ネオン街の片隅で

ネオン街の片隅で


17時のチャイムで起きだして
引きっぱなしのカーテン越しに
なんとなくの天気を知る


添加物と保存料過多
最低限の栄養補給

甘ったるい匂いで 昨日を洗い流して
乾ききった日々にも ついでにマイナスイオン


上手くいかない化粧は
汚れた鏡のせいにする

どうせ守らない約束を 作るだけ面倒だしね
くたりとなじむワンピース
ファスナー上げたら はい 完成


たった二駅 地下鉄に揺られて
夜の街で 生きるために 今日も笑う




シャッフル再生の音を止めて
イヤフォンを外しながら深呼吸
私から あたし になる瞬間
黒い扉を押し開けて 赤い絨毯を踏みつける





「おはようございます。」 と 今日も気だるげな姉さんが
白いドレスに着替えていたし
今夜は赤のロングを選ぶ



安っぽい匂いが程よく香る
オーデコロンを吹き付けて
もう一度 鏡を覗き込む
チークを足して ハイライトをのせて
ルージュをくっきり引き直す
薄暗い店内で 笑う あたしになるために


照明が落とされて ミラーボールが回りだす


今夜が 始まる



おもちゃみたいな水玉のポーチから
煙草を取り出して モニターを眺める
さすが 今夜も あの娘には
オープンから 誰かが会いにきてる



「おはよー。」 と眠そうに姉さんが隣に来て
2人でぼんやり煙草をふかす


「今日 なんか いつもとちがう。
メイク変えたん?」

     
       「やー、変えてないですよ。
       あ、カラコン変えました。 グレーです。」



「あ、ほんまや
ええなぁ その色。」

      「ふふ ありがとです。」


暗い店の中じゃ 目の色が変わったことなんて
男たちは 誰も 気付きやしない




あたしの名前がコールされて
黒服課長が顔を出す

「眼鏡の、あのいつものおっちゃん。」

      「あぁ、了解です 行きます。」



ミスター Wednesday が会いに来て
今夜が水曜日だったことを思い出す


      「こんばんはー。ありがとう 今日も来てくれたん?」

「はい、お土産。」


今日のじゃがりこはサラダ味


「飲むでしょう?どうぞ?」

      「ありがとう、いただきます」



黒服に手を挙げて 一杯千円のモヒートを持ってきてもらう



ミスターと乾杯して
今週の阪神タイガースについて聞く


「あかんわー。」とぼやくけれど
ミスターはいつも穏やかに笑う


適度に笑いを混ぜながら
ロングのワンセットが終わりに近付く

     


