俺は嘘を吐いた事なんてない

俺は嘘を吐いた事なんてない。

俺は嘘を吐いた事なんてない。

彼はいつもこう言うのだ。
それは彼が高校に入って彼女と別れてからだ。
その時に何があったのか、僕は知らない。
僕達は高校生で、彼は僕の古い親友だ。
彼の名前は、雅樹と書いて、まさきと読む。
どうやって会ったのか覚えてないくらいには古い付き合いで、世迷言から下世話な話まで、なんでも話す仲だ。

でも、その事についてだけは教えてくれない。
僕が直接聞いた訳じゃないが、いつもの雅樹ではあり得ない事だった。
僕達はお互いに、起きた事はほとんど全て話しあってきた。
話せない事など、ただの一つもなかったのだ。
だから、単純に雅樹が心配だった。


廊下から教室に入ると、雅樹は別れた彼女に元気良く挨拶した。
女子数人と話している中の一人だ。
短い髪を、ほぼストレートに降ろしている。
艶やかな濡れ羽色が、彼女の明るさを一層際立たせていた。
何度も見ているが、可愛い。
雅樹の相手にしては、差があり過ぎるのではないかと思うほどに。
名前は、舞(まい)だったか。
不自然な事は無かった。自然な、明るい挨拶。
舞は元気良く応じて、手を振っている。
二人が笑いながら話しているところを見ている限り、別れたなんて信じられなかった。

そこに、クラスメイトの男子が来た。
雅樹より背が高く、ガタイの良い、サッカー部の彼だ。
確か、風悟(ふうご)とかいう名前だったはず。風悟は半ば強引に、会話に割り込んだ。
そして、雅樹に向かってなんだか嫌な顔をした。
なんて、嫌な顔をするんだ。
人を見下したような。
袋小路に追い詰めた、往生際の悪い虫を嗤うように。
しかし雅樹はそれを、何てことないように受け流して、気にしないように話している。


そういえば。
「……2時間目の数学、宿題まだ終わってないんだった」
聞いた雅樹が、オーバーに呆れる。
「はあ? それ出たの先週だぞ。まだ終わってないの?」
「俺の答え、いるか?」
「いや、すぐ出来るやつだからいいや。ホームルームまでに終わらせる」
「そうか。頑張れ」
少しだけ寂しそうな顔をして、雅樹は会話に戻った。
僕は舞たちに断って席に着く。
正直、雅樹を一人にさせるという、我ながらお節介な意味もあった。
僕は、邪魔だろう、と。
教科書とノートを出して、宿題をやっつけ始める。


2問目の問題が解けたところで、雅樹の方を振り返った。

僕は、驚いた。

雅樹が、仲間外れにされている。

風悟と舞、そして女子二人。
その会話の中に、紛れ込めていない。
雅樹は何気に口が上手い。それは確かだ。
スーパーでバイトしていた時も、同じシフトに入っていた同級生とすぐ仲良くなっていたこともあった。
たまたま、会話の話題について行けてないだけかも知れない。
そう思ってしばらく眺めていたが、しかし一向に空気は変わらなかった。
悪意の元凶は、明らかに風悟だった。
舞を含む他の女子は、無邪気に話しているだけだ。
舞とのことで何かあったのだと、これで確信した。
例えば、雅樹は何か弱みを握られて、風悟に脅され、別れろって迫られいるとか……
全てを遮るように、チャイムが鳴る。
クラスのみんなが席に着き、雅樹も自分の席、僕の右斜め前に座った。


聞かずにはいられない。
「なあ雅樹。彼女と別れた、理由って」
「ん? いやいや、風悟は関係ないよ」
目線をそらしながら答えた。
でも僕は動じない。
「何も嘘なんか吐かなくても良いんじゃないの、水臭いな」
「嘘じゃないよ。俺は嘘を吐いたことなんて、ないんだから」


その言葉と、僕を真っ直ぐ見る態度で、悟った。
ああ、そうか。
ようやく、言葉の意味が分かった。
雅樹は、本当に今まで嘘をついた事がなかったのかも知れない。
でも、これから嘘を吐いて生きて行くことを決めたんだね。


それから少しずつ、雅樹は学校に来なくなっていった。

俺は嘘を吐いた事なんてない

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俺は嘘を吐いた事なんてない

高校生である僕は、親友である雅樹の言葉に疑問を覚えていた。 「俺は嘘を吐いた事なんてない」 そう繰り返す雅樹に、心配になる。 彼女と別れた事が原因なんだろうか…… やがてその言葉の真意に、僕は気付く。

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更新日
登録日
2016-07-07

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