騎士物語 第五話 ~夜の国~ 第四章 社会科見学
第五話の四章です。
色々なモノを見学する事になる社会科見学です。
第四章 社会科見学
オレとしては色々な事があって濃い時間を過ごしたのだが、ミラちゃんたちが来ていた事は一部の人にしか知らされていなかったらしく、みんなが帰った次の日である今日、教室はいつも通りの教室だった。
「あー、突然だがお前ら、明日は社会科見学に行くぞ。」
まだ包帯が巻き付いている先生が出欠をとった後にそんな事をぼそっと言った。
「先生、それはどこへ行くのですか?」
優等生モードのローゼルさんが尋ねると、先生は何でもないようにとある方向を指差す。
「王宮だ。国王軍の訓練を見学しに行く。」
「え……い、いいんでしょうか。」
「いいも何も、恒例行事だぞ? セイリオスの一年生がドヤドヤと毎年同じ時期にやって来るのさ。とうとう今年、私は迎える側から訪問する側になったわけだがな。」
少し楽しそうな顔をする先生。
「ランク戦を終えてそれぞれに思うところがある今、現役バリバリの騎士に会って更なる刺激を得ようって事だな。セイリオスがこれまでに多くの優秀な騎士を輩出してきた名門だからこそオッケーが出てるって事を理解して……明日、聞きたい事とか見ておきたい事を今日中に決めておけよ。」
にししと笑った先生は、「あ」と言って教室のドアに向けていた足をオレたちの方に戻した。
「そうだそうだ。お前ら、風呂の準備もしておけよ? タオルとかの貸し出しはないからな。」
「お風呂? え、どうしてでしょうか。」
「国王軍の訓練を見学し、もちろん体験もした後は王宮の中にある国王軍専用の風呂に入るんだ。」
「専用……えっと、王宮にいる他の方々とは別という意味ですか?」
「それもあるが……その風呂の湯には特別な薬草が溶けていてな、傷とか体力の回復が早まるのさ。んま、そーゆーのもあるんだっつーお試しってのと、ランク戦の疲れなんかが微妙に抜けきってない奴もいるだろうからリフレッシュって理由で入るんだ。」
と、そこまでしゃべった先生はふと表情をどんよりさせた。
「……特に貸切るわけでもないから……男子、お前ら自分の身は自分で守れよ……」
「えぇ?」
突然の忠告に思わずそう言ったオレをチラリと見て、先生はどんより顔で話を続けた。
「……国王軍の男女の比率はだいたい六対四でな、結構女は多いんだ。」
「えぇ? いきなりなんの話ですか……」
「でもって、その四の中には上級騎士になるような強い奴もいるんだが……男のプライドっつーかなんつーか、自分より強い女からはちょっと離れるっつーか……そのせいで強い女騎士は男から敬遠される。」
「は、はぁ……」
「要するにな、実力がある故に男に飢えてる女騎士ってのがいるんだよ。そんなところに若い男がドヤドヤと風呂に入りに来る……その上あの風呂には混浴のエリアもあるときたもんだ。」
「え、えぇっと……」
「私が言いたいのはな、毎年何人かの男子生徒が捕まるから注意しろよってことだ……」
「――! それは……やばいですね……」
「ほぉ……その顔はそういう経験があるな、サードニクス。」
「んまぁ……あ、先生、一応聞きますけど、その逆はないですよね?」
「んあ? 男騎士が女子生徒にって事か? 馬鹿言え、それは犯罪だ。」
「……なんか理不尽だなぁ……」
朝の会が終わり、最初の授業が始まるまでの十分くらいの時間、みんなとの話題はお風呂だった。
「フィ、フィリウスさん……からき、聞いたけど……お、女の人ばっかりの村に行った事あるんだよね……ロイドくん……さ、さっきの経験ってもしかして……?」
「うん……大変だった……」
「いつもの、ロイドくんが誰かをメロメロにという話ではないようだな。」
「いつものってなんですか、ローゼルさん……」
「でも、そういうのがあるっていうんだったら……あんた、フィリウスさんの弟子とかで有名だと思うから注意しなさいよ。」
「うん……」
「まぁしかし。ロイドくんの場合はあの妹くんが全力で守りそうだが。」
「ん、ああそうか。パムがいるんだった。ランク戦とかで最近色々あったせいか、随分長い事会ってない気がするなぁ。」
「わたし――たちから告白されたりな。」
「そ、そうですね……」
半目でニンマリするローゼルさん。
「ねぇロイくん!」
「うん?」
「混浴一緒に入ろうね!」
「ぶえぇ!? い、いやいやいや!」
「そんなに赤くならなくても。ほら、夏休みにボクの水着見たでしょー? お風呂って言ってもタオル巻いたらあれと大して変わんないよ?」
「それ以前の問題のような気が……」
「なぁにー? 見たくないの?」
「な、なにをでしょう……」
「ボクのタオル一枚だけの姿。」
「――!! ん、んまぁ、そりゃあ、それなりに、そこそこに……はい……興味あります……」
「やーん、ロイくんってばえっちなんだからー。」
「うえぇっ!?」
「んふふー。でもいいよー、ロイくんならねー。」
と、なんだかすごい会話の後に満面の笑顔で抱き付いてくるリリーちゃん――!!
「チョーっといーいー?」
くっつくリリーちゃんの色々なモノを体感して頭の中がぐるぐるしていると聞きなれない声が聞こえた。見ると、エリルたちとは色の違うリボンをしている女の人が机の横に立っている。
「! ロイくんてばまた女の子を!」
「えぇ!? いや違うよ!」
リリーちゃんから離れながら、知り合いだったかな? と思って女の人を改めて見る。
その人は……なんというか、すごく変な格好だった。いや、制服ってとこは同じなんだけど付属品というか追加装備が変だ。
ところどころに茶色の混じった金髪を……こう、モッサリさせた髪型で……一部を結んで横に垂らしてるっていう構造はエリルと同じなんだけど、エリルみたいにストンと落ちる髪じゃなくて……あっちこっちでからまりまきつき、そんなんだから妙にボリュームのある髪型だった。
首や手首にチャラチャラとアクセサリーをぶら下げていて、たぶんお化粧もしていて、スカートもアンジュ並みに短い。こんな感じの女の人を……そう、確かギャルって言うんじゃなかったっけか。
ギャル……それだけなら別に変じゃないんだけど……そこに加えて、この女の人は白衣を羽織っている。しかも頭の上にはビン底ぐるぐるメガネ。黙々と研究に打ち込む人のような格好なのにそれを装備している本人はギャルという、物凄い組み合わせの人だった。
「そのリボン、二年生ですね? 何かご用でしょうか。」
ローゼルさんが優等生モードでそう尋ねると、その――先輩は口をとんがらせる。
「今はチョーっと忙しい会長の代わりって感じに『コンダクター』にご用よ。あい、これ。」
「あ、オレにですか……えぇっと……?」
もらったのは一枚の紙。一番上には部活申請書と書いてある。
「別に強制って感じじゃないけど、『ビックリ箱騎士団』だっけ? それを部活にしちゃった方がチョーお得だから申請したらどうって感じの話よ。」
「お、お得?」
「人数は充分っぽいから、あとは顧問さえ見つければ申請できる感じで、そうすると活動場所ももらえるし学院外でも活動できるって感じ?」
「それは……確かに。わざわざありがとうございます。考えてみます。」
「んー。」
本当にこの紙を渡しに来ただけだったらしく、先輩は手を振りながら教室から出て行った。
「……あれ? 会長ってデルフさんの事だよな……じゃあ今の人って生徒会の人?」
そう言いながらローゼルさんを見るとこくりと頷いた。
「ああ、噂通りの格好だったから間違いないだろう。彼女の名前はペペロ・プルメリア。生徒会の会計で――通称、『確率の魔女』。遠距離攻撃を得意とする生徒にとっての天敵みたいな生徒らしい。」
「えぇ?」
「彼女には、異常なほどに攻撃が当たらなくなるそうだ。次のランク戦、特にティアナ――とロイドくんにとっての要注意人物だな。」
「? ――あ、そうか。Aランクの人は上の学年のランク戦に挑めるんだっけ。」
「ああ。まぁ、会長と戦いたいと思って三年生に殴り込む場合は関係ないが。」
「デルフさんか……正直、ランク戦の戦いっぷりを見る限りは勝てる気がしないなぁ。」
昼休み、クラス違うのに当たり前みたいにあたしたちと一緒の席に座ってるアンジュが予想通りロイドに混浴しようとか言って、リリーもそう言ってた事もあっていつも通りの騒ぎになり、結局全員が……その、こ、混浴を狙う感じになって真っ赤になったバカ――エロロイドが、放課後、寮に帰ってきて早々、気まずそうな顔であたしに聞いてきた。
「あ、あの……エリル……?」
「……なによ……」
「そ、その……オレがさ、エリル以外のお、女の子とこう……た、例えばリリーちゃんがするみたいな……抱き付かれたりとかし、してるのって……エリルは……嫌な事……ですよね……?」
「……そりゃあね……」
「ここ、混浴の話もそうですよね……」
「……そうね……」
「う、うん……だよな。ビシッと断らないとだよな……リリーちゃんにもあんまりく、くっつかないように言わないと……」
グッと拳を握って気合を入れる顔の赤いロイド。
これはいい事……正しい事。あたしっていう――こ、恋人がいるんだからそりゃそうだわ。
でも――
「ロイド、ちょっと……矛盾してるんだけど……」
「? なにが?」
「えっと、あたしは……リリーがあんたに告白するところを見てる――わけなのよ。」
「そ、そうですね……」
「あの時のリリー、あんたのことが本当に――好きで好きでたまらないって顔してたわ……抱き付いてキ、キスまでしちゃって……」
「う、うん……」
「そうやって告白してきた女の子を……そ、それが正解でも、ほ、他の子が好きだからってつっぱねるあんたは……ちょっと嫌だわ……」
「え――えぇ?」
「だ、だから、そういうのを断れないところ――押しに弱いところもあんたの一部っていうか……あ、あたしがすす、好きになったロイドって男の子……なのよ……!」
「――!!」
自分がどうなってるかわかんないんだけど、ロイドは真っ赤――ってなな、なに言ってんのあたし!
「そ――そっか……ご、ごめん……」
「べ、別に謝んなくていいわよ! それにあんたがリリーとかローゼルとかとイ――イチャイチャしてんのはやっぱりムッとするんだから!」
「ど、どうしたら……」
「知らないわよ!」
「う、うん……じゃ、じゃあ埋め合わせをするってのはど、どうかな……エリルをムッとさせたお詫びっていうかなんというか……」
「! な、あ、あんたまた「同じことをする」っていうのをやるつもり!?」
「お、同じこと?」
「あ、あんた前に自分で言ったんじゃない! ローゼルと何回もキ、キスしたからその分あたしともしなきゃみたいなこと!」
「ぐ、具体的にそう言ったのはエリルだった気がするけど……そ、そっちの方がいい……? オ、オレはなんかこう――デートするとかプレゼントするみたいなのを想像したんだけど……」
「……なんかそれ、あたしのご機嫌取りみたいで嫌ね……」
「……確かに……じゃ、じゃあ……またエロロイドとか言われそうだけど、しょ、正直エリルをだだだ、抱きしめてみたいっていうのもあったりするところも実はあったりするわけなので――エリルに同じことをするってのでいいですか!」
「ば、この変態!」
目をぐるぐるさせて途中から半分くらいやけくそなロイド。
「い、いつも言ってるだろ! オレだって男なんです! ましてや好きな女の子相手なんだぞ! で、でも――嫌なら無理にはやらないけど……」
「い、嫌なんて言ってない……わよ。あたしだって女で、ま、ましてや好きな男の子相手……なんだから……」
「ぶえぇ!?」
「な、なんで驚いてんのよ! いいわよ、やらしい女って思えばいいわよ! あたしだってそういうのに興味ないわけないっていう感じでもないみたいな感じなのよ!」
何言ってるのかわかんなくなってきた……死ぬほど恥ずかしいんだけど……それはこいつも同じなんだから――!
