旧作(2018年完)本編TOKIの世界書四部「明し時…4」(歴史神編)

旧作(2018年完)本編TOKIの世界書四部「明し時…4」(歴史神編)

一部「流れ時…」とタイトルは同じですが内容は別です。少しだけリンクするかもしれません。
四部の四章です。あと二章で四部は終わります。
もう一つのドラゴン・キャッスル・ヒストリー開幕!

TOKIの世界(陸の世界バージョン)
壱…陸と反転している世界
弐…夢幻の世界、霊魂の世界
参…過去
肆…未来
伍…想像が消えた世界?
陸…現世

ドラゴン・キャッスル・ヒストリー

 辺りはどこまでも荒地だ。高天原北は神々がほとんど住んでおらず、北所属の神々は皆、現世で修業をしているようだ。故にまったく栄えていないし、木種の神もいないので緑もない。

そんな中、赤い髪の少女、ナオと侍風の青年栄次、それからハイカラ雰囲気のムスビは高天原南にある竜宮へ行くため、こっそり神々の使い鶴を呼んだ。

 鶴はすぐに来てくれた。

 「よよい?何かお呼びかよい!」
 鶴は白い美しい羽根を羽ばたかせて元気よく返事をしてきた。
 この鶴は以前、高天原まで連れて行ってくれた鶴だった。口調が特徴的なのですぐにわかった。

 「鶴、前回はありがとうございました。」
 「……?何の事だよい?」
 ナオのお礼に鶴は首を傾げた。

 「ナオさん……以前、俺達がさ、この鶴さんに関わった事を忘れろって言ったでしょ……。」
 訝しげに鶴を見ていたナオにムスビがそっとささやいた。ナオはムスビの言葉でそう言った事を思い出し、小さく頷いた。

 「そういえば言いましたね。なるほど……そこまで徹底的に守っていただけるとこちらとしても嬉しいです。では、また仕事を頼ませていただきます。」

 「要件をどうぞ!よよい。」
 鶴は駕籠を引いたまま、頭こうべを垂れた。

 「……竜宮付近へ連れてってもらえませんか?これもお忍びでです。」

 「わかったよい!だけど……今現在、竜宮は閉鎖されているよい!現地ではテーマパーク竜宮のオーナー、天津彦根神(あまつひこねのかみ)が行方不明との事でけっこう緊迫しているよい!天界通信本部までならば見つからずに行く自信があるよい!」

 「……オーナーが行方不明?どうしてまた……。」
 鶴の言葉でナオとムスビが目を丸くして驚いた。

 「理由はわからないが竜宮付近はとても禍々しい神力が漂っているよい!行くのはかなり危険だよい!」

 「……と、とにかく、天界通信本部までは行けるのですね?ではそこまでとりあえず送っていただきましょう!」
 ナオは深く息を吐くとさっさと駕籠に乗り込んだ。

 「えーっ!ナオさん……危険だって言われてるよね!またマジで行くのかよ……。」
 ムスビが焦った表情で駕籠の中にもう座っているナオを見つめた。その後、すぐにポンと肩に栄次の手が乗った。

 「ムスビ、ナオは行く気だ……。あきらめろ。」
 「栄次……お前も正気かよ……。閉鎖状態の竜宮にどうやって入るの?」

 「とりあえず、乗れ。」

 怯えているムスビを栄次は無理やり駕籠に乗せた。駕籠はムスビと栄次を乗せると、空へと舞いあがった。鶴が空を飛び、駕籠を引く。どういう仕組みかはわからないが駕籠は傾くわけでもなくそのまま空に浮き上がるように制止していた。

 鶴はゆっくりと動き出す。

 「で?高天原南の竜宮にどうやって入るの?確か、竜宮は観光地だけどけっこうシステムが厳重らしいよ。」
 ムスビがどこかふてくされた顔でナオと栄次を見た。

 「そうですね……。この駕籠の行き先が天界通信本部なのでそこで色々情報を集めようかと思います。」
 「天界通信本部とは何だ?」
 ナオの答えに栄次は首を傾げた。

 「ご存知なかったですか。天界通信本部は、神々に読まれる新聞やPR動画、世界の神々についてなどの様々な知識とリアルタイムなニュースを配信してくださる施設です。本部の社長は外交神、蛭子(ひるこ)神で七福神です。えびすさんとも言いますが、えびすだと彼の娘であるエビスさんと名前が被るので、皆は旧名の蛭子(ひるこ)神と呼んでいます。」

 「なるほどな。瓦版(かわらばん)の配信ならば情報を色々と持っている可能性が高いと……。」
 「瓦版……わざわざ古臭く言わなくても……。」
 栄次が納得している横でムスビは瓦版に反応した。

 「だが俺達は追われているのだろう?本部の近くをウロウロと歩いていたら捕まるのではないか?」
 栄次はムスビをちらりと横目で見るとナオに再び尋ねた。

 「ま、まあ、その危険性はありますが……そこはおいおい考えていくとします。」
 「また何にも考えがないの!?何度も言うけど俺は不安だよ!」
 自信なさそうなナオにムスビは心から叫び、深くため息をついた。

 「考えても予想外な事ばかり起きるので考えるのをやめました。」
 「ナオさん、はじめから考えてないよな……。」
 外を窺いながらしれっと言い放ったナオにムスビは頭を抱えた。

二話

 駕籠はあっという間に天界通信本部へついた。高天原北という真逆にいたにも関わらず、近すぎるほどに近かった。この鶴が何か東西南北以前の空間を越えたのかもしれない。

 「よよい!ついたよい!」
 「早いですね……。五分も乗っておりませんが……。」
 鶴の声にナオは驚いた。

 「うわ……まったく心の準備ができなかった……。」
 ムスビは青い顔で半泣き状態だった。

 「とりあえず……降りましょう。……鶴、今回の件もきれいさっぱりと忘れてください。」
 「了解しましたよい。」
 鶴の返事を聞いてからナオは駕籠の外へ出た。

 「ああ……ナオさん!計画は……。」
 「ムスビ、あきらめろ。あきらめて外へ出ろ。」
 ムスビを栄次はなだめ、外へ出るように促した。

 「栄次……はあ……。」
 ムスビは栄次につつかれながら無理やり外へ押し出された。

 駕籠の外は高天原北とは全く違った。緑が覆い茂り、現世の夏よりも暑い場所だった。
 夏のように太陽が照っているが夏特有のセミの鳴き声はない。

 「……無音ですね……。まあ、高天原には神々しかおりませんからそうなんでしょうけど。」
 ナオは丁寧な字体で書かれている『天界通信本部』という看板を見つけた。

 その看板は大きな瓦屋根の門に一ミリの狂いもなくビシッとついていた。

 「……ここが天界通信本部……。こんな山の中にあるのですね……。」
 ナオは門に背を向けるように立つと下っていく山道を茫然と見つめた。

 「たしかに……けっこうな山奥だよね……ここ。そして暑い……。」
 ムスビは手で仰ぎながら門内を覗いた。

 「ではやつがれは行くよい!」
 一通り会話を聞いていた鶴はもう出番はないと考え、駕籠を引いて飛び去って行った。

 「あ!あの……!あ……ありがとうございました。……本当にいつも突然に飛んで行ってしまうのですね……。」
 ナオは辛うじてお礼を言ったがもう鶴はその場にいなかった。

 「じゃあ行くか?ナオは特に何にも考えておらんのだろう?」
 栄次に問われ、ナオは「う……」と行き詰ったが頭を振って頷いた。

 「はい。とりあえず何も考えておりませんのでサクッと侵入しましょう。」
 「……だよな……。」
 ナオの言葉にムスビは再びため息をついた。

 ナオ達は一応、こそこそと門内へ侵入した。門内はきれいな和風の庭園が広がっており、まだ青いモミジが心地よい風に吹かれて揺れていた。

 「……こんだけモミジがあると秋は掃除が大変だろうね。」
 ムスビが怯えつつ、つぶやいた。

 「そうですね……。それよりも隠れるところがまったくありませんね。」
 ナオが辺りを見回しているとこの庭を掃除している女神に気が付かれた。

 「うわっ!女の子に気づかれた!おい、栄次、刀は抜くなよ!」
 ムスビはとりあえず、栄次に慌てて声をかけた。

 「わかっている。お前は俺をなんだと思っているんだ。向かってくるやつを無情に斬っているとでも思ってるのか?」

 「いや……そうは思ってないけど……一応確認だよ。確認。」
 栄次は心外だと少し怒っているようだったのでムスビは焦りながら否定した。

 「ムスビ、栄次……あの女神は天界通信本部の社長の娘さんです。エビスさんですね。……状況によっては彼女を拘束して社長を脅して機密な情報をいただきます。」

 「ナオさんの方が危なかった!……それはちょっと……なんていうか……神がやってはいけないような……。」
 ナオの発言にムスビは戸惑いながら声を発した。

 「え?ですから……状況によってはです。そうならないように私も努力いたします。」
 ナオが言葉を切った時、近づいてきていた社長の娘、エビスが控えめに声をかけてきた。

 「あのぉ……どちら様?ここは関係者以外立ち入り禁止なんですけど。」

 エビスは緑のバンダナのような帽子を被った、長い黒髪を持つかわいらしい顔つきをしている少女だった。着ている赤い着物は動きやすくするためか布が太もも辺りまでしかない。

 エビスは明らかに不審な三神組に疑いの目を向けていた。

 「はい、私達は剣王から頼まれて竜宮の調査をしに来た者です。竜宮の事についてのお話をあなたのお父上としたいのですが……。」
 ナオは大嘘をついてエビスを落ち着かせようとしていた。

 「え……パパと話したいんですか?いいですけど……竜宮はあなた達が行ける所じゃないですよ。」

 「それでも私達は剣王からのご指名でここに来ております故、何か情報を持って帰らないとなりません。」
 ナオの嘘にエビスは「うーん」と唸っていた。

 「この件はパパもなんか動くって言ってたし……私が勝手に動いたらパパが怒るだろうし……。」

 しばらく何かを考えていたエビスは仕方なしに父親である蛭子ひるこに相談する事にしたようだ。

 「ちょっと待っててください。パパに聞いてみます。」
 エビスは足早に庭を駆け、天界通信本部へと入って行った。

 「……追いますよ。」
 「え?あの子、待ってろって言ってたけど……。」
 ナオがムスビを制してエビスの後をつけ始めた。

 「親子で話す内容を決められては困りますから。隠されているものも全部聞かないとなりません。」
 「ナオさん……鬼だな……。」
 ムスビは本日何度目かのため息をつくとナオの後ろをこそこそとついて行った。

三話

 エビスはナオ達には特に気が付かずに天界通信本部内へ入って行った。

 特に警備もいなかったのでナオ達もそのまま天界通信本部内に入る。本部内はオフィスビルのような感じだったが雰囲気は和風だ。エビスはエレベーターを使って最上階へ行ったようだった。ナオ達も隣のエレベーターを使い最上階を目指す。

 「一応、誰にも会わずにここまで来る事ができましたね。」
 「たまたま仕事中で皆、一階のロビーにいなかったんだね……。でも誰か乗ってくるかもしれないよ。それからあのエビスって女の子の方がエレベーター遅く着くかもしれないし……。」
 ムスビが不安げな顔のままナオと栄次を見た。

 「鉢合わせする可能性もあるな。」
 栄次がため息交じりに先を続けた。

 「まあ、その時は強行で話を進めます。」
 「……俺はナオさんの強行って言葉が一番怖い……。」
 「同感だ。」
 ナオの言葉にムスビと栄次は同じタイミングで頷いた。

 そんな会話をしているとエレベーターは最上階へ着いた。不思議と誰も他の階から乗ってこなかった。
 扉は静かに開き、ナオ達はそのまま最上階へ足をつけた。

 最上階も造りは和風で真ん中に木の廊下があり、両サイドは障子戸だった。
 障子戸には沢山の神が作業をしている影が見えた。ついでにいうとパソコンのタイピングの音も聞こえてくる。記事か何かを作っているようだ。

 廊下の一番奥に部屋があり、おそらくその部屋が天界通信本部社長、蛭子の部屋なのだろう。

 「もう、ここまで来てしまいましたから、このまま会いましょう。」
 「ほんと……俺達って無礼極まりないよね……。」
 ナオが素早く歩き出したのでムスビは色々と謝罪の言葉を頭に思い浮かべながら続いた。

 一番奥の部屋までたどり着き、耳を澄ませてエビスがまだ来ていない事を確認した。その後、ナオは小さく障子戸をノックした。

 ノックした刹那、何の躊躇いもなく障子戸は開いた。

 「何の用だ?西の剣王軍の神々。」

 障子戸を開けたのは整った顔立ちの青年だった。ムスビのように袴にワイシャツ姿のハイカラ雰囲気だ。黒色の髪は肩先まであり、黒い瞳はどことなく優しそうではあったがナオ達に向けられた視線は威圧だった。

 「色々とバレていましたか……。あなたは蛭子神ですね?社長の。」
 「ああ、その通りだ。私は七福神、蛭子神(ひるこしん)だ。……ここの敷地内は私の結界だ。誰が来たかはすぐにわかる。」
 天界通信本部社長、蛭子はナオ達を中へ招き入れた。

 その時、エビスが慌てて走ってきた。

 「パパ―!外でパパに会いたいっていうお客さんが……あれ?何でいるの!?」
 エビスは蛭子に向かって叫んだが蛭子の目の前にいるナオ達に首を傾げた。

 「ああ、エビス、彼女達はもうここまで来ている。それから敬語を使いなさい。せめて『どうしてここにいらっしゃるのですか。』と言いなさい。ああ、後はパパが対応するから残りのお仕事に行きなさい。」

 「んん……そう?」
 蛭子の言葉にエビスは納得がいっていない感じだったが素直に頷いた。

 「じゃあ、後はパパに任せるね。じゃ。」
 エビスは訝しげにナオ達を見た後、エレベーターの方へ歩いて行った。

 「まったくあの子は……ゴホン……。さて……では中に入れ。」
 蛭子はエビスに向けた顔とは真逆の厳しい顔つきでナオ達を部屋へ招いた。

 ナオ達は蛭子に連れられて部屋の奥にある座敷に通された。
 ナオ達が座布団に座るのを確認してから蛭子は向かいに座った。
 真ん中に机が置いてあり、不思議と部屋の中はとても涼しかった。

