騎士物語 第五話 ~夜の国~ 第二章 魔人族
第五話の二章です。
ロイドくんの昔なじみ、スピエルドルフの面々がメインですね。
第二章 魔人族
スピエルドルフという国がある。私らの住むフェルブランドが剣と魔法の国で、ガルドが金属の国なら、スピエルドルフは夜の国とか化物の国とか呼ばれている。
前者の所以は、国全体が特殊な魔法で覆われていて常に夜だから。後者の所以は、この国が魔人族の国だから。
数が少ないからテキトーな噂が先走る魔人族という連中は、事実を簡単に言うと――人間が体内に魔法器官を持ち、その上人間以上の身体を手にしたような種族。普通に考えれば自然界のピラミッド的には人間の上に来る種族なんだが……イマイチ理由のハッキリしない弱点を個々が持っているからか、幸いにして人間という種族が連中に飼われるような事態にはなっていない。
かと言って別に友好的というわけでもなく、スピエルドルフは基本的に魔人族以外の入国を禁じているし、もちろん他国との貿易もしていない。加えて国を覆う魔法のせいで外から国内をのぞく事もできない。学院長が「儂には無理じゃ。」と言うのだからおそらく誰にもできないだろう。
加えて、必要とあればどこの国でも活動が認められる騎士が……というか騎士という制度がスピエルドルフにはない。理由は簡単、魔人族は十歳にもなればそこらの下級騎士以上の戦闘能力を持つからだ。
自国で起きたことは自国で処理するし、わざわざ自分たちよりも弱い連中に頼む事など一つもない、というわけだ。
そんな感じの国だから、スピエルドルフという国がどういう国なのかを知っている奴はかなり少ない。
……そう、いないのではなく、少ない。ここが私ら――つまり、自分の国を守る為に他の国の姿勢とか思想を知りたい人間にとってはちょっと安心できる点だったりする。
人間の入国は、基本的に禁じられているだけで完全お断りではない。スピエルドルフの国民である魔人族の誰かに許可証を発行してもらえば入国は可能なのだ。
まぁ……基本的に国の外に出てこない魔人族に知り合いを作るって時点で難題なわけだが……それでも過去、何人かの人間が許可証を得て入国し、そいつに話を聞く事でざっくりとした事がいくつか判明している。
その一つが、スピエルドルフという国を治めている者の存在だ。
スピエルドルフは国が誕生してから今日まで、ヴラディスラウスという一族が王族として代々治めている。特異にして強力な能力を個々が持つ魔人族の上に立つこの一族は……吸血鬼の一族だ。
それだけが理由ではないらしいが……少なくとも吸血鬼の一族は全魔人族の中で最強と言われている。
ちなみに、どういう経緯かは知らないがあの筋肉ダルマ――《オウガスト》はスピエルドルフへの入国の許可証を持っている。でもって国の精鋭の一人と手合せをした事もあるらしく、全力で挑んでギリギリで勝てたそうなのだが……その精鋭は、王は自分の十倍強いと言ったそうだ。
さて……そんな最強の種族にしてスピエルドルフを治めている一族の現当主――言い換えると現国王が、セイリオス学院の学院長の部屋のソファーに座っていた。
……正確には女王が。
「おお、アドニス先生。お昼休みにすまんの。」
一年Aランクの授業を終え、呼ばれなくても来ただろう学院長の部屋に入ると、五人から三人に減ったフードの連中と日傘の女、そして笑顔の学院長がいた。
あの手紙の差出人はスピエルドルフそのものであり、内容は……女王が私の生徒、サードニクスを訪ねるというモノ。
そして今、フードの連中を傍に立たせてソファーに沈んでいるという状況からして……というかさっき姫様とか呼ばれてたから確実に、この日傘の女が――いや、今はさしてないが、この女が女王。
最強の一族――吸血鬼……!
『さきほどは失礼を。』
私が女王らしき女を見ていると、フードの連中の一人がスッと前に出てそう言った。見分けはつかないが、おそらくさっき話した奴……なんだろう。
しかし室内でもローブでフード……礼儀正しいこいつが今もそうなのは、それでも太陽光の影響を受けるからなんだろう。一応カーテンは閉まっているが、おそらく大差ない。スピエルドルフで発動している夜の魔法があればいいんだろうが、学院長が言うに、あれは相当な大規模魔法らしく、例え小さな部屋であっても個人が発動させる事は難しいらしい。
だが、だとすると女王が不自然だ。話によると、吸血鬼の一族にとって太陽光は他の魔人族以上に致命的で、最悪死ぬ事すらあるらしい。だというのにこの女王はさっき日傘一本で外を出歩き、今もローブは羽織っていない。
噂は本当だったのか……
「アドニス先生。客人をそうじろじろ見るモノではないぞ。」
「――! し、失礼!」
仮にも――というか正真正銘の女王を前にやってしまった。我ながら久しぶりに内心相当焦ったが、学院長がフォローしてくれる。
「すみませんな。彼女はもちろん、儂もスピエルドルフの方とお話する機会はほとんどありませんから、どうしてもお聞きしたい事があふれて視線が飛んでしまいます。」
『気にしませんよ。仕方のない事です。それよりも……』
「ええ。あー、アドニス先生。先生を呼んだのは、こちらの方々を案内して欲しいからなのじゃ。」
案内? 学院の案内という事か?
「日中に出歩いた事で女王がお疲れという事での。どこかで休息を、との事なのじゃ。」
『ベッドやソファーは無くても構いませんので、できれば地下室などがあると良いのですが。』
「なるほど……となると誰かの工房などがよさそうですね。」
「うむ。先生方には周知済みじゃから、話せば対応してくれるじゃろう。」
こうして、午前の授業がまだ微妙に終わってない時間帯、出歩く生徒はほとんどいない学院内を、私は三人の真っ黒フードと一人のドレスを連れて歩いた。場所のあてはあるからそこまで真っすぐなわけだが……
「……」
後ろに魔人族が四人もいると思うとついつい身体に力が入る。
『アドニス様……でしたね。トーナメント戦は毎年拝見しております。』
突然、耳ではなく頭に響く声。さっきからこいつしかしゃべってないな。
「そ、そうか。だが……魔人族から見たら遊戯に見えるんじゃないのか?」
『そのような事は。確かに、諸々の弱点を含めても、一生物としては人間よりも魔人族が上でしょう。しかしだからと言って……例えば我が国の兵士が全員アドニス様より強いわけではありません。元気の有り余る若者が百戦錬磨の老兵に勝てないのと同じ、強さというモノには経験や技術という成分がありますからね。故に、我々は戦いのお手本として、トーナメント戦を観ているのですよ。』
「そうか……」
当たり前の事ではあった。だが……アリが完全武装したところでゾウには勝てないわけで、そういう差がある場合もあるはずなのだ。
例えばそう……後ろに立たれるだけで冷や汗が伝うような、このドレスの女王様のような場合が。
「……ここだ。無くてもいいとは聞いたが……一応、中にはソファーがあったはずだ。」
『ありがたい事です。』
一人が先導し、その後ろに女王。そして女王の後ろにもう一人。三人が入ったところで扉を開いていた――さっきからしゃべってる奴が入る前に、私は試しに聞いてみた。
「ちなみに、あんたと私ならどっちが強いと思う?」
『……残念ながら、勝負にならないかと。ああいえ、お気を悪くしないでいただきたい。ただ単に――』
そう言いながら、そいつはフードをスッと取って素顔を見せた。
『――雷は、私の好物ですので。』
そこには、目も鼻も口も耳もないのっぺりとした――水色の顔があった。
「エリルちゃんにはいてもいいけどロイくんには婚約者なんていちゃダメなんだからね!」
「どういう事か説明してもらうぞロイドくん!」
……なんか、恋人のあたしよりも反応が大きいローゼルたちに囲まれるロイド。あたしはと言うと……さっき大声で叫びはしたんだけどそんなには慌ててない。
ロイドが、一応王族なあたしに婚約者みたいなのがいるかもっていうのを予想してたのと同じように、あたしも……恋愛マスターがロイドから奪った一年間の記憶の中にそういう相手がいるかもってちょっと思ってたのよね。
色恋絡みの事しかしない恋愛マスターが記憶を奪う理由……一応願いを叶える代価らしいけど……あたしは必要だからそうしたんじゃないかって思う。プリオルの場合は魔法の力を奪われたらしいけど、まぁ、そっちは代価として理解できる。だけど記憶なんて……奪っちゃったら奪われた事もわからないんだから、なんだか大して痛くないっていうか……実際今までロイドは問題なく過ごしてたわけだし。
運命の相手と出会う事を約束した彼女がそうするとしたらそれは……その一年間のどこかで、運命の相手じゃない相手と恋をした――みたいな記憶があるからなんじゃないか。
そんな事を思ったりしてたから、それでもあたしはロイドの事がす――だ、だからもしもそうなっても頑張ろうと思ってたのよ!
