないで!」
時野アヤに怒られ日高サキは肩をすくめた。
なんだかすべてを諦めたように見える時野アヤはどこかすっきりした顔で俊也を仰いだ。
「まあ、七夕まつり行ってみるのもいいんじゃないかしら?……そっちの方がこの辺の神社を歩き回るよりよっぽど安全……。」
時野アヤは顔を引きつらせながら俊也を見ていた。
そこで俊也は時野アヤが七夕まつりに行きたがっていることに気がついた。
……そうか。時野さんはここの七夕まつりを知っていて行きたかったんだ!
だから不機嫌だったんだ。
俊也は自分の鈍感さに頭を抱えた。残念ながら彼は鈍感の上を行く鈍感であった。
「いいよ!七夕まつり行こう!まだお昼過ぎだし、夜は花火があるらしいけどその前に帰るでしょ?日高さんが……。」
俊也が口ごもった時、日高サキが非常に残念そうな顔で俊也を見据えていた。
「花火いいなあ。あたしも見に行きたいんだけど怒られちゃうからさ。あんた達、夜の花火見てきて。後で感想聞かせてよ。ま、とりあえず昼!」
日高サキは再び笑顔になると何かと戯れながら祭りのやっている海辺の方面へと歩き出した。
……高校生で日が暮れる前に帰らないといけないなんて本当に厳しい家庭なんだな。日高さんち。……そういえば彼女、神社から突然消えた事あったけどあれ、なんだったんだろ。
俊也は「うーん。」と唸りながらしばらく考えていたが途中で飽きたので日高サキが歩き出した方面へとついて歩いて行った。時野アヤはそんな俊也を心配そうに眺めていたがやがて黙って歩き出した。その後を龍神ヤモリがついて行く。
汗を流しながら田舎道を下り、海辺へと出ると海岸から海岸近くの神社までやたらと賑わっていた。
屋台が沢山出ていて海で遊ぶ子供や昼ご飯を買っているカップルなどかなりの人数がお祭りを楽しんでいる。
「あ、この海岸の近く、ほら、あそこに神社あるでしょ。あの神社はすごく的確なおみくじを引かせる神社でね。運命神がいるんだよ。」
龍神ヤモリが俊也をもじもじしながら見つめ、山の方を指差して控えめに言った。
「運命神……。おみくじは怖いなあ。凶が出たら落ち込んじゃうよ。」
「ま、今の君は占わない方がいいかもね。こんなにたくさんの神に囲まれちゃって……。」
「神?そんなにたくさん神がこの辺にはいるの?」
「え?あ、えーと……ま、まあこの辺は多いって言われるけどね……はは……。」
龍神ヤモリは日高サキや時野アヤ、そして何もない空間を眺めてため息をついた。
「あ、俊也君、そこの女の子と場所取りしといて。私、ご飯買ってくるから。ちょっと遅いけど昼ご飯にしましょう。」
時野アヤが屋台フードを買いに行こうとしたので俊也は慌てて止めた。
「ぼ、僕が買ってくるから、彼女と……えーと、ほら、あそこに座ってて。」
俊也は日陰になっている石段の上を指差して叫んだ。
ちょうど座れる場所が空いていた。
「でも……。」
「いいから。女の子を炎天下の中でウロウロさせたら罪悪感にまみれちゃうから!お、お昼はおごるから、や、休んでて!」
しぶる時野アヤに俊也はまくしたてるように一方的に話すと屋台の方へ歩き出した。いつの間にか日高サキがいなくなっていた。
彼女は自由人なのでもう先にどこかの屋台をみているかもしれない。
……ふぅ。今のけっこう良くなかったか?なんかけっこう良かったぞ。女の子を休ませてお昼をおごってあげる。モテ男テクニックって本を読んでおいて良かった。
……さて、ここからは僕が何を買うかでセンスが決まるぞ。デザートと飲み物もつければきっと喜んでくれる……。
俊也は自分の財布を開き中身を確認した。
そして一気に青ざめた。
……千円しかない……。千円じゃあやきそば四つ買うくらいしかできない……。
俊也はため息交じりに肩を落とし、やきそばの屋台の列に並んだ。
気がつくと俊也の前に日高サキが並んでいた。
「あれ?日高さん。僕の前にいたんだ?」
すぐ前に並んでいた日高サキは俊也の声を聞いて驚きながら振り向いた。
「あー、見つかっちゃった?せっかくみんなの分をサプライズで買おうと思ってたのに。」
「大丈夫だよ。今回は僕が払うから。」
俊也は日高サキに軽くほほ笑んだ。これもさらりと言うと夏のモテ男テクニックだ。
「やめた方がいいよー。ここには口がバキュームの腹がブラックホールの稲荷神がいるんだから。」
日高サキは身長の低くそうな何かをポンポンと叩いている。
俊也は口が掃除機で腹が真っ黒な女の子を想像し、顔色を青くした。
「あたし、けっこう持っているし、これで買うから平気だよ。」
日高サキは自分の財布を取り出し中身を確認した。いけないと思いながらも俊也がのぞき見すると彼女のお財布は福沢諭吉さんが何人もいた。
……やっぱりお金持ちのお嬢様だ……。彼女は。
千円しか持っていなかった俊也は堂々と財布を見せられずに若干落ち込んだがせめていいところを見せようと日高サキが熱中症にならないように日陰を必死で作っていた。
やがて日高サキの番になり、店員に注文を始めた。
「やきそばを三十パックくださいな。」
「三十!?」
隣にいた俊也は驚いて目を丸くしてしまった。予想以上の多さだった。
バキュームでブラックホールな稲荷神の女の子とは一体何者なのか……。
日高サキは大量のやきそばのパックを店員さんから受け取るとそれを四つだけ残して跡形もなく消した。
「き……消えた?え?消した?て、手品か!」
とりあえず何か言わないとやっていけそうになかったので俊也はてきとうな突っ込みを入れた。
「ああ、今、隣にいる稲荷神に全部あげたんだよ。」
日高サキの言葉に俊也は心の中で「僕はうまくない。食べられませんように」と目の前にいるであろう稲荷神に必死でお願いしていた。俊也の中では稲荷神の少女は化け物化している。
日高サキと俊也は時野アヤ達がいる場所まで戻ってきた。
戻って来るなり時野アヤと龍神ヤモリが口をそろえて違う事を叫んだ。
「イナ!やきそばそんなに持って!少しは遠慮しなさい。」
「サキ!俊也君の前で渡したんじゃないでしょうね?彼女は人に見えないんだから持ったものまで見えなくなるわ!」
「ま、まあまあ、そんなに怒らずに。食べようじゃないかい。」
日高サキは汗をかきながら二人をなだめ、やきそばのパックをそれぞれの手の平に置いた。
俊也もとりあえず座り、やきそばを食べ始めた。
なんだか不思議だがこういう所で食べると気分的にうま味が増す。
……うまい。これも神秘的な現象なんだろうか。
俊也はこれも超常現象の一つなのだろうとどうでもいいことを知識人風に思った。
やきそばを食べてからしばらく屋台巡りや海で遊ぶなどを繰り返し、また元の場所へと戻ってきた。
「俊也君、なんだかごめんなさい。変な事ばかり起きて……。」
戻って来るなり時野アヤがすまなそうに俊也を見ていた。先程からおかしなことばかり起きていた。
まるで人がいるかのようにあちらこちらで海の水が跳ね、屋台で買った食べ物は買った瞬間に消えるなど手品のようなおかしな現象がいくつも確認された。
「いや、この部は超常現象大好き部だからいいんだ。いっぱい起きてくれて構わないよ。」
俊也は時野アヤの困った顔にデレデレしながら上ずった声で言った。
「じゃ、超常現象好きのあんたのためにあたしが再び超常現象を起こすよ。」
日高サキがなんだか元気よく立ち上がった。
日が陰ってきている。そろそろ日高サキはおうちに帰りたいのかもしれない。
……よくわからないけど……どんな厳しいお宅なんだろ。お父さんとかが玄関先で仁王立ちしてて竹刀持ってて……「おそい!」みたいな家じゃまさかないよな……。
「サキ……霊的着物になるの俊也君の前でやったら怒るわよ。」
「それはさすがにやらないって。」
日高サキは鋭い視線の時野アヤに笑いかけると俊也をじっと見つめた。
「ど、どうしたの?」
「あんたは……心がものすごく明るい。だからあたしが道を照らさなくてもいいっぽいね。」
笑顔の日高サキに西日が当たる。なぜか瞳がオレンジ色に輝いて見え、なぜだか恐れ多く、手の届かないものを見ているような気持ちになった。一瞬だけ赤い羽衣のようなものを着て金の太陽を模した王冠を被っている日高サキが映った。一瞬だったので間違いなのかもしれない。
その神々しい彼女をどれだけ眺めていたかわからないが俊也はふと我に返った。
「あ、えっと僕は……。」
「じゃ、悪いけどあたしそろそろ帰るわ。また学校でね。今日は日帰りだったし短かったけど超常現象にあえて良かったね。」
「う、うん。日高さん、ひとりで帰れる?」
「大丈夫!じゃ。」
日高サキは俊也達に手を振ると足早に走り去った。
「じゃあね。サキ。もうあんまり騒ぎ大きくしないでよ。」
「あーい。」
時野アヤの呆れた声に日高サキは遠くでてきとうに返事をしていた。しばらく走り去る日高サキを眺めていたが突然、彼女は忍者のようにその場から姿を消した。
……今のは目で追えなくなったんじゃなくて……消えたよな……。
俊也は少し不気味に思ったが時野アヤが平然としているので俊也も気にするのをやめた。
「あ、あのね、イナが夜だけ出店のちらし寿司の屋台に行きたいって言っているんだけど……ちょっと行ってくるね。」
控えめに龍神ヤモリが時野アヤと俊也を交互に眺めながら言った。
「え?あ、ちらし寿司?僕ももうちょっとしたら見に行ってみようかな。」
俊也が返答した刹那、龍神ヤモリが何かを追って走り出した。
「あー!イナ!待ちなさーい!私そんなに持ち合わせないんだからねー!」
俊也には見えないが龍神ヤモリは稲荷神を追って行ったようだった。
屋台の海へと消えていく龍神ヤモリを眺めながら今現在、時野アヤと二人きりになっていることに気がついた。
……げっ。二人きりだ。そろそろ花火が始まる時間だし……これって……。
なんだか胸がドキドキしてきてしまった。
とりあえず、何か話そうと思い、俊也は口を開いた。
「あ、あのさ……ちらし寿司……買ってこようか?」
「……今はやめておいた方がいいと思うわ。また、変なものをみるかもしれない。……あの稲荷神をこそこそと付け回しているあの女神達……一体何なのよ。めんどくさい。」
後半の方は時野アヤの独り言のようだ。
「時野さん……?」
「あ、いえ。なんでもないわ。それよりもっと花火が見える所へ移動しない?あのヤモリって子は放っておいても問題ないから。どうせ、すぐに私達を見つけてこっち来るから。」
「う、うん。わかった。」
時野アヤには俊也が見えないものが沢山映っているようだ。時野アヤだけじゃない。他の子も見えないものが見える子がいるようだ。
……世の中は不思議だ……。
日高サキの謎、時野アヤの謎……ぼうっと考えながら歩いていると時野アヤがそっと背中を叩いた。
「大丈夫?私達……ちょっと気持ち悪いでしょ。」
「そ、そんな事ないよ!」
時野アヤの心配そうな顔に俊也ははっきりと伝わるように声を発した。
「僕はこういう不思議なものに憧れているんだ!だからいいんだ。いつも楽しいよ。」
思わず俊也は時野アヤの肩を掴んでしまった。
「あ、そ、そう……変わっているのね。」
「ご、ごめん。思わず掴んじゃった……。」
俊也は慌てて時野アヤから手を離した。時野アヤは若干ひいていた。顔が引きつっている。
肩を掴んで言うセリフはこんなセリフではなかったことに俊也は後二時間後くらいに後悔するのだった。
「ま、まあ、とりあえず、花火始まっちゃうから見に行こう!」
「そうね。」
時野アヤは女神のような優しい笑みを浮かべると砂浜を歩き始めた。
俊也は胸の高鳴りを抑えつつ、顔を真っ赤にしながらエスコートするべきか否かを混乱する頭で必死で考えるのだが……結局何もできなかった。
花火はとてもきれいだった。花火に反射する時野アヤはまるで花のようだとも思った。
いい思い出ができたと俊也は満足げに頷き、誘った日高サキに感謝をすることにした。
結局のところ、龍神ヤモリと目に見えない稲荷神はなんだったのかいまいちわからなかったがそれを考えるのも今更な気もした。
五話
夏真っ盛りになった。
蝉もうるさく鳴き、激しく暑い。日本の夏はカラッとした暑さではないところが暑さを増幅させるのかもしれない。
得体のしれない虫はうはうはと湧いて出て皆楽しそうに踊っている……。
正直苦手だ。
そしてもう一つ湧いて出るものが子供達である。
「なっつやすみだー!」
黒髪の少女、日高サキは『超常現象大好き部』の部室に来るなりそう叫んだ。
時期は放課後、終業式終了後の早帰りのお昼だった。
「やっと夏休みね。色々あって……長かった……」
部室の椅子に座っていた茶髪の少女、時野アヤはうんざりした顔で日高サキを見ていた。
「あ、日高さん遅かったね」
時野アヤの隣に座っていたのは唯一の男部員であり、この部を作った本人の俊也だ。
「ふふん、実はゲーム部に寄っていたのさ」
日高サキはよくぞ聞いてくれましたと言った風に胸を張った。
「ゲーム部ってテーブルゲームとかやっている部活だよね?こないだ、バックギャモンとか麻雀とかポン抜きとかページワンとかセブンブリッジとかやらせてもらったなあ」
「……全部大人なゲームね……。そしてマニアック……」
俊也の言葉に時野アヤは呆れたため息をついた。
「まあ、あたしはダイヤモンドゲームやりながらジャパゲー祭についての情報収集をしてたってわけさ」
「『じゃぱげーさい』って何?」
俊也は日高サキから当たり前のように言われてもピンとも来なかった。
「えー!知らないのかい!ジャパニーズゴッティっていう日本の神様と恋愛できる恋愛シミュレーションゲームだけど、それのキャラを使ったバトルゲーム、ジャバニーズゴッティバトルってゲームの大会が開かれるのさ。」
「な、なんか難しい……」
早口に語る日高サキに俊也は頭を抱えた。元々は乙女が喜ぶイケメン多数の恋愛ゲームのようだが登場キャラを使ったバトルゲームが姉妹作であるらしい。
「で?なんだかいやな予感がするのだけれど……」
時野アヤはあからさまに嫌そうな顔をしながら水筒のお茶を飲んでいた。
「それにうちのゲーム部が出るんだってさ。三人一組で」
「ぶっ……」
時野アヤはお茶を喉に詰まらせていた。
「それでねー……」
「ごほっ……もう先がわかるわ……。私達三人で出場したいって言うんでしょう?」
「さっすがアヤ!話が早い!そうなんだ!優勝は限定グッズなんだ!全力で勝ちたい!」
日高サキは勢いよく時野アヤに人差し指を向けた。
「……はあ……私、そのゲーム興味ないんだけど……」
「俊也君!俊也君はどうだい?もしかすると超常現象が起きるかも」
日高サキは何かたくらんでいるような顔で俊也を見据えてきた。
「え?あ、僕はあらかじめ日にちを言ってくれれば調整するよ?夏休みはあまり暇したくないんだよ」
「八月十一日!微妙に盆を外している所が策略だと思うんだ!じゃ、俊也君は空けといてね!で?アヤは?」
俊也が即答で行く事になったので時野アヤは煮え切らない顔をしていた。
「……俊也君が心配だし行くわよ。仕方ないわね。変な現象起こさないでよ」
俊也が行くと言えば必ずと言っていいほど時野アヤもついてくる。日高サキはそれを狙ったようであった。
「いえい!じゃあ、皆で行こう!絶対優勝―!ファイ!」
「ふぁ、ファイ!」
日高サキにとりあえず合わせて声を上げた俊也に時野アヤはまたも深いため息をついた。
そして八月の十一日になった。とてつもなく暑い日だった。蝉が姦しく鳴き、道路が太陽の熱で揺らいでみえる。
「暑い……。この会場もかなりの熱気だ……」
俊也はゲーム大会の会場である少し大きめのホールを見上げながら圧倒されていた。
「ほら、さっさと行くよ!」
やたらと気分上昇の日高サキは抑えきれないのかそそくさと会場内へと入って行く。
「なーんか……嫌な予感がするのよねぇ」
時野アヤが日高サキの背中を目で追いながら深くため息をついた。
「時野さん。行こうか」
俊也が声をかけると時野アヤは小さく頷いた。
二人は会場内へと足を運んだ。会場の部屋の一つに『ジャパニーズゴッティバトル!ゲーム大会会場!』とハイな文体で看板がかかっていた。
そこにはか弱くはなさそうなどちらかと言えば力強そうな女子達がチームを組み、まるで甲子園野球児のように燃えていた。
「うわあ……」
ライオンか何かにしか見えない女子達を前に俊也は青い顔で後ずさった。
「あー、エントリーして来たよ!」
ふと燃える女子達の中から日高サキが飛び出してきた。
「あ、おつかれ……。ところで僕達このゲームの練習すらしてないけど大丈夫なの?」
俊也は日高サキに声をかけつつ、心配事項を話した。
「大丈夫大丈夫!てきとーにやってくれればいいから」
「……あなた……まさか……」
時野アヤが日高サキを疑うような目で見ていた。何か良からぬことをしようとしているのではないかと疑っている目だ。
「ああ、あたしはそのまま出て、俊也君はてきとうにやってもらって、そんでアヤは……」
「……なんかあなたの隣でものすごく格式高いはずの神が呆れた顔して立っているけど……」
嬉々として語る日高サキの隣を時野アヤは凝視しつつ、ため息をついていた。
「そうそう。アヤの後ろから『みー君』を配置して……ほら、みー君は元々ゲーマーだから強いし人に見えないからちょうどいいっしょ?みー君に操作してもらうんだよ。いい考えじゃないかい?」
「全然いい考えじゃないわよ!なんでよりにもよってこんな超弩級の厄神を人が集まるゲーム大会に連れてくるわけ?あなた、太陽神をまとめる神でしょ!馬鹿じゃないの!」
時野アヤは日高サキに対して非常に怒っていた。
怒っている時野アヤもかわいかったが……それよりも……
いままでで不思議だった内容がけっこう簡単に暴露されたような気がしないでもない。
……そういやあ、みーくんって単語、前にも出てきたような……。
……超弩級の厄神ってこのあいだの天御柱神って事か?
……隣に……いるの!?
俊也は若干青ざめた顔で日高サキの隣を凝視する。しかし、見えないのであまり気にしないようにした。
戦いが始まった。
会場は熱気に包まれている。
俊也は順番まで冷や汗をかきながら他のチームのプレイを見ていた。
目には見えない女の戦いが繰り広げられている事とまわりの女性達のゲームの上手さが俊也を震わせている。
……こえー……。
皆、顔が怖い……。
もっとワイワイ楽しくやるゲームじゃないの?これ……。
プレイ中の女性達が握っているコントローラーは壊れるんじゃないかと思えるくらい激しくボタンが押されている。
……というか、これ、けっこう操作が難しいんじゃ……。
俊也は観察している内にさらに顔を青くした。
プルプル震えているだけの時間は残酷であっという間に日高サキ達チームの番になった。
……いやー!順番きちゃったー!
