騎士物語 第四話 ~ランク戦~
第一章 プリンセス襲来
夏休みも今日で終わり、明日からセイリオス学院の二学期が始まる。
そしてこの夏休みには、思い返せば……とかしなくても思い出せる大きな出来事が二つあった。
一つは、S級犯罪者『イェドの双子』の男の方、プリオルとの戦い。
相手は実力の半分も出していない状態だったから、勝ったと自慢できるような結果ではなかったけど、この戦いで得たモノは多かった。
まずは曲芸剣術の――と言うよりは第八系統の風の魔法の上達。
回転の応用である渦――かっこよく言うとらせんを覚えた事で、大きな風を今までとは比べ物にならないくらい早く生み出せるようになった。ついでに回せる剣も増え、オレの曲芸剣術はかつての《オウガスト》にまた一歩近づいた。
次にプリオルから勝者への景品としてもらった増える剣。
この剣には名前がない上、そういう剣が存在したという記録もない。おそらく、どこかの誰かがひっそりと作っていたのだが、完成と同時にプリオルに奪われた……という事ではなかろうかというのが調べた結果の結論だった。そしてプリオルの言う通りであれば作った人物も、もうこの世にはいない。
一応S級犯罪者のモノなわけだから回収されるのかと思っていたのだが、その存在が今初めてわかったようなモノが何かの手掛かりになるわけもないし、名前も持ち主もいないなら、それはついさっきまで持ち主だったプリオルからもらった大将のモノだ――というのがフィリウスの言葉で、結局オレはこの剣はオレのモノとなった。
この剣は――手を叩いたり、指を鳴らしたりするとその数が増えるのだが、プリオルが言っていたように増やせる本数は使用者の魔法の技量で決まる。
魔法というのはそもそも、周囲にあるマナを皮膚を通して身体の中に吸収し、それを魔力へと変換、そこに魔法陣やら呪文を加える事で不思議な現象を引き起こす行為を指す。
この剣は使用者が体内に溜めている魔力を吸い取り、剣に組み込まれた術を発動させる事でその本数を増やしているらしい。一応、系統的には第一系統の強化になる。
一度に吸収できるマナの量やそれを魔力に変える際の変換率、身体の中に溜めて置ける魔力の量というのは魔法の上達と共に増えていくモノなわけで、つまり多くの剣を作り出すのに必要なのはずばり魔法の技量になるわけだ。
今のオレの場合、剣を作る事にのみ集中すれば百本くらいは出せる。だけど実際は曲芸剣術との併用になるわけで、そうなると二十がいいところだ。
それでも、いつも持ち歩いていた剣が二本だったオレにすれば、この剣を追加するだけで常に二十以上の剣を持ち歩く事になるわけだから、これはかなり嬉しい。
その内この剣にも名前も付けなきゃいけないが……さてどうするか。
そして実はもう一つ、プリオルがいなくなってから初めて気づいたプリオルからの贈り物があったわけだけど……それはまぁ、次の機会にでも。
今はそれよりも重大な事があるのだ。
夏休みに起きた大きな出来事の二つ目……それはリリーちゃんにこ……告白されたという事だ。
ほっぺにキスされたり、妙にくっついてきたりするから……そうなんじゃないかと考えてみたことがないわけでもないのだが、しかし自意識過剰なんじゃないか、オレ? と思って首をふっていたところにく、唇へのキスと一緒に告白がやってきた。
告白されたらお返事をするのが礼儀というかマナーというか……だけどオレは何も答えられなかった。
するとリリーちゃんは――
「え、えっと……オ、オレ……その、こういうの初めてで――ああいや、関係ないか……で、でもオレなんて言ったら……嬉しいのは確かなんだけど……」
「うん。ロイくんはそうだろうと思ったよ?」
「え――えぇ?」
「ボクはロイくんの事が好きな女の子だからロイくんの事を結構知ってるの。きっぱりかっちり決める事もあるけど、基本的にはこんな感じだよね。」
「は……はぁ……」
「そんなロイくんが告白されて直ぐにイエスとノーを答えられるなんてあんまり期待してなかったよ。勿論、ちょっとは――きっぱりかっちり答えてくれるのを期待はしたけどね?」
「ご、ごめん……」
「うふふ、まー、そんなロイくんもロイくんなわけだしね。だけど――ボクの気持ちはちゃんと伝わったよね? だ、抱き付いてチューしちゃうくらいに――ボクはロイくん、大好きなんだよ?」
と、これまで見たリリーちゃんの中で一番かわいい顔をするリリーちゃんに、オレは既に赤い顔がさらに温度を上げるほどドキドキした。
「一応確認するけどロイくん……その、ボクの事嫌いじゃない――よね? ま、満更でもないんだよね?」
「う……うん……本人に聞かれるとは思わなかったけど……」
「だよね。じゃあ返事は二つに一つ……オレもリリーちゃん大好きだよーか、リリーちゃんよりも好きな人がいるんだーのどっちかだね?」
「そ、そうなるかな……」
「じゃあ覚悟してね、ロイくん。」
「な、なにを……」
「い、今まではちょっと遠慮してたけど――もう好きって言っちゃったからね。ロイくんも言ってたことだし、『ウィルオウィスプ』の技術を存分に使ってロイくんにアタックしていくからね?」
「え――えぇえぇ!?」
明日からの学院生活がどうなるか不安な今日この頃だし、それでもリリーちゃんにはなるべく早く返事をしないといけない。
オレ、好きな人っているんだっけか……
「お兄ちゃん聞いてる?」
――というような諸々を考えながら荷造りをしていたオレはパムに飛びつかれた。
「どわ! びっくりした……」
「だから、パムの話聞いてた?」
「ごめん……お兄ちゃん、結構上の空だったよ……」
「ひどいなー、もぅ。できるだけ会いに行くからねって話だよ。」
「うん。無理はしないでいいからね。また先生に怒られちゃうから。」
「そっか! それだよお兄ちゃん!」
「?」
「パムも先生になればいいんだよ! 上級騎士が入学っていうのは無理って言われちゃったけど、先生としてならいいよね!」
「学院にとってはいい話のような気がするけど……パムの歳でそれがいいかどうかだね。」
「っとに、大将の前だと人格変わるな。」
そんなあきれた声を出すのは奥の部屋にいたフィリウス。
アフューカスに狙われているって事で、ティアナの家での一件から今日までフィリウスはずっと傍にいた。
学院に入ってしまえば手出しは出来なくなるし、そういう事情を知った学院長が何やら特殊な魔法をオレにかけてくれるとかなのでそれ以降は外出も可能になるらしい。だからとりあえず二学期が始まるまでの護衛だったわけだが……オレとしては、今のオレにとっての家族が勢揃いなわけでとても嬉しかった。
「しっかし、大将の護衛ってのは楽で良かったんだけどなぁ。戻ったらアフューカス絡みで忙しくなりそうだ。」
「仕事して下さい、十二騎士。」
「妹ちゃんもな、上級騎士。」
ツンツンするパムとケラケラ笑うフィリウスというのは、もう見慣れた光景となった。
「大将はランク戦だろ? そっちも気合い入れないとな。」
「ああ。目指すはAランクだな。」
「だっはっは! そんな目標はダメだぞ、大将! 男なら優勝を目指せ! とりあえず一年生最強の称号をゲットしろよ!」
「優勝……そうだな。それくらいでないとダメかもな。」
正直、オレは自分のクラス以外の一年生というのはほとんど知らない。きっともう噂になっている強い人ってのがいるんだろうけど、そういう話にも疎いから余計にわからない。
ただ、優勝するというのであれば――『ビックリ箱騎士団』の面々を倒さないといけない。
んまぁ、それはそれで楽しみなのだが。
「いいこと、エリー? ちょっと先を越されたからと言っていつもまでもむくれてちゃダメなのよ? まずはルームメイトっていう地の利を活かすの。」
「何の話――っていうか先を越されたって……な、なんでお姉ちゃんが知ってるのよ。」
「お姉ちゃんがその気になれば今日の彼の朝ごはんだってわかるわ。それにエリー、お姉ちゃんが何を知ってると思ったのかしら? 今のエリーには誰かに先を越されたと思ってる事があるって事よねぇ? あらあら? そろそろ素直になるかしら?」
「――!! お、お姉ちゃんが何言ってんのかわかんないわ!」
「一応言っとくけど、彼ははっきり言わないと気づかない――いいえ、気づいてはいても確信はしないタイプね。きっと、「自意識過剰なんじゃないか、オレ?」とか思ってるわよ?」
「もう! 荷造りしてる妹の部屋に来たと思ったらいきない変な話しないでよ! ひまなの!?」
「これから戦場に赴く妹を見送らない姉はいないわ。」
「……ランク戦なら心配ないわよ。きっとAランクに――」
「違うわ、女の戦場よ。覚えておきなさい、エリー。そこに遠慮とか友情とかはないのよ? あるのは勝ってラブラブか、負けてこっそり爪をガジガジするしか――」
「カメリア様、そろそろお時間です。」
「アイリスさん! かわいい妹が明日から仁義なき戦場に赴こうって時なのよ!?」
「しかしカメリア様、一国の王子をお待たせするのもいかがなものかと思いますが……」
「他国の王子よりも自分の妹よ!」
「な、なに言ってるのお姉ちゃん! 仕事してよ!」
「じゃあエリー、逐一報告をしなさい! 手をつないだとか肩を寄せ合ったとか、何かある度に連絡しなさい! カメリア・クォーツからの最重要命令よ!」
「実の妹に何を命令しているのですか……行きますよ。」
ティアナの家から戻ってからしばらくはお姉ちゃんには会えなくて、昨日ようやく帰って来たと思ったらずーっと今みたいなテンションで大変だった。
相変わらず二人の兄さんからは色々言われたりするんだけど、お姉ちゃんがチョップをいれてくれた。
クォーツ家におけるあたしの立ち位置は段々と薄れてきて、「一応王族」みたいな感じになってきた。ま、ロイドたちと一緒に騎士になって守りたい人を守ろうとするあたしには好都合だからいいんだけど。
お母様やお父様が何かを言うわけじゃないけど……兄さんたちがお姉ちゃんみたいにそこそこの力を持ったら、その内ここを追い出されるかもしれないわね。
ちょっと家探しでもしとこうかしら。
「あ、そうだエリー。」
いなくなったかと思ったお姉ちゃんがドアからひょっこり顔だけ出す。
「な、なに?」
「もしかしたら間に合わなくて変なのがエリーの所に行くかもしれないけど、無視していいからね。」
「? なんの話?」
「間に合えば何でもない話よ。」
明日から二学期で、セイリオス学院は寮生活だから、夏休み最後の日の今日はあっちこっちに散らばってた生徒たちが一斉に戻ってくる。
学院の近くまで送ってもらって、そんな他の生徒に紛れて学院に向かって歩いてたら……校門の前になんか人だかりが出来てた。
「だっはっは! 順番だ順番だ!」
聞き覚えのある笑い声がすると思って近づいてったら途中で誰かに肩を叩かれた。
「! ロイド。」
「久しぶり、エリル。」
学院に来た時の格好からはだいぶ良くなってるはずなんだけど、相変わらずすっとぼけた顔をしてるし、田舎者っぽさはやっぱりぬけ――
「相変わらず綺麗な紅い髪だな。遠目でもすぐにわかる。」
「……は?」
「……あれ?」
よく……わからない現象が起きた。
ロイドはロイドだから、思った事をそのまま口にするというかなんというか、恥ずかしい事をさらっと言う。だから時々ドキドキさせられる――んだけど、なんでかしら。セリフ的には同じような内容なのに、今の言葉には違和感しか覚えなかった。
「ティアナの家からざっと二週間ぶりかしら。なんか悪いモノでも食べたの、あんた。」
「えぇ? いや……ちょっと違ったというか……ごめん、なんでもない。」
「? まぁいいわ。あれ、フィリウスさんよね……」
「ああ。騒ぎになるから来るなって言ったんだけどな。見送るぞって。」
「まったく、迷惑なゴリラです。」
そう言いながらロイドの後ろから出てきたパムは軍服と上級騎士の証の白いマントをしていて……だから結構人目を集めてた。
「エリルさん。」
「なに?」
「休みが終わり、自分がここに来られる事も少なくなるかと思いますが――」
「なによ、ロイドをよろしくってこと?」
「いえ、変な気を起こさないで下さいね。」
「へ、変な気ってなによ!」
「リリーさんみたいに。」
その言葉で頭の中にあの時の光景が広がる。思い出す度にモヤモヤした気分になるあの光景――だったんだけど、当の本人が目の前で困った風に笑うのを見たらなんかなんとも思わなくなった。
「べ、別にそういう行為をどうこうするのはいいんですが――あ、あんな風にいきなりやったらダメなんだからね、お兄ちゃん!」
「えぇ!?」
ロイドが……? いきなり迫ってきてキ――
「バ、バカじゃないの! このエロロイド!」
「えぇ!?!?」
「なんだ、ルームメイトが真っ先に合流する決まりでもあるのか?」
「わ、な、なにあの人だかり……」
反射的に出したパンチをさらっと避けられたあたしの耳に聞こえたこれまた聞き覚えのある声は青と黄色のペア。
「久しぶりだな、エリルくん、ロイドくん。」
「あ、ローゼルさんにティアナ。えぇっと……」
そこでなんでかカバンから手帳みたいのを取り出したロイドはそれをチラッと見てからこう言った。
「久しぶりに会うと改めて思うけど、やっぱりローゼルさんは美人さんだね。」
「んな!?」
「ティアナも、時間が空くとこんなかわいい人がスナイパーライフルってのにはもう一回驚くね。」
「ふぇ!?」
出会って早々に顔を赤くする二人。
……やっぱりなんか違和感。
「ねぇちょっとロイド――」
「大将!」
結構離れた所にいるフィリウスさんの声が響き渡って、その場の全員が足を止めた。注目のマトであるフィリウスさんはドカドカと歩いてこっちに来る。
「デカい声だすな! ビックリするだろうが!」
「だっはっは! 全員そろったみたいだから俺様はそろそろ帰ろうかと思ってな! サインもあらかた書いたし!」
フィリウスさん、サインを頼まれてたのね……
「? リリーちゃんにはまだ会ってないぞ。」
「んん? さっき中に入ってったが。」
「そうなのか? んまぁ、ここで合流とかって約束はしてないしな。」
「なんだ大将。ファーストキスの相手に冷たいな。」
「そ、そういうこと言うな!」
「だっはっは! 引き続き青春しろよ、大将!」
「……フィリウスも、セルヴィアさんと仲良くな……」
「んな!?」
すごく仲のいい――なんて言うのかしら。兄弟でもないし親子でもない……例えにくい二人はそんな事を言い合う。
「お嬢ちゃんたちもまたな! 諦めるのは早いってもんだ!」
「なんの話ですかゴリラ。では兄さん、また近く。」
こうして、騎士の学校の前でサインを書いてた十二騎士、《オウガスト》と天才と呼ばれる最年少上級騎士は帰って行った。
ロイドが《オウガスト》の弟子っていう話は夏休みに入る前から広まってるらしいんだけど、ああやって二人が話してるのを見た生徒たちの騒がしさは結構なモノで、だからあたしたちはとっとと寮に入ってそれぞれの部屋に帰った。
「悪いなエリル。いきなりあんなんになって……」
「入学した頃はあたしもあんな感じだったから慣れてるわよ。」
「そっか。さて、んじゃ荷物を出すか。」
「て言ったって、あんたの場合そんなにないでしょ。」
「んまぁ……あ、でも剣が一本増えたぞ。」
プリオルからもらったとか言う増える剣をいつもの二本と並べて壁に立てかけるロイド。
「……あれから……その、襲われたりしてない……?」
「大丈夫――あれ? 今思ったけど、狙われてるオレと相部屋ってエリルまずいんじゃ……学院長に言って部屋の交換とかした方が――」
「いいわよ、別に。」
「そうか? でも……」
「この学院にいる限りは安心なんだから、部屋を変える必要ないわよ。それに、やっと――カーテンの生活に慣れてきたのにもったいないじゃない。」
「なんだそのもったいない……」
「な、なによ……もしかしてあんた……リ、リリーと相部屋がいいわけ……?」
「えぇ!? い、いやそんな事になったらドキドキし過ぎてどうにかなる! エ、エリルが危ないんじゃないかって話だよ!」
「だ、だから学院の中なら関係ないわよ……あたしも別に気にしないし……」
「そ、そうか。オレもできればこのままが良いしな。」
「――! な、なんでよ……」
「……? そうだな……なんとなく……あ、美味しい紅茶が飲める! オレ、エリルが淹れる紅茶好きだぞ。なんかホッとするんだよ。」
「な、なによそれ……」
急に褒められてドキドキするあたし。
……そう、こういうところがあるのよ、ロイドは。こんな感じで美人とかかわいいとかっていうのも言うけど……
やっぱりさっきのは変だわ。
「荷物片付いたら紅茶飲まないか? ――って言ってもエリルに淹れてもらうわけだけど……一応お茶菓子があるんだ。クッキー。」
「クッキー? なんでそんなのがあるのよ。」
「来る途中で買って来たんだ。ふと目に入って……そしたらエリルの紅茶を思い出して買ってしまった。」
「あっそ……ちょっと待ってなさい……」
やっぱり少し意識してしまう。
キッチンで紅茶を淹れるエリルの横顔を眺めていると、その視線がどうしても……く、唇に行く。
リリーちゃんに告白された次の日にティアナの家を後にしてそのまま解散。その後二週間、オレはエリルたちに会っていない。リリーちゃんも、パムの家までついてきそうな勢いだったんだけど、二学期から始めるという購買の準備があるとかで……投げキスされてわかれた。
つまり、あのキ、キスの後初めてみんなに会ったわけなんだが……リリーちゃんの唇の感触を思い出し、そして――他の人もあんな感じなんだろうかとか意味のわからん事で頭をぐるぐるさせながら、オレの視線は知らず知らずにみんなの唇に移っていた。
これじゃあローゼルさんの言うところのスケベロイドくんだな……
「はい、紅茶。」
「あ、ありがとう。はい、クッキー。」
丸いテーブルで向かい合い、いつものように紅茶を飲むオレとエリル。
「エリルは……あの後、夏休みは何してたんだ?」
「《エイプリル》――アイリスに色々教わってたわ。体術とか魔法とか。」
「おんなじか。オレもフィリウスとパムに色々と。」
「十二騎士と上級騎士がコーチなわけね。まぁ、あたしのも十二騎士だけど……」
「はは、お互い恵まれてるな。」
「そうね。それにお互い……騎士になった時に敵になるような奴の一番強いのを見たわ。」
「S級犯罪者……プリオルは確かに強かった。魔法使えないくせに魔法みたいな事するんだもんなぁ……」
「ポステリオールも、あたしはほとんど見てただけだけど……あれで本気じゃないって言うんだから意味わかんないわ。」
「誰かを守るため、あんなの戦う事もあるわけだ。頑張んないとな。」
「道は長いわね。」
「大丈夫さ。さっきも言ったけどオレたちは恵まれてる。良い師匠がいて、ついでにオレたちがいるここは騎士の学校の名門。環境はバッチリなんだから、あとはオレたち自身の努力次第だろ?」
「……師匠のすごさも知らなくて、しかも目的が無い状態で学院に来たクセに言うわね。」
「うぅ……い、今は違うだろ!」
「……あ、あたしの騎士……?」
「……うん……も、もちろんローゼルさんとかも守りたいんだぞ! リリーちゃんにも言ったけど、一度こうして友達になった人を……失いたくないからな。」
「…………そ。」
「…………なんか怒ってる?」
「怒ってないわよ!」
「そ、そうか? んまぁ、とりあえずはランク戦だな。目指すはAランク――じゃなくて優勝だ。」
「優勝……そうね、それくらいじゃないとね。」
「……フィリウスに言われたんだけどな。でも……きっとあれだろ? オレは知らないけど、すっごく強い一年生とかっていたりするんだろ? 特にこの学院だとさ。」
「ローゼルとかがずばりそういう一年生だと思うわよ? 名門の子っていう感じの。」
「名門の家か……よし、田舎者の底力を見せてやろう。」
「あたしも、守られる側の王族のそれを見せてやるわ。」
ニンマリ笑いながら、互いのティーカップをコツンとぶつけたオレとエリルは――
「相変わらず二人っきりになると油断ならないよね。」
突然現れたリリーちゃんにビックリしてカップを落としそうになった。
「リ、リリーちゃん!」
「ロイくん久しぶりっ!」
ムギュッと抱き付かれたオレはそのまま後ろに倒れる。目の前に広がるリリーちゃんのニッコリ顔で一気に顔が熱くなった。
「わ、ロイくんてば真っ赤。やっぱり前より意識しちゃう?」
胸から足先までピッタリとくっついたリリーちゃんの身体の温度とか柔らかさとか色々なモノに耐え切れず、我ならがすごい動きをしてリリーちゃんの下から脱出した。
「あの! その! へ、返事してないオレが言うのもあれだけどこーゆーのはあんまりやんない方が良いのではないでしょうか!」
「そう、ロイくんがきっぱりとしたお返事しないからこーゆーのをするんだよ。ロイくんの頭の中をボクで一杯にしていいお返事をもらう為にね。まー、悪いお返事だったら取り返すために、いいお返事だったら今よりもっと、おんなじことするんだけどね。」
「えぇっ!?」
「なんなら――もうちょっと過激にしちゃおうか……?」
じりじりと四つん這いで近づくリリーちゃんは正直ものすごく色っぽ――
「人の部屋で何しようとしてんのよ!」
――かったんだが、エリルに後頭部を叩かれて床に頭突きをした。
「痛い! なにすんのエリルちゃん!」
「あんたがなにすんのよ!」
「そ、そうだよリリーちゃん。あんまり――か、過激になるとオレの心臓がもたない……」
「ふぅん? 例えばどんな事されちゃうと心臓止まっちゃう?」
「えぇ!? た、例えば!?」
「ほら、それだけはしないように気を付けないとだから教えて?」
「えぇ!?!?」
色っぽく笑うリリーちゃんと顔の赤いエリルを前にどうしようもなくなった時、ドアをノックする音が聞こえた。
「誰か来た! オレが出るぞ!」
神様ありがとう!
「随分な会話が聞こえたがどういう事かな?」
勢いよく開いたドアの向こう側にいたのはローゼルさんとティアナだった。
「……なんでこう、この部屋に全員集まるのよ。」
「今更だな。そしてリリーくん、あまりハレンチな事はやめたまえ。」
「ビキニを見せつけたローゼルちゃんに言われたくないんだけど。」
「ローゼルさんのビキニ姿……」
「……ロイドくん、お、思い出しちゃダメ……だよ……」
部屋にある丸いテーブルを五人で囲み、そういえばロイド以外には淹れた事がなかった紅茶を全員分出す。
「ふむ。これが二人が二人っきりの時に二人で飲む紅茶か。」
「うん。」
ローゼルの「二人」を強調した言葉にロイドがそのまま頷いたから、あたしはローゼルに睨まれた。
「ま、まぁ紅茶ならわたしも淹れられる……どうだロイドくん、たまにはわたしの部屋に来て違う茶葉を味わうのは。」
「ロゼちゃん、ティーパックはあんまり淹れるって言わないよ……」
相変わらず料理関係は――パスタ以外ダメらしいローゼルだけど、ロイドが……
「ふふ、何でもできそうなローゼルさんのそういう所はチャーミングだよね。」
「にゃっ!?」
ローゼルが猫になるほど驚く。そして、このセリフにまた違和感を覚えるあたし。
「ロイくん、ボクの前で他の子を口説かないで欲しいんだけどな。」
見るからに面白くない顔をするリリーに、少しおどおどしながらロイドはこんな事を言った。
「な、なんなら――告白されてなんだけど、リリーちゃんも口説こうか?」
「ふぇえっ!? も、もういきなりなぁに? もぅもぅ!」
嬉しそうにくねくねするリリー。
「……ねぇ、ロイド。いい加減気持ち悪いんだけど……」
「えぇ? あ、クッキー不味かったか?」
「違うわよ! さっきからあんたが言ってるあんたらしくないセリフの事よ!」
「えぇ!? き、気持ち悪かったか!?」
「あたしは普段の方がす――と、とにかくなんなのよそれは! 変な小説でも読んだの!?」
「い、いやぁ……これは……」
ロイドが困った顔になるけど、ローゼルたちも――顔を赤くしながらロイドに尋ねる。
「た、確かに、いつものロイドくんっぽいと思えそうだが何だか違うな……べ、別に言われて不愉快ではないのだが……」
「あ、あんまりそういうのばっかりだと……ドキドキし過ぎちゃうよ……」
「ボクだけならともかく、他の子にも言うのは嫌だな。どうしちゃったの?」
全員の視線を受けたロイドは、ちょっと顔を赤くする。
「えぇっと……その、リ、リリーちゃんにす、好きーって言われて考えた……んだよ。」
「リリーちゃんってばやっぱりかわいいなーって?」
「いや、リリーちゃんはかわいいんだけどそうじゃなくて……その、オレはそんなリリーちゃんに好きって言われるような男かなと……」
「……ロイくん、それ……ちょっとボクに失礼。」
ロイドにデレデレのリリーがムッとする。
まぁ、今のって言いかえると……大したことない自分を好きになるリリーが変わり者というか変と言うか……そんな意味合いにも聞こえるものね……
「うん、オレもそう思うよ……だけどごめんね。そのリリーちゃんがきっかけではあるんだ。なんて言うか……オ、オレの事を好きになってくれた人――に釣り合うというか、恥ないというか……その……いい男的なモノになれたらいいなと……」
「……らしくない事を考えたわね。」
「……オレもそう思うけど……リリーちゃんにす、好きって言われて……み、みんなの事も意識してしまうようになったというか……」
「は、はぁっ!?」
ロイドのとんでもない発言に全員が顔を赤くする。
「ななな、なにを考えているんだスケベロイドくん!」
「い、意識って……ど、どういう……」
自分でも恥ずかしい事を言ってる自覚は充分らしく、ロイドは明後日の方を向いて照れながらボソッと呟いた。
「いやぁ……みんな女の子なんだよなぁと……」
意識とか言うから何事かと思ったらそんなすっとぼけた事を言ったロイドに、赤くなったあたしたちはため息をつく。
「……ロイドくん、それは今更だぞ……というか、それなら今までなんだと思っていたのだ……」
「なんだと思ってたというか、考えてなかったというか……クラスメイトとか友達とか戦友とかそういうのはあったんだけど……オレは男でみんなは女って事を……いや、前から知ってはいたけど……リリーちゃんの事でものすごく実感したというか……」
結構すごい事を言ってるロイドは――普段あたしたちがなるような真っ赤な顔に段々となっていく。そしてそんなロイドの前だからか、逆にあたしたちはちょっと冷静だった。
「……そういう話をわたしたちにしてしまうところは相変わらずというか、い、意識してもそのままというのがロイドくんっぽいが……そ、そうか、そんな風な意識改革があったのか……」
「で、でもロイドくん……そ、それはその……いい事……なのかまだわかんないけど……どうしてそれがあんな風な事を言うロイドくんになっちゃったの……?」
「それは……」
こんなに恥ずかしそうなロイドは初めて見るからいつもと違う方向にドキドキするんだけど、一人だけいつもより不機嫌な顔になってるリリーが今のロイドをまとめる。
「要するに、ボクの告白で異性を意識するようになったロイくんは、だからちょっといいカッコしたい感じの男の子になったって事?」
「そ、そんな感じです……」
うわ、今のロイドちょっといじめた――な、なに考えてんのあたし!
「ま、まぁいいんじゃないか? むしろそうじゃない方が問題のような気がするというか、フィリウス殿が心配していた「女性に興味のない男の子」がきっとそれだからな……」
「う、うん……そ、そういうのはきっと……ふ、普通だよロイドくん。あ、あたしたちに話しちゃうのはかなり……恥ずかしいと思うけど、ロイドくんだし……」
いつもなら「オレって一体……」ってしょんぼりしそうなロイドだけど、顔が真っ赤でそれどころじゃない感じ。
「……ま、まぁ、あんただからそれであたし――たちへの態度が……大きく変わるとかじゃないと思うから……それはそれで……う、うん。良い事なんじゃない? だ、だけどその――カッコつけたいのとあの変な口説きはなんの関係があるのよ……」
他がどう思ってるか――まぁ、間違いなくリリーは良く思ってないでしょうけど――少なくともあたしはロイドにそう見られても困らない――とかそういう話じゃなくて、問題はその結果カッコつけようと思ってやってる事がちょっと気持ち悪いのよ。
「いやぁ……い、いい男を目指そうと思ったのはいいんだけど、どうしたらいいのかよくわかんないから……誰かを手本にしようと思ったんだ……」
「あんたが手本にするって言ったら――フィリウスさん?」
「いや、あれはただの女好きだから手本にはならない……でも、そんなオレの手元に、実はこんなものがあったんだよ……」
そう言ってロイドがテーブルに出したのは手帳――って、なんかデジャヴね、この光景。
「どれ。」
手帳を手に取り、それをパラパラとめくるローゼルの顔は、みるみる赤くなっていった。
「ななな、なんだこれは! どこで買ったのだこんなもの!」
「ちょっと、あたしにも見せないさいよ。」
ローゼルから奪いとったあたしの両サイドにリリーとティアナもやってきて中を覗く。そこに書いてあったのは――
「『まずは何かを褒めるべし。以前会った事のある女性であるなら、その時から変わった点を指摘するのがベター』……なによこれ……」
「『髪は女性にとって男のそれとは比較にならない価値がある。話題にするのは慎重に』……な、なんか……変な事ばっかり書いてあるよ……」
「……ロイくん、この『女を落とす百の方法』みたいなタイトルがつきそうな内容の手帳はなんなの……?」
もしもロイドがこれを買ったとかだったらちょっと嫌だなぁって思ってるあたしの耳に入って来たリリーの質問の答えは予想外のとんでもないモノだった。
「えっと……プリオルからのプレゼント。」
「は……え!? ちょ、今プリオルって言ったの? あの――あんたが戦ったS級の!?」
「ああ。『イェドの双子』のプリオルだよ。パムの家に戻って初めて気が付いたんだけど、ポケットに入ってたんだ。あの戦闘中のいつに書いたのやら、メッセージ付きで。最後のページ。」
手帳をめくって最後のページを四人で覗き込む。
『同士ロイドくんへ
ここしばらく少年を観察していて思ったが、どうも少年は女性の扱いに不慣れと見える。
仮にも恋愛マスターの恩恵を受けた者が色恋に心を悩ませない無欲な紳士ではいけない。
ということで、ボクに勝利した少年への二つ目の景品だ。
これは、ボクが数多の経験から学んだ女性との接し方を記録したモノだ。
無論、ボクにとってはこれが正解なわけだが、少年にとっても正解とは限らない。
限らないが、しかし一つの指針にはなるだろう。
これを参考、もしくはキッカケとして、是非出会い多き青春を送ってくれ。
そして、今のボクでは到達できない一つの終着――唯一の女性に出会って欲しいと思う。
次に会う事があれば、その時に彼女を紹介してくれるとボクは嬉しい。
ではでは。』
「……ねぇ、プリオルってS級犯罪者なのよね? 極悪人なのよね?」
ふと街で出会って友達になった相手に送るような手紙を見て呟いたあたしにローゼルが答える。
「あの後かなり調べたが……ああ、極悪人さ。プリオルは剣のコレクターで、蒐集の際は前の持ち主を必ず殺す。噂では、その数は千に届くのではないかと言われている。だが同時に――その筋では有名な超女ったらし金髪イケメン――だそうだ。」
「ティアナちゃんはプリオル見たんだよね? どうだった?」
「うん……ホストさんみたいな格好した人だったよ……」
手帳からロイドに視線を移すと、ロイドは赤かった顔を少し戻しながらはははと笑う。
「女ったらしじゃないんだよ、プリオルは。手紙にもあるけど、素敵な女性との素敵な出会いを沢山したくて、んでそれを恋愛マスターに願っただけだよ。んまぁ、金髪イケメンは確かにそうだけどね。」
「ロイドくん、S級犯罪者をまるで友人のように語らないでくれ……」
「う、うん……そうなんだけど……えっと、話を戻すと、つまり手本にできるいい男となると思い浮かぶのはプリオルだけで、そのプリオルの手帳が手元にあったから試しにと――」
「手本にする相手を間違ってるわよバカ!」
「あー……久しぶりだな。」
プリオルを参考にする事をみんなに禁止された翌日、二学期の初日に教室に入って来た先生は何にも変わらない雰囲気でそんな挨拶をした。
「嬉しい事に今日の授業は私が今から話す事のみ。一時間目しかない感じと思ってくれ。ま、明日からの事を考えれば当然なんだがな。」
黒板にカツカツとその授業のタイトルを書いた先生はくるっとこっちを向いて――ずいぶんと楽しそうな顔をした。
「ランク戦の開幕だ。」
ランク戦。このセイリオス学院における生徒の格付けみたいなモノ。名門とはいえ、どうしたって個人差が出る生徒たちにそれぞれに合った授業をするために実力を測る……というのが大元の理由らしい。
いや、大元もなにもそれが理由なんだけど、誰が強いのかを決めるという点は騎士を目指す人間にとってかなり大きな意味を持つ。
「私がここの先生になったのは今年からだが、ランク戦は何度か見た事がある。名門セイリオスで行われる生徒のトーナメントなんて、現役の騎士には興味津々なイベントだからな。」
この学院においてかなり――いや、一番のイベントと言ってもいいらしいこのランク戦。夏休み明け早々、明日からそれが行われる。
二学期初日の今日は、その概要説明の日という事だ。
「やることは単純。学年ごとに分かれて全生徒でトーナメントをし、何回戦まで勝ち上がったってのを基準に線引きをして、上からA、B、Cのランクを付ける。ちなみに線が引かれるところは毎回違うから、どこまで勝ち進めばBとかAってのは終わってみないとわからない。」
「先生。」
「なんだ、サードニクス。」
「どうして毎回違うんですか?」
「その年々で生徒の実力とその差が違うからさ。極端な話、私たちから見たら全員最悪だなってなったら生徒全員Cランクかもしれないし、全生徒が上級騎士クラスの実力者っつーなら全員Aランクだ。」
「なるほど。」
学年で一番を決めはするけど、その一番がAランクかどうかはまた別の話って事か。
「でも先生、ランクと順位が別の話って言うなら、生徒全員の実力を見る為にトーナメントっていうのは不公平じゃないんですか? 最初に負けた人はもしかしたらすごく強いかもしれませんよ?」
「はっはっは! 悪いなサードニクス。ここの先生になるような人間なら、強いか弱いかは相手なんか関係なしに一戦見ればわかる。一戦じゃわかんないのは、どれだけ強いのかだ。どれだけ弱いのかなんて、入学の時点で最低限は見てるから関係ないしな。」
「厳しいですけど……確かにそうですね……」
いや、むしろさすが名門というところなのか。
「ランク戦後、生徒たちはそれぞれのランクに合わせた授業を受ける事になるわけだが、ランクが関係ない授業――知識とか歴史の授業もあるからクラスはこのままだ。主に実戦形式の授業で分かれることになるだろう。まー、よーするに、ランク戦つってもランクがつくのもそれが影響し出すのも終わってから。となればお前らが考えるべきはただ一つ、目の前の対戦相手に勝つ事だ。」
んまぁ、何回戦まで行けば何ランクみたいのがわかっているとどうしてもそれが気になっちゃうしなぁ……もしかしたら、戦いに集中できるようにって意味もあるのかもしれない。
「さて、ランク戦の会場だが、もちろん闘技場でやる。一回戦から決勝戦までの全てをな。一度に行える試合は十二だから、各学年、同時にできるのは四試合――つまり八人分だな。」
十二? あれ、そんなにデカかったかな、闘技場……
「そんなにデカかったかなっつー顔をしてる奴が何人かいるから教えるが、あの闘技場はな――全く同じ場所に同じ大きさの闘技場が十二個存在してるっつー不思議空間になってるんだ。やったのはもちろん、学院長。」
?? 言っている意味がわからない……
「入口は一つなんだが、そこを選手がくぐると自分が行くべき闘技場に出るし、観客がくぐればそいつが見たい闘技場に出る。友達と一緒に入ったのに気が付いたら自分だけになってる――なんて事もあり得るから注意しろよ。」
「あの先生、やっぱり全然わからないんですけど……」
「ちゃんと説明すると、第十系統の応用だ。オリジナルを位置情報ごと複製し、それの位相をずらして同じ位置に配置する事で、同一個所における複数物の存在が可能になる。」
「……?」
「気にするなよ、サードニクス。迷ったりはしないんだからな。」
わけのわからない現象さえ引き起こす……つまりは学院長がとんでもない魔法使いって事だ。
うん、とりあえずそれくらいの理解でいいか。
「さっきちょろっと言ったが、各学年平均十クラスはあるこの学院で一度に試合できる奴が八人だ。軽く計算しても結構時間かかるだろ?」
「え、十? そんなにクラスあったのか?」
と、オレが思わず尋ねたのは隣に座るエリル。てっきり「やれやれ」って顔で呆れられるかと思ったけど、エリルが向けた顔は「仕方ないか」という顔だった。
「そうよ。ま、他のクラスとの合同授業とかはないし、全部のクラスが一つの建物にあるわけでもないし……入学式を見てないあんたが驚くのは無理ないわ。」
「それに、中にはすごく長引く試合もあるだろう。戦術的にとか、互いの実力の拮抗具合とか色々な理由でな。だからいつからいつまでがランク戦っていう感じの区切りはしない。全ての試合が終わるまでランク戦は続く。」
授業の予定とかよりも優先って事か。それだけこのランク戦の持つ意味とか、生徒が得られる経験とかが大きいのだろう。
「だから、あいつは明日も試合なのに自分の次は三日後――みたいなことも起こり得る。残念ながらこればっかりは人それぞれだ。まぁ……お前ら的には休息の時間が多い方が嬉しいんだろうが、こっちを待ってくれない悪党と戦う騎士としちゃあ毎日連続でってのを、私はオススメしたいがな。」
全ての試合が終わるまで続く……最初の方に負けちゃうと一日中観客席って事が数日続く可能性もあるんだな……
「んで、一番気になる対戦相手だが――それはこのアイテムを通してその日に知らされる。ほれ、後ろにまわしてけよー。」
そう言って先生が全員に配ったのは何も書いてない真っ白なカード。学院に入学した時にもらった、お金の代わりになる不思議カードとそっくりなわけだが、ちょっと違う点としてふちが黒色に塗られている。
「朝の八時きっかり、そこに文字が浮かび上がってその日の対戦相手と闘技場番号と時間が表示されるから、それに従って行動しろ。その日対戦が無い奴には無いって事が知らされる。んま、闘技場の前にもその時間に行われる対戦の一覧が出るから、もしもカード無くしたとかでも一応なんとかなるが……闘技場のは開始三十分前にならないと表示されないから気を付けろよ。」
朝起きて、その日の相手を見て……他の試合を見ながらとか、鍛錬しながらでそれまでを過ごし、時間になったら闘技場でバトル。そんな日々が始まるわけか……
「とまぁ、ここまでが私が説明しなきゃならん事で、こっからは私が話したい事になる。」
先生が話したい事? もしかして戦いの心構えとかを――?
「ランク戦を楽しむ為に、注目の生徒を紹介してやろう!」
……あれ? なんかいつもあんまりやる気があるようには見えない先生がすごい張り切って黒板に色々書き始めたぞ……
「現役の騎士の中には、強いとか特殊な力を持ってるとかの理由で二つ名がある――というか周りから付けられる騎士が結構いる。私の『雷槍』なんかがそれだな。まぁ、私のは武器のままだがそれでもカッコイイだろう? まったく、いい歳した連中がこんなんで呼び合うわけだから騎士ってのはケレン味を大事にする連中だよな。ま、私は好きだからいいんだが。」
先生が黒板に書いているのは名前と……どうやら二つ名らしい。
というか先生のテンションが高い。
「んで、この騎士の文化みたいなモノはこの学院にもあってな、Aランクになった生徒なんかにはもれなく二つ名がつく事になる。そして今ここに私が書いてるのは――ランク戦が始まってもないのにもう二つ名を周りから命名された一年生だ。」
バンと叩かれた黒板に書かれた名前はざっと二十人ほど。十クラスあるとすると一クラスに二人って事に……なんか結構多いな……
「気づいた奴もいるだろうが、このクラスには三人いる。まずは――その女神の如き美貌を持ち、華麗な水と氷の技で相手を近づけさせない槍の使い手――『水氷の女神』、ローゼル・リシアンサス!」
さっと集まるローゼルさんへの視線。それに対してローゼルさんは――優雅に一礼。
「水と氷の変換速度は並の騎士を遥かに超える。地味な特技だとか思ってる奴がいたら、その厄介さにたまげるといい。得物の間合いが変わるって面倒だぞ。」
元国王軍指導教官が言うのだから相当な事なのだろう。んまぁ、それは毎朝の鍛錬でオレも知ってるけど。
「次は――初めは暴れるだけの炎だったのが一変、ワイバーンをも殴り飛ばす不屈の意思を宿す紅蓮の焔となったお姫様――『ブレイズクイーン』、エリル・クォーツ!」
「はぁっ!?」
実は名前が黒板に出た時点でわなわなしていたエリルが、先生の――まるで実況者みたいな紹介にとうとう声をあげた。
「入学してからずっと模擬戦をしまくってた場違いな姫様ってのが随分とひっくり返ったな。良かった良かった。」
「教師がそういうこと言うんじゃないわよ! て、ていうか誰よこんな二つ名つけたの!」
「わかってないなクォーツ。二つ名ってのは誰からともなく自然と生まれるモノだ。一番のキッカケとしてはやっぱワイバーンの一件だろうな。」
「――!!」
恥ずかしそうにするエリル。
「……これからは『ブレイズクイーン』って呼ぼうか、エリル。」
「……燃やすわよ……」
「そして最後――『水氷の女神』と『ブレイズクイーン』を鍛えた男……《オウガスト》の唯一の弟子にして、歴代最強と言われる《オウガスト》の剣術を使う曲芸剣士! A級犯罪者を撃退し、《ディセンバ》に本気を出させ、そしてこの前――ああ、これはいいか。リシアンサスやクォーツも所属する『ビックリ箱騎士団』の団長――『コンダクター』、ロイド・サードニクス!」
……この前そう呼ばれているって聞いといて良かった。ものすごく恥ずかしいぞ、これ。
「残りの団員であるマリーゴールドとトラピッチェも、二つ名はないもののこのランク戦では脅威として数えられている。どうだサードニクス、今の気持ちは?」
「どうもこうも……頑張ります。」
「当たり前だ、そんなの。あ、ちなみにこれは裏情報だが……」
「?」
「サードニクスとクォーツは『フェニックス・カップル』と呼ばれている。」
「えぇっ!?」
「はぁっ!?」
二人で同時に声をあげ、先生はニシシと笑う。
「たぶん火と風で燃えさかる鳥――フェニックスになったんだろうな。」
「そ、そこじゃないわよ! その下!」
「ああ? カップルか? そりゃお前たち、いつも一緒にいるだろ? この学院唯一の男女相部屋だし……そういう風に見られるのも当然――というか実際お前ら見てるとそう見える。もっとダイレクトに『炎風夫婦』って呼ばれ方もあるぞ?」
「ふ――」
「な、なんだその危なそうな名前……」
思わず互いを見合うオレとエリルだったが、エリルのブレイズパンチでそのなんとも言えない空気は破壊された。
「ま、この三人に関しちゃここにいる全員が色々知ってるからこんなもんでいいだろう。話しておきたいのはそれ以外――他のクラスの強者だ。」
その後、妙にテンションの高い先生が二つ名持ちの一年生を紹介していった。オレたち三人とは違って具体的にどんな特技があるということは教えてくれず、ただどれくらい強くて厄介なのかをやんわりと話してくれた。
「――とまぁ、ざっとこんなところか。こいつらと戦う事になったら、それはラッキーだと思ってぶつかっていけよ。今日はここまで!」
「あ、先生、質問が。」
「なんだ『コンダクター』。」
「その呼び方……えっと、その、ランク戦って学院でのメインイベントみたいなモノですよね?」
「そうだな。」
「学年末はわかりますけど……こんな夏休み明けの初っ端にやるのはなんでですか? こう……休みボケが抜けない時期に……」
「はっはっは。ここは名門校だからな。夏休みにはみんなみっちり修行してるだろ? っつー前提があるのさ。」
先生のランク戦の説明が終わり、お昼ご飯にするにはまだちょっと早い時間に生徒たちは解散となった。
「ロイドくん、カップルや夫婦について少し話そうか?」
「えぇ!?」
授業が終わるや否や、オレとエリルはローゼルさんとティアナとリリーちゃんに囲まれた。
「わたしたちが見ていないところで二人は――な、なにをしているのだ、なにを!」
「何もしてないわよ!」
「で、でもま、周りからはそんな風に見えてる……って事だよね……」
「クラスもおんなじだし、ご飯食べる時もこのメンバーなのに二人だけそう思われるって事は……やっぱり二人だけの時に……ねぇ、ロイくん?」
「……二人だけの時ってつまり部屋にいる時だからそれを見てってのは変だよ……ほ、ほら、やっぱりオレとエリルが相部屋ってのが前提になってるからそう見えるんじゃないかな?」
「いや、その面子でいる時も夫婦漫才みたいだろ、お前ら。」
さっき教室から楽しそうに出て行ったはずの先生がいつの間にか隣の席に座っていた。
どうでもいいけど、どうしてこう強い人ってのは気配を消して突然現れるのやら……
「夫婦漫才ですか……」
「ああ。ほら、さっきもクォーツがネコみたいな声だしながらサードニクスに殴りかかったろ? ああいうのが私らから見ると仲のいい感じに見えんのさ。」
「そっか。ケンカするほど仲がいいだね? ロイくん、ちょっとボクとケンカしようよ。」
「えぇ!?」
「まー呼ばれ方はただの外見だからな。サードニクスが指揮者じゃないのとおんなじだ。問題は本当にそうかそうでないかだろ。」
「……そうですね……」
「……そうね……」
「ほう、否定はしねーんだな。」
ニタニタ笑う先生。
「う、うるさいわね! ていうか何の用よ!」
「何回か言ったが、私はお前の先生だぞ……ま、いいが。ちょっと話がしたくてな――『ビックリ箱騎士団』と。」
「先生、そのチーム名ってあの侵攻の時だけのモノじゃないんですか? あの後もオレたちそれで呼ばれますけど。」
「ランク戦が終わるとチーム組んで受ける授業も出て来るからな。組む相手がいつも同じような生徒もいるから、自然とチーム名も出来上がる。きっとお前たちはこの先も『ビックリ箱騎士団』だろうよ。」
「……もうちょっと真面目に考えればよかったかな……」
「あ、あたしはこの名前、かわいくて好きだよ……?」
「そ、それならいいけど……それで――話切っちゃいましたけど、先生の用って……?」
さっきまでの先生が趣味について語るような楽しそうな顔だったとすると、今の先生は――まるで強い相手と戦えて楽しい……みたいな顔で笑っている。
「『イェドの双子』と戦ったんだろ? お前たち。」
「! よく知ってますね……」
「上級以上の騎士の耳には入ってるぞ? ウィステリアとセイリオス学院の一年がS級とやりあったってな。」
「S級犯罪者は見つけただけでも騒ぎになる相手ですからね。上級騎士の一人が交戦――その上十二騎士まで出てきたわけですから……他の騎士に話が行かない方が変と言うものでしょう。」
優等生モードのローゼルさんの言う事に確かにと納得していると、先生は少しうらやましそうに笑った。
「言っとくけど、お前らはものすごくいい経験をしたんだぞ?」
先生は机の上に黄色の石をこつんと置きながら話を続ける。
「私ら騎士にはこのイメロがある。各系統専用のマナを生み出し、私たちに力を与えてくれる物で……最大の特徴は、基本的に騎士しか持っていないって事。」
「……! そうか……プリオル――いや、『イェドの双子』はイメロを持っていない……?」
「たまに裏ルートで売買されたりもするんだが、それは無理やり使えるようにした感じのもんだからな……使うのは悪党でも小物だけ。A級とかS級は、んな中途半端なモノ使わない。」
「き、騎士の方が……すごく有利って事……ですか……」
「それも「基本的に」だな。勘違いする騎士が多いんだが、イメロはあくまで魔法の威力を高めるだけのモノだ。それでできる事が多くなったりもするだろうが、魔法の技術までレベルアップするわけじゃない。どんだけパワフルになっても、技術がパーなんじゃあ……十二騎士クラスの魔法の使い手でもあるS級なんかにゃ歯が立たない。」
「十二騎士クラスの魔法……その上魔法無しでも魔法使ってるんじゃないかと思えるくらいの体術か。先生、どうして――その、ただ悪い事をしてきただけの人たちがあんな怪物みたいに強いんでしょうか。」
「ああ、そりゃ私ら騎士にとっては永遠の謎だ。だが――わからないでもないんだ。要するに、夢に向かって頑張ったり、正義を貫く為に努力する騎士と、欲望に従って力を求める悪党は――なんとなく似てるんだ。」
「嫌な皮肉話ね、それ。」
だけど今の話、プリオルの狂気を見たオレには理解できる気がする。
きっと欲しい剣の持ち主がものすごく強かったら、そいつを倒せるように――想像できないような狂気と執着で頑張ったのだろうから。
「――で、あんな怪物と戦った事がどうしていい経験なんかになるの? ボクたち、もしかしたらあそこで――」
「生きて帰ったからいい経験と言ってるのさ。しかもこの成長期にな。」
イメロをコロコロ転がしながら、先生は――たぶん指導教官の顔でオレたちを見る。
「強さを求める人間には、必ず目標がある。あいつみたいになりたい、あの人みたいになりたいっつーな。だがそれだけじゃ正直不十分なんだ。強くなろうとする人間には――いつかあいつを倒せるようにっつー、敵としての目標も必要なんだよ。むしろ、こっちの目標の方がそいつを強くする。誰かみたいになるってのよりも、誰かに勝つって方がハッキリしてるからな。」
「敵としての目標……『イェドの双子』がですか?」
「別に双子に限定しなくてもいい。騎士になった時に相手にするだろう悪党連中の中でも最強クラス――S級を、いつか倒すべき相手として具体的にイメージできるようになったお前らの成長は、きっと目を見張るものがあるだろうよ。」
「いや、でも先生、目標にするにはちょっと強すぎるような気も……」
「確かにハードルとしちゃ高過ぎるが、目標として掲げるならいい高ささ。」
ゆっくりと立ち上がる先生は最後に、少し照れくさそうにこう言った。
「どっかで生徒全員に言いたい事なんだが――いつの日か、アドニス先生は十二騎士を育てたって自慢させろよ。」
いつもとなんか違う先生だったけど、ちょっとやる気をもらったような気もするからまぁ良かったのかしら。
それに、おかげでカ――カップルとかの話がそれてくれたわ……
「お昼ごはんを食べに行くにはまだ早いわね。」
「うん……微妙に時間が空いちゃったな……夏休み明けたらすぐにランク戦ってのは聞いてたから剣の手入れとかはしてある――んまぁ元々必要ないんだけど……あ、そういやランク戦でケガとかしたらどうなるんだ?」
「父さんから聞いたが、どうもその闘技場にこれまた奇跡のような魔法がかかっているとかで、外でやったら身体がバラバラになってしまうような攻撃も全身打撲程度になるのだと。その上大抵のケガは試合終了後に治るとかで――気にするべきは体力だけのようだよ。」
「が、学院長さんって……本当にすごい魔法使い……なんだね……」
「そうだ! ロイくん――とついでにみんなも、ボクの城を見に来る?」
ロイドとついでに呼ばれたあたしたちはリリーの城――夏休み中に出来上がったらしい購買を見に学食にやってきた。
学食の……そこに今まで何があったか思い出せないからたぶんただの壁だった場所にお店が出来上がってた。形的には屋台みたいなので、店の中に立つリリーが、お客さんの欲しいモノを聞いて後ろの棚からとるって感じだった。
「トラピッチェ商店――同じ名前で開店なんだね。」
「そりゃそうだよ、ボクのお店なんだから。まぁでも、その内サードニクス商店になるけどね。」
「えぇ?」
「だってボク、その内リリー・サードニクスになるわけだし。あ、もしかしてロイド・トラピッチェがいい?」
「えぇ!?」
もはやなんの遠慮も無しに、リリーがロイドに抱き付く。
「んふふ、近いうちにボクとロイくんが夫婦って呼ばれちゃうから。」
腕とか胸とか脚とか色々引っ付かれたロイドは真っ赤になってワタワタする……
「リ、リリーくん……その、きみがロイドくんに――お、想いを寄せている事はわかったが……あ、あんまりそういう事はし、しない方がいいんじゃないかと思ったりするのだが……」
「えー。」
って言いながらさらに力強く抱き付くリリー……
なんか――頭と胸のあたりがモヤモヤしてきたわ……
「ロ、ロイドくんもほら、困っている――というか今にも鼻血をふき出して倒れそうだぞ。」
ローゼルの言う通り、ロイドの顔はなんか医者をよばれそうなくらい変な顔になってる。
「あれれ、それは大変だね。」
そんなロイドを見て……意外にもすんなり離れるリリー。
「今倒れちゃったらランク戦でロイくんが活躍できなくなっちゃうもんね。それは妻としても嫌だから我慢するよ。」
「……理由が気に入らないが一先ずいいだろう……」
ローゼルがブスッとした顔で不満げに呟いた。そしてぐわんぐわんしてるロイドは、そんなんなクセにリリーに尋ねる。
「で、でもこれ……リリーちゃんはいつ店をやるの……? お昼とか放課後もやるの……?」
「それはこれから考えるよ。みんながここをどれくらい利用するのかを把握してから、具体的に何時開店何時閉店を決めるから。」
リリーの店の紹介とか、売る予定の商品とか、そんな話をしてたらちらほらと学食にお昼を食べにくる生徒がやって来たから、あたしたちもそうする事にした。
セットの組み合わせとか考えると結構種類のある学食のメニューを全部食べてみるつもりらしいロイドの今日のお昼は、夏なのに――いえ、夏だからかもしれないけどなんでかメニューにあった辛そうな鍋的なモノ。
ローゼルはこういう外見で優等生だからそれっぽい上品なモノを食べる感じがするけど、実はそうじゃないから食べるモノもそうじゃなくて、カレーとかパスタとか、ワンプレートのばっかり食べてる。
ティアナは自分でも料理するからなのかわかんないけど、定食みたいな栄養バランスの良さそうなメニューを食べる。たまに何かをメモしながら食べてたりするから、もしかしたら学食のメニューを全部自分で作れるようになってるかもしれないわね。
そしてリリーは……メインに食べるモノはだいたいロイドと同じにしてくるんだけど、必ずデザートを食べてる。アイスとかケーキとかって、旅に持ってけるようなモノじゃないから今まで食べる機会が少なかったのかしら……
そしてあたしは……まぁ、目に留まったモノを食べてる。
そんな感じにいつもの五人の食事をしてる中、リリーがさっきの話を蒸し返した。
「ロイくんてば、照れてくれるのは嬉しいけどちょっと顔が真っ赤っかになりすぎだと思うんだけど?」
「な、なんの話?」
「ボクがくっついた時の話。」
「えぇ!?」
「もうちょっと慣れてくれないと一緒に寝れないよ?」
「寝る!? 一緒に!?」
今食べてる辛そうな鍋と同じ色の顔になるロイド。
「夫婦は一緒のお布団で寝るもんだよ、ロイくん。それに――もぅ、何言わせるのー?」
「オレ何も言ってないよね!?」
「でも本当に不思議なんだよね。酒場に行けば両手に花で大笑いするフィルさんと一緒に旅してたのに抱き付かれて真っ赤っかって。まぁ女の子慣れしてるロイくんっていうのも嫌だけど……」
「女の子に抱き付かれたら誰でもああなると思うけどなぁ……え、まさかオレだけなの……?」
「む? しかし――わたしのスカートをめくった時はそこまで真っ赤っかというわけではなかったような……」
「こ、事あるごとに持ってくるね……その話。もしかしてやっぱりローゼルさんすごく怒ってる?」
「…………わたしとリリーくんで随分反応が違う事の理由によっては、ロイドくんに責任をとってもらうかもしれない。」
「せ、責任!? そ、それを言ったらエリルにもあるからなぁ……スカートのともう一個……」
「なにそれ? ロイくん何したの?」
「も、もういいわよ、それ! ローゼルも、いつまで引っ張るつもりよ!」
「しかしエリルくん。未婚の女性の下着を見たのだから、時代が時代なら大事だぞ?」
「いつの時代よ!」
「それでロイドくん、あの時はそんなに真っ赤っかにならなかった理由はなんなのだ?」
「それは……なんというか、お、怒られるっていう「やっちまった」感が強かったからかな……実際二人にひっぱたかれたわけだし……それに――」
おかしな話題ですっとぼけ顔になれずにいるロイドが、少し恥ずかしそうに目をそらす。
「ふ、二人に嫌われたらやだなぁっていうのが……たぶんあったから……」
「な、なによそれ……」
「そ、そうだぞロイドくん……だいたい、そ、そんな事で人を嫌いになるような器の小さい女に見えていたのか……? そちらの方が問題……だぞ……」
三人でもじもじしてたら、リリー――とティアナの冷たい視線が飛んできた。
「ロ、ロゼちゃん……い、一度……あ、あたしが休んでる間にみんなで何してたのか、き、聞いてみたいかな……」
「ボクも。」
「そ、その内な! し、しかしそうなると、ロイドくんは誰が何をしても真っ赤っかという事で、あの時はたまたま――という事だな!?」
「う、うん……たぶん……」
「じゃあロイくんは――例えばボクがロイドくんの前で、自分でスカートをぺろってしたらどうなるの?」
「へ、変な例えはやめてリリーちゃん!」
「あの調子のロイドくんだから、おそらく鼻血をふき出して気絶――とかだろう。」
「ちょ、ローゼルさん!?」
「えー? でもさー、ローゼルちゃん。ロイくんてば、これでもエリルちゃんと相部屋なんだよ? カーテンの向こうでエリルちゃんが着替えてたり、扉の向こうでエリルちゃんがシャワー浴びてたりする中、こうしていつも元気なんだから――」
「へ、変な例えやめなさいよリリー!」
事実だからどうにもなんないんだけど、改めて言われると恥ずかしい。
で、でもおあいこよ! あたしからしたらカーテンの向こうでロイドが着替えて、扉の向こうでロイドがシャワー浴びて――
「――!!」
「エ、エリル? 何で急に赤く――」
「知らないわよバカ!」
「えぇ!?」
「ふむ。となるとおそらく――そんな、ちょっと覗きたくなる程度のドキドキシチュエーションなら我慢できるが、ダイレクトに来られるとボロボロなのだろう。」
「ローゼルさん、やっぱり怒ってるでしょ……」
「だ、大丈夫だよ、ロイドくん……ロゼちゃん、ロイドくんをいじめて面白がってるだけだから……」
「ティ、ティアナ? ボソッとわたしがいじめっ子みたいに言わないでくれ……」
「よーするに、ロイくんは自分から覗きに行ったり――してないよね、ロイくん?」
「し、してないよ! してないぞ、エリル!」
「……わかってるわよ。そういう事したらロイドが燃えるような魔法を使ってたから……」
「えぇ!? 初耳だ!」
「……最初の頃だけよ……今は使ってないわ……」
「ほぅ……いつでも覗きに来なさいと?」
「そういう意味じゃないわよ!」
「……まぁ、ロイくんだもんね。うん、やっぱりロイくんは自分から誰かを襲いに行く肉食じゃなくて、誰かから襲われてワタワタする草食なんだね。ビキニローゼルちゃんの胸をガン見してたから興味ないわけじゃないはずだけど。」
「お、おいリリーくん、気まずい事を言うな……」
「一番気まずいのはオレだよ……なんでオレこんな事になってるんだ……?」
「うーん……ほら、ロイくんてばボクが大好きって言ったからボクたちを意識するようになったんでしょー? 妻としては、夫が浮気性なのかどうかハッキリさせておかないとね。」
「そ、そう……」
「とりあえずロイくんからはしなさそうだけど、攻めに弱いんじゃあどっかの女にヒョイって持ってかれちゃいそうだね……やっぱりああいうのに慣れておいてもらわないと。」
「信頼されてるんだかされてないんだか……」
リリーがロイドを好きで、それをロイドが知ってるっていう事が段々と当たり前の光景みたいになってきたわね……
「ねー、ちょっといーい?」
学食がいつものお昼時くらいの騒がしさになってきた中、通路側に座ってるロイドの横に誰かが立った。声の主の方に顔を向けたロイドは――
「ぎゃわっ!?」
――っていう変な声をあげて顔を赤くする。というのも……そいつがすごくアレな格好だったからだ。
オレンジ色の髪を床に届きそうなツインテールにしたあたしくらいの背丈の女子生徒で……着てる服はもちろん制服なんだけどなんかあっちこっち改造されてる。
長袖のはずの上着の袖が七分くらいになってるし、スカートが見えそうなくらいに短いし、何よりもお腹周り――おへそが丸出しになってる。
最近会った人間で例えるならポステリオールの格好に近いわね。
「あらら? やっぱり『コンダクター』って見かけ通りにうぶなんだ? かーわいっ!」
振り向いた先にあったおへそで顔を赤くするロイドに、そいつはニッコリ笑いかけた。
「どなたですか?」
一応優等生モードなんだけど、表情は不機嫌そうなローゼルが聞くと、そいつは――文字で例えるなら「キャハッ」って感じに笑ってローゼルを見た。
「随分ヨユーなんだねー。同じ学年の二つ名持ちの顔と名前を覚えとくのって、当たり前だと思ってたんだけど?」
「……では――あなたも?」
「そーだよ? これでも『スクラッププリンセス』って呼ばれてるんだから。」
「お、その名前、さっき先生が黒板に書いてたな。てことは――えぇっと、あなたがカンパニュラさん?」
可愛く笑ってはいるけど、ローゼルをかなり挑発的に眺めてたそいつは……ロイドにはニッコリ顔を向ける。
「同い年でしょー? アンジュって呼んでよ! あたしもロイドって呼ぶから。」
「そ、そっか……よろしく、アンジュ。」
「よろしくー。」
ローゼルの――というかあたしたちの不機嫌な空気をよそに握手を交わすロイド。
アンジュ・カンパニュラ。先生の話じゃあたしと同じ第四系統の火を得意な系統とする奴で、付いた二つ名は『スクラッププリンセス』。
どの辺がプリンセスなのかよくわかんないけど。
「それで――そのアンジュさんは、わたしたちに何か用が?」
「うん。そこのお姫様にね。」
そいつ――アンジュがそう言って指差したのはあたしだった。
「……どっかで会った知り合いだったかしら?」
「違うよ? ただお姫様にお願いしたい事があるの。」
そう言うと、アンジュはリンゴジュースを飲んでるロイドの両肩にポンと手を置いてこう言った。
「ロイドをあたしにちょーだい?」
「は――」
「はぁ? 何言ってんの、きみ。」
あたしが「はぁ?」って言う前にリリーが――かなり怖い顔でそう言った。この状態のリリーは本当にゾッとするような迫力があるんだけど、アンジュはケラケラ笑うだけ。
「ロイくんの――彼女になりたいとかそういう話?」
「うーん、どーだろー? もしかしたらそーゆーロマンチックなのもありかもだけど、とりあえずは――あたしの騎士としてロイドが欲しいの。」
正直何言ってるかわかんないアンジュは、そんなあたしたちの反応を見て――ロイドの頭に自分のあごをのっけてユラユラ話し始めた。
「お前が騎士になるのになに言ってんだーって思ってる? 残念だけど、ここに通って騎士になるのって、あたしにとっては通過点なの。あたしの夢の実現の為のね?」
「あ、あのアンジュ……?」
体勢的にはアンジュに頭を抱かれてるような状態のロイドはまたもやワタワタする――っていうか何してんのよこの女は!