       「今日は どうします?  帰っちゃう?」

「うーん。もうワンセット居るわ。
今日はかけもちないみたいやし、ずっとここに居ってくれたしな。」

      「あら、ありがとう。
       ゆっくりしていってな?」



延長のコールが入って 黒服たちから おめでとう の声



「もう一杯飲みや。」
 
      「ええの? ありがとう。」


二杯目のカクテルを片手に
ミスターの頬が緩むころ



フリーの団体様が入ったとコール
姉さんたちの名前が呼ばれて
最後にあたしも呼ばれる  わかってたけど


      「ごめんなさい 呼ばれたから
       ちょっと行ってきます。」

「今日はゆっくりできると思ったのになあ。」

      「すんません。すぐ帰ってくるから 待っててな。」



ポーチから 名刺を取り出して
コロンをひと吹き

モニターで席番を確認して
姉さんたちの後ろに並ぶ



若そう?  いや、おっちゃんみたい。

めんどくさくなかったらいいけど。  ほんまに。



こそこそと笑った後


みんなの顔が 営業用に切り替わる




次々とテーブルにつきながら
女の匂いが ふわりと香る


      「こんばんはー。はじめまして。
       なに飲まれます?」

「お、お姉さん若いな。 いくつ?」

     「ないしょー。次会えたら教えたげる。」

あはは。



中身なんて なんにもない会話
それなのに
待たせているミスターのことを あたしは忘れる



端に座っていた あの娘がボーイを呼んで
場内指名が入ったことを知る


      「ね、お連れさん、今日あの娘に決めたみたいやで。」

「え? あいつ?」

      「そうそう。
       おにーさんは どうする?
       今夜はあたしとどうですか?
       ゆっくり話してみたいしなぁ。」


きっと今 あたしの目は 笑っていない
暗い店内じゃ 誰も気が付かないけれど



「そうやなぁ。でも今日、初めて来たしなぁ。」


      「せやねぇ。」


ここで押しすぎは 失敗のもと
にこにこ笑って 引くのが大事




「あー、でもお姉さん、なんかええな。」

      「ほんま? ありがとう。」

「よし、今日はお姉さんにする。」

      「わーい、ありがとう。乾杯しよ?
       一杯飲んでもええ?」


「どうぞどうぞ。 かわいいなあ。」



腹の底で私が冷笑している
うそつき うそつき 馬鹿なやつ と
私が低く笑っている



黒服に とんとんと肩をたたかれ
ミスターを待たせていたことを思い出す

       「ちょっとだけ、ごめんな。」


グラスを置いて


ピンヒールを鳴らしながら 急いでミスターのもとへ帰る
ヘルプの姉さんに頭を下げる


      「ごめんなさい。
       遅くなった。ぬけれんくて。」


隣に座りながら 今夜の延長はここまでやな と
ミスターの顔をうかがう

最近のお気に入りだという
おいしい焼き鳥屋の話をして
セットが終わりに近付く

黒服にあっさり 今夜は 帰るわ と告げたミスターに
コートを着せて お見送りをする


      「今夜はありがとう。
       またお待ちしてます。」

「ほな、また。」

おやすみなさいと手をふって にっこり笑う


煙草、吸いたい
なんて思いつつ
場内の おにーさんのところへ戻る


      「ただいまー。」


「お帰り。せっかく指名入れたのに
どこにも行かんといてや。」


      「ごめんな、ほんま。
       もうここに居るから。許して?」


「ま、ええわ。飲み。」


      「ありがとう、いただきます。」




      「うちの店、どう?
       みんなかわいいやろ。」


「せやなぁ。」

  

    「また来てくれたら嬉しいな。
       会いにきてくれたらもっと嬉しい。」



馬鹿みたいに笑う
媚びるあたしに吐き気がする


      「もうそろそろ時間やな。」

「え。そんな短いん?」

      「え。帰らんといてくれるん?」

「いやー。帰ると思うわ。連れ居るし。」

      「せやんなぁ。残念。」


「この後、どう?
飲みに行かん? 外で会いたい。」



きたきた
と 私が笑う
めんどくさいな ほんと   ほんと。


   


       「でもなぁ。お店2時までやし。
       そのころくたくたやし、帰って寝らんとお肌がピンチ。」


「えー。大丈夫やって。」

      「いやいや。ほんまに。もう若くないし。」



「いやいやいや。若いやろ。
ん? としなんぼ?」


      「なーいしょー。
       次、会いにきてくれたら教えるわ。
       また会いにきてな。」




姉さんたちと 酔っ払いを見送る

ありがとうございました。
また、お待ちしてます。気ぃ付けて。


本指をかかえた姉さんは
いらついたため息を吐いて
また笑顔を作りながら ホールに戻る

「おはよう。」

と 今夜はじめて顔を合わせた
可愛い姉さんと 妹みたいな娘と 笑いあう



カーテンをくぐって 待機に入る

やっと吸える  と
ポーチを開けて 煙草を取り出して火をつける



まだまだ夜は明けないのに
なんだかひどく 疲れている

灰がひらりとドレスに落ちて
はらう指先は 毒々しいピンク



そんなふうに こんなふうに
夜の街で生きている
明日も 明後日も
あたしになって 笑っている



たったひとりで 生きるため
夜の街で 数えきれない嘘をつく

ネオン街の片隅で

生きるために 嘘をつく



誰もいない部屋に帰り着く
夜でも 朝でもない時間

なにかが麻痺して なにかが削れて
私と あたしが  曖昧になる

今夜を生きた証
ワンカップが並ぶシンクの傍で
機械みたいに ただ煙を吸って吐く

なにかが 消えていく
なにかを 忘れていく


17時のチャイムが鳴りひびくまでは
何度寝だって してやるから

少しでいい 平穏を ください


毛布に包まる  朝に 背を向ける

明日も きっとね

生きるんだ

ネオン街の片隅で

ところどころフィクション。
こんないい夜ばかりじゃないし
こんなにいいお客様ばかりでもない。
じゃがりこは本当。
えせ関西弁ですのでご了承くださいお許しください。

長くなってしまいました。
こんなふうに生きてました。

ネオン街の片隅で

  • 自由詩
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-28

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