旧作(2017年完)本編TOKIの世界書四部「明し時…2」(歴史神編)

旧作(2017年完)本編TOKIの世界書四部「明し時…2」(歴史神編)

TOKIの世界書四部目の二話目です。
一部、二部、三部とは違う方向に進みますね。
神々の歴史を管理する神、ナオが隠蔽されたらしい歴史を暴きに行く話です。
一応、全六話の予定で進めています!

TOKIの世界(陸の世界バージョン)
壱…陸と反転している世界
弐…夢幻の世界、霊魂の世界
参…過去
肆…未来
伍…想像が消えた世界?
陸…現世

ヒストリー・サン・ガールズ

 赤髪の少女、歴史神ナオと袴にワイシャツ姿の青年、歴史神ムスビと総髪の侍、時神過去神の栄次は現在長い階段を登っていた。
 ここは霊的太陽に行くための階段。
 辺りはとても静かでナオ達が歩く足音しか聞こえない。階段は宙に浮いており、まっすぐに太陽に向かって伸びていた。
 ナオ達を先導しているのは霊的太陽に住む、太陽神の使いサルと太陽神になって間もない少年である。
 太陽神の使いサルは現在人型をとっており、茶色の着物に髷を結っている目の細い男になっていた。
 「サルさん……この階段は一体いつになれば終わるのですか?先程からずっと歩いておりますが……。」
 歴史神の少女ナオは先の見えない階段をため息交じりに仰いだ。
 「もう少しでござる故、辛抱するのでござるよ。」
 太陽神の使いサルはやたらと「ござる」を連発しながらナオを励ます。同じく歴史神の青年ムスビもうんざりしながら階段を登っていた。
 「太陽にこれから行くっていうのにさ、全然暑くないんだな……。むしろ寒いよ。」
 ムスビが疲れ気味のナオを気遣いながらサルに尋ねた。
 「まあ、ここは霊的空間でござる故、暑くはないのでござろう。人が見ている太陽は灼熱でござるよ。」
 サルはにこりとムスビにほほ笑んだ。ムスビはため息をつくと隣を歩いている時神栄次に目を向けた。
 総髪の侍、栄次はただ黙々とムスビの横を歩いていた。
 「あんたは疲れてないのか?表情がなさすぎて怖い。」
 「俺は普通に歩いているだけだ。ただ歩いているだけなのに疲れるわけがあるまい。」
 「いや……階段……つらくね?どんな体力してんだよ。もう。」
 ムスビは息も上がっていない栄次に再びため息をついた。
 しばらく歩くと鳥居が見えてきた。
 「あ!鳥居です!」
 「あそこの鳥居から霊的太陽である暁の宮でござるよ。」
サルの発言でナオとムスビは苦しそうに顔を歪めながら必死で鳥居に向かい足を進めた。
そしてなんとか太陽の門である鳥居を潜る事ができた。
 「はい。着いたよ。お疲れさま。」
 サルの隣にいた太陽神の少年はいままで言葉を発さなかったがナオ達にその一言だけ言った。
 「ええと……こばるとさん……あなたも全く疲れを感じさせませんね……。」
 ナオは真っ青になりながら額の汗を拭った。
 「うーん……。そんなに疲れるかなあ?というか、僕はこばるとじゃないってば。僕はまだ名前をもらっていないんだよ。」
 太陽神の少年はため息交じりにナオに答えた。
 「……アヤさんは大丈夫でしょうか……。」
 「そんなに心配ならさ、用事が済んだら見に行こうよ。」
 ナオのつぶやきにムスビが大きく息を吐きながら答えた。アヤとは時神現代神の名前である。元時神である太陽神の少年が記憶をすべて失ってしまったため、アヤはショックを受けてしまった。
 「そうですね……。ここから戻るわけにはいきませんし……。」
 ナオは橙のような茶色のような地面に建っている大きな天守閣を見上げた。
 「ここが暁の宮か……。」
 「でけぇなあ……。」
 栄次とムスビもナオにならい天守閣を見上げた。
 天守閣の外では門番をしているサルが多数いた。腰に剣をさしている。
 「そういえば……あなたもサルなのにどうして剣をさしていらっしゃらないのですか?」
 ナオは先導しているサルを不思議そうに見つめた。
 「ん?小生でござるか?小生はサキ様付きのサル故、普段は霊的武器は消しているのでござるよ。」
 「……輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)付きのサル……でしたか……。」
 「あんた、けっこう位が上そうだな……。」
 サルが歩き出したのでナオとムスビもそれぞれつぶやきながら続いた。
 「じゃ、僕はちょっとやる事があるからここで。」
 太陽神の少年が天守閣に入るための門の前で小さく手を振っていた。
 「……うむ。『壱に向かう前に戻るのを忘れずに』でござる。」
 サルは太陽神の少年に注意をすると太陽神の少年は「わかってる。」と一言言って去って行った。
 「彼は一緒に来ないのですか?」
 「何か用事があるようでござる故、ついてこないようでござる。実は小生もそろそろ睡眠時間、ここから先は陸(ろく)勤務の太陽神が案内するでござる。」
 サルは天守閣の入り口までナオ達を誘導した。
 入り口には端正な顔立ちをしている赤髪の青年が立っていた。少し長い赤い髪を後ろで縛り、太陽のデザインが入っている中華系に近い着物を着ていた。
 頭には太陽を模した冠がついている。おそらく太陽神だろう。
 「炎天照槍神(えんてんしょうそうしん)様、後はよろしくお願い致すでござる。」
 サルはその太陽神に頭を下げるとナオ達を手で促した。
 「よろしくお願い致します。」
 ナオ達も小さく頭を下げた。
 「なるほど。貴方達が歴史神か。私は炎天照槍神(えんてんしょうそうしん)。霊的武器は剣だが私は普段外に出ない霊的呪具、槍を所持している。エンと呼んでくれて構わない。」
 赤髪の青年はエンと名乗ると無表情のまま小さく頭を下げた。
 「な、なんだか堅苦しい奴だな……。」
 ムスビは小さくナオに耳打ちした。
 「そうですか?私はとても堅実で素敵だと思いますよ。」
 ナオがほほ笑んでムスビに答えた時、栄次が険しい顔をしている事に気が付いた。
 「栄次……どうしましたか?」
 「俺はなんだかまずい予感がする……。」
 「え?ま、まずい予感とは……?」
 「わからん。勘だ。」
 栄次がつぶやいた時、エンが天守閣へ入るよう促していたのでナオ達は口を閉じてエンに従い歩き出した。

二話

 ナオ達はエンに連れられて天守閣内へ入った。長い木の廊下が続いており、その両脇に障子戸の部屋がある。どれだけの太陽神がいるかはわからないがかなりの数の部屋があった。
 その部屋を通り過ぎると階段があり、エンがその階段を登り始めたのでナオ達も慌てて続いた。
 天守閣内はかなり広いようだ。障子戸の先にも何かしらの部屋があるらしい。
 エンは三階まで来るとまた廊下を歩き始めた。
 「あの……どこまで進むのですか?」
 「もう少しだ。この階に照姫神(てらしひめのかみ)がいる。」
 エンの返答にムスビの眉がぴくんと動いた。
 「おい、輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)サキに会えるんじゃないのかよ?」
 「サキ様は壱の世界の会議でお疲れである。故に陸(ろく)の世界での代理、照姫(てらしひめ)がお相手を致す。」
 「……そうですか。代理ですか。太陽神は陸(ろく)と鏡の世界壱(いち)に一体しか存在していませんでしたね。という事はあなた達は壱の世界と陸の世界の両方の世界事情を知っているというわけですね。」
 ナオはエンに目を向けた。エンは特に表情なく黙々と歩きながら答えた。
 「そうだ。両方とも知っているが、私は壱(いち)の世界では休んでいる故、壱の世界の事はほとんど知らない。……ここだ。」
 エンは話しつつ、一つの障子戸の前で止まった。
 「ここか?」
 ムスビは障子戸を眺めた。サキの代理をしているとの事だったが特に特別な待遇になっているわけではなく、他の部屋と同様の作りだった。
 「照姫(てらしひめ)、連れてきたぞ。」
 「どうぞ。お入りになって。」
 エンが障子戸を軽く叩くと奥から女性の声が聞こえた。
 エンは障子戸を静かに開くとナオ達に入るよう目で合図してきた。
 ナオ達は息を飲みながらエンに頷くとそっと部屋の中に入り込んだ。
 「あら、あなた達が例の歴史神ね。どうぞ。おかけになって。」
 畳の部屋の真ん中に橙色と赤色が混ざったような髪の少女が座っていた。真ん中には机が置いてあり三人分の座布団が少女と向かい合う形で置いてあった。
 「とりあえず、座りましょうか。」
 ナオはムスビと栄次に目配せをすると置いてある座布団にそれぞれ腰掛けた。
 「こんな朝早くからごめんなさいね。ゆっくりお話しできるお時間が今しかありませんの。とりあえず、お茶をお出しするわね。」
 少女が一言発すると少女付きのサルがどこからともなく現れ、机に四人分の緑茶を置いて去って行った。
 「……あの、輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)サキさんとはお話できないのでしょうか?」
 ナオの質問に少女、照姫(てらしひめ)の顔が曇った。
 「うーん。サキ様は現在お休みになられておりますので……難しいわ。」
 「そうですか。……私達を太陽へ呼んだのは元時神の件でしょうか?」
 ナオは照姫への質問を変えた。
 「ええ。その件よ。あなたの言動で生まれるはずもなかった太陽神が生まれてしまったのよ。あなたは歴史神だからわかると思いますけど……進んでいくべき彼の歴史をあなた達が変えてしまった。ですので、高天原の四大勢力に協力していただき、彼のデータの消去をせざるえなくなった。」
 照姫はナオ達を鋭く睨みつけた。
 「……私達を咎めるつもりですか?しかし、こばるとさんはもうあそこで歴史が終わっていたはずです。太陽神として新しく生まれ変わったとしても支障はないはずですよ。」
 ナオは負けじと声を上げた。
 「はあ……そういう問題ではないの。これは罪に問われる可能性があるわ。いいかしら?この世界は陸(ろく)の世界だけじゃないの。あの元時神は壱(いち)の世界にも存在している。壱の世界の彼は寿命を全うし、現在は霊魂となり夢幻霊魂の世界、弐(に)で時神アヤの心に住んでいるわ。それが陸(ろく)の世界で太陽神になってしまったら向こうの世界の彼はどうなってしまうのかしら?太陽神は二つの世界に一体しかいないのよ。」
 「……。」
 ナオは照姫の厳しい顔つきをただ黙って見つめていた。
 「私達が太陽神になってしまった彼の中身を消去しなかったら壱(いち)の世界の方の彼は消えてしまうわ。太陽神は壱か陸のどちらかにしかいないのだから。」
 「それで……あなた達は私達をどうするおつもりですか?」
 ナオの頬に汗が伝った。
 「捕縛して高天原裁判にかけるわ。」
 「そ、それは困ります!私はどうしてもサキさんに会わないといけないのです!」
 「この件は私だけでも処理できるのであなたがサキ様に会う事はないでしょうね。」
 ナオの言葉に照姫は冷たく言い放った。
 「そうしましたら意地でもサキさんに会わせてもらいます。」
 ナオが勢いよく立ち上がった時、ムスビが怯えた表情でナオをつついた。
 「な、ナオさーん……ずっと前からなんだか囲まれているみたいなんだけど……。」
 「え?」
 ムスビの震える声でナオは背中に何かを突き付けられている事に気が付いた。
 「……動くな。大人しくしていれば何もしない。」
 ナオの背中に剣を向けていたのは先程の青年、エンだった。
 エンは隣の栄次も警戒しているようだった。栄次は刀の柄に手を置いて構えていた。
 「……ムスビ、栄次……逃げましょう。」
 ナオは冷汗をかきながら手から一本の巻物を出現させると素早く読んだ。
 ……天御柱神(あまのみはしらのかみ)……厄災、風雨の神!……
 ナオが一言叫んだ刹那、ナオの周りに台風並みの風が現れ、エンを軽く吹き飛ばした。
 「今のうちに行きますよ!」
 ナオは腰が抜けているムスビを無理やり起こすと走り出した。
 「……っく……歴史神が逃げたわ!追って!」
 照姫の掛け声であちらこちらの障子戸から太陽神、使いの猿が飛び出してきた。
 栄次は刀を抜き、襲ってくる太陽神達の剣技を受け止めてナオ達を守っていた。
 「……力が強いな……。」
 栄次は太陽神達の力の強さに若干押されていた。
 「ナオさん!逃げるって無茶苦茶だよ!」
 「ムスビ、このまま捕まっては何もできません!あなたも何かやって逃げ道を確保してください!大丈夫です。太陽はこの間まで頭がおらず、どん底でした。彼らもまだ完璧には回復していないはず……。」
 「ナオさん……鬼だな……。」
 ナオの発言に頭を抱えたムスビはとりあえず威圧を込めて太陽神達を睨みつけた。
 「……どけ。」
 ムスビが一言発すると強力な力が辺りを走り抜けた。立っていたほとんどの太陽神、猿が両膝をついて何かの力に抗っていた。
 「こ……これは言雨(ことさめ)……。」
 エンが周りの太陽神達の様子を見、つぶやいた。
言雨とは威圧と神力を言葉で発する事により、雨のように威圧と神力が相手に降り注ぐというものだ。
 しかし、これはムスビと同等か上の神格を持っている神には効かない。
 エンと照姫は平然と立っていた。
 「やべっ……あいつらには効かなかった!」
 「とりあえず、逃げましょう!」
 ナオ達は苦しんでいる太陽神達の間を縫うように進みながら階段を降りた。後ろからエンが襲ってきていた。手には炎が巻き付いた剣を持っている。
 栄次が走りながら刀を構え、エンの攻撃をかろうじて受け流していた。
 「これからどうするんだよ!ナオさん!」
 「……太陽の門を太陽神が開かないと現世に戻れません。今はとりあえず身を隠すところを探しましょう!」
 ナオはムスビに小声でささやいた。エンの攻撃は素早く、威力も強いため栄次は押されていた。
 「こいつは……強いっ!」
 栄次が着物を翻しながら刀を振るうがエンは軽やかに避けている。
 「……貴方の腕も相当なものだ……。」
 栄次と対峙しているエンもやや本気でぶつかっているようだった。
 「せめてもっとしっかりと対峙できれば……。」
 栄次はナオとムスビを庇うように戦っているためうまく力が発揮できていないようだった。
 「仕方ありません……。」
 ナオは再び巻物を手から出現させた。そして巻物を素早く読んだ。
 ……カグヅチ神、火の神、炎の神!……
 巻物を読んだ刹那、エンの目の前に大きな火柱が上がった。火柱はナオ達を完全に隠した。
 「ナオさんっ!ここ!」
 ふとムスビが物置部屋になっている空き部屋を見つけていた。その空き部屋の畳の一部をムスビが上げていた。
 炎を突破されるのも時間の問題だと考えたナオは栄次を連れて何も考えずにムスビの元へと走った。
 太陽神に火は通じない。エンは堂々と炎を潜ってきた。
 「……っ!」
 しかし、もう目の前にはナオ達はいなかった。

