フランの事情 【未来編後、過去に帰る直前くらい】

ほのぼの? なヴァリアー。
ヴァリアーには、コレでもほのぼの、何だと思われ。

あの頃は、文字数多くする事に腐心していた傾向が・・・。
まぁ、今もですが。

フランの事情 【未来編後、過去に帰る直前くらい】

 1週間。

 それが、正一やヴェルデたちが示した時間。

 白蘭が倒れた今、彼がマーレリングで引き起こした事象は悉く抹消され、修正される。

 1週間後に、一斉に、一瞬で。

 1週間。

 彼らの道が穏やかに重なった、ほんの僅かな時間。


 ヴァリアー日本支部・・・という名の、彼らが乗ってきた船の中。

 綱吉は地下アジトに誘ったのだが、そんな誘いをザンザスが受ける筈もない。さりとてとある事情から、あっさりイタリアに帰る事もしない彼らは必然、最も居心地の良いこの船に1週間の居を定めたのだった。


「ベルせんぱーい。」


 彼らがイタリアに蜻蛉返りしない理由。

 それは。


「起きてくださーい。今日は楽しい遊園地に連れてってくれる約束ですー。

 ミーとクロームネーサンとあとついでに師匠たちを。」


「ゲロゲロうっせえカエルだなオイ。何だよ『ついで』って。

 リク聞いてやんのはお前とクロームだけっつったろ。」


「リクに含めといて下さいケチな堕王子。」


「ケチ言うな、刺すぞカエル。

 ったく、ボスも何考えてんだか・・・とっとと帰って身辺整理でもさせとけよ。」


「ご心配には及びませんアホの子王子。ミーが消えればミーの所持品も消えますから。

 ミーがベル先輩から丁重にお預かってたエロ本も、ベル先輩の部屋にリバースする筈なんで。身辺整理するならベル先輩の方だと思います。」


「マジかよ・・・。

 次の持ち検いつだっけ。」


「ミーが消えた後のって事なら、来月最初の日曜日です部屋の汚い堕王子。」


「あっぶね、王子セーフ♪ 来月なら、それまでに1回くらい掃除してんだろ。」


「絶対にしてないと思います。ベル先輩大掃除だって逃げ出そうとしてボスに大目玉食らってたじゃないですかー。巻き添えで一緒に怒られた身にもなって欲しかったですー。

 ていうか、部屋が汚いってトコは否定しないんですね。」


「汚かろーが汚くなかろーが、何処に何置いたか判ってりゃいーんだよ。」


「先輩判ってないじゃないですか。物失くす度にミーに探させるのやめて下さいよー。」


「お前が勝手に動かすから判んなくなるんだよ。だからお前が探せ。」


「ミーのせいにするのやめて下さい。酷い、涙出てきた。」


「オメーはまずその嘘くせぇ嘘泣きをやめろ。」


 ヴァリアー幹部たちが、未だ日本に居る理由。それはフラン。

 彼が『修正された未来で、いつ日本に来る任務があるか判んないじゃないですかー。イタリアには暮らしてるだろうから、イタリア観光する必要はないですけど。』とか言って、残されたヴァリアー幹部としての時間を日本観光に充てたがったからだった。

 観光だとぉ? ヴァリアーならヴァリアーらしく任務をこなせ、残党狩りとか残党狩りとか残党狩りとか後始末とか後始末とか後始末とか色々あんだろ。

 という至って常識的なスクアーロの発言は、何故だか敢えなく却下された。

 フランのヴァリアー幹部入りは、ミルフィオーレによってマーモンが殺された事による昇格だった。白蘭が敗けてから1週間後に、マーモンがミルフィオーレに殺された事実も消えてなくなる。そうなれば、フランがマーモンの後任に選ばれた事実もなくなる。彼がヴァリアー幹部になった、事実も。

 ザンザスが、実際何故1週間の日本滞在を決めたのかは判らない。無口な彼はその理由を言わなかったから。

 部下との名残りを惜しむキャラでもないクセにー。

 残り少ない時間を好きに使わせてやりたいなんていう、情け心なんて持ち合わせてないクセにー。

 という至って的確なルッスーリアとマーモンの突っ込みも、敢えなく却下された。


「お早うございまーす。」


「ウィース。」


「おはようベル、フラン。

 まぁベルちゃんったら、挨拶くらいちゃんとなさいっていつも言ってるでしょ♪」


「いーの俺、王子だから。」


「もうっ。」


 食堂に入って早々説教を食らったベルフェゴールは、悪怯れもせずにとっとと着席してしまった。こうすればルッスーリアは深追いして来ないのだ。

 先に朝食を平らげたらしく、テーブルに両足投げ出して偉そうに新聞を読んでいるザンザスを、フランはチラッと横目で確認した。

 ザンザスの日本滞在の理由を、フランも知らない。特別目を掛けられた覚えはないし(彼はそういう意味ではかなり公平なボスだ。特定の人間を贔屓したりしない。)、こういう形でご褒美を与えられるような働きをした覚えもない(そういう意味でも判り易いボスだ。働きに対する褒美は必ず現金でくれる。)。結局はただの気紛れなのだろうと思う。あるいはイタリアで待っている仕事をサボりたいだけなのか。

 どちらでも、良いといえば良いのだが。

 だってもうすぐ消える訳だし。


「ルッスせんぱーい。お願いがあるんですけど。」


「あら、なぁにフラン?」


「一緒に遊園地に来て、ド派手に遊び倒してくれませんか? ベル先輩の金で。」


「てめ、何言ってんだこのカエルっ。」


「んまぁ~、とってもそそるお話ね。

 じゃぁお言葉に甘えて参加しちゃおうかしら。最近オフの日も全然なかったし~。」


「是非是非ー。『参加する事に意味がある』とか言いますしねー。」


「カ・エ・ルッ。」


「フランです。」


「『カ・エ・ル』ッ!