「そ、そうなのか? い、いやオレはてっきり、リリーちゃんとかみたいにエリルは……く、くっついてきたりしないからそういうのはあんまり好きじゃないのかなと……」
「あんな過剰なのと比べるんじゃないわよ! こ、この際だから言うけど……あんた、あたしに隙があるって言ったわよね!」
「うん……ふとした時に色々と……その、見えそうになったりなんなりしてますよ……」
「な――い、今はとりあえずとして、あ、あんただってそうなのよ!」
「な、なに言ってるんだ? オレ、男だけど……」
「あんたが女の子の色んな事にドキッとするのと同じよ! あ、あたしだって男の子の色んな事にドキッてするの! あんたも隙だらけなのよバカ!」
「そ、そう――だったのか……そ、そっか……」
前にもこんな感じで言い合った事が……いえ、何回かあるわね。その度にあたしもロイドも真っ赤になってる気がするわ……
「よ、よし、話を始まりに戻すけど……じゃ、じゃあこの先、た、例えばオレが他の子に抱き付かれたりしたら、その分オレはエリルを……と、という感じでいいですか……?」
「……この先なの……?」
! あ、あたしなんで不満そうに……
「――! で、ではとりあえず今日、リリーちゃんに抱き付かれた分をさせて頂きます!」
「!! ド、ドンとかかってきなさいよ!」
お互いに変なテンションだった。だけど気をつけしたあたしの前におそるおそる近づいてきたロイドが、ゆっくりと腕をまわしてあたしを引き寄せた瞬間、さっきまでの恥ずかしい感情が一気に吹き飛んで……代わりに違う恥ずかしさがこみ上げた。
「……」
「……」
恥ずかしいんだけど……いい気持ち。心が温かくなっていって、満たされる感じ。
きっとロイドもそんなことを感じてるだろうって思いながら、あとで時計を見て気が付いたんだけど五分くらいそうしてた。
「……エリル……今気づいたんだけど……」
「……なによ……」
「アンジュみたいな……し、下着を見せるみたいな攻撃をくらったら……オレはどうすればいいんだ? オレがズボンを脱ぐのか……エ、エリルのスカートをめくるのか……」
「バカ!!」
我ながらアホな事を言ったなぁと、夕飯の時くらいまでエリルの手形がついていたほっぺを抑えながら、オレは男子寮の大浴場にやってきた。
なんでか今日はエリルが他のみんなを誘って大浴場に行ったので、ならばオレはとここへやって来たわけだ。
しかし……エリルに対してはなんか口が滑るというかなんというか……若干、真っ赤になって怒るエリルも可愛い――なに考えてんだオレは。
「たった一人でも大変なのに、一体プリオルは毎回どうやって女性をエスコートしているのやら。」
駄目な事だとはわかっているし、あの金髪イケメンがとんでもない悪党――殺人鬼だという事は知っているのだけど……オレの中でのプリオルの扱いは少し軽い――気がする。第一印象というか、身近にいない恋愛の達人というか……
いや……それももちろんだけど、少しだけ目標みたいになっている面もあるんだろう。大量の剣を自由自在にとばしてくるあの戦い方は、曲芸剣術と似ている。
……まだ正式な騎士でもないのにあれだけど……あのS級犯罪者を、自分の手で捕まえたいという思いが……ちょっとある……
こういう考えはいい事なのやら悪い事なのや――
「一人で悩むのは袋小路につながってしまうよ、サードニクスくん。」
「! デルフさん。」
長い銀髪をくるくるっとまとめた、遠目だと女の人に見えなくもないセイリオス学院の生徒会長がにっこりと、お湯につかるオレの横にすすーっとやってきた。
「アドバイスをしてあげたいのは山々なのだが、しかしサードニクスくんのモテ度は僕を超えている気がするからね。力にはなれそうにない。」
「そうで――いや、モテ度って……ま、まぁ……今はそっちの感じではなくて……なんというか、目標にする人についての迷いでして。」
「目標か……」
すぅっと遠くを見るデルフさん。
「……そういえばサードニクスくん、いつの間にやらやってきていつの間にやら帰って行ったお客さんがいたみたいだね。」
「? あ、ミラちゃんたち――スピエルドルフのみんなの事ですか? あれ、確かあんまり騒ぎにしたくないからって先生が秘密にしていたような……」
「ふふふ、生徒会にも独自の情報網があるのさ。しかし驚いたよ、まさか魔人族に知り合いがいるとはね。」
「フィリウスと昔行って……友達ができたんです。」
「女王様も友達かい?」
「そ、そうですね。」
「そうか……それなら一つ聞いてもいいかな……」
「はい?」
魔人族については色んな人が色んな事を知りたがる。デルフさんも何かに興味があるのだろうと、そう思ったのだが――その時のデルフさんの表情と声色はもっと違う方に向いていた。
「八つの紅い眼を持つ魔人族を知らないか?」
いつも余裕のある笑顔を浮かべるデルフさんが、学院最強に相応しい――いや、それ以上の何かを源にした圧力をまとい、鋭い目でオレを見た。
興味があるから聞いてみたという質問ではない――デルフさんにとってとても大事な、意味の大きい質問なのだと感じたオレは、少し気を引き締めて答える。
「……それは、人間で言うところの頭――顔に眼が八つという事でいいですか?」
「……そうでないことが?」
「はい。胸の辺りに眼がある人もいたりしますから。」
「……顔だ。横に二列、少し曲線を描いて並んでいる。」
「なかなかにインパクトのある顔ですが……すみません、オレの記憶にはそういう魔人族は……」
「そう――か。」
「はい……でも次の機会にミラちゃ――女王様に聞いてみますよ。スピエルドルフの国民ならすぐにでも居場所とかがわかると思いますし、そうでなかったとしても国外に住んでいる魔人族の情報も多少は持っているでしょうから。」
「ああ……」
少し怖い顔だったけど、ふっといつもの顔に戻るデルフさん。
「いや、すまなかったね。突然妙な事を……」
「いえ……えっと……理由を聞いても……?」
「勿論、聞きっぱなしは失礼だしね。なに、その魔人族が――言うなれば僕の目標なのだよ。」
「! デルフさんの……」
「一度しか戦っているところを見た事がないが、それでもあの強さは目に焼き付いているよ。いつか僕も――とね。」
「それは相当強いんでしょうね……」
ランク戦で見せた――いや、魅せたあの動き。『神速』の二つ名通り、闘技場には光の線しか見えなかった。
フィリウスがよく言っていたが……どんな攻撃も当たらなければ意味がない。全身全霊の一撃も、ここぞという時の必殺技も、避けられてしまったらチビッ子のヘロヘロパンチ以下になってしまう。
デルフさんにはその速さ故にこっちの攻撃を当てられないし、その速さ故にデルフさんの攻撃を防げない。
フィリウス同様、負ける姿を想像できない人だ。
ロイドとした決め事――約束は、たぶん他の連中を止める……抑止力? みたいのになると思う。だってロイドに抱き付くとかの攻撃を仕掛けたらあた――し、にも来ちゃうんだから。
だからあたしはいつものメンバーをいつもの場所――つまり大浴場に呼び出して、そういう約束をロイドとしたっていう事を話した。
「……ずっと奥手だったというのに、恋人になった途端にこうも大胆になるとはな。」
「……あんたには負けるわよ……」
クールなクラス代表のイメージは、もうあたしの中に欠片もない。
「ふむ。しかしなるほど? これからはわたし――わたしたちのアピールという名の攻撃が諸刃の剣になるということだな。」
「そ、そうね、そんな感じよ……」
「んー、でもさーお姫様ー。」
いつもの長いツインテールがほどかれてお風呂仕様になってるアンジュはパッと見誰かわからない。
「これってお姫様にも諸刃じゃないのー?」
「……なんでよ。」
「だって、この約束を守ると……ロイドがあたしたちとお姫様を「比べる」事になっちゃうんじゃなーい?」
「……!」
「例えばさー……敵を例にするのは嫌だけど、ロイドが優等生ちゃんのその――デカいそれをふにふにしたとするでしょー?」
一緒にお風呂に入る度に圧倒されるししてくるローゼルのそれに全員の視線が向く。
「そうすると今度はお姫様のをふにふにするわけだけど、そしたらこう思うよね……「やっぱりローゼルさんのは大きいなー」みたいにさー。」
「うむ! そうだな!」
ふんぞり返るローゼルがムカつく。だけどそんなローゼルはすぐにため息をついて少し残念そう――だけど嬉しそうな顔で呟いた。
「しかし、ロイドくんはそれだけで決める人ではないからなぁ。さっきは諸刃と言ったが、実のところあまり変化はないのかもしれない。それはまぁ、多少の影響はあるだろうが根っこの部分は変わらない気がするし……そもそもこの約束には重大な欠点がある。」
「な、なによ。」
「この約束、わたしたちが攻撃する時のロイドくんは受け身だが、エリルくんにそれをする時は攻める側になる。しかし……あのロイドくんだぞ? 女の子に自ら触れにいくなんてこと、できるとは思えん。手が届く数センチ手前で鼻血が落ちだろう。」
はっはっはと笑うローゼル。確かにそう――思えるけど、そうじゃないかもしれない。
だって――
「ロイドもやる時はやるわよ……この前襲われそうになった時だって――」
そこまで言って、あたしは急いで口を覆った。だけどもう遅い。この前はなんとかにごした事が再燃していくのを感じる。
「エリルちゃん、今なんて?」
「流れ的に、その「襲う」は襲撃の意味ではないな? もう一つの方だな?」
「な、なんでもないわよ! ほ、ほら言ったじゃない、吸血鬼の力が暴走したって! そ、その時に血を欲しがったロイドがそのせいでちょこっと――」
「お姫様ー、正直そこはどうでもいーんだよー。」
「エ、エリルちゃん……く、詳しく話して……!!」
昨日の夜、デルフさんの意外な表情をエリルに話そうと思ったら、お風呂から戻ったエリルはものすごくグッタリしていた。理由を聞いたら「あんたのせいよバカ!」と枕を投げられたから……きっと大浴場で何かあったんだろうなぁと……たぶん、間違いなくエリルとした約束絡みだろうと想像はしたけど詳しく聞くのが怖かったのでそれ以上掘り下げることはせず、結局何も話さないまま布団に入り、今日を迎えた。
朝の鍛錬の時、ドキドキしながらおはようとあいさつするや否やローゼルさんたちにほっぺをつねられて、「これからは少し覚悟するように」という言葉をみんなから告げられたりしたけど……まぁまぁいつも通りの朝を過ごし、オレたちは今日の集合場所である校門にやってきた。
一年生だけとはいえ結構な人数。でもランク戦のおかげで半分くらいの人は顔を見ると使う武器や魔法が思い出される。普段、交流の機会の少ない違う教室の人の事を知ることのできるいい機会だったわけだ。
なんか、今日の社会科見学にひっそりとランク戦の疲れを癒すためのお風呂タイムがあったりするし……一つのイベントに色んな意味を持たせてくるな、この学院。
「ちょっと遠足みたいで楽しみだねー。」
他にどんなイベントが待ち構えているのだろうかとぼんやりしていると、おじぎするみたいな角度でオレの真横からひょっこりと顔を出したアンジュが、そのオレンジ色の瞳で見上げてきた。
ただ――アンジュのツインテールはかなり長いので、そういう体勢になると髪の束が地面につきそうになる。だからなんとなく、アンジュが横から顔を出してきたのと同じくらいのタイミングで……オレはアンジュのツインテールを持ち上げていた。
「…………えっと、ロイド?」
「……へ、あ、ごめん、つい……地面につきそうだったから。も、もしかして髪の毛触られるの嫌だった……?」
「……ううん……なんか……ドキドキしてるだけ……」
「そ、そうですか……」
妙な空気の中、お互いに妙なポーズでかたまったのも束の間、オレはある事に気づいて慌てて顔を背けた。
「ア、 アンジュ! その、そんな体勢だと――むむ、胸元が――し、下着が見えます――!」
アンジュは普段、制服の上着を着ていない。つまりシャツだけなわけで――その上、首の方のボタンは一、二個止めていないから――今の体勢だとアンジュのむ、胸の谷間とか、チラッと見えるき、黄色の下着が――!!
