騎士物語 第四話 ~ランク戦~ 第五章 お嬢様と正義の騎士
第四話の第五章です。
メインはランク戦の準決勝ですね。
第五章 お嬢様と正義の騎士
その日の朝、あたしのルームメイトは庭に出て伸びをしてた。
よく考えたら、一応女子寮なこの建物の庭にこの時間に出ると……もしかしたら窓際で着替えてる女の子なんかからワーワー言われそうなんだけど、相部屋になってから今までそういう悲鳴的なのも苦情的なのも一度もない。
そういうのに興味がないわけじゃないんだけど、根っこが真面目っていうかすっとぼけてるっていうか、とにかくそんなんだからなんにもない。
ま、まぁあたしとの生活の中で――そ、そういうハプニングみたいのが無かったわけじゃないけど、それだって最初の方だけだし。
で、でもそれはそれでどうなのかしら。女の子としてのあたしの自信みたいのもアレだし……年頃の男の子の男心なんて知らないけど、もっと……こう、アレな気がするし……
「……朝からガン飛ばして来るとはやる気満々だな、エリル……」
「ば、違うわよ!」
なんか知らないけどロイドを睨んでたあたし……
「というか、今日は起こさないで起きたんだな。ねぐせがすごいけど……」
「あんたに言われたくないわよ。」
そう言い合って互いに自分の頭に手を置き、あたしとロイドは鏡の前に立った。歯を磨くときもなんとなく二人で並ぶんだけど……自分と誰かが並んでる光景を写真以外で見るっていうのは結構珍しくて……べ、別にだからなにってわけでもないけど……
「? どうしたんだ、エリル。」
「な、なんでもないわよ。あんたこそ、昨日あんなことがあったのにいつもと変わんないわね。」
「――!!」
一瞬で真っ赤になるロイド。
「せ、折角落ち着いてきたのに……」
「……やっぱり意識してるのね……どう――だったのよ……その……ティアナは……」
「へ、変な風に聞かないで下さい! 別にどうも――いや、まぁ……えっと……」
口――というか唇を片手で覆いながらごにょごにょと呟くロイド。
「…………柔らかかったです……」
「……変態。」
「き、聞かれたから……」
「……じゃあリリーとローゼルは……?」
「えぇ!? いや、二人は二人ともそれぞれにちょっと違くて――って朝から何を言わせるんだ! きょ、今日は準決勝だぞ、エリル!」
「わ、わかってるわよ。ティ、ティアナので――う、浮かれてないかチェックしたのよ……!」
そんな会話をしてたら、対戦相手を知らせるカードがピコンと鳴った。
「? いつもより早いわね。」
「今日であのカードの役目も終わりだからな。気合いが入ってるんじゃないか?」
「誰の気合いよ……」
それぞれに自分のカードを手に取ってそこに表示された名前を見る。そして顔を上げたあたしとロイドはこつんと互いの拳をぶつけ合った。
「決勝で会いましょ。」
「もちろんだ。」
『おはようございます! 本日もここ、第三闘技場からお伝えしますはセルクでございます! いよいよ準決勝ですが――しかし! ある意味決勝戦でもある今日の試合! なぜなら、今日の試合によって一年生――男子最強と女子最強が決定するからだーっ!!』
舞台に続く長い廊下、その先にある光に向かっててくてく歩く。
聞こえてきたセルクの声で、確かにそうねと納得する。
女子最強……でもそれはただの通過点。あたしには、決勝で待ってる相手がいる――
「……って、なんか熱血の男の子みたいだわ……」
女の子として微妙な気持ちになったけど、でもあたしは第四系統の火の魔法の使い手。どこまでも真っ直ぐに突き進む使い手が多いらしいし……
ま、いいわ。あたしはあたしの目標に向かうだけ。そこに一緒に歩いてくれる奴と、決勝戦で会おうって話した。
それに――そいつを奪われるわけにはいかないわ。
「なかなかいい舞台が整ったんじゃない?」
観客席の生徒たちの歓声の中、アンジュは腰に手をあてて立ってた。
「あたしの『ヒートボム』、当たると結構痛いけどだいじょーぶかな、お姫様。」
「……あんたこそ、そんな格好であたしの攻撃を受けるつもりなの、お嬢様。」
舞台の真ん中あたり、そこそこの距離を間に置いて、あたしとアンジュは向かい合った。
「……ていうか……今更だけどそれ……スカート短いしおへそ出てるし……は、恥ずかしくないの……」
「あたしを痴女か何かと勘違いしてるなら心外だなー。あたしみたいに魔法を主体に戦う人はできるだけ肌を出した方がマナ吸収の効率がいいって事くらいわかるでしょー。あたしに色々教えてくれた師匠も半分裸みたいな格好してるし。」
「裸……」
「あ、言っとくけど男だから。でもその師匠のおかげであたしはこんな格好でもオッケーなの。」
「は?」
「普通、こんな短いスカートじゃパンツ見えちゃうし、おへそが出るよーな服だから何かの拍子に色々見えちゃうかもしれないし、恥ずかしくてこんな格好は出来ないよ。なのにあたしが平気なのは、この服を特別な布で作ったからなの。」
「な、なによそれ……大体制服をそんな改造して……」
「学院の許可はもらってるもん。制服を注文する時にこの布でこういうデザインでってリクエストしたんだから。」
「……あっそ。で、その特別な布だと何がいいのよ。」
「あたしの師匠はねー、例えるなら中に何も着ないでローブを被ってるだけ――みたいな格好なの。それでも通報されないのは、そのローブが師匠の作った布……マジックアイテムでできてるから。その布で服を作るとね、どんなに激しい運動をしても、何かの拍子に破れちゃったとしても、肝心な部分は他人に視認できなくなるの。すごいでしょー。」
「何よそのマジックアイテム……あんたの師匠はマナ吸収の効率を上げるためにそんな布を作ったってわけ……? で、でもあんた……あ、あの時は……み、見えて……」
「自分からやる場合には効果が働かないの。だから……実はあたしのを誰かに見られたのはあれが初めてだったんだー。」
少し顔を赤くしてうふふと照れるアンジュ。
「あれは自分でもビックリだったんだよねー。あとで恥ずかしくなってジタバタしちゃったもん。でもなんか、それくらいはしてもいいかなって思っちゃうってゆーか……何をしてでも傍にいたくなる――自分のモノにしたくなっちゃう魅力があるよね?」
……少しだけドキッとした。
「そんな気はあんまりなかったんだけど……あたしのにしたいって思って眺めてたら以外とタイプっていうかむしろ――って感じ。お姫様もそうなんじゃないの?」
「――!! なんの話よ……!」
「試合前になんという話をしているのだあの二人は。」
「いはいいはい! ほっへをふねらはいでくははい!」
『カンパニュラ選手のスカートが鉄壁だという事以外よくわかりませんが、どうやらこの二人には因縁がある様子! もしかすると今日という日に向かい合った二人の試合は運命か! では参りましょう! 一年生ブロック準決勝第一試合! そして一年生女子最強決定戦! エリル・クォーツ対アンジュ・カンパニュラ! 試合開始!!』
いつものように先手必勝。あたしはソールレットから爆炎をふき出してアンジュの方に飛びだした。
「いつもどーりだねー、お姫様は!」
あたしのパンチに合わせてキックを――『ヒートコート』をまとった脚でキックを繰り出すアンジュ。あたしのガントレットがアンジュの脚に触れ、『ヒートコート』は起爆した。
赤い閃光と熱と爆風。閃光はまぁ眩しかったけどそれくらいで、熱は耐熱魔法をかけてるから平気で、問題は爆風の威力なんだけど――
「へぇー……おんなじくらいってわけか。」
「そうみたいね。」
あたしは『ヒートコート』の爆発で吹き飛ばず、アンジュもあたしのパンチに飛ばされなかった。
『互角! クォーツ選手の『ブレイズアーツ』によるパンチとカンパニュラ選手の爆発は互いに威力を相殺した模様!』
「それじゃ――」
あたしの腕を脚で押し返してくるくるとバク転で後ろに距離を取ったアンジュは、着地と同時に両手の指に『ヒートボム』を作り出す。
「遠距離戦で勝負って事かな!」
バババと放たれる『ヒートボム』。あれを走り抜けるのはちょっと難しそうだからこっちも遠距離攻撃をする。
ガントレット一つだとたくさんの『ヒートボム』の爆風で威力が削られていって、アンジュに届く頃にはへなちょこパンチになる……ような気がする。
だから――
『あーっと、クォーツ選手! 左腕のガントレットを右腕に取りつけたー! これは!』
「『コメット』!」
別に鉄砲の弾よりも速いとかそんなスピードで飛んでるわけじゃないんだけど、ガントレット二つ分の大きさのモノが飛ぶにはちょっと速過ぎるせいで風とかがすごくて……だからその風に巻き込まれたりとかでこの技は避けにくい。よくできてる技だって、アイリスも褒めてくれた。
ドカァンッ!
