騎士物語 第四話 ~ランク戦~ 第四章 準々決勝
第四話の第四章です。
タイトル通りです。準々決勝の四つの試合をお送りします。
『ビックリ箱騎士団』以外の勝ち残り生徒の実力のお披露目ですね。
第四章 準々決勝
ランク戦も佳境の準々決勝の今日、この日。先の休日に受けた攻撃のダメージは深く、未だにオレはぎゃああああっ!!
「ローゼルちゃんくっつきすぎだよ!」
「んん? 距離的にはリリーくんと同等――おや、これは失礼。胸の分、そう見えるのだな。」
朝ごはんを食べる為に学食へ行こうと部屋の扉を開けた瞬間、リリーちゃんとローゼルさんに左右から抱き付かれたというかぎゃあああっ!
「あ、あんたたち、朝っぱらから何やってんのよ!」
普通に燃える拳を振り回すエリルのおかげで、二人はパッと離れてくれた。あぁ、朝から心臓に悪い……
「ふふふ、遠慮している場合ではないのでな。それはそうとおはよう、ロイドくん、エリルくん。」
「順番おかしいわよ!」
「お、おはようローゼルさん……」
「おや? どうして目をそらすのだ?」
「――!! い、一日あいただけじゃまだ無理です……! し、しばらくはローゼルさんの顔見れません!」
「ふむ。ちょっと残念だが――ま、わたしを意識するのは良い事だ。存分にドキドキするといい。」
顔は見れないけどすごく上機嫌なのがわかるローゼルさんの後ろ、ティアナが少しげんなりしていた。
「あれ……ティアナ、大丈夫?」
「……おとといからロゼちゃん、今までにないくらいに……楽しそうっていうか、嬉しそうっていうか……すごくテンションが高いの……」
「ふ、ふん! 告白したくらいで浮かれちゃって!」
「はっはっは。告白したからではなくて、ロイドくんに色々もらったり――色々したりしたからさ。」
「あ、あんたがどんだけハイテンションでも別にいいけど、ロ、ロイドにだだだ抱き付いたりするんじゃないわよ! 鼻血吹いて気絶するでしょ!」
「朝から楽しそうだねー。」
オレとエリルの部屋の前だから、言い方を変えるとこの女子寮の入口でわーわー言っていたオレたちの後ろに、ニンマリほほ笑むアンジュが現れた。
「とうとうだねー。今日はよろしくね――優等生ちゃん。」
「……そうですね。」
コロッと優等生モードになるローゼルさん――ってあれ? という事は……
「もしかしてローゼルさんの今日の相手が……?」
「ええ。」
ローゼルさん対アンジュ……魔法の系統で言えば水対火。そこだけ見るとローゼルさんの方が有利に思えるけど、氷ってのを考えると火の方が有利のような気もしてくるし、そもそもエリルみたいに火そのものを使わない戦い方をするかもしれない。
「うふふ。でも残念だねー。あたしと優等生ちゃんじゃ相性が最悪だよ? もちろん、優等生ちゃんにとってあたしがね。」
「……そうですか? やってみないとわからない事もありますよ。」
「ふふ、じゃーまたあとでねー。」
長いツインテールを揺らしながら、寮をあとにするアンジュ。
……そういえばいつ見ても一人のような気がするな……
「……ま、なんにしたってここまで残ってるんだから弱くはないわよね……あの女。」
「そうだな。苦戦は必至――という事でロイドくん。今日もご褒美を用意してくれると嬉しいな。」
「うえぇっ!?」
「ボクも! デートしよう、ロイくん!」
「えぇ!?」
「ロイくん争奪戦が激化する今! ボクはロイくんに攻撃を仕掛けたいんだよ!」
「そういうのを本人に言う!? で、でも――」
「ローゼルちゃんとはしたのに! 不公平!」
「うぅっ……」
うるうるした目でオレを睨むリリーちゃんはかわい――じゃなくて、どうあっても引き下がらない感じで……
「わわ、わかっ――たよ……ラ、ランク戦が終わったら――お、お出かけしよう……」
「やったー!」
ロイドの事だから、きっとこう――色々とうしろめたさ全開なんだろうけど、テコでも動かなさそうなリリーに負けてロイドはデ、デートの約束をした。
「ロイドくん。わたしは――」
「ロ、ローゼルさんにはジュースをおごります! どうですか!」
何かとんでもない事を言われる前に目をぐるぐるさせてそう言ったロイドに対し……文句を言うかとも思ったけど、そんなロイドを見てクスクス笑ったローゼルは――
「まぁいいだろう。きっとロイドくんの事だから、まさか学食で一杯というはずはなく、とても美味しいオリジナルのジュースを出すお店に連れて行ってくれるのだろうからな。」
「えぇっ!?」
コロコロとロイドを言いくるめ、結局デートみたくしてしまった。
根本的にロイドが押しに弱いっていうのもあるんだろうけど、ローゼルとリリーが押しすぎのような気もする。もしかしたら一番……いいのかわるいのか、極端な組み合わせになっちゃったのかもしれないわね。
でも……同じ人を好きになって、そういう事が周りにも相手にも知られてて、しかもライバルもいるのに前と空気が変わらないで……むしろ前よりいい意味でバチバチしてて仲良さそうで……そういう変な状態になっちゃうのも、ロイドのいい所のひと――な、なに考えてんのよあたし!
「あぁ……何かオレ、二股かけてる感じの最低な男になってないか……」
「言っておくが、今はともかくわたしのモノになったら浮気は許さないからな。」
「ボクもだからね!」
「ど、どう反応すればいいんですか……」
「い、いつまでこの話題なのよ! 今はランク戦の事考えなさいよ!」
「そ、そうだ! エリルの言う通り! 今日はよろしくな、ティアナ! 負けないぞ!」
「……あ、あたしが勝ったらご褒美はあるの? 団長……」
「ティアナまで!」
今日のランク戦。準々決勝の組み合わせは……あたし対カルク、リリー対カラード、ローゼル対アンジュ、そして――ロイド対ティアナ。
「ご褒美って……いや、でもティアナは強いからなぁ。むしろオレが勝ったらご褒美をもらいたいくらいなんだけど。」
まだ勝ち残ってる生徒として周りからなんとなく視線を感じる学食で朝ごはんを食べながらロイドはそう言った。
「オレの剣って、結構速く回転させたり飛ばしたりするけどティアナには見えてるだろうし、なんか剣を全部撃ち落とされそうなんだよなぁ。」
「み、見えてても……あんな風にあっちからこっちから飛んで来たら……あ、あたしもどうしたらいいかわかん……ないよ……」
「まぁ、二人は互いをほとんど知り尽くしてる感じだからな。夏休みの成長でまだ見せてないモノの見せ合い合戦になりそうだが――まぁ何にせよ、色々な意味でいい勝負になるだろうから思い切りやればいい。」
「問題はあたしたちね。ローゼルはあの女、あたしは実況してた生徒、リリーは――噂じゃ一度も魔法を使わないでここまできた奴。」
「なるよーにしかなんないよ。」
「余裕ね、リリー。」
「これでも元暗殺者集団の一人だもん。」
……ついこの前まで頑張って隠してたクセに、ロイドが認めてくれた途端にこれってすごいわね、リリー。
「相手の背後に移動してスパッ。リリーくんは今までこれで勝ってきているものな。」
「たまにいい反応するのいたけどね。」
「で、でも反応っていうなら……そ、そのカラードっていう人、すごい達人みたいだし……」
「うーん……でも首さえ見えてればどうにかなるよ。」
「怖いこと言うわね……」
「まー半分冗談としてさ、ティアナちゃんが戦ったフィルさん的マッチョみたいに全身強化したって攻撃が通る場所はあるわけだし、昔の騎士みたいに全身甲冑着るようなのじゃなきゃボクの短剣は通るでしょ? なんとかんなるよ。」
「なんとかなるのかしら、あれ。」
一年生ブロック準々決勝第一試合。第三闘技場で始まった今日の戦い……スクリーンに映るリリーの顔はひきつってた。
『おはようございます! 第三闘技場の実況、セルクがお送りします一年生ブロック準々決勝、最初の戦い! これまでのほぼ全ての戦いを急所への一撃で終わらせてきたトラピッチェ選手に対するは、これまでの全ての戦いで一度も魔法を使っていないレオノチス選手! なかなか盛り上がる二人なのですが――しかしどうであれ、レオノチス選手が登場するだけで自然と盛り上がるものです!』
もう一つのスクリーンに映るカラード・レオノチス、通称『リミテッドヒーロー』は……甲冑を身につけていた。もちろん、ヘルムもつけての完全武装。長いランスに加えてマントまでたなびかせるその姿は、遥か昔に馬にまたがっていた本当の意味での騎士そのものだった。
「か、かっこいい……」
隣に座るロイドが目をキラキラさせる。
どうも準々決勝は、学年ごとに分かれてはいるんだけど各学年内で同時にやる試合はなくて、だからリリーの試合をあたしたちはそろって見てた。
「なんと言うのだこういうのは。口は災いの元か?」
「単純にリリーの思う最悪の相手ってだけよ……」
リリーの短剣は――よくわかんないけど、どうやら位置魔法が使いやすくなる仕組みがあるらしいんだけど、切れ味とかは普通の短剣と変わんない。それにリリーは他の系統の魔法がそんなに得意じゃないっぽい。
つまりリリーは、完全武装してはいるけどもしかしたら魔法とかなら効果があったかもしれないフルプレートアーマーに短剣一本で挑むって状態……どうするのかしら。
「でもすごいなぁ。甲冑って全部着たらかなり重たいだろ? 下手したらハンデになりかねない状態なのに魔法無しでここまで来たってんだから……これは本当に強い相手だぞ。」
『さぁさぁ、もったいぶらずに試合を始めたいと思いますが――みなさま静粛に! レオノチス選手の試合を見た事のある方ならご理解いただけるでしょう、どうか周りの初体験の方々に静かにするように言ってあげて下さい!』
「む? どういう事だ? あの甲冑くんが何かするのか?」
ローゼルが首を傾げていると、リリーと向かい合ったカラードがゆっくりと手にしたランスを……天に掲げた。
「悪を貫く我が槍! 試合とは言え、志を等しくする学友に向ける事を許して欲しい! 願わくば、今日の罪がいずれの巨悪を撃ち滅ぼす糧とならんことを!」
掲げたランスをバッと降ろし、その先端をリリーに向けてガッシリと構えて――
「カラード・レオノチス改め、正義の騎士ブレイブナイト! 推して参る!」
わっと歓声が響く観客席。毎回やってるのかしら、あれ。
『決まったー! レオノチス選手――いえ、ブレイブナイトの口上炸裂! 普通ならただのイターイ人だが――しかし強い! 勝った時も毎度毎度同じ決め台詞で舞台を後にするこの正義の騎士に、負けた時のセリフを彼女は言わせることが出来るのか! かわいい商人さんだと思ってたらその実、位置魔法の使い手だったというイキナリ転校生のトラピッチェ選手! 『ビックリ箱騎士団』にも属する必殺商人の一撃は果たして届くのか! 一年生ブロック準々決勝第一試合! リリー・トラピッチェ対ブレイブナイト! 試合開始!』
えっと……ここはセルクだったわね。セルクの合図と同時にリリーの姿が消えた。そして気が付くとカラードの後ろにいて、短剣を振り下ろしてるんだけど――
キィンッ!
