騎士物語 第四話 ~ランク戦~ 第三章 優等生のターン

第四話の第三章です。
前回の章でバトル全開と書きましたが、この章は――いえ、ある意味戦いですかね。

キャラクターが勝手に動くとは、こういう章の事を言うのです。

第三章 優等生のターン

「『ホワイトナイト』?」
「ああ。わたしの今日の対戦相手だ。」
 対戦相手が表示されるカードを眺めながら朝食をとっていたオレたちは、ローゼルさんの相手である二つ名持ちの話題になった。
 全員そろって無事にランク戦にデビューしてから五日経った。言い換えると、まるっと一週間が終わろうとしている今日はランク戦の五回戦目。これに勝つと準々決勝に進めることになる。
 まだランク戦が終わっていない生徒――つまり、勝ち残っている生徒は各学年二十人くらいにまで減ってきた。
 二年生、三年生においては、その二十人はほとんどが二つ名持ちと呼ばれる生徒で占められているのだが、一年生はそうじゃない。
 本来ランク戦が終わって、確かに強いと判明した生徒に付くあだ名的なモノが二つ名なわけだが、今回が初めてのランク戦であるオレたち一年生における二つ名というのはほとんどが「強そう」というイメージだけで付けられてしまったモノだ。
 カッコイイ感じで呼ばれているけど大したことなかった人――なんてのも中にはいたようだが……勝手に名前を付けられて勝手にガッカリされるのだからその人にとってはとんでもない話である。
 んまぁ、ともかく。だから一年生で勝ち残っている生徒で二つ名が付いているのは半分くらいしかいない。いないが……逆に言うと、今も残っている二つ名持ちは本物という事だ。
 ……自分で言うのもなんだが。
「せっかく全員残ってるんだし、上位五人をボクたちで埋めちゃいたいよねー。ローゼルちゃんには勝ってもらわないと。」
 リリーちゃんの言う通り、現在一年生ブロックで勝ち残っている生徒の約四分の一を占めているのが我ら『ビックリ箱騎士団』なのだ。
「勝つとも。特にこいつには。」
「? ローゼルさん、知り合いなの? えっと、マ、マッキ……マキス……」
「マッキース・ハーデンベルギア。知り合いではあるが、知っているだけでとどめたい嫌な男だよ。」
「ハーデンベルギア……騎士の名門ね。あんたと同じ。」
「そうだ。この国で騎士の名門と呼ばれる家の中で一番――騎士っぽいというか、時代錯誤のバカ共というか。」
「バカ共……ローゼルさん、相当その人嫌いだね……」
「戦ってコテンパンにしてやりたいと思うと同時に、棄権してでも会いたくないとも思う。腹の立つ男なんだ。」
「よっぽどなんだな……」
 ローゼルさんは結構ズケズケ言う人だけど、それでもこんなにはっきり嫌いと言うのだから、きっととんでもなく嫌な奴なのだろう。
「……ん? 待てよ……」
 エリル以上にブスッとした顔をしていたローゼルさんだったが、何かを思いついて少し顔を明るくさせた。
「ロイドくん――もとい、団長殿。」
「えぇ? あ、『ビックリ箱騎士団』のって事か……あ、はいなんでしょう…」
「わたしたち団員は、ここ毎日一生懸命戦っています。勝利をおさめてはいますが、そろそろ疲れも出てきてモチベーションが落ちる時です。その上わたしに至っては顔も見たくない相手との対戦――一つ、士気を高めてみては?」
 素のローゼルさんでも優等生モードのローゼルさんでもない、芝居じみた口調でそんな事を言うローゼルさん。
「し、士気……ですか。えっと、ど、どうすればいいんでしょうか……」
「そうですね。例えば――試合に勝ったら褒美を与える――とかはいかがでしょう? そういう嬉しい事が待っているとあれば、わたしは今日の試合も元気に臨めます。」
「褒美……え、ご褒美? オレがローゼルさんに? いや、何をあげればいいのやら……ごめん、逆に聞いちゃうけど……何がご褒美だと元気になる?」
 まるで、オレのその質問を待っていたと言わんばかりにニッコリ笑顔になったローゼルさんはこう言った。
「では団長。団長の時間をいただきたい。」
「時間? 随分と哲学的だな……」
「いえ、単に……わたしの行く所とかする事に付き合って欲しいという話ですよ。」
「? お買い物とかかな……別にいいけど。というか、それくらいいつでも……」
「二人だけで――と言ってもですか?」
 ローゼルさんがそう言った瞬間、リリーちゃんが立ち上がった。
「ちょっと! 何言ってるのローゼルちゃん!」
「ふ、二人だけ? オレとローゼルさんだけ? え、えぇっと……どど、どうして二人だけでなんでしょうか……」
「実は前々から行ってみたいと思っていたお店があるのです。しかしそこは――その、カップルだらけでして……一人で入るのはちょっと、という感じなのです。なので団長にはその店に問題なく入れるようにわたしの、こ……恋人のフリをしてもらえればと……」
「えぇ!? なにその店! ていうか恋人!? い、いや! オ、オレがローゼルさんの恋人役なんてそんなこと!」
「無理を承知で頼むからこその褒美なのです団長!」
 ズズイとテーブル越しに身を乗り出すローゼルさんはなんだか妙な迫力をまとっていた。
「そんなのボクが許さないんだから!」
「リ、リリーくんには頼んでいない! ロイドくんに頼んでいるのだ! さ、さぁロイドくん! 我ながら恥ずかしいお願いを恥ずかしいながらも頼んでいるのだ! こ、これを勝った際の褒美にしてはくれないか!?」
 試合の時よりも必死な顔のローゼルさん。ローゼルさんがそこまでして行きたい店ってなんなんだ? 逆に気になってきたぞ……
「えぇっと――ん、んまぁ…………そ、そこまで言われては……」
「ロイくんの浮気者!」
「えぇ!? フ、フリだよフリ!」
「なに言ってんのロイくん! ローゼルちゃんはロイくんのこ――」
「わー! わー!! 妙な勘ぐりはやめるのだリリーくん! ちょっと行きたいお店があるというだけの話だ! どうだロイドくん!」
「う、うん。じゃ、じゃあ今日の試合に勝ったら――そ、そのお店に行きましょうか……ふ、二人で……」
「ありがとうロイドくん!」