カルクの時と同じ、闘技場の壁に突き刺さるっていうか砕く音が響く。だけど正面を見たあたしの視界には、砂煙の中からこっちに向かって走ってくるアンジュが見えた。
「あたしの『ヒートコート』って、緊急回避にも使える優れものなんだよ!」
『カンパニュラ選手、『ヒートコート』の起爆で自身の身体を強制的に『コメット』の射線上から退避させたようです! クォーツ選手ピンチ!』
「お姫様のその技、発射しちゃったら両腕の装備が無くなって無防備になるから諸刃の剣って奴だね!」
足の裏での爆発を使って加速するアンジュは、その勢いであたしに回し蹴りを繰り出す。
確かに、ガントレットを飛ばすっていうのはあたし自身の攻撃力と防御力を下げることになるけど……まだソールレットがある。
「うわわっ!」
迫るアンジュの脚に、同じく爆発で加速したキックをぶつける。さっきみたいにお互いの威力が殺されて、また同じようにアンジュが距離を取った。
「今のに反応するとか……お姫様のクセに格闘のセンスがありすぎるよねー……ま、あの桁違いに強い近接格闘のスペシャリストの《エイプリル》が師匠じゃあ当然ってところなのかな。」
「ホントにねー……あれはエリルちゃんの才能なのかな。」
「武器が上手に使えなくてパンチキックにしたと言っていたからな。生まれつき格闘に特化している妙な体質なのかもしれない。」
「いや、エリルの格闘スキルの高さは『ブレイズアーツ』の影響らしいよ。」
「そ、そうなの……?」
「うん。パムが言ってたんだけど、エリルにはエネルギーの循環が出来上がってるんだってさ。」
「エネルギーの循環? なんだそれは。一体なんのエネルギーが?」
「えっと……そもそもの話なんだけど、イメロが生み出す各系統専用のマナって、自然の中にあるマナと違って系統ごとの特徴を持ってて……第四系統の火のイメロから生まれたマナはある一定の熱を持ってるんだと。」
「ほう。つまり……それを体内に吸収して魔力にするという事は、その一定の熱を体内に取り込むという事か。」
「さ、さすがローゼルさん、頭いいな……いや、その通りで……エリルって両手両脚で常に炎を出し続けてるから――火のマナを魔力に変換して、それを炎にして、でもってその炎で生まれる火のマナをまた魔力にしてっていうサイクルが出来上がってて、だからエリルは火のマナの持つ熱を絶えず吸収し続けてる事になるんだよ。」
「熱……体温が上がるという事か?」
「ううん。どうも火のマナが持ってるっていうその熱――いや、熱エネルギーは、魔力に変換される時に普通のエネルギーとして魔法を使っている人の身体に吸収されるらしいんだ。」
「そんな現象が……?」
「詳しく言うと……『熱』っていう火の成分は魔力にきっちり変換されるけど、そうじゃないただのエネルギーはそのまま取り残されちゃって、行き場を失ったそれは術者の体内で散るからとかなんとか……」
「熱もエネルギーの一つのはずだが……いや、しかし魔法の世界の話だからな……まぁ詳細は置いておくとして、吸収される普通のエネルギーというのは……つまり体力とかそういうモノか?」
「うん、そんな感じの、身体を動かすためのエネルギー。それが絶えず供給されるエリルの身体は常にベストコンディション。身体の持つ能力を百パーセント、場合によってはそれ以上に発揮できるような理想的な状態になるんだと。」
「ふむ……ではエリルくんが戦いの中で受ける疲労というのは魔法による負荷が原因のモノのみという事か。」
「ふーん? でもさー、そんなの常にお腹いっぱいの人ってくらいでしょー? それがあの強さに繋がるの?」
「えっと……例えば、エネルギー満タンの人がパンチをするとするでしょ? でもパンチを一発打つのだってエネルギーは使ってるわけでさ、そのパンチが相手に届く頃にはパンチ一発分のエネルギーを消費した状態になるんだよ。それに対して、エリルはパンチを打つ前と打った後で残りのエネルギーが変わらない。なぜなら、消費される端から回復していくから。」
「ふむ……極端な話、全身のエネルギーを残さず使った渾身の一発を、一般人は一回しか打てないのに対し、エリルくんは何回でも打てる。それどころか行動の一つ一つに渾身を込める事ができてしまう……」
「攻撃も防御も……踏み込んだりとか避けたりとか、普通なら必要な分だけのエネルギーしか使わないところを全部全力でやる。普通なら一回しかできないような、体力をすごく使うすごい動きを何度でもできる。それがエリルの格闘スキルの高さにつながって、強さになってるんだ。」
炎の逆噴射が出来ればいいんだけど……ガントレットの構造的にそれはさすがにできないから、壁に突き刺さったら抜きに行かないといけない。
あたしはソールレットを使ってできる限りの速さに加速、ガントレットが突き刺さった壁を蹴り崩し、外れたガントレットを装着しなおした。
「……ちょっとお姫様、最高速度はどれくらいなの……」
『カンパニュラ選手呆然! せっかくソールレットだけになっていたクォーツ選手のガントレット回収を黙って見ている事しかできなかった! いや、そもそも見えていなかったでしょう、あまりに速過ぎる! 速度とパワーを兼ね備えた『ブレイズクイーン』に弱点はあるのかー!』
あるに決まってるわ。今のだって、平気そうな顔で頑張ってるけど両脚が痛い。それに速いって言っても基本的に真っ直ぐにしか動けないし飛ばせない。速い上にぐねぐね動けるロイドとかと比べるとまだまだよ。
「やれやれだねー。ちょっと貯金に手を出さないといけない気がしてきた――けど、まーいっかな。欲を言えば優勝したかったけど、あたしの決勝戦はこの試合だし。」
「? 女子最強が目標だったわけ?」
「まさかー。忘れちゃったの、あたしとの約束。」
「……」
アンジュはピンと人差し指を立てて一人でしゃべり出す。
「お姫様に勝つと次は決勝戦で、相手はロイドかカラード。ロイドの強さはお墨付きだし、カラードは間違いなくめちゃくちゃ強い。そんな二人と戦うにはあたしも貯金を残して挑まないとなんだけど……でもそもそもの話、あたしのこのランク戦における目標はお姫様に勝つ事なんだから、お姫様とぶつかった時点で次の試合の為の余力なんて考えなくていーんだよね。」
「……それ、あたしと一回戦でぶつかってもそう言うわけ?」
「さすがにそれは勿体無いからその時はもうちょっと頑張ったかな。」
『おお! やはり両者の間には何かがある様子! ライバル対決のような熱い展開です! 火の魔法の使い手同士なだけに!』
「でも、実際はこの準決勝でぶつかった。成績としては上々だし、お姫様は予想以上に強いし……この試合で貯金を全部使っちゃってもいいかなって思うの。だから……」
すぅっと両目を閉じたアンジュはそのままで数秒を過ごし、そしてゆっくりと目を開く。
「こっからはこの『スクラッププリンセス』の全力全開で相手をするよ?」
アンジュの瞳は髪の毛の色と同じオレンジ色。だけど今、その瞳からは色がなくなって……灰色っていうか、透明っていうか、眼の奥まで見えそうな奥行きのある――ように見える不思議な色になっていた。まさか……
「その眼……あんた、魔眼を……」
「あは。別に珍しくないでしょー? お姫様のお友達のスナイパーちゃんだって魔眼じゃない。」
『魔眼! なんとカンパニュラ選手は魔眼持ちだったー! 各学年、五人もいればその年は多い方という感じですが……ティアナ・マリーゴールドとアンジュ・カンパニュラ! まずは二名の存在が明らかになったー!』
「それがあんたの切り札ってわけ?」
「そーゆーこと。あたしの魔眼フロレンティンはねー、魔力をためる事ができるの。」
「魔力……なるほどね。ローゼルとの試合の最後、魔法の負荷が結構あるはずなのに軽く出てきたあの巨大な『ヒートボム』はそのおかげってわけ。」
「魔力をためる? だから負荷があるのにできた? えっとつまり……?」
「相変わらず魔法関連はまだまだ疎いのだな、ロイドくん。いいかい? 魔法を使う時、人はどのようなプロセスをふむ?」
「えぇ? マナを吸収して、それを魔力に変換して、でその魔力を使って魔法を発動……だよね……?」
「その通り。では、人が魔法を使う時に身体にかかる負荷というのは、どのプロセスで発生していると思う?」
「? 全部じゃないのか?」
「実はそうじゃない。マナを吸収するのなんて、コツさえつかめば呼吸するのと同じ感覚――ほぼ無意識に行えるし、魔力を使って魔法を使うというのも、燃料を入れて機械を動かす――みたいな事だからそんなに大変じゃない。つまり、身体に負荷がかかるタイミングというのはマナを魔力に変換する時なのだ。」
「そうだったのか……」
「魔法生物はそれを行う専用の体内器官を持っているが、わたしたち人間にはそれがない。だから結構無理やり変換していたわけだ。」
「つ、つまりえぇっと……一番身体に負担のかかる……魔力を作るって行為を予めしておいてためて置けるって事なのか?」
「ざっくり言うとそうだな。魔法の負荷がピークになると、いくら大量のマナが周囲にあってもそれを魔力に変換することが出来なくなって魔法が使えなくなる。しかしアンジュの場合、そうなったとしてもためておいた魔力を使って魔法を使う事ができるわけだ。」
「なるほど、それは便利だな。でも……魔力をためるって、頑張れば誰にでもできそうな気がするけど……」
「基本的には無理だな。作った魔力はすぐに魔法として消費するか、でなければマナに戻って再び自然の中に戻っていく。人の身で魔力を魔力の形でとどめておこうと思ったら高度な技術が必要なのだ。ま、これまた魔法生物にはその為の器官があるわけだが。」
「人はマナを魔力にする度に疲労して、最後には魔力を作れなくなるけど……ぐっすり眠れば大抵は回復する。だから腕のいい騎士や魔法使いは自分が一日に練れる魔力の量とか、どれくらいの休憩でどれくらい回復するかっていうのを正確に知ってる。それを目安に戦いを上手に進めていくわけだけど――そう、あたしの場合はちょっと違う。」
あっかんべーするみたいに、自分の眼を指差すアンジュ。
「例え、あたしが一日に十の魔力しか作れなかったとしても、昨日のあたしが五をここにためておいてくれたら、その日にあたしが使える魔力は十五になる。一昨日のあたしがさらに、その前のあたしが加えて――なーんてやってくと結構たまるわけ。すごいでしょー。」
「……どれくらい貯金があるのか知らないけど、それをこの試合で全部使うってわけね、あんたは。」
「そーだよ? ちなみにどれくらいかって言うと――」
手を鉄砲の形にして空を指差す。その指先に出現したのは、ローゼルとの試合の最後に登場した巨大な『ヒートボム』。
「これを、必殺技じゃなくて通常技にできるくらい貯金があるよ?」
そのまま魔力自慢が続くかと思ったけど、その巨大な『ヒートボム』をさっとあたしに向けて、アンジュは「ばん!」と叫んだ。