三話

 「ふい~危なかった……。」
 ムスビが震えながら言葉を発した。太陽神達の声とナオ達を探す足音が絶えず響く。
 「……ムスビ、助かりました……。」
 現在ナオ達は持ち上げた畳の下のスペースに入り込んでいた。ここは物置部屋のようで畳の下に物をしまえるスペースがあったようだ。畳の下にも意味があるのかないのかわからない物体が沢山しまわれている。
 「ナオさん!ナオさんは無茶ばっかりするんだからさっ。俺、いい加減怒るぜ。」
 ムスビは狭いスペースに膝を曲げて座っており、ナオと密着した状態で挟まっていた。
 「ごめんなさい……。どうしても究明したかったんです……。サキさんに会えればムスビの能力と栄次の能力と私の力で彼女に纏わりついているアマテラス大神の歴史を見る事ができるかもしれなくて……。」
 ナオは今にも泣きそうな顔でムスビを見つめていた。ムスビとナオの顔は今、とても近い。
 「や、やっぱり会いたい理由はそっちだったか。……くそぅ!その顔、かわいいっ!ぎゅーってしたくなる……。くそぅ!かわいすぎる……。」
 ムスビはワキワキと指を動かしている。
 「ムスビ、あまり動くな。俺が狭い。」
 栄次がムスビを制し、小さくつぶやいた。
 「あんたとはあんまり密着したくないんだけどね……。」
 「俺もごめんだ。しかし、現状は仕方あるまい……。それで?これからどうするのだ?」
 栄次はムスビにかぶさるように乗っかっているナオに目を向けた。
 「そっ……そうですね……。壱の世界に行けるまでここで隠れて、壱の世界に行ったら休まれているサキさんが動き出すと思われるのでサキさんにコンタクトをとります。そしてサキさんの歴史を見たらまたここに隠れて太陽の門が開いた時に素早く滑り込んで現世に戻ります。……どうでしょう?」
 ナオは自信満々に栄次とムスビを見た。
 「……俺、それうまくいかないと思うんだけど……。」
 「同感だ。」
 ムスビと栄次は呆れた顔でため息をついた。
 「……と、とりあえずサキさんに出会って記憶を見てからです。そこから捕まっても高天原裁判前に逃げ出せれば……。」
 「俺、逃げる自信ないんだけど……。」
 「同感だ。」
 ムスビと栄次は再び深いため息をついた。
 「……も、もうここまで来てしまいましたから……や、やりましょう!……そ、それと本当に色々とごめんなさい……。」
 ナオは冷汗をかきながらあやまった。ナオは色々とうまくいかず、落ち込んでいるようだった。
 「ま、まあ、とりあえず……うまくいかないかもだけどやってみようか。」
 「……判断はお前達に任せる。」
 ムスビと栄次はナオの表情を見て従う事に決めた。どうせここまできたら弁明もできないしどうにもできない。
 それならばとことんやろうと決めたようだ。
 ナオ達は息をひそめてしばらくその場にいた。
 しばらく動かずにしていたが太陽神達にバレる様子がないので余裕が出てきたナオは近くにあるよくわからない物体を眺めはじめた。畳の下は暗いがだいぶん目が慣れてきてある程度は見えた。
 「……ん?」
 ムスビに覆いかぶさりながらナオは近くに転がっていた巻物を拾い上げた。
 「……これは……。」
 「ん?どうしたの?ナオさん。って、ナオさん、この物置の触っちゃまずいってば!そんな危なそうな巻物、どこで拾って来たの?元の場所に戻しなさい。」
 ムスビが怯えながらどこかの母親のようにナオに注意した。
 「ムスビ、この巻物……何かの記述が封印されております。太陽神に関しての事のようですが……。」
 ナオはムスビの制止を軽く流し、興奮気味にムスビと栄次に巻物を見せた。
 「……だから、封印ならさ、解いちゃいけないから封印なんだよ。ナオさん、解く気満々じゃないか……。」
 「話し方、雰囲気とは似合わず、ナオはかなり大胆なのだな。」
 ナオを必死で説得しているムスビを眺めながら栄次は深いため息をついた。
 「この巻物が使えれば先程のように記述されている神の神格を一部使う事ができます!」
 「さっきの能力ってそれだったんだ……。火が出たり風が出たり……。って、そうじゃなくてなんで使おうとしているの!俺、ダメっていったよな?」
 ナオが封印されている巻物を開こうとしたのでムスビが慌てて止めた。
 「……私はもしかするとこの巻物の記述を知っているかもしれません……。今、初めて見たのに知っているような気がするのです。」
 「だから、ナオさん……。」
 「おい、ナオの様子が変だぞ。」
 ムスビに被せるように栄次が声を発した。
 「……な、ナオさん?」
 ムスビもナオの雰囲気に気が付いた。ナオの瞳が紅色から黄緑色に変わっており、何やら電子数字のようなものがナオの瞳に流れていた。
 「……どうして……いままでこの記憶を忘れていたのでしょうか……。」
 ナオは無意識に言葉を発していた。
 「な、ナオさん!ナオさん!」
 「……はっ……。」
 ムスビに肩を叩かれてナオは我に返った。
 「……ナオ、どうした?」
 栄次は厳しい顔つきでナオを見据え、声をかけた。
 「……わ、わかりません。……何か……私が本来持っていなければならない歴史が欠如しているような気がするのです。私はなにかとても大切な事を忘れてしまっている……。どうしても……思い出せない……何か……。」
 ナオは切なげに巻物を見つめていた。
 「……ではその巻物の中身を読んでみるといい。」
 「おい!栄次!」
 ムスビは栄次を睨みつけた。
 「ムスビ、これは手がかりになるかもしれないのだ。お前達はアマテラス大神などの神が概念になったとされる歴史の究明がしたいのだろう?これは太陽にある巻物だ。アマテラス大神が関わってくる内容かもしれない。」
 「だからってナオさんに危険が及んだらどうするんだよ。」
 ムスビが栄次に鋭く声を発したがナオがムスビを優しく止めた。
 「ムスビ、心配していただき、ありがとうございます。何かわかるような気がしますので私はこの巻物を開いてみようかと思います。」
 「だから……ナオさん……。ま、まあ……ナオさんがそこまで巻物が見たいっていうなら仕方ないか。……どうせ言っても聞かないし。」
 ムスビは大きくため息をついた。
 「では……開きます。」
 ナオは巻物に右手をかざした。巻物の封印の解き方はなぜだか知っていた。巻物はナオの神格を読み取ると何の抵抗もなく自ら広がった。
 刹那、ノイズと共にナオに謎の記憶が映像化して流れてきた。
 ジジ……ジジ……
 はっきりとは見えないし音もうまく聞こえない。
 「な……なんの歴史ですか?これは……。」
 ナオは戸惑いの声を上げた。
 映像は真っ白な空間を映していた。その真っ白な空間に一人の少女が不安げに立っている。その不安げに立っている少女の横には太陽の冠をかぶっている美しい女性がいた。
 「本当に行くの?」
 十歳になっているかなっていないか、それくらいの歳の少女が女性に尋ねた。
 「……ええ。向こうの人間を見捨てることなんてできないから。」
 女性はせつなげにほほ笑むと白い空間の先へと歩いて行った。
 少女が立っている先からは暗い宇宙空間のようだった。女性は白い空間から宇宙空間に飛び込み消えていった。
 ジジ……ジジ……
 またノイズがナオの耳に入る。
 少女がこちらに向かい、何かを話している。しかし、ナオは聞き取れない。
 「大丈夫です。あなたはこちらにいて大丈夫ですから。」
 頭から突然自分の声が響いた。
刹那、ブツンと何かが切れるような音がした。その音と共に映像は砂のように消えていった。
「……き、消えました……。あの太陽神だと思われる女性とあの少女は誰なのでしょうか……。私の声が聞こえた所からするとこれは私があの場所にいた事になります……。その場にいたのならどうして歴史を思い出せないのでしょう……。」
ナオは必死で自分の記憶を辿った。消えた女性、不安げな少女……顔の検索、神の検索をしても彼女達を思い出すことはできなかった。
 「……。」
 ナオはしばらく黙っていた。
 「な、ナオさーん……。だ、大丈夫?」
 あまりにナオの反応がないので恐る恐るムスビは尋ねた。
 「ナオ、大丈夫か?」
 栄次もナオを気にかけて声をかけた。
 「……ええ。大丈夫です。私、決めました。こんな場所に隠れていないで堂々とサキさんに会いに行きます!」
 ナオは突然、きりっとした瞳でムスビと栄次を仰いだ。
 「おいおい……ナオさん!いきなり何言い出すんだよ。おかしくなっちゃったのか?」
 「おかしくはなっておりません。隠れていてもサキさんには会えないかもしれないのですよ。でしたら、強行突破でサキさんに会う方が手っ取り早いです。」
 「だからさ、サキが動き出す壱の世界に行ってから会うって、さっきナオさんが言ってたじゃないか……。」