 テメェ、いい気になるのも大概にしろよ。確かに軽口叩いたさ、軽~く冗談で『消える前に何でも言う事聞いてやらぁ♪』とか言ったのはこの俺、ベル王子様だよ。

 その冗談を真に受けるカス鮫もお前も脳ミソ付いてんのかって感じだが、俺も王子だから? 言った事は守ってやるさ。それが『ジャッポーネ一有名な遊園地で、派手に一日遊び倒したい。』っつーガキみてぇなお願いでもな。

 女に優しい王子様は、『クロームネーサンと』っていうシスコン丸出しな条件も呑んでやるよ。お前と2人でメリーゴーランド乗るくらいなら、出費が増えようが女連れてく方がまだマシってもんだぜ。

 だがな、カエル。

 特技が脱獄な変態パイナップルの分まで、何で俺が出さなきゃなんねぇんだ? この上ルッスーリアまでくっついてくるだと? ふざけんのも大概にしやがれこのカエルっ。」


「フラストレーションが大爆発してキレてるトコ申し訳ないんですがー。

 師匠が来るなら犬ニーサンと千種ニーサンも来ますし、ベル先輩よりよっぽどミーに優しくしてくれるマーモン先輩も来てくれます。なのでその3人の分も出して下さいネ☆」


「黙れカエル。誰が出すもんか。

 特にマーモンな。あいつ人の金だと幾らでも使いやがる。」


「えー。でもミーは『ミーが連れて来る人たちとミーの分の遊園地代を出して下さいネ☆』ってお願いしたんですけど。

 『ミーの分の』以前の単語を聞き逃したのは、ベル先輩の耳が故障してたせいだと思うんですけど。

 ですけど。」


「・・・てめ、わざと小さな声で言ったろ。」


「嫌だなぁ、先輩じゃあるまいし、そんなコスい手は使いませんよー。」


 延々減らず口の応酬を繰り広げる、ベルとフラン。

 ルッスーリアは朝食がてら耳を傾けていた。下手な芸人を呼ぶより余程面白い話芸だ。個性豊かで口達者な幹部の中でも、この2人の応酬は一際面白い。平隊員たちの中には、過酷な任務の癒しをこの2人の会話に求めている者も多い。要するに相性が良いのだ・・・本人たちは全力の本気で否定するだろうが。

 スクアーロがベルの『冗談』をわざと真に受けたのも、判る気がする。

 ベルとフラン、この2人をもう少し一緒に置いておきたくなる。この空の下の何処かで、この減らず口の応酬をしていて欲しい。しているのだと思いたい。

 もうすぐフランは居なくなる。

 あの骸の弟子である事はミルフィオーレとは何の関係もない事だから、ボンゴレの関係者になる部分は変わらないとは思うが。

 少なくとも、ヴァリアーの幹部にはフランは居ない未来になる。

 修正後の、未来で。

 改めて対面した2人も、こんな風に減らず口を叩き合うのだろうか。


「あ、ルッスーリアせんぱーい。」


「なぁにフラン?」


「もうひとつお願いがあるんですけど。

 来月日曜の持ち物検査、ベル先輩の部屋『だけ』特に厳しくチェックして下さいねー。ウチの師匠に負けないくらい変態チックなエロ本とか、いっぱい出てくる予定なんでー。」


「チクッてんじゃねぇこのカエルがっ。それに俺の趣味は健全だ!」


「ほほほ、覚えておくわ~♪」


 フランが消えるまで、あと4日だ。


 ルール無用のバトルロワイヤル。という、一般人のイメージからは程遠く。

 マフィアの世界というのは、意外と約束事を重んじる。日本で言う所謂『仁義』という概念は、イタリアンマフィアの中にも存在するのだ。

 故にベルフェゴールは、過去の自分の迂闊な発言を呪いはしても、カード一枚使い果たすくらいの出費は覚悟していたのだが。

 予想していたよりも若干、人数は少なくなった。


「あれあれー? 師匠、犬ニーサンと千種ニーサンは来ないんですか? 物凄い来る気満々だったんですけど。」


「あぁ、僕から言って、2人には今回我慢してもらう事にしました。彼らが来るとお前は押し退けられてしまうでしょう。

 期待に応えてくれたご褒美です。今日は一日お前に付き合ってあげますよ、おチビさん。」


「・・・どうせなら現ナマがいいですー。」


「クフフ、またお前はそういう事を言う。」


「うわー、似合わねー。」


 ベルフェゴールは思わず呟いていた。

 夢のない発言をしつつ、両手はしっかり師匠と師姉の手を繋ぎ、握り締めているフラン。右手は骸、左手は10年前クロームだ。彼女がまともにフランと会い、話したのは戦いが終わってからだ。それでもやはり、気は合うものなのだろう。ヴァリアーの船にも頻繁に顔を見せて、『未来の弟弟子』を可愛がっているようだった。今も、懐いてくるフランに嬉しそうな笑顔を見せている。

 並んでそれを眺めながら、ベル・ルッス・マーモンの3人はそれぞれ微妙に違う感慨を抱いていた。


「何やかや言いつつ、あいつも14歳の多感な少年でしたって?

 そういや揺り籠事件の時のカス鮫と同じ歳だな。」


「まぁ可愛い♪ 写真に撮って引き延ばして、デカデカと飾ってあげたいわ~♪」


「順当な所なんじゃないかい?

 5年前に9歳で骸に拾われて、以来修行三昧。1年前にヴァリアーに入って任務三昧、半年前に幹部昇格、任務三昧に加えてベルの世話。

 スラムで骸の財布をスリ取ったのが縁らしいじゃないか。今までまともに遊ぶ時間など無かっただろうからね。はしゃいでるのさ。さしずめ骸はポスト父親、クロームはポスト母親と言った所か。ま、あれくらい歳相応な方が可愛げがあると思うけどね。」


「俺がアイツの世話させられてんの。カス鮫に。

 なに、マーモンあいつ気に入ってんの? すんげー減らず口だぜ?」


「それは君もだろベル。それに8歳時分の君より、余程好感が持てるよ。」


「当時の幹部をボスの目の前で殺して昇格したのよね♪ 格好良かったわ~、シビレちゃった♪♪ 写真あるわよ、見る?」


「見ねーよアホっ。

 ったく、ボスも含めて、お前ら全員アイツの猫被りに騙されてるっつの。」


「ボスねぇ・・・。」


「ベルせんぱーいっ。」


 マーモンが思案げに何か言いかけた時、遊園地の入口でフランが声を上げた。


「財布出してくださーい。一日限定財布王子。」


「誰が財布王子だっ。次呼んだら刺し殺すぞテメー。」


 ベルフェゴールが財布に現金を入れないのは、ヴァリアー全員の知る所だ。自称でもなく確かに王族の血を引いている彼が、どの程度の財を持っているのか正確な所は判らないが。意外と資産運用なども頭に入れていて、各国の複数の銀行に分けて貯金しているらしい。今も札束ではなくカードを一枚渡して、フランには暗証番号まで教えている。