俊也は時野アヤ達の前なので努めて冷静にしていたが心はもう折れていた。
「あ、ちなみにさ……、僕は負けてもいいんだよね?」
完全に萎縮した俊也はとりあえず日高サキに確認をとった。
「何言ってるんだい?負けてもいいなんて言ってないよ!さあ!気合いをいれるよー!」
日高サキはやたらと気合いを入れていた。俊也はもうだめだと思った。
実況アナウンサーが日高サキチームと相手方のチームを会場のステージへとあげる。
どよどよとした声と歓声が俊也を包んだ。
よく聞くとどよどよしている原因は俊也にあるらしい。
この会場内で唯一の男性参加者だからだろう。女性達の興味が俊也に向いていた。
……ひぃー……よくよく聞くとあの子、どんだけ上手いのかしらとか聞こえるー……。もうやだ。帰りたい。
「あ、じゃあ最初は俊也君!よろしく!こういうのはラストに主将が出ていくもんだから最初はそんなに上手くない人が出てくるさ!」
俊也の心を丸無視した呑気な日高サキの声が耳に入ってきた。
もう逃げられない。俊也は仕方なくステージにあるゲーム機前に立った。コントローラーを持つがゲームをあまりやらない俊也はどのボタンがどれなのか全くわからない。
これはしばらくトラウマで何回か夢に出てくるかもしれない。
対するは小さな女の子だった。小学校低学年くらいかもしれない。かなり大人しい感じの少女だがなんだかオーラを感じる。
しかし、このチームは応援団まで引き連れ「なんとか神愛」とか書いてあるハッピみたいのを着ている。ちなみになんとかの部分は漢字で神の名前が書いてあるが難しくて読めなかった。
年齢はバラバラでなんかのコミュニティで出場している感じだった。
「第十五戦開始しますっ!キャラクターを選択してくださーい!」
アナウンサーが熱く叫んだので俊也は慌てて操作するキャラクターを選ぶ。
……わっかんねぇー!!何がいいんだ?横にスライドするには方向キーでいいのか?
まごまごしていたら時間切れでカーソルの合っていたキャラになっていた。
……えーと。天津彦根神(あまつひこねのかみ)?タイプ龍神?タイプ龍神って何?
気がつくと試合がスタートしていた。アクションゲームなので必殺技があるらしいがよくわからない。
「えーん……やり方がわからなーい……」
俊也は半泣きで方向キーを動かす。女の子は俊也の出方をうかがっているのかまだ攻撃を仕掛けてこない。上手いと思われているらしい。悲しいことだが。
「もう!何やってんだい!ガーッと倒すんだよ!」
日高サキが無茶な指示を飛ばし始めた。
「そ、そんなこと言われても……」
俊也がまごついていると女の子が攻撃を仕掛けてきた。当然だが女の子はとっても強かった。フルボッコにされヒットポイントが残りわずかになっていた。
秒殺である。
「もー!仕方ない!みー君!俊也君を助けてあげておくれ!」
「何バカなこと言ってるのよ!人間に厄神をつけるんじゃない!」
日高サキの発言に時野アヤは怖い顔で怒った。
「ちょっとだから平気だよー。みー君、お願い!」
日高サキが何にもない空間に手を合わせていた。
するとすぐに俊也に悪寒が走った。
「いっ!?なんだ!なんか気持ち悪い……」
寒くないのに寒く、変なものがあふれでてくるような気持ち悪さを感じる。
ふと気がつくとコントローラーのボタンが触ってもいないのに勝手に動いていた。
「うぎゃあああ!?」
俊也は恐ろしさのあまり叫んだ。
「こんっ、こんっ、コントローラーがっ!」
しかもコントローラーから手が離せない。何かに包み込まれている。
これは一種の恐怖である。
……呪いだ!呪いのコントローラーだ!!
「た、助けて……」
俊也は情けない声で小さくつぶやくとそのままぶっ倒れて気絶した。
「はっ!」
どれだけ経ったかわからないが俊也は目を覚ました。気がつかない内にベッドに寝かされていた。会場内の医務室のようだ。
しばらくぼうっとしていた俊也は時野アヤの怒っている声を聞いた。
「だから言ったじゃない!俊也君に厄神つけるバカどこにいるのよ!あなた、ほんとに太陽神のトップなわけ?人間に混ざって生活している時神の私だって倒れそうなのに!俊也君になんかあったら許さないからね!」
「すみましぇーん」
怒り心頭な時野アヤに反省の色がまったくない日高サキの声が重なる。
……なんかよくわかんないけど……時野さんが心配してくれてる……。
畜生!好きだ!
とりあえず、俊也の気持ちはまとまった。
……あ、そういえば試合は?
俊也はゲーム大会の事を思い出し勢いよく起き上がった。
起き上がるとすぐ目の前に時野アヤと日高サキがいた。
「あ、俊也君!大丈夫?」
時野アヤが俊也に気が付き、心配そうにこちらを見た。
「う、うん。大丈夫。それよりゲーム大会どうなったの?」
「俊也君が気絶しちゃって二人になっちゃったから棄権したの」
「申し訳ないね……。なんか変な悪寒がして……。昨日はよく寝たはずだったんだけど……」
俊也の言葉に時野アヤは日高サキを睨んだ。
「サキィー……」
「だ、大丈夫!大丈夫!ほんとは勝てた試合でグッズもゲットできたはずだったんだけど、し、仕方ない、仕方ない。あ、あたしの采配ミスって感じで……うん、そんな感じで……」
日高サキはなにかを隠すように歯切れが悪く答えた。
「なんで倒れたかわからないけど、なんかヤバい体験しちゃった気がする。緊張してたからかな?大会台無しにしちゃったし、なんか冷たいパフェとか食べに行く?僕がおごるから」
「え?ほんと!ありがとー!気がきくじゃないかい!じゃあ、お言葉に甘えて……いでっ!」
日高サキがホクホクした顔をしているところへ時野アヤがパシッと軽く頭を叩いた。
「図々しいわ!あなたがおごってあげなさい!すべての元凶はあなたでしょ!」
「うう……わかりましたぁー」
「?」
時野アヤの発言に俊也は首をかしげた。
「ああ、俊也君、大丈夫よ。サキにおごらせるから好きなの食べましょ」
「え?なんかよくわからないけど、僕が倒れたのがいけなくない?なんで日高さんがおごるの?」
「いいから、いいから」
俊也の頭はハテナでいっぱいだった。
「あ、そうだ!この会場内のカフェでジャパゴ特別メニューがあるんだよ!そこ行こう!」
日高サキは元気を取り戻し、笑顔を俊也に向けた。
「う、うん。いいけど、一体何があったの?」
「なんもない。なんもないよ!」
日高サキと時野アヤにかなり誤魔化されたので気にしないようにした。
俊也はゲームのコントローラーがしばらくトラウマになってしまった。その日の夢で着物を着た人間離れした男が嬉々とした顔でコントローラーを動かしている謎の夢を見た。男は俊也に笑みを向けるともうひとつあいていたコントローラーを渡してきた。
一緒にやろう!楽しいぜ!とか言われて恐怖に襲われた俊也は絶叫しながら目覚めたのであった。
どこか涼しい夏休みの思い出になった。
六話
「そういえば、七夕でよく出るオリヒメとヒコボシって雨なら会えないんだっけ?」
俊也は部室でまったりしながら窓から外を見た。
外は雨が降っておりグラウンドを濡らしていた。
「秋の長雨に話す内容かしら?それ」
俊也の横で椅子に座って読書をしていた時野アヤは本から目を離さずにあきれた声をあげた。
季節は秋である。ちなみに十月だ。
紅葉が色づき、校庭にはえている銀杏は葉を黄色くしていた。
「いやあー、古典の先生がなんか話してた内容を急に思い出して……」
「ああ、七夕のモデルは神様って話ね。古典は変な話が多いわよね」
「まー、オリヒメ、ヒコボシは七夕雨でも関係なしに会ってるね」
時野アヤと俊也の会話に割り込むように日高サキが嬉々とした声をあげた。
「そうなの?」
「うん。だって雲の上はいつも晴れてるし」
「あ、そうだね。それは盲点だったよ」
日高サキの言葉に俊也は妙に納得した。
「明日晴れるみたいだし、皆で夜空観賞でもするかい?」
日高サキが突然秋の夜空観賞を提案してきた。俊也は首を傾げて日高サキを見る。
「え?だって日高さんは門限あるんじゃ……」
「今は十月、神無月じゃないかい。会議はあるけど、二、三日の休みなら取れるんだよ。集まりがあるだけで対してやることもないしね」
日高サキはさも当たり前のように返してきた。
「いや、意味わかんないよ!?」
まるでどこかの神様のような言い方に俊也は突っ込まざる得なかった。
日高サキは色々とミステリアスだ。彼女の家で一体何の会議がおこなわれているというのか?
集まりとは何か?家族はバラバラなのか?ならばなぜ門限が?
など、俊也の頭から疑問は消えない。
とりあえず、俊也は隣にいた時野アヤに目を向けた。
「時野さんはどうする?僕はなんだか楽しそうだなって思うけど」
「いいんじゃないかしら?秋は静かに時を過ごしたいし、雨の後なら空気が澄んで月もきれいだろうし」
時野アヤは俊也の問いかけに小さく微笑んだ。
……時野さんっ!今の顔、かなりかわいい!!スマホで撮りたい!!
俊也は時野アヤの微笑みに釘付けになりながらも言葉を発した。
「え、えーと!じ、じゃあ、明日の夜でいいのかな!?どこにするの?明日土曜日だけどっ!」
声が上ずっていた俊也を不思議そうに眺めながら日高サキがうーんと唸って口を開いた。
「せっかくだし、こないだ七夕祭りやってた海にでも行く?」
「ああ、あのローカル線走っている田舎ね」
「小旅行だね!どうせなら民宿とかで泊まろうじゃないかい!」
なんだか女子同士で盛り上がっているが俊也は違うことで盛り上がり始めていた。
……女の子ふたりと星空眺めに海に!?
なんてロマンチックなんだ!!
泊まりなら布団ひいて両脇に女子!ハーレムだ!やばい!!
鼻の下が伸びた俊也はふと我に返った。
……いやいや、なんて事を考えているんだ。男は僕ひとりだぞ。ロマンチックな星空の後に両脇に女子なんて僕がなんか問題起こしたら大変じゃないか!!
そこでこんな考えが浮かんだ。
「妹を連れてけばいい!兄妹がいることで自制が効くはず!」
「はい?」
考えを口にしてしまった俊也は日高サキに不思議な顔をされた。
「あ、いや、えーと、実は妹がいてその妹にも星空見せてあげないなーとか……」
「へぇ、あなた、妹がいるの」
俊也は時野アヤにそう尋ねられて呼吸を整えてから小さく頷いた。
「母親が超元気な健康優良児で一年経たない内に妹を妊娠したから同学年なんだけど」
「え!?なんかすごいわね。それ」
「この学校にいるよ。クラス違うけど……」
「いいじゃないかい!連れてきなよ!」
日高サキはわくわくした顔で俊也を見た。
「うん。じゃあ聞いてみるよ。変わり者だけどよろしくね」
「俊也君も変わってるけど……」
時野アヤは呆れた顔で俊也に答えた。
次の日、曇天だった空はすっかり良くなり、秋の心地よい風がふくきれいな青空になった。
夕方頃に現地集合する予定で話がまとまっていたので俊也はローカル線に乗って海の見えるど田舎までやってきた。
メールで妹を誘った結果、妹は喜んでついてきた。
「星空なんてロマンチックじゃない!あ、待ってね、この夕日とゴボちゃん撮るから!」
電車から降りるなり妹はカバンからカエルのぬいぐるみを取り出すと枯れ葉がのるベンチの上に置いた。スマートフォンで写真を撮っている。
「ねぇ、サヨ……何してるの?」
俊也が不気味に思いながら妹のサヨを眺めた。サヨはクルクルカールしたボリュームのある髪を揺らしながら俊也に微笑み言った。
「何ってゴボさんを撮ってるんだよ。見ればわかるでしょ?」
「いや、だからなんでカエルのぬいぐるみの写真をここで撮ってるの?って話なんだけど」
「ぬい撮りだよー。おにぃはそんなことも知らないの?インスタにアップするの!」
サヨはゴボさんと呼んだカエルのぬいぐるみをカバンにしまうと呆れた声をあげた。
「はあ……」
俊也はよくわからず、てきとうに返した。
「ずいぶんとクセの強い妹さんだわね」
ふと時野アヤの声が聞こえた。振り向くとボロボロな改札口から時野アヤが顔を出していた。
「ああ、時野さん、もう来てたんだ。えっと、妹のサヨ」
俊也は時野アヤに動揺しながらもサヨを紹介した。
「サヨちゃんね。今日はよろしく。私はアヤよ」
時野アヤはサヨに丁寧に挨拶をした。
……サヨにもこれくらいの落ち着きがあったら……
俊也はため息をつくとサヨをちらりと横目で見た。
サヨは満面の笑みで頭を下げる。
「アヤ、今日はよろしく!夜空とゴボちゃんキレイに写真撮れるかなあ」
「そのゴボちゃんってカエルは暗くて写らないでしょうね」
時野アヤは冷静に言葉を返した。
「いやっほー!皆もういるのかい!」
時野アヤが返事をした刹那、気分上昇中の声が響いた。
日高サキだ。
日高サキはいつからこの駅にいるかわからないが一度改札を出て散歩をしていたようだ。改札を出た少しは離れた場所で手を振っていた。
「なんだ、僕達が最後か」
俊也は彼女達を待たせてしまった事を申し訳なく思いつつ、サヨを連れて改札を出た。
「こんちは!私はサヨ!たぶんほんとは砂夜(さや)!おにぃはたぶん俊夜!よろしく」
「え?」
サヨが突然意味不明な自己紹介をはじめたので日高サキと時野アヤは目が点になっていた。
「あ、えーと……変わってるって言ったよね……。こういうこと」
俊也はなんだか恥ずかしくなり苦笑いを浮かべた。
「確かに強烈……」
「うちの両親が言ってたの!代々夜がつく名前なんだけど、時代にそぐわないし夜は忍者を引き継いじゃってる感じがするから変えようってね!」
「は、はあ……」
サヨのどや顔に時野アヤはなんて言えばいいかわからなくなっているようだった。
「あ、うちは両親も変人だからさ……。忍者の末裔だとか言いはじめて夜を引き継ぐかどうかみたいな話をしてたらしいんだ。サヨはそれを真に受けてるだけだよ……はは」
俊也は口角を上げて無理やり笑みを向けた。
「へぇ……」
時野アヤと日高サキは返答に困りながら頷いた。
……うわー、絶対変な家族だと思われてる……妹よ……
俊也は半泣きでサヨを見つめた。
「ま、まあとにかく……海岸行くかい?そろそろ日が沈むし」
日高サキが冷えた空気を暖かくするべく半笑いでつぶやいた。
俊也達は田舎道をのんびり歩き、沈む夕日を観賞しながら海岸へ向かった。日が沈むのが早くあっという間に真っ暗になった。
夜になるにつれて風が冷たく、海に行くにつれて寒くなってきた。
「うう……海風か冷たい……。いつも不思議だけど女子は寒いのによくスカートはけるなーって思う」
俊也は学校の制服を思い出しながらぶるると震えた。
「私達は逆に夏はあんなに暑いのによくズボンはけるなあと思っているわよ」
今日はズボンを履いてあたたかい格好をしている時野アヤが辺りを見回しながら答えた。
「てゆうかさ、女はスカートで男はズボンとかっていう制服は男女差別だと思うー。寒い時はジーパンとか履かせてほしいー!」
こんなに寒いのに丈の短いスカートを履いているサヨが文句を言った。
「制服でジーパンっておもしろいじゃないかい!男女ジーパンなら統一感あるよねぇ!」
日高サキはゲラゲラ笑いながらサヨをつついている。意外にこのふたりは馬が合うのかもしれない。
くだらない会話をしている間に海岸へついた。人は誰もおらず、月の光と星の光で真っ暗ではないが不気味な感じだ。
波の音だけが静かに聞こえる。
「なんていうか、なんもないじゃん」
「サヨ、何を期待してたの?」
俊也は連れてきたことを若干後悔しながらわめくサヨに尋ねた。
「もっとキラキラな感じかと思ったー」
「きれいじゃないの。静かだし、冬が近づいている感じのするインディゴの夜……」
サヨとは真逆の時野アヤが満足げに星空を見上げていた。
……ああ、時野さんきれいだ……
なんとなくロマンチックな気持ちになってきた俊也をサヨがさらにぶち壊した。
「ゴボさん!登場!月の光に照らされたゴボさん!」
サヨはカエルのぬいぐるみを取り出すと月にかざしながらスマホで写真を撮りはじめた。
「はあ……」
俊也はますます連れてくるんじゃなかったと後悔した。
「きれいじゃないかい。夜なんて久しぶりに経験したよ!」
もっともおかしな事を言っているのは日高サキだった。
「あんた、変なこと言うね!そそるわー」
いつの間にかサヨのお気に入りになったらしい日高サキにサヨは微笑んだ。
「いやあ、ほんとの事をなんだけどねぇ」
日高サキは笑みを浮かべながらこくこく頷いていた。
彼女は時々本心か冗談かわからないときがある。
「なんか……この状態が怪現象のような気がする……」
俊也は星空を楽しむよりもこの不可解な発言をしまくる彼女達に興味がいってしまった。
「あなたの妹が一番不可解だわ」
ふと時野アヤが呆れた顔でこちらを見ていた。
「はは……」
俊也は戸惑いつつ苦笑した。
「決めた!私、この部活入る!なんか楽しー!」
一体どういう話からそうなったのかわからないがサヨは盛り上がりながら日高サキに叫んでいた。
「いーよ!あんた楽しいしあたしもあんた好きだわ!」
日高サキも満面の笑みで答えていた。
「なんで……こんなことに……」
「星空眺めてる場合じゃないわね……。せっかく静かできれいなのに」
呆然と立つ俊也に時野アヤはため息混じりにそう言うと頭を抱えた。
しばらく夜空を観賞した俊也達はあまりに寒いので昨日とった民宿に向かった。
「私ね、いつか先祖に会ってみたいの!忍者の子孫なんておもしろいでしょ!まあ、忍者だから調べてもなんも出てこないと思うけどね!しかし、田舎の夜って街灯もないんだね!昔の人は大変だっただろうなあー。あ、忍者って夜、目が見えたらしいよ!」
サヨはマシンガントークで次から次へと言葉を発している。
……なんかサヨ、楽しそうだなあ……
俊也はしみじみそんなことを思った後に宿について考えた。
……てか宿、やばくないか!?女の子ふたりと妹に挟まれたらどうしたらいいんだよ!!