「婚約……オ、オレがスピエルドルフの女王様と……? え、えぇ? 婚約?」
「まぁ記憶がない状態でこんな話聞かされたらそうなんのも仕方ねーよな。おっとそうだ、一応聞いとくがロイド、彼女とかいねぇよな?」
「いや、いるけど……」
「いんのかよ! もしかしてここにいんのか!? どいつだよおいおいおい!」
なんかすごく楽しそうな顔をする赤い髪の女――ストカ。
「そこのサイドテールの赤い髪の子だ。名前はエリル。」
さらっとか、彼女として紹介されてちょっとドキッとなる。
「おお! そうだな、赤はいい色だ! しっかしとうとうロイドにも女ができちまったか。いや、姫様の事を考えると祝っていいもんか微妙だが……んま、めでたい事だよな! こりゃもう一緒に風呂には入れねーな。」
「ふ――!? ちょ、ちょっとどういう事よ、ロイド!」
「えぇ!? あ、いやほら、遊んだ後とかにみんなで一緒にさ、あの時は小さかったし……って言うほど小さくはなかったけど、ほ、ほらオレはストカを男の子だと思ってたし! て、ていうかなんでストカは一緒に入ってたんだよ、そこが一番変だろうが!」
「変じゃねーよ。そりゃまー知らねー奴とはごめんだけどダチ相手なら別に――つーか、変っつーなら一緒に風呂入った時に俺が女だって気づけよ! ちゃんと胸までタオル巻いてたろーが!」
「それは……あ、いやいやだってユーリもそうしてたし! オレはてっきりそれがスピエルドルフの常識なんだと……」
「ああ? おいユーリ、お前なんでそんな乙女な事してたんだよ! そのせいでロイドは俺を男だと思ってたんだぞ!」
「ん? あれは胸のあたりをあまり見せたくない……と言うよりは見た相手が気分を悪くするから気を使ってたんだ。だいたい、ストカが男に見えたのはその口調とぺったんこな胸のせいだろう?」
「ガキの時はしょーがねーだろ! それに今はこの通り! なー、ロイドー。」
「びゃあああ!? だ、だから顔にお、押し付けんな! は、恥ずかしくないのかよ!」
「別にダチ相手ならなぁ? ちょっとくすぐったいくらいだ。」
「ダ、ダチにいろいろ許しすぎ――ちょ、ス、ストカ!」
自分の胸にロイドをぐいぐい沈めるストカ――!!
「そうか? ダチ相手なら俺は、例えば裸を見られても、ついでにどこかを触られても気にしねーよ。」
「そうなのか、ストカ。じゃあ私がその胸に触ってもいいわけか?」
真面目な顔でバカな事を言う眼鏡の男――ユーリ。対してストカは少し間をおいて……
「いや、ユーリはなんかダメだ。触ったらバラバラにしてやる。」
「なんだそれは。私はダメでロイドがいいとなると、実のところ、ストカもロイドが好きなんじゃないのか?」
「んー? どうなんだろうな? おい、どう思うロイド。」
「ば――オ、オレに聞くな!」
「俺がロイドをねぇ……いや、もしそうだったら姫様が恋敵ってことじゃねーか! シャレになんねーよ!」
慌てて顔が真っ赤なロイドを解放するストカ。
……他の女の胸に顔をうずめるロイドにムカムカす――べ、別にあたしならいいって事じゃないけど! そ、それはともかく、それよりもあたしはロイドの口調が気になった。
少し乱暴な、男の子っぽい口調……フィリウスさんと話す時にはああなるけど、この二人相手の時にもなるっていうのが……ちょっと悔しいっていうか、あたしに対してもああなる時が来るのか……ていうかだとしたら、ロイドはまだあたし――あたしたちに気を使ってるのかしら……
「! おいストカ、ちょっと長いし過ぎたみたいだ。姫様がお休みになられる。」
何かの魔法でも受け取ったのか、ユーリがハッとした顔でそう言った。
「ん、そうか。早く会いたくて先走っちまったが俺らもそこそこ疲れてるからな。んじゃーロイド、また夜にな。今度は姫様と一緒に、いろいろ説明すっからよ。」
「……ああ。」
「あっと、そーいやロイドの部屋はどこだ?」
「寮のか? 入口に一番近い部屋だ。」
「了解。んじゃなー。」
フードを被り直してさっさといなくなる二人。入れ替わるように午前の授業を終えた生徒たちが学食に入ってくる。
「……えぇっと……よ、よし、みんな、お昼を食べよう!」
まだ赤い顔を無理やり笑顔にしてそう言ったロイドに――
「ロイドくん、その夜の会合、わたしも出席するからな。」
「ボクも。」
「あ、あたしも……」
「あたしも聞きたいかなー。」
抑揚のない棒読みのセリフが『ビックリ箱騎士団』から放たれた。
「にゃあ、ロイドちゃんって師匠の《オウガスト》と同じで女ったらしなんだねー。」
「というよりは女ったらされという感じだが、何はともあれお昼だ! 今日は力の出るモノが食べたいところだ。ロイド、できたら肩をかしてくれないか?」
「あ、ああ、いいぞ。」
空気を読んでないのか読んだからなのか、マイペースを貫くカラードを抱えてカウンターに行くロイド。それについていく感じでみんなもカウンターの方に向かう。
「……」
みんながお昼ご飯を持って戻ってくるまで少しあるから、あたしはそそっと学食の外に出た。理由は……お姉ちゃんに連絡を取りたいから。内容はもちろん、あの変な男について。
学院に入る時、何かあったら使いなさいとお姉ちゃんに渡されたマジックアイテムがあって、それを使うと、どこにいてもお姉ちゃんと話ができる。
緊急用……なんだろうけど、でもあの変な男は十分緊急事態――って自分に言い聞かせて、あたしはマジックアイテムのスイッチを入れた。
『かかってくると思ってたわ。』
緊急用なわけだから、きっと慌てた感じに出ると思ってたのに、お姉ちゃんの口調はいつも通り――って言うか、呼び出し音の一回目が鳴り終わる前に出たわね、お姉ちゃん……
「えっと……お姉ちゃん、今大丈夫――なの?」
『大丈夫よ。あれよね、ムイレーフの件よね? ついさっきそこの……なんとかって人から文句みたいなのが来たのよ。でもあれよ、夏休みの終わりにも言ったけど、気にしなくていいのよ、あんなの。』
「あんなのって……一応七大貴族……」
『昔からのなんとなくを正式な事だと勘違いしてるあっちがダメなのよ。私は自分の妹をどこかのお嫁に出す書類にサインした覚えはないし、お父様やお母様にはそういう事しないように言ってあるもの。』
「そ、そう……」
やっぱり思った通りだった。でも……だとするとカルクが言ってたのも本当なのかしら。
「ね、ねぇお姉ちゃん。」
『なぁに?』
「その、お姉ちゃんが今……王族の……身分違いって言うのかしら。そういう相手とのけ、結婚的な事を認める――みたいな運動してるって本当なの?」
『あらあら、どこで聞いたの? 事が事だから上の方で内密に動いてたんだけど。』
「学院でなんかそういう事に詳しい感じの人から聞いたのよ。でも……そう、本当だったんだ。」
『さすが名門。情報網がすごいのねぇ。』
「それでその……もしかしてその運動って……あたしの為に……?」
『そうよ。』
お姉ちゃんらしいけど、あっさりと答えた。
『まー、今となってはエリーを含めた身分の高い若者たちの為かしらね。』
「身分の高い若者って、すごい言い方ね。」
『違う言い方をすれば、生まれた時点で生き方が決まっちゃう家に生まれた人よ。姉さんの事とエリーの事でちょっと考えてね。その生き方はその生き方で大事だし、国がまわらなくなるかもだから否定はしないけど、せめて生涯のパートナーくらいは自由に決めていいんじゃないかしらってね。』
「……お、お姉ちゃんにも……その、そういう……す、好きな人とかいるの?」
『さーどーかしらねー。私よりもエリーよ。ちっとも連絡よこさないで、ロイドくんとはどうなったのよ。』
「あ――えっと……」
そう言えば何も言ってなかった。で、でもロイドと――その、そうなったのだってついこの前だし……それに今はそれよりも大変な事が……
「あ、あのねお姉ちゃん。」
『なになに? お姉ちゃんに包み隠さず言ってみなさい?』
この時、お姉ちゃんにした話が始まりになってああいう事になるとは思いもよらなかった。
「スピエルドルフって知ってる?」
寿司定食という不思議な定食を手に、オレはさっきの席に向かって歩く。
急に色々とあって頭がこんがらがっている。本当ならエリルの婚約者とかいうあの男の事で頭をいっぱいにするところを、何がどうなったのやらオレにも婚約者がいたらしい。
オレがスピエルドルフにいたのは一、二週間くらい……のはずなんだが、しかし言われてみればユーリとストカとの思い出を思い返すと春夏秋冬の風景があるような気がする。
そしてやっぱり、記憶の中のストカは男……い、いや、それよりも問題は、オレの中だと三人で遊んでいる光景が実は四人だったらしいという事と、その四人目がスピエルドルフの女王様だという事だ。
記憶の欠如というか改変はユーリとストカにも起きていたらしく、話を聞く感じ最近思い出したようで……となるとその女王様も思い出しのだろう。つまり、四人組の最後の一人であるオレにちゃんとした過去を思い出させに来たのだ。
つ、ついでにきっとたぶん、婚約とかいう話もしに……
ん? それなら……
「よっこらせ。いや、助かったぞロイド。」
ふらふらのカラードを席に座らせ、少し遅れて戻って来たエリルを待ってお昼ご飯を食べ始める。
「まったくもーロイくんは! 「世界中の港に女がいるぜ!」 みたいになっちゃって! あと何人いるの!?」
「えぇ……んまぁ、友達ならあと数人いるけど……で、でもちゃんと男友達もいるから!」
「それ、実は全員女の子でしたーってなんないよね?」
「ならないよ……もしもそうだったら相当恐ろしい人とかいるし。」
あいつとかあいつが女の子でしたーなんて、フィリウスが女の子でしたーみたいなもんだ。
「まぁ、ロイドくんの浮気話は今夜じっくり聞くとして――」
「ちょ、ローゼルさん人聞きの悪い事を!」
「――魔人族と言うからこう、獣の顔をしている姿とかをイメージしていたが、見た目は人と変わらないのだな。」
「そ、そうかな。ああ、でもまぁローブ姿だったからなぁ。ユーリはともかく、ストカは下を見ればすぐに違いがわかるんだけど。」
