騎士物語 第四話 ~ランク戦~ 第六章 一先ずの勝者
第四話の第六章・・・終章です。
メインは決勝戦・・・ではなく、エピローグですね。
第六章 一先ずの勝者
セイリオス学院において年二回開催される生徒同士のトーナメント戦――通称ランク戦の、今年の第一回目の決勝戦の日の朝、私は学食で生徒よりもちょい早めの朝飯を食っていた。
全学年の決勝が終わった後、表彰式だなんだと色々と忙しいらしく、教師は朝からその準備をするというわけだ。
「うげ。朝からステーキなんか食ってんのかお前は。」
毎回美味い料理を出してくれる学食のシステムに感謝しながら肉をかじっていると、質素な朝飯を盆に乗せたライラックがやってきた。
「お前こそなんだそのパワーの出なさそうな飯は。病人か。」
「バランスのいい食事と言え。」
私の前に座ったライラックは、当然のようにランク戦の話を始める。
「三年と二年は順当に生徒会メンバーが残ったな。」
「ソグディアナイトとレイテッドか? おいおい、その辺が強いのなんざ前からわかってる事だろう? 注目するならその対戦相手だ。去年は聞かない名前だったってとこが面白い。やっぱ若いと成長も早えんだな。」
「教官――お、お前もそんな歳じゃないだろ……」
「……未だに私をそう呼ぶんだな、ライラック。私はもう違うぞ。」
「ついだ、つい! そ、そうだ、若いって言うなら、一年生ブロックはなかなか見応えあったな!」
「……そうだな……」
「? なんだ、急に元気なくなったぞ? お前のクラスの二人で決勝なんだぞ? 喜べよ、教師として。」
「喜べるかよ、教え子の盛大な失敗を。」
『みんなおはよう! とうとう来ました決勝戦! 一年、二年、三年の頂点を決めるこの試合! 全てはここ、第一闘技場で行われるよー! よって実況はあたし、アルクが行います!』
全校生徒がそろった闘技場はもちろん満員。そしてその席に座ってない生徒が――アルクを除くと合計六人。カッコよく言えばファイナリストたちだが……
『ではでは、長い前置きは無しで行きましょう! 早速始めるは一年生ブロック決勝戦! 共に多くの激戦をくぐり抜けてきた選手だが――それ以上にこの二人には色々あります! 共に十二騎士を師匠に持つだとか、騎士の家系ではないだとかその辺は抜きにして! この二人が戦うのであれば語らねばならない事がもう一つ! そう、この二人はルームメイトなのだー!!』
年頃の男女が集まってんのが学校ってところで、騎士の学校だろうとなんだろうと、色恋話に花が咲くのはどうしようもない。
『男女分かれて寮で生活しているあたしたちですが、この二人は唯一の男女ペア! 寮の庭で毎朝鍛錬をしている光景は、女子の皆さんにはもはや見慣れた光景! そして、いつも一緒に行動するこの二人についたあだ名は『フェニックス・カップル』や『炎風夫婦』! 今日の試合は壮大な痴話喧嘩とも言えなくはない!』
どっと盛り上がる生徒たち。一応、決勝ともなると騎士のお偉いさんなんかもこっそり来てたりするんだがな……これでいいのか?
『実際のところどうなのかは不明ですが――そんなこんなで盛り上がるカード! 暴風をまとう田舎者と爆炎をたぎらせるお姫様! さぁ、選手の入場だーっ!』
大歓声の中、闘技場の左右から入ってくる二人。より一層盛り上がるタイミングかと思いきや――残念ながら、私の予想は的中していた。
『??? お、おやおや?』
スクリーンに映し出される二人の顔。それはいよいよの決勝に挑むやる気に満ちた顔――ではなく、まるで今さっきマラソンを走り終えたかのような、くたくた疲労困憊の顔だった。
『こ、これは――ああー!! ま、まさかの展開かー! 両者とも、俗に言う「魔法切れ」の状態だーっ!!』
魔法を使うと疲労する。魔法の負荷ってやつのせいだが……これは度が過ぎると死にかねない、結構重要な事だ。
まぁ、学生が使うようなレベルの魔法で死に至るようなモノはないが……やり過ぎればしばらく魔法が使えない状態にはなる。レオノチスなんかはその代表で、あいつは自分で編み出した強化魔法にまだ身体がついていけず、その結果発動時間が限られる上に一度使うと三日は魔法が使えない。
つまり、決勝の舞台に上がった二人は二人そろってそんなレオノチスと同じ状態というわけだ。
『ラ、ランク戦の中で「魔法切れ」の状態になってしまう生徒というのはいないわけではありません! 魔法のコントロールやペース配分ができなかった――もしくはそんな事をやっている場合ではない強敵に当たってしまった……理由は様々ありますが――しかし! 決勝で、しかも二人共というのはちょっと初めてではないかーっ!?』
暴風をまとわないただの田舎者は剣を回すだけの曲芸師であり、爆炎をたぎらせないお姫様は四肢に鎧をつけただけの女の子。
ランク戦の決勝って感じじゃない二人は、気まずい顔で互いを見ていた。
『が――いやしかし当然と言えば当然なのか! サードニクス選手が昨日戦った相手は『リミテッドヒーロー』! 一度使用したらしばらく動けなくなるほどの強大な力を、サードニクス選手との戦いの為にずっととっておいた選手! 文字通り全てを出し切る正義の騎士を前に余力を残せるわけはない! そしてクォーツ選手が戦ったのは『スクラッププリンセス』! 魔眼フロレンティンの力によって膨大な魔力をため込んでいた彼女との戦いでは普段以上に魔法の使用を求められたはず! 両者とも、準決勝の相手が悪かったか!』
アルクの言う通り、仕方のない点はあった……が、それでも私は教師として「お前らダメじゃないか」と注意しなけりゃいかんだろう。
まぁ、そんな教師としての葛藤はさておき、あの二人……どうするんだ?
「えーっと……一応約束通り決勝で会えたけど……ちょっと思ってたのと違う感じになったな。」
「そうね……ちゃんと言えば、決勝で「全力」で戦おう――ってつもりだったし……」
「だよなぁ……んまぁ、それはまた次回のランク戦に持って行く――でいいよな。」
「そうなるわね……でもそれじゃあ、今回のこれはどうするのよ。引き分け?」
「引き分けにするにはちゃんと戦わないとダメだろう? でもこんなにやる気も元気もでない戦いもなぁ……」
「……じゃあこれは?」
「……そうするか……」
何やらぶつぶつとしゃべったかと思うと、サードニクスは剣を鞘におさめ、クォーツは右のガントレットを外した。そして互いに数歩近づき、手が届く距離で立ち止まった。
『うえぇ!? ま、まさかの拳で語り合う的な!?』
アルクの驚きを合図に、互いに拳をグッと引いた二人は――
「「じゃん! けん! ポン!」」
……じゃんけんをした。
あたしとロイドの拍子抜けな試合のせいか、二年生と三年生の試合はすごく盛り上がった。
やっぱり強かったのは生徒会のメンバー。生徒会長のデルフは『神速』っていう二つ名通りの動きで、試合が始まってから終わるまでその姿が見えなかった。
そしてそんな生徒会長の傍にいつも立ってたヴェロニカっていう女子。二年の決勝で戦ってた彼女は第六系統の闇の魔法の使い手で、なんか毒々しいモノを呼び出したり、重力を使ったりと色々すごかった。
結局二年と三年の優勝は生徒会の会長と副会長だったわけだけど……別にその相手が弱かったわけじゃない。あたしが挑んで勝てるかっていうと正直微妙だし……前にセルヴィアが言った通り、一年や二年って時間は大きいみたいね。
「……逆に言うと一、二年でそれだけ強くなれるんだから、やっぱり名門なのよね、ここ。」
「卒業する前から上級騎士――パムくらいの人がゴロゴロいるもんなぁ……」
今年度一回目のランク戦が終わって、その後は表彰式とか色々あって……その上今夜はパーティーだとかで、一先ず全校生徒はそれまで自由時間になった。
朝起きた時からフラフラのあたしたちは部屋に戻り、それぞれがそれぞれのベッドに寝っ転がって……天井に向かって話しかけながら時間を潰してた。
「……パーティーまでにもうちょっと元気になりたいな……ごちそうを美味しく食べる為にも。」