 ごり押しもいいところでロイドの事がす……好き――なローゼルは、ロイドとのデデデ、デートの約束を取り付けた……
 ま、まー一緒に出掛けるなんてあたしも何回かしてるし――って別に知らないわよ関係ないわよそんなこと!

『はーい、それじゃーここ、第十二闘技場本日最初の試合を始めるよー! 実況は毎度おなじみのエルルクです!』

 ……応援とかでほとんどの闘技場に言ったけど、どの闘技場も名前は違うけど同じ人が実況してるんじゃないかって思うくらいに声が同じなのよね……

『一年生ブロック五回戦第一試合! この戦いはちょーっと見物だよー?』

 もう自分の試合がない生徒の方が多い今の段階、観客席はかなりの人数で埋まるようになった。そんな大勢の歓声の中、真ん中の舞台に向かって左右から選手が出て来る。

『この国、フェルブランドには、ここセイリオス学院のように名門と呼ばれる家がいくつかあります! この二人はそれぞれがそう呼ばれる家の出身! ハイレベルな戦いになる事は必至! まずはレディーファースト、女の子の方からご紹介!』

 スクリーンに映るローゼルは……なんて言えばいいのかしら。この戦いに一切興味がなさそうというか、無表情と言うか……いえ、上の空? なんかそんな顔をしてた。

『その家は代々長物の名手! 初代は何の変哲もない普通の槍であらゆるモノを貫いたと言う達人! そして彼女が使うのは三叉槍の一種、トリアイナ! そこに水と氷の魔法をまとわせ、変幻自在の攻撃を繰り出す! 華麗な技とその美貌から、付いた二つ名が『水氷の女神』! ローゼル・リシアンサス!』

 これまでの試合だと、紹介されたら優等生スマイルで手を振ってたローゼルなんだけど、今日は何もしないで――ただ、トリアイナに氷をまとわせて戦闘態勢に入った。

『対する男の子は! 貴族の間と騎士の間で評判が真反対で有名な家の出身! その血を色濃く受け継ぐ彼もまた、学院の半分を敵に回している! しかしその実力は本物! 手にしたレイピアにまばゆき光をまとわせて戦場を白く染める! 『ホワイトナイト』、マッキース・ハーデンベルギア!』