「し、下!? なな、なんだそれはどういう意味だ! 下半身か――それとも下着という意味か!? スケベロイドくんめ!」
「えぇ!? いやいやそういう意味じゃないよ!」
「あっははー。そーゆー感じに考えちゃうって事は、優等生ちゃんも結構ムッツリさんなんだねー。」
「……そんな格好しているアンジュくんに言われたくないが……まぁ、そこは認めようか。」
「あれ、認めるんだー。」
「うむ。事、ロイドくんが絡むとなるとな。」
「ぶぁ! な、なに言ってんのローゼルさん!」
「持っている事が発覚すると女子寮から追い出されるだろうアレ系の本は持っていないというのはこの前聞いたが……そう、ロイドくんにはいざとなればわたしという現物がある事を覚えていて欲しいな。」
「ぶえぇ!?」
自分の顔が熱くなるのを感じると同時に、そんなとんでもない事を言ったローゼルさんも顔が真っ赤な事に気づく。ローゼルさんって、たまに勢い任せなんだよなぁ……
「ちょっとロイド、あんたそんな話をこのムッツリ優等生としたわけ?」
ムスッとした顔でオレをにらむエリル。
「えぇっと、したというかふられたというか…………はい、しました……」
「……持ってんの?」
「だ、だから持ってないってば!」
「おお、ロイドもそっちタイプだったか。」
妙な話題の中に突撃してくるカラード。
「えぇ? タ、タイプ? まさかそういう……男子の区別みたいのがあるのか?」
「男子寮の中でな。真っすぐに騎士の道を突き進むタイプと、学校なのだから女子生徒とのキャッキャウフフも楽しみたいというタイプがあるのさ。ミス・セイリオスなんてものの企画も出るくらいだ。」
「誰よ、そんなバカみたいな企画を提案したのは……」
「生徒会長だ。」
「デルフさん……どこまでもお祭り好きなんだなぁ……」
「む。というかカラードくん、もしや後者のタイプの場合は今話に出たようなアレ系の本を学院に持ってきているのか?」
「ああ。男子寮の中ではたまに回覧板のようにまわってくるぞ。残念ながらおれもアレクもそういうのには――いや、興味はあるが騎士として頑張りたい方だからそのまま次に回しているが。」
「へぇ、男子寮は面白そうだな。オレ、大浴場目当てでしか行った事ないから。」
「行かなくていいからねロイくん! そんなえ――えっちな本目当てで行かないでね!」
「ああいや、別にえっちな本ばかりというわけではないぞ。学院内で美人とかかわいいとかで有名な女子生徒の写真なんかもまわってくる。確かリシアンサスさんとトラピッチェさんの写真は見た事があるな。」
「なに!?」
「ボク!?」
がたっと身を乗り出す二人。
「リシアンサスさんは『水氷の女神』と呼ばれる程だからな。廊下を歩いている姿や物憂げに空を眺めている姿なんかがあった。トラピッチェさんは商売をしている時の写真ばかりだったが……こうして入学した事により、制服姿もちらほら見るようになったな。」
何事もないように本人たちにそんな話をするカラード。ローゼルさんたちは微妙な顔。
「……なぁ、カラード。」
「うん?」
ふと、話の流れ的に思い至った事を確認するため、オレはカラードに尋ねる。
「二人の、例えば着替えてるとことか、そういう写真は無いんだよな?」
「ふふ、そんなに怖い顔をしなくても大丈夫だぞロイド。えっちな本はともかく、本人の許可なしに撮られた写真にそういう類はない。昔はあったらしいが、生徒会長がまだ一年生の時、そういう写真を目にして関係者全員をボコボコにしてからは無くなったそうだ。」
「えぇ、デルフさんが?」
「当時の三年生ですら打ち負かしたそうだから、入学当初から相当強かったのだな。ま、それはそれとして模擬戦でもないのに戦闘をしたという事で罰を受けたそうだが。」
「そんな事が……でもかっこいいなぁ……」
「ああ、あの人はかっこいい。」
外見のカッコよさじゃない、内側のカッコよさとでも言うべきか。男が惚れる男――みたいなモノをカラードと一緒にうんうんいいながら噛みしめていると、エリルにこめかみの辺りをデコピンされた。
「? なんだ?」
「……あんたはホントに……」
ムスッとした顔のエリルが指差す方を見ると――
「な、なんだロイドくん、心配してくれたのか……? それともあれか? オ、オレのローゼルにー的なあれか?」
「えへへー、オレのリリーって事だよねー、ロイくんてばもぅ! でも安心してね、ロイくんならボクは――きゃーきゃー!」
かわいい顔で嬉しそうにする二人を見たオレは、追撃としてエリルにほっぺをつねられた。
「ふぇ、ふぇほ……あれだな、そんな感じに人気の二人からオレはああなって……他にも……オレ、その内男子にタコ殴りにされたりしないかな……」
「……そういう自覚はあんのね。」
「……んまぁ……さすがに……」
「にゃあ、そこんとこはどうなの、カラードちゃん。男子の間でロイドちゃんってどんな感じ?」
「まず騎士としては、その実力を誰もが認めている。ランク戦を通してより一層という感じだな。その一方、お姫様――あー、つまりクォーツさんと夫婦をしているが愛人も多く、その内かわいい女子を全てとられてしまうのではないかと、一部の男子は戦々恐々だ。よく「さすが《オウガスト》の弟子」と言われている。」
さらりと知らされたオレの評判はとんでもないモノだった。
「そんな風になってるのか! て、てかオレ別にフィリウスみたいに女の人を誘ったりはしてないぞ!」
「だ、だからなんでいきなり夫婦なのよ!」
「おや、エリルくんは夫婦が嫌なのか? ではすぐにでも部屋を交換しようではないか。おそらく相部屋というのが一番の要因だからな。」
「な――し、しないわよ!」
「ロイくんてば、フィルさんから何を教わったの?」
「別に女の子の口説き方とかそういうのは教わってないからね!?」
「ロ、ロイドくんの場合は……し、自然体っていうか、素で……結構アレだから……」
「あー、さらっとドキッとすること言うよねー。天然の女ったらしだねー、ロイドはー。」
「女ったらし!? そんな風に言われる日が来るなんて……し、心外だ!」
「しかしロイドくん、ついさっき昔なじみの女の子に抱き付かれていただろう? ついでに一国の女王様までロイドくんを訪ねてやって来た。」
「うぅ……」
「エリルくんは良いかもしれないが、わたしは愛人を認めないぞ。」
「認めてなんかないわよ!」
いつも通りのにぎやかな光景。あーいや、のほほんと見物する立場でも内容でもないんだけど、やっぱりホッとするというか楽しいというか――そんな感じ。
そしてたぶん、ユーリとストカともこんな日常を送っていたはずなのだ。オレの頭の中にある記憶の何倍もの時間、そういう光景が流れたはず。しかも、その場にはもう一人いた。
記憶を変えたのは恋愛マスター。オレの願いを叶える代価として、とある一年間――スピエルドルフで過ごした一年分の記憶が奪われ、結果今見たいな記憶になった。
一年間っていう長さはともかく、どうして恋愛マスターは他のいつでもない、スピエルドルフでの一年間を奪ったのか。きっとその答えが……女王様。
もしかすると、昔の友達を思い出すって事以上に、今夜は大事になるのかもしれないな。
田舎者の青年がこれから起こる事に思いをはせている頃、ついさっき外出から戻って来た一人の女性騎士が王国の図書館で本を読んでいた。
この図書館では珍しい光景でもないが、桃色の長い髪が特徴的な彼女は完全武装をした状態で本棚の前に立っており、その美貌から声をかける男がいてもよさそうなところを、実際誰も話しかけない状態になっていた。
「おお、何してんだ?」
表情もかなり真剣であり、一層話しかけづらい彼女にあっさりと話しかけた男は女性の背中をバシンと叩いた。
「! 《オウガスト》殿!」
男はボロい上下に大剣を背負った格好で、とても「殿」をつけて呼ぶような人物には見えず、本人もそう思っているのだろう、彼女の呼び方にやれやれという顔をする。
「フィリウスだ。そう呼べって言ったろ。」
「あ、は、はい……え、えと、フィリウス……」
「おお。で、ランス使いがどうして古い剣術の本なんか読んでんだ、オリアナ。」
「これは……つい先ほどオウガ――フィリウスのお弟子さんのサードニクスさんと手合せをしまして。」
「大将と? んな話聞いてないぞ。どういう状況だそりゃ。」
「教官に急に呼び出されまして、行ってみたらとりあえず戦えと。授業の一環として生徒の弱点を教えたかったそうです。」
「細かい事を言うと教官はもう教官じゃないただの教師だから呼び出しに応じる必要はなかったりするんだがな。しかし弱点か。確かにお前と今の大将じゃ勝負になんないからな。」
「流石に把握されていましたか。」
「んああ。別に大将――曲芸剣術に限らず、遠距離武器でもないモンを身体から離して使おうっつー戦法の弱点は同じだ。人形師が操る人形が厄介なら糸を切ればいい。」
「ええ。ですがあれほど美しい風は初めて見ました。魔法の技術はまだまだ未熟なようですが、いずれ誰にも負けない風使いとなりますよ。そうなったら、彼の曲芸剣術を打ち破る事は難しくなるでしょうね。」
「ほう。お前がそう言うんならそうなんだろうな。」
「いえ……自分よりフィリウスの方が風魔法の技量は上ですよ……」
「威力に関しちゃな。だが細かい制御うんぬんとなるとお前が上だろ。んで話を戻すが、どうしてお前はその本を? 曲芸剣術に興味を持ったっつーんならお前にはもうできないからやめとけよ。」
「興味と言えばそうなのですが……その、サードニクスさんと手合せした際に妙な感覚があったので。」
「感覚?」
「サードニクスさんは二十ほどの剣を風で操っていたのですが……その内の二本が妙でして。」
「それたぶん俺様が大将にやった剣だな。知り合いに頼んで作ってもらった回復機能付きの剣だ。ま、ちょっとしたマジックアイテムだな。」
「……確かに、その二本からは魔法の気配を感じましたが……そうではないのです。何と言いますか、その二本を操っている力が風だけじゃないように感じたというか……その二本だけ妙に生き生きしていたというか……」