「あんたって意外と食いしん坊よね。」
「食いしん坊って……最近聞かない言葉だな……」
「……うっさい。」
いつもならフラフラのロイドを看病するとか言いそうなリリーが、何でか商人としてパーティーの準備に駆り出されちゃったからか……ローゼルもティアナも自分の部屋にいる。
ランク戦と……あとアッチの方のアレも色々あったここ最近で久しぶりにふ、二人でぼーっとしてる時間だった。
「ト、トロフィー、どこに飾ればいいかしらね。」
「えぇ? そりゃあ優勝したエリルの……机とかじゃないのか?」
「じゃんけんでゲットしたトロフィーなんか飾る気になれないわよ……」
「でもだからって漬物石にはできないだろ? なんか……その辺に飾らないとな。」
そう……結局、じゃんけんに勝ったのは――記録上の優勝はあたしになった。
たぶん……それが理由ってわけじゃないけど、一応優勝したってことが少しだけキッカケになってるって言うか……いえ、キッカケじゃあ変だから……そうね、なんとなく勢いがあるっていうのがいいのかしら……
部屋。二人きり。顔が見えない。それと――優勝しちゃったついでっていうかノリで……そう、たぶんそんな感じの事をなんとなくの理由にして、あたしは…………決めた。
「ロイド。あんたに言っときたいことがあるんだけど。」
「おお! この次は魔法切れに注意しような!」
「……そうだけどそれじゃないわよ……」
変なの。まさか……言う一歩手前でため息つくことになるなんて。
「あたし、あんたの事が好き――なのよ。」
「うん……うん?」
天井しか見えてないけど……きっとすっとぼけを二倍増ししたくらいの顔をしてるわね、この声。
「四回目にもなればいくらあんたでも……ど、どういう意味かわかると思うけど……友達としてとかじゃなくて……れ、恋愛的な意味合い――も、もちろん友達としても好きだけど……」
……
…………返事が無い。
だけど……いえ、だからかしら。あたしは思ってた事を――呟き始める。
「初めて会った時は変なのが来たって思ったけど……あたしの身分――的なのも知らないまぬけで……ちょっと気が楽かしらって思ったらすぐにルームメイトにされて……でもそうしてたら段々……あたしのピリピリした感じの空気……って言うのかしら。そういうのが無くなったっていうか抜かれたっていうか……それで……ちょっとだけじゃなくて、だいぶ気が楽になったわ。そ、それでそうなるのとへ、並行して……あ、あんたの事が……あ、ああなっていって……そしたら優等生のローゼルがむかつく性格でそのルームメイトが金髪で商人と知り合いで……気づいたらさ、三人に先を越されて……その上アンジュみたいのまで出てきて……べべべ、別にあせったわけじゃないけど、ああいうのがまた出てきたらアレ……でしょ。だ、だから――い、一応言っておこうって思った……のよ……」
原稿があるわけじゃないから口の動くまま。別に理想のコクハク――みたいのがあるわけじゃないけど、もっとスッキリ言えなかったの、あたし。
――っていうか……
「ちょ、ちょっと……な、何か言いなさいよ……」
反応がな――あ! まさか寝てるとかそんなんじゃないでしょうね!
「聞いてんのロイド!」
慌てて起き上がったあたしは、一応起きてるんだけど難しい顔で天井を睨んでるバカロイドを見てイラッとした。でもそしたら突然、ロイドはガバッと起き上がってポンと手を叩いた。
「そういう事だったのか!」
「は――は?」
「こう――喉に引っかかった小骨的なモヤモヤがついにとれたって感じだ。あぁ、すっきりだ。」
「…………あたし、今一応告白――て、的なことしたんだけど……」
「うん。」
座りなおしてベッドの上であぐら状態になったロイドは――割かし真面目な顔でしゃべり出す。
「オレ、リリーちゃんの事、結構好きなんだ。ローゼルさんもティアナも。」
「…………今それをあたしに言うなんていい度胸ね……」
「好きって言われたら普通に嬉しいし――その、「お付き合いしましょう」ってなれば「いいよ」って言う……オレはオレをそう思ってたんだけど、実際はそうならなかった。なんか引っかかってたんだよ。それで先生の一言でぼんやりと理由が見えてきて、で、今のでわかった。」
しゃべり終わったら殴ってやるって思ってたら、ロイドは割かし真面目な顔を一番真面目な顔にして――あたしを見つめてこう言った。
「オレはエリルが好きなんだ。今、それに確信を得た。」
「――!!」
!! !?!?
「エリルの言う通り、まぬけだよなぁ……なるほど、オレがエリルに対して思ってたコレが好きってことだったわけなんだな……」
「――な! ――ば!?」
「でも……欲を言えばオレから言いたかったな。なんというか情けない気分だ……」
「ど、どういう事よ! あんた――あたしを――で、でもそんな……」
どどど、どういう現象かよくわからない。怒ってるでも恥ずかしいでもない変な感情のせいで顔が熱くなってる。
「ん? だからオレも――ああいや、ちゃんと言うと――エリル、オレはエリルの事が好きだ。女の子として。」
「ば! バカじゃないのバカじゃないのバカじゃないの!!」
「そ、そんなにバカバカ言わな――あー……でも……そ、そうか……うわ……」
あたしが一人でギャーギャー言ってると、スッキリした顔してたロイドが段々と赤くなっていってオドオドし出した。
「だ……ダメだこれは……うわ、恥ずかしい……い、今オレ、エリルに告白したのか……ああああああ……」
「こここ、こっちのセリフよ、バカ!」
こういう感覚は初めてだ。なんというか……もう後には引けない物凄く大事な決断をして……いや、失敗したわけじゃないけど……心がゾッとするというか熱いというか……一番近い言葉は恥ずかしいなんだけど厳密には違うような……そんな感覚。
エリルに好きと言われた瞬間、リリーちゃん、ローゼルさん、ティアナの時とは全然違うモノがぶわっと心を満たして――う、嬉しく思った。表現しにくいんじゃなくてし切れない感じの喜びを覚えたオレはそれで気づく。
オレ、ロイド・サードニクスはエリル・クォーツが好きなのだと。
しかし気づいたはいいけどエリルに先に言われてしまった。個人的に、こういう事は自分から言いたかったから……ってあれ?
「えぇ!? じゃ、じゃあエリルもオレの事好きなのか!?」
「だ、だからそう言ったんじゃないバカロイド!!」
「オレも――エリルが好きなんだけど……」
「ななな、何度も言わなくていいわよ!」
「――! つ、つまりその……これはいわゆる両想い……?」
「――!! 言葉にするんじゃないわよ!」
うわ、うわ、そういうことか! つ、つまり告白したらオーケーがもらえたって事で……ああいや、オレの場合は好きな人から告白されちゃったという事で――いやなんにしろ……
「そ、そうか……えぇっと……よ、よかった……」
「そ、そうね! よ……よかったわ……」
「えぇっと……よ、よしエリル。オ、オレたちたぶん今すごく頭の中がごっちゃごちゃだから……ちょ、ちょっと休憩しよう……」
「そ、そうしましょ……お、お茶! お茶淹れるわ!」
わたわたしながら台所に立つエリル。よ、よし、オレも落ち着くんだ……そ、そうだ日課をするんだ。
しばし、黙々と紅茶を淹れるエリルと延々と棒を回転させるオレという光景が部屋の中に広がり……数分後、オレたちはテーブルを挟んで向かい合った。
「……あったかい飲み物は落ち着くな……」
「そうね……」
ほっと一息つき、そしてオレは深呼吸をしてエリルを見た。
「……よ、よし……か、確認しよう……オ、オレたちはお、お互いがす、好きでした……と、という事はその……そ、そういうお付き合いをする――で、いいんだよな……?」
オレと同じように少し気合いを入れてこっちを見ているエリルが答える。
「そ、そうね、普通はそうよね……あたしとあんたはコ……コイ――ビト……」
最後の言葉が二人の間にふよふよ出てきた瞬間、オレとエリルは同時に目を逸らした。
ダメだ! 恥ずかしすぎる!