頭が真っ白になっていた時間がどれだけだったかわからなかったがいつの間にか布団に入っていた。布団に入ってからしみじみ今の状態を見て思った。
……だよな……
俊也は壁越しにケラケラ笑っている女の子三人の声を聞きながらひとりため息をついた。
俊也は狭い部屋でひとり、寝ることにした。
当たり前だが別部屋であった。
どこか残念な気もした。
※※
その夜、なぜかいつぞやで夢に出てきた銀髪の男がこちらを向いて笑っている夢を見た。
それはいつだったか……
稲城ルルという娘がエクレアをくれたあの時か。
「祖先だー!!」
銀髪の男に驚いた俊也は寝言でそう叫んでいたらしい。
薄い壁の奥にも聞こえたようで次の日の朝、サヨと日高サキにさんざんいじりまくられてしまったのだった。
秋の短い思い出である。
七話
秋も深まり、冬に近い秋。
朝晩よく冷え、霜もたまにおりている。木々の葉はほとんどなくなり冬が間近なそんな期間。
こんな時になぜ……
なぜ……
「マラソン大会なんだー!!」
俊也はいつもの部室で頭を抱えながら叫んだ。
「いいよ!いいよ!別に!忍者の身体能力の高さを見せる時だ!おにぃ!」
隣に当たり前のように座っている妹のサヨがカエルのぬいぐるみ、ごぼさんだか、ごぼちゃんだかを机に置いて楽しそうに笑った。
彼女はこないだ勢いでこの部に入部してきた厄介者である。
「……僕らは忍者じゃないっしょ」
俊也は呆れた顔でサヨを見た。
「マラソン大会ってなんでやるのかしら?全く意味のない行事だわね」
部室の隅で小説を読んでいた時野アヤが本から顔をあげずに会話に参加してきた。
「やっぱり時野さんもマラソン大会嫌い?」
俊也は時野アヤがマラソン反対派だと思い、仲間を増やそうとそう尋ねた。
「嫌いではないわね。運動は大事だと思うし、走りきった達成感みたいなものはあるから」
時野アヤは意外な答えを返してきた。俊也は肩を落としてため息をついた。時野アヤは自分に賛同してくれると思ったからだ。
だが、ここで普段言いそうにない人物がマラソン反対を訴え始めた。
「あんなのただ疲れるだけで意味ない行事だよ。あたし、やりたくないよー。どこ走るんだっけー。めんどくさいじゃないかい……。あー、めんどー。休みたいー」
「日高さんはマラソン大会嫌いなの?好きなイメージだったんだけど」
「嫌いだよあんなの。やる意味わかんないよ」
あからさまに嫌な顔をした日高サキが俊也にそう言い放った。
「へぇ……意外」
「はあ、こんな寒い時期に……で、いつどこでやるんだっけー?」
日高サキはやる気なさそうに尋ねてきた。
「近くの広い公園ね。ちなみに明日よ」
時野アヤが盛り上がることもなく答えた。
「えー!あのでっかい公園!?やだよー。五キロくらいありそうじゃないかい……」
「女子は大道路の中に入り込んでいる小さい道路を走るから実際二キロ!だよーん!私はバリバリ五キロ走りたいのになー!!」
今度はサヨがいつもの盛り上がりで声をあげた。反対に俊也は気分が落ちていた。
「男子は大道路と小さい道路両方の五キロだよ……。男子は体力あるって言ったやつ誰なんだよ。憂鬱だよー」
「しっかりしなさいよ。たかが五キロじゃないの。駅伝の選手なんてどれだけ走ってると思っているの?私は頑張っている俊也君が見たいわね」
「なっ……」
時野アヤが何気なく言った言葉に俊也はいままでの発言を後悔した。
……時野さんに呆れられてるっ!!
頑張らないとダメだっ!
男は何気ない言葉に本気になってしまう生き物である。無駄にプライドが高かったりする。
「と、時野さん!僕はけっこう速いんだよ!足!本番いいとこいくと思うよ!」
こんな風に見栄を張ってしまうのも男の悲しいところである。
時野アヤはそれを知ってか知らないかわからないが柔和に微笑み頷いた。
「そうね。まだ若いんだから頑張りなさい」
「まだ若いんだからってー、アヤも若いじゃん!ウケる!」
時野アヤの婆臭い発言にサヨは無駄に爆笑していた。
ともあれ、明日はマラソン大会である。超常現象なんて探している余裕はなかった。
しかし、このマラソン大会で俊也はプチ超常現象を経験することになるのだった。
なんとなく次の日になりマラソン大会が始まった。俊也は寒空の中、ジャージを着て震えながら公園に入った。
「ひー、寒いー。もう無理だー!」
冷たい風が吹き、俊也は寒さに悶えた。
「俊也!準備運動しようぜ!」
男子が走る大道路についたらすぐ友達の白沢圭一が話しかけてきた。彼は少し前に稲城ルルという不思議な女生徒の話を持ってきた男だ。ちなみに彼女がいるらしい。それも稲城ルル騒動の時に聞いている。たしか、圭一の彼女が稲城ルルの名前を聞き出したとか。
「おう!」
俊也は圭一と一緒に準備運動を始めた。
「女子が後から走るらしいな。先にいいとこ見せるチャンスだぞー」
圭一は相変わらずおちゃらけたまま俊也と前屈をした。
「ま、まあねー……」
俊也は一瞬時野アヤを思い浮かべたがブンブンと首を振った。
「ちなみに俺の彼女、あそこで叫びながら手を振ってる」
圭一が照れ笑いを浮かべながら少し遠くにいる女子達を指差した。
なんとなく俊也も顔を向ける。
「なっ……!?」
視界に入った女子達の中でありえない女子がこちらに向かって手を振っていた。
「けーいちぃ!ガンバレー!おにぃもイケイケー!」
「ちょっ!?」
手を振りながら叫んでいたのはサヨだった。
と、いうことはつまり……
「サヨが圭一の彼女!?」
「お前、今おにぃ言われてたぞ!どーゆーことだよ!!」
俊也と圭一に大混乱が起きた。
しばらく騒ぎ散らした俊也と圭一は深呼吸をして心を落ち着かせた。
「はあ……はあ……。走る前から疲れた……。で?どゆこと?」
「妹なんだよ。単純に……」
圭一の質問に俊也は簡単に答えた。
「なんだって!?妹?双子か?」
「違うんだ。一年以内に産まれた子だから同学年だけど、一才違い」
「マジかよ!そゆことか!てか、え?ほんとのマジなの!?」
走る前から心臓が止まりそうだった。
「マジだよ」
「名字が一緒なのは知ってたが望月なんてよくある名字じゃん?さすがに兄妹とは思わねーよ!だいたいお前ら似てない!」
「ま、まあ似てないといえば似てないね。性格も」
俊也は苦笑いを浮かべながら肩を動かした。
「なんか不思議な縁だなー……俺、怖い」
圭一がおどけて言った時、体育の先生から集まるようにとの声かけが始まった。
「はあー……はじまる……走る前から疲れた」
俊也達はそこで会話を切り、位置についた。
……一瞬戸惑ったけど、とりあえず、時野さんにいいとこ見せる事だけ考えよう!いっそのこと運動部に勝つとか……
「とりあえず、俺はサヨにいいとこみせるぜぃー!」
圭一が隣で意気込んでいるのを眺めながら俊也はなんだか複雑な気分になった。
体育の先生が合図をだしマラソン大会がはじまった。男子生徒がいっせいに走り始める。
「ちくしょー!運動部はやいっ!」
圭一が開始早々弱音を吐き始めた。
「ふー。走りたくはないけど時野さんのため、頑張るぞ」
俊也は息を吐くと圭一を追い抜かして一気に駆け抜けた。
「おい!そんなハイペース、五キロもたないぞ!しゅんやーっ!」
圭一の声がするが俊也は足を緩めずにどんどんスピードを上げていく。
……まあ、ちょっと本気出せば運動部には楽勝なんだけどね。
でも、疲れるからなあ……。
いやいや、時野さんを思い出すんだ!
みたいな事を考えていたら特に息もあがらずに一位でゴールしていた。
「ウソだー!ばけもんか!お前っ!」
走り終えた圭一と他の男子生徒が口々に俊也に驚きの声をぶつけた。
「お前、絶対、足遅いキャラだと思ってた!そんでマラソン大会やだなーとか言ってるかと……」
圭一は俊也に失礼な事を連発しながら叫んでいた。
「あれ?僕ってそんな風に見られてたの?走るのは割りといけるんだよ。嫌いなだけで」
なんだかショックを受けている圭一にため息をつきながら準備体操をはじめた女子達に目を向けた。
……時野さんは……
キョロキョロと時野アヤを探しているとふと声がかかった。
「意外ね。とっても速くてカッコ良かったわ」
「時野さん!」
すぐ近くにいた時野アヤに素敵な言葉をいただいた俊也は顔をほころばせた。
「てゆーか、ほんと、化け物並みに速かったよ。まるで忍者みたいじゃないかい?」
「だーかーらー、忍者の家系なんだってば!」
時野アヤの横にいつの間にかいた日高サキとサヨも俊也の足の速さと持続力を誉めていた。
……もう、時野さんに誉められたからいいや。皆の走りを見ておいてあげよっと。
そう思った俊也は大きく伸びをして妹含む女子達を眺めていた。
ちなみに圭一はサヨに特に何も言われていなかった。
かわいそうな圭一。せめて誉めてやれよ。彼女でしょ……
とも思ったが面倒だったので流した。
女子達が走る番になった。
俊也はジャージを着直して時野アヤと日高サキの頑張りを眺めることにした。
サヨは別にいい。あれはいつも通りぶっちぎりなはずだ。
なんせ、忍者の家系だからねっ!
みたいな。
体育の先生が合図し、女子達が走りはじめた。俊也の目線は超常現象大好き部にそそがれる。
……がんばれ!時野さん!日高さん!
なんとなく応援ムードだったがしばらくしてなんだか変だと思い始めた。時野アヤは走っているが走っている感じがしない。それにいつの間にか日高サキがいない。
……なんで?あれ?
ついでにサヨも探した。サヨは運動部を遥かに離してぶっちぎりで走っている。
速いっ!!
彼女は百メートル十秒というオリンピック選手も目を丸くする記録を持っている。おまけに持久力も人間離れしている。ちなみに彼女はなんの運動もしてきていない。
見れば見るだけ恐ろしい妹である。
「そんなことよりも……」
俊也は時野アヤと日高サキを探す。
時野アヤはやはり走っているが走っている感じがしない。違和感しかない。
……そうか!息が全くあがっていないどころか時野さんだけ時間が止まっているんだ!
結論は出たがよく考えると自分は何をいってるのか意味不明だ。
日高サキについては本当にわからない。こっそり逃げ出したのか?
不思議に思っていると女子のマラソンは終わっていた。
「終わった……」
俊也が呆然としているところに時野アヤと日高サキが何事もなかったかのように現れた。
「はあー!終わった!俊也くん、今日は部活やるのかね?」
日高サキがニコニコ笑みを向けながら俊也に話しかけてきた。
「う、うん。やるつもりだけど……」
俊也はなんとか答えたがもうこれが超常現象になっている気もする。
「サキ、あなたズルしたわね?太陽神の使いサルにダッコされているのを見たわよ」
時野アヤが意味不明な発言を日高サキに向かって発した。
「そういうアヤだって自分の時間をずっと巻き戻して疲れないようにしてたじゃないかい」
日高サキも意味不明な発言で対抗した。
「え、えーと……ふたりとも……よく走ってたと思うよ……。たぶん」
俊也は戸惑いながらふたりをなだめた。
「ふーん。なるほどねー」
ふとサヨの声が聞こえた。
「サヨ、サヨは言うまでもなく速かったね」
俊也がとりあえず、サヨをほめた。
「あんた達、神様でしょ!」
サヨは俊也を丸無視し、時野アヤと日高サキに言い放った。
「ちょっ?サヨ、何わけわからんことを……」
俊也は相変わらずのぶっ飛んだ発言に冷や汗をかいた。
……変な妹がいると思われるっ!
俊也は何言われるかとビクビクしていた。時野アヤと日高サキは文字通り困惑していた。
……そりゃ、そんなわけわからんこと言われたら困惑しちゃうよ!
俊也はサヨにそう言おうとしたがふたりはそれで困惑していたわけではなかった。
「バレちゃった?」
日高サキが突然サヨに苦笑いを向けた。
「うん。そんだけやられたらわかるよ!私は神様見えるし!」
「あーっ!ごめん!妹はわけわかんないんだ!前にも言ったけど不思議ちゃんなんだよ!」
サヨのわけわからない発言に俊也は慌てて声を被せる。
「おにぃ、おにぃはこのふたりと一緒にいてよく変だと思わなかったよねー。太陽神と時神でしょ。このひと達」
サヨは当たり前だと言うように胸を張って答えた。
「太陽……時神?」
「まあ、そんなのいいじゃないの。また部室で活動しましょ」
時野アヤは一瞬戸惑ったがすぐに元に戻り俊也に笑みを向けてきた。
「う、うん。ま、まあいいか」
俊也は時野アヤの笑みに負け、顔が緩み、どうでもよくなった。
「帰りにクレープでも食べる?おいしーとこ知ってるよ!」
サヨはそれきり何にも聞かず、いつも通りに戻った。
「いいねぇ。あたしはなに味にしよっかなー」
サヨと意気投合している日高サキも表情を元に戻し笑っていた。
「なんかおいてけぼり……こりゃあ皆不思議ちゃんだ……」
謎のマラソン大会は謎のまま終わった。
八話
そういえばサヨは昔から変な妹だった。神社の境内見て手を振ったり、屋根の上とかを不思議そうに眺めていたり……。
そんな彼女は父親に似て青い瞳をしている。青いと言ってもよく見ないとわからないくらいだが兄である俊也とはあきらかに違った。
ちなみに俊也は母親似だった。母親は典型的な日本人といった容貌で瞳は茶色だ。父親は日本人のはずだがなぜか瞳が青く、自分にはロシア人とかの血が入っているんだ!かっこいいだろ!とことあるごとに自慢してくるのだった。
「まー、確かになんかかっこいいとは思ったけど……」
俊也は自室のベッドの上で物思いにふけっていた。
季節は凍りつくくらい寒い時期で外は軽く雪が降っており布団にくるまっていないと体があたたまらない。
明日、終業式でそのまま冬休みだ。一年なので比較的暇である。
俊也はこれから寝るところだったが隣の部屋にいるサヨがなんだかうるさいので文句を言いにいこうと布団から出た。
「うーっ……寒い……。おーい。サヨ?何してるの?うるさい」
俊也は体を震わせながら廊下に出て隣の部屋のドアをトントン叩いた。
「あ、おにぃ?ごめそん。うるさかった?」
サヨはドアを勢いよく開けて顔を出した。ドアの勢いが良すぎて俊也はドアに鼻をぶつけ悶絶していたがそれよりも文句を言う方が重要だ。
「夜中にドタドタバタバタ何してるの!近所迷惑だし、父さん、母さん起こしちゃうよ。あ、おにぃもな……」
「いやー、ちょっと個人で忍者の修行をねー」
サヨは反省したのかしてないのかわからないが一冊の本をかざした。
タイトルは『忍者はこんな修行をしていた!』だった。
よく見るとサヨは動きやすいジャージを着ており、部屋をチラ見するとゴム紐が机とベッドの足に縛り付けられていた。部屋の対角線にゴム紐が張られているようだ。
「サヨ……まさか」
「うん!このゴム紐を渡るのー!!なかなか渡れなくてね」
サヨは胸を張って言い放った。
「やっぱり……。いいからもうやめてよー……」
俊也がうんざりした顔でサヨにお願いした。サヨは突然こういうことをやる。夜中とかに。
おそらく、ドタバタという音はこのゴム紐に乗れず、何度もひっくり返った時に生じる音のようだ。
「てか、明日終業式だよ。まだ学校あるよ。もう寝なよ」
「あーあー、おにぃは真面目!マジマジメッ!マジリナイマジリッケナイマジマジメマジナイマジマジマジナイワー!」
サヨは俊也に一通り叫ぶとため息をついた。ちなみに後半のカタカナは俊也には呪文に聞こえたからこんな感じである。
日本語はたぶん、まじ真面目!混じりない、混じりっ気ない、まじ真面目、まじない。まじまじまじないわー。だと思われる。
「まあ、とにかく寝なよー」
俊也は半分以上聞き流すとサヨに一言言ってドアを閉めた。そのまま自室に戻りベッドに倒れる。
ふと横を見ると枕元に置いてあったスマートフォンのランプ部分がチカチカ光っていた。メールかなんかきているようだ。
俊也はスマホの画面を開きチャットのアプリを起動させた。俊也は今時の人間なのでメールではなくグループチャットをやっている。
誰から来たのか確認すると超常現象大好き部のチャットだった。
時野アヤからであった。
不思議と夜になると日高サキとは連絡が繋がらない。なのでグループチャットに参加するのは時野アヤと妹のサヨになる。
時野アヤは実にシンプルな言葉で「サキが終業式後に行きたいところがあるみたいなんだけど、皆で行こうと聞かないの。大丈夫かしら?」
と言ってきていた。
その後、サヨの不思議な言葉が続く。
「りょーかい道中ひざくりげ!めっちゃありよりー!ひまたんだし、うちかえってもごろりんきめこむだけだから良きー!とりま、どこ行く?」
絵文字だらけで相変わらず文面不明な内容。それよりもまず、返信が早い。女子はすごい。
「どこに行きたいかはわからないの。サキはいつも突然だから」
「おけまるー!それまウケるー!サキのいきたいとこねー」
二人の会話に俊也はいつ返信するか迷った。
とりあえず、続いた会話を流しつつ、寝る前に一言「わかった」と送っておいた。
それからはよく覚えていない。
次の日、眠い目をこすり、寒さに凍えながら俊也は終業式に出ていた。体育館で行う終業式はとても寒い。半分寝ながら校長の話を聞き流し、学校はすぐに終わった。
なんとなくすべてが普通の俊也は期末テストの結果も平凡で可もなく不可もなくであった。
故に補習もなく、赤点でもない。つまり、今日から冬休みである。ちなみにサヨも平凡だ。きっと彼女は頑張ればもっといけるだろうがなんせやる気がない。
ふたりは無事冬休みを向かえられた。時野アヤと日高サキも特に問題はないだろう。
彼女らはなぜかいつもワンツートップである。
少し前の一年全国模試でトップだったふたりにどうしてそんなに頭が良いのか聞いてみたことがあった。時野アヤは努力だと言ったが日高サキは意味深な事を口走った。
「え?そりゃあ、毎回同じだからねぇ。ここ十年くらいオンナジだし」
……ここ十年くらい同じとは……一体。
よくわからなかったので流すことにした。俊也の悪いクセである。
話を戻そう。
俊也は日高サキが待ち合わせ場所として指定した校門前で三人を待っていた。三人はすぐに現れた。
「同じクラスなんだから教室から一緒に行けば良かったねぇ」
日高サキは呑気に手をヒラヒラ振りながら俊也の前まで来た。
「おにい!昨日、話の途中でリダったでしょ!既読スルーだ!せめてスタしてってよー」
何を言っているのかわからん妹に俊也は苦笑いを浮かべ、とりあえずあやまっておいた。
おそらく昨夜、俊也が眠気に勝てずに寝てしまった事を言っているらしい。
……リダったとは離脱かな?スタとはなんだ?
