君の文字は時じくに咲いているⅢ Re:awaken

プロットまとめ

【『君の文字Ⅲ』 Re:awaken】
〜時じくシリーズ〜

・本題
『君の文字は時じくに咲いている 終幕』

・登場人物
室馬醒司←ボダイでの救世主。記憶を失う。
八神萊羅←室馬と恋人関係の世から来た八神
雪解沙樹←上に従い室馬に想いを持つ元恋人
江堂駿←室馬と親友関係の世から来た江堂駿
瀬戸山海斗←プロハッカー。室馬は犬猿の仲
科学者たち←ボダイ創造を仕組まれる操り人
DOOM←ボダイ副作用を宿し世を渡る生還者

・世界観
生還者←ボダイから脱出してきた人々。約6万
ボダイ←平行世界と繋がる実験での統一世界
DOOM←ループ展開機。黒幕たちに宿る能力
干渉能力←平行世界への意識干渉又物理干渉
調律能力←平行世界を分岐前の原点に戻す力
世界線の収束←様々な世での不変の事象の事

・語り部
人は夢を見る。明日の世界がそこにあるから。これは誰かの文字が誰かの心を救う物語。

・キャッチコピー
生き急ぐとき、誰もが美しい。

・主題歌
OP『Destiny太陽の花』〜島谷ひとみ〜
挿入歌『Doubt&Trust』〜access〜
挿入歌『Bravely You』〜Lia〜
挿入歌『別れの歌』〜冨田麗華〜
ED『リアル鬼ごっこ』〜GLIM SPANKY〜
lastED『君の文字』〜熊木杏里〜

・あらすじのあらすじ
ボダイという世界。そこで起こり始めたこの世の本当の真実。そして、夢の終わり。数限りなく存在する別の世界。平行世界。時間の融合。すべての奇怪な現象はその実験の本質を解き明かす。室馬醒司・雪解沙樹・八神萊羅。そしてボダイに集いし全ての人間はひとつの世界ではなく、ありとあらゆる平行世界の実験によってこのひとつの夢物語に閉じ込められた役者たちだった。自分達の真実さえも忘れ、一人一人が最大の監視対象として捕らえられ、彼らの会話でさえも矛盾が起きないように調律と言語調整が加えられていたのだ。そうだ。この実験はただの夢の解剖などではなかった。統一された人間の深層心理において、平行世界との融合を実現させるための始まりの一歩だったのだ。彼らはそれぞれの使命と共にボダイへの道へ向かった。科学者たちは知らなかった。この世界において自らの記憶を消し、実際は周りの友の記憶さえも消し去って、かつ、その新世界の規定プログラムを書き換えた人物が、ボダイへ向かったとを。ボダイを導いたのは科学者ではなく監視対象となり果てた室馬自身だった。だが彼は計画通りに目覚めた。全ては目覚めを願い、自らを封じた現実界にいる本来の自分の仕組まれた三千年だったのだ。だが室馬の目的は既に巻き込まれた人々を救い、この大いなる過ちを繰りかえさせない事だった。だが何故彼は閉じ込めさせるような行動を密かに行っていたのか、何故雪解は自らも科学者たちでさえ恐る上という権力に従い室馬を夢に閉じ込めようとしていたのか、そして何故多くの人間が共に同世界であっても昏睡させられていたのか、八神たちのいた各々の世界が違うにもかかわらず彼らの復活後その記憶は残っているのか、上なるDOOMの正体とは何なのか。全てがここに集結し、夢に囚われし人々の物語に終止符が打たれる。