 「それでなんの用だ?」
 蛭子は咳払いをして尋ねた。

 「はい。私達は竜宮の現段階の状態を知りたいのと竜宮へ入るための協力要請に参りました。」
 ナオは臆する事なく蛭子に答えた。

 「私の所には剣王の要請は来ていない。貴方達が勝手に動いているだけだろう。だが、この件に関しては貴方達歴史神に報告しておいた方がいいだろう。」
 ナオ達は剣王に頼まれたと言えなくなった。蛭子にはすべてお見通しのようだった。

 返答に困ったナオ達をよそに蛭子は続きを話し始めた。

 「現在、竜宮はアマテラス大神の第三子天津彦根神(あまつひこねのかみ)が行方不明だ。故にテーマパーク竜宮は閉鎖され、誰も入れなくなっている。気配をまったく感じ取れなくなったことから何者かに封印されたのではとも噂されている。天津が消えてからなぜか禍々しい神力が竜宮から溢れだした。これに私達は警戒している。」

 蛭子は落ち着いてナオ達を見つめた。

 「……竜宮のオーナーが封印ですか……。それで……あなたは竜宮に向かうのですか?」
 ナオの質問に蛭子は小さく頷いた。

 「ああ。内部の様子は見てくるつもりだ。私では力になれそうにないがな。」

 「そんなことはありません。あなたはイザナギ神とイザナミ神の一子ではないですか。」

 「私は両親に海に流された落ちこぼれな神だ。七福神として神力を上げたが天御柱(あまのみはしら)やカグヅチなどと比べられたら悲しくなる。東のワイズ軍にいる天御柱は私の事を知らないかもしれない。そういうレベルだ。」
 蛭子は軽くほほ笑んだ。

 蛭子はナオ達を捕まえる気はないようだ。

 「それでもあなたの神力は遥か彼方ですよ。あなたが竜宮を見に行くならば私も同行したいです。よろしいですか?」
 ナオの発言にムスビが驚きの声を上げていたがナオはそれを流し、蛭子に目を向けていた。

 「まあよいがここ、高天原南は自分の身は自分で守るのが鉄則だ。私は貴方達が危険になっても助けられないぞ。」
 蛭子の言葉にナオは心の中で喜び、安堵の息を漏らした。

 「それで構いません。」
 ナオが深く頷いたが隣にいたムスビは顔色を青くしたまま固まっていた。

 「……では、今から向かうつもりなのだが来るか?」
 「ええ。よろしくお願いします!」
 蛭子にナオはそっと頭を下げた。

 「では向かおうか。」
 蛭子はゆっくりと立ち上がった。


 蛭子に連れられて天界通信本部を出たナオ達はゆっくりと竜宮への道を歩いていた。ここから先は禍々しい神力が渦巻いているため、危険にさらしてしまうとのことで鶴は呼ばなかった。

 暑い中、山道を下り、竜宮に向かう観光道をまっすぐに歩いて行く。蛭子は何も話さずにただ黙々と足を進めていた。ナオ達はただ、蛭子の背中を追いかけて歩いて行くだけだった。

 「おい、ナオさん……これ、本当に大丈夫なのか?」
 ムスビが不安げな顔でナオにそっとささやいた。

 「大丈夫かどうかはわかりませんが、彼は私達を罠にはめたり、捕まえたりすることはなさそうですよ。」
 ナオもムスビにならい、小声でささやいた。

 「そういえば……ナオ、ムスビ、イザナギ神とイザナミ神は概念とやらにはなっていないのか?」
 ふと栄次が横から口を挟んできた。

 「ああ、ええっと……イザナギ神とイザナミ神は高天原よりも高い場所にいらっしゃるそうです。世界を創ったとされる造化三神と別天神達と共に。私達では図りきれません。歴史もほとんどわからないのですよ。」

 「そうなのか……。それにはお前は疑問を抱かなかったと。」
 「……ええ。それに関しましては不思議と違和感を覚えませんでした。」
 納得のいっていない顔をしている栄次にナオは首を傾げた。

 ……そういえば……どうして疑問に思わなかったのでしょうか……。

 「まあ、その件についてはいい。もう一つ気になっている。前を歩く男、蛭子神は三貴神と呼ばれるアマテラス大神、月読神、スサノオ尊と兄弟なのではないか?イザナギ神とイザナミ神の息子なのだろう?何か歴史を持ってはいないのか?」

 栄次に問われ、ナオはハッと顔を上げた。

 「……そうです。蛭子はイザナギ神とイザナミ神の第一子です!何か持っている可能性が……。」
 ナオは蛭子に気が付かれぬようにそっと手から巻物を出現させた。

 「ナオさん……怒られるかもしれないよ……。」
 「少し覗くだけです……。」
 小声で心配してきたムスビにナオは軽く頷き、巻物をムスビ経由で蛭子に投げた。

 蛭子は驚いてこちらを向いたがナオの巻物はもうすでに蛭子を廻っている最中だった。蛭子が何か反応を示す前に巻物は光り出し、隠れた歴史を映し出した。

四話

 「兄上……。」
 高貴な紫色の長髪を持つ男が蛭子を呼んでいた。男は水干袴に烏帽子をかぶっていた。それと向かい合うように立っている歴史内の蛭子は現在とまったく変わっていなかった。

 「私は兄ではない。父上、母上の子供は貴方達だけだ。月読……本当に向こうへ行くのか?」
 蛭子は長髪の男を月読と呼んだ。

 「……ええ。姉が行くと言っておりますので。」
 月読は軽く蛭子にほほ笑んだ。ここは前回もナオ達の前に出てきた何もない空間。辺りは真っ白だ。

 「そうか……。」
 蛭子はため息交じりに答えた。

刹那、月読の隣にもう一神、紫色の髪をした男が現れた。こちらの男は髪が肩先までしかない。月読に似ている男だったが鎧のようなものを着ており、性格は真逆そうだった。

 「俺も行くからな。アマテラスとは色々あったが別にここにいなきゃあいけねぇわけじゃねぇだろ。」
 男は飄々と言った。

 「……スサノオか。昔は散々色々やった貴方がアマテラスについて行くとはどういう風の吹き回しだ?」
 蛭子の言葉にスサノオと呼ばれた男は軽く笑った。

 「なんとなくだよ。向こうに行って俺達が認知できなくなっても誰か気づくやつがいたら面白れぇだろ?」

 「貴方は昔から変わらないな。」
 「あんたも蛭子(えびす神)になったんならそんな真面目くさった顔じゃなくて人間が作ったあのほんわかした絵みてぇになればいいのにな。ふくよかでへらへら笑っているあれ。」
 スサノオはゲラゲラと笑った。蛭子は頭を抱えてため息をついた。

 「ああ、冗談だよ。あんたはここに残るのか?」
 スサノオは咳払いをすると蛭子に尋ねた。

 「……貴方達が新しく出現した伍(ご)の世界に行くのなら私はここに残る。娘もいるからな。貴方達を忘れないようにしたいものだ。」
 蛭子がほほ笑んだ刹那、風景、歴史は砂の様に消えて行った。

 ナオは再び暑い世界に戻ってきた。場所も竜宮へ向かう途中の観光道に戻った。
 蛭子は動揺した顔で佇んでいた。
 「……なんだ……今のは……。」
 蛭子は戸惑ったままナオを見つめた。

 「スサノオ尊と月読神でした……。あなたが持っていた本来の歴史部分が封印または消去されていたと思われます。」

 「消去……だと……。」
 ナオの言葉に蛭子は目を見開いた。まったく身に覚えのない記憶だった。概念になったとされる三貴神のデータ、概念という存在すべてが怪しく思えた。

 「……アマテラス、月読、スサノオはついこの間までこの世界にいた……という事か……。」
 「ええ。いきなり覗いてしまいまして申し訳ありませんでした。ですがこの歴史は本物です。」
 茫然としている蛭子にナオは大きく頷いた。
 ムスビと栄次はナオの横で成り行きを見守っていた。

 「そうか……。……貴方達は本当は竜宮に何をしに行くのだ?ちゃんとした目的があるのだろう?」
 蛭子はナオ、ムスビ、栄次を見ると小さく尋ねた。

 「ええ。スサノオ尊についてとアマテラス大神についてを竜宮で調査するつもりで来ました。」
 ナオは素直に答えた。

 「そうか。」
 蛭子は静かに頷いた。ナオが他に何か話そうとした時、観光道に銀色の髪が光った。

 「?」
 栄次は咄嗟に刀の柄に手を伸ばした。目の前に銀色の癖のある髪を持つ、龍雷水天神(りゅういかづちすいてんのかみ)、イドさんが現れた。そのイドさんはつい先程会った雰囲気とはまるで違う雰囲気だった。どこか殺気のようなものを纏わせている。

 故に栄次は刀を抜こうとしたのだ。

 「……イド……さんですか?」
 ナオは突然現れたイドさんに恐る恐る声をかけた。

 「ええ。そうですが、ちょっとまずい事になりましてねぇ。竜宮には入ってほしくないんですよ。」
 イドさんはナオが会った時と、大して変わらない話し方だったが雰囲気が少し異様だった。
 蛭子はイドさんを訝しげに見るとイドさんに尋ねた。

 「貴方は龍神、竜宮の門を開くことができるはずだが何か理由があって竜宮に入れないのか?」
 「……あなたは蛭子神か……それに歴史神達……何か嫌な予感はしましたがやはりここに来ましたか。入れないのではありません。入らないでください。」
 イドさんは鋭い声を出し、蛭子を睨みつけた。

 「イドさん、あなたは確か、北の権力者、縁神(えにしのかみ)冷林を元に戻しに行ったはずですよね?」
 ナオは記憶を思い出すように考えながら言った。

 「ああ、そうですね。あれは他の神々とヒメちゃんに任せました。ヒメちゃんが罪神にならなくて良かったです。そういう面ではあなた達のおかげかもしれませんがね。」
 イドさんが強い神力を漂わせながらナオに笑みを浮かべた。

 「ええ。ヒメさんに関しましてはここと反転した世界、壱(いち)では人間を滅ぼす一歩手前まで行ってしまったようですからね。」

 「そうですねぇ。そこは感謝をしているんです。壱の世界については僕はよくわかりませんが……まあ、僕は僕で今、それどころじゃないんですよ。」
 イドさんは顔つきを厳しくすると手から水の槍を出現させた。

 そのまま振りかぶりナオ達を攻撃してきた。水の槍は咄嗟に出てきた栄次に刀でうまく弾かれた。

 「時神過去神……邪魔ですね。」
 イドさんは水の槍で栄次に攻撃を仕掛けながらもう片方の手で水弾を飛ばした。

 「……っ!ナオ、ムスビ避けろ!」
 栄次が叫んだが水弾は鉄砲玉のように固く、そして速く、ナオ達が反応できる範囲を超えていた。

 「……っ!」
 確実にハチの巣になりそうだった時、蛭子が素早く前に出てきて両手を組んだ。
 手を組んだ蛭子の前に透明な板のような結界が出現した。
 その結界が飛んできた水弾をすべて叩き落した。

 「……た、助かりました……。」
 「な、なんだったんだよ?あの水鉄砲……。」
 「貴方達はこのくらいの反応もできないのか?」
 ナオとムスビの反応の鈍さを見て蛭子は深くため息をついた。

 「……なんかこれ、自分の身を守る云々なんて無理だね。」
 ムスビが頭を抱えながらナオを見た。ナオも同じ気持ちだったのか特に何も言わなかった。
 栄次は先程からイドさんの攻撃を受け流している。

 「やはりあなたは強い……僕も戦闘はそこそこできるはずなのですがあなたには負けそうです。」
 イドさんが素早い槍さばきを見せるが、栄次は軽々とかわしていた。

 「お前はなぜ俺達を攻撃する……。冷林とやらを戻すのよりも竜宮の事が重要な案件なのか?」
 栄次はイドさんの攻撃を受け流しながら尋ねた。

 「今はそうですね。竜宮は誰も入れさせませんよ。ここで全員帰ってもらいます。」
 「残念だがそうはいかない。」
 栄次は間合いを取ると刀を構えた。

 「ナオさん……あいつの歴史、見るんだろ……。栄次が心配だが今がチャンスだ!」
 ムスビがナオにささやくように言った。ナオはハッと我に返るとイドさんの記述が書かれている巻物を取り出した。

 「確かにそうですね。気がそれている今がチャンスかもしれません。」
 ナオはムスビを経由させて巻物をイドさんに投げた。その行為を隣で蛭子が何かを考えるように見ていた。

 巻物はイドさんを周りやがて光り出した。

 「……っ!またこの光ですか!……っ。また僕の記憶がっ……。」
 イドさんが咄嗟に拒んだが巻物が反応する方が早かった。
 まばゆい光が再び辺りを包み、やがて不思議な映像を映し始めた。

五話

 廃墟化したどこかの村、人々は焼け焦げ、家々は炭になっている。もう呻く人間の声も聞こえず、辺りは燃え残った火の粉が小さく揺らいでいるだけだった。時代背景もかなり古いもののようだがどれくらい前の時代だかはこの残虐な風景を見ただけではわからない。

 真黒な世界の中、唯一色鮮やかな赤色をしている崩れかけた鳥居が見えた。
 その鳥居の前で狂気的な笑い声をあげている橙色の髪をした赤い水干袴姿の男。その男の手には首を掴まれ苦しみもがいている女がいた。

 男も女も龍神のようだった。頭に龍のツノが生えている。

 「はははは!うるさい奴は全部殺してやった!愉快だ!お前もそう思うだろ?龍史白姫りゅうしはくき。」

 「……。私達の人間の里が……どうしてこのような事を……。」
 龍史白姫りゅうしはくきと呼ばれた女は苦しそうに呻きながら周りを見回し、涙を流していた。

 「邪魔だったからだよ。拙者をこうしたのは人間だ。あいつらが拙者に求めすぎたんだ。いろんなものをな!」

 男は女を乱暴に叩きつけると狂気的な笑みを浮かべながら歩き始めた。辺りには禍々しい神力が覆っている。

 「ゲホッ……あなた!どこに行くの?」
 女は弱々しい瞳で男に必死で声をかけた。男は女の方を振り返るとケラケラと笑い始めた。

 「……決まってんだろ。人間狩りだ。ぎゃははは!」
 「や、やめて!お願いだからもうやめて!あなた!戻ってきて!もうやめてぇええ!」
 女が男に向かい泣き叫んでいた。