「生き生き? 今の大将とはまだ戦った事ないが、お前が何か感じたのなら何かあるんだろうな。大将の奴、俺様の知らないところで何かやったのか?」
不思議に思いつつも少し嬉しそうな顔をしている男を前に、女性は少しためらいながら尋ねた。
「あの、フィリウス……いきなりの事で聞きそびれたのですが……」
「あん?」
「その、なぜ自分を《オウガスト》の『ムーンナイツ』に?」
十二騎士はトーナメントによって決定する、世界中の騎士の頂点に立つ十二人に与えられる称号である。最強であるという証明の他、多くの権利を手にする代わりに、十二騎士は一般の騎士では対処できないような事件の解決を任される。
世界中に散っている十二騎士が一か所に集まる機会というのは非常に少なく、その為何かの仕事を頼まれた際は大抵十二人の中の誰かが一人で赴く場合がほとんどである。
しかし、いくら最強とは言え一人では成せない事も多い。その為、世界連合は十二騎士がそれぞれに専属の部隊を作る事を認め、また勧めている。
その専属の部隊の事を、通称『ムーンナイツ』と呼ぶ。
「? 駄目だったか?」
「いえそんな! しかし『ムーンナイツ』は十二騎士に実力を認められるような優秀な騎士がなるモノですから――」
「別に騎士って決まりはないぞ。昔、魔法生物を『ムーンナイツ』にした十二騎士もいたっつー話だ。そもそも実力を認められるようならそいつが次の十二騎士になればいいっつーか狙えばいいっつーか。」
「……実際、『ムーンナイツ』を経て十二騎士になった方も多いと聞きます。明文化されてはいませんが、『ムーンナイツ』の位は上級騎士と十二騎士の間とよく言われています。ですからやはり……その、自分のような未熟者が名を連ねる位では……」
「難しく考えるなよ、オリアナ。『ムーンナイツ』ってのは単純に、十二騎士それぞれが何かの任務をこなす時に一緒に戦う仲間を指すモンだ。十二騎士っつーナンバーワン騎士が選ぶわけだから強い連中が集まるのは当然だが、別に強くないと選ばれないモンでもない。要するにありゃ十二騎士それぞれの趣味だからな。」
「で、では自分を選んだ理由はなんでしょうか。何か、フィリウスの目に留まるモノが自分に……?」
「ああ。」
「! そ、それは一体……」
「ずばり、ガッツだな!」
「……え、え?」
男の答えに女性はきょとんとする。
「ま、ぶっちゃけるとお前は大将の後釜なんだよ。」
「あ、後釜? え、サードニクスさんのですか?」
まったく意味が分からないという顔をした女性を横目に、男は……あまりらしくない、少し申し訳なさそうな口調で話を続けた。
「弟子とか後継とか、んなもんにこれっぽっちも興味なかったはずなんだがな。ちょっとした気まぐれ、本当のなんとなくで拾ったチビッ子が俺様の教えた事をバンバンモノにしていく光景にすっかりハマっちまったんだ。俺様の技を残すとかそういうんじゃなく、ただ、俺様の手の中で強い奴が育っていく感覚っつーのか? 楽しいんだな、これが。」
年齢的にはだいぶいい歳ではあるが、男は新しいおもちゃを買ってもらった子供のように笑う。
「しかし大将に教えたのは曲芸剣術。あれの使い手を今の時代に生み出せたのは嬉しいんだが、もう教えられる事がなくなっちまった。曲芸剣術の使い手として今より強くなる方法なんてのを俺様は知らねーし、そもそも知ってる奴は今の時代にいない。あそこからは大将独自の道のりなわけだ。でもって魔法に関する基礎も教えちまって、風の使い方が俺様と大将じゃ違うからこれまた教えられることがもうない。」
「えぇっと……つ、つまりこうでしょうか。人を育てる楽しみを知ったものの、サードニクスさんはすでにフィリウスの手を離れてしまっていると……?」
「そうだ。でもって、そうなったならそうなったで、まだまだ楽しみたい俺様は探すわけだ。育て甲斐のある次の奴をな。」
「後釜とはそういう……で、では自分が!?」
「その通り! 第八系統の使い手ってのもあるが、何よりあのガッツ! 『イェドの双子』に挑もうとした、お前の言うところの「正義の心」ってやつは俺様好みだ! あの時の無謀を、お前を語る伝説の序章にしてやりたいと思ってな!」
「自分が……《オウガスト》の……で、弟子に……?」
「んな大げさに考えるな。お前が強くなれるような舞台に、十二騎士の任務っつー形で招待してやろうってだけだからな。他の『ムーンナイツ』も含めて、たっぷりと技術を盗むといい。」
「は、はい! ありがとうございます!」
そこが図書館である事も忘れ、女性騎士は大きな声で礼を言いながら頭を下げた。普段、ルールや規則はしっかりと守る女性であったが、この時ばかりは嬉しさが規律を飲み込んだ。
「これは一体どういう事だ?」
直後、女性はもちろんだが十二騎士である男までもがゾッとする気配が走った。おそるおそる首を動かす両者の横に立っていたのは一人の女性。
「まさかこのようなところに伏兵がいたとは……私もつめがあまい。」
若干古ぼけた町娘の格好をした、どこにでもいそうな女性。しかし別の言い方をすると、一対一の勝負では他の十二騎士も含めた上で最強を誇ると言われる女性騎士――《ディセンバ》が、驚く女性と冷や汗だくだくの男の横に立っていた。
「ディ――あー、その格好の時はキャストライトか。こんなとこで会うとは、何か調べも――」
「そちらの女性は?」
「あ、ああ。こいつはオリアナ・エーデルワイス。俺様の『ムーンナイツ』の新入りだ。」
「せ、先日はどうもありがとうございました。」
「ああ、あの時の。おや、ところでフィリウス? 記憶が確かなら今の《オウガスト》の『ムーンナイツ』に女性はいなかったな。」
「そ、そうだな。オリアナが紅一点になる。」
「ほう……その上タイショーくんに続く二人目の弟子と?」
「なんだ聞いてたのか?」
「俺様好みというのも聞こえた。」
「そ、それはあれだ、心意気の話だぞ。こう見えてなかなかガッツのある――」
「オリアナさん。」
「は、はい!」
「私はセルヴィア・キャストライトと言う。以後よろしく。」
「は、はあ……存じておりますが……よ、よろしくお願いします……」
事態の飲み込めない女性は、そこで十二騎士のこの二人に関する噂と、先日見た二人の会話
を思い出し、大慌てで首と手を振った。
「ち、違います! そういうのではありませんから! 自分はただの――え、えぇっとただの部下みたいなモノですから!」
「今はそうかもしれないが、近くにいる事でそうなるかもしれない。」
すぅっと、そこが戦場であったなら隙のない流麗さに対応できずに一撃を受けていたであろう動きで女性に近づいた町娘は、その耳元でぼそりと呟いた。
「もしもそうなったなら、覚悟してくれ。」
これまで経験したどんなモノよりも恐ろしい、心臓をわしづかみにされたような恐怖が女性の体を突き抜けた。
「お、おいおいキャストライト、オリアナを殺すなよ?」
「さて、なんの話かな? そんな事するわけがない。」
「ガキなら泣くの通り越して気絶するレベルの殺気出しといて何言ってんだ。」
「おや、これは失礼。私もまだまだ未熟だな。」
十二騎士の弟子となり、騎士として更なる高みへ進めると歓喜したのもつかの間、同時に舞い込んできた命の危機に、女性騎士は自らの先行きにかつてない不安の影が広がるのを感じていた。
「おっとそうだ。」
一瞬前まで絶対的な死神となっていた町娘がコロッと雰囲気を変えて男に紙を一枚渡した。
「私がここに来たのはフィリウスを追ってだ。それを任されたものでな。」
「手紙か?」
「伝言のメモだ。ルビー……教官からの呼び出しらしい。」
「んな!? 俺様も授業に使う気か!?」
驚き顔でメモを読んだ男は、その顔を困惑顔にして首をかしげた。
「なんでまたこんな懐かしい奴らが?」
夜。いつもならあたしもロイドも寝間着姿でのんびりしてる時間なんだけど、お客さん――しかも一国の女王様が来るって事だから、一応制服姿で部屋にいるあたしたち。
ちなみに「あたしたち」っていうのは――
「あー緊張してきた。女王様なんて……オレ一体どうしたら……」
「一応、そこのむすり顔の女の子も王族だぞ、ロイドくん。」
「誰がむすり顔よ!」
「ま、魔人族の女王様って……ど、どんななんだろう……蜘蛛みたいのだったりするのかな……」
「スピエルドルフの王族は女郎蜘蛛の一族じゃないから安心していいよ、ティアナちゃん。」
「てゆーか女郎蜘蛛の一族なんてのがいるのー?」
――あたしとロイドに加えてローゼルとティアナとリリーとアンジュの六人のこと。
「――っていうか、六人でも結構なのに女王と……さっきのユーリとストカってのも来るんじゃ部屋が狭いわ。あんたたち自分の部屋に戻りなさいよ。」
「そーはいかないもんね。ロイくんとの婚約なんて認めないって言ってやるんだから。」
リリーの言葉の……たぶん「婚約」ってところに反応して赤くなるロイド。
「こ、婚約かぁ……でもオレがスピエルドルフに行ったのって十二歳くらいの頃だったはずだからなぁ……いくらなんでも気が早いような……」
「お昼の時に結婚の話をしてたロイドが気が早いとか言うのー? まーでも確かにちょっと変かもねー。もしかして子供の口約束みたいなのだったりするのかなー。」
「うーむ。しかしそれで女王様が直々に来るというのは――」
ローゼルがあごに手を当てるのと同じタイミングで、ドアをノックする音が聞こえた。
「き、来たか。よし、オレが出るぞ。」
むんって気合を入れてドアの方に向かうロイド。だけど……
「ロイド、てめーこの野郎!」
「びゃああああ!?」
数秒前の気合の入った顔はどこに行ったのやら、ドアからバタバタと戻って来たまぬけ面のロイドの背中――っていうか首にはストカがくっついてた。
「ちょちょちょ! ストカ、こ、これはマズイって!」
学食の時よりもさらに顔を赤くするロイド。その理由はストカの格好にあった。
ローブをとったストカは……言うなればドレス姿。しかも肩が出てるタイプの……む、胸が強調されるっていうか露出してるタイプで、それを首らへんに押し付けられたロイドは――つ、つまりその、ストカの胸にちょちょ、直接触れるような状態で……!!