・あらすじ
1・その男は目覚めると同時に憎しみという感情を知った。目の前にいる仲間たちと共に決意した。この夢という茶番を終わらせ、元の世界へ戻りこの巨悪の根源を叩きのめすと。そして彼らは現実に帰ってきた。憎しみは何も生まない。それは正義でも仁義でもなくただの憎しみでしかない。それでも彼らは自らを奮い立たせた。終わらせるのは夢だけではない。夢に囚われたこの世界の現状そのものを終わらせる。そう男は信じた。こうして彼らの戦いは始まったのである。
小さな…ほんに僅かな時間を寝ていた気がした。うたた寝のような、午後からの授業中にふと瞼を10秒ほど閉じてしまうような、そんな浮いたような気分で目が覚めた。記憶がまばらに交差し夢なのか現実なのかわからない時間が続いた。何かが頭で整理され今を認識し始めた室馬は初めて自分が泣いていたことに気づく。昏睡状態から出られるように眼前のドアは軽く開いていた。眩しい光が差し込んでくる。ここはどこだ。うっと目を瞑るがそのドアを開ける気力すらなかった。長い…果てしなく長い夢を見ていた気がした。涙を掴んだその手に滴る雫を見つめ…ようやく目は覚めた。ハッと我に返った室馬は瞬間まで忘れていた先ほどのボダイでの時間を思いだした。だが現実とはこのような場所だったのかを思い出すには少しばかり時間がかかりそうだった。ドアをゆっくりと開ける。白い部屋だった。だだっ広い空間に数多くの同じようなカプセル型のベッドがあり今しがたまでボダイにいた仲間たちがゆっくりと目を覚まし始めていた。
彼らの持つ記憶はボダイでの平行世界の別自分との融合もありその人格は人によって混合していたり別の世界での記憶が継続されていたりと初めのうちは様々な混乱があった。だが彼らは意を決して科学者たちが驚きを隠す間もなくその場にいた人間をしばらくのあいだ日本支部の施設内に隠してこの世界に出る事となった。彼らを抑える事に苦労はなかった。彼らは事の事態を収拾できていなかったからだ。これもまた雪解の言うDOOMという謎の人物たちによる操り人形でしかないのだ。こうして約6万のボダイで昏睡状態にあった彼らはその名を世界に轟かせた。だが夢というものはやはり僅かな間で起きるのであり、彼らのいた三千年はこの現実世界では二年にしかならなかった。90分単位で多くのループ記憶を操られボダイ内に設定されたループ展開機による軌道修正はたったの数時間毎で行われていた。呆気のない時間の違いに多くの人間は脱力した。疲弊していた彼らを室馬たちはもときた家にではなく一時的に安全なスイス国内で臨時の町に移住させる事にした。この街が後々ボダイという名前を持つ事はまた別の話である。こうして残った室馬たちは少ない友と共に自らの体内に宿っていたある力の存在を認識し始めた。生還者たちの中には既に力を持つ事を報告しにきた者もいたが、これがどのような害をもたらすかまだ不明だったため無意味に使わぬよう警告する事にしておいた。室馬たちはだが雪解の話からおおよその見当ではあったがもう直ぐ近くまで奴らが足を伸ばしている事は分かっていた。様々な思いと物語が交叉しその中でうごめく闇があるも、人々はそれぞれに意を決し動き始めた。八神の想いも雪解の想いでさえも室馬には大きな糧となった。ただの恋愛を語るならこの物語に夢は必要ではないであろう。そして彼らは世界中でも注目の的となるが不自然なほどにこの事態は政治的にも経済的にも何の影響もなく世間から忘れられていくようになった。だが彼らを好まない人間や彼らの持つ能力に異議を唱えるものや彼らを支配しようとする権力者が現れはしたが、これもまた大きなことにはならず事は収集され、室馬たちは自然に行動範囲を広げられるようになっていった。
DOOM。強国を意のままに動かし、変幻自在に姿形を変え、世界をまたにかける暗躍者。室馬たちはその影の人間が自らそこへ現れた事を決して疑ってはいなかった。だが長き日々を経て追い求めていた真の敵が目の前にいた事を彼らは知らなかった。内密裏に室馬たちを支援し始めていた諸国の人々は生還者も含め人知れず多くの場所に置いてその正体を追っていた。だが全ての要因は彼らの姿を知らなかった事だった。ゆえに、自分たちを信じて敵を探していた世界の人々が本来の敵が自らをそうして探させていた室馬たちであった事を知らなかったのだ。だからこそ記憶にない世界の夢を見た室馬たちはようやく気付いた。ただの睡眠であっても生還者の多くに起こる夢が別の世界での現実的な並行世界にも似た記憶だという事。それは徐々に現実的なものを持ちどちらで生きているか意識障害さえ生還者を苦しめ出したという事。それは夢で見た仮の並行世界において少しずつこの世界との干渉が他の世界との自分と共有できるようになってきているという事だった。鏡に映る自分たちの虚像。記憶にない時間の流れ。そこに隠された本当の奴らの顔を。自分たちが今や誰もが認識している何らかの能力。それが別の世界で別の自分たちにも同様に起きているならば、それは実験を行ってまでかつてのDOOMたちが実現させようとしていた平行世界への干渉実験であり、これは彼らが実験に成功した証拠である。つまり、本来は同じ人間が次元の都合上2人も存在できないために起こる副作用。別の世界から来た干渉能力を持つ別の自分たちはその存在を物理的に移動させる事ができるのではなく、別の世界の自分たち同個体に侵入する事ができるのだ!夢という脳の整理状態の過程を経た室馬は鏡に映る正体に気がついた。外に出歩こうが何処へ行こうがその影と何処かに映る自分という不可思議な第二の自分自身。二重人格なのではない。確かな違和感を感じていた。自分じゃない自分。室馬醒司はこの広い数多の世界の上に立ち、ああそうかと理解できた。俺は…知らない内にこの世界が好きだったのか。千差万別の真実は沢山の無意味な憎しみばかりを生んできた。けど、そんな最悪な世界がこんなに愛おしく感じていたとは。だから別の世界の俺自身にも好きになっちまった故郷があるって事なのか。だからこそ、同じ時を共有できる別の自分たちを憎んでしまったのか。嗚呼…世界は本当に深い。俺の知らない俺がそこにいる事も。室馬は水たまりに浮かぶ向こう側の自分へ語りかけた。風が来、波を綴った水面には口を開かない自分が立っていた。
「お前は俺が憎いか?」
「…」
「この世界の俺はな、お前みたいな自分でもわかってしまうような気がするよ」
「…」
「初めまして。だな」
「…」
「本当に自分って奴は他にもいたんだな」
「…世界は千差万別だからな」
2人の室馬はそこで語り始めた。全てを。
室馬がボダイへ入る前に行った彼の記憶にもない秘密裏な行動。それはDOOMという存在が行う事を知った別の世界の室馬によって別の自分である室馬を助けるために行った事だった。雪解が自らも科学者たちでさえ恐る上という別の世界の室馬たちに従いこの世界の室馬を夢に閉じ込めようとしていた理由。閉じ込めさせる事で存在してはならないはずのDOOMの室馬たちがこの世界に物理的に存在できるよう仕組んだためであった。何故多くの人間が共に同世界であっても昏睡させられていたのかという事。それはDOOMという存在が室馬たちであることを別の世界にいる数多くの平行世界への干渉能力を持つボダイの人々に知られないように隠すためであった。だが多くの事が起きてこの世界の室馬は目覚めた。そしてそれらを知った干渉能力者はDOOMという敵の大まかな要素を掴んでしまったのであろう。室馬がDOOMの存在を認識したことで彼らは今や物理的に存在することもできてしまうのだが、どちらにせよ様々な世界のDOOMに敵意を抱く他の干渉能力者の狙いが定まったことに変わりはないのだろう。室馬醒司はこの現実界へ戻った頃から生還者の一部に起こっていた、時折自分が今まで何をしていたかを忘れるという記憶障害のような現象がようやく理解できた。彼らが記憶を脳内に侵入して操っていたからである。つまりこの世界を裏から牛耳っていたのは室馬達自身、その脳を別世界から干渉して物理的干渉を狙っていた平行世界の室馬達だったのだ。