「……」
オレに言われて自分の胸元に目をやり、ちょっと驚いたと思ったら――すぐににんまりと笑う色っぽい表情に変えた。
「んふふー、大丈夫だよー。この服の魔法はロイド相手にしか切ってないから、他の人からはどんな角度で覗いても見えないからねー。」
「だ、だからオレに見えているのですが!」
「見えてるんじゃなくて見せてるんだよ、ロイド。」
体勢を起こしながら、ズイッとオレに近づくアンジュ。
「聞いたよー、お姫様を襲ったってー。」
「だ、ば、それは吸血鬼の――」
「そーかもだけど、あんまりそこは重要じゃないんだよねー。」
アンジュの指が、オレの胸の辺りからあごの先までをすすーっとなぞる。
「あたしのを――見たくらいで鼻血ブーのロイドでも、ちゃんとやればそれなりの反応が返ってくる男の子なんだってわかったことが大事なんだよー。」
「は、反応?」
「そ。誘惑して押し倒しちゃえば、ロイドといえどオオカミになっちゃうって事。」
「んなっ!?」
頬を赤らめたアンジュの顔が近づいてくる! で、でもいつもならそろそろエリルとかのパンチが飛んで――
「なるほど。そうして責任を取ってもらう形で結ばれ、愛は後々で育むというわけか。」
至近距離で顔を合わせる――というかもはや抱き付かれているオレと抱き付いているアンジュに対していつも通りの口調で自然に会話に入って来たのはパンチではなくカラードだった。
「大変だな、ロイド。」
「他人事だと思って! てて、ていうかアンジュ、そろそろ離れてもらえませんか!?」
「襲う気になったー?」
「それくらいにしておいた方が良いぞ。ここでロイドがオオカミになってしまったら大騒ぎだ。」
「あーそれもそうだねー。じゃーロイド、続きは混浴でやろうか?」
「んなっ!?」
「人前で破廉恥な事は慎んでくれないかな、アンジュくん。」
いつものひんやり笑顔でそう言ったのはローゼルさん。他のみんなもその後ろで……同じ意味合いの顔をしていた。
「まったく、ロイドくんもロイドくんだ、このスケベロイドくんめ。さーさー離れるのだ。」
「優等生ちゃん、顔が怖いよー。」
ローゼルさんがオレの肩を引くのと同時にアンジュが手を離す。
「えぇっと……み、みんなどこに行ってたんだ?」
「ぼけっとしてんだから……先生がこれを配ってたのよ。」
そう言ってエリルがオレにくれたのは首からさげるカードみたいなモノだった。
「お、王宮の……入城許可証だよ……そ、それがないと入れないんだって……」
「高く売れそうだよね、これ。」
「リリーくん……」
「もし。」
もらった許可証を首からさげたところで見慣れない……いや、初めて見る男子生徒に声をかけられた。
「少々不慣れな事もあるかと思うので、ロイド様と一緒に行動するようにとアドニスさんから言われましてね。今日はよろしくお願いします。」
「?? すみませんが……えぇっと……?」
一応みんなの方も見たけど全員首を横にふった。完全に初対面の人に様付けで呼ばれたぞ。
「ど、どちら様でしょうか……」
制服だから別に悪い人という事はないだろうけど、多少の警戒心を抱きながらそう尋ねると、その男子生徒は「あ」っという顔をした。
「忘れていました。今は人間の姿に見えているのですよね。私です、フルトブラント・アンダインです。」
「え――フ、フルトさん!?」
ミラちゃんたち、スピエルドルフのみんなはこの前帰国したのだけど、なぜかフルトさん――本人がそう呼んでほしいと言うので――だけが残ったのだ。
「私自身はいつも通りにローブを羽織っているのですが、人間に見えるような幻術魔法をこちらの学院長がかけてくださったのです。恐らく声も普通に聞こえるのでは?」
「はい……あ、もしかしてフルトさんが残ったのはこれに参加する為ですか?」
「元からそうだったわけではありませんが、良いタイミングなのでアドニスさんに見ていってはどうかと誘っていただいたのです。」
「なるほど……で、でもいいのかな。軍の訓練風景なんて機密みたいなモノなんじゃ……」
「普通はな。」
いつもの女教師スタイルに加えて……たぶん引率に使うんだろう小さな旗を持った先生が近づいてきた。
「しかし相手はスピエルドルフ。キッカケがそっちの女王とこっちの田舎者の恋物語だったとしても、結果として一軍を任されてる奴と軍の元指導教官が知り合いになったんだ。友好的なパイプを作る為に、でもっていつか私がそっちに行った時に色々見せてもらえるように、今日の社会科見学に招待したのさ。」
「な、なんか政治的ですね……」
「表向きはな。」
どういう意味なのか、笑いながらそう言った先生はオレたちも含めて生徒に列を作るように促しながら離れていった。
「ロイド様、一つお尋ねしたいのですが。」
「な、なんでしょう。」
「今、私はどちらに見えているでしょうか。」
「どちら?」
「男性と女性、という意味です。」
「? 男子生徒に見えますけど……」
「そうですか。では男性として振る舞いましょう。」
「?? え、もしかして――その、失礼ですけどフルトさんって女の人だったんですか?」
「いえ、私に性別はありませんよ。」
「あ、そうなんですか。」
と、魔人族のそういうのに慣れているオレにとっては大した事ではない事実を知ったところでローゼルさんが目を丸くした。
「なに? 性別がない? それはどういう……?」
「言葉通りですよ。私――私の種族には男性と女性という概念がないのです。どちらでもあり、どちらでもない――そんなところでしょうか。」
「あー、でもフルトさん。どっちにもなれる種族もいますよね、確か。」
「そうですね。となると、どちらでもないというのが正解でしょうか。」
「ほぉ……」
面白い事を知ったみたいな顔をするローゼルさんに対し、ふと……オレとアンジュを交互に見た後にカラードが尋ねた。
「では、フルトさんには性欲が存在しないのですか?」
ずばーんとトンデモナイ質問が発射された。というかカラード、なんで今オレとアンジュを……
「どうでしょう? そもそも私は水ですから。」
「! そうでしたね。」
なんとなくの流れでカラードにもスピエルドルフのみんなの事は話しておいたからフルトさんの事も知っているんだけど……なんというか、カラードはすごいな。
どんな事もすんなり受け入れるというか、でも興味無しでなんとも思っていないわけでもないから会話は成り立つというか。
こういうのは器が大きいと言うんだろうか?
セイリオス学院からぞろぞろ歩いて三十分くらい。大人数だから時間がかかっただけで、その気になれば十分くらいでたどり着けるくらいの場所に王宮はある。あるけど王宮しかないと言えばそうだから王宮に用がない限りはこっちまで来ない――そんな場所にオレたちはやってきた。
「いつもなら国王軍の騎士が案内するんだが、私がいるからな。私が説明する。勝手にどっか行かないでついてこいよー。」
引率の先生は他にもいるけど、メインで引っ張っていくのは先生だ。んまぁ、古巣に戻って来たようなものだしなぁ。
前にローゼルさんと一緒に来た王宮の門をくぐり、しばらく外の通路を歩いて行くとだだっ広い場所に――あれ? いや、これはちょっと広すぎないか……?
「なによ、マヌケな顔して。」
「えぇ? いやだってエリル……オレこの前ローゼルさんと王宮の外周を歩いたけど……こんな空間がお城の敷地内にあるわけが……」
「ふぅん、そんな事したのね。」
「……こ、今度エリルも歩く?」
「……き、気が向いたらね……」
「あー、こっから先が国王軍の訓練場だ。」
オレ以外にもこの違和感に気づいた人はいて、ざわざわとしている一年生の集団を立ち止まらせて先生が説明を始めた。
「気づいてる奴もいるが、この訓練場の広さは王宮の敷地を軽く超えてる。答えは学院の闘技場と似た魔法……空間を捻じ曲げてるわけだな。」
「これはこれは。なるほど、おそらくこの場所に王宮がある理由がこれなのでしょうね。」
隣に立っているフルトさんがふむふむと頷いた。
「場所の理由……ですか?」
「ええ。空間を捻じ曲げているこの魔法は個人で行えるモノではありませんから、土地の力を使っているはずです。世界には不思議とマナのたまる場所などがありますからね。おそらくそういう類の場所なのでしょう、ここは。」
「えっと……ユリオプスみたいな規格外の力で発動させているって可能性は……」
「この魔法は魔力だけでは成り立たないのですよ。夜の魔法はいわばただの壁ですから魔力さえあれば良いのですが、対してこの魔法はこの場所そのものを歪めています。発動させるために必要な条件が多いわけですね。」
「下級から上級っつー感じで、順番にそれぞれの訓練を見学していく。まずは下級騎士――ドルムの訓練から。」
パチンと先生が指を鳴らすとオレたちの足元に巨大な魔法陣が出現し、一瞬の浮遊感の後、目の前のだだっ広い空間にたくさんの騎士と施設が現れた。
いや、まぁ、正確に言うと現れたのはオレたちなんだろうけど。
「別に歩いて移動してもいいんだが、それ自体が訓練になっちまうほど遠いんでな。大抵は備え付けの位置魔法でそれぞれの訓練場に移動する。」
パムが着ているのと同じ軍服に濃い赤色のマントを身につけた人たちが、それぞれの武器を素振りしたり、魔法の練習をしたりしている。オレが言うのもなんだけど若い人が多くて、たぶんオレたちとそう変わらない年齢だろう。
「私も普段使っちまってるし、そういう呼び方が定着しちまったのはそこそこ問題なんだが……ここにいる連中の正式な階級はドルム。授業で習ったろうが、上級とか下級っつーのは通称だから注意しろよ。」
えぇっと……上級騎士がセラーム、中級騎士がスローン、下級騎士がドルムっていうのが正式名称なのだとか。上中下の表現の方が強さはわかりやすいけど、確かに下級騎士とかってなんか意味が悪いもんなぁ。
「極限られた一部の例外を除き、全ての騎士はここからスタートする。今はその他大勢であろうとも、この中には確実に未来の上級騎士がいるわけだ。場合によっちゃ、十二騎士も――」