「いーかカエル。

 俺も王子だ、ここまで来て金の事は言わねーよ。これ一枚やっから、好きに使え。暗証番号は0233だ。入場料はさっき下ろしてきた現金で払ってやるから、あとの金は園内のATMで下ろせ。20時にココに集合な。遅れたら容赦なく置いてくぞ。」


「しつもーん。」


「ンだよ。」


「そのカード内の資金で足りなくなったらどーしたらいーですかー?」


「日本円で6千万だぞっ? どんだけ遊んだら超えんだよ、超える筈ねーだろ。

 何かあったら携帯で呼べ。『足りなくなった』って以外の用でな。」


「判りました堕王子。頑張って見事、6千万円分遊んでみせます。」


「いんだよ頑張んなくてっ。

 早く行けっ!!」


「はーい。」


「クフフフ、感謝しますよ堕落王子。」


「行ってきます、・・・堕王子様。」


「わざわざ『様』付けんな。アンタにそう呼ばれると情けなさが倍増する。」


「行ってきます、堕王子。」


「・・・わざわざ言い直すなっつの。」


 脱力するベルフェゴールの腕の中に、マーモンが当然の顔をして収まる。死ぬ前から、そこはマーモンだけの特別指定席だったのだ。

 マーモンを抱っこしたベルの背中を、更にルッスーリアが入口まで押しやった。


「さ~、私たちも楽しみましょ♪ ベルちゃんのお金で♪♪」


「ベル、僕にもカードをおくれよ。」


「何でだよ。フードを被ったあからさまに怪しい赤ん坊1人で乗れるアトラクションなんてないぜ?」


「そういう時こそ幻術の出番なんだろ? 一般人共には認識障害の幻術でもかけてやればいいのさ。」


「な~る。」


 ここまで来て今更『大の男、それも職業暗殺者が3人揃って遊園地かよ。』とか『別行動してちゃ女連れて来る意味ないじゃん。』とか言っても始まらない。とにかく今ここに居るのだ、楽しまなくては始まらない。

 ベルは本格的に遊び始め、この遊園地にすぐに夢中になった。


 某有名遊園地と言えばこの菓子しかない。世間一般でどうだろうが、自分的には絶対にコレだ。

 フランには、ここに来たら絶対に食べたいお菓子があった。


「落とさないようになさい、おチビさん。」


「わー、ありがとうございます師匠ー。」


「クロームも、はい。」


「っ! ありがとう、ございます・・・っ。」


「泣く程の事でもないでしょう、僕の可愛いクローム。」


 苺味のチュロス。骸がその手で買い、渡してくれたチュロス。それをクロームと食べたかった。ちなみに苺味なのは、いつか必ず某雲の守護者を咬み殺してやる、という意思表示である。

 フランの知らない『10年前の』クロームは、うっすら涙を浮かべる程感動してギュッとチュロスを握り締めた。考えてみれば、彼女は今の今まで骸の声に導かれ、その存在を誰より近く感じつつも『本物の』骸に会った事はただの一度も無かったのだ。

 この、10年後に来るまで。

 それも1週間も側に居られるなど、『10年前』は考えた事もなかったに違いない。彼女の嬉し涙を横目で眺め、フランは誇らしくなった。師の自由を取り戻し、彼女を喜ばせたのは他ならぬ自分なのだ、と。

 そんなフランを更に眺めていたのは、当の骸だった。


「しかし、お前の表情筋は相変わらず怠け者ですね。」


「師匠ー。それが弟子のほっぺた延ばしながら言う台詞ですかー。」


「ヴァリアーという感情剥き出しな者たちの中に放り込めば、少しはこのほっぺたも柔らかくなるかと思ったのですが。」


「一晩醤油に漬け込んだのに柔らかくならないぜこの肉、みたいなモンですか?

ミーのほっぺはぷにぷにですー。ピッチピチの弾力に溢れた生まれたままのお肌ですー。」


「前半はその通りですが、後半は頂けませんね。10も20もサバを読む中年女のような台詞はおやめなさい。」


「ちぇー。悪態にすら教育的指導ですかこのパイナップル。」


「骸様・・・お米の研ぎ汁で顔を洗うといいって、前にボスが・・・。」


「おやおや、綱吉君は昔から家庭的ですね♪」


 ズレた進言をするクロームに、骸もズレた惚気方をしてニヤリと笑った。

 片手は彼女の頭を撫で、片手はフランのほっぺたを延ばし続ける骸。両手に花でいいご身分ですねー、とスレた事を思いつつ、フランは『10年後の』彼女の事を思った。

 『10年後のクロームネーサン』にも、師匠に会わせてあげたかったのに。

 以前、修行の中で師に教えられた。『幻術のリアリティーとは、術者の持つリアリティー。自分の中で一点の曇りもなく信じられる物を源とする事で、最も強い幻術を作り出す事が出来る。』と。

 あの時・・・牢獄で、ヴィンディチェを騙くらかした時。

 フランの中にあって、鉄壁だの真理の目だの言われていたヴィンディチェすら騙しおおせた術の核となった『一点の曇りもなく信じられる物』とは、『骸の弟子である事への誇り』。あの師に、師姉に教え込まれ、育てられたのだという、自信。

 ヴァリアーの一員である、という誇りではなかった。

 だからこそ、自分の育て親の1人である『10年後のクローム』にも、修行の成果を、結実を見せ、喜ばせ・・・そして、褒めて欲しかったのだが。

 そこまで考えて、フランはふと、不思議に思った。


「師匠ー。」


「どうしました、おチビさん。」


 疑問に思った事は速攻訊け、とは、他ならぬこの師に教えられた事だ。


「昔っから何回も、もうマジで飽き飽きして吐き気がするくらい話してくれたじゃないですかー。ボンゴレ10代目との出会い編。」


「『馴れ初め』と言いなさいおチビ。」


「・・・・・。」


 クロームが骸を見上げて物言いたげな顔になる。


「よく考えるとー、白蘭のやろうとしてた事って、昔の師匠とあんま変わんない気がしてきたんですけどー。殺戮とか殲滅とか支配とか。

 まぁ師匠の場合更に上を行く強欲で存在自体がスプラッタな人なんで、最終的には更に破滅的な人生を歩むと思うんですけど。」


「お前には少し言葉を教え過ぎたようだと最近よく思いますよ。」


「似た者同士だったのに、何でミルフィオーレサイドで動かなかったんですか?