 「もういいでしょう!やめてください!」
 ふと女の声に被せてイドさんの声が響いた。イドさんの声が聞こえた刹那、ナオ達は急激に元の世界に戻された。

 「……最後まで見られませんでしたか……。スサノオ尊は出てきませんでした……。」
 ナオの発言にイドさんは強い神力を振りまき、ナオを睨みつけた。

 「これ以上……僕の歴史を覗いたらあなたを消しますよ。」
 「あの橙の髪の青年はあなたですか?」
 ナオはイドさんの脅しを流して尋ねた。

 「僕じゃない……。」
 イドさんは辛そうな顔をし、再び水の槍でナオ達を攻撃しはじめた。先程よりも強くなったイドさんの攻撃を栄次は辛うじて受け流した。

 「……竜宮の禍々しい力は龍雷水天イドさんの歴史にいたあの男と同じだ。」
 ナオのとなりで蛭子が気難しい顔をしながらつぶやいた。

 「……ではイドさんが関係しているという事ですね。」
 ナオの答えに蛭子は頷いた。

 「仕方ない。私も竜宮へ行くつもりだったが私はここで彼を抑える事にしよう。貴方達は歴史を見る事ができるのだろう?それができるなら天津が封印された理由と対策を調べてきてほしい。なんとかして竜宮に入り込み、天津を元に戻せればこの禍々しい神力もなんとかできるだろう。……この件、間違いなく龍雷水天が関わっている。私が彼に勝って情報を吐かせる。だから貴方達は先に竜宮に進むといい。」

 「……蛭子さん……わかりました。ここはあなたに任せます。」
 「ナオさん!俺達、竜宮への入り方知らないよ!」
 蛭子とナオの会話にムスビは慌てて割り込んだ。

 「……それは行ってからなんとかしましょう。」
 「またか……。」
 ナオの返答にムスビは頭を抱え、必死でイドさんを抑えている栄次に目を向けた。

 「栄次!いったん退け!」
 ムスビが叫び、栄次はイドさんの槍を素早くかわすとナオ達の元まで飛んできた。

 「なんだ……。」
 栄次が尋ねた刹那、蛭子が剣を手から出現させた。

 「……っ!」
 その剣は異様な神力を放ち、扱いに困るような威圧感だった。それにも関わらず蛭子はその剣を自分の体の一部のように軽く振っていた。

 「それはっ……天叢雲剣あまのむらくものつるぎですか……。」

 「ああ、今は私の霊的武器になっている。他にもこの剣を出せる神がいるようだが私くらいの力ではこの剣をちゃんと扱ってやれない……。元々剣術は苦手だが久々に動こうか。」
 蛭子はナオに一言言うと剣を構えてイドさんに向かって行った。

 「あの剣は私達では持つこともできません……。」
 「ナオさん、感動する前にさっさと行くぞ!」
 茫然としているナオをムスビは引っ張り走らせた。栄次はナオとムスビを守る形で走り出した。

 イドさんがそれに気がつき、攻撃をしかけるが蛭子の剣技と神力の激しさで遠くにふっ飛ばされ近くの木に激突した。

 その隙にナオ達は道を走り抜けた。

 「まっ、待ちなさい!」
 「貴方の相手はこの私だ。」
 焦るイドさんに神力を高めた蛭子が静かに剣を向けた。
 「……っち。」
 イドさんは舌打ちをすると水の槍を構えた。

六話

 ナオと栄次とムスビは観光道をひたすら走り、森を抜けて竜宮のビーチにたどり着いた。竜宮はこの海の中にある。禍々しい力が海から流れ出ており、現在立ち入り禁止の看板が砂浜に刺さっていた。観光客は誰もいない。

 静かすぎるビーチがなんだか不気味に思えた。

 「なんだか成り行きで天津彦根神を助ける事になっちゃったけど……。」
 ムスビは不気味なビーチを眺めながらつぶやいた。

 「……それは仕方ありません……竜宮は歴史を排出している建物です。私達ならばすぐに歴史が見えます。そ、それから……ここはすぐに離れたくなるようなビーチですね……。波は立っていませんが怖いです。」
 ナオは顔をしかめながらコバルトブルーの海を見つめた。

 「それで、どうやって入るのだ?竜宮は海の底なのだろう?息が続かんぞ。」
 栄次の言葉にナオは大きく頷いた。

 「ええ。竜宮とこの海に来客拒否の非常に強い結界が張られているようです。私ではこの結界のプログラムを解くことはできませんが竜宮の歴史を開いて中に入る事はできそうです。」
 ナオは自信なさそうに答えた。

 「どうやるんだよ?俺は知らないぜ。」
 ムスビは腕を組み、首を傾げた。

 「単純な事ですが……竜宮は過去を排出している建物です。つまり、竜宮の過去の姿という実態が今の竜宮と重なるようにあります。過去神である栄次と歴史を結ぶムスビと歴史を開く私がいれば過去である参さんの世界を開くことができるでしょう。参の世界(過去)から竜宮に侵入しても竜宮自体は過去も現代も同じですから現代の竜宮に入り込んだことになります。天津オーナーがいない今、強い力がないので入る事ができるはずです。」

 「危険はないのか?」
 ナオの説明を聞きつつ栄次は不安げな顔を向けた。

 「過去と歴史でできている建物ですので多少いじっても問題はないと思われます。」
 「そうか。」
 栄次は一言言うとそこから先は何も質問してこなかった。

 「俺はどうしたらいいわけ?」
 今度はムスビが尋ねてきた。

 「ムスビはそのまま立っているだけで構いません。後は私がやりますから。」
 「ナオさん、一つ前々から気になっていたんだけど……どうしてやり方とかすぐに思いつくの?というか、なんでそんなにいろんなことを知っているんだ?」
 ナオが術式に入ろうとした時、ムスビがもう一つ尋ねてきた。

 「……わかりません。どうしてここまで色々な事を瞬時に思いつくのか……よくわかりませんが昔から知っている気がするのです。私自身も私がよくわかっていません。歴史の改ざんを見つけてから自分がどんどんわからなくなっていきます。それもこのままでいいような……いけないようなそんなモヤモヤがあるのですよ。まあ、今は竜宮の事に集中しましょう。」

 ナオはこちらを不思議そうに見つめるムスビに笑いかけると術に取り掛かった。
 最初にナオは竜宮の歴史の検索を始めた。竜宮の歴史が書かれている巻物を手から出現させるとその巻物から飛び出してきた電子数字を読み上げた。

 ……510510010551005……3214545321。

 ナオが読んだ数字はまるで生き物のように動き出し、ムスビと栄次のまわりを回り始めた。

 「う、うわあ!電子数字に囲まれた!」
 「そのまま何もしゃべらずにいてください。」
 咄嗟に叫んだムスビをナオがたしなめた。

 ムスビは慌てて口をつぐんだ。
 電子数字はムスビを回ると栄次に吸い込まれていった。

 やがて栄次から白い光が漏れ、その白い光は栄次から飛び出てアンドロイド画面に変わった。

 「……ふう……成功です。やはり天津がいないようなので管理体制がだいぶんゆるいです。後はここに天津が設定しているパスワードを入れればいけます!」
 「今の数字は竜宮に張り巡らされた結界を解いたの?」
 ムスビが喜んでいるナオに恐る恐る尋ねた。

 「違います。神も神力宿る建物も高天原もすべて電子数字でできています。私は竜宮本来の電子数字を外へ出し、内部から竜宮を開きました。結界を解いたわけではありません。この海の結界、竜宮の門の結界を無視して私達は次のパスワードで直接竜宮内へワープします。」

 「へ、へえ……かなり強引に入り込むって事だね?そのパスワードはわかるの?」
 ムスビがアンドロイド画面を見ながらナオに尋ねた。

 「……ええ。天津の歴史と竜宮の歴史の重なりでパスワードを読み取りました。」
 難しい顔をしている栄次とムスビにナオは表情を明るくして答え、アンドロイド画面にパスワードを入れ始めた。

 最初の四つは数字だった。ナオは慎重に長い数字をアンドロイド画面に入れる。この数字を失敗するとおそらくもう一度検索をし直さないとパスワードにはたどり着けないだろう。ものすごい量のパターンでパスワードが毎回変わるらしい。

 ナオはなんとか四つ目のパスワードを入れた。

 「ふう……かなり神経の使う作業ですね……。後一つはかな文字ですね……。えーと……。」

 ―このたびは……幣もとりあへず手向山……紅葉の錦……神のまにまに。―

 ナオは素早く百人一首の内の一つを打ち込んだ。

 「なんで最後だけ百人一首なんだよ……。」
 ムスビが静かに突っ込みを入れた刹那、アンドロイド画面が光り始めた。

 画面に『パスワードが入力されました』と書いてあった。アンドロイド画面の光が強くなりナオ達は電子数字として画面に引きずり込まれた。

七話

 「……ん?」
 気がつくと大きな赤い門の中にいた。空は青空が広がっている。辺りは沢山の遊具が置いてあり、すぐ近くには遊園地が広がっていた。遊園地にもこの辺りにも神はおらず、無神のアトラクションが勝手に動いていた。

 かなり奇妙な光景で気持ちが悪い。
 少し離れた所に大きな天守閣がそびえたっている。

 「……竜宮に入れましたね。」
 「竜宮は海の中なのではないのか?」
 辺りを確認しているナオに栄次が疑問をぶつけた。

 「海の中にありますが正確には海の下です。」
 ナオの言葉に続き、ムスビがため息交じりに口を開いた。

 「ここは連日連夜、沢山の神々が遊びに来ていて従業員の龍神達も楽しそうにしていたんだけど誰もいないな……。俺もここ、何度か来た事ある。結構楽しいテーマパークだよ。」

 「そうか。だが現在はかなり禍々しい気を感じるぞ。」
 栄次は顔をしかめながら辺りの様子を窺った。

 「残念ながらその禍々しい方へ行かないとならないようです。」
 ナオは天守閣上部を複雑な顔で見上げた。
 しばらく辺りを窺って何もない事を確かめると三神は頷き、歩き出した。
 歩き出してすぐに栄次が刀の柄に手をかけた。栄次の行動を見てナオとムスビは立ち止まった。

 まだ歩いて一分も経っていない。

 栄次が何かの気配を追っていた。そしてふっと上を見上げるとナオとムスビに叫んだ。

 「さがれ!」
 栄次の言葉にナオとムスビはビクッと肩を震わせ、半ば倒れ込むように後ろに退いた。
 栄次は刀を抜き、何かを弾いた。衝撃が栄次の体を突き抜け、地面の土がめくれあがっていた。

 「……。」
 栄次が刀を構えなおし、襲ってきた者を睨みつける。
 栄次の前に橙の長い髪を持つ青年が狂気的な笑みを浮かべて立っていた。

 「竜宮は立ち入り禁止のはずだぞォ。入ってくんなよ。あんたら、すげぇ弱そうだなぁ?ここらでサクッと殺しておくか。」
 青年は持っていた水の槍をくるくると器用に回すとナオ達に矛先を向けた。

 「……この神は先程……イドさんの歴史に出てきた神……。」
 ナオはつぶやいたが何か思考する前に狂気に満ちた青年はナオ達を攻撃してきた。
 ナオ達の前に素早く栄次が割り込み、青年の槍を刀で受けた。

 「……っち。」
 栄次はあまりの神力の違いに舌打ちをした。

 「……竜宮の禍々しい力はお前だったのか……。」
 この橙の髪の青年から先程から感じていた禍々しいものを濃厚に感じた。

 「さあなぁ。お前らはここで消えてもらうぞぉ……。」
 橙の髪の青年は水の槍を回しながら襲ってきた。
 この神、神力が異常だ。栄次は勝てないと悟った。

 「……ナオ、ムスビ……すまない。こいつは勝てそうにない……。逃げるぞ。」
 栄次は小声で後ろにいるナオとムスビに声をかけた。

 「……栄次が勝てないなら俺達が勝てるわけないよ。」
 「逃げましょう。」
 ムスビとナオも栄次の判断に従い、逃げる事にした。
 しかし、それをこの青年が許すわけがなかった。

 「逃がさねぇよぉ?」
 鋭い水の槍がナオ達を襲った。栄次は危なげにその水の槍を弾いた。しっかりと弾いたはずなのだがなぜか肩から血が噴き出した。

 「……っ。肩を斬られた……。」
 「栄次!」
 「大丈夫だ。もたもたするな。走れ!」
 栄次を心配したナオとムスビは栄次の鋭い一声で走り出した。

 青年の水の槍は電光石火のようだった。栄次には水の槍の軌道がまるで見えなかったが長年染みついた感覚で辛うじて受け流している。

 「やっぱお前からじゃなくてあっちからにしよう。」
 青年は急に矛先を栄次からナオ達に変えた。先を走り去るナオ達に向かい、青年は高く空を飛んだ。

 「っち……。」
 栄次は必死で追いかけるが青年が速すぎて追いつけそうになかった。

 「……っ!」
 ナオ達に上から槍を構え青年はナオ達の背中から襲い掛かった。

 「待ちなっ!」
 青年の槍がナオ達を襲う前にナオ達の目の前に赤い髪の女が割り込んできた。

 赤い髪の女は強靭的な脚力で青年を蹴り飛ばした。青年は遠くに飛ばされ、アトラクションの一部に激突した。煙が舞い、アトラクションは半壊していた。

 「……っ!?」
 目を見開き驚いているナオ達を赤い髪の女は興味深そうに眺めた。

 「へぇー。歴史神か。何しに来たか知らねぇけど、まあ、見りゃあわかるがあいつがいるわけよ。だから危ねぇよ。ああ、あたしは飛龍流女神ひりゅうながるめのかみ、飛龍だ。」
 赤髪の女、飛龍は豊満な胸を揺らしながら男っぽい口調でナオ達に笑いかけた。

 「……た、助かりました。」
 ナオは辛うじて声を発した。

 「へん、助かってねぇよ。あいつはまだぴんぴんしてるし、きっとあんたらまた襲われるぜ。いったん、あたしが結界を張った場所まで来い。あれが起き上がって襲ってくる前にな。」
 飛龍はそう言うとさっさと走り去っていった。

 「と、とりあえず追いかけましょう!栄次、大丈夫ですか?」
 ナオは近くに来た栄次に心配そうに尋ねた。

 「……問題ない。早く追うぞ。俺はあれには勝てない……。」
 「はい。」
 「あのグラマーな龍神、竜宮の城内に入って行ったよ!」
 栄次とナオとムスビはお互い目配せすると素早く飛龍を追い、走り始めた。

八話

 ナオ達は後ろを振り返りながらなんとか竜宮内のロビーまで来る事ができた。この竜宮、なぜか天守閣に自動ドアが付いている。自動ドアはスムーズに動き、ナオ達を中に入れた。
 直後、橙の髪の青年が狂気的な笑みを浮かべて飛んできた。