「それであたしの夢が叶った時、あたしの傍にはあたしを守る騎士が必要なのよ。」
「……あ、あなたの夢が何かはわかりませんが、それなら現役で活躍されている騎士を雇うなりしてみては?」
セリフの上じゃ落ち着いてるけど……今のローゼル、相当不機嫌ね……
「ダメだよ、そんなのー。騎士ってゆーのは常に傍にいて守ってくれる人でしょー? 四六時中歳のイッたおじさんとかおばさんにつけまわされるなんて最悪! やっぱり歳が近い方がいーし、一番いーのは同い年だよね? 子供なのは嫌だし? だからあたし探してたの。将来絶対にすごい騎士になる、あたしの騎士にふさわしい人を。」
ロイドの頭の上に乗っけた両手を、ロイドの顔をなぞりながらするりするりと下におろしていくアンジュ――!!
「それでやっと見つけた……ロイドなら、将来十二騎士になるーって言っても信じられるでしょー? 今でもすっごく強いもん。だから――あたし、ロイドが欲しいのよ。」
「え、えっとアンジュ……」
アンジュにほっぺをすりすりなでられながら、顔は赤いんだけど……さっきリリーに抱き付かれた時ほどじゃないロイドが目線を上に向ける。
「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけど……な、なんでお願いする相手がエリルなんだ……?」
「お姫様をA級犯罪者の襲撃から守ってあげて、お姫様の騎士になるって夢の為に毎朝特訓してあげて、それでいつもお姫様の傍にいてお部屋もおんなじ……お姫様の為に色々してるロイドはどー見たって、クォーツ家のエリル姫に仕える騎士じゃない。」
「え、えぇ? そ、そうかな……へへ……」
「な、バ、バカ! なんでそこで照れるのよ!」
「ほらやっぱり。だからお姫様、このランク戦でさ、ロイドを賭けて勝負しよーよ。」
「は、はぁ!?」
「直接戦えればいーけど、トーナメントがどーなるかわかんないからねー。最終的な順位で勝ち負けを決めよっか。」
「な、なに勝手に――」
「それであたしが勝ったら、お姫様はあたしとお部屋を交換するの。心配ないよー? あたしの今のルームメイトの子、すっごくいい子だから。それであたしはロイドと一緒に夢を目指すんだー。」
「そんなのできるわけな――」
「じゃ、そーゆーことだから。約束だよ?」
「約束するなんて言ってないわよ!」
「そ、そうだよ、アンジュ。大体部屋の交換って……」
「あれ、知らないんだ? お互いがオッケーすればオッケーなんだよ? お部屋の交換。」
「オッケーしないわよ!」
いい加減イライラしてきた――っていうかロイドから離れなさいよ、こいつ!
「んー、お姫様もわかってないなー。」
「何がよ!」
ロイドの頭の上でケタケタ笑ってたアンジュの雰囲気が、少し――ピリッとした。
「あたしって、欲しいモノは必ず手に入れる主義なの。お姫様が約束しようがしまいがロイドは手に入れるの。どんな事をしてでもね? でもやっぱり平和が一番でしょー? だからあたしは提案してるの……お姫様が納得できる方法でロイドをあたしに渡すやり方ってゆーのを。」
「……それ、あたしがあんたに負ける前提で話してるわよね?」
「もちろん。だってあたし強いもん。」
にやけ顔の中に混じるアンジュの挑発の目を睨みつけてあたしが立ち上がろうとすると、ローゼルが服を引っ張った。
「――ややこしくなっていますから、整理しましょうか。エリルさんも落ち着いて下さい。」
エリルさん……?
「アンジュさんは、自分が勝ったら部屋を交換するという約束の付随した勝負をエリルさんに挑んでいます。ですがエリルさんにはその勝負を受ける理由がありません。それに対してアンジュさんが言った事を要約すると――勝負を受ける事が最も平和的であり、もしも拒否するようなら手段を選ばず部屋の交換――いえ、正確に言えばロイドくんを自分の近くに置く……そういう、平和的でない手段を使われたくなかったら勝負をしなさい……と、こんなところですかね。」
「小難しく言っちゃって。さっすが優等生。」
「……勝負する事が最も平和的と言いましたが、勝負である以上……アンジュさんが負ける場合もあるわけです。その場合はどうするのですか? 結局平和的でない方法をとるのであれば勝負の意味はありませんが。」
「言ったでしょー? あたしは強いって。でもま、もし万が一あたしが負けるような事があったら……一応、今は騎士の端くれなワケだしね。引き下がる事にするよ。」
「それだと、騎士でなくなったら引き下がるのをやめるという事になりますね。」
「それも言ったでしょー? 必ず手に入れるって。」
「……とりあえず、学院にいる間はこうして勝負などを仕掛けたりはしなくなるというわけですから、勝負の意味はありそうですね。では最後に最も重要な確認です。」
「なーに?」
「アンジュさん……エリルさんが勝負を断った時にあなたがとる平和的でない方法とは例えばどういう事ですか? 正直、それを防ぎたいと思うかどうかでエリルさんの考えが変わりますよ。」
「そーだねー……やろうと思ってたのは……ねぇ、ロイド。」
「は、はいなんでしょう!」
あたしたちのピリピリした空気の中、渦中の人間なのに置いてけぼりにされてたロイドはビクッとしながらアンジュに顔を向けた。
するとアンジュは――
「あたしってさ、結構可愛いよね?」
「えぇ!?」
直球な質問をニッコリ笑いながらロイドにした。
「まー、ちょっと胸とかはまだまだだけどさ、いいと思うでしょー?」
「へ、は、はぁ……」
「可愛い?」
「か、かわいい――と思います、はい……」
「制服もいい感じでしょー。特に見て欲しいのはスカートなんだよね。短いだけじゃないんだよ? ほら、ここ見て。」
「へぇ――」
短い以外に何があるのやら、ロイドを含めて全員の視線がアンジュのスカートに移った瞬間――
「えいっ。」
アンジュが自分のスカートをペロンとめくりあげた。
「――ぶはっ!!」
そして一瞬の間を置いて、ロイドが鼻血をふき出して隣に座ってるあたしの方に倒れてき――
「ななななにやってんのあんた!」
目をぐるぐるさせて鼻血を垂らしてるロイドを受け止めながら、ロイドの目の前――ホントに目の前で自分の下着をお披露目した変態女を睨みつける。
「きゃー恥ずかしー!」
「どの口が言ってんのよ、この変態!」
「でも効果はバツグンでしょー? ま、よーするにこんな感じでさ――」
いやんいやんしながらパチンと指を鳴らすアンジュ。すると鼻血ふき出して気絶したロイドの身体があたしの方からアンジュの方に――まるで跳ねるみたいに移動した。
「女の子にうぶうぶなロイドをあたしの可愛さでメロメロにしちゃう――これが平和的じゃない方法――かな?」
ロイドを抱きかかえ、そのほっぺに軽くキスをし――!?
「じゃ、いい勝負しよーねー。」
長いツインテールを揺らしながら、アンジュはそこから去って行った。
「あの女殺してやる。」
「ま、まてリリーくん。きみが言うとしゃれにならない……」
「ボクだってまだ見せた事ないのに!」
「そ、それって張り合うところ……なの……?」
「ん、起きたわね……」
気が付くとオレはオレのベッドに横たわっていた。妙に息がしづらいと思いながら起き上ったオレは自分の鼻にティッシュが突っ込んであるのに気づき――
「――!!」
あの光景を思い出した。
白いスカートの方に目をやったと思ったらそれがパッとめくれ、その下に隠れていた下着が――小さなリボンなんかがついてて黄色の可愛らしいパンツが――
「あーっ! ロイくんてば思い出してるでしょー!」
顔に出てた……というか思いっきり顔を赤くしたオレを見てリリーちゃんがムッとする。
「い、いや、これは……」
「……鼻血出して倒れるとか、漫画みたいねあんた。」
一番近い所――オレの横に椅子を持ってきて座ってるエリルがムスッとした顔で呆れる。
「しょ、しょうがないだろ……あんないきなり……あぁ、こりゃあしばらく頭から離れないぞ……」
「変態。スケベ。エロロイド。」
「お、男なら誰だってこうなる! エリルとローゼルさんの時もしばらく顔見る度に――」
「思い出していたのか!? スケベロイドくんめ! わ、忘れろと言ったのに!」
「ごめんなさい……つ、ついでに謝っとくけど、エリルの――その、感触も結構手に残ってたりします。ごめんなさい。」
「――! バカ……」
「む?」
ローゼルさんが怪訝な顔になったのでどうかしたのかと思ったらその前に、エリルが割と真面目な顔でこう言った。
「あたし、あいつの勝負受けるわ。」
「え、ア、アンジュの?」
「そうよ。パ、パンツ見せ――てきたりとか、も、もしかしたらもっとアレな事もしかねない感じだし、そ、そうなったらあんた出血多量でランク戦どころじゃなくなっちゃうじゃない……」
「……否定できないのが情けないけど……で、でもつまりそれって……オ、オレの為に受けるって事か……?」
「バ、か、勘違いしないでよね! あ、あくまであたしの為よ!」
「そ、そうなのか……?」
「あたし……ちょ、ちょっと期待してるのよ……ランク戦であんたと勝負できるかもって……」
「オレと勝負? 毎朝――いやまぁ、夏休みの間はしてないけど、練習試合みたいのしてたろ。」
「公式のって事よ。ちゃんとした舞台って言うのかしらね。あんたと初めて会った時の模擬戦以来、そういうのやってないでしょ。」
「んまぁ……」
「あたしはあんたから色々教わってるわけだし、あんたの方が強い――と思う。で、でも――あたしの中じゃあんたは……ラ、ライバル……的なそんな何かで、だからやっぱり……挑戦したいっていうか――うまく言葉になんないけどそんなんなのよ! だからあんたにはランク戦でしっかりやってもらわないと困るのよ、バカ!」
「……オレの方が強い……どうかな、実際。でもエリルの気持ちはわかるぞ。オレにとってもエリルは――そう、言葉にできない感じのライバル的な何かな気がするから。」
「……そ。ま、まぁ? それにあんたがあいつにメロメロになって部屋から出てったりなんかしたらあたしを起こす人間がいなくなっちゃうしね!」
「オレは目覚ましじゃないぞ……ていうかエリル。前はすっごい眠そうだったけどちゃんと起きてたじゃんか! なんか……あの侵攻の後あたりから起きて来なくなったけど……」
「…………あんたのせい……なんだけど。」
「えぇ?」
「あたし……ここに入ったばっかの時は……焦ってたわ。一番上の姉さんが死んで、お姉ちゃんがその後任になって……別に《エイプリル》を信頼してないわけじゃないけど、大切な人を守らなくちゃって……早く強くならなくちゃって……だから片っ端から模擬戦挑んで……今ならわかるけど、あたしあの頃ぐっすり眠れてなかったのよ。いつもピリピリして……」
「そんな感じだったな。」
「でもあんたに会って、あんたがルームメイトになって……あんたがいつもすっとぼけてるから気が抜けて……」
「ちょ、何気にひどい事を……」
「あたしが強くなるのを手伝うって言ってくれて、一緒に立派な騎士になろうって……それで実際に、あたしはあんたのおかげで結構強くなった。それでふと思い返したのよ。焦って勝負ばっかり挑んで……あたしは何やってたんだろうって。」
「……うん。」
「あんたとならあたしは強くなれる。あたしと同じに、大切な人を守る騎士を目指すあんたとなら。だから焦らずに……一歩一歩頑張ろうって思えたの。そしたら――ぐっすり眠れるようになったのよ。元々あたし、朝は弱い方だったから、そしたら起きれなくなったの。だからあんたのせい。せ、責任とって目覚ましやりなさい。」
「……わかったよ。でもさ、この際だから聞いて見るけど……目覚まし係なら別の誰かでもいいわけだし、その……オレと相部屋って嫌――じゃないか……?」
「は?」
「だ、だってほら、男と相部屋ってそれだけで……カ、カーテンとかもせっかく慣れたのにって言ってたし、やっぱ面倒なのかなって……」
「なによいまさら……あたしもこの際だから……ちゃんと言うけど、い、今の状態、結構……気に入ってるわよ?」
「ほ、本当か?」
「あ、あんたも言ったじゃない! 自分と同じように頑張る奴と一緒の部屋の方がいいって! あたしにとってはあんたがそうなワケだし、それ以外にも――ふ、普通に……あ、あんたとしゃべったりするの……た、楽しい――な、なにこっぱずかしい事言わせんのよ! と、友達なんでしょ、あたしとあんたは! それで充分よ!」
「……そっか、よかった。いや、オレはそう思ってるけどエリルはどうなんだろうって……ふと気になったんだ。そっかそっか……」
「……なによそのにやけ面。」
「嬉しい事を言われたから嬉しいんだ。よし、エリル。ここは一つカッコよく――ランク戦、決勝戦で会おう!」
「……望む所よ!」
ガシッと握手を交わすオレとエリル。手から伝わるエリルの温度に高揚感を覚え、オレはランク戦に向けて今一度の決意を――
「こういう所が夫婦なのではないか?」
胸が高まる熱い気持ちを冷えさせるローゼルさんの氷のような声がオレとエリルの間に入って来た。
「あ、あたしたちがいること……忘れてた……よね……」
「告白した女の子の前で他の子とイチャイチャするなんて、どうかと思うよロイくん。」
ティアナとリリーちゃんも冷たくオレたちを睨んでいる。
「加えてエリルくん。」
「な、なによ……」
「なんというか、ここ最近のきみはロイドくんの恥ずかしいセリフに対してあまり慌てなくなったな。胸を触られた時など、責任を取れとか言いながら走り回っていたというのに、今その話をしたら、「バカ」の一言で片づけてしまったし。」
「胸を!? エリルちゃんなんてうらやま――ロイくんなにやってんの!?」
「あ、あれは事故! 事故だよリリーちゃん!」
「ロイドくんと相部屋のせいでそういう言動に慣れた――とも思えるが、どうもそうではない気がする。」
「な、なにが言いたいのよ! そうよ、慣れたのよ!」
「……どう言えばいいのかわからないが……照れるとか恥ずかしがるとかそういうのがありつつも、しかしそんな段階を遥かに超えているような……」
ローゼルさんが難しい顔をする横で、ほっぺを膨らませてぶーぶー言っていたリリーちゃんがハッとする。
「そっか! むしろボクが挑むべきだよね! エリルちゃん、ボクと勝負だよ? 勝ったらこのお部屋とロイくんをもらう。」
「あ、あんたまで何言ってんのよ!」
「む? いや、それはダメだぞリリーくん。そんな事になったら女子寮の風紀が乱れてしまう。クラス代表としてそれは見過ごせない。ここは一つ、渦中のロイドくんをわたしがしっかりと保護する。エリルくん、部屋を交換しよう。」
「しないわよ!」
「え、えっとえっと、あ、あたしは――えっと……そうだ、ロ、ロイドくん、ごはん作ってあげようか……」
「いきなりだね……いや、嬉しいんだけど。」
ランク戦の前日。アンジュの出現でドタバタしたその日は、何故かティアナとローゼルさんの部屋でごはんを食べて終わった。
第二章 一回戦
『みんなおはよう。生徒会長のソグディアナイトだ。』
翌日。例の白いカードの指示通りに闘技場へ行くと、全生徒が一つの闘技場――一応、一という番号のついた闘技場に集まっていた。
要は、開会式だ。生徒たちは全員観客席にいて、本来なら二人の生徒が火花を散らす中央の舞台には髭のじーさん――学院長を始め、先生たちが並んでいる。でもって今開会のあいさつみたいのをしているデルフさんは、舞台の真ん中に設置してあるお立ち台の上にいた。
『こうして挨拶をしている僕だけど、実はこの後に面白いイベントが控えていてね。だからそそっと挨拶して次に移りたいと思っているのだけど……一応、堅い話をさせて欲しい。』
「……遠目だとデルフさん、いよいよ性別がわからなくなるなぁ……」
「会長は男よ、ロイド……」
「わ、わかってるよ……そんな変な目で見ないで下さい……」
『この世界には、沢山の仕事がある。そしてそのどれもが、誰かにとって必要な事をしてくれているモノだ。例えば、僕には行きつけのパン屋さんがあるのだけど、そこのおばちゃんがパン屋さんをしてくれているおかげで、僕は美味しいパンを食べる事が出来ている。』
? なんの話だ?
『美味しいパンが食べたいなら自分で作ればいい。だけど僕たちには他にもやりたい事があるし、何でもかんでも自分でできるようになるには一生分じゃ足りない程の時間が必要だ。だから、美味しいパンを食べたいっていう希望を叶えるのを、美味しいパンを作るって事を一番やりたい事としたおばちゃんに任せた。そして僕は、僕の一番やりたい事――騎士になるって事を目指している。』
何故かパンの話を始めたデルフさんに、少しざわつく闘技場。しかしデルフさんはそんなどよめきを気にせずそのままに話を続ける。
『美味しいパンを作る事を自分の仕事としたおばちゃんは、作るという事が好きというだけでは不足で――おばちゃんには、美味しいパンを作るという使命が課せられた。だからおばちゃんはパン屋さんになってから今日まで――もちろん明日からも、美味しいパンの作り方を追い求めている。好きな事をやっていても、それが仕事である以上、周囲から求められる美味しさというのがあるからね。そしてその美味しさに達しているからこそ、僕らは美味しいパンをありがとうと言いながらお金を払うわけだ。』
パン屋さんを例にした仕事の話を語るデルフさんだったけど、そこでスッと雰囲気が変わった。
『では逆に、パン屋さんのおばちゃんから見たら、騎士というのを仕事としている人たちはどういう存在なのか。おばちゃんだって、悪い奴は捕まえて安心したいし、危険な魔法生物から自分の家族を守りたいと思う。けれどおばちゃんはおばちゃんの時間をパンを作る事に使っているから、強くなるための修行なんかはできない。わかるかな? おばちゃんからすれば、そういう事を代わりにやってくれる人が、騎士であり、それこそが本質。騎士とは、強さを持たない者たちを脅威から守る者を指す言葉だ。』
柔らかい口調だったデルフさんの声が、凛とした緊張感のあるモノになる。
『パン屋さんであるおばちゃんには美味しいパンを作る――そう、技術が求められている。では騎士に求められるモノは? 勿論、それは強さだ。ありとあらゆる害悪を打ち伏せる強さだ。騎士には、大切な人を守りたい気持ちとか、正義を貫く心とかだけでは不足で――強くある事が求められる。そうある事が騎士の使命だ。』
「気持ちや信条は二の次に、大事なのは強さ……か……なんかドライだなぁ……」
「ロイド、あんたは入学式の時の会長の話を聞いてないから、今はそう思うのよ。」
「えぇ?」
「あの人は……相当熱い人よ。」
『だからこれからランク戦という、騎士を目指す者が自分の力を知る大会が開かれる。しかし――勘違いしないで欲しい。これから行う戦いは自分の強さを知る為のモノではない。自分の弱さを知る為のモノだ。』
自分の――弱さ。
『最終的に優勝するのは各学年一人ずつの合計三人。その三人以外は――どこかで負けを経験する。負けるという事はどういう事か? それは――もしもその相手が敵として現れたら、自分は騎士としての使命を全うできないという事だ。その事実を――実戦ではない、学院におけるイベントの中で安全に知る事ができる機会――それがランク戦だ。』
と、そこまでピリッとした雰囲気でしゃべっていたデルフさんだったけど、コロッとさっきの柔らかさに戻る。
『つまり、優勝してしまった三人はその貴重な経験が出来ないという事。まぁ、優勝するという事は最も多くの戦闘を経験するという事だから――負けという経験には見劣りするけど、良い経験を積む事にはなるかな。』
「優勝する事が悪い事みたいに聞こえるな……」
「会長的には、たぶん準優勝くらいがベストなんじゃないかしらね。」
『さて、ここまで強さが全て――というような事を語ったけれど、そうではないから補足したい。パン屋さんにはパンを作る事が好きというだけでは不足で、騎士には正義の心だけでは不足と言ったけれど、それが不要とは言っていない。美味しいパンを作る使命も、強くある使命も、それらはパン屋さんや騎士になってからの話だ。それよりも大事な――いや、大事とかそういう話ではない根本的な話。それがないと話にならないという話――それは、パン屋さんを、騎士を、目指した理由だ。』
――! 騎士を目指す理由……
『もしもその理由がないのなら、負けた時に――強くなろうと思えないだろう。このままではダメだと感じないだろう。そして、もしもその理由があるのなら、それを最も強く思い出すのは負けた時だろう。そしてその理由が理由となって更なる強さを求める。そうあろうと前に進む。自然と、騎士として求められる姿となる。だからこれは、必須のモノだ。』
お立ち台の上、綺麗な姿勢でマイクを手にしていたデルフさんが大きく手を振る。
『みんながここにいる理由はなんだい? 騎士の学校に入った目的はなんだい? その甲冑の中にはどんな決意が燃えている? 手にした槍にはどんな信念を込めている? ヘルムの下、その両目は何を見据えている? このランク戦を通し、自分の弱さを知り、そして今一度自分の理由を思い出して更に強くなるために力いっぱい――』
大きな身振り手振りの後、綺麗な姿勢に戻ったデルフさんは――たぶんニッコリ笑いながらこう言った。
『――負けてくれ。』
巻き起こる歓声と――三割くらいの笑いの声。妙な拍手の中、デルフさんはお立ち台から降りて先生たちの横の椅子に座った。その途中、デルフさん以外にもう一人舞台にいた生徒にマイクが手渡され、次はその人がお立ち台に上がった。
『どもどもー! あたしはこの第一闘技場の実況を務める放送部部長のアルクでーす! 他の十一個の闘技場の司会も放送部が務めまーす!』
「実況がいるのか……あれ? あの人も生徒だよな……ランク戦はどうするんだ?」
「さぁ? その時は代理がやるんじゃないの。」
『さーさー早速各学年の一回戦ーっていきたいとこだけど! その前にみんなのテンションを上げる為か! はたまた本人がやりたいだけか! セイリオス学院教師によりエキシビションマッチをやるよー!』
「エビキシ――」
「エキシビションよ……模範試合って感じかしらね。」
『今までこんなのやってなかったんだけどねー! なんせ今年からすっごい先生が入ったから特別だよー! ではどうぞー!』
アルクという人が両腕をバタバタさせながらそう言うと、舞台の上にいた先生たちとデルフさん、そしてアルクさんがパッと消え、二人の人物だけが舞台に残った。
『はーい、観客席の一角、実況席に移動しましたー! 戦う二人以外は!』
舞台の上に残された二人……一人は腕を組んで堂々とし、もう一人は――まるでその状況が理解できていない感じにあたふたしていた。
『では放送部秘伝の魔法を展開します! メインスクリーンオン! 集音マイクオン!』
アルクさんがそう言うと闘技場の――なんというか、前後……なのか左右なのか、とにかく二つある大きな画面に、舞台に立つ二人がアップで映し出され、二人がしゃべっている事があっちこっちにあるスピーカーから聞こえてきた。
「はぁーっ!?!? ふっざけんな! なんで俺がお前と! 勝てるわけねーだろーが!」
「おいおい、ソグディアナイトの話聞いてたか? 力いっぱい負けろよ。」
舞台に立つのは槍をクルクル振り回してすごく楽しそうな顔の先生。
そしてきっと、今急にその先生と戦う事になった金髪のにーちゃん。確か名前は……
『毎年の十二騎士トーナメントを観てきたなら知らぬ者はいない! 毎年と激戦を繰り広げ、正直こっちが《フェブラリ》になった方がいーんじゃないかという声もある、元国王軍指導教官にして、現在一年A組の担当教師! 『雷槍』、ルビル・アドニスー!』
「あー、やっぱいいなー、こういう空気。お祭りって感じで。なぁ?」
「なぁ? じゃねー! 俺は今からお前にボコられんだぞ!? 何が祭りだバカ!」
『対するは――立場的には教頭だとか副校長だとかの噂があるけど、どの授業の先生も担当してないから誰もその実力を知らない謎の先生――なのかもよくわからない人、ライラック・ジェダイトー!』
「んだその紹介! 俺は立派な――」
「まぁまぁライラック。これでハレてお前もどういう奴か生徒に知ってもらえるじゃないか。」
「お前に負けた謎の男って感じでな! 学院長、なんすかこれ! 聞いてないんすけど!」
「え、あの金髪のにーちゃんてそんな謎の人だったのか? オレはてっきりかなり偉いのかと……」
「そうね……大抵学院長の横に立ってるって事しかあたしは知らないわ。」
『じゃー始め!』
「ぅおい! いきなりか!」
「行くぞ、ライラック?」
くるくる回していた槍をピタッと構えた先生は、そうしたと思ったと同時に雷鳴を轟かせて金髪のにーちゃんに突撃、そのまま貫い――
「え――」
「ちょ――」
思わずオレとエリルは言葉がつまった。何故なら……文字通り貫かれた――というかバラバラに撃ち抜かれた金髪のにーちゃんは上半身と下半身が離れ、ついでに手とか足も――
『おぉっと、いきなりお茶の間にはお見せできないショッキングな光景だー! しかし皆さんご安心を! よく見ていただきたい!』
アルクさんの、別段深刻そうでもない解説を聞き、青ざめかけた観客席の生徒たちは画面に映し出された金髪のにーちゃんの無残な光景に目をやった。すると――
「バカかお前! 俺じゃなかったら死んでたぞ!」
首だけでしゃべる金髪のにーちゃんの、その首の下から血は流れていなくて、代わりに……砂のようなモノがサラサラと流れていた。
つまり、今の金髪のにーちゃんは……血だらけのバラバラ死体ではなく、砂で出来た人形を砕いたような感じになっているのだ。
「……パムのゴーレムが壊された時と似た感じね……」
「じゃ、じゃあ金髪のにーちゃんは第五系統の使い手か? 自分の身体を砂にできる魔法とかかな……」
「そんな魔法聞いた事ないけど、もしもあるとしたら第九系統ね……ティアナと同じ形状魔法の使い手かもしれないわ。」
「相変わらず面白い事になってるな、お前。」
「うるせっ。」
バラバラになった身体が――さらりと元の形に戻り、金髪のにーちゃんは先生を睨みつけながらトントンと脚で地面を叩いた。すると闘技場の舞台を形作る大きめのレンガみたいな石が盛り上がり、その下から……なんだあれ? なんか太い針金みたいのが出てきた。
『これはすごいぞー! 第五系統の土魔法の上位魔法の金属操作! しかもあのしなやかさはもしや液体金属か!?』
「そこらへんの石っころから金属を抜き取って合成、形も硬度も思いのままの金属を武器にする金属使い。形状魔法の使い手でも同じような事ができるが、石から抜き出すってのは土魔法だけの力だ。さすがだな?」
「雷使いの癖に、金属使いにビビれよ、むかつくな。」
「私の雷が金属に誘導されるとでも?」
「あー、そうだろーよ。だから勝てねーって言ってんだ……」
「お得意の身体武装で私を殴ればいーだろう?」
「お前が速すぎて一切当たんねーだろーが!」
……なんというか、先生は負けると思っていなくて、金髪のにーちゃんは負ける気満々。もしかしたら一度戦った事があって――例えばどうしようもなく相性の悪い戦いだったりしたのだろうか? とか、思って眺めていたんだけど……正直、金髪のにーちゃんが弱気な理由がわからなかった。
先生は、授業では見せた事の無い結構本気。軽くけん制くらいの意味合いで放つ雷がオレの目には必殺技にしか見えないし、本人も雷になったんじゃないかってくらいに速いし、槍使いでないオレにもわかる槍の冴え。速度もパワーもある達人技の猛攻……しかも格好がいつもの先生スタイル――タイトスカートにヒールだというのにあの動きなのだからビックリだ。
対して金髪のにーちゃんもとんでもない。身体を砂にして砂埃に紛れたかと思いきや、身体の表面を金属で覆った状態での近接格闘。全身ピカピカの金属光沢で光る、外見的にはちょっと面白い感じだけど――全身鎧の上に武道の達人という両立しなさそうな二つを合体したその攻撃は攻防パーフェクトで隙がない。柔と剛を併せ持ち、その上自由自在の金属を、時に巨大な剣に変え、時に巨大なハンマーに変え、先生のそれとはまた違う猛攻を繰り出す。
そしてなんだかんだ的確な実況をしてくれるアルクさんの解説もあって、その戦いは――レベルが高過ぎて参考にはならないけど、ランク戦の熱気を大きく後押しした。
『やーやー、お二人ともありがとうございました! さてさて、熱い戦いを見てテンションマックスのみなさん! それじゃあ早速始めましょう! ご自分のカードをご覧あれ!』
カード……対戦相手が表示されると言うカードを見る全校生徒。そしてすぐにざわつき始めた。
『この後すぐ! 各学年の一回戦、第一試合を始めまーす! 対戦相手と闘技場番号が表示された人は戦闘準備だよー!』
「……あたしは今日の最後あたりに初戦があるみたいだわ。ロイドは?」
「……第一試合だ。番号は七番。」
オレはゆっくり立ち上がってエリルにグーを突き出す。
「行って来る。」
「行ってらっしゃい。」
エリルの小さな拳をこつんと受け、オレは第一試合へと向かった。
「ふむ。どうやらわたしたち全員、今日中に初戦が行われるようだが……やはり一番槍は我らが団長だったか。」
「な、なんか……あ、あたしまで緊張してきたよ……」
「……リリー、あんたそのカメラは何よ……」
「ロイくんのかっこいいところを保存するんだよ? 妻として当然だね。」
「やれやれ、告白したかと思ったらもう奥様気分なのだな、リリーくんは。」
「あれれ、負け惜しみかな? 言っとくけどボクたちにロイくん好きって告白したってしょうがないんだからね? ロイくんに言わないと。」
「わ、わかっている、そんな事。勢い余ってどこかの誰かのようにはしたない告白にならないよう、準備しているのさ。」
「だ、誰がはしたないって!?」
「こんな時までそんな話するんじゃないわよ……」
「他人事のように……ふん、それは夫婦の余裕か?」
「ランク戦終わったらボクがロイくんと相部屋になるから、エリルちゃんのアドバンテージはなくなるんだからね!」
「だ、だから交換なんかしないわよ!」
「み、みんな……ロイドくんの試合、始まるよ……」
こういう時一番冷静……と思ってるとちゃっかりチャンスを取っていくティアナが闘技場の真ん中にある舞台を指差す。
先生が言った通り、さっきまでいた一番闘技場とこの七番闘技場に違いはないし、一度外に出てもう一度入っただけだから別の闘技場にいるって感じはしない。だけど明らかに、観客席を埋める生徒の数は減ってる。さっきの十分の一くらいになってる気がするわ。
『はーいこんにちわー! ここ、第七闘技場の司会を務めますは放送部のジェルクでーす!』
「……? さっきのアルクってのと同じ声よね……これ。」
「うむ……」
『ランク戦の始まりを告げる第一試合! 第七闘技場では一年生の試合が始まろうとしています! しかしこれは妙な事、普通なら一年生は一年生の、二年は二年で三年は三年の試合を観戦するものなーのーにー? ここにはちらほらと二年、三年の生徒がいるぞー! いやはや、しかしそれはしょうがないというモノ!』
アルク――じゃなくてジェルク? のテンションの高い司会が響く中、中央の舞台に向かって二人の生徒が左右の入口から歩いてきた。
二つあるスクリーンにはそれぞれの顔がアップで映し出されていて、片方のスクリーンに、そんな風にアップで映ってる自分の顔を見て「げっ」って顔をしてるロイドが映ってた。
『六月に突如転入してきた、ボロボロの服とのほほん雰囲気のいかにも田舎者っぽいこの男! なんだこいつはと思いきや、入学早々、我が校に通うクォーツ家のお姫様を狙ったA級犯罪者を撃退! 《ディセンバ》の本気を引き出し、先の侵攻では唯一の一年生チーム、『ビックリ箱騎士団』を率いてワイバーンと激闘! 天才と名高い史上最年少上級騎士を妹に持ち、十二騎士の弟子である上に、それを使える者は今の時代にはいないと言われていた、歴代最強と言われた《オウガスト》の剣術の使い手! 舞い踊る剣を操るその姿からついた二つ名が『コンダクター』! もはやこの学院で知らぬ者のいない超大型一年生! その名は――ロイド・サードニクスーっ!』
ワッて盛り上がる観客席。対してロイドは両手で顔を覆ってすごく恥ずかしそうにしてる。
「……この上S級と戦った事が加わったらとんでもない事になりそうだな、『ブレイズクイーン』くん。」
「そうね、『水氷の女神』。」
『上級生も注目のこの試合! さーさー始めましょうか! 一年生ブロック一回戦第一試合! 開――』
「ちょっとまてぇっ! 俺の紹介はねーのかっ!」
もう一つのスクリーンに映るロイドの対戦相手――金髪がツンツンしたガラの悪そうな男子が喚く。
まぁ、確かに……名前すら発表しないで始めようとしてたわね、ジェルク。
『えぇー? そりゃーキミが二つ名持ちの有名人なら紹介したけど、そーじゃないし。』
「そんなんでいーのかよ!」
『普通に考えたら負ける方のキミの名前を今紹介したって盛り上がらないもん。実況者は戦いを正確にお伝えする事と、しっかり盛り上げる事が仕事なんだよ?』
「誰が負ける方だ、コラァ!」
『この場の誰もが『コンダクター』の曲芸剣術が勝利するとこを見に来てるんだよ? そ、キミは負ける前提の空気なんだよー、わかる?』
「ふざけんな! だからって紹介もしねーってどーゆー事だ! 俺にはちゃんと――」
『今は紹介しないって話だよ、金髪の一年生くん。』
「あぁっ!?」
『いい? みんなの予想通りキミが負けたら、キミは『コンダクター』に負けただけのただの一年生。名前なんて紹介したところで誰も覚えない。でも――もしもキミが『コンダクター』に勝ったなら? その場合名前を紹介するべきタイミングは――勝った時というのが当然! 『コンダクター』を倒した俺の名前はうにゃららだーって高らかに叫ぶ! それこそが一番盛り上がる時!』
「お……おぉ……なるほど……」
『さぁ、名も無き金髪くん! 結果は二つに一つ! ただの引き立て役で終わるか、一躍有名人にのし上がるか! 全てはキミの戦いで決まる!』
「うおおおっ! やってやるぜ、オラァ!」
「……単純な男だな。」
「ロ、ロイドくん……すごい気まずそうな顔、してるね……」
「ロイくんてば恥ずかしがり屋さんだからねー。」
……そもそも、こういう場所で戦うっていうのも苦手そうよね、ロイド……大丈夫かしら。
「っしゃ、盛り上がってきたぜ! へへ、大体ホントに噂ほど強いのかって話だよな、『コンダクター』。」
たくさんの人が見る中で戦う……フィリウスとの旅の中でも経験しなかった状況だな。
「《ディセンバ》とのバトルは見たけどよ、別に本気出させたのお前だけじゃないだろ? つまり、お前がダントツで強いってわけじゃねーわけだ。」
確か十二騎士を決める――十二騎士トーナメントってのもこんな感じに観客がたくさんいるって聞いたな……フィリウスもこういう雰囲気の場所で戦って……でもって優勝して当時の《オウガスト》を倒して十二騎士になったわけか。
「A級を撃退したっつーのも、そもそも相手は学院の時間止めるので精いっぱいだったフラフラ状態だったんだろ? そんなん、その場にいりゃ俺だって撃退できたっつーの!」
十二騎士……騎士として強くなろうと思ったらとりあえず出て来る一番上の目標……それがオレの場合、フィリウスと戦って勝つってことになる。
「侵攻だって、出してもらえたらお前より活躍したぜ? 剣くるくる回してとばしてるだけのピエロとは違うからな、俺は。」
そうか……もしかしたらこのランク戦ってのが、最後に待つフィリウスとの一戦に続く最初の一歩なのかもしれないな。
「曲芸剣術とか言ってっけど、回して風起こして準備万端になるまで時間がかか――っておい、聞いてんのかお前!」
エリルとの戦いも実現すれば――おお、なんかわくわくしてきたな。
「おい、『コンダクター』!」
「…………え、あ、はい、なんでしょう。」
「てめ――聞いてたか、俺の話!」
「……?」
「んのヤロウ!!」
『あーっと『コンダクター』、金髪くんなど眼中になかったかー!? それとものほほんと呆けていただけかー!? 早く始めないと『コンダクター』が昼寝を始めそうなので試合を始めますよー!』
昼寝って……いつの間にオレ、田舎で農業している感じの人のイメージになったんだ……?