 脱獄はボンゴレ抜きで出来たし、ミーもクロームネーサンも、いつでも雲隠れ出来たのは知ってたでしょう?」


「クフフフ、そうですね。2人にそれを教えたのは、他ならぬこの僕なのですから。」


 目を細めて笑うと、骸は腰を屈めてフランの背丈に目線を合わせた。

 骸がフランに、そしてクロームにも与えたのは、幻術士としてのスキルに留まらない。千種たちという仲間を与え、外の世界の情報を与え、そしてその外・・・裏社会で生き抜く術も同時に与えた。その中には、所謂『失踪』の方法も含まれる。ただの家出ではない。要するに『組織から抜ける術』だ。

 フランはソレを、骸・クローム両方不在時にヴァリアーに拉致された・・・もとい、入隊した、その寸前に教えられた。

 後になって『あの変態師匠こいつらが来る事知ってやがったな。』と思った時、『だからあんな事教えたのか。』と納得し、そして『て事はやっぱりミーを手放す気はないんだな。』と、釈然としないながら『安心』したのを覚えている。

 師は、骸は暗に『必要になったら呼ぶから、その時は教えた方法で抜けて来い。それまではそこで経験を積め。』と、そう言ってるのだと。

 確かにその時のフランは『安心』したのだ。

 師との繋がりが切れていない事に。

 師に、見捨てられたのではない事に。

 事実、師は機が到来した途端、真っ先に弟子を呼び出した。

 そして弟子はその声に応え、骸は今ここに居る。


「それはですね、おチビさん。」


「はい?」


「お前にはまだ早いですよ。もう少し経ってから教えてあげましょうね。」


「・・・あの、ミーの基準で『もう少し』って、もうホントに少ししかないんですけど。」


「クフフフ。」


 咄嗟の事に良い減らず口が思い浮かばず、ストレートにそう言った弟子に骸は、一度聞いたら忘れられないであろうその笑みと共にフランの髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。

 遊園地でカエルなんか被ってたら変態ですー、という本人の意見を骸が採用し、今日、遊園地に居る間だけは被り物なしのスッピン・フランである。但しベルフェゴールの名でレンタルしてきたワゴン車の中には、しっかりフラン・・・というよりベル愛用のカエル頭が搭載されていた。駐車場に戻ったらすぐ被せるつもりだ。ベルは何かカエルに恨みでもあるのだろうか。

 一生懸命に眉根を寄せる弟子に、骸は楽しそうに言葉をかける。


「今はまだ内緒ですよ、おチビさん。

 そうですね、お前のその怠惰な表情筋が役目を果たす気概というモノを見せて、お前が僕に笑った顔を見せると言うのなら。その時は詳しく教えてあげましょう。」


「骸様、見たいんだ・・・フランの笑顔。」


「わー、師匠ってホント『ツンデレ属性』ですよねー。

 色ボケ変態ツンデレ南国果実。霧改め激甘の守護者ナッポー。激甘属性のボックス兵器・パイン=アップル。攻撃能力は、え~とそうですねー、」


「はいはい、妄想はそれくらいにしなさいおチビさん。

 チュロスだけではお腹が空くでしょう。次のアトラクションに行く前に食事にしますよ。」


「ボンゴレ10代目にラブだから、なんてのは理由になりませんからね師匠。」


「違いますよ。」


「給料の払いがボンゴレの方が良かったから、なんてのも理由になりませんからね師匠。」


「違いますよ。

 ちなみに今は円高なので、今イタリアから通貨を持ち込むとお得になります。」


「国外任務に行く前には、必ずイタリアに居る内にレートをチェックして国内で両替するのが得か空港で両替するのが得か確認します。」


「宜しい、ちゃんと教え通りに出来ているようですね。

 何を笑っているのですか、クローム。」


「いえ・・・。」


 息の合った2人の会話が可愛らしくて、などと言ったら、絶対にこの2人はムキになって否定するだろう。クロームには判っていた。骸の性格もだが、フランの性格も何となく。似た者同士、なのだ。

 実際の所。

 10年後の守護者たちの間では、都市伝説のような噂が囁かれていた。武に於いて最強の名を欲しい侭にするのは、間違いなく恭弥だろう。しかし、どうやら一番『教師に向いている守護者』は、骸のようだ、と。

 骸はフランという子供を拾った事を、ボンゴレにはオープンにしていなかった。故に、主にクロームに修行をつける様子からそういう話になったのだが、じゃぁランボの教育係(主に勉強の)を彼に任せてみようかという話が守護者でない幹部から持ち上がった時は、守護者全員一致で却下した。仮に向いていたとして、それはそれで困る。骸1人でも鈴を付けかねていると言うのに、骸の精神的遺伝子がランボに混じってしまっては取り返しのつかない事になってしまう。

 まぁ、骸本人も引き受ける気はなかったようだが。

 それはともかく。


「さぁ、選択は任せましたよおチビさん。

 お前に、師匠が今この瞬間食べたい物が当てられますか?」


「変なプレッシャー掛けるのやめて下さいー。

 今日はミーの日なんで、ミーが食べたい物が師匠の食べたい物です。そしてミーが食べたい物はクロームネーサンの食べたい物です。故にクロームネーサンの食べたい物が師匠の食べたい物です。