「あー、おー、う、うん…………えっと、そうなるとど、どうなるんだ……? あぁあれか! 呼び方を変えたりするのか!?」
「い、今までと同じでいいわよ……」
「そ、そうか。じゃあえーとえーと……」
部屋の隅っこを見つめながら頭を回転させたが……しばらくしてふっと気が付く。
「あれ、もしかして今までと何も変わらない――のか?」
「…………強いて言えば……あ、あんたが今までみたいに他の女とイチャイチャしたら――う、浮気だから……あたしがあんたを燃やすわ……」
「イ、イチャイチャした覚えはないぞ!」
「……キスとかしてるじゃない……」
「あ、あれはなんというか不可抗力でしかもオレからってわけじゃ――あ、そ、そうか……」
「な、なによ……」
「い、いやほら……リリーちゃんとかとはキスして……こここ、恋人としないって変――だろ……」
「――! 変態!」
「い、いや、エリルが嫌って言うなら無理には……その……」
「――い、嫌なんて言ってないわよ! そ、そうね! あんたがどうしてもって言うなら――べべべ、別にし、してもいいんじゃないの!?」
「う、うん……」
「…………」
「…………」
「……――さいよ……」
「……ん?」
「し……しなさいよ……」
「――!」
「な、なによ! 嫌なの!?」
「い、嫌じゃないです! し、してもいいですか!」
「……どうぞ……」
と、下を向いて黙り込んだエリル。オレはおずおずとその隣に移動し……
「あー……こ、こっちを向いてくれますか……?」
くるっと九十度身体の向きを変え、そしてガバッとあげたエリルの顔は真っ赤だった。
そしてたぶん、オレ自身もそんな感じだ。
「し、死ぬほど恥ずかしいので目をつぶってもらえると嬉しいのですが……」
「こ、こうね……」
ああ……このエリルやばいな……
……ん? あ、あれ? さ、三回もされたけどわからない……どうやるんだっけか。鼻がぶつかるからえーっと……たぶんこんな感じ――
「……」
「――!」
オレ自身も目をつぶってやったわけだが、無事に――め、目当ての場所に自分の唇をくっつけることが出来た。
過去三回のどれとも違う……熱さを感じるキ、キスだった。柔らかく触れている部分を通してエリルの炎が身体の中に染み渡るような……全身が熱く――でも心地よい温かさに包まれるような……こういうのを、もしかすると幸福感――とかいうのだろうか。
ん? そういえばえぇっと……ど、どれくらいこうしていればいいんだ?
リリーちゃんもローゼルさんもティアナもけ、結構長かった気がするけどあれは体感なわけで実際はどれくらいだったのや――
「んは――な、長いわよバカ!」
と、時間を考えていたらエリルに突き飛ばされた。
「ご、ごめん……ど、どれくらいやるモノなのかわかんなくて……」
「バカバカバカ!」
お互いになんとなく口を隠しながらあたふたするが、何かにハッとしたエリルがオレをジロリと睨む。
「……もしかして……今のが長かったのって……ローゼルもティアナもリリーくらいだったからとか……?」
「あ……え、えっと……はい……」
「……ま、まぁそれならこ、恋人のあたしにも同じくらいや……やんなきゃよね、そうよね。」
「う、うん……?」
「じゃ、じゃあ……ローゼルとティアナにはななな、何回されたのよ……!」
「!! ま、まさかそこも同じにするのか!?」
「あ、あんたが他の子とやったからやんなきゃって言ったんでしょ!」
「――!! えぇっと……しょ、正直何回かは覚えてないんだよ……途中から頭の中真っ白になったから……」
「なによそれ! それじゃあ……真っ白になるくらいってことになっちゃうじゃない……」
「……そ、そう――なるのか……で、でもそれって……」
たぶん、オレとエリルは同じような光景を想像し、そして同じように目を逸らした。
「……ままま、また今度にしましょうか……」
「そそそ、それがいい……」
二人そろって大きく息を吐き、そして二人そろって紅茶で一息いれた。
心が落ち着く……紅茶は偉大である。
「……と、とりあえずだ、エリル。こ、これからもよろしくな。」
「え、ええ……よろしく、ロイド。」
カップを片手に横目で言い交わしたオレたちは、ふっといつものように笑い合っ――
「ロイくん大丈夫!?」
「うびゃあああっ!」
「みゃああああっ!」
並んで紅茶を飲んでいたオレたちは突然目の前に現れたリリーちゃんに過去最大に驚き、そろって変な悲鳴をあげた。
「んもー、今夜のパーティーでビンゴ大会するとかで景品の調達させられちゃったんだよー。でももう終わったから! ロイくんフラフラでしょ? ボクが看病したげるよ!」
そう言ってニッコリ笑うリリーちゃんを見て、オレはビックリし過ぎてバクバクなってる心臓を抑えながらこっそり……グッと決意を固めてリリーちゃんに言った。
「みんなに話しておきたい事があるんだ。」
リリーちゃんを連れてローゼルさんとティアナの部屋に来たオレたち。とりあえずエリルには後ろにいてもらって、オレは三人にさっき部屋で起きた事を……オレの気持ちを伝えた。
「――と、いう事ですので……三人ともごめんなさい!」
まさかオレの人生で同時に三人の女の子をふ、ふるなんて事が起こるとは夢にも思わなかった。
しかしふられるっていうのは男でも女でも悲しいこと……のはず。これは誰かを泣かせてしまうかもしれないと思い、ペコリと下げた頭を上げられずにいたのだが……
「ふむ。どうせならそのままが良かったのだが……やれやれ、その段階に進んでしまったか。」
聞こえてきたのはローゼルさんの落ち着いた言葉。おそるおそる顔を上げてみると、修羅場的なモノを想像していたオレには拍子抜けないつもの三人がいた。
「あの……ご、ごめんなさい……えぇ? こういうモノ……?」
「ん? そうだな……普通ならふられた女子の阿鼻叫喚というところだろうが……残念ながらわたし――いや、ここはあえてわたしたちと言わせてもらおうか。わたしたちは少し違うのだ。」
「え――えぇ?」
「ロイドくんは、ついさっき自分がエリルくんを好きな事を理解したということだが、わたしたちはかなり前から知っていたのさ。」
「えぇっ!?」
「これでもロイドくんが好きな女の子なのでな。エリルくんに対する態度や言葉とわたしたちに対するそれの違いなどからわかってしまうのだよ。一番長くロイドくんを想っていたリリーくんなんかはすぐにわかっただろうな。」
「……お見通しって言い方がむかつくね、ローゼルちゃん……まぁ、そーだけど……」
「そ、そうだったの、リリーちゃん?」
「ロイくんてば、ボクがどれだけロイくんの事好きだと思ってるの?」
「え、あ、はい……」
「な、なによそれ……」
オレもそうだがエリルもわけがわからないという顔だった。
「じゃ、じゃあ……あんたたちはロイドがあた――他の子を好きってわかってて告白したってわけ!?」
「その通り。だから意味合いが少し違う。」
腕を組み、むふーという顔をするローゼルさん。
「わたしたちは諦められないこの感情の下、ロイドくんの恋心の矛先を自分に向ける為に攻撃を開始する……その合図がわたしたちの告白であり、同時にエリルくんへの宣言――いや、宣戦布告なわけだ。」
「あたし?」
「エリルくんからロイドくんを泥棒猫するぞというな。」
「はぁ!?」
「まぁ、くっつかないままだったなら泥棒猫とは言わないが……それにそもそも、わたしたちとしてはそのままでいてくれた方が良かったしな。」
「あんたたち……そ、そんなにこのすっとぼけたのが……」
「ふふふ、他人事のように言うのだな、お姫様?」
「――!」
「え、えぇっと……そ、その、オレは……どうすればいいんでしょうか……」
「どうもしなくていい。ロイドくんはただ、エリルくんを美しい思い出に変換してわたしをギュッと抱きしめてくれればいいのだ。」
「あんたねぇ!」
「ふふふ。なに、今までと変わらないさ。わたしたちも、今が大きく変わることは望んでいないのだから。」
なんというか、既に本人たちの中では結論の出てる問題を持ち出して「今更だな」と呆れられたような気分だ。
しかし……オレはちょっと気を付けないとな。ローゼルさんたちの攻撃を受けてエリルに燃やされるような事になってはいけない……!