「アドニス教官!」
ふと、訓練している騎士の中から一人がこっちに向かって走って来た――んだが、先生の前までやってくるや否や目にも止まらない速度の先生チョップを受けてビダーンと地面に倒れた。
「訓練を抜ける奴があるか、馬鹿者め。私が今も指導教官だったら罰を与えるところだ。」
「す、すみません! 後輩が来るという事で少しうれしくて……」
「ったく……あとで話す時間もあるだろうが。おい、教育がなってないぞ。」
土まみれの顔で謝罪する騎士の後ろから、明らかに下級騎士じゃない雰囲気のおじさん騎士がトボトボとやってきた。
「申し訳ない。ランク戦が終わってからというモノ、若い連中は浮足立っておりまして。特に今年入った一年生に刺激を受けた者が多く、今日という日を待ち望んでおりました。」
「はぁん。」
「まぁ、何も若い連中に限った事ではありませんが。後の合同訓練、楽しみにしております。おい、行くぞ。」
「は!」
下級騎士と……たぶん、それを指導か指揮する立場の人が訓練に戻っていくのを見ながら先生はため息をつき、説明を続けた。
「……今日はシフト的にそれぞれの階級で分かれてるが、日によっちゃ上級も下級も関係なしに使う武器や使う魔法で分かれて訓練したりする。でもって今日は特別に、お前らセイリオスの一年生を全階級合同の訓練に参加させる。だから――今見たいな規律を乱す行為はするなよ。」
「アドニス先生! 質問してもいいですか!」
先生がチョップの形にした手をゆらゆらさせるのを見てみんながざわざわとする中、ピシッと誰かの手があがった。何せ人が多いから顔までは見えない。
「ああ。他の奴らも、なんか質問があったら説明の途中でも構わないからドンドン聞けよ。で、何が聞きたい?」
「下級から中級、上級へと昇格するにはどうすればいいのでしょうか! 何か試験があるのですか! それとも何かしらの実績が!?」
おお、それは気になるな。そういえばそれは聞いた事ないぞ。
「ランク戦と似たようなモンだ。ある一定以上の強さがあれば上の階級になる。だから――国王軍に入隊した時点で上級騎士の強さのラインを超えてるならイキナリ上級騎士だ。」
「や、やはり国王軍は実力主義なのですね! 逆を言えば、弱いままではいつまでも下級騎士……!」
顔は見えないけど、声的に……そういう現実の厳しさみたいのにごくりとつばを飲んだであろうその生徒の反応に対し、先生は首を横に振った。
「そうじゃないんだが……あー、やっぱ上中下の通称は誤解を生むなぁ。」
「え……? し、しかし強さで分かれるというのであれば……」
「やってる事は同じかもしれないが、意味合いが違う。階級の違いも、厳密には役割の違いだ。」
ポリポリと頭をかきながら、元国王軍指導教官である先生は下級騎士の訓練を横目に階級の――国王軍の正しい認識と言うモノを話し始めた。
「さっきも言ったように、スタートはドルム――つまりは下級騎士。基準はそこであり、そこから頭が抜けた奴を抜けたなりの役割につけるために階級を別にしてるんだ。決して、弱いから下級騎士なんじゃない。強いから中級、上級なんだ。」
頭が抜けたなりの役割……他の人よりも強い故に任せる事ができる仕事ってことか。
「騎士の仕事は、何かを何かから守ることだ。自然災害や魔法生物の侵攻、悪党共の犯罪行為……訓練を積んでないと身を守る事ができない状況に陥った力のない人たちを、訓練を積んだ者が守る――これが騎士の大前提。守るべき者の傍に立ち、降りかかる害悪を打ち倒す。だが……残念ながらそれだけじゃ守り切れない。こちらから攻める者もいないとな。」
「攻め――そ、それが中級、上級の役割という事ですか?」
「そうだ。この前の首都への侵攻を思い出せ。あの時、大きく分けると街の中と外で騎士が二手に分かれていただろう? 中は学生が、外は現役の騎士が担当していたわけだが、これがずばり下級と中級、上級の役割だ。守るべきモノを傍で守る者と、守るべきモノの為に敵陣に斬り込む者。本来であれば全員で街の人を囲んで防御すればいいんだが、そんなんじゃ街がダメになる。そういう後々の事まで守る為に、守るモノから離れて積極的に攻めていく役割が必要なんだ。」
「そう――いえ、それでもやはり……強い者が前に出て、弱い者は後ろという事ですよね……やはり下級騎士はつまり実力が不足しているからそういう役割にと……」
「半分正解だが半分間違ってるんだ、その考え方は。確かに、階級を分けるのは個人の実力。そういう意味じゃ下級騎士は中級、上級よりも弱い。だがそもそも役割が違うから……例えるなら料理人と大工を並べてどっちがすごい? って言っているようなもんなんだ。」
「??」
「さっきここにおっちゃんの騎士が来ただろ? あれ、下級騎士なんだぞ。」
みんながざわついた。歴戦の猛者って感じの雰囲気だったあのおじさん騎士が下級騎士?
「例えば、この後行く中級騎士の訓練場から適当に一人連れてきてあのおっちゃんと戦わせたら、十中八九おっちゃんは負ける。だがもしも勝負の内容が一対一の戦闘ではなく――どこかの街を魔法生物の侵攻から守り抜けーみたいなミッションだったなら、恐らく勝つのはおっちゃんだ。」
「なるほど!」
先生のとんちみたいな例えを「えぇっと……」とつぶやきながら理解しようとしていると、横にいたフルトさんがそう言った。そこそこ大きな声だったから、全員がフルトさんの方を向く。
「国王軍に求められるモノは守護する力。故に磨くべきは対象を守り抜く技術。刻々と変貌する戦況に柔軟に対応し、壁を築き、逃げ道を作り、必要であれば迫る脅威を打ち滅ぼす。人員を使い、時間を操り、タイミングを支配する力――それこそが求められている。しかし、ある一定以上の戦闘力を持つ者には別の仕事――脅威に対して積極的に攻めるという役割が与えられる。」
たぶん、学生として紛れ込んでいる事を忘れ、元国王軍指導教官の話を聞いた一軍の指揮官としての呟きで――なんというか、雰囲気が明らかに一年生じゃなくなってしまったフルトさんは、そんな事は気にせずに話し続けた。
「それを与えられた者は守る事を他に任せる代わりに、純粋に高い戦闘力が求められる。守る力と攻める力は似ているところもあるが本質は全くの別物――なるほど、中級や上級の騎士が高い実力を持つ攻めのプロであれば、先ほどの騎士はいわば守りのプロというところなのでしょうね。確かに、そもそも比較する事が間違っている分野。下級や上級という通称は適切とは言い難いですね。」
うんうん頷きながら語ったフルトさんをあきれ顔で見ていた先生は――
「あー……軍事オタクみたいのがいたみたいだな……ま、そういう事だ。要するに何が言いたかったかっつーと、上中下で呼ばれてるそれぞれの階級が、実は横並びって事だ。下級騎士は自分たちとそんなに変わらない実力の持ち主――とか考えてる一年生もいるかもしれないと思って一応訂正しておいた。だいたい、実力で言えば上級騎士レベルなのに下級騎士――ドルムの階級に留まってる奴もいるからな。」
「! そ、そういう方もいるんですか!? えっと、それはどうして……」
「……中級や上級になると、みんなから強いんだなーって尊敬されるし、有名にもなるし、軍の寮もランクアップするし、下級騎士よりも給料高くなるが……死ぬ確率が跳ね上がる。」
「――!」
「家族がいる騎士がいる。恋人がいる騎士がいる。攻めるよりも守る方が得意な騎士がいる。もっとシンプルに、死にたくない騎士がいる。それぞれに理由はあるさ。」
「さ、最後のは微妙ですね……」
「どうかな。」
先生――とフルトさんの話で、なんとなく下級騎士って呼ばれている人たちを見る目が変わった気がする。やっぱりオレの中にもどこか――弱いからなのかっていう認識があったんだろう。
「守りのプロ――か。どっちかと言えば、オレはそっちになりたいかもなぁ。」
「あんたはそうだろうと思ったわ。」
「んん? エリルもじゃないか? お姉さんを守るっていうなら……」
「そうね……でも、どっかに敵がいるなら、こっちから行って先に潰してしまいたいっていうのもあるのよね。」
「それも騎士の形――か。なんか思いもよらないところで大事なことを考えさせられた気がするぞ。」
「そういう狙いもあるんじゃないの。」
ぐるぐると下級騎士――いや、ドルムの位を持つ騎士の訓練場を見てまわり、確かにちらほらと絶対強いだろこの人っていう人を見かけたりしたオレたちは次の場所へと移動した。さっきの訓練場がチーム――部隊としての動きの訓練を行う場所という印象が強かったのに対し、その場所は個人技を磨く場所という印象を受けた。
「軍事オタクが言ったように、中級――スローンになると個人の強さを高める訓練がメインになる。あんな武器、こんな魔法、そんな体格――様々な条件下で強さを保てるように頑張るわけだ。加えて自身の特技を更なる強みにする修行もする。」
ドルムの訓練場よりも人数が少なく、悪く言うと活気がないんだけど……静かに座っているだけでもちょっと迫力を感じてしまうような人がたくさんいる。
「お、ちょうどいい。模擬戦するみたいだぞ。」
先生が指差す方を見ると、一人の騎士を五、六人の騎士が囲んでいる光景が見えた。しかも真ん中の人は武器を持っていないのに対して周りはフル装備という絶体絶命な状態――ってあれ?
「エーデルワイスさんか、あれ。」
長いピンク色の髪の毛とあのピシッとした姿勢の良さはたぶんそうだ。
「あー、あの真ん中にいる女騎士は第八系統の使い手だ。風使いはあれ、よく見ておけよー。」
一年生集団の中で、第八系統を得意な系統とする生徒が――オレを含めて少し真剣な顔で模擬戦に目を向けた。
特に合図もなく、武器を持つ騎士の内の一人が手にした剣をエーデルワイスさんに振り下ろした。さすがに中級――スローンというところか、その動き一つとっても無駄のないキレのある一刀だ。でもその剣はさらりとかわされ――えぇ!? 今気づいたけどエーデルワイスさん、目隠ししてるぞ!