 なので、クロームネーサンが決めて下さい。

 お昼ごはんは何が食べたいですか?」


「え・・・。」


「おチビさん、僕の可愛いクロームを困らせるのはおやめなさい。お前と違って減らず口など叩かない良い子なんですから。

 大体、クロームの好みならお前もよく知っているでしょう。術士ともあろう者が、身近な人間の食の好みひとつ見抜けずにどうします。」


「だって、ミーは10年前のクロームネーサン知りませんー。」


「クフフ、つまりこういう事ですか。師匠のが判らないからって、判らなくて当然の相手にフった訳ですねこのカエル。ああ何と嘆かわしい。」


「今はカエルじゃありませんー。師匠まで酷い。

 フランはブロークンハートです。クロームネーサン、慰めて下さい。」


「えっと・・・こう?」


「甘やかす必要はありませんよ、クローム。」


「師匠もクロームネーサンに慰めて欲しいけど、マジでやったら変態なのがバレちゃうから頼めないんですよねー。」


「黙りなさいおチビさん。」


 考えてみれば今14歳のフランより、今13歳のクロームの方が年下なのだから、クローム『ネーサン』という呼び方は似合わないのだが。

 クロームの肩に、両腕を回してギュッと抱きつくフラン。よく判らないままに彼女は手を伸ばし、目線より高い位置にある彼の肩を、宥めるようにヨシヨシと撫でた。

 続くフランの言葉にクロームは『自分の肩を抱き締めて愛でて下さる骸様』という図式を想像し、真っ赤になってしまう。25歳の骸が12歳も年下の少女に要求すれば変態扱いされるプレイも、10年前に戻って2歳違い、同年代の女の子に要求すれば決して警察を呼ばれるような事はあるまい。その可能性に今更ながら気付いてしまった訳だ。


「どうだピンク雲☆ ミーの壮大な計画はもう始まっているのだー。」


「ピンク雲?」


「相手にする必要はありませんよクローム。さぁ、食事に行きましょう。」


 クロームと恭弥、10年前時点の2人の仲が未だかなり恭弥の片想い状態である事は、骸も知っている・・・覚えている。事実、今日のこの遊園地にも恭弥はとてつもなく来たそうだった。が、無言の威嚇をするフランと、恭弥も同行するという選択肢など思いも付かないという彼女の様子に、意を表明する事すら出来ず断念していた。

 フランからすれば、大好きな師姉から『ピンク雲』雲雀恭弥を引き剥がす絶好の機会なのだ。今この時、彼女は『骸×自分』という可能性に気が付いた。未来の記憶を持って過去に帰る彼女は、今の『修正前の未来』よりずっと、恭弥に心を向ける瞬間が遅くなるだろう。そして骸が・・・師が師姉の事を妹としか見ていない事は、フランが誰よりよく知っている。故に、骸に掻っ攫われる事も恭弥に横取りされる事もない彼女の心を、フランが得る可能性も高くなる、という『壮大な計画』だった。

 我が弟子ながら、見事、楔を打ち込む事に成功したようだ。

 25歳の骸は、弟子の画策を微笑ましく放置しながら(何年か後に、悔しがった恭弥に『監督不行き届き』と咬みつかれるのもまた一興だ。)、クロームの背を押して適当な洋食屋に入っていった。


 遊園地内には、アトラクションとはまた別のスペースがある。スロットマシーンや卓球台、ダーツなどの置いてある、所謂『ゲーセン』のスペースだ。

 そこで有り得ない光景が作り出されていた。


「ほほほほほ♪ 順調に私の爆走よ~ん♪♪」


「マジかよ・・・。

 ちぇっ、本部から遠いトコのゲーセンならイケると思ったんだけどな~。」


「甘いわ~、甘過ぎるわベルちゃんっ♪ この型番、本部近くのゲームセンターに置いてあるの。もう攻略済みよ。

 距離の問題じゃないのよ、メーカーの問題なの。」


「うるせぇ黙れゲーセンオカマ。クレーンゲームの講釈なんざ聞きたくねぇよ。」


 クレーンゲーム。

 ベル・ルッスの2人は今、ゲーセンでクレーンゲームに興じていた。それも2台占拠して、誰が一番最初に空にするかの競争中である。一番多く取るのは誰か、ではない。一番最初に『空にする』のは誰か、である。

 2人それぞれの後ろに置いてある籠の中は、一杯のぬいぐるみが零れんばかりだった。

 特に、ルッスーリアのが。

 格闘家・ルッスの誇る神業ボディコントロールの、物凄く無駄な使い道。それはクレーンゲームのアームを繊細な手捌きで操り、中身を全て獲得する事。クレーンゲームで彼に勝てる者は、ボンゴレ内部の何処にも居ない。


「そういえば、スクアーロに変な褒め方をされたよ。」


 ゲームに飽き、1人近くのテーブルにもたれてジュースを飲んでいたマーモンは、偶然目に付いた卓球台から温泉を連想し、そして親愛なる作戦隊長を思い出した。

 あの大声で、ガラが悪く、何かにつけ義手についた剣先を振り回し、プライドが高い筈なのにボスの理不尽な暴力にも愛想を尽かさず、ナンバー2としてヴァリアーを切り盛りする作戦隊長を。

 昔スクアーロはザンザスに『俺を仲間にした事を感謝する日が必ず来る。』とか断言したらしい。それは『俺がお前をボンゴレ10代目にしてやる。』という意味だったろうが、マーモン視点では、現時点で充分、ザンザスはスクアーロに感謝していいと思う。

 幾ら金を積まれても、絶対に口に出す気はないが。


「カス鮫に?