「ああ、スタンプ押すってことか。最近はOK!とかおやすみ!とかキャラクターが可愛く描かれたイラストを絵文字代わりにのせるとか」
俊也はふむふむと頷いているとサヨが呆れたため息をついた。
「おにぃ、そんな事も知らなかったの?ジョーシキじゃん」
「サヨ、あまり俊也君を怒らないの。疎くてもいいじゃない」
時野アヤがどうでも良さそうにサヨに言った。
「まあ、いいけどー。私が作ったわけじゃないし、えらそーに言うのもなんか変だしー」
サヨはやれやれと手を振ると日高サキに目を向け尋ねた。
「で?どこいく?」
「ふふーん。あたしはついに見つけたんだよ!あんた、見えないもんが見えるって言ってただろ?先祖だと思われる忍者に会いたくないかい?」
日高サキは悪巧みをしているような不気味な笑みをサヨに向けた。
「え!?会えるの!?会いたい!見たい!でも、幽霊ならこの世に残っちゃってるじゃん!自縛霊とかじゃん!危なくない?」
「大丈夫さ!彼は神になっていたからねぇ」
「神!すごいっ!」
サヨの瞳がキラキラに輝いていた。
「ちょっと待ちなさい!そのために集まったの?俊也君まで呼んで……。やめなさいよ!」
時野アヤは日高サキに鋭く叫んだ。しかし、日高サキはどこ吹く風であった。
「だってこれ、超常現象大好き部じゃないかい?超常現象を楽しまないとー!」
「ないとー!!」
日高サキの言葉にサヨが便乗して一緒に叫んでいた。
時野アヤは本格的に頭を抱えてしまった。
「あ、あの……時野さん。僕は大丈夫だよ。元々そういう部活だし。僕がこういうのに興味を持ったのは僕には見えないものが見えていたサヨの影響なんだ。それとも時野さんはこういうのダメ?だったら無理しなくても……」
俊也は時野アヤを心配して声をかけた。
「無理はしてないわ。ただめんどくさくなりそうだと思っただけよ。いいわ。私も行くから……」
時野アヤはため息混じりに答えた。
……なんだ。時野さん。実はすごく行きたいんだ!かわいいっ!!
女の子のそわそわした感じいいなあ……。
俊也は時野アヤをほんわかした気分で眺めていた。しかし、時野アヤの方は本当に面倒くさいと思っていたようである。俊也はそれに全く気がついていなかった。
一同は学校を出て近くにある商店街とは逆に歩き出した。
「サキ、こっちは山なんだけどー」
サヨが不思議そうに日高サキを見据えた。
「いいのさ!こっちだよ」
日高サキはどんどん山の方へ歩いていく。今日は一段と寒いので皆マフラーをしている。
「なんだかオカルト系になってきたなあ……」
俊也は軽く苦笑した。
「確かに超常現象よりもオカルトに近いわね。霊とか」
時野アヤは顔を曇らせながら俊也に返した。
……時野さん、怖いのかな?
強がりなのもかわいい……
俊也が妄想を始めた刹那、日高サキが歩みを止めた。
気がつくと整備された登山道の前に来ていた。ここは山というよりは丘に近いかもしれない。この道を少しのぼると自然いっぱいの公園があったはずだ。
しかし、日高サキは登山道へ行くわけではなく、その登山道の近くにあるもう一本の道へ入った。
こちらの道も整備されていて歩きやすい。
「こっちだよ」
日高サキの誘導にとりあえず一同はついて行った。
しばらく歩くと大きな鳥居が堂々と建っていた。掃除もきれいにされていたのでけっこう人が来る神社らしい。
近くに立っていた看板を見ると縁結びの神として夫婦神が祭られているとあった。
「縁結びじゃん!映えるー!」
サヨは学校のカバンからカエルのぬいぐるみを取り出し撮影を始めた。
「それ、学校にまで持ってきてんの!?」
俊也が驚きの声をあげた。
さすが我が家の変人妹。
「それよりも!この社にあんたの先祖がいるよ!」
日高サキは興奮ぎみにサヨに詰め寄った。
「てか、忍者のはずだった先祖がなんで縁結び?チンプイなんだけど」
サヨは首を傾げた。
「えーと、確か稲城ルルが元厄よけの神で望月家の先祖がなんかしらでくっついて夫婦神になって縁結びになったらしいよ」
「はあ?」
日高サキの説明に一同はさらに首を傾げた。
「ま、待って!稲城ルルってまさか……エクレアの子?」
俊也が唐突に思い出し叫んだ。
「お!覚えていたかい?」
日高サキは楽しそうに笑った。
……じ、じゃあエクレアの時に夢で見たあの稲城ルルさんの横にいた銀髪の男性が先祖!?いやいや、夢だし。
もう曖昧だし。
俊也は顔色悪く頷いた。
「ねぇ?俊也君、顔色が悪いけれど大丈夫なの?」
ふと時野アヤが心配そうに俊也を見つめていた。
「だ、大丈夫だよ!時野さん。心配してくれてありがとう」
ビビっていると思われるのは恥ずかしかったので明るく声をあげておいたが上手くいったかはわからない。
「ああ、こんちー!私はサヨ!まさかルルと夫婦だったとは知らなかった。へー、逢夜(おうや)って言うんだー!!忍者?やっぱり!かっこいー!ああ、私とおにぃの先祖らしいよ!」
サヨが突然誰もいないところに話始めた。
……始まった……。僕には何も見えない。でも、サヨには……。
「……本当に見えているようね」
時野アヤがサヨと同じ所を見ながらそうつぶやいた。
日高サキはサヨを細かく観察してはちょこちょこ頷いている。
……まさか、皆見えているのか?
俊也はもう一度、目を凝らして見てみたが影すらも見えなかった。
俊也は唾を飲み込むと話途中のサヨに思い付いた事を言ってみた。
「ねぇ、サヨ、サヨが見ている男の外見って銀髪をひとまとめにしてて鋭い青い目をしている人?」
俊也の質問にサヨは眉をひそめた。そしてこう言った。
「当たり前じゃん。見ればわかるでしょ?」と。
やはりサヨは本物の見える奴だ。
その後しばらく何やら話をしていたサヨは満足げに頷いて笑みを浮かべた。
「満足したようね」
「あー、さっぱりした!でも、直の先祖じゃないみたいだった。うちらの先祖にも会ってみたい!」
「それは無理だわ。逢夜って人以外、皆霊でこちらの世界にはいないから。唯一、神になった逢夜さんだけこっちにいるみたい」
時野アヤの説明にサヨは残念そうに肩を落とした。
「でもいつか会ってみたいー!イタコの勉強でもしよっかなー?」
「やめなさい」
サヨの言葉に時野アヤは即答して切り捨てた。
「とりあえず用件は以上だけど、これからどうするかね?お茶とかするかね?」
日高サキが先程の事がいつもある事のように驚きもせず、次の遊び場を提案した。
「いーね!映えスイーツの店行きたい!」
「なんかキラキラピンクなカワイイは私は苦手なのだけれど」
時野アヤは呆れた顔でサヨを見据えた。
「大丈夫!不思議の国のアリスカフェだから!店員さんの格好とかマジユメカワだから!」
サヨは胸を張ると笑った。
「そのネーミングがそっち系じゃないの……」
「あたしはちょっと行ってみたいよ!コスプレとか見たいじゃないかい!」
日高サキの言葉にサヨは楽しげに頷いた。
一通り話がまとまると視線は俊也にいった。
「ねぇ?俊也君(おにぃ)はどうする?」
三人まとめて同じ事を問われ俊也は戸惑った。
「お、女の子のお店なんでしょ?そこ。僕にはちょっと……」
「じゃあ、行こう!経験、経験!」
控えめに断ったはずだがなぜか行くことになってしまった。
おかしいな……。
主にサヨと日高サキに引っ張られ俊也はアリスカフェとやらに連れ込まれた。
この日はとても寒かった。周りはオシャレな女の子だらけで俊也は心のどこかが寒さで震えていたのを覚えている。
ちなみに女の子達の方は男が一人混ざっていようがいまいが関係なさそうであった。寒さを感じたのは俊也のどこかもの寂しい感情の一部であったのだろう。
九話
四月。俊也は二年生になった。桜が舞い、過ごしやすい天気だ。
しかし、始業式の日に俊也は寝坊してしまった。
「ぎゃー!!」
真面目な俊也は目を覚まして時計を見ると真っ青になりながら叫んだ。
ちなみに父は仕事で母はたまたまパートで朝早く、起こしてくれる人はいなかった。
俊也は慌てて制服を掴むと急いで着こんだ。こういう時にかぎってボタンがずれたり、ズボンのホックがうまくあがらなかったりする。
「ああ!もー!」
冷や汗をかきながらなんとか制服を着こんで部屋のドアを開けた。そのまま走り去ろうとしたが隣にある妹の部屋から寝息が聞こえたため立ち止まった。
「あいつ、まだ寝てるのか!完璧遅刻だぞ!」
俊也は叩き起こすべく妹の部屋に入った。妹のサヨは気持ち良さそうによだれをたらして寝ている。
「コラ!起きなさい!学校だよ!」
と偉そうに言ってみたはいいがよく考えれば自分も遅刻しているのだ。人に注意をする資格はない。
「あ、おにぃ?なんでうちの部屋にいんのー?昨日色々遊んでてつかたんなんだけど」
俊也がサヨに怒鳴ったためサヨは眠たげな目をこすりながら起きてきた。
「いやいや、サヨ、今日は学校だよ!」
「始業式じゃん。部活には行くからー。じゃあ、りだーつ!」
「はあ?」
サヨはそれだけ言うと掛け布団にくるまった。
今のサヨの話を聞く限りだと元々学校に行く気はなさそうだ。
『始業式だから休んでもいい』が当たり前になっている奴の言い分だ。
「サヨー!学校に行くよ!」
俊也は再びサヨを起こした。
「あー、もー、うるさいんですけど。てか、おにぃ真面目過ぎでしょ。いつも何かがいても気がつかない鈍感なくせにー」
サヨは鬱陶しそうに俊也をシッシッと遠ざける。
サヨの言う『何か』とは目に映らない神とかそういうのの事らしい。
「サヨがおかしいんだよ。普通は見えないし」
俊也もサヨに対抗して声をあげる。
「おにぃ、おにぃは自分は見えないと思ってるのー?」
サヨはベッドにあぐらをかいて座り込むと俊也をまっすぐに見据えた。
そしてその後、俊也を激しく動かす言葉を発する。
「それって『見えない』じゃなくて『見ようとしてない』んじゃない?おにぃは時神と太陽神があんなに近くにいてしかも、ネタもあたしがばらしてやったのに『知らないふり』をしたじゃん」
これを言われた俊也は首を傾げたまま固まってしまった。
「知らないふり……かあ」
今朝の事を思い出しながら……
教室の椅子に座り、頬杖をつき、窓から見える青空ばかり眺めていた。ちなみにあの後、サヨは再び眠りに入り俊也は仕方なくひとりで家を出た。
先生の話は見事に聞き流している。
「うーん……見ようとしてないか……ほんとに見えないんだけどなあ」
そうつぶやいた俊也はサヨに言われてから喉に魚の骨が刺さったような感覚が続いていた。
そしてしばらく考え決意した。
……僕は見る努力をして見えるようになろう!
俊也の動きはわずかだったが隣にいた時野アヤにははっきりわかった。
……なにか閃いたようね……。
何を考えていたかはわからないけど。
ちらりと俊也を見た後、先生が校内模試などの話をしていたのでスケジュール帳の日付にマルを書き、『も』と書いた。
……この学校、予定も毎年同じね。
校内模試の問題も三年前と同じかしら。また楽勝だわ。
時野アヤは特に表情を見せず机にスケジュール帳を閉まった。校内模試の問題は持ち帰ることはできないので毎年同じでもわからないと言えばわからない。
だが、十年近くこの学校に居続けている時野アヤと日高サキはこの模試はあきらかにつまらないものであった。
……ま、言わないけど、この学校は色々おかしな現象が起きる。神が集まってきたり『見える人間』が出てきたり……。『見える人間』というのはデータ上おかしいのだ。人間が神を『見えないなにか』と位置づけているため、神々は世界のシステムが働いてデータ上見えないはず。私みたいに人間に見える神はだいたい『人間に混じって見守ってくれる』という信じ方をされているのでデータ上見えるようになっている。
でも他の神は見えないはずなのだ。
望月俊也は『見える』ことに憧れは持っているもののサキなどが何かしても『見ないふり』をしている。もしかすると『見える』のに『見ていない』のかもしれない。
超常現象はなんだかわからないからそう呼ばれている。もし『見えた』のだとしたらそれは超常ではないのだ。
彼は日常になってしまうことを恐れているのかもしれない。
時野アヤはぼんやりそう思いながら俊也がクルクルまわしているシャーペンをなんとなく眺めた。
……校内模試かー。二年になってからやたらと模試多いなあ。三年じゃないんだし、そんなにやらなくてもいいじゃないか。
俊也は模試の日程が書いてあるプリントを眺めながらため息をついた。
サヨに教えてやらないと。
後、教科書か!
俊也がサヨに予定などを伝え教科書をデリバリーしているため、サヨが始業式、終業式は学校に来ないというのを俊也は気がついていない。
放課後になり俊也は大きな紙袋二つを抱えて部室までやってきた。
教科書は購買部で買うためわざわざ並んで二人分買ってきたのだ。
「お、重い……」
部室のドアを汗だくになりながら開けるとサヨが涼しい顔で手を振っていた。
「あ、おにぃ、おつ!」
「おつじゃない!自分でなんとかしてくれよ!中学からずっとそうじゃないか……!だいたい部活出るためだけに学校に来るとかおかしいんじゃないの!?」
俊也が文句をさらに言おうとしたが時野アヤと日高サキがいたのでやめた。
「サヨ、あまり俊也君に迷惑かけるのはやめなさいよ」
さらりと時野アヤがサヨをたしなめた。俊也は時野アヤが味方をしてくれたので心では舞い上がっていた。
……そうだ!時野さんの言った通りだ!
俊也は大きく頷いた。
この日の活動は特に無くて「二年になったから模試が多くなった。嫌になる」をテーマに愚痴を言って終わった。
「じゃ、また明日ー!」
日高サキは校門前で手を振ると夕焼けを背に足早に去っていった。
「私も買い物があるから帰るわね」
いつもはサヨと俊也と時野アヤでカフェに入っておしゃべりの続きをしたりするが今日の時野アヤはスーパーの激安セールで忙しいようだ。
「うん。じゃあね」
「ばいばーい!夜グルチャねー!個チャでもいいよ。恋の悩みとかあるなら聞くよん」
サヨは相変わらずわけわからない事を言うと手でオッケーマークを作った。
「何バカなこと言ってるの。じゃあね」
時野アヤは軽く流すとサヨと俊也に手を振ってゆっくり帰っていった。
「じゃ、帰ろっと」
サヨが帰ろうとした時、俊也がサヨのかばんを引っ張った。
「あわっ!?」
「待って!付き合ってほしいんだ!」
「はあ?おにぃと付き合うとか寒いんですけど。そんなに相手いないわけ?きもっ」
サヨが明らかな嫌悪を向けてきた。俊也は慌てて手を振る。
「ち、違う!付き合うってそっちじゃなくて一緒に行ってほしいとこがあるみたいな!僕もお前と付き合うなんてごめんだ!」
俊也が叫んだ時、サヨのため息が長く吐かれた。
「で?どこ?仕方ないから行くー」
サヨの言葉に俊也は息を吐くと頷いた。
俊也はサヨを連れて冬に一度来た先祖がいるとかいう神社に向かった。この神社に来た理由は先祖の霊を見てみようと思ったからだ。俊也は頭のどこかに超常を否定している部分があったようだ。今回はそれを取っ払って先祖に会ってみようと決意した。
それにあたって、いるかどうかの確認ができないのでサヨを連れてきたのだ。
「おにぃ、逢夜(おうや)とルルの家になんか用なの?」
サヨが苦笑いを浮かべてこちらをみていたが俊也はすかさずサヨに尋ねた。
「……逢夜。先祖の名前だね?」
「そうだけど?」
サヨは当たり前だと言うように訝しげに見てきた。
サヨは超常現象とかありえないこととかをすべて日常にしてしまっている。まず俊也との違いはそこだった。
「会わせてほしいんだよ。逢夜って人に」
「いやー、それはあたしが決めることじゃないしー。ルルがいるんだから聞いてみれば?」
サヨは社近くを手招いた。社の影から黒髪ショートの少女がそっと顔を出した。
稲城ルルだ。稲城ルルは以前、出張パン屋のエクレア騒動の時に一度俊也は会っている。
「こ、こんにちは……」
稲城ルルはか細い声で挨拶をした。突然の客、そして自分に話しかけてきたということでかなり警戒しているようだ。
「おにぃ、あの子はルル。縁結びの夫婦神のワイフの方。彼女は人間に見える神らしいよ」
サヨの説明で俊也は息を飲んだ。
時野アヤ、日高サキに続き、稲城ルルも神様らしい。
「嘘じゃないんだよね?」
「嘘ついてどうすんの?」
「あ、ごめん」
サヨが眉にシワを寄せたので俊也はとりあえずあやまっといた。
「あ、あの……用件は?」
稲城ルルが控えめに俊也とサヨを交互に見ながら尋ねた。
日はいつの間にか沈みかけていて夕方と夜が同居したみたいな空になっていた。神社は不気味かと思ったがそうでもなかった。
いままで見えていなかったはずの社内の灯りが見えたからだ。急に生活感があふれでてきた。この神社に神が住んでいる……。俊也はそれがはっきり見えた。
「逢夜さんに会ってみたいんだ」
俊也は素直に稲城ルルに言った。
「こないだ会っていたように思うんだけど……」
「見えてなかったんだ。いや、脳が見ようとしなかった。今度は平気かもしれないから」
稲城ルルに再びはっきり言い放った。稲城ルルは迷っていたがやがて頷いた。
「わかったよ。今呼ぶね」
「どうした?ルル」
稲城ルルが呼ぼうとした時、いつの間にか銀髪の青年が立っていた。後ろでまとめている銀髪が風に揺れている。サヨよりも明るい青い瞳を持つ、少し怖い雰囲気の羽織袴を着た青年だった。
俊也は目を見開いた。
……見えた!夢でみた人と同じだ!
あの人が逢夜さん。望月逢夜さんだ!!
