騎士物語 第五話 ~夜の国~ 第一章 エクストラステージ
第五話の第一章です。
まだぼんやりとしか決めていませんが、メインはロイドくんの失われた一年間についてですかね。
第一章 エクストラステージ
セイリオス学院の職員室の一角。臨時に置かれた机の上に積まれた大量の手紙を見た私は、その手紙を仕分けしているライラックに話しかけた。
「毎回こんなに来るのか?」
「ああ、こんなもんだ。」
手慣れた感じで仕分けるライラックは郵便局員にでもなればいいと思うが……しかしこんなに来るとは想像以上だ。
セイリオス学院はこの国、フェルブランド王国で一番の騎士の学校。そこで年二回行われる生徒同士のトーナメント戦――通称ランク戦が先日開催され、でもって無事に終わった。
一般の人も観戦可能な為、次世代の騎士を発掘すべく、騎士団の団長とか軍の隊長とかも観にくる。そうしてこれはと思う学生を見つけたら手紙を送ったりなんかして勧誘する。要するにツバをつけていくわけだ。
「これは学年ごとに分けてるのか? だいぶ量に差があるが。」
「そりゃ三年宛てが一番多いさ。特に今年はソグディアナイトがいるから余計にな。」
「二年と一年にもこんなに……気が早いな、おい。」
「いい人材はどこも欲しいんだろ。それでも今年の一年の分は少ないんだぜ?」
「なんで。」
「基本的に優勝した奴に手紙がたんまり来るんだが、今年の一年はあれだったろ?」
「ああ……あれでも王族だからな。普通に勧誘していいもんか微妙ってわけか。でもそれならサードニクス宛てが多かったんじゃないか?」
「《オウガスト》が弟子って公言してるんだぜ? 今まで弟子を持たなかったあの男が。こっちもこっちで手を出しづらいだろ。結局一年だとレオノチス宛てが一番多い。」
「なるほどな……ちょっと見せてもらうぞ。」
ライラックが仕分けた一年の束を眺める。私が担任じゃないレオノチスはとりあえず置いておいて、自分のクラスの生徒にどこの連中が声をかけてるのかが気になったんだが……レオノチスを除くと数えるほどしかない。
「まぁ、こんなもんだよなぁ……くそ、なんか悔しいぞ。」
「すっかり先生だな、お前。」
ムカツク顔で笑うライラックにデコピンをかましたところで、私は一年の束に混じる少し空気の違う封筒を見つけた。黒の地に白い文字というあんまり縁起のよくないその封筒は……
「!? おいおいなんだこりゃ!」
「どした?」
「どした? じゃねーだろ! これ見てなんも思わなかったのか!?」
「あー……仕分けしてると段々と機械的になってくんだよ……うわ、なんだその気味悪い手紙。」
「見つけた時にそう思えよ……この国から手紙ってよく来るのか?」
「来るわけねーだろ。我が国に騎士は不要って言ってる国だぞ。」
「だよな……」
どう考えても配達ミスな手紙なんだが、宛先はここの生徒……間違いではない。
「ったく、退屈させねぇなぁ……」
私はその手紙を私のクラスの出席簿に挟み、ライラックに背を向けた。
「あん? どこ行くんだ? まだ教室には誰も来てねーぞ。」
「馬鹿、先に学院長に見せんだよ。」
ランク戦の余韻もあってか、なんとなくテンションが高くて朝早くから学院に来てしまった私だったが……まさかこんなイベントが待っているとは。
……つーかライラックのやつ、こんな朝早くから学院にいるのか?
「えーっと……ど、どうしよう……」
ランク戦が終了し、次の日が休息日って事でお休みになって……今日はその次の日。昨日たっぷりとなんとも言えないドギマギした時間をエリルと過ごした結果、今日はなんとかいつも通りを装ってエリルを起こし、昨日よりはマシなドギマギ感でジャージに着替えて寮の庭に出たオレとエリルは、そこで待っていた『ビックリ箱騎士団』の面々にビックリした。
「人は多い方がそりゃあ有意義な朝の鍛錬になるし、オレが誘ったってのもあるけど……改めて見ると人数多いな……」
庭にいるのはオレたちも含めて六人。オレとエリルとローゼルさんとティアナとリリーちゃんとアンジュだ。
「? そんなに大した人数ではないだろう?」
「いやぁ……オ、オレは別に先生の免許持ってるとかじゃないから……ちゃんと教えられるかどうか……あーそうだ。というかエリルとローゼルさんにはほとんど教え切っちゃったし、二人に先生をやってもらえばいいのか。」
「うむ。それにロイドくんからの教えを受けるだけがこの鍛錬ではないからな。軽くやる模擬戦の効果も高い。」
「も、模擬戦って事は……せ、先生の許可とか……い、いらないのかな……」
「確認済みだ。先生が介入するのはかなり真剣な時のみであって、わたしたちがやっているようなレベルならば問題はないそうだ。」
「それはいーけどさー。人数多いとけっこーうるさくなるよー? めーわくって言われるかもしれないねー。」
初めて見るジャージ姿のアンジュは、特にろ、露出の多い特性ジャージってわけでもないからあんまりドキドキしないで見られるな……
「アンジュの『ヒートボム』は爆弾だもんね……」
「あー、ロイド、今あたしの事うるさいって言ったー?」
「えぇ!? いや、そんなつもりはないです!」
「大丈夫だよロイくん! これ持ってきたから!」
そう言ってリリーちゃんは寮の壁に何かを貼りつけた。
「これを貼るとね、この壁を境にしてこっちとあっちの音の行き来を遮断するんだよ。」
「???」
「ほう。つまり、庭でどれだけドンパチやろうと、この壁の向こう側であるところの寮の中には音が聞こえないという事か。」
「すごいな! これもマジックアイテムなのか……ありがとう、リリーちゃん。」
「お代はもらうよ?」
「えぇ!?」
「そうだなー。熱いチューとかがいーなー。」
「ぶえぇ!?」
「あ、朝から何言ってんのよ!」
「今度のデートの時でいーからさ。ねーロイくん。」
「えぇっと――あの――そ、そうだ! 一つ提案があったんだよ、うん!」
「んふふー。ロイくんてば照れちゃってー。」
「……それで、どうしたのだ?」
「う、うん。で、できればこの朝の鍛錬の場に――カラードを呼びたいなって。」
「『リミテッドヒーロー』を? なんでまた。」
「その、オレが教えてきたのってフィリウスから教わった――避けたりかわしたりっていうどっちかって言うと防御系の体術なんだよ。 だから攻撃系のも学べたらいいなって。」
「カラード・レオノチスの体術がそうだったという事か?」
「カラードは、オレだったら避けるって形で対応する攻撃に自分の攻撃をぶつけて防いでた。勿論回避もしてたけど、カラードはどっちかと言うと攻めの体術なんだよ。」
「ふむ。確かに彼の体術のレベルの高さは飛び抜けている。ロイドくんと戦うまでそれのみで魔法を駆使する他の生徒に勝利してきたわけだからな。この朝の鍛錬に参加してくれるのというのであれば嬉しい事だが……少々難しいかもしれないな。」
そう言ってローゼルさんは寮を指差した。
「ロイドくん、忘れているかもしれないがここは女子寮だ。ロイドくんが特に何も言われないのはロイドくんが見事に人畜無害であり、《オウガスト》の弟子だったり、その他諸々の実績があったりで信頼を得ているからだ。いざ他の男子を――という話になると色々とな。」
「そっか……んまぁ、一応頼んでみるよ。」
そういえば夏休みの後すぐにランク戦だったから、考えてみるとだいぶ久しぶりの朝の鍛錬を終えたオレたちは、それぞれにシャワーを浴びてさっぱりした顔で学食に向かった。
「なーんかすごく健康的だねー。」
「朝ごはんも美味しく食べられるしね。」
「でもあたし、ちょっと朝が弱いからなー。気分的にはもーちょっと寝てたいかも。」
ジャージ姿からいつもの……あの格好になっているアンジュはくいっと首を傾げてニンマリ笑う。
「ロイドが起こしに来てくれたらすぐに起きるんだけどなー。」
「えぇ? 別にいいけど、アンジュのルームメイトの人がなんていうか……」
「別にいいのか!?」
予想外になんでか驚くローゼルさん。
「?? うん……」
「ば、馬鹿言うんじゃないわよ、バカロイド!」
「えぇ?」
「だ、だって……えっと……ほ、ほら! あ、あんたみんなが寝てる中、女子寮をうろうろ歩くわけ!?」
「う……言われてみればそうだな……なんというか……やっちゃダメな気がする……」
「そ、そうよ!」
こっちもなんでかちょっと慌てるエリルがわたわたするのを、ローゼルさんがひんやりとした目で見ていた。
「エリルくん…………」
「な、なによ! ま、間違ってないでしょ!」
「……全く、こ、恋人になった途端にこれだからな……」
「う、うるさいわね!」
「こいび…………! あー……そ、そうか……ご、ごめんエリル。」