「早く始めろ! こいつぶちのめす!」
……あれ、名前がわからないぞ、この金髪の人。考え事している間に紹介があったのかな。
武器は――鉤爪って言うんだったか、あれ。
『では一年生ブロック一回戦第一試合! ロイド・サードニクス対金髪くん! 試合開始!』
ジェルクの合図と同時に、金髪の人が雷を帯びながら飛び出した。先生と同じ第二系統の雷使いらしいそいつのこの速攻は、ロイドが曲芸剣術の……構えって言うのかしら? 状態になる前に一撃入れようって事なんだと思う。
実際、ぼーっと突っ立ってる状態から剣を周りに展開させた状態になるまでちょっと時間が必要で、そこはロイドの弱点と言っていい。
でも確か……プリオルとの戦いでコツを掴んだとか、渦巻きがどうとか言ってたから、その余計な時間が、今は短縮されてるかもしれな――
「だばあああっ!」
何が起こったのか……ロイドに向かって突っ込んでったはずの金髪の人がロイドの後ろの闘技場の壁に激突した。まるで途中に立ってたロイドをすり抜けちゃったみたいに。
だけど実際はそうじゃなくて、よく見るとロイドの位置がさっきの場所から五歩くらい前に進んでる。これはたぶん――
「《ディセンバ》の背後を取った時の動きだな。おそらく突っ込んできた金髪の彼の攻撃を避けると同時に背後にまわり……パンチかキックか、何かしらの攻撃を加えたのだろう。結果、金髪の彼は自身の速度とロイドくんの攻撃で壁にめり込んだ。」
「しょ……掌底……っていうのかな、手の平で押す感じの攻撃だったよ……」
「! ティアナには見えたのね? ロイドの動き。」
超人的な視力――遠くのモノが見えたり、速い動きも捉えられるティアナの魔眼ペリドットは今の一瞬をしっかり見ていた。
「うん……後ろにまわったロイドくんは……手の平に空気の塊みたいのを作って、それを……金髪の人の背中に打ち込んでたよ……」
「おそらく、圧縮した空気だろう。それが破裂する勢いで金髪の彼を弾き飛ばしたのだ。しかし……最も驚くべきは後ろに回り込んで攻撃を加えたという事そのものだな……」
「そうね。あんなに速い動きで迫る相手の背中にまわって攻撃なんて……そんなタイミング、一瞬しかないわ。」
「ティアナの家での一件から夏休みの最後まで、みっちり修行したのだろうな。」
……? リリーが会話に入ってこないわね……
「えへへ……ロイくんてばカッコイイんだから……」
隣を見たら、カメラ越しにロイドを見つめてニヤニヤしてるリリーがいた。
「くっそ! やるじゃねーか!」
瓦礫を押しのけて金髪の人が立ち上が――ろうとするんだけど、なんかふらついてうまく立ち上がれないでいた。
「なんだこれ! 第八系統に幻術があるなんて聞いてねーぞ!」
「……幻術ではないですよ……」
今の内に曲芸剣術の準備をするのかと思ったら、プリオルからもらった分も入れて合計三本の剣を腰にぶら下げてるロイドはそのどれをも抜かないで突っ立ったままだった。
ただ……金髪の人に何か説明する感じのしゃべり方ではあるんだけど、視線は少し上を向いてる。
「あなたを後ろから押す時に、圧縮した空気をたくさん回転させながらあなたの背中に打ち込みました。一瞬だったから気づかなかったかもですけど、あなたはグルグル回転しながらその壁に突撃したんです。」
「んだとっ!? じゃあこのふらつきは――」
「ただの回転酔いです。」
「……! あれ、回転……してたんだ……わかんなかったよ……」
「ロイドくんの作る回転する風は、その回転があまりにきれい過ぎて回転しているように見えないからな……しかしロイドくんは何をしているのだ? まだ剣を抜かないとは……」
『これはすごい! 『コンダクター』が自分でバラしたので解説するけど、今の攻撃の最大の肝は何といってもタイミング! 金髪くんの突撃だってノロマなわけじゃなかったから、そこに攻撃を合わせたのはかなりすごいぞー! さー、グルグル回ってフラフラゲロゲロの金髪くんはどうする!?』
「うっせー! つか『コンダクター』、てめぇ! なんで攻撃してこねぇ!」
『それは確かに! 絶好のチャンスに『コンダクター』は空を見上げて立ち尽くすのみ! 剣すら抜いていないぞー!』
「……あの実況者、相当やるね。」
カメラを覗いてたリリーがボソッと呟いた。
「なにがよ。」
「ロイくんが今何をしてるのかわかってるクセにあえてああ言ってるんだよ。さっきのロイくんの動きも普通に見えてたみたいだし、さすが実況者っていうか……それができるだけの実力者っていうか。」
「ロイドが何をしてるか……?」
「ふふ、魔法には敏感なエリルちゃんも気づかないくらい小さな規模の魔法で――今ロイくんはすごい一撃をお見舞いする準備をしてるんだよ? よーするに、あれがロイくんの言ってた――渦の力ってやつなんだねー。」
「なめやがって! おら、かかってこいよ『コンダクター』! 俺の雷をお見舞いしてやっからよ!」
「……こんなもんかな……」
「あぁっ!?」
「えい。」
上を見てたロイドの視線が金髪の人に移った瞬間、ジェルクの実況しか聞こえてなかった闘技場に唸り声みたいな低い音が響き渡った。
いえ、ちゃんと言うと――嵐の日の風の音がした。
「ぬあああああっ!?!?」
瓦礫の中、ふらふらしながら片膝立ちだった金髪の人が突然地面にへばりついた。まるですごく重たいモノが背中にのしかかってきたみたいに。
『おーっと、これはどうしたことか! 金髪くんが、まるで重力系の魔法をくらったように地面にへばりつくー! しかしそれは第八系統の魔法ではないぞー!』
周囲の地面にまで亀裂が入り、金髪の人の身体も地面にめり込み始める。
「な――んだ――こ、これは――!!」
「オレのオリジナル魔法です。きれいな回転と細かく制御できるらせん――それができるならできるだろうって言われて、練習したんです。」
両手を腰に当ててむふーと、満足げな顔をしたロイドは目を閉じ、最後にぼそりと呟いた。
「『グラーヴェ』。」
巨人がその場所に拳を打ち込んだみたいに、金髪の人を中心に半径十メートルくらいの地面が――陥没した。
「ロイくんおめでとー!」
闘技場を出るや否や、飛びついてきたリリーちゃんを頑張って受け止めたオレは、まるで長い事離れ離れだったカップルが再会したみたいな感じにあたふたし、慌ててリリーちゃんから離れた。
「あ、ありがとう、リリーちゃん……」
「……とりあえず一回戦を突破だな、ロイドくん。」
ひんやりした笑顔のローゼルさんはため息をつくといつもの顔に戻り、オレの腰――剣を指差した。
「結局使わないで勝ったな。そういう修行でもしているのか?」
「いやー……ただ、覚えた魔法を試したかったというか……らせんってのを覚えてからできる事が一気に増えてね。色々やってみたくなるんだよ。」
「ふむ。まぁ、魔法を駆使する相手には剣術や体術の効果が薄かったりするからな。良い事だろう。」
「そもそも、あんたの師匠のフィリウスさんってどっちかって言うと魔法の達人だものね。」
珍しい事に、少し笑顔――つまりは嬉しそうなエリルがそう言った。
「体術と風の魔法で相手の攻撃を全部かわしたり防いだりして、溜めに溜めた風をまとった剣で一撃必殺をお見舞いってのがフィリウスの戦い方だからな。ところでエリル、なんかいい事あったのか?」
「べ、別にないわよ……」
「き、聞いてもいいかな……さ、最後の魔法って、どういう仕組み……なの……?」
ペリドットを持つティアナが、たぶんそれでも見えなかったからか……興味津々という顔をオレに向ける。
「ああ、ただの風だよ。あの人の上に竜巻で道を作って、空の上の方から強風を叩きつけたんだ。周りに風が散らないように一点だけに集中させる事で、空気である風は重みを手にする――みたいな事をフィリウスに教わったんだ。」
「う、渦の力ってすごいんだね……そんな事もできちゃうんだ……」
「うん。これからは、曲芸剣術だけじゃない感じで戦えそうだよ。」
「……でもそのせいで、ずいぶんかっこいい感じにされてわね、ロイド。」
若干ムスり顔に戻ったエリルにそう言われ、オレはだいぶ恥ずかしかった……あの金髪の人に勝ったあとのジェルクの言葉を思い出した。
『勝利したのはやはり『コンダクター』! 金髪くんはやっぱり負けた! しかし予想と異なる事が一つあったぞー! 『コンダクター』は誰に対しても音楽を奏でるというわけではないという事! 金髪くんは指揮を振るうほどでもなかった! 果たして、『コンダクター』の演奏を最初に聞くのは誰になるのかーっ!』
「……あれ、オレは何も言ってないのに色んな人を挑発してるよな……」
「でもあんた、意外と気に入ってるんでしょ? さっきの技名、音楽用語だったじゃない。」
「んまぁ……一応合わせてみました。」
闘技場の前でそんな会話をしていたら、入口の横に立っている――係りの人というか先生というか、そんな感じの人がアナウンスをした。
「第一試合が全て終了しましたので、第二試合を開始します! 選手の方は指定の闘技場へ移動してください!」
「あ、次ボクの番だねー。」
「リリーちゃんは第二試合だったのか。えっと……他のみんなは?」
「わたしは第四試合、エリルくんが第五試合で、ティアナが第七試合だな。」
「そっか。よし、こっからは応援を頑張るぞ。まずはリリーちゃん!」
「勝ったらチューしてくれる?」
「えぇっ!?」
「どさくさに何言ってんのよ!」
「さっさと行くのだ、リリーくん!」
「が、頑張ってね……」
そこから先、オレはずっと観客席にいた。
リリーちゃんの試合は――開始速攻で終了した。使えないからどれくらいすごいのかわからないけど、たぶん桁違いに位置魔法の腕がいいんだろう。初めの合図と同時に姿を消したリリーちゃんは、たぶん相手がやられたことに気づかないくらいに鋭い一撃を背後――というか首にお見舞いした。相手はそれで気絶し、リリーちゃんは開始五秒も経たない内に勝利した。
ローゼルさんは……夏休みに入る前よりも鋭い槍さばきと、魔法のキレを見せた。あとで聞いたのだが、『イェドの双子』の強さ……というよりは、どうもパムの魔法がキッカケでお父さんに修行を頼んだらしい。
水と氷の変換速度にそこそこ自信を持っていたのだけど、パムの尋常じゃない速さの魔法を見てまだまだだと実感したのだとか。そうして取り組んだ二週間の修行の結果、今のローゼルさんはとにかく攻撃の速さが上がっていた。その動きは舞うようで、少しプリオルを思い出す。
もしかすると、新技の一つや二つもあるかもしれない。
エリルは、これまたリリーちゃんのように試合を一撃で終わらせた。しかも、リリーちゃんのような急所に一撃というモノではなくて、物凄い威力を一発という感じで。
《エイプリル》ことアイリスさんに鍛えてもらったと言っていたけど……エリルもアイリスさんも、ちょっと違うけど基本的に爆発を使うことは同じだし、色々と合うところがあるのかもしれない。
開始早々、相手との距離を文字通りの爆速でつめたエリルの、衝撃波で地面にひびが入るほどのパンチをお腹に受けた相手は爆炎に包まれながら超速で闘技場の壁にめり込み、それで試合が終わったのだった。
と、ここまではオレも特に心配せずに試合を見ていた。だけど――別に弱いと思っているわけじゃないけど、距離で言うと中距離からの開始になるこの試合形式だと何かと不利な事になる超遠距離専門のティアナの番になると、オレは少し心配になった。
しかし、オレのそんな心配は全く必要なくて――むしろ、一番驚く試合を見せてくれたのがティアナだった。
「これは……ティアナには相性が悪いかもしれないな……」
我ら『ビックリ箱騎士団』の本日最後の試合。観客席から闘技場の舞台を見下ろしたローゼルさんが難しい顔をしてそう言った。
闘技場の舞台にあがった二人の選手。大きなスナイパーライフルを肩にかけたティアナとその対戦相手。その相手というのが――
『さーさー! ここ第四闘技場の実況担当、デルクがお伝えする第七試合! これは中々の組み合わせだぞー! こちら、とても一年生とは思えない肉体を引っさげるは、本来ランク戦後に付くはずの二つ名を既に持っている生徒の内の一人! 通称『ドレッドノート』、アレキサンダー・ビックスバイト!』
名前も二つ名も強そうなその対戦相手は、フィリウスをちょっと若返らせた感じで――要するに、ムキムキさんだった。とても同い年とは思えない強面のその人が手にする武器は巨大な斧。完全な近距離タイプだった。
『対するは! 二つ名はないものの、その名がかなり知れ渡っている『ビックリ箱騎士団』の一員! 他のメンバーの快勝具合から察するにこちらも相当な実力者! おどおど顔で巨大な銃をぶっぱなすスナイパー、ティアナ・マリーゴールド!』
超遠距離からの狙撃を得意とするティアナに対し、接近戦で猛威を振るうであろうあの筋肉――ビッグスバイトさん。距離を縮められたらティアナには成す術が――
「……あれ? なんかティアナ、あんまり見ない服着てるな……」
「そうなんだ……わたしも、あんな格好をしているのは初めて見る。」
このランク戦、別に制服でやるなんてルールはないから、人によっては動きやすい服――例えば体操着とかで挑む人もいる。
そしてティアナが今着ている服は、体操着よりもさらに動きやすそうな服だった。半袖半ズボンをさらに短くしたような感じで……上に袖はなく、下も太もものかなり上の方から肌が見えている。
まるで、できるだけ両手両脚を外に出したいが為に着ているような――そんな印象を受ける格好だった。
「動きやすそうではあるが……あれではちょっとした事がすぐにケガとなってしまう。大丈夫だろうか……」
「ふん、銃使いか。この俺と当たった事は不運だったな。」
ティアナが銃を肩からおろし、戦闘準備に入るのを見ながらビッグスバイトさんがそう言った。
「遠距離武器の弱点は遠くに飛ぶ為にエネルギーを使う分、威力が落ちる事。そして威力のない攻撃など、いくら当たろうと恐るるに足らず。騎士が真に求るべきは、絶対硬度の身体と強力無比のパワー。それを、教えてやろう。」
斧を構え、突進の態勢に身体を沈めるビックスバイトさんは銃を構えたティアナに余裕の笑みを向ける。
「俺の得意な系統は第一系統の強化。強化された俺の肉体に銃など意味はなく、そもそも強化された動体視力によって銃弾なんぞ止まって見える。お前に出来る事は、ない。」
『おーっと、自ら特技をバラす『ドレッドノート』! という事でバラしてしまうと、彼の得意技は全身強化! 簡単そうに聞こえるかもだが、彼の場合は桁が違う! 筋力はもちろん、視力とかの五感も鋭敏になり、瞬発力とは反射とか、人体が持つありとあらゆるモノが盛大に強化されのだ! 銃弾はおろか、剣で思いっきり切りつけようと、槍で刺そうと、頭に岩の塊を落っことそうとも、その肉体に傷はつかず、その全てを破壊する! この恐れ知らずの男に、スナイパーはどう出るのか!』
「純粋なパワー……前にフィリウスが言ってたな。熟練の技とか、巧みな技術も、時に圧倒的なパワーにあっさりと負けるって。あのムキムキさんは、そういうのを目指してるんだろう。」
「うむ……ティアナにとっては天敵のような相手だな。しかしこれを乗り越えてこそ、というのもあるだろう。あの格好から察するに、ティアナもS級との邂逅からこっち、色々と鍛えたに違いない。ふふ、ならばどっしりと見守ろうではないか。仲間の進化を。」
『ではでは、一年生ブロック一回戦第七試合! アレキサンダー・ビッグスバイト対ティアナ・マリーゴールド! 試合――開始っ!』
「先手必勝! これで終わりだ!」
開始と共に、その巨体からは想像し難い速度で突撃したビッグスバイトさんは、その勢いのまま斧を振り下ろした。轟音と共にティアナの立っていた場所に立ちのぼる粉塵と瓦礫。エリルのそれと同じ、一撃必殺の威力の攻撃だったが――
「な――ぐあっ!?」
ビッグスバイトさんの突進からの一撃を華麗にかわして背後まわったティアナが繰り出した鋭い回し蹴りは、ビッグスバイトさんの巨体を蹴り飛ばした。
「今の避け方、オレがみんなに教えているフィリウスの体術だ……でもオレ、教えるって約束はしたけど、あれから朝練は一度もしてないからティアナには……」
「それはそうだが……それよりもティアナの脚を見ろ、ロイドくん。」
『マリーゴールド選手の華麗な回し蹴り! しかしビッグスバイト選手のマッチョボディを蹴り飛ばすとは、あの細い脚にどれほどの――あーっと!? 細くない! ティアナ選手の脚が変化している!』
飛んでいったビッグスバイトさんの方を眺めるティアナの脚は、まるで――肉食獣のような強靭な脚になっていた。
「あれって――形状の魔法だよな……でもあれ、形を変えたっていうよりは、もう別の生き物の脚だぞ……」
「『変身』だわ……ティアナ、自分の脚を変身させたのよ……!」
「えぇ? で、でも『変身』って、形状魔法の奥義みたいなもんだって、前にローゼルさんが……」
「そのはずだ……し、しかし魔眼の暴走で一時的に人間の身体とは異なる状態を経験しているからな……『変身』を使えてもおかしくはない気がするが――いや、それでも……それだけですぐにできるようになるモノでもないはずだ。」
「なるほど、少しはやるようだな。しかし――効かんな!」
回し蹴りのダメージはこれっぽっちもなさそうに、スッと立ち上がったビッグスバイトさんは再び身をかがめる。それに対し、ティアナは――その脚を肉食獣の様な脚から、まるでカモシカか何かのようなスラッとした脚に変えた。そして、スナイパーライフルを右手に持っているのに加えて、それよりも小さい銃を左手に持った。
「ふん。どちらの銃でも、俺の身体は貫けん!」
踏み込み、ティアナの正面に迫ったビッグスバイトさんは斧を振るう。しかしそれを難なくかわし、振った後の隙を狙ってティアナが小さい銃を放つ。だけどその銃弾は金属の何かに当たったみたいな音を立てて跳ね返った。
「効かんと言っている!」
防御を一切とることなく、一撃必殺の斧を振り回すビッグスバイトさんに対し、そんな近距離からの猛攻を余裕でかわしながら……効果が無いとわかったはずの銃を撃ち続けるティアナ。
「あの脚の瞬発力とティアナの眼があれば、あの男の攻撃はいつまでやっても当たらないだろう。しかし、何故ティアナは銃を?」
「……なんか……オレには、ティアナが何かを調べているようにに見えるな……」
しばらくそんな攻防が続いたかと思うと、突然ティアナが距離を取った。そしてさっきから何度も撃って何度も跳ね返された小さな銃をビッグスバイトさんに向ける。
「学習しない奴だな! そんな豆鉄砲、いくら撃とうと俺には効かん! その上距離を取るなど――その銃弾を掴むだけの余裕を俺に与えるだけだ! 止まって見えると、さっき言っただろう!」
ビッグスバイトさんの少し苛立った声には無反応で、ティアナは小さな銃を……二回だけ発射した。
普通、銃弾というのは視認不可能な速度で飛んでいくわけで、オレたちの感覚的には引き金を引くと同時に着弾するようなイメージがある。だけど、ティアナが放った二発の銃弾はそうならなかった。
「なにぃっ! どこへ――」
着弾するはずのタイミングでそうならない事――いや、というよりはビッグスバイトさんには見えているのだろう……二発の銃弾の軌道が曲がったところが。それに驚いて銃弾を追いかけようと首を動かした瞬間――その二発は着弾した。
「――っぐあああああああっ!!」
これまで全ての銃弾に対して鉄壁を誇っていたビッグスバイトさんは、その二発を受けて声をあげた――両目を覆いながら。
『あーっとこれはー! マリーゴールド選手の銃弾が初ヒット! しかもその場所は――目! 二発の銃弾は寸分の誤差もなく、ビッグスバイト選手の両目にヒットしたーっ! 実戦だったならこの時点で決着どころか絶命! ビッグスバイト選手、このランク戦のシステムに救われたー!』
「……身体がどんなに硬くても、そ、そこは硬くできません……硬くしたら動かなくなりますから。」
ボソッとティアナが呟くとビッグスバイトさんが――痛みに耐えつつ、目をつぶったままニヤリと笑う。
「ふ、ふはは! これで――ぐ、勝ったつもりか? 目を失おうとも、俺にはお前の位置がわかる! 他の五感は生きているからなぁ!」
強化した聴覚とか嗅覚があれば、確かに見えていなくてもティアナの場所を把握できる。できるが……
「そして! 見えていようといまいと関係のない攻撃方法が、俺にはあるのだ!」
斧を大きくかかげ、そのまま振り下ろすビックスバイトさん。闘技場の舞台に強烈な衝撃波が走り、地面を砕く。しかも一回だけでは終わらず、その攻撃を何度も放った。
「どうだ! どうだぁ! いかに素早かろうと全方位に放たれる破壊の波! かわせるモノではないぞ!」
まだまだ勝つつもり満々のビッグスバイトさんだったが……きっと、その攻撃をしたせいでイマイチ把握できていないのだろう。
観客にいるオレたちからすると、相当間抜けな事をしている自分に気づいていない。
「はっはっは! さて、どこにいるスナイパー! その息遣いで、心臓の音で居場所を伝えるといい! この一撃で瀕死となったその身体にとどめを――」
そこでようやく気付いたらしい。ビッグスバイトさんは意味が分からないという顔で、見えていないくせにキョロキョロと首を動かす。
『あー……えっと、これは実況していいのかどうか微妙なのですが……いえ、ここは盛り上がる実況を優先しましょう! ビッグスバイト選手の攻撃は全くの無意味! 何故なら今、マリーゴールド選手は――遥か上空にいるのだから!』
「なにぃっ!?」
さっきボソッと呟いた後、ティアナはその脚で真上に跳躍し、そしてその両腕を鳥の翼に『変身』させた。そしてもはや肉眼では点にしか見えない高さに、今ティアナはいるのだった。
『第九系統の形状、その上級魔法である『変身』を部分的にだが実現しているマリーゴールド選手! しかしこの、腕を翼に変えて飛翔という行為は、先ほどの獣の脚とは比べ物にならない難易度! なぜなら人間に翼はないから!』
「えっと……どういう意味だ?」
「……形状魔法で『変身』が難しいって言われる理由は――人間の身体とは違う形を操らなくちゃいけないからなの。」
肉眼では全然見えないけど、どういう仕組みなのか闘技場のスクリーンには遥か上空のティアナが――両腕を翼に変えて空中でとどまっているティアナが映っている。その姿を見ながらエリルが説明してくれた。
「あたしたちが自分の腕とか脚を自由に動かせるのは、そういう風に身体ができてて、しかも生まれた時からずっと動かしてきたからで……要するに、動かし慣れてるから。だから形状魔法でちょっと形を変えたとしても、根本の構造が変わらないならなんとか動かせるわ。でも、『変身』はそうじゃない。」
「……そうか……同じ脚でも、人間の脚と獣の脚じゃ骨の形や筋肉の付き方――なんていうか、コンセプトが違うもんな。その上翼なんて……実況でも言ってたけど、人間にはないモノだから、どうやって動かせばいいのか全然わからない……」
「その通りだ。」
うんうん頷くオレに相づちを打つローゼルさんは、ルームメイトの活躍に嬉しそうな顔をしていた。
「自身の身体を構造から変えられるほどの高度な魔法技術だけではなく、生物的な知識も必要となる……だから『変身』は難しい。その範囲を全身にできる者がいれば、その者は第九系統を極めたとか、第一人者とか呼ばれても差支えないだろう。それを、一部とはいえあそこまで……」
「ふふふ。ティアナちゃんてば、すっごい成長したね。」
「ぐ、見えん! くそ、降りてこい卑怯者め!」
斧をぶんぶん振り回す――なんかもう、二つ名がある強い人には見えなくなったビッグスバイトさん。
そしてティアナは、別にその言葉でそうしたわけじゃないだろうけど、ふっと両腕を元に戻し、スナイパーライフルを構えた状態で落下を始めた。
「……目もそうだけど、か、身体を硬くしても……か、関節とかはやっぱり、そんなに硬くできない……そんな事したら、銅像になっちゃうから……」
落ちながらスコープを覗き、狙いを定めるティアナ。
多少銃口が狙いからそれてもティアナには関係ない。だからこそできる撃ち方。
「……そっか。空に上がる事ができるなら、近距離から戦闘が始まっても自分の距離に持っていける……すごいな、ティアナ。」
「そうだな。たぶん今はできないのだろうが……あの翼を、例えば腕はそのままに背中から生やす事なんかができるようになったら、ティアナは相当厄介なスナイパーになるぞ。」
「さっき……拳銃を使って、あなたの弱点を調べました……今からそこを、撃ち抜きます……えっと、だから……もしももう一度言えたなら言ってみて下さい……」
スクリーンに映る、真下を向いた状態でスナイパーライフルを構えるティアナは、だいぶ珍しい――ムッとした顔でこう言った。
「いくら当たろうと恐るるに足らず――って。」
マシンガンのような速射で放たれる数発の弾丸。空から降り注いだそれらはビッグスバイトさん手前でその軌道を変え、恐らくそこを撃ち抜くのに最適な角度で右から左から、全身のあらゆる場所を――強化された身体の弱点、極わずかな関節部分の隙間を撃ち抜いて行く。
それはまるで無数の狙撃手に囲まれて一斉射撃を受けたかのようで、ビッグスバイトさんは数発の弾丸によって数十か所に風穴を開けられて膝をついた。
「が……あ……」
獣の脚で音もなく着地したティアナは、すたすたと歩いてビッグスバイトさんの前に立った。
「え、えっと……あなたの負けです……から、降参して下さい……」
「…………馬鹿め……」
どうやら気絶か降参が負けの条件らしいこのランク戦なので、まだ意識のあるビッグスバイトさんにそう言ったティアナだったが、ビッグスバイトさんは「してやったり!」って顔でニヤリと笑った。
「強化できるのは力だけではない! 治癒能力を強化する事でこの程度の傷は瞬時に――」
つぶっていた目をカッと開き、斧を手に取って目の前に近づいていたティアナに襲い掛かったビッグスバイトさんだったが――
「――がはぁっ!」
両手両脚を熊の様な強靭な四肢に変えたティアナのアッパーをアゴに受け、ビッグスバイトさんは仰向けにズズンと倒れた。
『決着ーっ! 圧倒的なパワーが売りの『ドレッドノート』は、的確に弱点を撃ち抜いてきたスナイパーに――文字通り成す術なく敗北ー! 以前の侵攻にて『ビックリ箱騎士団』の後方支援を担当していた彼女もやはり、ただ者ではなかった! 一年生ブロック一回戦第七試合! 勝者、ティアナ・マリーゴールド!』
観客席からの歓声と拍手を受け、大きな銃を担いだ女の子は恥ずかしそうに手を振った。
ランク戦初日。その日の試合は全部終わって、時間が時間だったから全校生徒が学食に押し掛けた中、そんな混み合ったとこに行きたくないあたしたちは――なんでかやっぱり、あたしとロイドの部屋に集まった。
話題になったのはやっぱりティアナで、教えてないロイドの体術とか、『変身』の魔法とか、いつの間に拳銃も使うようになったのかとか、色んな事を質問されてた。
「ふむ。ではやはり、諸々のキッカケは『イェドの双子』だったわけか。」
「う、うん……ロイドくんの戦いを……この眼で見た事が……始まりかな……」
ペリドットを通してロイドとプリオルの戦闘を見てたティアナには……本人が言うに、プリオルの方はレベルが高過ぎてよくわからなかったらしいんだけど、ロイドの動きはしっかりと理解出来たとか。
その上、魔眼の暴走がキッカケで形状の勉強をみっちりして治癒すらできるくらいに人体に詳しくなってたティアナには、ペリドットで理解したロイドの動きをどうすれば再現できるかがわかったらしい。
つまり、ペリドットで捉えられてその動きを理解できるなら、ティアナは見ただけで体術を習得できてしまう状態にあるって事。
「や、やってみたら……ロイドくんがやってたようにう、動けるようになって……で、でもやっぱりあ、あたしの身体じゃ少し力が足りなかったりして……だから……脚とかを強い形にできればいいなと思って……ロ、ロイドくんの動きを見て理解したのと同じり、理屈で……家の周りに住んでる……野生の生き物の動きを、観察して……そうすれば上手くいくかなって……」
「……高い筋力や瞬発力を持つ野生の生物の脚の形を参考にする為に、その動きをペリドットで見て、さらに生物学の本からその脚の構造を勉強して、いざより力の出る脚に形を変えてみたら――結果的に『変身』になったと……」
「う、うん……えっと、たぶん、前に暴走しちゃった時に……変な形っていうか……人間とはちょっと違う形っていうののけ、経験があったっていうのもあると……思うけど……」
「うーんと? つまりティアナの『変身』魔法は――魔眼の暴走と、それを何とかしようとした経験と、オレの動きを真似したらなんかできちゃったっていうキッカケで完成したって事か。」
「う、うん……い、いつもペリドットを発動させておくっていう……ロイドくんのアドバイスのおかげでも、あるよ……い、色々、ロイドくんのおかげ……だね……」
俯いて顔を赤くするティアナ。
「そう言われると照れるけど……んまぁ、良かった。」
……本人にそういう自覚があるかどうかはわかんないけど、人前で人じゃない何かに形を変えるなんて、あんまりやりたくない事をこのティアナが堂々と出来たのもたぶん、ロイドのおかげだと思う。
暴走した時の姿を見ても普通に接したロイドがいたから……
「そういえばあの試合、ティアナちょっと怒ってた?」
「うん……なんか銃っていうのをバカにされたような気がして……」
「なるほど。お爺ちゃんからもらった銃だもんな。そっちの小さいのも?」
「うん……あ、あたしでも片手で撃てるくらいに軽い、お爺ちゃんの手作り。」
「おぉ、伝説のガンスミスの作品なわけか。かっこいいなぁ。」
「カッコイイと言えば、あれだけ派手に勝ったからな、ティアナにも二つ名が付くんじゃないか?」
「なんとかスナイパーとかかな。リリーちゃんにも付きそうだね。」
「でもリリーは、なんとか商人とかになりそうね。」
「えー、強そうじゃなーい。」
「……二つ名ねぇ……あの『ドレッドノート』っての、もしもあたしの相手だったらあの硬い身体にダメージ与えられたかしら……」
「うーん……大丈夫じゃないか? エリルが本気パンチすると尋常じゃない威力になるし、なんか夏休みでさらにパワーアップした感じだし。」
「そ、そう? まぁ、《エイプリル》にアドバイスもらったしね……」
「ああいう相手に、オレもその内当たるわけか。変な言い方だけど、フィリウスとかプリオルみたいに笑っちゃうくらいの実力差はないはずだし、勝ちたいな。」
「…………あの女も、ああいうのの一人なわけよね……」
「ああいうああいうって、きみら二人もそうだろうに……っと、そろそろいい時間ではないか?」
部屋にかけてある時計は、学食のピークの時間をだいぶ過ぎたところを指していたから、あたしたちは少し遅い夜ご飯へと出かけた。
「あー、ロイド! 奇遇だねー。」
最悪な事に、学食の入口でばったり――アンジュに会った。しかも出てきたんじゃなくてこれから入ろうとしてる。
「ア、アンジュ……えっと、アンジュも今からご、ごはんなのですか?」
顔を見た瞬間に顔を赤くしたロイドが目をそらしながら変な言葉遣いでそう尋ねると、アンジュはその視線の先にそそっと移動して、ニッコリ笑った。
「うん。」
「そ、そっか……」
「うん。」
ついっと視線を動かすロイドだけど、アンジュはそれについていく。
「誘ってくれないのー?」
「え、えっと……ア、アンジュも――い、いやその、ダメだ……」
「えー、なんでー? ちょっとショックだよ?」
「だ、だってアンジュの顔見ると――お、思い出し――ちゃってご飯どころじゃなくなっちゃうというかなんというか……」
こんな女でも誘おうとするところがロイドだけど、こうやって正直に言うのもロイドよね……
「――!」
そしたら……ちょっと意外な事に、一瞬だけアンジュが焦った顔になった。でもすぐに表情を変えてやらしく笑う。
「ふーん? へー? ロイドって結構ムッツリさんなんだねー。ふふふ、かーわいっ。」
長いツインテールを揺らしながらくるりと背を向けたアンジュはニヤニヤした横顔をあたしたちに向ける。
「そーゆー事なら、ロイドがその記憶に慣れちゃわないように、ずっと悶々させる為に、あたしは離れた席からロイドを見つめるよ。」
一足先にアンジュが学食に入って行くと、ロイドはだはーっと息を吐いた。
「ロイくん、嫌いな奴にはちゃんと嫌いって言った方がいいんだよ?」
「べ、別に嫌いってわけじゃ……第一印象というか、出会い方というか、そういう感じのが……強烈過ぎて……」
「エロロイド。」
「スケベロイドくん。」
「ロ、ロイドくんのえっち……」
「えぇっ!?」
みんなに散々言われながら学食に入り、料理を受け取って席についたロイドはしゅんとしながらリンゴジュースを飲む。
「ま、まぁ前にも言ったがロイドくんも男の子だからな、そういう風になるのは仕方がない。うむ、わたしは理解しているぞ。」
「うぅ……」
全員が席に着くと、顔を赤くしたロイドが――なんかブスッとした顔であたしたちに聞いてきた。
「な、なんかオレだけ恥ずかしいから聞くけど、み、みんなはどうなんだ? た、例えば――前にフィリウスの半分裸みたいな状態見たじゃんか。ああいうのを思い出したりしちゃったりしてるんじゃないの!?」
「ふむ……残念ながら、筋肉にドキドキする女性とそうでない女性がいて、わたしは後者だ。」
「えぇ、あ、いや、男の裸って意味なんだけど……」
「フィリウスさんのは――ちょっとやり過ぎててなんとも思わないわね……」
「えぇ……じゃ、じゃあオレがこの場で裸になったら――」
「燃やすわよ。」
「ごめんなさい……」
「ふふ。ま、いつもバカ正直な言動でわたしたちを――その、なんだ、ドギマギさせるロイドくんへの仕返しだ。」
「えぇ? オレなんかした?」
「……あんたいつも真顔で……か、かわいいとか美人とか言うじゃない……」
「あ……ああ。それか……」
「そうだぞ。この際だからバラしてしまうが……夏休みに入る前にフィリウスさんが来た時、ロイドくんと話があると言って、二人だけで話していた事があっただろう? 実はその時の会話、フィリウスさんのいたずらでわたしたちに筒抜けだったのだ。」
「フィリウスと話? えっと、何話したんだっけか……」
あごに手を当てて思い出す事数秒、ロイドは赤くなりながら青ざめるっていう器用な顔になった。
「まま、まさか……? え、えぇ!?」
「あの時は心臓が破裂するかと思うくらいに恥ずかしかったんだからな……」
ちょっと赤くなって口をとがらせるローゼル。
あの後、あたしもしばらくロイドの顔を見れなくなったわね……
「わたしは――美人で親切で優しいめんどくさがり屋……なのだろう?」
「あたしは頑張り屋さんだったわね……」
「じゅ、純粋でキラキラで……癒されるって……」
「ボク、ミステリーで元気な女の子。」
「ひぃっ、やめて下さい!」
ランク戦で恥ずかしく紹介された時と同じ、両手で顔を覆ったロイドはなんか面白かった。
「おー、いつもと逆だな。」
そんな感じでロイドをいじめてると、あたしたちがいるテーブルの横に料理を持った――え、誰よこいつ。
「ん? おいおい、クォーツ、そんな「誰よこいつ」的な顔を向けるな。私は一応、お前の担任なんだぞ?」
担任……? あたしたちの担任はせんせ――
「! まさか先生なの?」
「失礼な教え子だな……」
驚くのもしょうがないって言うか……いつもの先生のカッコじゃないのよ。
やる気なさそうないつもの顔にピッタリの――適当な部屋着とおろした髪。同じなのは眼鏡だけだわ……
「せ、先生……どうして、そんな格好……なんですか?」
「だぼだぼの服着てるマリーゴールドにそんなとか言われたくないんだが……なに、私は風呂に入ってから飯を食う派なんだ。念願叶って先生やってる私でも、部屋着まで先生スタイルじゃないさ。」
そう言ってあたしたちの隣のテーブルに座った先生はカレーを食べ始めた。
「……! ホントだ。ずいぶん印象が変わりますね、先生。」
顔を覆ってたロイドが赤い顔のまま横を見て驚く。
「なんていうか、姉御って感じでカッコイイですね。」
「そうか? 惚れるなよ。」
言葉をつまらせるロイドをニシシと笑う先生は、こうして見ると……女のあたしが言うのもあれだけど、モテそうだった。そんな先生を見たからか、物怖じしないリリーがスパッと聞いた。
「せんせーは恋人とかいないの?」
「お、ついにお約束の質問が来たな? 残念だがいないぞ。私の求める条件に合う男がなかなかいなくてな。」
「じょ、条件……あ、あたし、それ、気になります……」
「んー? まず第一に、私と同等かそれ以上の強さでないとな。」
「随分厳しい条件ですね……それだと当てはまる男性は相当限られますよ。」
優等生モードのローゼルが苦笑いを浮かべる。
国王軍の指導教官と言えば上級騎士相手にも指導する立場。そんな先生より強いとか言ったら十二騎士くらいしか残らないわね。
「第二に、私は家事系全部ダメだからな。その辺が出来るか、もしくは私と同じにそういうのを気にしない男でないと。」
「見るからにダメそうだもんねー。」
「ケンカ売ってるのか、トラピッチェ。」
「……あれ?」
呆れ顔でリリーを睨む先生の横、だんだん元に戻って来たロイドが眉をひそめる。
「あとはまぁ……私にエロいことを期待されても困るからな、その辺が適当なのがいい。」
「えぇ? それだと先生……フィリウスなんかいいんじゃないですか? 強さは充分でしょうし、あいつも料理とか掃除洗濯できない男ですし――エ、エロい事はたまに言いますけど言うだけですし。」
「……まぁ、あの筋肉だるまは確かにいい線行くんだが……私はセルヴィアとガチバトルしたくないぞ。」
「あー、そうか……あれ? 名前で呼ぶって事は、先生ってセルヴィアさんと親しいんですか?」
「ああ。通ってた騎士の学校は違うが、同い年だ。ま、同期ってやつかな。」
「……先生にも学生の時があったのよね……」
「そんな風に言われるほどまだ歳取ってないぞ、クォーツ。」
カレーをもぐもぐしながらあたしを睨む先生は、それでも学生の頃を懐かしく思い出したのか、ふふっと笑った。
「……今も対して変わんないが、私は――強くなる事に恋した口だったからなぁ。お前らくらいの時は、誰が好きだどうだとか、さっきみたいな求める男の条件なんてのは考えた事もなかった。」
「セルヴィアさんも――なんですかね。」
「だろうな。まぁ、あいつの場合は今の今まで誰にも惚れなかったってだけだろうよ。」
やんわり微笑んだ先生は、スプーンでビシッとあたしたちを指して言った。
「自分を反面教師にするわけじゃないが、学生っつー時期が色々な事をあんま気にしないで恋だのなんだのの青春をする一番のタイミングだからな。目いっぱいやるといいぞ。」
「青春……なんかフィリウスもよく言うんですよね。青春しろって。」
「年頃の弟子にかける気の利いた言葉が思い浮かばないだけだろう、そりゃ。ま、間違っちゃ――いや、しかしどうなんだ?」
「? 何がですか?」
「それだけが青春の中身じゃないだろうが、恋愛的なモノに関して言えば……想いが伝わる伝わらないで悶々としたり、好きって気持ちが強すぎて暴走したり、自分が誰に惚れてるかもよくわからないでただただ嫉妬したり……勉強よりもよっぽど頭を悩ませるモノだからな……先生の立場で言うなら、ほどほどにして勉強しろって言うのが正しいのかもなぁ……ふむ。」
そういえば先生になってまだ一年目の先生は、そんな事をぶつぶつ言い始めた。
学食での夕飯を終え、オレたちはおやすみを言ってそれぞれの部屋に戻った。風呂に入り、パジャマに着替え、自分のベッドに転がったオレは……先生の最後の言葉を思い出していた。
『自分が誰に惚れてるかもよくわからない。』
前にリリーちゃんに、オレの好きな人を聞かれた時、オレは恋愛マスターからのアドバイス……というか教えのもと、そういう事は好きな相手に初めに言う事にしていると言って、好きな相手がいるかいないかも答えなかった。
その時のオレは、正直に言えば――特に好きな人はいなかった。いや、自分はそうだと思っていた。
だけどリリーちゃんに告白された時、オレは答えられなかった。リリーちゃんは可愛いし、気心も知れてるし……別に嫌いな人じゃない……というか、結構好きな部類に入るというか……
そ、それでもオレは答えられなかった。突然の事にびっくりしてってのもあったけど、それ以外に――何か心に引っかかったのだ。
それが何なのかわからないまま今日まできたわけだけど……先生の言葉でハッとした。いや、普通に考えればそういうことだろうって気づきそうなもんだけど、さっき初めて気づいた。
オレは――誰かに惚れているんじゃないか?
「……」
むくりと起き上がり、向かいのベッドで寝る準備をしているエリルを見た。
「……なによ……」
ムスッとした顔を向けてくるエリル。そんな顔にも慣れたというか、本当にムスッとしているかどうかの見分けもつくようになった。
「いや……明日も頑張ろうな、エリル。」
「当たり前よ……電気消すわよ。」
「ああ。おやすみ、エリル。」
「おやすみ、ロイド。」
誰かに――か。
それは……どうやったらわかるんだろうか。
第三章 優等生のターン
「『ホワイトナイト』?」
「ああ。わたしの今日の対戦相手だ。」
対戦相手が表示されるカードを眺めながら朝食をとっていたオレたちは、ローゼルさんの相手である二つ名持ちの話題になった。
全員そろって無事にランク戦にデビューしてから五日経った。言い換えると、まるっと一週間が終わろうとしている今日はランク戦の五回戦目。これに勝つと準々決勝に進めることになる。
まだランク戦が終わっていない生徒――つまり、勝ち残っている生徒は各学年二十人くらいにまで減ってきた。
二年生、三年生においては、その二十人はほとんどが二つ名持ちと呼ばれる生徒で占められているのだが、一年生はそうじゃない。
本来ランク戦が終わって、確かに強いと判明した生徒に付くあだ名的なモノが二つ名なわけだが、今回が初めてのランク戦であるオレたち一年生における二つ名というのはほとんどが「強そう」というイメージだけで付けられてしまったモノだ。
カッコイイ感じで呼ばれているけど大したことなかった人――なんてのも中にはいたようだが……勝手に名前を付けられて勝手にガッカリされるのだからその人にとってはとんでもない話である。
んまぁ、ともかく。だから一年生で勝ち残っている生徒で二つ名が付いているのは半分くらいしかいない。いないが……逆に言うと、今も残っている二つ名持ちは本物という事だ。
……自分で言うのもなんだが。
「せっかく全員残ってるんだし、上位五人をボクたちで埋めちゃいたいよねー。ローゼルちゃんには勝ってもらわないと。」
リリーちゃんの言う通り、現在一年生ブロックで勝ち残っている生徒の約四分の一を占めているのが我ら『ビックリ箱騎士団』なのだ。
「勝つとも。特にこいつには。」
「? ローゼルさん、知り合いなの? えっと、マ、マッキ……マキス……」
「マッキース・ハーデンベルギア。知り合いではあるが、知っているだけでとどめたい嫌な男だよ。」
「ハーデンベルギア……騎士の名門ね。あんたと同じ。」
「そうだ。この国で騎士の名門と呼ばれる家の中で一番――騎士っぽいというか、時代錯誤のバカ共というか。」
「バカ共……ローゼルさん、相当その人嫌いだね……」
「戦ってコテンパンにしてやりたいと思うと同時に、棄権してでも会いたくないとも思う。腹の立つ男なんだ。」
「よっぽどなんだな……」
ローゼルさんは結構ズケズケ言う人だけど、それでもこんなにはっきり嫌いと言うのだから、きっととんでもなく嫌な奴なのだろう。
「……ん? 待てよ……」
エリル以上にブスッとした顔をしていたローゼルさんだったが、何かを思いついて少し顔を明るくさせた。
「ロイドくん――もとい、団長殿。」
「えぇ? あ、『ビックリ箱騎士団』のって事か……あ、はいなんでしょう…」
「わたしたち団員は、ここ毎日一生懸命戦っています。勝利をおさめてはいますが、そろそろ疲れも出てきてモチベーションが落ちる時です。その上わたしに至っては顔も見たくない相手との対戦――一つ、士気を高めてみては?」
素のローゼルさんでも優等生モードのローゼルさんでもない、芝居じみた口調でそんな事を言うローゼルさん。
「し、士気……ですか。えっと、ど、どうすればいいんでしょうか……」
「そうですね。例えば――試合に勝ったら褒美を与える――とかはいかがでしょう? そういう嬉しい事が待っているとあれば、わたしは今日の試合も元気に臨めます。」
「褒美……え、ご褒美? オレがローゼルさんに? いや、何をあげればいいのやら……ごめん、逆に聞いちゃうけど……何がご褒美だと元気になる?」
まるで、オレのその質問を待っていたと言わんばかりにニッコリ笑顔になったローゼルさんはこう言った。
「では団長。団長の時間をいただきたい。」
「時間? 随分と哲学的だな……」
「いえ、単に……わたしの行く所とかする事に付き合って欲しいという話ですよ。」
「? お買い物とかかな……別にいいけど。というか、それくらいいつでも……」
「二人だけで――と言ってもですか?」
ローゼルさんがそう言った瞬間、リリーちゃんが立ち上がった。
「ちょっと! 何言ってるのローゼルちゃん!」
「ふ、二人だけ? オレとローゼルさんだけ? え、えぇっと……どど、どうして二人だけでなんでしょうか……」
「実は前々から行ってみたいと思っていたお店があるのです。しかしそこは――その、カップルだらけでして……一人で入るのはちょっと、という感じなのです。なので団長にはその店に問題なく入れるようにわたしの、こ……恋人のフリをしてもらえればと……」
「えぇ!? なにその店! ていうか恋人!? い、いや! オ、オレがローゼルさんの恋人役なんてそんなこと!」
「無理を承知で頼むからこその褒美なのです団長!」
ズズイとテーブル越しに身を乗り出すローゼルさんはなんだか妙な迫力をまとっていた。
「そんなのボクが許さないんだから!」
「リ、リリーくんには頼んでいない! ロイドくんに頼んでいるのだ! さ、さぁロイドくん! 我ながら恥ずかしいお願いを恥ずかしいながらも頼んでいるのだ! こ、これを勝った際の褒美にしてはくれないか!?」
試合の時よりも必死な顔のローゼルさん。ローゼルさんがそこまでして行きたい店ってなんなんだ? 逆に気になってきたぞ……
「えぇっと――ん、んまぁ…………そ、そこまで言われては……」
「ロイくんの浮気者!」
「えぇ!? フ、フリだよフリ!」
「なに言ってんのロイくん! ローゼルちゃんはロイくんのこ――」
「わー! わー!! 妙な勘ぐりはやめるのだリリーくん! ちょっと行きたいお店があるというだけの話だ! どうだロイドくん!」
「う、うん。じゃ、じゃあ今日の試合に勝ったら――そ、そのお店に行きましょうか……ふ、二人で……」
「ありがとうロイドくん!」
ごり押しもいいところでロイドの事がす……好き――なローゼルは、ロイドとのデデデ、デートの約束を取り付けた……
ま、まー一緒に出掛けるなんてあたしも何回かしてるし――って別に知らないわよ関係ないわよそんなこと!
『はーい、それじゃーここ、第十二闘技場本日最初の試合を始めるよー! 実況は毎度おなじみのエルルクです!』
……応援とかでほとんどの闘技場に言ったけど、どの闘技場も名前は違うけど同じ人が実況してるんじゃないかって思うくらいに声が同じなのよね……
『一年生ブロック五回戦第一試合! この戦いはちょーっと見物だよー?』
もう自分の試合がない生徒の方が多い今の段階、観客席はかなりの人数で埋まるようになった。そんな大勢の歓声の中、真ん中の舞台に向かって左右から選手が出て来る。
『この国、フェルブランドには、ここセイリオス学院のように名門と呼ばれる家がいくつかあります! この二人はそれぞれがそう呼ばれる家の出身! ハイレベルな戦いになる事は必至! まずはレディーファースト、女の子の方からご紹介!』
スクリーンに映るローゼルは……なんて言えばいいのかしら。この戦いに一切興味がなさそうというか、無表情と言うか……いえ、上の空? なんかそんな顔をしてた。
『その家は代々長物の名手! 初代は何の変哲もない普通の槍であらゆるモノを貫いたと言う達人! そして彼女が使うのは三叉槍の一種、トリアイナ! そこに水と氷の魔法をまとわせ、変幻自在の攻撃を繰り出す! 華麗な技とその美貌から、付いた二つ名が『水氷の女神』! ローゼル・リシアンサス!』
これまでの試合だと、紹介されたら優等生スマイルで手を振ってたローゼルなんだけど、今日は何もしないで――ただ、トリアイナに氷をまとわせて戦闘態勢に入った。
『対する男の子は! 貴族の間と騎士の間で評判が真反対で有名な家の出身! その血を色濃く受け継ぐ彼もまた、学院の半分を敵に回している! しかしその実力は本物! 手にしたレイピアにまばゆき光をまとわせて戦場を白く染める! 『ホワイトナイト』、マッキース・ハーデンベルギア!』
「えぇ? なんかすごい紹介されたな、あの人。」
隣で驚くロイド。でもエルルクが言った事は本当なのよね……
「不愉快だな。」
エルルクの選手紹介が終わって、いよいよ開戦ってところでマッキースがイライラした口調でそう言った。
「それではまるで、私とこの女が同等のようではないか。この――恥知らずと。」
くしゃっとしてるけどなんかかっこいい感じになってる髪をかきあげながら、マッキースはため息をつく。
「リシアンサス……長くこの国に仕えてきた由緒ある騎士の家系。多くの騎士の憧れと尊敬を受けてきた名家が――落ちたものだ。次期当主が女とはな!」
「あ……なんか……エルルクさんのさっきの紹介の意味が分かった気がするぞ……」
驚き顔だったロイドの顔が、今度は「うへー」って感じになった。
「女は守られる側の存在だ! それが男を真似て武器を持つなど――滑稽なピエロでしかない! お前たち女は男の三歩後ろに控えていれば良いのだ! 敵は男が討ち、国は男が守る! お前たち女の役割は家の守護! 分を弁えるのだな!」
『出たー! ハーデンベルギア家のお家芸! 道行く女性全てにかしずき、手の甲にキスをしかねない勢いの一方、騎士を目指す女性に罵声を浴びせる! 古い伝統が大好きな貴族様にはウケの良い、オンリー男の騎士道が炸裂だ!』
たぶんエルルクも嫌いなマッキース。ローゼルがあんなに会いたくないって言ったのはこういうことで……しかもローゼルの場合はリシアンサスっていう名門って事もあるから、余計にむかつく事を言ってくるのね……きっと。
「仮にも騎士の名門と呼ばれる家であれば、男が生まれるまで子を生むものだろうに……義務を放棄した騎士の恥め! 加えて――最も守るべき相手と一緒に修行しているというのだから腹立たしいっ!! おい、『コンダクター』!!」
いきなり呼ばれたロイドはビクッてなる。そしてローゼルを映してたスクリーンが切り替わり、代わりにロイドが映し出された。
「どこぞの田舎から騎士になる為にはるばるこの学院にやってきた事、そこは男のあるべき姿として評価しよう! 『ビックリ箱騎士団』などというふざけた名前も百歩譲って許容しよう! しかし――この女やエリル姫に十二騎士から学んだ技を教えるとはどういうことだ!」
わたわたするロイドの前にマイクがポンッと現れた。おっかなびっくりマイクを手にしたロイドは、まわりをキョロキョロ見ながら恐る恐る声を出す。
「ど……どうと言われても……」
「主人の間違いを正すのも騎士の務め! お前は騎士を目指すなどという愚行をとどまらせ、エリル姫に正しき道を示すべきだった! だというのにあろうことか鍛えるだと!? そんな事をするから、戦う姫などという国の恥が出来上がってしまったのだろうが! その上この女も無駄な自信をつけてつけあがる! お前の行為は大罪だ!」
イラッとしたあたしだったけど――それよりも、オドオドロイドの顔が急にキリッとした事にビックリした。
「…………守る為に力を求める事の何が悪い。そこに男女の差なんてないだろ。」
「守るだと? それは騎士の仕事だ! 男の役目だ! 女がでしゃばる領域ではない!」
「男の役目? なぜ? どうして騎士が男の仕事なんだ?」
「男の方が強い身体を持っているからだ! 女は弱く、その上子を宿す役割がある! ならば女は戦場に出るべきではない!」
「そうか。じゃあ――お前の言い分が正しいとして……どうして女性騎士がいるんだと思う? 騎士を目指す女の子がいるんだと思う?」
「決まっている! 自らの役目を忘れ、騎士の栄光を自分も得たいと思った愚かな女が出てきたからだ! 伝統の風化は時の宿命だが、流されるままでは本質を見失う! だからこそ、今正さねば――」
「随分自信があるんだな。」
「――なに?」
「女性騎士の出現は女性のせい、時の流れせいって言うんだろ?」
「当然だろう! それ以外になにが――」
「どうして男のせいって思わないんだ?」
「――!? 何を――」
「守ってくれるはずの男が守ってくれないから。貧弱過ぎて話にならないから。全然頼りにならないから。だから仕方なく女性が武器を手にした――そういう風には考えないのか?」
「そんな事があるわけ――」
「あるじゃんか。実際、女性の十二騎士とかもいるわけだし。お前の言う通りに男が強くて女が弱いなら、現状の責任は弱くなった男にあるってのが普通だと思うけど。少なくとも、お前の考えで言うならな。」
『お――おお! 『コンダクター』がいい事言った! 女が武器を持つべきでないと言うのなら、どうして現状そうなってしまっているのか! それは弱い男のせい! 口ばっかの男に任せられないと言って立ち上がった先人がいたから! これは反論できないのではー!?』
「そ、それは――」
「んまぁ、別にオレはお前が正しいとは思ってないから答えなくてもいいさ。だけどもし、お前が自分の考えを周りの人間にも強要したいって言うなら――とりあえずローゼルさんには勝たないと話にならない。」
「あ、当たり前だ! 私がこんな女に負けるなど――」
「そうやって侮ったままで挑むなら、悪いけどお前の負けだ。」
「なんだと!」
たぶん一番気心知れた相手なんだろうフィリウスさんと話す時の口調に近いけど、温度がすごく低いしゃべり方でそこまで言ったロイドは、最後にすごくらしくない意地の悪い顔でらしくない事を言った。
「A級犯罪者を撃退したとか、十二騎士に本気を出させたとか、みんながすごいすごいっていう《オウガスト》の弟子であるこのオレ――『コンダクター』ことロイド・サードニクスが言うけど……ローゼルさんは強いからな。」
大きな歓声に包まれる観客席。主に女子が盛り上がる闘技場の中、ロイドからローゼルに戻ったスクリーンには――ほんの一瞬だけど、嬉しそうな顔のローゼルが映った。
だけどすぐに無表情っていうか、何とも言えない顔に戻ってマッキースの苛立った顔と向き合った。
『やられました! 盛り上げるのは実況の仕事なのにまんまと奪われました! だけどそれならば! 『コンダクター』が付けた火を炎へと変えてみせましょう! 一年生ブロック五回戦第一試合! ローゼル・リシアンサス対マッキース・ハーデンベルギア! 試合――開始!』
「田舎者の戯言よ! 私がこの女に負けるなど――あり得ない!」
腰に下げたレイピアを抜くとその刀身が光に包まれて、文字通りの光の剣になった。
「つあっ!」
ピカッて光ったかと思うとその光に紛れてマッキースの姿が消えて、気づくとローゼルの真横にいた。そのまま光の剣で突くんだけど、ローゼルとマッキースの間に氷の壁が出現してその剣は防がれる。
「はぁ……」
横で大きなため息をついたロイドはリリーに「かっこよかったよ!」って抱き付かれながら赤い顔で苦笑いした。
「やれやれ……ついあんなことを言ってしまった……」
「……あんたって、普段そうでもないけど怒ると怒るわよね。」
「……誰だってそうなんじゃ……まぁ、ムッとしたのは本当だけど。」
「こっちはスッとしたわ。」
「そっか。ところでエリル、あのマッキースって人は第三系統の使い手なんだよな? つまり……光の魔法。」
「そうね。あんだけピカピカ光ってるし。なによいきなり。」
「オレ、光の魔法ってイマイチピンとこないんだけど……何ができるんだ? ああやって目眩まし的なの以外だと。」
「確かに……あたしの火とかあんたの風みたいにそれそのものにあんまり威力って言うか、パワーがないからイメージしにくいかもしれないわね。第六系統の闇もそうなんじゃない?」
「……実は……はい。」
魔法関係の質問は大概あたしにしてくるロイド。まぁ、家のせいもあって魔法についての勉強はかなりしてるから大概答えられるんだけど。
「光も闇も、もちろん文字通りの魔法はあるわ。ああいう目眩ましもそうだし、闇なら周囲を真っ暗にしちゃう魔法とかね。だけどそれ以外に、これらの系統には違う呼ばれ方がそれぞれに二つあるのよ。」
「えぇ? それぞれに二つ?」
「一つは……これは第三も第六も共通で、召喚魔法って呼ばれてるわ。まぁ、その性質から第三は光の召喚魔法、第六は闇の召喚魔法って言われたりするけど。」
「召喚っていうと……何かを呼び出すんだっけか。」
「そうよ。第三は天使とか神様を模したモノを、第六は魔獣や悪魔を模したのを呼び出せるわ。」
「なるほど。でもそれって……魔法使いがやる魔法って感じだな。武器持って戦う人はあんまり使わなそうだ。」
「そうね。だからそういうタイプの人はもう一つの呼ばれ方の魔法をメインに使うわ。第三系統は別名、速さの魔法。第六系統は重さの魔法って呼ばれてるのよ。」
「速さと重さ……」
「第三系統の使い手は自分の身体とか武器の速度をコントロールする魔法を得意とするわ。大昔に一人だけ、本物の光の速度に到達した騎士がいたとかいないとか言われてるわね。」
「へぇ。」
「で、第六系統の使い手が操るのは重さ。あんたが一回戦でやった風で潰す技……あれ、大抵の人は第六系統の魔法って思うわよ。重力を操ったんだってね。」
「ああ、そういえば実況の――なんとかルクがそんなこと言ってたな。」
そんな風に思い出しながら視線をマッキースに向けるロイド。
「てことは、あの人は目眩ましと同時に自分の加速もやってるからあんな風に動けるのか。」
ローゼルの周りをピカピカ光りながら瞬間移動みたいな速度でぐるぐるしながらレイピアをついてるマッキース。
「でも全部防いでるな、ローゼルさん。」
「ふん、『ライトスピード』の初級程度にはついてこられるわけか。ならばもう一段階速度をあげ――」
ロイドの忠告も無視にローゼルをなめてかかってるマッキースは、遊ぶみたいに段々と速くしようと嫌な笑みを浮かべたんだけど、ローゼルはパチンと指を鳴らして自分を覆うドーム状の氷を出した。要するにバリアーを張ったようなもんで、そのドームの中でローゼルは軽く腕を動かし、ドームの上に――大きな水の塊を作り始める。
「……それで完全防御のつもりなのか? 初級程度は防げても、次の速度の一撃も防げると思うなよ? たかが氷が!」
ピカピカ光るからよく見えないんだけど、たぶんさっきよりも速くなったマッキースが氷のドームに高速で突撃した。だけど――
「なにっ!?」
『あーっと、一ミリも食い込まない! しかしそれも当然でしょう! 水は電気を通さないとか、氷はもろいとか、常識に思ってる水の性質というのは水本来の能力ではない! 全ては混じった不純物のせい! 純粋な水のみで構成された水は電気を通さないし、氷に至ってはその強度は鋼を超える!』
「えぇ? そうなのか?」
「純水ってやつね。でもいくら魔法でもそういうのを作るのは難しいから……ローゼルの氷は単純に普通の氷よりは硬いってくらいじゃないかしら。まぁ、それでもあの攻撃を防げるくらいの硬さはあるみたいだけど。」
「へぇ。あれかな、水とか氷を作るスピードがすごいから不純物が混じりにくいとかかな。」
「かもしれないわね。」
「そうまでして硬い甲羅に閉じこもりたいわけか。臆病者め、騎士としての誇りは――」
マッキースが舌打ちをしながらしかめっ面を向けてると、氷のドームの上に出来上がってた、今や人を飲み込めるくらいに大きくなった水の塊から触手みたいに伸びた無数の水がマッキースに襲い掛かった。
「――! もはや武器戦ではなく魔法戦でケリをつけようというこ――」
そうは言ってもただの水だからか、そんなに慌てた風でもなかったマッキースだったけど、その水の触手の先端が直前でつららみたいに鋭い氷になったのを見て高速――いえ、光速移動を始めた。
……どうでもいいけど、さっきからマッキースのセリフを遮るみたいに攻撃してるわね、ローゼル。
『襲い掛かる無数の氷の槍! 水の一部分だけを氷にするという中々のテクニックによって行われているこの攻撃! しかし『ライトスピード』の魔法で加速するハーデンベルギア選手には当たらない! なんとか当てて欲しいところだー!』
実況のくせにローゼルを応援するエルルク。それに答えたわけじゃないだろうけど、氷のドームの中でローゼルがスッと手を動かした。するとローゼルたちが立ってる舞台の表面がスケート場みたいに凍り付いた。
「ぬっ!?」
空を飛んでるわけじゃないから、マッキースがツルッと滑ってバランスを崩す。それを狙って氷の槍の集中砲火が降り注いだんだけど、瞬間的に物凄い加速をしたマッキースのレイピアによってその全てが――えっと、この場合……『突き』落とされた――でいいのかしら。
「ふん。コンマ数秒あれば、どんな状態であれ私にとっては反撃可能なじか――」
氷の槍を全部防がれた事をまるで気にしない感じに攻撃が再開する。
「愚かな事だ。やはり女が騎士などと、幼子に武器を与えるようなモノだな。武器や魔法の持ち腐れだ! いい加減に教えてやろう、力の差をな!」
氷の槍の猛攻の中、ほんのちょっとの「間」を使ってマッキースが剣に魔法をかける。力を溜めこむみたいに光り輝くレイピアを突きの構えで持ち――
「『ライトニング』っ!!」
一筋の光となって直進したマッキースの超速の一撃に、ローゼルの氷のドームはガラスが割れたみたいな音を響かせて砕けた。
だけど、勝ち誇ったみたいなマッキースの顔は、直後発生した白いモヤの中に消えた。
『おぉー!? 砕けた氷のドームの中から霧が吹き出したー! リシアンサス選手、先ほどまでの氷の槍はこのための時間稼ぎか!?』
「霧だと!? こんなモノで――目眩ましのつもりか!」
「……あのマッキースっての、ほんとに強い人なの?」
ロイドに肩をくっつけて試合を眺めてたリリーが呆れた顔でそう言った。
「えぇ? だ、だって一応ここまで勝ってきた人だし……名門の人だし、いい動きしてるよ?」
「でも……言ってる事が素人過ぎるよ。」
「そうなの?」
「だって、第七系統の使い手が霧を出したんだよ? 海に住んでる魔法生物に水中に引き込まれたみたいな感じなのに目眩ましって……」
「姿を隠して不意打ちでもするつもりか? しかし無駄な事、居場所くらい気配でわかる!」
結構霧が濃いから二人の姿が見えないあたしたちにマッキースのそんな声だけが聞こえてきたんだけど、直後――
「ぐああああっ!!」
マッキースの悲鳴が聞こえた。ゴロゴロと転がりながら霧から出てきたマッキースは――全身ボロボロだった。切り傷に刺し傷、まるで大勢に槍でつつかれたみたいだった。
「うわぁ……ロゼちゃん、す、すごい魔法使ったね……」
「お、さすがティアナ。あの霧の中が見えてたのか?」
「う、うん……えっと、あの光の人がロゼちゃんめがけて……ピカッて光る移動をしたんだけど、そしたらあの人のまわりの霧が一瞬で氷の……トゲって言えばいいのかな。そんな痛そうな形になったの……それで……そんな中に突撃しちゃったから、そのトゲであんな風に……」
「それは痛そうだな……いばらの中に全力疾走で突っ込んだみたいなもんか。」
「……あの霧ってローゼルの魔法で出来た大量の水だから……あれ全部が氷の凶器になるってことね……」
「ぐ……さしずめ霧の結界か……しかしそんなもの、霧の外から攻撃すれば良いだけの話……召喚! 『エンジェルフェザー』!」
ボロボロのマッキースが光るレイピアを空に掲げる。すると空中に大量の光の剣が出現した。
「おぉ! あれが光の召喚魔法なのか!?」
「かなりの切れ味をもった光の剣……じゃなかったかしら。あんなにたくさん出せるのは、やっぱりさすがなのかしらね。」
「霧の中で敗北しろ、女!」
マッキースの振り下ろすレイピアを合図に光の剣がまるでビームみたいにローゼルの霧に向かって行く。だけど光の剣は霧の中に入ったと思ったら変な方向へ向けて再び飛び出していった。
「な!? バカな、弾いたというのか!?」
「い、今のは……弾いたんじゃなくて、滑らせた感じ……だね……」
唯一霧の中が見えてるティアナが解説する。
「こう、霧の中で霧が集まって氷の壁みたいになって……つるんってなるように滑り台みたいに……」