2・彼らはただの若者たちだった。多くの戦いを並行した世界で勝利に導いてきた彼らはいつしかその力を捻じ曲げ、その身に宿る人を超えた力を万能科学と呼び、数多くの世界を渡ってきたのだ。別の世界でボダイに囚われた彼らは共に決意しボダイを脱出後、現実界で発生した己の能力を使って、自分たちを巻き込んだDOOMという組織を滅ぼし、世界をボダイで過ごした時間による副作用によって起きた並行世界への移動手段を実現させ数多の世界を渡り歩き、多くの文明を終わらせ又は多くの科学や政治や環境を書き換えていった。それは実験であり彼らのヤケであった。だが気づいていた。この世の自分たちがこうして世界を渡り歩けるとするならば他の自分たちですら同じことをしかねないと。だから彼らは自らを守る為に他の世界で出会う復活後の彼らを次々と皆殺しにし始めたのである。だが実験の始まる前の世界にも辿り着いたことがあった。これを機に物理的に干渉して一個体として世界へ侵入できるよう室馬は考えた。もはや仲間の記憶侵食は激しい苦しみを持ち始めていたからだ。その世界にいる同一人物が自分たちを認識さえしない限り彼らはこれを成功させることができると踏んだからだった。その時にこの男は彼らを目覚めさせないようにボダイに永久昏睡させることにした。だがそれはどの世界でも失敗した。どの世界の自分も同等の能力をもって何度も復活してきたからだった。よって彼は自らを慕う恋人を使った。彼女に濃い統率力の力をプログラムさせ送り込んだのだ。結果は大成功だった。こうしてその間に彼らは破壊を尽くし、また別の世界へと旅立つことにしたのであった。このやり方は幾十にも成功を続けていた。はずだった。雪解の想いを超える物語がボダイで起きていたことはその理論を大きく覆すこととなった。真夜中の公園にある水面が輝きだした。夜明けが近くなってきたいたのだ。雪解の決意はボダイにいた人々を救った。何よりもそこに自分自身がいたから。償いきれぬ犠牲をもってDOOMという組織はようやく我が身に心が戻ったのだ。それを室馬はこの世界にいる自分に伝えに来たということだった。だからこそこの室馬自身に大きな試練が起こるのだ。奴を許さない多くの人々が様々な世界でこちらを睨んでいるだろう。室馬はおもむろに空を見上げた。太陽の光が空を覆い始めていた。じきに夜は明け、これを知る自分たちは大きな失敗をまた繰り返してしまう。平行世界への干渉能力を持つ他の者たちがこれに加わればもはや後戻りのできない修正不可能な未来を創造してしまうことになるだろう。ならばこの荷を仲間や恋人に背負わせるわけにはいかなかった。室馬醒司はいつの間にか決めていた。どれほど憎みあう世界があったとしても今この瞬間を共に生きることのできた多くの仲間たちがいるのならば俺は俺自身にその全てを背負うと決めていた。迷いはなかった。陽が山から昇りたちどころに黄金に染まる世界がボヤけて見えていた。涙なんて言えるはずなかった。それは自分の覚悟がこの世界で生きたいという気持ちの裏返しだとは分かっていたからだ。今も世界のどこかで沢山の人々が、八神や江堂や雪解や瀬戸山が全ての元凶に立ち向かおうと必死に抗っている。各々が様々な想いと決意を胸に最後まで諦めていないのだ。だからこそ室馬は日本へ向かった。家族の元へ別れを言いに。