「な!?」
「オ、オレが起こすのはエ、エリルだけに……する……から……」
「ば!?」
オレがものすごく恥ずかしくなるのと同時にエリルも赤くなってい――
「んもーロイくんてば!!」
「ぎゃわ!」
リリーちゃんに飛びつかれたオレは変な声が出た。
「あまり見せつけられるとこちらも実力行使に出ざるを得なくなるぞ、ロイドくん。」
「ふぁい! ふみまへん!」
あ、朝からなんかアレな感じだったけどなんとか無事に朝ごはんを食べて今は教室。いちいち馬鹿正直なバカロイドはホントに心臓に悪い。鈍感もいいとこだったクセにいざ分かったらこうなんだから始末に負えないわ。
ま、まぁ……嫌じゃ……ないんだけど。
「あー、お前らおはよう……」
ツカツカといつもの教師スタイルで教室に入って来た先生は少しテンションが低い感じだった。
「やれやれ。ランク戦の後の処理があんなに面倒だったとはな。さて、疲れもまだ残ってるのにもう授業かよって思ってる奴には朗報だ。今日の午前はガイダンスで終わる。」
いつも以上にやる気のなかった顔が一変、ランク戦が始まった時の楽しそうな顔にコロッと変わった先生は黒板にABCって書いた。
「お待ちかね! ランクの発表だ!」
ランク……要するに、ランク戦の結果発表。あたしたちはランク戦の結果でA、B、Cのどれかに振り分けられて、これから先、いくつかの授業はそのランクで分かれる事になる。
「言っとくが一人一人にお前は何ランクなんていうお手紙はまわさないからな。教える事は一つだけ――ランクの境目だ! まずはBとC!」
BとCの横に数字を書き足す先生。
「つーことで、四回戦に進めた奴はB! 三回戦で負けた奴はCだ! 続いてAとB!」
チョークの音が妙にリズミカルなテンションの高い先生。
「六回戦――つまりは準々決勝に進めた奴はAだ!」
一気にざわつくクラス。自分がどこまで進めたかなんて誰もが覚えてるわけで、喜ぶ人と落ち込む人がそれぞれの声をあげた。
あたしたちの場合は……とりあえず『ビックリ箱騎士団』は全員Aランクね。ていうか……つまり一年生のAランクってあたしたちにアンジュとカラードとカルクをくっつけた八人ってことになるわね……
「んで、ここからは各ランクに分かれて説明を受ける。集合場所を言うからそこに移動しろよー。」
というわけで、あたしたちはよく実戦の授業をやる校庭に出た。
「……ま、誰でも予想できることだが、上のランクほど人数が少ない。Cランクなんかは先生が十人以上つくが、お前らには私だけだ。」
たぶんこの学院で一番強い先生の先生がAランクの担当なのは納得ね。
「おお……あのルビル・アドニスの授業を受けられるとは嬉しい――っと、失礼。先生を呼び捨てに……なんと呼べばいいでしょうか。」
「? 普通に先生でいい。逆に変に教官とか呼んだら雷落とすからな。」
「気を付けます。」
「うれしそうだな、カラード。」
「ロイドは十二騎士のトーナメント戦を観た事ないのか? 毎年すごいのだぞ?」
「ああ、毎年あの老いぼれに負けてる私はすごいだろうな。」
ローゼルみたいな意地の悪い顔でそう言った先生は、ふと真面目な顔になる。
「あー……正直お前らに何を教えていこうかってまだ色々迷ってる。が、とりあえずはやっておかなきゃならん事があるからそれをやるぞ。」
「おお! それは一体!」
「レオノチスには悪いが、対象はサードニクスとクォーツだ。」
「あたしとロイド?」
「本来なら優勝した奴にやることだが……今回はじゃんけんだったからな。だから二人にやる。」
「えぇ……」
「そんな嫌そうな顔するな、サードニクス。お前らにはただ――負けてもらうだけだ。」
「え、負け? どういう事ですか?」
「ソグディアナイトも言ってただろ? 力いっぱい負けろって。お前らには知って欲しいのさ……このセイリオスの一年の中で最強みたい位置づけになろうとも、今のお前らじゃ手も足も出ない格上がいるんだって事をな。」
「そんなの知ってるわよ……先生とか十二騎士とか。」
「学生が元国王軍指導教官の私や《ディセンバ》とかに勝てないのは当たり前だ。そうじゃなくて、もっと近い所にもいるって話だ。」
「! もしかしてデルフさんとか!?」
「あー……それも考えたんだが……それよりはもっと効果の高い戦いを提供してやろうと思ってな。ずばり、お前らにとって相性最悪の奴と戦ってもらう。」
「な、なるほ――あ、もしかしてあの人たちですか?」
誰かを見つけてロイドが指差した方向を見ると、校庭の端っこからあたしたち方に歩いてくる二人の男がいた。もしかして現役の騎士とかなのかし――
「あぁ? 誰だあれ。」
「え、違うんですか?」
「違う。教師にもあんなのはいないしな。おーい! 誰だお前ら!」
「少し待ちたまえよ!」
少し離れた所から聞こえた……何かしら。妙にカンに障る声――っていうか口調で返事をした男はたっぷり時間をかけてあたしたちの前までやってきた。
「やれやれまったく、移動用の馬車がないとは……いや、騎士の学院にそこまでは望み過ぎというモノか?」
色合いがゴテゴテしてて目が痛くなる組み合わせの、だけどもパリッとしてて一つ一つはたぶん高級な服を着てる薄紫色の髪をした変な男は、両手を背中に回して後ろにコホンと咳ばらいをした。
「私はこういう者だ。」
と、そう言って男が指差したのは上着の胸ポケットのあたりにくっついてる紋章。あれって確か七大貴族の――
「そうか、お前の名前はワッペンか。それで一体何の用だワッペン。」
「なに!? まさかこれの意味が分からんと言うのか!? 貴様はルビル・アドニスだろう!? 国王軍の指導教官がこのような無知だったとはな! 毎年負け犬になるのも納得だ!」
……魔法の気配とか、そういうのをあたしは結構感じやすいんだけど……変な男の発言で先生の周囲に静電気が起きたみたいなパチッていう感覚っていうか雰囲気がした。
「これは誇り高きムイレーフ家の紋章! そう、何を隠そう私は――いや、そもそも私の事は知っておくべきだろうに……」
「はいはい。で、七大貴族のムイレーフ家のもんが何の用だ? 今は授業中だから話なら後にして欲しいんだが。」
「馬鹿を言うな。わざわざ時間を作ってやってきたのは私の方。私の用が優先されて然るべきだ。」
口調は荒っぽいけど短気ってわけでもないし、実際怒ったところを見た事ない先生が明らかに怒ってる感じの表情にじわじわと変わっていくのをガン無視で、変な男は……何でかあたしの方を見た。
「まさか本当に騎士をやっているとは……先が思いやられますな、エリル姫。」
偉そうにしてたそいつは、そこで初めて……ちょっとだけ頭を下げてこんな事を言った。
「お初にお目にかかります。私はピエール・ムイレーフ。あなたの夫となる男でございます。」
「……は?」
夫? 何よそれ。
「おや……もしや聞いていない? いや、そんなはずは……」
変な男はピンと背筋を伸ばしてあごに手を当てる。
「クォーツ王家と我がムイレーフ。互いの更なる繁栄の為に私とあなたは結ばれるのです。」
「そんなの聞いてないわ。」
「ああ……もしやカメリア姫のいたずらですかな。あの方はとてもユーモアな方だ。あなたを驚かせようと黙っていたのでしょう。」
「時と場所は間違えないわ。こんな事、お姉ちゃんがあたしに言わないわけがな――」
そういえば……夏休みが終わった時、お姉ちゃんが言ってたわね。間に合わなかったら変な奴があたしのとこに来るかもしれないって……ついでに言うと無視していいって。
「情報が上手に伝わっていなかったようですが、しかしこれは事実。あなたは私の妻となるのです! どうですかな? 私のような美しき者が夫――もう少し喜ばれては?」
そっか……たぶんこういう話があたしの知らないとこであって、でもそれをお姉ちゃんが何とかしてくれてて……それが間に合わなかったらこの変な男が来るって事だったのね。
……それにしても、自分で言うのもなんだけど……今のあたしはすごく落ち着いてる。きっと前のあたしだったらショックだったりなんなりでもうちょっと頭の中がざわざわしたと思う。
だけど今のあたしはそうなってない。そんなに王族って事にこだわってないのと……なによりあたしにはこ、恋人がいるから……きっといざとなったら全部無視しちゃえばいいわって考えが頭のどっかにあるのね。
ていうかそうよ恋人! ロ、ロイドはこの話どう思って……
「へぇ。やっぱり王族ってそういうのがあるのか。」
……ムカツクくらいにいつも通りの顔でいつも通りに驚いてた。
何よ! も、もうちょっとこう――あってもいいんじゃないの!?