「ああ、朝の鍛錬でエリルのガントレットを受け流す時にやるあれか。」
光の剣によっぽどの自信があったのか、続けて発射し続けるマッキースなんだけど、ことごとく変な方向に飛ばされて、しまいには自分の方に戻ってきたりしたもんだから、かなり焦った顔になる。
そんなマッキースをよそに、霧はもわもわと広がって観客席以外を飲み込んだ。
『えー、なんにも見えないので観客の皆さんはスクリーンを見てくださーい。』
相変わらずどういう仕組みなのやら、スクリーンには霧に包まれて「まずい」って顔してるマッキースと無表情で立ってるローゼルが映った。
『完全に『水氷の女神』の霧の結界――高嶺の花に手を伸ばす愚かな男を拒むいばらに包まれてしまった『ホワイトナイト』! もはや成す術はないかー!?』
「馬鹿な! そんな事が――」
どうしようもなく喚くマッキースの身体のあっちこっちが凍り始めた。ロイドのアドバイスで生まれた、関節とかを凍らせて一時的に相手の動きを封じる『フリージア』よりももっと厚い氷に包まれていく。
スクリーンに映るローゼルがパチンと指を鳴らすと、霧が一瞬ではれて――氷の彫刻になったマッキースと無傷のローゼルが現れた。
「……」
無言のまま、水も氷もまとってないトリアイナを手にトコトコ歩いて氷の彫刻に近づいたローゼルは、トリアイナの刃のついてない側でマッキースの頭をコツンとつつく。慌てた表情とポーズのまま凍り付いたマッキースは、そのコツンで氷が割れるかと思いきやそのまま、かっこ悪い姿勢でゴトッと倒れた。
『これは――決まりでしょう! 決着! この試合、リシアンサス選手の勝利ー!』
歓声――これまた主に女子の歓声に包まれながら、ローゼルはマッキースをそのままにして舞台から退場した。
ローゼルさんのクールな試合で始まったその日、結果、オレたち『ビックリ箱騎士団』の面々は無事に準々決勝へと駒を進めた。
そうして各学年のベストエイト的なメンバーが決まって終わったその日の夜、デルフさん――生徒会長の招集によって全校生徒が学食に集められた。
「あー、みんな……ランク戦お疲れさま。」
当然のように三年生ブロックでまだ勝ち残っているデルフさんがえらく嫌味な事を――たぶん本人もわざとやっている風なにやけ顔で言ったものだから、たくさんの生徒から笑いの混じったブーイングを受けた。
「ふふふ、ごめんごめん。でもそう、みんなの言う通り、まだ終わってない人もいるんだ。各学年に八人ずつ、合計二十四人の生徒には休み明けにも試合が待っている。」
デルフさんがバッと手を挙げると、ここに来た時から気になっていたいつもは無い、闘技場にあるような大きな板に、その二十四人の顔と名前が表示された。
「ここに名前のある生徒はこの休日に英気を養ってもらうわけだけど――それじゃあそうじゃない生徒はのほほんと過ごす? 休み明けも観客席に座ってるだけ? まさか、そうじゃないよね。」
アドバイスというかなんというか、なんか教師の一人なんじゃないかって思えてきたデルフさんのありがたい話が始まる。
「ここに名前のない生徒は負けた生徒だ。最初に言った通り、その経験は非常に大切なモノだ。自分には何が足りなかったのか、次に勝てるようにするにはどうすればいいか。そこのところをじっくり考えて欲しい。そして休み明け……みんなが目にするのはみんなに負けを与えた者の戦う姿。休みの間に考えた事が本当に正しいのかどうか、確認してみてくれ。まぁただ……」
これまた嫌味ったらしいにんまり顔になるデルフさん。
「休み明けに戦っている生徒はみんなに負けを与えた生徒に負けを与えた者かもしれないし、負けを与えた生徒に負けを与えた生徒に負けを与えた者かもしれないけどね?」
またも飛び交うブーイング。
「ふふふ、まぁ一先ず一段落といったところだからね。負けた者は勝った者を小突きながら、勝った者は負けた者に嫌味を言いながら、とりあえずのパーティーといこうではないか。」
ガヤガヤと騒がしくなる食堂の中、オレはスクリーンに映し出されたメンバー……一年生ブロックのベストエイトを眺めた。
内、五人はオレたち『ビックリ箱騎士団』だから注目するのは残りの三人。
「言うだけあって残ってるわね、あの女。」
飲み物を持って横に来たエリルが、オレの分をくれながらそう言った。
「お、ありがとう。」
「準々決勝、そろそろあたしたちの誰かとアンジュが当たるかもしれないわね。」
「タイミングが合わなくて試合は全然見れてないけど……エリルと同じ第四系統の使い手なんだよな……炎対決でクイーン対プリンセスってか。なんかカッコイイな。」
「……他人事みたいに……あ、あたしが負けたらへ、部屋の交換……ってことになってるんだけど?」
「オレはエリルを信じてるよ。」
「――! バカ……」
「あ、でもあれだな。アンジュと当たるかはわかんないけど、人数的に次の戦いで『ビックリ箱騎士団』同士の戦いが起こる事になるな。」
「そういえばそうね。」
「四人とも強いからなぁ……」
「残りの二人も相当らしいぞ?」
「ん、ローゼルさん……なんかご機嫌だな……」
料理を乗せたお皿を手に現れたローゼルさんは、試合中の無表情が嘘のように満面の笑みだった。
「ふふふ、まぁそのことは後で話そうか。」
「?」
「残りの二人……まずカラード・レオノチスは未だに本気を出していないそうだ。」
スクリーンに映っている黒髪の男子。『リミテッドヒーロー』という二つ名を持っている人だ。アンジュ同様、この人の試合も一度も見れてない。
「本気を出してない? なによそれ。」
「正確に言うと、まだ本気を出す段階じゃないと言ったところか。どうも彼の本気は一度出すとしばらく身体を動かせない程に消耗するらしい。だから決勝戦まで温存しているのではないかという話だ。」
「えぇ? でもそれじゃあ……これまでの五回の戦いはどうしてたんだ?」
「……本気を出さなくても充分強い、という事だろう。噂では魔法を一切使わずにここまで来たとか。」
「うわ……そりゃ本当に強い人だな……」
「そしてもう一人……フルネームはわからないし、あのスクリーンにもそれは表示されていないが……カルクという女子生徒。彼女は第十一系統の数魔法の使い手のようだ。」
「あれ……そ、それってあの、じ、実況者さんの一人だったような……」
「確か十一番の闘技場の実況してたねー。」
ひょっこりとティアナとリリーちゃんも話に加わる。
「その通りだ。各闘技場に一人ずつ、計十二人いる実況――いや、放送部のメンバーもそれぞれ各学年の生徒だからな。カルクは一年生だったわけだ。」
「でもどの闘技場でも実況はちゃんとしてたわよね……選手がどんな技や魔法で何をしたかを説明できてたもの。」
「そうだ。だからきっとこのカルクも――そういう実況ができるくらいに腕の立つ人物ということだろう。」
「その上数魔法でしょー? それ系統の使い手って相手にすると厄介って聞くよ?」
オレたち五人はともかく、未知の相手が三人いる状況。しかもここまで勝ち残ってるわけだから確実に強い。これは休み明けから大変――
「あれ……? うわ、こりゃあマキ……マッキス……あ、あの光の人も真っ青だな……」
「いい加減覚えなさいよ……マッキースがどうしたのよ。」
「だって、残った八人の内六人が女の子だ。男、オレとカラードさんだけ。」
「しかしその六人の女の子の内の四人が『ビックリ箱騎士団』という事に注目すべきだろうね。」
「! デルフさん。」
「ふふふ、団長であるサードニクスくんの指導の賜物だな。これは鼻高々なのではないかい?」
「いや……た、確かにエリルやローゼルさんには色々教えたりしましたけど……簡単な事ですし、ティアナとリリーちゃんにはなんにも……みんなが元々すごかったんですよ。」
「ふむ。まぁ、それも事実なのだろうけど、そんなメンバーがサードニクスくんの周りに集まっているのも事実なのだ。」
「えぇ?」
「残念ながら、このランク戦で計る事は出来ないが……頼れる仲間や友人を持つという事はその人の強さの一つだよ。極端な話、自分よりも遥かに腕の立つ人物を友達に出来てしまうのなら、それはそういう才能――魅力を持っているという事だ。そういう意味において、サードニクスくんは自身の強さに加えて頼れる仲間を持つ才能もあるわけなのだから、充分に鼻を高くする権利はあるともさ。」
「そ、そういうものですか……」
「まぁ最も、サードニクスくんの場合は――もしかすると女性限定なのかもしれないがね。」
「えぇっ!?」
「ふふふ、しかしうらやましいとは思わないぞ? これでも、僕も女の子には結構人気があるからね! まだまだ若い人には負けな――」
「何言ってるんですか会長っ!」
ニコニコ話していたデルフさんの背中をバシンと叩いたのは副会長のレイテッドさんだった。
ちなみにさすがというべきか、二年生ブロックでレイテッドさんは勝ち残っている。
「おや、レイテッドくん。どうしたんだい?」
「どーもこーも! 変な事口走らないで下さい! あと仕事あるんですから遊んでないでこっち来てください!」
なんだか見慣れてきたけど、レイテッドさんがデルフさんを引きずってどこかへ連れ去っていった。
「……生徒会って面白いところなんだな……」
「生徒会長が変なだけだと思うわよ……」
引きずられながら手を振るデルフさんに手を振り返していると――
「もしかして……!!」
「? どうした、リリーくん。」
なにか重大な忘れ物に気づいた人みたいな顔をしているリリーちゃんはわなわなと震えている。
「今の……生徒会長の言葉で思ったんだけどさ……ロイくんの、恋愛マスターに願いを叶えてもらった事の副作用ってさ……」
「うん?」
「お、女の子を片っ端から惹きつける……とかじゃないの……?」
目には見えなかったけど、オレたちの間に稲妻が走った――ような気がした。
「ロイくんてば、フィルさんといる頃は全然そんなんじゃなかったけど、いざ女の子がわんさかいる学院なんてとこに来ちゃったら、エリルちゃんとかローゼルちゃんとかティアナちゃんとかいつの間にやら女の子に囲まれちゃって! それに今度はあの女!」
「い、いやリリーちゃん、いくらなんでもそんな……」
「そそ、それに今日のローゼルちゃんの試合でカッコイイ事言っちゃったからきっとロイくんのファンも急増だよ! それ以前にこのランク戦始まってからカッコイイ事ばっかりだからファンだらけだよ!」
「えぇ……オレそんなにカッコつけて戦ってた……?」
「決め手は女子寮暮らし! ロイくんの副作用はハーレム作っちゃう能力だよ!」
「……」
「え、ちょ、エリル? そんな目で見ないで……」
経験上、こういう話題になると誰も助けてくれないのでかなり絶望的な状況になったオレだったのだが――
「それは……せいぜい四十点くらいじゃないか?」
こういう話題になるとオレのほっぺを引っ張るローゼルさんが「ふむ」って顔でそう言った。
「それだと完全にそういう力になってしまう。恋愛マスターのそれはあくまで副作用なのだろう? つまり、その願いを叶える為に色々やった結果、そうなってしまったという。だから……仮にわたしたちが願いの副作用でロイドくんのところに集まったというのであればそれは――やはりあくまで運命の相手に巡り合う為に何かをした結果のはずであり、ならばわたしたちは運命の相手候補のようなモノのはずだ。ハーレムとなると出会う女性全員が候補という事になるが、さすがにそれは変だろう?」
「……でもなんか……それだとどっちにしても、オレがみんなと会ったのは恋愛マスターの力のせいって事になるなぁ……なんかなぁ……」
「ふふ、それでもいいんじゃないか?」
「えぇ?」
「もしもあの時ああしていたら、もしくはああしていなかったら、あなたに出会う事はなかったでしょうだなんて、偶然を運命っぽく言ってみてるだけだろう? 恋愛マスターに願いを叶えてもらわなかったらロイドくんとわたしたちが出会わなかった……まぁ、可能性はあるだろうが、そうでない可能性もある。どうせロイドくんはフィリウスさんの手によってこの学院には放り込まれていただろうしね。要するに、もしもそうじゃなかったらなんて考えなくていいのだ。結局、わたしたちは出会ってしまっているのだからな。」
「う、うん……そうだな……もう、リリーちゃんが変な事言うから変な事考えちゃったじゃんか。」
「だってー。」
リリーちゃんがぶーっとほっぺを膨らませる。かわいい。
「いや、そういうわけじゃ……」
「まーまー。ところでロイドくん。約束は覚えているかな? マッキースに勝ったらという例の件。」
なんかいつも以上に対応が大人なローゼルさんがニッコリ笑ってそう言った。
「え? あ、うん。お店でしょ? 付き合うよ。」
「うむ。では明日。」
「明日!? ラ、ランク戦が終わってからとかじゃないの!?」
「生徒会長も言っていただろう? この休日は英気を養えと。そのお店に行くことが出来れば、長く感じていたもどかしさがスッと消え、満ち満ちた状態で来週の戦いに臨めるというモノだ。ダメか?」
「いや……んまぁ、休日だからって特別修行とかするつもりはなかったし……い、いいけど……」
「では決まりだな。」
「という事で、わたしとロイドくんは明日デートする。間違ってもついてきたりしないでくれよ?」
毎度おなじみ、ロイド以外のメンバーでのお風呂タイム。いつもなら四人で並んで湯船に浸かるんだけど、今日はローゼル一人とあたしたち三人が向かい合う形になった。
「な、なにもこんなタイミングでやることないじゃな――べ、別にあんたとロイドがいつにどこ行こうが関係ないけど!」
「夫婦なエリルくんは余裕が持てるかもしれないが、そうでないわたしとしてはちょっと焦っているのだよ。」
「誰が夫婦よ!」
「さっきリリーくんも言っていただろう? 今日の私の試合、ロイドくんのマイクパフォーマンスに心打たれる女子は少なくないはずなのだ。」
……マッキースみたいな考え方の奴がマッキースしかいないわけじゃないのは確か。《エイプリル》とか《ディセンバ》がいるっていうのに、未だに女が騎士なんてって思ってる人間はそこそこいる。しかもそこそこなくせにそういう奴は大抵頭の古い年寄りで、年の分だけそこそこの地位にいるから厄介になってる。
女性騎士の護衛なんて信用できるかって言う貴族とか、うちの騎士団に女は入れないとか言う騎士もいるから……そういうのにたまたま会っちゃって嫌な思いをしたって話もそれなりに聞く。
そしてそれはこれから騎士になろうって女の子にもなんとなく、のどに引っかかる小骨みたいに頭の片隅でちくちくしてくる。
そんな中、ロイドは――むしろ男が弱くて頼りないんだバーカって勢いであんな事を言った。
「という事は――今後さらなるライバルの出現が予想される。既にアンジュ――まぁ、彼女の本心はよくわからないが……あんな感じのがゾロゾロ出てきてはたまらないからな。早めに攻撃を仕掛ける事にしたのだ。」
「ふ、ふぅん……た、大変ね。」
「…………エリルくん。言っておくがここにいる全員がエリルくんの気持ちを分かっているからな?」
「な、なによそれ!」
「つまり、わたしはきみをライバルの一人としてカウントしているという話だ。ティアナもな。」
「……! あ、あたしは……」
「まぁいいさ。これまたリリーくんが言ったように、この場で言ってもしょうがないからな。」
「ローゼルちゃん……デ、デートで……ど、どこまでする気なの……」
「ふむ。できるところまでしたいと思っているが……」
「で、できるところまで!? あんたロイドと何するつもりよ、変態!」
「な――なな、何を想像してるのだ! そう言うきみの方がよっぽどだぞ――こ、このムッツリエリルくん!」
「ムムム、ムッツリって――」
「エリルちゃんが何想像したっていーけどさ、ローゼルちゃんは……そ、そこまでやったらボク、怒るからね。」
「さて? 決めるのはロイドくんだろう? あともう一度言うが、ついてこないでくれよ? 特に位置魔法使いのリリーくん。」
「ふん。ついてってもローゼルちゃんはボクに気づけないよーだ。」
「だろうな。だが――もしも盗み見していたりなんかしたら……いやはや、リリーくんはそういう事をする女の子なのだなーとロイドくんに知られるのみだ。」
「な!?」
「ロイドくんは優しいから怒りはしないだろうが……いつどこでリリーちゃんに見られてるかわかんないなーと思ってビクビクして過ごす事になってしまうかもなぁ……もしかしたら急によそよそしくなるかもしれない。」
「……! で、でも……ボク……――わ、わかったよ! ついてかない! だ、だけどあとで何したとか――何されたとかロイくんに全部聞くからね!」
「構わないさ。」
「やあ、サードニクスくん。」
「デルフさん。」
女の子勢が大浴場に行くと言ったので、オレもこっちに来たのだが……なんか来る度にデルフさんに会う気がするな。
「さきのパーティー。あちこちで『コンダクター』の名が出ていたよ。一年生の間では勿論の事、各委員会の長を務めるような二年、三年の口からもね。」
「そうですか……デルフさんもさすがですね。えっと――『神速』でしたっけ?」
「僕の二つ名かい? そうだよ。これでも第三系統の腕には自信があるからね。ただ、そのせいで僕は模擬戦を禁止されてしまったけど。」
「えぇ? どうしてですか?」
「止められないからさ。」
「?」
「ふふふ、模擬戦に審判がつくのは何故か、考えた事あるかい?」
「えぇ? そりゃあ……勝ち負けの判定をする為じゃ……」
「その通りだ。しかし勝ち負けの条件を決めるのは当事者同士だ。例えば――身体のどこかにタッチされたら負け――というのでも良いのだ。模擬戦だからね。だから模擬戦をする前には審判の人に勝敗の決め方を伝えなきゃいけない。」
「なるほ――えぇ? でも前にエリルに挑まれた時はそんな事してなかった気が……」
「ああ。残念ながら、さっき言ったみたいな特殊なルールにしない限り、誰も勝敗の付け方を審判に言わない。何故なら審判は先生にのみ与えられた権利……自分たちよりも格段に強い先生なら、いい感じのところで勝敗を付けてくれると思っているからね。事実そうだし。」
「はぁ。」
「でもね、全てに置いて必ずしも生徒よりも先生の方が上というわけじゃないんだ。ある一点においてのみ競えば……例えば生徒にとっての得意分野で先生にとっての苦手分野という組み合わせが一つでもあったら……先生は生徒を止められなくなってしまう。」
「止める……?」
「そうだ。審判が必要なもう一つの理由がそれでね。ランク戦のように大規模な魔法で選手がきちんと守られた状態ならいいんだけど、模擬戦のような野良試合では――熱くなりすぎた生徒、手加減を忘れてしまった生徒を止める役目が審判にはあるんだよ。」
「……そういうことですか。一つでも先生を上回るモノを持ってる生徒は――場合によっては先生でも止められないと。」
「そういう事だ。だから一部の生徒には、模擬戦の場合はこの先生に審判を頼まなければならない――というような縛りがあったりするんだ。そして僕の場合は……頼める相手がいないのだ。」
「! それってどういう……」
「ふふふ、自慢に聞こえるだろうけど――僕の全速力についてこられる先生はこの学院にはいないのだよ。」
「えぇ!? 先生――えっと、アドニス先生でもですか!?」
「ああ……僕も、あの人ならって期待したんだけどね。残念ながら。」
あの雷みたいな速度で動く先生より速いって事か……
第三系統の光の魔法が速さの魔法ってのは今日知ったし、そう呼ばれているって事はスピードにおいては最速の魔法なんだろうけど、まだ騎士になってない学生の光魔法が国王軍の指導教官を務めた騎士の雷魔法を超えるってのはどういうことだ……
「ふふふ、ランク戦は準決勝から学年で分かれないで全ての試合を第一闘技場で行うようになるからね。サードニクスくんにも僕の戦いを見てもらえる機会はあるだろう。逆も然りでね。」
「そうなんですか……じゃあ観客がいっぱい……緊張しますね。」
「ふふふ、そうだね。」
ゆったりと、デルフさんと並んでお湯に沈みこむオレだが……実は来週のランク戦よりも明日のお出かけの方が緊張していたのだった。
「あぁん? なんつったてめぇ。」
セイリオス学院にてランク戦と言う年に二回のイベントがひらかれている頃、フェルブランドからは遠く離れたとある国で、その国の裏社会を牛耳る男の前にフードの人物が立っていた。
『なんだ、聞こえなかったか。今からざっと二百年前にそちらにあげたモノを返して欲しいと言ったのだ。』
「なんのことだがわかんねー上に数字の計算もできねーのか? おい、なんでこんな奴いれた。」
「で、ですがボスこいつがこれを……」
部下の一人なのだろう、かなりガッシリした巨漢なのだがボスと呼んだ相手にペラペラの布を渡す様はとても怯えていた。
「……紅い蛇……馬鹿かてめぇ。これが本物っつー保証もねーだろうが!」
王のように、玉座に座っていたボスと呼ばれた男はその玉座をギシギシ言わせながら立ち上がる。その身長は軽く三メートルを超えており、長身のはずのフードの人物が小柄に見えた。
『……なるほど。受け継いでいる事を知らないわけだな。お前の三代前の男は非常に有能な男だった。故にアレが与えられ、当時の同胞と共に愉快な時を過ごしたのだが……カエルの子がカエルになるとは限らず、場合によってはミジンコが生まれるらしい。』
「なにぶつぶつ言ってやがる! そもそも、おれさまの所にこんな偽物持って来るなんざ命がいらねーらしいな! おれさまは本物の紅い蛇の一人なんだぞ? じじいの代から続く最強最悪の――」
『なに? これはとんだひょうきん者だな。そのような強面で笑いをかじっているとは驚きだ。』
「……随分余裕あるな、てめぇ……」
『そんな、初代の連中が勝手に決めたシンボルをチーム名のように言うとはな……お爺様から何も教わっていないようだ。ましてや自分もそうだと誤解しているとは……ザビクあたりが聞いたら発狂し――』
フードの人物が肩をゆらしながら愉快そうにそこまで言ったところで、男の持つ――パッと見た限りでも数トンの重量はあると思われる鉄塊が笑うフードの人物へと振り下ろされた。
このとある国の裏を牛耳る男とその一味は、その一撃でうるさい小バエが黙る事を確信していた。しかしいつまでたっても轟音は響かず、相変わらずフードの人物の笑い声が聞こえていた。
「な……――!?!? なんだとぉっ!?!?」
鉄塊を振り下ろした男は驚愕する。自分にしか扱える者はいないと日頃から豪語している絶対的な質量の塊が、あろうことか――フードの人物によって受け止められているのだ。
しかも片手で。
『疑問に思った事はないのか? そちらの言う……紅い蛇の他のメンバーに会った事がないこととか、そもそもそのトップに立っているはずの人物にも会った事がないことに。そして――自分がそんな巨体に育った事に違和感を覚えなかったのか?』
「くそ! なんでだ、何しやがった! ここはおれさまの城! おれさまが許可しない限り魔法だって使えねーんだぞ!」
『アレをそんな風に認識していたのか……やれやれ、ここまで来るといっそお笑いの道を進むべきだったのではないか?』
フードの人物が鉄塊を受け止めた片手をそのまま横に振る。すると鉄塊は男の手を離れて壁に放り投げられ、建物に巨大な穴をあけた。
怪力――そんな言葉では言い表せない尋常ではない力を前にし、男は一歩下がった。
「て、てめぇは一体……」
『ん? さきほど受付の人物に言ったのだが……ちゃんと伝わっていなかったのか?』
首をかしげるフードの人物は、仕方ないと呟きながら自己紹介をした。
『私の名はアルハグーエ。アフューカスの下に集った七つの凶星の――八番目。ごろつき共のまとめ役と自覚している。』
「ま、まさか本物……紅い蛇の一人……」
『さっきも言ったが、そんなチーム名はない。』
「な、なにが望みだ!」
『それもさっき言った。二百年前にアフューカスがそちら――いや、正確に言えば三代前の男にわたしたアレを回収しにきた。立派に悪党をやっていたなら見逃しもしたのだが――このだらけ具合、もう必要ないだろう?』
「だからなんのはな――」
男が恐怖の混じった顔で喚く中、男の――丁度心臓にあたる部分に風穴が空いた。なんの前触れもなく、加えて出血もなく、男は白目をむき、そしてフードの人物の手には人間のモノとは思えない大きさになっている男の――心臓が握られていた。
『これ、の話だ。』
その日の天気は快晴だった。どこかに出かけるのにこれ以上はなく、実際に出かけようとしているオレなのだが……ウキウキ気分は半分以下に、心の大半はドキドキしていた。
「おや、早いなロイドくん。」
セイリオス学院の正門の前。持っている服の中で一番それっぽい服を着てそわそわしていたオレの横にひょっこり立ったのはローゼルさん。
エリルの家に行った時みたいな、散歩に出かけるお嬢様のような清楚で気品あふれる……だけどところどころ可愛い感じのワンピースといつものカチューシャのローゼルさんは腕時計を確認する。
「集合時間の十五分前なのだが?」
「い、いや……緊張して部屋にいられなかったというか……で、でもそれを言ったらローゼルさんだって……」
「誘った側として待たせるわけにはいかないだろう? ふふ、では早速始めようか。」
「早速……? えぇ、こ、ここから!? 例のお店に行ってからじゃ……」
「どこで誰が見ているとも知れないのだ。道ですれ違った人がその店の従業員である可能性はゼロではない。よってここから、今この時からわたしとロイドくんは――恋人だ。」
マッキースとの試合に勝ったらという条件でローゼルさんがオレに頼んできた――ご褒美。
カップルでないと入りづらいお店に入ってみたいローゼルさんの為、オレがローゼルさんの恋人役としてそのお店に突撃する……というミッションが、お店の前からとかではなくセイリオスの正門から始まろうとしていた。
「そ、そんなに警戒しなくても……」
「お店は夕方――夕食時に行くのだぞ? それまでの長い時間があれば従業員に出会ってしまう確率は高いと思うが?」
「夕食!? 今からまっすぐそのお店に行くんじゃないのか!?」
「ははは。今は朝の八時……四十五分だぞ? そんなに朝早くからレストランはやっていないよ。」
「レストランなのか!」
「ディナー時になるとカップルだらけになってしまうのだが、そこのディナーを食べてみたいのだ。故にロイドくんがいる。」
「そ、それなら夕方出発でも……」
「折角街に出かけるというのに、勿体ないではないか。」
「で、でも……」
「ふふ、いい加減諦めるのだロイドくん――いや、団長殿。今日は日頃頑張っているわたしへのご褒美デーなのだから。」
「……わ、わかったよ……」
「よし。ではまずは呼び方だな。ロイドくんは恋人になんと呼ばれたい?」
「えぇ? こ、恋人に……いや、ロイドでいいけど……」
「ではそうしよう。わたしはローゼルと呼んでくれ。「さん」をつけたらペナルティーだ。」
「ペナルティー!?」
「ふふふ。ではのんびりと行こうか、ロイド。」
「りょ、了解……って、手をつなぐの!?」
「当たり前だ。恋人は手をつないで歩くモノだよ。勿論、こういう感じに指をからませて。」
「こ、これ知ってるぞ……確か恋人つなぎっていう……」
「その通り。これ以上はないつなぎかただろう?」
こうして……ランク戦の合間の休日。ちょっとオシャレをしたオレはだいぶオシャレなローゼルさんと恋人つなぎをして街へと繰り出した。
「こんな朝早くでも開いているお店はこの街だとあの本屋さんぐらいだろう。」
なんと八時半からやっているというガッツのある本屋さんにオレたちは入った。
「そういえばロイドは本は読むのか? あまりそういうイメージはないが。」
「そうだなぁ……あー、でもフィリウスと旅をしてた頃、新しい国に入る時はその国の言語で書かれた小説とか読まされたな。」
「言語? ほとんどの国が共通の言語の今の時代に……別の言語を?」
「うん。小さい国とかだとまだその国の言語が残ってたりするから。」
「じゃあロイドは……違う言語も話せるのか?」
「片言だけど……」
「すごいんだな……」
「ローゼルさ――ローゼルはどんな本を読むんだ? 漫画――が好きっていうのは前に聞いたけど……」
「聞き逃さないぞ? ペナルティー一だな。確かに漫画は好きだが、ファンタジー小説も読むよ。」
「ペナルティー……え、えっとどんな話?」
「魔法の存在しない世界の話とか、動物が主人公の話とか。最近読んだのでは『お医者さん』という話が面白かったな。変な生き物と戦う医者の話だ。」
「戦うお医者さん? どういう話なのか想像できないや……」
「! ……そういえば……ロイドはああいうのは読むのか?」
唐突に聞かれ、ローゼルさんの指差す方を見る。そこにはピンク色の看板があり、子供は入ってはいけませんと書いてあって、水着のお姉さんが表紙――
「朝からなんて話題をふるんですか!?」
ローゼルさんの指の先にあるのは、いわゆる大人向けというか……主に大人の男性が手に取るというか、一定の年齢を超えていないと読んではいけないとされる本が並ぶコーナーだった。
「最近、スケベな本性を現しつつあるロイドだから気になってな。ベッドの下とかに隠すのだろう?」
「スケベ――な、ないよそんなん!」
「あと、買う時は小難しい本の間に挟んでレジに持っていくと聞いた。そうなのか?」
「か、買った事ないよ!」
「読んだ――いや、あれの場合は見たというべきか。中を覗いた事は?」
「み――そ、それは……まぁ、フィリウスに見せられて何回か……」
「ほう。」
「……ニヤニヤしないで下さい……」
「しかし――アンジュの下着を見ただけで鼻血と共に気絶するロイドがあんな本を読んだら白目を向いて倒れそうだな。」
「あ、あれはだって目の前だったしいきなりだったし! ほ、ほら、前にローゼルさんの見た時は大丈夫だ――」
思わずそこまで言ったオレは慌てて口を塞いだ。これはほっぺをつねられるパターンだと思ったのだが――
「ペナルティー二だな。」
ローゼルさんはワンピースの裾をヒョイと持ち上げてひらひらさせながらいたずらっぽく笑う。
「めくってもいいが、人前ではよしてくれよ?」
「――!! またそうやってからかう……」
「ふふふ。」
その後、色々な本を手にとってはどうでもいい会話をして、オレとローゼルさんは本屋さんを後にした。
「お店が開くにはまだ早いからな。ここは散歩がてら少し遠くへ行こう、ロイド。」
セイリオスのあるこの街……この国の首都であるラパンは結構広い。エリルと買い物なんかで行く場所は本当に街のごく一部で、言った事のない場所の方が多い。ローゼルさんは、そんな普段行かない方へとオレを引っ張って行った。
「ロ、ローゼル? 次はどこに……」
「洋服屋さんだよ。こう見えてもわたしは女の子だからな。オシャレには目が行くというものさ。」
「どこからどう見たって女の子だけど……」
「ふふふ。しかしわたしはどちらかというとクールな印象らしいからな。女の子っぽいイメージはつかないよ。」
「そんなことないと思うけど……あー、でも今日のローゼルはなんだかウキウキしててすごく可愛いから、女の子って感じだ。」
「――! そ、それはそうだとも。恋人とのデートなのだからな! ウキウキもする! ロイドはそうじゃないのか?」
「ウキウキよりはドキドキだよ……ただでさえローゼルはアレなのに、なんかいつも以上にアレだから……」
「……実のところ、ロイドはボキャブラリーが少ないのだな。まぁ、言わんとしている事は――その赤い顔を見れば……なんとなくわかるが……」
「飾る言葉よりも、一つの意味しかない言葉で伝えるべきなのですよ、ローゼル。」
照れを隠す為にキリッと言ってみたが、ローゼルさんはクスクス笑う。
「誰だきみは。」
そんなこんなで、段々とドキドキが収まってきたところで目的地に到着した。
見慣れた場所からそこそこの距離をてくてく歩いてやってきたのは、大きな洋服屋さんではなく、小さなお店がたくさん並ぶ場所だった。ただし、その一つ一つが――例えば帽子とかの専門店。つまり――
「洋服の商店街か。」
「ショッピングモールと言った方がカッコイイと思うぞ?」
ローゼルさん曰く、たくさんのお店――洋服に限らず色んな種類のお店が一か所に集まった大規模な商業施設をそう呼ぶらしい。
「そして、ここがわたしのお気に入りのブランドのお店だ。」
「おお。」
ブランドとかには詳しくないけど、お店の看板にはイルカの絵が描いてあって、水使いのローゼルさんにはイメージの合うお店だった。
「ではロイド、わたしに服を選んでくれるか?」
「え……えぇ!? オレがローゼルさんの服を選ぶのか!?」
「ペナルティー三。前々から、男の子のセンスというモノに興味があってね。」
「いやぁ……こんな田舎者つかまえてセンスと言われても……」
「恋人であるわたしに着てみて欲しい服を選べばいいのさ。」
「難しい事を……」
ニッコリ笑うローゼルさんを背に、オレは慣れない感じに女性物の服を扱うお店の奥へと進んでいった。
うわ、どうすれば……
「何かお探しですか?」
何から手をつければいいのやらオドオドしているとお店の人が声をかけてくれた。オレのオドオドっぷりを見て後ろでクスクス笑うローゼルさんに一発お見舞いしてやろうと思い、オレは――
「ええ……美人の彼女に服を選べと言われちゃいまして。」
と言った。
「あら……いえ、本当にお綺麗な方ですね。」
「そうでしょう?」
ニンマリ笑いながらお店の人と一緒にローゼルさんの方に顔を向ける。すると案の定、ローゼルさんは顔を赤くして照れていた。
「しかしでしたら……わたくしが口を出してはいけませんね。彼女さんはあなたに選んで欲しいのですから。」
微笑みながらそそそっと去って行くお店の人。
あ、あれ? せっかくの助け舟が……
「ふ、ふふん。わたしに一発お見舞いしたつもりなのだろうが墓穴を掘ったな、ロイド。」
「うぅ……」
プロの助言を受けられなくなったオレは、ぐるりとお店の中をまわり……そういえばと、日頃思っていた事を実行してみる事にした。
「じゃあ……はい、これ。」
「ふむ。では着てみようか。」
オレが渡した服を手に試着室へと入るローゼルさん。女子物の洋服屋さんにポツンと残されて気まずくなること数分、シャッとカーテンを引いてローゼルさんが出てきた。
「おお! カッコイイ!」
「……まさかズボンを選んでくるとはな……しかもサブリナとは。」
オレがローゼルさんに選んだのはカッコイイ感じのシャツと八分くらいの妙な長さのズボン。どうやらこういうズボンはサブリナ……? と呼ぶらしいが。
「朝の鍛錬の時さ、エリルと一緒でローゼルもジャージ着てるじゃんか。それを見てね、ローゼルはなんかこうスラッとしてるからこういうのが似合うんじゃないかと思って。」
「……」
「……あ、あれ? 気に入らなかった……?」
「――! い、いや、そんなことは無いぞ!」
少し赤い顔で胸の辺りをキュッと掴んでムズムズした表情をしたローゼルさんは慌てた感じに両手を腰にあててふふんと笑う。
「う、うむ! 気に入ったぞ! ではこれをいただこうかな!」
「えぇ、それ買う――っていうかホントにいいの? オレが選んだので……」
「新鮮で実にいい。勿論――ロイドが買ってくれるのだろう?」
「……なんかそんな気がしてたよ……んまぁ、学院のカードがあるから別にいいけど。」
妙にたくさんの金額――が入っている事になってる学院の不思議なカード。入学した時にもらえて毎月……チャージなる現象が起きてお金が補充される。食費やら生活費やらをこれでまかなうのだが、寮暮らしの学院生には結構持て余す額の金額が毎月支給される。その理由を先生に聞いて見たところ、欲しい武器とか魔法道具を問題なく購入できるようにという意味があるらしい。
んまぁ、今のオレのように普通の買い物に使うのが一般的な使い方になっているが。
「……オレのお金って気はしないからアレだけど……買ってきたよ。」
「ありがとう、ロイド。」
袋を受け取ったローゼルさんは――ちょっとドキッとする笑顔でそれを抱きしめた。
「大事にするよ。」
「う、うん……」
「ちなみにロイドは……その、こんな風に誰かに何かをプレゼントするというのは……は、初めてか?」
「んー……パムの誕生日に何かをあげたりはした事あるけど……家族以外だと初めてかな。」
「そうかそうか。」
によによ笑うお店の人に手を振られ、オレたちはローゼルさんお気に入りのお店を出た。
「よし。じゃあ次は何を買ってもらおうかな。」
「えぇ!? まだ何か!?」
「学院のカードがあるから別にいいのだろう?」
「ま、まぁ……」
「そうだ。どうせなら何かおそろいの物を買おうじゃないか。」
「お、おそろい? いやぁ、でもオレそんないつも身につけてる物ないしなぁ。」
「身につけなくてもいいさ。例えば……マグカップとか。」
「マグカップ……ああ、そういえばオレ、エリルが持ってきたのをずっと使ってるな。言われてみればそろそろ自分のを持った方がいいかも。」
「決まりだな。マグカップならあっちのお店だ。」
お気に入りのお店から階段を降りたり昇ったりして違うお店に移動する。今度はオシャレな雑貨屋さんという感じだった。
「ほら。色もたくさんあるし、イニシャル入りのも選べるぞ。」
「イニシャル……ん? そういえばオレもローゼルさん――ローゼルも「R」で始まる名前なのか。」
「ペナルティー四。そうか、ロイドは「L」じゃなくて「R」なのか。おそろいの物が買えるな。」
「そ、そうですね……ああ、ならローゼルは青色でオレは緑色の「R」を買えばいいんじゃないか?」
「ふむ……」
「……色も同じにします……?」
「むぅ……ちょっと考えさせてくれ……」
なにやらぶつぶつと――だいぶ真剣に迷ったローゼルさんだったけど結局はオレの提案に落ち着き、オレたちは同じデザインで色違いのマグカップを買った。
その後、かばん屋さんや帽子屋さんに入って色んなオシャレを見てまわり、ローゼルさんに色んなモノをねだられたり買ってあげたりしながら商店街――じゃなくてショッピングモールをぐるぐる周った。そうして段々とお昼が近づいてきた頃合いで――
「お昼を食べる場所は決めているのだ。また少し歩くぞ。」
これでも騎士の学校に通っているオレとローゼルさんなので体力には余裕があるが、きっと普通の人なら肩で息をしそうな距離をてくてく歩き、到着したのは白い喫茶店だった。
「ここのパスタが絶品だと聞いてな。わたしとしては確かめずにはいられないお店だったのだ。」
「そういえばパスタなら何でも作れるって言ってたな……なんでローゼルはそんなパスタマスターなの?」
「パスタマスター? なんだか面白い言葉だな。」
オシャレな店内の窓際の席に座ったオレとローゼルさんは、メニューを眺めながらパスタの話をする。
「なに、大したことじゃないさ。以前うちに来た時にも見ただろうが、リシアンサスの家には門下生が大勢いて、彼らが寝泊まりする建物がある。当然、彼らのごはんも用意するわけだが……とあるミスで小麦粉を必要量よりも多く注文してしまった事があってな。しばらくの間小麦粉を使った料理しか出て来なくなった時期があったのだ。」
「すごいミスだな……」
「小麦粉使い放題となったその時、折角だと思って料理の練習をしてみようと思い立ったわたしはパスタを作れるようになろうと考え……まぁ、しばらくの間作りまくったのだ。その結果、ここにパスタマスターが誕生したのだ。」
「へぇー。でもそれなら……ほら、前にティアナが言ってたじゃんか。パスタはコックさん並なのに他の料理となると分量とかが適当だって。それはなんでなんだ?」
「パスタを作れるようになった時点で料理に関してはある程度満足しているから――かな? どうもパスタ以外にはやる気が出ないというか……気が乗らないというか。」
「ふぅん、そんなもんか。」
「……ロイドは……恋人、最終的には奥さんの手料理を食べたそうだな。ティアナの母親をにやけ顔で見ていたし。」
「誤解を生む言い方は止めて下さい。んまぁ、単純に懐かしいし……長い事適当な男料理を食べてきたからお店とかじゃない、身近な誰かの手作り料理っていうのには惹かれるかな。」
「そうか。ふむ。ちょっと本気を出してみるか。」
「?」
今日のおすすめパスタを注文し、出てきた……えっと、ほうれん草の乗ったピリッと辛いパスタを食べながら、ローゼルさんに午後の予定を聞く。
「特に決めてはいないが……ロイドは行きたい所とかないのか?」
「オレは……んー、これと言って…………あ、そういえば、オレまだ王宮を見た事ないな。」
「王宮? どこからでも見える気がするが。」
「んまぁそうだけど、こう……門の前までは言った事ないなって。」
「なるほど。確かに、一度間近で見ておくのも大事かもしれないな。ではそうしようか。」
「うん。……しかし美味しいな、これ。」
「うむ。このパスタマスターも驚く美味しさだ。」
「気に入ったの? その呼び名。」
「『水氷の女神』から改名するか。」
「どういう人なのか全然わかんないよ……それに『水氷の女神』の方がカッコイイ。」
「しかしその二つ名は、ロイドの言うところの優等生モードのわたしだしな……そうだ、ちなみに素のわたしに付けるとしたらどんな二つ名になると思う?」
「……変わんないんじゃないかな。どっちにしたって水と氷の使い手だし、どっちにしたって女神的に美人だし。」
「め、女神的に美人!?」
「うん――あ、ごめん……で、でも一応言っとくけど、これはプリオルのマネとかじゃなくてオレの本心的な――」
「そっちの方がよっぽど――い、いや、まぁいいさ……」
「えっと……ほ、ほら、オレなんか楽器もできなきゃ楽譜も読めないのに『コンダクター』なんて呼ばれちゃってるんだよ? いやー恥ずかしい。」
「そうかな。音楽ができるかどうかは置いておいて、実際指揮者のようだしな。カッコイイと思うぞ?」
「そ、そっか……ありがとう。」
「ふふ、しかしそんな『コンダクター』が団長を務める騎士団は『ビックリ箱騎士団』なのだからギャップが面白いな。」
「……今更だけど、オレが団長みたいな感じになってるのはいいのかな。単に侵攻の時にリーダーをやっただけなんだけど。」
「何を言う。ロイドが選んだメンバーなのだから、選んだロイドが団長なのは当然さ。そこに異議のあるメンバーは一人もいないしね。みなで同じランクになり、同じ授業を受け、チームを組む時は『ビックリ箱騎士団』というチーム名にする。そのリーダーはロイド。これはもう何があっても変わらない事だよ。」
「……わかった、頑張るよ。」
「うむ。一時期は全員を幸せにすると言ったくらいだしな。」
「恥ずかしい事を思い出させないで下さい!」
パスタマスターも絶賛のパスタを食べ終え、オレとローゼルさんは白い喫茶店から王宮の方へと歩き始めた。
今日一番の移動距離となったその道のりを色々な事をしゃべりながら、屋台でおやつなんかを買って食べながら、オレとローゼルさんは手をつないでてくてく歩いた。
……しゃべった量に比例してペナルティーもたくさんもらってしまったが。
「あのー……そのペナルティーはあとでどうなるのでしょうか……」
「どうしようかな。考え中だ。」
「こわいなぁ……お、城門が見えてきた。」
絵本に出て来るお城がそのまんま出てきた――いや、むしろ国内の絵本に出て来るお城はこれをモデルにしてるんじゃないか? と思うくらいにイメージ通りの姿をしている王宮がオレとローゼルさんの前に現れた。
「……えっと……つまりこれが、エリルのお爺さんのお兄さんの家って事になるのか?」
「そう……だな。」
「兄弟で差が大きいなぁ。」
「エリルくんの家は普通に住むための家だが、ここには国王軍の訓練場や国政を行う場所などもあるからな。大きくなるのは当然さ。」
「ローゼルは入った事あるのか? ここ。」
「父さんに連れられて騎士の名門の――まぁパーティーみたいなモノで一度な。」
「へぇ。」
「ロイドこそ、あのフィリウスさんと旅をしていたのだから、どこかの国でちゃっかり王城に入ったりする事もあったんじゃないか?」
「どうかな……あったかもしれないけど、フィリウスはそこがどういう場所なのか一切説明しないで色々始めるから。」
「そうなのか――ん? 門が開くようだぞ。」
門の前で手をつないで突っ立っていたオレとローゼルさんに場所を移動するように見張りの騎士が言い、そそそっと道をあけると門がギギギと開いた。
人が一人出て来る程度なら小さい扉が開くのだが、今回は門が全開……つまり馬車か何かが出て来るという事だ。
「ふむ。どうやら貴族のようだな。」
案の定、中から出てきたのは豪華な馬車で、どんな人が乗っているかは見えないけどお見送りする人たちが門の向こう側にそこそこいたから……んまぁ、身分のある人なのだろう。
「……ロイドは、王族や貴族の暮らしに憧れた事はあるかい?」
「ん? ないよ。」
「……即答だな。」
「んまぁ……正確に言うなら、考えた事も無いって感じかな。初めは農業を頑張ろうって思って、次はフィリウスの教えをしっかり身につけようと思って、今は騎士になろうって思ってるオレの頭の中に、豪華な暮らしのイメージっていうのは中々入ってこなかったんだろうなぁ。」
「……根っからの田舎者思考だな……」
「……それは褒めてるの?」
「さてね。しかし今は身近に王族の人がいるだろう?」
「でも、別にエリルは贅沢な暮らしをしてるわけでも、高そうな何かを持ってるわけでもないからなぁ。クォーツ家も、カメリアさんが面白い人だったから……結局王族のイメージはかたまらないままだよ。」
「そうか。なら一先ずは安心かな。」
「? 何が?」
「ロイドが金をちらつかせる悪い女に騙されたりはしなさそうだな、という安心だよ。」
「どんな心配ですか……」
「一応、家柄なんかで人を選ばなそうという褒め言葉のつもりさ。」
その後、特に意味のない――言ってしまえば時間つぶしとして城壁に囲まれている王宮をぐるりとまわり、丁度いい時間という事でオレとローゼルさんは今日の目的地に向かって歩き始めた。
時間は夕方頃。空がオレンジ色に染まっていき、ちらほらと街に明かりが灯り出す中をてくてく歩いて行き、そしてローゼルさんが足を止めたのは朝に言った通り、一件のレストランの前だった。
「ここ?」
「そうだ。普段は普通のレストランなのだが、ディナーの時間帯は主にカップル向けのレストランとしてお店の雰囲気を変えるそうだ。」
「確かに、なんかロマンチックな感じだ。」
「ふふふ、本命は中だよ。」
扉をくぐるとチリンチリンと鐘の音が鳴り、お店の人が出て来る。その人とローゼルさんが一言二言話すと、なにやらお店の奥へと案内された。
「では、ごゆっくりどうぞ。」
お店の人がいなくなるとそこはオレとローゼルさんの二人だけ。お店の奥に個室のように区切られた空間があって、そこにテーブルが一セットだけある。
「……VIP席みたいな所に通されましたけど……」
「予約するとこの部屋が使えてね。料理はコースなのだが、こちらから合図を出さないと運ばれてこないし、基本的にお店の人はこっちに来ない。二人の時間をゆったりと過ごしたいカップルの為の部屋というわけだ。」
「なるほど……でもなんか……不自然な構造だな。テーブルがあって、その横に通路があるのはいいけど……その通路、なんか異様に幅が広いというか……テーブルの横に故意に広い空間が作られているというか……」
「ふふ、この空間はダンス用だよ。ほら、レコードが置いてあるだろう? まぁあれを聞きながら食事というのもいいが、ロマンチックにダンスも踊れるというわけさ。」
「へぇ。」
「そして料理もこの部屋限定のモノが出て来る。ずばり、今日のお目当てはそれだったわけだ。」
荷物を置いて席につき、ローゼルさんが小さいベルを鳴らすと最初の料理が運ばれてきた、
「おぉ……なんかやたらと美味しそうだな……」
「わたしも写真を見た時にそう思ったのだ。さ、食べようか。」
若干暗めの、ぼんやりとした明かりが雰囲気を出すその部屋で、雰囲気的にはワインなのだろうけど代わりのブドウジュースで乾杯し、オレとローゼルさんはなんか知らんがとにかく美味しいそのコース料理を、互いがこれまでに食べた美味しい料理の話とかをしながらモグモグ食べた。
なるほど。恋人役なんてのを用意してでも、これは確かに食べる価値があるな。
「いやー、美味しかった。昼間のパスタも美味しかったけど、このお店の料理はまた違った方向に美味しいというか……上品なんだけど……あー、うまい言葉が出てこないな……」
コースを最後まで食べ、オレとローゼルさんは食後の紅茶をのんびりと飲んでいた。
「ふふ、美味しいモノは美味しいでいいのさ。来た甲斐があったというものだ。」
「そうだね。こう言うのも変な気がするけど――こ、恋人役に選んでくれてありがとう。ローゼル。」
「ああ。ちなみにもういいぞ。普通に呼んで。」
「え、あ、そうか。目的は達成したのか。いやー、最後までなれなかったなぁ、ローゼルさんを呼び捨てするのは。」
「ふふふ。」
微笑みながらティーカップを置き、ふっと目を閉じた後、ローゼルさんはスッと立ち上がった。
「食後の運動というわけではないが――折角カップルの為に用意されたロマンチックな場所があるのだ。ロイドくん、一曲踊らないか?」
「えぇ!? オレ、踊りなんて田舎の方のドンチャカ踊りしか知らないぞ……」
「なんだそれは。ふふ、簡単だよ。わたしが教えるから。」
「で、でも……」
「今日の恋人ごっこのシメとして、な?」
「うん……んまぁ、せっかくロマンチックにレコードが用意されてるんだしね……」
ということで、テーブルの横のちょっとした空間にてロマンチックな音楽の流れる中、オレとローゼルさんは向かい合った。
「今日ずっとやってきたみたいな恋人つなぎでこっちの手を組んで、もう片方はわたしの腰にまわすんだ。」
「こ、腰に!?」
「スケベロイドくん、やらしいことを考えてはいけないぞ。これはその道に人生をかける人もいるモノなのだ。」
「う、ご、ごめん……」
おそるおそるローゼルさんの腰に手をまわし、手を組んで――
「ロイドくん。そんなに離れていたら踊れないぞ。」
「ででで、でも……く、くっつくとその……」
「まぁそうだが……ダンスというのはそういうもの、さ。」
そう言いながらローゼルさんが身体をくっつけてくる。ローゼルさんの柔らかい――い、いや、ロイド! これはダンス! 逆にこういう事を考えていたら失礼ってもんだ!
「よ、よし! こ、この後はどうすればいいんですか!」
「ふふ、そんなに気合いを入れなくても。リズムよくステップを踏んでくるくる回るだけさ。ロイドくんは得意だろう? 回るの。」
タンタンと曲に合わせて脚を動かすローゼルさんについていきながら、わたわたとくるくる回る。何度かローゼルさんの足を踏みそうになったけど、だんだんとリズムと脚の運びがわかってきて、二、三分もそうしていたらくるくる回れるようになった。
今日一日、あっちこっち行きながらたくさんの事を話したからか、オレとローゼルさんの間に会話はなくて、ただただ回り続ける。やっぱりドキドキはするものの、音楽に合わせて動くこのリズムが無言の空間をホッと落ち着く時間で満たしていく。
「……ダンスって、こういうのが面白いのかな……」
「ふふふ、何やらダンスの極意か何かに辿り着いたようだな。」
「極意って程じゃ……でもなんか、楽しくなってきたよ。」
「そうか。それはよかったが――」
「うん?」
「実のところ、今日はここからが本番なのだ。」
どういう意味だろうと、ステップを踏む方向からローゼルさんの方に視線を動かした瞬間、ローゼルさんの腰にまわしていた方の手を絡めとられ、両手をつかまれた状態でオレは部屋の壁にドンと抑え込まれた。
「えぇ!? ど、どうしたのローゼルさん!?」
恋人つなぎ的な感じでオレの両手を壁に貼り付けたローゼルさんは、顔を伏せたままポツポツと呟く。
「本当はロマンチックなこのお店でロマンチックにするつもりだったんだ。だが――やっぱりロイドくんはロイドくんだよ。おかげで色々我慢できなくなってしまった。だから――こうなった。全部ロイドくんのせいだ。」
「え、オ、オレ、何かした!?」
「した。散々わたしを……おかげでわたしはわたしのこういう一面を初めて知ったよ。しかし相手はロイドくんだからな。これくらいでないといけないと思うよ。」
「え、えっと……ローゼルさん? 話がよく――」
怒ってる――のとは違う微妙な声色で、ゆっくりと顔をあげたローゼルさんは――
「大事な――話だよ。」
心臓が止まるかと思った。瞳を潤ませ、頬を紅く染めたその表情は、オレが今までに見た事のないローゼルさんの顔だった。
そして、オレはこの表情を知っている。ローゼルさんではない、違う……女の子が、つい最近同じ表情をオレに見せた。
「ふふふ、さすがに二回目ともなると察しがつくのだね。しかし本来ならもっと早い段階で察せられそうなものだが。」
「ロ、ローゼルさん、あの――」
「ロイドくん、わたしはきみが好きだ。」
ニッコリ微笑む美しい笑顔。キュッと握られる手。急激に体温が上がり、心臓が大きな鼓動を刻み始める。いつもなら目をそらしてしまうだろうけど、オレの目は眼前の女の子に――真っ直ぐな想いが灯る青い瞳にクギ付けとなった。
「人として、友人として、そしてなにより――一人の男の子として。わたしはきみが好きだ。いや、好きなんてものじゃない……大好きだ。」
「だ――で、でもオレ――」
「わたしの中にこんな感情があった事も、この世にきみのような人がいた事も嬉しくてたまらない。四六時中誰かの事を考えることがこんなにもステキな事だったなんて知らなかった。会話するだけで幸せになれるような相手がいるなんて知らなかった。」
記憶に焼き付いていくひと時。頭の中が真っ白なオレは、この前の時も思った……その場では言えなかった疑問を知らずと口にした。
「ど……どうして……オレを……」
「どうして? ふふ、ロイドくんが言ったんじゃないか。好きな理由を言葉に出来る人はたくさんいるだろうけど、『これ』って理由は特にないのに好きになる場合もある。強いていうなら『なんとなく』。そしてだんだんと、その人の色んな事が好きな理由になっていく。ふふ、今ならいくらでも好きな理由を語れるけど――どうしてと聞かれたこう答えるよ……ひとめぼれさ。」
「――! オ、オレ……その、う、嬉しいよ、本当に……だ、だけどオレ、そんなローゼルさんにちゃ、ちゃんとした答えを――」
「わかっている。リリーくんにもまだ返事をしていないロイドくんが今答えてくれるとは思っていないよ。そもそも、リリーくんがあんな事をしたから……わたしは焦って今日という日をセッティングしたのだしね。」
「ご、ごめん……なんか色々とはっきりしなくて……」
「だが……少なくともこれだけはしておくよ。」
「え――」
「そうしないとリリーくんと同じラインに立てないし……何より今、わたしはそれをしてみたくて――たまらないのだから……」
目を閉じてすぅっと近づいてきたローゼルさんの唇は、音もなくオレのそれに重なった。
「――!!!」
日常生活でそれと同等のモノが唇に触れる事はないだろうと思う柔らかい感触。重なった場所を通して伝わる体温。香る女性の――ローゼルさんのいい匂い。
「んん……」
艶のある声と共にうっすらと開かれていく青い瞳が視界に広がり、気が付くとローゼルさんはオレの手を離し、その姿が全部見える距離までさがっていた。
「だ――ば――ほえ――」
謎の言語しか出せずに壁によりかかったままのオレに対し、ローゼルさんは自分の唇を指でそっとなぞってほほ笑む。
「――あぁ――なるほど……これは……ステキだな。」
両手で自分のほほを覆い、嬉しそうな顔をするローゼルさんに、オレの心臓はそろそろ破裂するんじゃないかというくらいに鼓動を大きくする。
「これも……初めて知ったよ。大好きな人と唇を重ねると、こんなにも心が満たされるのだな……ロイドくん、わたしは今すごく――幸せな気分だよ。」
「そ……それはよかったです……」
マヌケな言葉を返したオレをくすっと笑ったかと思うと、ローゼルさんはトンッとステップを踏んで再びオレにくっついてぇぇっ!?
「一緒にいるとずっとそうだったが、こうするとさらにだな。すごい幸福感と安心感があるよ。」
オレの心臓の音でも聞くかのように少し身を屈め、両手をオレの胸にそえて耳をくっつけてくるローゼルさん。
「あばば――あ、あのローゼルさん……そ、そろそろオレ……どうにかなりそうです……」
「ふふふ、確かに鼻血をふき出しそうな顔をしている。そうだな……想いを伝え、わたしの初めてのキスも捧げ、一先ず今日の目標は達成したか。」
「ははは、初めて!?」
「当然だ。誰かを好きになったことなんて今回が初めてで――勿論、今回を最後にするつもりだ。」
体勢的に上目遣いになったローゼルさんの、潤んでいると同時に挑戦的な感情も読み取れる瞳と目が合う。
「わたしは必ず、今日の恋人ごっこから『ごっこ』を消してみせる。そして卒業後もロイドくんとその関係を続ける。わたしこそがきみの運命の相手。もし万が一、赤い糸が結ばれていなかったとしても、どこぞの誰かに結ばれているそれを切断してわたしの小指に結びなおす。」
「――!! そ、そんなに……!」
「そんなに? ふふ、甘く見てもらっては困るよ。この――ロイドくんの事が好きで好きでたまらない気持ち、他の誰にも負けるつもりはない。」
オレの背中に手を回して抱き付いてくるローゼルさん。フィリウスが言うところのナイスバディなローゼルさんにそうされたオレは――や、やばい、本当に気絶しそう――
「あぁ、そういえば。」
身長的にはオレがちょっとだけ高いくらいなので、正面から抱き付かれるとローゼルさんの顔はオレの肩に乗り……だ、だからその呟きはすごく耳に近いところで呟かれるわけで、こんな状況だからか物凄く色っぽいローゼルさんの声にビクッとしたオレだった。
「確かに目標は達成したが、今日の分のペナルティーを清算しなくてはね。」
「えぇ!? 今ですか!?」
「その日の事はその日の内にだ。さて……よし、ではこうしよう。ペナルティー分、ロイドくんにはわたしの言う事を聞いてもらう。」
「えぇ!? こここ、ここでこれ以上何を!?」
「そうだね……まずは……うん、わたしの事をギュッとしてくれ。」
「びょっ!? そそそ、そんなこ――」
「するんだ、ロイドくん。」
耳元で吐息交じりにささやかれるローゼルさんの声に抗えず、オレは腰に手をまわす時の数倍おそるおそるしながらローゼルさんの背中に手をまわした。そしてこれまたおそるおそる、ゆっくりと力を加えていく。
「ん……ああ、これは……ちょっとなんというか……すごいな……」
過去最高の密着度に頭――い、いやもう全身があばばば……
「次は……ロイドくんの方からキスしてと言いたいところだが……どうもそれはダメな気がするからな……さて……」
ローゼルさんの心臓の鼓動を体感できるような状況が続く事数十秒、ローゼルさんは少し離れてオレの顔を見た。
「ではロイドくん。わたしをギュッとする事を維持したまま――動かないでくれ。」
「ほへ!?」
「残りのペナルティーを同じ事の繰り返しに使う事にした。行くぞ――」
そうしてローゼルさんは――再びオレの唇の自分の唇を重ねてきた。
「んぐ――!?!?」
さっきよりも力強い、破壊的な威力をもったキス。背中にまわされた手からも力がかかり、前後から押さえつけられたオレはローゼルさんに言われるまでもなく、動く事ができなかった。
「――はぁ……」
すぅっと離れたローゼルさんは……変な気分になるさっきの可愛い顔から段々と、日頃見せるいじわるな顔に……何かこう、なんとも言えない何かが加わったような妖艶な表情になってきた。
「まず――一回、だな。」
「!?!? そ、それって……」
「言ったろう? 同じことを繰り返すと。」
「うぇえっ!?」
ビクッとしたオレの身体をギュッと抱きしめて抑え込むローゼルさん。
「これはペナルティー。全てはロイドくんのせいなのだ。」
「ペペペ、ペナル――えぇ!? オ、オレペナルティー何回受けた!?!?」
オレの質問に、待ってましたと言わんばかりにニッコリ笑ったローゼルさんは唇を近づけながらボソッと言った。
「何回だと思う?」
夜。あたしとティアナとリリーは三人そろって学院の正門に立ってた。
「遅い遅い遅い遅い遅い遅い……」
「……そんなに気になるなら見に行けばよかったじゃない……」
「他人事みたいに……だ、だってロイくんに変に思われたくないもん。」
「……」
リリーは朝からこんなんなんだけど、実のところ今のリリーよりも深刻な顔をしてるのはティアナだったりする。
「……」
「ティアナ……顔が怖いわよ。」
「……だ、だってこんな時間だし……ロゼちゃんだし……」
「ローゼルがどうしたのよ。」
「……そういうとこを、見た事あるわけじゃないけど……ロゼちゃんて、やる気になったらどこまでもやっちゃう……みたいな人だと思うから……」
「ヤッチャウ!? あーもー! ロイくん遅いよー! どこ行っちゃったのー!」
? 確かリリーの『ポケットマーケット』ってロイドの居場所がわかるんじゃ……あ。
「帰って来たわよ……」
街からセイリオスに続く坂道を歩いてくる二人。なぜかそのシルエットはピッタリとくっついてて……いや、なんか違うわね……
「おや、みんなでお出迎えか?」
大きな紙袋をいくつか持ちながら、気持ち悪いくらいに満面の笑みを浮かべるローゼル。そしてローゼルに肩をかしてもらう感じなんだけどもはやぶら下がってるのが……たぶんロイド。なんか生気を抜かれたみたいにヘロヘロ状態でフラフラしてる。
「ロ、ロゼちゃん……ロイドくん、どうしたの……」
「なに……ちょっとな。」
「ちょっとってなに! ロイくんヘロヘロだよ!? なにしたの!?」
「あー、待て待て。とりあえずロイドくんを部屋に運ばないか?」
そう言ってあたしとロイドの部屋まで来たローゼルは、鼻血をふいて気絶した時みたいな感じのロイドをベッドに転がして……いつもの丸テーブルの近くに座った。
まるで……どうぞ質問したまえ! って感じに。
「さー話してもらうよ! ロイくんと何して来たの!」
「何って、言っただろう? 告白さ。もっとわかりやすく言うなら、リリーくんと同じ事をしてきたのだよ。」
「ボクと――じゃ、じゃあもしかしてチューも!?」
「勿論。」
紅く染まった頬に片手を添え、うっとりとした表情でローゼルは語る。
「朝早くに待ち合わせ、手をつないで街へ繰り出し、他愛もない会話をしながら様々なお店を渡り歩き、色々なモノをもらい、食事をし、そうして――想いを伝えて唇を捧げた。ふふ、要するに朝から晩までデートして告白してキスをしてきた――それだけだ。」
……胸の辺りがもやっとする。リリーが――した時と同じ感覚。
だけどローゼル、今リリーの時にはなかった事を口にしたわね。
「……あんた、今色々なモノをもらいって言ったわね……」
「ああ。服とか小物とかな。ちなみにおそろいのマグカップを買ったぞ。」
紙袋から青色のカップを取り出して見せびらかすローゼル。あの「R」はローゼルとロイドの頭文字って意味かしら……
で、でもそれじゃまるで……
「ふ、ふん! どうせ自分から買ってって頼んだんでしょ! そんなのプレゼントに入らないんだからね!」
「かもしれないな。」
とは言うものの、リリーは相当にうらやましそうだし、ローゼルは相当嬉しそうだった。
「で……ロイドがあんなんなのはどうしてよ。キス――の、せいだったとしたって……だってリリーの時はあんな風にならなかったし……それ以外に何したのよ。」
たぶん、ロイドに言わせればいつもの何倍も――ムスッとした顔であたしがそう聞くと、ローゼルは唇に指を置いてこう言った。
「キスだけだよ。最も――回数が異なるがね。」
「な――か、回数って何よそれ! あ、あんたロイドとそんな……ななな、何回も!? どんだけやったらロイドがあんなんになるのよ!」
「ふむ。さすがのエリルくんもこれには焦るわけだな? 具体的な回数は――ロイドくんが起きてから直接本人に聞くといい。」
わなわなと寝転ぶロイドの方に視線を移すと、いつの間にかリリーがロイドの顔に自分の顔を近づ――
「何やってんのよ!」
あたしは手近にあった枕をぶん投げてリリーに直撃させた。
「か、回数なんて今すぐにでも追いついてやるんだから!」
「気絶してるロイドにやったってあんまり意味ないわよ! 落ち着きなさいよ!」
「うーー! もー、ローゼルちゃんはー!」
「ふふふ。」
「ロゼちゃん……」
そういえばランク戦の途中なんだけどそんな事よりもよっぽど大事で大きな戦いの、戦況のようなモノが大きく変化したその日。リリーの開戦から始まったこの戦いに、きっとそろそろあたしもどうにかしないといけないっていう気が――――な、なんの話よ! どうでも……
……よくないわね。
第四章 準々決勝
ランク戦も佳境の準々決勝の今日、この日。先の休日に受けた攻撃のダメージは深く、未だにオレはぎゃああああっ!!
