ただの。
僕はうさぎだ。
たとえ話じゃないよ、本当にうさぎなんだ。
しかもただのうさぎじゃない。特別なうさぎ。理由はあとで話すけど。
つがいは猫ちゃん。気分屋だけど、いつも優しくて、一緒にいてくれる。
昔、可愛い仔猫ちゃんめ、という口説き文句をジョークと本気を交えて言ったら、私はもう大人だよ、って言われたっけ。
思い出したら寂しい気分になったから、僕の洞窟にある電話を取って、猫ちゃんの番号へ掛ける。
僕は、動物たちの街に住んでいる。うさぎだからって、月に住んでいる訳じゃない。
みんな小さな動物で、犬、リス、カワウソ、たぬき、狐……色んな動物が一緒に暮らしている。
「あ、うさくん。どうしたの」
猫ちゃんが電話に出た。
「ねえ、今日は空いてる?」
「んと、今日? 今日は無理だね」
「そっか。最近、会えないよね」
「そうだね」
返事が聞こえて、少しだけ間があって、次の話をしようと思ったけど。
「私、もう出掛けるから、またね」
「そっか。わかった。またね」
なんだか忙しそうだった。
気分屋の猫ちゃんのことだ、今はそういう気分じゃないんだろう。
そうだ、こんな話もあるよ。
僕が猫ちゃんに「僕のどこが好き?」 って聞いたら、耳が特別に大きいところって、言ってくれたんだ。
だから、僕は特別なんだよね。
気づけば僕も会社へ行かなくちゃならない時間。
そう気づいて、洞窟を後にした。
街は賑わっている。
木をくり抜いたビルに、葉っぱの屋根の商店。
今は昼間だからわかりづらいけど、夜はランタンが点いてとっても綺麗なんだよね。
「うわ、またうさぎが強姦か。私、うさぎと付き合ってるんだけど大丈夫かなあ」
そんな噂が、リスの井戸端会議から聞こえてきた。
耳がいいからって、色んな声が聞こえるのも考えものだよね。
「気をつけた方がいいと思うよ。あ、あそこにもうさぎいる。怖いなあ」
僕は強姦なんてしたりしないよ。
そう言おうと思ったけど、リスは遠くて、通り道にいる訳じゃないから、やめた。
木の上にあるオフィスに着いて、僕はパソコンをつける。
そして、いつもみたいに仕事を始めた。
僕がしている仕事は、我が社の商品を広報することだ。
だから、人……動物の魅力とか、何が動物たちにとってよく見えるかとか、そういうことにはすごく関心がある。
そういう目で見たとき、他の動物からしてみれば、僕はうさぎってだけで、不審な存在なのかもしれない。
だって、強姦したことないうさぎなんて、聞いたことないから。
でも僕は違うよ。強姦なんてしたことない。
誰彼構わず交尾を迫ったりなんて、するわけないじゃん。
僕はただのうさぎじゃなくて、特別なうさぎだからね。
仕事を終えて、街にランタンが点いた頃に、僕は洞窟への帰路に着いた。
目の前を、猫同士のカップルが歩いている。
お互いに甘えて、顔を擦り付けあっている。
僕はそれをみて、急に切なくなった。
猫ちゃんに電話したい。すぐにそう思う。
そんな時に、歩いている僕を綺麗な犬が追い越した。
僕は、思わず声をかける。
「こんにちは、犬さん」
「やあ、こんばんはだよ、うさぎさん」
犬さんは、すぐに歩く速さを合わせてくれた。
とても素敵なメスの犬だった。大きさは僕と同じくらいで、毛並みが綺麗なおかげか、ランタンに照らされて輝いている。
「犬さん、綺麗な毛だね」
「ありがとう。うさぎさんも綺麗な目だよね」
「え? 違うよ。僕が特別なのは、この耳だよ」
僕は急に不安になって、余裕なく返した。
「あはは、うさぎさんは面白いね。確かに特別だけど、その耳はうさぎならみんな特別じゃないか」
「あ、そっか」
その通りだ。
僕が今まで特別だと思っていたのは、他の動物と比べていたから特別だった。
胸が締め付けられる思いがした。
「でも僕は強姦なんてしないよ、だからやっぱり特別なんだ」
そう言おうとしたけど、なんだか本気でそう思えなかった。
「ねえ、犬さんは、このあとひま?」
「うん。いいよ」
一度目は和姦だった。
でも、犬さんが本気で嫌がっても僕は続けたから、二度目は強姦だった。
その時に、通りかかった猫ちゃんに見つかった。
場所を選ばなかったのがよく無かった。
「やっぱり、うさくんはうさぎだったね。私、他の動物と付き合うから、またね」
そんなことを言われた。
だから。
僕は、ただのうさぎだった。
ただの。
深夜の小説をひらめきにしました。
間違えました、深夜のひらめきを小説にしました。
伝えたかったのは、僕が大好きなテーマ、井の中の蛙と、可愛い動物のえげつない本能というギャップと裏切りです。
結局人と関わったらなんらかの形で裏切られて、それが問題になったりならなかったりしますよね、そんな提起をしたかったんです。