ランスを手にしてない方――つまり左腕を背中にまわしてリリーの短剣を防ぐカラード。ヘルムまでかぶってるから視界は相当狭いはずなのに、全身甲冑のそいつは振り向きもしないで攻撃を防御した。
「なるほど、評判通りの実力者のようだな。しかしよかった、リリーくんはちゃっかりと甲冑の隙間を狙っているのだな。」
「! ……ロゼちゃん、今の攻撃見えてたの……? 結構速かったけど……」
「なに、推測だよ。甲冑を身につけたブレイブナイトが普通の短剣をわざわざ防御したのだ。そうしなければならない場所を狙われたという事だろう?」
瞬間移動からの攻撃を軽々と防御されたリリーはムキにでもなったのか、ものすごい速さで瞬間移動を繰り返しながらカラードの周りを短剣と一緒に斬り踊った。普通の人だったら、あの目まぐるしい瞬間移動について行けずに全身隅々まで切り刻まれてたと思う。
だけど――
『凄まじい猛攻! もはやトラピッチェ選手の姿は見えず、ただただ刃が閃くばかり! しかしその全てを――ええ! 文字通りに全てを先ほど同様に左腕一本でガードしていくブレイブナイトー!!』
「すごいな……」
そう呟いたのはロイド。誰かの試合を観る時、ロイドは大抵の事に驚いてばっかりだから口をポカンとあけたまぬけな顔になってるんだけど、今のロイドは違った。
「最小限の動きでリリーちゃんの攻撃を防いでる。んまぁ、リリーちゃんの武器は短剣だし、狙ってくる場所は甲冑のわずかな隙間って事もわかってるだろうから予測はしやすいんだろうけど――それでもあれはすごいな……」
例えるなら、何かの武術を習ってる人がその武術の達人の動きを見たみたいな……それがどれだけすごい事かわかってる上での「すごいな」っていう顔。
「でも――リリーちゃんもさすがだね。」
「? あの連続攻撃? ちょっとヤケになった風にも見えるけど……」
「いや……リリーちゃんのあれは何かを狙ってる――そんな感じの動きだな。」
『完全防御! トラピッチェ選手の短剣は一度としてクリーンヒットしていない! このままではジリ貧――あーっと! トラピッチェ選手が攻撃を中断! 距離を取りました!』
防御するだけで攻める気配がないカラードから少し離れた所に移動したリリーがパチンと指を鳴らす。するとカラードの甲冑の一部――左の前腕を覆ってた部分がパッと消えてリリーの足元に移動した。
「おお! 厄介な甲冑を移動させる作戦か! でもなんでいっぺんに移動させないんだ? 確かリリーちゃんなら十トンを超えなきゃいいんじゃなかったっけ?」
「位置魔法にはルールがあるのよ。この前リリーが説明した時は言ってなかったけど。」
「そうなのか? えっと……生き物の移動は自分以外は基本、難しいっていうのと、自分以外でもその相手がオッケーすれば移動できるってのは聞いたけど……」
「生物はそんな感じよ。でもって、生物以外のモノの移動にもルールがあるのよ。自分が持ち主のモノ、もしくは持ち主のいないモノじゃないと動かせないっていうね。」
「ん? ということは――他の誰かが持ち主になってるモノは動かせないのか。」
「そういうこと。だから……例えば相手の武器を奪ったりとかは難しいのよ。」
「……難しいって事は、できない事でもないんだな……?」
「ええ。リリーも何回か言ってたけど、印をつけるとすごく離れてても移動できるとかいう話あったでしょ? その印っていうのがそのルールを破れる魔法なのよ。」
「移動距離を伸ばすだけじゃないのか。」
「そ。印にはね、持ち主の上書きっていう効果があるの。例え相手の武器でも、印さえつけてしまえば自由に移動できるのよ。」
「なるほど。でも……リリーちゃんが今ようやく甲冑の一部を移動できたってのを考えると……きっとあれだろう? 印をモノにつけるのには時間がかかるとかそういう感じなんだろ?」
「その通り。あたしもできるわけじゃないから聞いた話だけど、十分くらい集中してやる魔法らしいわ。」
「えぇ? そんなん戦ってる最中にできるモノじゃないぞ。じゃあ今リリーちゃんは何を――」
「そこが甲冑の一部しか移動できなかった理由につながるわ。たぶんリリーは印を直接短剣で刻んだのよ。あの――移動した部分にね。」
「直接? 短剣で甲冑を斬りつけてって事か? へぇ、それでもいいのか。」
「いいんだけど、印としての効果はかなり低いわ。重さも大きさも距離もかなり制限される。」
「ふぅん。なんか、直接刻んだ方が効果が高そうに思えるけど。」
「魔法で動かすんだもの。言ってしまえばただの傷跡なんかじゃ魔法でつけた印には敵わないわよ。」
「そういうもんか。でも……この戦いでは有効だな。時間はかかるけど、頑張ればあの甲冑を取っ払う事ができるわけだ。」
『ブレイブナイトの甲冑が一部はがされた! 短剣使いのトラピッチェ選手、巧みな位置魔法でブレイブナイトの防御を取り除く作戦かーっ!』
「……」
「ふふん。困った事になった時の為にプランBは用意しておくもんだよ。」
くるっと短剣を一回転させ、直後リリーはカラードの死角に移動する。さっきの連続攻撃を続けてカラードの甲冑を少しづつ移動させる。そういう展開になると思ったんだけど――
「!!」
さっきまでのよりも小さな金属音が響く。何故かと言うと、リリーの短剣はカラードの甲冑じゃなくて――左手の二本の指に挟まれたから。
驚くリリーの顔をよそに、短剣を挟んだ左手をくりんとひねって……カラードはリリーから短剣を奪い取った。慌てたリリーは瞬間移動、カラードと距離を取る。
「……この短剣をおれが手にした事に大した意味はない。パッと移動させて自分の手の中に戻せばいいのだから。」
指に挟んだ短剣を揺らしながらカラードがリリーの方に身体を向ける。
「わかって欲しいのは、あなたの攻撃をおれが見切りつつある事。さっきの攻防であなたの動きの三~四割は理解出来た。次、この甲冑のどこかを移動させる為の攻防でさらに三~四割を理解し、三つ目の部位の移動に入る頃にはほぼ完璧に見切る事ができるだろう。」
ピンッと指を動かし、短剣をリリーの方に放り投げるカラード。
「甲冑無しだった場合、あなたの攻撃の全てを防ぐ自信はないが、しかし今のおれは甲冑を身につけている……これは相性が悪かった。」
「……降参しろって事かな?」
リリーの質問に沈黙で答えるカラード。リリーのことだから……なんとなく怒るかなって思ったんだけど、リリーは受け取った短剣をくるくる回しながらため息をついた。
「ま、さっきの攻撃をあんな風に見切られた時点で――あぁ、これはちょっと無理かなぁって思っちゃったしね。あんたの実力がわからないほどボクも弱くないつもりだし……そうだね、降参するよ。ただ一個だけ聞いていいかな。」
「なんだ。」
「降参しないで戦っても、たぶん勝つのはそっち。逆に言えば――別に戦ってもいいわけでしょ? だけどあんたは降参を勧めた。それはどうして? 無駄な戦いをしたくないから? 次の戦いに体力を温存しておきたいから?」
リリーの質問に対し……ヘルムを被ってるからよく考えたら変なんだけど、カラードは自分の頭をポリポリ――いえ、ゴリゴリ? かいてこう言った。
「マッキースではないが……やっぱり女性に槍を向けるのは嫌なんだ。」
リリー対カラードの試合がカラードの勝利で終わって、特に落ち込んでるわけじゃなさそうだけどいつもよりは足取りの重いリリーをあたしたちは闘技場の出口で迎えた。
「負けちゃった……ロイくん、慰めて?」
いつもの調子でリリーがそう言うと、いつもならわたわたするロイドが――
「うん。リリーちゃんは頑張ったよ。」
――って言ってリリーの頭を撫でた。
「――!!」
自分で言ったクセに、そんな風に慰められたリリーは顔を赤くした。
「――も、もぅ! ロイくんてば!」
「えぇ?」
すっとぼけ顔のロイドはぼんやりと闘技場の方を見上げる。
「……準々決勝っていう、いる人全員が強い人みたいな状態でも……相性一つであんな風に決着する戦いもあるんだな……あ、別にリリーちゃんがどうこうってわけじゃないからね?」
リリーに謝るロイドの横、ローゼルも同じように闘技場を眺めながら呟く。
「どんな武器が最強で、どの系統の魔法が最強なのか。こういう話は昔から多くの騎士が議論したテーマだろうが、答えは出ないままだ。どんなモノにも得意不得意があるのはどうしようもないことだよ、ロイドくん。このランク戦だけでなく、十二騎士を決めるトーナメントでもあり得る事だ。」
「……ローゼルさんとアンジュの試合も、そういう感じになったりするのかな。」
「かもしれないな。だがリリーくんほど極端な場合は稀だよ。まさか彼女まで全身甲冑という事はないだろうし――お、ブレイブナイトだ。」
呼び方が気に入ったのか、ローゼルがそう呼んだカラードが闘技場の中から出てきた。勿論甲冑は着てない制服姿。
正義の騎士って名乗るだけはあるって言うと変かもだけど、正義感の強そうな――いえ、ていうかヒーローに憧れる子供みたいな顔をしてる黒髪の男の子。一つ特徴をあげるとすれば、後ろ髪の一部を……なんて言えばいいのかしら。筒状の布でまとめて、それこそ馬の尻尾みたいにぶら下げてる。あとついでに、なんかメダルみたいなのを首からぶら下げてるわね。
「!」
あたしたちがなんとなく見てる事に気づいたのか、カラードはこっちを見てニッと笑った。
「……なによ、今の笑顔は……」
「リリーくんをバカにしているわけではなさそうだが。」
「…………なんか今、オレ、すごく目が合ったんだけど……」
「え、もしかしてそっちの趣味があるの?」
「そ、そういうわけじゃない……と思うけど……」
カラードに対するイメージがごちゃごちゃしてきたとこでアナウンスが響いた。
「……次はあたしの番ね。」
『こんにちはー! 一年生ブロック準々決勝第二試合は引き続きここ、第三闘技場でセルクがお送りするよー! そういえば気づいてる人も多いと思うけど、今日行われる試合の全部に『コンダクター』率いる『ビックリ箱騎士団』の面々の名前があるのです! これはランク戦後、入団希望の学生が殺到するのではないかなと思うんだけど、でも『ビックリ箱騎士団』の鍛錬は毎朝女子寮の庭で行われるみたいだからねー。男子は無理かも? という事は『コンダクター』のハーレム完成かも? だけど女子寮で暮らしてるクセになんも問題起こさないからもしかして女の子には興味ないんじゃないかとも言われてる『コンダクター』だよー!』
「……エリルの試合なのになんでオレがいじめられてるんだ……?」
「ロイくんはちゃんと女の子好きだよね?」
「そ、その言い方だと誤解が生まれそうだな……オレはちゃんと……その、ふ、普通です……」