「ローゼルちゃんくっつきすぎだよ!」
「んん? 距離的にはリリーくんと同等――おや、これは失礼。胸の分、そう見えるのだな。」
朝ごはんを食べる為に学食へ行こうと部屋の扉を開けた瞬間、リリーちゃんとローゼルさんに左右から抱き付かれたというかぎゃあああっ!
「あ、あんたたち、朝っぱらから何やってんのよ!」
普通に燃える拳を振り回すエリルのおかげで、二人はパッと離れてくれた。あぁ、朝から心臓に悪い……
「ふふふ、遠慮している場合ではないのでな。それはそうとおはよう、ロイドくん、エリルくん。」
「順番おかしいわよ!」
「お、おはようローゼルさん……」
「おや? どうして目をそらすのだ?」
「――!! い、一日あいただけじゃまだ無理です……! し、しばらくはローゼルさんの顔見れません!」
「ふむ。ちょっと残念だが――ま、わたしを意識するのは良い事だ。存分にドキドキするといい。」
顔は見れないけどすごく上機嫌なのがわかるローゼルさんの後ろ、ティアナが少しげんなりしていた。
「あれ……ティアナ、大丈夫?」
「……おとといからロゼちゃん、今までにないくらいに……楽しそうっていうか、嬉しそうっていうか……すごくテンションが高いの……」
「ふ、ふん! 告白したくらいで浮かれちゃって!」
「はっはっは。告白したからではなくて、ロイドくんに色々もらったり――色々したりしたからさ。」
「あ、あんたがどんだけハイテンションでも別にいいけど、ロ、ロイドにだだだ抱き付いたりするんじゃないわよ! 鼻血吹いて気絶するでしょ!」
「朝から楽しそうだねー。」
オレとエリルの部屋の前だから、言い方を変えるとこの女子寮の入口でわーわー言っていたオレたちの後ろに、ニンマリほほ笑むアンジュが現れた。
「とうとうだねー。今日はよろしくね――優等生ちゃん。」
「……そうですね。」
コロッと優等生モードになるローゼルさん――ってあれ? という事は……
「もしかしてローゼルさんの今日の相手が……?」
「ええ。」
ローゼルさん対アンジュ……魔法の系統で言えば水対火。そこだけ見るとローゼルさんの方が有利に思えるけど、氷ってのを考えると火の方が有利のような気もしてくるし、そもそもエリルみたいに火そのものを使わない戦い方をするかもしれない。
「うふふ。でも残念だねー。あたしと優等生ちゃんじゃ相性が最悪だよ? もちろん、優等生ちゃんにとってあたしがね。」
「……そうですか? やってみないとわからない事もありますよ。」
「ふふ、じゃーまたあとでねー。」
長いツインテールを揺らしながら、寮をあとにするアンジュ。
……そういえばいつ見ても一人のような気がするな……
「……ま、なんにしたってここまで残ってるんだから弱くはないわよね……あの女。」
「そうだな。苦戦は必至――という事でロイドくん。今日もご褒美を用意してくれると嬉しいな。」
「うえぇっ!?」
「ボクも! デートしよう、ロイくん!」
「えぇ!?」
「ロイくん争奪戦が激化する今! ボクはロイくんに攻撃を仕掛けたいんだよ!」
「そういうのを本人に言う!? で、でも――」
「ローゼルちゃんとはしたのに! 不公平!」
「うぅっ……」
うるうるした目でオレを睨むリリーちゃんはかわい――じゃなくて、どうあっても引き下がらない感じで……
「わわ、わかっ――たよ……ラ、ランク戦が終わったら――お、お出かけしよう……」
「やったー!」
ロイドの事だから、きっとこう――色々とうしろめたさ全開なんだろうけど、テコでも動かなさそうなリリーに負けてロイドはデ、デートの約束をした。
「ロイドくん。わたしは――」
「ロ、ローゼルさんにはジュースをおごります! どうですか!」
何かとんでもない事を言われる前に目をぐるぐるさせてそう言ったロイドに対し……文句を言うかとも思ったけど、そんなロイドを見てクスクス笑ったローゼルは――
「まぁいいだろう。きっとロイドくんの事だから、まさか学食で一杯というはずはなく、とても美味しいオリジナルのジュースを出すお店に連れて行ってくれるのだろうからな。」
「えぇっ!?」
コロコロとロイドを言いくるめ、結局デートみたくしてしまった。
根本的にロイドが押しに弱いっていうのもあるんだろうけど、ローゼルとリリーが押しすぎのような気もする。もしかしたら一番……いいのかわるいのか、極端な組み合わせになっちゃったのかもしれないわね。
でも……同じ人を好きになって、そういう事が周りにも相手にも知られてて、しかもライバルもいるのに前と空気が変わらないで……むしろ前よりいい意味でバチバチしてて仲良さそうで……そういう変な状態になっちゃうのも、ロイドのいい所のひと――な、なに考えてんのよあたし!
「あぁ……何かオレ、二股かけてる感じの最低な男になってないか……」
「言っておくが、今はともかくわたしのモノになったら浮気は許さないからな。」
「ボクもだからね!」
「ど、どう反応すればいいんですか……」
「い、いつまでこの話題なのよ! 今はランク戦の事考えなさいよ!」
「そ、そうだ! エリルの言う通り! 今日はよろしくな、ティアナ! 負けないぞ!」
「……あ、あたしが勝ったらご褒美はあるの? 団長……」
「ティアナまで!」
今日のランク戦。準々決勝の組み合わせは……あたし対カルク、リリー対カラード、ローゼル対アンジュ、そして――ロイド対ティアナ。
「ご褒美って……いや、でもティアナは強いからなぁ。むしろオレが勝ったらご褒美をもらいたいくらいなんだけど。」
まだ勝ち残ってる生徒として周りからなんとなく視線を感じる学食で朝ごはんを食べながらロイドはそう言った。
「オレの剣って、結構速く回転させたり飛ばしたりするけどティアナには見えてるだろうし、なんか剣を全部撃ち落とされそうなんだよなぁ。」
「み、見えてても……あんな風にあっちからこっちから飛んで来たら……あ、あたしもどうしたらいいかわかん……ないよ……」
「まぁ、二人は互いをほとんど知り尽くしてる感じだからな。夏休みの成長でまだ見せてないモノの見せ合い合戦になりそうだが――まぁ何にせよ、色々な意味でいい勝負になるだろうから思い切りやればいい。」
「問題はあたしたちね。ローゼルはあの女、あたしは実況してた生徒、リリーは――噂じゃ一度も魔法を使わないでここまできた奴。」
「なるよーにしかなんないよ。」
「余裕ね、リリー。」
「これでも元暗殺者集団の一人だもん。」
……ついこの前まで頑張って隠してたクセに、ロイドが認めてくれた途端にこれってすごいわね、リリー。
「相手の背後に移動してスパッ。リリーくんは今までこれで勝ってきているものな。」
「たまにいい反応するのいたけどね。」
「で、でも反応っていうなら……そ、そのカラードっていう人、すごい達人みたいだし……」
「うーん……でも首さえ見えてればどうにかなるよ。」
「怖いこと言うわね……」
「まー半分冗談としてさ、ティアナちゃんが戦ったフィルさん的マッチョみたいに全身強化したって攻撃が通る場所はあるわけだし、昔の騎士みたいに全身甲冑着るようなのじゃなきゃボクの短剣は通るでしょ? なんとかんなるよ。」
「なんとかなるのかしら、あれ。」
一年生ブロック準々決勝第一試合。第三闘技場で始まった今日の戦い……スクリーンに映るリリーの顔はひきつってた。
『おはようございます! 第三闘技場の実況、セルクがお送りします一年生ブロック準々決勝、最初の戦い! これまでのほぼ全ての戦いを急所への一撃で終わらせてきたトラピッチェ選手に対するは、これまでの全ての戦いで一度も魔法を使っていないレオノチス選手! なかなか盛り上がる二人なのですが――しかしどうであれ、レオノチス選手が登場するだけで自然と盛り上がるものです!』
もう一つのスクリーンに映るカラード・レオノチス、通称『リミテッドヒーロー』は……甲冑を身につけていた。もちろん、ヘルムもつけての完全武装。長いランスに加えてマントまでたなびかせるその姿は、遥か昔に馬にまたがっていた本当の意味での騎士そのものだった。
「か、かっこいい……」
隣に座るロイドが目をキラキラさせる。
どうも準々決勝は、学年ごとに分かれてはいるんだけど各学年内で同時にやる試合はなくて、だからリリーの試合をあたしたちはそろって見てた。
「なんと言うのだこういうのは。口は災いの元か?」
「単純にリリーの思う最悪の相手ってだけよ……」
リリーの短剣は――よくわかんないけど、どうやら位置魔法が使いやすくなる仕組みがあるらしいんだけど、切れ味とかは普通の短剣と変わんない。それにリリーは他の系統の魔法がそんなに得意じゃないっぽい。
つまりリリーは、完全武装してはいるけどもしかしたら魔法とかなら効果があったかもしれないフルプレートアーマーに短剣一本で挑むって状態……どうするのかしら。
「でもすごいなぁ。甲冑って全部着たらかなり重たいだろ? 下手したらハンデになりかねない状態なのに魔法無しでここまで来たってんだから……これは本当に強い相手だぞ。」
『さぁさぁ、もったいぶらずに試合を始めたいと思いますが――みなさま静粛に! レオノチス選手の試合を見た事のある方ならご理解いただけるでしょう、どうか周りの初体験の方々に静かにするように言ってあげて下さい!』
「む? どういう事だ? あの甲冑くんが何かするのか?」
ローゼルが首を傾げていると、リリーと向かい合ったカラードがゆっくりと手にしたランスを……天に掲げた。
「悪を貫く我が槍! 試合とは言え、志を等しくする学友に向ける事を許して欲しい! 願わくば、今日の罪がいずれの巨悪を撃ち滅ぼす糧とならんことを!」
掲げたランスをバッと降ろし、その先端をリリーに向けてガッシリと構えて――
「カラード・レオノチス改め、正義の騎士ブレイブナイト! 推して参る!」
わっと歓声が響く観客席。毎回やってるのかしら、あれ。
『決まったー! レオノチス選手――いえ、ブレイブナイトの口上炸裂! 普通ならただのイターイ人だが――しかし強い! 勝った時も毎度毎度同じ決め台詞で舞台を後にするこの正義の騎士に、負けた時のセリフを彼女は言わせることが出来るのか! かわいい商人さんだと思ってたらその実、位置魔法の使い手だったというイキナリ転校生のトラピッチェ選手! 『ビックリ箱騎士団』にも属する必殺商人の一撃は果たして届くのか! 一年生ブロック準々決勝第一試合! リリー・トラピッチェ対ブレイブナイト! 試合開始!』
えっと……ここはセルクだったわね。セルクの合図と同時にリリーの姿が消えた。そして気が付くとカラードの後ろにいて、短剣を振り下ろしてるんだけど――
キィンッ!
ランスを手にしてない方――つまり左腕を背中にまわしてリリーの短剣を防ぐカラード。ヘルムまでかぶってるから視界は相当狭いはずなのに、全身甲冑のそいつは振り向きもしないで攻撃を防御した。
「なるほど、評判通りの実力者のようだな。しかしよかった、リリーくんはちゃっかりと甲冑の隙間を狙っているのだな。」
「! ……ロゼちゃん、今の攻撃見えてたの……? 結構速かったけど……」
「なに、推測だよ。甲冑を身につけたブレイブナイトが普通の短剣をわざわざ防御したのだ。そうしなければならない場所を狙われたという事だろう?」
瞬間移動からの攻撃を軽々と防御されたリリーはムキにでもなったのか、ものすごい速さで瞬間移動を繰り返しながらカラードの周りを短剣と一緒に斬り踊った。普通の人だったら、あの目まぐるしい瞬間移動について行けずに全身隅々まで切り刻まれてたと思う。
だけど――
『凄まじい猛攻! もはやトラピッチェ選手の姿は見えず、ただただ刃が閃くばかり! しかしその全てを――ええ! 文字通りに全てを先ほど同様に左腕一本でガードしていくブレイブナイトー!!』
「すごいな……」
そう呟いたのはロイド。誰かの試合を観る時、ロイドは大抵の事に驚いてばっかりだから口をポカンとあけたまぬけな顔になってるんだけど、今のロイドは違った。
「最小限の動きでリリーちゃんの攻撃を防いでる。んまぁ、リリーちゃんの武器は短剣だし、狙ってくる場所は甲冑のわずかな隙間って事もわかってるだろうから予測はしやすいんだろうけど――それでもあれはすごいな……」
例えるなら、何かの武術を習ってる人がその武術の達人の動きを見たみたいな……それがどれだけすごい事かわかってる上での「すごいな」っていう顔。
「でも――リリーちゃんもさすがだね。」
「? あの連続攻撃? ちょっとヤケになった風にも見えるけど……」
「いや……リリーちゃんのあれは何かを狙ってる――そんな感じの動きだな。」
『完全防御! トラピッチェ選手の短剣は一度としてクリーンヒットしていない! このままではジリ貧――あーっと! トラピッチェ選手が攻撃を中断! 距離を取りました!』
防御するだけで攻める気配がないカラードから少し離れた所に移動したリリーがパチンと指を鳴らす。するとカラードの甲冑の一部――左の前腕を覆ってた部分がパッと消えてリリーの足元に移動した。
「おお! 厄介な甲冑を移動させる作戦か! でもなんでいっぺんに移動させないんだ? 確かリリーちゃんなら十トンを超えなきゃいいんじゃなかったっけ?」
「位置魔法にはルールがあるのよ。この前リリーが説明した時は言ってなかったけど。」
「そうなのか? えっと……生き物の移動は自分以外は基本、難しいっていうのと、自分以外でもその相手がオッケーすれば移動できるってのは聞いたけど……」
「生物はそんな感じよ。でもって、生物以外のモノの移動にもルールがあるのよ。自分が持ち主のモノ、もしくは持ち主のいないモノじゃないと動かせないっていうね。」
「ん? ということは――他の誰かが持ち主になってるモノは動かせないのか。」
「そういうこと。だから……例えば相手の武器を奪ったりとかは難しいのよ。」
「……難しいって事は、できない事でもないんだな……?」
「ええ。リリーも何回か言ってたけど、印をつけるとすごく離れてても移動できるとかいう話あったでしょ? その印っていうのがそのルールを破れる魔法なのよ。」
「移動距離を伸ばすだけじゃないのか。」
「そ。印にはね、持ち主の上書きっていう効果があるの。例え相手の武器でも、印さえつけてしまえば自由に移動できるのよ。」
「なるほど。でも……リリーちゃんが今ようやく甲冑の一部を移動できたってのを考えると……きっとあれだろう? 印をモノにつけるのには時間がかかるとかそういう感じなんだろ?」
「その通り。あたしもできるわけじゃないから聞いた話だけど、十分くらい集中してやる魔法らしいわ。」
「えぇ? そんなん戦ってる最中にできるモノじゃないぞ。じゃあ今リリーちゃんは何を――」
「そこが甲冑の一部しか移動できなかった理由につながるわ。たぶんリリーは印を直接短剣で刻んだのよ。あの――移動した部分にね。」
「直接? 短剣で甲冑を斬りつけてって事か? へぇ、それでもいいのか。」
「いいんだけど、印としての効果はかなり低いわ。重さも大きさも距離もかなり制限される。」
「ふぅん。なんか、直接刻んだ方が効果が高そうに思えるけど。」
「魔法で動かすんだもの。言ってしまえばただの傷跡なんかじゃ魔法でつけた印には敵わないわよ。」
「そういうもんか。でも……この戦いでは有効だな。時間はかかるけど、頑張ればあの甲冑を取っ払う事ができるわけだ。」
『ブレイブナイトの甲冑が一部はがされた! 短剣使いのトラピッチェ選手、巧みな位置魔法でブレイブナイトの防御を取り除く作戦かーっ!』
「……」
「ふふん。困った事になった時の為にプランBは用意しておくもんだよ。」
くるっと短剣を一回転させ、直後リリーはカラードの死角に移動する。さっきの連続攻撃を続けてカラードの甲冑を少しづつ移動させる。そういう展開になると思ったんだけど――
「!!」
さっきまでのよりも小さな金属音が響く。何故かと言うと、リリーの短剣はカラードの甲冑じゃなくて――左手の二本の指に挟まれたから。
驚くリリーの顔をよそに、短剣を挟んだ左手をくりんとひねって……カラードはリリーから短剣を奪い取った。慌てたリリーは瞬間移動、カラードと距離を取る。
「……この短剣をおれが手にした事に大した意味はない。パッと移動させて自分の手の中に戻せばいいのだから。」
指に挟んだ短剣を揺らしながらカラードがリリーの方に身体を向ける。
「わかって欲しいのは、あなたの攻撃をおれが見切りつつある事。さっきの攻防であなたの動きの三~四割は理解出来た。次、この甲冑のどこかを移動させる為の攻防でさらに三~四割を理解し、三つ目の部位の移動に入る頃にはほぼ完璧に見切る事ができるだろう。」
ピンッと指を動かし、短剣をリリーの方に放り投げるカラード。
「甲冑無しだった場合、あなたの攻撃の全てを防ぐ自信はないが、しかし今のおれは甲冑を身につけている……これは相性が悪かった。」
「……降参しろって事かな?」
リリーの質問に沈黙で答えるカラード。リリーのことだから……なんとなく怒るかなって思ったんだけど、リリーは受け取った短剣をくるくる回しながらため息をついた。
「ま、さっきの攻撃をあんな風に見切られた時点で――あぁ、これはちょっと無理かなぁって思っちゃったしね。あんたの実力がわからないほどボクも弱くないつもりだし……そうだね、降参するよ。ただ一個だけ聞いていいかな。」
「なんだ。」
「降参しないで戦っても、たぶん勝つのはそっち。逆に言えば――別に戦ってもいいわけでしょ? だけどあんたは降参を勧めた。それはどうして? 無駄な戦いをしたくないから? 次の戦いに体力を温存しておきたいから?」
リリーの質問に対し……ヘルムを被ってるからよく考えたら変なんだけど、カラードは自分の頭をポリポリ――いえ、ゴリゴリ? かいてこう言った。
「マッキースではないが……やっぱり女性に槍を向けるのは嫌なんだ。」
リリー対カラードの試合がカラードの勝利で終わって、特に落ち込んでるわけじゃなさそうだけどいつもよりは足取りの重いリリーをあたしたちは闘技場の出口で迎えた。
「負けちゃった……ロイくん、慰めて?」
いつもの調子でリリーがそう言うと、いつもならわたわたするロイドが――
「うん。リリーちゃんは頑張ったよ。」
――って言ってリリーの頭を撫でた。
「――!!」
自分で言ったクセに、そんな風に慰められたリリーは顔を赤くした。
「――も、もぅ! ロイくんてば!」
「えぇ?」
すっとぼけ顔のロイドはぼんやりと闘技場の方を見上げる。
「……準々決勝っていう、いる人全員が強い人みたいな状態でも……相性一つであんな風に決着する戦いもあるんだな……あ、別にリリーちゃんがどうこうってわけじゃないからね?」
リリーに謝るロイドの横、ローゼルも同じように闘技場を眺めながら呟く。
「どんな武器が最強で、どの系統の魔法が最強なのか。こういう話は昔から多くの騎士が議論したテーマだろうが、答えは出ないままだ。どんなモノにも得意不得意があるのはどうしようもないことだよ、ロイドくん。このランク戦だけでなく、十二騎士を決めるトーナメントでもあり得る事だ。」
「……ローゼルさんとアンジュの試合も、そういう感じになったりするのかな。」
「かもしれないな。だがリリーくんほど極端な場合は稀だよ。まさか彼女まで全身甲冑という事はないだろうし――お、ブレイブナイトだ。」
呼び方が気に入ったのか、ローゼルがそう呼んだカラードが闘技場の中から出てきた。勿論甲冑は着てない制服姿。
正義の騎士って名乗るだけはあるって言うと変かもだけど、正義感の強そうな――いえ、ていうかヒーローに憧れる子供みたいな顔をしてる黒髪の男の子。一つ特徴をあげるとすれば、後ろ髪の一部を……なんて言えばいいのかしら。筒状の布でまとめて、それこそ馬の尻尾みたいにぶら下げてる。あとついでに、なんかメダルみたいなのを首からぶら下げてるわね。
「!」
あたしたちがなんとなく見てる事に気づいたのか、カラードはこっちを見てニッと笑った。
「……なによ、今の笑顔は……」
「リリーくんをバカにしているわけではなさそうだが。」
「…………なんか今、オレ、すごく目が合ったんだけど……」
「え、もしかしてそっちの趣味があるの?」
「そ、そういうわけじゃない……と思うけど……」
カラードに対するイメージがごちゃごちゃしてきたとこでアナウンスが響いた。
「……次はあたしの番ね。」
『こんにちはー! 一年生ブロック準々決勝第二試合は引き続きここ、第三闘技場でセルクがお送りするよー! そういえば気づいてる人も多いと思うけど、今日行われる試合の全部に『コンダクター』率いる『ビックリ箱騎士団』の面々の名前があるのです! これはランク戦後、入団希望の学生が殺到するのではないかなと思うんだけど、でも『ビックリ箱騎士団』の鍛錬は毎朝女子寮の庭で行われるみたいだからねー。男子は無理かも? という事は『コンダクター』のハーレム完成かも? だけど女子寮で暮らしてるクセになんも問題起こさないからもしかして女の子には興味ないんじゃないかとも言われてる『コンダクター』だよー!』
「……エリルの試合なのになんでオレがいじめられてるんだ……?」
「ロイくんはちゃんと女の子好きだよね?」
「そ、その言い方だと誤解が生まれそうだな……オレはちゃんと……その、ふ、普通です……」
『さーさー、そんな『コンダクター』と相部屋! 唯一の男女ペアの部屋で生活してる女の子の方! もはやその実力を疑う者はいない、灼熱爆炎の女王! 『ブレイズクイーン』、エリル・クォーツ! そんな彼女と戦うのは我らが放送部の一年生! 操るは第十一系統の数の魔法! カルクちゃん!』
開会式の時に実況者の一人のアルクを……遠目だったけど見た事がある。その時のシルエットそのままの……カルクというあたしの対戦相手を見て、あたしはどう反応したらいいのかよくわからなかった。
「ある時はお昼の時なんかにステキな音楽を流す放送部員! またある時はランク戦を盛り上げる実況者! しかしてその正体は!」
今実況をしてるセルクと同じ声の女子生徒がくるくる回ったあとにババーンってポーズを決めた。
「時間程じゃないけど結構珍しい第十一系統の使い手! カルク!」
元気いっぱいの表情とクリーム色の髪の毛。クセっ毛の目立つ短い髪が妙な形にはねててネコの耳に見える上に首に鈴をぶら下げてるのに加えてスカートの下から伸びる尻尾的な何か。専用のホルダーで腰にぶら下げてるマイクを除けば完全にネコまっしぐらなカルクは、黒い爪のついたネコっぽい手袋を装着した。
「……一応聞くけど……ま、まぁ髪の毛はともかく、その尻尾と鈴と手袋は真面目なのよね……」
「大真面目なオシャレだよ! かわいいでしょー。」
「あんたねぇ……」
「あーでも、この手袋の爪は武器として真面目なモノだよ? 硬くて切れ味バツグンなの。」
「あっそ……」
『燃え盛るガントレット対十本の爪! 近距離でガシガシやる試合が予想される一年生ブロック準々決勝第二試合! エリル・クォーツ対カルク! 試合開始!』
先手必勝。様子を見て相手が万全の技を撃つのを待つよりは準備ができてない内に攻撃した方がいいと思うから、いつも通りにソールレットからの爆炎で加速したんだけど、どうやらカルクもそういう考えらしく、開始と同時にあたしたちは真っ直ぐに相手の方に一直線だった。
「にゃあーっ!」
「はああぁっ!」
ネコみたいな叫び声で飛び蹴りを繰り出すカルクに、あたしは加速したパンチを合わせていく。
カルクのキックは勢いと体重が乗っただけなのに対し、あたしのパンチは爆発の威力を乗せたモノ。ぶつかり合えばどっちが押し勝つかなんて明らかだった。
だけど――
「!」
大きな力がぶつかった音と衝撃が走って、カルクの足にあたしのガントレットが触れた所から――あたしは一歩も踏み込めなかった。
「おお!? すごいパワーだね!」
身軽に宙返りをしてあたしから離れるカルク。あたしはそんなネコみたいな対戦相手を睨みつけながら、手をグーパーさせる。
どう考えたって今のはおかしい。なんていうか……軽いと思って蹴り飛ばそうと思ったボールの中に鉄の塊でも入ってたみたいな違和感。
数の魔法の使い手らしいけど、実は強化の魔法も得意って感じなのかしら。でも飛び蹴りをする時の踏み込みは普通で、別に地面にひびが入ったわけじゃない。
じゃああたしのガントレットとぶつかる直前で強化した? いいえ、踏ん張る事のできない空中でいくら強化したって意味はないし今みたいにはならない。
じゃあ……例えば位置魔法で自分の位置を空中に固定した? それなら強化する意味はあるけど――だってこいつは数の魔法の使い手なのよね……
「……」
よくわかんなくなってきたあたしは、何とは無しに――ロイドの方を見た。あたしたちが座る席は大体同じだから、たぶんあの辺にいるんだろうって事はわかる。だけどさすがにロイドの顔を見つけられるわけじゃない。それでも――あたしはロイドがいるだろう方向を見て……思い出す。
部屋でのロイドとの他愛のない会話の中で、珍しく真面目な話題になった時にロイドが言ってたフィリウスさんの教え……
「すごい技をみたら、素直にすごいって思うだけにする。仕組みを考える事は――確かに大事かもしれないけど、その技がすごい事には変わりない。ならもう、相手はそういう事ができる奴なんだって受け入れる。そしてこう考える――次は、こっちがあっちを驚かす番ってな! …………っていうのをフィリウスが言ってたな。」
そしてもう一つ。《エイプリル》……アイリスのアドバイス。
「第四系統の使い手は――火ですから、燃え上がる猪突猛進というイメージがあります。水や風の使い手がクールなイメージとしてポジティブに言われるのに対し、真っ直ぐ燃える熱血さんはネガティブな意味で言われる事が多いですね。ですが――ふふ、火を出さない私が言うのもなんですが、火の防御的な面は温かさであるのに対して攻撃的な面……その本質は侵略です。そこに何があろうとただ真っ直ぐに突き進み、焼き尽くす……エリル様、あなたの『ブレイズアーツ』はその体現です。真っ直ぐな決意を持って騎士を目指す自分自身をも表現するあなたの戦い方に細かい技は不要です。何があろうと、全力全熱で打ち砕くのです。」
「…………」
そう、別に困った事じゃないわ。よくわかんないけど、カルクの攻撃はあたしと同等のパワーがあるってだけじゃない。
もしかしたらあたし以上? そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
何にしたって――
『お、おお!? 先ほどの激突から一変、互いに相手を探るようだった空気が壊れる! 『ブレイズクイーン』の両手両脚から噴き出る火炎が勢いを増したぞー!』
「やってみなきゃわかんないわ。」
「にゃっ!?」
『クイーンの爆速の突進! そこから繰り出される一撃必殺の拳! しかし――おぉっと! 凄まじい衝撃をまき散らし、カルクは片手で止めたぁ!』
関係ない。あたしはあたしの技をただ撃ちこむだけ!
「はああぁっ!」
『クイーンの猛攻ーっ! 王家のお姫様が繰り出しているとは思えない桁違いの威力と速度を誇る強烈なパンチキックの大盤振る舞い! そしてその全てを防いでいくカルク! 女の子同士の戦いとは思えない轟音と衝撃が闘技場を揺さぶる!』
ロイドのおかげ――っていうか、ロイドのせいって言った方がいいかもしれないわね。何度かの爆発を組み合わせて、ロイドがよくやる背後への回り込みとかもついついやりながら……いえ、やっぱりおかげね。あたしはさっきのリリーじゃないけど、カルクの周りをぐるぐる周りながら攻撃を仕掛けていく。
『猛々しい力の炸裂! だというのにこの美しさは何という事でしょうか! 焔が尾を引く紅い軌跡! 火炎の渦に飲み込まれるカルクー!』
「にゃーっ!」
全部受け止められてる。だけど聞いてないわけじゃないみたい。段々と、攻撃を受ける時のカルクの表情に余裕がなくなっていく。
でもたぶん、このままじゃ終わらないわよね。
「そろそろ交代だよ!」
今まであたしと同じくらいのパワーを出してたカルクの細腕があたしの攻撃を押し返す。やっぱり、その気になればもっと強いパワーも出せるのね――って思いながら着地して前を見ると、カルクが何かの魔法を発動してるとこだった。
「二千の命を谷底へと誘う、我が名は軍団! 大勢であるが故に! さーさーおいでませ、『レギオン』!」
カルクの呪文に答えるみたいに、水とも光とも言えそうな不思議なモノが地面から湧き上がって人っぽいシルエットになってく。そしてそれは最終的に、カルクと瓜二つの姿になった。
パムが作るゴーレムみたいな明らかな人形とは違う、色も質感も完全にカルクと同じ。そんなモノがいくつも出来上がって、気づくとあたしは――本物も合わせて十二人のカルクと向かい合ってた。
『でたーっ! 数魔法の十八番、遥か東国で語られるニンジャのような分身の術――いえ、魔法! 土魔法の使い手が作るゴーレムとか水使いが作る人型とは根本的に異なる術者のコピー! 身体が魔力でできてる事以外は完全に本人そのものです!』
「こっからはあたしのターン!」
一斉に走り出す十二人のカルク。取りあえず一番手前にいたカルクにパンチを撃ちこむけど、さっきと同じように受け止められて、そうやって動きが止まったあたしに他のカルクが襲い掛かる。
あたしと同等のパワーを持ってる連中に囲まれて、あたしは一気に防戦一方になった。
一人がたくさんの身体を操ってるんじゃない、それぞれが自分の――思考って言えばいいのかしら。そういうモノを持ってるからあたしの反撃にも上手く反応するし、そんな反撃の隙を違うカルクがついてくる。
一人の攻撃をかわしたと思ったら二人目がかわした先にいて、それを防いだと思ったら三人目が死角から攻撃してくる……じゃあ十二回防御に成功すればいいかと言うとそうじゃなくて、十二人目が終わったら一人目が十三番目として後を引き継ぐ無限ループ。
しかもパンチキックだけじゃなくて、時々爪を使った攻撃も混ざってくる。ひっかくみたいな攻撃はもちろん、手刀みたいにして斬りかかって来たりもする。
十二人がすごいタイミングで来て欲しくないタイプの攻撃を繰り出してくる上に、全力で防御しなきゃいけないくらいに一つ一つのパワーが強い。
相手は一人なのにすごいコンビネーション。これは確かに強いわね。
『炎の舞の次はネコたちの猛攻撃! レベルの高い攻撃を披露する両者ですが今はカルクのターン! 防御で手いっぱいのクイーン、この状況を打破できるのか!』
打破……どうしようかしら。
ていうか、冷静に考えられるくらいに……びっくりするほど十二人の動きがよく見える。
ロイドが教えてくれる体術っていうのはつまりフィリウスさんの体術。そしてフィリウスさんは相手の攻撃を全部避けながら力を溜めて、たった一度の攻撃で戦いを終わらせるっていう人。十二騎士の中でも群を抜く回避とか防御の達人らしい。
そんな体術を直伝されたロイドは確かに避けるのが上手い。朝の鍛錬で、あたしとローゼルの二人がかりでも攻撃が当たらないなんてこともよくある。
そしてあたしはそれを教わってるわけで……相手の攻撃がよく見えるようになったのもたぶんそのせい。
でもそれだけじゃない。夏休みの最後にアイリスとたくさん手合せできたのもきっとあるんだろうけど……それよりも……たぶん一番大きかったのは…………
「このまま一気にいくよ!」
余裕――って感じの顔でもないからたぶん、これであたしを倒そうっていう攻撃をしかけるつもりなんでしょうね。
でも――
「じゃあそろそろ、もう一回交代ね。」
あたしを取り囲むカルクを、両手両脚で一瞬だけ起こした爆発で吹き飛ばす。
アイリスから教わった――っていうか盗んだ技が役に立ったわね。
「『サテライト』!」
カルク――たちと距離をとれたところで、あたしは両腕のガントレットを発射した。
『これは! 《ディセンバ》との戦いで見せたロケットパンチ! しかしこの軌道は一直線に飛んでいくだけのモノではない! クイーンを中心に炎をふき出しながら周囲を飛びまわる二つの拳! 強いていうならば――これは『コンダクター』の曲芸剣術に似ているか!?』
ロイドを見てるせいかおかげか、こういう動かし方のイメージは頭にあるのよね。ただ、あんな見えなくなるくらいに速くは動かせないし、そもそも炎の噴射で飛ばしてるから細かい動きもちょっと無理。
そのかわり、威力ならロイドにも負けないわ。
「もう一度、あたしのターンよ!」
相手が十二人もいるから「誰か」って感じに狙いはつけずに、ただ集まってる所に落下させて、そうやって態勢の崩れたカルクにキックをお見舞いする。
『まるで降り注ぐ隕石を味方につけたかのような空襲模様! 地面に突き刺さっては舞い上がり、急速落下しては撃ち上がる! 上から下から迫る一撃必殺の拳の豪雨の中、燃え盛る靴でダンスを踊る『ブレイズクイーン』! もはや十二人のコンビネーションどころではないカルク!』
「うわぁ……わかってはいたけど、エリルの戦い方ってだんだんと激しくなっていってるよなぁ……」
「《エイプリル》が爆発の力と格闘の組み合わせというモノを促し、ロイドくんが《オウガスト》直伝の避けの体術を教え、ロイドくんがガントレットを飛ばす事を提案し、ロイドくんが自身の武器を手から離れた所で操るイメージを与えた。ほとんどロイドくんのせいだぞ?」
「……ほんとだ……んまぁ、オレもそんなエリルにアイデアをもらったりしてるからおあいこ的な感じだけどね。」
「…………わたしからは?」
「ローゼルさんからは……特になたたたたたっ! なんへほっへを!」
「なに、ただのヤキモチさ。好きな男の子がわたしじゃない他の女の子を褒めるからムッとしたのだ。」
「――!!」
「おや、顔が赤いねロイドくん。そんなにわたしの唇を見つめられても困ってしまうのだが?」
「み、見つめてません!」
「もーロイくんてば!」
「うびゃあっ!? リリーちゃん、あんまりくっつかれますとあの!」
「ふ、二人とも、エリルちゃんの試合……ちゃんと見てないと……」
「……」
なにかしら。妙にイラッとしたわ。
「あたしたち、バーック!」
十二人のカルクが一斉にあたしから離れる。追いかけようとも思ったんだけど――実はこの『サテライト』って技は結構疲れる。ロイドは一度に何本も操るけど、あたしとロイドじゃやり方の……燃費的なモノに差がある。だからあたしはとりあえずガントレットを腕に戻し、呼吸を整えながら十二人でぐぬぬって顔をしてるカルクたちを眺めた。
『これまでの試合、その細腕からは想像もつかないパワーと分身によるコンビネーションで相手をボッコボコにしてきたカルク! しかし今日の相手はどういう事か! カルクと同等のパワーを持ち、十二人に囲まれても対応できてしまう『ブレイズクイーン』! さーどうするのかな、カルクちゃん!』
たぶん、最後の一言は同じ放送部の先輩から後輩へ向けての言葉なんだろうけど……二人とも同じ声だからいい加減こんがらがってきたわね……
「同等……ふふん! あたしのパワーにはまだ上があるんだからね!」
「……でしょうね。でもそれ、かなり疲れるんじゃないの?」
「その分の価値はあるんだよ。いくよ! 一騎当千、『サウザンド』!」
カルクがバッと手をあげると、本物(たぶん、しゃべってるのがそうだと思う)も含めて十二人のカルク全員の……身体が光ったとかそういうのじゃないけど、なんというか……迫力っていうか圧力っていうか、そういう感じのモノが大きくなった。
「さっきまでは同等。だけど今からはあたしの方が上だよ!」
「そ。じゃあ……あたしもパワーアップするわ。」
「へ?」
カルクがぎょっとする。あたしは左のガントレットを外し、この夏休みに改造してもらって取り付けた金具を噛ませて右のガントレットにくっつけた。
「ふぅ……」
空っぽになった左のガントレットの中に火を渦巻かせるイメージ。ぎゅうぎゅうに潰して破裂寸前まで押しとどめながら……あたしは右のガントレットを構えた。
「言っとくけど、単純に倍とかじゃすまないから。」
「そ、そんなのは無理だよ! 炎の威力をアップし過ぎたら腕がちぎれちゃうはずだよ!」
「そうね。だからもちろん、これは発射する為のモノよ。」
「――! 確かにそのガントレット結構速いけど、銃弾ほどってわけでもないし、そんな風に構えちゃったら避けるの簡単だよ?」
「そう思うならそう思ってればいいわ。」
姿勢を落とし、腰をひねり、あたしは息を吸う。
「あたしも言っとくけど、『サウザンド』を使ったあたしたちは――」
「『コメット』。」
速く動く物体の後ろには風が渦巻く。昔ガルドで自動車が目の前を通りすぎるのを見た時、その車についていくように周囲の空気が風になったのを覚えている。
銃弾だってそんな感じの風を起こしているはずだけど、小さいからオレたちはそれに気づくことはできない。
きっと……ガントレット二個分というのは、オレたちが風を感じるにはいい感じの大きさだったのだろう。もしくは――その速度がとんでもなかったか。
『え……えぇっと……』
なにが起きたのかよくわからなくなるほどの一撃だった。エリルの右腕から二つ分のガントレットが発射されたのはわかる。だけど発射されたと同時に観客席に突風が巻き起こり、轟音が鳴り響き、何かが粉砕される音が聞こえ、観客席を光の膜のようなモノ――バリアー的な何かが包み込んだ。
数十秒後、実況のセルクさんが「もわもわで何にも見えなーい!」と言うと、まるで扇風機が動き出したみたいに舞台を包んでいた粉塵を吹き飛ばした。
そして今、オレたちに見えているのは……両腕のガントレットが無いけど何事もなく立ってるエリル。エリルからエリルの正面の壁まで真っ直ぐに続くえぐれた地面。その壁に突き刺さっている合体した状態の二つのガントレット。そしてそのガントレットの近くで気絶しているカルク。
どう見ても……んまぁ、決着の光景なんだけど、誰もかれもがポカーンとしている。
『えー……はい。見事な実況者泣かせです。結果は明白なので解説してしまいますが、カルクちゃんは本来自分一人分の威力しかないはずのパンチやキックを十人分、二十人分にする魔法を使うことですごいパワーを出していました。』
たんたんとした解説が響く中、てくてくと歩き出すエリル。
『筋力や攻撃の威力を上げるのではなく、結果として数十人のカルクちゃんが攻撃したのと同等のパワーを出すという第十一系統の数魔法なので、強化の魔法とは根本的に違い……かかる負担は魔法を使う際の負荷のみという、自身の身体にもある程度の負荷がかかる強化魔法からするとずるい感じの魔法です。』
気絶しているカルクを横目に、突き刺さったガントレットを上下左右に動かしながら壁から引き抜くエリル。
『そしてカルクちゃんが使った『サウザンド』というのは、十二人のカルクちゃん一人一人に限界まで魔法をかけ、全員合わせてカルクちゃん千人分くらいになるというかなり恐ろしい魔法でした……しかし――』
なんとか引っこ抜くことができたガントレットの合体を外し、両腕に装着しなおし、そして再びさっき立ってた場所へ向かって歩き出すエリル。
『方向がわかっていても避けられない程の速度……千人分を軽々と吹き飛ばすパワー……! しまいには観客席に被害が及ばない為の処置として用意されていた防御魔法まで発動させてしまう破壊力! 伊達にワイバーンを殴り飛ばしていなかった! 一年生ブロック準々決勝第二試合! 勝者、エリル・クォーツーっ!!』
「えぇ!? あれ、まだ威力が上がるのか!?」
「ソールレットもくっつけられるようにしたから、さっきの倍以上になるわね。」
試合が終わる度に一度外に出て入りなおさないといけないというのがこの便利な闘技場の不便なところ。でも一度外に出るというのがいい感じに頭をリセットさせてくれるんだなぁと思っているオレだったのだが……エリルの攻撃があまりにすごかったのでリセットできるか不安だった。
「底知れない破壊力だな、エリルくん。一体そのガントレットは何でできているのだ。そろそろそれ自体が壊れやしないか?」
「……こういうのが欲しいって言ったらお姉ちゃんがくれたのよ……」
「ど、どこかの職人……さんに、作ってもらったのかな……カ、カメリアさん、そういうの、なんだかすごいの……用意しそうだし……」
「だとしたらすごい高級武具だね。さっすが王族!」
「う、うるさいわね……」
「あっはっは、別にそれを気にする事ないと思うぞ、エリル。オレなんか自動で傷とかなおしてくれる便利な剣を十二騎士からもらってるんだしな。ずるい事この上ない。」
エリルが少し後ろめたそうな顔をしたからそんな事を言ったのだが……んまぁ、確かにエリルはいつもの表情に戻ってよかったんだけど、他の三人がムッとした。
「ひ、ひとまずおめでとうエリル! よし、次だよみんな! えっと次は……」
「わたしだよ、ロイドくん。」
『さすが学院長の魔法、『ブレイズクイーン』の爪痕はきれいさっぱり修復されたここ第三闘技場、本日三つ目の試合をお送りしますはおなじみセルクでございます!』
こうやって連続で聞いていると余計に思うけど、しゃべりっぱなしで大丈夫なんだろうか、実況の人は。
「とうとうあのムカツク女だね。ローゼルちゃんにはしっかりと氷の彫刻にしてもらわないとボクの気が収まらないよ。」
「リリーちゃん、顔がこわいよ……」
ローゼルさんを除く四人で並んで座る観客席。舞台には既に二人が立っていて、スクリーンにそれぞれの顔が映し出されている。
『今日の戦いは準々決勝! 本当に強い者が出そろう上に一年生のほとんどが観客席にいるというこの状況! ここまで来たら――いや、今だからこそ! みなさんにとある情報をお届けするよ! ずばり、『スクラッププリンセス』ことアンジュ・カンパニュラ選手について!』
「? なにかしら。」
「……ていうかなんで実況の人はこう、選手の色々な事を知ってるんだろう……オレたちの朝の鍛錬なんかは窓から見えるだろうからいいとして、聞いてると結構個人的な情報も言ってる気がするんだけど……」
「そうね、ハーレムロイド。」
「ば――へ、変な呼び方しないで下さい!」
『そもそもどうして彼女がプリンセスと呼ばれているのか! 同じクラスの面々は彼女の自己紹介で聞いたのでその理由を知っており、だからこそこの二つ名が広まったが――その由来をちゃんと知っているのはごく一部というわけです! カンパニュラ選手は――おそらく、『ブレイズクイーン』が入学してこなければ話題の中心だったであろう女の子! そう、彼女も正真正銘のお姫様なのだー!』
「えぇ?」
ざわめく観客席。ローゼルさんも優等生モードで驚き、当のアンジュはふふんと笑った。
『と言っても王族ではなく貴族! しかもこの国ではないので、その国の出身でないとカンパニュラという名前でピンとくる人は少ないはず! しかし高貴な家の血筋である事は確実! 故のプリンセス! そう、なんとこのランク戦、王族と貴族がここまで勝ち残っているという面白い状況だったのです!』
予想外の情報にわっと盛り上がる闘技場。そんな中、スクリーンに映るアンジュはニンマリしながら口を開いた。
「あたしには夢があってねー、そのためにここに来たの。ねぇ優等生ちゃん、あなた、お姫様になりたいと思ったことはある?」
「……お姫様であるあなたがそのような質問をするとは、何かの皮肉でしょうか……」
「あたしはお姫様じゃないよー。ただの貴族のお嬢様。身分のたかーい女の人っていう意味じゃそうだけど、やっぱりお姫様って言ったら王族だよね。あたしはね、そういう本物のお姫様になりたいの。」
「それは……なろうと思ってなれるモノではないように思いますが。」
「なろーと思えばなれるモノだよ。あたしの家は貴族の中でもかなり上だからね……王家に反乱して滅ぼしちゃえばなれるよ?」
「――! 冗談でもそういうことは――」
「言わなかったっけ? あたし、欲しいモノは必ず手に入れるの。」
笑ってはいるけど目の奥は真剣なアンジュの表情に、そんな二人の会話を聞いてたオレたち観客はごくりと息を飲んだ。
「ま、具体的にどうやるかはその時に考えるよ。国の情勢なんてその時になんないとわかんないでしょー? だから今はとりあえず、できることをやる事にしてるの。」
「……その一つがここに入学する事というわけですか。」
「うふふ、最初はそのつもりじゃなかったんだよー? 夢を描いて計画を練りだした頃には騎士の学校に入学なんて考えて無かったもん。でもそんな時、ある事件があたしの耳に飛び込んできたの。ユスラ・クォーツが賊に襲われて死んだってね。」
「! クォーツって事は……」
見ると、エリルは少し沈んだ顔で呟いた。
「……死んだ一番上の姉さんの名前よ……」
「この国じゃけっこーな騒ぎになったんでしょーね。でもこっちに情報が来た時はそーでもなかったの。王族は王族だけど大公の血筋……メインからは一本ずれてるからねー。ま、あたしの国での扱いなんてのはどーでもいーとして、あたしがショックを受けたのはね、十二騎士が護衛を任されてたのにそうなったって事なの。」
「それは――」
「あー、別にいーの。《エイプリル》が今でも《エイプリル》してるんだし、きっと責任はユスラ・クォーツ本人とかなんでしょー?」
「……平気か、エリル。」
「……大丈夫よ。」
「あたしね、お姫様ってゆー夢を考えた時、自分の護衛はやっぱり十二騎士の誰かに任せたいって思ってたの。そうなるように色々作戦を考えてたんだけど……ショックだったなー。十二騎士の護衛をつければ完璧って思ってたからねー。だから考えたの。もしも護衛がいなくても、ある程度はなんとかできるくらいの実力があたし自身にも必要だなって。だからここに来たのよ。一番多くの十二騎士を出してる名門のここにね。」
「……自分を守る騎士は同い年が良かったのでは?」
「それはそれ。一番身近に一番親しい騎士が一人と、ちょっと離れた所に最大戦力の十二騎士。これがあたしの思う完璧な形なの。その上あたし自身も強ければ身の安全はこの上ないでしょー? 存分にお姫様をやれるってもんだよ。」
「そうですか……しかし今の話だけだとプリンセスの由来はわかっても、スクラップがわかりませんね。」
「ふふ、それはまー攻撃してみればわかると思うよ?」
「なるほど? それでは――そろそろ始めましょうか。」
「そーだね。」
アンジュがパチンと指を鳴らす。するとアンジュの周りに……まるで蛍みたいなやんわりとした光を放つ赤い、小さな球体がたくさん出現した。
「『ヒートボム』――あたしはそう呼んでる。高温を圧縮したモノでね、触れるとその場の温度が急激に上がるの。ま、つまりはふわふわ浮いてる爆弾ね。」
「爆弾ですか……」
「そ。ただの高温だから《エイプリル》みたいに見えなくできるはずなんだけど、あれって結構コントロールが難しくてねー。あたしのはこうして光っちゃってるの。」
「へぇ……アイリスさんのあの技って難しいのか。」
「かなりね。火が持ってる光を消して熱だけ残すっていうのは微妙な調整が要るのよ。」
「まーいつかは見えない爆弾にしたいけどね。」
「今、そうでなくて助かりましたよ。」
ローゼルさんもトリアイナに氷を纏わせる。
高温と爆発の破壊力――もしかしたらローゼルさんには厳しい相手かもしれないな。
『どちらも臨戦態勢! ならば始めましょう! 一年生ブロック準々決勝第三試合! アンジュ・カンパニュラ対ローゼル・リシアンサス! 試合開始!』
「まずは小手調べです! 『スピアフロスト』!」
ローゼルさんがトリアイナを一振りすると、アンジュの方へ数本の氷のつらら――というにはちょっと大きすぎる塊が飛んでいく。そのまま行けばアンジュの周りをふよふよしている『ヒートボム』に触れてドカンといくだろうコースだったのだが、その前にアンジュが動いた。
「勿論だけど、ただ浮かせて使う魔法じゃないからね?」
右手をピストルの形にして迫る氷に人差し指を向けるアンジュ。すると指の先に『ヒートボム』が出現し、アンジュが氷の塊の数だけ「ばん」と言うとその数だけの『ヒートボム』が銃弾のように射出された。
氷に触れた『ヒートボム』は、オレが知ってる……炎とか煙をふき出すイメージの爆発とは違う、光の破裂という炸裂の仕方をして氷を粉々に砕いた。しかも高温だからか、飛び散った氷の破片は地面に落ちる頃には水滴となっていて、闘技場の舞台は雨が降った後のようになった。
「ならばこれはどうですか?」
砕かれた氷に紛れ、部分的に凍らせた地面を文字通り滑るように移動したローゼルさんはアンジュの真横につき、中距離から氷の槍を伸ばして直接攻撃を仕掛けたのだが――
「どうもしないかなー。」
ローゼルさんの移動について行けず、無防備のまま氷の槍を受けた――そう思ったのだが、その槍がアンジュに触れた瞬間にさっき見た光の炸裂に包まれて砕かれたのを見て、わざと反撃しなかったのだとわかった。
「『ヒートコート』。『ヒートボム』と似た要領であたしを包んでるこの魔法はね、何かに触れるとその場所だけが起爆するの。『ヒートボム』ほどの威力はないけど、相手の攻撃の勢いと爆発の威力が合わさると……大抵の武器は壊れちゃうねー。」
『でたー! これまでの試合、相手の武器をことごとく破壊してきた無敵の防御魔法! 魔力を抑える事で『ヒートボム』では消せなかった光をカットし、透明な爆弾鎧となっているこの魔法の特徴は、少ない魔力を一点集中させる事で爆発の威力を大きくしている事! 局所的に大きな力を受けた剣や槍といった武器は耐え切れずに折れてしまう! これぞ、『スクラッププリンセス』の名の由来!』
「えぇ? あんなにペラペラしゃべってるけどいいのか? なんかあの魔法の秘密というか仕組みというか、結構なネタバレの気がするんだけど……」
「あたしたちはアンジュの試合を見た事ないから知らないだけで、この場にいるほとんどは知ってるんじゃない?」
「高温……なるほど、これは霧も使えそうにありませんね。」
「霧だけじゃないでしょー? 氷使いで槍使いの優等生ちゃんにとってあたしは最悪の相手。なんにもできないんじゃな――」
アンジュがニヤニヤしていると、その頭上に突然水の塊が出現した。重力に引かれて落下してくるそれを、アンジュは――少し驚いた顔で避けた。
「一つ足りませんよ。わたしは氷使いで槍使いで……水使いでもあります。ふふ、どうしたんですか? ただの水、爆発で吹き飛ばせたでしょうに。」
「へぇ……」
さっきまでだいぶ余裕な顔だったアンジュが「なかなかやるじゃない」って感じに笑う。
「熱いモノに水をかけると水蒸気になって消えてしまいますけど、言い方を変えればそれは、熱いモノから水が熱を奪って水蒸気になったという事です。あなたのその魔法がどれくらい燃費の良いモノなのかはわかりませんが、水をかぶると一時的に鎧は薄くなる――か、もしくは消えてしまうのでしょう?」
「さー、どーかな? やってみればわかるよ。」
「ええ、そうします。」
トリアイナを構え直してダンッと踏み込むローゼルさんは右手を前に出し、走りながら水の塊をダダダッと発射した。
対してアンジュも同じように踏み込んだのだけど、足の裏でボンッという音がして――そう、まるでエリルのような加速でローゼルさんに方に向かって行く。そのまま行けば水にぶつかったのだが、足の裏での爆発を利用した方向転換を繰り返し、結局アンジュは全てをよけてローゼルさんの前に出た。
長さも形も自在のトリアイナの先端は、いつもは氷なのだが今は水となっていて、目前に迫ったアンジュに向けてリシアンサスの槍技が繰り出される。
しかし、そこはここまで勝ち残っているアンジュ。レベルの高い体術でそれをかわし、爆発で加速したキックを繰り出す。
アンジュの『ヒートコート』はたぶん、そのまま攻撃にも使える。ローゼルさんもそう思ったのだろう、いつもならトリアイナでいなしたりするところを、氷の盾を自分とアンジュの間に出現させてキックを受けた。
案の定、アンジュの脚は氷に触れた瞬間に起爆する。それを予測していたローゼルさんは大きく後ろに退いていてその衝撃を受ける事はなかった。
「な、なんか……エリルちゃんと、似てる……戦い方だね……」
「爆発でボーンって飛んでってドカーンだもんねー。」
「なによその表現……」
「似てるけど……タイプは違うかな。エリルは爆発と炎の噴射を使ってるからその威力はある程度維持される。だけどアンジュのは爆発だけだからその威力は爆破したその一瞬だけだ。んまぁ、その代わりにエリルと比べるとアンジュの方が小回りが利くのかも。」
「つまり、エリルちゃんがパワータイプであの女がテクニックタイプって事だね!」
「んまぁ……いや、エリルもあれはあれで結構テクニカルなことしてるんだけどね……」
「…………ロイくんてば、なんかエリルちゃんばっかりだね……」
「えぇ?」
『カンパニュラ選手の『ヒートコート』よって武器による攻撃を封じられた今、魔法と体術による戦いとなったこの試合! 両選手、そのどちらにおいてもハイレベルな技を披露している! 相性の悪さから一方的かと思われましたが、まだまだ先はわからないぞー!』
「貴族の令嬢――それにしては良い動きをしますね。」
「だからこそと言って欲しいね。生まれた時から達人なんかいないんだから、問題は近くに教える人がいるかどーかでしょー?」
「なるほど。貴族となれば、腕の良い騎士が護衛として近くにいる――そういう事ですね。」
地面を強く踏み、爆破によって大きく距離をとったアンジュは両手を開き、その十本の指をローゼルさんに向ける。その一本一本の指先に『ヒートボム』が出現し、銃身となった十本の指から散弾のごとき連射が放たれる。
迫る赤い閃光を氷で防ぎ、またかわしながら難なく突き進んで再び距離をつめたローゼルさんがトリアイナを振り下ろすと、アンジュの頭上からバケツを何杯かひっくり返したみたいな水が降り注いだ。
それを避ける為に後ろに跳ぼうとしたアンジュは、いつの間にか背後に出現していた氷の壁にぶつかった。その壁自体はすぐに砕かれたものの、そのせいでアンジュは水を被る。物凄い水蒸気が発生して白く染まる中、ローゼルさんのトリアイナが銀閃を描いた。
「――っ!」
一瞬の間をおいて白い煙の中からアンジュが飛び出し、ローゼルさんを飛び越えて遠くの方に着地した。自分の左腕を押さえながら。
たぶん、これが闘技場の外だったならアンジュの左腕からは血が出ているのだろう。しかし学院長の魔法のせいなのか、痛みはあるものの血は出ないという謎現象が起きるのだからすごいモノである。
「腕ですか……攻撃できても水蒸気のせいであなたがよく見えなくなるというのはどうしようもありませんね。」
「……普通なら、さっきの『ヒートボム』の連射であんなに近くまで来れないはずなんだけどね。やっぱりちょっと凄すぎるよね。」
「? なんの話でしょうか。」
「『ビックリ箱騎士団』の話だよ。特に、ロイドからの教えを受けてるお姫様と優等生ちゃんの二人のね。」
「?」
「二人の試合を観てると思うんだよ。異常に避けるのが上手いってね。そりゃあ相手の攻撃を受けないって大事だよ? どんなに威力あったって当たんなきゃ意味ないわけだしね。だからそれを修行するのはわかるけど……二人はそれの上達スピードが尋常じゃない。入学したての頃、片っ端から模擬戦挑んでた時のお姫様と今のお姫様じゃ別人だし、何度か見た優等生ちゃんの戦いも前と今じゃ全然違う。」
「よく見ているのですね。しかしそこはわたしたちの団長の教えの賜物というものでは?」
「ロイドが転入してから夏休みまで一か月とちょっと。夏休みの間にちょくちょく会ってたかもしれないけど毎日じゃないはずだよね? 要するにさ、いくら《オウガスト》の弟子直伝だからってレベルアップが早過ぎる気がするんだよ。」
「そんなに不思議な事ですか? 強い想いは、時に身体の成長を超える速度で人を強くするのですよ。」
「? どういう意味?」
「さて?」
「……まーいいや。その内本人に聞いてみるからね。」
少し痛そうにしながら、アンジュは両の手をパンと合わせ、それをゆっくりと開いていく。そこには『ヒートボム』……とは少し違う感じのする赤い光が形を成していた。
「わかってるとは思うけど、あたしって今の《エイプリル》を結構参考にしてるの。今からやるのはあの人の得意技だよ?」
「《エイプリル》の……」
「ま、あの人はこれを常に発動できるんだけどね。言っとくけどこれは――いくら優等生ちゃんでも避けられないから!」
赤い光を頭の上に掲げ、その手を勢いよく閉じながらアンジュが叫ぶ。
「『ヒートフィールド』!」
直後、二人が戦っている舞台が真っ赤な光に包まれた。その光には攻撃力があったらしく、観客席に届く前に防御魔法によって遮られ、結果舞台を包む光のドームという光景が視界に広がったのだが……同時に、観客席がムアッした熱気に包まれた。
「アイリスの高温のフィールドのマネだわ……これ。」
「暑い! なんかいきなりサウナに放り込まれたみたいだよ!」
「ぼ、防御魔法で遮られてこれ……っていうことは……ロゼちゃんは……」
赤い光が徐々に消えていき、黒く焼け焦げた舞台が見えてきて……そして二人の姿が見えた。
一人は両手を挙げたままのアンジュ。勿論無傷だ。
対してローゼルさんは……外見的に傷とかやけどはないんだけど、ひどく疲れた顔をしていた。
「油断しました……呑気に会話している場合ではありませんでしたね……このような大技の使用を許してしまうとは……」
「へぇ……よく防いだね。大量の氷と水でガードしたってとこかな? でなきゃ今頃、服も燃え尽きて優等生ちゃんは素っ裸のはずだしねー。」
「ふふふ、残念ながら同性ならともかく、わたしが肌を見せても良いと思える異性は一人しかいませんからね。このような場所でそうなるつもりはありません。まぁ、そもそもそんなハレンチな事、学院長の魔法が許すとは思えませんが。」
「ふぅん? でも結構急に魔法を使っただろうし、その顔だと身体にかかった負荷は相当なんじゃない?」
「なんの、まだまだこれからですよ。それにそれはそちらも同じでしょう? これだけ大規模な魔法、あなたも結構疲れているのでは?」
「どーかなー?」
『……えー、さらりと何か、想い人がいるかのような事を言っていたリシアンサス選手ですが、その辺の追及は新聞部に任せましょう! 大規模な熱魔法を防いだ結果、魔法使用による疲労が一気にきてしまったリシアンサス選手! 対してまだまだ余裕の表情を見せるカンパニュラ選手! 決着は間近かー!?』
「うーん、今ので勝てると思ったからなー。これ以上は貯金に手を出さないと……できれば最後に全部持っていきたいんだけどなぁ……」
「貯金? マナか魔力かを溜めて置くことができるのですか、あなたは。」
「んふふ、どー思う? ま、それでもやっぱりそうしないと倒せそうにないもんね。いいよ、それだけの相手だったって事で。」
アンジュが手を銃の形にし、その銃口を空に向ける。そしてその指先に今までと同じように『ヒートボム』が――
「――ってな、なんだあれ!」
思わずそんな声が出た。アンジュの指先に出現した『ヒートボム』の大きさが尋常じゃない。二人が立つ舞台を丸々飲み込む大きさだ。
「ばん。」
これまでみたいに速くなく、空気の入った風船を蹴り上げたみたいなふんわりした速度で上昇する『ヒートボム』は、しかしすぐに減速していく。
「あと何十秒かであれはこっちに落ちて来る。あたしは自分の魔法でケガしないようにしてるからいいけど――今の優等生ちゃんにはあれを防御する力は残ってないでしょー?」
「……ならばその前に倒します!」
足の裏に氷の柱を作り、その柱で自分の事を押しながらトリアイナを正面に構えて突撃するローゼルさん。この試合の中ではまだ見せていなかった加速方法に少し驚くアンジュ。だけどそのトリアイナには水も氷もないから、それが精一杯だと――たぶん思ってすぐにニヤッとする。
そもそもアンジュには『ヒートコート』がある。そしてそれを無力化する水ももう出せないみたいだから勝負はついたも同然……
正直、ローゼルさんのあの技を知らなければオレもそう思っただろう。
「『フリージア』!」
アンジュの目の前まで迫ったローゼルさんが口にしたのはとある魔法の名前だ。その効果は相手の身体の関節なんかに氷を張りつけて一瞬動けなくすること。
そう……ローゼルさんには相手を直に氷漬けにする魔法がある。エリルに聞いたところ、特定の場所に氷を出す事と動いてる対象を凍らせる事はその難易度に大きく差があるらしく、軽くやっているローゼルさんはやっぱりすごいということだった。
つまり第七系統を相手にした人が、だからといって氷漬けにされる事をいつも警戒するわけではないということだ。
直に凍らせる技を持っているなら、それを使った方が『ヒートコート』はもっと効率よく無力化できただろう。それを今の今まで使わなかったのは――きっとここぞという時に使う為。
相性が悪い事はわかっているのだから、切り札を使うタイミングは慎重に選ばなければいけない。水と氷を自在に操ることでたくさんの攻撃手段を持ち、なおかつ優等生と言われる程の頭脳で作戦を組み立てる。
この一撃は、ローゼルさんの作戦の最終段階だ。
「な――っ!?」
順序立てて言えば、『フリージア』によってアンジュの身体が凍り付いた瞬間、『ヒートコート』の熱でその氷が蒸発した――という事なのだがそれは一瞬の出来事で、アンジュからすれば突然自分の身体が水蒸気に包まれて、その上『ヒートコート』の効力が落ちるという現象にしか見えない。
「はあああああぁっ!」
予想外の出来事に対して驚きながら水蒸気に包まれていくアンジュ。
そんな隙だらけのアンジュに対し、ローゼルさんからもその姿は見えてはいないだろうけど完全に捉えたその場所に、トリアイナの一閃が走った。
だけど――
「惜しかったねっ!!」
白いモヤの中、ローゼルさんのトリアイナがアンジュの位置に届くほんの少し手前、水蒸気の中からこれまでで一番強い光を放つ赤い閃光が一直線にローゼルさんに向かって放たれた。
『ヒートボム』の炸裂とは違う、強いて言えばそれは……ビームと呼ばれるモノだった。
「――っ……や、やれやれ……」
真っ赤な光が通り過ぎた後……そこには突き出していたトリアイナを地面に刺し、それを支えにしてなんとか立つ……全身から煙をあげるローゼルさんがいた。
「こんな大技を……隠していたとは……」
「あたしもビックリだよ。相性最高の余裕の相手だと思ってたのにねー。まさかこれを使う事になっちゃうなんてさ。」
ずるずるとトリアイナを掴む手が下に滑って行き、ついにローゼルさんはその場にペタリと座り込んでしまった。
『け、決着―っ! 肝心の一撃がモヤモヤで見えずにモヤモヤするところですが――一年生ブロック準々決勝第三試合! 勝者、アンジュ・カンパニュラ選手!』
「結構熱かったのだが……やけど一つ無いのは面白いな。」
闘技場の外、出てきたローゼルは焦げ一つない綺麗な制服姿で自分の腕を眺めてた。
「もうちょっとだったね、ロゼちゃん……」
「うむ……いや、どうかな。まだ何か隠している風だったぞ、彼女。」
「最後の一発ね……見た感じビームみたいだったけど。」
「それよりもあの女、舞台を巻き込む熱攻撃にあのどでかい爆弾に最後はビームでしょー? あんなにやったら魔法の負荷でフラフラだと思うんだけど。特殊体質なのかな?」
「そうかもだけど……いや、それよりもローゼルさん大丈夫?」
あたしたちがアンジュの秘密について話してる中、ロイドだけ妙にローゼルを心配する。
「? 見てのとおりケガとかはないぞ? 若干肌がヒリヒリする感じだが。」
「いや、でもこの闘技場の魔法って魔法使った時の疲労は回復しないでしょ? ローゼルさん、あの熱攻撃防ぐのに結構無理したみたいだったから。」
「……心配してくれるのか?」
「そりゃあ……ほら、オレも前に魔法使い過ぎて倒れたことあったから疲労の感じがわかるっていうか……」
確かに、今のローゼルは見てわかるくらいに……なんというかゲンナリというかゲッソリというか、すごく疲れてる。でも別に歩けるくらいには元気で……
「あんたの時はそれまで全然魔法使ってなかったクセにいきなりやったか――」
「あー、そういえば確かに少しフラフラするなー。あー、倒れそうだー。」
急にふらついたローゼルはよろよろとロイドに寄りかか――!?
