鳩と蝶 ~宇祖田都子のはなし 1
久しぶりに薄日の射した午後、私はいつものごとく歩いていました。眠たげにうす雲を纏った春空は、渡り始めた陸橋の、そっけないほど単純な手すりを淡く彩る、ペンキの空色に調和しているように見えました。
その陸橋の中ほどにさしかかり、大きく開けた空をぼんやりと眺めていると、向かい道路灯に、一羽の鳩がとまっているのに気づきました。
その道路灯は、陸橋をくぐる道路の為のもので、陸橋よりも低い位置にありました。それなので、私はその鳩の頭を、斜め上から見下しているのです。
それは、ごく普通のドバトでしたが、向いの荒荒しいコンクリート壁との対比のせいか、たいそう美しく見えたのでした。
鳩は、車の音に首を傾げ、もとに戻し、風が吹いたといっては、首を傾げ、また元に戻す、といった動作を繰り返していました。
そうこうしているうちに、あと三羽の鳩が、その道路灯の上へやってきました。新たに、三羽も同時にとまったものですから、道路灯は、いやいやをするように頭を揺らし、初めの鳩は、よたよたと先っぽの方へ移動しました。
三羽のうち、二羽はすぐに飛んでいってしまいました。残った一羽は、先の一羽のほうへ寄っていき、並んで、首を傾げたり、元に戻したりしていましたが、そのうちに、やはり飛んでいってしまいました。
首を傾げる鳩の前方を、小さな光の粒が幾百も通り過ぎていきます。私の視線を気にかけながらも、鳩はその光る物から目を離せないでいるようなのです。
風に煌めく幾百ものとは、桜の花びらでした。
風上の、きらりと光る川面が見える辺りに、花びらの主がありました。木の下は、薄紅桜の花時雨。音をたてず、途切れる事無く、花は降りしきっていました。
やがて鳩は、ぐっと身をかがめ、揺れる街路灯を後に飛び立ちました。翼の産み出す気流が、桜の花びらを乱します。
その時、ひとひらの蝶が、私の足元からハラハラと、目の前を横切って行ったのです。桜の花かと見まごうばかりの、薄紅色の蝶でした。
幾百、幾千、風に舞う花びらは、くっつき、はなれて、やがて蝶へと変わるのでしょう。
あの鳩は、舞い狂う桜を見つめながら、吹く風を感じながら、じっと、じっと、待っていたのでしょうか。
陸橋を離れ、ふと振り向くと、街路の柳の新芽が、柔らかく、鮮やかに光るのが見えました。
鳩と蝶 ~宇祖田都子のはなし 1