別に油断してたわけじゃないけど、ちょっとビックリしていつも以上の勢いでその場から移動したあたしは、一瞬の赤い閃光と爆風をまき散らしてさっきまで立ってた場所が――真っ黒に焼き砕かれるのを見た。
あんなのくらったら、ローゼルみたいに防ぐための耐熱魔だけですっからかんになるわね。
「ふふ、まだだよ、お姫様!」
鉄砲の形にした手で再び空を指差す。すると漫画みたいなポポポンってマヌケな音を出しながら巨大な『ヒートボム』が何発も空中に放たれた。
まるでお日様が増えたみたいに、赤い光を放つ球体で空が埋まる。そしてそれはだんだんと減速し、ゆっくりと落ちる準備を始めた。
「第四系統の使い手って、耐熱魔法を他の系統の使い手よりも上手に使えるから――火対火って結構相性悪いんだけどねー。さすがにこれならそうも言ってられないでしょー?」
「あんたは大丈夫なのね。」
「とーぜん。自分の魔法でケガするなんて事はしないよ。さー、どーする?」
リリーみたいに瞬間移動できれば楽なんだけど……あたしに出来ることは一つだけ。
「……こんな絶好のチャンス、あたしに攻撃してこないなんて余裕ね。」
「うーん……お姫様って近づくと怖いからねー。何もしないで勝てるならその方がいいかなーって。」
……ま、いいわ。
あたしは左右のソールレットのかかとをコツンとぶつける。夏休みの間にそうなるように改造してもらったから、それだけでソールレットは脚から外れた。
「いきなり生足披露?」
「靴も靴下もはいてるわよ。」
なにせ、あたしの場合は戦ってる最中に外せることが前提なのだから。
『あ、お、おや!? なにやらメカメカしい事が起きたと思ったら――いつの間にやらクォーツ選手、四肢を覆っていた装備の全てが右腕に集まったー! 非常に重そうだが――しかし問題はそこではない! これまでのことから言ってあれはとんでもないはず!』
魔力を練り込み、炎を作る。ガントレット、ソールレットの中にギリギリまで抑え込んだ炎を押し込めて――ためて――
「『メテオ』!!」
あたしは、その大きな鋼鉄の拳を空に向かって撃ち放った。
そんな長身でもないオレと比べても背の低いエリルは、だからなんとなく、オレの中だと小柄な女の子的なイメージがある。
しかし、そんな女の子が片腕に鉄塊をぶら下げ、それを爆炎と共に大空に打ち上げたのだから驚きを通り越して――ビ、ビックリした。
ただ、そのビックリは少々早く――もう一瞬後にとっておくべきだった。なぜなら、次の瞬間に起きた事の方が驚きだったからだ。
ガントレット二つにソールレット二つ。小さなタルくらいの大きさはあるその鉄塊の飛翔は目に見えず、ただただ爆音が鳴り響いた。
そして、思い出したかのようにその鉄塊を追い、一拍置いたタイミングで風が――暴風が吹き荒れた。
もはや目に見えない速度と高度の鉄塊を追うその風は渦を巻き、さながら空に向かって伸びていく竜巻のようだった。
……と、その前に。その鉄塊は空を埋めていた巨大『ヒートボム』の一つを貫いており、つまりは一つ起爆していた。そしてその爆発は連鎖し、最終的にはその全てが爆発していた。
そのままだったなら、熱と爆風が闘技場を埋めただろうけど……恐ろしい事に、鉄塊が引き起こした暴風の渦に熱も爆風も飲み込まれてしまった。
赤い閃光だけを残し、まるで空にぽっかりと空いた穴に吸い込まれてしまったかのように……『ヒートボム』がまき散らすはずだった破壊の力は空の彼方に消えていった。
「……めちゃくちゃだね、お姫様……」
「……『メテオ』は隙が大きいから、戦ってる時に使うには色々工夫がいると思ってたけど、あんたが余裕で立っててくれてよかったわ。」
「その上挑発まで……でもさー、お姫様。今のお姫様って――無防備もいいところだよね!」
爆発を使った加速であたしに迫るアンジュ。ガントレットとソールレットが無くても火の魔法くらいは使えるけど、それじゃあ『ヒートコート』の爆発には対抗できない。
だから――
『大技の隙を逃さないカンパニュラ選手の一撃! 赤い閃光と爆風がクォーツ選手を――っと、これはー!?!?』
「そんな、どうして!?」
アンジュの回し蹴りを――『ヒートコート』の爆発付きのそのキックを、あたしは片腕でガードした。もちろん、吹っ飛ばないで。
「別に、得意な系統以外を使っちゃいけないルールはないもの。」
考えてみれば当然の話だった。あたしの『ブレイズアーツ』は爆発の勢いで攻撃の威力をアップするもので、ある一定以上の威力になるとあたしの身体――筋力じゃ制御できなくなるから飛ばすしかなくなる。
まぁ、飛ばすっていうのもロイドのアイデアなんだけど……それはともかくとして、でもやっぱり飛ばすっていうのは避けられやすいし、発射しないでそのパワーを使いたい時もある。
だけどそんなに早くムキムキにはなれないし――あんまりなりたくない。なら……身体そのもののパワーアップも魔法でやればいい。
「強化魔法……そう言えばそうだね……基本的にみんな得意な系統しか使わないから頭になかったよ……」
別にアンジュがぬけてたってわけじゃない。みんなが得意な系統しか使わないのは簡単な話、二つ以上の系統の魔法を同時に使うって事が結構難しいからだ。
まぁ、一緒に使わなきゃいいんだけど、得意な系統がある状態での二つ目っていうのはどうしても補佐するような、援護するような使い方になるから……同時に使えないとあんまり意味がないのよね。
まぁともかく。頑張って修行してできるようになってる騎士とか魔法使いはいるんだけど、そういう修行をするくらいなら自分の得意な系統をもっと伸ばすっていう人の方が多い。
だけどあたしの場合、第一系統の強化と……あとついでに第八系統の風を上手に使えるようになると『ブレイズアーツ』がもっと進化する。同時に三つっていうのは大変だけど……頑張りがいはある。
そんなこんなで、夏休みの終わり辺りにあたしは強化魔法の訓練を結構してたのだった。
「ちょーっとビックリしたけど、でも強化だけであたしの攻撃を全部しのげるかな?」
「もうその必要はないわよ。時間は稼げたから。」
あたしがちょっと上を見ると、ハッとしたアンジュは猛スピードであたしから離れながら空を見上げた。
『なーっ!? 赤く――真っ赤に燃える火の弾が! いえ、ガントレットとソールレットの塊がとんでもない速度で落下してくるー!』
「『インパクト』。」
真っ直ぐ落とすとあたしも危ないから、アンジュの方に衝撃が行くようにちょっと角度をつけて落下させたあたしの装備品一式。闘技所の舞台はもちろん、下の地面も粉砕して大きなクレーターを作りながら……我ながらとんでもない威力の衝撃をまき散らす。
『あーっ!! 防御魔法がミシミシ言っています! 威力がデタラメだーっ!!』
これで倒せたかなともちょっと思ったけど、衝撃が起きるのと同時にアンジュの方から赤い閃光が弾けたから……たぶん『ヒートボム』で衝撃を相殺された。
「……やっぱり強いわね……」
四つの防具を装備しなおし、炎をふき出し、あたしは砂煙の向こうにいるだろうアンジュの方を向いて構えた。
「……ほんっとに……めちゃくちゃだね……」
片手を腰にあてて、なんかモデルさんみたいな立ち方であたしを睨むアンジュ。
「そういえば師匠が言ってたっけ。時に、すごい魔法の使い手よりも磨きに磨き上げた筋肉やら強化魔法が生み出す単純なパワーの方が恐ろしいって。あれはこーゆーことだったんだねー。」
「悪かったわね、パワー馬鹿で。」
「ただのパワー馬鹿だったらどんだけ良かったやら。武器は発射するし、避けるのは上手いし、どんな攻撃にも動じないし……そーだよ、落ち着きすぎだよ、お姫様! もーちょっとリアクションが欲しいところだよ!」
「知らないわよ……」
それはアイリスにも言われた。ロイドから教わった体術で周りがよく見えてるからって事以上に、あたしは色々な事を冷静に見れているって。
たぶん理由は二つ。一つは……S級犯罪者、ポステリオールの戦闘を間近で見た事。
アイリスだってとんでもない達人だけど、そういうレベルを『敵』として見たのはあの時が初めて。おんなじすごい技術でも、味方としてと敵としてじゃ感じるモノが全然違う。
正直、ポステリオールは次元が違った。すごいと思うパムでさえ、あいつが本気を出したらどうなってたか。そんなレベルの強さっていうのを知っちゃったせいで……たぶん、あたしは相手がどんな事をしてきても「まぁ、あれよりはマシよね」って感じに思えるんだと思う。
もう一つは……目の前のそれを乗り越えないと置いて行かれると思うから。どんどんすごくなるあいつの横に、あたしは立っていたいから。
「思うに、あたしのこーげきはお姫様にとっちゃ遅いんだろうねー。別にあたし自身、ノロノロしてる気はないんだけど……爆発の加速も『ヒートボム』の発射も『ヒートコート』の炸裂も慌てる程の速さじゃないし、威力もまあまあ……みたいな? ま、お姫様があたしと同じ第四系統の使い手ってのも大きんだろーけど。」
「降参する?」
「まさか。」
今までで一番気合いの入った表情になったアンジュは、そうなると同時に身体の周りが赤く光り出した。
「『ヒートコート』を出力全開にした。今のあたしに攻撃を通すのは結構大変だよ?」
「あっそ。」
「でもって――今からはこれで攻撃する。」
すぅっと深呼吸をしたアンジュが一瞬息を止め、そしてガバッと口を開いた瞬間――
「――っつ!?」
左腕に熱を感じた。まるで焼けた鉄でも押し付けられたみたいな熱さで、思わず腕をひっこめるとあたしの後ろの壁がドカァンと爆発した。
『今のは! 準々決勝にてリシサンサス選手にとどめをさした攻撃! し、しかしまさか――』
アンジュがやった攻撃はローゼルを倒したビームみたいな技で――アンジュは、それを口から発射したのだった。
「『ヒートブラスト』。あたしの奥の手だよ?」
『ビーム! 口からビームです! カンパニュラ選手、怪獣のように口から熱線を発射したぁっ!』
「貯金されてる魔力をほとんどそのまま、高温の魔法エネルギーとして撃つからねー。体内への入口であるとこの口からってゆーのが一番効率いいんだよ。」
口からゆげみたいのを出しながらニヤッと笑うアンジュ。
「あんまり乙女には合わない技ってとこが欠点かな!」
かなの「な」のところで放たれる赤い閃光。そのスピードはまさにビームで、アンジュの口からあたしのとこまで来るのは本当に一瞬。とっさに横に避けたんだけど、そのビームはアンジュの口から出続けてて――
「あはいほー!」
口を開きっぱなしだからなんて言ったのか微妙にわかんないんだけど、アンジュがそのまま首を動かすと、壁をなぞりながらその動きに合わせてビームが――巨大な剣みたいに薙ぎ払われる。
かなり無理した動きで身をかがめたあたしは、あたしの後ろの壁が横一線に爆発しながら溶けていったのをチラッと見た。
離れて戦うのは不利すぎる――!