 「ひぃ!」
 ムスビとナオは悲鳴に近い声を上げたが青年は自動ドアよりも少し前の空間から外へと弾き出され、遠くへ飛ばされた。

 「……。」
 ナオ達が茫然としていると飛龍がロビーの柱に背をつけて軽く笑っていた。

 「ははっ。どうだ?いい結界だろ。」
 「結界……そうですか。あなたがこの素晴らしい結界を張ったのですね……。」
 笑っている飛龍にナオは少し安堵の表情を向けた。

 「そうだ!あたしはここに結界を張って竜宮内のシステムを調べる予定なんだよ。アトラクション制御室であやまって何本かコードを抜いちまった馬鹿なカメがいてなあ。そのコードがどうやらでけぇ封印だったらしくてよ。そっから天津オーナーが消えちまったわけ。

 なんで天津オーナーが消えたかはわかんねぇんだが。だいたい、竜宮制御室は龍神の使いカメは立ち入り禁止だぜ?入るはずもないからカメ除けの結界を張っていなかったらしい。オーナーをなんとか戻したいんだがまったくわからねぇ。お前ら、あたしが助けてやったんだがら今度はお前らが助けろ。歴史神なんだろ?竜宮のシステムの解析くらいできんだろ?」

 飛龍はまくしたてるように言葉を発した。

 「……手伝うのは問題ないですがシステムの解析を私達ができるかはわかりません。時神過去神がいますので過去を見る事はできるかもしれません。」
 ナオは深呼吸をしながら飛龍に答えた。

 「お、そうか!過去神か!じゃあ、歩いてりゃあ勝手に過去が見えるな。」
 飛龍は栄次をまじまじと見つめた。

 「……俺が役に立つのならば努力するがあまり自信はない。」
 栄次はため息交じりに言った。

 「大丈夫だ。さっさと行くぜ。こっちは時間がねぇんだよ。あたしはあの狂喜乱舞の龍神オレンジ君と戦いてぇんだけどなあ。」
 飛龍は頭を乱暴にかきながらロビー奥の階段を上り始めった。

 「なんていうか……グラマーだけど不良少年みたいな感じだな……。釘バットとか持ってそう……。」
 ムスビが小さい声でナオにささやいた。

 「……少し下品ではありますが今は従いましょう。普段は絶対に入れない竜宮制御室へ入れるのですから。」
 ナオは頭を抱えながら飛龍が消えて行った方向へと足を進めた。

 「ナオさん、ついでだからあの龍神の歴史もチェックさせてもらったらどう?」

 「ええ。あの龍神はかなり昔から存在しているようですね。見せていただきましょう。本当はワイズの城で会った天御柱神あめのみはしらのかみの歴史も見たかったのですが、余裕がありませんでしたね……そういえば。あの女神ならば見る事ができるでしょう。」

 ムスビにナオは大きく頷いた。

 「とりあえず、今は追うぞ。」
 栄次がロビー奥の階段を上り始めた。ムスビとナオも頷くと栄次にならい階段を上りはじめた。
 階段を上り終わった先は闘技場だった。

 「ここは……。」

 「ああ、本当はあたしのアトラクション会場なんだけど今はやってねぇんだよ。本来はここの階段は関係者しか使わなくてあのロビーの奥にあるエレベーターがアトラクション入り口だ。そんでそのエレベーターの横の廊下から観光客用の観光名所と宿泊施設へ行ける。今はここを通った方が速いから闘技場を横切っているんだ。」
 飛龍がナオ達の質問に素早く答えた。

 闘技場はかなりの広さだった。ナオは飛龍が龍の姿になったらちょうどいいくらいかなどと思いながらただ、飛龍の後を追っていた。

 闘技場の真ん中へ来た辺りで突然、空気が変わった。禍々しい神力が再びあふれ始めた。

 「……っ!」
 「……あーあ……結界、破られちまったみてぇだわ。」
 戸惑っているナオ達に飛龍はどこか嬉しそうに振り返った。

 「あ、あんた、なんで嬉しそうなんだよ……。もう一回さっきの結界張ってくれよ!あいつが来るじゃないか!」
 ムスビが怯えながら飛龍に言い放った。

 「もうあそこにいるぜ。」
 飛龍は半笑のまま先程ナオ達が階段を上ってきた辺りを指差した。橙色の髪を持つ青年が血相を変えて突っ込んできた。

 「うわあああ!や、やべぇ!」
 ムスビが叫んだ刹那、飛龍が走り出した。

 「やっと入ってきたかよ!」
 「飛龍……てめぇ……竜宮に結界を張りやがってぇ!」

 橙の髪の男が水の槍を振り回し、飛龍に襲い掛かった。飛龍は手を前にかざして炎を相手に放った。
 橙の髪の男は水の槍で飛龍が放った炎を斬り、さらに突進してきた。飛龍は男の間合いに入り、固い拳で槍を軽々と弾いた。

 二神の攻撃の余波が衝撃波となりナオ達を襲う。

 「きゃあ!」
 ナオはあまりの風に小さく呻いた。

 「ナオさん!」
 ムスビはナオを庇い、栄次はムスビとナオを庇うように立った。

 「そこの……時神過去神、栄次だったか?あんた、強そうだから言うぞ。歴史神達を連れてさっさと先へ行け。こいつはあたしが止めなきゃならねぇらしい!」
 飛龍は男と激突しながら栄次に笑いかけた。

 「……お前一神で大丈夫か?俺も微々たる力だが戦うぞ。女一神を置いて行けない……。」
 「いいから行けって。あたしはいま凄い興奮してんだよ!あたしは戦闘狂だからなあ!……おらおら!どうした?そんなもんか?」
 飛龍は男を心底楽しそうに攻撃しながら栄次に言い放った。

 「……。仕方あるまい……。任せる。お前は確かに俺よりもはるかに強い。」
 栄次はナオとムスビの肩をそれぞれ叩くと走り出した。

 「栄次!」
 「早く行くぞ。俺達がいるから彼女は本気で戦えないのだ。」
 栄次の言葉に茫然としていたナオとムスビは慌てて栄次の後を追った。

九話

 再び三神になったナオ、ムスビ、栄次は闘技場の奥の階段をさらに登り、一本道の廊下を歩いていた。
 「……しかし……あのグラマーさんがいないと竜宮制御室への道がわからないよ?」

 ムスビが歩きながらナオと栄次に困った顔を向けた。

 「そうですね……。」
 ナオはどこか上の空でムスビに答えた。

 「ちょっとナオさん?なんでぼーっとしてんの?」
 ムスビはぼうっとしているナオを思い切り揺すった。

 「……はっ!ごめんなさい。ムスビ。私の前に沢山の歴史が横切って……。」
 「歴史?」
 我に返ったナオにムスビは首を傾げた。

 「ええ。ここのフロアに入ってから何の歴史かもわからない歴史が大量に私を横切っていきます。さすが過去を排出する建物……竜宮です。」
 「……俺には見えないけど……。」

 「あなたは結ぶ方なので一つ一つ終わらせてしまうから目に映らないのでしょう。」
 ナオは頭を横に振りながらムスビに答えた。

 「ふーん。」
 ムスビが気のない返事をした時、栄次が再び刀に手をかけていた。

 「うひゃあ?栄次、あんた何また刀構えてんだよ?」
 ふと目を横に向けたムスビが栄次を見て飛び上がった。

 「何かを……感じるぞ。何か来る……。」
 栄次の言葉にナオとムスビは固唾を飲んだ。
 刹那、廊下の先から多数のロボットが出現し、赤い光線を放ちながらこちらに向かってきていた。

 「なんだ!あれは!」
 「竜宮の警備用の徘徊ロボットです。勝手に動いているようですね……。」
 ナオはムスビにため息交じりに答えた。

 「栄次が構えているって事は襲ってくるって事だよな……。」
 ムスビが青い顔をして言葉を発した刹那、ロボットが高らかに警戒音を発し、レーザー光線を飛ばしてきた。
 レーザーはナオの頬をかすめ後ろの壁に穴をあけた。

 「ひぃ……。」
 悲鳴を上げたのはナオではなくムスビだったがナオも言葉を失った。

 「まいったな……あれは俺にも斬れない……。」
 栄次が表情変えずに冷静にナオに言った。

 「……わ、わかりました……。ここは竜宮です。過去を排出する建物なので歴史をいじってみましょう。」
 「そんなことができんの?」
 ナオの発言にムスビが顔色を青くして尋ねた。

 「わかりません。やってみます。」
 ナオは素早く飛龍と天津彦根神オーナーの巻物を出現させ、床に置いた。
 再び飛んできたレーザー光線はムスビが危なげに結界を張って弾いていた。

 「あっぶねぇ!」
 「ムスビ、少し静かに願います……。」
 「静かにって……。」

 ムスビが困惑しながらナオに言い放った時、床に置いた巻物が光出し、廊下全体を覆った。なぜかロボットはすべて消え、今とは少し違う廊下がパズルのように組みあがっていた。

 「できました。過去……参さんの世界に入りました。この廊下を進み終わった所で歴史を解けばまた元の竜宮に戻るでしょう。」
 ナオは安堵のため息をついた。

 「すごいね……。ナオさん……。じゃあ、ここは過去の竜宮なのか?」
 「歴史が見えそうだな。」
 ムスビと栄次の言葉にナオは頷いた。

 「おそらく見えてしまうでしょう。運が良ければ天津オーナーと飛龍の歴史の確認ができます。」
 ナオは息を深く吐くと過去の世界の廊下を歩き始めた。ムスビと栄次もそれにならい続く。
 しばらく歩くと目の前に飛龍が現れた。

 「……っ!」
 「大丈夫です。これは歴史と記憶の中の飛龍さんです。」
 ムスビと栄次が戸惑っているとナオが間髪を入れずに答えた。

 「そ、そっか。飛龍の巻物れきしを使っているんだもんな。そりゃあ見えるか。」

 「歴史を見つつ、廊下を渡りますよ。ここでいきなり歴史が途切れたなどのハプニングがあってはいけませんから。この辺はロボットのど真ん中です。」
 ムスビはナオの言葉につばを飲み込むと緊張した顔で再び歩き出した。

 廊下にいたのは飛龍と行方不明の天津彦根神オーナーだった。
 天津は緑色の長く美しい髪を持つ好青年で立派な竜のツノが頭の左右から伸びていた。
 ついでに言うと紫色の着物を着ている。

 「母上であるアマテラス大神が向こうへ行ってしまわれたそうだ。……私も行くべきなのだろうか?……伍ごの世界へ……。」
 天津は切なげな表情で目の前に佇む飛龍を見据えた。

 「あんたはどうしたいんだよ。あたしはここに残るよ。向こうに行くなんてあの三貴神もどうかしている。向こうじゃあたし達を信仰する人間はいない。自殺だろ。伍の世界なんて。」
 飛龍はどこか投げやりに答えた。

 「この事象……すべてがあともう少しで消される。私は母上を忘れる……。……あの三貴神がこっちの世界から消えたらこっちはどうなるのだ?」

 「……物語には残るけど実際はいない扱いになるんじゃねぇかな。」
 飛龍が廊下の壁にもたれかかりながら考えるように言葉を発した。

 「……そうだな……おそらく。私もここに残ろう。私がいなくなってしまったら本当にアマテラス大神がいたかどうかがわからなくなってしまうからな。」
 天津も飛龍の隣で壁にもたれかかった。

 「それ聞いて安心したぜ。ここはあんたの城だ。あんたがいねぇと竜宮が締まらねぇんだよ。あたし達はこっちでいままで通りの生活をすればいい……。世界が分裂したのもKってやつが出てきたのもすべて人間の心だ。

 人の心に神は寄り添い、従う。人間が得を得られればそれでいいし、逆に不幸をまき散らして怯えさせるのもいい。こういうのも全部人間がルールを決める。厄神だって七福神だってぜーんぶ人間が生んだ。だからあたし達はそれにそって人間のよりどころになってればいいんだよ。信じなきゃあ信じなくてもいい。いらなくなればあたし達は消える。」

 飛龍は大きく伸びをすると天津に笑いかけた。

 「ああ、そうだな……。なんだかもう母上のお顔を思い出すことができんのだ。」
 「そろそろはじまったか?……三貴神の……記憶が薄れてく。これがシステム改変か。」
 天津と飛龍は会話をしていたがやがてプツンと何かが切れた音がした。

 ナオ達は記憶を見つつ、なんとか廊下を抜けた。廊下を抜けた直後、廊下は元の時代の廊下に戻りロボットが出現し始めた。廊下の先にいたナオ達を見つけ、ロボットは再び警戒音を鳴らす。

 「このまま先へ進みましょう!」
 ナオは栄次とムスビに言い放つと廊下の先のロビーを突っ切った。
 「ナオさん!待ってよ!」
 ムスビと栄次も慌ててナオを追った。

十話

 ナオ達は二の丸に入った。制御室があるのは竜宮三の丸の地下である。ロビーを抜けると通り道が三つに分かれていた。

 「……三つに分かれています……。まっすぐな道、上り階段、下り階段……。」
 「竜宮の制御室は地下なんだろ?これは右の下り階段の道が正解だと思うよ。」
 ムスビがナオに答えながら一番右の道を指差した。

 「そのようですね。またも私の前を歴史が通り過ぎて行きました。以前はあの下り階段に鎖と結界が張られていたようです。入るべからずの看板もあったようです。」
 ナオは竜宮が排出する過去からこの辺りの歴史を読み取った。

 「よし、じゃあ早く行こう!さっきのロボットがこっちに来る!」
 「そうですね。」
 ムスビとナオが顔を合わせて頷いた刹那、強い地響きが聞こえた。

 「……っ?」
 栄次が咄嗟に刀を構える。

 「っ!避けろ!」
 突然栄次が声を上げ、ナオとムスビを突き飛ばした。

 「きゃっ!」
 ナオが小さく叫び床に倒れた。動揺した頭のまま身体だけを起こし前を向く。
 ナオ達の目の前に傷だらけの飛龍が倒れていた。よく見ると横の壁が突き抜けている。飛龍は闘技場からここまで壁を突き抜けてここに落ちてきたらしい。

 「ひっ……飛龍さん!」
 「ひでぇ……。」
 ナオとムスビは困惑しながら飛龍のそばに寄った。

 「……あの龍神にやられたのか……。」
 栄次がそっと飛龍を抱きかかえた時、狂気的な笑い声が聞こえた。

 「ひゃひゃっ!なかなかやるなぁ。だが拙者の方が強い。」
 橙の髪を持つ龍神がこちらに向かってゆっくり歩いてきた。ロボットは全く反応していない。龍神には反応しないのか。

