18歳の僕とドナー
あなたは人の「最期」に触れたことがありますか?
1.雨
今日は彼女に似つかわしくない、
雨が降りつける日だった。
✱✱
二日前。
それは唐突に訪れ、僕の心を真っ白にした。
僕の唯一の「友達」だと呼べる
彼女が死んだのだ。
✱✱
葬儀の合間、誰もが泣き悔やんでいた。
同じクラスだと思われる女の子たちは、本当の涙かはわからなかったが、集まって泣いていた。
周りを見渡すといつの間にか1000席ほどあった座席もほぼほぼ埋まっていた。
僕はじっと、後ろの角の席に座って葬儀が始まるのを待った。
なぜ僕がここにいるのか、正直自分でもわからない。ただ、彼女が死んだから。
でも僕に、悲しみなんてものはどこにもなかった。
彼女が死んだところで感じるものがない。
喪失感も、なにも。
友達だろう、そう言われたとしても何も感じないのだ。
だから泣くこともない。
人の死というものほど、
カンタンでモロいものはない。
最近の僕はそう感じていた。
しばらくして、
葬儀がはじまる合図のアナウンスが流れた。
彼女とは今日でお別れだ。
そう考えると、彼女と出会ったのはいつだっただろうかと、記憶が脳内を駆け巡った。
確かあれは、
夏の日差しがきつく照りつけ僕らを溶かすような暑さのときだった……
2.出逢い
彼女との出逢いは、
今から一年くらい前だったと思う。
**
ある夏の日。
僕のたった1人の家族、フミおばあちゃんが
脳梗塞で倒れ救急搬送された。
僕は最初、なにが起こったのかわからず、ただただ冷静に状況を受け止めていた。
家族は僕だけだったので、運ばれてすぐ医師からの説明があった。
正直、病気のことを何もわからない僕は、医師が何を言っているのかあまり理解することができなかった。
ただ命に別状はないということはわかった。それだけで十分だった。
フミおばあちゃんが入院して、ちょうど一ヶ月が過ぎようとしていた頃。
いつものように病院に行き、フミおばあちゃんの病棟まで上ったところで、ふと足を止めた。ちがう、視線が惹きつけられた。
病棟には患者たちが病院生活を少しでも楽しめるようにと、小さなテラスがあり、花がたくさん植えてあった。
そこに、一人の少女が花の植えてある畑のすぐ横に座り込んでいた。
たぶん僕と同じくらいの年の子。
この子が、例の彼女だ。
ただ座り込んでいるだけならよかったのだ。
よく見ると彼女は、こんな真夏に長袖の寝衣を着ていて、汗ひとつ流していないのがわかった。
黒髪の腰まである髪、儚げな横顔…
なんとなく、この世の空気とは違う空間がそこにあるのだと思わされた。
刹那、彼女が花壇に向かって手を伸ばした。
次々に花壇にある草花を乱雑にむしり取っていく。
花を摘む、という表現が似つかわしくない、自分の気持ちをそのままぶつけているような、そんな感じであった。
その姿に唖然としたが、
僕は迷わず彼女の元に駆け寄った。
重たいガラスの扉を開けると、彼女はこちらに気づき、振り向く。
…初めて目が合った瞬間。
彼女の目は虚ろで、生気を感じさせないそれだった。
重い沈黙が流れる。
僕も彼女も口を閉ざし、目を合わせたまま、暑さに包まれねっとりとした風が僕らを覆った。
「キミ、いまの見ていた……?」
あまりに急な彼女の言葉に少し驚いた。彼女の声はか細く、消え入りそうで、まるで彼女そのものを表しているようだった。「それがどうしたの」と僕は返す。
「どうしたもこうしたもない…。質問に答えて。見ていた?」
…確かに僕の言葉は答えになっていなかった。
改めて、正直に、
「見ていたよ。花を抜いて…いや、むしり取っていたね。どうしてそんなことをしているの?」と直球すぎる質問をしてしまった。