 ムスビが慌ててナオを制した。
 「……ですが……もういてもたってもいられないのです。」
 「……仕方あるまい。俺はナオの意向に従う。」
 栄次はナオの好きにさせる事にしたらしい。
 「おい……栄次……。あー……もう……外に出てもいいけどさ、ちゃんと現世に帰れる算段はついているのかな?」
 ムスビは頭を抱えつつ、ナオに重要な事を確認した。
 「それは問題ありません。この巻物を見つけましたから。私は巻物から記述された神の神格を一瞬だけ体に宿すことができます。ですのでこの巻物は太陽神の記述のようですからこの巻物から一瞬だけ私は太陽神の神格を得る事ができるわけです。そうすれば門も開けるでしょう。」
 ナオは自信満々に解説をした。
 「……い、一応、考えていたんだね。ナオさん……。」
 ムスビはナオの自信に満ちた顔を見てナオの意見に従う事にした。
 「私も太陽神相手に頑張って本気を出しますので……お願いします。ついてきてください!」
 ナオはムスビと栄次に小さく頭を下げた。
 「もう……わかったよ。ナオさん……、最初からナオさんについてくって決めちゃったからどっちにしろ、ナオさんに従うよ……。」
 「……俺はお前達の意向に従う。」
 「ありがとうございます!」
 自分に乗ってくれたムスビと栄次にナオは心から感謝をした。
 「ナオさん、ここから出る前にサキがいそうな部分を予測した方がいいと思うよ。」
 「そうですね。私は暁の宮の最上階ではないかと踏んでおります。」
 ムスビにナオは確信した顔で大きく頷いた。
 「根拠はあるのかい?」
 ムスビはナオの強い視線を受け止めながら尋ねた。
 「ありません。」
 「ないんかい!」
 ナオの即答にムスビも素早く突っ込みを入れた。
 「……最上階にサキがいなかった場合、逃げられる確率はあまりないぞ。最上階だからな。」
 栄次は刀の柄を撫でながら静かに声を発した。
 「……私は全力で戦いながらサキさんを探します。」
 「なるほど。はなから逃げる気はないと。」
 栄次の言葉にナオはこくんと頷いた。それを見たムスビは一人青い顔で怯えていた。
 「では行きましょう!」
 「ほんとに行くのかよ!」
 ナオが決意のこもった瞳で栄次とムスビを見ると畳を上にあげた。ムスビの怯えた顔をちらりと見つつ、ナオは飛び上がると突然手から巻物を出現させた。
 ……加茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)、雷神!
 ナオが巻物を読んだ刹那、近くを通り過ぎた太陽神の近くに雷が走った。
 「……っ!?」
 太陽神の一人は驚いて身を引いた後、ナオ達に目を向けた。雷を合図に蒼白のムスビと刀を構えている栄次も畳から飛び出した。そして栄次はそのまま太陽神に攻撃をしかけた。
 まさに奇襲だ。
 「れ、歴史神達を見つけたぞ!……っ!」
 太陽神の一人が叫ぶのと栄次がみねうちを食らわせるのが同じくらいだった。
 「ナオ、ムスビ、行くぞ。」
 栄次が最上階へと走り出す。ナオとムスビも何も考えずに登り階段へと足を進めた。
 ……イソタケル神、木種の神!
 ナオはまた巻物を出現させると群がる太陽神、猿達に向けて読んだ。
 どこからともなく木のツルが太陽神、猿達に巻き付き、動きを封じた。
 「っく……守りを固めろ!」
 太陽神の一人がツルに巻き付かれながらも上階の者に叫んだ。
 ナオ達は身動きができない太陽神達を横目で見ながら階段を上がった。
 栄次は刀を構えつつ、襲ってくる太陽神達の攻撃を受け流していた。ムスビはその後を蒼白な顔で駆けている。
 「な、ナオさん……なかなか本気だな……。」
 「捕まるわけにはいきませんから。かなりの体力を消耗しますが仕方ありません。」
 ムスビがナオを一瞥する。ナオは肩で息をしていた。
 「ナオさん、大丈夫かい?辛そうだけど。」
 「大丈夫です。ありがとうございます。」
 ナオは深く深呼吸すると再び巻物を出現させた。
 ……天御柱神……厄災神!
 台風並みの風が吹き、構えていた太陽神達を吹き飛ばした。ナオ達がこんなに暴れているというのに暁の宮はびくともしていない。暁の宮は強い霊的空間のようだ。
 階段を登りきった辺りでナオは足を止めた。目の前に男が一人立っていたからだ。
 「……待て。」
 男は燃え盛っている槍を片手に持っていた。
 「エン……。」
 その男はエンだった。エンは周りの太陽神達、猿に自分の周りを固めるように言うとナオ達を睨みつけた。
 「……ナオ、気を付けろ。こいつは抜きに出て強いぞ。」
 栄次がエンから目を離さずにナオにささやいた。
 「……。ええ。上に行くためには何とかしないといけません。」
 ナオは素早く手から巻物を出現させる。
 ……加茂別雷神、雷神!
 ナオが巻物を読むと雷が発生し、エンに向かって落ちた。
 「……っ!」
 しかし、エンは軽やかに雷を避けてナオに襲い掛かってきた。ナオは槍の柄で腹を強く突かれた。
 「ぐうっ……。」
 ナオは腹を抱えてうずくまり、ふらついたがすぐにムスビに抱きとめられた。
 「なっ……ナオさん!っち、あんな思い切りやるなんてひでぇやつだな。……って……。」
 ムスビがエンに悪態をついた時、エンはもうムスビの目の前にいた。炎の槍がひるんでいるナオを襲う。ムスビは慌ててナオをかばい、目を閉じた。
 刹那、キィンと金属同士がぶつかる音が響いた。ムスビが恐る恐る目を開けると目の前に栄次の背中が映った。
 「え、栄次!」
 「勝てるかわからんがやってみよう。」
 栄次は刀で槍を薙ぎ払った。エンはいったん後ろに退き、再び構えた。
 「……栄次、ごめんなさい。」
 「いい。お前は休んでいろ。」
 すまなそうなナオを横目で見つつ、栄次は冷静にエンと対峙した。
 エンが先に動いた。燃え盛っている槍先で栄次を突く。栄次はあまりの速さに怯んだが避けながら横凪ぎに刀を振るった。
 エンは後退してかわしたが着物の一部がスパッと切れた。
 「……。なかなかお強いな。」
 エンは小さくつぶやくと槍を炎に変えて飛ばした。栄次は飛んできた炎を避けたがその後に懐に飛び込んできたエンに気が付き、刀で凪いだ。
 また金属がぶつかる音が響く。エンは今度、太陽神特有の武器、剣で栄次を襲っていた。
 刀と剣がぶつかり合い、お互いの腕を軽く切り裂いた。
 エンはそれに怯む事無く、どこからか炎の槍を出現させて栄次に飛ばした。栄次は炎を避けたがその後ろにはムスビとナオがいた。
 「……っち……。」
 栄次は後ろでぼうっと立っているムスビとナオを突き飛ばした。炎はムスビとナオのすれすれを飛び遠くで激突した。栄次はそれを確認すると不安定な体勢のまま、間近にせまっていたエンの剣技を刀で薙ぎ払った。
 「あ、あいつ……すげぇな……。なあ、ナオさん……。」
 ムスビはナオと共に腰を落としながら栄次を茫然と見つめていた。
 「え、ええ……。本気になった彼の剣術、反射神経は素晴らしいです。彼がいなければあそこで終わっていました。」
 「ごめん。俺がもっと強かったらなあ。」
 ムスビがナオの言葉に落ち込んだ顔で答えた。
 「え?あ、い、いえ、あなたはそのままでいいのですよ。ここまでついてきていただいただけでも私はとても嬉しいです。」
 「な、ナオさ~ん……。」
 ムスビはナオを抱きしめオイオイと泣いた。
 「それより、ムスビ、あの神、エンが槍は太陽神の呪具だと言っておりましたね。しかし、太陽神の霊的武器は剣です。なぜ、あの神だけ槍も霊的武器として出せるのでしょうか?」
 「……ん?え?それは出せるからなんじゃないかな……。」
 ナオの疑問にムスビはてきとうに答えた。
 「いや……あの神、もしかすると何か重要な歴史を持っているのかもしれません。」
 「な、ナオさん……?また無茶しようとしてるんじゃ……。」
 「無茶ではありません。ムスビ、力を貸してください。」
 ナオの光の入った強い瞳にムスビは「またか。」とため息交じりに頷いた。
 「彼の歴史を見ます。……ムスビはそのままで問題ありません。」
 「……う、うん。」
 ムスビの返事を聞いてからナオはエンの記述がしてある巻物を出現させた。
 「この巻物に書かれている文字は彼の表の歴史を記述したものです。重要な歴史があるとすれば裏の歴史でしょう。ムスビと私の能力で隠されている歴史が露わになります。」
 ナオは手を前にかざした。すると出現させた巻物が光りだし、エンに向かって高速で飛んでいった。
 「!?」
 エンは驚き、栄次から距離をとったが巻物はエンを取り巻いた。
 「な、なんだ……っ。これは!」
 エンがもがいている中、ナオはもう片方の手をムスビに向けた。刹那、ムスビの体が光りだし、ある記憶が流れ出した。