「で、でも……ふ、不思議だね……あ、あたしこんなに誰かを好きになった事ないから……こういうモノなのかもしれないけど……ほ、他の子を好きでも、そ、その好きな相手を自分にしてやるなんて思っちゃうなんて……」
「ああ、その事なんだが、わたしの中で一つの仮説を立てた。」
「な、なんの仮説よ。」
「ずばり、どうしてこんなにロイドくんの事を――という話だ。言い方を変えると、恋愛マスターの願いの副作用についての考察だな。」
唐突に出てきた恋愛マスター。でもまぁ……たぶん彼女を抜きにしては語れない気がする。
「……聞きたいような聞きたくないような……いやでもオレの事だからなぁ……き、聞かせてください……」
「うむ。順を追って説明すると……まず、ロイドくんの願いは『家族が欲しい』だった。それを聞いた恋愛マスターは幸せな家庭を築けるよう、『運命の相手と出会えるようにする』という形の叶え方をした。ここまではいいかな?」
「は、はい……」
「運命の相手というのは、出会った瞬間にビビッとわかるようなモノではないが、結ばれたなら一生幸せな時間を過ごす……この幸せな時間というモノの中に、両者がそれはもう深く愛し合うラブラブ状態というモノが含まれると仮定しよう。」
「い、いきなりものすごい仮定ですね!」
「まぁ最後まで聞くのだ。言い換えると――好きで好きでたまらないという感じだな。つまり運命の相手とロイドくんはお互いをすごく好きになるわけだ。たぶん、普通の恋愛を遥かに超えるような程度でな。」
「えぇ? それって……」
「ふふふ、まだ続きがあるぞ? そんな感じに運命の相手と結ばれるようになったロイドくんだが……しかしよく考えてみるのだ。恋愛マスターの願いを叶える力に必ず副作用が生じるというのであれば、その力はそこまで完璧ではないという事。おそらく、運命の相手ただ一人をピンポイントにロイドくんの所に導くことはできないのだ。」
「んまぁ……そうかも……」
「世の中には複数の人が同じ人を好きになるなんてざらだろう? であれば、運命の相手一歩手前くらいの女性がいてもおかしくなく、運命の相手をロイドくんの所に導く際にその一歩手前の女性らまで導いてしまう――という事が起こり得るわけだ。」
「!! な、なるほど!」
「つまり、ロイドくんの副作用というのは――運命の相手だけでなく、運命の相手ギリギリ一歩手間くらいの女性との出会いまで増えてしまう――というモノなのだ。」
「ふぅん? つまり言い換えると……ロイくんとロイくんの運命の相手がレベル百のラブラブをするとしたら、世界中にいるレベル九十九とか九十八レベルのラブラブをしちゃうくらいの女の子まで集めちゃうって事?」
「なにやらすごい言い換えだが……そんな感じだ。運命の相手は一人――そこは確かだろうがロイドくんは副作用により、運命の相手ではないものの、出会ってしまったならお互いにかなり高めの好意を抱く女性がまわりに集まる。これがわたしの仮説だ。」
「…………要するに、運命の相手を含めてロイドにベタぼれする女が群がりやすくなってるってわけね……」
「そう、わたしたちのように。」
ものすごい仮定の上に組み立てられた仮設だったけど、最後の一言が論より証拠のようになっている。
本来なら出会わなかったかもしれない、オレの事をす、好きになる……つ、つまりオレみたいな男を好きなタイプとする女の子が集まる副作用……
「……それって……いや、そうだとしたらオレって相当迷惑な人……」
「そうだな。結局選ばれるのは一人で他は捨てるわけだからな。好きにさせておいてポイなのだからひどい男だ。」
「ロ、ローゼルさん……心に刺さります……」
「ふふふ、まぁ気に病むことはないだろう。誰かが選ばれて誰かが選ばれないなんてのはそれなりによくある事さ。単に、そういう恋の戦争がロイドくんの周りでは頻発するというだけだ。」
「……胃が痛くなる……オレ、フィリウスみたいに女の人の――扱い? 的なの上手じゃないし……」
「上手になんかならないでくれよ。そんなロイドくんは嫌だからな。今まで通りあたふたして――最後にわたしを選べばいいのだ。」
「事あるごとに何言ってんのよあんた!」
ぷんすかするエリルに対し、ローゼルさんは余裕の笑み。
「今は――とりあえず今だけはエリルくんに預けておくが……必ず返してもらうぞ?」
とんでもない事になってしまった。ああいや、なってしまったのはたぶん恋愛マスターに願いを叶えてもらった瞬間だろうから……学院に来るまで同年代の女の子と接する機会が少なかったせいで今更実感しているだけだ。
この状況……とりあえず誰かに相談したい……フィリウスとか、いっそプリオルでもいい。
アドバイスを……オレにアドバイスを……!
ロイドのバカがロイドの事を好きになっちゃう女の子を集める体質になったっていうバカな仮説を聞いたロイドのこ……恋人のあたしは、学食で開かれたランク戦お疲れさまパーティーでモヤモヤしながらロイドの横に立ってた。
ただ、モヤモヤはそうなんだけどそれよりも今、あたしの頭の中を埋めてるのは唇に残る感触だった。その感触を始まりにして全身に走った変な感覚……寒い日のベッドの中みたいなぬくぬくとした……幸せ――な感じ。
……あれを、ローゼルたちはあたしより先に経験したのよね……なんか悔し――くなんかないわよ!
で、でもそういえば、ローゼルとリリーなんかはよくロイドにく、くっついてるけど……あれもこんな感じに嬉しい気持ちになる――のかしら……
「エリル?」
「――! な、なによ!」
「いや、ほら、デルフさんの演説が始まるぞ。」
マイク付きのお立ち台に上がった会長を指差すロイドは、あたしと目が合うと一瞬の間を置いてぷいっと目をそらした。
鈍感なくせに照れてる……そ、そうよね、いくらロイドでも……そうよね。
「あー、今度こそ――ランク戦お疲れさま。」
ローゼルもそうだけど、めんどくさそうな長い髪をデロンと垂らした会長はニコニコしてる。
「セイリオスと言えばこの国で一番の騎士の学校。ランク戦には現役の騎士なんかもやってきて次世代の力を観ていく……だけどこの場の誰一人として、観客席に座ってる生徒以外の人の姿は見てないだろうね。二年生と三年生はそのカラクリを知っているけど一年生はまだだからネタばらしをしておくよ。」
そういえば……あんまり気にしてなかったけど偉い騎士とかも見てるんだったかしらね、ランク戦。
「実は観客席は二つあってね。正面の入口から入ると学生用の観客席に辿り着くのだけど、裏口から入ると外部の人用の観客席に出るんだ。生徒用とお客さん用の観客席は同じ場所にあるんだけど位相がずれているから互いに触れることはできない……闘技場が、外から見ると一つなのに中には十二個あるっていうのと同じ仕組みだね。」
学院長の魔法だったかしら。聞けば聞くほどとんでもない魔法使いね……
「じゃあ実際の観客はどれくらいいたのか? ざっくりだけど、学生と同等の人数がお客さん用の席に座っていたと思ってくれていい。だからまぁ、見た目の倍の人間があの場にいたというわけだね。中には国王軍の騎士団長とか、十二騎士とかもいたそうだよ。」
少しざわつくみんな。
でもそうなると……あたしとロイドはそんな中でじゃんけんしたってわけなのね……
「だからみんな、突然騎士の偉い人から声をかけられたりしてもビックリしないようにね。きっとそれは、試合を観て何か思う所があったからってことだから。」
三年生最強――いえ、学院最強って言っても過言じゃないこの男にはどんな声がかかってるのかしらね。
「ランク戦で決まる事になってるみんなのランク。気になってる人も多いと思うけど、それはまた後日に発表される。だからこの場は純粋にお疲れさまパーティー。優勝した人に群がったり、意外と強かった人に声をかけてみたり、次は勝つと宣言してみたり――色々やって盛り上がろう。では――この場の全員に、乾杯!」
全員の乾杯の声で始まるお疲れさまパーティー。
「……もしかしてこの学校ってお祭り好きなのか?」
「主催は会長みたいだから、セイリオスがっていうよりはデルフがって感じなんでしょうね。」
「生徒会長ってこういうイベントを……なんつーか開催できる権限があるのか。」
「知らないけど……会長だし。」
「優勝おめでとー、お姫様。」
