春笑み
女たちのぬめぬめ光る唇が横一列で笑っている。
対面する七人掛けシートに陳列された女達の七対の唇が窓外に広がる菜の花と、山脈と、空とを、朱色に切り裂いている。シートは律動のたびに繰り返す時空の連なりを疾走し、そこで繰り広げられる女たちの笑いも、菜の花の揺らぎも、雲の流れも、移ろう影も、まどろみから覚める瞬間の唐突さと、再びまどろむ直前の平安との狭間にあった。
滑らかに流れる時間などは無く、連綿たる風景などはさらに無く、景色は鉄路の軋みの内に僅かな記憶を繰り返す。そんな電車の中で、女たちはのべつ幕無しに、断続的な笑いを笑っている。
―何という刹那だろう
醜態を無自覚に晒し続けている横一列の女たちから目をそむけた私の脳は、微笑みの形をした無数の蛭にたかられている。
「自殺する日も晴れがいい」
雪の中をつきすすむ列車は、女子学生たちの水色の手袋と、赤い頬と、白い息とを行儀よく陳列していて、その時の私を萎えさせた。 遠景は白くけぶり、空は灰色で、女子学生達は赤色に発光していた。私はそこに明滅する様々な色の光に、半ば目をやられてしまって、奥へ逃れようとしていたのだが、そこで唐突に気付いてしまった。
ここには黄色が無い!
彼女らは長い途上を恐れもせずに「今! 今!」と叫んでいる。
雪をかきわけて進む列車に乗り合わせたのは、帰るつもりのない旅の途上だった。
途上?
世は全て移ろいを無視して成立している。瞬時に消え去る今は朧な残像のみを幾重にも積み重ね、全体像は常に不確かな記憶でしかない。色褪せた記憶は惨めなものだ。まして黄色が失われていたとすればなおさらだ。
雪の列車を越えて、春の列車に揺られている今、既に空が山脈を、山脈が菜の花を圧殺した。七人の老婆たちの乾いた唇の隙間から、青黒い息が漏れている。
―さて、何番目にしようか
七対の唇を吟味する私の口元には笑みが浮かんでいる。
春笑み