「ふふふ、私の美しさに声も出ませんか。それもそのはず、ムイレーフの歴史において私は最も美しい男子との事ですからな! ……ただまぁしかし……」
あごに手を当てたまま、変な男は片目であたしをじっと見てこう言った。
「欲を言えばもう少しグラマラスな方が好みなのですが……まぁ、良しとしましょうか。」
胸や脚の辺りを通った視線にあたしは――ロイドにするのとは全然違う感情でカッと顔が熱くなった。
たぶん、そのままだったらその変な男を引っぱたいたり文句を言ったりしたんだと思う。
だけどそうはならなかった。
「ぐぼあっ!?」
まぬけな声をあげて変な男が宙を舞う。この学院の生徒なら受け身の一つもとったんだろうけど、どう見たって素人のそいつはすごくダサい感じにビダーンって倒れた。
「い、痛い! 私のあご――歯が! ど、どういうつもりだ! 何をしたかわかっているのか貴様!」
口から血を流しながら半べそでほっぺを押さえる変な男が睨みつける、グッと拳を握ったそいつは――これまたあんまり聞かない怒った口調でこう言った。
「人の彼女をやらしい目で見るな、破廉恥男。」
ほんの数秒前までいつも通りの顔してたクセに、変な男を殴り飛ばしたロイドは割と真剣に怒ってた……
……え、ちょ、なによそれ……これってつまりあたしの為に……
「か――彼女だぁ!? 馬鹿を言うな! どこの騎士の家の者か知らぬが、騎士如きが王族と付き合うなど、どこの恋愛小説だ愚か者め! 分をわきまえろ! おいアドニス、なんだこいつは! 貴様はこんな生徒を育て――」
変な男が文句を言おうと先生の方を向いたんだけど、先生は膨らんだほっぺを頑張って隠しながら大爆笑してた。
「ぶはははははっ! ひ、ひぃいぁあっはっはっはっは!」
「な、なにを笑っている! きさ、貴様の責任でもあるのだぞ!」
泣きながら怒る変な男を前にして大笑いする先生は、そうしながらも槍を取り出して……地面に転がる変な男の耳の真横にそれを突き立てた。
「ひぃっ!!」
「ぶくくく……ひ、ひぃひぃ……ふぅ……あー、ピエールっつったか? たまにいるよな、お前みたいな阿呆。」
「あ、あほだと!」
「どうせお前、騎士は貴族とかを守る連中って思ってんだろ?」
「今更何を! それが貴様らの義務であろうが!」
「そういう機会が多いってだけで、別に騎士は王族や貴族を守る事が仕事じゃないんだよ。頼まれても、それを受けるかはその騎士次第。あくまで騎士は、自分が守りたいと思ったモンを守る。」
笑いがおさまってきた先生は変な男を見ながら、ビシッとロイドを指差した。
「今お前は、見習いとはいえそこに立つ一人の騎士の守りたいモンを傷つけた。お前にとっちゃどうでもいい事かもしれないが、そいつにとっちゃお前の行動は万死に値する。この場で首をはねとばされても文句を言えないんだぞ?」
「首!? 馬鹿を言うな! そんな事が許されるわけがな――」
「何故だ? 国王軍に所属する騎士はこの国を守る為に敵対する者を躊躇なく殺すし、お前らお偉いさんらだってそう命じるだろ? それと何が違う。騎士ってのはそういうモンだ。おい。」
先生はふと顔をあげて、この変な男と一緒にこの場に現れたんだけど一言もしゃべらないからいる事も忘れかけてたもう一人の男に話しかける。
「お前も腹が立ってるのはわかるが、一応今、お前の仕事はこの阿呆の護衛だろ? 次は殴られる前に守ってやれよ。」
「は! まだまだ未熟でありました! 精進いたします、教官殿!」
「よろしい。んじゃこの気絶した阿呆を連れ帰ってくれ。」
「お、おい! 私は気絶などしてな――」
言い終わる前に、先生の拳が変な男のお腹に突き刺さった。
「ご迷惑をおかけしました! 失礼いたします!」
こうして、護衛だったらしいもう一人の男にかつがれて変な男は帰って行った。
「さて……」
嵐みたいなほんの五分くらいのドタバタを終えてため息をついた先生は、くるっと振り返ってロイドの頭にチョップした。
「あう。」
「このバカ。守るモンに熱くなれる騎士は好きだが、タイミングを間違えるな。以後、ああいう輩は私に任せろ。」
「は、はい。すみませんでした。」
「ったく、怒ると怖いのは師匠ゆずりか? それにお前その手、見せてみろ。普段やらないパンチなんてやりやがって、痛めるぞ?」
「はあ……」
「ったく……よし、大丈夫そうだな。んま、それはともかく……」
真面目に生徒を注意する顔から、ニヘラっと腹の立つ顔になる先生。
「お前ら、やっとくっついたんだな。」
「――! え、えぇっと……」
「『人の彼女に――』とか! ええ? 見せつけやがってこの!」
「あう。」
「しかしそうならもうちょっと早く怒ってもよかったんじゃないか? あの阿呆がクォーツのそういう相手ってわかった時点で。」
「い、いやぁ……だってエリルは王族ですし……そういう話の一つや二つはあるだろうって覚悟はしてたので……はい。」
「覚悟してたってあんなにいつも通りってのはどういうこった。」
「それは……例えそうでもオレはオレの使える全部を使ってなんとかするって決めたので……」
「ほう。色んな女と遊んでる筋肉ダルマからこんな弟子が出来上がるとはな。よし、そうなったらお前の使えるモノの中に私も加えておいていいぞ。面白そうだ。」
「は、はぁ。」
「な、なにを話してんのよ!」
あまりにもあたしを置いてけぼりに会話してたから思わず叫んだあたし。変な男に対して熱くなった顔はもう、ロイドに対する――いつもの感情での熱さになってた。
「よかったな、クォーツ。しかしとりあえずはあの阿呆だな。どうやって破談にする?」
「だ、だからあんな話聞いた事ないって言ってるでしょ!」
「一応カメリア様に確認とっとけよ?」
「とるわよ!」
「あー、ロ、ロイドくん。」
「え、あ、はい。」
「一先ず今はまぁエリルくんだろうが……そ、そうだな。わたしが変な男に変な風に見られたら、ああやって怒ってくれるか?」
「えぇ? いや、そりゃまぁ……」
「オレのローゼルにーって怒ってくれるか?」
「えぇ!? い、いやそれは……」
「心配するな。『オレの友達のローゼルさん』を略してオレのローゼルだ。」
「何言わせようとしてんのよ!」
「ロイくんボクも! オレのリリーって!」
「そ、そもそもオレのエリルとも言ってないんだけど……」
「ロ、ロイドくんってああいうことも……言うんだね……か、カッコイイね……」
「意外だねー。やるときはやる男って事だよねー。」
「にゃあ……ねぇねぇ、あたしたちは完全に蚊帳の外なんだけどどうすればいいのかな、カラードちゃん。」
「……ちゃん付けで呼ばれたのは初めてだぞ、カルクさん。なに、単純に一人の騎士が正義を貫いただけの事だ。」
先生も混じって変な男が持ち込んだ話題で盛り上がるあたしたち。そこに――
「あ、あのぅ……」
あたしたち以外の誰かの声がぼそっと聞こえた。見ると、いつの間にかすぐ近くにまたもや二人の人が立ってた。ただし、今度は男女のペアで二人とも武器を持ってる。
「あ、すまんすまん。そう、こっちがサードニクスとクォーツに戦ってもらう相手だ。お前ら、後輩に挨拶してやってくれ。」
先生が促すと、まずは女性の方がスッと一歩前に出た。
「わ、私はオリアナ・エーデルワイス。国王軍所属の騎士で階級はスローンです。」
イマイチ状況がわかってないけど先生に呼ばれたから来た……みたいな顔でその女騎士は自己紹介した。ピンク色の長い髪で結構美人。鎧を着てるんだけど《ディセンバ》みたいに……や、やらしい感じにはなってないちゃんとした格好。加えて黒いマントとランスときてるから、正に正統派女騎士――みたいな感じ。
「……スローン……?」
さっきまでの恥ずかしい会話なんてなかったみたいにいつも通りのすっとぼけ顔をあたしに向けるロイド。
「……中級騎士の事よ。ついでに言うと下級はドルムで上級はセラーム。前に教えたわよね……」
「……そうだっけか……」
「サードニクス……私は先生として悲しいぞ。んで、もう一人。」
そう言われて前に出たのは男性の方。
「拙者、ナンテン・マルメロと申す者でござる。同じく、拙者も国王軍所属でスローンでござる。」