「えぇ? なんかすごい紹介されたな、あの人。」
 隣で驚くロイド。でもエルルクが言った事は本当なのよね……

「不愉快だな。」

 エルルクの選手紹介が終わって、いよいよ開戦ってところでマッキースがイライラした口調でそう言った。

「それではまるで、私とこの女が同等のようではないか。この――恥知らずと。」

 くしゃっとしてるけどなんかかっこいい感じになってる髪をかきあげながら、マッキースはため息をつく。

「リシアンサス……長くこの国に仕えてきた由緒ある騎士の家系。多くの騎士の憧れと尊敬を受けてきた名家が――落ちたものだ。次期当主が女とはな!」

「あ……なんか……エルルクさんのさっきの紹介の意味が分かった気がするぞ……」
 驚き顔だったロイドの顔が、今度は「うへー」って感じになった。

「女は守られる側の存在だ! それが男を真似て武器を持つなど――滑稽なピエロでしかない! お前たち女は男の三歩後ろに控えていれば良いのだ! 敵は男が討ち、国は男が守る! お前たち女の役割は家の守護! 分を弁えるのだな!」
『出たー! ハーデンベルギア家のお家芸! 道行く女性全てにかしずき、手の甲にキスをしかねない勢いの一方、騎士を目指す女性に罵声を浴びせる! 古い伝統が大好きな貴族様にはウケの良い、オンリー男の騎士道が炸裂だ!』

 たぶんエルルクも嫌いなマッキース。ローゼルがあんなに会いたくないって言ったのはこういうことで……しかもローゼルの場合はリシアンサスっていう名門って事もあるから、余計にむかつく事を言ってくるのね……きっと。

「仮にも騎士の名門と呼ばれる家であれば、男が生まれるまで子を生むものだろうに……義務を放棄した騎士の恥め! 加えて――最も守るべき相手と一緒に修行しているというのだから腹立たしいっ!! おい、『コンダクター』!!」

 いきなり呼ばれたロイドはビクッてなる。そしてローゼルを映してたスクリーンが切り替わり、代わりにロイドが映し出された。

「どこぞの田舎から騎士になる為にはるばるこの学院にやってきた事、そこは男のあるべき姿として評価しよう! 『ビックリ箱騎士団』などというふざけた名前も百歩譲って許容しよう! しかし――この女やエリル姫に十二騎士から学んだ技を教えるとはどういうことだ!」

 わたわたするロイドの前にマイクがポンッと現れた。おっかなびっくりマイクを手にしたロイドは、まわりをキョロキョロ見ながら恐る恐る声を出す。

「ど……どうと言われても……」
「主人の間違いを正すのも騎士の務め! お前は騎士を目指すなどという愚行をとどまらせ、エリル姫に正しき道を示すべきだった! だというのにあろうことか鍛えるだと!? そんな事をするから、戦う姫などという国の恥が出来上がってしまったのだろうが! その上この女も無駄な自信をつけてつけあがる! お前の行為は大罪だ!」
 イラッとしたあたしだったけど――それよりも、オドオドロイドの顔が急にキリッとした事にビックリした。
「…………守る為に力を求める事の何が悪い。そこに男女の差なんてないだろ。」
「守るだと? それは騎士の仕事だ! 男の役目だ! 女がでしゃばる領域ではない!」
「男の役目? なぜ? どうして騎士が男の仕事なんだ?」
「男の方が強い身体を持っているからだ! 女は弱く、その上子を宿す役割がある! ならば女は戦場に出るべきではない!」
「そうか。じゃあ――お前の言い分が正しいとして……どうして女性騎士がいるんだと思う? 騎士を目指す女の子がいるんだと思う?」
「決まっている! 自らの役目を忘れ、騎士の栄光を自分も得たいと思った愚かな女が出てきたからだ! 伝統の風化は時の宿命だが、流されるままでは本質を見失う! だからこそ、今正さねば――」
「随分自信があるんだな。」
「――なに?」
「女性騎士の出現は女性のせい、時の流れせいって言うんだろ?」
「当然だろう! それ以外になにが――」
「どうして男のせいって思わないんだ?」
「――!? 何を――」
「守ってくれるはずの男が守ってくれないから。貧弱過ぎて話にならないから。全然頼りにならないから。だから仕方なく女性が武器を手にした――そういう風には考えないのか?」
「そんな事があるわけ――」
「あるじゃんか。実際、女性の十二騎士とかもいるわけだし。お前の言う通りに男が強くて女が弱いなら、現状の責任は弱くなった男にあるってのが普通だと思うけど。少なくとも、お前の考えで言うならな。」
『お――おお! 『コンダクター』がいい事言った! 女が武器を持つべきでないと言うのなら、どうして現状そうなってしまっているのか! それは弱い男のせい! 口ばっかの男に任せられないと言って立ち上がった先人がいたから! これは反論できないのではー!?』
「そ、それは――」
「んまぁ、別にオレはお前が正しいとは思ってないから答えなくてもいいさ。だけどもし、お前が自分の考えを周りの人間にも強要したいって言うなら――とりあえずローゼルさんには勝たないと話にならない。」
「あ、当たり前だ! 私がこんな女に負けるなど――」
「そうやって侮ったままで挑むなら、悪いけどお前の負けだ。」
「なんだと!」
 たぶん一番気心知れた相手なんだろうフィリウスさんと話す時の口調に近いけど、温度がすごく低いしゃべり方でそこまで言ったロイドは、最後にすごくらしくない意地の悪い顔でらしくない事を言った。