『さーさー、そんな『コンダクター』と相部屋! 唯一の男女ペアの部屋で生活してる女の子の方! もはやその実力を疑う者はいない、灼熱爆炎の女王! 『ブレイズクイーン』、エリル・クォーツ! そんな彼女と戦うのは我らが放送部の一年生! 操るは第十一系統の数の魔法! カルクちゃん!』
開会式の時に実況者の一人のアルクを……遠目だったけど見た事がある。その時のシルエットそのままの……カルクというあたしの対戦相手を見て、あたしはどう反応したらいいのかよくわからなかった。
「ある時はお昼の時なんかにステキな音楽を流す放送部員! またある時はランク戦を盛り上げる実況者! しかしてその正体は!」
今実況をしてるセルクと同じ声の女子生徒がくるくる回ったあとにババーンってポーズを決めた。
「時間程じゃないけど結構珍しい第十一系統の使い手! カルク!」
元気いっぱいの表情とクリーム色の髪の毛。クセっ毛の目立つ短い髪が妙な形にはねててネコの耳に見える上に首に鈴をぶら下げてるのに加えてスカートの下から伸びる尻尾的な何か。専用のホルダーで腰にぶら下げてるマイクを除けば完全にネコまっしぐらなカルクは、黒い爪のついたネコっぽい手袋を装着した。
「……一応聞くけど……ま、まぁ髪の毛はともかく、その尻尾と鈴と手袋は真面目なのよね……」
「大真面目なオシャレだよ! かわいいでしょー。」
「あんたねぇ……」
「あーでも、この手袋の爪は武器として真面目なモノだよ? 硬くて切れ味バツグンなの。」
「あっそ……」
『燃え盛るガントレット対十本の爪! 近距離でガシガシやる試合が予想される一年生ブロック準々決勝第二試合! エリル・クォーツ対カルク! 試合開始!』
先手必勝。様子を見て相手が万全の技を撃つのを待つよりは準備ができてない内に攻撃した方がいいと思うから、いつも通りにソールレットからの爆炎で加速したんだけど、どうやらカルクもそういう考えらしく、開始と同時にあたしたちは真っ直ぐに相手の方に一直線だった。
「にゃあーっ!」
「はああぁっ!」
ネコみたいな叫び声で飛び蹴りを繰り出すカルクに、あたしは加速したパンチを合わせていく。
カルクのキックは勢いと体重が乗っただけなのに対し、あたしのパンチは爆発の威力を乗せたモノ。ぶつかり合えばどっちが押し勝つかなんて明らかだった。
だけど――
「!」
大きな力がぶつかった音と衝撃が走って、カルクの足にあたしのガントレットが触れた所から――あたしは一歩も踏み込めなかった。
「おお!? すごいパワーだね!」
身軽に宙返りをしてあたしから離れるカルク。あたしはそんなネコみたいな対戦相手を睨みつけながら、手をグーパーさせる。
どう考えたって今のはおかしい。なんていうか……軽いと思って蹴り飛ばそうと思ったボールの中に鉄の塊でも入ってたみたいな違和感。
数の魔法の使い手らしいけど、実は強化の魔法も得意って感じなのかしら。でも飛び蹴りをする時の踏み込みは普通で、別に地面にひびが入ったわけじゃない。
じゃああたしのガントレットとぶつかる直前で強化した? いいえ、踏ん張る事のできない空中でいくら強化したって意味はないし今みたいにはならない。
じゃあ……例えば位置魔法で自分の位置を空中に固定した? それなら強化する意味はあるけど――だってこいつは数の魔法の使い手なのよね……
「……」
よくわかんなくなってきたあたしは、何とは無しに――ロイドの方を見た。あたしたちが座る席は大体同じだから、たぶんあの辺にいるんだろうって事はわかる。だけどさすがにロイドの顔を見つけられるわけじゃない。それでも――あたしはロイドがいるだろう方向を見て……思い出す。
部屋でのロイドとの他愛のない会話の中で、珍しく真面目な話題になった時にロイドが言ってたフィリウスさんの教え……
「すごい技をみたら、素直にすごいって思うだけにする。仕組みを考える事は――確かに大事かもしれないけど、その技がすごい事には変わりない。ならもう、相手はそういう事ができる奴なんだって受け入れる。そしてこう考える――次は、こっちがあっちを驚かす番ってな! …………っていうのをフィリウスが言ってたな。」
そしてもう一つ。《エイプリル》……アイリスのアドバイス。
「第四系統の使い手は――火ですから、燃え上がる猪突猛進というイメージがあります。水や風の使い手がクールなイメージとしてポジティブに言われるのに対し、真っ直ぐ燃える熱血さんはネガティブな意味で言われる事が多いですね。ですが――ふふ、火を出さない私が言うのもなんですが、火の防御的な面は温かさであるのに対して攻撃的な面……その本質は侵略です。そこに何があろうとただ真っ直ぐに突き進み、焼き尽くす……エリル様、あなたの『ブレイズアーツ』はその体現です。真っ直ぐな決意を持って騎士を目指す自分自身をも表現するあなたの戦い方に細かい技は不要です。何があろうと、全力全熱で打ち砕くのです。」
「…………」
そう、別に困った事じゃないわ。よくわかんないけど、カルクの攻撃はあたしと同等のパワーがあるってだけじゃない。
もしかしたらあたし以上? そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
何にしたって――
『お、おお!? 先ほどの激突から一変、互いに相手を探るようだった空気が壊れる! 『ブレイズクイーン』の両手両脚から噴き出る火炎が勢いを増したぞー!』
「やってみなきゃわかんないわ。」
「にゃっ!?」
『クイーンの爆速の突進! そこから繰り出される一撃必殺の拳! しかし――おぉっと! 凄まじい衝撃をまき散らし、カルクは片手で止めたぁ!』
関係ない。あたしはあたしの技をただ撃ちこむだけ!
「はああぁっ!」
『クイーンの猛攻ーっ! 王家のお姫様が繰り出しているとは思えない桁違いの威力と速度を誇る強烈なパンチキックの大盤振る舞い! そしてその全てを防いでいくカルク! 女の子同士の戦いとは思えない轟音と衝撃が闘技場を揺さぶる!』
ロイドのおかげ――っていうか、ロイドのせいって言った方がいいかもしれないわね。何度かの爆発を組み合わせて、ロイドがよくやる背後への回り込みとかもついついやりながら……いえ、やっぱりおかげね。あたしはさっきのリリーじゃないけど、カルクの周りをぐるぐる周りながら攻撃を仕掛けていく。
『猛々しい力の炸裂! だというのにこの美しさは何という事でしょうか! 焔が尾を引く紅い軌跡! 火炎の渦に飲み込まれるカルクー!』
「にゃーっ!」
全部受け止められてる。だけど聞いてないわけじゃないみたい。段々と、攻撃を受ける時のカルクの表情に余裕がなくなっていく。
でもたぶん、このままじゃ終わらないわよね。
「そろそろ交代だよ!」
今まであたしと同じくらいのパワーを出してたカルクの細腕があたしの攻撃を押し返す。やっぱり、その気になればもっと強いパワーも出せるのね――って思いながら着地して前を見ると、カルクが何かの魔法を発動してるとこだった。
「二千の命を谷底へと誘う、我が名は軍団! 大勢であるが故に! さーさーおいでませ、『レギオン』!」
カルクの呪文に答えるみたいに、水とも光とも言えそうな不思議なモノが地面から湧き上がって人っぽいシルエットになってく。そしてそれは最終的に、カルクと瓜二つの姿になった。
パムが作るゴーレムみたいな明らかな人形とは違う、色も質感も完全にカルクと同じ。そんなモノがいくつも出来上がって、気づくとあたしは――本物も合わせて十二人のカルクと向かい合ってた。
『でたーっ! 数魔法の十八番、遥か東国で語られるニンジャのような分身の術――いえ、魔法! 土魔法の使い手が作るゴーレムとか水使いが作る人型とは根本的に異なる術者のコピー! 身体が魔力でできてる事以外は完全に本人そのものです!』
「こっからはあたしのターン!」
一斉に走り出す十二人のカルク。取りあえず一番手前にいたカルクにパンチを撃ちこむけど、さっきと同じように受け止められて、そうやって動きが止まったあたしに他のカルクが襲い掛かる。
あたしと同等のパワーを持ってる連中に囲まれて、あたしは一気に防戦一方になった。
一人がたくさんの身体を操ってるんじゃない、それぞれが自分の――思考って言えばいいのかしら。そういうモノを持ってるからあたしの反撃にも上手く反応するし、そんな反撃の隙を違うカルクがついてくる。
一人の攻撃をかわしたと思ったら二人目がかわした先にいて、それを防いだと思ったら三人目が死角から攻撃してくる……じゃあ十二回防御に成功すればいいかと言うとそうじゃなくて、十二人目が終わったら一人目が十三番目として後を引き継ぐ無限ループ。
しかもパンチキックだけじゃなくて、時々爪を使った攻撃も混ざってくる。ひっかくみたいな攻撃はもちろん、手刀みたいにして斬りかかって来たりもする。
十二人がすごいタイミングで来て欲しくないタイプの攻撃を繰り出してくる上に、全力で防御しなきゃいけないくらいに一つ一つのパワーが強い。
相手は一人なのにすごいコンビネーション。これは確かに強いわね。
『炎の舞の次はネコたちの猛攻撃! レベルの高い攻撃を披露する両者ですが今はカルクのターン! 防御で手いっぱいのクイーン、この状況を打破できるのか!』
打破……どうしようかしら。
ていうか、冷静に考えられるくらいに……びっくりするほど十二人の動きがよく見える。
ロイドが教えてくれる体術っていうのはつまりフィリウスさんの体術。そしてフィリウスさんは相手の攻撃を全部避けながら力を溜めて、たった一度の攻撃で戦いを終わらせるっていう人。十二騎士の中でも群を抜く回避とか防御の達人らしい。
そんな体術を直伝されたロイドは確かに避けるのが上手い。朝の鍛錬で、あたしとローゼルの二人がかりでも攻撃が当たらないなんてこともよくある。
そしてあたしはそれを教わってるわけで……相手の攻撃がよく見えるようになったのもたぶんそのせい。
でもそれだけじゃない。夏休みの最後にアイリスとたくさん手合せできたのもきっとあるんだろうけど……それよりも……たぶん一番大きかったのは…………
「このまま一気にいくよ!」
余裕――って感じの顔でもないからたぶん、これであたしを倒そうっていう攻撃をしかけるつもりなんでしょうね。
でも――
「じゃあそろそろ、もう一回交代ね。」
あたしを取り囲むカルクを、両手両脚で一瞬だけ起こした爆発で吹き飛ばす。
アイリスから教わった――っていうか盗んだ技が役に立ったわね。
「『サテライト』!」
カルク――たちと距離をとれたところで、あたしは両腕のガントレットを発射した。
『これは! 《ディセンバ》との戦いで見せたロケットパンチ! しかしこの軌道は一直線に飛んでいくだけのモノではない! クイーンを中心に炎をふき出しながら周囲を飛びまわる二つの拳! 強いていうならば――これは『コンダクター』の曲芸剣術に似ているか!?』