「なんかね、子孫の子が会いたいって……」
稲城ルルが不安げに逢夜を見上げそう言った。逢夜は稲城ルルの頭を軽くポンと叩いた後、微笑んでから俊也に目を向けた。
「あー、お前が俊也だろ?知ってるよ。こんな時間に何の用だよ?めんどくせぇのはお断りだぜ。だいたい俺は直接の先祖じゃねーよ。ガキはいなかったからな」
逢夜は鋭い目を俊也に向け、ため息混じりに話しかけてきた。
「いや、あの……そのー、も、もう大丈夫です」
俊也は逢夜の威圧が怖かったのでサヨに目線をちらりと向けた。
「何?おにぃ?なんか話したいことがあったんじゃないの?」
サヨに問われ俊也の頭は真っ白になった。
絶対見えるようになる!とは思っていたが見えてからの事は考えてなかった。
「ごめんなさい!特に何もありません!お会いしたかっただけです!」
俊也は真っ青になりながらあやまった。
「ああ、そうかよ。よくわからねぇな。おい、なよなよしてんなよ。しっかり生きろ!望月俊也。望月サヨも元気に生きろよ」
逢夜は用がそれだけだとわかると俊也とサヨに一言優しく言うと社内に帰っていった。
「もういいの?」
ルルが俊也に尋ねてきた。
「え?あ、うん。もう大丈夫!」
俊也は夢幻をみたかのようにぼうっとしていて動揺したまま答えた。
そこからどうやって家に帰ったかよく覚えていない……。
確認できた事は自分も『見えた』ということだ。見えて良かったのか、悪かったのか俊也には判断ができなかった。
春の新学期。新しい発見をした俊也だった。
※※※
逢夜と会話をしていた俊也を木に隠れてみていた時野アヤは頷いた。
……なるほどね。今日なんかおかしいと思っていたのよ。
ついこないだ、サヨを調べるついでに俊也君を調べていたら前任の時神立花こばるとが書いた日記に当たった。
そこに記載してあった一人の人間の名前……望月深夜(もちづきしんや)。
『望月 深夜(しんや)は神々が見える珍しい人間らしい』
そう日記に書いてあった。
そしてどうやら彼は俊也とサヨの親らしいのだ。なにかの遺伝か、異常部分のデータを子供が受け継いだのかわからないが子供のサヨと俊也は『神が見える』データを持っているらしい。
……まあ、だからといって別に何もないのだけれど。
時野アヤは神社から遠ざかる二人の後ろ姿を静かに見守っていた。
十話
「俊也君が最近普通に神を見てる!?」
サヨの言葉に目を丸くしたのは時野アヤだった。
「うん、普通に」
サヨはカエルのぬいぐるみに着せ替えしながら答えた。よく見ると机に着せ替えドレスやら衣服が散らばっている。
ここは机とロッカーだけしかない超常現象大好き部の部室。
やっている活動はほぼない。おのおの好きに話し、好きなことをしている。
現在、部室にいるのは三人。時野アヤ、日高サキ、そしてサヨである。
時期はそろそろ夏休み。
毎日暑さが更新中であった。
ここ最近、俊也は部活後に密かに活動をしているらしい。
「へー、なんか知らないけど見えるようになったのかい!いいねぇ!これで今年のゲーム大会も……」
サヨの隣でポータブルゲーム機でゲームをしていた日高サキはのんきに笑っていた。
「もう厄神をつけるのはやめなさい!!」
「えー!今年はジャパゴ十周年なのにっ!!」
説教ぎみの時野アヤに日高サキは口を尖らせて反抗した。
「十周年か。十年経ったのね。もう」
「あんた達神はいいよね!年を取らないってマジ最強!うらやま太郎だわ」
「何よ……うらやま太郎って……」
時野アヤはカエルにポーズをつけているサヨを呆れた目でちらりと見た。
「まあまあ、で?なんで俊也君が神を見はじめたのかね?」
「さあ?しらなーい」
日高サキにサヨはてきとうに答えた。
「あなたねぇ……」
時野アヤはため息をつくと頭を抱えた。
「見えるようになったっていいことじゃないかい。あたし達が遠慮しなくていいんだろ?」
日高サキはスッキリした顔で時野アヤに笑いかけた。
「危険な目に合うかもしれないじゃないの」
「じゃあなに、監視でもするのかい?」
「まあ、いまのところは見守るけど」
「で?今日の俊也君は?」
時野アヤの言葉にサヨが答えた。
「今日は校外学習するって意味わかぽよなこと言ってたよ」
「校外学習?」
サヨがカエルのぬいぐるみ、ゴボウにゴスロリドレスを着せているのを眺めながら時野アヤは嫌な予感がしてくるのを感じた。
「なんか本格的にみようとし始めたわね……」
「てゆーかさ、今回の模試、全部六十二点で統一した!ムニムニでかわゆし!」
「もうね、あなたが超常現象だわ」
サヨが楽しそうに笑っているのを横目で見て時野アヤは不安げにつぶやいた。それを聞いた日高サキはクスクスと笑っていた。
「えーと、まずはここ」
蝉がかしましく鳴く中、汗をぬぐいながら商店街にある神社に俊也は来ていた。
この神社は時野アヤが入部するきっかけになった場所である。
確かあの時は車が神社前で勝手に避けていくみたいな話があって時野アヤが『なにか』を引っ張って説教したら元に戻ったのだった。
「よし!行こう!」
スーパーの裏手にある神社。ひとりは不安だったがとりあえず神社の階段を登ってみる。
汗をかきつつ、温度が一度くらい違う社内に入ったら社の屋根に金色の髪が見えた。
「ん?キツネ?」
金髪の赤いちゃんちゃんこを着た青年が間抜けにも口をぽかんとあけて寝ていた。
……あ、キツネじゃないや。人間?か?
俊也はなぜキツネと間違えたのか疑問に思っていたがやはり見間違いではなかったようだ。彼の頭からキツネの耳がぴょこぴょこ動いていた。つまり、キツネ耳を生やした金髪の青年だった。
……キツネ耳!人間じゃない!もしかして時野さんに引っ張られてたのは……。
そこまで予想した時、神社の階段を誰かが登ってくる足音がした。
冷静に考えればただの参拝客なので慌てる必要はなかったのだがこの時の俊也は冷静ではなかった。なぜか慌てて茂みに飛び込み隠れた。
……あれ?隠れる必要はなかったよな?
首を傾げて元の位置に戻ろうとしたが歩いてきた人物を見て出ていくのをやめた。
……あれは、時野さんと……日高さん。
そういえば日高サキはこの神社で突然消えた。それを時野アヤは平然と眺めていたのを覚えている。
ふたりは本当にいつもの事のようにこの神社に現れた。
「じゃあまたね。サキ。今日は俊也君部室に来なかったわね。なんか心配だわ」
時野アヤは心配そうな顔で日高サキを見ていた。
……おお!時野さん、心配してくれてる!あ、いやいや、心配させちゃったか。明日はちゃんと部活に出よう!
「まあ、大丈夫だと思うけどねぇ……」
日高サキはやれやれと手を振ると手を横に広げた。
これは夢かと疑うような光景が次の瞬間現れた。日高サキは体からオレンジの燐光を放ち、突然に神々しい姿に変身した。頭に太陽を模した冠をかぶり、中国の王朝あたりが着ているかもしれない赤い着物に身をつつんでいた。
それはどこか……。
……昔の人が描いた神々しい神様の絵のような……。
……太陽神!太陽神だ!あの独特な冠!
気がついた時には日高サキの前にいままでなかった鳥居が見えた。鳥居の先は階段があったがどこまでも続いているように見えた。
日高サキは当たり前のように時野アヤに手を振ると階段をのぼっていった。
……あ!
瞬きをした直後、鳥居はもうそこにはなく、階段も日高サキの姿も元々なかったかのようになかった。
次の日。
俊也は頭を抱えつつ超常現象大好き部の部室に入った。今日もうだるような暑さであり、それは夕方になっても変わらずに暑いままだ。特に超常現象大好き部にはエアコンがない。
「俊也君、大丈夫?」
先に来ていた時野アヤが俊也を心配そうに見ていた。
「うん。大丈夫!昨日は行かなくてすんません」
「いいわよ。特に活動してないから」
自分が部長ながらずしんとくる言葉だ。
「よし、なんか考えよう!」
俊也が意気込んだ時、日高サキとサヨが談笑しながら部室に入ってきた。
「考えるって何を?」
「活動をだよ。皆で神様見に行こう!」
俊也の言葉に時野アヤ、日高サキが目を丸くした。ちなみにサヨはほとんどを聞き流し、机にカエルのぬいぐるみゴボウちゃんを並べている。
「神様……ねぇー」
「おにぃ、そこにいるじゃん」
時野アヤと日高サキが顔を見合わせる中、サヨがさも当然のようにふたりを指差した。
「やっぱり……やっぱりそうなんだね」
「うっ……」
俊也に見られて日高サキが詰まった。
「じゃあ、そんなに神が見たいならいっそのこと神を見よう部にしたらいーじゃん?」
サヨの言葉に俊也は眉を寄せた。
「いやいや、それじゃあなんかオカルト集団みたいじゃないか!なんかもっとふんわりした感じがいいんだよ」
「ふんわりも何もはじめからオカルトじゃーん」
俊也とサヨの言い合いを聞きながら時野アヤは日高サキに目を向けた。
「この兄妹、やっぱりまともじゃないわ」
「望月深夜の力かねー」
俊也は日高サキの言葉に眉を寄せた。
「なんで日高さん、父さんを?」
「え?あ、えー、うーん、まあ知ってるだけさ」
なにか曖昧に濁されたが俊也はそれよりも神を見ることに意識がいっていた。
「まあ、いいけど、やっと活動らしい活動ができる!」
「どーもブッ飛んでるねぇ……。普通は怖くないかい?なんでそっち行く!?」
日高サキは半笑いで俊也のぶっとんだ思考に頭を抱えた。
「で?どうすんの?おにぃ」
サヨが興味ありげに尋ねてきた。
「ひとつ考えたんだ。日高さんがハマっているジャパゴってゲームあったじゃない?僕はあれに出てくる神様をこの世界で探してみたいんだよ」
俊也は腰に手を当て鼻息荒く提案した。
「あれはさすがに有名神(ゆうめいじん)すぎて見つけても会えないさ。ジャパゴは有名な神々をイケメン化してるからねー」
日高サキが半笑いで俊也を見たが「まてよ……」と考え込んだ。
「サキ、やめた方がいいわよ」
「アヤ、まだなんも言ってないじゃないかい!ジャパゴで出てくるキャラクターの中に天御柱神(あめのみはしらのかみ)ってキャラがいるんだけど……」
日高サキが途中まで言った所で時野アヤがストップをかけた。
「だからあの超弩級の厄神をもってくるのはやめなさい!!」
「えー。みーくんはいいやつだよー」
「いいかどうかは人間にはわからないわ!以前、俊也君は倒れたのよ!」
ふたりの会話を聞いて俊也は恐る恐る尋ねた。
「ひょっとすると去年の夏の悪寒は……」
「みーくんが俊也君についてたんだよ。コントローラー動かしてたのはみーくんさ」
「こわっ!」
日高サキの言葉に俊也は軽く震えた。去年の夏はトラウマだ。
「まあまあ、今回は四人だし今年のジャパゴ祭は余裕で一位!そんでグッズゲットさ!!」
「サキ……また出る気?」
時野アヤにあきれられていたが日高サキは胸を張って頷いた。
「そのためにはほら、練習あるのみじゃないかい?ポケット版持ってきたから不安な俊也君から練習いこうか!」
日高サキは俊也の手にポータブルゲーム機をのせた。
「えっ……。やるの?僕は超常現象だけで……」
「いいからほら!今年は優勝するよー!」
俊也は無理やりゲームの大会へ出される事に再びなってしまった。
「えー、おにぃずるいー!あたしもやるー!!」
「サヨ……」
楽しそうな事には全力で食らいついてくるサヨにゲーム機を奪われつつ俊也はジャパゴの英才教育を受けさせられた。
神が神と恋愛できる恋愛シミュレーションゲームの姉妹作の対戦ゲームをやっている。
もうそれだけで超常現象だった。
というかゲームの説明が意味わからなくなった上に自分を自機にするという業をやる神々はさらに意味がわからない。
複雑すぎてだんだんわからなくなってきてしまった。
みーくんこと天御柱神はかなりのゲーマーらしくゲーム内の自分、天御柱神を自機に使うとのこと。
「やっぱり不思議だ!超常現象だ!」
俊也が興奮ぎみに日高サキの教育を受けながら叫んだ。
それを見た時野アヤはあきれながら頭を抱えていた。
「そりゃあ見える人間がまともなわけないわね。私が一番普通だわ」
時野アヤは静かに教科書を取り出すとこっそり宿題をはじめた。
俊也の戦いは続く。
十一話
知らぬ間に外はだいぶん涼しくなっていた。夏休みも終わり学校に慣れてきた、そんな時期である。
街路樹は赤く色づきはじめ半袖では若干寒い。
「そろそろ文化祭だねぇ」
超常現象大好き部の部室で日高サキは窓から外を眺めていた。衣替えで夏服から冬服の制服に移行期間中である。日高サキは寒がりなのかもう冬服を着ていた。
「そうね。去年はオカルト系の展示して大繁盛だったけど今年はどうするの?」
日高サキの隣にいた時野アヤが部長である俊也を仰いだ。時野アヤは長袖シャツに夏服といういかにも移行期間中な服装だった。
「うーん……こないだのゲーム大会ジャパゴ祭りの展示じゃなんか変か」
俊也は冗談を言いつつ笑った。
ちなみに夏休みの間にゲーム大会ジャパゴ祭りに参加していた。練習の甲斐あって準優勝。特に日高サキと妹のサヨが強く圧勝で時野アヤは辛勝、そして俊也は僅差で負けた。
あんなに練習したのにゲームは奥が深い。去年のような混乱はなく、単純に楽しかった。
「おにぃ、最近おにぃがこそこそやってる神を見るツアーやれば?」
机にカエルのぬいぐるみ、ごぼうちゃんを乗せ、アイテムを持たせハロウィン化させていた妹のサヨが最近俊也がこそこそやっている事を持ち出してきた。
「さ、サヨ……それはヤバいって……」
俊也は冷や汗をかきながら否定した。ちなみにサヨはバリバリの半袖、夏服である。寒くないのか?
「そういえばー、文化祭の前に神社でオータムフェスやるみたいだよー。ほれ」
サヨが何やらロックなチラシを出してきた。
星やらなんやらを散りばめたデザインに音楽フェスの文字。アーティストが力強く歌う感じのコラージュとアーティスト達の名前。
「秋の音楽の祭典……?ちょっ……神社でロック歌う人いるの!?」
俊也はまじまじとチラシを眺めて驚いた。
けっこう名の通った歌手も来るらしい。
「無料らしいよ!タダ!チラ見しに行こーよ!!あ、ほら文化祭のネタ探しになるかもだし。ガチアゲじゃん!アゲアゲー!」
サヨは親指を立ててアゲアゲに振っている。
「へぇー!ジャパゴの主題歌歌ってる歌手も来るじゃないかい!フフフッ!」
日高サキはとても楽しそうに笑っていた。
「で?行くことにするのかしら?チケットは……まだ大丈夫みたいね」
時野アヤがスケジュール帳を眺め、スマートフォンでチケットの有無を調べてから俊也に尋ねた。
意外にノリノリらしい。
「う、うん。皆が行きたいなら行こうか。興味あるし、ほんとに文化祭でなんか使えるかもだし」
俊也の答えに日高サキ、サヨが主に嬉々とした声をあげて喜んでいた。
「来週の土曜日ね。あけておくわ」
時野アヤもチラシで予定を確認して軽く微笑んだ。
こうして神社でやるらしいライブに皆で行くことにした。
土曜日になった。
十四時からのライブに間に合うように俊也とサヨはお昼を食べて電車に乗っていた。ちなみに今日は寒い。
さすがのサヨも薄手のコートを羽織っていた。
「しかし、神社でライブなんてしていいのかな?罰当たりな気がするんだけど」
「いーんじゃん?別に。昔から祭りとか神は好きだよ?たまに得たいの知れない奇祭をめっちゃ楽しんでたりするし」
俊也の言葉にサヨが軽く答えた。
「サヨはよく神様が祭りにいるところを見るの?」
「見るってか、テレビのニュースとかで祭りの報道とかしてんじゃん。それにチラ映りしてたりすんの」
サヨが答えた時、目的の駅についた。
俊也は電車を降りながらふと思った。
……じゃあテレビに神様が普通に映ってたってこと!?
「サヨ、いままでのニュース、録画してある?」
突然の俊也の言動にサヨは訝しげに振り向いた。
「はあ?そんなの録ってるわけないじゃん。ニュース録画してストックしてる奴とか見たことないんだけど。頭平気?」
サヨは生意気にも指で頭を叩く仕草をしていた。
「いるかもしれないだろ。失礼な奴だなー」
俊也はムッとした顔でサヨを睨んだ。
「おにぃはそういう顔するとかなり怖いのに、いつもなんで抜けてるのかねー?」
忍の血族とやらが残っているのか俊也が相手を睨み付けるとすぐに怖がられる。
なんというか威圧があるんだそうで。
怖い人に思われるのは女の子にモテないので柔らかくいることにしている。
そういえば、ヤンチャしていた中学の頃に喧嘩をして相手を睨み付けたら怖がられ、その後、どこかで喧嘩を見ていたかなんかの関係ない女子から告白をされた事はあった。
俊也はなんだかわからなかったが邪に喜び理由を聞いた。
女子は
「私、危ない系男子が好きなの。私と付き合ってください」
と言っていた。
危ない系の男子と言われたことに俊也はショックを受け、半泣き状態でその場を走って去ってしまった。
後日、その女子から
「半泣きで逃げるなんてマジないんだけど!弱くてダサい男は嫌!」
と全面的に断られ、俊也はしばらく部屋にこもって号泣したという苦い思い出がある。
まあ、青春の甘酸っぱすぎる思い出だ。
ボケッとそんなことを思い出していると時野アヤと日高サキが駅に来て手を振っていた。
先に到着していたようだ。
この駅は古い駅だが寂れてはいない。都会と田舎の真ん中のような駅である。改札も切符ではなくカードで出る専用改札の方が多い。
「アヤー!サキー!おまたりおーん!」
サヨが飛び跳ねながら定期券で改札を出た。それをため息混じりに見つめながら俊也も改札を出る。
「おまたりおんって……普通にお待たせじゃダメなのか?」
「こういうのは雰囲気!」
サヨの言葉に俊也は再び深いため息をついた。
「サヨ、俊也君、一応場所の確認してきたわよ」
「うん。こっから近いよ」
時野アヤと日高サキはサヨの言葉に反応せず、場所を言い始めた。
「なんか屋台とかも出てるよー!神社は前に行った稲荷神がいた神社あるじゃないかい、あれの分社らしいよ」
日高サキが追加情報を興奮ぎみに語りだした。
「ま、とりあえず現地に向かおうか」
「そうだね」
俊也の言葉に日高サキは頷き、言葉を切ると歩き出した。
「前に行った神社の稲荷神って廃校の裏にあったあの神社の?」
改札を出てかろうじて分かれている歩道と車道の歩道を歩きながら俊也が尋ねた。
「そうそう、廃校になった時に学校が合併したらしいんだけどその新しい学校の近くに稲荷神の分社を建てたらしいよ。今はこっちのがキレイで大きいからこっちのが本社だと思うけどねぇ」
日高サキがケラケラ笑いながら神社のうんちくを語る。
閑静な住宅地を抜けると祭りらしい賑わいの音が聞こえてきた。
コンサートのチケットがなくても屋台でそこそこ楽しめるので子供連れが多い。
「しかもここの稲荷神は子供に人気なのよ。まあ、姿が姿なんだけどね。見えなくても子供は何かに共感するのかしら?」
時野アヤが賑わう親子達を眺めながらつぶやいた。
サヨは話を全く聞いておらずカラフルな屋台をバックにカエルのぬいぐるみ、ごぼうちゃんの写真を撮っていた。
「映えるー!」
「はあ……」
俊也はため息をつくと「会場はあっちかな?」と見て見ぬふりをした。
神社の横に即席な壁ができており、ミュージックフェスタと張り紙がされていた。この壁に囲われた中がステージのようだ。
普通に中にいても外にいても音は聞こえそうである。
……これ、チケットの意味あるのかなー……歌手が歌っているのが見えるか見えないかだけ。そんなに有名な歌手なんだろうか?