「ふっ!」
ソールレットの爆発でアンジュの方に跳ぶ。だけどアンジュはその場で地面を蹴り、フルパワーの『ヒートコート』の爆発を起こす。その爆風であたしは押し戻され、その上その爆発であたしからさらに距離を取ったアンジュは着地と同時に『ヒートブラスト』を放つ。
慌てて上にジャンプしたけど、あたしの足元を素通りしたビームはアンジュの顔の動きに合わせてすぐに上に――あたしの方に迫ってくる。
両脚で爆発を起こしてビームの軌道から急いで外れると、アンジュの『ヒートブラスト』は下から上に闘技場をなぎ、防御魔法を左右に真っ二つにしそうな勢いで空中にその跡を残した。
『なんという魔法――いや、魔法と呼ぶのもどうなのか! 本来魔法という不思議な現象を引き起こす為のエネルギーである魔力を――火のマナによって作られた火の魔力をただただ高温にするという事以外ほとんどそのままに撃ち放つこの技! 純粋なエネルギー砲である為に威力はかなりのものですが、代わりに魔力の消費は尋常ではないはず! しかしそれをやっているのは魔眼によって魔力をためておく事のできるカンパニュラ選手! 貯金が無くなるまで、この咆哮は放たれ続ける!』
超高温な上に半端じゃない長さの剣を軽々と振り回される気分だわ。さっきまでの『ヒートボム』くらいの速さなら乱発されてもまだなんとか避けて近づく事もできた。だけどこれは――
「一声分放つというのならできる人はいるだろうが、口からあのビームを出し続けるとなると彼女にしかできないだろう。身体にかかる負荷などを度外視した常識外れの技だな。」
「あ、あんなの……連射しながら銃を振り回す……みたいなものだよ……」
「あ、それわかりやすいねー。避ける側からしたらいつまでも避けられるもんじゃないけど、銃弾が大量にないとできない戦法って感じ?」
「かっこいいなぁ……」
「……ロイくんて時々変なのにそういう反応するよね……」
ロイドなんかは「かっこいいなぁ」なんて言いそうな光景だけど、実際冗談じゃない攻撃だわ。
「ダメ押しだよ!」
赤く光ってるアンジュの両の手が――っていうか指の先がそれ以上に光って、それがバッと上に振られると巨大な『ヒートボム』がいくつも放たれた。
しかもそれはあたしとアンジュの左右にばらまかれて……つまりあたしは、『ヒートブラスト』を避ける為に横に移動すると『ヒートボム』に突っ込むっていう状況に追い込まれた。
『まさにチェックメイト! 前後と上下にしか動けなくなったクォーツ選手にあのビームを避ける術はない!』
セルクの言う通り。もうあのビームはかわせないし……何気にさっきかすったダメージが大きくて左腕が動かないから……『ブレイズアーツ』も満足に使えない。
「……なら、やることは一つね。」
あたしは左のガントレットを外して右に取りつける。そして、グッと右腕を構えた。
「『ヒートブラスト』にパンチでもする気かな? 炎を殴れないのと同じで、そういうことはできないよ?」
「わかってるわよ、そんな事。」
「じゃーそのポーズは――カッコイイ負け方って感じかな?」
「あんたに勝つポーズよ。」
あたしの言葉にニンマリ笑ったアンジュは、大きく深呼吸をして――
「『ヒートブラスト』ッ!!」
その一撃を放った。そしてあたしは、その閃光に向かって全力全開のパンチを繰り出した。
『ああぁあぁぁ!?!? なんだこれはー! カンパニュラ選手のビームがクォーツ選手の直前で枝分かれして――い、いや違う! クォーツ選手のガントレットがビームを弾いているーっ!!』
腕へのダメージを無視して全力でパンチしてよかった。アンジュの『ヒートブラスト』、とんでもない圧力であたしを押してくる……!
『な、なるほど、これは耐熱魔法だ! 耐熱魔法は高温が肌や衣服に触れないように魔法の膜で身体を覆い、それらを弾く性質を持つ魔法! 純粋な熱光線である『ヒートブラスト』に対しては確かに有効! クォーツ選手、ありったけの耐熱魔法をガントレットに施し、カンパニュラ選手の咆哮を弾いて――いえ! 全力全開の『ブレイズアーツ』でビームを撃ち抜こうとしているーっ!!』
「まはまはーっ!」
アンジュのマヌケな声が聞こえたかと思うと、あたしのパンチを押し返すビームの力が一層強くなった。
直撃してないだけで、枝分かれした高温のビームに囲まれてることは事実なあたしは肌がジリジリとしてきた。耐熱魔法をかけてるガントレットの中の右手でさえ、ひっこめたくなる熱さを感じてる。
でも――ダメよ、エリル・クォーツ。ここで腕を引いたらビームに飲まれる。それは確実な――負けよ。
負けたらどうなるの? 決勝で待ってるあいつと戦えなくなるわ。折角いい感じの舞台が整ったのよ。あの時と今と、自分の力を知るにはあいつと戦うのが一番で――そして、強くなるにはあいつと戦うのがやっぱり一番。
それに……なにより……
「まだ言ってないんだからああぁぁっ!!」
『おぉ!? クォーツ選手のガントレットから噴き出す炎に変化が――』
もっと強く! もっと速く! もっと、もっと!!
『紅蓮の炎が形を変えていく! 揺れ踊っていた焔が一筋に収束! 力が一点に凝縮されるように、炎が絞られていくー! 金属の国、ガルドの軍に配備されているというセントーキというヒコーキがあんな感じのジェットを噴射しているのを見た事があるぞー!』
聞き覚えのない甲高い、キィィィンって音がガントレットから鳴り響く。
そういえばアイリスに言われてたわね……あたしの『ブレイズアーツ』、炎で相手の視界を遮るのはいいけど、ここぞって時の一撃の時には――炎をまとめた方がいいって。
そっか、これがそういうことなのね。
「はああああああぁぁっ!!」
『ビームの弾かれ方が激しくなったー!! 押している! 押していま――』
「ああああああっ!!」
『ビ、ビームの威力がさらに増したー! カンパニュラ選手の魔力貯金はどれほどなのか! この勝負、ビームが尽きるのが先か、炎が尽きるのが先か!』
押し負けそう。いい加減身体中が黒焦げになってるんじゃないかって思うくらいに熱い。喉はカラカラ、息もし辛い。
なんでこんな状況になってんのよ。そりゃランク戦だもの、当たり前よね。こういうギリギリの試合だってあり得るわ。
だけどあたしをこんなに頑張らせてるのは何かって言うと、目の前の変態女が変な約束を押し付けてきたからよ。
いいえ、元を辿ればあいつよあいつ。すっとぼけた顔してるバカ。強いクセにあーゆー時は隙だらけで優柔不断で、バカ正直に顔真っ赤にしてわたわたしてるルームメイト!
来るやつ会うやつたらしこんで抱き付かれてキスされて!
なによ、大切な人とか言っておいて! あたしがどれだけあんたに感謝しててどれだけ――アレなのかも知らないで!!
バカ、まぬけ、変態、スケベ!!