ロイドを見てるせいかおかげか、こういう動かし方のイメージは頭にあるのよね。ただ、あんな見えなくなるくらいに速くは動かせないし、そもそも炎の噴射で飛ばしてるから細かい動きもちょっと無理。
そのかわり、威力ならロイドにも負けないわ。
「もう一度、あたしのターンよ!」
相手が十二人もいるから「誰か」って感じに狙いはつけずに、ただ集まってる所に落下させて、そうやって態勢の崩れたカルクにキックをお見舞いする。
『まるで降り注ぐ隕石を味方につけたかのような空襲模様! 地面に突き刺さっては舞い上がり、急速落下しては撃ち上がる! 上から下から迫る一撃必殺の拳の豪雨の中、燃え盛る靴でダンスを踊る『ブレイズクイーン』! もはや十二人のコンビネーションどころではないカルク!』
「うわぁ……わかってはいたけど、エリルの戦い方ってだんだんと激しくなっていってるよなぁ……」
「《エイプリル》が爆発の力と格闘の組み合わせというモノを促し、ロイドくんが《オウガスト》直伝の避けの体術を教え、ロイドくんがガントレットを飛ばす事を提案し、ロイドくんが自身の武器を手から離れた所で操るイメージを与えた。ほとんどロイドくんのせいだぞ?」
「……ほんとだ……んまぁ、オレもそんなエリルにアイデアをもらったりしてるからおあいこ的な感じだけどね。」
「…………わたしからは?」
「ローゼルさんからは……特になたたたたたっ! なんへほっへを!」
「なに、ただのヤキモチさ。好きな男の子がわたしじゃない他の女の子を褒めるからムッとしたのだ。」
「――!!」
「おや、顔が赤いねロイドくん。そんなにわたしの唇を見つめられても困ってしまうのだが?」
「み、見つめてません!」
「もーロイくんてば!」
「うびゃあっ!? リリーちゃん、あんまりくっつかれますとあの!」
「ふ、二人とも、エリルちゃんの試合……ちゃんと見てないと……」
「……」
なにかしら。妙にイラッとしたわ。
「あたしたち、バーック!」
十二人のカルクが一斉にあたしから離れる。追いかけようとも思ったんだけど――実はこの『サテライト』って技は結構疲れる。ロイドは一度に何本も操るけど、あたしとロイドじゃやり方の……燃費的なモノに差がある。だからあたしはとりあえずガントレットを腕に戻し、呼吸を整えながら十二人でぐぬぬって顔をしてるカルクたちを眺めた。
『これまでの試合、その細腕からは想像もつかないパワーと分身によるコンビネーションで相手をボッコボコにしてきたカルク! しかし今日の相手はどういう事か! カルクと同等のパワーを持ち、十二人に囲まれても対応できてしまう『ブレイズクイーン』! さーどうするのかな、カルクちゃん!』
たぶん、最後の一言は同じ放送部の先輩から後輩へ向けての言葉なんだろうけど……二人とも同じ声だからいい加減こんがらがってきたわね……
「同等……ふふん! あたしのパワーにはまだ上があるんだからね!」
「……でしょうね。でもそれ、かなり疲れるんじゃないの?」
「その分の価値はあるんだよ。いくよ! 一騎当千、『サウザンド』!」
カルクがバッと手をあげると、本物(たぶん、しゃべってるのがそうだと思う)も含めて十二人のカルク全員の……身体が光ったとかそういうのじゃないけど、なんというか……迫力っていうか圧力っていうか、そういう感じのモノが大きくなった。
「さっきまでは同等。だけど今からはあたしの方が上だよ!」
「そ。じゃあ……あたしもパワーアップするわ。」
「へ?」
カルクがぎょっとする。あたしは左のガントレットを外し、この夏休みに改造してもらって取り付けた金具を噛ませて右のガントレットにくっつけた。
「ふぅ……」
空っぽになった左のガントレットの中に火を渦巻かせるイメージ。ぎゅうぎゅうに潰して破裂寸前まで押しとどめながら……あたしは右のガントレットを構えた。
「言っとくけど、単純に倍とかじゃすまないから。」
「そ、そんなのは無理だよ! 炎の威力をアップし過ぎたら腕がちぎれちゃうはずだよ!」
「そうね。だからもちろん、これは発射する為のモノよ。」
「――! 確かにそのガントレット結構速いけど、銃弾ほどってわけでもないし、そんな風に構えちゃったら避けるの簡単だよ?」
「そう思うならそう思ってればいいわ。」
姿勢を落とし、腰をひねり、あたしは息を吸う。
「あたしも言っとくけど、『サウザンド』を使ったあたしたちは――」
「『コメット』。」
速く動く物体の後ろには風が渦巻く。昔ガルドで自動車が目の前を通りすぎるのを見た時、その車についていくように周囲の空気が風になったのを覚えている。
銃弾だってそんな感じの風を起こしているはずだけど、小さいからオレたちはそれに気づくことはできない。
きっと……ガントレット二個分というのは、オレたちが風を感じるにはいい感じの大きさだったのだろう。もしくは――その速度がとんでもなかったか。
『え……えぇっと……』
なにが起きたのかよくわからなくなるほどの一撃だった。エリルの右腕から二つ分のガントレットが発射されたのはわかる。だけど発射されたと同時に観客席に突風が巻き起こり、轟音が鳴り響き、何かが粉砕される音が聞こえ、観客席を光の膜のようなモノ――バリアー的な何かが包み込んだ。
数十秒後、実況のセルクさんが「もわもわで何にも見えなーい!」と言うと、まるで扇風機が動き出したみたいに舞台を包んでいた粉塵を吹き飛ばした。
そして今、オレたちに見えているのは……両腕のガントレットが無いけど何事もなく立ってるエリル。エリルからエリルの正面の壁まで真っ直ぐに続くえぐれた地面。その壁に突き刺さっている合体した状態の二つのガントレット。そしてそのガントレットの近くで気絶しているカルク。
どう見ても……んまぁ、決着の光景なんだけど、誰もかれもがポカーンとしている。
『えー……はい。見事な実況者泣かせです。結果は明白なので解説してしまいますが、カルクちゃんは本来自分一人分の威力しかないはずのパンチやキックを十人分、二十人分にする魔法を使うことですごいパワーを出していました。』
たんたんとした解説が響く中、てくてくと歩き出すエリル。
『筋力や攻撃の威力を上げるのではなく、結果として数十人のカルクちゃんが攻撃したのと同等のパワーを出すという第十一系統の数魔法なので、強化の魔法とは根本的に違い……かかる負担は魔法を使う際の負荷のみという、自身の身体にもある程度の負荷がかかる強化魔法からするとずるい感じの魔法です。』
気絶しているカルクを横目に、突き刺さったガントレットを上下左右に動かしながら壁から引き抜くエリル。
『そしてカルクちゃんが使った『サウザンド』というのは、十二人のカルクちゃん一人一人に限界まで魔法をかけ、全員合わせてカルクちゃん千人分くらいになるというかなり恐ろしい魔法でした……しかし――』
なんとか引っこ抜くことができたガントレットの合体を外し、両腕に装着しなおし、そして再びさっき立ってた場所へ向かって歩き出すエリル。
『方向がわかっていても避けられない程の速度……千人分を軽々と吹き飛ばすパワー……! しまいには観客席に被害が及ばない為の処置として用意されていた防御魔法まで発動させてしまう破壊力! 伊達にワイバーンを殴り飛ばしていなかった! 一年生ブロック準々決勝第二試合! 勝者、エリル・クォーツーっ!!』
「えぇ!? あれ、まだ威力が上がるのか!?」
「ソールレットもくっつけられるようにしたから、さっきの倍以上になるわね。」
試合が終わる度に一度外に出て入りなおさないといけないというのがこの便利な闘技場の不便なところ。でも一度外に出るというのがいい感じに頭をリセットさせてくれるんだなぁと思っているオレだったのだが……エリルの攻撃があまりにすごかったのでリセットできるか不安だった。
「底知れない破壊力だな、エリルくん。一体そのガントレットは何でできているのだ。そろそろそれ自体が壊れやしないか?」
「……こういうのが欲しいって言ったらお姉ちゃんがくれたのよ……」
「ど、どこかの職人……さんに、作ってもらったのかな……カ、カメリアさん、そういうの、なんだかすごいの……用意しそうだし……」
「だとしたらすごい高級武具だね。さっすが王族!」
「う、うるさいわね……」
「あっはっは、別にそれを気にする事ないと思うぞ、エリル。オレなんか自動で傷とかなおしてくれる便利な剣を十二騎士からもらってるんだしな。ずるい事この上ない。」
エリルが少し後ろめたそうな顔をしたからそんな事を言ったのだが……んまぁ、確かにエリルはいつもの表情に戻ってよかったんだけど、他の三人がムッとした。
「ひ、ひとまずおめでとうエリル! よし、次だよみんな! えっと次は……」
「わたしだよ、ロイドくん。」
『さすが学院長の魔法、『ブレイズクイーン』の爪痕はきれいさっぱり修復されたここ第三闘技場、本日三つ目の試合をお送りしますはおなじみセルクでございます!』
こうやって連続で聞いていると余計に思うけど、しゃべりっぱなしで大丈夫なんだろうか、実況の人は。
「とうとうあのムカツク女だね。ローゼルちゃんにはしっかりと氷の彫刻にしてもらわないとボクの気が収まらないよ。」
「リリーちゃん、顔がこわいよ……」
ローゼルさんを除く四人で並んで座る観客席。舞台には既に二人が立っていて、スクリーンにそれぞれの顔が映し出されている。
『今日の戦いは準々決勝! 本当に強い者が出そろう上に一年生のほとんどが観客席にいるというこの状況! ここまで来たら――いや、今だからこそ! みなさんにとある情報をお届けするよ! ずばり、『スクラッププリンセス』ことアンジュ・カンパニュラ選手について!』
「? なにかしら。」
「……ていうかなんで実況の人はこう、選手の色々な事を知ってるんだろう……オレたちの朝の鍛錬なんかは窓から見えるだろうからいいとして、聞いてると結構個人的な情報も言ってる気がするんだけど……」
「そうね、ハーレムロイド。」
「ば――へ、変な呼び方しないで下さい!」
『そもそもどうして彼女がプリンセスと呼ばれているのか! 同じクラスの面々は彼女の自己紹介で聞いたのでその理由を知っており、だからこそこの二つ名が広まったが――その由来をちゃんと知っているのはごく一部というわけです! カンパニュラ選手は――おそらく、『ブレイズクイーン』が入学してこなければ話題の中心だったであろう女の子! そう、彼女も正真正銘のお姫様なのだー!』
「えぇ?」
ざわめく観客席。ローゼルさんも優等生モードで驚き、当のアンジュはふふんと笑った。
『と言っても王族ではなく貴族! しかもこの国ではないので、その国の出身でないとカンパニュラという名前でピンとくる人は少ないはず! しかし高貴な家の血筋である事は確実! 故のプリンセス! そう、なんとこのランク戦、王族と貴族がここまで勝ち残っているという面白い状況だったのです!』