3・オセアニアでは江堂たちが先陣をきり、雪解たち元統一軍の仲間たちはアフリカ諸国で働いていた。八神はヨーロッパや北欧の方で活躍しその名をジャンヌダルクと敬称されていた。数多くの仲間たちは北南米やアジアの国々に渡って多くの活躍を見せていた。彼らには同じ決意があった。自分たちの未来を自分たちの手でもう後悔させないように。この物語はまた別の話である。
四国の田舎に暮らす実家で室馬はその扉を開けた。何ら変わりなく何千年と時を過ごしたはずなのに、何もかもが当たり前のようにそこにあり、いつもと変わりない風景の中で体を思う存分に抱きしめ涙をながす家族が前にいた。どんなに心配されたって喧嘩にしかならなかったあの日々は、どれほど考えようが考えきれない安心感があった。室馬はただ静かに目尻を腫らしていた。これが本当に生きているという実感だった。
ことの次第は家族の中ではなく室馬を心配し駆けつけた旧友や幼馴染にも知れることとなった。田舎町にいる懐かしい面影ある面々を共にして室馬の心は落ち着いていた。全てを聞き終えた家族はしっかりとそれを受け止め、室馬にその道筋を自分と誰かのために必死で尽くすようにと励ました。田舎の中学で卒業を控えた4歳差の妹はそれをただの妄想だと割り切っていたが、室馬のその意思が死ぬ覚悟だということを悟るようになった。4日間という僅かな間に室馬は多くの人たちとの出会いを理解しそれを受け止めた。ありがとうという言葉はいつの間にか口から漏れていて彼の心は感無量だったのだ。旅立ちの日に、彼を見送る家族は蒼い空の下で1番輝いていた。誰もが彼の想いのうちにあった。わかっていた。もう会えないという気持ちで立ち向かわなければならないことくらい。それでもまたいつでも帰って来いという誰かの言葉が心の内を搾り取られるような感覚に陥った。こうして室馬は一本車両の列車に乗り込んだ。
その後、室馬は北に向かう途中の各地域で多くの刺客にその命を危険にさらした。彼らは各世界からの意識を干渉させてここの世界の自分たちを動かしてきた高位能力者だった。だがその都度に彼はそこにいた仲間や駆けつけてくれたボダイの生還者たちに助けられた。仲違いした者たちとも和解し、こうして室馬は最後に乗る列車を明日に控え、会いに来てくれた八神たちと出会った。瀬戸山とは憎まれ口を互いに叩きあっていたがそれでもそこにある友情は本物だった。江堂との長い付き合いはその時間と場所が変わっても変わらなかった。雪解が持つ彼への想いはそれでも変わらないままでそんな先輩後輩の2人は皮肉しか投げかけていなかったがその顔は、わかっていた。八神と話し合う時は既に夜も遅くなりかけていたが、2人の持つ確かな記憶は何度振り返っても笑えて仕方なかった。2人っきりで話し合う時間を各々と取れたり、全員で高校の頃のような馬鹿騒ぎをした。安穏としていた時間が遠い記憶だった。長い長い時間と世界の物語はこんなにも賑やかな夜を迎えていた。ささやかな夜明けだった。寒い北国の陽が昇った。旅支度を終えた室馬は1人駅の方へ歩き出していた。駅を前にして彼に数人の人影が立っていた。八神たちだった。彼が先に出て行くとわかっていたのだ。誰もが彼の行く先にある大きな壁を理解していた。だからもう誰も止めなかった。ここにいる室馬醒司はそういう男だからだ。誰かに愛されていてもその愛を守り抜き、誰かの信頼を信頼で応える。抜けていてもどこかで誰かを見守っている。人知れず努力し報われぬ現実ですらはねのけて大きく一歩を踏む、そんな誰にも例えられぬ自慢のリーダーだった。ときには無邪気なのにどこか切なげで、我がままなのに自分をしっかり持っていて、不器用なのに誰よりも誠実な男だ。誰もがどこかでそう感じていた。八神が代表となって室馬に近寄った。誰かのためじゃない。一人一人の未来を自分自身のために。あの日、あの場所で。八神は室馬の手のひらに落書きした。
『みんな待ってるからね』
見覚えのある文字だった。それもそのはずだ。この文字は何度だって彼を救ったのだから。どんな世界にいても誰かの文字が室馬醒司を支えていた。乾いた文字を掴み、室馬は空を見上げた。陽は山々の頂で大仰な光を持って全地を照らしていた。別れの時だった。室馬に名残惜しむものは何も無い。全てを終わらせに行くと語る。室馬醒司は最後の戦いに旅立った。人から閉ざされし秘境に1人向かった。
向かったのは白神山地だった。干渉能力でDOOMたちがたどり着いた意識の原点はここだったためだ。もう1人の自分の声の行くままに向かった広大な山々の中枢部に巨木に包まれた、広い遥か底まで透き通る静寂とした湖があった。その水面を言われるがままに室馬は入り込む。波が薄ら出来上がり静けさの中に水輪の音が広がった。そして意識をかつてのボダイに集中させた室馬はそれまで誰も使わなかったこの身に宿る不可思議な感覚を解放した。違和感の無い身体の浮遊力を室馬は感じた。水辺に再び水輪が広がった。彼自身の身体が水面の上に立ったからだ。無音無心に包まれたあとに研ぎ澄まされた意識の中でたくさんの声が聞こえ始めていた。この声は俺たち。あらゆる世界でそこから始まった別の物語たち。多くの悲劇が繰り返されそれでも人々は何度だって立ち上がった。過去を振り返っても学ぶことを忘れるときもあった。それでも我々はこの世で生を全うしている。願っても願わなくとも我々の手には生きる時間が宿されている。それこそが万能の力。世界を救い、世界を変えられる、可能性という無限性を帯びた人にしか成しえぬ唯一無二の能力。