「あの筋肉ムキムキの《オウガスト》が防御や回避の達人っつーのの理由はあれにある。第八系統の使い手は周囲の空気の動きを――風を感じ取って相手の動きを目で見るよりもはっきりと捉える事ができるんだ。あの女騎士は魔法の技術が相当高いからな……ああやって回避に徹してるあいつに対してはたぶん、まわりの騎士は一撃も与えられないぞ。」
先生の言う通り、五、六人の一斉攻撃が面白いくらいに当たらず、全員が空振りで右往左往。でもってその中をくるりくるりと舞うエーデルワイスさんは綺麗で……なんかダンスを見ている気分だ。
「……なに見とれてんのよ。」
「えぇ? た、確かに綺麗だなぁとは思ったけど……そんなに顔に出てたか?」
「あんたの感情があんたの顔に出なかったことなんてないわよ。」
「アドニスせんせー。ドルムとスローンの差はなんとなくわかりますけど、スローンとセラーム――中級と上級の違いってなんですか?」
エーデルワイスさんの舞いが終わると、さっきと違う人が手をあげた。
「ああ、それか。単純に強さの差だな。中級と上級の役割は同じだが、任せる事のできるレベルが違うわけだ。だけど見分けは簡単につくと思うぞ。」
「? マントの色が違いますからね。」
「まぁ、それもそうだが、それ以上に雰囲気でな。」
「?」
「アドニス先生!」
これまた違う人が手をあげる。
「中級騎士にもなると、やっぱり『ムーンナイツ』のメンバーもいるんでしょうか!」
「……さっきのドルムにもいたんだが……まぁ、確かにこの辺から人数は増えるな。」
「おお!」
「……エリル、『ムーンナイツ』ってなんだ?」
「えっと確か――」
「十二騎士直属の騎士団だよ、ロイドくん。」
「ローゼルさん。あれ、今までどこに?」
「……ずっと後ろにいたが。」
「えぇ? で、でも声がしなかったから……」
「先生の説明を聞いていたからな……しかしこんなにあっさりと忘れ去られるとはショックだな……」
「え、いや、ご、ごめん。て、っていうかみんないるんだね……」
「……ロイくんひどーい。」
「エ、エリルちゃんと、ふ、二人だけの……世界に入ってた……のかな……?」
「こんな美人をほっとくなんてねー。これはお仕置きかなー。」
「おや、やはりロイド様はおモテになるのですね。」
みんなからじとーっとみられる中、さらっとフルトさんがそう言ったのだが……ミラちゃんの事を考えるとなんかすごくまずいところを見られたような気分になるな……
「え、えぇっと――ちょ、直属の騎士団っていうことは、ど、どういう扱いになるんでしょうかね。」
「扱いというほど公式のモノでもないんだが影響力は強い――という感じかな。要するにそれぞれの十二騎士が個人的に集めたメンバーなのだ。任務をこなす時なんかに連れていくそうだ。」
「へぇ。フィリウスにもいるのかな……」
「《ディセンバ》を除く全員が『ムーンナイツ』を持っていると聞くが。」
「? なんでセルヴィアさんだけ?」
「別にそうである必要はないのだが、『ムーンナイツ』は大抵その十二騎士と同じ得意な系統を持つメンバーで構成されるらしい。フィリウスさんなら第八系統の使い手という風に。だからかわからないが、どの代の《ディセンバ》も全系統混合チームになりがちで……そしてチームが出来上がりにくいのだとか。」
その後、さらに何人かのスローン騎士の模擬戦を見学し、オレたちは遂にセラームの位の騎士の訓練場にやってきた。十二騎士が世界規模のメンバーである事を考えると、実質このフェルブランド王国の最高戦力という事になる。なるのだが……
「やや、お久しぶりですね、アドニス教官。」
ワープした先、真っ先に飛び込んできたのは物干し竿に――たぶんマントだろう、大きな布をかけて一息ついている休みの日のお父さんっぽい雰囲気の男性……ローゼルさんのお父さんだった。
「リシアンサス……まぁいいか。要するにこんなところが上級騎士――セラームの連中の特徴だ。」
「え……ど、どういう?」
さっきスローンとセラームの違いをたずねた生徒がさらなる困惑顔を向ける。しかし先生は真面目な顔でこう言った。
「強そうに見えない――だ。」
生徒たちの視線が自然と、目の前ののほほんとしている騎士に向く。確かに強そうには見えない――っていや、そりゃあ休憩中みたいだし……
「強いやつほど余裕があるっつーか、何が起きても対応できるようにいつも落ち着いてるっつーか……武装して立ってても全く迫力がない。さっきのスローンの連中はピリピリと強さが伝わって来ただろ? だけどセラームの連中にはそれがないんだ。」
「や、面目ない。」
「別に悪いことじゃない。そういうもんだってだけの話だ。騎士に限らず、凶悪な犯罪者もS級なんかになると普段の行動を見てるだけじゃ悪党って思えないしな。」
先生の言葉に、パッと思い浮かんだのはプリオルの顔だった。確かに、凶悪な殺人鬼であるあの犯罪者も、そうと知らなければただのイケメンだ。
フィリウスは……あんな見た目だから例外かもしれないけど、セルヴィアさんやアイリスさんは普通の町娘とメイドさんだし……もしかして、強さがにじみ出るようなのは未熟なのかもしれない。
「ねぇ、もしかしてリシアンサスってあの――?」
「ああ、『水氷の女神』の……」
「じゃ、あの人が『シルバーブレット』……!?」
ふと、目の前の騎士を横目にひそひそ話が聞こえてきた。それはだんだんと大きくなり、なんとなくみんなが騒がしくなっていく。
「……あれ、もしかしてローゼルさんのお父さんって有名人?」
「……まぁ、とっくの昔に忘れてしまっているのかもしれないが、リシアンサス家は騎士の名門だからな。」
「あ――そ、そうですよね……そりゃそうか。」
「ついでに言うと、わたしはその家の一人娘だ。」
「は、はい……」
「……ところでリシアンサス、私たちは訓練を見学に来てるんだが?」
「ご心配なく、間もなく次が始まりますから。そろそろ来る頃かと思い、案内役として私がここにいたのですよ。どうぞこちらへ。」
ローゼルさんのお父さんの案内でやってきたのは学院の闘技場みたいな場所。あれよりはもっと簡易的だけど、広い――模擬戦専用のフィールドみたいのがあった。
その周りには騎士が何人か立っていて……たぶん訓練をする人たちなんだろうけど、それよりもフィールドの真ん中にこんもりと盛り上がっている土の塊が気になる。
「これより訓練を始める! 想定は巨大魔法生物!」
一人の騎士がよく通る声を張り上げた。セラームの証である白いマントが似合う、少し長い金髪をたなびかせた……色々と様になっているカッコイイ人。すると――
「あれって――まさか『光帝』!?」
「本物よ!」
「……えぇっと、また有名人?」
「……ロイドくんは十二騎士が身近過ぎてセラームの面々はあまり知らないのだな。あの騎士はセラームのリーダー。フェルブランドには十二騎士が多いから実感が薄いかもしれないが、おそらくこの国で最も有名で人気で尊敬されている騎士だよ。」
「えぇ、そんな人がいたのか。」
「名前はアクロライト・アルジェント。二つ名に『光帝』を持つ第三系統の使い手だ。」
「ふふふ。ロイドくんの妹さんがメンバーに加わってから、私たちの訓練の幅が大きく広がりました。」
みんながアクロライトという人に注目している間に、ローゼルさんのお父さんがすすーっとオレたちの近くにやってきた。
「やぁローゼル。ランク戦、お疲れさまだったね。みんなもよい成績を残したようでなにより。」
「は、はい……ありがとうございます。」
「あれから話は聞かないけど、ロイドくんとはどうだい?」
「はい――い、いえ、何の話ですか父様。そ、それよりもロイドくんの妹さんの話を……!」
「ウィステリア――いや、サードニクスと呼ぶべきなのかな。彼女は文句なしに国内一――もしかしたら世界一かもしれないほどのゴーレム使い。今アルジェントが言ったような巨大な魔法生物を想定したり、一対多数の戦闘も訓練できる。素晴らしい力だよ。」
そう言いながらローゼルのお父さんが指差した先を見ると、フィールドの横に立っている……なんだろう、物見やぐらみたいなちょっと高い塔の上にパムがいた。
「パム……見えるかな?」
なんとなく手を振ってみたら、どうやら気づいたようで小さく手を振り返してくれた。
「サードニクスは朝からロイドくん――お兄さんが来るということでいつもより気合が入っていたよ。可愛い妹さんだね。」
「ええ……できた妹です……」
妹がセラームで兄が学生というのは微妙な心境なのだが……そんな優秀な妹であるパムが杖を振ると、フィールドの中央の土の塊がうねうねと形を変えていき――巨大なドラゴンになった。
「? ウィステリア、いつもよりも魔力を練りこんでいるな! ギャラリーが多いと気合が入るタイプだったとは意外だな!」
アクロライトという人が嬉しそうにそう言った。しかしオレには目の前に出現したゴーレムに費やされている魔力の量なんてさっぱりわからない。
「……パムの魔法が役立つっていうのはいいんですけど……でもあれはゴーレムですから本物の魔法生物みたい魔法とかは使いませんよね……?」
「そうだね。しかしむしろ本物よりも厄介な練習相手だと思うよ。」
「えぇ?」
「攻撃を受けても痛がらないしひるまない。身体が欠損しても一瞬で再生し……操っているサードニクスがああして上にいるから戦況を俯瞰的に把握し、死角がほぼない。実在されたらとても困る魔法生物だね。」
「なるほど……」
土でできたドラゴンゴーレムを取り囲む騎士と、塔の上に立つパム。なんとなく――いや、よく考えたら変なんだけど、オレは――
「パム、頑張れー!」
――と、声援を送った。それにビクッとして少しの間だけオレの方を向いた後、パムは手にした杖を空にかかげた。するとドラゴンゴーレムの文字通り土色だった表面が黒くなり、金属光沢を見せ始めた。
「おいおい、いきなりどうし――そうか。そういえばウィステリアの兄が来ているんだったな。全員気を引き締めろ! 今日のウィステリアは本気で勝ちに来るぞ!」
数秒前とは比べ物にならないほどの迫力と圧力を放つスーパードラゴンゴーレムに、周囲の騎士がだいぶ全力で向かっていった。その巨体からは想像できないとんでもない速度で振り回される尻尾攻撃を難なくかわし、騎士――セラームたちはドラゴン討伐を開始する。
「おお、おお。あんなに気合の入ったゴーレム、戦場以外で見るのは初めてだな。こりゃあ訓練の度にサードニクスをここに置いといた方がいいんじゃないのか?」
「それはよい提案ですが、しかし下手をするとセラームがケガ人だらけになってしまいますよ。」
訓練と呼べるのかどうか怪しいレベルの戦闘が目の前で繰り広げられ、オレも含めて一年生全員がポカーンとしていた。
その後、すごいものを見たなぁと感動している間もなく、先生が言っていた合同訓練へと移行した。んまぁ、とは言っても一、二時間程度のモノで、簡単に言えば国王軍へお試し入隊してみよう的な感じ。前半は武器別、後半は得意な系統別に分かれ、主にセラームの人の指導――というかアドバイスみたいのを受けた。
そしてその時――得意な系統で分かれた時にすごい人に出会った。たぶん――いや確実にこの人が先生の言っていた「男に飢えてる女騎士」だ。
「んんー、いいわねぇ、壮観よん。鍛えられた若い男がたくさんなんて。」
国王軍には軍服という制服があるのだが、どうもスローンやセラームになると……たぶん実力を十分に発揮できる服装っていうことで許可されているんだろう、私服の人が目立つ。
第八系統――風の魔法を得意とする人で分かれ、どんな人が指導してくれるのだろうと待っていると、登場したのはセルヴィアさん――いや、《ディセンバ》さんの鎧姿よりも刺激の強い格好をした女性だった。
「ちょーっとの間だけど、貴方達に色々教えちゃうお姉さんの名前はサルビア・スプレンデス。よろしくねん。」
風使いとは思えない真っ赤で真っすぐな髪。胸元が大きく開いた上に際どいところまで入っているスリット。艶めかしく生足を見せる、フィリウスが「うほー」とか言いそうな超ナイスバディなお姉さん。
そう……一言で言えば――えっちぃ……んだけど、なんというかそれを通り越している。