ま、まぁそっちはそっちでだいぶムカムカするんだけど、それよりも驚く事があった。
スリットの入ってるスカートっていうのは別に珍しくないけど、ストカの服のスカート部分に入ってるスリットは真後ろ……つまりお、おしりの部分にあった。しかも結構深いスリットで腰の辺りまで届いてるから、たぶん普通に歩くだけで……下着とかおしりとかが丸見えになる。
だけどストカはそうなってない。なぜなら、ストカの腰の辺りから……サソリの尻尾みたいのが伸びてるから。
カルクの猫の尻尾みたいな小さいのじゃない、大人をぐるりと巻けるくらいに長くて、そのまま絞め殺せてしまいそうに力強い感じでちゃんと先端が尖ってる、髪の色と同じの綺麗な赤色の尻尾。
お昼の時にロイドが言ってた「下を見ればわかる」っていうのはこれの事だったのね。
「女子寮に住んでるならそう言えよ! 普通に男子寮に突撃しちまったろーが!」
「わ、悪かったからちょ、離れろストカ! 色々とマズイから! 鼻血出るから!」
「おいおいストカ、それくらいにしてやれ。姫様を血まみれのロイドに会わせる気か。」
遅れて部屋に入ってきたのはローブをとったユーリで、こっちもこっちで不思議な姿だった。
面白いデザインの長袖の上着に半ズボンっていう独特なセンスなんだけど、目を引くのはそこじゃない。両脚のひざの上辺りと……あと首に、縫い目みたいのが走ってる。手術の痕っていう感じじゃない、布と布をつなぐような縫い目で、それを境に……首の方は縫い目から下、脚の方は縫い目から上が……何ていうか、異常に色白っていうか、悪く言うと死人みたいな肌の色をしてた。
長袖だから見えないだけで腕もそうなってるのかもと思ってそっちに目を移すと、そこにも妙なところがあった。左腕は普通なんだけど、右腕は袖口から手が出てない――っていうか見た感じ腕が袖を通ってない。わざとそうしてるのか、それとも――右腕が無いのか。
「ん? おいユーリ、右腕はどうしたんだ? 置いてきたのか?」
ストカを振りほどいたロイドがユーリを見てそんな事を言った。ていうか置いてきたって何よ……
「一応、私とストカは姫様の護衛って形でここに来ているからな。いざという時にすぐに対応できるようにしているのだ。」
「そうか……で、そのお姫様――女王様は……?」
「姫様は……どうやら少し緊張しているようでな。ちょっと心の準備をしてくるとさ。」
「緊張? なんで女王様が?」
「最近思い出した婚約者に会うのだぞ? その上その婚約者は自分の事を覚えていない……緊張もするだろう?」
「う……」
また少し顔を赤くしたロイドは、ぶんぶんと首を振ってあたしたちに向き直った。
「え、えぇっと、なんか女王様はまだ来ないっぽいから……よし、みんなに二人を紹介しよう。まずこっちの赤い髪の……お、女の子がストカ・ブラックライト。種族はマンティコアで、ストカの場合は見ての通りサソリの尻尾がはえてる。」
「なによそれ、魔人族って種族なんじゃないの?」
「んまぁ、族って言葉が被るからややこしいけど、大きく括ると魔人族ってだけで実際は色んな種族がいるんだよ。」
「ふぅん。で、マンティコアってなによ。」
「人間の頭、トラの身体、サソリの尻尾っつー生き物さ。」
答えたのはストカ。その大きなサソリの尻尾を揺らしながら得意げに……よくローゼルがやる胸の下で腕を組むムカつくポーズで説明する。
「魔人族ってのはそれぞれの種族のご先祖様を辿ると、それぞれにある一体のとんでもねー生き物にぶち当たんだ。で、俺の場合はマンティコア。」
とんでもねー生き物ねぇ……魔法生物とは違う、おとぎ話とかに出て来る伝説上、空想上の生き物の事なのかしら。そういうのの血を引くのが魔人族?
「んまぁ、魔人族の始まりとかを話すと長いから、とりあえずストカはそういう種族ってことだけ紹介しとくよ。――それにしてもストカ、ずいぶん大きくなったんだな。」
「なんだ、いろいろ言っといて結局は胸の話か。やっぱロイドも男なんだなぁ。」
「尻尾の話だバカ! 昔はもっと小さかっただろ? 触ってもいいか?」
「おう。」
ぐいんとロイドの目の前に伸びてきたストカの尻尾。あたしの髪よりもちょっと濃い目の赤……アイリスの髪の色に近いわね。
「おお、硬い。」
「ああ、鉄砲の弾くらいは軽く弾けるぜ?」
「すごいな……そういや毒は? 昔はコントロールできないからって言って先端に包帯か何かを巻いてたろ?」
「その辺はもう完璧だ。出す出さないはもちろん、加減もできる。」
へぇーって言いながらロイドが触ってる尻尾の先端は、人間くらいは軽く貫けそうで……銃弾を跳ね返す硬さがあるとなると、鉄板とかにも穴をあけられるかもしれないわね……
「えっと、次はユーリなんだけど……たぶん、マンティコアよりは有名だな。そこの眼鏡の男のフルネームはユーリ・フランケンシュタインって言うんだ。」
「フランケンシュタイン? 確か……初めて人工的に人間を作ったという魔法使いの名前だな、それは。」
「さすがローゼルさん。そのフランケンシュタインだよ。」
「んん? では彼はその魔法使いの子孫だと言うのか? となると人間という事に……」
「あーそうじゃなくてね。ユーリの一族は、そのフランケンシュタインって人が作った人間の子孫なんだよ。」
ロイドの言葉に少し首をかしげるローゼルを見て、ユーリが――昔話を語る人みたいに説明を始めた。
「昔、ヴィクター・フランケンシュタインという魔法使いが魔法技術といくつかの死体を使って人造人間を生み出すことに成功した。そしてその後も人工の生命というテーマの下、彼はその人造人間を助手にして様々な研究を続けていったのだが、ある時彼は病に倒れてしまう。死の間際、彼は自分が作った人造人間に「フランケンシュタイン」を名乗る事を許してこの世を去った。彼の死後、人造人間はツギハギだらけの自分を愛する稀有な女性に巡り合い、そうしてフランケンシュタインの名はこの私まで受け継がれてきた……というわけだ。」
「つまり……ストカくんのご先祖様がマンティコアという生き物なら、ユーリくんの場合は最初の人造人間がそれだと。しかしそれだとやはり種族的には一応人間なのではないか?」
「基本的にはそうだ。しかし、普通の人間にはない特徴が私――人造人間の子孫にはあるから、どちらかというと魔人族かなという感じになっているのだ。」
「そ、その特徴とは……?」
「そうだな……ロイド、ちょっとベッドを借りるぞ。」
ぼふっとベッドに腰かけたユーリは、靴を脱ぐ感じに右足を外し――ってえぇ!?