「そう…正直にどうも。別に見られていたところで何もないのだけれど。…どうして、かって?」
彼女はそう言うとクスッと笑い、
「じゃあ、君はどうしてだと思う?」
と、満面の笑みで問いかけてきた。
また質問か。
僕は人と話すことが苦手だ。否、嫌いなのに。
フミおばあちゃん以外の人と話すのも久しぶりで、急に会話のキャッチボールを始められても戸惑ってしまう。
と、僕が無心になって考え込んでいたときだった。
「えっと、そんなに深く考えなくていいんだよ。君が思うことを、聞かせてよ?」
彼女に気を遣われてしまった。初対面の、それに女の人に。
…でもなぜむしりとっていたか。見当がついていれば別に聞いたりしない。
とりあえず、この場しのぎとして思いついたことを言ってみる。
「どうだろう、君はこの病院の寝衣を着ているし、ここに入院している。僕が思ったことだけど、入院生活がつらくなった…とか?」
一般的に人々が考えそうな答えだった。
「そう言う気がしてたわ。でもハズレよ。いえ…少しあっているのかも」
彼女はしゃがんだまま、僕の顔を覗き込むようにして答えた。
やっぱり僕の答えは、少しハズレ。
「じゃあどうして…僕は知りたいな」
「好奇心が旺盛なのね。まぁ本当はこんなこと、私と同じくらいの歳の子に言うのも少し気がひけるのだけれど…聞いてもらえる?」
「もちろん」
僕は、どんな答えでも受け止めようと思った。彼女のことをいつの間にか知りたいと思うようになっていた。
恋、とかではなく…人間の好奇心と同じような感覚で。
彼女はそう、とだけつぶやき急に黙り込む。
かと思いきや、急に立ち上がり僕の目の前まで歩いてきた。
彼女と僕の距離、30cm。
近い、明らかに近い。
シャンプーの匂いだろうか。微かに僕の鼻を、名前もわからない花の香りがかすめた。
「どうし…」
「私ね、もうこの世にいられないの」
どうしたの、と尋ねようとしたところで彼女の答えに遮られる。
この世にいられない?それって…
「そう。君が思っている通りだと思うよ。私…もう死んじゃうの…」
そう語る彼女の表情は……笑っていた。
何の躊躇いもなく、作り笑いでもない。ただ本当に、心からそれを望んでいるかのように、静かに笑っていた。
死ぬ…やっぱり…
でも、何なんだこの子は。なんで、なんでこんなに
笑っていられるんだ。
そして僕は一瞬で彼女のトリコになっていた。と、同時に悟った。
ああ、彼女はきっと____
3.意思
これが彼女と僕の出会いだった。
それからというもの、フミおばあちゃんの帰りに彼女の病室を訪れるのが日課になっていった。
彼女は自分のことをいろいろと話してくれた。
例えば家族のこと、学校のこと。
でもそれは全て絵空事のように聞こえた。
彼女はやっぱり僕と同じ18歳であったが、多分学校には行っていなかった。入院する前も。
そして、両親は2人とも他界していた。
僕と同じ、これは本当のこと…だと思う。
なんとなく、彼女は嘘をつくとき、とても楽しそうに話すのだった。ある意味それが不自然だったから気になった。
しかし、彼女が嘘をつく理由なんて、僕にとってはどうでもよかった。
彼女のことが気にならないこともなかったが、それでも。僕は他人に干渉するタチではない。
けれども、なんだか彼女を放っておかない自分がここにいた。
これは事実。
あるとき、彼女はこんなことを言った。
「わたし、死ぬってわかったときから自分の中で決めていたことがあるの。聞いてくれる?」
彼女の「聞いてくれる?」には弱かった。
「何を決めたの?」と問う。
「わたし、ね…死んじゃったら、臓器を他の人に譲ろうって決めてたの。いわゆる臓器提供というものね」
18歳の僕とドナー