真面目に騎士の格好だったエーデルワイスの後だから、余計にうさんくさく感じた。
へんちくりんなしゃべり方をしたその男はデンと突き出たリーゼントを頭に乗せ、どっかの国で一般的らしい……和服だったかしら? 確かそんな名前の服を着てる。武器はかなり細い剣……って言うよりは刀かしら。これも確か和服の国で一般的な武器だったわね。
結構な美形……だと思うんだけど、その他のせいで総崩れになってる残念な男だった。
っていうか、国王軍なのにこんな変な格好でいいのかしら……
「自分で言ってたが、二人とも現役で国王軍所属の中級騎士。魔法生物の討伐の時なんかは小隊の隊長を務めるような立ち位置だ。でもって、エーデルワイスはサードニクスの、マルメロはクォーツの……現段階、相性最悪の相手だ。」
「げ、現役の騎士と戦うんですか……オレたち。」
「そうだ。ま、詳しいことはやりながら説明する。まずはサードニクスから行くぞ、準備しろ。」
先生に促され、オレはみんなが見守る中でエーデルワイスさんと対峙した。
「《オウガスト》殿のお弟子さんと手合せできるとは嬉しい限りです。よろしくお願いします。」
「い、いやぁ……こちらこそです……」
ニッコリ笑うエーデルワイスさんは雰囲気的に優等生モードのローゼルさんに似ていて、オレの中にある女性騎士っていうのそのまんまな凛とした感じだ。
い、いや、ローゼルさんが普段は凛としてないって意味ではないけど……
「あー、先にネタばらしするが……悪いなエーデルワイス。お前は余裕で勝てるぞ。」
「え?」
驚いた顔を先生に向けるエーデルワイスさん。
「でもってサードニクス。」
「は、はい。」
「さっきも言ったが、そいつは今のお前にとって相性最悪の相手だ。冗談抜きで……お前はそいつにかすり傷の一つも与えられない。」
「!」
相性最悪……最近だとローゼルさんとアンジュの試合がそういう戦いだった。でも第八系統の風魔法と相性が悪いのってなんだ?
「んじゃ始めるぞ。サードニクスは曲芸剣術を準備しろ。それも全力全開のな。」
「えぇ? それは……なんというかずるい感じが……」
「心配ない。どうしたって今のお前は勝てないからな。ほら、早くしろ。」
言われるがまま、オレはプリオルからもらった剣を放り投げて手を叩く。
カラードとの試合の時はそうだった事も知らずに発動した魔眼の力でたくさん使えるようになったけど、オレ本来の今の全力はやっぱり二十本。
「ふ。」
フィリウスからもらった二本の剣を回し、イメロから生み出される風のマナを使って風を起こし、二十本の剣を回す。らせんの力が加わった事で、手間のかかる曲芸剣術の構えの状態にはすぐになれるようになった。
んまぁ、それでも先生とかからしたら充分に隙だらけなんだろうけど。
「これは……」
オレの構えを見てエーデルワイスさんがぼそりと呟く。驚いてはいるんだけど……警戒する意味での驚きではなくて、予想外のモノを見たような顔だった。
「よし。んじゃサードニクス、特に合図は出さないからお前から攻撃しろ。もちろん、全力全開全速力でな。」
「えぇ? それもなんだか……」
「いいからやってみろ。」
ランスを構えてもいないエーデルワイスさんにそんな不意打ちみたいなの――と思ったのだけど、エーデルワイスさんは驚きの顔をキリッと引き締まった顔に変えていた。まさに、臨戦態勢の騎士の顔だ。
そうだ。そもそも相手は現役の、しかも中級騎士。対してオレは騎士の卵。胸を借りるつもりで挑まないと。
「……わかりました。」
風をイメージ。回転、回転、回転。らせん、竜巻、最大風速。
オレが使う魔法は呪文とかが必要になるような複雑なモノじゃない、ただの風。だけどそこに七年間の修行で磨がかれた回転のイメージを重ねる事で、自在に操れる上にパワーのある強風になる。
そんな風の、今のオレができる全速力……
「行きます!」
直後、背後に吹っ飛ぶ風景。オレ自身は背後にまわり、他の剣は全方位から、全速力の剣戟を浴びせ――
「!?」
え……あれ?
「?? な、なにをしているのだ、ロイドくん。」
ローゼルさんの戸惑い混じりの声が聞こえる。それもそのはずで……
「ロ、ロイドくん……エ、エーデルワイスさんは……あ、あっちだよ……?」
ゆっくりと立ち上がって後ろ見る。エーデルワイスさんというよりは、むしろみんなの近くに移動した――いや、してしまったオレの眼に映ったのは、地面に大量に突き刺さった剣と、さっきの場所から一歩も動いていないエーデルワイスさん。
なんというか……結論を言えば盛大に攻撃を外した。エーデルワイスさんの背後にまわるつもりが全然違う場所に移動し、回転剣も見当はずれの方に飛んでいって一本も当たらずに地面に埋まった。
位置魔法でも受けたのか……? でも確か自分以外を移動させるにはその人の許可か、魔法の印をつけなきゃいけないはずだ。じゃ、じゃあこれは……
「早すぎてよくわかんなかったろ。んじゃ、次は気持ち遅めに攻撃してみろ。」
「は、はい。」
風を起こし、刺さった剣を巻き上げ、再びオレはエーデルワイスさんへと向かう。さっきみたいな全速力ではない、通常移動くらいの心持ちで。
すると――
「な、なんだ!?」
どういえばいいのか……急に酔っぱらったみたいに感覚が変な感じになって――飛ばした剣も、風で飛ばしているオレ自身も、明後日の方向に移動してしまった。
幻覚とかそういうのを受けたわけじゃない……なんというか、微妙にいつもと違う風になった感じだ……まるで……何かにこう……割り込まれたみたいな……
「……! まさか……」
思わずエーデルワイスさんにビックリ顔を向けたオレを見て、先生はふふっと笑った。
「今度は気づいたか。正解を言うと、エーデルワイスの得意な系統はお前と同じ、第八系統の風魔法なんだよ。」
近くに刺さったオレの剣を引っこ抜きながら、先生が解説する。
「サードニクス。お前は他の奴が真似しようと思っても真似できない、桁違いに強くて正確な回転のイメージを持ってる。それを利用した風を使い、剣とお前自身を超高速で自由自在に動かしてるわけだが……しかしな、それでも結局は風なんだ。もしも相手が同じ風使いで、しかもお前よりも魔法のコントロールに長けている奴だったなら今みたいになる。つまり……」
「……オレが回している風に自分の風を入れて狂わせる……」
「その通り。」
よくできましたとでも言わんばかりのニッコリ顔になる先生。
「エーデルワイスはな、階級は中級だが魔法のコントロールに関しては上級騎士でも並べる奴は少ないくらいの腕の持ち主だ。確か風を使って着替えられるって聞いたな。」
「えぇ!? それって物凄く難しい――ですよね?」
「んあー……私自身はそんなに風魔法を使えないから頷けないんだが……使える奴は全員お前みたいに驚くな。《オウガスト》ですらビックリしてたぞ。」
「すごいですね……」
我ながらポカーンとした顔を向けると、エーデルワイスさんは困ったように笑った。
「そ、それほどでは……サードニクスさんの風もすごいですよ。あんなにきれいに吹く風は初めて見ました。」
「そこはビシッと言ってやれ、エーデルワイス。その分狂わせ易くもあるってな。」
「え、あ、そ、そうですね……」
相性最悪。エーデルワイスさんからしたら何のことは無い、ちょっと風を割り込ませただけ。なのにオレにとっちゃオレの技がごっそり使えなくなる大打撃。
じゃあ風を使わないで挑めばって話にはなるけど……体術だけでエーデルワイスさんに勝てるとは思えない。
「……確かに、これは無理ですね……」
「ああ、そうだ。だが今のお前じゃ無理ってだけで、この先も無理って話じゃない。」
「そ、そうなんですか?」
「当たり前だ。他人の風が割り込んできても問題ないくらいのコントロールを身につければいい。とりあえず、お前の課題は魔法だな。」
「……! はい!」
今まで見てきた感じ、どの相手も厄介そうにしてたロイドの回転剣があっさり破られた。相手によってはこういう事になっちゃうのが相性ってわけね……
でもって、あたしの場合はこのリーゼント侍がそれなの……?