 確かあいつ、今草津温泉だっけ。」


「スクらしいわ~。最近温泉にハマッてるとかで、絶対行きたかったんですって。」


「ジジむさっ。」


「おしゃぶりから再生されたばっかの時にさ、言われたよ。『生きてる時は『金には汚いし性格の悪い赤ん坊だ』と思ってたが、いつ出動が掛かるか知れねぇって時に女のトコに行かないだけ、まだお前の方がマシだったんだな。』だって。

 何だいアレ。どういう意味なのさ?」


「しししっ、フランの事じゃね? あのカエル、並盛に真六弔花が来てスクアーロに召集食らった時にさ、女のトコ行ってて繋がんなかったんだとよ。

 出る時ルッスに会ったらしいじゃん? 何で止めなかったのかって、カス鮫の奴俺にも零してたぜ?」


「だって~、女のトコに行く顔じゃなかったんだもの。」


『・・・・・。』


 聞いていた2人の顔から笑みが消える。

 語るルッスは至って気楽だ。


「あの子、変なトコ律儀なのよね~。夜中に窓からこっそり飛び降りて、黙って出てこうとしたのよ。そしたら偶然、門限破ってこっそり帰ってきた私と鉢合わせした訳。

 一目見て『この子もう戻ってこないつもりだな』って判ったわよ。

 カエル被ってなかったし。

 だから聞いてみたの、何処に行くのって。そしたらしれっと『M・Mっていうミー命の女性が命の危機に瀕しておりまして、それを救って英雄になりに行く所なんです。』ですって。馬鹿馬鹿しくって突っ込む気にもならないじゃない?

 だから行かせてあげたのよ、どっちみちスクは日本、こっちはイタリア。どやされても通信切っちゃえば説教も聞こえないわ。」


「ひゅ~、カックイイ~。

 でもあっぶねー。アイツの行き先ミルフィオーレだったら、見逃したルッスやばかったんじゃね?」


「それならそれで、止める権利は私たちにはないんじゃなくって?」


「・・・・・。」


「元々、私たちは自分の理由があってヴァリアーになったんだもの。私は理想の肉体探し、ベルちゃんは殺人、マーモンはお金。プライドとか忠誠でヴァリアーやってんのなんて、スクとレヴィくらいよ。

 フラン、いっつもつまんなそうな顔だったじゃない。外ばっかり見てて。それがあの時、とっても嬉しそうに見えたの。学校終わって一目散に家に帰る小学生みたいな顔。

 半分無理矢理入隊させられて、何で逃げ出さないのかと思った時もあったけど。

 あの子にはあの子の此処に居る理由っていうのがあって、きっとそれがもうなくなったんだなって思ったら、引き留める気が萎えちゃったのよ。

 でもまぁ、良かったんじゃない?

 行き先はミルフィオーレじゃなかったし、ボンゴレの霧の守護者は連れて来てくれたし。マーモン無しの状態で幻術士がフランと10年前のお嬢ちゃんだけってのは、やっぱキツかったと思うのよね~。

 あら、ベル?」


「・・・あンのクソガエル・・・・。」


「落ち着きなよベル。」


「これが落ち着いて居られるかっつのっ。あのカエル俺に黙ってカエル脱ぎやがるなんて、ぜってーシメる。消える前にシメる。今すぐシメる。

 マーモンさ、金は後で言い値で払う。払うからソッコーあのカエル見つけてくんない?」


「その言葉忘れないでよね。」


 見つけた途端走り出す王子を、マーモンは嘆息と共に見送った。

 色々判っていて『今』話した格闘家を眺めやる。


「なぁに~?♪」


「・・・まぁ、僕は金さえ手に入ればそれでいいんだけどね。」


「うふふっ♪

 気付ける時に気付いておかないと、ね。言いたい事が言いたい時に言えないと、ストレス溜まっちゃうでしょ?」


「まぁいいさ。

 ところでベルが居なくなった訳だけど、僕らの遊ぶ金はどうするんだい?」


「フランの『財布王子』発言もそうだけど、あんたたち一体ベルを何だと思ってるの?

 大丈夫よ、ちゃぁんとスってあるから。」


「君が一番何だと思ってるんだい。

 そういえばルッスーリア、君ヴァリアーの前はスリだったんだっけ。」


「うふふ~ん♪」


 ルッスーリアがポケットから取り出して見せたのは、1枚のカード。ベルフェゴールのモノと思しき字で、暗証番号も書いてある。あまりに沢山のカードを持っている為、暗証番号を覚え切れない彼は紙に書いてカードに貼り付けてあるのだ。誰かに見られる可能性は気にしないらしい。

 ヴァリアー所属の格闘家・元晴の守護者候補・ルッスーリア。

 幼い頃はスラムでスリや強盗として過ごし、その体捌きをムエタイの師に見出された所はフランとよく似ている。

 ただ、フランにはルッスーリアと違って、弱視などの身体的ハンディは無いが。


「さ~て、次は何して遊ぼうかしら♪♪」


「それよりそろそろ飯にしないか? 腹が減ったよ。」


「いいわ、私チャーハンが食べたい気分。」


 戦う者にとって視力は大切だ。眼鏡が無ければ戦えないなんて状態、視力を損なった事のないマーモンには考えられない。ヴァリアー内部の変態担当、などと自称しているが、そこに至るまでには想像を絶する努力があった筈だ。

 だから、だろうか。

 マーモンには時々、ヴァリアーで最も精神年齢が高いのはルッスーリアのように見える事があった。

 これもまた、幾ら金を積まれても口に出す気は欠片も無いが。


 骸・フラン・クロームの3人は、フランが事前にピックアップしておいた『外せないアトラクションリスト』を順調にクリアしていた。

 ただ1点、膨れっ面のベルフェゴールが合流した事以外は。


「やだなぁベルせんぱーい、師匠以上に面倒くさい人なんて、初めて見ましたよー。

 そろそろ機嫌直してくださーい。」


「うっせぇこの腐って乱れたカエルの変死体がっ。」


「素直に腐乱死体って言えばいいのに。この超絶堕落王子。」


「超絶腐乱死体。・・・ていうか前から思ってたんだけどよ、お前そのネーミング不満じゃね? お前の師匠って絶対ネーミングセンス悪いよな。」


「・・・ベルせんぱーい。そういう先輩の名前って、『地獄の炎』って意味じゃありませんでしたっけ? 前世は地獄で罪人をガスバーナーで炙ってたんじゃないですか?」


「覚えてる訳ねーだろそんなモン。そういうお前はアレだよな、ぜってー前世はトカゲかカメレオンだったよな。その毒舌ハンパねーもん。

 いつもその毒舌に晒される俺の身にもなって欲しいね、カス鮫には。」


「王子王子言ってる割にはビビリで打たれ弱いんですよねー先輩。

 アホのロン毛隊長にメンタル強化プログラムでも作ってもらったらどうですか?」


「馬鹿が、一番苦労性な人間に作らせたら、こっちまで苦労性になっちまうだろうが。」


「なって下さい。是非、なって下さい。ミーがお手伝いします。」


「手伝うな、お前がなれ。」


 散々ジェットコースターに乗り倒し、一休みしていた3人の所に猛然と走ってきたベルはそのままの勢いを保ってフランの頭に飛び蹴りを食らわせた。

 以来、自分もメロンソーダを注文し、不機嫌オーラ真っ盛りでフランを睨みつけている。

 ノーダメージでレモネードで咽を潤すフランと、その向かいに陣取るベルフェゴール。隣のテーブルで彼らを見ていたクロームは、自分の向かいに座す骸に戸惑いの表情を向けた。