四話

 ぼやけていた視界が明瞭になってくると先程見た美しい女性とエンが暁の宮の門の前に立っている様子が見えてきた。
 ……あれは……さっきの女性、やはり……アマテラス大神?
 ナオはほほ笑んでいる女性をじっと見つめた。
 女性はエンに何かを話している。
 「……本当に行ってしまわれるのですか?」
 エンが苦しそうに小さく声を上げた。
 「……ええ。これからこの世界と向こうの世界は完全に分離するわ。向こうの世界は太陽神はおろか、どんなに小さな土地神だっていない。御利益も何もかもなくなってしまった世界だけどまだ、私達を必要としているかもしれない。そうね……私や月読、スサノオがいなくなったらこの世界は新しくなるでしょう。そうしたら、もう一度、あなた達は人間に求められる神々になるのよ。私達は向こうの世界で人を守り続けるからあなたはこちらで頑張りなさい。」
 「……。そんな……アマテラス様、消えてしまわれるかもしれないのですよ!」
 エンは必死にアマテラス大神を止めたが彼女はほほ笑んで背を向けた。
 「大丈夫。時期にあなた達は生まれ変わる。そうしたら私が存在していた記憶は完全に消滅するわ。」
 アマテラス大神は少し歩いて再び振り向いた。
 「アマテラス様……。」
 「そんな悲しい顔をしないで。あなたは太陽神でしょう?……そうね。そうは言っても完全に忘れ去られるのは悲しいわ。じゃあ……あなたに私の霊的武器、槍を渡しましょう。」
 アマテラス大神はエンの元まで戻ると手から炎に包まれた槍を手渡した。
 「アマテラス様、槍は現在、すべての太陽神の霊的武器でございます。この槍ではあなたがここにいた証明ができません。」
 エンが槍を受け取りながら静かに言葉を発した。アマテラス大神はエンの悲しげな表情を見て軽くほほ笑むとまた、エンに背を向けて歩き出した。
 「……大丈夫よ。槍はこれから霊的武器にはならないから……。」
 「……え……?」
 エンの不思議そうな表情を最後に記憶は風に流れて消えた。
 「な、なんだ……?この記憶は……。」
 エンは目を見開いてナオを見つめていた。エンの周りをまわっていた巻物は過去神栄次に向かって飛び、栄次の中に吸い込まれるように消えた。
 「ま、巻物が消えたぞ。」
 エンの横で栄次も驚きの声を上げていた。
 「大丈夫です。巻物は歴史ですので過去神……つまり参(過去)の世界に帰ったのですよ。」
 ナオは複雑な表情でエンを見据えつつ、言った。
 「な、なんだ……私には身に覚えがない記憶だぞ!」
 エンは戸惑い、ナオに向かい声を震わせながら叫んだ。
 「……私もこの記憶は知りません。やはりあの方はアマテラス大神のようです。」
 「アマテラス大神だと?私達太陽神の概念的存在だぞ。本当にいるわけがない……。」
 エンはアマテラス大神の事をまるで覚えていないようだ。
 「……元はいたのですよ。あなた達は概念概念とおっしゃいますが……概念とはどこからきた歴史なのでしょうか?」
 「……。」
 ナオの質問にエンは何も答えられなかった。いままで知る必要のない当たり前の歴史だったから疑問なんて何もなかった。アマテラス大神は概念で本当はいない。この太陽から出るエネルギーがアマテラス大神である。エンだけでなく、他の太陽神もそう思っていたのだった。
 「……やはり、先に進ませていただきます。」
 ナオは突然走り出した。
 「あー!ナオさん待って!」
 ムスビも慌ててナオを追う。
 「まてっ!……ぐっ!?」
 エンが槍を振りかぶろうとした刹那、栄次がエンに峰打ちを食らわせた。エンは小さく呻くとその場に崩れ落ちた。
 「とりあえず、大人しくしていてもらおう。」
 「ナイス!栄次!」
 走り去るナオを追いながらムスビは栄次にガッツポーズをした。栄次は一つ頷くとナオとムスビを追い、走り出した。
 周りの太陽神達を巻物で蹴散らしながらナオ達は階段を駆け上がり四階へと足を進めた。
 「……はあ……はあ……。」
 「ナオさん、大丈夫か?術を使いすぎたみたいだね。」
 ムスビは苦しそうに喘いでいるナオを優しく抱きとめながら栄次に目を向けた。
 栄次も太陽神達との交戦でだいぶん疲弊していた。
 「こいつら一体一体が恐ろしく強い……。また大量に来られたら厳しいぞ……。」
 栄次は肩で息をしながら五階へ入り込んだ。ムスビもナオを抱きながら栄次に続き四階へたどり着いた。
 「待ってたよっ!エンはやられちゃったのかな……?ここから先はわちし達が行かせないよっ!」
 五階に上がったら舌足らずな女の子の声が響いた。
 「……子供か?」
 栄次が目の前に立つ、少女を見つめた。少女は銀色の髪をしており、その髪のあちらこちらに太陽を模したアクセサリーがついていた。袖のない着物が子供らしさを出しており、どこからどうみてもお転婆な少女だった。
 「子供っていうかァ……『子供の笑顔は太陽』って思った人間達が子供を模した神を作り、太陽神で豊作を願ったわけ。それがわちし。わちしは日女神(にちめのかみ)っていうよ。」
 銀髪の少女、日女神がにっこりとほほ笑んだ刹那、女の太陽神、猿達が五階に続々と集まってきた。
 「うわー、あの銀髪の子、元気そうでかわいい~。」
 大変な状況にも関わらず、ムスビは日女神をほほえましい顔で見つめていた。
 「おい、ムスビ……そんなことを言っている場合ではないぞ。これはエン達男神達よりも大変だ。この階にいるのは女ばかりだ……。男達よりかは弱いが……。」
 栄次は額に汗をかいていた。
 「え?あ、ああ……そうだね……。よく考えればいままで女神に会わなかったな。太陽神達は普通にこの暁の宮に住んでいただけだし、俺達が勝手に暴れているだけだからこのままじゃなんかかわいそう……。」
 ムスビは後ろの方にいる女の太陽神達に目を向けた。彼女達は剣は構えているものの手が震えている。先程の男神、猿達とは雰囲気が違った。
 「……おそらく、男達が女達を上の階に上がらせ、待機するように指示したのだな。だから下の階の男共は上に行かせまいと躍起になって俺達に攻撃してきたんだ。」
 「な、なるほど……。だから女が全くいなかったのか。ど、どうしようか?ナオさん……。」
 栄次の言葉を聞きながらムスビは怯えた顔をナオに向けた。
 「……ムスビ、彼女達の大半は怯えています。あなたの力が役に立つかもしれません。暴力は振るわないでください。私が見ていて辛いですから。」
 ナオは肩で息をしながらムスビに目を向けた。
 「わ、わかったよ……。言雨(ことさめ)かい?ま、まあ、いいけど……なんかかわいそうだな……。」
 ムスビはポリポリと頭をかいた後、雰囲気を威圧的に変え、女の太陽神達を睨みつけた。
 「……どけ……。」
 そして低く鋭くつぶやいた。
 ムスビの一言でほとんどの太陽神達が怯えの色を濃く見せ、震えながら膝をついた。
 「……ごめんね。大丈夫、何もしないからね。」
 ムスビは効き目があまりに凄かったので慌てて雰囲気を消し、あやまった。
 「あー!皆、大丈夫?ごめんね……。わちしだけで頑張ればよかったよね?皆は隠れているべきだった……ごめんね……。」
 日女神にはムスビの言雨が効いていないようだった。日女神は立ち上がれない太陽神達、猿達を悲しそうに見つめてからナオ達を鋭く睨みつけた。
 「あんた達……けっこうやるようだね。でもあちしは負けない!」
 日女神は手から太陽神特有の武器、剣を出現させるとナオ達に飛びかかってきた。
 素早く栄次がナオとムスビの前へ入り込み、日女神の剣を受けた。力の弱い日女神は栄次の剣技に弾かれ飛ばされた。
 「うう……畜生……男達がやられちゃった今、わちししか強い太陽神いないのに……。」
 日女神は小さくつぶやくと再びナオ達に飛びかかった。
 栄次は素早く日女神の剣技を防ぐ。
 「……っ!」
 しかし、二回目に栄次の剣技を受け止めたのは鏡だった。鏡はかなり大きく、まるで盾のようだった。
 日女神は鏡の盾で栄次の剣技を受け流すとがら空きの栄次の胴めがけて剣を横に凪いだ。
 栄次は刀を盾に押し付けられたまま、素早く鞘を抜いて日女神の横凪ぎを受け止めた。
 「鏡の盾……あの子の盾はなんだか他の太陽神達が防具として持っている盾とは違う感じがします。」
 「ナオさん?」
 栄次と日女神が攻撃を仕掛けている間、ナオは日女神の盾を目で追っていた。
 「……この神も怪しいですね。やってみましょう。」
 「ナオさん……やってみましょうってまさか……。」
 ムスビが最後まで言い終わる前にナオは手から巻物を出現させた。

五話

「歴史を覗きます。」
 ナオは手を前にかざした。巻物はまっすぐに日女神へと飛んでいく。その後、もう片方の手をナオはムスビにかざした。先程と同じようにムスビの体が光りだす。
 「……っ!?」
 日女神は驚いて動きを止めた。そのせいで体勢を崩し後ろに落ちていった。それを慌てて栄次が抱きとめる。
 「危ない。大丈夫か。」
 「……き、斬られるっ!殺される!誰か……助けて……。サキ様ァ……。」
 日女神は震えながら泣いていた。どうやら栄次に斬り殺されると思っているらしい。栄次は戸惑い、とりあえず頭を撫でた。
 「すまぬ。……刀なんて抜いて悪かったな。」
 栄次はそっと彼女を離した刹那、巻物が日女神の周りをまわり始めた。
 「な、なにこれ?」
 日女神が不安げな声を上げた時、ナオ達の目に再びアマテラス大神が現れた。
 場所は暁の宮の廊下だ。何階なのかはわからない。アマテラス大神の前に弱々しい瞳で彼女を見ている日女神が立っていた。
 「本当に行くの?わちしはやめた方がいいと思うよ。向こうの世界に行く人間達はきっと違うものを心の糧にして生きていくよ。こちらの世界に残った人間達はわちし達を必要としているよ。だからアマテラス様もここにいた方がいいよ。」
 日女神が泣きそうな顔でアマテラス大神の腕をとる。
 アマテラス大神は首を横に振った。
 「私は万が一のために向こうへ行くわ。万が一のためにね。第二次世界大戦は終わった。これからの人間はきっといままでの人間達とは違うわ。だから元々一つだった世界がこういうふうに分かれてしまった……。私達やその他の想像をまったく信じなくなった世界……伍(ご)。もし、向こうの人間達が何かにすがりたくなった時のために私が行くの。」
 「アマテラス様……。」
 日女神に背を向けたアマテラス大神はふと思い出したように振り返った。
 「あ、思い出したわ。あなたに私の装飾品である鏡をお渡ししようかと思っていたの。こちらの世界が新しく再構築された時に装飾品だった鏡は装飾品にはならず、あなた達の盾になるでしょう。」
 アマテラス大神は日女神に大きな鏡を手渡した。
 「そ、そんな……こんな高貴なものもらえないよっ!」
 「元気でね。私のお世話係……。」
 アマテラス大神は強引に鏡を渡すとほほ笑みながら去って行った。
 記憶はそこまでだった。またも砂のように流れて消えた。
 「……あれは……わちし?」
 日女神は茫然と先程の記憶を思い返していた。
 「……先程のエンといい、完全に歴史が消去されていますね。」
 ナオは日女神を眺めながらつぶやいた。巻物はまた栄次の中へと吸い込まれていった。
 栄次は巻物が吸い込まれていくのを確認すると戸惑っている日女神に近づき、当て身を食らわせた。
 「うっ……。」
 日女神は小さく呻くとそのまま気を失って倒れた。栄次は倒れ掛かる日女神を優しく抱くとそのままそっと横にした。
 「……すまんな。」
 栄次は気を失っている日女神をすまなそうに眺めた。
 「栄次……助かりました……。」
 ナオも複雑な表情だった。周りの女の太陽神、猿達は日女神がやられてしまった事でさらに怯えていた。
 「は、早いところ先に行きましょう……。」
 ナオはなんだか申し訳ない気持ちになったがサキに会うまで強行で行く事にした。
 「な、ナオさん、なんだか下の階から足音が聞こえるよ。」
 ムスビの言葉にナオは焦った。
 「下の階の太陽神達が目を覚ましたようですね。早く、先に進みましょう!」
 ナオ達はお互い頷くと周りの太陽神達を避けて足早に廊下を駆けていった。