「王家の方と手合せとは、妙な事が起こるモノでござる。」
腰に下げた刀に手をかけながら神妙な顔でうんうん頷くリーゼント侍。言っちゃ悪いけど全然強そうに見えないわ……
「あー、やる前にちょっと説明するぞ。」
適当な距離でリーゼント侍と向かい合ってたあたしは先生の方を向く。
「正直言って、クォーツの近接戦闘の実力はかなり高い。今から騎士を名乗って商売しても食ってけるだろう。だが……近接戦闘ってのは、どんな魔法やどんな武器の使い手であろうとも、ある程度は修行してある程度の実力を身につける分野だ。そこのマリーゴールドみたいにな。」
ランク戦の中、遠距離からの射撃を得意とするティアナが身体を『変身』させて相手と格闘戦をする場面は結構あった。それで倒す為じゃなくて、射撃の隙を作る為に。
まぁ、そもそもティアナみたいなスナイパーが敵の真ん前に出るなんてことはあっちゃダメなんだろうけど……場合によっては必要な技術なのは確か。だから、それをメインにしてなくてもある程度は出来るようになっておくっていうのは、当然よね。
「だから近接格闘って分野には猛者が多いし、それだけで群を抜いた強さには中々届かない。よって何かもう一押し、そいつオリジナルのプラスアルファが必要なんだ。クォーツの場合、それはあのロケットパンチ。あれは威力も速さも申し分ない上に意外性も高くてかなりいい技だ。」
「……なによ、褒めてばっかりじゃない。」
「それでもまだまだ未熟って事だ。さてクォーツ、お前の最大最強の一発となると、それはたぶんガントレットとソールレットを全部くっつけた上での一撃……カンパニュラとの試合でやった『メテオインパクト』だろ?」
「……そうね。」
「だがあれは威力が威力。たぶん『コメット』とかよりも制御が難しい……だから動いてる相手にはまず直撃させられない。あの試合の時も、だから地面に落としたんだろ?」
「……なんでもお見通しね。その通りよ。」
「んじゃ、動かない相手には当てられるな。あいつにぶちかませ。」
「え……で、でもそんなの……」
「気にするな。さっきのサードニクスのを見たろ? マルメロは、お前の全力全開の一撃を物ともしない。さ、ドンとやってみろ!」
「……わかったわ。」
左腕と両脚の装備を外して右腕のガントレットに集める。結構重いんだけど、部分的に強化魔法をかけてなんとかする。
……イメージするのは、アンジュとの試合の最後にやったパンチ。踊る炎を一筋の噴射に変えて、爆発の力を一点集中した一撃。それを四つの武装全部にやって――撃ち放つ。
「『メテオ――』」
ちょっとの隙間を強い風が吹き抜けるみたいな甲高い音が響く。
「『――インパクト』!!」
あたし自身が噴射に押されて飛んでいかないように踏ん張りながら発射した一撃は、地面をえぐりながらリーゼント侍まで一直線に――
「え!?」
響く轟音。地面に突っ込み、校庭を粉々にしながら数十メートル進んでようやく止まったあたしの一撃。あたしは、発射した時の態勢のまま正面に立ってるリーゼント侍を見た。
「――!! 腕がしびれたでござる。こういう一撃は久しぶりでござる。」
いつの間にか刀を抜いてるリーゼント侍は全くの無傷。
「えぇ? あ、あれ? どういう事ですか先生。なんか今……エリルの攻撃がマルメロさんをすり抜けたように見えましたけど……」
「校庭が…………ん? ああ、そう見えただけだ。実際は受け流したんだよ。おーいクォーツ!」
「……! な、なによ!」
「実はこれで決着なんだ。お前の負け。」
「な……ど、どういう事よ!」
「武器、戻してみろよ。」
いきなり負けって言われてもそんなの――あれ?
「なんで……」
ガントレットとソールレット、それぞれに魔法をかけて炎を噴射させる。だけど……勢いよく炎は出てるのにその場からピクリとも動かせない。まるで地面に縫い付けられちゃったみたいに。
「カンパニュラとの試合でもあったが――つまりこれが今のお前の弱点。ガントレットとかを発射するってのはいい攻撃なんだが……いかんせん、お前自身が無防備になる。今みたいに発射したモノを使用不能にされるともうアウトだ。んま、誰だって装備を奪われればそうなるが……クォーツの場合、戦法上そういう状態になりやすいってのが難点だ。」
先生はビッと、刀をしまって腕をぷらぷらさせてるリーゼント侍を指差した。
「そいつは見ての通り近接戦闘タイプ。そしてそいつのプラスアルファはカウンター。近距離攻撃であればその勢いを利用して自分の攻撃の威力を増し、遠距離攻撃なら尽くを相手に返す。」
「えぇ!? じゃ、じゃあ『メテオインパクト』をそのまま無防備なエリルに戻すつもりだったんですか!?」
「まさか。さすがのマルメロもあれは戻せないと確信してた。だろ?」
「うむ……あれほどの威力になると受け流すので精いっぱいでござる。一応位置の固定はできたでござるが……」
「位置の固定? じゃああんたは位置魔法の使い手なのね。」
「いかにも。拙者の得意な系統は第十系統の位置魔法でござる。自身の剣術と魔法を組み合わせる事であらゆる攻撃をカウンター! ――と、言うのが拙者の目指すところでござる。ご覧の通り、まだ未熟でござるが。」
未熟……自分で自分をそう言う相手に、あたしの全力の一撃はあっさりと敗れた。この場合はたぶん、相性っていうよりは……そういう事が出来る奴もいるって事よね。
「んま、マルメロの未熟話は置いといてだ。今の場合は受け流す時に魔法をかけられ、ガントレットらを地面に固定されてしまったわけだ。相手によっちゃ、飛んできたガントレットを破壊されるかもしれないし、逆に相手にコントロールされるかもしれない。銃や弓矢と違って発射したモノを回収しなきゃならんクォーツは、そういう事態への対策が必用なんだ。」
「んー、でもお姫様、あたしとの試合の時は強化魔法でなんとかしてたよー?」
「それは単純にカンパニュラの選択ミスだ。あの時、直接攻撃じゃなくて『ヒートブラスト』を放っていたら、イメロも同時に手を離れてるクォーツは強化魔法と耐熱魔法だけじゃ押し切る事はできずに負けていた。」
「……言われてみればそーかなー……」
……実際その通りだから何も言えないわね……
「武器を奪われるとか、得意技を封じられるとか、そんなのは誰もが警戒しなきゃならん事だが、クォーツの場合はそうなる可能性が高い分、人一倍にしっかりと用意しておかないといけない。お前の当面の目標は、武器無しでもある程度度戦う方法、もしくは確実に武器を手元の戻せる方法を考える事だな。」
「……わかったわ。」
本当にこの為だけに呼ばれたみたいで、エーデルワイスとリーゼント侍は先生の「おつかれー。」の一言で帰って行った。っていうか、こうやって現役の騎士を呼べるんだから、さすがの元国王軍指導教官よね。
「よーし、これでとりあえずやっときたい事はできたな。次は何をするか……」
「えぇ……さっき確か午前はこのガイダンスで終わるって言ってましたよね……まだ一時間目も終わってない時間ですよ?」
「仕方ないだろ。こういう授業、まだ慣れてないんだから。これでも私は教師一年目のペーペーだぞ。」
「で、では是非おれと手合せを!」
「……それで本気を出されるとお前は三日間動けなくなるだろうが。後の授業の先生方に迷惑がかか――つーかよくもまぁ今までちゃんと授業できたな。んまーしかし、レオノチスとカルクとカンパニュラは私のクラスじゃないからな。実力を見ておきたいのは確かだ。ちょっとやってみ――」
「ぎゃああああああっ!!」
突然すごい悲鳴が聞こえた。聞こえたんだけど……なんかこう、緊張感のない悲鳴っていうか、別にそいつが悲鳴をあげてもそんなに興味のわかない悲鳴って言うか、さっき聞いたばっかりっていうか……
「あのぼっちゃん、また来やがった。」
先生が見るからに嫌な顔で見た先にはムイレーフ……さっきの変な男がいた。不格好に慌てながら猛ダッシュでこっちに向かってくる。
正直こいつはどうでもよくて……ちょっと変なのは護衛の騎士の方。あの人もこっちに向かって走ってくるんだけど……武器を手にした臨戦態勢で、なんとなく後ろを気にしながら走ってくるのよね。
「……あれはちょっとマジな顔だな。」
嫌そうな顔をしてた先生が真面目な顔になる。
「きょ、教官殿!」