生徒会長の権力について話してると、グラスを片手にアンジュがやってきた。
「自分に勝った人が優勝するとなーんかホッとするらしいけど、全然そういう気分にならないねー。」
「じゃんけんで勝っただけだし……」
「そーだねー。まー、勝ったのはお姫様だけど、たぶんランクは同じになるだろーからよろしくねー。」
「……そうね……」
「あ、なーにその顔。言っとくけど、あたしはロイドの友達からねー。こうやって近づいても約束破ることにはなんないから。ねー、ロイド。」
相変わらず派手な――だけど鉄壁っていう変な服のアンジュがニッコリ笑ってそう言うんだけどロイドの返事はなくて、見ると隣に立ってたロイドはいつの間にか少し離れた所にいた。
「どっちかって言うと甲冑姿の方をよく見てるから新鮮な気分だ。」
「はっはっは。よく言われる。」
ロイドがしゃべってるのはこのパーティー会場で唯一車いすに座って参加している満身創痍の男、カラード。昨日の今日じゃ歩く事すらできないようね。
「しかしどう言えばいいのか。決勝戦は残念だったなと言うべきか?」
「いや、じゃんけんしただけだし……んまぁ、ここぞって時に運がないらしい事がわかったかな。」
「それは収穫だな。おっと、紹介しよう。おれのルームメイトだ。名前は知ってるかな。」
「ビッグスバイトさんだろ? えっと、一応初めまして。ロイド・サードニクスだ。」
カラードの車いすを押してるのはティアナと初戦で戦った『ドレッドノート』こと、アレキサンダー・ビッグスバイト。第一系統の強化の魔法の使い手だったわね。
「ふん、未だに信じられんな。カラードの全力を返り討ちにしたのがこんなヒョロイ男だとは。」
「見た目でわからない実力が魔法だからな。アレクも経験しただろ?」
「『カレイドスコープ』か……あれほど外見との差がある騎士もそういないだろうがな。」
「かれいど?」
「お前の騎士団のスナイパーの二つ名だ。誰かつけたかは知らんがな。」
「ティアナの? へぇ、なんか綺麗な二つ名だな。」
「変幻自在という意味と、スナイパーライフルのスコープをかけているそうだ。」
男三人の会話に入って行ったのはローゼルと……その後ろに隠れてるティアナ。いつものメンバーがそろいだしたから――ってわけじゃないけど、あたし――とアンジュもその集まりに近づく。
「しかしこうなってくるとわたしももっと洒落た名前が良いな。『水氷の女神』では少々かたくないか? こうもっと……『スノークイーン』みたいな。」
「それだとエリルとかぶるな。」
「む。ならば『スノープリンセス』。」
「今度はアンジュとかぶる。」
「……ではもうロイドくんが名づけてくれた『パスタマスター』しかないな。」
「えぇ? いや、前も言ったけどどういう人か全然わかんないよ……」
「なによそれ。ロイドが名づけたって。」
「む? ああ――おやおや、エリルくんは名づけてもらったことがないのか? ほほー。」
「なによその顔!」
「……? ティアナはなんでローゼルさんの後ろに隠れてるんだ?」
「! ……え、えっと……その……」
「はっはっは。おいアレク、見事にこわがられているぞ。」
「……ふん。」
「あはは。スナイパーちゃんが勝ったんだから堂々としてればいーのに。」
「ボク抜きで楽しそうにして!」
いつものメンバーから一人足りない状態でわいわいしてたら、その足りてなかった一人がパッと現れた。
「ひどいよロイくん!」
「えぇ……ご、ごめん。」
「ほう。トラピッチェさんは常日頃から魔法を使っているのだな。」
「……誰だっけ?」
「あー……カラード・レオノチスだ。ほら、甲冑の。」
「ああ、鎧の人。へー、そんなんになっちゃうんだ。ホントにリミテッドなんだね。」
「あ、そうだ。ティアナに『カレイドスコープ』って二つ名がついたならリリーちゃんにも何かついたんじゃないの?」
「ボ、ボク? えー、いやー、知らないなー。」
「商人ちゃんにもついてたよ、二つ名。けっこー怖いのが。」
「怖いの?」
「ちょ! 余計なこと言わないで!」
「うん。『暗殺商人』って。」
さぁっと温度が一度くらい下がった気がした。
「……なんというか、リリーくんにぴったりというかそのままというか。」
「物凄い名前ね……ぴったりだけど。」
「うわーん! ロイくん慰めてー!」
そう言いながらむぎゅっとロイドに抱き付いてるんじゃないわよ!
「んまぁ、あんまり女の子向けじゃないけど……オレと同じだね、リリーちゃん。」
「? ロイくんと?」
「うん……なんというか……ただの職業っていうか役職っていうか……オレなんか指揮棒握ったことすらないのにね……」
「ロイくんといっしょ……えへへ……」
さらにむぎゅっと顔をうずめてるんじゃないわよ! て、ていうかときどきロイドのバカが抱き付かれてもあたふたしない時があるのは何でなのよ!
「そういえばロイド――あー、ロイドと呼んでいいかな? おれの事もカラードでいいから。」
「いいけど……なんだ?」
リリーに抱き付かれたまま、ようやくその事に気づいて顔を赤くし出したロイドはカラードに顔を向ける。するとカラードは変な事を言った。
「おれはそっちの方には詳しくないんだが……ロイドは随分珍しい魔眼を持っているんだな。」
「……えぇ?」
「うん?」
さも当然って感じに言ったカラードだったけど、ロイドが傾げた首を見て同じように首を傾げた。そして何かにハッとする。
「まさか……いや、魔眼持ちが周りに言われて初めてそうだと気づくという話は結構あるらしいからな。もしかして知らない――気づいていなかったのか?」
「え――えぇ? オレが? 魔眼を? い、いつ?」
「おれとの試合中さ。」
あたしたち『ビックリ箱騎士団』にとっては予想外の話を、カラードは口にしていく。
「『ブレイブアップ』をした状態のおれは魔法の……気配のようなモノの感知能力も向上するんだが、試合中、どのタイミングからかはわからないが、気づくとロイドが風を起こすのに使っている魔力の量が増加していたのだ。それと並行して剣の数も最初に出した二十本くらいから四十、六十と増えて行った。最終的に、あの大技を放つ時に回転していた剣の本数は百を超えていたはずだ。」
「そ、そうだった――か……い、いやでもそれは魔法を無理して使ったからだろ? 実際今日はその疲労でくたくただし。」
「まぁ起きた事を考えるとそうなるが……おれはあの試合中、ロイドの黒い――ああいや、よく見ると深い緑なのか? その眼の色が黄色になるのを見たんだ。それも――右目だけ。」
「右――え、か、片目だけ? オレの眼が右だけ黄色に?」
「ああ。てっきりロイドの奥の手か何かなのだと思っていたのだが……知らなかったようだな。」
「……初耳だよ……」
ビックリ顔で右目を覆うロイド。
魔眼って呼ばれる特殊な眼は結構種類があるらしいけど、それでも片目だけっていうのは聞いたことない。
「ロイドくん、大丈夫か?」
「う、うん……」
さすがのすっとぼけロイドもちょっと表情が暗くなる。魔眼持ちだったってだけならむしろ喜んでもいいところだけど、片目っていう変なポイントが……どこかの一年間の記憶が抜けてるロイドには無視できないんでしょうね。
……ロイドって、時々こういうらしくない顔するわよね……
「まぁ、とりあえず今はいいじゃない。」
「エリル……」
「このメンバーで魔眼に一番詳しいのはたぶんあんたで、そのあんたに心当たりがないんじゃいくら考えたって答えは出ないわよ。今度先生にでも聞いてみればいいわ。」
「……」
「それにいいの? そんな事に悩んでる間に、あんたが楽しみにしてたごちそうが無くなっちゃうわよ。」
「……! それもそうだな……うん、今度先生に聞いてみるよ。ありがとう、エリル。」
いつもの顔でいつもみたいに笑うロイド。それを見てあたしも笑――
「なるほど、これが『フェニックス・カップル』の所以か。」
――いかけたところでカラードが「ふむ」って顔をしながらそう言ったから、あたしは慌てて顔をそらした。
「何とも言えない温かな雰囲気がおれの両親とそっくりだ。おれもそういう相手に出会いたいもんだが……アレクはどうだ?」
「……そういう話を俺にふるな。」
強化コンビはどうでもいいとして、ローゼルたちが攻撃力のある視線を送ってくる。
で、でももうこういうのに慌ててちゃダメよね。あ、あたしはロイドのこここ、恋人なんだから……!