どこかの世界にいる自分の声が己が知る真実を語る。世界の終末を迎えた場所もあった。新たな文明の礎となった者達もいた。室馬は自問自答を繰り返した。何度も何度も。この大きな大きな幾通りもの世界を結ぶ最大の手がかりを。だが数多くある自分たちの世界を終わらすことは2度とできなかった。だから、室馬は選んだ。干渉能力において他の世界や他の自分への融合が可能ならばそれを逆に調律能力として別々のものを区別し完全に離別させることもできるということを。もしそれが可能ならば彼らの意志を問うべきだった。自分1人の考えで全ての世界を変えるということは、それらを否定しているも同然だったからだ。声がより重複してこだまのように様々な世界から聞こえてきた。今が潮時だ。だが別の自分がどこかの世界からか聞こえてきた。DOOMにいる室馬だ。仲間たちの声が遠くから聞こえる。彼らはすべてをもうこの室馬に託しているのだ。向こうからそれは聞こえた。
「世界調律とは、個々の平行世界を繋げる干渉とは真逆で、各々の世界そのものを単独の時間軸にし、他世界からの干渉を一切持たない独立状態に戻す事だ」
「戻す?世界はそもそも平行しているというわけではないのか?」
「分岐の累積が、平行世界を創り上げた。これからも平行世界は分岐し増え続けていくってことだ。戻すならば俺たちは他世界に干渉せずに自分の世界でのみ生きていく事になる」
「世界が幾通りあるとしても、俺たちの未来は俺たちが創る未来だ。失敗だってある。辛い事だってある。それが人生だから世界は面白いんだ」
「たとえ、平行世界でこれまで多くの干渉実験が行われた事によって膨大な次元層に亀裂が入る事になったとしてもか?そうなるとこの世界は単独では持ちきれなくなる。干渉は世界の容量を天文学的に消費するんだぞ」
「数知れない世界に残る傷は俺が背負う。この力はそのために残しておいたんだ」
「背負い切れると思ってんのか?お前の人生にある全ての時間が消えるぞ。次元層の亀裂は時間記憶への誤差修正の世界規模な問題だ。それを原点に戻すという事は時間記憶を犠牲にするつまり、お前の記憶は消えるんだ」
室馬は広大な宇宙に立っていた。世界を知った気なんてしない。それでも、その手のひらにある文字を見つめた。拳に力を込める。これがこの途方もない抗争を終わらせることができるなら、室馬はゆっくりと瞳を閉じた。みんなが待っている。想いは千差万別。仲間だけじゃない。失いたくない家族がいる。人々がいる。そして、誰よりもこの世界を愛している自分自身がいる。思い出が記憶が消えようと、関係なかった。あの日々を最後にして強くなれたか?答えは決まってる。
「俺には帰りたい場所がある。帰りを待っている人たちがいる。だから、俺はこの戦いを終わらす」
世界からどよめきがあがる。その瞳はもう焦点を見据えていた。世界中から賛否の声が波のように打ち立てている。室馬は虚無に足を踏み入れた。身勝手に世界を変えたくなかった。だからこそ世界中で干渉能力を代表とする者たちとの正式な話し合いが必要だった。意を唱える者たちに面と向かって話す。ただそれだけのために、室馬はこの何千何万という代表者たちに向かって話しかけたのだ。おそらく今多くの自分自身を敵に回した。それでも、何を諦められる?記憶がなくなる?上等だ。これまで以上の時間を生きてみせる。俺の思い出がなくなっても、俺から思い出は消えやしない。手のひらに浮かぶ文字が声となる。一人きりじゃなかった。その手に握るものがその証拠だった。たとえどれほどの時間がかかろうとも、どれほどの試練が待っていようとも、変えてやる。室馬は虚無の中に入り込んだ。振り返りはしなかった。
世界調律というものはボダイを経て能力を宿した多くの生還者たちからもその能力そのものを奪わうということになる。つまり能力もなく干渉の無い一本道の世界に分け隔て、誰もが己の夢に向かって一本道に歩んでいける世界だ。だが夢という世界からの平行世界への干渉はできずとも垣間見ることはできるはずだ。それ以上の欲望を時に人は持つ。何かを成し得るためでも、無残に他人を巻き添えるようならそれをこの室馬は許さないだろう。
物理的干渉をした室馬は見知らぬ世界へやって来た。見たこともない科学世界にも大きな貧困層があった。彼らを守るためにそこにいる世界の室馬は現れた。何度もぶつかって話した。だが互いの思いは結局同じだった。誰かを守ることが彼らの瞳にはあったから。彼は室馬に彼らの意を代表して、全てを預けた。より良い広い世界に戻してくれと。ある世界では真っ向から戦闘が始まった。だがそれは相手を守った者が現れたことで事は変わった。誰もが未来に希望を持っていた。ゆくゆくは多くの世界に旅立って様々な人生を作ることができる、そのために彼らは外の世界を目指していたのだ。様々な理由があり多くの物語が自分の知らないところで起こっていた。ゆく先々の世界で彼らから意を託された室馬はその身に彼らから預かった能力と共に多くの負荷がかかっていた。流れゆく時間のなかでただ1人次元の果てで途方にくれることもあった。こうして長い年月が経つうちに自らが何のためにここまでの努力をしなければいけないのかさえ忘れてゆくようになった。それでも、手のひらに書かれたその言葉が彼を何度も勇気付けた。幾たびも試練を乗り越えれたのはそこにあった文字を大切な誰かが綴ってくれた事を片時も忘れていなかったからだ。みんなの顔が遠のいていった。なのに身体はまだ先を行き続ける。待っている人がいるから。