 先程、峰打ちで気を失っていたエンは女達がいる上階に急いで向かっていた。他の男の太陽神、猿達も動ける者達を集め、後から来るように命じた。
 エンは女達がいる五階へと足を進めた。
 「え……エン……。」
 エンが階段を登り切った時、弱々しい女達の声があちらこちらで響いた。皆顔色が悪く、座り込んでしまっている。
 「……お、おい。大丈夫か……。ケガはあるか?すまない……負けてしまった。」
 エンは慌てて女達のケガの具合を見る。見た所、女達にケガはなかった。
 それを確認した後、倒れている日女神が目に入った。
 「に、日女神……しっかりするんだ!……なんて酷いことをするんだ……。」
 エンは日女神を抱き起すと優しく揺すった。
 「う……。」
 日女神がうっすらと目を開け、エンを見た。
 「私だ。エンだ。何をされた?ケガはしているか?」
 「え……エン……。」
 日女神は目に涙を浮かべ、しくしく泣きながらエンにすがった。
 「大丈夫だ。後は私と動ける太陽神、猿達であの者達を捕まえる。……それよりケガは?」
 「ない。……でも……知らない記憶を見た。アマテラス様がいた……。」
 「アマテラス大神……。」
 日女神の言葉にエンは先程の記憶を思い出した。全く覚えのない記憶……。懐かしいとすら感じない記憶だった。
 ……あれは……なんだったのだろう。
 「エン、どうする?あいつらを追うか?」
 ふと男の太陽神に声をかけられた。エンはハッと我に返ると日女神を離し、立ち上がった。
 「……ここから先は照姫とサキ様付きのサルとサキ様がいる。後は壱(いち)の世界の勤務の太陽神達、猿達もいる……。他のやつらもサキ様も今はお休みになられている。大勢で行くと騒がしくなるから私ひとりで片をつけよう。」
 「お前ひとりで大丈夫か?」
 太陽神の一神が心配そうにエンを一瞥した。
 「……大丈夫だ。次は捕まえてみせる。」
 エンは小さくそう言うとナオ達を追って軽やかに駆けて行った。
 

 ナオ達はしばらく廊下を進み、階段付近までやってきた。上に上がるための階段の目の前にサルと照姫がいた。
 「……ここまで来てしまったでござるか……。やたらと暴れていたようでござるが……。」
 サルは困惑した顔でナオ達を見つめた。サルは手に太陽の霊的武器である剣を持ち、後ろにいる照姫を守っている。
 「あなたがここにいらっしゃるという事はこの上にサキさんがいらっしゃるという事ですね。」
 ナオはまっすぐな瞳でサルを見据えた。
 「……照姫様……上へ……。ここは小生が食い止める故……。」
 「サル……。」
 サルの後ろにいた照姫の表情は怯えていた。ここまで来る事ができると思っていなかったようだ。
 「照姫様。上へ逃げるのでござる。」
 サルの厳しい目つきと声を聞き、照姫は身体を震わせながら階段を上って行った。
 「……こちらはしっかりと招いたはずでござる……。そちらが罪に問われるかもしれぬ事柄を丁寧に説明申し上げたのにも関わらず、攻撃を仕掛けるとは……。」
 サルは怒っているようだったが剣の構え方は冷静だった。
 「私はサキさんに会いたいと申したはずです。私達がしたことを正当化するつもりはありませんけれども歴史の隠蔽が行われているとしたら私は黙っていません。」
 ナオはサルと戦うつもりだった。どうせ話し合いをしても状況は変わらない。
ナオは手から巻物を出現させる。
 ……加茂別雷神、雷神!
 ナオが巻物を読んだ刹那、雷がサルを襲った。サルの動きは素早く、雷を軽やかに避け、剣をナオに向けて振りかぶった。栄次が刀を抜き、ナオの元へと向かったが間に合いそうになかった。
 「ナオさん危ない!」
 その時、ムスビが冷汗をかきながらナオを後ろへ引っ張った。ナオの鼻すれすれをサルの剣が凪いだ。
 「む、ムスビ、助かりました。」
 ナオの表情も心なしか青かった。
 「……ここまでやった以上、小生は手加減などしないでござるよ。」
 サルの鋭い瞳がナオを突き刺した。
 「わ、私もここまでやってしまった以上、後には退けないのですよ。」
 ナオは肩で息をしながら言葉を返した。
 「お互いに退けないという事でござるか。」
 サルは再び首謀者のナオを狙って攻撃を仕掛けた。しかし、これは栄次の刀で弾き返された。
 「白金……栄次……。壱(いち)の世界ではお世話になったのでござるがな……。陸(ろく)だと敵……でござるか。」
 「……?何を言っている……。」
 「何でもないでござる。」
 サルは栄次の問いかけに答える様子はなく、剣を振りかぶった。栄次は素早くサルの剣技を受け止めた。
 しばらくサルと栄次の攻防戦が続いた。
 「ナオさん?あのサルの歴史は大丈夫なのかい?」
 ムスビが袖で汗を拭いながら重たい息を吐いているナオに尋ねた。
 「……重要な歴史は持っておりませんがあのサルはもうひとつの世界、壱(いち)の世界の事情を知っているサルです。壱(いち)では彼は壱(いち)の世界の栄次と共闘しているようですね。サキさんと世界の時を守るために……。アヤさんも協力しているようですよ。まあ、これは深く知る必要もないでしょう……。」
 「もう歴史を見た後だったのか……。ナオさんいつの間に……。」
 「彼らの表の歴史を知る事は簡単です。」
 「そ、そう……。」
 栄次とサルの戦闘を怯えながら眺めつつムスビはとりあえず返事をした。
 ムスビがこれからどうするかを小声で尋ねようとした時、足音がすぐ近くでした。
 「ムスビ!」
 ナオが突然ムスビを突き飛ばした。
 「うぐっ!?」
 炎の揺らめきがムスビの視界に入った。ムスビとナオは体勢を崩し倒れると足音がした方向を向いた。
 「!」
 目の前にエンが立っていた。
 「……貴方達を捕縛する。」
 「……な、ナオさん……。」
 エンの鋭い瞳に完全に委縮しているムスビは怯えた目でナオを見据えた。栄次はサルとの戦闘でこちらに来ることができない。
 それを確認したナオは深く深呼吸すると再び巻物を出現させた。
 「……これは太陽を弱らせてしまいそうなので使わずにいましたが……仕方ありません……。私にもどれだけ負荷がかかるか……。」
 巻物は禍々しい雰囲気のものだった。ナオはそれをゆっくりと読んだ。
 「……っ!ま、まさかそれは……!」
 エンの焦りの声とナオが巻物を読む声が重なった。
 ……オオマガツミ神、厄災……
 巻物を読んだ瞬間にフロアが黒く染まった。
 「うっ……。」
 エンとサルは同時に苦しみだした。
 「お、おい……これはなんだ……。」
 栄次は突然苦しみだしたサルとエンを茫然と見つめていた。
 「お、オオマガツミ神……です……。この厄神の力は太陽神の力とは真逆です。常に希望の太陽にはこの力は毒なのですよ……。」
 「おい、ナオさん……そんなことをしたら……。」
 「だ、大丈夫です……。この神の神格は破格です……。ほんの少ししか持ってこれませんでした……。はあ……はあ……しばらく彼らは動けません……。早く先に進みましょう……。」
 ナオはとても苦しそうに喘いでいた。
 「ナオさん……どうしてそこまで……。」
 「……わかりません。どうして私はこんなにもムキになっているのか……。」
 ナオはふらふらとした足取りで階段を上り始めた。ムスビは慌ててナオの肩を抱くと栄次に目配せをして歩き出した。
 「まっ……待て!そ、その先は……っ。」
 エンが苦しそうに栄次の着物を掴んだ。
 「太陽神サキがいるんだな……?」
 「あ、あの方は大切なお方だっ……。頼む……何もしないでくれ……。」
 「……案ずるな。危害が及びそうならば俺がナオを止める。」
 エンの必死の表情を見て栄次は静かに言い放った。そしてエンに背を向け、ナオ達を追っていった。

六話

 照姫は焦っていた。彼女はサキの代わりに会議に出ていただけであってその他に特殊な能力はなかった。
 照姫は目に涙を浮かべながら自分の不甲斐なさを感じていた。
 ……自分の技量のなさが彼らを取り逃がし、暁の宮を危機にさらしている……。
 ……サキ様になんて言えばいいの?
 照姫は蒼白の顔で輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)サキが休んでいる襖の前に立っていた。
 「……さ、サキ様……。お、お休みの所申し訳ありません……。」
 照姫は震える声で襖越しに様子を窺った。
 「さっきから騒がしいようだけど、一体何があったんだい?」
 襖の奥からサバサバしている女の声がした。
 「て、敵襲を許してしまいました……。」
 「なんだって!?」
 女の声に照姫はビクッと肩を震わせた。
 怯えているとすぐに襖が開いた。そして照姫を素早く中に入れた。
 「さ、サキ様……も、申し訳ありません……。」
 「あんたにケガはないのかい?他の太陽神、猿達は無事かい?」
 ウェーブかかった黒い長い髪を持つ可愛らしい顔つきをした女、輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)サキはそっと照姫の肩を抱いた。
 サキは霊的着物に身を包んでいた。赤色の着物だ。とても気品のある美しい着物だった。
 「わかりません……わかりません……。ごめんなさい。サキ様……。」
 「わかった。落ち着いておくれ。あんた達はあたしが守るから。……もうじき壱(いち)に行く準備をしなくちゃいけない時間だ……。それまでに今暴れている奴らをいったん外に出さないと。」
 サキは怯えている照姫を優しく包むように抱くと涙を拭いてあげた。
 