「ふぅーん……」
ローゼルたちと無言の攻防をしてる中、視界のすみでアンジュが何かを考える――いえ、企むような顔をしてた。
「どう思います? これ。」
ソグディアナイトの奴が祭り好きなだけで、別に恒例行事ってわけでもないランク戦お疲れさまパーティーとかいうのに……この話が終わったら出席する気満々な私は、そこそこ重要な事を――いや、そもそも話を持ってきたのは私なんだが――若干心半分くらいでそう聞いた。
「うむ。儂もビンゴ大会を楽しみにしておる。」
「心を読んだみたいな回答しないで下さい……たぶんこの学院じゃ一番知識のある学院長はこれをどう思うかと聞いたんです。」
私が学院長の机の上に置いたのは一枚の写真。ランク戦の記録映像からある場面を切り抜いてきたモノで……そこには準決勝を戦うサードニクスの姿が映っている。
あの試合、サードニクスもレオノチスも一年生――というか学生の域を超える速度でバトってたからカメラも追っかけるのが大変だったらしく、映像はブレブレで……当然写真もガタガタだ。だが私の言いたいところはちゃんと見える。
「試合中、ある時からサードニクスの眼の色が変わりました。おそらく魔眼なんでしょうが……」
「問題は、それが右目だけという点じゃな。」
写真を手に、背もたれにググッと寄りかかる学院長。
「魔眼には多くの種類があり、中には特定の系統を得意な系統とする人間にしか発現しないモノやとある家系にのみ発現するモノなどがあるが……全ての魔眼に共通するモノがあるとすれば、それは――必ず両目がそうなるという点じゃ。」
「ええ……ですから仮に片目だけという奴がいたらそれは……」
「移植――じゃな。」
学院長が「やれやれ」という感じのため息をつく。
魔眼ってのは……まぁ、持ってる奴には持ってるなりの苦労ってのがあるんだが、持ってない奴からしたらうらやましい事この上ない代物だ。戦闘に限らず、種類によっちゃあそれだけで不自由ない暮らしを送れるような場合もある。
だから、自分の目ん玉くりぬいて他人から奪うなり買うなりした魔眼を埋め込むなんて輩はそこそこいるわけだ。
「しかし学院長。サードニクスは何というか……他人の身体を埋め込んでまで強くなろうとするような危うい奴じゃないですよ。」
「そうじゃな。それに、そういう目的だったとしたら《オウガスト》が許すわけがない。」
「となると、魔眼を移殖した――もしくはされたのはあの筋肉ダルマに会う前か……もしくはそうせざるを得なかった緊急事態に陥って仕方なく……ですかね。」
「うむ……まずは《オウガスト》に尋ねてみるところからじゃな。しかしそれはそれとして……」
「? どうしたんですか?」
「……いや、この魔眼の種類についてな……」
「試合を観る限りだと……魔法の負荷を軽減するか、もしくは魔法の効果を倍増させるとかですかね。」
「……結果としてはそうじゃが……どうも妙な感覚じゃった。まぁ、儂みたいな老いぼれの感覚じゃあ信用も五分というところじゃがの。強いて言うなら――」
老いぼれとか言ってはいるが、学院長は間違いなく……現在最強にして最高の魔法使い。そんな爺様がぼそっとこう呟いた。
「第十二系統……時間魔法の感覚に近いモノを感じたわい。」
エリルに食いしん坊と言われたオレだが、それはたぶん六……ああいや、七年間のフィリウスとの旅のせいだろう。どこともわからない田舎道を移動している時とどこかの村や町に滞在する時、割合的にどちらが多かったかと言われればそりゃもちろん前者だ。
今思えば十二騎士なんだから稼ぐ必要もなかったんだろうけど、あっちこっちで大小様々な仕事を引き受けて路銀をゲットしていたから特に食費に困ることは無く、だからどこかの店に入れた時は普段食べられないモノをもりもり食べていた。きっとこの習慣がオレを食いしん坊的な人にしたんだろう。
「よく食べるねー。」
エリルたちと離れて一人、取り皿を片手に徘徊していたオレの横にひょっこりとアンジュが現れた。
「美味しいからね。アンジュは食べてる?」
「うーん、あたしこれでも女の子だからねー。あんまり食べ過ぎないようにしてるんだよー。」
「ああ……そんな格好だと余計にだもんね……」
と、なんとなく視線がアンジュのおへそ辺りに行ったところでアンジュにデコピンされた。
「じろじろ見ないのー。」
「ご、ごめん……」
「そうだ。じろじろ見ついでにさ、あたしってスタイルどう?」
「えぇ!?」
「あたしが可愛いのは前に確認してもらったからねー。ねぇ、どう?」
「どうって……」
お腹が出てるせいか、身体の全体的なラインが結構わかりやすいんだけど……アンジュは結構……ス、スタイルがいい。
「そ、そうだね……そういう格好をされると困る男子が多いと思うくらい……よ、よいスタイルではないでしょうか……」
「ふぅーん。」
いたずらっぽく笑うアンジュは、ふと思い出したような顔をする。
「あーそうだ。ロイド、あたしちょっと気づいた事があったんだよ。」
「? 何の話?」
「これだよこれ。」
そう言ってアンジュが指差したのは自分の眼。
「! 魔眼の事?」
「そ、ロイドのね……ここじゃアレだからちょっと外に出よーよ。」
「うん。」
アンジュはフロレンティンという魔眼を持っている。もしかしたら魔眼について、オレの知らない新しい情報を持っているかもしれない。
「この辺でいーかな。」
生徒のほとんどが学食でパーティーの今、そこから出ると本当に誰もいない。日が落ちて街灯がぽつぽつと灯る学院の中、学食の入口から少し離れた所にオレたちは来た。
「……あんまり聞かれると困る感じの話なのか……」
「そーだね。まー学院の中では気にし過ぎになるかもだけど、例えば魔眼持ちを専門に狙う悪党とかもいるらしーし。基本的にはこっそりがいーかもね。」
「そ、そっか。気を付けるよ……それで気づいた事って?」
「うん。ねぇロイド、あたしの魔眼をよく見てみて?」
すぅっと目を開けたアンジュの眼は、オレンジ色から……なんというか灰色? みたいな色合いになる。
「そういえばティアナは眼の色が変わったりはしない……というか最初っから魔眼の色なのかな? 発動させると色が変わるのとそうならないのがあるのか……」
そんな事を呟きながら、オレはオレより少し背の低いアンジュの眼をかがんで覗き込む。ティアナの金色の眼もそうだったけど、こう……ググッと吸い込まれるような迫力というか雰囲気みたいのがあ――
「スキありっ。」
その言葉がどういう意味なのかを頭が考え始めるより前に、オレの視界の中で突然大きくなったアンジュの眼はスッと閉じられ、同時に唇に柔らかいモノが――
「んん!?」
五回目――いや、総数で言ったらもっと恐ろしい数になるはずだから……この場合は五人目と言った方がいいだろう。一人でもオレの人生には衝撃だというのに五人目とは一体どういう事というか何を冷静に考えているのだというかどういうことだっ!?!?
「もーちょっと警戒したほーがいーと思うけどなー。悪い女に捕まらないか心配だよー。」
パッと離れたアンジュは嬉しそうにニコニコしながらそんな事を言った。
「アアア、アンジュ!? い、今のはあの……えっと……」
「キスだよー。チューとかベーゼとか口づけとか言うあれだねー。」
「そ、それはわかってるけど! だ、だからそれはつまりあの――」
「んー、つまりねー。あたしが気づいた事って言うのはさ――」
二本の長いツインテールを揺らしながら、ピョンとはねたアンジュはオレに飛びつきながらこう言った。
「あたしがロイドを好きって事だよー。」
「!!」
むぎゅっとされたオレは、五回目の衝撃に頭の中が真っ白になる。
「あたしの騎士にしたいなーって夏休みに入る前から遠目に眺めててね。実は夏休み中も何回か妹ちゃんとお出かけしたりするとこをこっそり見てたんだよー。そーしてたらいつの間にって感じにねー。好きになっちゃったんだー。あたしを守る騎士、かつあたしの旦那様! なんにしたって将来有望なロイドなら文句なしだしねー。」
何やら驚愕の事実がさらりと出てきた気がするけど一先ず置いておいて――そ、そうだ! リリーちゃんたちの時はダメだったけど今のオレなら言える! オ、オレには好きな人がいるのだと!