 狂気的な笑みを浮かべている橙の龍神も傷だらけでだいぶん疲弊しているように見えた。
 飛龍とはいい勝負をしたようだ。

 「女相手にむごいことをする……。」
 栄次は飛龍を離すと刀を構えた。飛龍は全く動かない。気を失っているようだった。

 「飛龍さん!飛龍さん!」
 ナオは何度も飛龍を揺すり声をかけた。

 「……栄次、飛龍は女だけど俺達よりもはるかに強かった……それをここまでするって事は俺達だとちょっと勝てないんじゃないか。」
 ムスビがナオと飛龍を守るように立ち、栄次にこっそりささやいた。

 「ああ。おそらく勝てんが俺達しかいないだろう。あいつが制御室へ入る事を許すとは思えん。」
 「そ、そうだな。」
 栄次の言葉を聞き、ムスビは何かを考えるそぶりをした。

 「……ムスビ?」
 「……お、俺が結界を張ってあいつを食い止める。たぶん少ししかもたないから竜宮のオーナーの謎がわかったらすぐに戻ってきてほしい。」
 ムスビの発言に栄次とナオは驚いた。

 「それは無謀すぎます!ムスビを置いていけません!」
 「そうだ。お前ひとりでは……。」
 ナオとムスビが同時に声を上げたが途中でムスビが遮った。

 「……あんた達は俺の神力の高さがわかってないね。瞬発力とかそういうのには自信がないけど短期間の強力な結界とかはけっこう得意なんだよ。」

 ムスビは軽く笑うと神力を高め始めた。ムスビから強力な神力が溢れだした。
 一瞬、狂気的に笑っていた橙の髪の龍神は怯えの色を見せ、一歩退いた。

 「……わかった。お前にここは任せる。」
 栄次はムスビの神力の高さを体で感じ、ムスビに任せる事にした。

 「……ただし短期間だよ。このフロアを守る結界くらいしか張れないし。」
 ムスビは軽く笑うと手を前にかざした。ムスビの両手から強力な神力が集まりそれがネットワークのように拡散した。

 危険を感じた狂気の龍神はその結界を破ろうと突進してきた。しかし、結界はびくとも言わずその龍神を弾き飛ばした。

 「よし。短時間だけ俺の方が神力が上だ……。おい!何してんだよ!早く先に行ってくれ!長くもたないんだよ!」
 呆けている栄次とナオにムスビは必死に言い放った。ハッと我に返った栄次はナオの手を引き走り出した。

 「ムスビ、全力で保たせろ!」
 「ムスビ……死なないでくださいね……。」
 栄次とナオは階段の前で止まるとムスビに叫んだ。

 「頑張るよ……。ナオさんは縁起でもないね……。」
 ムスビは息苦しそうに小さくつぶやくと結界に集中をした。
 ナオと栄次はそんなムスビを心配そうに見つめていたが顔を引き締めて階段を降りて行った。

十一話

 「ムスビ……大丈夫でしょうか……。」
 「大丈夫ではないだろう。しかし、他にどうする事もできない以上仕方あるまい。」
 ナオと栄次は軽く言葉を交わしながら階段を駆け下りた。

 先は明かりのない真っ暗な道が続いていた。道はまっすぐなのか曲がっているのか暗すぎてわからない。

 「暗いですね……。前が見えません……。」
 「……俺についてこい。俺は夜目がきく。」
 「頼もしいですね。ありがとうございます。」
 栄次が先を歩き、後ろをナオが栄次の背中を目印に歩いた。

 しばらく歩くと先の方が明るくなってきた。

 「……明るいな……。何かの部屋に出そうだぞ。」
 「機械音がしますね……。」
 栄次とナオは警戒をしながら明るい方へ歩いた。近づくにつれて機械音も大きくなってきている。栄次とナオはそっと部屋を覗いた。

 「……っ。」
 目の前ではたくさんのコード、何の機械だかよくわからない装置、常に違う電子数字を表示している電光掲示板などがそれぞれ無神に動いていた。

 「やはりここが竜宮の制御室……大きいですね。」
 竜宮制御室はとても広く、天井はかなりの高さがあった。
 ビル四階くらいの高さはある。

 「ナオ、ここで俺達は何をすればいい?」
 栄次は辺りを見回しながらナオに尋ねた。

 「……。過去をここで見ます……。そうすれば何かわかるはずです。飛龍の話ですと竜宮の使いカメが大きな封印のコードを抜いてしまったとの事だったのでそれの解析ができれば……。」

 「ナオ?」
 ナオは途中で言葉をきった。栄次はナオの様子を窺った。ナオは辺りを見回している。何かの歴史か記憶を見ているようだ。

 栄次もナオが見ている方向に目を向けた。すると急に何かに引き込まれた。

***

 ―カメ?どこにいる?ここは入ってはいけない。私に許可なしに入る事は許さない。聞いているのか?カメ!―

目の前に現れたのは天津彦根神、この竜宮のオーナーである。オーナーはカメを必死で探していた。

―カメ、早く出て来なさい。今なら鞭打ち程度で済ませる。カメ、私をこれ以上怒らせるなァ!―

オーナーの声がだんだんと鋭くなっていく。オーナーが近づいてくる中、制御室の機械と機械の間に一匹のカメが隠れていた。カメは人型で甲羅をリュックのように背負い、うずくまっていた。舞子さんのような恰好をしている若そうな女のカメだった。

 ……わちきは現世に行きたい……。現世に行ってわちきに話しかけ世話してくれたあの子に会いたい……。

 現世で死んだばかりの竜宮の使い亀にはこういう感情が残る事が多いらしい。人型になれると世話してもらった人間などにお礼や悩み事の相談などをしようとする。

 仲が良かった人間などの観察に出かけても何の意味もない事を死んだばかりの亀はわからない。

現世に行きたい……でも見つかったら厳罰が待っている……そういう恐怖とこの時カメは闘っていた。アトラクションを勝手にいじる事は禁忌だ。

やりたいと意気込んで志願したのだが龍の使いとなったカメにはもう自由がない。現世に勝手に行くなど言語道断だ。

おまけに何をするにも龍神の許可が入り、龍神と共に動かなければならない。
いつも龍神の命令を大量に抱えていた容量の悪いこのカメにとって現世に行っている余裕はなかった。

だから……無理やり行く事にしたみたいだ。

すべてを混乱させて龍神達がそれを必死に戻そうとしている間に現世に行って自分の用事をすませるつもりだった。

それで制御室に忍び込んだのだがすぐに天津彦根神、オーナーに見つかってしまった。
ここまで来てしまったため、もうやるしかなかった。カメは泣きながらアトラクションの配線をめちゃくちゃにしていた。

―カメ!―

オーナーの声がどんどん自分に近づいてくる。配線をぐちゃぐちゃにしたが天津彦根神から逃げきる自信はなかった。自分の計画が失敗に終わったとカメは悟った。

どんどん近づく声にカメはしゃがみ込んで膝を震わせながら耳を塞ぐ事しかできなかった。

……殺される……コロサレル……。こっちにコナイデ……お願い……怖いよぉ……誰か……助けて……。

自分で起こした事なのだがあまりの恐怖心でカメは誰かに助けを求めていた。
そして何気なくあったそのコードを引っこ抜いてしまった。
なんの配線だかはわからないがどこかの配線のようだった。

―しまった!……やつが……目覚める……!―

―はーはははっ!ずいぶんと久しいなあ?天津!―

オーナーが焦った声を出したすぐ、橙の髪の龍神が現れた。何が起こっているのかカメにはわからなそうだったがナオと栄次にははっきりと見えた。

―ぐあああ!―

刹那、オーナーの叫び声が制御室に響き渡った。カメは何事かと機械と機械の隙間から思わず飛び出した。
 記憶はそこで途切れ、ナオと栄次は過去から元の世界へと戻された。

 「……見えましたか?栄次。」
 「……ああ。」
 ナオの問いかけに栄次は小さく頷いた。

 「……あのカメが抜いた配線はあの橙の髪をした狂気の龍神の封印でした。封印はオーナー天津の神力を使って作った封印のようであの龍神は封印が解かれたと同時に漏れ出した天津の神力を使って逆に天津を封印した……そういう事のようですね。」

 「……記憶中に出てきたあのカメは無事なのか……?」
 栄次は先程の舞子さんのような恰好をした女のカメを心配した。

 「……わかりません。ですが今はここに封印されている天津彦根神、オーナーを救い出しましょう。配線を元に戻せば天津は戻ってくると思います。」

 「……また過去を見るか?」
 「……そうなりますね。」
 栄次とナオはお互いに頷きあうと過去を見るべく再び意識を集中させた。

十二話

 一方ムスビは結界の強化が切れはじめ、焦っていた。

 「やばい……。かっこよく言ったけどほんとは十分ももたない結界なんだよなあ……。」
 橙の龍神は何度も結界に突進してきていた。そのたびに結界のどこかにほころびが生じる。ムスビの疲弊とあいまって結界は橙の龍神がぶつかるたびに弱くなっていた。

 「んん……。」
 その時、横で飛龍が目覚めた。

 「飛龍!あんた大丈夫なのか?ケガしてるからじっとしてなよ……。」
 「ああ、大丈夫だ。ちょっとでかいのを食らっただけだぜ。」
 意識を集中させているムスビに飛龍は座り込んで答えた。

 「それよりさ、お前辛そうだな。その結界。あたしは結界を張るのが苦手だし、やっぱりもう少しあいつを抑えててやるよ!」
 飛龍はケガを負っているが元気よく立ち上がった。

 「ばっ!やめなよ!ケガしてるし相手は男なんだから……。」
 ムスビは手を前にかざしつつ飛龍に叫んだ。

 「ああ、やっぱ神力が高けぇ男の龍神は強い……。だがなあ……あいつから龍雷水天りゅういかずちすいてんの神力を感じた。不思議なんでもう少し関われば何かわかるかもしれねぇ。」
 飛龍は再びぶつかってきた橙の龍神を睨みつけた。

 「龍雷……イドさんか。いままでの歴史を見るとあいつとイドさんは密接らしい。本神は否定しているけど俺達は同一神物だと思っている。」
 ムスビはほころんだ結界部分を修理しながらつぶやいた。

 ムスビの発言を聞き、飛龍は軽く笑った。

 「同一神物……だとしたらあの銀髪龍神の元はものすげぇ神力の龍神って事になる。だから竜宮にはあんなでっけぇ封印があったんだな。なるほど。オーナーはあの封印を隠すために竜宮をテーマパークに変えてカモフラージュしてたのかよ。」
 飛龍は深いため息をついた。

 「……だけどさ、スサノオがあの狂気の龍神を倒したらしいんだけど……あの龍神、なんで生きているんだ?殺してはいなかったのかな……。」

 「……ぼさっとすんなよ。結界がほころんでるぜ。」
 ムスビの意識が別の所へ行った刹那、橙の龍神の突撃で結界が音を立てて割れた。

 「や、やべぇ!」
 飛龍の声に慌ててムスビが立て直そうとするが結界は無残にも壊れ、もう修復がきかなかった。

 「仕方ねぇなあ!」
 飛龍はムスビの前に立つと橙の龍神の蹴りをそのまま受けた。

 「飛龍!」
 ムスビが飛龍を助けようと動いたが橙の龍神の重い蹴りの爆風で階段横の壁まで吹っ飛ばされた。ムスビが壁に激突した上から飛龍が覆いかぶさるように飛ばされてきた。

 「うう……痛ってぇ……。がふっ……。」
 飛龍は血を吐いて腹を押さえてうずくまった。

 「お、おい……無茶するなよ!大丈夫か!」
 ムスビはもたれかかる飛龍をそっと抱き、背中を撫でた。

 「……は、はは……。あんたがこれ食らってたら死んでたな。」
 飛龍は顔を歪めながら笑っていた。

 「……死んでいたかもしれないことは認めるけど、あんな無茶は見ていて不快だ!腹は女の急所だろ!あんたはもっと自分を大事にしろよ!」
 ムスビは飛龍を睨みつけながら怒鳴った。

 「そんなくだらねぇ事を言っている場合じゃねぇんだよ。あいつが来るぜ。あんたは避けられるのかよ。」
 飛龍は再び攻撃を仕掛けにきた橙の龍神の重い拳を右手で受け止め、炎を出現させて橙の龍神を遠くへと飛ばした。爆風で床がえぐれていた。

 「……っ。あんたに守られている俺が悔しいよ。それから……あいつは酷い男だ。」
 ムスビが奥歯を噛みしめた時、また橙の龍神が水の槍を片手に風を纏わせて飛んできた。
 飛龍がムスビを守る体勢に入ったがムスビは飛龍を思い切り引っ張った。

 「……っ!?お前!何してっ……。」

 「女の子には優しくしてやれよ!このクソ龍神!」
 ムスビはそう叫んだがムスビ自体、身体能力が高いわけではない。飛龍を庇い目を瞑る事しかできなかった。

 「ぎゃははは!二匹揃って死ね!」
 橙の龍神は狂気的に笑うと水の槍を振りかぶった。

 「貴方が龍水天海神りゅうすいてんうみのかみかな?生まれ変わった貴方から聞いた。」
 ふと落ち着いた男の声が響いた。いつまでたっても攻撃が来なかったのでムスビが恐る恐る目を開けた。目の前には天叢雲剣あまのむらくものつるぎを構えた蛭子が厳しい顔つきで立っていた。

 橙の龍神は蛭子の持っている天叢雲剣に怯え、かなり遠くへ飛び距離をつくった。

 「拙者は龍水天海神りゅうすいてんうみのかみだがなぁ、おめぇ……その剣。」

 「ああ、そうか。やはり貴方はこれで斬られたのか。スサノオに。ヤマタノオロチから出てきたこの剣は邪龍にどれほど効くのかな。」

 蛭子は橙の龍神、龍水天海を睨みつけながら軽く挑発した。

 「……。」
 龍水天海は何も言わなかった。

 「蛭子さん、あんたイドさんに勝ったのか……?」
 ムスビの困惑した顔に蛭子は軽くほほ笑んだ。

 「龍雷水天りゅういかづちすいてんは強大な力のほとんどを失った龍神のようだった。倒すのは容易だったが口が堅くてほとんど話さなかった。だが天叢雲剣をあの男にかざした時、怯えたようにすべてを話し始めた。何か死にたくない事情でもあったのかな。」