この――
「バカロイドォォォォッ!!!!」
押しても押しても動かなかった重たい荷物が突然動いたみたいに、あたしの腕を離れたガントレットがアンジュのビームのど真ん中をぶち抜きながら、周りにビームを弾きとばしながら、真っ赤な閃光の中を突き進み――
『あ! これはまずい!』
とんでもない轟音と巨大なガラスが割れたみたいな音を響かせるのを、あたしは前のめりに倒れながら耳にした。
顔面から倒れたあたしは鼻をぶつけ、結構痛いんだけど鼻を抑えるほどの力も出せないくらいで、ひびだらけの舞台の床にうつ伏せに倒れた。
音は聞こえるけどなんにも見えない状態が一、二分続いたところで、あたしは誰かに身体を起こされた。
「とんでもないワンパンをかましたな、クォーツ。」
「……? 先生?」
「見ろ。お前のせいで防御魔法がぶっ壊れたぞ。」
「え――え?」
「ま、あれは魔法に対しては絶対的だが物理的なパワーには若干弱いからな。それでも尋常じゃないわけだが。」
「はぁ……でもどうして先生が……」
「防御魔法ぶちやぶったガントレットが観客席に突っ込む前に止めたのは私だ。感謝しろよ。」
「えっと……試合は……」
「お前のガントレットが真横を通り過ぎた衝撃でカンパニュラが吹っ飛ばされて気絶したからな。試合終了だ。」
「あたしの……勝ち?」
「そうだ。おめでとう、クォーツ。決勝戦進出だ。」
「ごめんなさい!」
「は?」
文字通りの全力全開で戦ってふらふらしながら外に出ると、なんかロイドに謝られた。
「な、なによいきなり……」
「だ、だってエリル、最後『バカロイド』って……オレがなんかしちゃって、それに対する怒りでアンジュのビームを押し切ったんだろ……? そ、それはつまり相当怒ってるってことで……」
……まぁ、その通りなんだけど……
「……一番気合いの入る言葉だったのよ……」
「オレって一体!?」
ロイドがガーンって顔をする横で、ローゼルがすました顔でこう言った。
「しかし、本当にお姫様らしからぬ戦い方だな。漫画の熱血主人公のようだぞ? もちろん男の。」
「うっさいわね。」
「あ、あたしはカッコイイって……思うけど……」
「でもまー、これであの女とはすっぱりと縁切りだね。よかったよかった。」
「ひどい言われよーだねー、あたし。」
リリーがやれやれって顔で一息ついてる後ろ、あたしと同じようにちょっとふらふらしてるアンジュがそう呟いた。
「な!? まだなんか用なの!?」
「そんなに構えなくてもいーよー。」
あははと笑ったアンジュは、残念そうな顔であたしの方を見た。
「ふふふ、あたしの負けだね。約束通り、学院にいる間はロイドにちょっかい出さないよ。いる間は……ね。」
「……そ。」
律儀に約束を守るって宣言しに来たアンジュが背を向けようとした時、ガーンって顔をしてたロイドがコロッとすっとぼけ顔になってこう言った。
「あー、アンジュ。ちょっと待って。」
「?」
ちょっと驚いた顔で振り向いたアンジュにロイドは右手を出して――まるで握手を求めるみたいにしてこう言った。
「友達になろう、アンジュ。」
「――!」
もっと驚いたアンジュはその右手を少し眺めた後、顔をあげてロイドを見た。
「……どうして?」
「えぇ? あ、いや……そ、そうだな……理由は……」
ほっぺをぽりぽりしながら困った顔をするロイド。
「えーっと、ほら、アンジュっていつも一人だから――っていや! それで可哀想だからとかそういう事じゃなくて! こ、こう誰かのグループに入ってないっていうか、それならもっとお近づきになりやすいというかちゃんと知り合いたいというか……」
「え……な、なぁに? ロイド、あ、あたしに興味津々……なの?」
気まずそうというか恥ずかしそうというか、イラッとくる態度で照れるアンジュ。
「そーじゃなくて! えっと、だから……」
段々と顔の赤くなっていくロイドは、最終的に真っ赤な顔を地面に向けながらごにょごにょとこう言った。
「こ、このままだとオレの中でのアンジュのイメージが……パパパ、パンツの人になってしまうというか……」
「――!!」
こっちも赤くなるアンジュ――っていうか何言ってんのよロイド!?
「今日の試合のかっこいいビームみたいな、ああいう他のイメージっていうか印象っていうか、そういうのを知っておかないとアンジュを見かける度にオレはインパクトの強過ぎるア、アレ――を思い出しちゃうんだよ! そうだ、むしろアンジュのせいだ! あんなことするから! オレは男なんだぞ!」
目をぐるぐるさせてギャーギャーするロイドはちょっと珍しい……まぁ……若干ムカムカするんだけど、ロイドっぽい理由っていうかなんていうか……
「ちゃんと知り合って友達になってアンジュの人となりを理解して、そういえばあんなことあったなーあははーって昔話になるくらいに薄めていかないとドキドキしっぱなしなんだ! だから友達になってください!」
勢いに任せてよくわかんない事を言い切ったロイド。
「……み、見ちゃったから友達になろうなんてのは、初めて聞いたかな……」
自分から見せたくせに、アンジュは目を泳がせながら赤いほっぺに手をそえる。
「ダメか!? えぇっとそれじゃ――そ、そうだ! 専属の騎士っていうのはちょっと無理かもだけど、と、友達のピンチとあればオレは全力で駆けつけるぞ!」
「そんな損得で友達作りたくないなぁ……て、っていうか別にダメだなんて言ってないよ……」
まだほんのり赤い顔をロイドに向けて、今度はアンジュが右手を前に出す。
「あたしはロイドをあたしの騎士にするって決めたの。勝負に負けちゃったからその為に行動するのは卒業してからってなるはずだったんだけど――ロ、ロイドが自分からあたしに近づいてくるんじゃーしょーがないよね? あたし、チャンスは逃さないからね?」
後半はあたし――っていうかあたしたちに向けた言葉よね……
「仕方ない、お友達になってあげるよ、ロイド。」
「う、うん。よろしくアンジュ。」
やっと握手を交わした二人を睨むのは別にあたしだけじゃな――に、睨んでないわよ!
「……まったく、アンジュに負けたわたしとしては微妙なところだぞ、ロイドくん……」
「え、あ……ごめん……」
「いいさ、ロイドくんというのはそういう男だからな。妻としてそれくらいは認めようというモノだ。」
「ローゼルさん!?」
「ああ、やっぱり優等生ちゃんはロイドの事……っていうかそれが素なんだねー。」
「そうだ。だからいつまでもロイドくんの手を握っていると凍らせるぞ。」
「ちょっとローゼルちゃん、まるでロイくんのか、彼女みたいに言わないでくれる? ロイくんはボクのなんだから。」
「ロ、ロイドくんは……ま、まだ……でもその内、あ、あたしの……」
「へぇー、商人ちゃんとスナイパーちゃんも……」
そう呟いたアンジュは当たり前のようにあたしの方を見た。
「な、なによ……」
「ふぅーん……」
パッと手を離したアンジュはムズムズした顔をしてるロイドに尋ねる。
「えっと……これであたしは――さっきのロイドの言葉を借りると、ロイドのグループに入ったってことだよね? それって『ビックリ箱騎士団』に入団って事でいーのかな?」
「……いいもなにもないというか……ああ、アンジュも朝の鍛錬する?」
「そーだねー……うん、参加しよっかな。」
そんなこんなで『ビックリ箱騎士団』に新メンバーが加わったところで、次の試合のアナウンスが流れた。
「ん、出番か。」
「待ってるわよ。」
「おう!」
エリルは見事に決勝戦へと駒を進めた。これはオレも続かなくては――そう意気込んで闘技場の舞台に立ったのだが……上から眺めるのと相対するのとじゃ印象が全然違う。
カラード・レオノチス……このイカした全身甲冑の正義の騎士は間違いなく強い。
いや、とんでもなく強いぞ、こりゃ。
『今年の一年生ブロックはいつもと違う! 普段なら名門の騎士の家の名前が出そろうこの準決勝にそんな名前は一つもない! 先の試合では王族と貴族が火花を散らし、この試合では田舎の方からひょっこり現れた十二騎士の弟子と無名に近い騎士の家系がぶつかります!』
無名……ローゼルさんの家みたいに名門として有名というわけじゃないって事か。んまぁ、騎士の家系ってたくさんあるんだろうし、その全てが名門って呼ばれるわけじゃないし……そういう場合もあるか。
『男子最強を決める戦い、カードは『コンダクター』対『リミテッドヒーロー』! 剣が増えたりとまだまだ見せていない曲芸がありそうなサードニクス選手はもちろんですが、やはり注目したいのはレオノチス選手! そろそろ本気を見せるかー!?』
「リミテッドか……」
セルクさんの盛り上げる実況を聞き、正義の騎士は甲冑の中からくぐもった声をもらす。
「いつかはアンリミテッドと呼ばれるよう精進しているが――残念ながら、今は確かにリミテッドだ。おれがこのランク戦で全力を出せるのは一試合のみだからな。」
「えぇ? それってつまり……一晩寝ても回復はしないってことか?」
「三日はかかる。」
「それはまた……じゃあ決勝戦まで取っておくって事か。」
「いいや、おれは今日の試合で全力を出すつもりでいる。」
「えぇ?」
オレの「えぇ?」と一緒に、正義の騎士の言葉を聞いていた観客もざわついた。