5・生還者の集う集落。ボダイ。いつしかそう呼ばれるようになったこの賑やかな町は西洋風な景観とは裏腹に生還者たちによる能力の抑制訓練所ともなっていた。彼らは室馬の帰りを待っている。彼が日本の人里離れた山々で消息を絶ってから、1年が経っていた。初めは能力者による次元観測で室馬が成功を収めている旨を誰もが聞いては喜んでいたがいつしかその行動範囲は能力の届かぬ彼方まで及んでおり、今は誰にもその動向が観測できていなかったのだ。だがそれでも皆が誇りを持って彼を待っている。各地方では八神や江堂たちらが生還者らを代表する数十名と共に雪解を含んだ室馬の後方支援としての調律会議が発足していた。政府に問われないようあらかじめDOOMの組織の面々が手配してくれていた事もあり、難儀なく事は進んでいる。だがどれほど努力したとしてもあくまで干渉と調律の全てを背負っているのは室馬醒司ただ1人だ。彼らはその希望を胸に科学者たちを集えた干渉実験の修正や能力者たちのリミッター等々について精力を費やしていた。
広大な世界にただ1人、たった1人で幾通りもの世界に立ち向かう者がいる。世界を調律し全ての世界が存続し、そしてこの干渉を一切断絶して、個々の世界が個々のままで時間を歩めるような未来を創ろうとしている。そんな噂や伝説は干渉能力の持つ者たちから様々な世界へ知らされていった。意を唱える者達はこうして各々で集まるようになり、彼という存在の抹殺を始めた。平行世界で死を迎えた人間は別の平行世界においても世界線の収束に基づいて、何らかの形で死を迎えるはずだからであった。だがそれは功を奏さなかった。彼の前に立ちはだかる者達があまりに多かったからである。彼は守られていた。人々の希望という願いの中で。室馬という存在は、どこの世界でも『人ならざる者』として恐れられるようになった。だが彼らは引かなかった。長い戦いの旅で疲弊仕切っていた室馬は次元の跳躍という物理的な手段を幾度も使った為に身体にもガタがきていた。そんな彼に対して彼らはある世界に同時に物理的干渉を行って現れた。彼の前に立ちはだかったのは幾千幾万もの大軍となった自分や他の能力者だった。彼は絶望した。室馬醒司に彼らと戦う気力はなかった。なのに…身体は動いていた。その手にあるかすれた文字が見えた。誰かが助けようと必死に向こう側で足掻いていた。そんな彼らを無視して大軍は押し寄せている。もはや後戻りのきかない、そしてこれが最後の賭け。室馬は大きく息を吸った。風がなびいている。雨上がりの空に太陽が照らした。霧が覚め、大地がうねり始めた。室馬はこの時、初めて、己の全てを出した。能力ではない。心の底から叫ぶようなそんな鬨の声が。全身から余り残る事なき最大の力が解き放たれた。襲いかかるありとあらゆる能力たちが彼の体を貫く。痛みと苦しみが彼を何度も何度も地獄へ叩き潰そうとする。互いに譲れぬ道がある。守ると決めた道がある。室馬はそんな彼らとその物語に涙を流した。これで終わりだ。光が全地を覆い、天変地異と共に次元の亀裂が埋められ始めた。大軍は誰1人もう何も出していなかった。覚悟が決まったのだ。負けではない、理解という感情を。そして可能性に、この希望を、賭けたのだ。世界は一度ひとつになる。そして、平行世界だった頃の各々の世界へ旅立って行くのだ。世界は分岐をやめない。それでもその世界が誰か別の世界の者の手によって悲劇を生まないように、一本道にするのだ。そう彼は願い、そして今ようやく、ようやく、彼は自らをその身を原点回帰へ誘ったのだ。バラバラだった者たちの意識がひとつになった。そして室馬醒司は…世界を元あった場所へ戻した。だが彼らの記憶は消さなかった。それぞれがぞれぞれを道を歩み、この記憶をもって世代を超えて、その想いが受け継がれてゆく為に。こうして室馬醒司の旅は終わった。彼の手のひらに文字があった。彼から時間という時間が、記憶という記憶が消えてゆく。室馬はそれらを思い出していた。家族。親友。学校。恋人。仲間。時間。自分。記憶。波のように去っていく日々が走馬灯のようにはしりだす。室馬はその手に、ありがとうと囁いた。嗚呼、これが全てだ。物語の終着点だ。そして、室馬醒司という男は、この世から消えた。