「このように、私の身体は色々と融通が利く。」
右の足首から先を片手に持ってなんでもないようにそんな事を言うユーリに対して、あたしたちはいきなりのスプラッターに一歩引いた。
「融通が利くとかそういう話じゃないぞ! あ、足が……血は出ていないようだが……痛みはないのか!?」
「ない。痛覚がないわけではないが、取り外す時に痛みは感じない。腕を動かしたり息をするのに痛みを覚えないのと同じくらいに、私のこれは気楽な一般動作なのだ。」
「そんなわけが……い、いや、そういうモノと納得するしかないか……」
「オレも初めて見た時はビックリしたよ。でもユーリはこのおかげで……っていうかこれこそが人造人間の真骨頂というか……んまぁ、つまりユーリって自分の身体を結構好きなように改造できるんだよ。」
「か、改造? 人造な上に改造人間なのか?」
「例えば……腕を筋肉ムキムキのやつに付け替えてみたり、背中とかに大きな翼を取り付けてみたり、あと確か専用の道具を使えば機械の腕とかもつけられる……んだよな?」
「その通り。ちなみに――」
ユーリは自分の首の縫い目の下……死人みたいな色をしてる部分を指差す。
「私本来の肌の色はこっちなんだが、あんまり怖がられないようにローブから出る部分に関しては血の巡りの良さそうな肌の色に交換してきた。」
「ああ、それでか。前より顔色いいなと思ったんだ。」
魔人族……なまじ人に近いから油断しちゃうけど、根本的に人間とは違う生き物で違う身体を持っているわけね……なんていうか、世界は広いわ……
「肌の交換とは……む? ではもしかして見かけよりも年上だったりその逆だったりするのか?」
「私もストカも姫様も、全員ロイドと同い年だ。つまりあなたたちとも同い年。」
女王様も? じゃああたしと同じ年で一国を治めてるわけね……
「二人の紹介はこんなもんだけど……なぁユーリ、ローブ姿の人って全部で五人いたけど、残りの三人も実はオレの知り合いって事があったりするのか……?」
「面識はあるはずだが、姫様の事を忘れているとなると覚えていないかもな。さっき言ったが私たちは一応の護衛。対してあの三人は本物の護衛だ。」
「どういうことだ?」
「俺とユーリは姫様のダチだ。初めてじゃないが国の外に出るんだから、仲のいい相手が近くにいた方が安心だろ? 加えて俺たち自身もロイドに会いたいっつーことで今回同行できたんだ。」
「私たちは今スピエルドルフの……こっちで言うところの、騎士のようなモノの見習い。本来であれば女王の外出に同行できる立場ではないんだが、言うなれば「お友達枠」みたいな感じでここにいるのさ。」
「つーことは……残りの三人は女王の護衛を任されるくらいのスピエルドルフの精鋭ってわけか。」
「そーゆーこった。だから姫様に会った記憶がないってんなら、あの三人の記憶もセットでないかもなってわけ――っと、姫様だ。」
「えぇ? ドアの前にでも来たのか? よくわかるな。」
「中庭の方見てみろよ。」
ストカの指差しに従って外の方を見ると、いつの間にか真っ黒ローブが二人、窓の両脇に立ってた。こっちに背中を向けてるから……見張りみたいな役割かしら。
コンコン。
ドアをノックする音。それに反応してユーリがドアの方に歩いて行った。
『では私は扉の前におります故、存分にお楽しみ下さいませ。ユーリ、姫様を頼みますよ。』
「了解。」
頭の中に響くような声が聞こえ、戻って来たユーリの後ろに黒いドレスの女がいた。そうしてドレスの女が部屋の中に入った辺りで、ストカとユーリが女の左右にスッと跪いた。
「こちらが、我らがスピエルドルフの女王――カーミラ・ヴラディスラウス様でございま――」
「ちょっと。」
謁見者に王を紹介するみたいにユーリがしゃべりだしたと思ったら、それは女王の一言で遮られた。
「国の大事を決める交渉の席でもあるまいし、同じ年の者しかいないこの部屋で位も何もありはしないわ。二人とも今すぐ跪くのを止めなさい。」
「……ではいつも通りという事でよろしいでしょうか?」
「むしろそうしてちょうだい。」
女王がそう言うと、二人は折っていた膝を伸ばしてふぅとため息をつく。
「やれやれ、そう言ってもらえるとありがたい。私もまだこういうのには慣れなくてな。」
「俺もだ。うまくしゃべれねーからこっから先は一言もしゃべらないつもりだったくらいだ。」
二人がついさっきまでと同じ雰囲気になったところで、女王が一歩前に出た。
「先に紹介されてしまいましたが、ワタクシはカーミラ・ヴラディスラウス。スピエルドルフの女王をさせて頂いております。」
同い年には見えない……なんていうか、タイプで言うとローゼルみたいな感じ。ふんわり広がってる腰くらいまで伸びた黒髪、左脚の方にスリットの入ったふんわりした黒いドレスに黒いヒール。全身のほとんどが黒だから、ドレスにあるところどころの赤い模様やネックレスの赤い宝石、そして黄色い左目が異様に目立つ。
ストカの尻尾とかユーリの縫い目みたいな……魔人族っぽさって言うのかしら。そういうのが一切ない、普通に人間に見える姿。唯一目を引くのは――黄色い左目に対する、黒い右目。オッドアイくらいしかそれっぽいのがないんだけど……そこまで見た後で頭の上にくっついてる黒い髪飾りの形を見ると、この女王様の種族ってのがなんとなくわかった。
黒と赤の衣装に……コウモリの形をした髪飾り。これは――
「ちなみに、ワタクシは吸血鬼です。」
吸血鬼。もしかしたらキバがあるのかもだけど、少なくとも外見的には人間そのもの。
だけどこう……何かが違う。女王はかなり美人なんだけど、それはどこか人間離れしてる……ちょっと危機感を覚えるような魅力があるのよね。
「……なんていうか、イメージそのままね。吸血鬼ってそういう格好してそうだもの。」
「ふふふ、逆でございます。ワタクシたちがこういった服を好む故にそういうイメージが定着したのです。」
「吸血鬼……あっと、え、えぇっと……じゃ、じゃあこっちの紹介を……」
「それには及びません。みなさんのお名前は存じでおりますから。」
「そ、そうですか……」
「ふふふ。」
……ロイドと婚約してるとか聞いたから、出会うや否やで飛びついて来たりするかもって思ってたんだけど……予想外に落ち着いた雰囲気ね。
「さて……みなさんは突然の事で困惑している事でしょうから何をどこから話すべきか……ひとまずはワタクシのちょっとした昔語りとしましょうか。」
そう言いながら女王――カーミラがパチンと指を鳴らすと彼女の後ろに黒い椅子が出現した。
「どうぞ、みなさまも楽にしてください。」
なんとなく立ってたあたしたちがそれぞれ座ったり壁によりかかったりして話を聞く態勢になると、ゆったりと腰かけたカーミラはぽつりぽつりと語り始めた。
魔人族だけの国として建国されたスピエルドルフは、代々ワタクシの家――ヴラディスラウスという吸血鬼の一族が治めております。太陽の光を苦手とする魔人族の中において、その影響を最も受けるワタクシたち吸血鬼ですが、それ故に太陽の光に対する研究が最も進んでおりました。
その研究成果の一つとして一定空間内を常に夜にする魔法を持っていた事から、ヴラディスラウス家がその魔法で人々を太陽の光から守る事を任され、後に王族として国を統治する事になりました。
国を覆う夜の魔法を維持しながら、いつか太陽の光を克服するために研究を続けてきたヴラディスラウス家に、ある時一人の娘が誕生しました。ヴラディスラウス家は代々ユリオプスという魔眼を発現させていたのですが、妙な事に彼女にはそれが左目にしかありませんでした。
片目だけが魔眼というのは魔人族に限らず、魔眼の歴史の中では登場した事のないケース。これは何かあると、彼女の右目を調べて見たところ、驚くべき事がわかりました。
夜に生きる者である吸血鬼の眼は非常に夜目が利くのですが、その代わりに太陽の光などの強い光の下ではまぶしすぎて何も見えません。しかし彼女の右目は夜目が利くという吸血鬼の特徴に加え、太陽の光の下でもモノを見る事が可能だったのです。
そして更なる調査の結果、吸血鬼であれば数分で全身が焼けただれ、そうでない魔人族でも体力を奪われていく太陽の光の下であっても、彼女はローブ無しで数時間もの間活動可能という事が判明しました。
吸血鬼だけではない、全魔人族の明るい未来の象徴なった彼女は、少し懸念されていた特異な体質故の副作用などもなく成長していきました。そして、未来の象徴である彼女には早めに王位についてもらった方が良いだろうという両親の判断により、成人を待たずして女王となりました。
一国を治めるため、学ばなければならない事の多い彼女でしたが、昔からの友人であるマンティコアやフランケンシュタインの一族の子の協力や励ましを受けながら、毎日を過ごしていました。
そんなある日、資料を整理していた彼女は一枚の書類を見つけました。子供が手書きしたような文面ではありましたが、形式はちゃんとしており、その上血判まで押されているそれは、一応書類として有効な文章でした。
内容は婚約。そこに書かれている二人の人物の結婚を将来約束するというモノでした。二人の内一人は彼女の名前でしたが、彼女には覚えのない事。しかし吸血鬼である彼女には、自分の名前の横に押されている血判が自分のモノであるとすぐにわかりました。これは確認が必要な案件。そう思った彼女はその書類について調べ始めました。
まずはその書類に書かれている男性について調べてみたのですが、スピエルドルフに同じ名前の人物は今も昔も存在していませんでした。国外に住んでいる魔人族かもしれないと考えた彼女は、せめて何族かだけでも突き止めようと血判を分析したのですが、なんとその血は人間のモノだったのです。
人間と魔人族が結ばれた例はゼロではありませんが、彼女の知り合いに人間はいません。これは早々にお手上げかと思われましたが、世間話程度の心持ちでその話を友人二人にしたところ、なんと二人はその男性と友達だと言うのです。
数年前に一人の騎士に連れられてやってきた男の子で、滞在していたのは一、二週間ほどでしたが二人はその男の子ととても仲良くなったとの事でした。
しかし、ここで妙な事が起きます。その男の子との思い出を語る二人は、そうするほどに段々と難しい顔になっていきました。どうしたのかと尋ねると、二人はそろって首をかしげるのです。
もっと長く一緒に過ごしたような気がする。友達を通り越して親友と呼べるくらいに仲良しだった気がする。なんだか……思い出の量と滞在期間が合ってない気がする、と。
二人は、時たまいたずらはしますが嘘はつきません。もしかしたら、何かとても大切な事を忘れているのではないか……そう感じた彼女は友人二人と共に、スピエルドルフ一の医師を訪ねました。
そこで判明した恐るべき事実。なんと彼女と友人二人には、記憶の改ざんが行われた形跡があったのです。しかも医師によると、それは魔法とは異なる……もっと高度で強大な何かの力によって行われているとのこと。彼女や友人二人が自身の記憶について疑いを覚えていなければ、恐らく何度検査したところでその形跡は見つけられなかっただろうと。
正体不明の力によって改ざんされた記憶を戻すことは残念ながらその医師にはできない……そう言われた彼女と友人二人は、であるならばもう本人に会うしかないと考えました。
友人二人によると、男の子を連れて来た騎士というのは十二騎士の一人である《オウガスト》。少なくともそちらであれば居場所はすぐにわかる……と思っていたのですが、その《オウガスト》は一か所にとどまらず、世界中をあっちへこっちへ放浪しているとの事。その居場所を知っている者はおらず、唯一位置魔法の使い手である《オクトウバ》だけが、必要な時に彼を見つける事ができると。
しかし《オクトウバ》は信仰の厚いとある国の祭司であり、その国では魔人族は悪魔として認識されていました。故に、連絡をとろうとすれば門前払い……そこで男の子の調査は終了せざるを得なくなりました。
残された方法は、毎年行われる十二騎士のトーナメントにやってきた《オウガスト》を訪ねること……その時まで、彼女たちにできる事はないのです。
どうして記憶が改ざんされたのか。改ざんした者の目的は一体何なのか。そして改ざんされたという事は――彼女が忘れているだけで、あの婚約はいたずらでも何でもない、本当の気持ちがあった故に書かれた可能性が高いという事。
彼女がそんなにも想った相手。その男の子とはどんな人なのだろうか。カッコイイのだろうか。優しいのだろうか。強いのだろうか。顔も知らない男の子のことを考えて頭の中をぐるぐるさせること数日……その時は前触れもなくやってきました。
まるで、男の子のことを考えて起こった思考の渦が激流となって改ざんという堤防を決壊させたかのように、ある時ある瞬間に、彼女の頭の中に記憶が流れ込んだのです。
男の子とおしゃべりした時に感じる想い。手をつないだ時に感じる熱。笑顔を見た時に感じる胸の高鳴り。どうして忘れていたのか、これほどの想いが無かった事になっていたなんて信じられない。
急激な記憶の奔流に倒れ、記憶を整理するために寝込むこと三日、目覚めた彼女はとても大切な事をたくさん思い出していました。
彼女の右目は生まれた時から今のような状態ではなかったという事や彼女の太陽の光に対する耐性は、右目が今のような状態になってから身についたという事。そういった彼女の体質変化にはその男の子が深く関わっている事。
そして何よりも大切な事――
彼女が、その男の子を心の底から愛していたという事。
彼女と同じように唐突に全てを思い出した友人二人と記憶の確認を行い、とてもトーナメントまで待っていられない彼女は国の総力を挙げて男の子の捜索を始めました。
手がかりは、十二騎士の《オウガスト》と一緒にいたという事。彼の教えを受けて修行していたという事。そして最大の、思い出した記憶の中にあった恐らくその男の子にしかない特徴として――右目だけが魔眼であるという事。
そうして捜索すること数か月……主にあちらこちらの騎士の学校を回っていた一人から連絡が入りました。『例の彼を見つけた。』、と。
映像を送ってもらい、友人二人に確認してもらって間違いないと判断し、彼女は早速会いに行くことにしました。友人二人と護衛三人を連れ、彼女は国を離れて男の子のもとへとやってきたのです。
女王様の話が終わった。色々と聞きたいポイントがいくつかあったけど、それよりもオレは話が進むほどに頭がグワングワンしていた。何か……こう、のどの辺りまで来てるのにギリギリ思い出せない感覚。
というかこういう感覚があるって事は……もしかして、オレの一年間の記憶って失ったわけではなくて封じられてる感じなのかもしれない。
――っていやいや、んな冷静に「かもしれない」とか考えてる場合じゃないぞ!