「や、やっぱり! 大丈夫?」
もたれかかってる感じだからそんな風には見えな――見えるわよ! 普通に抱き合ってる風に見えるわよ!
「大丈夫だ。ただ――その、ちょっとの間このままで……」
ロイドからは見えないローゼルの顔は、すごく嬉しそうだった。
「ローゼルちゃんてば、ちょっと大胆過ぎるんじゃないの?」
「リリーくんに言われたくないな……」
「さっきの試合だって、肌を見せるとなんとか。」
「なに、ロイドくんが一緒にお風呂に入ろうと誘ってきたらその誘いにのる気は満々だと、その程度の事だよ。」
「ボクだって! ロイくんか一緒に寝ようって言ってきたら喜んで寝るもんね!」
「…………二人の試合始まるわよ……」
ロイドからローゼルをひっぺがしたあたしたちは観客席に座って……騎士団の仲間が向かい合う舞台を見下ろす。
『さーさー、今日はこれで最後! このセルクがお送りする一年生ブロックの準々決勝もラストの第四試合! しかもこの試合は今までとちょっと違う――上位に名を連ねてきた『ビックリ箱騎士団』のメンバー同士の戦いです!』
スクリーンに映るのはロイドとティアナ。二人とも未だにスクリーンに自分の顔が映ることに慣れてないみたいで、なんとなく恥ずかしそうだわ。
『伝説の曲芸剣術を使う十二騎士の弟子! 『コンダクター』ことロイド・サードニクス選手! 対するは第九系統の形状における上級魔法、『変身』を使いこなす変幻自在のスナイパー、ティアナ・マリーゴールド選手! 互いに他の生徒にはない独特な戦い方をする選手です!』
「よ、よろしくね……ロイドくん……」
「うん……」
「……? ど、どうかしたの?」
「いや……いざその大きな銃が自分に向けられるとね……結構怖いなぁって思ってさ……」
「け、剣がくるくる飛んでくる方が……こ、怖いけど……あ、で、でも気にしなくていいからね……あ、あたしも全力で……戦うから……」
「もちろん。手抜きとか手加減とかできる相手じゃないからね、ティアナは。」
「そ、そうかな……」
「うん。」
少し照れるティアナを前にニッコリとそう言ったロイドは、左右にぶら下げてる剣じゃないもう一本の剣――腰にくくりつけてる三本目を抜いた。
『あーっと! このランク戦が始まってから初めて! 三本目の剣を抜いたぞー!』
観客の視線を集めた三本目の剣をロイドはひょいと真上に放り投げた。そして空いた両の手をスッと前に出す。何をするのかと、みんながロイドの両手に視線を移すとロイドは――
パチパチパチ。
――って、一人で拍手を始めた。
ロイドの謎行動に言葉をつまらせるセルクと観客だったけど、その視線がふと、ロイドに放り投げられた剣に戻ると一気にざわついた。
『あ、あーっ!? 剣が、剣が増えています!』
空中で増殖していく三本目の剣はロイドの拍手が終わる頃に落下を始め、結局一本が……えっといち、にぃ…………二十本になって地面に突き刺さった。
『これは魔法――いえ、マジックアイテムなのか! この夏休みの間に随分とユニークな剣をゲットした『コンダクター』! しかし注目するべきはそこではなく、曲芸剣術の使い手であるサードニクス選手の周りに合計二十二本の剣があるという事! いよいよ伝説の剣術の本領発揮か!』
「……負けないよ、ロイドくん。」
スラッとした白い腕と脚が露出した独特な服、そして右手にスナイパーライフル、左手に小さな銃――ピストル? を手にした……なんか見ようによっては訓練を積んだ兵士みたいな格好のティアナが、大量の剣に囲まれたロイドを前にしてとてもいい顔になった。
……あの大きな銃、例えばあたしなんかじゃもちろん片腕でなんて撃てない。だけど『変身』を使えるティアナなら、片腕でも十分に保持できる筋力を右腕に与える事ができる。
形状の魔法……やっぱりすごくて厄介な魔法だわ。
『気持ちの良い闘志をぶつけ合う両者! これは良い試合となりそうです! では、一年生ブロック準々決勝第四試合! ロイド・サードニクス対ティアナ・マリーゴールド! 試合開始!』
開始と同時に、まるでガンマンの早撃ちみたいなスピードで左手の銃を一――いえ、二発撃つティアナ。身体を強化できるならともかく、普通の人にとってはそれだけで致命傷になりえる銃弾という高速の先制攻撃。だけどそれはキンっていう金属音と共に弾かれ、誰もいない地面に穴を空けた。
『な、なんという速さ! マリーゴールド選手の早撃ちもそうですが――『コンダクター』がおそろしい! 一瞬前まで地面に突き刺さっていた大量の剣は既に視界に無く、ただの銀閃しか見えない状態になっている!』
正直あたしも驚いた。ティアナの早撃ちに追いつくほどの速さで曲芸剣術を展開した状態になってるなんて尋常じゃないわ。
まぁ、でもそうでなかったらティアナの銃弾を防ぐ事は出来なかったわ。避けてもたぶんついてくるだろうからどうしても叩き落とさなきゃいけない攻撃なのよね……
「――だは! いや、早撃ちされたらヤバイと思ってかなり無理したんだけど……無理して正解だったな……」
折角かっこよく始まったのにいきなりゼーゼーし出すロイド。
「さて、こっからだ!」
両手をバランスをとる感じに広げると、ロイドの身体がふわりと浮いた。というのも、最初の二発が弾かれた時点で、ティアナは両腕を翼に変えて空にあがってるのよね。
先に飛び上がったティアナを追いかけるようにして上昇するロイドを、遥か上から落下しながらスナイパーライフルで狙ってるティアナ。
放たれる自由自在の銃弾と、これまた自由自在な回転剣。
そこから先、二人の試合は空中戦となった。
観客席からじゃ点にしか見えないくらいの高い空の上で繰り広げられる激しい撃ち合い。あたしたちはスクリーンに映る……って言っても二人の動きが速くてそのスクリーンでもちゃんとは見えないんだけど、そんな高速の二人の戦いを眺めてた。
蛇みたいにグネグネ軌道を変えながら死角から迫る銃弾を周囲に展開させた回転剣の壁で弾くロイドと、自分を全方位から襲う高速の回転剣の全てを両手の銃で撃ち弾いていくティアナ。
銃撃と剣戟が二人の間に火花となって散っていく。
腕を翼に変えて飛んでるから、銃を撃つ時は飛べずに落ちていくティアナなんだけど、そんな弱点なんてないみたいに翼と普通の腕を一瞬で切り替えて飛ぶ事と攻撃が同時にできるロイドについていってる。
そして、いくら見えないくらいに速く動いてる回転剣でもティアナのペリドットには完全に見切られちゃってるロイドも、二十二本の剣を上手に使ってティアナの視界に隙を作り、時に風の魔法も混ぜながらペリドットの見切りが追いつかない一撃を繰り出していく。
空中っていう事もあって普段よりも複雑な攻防戦……
『あー……実況者泣かせです! あんな高度で高度な戦いをされても見えない! えー、まー一つ、情報を皆さんに提供することで場をつなぎますが……二年、三年ともなれば空中戦となる試合はいくつかあるもの! しかしながらこれほどハイレベルな空中戦が一年生ブロックで起こるというのは――だいぶすごい事!』
「……正直、ティアナがここまで強いとは思わなかったな。ロイドくんの実力を朝の鍛錬で実感しているから余計に感じるよ。」
「そうね……でも考えてみれば……魔法の暴走で、結果的に一か月の間形状魔法を修行する事になって……ロイドに魔眼の使い方を教わってちゃんと使えるようになって……その上そんな……あたしたちよりもたくさんの事が見える眼でS級犯罪者の戦いを間近で見た……強くなる理由はたくさんあるのよね、ティアナ。」
「その上料理も上手でスタイルもそこそこ……どこかのお姫様や優等生よりも厄介かもしれないね……」
「何の話してんのよ……」
『! おっとこれは! 両者の高度が落ちている!』
かなり上の方でドンパチしてた二人は、銃撃と剣戟の応酬をしながららせん状にぐるぐると落ちて来る。たぶん、わざとじゃなくて仕方なく。
「……『変身』は、ただでさえ魔法というのはある程度身体に負荷を与えてくるモノなのに、身体の形を変えるとあっては物理的な負荷も相当なはず。」
「ロイくんも、風の魔法でやってる事を考えると結構大変だよ。二十二本の剣を同時に回転させて、同時に操りながら自分を飛ばす事とか速く動く為の加速とかもやってるからね。」
「まぁ、いくら飛べたり回転できたりって言っても……ロイドって魔法を使い始めてからちょっとしか経ってないのよね。燃費はまだ悪いはずよ。」
くるくるときりもみしながら落ちてきた二人。ロイドが風で勢いを殺しながら着地したのに対し、ティアナは脚を強靭かつしなやかな動物のそれにして、着地と同時にロイドから距離をとり――ながら小さい銃を連射する。
一発一発が違う動きをするティアナの銃弾を防ぐため、回転剣を自分の周りで凄い速さで回転させて防御の態勢になるロイド。そんな一瞬の硬直を狙い、離れた所に着地すると同時にスナイパーライフルを構えて狙いを定めるティアナ。
ロイドはティアナの攻撃を剣で弾いてるけど、別に銃弾が見えてるわけじゃない。回転させる事で当たる面積の大きくなった剣を自分の周りに広げて、さらに高速で周回させる事で……ようは壁を作ってるだけ。その回転の速さが尋常じゃないからほとんど完璧に銃弾を防いでる。でも、ローゼルの氷のドームみたいな完全な壁ってわけじゃないから……一応理屈の上だと、銃弾がロイドの剣の壁を抜ける可能性はある。
そんな壁に向かって、今ティアナが――狙いをつけて銃弾を放とうとしてる。
銃弾の軌道を変えられるティアナにとって、狙って撃つっていう事はそんなに大事な事じゃない。あさっての方向に撃っても、軌道を曲げて目標に当てられるから。
そのティアナがスコープを覗いて狙いを定めて撃つっていうことはきっと、物凄く精密な射撃につながる――んだと思う。
ロイドの剣の壁を抜けられる程の射撃に。
ガンッ!
放たれる一発の銃弾。発射されてから目標に届くまで一秒もない……そんな一瞬にその銃弾がどんな動きをしたかなんてあたしには見えないけど……
『!! あーっとー!!』
ロイドの身体がはねるように大きくのけ反ったのは見えた。
ティアナの銃弾はロイドの防御を抜けて命中した。やっとの思いのこの一発、間違いなく急所を狙っての一撃のはず。それが当たったのだからこの勝負は――と、そう思った時、後ろに飛ばされながらロイドが腕を大きく振り上げた。
「え――!?」
次の瞬間、スナイパーライフルを構えてたティアナの身体が足元から発生した竜巻みたいな風に吹き上げられて宙を舞った。さっきのきりもみ落下とは比べ物にならないコマみたいな速さでぐるぐる回転しながら、ティアナはきれいな着地もできずに地面に落下した。
『こ――これはーっ! 曲芸剣術の防御を突破した銃弾によって狙撃されたサードニクス選手と、そのサードニクス選手の魔法で地面に叩きつけられたマリーゴールド選手! これはまさかの引き分――おぉ!? 両者に動きが!』
ロイドはわき腹を押さえてかなり痛そうな顔をしながら上体を起こした。どうやらそこに銃弾がヒットしたらしい。
そしてティアナは……立ち上がろうと片膝をつ――こうとするんだけど、まるで酔ったみたいにフラフラで上手く立てない感じだった。
「あれは……ロイドくんが一回戦でやった技だな。相手を回転で酔わせる……」
「あんだけぐりぐり回されたらいくら空中戦できるティアナちゃんでも頭の中ぐわんぐわんだろうねー。」
「っててて……よっ。」
痛がりながらロイドが手を動かすと、ふらつくティアナの傍に転がってる二つの銃が風に舞ってロイドの方に飛ばされ、代わりに回転する剣がティアナを囲った。
「……ティアナの狙撃を、防げるとは思わなかったからな……賭けだったけど、急所に風の防御を集中させておいたんだ。全身を覆うと、オレの魔法の腕だと層が薄くなってティアナの銃弾には意味がなくなるからね。」
「……! それであ、あたしの狙撃が命中する直前にズレたんだね……いきなり横にそれたからビックリしたよ……」
「おかげで致命傷は防げたけど……ガードしてないここにいててて……当たったから……ちょっと痛くて立てなくなった……」
「……で、でもあ、あたしの武器は取り上げられちゃったし……剣に囲まれちゃったし……もう『変身』する体力もないし……目が回っちゃってるし……うふふ、もうちょっと……だったんだけどなぁ……」
フラフラの身体を潔く倒して仰向けに倒れるティアナ。それを合図にセルクの声が響き渡る。
『けーっちゃくー! 一歩も譲らない激戦を制したのは『ビックリ箱騎士団』の団長! 勝者、ロイド・サードニクス!!』
死ぬほど痛かった。スナイパーライフルの銃弾というのは大きいし威力もある――らしいというのは聞いていたけど、こんなに痛いとは思わなかった。学院長の魔法がなかったらオレのお腹は半分くらいえぐられていたんじゃないか?
とはいえ、これも学院長の魔法により、試合が終わると同時にその壮絶な痛みはスッと引いた。
「……あれ?」
魔法の疲労はあるけどまぁ、ぐっすり眠ればなんとかなるだろうという感じに元気よく立ち上がったオレは、倒れたままのティアナに近づいた。
「……ティアナ?」
「……あ、あたし……その、う、動けないの……」
「『変身』の魔法の疲労でって事?」
「うん……ロイドくんと空で撃ちあってる時……あ、あたし腕を……翼と普通のに何度も変えたでしょ……? あ、あれってすっごく……大変なの……」
「……もしもティアナが勝ってても、それじゃあ次の戦い出来なかったな……」
「うん……でも、それくらい頑張らないと……ロイドくんと戦えないなって……そう思って……」
「……ありがとうな、ティアナ。」
「ううん。」
ニッコリ笑うティアナだが……さて、動けないなら運んであげないと。
「よし、オレの背中に――」
そう言いながら、ティアナに背を向けておんぶする姿勢になったオレだったが……
「……もしかして起き上がってオレにつかまるのも無理?」
「う、うん……」
「えぇっと……そうなると……」
仰向けに倒れているティアナを運ぶ方法はあれしかない……
「テ、ティアナ、その……えっと……」
「う、うん……いいよ……」
状況を察しているティアナは、少し顔を赤くしてそう言った。オレはちょっとドキドキしながらティアナの……腕の下あたりと脚の後ろに両腕を入れ、そのまま持ち上げ――
『あー!! サードニクス選手がマリーゴールド選手をお姫様抱っこしたぞー! いや、そうするしかないのはこちらもわかるのですがお姫様抱っこ! お姫様抱っこです!』
連呼されると余計に恥ずかしい。
「さ、さっさと出ようか……」
ティアナを抱え、オレは闘技場の出口に向かう。舞台の左右にある通路はそのまま進むと闘技場の外に出るので、通路内に入ってしまえば誰にも見られない。
お、お姫様抱っこというのは位置的に顔がとても近い。ちょっと目線を下に向けると、何故かオレの方を向いているティアナと目が合ってドギマギする。
「ご、ごめんね……お、重い……?」
「ど、どっちかっていうとティアナの銃が重いかな……」
置いて行くわけにもいかないので小さな銃をポケットに挿し、スナイパーライフルを肩にかけてティアナをお……お姫様抱っこしているわけだが、肩にかかるスナイパーライフルの重みが結構ある。
「こんなズッシリくるのを使ってたんだな……ティアナはすごいよ。」
「も、持ち方にコツが……あるんだよ……」
「そんなモノがあるのか……」
「あ、そ、そうだロイドくん……」
「ん?」
「丁度いいから……話しておきたいんだけど……」
「うん?」
「あ、えっと、でもそ、その前に一応……確認するんだけどね……ロ、ロイドくんは……あ、あたしをこのまま放り投げたりしないよね……?」
「どういう状況!? しないよ!」
ビックリしたオレはティアナの方を見る。すると――なんというか、まるでオレがティアナの方を見るのを予測していたみたいなタイミングで、ティアナはこう言った。
「あ、あたしロイドくんの事、好き……なんだ。」
思わず立ち止まる。完全完璧に予想の斜め上の言葉に、オレの頭は一瞬停止した。しかし、オレの視界いっぱいに映るティアナの――強い意志を感じる表情によって再起動する。
「えぇっと……」
「ロ、ロイドくんは……結構鈍いから言うけど……お、女の子のあ、あたしが、男……の子のロイドくんを、す、好き……なんだよ……?」
「う、うん……」
さすがに三回目ともなるとそういう事かどうかはわかるしいい加減慣れ…………ないな。
「う、嬉しい――んだけど、そ、その前に……なんで今……」
「……二人っきりだし……お姫様抱っこだし……チャ、チャンスかなーって……」
なんというか、大人しいとか控えめとか引っ込み思案とか、そんな表現がしっくりくるティアナだけど、ここぞという時にはぐいぐい突き進む根性があるというか度胸があるというか……
いやいや、そうじゃなくて!
「え、えぇっと……その、オレ……」
「わかってるよ……ロイドくん、優柔不断だもんね……」
「……はっきり言われると……いや、そうなんだけど……ごめん……」
「リリーちゃんがして……ロゼちゃんがして……あ、あたしもってなったらロイドくんは……ぐるぐるしちゃうだろうけど……ふ、二人が……すごくせ、積極的だから……このままだと負けちゃう……気がしちゃって……」
いかんせん、お姫様抱っこという状態がヤバイ。リリーちゃんの時やローゼルさんの時は多少身体の自由がある状態だったから……なんとなく心臓が落ち着く距離まで離れる――離れようと試みる事はできた気がするんだけど……ティアナが言ったように、放り投げでもしないと今のこの距離は変わらない。
何と言うか……すねたような笑ってるような……とにかく今まで見た中で一番かわいい顔をしてるティアナの近距離攻撃は威力が高過ぎる……!
「まぁ……あの二人もあ、あたしも、もうわかっちゃってるから……いいんだけどね……」
「な、なんの話ですか……」
「なんでも……ないよ。」
「そ、そう……え、えっとあの、ちちち、ちなみに……聞いてもいいかな……なんで……オレを……」
「……好きな、ところを言うと……い、いっぱいあるけど……そ、そうだね……ロイドくんはあ、あたしの……お、王子様なの……」
「えぇ!?」
「困ってるあ、あたしの前に……突然現れた……王子様……」
純粋そのものの笑顔でそう言われてしまった。これ以上は何も言えない。
「……あ、ありがとう……?」
「ううん……あ、そういえば……」
「な、なに?」
「リリーちゃんもロゼちゃんも……こ、告白した時……キ、キス、したんだよね……」
「びゃっ!?!?」
金色の瞳がオレを射抜く。まさかこの体勢で!?
「えっと……ちょ、ちょっと届かないから……ロイドくん、少しだけ顔をち、近づけてくれるかな……」
「ぶぇえっ!?!?」
もはや断るとかの過程を素通りして実行に入るティアナ。
全身クタクタのティアナが動かせるのは首を少しだけ。それだとオレに届かないからオレにある程度近づけとそう言っているわけだが――オ、オレから!?
「びゃらば、テテ、ティアナ――」
「……してくれないの……?」
「い、いや! あの――」
「……二人とはしたのに……?」
「えっと! その――」
「……ロゼちゃんとはたくさんしたのに……?」
ダメだ。今のティアナに勝てる気がしない。
「――!! ――!! わ、わかった! じゃ、じゃあ――どどど、どうぞ!!」
半分ヤケになったオレはずいっと顔をティアナに近づける。
「……は、恥ずかしいから……目、つぶってくれる……?」
「は、はい!」
「……もうちょっと、届かないよ……」
「こ、こう?」
「もう少し……」
「これくら――」
おずおずと顔を近づけていたオレの口が、柔らかいモノに塞がれた。
ああ……二人とはまた違った――って何を考えてるんだオレ――
「んぐ!?」
直後、さっきまで力が入らなさそうにブラーンとしていたはずのティアナの両腕がオレの首にまわり、ぐいっと引っ張られ……そのまま長い時間が経過した。
なんだか小一時間くらいそのままだったような気もするその状態が終わり、顔を離したティアナは嬉しそうに驚いた顔で呟く。
「……ロゼちゃんが何回もしたくなるの……わかるよ……すごく……幸せ……」
「そそそ、そうでむぐぅ!?!?」
再び塞がれる口。
そう、何度も言うように、ティアナを放り投げでもしない限りこの近い距離は変わらない。両手はふさがってるし脚を動かしても意味はない。首を動かしてもぐいっと引っ張られて元の木阿弥。
オレは……
「は?」
思わずそんな言葉が口から出た。だいぶ時間が経ってからティアナをお姫様抱っこして出てきたロイドが、魂を抜かれた抜け殻みたいな顔だったから。
しかもあたしはこの顔を知ってる。ローゼルとのデ、デートから帰って来た時もこんな顔だった。
「……ティアナ? ……あんた何したのよ……」
「…………エリルちゃんの想像通り……だとお、思うよ……」
ティアナのその言葉に、顔が青くなるのはローゼルとリリー。
「ままま、まさか!? ティアナ……その通路でこここ告、告――」
「しかもお姫様抱っこされながら!? うらやま――っていうかロイくんがその顔って事は――」
二人が今にも絶叫しそうな顔を向けるのに対し、ティアナは――普段のティアナからは想像できない……なんて言えばいいのか……ま、魔性の女……みたいなイタズラっぽい顔で自分の唇にそっと指を置いた。
「ティアナーっ!」
「ティアナちゃーんっ!」
二人によってロイドの腕からひっぺがされたティアナは……ローゼルにお姫様抱っこされた状態で二人にギャーギャー言われる。
そしてティアナから離れた魂の無いひょろひょろロイドがふらふらして倒れそうなのを、あたしが受け止めた。
ぽかーんと開いたロイドの口を眺めるあたしは、その唇をつつきながら……な、なんでそんな事を呟いたのかわかんないけどこう言った。
「……この女ったらし……」
第五章 お嬢様と正義の騎士
その日の朝、あたしのルームメイトは庭に出て伸びをしてた。
よく考えたら、一応女子寮なこの建物の庭にこの時間に出ると……もしかしたら窓際で着替えてる女の子なんかからワーワー言われそうなんだけど、相部屋になってから今までそういう悲鳴的なのも苦情的なのも一度もない。
そういうのに興味がないわけじゃないんだけど、根っこが真面目っていうかすっとぼけてるっていうか、とにかくそんなんだからなんにもない。
ま、まぁあたしとの生活の中で――そ、そういうハプニングみたいのが無かったわけじゃないけど、それだって最初の方だけだし。
で、でもそれはそれでどうなのかしら。女の子としてのあたしの自信みたいのもアレだし……年頃の男の子の男心なんて知らないけど、もっと……こう、アレな気がするし……
「……朝からガン飛ばして来るとはやる気満々だな、エリル……」
「ば、違うわよ!」
なんか知らないけどロイドを睨んでたあたし……
「というか、今日は起こさないで起きたんだな。ねぐせがすごいけど……」
「あんたに言われたくないわよ。」
そう言い合って互いに自分の頭に手を置き、あたしとロイドは鏡の前に立った。歯を磨くときもなんとなく二人で並ぶんだけど……自分と誰かが並んでる光景を写真以外で見るっていうのは結構珍しくて……べ、別にだからなにってわけでもないけど……
「? どうしたんだ、エリル。」
「な、なんでもないわよ。あんたこそ、昨日あんなことがあったのにいつもと変わんないわね。」
「――!!」
一瞬で真っ赤になるロイド。
「せ、折角落ち着いてきたのに……」
「……やっぱり意識してるのね……どう――だったのよ……その……ティアナは……」
「へ、変な風に聞かないで下さい! 別にどうも――いや、まぁ……えっと……」
口――というか唇を片手で覆いながらごにょごにょと呟くロイド。
「…………柔らかかったです……」
「……変態。」
「き、聞かれたから……」
「……じゃあリリーとローゼルは……?」
「えぇ!? いや、二人は二人ともそれぞれにちょっと違くて――って朝から何を言わせるんだ! きょ、今日は準決勝だぞ、エリル!」
「わ、わかってるわよ。ティ、ティアナので――う、浮かれてないかチェックしたのよ……!」
そんな会話をしてたら、対戦相手を知らせるカードがピコンと鳴った。
「? いつもより早いわね。」
「今日であのカードの役目も終わりだからな。気合いが入ってるんじゃないか?」
「誰の気合いよ……」
それぞれに自分のカードを手に取ってそこに表示された名前を見る。そして顔を上げたあたしとロイドはこつんと互いの拳をぶつけ合った。
「決勝で会いましょ。」
「もちろんだ。」
『おはようございます! 本日もここ、第三闘技場からお伝えしますはセルクでございます! いよいよ準決勝ですが――しかし! ある意味決勝戦でもある今日の試合! なぜなら、今日の試合によって一年生――男子最強と女子最強が決定するからだーっ!!』
舞台に続く長い廊下、その先にある光に向かっててくてく歩く。
聞こえてきたセルクの声で、確かにそうねと納得する。
女子最強……でもそれはただの通過点。あたしには、決勝で待ってる相手がいる――
「……って、なんか熱血の男の子みたいだわ……」
女の子として微妙な気持ちになったけど、でもあたしは第四系統の火の魔法の使い手。どこまでも真っ直ぐに突き進む使い手が多いらしいし……
ま、いいわ。あたしはあたしの目標に向かうだけ。そこに一緒に歩いてくれる奴と、決勝戦で会おうって話した。
それに――そいつを奪われるわけにはいかないわ。
「なかなかいい舞台が整ったんじゃない?」
観客席の生徒たちの歓声の中、アンジュは腰に手をあてて立ってた。
「あたしの『ヒートボム』、当たると結構痛いけどだいじょーぶかな、お姫様。」
「……あんたこそ、そんな格好であたしの攻撃を受けるつもりなの、お嬢様。」
舞台の真ん中あたり、そこそこの距離を間に置いて、あたしとアンジュは向かい合った。
「……ていうか……今更だけどそれ……スカート短いしおへそ出てるし……は、恥ずかしくないの……」
「あたしを痴女か何かと勘違いしてるなら心外だなー。あたしみたいに魔法を主体に戦う人はできるだけ肌を出した方がマナ吸収の効率がいいって事くらいわかるでしょー。あたしに色々教えてくれた師匠も半分裸みたいな格好してるし。」
「裸……」
「あ、言っとくけど男だから。でもその師匠のおかげであたしはこんな格好でもオッケーなの。」
「は?」
「普通、こんな短いスカートじゃパンツ見えちゃうし、おへそが出るよーな服だから何かの拍子に色々見えちゃうかもしれないし、恥ずかしくてこんな格好は出来ないよ。なのにあたしが平気なのは、この服を特別な布で作ったからなの。」
「な、なによそれ……大体制服をそんな改造して……」
「学院の許可はもらってるもん。制服を注文する時にこの布でこういうデザインでってリクエストしたんだから。」
「……あっそ。で、その特別な布だと何がいいのよ。」
「あたしの師匠はねー、例えるなら中に何も着ないでローブを被ってるだけ――みたいな格好なの。それでも通報されないのは、そのローブが師匠の作った布……マジックアイテムでできてるから。その布で服を作るとね、どんなに激しい運動をしても、何かの拍子に破れちゃったとしても、肝心な部分は他人に視認できなくなるの。すごいでしょー。」
「何よそのマジックアイテム……あんたの師匠はマナ吸収の効率を上げるためにそんな布を作ったってわけ……? で、でもあんた……あ、あの時は……み、見えて……」
「自分からやる場合には効果が働かないの。だから……実はあたしのを誰かに見られたのはあれが初めてだったんだー。」
少し顔を赤くしてうふふと照れるアンジュ。
「あれは自分でもビックリだったんだよねー。あとで恥ずかしくなってジタバタしちゃったもん。でもなんか、それくらいはしてもいいかなって思っちゃうってゆーか……何をしてでも傍にいたくなる――自分のモノにしたくなっちゃう魅力があるよね?」
……少しだけドキッとした。
「そんな気はあんまりなかったんだけど……あたしのにしたいって思って眺めてたら以外とタイプっていうかむしろ――って感じ。お姫様もそうなんじゃないの?」
「――!! なんの話よ……!」
「試合前になんという話をしているのだあの二人は。」
「いはいいはい! ほっへをふねらはいでくははい!」
『カンパニュラ選手のスカートが鉄壁だという事以外よくわかりませんが、どうやらこの二人には因縁がある様子! もしかすると今日という日に向かい合った二人の試合は運命か! では参りましょう! 一年生ブロック準決勝第一試合! そして一年生女子最強決定戦! エリル・クォーツ対アンジュ・カンパニュラ! 試合開始!!』
いつものように先手必勝。あたしはソールレットから爆炎をふき出してアンジュの方に飛びだした。
「いつもどーりだねー、お姫様は!」
あたしのパンチに合わせてキックを――『ヒートコート』をまとった脚でキックを繰り出すアンジュ。あたしのガントレットがアンジュの脚に触れ、『ヒートコート』は起爆した。
赤い閃光と熱と爆風。閃光はまぁ眩しかったけどそれくらいで、熱は耐熱魔法をかけてるから平気で、問題は爆風の威力なんだけど――
「へぇー……おんなじくらいってわけか。」
「そうみたいね。」
あたしは『ヒートコート』の爆発で吹き飛ばず、アンジュもあたしのパンチに飛ばされなかった。
『互角! クォーツ選手の『ブレイズアーツ』によるパンチとカンパニュラ選手の爆発は互いに威力を相殺した模様!』
「それじゃ――」
あたしの腕を脚で押し返してくるくるとバク転で後ろに距離を取ったアンジュは、着地と同時に両手の指に『ヒートボム』を作り出す。
「遠距離戦で勝負って事かな!」
バババと放たれる『ヒートボム』。あれを走り抜けるのはちょっと難しそうだからこっちも遠距離攻撃をする。
ガントレット一つだとたくさんの『ヒートボム』の爆風で威力が削られていって、アンジュに届く頃にはへなちょこパンチになる……ような気がする。
だから――
『あーっと、クォーツ選手! 左腕のガントレットを右腕に取りつけたー! これは!』
「『コメット』!」
別に鉄砲の弾よりも速いとかそんなスピードで飛んでるわけじゃないんだけど、ガントレット二つ分の大きさのモノが飛ぶにはちょっと速過ぎるせいで風とかがすごくて……だからその風に巻き込まれたりとかでこの技は避けにくい。よくできてる技だって、アイリスも褒めてくれた。
ドカァンッ!
カルクの時と同じ、闘技場の壁に突き刺さるっていうか砕く音が響く。だけど正面を見たあたしの視界には、砂煙の中からこっちに向かって走ってくるアンジュが見えた。
「あたしの『ヒートコート』って、緊急回避にも使える優れものなんだよ!」
『カンパニュラ選手、『ヒートコート』の起爆で自身の身体を強制的に『コメット』の射線上から退避させたようです! クォーツ選手ピンチ!』
「お姫様のその技、発射しちゃったら両腕の装備が無くなって無防備になるから諸刃の剣って奴だね!」
足の裏での爆発を使って加速するアンジュは、その勢いであたしに回し蹴りを繰り出す。
確かに、ガントレットを飛ばすっていうのはあたし自身の攻撃力と防御力を下げることになるけど……まだソールレットがある。
「うわわっ!」
迫るアンジュの脚に、同じく爆発で加速したキックをぶつける。さっきみたいにお互いの威力が殺されて、また同じようにアンジュが距離を取った。
「今のに反応するとか……お姫様のクセに格闘のセンスがありすぎるよねー……ま、あの桁違いに強い近接格闘のスペシャリストの《エイプリル》が師匠じゃあ当然ってところなのかな。」
「ホントにねー……あれはエリルちゃんの才能なのかな。」
「武器が上手に使えなくてパンチキックにしたと言っていたからな。生まれつき格闘に特化している妙な体質なのかもしれない。」
「いや、エリルの格闘スキルの高さは『ブレイズアーツ』の影響らしいよ。」
「そ、そうなの……?」
「うん。パムが言ってたんだけど、エリルにはエネルギーの循環が出来上がってるんだってさ。」
「エネルギーの循環? なんだそれは。一体なんのエネルギーが?」
「えっと……そもそもの話なんだけど、イメロが生み出す各系統専用のマナって、自然の中にあるマナと違って系統ごとの特徴を持ってて……第四系統の火のイメロから生まれたマナはある一定の熱を持ってるんだと。」
「ほう。つまり……それを体内に吸収して魔力にするという事は、その一定の熱を体内に取り込むという事か。」
「さ、さすがローゼルさん、頭いいな……いや、その通りで……エリルって両手両脚で常に炎を出し続けてるから――火のマナを魔力に変換して、それを炎にして、でもってその炎で生まれる火のマナをまた魔力にしてっていうサイクルが出来上がってて、だからエリルは火のマナの持つ熱を絶えず吸収し続けてる事になるんだよ。」
「熱……体温が上がるという事か?」
「ううん。どうも火のマナが持ってるっていうその熱――いや、熱エネルギーは、魔力に変換される時に普通のエネルギーとして魔法を使っている人の身体に吸収されるらしいんだ。」
「そんな現象が……?」
「詳しく言うと……『熱』っていう火の成分は魔力にきっちり変換されるけど、そうじゃないただのエネルギーはそのまま取り残されちゃって、行き場を失ったそれは術者の体内で散るからとかなんとか……」
「熱もエネルギーの一つのはずだが……いや、しかし魔法の世界の話だからな……まぁ詳細は置いておくとして、吸収される普通のエネルギーというのは……つまり体力とかそういうモノか?」
「うん、そんな感じの、身体を動かすためのエネルギー。それが絶えず供給されるエリルの身体は常にベストコンディション。身体の持つ能力を百パーセント、場合によってはそれ以上に発揮できるような理想的な状態になるんだと。」
「ふむ……ではエリルくんが戦いの中で受ける疲労というのは魔法による負荷が原因のモノのみという事か。」
「ふーん? でもさー、そんなの常にお腹いっぱいの人ってくらいでしょー? それがあの強さに繋がるの?」
「えっと……例えば、エネルギー満タンの人がパンチをするとするでしょ? でもパンチを一発打つのだってエネルギーは使ってるわけでさ、そのパンチが相手に届く頃にはパンチ一発分のエネルギーを消費した状態になるんだよ。それに対して、エリルはパンチを打つ前と打った後で残りのエネルギーが変わらない。なぜなら、消費される端から回復していくから。」
「ふむ……極端な話、全身のエネルギーを残さず使った渾身の一発を、一般人は一回しか打てないのに対し、エリルくんは何回でも打てる。それどころか行動の一つ一つに渾身を込める事ができてしまう……」
「攻撃も防御も……踏み込んだりとか避けたりとか、普通なら必要な分だけのエネルギーしか使わないところを全部全力でやる。普通なら一回しかできないような、体力をすごく使うすごい動きを何度でもできる。それがエリルの格闘スキルの高さにつながって、強さになってるんだ。」
炎の逆噴射が出来ればいいんだけど……ガントレットの構造的にそれはさすがにできないから、壁に突き刺さったら抜きに行かないといけない。
あたしはソールレットを使ってできる限りの速さに加速、ガントレットが突き刺さった壁を蹴り崩し、外れたガントレットを装着しなおした。
「……ちょっとお姫様、最高速度はどれくらいなの……」
『カンパニュラ選手呆然! せっかくソールレットだけになっていたクォーツ選手のガントレット回収を黙って見ている事しかできなかった! いや、そもそも見えていなかったでしょう、あまりに速過ぎる! 速度とパワーを兼ね備えた『ブレイズクイーン』に弱点はあるのかー!』
あるに決まってるわ。今のだって、平気そうな顔で頑張ってるけど両脚が痛い。それに速いって言っても基本的に真っ直ぐにしか動けないし飛ばせない。速い上にぐねぐね動けるロイドとかと比べるとまだまだよ。
「やれやれだねー。ちょっと貯金に手を出さないといけない気がしてきた――けど、まーいっかな。欲を言えば優勝したかったけど、あたしの決勝戦はこの試合だし。」
「? 女子最強が目標だったわけ?」
「まさかー。忘れちゃったの、あたしとの約束。」
「……」
アンジュはピンと人差し指を立てて一人でしゃべり出す。
「お姫様に勝つと次は決勝戦で、相手はロイドかカラード。ロイドの強さはお墨付きだし、カラードは間違いなくめちゃくちゃ強い。そんな二人と戦うにはあたしも貯金を残して挑まないとなんだけど……でもそもそもの話、あたしのこのランク戦における目標はお姫様に勝つ事なんだから、お姫様とぶつかった時点で次の試合の為の余力なんて考えなくていーんだよね。」
「……それ、あたしと一回戦でぶつかってもそう言うわけ?」
「さすがにそれは勿体無いからその時はもうちょっと頑張ったかな。」
『おお! やはり両者の間には何かがある様子! ライバル対決のような熱い展開です! 火の魔法の使い手同士なだけに!』
「でも、実際はこの準決勝でぶつかった。成績としては上々だし、お姫様は予想以上に強いし……この試合で貯金を全部使っちゃってもいいかなって思うの。だから……」
すぅっと両目を閉じたアンジュはそのままで数秒を過ごし、そしてゆっくりと目を開く。
「こっからはこの『スクラッププリンセス』の全力全開で相手をするよ?」
アンジュの瞳は髪の毛の色と同じオレンジ色。だけど今、その瞳からは色がなくなって……灰色っていうか、透明っていうか、眼の奥まで見えそうな奥行きのある――ように見える不思議な色になっていた。まさか……
「その眼……あんた、魔眼を……」
「あは。別に珍しくないでしょー? お姫様のお友達のスナイパーちゃんだって魔眼じゃない。」
『魔眼! なんとカンパニュラ選手は魔眼持ちだったー! 各学年、五人もいればその年は多い方という感じですが……ティアナ・マリーゴールドとアンジュ・カンパニュラ! まずは二名の存在が明らかになったー!』
「それがあんたの切り札ってわけ?」
「そーゆーこと。あたしの魔眼フロレンティンはねー、魔力をためる事ができるの。」
「魔力……なるほどね。ローゼルとの試合の最後、魔法の負荷が結構あるはずなのに軽く出てきたあの巨大な『ヒートボム』はそのおかげってわけ。」
「魔力をためる? だから負荷があるのにできた? えっとつまり……?」
「相変わらず魔法関連はまだまだ疎いのだな、ロイドくん。いいかい? 魔法を使う時、人はどのようなプロセスをふむ?」
「えぇ? マナを吸収して、それを魔力に変換して、でその魔力を使って魔法を発動……だよね……?」
「その通り。では、人が魔法を使う時に身体にかかる負荷というのは、どのプロセスで発生していると思う?」
「? 全部じゃないのか?」
「実はそうじゃない。マナを吸収するのなんて、コツさえつかめば呼吸するのと同じ感覚――ほぼ無意識に行えるし、魔力を使って魔法を使うというのも、燃料を入れて機械を動かす――みたいな事だからそんなに大変じゃない。つまり、身体に負荷がかかるタイミングというのはマナを魔力に変換する時なのだ。」
「そうだったのか……」
「魔法生物はそれを行う専用の体内器官を持っているが、わたしたち人間にはそれがない。だから結構無理やり変換していたわけだ。」
「つ、つまりえぇっと……一番身体に負担のかかる……魔力を作るって行為を予めしておいてためて置けるって事なのか?」
「ざっくり言うとそうだな。魔法の負荷がピークになると、いくら大量のマナが周囲にあってもそれを魔力に変換することが出来なくなって魔法が使えなくなる。しかしアンジュの場合、そうなったとしてもためておいた魔力を使って魔法を使う事ができるわけだ。」
「なるほど、それは便利だな。でも……魔力をためるって、頑張れば誰にでもできそうな気がするけど……」
「基本的には無理だな。作った魔力はすぐに魔法として消費するか、でなければマナに戻って再び自然の中に戻っていく。人の身で魔力を魔力の形でとどめておこうと思ったら高度な技術が必要なのだ。ま、これまた魔法生物にはその為の器官があるわけだが。」
「人はマナを魔力にする度に疲労して、最後には魔力を作れなくなるけど……ぐっすり眠れば大抵は回復する。だから腕のいい騎士や魔法使いは自分が一日に練れる魔力の量とか、どれくらいの休憩でどれくらい回復するかっていうのを正確に知ってる。それを目安に戦いを上手に進めていくわけだけど――そう、あたしの場合はちょっと違う。」
あっかんべーするみたいに、自分の眼を指差すアンジュ。
「例え、あたしが一日に十の魔力しか作れなかったとしても、昨日のあたしが五をここにためておいてくれたら、その日にあたしが使える魔力は十五になる。一昨日のあたしがさらに、その前のあたしが加えて――なーんてやってくと結構たまるわけ。すごいでしょー。」
「……どれくらい貯金があるのか知らないけど、それをこの試合で全部使うってわけね、あんたは。」
「そーだよ? ちなみにどれくらいかって言うと――」
手を鉄砲の形にして空を指差す。その指先に出現したのは、ローゼルとの試合の最後に登場した巨大な『ヒートボム』。
「これを、必殺技じゃなくて通常技にできるくらい貯金があるよ?」
そのまま魔力自慢が続くかと思ったけど、その巨大な『ヒートボム』をさっとあたしに向けて、アンジュは「ばん!」と叫んだ。
別に油断してたわけじゃないけど、ちょっとビックリしていつも以上の勢いでその場から移動したあたしは、一瞬の赤い閃光と爆風をまき散らしてさっきまで立ってた場所が――真っ黒に焼き砕かれるのを見た。
あんなのくらったら、ローゼルみたいに防ぐための耐熱魔だけですっからかんになるわね。
「ふふ、まだだよ、お姫様!」
鉄砲の形にした手で再び空を指差す。すると漫画みたいなポポポンってマヌケな音を出しながら巨大な『ヒートボム』が何発も空中に放たれた。
まるでお日様が増えたみたいに、赤い光を放つ球体で空が埋まる。そしてそれはだんだんと減速し、ゆっくりと落ちる準備を始めた。
「第四系統の使い手って、耐熱魔法を他の系統の使い手よりも上手に使えるから――火対火って結構相性悪いんだけどねー。さすがにこれならそうも言ってられないでしょー?」
「あんたは大丈夫なのね。」
「とーぜん。自分の魔法でケガするなんて事はしないよ。さー、どーする?」
リリーみたいに瞬間移動できれば楽なんだけど……あたしに出来ることは一つだけ。
「……こんな絶好のチャンス、あたしに攻撃してこないなんて余裕ね。」
「うーん……お姫様って近づくと怖いからねー。何もしないで勝てるならその方がいいかなーって。」
……ま、いいわ。
あたしは左右のソールレットのかかとをコツンとぶつける。夏休みの間にそうなるように改造してもらったから、それだけでソールレットは脚から外れた。
「いきなり生足披露?」
「靴も靴下もはいてるわよ。」
なにせ、あたしの場合は戦ってる最中に外せることが前提なのだから。
『あ、お、おや!? なにやらメカメカしい事が起きたと思ったら――いつの間にやらクォーツ選手、四肢を覆っていた装備の全てが右腕に集まったー! 非常に重そうだが――しかし問題はそこではない! これまでのことから言ってあれはとんでもないはず!』
魔力を練り込み、炎を作る。ガントレット、ソールレットの中にギリギリまで抑え込んだ炎を押し込めて――ためて――
「『メテオ』!!」
あたしは、その大きな鋼鉄の拳を空に向かって撃ち放った。
そんな長身でもないオレと比べても背の低いエリルは、だからなんとなく、オレの中だと小柄な女の子的なイメージがある。
しかし、そんな女の子が片腕に鉄塊をぶら下げ、それを爆炎と共に大空に打ち上げたのだから驚きを通り越して――ビ、ビックリした。
ただ、そのビックリは少々早く――もう一瞬後にとっておくべきだった。なぜなら、次の瞬間に起きた事の方が驚きだったからだ。
ガントレット二つにソールレット二つ。小さなタルくらいの大きさはあるその鉄塊の飛翔は目に見えず、ただただ爆音が鳴り響いた。
そして、思い出したかのようにその鉄塊を追い、一拍置いたタイミングで風が――暴風が吹き荒れた。
もはや目に見えない速度と高度の鉄塊を追うその風は渦を巻き、さながら空に向かって伸びていく竜巻のようだった。
……と、その前に。その鉄塊は空を埋めていた巨大『ヒートボム』の一つを貫いており、つまりは一つ起爆していた。そしてその爆発は連鎖し、最終的にはその全てが爆発していた。
そのままだったなら、熱と爆風が闘技場を埋めただろうけど……恐ろしい事に、鉄塊が引き起こした暴風の渦に熱も爆風も飲み込まれてしまった。
赤い閃光だけを残し、まるで空にぽっかりと空いた穴に吸い込まれてしまったかのように……『ヒートボム』がまき散らすはずだった破壊の力は空の彼方に消えていった。
「……めちゃくちゃだね、お姫様……」
「……『メテオ』は隙が大きいから、戦ってる時に使うには色々工夫がいると思ってたけど、あんたが余裕で立っててくれてよかったわ。」
「その上挑発まで……でもさー、お姫様。今のお姫様って――無防備もいいところだよね!」
爆発を使った加速であたしに迫るアンジュ。ガントレットとソールレットが無くても火の魔法くらいは使えるけど、それじゃあ『ヒートコート』の爆発には対抗できない。
だから――
『大技の隙を逃さないカンパニュラ選手の一撃! 赤い閃光と爆風がクォーツ選手を――っと、これはー!?!?』
「そんな、どうして!?」
アンジュの回し蹴りを――『ヒートコート』の爆発付きのそのキックを、あたしは片腕でガードした。もちろん、吹っ飛ばないで。
「別に、得意な系統以外を使っちゃいけないルールはないもの。」
考えてみれば当然の話だった。あたしの『ブレイズアーツ』は爆発の勢いで攻撃の威力をアップするもので、ある一定以上の威力になるとあたしの身体――筋力じゃ制御できなくなるから飛ばすしかなくなる。
まぁ、飛ばすっていうのもロイドのアイデアなんだけど……それはともかくとして、でもやっぱり飛ばすっていうのは避けられやすいし、発射しないでそのパワーを使いたい時もある。
だけどそんなに早くムキムキにはなれないし――あんまりなりたくない。なら……身体そのもののパワーアップも魔法でやればいい。
「強化魔法……そう言えばそうだね……基本的にみんな得意な系統しか使わないから頭になかったよ……」
別にアンジュがぬけてたってわけじゃない。みんなが得意な系統しか使わないのは簡単な話、二つ以上の系統の魔法を同時に使うって事が結構難しいからだ。
まぁ、一緒に使わなきゃいいんだけど、得意な系統がある状態での二つ目っていうのはどうしても補佐するような、援護するような使い方になるから……同時に使えないとあんまり意味がないのよね。
まぁともかく。頑張って修行してできるようになってる騎士とか魔法使いはいるんだけど、そういう修行をするくらいなら自分の得意な系統をもっと伸ばすっていう人の方が多い。
だけどあたしの場合、第一系統の強化と……あとついでに第八系統の風を上手に使えるようになると『ブレイズアーツ』がもっと進化する。同時に三つっていうのは大変だけど……頑張りがいはある。
そんなこんなで、夏休みの終わり辺りにあたしは強化魔法の訓練を結構してたのだった。
「ちょーっとビックリしたけど、でも強化だけであたしの攻撃を全部しのげるかな?」
「もうその必要はないわよ。時間は稼げたから。」
あたしがちょっと上を見ると、ハッとしたアンジュは猛スピードであたしから離れながら空を見上げた。
『なーっ!? 赤く――真っ赤に燃える火の弾が! いえ、ガントレットとソールレットの塊がとんでもない速度で落下してくるー!』
「『インパクト』。」
真っ直ぐ落とすとあたしも危ないから、アンジュの方に衝撃が行くようにちょっと角度をつけて落下させたあたしの装備品一式。闘技所の舞台はもちろん、下の地面も粉砕して大きなクレーターを作りながら……我ながらとんでもない威力の衝撃をまき散らす。
『あーっ!! 防御魔法がミシミシ言っています! 威力がデタラメだーっ!!』
これで倒せたかなともちょっと思ったけど、衝撃が起きるのと同時にアンジュの方から赤い閃光が弾けたから……たぶん『ヒートボム』で衝撃を相殺された。
「……やっぱり強いわね……」
四つの防具を装備しなおし、炎をふき出し、あたしは砂煙の向こうにいるだろうアンジュの方を向いて構えた。
「……ほんっとに……めちゃくちゃだね……」
片手を腰にあてて、なんかモデルさんみたいな立ち方であたしを睨むアンジュ。
「そういえば師匠が言ってたっけ。時に、すごい魔法の使い手よりも磨きに磨き上げた筋肉やら強化魔法が生み出す単純なパワーの方が恐ろしいって。あれはこーゆーことだったんだねー。」
「悪かったわね、パワー馬鹿で。」
「ただのパワー馬鹿だったらどんだけ良かったやら。武器は発射するし、避けるのは上手いし、どんな攻撃にも動じないし……そーだよ、落ち着きすぎだよ、お姫様! もーちょっとリアクションが欲しいところだよ!」
「知らないわよ……」
それはアイリスにも言われた。ロイドから教わった体術で周りがよく見えてるからって事以上に、あたしは色々な事を冷静に見れているって。
たぶん理由は二つ。一つは……S級犯罪者、ポステリオールの戦闘を間近で見た事。
アイリスだってとんでもない達人だけど、そういうレベルを『敵』として見たのはあの時が初めて。おんなじすごい技術でも、味方としてと敵としてじゃ感じるモノが全然違う。
正直、ポステリオールは次元が違った。すごいと思うパムでさえ、あいつが本気を出したらどうなってたか。そんなレベルの強さっていうのを知っちゃったせいで……たぶん、あたしは相手がどんな事をしてきても「まぁ、あれよりはマシよね」って感じに思えるんだと思う。
もう一つは……目の前のそれを乗り越えないと置いて行かれると思うから。どんどんすごくなるあいつの横に、あたしは立っていたいから。
「思うに、あたしのこーげきはお姫様にとっちゃ遅いんだろうねー。別にあたし自身、ノロノロしてる気はないんだけど……爆発の加速も『ヒートボム』の発射も『ヒートコート』の炸裂も慌てる程の速さじゃないし、威力もまあまあ……みたいな? ま、お姫様があたしと同じ第四系統の使い手ってのも大きんだろーけど。」
「降参する?」
「まさか。」
今までで一番気合いの入った表情になったアンジュは、そうなると同時に身体の周りが赤く光り出した。
「『ヒートコート』を出力全開にした。今のあたしに攻撃を通すのは結構大変だよ?」
「あっそ。」
「でもって――今からはこれで攻撃する。」
すぅっと深呼吸をしたアンジュが一瞬息を止め、そしてガバッと口を開いた瞬間――
「――っつ!?」
左腕に熱を感じた。まるで焼けた鉄でも押し付けられたみたいな熱さで、思わず腕をひっこめるとあたしの後ろの壁がドカァンと爆発した。
『今のは! 準々決勝にてリシサンサス選手にとどめをさした攻撃! し、しかしまさか――』
アンジュがやった攻撃はローゼルを倒したビームみたいな技で――アンジュは、それを口から発射したのだった。
「『ヒートブラスト』。あたしの奥の手だよ?」
『ビーム! 口からビームです! カンパニュラ選手、怪獣のように口から熱線を発射したぁっ!』
「貯金されてる魔力をほとんどそのまま、高温の魔法エネルギーとして撃つからねー。体内への入口であるとこの口からってゆーのが一番効率いいんだよ。」
口からゆげみたいのを出しながらニヤッと笑うアンジュ。
「あんまり乙女には合わない技ってとこが欠点かな!」
かなの「な」のところで放たれる赤い閃光。そのスピードはまさにビームで、アンジュの口からあたしのとこまで来るのは本当に一瞬。とっさに横に避けたんだけど、そのビームはアンジュの口から出続けてて――
「あはいほー!」
口を開きっぱなしだからなんて言ったのか微妙にわかんないんだけど、アンジュがそのまま首を動かすと、壁をなぞりながらその動きに合わせてビームが――巨大な剣みたいに薙ぎ払われる。
かなり無理した動きで身をかがめたあたしは、あたしの後ろの壁が横一線に爆発しながら溶けていったのをチラッと見た。
離れて戦うのは不利すぎる――!
