僕は本当にちっぽけな存在だ

僕は本当にちっぽけな存在だ。

昔から、星空を見るのが好きな青年がいた。
彼にとってそれは、自らの小ささを再確認する戒めでもあり、自分を奮い起こすエネルギーの源でもある。

だから、青年は、星空を見るのが好きだったのだ。
青年はやがて宇宙飛行士になった。
そして今は、二人の仲間と共に、かつて眺めているだけだった星空から、母なる大地を眺めている。

「おー、流石に綺麗だなぁ、青い地球は」

今のは、黒人のマイケルだ。

「ああ。星空を見ている時と同じ気分だ。僕は本当にちっぽけな存在だなって、そう思うよ」

「そのセリフ、流石に聞き飽きたわ」

こっちは、白人のアレックス。
二人は宇宙船の外で、小さな無人ステーションの修理をしている。
そして、船の中からその指示を出しているのが、青年こと、タケルだ。

「じゃあ、それが終わったら作業は全て完了だ。気を抜かずに頼むよ」

「ああ、もちろんさ」「ええ、もちろんよ」

今回の任務は、宇宙にあるステーションの補給と修理。
タケルは、最後の作業報告をする。

「こちらは、宇宙船オービタ。現在、問題なく最後の作業に取り掛かっている。どうぞ」

「……確認した。終わり次第、再度報告してくれ。どうぞ」

「了解した」

「何度も言うが、お前の手元にある機械は、全て地球の引力が加味されていない」

「地球に近い座標にいる今のタイミングでは、計算は合わない。気を付けてくれ」

「了解。分かってますって。訓練ではトップだったんです、信頼してください」

「もちろん、信頼はしているよ。では、通信は以上……」

地球からの通信に、ノイズが混じる。

「……待ってくれ。10時の方角に……」

「……聞こえません、もう一度お願いします」

「おい」

タケルが次に聞いたのは、返事ではなく、マイケルの声だった。

「10時の方角に光が見える。確認してくれ」

機材から身体を離し、窓から光を確認する。

「……確認した」

タケルはそう言って、身体を元の位置に戻す。
様々な手段で通信を試みている内に、簡易的な方法で、地球から情報が送られて来た。

「たった今、地球から情報が送られてきた。それと照らし合わせると……」

「……どうやら、理由は不明だが、ロシアが自国のステーションを自爆させたらしい」

「その破片が15分後にこちらに到達する。でも大丈夫だ。この軌道なら逸れる」

この時。
タケルは、数値を過信していた。
昔からそうだった。
星空を眺めるほどのロマンチストながら、理論や数字に全て答えが書かれていると信じて疑わない。そんな人格だった。

「しかし、念のため急いで作業を終わらせてくれ」

「ああ、分かった」

「本当に大丈夫なの? 判断を誤れば最後、私たちの命はないのよ?」

「……ああ。理論上は大丈夫だ。間違いない」

「……その言葉、信じるわ」

窓から見える二人は、協力して素早くボルトを締めている。
タケルは、判断を間違えていた。
その事は、否が応でも、すぐに思い知る事になる。

「待てタケル……光の拡大が予想より圧倒的に早い!! まずいぞ!!」

「なに……? くそ、地球の引力で引き寄せられてるのか……! 作業中断! 宇宙船へ戻れ!」

「これさえ終われば……くそ! 早く締まれ!!」

「マイケル! 今すぐ中断だ! ステーションを放棄するんだ!」

「大丈夫だ! 終わらせてや……」

ブツリと。耳をつんざくノイズが、タケルの耳を走った。

「おい。マイケル? マイケル!!」

「タケル! マイケルに破片が……あぁっ」

「良いから引き上げろ!! 船に戻るんだ!」

「今やって……」

2度目の、強いノイズ。
僕は本当にちっぽけな存在だ。

「僕のせいだ……僕が、悲観的な判断を先送りにした」

丸い窓の外は、灰色の雨。
船から発している沢山の揺れやエラー音は、今の僕には聞こえない。

「僕は、数字を信じ過ぎたんだ……」

メインシステムは落ちている。切り離しすらも出来なかった。
後は地球の引力の赴くままに。
大気圏で、消し炭になるだけだ。

「僕は本当に、ちっぽけな存在だった」

僕は本当にちっぽけな存在だ

僕の大好きな短編形式でのSFでした。
自分自身の醜さとか、宇宙の神秘とか、人間の愚かさとかを書いてみました。
実は、飛行機の中で書いたものをまとめたものだったりもします。

僕は本当にちっぽけな存在だ

僕は本当にちっぽけな存在だ。 そう繰り返す青年がいた。 彼は自分を正しく認識しているはずだ。 彼は宇宙飛行士として、とても優秀なのだが、壮大な宇宙には、果たしてその優秀さが通用するのか。 彼は、自分を正しく認識しているはずなのだ。

  • 小説
  • 掌編
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-21

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