「A級犯罪者を撃退したとか、十二騎士に本気を出させたとか、みんながすごいすごいっていう《オウガスト》の弟子であるこのオレ――『コンダクター』ことロイド・サードニクスが言うけど……ローゼルさんは強いからな。」

 大きな歓声に包まれる観客席。主に女子が盛り上がる闘技場の中、ロイドからローゼルに戻ったスクリーンには――ほんの一瞬だけど、嬉しそうな顔のローゼルが映った。
 だけどすぐに無表情っていうか、何とも言えない顔に戻ってマッキースの苛立った顔と向き合った。

『やられました! 盛り上げるのは実況の仕事なのにまんまと奪われました! だけどそれならば! 『コンダクター』が付けた火を炎へと変えてみせましょう! 一年生ブロック五回戦第一試合! ローゼル・リシアンサス対マッキース・ハーデンベルギア! 試合――開始!』
「田舎者の戯言よ! 私がこの女に負けるなど――あり得ない!」

 腰に下げたレイピアを抜くとその刀身が光に包まれて、文字通りの光の剣になった。

「つあっ!」

 ピカッて光ったかと思うとその光に紛れてマッキースの姿が消えて、気づくとローゼルの真横にいた。そのまま光の剣で突くんだけど、ローゼルとマッキースの間に氷の壁が出現してその剣は防がれる。

「はぁ……」
 横で大きなため息をついたロイドはリリーに「かっこよかったよ!」って抱き付かれながら赤い顔で苦笑いした。
「やれやれ……ついあんなことを言ってしまった……」
「……あんたって、普段そうでもないけど怒ると怒るわよね。」
「……誰だってそうなんじゃ……まぁ、ムッとしたのは本当だけど。」
「こっちはスッとしたわ。」
「そっか。ところでエリル、あのマッキースって人は第三系統の使い手なんだよな? つまり……光の魔法。」
「そうね。あんだけピカピカ光ってるし。なによいきなり。」
「オレ、光の魔法ってイマイチピンとこないんだけど……何ができるんだ? ああやって目眩まし的なの以外だと。」
「確かに……あたしの火とかあんたの風みたいにそれそのものにあんまり威力って言うか、パワーがないからイメージしにくいかもしれないわね。第六系統の闇もそうなんじゃない?」
「……実は……はい。」
 魔法関係の質問は大概あたしにしてくるロイド。まぁ、家のせいもあって魔法についての勉強はかなりしてるから大概答えられるんだけど。
「光も闇も、もちろん文字通りの魔法はあるわ。ああいう目眩ましもそうだし、闇なら周囲を真っ暗にしちゃう魔法とかね。だけどそれ以外に、これらの系統には違う呼ばれ方がそれぞれに二つあるのよ。」
「えぇ? それぞれに二つ?」
「一つは……これは第三も第六も共通で、召喚魔法って呼ばれてるわ。まぁ、その性質から第三は光の召喚魔法、第六は闇の召喚魔法って言われたりするけど。」
「召喚っていうと……何かを呼び出すんだっけか。」
「そうよ。第三は天使とか神様を模したモノを、第六は魔獣や悪魔を模したのを呼び出せるわ。」
「なるほど。でもそれって……魔法使いがやる魔法って感じだな。武器持って戦う人はあんまり使わなそうだ。」
「そうね。だからそういうタイプの人はもう一つの呼ばれ方の魔法をメインに使うわ。第三系統は別名、速さの魔法。第六系統は重さの魔法って呼ばれてるのよ。」
「速さと重さ……」
「第三系統の使い手は自分の身体とか武器の速度をコントロールする魔法を得意とするわ。大昔に一人だけ、本物の光の速度に到達した騎士がいたとかいないとか言われてるわね。」
「へぇ。」
「で、第六系統の使い手が操るのは重さ。あんたが一回戦でやった風で潰す技……あれ、大抵の人は第六系統の魔法って思うわよ。重力を操ったんだってね。」
「ああ、そういえば実況の――なんとかルクがそんなこと言ってたな。」
 そんな風に思い出しながら視線をマッキースに向けるロイド。
「てことは、あの人は目眩ましと同時に自分の加速もやってるからあんな風に動けるのか。」
 ローゼルの周りをピカピカ光りながら瞬間移動みたいな速度でぐるぐるしながらレイピアをついてるマッキース。
「でも全部防いでるな、ローゼルさん。」