「ふっ!」
ソールレットの爆発でアンジュの方に跳ぶ。だけどアンジュはその場で地面を蹴り、フルパワーの『ヒートコート』の爆発を起こす。その爆風であたしは押し戻され、その上その爆発であたしからさらに距離を取ったアンジュは着地と同時に『ヒートブラスト』を放つ。
慌てて上にジャンプしたけど、あたしの足元を素通りしたビームはアンジュの顔の動きに合わせてすぐに上に――あたしの方に迫ってくる。
両脚で爆発を起こしてビームの軌道から急いで外れると、アンジュの『ヒートブラスト』は下から上に闘技場をなぎ、防御魔法を左右に真っ二つにしそうな勢いで空中にその跡を残した。
『なんという魔法――いや、魔法と呼ぶのもどうなのか! 本来魔法という不思議な現象を引き起こす為のエネルギーである魔力を――火のマナによって作られた火の魔力をただただ高温にするという事以外ほとんどそのままに撃ち放つこの技! 純粋なエネルギー砲である為に威力はかなりのものですが、代わりに魔力の消費は尋常ではないはず! しかしそれをやっているのは魔眼によって魔力をためておく事のできるカンパニュラ選手! 貯金が無くなるまで、この咆哮は放たれ続ける!』
超高温な上に半端じゃない長さの剣を軽々と振り回される気分だわ。さっきまでの『ヒートボム』くらいの速さなら乱発されてもまだなんとか避けて近づく事もできた。だけどこれは――
「一声分放つというのならできる人はいるだろうが、口からあのビームを出し続けるとなると彼女にしかできないだろう。身体にかかる負荷などを度外視した常識外れの技だな。」
「あ、あんなの……連射しながら銃を振り回す……みたいなものだよ……」
「あ、それわかりやすいねー。避ける側からしたらいつまでも避けられるもんじゃないけど、銃弾が大量にないとできない戦法って感じ?」
「かっこいいなぁ……」
「……ロイくんて時々変なのにそういう反応するよね……」
ロイドなんかは「かっこいいなぁ」なんて言いそうな光景だけど、実際冗談じゃない攻撃だわ。
「ダメ押しだよ!」
赤く光ってるアンジュの両の手が――っていうか指の先がそれ以上に光って、それがバッと上に振られると巨大な『ヒートボム』がいくつも放たれた。
しかもそれはあたしとアンジュの左右にばらまかれて……つまりあたしは、『ヒートブラスト』を避ける為に横に移動すると『ヒートボム』に突っ込むっていう状況に追い込まれた。
『まさにチェックメイト! 前後と上下にしか動けなくなったクォーツ選手にあのビームを避ける術はない!』
セルクの言う通り。もうあのビームはかわせないし……何気にさっきかすったダメージが大きくて左腕が動かないから……『ブレイズアーツ』も満足に使えない。
「……なら、やることは一つね。」
あたしは左のガントレットを外して右に取りつける。そして、グッと右腕を構えた。
「『ヒートブラスト』にパンチでもする気かな? 炎を殴れないのと同じで、そういうことはできないよ?」
「わかってるわよ、そんな事。」
「じゃーそのポーズは――カッコイイ負け方って感じかな?」
「あんたに勝つポーズよ。」
あたしの言葉にニンマリ笑ったアンジュは、大きく深呼吸をして――
「『ヒートブラスト』ッ!!」
その一撃を放った。そしてあたしは、その閃光に向かって全力全開のパンチを繰り出した。
『ああぁあぁぁ!?!? なんだこれはー! カンパニュラ選手のビームがクォーツ選手の直前で枝分かれして――い、いや違う! クォーツ選手のガントレットがビームを弾いているーっ!!』
腕へのダメージを無視して全力でパンチしてよかった。アンジュの『ヒートブラスト』、とんでもない圧力であたしを押してくる……!
『な、なるほど、これは耐熱魔法だ! 耐熱魔法は高温が肌や衣服に触れないように魔法の膜で身体を覆い、それらを弾く性質を持つ魔法! 純粋な熱光線である『ヒートブラスト』に対しては確かに有効! クォーツ選手、ありったけの耐熱魔法をガントレットに施し、カンパニュラ選手の咆哮を弾いて――いえ! 全力全開の『ブレイズアーツ』でビームを撃ち抜こうとしているーっ!!』
「まはまはーっ!」
アンジュのマヌケな声が聞こえたかと思うと、あたしのパンチを押し返すビームの力が一層強くなった。
直撃してないだけで、枝分かれした高温のビームに囲まれてることは事実なあたしは肌がジリジリとしてきた。耐熱魔法をかけてるガントレットの中の右手でさえ、ひっこめたくなる熱さを感じてる。
でも――ダメよ、エリル・クォーツ。ここで腕を引いたらビームに飲まれる。それは確実な――負けよ。
負けたらどうなるの? 決勝で待ってるあいつと戦えなくなるわ。折角いい感じの舞台が整ったのよ。あの時と今と、自分の力を知るにはあいつと戦うのが一番で――そして、強くなるにはあいつと戦うのがやっぱり一番。
それに……なにより……
「まだ言ってないんだからああぁぁっ!!」
『おぉ!? クォーツ選手のガントレットから噴き出す炎に変化が――』
もっと強く! もっと速く! もっと、もっと!!
『紅蓮の炎が形を変えていく! 揺れ踊っていた焔が一筋に収束! 力が一点に凝縮されるように、炎が絞られていくー! 金属の国、ガルドの軍に配備されているというセントーキというヒコーキがあんな感じのジェットを噴射しているのを見た事があるぞー!』
聞き覚えのない甲高い、キィィィンって音がガントレットから鳴り響く。
そういえばアイリスに言われてたわね……あたしの『ブレイズアーツ』、炎で相手の視界を遮るのはいいけど、ここぞって時の一撃の時には――炎をまとめた方がいいって。
そっか、これがそういうことなのね。
「はああああああぁぁっ!!」
『ビームの弾かれ方が激しくなったー!! 押している! 押していま――』
「ああああああっ!!」
『ビ、ビームの威力がさらに増したー! カンパニュラ選手の魔力貯金はどれほどなのか! この勝負、ビームが尽きるのが先か、炎が尽きるのが先か!』
押し負けそう。いい加減身体中が黒焦げになってるんじゃないかって思うくらいに熱い。喉はカラカラ、息もし辛い。
なんでこんな状況になってんのよ。そりゃランク戦だもの、当たり前よね。こういうギリギリの試合だってあり得るわ。
だけどあたしをこんなに頑張らせてるのは何かって言うと、目の前の変態女が変な約束を押し付けてきたからよ。
いいえ、元を辿ればあいつよあいつ。すっとぼけた顔してるバカ。強いクセにあーゆー時は隙だらけで優柔不断で、バカ正直に顔真っ赤にしてわたわたしてるルームメイト!
来るやつ会うやつたらしこんで抱き付かれてキスされて!
なによ、大切な人とか言っておいて! あたしがどれだけあんたに感謝しててどれだけ――アレなのかも知らないで!!
バカ、まぬけ、変態、スケベ!!
この――
「バカロイドォォォォッ!!!!」
押しても押しても動かなかった重たい荷物が突然動いたみたいに、あたしの腕を離れたガントレットがアンジュのビームのど真ん中をぶち抜きながら、周りにビームを弾きとばしながら、真っ赤な閃光の中を突き進み――
『あ! これはまずい!』
とんでもない轟音と巨大なガラスが割れたみたいな音を響かせるのを、あたしは前のめりに倒れながら耳にした。
顔面から倒れたあたしは鼻をぶつけ、結構痛いんだけど鼻を抑えるほどの力も出せないくらいで、ひびだらけの舞台の床にうつ伏せに倒れた。
音は聞こえるけどなんにも見えない状態が一、二分続いたところで、あたしは誰かに身体を起こされた。
「とんでもないワンパンをかましたな、クォーツ。」
「……? 先生?」
「見ろ。お前のせいで防御魔法がぶっ壊れたぞ。」
「え――え?」
「ま、あれは魔法に対しては絶対的だが物理的なパワーには若干弱いからな。それでも尋常じゃないわけだが。」
「はぁ……でもどうして先生が……」
「防御魔法ぶちやぶったガントレットが観客席に突っ込む前に止めたのは私だ。感謝しろよ。」
「えっと……試合は……」
「お前のガントレットが真横を通り過ぎた衝撃でカンパニュラが吹っ飛ばされて気絶したからな。試合終了だ。」
「あたしの……勝ち?」
「そうだ。おめでとう、クォーツ。決勝戦進出だ。」
「ごめんなさい!」
「は?」
文字通りの全力全開で戦ってふらふらしながら外に出ると、なんかロイドに謝られた。
「な、なによいきなり……」
「だ、だってエリル、最後『バカロイド』って……オレがなんかしちゃって、それに対する怒りでアンジュのビームを押し切ったんだろ……? そ、それはつまり相当怒ってるってことで……」
……まぁ、その通りなんだけど……
「……一番気合いの入る言葉だったのよ……」
「オレって一体!?」
ロイドがガーンって顔をする横で、ローゼルがすました顔でこう言った。
「しかし、本当にお姫様らしからぬ戦い方だな。漫画の熱血主人公のようだぞ? もちろん男の。」
「うっさいわね。」
「あ、あたしはカッコイイって……思うけど……」
「でもまー、これであの女とはすっぱりと縁切りだね。よかったよかった。」
「ひどい言われよーだねー、あたし。」
リリーがやれやれって顔で一息ついてる後ろ、あたしと同じようにちょっとふらふらしてるアンジュがそう呟いた。
「な!? まだなんか用なの!?」
「そんなに構えなくてもいーよー。」
あははと笑ったアンジュは、残念そうな顔であたしの方を見た。
「ふふふ、あたしの負けだね。約束通り、学院にいる間はロイドにちょっかい出さないよ。いる間は……ね。」
「……そ。」
律儀に約束を守るって宣言しに来たアンジュが背を向けようとした時、ガーンって顔をしてたロイドがコロッとすっとぼけ顔になってこう言った。
「あー、アンジュ。ちょっと待って。」
「?」
ちょっと驚いた顔で振り向いたアンジュにロイドは右手を出して――まるで握手を求めるみたいにしてこう言った。
「友達になろう、アンジュ。」
「――!」
もっと驚いたアンジュはその右手を少し眺めた後、顔をあげてロイドを見た。
「……どうして?」
「えぇ? あ、いや……そ、そうだな……理由は……」
ほっぺをぽりぽりしながら困った顔をするロイド。
「えーっと、ほら、アンジュっていつも一人だから――っていや! それで可哀想だからとかそういう事じゃなくて! こ、こう誰かのグループに入ってないっていうか、それならもっとお近づきになりやすいというかちゃんと知り合いたいというか……」
「え……な、なぁに? ロイド、あ、あたしに興味津々……なの?」
気まずそうというか恥ずかしそうというか、イラッとくる態度で照れるアンジュ。
「そーじゃなくて! えっと、だから……」
段々と顔の赤くなっていくロイドは、最終的に真っ赤な顔を地面に向けながらごにょごにょとこう言った。
「こ、このままだとオレの中でのアンジュのイメージが……パパパ、パンツの人になってしまうというか……」
「――!!」
こっちも赤くなるアンジュ――っていうか何言ってんのよロイド!?
「今日の試合のかっこいいビームみたいな、ああいう他のイメージっていうか印象っていうか、そういうのを知っておかないとアンジュを見かける度にオレはインパクトの強過ぎるア、アレ――を思い出しちゃうんだよ! そうだ、むしろアンジュのせいだ! あんなことするから! オレは男なんだぞ!」
目をぐるぐるさせてギャーギャーするロイドはちょっと珍しい……まぁ……若干ムカムカするんだけど、ロイドっぽい理由っていうかなんていうか……
「ちゃんと知り合って友達になってアンジュの人となりを理解して、そういえばあんなことあったなーあははーって昔話になるくらいに薄めていかないとドキドキしっぱなしなんだ! だから友達になってください!」
勢いに任せてよくわかんない事を言い切ったロイド。
「……み、見ちゃったから友達になろうなんてのは、初めて聞いたかな……」
自分から見せたくせに、アンジュは目を泳がせながら赤いほっぺに手をそえる。
「ダメか!? えぇっとそれじゃ――そ、そうだ! 専属の騎士っていうのはちょっと無理かもだけど、と、友達のピンチとあればオレは全力で駆けつけるぞ!」
「そんな損得で友達作りたくないなぁ……て、っていうか別にダメだなんて言ってないよ……」
まだほんのり赤い顔をロイドに向けて、今度はアンジュが右手を前に出す。
「あたしはロイドをあたしの騎士にするって決めたの。勝負に負けちゃったからその為に行動するのは卒業してからってなるはずだったんだけど――ロ、ロイドが自分からあたしに近づいてくるんじゃーしょーがないよね? あたし、チャンスは逃さないからね?」
後半はあたし――っていうかあたしたちに向けた言葉よね……
「仕方ない、お友達になってあげるよ、ロイド。」
「う、うん。よろしくアンジュ。」
やっと握手を交わした二人を睨むのは別にあたしだけじゃな――に、睨んでないわよ!
「……まったく、アンジュに負けたわたしとしては微妙なところだぞ、ロイドくん……」
「え、あ……ごめん……」
「いいさ、ロイドくんというのはそういう男だからな。妻としてそれくらいは認めようというモノだ。」
「ローゼルさん!?」
「ああ、やっぱり優等生ちゃんはロイドの事……っていうかそれが素なんだねー。」
「そうだ。だからいつまでもロイドくんの手を握っていると凍らせるぞ。」
「ちょっとローゼルちゃん、まるでロイくんのか、彼女みたいに言わないでくれる? ロイくんはボクのなんだから。」
「ロ、ロイドくんは……ま、まだ……でもその内、あ、あたしの……」
「へぇー、商人ちゃんとスナイパーちゃんも……」
そう呟いたアンジュは当たり前のようにあたしの方を見た。
「な、なによ……」
「ふぅーん……」
パッと手を離したアンジュはムズムズした顔をしてるロイドに尋ねる。
「えっと……これであたしは――さっきのロイドの言葉を借りると、ロイドのグループに入ったってことだよね? それって『ビックリ箱騎士団』に入団って事でいーのかな?」
「……いいもなにもないというか……ああ、アンジュも朝の鍛錬する?」
「そーだねー……うん、参加しよっかな。」
そんなこんなで『ビックリ箱騎士団』に新メンバーが加わったところで、次の試合のアナウンスが流れた。
「ん、出番か。」
「待ってるわよ。」
「おう!」
エリルは見事に決勝戦へと駒を進めた。これはオレも続かなくては――そう意気込んで闘技場の舞台に立ったのだが……上から眺めるのと相対するのとじゃ印象が全然違う。
カラード・レオノチス……このイカした全身甲冑の正義の騎士は間違いなく強い。
いや、とんでもなく強いぞ、こりゃ。
『今年の一年生ブロックはいつもと違う! 普段なら名門の騎士の家の名前が出そろうこの準決勝にそんな名前は一つもない! 先の試合では王族と貴族が火花を散らし、この試合では田舎の方からひょっこり現れた十二騎士の弟子と無名に近い騎士の家系がぶつかります!』
無名……ローゼルさんの家みたいに名門として有名というわけじゃないって事か。んまぁ、騎士の家系ってたくさんあるんだろうし、その全てが名門って呼ばれるわけじゃないし……そういう場合もあるか。
『男子最強を決める戦い、カードは『コンダクター』対『リミテッドヒーロー』! 剣が増えたりとまだまだ見せていない曲芸がありそうなサードニクス選手はもちろんですが、やはり注目したいのはレオノチス選手! そろそろ本気を見せるかー!?』
「リミテッドか……」
セルクさんの盛り上げる実況を聞き、正義の騎士は甲冑の中からくぐもった声をもらす。
「いつかはアンリミテッドと呼ばれるよう精進しているが――残念ながら、今は確かにリミテッドだ。おれがこのランク戦で全力を出せるのは一試合のみだからな。」
「えぇ? それってつまり……一晩寝ても回復はしないってことか?」
「三日はかかる。」
「それはまた……じゃあ決勝戦まで取っておくって事か。」
「いいや、おれは今日の試合で全力を出すつもりでいる。」
「えぇ?」
オレの「えぇ?」と一緒に、正義の騎士の言葉を聞いていた観客もざわついた。
「さっき言ったように、おれが全力を出せるのは一度きり。故に、おれはみんなとは違う目標をもってこのランク戦に臨んでいる。勝ち抜き、優勝することは二の次とし――おれは戦いたい相手と全力で勝負をする事を目標としたのだ。仮にその戦いを一回戦で迎える事になったとしても、おれはそこで全力を出す。勝っても負けてもおれのランク戦はそこで終わり――そう決めたのだ。」
「ずいぶんとカッコイイんだな……で、でもそれだとその相手が途中で負けちゃったらどうするんだ?」
「その相手を倒した者と全力で勝負する。まぁ幸い、その相手は負けずにここまで勝ち進んでくれたが。」
「…………ん? あれ、それじゃあ……」
今日の試合で全力を出すって事は……つまり……
「おれにとっての決勝戦は君と戦うこの試合なのだ、サードニクス。」
『な、なんとレオノチス選手、このランク戦における最終目標は初めからサードニクス選手だったようです! というか前の試合もこんな感じではなかったか! デジャヴュです!』
「結果的にはこの準決勝でぶつかる事となった。トーナメントの成績としても満足できるところだし、丁度よい頃合いだろうな。」
「な、なんでオレ……何か知らない内に怒らせるような事を……?」
「いやいや。ただ、君がおれの憧れる騎士、《オウガスト》の弟子だからだ。」
「フィリウスのせいか! あぁ、いや……で、でもそれもまたどうしてフィリウスに……あ、もしかしてレオノチスさんも第八系統の?」
「おれの得意な系統は第一系統だが……あの人は、おれの目指す騎士の姿そのものなのだ。」
「騎士の姿?」
「《オウガスト》と言うと、酒好き女好きの上に命令無視ばかりする不良騎士というイメージだが――」
「えぇ!? フィリウスってそんなに悪いイメージだったのか!?」
「他の十二騎士と比べるとな。騎士としての品格などが問題になる事もしばしば。」
「あいつ……」
「国や軍といった枠組みの中ではきっと扱いづらい騎士なのだろう。だが、それは彼が自身の信念を何よりも優先する騎士故なのだ。」
「!」
「なにものにも縛られず、自身の信じる道に従って剣を振るう。倒さなければいけないと思ったから倒す、守らなければいけないと思ったから守る。政治や領土、地位や名声……そういったモノを全て無視し、ただ己が魂の叫びのままに行動する。どこまでも貫きたい正義があるおれにとっては憧れというわけだ。」
「なるほど……」
そう言われると、確かにフィリウスっていう男はそんな感じの男だ。
「《オウガスト》に鍛えられた君と戦う事で何かを得たい……得られればいい。そう思ったから……勝手で悪いが、目標にさせてもらったのだ。」
「そういうわけか……うん、これは期待を裏切れないな。」
『おお、これは熱いです! では早速始めましょう! 一年生ブロック準決勝第二――』
「ああ、ちょっと待ってくれ。」
セルクさんのお決まりの開始文句を正義の騎士が遮る。
「できればサードニクスが曲芸剣術の構えになってから試合を開始して欲しい。」
『? まー、なんとなくお互いが臨戦態勢になったら始めてるだけなのでいいですが……しかしそれはそちらにとって不利なのでは?』
「おれが全力を出せるのはきっかり三分だからな。その三分間はたっぷりと、全力の『コンダクター』と戦いたい。」
「三分!? え、それだけなのか!? その上三分やったら三日お休み!?」
「ああ。未熟なことこの上ないが。」
三分だけの本気……い、いや、むしろこの正義の騎士の力がその三分間に凝縮されると考えるととんでもないんじゃないか、その三分……
『ちなみに! 全力を出したレオノチス選手は現役の上級騎士三人と互角に戦ったという噂があります! そこんとこはどうなのか!?』
「ああ、あれか。たまたまの偶然が重なって相手をしてもらえたのだ。まぁ、三分を過ぎて力尽きてしまったわけだが。」
『言い換えるとその三分間は勝負できていたということ! これはとんでもないモノが見れそうだー!』
「えぇっと……じゃあこういう事か? 三分間耐え切るしかオレに勝ちはないと……」
「何を言う。三分の経過を待たずにおれを倒せばいい。」
「話を聞く限りじゃ無理そうだけどなぁ……上級騎士三人ってパム三人みたいなもんだろう……勝てる気がしないぞ……」
腰にくくりつけた――いい加減名前をつけたい三本目の剣を空に放り投げ、何度か手を叩く。降り注ぐ二十の剣を風ですくい上げ、残りの二本も加えたオレは二十二本の剣を展開させた。
「おお……近くで見るとその回転の速さの異常さがよくわかる。日の光で刃が光らなければ何も見えない。さらに剣が増えたなら、君は流星の渦の中で指揮する『コンダクター』だな。」
前の試合とは違い、まだ構えない正義の騎士はランスを手にしたままの棒立ちで決まり文句を口にする。
「悪を貫く我が槍。試合とは言え、志を等しくする学友に向ける事を許して欲しい。願わくば、今日の罪がいずれの巨悪を撃ち滅ぼす糧とならんことを……カラード・レオノチス改め、正義の騎士ブレイブナイト、推して参る。」
『お、おう? ブレイブナイトらしからぬ静かな始まりだが――まーいいでしょう! 一年生ブロック準決勝第二試合! ロイド・サードニクス対カラード・レオノチス! 試合開始!』
「おおおおおおおおおっ!!!」
試合が始まるや否や、ランスを天に掲げて正義の騎士が吠える。
「輝け! ブレイブアーップ!!」
カッコイイ掛け声と共に正義の騎士は瞬く光に包まれ、気づけば銀色だった甲冑は黄金となり、全身から魔力というかオーラと言うか、これまた黄金の輝きを放つ。
総じて金ぴかとなった正義の騎士は、ここでようやく槍を構え――
「貫け! ブレイブチャーァァジ!!」
あたしの、ガントレットを使った攻撃を外から見てる気分になった。金色に輝き出したカラードが槍を構えて技名っぽいのを叫んだ瞬間、その輝きは一筋の光となって真っ直ぐにロイドの方へと閃いた。その速さについてこれない空気が遅れた衝撃波となって光が走った後を砕く。
そんな超速の一撃は壁か何かに突き刺さったのか、観客席――どころか闘技場そのものをゴゴゴと揺らす。そんな揺れに慌てる観客の悲鳴やらなんやらの中、砂ぼこりを吹き飛ばしながらロイドが空中に顔を出した。
「な、なんだ今のは! エリルくんのマネか!」
「あたしよりも断然上よ……」
やばか――
「ブレイブチャーァァジ!!」
さっきのとんでもない一撃を避けられてほっとするのも束の間、地面からオレのいる空中までまるでミサイルか何かのように真っ直ぐに跳躍する正義の騎士。
重たい甲冑を身にまとっているというのに一回の踏み込みで弾丸のような速度になった正義の騎士をなんとかかわすが、どういう原理なのやら、空中の――空気? を蹴って方向転換して再びオレの方に向かってくる。
「どわっ!? こ、これでもくらえ!」
剣の全てを迫る正義の騎士に叩きつける。高速回転している無数の剣を上から下へ、ハンマーのように打ち下ろしたその一撃は正義の騎士に直撃し、騎士は地面へと叩きつけられた。
しかしそれで安心していたら二の舞。オレはすぐさま着地して正義の騎士の――ランスの間合いに入るあたりまで近づいた。
『距離を取っていてはあの突進にいずれやられてしまう! その判断からか、ブレイブナイトと近距離戦闘をする覚悟の『コンダクター』! しかしそれはブレイブナイトの間合いそのものだー!』
すぐに起き上がった正義の騎士は近づいているオレに驚きもせず……っていうか顔が見えないからわかんないんだが、とにかく焦る事もなくランスを構えた。
そして――
「おおおおおおっ!!」
「はあああああっ!!」
始まる近接戦闘。ランスは剣ではないから間合いに入ってしまえばその刺突を受ける事はない。ただ、巨大な鉄の塊であることは確かで、横に振るわれたそれを受ければ普通に大ダメージ。
リリーちゃんがやろうとしたように、甲冑の隙間めがけて全方位から剣を飛ばしていくのだが黄金に輝く正義の騎士の槍捌きはおそろしく、その全てに対応しながらもオレへの攻撃を忘れない。
特殊な魔法とか特別な武器とかそういうのではない、純粋にハイレベルの戦闘技術と桁違いのパワー。
なんかエリルと似てるな。
『名のある剣士同士の剣戟のような激しさだが、方や武器も自分自身も宙を舞い、方や重量級のランスを軽々と振り回す! そんな二人の近距離におけるせめぎ合い!』
本当にすごい。風で目いっぱい加速した状態で、オレは背後で剣は正面から――みたいに色々と工夫しているのにそれにも対応してくる。このレベルの高さはどこかプリオルを思い出す。
その上、時々どんぴしゃのタイミングでランスを突き、飛ばした剣を砕いている。
プリオルからもらった剣が生み出した……というか増えた分の剣は、破損するとパッと消えてなくなる。そうなったらオレはもう一回手を鳴らして消えた分を補充するんだが――この数十秒の攻防の中で既に十回くらい手を叩いている気がす――
「!!」
ふいをつかれた。ランスを突き出した直後、正義の騎士が手を離してランスの横に並ぶ。ランスの間合いに集中していたオレは、ランスを空中に置いてけぼりにしていきなり殴り合いの距離に近づいてきた正義の騎士に対し、反応が遅れた。
「撃ち抜け! ブレイブブロォォォゥゥッ!」
『だぁー!! ブレイブナイトの右ストレートが『コンダクター』のお腹に突き刺さるー! これは決まったかー!』
殴り飛ばされた。思いっきりの向かい風と圧縮した空気のクッションで何とかパンチの威力を殺せたけど――それでも相当痛いし、正義の騎士から離れてしまった。
このままだと突進が来る――!!
「『アディラート』っ!!」
最大風速で最大限まで加速させた回転剣を、正義の騎士めがけて真っ直ぐに一斉発射。ランスを手にしてまさに突進の態勢に入っていた正義の騎士は、即座に構えを戻して迎撃の姿勢をとる。
「刻め! ブレイブラーッシュ!!」
『ブレイブナイトの鉄拳をくらって終わったかと思いきや! 風を上手く使って防御した様子の『コンダクター』! そして間髪入れずに回転剣をガトリング銃のように連続発射! 銀色の光線と化した超速の剣を、しかしながら黄金の連続突き――もはや目にも止まらぬ速度で繰り出されるランスのラッシュで向かい撃つブレイブナイトーっ!』
弾かれたら旋回させてもう一度飛ばす――それを繰り返す事で、まさにセルクさんの実況通りガトリング銃のような掃射で全弾ならぬ全剣を撃ちこむが、ラッシュの壁を作っている正義の騎士には届いていない。
エリルもそうだけど、この人も大概デタラメだ。
攻撃を維持したままなんとか着地し、連射の速度を上げようと右手を前に出しながら正面を見たオレは、おそらく着地した時に一瞬攻めの弱まったオレの『アディラート』のわずかな隙を利用してその構えを変えている正義の騎士にゾッとした。
「射抜け! ブレイブストライクッ!!」
突進したらこの剣の集中砲火を一身に浴びる事になる……それはまずいと判断したのか、正義の騎士は手にしたランスをオレに向けて思いっきり投擲した。
大砲のように飛んできたランスはものすごい速さで、着地してすぐだった事も重なってオレは満足な回避ができず――
「ぐあああっ!!」
脇腹に走る痛み。ランク戦でなかったら腹がえぐられていた――というこれまたデジャヴュな事を思わせるとんでもない一撃がオレの横を通り過ぎて後ろの壁に突き刺さった。
このダメージはかなりやばいけど、それよりもこれによる隙が致命的。すぐにでも正義の騎士が近づいて来て渾身のパンチを打ちこんで来るだろうと顔をあげたオレはちょっと驚いた。
『『コンダクター』の連射攻撃に対してランスの投擲をしたブレイブナイト! 直撃はしなかったものの、かなりのダメージを『コンダクター』に与えたようだが――しかし! 投擲したランスで弾き切れなかった剣がブレイブナイトに襲い掛かったー! なんという事でしょうか! 剣が――剣が二本ほど甲冑の上から突き刺さっています! 黄金の騎士、ここで膝をついたー!!』
「すごーい! ロイくんてばあの甲冑を切っちゃったんだ!」
「まぁ……リリーくんの細腕でナイフを突き立てても貫けないかもしれないが、ロイドくんの回転剣なら可能かもしれないな。」
「でもあの甲冑、無駄に金ぴかしてるわけじゃないでしょうし……強化されてるはずよ。それでも貫けるなんて……」
「ロ、ロイドくんの剣が……回転の、速さが……す、すごいんだろうね……」
「ぐ――ぉ、おおおおおおっ!!」
痛みを殺すように雄たけびを上げながら堂々と立ち上がる正義の騎士。剣が刺さっているのは肩と脚。致命的ってわけではないけど攻撃力は落ちる――はず……たぶん。
いや……ダメだな。そんな希望は持たない方がいいだろう。
プリオルみたいな明らかな格上というわけではない。だけど――いや、だからこそ、ある程度実力が近いから余計に大きく感じるこの騎士の強さは本物。
ああ……フィリウスはよく、強い奴と戦いたい的な事を口にしていた。弱い相手には強くなって出直せとも言う。ああいう感じの――なんていうか、戦い好き? 的なのじゃオレはないと思ってたんだけどな……
ちょっと楽しくなってきたぞ。
「駆けろ! ブレイブダァァッシュッッ!」
ただのダッシュにすら技名をつけるところにちょっと感動する暇もなく、正義の騎士はパッと視界から消えてしまった。
「――っつ!! させるか!」
エリルのように、投擲したランスを回収しに行くのだと思ってそっちの方を向いたオレは――背後にズシリとした気配を感じて判断ミスに気が付く。
「ブレイブブロォォォゥゥッ!!」
緊急回避――!!
『あびゃ!? な、なんだ今のはー! 思わず変な声が出てしまったぞー!』
「うえぇ? ロイくんてば、なんか物理的に変な動きしたよ?」
「瞬間移動するリリーくんに言われたくはないだろうが……確かに、あの甲冑くんの繰り出したパンチの方向とロイドくんが飛んでいった方向が直角くらいずれているな。」
「たぶん、自分の身体を突風で飛ばしたのよ。ロイドの周りには剣を回すための風がいつもあるしわけだし……」
「で、でもいきなりだったから……ちゃ、ちゃんとセーブできなかったみたいだね……」
「いって……」
自分でやったから誰にも文句を言えないんだが……壁に全身を叩きつけたオレは、身体のあちこちに痛みを覚えた。突風で吹っ飛んで壁に突撃したわけだから当然なんだけど……でも、その痛みがすぐに引いて行くのを感じた。気づけば脇腹の痛みも小さくなってきている。
身体を治癒してくれる剣に増える剣。我ながらずるいマジックアイテムを持ちこんでいると思うんだが……このランク戦にその辺りの規制はない。
実戦になればずるいも何もない――という理由らしい。
「……やれやれ……」
オレが立ち上がって前を見るのと、正義の騎士が壁に刺さったランスを引き抜くのはほぼ同時だった。
折角ちょっと有利になったのにあっという間に戻ってしまった。しかし不思議な事に、残念には思うけどやっちまった感はない。
つまり……それほど「やばい」と思っていない。変な感じだけど……悪くはない。
なるほど、どうやらオレは、その辺りもフィリウスの弟子らしい。
「はあああああっ!」
無数の回転剣を従え、オレは正義の騎士に向かって自分の身体を風で飛ばす。それに対し、正義の騎士もまた、やる気満々にランスを構えた。
「ブレイブラーッシュ!!」
黄金の突きの壁に回転剣をぶつけ、オレ自身は背後にまわるが、ある程度回転剣を迎撃したところで残りは身体をひねりながらかわし、ついでに背後のオレに回し蹴りを繰り出す正義の騎士。それを風で押し返しながら、身体を風に乗せて飛び越えるオレ。
そこから先はほとんど反射行動。直感で避け、直感で攻撃。フィリウスとの修行で、エリルたちとの朝の鍛錬で、学院の授業の中で、セルヴィアさんやプリオルみたいな圧倒的な強さとの戦いで、とにかく色んなところで身につけてきた全てを出し切る。
やっぱりなんか楽しい。これは――ああ、そういえば、エリルと朝の鍛錬で手合せする時の感覚に近いな。
友達……ライバル……なんかそんな感じの熱いモノ……
…………しかしなんだろうか。そんな感じに結構気分がいいんだが……どうした事だろうか。
右目が痛い。
『お――驚くべきはこれが決勝ではないという事! 一年生ブロックであるという事! なんというハイレベル! 実力の近い者同士の戦いはこういう激しい攻防の応酬になるものですが――この二人はなんという高い領域で拮抗しているのか!』
「――! ふふふ、鳥肌が立つ……すごい戦いだな。あの片方が我らの団長、のほほんロイドくんというのが妙な気分だが。」
「でも……ちょっとロイド、魔法の使い過ぎのような気がするわね……」
「ロイくんも熱くなってるのかもね。ちょっと新鮮だなー。」
「……あ、あれ……?」
「ん、どうしたのだティアナ。」
「え、えっと……ロ、ロイドくんが今同時に使える剣って……二十くらいだよね……」
「そのはずよ。」
「で、でも今、あそこを飛んでる剣……四十くらいあるよ……」
魔法による負荷か。純粋な疲労か。段々と動きが鈍ってきてちょいちょいかするようになってきた正義の騎士のランス。だけどそれは相手も同じらしく、甲冑の隙間への攻撃がちょっと入りそうな瞬間が増えてきた。
『あー! 気づけばそろそろ二分! 残りはあと一分!!』
その言葉を聞いた時、オレと正義の騎士はふと目が合った――気がする。たぶんヘルム越しではあったけど合ったんだろう。その瞬間、オレたちはある事に合意したのだから。
『お!? 両者が距離を取ったー! これは――もしや最後の一撃を放つつもりかー!?』
試合が始まった時くらいの距離をおいて再びオレと向かい合った正義の騎士は、天に向かって力強く叫ぶ。
「煌めけ! ブレイブアーップ!!!」
正義の騎士を包む金色の光がその輝きを増す。ビリビリとした圧力を周囲に散らしながら、ガシャンと地面を踏み、腰を低くし、ランスを構えた正義の騎士――ブレイブナイト。
『これはー!? 残り一分をかけて消費するはずの力を引き出したのか!? この一撃に文字通り、全てをかけると!!』
「――騎士の決着は、やっぱり槍だよな。」
風を巻き、螺旋を組み、そこに全ての剣を乗せる。プリオルが言うに、これは相手を――原形を留めない状態にまでしてしまう技。だけどここは学院長の魔法のかかった闘技場だから安心……のはず。我ながら、後から考えると危ない事を思っていた。
というかそもそも、オレに向けて全力をぶつけようとしている相手にオレも全力をぶつけたいと……そう思ったのだ。いや、ぶつけないといけない。
狙いを定めるように左手を前に出し、右手と、その後ろで渦巻く槍を深く構える。
『まるで荒野のガンマン! それではこのセルクが合図を出しましょう! お互いに睨み合ってー、レディ――』
ふっと、周りの音が消え、周囲から色が無くなる。見えるのは黄金の輝きのみ。
ここ最近で一番の集中。オレは――
『ファイヤーッ!!』
「ブレイブチャーァァアァアァァッジッ!!!」
「『グングニル』ッ!!!」
その時、闘技場を走ったのは二つの閃光。白銀の槍と黄金の槍。その先端が触れた瞬間、一点に込められた膨大な力が弾けて闘技場を揺らした。
「「おおおおおおおおおっ!!」」
二人の叫び声がかろうじて聞こえる衝撃の嵐の中、二本の槍の一瞬の均衡は崩れ、白銀と黄金が一直線に交差した。互いが互いを削りながら、そこに込められた力を散らす。そして、無数の剣が闘技場の舞台に降り注――
「な、なによこの数……!」
闘技場の舞台や壁に次々に突き刺さっていくロイドの剣は、さっきティアナが言った四十とかじゃすまない数。もしかしたら百くらい……
「! 二人だ!」
激突で生じた砂煙はロイドの風のせいですぐに吹っ飛び、あたしたちはすぐに舞台の状態を見ることができた。
舞台の中央、あたしが言うのもなんだけど粉々になった地面の上。仰向けでぜーぜー言ってるロイドと片膝をついて肩で息をしてるカラードがそこにいた。
このランク戦、どんなにすごいダメージでも血が出るとかはないし、服もやぶけたりしない。だからこう……イマイチロイドのダメージがわからないんだけど、たぶん相当なモノのはず。
そしてカラードは、その甲冑がところどころ無いっていうか欠けてるっていうか……周りに壊れた甲冑の一部が転がってる。そして何よりも印象的なのは――途中で砕けて折れているランス。
結果はどうなったのか。セルクまでもが黙りこんで、あたしたちはその二人を見つめた。
「まさか……三分前に終わるとは……いや、それほどに力を引き出さなければいけなくなるとは……あと三十――いや、十秒でも長く全力でいられたなら……」
「ははは……勘弁してくれ……こっちもギリギリなんだから……」
「それは……惜しかった……しかし……少なくとも、今日はそちらが強かった……」
「……」
「次……は、おれが……勝つ……」
その言葉を最後に、片膝をついてたカラードはそのまま横にガシャンと倒れた。
『け、決着ーっ! 全てを出し切った両者、戦えるかと言われるとどっちも無理そうではあるものの、今もまだ意識があるのは一人だけ! 一年生ブロック準決勝第二試合! 勝者、ロイド・サードニクスー!!』
勝った。この正義の騎士に勝った。途中、妙にテンションが上がっちゃってだいぶ無茶したような気がするけどとにかく勝――
「……?? え、なんだこの剣の数……」
寝っ転がってる状態で首を左右に動かす。視界に入る分の数だけでも二十は軽く超えている。
「やば……だいぶどころじゃなくて、相当無茶したらしいぞ、オレ。」
「……おい、なんだその、その役目は私たちがやるはずだったのにー的な目は。」
ケガはないけど、たぶん魔法の使い過ぎのせいで立つ事も出来ないロイドは……なんでか先生に運ばれて闘技場から出てきた。
「ロイドは防御魔法破壊してないじゃない……」
「サードニクスもレオノチスもそろってぶっ倒れてんだから仕方ないだろ? それに、ちょっと気になる事があってな。ほれ、返すぞ。」
ぞんざいに放り投げられたロイドはあたしにしがみつく感じになっ――
「ばばば! いきなり投げるんじゃないわよ! て、ていうかバカロイド!」
「はははー。エリルくんでは大変そうだなー。よし、わたしが肩を貸そうー。」
貼りつけた笑顔であたしからロイドをひょいと取り上げるローゼル。色々言いたい事はあったんだけど、先生がはははと笑ったから言いそびれた。
「しかしまぁ嬉しい事だな、自分のクラスの生徒の活躍を見るというのは。」
「そうですね。それに決勝戦もそんな二人の戦いですし。」
コロッと優等生モードになったローゼル。だけど先生は微妙な顔をした。
「……思うに、そういう展開にはならないだろうがな……」
「? どういう意味ですか?」
「そうだな……ま、勉強の一つだな。」
セイリオス学院のランク戦が佳境を迎えている頃、どこかの国のどこかの森の中。散歩用に設けられている小道の上、知る者が見ればその面子に腰を抜かすような人物らがぼうっと立っていた。
「日頃の行いは良くないはずなんだがな。どうしてこうなった。」
そう呟いたのは一人の老人。両脇にしか残っていない白髪を翼のように整え、光を反射する頭頂部を持つその老人は、散歩道には似合わない白衣を着ていた。
「なんて美味そうな……極上でさぁ。」
老人の隣でよだれを垂らしているのは太った男。身長よりも横幅の方があると思われる団子のような体形のその男は、顔の肉が垂れ下がっていて外からは見る事のできない目をギラリと光らせ……目の前に立つ人物を見つめていた。
二人はある人物を探しており、その人物の目撃情報のあった場所を片っ端から練り歩いている。
そんな時、ごく最近にその人物を見たという情報が入って来た為、早速その場所――森の中にやってきた。
とは言うものの、そう簡単に見つかる人物ではないので半分以上ダメ元で歩いていたのだが――
「なんともまぁ、妾にとってはこれ以上のない退屈な組み合わせよのぅ。」
老人と太った男は目当ての人物に遭遇した――いや、してしまった。
その人物は、二人とは天地がひっくり返っても釣り合うの事のない絶世の美女。男女問わず、欲情を通り越した崇拝を生みかねない完全性を持つ芸術的なプロポーション。それを踊り子のような露出の多い衣裳で包み、さらにシースルーの黒いベールを羽織っている。
口元を布で隠している為、彼女の地肌を見る事のできる唯一の場所である前髪と鼻の間の隙間からは黒々とした眼と褐色の肌がのぞいている。
国すら傾けるであろう美貌ではあるが、しかし彼女の前に立っている二人の男の反応は普通とは異なるモノだった。
「ケバルライ、あれは間違いなく極上の肉でさぁ。いやぁ、姉御も人が悪いでさぁ……こんなごちそうをおあずけして持ち帰るだけだなんて……」
「うまさはわからんが……しかし、ここ数十年の間ご無沙汰だったワレの息子がうずいている。こんなじじいまで現役に引き戻すとはな。強力なフェロモンでも出ているのか?」
「やれやれ……女が人肉にしか見えぬ肉塊と精力枯れたお迎え待ちが妾に何の用かのぅ?」
「ワレらに用はない。が、ヒメサマが連れてこいと言うからな。」
「姫様? ほぅ、主らそのような風体でどこぞの従者であったか。」
「違うでさぁ。ヒメサマはケバルライがそう呼んでるだけでさぁ。あっしは姉御と呼ぶんでさぁ。」
「姉御? ではどこぞの暴力団の鉄砲玉か何かであったか。」
「いやぁ――いや? 意外とそれであってる気がするでさぁ。」
クスクス笑う美女を前に、しかし探し人を見つけたはずの二人は――少なくとも老人の方は困った顔をしていた。
「しかし……これはまずいな。場所が判明したら双子に連絡して全員を呼ぶ手はずだったろう? だと言うのにいきなり顔を合わせてしまった。バーナード、ワレら二人だけでなんとかなると思うか?」
「え、ケバルライもついに女の味がわかるようになったんでさぁ?」
「食べきれるかどうかの話はしていない。言う事を聞かせる為の暴力が、ワレらだけで足りるかという話だ。」
「……事情を話したらすんなり来るってこたぁないんでさぁ?」
「事情とな? 主らのような退屈な者を寄こすお姫様の用事……どれ、言うてみよ。」
「悪いが用も知らん。できればかわいい後輩のお願いと思い、黙ってついてきてくれると嬉しいな。」
「後輩?」
首を傾げた美女は少しの間その状態を維持し、そしてパンと手を叩いた。
「ようやっと理解できたぞ。なるほど、彼女の鉄砲玉であったか。いやはや懐かしいが……しかしよりにもよって彼女が妾に用なぞあるわけがないのだがのぅ?」
「そうでもない。今やヒメサマは恋する乙女だからな。」
「ほぅ、それは興味深い。彼女の惚れた男、是非会ってみたいものだが……しかし生憎、彼女自身には会いとうないのぅ。すまぬがお引き取り願おぅ。」
「そんなにバッサリと断る事はないだろうに。」
「そうでさぁ。ちょっとした同窓会……里帰り……的な何かと思えばいいでさぁ。ああ、でもその前に――もう辛抱たまらんでさぁ! ちょっとその腕辺りをかじらせて欲しいでさぁ!」
「おっかないのぅ。妾、戦いは好まぬのだ。」
よだれを垂らす太った男とそんな相方に呆れ顔の老人がゆらりと戦闘態勢に入った時、美女はぼそりとこう言った。
「『恋は盲目』。」
「……んん? おい、どこに行った?」
「ぶへへ――あひ? じゅる、あ、あれ? どこに消えたでさぁ。」
妙な事に、相変わらず目の前に美女は立っているというのに二人は辺りをきょろきょろと見まわす。まるで二人には美女が見えていない――見えなくなったかのように。
「おお……これが王の力というやつか。魔法の気配は一切なかったぞ。」
「ど、どうするんでさぁ! この――この湧き上がった食欲は!」
感心する老人とあたふたする太った男の横をすたすたと通り過ぎながら、美女はぼんやりと空を見上げる。
「彼女に赤い糸があるなら見てみたいものではあるがのぅ……九分九厘、滴る血の見間違えにしかならぬ。」
第六章 一先ずの勝者
セイリオス学院において年二回開催される生徒同士のトーナメント戦――通称ランク戦の、今年の第一回目の決勝戦の日の朝、私は学食で生徒よりもちょい早めの朝飯を食っていた。
全学年の決勝が終わった後、表彰式だなんだと色々と忙しいらしく、教師は朝からその準備をするというわけだ。
「うげ。朝からステーキなんか食ってんのかお前は。」
毎回美味い料理を出してくれる学食のシステムに感謝しながら肉をかじっていると、質素な朝飯を盆に乗せたライラックがやってきた。
「お前こそなんだそのパワーの出なさそうな飯は。病人か。」
「バランスのいい食事と言え。」
私の前に座ったライラックは、当然のようにランク戦の話を始める。
「三年と二年は順当に生徒会メンバーが残ったな。」
「ソグディアナイトとレイテッドか? おいおい、その辺が強いのなんざ前からわかってる事だろう? 注目するならその対戦相手だ。去年は聞かない名前だったってとこが面白い。やっぱ若いと成長も早えんだな。」
「教官――お、お前もそんな歳じゃないだろ……」
「……未だに私をそう呼ぶんだな、ライラック。私はもう違うぞ。」
「ついだ、つい! そ、そうだ、若いって言うなら、一年生ブロックはなかなか見応えあったな!」
「……そうだな……」
「? なんだ、急に元気なくなったぞ? お前のクラスの二人で決勝なんだぞ? 喜べよ、教師として。」
「喜べるかよ、教え子の盛大な失敗を。」
『みんなおはよう! とうとう来ました決勝戦! 一年、二年、三年の頂点を決めるこの試合! 全てはここ、第一闘技場で行われるよー! よって実況はあたし、アルクが行います!』
全校生徒がそろった闘技場はもちろん満員。そしてその席に座ってない生徒が――アルクを除くと合計六人。カッコよく言えばファイナリストたちだが……
『ではでは、長い前置きは無しで行きましょう! 早速始めるは一年生ブロック決勝戦! 共に多くの激戦をくぐり抜けてきた選手だが――それ以上にこの二人には色々あります! 共に十二騎士を師匠に持つだとか、騎士の家系ではないだとかその辺は抜きにして! この二人が戦うのであれば語らねばならない事がもう一つ! そう、この二人はルームメイトなのだー!!』
年頃の男女が集まってんのが学校ってところで、騎士の学校だろうとなんだろうと、色恋話に花が咲くのはどうしようもない。
『男女分かれて寮で生活しているあたしたちですが、この二人は唯一の男女ペア! 寮の庭で毎朝鍛錬をしている光景は、女子の皆さんにはもはや見慣れた光景! そして、いつも一緒に行動するこの二人についたあだ名は『フェニックス・カップル』や『炎風夫婦』! 今日の試合は壮大な痴話喧嘩とも言えなくはない!』
どっと盛り上がる生徒たち。一応、決勝ともなると騎士のお偉いさんなんかもこっそり来てたりするんだがな……これでいいのか?
『実際のところどうなのかは不明ですが――そんなこんなで盛り上がるカード! 暴風をまとう田舎者と爆炎をたぎらせるお姫様! さぁ、選手の入場だーっ!』
大歓声の中、闘技場の左右から入ってくる二人。より一層盛り上がるタイミングかと思いきや――残念ながら、私の予想は的中していた。
『??? お、おやおや?』
スクリーンに映し出される二人の顔。それはいよいよの決勝に挑むやる気に満ちた顔――ではなく、まるで今さっきマラソンを走り終えたかのような、くたくた疲労困憊の顔だった。
『こ、これは――ああー!! ま、まさかの展開かー! 両者とも、俗に言う「魔法切れ」の状態だーっ!!』
魔法を使うと疲労する。魔法の負荷ってやつのせいだが……これは度が過ぎると死にかねない、結構重要な事だ。
まぁ、学生が使うようなレベルの魔法で死に至るようなモノはないが……やり過ぎればしばらく魔法が使えない状態にはなる。レオノチスなんかはその代表で、あいつは自分で編み出した強化魔法にまだ身体がついていけず、その結果発動時間が限られる上に一度使うと三日は魔法が使えない。
つまり、決勝の舞台に上がった二人は二人そろってそんなレオノチスと同じ状態というわけだ。
『ラ、ランク戦の中で「魔法切れ」の状態になってしまう生徒というのはいないわけではありません! 魔法のコントロールやペース配分ができなかった――もしくはそんな事をやっている場合ではない強敵に当たってしまった……理由は様々ありますが――しかし! 決勝で、しかも二人共というのはちょっと初めてではないかーっ!?』
暴風をまとわないただの田舎者は剣を回すだけの曲芸師であり、爆炎をたぎらせないお姫様は四肢に鎧をつけただけの女の子。
ランク戦の決勝って感じじゃない二人は、気まずい顔で互いを見ていた。
『が――いやしかし当然と言えば当然なのか! サードニクス選手が昨日戦った相手は『リミテッドヒーロー』! 一度使用したらしばらく動けなくなるほどの強大な力を、サードニクス選手との戦いの為にずっととっておいた選手! 文字通り全てを出し切る正義の騎士を前に余力を残せるわけはない! そしてクォーツ選手が戦ったのは『スクラッププリンセス』! 魔眼フロレンティンの力によって膨大な魔力をため込んでいた彼女との戦いでは普段以上に魔法の使用を求められたはず! 両者とも、準決勝の相手が悪かったか!』
アルクの言う通り、仕方のない点はあった……が、それでも私は教師として「お前らダメじゃないか」と注意しなけりゃいかんだろう。
まぁ、そんな教師としての葛藤はさておき、あの二人……どうするんだ?
「えーっと……一応約束通り決勝で会えたけど……ちょっと思ってたのと違う感じになったな。」
「そうね……ちゃんと言えば、決勝で「全力」で戦おう――ってつもりだったし……」
「だよなぁ……んまぁ、それはまた次回のランク戦に持って行く――でいいよな。」
「そうなるわね……でもそれじゃあ、今回のこれはどうするのよ。引き分け?」
「引き分けにするにはちゃんと戦わないとダメだろう? でもこんなにやる気も元気もでない戦いもなぁ……」
「……じゃあこれは?」
「……そうするか……」
何やらぶつぶつとしゃべったかと思うと、サードニクスは剣を鞘におさめ、クォーツは右のガントレットを外した。そして互いに数歩近づき、手が届く距離で立ち止まった。
『うえぇ!? ま、まさかの拳で語り合う的な!?』
アルクの驚きを合図に、互いに拳をグッと引いた二人は――
「「じゃん! けん! ポン!」」
……じゃんけんをした。
あたしとロイドの拍子抜けな試合のせいか、二年生と三年生の試合はすごく盛り上がった。
やっぱり強かったのは生徒会のメンバー。生徒会長のデルフは『神速』っていう二つ名通りの動きで、試合が始まってから終わるまでその姿が見えなかった。
そしてそんな生徒会長の傍にいつも立ってたヴェロニカっていう女子。二年の決勝で戦ってた彼女は第六系統の闇の魔法の使い手で、なんか毒々しいモノを呼び出したり、重力を使ったりと色々すごかった。
結局二年と三年の優勝は生徒会の会長と副会長だったわけだけど……別にその相手が弱かったわけじゃない。あたしが挑んで勝てるかっていうと正直微妙だし……前にセルヴィアが言った通り、一年や二年って時間は大きいみたいね。
「……逆に言うと一、二年でそれだけ強くなれるんだから、やっぱり名門なのよね、ここ。」
「卒業する前から上級騎士――パムくらいの人がゴロゴロいるもんなぁ……」
今年度一回目のランク戦が終わって、その後は表彰式とか色々あって……その上今夜はパーティーだとかで、一先ず全校生徒はそれまで自由時間になった。
朝起きた時からフラフラのあたしたちは部屋に戻り、それぞれがそれぞれのベッドに寝っ転がって……天井に向かって話しかけながら時間を潰してた。
「……パーティーまでにもうちょっと元気になりたいな……ごちそうを美味しく食べる為にも。」
「あんたって意外と食いしん坊よね。」
「食いしん坊って……最近聞かない言葉だな……」
「……うっさい。」
いつもならフラフラのロイドを看病するとか言いそうなリリーが、何でか商人としてパーティーの準備に駆り出されちゃったからか……ローゼルもティアナも自分の部屋にいる。
ランク戦と……あとアッチの方のアレも色々あったここ最近で久しぶりにふ、二人でぼーっとしてる時間だった。
「ト、トロフィー、どこに飾ればいいかしらね。」
「えぇ? そりゃあ優勝したエリルの……机とかじゃないのか?」
「じゃんけんでゲットしたトロフィーなんか飾る気になれないわよ……」
「でもだからって漬物石にはできないだろ? なんか……その辺に飾らないとな。」
そう……結局、じゃんけんに勝ったのは――記録上の優勝はあたしになった。
たぶん……それが理由ってわけじゃないけど、一応優勝したってことが少しだけキッカケになってるって言うか……いえ、キッカケじゃあ変だから……そうね、なんとなく勢いがあるっていうのがいいのかしら……
部屋。二人きり。顔が見えない。それと――優勝しちゃったついでっていうかノリで……そう、たぶんそんな感じの事をなんとなくの理由にして、あたしは…………決めた。
「ロイド。あんたに言っときたいことがあるんだけど。」
「おお! この次は魔法切れに注意しような!」
「……そうだけどそれじゃないわよ……」
変なの。まさか……言う一歩手前でため息つくことになるなんて。
「あたし、あんたの事が好き――なのよ。」
「うん……うん?」
天井しか見えてないけど……きっとすっとぼけを二倍増ししたくらいの顔をしてるわね、この声。
「四回目にもなればいくらあんたでも……ど、どういう意味かわかると思うけど……友達としてとかじゃなくて……れ、恋愛的な意味合い――も、もちろん友達としても好きだけど……」
……
…………返事が無い。
だけど……いえ、だからかしら。あたしは思ってた事を――呟き始める。
「初めて会った時は変なのが来たって思ったけど……あたしの身分――的なのも知らないまぬけで……ちょっと気が楽かしらって思ったらすぐにルームメイトにされて……でもそうしてたら段々……あたしのピリピリした感じの空気……って言うのかしら。そういうのが無くなったっていうか抜かれたっていうか……それで……ちょっとだけじゃなくて、だいぶ気が楽になったわ。そ、それでそうなるのとへ、並行して……あ、あんたの事が……あ、ああなっていって……そしたら優等生のローゼルがむかつく性格でそのルームメイトが金髪で商人と知り合いで……気づいたらさ、三人に先を越されて……その上アンジュみたいのまで出てきて……べべべ、別にあせったわけじゃないけど、ああいうのがまた出てきたらアレ……でしょ。だ、だから――い、一応言っておこうって思った……のよ……」
原稿があるわけじゃないから口の動くまま。別に理想のコクハク――みたいのがあるわけじゃないけど、もっとスッキリ言えなかったの、あたし。
――っていうか……
「ちょ、ちょっと……な、何か言いなさいよ……」
反応がな――あ! まさか寝てるとかそんなんじゃないでしょうね!