「あ、あのアンジュ――そ、その、気持ちは嬉しいんだけど――ほ、ホントに嬉しいんだけど……そ、その! オレには好きな人――というか恋人がいるんです!」
「知ってるよー、お姫様でしょー?」
今のオレの全力の反撃をさらりと受け流すアンジュ。
「ロイドとお姫様のラブラブはわかってるけどさー、それと同時に優等生ちゃんとスナイパーちゃんと商人ちゃんもロイドの事大好きで、しかも横取りする気満々って事もわかってるよー?」
「えぇ!?」
「しかもそれをロイドとお姫様が知ってるんだもんねー。面白いよねー。男を取り合う女の戦いはもっとドロンドロンになると思うんだけど……そーならないのは中心がロイドだからなのかなー?」
背中にまわったアンジュの両腕の力が増し、オレとアンジュはさらに密着する。
「よーするにね、あたしもロイド争奪戦に参加するよって事。だから――ちょっとロイドにはごめんなさいかなー。」
「ななな、何が!? 何で!?」
「だってほら、ロイドはこのままじゃあたしがパンツの人になっちゃうから友達になってって言ったでしょー? でもそれ、こうなっちゃったら結局あたしはそのままかも。」
「そ、それはどういう……」
「お姫様との試合の時に言ったけど……あたしの服ってこう見えて大事なとこは見えないよーになってて、でもって自分から見せる場合にはその効果は無くなるの。」
「き、聞きました……」
「あたしね、これからは――ロイドに対してだけは常に効果を無くすよーにしよーと思うの。」
「えぇっ!?」
「自分で言うのもなんだけど、あたしの服の隙の多さは半端じゃないから――頑張ってね?」
「どどど、どうしてそんな事!?」
「そりゃー、ロイドを誘惑する為に決まって――」
「離れなさいよこの痴女!」
暗い中に突如走る紅蓮の炎。バッと離れたアンジュの代わりにオレの前に立ったのは両手に炎をメラメラさせるエリルだった。ちなみに、その後姿からは誰の目にも明らかな怒りが……
「エ、エリル! あの、これは――」
「……わかってるわよ……」
と言いながらこっちに向けられたエリルの紅い眼には「ゴゴゴ」という擬音が被りそうな迫力があった。
「……ローゼルたちみたいなのに一人仲間入りしたってわけでしょ……」
「なんだ、みたいなのとは失礼な。」
気が付くとエリルだけじゃなく、『ビックリ箱騎士団』の全員がこの暗い場所に集まっていた。
「こうなるような気はしていたさ。仮にもわたしたちをベタぼれさせるロイドくんだからな。まったく節操のない。」
「オレから何かしたみたいに言わないで下さい!」
「ロイくんは何もしなくてもカッコイイんだよ!」
「と、時々……ドキドキする事、言うけど……」
暗がりで女の子に囲まれるというトンデモナイ状況に陥ったオレは、しかしとりあえずはアンジュだと思って話をする。
「え、えーっとね……と、とりあえずアンジュ、その、で、できればさっきの――ゆ、誘惑的な話は無しの方向がいいかなーと……」
「そーだねー。ロイドが貧血で倒れそーだもんねー。じゃー、ここぞって時だけにするよー。」
「ここぞ!? い、いやそれもあんまり……」
「そーなの? でもロイドだって男の子なんだから、そーゆー事にキョーミはあるでしょー?」
「そ、そりゃまぁ……」
「エロロイド!」
「い、いやエリル、オレも男なので仕方ないと言うか何と言うか……あーでもそうか、オレはエリルのこ、恋人――そう、彼氏だもんな……気を付けるよ……」
そういやそうだと思って口にした言葉はエリルを真っ赤にし、他のみんなを……どうにかしてしまった。
「……いくら今だけとは言っても少し来るモノがあるな……あー、ロイドくん。わたしは結構傷付いたぞ。これは約束のジュースおごりをランクアップしてもらわなければな。一日デートくらいに。」
「えぇ!?」
「ボクもー。ちょっと胸が痛かったなー。お泊りデートにレベルアップしてもらわないと。」
「ちょ、リリーちゃ――ってお泊り!?」
「あ、あたしも……デ、デートとかしたいな……」
「ティアナまで!」
「あたしはロイドを両親に紹介したいなー。」
「ぶえぇっ!? さらりとすごい事を!」
なんというか、オレを誘惑とかそういうんじゃなくて、単にいじって遊んでるんじゃないかと思えてきた。
「あんたたちいい加減にしなさいよ!」
ムキャーっとエリルが叫ぶのを合図に、渦中のはずなのに蚊帳の外になったオレはギャーギャーやっているみんなを眺めた。
しかし……えぇっとこの……なんだろう。れ、恋愛的なのはちょっと置いておいて……みんなとの雰囲気と言うんだろうか。そういうのがなんとなく、旅をしていた頃の――あー、今もそうだけど、要するにフィリウスとの会話の雰囲気に似てきた気がする。
友達……というとちょっと冷たい気がするから親友……家族……仲間……? イマイチどの言葉で表現すればいいのかわからないけど、なかなかに仲のいい間柄という感じ。そのメンバーがそろうだけでホッとするというか落ち着くというか、普通に楽しくなる。
前にローゼルさんが、オレの前だと素でいられるみたいな事を言っていたけど……そういう相手しかいない輪の中にいる感覚。
……んー、つまりはやっぱり友達か。
んまぁ、みんなの表現の仕方は難しそうだからまた今度考えるとして、そういう相手が増えたという事がとても嬉しい。
旅の途中に出会って仲良くなった相手というのは勿論いるのだけど、この雰囲気に至るにはある程度の時間が必要だから……そうなると今までのオレにはそういう相手がフィリウスしかいなかったわけだ。うん……やっぱり嬉しい事だ。
そういえば……そう、旅の途中で仲良くなったみんなはどうしているだろうか。色んな街――いや、色んな国のあっちこっちにいる彼らと彼女らに、いつか時間を作って会いに行きたい。
そして、何故か恋愛マスターに記憶を消されてしまったとある一年間。その間に知り合った相手もいるはずだから……どうにか思い出したいところだ。
これから本格的になるらしいセイリオスの授業はもちろん、同時に昔の事の……整理? 的なこともしていかないと……
「……これは色々と頑張らないとな。」
どこの国にも裏の世界というのはあるもので、その国には裏で生きるとある人物が経営する裏の者専用のレストランがあった。無論、そういう場所があるという事を表の者は知らず、故にその場所を騎士が見たならば、悪党の見本市のような光景に驚愕する事だろう。
レストランと言えば基本的にどんなお客様もいらっしゃいませであろうが、そのレストランはある一定以上の悪党でなければ入店できない。そのため、店内には自他共に悪さも強さも高いレベルだと認める悪党が揃い踏みとなっている。
そんな中、悪逆非道を日常としている面々がビクビクし、時に慌てて店を出ていくという異常事態が起きていた。その原因は店の隅のテーブルを囲んでいる妙な取り合わせの連中だった。
「この店は魚が一番ウマイんでさぁ。」
そう言いながら、普通なら取り除くサイズの骨もおかまいなしに魚を口の中に放り込むのは太った男。噛んだ音がしない事から、どうやら丸呑みしたらしい。
「味のしみこませ甲斐のない食べ方だな。」
太った男と同じモノを食べているが、器用に骨を取り除いて食べているのは老人。除いた骨を元の状態に並べ直している為、一匹の魚の骨の標本が出来上がりつつある。
「あぁ……これだからこういう店は……女性が一人もいない……」
見るからに残念そうな顔でパスタを食べているのは金髪の男。まるで周囲に女性がいないと食欲がわかないかのように、ざっと五分前にフォークに巻き付けたパスタにため息を吹きかけながら口の前で止めている。
「全く信じられないわ! まぬけさ加減までS級にしなくてもいいのよ!?」
不機嫌な顔で骨付き肉にかぶりついているのは金髪の女。金髪の男がカウントしていない店内ただ一人の女性であり、その容姿からして周囲の凶悪な男共に囲まれそうではあるのだが、彼女を見る悪党たちの眼は恐怖の色を示していた。
太った男と老人と金髪の美男美女。一見、この面子につながりはないように見えるが、店内の悪党たちは悪党であるが故に彼らの共通点を把握していた。
「しかしうらやましいな、二人とも。ボクももう一度会いたいものだ……美しかっただろう? 彼女。」
「ありゃあ極上でさぁ。あんなの食べたらもう他は食べれなくなりそうで怖いでさぁ。」
「久しぶりに下半身に力が入ったな。」
太った男と老人の微妙な感想に対し、しかし金髪の男はうんうん頷いていた。
「そんな話どうでもいいわよ! 折角見つけたのに逃がすとか……そもそもなんでデブと老いぼれなんていうノロマコンビになってんのよ! 組み合わせがおかしいわよ! あぁ腹立つ! 男! 男をあさってストレス発散よ!」
「わかるぞ、妹。ボクもそろそろ女性成分を補給しないと……ここは出会いが無さすぎる……」