「ちなみに、これが例の書類です。」
すすっと机の上に置かれた一枚の紙。小さい子……というよりはもう少し上か。そこそこきれいな字で手書きされているそれには、結婚がどうのという文言の後に血判付きで女王様の名前と……オレの名前があった。
「先ほども言いましたが、一応、この書類は有効なモノです。あと二年もするとこれは効力を発揮し、ここに書かれている二人を結びつけます。」
淡々と言われた事実というか宣告というか、その場の誰もが息を飲んだのだけど、そこで女王様はその書類をひっくり返した。
「しかし、効力はあっても正式に作成された文章ではないため、公表しなければこれは無い事と同じになります。」
「! そ、そういうものですか……」
「ここで大切な事は……いえ、言ってしまうと、ワタクシがここに来た理由はここからなのです。」
「……と、と言いますと……」
「彼女の中には確かに、男の子への想いがあります。しかしそれは子供の時の男の子に対する想い。果たして現在の彼にも同じ想いを抱くのか。加えてその男の子の方はどうなのか。かつての想いは色あせてしまっている可能性は……いえ、そもそも彼女らと同様に男の子の方も記憶を改ざんされているのでは? そういった事の確認の為、ワタクシはここに来たのです。」
そこまで言って、女王様はこの部屋に入って初めて……オレの事を真正面から見つめた。
「ストカとユーリから聞きました。やはり、記憶がないのですね。」
「……はい。二人の事は覚えていますけど、その……女王様の事は……面識があった事すら……」
一瞬、すごく悲しそうな表情になった気がしたが、女王様はふっと落ち着いた顔で話を続ける。
「そういうケースは想定していました。ですから一つ、試してみたい事があるのです。」
「は、はいなんでしょう。」
「血を、吸わせていただけませんか?」
「えぇ!?」
さらりと言われたすごいことに思わずのけぞるオレ。
「ば、バカな! 吸血鬼に噛まれた者は吸血鬼に服従――しもべになると聞くぞ! ロ、ロイドくんをしもべにするつもりか!」
一応一国の女王様相手なんだけど、優等生モードでもなくいつも通りにつっこむローゼルさん。
「そうしようと思えばそうできますが、そんなつもりはありませんよ。」
「……んまぁ、ユーリとストカもいるし、そういう事は心配ないよ、ローゼルさん。だいたいオレをしもべにしたって何もうれしくないでしょ?」
「……残念ながら、そこそこうれしく思う者もそこそこいると思うぞ……」
「え、えぇ?」
「目的はなんなのよ。血を吸ったら何を試せるわけ?」
「理由は二つ。一つは――ワタクシが現在の男の子の事を知る為です。吸血鬼であるワタクシは、その血を吸えばその者がどういう人物なのかを把握できるのです。元は先ほどおっしゃられた、しもべを作る為の副産物のような能力ですが。」
「昔の……記憶の中のロイくんと今のロイくんを、その能力で比べてみようってわけね。じゃあもう一つの理由は?」
「記憶によりますと、ワタクシは当時その男の子を何度も噛んでいるのです。甘噛みであったり吸血だったりと様々ですが。」
「な!? すでに噛まれていたのか!」
「あ、甘噛み……な、なんだかエッチだね……で、でももしかしたら、噛みつかれることで……何かを思い出すかもしれないっていうのは……ちょ、ちょっとあるかも……」
「なるほど……オレにとっては記憶を戻すキッカケになるかもなのか。よ、よし……え、えぇっと……ど、どこを噛むのでしょうか。」
「首が一番効果があるかと。」
「……痛いですか……?」
「ご心配なく。素人ではありませんから痛みはありませんし、痕も残りません。ただ、血を吸われる独特の感覚だけは消せませんのでご容赦を。」
「りょ、了解です。」
吸血鬼に首を差し出すなんてとんでもない経験だけど……仕方がない。婚約を取り決めた書類があるのにお互いがお互いをよく知らない状況なのだから。
「では失礼します。」
黒い椅子から立ち上がり、オレの――あ、あれ? なんとなく背中からかと思ったんだけど正面に来た女王様。
「すみません、こちらからの方が血管がよく見えるのです。」
「あ、そ、そうですか……」
後ろでみんなが見守る中、オレは首筋を出して首を傾ける。
「ど、どうぞ!」
「では……」
オレの両肩に手を置き、引き寄せるように近づく女王様。その吐息がふわりと首にあたり、その唇が――いや、見えてはいないけどそのキバがオレに――
「だばっ!?」
――届く前に、オレは誰かに蹴飛ばされた。
「きゃ! ロ、ロイドくん……!?」
蹴り飛ばした先にいたティアナにぶつかり――っていうかがっしりと押し倒したロイド。
「わっ、ご、ごめんティアナ!」
「……別に、あ、謝らなくていいよ……どっちかって言うと……う、うれしいから……」
「!! そ、それはヨカッタデス……って、ていうかなにすんだエリル!」
あたしがロイドを蹴り飛ばした理由に気づいてるローゼルがあたしを見てこくんと頷く。
「あー、ロイドくん。ちょっと彼女とわたしたちだけで話したいから少し席を外してくれないかな。」
「えぇ? それはまたどういう……」
「ロイドー。ここから先はあたしたちに任せてねー。」
「??」
ロイドに噛みつく態勢だったカーミラは小さく微笑む。
「あー、おー、よし! ロイド、外出んぞ! ユーリもな!」
「ああ、そうした方が良さそうだ。行くぞロイド。」
「おい、意味がわかんないんだが……」
「相変わらずのほほんとしているな、ロイドは。」
ユーリとストカに連れられて、ロイドは部屋の外に出た。残ったのはあたしたちとカーミラ。
「さてと……ここは一つ、カーミラくんと呼ばせてもらうが、良いかな。」
「ふふふ、ええ。先ほども言いましたがここに位はありませんからね、ローゼルさん。」
「わたしたちの名前を知っていると言っていた事から察するに、色々と調査済みなのだろうな……わたしたち五人がどういう立ち位置なのか。」
ローゼルの挑発的な質問に、カーミラはニッコリとほほ笑む。
「リリーさん、ローゼルさん、ティアナさんの順に想いを告げ、次のエリルさんで決着。しかし諦めない三人と、そこに全てを承知で加わったアンジュさん。ええ、存じております。」
「そういうわたしたちだから……いや、さっきのは見ていれば誰でもわかる。全く、何が昔と今の違いを確認するだ。そんな事をする以前から、カーミラくんの心は決まっている。」
「さ、さっきロイドくんに……噛みつこうとした……カカ、カーミラ……ちゃんの顔、み、見た事あるの……リ、リリーちゃんがロ、ロイドくんに……チューした時にした顔だよ……」
「な!? ボク、あんなにはしたない顔してないもん!」
「ロイドには見えてなかっただろーけど、、あたしたちからは丸見えだったからねー。」
そう……ロイドにキバ――いえ、唇を近づけた瞬間、カーミラは凛としたすまし顔を色っぽい顔に変えた。瞳を潤ませ、頬を赤らめ、熱い息を吐く……ど、どっちかって言うといやらしい顔で迫ったカーミラの本心は明らか。
「あんた、今のロイドに――」
「失礼、そろそろ我慢の限界なのです。」
ひょいと片手をあげて話を切ったカーミラは、すたすたとローゼルの方に近づいた。
「な、なんだ。」
「いえ、あなたではなく……」
そう言って、今は立ち上がってるけどさっきまでローゼルが座ってたロイドのベッドに視線を移し――
ボフッ。
流れるように、高そうなドレスを着たままカーミラはロイドのベッドにダイブした。
「――って、何やってんのよ!」
ベッドから引っぺがそうと、あたしが近づこうとした瞬間――
「ロイドひゃまのにほひ!!」
突如、キリッとした声がものすごい猫なで声になった。
「はぁん、これがあの頃よりももっと素敵になったロイド様の、今の、大人の匂い! あぁ、ああ、あああー。」
枕に顔をうずめて顔をぐりぐりこすりつけるカーミラ。ついさっきまでのイメージがガラガラ崩れていく。
「……つ、つまりはこういう事だ。カーミラくんは既に、今のロイドくんに満足している。さっきのは単に……好きな人の血が吸いたかったとかそれだけなんじゃないか? 吸血鬼の矜持はわからんが。」
ローゼルの、若干引き気味な解説にくるりと顔を向けるカーミラ。その顔は幸せいっぱいって感じだった。
「確かめに来たのは事実です。しかし実際に確かめる事ができたのは今日の昼間……学院の校庭で授業を受けていたロイド様を見たときです。あぁ、ロイド様。血を吸わなくてもわかりました。えぇ、わかりますとも、ちっとも変わっていません。あの頃と同じ――いいえそれ以上に素敵な方に――! はぁ、ロイド様ったら、ワタクシをどこまで夢中にさせるおつもりなの??」
布団にくるまってゴロゴロ転がるカーミラ――って、こんな光景前にも見たわね……
「そうだ! ロイド様はここで生活されているのですよね!?」
一瞬だった。布団の中にいたカーミラがボフッと黒い煙に包まれたかと思ったらあたしの目の前に移動していた。
「!! そ、そうよ……」
「それではあるのでしょう!? ロイド様が日ごろから使っている食器などが!」
「ご、ごはんはほとんど学食だから、あるのはコップとかよ……」
「コップ! あぁ、ロイド様が口をつけたコップ……あぁ……」
やばい。この女、リリーよりやばいわ。
「リリーくんのようだと思ったが、それ以上だな……」
「ボクこんなんじゃないってば!」
リリーが不満な顔をしてる間に、そそそっとキッチンに移動したカーミラは……それこそ、吸血鬼的な人間離れの五感とかでわかるのか、いつもロイドが使ってる食器を手にとってはうっとりしだした。
どうせそんな事だろうと思ったけど、やっぱりこのカーミラっていう吸血鬼女はロイドの事が好き。で、でも女王だろうと関係はないわ。そもそもあたしだって王族……と、とにかく昔の女が今更って感じの話なのよ!