「骸様・・・。ナイフの人、一体何を怒っているのですか?」


「クッフフフ。

 ルッスーリアといいましたか。彼は確か、僕に合流する間際のおチビさんと最後に会った人間でしたね。きっとその彼から、その時のあの子の様子でも聞かされたのでしょう。

 『学校終わって一目散に家に帰る小学生みたいな顔だった』とでも、ね。」


「小学生、ですか?」


「実際、そういう顔してましたから。いざヴィンディチェに幻術をかけようという時の、あの子の顔がね。

 もっともあのひねくれおチビさんの事ですから、目が覚めて会った時にはあの無表情の毒舌でしたが。人間、視線に気付かない時の表情が一番正直なものです。」


「・・・怒られるような、事でしょうか?」


「おや?」


「ボスは私に親切にしてくれるけど、やっぱり私にとって大事なのは骸様。守護者のお仕事は大切だと思うけど、骸様に呼ばれたら、守護者の仕事中でも骸様の所に行くと思います。それがどんな小さな用事でも・・・用事なんか、なくても。

 フランも、同じ。ヴァリアーである事よりも、骸様の弟子である事の方が大事なんだと思うから・・・。

 でも、それが悪い事だとはどうしても思えません。」


「クフフフフ、本当にお前は可愛い事を言いますね、クローム。

 あのヴァリアー、ベルフェゴールはアルコバレーノを除くと最年少だそうですよ。8歳で入隊し、すぐに幹部昇格。9代目に関わる揺り籠事件にも既に参戦していたとか。

 以来18年、ずっとヴァリアー内で幹部として生きてきた訳です。

 行動そのものより、『お気に入りが』、自分の大切にしている居場所に背を向けたのが面白くないのですよ、彼は。」


「居場所は、ヴァリアー・・・?」


「でしょうね。

 彼、ヴァリアー以外の場所で活動している自分は、ピンと来ないと思いますよ。」


「フランは、ベル、さんの『お気に入り』・・・?」


「でしょうね。

 カエルだの何だの、結局は理由をつけていじりたいだけに見えます。ああいうタイプは、本当に気に入らなかったらその場で殺すか、あるいは口を利かないか、ですよ。ナイフも平気で刺してますが、あの子が本当に死んだら慌てるんじゃないでしょうかね。」


「・・・・・・。」


「おやおや♪」


 ほんの束の間小首を傾げて2人を眺めていたクロームは、何を思ったか立ち上がって近くのアイス屋に走った。子供のような手付きで小銭を払うと、何か大きな物を作ってもらっている。フランもベルも口喧嘩に夢中で、彼女の動きに気付いていない。

 ややあって、目的の物を手に入れた彼女が真っ直ぐ向かったのは。


「・・・あげる。」


「いや・・・あげるも何も俺の出費なんだけどねお嬢さん。」


 骸の見ている前でクロームがベルに渡したのは、季節限定・キャラ限定・特大大盛りパフェだった。色とりどりのアイスが真ん丸いドームを形成し、ブラックとホワイトのチョコスティックがアクセントを添えている。頂点にはミッ●ーマウスのチョコプレート。そしてそのプレートを支える一番大きなアイスドームは、ベルの大好きなミントチョコ味を採用していた。

 彼女が差し出した銀のスプーン、その先端を何となく受け取ってしまったベルは、続く台詞に眼が点になる。


「ありがとう。」


「はい?」


「フランの事、気に入ってくれて。

 10年後の私も、多分、お礼が言いたいと思うから。」


「・・・・・・。」


 一瞬、完全に虚を衝かれて無防備になるベルフェゴール。職業暗殺者である彼がこんな顔を晒すのは、恐らく生まれて初めてではなかろうか。

 すぐに、腹を抱えて大笑いし始める。道行く人が振り返るくらい見事な笑いっぷりだ。


「しししっ、面白ぇっ!! 10年後のアンタの事も面白いと思ってたけど、10年前のアンタも変な奴っ! しししししっ!!!」


「そう・・・?」


「そーそ、面白い。

 そんでもって王子、面白い奴はだ~い好きなの。ホラ、あ~んしな。」


「??」


 言われるまま、素直に口を開けるクローム。フランは彼女から渡された匙で一掬いすると、わざわざミントチョコを選んで彼女の口の中へ滑り込ませた。

 大好きな師姉が、真性の殺意を抱く程の相手にアイスを食べさせられるの図。

 その光景を見て、フランはようやく灰化から立ち直った。


「何やってんですかクロームネーサンッッ!!

 駄目っ、そんな堕落野郎のパチモン王子に近付いちゃ駄目ですっ!!」


「でも・・・お世話になってるから・・・。」


「なってませんっ、ミーもネーサンもなってませんからっ。」


「しししっ、してるしてる、お世話してるっつの。

 王子お前のネーサンの事気に入っちゃった♪ さ~て、どうやって恩返ししてもらおうか。まずは一緒にお買い物とか行っちゃう♪?」


「黙れ堕王子。それ以上指一本でもクロームネーサンに触れたら殺します。」


「いーもんね~、どうせ今手ぇ出しても修正されちゃうし。

 アルコバレーノが話してるの聞いたぜ、10年前の俺たちにもココでの記憶渡す気らしいじゃん。クロームが10年前に帰ってから、10年前の俺がじっくりお近づきになるもんね。その時お前はいっな~い♪ 居ても4歳だしな。