予想外の情報にわっと盛り上がる闘技場。そんな中、スクリーンに映るアンジュはニンマリしながら口を開いた。
「あたしには夢があってねー、そのためにここに来たの。ねぇ優等生ちゃん、あなた、お姫様になりたいと思ったことはある?」
「……お姫様であるあなたがそのような質問をするとは、何かの皮肉でしょうか……」
「あたしはお姫様じゃないよー。ただの貴族のお嬢様。身分のたかーい女の人っていう意味じゃそうだけど、やっぱりお姫様って言ったら王族だよね。あたしはね、そういう本物のお姫様になりたいの。」
「それは……なろうと思ってなれるモノではないように思いますが。」
「なろーと思えばなれるモノだよ。あたしの家は貴族の中でもかなり上だからね……王家に反乱して滅ぼしちゃえばなれるよ?」
「――! 冗談でもそういうことは――」
「言わなかったっけ? あたし、欲しいモノは必ず手に入れるの。」
笑ってはいるけど目の奥は真剣なアンジュの表情に、そんな二人の会話を聞いてたオレたち観客はごくりと息を飲んだ。
「ま、具体的にどうやるかはその時に考えるよ。国の情勢なんてその時になんないとわかんないでしょー? だから今はとりあえず、できることをやる事にしてるの。」
「……その一つがここに入学する事というわけですか。」
「うふふ、最初はそのつもりじゃなかったんだよー? 夢を描いて計画を練りだした頃には騎士の学校に入学なんて考えて無かったもん。でもそんな時、ある事件があたしの耳に飛び込んできたの。ユスラ・クォーツが賊に襲われて死んだってね。」
「! クォーツって事は……」
見ると、エリルは少し沈んだ顔で呟いた。
「……死んだ一番上の姉さんの名前よ……」
「この国じゃけっこーな騒ぎになったんでしょーね。でもこっちに情報が来た時はそーでもなかったの。王族は王族だけど大公の血筋……メインからは一本ずれてるからねー。ま、あたしの国での扱いなんてのはどーでもいーとして、あたしがショックを受けたのはね、十二騎士が護衛を任されてたのにそうなったって事なの。」
「それは――」
「あー、別にいーの。《エイプリル》が今でも《エイプリル》してるんだし、きっと責任はユスラ・クォーツ本人とかなんでしょー?」
「……平気か、エリル。」
「……大丈夫よ。」
「あたしね、お姫様ってゆー夢を考えた時、自分の護衛はやっぱり十二騎士の誰かに任せたいって思ってたの。そうなるように色々作戦を考えてたんだけど……ショックだったなー。十二騎士の護衛をつければ完璧って思ってたからねー。だから考えたの。もしも護衛がいなくても、ある程度はなんとかできるくらいの実力があたし自身にも必要だなって。だからここに来たのよ。一番多くの十二騎士を出してる名門のここにね。」
「……自分を守る騎士は同い年が良かったのでは?」
「それはそれ。一番身近に一番親しい騎士が一人と、ちょっと離れた所に最大戦力の十二騎士。これがあたしの思う完璧な形なの。その上あたし自身も強ければ身の安全はこの上ないでしょー? 存分にお姫様をやれるってもんだよ。」
「そうですか……しかし今の話だけだとプリンセスの由来はわかっても、スクラップがわかりませんね。」
「ふふ、それはまー攻撃してみればわかると思うよ?」
「なるほど? それでは――そろそろ始めましょうか。」
「そーだね。」
アンジュがパチンと指を鳴らす。するとアンジュの周りに……まるで蛍みたいなやんわりとした光を放つ赤い、小さな球体がたくさん出現した。
「『ヒートボム』――あたしはそう呼んでる。高温を圧縮したモノでね、触れるとその場の温度が急激に上がるの。ま、つまりはふわふわ浮いてる爆弾ね。」
「爆弾ですか……」
「そ。ただの高温だから《エイプリル》みたいに見えなくできるはずなんだけど、あれって結構コントロールが難しくてねー。あたしのはこうして光っちゃってるの。」
「へぇ……アイリスさんのあの技って難しいのか。」
「かなりね。火が持ってる光を消して熱だけ残すっていうのは微妙な調整が要るのよ。」
「まーいつかは見えない爆弾にしたいけどね。」
「今、そうでなくて助かりましたよ。」
ローゼルさんもトリアイナに氷を纏わせる。
高温と爆発の破壊力――もしかしたらローゼルさんには厳しい相手かもしれないな。
『どちらも臨戦態勢! ならば始めましょう! 一年生ブロック準々決勝第三試合! アンジュ・カンパニュラ対ローゼル・リシアンサス! 試合開始!』
「まずは小手調べです! 『スピアフロスト』!」
ローゼルさんがトリアイナを一振りすると、アンジュの方へ数本の氷のつらら――というにはちょっと大きすぎる塊が飛んでいく。そのまま行けばアンジュの周りをふよふよしている『ヒートボム』に触れてドカンといくだろうコースだったのだが、その前にアンジュが動いた。
「勿論だけど、ただ浮かせて使う魔法じゃないからね?」
右手をピストルの形にして迫る氷に人差し指を向けるアンジュ。すると指の先に『ヒートボム』が出現し、アンジュが氷の塊の数だけ「ばん」と言うとその数だけの『ヒートボム』が銃弾のように射出された。
氷に触れた『ヒートボム』は、オレが知ってる……炎とか煙をふき出すイメージの爆発とは違う、光の破裂という炸裂の仕方をして氷を粉々に砕いた。しかも高温だからか、飛び散った氷の破片は地面に落ちる頃には水滴となっていて、闘技場の舞台は雨が降った後のようになった。
「ならばこれはどうですか?」
砕かれた氷に紛れ、部分的に凍らせた地面を文字通り滑るように移動したローゼルさんはアンジュの真横につき、中距離から氷の槍を伸ばして直接攻撃を仕掛けたのだが――
「どうもしないかなー。」
ローゼルさんの移動について行けず、無防備のまま氷の槍を受けた――そう思ったのだが、その槍がアンジュに触れた瞬間にさっき見た光の炸裂に包まれて砕かれたのを見て、わざと反撃しなかったのだとわかった。
「『ヒートコート』。『ヒートボム』と似た要領であたしを包んでるこの魔法はね、何かに触れるとその場所だけが起爆するの。『ヒートボム』ほどの威力はないけど、相手の攻撃の勢いと爆発の威力が合わさると……大抵の武器は壊れちゃうねー。」
『でたー! これまでの試合、相手の武器をことごとく破壊してきた無敵の防御魔法! 魔力を抑える事で『ヒートボム』では消せなかった光をカットし、透明な爆弾鎧となっているこの魔法の特徴は、少ない魔力を一点集中させる事で爆発の威力を大きくしている事! 局所的に大きな力を受けた剣や槍といった武器は耐え切れずに折れてしまう! これぞ、『スクラッププリンセス』の名の由来!』
「えぇ? あんなにペラペラしゃべってるけどいいのか? なんかあの魔法の秘密というか仕組みというか、結構なネタバレの気がするんだけど……」
「あたしたちはアンジュの試合を見た事ないから知らないだけで、この場にいるほとんどは知ってるんじゃない?」
「高温……なるほど、これは霧も使えそうにありませんね。」
「霧だけじゃないでしょー? 氷使いで槍使いの優等生ちゃんにとってあたしは最悪の相手。なんにもできないんじゃな――」
アンジュがニヤニヤしていると、その頭上に突然水の塊が出現した。重力に引かれて落下してくるそれを、アンジュは――少し驚いた顔で避けた。
「一つ足りませんよ。わたしは氷使いで槍使いで……水使いでもあります。ふふ、どうしたんですか? ただの水、爆発で吹き飛ばせたでしょうに。」
「へぇ……」
さっきまでだいぶ余裕な顔だったアンジュが「なかなかやるじゃない」って感じに笑う。
「熱いモノに水をかけると水蒸気になって消えてしまいますけど、言い方を変えればそれは、熱いモノから水が熱を奪って水蒸気になったという事です。あなたのその魔法がどれくらい燃費の良いモノなのかはわかりませんが、水をかぶると一時的に鎧は薄くなる――か、もしくは消えてしまうのでしょう?」
「さー、どーかな? やってみればわかるよ。」
「ええ、そうします。」
トリアイナを構え直してダンッと踏み込むローゼルさんは右手を前に出し、走りながら水の塊をダダダッと発射した。
対してアンジュも同じように踏み込んだのだけど、足の裏でボンッという音がして――そう、まるでエリルのような加速でローゼルさんに方に向かって行く。そのまま行けば水にぶつかったのだが、足の裏での爆発を利用した方向転換を繰り返し、結局アンジュは全てをよけてローゼルさんの前に出た。
長さも形も自在のトリアイナの先端は、いつもは氷なのだが今は水となっていて、目前に迫ったアンジュに向けてリシアンサスの槍技が繰り出される。
しかし、そこはここまで勝ち残っているアンジュ。レベルの高い体術でそれをかわし、爆発で加速したキックを繰り出す。
アンジュの『ヒートコート』はたぶん、そのまま攻撃にも使える。ローゼルさんもそう思ったのだろう、いつもならトリアイナでいなしたりするところを、氷の盾を自分とアンジュの間に出現させてキックを受けた。
案の定、アンジュの脚は氷に触れた瞬間に起爆する。それを予測していたローゼルさんは大きく後ろに退いていてその衝撃を受ける事はなかった。
「な、なんか……エリルちゃんと、似てる……戦い方だね……」
「爆発でボーンって飛んでってドカーンだもんねー。」
「なによその表現……」
「似てるけど……タイプは違うかな。エリルは爆発と炎の噴射を使ってるからその威力はある程度維持される。だけどアンジュのは爆発だけだからその威力は爆破したその一瞬だけだ。んまぁ、その代わりにエリルと比べるとアンジュの方が小回りが利くのかも。」
「つまり、エリルちゃんがパワータイプであの女がテクニックタイプって事だね!」
「んまぁ……いや、エリルもあれはあれで結構テクニカルなことしてるんだけどね……」
「…………ロイくんてば、なんかエリルちゃんばっかりだね……」
「えぇ?」
『カンパニュラ選手の『ヒートコート』よって武器による攻撃を封じられた今、魔法と体術による戦いとなったこの試合! 両選手、そのどちらにおいてもハイレベルな技を披露している! 相性の悪さから一方的かと思われましたが、まだまだ先はわからないぞー!』
「貴族の令嬢――それにしては良い動きをしますね。」
「だからこそと言って欲しいね。生まれた時から達人なんかいないんだから、問題は近くに教える人がいるかどーかでしょー?」
「なるほど。貴族となれば、腕の良い騎士が護衛として近くにいる――そういう事ですね。」
地面を強く踏み、爆破によって大きく距離をとったアンジュは両手を開き、その十本の指をローゼルさんに向ける。その一本一本の指先に『ヒートボム』が出現し、銃身となった十本の指から散弾のごとき連射が放たれる。