「……あ、あんたが……ど、どんな風にロイドを好きでもかまわないけど、い、今、あいつの恋人は――あ、あたしだから……!」
恥ずかしい事を言って顔が熱くなるあたしの方に、へにゃり顔からキリッとした顔に戻ったカーミラがすぅっと視線を送る。
「だ、だからあたしが興味あるのはその書類だけ。今でもロイドにほ、惚れてるあんたはその書類を公表して、あ、あいつとけけ、結婚するつもりなの!?」
あたしの質問に、他の全員が息を飲むのがわかった。そう、結局はそこなのよ。
「……できればそうしたいところです。しかし今のままでは、その昔にこういう約束をしたので守らなければいけませんよと、ロイド様に半ば強制する事となってしまいます。ロイド様があの頃の事を思い出さない限りは。ひとまず、そうなるまでは公表するつもりはありません。」
「それは、問答無用で結婚に持っていくつもりはないという事でいいのか?」
「ふふふ、そのような強引な事はしませんよ。ですがあなた方は早々に次の恋に移った方がよろしいかと。」
「ほう?」
「あの頃、ロイド様もワタクシの事を愛しておりましたから。ふふふ、そもそもそうでなければこのような書類は出来上がりませんとも。記憶が戻ったならたちまちに、ロイド様とワタクシは強い愛で結ばれるのです。むしろ、記憶が戻らずともしばらく一緒に過ごせば……ふふふ。」
またふにゃっとした顔でとろけるカーミラ。
……言葉通りなら、きっとあたしはショックだし、他のみんなもそうだと思う。だけどあたしたちはそうなってない。
なんとなく……そう、なんとなくなんだけどちょっとの確信も混じってるような……ロイドの事だから、このカーミラにぐいぐい迫られて書類に名前を書いちゃったんじゃないのって思うのよね。ロイドに愛されてるっていうのも、ロイドのいつものこっぱずかしいセリフのせいなんじゃないのって。
要するに、そんなに心配する事がないような……そんな気がするのよね。
「それはそうと、こちらの食器はどちらかの私物でしょうか? それとも寮の備品でしょうか?」
あたしっていうこ、恋人とか、ローゼルたちみたいな敵がいるっていうのに、書類のせいなのかなんなのか、だいぶ余裕に話題を切り替えたカーミラ。
……ロイドが買い足したのもあるんだけど、それを言ったらこの女、持って帰りそうね……
「き、基本的にはあたしのよ……」
「そうでしたか。それでは仕方ありませんね。」
物欲しそうにロイドのマグカップのふちをなぞるカーミラ。この女、ホントに……
「ではあちらのベッドは? あれもエリルさんの私物ですか?」
「んなわけないじゃない。二つともここに最初からあったモンよ。」
「そうですか! では今日はひとまずあちらを――」
「は!? な、なにあんたロイドのベッドを持って帰るつもり!?」
「ご心配なく。全く同じ物を新品で用意しますので。」
「ば、そういう問題じゃないわよ! だ、だいたい持って帰ってどうすんのよ!」
「勿論、ワタクシが使います。あの頃の思い出の品はワタクシでも感じ取れないほどに薄れてしまいましたが……こちらはつい昨日までロイド様が……!」
うっとりとため息をもらしたカーミラは、ふと少しだけ不満そうな顔をして――あたしにとって予想外だった事を呟いた。
「若干、エリルさんのも混じっている事が残念ですが。」
「……む? それはどういう事だ? ロイドくんのベッドにエリルくんの……?」
「エ、エリルちゃんのお部屋でも、あるから……じゃないのかな……」
「そうか……それもそうだな。場合によっては腰かけることも……まぁあるだろうし。」
「いえ、そのようなことでは……程度としては、定期的にこちらにもぐるくらいでなければ。」
「…………エリルちゃん、どういう事かな……?」
「え。ま、まさかお姫様、ロイドと一緒に寝て――」
「いや、もしもそうだとしたらそれをしたのは告白後だろう。加えてそんな事をしたら二人は――特にロイドくんの方は挙動不審になるが、最近のロイドくんにそういうのはなかった。」
「……てことはエリルちゃん……まさか、ロイくんに隠れて……あ、あんな事とかこんな事とかをロイくんのベッドで……?」
…………
「さ、さぁ、なんのことかしら?」
「修羅場だな、ロイド!」
「……嬉しそうに言うな。」
「あのロイドが修羅場を生むなんてなぁ……」
女子寮の廊下。オレとユーリとストカ――と、あとドアの前で護衛をしているフードの人の四人はズラリと並んで壁によりかかっていた。
「んま、これについちゃあ頑張れとしか言えねーが、一つだけ、ダチの為にダチへアドバイスすんぞ?」
「ん?」
「実はな、俺とユーリは普段、姫様の事を「ミラ」って呼んでんだ。」
「えぇ? でもだって……女王様だろ?」
「あいにく、女王になった事よりも俺らとダチになった事の方が早いんでな!」
「仮に後だったとしても、私たちはそう呼びたいし、ミラもそう願うだろう。だからロイドも……な。」
「えぇ? オレも?」
「ったりめーだ。記憶がなくたって確かに俺たちはダチなんだからな。つーか、お前に「女王様」って呼ばれた時すっげー悲しい顔してたぞ、ミラ。」
「そ、そっか……逆の立場だったら……仕方なくてもやっぱ悲しいよな……い、いやでもイキナリ愛称ってのは緊張するな……」
「思い出す為に形から入る――というように思えばいいだろう。ちなみに、当時ロイドはミラの事を「ミラちゃん」って呼んでたぞ。」
「――というわけですので、これからも末永くお願いしますね、ロイド様。」
何の話かわからないが、話が終わって部屋に戻されたオレは……女王様にさらりと「好きです」と言われてしまった。
「えぇ!? で、でもあの……は、はい、ありがとうございます――じゃなくて! その、血とかはいいんですか!?」
「くださるという事でしたら喜んでいただくのですが、今夜は思いの外の大収穫に胸がいっぱいなのです。」
「しゅ、収穫?」
「ですから諸々、お話の続きはまた明日という事で。今夜は失礼いたしますね。」
「は、はい……」
ぺこりと一礼してそそそっとドアに向かう女王様に、オレは――恥ずかしいというか緊張というか、とにかく気合を入れながらこう言った。
「お、おやすみ……ミラちゃん……」
「!!!」
「だあ!? ミラが幸せそうな顔で倒れたぞ!」
「いきなり過ぎたか……ではみなさん、おやすみなさい。」
ユーリとストカに抱えられて部屋をあとにする女王様――ミラちゃん。
この部屋にやってきたときは、吸血鬼特有の魅力とでも言うのか、なんとも言えない引力みたいのを感じたし、そもそもかなりの美人さんでドギマギしてたんだが……ちょっと廊下に出てる間にグンと親しみやすい印象になった気がするな……
その後、なぜかみんなからジロリと睨まれてそっぽを向いていたエリルにおやすみを言い、なぜか新品みたいにふかふかになってるベッドに入り、今日のドタバタを思い出しながら目を閉じた。
「……あれ、よく考えたら六人目……? うわぁ、オレってやつは……ああああ……」
騎士物語 第五話 ~夜の国~ 第二章 魔人族
気になる事を言いっぱなしに、本人はベッドを手に入れて満足気なカーミラさん。
一年間になにがあったのかも気になりますが、個人的には顔を出していない残りのローブの方々の素顔が気になりますね。