 蛭子の言葉にムスビは咄嗟にヒメちゃんの事を思い出した。やっと親子を隠さず済むようになったのに守護者の方が死んではヒメちゃんを悲しませると思ったのだろう。

 「そ、それでイドさんは今どこに?」
 「……私を竜宮へ入れてからどこかへ消えた。おそらく竜宮内にいると思われるがまだ見つけていない。」

 「そ、そうか。」
 ムスビは蛭子の持つ天叢雲剣を眺めた。神力の強さは感じるが怯えるほどではなかった。

 「あんた、蛭子神だな?ちょうど良かった。あたしじゃあ、あいつに勝てねぇからさ、あんたとあいつのバトル、見させてよ。」
 飛龍が話に割り込み、蛭子に無邪気な笑みを向けた。

 「どうなるかわからないが私がここで龍水天海を抑えなければならなそうだな……。」
 蛭子は飛龍の傷の具合とムスビの様子を見て深いため息をついた。

 「天叢雲剣ィ?はははは!壊してやる!壊してやる!」
 龍水天海は怯えつつ狂気的に笑うと床のタイルを巻き上げながら蛭子に向かって飛んできた。

 「貴方達はそこにいろ……。動くんじゃないぞ。」
 蛭子は飛龍とムスビに念を押すように言うと天叢雲剣を構え、龍水天海に向かって走り出した。

 きれいな直刃となった剣は眩い光を発し風を纏わせた。蛭子が剣を振るうと龍水天海は避けてかわし決して水の槍で受けようとはしなかった。

 「壊すと言っておいて触れもしないか。それは懸命だ。この剣は落ちた神には辛いものだ。ちなみに龍雷水天は斬る事ができなかった。あの男はまだ落ちていない。だが貴方はどうかな。」
 「っち。」
 蛭子と龍水天海の攻撃の応酬が激しく風やら水やらが床をえぐり、壁を壊し爆風が渦巻く。

 「……すげぇ……。」
 壁にもたれかかるように立っているムスビは二神の戦いに目を見開いた。

 「……すごくもねぇさ。蛭子サン……あの神は元々戦いができる神じゃない。今見た感じだとスピードも力もオレンジ君が上だぜ。何分持つかわからねぇよ。」
 飛龍は腹を手で押さえながら肩で息をしていた。

 「……何分か……そうしたら俺がまた結界を張るよ。後はナオさん達が頼りだ。……飛龍、お腹やっぱ痛いの?座ってなよ。」

 「座ってたらいざという時に反応できねぇだろうが。まあ、しばらくは持つさ。」
 飛龍は心配そうにしているムスビに投げやりに答えた。

十三話

 ナオと栄次は配線部分を元に戻すため、過去見をしようとしていた。
 「……天津彦根神の……オーナーの巻物を使えばこの封印を見る事ができるかもしれません。後は……念のために……。」
 ナオはオーナーの巻物と共にイドさんの巻物も取り出した。

 「その巻物も使うのか?」
 「ええ。念のため。関係者のイドさんの歴史も使います。あの橙の髪の龍神はイドさんの生まれ変わる前です。あの橙の龍神の巻物はございませんからイドさんで代用します。」
 「なるほどな。」
 ナオの説明で栄次は納得の色を見せた。

 ナオは栄次に説明した後、巻物を床に置き、手を広げた。巻物が光出し、その光が大きく広がった後、栄次を包み込んだ。栄次を包み込んだ直後、光は竜宮制御室をすごい勢いで拡散していった。
 辺りの空気や風景が砂のように消えていく。そして新しい景色を作りだしていった。

 辺りは突然荒野に変わった。

 いや、荒野ではない。元々あった建物や木がすべて燃えてなくなった後のようだ。

 「……?なんでしょうか?過去なのは間違いないですがこれは竜宮以前の問題です。急いでいるのに別の記憶が……。」
 ナオは予想外の過去に焦った。

 「……近くで蛭子神の神力を感じた……もしかするとそれがこちらに関与してきたのかもしれない。」
 「蛭子さんが……?イドさんとはどうなったのでしょうか?」
 「それは悪いが俺に聞いてもわからんぞ。それよりもあれを見ろ。」

 困惑しているナオに栄次は冷静に言い放つと目の前を見るように指示をした。
 ナオは栄次に従い、前を向いた。

 「……あれは……。」
 焼野原で血に染まった橙の龍神、龍水天海が高らかに笑い声をあげていた。

 「ぎゃははは!全部殺してやった!次の村も全滅だ!ぎゃははは!」
 龍水天海は手に持っていた血まみれの人間を放り捨てると歩き出した。

 よく見ると龍水天海の横は海だった。海はきれいな青色ではなく人の血を吸い真っ赤な色をしていた。ちょうどその時、日が沈みかけていて海をさらに赤くしていた。

 「もうやめて!お願いですから!」
 先程、イドさんの記憶で出てきた女の龍神、龍史白姫神りゅうしはくきのかみが龍水天海の袖を掴み必死に懇願していた。

 「ああ?うるせぇなぁ。」

 「どうか元の銀の髪に戻ってください……。禊をして心を清めてください!人間の血を吸ったその橙の髪を清めてください……。殺してしまった民の命を背負ってください……。お願いです……このままではあなたはっ……。」
 龍史白姫は泣きながら必死で頭を下げ続けた。

 「うるせぇんだよ。よく考えたらお前もいらねぇなあ。」
 龍水天海は泣き叫ぶ龍史白姫を鋭い爪で薙ぎ払った。

 「がふっ……!」
 龍史白姫の体から血が飛び散った。

 「うう……。」
 龍史白姫は左肩から腹にかけて爪で引き裂かれていた。
 「……あかっ……私の赤ちゃんが……。」
 龍史白姫は血が滴る腹を庇いその場でうずくまった。

 それを見ていたナオと栄次は思わず目をそらしてしまった。

 「あなた……やめて……お願い……あなたの子よ……子供は……子供だけはっ……。」
 「ぎゃははは!死ね。」
 刃物で切り裂いたような音と龍史白姫の泣き声が同時に響いた。

 「ナオ……見るな。」
 「……。」
 栄次はナオの頭を下に向かせた。ナオは体中から震えが起こり目に涙を浮かべた。

 「いやです……この歴史は……見たくないです……。あの女神は子が宿っていた……それをあの男は……。」
 「……。」
 ナオは震えながら栄次にしがみついた。歴史はナオを無視して続く。
 龍水天海は血にまみれた自分の妻を踏みつけると次の村へと飄々と歩いて行った。

 「ひっ……酷い……。」
 「……狂った神は怖い。ここまで落ちてしまうと元に戻るのは難しいな。」
 「あの神からは過剰なシステムエラーが見えます。他にも村の人々を殺したようです。」
 ナオは涙を拭きながら切なげに龍水天海を見つめた。

 龍水天海がいなくなっても視点が変わらなかった。視点は傷つき倒れている龍史白姫だ。
 しばらく経つと龍史白姫の前に紫の髪の男が現れた。髪は肩先で切りそろえられており鎧をまとっていた。

 「……あの方は……スサノオ尊……。」
 ナオ達は一回スサノオを歴史の中で見ていたので顔を知っていた。

 「……おい。どうした?しっかりしろよ!」
 紫の髪の男、スサノオは血にまみれた龍史白姫を抱き上げて声をかけた。

 「……す、スサノオ……様。あか……赤ちゃんが……。」
 龍史白姫は今にも消えてしまいそうな声でスサノオに必死で訴えた。

 「身ごもっている神か……ひでぇな。この辺の村といい、生き残っている民がいねぇ……。故意に殺している神がいる……。お前もそれにやられたのか?」
 「……お願いします……夫を助けてください……。お願いします。」
 龍史白姫は焦点のあってない瞳でただスサノオに叫んでいた。

 「……ふん、なるほど。だいたい読めた。お前はここにいろ。じきにお前を助けに戻ってくるからな。」
 スサノオは龍史白姫をそっと横にすると手から天叢雲剣を出現させ歩き出した。

 龍史白姫がもう助からない事をスサノオは知っていた。少しでも安心できるようにまた戻ってくると言ったのだ。
 スサノオは人々の叫びと燃え盛る村の方へと足を速めた。

十四話

 ごうごうと燃えている村を顔を歪め眺めながらスサノオは主犯を探した。
 「……あいつか。あの神はもうダメだ。助けらない所まで落ちちまっている。……消すか。」
 スサノオは狂気的に笑っている橙の髪の男、龍水天海を見つけ何も言わずに斬りかかった。

 「ぎゃはっ……ぎゃは?」
 スサノオの鋭い一閃に反応ができなかった龍水天海は袈裟にばっさりと斬られた。

 「……?なんだこれ!うっ!ぎゃあああ!」
 龍水天海は突然襲い掛かった激痛にうめき声と悲鳴を上げていた。

 「……もう救いようがねぇな。この剣は落ちた神を斬るのに適しているんだ。俺が罰を下す。このまま苦しんで消えろ。邪龍に落ち、民達を苦しめ、子を身ごもっている妻をも手にかけるとは……。お前を救ってなんてやれないぜ。もう少し苦しんだらまた斬ってやる。どうせまだまだ死ねないだろ。龍神は神力が高いからな。」

 スサノオは薄ら笑いを浮かべ、再び龍水天海を斬った。
 龍水天海の絶叫が徐々に小さくなっていく。瞳には光がなくなり、それでも襲ってくる激痛に歯を食いしばっていた。

 「さあて。あと一、二回かな。」
 「待って……下さい……。」
 「!」
 スサノオが龍水天海をもう一度斬ろうとした時、龍史白姫がスサノオの前に入ってきた。

 「お、おい……お前……ここまで歩いてきたのか?そのケガで……。」

 「スサノオ様……夫は……龍水天海はすごく、すごく慈悲深い龍神でございました……。お願いでございます……どうか……助けてください。」
 血にまみれた龍史白姫は口から血を吐くとそのまま倒れた。スサノオは地に着く前に龍史白姫を抱いてやった。そしてそのままそっと横に寝かせた。

 「どうもこうもできねぇんだよ。もうこいつは落ちちまってるんだからな。」
 スサノオはためらいもなく苦しんでいる龍水天海の喉元目がけて剣を構えた。

 「お待ちください。」
 「今度は何だよ……。」
 スサノオの後ろから男の声がした。スサノオはうんざりした顔で後ろを振り返った。

 緑のきれいな長髪をなびかせた天津彦根神あまつひこねのかみ、現竜宮のオーナーがスサノオの後ろに立っていた。オーナー天津は戸惑った顔をしていた。

 「ああ、アマテラスのガキか。龍神はほぼお前の管轄だったはずだ。一体何をしている。」
 スサノオは剣をいったん消すと天津に強力な神力をぶつけた。

 「……私の不手際で申し訳ございません。この龍神の処罰等、残りの事は私が行います。」
 「……わかった。じゃあ、お前に頼むよ。」
 スサノオは素直に引き下がった。ゆっくりと天津の方に歩き、天津とすれ違う。すれ違った瞬間にスサノオは冷たい声で天津にささやいた。

 「……この辺の信仰は俺がもらう。収集がつかなくなるからな。これから龍神は悪く描かれるだろうよ。残念だ……。とんでもねぇ邪龍を生んじまったな。天津。」
 「……。」
 去って行くスサノオに天津は深くお辞儀をした。

 スサノオが完全に去ってから天津はこと切れてしまった龍史白姫の最後の言葉を思い出していた。

 「……助けてください……か。」
 天津は光の粒となって消えていく龍史白姫を見つめながら一つの決意をした。

 「……私が願いを叶えてあげなければ彼女も救われないだろう……。うまくいくかはわからないが竜宮に龍水天海を封じよう。そうすれば運が良ければ龍水天海の神力が零れ落ちて新しい龍水天海が生まれるだろう……。竜宮は私が管理していけばいい。」
 天津は独り言をもらすともがいている龍水天海に手をかざした。

 「てっ……てめっ……何するっ……」
 龍水天海が呻きながら天津を睨んだが天津は冷酷な顔をしたまま何も言わなかった。

 天津は手から結界を出現させて何か言葉を発した。刹那、眩い光が龍水天海を包み、勢いよく海の中へと引きずり込まれていった。
 連れ去る途中に一筋の光が地面に零れ落ちた。

 その光は徐々に人に似た形に変わり、銀髪の青年を生んだ。銀髪の青年はイドさんにそっくりだった。髪は腰辺りまで伸びていて衣服を身に着けていない状態だった。

 「……?」
 イドさんだと思われる青年は何が起きたかわからず辺りを見回していた。

 「……龍水天神りゅうすいてんのかみか。……海が消えてしまったようだ。もう海神ではないな。神力は自分で高める事だ。」
 天津はその青年を見つめ、確認すると足早に去って行った。

 イドさんだと思われる青年はきょとんとした顔をしていた。

 「……これが真実ですか……。私達はその配線を見なければ……。」
 ナオが慌てているとナオ達のすぐ後ろから声が聞こえた。
 ナオと栄次はぎょっとしてすぐに振り返った。

 「……っ!」
 すぐ近くの森の中で紫色の長髪を持つ水干袴の青年が何かを話していた。

 「月読神っ!」
 月読も一度歴史で見たことがあったのでナオは顔を知っていた。
 月読は小さな光を両手で包み込んでいた。

 「……あの女龍神からこぼれたこの光……あの女龍神の子供かな?この光がちゃんと育ってからあの銀髪の龍神に返せばいいか。……それまであの龍神は自分の存在をよく知った方がいい……かも。」

 月読は小さな光を大事そうに抱えると涼しげにその場を去って行った。

十五話

 それから記憶がさらに飛び、気がつくと制御室に戻っていた。しかし、その制御室は現在の場所とは違い、機械の数も少なかった。そしてどこか薄暗い。

 「これが本来見たかった歴史のようですね……。先程の歴史はおそらく、天叢雲剣の歴史でしょう。栄次が先程、蛭子さんが近くにいるのではとおっしゃっていたので。」
 「……剣の歴史だったのか……。」
 ナオと栄次は辺りを見回し、最初の記憶で見たカメがいた場所を探した。

 「……っ!」
 コードがあった場所付近に近づくと突然天津が現れた。

 「れ、歴史の方のオーナーですね……。」
 ナオは高鳴る胸を抑えながら一呼吸ついた。

 「……そのようだな。天津彦根神がいる前の機械に強い結界が張ってあるようだぞ。俺でも感知できた。」
 「では……あれが龍水天海の封印ですね……。」
 栄次とナオはゆっくりと記憶の中の天津へ近づいた。