あたしたちの近くまで来て盛大にすっころんで地面に顔をこすりつけた変な男をそのままに、護衛の騎士は緊迫した顔を先生に向けた。
「どうした?」
「そ、それが……自分にもよくわからないのですが……学院から出ようとした時、校門に彼らがいまして……」
「彼ら?」
「ええ、例のあの国の――! 来ました、彼らです!」
護衛の騎士が指差す方向。ついさっき、この護衛の騎士と変な男がノロノロと歩いて登場したその方向に、今度は五、六人の集団がいた。
「な、なんなのだ、あの見るからに怪しい集団は……」
「ぜ、全員真っ黒なローブを……か、被ってるよ……」
「ううん。一人だけドレスだよー。日傘で顔は見えないけどー。」
「なんだなんだ、悪の組織でも来たのか! 先生、これは戦闘準備が必要ですか!」
「にゃあ、落ち着くんだよ、カラードちゃん。」
悪者っぽさが全開の集団を前にざわつくあたしたちだったけど、ロイドとリリーは反応がちょっと違った。
「えぇ? あのローブってもしかして……」
「うわ。なんでこんな所に……」
「……サードニクスとトラピッチェは知ってたか。全員武器を下げろ。一応……事前に来る連絡はあったからな……」
「そ、それは本当ですか教官殿! ああ、では自分は学院の客人に対して無礼を……」
「んまーそうなっちまうが……気にすんな。知らずに出会ったら私だって臨戦態勢になる。」
普通に会ったら戦闘になる相手が客人? 意味わかんないわね。
「どういう事よ……ロイド、なんなのよあいつら。」
「あー……えっと、あのローブってある国に住んでいる人が国の外に出る時に身につけるモノなんだよ。太陽から身を守る為に。」
「太陽? 紫外線に弱い人が住む国でもあるわけ?」
「紫外線じゃなくて普通に太陽光が苦手なんだよ。確かものすごくだるくなるとか。」
「へぇ。じゃあ昼間はずっとあんな格好……ってあれ? あんた今国の外に出る時はって言った?」
「うん。あの人たちの国はいつも夜だから国内ならローブはいらないんだ。」
「何よその国……」
「スピエルドルフって国だよ。よく夜の国って呼ばれてる。」
すぴえ……聞いた事ない国名だわ。
「夜の国か……どっちかっつーとそれは良い方だけどマイナーな呼び方だな。」
ゆっくりと近づいてくる真っ黒ローブと日傘の集団を眺めながら、先生はそんな事を呟いた。
「良い方だけどマイナー? なによそれ。」
「そのままさ。悪い呼び方の方が一般には定着してんだ。本人たちが聞いたらいい顔はしない呼び方がな。」
「……なんて呼ばれてるのよ。」
「通称――化物の国。」
先生が言った通称に息を飲んだのと同じくらいのタイミングで、そんな国から来たらしい集団があたしたちの前までやって来た。
ローブに身を包んだのが五人と、日傘の……ドレスの女が一人。ローブの連中はフードを深く被ってて顔が見えないし、ドレスの女も日傘が深くてやっぱり顔が見えない。
「……私はこのセイリオス学院で教師をしているルビル・アドニスだ。そちらは先日手紙を寄こしたスピエルドルフからの訪問者……という認識で会っているか?」
『その通りでございます。』
ローブ連中の一人が一歩前に出てそう答えた。
それにしても……なんか変な風に聞こえたわね。発音が変とかじゃなくて……聞こえ方が変って言うか……
「そちらの……令嬢の身分は承知している。が、今は授業中。終わるまで待っていて欲しいのと、できれば先に学院長の所へ行って欲しい。そちらが来るという事はまだ一部の人間にしか伝わっていなくてな……学院長に正式な客人である事を周知してもらわないと先ほどのように戦闘態勢に入る者が少なくないだろう。」
『これは失礼を。確かに、順序としてはそちらが正しいでしょう。ではまた後程。さ、姫様。』
「……悪いな。」
『いえいえ。次代の騎士を育てる場にずかずかとやって来たのはこちら。警戒は然るべきでしょう。』
怪しい集団はくるっと背を向けて、学院長のいる建物の方に歩いて行った。
「へぇ……スピエルドルフの人とも交流があるんですね。さすが名門。よく来るんですか?」
「馬鹿言え。連中が訪ねてきたのはお前だぞ、サードニクス。」
「えぇ?」
マヌケな顔をするロイドの前にぴらっと黒い封筒を出す先生。
「ランク戦を観て興味を持った生徒に軍や騎士団の連中が手紙を出してくんだが……それにこれが混ざってた。お前に会いに行くって内容の手紙がな。相手が相手だけに先にこっちで手紙を開いちまったのは悪かったな。」
「オレに? スピエルドルフの人が? ……あ、まさかあいつらかな。」
てっきり受け取った封筒を開くのかと思ったら、ロイドはそのままポケットにしまった。まさか手紙ですら太陽光に弱いとか言うんじゃないわよね……
「え、ロイくんてばスピエルドルフに知り合いでもいるの?」
「友達がいるんだよ。オレがまだ……十一か十二くらいの時にフィリウスと一緒に行ったんだけど、その時に仲良くなった奴がいるんだ。ランク戦を観てたのかな……でもそれならその時に会いに来るだろうしなぁ……」
「そんなに不思議じゃないよ、ロイドちゃん。」
そう言ったのは未だに下……か上の名前がわからないカルク。
「ランク戦で活躍した生徒って色んなルートですぐに噂になるんだよ。なんたって名門セイリオスの生徒だからね。きっとそんな感じでその……スピエルドルフってのに届いた噂の中にロイドちゃんを見つけたんだよ。」
「なるほど……でもそっか……懐かしいな。」
「……あのドレスの女があんたの友達ってわけ……?」
「……エリル、すごく怖い顔してるぞ……オ、オレの友達っていうのは男だよ。」
「じゃあ姫様って呼ばれてたあの女はなんなのよ。」
「さ、さぁ……あ、観光でついてきたとか……?」
ロイドは本当にわからないって顔をしてるけど……嫌な予感がするわ。
「ふむ……なんとなく、あの日傘のお姫様がロイドくんに飛びついてくる光景が想像できてしまうぞ。女ったらしロイドくんめ。」
「えぇ……」
「んま、痴話喧嘩夫婦喧嘩の修羅場は授業の後でな。腰を折られてばっかりだがもう寄り道しないぞ。レオノチス、準備しろ。相手になってやる。」
「はい! お願いします!」
一度使うと三日は動けなくなるというカラードの『ブレイブアップ』。オレとの試合をやった日の次の日が決勝で、その次の日がお休み。そして今日という事できっかり三日経っているのだが、折角回復したというのにカラードは全力で先生に挑んでいった。
剣を飛ばすようになってから、オレは中距離で戦う人になった。対して、今カラードと戦っている先生はバリバリの近距離タイプ。オレ対カラードと先生対カラードじゃあだいぶ光景が違くなるのは当たり前で、二人の戦いは至近距離でのランスと槍の応酬。どっちも……なんというか、近距離武器って程短くはないんだけど、そんな長い得物がグルグル回転しながら二人の間を行き来している光景は凄まじい。
「あんた、あんなのに勝ったのね。」
「んー……でも、あの時は知らない内に右目にあった魔眼が知らない内に発動してたってのもあるからなぁ。勝ったって気はあんまりしないんだな、これが。」
「それもロイドくんの実力の内であると、先生なら言いそうだがな。」
「うーん……そうだね。ちゃんと実力に出来るようにしたいね……」
「それはそうとロイドくん、スピエルドルフについてもう少し聞いてもいいかな? あのローブの中にロイドくんの昔の女がいるかもしれないし。」
「だ、だからいませんて……」
冷ややかな視線をオレに向けるローゼルさん。
「まぁすぐにわかるだろう。さて……そのスピエルドルフという国、騎士の名門であるわたしや王族であるエリルくんが知らないという事を考えると、もしかして世界連合に加わっていない国なのか?」
「確かそうだよ。他の国との商売……えっと、貿易? もしてない。」
「それはまた、今となっては数えるくらいしかない種類の国だな。ちなみに何が原因で化物の国などと呼ばれているのだ?」
「オレもその呼び方は今初めて知ったんだけどね……そこに住んでる人の事を指してるんだろうな。そんなに怖くないのに。」
「怖い?」
「えっと……スピエルドルフはね、魔人族のみんなが住んでる国なんだよ。」
「魔人族!? あ、あの魔人族か!?」
「あのって言われても……オレが知ってる魔人族はスピエルドルフの人たちだけだけよ……?」