迫る赤い閃光を氷で防ぎ、またかわしながら難なく突き進んで再び距離をつめたローゼルさんがトリアイナを振り下ろすと、アンジュの頭上からバケツを何杯かひっくり返したみたいな水が降り注いだ。
それを避ける為に後ろに跳ぼうとしたアンジュは、いつの間にか背後に出現していた氷の壁にぶつかった。その壁自体はすぐに砕かれたものの、そのせいでアンジュは水を被る。物凄い水蒸気が発生して白く染まる中、ローゼルさんのトリアイナが銀閃を描いた。
「――っ!」
一瞬の間をおいて白い煙の中からアンジュが飛び出し、ローゼルさんを飛び越えて遠くの方に着地した。自分の左腕を押さえながら。
たぶん、これが闘技場の外だったならアンジュの左腕からは血が出ているのだろう。しかし学院長の魔法のせいなのか、痛みはあるものの血は出ないという謎現象が起きるのだからすごいモノである。
「腕ですか……攻撃できても水蒸気のせいであなたがよく見えなくなるというのはどうしようもありませんね。」
「……普通なら、さっきの『ヒートボム』の連射であんなに近くまで来れないはずなんだけどね。やっぱりちょっと凄すぎるよね。」
「? なんの話でしょうか。」
「『ビックリ箱騎士団』の話だよ。特に、ロイドからの教えを受けてるお姫様と優等生ちゃんの二人のね。」
「?」
「二人の試合を観てると思うんだよ。異常に避けるのが上手いってね。そりゃあ相手の攻撃を受けないって大事だよ? どんなに威力あったって当たんなきゃ意味ないわけだしね。だからそれを修行するのはわかるけど……二人はそれの上達スピードが尋常じゃない。入学したての頃、片っ端から模擬戦挑んでた時のお姫様と今のお姫様じゃ別人だし、何度か見た優等生ちゃんの戦いも前と今じゃ全然違う。」
「よく見ているのですね。しかしそこはわたしたちの団長の教えの賜物というものでは?」
「ロイドが転入してから夏休みまで一か月とちょっと。夏休みの間にちょくちょく会ってたかもしれないけど毎日じゃないはずだよね? 要するにさ、いくら《オウガスト》の弟子直伝だからってレベルアップが早過ぎる気がするんだよ。」
「そんなに不思議な事ですか? 強い想いは、時に身体の成長を超える速度で人を強くするのですよ。」
「? どういう意味?」
「さて?」
「……まーいいや。その内本人に聞いてみるからね。」
少し痛そうにしながら、アンジュは両の手をパンと合わせ、それをゆっくりと開いていく。そこには『ヒートボム』……とは少し違う感じのする赤い光が形を成していた。
「わかってるとは思うけど、あたしって今の《エイプリル》を結構参考にしてるの。今からやるのはあの人の得意技だよ?」
「《エイプリル》の……」
「ま、あの人はこれを常に発動できるんだけどね。言っとくけどこれは――いくら優等生ちゃんでも避けられないから!」
赤い光を頭の上に掲げ、その手を勢いよく閉じながらアンジュが叫ぶ。
「『ヒートフィールド』!」
直後、二人が戦っている舞台が真っ赤な光に包まれた。その光には攻撃力があったらしく、観客席に届く前に防御魔法によって遮られ、結果舞台を包む光のドームという光景が視界に広がったのだが……同時に、観客席がムアッした熱気に包まれた。
「アイリスの高温のフィールドのマネだわ……これ。」
「暑い! なんかいきなりサウナに放り込まれたみたいだよ!」
「ぼ、防御魔法で遮られてこれ……っていうことは……ロゼちゃんは……」
赤い光が徐々に消えていき、黒く焼け焦げた舞台が見えてきて……そして二人の姿が見えた。
一人は両手を挙げたままのアンジュ。勿論無傷だ。
対してローゼルさんは……外見的に傷とかやけどはないんだけど、ひどく疲れた顔をしていた。
「油断しました……呑気に会話している場合ではありませんでしたね……このような大技の使用を許してしまうとは……」
「へぇ……よく防いだね。大量の氷と水でガードしたってとこかな? でなきゃ今頃、服も燃え尽きて優等生ちゃんは素っ裸のはずだしねー。」
「ふふふ、残念ながら同性ならともかく、わたしが肌を見せても良いと思える異性は一人しかいませんからね。このような場所でそうなるつもりはありません。まぁ、そもそもそんなハレンチな事、学院長の魔法が許すとは思えませんが。」
「ふぅん? でも結構急に魔法を使っただろうし、その顔だと身体にかかった負荷は相当なんじゃない?」
「なんの、まだまだこれからですよ。それにそれはそちらも同じでしょう? これだけ大規模な魔法、あなたも結構疲れているのでは?」
「どーかなー?」
『……えー、さらりと何か、想い人がいるかのような事を言っていたリシアンサス選手ですが、その辺の追及は新聞部に任せましょう! 大規模な熱魔法を防いだ結果、魔法使用による疲労が一気にきてしまったリシアンサス選手! 対してまだまだ余裕の表情を見せるカンパニュラ選手! 決着は間近かー!?』
「うーん、今ので勝てると思ったからなー。これ以上は貯金に手を出さないと……できれば最後に全部持っていきたいんだけどなぁ……」
「貯金? マナか魔力かを溜めて置くことができるのですか、あなたは。」
「んふふ、どー思う? ま、それでもやっぱりそうしないと倒せそうにないもんね。いいよ、それだけの相手だったって事で。」
アンジュが手を銃の形にし、その銃口を空に向ける。そしてその指先に今までと同じように『ヒートボム』が――
「――ってな、なんだあれ!」
思わずそんな声が出た。アンジュの指先に出現した『ヒートボム』の大きさが尋常じゃない。二人が立つ舞台を丸々飲み込む大きさだ。
「ばん。」
これまでみたいに速くなく、空気の入った風船を蹴り上げたみたいなふんわりした速度で上昇する『ヒートボム』は、しかしすぐに減速していく。
「あと何十秒かであれはこっちに落ちて来る。あたしは自分の魔法でケガしないようにしてるからいいけど――今の優等生ちゃんにはあれを防御する力は残ってないでしょー?」
「……ならばその前に倒します!」
足の裏に氷の柱を作り、その柱で自分の事を押しながらトリアイナを正面に構えて突撃するローゼルさん。この試合の中ではまだ見せていなかった加速方法に少し驚くアンジュ。だけどそのトリアイナには水も氷もないから、それが精一杯だと――たぶん思ってすぐにニヤッとする。
そもそもアンジュには『ヒートコート』がある。そしてそれを無力化する水ももう出せないみたいだから勝負はついたも同然……
正直、ローゼルさんのあの技を知らなければオレもそう思っただろう。
「『フリージア』!」
アンジュの目の前まで迫ったローゼルさんが口にしたのはとある魔法の名前だ。その効果は相手の身体の関節なんかに氷を張りつけて一瞬動けなくすること。
そう……ローゼルさんには相手を直に氷漬けにする魔法がある。エリルに聞いたところ、特定の場所に氷を出す事と動いてる対象を凍らせる事はその難易度に大きく差があるらしく、軽くやっているローゼルさんはやっぱりすごいということだった。
つまり第七系統を相手にした人が、だからといって氷漬けにされる事をいつも警戒するわけではないということだ。
直に凍らせる技を持っているなら、それを使った方が『ヒートコート』はもっと効率よく無力化できただろう。それを今の今まで使わなかったのは――きっとここぞという時に使う為。
相性が悪い事はわかっているのだから、切り札を使うタイミングは慎重に選ばなければいけない。水と氷を自在に操ることでたくさんの攻撃手段を持ち、なおかつ優等生と言われる程の頭脳で作戦を組み立てる。
この一撃は、ローゼルさんの作戦の最終段階だ。
「な――っ!?」
順序立てて言えば、『フリージア』によってアンジュの身体が凍り付いた瞬間、『ヒートコート』の熱でその氷が蒸発した――という事なのだがそれは一瞬の出来事で、アンジュからすれば突然自分の身体が水蒸気に包まれて、その上『ヒートコート』の効力が落ちるという現象にしか見えない。
「はあああああぁっ!」
予想外の出来事に対して驚きながら水蒸気に包まれていくアンジュ。
そんな隙だらけのアンジュに対し、ローゼルさんからもその姿は見えてはいないだろうけど完全に捉えたその場所に、トリアイナの一閃が走った。
だけど――
「惜しかったねっ!!」
白いモヤの中、ローゼルさんのトリアイナがアンジュの位置に届くほんの少し手前、水蒸気の中からこれまでで一番強い光を放つ赤い閃光が一直線にローゼルさんに向かって放たれた。
『ヒートボム』の炸裂とは違う、強いて言えばそれは……ビームと呼ばれるモノだった。
「――っ……や、やれやれ……」
真っ赤な光が通り過ぎた後……そこには突き出していたトリアイナを地面に刺し、それを支えにしてなんとか立つ……全身から煙をあげるローゼルさんがいた。
「こんな大技を……隠していたとは……」
「あたしもビックリだよ。相性最高の余裕の相手だと思ってたのにねー。まさかこれを使う事になっちゃうなんてさ。」
ずるずるとトリアイナを掴む手が下に滑って行き、ついにローゼルさんはその場にペタリと座り込んでしまった。
『け、決着―っ! 肝心の一撃がモヤモヤで見えずにモヤモヤするところですが――一年生ブロック準々決勝第三試合! 勝者、アンジュ・カンパニュラ選手!』
「結構熱かったのだが……やけど一つ無いのは面白いな。」
闘技場の外、出てきたローゼルは焦げ一つない綺麗な制服姿で自分の腕を眺めてた。
「もうちょっとだったね、ロゼちゃん……」
「うむ……いや、どうかな。まだ何か隠している風だったぞ、彼女。」
「最後の一発ね……見た感じビームみたいだったけど。」
「それよりもあの女、舞台を巻き込む熱攻撃にあのどでかい爆弾に最後はビームでしょー? あんなにやったら魔法の負荷でフラフラだと思うんだけど。特殊体質なのかな?」
「そうかもだけど……いや、それよりもローゼルさん大丈夫?」
あたしたちがアンジュの秘密について話してる中、ロイドだけ妙にローゼルを心配する。
「? 見てのとおりケガとかはないぞ? 若干肌がヒリヒリする感じだが。」
「いや、でもこの闘技場の魔法って魔法使った時の疲労は回復しないでしょ? ローゼルさん、あの熱攻撃防ぐのに結構無理したみたいだったから。」
「……心配してくれるのか?」
「そりゃあ……ほら、オレも前に魔法使い過ぎて倒れたことあったから疲労の感じがわかるっていうか……」
確かに、今のローゼルは見てわかるくらいに……なんというかゲンナリというかゲッソリというか、すごく疲れてる。でも別に歩けるくらいには元気で……
「あんたの時はそれまで全然魔法使ってなかったクセにいきなりやったか――」
「あー、そういえば確かに少しフラフラするなー。あー、倒れそうだー。」
急にふらついたローゼルはよろよろとロイドに寄りかか――!?
「や、やっぱり! 大丈夫?」
もたれかかってる感じだからそんな風には見えな――見えるわよ! 普通に抱き合ってる風に見えるわよ!