「ふん、『ライトスピード』の初級程度にはついてこられるわけか。ならばもう一段階速度をあげ――」

 ロイドの忠告も無視にローゼルをなめてかかってるマッキースは、遊ぶみたいに段々と速くしようと嫌な笑みを浮かべたんだけど、ローゼルはパチンと指を鳴らして自分を覆うドーム状の氷を出した。要するにバリアーを張ったようなもんで、そのドームの中でローゼルは軽く腕を動かし、ドームの上に――大きな水の塊を作り始める。

「……それで完全防御のつもりなのか? 初級程度は防げても、次の速度の一撃も防げると思うなよ? たかが氷が!」

 ピカピカ光るからよく見えないんだけど、たぶんさっきよりも速くなったマッキースが氷のドームに高速で突撃した。だけど――

「なにっ!?」
『あーっと、一ミリも食い込まない! しかしそれも当然でしょう! 水は電気を通さないとか、氷はもろいとか、常識に思ってる水の性質というのは水本来の能力ではない! 全ては混じった不純物のせい! 純粋な水のみで構成された水は電気を通さないし、氷に至ってはその強度は鋼を超える!』

「えぇ? そうなのか?」
「純水ってやつね。でもいくら魔法でもそういうのを作るのは難しいから……ローゼルの氷は単純に普通の氷よりは硬いってくらいじゃないかしら。まぁ、それでもあの攻撃を防げるくらいの硬さはあるみたいだけど。」
「へぇ。あれかな、水とか氷を作るスピードがすごいから不純物が混じりにくいとかかな。」
「かもしれないわね。」

「そうまでして硬い甲羅に閉じこもりたいわけか。臆病者め、騎士としての誇りは――」

 マッキースが舌打ちをしながらしかめっ面を向けてると、氷のドームの上に出来上がってた、今や人を飲み込めるくらいに大きくなった水の塊から触手みたいに伸びた無数の水がマッキースに襲い掛かった。

「――! もはや武器戦ではなく魔法戦でケリをつけようというこ――」

 そうは言ってもただの水だからか、そんなに慌てた風でもなかったマッキースだったけど、その水の触手の先端が直前でつららみたいに鋭い氷になったのを見て高速――いえ、光速移動を始めた。
 ……どうでもいいけど、さっきからマッキースのセリフを遮るみたいに攻撃してるわね、ローゼル。

『襲い掛かる無数の氷の槍! 水の一部分だけを氷にするという中々のテクニックによって行われているこの攻撃! しかし『ライトスピード』の魔法で加速するハーデンベルギア選手には当たらない! なんとか当てて欲しいところだー!』

 実況のくせにローゼルを応援するエルルク。それに答えたわけじゃないだろうけど、氷のドームの中でローゼルがスッと手を動かした。するとローゼルたちが立ってる舞台の表面がスケート場みたいに凍り付いた。

「ぬっ!?」

 空を飛んでるわけじゃないから、マッキースがツルッと滑ってバランスを崩す。それを狙って氷の槍の集中砲火が降り注いだんだけど、瞬間的に物凄い加速をしたマッキースのレイピアによってその全てが――えっと、この場合……『突き』落とされた――でいいのかしら。

「ふん。コンマ数秒あれば、どんな状態であれ私にとっては反撃可能なじか――」

 氷の槍を全部防がれた事をまるで気にしない感じに攻撃が再開する。

「愚かな事だ。やはり女が騎士などと、幼子に武器を与えるようなモノだな。武器や魔法の持ち腐れだ! いい加減に教えてやろう、力の差をな!」

 氷の槍の猛攻の中、ほんのちょっとの「間」を使ってマッキースが剣に魔法をかける。力を溜めこむみたいに光り輝くレイピアを突きの構えで持ち――

「『ライトニング』っ!!」

 一筋の光となって直進したマッキースの超速の一撃に、ローゼルの氷のドームはガラスが割れたみたいな音を響かせて砕けた。
 だけど、勝ち誇ったみたいなマッキースの顔は、直後発生した白いモヤの中に消えた。

『おぉー!? 砕けた氷のドームの中から霧が吹き出したー! リシアンサス選手、先ほどまでの氷の槍はこのための時間稼ぎか!?』
「霧だと!? こんなモノで――目眩ましのつもりか!」

