十年ぶりの仕事

かなかな

 腕時計を久しぶりにつけた。ながらくなかった肌の感触に少々戸惑いつつも、くすぐったい嬉しさがにじむ。
 十年ほど前に手に入れた腕時計。電池が切れて止まってから、机の引き出しの奥にしまったままそれっきりだった。もしかしたらまだ動くのではないかと思い、試しに時計屋へ持って行ってみた。
 時計屋のおじいさんは「見てみますね」と言葉少なに言い、作業台の引き出しから工具を出して、小さな時計の蓋を外して中をのぞきこんだ。仕事用の片眼鏡をはめ、小さな歯車をのぞきこむ姿がまさに老年の職人といった風情だ。
 無言で小さなぜんまいを見つめるおじいさん。店内に並ぶ掛け時計や置き時計が、カチカチと規則正しく時を刻む。
 周りは針の音しかせず、不思議な静けさがそこを満たしている。
「ほっといてたのかい」
 急に聞かれて、どきりとした。そう、ほったらかしていたのだ。電池が切れて、そのまま何もせずに諦めてしまった。時計にしてみれば失礼な話だろう。
 ほんの数分で、腕時計はあっさりと動き始めた。
「水に濡らさないようにね」
 そう言われたのが「大事に使いなさい」という言葉に感じられて、「はい」と答えた。

十年ぶりの仕事

十年ぶりの仕事

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
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