男は、筋肉があると男らしいって事で女性に人気が出ると思うけど、フィリウスみたいなレベルになるとムキムキ過ぎて逆に引いてしまう。それの女バージョンというか……スプレンデスさんはナイスバディなんだけどあまりにナイスバディ過ぎるし本人の雰囲気とかもアレ過ぎる。てなことで、その場にいる現役の男騎士勢はもう見慣れているのか特に関心を持たず、若さありあまるオレたち一年生の男子勢も微妙な表情だった。
「ちなみにお姉さん、《オウガスト》の『ムーンナイツ』の一人でもあるのん。なんでも聞いてねん?」
え、『ムーンナイツ』? てことはフィリウスの直属のってことか。うわぁ、なんかフィリウスがこの人を誘うシーンが想像できるというかなんというか……
「さてとん? 現役の騎士はもう知ってるから――まずは若い貴方達よねん? ちょーっとお姉さんに見せてねん。」
そう言うと、スプレンデスさんは口に指をあて……チュッとオレたちに投げキッスをした。するとふんわりと風が吹き……不思議な体験なのだが、服の中を――パンツの中や靴下の中も含めて風が通った。
「ふんふん……あら、貴方いいモノ持ってるわねん? あとでお風呂、お姉さんと入りましょうねん。」
なんの事やらと思ったが、この場にいる一年生男子の中では体格の良さが目立つ一人の生徒に歩み寄ったスプレンデスさんがその人の股の下あたりにそっと手を添えたのを見て、その場の全員が意味を理解した。
「い、今の風で知覚したんですか!?」
思わずそう言ったオレに、スプレンデスさんは色っぽい笑みを向けた。
「そうよん。お姉さんたち風の使い手が会得するべき技術の一つがこれよん。」
がちがちに固まったその男子生徒から離れながら、スプレンデスさんは魔法の講義を始める。
「第八系統が使うのは風――つまりは空気よん。水の中にさえ溶け込んでるこれは、世界中どこに行ってもあるモノ。手足のように風を操るお姉さんたちにとって空気は、無限に等しい範囲を持つ感覚器官よん。」
腰に手をあててクネッとポーズを決めたスプレンデスさんは、しかし真面目な話を続ける。
「空気の流れ――すなわち風を読んでモノの動きを知覚できるようになったなら、今度は自分が起こした風が触れたモノを知覚できるようにする……ここまで来てようやく、一人前の風使いの誕生なのよん。想像してみなさい、男の子。風をちょーっと通すだけでお目当ての女の子のスリーサイズがわかっちゃう技術を。」
「なんつー使い方を伝授してるんですか!」
「欲望は力よ、坊や。強くそれを欲するからこそ、その為の力が手に入るのよん。ついでに敵が隠し持ってる武器の数を知る事ができる技術が手に入るならいいことだわん。」
「……確かに、そういう使い方もでき――っていうかそっちがメインでは!」
――というようなやりとりから始まり、言動がいちいち……いやらしい方向にそれるスプレンデスさんだったが、しかし結果的に教わった事はとても勉強になることばかりだった。
今日の社会科見学を振り返ると、残念ながらオレ自身の剣術が特殊だからそっち方面で得られた事は少なかったけど、魔法に関する収穫がたくさんという結果になり、個人的には大満足の一日となった。
「おれも色々教わった。マントに威力を持たせるという発想はなかったぞ。」
「え、マントを強化するのか?」
合同訓練を終え、オレたちは国王軍専用のお風呂に入っていた。特殊な薬草が溶けているという話だったから何色なのかと思っていたが、見た目は普通のお湯。特にビリビリしびれる感覚があるとかいう事もないから、普通のお風呂に普通に入っている気分で、オレとカラード――それとカラードのルームメイトでもあるビッグスバイトさんは並んでお湯に沈んでいた。
「……ビッグスバイトさんが第八系統の使い手だったら危なかったなぁ……」
「名前でいいし、長いからアレクでいいぞ。俺もロイドと呼ぶことにしよう。」
「わかった。いやぁ、一緒にお風呂に入れる男友達が増えてオレは嬉しいよ。」
「……お前はモテモテだからな。それよりも俺が風使いだったら危ないというのは?」
「……知らない方がいいかもしれない。」
フィリウスを若返らせたようなビッグスバイト――アレクはスプレンデスさんの標的になったに違いない。
「モテモテと言えば、ロイドは混浴に行かないのか?」
「さらりととんでもない事を言うなぁ、カラードは……そもそもなんでそんな場所があるんだか。」
男湯の奥の方、違う部屋――いや、露天風呂? っぽい場所に通じる扉を眺める。
「おれも気になったから聞いてみたんだが……理由はカッコイイものだった。男女の垣根を超えて絆を結んだ戦友同士が裸の付き合いの一つもできないんじゃ不公平だからだそうだ。」
「おお……それはカッコイイな。」
「ふん。そんな豪快な理由がある一方、なぜに俺たちはタオルを腰に巻くように言われたのだ? 見ると学院生に限らず、入浴している者全員がそうしているが。」
「おれも思ったが……そう教えてくれた方の口調が、指示というよりはアドバイスだったからな。ルールというわけではないがそうした方が身のため――という印象を受けた。ロイドは何か知っているか?」
「……たぶん知ってる。まさかあの扉から覗いてるのか……スプレンデスさん……」
首をかしげる二人に、オレは第八系統で集まった者だけが経験したゾゾッする事件を話した。
「……それで俺は危ないと……」
「なるほど。しかし男の貞操を守らなければならないとは、国王軍は厳しい世界だな。」
真面目に言っているのかギャグで言っているのかわからないカラードは、その顔のまま続けてこんなことを言った。
「であれば逆もあるのだろうか? 覗きに走る男がいるから女湯もやはりタオルを?」
悲しい事に、パッと思い浮かんだのは「女湯を覗くぞ、大将!」と言っているフィリウスだった。
「……全くいないとも言えないんじゃないかなぁ……それこそ魔法の使い方によっては覗きも簡単にできたりするかも。」
スプレンデスさん直伝の風の使い方みたいな感じに。
「現役の騎士にそんな阿呆な事はしないで欲しいが……そもそもそういう事ができないようになっているんじゃないのか?」
アレクがこんこんと壁を叩く。
「……第一系統の使い手の二人でもこの壁は壊せない感じか?」
「さぁな。何で出来ているかもよくわからん。それに、さすがに素手では無理だろ。」
「むぅ……おれの『ブレイブアップ』でならなんとか……」
「そっか……」
と、女湯に続く壁の壊し方を議論し始めたオレたちだった。
「ねぇスナイパーちゃん、『変身』の魔法で優等生ちゃんみたいになれたりするー?」
「で、できると……思うけど……ちょっとした修復ならと、ともかく、他人の身体を『変身』させるのは……ま、まだできないよ……」
「え、じゃあティアナちゃんって自分のスタイルを思いのままにできちゃうの!? ずるい!」
「なんだと……ティアナ、そ、それはちょっと卑怯だぞ……!」
「なに真面目に焦ってんのよ……」
合同訓練が終わって、あたしたちは国王軍専用っていうお風呂に入ってた。ほとんどいつもと変わんない光景なんだけど、なんでか全員タオルを巻くように言われた。
「でーも以外だねー。騎士様でも覗きとかするんだー。」
「覗き注意の張り紙の横にフィリウス殿の顔写真があったのが面白かったがな。」
「さすがフィルさんだけど……ロイくんに覗きの奥義とか伝授してないよね……」
全員でなんとなく、女湯と男湯を真っ二つにしてる壁を見上げた。
「……で、でもああいう張り紙があるくらい、だし、特殊な魔法とかで、の、覗きができないようになってるんじゃ……」
「しかしあっちへ行けば普通に混浴なのだろう? どうもピシッとしないな。」
「そうだよ混浴! ロイくん呼ばなきゃ!」
「ば、何言ってんのよ!」
「……商人ちゃんって、そういう事よく言うけど実のところ恥ずかしがり屋さんだよねー。」
「!? な、何言ってんの! ボ、ボクは――ロイくんになら別にいいもん!」
「それはわたしだってそうだが……しかし呼んで仮に混浴したとしても、一瞬でお湯が血に染まってロイドくんの土左衛門の出来上がりだろう……」
「さらっと何言ってんのよ、この痴女。」
「おや、ロイドくんのベッドに――」
「う、うっさいわね!」
「んんー、いいわぁ。」
いつもの調子でギャーギャーしてると、あたしたちが座ってるところからちょっと離れた場所で、お湯の中で仁王立ちして壁の方を眺めてる女がだいぶ色っぽい声でそう言った。
「さすがマダム。気合の入った対抗魔法で感度バッチリよん。」
誰だか知らないけど、ローゼルと同等――いえ、それ以上の冗談みたいなナイスバディの赤毛の女のそんな独り言を聞き、違う女――エーデルワイスがおどおどと近づいた。
「ス、スプレンデスさん、またそんな事やって――怒られますよ……」
「大丈夫よん。前は混浴経由で男湯のいい男を引きずり込んだけど、これはただの覗きだもの。あんたも見る、オリアナ?」
「け、結構です……」
顔を赤らめて後退するエーデルワイスを横目に、スプレンデスって呼ばれた女はその色っぽい声を響かせて――
「男湯を覗きたい子、こっちへいらっしゃい。」
――というトンデモナイ勧誘をし始めた。
「鍛えられた男の身体は勿論いいけど、熟れる前の若い身体もいいわよん? 特に後者は今日を逃せば次は一年後――チャンスはモノにすべきでしょう? ほら、女子生徒たちもいらっしゃいな。同年代の男子の裸体をおがめるわよん。」
「なな、何をしているのですか!」
一応優等生モードで叫ぶローゼルに対し、スプレンデスは色っぽい笑みを向ける。
「何って覗きよん。嬉しい事に、男がやるとフィリウスみたいに手配書作られちゃうけど、女がやる分には何もないのよん?」
いきなりの変態女の登場に女子生徒も困惑なんだけど――いつでもノリのいい奴ってのはいるもんで、一人の生徒がバッと手をあげてその勧誘にのっていった。
「正直でいいわねん。」
スプレンデスがその生徒の頭をポンと叩く。すると――
「え――うわ、うわ! 壁が透けて見える!」
壁の方を向きながら、壁に沿って右へ左へ移動してキャーキャー言うその生徒を見て、誘いにのる生徒が増えていく。
「じゃーあたしもー。」
「は!?」
何でもないように立ち上がったアンジュに思わずそう言ったら、アンジュは口を尖らせた。
「だーって、話によるとみんなはロイドと泳いだことがあるんでしょー? あたしはその時いなかったんだし、いーでしょー。」
「あらん、目当ての子がいるのねん? いいことだわん。」
増産されていく覗き女子生徒の中にアンジュが加わる。
「うわ、ホントに見える! 一応確認するけど、あっちからは見えないんですよねー?」
「魔法をかけているのは貴方達の目だもの。存分に覗きなさいな。」
「わぁ……えぇっとロイドロイド……」
何か言ってやろうと思って口をパクパクさせるあたしたちを置いてけぼりに、覗きの力を手に入れたアンジュがロイドロイド言いながらあたしたちの方に戻ってきて……
「あ、いた。なんだー、あたしたちの真横にいたんだねー。」
「な、なんだと!?」
全員が壁の方を向く。この壁の向こうにロイドがいて……アンジュには今、この壁は透けて見えてる……!
「カラードとアレキサンダーも一緒だねー。っていうかアレキサンダーすっごいむっきむき……あ、そうそう、カラードくらいがちょうどいいよねー。さすがあんな重たい甲冑着てるだけあるかなー。それで――ロイドは普通だねー。やせっぽっちっでもないけど、引き締まってるわけでも――あれ? そうでもないのかな。必要な場所に必要な分って感じ?」
「解説しないでいいわよ! てかやめなさ――」
「うーん……見えそうで見えない……」
アンジュを取り押さえようとしたら、いきなりしゃがみこんだ。
「な、なにやってんのよ……」
「あたしたちと同じでさー、男湯も全員腰にタオル巻いてるんだよー。」
「あっちにもこっちと同じ感じのルールがあるのよん。だから根気よく粘って、一瞬のチャンスとアングルを逃さないようにしなさいねん。」
見ると何人かの女子生徒がアンジュと同じように立ったりしゃがんだり――!!