「大丈夫だ。ただ――その、ちょっとの間このままで……」
ロイドからは見えないローゼルの顔は、すごく嬉しそうだった。
「ローゼルちゃんてば、ちょっと大胆過ぎるんじゃないの?」
「リリーくんに言われたくないな……」
「さっきの試合だって、肌を見せるとなんとか。」
「なに、ロイドくんが一緒にお風呂に入ろうと誘ってきたらその誘いにのる気は満々だと、その程度の事だよ。」
「ボクだって! ロイくんか一緒に寝ようって言ってきたら喜んで寝るもんね!」
「…………二人の試合始まるわよ……」
ロイドからローゼルをひっぺがしたあたしたちは観客席に座って……騎士団の仲間が向かい合う舞台を見下ろす。
『さーさー、今日はこれで最後! このセルクがお送りする一年生ブロックの準々決勝もラストの第四試合! しかもこの試合は今までとちょっと違う――上位に名を連ねてきた『ビックリ箱騎士団』のメンバー同士の戦いです!』
スクリーンに映るのはロイドとティアナ。二人とも未だにスクリーンに自分の顔が映ることに慣れてないみたいで、なんとなく恥ずかしそうだわ。
『伝説の曲芸剣術を使う十二騎士の弟子! 『コンダクター』ことロイド・サードニクス選手! 対するは第九系統の形状における上級魔法、『変身』を使いこなす変幻自在のスナイパー、ティアナ・マリーゴールド選手! 互いに他の生徒にはない独特な戦い方をする選手です!』
「よ、よろしくね……ロイドくん……」
「うん……」
「……? ど、どうかしたの?」
「いや……いざその大きな銃が自分に向けられるとね……結構怖いなぁって思ってさ……」
「け、剣がくるくる飛んでくる方が……こ、怖いけど……あ、で、でも気にしなくていいからね……あ、あたしも全力で……戦うから……」
「もちろん。手抜きとか手加減とかできる相手じゃないからね、ティアナは。」
「そ、そうかな……」
「うん。」
少し照れるティアナを前にニッコリとそう言ったロイドは、左右にぶら下げてる剣じゃないもう一本の剣――腰にくくりつけてる三本目を抜いた。
『あーっと! このランク戦が始まってから初めて! 三本目の剣を抜いたぞー!』
観客の視線を集めた三本目の剣をロイドはひょいと真上に放り投げた。そして空いた両の手をスッと前に出す。何をするのかと、みんながロイドの両手に視線を移すとロイドは――
パチパチパチ。
――って、一人で拍手を始めた。
ロイドの謎行動に言葉をつまらせるセルクと観客だったけど、その視線がふと、ロイドに放り投げられた剣に戻ると一気にざわついた。
『あ、あーっ!? 剣が、剣が増えています!』
空中で増殖していく三本目の剣はロイドの拍手が終わる頃に落下を始め、結局一本が……えっといち、にぃ…………二十本になって地面に突き刺さった。
『これは魔法――いえ、マジックアイテムなのか! この夏休みの間に随分とユニークな剣をゲットした『コンダクター』! しかし注目するべきはそこではなく、曲芸剣術の使い手であるサードニクス選手の周りに合計二十二本の剣があるという事! いよいよ伝説の剣術の本領発揮か!』
「……負けないよ、ロイドくん。」
スラッとした白い腕と脚が露出した独特な服、そして右手にスナイパーライフル、左手に小さな銃――ピストル? を手にした……なんか見ようによっては訓練を積んだ兵士みたいな格好のティアナが、大量の剣に囲まれたロイドを前にしてとてもいい顔になった。
……あの大きな銃、例えばあたしなんかじゃもちろん片腕でなんて撃てない。だけど『変身』を使えるティアナなら、片腕でも十分に保持できる筋力を右腕に与える事ができる。
形状の魔法……やっぱりすごくて厄介な魔法だわ。
『気持ちの良い闘志をぶつけ合う両者! これは良い試合となりそうです! では、一年生ブロック準々決勝第四試合! ロイド・サードニクス対ティアナ・マリーゴールド! 試合開始!』
開始と同時に、まるでガンマンの早撃ちみたいなスピードで左手の銃を一――いえ、二発撃つティアナ。身体を強化できるならともかく、普通の人にとってはそれだけで致命傷になりえる銃弾という高速の先制攻撃。だけどそれはキンっていう金属音と共に弾かれ、誰もいない地面に穴を空けた。
『な、なんという速さ! マリーゴールド選手の早撃ちもそうですが――『コンダクター』がおそろしい! 一瞬前まで地面に突き刺さっていた大量の剣は既に視界に無く、ただの銀閃しか見えない状態になっている!』
正直あたしも驚いた。ティアナの早撃ちに追いつくほどの速さで曲芸剣術を展開した状態になってるなんて尋常じゃないわ。
まぁ、でもそうでなかったらティアナの銃弾を防ぐ事は出来なかったわ。避けてもたぶんついてくるだろうからどうしても叩き落とさなきゃいけない攻撃なのよね……
「――だは! いや、早撃ちされたらヤバイと思ってかなり無理したんだけど……無理して正解だったな……」
折角かっこよく始まったのにいきなりゼーゼーし出すロイド。
「さて、こっからだ!」
両手をバランスをとる感じに広げると、ロイドの身体がふわりと浮いた。というのも、最初の二発が弾かれた時点で、ティアナは両腕を翼に変えて空にあがってるのよね。
先に飛び上がったティアナを追いかけるようにして上昇するロイドを、遥か上から落下しながらスナイパーライフルで狙ってるティアナ。
放たれる自由自在の銃弾と、これまた自由自在な回転剣。
そこから先、二人の試合は空中戦となった。
観客席からじゃ点にしか見えないくらいの高い空の上で繰り広げられる激しい撃ち合い。あたしたちはスクリーンに映る……って言っても二人の動きが速くてそのスクリーンでもちゃんとは見えないんだけど、そんな高速の二人の戦いを眺めてた。
蛇みたいにグネグネ軌道を変えながら死角から迫る銃弾を周囲に展開させた回転剣の壁で弾くロイドと、自分を全方位から襲う高速の回転剣の全てを両手の銃で撃ち弾いていくティアナ。
銃撃と剣戟が二人の間に火花となって散っていく。
腕を翼に変えて飛んでるから、銃を撃つ時は飛べずに落ちていくティアナなんだけど、そんな弱点なんてないみたいに翼と普通の腕を一瞬で切り替えて飛ぶ事と攻撃が同時にできるロイドについていってる。
そして、いくら見えないくらいに速く動いてる回転剣でもティアナのペリドットには完全に見切られちゃってるロイドも、二十二本の剣を上手に使ってティアナの視界に隙を作り、時に風の魔法も混ぜながらペリドットの見切りが追いつかない一撃を繰り出していく。
空中っていう事もあって普段よりも複雑な攻防戦……
『あー……実況者泣かせです! あんな高度で高度な戦いをされても見えない! えー、まー一つ、情報を皆さんに提供することで場をつなぎますが……二年、三年ともなれば空中戦となる試合はいくつかあるもの! しかしながらこれほどハイレベルな空中戦が一年生ブロックで起こるというのは――だいぶすごい事!』
「……正直、ティアナがここまで強いとは思わなかったな。ロイドくんの実力を朝の鍛錬で実感しているから余計に感じるよ。」
「そうね……でも考えてみれば……魔法の暴走で、結果的に一か月の間形状魔法を修行する事になって……ロイドに魔眼の使い方を教わってちゃんと使えるようになって……その上そんな……あたしたちよりもたくさんの事が見える眼でS級犯罪者の戦いを間近で見た……強くなる理由はたくさんあるのよね、ティアナ。」
「その上料理も上手でスタイルもそこそこ……どこかのお姫様や優等生よりも厄介かもしれないね……」
「何の話してんのよ……」
『! おっとこれは! 両者の高度が落ちている!』
かなり上の方でドンパチしてた二人は、銃撃と剣戟の応酬をしながららせん状にぐるぐると落ちて来る。たぶん、わざとじゃなくて仕方なく。
「……『変身』は、ただでさえ魔法というのはある程度身体に負荷を与えてくるモノなのに、身体の形を変えるとあっては物理的な負荷も相当なはず。」
「ロイくんも、風の魔法でやってる事を考えると結構大変だよ。二十二本の剣を同時に回転させて、同時に操りながら自分を飛ばす事とか速く動く為の加速とかもやってるからね。」
「まぁ、いくら飛べたり回転できたりって言っても……ロイドって魔法を使い始めてからちょっとしか経ってないのよね。燃費はまだ悪いはずよ。」
くるくるときりもみしながら落ちてきた二人。ロイドが風で勢いを殺しながら着地したのに対し、ティアナは脚を強靭かつしなやかな動物のそれにして、着地と同時にロイドから距離をとり――ながら小さい銃を連射する。
一発一発が違う動きをするティアナの銃弾を防ぐため、回転剣を自分の周りで凄い速さで回転させて防御の態勢になるロイド。そんな一瞬の硬直を狙い、離れた所に着地すると同時にスナイパーライフルを構えて狙いを定めるティアナ。
ロイドはティアナの攻撃を剣で弾いてるけど、別に銃弾が見えてるわけじゃない。回転させる事で当たる面積の大きくなった剣を自分の周りに広げて、さらに高速で周回させる事で……ようは壁を作ってるだけ。その回転の速さが尋常じゃないからほとんど完璧に銃弾を防いでる。でも、ローゼルの氷のドームみたいな完全な壁ってわけじゃないから……一応理屈の上だと、銃弾がロイドの剣の壁を抜ける可能性はある。
そんな壁に向かって、今ティアナが――狙いをつけて銃弾を放とうとしてる。
銃弾の軌道を変えられるティアナにとって、狙って撃つっていう事はそんなに大事な事じゃない。あさっての方向に撃っても、軌道を曲げて目標に当てられるから。
そのティアナがスコープを覗いて狙いを定めて撃つっていうことはきっと、物凄く精密な射撃につながる――んだと思う。
ロイドの剣の壁を抜けられる程の射撃に。
ガンッ!