ナオ達は最上階への階段を上った。最上階は下の階とは違い、やたらと狭かった。短い廊下に障子で締め切られた三つの部屋しかない。
 ナオはその中で一番大きい奥まった部屋の障子を勢いよく開けた。
 「無礼をお許しください!」
 「ナオさん!そんないきなり……。」
 ナオの声とムスビの声が同時に部屋の中に響いた。
 「……あんたらかい……暴れまわっているのは。」
 ナオ達の目の前には黒髪の少女サキと不安げな顔をしている照姫がいた。
 部屋はかなり広い。その部屋の真ん中に布団がひいてある。おそらく、サキは今さっき起きたばかりなのだろう。
 「お休みの所、申し訳ありません。」
 ナオは深くお辞儀をした。
 「……あれ?なんかあたしが思い浮かべていたイメージとだいぶん違うねぇ。散々に暴れているって聞いたからさ、こんな礼儀正しいとは思わなかったよ。」
 サキはこちらを鋭く睨みながら笑みを浮かべた。
 「消えてしまった神々の原因究明をしているナオと言う者です。あなたの歴史も見させていただきます。」
 「……歴史?まあ、いいけどさ、あたしには何にも歴史なんかないよ。あたしはこないだ太陽神の上に立ったんだから。」
 サキはとりあえず、手から太陽神特有の剣を出現させた。
 「それはやってみないとわかりませんから。……輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)、太陽神……。」
 ナオは素早く巻物を手から出すとサキに向かって飛ばした。
 「……?なんだい?これは……。」
 サキは自分の周りをまわり始めた巻物を訝しげに見ていた。
 巻物はしばらくサキの周りをまわると突然電子数字に変わり、その場で跡形もなく消えた。
 「……?」
 ナオは今までとは違う現象に目を見開き、驚いた。
 「な、なんだったんだい?今のは。」
 「あ、アマテラス大神の加護を一番受けていながら……あなたには何の歴史もない……。これはどういう事なのでしょう……。それとも……ないのではなく、拒否のプログラムが書かれているのでしょうか……。」
 「……なんだい?あたしは知らないよ。」
 ナオが救いを求めるような顔でサキを見つめたのでサキはため息交じりに答えた。
 「で、では……こちらを……。」
 ナオは先程物置で見つけたアマテラス大神が記述されている巻物を取り出した。
 「アマテラスの加護を一番に受けたのならアマテラス大神の歴史を何かしら持っているはずです……。」
 ナオは自信なさげにアマテラス大神が記述されている巻物をサキに向かって飛ばした。
 「……!?」
 サキは再び自身を回り始めた巻物を鋭く睨みつける。
 刹那、巻物が過剰に反応した。まばゆい光が部屋全体を覆う。
 「こ、この光は……アマテラス大神の……。」
 サキの表情は戸惑いに変わった。またもナオ達の目の前にアマテラス大神が現れた。
 何かの記憶のようだが辺りが眩しすぎてアマテラス大神がいる事しかわからない。
 アマテラス大神は何かを話していた。
 ナオは素早く耳を傾ける。
 「……私が消えたらこちらの世界の太陽神達が大変になってしまうわね。皆、元は私の分身……だから皆私の力を持っているけどちゃんとやっていけるようにもう少しだけ私の力を残しておくわ。」
 アマテラス大神はその一言だけを言うと砂のように消えていった。それと同時にまったく違う歴史までナオの中に入ってきた。
 「アヤメ!アヤメ!」
 どこかの病院のベッドに寝かされている女性に必死に声をかけるもう一人の老いた女。
 「アヤメ!」
 女はベッドに寝かされている若い女をアヤメと呼んでいた。おそらく母と娘だろう。
 母親と思われる女が叫ぶ中、アヤメと呼ばれた女の声がナオに響いた。
 ……私は神社の娘。私は太陽神が祭られている神社の娘……。あまり皆信じてくれないけどすごい力を持った巫女なの。だから……私だったら何でもできる。
 アヤメはハッと目を開けた。
 「アヤメ!」
 アヤメを呼ぶ自分の母の声にやっとアヤメは気が付いた。アヤメの体にはたくさんの管が通っており、体がまったく動かせなかった。
 ……ああ、そうか。私事故に遭ったんだ。
 アヤメは泣き崩れている自分の母にか細い声で一言尋ねた。
 「私は……もとに戻れる?」
 アヤメは感づいていた。
 「……。」
 母は何も言わなかった。
 「……体が……まったく動かない……の。指も……動かせないの。」
 アヤメはさらにそうつぶやいた。認めたくなかった。
 「お母さん……ねぇ……体中の感覚が……ないの……。ねぇ……大丈夫なのよね?」
 「……。」
 母は何も言わなかった。
 「はっきり……言ってよぅ……。」
 「……ごめんね。アヤメ……ごめんね。」
 母はアヤメにただ泣いてあやまっているだけだった。
 「なんでしょう……この記憶は……アマテラス大神と何か関係が……。」
 ナオが頭を抱えたままつぶやいたが記憶は止まることなく流れていく。
 アヤメはどうやら事故で体が動かなくなってしまったらしい。
……嫌だ。私はまだやりたいことがたくさんあるの……。こんなのあんまりよ……。
 「でも、でもね、リハビリをすればまた動けるようになるってお医者様が……。」
 「……医者なんて信用ならないわっ!」
 自分は医者に助けられたというのにこんな事を言ってしまった。医者のいう事を聞いてリハビリに励んだとしてもいつ元通りになるかわからないし元に戻らないかもしれない。      
……一番楽しいこの時期をリハビリに費やしたくはないわ!何年かかるかわからない。動けるようになった時、もう自分は歳をとっているかもしれないし、楽しいこの時期を逃しているかもしれないじゃない。
 アヤメは瞳だけを太陽に向ける。
 ……人間になんて頼らない……私は神に仕える巫女なんだ……だったら神に祈ればいいのよ。
 アマテラス大神を体に宿してやる!
 アヤメは昔から神社に伝わる禁忌、アマテラス大神をその身に宿す呪文を病院のベッドにいながら口にした。アヤメは霊力をかなりもった巫女。何の道具もなしにアマテラス大神の力を人間でありながら取り込んだ。
 「……これはいつの記憶なのかわかりませんがもうアマテラス大神は概念になっているようですね。」
 ナオはアヤメの周りを纏う神力を見てつぶやいた。記憶は続く。

七話

アヤメはアマテラスの力により医者も驚くほどの回復を見せた。
 ……ほら、人間になんて頼らなくてもすぐに元に戻るじゃない。
 アヤメはケラケラと笑っていた。アヤメはそのまま退院し、自分を祭る神社を建てた。
 記憶は流れ、アヤメは人間の男と恋に落ち、子供を授かった。女の子だった。
 「あの子は……。」
 ナオは同時に同じ記憶を見ているサキに目を向けた。サキはどこか苦しそうに目を伏せた。
 アヤメはその後、自分が太陽神の頭であると言いながら過激な信仰を始めた。結婚した男性はアヤメの狂気に耐えられずに離れていった。この時、アヤメのそばにいたのは今の面影が残る幼いサキ。
 また記憶が流れる。
 アヤメはいつでも信仰される信仰心を集めていた。
 ……困った時だけ神に頼むなんてありえないわ。私が太陽の上に立って今の太陽を変えてやる。
 「おかーさん……。」
 幼いサキが悲しそうな顔でアヤメの服を引っ張っていた。
 「何?どうしたの?サキ。」
 「あたし……人に見えなくなっちゃったみたい。」
 サキの一言にアヤメの目つきが変わった。
 ……人に見えなくなったですって?しかもこの力……アマテラス大神の力……。私よりも遥かに強いアマテラス大神の力……。この子は太陽神になった……?
 ……私じゃなくてこの子が太陽神の上に選ばれた……。私じゃなくて……この子が……。
 アヤメは自身の娘、サキに嫉妬の念を抱いていた。
 ……私が一番よ。この子が一番なんてありえない。この子の太陽神としての力を落としてやるわ……。
 記憶はまた風に流れて消え、今度はだいぶん後だと思われる記憶が流れた。
 今とさほど変わらないサキ、それから時神のアヤ、栄次、そして未来神だと思われる男がサキの横に並んでいた。
 「……これは……いつの記憶なのでしょうか?」
 「……つい最近だよ。その時神達は壱の世界での彼らだ。」
 ナオの疑問を解消するようにサキが小さく答えた。あまり思い出したくない記憶のようだった。
 「壱の世界での彼ら……ですか。そういえばサルさんが栄次に壱の世界では共に戦ったとかおっしゃっておりましたね。」
 ナオが話す間にも記憶は流れていく。鎖につながれたアヤメがぼんやりと浮かび上がった。アヤメの外見はもう何十年もたっているのにも関わらず、まったく変わっていなかった。そのアヤメに向けて罪状を告げる時神達。
 この世界は沢山の神、人間が助け合いながら存在している。ただ、権力だけで相手をひれ伏せながら太陽神の上に立ってもそれを他の神が許さない。アヤメは恐怖で太陽を支配していた。アマテラス大神の力を凶器に使い、ほかの太陽神達が逆らえなくしていた。
 それを人間の時間管理をしていた時神達が制した。彼女は人間の価値観を無視し、この世界から外れようとしていたからだ。
 完全に外れてしまった場合、彼女を助ける術がない。この世界から拒絶されたら死んでからも彼女は弐(夢、霊魂の世界)にすらも行けずにどうなってしまうかもよくわからない。
 時神達はそれを心配していた。
 「人間の時間管理を越えてしまった人間か。そして神になろうとした人間……。」
 壱の世界にいる栄次が小さくつぶやいた。
 「時間の鎖によって裁かれるというわけね。」
 壱の世界のアヤも落ち着いて鎖にまかれたアヤメを見ていた。
 その中、記憶中のサキがアヤメに苦しそうに言葉をかけた。
 「やっぱり人間には神の力は異物なんだ……。お母さんを狂わせたのはアマテラスだよ。」
 「あなた、いつからそんなに口が悪くなったのかしら。」
 アヤメはサキを睨みつけた。憎しみか怒りかが表情に出る。
 「お母さん……鎖の締め付けが強くなっている事に気がついているかい?」
 「!」
 アヤメはサキの言葉で気がついた。自分の力がじわじわと抜けていく感覚がアヤメを襲った。
 「何よこれ!私はアマテラスなのよ!」
 アヤメはサキに鋭い声で叫んだ。
 「お母さんはアマテラス大神じゃない。アマテラスを憑依させた巫女。人間。お母さん、いい加減気がついてよ。」
 「私はアマテラスよ!時神を消して人間に太陽を拝ませるのが使命なの!」
 叫んでいるアヤメをサキは呆れた目で見つめた。
 「お母さん、太陽神の誰もがそんな事思ってないんだよ。」
 「思っているわ!だから皆私に従った!私はアマテラス。私の言った事がすべて。」
 そう言っている間に若い顔つきのアヤメから若さがなくなっていく。顔にしわが増え、いままで生きてきたはずの年数の歳に戻った。時神が時間の鎖を巻き、アヤメを正常の状態に戻した所だった。
 「ごめん。お母さん、いままで間違った道を歩ませちゃって……。」
 「触るんじゃないわ!」
 サキはアヤメを抱きしめたがアヤメは拒絶した。サキはこんな状態で親の愛なんて感じられるわけなかった。
 ……お母さんは本当の神になりたかった。なれない事に気がついていた。あたしが……本当は生まれた時から太陽神だったって事が許せなかったんだ。あたしは何の苦労もなく神になったんだから恨まれてもしょうがないか。
 そしてお母さんはきっとアマテラスを憑依させすぎて少しおかしくなっちゃったんだ……。
 そう、そうだよ。……アマテラスを憑依させすぎたんだ。きっとそれが原因なんだ。
だからお母さんは……。
 サキは目からこぼれる涙に気がつかなかった。なんで泣いているのか気がつきたくはなかったが気づいてしまった。
 ……あたしはお母さんに愛されてなかったんだ……。
 「……サキ……さん……。」
 ナオは茫然とサキを見つめていた。
 「……もういいだろう?あたしはね、アマテラス大神の力を沢山持っているけど、すごくほしかった力じゃないんだよ。まあ……今はもうお母さんの代わりに太陽を活性化させようと頑張る方面に頭がいったから前ほどのダメージはないけどねぇ。ただ……あの時はちょっと悲しかったね。」
 サキは苦しそうに微笑んだ。
 「そうですか……。ですからあなたには太陽神としての歴史がないのですね。その代わり、アマテラス大神の歴史が残っていたというわけですか。」
 ナオは静かにサキの瞳を見据えた。
 サキは一瞬だけ悲しい顔をしたがすぐに元のサキに戻った。
 「で?気は済んだのかい?じゃあ、あんたらを捕まえないといけないね。あんたらは暁の宮のあたしの部下を傷つけた上に業務に支障を出させて……ああ、あとあれだね。最初の罪、立花こばるとの件。」
 サキの睨みが一層強くなり、瞳がオレンジ色に染まる。サキの輝かしい雰囲気は同時に厳かな神力を出し、あまりの力強さにナオ達は一歩も動けなかった。
 「……ナオさん……。やっぱ、俺達はすごい神にちょっかいを出しちゃったみたいだね。……ど、どうするんだよ……。」
 ムスビが震えながらナオに目をやった。ナオも先の事を考えておらず、冷汗を流しながら固まっていた。
 「こ、これはまずいです。サキさんの力がこれほどまでとは……。」
 ナオが小さくつぶやいた時、ムスビとナオを庇うように栄次が刀を構え、前に出た。
 栄次の頬からも冷汗が流れていた。
 「ん?ああ、あんたは時神過去神、栄次だね。……知っているよ。」
 サキは燃え盛っている剣を栄次の目線に合わせた。
 サキは壱(いち)の世界で栄次と接触していた。陸(ろく)の世界では会ってはいないが太陽神は壱と陸を交互に回っているので陸の世界の栄次の顔を知っていた。
 壱の世界での話は別の話なのでここでは省く事にする。
 「……悪いけど、ここまで暴れたんじゃあ救いようがないねえ。あんた達を今すぐに捕まえて高天原へ送るよ。」
 「そ、それは困ります……。ムスビ、栄次、とりあえず逃げますよ!」
 ナオはサキの神力に怯えながらもなんとか一歩ずつ退き始めた。
 「……逃がさないよ。」
 サキが素早く剣を振るった。剣からは勢いよく炎が上がり、ナオ達の退路を断った。
 「うわあっ!あちちち!」
 ムスビが情けなく叫んでいる間、ナオは栄次の影に隠れながら逃げる術を探していた。
 ……もう一度……オオマガツミ神を……。
 ナオは考えている暇はないと躊躇いもなくオオマガツミ神の巻物を手から出した。
 「サキさん……いきなりご無礼をいたしました。申し訳ありません。」
 ナオは再び深くお辞儀をすると巻物を読んだ。
 ……オオマガツミ神……厄災神。
 「……うぐっ!?」
 またも真っ黒な世界が床に広がり、厄災神の力がサキと照姫を苦しめた。
 サキは特に希望側の力が強いため、真逆のこの力には他の神々以上に苦しんでいた。
 「なっ……なんだい……これは……ううっ!」
 「ご、ごめんなさい。サキさん。……これで……にげ……。」
 ナオは最後まで言い終わる前にその場に崩れ落ちた。
 「ナオさん!」
 慌ててムスビがナオを抱きかかえた。
 「ナオさん!ナオさん!」
 ムスビの呼びかけにナオは全く反応しなかった。ナオは自分の神力以上の力を巻物を通して出してきた。故に体力の消耗が激しく、意識を失ったようだった。
 「ムスビ、ナオを抱えろ。逃げるぞ。この厄災神の力はおそらく長くはもたない。」
 「わ、わかった!でもこっから出ても現世に帰れないんじゃないか?」
 「そうかもしれぬが……とりあえず、外へ出るぞ。」
 「わ、わかったよ。」
 ムスビはナオを抱えると「あちち!」と言いながら炎を飛び越えて走って行った。
 それを見届けてから栄次も走り出した。
 「ま、待ちな!畜生……なんだい?この力は……。」
 「サキ様、動いてはいけません。お体に触ります。」
 ナオ達を捕まえようと焦るサキを照姫が慌てて制した。そんな様子を見ながら栄次は一言「すまない。」とつぶやいた。
 