俊也は音楽にはうとかった。だいたいはじめてのフェスというやつだ。知らないことも多い。
「やっぱ違うねぇ!有名人ばかりだしねぇ!」
隣で目を輝かせている日高サキを見て有名人だったのかと再確認した。有名人ならチケット販売にしないと大変な事になる。
チケットを見せて会場内に入ると黄色い声が一斉にあがっていた。
もちろん俊也に向けてではない。
「コウタ様いるじゃん!きゃー!!コウタ様ぁ!!」
突然騒ぎ出したのはサヨである。
俊也はサヨの変わり具合に驚き目を見開いた。
「コータ様ぁ!!」
さらに隣にいた日高サキもバッグからコウタ様と書いてあるうちわを取り出しふりはじめる。
コウタと呼ばれた二十代後半くらいの男性はファンサービスなのか皆に手を振ってからステージ裏に消えていった。
「ね、ねぇ……彼は誰?なの?」
俊也はアウェイなのを感じながら反応の薄い時野アヤに助けを求めた。
「あの人は元々ネット歌手だったけどジャパニーズゴッティっていう乙女ゲームの主題歌で大ブレイクして今は引っ張りだこのシンガーソングライター。本当は東京ドームみたいな大きな会場でも満杯になるくらいの人気歌手よ。だけど、歌で元気になってほしいという信念で忙しいのに地方もまわって小さいライブとかにも出てるみたい。立派ね」
時野アヤはなんだか異様に詳しかった。ファンではなさそうだがまるで昔から知っているみたいだ。
「時野さん、もしかして昔から彼を知っていたり?」
「ええ……。五、六年前から知っているわ。サキがいちいちうるさかったから」
「そうだったんだ」
俊也は時野アヤの言葉になるほどと頷いた。
続いて現れたのは切ない歌を歌う、心に響くとテレビでもよく見る最近売れっ子の歌手だった。
「あ!あの人は知ってる!」
これまた黄色い声の中、俊也は興奮ぎみに声をあげた。
「ああ、ノノカさんね。彼女は確か幼なじみの男の子の友達を二人亡くしてて傷ついた思い出を歌にして大ブレイクした歌手ね。おまけにこないだ双子の男の子を産んだのよね。亡くなった幼なじみの男の子の名前、ショウゴとタカトって名前にして話題になっていたわ」
時野アヤはまたしてもスラスラと答えた。
「く、詳しいんだね」
「このフェスね、神が応援している歌手が多いの。話はすぐに広まるわ」
時野アヤはちらりと横を見た。俊也もなにげなくそちらを向いた。
はじめは何も『見えなかった』がもしかするとと思い、『見て』みた。目を凝らすと着物を着た金髪の少女二人が目を輝かせながらステージを眺めていた。
それはいままで『いなかった』はずだ。
「あれは……」
「ああ、見えるのね。あの子達は姉妹の芸術神。聞いたことないと思うけどお姉さんは絵括神(えくくりのかみ)ライ、妹は音括神(おとくくりのかみ)セイ。妹さんの方がノノカさんのファンなのよ。影でいつも見ているみたい。お姉さんは私の友達よ。五、六年の付き合いかしら。よく覚えていないわ」
「へ、へぇ……」
俊也はどこか震えながら時野アヤの話を聞いていた。恐怖ではなく興奮の震えだ。自分は今、夢をみているのか?
非日常な空間に非日常な現象、俊也は舞い上がっていた。
気がつくと日高サキとサヨがいなかった。ここは客席はなく、椅子がないので好きな場所でライブを楽しめる。ふたりはステージに近い方へ行ったのかもしれない。
そのうちライブが始まった。
コウタ様の歌声が響く。
……か、かっこいい……
ステージの臨場感とライブの演出に伸びやかで力強い歌声がミックスされて俊也は内からの興奮を覚えた。心に直接来る感情の波が俊也を包み、思わず泣いてしまった。
「うう……なんて素晴らしい歌声なんだ……しびれる!」
俊也が男泣きしているとふくらはぎ辺りに違和感を覚えた。
「ん?」
下を見ると赤いちゃんちゃんこに赤い着物を着た小さな女の子が俊也のふくらはぎをツンツンしていた。
「どーしたの?なんで泣いてるの?大丈夫?しびれたって電気?ビリビリ来ないよ?」
「う、うわぁ!!」
俊也は突然の事に驚いた。女の子は巾着袋を逆さにしたような不思議な帽子を被っていた。どことなく動物系の耳にも見える。
「お、女の子……?」
「あら、イナじゃないの。そうか、ここはあなたの神社の分社なのね」
俊也が戸惑っていると時野アヤが当然のように話しかけていた。
「い、イナってどっかで……」
「前に七夕の花火大会行ったじゃない?あの時、あなたの横にいた稲荷神よ」
「ええ!!ほ、ほんとにいたのか!!」
時野アヤの言葉に俊也はまじまじと小さな女の子を見つめる。
「そ、そんなに見つめないでよォ!恥ずかしいよ!」
「それよりイナ、あなたの保護者は?」
「保護者?」
時野アヤの問いかけにイナは首を傾げた。
「はあ……、ヤモリよ。ヤモリは一緒じゃないの?」
時野アヤはため息混じりに尋ねた。
「ああ、地味子はどっか行っちゃったよ!」
イナは元気に答えたが時野アヤは再び深いため息をついた。
「つまり、迷子みたいなものね」
「迷子じゃないもん!ここ、おうちだもん!」
怒り出したイナを時野アヤはてきとうに流した。
そんな会話を聞きながら俊也は思い出した。そういえば龍神ヤモリさんとやらに聞いた話でイナという暴食の女の子稲荷神がいると。
「彼女だったのか」
俊也の言葉にイナは首を傾げたが満面の笑みで頷いた。
「お久しぶりっていうの忘れてた!お友達になってたもんね?」
一度だけ会っていたはずの俊也だったがあの時は見えていなかった。知らぬ間に友達になっていたとは。
「まあ、いいか。お友達だね。あの時は屋台の食べ物が十個二十個単位でなくなるから化け物かと思ったけど普通の女の子みたいだ」
俊也はとりあえず流す事にしてイナと友達になってあげた。
「俊也君、本当に見えるようになったのね」
時野アヤがステージを楽しみながら俊也に尋ねてきた。
「うん。見えるみたい」
ステージではノノカさんがバラードを伸びやかなきれいな声で歌っている。
「深入りはしない方がいいわよ」
「深入りしてるつもりはないんだけどなあ」
「サヨはこの現象を当たり前にできる。だけど、俊也君は興奮を覚えながら見ている。それは誰かから利用されたり深入りさせられたりする精神状態。気を付けてね。私が見ているから大丈夫なはずだけれど」
時野アヤが俊也から離れないのはそういう理由があったらしい。
……まあ僕のことが好きなわけじゃないよな……トホホ。
俊也は軽くうなだれた。
「さいっこう!気分アゲー!!」
「いやっほぅ!!」
いつの間にかライブは終わっていてやたらと騒いでいるサヨと日高サキがスキップしながら戻ってきた。
「あ……」
俊也は戻ってくる二人の横を恥ずかしがりながら歩いている女の子に目がいった。
その女の子は麦わら帽子にピンクのシャツ、オレンジのスカートをはいていた。サヨや日高サキと比べるとかなり地味だ。
……あの子、龍神ヤモリさんだ。
前に一度会ったな。
ん?龍神ヤモリ?
「龍神か!!」
突然叫んだ俊也に時野アヤとイナは驚いて跳ねた。
「な、なに?どうしたの?」
「そうだよ!ヤモリは龍神だよー!」
時野アヤとイナは不思議そうに俊也を見ていた。
……そうか。皆普通なのか。こんなイレギュラーな現象が。
一年前の夏、俊也は龍神ヤモリを人間だと『思い込んでいた』。
名字が龍神なのかと不思議に思っていたが龍神は言葉通り龍神だったのだ。
誰かが彼女は人間にも見える神だと言っていたような気がする。
それを俊也は聞いていたはずなのに『聞かなかった』。
まるで聞いてはいけないみたいに。
……見えない普通の人間はおかしな現象を『なかったこと』にするのか。
そんな事を思っていると頭の中から突然声が聞こえてきた。
その謎な声はすぅっと自然に俊也に入り込んでいった。
「あ……なるほど」
声は俊也をなぜか納得させた。
……見えない普通の人間は見えないようにデータの変換が行われている。見える人間にはそのデータ変換をするコマンドがない。
「俊也君?」
時野アヤに覗き込まれ俊也は我に返った。
「え?な、なに?」
「おにぃボケてるー!」
「はい、今言った事はなんでしょーか!」
サヨと日高サキがイタズラな笑みを浮かべながら俊也をからかった。
「ごめん。聞いていなかったよ」
「これから皆でアリスカフェ行かない?だって」
サヨ達の隣に静かに地味にいたヤモリがぼそりとつぶやいた。
「えっ……またあのフリフリゆめかわ?だっけ?のとこ?」
「わーい!アリスー!なんだかわからないけど行くー!俊也もいこー!」
イナが小さい体をフル活用して跳び跳ねていた。
小さい女の子と友達になった手前断れず俊也は頷くしかできなかった。
「わ、わかったよ……」
「じゃあ今すぐ行こ!秒で!」
サヨの言葉が決定を意味し、俊也は女の子のカフェに行くことに再びなってしまった。
……まあいいか。
俊也はライブの感想を言い合っているサヨと日高サキを眺めながら小さくため息をついた。
十二話
「はっ!!」
俊也はベッドから飛び出す勢いで起きた。
今日は土曜日だ。秋にある文化祭が近づいてきて、少しワクワクしているそんな時期である。
最近は寒くなってきて朝にきれいに起きることが難しくなってきていた。特に休日は。
時計を確認すると午前十一時を過ぎていた。
「寝過ぎた!」
いつもはこんなに慌てないが今日は別である。
今日は午後から『超常現象大好き部』の部員、時野アヤ、日高サキ、妹のサヨと共にオータムフェス音楽祭に行く予定なのだ。
……あれ?
寝起きの俊也は首を傾げた。
不思議とそのフェスとやらに行ったばかりな気がするのである。
「正夢?たしか……コウタ様が……」
ぼんやり思い出しているとサヨの声が響いてきた。
「おにぃー!なにしてんの!昼御飯!」
階段下からサヨの怒鳴り声が聞こえた。実家は二階建てで二階に俊也、サヨの部屋がある。サヨは昼御飯ができたことを何度も階下から声を張り上げて伝えていたらしい。
「ごめーん!今起きた!今行く!」
昼まで寝ていた俊也は慌てて叫ぶと階段をかけ降りていった。
一階の食卓には温かいごはんが出来上がっていた。味噌汁と焼き鮭、漬物、飯。朝ごはんのようなメニューだが休日の昼はこんなものである。
食卓には半分キレていたサヨと父親の深夜がいた。
母親は休日はどこかに遊びに行っていることが多い。
今日も朝早くからいないのか姿が見えない。
元気な事だ。
「冷めるじゃん。マジない」
うんざりした顔のサヨに俊也はあやまりながら食卓につく。
「これ作ったのって……」
俊也はサヨが作ったのかと確信し驚きの目で見つめた。
「俺だよ……」
静かに父、深夜が声をあげた。
「え!?とーさんだったの!?」
「とーさんじゃ悪いのか……」
深夜は俊也の発言に肩を落とした。
「い、いや悪くないけどなんでまた……。いつもは母さんが昼用意しておいてくれるじゃないか」
「今日は置いといてくれなかった……。なあ、母さんは父さんを置いてどこに行ったのかなあ……」
深夜は暗い顔で俊也に尋ねてきた。
「し、知らないよ……。いつも二人で遊びに行ってるのに珍しいね?てか、ほぼ父さんが背後霊みたいに毎回ついてってるだけだけど。母さんがいつもしてくれる事を忘れちゃうなんてよっぽど今日を楽しみにしてたんだな」
「うわーん!しゅんやー!父さんは嫌われた!!」
突然の父の涙に俊也ははにかみ、どうしようか迷った。
「たまにはいいじゃん。今日は六本木で女子会なんだってさ。パパがついてくると邪魔だったんでしょ」
「サヨォ……サヨは今日、パパと遊んでくれるんだよな?な?」
すがりつく勢いで深夜はサヨに子犬のような目を向ける。
それを無情にも払いのける娘サヨ。
「はあ?やだ。忙しーもん」
「ガーン……。じゃあ俊也は?」
深夜はすぐに俊也の方を向いた。
「あ……えっと……その……ごめん。今日はサヨと……」
「サヨとぉ!?なんで俺だけおいてけぼりなの!!家族離散だー!」
「そんなんで離散しないし、すぐ帰ってくんだから叫ぶな!パパはお留守番ね!今日は!わかった?」
サヨに言いくるめられ深夜はしゅんと再び肩を落とした。
どうでもいいが深夜は俊也には父さん、サヨにはパパと呼ばせている。どちらの響きも好きなようで男の子、女の子両方授かって良かったと泣きながら言っていたのを俊也は思い出した。
少しわからない父親である。
わからないついでだが深夜はサヨと同じく神が『見える』体質のようだ。
深夜とサヨは昔から奇行ばかりだったがなんだかそれが当たり前な気がしていた。
俊也は焼きたての鮭とごはんを頬張りながらふと、深夜にも聞いてみようと思った事ができた。
「ねぇ、父さん」
「なんだ?」
「父さんは神様が見えるんでしょ?サヨと同じで」
「見えるよ?それが?」
深夜は問題あるか?といぶかしげな顔をした。深夜もサヨと同じ、見えることを不思議とも思わないらしい。
「先祖に……会ったことはある?」
「先祖……そういえば……縁結びの神の銀髪の青年が先祖に近いとか?」
「望月逢夜さんだ」
「あ、そうそうそんな名前」
深夜は味噌汁をズズッと飲みながら答えた。
「ああ、そういえば絵括神ライちゃんも望月家に縁があるとか。逢夜さんの妹が……たしか、憐夜(れんや)さんだったな。絵描きさんだったけど若くして亡くなって供養のために彼女を祭った時に神様としてライちゃんがうまれたらしいよ」
深夜の発言に俊也は「ん?」と眉をあげた。
絵括神(えくくりのかみ)ライ……どっかで聞いたような……。
夢かわからないけどフェスにいた金髪の女の子……。あの子がたしか……。
なんとなく考えてからふと時計を見ると十二時半を過ぎていた。
「うわっ!時間が!」
「おにぃ、ベラベラしゃべってないで早く食べて!」
サヨに急かされながら俊也は昼食を終えた。
十四時からのコンサートに間に合うようにサヨと俊也は電車に乗っていた。
「しかし、無料でチケット配布するって意味あるのかな?」
「人数制限したかったんでしょ。たぶん。人気のアゲアゲ歌手たんだから」
「なるほど!」
そんなてきとうな会話をしていたら降りる駅になった。二人は素早く電車から降りて改札へ向かった。
……この改札もやっぱ通った気がするんだけどなあ……。
改札はカードで出る改札口の方が多かった。少し田舎な駅だが新しい設備はしっかり整っているようだ。
「おまたりおーん! 」
「おまたりおん!?」
ぼうっとしてた俊也はハッと我に返った。
気がつくとサヨが待ち合わせていた日高サキ、時野アヤに手を振っているところだった。
……あの独特な言葉……。
……やっぱり聞いたことがある!