「聞いてんのロイド!」
慌てて起き上がったあたしは、一応起きてるんだけど難しい顔で天井を睨んでるバカロイドを見てイラッとした。でもそしたら突然、ロイドはガバッと起き上がってポンと手を叩いた。
「そういう事だったのか!」
「は――は?」
「こう――喉に引っかかった小骨的なモヤモヤがついにとれたって感じだ。あぁ、すっきりだ。」
「…………あたし、今一応告白――て、的なことしたんだけど……」
「うん。」
座りなおしてベッドの上であぐら状態になったロイドは――割かし真面目な顔でしゃべり出す。
「オレ、リリーちゃんの事、結構好きなんだ。ローゼルさんもティアナも。」
「…………今それをあたしに言うなんていい度胸ね……」
「好きって言われたら普通に嬉しいし――その、「お付き合いしましょう」ってなれば「いいよ」って言う……オレはオレをそう思ってたんだけど、実際はそうならなかった。なんか引っかかってたんだよ。それで先生の一言でぼんやりと理由が見えてきて、で、今のでわかった。」
しゃべり終わったら殴ってやるって思ってたら、ロイドは割かし真面目な顔を一番真面目な顔にして――あたしを見つめてこう言った。
「オレはエリルが好きなんだ。今、それに確信を得た。」
「――!!」
!! !?!?
「エリルの言う通り、まぬけだよなぁ……なるほど、オレがエリルに対して思ってたコレが好きってことだったわけなんだな……」
「――な! ――ば!?」
「でも……欲を言えばオレから言いたかったな。なんというか情けない気分だ……」
「ど、どういう事よ! あんた――あたしを――で、でもそんな……」
どどど、どういう現象かよくわからない。怒ってるでも恥ずかしいでもない変な感情のせいで顔が熱くなってる。
「ん? だからオレも――ああいや、ちゃんと言うと――エリル、オレはエリルの事が好きだ。女の子として。」
「ば! バカじゃないのバカじゃないのバカじゃないの!!」
「そ、そんなにバカバカ言わな――あー……でも……そ、そうか……うわ……」
あたしが一人でギャーギャー言ってると、スッキリした顔してたロイドが段々と赤くなっていってオドオドし出した。
「だ……ダメだこれは……うわ、恥ずかしい……い、今オレ、エリルに告白したのか……ああああああ……」
「こここ、こっちのセリフよ、バカ!」
こういう感覚は初めてだ。なんというか……もう後には引けない物凄く大事な決断をして……いや、失敗したわけじゃないけど……心がゾッとするというか熱いというか……一番近い言葉は恥ずかしいなんだけど厳密には違うような……そんな感覚。
エリルに好きと言われた瞬間、リリーちゃん、ローゼルさん、ティアナの時とは全然違うモノがぶわっと心を満たして――う、嬉しく思った。表現しにくいんじゃなくてし切れない感じの喜びを覚えたオレはそれで気づく。
オレ、ロイド・サードニクスはエリル・クォーツが好きなのだと。
しかし気づいたはいいけどエリルに先に言われてしまった。個人的に、こういう事は自分から言いたかったから……ってあれ?
「えぇ!? じゃ、じゃあエリルもオレの事好きなのか!?」
「だ、だからそう言ったんじゃないバカロイド!!」
「オレも――エリルが好きなんだけど……」
「ななな、何度も言わなくていいわよ!」
「――! つ、つまりその……これはいわゆる両想い……?」
「――!! 言葉にするんじゃないわよ!」
うわ、うわ、そういうことか! つ、つまり告白したらオーケーがもらえたって事で……ああいや、オレの場合は好きな人から告白されちゃったという事で――いやなんにしろ……
「そ、そうか……えぇっと……よ、よかった……」
「そ、そうね! よ……よかったわ……」
「えぇっと……よ、よしエリル。オ、オレたちたぶん今すごく頭の中がごっちゃごちゃだから……ちょ、ちょっと休憩しよう……」
「そ、そうしましょ……お、お茶! お茶淹れるわ!」
わたわたしながら台所に立つエリル。よ、よし、オレも落ち着くんだ……そ、そうだ日課をするんだ。
しばし、黙々と紅茶を淹れるエリルと延々と棒を回転させるオレという光景が部屋の中に広がり……数分後、オレたちはテーブルを挟んで向かい合った。
「……あったかい飲み物は落ち着くな……」
「そうね……」
ほっと一息つき、そしてオレは深呼吸をしてエリルを見た。
「……よ、よし……か、確認しよう……オ、オレたちはお、お互いがす、好きでした……と、という事はその……そ、そういうお付き合いをする――で、いいんだよな……?」
オレと同じように少し気合いを入れてこっちを見ているエリルが答える。
「そ、そうね、普通はそうよね……あたしとあんたはコ……コイ――ビト……」
最後の言葉が二人の間にふよふよ出てきた瞬間、オレとエリルは同時に目を逸らした。
ダメだ! 恥ずかしすぎる!
「あー、おー、う、うん…………えっと、そうなるとど、どうなるんだ……? あぁあれか! 呼び方を変えたりするのか!?」
「い、今までと同じでいいわよ……」
「そ、そうか。じゃあえーとえーと……」
部屋の隅っこを見つめながら頭を回転させたが……しばらくしてふっと気が付く。
「あれ、もしかして今までと何も変わらない――のか?」
「…………強いて言えば……あ、あんたが今までみたいに他の女とイチャイチャしたら――う、浮気だから……あたしがあんたを燃やすわ……」
「イ、イチャイチャした覚えはないぞ!」
「……キスとかしてるじゃない……」
「あ、あれはなんというか不可抗力でしかもオレからってわけじゃ――あ、そ、そうか……」
「な、なによ……」
「い、いやほら……リリーちゃんとかとはキスして……こここ、恋人としないって変――だろ……」
「――! 変態!」
「い、いや、エリルが嫌って言うなら無理には……その……」
「――い、嫌なんて言ってないわよ! そ、そうね! あんたがどうしてもって言うなら――べべべ、別にし、してもいいんじゃないの!?」
「う、うん……」
「…………」
「…………」
「……――さいよ……」
「……ん?」
「し……しなさいよ……」
「――!」
「な、なによ! 嫌なの!?」
「い、嫌じゃないです! し、してもいいですか!」
「……どうぞ……」
と、下を向いて黙り込んだエリル。オレはおずおずとその隣に移動し……
「あー……こ、こっちを向いてくれますか……?」
くるっと九十度身体の向きを変え、そしてガバッとあげたエリルの顔は真っ赤だった。
そしてたぶん、オレ自身もそんな感じだ。
「し、死ぬほど恥ずかしいので目をつぶってもらえると嬉しいのですが……」
「こ、こうね……」
ああ……このエリルやばいな……
……ん? あ、あれ? さ、三回もされたけどわからない……どうやるんだっけか。鼻がぶつかるからえーっと……たぶんこんな感じ――
「……」
「――!」
オレ自身も目をつぶってやったわけだが、無事に――め、目当ての場所に自分の唇をくっつけることが出来た。
過去三回のどれとも違う……熱さを感じるキ、キスだった。柔らかく触れている部分を通してエリルの炎が身体の中に染み渡るような……全身が熱く――でも心地よい温かさに包まれるような……こういうのを、もしかすると幸福感――とかいうのだろうか。
ん? そういえばえぇっと……ど、どれくらいこうしていればいいんだ?
リリーちゃんもローゼルさんもティアナもけ、結構長かった気がするけどあれは体感なわけで実際はどれくらいだったのや――
「んは――な、長いわよバカ!」
と、時間を考えていたらエリルに突き飛ばされた。
「ご、ごめん……ど、どれくらいやるモノなのかわかんなくて……」
「バカバカバカ!」
お互いになんとなく口を隠しながらあたふたするが、何かにハッとしたエリルがオレをジロリと睨む。
「……もしかして……今のが長かったのって……ローゼルもティアナもリリーくらいだったからとか……?」
「あ……え、えっと……はい……」
「……ま、まぁそれならこ、恋人のあたしにも同じくらいや……やんなきゃよね、そうよね。」
「う、うん……?」
「じゃ、じゃあ……ローゼルとティアナにはななな、何回されたのよ……!」
「!! ま、まさかそこも同じにするのか!?」
「あ、あんたが他の子とやったからやんなきゃって言ったんでしょ!」
「――!! えぇっと……しょ、正直何回かは覚えてないんだよ……途中から頭の中真っ白になったから……」
「なによそれ! それじゃあ……真っ白になるくらいってことになっちゃうじゃない……」
「……そ、そう――なるのか……で、でもそれって……」
たぶん、オレとエリルは同じような光景を想像し、そして同じように目を逸らした。
「……ままま、また今度にしましょうか……」
「そそそ、それがいい……」
二人そろって大きく息を吐き、そして二人そろって紅茶で一息いれた。
心が落ち着く……紅茶は偉大である。
「……と、とりあえずだ、エリル。こ、これからもよろしくな。」
「え、ええ……よろしく、ロイド。」
カップを片手に横目で言い交わしたオレたちは、ふっといつものように笑い合っ――
「ロイくん大丈夫!?」
「うびゃあああっ!」
「みゃああああっ!」
並んで紅茶を飲んでいたオレたちは突然目の前に現れたリリーちゃんに過去最大に驚き、そろって変な悲鳴をあげた。
「んもー、今夜のパーティーでビンゴ大会するとかで景品の調達させられちゃったんだよー。でももう終わったから! ロイくんフラフラでしょ? ボクが看病したげるよ!」
そう言ってニッコリ笑うリリーちゃんを見て、オレはビックリし過ぎてバクバクなってる心臓を抑えながらこっそり……グッと決意を固めてリリーちゃんに言った。
「みんなに話しておきたい事があるんだ。」
リリーちゃんを連れてローゼルさんとティアナの部屋に来たオレたち。とりあえずエリルには後ろにいてもらって、オレは三人にさっき部屋で起きた事を……オレの気持ちを伝えた。
「――と、いう事ですので……三人ともごめんなさい!」
まさかオレの人生で同時に三人の女の子をふ、ふるなんて事が起こるとは夢にも思わなかった。
しかしふられるっていうのは男でも女でも悲しいこと……のはず。これは誰かを泣かせてしまうかもしれないと思い、ペコリと下げた頭を上げられずにいたのだが……
「ふむ。どうせならそのままが良かったのだが……やれやれ、その段階に進んでしまったか。」
聞こえてきたのはローゼルさんの落ち着いた言葉。おそるおそる顔を上げてみると、修羅場的なモノを想像していたオレには拍子抜けないつもの三人がいた。
「あの……ご、ごめんなさい……えぇ? こういうモノ……?」
「ん? そうだな……普通ならふられた女子の阿鼻叫喚というところだろうが……残念ながらわたし――いや、ここはあえてわたしたちと言わせてもらおうか。わたしたちは少し違うのだ。」
「え――えぇ?」
「ロイドくんは、ついさっき自分がエリルくんを好きな事を理解したということだが、わたしたちはかなり前から知っていたのさ。」
「えぇっ!?」
「これでもロイドくんが好きな女の子なのでな。エリルくんに対する態度や言葉とわたしたちに対するそれの違いなどからわかってしまうのだよ。一番長くロイドくんを想っていたリリーくんなんかはすぐにわかっただろうな。」
「……お見通しって言い方がむかつくね、ローゼルちゃん……まぁ、そーだけど……」
「そ、そうだったの、リリーちゃん?」
「ロイくんてば、ボクがどれだけロイくんの事好きだと思ってるの?」
「え、あ、はい……」
「な、なによそれ……」
オレもそうだがエリルもわけがわからないという顔だった。
「じゃ、じゃあ……あんたたちはロイドがあた――他の子を好きってわかってて告白したってわけ!?」
「その通り。だから意味合いが少し違う。」
腕を組み、むふーという顔をするローゼルさん。
「わたしたちは諦められないこの感情の下、ロイドくんの恋心の矛先を自分に向ける為に攻撃を開始する……その合図がわたしたちの告白であり、同時にエリルくんへの宣言――いや、宣戦布告なわけだ。」
「あたし?」
「エリルくんからロイドくんを泥棒猫するぞというな。」
「はぁ!?」
「まぁ、くっつかないままだったなら泥棒猫とは言わないが……それにそもそも、わたしたちとしてはそのままでいてくれた方が良かったしな。」
「あんたたち……そ、そんなにこのすっとぼけたのが……」
「ふふふ、他人事のように言うのだな、お姫様?」
「――!」
「え、えぇっと……そ、その、オレは……どうすればいいんでしょうか……」
「どうもしなくていい。ロイドくんはただ、エリルくんを美しい思い出に変換してわたしをギュッと抱きしめてくれればいいのだ。」
「あんたねぇ!」
「ふふふ。なに、今までと変わらないさ。わたしたちも、今が大きく変わることは望んでいないのだから。」
なんというか、既に本人たちの中では結論の出てる問題を持ち出して「今更だな」と呆れられたような気分だ。
しかし……オレはちょっと気を付けないとな。ローゼルさんたちの攻撃を受けてエリルに燃やされるような事になってはいけない……!
「で、でも……ふ、不思議だね……あ、あたしこんなに誰かを好きになった事ないから……こういうモノなのかもしれないけど……ほ、他の子を好きでも、そ、その好きな相手を自分にしてやるなんて思っちゃうなんて……」
「ああ、その事なんだが、わたしの中で一つの仮説を立てた。」
「な、なんの仮説よ。」
「ずばり、どうしてこんなにロイドくんの事を――という話だ。言い方を変えると、恋愛マスターの願いの副作用についての考察だな。」
唐突に出てきた恋愛マスター。でもまぁ……たぶん彼女を抜きにしては語れない気がする。
「……聞きたいような聞きたくないような……いやでもオレの事だからなぁ……き、聞かせてください……」
「うむ。順を追って説明すると……まず、ロイドくんの願いは『家族が欲しい』だった。それを聞いた恋愛マスターは幸せな家庭を築けるよう、『運命の相手と出会えるようにする』という形の叶え方をした。ここまではいいかな?」
「は、はい……」
「運命の相手というのは、出会った瞬間にビビッとわかるようなモノではないが、結ばれたなら一生幸せな時間を過ごす……この幸せな時間というモノの中に、両者がそれはもう深く愛し合うラブラブ状態というモノが含まれると仮定しよう。」
「い、いきなりものすごい仮定ですね!」
「まぁ最後まで聞くのだ。言い換えると――好きで好きでたまらないという感じだな。つまり運命の相手とロイドくんはお互いをすごく好きになるわけだ。たぶん、普通の恋愛を遥かに超えるような程度でな。」
「えぇ? それって……」
「ふふふ、まだ続きがあるぞ? そんな感じに運命の相手と結ばれるようになったロイドくんだが……しかしよく考えてみるのだ。恋愛マスターの願いを叶える力に必ず副作用が生じるというのであれば、その力はそこまで完璧ではないという事。おそらく、運命の相手ただ一人をピンポイントにロイドくんの所に導くことはできないのだ。」
「んまぁ……そうかも……」
「世の中には複数の人が同じ人を好きになるなんてざらだろう? であれば、運命の相手一歩手前くらいの女性がいてもおかしくなく、運命の相手をロイドくんの所に導く際にその一歩手前の女性らまで導いてしまう――という事が起こり得るわけだ。」
「!! な、なるほど!」
「つまり、ロイドくんの副作用というのは――運命の相手だけでなく、運命の相手ギリギリ一歩手間くらいの女性との出会いまで増えてしまう――というモノなのだ。」
「ふぅん? つまり言い換えると……ロイくんとロイくんの運命の相手がレベル百のラブラブをするとしたら、世界中にいるレベル九十九とか九十八レベルのラブラブをしちゃうくらいの女の子まで集めちゃうって事?」
「なにやらすごい言い換えだが……そんな感じだ。運命の相手は一人――そこは確かだろうがロイドくんは副作用により、運命の相手ではないものの、出会ってしまったならお互いにかなり高めの好意を抱く女性がまわりに集まる。これがわたしの仮説だ。」
「…………要するに、運命の相手を含めてロイドにベタぼれする女が群がりやすくなってるってわけね……」
「そう、わたしたちのように。」
ものすごい仮定の上に組み立てられた仮設だったけど、最後の一言が論より証拠のようになっている。
本来なら出会わなかったかもしれない、オレの事をす、好きになる……つ、つまりオレみたいな男を好きなタイプとする女の子が集まる副作用……
「……それって……いや、そうだとしたらオレって相当迷惑な人……」
「そうだな。結局選ばれるのは一人で他は捨てるわけだからな。好きにさせておいてポイなのだからひどい男だ。」
「ロ、ローゼルさん……心に刺さります……」
「ふふふ、まぁ気に病むことはないだろう。誰かが選ばれて誰かが選ばれないなんてのはそれなりによくある事さ。単に、そういう恋の戦争がロイドくんの周りでは頻発するというだけだ。」
「……胃が痛くなる……オレ、フィリウスみたいに女の人の――扱い? 的なの上手じゃないし……」
「上手になんかならないでくれよ。そんなロイドくんは嫌だからな。今まで通りあたふたして――最後にわたしを選べばいいのだ。」
「事あるごとに何言ってんのよあんた!」
ぷんすかするエリルに対し、ローゼルさんは余裕の笑み。
「今は――とりあえず今だけはエリルくんに預けておくが……必ず返してもらうぞ?」
とんでもない事になってしまった。ああいや、なってしまったのはたぶん恋愛マスターに願いを叶えてもらった瞬間だろうから……学院に来るまで同年代の女の子と接する機会が少なかったせいで今更実感しているだけだ。
この状況……とりあえず誰かに相談したい……フィリウスとか、いっそプリオルでもいい。
アドバイスを……オレにアドバイスを……!
ロイドのバカがロイドの事を好きになっちゃう女の子を集める体質になったっていうバカな仮説を聞いたロイドのこ……恋人のあたしは、学食で開かれたランク戦お疲れさまパーティーでモヤモヤしながらロイドの横に立ってた。
ただ、モヤモヤはそうなんだけどそれよりも今、あたしの頭の中を埋めてるのは唇に残る感触だった。その感触を始まりにして全身に走った変な感覚……寒い日のベッドの中みたいなぬくぬくとした……幸せ――な感じ。
……あれを、ローゼルたちはあたしより先に経験したのよね……なんか悔し――くなんかないわよ!
で、でもそういえば、ローゼルとリリーなんかはよくロイドにく、くっついてるけど……あれもこんな感じに嬉しい気持ちになる――のかしら……
「エリル?」
「――! な、なによ!」
「いや、ほら、デルフさんの演説が始まるぞ。」
マイク付きのお立ち台に上がった会長を指差すロイドは、あたしと目が合うと一瞬の間を置いてぷいっと目をそらした。
鈍感なくせに照れてる……そ、そうよね、いくらロイドでも……そうよね。
「あー、今度こそ――ランク戦お疲れさま。」
ローゼルもそうだけど、めんどくさそうな長い髪をデロンと垂らした会長はニコニコしてる。
「セイリオスと言えばこの国で一番の騎士の学校。ランク戦には現役の騎士なんかもやってきて次世代の力を観ていく……だけどこの場の誰一人として、観客席に座ってる生徒以外の人の姿は見てないだろうね。二年生と三年生はそのカラクリを知っているけど一年生はまだだからネタばらしをしておくよ。」
そういえば……あんまり気にしてなかったけど偉い騎士とかも見てるんだったかしらね、ランク戦。
「実は観客席は二つあってね。正面の入口から入ると学生用の観客席に辿り着くのだけど、裏口から入ると外部の人用の観客席に出るんだ。生徒用とお客さん用の観客席は同じ場所にあるんだけど位相がずれているから互いに触れることはできない……闘技場が、外から見ると一つなのに中には十二個あるっていうのと同じ仕組みだね。」
学院長の魔法だったかしら。聞けば聞くほどとんでもない魔法使いね……
「じゃあ実際の観客はどれくらいいたのか? ざっくりだけど、学生と同等の人数がお客さん用の席に座っていたと思ってくれていい。だからまぁ、見た目の倍の人間があの場にいたというわけだね。中には国王軍の騎士団長とか、十二騎士とかもいたそうだよ。」
少しざわつくみんな。
でもそうなると……あたしとロイドはそんな中でじゃんけんしたってわけなのね……
「だからみんな、突然騎士の偉い人から声をかけられたりしてもビックリしないようにね。きっとそれは、試合を観て何か思う所があったからってことだから。」
三年生最強――いえ、学院最強って言っても過言じゃないこの男にはどんな声がかかってるのかしらね。
「ランク戦で決まる事になってるみんなのランク。気になってる人も多いと思うけど、それはまた後日に発表される。だからこの場は純粋にお疲れさまパーティー。優勝した人に群がったり、意外と強かった人に声をかけてみたり、次は勝つと宣言してみたり――色々やって盛り上がろう。では――この場の全員に、乾杯!」
全員の乾杯の声で始まるお疲れさまパーティー。
「……もしかしてこの学校ってお祭り好きなのか?」
「主催は会長みたいだから、セイリオスがっていうよりはデルフがって感じなんでしょうね。」
「生徒会長ってこういうイベントを……なんつーか開催できる権限があるのか。」
「知らないけど……会長だし。」
「優勝おめでとー、お姫様。」
生徒会長の権力について話してると、グラスを片手にアンジュがやってきた。
「自分に勝った人が優勝するとなーんかホッとするらしいけど、全然そういう気分にならないねー。」
「じゃんけんで勝っただけだし……」
「そーだねー。まー、勝ったのはお姫様だけど、たぶんランクは同じになるだろーからよろしくねー。」
「……そうね……」
「あ、なーにその顔。言っとくけど、あたしはロイドの友達からねー。こうやって近づいても約束破ることにはなんないから。ねー、ロイド。」
相変わらず派手な――だけど鉄壁っていう変な服のアンジュがニッコリ笑ってそう言うんだけどロイドの返事はなくて、見ると隣に立ってたロイドはいつの間にか少し離れた所にいた。
「どっちかって言うと甲冑姿の方をよく見てるから新鮮な気分だ。」
「はっはっは。よく言われる。」
ロイドがしゃべってるのはこのパーティー会場で唯一車いすに座って参加している満身創痍の男、カラード。昨日の今日じゃ歩く事すらできないようね。
「しかしどう言えばいいのか。決勝戦は残念だったなと言うべきか?」
「いや、じゃんけんしただけだし……んまぁ、ここぞって時に運がないらしい事がわかったかな。」
「それは収穫だな。おっと、紹介しよう。おれのルームメイトだ。名前は知ってるかな。」
「ビッグスバイトさんだろ? えっと、一応初めまして。ロイド・サードニクスだ。」
カラードの車いすを押してるのはティアナと初戦で戦った『ドレッドノート』こと、アレキサンダー・ビッグスバイト。第一系統の強化の魔法の使い手だったわね。
「ふん、未だに信じられんな。カラードの全力を返り討ちにしたのがこんなヒョロイ男だとは。」
「見た目でわからない実力が魔法だからな。アレクも経験しただろ?」
「『カレイドスコープ』か……あれほど外見との差がある騎士もそういないだろうがな。」
「かれいど?」
「お前の騎士団のスナイパーの二つ名だ。誰かつけたかは知らんがな。」
「ティアナの? へぇ、なんか綺麗な二つ名だな。」
「変幻自在という意味と、スナイパーライフルのスコープをかけているそうだ。」
男三人の会話に入って行ったのはローゼルと……その後ろに隠れてるティアナ。いつものメンバーがそろいだしたから――ってわけじゃないけど、あたし――とアンジュもその集まりに近づく。
「しかしこうなってくるとわたしももっと洒落た名前が良いな。『水氷の女神』では少々かたくないか? こうもっと……『スノークイーン』みたいな。」
「それだとエリルとかぶるな。」
「む。ならば『スノープリンセス』。」
「今度はアンジュとかぶる。」
「……ではもうロイドくんが名づけてくれた『パスタマスター』しかないな。」
「えぇ? いや、前も言ったけどどういう人か全然わかんないよ……」
「なによそれ。ロイドが名づけたって。」
「む? ああ――おやおや、エリルくんは名づけてもらったことがないのか? ほほー。」
「なによその顔!」
「……? ティアナはなんでローゼルさんの後ろに隠れてるんだ?」
「! ……え、えっと……その……」
「はっはっは。おいアレク、見事にこわがられているぞ。」
「……ふん。」
「あはは。スナイパーちゃんが勝ったんだから堂々としてればいーのに。」
「ボク抜きで楽しそうにして!」
いつものメンバーから一人足りない状態でわいわいしてたら、その足りてなかった一人がパッと現れた。
「ひどいよロイくん!」
「えぇ……ご、ごめん。」
「ほう。トラピッチェさんは常日頃から魔法を使っているのだな。」
「……誰だっけ?」
「あー……カラード・レオノチスだ。ほら、甲冑の。」
「ああ、鎧の人。へー、そんなんになっちゃうんだ。ホントにリミテッドなんだね。」
「あ、そうだ。ティアナに『カレイドスコープ』って二つ名がついたならリリーちゃんにも何かついたんじゃないの?」
「ボ、ボク? えー、いやー、知らないなー。」
「商人ちゃんにもついてたよ、二つ名。けっこー怖いのが。」
「怖いの?」
「ちょ! 余計なこと言わないで!」
「うん。『暗殺商人』って。」
さぁっと温度が一度くらい下がった気がした。
「……なんというか、リリーくんにぴったりというかそのままというか。」
「物凄い名前ね……ぴったりだけど。」
「うわーん! ロイくん慰めてー!」
そう言いながらむぎゅっとロイドに抱き付いてるんじゃないわよ!
「んまぁ、あんまり女の子向けじゃないけど……オレと同じだね、リリーちゃん。」
「? ロイくんと?」
「うん……なんというか……ただの職業っていうか役職っていうか……オレなんか指揮棒握ったことすらないのにね……」
「ロイくんといっしょ……えへへ……」
さらにむぎゅっと顔をうずめてるんじゃないわよ! て、ていうかときどきロイドのバカが抱き付かれてもあたふたしない時があるのは何でなのよ!
「そういえばロイド――あー、ロイドと呼んでいいかな? おれの事もカラードでいいから。」
「いいけど……なんだ?」
リリーに抱き付かれたまま、ようやくその事に気づいて顔を赤くし出したロイドはカラードに顔を向ける。するとカラードは変な事を言った。
「おれはそっちの方には詳しくないんだが……ロイドは随分珍しい魔眼を持っているんだな。」
「……えぇ?」
「うん?」
さも当然って感じに言ったカラードだったけど、ロイドが傾げた首を見て同じように首を傾げた。そして何かにハッとする。
「まさか……いや、魔眼持ちが周りに言われて初めてそうだと気づくという話は結構あるらしいからな。もしかして知らない――気づいていなかったのか?」
「え――えぇ? オレが? 魔眼を? い、いつ?」
「おれとの試合中さ。」
あたしたち『ビックリ箱騎士団』にとっては予想外の話を、カラードは口にしていく。
「『ブレイブアップ』をした状態のおれは魔法の……気配のようなモノの感知能力も向上するんだが、試合中、どのタイミングからかはわからないが、気づくとロイドが風を起こすのに使っている魔力の量が増加していたのだ。それと並行して剣の数も最初に出した二十本くらいから四十、六十と増えて行った。最終的に、あの大技を放つ時に回転していた剣の本数は百を超えていたはずだ。」
「そ、そうだった――か……い、いやでもそれは魔法を無理して使ったからだろ? 実際今日はその疲労でくたくただし。」
「まぁ起きた事を考えるとそうなるが……おれはあの試合中、ロイドの黒い――ああいや、よく見ると深い緑なのか? その眼の色が黄色になるのを見たんだ。それも――右目だけ。」
「右――え、か、片目だけ? オレの眼が右だけ黄色に?」
「ああ。てっきりロイドの奥の手か何かなのだと思っていたのだが……知らなかったようだな。」
「……初耳だよ……」
ビックリ顔で右目を覆うロイド。
魔眼って呼ばれる特殊な眼は結構種類があるらしいけど、それでも片目だけっていうのは聞いたことない。
「ロイドくん、大丈夫か?」
「う、うん……」
さすがのすっとぼけロイドもちょっと表情が暗くなる。魔眼持ちだったってだけならむしろ喜んでもいいところだけど、片目っていう変なポイントが……どこかの一年間の記憶が抜けてるロイドには無視できないんでしょうね。
……ロイドって、時々こういうらしくない顔するわよね……
「まぁ、とりあえず今はいいじゃない。」
「エリル……」
「このメンバーで魔眼に一番詳しいのはたぶんあんたで、そのあんたに心当たりがないんじゃいくら考えたって答えは出ないわよ。今度先生にでも聞いてみればいいわ。」
「……」
「それにいいの? そんな事に悩んでる間に、あんたが楽しみにしてたごちそうが無くなっちゃうわよ。」
「……! それもそうだな……うん、今度先生に聞いてみるよ。ありがとう、エリル。」
いつもの顔でいつもみたいに笑うロイド。それを見てあたしも笑――
「なるほど、これが『フェニックス・カップル』の所以か。」
――いかけたところでカラードが「ふむ」って顔をしながらそう言ったから、あたしは慌てて顔をそらした。
「何とも言えない温かな雰囲気がおれの両親とそっくりだ。おれもそういう相手に出会いたいもんだが……アレクはどうだ?」
「……そういう話を俺にふるな。」
強化コンビはどうでもいいとして、ローゼルたちが攻撃力のある視線を送ってくる。
で、でももうこういうのに慌ててちゃダメよね。あ、あたしはロイドのこここ、恋人なんだから……!
「ふぅーん……」
ローゼルたちと無言の攻防をしてる中、視界のすみでアンジュが何かを考える――いえ、企むような顔をしてた。
「どう思います? これ。」
ソグディアナイトの奴が祭り好きなだけで、別に恒例行事ってわけでもないランク戦お疲れさまパーティーとかいうのに……この話が終わったら出席する気満々な私は、そこそこ重要な事を――いや、そもそも話を持ってきたのは私なんだが――若干心半分くらいでそう聞いた。
「うむ。儂もビンゴ大会を楽しみにしておる。」
「心を読んだみたいな回答しないで下さい……たぶんこの学院じゃ一番知識のある学院長はこれをどう思うかと聞いたんです。」
私が学院長の机の上に置いたのは一枚の写真。ランク戦の記録映像からある場面を切り抜いてきたモノで……そこには準決勝を戦うサードニクスの姿が映っている。
あの試合、サードニクスもレオノチスも一年生――というか学生の域を超える速度でバトってたからカメラも追っかけるのが大変だったらしく、映像はブレブレで……当然写真もガタガタだ。だが私の言いたいところはちゃんと見える。
「試合中、ある時からサードニクスの眼の色が変わりました。おそらく魔眼なんでしょうが……」
「問題は、それが右目だけという点じゃな。」
写真を手に、背もたれにググッと寄りかかる学院長。
「魔眼には多くの種類があり、中には特定の系統を得意な系統とする人間にしか発現しないモノやとある家系にのみ発現するモノなどがあるが……全ての魔眼に共通するモノがあるとすれば、それは――必ず両目がそうなるという点じゃ。」
「ええ……ですから仮に片目だけという奴がいたらそれは……」
「移植――じゃな。」
学院長が「やれやれ」という感じのため息をつく。
魔眼ってのは……まぁ、持ってる奴には持ってるなりの苦労ってのがあるんだが、持ってない奴からしたらうらやましい事この上ない代物だ。戦闘に限らず、種類によっちゃあそれだけで不自由ない暮らしを送れるような場合もある。
だから、自分の目ん玉くりぬいて他人から奪うなり買うなりした魔眼を埋め込むなんて輩はそこそこいるわけだ。
「しかし学院長。サードニクスは何というか……他人の身体を埋め込んでまで強くなろうとするような危うい奴じゃないですよ。」
「そうじゃな。それに、そういう目的だったとしたら《オウガスト》が許すわけがない。」
「となると、魔眼を移殖した――もしくはされたのはあの筋肉ダルマに会う前か……もしくはそうせざるを得なかった緊急事態に陥って仕方なく……ですかね。」
「うむ……まずは《オウガスト》に尋ねてみるところからじゃな。しかしそれはそれとして……」
「? どうしたんですか?」
「……いや、この魔眼の種類についてな……」
「試合を観る限りだと……魔法の負荷を軽減するか、もしくは魔法の効果を倍増させるとかですかね。」
「……結果としてはそうじゃが……どうも妙な感覚じゃった。まぁ、儂みたいな老いぼれの感覚じゃあ信用も五分というところじゃがの。強いて言うなら――」
老いぼれとか言ってはいるが、学院長は間違いなく……現在最強にして最高の魔法使い。そんな爺様がぼそっとこう呟いた。
「第十二系統……時間魔法の感覚に近いモノを感じたわい。」
エリルに食いしん坊と言われたオレだが、それはたぶん六……ああいや、七年間のフィリウスとの旅のせいだろう。どこともわからない田舎道を移動している時とどこかの村や町に滞在する時、割合的にどちらが多かったかと言われればそりゃもちろん前者だ。
今思えば十二騎士なんだから稼ぐ必要もなかったんだろうけど、あっちこっちで大小様々な仕事を引き受けて路銀をゲットしていたから特に食費に困ることは無く、だからどこかの店に入れた時は普段食べられないモノをもりもり食べていた。きっとこの習慣がオレを食いしん坊的な人にしたんだろう。
「よく食べるねー。」
エリルたちと離れて一人、取り皿を片手に徘徊していたオレの横にひょっこりとアンジュが現れた。
「美味しいからね。アンジュは食べてる?」
「うーん、あたしこれでも女の子だからねー。あんまり食べ過ぎないようにしてるんだよー。」
「ああ……そんな格好だと余計にだもんね……」
と、なんとなく視線がアンジュのおへそ辺りに行ったところでアンジュにデコピンされた。
「じろじろ見ないのー。」
「ご、ごめん……」
「そうだ。じろじろ見ついでにさ、あたしってスタイルどう?」
「えぇ!?」
「あたしが可愛いのは前に確認してもらったからねー。ねぇ、どう?」
「どうって……」
お腹が出てるせいか、身体の全体的なラインが結構わかりやすいんだけど……アンジュは結構……ス、スタイルがいい。
「そ、そうだね……そういう格好をされると困る男子が多いと思うくらい……よ、よいスタイルではないでしょうか……」
「ふぅーん。」
いたずらっぽく笑うアンジュは、ふと思い出したような顔をする。
「あーそうだ。ロイド、あたしちょっと気づいた事があったんだよ。」
「? 何の話?」
「これだよこれ。」
そう言ってアンジュが指差したのは自分の眼。
「! 魔眼の事?」
「そ、ロイドのね……ここじゃアレだからちょっと外に出よーよ。」
「うん。」
アンジュはフロレンティンという魔眼を持っている。もしかしたら魔眼について、オレの知らない新しい情報を持っているかもしれない。
「この辺でいーかな。」
生徒のほとんどが学食でパーティーの今、そこから出ると本当に誰もいない。日が落ちて街灯がぽつぽつと灯る学院の中、学食の入口から少し離れた所にオレたちは来た。
「……あんまり聞かれると困る感じの話なのか……」
「そーだね。まー学院の中では気にし過ぎになるかもだけど、例えば魔眼持ちを専門に狙う悪党とかもいるらしーし。基本的にはこっそりがいーかもね。」
「そ、そっか。気を付けるよ……それで気づいた事って?」
「うん。ねぇロイド、あたしの魔眼をよく見てみて?」
すぅっと目を開けたアンジュの眼は、オレンジ色から……なんというか灰色? みたいな色合いになる。
「そういえばティアナは眼の色が変わったりはしない……というか最初っから魔眼の色なのかな? 発動させると色が変わるのとそうならないのがあるのか……」
そんな事を呟きながら、オレはオレより少し背の低いアンジュの眼をかがんで覗き込む。ティアナの金色の眼もそうだったけど、こう……ググッと吸い込まれるような迫力というか雰囲気みたいのがあ――
「スキありっ。」
その言葉がどういう意味なのかを頭が考え始めるより前に、オレの視界の中で突然大きくなったアンジュの眼はスッと閉じられ、同時に唇に柔らかいモノが――
「んん!?」
五回目――いや、総数で言ったらもっと恐ろしい数になるはずだから……この場合は五人目と言った方がいいだろう。一人でもオレの人生には衝撃だというのに五人目とは一体どういう事というか何を冷静に考えているのだというかどういうことだっ!?!?
「もーちょっと警戒したほーがいーと思うけどなー。悪い女に捕まらないか心配だよー。」
パッと離れたアンジュは嬉しそうにニコニコしながらそんな事を言った。
「アアア、アンジュ!? い、今のはあの……えっと……」
「キスだよー。チューとかベーゼとか口づけとか言うあれだねー。」
「そ、それはわかってるけど! だ、だからそれはつまりあの――」
「んー、つまりねー。あたしが気づいた事って言うのはさ――」
二本の長いツインテールを揺らしながら、ピョンとはねたアンジュはオレに飛びつきながらこう言った。
「あたしがロイドを好きって事だよー。」
「!!」
むぎゅっとされたオレは、五回目の衝撃に頭の中が真っ白になる。
「あたしの騎士にしたいなーって夏休みに入る前から遠目に眺めててね。実は夏休み中も何回か妹ちゃんとお出かけしたりするとこをこっそり見てたんだよー。そーしてたらいつの間にって感じにねー。好きになっちゃったんだー。あたしを守る騎士、かつあたしの旦那様! なんにしたって将来有望なロイドなら文句なしだしねー。」
何やら驚愕の事実がさらりと出てきた気がするけど一先ず置いておいて――そ、そうだ! リリーちゃんたちの時はダメだったけど今のオレなら言える! オ、オレには好きな人がいるのだと!
「あ、あのアンジュ――そ、その、気持ちは嬉しいんだけど――ほ、ホントに嬉しいんだけど……そ、その! オレには好きな人――というか恋人がいるんです!」
「知ってるよー、お姫様でしょー?」
今のオレの全力の反撃をさらりと受け流すアンジュ。
「ロイドとお姫様のラブラブはわかってるけどさー、それと同時に優等生ちゃんとスナイパーちゃんと商人ちゃんもロイドの事大好きで、しかも横取りする気満々って事もわかってるよー?」
「えぇ!?」
「しかもそれをロイドとお姫様が知ってるんだもんねー。面白いよねー。男を取り合う女の戦いはもっとドロンドロンになると思うんだけど……そーならないのは中心がロイドだからなのかなー?」
背中にまわったアンジュの両腕の力が増し、オレとアンジュはさらに密着する。
「よーするにね、あたしもロイド争奪戦に参加するよって事。だから――ちょっとロイドにはごめんなさいかなー。」
「ななな、何が!? 何で!?」
「だってほら、ロイドはこのままじゃあたしがパンツの人になっちゃうから友達になってって言ったでしょー? でもそれ、こうなっちゃったら結局あたしはそのままかも。」
「そ、それはどういう……」
「お姫様との試合の時に言ったけど……あたしの服ってこう見えて大事なとこは見えないよーになってて、でもって自分から見せる場合にはその効果は無くなるの。」
「き、聞きました……」
「あたしね、これからは――ロイドに対してだけは常に効果を無くすよーにしよーと思うの。」
「えぇっ!?」
「自分で言うのもなんだけど、あたしの服の隙の多さは半端じゃないから――頑張ってね?」
「どどど、どうしてそんな事!?」
「そりゃー、ロイドを誘惑する為に決まって――」
「離れなさいよこの痴女!」
暗い中に突如走る紅蓮の炎。バッと離れたアンジュの代わりにオレの前に立ったのは両手に炎をメラメラさせるエリルだった。ちなみに、その後姿からは誰の目にも明らかな怒りが……
「エ、エリル! あの、これは――」
「……わかってるわよ……」
と言いながらこっちに向けられたエリルの紅い眼には「ゴゴゴ」という擬音が被りそうな迫力があった。
「……ローゼルたちみたいなのに一人仲間入りしたってわけでしょ……」
「なんだ、みたいなのとは失礼な。」
気が付くとエリルだけじゃなく、『ビックリ箱騎士団』の全員がこの暗い場所に集まっていた。
「こうなるような気はしていたさ。仮にもわたしたちをベタぼれさせるロイドくんだからな。まったく節操のない。」
「オレから何かしたみたいに言わないで下さい!」
「ロイくんは何もしなくてもカッコイイんだよ!」
「と、時々……ドキドキする事、言うけど……」
暗がりで女の子に囲まれるというトンデモナイ状況に陥ったオレは、しかしとりあえずはアンジュだと思って話をする。
「え、えーっとね……と、とりあえずアンジュ、その、で、できればさっきの――ゆ、誘惑的な話は無しの方向がいいかなーと……」
「そーだねー。ロイドが貧血で倒れそーだもんねー。じゃー、ここぞって時だけにするよー。」
「ここぞ!? い、いやそれもあんまり……」
「そーなの? でもロイドだって男の子なんだから、そーゆー事にキョーミはあるでしょー?」
「そ、そりゃまぁ……」
「エロロイド!」
「い、いやエリル、オレも男なので仕方ないと言うか何と言うか……あーでもそうか、オレはエリルのこ、恋人――そう、彼氏だもんな……気を付けるよ……」
そういやそうだと思って口にした言葉はエリルを真っ赤にし、他のみんなを……どうにかしてしまった。
「……いくら今だけとは言っても少し来るモノがあるな……あー、ロイドくん。わたしは結構傷付いたぞ。これは約束のジュースおごりをランクアップしてもらわなければな。一日デートくらいに。」
「えぇ!?」
「ボクもー。ちょっと胸が痛かったなー。お泊りデートにレベルアップしてもらわないと。」
「ちょ、リリーちゃ――ってお泊り!?」
「あ、あたしも……デ、デートとかしたいな……」
「ティアナまで!」
「あたしはロイドを両親に紹介したいなー。」
「ぶえぇっ!? さらりとすごい事を!」
なんというか、オレを誘惑とかそういうんじゃなくて、単にいじって遊んでるんじゃないかと思えてきた。
「あんたたちいい加減にしなさいよ!」
ムキャーっとエリルが叫ぶのを合図に、渦中のはずなのに蚊帳の外になったオレはギャーギャーやっているみんなを眺めた。
しかし……えぇっとこの……なんだろう。れ、恋愛的なのはちょっと置いておいて……みんなとの雰囲気と言うんだろうか。そういうのがなんとなく、旅をしていた頃の――あー、今もそうだけど、要するにフィリウスとの会話の雰囲気に似てきた気がする。
友達……というとちょっと冷たい気がするから親友……家族……仲間……? イマイチどの言葉で表現すればいいのかわからないけど、なかなかに仲のいい間柄という感じ。そのメンバーがそろうだけでホッとするというか落ち着くというか、普通に楽しくなる。
前にローゼルさんが、オレの前だと素でいられるみたいな事を言っていたけど……そういう相手しかいない輪の中にいる感覚。
……んー、つまりはやっぱり友達か。
んまぁ、みんなの表現の仕方は難しそうだからまた今度考えるとして、そういう相手が増えたという事がとても嬉しい。
旅の途中に出会って仲良くなった相手というのは勿論いるのだけど、この雰囲気に至るにはある程度の時間が必要だから……そうなると今までのオレにはそういう相手がフィリウスしかいなかったわけだ。うん……やっぱり嬉しい事だ。
そういえば……そう、旅の途中で仲良くなったみんなはどうしているだろうか。色んな街――いや、色んな国のあっちこっちにいる彼らと彼女らに、いつか時間を作って会いに行きたい。
そして、何故か恋愛マスターに記憶を消されてしまったとある一年間。その間に知り合った相手もいるはずだから……どうにか思い出したいところだ。
これから本格的になるらしいセイリオスの授業はもちろん、同時に昔の事の……整理? 的なこともしていかないと……
「……これは色々と頑張らないとな。」
どこの国にも裏の世界というのはあるもので、その国には裏で生きるとある人物が経営する裏の者専用のレストランがあった。無論、そういう場所があるという事を表の者は知らず、故にその場所を騎士が見たならば、悪党の見本市のような光景に驚愕する事だろう。
レストランと言えば基本的にどんなお客様もいらっしゃいませであろうが、そのレストランはある一定以上の悪党でなければ入店できない。そのため、店内には自他共に悪さも強さも高いレベルだと認める悪党が揃い踏みとなっている。
そんな中、悪逆非道を日常としている面々がビクビクし、時に慌てて店を出ていくという異常事態が起きていた。その原因は店の隅のテーブルを囲んでいる妙な取り合わせの連中だった。
「この店は魚が一番ウマイんでさぁ。」
そう言いながら、普通なら取り除くサイズの骨もおかまいなしに魚を口の中に放り込むのは太った男。噛んだ音がしない事から、どうやら丸呑みしたらしい。
「味のしみこませ甲斐のない食べ方だな。」
太った男と同じモノを食べているが、器用に骨を取り除いて食べているのは老人。除いた骨を元の状態に並べ直している為、一匹の魚の骨の標本が出来上がりつつある。
「あぁ……これだからこういう店は……女性が一人もいない……」
見るからに残念そうな顔でパスタを食べているのは金髪の男。まるで周囲に女性がいないと食欲がわかないかのように、ざっと五分前にフォークに巻き付けたパスタにため息を吹きかけながら口の前で止めている。
「全く信じられないわ! まぬけさ加減までS級にしなくてもいいのよ!?」
不機嫌な顔で骨付き肉にかぶりついているのは金髪の女。金髪の男がカウントしていない店内ただ一人の女性であり、その容姿からして周囲の凶悪な男共に囲まれそうではあるのだが、彼女を見る悪党たちの眼は恐怖の色を示していた。
太った男と老人と金髪の美男美女。一見、この面子につながりはないように見えるが、店内の悪党たちは悪党であるが故に彼らの共通点を把握していた。
「しかしうらやましいな、二人とも。ボクももう一度会いたいものだ……美しかっただろう? 彼女。」
「ありゃあ極上でさぁ。あんなの食べたらもう他は食べれなくなりそうで怖いでさぁ。」
「久しぶりに下半身に力が入ったな。」
太った男と老人の微妙な感想に対し、しかし金髪の男はうんうん頷いていた。
「そんな話どうでもいいわよ! 折角見つけたのに逃がすとか……そもそもなんでデブと老いぼれなんていうノロマコンビになってんのよ! 組み合わせがおかしいわよ! あぁ腹立つ! 男! 男をあさってストレス発散よ!」
「わかるぞ、妹。ボクもそろそろ女性成分を補給しないと……ここは出会いが無さすぎる……」
「性に邁進する若者よのう。」
「しかし遅いでさぁ。姉御が呼んだ時には全員数時間前には集まったのに。他の連中は何してるんでさぁ?」
「そうよ、そっちも問題よ! あのお姉様のお願いよ? あんたらを利用し尽くして早々に叶えなきゃいけないのよ!」
「仕方あるまい。ワレらが俗に言う「協力」をしようとする理由――ワレらをつなぐモノはヒメサマのみであり、その結びつきはそうであるが故に一般的なそれとは異なる結ばれ方で強くつながっている……が、根本的には悪道を突き進む悪党であるからな。」
「位置魔法も使えないあいつらが捕まえられると思ってんのかしら。ケバルライ、なんか聞いてないの? あいつらから。」
「何人かからは連絡を受けている。ムリフェンは今大一番で行けないそうだ。どうも、それに勝つと恋愛マスターに近づくとかなんとか。」
「いつ聞いても何かしらのギャンブルをしているな、ムリフェンは。しかし恋愛マスターに近づけるギャンブルとは一体……」
「さてな。世界中の賭博場で出禁を受けているあやつがどこで賭け事をしているのか不明でもある。ちなみにマルフィは音沙汰ない。ザビクは来るそうだ。」
「? ザビクが来るんでさぁ?」
「? ああ。むしろこういう時は率先して動く奴だろう?」
「そりゃそうっすけど……ザビクにこの店は――」
「がああああああっ!!」
太った男が口からはみ出た魚の尾びれをぴこぴこさせながら何かを言おうとした時、店の入口の方から両目を押さえて喚く男がドダドダとやってきた。
「何事だ?」
と、興味を示しているようで興味の無い顔を向ける老人の目線の先、男は狂ったように身体をくねらせて壁や床に頭を叩きつけている。
「ああああああっ!!」
そして男は、あろうことか両手の人差し指と中指を左右それぞれ――自分の目に躊躇なく突き刺した。男のうめき声と生々しい音が響く事数秒、最終的には自分の両目を自分でくりぬいた男が狂気の笑みを浮かべて床にへたり込んでいるという光景に落ち着いた。
「ふぁ、ザビクでさぁ。」
ふかした芋をほふほふ食べながら太った男が顔を向けた先、店の入口の方から一人の男が歩いてきた。
どこにでも売ってそうなジーパンをはき、どこにでも売ってそうな襟付きシャツを着ている、悪党ひしめくこの店内においてある意味最も目立つ格好。金髪の二人よりも少し年上で、青年とおじさんの間を行き来しているような黒髪オールバックにメガネのその男は、太った男が手を振ったのに気づいてそちらの方に行こうとしたのだが――
「おいおいにぃーちゃん、まさかこれ、あんたがやったのか?」
両目が空洞と化した男を指差し、メガネの男に話しかけたのは見るからに悪い男だった。
「この店はよぉ、ある程度のレベルになんねぇと入れんわけよ。にぃーちゃん、入店を断られた口だろ?」
「……」
「でもって、お断りしたそいつになんか魔法をかけて両目をくりぬいたと。いい趣味してんがこれは大失敗だったな。」
「……と言うと?」
ようやく口を開いたメガネの男に、悪い男はニヤリと笑う。
「店のモン――要するに店員に手を出した事を大失敗だっつってるわけよ。マダムに喧嘩売ったわけだからな。」
「マダム?」
「おいおい、知らずに来たのか? S級に名をつらねる通称――」
「あー、もういい。」
レストランのオーナーの名を言おうとした悪い男に対し、メガネの男は首を振る。そしてメガネの男は……このレストランの前提を否定する一言を言い放った。
「指名手配されるような素人の話なんぞ聞きたくもない。」
その場にいたB級、A級の名立たる犯罪者たちがスッと立ち上がり、メガネの男に鋭い視線を送る。武器を手にし、ゆらりと近づいてくる連中に対してメガネの男はため息をついた。
「あっしらも素人っすか?」
太った男と老人と金髪の美男美女が囲むテーブルに加わったメガネの男はその質問に対して首を横に振る。
「主様に選ばれた時点で別格であると、自分は思っている。選ばれる事の無かった指名手配犯は級に関わらず、万引きしている子供と変わらない。ところでムリフェンとマルフィはどうした?」
「ムリフェンはギャンブル、マルフィはわからん。」
「……主様の為の行動だというのに、心構えがなっていないな。まぁ、自分も人の事は言えんが。」
「? 珍しい事を言うっすね。」
「ここしばらく、自分は恋愛マスターを探さずにランク戦を観戦していたからな。」
「はぁ!? あんた何やってんのよ!」
金髪の女の信じられないという顔に対し、メガネの男は申し訳なさそうな顔で呟く。
「どうしても例の少年が気になってしまってな。主様の悪道に果たしてどう関わるのか……例え主様の意に反していても、これだけは確認しておきたかったのだ。」
「よく学院に入れ――あぁ、それはそうか。別に指名手配されていないものな、ザビクは。それでどうだった?」
「それなのだが……少年の実力は勿論、予想外のモノを見る事ができた。」
そう言ってメガネの男は二枚の写真をテーブルに出す。一枚は田舎者の青年が戦っている光景、もう一枚は観客席――そこに座る一人を真ん中に映したモノだった。
「おや? 少年の右目が黄色いな。もしかして魔眼かい?」
「片目だけ? そりゃ面白いでさぁ。どんな力があるんでさぁ。」
「正直、試合中に起きた現象だけでは特定できない。しかし注目して欲しいのは少年の片目だけの魔眼よりもこの観客だ。」
「誰よ、これ。」
「わからない。たまたま近くに座っていたからこそ気づけたのだ……少年が魔眼を発動した瞬間にこの者から漏れ出た気配に。あれは間違いなく人外のそれだった。」
「ほう。騎士連中から化け物呼ばわりされるワレらとは違う、本物の化け物という事か。しかし珍しくもないだろう。例の国みたいな所もあるくらいだしな。」
「観戦していただけならその通りだ。しかしこの観客、少年の魔眼を見るなり魔法を使ってどこかに連絡をとったのだ。完全に予想外の嬉しい誤算という口調で一言――『例の彼を見つけた。』とな。」
「何よそれ。あの化け物連中がこいつを探してたってわけ?」
「少年か、もしくはこの妙な魔眼を持つ者か……何にせよ、近く連中が少年に接触を図るのではないかと思う。もしも連中と少年につながりがあるのだとしたら、これは主様の悪道にプラスとなるだろう。」
「あの連中とのつながり……そりゃあよだれの出る話でさぁ。」
おそらく例えではない文字通りの意味でじゅるりと舌なめずりをする太った男。
「恋愛マスターの捜索は勿論続ける。が、自分はこちらの方にも目を配っておこうと思うのだ。」
「使えないノロマコンビとバカな弟であんたしかまともなのがいないのに……お姉様に叱られるわ……」
「そんな嬉しそうな顔で言われても困るが……一度見つけたのだからもう問題ないだろう?」
メガネの男が金髪の女の言うところのノロマコンビを見る。すると二人は意味ありげににやりと笑った。
「匂いは覚えたでさぁ。」
「特徴は記録した。」
「あんたらじゃ見つけられてもまた逃げられるって話よ!」
「今度見つけたら真っ先に連絡を頼むぞ。ボクも彼女にはもう一度会いたいからね。」
「捕まえたらいくらでも顔を見られるだろうに。」
犯罪者――それも超がつく程の極悪人という事以外につながりはなく、故に恐ろしすぎるメンバーであると周囲の悪人たちがビクビクしていた彼らにはあまり知られていないもう一つのつながりがある。知られたら知られたで今以上に恐れられる事になるそのつながりは、彼らが『世界の悪』と呼ばれる女性に従う七人に数えられているという事。
初代の七人が勝手に掲げた「紅い蛇」が非公認のシンボルとなっている為、そのままその七人を「紅い蛇」と呼ぶ者も多く、そのメンバーを目指す悪党までいるほどである。
「さて……それじゃそろそろ行くでさぁ。料理はもう出てこないだろうし。」
「あれは食べなくていいのか?」
「硬い肉は好きじゃないんでさぁ。」
よく椅子が壊れなかったと感心するような軋みをあげながら太った男が立ちあがり、それに合わせて老人も姿勢よく席を立つ。
「ちゃんとやんなさいよ、あんたら。」
「それじゃあまた。」
立ち上がった二人を見上げ、金髪の美男美女はその場から音も無く姿を消した。
太った男と老人がレストランを後にし、最後にテーブルに残ったメガネの男は写真を胸ポケットにしまいながら、ふと後ろを見る。
「…………そろいもそろって愉快な顔をして……だらしのない事だ。」
スタスタと出口へ向かうメガネの男。その背後には白目を向き、よだれを垂らし、舌をこれでもかと言わんばかりに口外に飛び出させて寝転ぶ悪人面の男共が転がっていた。
つづく
騎士物語 第四話 ~ランク戦~