「さっき言ったように、おれが全力を出せるのは一度きり。故に、おれはみんなとは違う目標をもってこのランク戦に臨んでいる。勝ち抜き、優勝することは二の次とし――おれは戦いたい相手と全力で勝負をする事を目標としたのだ。仮にその戦いを一回戦で迎える事になったとしても、おれはそこで全力を出す。勝っても負けてもおれのランク戦はそこで終わり――そう決めたのだ。」
「ずいぶんとカッコイイんだな……で、でもそれだとその相手が途中で負けちゃったらどうするんだ?」
「その相手を倒した者と全力で勝負する。まぁ幸い、その相手は負けずにここまで勝ち進んでくれたが。」
「…………ん? あれ、それじゃあ……」
今日の試合で全力を出すって事は……つまり……
「おれにとっての決勝戦は君と戦うこの試合なのだ、サードニクス。」
『な、なんとレオノチス選手、このランク戦における最終目標は初めからサードニクス選手だったようです! というか前の試合もこんな感じではなかったか! デジャヴュです!』
「結果的にはこの準決勝でぶつかる事となった。トーナメントの成績としても満足できるところだし、丁度よい頃合いだろうな。」
「な、なんでオレ……何か知らない内に怒らせるような事を……?」
「いやいや。ただ、君がおれの憧れる騎士、《オウガスト》の弟子だからだ。」
「フィリウスのせいか! あぁ、いや……で、でもそれもまたどうしてフィリウスに……あ、もしかしてレオノチスさんも第八系統の?」
「おれの得意な系統は第一系統だが……あの人は、おれの目指す騎士の姿そのものなのだ。」
「騎士の姿?」
「《オウガスト》と言うと、酒好き女好きの上に命令無視ばかりする不良騎士というイメージだが――」
「えぇ!? フィリウスってそんなに悪いイメージだったのか!?」
「他の十二騎士と比べるとな。騎士としての品格などが問題になる事もしばしば。」
「あいつ……」
「国や軍といった枠組みの中ではきっと扱いづらい騎士なのだろう。だが、それは彼が自身の信念を何よりも優先する騎士故なのだ。」
「!」
「なにものにも縛られず、自身の信じる道に従って剣を振るう。倒さなければいけないと思ったから倒す、守らなければいけないと思ったから守る。政治や領土、地位や名声……そういったモノを全て無視し、ただ己が魂の叫びのままに行動する。どこまでも貫きたい正義があるおれにとっては憧れというわけだ。」
「なるほど……」
そう言われると、確かにフィリウスっていう男はそんな感じの男だ。
「《オウガスト》に鍛えられた君と戦う事で何かを得たい……得られればいい。そう思ったから……勝手で悪いが、目標にさせてもらったのだ。」
「そういうわけか……うん、これは期待を裏切れないな。」
『おお、これは熱いです! では早速始めましょう! 一年生ブロック準決勝第二――』
「ああ、ちょっと待ってくれ。」
セルクさんのお決まりの開始文句を正義の騎士が遮る。
「できればサードニクスが曲芸剣術の構えになってから試合を開始して欲しい。」
『? まー、なんとなくお互いが臨戦態勢になったら始めてるだけなのでいいですが……しかしそれはそちらにとって不利なのでは?』
「おれが全力を出せるのはきっかり三分だからな。その三分間はたっぷりと、全力の『コンダクター』と戦いたい。」
「三分!? え、それだけなのか!? その上三分やったら三日お休み!?」
「ああ。未熟なことこの上ないが。」
三分だけの本気……い、いや、むしろこの正義の騎士の力がその三分間に凝縮されると考えるととんでもないんじゃないか、その三分……
『ちなみに! 全力を出したレオノチス選手は現役の上級騎士三人と互角に戦ったという噂があります! そこんとこはどうなのか!?』
「ああ、あれか。たまたまの偶然が重なって相手をしてもらえたのだ。まぁ、三分を過ぎて力尽きてしまったわけだが。」
『言い換えるとその三分間は勝負できていたということ! これはとんでもないモノが見れそうだー!』
「えぇっと……じゃあこういう事か? 三分間耐え切るしかオレに勝ちはないと……」
「何を言う。三分の経過を待たずにおれを倒せばいい。」
「話を聞く限りじゃ無理そうだけどなぁ……上級騎士三人ってパム三人みたいなもんだろう……勝てる気がしないぞ……」
腰にくくりつけた――いい加減名前をつけたい三本目の剣を空に放り投げ、何度か手を叩く。降り注ぐ二十の剣を風ですくい上げ、残りの二本も加えたオレは二十二本の剣を展開させた。
「おお……近くで見るとその回転の速さの異常さがよくわかる。日の光で刃が光らなければ何も見えない。さらに剣が増えたなら、君は流星の渦の中で指揮する『コンダクター』だな。」
前の試合とは違い、まだ構えない正義の騎士はランスを手にしたままの棒立ちで決まり文句を口にする。
「悪を貫く我が槍。試合とは言え、志を等しくする学友に向ける事を許して欲しい。願わくば、今日の罪がいずれの巨悪を撃ち滅ぼす糧とならんことを……カラード・レオノチス改め、正義の騎士ブレイブナイト、推して参る。」
『お、おう? ブレイブナイトらしからぬ静かな始まりだが――まーいいでしょう! 一年生ブロック準決勝第二試合! ロイド・サードニクス対カラード・レオノチス! 試合開始!』
「おおおおおおおおおっ!!!」
試合が始まるや否や、ランスを天に掲げて正義の騎士が吠える。
「輝け! ブレイブアーップ!!」
カッコイイ掛け声と共に正義の騎士は瞬く光に包まれ、気づけば銀色だった甲冑は黄金となり、全身から魔力というかオーラと言うか、これまた黄金の輝きを放つ。
総じて金ぴかとなった正義の騎士は、ここでようやく槍を構え――
「貫け! ブレイブチャーァァジ!!」
あたしの、ガントレットを使った攻撃を外から見てる気分になった。金色に輝き出したカラードが槍を構えて技名っぽいのを叫んだ瞬間、その輝きは一筋の光となって真っ直ぐにロイドの方へと閃いた。その速さについてこれない空気が遅れた衝撃波となって光が走った後を砕く。
そんな超速の一撃は壁か何かに突き刺さったのか、観客席――どころか闘技場そのものをゴゴゴと揺らす。そんな揺れに慌てる観客の悲鳴やらなんやらの中、砂ぼこりを吹き飛ばしながらロイドが空中に顔を出した。
「な、なんだ今のは! エリルくんのマネか!」
「あたしよりも断然上よ……」
やばか――
「ブレイブチャーァァジ!!」
さっきのとんでもない一撃を避けられてほっとするのも束の間、地面からオレのいる空中までまるでミサイルか何かのように真っ直ぐに跳躍する正義の騎士。
重たい甲冑を身にまとっているというのに一回の踏み込みで弾丸のような速度になった正義の騎士をなんとかかわすが、どういう原理なのやら、空中の――空気? を蹴って方向転換して再びオレの方に向かってくる。
「どわっ!? こ、これでもくらえ!」
剣の全てを迫る正義の騎士に叩きつける。高速回転している無数の剣を上から下へ、ハンマーのように打ち下ろしたその一撃は正義の騎士に直撃し、騎士は地面へと叩きつけられた。
しかしそれで安心していたら二の舞。オレはすぐさま着地して正義の騎士の――ランスの間合いに入るあたりまで近づいた。
『距離を取っていてはあの突進にいずれやられてしまう! その判断からか、ブレイブナイトと近距離戦闘をする覚悟の『コンダクター』! しかしそれはブレイブナイトの間合いそのものだー!』
すぐに起き上がった正義の騎士は近づいているオレに驚きもせず……っていうか顔が見えないからわかんないんだが、とにかく焦る事もなくランスを構えた。
そして――
「おおおおおおっ!!」
「はあああああっ!!」
始まる近接戦闘。ランスは剣ではないから間合いに入ってしまえばその刺突を受ける事はない。ただ、巨大な鉄の塊であることは確かで、横に振るわれたそれを受ければ普通に大ダメージ。
リリーちゃんがやろうとしたように、甲冑の隙間めがけて全方位から剣を飛ばしていくのだが黄金に輝く正義の騎士の槍捌きはおそろしく、その全てに対応しながらもオレへの攻撃を忘れない。
特殊な魔法とか特別な武器とかそういうのではない、純粋にハイレベルの戦闘技術と桁違いのパワー。
なんかエリルと似てるな。
『名のある剣士同士の剣戟のような激しさだが、方や武器も自分自身も宙を舞い、方や重量級のランスを軽々と振り回す! そんな二人の近距離におけるせめぎ合い!』
本当にすごい。風で目いっぱい加速した状態で、オレは背後で剣は正面から――みたいに色々と工夫しているのにそれにも対応してくる。このレベルの高さはどこかプリオルを思い出す。
その上、時々どんぴしゃのタイミングでランスを突き、飛ばした剣を砕いている。
プリオルからもらった剣が生み出した……というか増えた分の剣は、破損するとパッと消えてなくなる。そうなったらオレはもう一回手を鳴らして消えた分を補充するんだが――この数十秒の攻防の中で既に十回くらい手を叩いている気がす――
「!!」
ふいをつかれた。ランスを突き出した直後、正義の騎士が手を離してランスの横に並ぶ。ランスの間合いに集中していたオレは、ランスを空中に置いてけぼりにしていきなり殴り合いの距離に近づいてきた正義の騎士に対し、反応が遅れた。
「撃ち抜け! ブレイブブロォォォゥゥッ!」
『だぁー!! ブレイブナイトの右ストレートが『コンダクター』のお腹に突き刺さるー! これは決まったかー!』
殴り飛ばされた。思いっきりの向かい風と圧縮した空気のクッションで何とかパンチの威力を殺せたけど――それでも相当痛いし、正義の騎士から離れてしまった。
このままだと突進が来る――!!