「い、いやそういう意味ではない! つまりその……ひ、人を喰らって生きているというあの魔人族なのだろう!?」
「えぇ!? 食べないよ! だいたいはオレたちと同じモノ食べて生きてるよ! んまぁ、中には土を食べてる人とか木を丸々一本食べちゃう人とかいるけど……」
オレとローゼルさんはお互いにビックリし合い、そして数秒の間の後、ちょっと深呼吸してから話を続けた。
「……なんだかデジャヴだな。クリオス草の時もこんな雰囲気の会話をした気がする。つまりあれだ、街で育ってきたわたし――いや、わたしたちと、あっちこっちの国やら辺境やらを旅して来たロイドくんとでは認識が違うのだ、きっと。」
「そうなのか? エリルも?」
「そうね……魔人族って言ったら、一生の内に会うかどうかもわかんないくらいに数が少ない種族だけど、出会っちゃったら食べられるしかない……みたいに聞いた事があるわ。」
「あ、あたしも……ま、魔人族に会ったら……災害に遭ったって思うしかないって……」
「へぇー、フェルブランドだとそんな感じなんだー。あたしの国じゃーすごく昔に色んな魔法を教えてくれたっておとぎ話があって、だから結構いい人みたいな扱いだよー?」
「む? 国によっても認識が異なっているのか? これは一体……?」
「それはしょうがないんじゃないかな。」
みんなで首をかしげていると、リリーちゃんがふふんって顔をしながらそう言った。
「魔人族って数がものすごく少ないし、基本的に自分の国……スピエルドルフからは出ないからね。しかも場所を知らないと見つけられないような所にあるし、魔法がかかってて基本的に見えない。だからボクたちが知ってる魔人族――つまり、その国とか地方に伝わってる魔人族の噂って、その場所にたまたまやって来たある一人の魔人族だけを元にして広まってるんだよ。」
「なるほど……つまりこうか? その昔フェルブランドにやってきた魔人族はたまたま悪い奴で人を襲ったり食べたりし、そしてアンジュくんの国に来た魔人族はたまたまいい奴で魔法を教えたりしたと。」
「そーゆーことだねー。でもって実際のところの魔人族は、スピエルドルフに行った事あるロイくんのイメージが正解なんだよ。てゆーかロイくんてば、よくスピエルドルフに入れたね。ボク、前に行った事あるんだけど、入国を断られちゃったよ?」
「オレの場合はフィリウスがいたからね。スピエルドルフって魔人族以外の人が入国するには魔人族の誰かの紹介がないとダメなんだけど、フィリウスにはスピエルドルフに友達がいたんだ。でもってフィリウスがオレの事を……なんていうか、入国させても大丈夫ってその友達に説明してくれて、それでオレも入れたんだよ。」
「何気にすごい経験をしているのだな、ロイドくんは……よし、では実際の魔人族というのはどういう種族なのだ? 正直恐ろしい……それこそ化物や怪物というイメージしかなくてな……」
「えぇっと……人間と魔法生物を足して二で割った感じの人たちで……人間よりも身体能力が高いし、大抵人間にない――こう、尻尾とか翼とかがあって、でもって魔法生物が持ってるような魔法器官が彼らにもある。」
「魔法器官が? 人間以上の肉体でしかも魔法を負荷なく使えて……さっきわたしたちの言葉をしゃべっていたのだから知能も同等かそれ以上…………いやはや、魔人族が最強の種族という事になるな……」
「オレも前にそう思ったけど、実はそうでもないんだ。すごい能力の代わりって言うとあれだけど、魔人族には必ず一つ……とも限らないけどとにかく、何かしらの致命的な弱点があるんだ。」
「……人間にだって弱点は多いぞ。水中で呼吸できないとか……」
「あーいや、そういう感じの弱点じゃなくて、ほとんどの生き物にとってはどうってこともないモノが物凄く効くんだよ。例えば……鳥の鳴き声が文字通りに死ぬほど苦手とか、純水をかけられると身体が一瞬で溶けちゃうとか。それにほら、さっきも言ったけど全員太陽の光が苦手だし。」
「な、なんだそれは。まるでファンタジーに出て来る吸血鬼とかの弱点みたいだな。」
「あははー。言っとくけどローゼルちゃん、吸血鬼ってスピエルドルフにいるからね?」
「なに? では……狼男とかもいるのか?」
「いるよー。人型の怪物は大抵実在してるね。」
「…………なんとなくイメージが固まったな。そういう国というのなら、化物の国というのは納得だな。」
「その呼び方、スピエルドルフじゃ禁句みたいなもんだから気をつけてね。それこそローゼルちゃん、食べられちゃうよ?」
「……気をつけよう。」
結局、カラード、カルク、アンジュの三人と連戦して連勝した先生はついでにあたしたちとも戦って、合計八連勝した。それでも息一つ切れてない先生はあたしたち一人一人にもっと強くなる為のアドバイスをし、そうして午前の授業は終わった。
「……午後の授業、ちゃんと受けられるかな……特にカラードは大丈夫なのか?」
「ああ……発動したら三分間放出され続けるはずのおれの力が、どういう魔法なのか三十秒分くらいせき止められた。なんとか動ける分の余力を強制的に残された感じだ……」
カラードはふらふらだけど、それに負けないくらいにあたしたちもふらふらだった。
ちょっと休憩しとけって事で先生がいつもより三十分くらい早く授業を終わらせたから、あたしたちはまだ誰もいない学食でぐったりしてた。
「相変わらず先生は強いなぁ……オレの剣、全部見切られた。」
「あたしも、攻撃が一発も当たんない上に勢いを利用されて放り投げられたわ。」
「わたしの水と氷は電熱で全て蒸発させられた。」
「あ、あたしの銃弾は……全部、た、叩き落とされちゃった……」
「ボクの瞬間移動に普通についてくる……」
「あたしの『ヒートボム』にも『ヒートブラスト』にも、真正面から突っ込んで来るのに無傷で抜けられたー……」
「にゃあ……あたしのコンビネーション、ぜーんぶ見切られて分身を片っ端から潰されちゃった。」
「……おれの全力全開でようやく先生の体術にギリギリ届いて……そこから先に進めなかった。」
八人が八人とも手も足も出ない。そんな圧倒的な強さを持つ先生が毎年負けてる今の《フェブラリ》は一体何者なのよ……
「それはそうと。」
全員が、ぐでっとテーブルに突っ伏してるか椅子に寄りかかって沈んでる中、急に背筋を伸ばしたローゼルが腕を組む。
「エリルくんはあの変な男と結婚するといい。ロイドくんはわたしがもらう。」
「だ、だから知らないわよあんな奴!」
そうよそうだったわ! あとでお姉ちゃんに電話しないと!
「ローゼルちゃんこそ、名門騎士なんだから許婚の一人や二人いるんじゃないの? 遠慮しなくていいんだよ、ロイくんはボクがもらうから。」
「生憎、そういうのはいな――いはずだ……むぅ、エリルくんみたいに降って湧かれても困るからな……確認しておくか。しかしそう言うリリーくんこそ、実はいつかの借金の形として結婚を約束されていたりしていないか? 正直に言うといい。」
「トラピッチェ商会は赤字になった事ないよ、失礼な。」
いつも通りの会話をするあたしたちを、頬杖をついて眺めてたカラードがふふふと笑う。
「『ビックリ箱騎士団』は随分と面白い状態になっているんだな。しかし……さっきのロイド。婚約者がいようがいまいが関係ないとは、なかなかカッコイイじゃないか。ぶれない信念は正義だとも。」
ロイドが怒ってくれた事を思い出してドキドキするあたし。だけどそんな程度じゃ済まないとんでもない事を、ふっと真面目な顔になったカラードが続けて呟いた。
「ところで……さっきのやり取りからすると、ロイドはクォーツさんと結婚する気満々なんだな。」
ものすごい威力の言葉だった。あたしたち――その場にいたカルク以外の女子が大ダメージを受ける。
「……クォーツさんがすごい顔をしているが……実際どうなんだ、ロイド。」
茶化すでもなく、ごくごく普通の表情で当たり前のように聞いてきたカラードに対してロイドは……
「満々も何も、好きになるっていう気持ちにはずっと一緒にいたいっていう想いも入ってるだろう?」
死ぬかと思った。
そりゃコイビトになるとか好きなるとかって最後まで行くとそういう話につながったりするんだろうけどでもだってあたしたちはまだアレだしなのにこのバカはすっとぼけた顔でなに言ってんのよバカ!