「……あのマッキースっての、ほんとに強い人なの?」
 ロイドに肩をくっつけて試合を眺めてたリリーが呆れた顔でそう言った。
「えぇ? だ、だって一応ここまで勝ってきた人だし……名門の人だし、いい動きしてるよ?」
「でも……言ってる事が素人過ぎるよ。」
「そうなの?」
「だって、第七系統の使い手が霧を出したんだよ? 海に住んでる魔法生物に水中に引き込まれたみたいな感じなのに目眩ましって……」

「姿を隠して不意打ちでもするつもりか? しかし無駄な事、居場所くらい気配でわかる!」

 結構霧が濃いから二人の姿が見えないあたしたちにマッキースのそんな声だけが聞こえてきたんだけど、直後――

「ぐああああっ!!」

 マッキースの悲鳴が聞こえた。ゴロゴロと転がりながら霧から出てきたマッキースは――全身ボロボロだった。切り傷に刺し傷、まるで大勢に槍でつつかれたみたいだった。

「うわぁ……ロゼちゃん、す、すごい魔法使ったね……」
「お、さすがティアナ。あの霧の中が見えてたのか?」
「う、うん……えっと、あの光の人がロゼちゃんめがけて……ピカッて光る移動をしたんだけど、そしたらあの人のまわりの霧が一瞬で氷の……トゲって言えばいいのかな。そんな痛そうな形になったの……それで……そんな中に突撃しちゃったから、そのトゲであんな風に……」
「それは痛そうだな……いばらの中に全力疾走で突っ込んだみたいなもんか。」
「……あの霧ってローゼルの魔法で出来た大量の水だから……あれ全部が氷の凶器になるってことね……」

「ぐ……さしずめ霧の結界か……しかしそんなもの、霧の外から攻撃すれば良いだけの話……召喚! 『エンジェルフェザー』!」

 ボロボロのマッキースが光るレイピアを空に掲げる。すると空中に大量の光の剣が出現した。

「おぉ! あれが光の召喚魔法なのか!?」
「かなりの切れ味をもった光の剣……じゃなかったかしら。あんなにたくさん出せるのは、やっぱりさすがなのかしらね。」

「霧の中で敗北しろ、女!」

 マッキースの振り下ろすレイピアを合図に光の剣がまるでビームみたいにローゼルの霧に向かって行く。だけど光の剣は霧の中に入ったと思ったら変な方向へ向けて再び飛び出していった。

「な!? バカな、弾いたというのか!?」

「い、今のは……弾いたんじゃなくて、滑らせた感じ……だね……」
 唯一霧の中が見えてるティアナが解説する。
「こう、霧の中で霧が集まって氷の壁みたいになって……つるんってなるように滑り台みたいに……」
「ああ、朝の鍛錬でエリルのガントレットを受け流す時にやるあれか。」
 光の剣によっぽどの自信があったのか、続けて発射し続けるマッキースなんだけど、ことごとく変な方向に飛ばされて、しまいには自分の方に戻ってきたりしたもんだから、かなり焦った顔になる。
 そんなマッキースをよそに、霧はもわもわと広がって観客席以外を飲み込んだ。

『えー、なんにも見えないので観客の皆さんはスクリーンを見てくださーい。』

 相変わらずどういう仕組みなのやら、スクリーンには霧に包まれて「まずい」って顔してるマッキースと無表情で立ってるローゼルが映った。

『完全に『水氷の女神』の霧の結界――高嶺の花に手を伸ばす愚かな男を拒むいばらに包まれてしまった『ホワイトナイト』! もはや成す術はないかー!?』
「馬鹿な! そんな事が――」

 どうしようもなく喚くマッキースの身体のあっちこっちが凍り始めた。ロイドのアドバイスで生まれた、関節とかを凍らせて一時的に相手の動きを封じる『フリージア』よりももっと厚い氷に包まれていく。
 スクリーンに映るローゼルがパチンと指を鳴らすと、霧が一瞬ではれて――氷の彫刻になったマッキースと無傷のローゼルが現れた。

「……」

 無言のまま、水も氷もまとってないトリアイナを手にトコトコ歩いて氷の彫刻に近づいたローゼルは、トリアイナの刃のついてない側でマッキースの頭をコツンとつつく。慌てた表情とポーズのまま凍り付いたマッキースは、そのコツンで氷が割れるかと思いきやそのまま、かっこ悪い姿勢でゴトッと倒れた。