 「龍雷りゅういかづち……ここだ。」
 天津はナオ達の方を向いてイドさんの名を呼んだ。ナオと栄次は目を見開くと咄嗟に後ろを向いた。

 「……ここが竜宮の核ですか。強い結界ですね。」
 ナオ達のすぐ後ろからイドさんが現れ、まるで風の様にナオ達をすり抜けて行った。
 イドさんはナオ達の体をすり抜けると天津の横に立った。

 「……ああ、一応むき出しの結界だと問題がありすぎる故、封印する電子数字を毎秒変える装置を作った。あれはこの中にいる。……今は実態ではなく電子数字として分解され封印されている。」

 天津は目の前の細長いタンクのような機械を指差した。その機械に搭載されているアンドロイド画面には常に変動する電子数字が映されていた。

 「……こいつの妻の願いを聞き入れてずっとこいつをここに封印しておくつもりですか?」
 イドさんは顔を歪めながら天津に尋ねた。

 「そうだな。お前が龍水天海とはっきり違う神だと証明できるほどの神力が出れば私が龍水天海を始末しよう。お前の神力だとまだ……あれの神力と同化している部分もある。このまま龍水天海が消えたらお前もどうなるかわからない。そういう理由だ。……もっとカモフラージュする何かをここに作らねばならないな。龍水天海の存在が周りに知れたらまずい。お前にも色々と飛ぶだろう。せっかく皆が忘れかけているのだ。このまま思い出させない方がいい。」

 天津はイドさんの肩に手を置いた。

 「……すみません……。ありがとうございます。」
 イドさんは下を向くと苦しそうにつぶやいた。

 「……この封印のため……神々を遠ざけるのではなく逆に当たり前にしようと思っている。神々を取り込む事業をやり、この封印が動いているのが当たり前になるようにすれば誰も不審に思わないだろう。……人間の世で現在有名な遊園地とやらをここに作る。そしてこの封印のまわりにアトラクションを動かすための機械を密集させる。……ここは精密な機械が入っているため立ち入り禁止だと言う……どうだ?私も私なりに色々と考えたのだ。」

 天津はイドさんに軽くほほ笑んだ。

 「……ありがとうございます……。僕はあなたに助けられてばかりです。」
 イドさんは天津に深く頭を下げた。
 ナオはその会話を聞きつつ、横に繋がれている配線の順番を覚えた。

 「栄次……覚えました。」
 「ナオ……この過去は見なくてもいいのか?」
 栄次の問いかけにナオは軽く頷いた。

 「ええ。この辺の歴史は隠されておりませんのでいつでも私が閲覧できますから。三貴神が出てくるとまったく見えませんけど概念になったとされる神がいない歴史でしたら巻物を読めばわかります。」
 「そうか。よくわからんがいいならいい。」
 栄次が相槌を打った時、歴史が消えはじめた。歴史は砂の様に流れて消えていき徐々に今の竜宮制御室に戻って行った。

 「僕の……歴史を見たのですか……?」
 元の状態に戻った直後、イドさんの声が響いた。ナオ達は突然聞こえた声にびくっと肩を震わせた。

「……!」
ナオ達が通ってきた方向とは逆の方向にある階段からイドさんは降りてきた。

「あなたは歴史内のイドさんではありませんね……?」
ナオは混乱し、前から歩いてくるイドさんに尋ねた。

 「はい。僕は現代にいる僕ですよ。」
 イドさんはフラフラと足取りがおぼつかなかった。よく見るとあちらこちらケガをしている。

 「蛭子神にやられたのか、それともあの橙の龍神か?」
 栄次は警戒をしつつ、イドさんに問いかけた。

 「蛭子ですよ……。まったく歯が立ちませんでした。……途中裏道を使ってここへ来たので蛭子は僕がここにいる事を知らないでしょう。」

 イドさんは手から水の槍を出現させた。それを見た栄次は咄嗟に刀を抜き構えた。
 それを見たナオは慌てて栄次に刀を下げるように言った。栄次は軽く唸ると構えを解いた。

 「イドさん……私達はこれから天津を助けようとしているのです。あなたの敵ではありません。どうして武器を……。」

 「もう天津に迷惑をかけたくないんです……。ですから、みなさん、出て行ってください。これは僕とあいつが解決するべき問題です。あなた達には関係のない事です。天津の封印も竜宮もあいつとの事が終わったらすべて元に戻すと約束します。ですから、今は出て行ってください!」
 イドさんは必死な顔でナオと栄次に槍の先を向けた。

 「そうはいきません……。今のあなたがあの龍神に勝てるとは思いません。この竜宮の支配者天津の手を借りなければ私達ですらも何もできないのです。」
 ナオは機械の配線付近に座り込むと配線を繋ぎ始めた。

 「やっ……やめてください!もう天津の手は借りない!僕一神でなんとかするんです!」
 イドさんはナオを止めようと走り出したがすぐに膝をついた。ケガの影響でうまく立てないようだ。

 「……っ。僕一神ですべて何とかする予定だったのに……僕一神じゃあ何もできやしない……。」
 イドさんが拳で床を叩いた刹那、電子数字が回り白い光が集まってきた。

 白い光は上へと集まり、その白い光から声が聞こえた。

 ―龍雷、あの邪龍を一神で何とかしようと思うな……。―

 声は男のもので天津に声がよく似ていた。
 そして白い光が集まり増えていくとやがて一匹の大きな一つ目の龍が現れた。

 「……。」
 イドさんは悔しそうに一つ目龍を見上げた。
 一つ目龍はゆっくりと下降し、人型へと姿を変えた。
 緑色の美しい長髪に立派な龍のツノ、整った顔立ちの青年……それは天津彦根神だった。

 ナオが配線を繋ぎ合わせた時、流れ出た神力に天津本体が乗って出てきたらしい。

 「せ、成功しました……。」
 ナオは気品あふれる姿の天津を茫然と見つめていた。

 「何とか出て来れたようだ……。歴史神……今回は感謝する。……龍雷、そもそもあの龍水天海を封印したのは私だ。そして今回は私の過失。本来ならば私が対応するべき案件なのだ。」

 天津はナオと栄次に感謝の言葉を述べるとイドさんに向き直った。

 「……僕はあれの件を一度も自分で解決したことがないんです。僕があれを越えなければならないのに僕はいつまでたっても……。」
 イドさんは唇を噛みしめ、拳を握り締めた。

 イドさんは一神で龍水天海を倒すことが超える事だと思っているようだった。
その様子を見た天津は顔を引き締めるとイドさんの肩を強く掴んだ。

 「……ならば今超えるのだ。」

 「……ここまで大口を叩いておいて周りの助けを拒絶して……こんな事言いたくないのですが先程の蛭子との戦いでかなりのダメージを負っています……。故にあれを越える事は現在、難しいです。蛭子には竜宮に入ってほしくなくて勝手にケンカを売って負けたんですよ。誰も入れない状態にしてからあれと一騎打ちする予定だったのですけど……僕はさっきから何をやっているのでしょうね……。」

 イドさんは深いため息をついた。
 弱気なイドさんにナオも声を上げた。

 「道を……踏み外してはいけません。一神でダメなら仲間の力を借りるべきです!私達も協力します。あの龍神を越えましょう!」

 「……。」
 「あなたにはかわいい娘さんがいるではありませんか!娘さんが笑っていられるように……あの龍神を放置しないでください!」
 ナオはイドさんに言い放った。イドさんは顔を曇らせていた。

 「龍雷……娘がいるのか?」
 天津の問いかけにイドさんは小さく頷いた。もうヒメちゃんとの関係を隠す必要はなくなった。それでもイドさんは龍水天海の事を考えると娘であると言いにくかった。

 「ナオ……さんは卑怯ですね……。娘の事を言ってくるなんて……。……でもその通りです。やっぱり……助けてもらわないとダメみたいです。

 このまま、僕があれに負けたらあれは僕の娘を殺しに行くかもしれません。……娘が僕を心配してこの近くまで来てあいつに殺されてしまう事も考えらえます……。そんなことになったら僕は耐えられない……。

 ……先程はあなた達を攻撃してしまい、申し訳ありませんでした。……やはり天津とあなた達の力が必要です……。非礼は承知ですがお助け願いたい……。」

 イドさんは苦しそうにナオ達に頭を下げた。

 「もちろんです。あなたの歴史をだいぶん見てしまったのでこれでチャラにしていただきましょう。」
 「……ナオ、何と言うか腹が黒いのだな……。」
 ナオの笑顔に栄次は顔を曇らせ小さくつぶやいた。

 「……この上階に蛭子神がいるようだな。ちょうどいい。彼の持つ天叢雲剣を使わせていただこう。」
 天津は上の様子を神力で感じ取るとナオ達が歩いてきた道へと駆けだした。

 「追いましょう!」
 ナオと栄次も天津にならい走り出した。
 イドさんは最後ポツンと残されたが顔を引き締めて後に続いた。

 ……本当は自分一神だけでなんとかしようと思っていましたけど……ここはあなた達に甘えます……。
 イドさんは心の中でそうつぶやいた。

十六話

 「ははは!天叢雲剣を持っていてその程度かぁ?」
 制御室へ続くロビーでは龍水天海が下品に笑いながら疲弊し始めた蛭子を襲っていた。

 知らぬ間に蛭子は防戦一方になっていた。

 「はあ……はあ……けっこう疲れるな……。」
 蛭子は肩で息をしながら龍水天海の攻撃を危なげにかわしていた。
 風と衝撃波が強すぎてムスビと飛龍は近づく事さえもできなかった。

 「お、おい……蛭子さんが押されているよ!」
 「……だから言っただろ。」
 焦っているムスビに飛龍は平然と答えた。

 「このままだと……。」
 「負けるな。」
 飛龍がそう言い放ち、ムスビの顔が青くなった時、声が聞こえた。

 「ムスビ!大丈夫ですか!?」
 ムスビはその声に顔を輝かせて叫んだ。

 「ナオさん!死ぬかと思ったよ!」
 ムスビの後ろから現れたのはナオと天津達だった。

 「突然ですけど天津様と私達でイドさんの手助けをすることになりました。協力してください!」
 ナオは緑の髪の青年、天津に手のひらを向けた。ムスビは突然の事に目を丸くしていた。

 「えっ?ええ?ナオさんの隣にいるのは天津彦根神!?協力ってホント、突然だな……。って、本当に龍雷もいるのか!」
 ムスビは後から階段を上ってきたイドさんにも驚きの声を上げた。

 その声をよそに天津は蛭子に声をかけていた。

 「蛭子様、先程まではありがとうございました。無事、戻って来る事ができました。」
 「天津か。」
 蛭子は隙を見て天津の方へと走ってきた。

 「ぎゃははは!」
 龍水天海は狂気的に笑うと天津を見つけ、天津に向かって鉄砲玉の如く飛び込んできた。

 「やはり邪龍のままか。」
 天津はそうつぶやくと勢いよく神力を解放し触れてもいないのに龍水天海を弾き飛ばした。

 「なっ……すごい神力……。」
 ナオとムスビは開いた口が塞がらないほどに驚き、恐怖した。天津のまわりを風だけではなく強く明るい光も渦巻いた。

 その桁違いの神力にいままで狂気的な笑みしか浮かべていなかった龍水天海が初めて焦りの表情を見せた。

 「……っち。」
 龍水天海は顔を曇らせ舌打ちをすると体を変形させて大きな龍の姿へと形を変えた。そしてそのままロビー横の大きな窓をぶち壊して外へと逃げて行った。

 「にっ……逃げた!」
 ムスビは窓が割れる音を聞くとともに散らばるガラスを茫然と見つめていた。

 「オーナーはやっぱすげぇわ。ああ、惚れちまう。」
 飛龍は天津を尊敬のまなざしで見つめ、甘い声でつぶやいていた。

 「蛭子様、その天叢雲剣を貸して頂けないでしょうか。」
 天津は蛭子に向き合い、天叢雲剣を見つめた。

 「……何がしたいのかはわからないがもう貴方が頼りだ。貴方はアマテラスの第三子。私達の波形ならば持てるだろう。使うといい。」
 蛭子は天叢雲剣を天津に手渡した。天津は剣を受け取ったが顔を曇らせた。

 「これは……恐ろしいほどの力を持っている剣だ……。私でも持っているのが辛い……。」
 天津は天叢雲剣を重そうに持ちながら自分の神力を天叢雲剣に送った。

 天叢雲剣は天津の神力でコーティングされ少し持つのが楽になった。それをイドさんへ渡す。

 「……っ?」
 イドさんは突然手渡された天叢雲剣に困惑した表情を浮かべた。

 「これで辛うじて龍雷にも持てるはずだ。」
 「これで龍水天海を討てと?あなたの神力で守られていても指の一本も動かせません……。」
 イドさんは天叢雲剣を持ち上げようとしたが今、手に持っている位置から上には上がらなかった。

 「……ここからはお前が考えるのだ。」
 「……わかりました。」
 天津の言葉にイドさんは戸惑っていたが顔を引き締め、静かに言った。

****

 龍水天海は龍の姿で竜宮城外の海とその下に広がる空の間、天上界を浮遊していた。
 天上界は普通の青空と何も変わらない。ただ、その青空の上が海というちょっと変わった空間なだけである。

 「龍水天海……ここであなたを倒します。」
 龍水天海はすぐに後ろを振り返った。

 少し離れた場所にイドさんがいた。イドさんは龍の姿になった天津の上に立ち、水の槍を弓に変えたものと天叢雲剣を持っていた。
 その後ろにナオとムスビと栄次が乗っていた。

 「グルォオオ!」
 龍水天海はイドさんを見つけると地響きが起こりそうな咆哮を上げ、突進してきた。

 「来ました!歴史神達、過去神、お願いします!」
 イドさんが叫び、ナオ達は動き出した。

 ……まず私が天叢雲剣の歴史が書かれている巻物を取り出します。

 ナオが天叢雲剣の歴史と巻物を取り出した。

 「栄次!」
 そしてナオは栄次の名を呼んだ。

 「……。」
 栄次のまわりを天叢雲剣に関する巻物が回りだした。

 ……これで俺がこの歴史を過去に戻す……。とは言っても俺が何かできるわけではなく、巻物が俺のまわりを回っているだけだが……。

 巻物が栄次のまわりを回った時、イドさんが持っている天叢雲剣が過去の……力のない状態の剣に戻り、非常に軽くなった。

 龍水天海はもうすぐ近くに来ている。イドさんはその軽くなった天叢雲剣を弓にセットした。

 「ここで終わらせます……。」
 イドさんは自身の神力を天叢雲剣にありったけ込め、弓を放った。
 天叢雲剣は風を切って鋭く龍水天海に飛んでいった。

 「グルォオ!天叢雲剣の神力を失くしてどうする?こんなの簡単に弾けるぞぉ!ぎゃははは!」
 龍水天海は余裕を取り戻し、再び狂気的に笑った。そして剣を避けずに真っ向からぶつかってきた。