「! あ、あんた何を見ようとしてんのよ変態!」
「なーにー? お姫様は興味ないのー?」
「な――」
きょ、興味なんてそんな――! だ、だって……
「難しいなー……話してて動かないし……どんな事話してるんだろー?」
「声も聴きたいのん? 欲張りさんねん。」
アンジュの呟きを聞いて、スプレンデスがパチンと指を鳴らした。すると、街に魔法生物が侵攻してきた時の連絡用に使われた魔法の感覚で耳に声が聞こえてきた。
「風の魔法であっちの声をこっちに届けてるのよん。あの三人の会話でいいのよねん――あら、あの子いい筋肉だわぁ……」
『しかし、こうして男三人が風呂場に集まったのだ。女子トークならぬ男子トークと行こうではないか。』
『カラードって、興味なさそうでちゃっかり興味あるよな……』
『ああ。俺もこいつは天然だと思っている。』
『失礼な。だが考えてもみるんだアレク。一年生ナンバーワンのモテ男たるロイドがいるのだぞ?』
『ちょ、なにその称号!』
『ま、事実だな。正直なところ、誰がタイプなんだ、お前は。』
『いや、タイプもなにもオレの彼女はエリルですけど……』
「――!!」
「……エリルくん、そんな嬉しそうに顔を赤くされるとエリルくんではないがムスッとしてしまうぞ。」
「し、知らないわよ!」
『だが誰においても恋人や奥さんがタイプどんぴしゃりというのであれば浮気などという言葉は存在しないだろう? ずばり、クォーツさんはタイプそのままなのか?』
『えぇ……』
「カラードくん、ナイス質問だ。きっとロイドくんはサラッと髪の長いナイスバディが好きなのだ。」
「あんた……」
「あらあら乙女の恋模様? お姉さん、そういうお話だいす――」
「スプレンデスー!!」
アンジュの横に来てうっとり笑ってたスプレンデスに、大量のお湯がバシャァッと降り注いだ。
「――んもぅ、何するのよウィステリア。」
「あなたこそ、人の兄を覗かないで下さい!」
バシャバシャとお湯の中を歩いてきたのはロイドの妹、パム。
「兄? あらん、もしかしてえぇっと……あ、あの男の子がロイド・サードニクスなのねん? どことなくあなたに似てる……へぇ、そう、あの子がフィリウスの……」
「だから見るなと言ってるんです!」
スプレンデスの両目を覆うパムを見て、アンジュが尋ねる。
「ねぇ、この子はー?」
「ああ、あんたは知らないわよね。上級――セラームの一人のパム・ウィステリア。もしくはパム・サードニクス……ロイドの妹よ。」
「へー。じゃあ小姑さんかー。よろしくねー。あたしはアンジュ・カンパニュラ。」
「カンパニュラ? 火の国の貴族じゃないですか――というか小姑? ではあなたも兄さんを……」
「姉さんって呼んでもいいんだよー?」
「……その話はまた後日としましょうか。今はこの出歯亀をなんとかしませんと。」
「あ、ちょっと待ってー。今ロイド見てるからー。」
「!? あなたも覗いて――だ、ダメですダメです! すぐに魔法の解除を!」
アンジュの目も隠そうとするパムをひょいひょいよけながら、アンジュはニシシと笑う。
「妹ちゃんは興味ないのー? お兄ちゃんの裸とか。」
「何度も見ましたから今更です! スプレンデス! 早く魔法を――」
「あらん?」
パムがワーワー言っている中、スプレンデスの――さっきまでとはちょっと雰囲気の違う呟きが聞こえ……同時に、覗いてた他の女子生徒たちも表情を変えながら壁から一歩下がった。
「うわ……なぁにあの人ー? 随分気合入れてお風呂に来たねー……」
「うふふ、さすがにあれはちょっと違うと思うわよん。」
「な、なんですか、何が見えているんですか――スプレンデス!」
「あ、まずいわん――」
次の瞬間、ドカァンっていう音と共に壁の一部が吹き飛んだ。
「な、何よいきなり!」
「こ、これも国王軍の日常というやつなのか?」
幸い――いえ、たぶん誰かがとっさに魔法で引っ張ったんだろうけど、砕けた壁の近くには覗きをしてた生徒は一人もいなくて、全員右か左の隅っこに押しやられてた。
現役の騎士もいるわけだから反応は早く、そしてやっぱり日常ってわけでもないみたいで、それぞれに構えの姿勢になって壁にあいた穴をにらみつけてると……そっちとは逆の方から――あんまり無視できない声が聞こえた。
「危なかった……強化魔法が間に合わなかったらやばかったぞ。おい、大丈夫かカラード。」
「問題ない……しかし一体何者だ、あれは。」
壁から離れた場所に片膝をついている二人の声はついさっきまで聞いてたもので……その二人っていうのはカラードとアレキサンダー。
つまり、男子だった。
「きゃーっ!!」
現役の騎士はともかく、女子生徒もいる女湯に男子が二人突っ込んできたのだから、それはそれは大きな悲鳴が響き渡った。
「やや、これは非常にまずいのではないか? 社会的に今、おれたちは死んだのでは?」
「あんなの前にしてよくもまぁ、んな軽口が出る――おい、ロイドはどこ行った!」
「! そういえばあの鎧、真っすぐにロイドに殴りかかったような気が――ロイド! どこにいるんだ!」
悲鳴が響く中、カラードとアレキサンダーはロイドを呼ん――え、ちょっと待ちなさいよ。今ので爆発みたいのであの二人が飛んできたって事は当然近くにいたロイドだって――
「――!! ロイド!」
「ぶはぁっ!」
あたしがロイドを呼ぶのと同時に、あたしたちのすぐ近くのお湯がザバァッと吹き上がった。
「な、なんだ今のは!? 二人とも無事か!? くそ、オレが風の障壁的なモノを作れれば良かったんだけ――」
目が合った。女湯で。タオル一枚で。お湯の中。
あたしの目には腰にタオルを巻いただけの半裸ロイドがお湯から顔を出してる光景が映ってる。
でもってロイドの目には、胸の辺りでタオルを巻いてるだけのあたしたちが立ってたり座ってたりする光景が映ってるは――
「びゃあっ!? わ、わ、す、すみませんすみません!」
やってしまった! ふ、不可抗力とはいえやってしまった! 急いで目をそらしたけど――の、脳裏に焼き付いた!
水着の時とはわけがちがう、いつもと違う雰囲気で髪型でタタタ、タオル一枚だけのみんなの姿が――や、やばい、鼻血が――
い、いやいや、そんなこと――じゃないけどそれよりも今はあいつ!
色々と言い聞かせて背を向けていた方にもう一度顔を向ける。すると穴の空いた壁の奥で、あいつがその腕を大きく振りかぶっているのが目に入っ――
ちょっと待てその方向だとみんながあぶな――
「――!! ふせて!!」
とっさにオレはみんなの方に跳び、風の魔法も使いながら全員を押し倒した。それとほぼ同時に頭の後ろで轟音が炸裂する。
砕けた壁と粉塵が降り注ぎ、お風呂のお湯がバシャバシャと飛び散る。壁の間近だったもんだからそれらで視界が一瞬でゼロになり、ついでに轟音のせいで耳がキーンとなった。
主要な五感のふたが閉じられた中、しかし別の感覚器官――触覚はとても柔らかい感触を知覚し――
「リョリョ、リョイくん!?!?」
リリーちゃんの声でハッとする。そして気が付いた……目の前の肌色の世界に。
オレの身体――腕やら脚やら、その他のあっちゃこっちゃがみんなの色々な柔らかいところに触れている。
オレの突進のせいではだけたタオルの隙間というかもはや露わになっている色々なところが見えていたりまだ隠れていたりしている。
つまり、オレはみんなの裸を――裸に――
「ぶはぁっ!!」
ロイドが鼻血を噴いた。
壁を吹き飛ばして男湯から女湯にロイドが突っ込んできたかと思ったら、血相変えてあたしたちに跳びかかって――押し倒してきた。
直後、あたしたちが一瞬前までいた場所の壁がさっきみたいに吹き飛ぶ。
ぜ、全然頭が追い付かないんだけど、と、とにかくロイドがあたしたちを何かから助けてくれたってのはわかった。わかった――んだけどそれよりも……そ、その結果……ロイドはあたしたちの色んなとこに触って――なんかタオルもはだけてるから色んなとこを見て――
「ロ、ロイド!?」
――お湯を赤く染めながら土左衛門になった。
どど、どうしたら……え、えぇっと何をすれば――
てて、っていうかバカロイド、ああ、あたしの――!!
「しょ、しょくん! いい、色々あるだろうがひ、ひとまずおお、落ち着くのだ!」
はだけたタオルを直しながら――ロイドに触られた場所をおさえながら、真っ赤な顔でいつもよりも高めのトーン――っていうかひっくり返った声でローゼルがそう言った。
「そそ、そうだね! と、とりあえずえっとえっと――ロイくん! し、沈んじゃうおぼれちゃう!」
全員が真っ赤になってバタバタする中、そんなあたしたちを大きな影が覆った。背中をかすめる雰囲気にゾッとしながら振り返ると、お風呂場には合わない――異様な姿の奴が壁に空いた穴をくぐっているところが目に入った。
「お兄ちゃん!!」
その異様な奴が女湯に入り切った辺りでパムの声が響き、同時に巨大な岩の塊がそいつの真横に打ち込まれ、異様な姿のそれは混浴への扉を突き破って――たぶん建物の外へと殴り飛ばされた。
「お兄ちゃん! そんな、こんなに血が――」
「あ……パム、そ、それはあいつのせいじゃ……」
じゃあ何のせいかって――い、言えるわけないじゃない!!
「あいつ――!!」
プカプカ浮かんでるロイドを――お風呂場の床や壁からはぎ取った岩とかから作ったんだろう、左右に浮いてる巨大な腕ですくい上げて砕けてない壁に寄りかからせ、パムは怖い顔で――タオル一枚のまま飛び出していった。
「あらん、訓練の時もそうだったけど、ウィステリアが珍しく本気だわん。これはちょっといいもの見られるかもしれないわよ、学生ちゃんたち。」
そう言いながら、スプレンデスはこれまたタオル一枚のままでパムを追うように外に出て行き……パムの本気っていうのが結構な大事らしく、女湯にいた他の騎士たちもそのままの格好でスプレンデスに続いた。
ロイドの妹、パム。ロイドが死んだと思い、第五系統の超高等魔法、『死者蘇生』を行うために魔法の修行に没頭し……その結果、最年少で上級騎士、セラームにまでなってしまったあたしより一つ年下の女の子。
兄であるロイドと再会した今、パムには……なんというか、頑張る理由がない。そんな彼女が全力を出すとすれば、それはロイドが――ま、まぁ今のこれは誤解なんだけど――傷つけられたりなんかした時に限られると思う。そしてまさに、今がそれ。
ロイドのことがちょっと心配だけど……まぁ、そうは言っても鼻血だし。そ、そもそもあんなことされたっていうかしちゃったっていうか――ア、アレの後でロイドの半裸なんか見てられるわけない……
そ、そうよ、あたしは学生なんだから、現役の騎士の戦闘を見た方がいいわよ、そうなのよ。
あたしはタオルをキュッと締め直して……で、でもさすがにタオルだけで外に出るのはアレだから、壊れた扉から身体を隠しながらそっと外を覗いた。
「ルオオオオオオォォッ!!」
いきなりお風呂場に現れたそいつの異様な姿が、日の下に出たことではっきり見えた。
一言で言えば鎧。カラードが身につけるような顔まで覆う全身甲冑。ただし、カラードの甲冑がいかにも正義の騎士って感じのデザインなのに対して、そいつの鎧は完全に悪役。濃い紫色であっちこっちがとんがってる凶悪なシルエット。マントは勿論、剣も槍も持ってない。強いて言えば指の先がかなり鋭くとがってるから、それが武器ってところかしら。
ただ――王宮の、よりによって国王軍の訓練場に来るなんてどれだけの猛者なのやら、そもそも目的はなんなのやら、疑問だらけなんだけど……正直、その鎧の奴よりもパムの方がすごかった。
「潰しなさいっ!!」
ワイバーンを真っ二つにしたゴーレムよりも遥かに大きい……二十、三十メートル……? 周りに比較できる建物が無いし、あまりに大きいとどれくらいかわからなくなるわね……
とにかくすごく大きなゴーレム……しかもたぶん、中は砂とかなんだろうけど表面が金属っぽい黒色。ランク戦の最初に先生と戦ってたライラックって人の金属魔法に似てる、さっきドラゴンのゴーレムにもやってたやつだわ。つまり、お風呂場から外を覗いてみたら悪役デザインの鎧と超巨大な鉄の巨人が戦ってる光景が広がってたわけ。
「オオオオオォォッ!」
あんなに大きいのにかなりの速さで放たれたゴーレムのパンチをかわしてその腕に乗り、そのまま走って肩の辺りまで来た鎧の奴はゴーレムの顔を殴っ――たと思ったら、これまた武道の達人みたいなキレのあるスウェーバックでゴーレムがそれ避け、そのまま頭突きで鎧の奴を地面まで叩き落とした。
「グルゥゥオオオオアアアアアッ!!」
さっきから人の言葉を離さないケモノみたいな鎧の奴は砕けた地面から飛び出し、今度はパム本人の方に跳躍する。だけどその砕けた地面から鞭みたいに砂が伸びて、鎧の奴を後ろからがんじがらめにした。
そして、そうやって動けなくしたところに容赦なく、ゴーレムが組んだ両手をハンマーみたいに振り下ろした。
ランク戦を見て思ったけど、体格の差っていうのは結構無視できない。相手よりも大きいとか小さいとか、重いとか軽いとか、そういうのはどっちの側でも相手よりも有利になる場面がそこそこある。今みたいな、大きさと重さに何十倍もの差がある二人の戦いの場合はどう考えたって大きいくて重い方が圧倒的に有利――
ガキィインッ!!