八話

 倒れているナオを連れ、ムスビと栄次は階段を駆け下りた。途中、苦しんでいるエンとサルを一瞥し、何も言わずに走り去った。
周りの太陽神達、猿達はナオが出現させたオオマガツミ神の巻物により、体を動かすことができなかった。太陽神達はその場に留まり、悔しそうにムスビ達を睨んでいた。
「あーあ……俺達太陽に嫌われたぜ……これ。」
「まあ、仕方あるまい。何かをなすには何かを犠牲にしなければならないからな。その分、彼女は潔かった。ああでなければ自分の達成したいことは達成できん。」
ムスビと栄次は軽く言葉を交わしながら女神達の階をすり抜けて下の階へと向かう。
「ナオさん……このまま目覚めなかったらやばいよね……?」
「おそらく力の使い過ぎだろう。オオマガツミ神の神格は破格に高い。少しだけ力を持ってきたとしてもかなりの負荷が襲う。ナオは体力が回復すれば目を覚ますだろう。心配はいらん。おそらくな。」
「そうか?そうならいいけど。」
栄次とムスビは一階までたどり着いた。肩で息をしながら暁の宮から外に出る。
「で?これからどうするんだよ……。」
ムスビがオレンジ色の大地を眺めながら栄次に不安げに尋ねた。
ナオはまだ目覚めていない。ムスビに体を預けるように眠っている。
「まずは暁の宮から少しでも離れ、敵がわかりやすい位置に移動するぞ。その方がどこから敵が襲ってくるのかわかる故、ナオとお前を守りやすい。」
栄次は刀を構えつつ、辺りを見回して危険がないかどうか確認していた。
「まあ、こっからはあんたに任せるよ。俺は戦闘のプロじゃないんでね。」
「……俺だって戦闘の玄人はごめんだ。」
ムスビは栄次の影に隠れ、こそこそと栄次に従い動き始めた。栄次は暁の宮の門を抜け、しばらく広がる橙の地面と空間を静かに歩き始めた。ムスビも後を追う。
しばらく歩くと陽炎のように男の影が映った。栄次が刀を構え、様子を窺った。
陽炎のように揺れていた影はやがて少年の姿へと変わって行った。
「……ん?あいつは……確か……。」
「ああ、立花こばるとだな。元。」
ムスビと栄次は突然現れた少年を警戒しながら睨みつけた。しかし、当の本神、元こばるとは他の太陽神とは違い、こちらに笑いかけた。
「あ、ああ、君達はさっきの!あれ?あの女の子は寝ちゃったの?」
こばるとは無邪気な笑みを向けたまま、ナオを見、尋ねてきた。彼は今、太陽がどうなっているのか何も知らないようだ。いままで何をしていたかはわからないが暁の宮の外にずっといたらしい。
「……あんたはなんでここにいるんだ?暁の宮にいるんじゃないの?」
ムスビは冷汗をかきながらこばるとに尋ね返した。
「ん?僕はね、ちょっと用事があってこれから現世に行こうかと思っている所だったんだよ。」
こばるとの返答を聞き、ムスビと栄次は顔を見合わせた。
「それいいね。俺達も一緒に現世に返してよ。」
「……話は終わったの?」
「ああ、もう終わったよ。もう帰っていいって言われたんだけど門が開いてなくて帰れなかったんだ。」
ムスビはこばるとにうまい嘘をついた。栄次はムスビを横目で見つつ、この男はこういう事にたけているのかもしれないと思った。
「ああ、そうなんだ。じゃあ僕が帰してあげるよ。」
元こばるとは全く疑わずに太陽から現世に帰る門を開いた。
「あんた、なんで現世に行こうと思ったの?あの女の子アヤの事?」
ムスビが素早く、さりげなく現世に向かうための鳥居を潜った。栄次も後に続く。
「そうだね。あの子の事、なんだか気になっちゃってさ。しばらくもう一度会うか会わないかここで考えてたんだよね。それで今、会う決心をしたってわけさ。」
元こばるとは話しながら結界を閉める。ムスビはそれを確認し、とりあえず一息ついた。
太陽と現世に行くための霊的空間は元こばるとによって遮断された。後は灯篭が浮かんでいるこの空間の階段を降りて現世に降り立つだけだ。
ムスビはナオを抱えながら栄次と共に階段を下り始めた。
「う、うまくいった……。」
「……お前は交渉などが上手そうだな。」
ムスビと栄次は軽く言葉を交わし、元こばるとの背中に目を向けた。
元こばるとは視線に気が付き、階段を下りながら振り向いた。
「何?」
「あ、いや、なんでもない。」
「あ、そうだ。僕さ、もうすぐ夕暮れだから壱の世界に行かなきゃならないんだよ。あのアヤって子にすぐに会えるかな?」
元こばるとは思い出したようにムスビと栄次に聞いてきた。
「……んん……。まあ、俺達はあの子の家を知っているから、あの狐耳の所にいなくても会えると思うよ。」
「そうなんだ。じゃあ案内してもらおっと。」
「あんたさ、本当にあの女の子の事、覚えてないの?」
元こばるとの外見や話し方が全く変わっていないのでムスビは期待を少しだけ込めて尋ねてみた。
しかし、現実は残酷だった。
「うーん……それがさ、全然記憶がないんだよ。僕は昨日この世界に出現したばかりだしね。誰かと勘違いしてないの?」
「……本当に何にも知らないんだな。」
元こばるとが不思議そうな顔でムスビを見つめるのでムスビもそれ以上聞いても無駄だと判断した。
しばらく階段を降りていると再び鳥居が見えた。
「はい。現世に着いたよ。」
元こばるとはほほ笑みながら鳥居の先を指差した。
「お、もう着いたの?」
ムスビと栄次はさりげなくさっさと鳥居を潜った。それを見届けてから元こばるとも鳥居を潜り、霊的空間を閉じた。
「よっしゃあ!戻って来れたあ……。」
ムスビは辺りを見回して心底安心した表情を浮かべた。空に浮かぶ太陽は相変わらず眩しく輝いている。まだ太陽は沈んではいないが後、二時間もすれば山々の影に隠れ始めるかもしれない。
おそらく時刻は二時過ぎだ。降り立った場所は先程の神社だった。あの実りの神、ミノさんがいた神社だ。
「あ!」
ムスビが喜んでいる横で元こばるとは神社の賽銭箱付近に目を向けていた。
「ん?あ!」
ムスビも賽銭箱付近に目をやると賽銭箱に腰かけているアヤとミノさんを見つけた。
ミノさんは困惑した顔でアヤに寄り添っていた。アヤはぼうっとしながらミノさんに寄りかかり空を眺めていた。
「おいおい、あんた、大丈夫か?」
ムスビが戸惑っているミノさんに声をかけた。
「ん?あ、ああ……おたくらか……。あれから一応、連れ戻したんだが……なんかこの子がぼーっとしたまま動かなくてよ。んで、俺も暇だからこうやって一緒にぼーっと……。って、おたくの彼女の方はどうしたんだ?寝てんのか?」
ミノさんがナオに目を向け首を傾げた。
「ま、まあ……ナオさんは疲れて寝ちゃったんだよ。それから……。」
ムスビが元こばるとの事を言おうとした刹那、元こばるとがアヤに話しかけていた。
「ね、ねえ……。き、君……えっとアヤだっけ?なんだか色々とごめんね。僕、本当に何も知らなくて……。」
元こばるとが恐る恐るアヤに話しかけた。
アヤの目がゆっくりと元こばるとの方へ向いた。
「いいの。わざわざ来てくれてありがとう。あなたは何も悪くないから。でもまた友達になってくれたら嬉しいわ。」
「え……?」
「ダメかしら?」
アヤが不安げな瞳で元こばるとを見上げた。こばるとはアヤを見据えるとふんわりとした笑みを浮かべ、大きく頷いた。
「ダメなんかじゃないよ!いいよ。あー、良かった。僕がなんかやっちゃったのかと思ったよ!友達になりたかったんだね!じゃあ、僕と君はこれから友達だ!」
「うん。」
元こばるとの笑顔にアヤは弱々しくほほ笑んだ。
「じゃあ、僕はこれから壱(いち)に渡らないといけないからまたね!また来るからね!」
元こばるとは元気よく手を振ると門を開き、太陽へと帰って行った。
太陽への門が閉まった後、ムスビはアヤに複雑な表情を向けた。
「ね、ねえ……。あれでよかったのかい?」
「……いいの。もう終わった事だから。たぶん、もう私の事を思い出してはくれないと思うし……。私はこれからミノとこの世界の神々を色々と調査しようと思っているの。」
アヤの発言に隣に座っていたミノさんは驚いて賽銭箱から滑り落ちた。
「ああ?俺となんだって?」
「……高天原について調べて神々の仕組みを完璧に理解してみせるわ。」
「お、おーい!俺は手伝わねーぜ!なんだか危ねー予感がするかんな!」
騒ぐミノさんの横でアヤは賽銭箱からゆっくり体を離すとまっすぐムスビを見つめた。
「私はやるわ。」
「……そうかい。何を言っても無駄そうだね。ナオさんに似てる。まあ、俺は止めないけどさ、気を付けた方がいいよ。高天原の奴らは何か隠していても絶対に言わない。まず、あの四大勢力にすら会えないと思うけどね。とにかく危険な事はしないでね。まずはミノさんの他に仲間を集めた方がいいね。高天原に入れるような神格の仲間をね。じゃ、俺は行くよ。」
ムスビはアヤにほほ笑みかけるとナオを抱きなおして神社の外へと向かった。栄次もアヤ達を一瞥するとムスビを追って歩き出した。
ムスビと栄次の背をじっと見つめながらアヤがミノさんの服を引っ張った。
「……ねえ……一緒に動いてくれる?私を一人にしないで……なんだか今、すごく寂しいの。」
アヤが切なげな表情で去っていくムスビ達を見ているのでミノさんはなんだか放っておけなくなった。
「……んん……んあ……、わ、わかった。しばらく一緒に動いてやるよ。それでいいんだろ?」
「ありがとう……ミノ。」
アヤは沈みつつある太陽を浴びながらミノさんにほほ笑みかけた。
「あ、ああ……仕方ねぇな。ったく。」
ミノさんはアヤの頭を軽く撫でると夕日で赤くなっている空をなんとなく仰いだ。