「俊也君?どうしたんだい?」
気がつくと日高サキが不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「あ、え?い、いや……なんでもない」
「なんか顔色悪いわよ?」
時野アヤも心配して顔を覗きこんできた。
「あ、あのさ、これ前にもなかった?」
「はあ?」
俊也の意味不明な発言にサヨが呆れた顔でため息をついた。時野アヤは俊也の言葉の意味を考えているのか黙り込む。
「えーと、なんでもない」
「……」
俊也の発言にこっそり眉を寄せたのは日高サキだけだった。
そんな微妙な空気を無くしたのはサヨだ。
「あー、ちょっとトイレいきぽよー!まだ開始まで少し時間があるから!」
「そっちじゃないわよー!トイレの場所わかってるの?ついていくわ。サキ、俊也君、ちょっと待っててね」
サヨがてきとうに走って行ったため時野アヤは慌てて追いかけていった。
「おけー!」
日高サキは手で丸をつくると手を振って送り出した。
「で……、ちょうどふたりきりになったから……」
日高サキはすぐに俊也の方を向いた。
「な、何?」
俊也は一瞬まさかと思ったが日高サキが俊也にアタックしてくるとは考えにくかったのですぐに呼吸を整えた。
「あんた、『向こう』とリンクしてんじゃないのかい?」
「はい?」
俊也が訝しげな顔で首を傾げたので日高サキは慌てて言葉を繋げた。
「えーと……同じ事をやってるなーとか思ったりしてるかい?」
「あ!」
日高サキが突然に確信をついた事を言った。
「思ってる!思ってる!」
「やっぱり……。ああ、説明するとねぇ、世界は二つあるのさ。こちらと向こうがね。この二つの世界は昼夜が逆転しているだけで同じ世界なんだよ。今、こちらが昼だから向こうは夜なんだ。でねぇ、こちらと向こうには同じ人間が同じ事をしてる。つまり、同じ人間がふたりいるのさ。俊也君はなぜか向こうの世界も経験し、こちらの世界も経験しているという不思議な現象を体験してるわけだ。向こうの世界で起きたことは次の日こちらで起きる。昼夜が逆転しているからね。こちらはバックアップの世界とも言われてるけどどうだかねぇ」
「はい?」
俊也はもう一度首を傾げて同じ言葉を吐いた。日高サキが言ってることはほぼわからない。
「だから、君は異常なことにもうひとりの自分が体験することをダブってしてるってことかな?」
「ど、どゆこと?本来は僕がふたりいるって言いたいの?」
「そういうことだね。あたしは太陽神で太陽と共に生きているから単体なんだ。向こうで太陽が沈んだらこちらで太陽が出る。つまりあたしは向こうとこちらの両方の結末を知っている。あたしはふたりいない。この現象に君がなっている。まあ、一過性のもんだと思うよ。今日だけ君のデータがおかしいんだろう。明日になれば夢としてバグの修正がされるだろ」
「は、はあ……」
俊也は呆然としながら目を丸くした。いきなり世界が二つありますと言われて頷けない。
「ま、今を楽しみな!ちなみにサヨもアヤもあっちの世界のふたりじゃなく『こちら』のふたりだから君が体験した話をしても知らないよ」
「僕が知ってるふたりじゃないってこと?」
「君は向こうでもこちらでも同じように生きていたから人間関係は一緒さ。だから普通にしてたらわからないんじゃないかな?」
「ふ、普通にか……。なるほど……」
なにがなるほどなのかわからないがこれは夢だと割りきることにした。とりあえず、新鮮な気持ちで普通を心掛けるようにしよう。
パラレルワールドに入り込んでしまったみたいである。なんだか神々を見るようになってから得たいの知れない現象ばかりだ。
これぞ、超常現象……。
やがてトイレからサヨと時野アヤが帰って来た。
「まちぽよー!」
「まちぽよ!?」
サヨの発言にいちいち答える俊也に時野アヤはため息をついた。
「おまたせ。俊也君、サヨにいちいち反応しなくてもいいのよ」
「う、うん。ついうっかり……」
俊也は軽く苦笑いで答えた。
「じゃ、行くかい?」
「そうしましょ」
日高サキに時野アヤは同意した。
俊也達はコンサート会場の神社に足を進めた。
「神社でロックフェスか……」
「えー?別にいいんじゃん?だいたい一緒に騒いでるよ?」
俊也のなにげない一言にサヨが答える。
この答えは前にも聞いている。たしか、テレビでお祭りの報道がやってると楽しそうに映る神々がいるとか。
その後、俊也がニュースの録画の話を持ち出し、サヨに馬鹿にされる。
「そうなんだ!」
俊也は二の舞にならないように返事だけした。
「おにぃ、珍しいね。おにぃなら見たがると思ってたのにー。ニュースの録画してある?とか笑えることを聞いてきそうだなーとか」
サヨの言葉に時野アヤと日高サキは「いやいやないでしょ」と鼻で笑っていた。
これはこれで嫌である。
なんだか嫌な気持ちを抱えつつ俊也は会場まで歩いた。
会場は一度経験したあの時と対して変わらなかった。神社前では屋台が出ていて子供連れがワイワイ騒いでいる。バナナチョコや射的といった昔からある屋台が多い。涼しいのにかき氷もある。
俊也達は横目で見ながらコンサート会場のチケット確認所に並び、中へと入った。
俊也はなにげなくとなりにいた日高サキを見る。
日高サキは俊也に気がつかずサヨと楽しそうに前の方へと走っていった。
……彼女の話をしっかり聞くと……日高さんは二回も同じ事を経験しててはじめてのように振る舞っているということになる……。
……不思議だ。
おかしくならないのだろうか。
目線を日高サキから外すと時野アヤが右側を凝視していた。
……ああ。
俊也はピンときた。前回、となりには芸術神の姉妹とやらがいたはずだ。
目を凝らすと金色の髪が見えた。ツインテールの子は小さいのでたぶん妹、時野アヤと同じくらいの歳に見える子はたぶんお姉さんだ。
ふと、お昼に父から聞いた話を思い出した。
……彼女は僕達の先祖と関係があるらしいこと。
「ちょっと会話してみよう」
「え?」
俊也の言葉に時野アヤが訝しげにこちらを見た。
「あ、いや……あそこにいる神様が気になるなと。ちょっとお話に行きたいんだけど時野さんも行く?」
「え?ええ。いいわよ。そうだった。あなたも見えるんだったわね」
時野アヤは突然の事に驚いていたが了承した。
まだコンサートは開始していない。もう少し時間があるようなので芸術神と話してみる事にした。
時野アヤは俊也の後ろを心配そうについてきた。
……心配させてる僕も僕だけど……かわいいよな……時野さん……。
……じゃなかった。
「あ、あの……」
「!?」
俊也は金色の髪の少女絵括神ライに声をかけてみたがライは突然人間から話しかけられたので腰を抜かすほどに驚いていた。
「あ、ライ、彼は見えるわ」
時野アヤがさらりと言った言葉でライはほっとした顔を向けた。
「びっくりしたー……。突然人間さんに話しかけられたから頭真っ白になっちゃったよ。でも白っていい色だよね」
ライが先を続けようとしたので時野アヤが止めた。
「それよりね、彼がお話したいみたいよ。……ライは絵の関係の話をするととっても長くなるのよ」
時野アヤがライに要求をさっさと話すと俊也に向かい小声でそう言った。
「そ、そうなんだ。ま、まあいいけど、お話いいかな?」
「お話……?いいよ」
俊也にライは快く頷いた。妹の音括神セイは不安げな顔で様子をうかがっている。
「実は先祖の話なんだけど……」
俊也は不安げに立っているセイを横目で見つつ、ライに口を開いた。
「僕の父、望月深夜が君が望月憐夜(もちづきれんや)って方と関係があるらしいと言っててね……」
「ああ、望月家!?深夜さんの子供!?」
ライは俊也の父を知っているようだ。
「父さんを知ってるの?」
「え?有名だよ?神々の中だと私達が見える!って」
「そ、そうなんだ……」
俊也はライの発言におされながら父が有名ならサヨはもっと有名なんだろうと思った。
「妹も見えるんだけど……」
「妹?そうなの?」
俊也は試しに聞いてみたがライは知らないようだった。
……妹は有名じゃないんだ……。
「あ、あの、それで望月家が私になんの……」
ライは戸惑いながら俊也に声をかけてきた。
「あ、えーとその憐夜さんって直接の先祖だったりするのかな?」
「ないと思う……けど。憐夜さんは十歳だったし……」
俊也の問いかけにライは首を横に振った。
「逢夜さんとは兄妹なんだったよね?」
「うん。妹よ。四人兄弟の一番下が憐夜さん。そこにいるアヤは三番目の更夜(こうや)さんと関係があるの。更夜様……あ、更夜さんは霊や生物の心の世界の時間を守る時神さんなの……って、わかるかな?」
「わからない……すんません。わかりません……」
「つまり……夢の世界の時間管理をしてるのが更夜様……更夜さんなの」
ライは話して良かったのかと時野アヤを見た。
「ライ、人間にしゃべりすぎよ。それから更夜さんのファンになりすぎだから。なによ、様って……」
時野アヤはあきれた顔をしていた。彼女達は俊也の先祖について昔から知っているようだ。
……何を言ってるのかはわからないけど。
「じゃあ、その更夜さん?って人?人なのか?が先祖なのかな?」
「なんでそんなに先祖にこだわっているのかわからないけど、たぶん更夜さんじゃないわよ。彼にはたぶん、正式な子供はいないわ。生前に隠し子とかはいたかも知れないけどわからないわね」
俊也の質問に答えたのは時野アヤだった。
「ていうか、時野さん、僕達の事、知ってたの?望月家についてやたら詳しいけど……」
「……更夜さんについてしか知らないわ。彼は夢、霊魂の世界の方で時神になったから私は知っているの。あなたのお父さん、望月深夜さんは有名だから知ってるけどね」
時野アヤはさらりと言った。
「ちょっと待って。霊魂の世界?と、言うことは……霊に会える世界があるんだね」
なにげなく言った俊也の言葉に時野アヤは固まった。
「……口を滑らせたわね」
「どうやって……」
俊也が言いかけた時、何かが引っ付いてきた。
「あーそーぼー!」
「あら、イナじゃないの」
時野アヤに言われて俊也はズボンに引っ付いている小さな女の子を見る。
……ああ、本当に同じことが起こるんだなあ……。
変な感心を覚えてからもう一度ライに目を向けた。
しかし、ライと妹のセイはいつの間にかいなかった。コンサートははじまり、辺りが賑やかになった。手が寒くなったのでなんとなく上着のポケットに手を突っ込む。
「……ん?」
俊也はポケットに紙が入っていることに気がついた。取り出すと丁寧に四つ折りになっていた。
広げてみる。
紙にはライからのメッセージがかわいらしい絵とともに書かれていた。
……私はアヤ達の文化祭に遊びに行く予定だからその時に先祖の件は考えてあげるね。
文化祭は夢みたいな時間を過ごせる行事だから……。
と、意味深なメッセージが残されていた。
俊也は首を傾げたがコンサートが本格的に始まるとそちらに意識がいってしまっていた。
最終話side俊也
十月三十一日。
ハロウィンと呼ばれる行事の真っ只中。
外は秋模様で落ち葉が舞い、なかなかに寒い。
俊也が行っている学校はなぜかこの日に文化祭をやるようだ。
たまたまか否か。
「ハロウィンは先祖の霊が家族の元に帰る日、秋の収穫祭」
俊也はなにか引っかかっている顔で文化祭開催中の部室でボケッと椅子に座っていた。
現在はお昼なため展示物を飾っている『超常現象大好き部』に来ている客はいない。皆昼飯の最中だ。こんな暇な時間に留守番を頼まれ俊也はため息をつきながら展示物を眺める。
いままで起こった謎現象、この世界にいる神々についてをおもしろおかしく紹介中だ。
なんだかオカルト好きや創作物好きのたまり場になりつつあった。
でも、その人達も昼飯の屋台に並んでいる。
「……暇だ。時野さん達どこまで行ったんだろ」
時野アヤ、日高サキ、妹のサヨは今はいない。俊也の昼飯を買ってくるついでに散策しに行ったらしい。
しばらくぼうっとしていたらふわっと金色の髪が見えた。
よく見るとこないだ会話した芸術の神ライだった。
「あ!」
俊也は入ってきたライに声をあげたがよくよくこないだを思い出したら俊也は彼女と会話をしていない。
……日高さんの話だとあれは夢?だったみたいだしあの『やくそく』を知ってるわけないよね。
「あれ?あなたはこないだ見たアヤ達と一緒にいた人かな?」
ライはやはり初対面な話し方をしてきた。
「うん。そうそう。僕達、話したことなかったよね?」
俊也は確認のためにあえてそう尋ねた。
「そうね。話したことはなかったかな?でも先祖を探している子って事は知ってるよ。文化祭だし、ハロウィンだからいけるかもとあなたを探していたんだよ。私が見えるみたいだし」
「ん?」
ライの言葉に俊也は首を傾げた。
「あ、えーと。アヤ達には内緒なんだけど、ご先祖に会わせてあげたいなーとか思って……その……」
「先祖に会える!?何?マジだったの!!」
俊也のリアクションにライは目を丸くして後退りしていた。
「え?何?どういうこと?」
「あ……あ、いや……えーと。たぶん夢?の世界で君に会って先祖に会わせてくれるって約束を……」
「私は今思いついてここに来たんだけど……」
「そ、そっか」
なんだか気まずい雰囲気になった。
……そういえば日高さんがもうひとつの世界が云々って言ってたなあ。よくわからんけど僕が会話した彼女は『もうひとつの世界の彼女』だったらしい。
「ま、まあ、とにかくアヤ達がいない内に先祖に会いに行こう!私もあなたの先祖に関係があるし、何よりあなたの先祖があなたに会いたがっている。アヤ達がいたらあなたをアヤ達から離してこの話を持ちかけようと思っていたの」
「先祖が僕に会いたがっている!僕も会いたい!」
俊也は気分が上がってライにがっつく勢いで言った。
「う、うん。わかったわよ……。連れていくから待ってて」
ライが明らかに退いていたので俊也は咳払いをして「ごめん」とあやまった。
「私は人の心に作用する芸術神。人の心に住む霊のところに行ける。といってもたまたま私があなたの先祖に関わりがあっただけだけどね。あなたの先祖はよく知っているから会わせるのはたぶん容易いよ!」
ライは微笑んでから一本の筆を取り出した。
俊也は知らぬ間に意識を失っていた。
「んむ?」
目を覚ますと青空が広がっていた。どうやら大の字で寝ていたようである。
「ん?なんで寝てる?なんで青空……」
俊也が寝ぼけ眼で独り言を話しているとライが俊也を覗き込んできた。
「気がついた?」
「うわわっ!?」
俊也は目を見開いて飛び起きた。
今ので完全に目が覚めた。
「ちょっ!ここどこ!?」
俊也はやっと我に返り慌てて叫んだ。
気がつけば白い花畑のど真ん中で寝ていたのだ。驚かない人はいない。青空は遠く高い。
「ここはあなたの先祖が住んでるとこよ。連れてってあげるって言ったでしょ?」
ライは少し興奮ぎみに俊也を立たせた。
「いやまあ……言ってたけど……」
「こちらに来れるドアを人間の心を使って描いたの。芸術は爆発だからね」
ライは胸を張って答えた。後半はあの有名な芸術家の言葉を真似したのだろうが前半は俊也にはわからない。
合わさると余計に意味不明だ。
「ま、まあいいや。ここで先祖さんに会えるの?」
「会えるよ!あそこにおうちがあるでしょ?」
ライは白い花畑の先を指差した。
「あの日本家屋に住んでるの?」
花畑の先には古そうだがかなり広めな日本家屋が堂々と建っていた。こう言ってはいけないのかもしれないが、なんというか不思議と生気を感じられない。
廃屋には見えないのに人の気配が感じられないのだ。
……うまく言えないけど、住んでいる?のか?
「何者だ」
ボケッとしていたら鋭い声が聞こえた。
「あ、更夜(こうや)様!はあ……」
ライが突然潤んだ瞳で俊也の後ろを見て叫んだ。俊也は眉を寄せつつ振り返る。
「更夜様ってどっかで……うわっ!」
振り返った俊也は驚いて尻餅をついた。俊也のすぐ後ろに眼光鋭い侍が厳しい顔で立っていたからだ。
銀髪を後ろでひとまとめにし、右目を髪で隠している意外と若そうな青年だった。
なんだか知らないが最新のオシャレな眼鏡をしている。
「ひぃ!こんなとこで死にたくない!」
青年から溢れる殺気のようなものに俊也は半泣きで後退りしていた。
「いや、別に殺すつもりはなかったのだが……すまん。忍の癖が残っていてな。ライ、このお方はどちら様だ?」
青年はため息をひとつつくとライに目を向けた。
ライはうっとりした顔を慌てて戻すと俊也を戸惑った目で見つめて口を開いた。
「あ、えーと、更夜様のご親族で……その……子孫と言いますか……」
「子孫?俺には子はおらんぞ。望月家なのか?」
更夜と呼ばれた青年は俊也を特に表情なく見つめる。
「あ……はい。望月俊也です……けど……」
完璧にビビりまくっている俊也は青い顔で更夜から少しだけ目を離した。
「ふむ。お前が望月俊也か。お兄様から聞いているぞ」
「おにい……あ!望月逢夜さん!?」
「そうだ」
俊也の言葉に更夜は若干頬を緩めた。
それを見たライが顔を紅潮させ、「かっこいい……」とうっとりした顔でつぶやいていた。
……ライさんはそういえばこの人?のファンとかなんとか言っていたような……。
俊也は更夜を観察した。
祖先だったとしてもなんだか自分とは似ていない。
……そういえば忍者の家系だったってサヨが……。
そんなことを思っていたらライが頬を紅潮させたまま俊也に「私、ちょっと更夜様とお話を……」
とモジモジしながら言ってきた。
「え?僕はどうすればいいの?これから……」
俊也は焦ったが隣にいた更夜に肩を掴まれ古民家の方を向かせられた。
「あなたの先祖は中にいる。肉体を持つ霊体が来た事についてライから話を聞かせてもらおうか」
「ちょっ……置いてくの!?僕を!」
俊也の叫びもむなしく更夜は一方的に言うとライを連れて花畑の方へと行ってしまった。
「終わった頃に迎えに行くねー!」
ライの元気な声だけが流れ、俊也はその場に取り残された。
「……なんか怖いけど……行くしかないよなあ……」
俊也はため息をつくと古民家へと足を向けた。
俊也は古民家の扉の前で迷った。
……あれ?ピンポンが……ない……。
しばらく人差し指を出してインターフォンを探していたがなかったので扉をトントン叩くことにした。
「こ、こんにちはー……」
とりあえず俊也は挨拶をしてみた。
「ふむ。先程から見ていたがなんか挙動不審だな。お前は……」
なんの前触れもなく横開きの扉が開き、小さい少女が顔を出した。
見た目は小学校低学年くらいだ。
だが、彼女はなんとも言えない不思議な雰囲気と鋭い気を纏わせている。羽織袴を着込み、美しい銀髪が肩先で揺れていた。
「見ていたって……?」
「気配はすぐに感じたからな。なんだか指をクルクル回しておった故、何をしているのか警戒してしまったぞ」
少女はため息をついた。
どうやらインターフォンを探す姿を間抜けにも見られていたようだ。
「あ……インターフォンを探してまして……」
俊也が少女の扱いに困っていると少女は驚きの発言をした。
「まあよい。お前は私の子孫だろう?中に入るとよい」
「え!?今さらりと言ったけど……待って待って!ちょっと待って!」
「なんだ?今の時代は『ちょっと待って』を多用しすぎではないか?ツッコミを入れる時や気持ちの整理をつけたい時など……。一体何を待つと言うのだ……」
少女はブツブツ言いながら呆れた顔で俊也を仰いだ。
「ちょっ……今まさに気持ちの整理をつけたい!!」
俊也が叫び、少女はため息混じりにそして素直に『ちょっと待って』いた。
「そろそろよいか?」
何回か視線が行き交った所で少女がつぶやいた。
「う、うん……いいです?よ」
俊也は敬語や丁寧語を使うか迷っていた。
「普通に話すとよい。私は成人している故、迷ったのかも知れぬが子孫に丁寧に話されると戸惑う」
「あ、いや……その……」
本当は逆で小学生くらいだと思っていて先祖ということで丁寧に話すか迷っていたのだが俊也はそれを言うのをやめておいた。
昔の日本人女性は小柄だったのを思い出したからだ。
若そうだが成人しているとの事なのでさらに扱いが難しくなった。とりあえず、タメ語でいくことにした。