――!?
な、何よそれ、そんなバカみたいなこと――!
「……小賢しいですね。」
重さだけで何トンっていう単位だと思うゴーレムの両腕が、鎧の奴の片腕に止められた。それだけでも信じられないのに、かなりの勢いで振り下ろされたゴーレムの攻撃を止めたにしては鎧の奴の足元にひびの一つも走ってない。まるで威力の全部が腕に吸い込まれちゃったみたいだわ。
「あらん、あの鎧、受けた衝撃を周りに散らす力があるみたいねん。」
タオル一枚で堂々と外に出て戦いを見物してるスプレンデスの呟きを聞いた瞬間、あたしは結構ショックで――だ、だって、もしもあたしが戦うとしたら、あたしの攻撃が全部効かなくなるわけだし……
だけど、そんな反則みたいな能力に対してパムは焦りも驚きもしなかった。
「だからなんですか。」
パムが手にした杖を振ると、鎧の奴の真下の地面がドンッとせりあがり、そのままそいつを空中にポーンと弾いた。
鎧の奴はフィリウスさんみたいな……たぶん二メートル超えの体格なんだけど、宙を舞うそいつに迫ったゴーレムの開かれた手は、その巨体を軽々と包んだ。そして直後、ゴーレムを覆う金属と鎧がこすれるような軋むような、耳をふさぎたくなる嫌な音がギシギシと響き始める。
「あーウィステリア、殺しちゃだめよん? 色々聞かないといけないんだからん。」
「それくらい心得ています。」
――ってパムが言った瞬間、バキバキィッっていう音が走って……まるで「もういらない」とでも言うみたいにパッと開かれたゴーレムの手から鎧の奴が落ちてきた。
ちょ……なんか腕とか脚が変な方向に……
「死んではいません。」
パムのその一言を合図に幻みたいにサァッと消えていくゴーレム。それを見てスプレンデスがため息をついた。
「もぅちょっと美しく倒せなかったのん? ま、欲求不満でウィステリアに暴れられるよりはましだけどねん。」
「あとは任せました。」
そう言うとパムは回れ右をして、「兄さん!」と叫びながらお風呂場の方に戻って行った。
今のあたしじゃきっと手も足も出ない恐ろしい鎧の奴を、大して――っていうか全然苦戦しないで倒しちゃったパム。これがセラーム……っていうレベルなのね……
「あらあら……本当にお兄ちゃんっ子なのねん。」
スプレンデスはくすくすと……いちいち余計に色っぽく笑い、スタスタと鎧の奴に近づいていった。
「スプレンデスさん、流石に無防備ではありませんか?」
――!? え、い、いつからそこにいたのかさっぱりなんだけど、気が付いたらローゼルのお父さんがスプレンデスに上着をかけてた。
「あら、相変わらず紳士なのねん、リシアンサス。でもお姉さんの素肌を記憶に焼き付けてた子たちにはちょっと酷なんじゃないかしらん?」
「刺激が強すぎますよ。」
ローゼルのお父さんが困った顔でそう言ったあたりで、鎧の奴に変化が起きた。まるでメッキがはがれるみたいに濃い紫色がパリパリ剥がれて……普通の銀色になってく。
そういえばカラードも強化魔法を使ったら甲冑が金色になってたから……もしかしたら、あの鎧にもそういう魔法がかかってたのかもしれないわね。
「おや、これは……」
鎧の奴が銀色に戻り始めた瞬間にスプレンデスの前に出て武器を構えたローゼルのお父さんが……まぁ凶悪なデザインはそのままなんだけど一般的な色に戻った鎧を見て眉をひそめる。
「なぁにん?」
「いえ……胸にオズマンドのシンボルがあるので。」
ローゼルのお父さんのその一言で、その場の空気がサッと変わった。
「なに、あのテロ組織の!?」
こっちもいつの間にかあたしの横で並んで外を見てたローゼルがそう言った。
いつもみたいにどうせロイドは知らないだろうけど、この国の人なら誰で知ってるテロ組織――反政府組織がある。それがオズマンド。十字架だがプラスだかを中心に風みたいのが渦を巻いてる変なマークをシンボルにしてて、基本的に王族とか貴族を狙うんだけど場合によっては一般人も巻き込むタチの悪い連中。その目的は勿論、今の王族――というか今の政治体制を連中好みに改革する事。
しょうもない騒ぎを起こしたかと思えば、A級犯罪者が指揮をとって大掛かりな事件を起こすこともある……国王軍の仕事の四割くらいはオズマンドが絡むんじゃないかしら。
かなり手強い奴もメンバーだったりするから無視できないんだけど……国王軍が今一番警戒してる相手はアフューカス。ついこの間首都を陥落させようとしたし、S級犯罪者がちらほらと姿を見せてるし……正直そっちと比べると格が違う――って、お姉ちゃんがため息ついてたのを覚えてる。
それに何でか知らないけど、最近はオズマンド絡みの事件がそんなに起きてなかったのよね……
「また面倒な連中ねん。もしかしてこの鎧ちゃんも名のある犯罪者の一人だったのかしらん。」
スプレンデスがパチンと指を鳴らすと……一瞬首がとんだのかと思ったんだけど、鎧の奴のヘルムの部分がポーンと外れた。
「――! これはひどい……闇魔法ですね。」
遠めだったからハッキリとは見えなかったけど、ヘルムの下の素顔が……あ、明らかに人間じゃないってことはわかった。色とか形が、人間の頭っていうか顔と全然違う。
「呪いねん……そこらの一般人を捕まえて強制的に戦わせたってところかしらん。残念だけど、ここまでなったら《ジューン》でも治せないわねん。」
「……しかし、もしも何の訓練も積んでいない一般人をこのような状態にしたというのであれば、この魔法をかけた者は恐ろしい使い手ですね。つい先ほど、城門から何者かに門を突破されたという連絡を受けましたが……ほんの数分前の出来事ですから。」
「あらん、こいつ魔法で送り込まれたとかじゃないのねん? じゃあなぁに? こいつここまで走って来たってことん?」
「未登録の者――ましてや外部からの侵入者が移動用の位置魔法を使えるわけはありませんからね。この者は訓練場の一番奥にあるこの場所まで、距離にして数十キロを数分で走破したわけです。そんな事を一般人にやらせる――いえ、できるようにしてしまう呪いとなると相当なモノです。」
「お姉さんたちで言ったらセラームか、あるいは十二騎士。悪党で言うなら、S級って可能性もあるかもねん。」
「予定とは違ったが目的のモノは得る事ができた。これであそこにも入る事ができるだろう。」
王宮からそれほど離れていない場所にある喫茶店で一人、コーヒーを飲んでいたメガネの男がぼそりと独り言を呟いた。平均的な体格に普通の格好――目撃証言をとったとしても印象が薄すぎて誰の目にも止まらないであろうその男は伝票を持ってレジに行き、会計を済ませて店の外に出た。
これ以上特に用事もないメガネの男は、街の出口の方へと身体を向ける。するとその進行方向に一人の学生が立って――いや、立ち塞がっていた。
「……? すまないが、道をあけてもらっても?」
「断る。人間の悪党が人間に何をしようと私にはどうでもよい事だが、それが我が国の未来の王とあっては話は別。まして、姫様がいるというのによりにもよって彼から血液を奪うなど。」
着ている制服はセイリオス学院のモノ。加えて言えばネクタイの色からして一年生。であれば今は国王軍の訓練場にいるはずの青年だが、しかしその青年は喫茶店の前でメガネの男を冷たくにらんでいた。
メガネの男は少し首をかしげたが、自分の目に写っている青年の姿が偽りのモノである事に気づいた。
「……これはまた、随分と腕のいい魔法使いに幻術をかけてもらったようだ。自分が一目で見抜けないとは……しかしこれはまずい。この感覚……よもや魔人族と相対してしまうとは。しかも察するに相当な手練れ……やれやれだ。」
「そっちも悪党としての格はだいぶ高いようだな。普通なら目的諸々聞き出すところだが、おそらく何をしても口を割らないタイプだろう。であれば、お前は死ぬしかないな。」
「学生の見た目で恐ろしく殺気のない殺意を口にするものだ。しかし事実、人外相手に自分の幻術が通用するか怪しいモノであるし、戦闘力に至ってはストックを全て消費してもそちらには届かないだろう。加えて人間がいくら死のうがどうでもいいとあってはそういう攻め方も効果はない。ああ、自分一人では死ぬしかないだろう。」
「……その割にはペラペラと。人間は死ぬ間際によくしゃべると聞くが、なるほど。」
「……しゃべりついでに聞きたいのだが、どうやって自分の居場所を? 呪いをかけた者が誰でどこにいるかという事はわからないようにしたのだが。」
「無理やり魔法を使っている人間には見えないものが、私たち魔人族や魔法生物には見えているだけのこと。」
「それは……頭隠してなんとやらだな。随分マヌケな話だ。大ポカをやらかした悪党はさっさと退散するに限る。ということでここは悪魔の手を借りて逃げの一手としよう。何を持っていかれるかわからないからあまり使いたくないのだが……ここまで近づかれしまうと普通に魔法を使うには時間が足りないだろうからな――仕方があるまい。」
「私が逃がすとでも思っているのか?」
「なに、かける時間は刹那だとも。」
直後起きた事は、時間にすれば一秒にも満たない出来事だった。
外見が学生に見えるというだけで、人の形をした水の塊という容姿に変化はないその者は液状の腕をしならせて鞭のようにし、目にも止まらぬ速さの打撃を仕掛けた。
対してメガネの男は――歯を食いしばった。無論、攻撃に耐えるために気合を入れたわけではない。メガネの男の奥歯に仕込んであったある物のスイッチが入り、男は攻撃が届く前にその場から姿を消した。
「……追跡できない……マジックアイテムを使ったようだな。」
傍から見ると学生の手の平から水の触手が伸びているように見えるその者は、ため息を一つついて王宮の方へと身体を向けた。
「あの人間、最も怒らせてはいけないお方の怒りを買ってしまったな。」
騎士物語 第五話 ~夜の国~ 第四章 社会科見学
ロイドくんとエリルちゃんの関係が妙な事になってきたような気がしますね。全ては周りのせいと言いますか、ロイドくんの優柔不断と言いますか。
終盤の遭遇戦もあり、ようやっとこの第五話のメインイベントに近づいてきましたね。