「『アディラート』っ!!」
最大風速で最大限まで加速させた回転剣を、正義の騎士めがけて真っ直ぐに一斉発射。ランスを手にしてまさに突進の態勢に入っていた正義の騎士は、即座に構えを戻して迎撃の姿勢をとる。
「刻め! ブレイブラーッシュ!!」
『ブレイブナイトの鉄拳をくらって終わったかと思いきや! 風を上手く使って防御した様子の『コンダクター』! そして間髪入れずに回転剣をガトリング銃のように連続発射! 銀色の光線と化した超速の剣を、しかしながら黄金の連続突き――もはや目にも止まらぬ速度で繰り出されるランスのラッシュで向かい撃つブレイブナイトーっ!』
弾かれたら旋回させてもう一度飛ばす――それを繰り返す事で、まさにセルクさんの実況通りガトリング銃のような掃射で全弾ならぬ全剣を撃ちこむが、ラッシュの壁を作っている正義の騎士には届いていない。
エリルもそうだけど、この人も大概デタラメだ。
攻撃を維持したままなんとか着地し、連射の速度を上げようと右手を前に出しながら正面を見たオレは、おそらく着地した時に一瞬攻めの弱まったオレの『アディラート』のわずかな隙を利用してその構えを変えている正義の騎士にゾッとした。
「射抜け! ブレイブストライクッ!!」
突進したらこの剣の集中砲火を一身に浴びる事になる……それはまずいと判断したのか、正義の騎士は手にしたランスをオレに向けて思いっきり投擲した。
大砲のように飛んできたランスはものすごい速さで、着地してすぐだった事も重なってオレは満足な回避ができず――
「ぐあああっ!!」
脇腹に走る痛み。ランク戦でなかったら腹がえぐられていた――というこれまたデジャヴュな事を思わせるとんでもない一撃がオレの横を通り過ぎて後ろの壁に突き刺さった。
このダメージはかなりやばいけど、それよりもこれによる隙が致命的。すぐにでも正義の騎士が近づいて来て渾身のパンチを打ちこんで来るだろうと顔をあげたオレはちょっと驚いた。
『『コンダクター』の連射攻撃に対してランスの投擲をしたブレイブナイト! 直撃はしなかったものの、かなりのダメージを『コンダクター』に与えたようだが――しかし! 投擲したランスで弾き切れなかった剣がブレイブナイトに襲い掛かったー! なんという事でしょうか! 剣が――剣が二本ほど甲冑の上から突き刺さっています! 黄金の騎士、ここで膝をついたー!!』
「すごーい! ロイくんてばあの甲冑を切っちゃったんだ!」
「まぁ……リリーくんの細腕でナイフを突き立てても貫けないかもしれないが、ロイドくんの回転剣なら可能かもしれないな。」
「でもあの甲冑、無駄に金ぴかしてるわけじゃないでしょうし……強化されてるはずよ。それでも貫けるなんて……」
「ロ、ロイドくんの剣が……回転の、速さが……す、すごいんだろうね……」
「ぐ――ぉ、おおおおおおっ!!」
痛みを殺すように雄たけびを上げながら堂々と立ち上がる正義の騎士。剣が刺さっているのは肩と脚。致命的ってわけではないけど攻撃力は落ちる――はず……たぶん。
いや……ダメだな。そんな希望は持たない方がいいだろう。
プリオルみたいな明らかな格上というわけではない。だけど――いや、だからこそ、ある程度実力が近いから余計に大きく感じるこの騎士の強さは本物。
ああ……フィリウスはよく、強い奴と戦いたい的な事を口にしていた。弱い相手には強くなって出直せとも言う。ああいう感じの――なんていうか、戦い好き? 的なのじゃオレはないと思ってたんだけどな……
ちょっと楽しくなってきたぞ。
「駆けろ! ブレイブダァァッシュッッ!」
ただのダッシュにすら技名をつけるところにちょっと感動する暇もなく、正義の騎士はパッと視界から消えてしまった。
「――っつ!! させるか!」
エリルのように、投擲したランスを回収しに行くのだと思ってそっちの方を向いたオレは――背後にズシリとした気配を感じて判断ミスに気が付く。
「ブレイブブロォォォゥゥッ!!」
緊急回避――!!
『あびゃ!? な、なんだ今のはー! 思わず変な声が出てしまったぞー!』
「うえぇ? ロイくんてば、なんか物理的に変な動きしたよ?」
「瞬間移動するリリーくんに言われたくはないだろうが……確かに、あの甲冑くんの繰り出したパンチの方向とロイドくんが飛んでいった方向が直角くらいずれているな。」
「たぶん、自分の身体を突風で飛ばしたのよ。ロイドの周りには剣を回すための風がいつもあるしわけだし……」
「で、でもいきなりだったから……ちゃ、ちゃんとセーブできなかったみたいだね……」
「いって……」
自分でやったから誰にも文句を言えないんだが……壁に全身を叩きつけたオレは、身体のあちこちに痛みを覚えた。突風で吹っ飛んで壁に突撃したわけだから当然なんだけど……でも、その痛みがすぐに引いて行くのを感じた。気づけば脇腹の痛みも小さくなってきている。
身体を治癒してくれる剣に増える剣。我ながらずるいマジックアイテムを持ちこんでいると思うんだが……このランク戦にその辺りの規制はない。
実戦になればずるいも何もない――という理由らしい。
「……やれやれ……」
オレが立ち上がって前を見るのと、正義の騎士が壁に刺さったランスを引き抜くのはほぼ同時だった。
折角ちょっと有利になったのにあっという間に戻ってしまった。しかし不思議な事に、残念には思うけどやっちまった感はない。
つまり……それほど「やばい」と思っていない。変な感じだけど……悪くはない。
なるほど、どうやらオレは、その辺りもフィリウスの弟子らしい。
「はあああああっ!」
無数の回転剣を従え、オレは正義の騎士に向かって自分の身体を風で飛ばす。それに対し、正義の騎士もまた、やる気満々にランスを構えた。
「ブレイブラーッシュ!!」
黄金の突きの壁に回転剣をぶつけ、オレ自身は背後にまわるが、ある程度回転剣を迎撃したところで残りは身体をひねりながらかわし、ついでに背後のオレに回し蹴りを繰り出す正義の騎士。それを風で押し返しながら、身体を風に乗せて飛び越えるオレ。
そこから先はほとんど反射行動。直感で避け、直感で攻撃。フィリウスとの修行で、エリルたちとの朝の鍛錬で、学院の授業の中で、セルヴィアさんやプリオルみたいな圧倒的な強さとの戦いで、とにかく色んなところで身につけてきた全てを出し切る。
やっぱりなんか楽しい。これは――ああ、そういえば、エリルと朝の鍛錬で手合せする時の感覚に近いな。
友達……ライバル……なんかそんな感じの熱いモノ……
…………しかしなんだろうか。そんな感じに結構気分がいいんだが……どうした事だろうか。
右目が痛い。
『お――驚くべきはこれが決勝ではないという事! 一年生ブロックであるという事! なんというハイレベル! 実力の近い者同士の戦いはこういう激しい攻防の応酬になるものですが――この二人はなんという高い領域で拮抗しているのか!』
「――! ふふふ、鳥肌が立つ……すごい戦いだな。あの片方が我らの団長、のほほんロイドくんというのが妙な気分だが。」
「でも……ちょっとロイド、魔法の使い過ぎのような気がするわね……」
「ロイくんも熱くなってるのかもね。ちょっと新鮮だなー。」
「……あ、あれ……?」
「ん、どうしたのだティアナ。」
「え、えっと……ロ、ロイドくんが今同時に使える剣って……二十くらいだよね……」
「そのはずよ。」
「で、でも今、あそこを飛んでる剣……四十くらいあるよ……」
魔法による負荷か。純粋な疲労か。段々と動きが鈍ってきてちょいちょいかするようになってきた正義の騎士のランス。だけどそれは相手も同じらしく、甲冑の隙間への攻撃がちょっと入りそうな瞬間が増えてきた。
『あー! 気づけばそろそろ二分! 残りはあと一分!!』
その言葉を聞いた時、オレと正義の騎士はふと目が合った――気がする。たぶんヘルム越しではあったけど合ったんだろう。その瞬間、オレたちはある事に合意したのだから。
『お!? 両者が距離を取ったー! これは――もしや最後の一撃を放つつもりかー!?』
試合が始まった時くらいの距離をおいて再びオレと向かい合った正義の騎士は、天に向かって力強く叫ぶ。
「煌めけ! ブレイブアーップ!!!」
正義の騎士を包む金色の光がその輝きを増す。ビリビリとした圧力を周囲に散らしながら、ガシャンと地面を踏み、腰を低くし、ランスを構えた正義の騎士――ブレイブナイト。
『これはー!? 残り一分をかけて消費するはずの力を引き出したのか!? この一撃に文字通り、全てをかけると!!』
「――騎士の決着は、やっぱり槍だよな。」
風を巻き、螺旋を組み、そこに全ての剣を乗せる。プリオルが言うに、これは相手を――原形を留めない状態にまでしてしまう技。だけどここは学院長の魔法のかかった闘技場だから安心……のはず。我ながら、後から考えると危ない事を思っていた。
というかそもそも、オレに向けて全力をぶつけようとしている相手にオレも全力をぶつけたいと……そう思ったのだ。いや、ぶつけないといけない。
狙いを定めるように左手を前に出し、右手と、その後ろで渦巻く槍を深く構える。
『まるで荒野のガンマン! それではこのセルクが合図を出しましょう! お互いに睨み合ってー、レディ――』
ふっと、周りの音が消え、周囲から色が無くなる。見えるのは黄金の輝きのみ。
ここ最近で一番の集中。オレは――