6・はっと雪解は目を覚ました。専門学校での授業は午後から追い込みだった。瞳が開くと同時に八神は我に帰る。生徒会の報告書を学校に期限内に提出しなければいけなかった。違和感を感じた江堂はイヤホンを耳から外した。眼鏡を取り外した瀬戸山はふとシャットダウンしたばかりのパソコンを眺めた。それを誰もが悟る。終わったのだと。面々は各々の場所で世界が改変されていることに気づいた。彼らの記憶は既に過去からは消えている。彼らはそれを終わらせた室馬醒司がどこにいるかを察知した。それは戦いが始まり、戦いが終わる場所、ボダイにも存在するあの平原だった。
ススキが波打つ箱根は仙石原のとある小さな神社の中で、再び室馬は目を覚ました。最後の目覚めだった。風が駆けてゆく。室馬の目が開く時、その草原には誰もいなかった。ここは一体どこなのだろうか…。いたずらに天空を眺めていた。どれくらいしただろうか、何故か頬から涙がつたった。自分が不思議に思うほどそれは突然だった。声が聞こえた。ふとそんなことが頭から離れていき、腕を見る。その手のひらには文字があった。その言葉をなぞる。とても、とても大事な文字のような気がした。遠い彼方に目がうつる。そんな彼の元へ本当に声が聞こえた。彼の名前を呼ぶ人たちの声だった。そこへ見知らぬ少女が駆けて来た。その瞳はずっと泣き腫らしたまんまのものだった。彼はその身柄を彼女らに預けられた。
病院のとある一室で、カーテンが風に揺られる中、外の空を眺める室馬にあの時見つけてくれた若者が入った。彼女はいたって普通に話しかけてきた。けど、室馬には分からなかった。だから問いた。君は?と。彼女からわかっているにもかかわらずその瞳が喜びと悲しさで溢れていた。わかっていた。あの時感じたこの気持ちはそれでも信じていたから。約束をした。世界を、ひとびとを救うと。そのためにこの前にいるかけがえのない存在は己の記憶を犠牲にしたのだ。どうして泣かせてしまったのかもわからない室馬は彼女の手を掴んで慰めた。彼女は何度もうなづき、そのたびに雫が落ちた。彼女はその手のひらにある文字を見つめた。彼は説明した。この文字だけがどれほど忘れていても、かけがえのない希望だったと。彼女が泣き笑ってその瞳を見つめ返した。
「その文字はね、みんなのものなんだよ」
「…けどこの文字は、君のような気がする」
語り合う2人に春の風が吹いた。切ないのだろうか、いいや違った。それでも世界は輝いている。室馬がその手を握った。彼女はもう泣いていなかった。空が蒼くなった。