九話

「……それで……これからどうするのだ?」
栄次はムスビの横を歩きながら尋ねた。ムスビは神社の階段を降り、スーパーを横切ると唸りつつ栄次に答えた。
「とりあえず……ナオさんがやっている歴史書店に戻る。」
「歴史書店とは……俺とお前達が会ったところだな。それにしてもお前達は人間には見えないだろう。なぜ現世でそういう店を開いているのだ?」
「栄次、わかってないなあ……。あそこは神向けに作られた本屋だよ。霊的空間だ。人間には見えないさ。」
「ふむ。」
「修行中の低神格の神は高天原に入れないだろう?高天原は修行して神格を高めた神でないと入れない。つまり、高天原には神向けの書籍が売っているが現世にはないって事さ。生まれたばかりの神格が低い神はどこで情報を収集するか……修行を積みながら手軽に歴史を見れるところはどこか……まあ、そういうわけさ。」
「なるほど。」
ムスビの返答に栄次は大きく頷いた。
「まあ、弐(霊魂、夢の世界)にある神々向けの図書館はどんな神でも使えるけどさ、本の販売はしていないわけ。」
「弐(に)の世界の図書館とは?」
「まあ、そのうち行く事もあると思うけど人間の図書館から霊的空間を潜れば神々の図書館に行けるんだよ。その図書館は弐の世界に入り込んでいる図書館で置いてある本が少し特殊なんだよね。どこの図書館からでも神々専用の図書館には行けるから今度行ってみるのもありだよね。」
ムスビはノリノリで説明すると公園を抜けてナオが経営する歴史書店前へと足を進めた。
歴史書店は道よりも一段下がった所にあり、パッと見は目立たない。
ムスビと栄次はドアを開けて店の中へと入り込んだ。歴史書が所狭しと並んでいる間をぬってレジの先に進むと小さな畳の部屋があった。
「奥に部屋があったのか。」
「ああ。ここがナオさんが寝泊まりしてる部屋。栄次、右側の襖開けて布団出して。」
「わかった。」
栄次はムスビの指示通り右側の襖を開け布団を取り出し、床に丁寧に引いた。
ムスビはその上に優しくナオを寝かせる。
「あー、こりゃあしばらく起きなさそうだ。力を使い過ぎなんだよ……まったく。」
ムスビはナオの靴を脱がせ、部屋の外へ置きに行った。
「……俺が思うに……太陽の姫は俺達が暴れた件を月を含めた六大会議にかけるぞ。そうしたら奴らは俺達を捕まえに来るだろう。ここは店なのだろう?簡単に場所を抑えられてしまうのではないか。」
栄次が靴を置いて戻ってきたムスビに困った顔を向けた。
「……うーん……今はここしか隠れるところを知らないんだよね。とりあえずなけなしの力で俺、結界張っとくよ。」
「そうか……。」
「これから大変だなあ……。しかし、あんたも大変だな。完璧に俺達に巻き込まれている。」
「ん……ま、まあ……そうだな。」
ムスビと栄次はナオの寝顔を眺めながら深く大きなため息をついた。


****

 場所は変わって暁の宮。ナオが出したオオマガツミ神の力は消え失せ、神々達が徐々に元に戻っていた。
 「……ふう……なんだったんだい。あの子達は……。」
 サキは暁の宮の最上階で疲れ切っていた。
 「……サキ様、この件は私だけでは対処できません。陸(ろく)の世界での六大会議に出てください。これは代理の私ではどうすることもできません。」
 照姫が肩で息をしながらサキを見上げた。サキは唸りながら頭を抱えた。
 「ああ……もう……今、壱(いち)の世界でやっと月姫とのゴタゴタが終わったばかりなのに……。みー君に貰ったゲームもできていないし……。」
 「サキ様、何をブツブツおっしゃっているのですか?」
 「え?ああ……何でもないよ。壱(いち)の世界の話さ。こっちの六大会議にも出るから……安心しておくれ。今日はもうそろそろ壱(いち)に行かないとなんないから明日の朝にやるように使いの猿達を各トップに送っておくれ。あのナオって子は概念化した神々の歴史を見ようとしている。四大勢力はこれを良くは思っていないだろうね。なんで良く思っていないのかはあたしにはわかんないけどさ。一応、報告しておかないと、今後の太陽への援助に影響が出る。照姫、よろしく頼むよ。」
 「……かしこまりました!」
 「ああ、それから……。」
 去っていく照姫をサキが慌てて止めた。
 「はい。」
 照姫は足を止め、サキを仰いだ。
 「陸(ろく)勤務の太陽神、猿達は壱(いち)の世界に入ったら速やかに休むこと、ちゃんとやっておくれよ。」
 「はい。伝えておきます。」
 サキの気遣いが嬉しかったのか照姫は元気よく返事をすると笑顔で去って行った。
 「……困ったねぇ……。この陸(ろく)の世界で壱(いち)の情勢を知っているのはあたし達と月神だけ……壱(いち)の世界で陸(ろく)の情勢を知っているのもあたし達と月神だけ……。二つの世界を股にかけるって大変だ……。」
 サキはため息をつくと壱(いち)の世界へ行く準備をし始めた。

最終話

 ナオは一日眠ったら元に戻った。突然ガバッと布団から起き上がり、辺りを見回した。
 「……こ、ここは……私の部屋でしょうか……?」
 時計を見ると午後一時を回っていた。
 「ああ、ナオさん、やっと目が覚めた?丸一日寝てたね。」
 歴史書店で店番をしていたムスビがナオの部屋に顔を出した。
 「丸一日……。」
 「えーと、記憶はあるよね?一応説明するけど、サキの前でオオマガツミ神の力を使ったナオさんは、あの後、ぶっ倒れてね。俺と栄次が頑張ってナオさんを現世に運んでそこの布団に寝かせたってわけ。ああ、大丈夫。変な事は何もしてないから。」
 頭を抱えているナオにムスビは呆れた顔で説明をした。
 「そうですか……どうやってここまで来たのかはわかりませんがご迷惑をおかけしました……。それとありがとうございます。」
 ナオは丁寧に頭を下げて感謝を述べた。
 「え?ああ、それはいいんだけどさ、ナオさん、ちょっと無茶のしすぎだよ。」
 「ごめんなさい。」
 ナオはうつむいてムスビにあやまった。
 「まあ……もう後には退けないからガンガン行くしかないんだけどさ。……太陽を無茶苦茶にした件で四大勢力から狙われているかもしんない。俺ら。とりあえず、今は栄次が見張りをしてくれてる。俺は結界を張った。だから少しは持つと思う。その間にナオさん、これからどうするのかを決めて。」
「……わかりました。しばらくはここで待機します。私が気を失ってから一日が経っているという事は太陽は壱(いち)の世界へ行き、再びこの陸(ろく)に戻ってきているというわけですね。……太陽がこの件を六大会議にかけるでしょうからいずれ、私達は罪神として捕まってしまいます。捕まるわけにはいきませんが太陽はおそらく、今朝、四大勢力と月を相手に会議を開いたのでしょう。」
ナオは状況を思い描き予想を立てる。
「ここで待機していたとして……それで……見つかっちゃったらどうする?」
「もし見つかったら、高天原に入り、そこに潜みます。そして高天原東に所属しているイドさんを見つけます。」
「また危険なプランじゃないか!追われているのに自ら高天原に入るなんて……。」
ムスビは青い顔でナオに抗議した。ナオはムスビをちらりと横目で見ると布団に目を落とした。
「……危険ですがどこにいても危険なのです。もう無理はしませんがどこでも危険ならば多少の危険は伴って情報を集める方が良いのではないかと判断しました。」
「……。うーん……で?なんでイドさんを見つけるんだ?」
「彼は……スサノオ尊の記憶を持っております。この間、会った時に見えました。スサノオ尊も概念になった神とされています。」
ナオはムスビをまっすぐ見つめ、はっきりと答えた。
「……そう。じゃあ、ここが見つかったらイドさんを探しに行くか。もう仕方ないからナオさんに従うよ。」
「ありがとうございます。ムスビ。それではしばし、休みましょう。」
ムスビのため息交じりの声にナオは申し訳なく思いつつもどこかホッとしていた。
……四大勢力、それから月……おそらく何かしらの隠れた歴史を持っているはずです。
それを神々の歴史を管理する神として解明しなければなりません……。
ナオは布団をじっと見つめながらこれからの事を考えた。

旧作(2017年完)本編TOKIの世界書四部「明し時…2」(歴史神編)

短いですが太陽神編はおしまい。
次はTOKIの話シリーズでおなじみのジャパニーズ・ゴット・ウォーの陸(ろく)の世界ルートです。

旧作(2017年完)本編TOKIの世界書四部「明し時…2」(歴史神編)

四部めの二話目です。 一部流れ時…と連動している所があります。 神々の歴史を管理する神、ナオが隠蔽されたらしい歴史を暴きに行く話です。 一応、全五話の予定で進めています!

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-12

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

CC BY
  1. ヒストリー・サン・ガールズ
  2. 二話
  3. 三話
  4. 四話
  5. 五話
  6. 六話
  7. 七話
  8. 八話
  9. 九話
  10. 最終話