『ファイヤーッ!!』
「ブレイブチャーァァアァアァァッジッ!!!」
「『グングニル』ッ!!!」
その時、闘技場を走ったのは二つの閃光。白銀の槍と黄金の槍。その先端が触れた瞬間、一点に込められた膨大な力が弾けて闘技場を揺らした。
「「おおおおおおおおおっ!!」」
二人の叫び声がかろうじて聞こえる衝撃の嵐の中、二本の槍の一瞬の均衡は崩れ、白銀と黄金が一直線に交差した。互いが互いを削りながら、そこに込められた力を散らす。そして、無数の剣が闘技場の舞台に降り注――
「な、なによこの数……!」
闘技場の舞台や壁に次々に突き刺さっていくロイドの剣は、さっきティアナが言った四十とかじゃすまない数。もしかしたら百くらい……
「! 二人だ!」
激突で生じた砂煙はロイドの風のせいですぐに吹っ飛び、あたしたちはすぐに舞台の状態を見ることができた。
舞台の中央、あたしが言うのもなんだけど粉々になった地面の上。仰向けでぜーぜー言ってるロイドと片膝をついて肩で息をしてるカラードがそこにいた。
このランク戦、どんなにすごいダメージでも血が出るとかはないし、服もやぶけたりしない。だからこう……イマイチロイドのダメージがわからないんだけど、たぶん相当なモノのはず。
そしてカラードは、その甲冑がところどころ無いっていうか欠けてるっていうか……周りに壊れた甲冑の一部が転がってる。そして何よりも印象的なのは――途中で砕けて折れているランス。
結果はどうなったのか。セルクまでもが黙りこんで、あたしたちはその二人を見つめた。
「まさか……三分前に終わるとは……いや、それほどに力を引き出さなければいけなくなるとは……あと三十――いや、十秒でも長く全力でいられたなら……」
「ははは……勘弁してくれ……こっちもギリギリなんだから……」
「それは……惜しかった……しかし……少なくとも、今日はそちらが強かった……」
「……」
「次……は、おれが……勝つ……」
その言葉を最後に、片膝をついてたカラードはそのまま横にガシャンと倒れた。
『け、決着ーっ! 全てを出し切った両者、戦えるかと言われるとどっちも無理そうではあるものの、今もまだ意識があるのは一人だけ! 一年生ブロック準決勝第二試合! 勝者、ロイド・サードニクスー!!』
勝った。この正義の騎士に勝った。途中、妙にテンションが上がっちゃってだいぶ無茶したような気がするけどとにかく勝――
「……?? え、なんだこの剣の数……」
寝っ転がってる状態で首を左右に動かす。視界に入る分の数だけでも二十は軽く超えている。
「やば……だいぶどころじゃなくて、相当無茶したらしいぞ、オレ。」
「……おい、なんだその、その役目は私たちがやるはずだったのにー的な目は。」
ケガはないけど、たぶん魔法の使い過ぎのせいで立つ事も出来ないロイドは……なんでか先生に運ばれて闘技場から出てきた。
「ロイドは防御魔法破壊してないじゃない……」
「サードニクスもレオノチスもそろってぶっ倒れてんだから仕方ないだろ? それに、ちょっと気になる事があってな。ほれ、返すぞ。」
ぞんざいに放り投げられたロイドはあたしにしがみつく感じになっ――
「ばばば! いきなり投げるんじゃないわよ! て、ていうかバカロイド!」
「はははー。エリルくんでは大変そうだなー。よし、わたしが肩を貸そうー。」
貼りつけた笑顔であたしからロイドをひょいと取り上げるローゼル。色々言いたい事はあったんだけど、先生がはははと笑ったから言いそびれた。
「しかしまぁ嬉しい事だな、自分のクラスの生徒の活躍を見るというのは。」
「そうですね。それに決勝戦もそんな二人の戦いですし。」
コロッと優等生モードになったローゼル。だけど先生は微妙な顔をした。
「……思うに、そういう展開にはならないだろうがな……」
「? どういう意味ですか?」
「そうだな……ま、勉強の一つだな。」
セイリオス学院のランク戦が佳境を迎えている頃、どこかの国のどこかの森の中。散歩用に設けられている小道の上、知る者が見ればその面子に腰を抜かすような人物らがぼうっと立っていた。
「日頃の行いは良くないはずなんだがな。どうしてこうなった。」
そう呟いたのは一人の老人。両脇にしか残っていない白髪を翼のように整え、光を反射する頭頂部を持つその老人は、散歩道には似合わない白衣を着ていた。
「なんて美味そうな……極上でさぁ。」
老人の隣でよだれを垂らしているのは太った男。身長よりも横幅の方があると思われる団子のような体形のその男は、顔の肉が垂れ下がっていて外からは見る事のできない目をギラリと光らせ……目の前に立つ人物を見つめていた。
二人はある人物を探しており、その人物の目撃情報のあった場所を片っ端から練り歩いている。
そんな時、ごく最近にその人物を見たという情報が入って来た為、早速その場所――森の中にやってきた。
とは言うものの、そう簡単に見つかる人物ではないので半分以上ダメ元で歩いていたのだが――
「なんともまぁ、妾にとってはこれ以上のない退屈な組み合わせよのぅ。」
老人と太った男は目当ての人物に遭遇した――いや、してしまった。
その人物は、二人とは天地がひっくり返っても釣り合うの事のない絶世の美女。男女問わず、欲情を通り越した崇拝を生みかねない完全性を持つ芸術的なプロポーション。それを踊り子のような露出の多い衣裳で包み、さらにシースルーの黒いベールを羽織っている。
口元を布で隠している為、彼女の地肌を見る事のできる唯一の場所である前髪と鼻の間の隙間からは黒々とした眼と褐色の肌がのぞいている。
国すら傾けるであろう美貌ではあるが、しかし彼女の前に立っている二人の男の反応は普通とは異なるモノだった。
「ケバルライ、あれは間違いなく極上の肉でさぁ。いやぁ、姉御も人が悪いでさぁ……こんなごちそうをおあずけして持ち帰るだけだなんて……」
「うまさはわからんが……しかし、ここ数十年の間ご無沙汰だったワレの息子がうずいている。こんなじじいまで現役に引き戻すとはな。強力なフェロモンでも出ているのか?」
「やれやれ……女が人肉にしか見えぬ肉塊と精力枯れたお迎え待ちが妾に何の用かのぅ?」
「ワレらに用はない。が、ヒメサマが連れてこいと言うからな。」
「姫様? ほぅ、主らそのような風体でどこぞの従者であったか。」
「違うでさぁ。ヒメサマはケバルライがそう呼んでるだけでさぁ。あっしは姉御と呼ぶんでさぁ。」
「姉御? ではどこぞの暴力団の鉄砲玉か何かであったか。」
「いやぁ――いや? 意外とそれであってる気がするでさぁ。」
クスクス笑う美女を前に、しかし探し人を見つけたはずの二人は――少なくとも老人の方は困った顔をしていた。
「しかし……これはまずいな。場所が判明したら双子に連絡して全員を呼ぶ手はずだったろう? だと言うのにいきなり顔を合わせてしまった。バーナード、ワレら二人だけでなんとかなると思うか?」
「え、ケバルライもついに女の味がわかるようになったんでさぁ?」
「食べきれるかどうかの話はしていない。言う事を聞かせる為の暴力が、ワレらだけで足りるかという話だ。」
「……事情を話したらすんなり来るってこたぁないんでさぁ?」
「事情とな? 主らのような退屈な者を寄こすお姫様の用事……どれ、言うてみよ。」
「悪いが用も知らん。できればかわいい後輩のお願いと思い、黙ってついてきてくれると嬉しいな。」
「後輩?」
首を傾げた美女は少しの間その状態を維持し、そしてパンと手を叩いた。
「ようやっと理解できたぞ。なるほど、彼女の鉄砲玉であったか。いやはや懐かしいが……しかしよりにもよって彼女が妾に用なぞあるわけがないのだがのぅ?」
「そうでもない。今やヒメサマは恋する乙女だからな。」
「ほぅ、それは興味深い。彼女の惚れた男、是非会ってみたいものだが……しかし生憎、彼女自身には会いとうないのぅ。すまぬがお引き取り願おぅ。」
「そんなにバッサリと断る事はないだろうに。」
「そうでさぁ。ちょっとした同窓会……里帰り……的な何かと思えばいいでさぁ。ああ、でもその前に――もう辛抱たまらんでさぁ! ちょっとその腕辺りをかじらせて欲しいでさぁ!」
「おっかないのぅ。妾、戦いは好まぬのだ。」
よだれを垂らす太った男とそんな相方に呆れ顔の老人がゆらりと戦闘態勢に入った時、美女はぼそりとこう言った。
「『恋は盲目』。」
「……んん? おい、どこに行った?」
「ぶへへ――あひ? じゅる、あ、あれ? どこに消えたでさぁ。」
妙な事に、相変わらず目の前に美女は立っているというのに二人は辺りをきょろきょろと見まわす。まるで二人には美女が見えていない――見えなくなったかのように。
「おお……これが王の力というやつか。魔法の気配は一切なかったぞ。」
「ど、どうするんでさぁ! この――この湧き上がった食欲は!」
感心する老人とあたふたする太った男の横をすたすたと通り過ぎながら、美女はぼんやりと空を見上げる。
「彼女に赤い糸があるなら見てみたいものではあるがのぅ……九分九厘、滴る血の見間違えにしかならぬ。」
騎士物語 第四話 ~ランク戦~ 第五章 お嬢様と正義の騎士
口からビームは書いてて面白かったですね。まさかアンジュが放つ事になるとは思いませんでしたが。
そして正義の騎士のカラード。私、正義を掲げる熱いヒーローが好きなので、他の作品にもちらほらいるタイプだったりします。