放たれる一発の銃弾。発射されてから目標に届くまで一秒もない……そんな一瞬にその銃弾がどんな動きをしたかなんてあたしには見えないけど……
『!! あーっとー!!』
ロイドの身体がはねるように大きくのけ反ったのは見えた。
ティアナの銃弾はロイドの防御を抜けて命中した。やっとの思いのこの一発、間違いなく急所を狙っての一撃のはず。それが当たったのだからこの勝負は――と、そう思った時、後ろに飛ばされながらロイドが腕を大きく振り上げた。
「え――!?」
次の瞬間、スナイパーライフルを構えてたティアナの身体が足元から発生した竜巻みたいな風に吹き上げられて宙を舞った。さっきのきりもみ落下とは比べ物にならないコマみたいな速さでぐるぐる回転しながら、ティアナはきれいな着地もできずに地面に落下した。
『こ――これはーっ! 曲芸剣術の防御を突破した銃弾によって狙撃されたサードニクス選手と、そのサードニクス選手の魔法で地面に叩きつけられたマリーゴールド選手! これはまさかの引き分――おぉ!? 両者に動きが!』
ロイドはわき腹を押さえてかなり痛そうな顔をしながら上体を起こした。どうやらそこに銃弾がヒットしたらしい。
そしてティアナは……立ち上がろうと片膝をつ――こうとするんだけど、まるで酔ったみたいにフラフラで上手く立てない感じだった。
「あれは……ロイドくんが一回戦でやった技だな。相手を回転で酔わせる……」
「あんだけぐりぐり回されたらいくら空中戦できるティアナちゃんでも頭の中ぐわんぐわんだろうねー。」
「っててて……よっ。」
痛がりながらロイドが手を動かすと、ふらつくティアナの傍に転がってる二つの銃が風に舞ってロイドの方に飛ばされ、代わりに回転する剣がティアナを囲った。
「……ティアナの狙撃を、防げるとは思わなかったからな……賭けだったけど、急所に風の防御を集中させておいたんだ。全身を覆うと、オレの魔法の腕だと層が薄くなってティアナの銃弾には意味がなくなるからね。」
「……! それであ、あたしの狙撃が命中する直前にズレたんだね……いきなり横にそれたからビックリしたよ……」
「おかげで致命傷は防げたけど……ガードしてないここにいててて……当たったから……ちょっと痛くて立てなくなった……」
「……で、でもあ、あたしの武器は取り上げられちゃったし……剣に囲まれちゃったし……もう『変身』する体力もないし……目が回っちゃってるし……うふふ、もうちょっと……だったんだけどなぁ……」
フラフラの身体を潔く倒して仰向けに倒れるティアナ。それを合図にセルクの声が響き渡る。
『けーっちゃくー! 一歩も譲らない激戦を制したのは『ビックリ箱騎士団』の団長! 勝者、ロイド・サードニクス!!』
死ぬほど痛かった。スナイパーライフルの銃弾というのは大きいし威力もある――らしいというのは聞いていたけど、こんなに痛いとは思わなかった。学院長の魔法がなかったらオレのお腹は半分くらいえぐられていたんじゃないか?
とはいえ、これも学院長の魔法により、試合が終わると同時にその壮絶な痛みはスッと引いた。
「……あれ?」
魔法の疲労はあるけどまぁ、ぐっすり眠ればなんとかなるだろうという感じに元気よく立ち上がったオレは、倒れたままのティアナに近づいた。
「……ティアナ?」
「……あ、あたし……その、う、動けないの……」
「『変身』の魔法の疲労でって事?」
「うん……ロイドくんと空で撃ちあってる時……あ、あたし腕を……翼と普通のに何度も変えたでしょ……? あ、あれってすっごく……大変なの……」
「……もしもティアナが勝ってても、それじゃあ次の戦い出来なかったな……」
「うん……でも、それくらい頑張らないと……ロイドくんと戦えないなって……そう思って……」
「……ありがとうな、ティアナ。」
「ううん。」
ニッコリ笑うティアナだが……さて、動けないなら運んであげないと。
「よし、オレの背中に――」
そう言いながら、ティアナに背を向けておんぶする姿勢になったオレだったが……
「……もしかして起き上がってオレにつかまるのも無理?」
「う、うん……」
「えぇっと……そうなると……」
仰向けに倒れているティアナを運ぶ方法はあれしかない……
「テ、ティアナ、その……えっと……」
「う、うん……いいよ……」
状況を察しているティアナは、少し顔を赤くしてそう言った。オレはちょっとドキドキしながらティアナの……腕の下あたりと脚の後ろに両腕を入れ、そのまま持ち上げ――
『あー!! サードニクス選手がマリーゴールド選手をお姫様抱っこしたぞー! いや、そうするしかないのはこちらもわかるのですがお姫様抱っこ! お姫様抱っこです!』
連呼されると余計に恥ずかしい。
「さ、さっさと出ようか……」
ティアナを抱え、オレは闘技場の出口に向かう。舞台の左右にある通路はそのまま進むと闘技場の外に出るので、通路内に入ってしまえば誰にも見られない。
お、お姫様抱っこというのは位置的に顔がとても近い。ちょっと目線を下に向けると、何故かオレの方を向いているティアナと目が合ってドギマギする。
「ご、ごめんね……お、重い……?」
「ど、どっちかっていうとティアナの銃が重いかな……」
置いて行くわけにもいかないので小さな銃をポケットに挿し、スナイパーライフルを肩にかけてティアナをお……お姫様抱っこしているわけだが、肩にかかるスナイパーライフルの重みが結構ある。
「こんなズッシリくるのを使ってたんだな……ティアナはすごいよ。」
「も、持ち方にコツが……あるんだよ……」
「そんなモノがあるのか……」
「あ、そ、そうだロイドくん……」
「ん?」
「丁度いいから……話しておきたいんだけど……」
「うん?」
「あ、えっと、でもそ、その前に一応……確認するんだけどね……ロ、ロイドくんは……あ、あたしをこのまま放り投げたりしないよね……?」
「どういう状況!? しないよ!」
ビックリしたオレはティアナの方を見る。すると――なんというか、まるでオレがティアナの方を見るのを予測していたみたいなタイミングで、ティアナはこう言った。
「あ、あたしロイドくんの事、好き……なんだ。」
思わず立ち止まる。完全完璧に予想の斜め上の言葉に、オレの頭は一瞬停止した。しかし、オレの視界いっぱいに映るティアナの――強い意志を感じる表情によって再起動する。
「えぇっと……」
「ロ、ロイドくんは……結構鈍いから言うけど……お、女の子のあ、あたしが、男……の子のロイドくんを、す、好き……なんだよ……?」
「う、うん……」
さすがに三回目ともなるとそういう事かどうかはわかるしいい加減慣れ…………ないな。
「う、嬉しい――んだけど、そ、その前に……なんで今……」
「……二人っきりだし……お姫様抱っこだし……チャ、チャンスかなーって……」
なんというか、大人しいとか控えめとか引っ込み思案とか、そんな表現がしっくりくるティアナだけど、ここぞという時にはぐいぐい突き進む根性があるというか度胸があるというか……
いやいや、そうじゃなくて!
「え、えぇっと……その、オレ……」
「わかってるよ……ロイドくん、優柔不断だもんね……」
「……はっきり言われると……いや、そうなんだけど……ごめん……」
「リリーちゃんがして……ロゼちゃんがして……あ、あたしもってなったらロイドくんは……ぐるぐるしちゃうだろうけど……ふ、二人が……すごくせ、積極的だから……このままだと負けちゃう……気がしちゃって……」
いかんせん、お姫様抱っこという状態がヤバイ。リリーちゃんの時やローゼルさんの時は多少身体の自由がある状態だったから……なんとなく心臓が落ち着く距離まで離れる――離れようと試みる事はできた気がするんだけど……ティアナが言ったように、放り投げでもしないと今のこの距離は変わらない。
何と言うか……すねたような笑ってるような……とにかく今まで見た中で一番かわいい顔をしてるティアナの近距離攻撃は威力が高過ぎる……!
「まぁ……あの二人もあ、あたしも、もうわかっちゃってるから……いいんだけどね……」
「な、なんの話ですか……」
「なんでも……ないよ。」
「そ、そう……え、えっとあの、ちちち、ちなみに……聞いてもいいかな……なんで……オレを……」
「……好きな、ところを言うと……い、いっぱいあるけど……そ、そうだね……ロイドくんはあ、あたしの……お、王子様なの……」
「えぇ!?」
「困ってるあ、あたしの前に……突然現れた……王子様……」
純粋そのものの笑顔でそう言われてしまった。これ以上は何も言えない。
「……あ、ありがとう……?」
「ううん……あ、そういえば……」
「な、なに?」
「リリーちゃんもロゼちゃんも……こ、告白した時……キ、キス、したんだよね……」
「びゃっ!?!?」
金色の瞳がオレを射抜く。まさかこの体勢で!?
「えっと……ちょ、ちょっと届かないから……ロイドくん、少しだけ顔をち、近づけてくれるかな……」
「ぶぇえっ!?!?」
もはや断るとかの過程を素通りして実行に入るティアナ。
全身クタクタのティアナが動かせるのは首を少しだけ。それだとオレに届かないからオレにある程度近づけとそう言っているわけだが――オ、オレから!?
「びゃらば、テテ、ティアナ――」
「……してくれないの……?」
「い、いや! あの――」
「……二人とはしたのに……?」
「えっと! その――」
「……ロゼちゃんとはたくさんしたのに……?」
ダメだ。今のティアナに勝てる気がしない。
「――!! ――!! わ、わかった! じゃ、じゃあ――どどど、どうぞ!!」
半分ヤケになったオレはずいっと顔をティアナに近づける。
「……は、恥ずかしいから……目、つぶってくれる……?」
「は、はい!」
「……もうちょっと、届かないよ……」
「こ、こう?」
「もう少し……」
「これくら――」
おずおずと顔を近づけていたオレの口が、柔らかいモノに塞がれた。
ああ……二人とはまた違った――って何を考えてるんだオレ――
「んぐ!?」
直後、さっきまで力が入らなさそうにブラーンとしていたはずのティアナの両腕がオレの首にまわり、ぐいっと引っ張られ……そのまま長い時間が経過した。
なんだか小一時間くらいそのままだったような気もするその状態が終わり、顔を離したティアナは嬉しそうに驚いた顔で呟く。
「……ロゼちゃんが何回もしたくなるの……わかるよ……すごく……幸せ……」
「そそそ、そうでむぐぅ!?!?」
再び塞がれる口。
そう、何度も言うように、ティアナを放り投げでもしない限りこの近い距離は変わらない。両手はふさがってるし脚を動かしても意味はない。首を動かしてもぐいっと引っ張られて元の木阿弥。
オレは……
「は?」
思わずそんな言葉が口から出た。だいぶ時間が経ってからティアナをお姫様抱っこして出てきたロイドが、魂を抜かれた抜け殻みたいな顔だったから。
しかもあたしはこの顔を知ってる。ローゼルとのデ、デートから帰って来た時もこんな顔だった。
「……ティアナ? ……あんた何したのよ……」
「…………エリルちゃんの想像通り……だとお、思うよ……」
ティアナのその言葉に、顔が青くなるのはローゼルとリリー。
「ままま、まさか!? ティアナ……その通路でこここ告、告――」
「しかもお姫様抱っこされながら!? うらやま――っていうかロイくんがその顔って事は――」
二人が今にも絶叫しそうな顔を向けるのに対し、ティアナは――普段のティアナからは想像できない……なんて言えばいいのか……ま、魔性の女……みたいなイタズラっぽい顔で自分の唇にそっと指を置いた。
「ティアナーっ!」
「ティアナちゃーんっ!」
二人によってロイドの腕からひっぺがされたティアナは……ローゼルにお姫様抱っこされた状態で二人にギャーギャー言われる。
そしてティアナから離れた魂の無いひょろひょろロイドがふらふらして倒れそうなのを、あたしが受け止めた。
ぽかーんと開いたロイドの口を眺めるあたしは、その唇をつつきながら……な、なんでそんな事を呟いたのかわかんないけどこう言った。
「……この女ったらし……」
騎士物語 第四話 ~ランク戦~ 第四章 準々決勝
ということで『ビックリ箱騎士団』の二名と甲冑と貴族の令嬢が残りました。
組み合わせが予想できてしまいそうですが、甲冑と貴族の令嬢にはまだ面白い技が残っているのでお楽しみにどうぞ。
しかしティアナまで……全ては発端のリリーちゃんのせいですね。