「それもそうか。」
あたし……だけじゃない、他のみんなが声にならない何かをパクパクしながら顔を赤くしてワタワタする中、カラードとロイドの会話は進む。
「そうやって心に決めた人がいるのであれば、今の内から結婚は視野に入れて然るべきだろう。何せ結婚は早い方がいいからな。子育てなんかには体力を使うし。」
コソダテッ!?!?
「何かと環境が変わる時だしな。無茶のし時というか何というか……遅くていいことないし。」
「そうだな。ああそういえば……ロイドとクォーツさんとなると……その、気を悪くしたら謝るが、ずばり平民と王族の結婚になるわけだろう? こういうケースはよくあるものなのか?」
「どうかな……ちゃんと確認した事ないけど……」
「にゃあ、ケース自体はそんなに珍しい事じゃないよ。」
こっちもこっちで真面目に話に加わるカルク。
「昔よりもその辺はゆるくなってる風潮かな。でもクォーツ家でそーゆーのがあったって話は、少なくともあたしは知らないけど。」
「ほー、じゃあ頑張らないとだな、ロイド。」
「ああ、頑張るよ。」
「あー、そんなに頑張らなくてもいーかもよ。」
「?」
「にゃあ、今ね、さっき言った風潮をちゃんとした文章で公言しようっていう動きがあるんだよ。つまり、王族は王族と、もしくは貴族と結婚するーみたいなのはもう古い伝統だーってね。」
「それはまたタイムリーだな。まるでロイドを後押しするかのように。」
「にゃあ、もしかしたら本当にそうかもだよ。」
「えぇ?」
「この動きね、中心に立って活動してる人の名前はカメリア・クォーツって言うんだよ。」
「えぇ!? カメリアさんが!?」
「カメリア様? となると……そうか、クォーツさんのお姉さんになるのか。」
「にゃあ、もしかしたらロイドちゃんっていう好きな人ができた妹の為、周りになんやかんや言われないようにしようとしてるのかもねー。」
もはやあたしたちを置いてけぼりにして進む会話の中にいきなりお姉ちゃんの名前が出てきたけど、やっぱり置いてけぼりにされてるあたしたちはどう反応したらいいのやらっていうかむしろ反応し損ねたっていうか、もうどうしようないそんな時――
「こんな所にいた。」
三人で突き進むとんでもない会話を止める知らない誰かの呟き。見るとあたしたちがいるテーブルに向かってくる黒いローブの人がいた。それはさっき見たローブ――スピエルドルフっていう国から来た連中が来てたのと同じローブで、つまりあの真っ黒ローブの五人のうちの一人が近づいてくる。
「ん、これは失礼。」
テーブルの横まで来ても顔が見えなかったんだけど、フードを被ったままだった事を謝りながら、そいつは素顔を見せた。
……なんていうか、普通だった。魔人族って言ったら怪物や化物のイメージがあったんだけど、普通に人間の……男の人の顔で、眼鏡をかけた物静かな秀才……みたいな感じだった。
さっきロイドは人間と魔法生物を足して二で割った感じとか言ってたけど、外見は人間なのかしら?
「え……ユーリ……?」
そう言って目をパチクリさせたのはロイドで、そんなロイドを見た眼鏡の男はニッコリ笑う。
「久しぶりだな、ロイド。」
「おお! 久しぶりだ!」
立ち上がったロイドは眼鏡の男に近づき、そうして二人はガシッとお互いの方を抱いた。久々に再開した親友って感じね。
「ああ、相変わらずひんやりしてるな、ユーリは。」
「そっちも相変わらず抜けた顔してるな。」
「ひどいな……でもそうか、オレを訪ねて来たって聞いたけどやっぱりユーリたちだったのか。」
「んー……そうとも言えるんだがメインは違うというか……いやまぁ、ロイドが対象なのは変わらないのだが……」
「?」
「後で詳しく話すよ……ともあれ、まずは私の事を覚えていてくれてうれしいよ。」
「?? んまぁ後で聞くとして……ところでユーリだけなのか?」
「いや、あいつも――」
「ロイドー!!」
学食に響く声。次の瞬間、どこから現れたのやら、ロイドに黒いローブが飛びついた。
「久しぶりじゃねーかこのこの!」
バタバタする中でとれたフードの下から出てきたのは、赤い髪を肩くらいまでに伸ばした女の人の顔で――って女!?
「ちょ――あの――」
ローブの下からチラチラ見えるのはスカートっぽいし、な、何より今ロイドが顔をうずめてるのそいつの――!!
「ん、その辺にしとけ。ロイドが窒息死する。」
「んあ? おっと、わりぃわりぃ。」
赤い髪の女から離れたロイドを、あたしはじっと睨みつけた。
なによ、オレの友達は男とか言ってたくせに! ちゃっかり女もいるじゃな――
「ど、どちら様でしょうか……?」
「んな!?」
久しぶりの再会って感じに飛びついてきた女に対し、ロイドは顔を赤くしながらも戸惑ってる感じだった。
「な――お、おいおい冗談よせよ……ユーリの事は覚えてたんだろ!? 俺だよ、ストカだよ!」
なにかしら……なんかすごく……忘れられてショックってだけじゃないくらいにショックな顔で女がそう言うと……
「えぇ? ス、ストカ? ストカ!? えぇ!?!?」
女の顔をまじまじと見つめた後、いつものすっとぼけ顔でロイドはこう言った。
「ストカって…………女の子だったのか。」
「あぁ!? お前もそういう口か!」
ショックな顔を……なんていうか、うれしく怒る? みたいな顔に変えたその女は、リリーの瞬間移動みたいな速度でロイドの後ろに移動し、その頭にヘッドロックをかけた。
「相変わらずすっとぼけた顔しやがって! ちょっとショック受けたじゃねーか!」
「痛――くはないけどストカ! む、胸が! 顔に!」
「うっせ! いっそ俺の胸で幸せ死ね! でもってユーリ! お前も爆笑してんじゃねー!」
ローブのせいでハッキリしないけど、ちょっとローゼルくらいあるんじゃないかって感じの――そ、その胸のあれをロイドに押し付ける女の横で、眼鏡の男がお腹を抱えて静かに笑ってた。
「ぶふふ……い、いやロイドは悪くないぞ。ストカに何年かぶりに会った奴は全員そういう反応するからな……くくく。どっちかというとここ数年で急に成長したストカが悪い――ぶくく!」
「あぁ!? ナイスバディになって悪いとかふざけんな!」
「わ、悪かったってストカ! オ、オレの中だとストカはガキ大将で――」
「鼻血吹いて死ね!」
力が加わってさらにロイドの顔に押し付けられる胸――!!
「ご、ごめんてば!」
「……おい、ロイド、一つ聞くぞ。」
ヘッドロックをかけながら、ふっと真剣な顔になる女。
「お前、スピエルドルフのダチっつったら誰を思い浮かべる?」
「え、えぇ? そりゃ二人だよ。ユーリとストカ――ていうかそろそろヘッドロックを……」
「……じゃあ、お前スピエルドルフにどれくらいいた?」
「えぇ? そ、そうだな……一、二週間ってとこじゃないか?」
ロイドのその答えに、爆笑してた眼鏡の男とヘッドロックをかける女の表情が暗くなった。
「? ストカ?」
ヘッドロックから解放されたロイドは困惑顔。そんなロイドに眼鏡の男が神妙に言った。
「……端的に事実を言うと……ロイドがスピエルドルフにいたのは丸一年。その間一緒に遊んでいた友達は私とそこのストカと、そしてもう一人いる。」
一年。 その言葉を聞いた瞬間、ロイドの表情が変わった。
「やっぱ、ロイドも姫様と同じ状態だったんだな……ま、つい最近まで俺とユーリも四人でつるんでた事を忘れてたしな。今思うと信じらんねーよ。」
「姫様? あ、ああ……さっきの日傘の人か? え、その人がオレと同じ状態って……」
そう聞きはしたけど、たぶん半分くらいは答えが出てるロイドの質問に眼鏡の男が――予想を超える答えを返した。
「記憶を失って……忘れてたんだ。一緒に過ごした一年間と……ロイドと姫様――スピエルドルフの女王であるカーミラ様が婚約している事をな。」
……
…………は?
「はああああぁっ!?!?」
「えぇぇえぇぇえええっ!?!?」
がらんとしてる学食に、あたしとロイドの声がこだました。
騎士物語 第五話 ~夜の国~ 第一章 エクストラステージ
やっとこさロイドくんとエリルちゃんがくっついたというのに、なんと両者に婚約者が!
おそろしい展開ですね、我ながら。