 障害になんかなるもんかよ。」


「なりますー。絶対になりますー。

 クロームネーサン、帰ったらすぐミーの事探してくれるって言ってました。4歳のミーにも記憶は行く筈だから、ミーの方からも会いに行きますし。

 たとえすぐには会えなくても、ネーサンはミー探しに忙しくて二重人格な職業暗殺者の相手なんかしてる暇はありません。」


「ほー、随分マセた4歳児だなオイ。

 幾らここでの記憶が上乗せされたからって、体が4歳児って事忘れんなよチビ。その点俺なら安心だね。たったの3つ違いだもん。大人の色気がこれからどんどん出てきますっつー歳ですよ♪」


「うわー、変態発言出ました。年齢で愛を語るのは生物としてどうかと思いますけどねー。」


「ガキよりましだっつの。」


「無駄に歳食ってるより素直な年下の方がマシです。

 クロームネーサンっ、」


「クロームちゃん的にはどっち好き? 年上? 年下?」


「え・・・。」


 迫られ、戸惑うクロームの背後に影が出来る。スラリとした長身の、黒髪に映える紅と深青のオッドアイが印象的な人物だ。その人物は無情に告げた。可愛い弟子とその先輩、両方に。


「クフフ、僕の可愛いクロームに言い寄るとは度胸が付いてきましたね、おチビさん。」


「あ、師匠ー。弟子に加勢してやろうという仏心はないんですかー?」


「ある訳ないでしょう。先生は不純異性交遊は許しませんよ。

 新たに10個程パフェを頼んでおきました。僕から可愛いクロームを取り上げようとしてくれた罰として、そのパフェを完食しておきなさい。量的に『2人で』食べる事が前提ですから、そのつもりで。アイスが溶けたらアウトですからね。」


「俺もかよっ、嫌だね何で」


「クフフフフ、それとも今ココで僕と戦いますか?♪」


「うわー、パフェうめー。」


「さ、行きますよクローム。」


「えと・・・はい、骸様。」


 疾うの昔にベルからスリ取っておいたカードを、ヒラヒラと見せびらかしつつ、骸はクロームの肩をこれ見よがしに抱いて連れて行く。こういう所は意外と子供だ。

 去り際、弟弟子たちを振り返った彼女は無言で行くのも何だか申し訳なくて、小さく呟いた。


「また、後で。フラン。」


「・・・はーい♪」


 その何気ない一言が、どれ程この時のフランに力を与えた事か。

 いつものように表情筋は怠けさせたまま、内心でのみ上機嫌でパフェを平らげて行くフラン。ベルフェゴールはそんな後輩を面白くなさそうに眺めていた。


「なぁ、カエル。」


「何ですか堕王子ー。」


「お前、ここでの記憶貰って『10年間』やり直してもさ、」


「ヴァリアーに入るでしょうねー、ベル先輩の後釜として。」


「俺のかよっ!」


「当然ですー。」


 こうしてまた、エンドレスな口喧嘩が始まる。


 その記憶が天啓のように頭に流れ込んできた時、子供は『昨日よりスリ取った金が少ない。』という理由で家から叩き出された所だった。

 服とも言えないような襤褸切れを体に巻き付け直し、凍った心で蒼天を見上げる。

 見上げて、考える。その記憶の持つ、意味を。

 師匠、と呼ぶ相手が居た。

 兄さん、姉さんと呼ぶ相手が出来ていた。

 何より、自分が名前で呼ばれていた。


「・・・フ、ラン・・・・。」


 ひび割れた唇から、音が漏れる。

 そうだ、あの人が言ったのだ。


『僕の名前が六道骸。死体という意味ですから、お前の姉の名は逆さまに読んで『クローム髑髏』としました。緑の骸骨という意味です。

 ですからお前の名は、腐乱。フランにしましょう。』


 本当の名など、呼ばれなくなって久しい。いや、そもそも名など付けられていたのか、どうか。それすらも怪しい。

 でも、いいのだ。

 今、判った。今の自分に名が無い理由が。


「・・・フラン・・・。」


 あの人に、付けられる為だ。『姉さん達』に、呼んで貰う為だ。だから、それ以外の名は、必要ない。

 それとは別に、もうひとつ気になる事があった。10年後の自分は先輩格に無理矢理カエルを被せられていたのだ。あれは頂けない。御免被る。

 たとえそれ以外の時間が全て楽しくても、だ。


「・・・・・・。」


 昨日降った雨の名残りに、あちらこちらに水溜りが出来ていた。こういう日はスリには向かないから、上がりが少なくて当然なのだ。

 その水溜りのひとつに、自分の顔を映してみる。


『そうですね、お前のその怠惰な表情筋が役目を果たす気概というモノを見せて、お前が僕に笑った顔を見せると言うのなら。その時は詳しく教えてあげましょう。』


 あの人は、そう言っていた。暗に『笑顔が見たい。』と。暗にしか、遠回しにしか、本音の言えなくなってしまった人だ。修行の合間に師姉が言っていた。『骸様は1人で居る時間が長すぎて、人に理解される事を諦めてしまった所があるから・・・。』と。でも、慣れて法則さえ見抜ければ、優しい人だという事が判って貰える筈よ、と。

 笑顔、を。

 自分が笑顔を見せれば、あの人は喜んでくれるのだろうか。


「ミー、が、ししょう、を、だしてあげます、からねー。」


 何となく、声に出してみる。未来の自分の口調を真似てみる。

 10年後の自分は、あの人の自由を取り戻した自分を誇らしく思っていた。とても晴れやかで、楽しい気分だった。

 あの時の気分を、もう一度味わいたい。

 自分の事を『おチビさん』としか呼ばなかったあの人に、名前を呼んでもらいたい。

 だから。


「あいに、いきますねー。」


 5年も後に拾われるのなんて、待っていられない。

 後に『フラン』という名を貰い、師弟3人揃ってボンゴレ史上に名を轟かせる事になる4歳の男の子は、生まれて初めての『軽やかな足取り』で、まずボンゴレ総本部までの旅費を稼ぐ所から始めた。




                            ―FIN―

フランの事情 【未来編後、過去に帰る直前くらい】

フランの事情 【未来編後、過去に帰る直前くらい】

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-06

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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