『これは――決まりでしょう! 決着! この試合、リシアンサス選手の勝利ー!』

 歓声――これまた主に女子の歓声に包まれながら、ローゼルはマッキースをそのままにして舞台から退場した。



 ローゼルさんのクールな試合で始まったその日、結果、オレたち『ビックリ箱騎士団』の面々は無事に準々決勝へと駒を進めた。
 そうして各学年のベストエイト的なメンバーが決まって終わったその日の夜、デルフさん――生徒会長の招集によって全校生徒が学食に集められた。
「あー、みんな……ランク戦お疲れさま。」
 当然のように三年生ブロックでまだ勝ち残っているデルフさんがえらく嫌味な事を――たぶん本人もわざとやっている風なにやけ顔で言ったものだから、たくさんの生徒から笑いの混じったブーイングを受けた。
「ふふふ、ごめんごめん。でもそう、みんなの言う通り、まだ終わってない人もいるんだ。各学年に八人ずつ、合計二十四人の生徒には休み明けにも試合が待っている。」
 デルフさんがバッと手を挙げると、ここに来た時から気になっていたいつもは無い、闘技場にあるような大きな板に、その二十四人の顔と名前が表示された。
「ここに名前のある生徒はこの休日に英気を養ってもらうわけだけど――それじゃあそうじゃない生徒はのほほんと過ごす? 休み明けも観客席に座ってるだけ? まさか、そうじゃないよね。」
 アドバイスというかなんというか、なんか教師の一人なんじゃないかって思えてきたデルフさんのありがたい話が始まる。
「ここに名前のない生徒は負けた生徒だ。最初に言った通り、その経験は非常に大切なモノだ。自分には何が足りなかったのか、次に勝てるようにするにはどうすればいいか。そこのところをじっくり考えて欲しい。そして休み明け……みんなが目にするのはみんなに負けを与えた者の戦う姿。休みの間に考えた事が本当に正しいのかどうか、確認してみてくれ。まぁただ……」
 これまた嫌味ったらしいにんまり顔になるデルフさん。
「休み明けに戦っている生徒はみんなに負けを与えた生徒に負けを与えた者かもしれないし、負けを与えた生徒に負けを与えた生徒に負けを与えた者かもしれないけどね?」
 またも飛び交うブーイング。
「ふふふ、まぁ一先ず一段落といったところだからね。負けた者は勝った者を小突きながら、勝った者は負けた者に嫌味を言いながら、とりあえずのパーティーといこうではないか。」


 ガヤガヤと騒がしくなる食堂の中、オレはスクリーンに映し出されたメンバー……一年生ブロックのベストエイトを眺めた。
 内、五人はオレたち『ビックリ箱騎士団』だから注目するのは残りの三人。
「言うだけあって残ってるわね、あの女。」
 飲み物を持って横に来たエリルが、オレの分をくれながらそう言った。
「お、ありがとう。」
「準々決勝、そろそろあたしたちの誰かとアンジュが当たるかもしれないわね。」
「タイミングが合わなくて試合は全然見れてないけど……エリルと同じ第四系統の使い手なんだよな……炎対決でクイーン対プリンセスってか。なんかカッコイイな。」
「……他人事みたいに……あ、あたしが負けたらへ、部屋の交換……ってことになってるんだけど?」
「オレはエリルを信じてるよ。」
「――! バカ……」
「あ、でもあれだな。アンジュと当たるかはわかんないけど、人数的に次の戦いで『ビックリ箱騎士団』同士の戦いが起こる事になるな。」
「そういえばそうね。」
「四人とも強いからなぁ……」
「残りの二人も相当らしいぞ?」
「ん、ローゼルさん……なんかご機嫌だな……」
 料理を乗せたお皿を手に現れたローゼルさんは、試合中の無表情が嘘のように満面の笑みだった。
「ふふふ、まぁそのことは後で話そうか。」
「?」
「残りの二人……まずカラード・レオノチスは未だに本気を出していないそうだ。」
 スクリーンに映っている黒髪の男子。『リミテッドヒーロー』という二つ名を持っている人だ。アンジュ同様、この人の試合も一度も見れてない。
「本気を出してない? なによそれ。」
「正確に言うと、まだ本気を出す段階じゃないと言ったところか。どうも彼の本気は一度出すとしばらく身体を動かせない程に消耗するらしい。だから決勝戦まで温存しているのではないかという話だ。」
「えぇ? でもそれじゃあ……これまでの五回の戦いはどうしてたんだ?」
「……本気を出さなくても充分強い、という事だろう。噂では魔法を一切使わずにここまで来たとか。」
「うわ……そりゃ本当に強い人だな……」
「そしてもう一人……フルネームはわからないし、あのスクリーンにもそれは表示されていないが……カルクという女子生徒。彼女は第十一系統の数魔法の使い手のようだ。」
「あれ……そ、それってあの、じ、実況者さんの一人だったような……」
「確か十一番の闘技場の実況してたねー。」
 ひょっこりとティアナとリリーちゃんも話に加わる。
「その通りだ。各闘技場に一人ずつ、計十二人いる実況――いや、放送部のメンバーもそれぞれ各学年の生徒だからな。カルクは一年生だったわけだ。」
「でもどの闘技場でも実況はちゃんとしてたわよね……選手がどんな技や魔法で何をしたかを説明できてたもの。」
「そうだ。だからきっとこのカルクも――そういう実況ができるくらいに腕の立つ人物ということだろう。」
「その上数魔法でしょー? それ系統の使い手って相手にすると厄介って聞くよ?」
 オレたち五人はともかく、未知の相手が三人いる状況。しかもここまで勝ち残ってるわけだから確実に強い。これは休み明けから大変――
「あれ……? うわ、こりゃあマキ……マッキス……あ、あの光の人も真っ青だな……」
「いい加減覚えなさいよ……マッキースがどうしたのよ。」
「だって、残った八人の内六人が女の子だ。男、オレとカラードさんだけ。」