「性に邁進する若者よのう。」
「しかし遅いでさぁ。姉御が呼んだ時には全員数時間前には集まったのに。他の連中は何してるんでさぁ?」
「そうよ、そっちも問題よ! あのお姉様のお願いよ? あんたらを利用し尽くして早々に叶えなきゃいけないのよ!」
「仕方あるまい。ワレらが俗に言う「協力」をしようとする理由――ワレらをつなぐモノはヒメサマのみであり、その結びつきはそうであるが故に一般的なそれとは異なる結ばれ方で強くつながっている……が、根本的には悪道を突き進む悪党であるからな。」
「位置魔法も使えないあいつらが捕まえられると思ってんのかしら。ケバルライ、なんか聞いてないの? あいつらから。」
「何人かからは連絡を受けている。ムリフェンは今大一番で行けないそうだ。どうも、それに勝つと恋愛マスターに近づくとかなんとか。」
「いつ聞いても何かしらのギャンブルをしているな、ムリフェンは。しかし恋愛マスターに近づけるギャンブルとは一体……」
「さてな。世界中の賭博場で出禁を受けているあやつがどこで賭け事をしているのか不明でもある。ちなみにマルフィは音沙汰ない。ザビクは来るそうだ。」
「? ザビクが来るんでさぁ?」
「? ああ。むしろこういう時は率先して動く奴だろう?」
「そりゃそうっすけど……ザビクにこの店は――」
「がああああああっ!!」
太った男が口からはみ出た魚の尾びれをぴこぴこさせながら何かを言おうとした時、店の入口の方から両目を押さえて喚く男がドダドダとやってきた。
「何事だ?」
と、興味を示しているようで興味の無い顔を向ける老人の目線の先、男は狂ったように身体をくねらせて壁や床に頭を叩きつけている。
「ああああああっ!!」
そして男は、あろうことか両手の人差し指と中指を左右それぞれ――自分の目に躊躇なく突き刺した。男のうめき声と生々しい音が響く事数秒、最終的には自分の両目を自分でくりぬいた男が狂気の笑みを浮かべて床にへたり込んでいるという光景に落ち着いた。
「ふぁ、ザビクでさぁ。」
ふかした芋をほふほふ食べながら太った男が顔を向けた先、店の入口の方から一人の男が歩いてきた。
どこにでも売ってそうなジーパンをはき、どこにでも売ってそうな襟付きシャツを着ている、悪党ひしめくこの店内においてある意味最も目立つ格好。金髪の二人よりも少し年上で、青年とおじさんの間を行き来しているような黒髪オールバックにメガネのその男は、太った男が手を振ったのに気づいてそちらの方に行こうとしたのだが――
「おいおいにぃーちゃん、まさかこれ、あんたがやったのか?」
両目が空洞と化した男を指差し、メガネの男に話しかけたのは見るからに悪い男だった。
「この店はよぉ、ある程度のレベルになんねぇと入れんわけよ。にぃーちゃん、入店を断られた口だろ?」
「……」
「でもって、お断りしたそいつになんか魔法をかけて両目をくりぬいたと。いい趣味してんがこれは大失敗だったな。」
「……と言うと?」
ようやく口を開いたメガネの男に、悪い男はニヤリと笑う。
「店のモン――要するに店員に手を出した事を大失敗だっつってるわけよ。マダムに喧嘩売ったわけだからな。」
「マダム?」
「おいおい、知らずに来たのか? S級に名をつらねる通称――」
「あー、もういい。」
レストランのオーナーの名を言おうとした悪い男に対し、メガネの男は首を振る。そしてメガネの男は……このレストランの前提を否定する一言を言い放った。
「指名手配されるような素人の話なんぞ聞きたくもない。」
その場にいたB級、A級の名立たる犯罪者たちがスッと立ち上がり、メガネの男に鋭い視線を送る。武器を手にし、ゆらりと近づいてくる連中に対してメガネの男はため息をついた。
「あっしらも素人っすか?」
太った男と老人と金髪の美男美女が囲むテーブルに加わったメガネの男はその質問に対して首を横に振る。
「主様に選ばれた時点で別格であると、自分は思っている。選ばれる事の無かった指名手配犯は級に関わらず、万引きしている子供と変わらない。ところでムリフェンとマルフィはどうした?」
「ムリフェンはギャンブル、マルフィはわからん。」
「……主様の為の行動だというのに、心構えがなっていないな。まぁ、自分も人の事は言えんが。」
「? 珍しい事を言うっすね。」
「ここしばらく、自分は恋愛マスターを探さずにランク戦を観戦していたからな。」
「はぁ!? あんた何やってんのよ!」
金髪の女の信じられないという顔に対し、メガネの男は申し訳なさそうな顔で呟く。
「どうしても例の少年が気になってしまってな。主様の悪道に果たしてどう関わるのか……例え主様の意に反していても、これだけは確認しておきたかったのだ。」
「よく学院に入れ――あぁ、それはそうか。別に指名手配されていないものな、ザビクは。それでどうだった?」
「それなのだが……少年の実力は勿論、予想外のモノを見る事ができた。」
そう言ってメガネの男は二枚の写真をテーブルに出す。一枚は田舎者の青年が戦っている光景、もう一枚は観客席――そこに座る一人を真ん中に映したモノだった。
「おや? 少年の右目が黄色いな。もしかして魔眼かい?」
「片目だけ? そりゃ面白いでさぁ。どんな力があるんでさぁ。」
「正直、試合中に起きた現象だけでは特定できない。しかし注目して欲しいのは少年の片目だけの魔眼よりもこの観客だ。」
「誰よ、これ。」
「わからない。たまたま近くに座っていたからこそ気づけたのだ……少年が魔眼を発動した瞬間にこの者から漏れ出た気配に。あれは間違いなく人外のそれだった。」
「ほう。騎士連中から化け物呼ばわりされるワレらとは違う、本物の化け物という事か。しかし珍しくもないだろう。例の国みたいな所もあるくらいだしな。」
「観戦していただけならその通りだ。しかしこの観客、少年の魔眼を見るなり魔法を使ってどこかに連絡をとったのだ。完全に予想外の嬉しい誤算という口調で一言――『例の彼を見つけた。』とな。」
「何よそれ。あの化け物連中がこいつを探してたってわけ?」
「少年か、もしくはこの妙な魔眼を持つ者か……何にせよ、近く連中が少年に接触を図るのではないかと思う。もしも連中と少年につながりがあるのだとしたら、これは主様の悪道にプラスとなるだろう。」
「あの連中とのつながり……そりゃあよだれの出る話でさぁ。」
おそらく例えではない文字通りの意味でじゅるりと舌なめずりをする太った男。
「恋愛マスターの捜索は勿論続ける。が、自分はこちらの方にも目を配っておこうと思うのだ。」
「使えないノロマコンビとバカな弟であんたしかまともなのがいないのに……お姉様に叱られるわ……」
「そんな嬉しそうな顔で言われても困るが……一度見つけたのだからもう問題ないだろう?」
メガネの男が金髪の女の言うところのノロマコンビを見る。すると二人は意味ありげににやりと笑った。
「匂いは覚えたでさぁ。」
「特徴は記録した。」
「あんたらじゃ見つけられてもまた逃げられるって話よ!」
「今度見つけたら真っ先に連絡を頼むぞ。ボクも彼女にはもう一度会いたいからね。」
「捕まえたらいくらでも顔を見られるだろうに。」
犯罪者――それも超がつく程の極悪人という事以外につながりはなく、故に恐ろしすぎるメンバーであると周囲の悪人たちがビクビクしていた彼らにはあまり知られていないもう一つのつながりがある。知られたら知られたで今以上に恐れられる事になるそのつながりは、彼らが『世界の悪』と呼ばれる女性に従う七人に数えられているという事。
初代の七人が勝手に掲げた「紅い蛇」が非公認のシンボルとなっている為、そのままその七人を「紅い蛇」と呼ぶ者も多く、そのメンバーを目指す悪党までいるほどである。
「さて……それじゃそろそろ行くでさぁ。料理はもう出てこないだろうし。」
「あれは食べなくていいのか?」
「硬い肉は好きじゃないんでさぁ。」
よく椅子が壊れなかったと感心するような軋みをあげながら太った男が立ちあがり、それに合わせて老人も姿勢よく席を立つ。
「ちゃんとやんなさいよ、あんたら。」
「それじゃあまた。」
立ち上がった二人を見上げ、金髪の美男美女はその場から音も無く姿を消した。
太った男と老人がレストランを後にし、最後にテーブルに残ったメガネの男は写真を胸ポケットにしまいながら、ふと後ろを見る。
「…………そろいもそろって愉快な顔をして……だらしのない事だ。」
スタスタと出口へ向かうメガネの男。その背後には白目を向き、よだれを垂らし、舌をこれでもかと言わんばかりに口外に飛び出させて寝転ぶ悪人面の男共が転がっていた。
つづく
騎士物語 第四話 ~ランク戦~ 第六章 一先ずの勝者
副題の「一先ずの勝者」とはエリルのことで、意味合い的には二重ですね。
学院側も面白いのですが、個人的には悪党共の動きも気になります。特にアルハグーエは何をしているのでしょう?