 「ムスビ。」
 ナオが静かにムスビに目配せをした。

 「ああ。」
 ムスビは小さく頷くと手を前にかざして天叢雲剣の歴史を結び、終わらせた。
 過去に戻っていた天叢雲剣がムスビにより歴史を結ばれ元の神力に戻った。イドさんの力もプラスされ天叢雲剣はさらに神々しく光り始めた。

 「なにっ!突然元にっ……」
 龍水天海はまぶしいほどの光を放ち始めた剣に怯え避けようとしたが遅く、喉元から天叢雲剣に引き裂かれた。天上界が龍水天海の血で赤く染まっていく。龍水天海は龍の姿から人型へと戻り、落ちていった。

 ―人々の期待に応えられず、狂った龍神の末路がこれかよ……。拙者は求めてくる人間が怖かっただけだ……求められても叶えられない自分の神力に焦り、叶わないと罵る人間達に追い詰められたんだ……だから殺した……―

 龍水天海は薄れゆく意識の中でイドさんと繋がっていた。イドさんは目を瞑り、龍水天海の最期の言葉を聞いていた。

 ―拙者とお前は違う……。お前は拙者の神としての生を継ぐんじゃねぇ。
別もんだ……。拙者の生はここで終わるんだ。お前が継ぐんじゃねぇ!……いいな?勘違いすんなぁ……。―
―お前に消されるのは癪だがもういい……。―

―消えてやるよ……それで……いいん……だろ……―

龍水天海の身体が美しい白い光となりイドさんの中に吸い込まれた。

……さようなら。あの時の僕……。
イドさんはそっと目を閉じた。

十七話

 「終わったのですか?」
 ナオが警戒をしたままイドさんに尋ねた。

 「……ええ。僕が勝ったようです。と言っても皆さんがいなければ負けていました。……ありがとうございます。」
 イドさんはどこか納得のいっていない顔をしていた。

 「……龍雷、お前はこれから神力が上がってくるはずだ。そうなった時にこの竜宮の手助けをしてくれ。……今はその心構えだけでいい。もう遊園地なるものをやる必要もない。竜宮は元の竜宮に戻るだろう。」
 天津の言葉にイドさんは複雑な顔でほほ笑んだ。

 「ええ。……天津……、封印がなくなってからのお願いで大変心苦しいのですがテーマパーク竜宮を続けてほしいんです。」
 イドさんは言いにくそうに天津に言葉を発した。

 「お前からあれを続けてくれと言われるとは思わなかった。」
 「……娘がこのテーマパークをお気に入りにしているみたいで……僕もここで安心して娘を見られるかなと……。」
 イドさんは口ごもりながら天津を見据えた。

 「……そうか。ならばまだ私はここのオーナーでいよう。急にやめるのも不審に思われるからな。」
 ほほ笑んだ天津にイドさんは深く頭を下げた。
 そのやり取りを見ながらナオは遠くをこそこそと飛ぶ怪しい龍を発見していた。

 「ナオさん?」
 ムスビがナオの訝しげな表情に気がつき、声をかけた。

 「ムスビ、栄次……あれを……。」
 ナオはムスビと栄次をつつくと天津とは反対にいる不審な龍を指差した。

 「……あの龍に時神のアヤと狐耳と甲羅を背負った女……カメか……?がいるぞ。」
 栄次は目を凝らしながらナオにささやいた。

 「よ、よくみえましたね……。アヤさんにミノさんにカメですか……。」

 「あの龍は竜宮のツアーコンダクターをやっている龍神で流河龍神りゅうかりゅうのかみだよ。皆、リュウとかリュウさんとか呼んでいる。あのツアコン、何やってんだよ?」
 龍を見ながらムスビは首を傾げた。

 アヤ達を乗せた龍は天上界にぽつんと浮いている真っ赤な鳥居を潜り、竜宮から姿を消した。

 「……あの浮いている不気味な鳥居から現世へと行けるみたいですね……。……はっ!あのカメはもしかすると現世に行きたがっていたカメでは……?あのカメは無事だったんですね……。それでアヤさんがなぜいるのかわかりませんがあのカメを現世に連れて行ってあげたと……。」
 ナオが栄次を見上げる。

 「その推測は当たっていそうだな。」
 栄次は軽く頷いたがムスビはよくわからず首を傾げていた。

 ****

 天津は先程のロビーまでナオ達を連れて戻ってきた。
 「おい!大丈夫だったか?」
 「良かった、生きてやがる。」
 戻るなりロビーで待機していた蛭子と飛龍がナオ達の元へと走ってきた。

 「勝ったのか?」
 蛭子の問いかけにイドさんは小さく頷いた。

 「みなさんのおかげであいつを倒せました。蛭子……先程の非礼を許してください。僕はもっと修行をしなければならないようだ。」
 イドさんは頭を抱えてため息交じりに答えた。

 「……蛭子様、大切な天叢雲剣をお貸しいただきありがとうございました。」
 天津は蛭子に天叢雲剣を手渡した。蛭子は頷くと剣をいともたやすく持ち上げ、光の粒にして消した。

 「そういえば……オーナーでさえ持つのが辛そうだった天叢雲剣を蛭子さんは振り回していたんだな……。スサノオさん達の力がどんなだったのか想像もできないぞ。」
 ムスビは小さな声でナオに耳打ちした。

 「……確かにそうですね。一度、会ってみたくもなります。」
 ナオもムスビに小さくささやき返した。

 「さて……一応一件落着はしたが……歴史神、特に霊史直神れいしなおのかみには罪状がある。これに関しては見過ごしてやれぬ故、助けられたことは感謝しているが捕縛させていただく。」

 「うっ……。」
 穏やかな雰囲気から一転、天津は鋭い眼力をナオに向けた。ナオは冷汗を浮かばせ、身の危険を感じた。

 「やはり……こうなるか。」
 栄次が刀に手を伸ばした。

 「栄次!ナオさん!走れ!」
 突然ムスビが割れた窓ガラスの方へ走った。栄次もナオもなんだかわからずにとりあえずムスビについて走り出した。

 「待てっ!」
 天津が強い神力を発する。

 「っぐ……。」
 ナオ達の体が急に重たくなった。

 「何が何でも走れ!窓から飛び降りろ!」
 「窓からっ!?」

 ムスビのトンチンカンな言葉にナオも栄次も驚いた。だがこのまま止まっていても天津に捕まるだけだ。ナオ達は決死の覚悟で割れた窓から外へと飛び出した。目を瞑ったがすぐに何かの上に着地した。

 「……?」
 ナオと栄次は目を見開いた。赤く大きな龍が風を巻き上げながら勢いよく上昇した。

 「えっ?」
 ナオ達は直立に上昇する赤い龍の上にしがみつくように乗っていた。

 「飛龍!何をしている!」
 もうかなり下の方にある割れた窓ガラスのロビーから天津が顔を出し、赤い龍に鋭く叫んだ。

 「オーナー、あたしは今回こいつらの味方をするぜ。ふふっ。後でとびっきり痛いお仕置きをしてくれよ!楽しみにしているぜ!じゃなっ!」
 紅い龍になった飛龍は楽観的に笑うとナオ達を連れて優雅に飛んでいった。

 「……天津、貴方は部下の不始末に一体いつも何をしているんだ……?」
 茫然とした顔をしている天津の横に蛭子が呆れた顔を出し、ため息交じりに尋ねた。

 「……何もしていません……。飛龍は私にはいつもああなのです。」
 天津は頭を抱えて蛭子に答えた。

 「なんであれ部下に好かれるのは良い事だな。ところであの歴史神達は罪神なのか?」
 「ええ……まあ。」
 蛭子の質問に天津は曖昧に頷いた。

 「……ふむ……ならば次回の権力者会議は私が出よう。すべてお前に任せて私はまったく出ていなかったからな。」

 「蛭子様は七福神の会合もあるではありませんか。情報はこちらがいち早くあなたに流していますので出席する必要はないかと。」
 「お前は竜宮の立て直しがあるだろう。私が出る。」
 蛭子は羽織を翻すと天津に背を向け去って行った。

 「ありがとうございます。……よろしくお願いします。」
 天津は蛭子に深く頭を下げた。
 隣でイドさんも無言で頭を下げていた。

 ……僕とあいつとスサノオ尊の記憶……はっきりと思い出させられました。概念になったとされるスサノオ尊はついこの間までこの世界に……いたと……。

 イドさんは窓の外の青空を静かに見上げた。

最終話

 飛龍に乗っているナオ達は天上界を浮いている鳥居の前まで来た。
 「あの……助けてくださってありがとうございました。」
 ナオが控えめに飛龍に言った。飛龍は豪快に笑うといきなり鳥居を潜った。

 鳥居を潜ると海の中へ出た。海の中は竜宮にある海とは違い、魚が泳いでいた。不思議と息はできたが現世の深海のようだった。

 飛龍は海低から上昇していく。アンコウなどが泳いでいる場所から小魚が泳ぐ場所まで来てそのまま海から飛び出した。

 「ぷはあー。現世に到着!助けたお礼はいいぜ別に。楽しかったお礼さ。それに~オーナーに沢山お仕置きしてもらえるしね~。まあ、いつも大したことされないんだけど……。」
 飛龍はどこかうっとりした顔で現世の空を浮遊した。

 「は、はあ……。」
 「飛龍ってほんとはドМだったのか……。」
 ムスビの独り言に飛龍はまたも豪快に笑った。

 「オーナーにだけだぜ。オーナー、かっこいいんだもーん。」
 飛龍は急に女になった。

 ナオはため息をつきながら先程飛龍が飛び出した海を眺めた。透明な海の中に小さな赤い鳥居が浮いていた。

 「こんなところにも鳥居が……。」

 「ああ、それは現世での竜宮だよ。この鳥居から高天原内の竜宮へ行けるんだ。昔にカメと共に浦島太郎って人間がこの鳥居にダイブしてきた時は笑ったし、すげぇって思ったぜ。まあ、高天原との時間間隔はだいぶん違うから人間はすぐにじじいになっちまったけど、浦島太郎って人間は知らんうちに神になったらしい。竜宮はトラウマになっちまったらしくてもう来ねぇってよ。ははは!」

 飛龍は楽観的に笑うと再び飛び始めた。

 「そうなのですか……浦島太郎さんが……。あ、あの……陸地まで運んでくれるのですか?」
 「運んでやるよ。ここにポイはさすがにやべぇだろ。なんなら最寄りまで送るぜ。」
 心地よい風を受けながら飛龍はゆっくりと進んでいく。

 「ありがとうございます!感謝いたします。」
 ナオは素直に頭を下げた。

 「……しかし……なんだかんだ言ってけっこううまく行くのだな……。運がいい。」
 「な。」
 ナオの後ろに乗っている栄次とムスビは短く言葉を交わすと頷いた。

 しばらく進むと陸地が見え、ナオ達が指示した場所に飛龍は下ろしてくれた。
 場所はナオ達が住んでいた歴史書専門店の近くだ。住宅地付近は雨が降って若干蒸し暑かった。
 現在は蝉も鳴く夏真っただ中だ。雨が降って暑さというよりも湿気がすごかった。

 「ああ、わりぃな。あたしが龍になって通った場所は雨風が強くなる。台風も来るかもしれねぇからあんた達も注意しろよ!じゃな!」

 「た、台風ですか……。」
 茫然としているナオ達をよそに飛龍は人型に戻り、鶴を呼んでいた。

 すぐに鶴が来て飛龍はナオ達に手を振りながら駕籠の中へと入って行った。

 「あっ!ありがとうございました!」
 ナオは我に返って慌てて飛龍にお礼を言った。飛龍は駕籠の窓を開けると「いいぜ!またなー。」と楽しそうに叫び手を振り、去って行った。

 「帰りは鶴を使うのですね……。」
 鶴が飛龍を乗せて飛んで行ってしまった後にナオは小さくつぶやいた。

 「帰りも龍で現世を飛んだら風雨に台風とやばいからでしょ……。」
 「楽観的な神だったが威力は恐ろしいな……。」
 ムスビと栄次はまだ茫然としていた。

 小雨だったはずの雨が突然に強くなった。強い風も吹き、木が大きく揺れる。周りを歩く人々は「ゲリラ豪雨か!」と叫びながら走り去っていった。あちらこちらでビニール傘が飛び、雨は前が見えないほどに降り始め、カーテンのように見えてきた。

 「……これは大変です……。早く店に戻りましょう!」
 ナオは慌てて店に向かって走り出した。

 「ぼうっとしていたらいつの間にかびしょ濡れ!」
 「神の威力は恐ろしい……。」
 ムスビと栄次も顔面蒼白でナオを追い、走り出した。

 ……スサノオ尊、アマテラス大神、月読神は伍の世界へ消えた。最初の隠された記憶でどうして私があの場にいたのか……どうして思い出せないのか……彼らの歴史を消去し概念にした理由は何か……Kは何なのか……それらを調べられるのは……図書館……あの図書館しかないですね……。
 ……行きますか……あの図書館に。

 ナオはもう次の行き先を決めていた。

旧作(2018年完)本編TOKIの世界書四部「明し時…4」(歴史神編)

次からはTOKIの世界書一部「流れ時…」の陸の世界バージョン、プラント・ガーデン・メモリーに入ります。

旧作(2018年完)本編TOKIの世界書四部「明し時…4」(歴史神編)

一部「流れ時…」とタイトルは同じですが内容は別です。少しだけリンクするかもしれません。 四部の四章です。あと二章で四部は終わります。 もう一つのドラゴン・キャッスル・ヒストリー開幕!

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-14

CC BY
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CC BY
  1. ドラゴン・キャッスル・ヒストリー
  2. 二話
  3. 三話
  4. 四話
  5. 五話
  6. 六話
  7. 七話
  8. 八話
  9. 九話
  10. 十話
  11. 十一話
  12. 十二話
  13. 十三話
  14. 十四話
  15. 十五話
  16. 十六話
  17. 十七話
  18. 最終話