「えーと、ほんとに先祖?」
「嘘をついてどうする……。私は望月千夜(もちづきせんや)。正当な望月家の子供を持つ親だ」
「はあ……なんか固いね……」
俊也は現代と昔の家族の違いを感じた。
「まあ、とりあえず中に入れ。色々話そうか」
少女、千夜は軽く微笑んで俊也を家の中に入れた。
「で、では遠慮なく……」
いまだどう会話したらいいかわからない俊也は半分怯えながら玄関を跨いだ。
特に会話はなく、黙々と廊下を歩いていると座敷の一室に入れられた。
「まあ、座れ」
素早く座布団をひいた千夜は鋭い瞳をこちらに向けて俊也を促した。なんだかこれから叱られてしまいそうな感じだ。
「あ、いや、威圧をかけたわけではない。忍の癖が抜けなくてな……」
千夜は俊也が青い顔をしていたので慌てて言葉を追加した。
「……なんかさっき更夜さんって人も同じ事を言っていたけど……忍者ってそうなるの?」
俊也は座布団に静かに座ると千夜を伺うように見上げた。
俊也の言葉を聞いた千夜は目を見開いて驚いた。
俊也は千夜の雰囲気が変わったのですぐさま弁明をした。
「あ、いや……なんか悪いこと言った?歴史もっと勉強しとけば良かったなあ……」
俊也が焦っていると千夜が腹を抱えて笑い出した。
「あっはははは!」
「!?」
またも異様な雰囲気に俊也は戸惑った。
「あはは!あ、いやいや面白かった。そうか、忍を知らんのか。平和な時代になったのだな」
「……」
後半の千夜の言葉はなんだかとても優しく、柔和な表情にも見えた。俊也は先祖が大変な苦労を乗り越えて来たのだと思った。
「時代的に大変だったの?」
俊也はなんとなく質問をした。千夜は言うか迷った後、ゆっくり話始めた。
「人殺しの時代だよ。私は甲賀望月家当主だった。あの時代は女が上には立てない時代であったが望月家はすぐに当主を立てたかった。故、女の私は男に化けて当主をしていたのだ。後には弟ができたが弟が元服までの間に私に子ができ、その子は男だったから私のお父様に奪われたのだ。お父様は当主を私の息子にし、私を暗殺方面に使った。つまり、私は当主から陰の者になったのだ。それから幼き息子とは会っていない。今も霊体がどこにいるやら……」
千夜はため息混じりに語った。
「そう……息子さんに結局会わなかったんだ……」
「探したのだが私が戦に巻き込まれて死んだからな。現世では会っていない。霊体も見つからぬ。故にライに頼み息子の影が残っているだろう俊也に会ってみたかったのだ。お前を呼んだのは本当は違法なのだろうがな。霊体が生きたものに関わるのは……」
千夜はどこかスッキリとした顔をしていた。
「でも良かったよね?千夜さんの子供は生きていたんだから。僕達がいるしね」
俊也は気の聞いたことが言えたとどことなく自慢気だった。
「ふふふ……面白い子だ。ありがとう。おっと、そろそろ時間か?文化祭中なのだろう?」
「え?文化祭中だけど、もうおしまいなの?」
もっと話せるかと思ったが千夜は満足そうだった。
「長く我々と関わってはいかぬ。今回はお前も私に会いたがっていたようだったので私も会ったのだ。少しにしておかないと現世で死ぬぞ」
「しっ!?そりゃあヤバイ!まだ死にたくない!」
「だったらもう時間だ。お前の夢に私が出てこれたなら秋の夜長に楽しく話そうか」
焦っている俊也に千夜は穏やかに答えた。
「夢か……寝る前に思い出してみる!じゃあ、今はひとまず……えー、ライさんに」
「……ふむ。ではお別れだ。お前は目元が息子に似ていた。それだけで十分だった。ありがとう。達者に暮らせ」
千夜は立ち上がると俊也を連れて玄関先まで見送りに来た。
「じゃあひとまず文化祭に出るよ!」
白い花畑の方にライがおり、俊也はライに向かって走り出した。
死ぬと言われて慌てていたようだ。
千夜は俊也の背中を黙って見つめていた。
……幸せそうに生きているようで良かった。
望月明夜(もちづきめいや)。
暗き夜の一族を照らしてくれと名付けた息子は見事に暗闇を照らしてくれていた。
平和な時代になって良かった……。
千夜はそっと目を閉じると深呼吸をし、再び目を開けた。
もうそこには俊也はいなかった。
最終話sideサヨ
「ただいまー!おにぃ!焼き芋あった!化学部が得たいの知れない炎使ってやったやつで……。て、あれ?」
望月サヨは『超常現象大好き部』の部室に入った。
サヨの兄、望月俊也はだらしなく椅子に座って寝ていた。
「もー!おにぃは!!文化祭中なんですけど!誰か展示物見に来たらどうすんの!皆昼食べに行ってるからってこりゃナシリング!マジないんですけどー。萎えたんだわ」
サヨは冷たい目で俊也を睨む。俊也は起きる気配はなく口も半開きだ。まるで魂がないかのように。
「サヨっち、俊也君は悪くないよ。俊也君の魂が連れ去られたんだ。生気がないよ……彼」
サヨの横から顔を出した日高サキが俊也の青白い顔を見つめつぶやいた。
日高サキの後ろから時野アヤも現れ俊也を確認する。
「ドアがあるわ。俊也君のすぐ後ろに……。俊也君、死んでるわけじゃないのよね……。んん……このドア、ライの?」
時野アヤは俊也の後ろにぼんやりとある扉をよく眺め、芸術神ライが夢幻の世界、弐の世界に行くために使用する扉だと結論づけた。
「なになに?」
サヨは興味深々で時野アヤの肩先から顔を覗かせた。
「……ということは……ライが俊也君を夢幻霊魂の世界へ連れて行った……?とにかく生きた魂が入ってはいけない場所よ!追いかけましょ!」
「おにいはなんで霊魂の世界に?……あ!先祖だ!先祖に会いに行ったのかもー」
サヨは別に焦るわけでもなく思い出したように手を叩いた。
「呑気な事言ってられないわよ!」
反対に時野アヤは焦っていた。
「あ、弐の世界に行くのかい?あたしは留守番しとくよ。お客さん来るかもしれないからねぇ」
日高サキもサヨ同様に抜けた返事をした。
時野アヤはため息をついた。
「じゃあ、いこっか!秒で」
サヨが面倒くさそうに投げやりにドアを開けた。
「ちょっとサヨ!慎重に……」
時野アヤが言った刹那、サヨと時野アヤはドアの奥へ吸い込まれていった。
日高サキは吸い込まれたふたりを確認するとゆっくり立ち上がった。
「さあてと……サル。ちょっくら上の神々に挨拶してこなきゃねぇ。友達の尻拭いは大変だよ。学校に通っているのもアヤがさみしくないようにだし」
「では。会議を開くよう報告してくるでござる……」
すぐ近くで男の声だけがし、すうっと気配も消えていった。
「きゃああ!……って、あれ?」
サヨは絶叫をあげていたが我に返った時には白い花畑の真ん中にいた。
「気絶しなかったわね……」
時野アヤはため息混じりに辺りを見回した。
「ここは……夢幻霊魂の世界を守る時神がいる世界……だわね」
時野アヤはすぐ目の前で口をポカンとあけて驚いているライを見つけた。
「やっぱりライ……」
「アヤ!?」
ライは目を丸くして時野アヤとサヨを見ていた。
「アヤ、この人……神だねー。誰?」
サヨは呆れた顔でライを見据えた。
「芸術神ライよ。で、隣にいるのは……」
「うわっ!びっくりした!!」
ライの隣に銀髪で着物を着た青年が眼光鋭くいつの間にか立っていた。サヨは全く気がつかず腰を抜かすほどに驚いていた。
銀髪の青年はなぜか最新の眼鏡をつけていた。
「サヨ、この方はあなたに関係があるわ。望月更夜さん。この世界の時神よ」
「へー。さっきからいたの?全然いたことに気がつかなかったけど。先祖的な人が神ねぇー。まあ、いいや。で?おにぃは?」
時野アヤの説明をてきとうに流したサヨは更夜に俊也の行方を尋ねた。
「あなた、やっぱり軽いわね」
時野アヤが呆れている中、更夜がちらりとライを見た。
ライは更夜を仰ぐともじもじしながら口を開いた。
「えー……その……あなたのお兄ちゃんが先祖に会いたがっていたというのと……直接の先祖さんである千夜さんが会いたいって言ってて……」
「だからって生きてる魂をこちらに入れたらダメでしょ!」
ライに時野アヤは厳しく言いはなった。
「いやいや……アヤだってほら……」
ライはしょんぼりしながら時野アヤの後ろにいたサヨを指差す。
「あ……」
時野アヤは顔を赤くした後、さあっと青くなった。
それを横目で見た更夜は時野アヤとサヨを諭すように口を開いた。
「まあ、お互い様だな。俊也とかいう少年もすぐに向こうに戻す故、あなた達も戻ってよい」
「しかしあれだねー、ハロウィンの真逆だよ。おにぃはー。自ら会いに行ってどーするって感じ?お盆とかも逆にうちらが遊びに行ったりしてー。超ウケるんですけど。アゲポヨだわー。はあ……」
サヨは呆れた顔でため息をついた。全然アゲアゲには聞こえない。
「とりあえず、一度戻るわ。ライ、戻して」
「はーい。俊也君はすぐにそっちに連れてくから待っててー」
ライは申し訳なさそうに言うと筆を取り出し扉を描いた。
「どうぞ」
ライが筆を手から消し、扉に手を差し出した。
「どうもー」
「じゃあ、一回帰るんだ?」
「帰るわよ。下手したらあなた達兄妹とも戻れなくなるわ」
不思議そうにしているサヨを引っ張り、時野アヤは扉を開いた。
最終話
「はうわっ!!」
俊也は唐突に目覚めた。目覚めた勢いで椅子から滑り落ちて尻を打ってしまった。
「いてて……」
「あ、おにぃ!よく寝てたねー!さげぽよー」
目の前で妹のサヨが不機嫌な顔でこちらを睨み付けていた。
「あ……あれ?お、おはよう……」
俊也は首を傾げて不思議そうにサヨを見た。場所は花畑ではなく『超常現象大好き部』の部室だった。ガヤガヤと賑やかだ。昼ごはんが終わり、文化祭を楽しんでいる学生達がまた活動を始めたらしい。
「なんか夢を見てたらしい……」
俊也が尻を撫でながらゆっくり起き上がりまた椅子に腰かけた。
「やあ、俊也君。よく寝てたねぇ。あ、焼き芋あるよ。食べるかい?」
日高サキがまったりとした笑顔で呑気に焼き芋を差し出してきた。
「あ、ありがとう……」
俊也はとりあえず焼き芋を受け取り一口食べた。
「甘い……」
「ところで俊也君、夢の内容って覚えているかしら?できたら聞いてみたいわね」
展示物を並べ直しながら時野アヤがなにげなく聞いてきた。
「うーん……それがよく覚えてないんだ。夢を見てたなあとは感じるんだけど、なんか女の人が……いたような?」
「そう」
俊也の言葉に時野アヤは笑顔でそう返してきた。それっきり時野アヤは夢には触れてこなかった。
しかし、サヨにはわかっていた。
時野アヤが俊也の時間を巻き戻し、魂が向こうへ行っていないようにした処置を取っていた事。
そうしなければいけなかった事を……。
神は時野アヤだけではない。スケールは人間が関わって良い範囲を大きく超えているのだ。
これは人間や神だけの問題ではなく、霊魂や「K」など他に世界の『辻褄』を合わせている者達が納得のいく結果なのである。
サヨは深い事は何一つわからないが知らないふりをするのが一番良いということを知っている。
「もう、おにぃはどこまでも頭が春なんだから!ボケッとしてるとクリスマスに乗り遅れるよ!」
だからサヨは今日も知らないふりをする。人間がどうこうできる問題ではないから。
「まだハロウィンなんだけど……頭が春って花咲いてるの?クリスマスなの?季節がめちゃくちゃじゃないか」
俊也は本当に知らない。
彼は何も知らなくて良い。
今を必死で生きるしかない人間にこちらを考えている余裕はないのだから。
時野アヤ、日高サキは漫才のように掛け合って話す兄妹を微笑みながら見つめていた。
……もうそろそろ終わりかな?
神々の彼女達はそんな事を思い、どこか遠い目をしていた。
文化祭はなんだかんだで大成功に終った。お客さんは興味深くオカルト系の記事を読み漁り、楽しそうに質問をしながら帰っていった。一時の夢のような時間はあっという間に通り過ぎ、次の日からは現実へと戻る。
この『変化』もひょっとしたら超常現象なのかもしれない。
俊也にとっては不思議感の残る文化祭となった。
※※※
その文化祭以降、受験勉強やらでなかなか活動ができなかった。二年の後半から急に忙しなくなったのだ。俊也の足も部活動から遠ざかり模試やら塾やらで慌ただしい一年を送った。
時野アヤ達は知っていた。もう何年もこの学校を見ているから。
二年の文化祭が終われば部活動をやる暇はなくなる。
「……でも楽しかったわよ。はじめて部活動をしたわ。変化って大事よね」
時野アヤは夕日が差し込む『超常現象大好き部』の部室で窓の外を眺めていた。
もうだいぶん寒くなってきた。
冬はとっくに来ている。
「……あとは俊也君とサヨっちが無事に大学に行けるかだねぇ。この部室も空き教室になるのかね?また活動をしたい子が来たら部活に入ろうか」
日高サキは机を撫でながら微笑んだ。
俊也もサヨもいないが時野アヤと日高サキは毎日ここに来ている。
彼女達に受験はない。
時間の有限もない。
ただ不変に自分が持っているデータ通りの役目をし、世界を守っている。
時野アヤは人間の時間の管理を。
日高サキは太陽を基準にこちらの世界とバックアップの世界の監視を。
彼女達はそのために存在している。
これからもずっとそうであり続ける。
「じゃ、あたしはそろそろ太陽に帰るよ。もう日が沈むからねぇ」
「そう。私はもう少しいるわ。今回の変化が楽しかったの。この二年を振り返って思い出にするわ」
「物好きだねぇ。じゃ、あたしは帰るよ」
日高サキは鞄を抱えると足早に部室から去っていった。
時野アヤは日高サキを見送ると再び窓に目を向けた。
夕日がグラウンドを照らす。今日は運動部が部活をしていないので静かだ。
……部活か。俊也君も卒業ね。
日が陰り寒さが増してきた頃、扉に人の影が映った。
「……誰かしら?俊也君やサヨなわけないし」
「僕だよ」
扉を開けて入ってきたのはマフラーを首に巻いた俊也だった。寒さ対策をしっかりやっている。
「あら、俊也君。どうしたの?今は受験の真っ只中でしょう?」
「僕は終ったよ!春から大学生だ。無事に終ったー。サヨなんか難関大学をさらりと受かってさあ……」
俊也はため息混じりに椅子に座った。
「おめでとう!今の受験は早く結果が出たりするのね。てっきり春になってからだと思ったわ」
時野アヤは微笑みながら向かいの椅子に座った。
「今日結果が出たんだ。ホッとしたよ。で、なんだかここに来たくなって来たら時野さんがいて……」
「そう」
「この際だから確認したいんだけど……時野さんは……そのこれからどうするの?」
俊也の質問に時野アヤはのんびり答えた。
「どうしようかしらね」
「……」
時野アヤの返答に俊也は黙った。
「どうしたの?」
時野アヤは逆に尋ねてきた。
「……もう二人きりになれるのが最後かもしれないから……」
俊也は珍しく表情を固くした。
普段は抜けている俊也が急に隙のない顔を見せる。
「そうしているとモテそうよね」
「モテないよ……。話はそこじゃなくてね、時野さん。僕は時野さんの事が……」
「私はあなたともう一緒の時間を過ごすことはない」
俊也が最後まで言い終わる前に時野アヤはそう言い放った。
「そっか……」
俊也は残念そうな顔をしていたがどこかそう言われたいと思っていた。
彼女は神なのだ。
俊也とは釣り合わない。
「私と付き合ったらあなたは壊れるわ。私は不変。変わらない。あなたは変わる。人間だもの、先に進む。先に進める。結婚だってできるし子供もきっとできる。私は変わらない。ずっと何十年、何百年先もこのまま。進む時間を繰り返し生きるのよ。自分は進まないままね」
「それは……それは辛いこと?」
俊也は表情のない時野アヤに尋ねた。時野アヤは少し迷ってから首を振った。
「いいえ。私は時の神だもの。これが存在理由なの」
「そっか。これから友達として時野さんには会えるかな?」
俊也の問いかけに時野アヤは口をつぐんだ。
「会えないんだね?」
「私は忘れないわ。面白かったもの。この部活は本当に楽しかった」
「忘れない……か。つまり僕は『忘れる』んだね。時野さんや日高さんの事を……。そうじゃなきゃおかしいもんね。同じ生徒がずっと同じ学校にいる。先生が初見なわけないし」
「鋭いわね。正確に言えば私達があなたに関わりすぎたのよ。だから元に戻すの。あなたは私達を忘れる。でも、部活はある。不思議な経験をしたと思い出すキッカケのあなたが作った部活。夢のような体験……大人になる前の曖昧な時間の貴重な体験よ。曖昧に思い出にして大人になりなさい」
時野アヤはそう言った。
「時野さん……いままでありがとう。僕も楽しかったよ」
俊也は素直に現実を受け入れていた。
なぜ受け入れられたのか後になってもそれはわからない。
だんだんと記憶が曖昧になってくる。いままで起きた事を思い出せるが不思議な体験をしたことから先の肝心な部分は曖昧だ。
目の前にいる時野アヤも部員だったか怪しくなってくる。
……あれ……こんな子見たことないな……なんでうちの部室に?
この部活は僕とサヨの二人きりだったはずで……いや、そんなはずはない。後二人いた。この子と……。
……思い出せない!?
……誰だ!?この子!
「お化けだー!ついに超常現象が目の前で!?」
俊也は唐突にそう叫ぶと怖くなったのか鞄をひっつかみ慌てて部室から飛び出していった。
その時、後ろからこんな声が聞こえた。
……それでいいのよ
と。
あれから時間がかなり経ち、俊也は『超常現象大好き部』の日誌をなんとなくめくっていた。
場所は高校の職員室である。
日誌には起こった不思議な出来事が意味不明に書かれている。
……これ、なんだっけ?
この時の僕、大丈夫かな……。
なにが『僕が記した記録です。』だよ。
俊也はクスクスと笑っていた。まるで小説のような『妄想』が書き連ねてある。
「望月せんせー!もちづきせんせー?」
ふふっ……望月先生か。とっても良い響きだ……。
僕がまさか先生になるとはね。誰が想像した事か。
「むっふふ……」
今はまだ教育実習生だが俊也は母校にいた。
「おーい!望月先生!聞いてるのか!予習は大丈夫かー?さっきから呼んでるんだけど!!」
「はうっ!!……え!?……あ!はーい!」
ベテラン先生が職員室の扉を開けて俊也を呼んでいた。俊也は謎の日誌を机にしまうと慌てて立ち上がった。ぼうっと浸っている場合ではなかった。
今日ははじめて教壇に立つ日なのだ。
教え方とかは自分なりに考えてきたつもりだ。ベテラン先生も後ろにいてくれる。不思議と緊張感はなかった。
「え……?」
担当の教室に入ると俊也は固まった。
ガヤガヤとしている教室の隅っこにどこかで見たことのある生徒が二人いた。
「先生、大丈夫?」
ベテラン先生に声をかけられ俊也は我に返った。
「あ、えーと……なんだっけ?まず挨拶かな……」
準備してきたものは全部飛んだ。
すっかり飛んだ。
授業が終わって散々ベテラン先生に注意された後、ふと考えた。
……そうだ。ちゃんと先生になったら生徒集めて怪談しよう。それで部員を集めて『超常現象大好き部』の顧問になる!
俊也は邪に叱られながらそんな事を思っていた。
この後、俊也は立派な高校教師になるわけだが、『超常現象大好き部』の顧問になった時、大量の部員の中に『あの生徒達』を見つける。
そこで思い出すのだ。
あの超常現象は『現実』だったことを……。
そしてまた忘れるのだ。
部員に『神』が混ざっていたことを……。
現実であり仮想である彼女達は平然とこう言う。
「望月先生、今日の活動は?」と。
旧作(2018年完)TOKIの神秘録二部『学園のまにまに』
今回は学校を舞台に書いてみました!
長編の部分とかぶるような部分もありますが、わかるように書きました。
学生の文化祭はなんだか不思議な空間だった気がします。最後はこれでしめたかったのですが、少し伸びましたね笑。
ライトな表現の学園不思議系作品を目指して作りました。高校生は子供から大人に移行する準備期間なので不思議が起こる最後の期間とも言えます。
ありそうでない現象は知らないうちに体験していたかもしれません。
そんな気持ちで書きました!
来年は元号が変わりますね!
また新しい短編を書いていきたいと思います!
よろしくねっ( ´∀`)