7・短かくも若者は遠い日々を過ごす。それは突然で、切なく、安穏として衝動的な日々だ。苦くも甘い誰もが知る物語の序章。これはその人生と呼ばれる若者たちの物語のはじまり。彼らがこれからこの先どうして生きていくかは彼らが決める道だ。多くの人々はどこかにそんな能力を秘めていた。だがそれはもう過去のことである。今は常に走り去ってゆく。だから、彼らはもう一度始めるのだ。この物語はその成長という名のほんのわずかな蒼き日々の幻影である。
 様々な世界に彼らは生きている。遠き彼方でともに多くの時間を過ごした彼らもまた新たな夜明けを見つめている。もしもあの日々に戻れたならと人は考える。だがそれでも、あの日あの時あの場所であの多くの季節は今に確かな道しるべを創ってくれた。室馬醒司は前を向いた。平野は青い草原になっていた。その傍らには彼を見守る仲間がいた。雪解が語る。
「長い長い歳月だった。けれどまるで、ほんの一瞬の出来事のようだったわ」
 江堂はそれに答えた。
「それが、夢っすよ」
 瀬戸山がそれを鼻で笑い、この広々とした青空を眺めた。室馬もどこか朧げな瞳をして言う。
「誰かがくれた言葉は、それでもずっと残る気がする」
 八神が振り返り気味に答えた。
「もちのろん。それが私たちだからね」
 眼前に広がる大きな世界を彼らは見つめた。室馬醒司は息を吸い込みみんなに語りかける。
「俺は今、誰かに全力でありがとうって言いたい。なんだか、そんな気がするんだ」
 誰もが遠くを見つめていた。その先にある新しい夜明けが始まろうとしていたから。
「本当に大切なものがどこにあるかなんて人それぞれだ。けれど、俺は、今ここにそれがあると思う」
 風がなびく。陽は彼らの頬を温めた。蒼い深みある空に光がそそぐ。
「俺たちの新しい未来を切り開いていこう」
 その瞳はどこまでも輝いていた。

後編・完

君の文字は時じくに咲いているⅢ Re:awaken

時じくシリーズ第2章!!
彼らの時間が伝説となり果てる時、
物語は新たな覚醒を生む!

【君の伝説は時じくに伝えている】
奴の魂を受け継ぐのは誰だ!
乞うご期待…

君の文字は時じくに咲いているⅢ Re:awaken

  • 小説
  • 短編
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  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-08

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