「しかしその六人の女の子の内の四人が『ビックリ箱騎士団』という事に注目すべきだろうね。」

「! デルフさん。」
「ふふふ、団長であるサードニクスくんの指導の賜物だな。これは鼻高々なのではないかい?」
「いや……た、確かにエリルやローゼルさんには色々教えたりしましたけど……簡単な事ですし、ティアナとリリーちゃんにはなんにも……みんなが元々すごかったんですよ。」
「ふむ。まぁ、それも事実なのだろうけど、そんなメンバーがサードニクスくんの周りに集まっているのも事実なのだ。」
「えぇ?」
「残念ながら、このランク戦で計る事は出来ないが……頼れる仲間や友人を持つという事はその人の強さの一つだよ。極端な話、自分よりも遥かに腕の立つ人物を友達に出来てしまうのなら、それはそういう才能――魅力を持っているという事だ。そういう意味において、サードニクスくんは自身の強さに加えて頼れる仲間を持つ才能もあるわけなのだから、充分に鼻を高くする権利はあるともさ。」
「そ、そういうものですか……」
「まぁ最も、サードニクスくんの場合は――もしかすると女性限定なのかもしれないがね。」
「えぇっ!?」
「ふふふ、しかしうらやましいとは思わないぞ? これでも、僕も女の子には結構人気があるからね! まだまだ若い人には負けな――」
「何言ってるんですか会長っ!」
 ニコニコ話していたデルフさんの背中をバシンと叩いたのは副会長のレイテッドさんだった。
 ちなみにさすがというべきか、二年生ブロックでレイテッドさんは勝ち残っている。
「おや、レイテッドくん。どうしたんだい?」
「どーもこーも! 変な事口走らないで下さい! あと仕事あるんですから遊んでないでこっち来てください!」
 なんだか見慣れてきたけど、レイテッドさんがデルフさんを引きずってどこかへ連れ去っていった。
「……生徒会って面白いところなんだな……」
「生徒会長が変なだけだと思うわよ……」
 引きずられながら手を振るデルフさんに手を振り返していると――
「もしかして……!!」
「? どうした、リリーくん。」
 なにか重大な忘れ物に気づいた人みたいな顔をしているリリーちゃんはわなわなと震えている。
「今の……生徒会長の言葉で思ったんだけどさ……ロイくんの、恋愛マスターに願いを叶えてもらった事の副作用ってさ……」
「うん?」
「お、女の子を片っ端から惹きつける……とかじゃないの……?」
 目には見えなかったけど、オレたちの間に稲妻が走った――ような気がした。
「ロイくんてば、フィルさんといる頃は全然そんなんじゃなかったけど、いざ女の子がわんさかいる学院なんてとこに来ちゃったら、エリルちゃんとかローゼルちゃんとかティアナちゃんとかいつの間にやら女の子に囲まれちゃって! それに今度はあの女!」
「い、いやリリーちゃん、いくらなんでもそんな……」
「そそ、それに今日のローゼルちゃんの試合でカッコイイ事言っちゃったからきっとロイくんのファンも急増だよ! それ以前にこのランク戦始まってからカッコイイ事ばっかりだからファンだらけだよ!」
「えぇ……オレそんなにカッコつけて戦ってた……?」
「決め手は女子寮暮らし! ロイくんの副作用はハーレム作っちゃう能力だよ!」
「……」
「え、ちょ、エリル? そんな目で見ないで……」
 経験上、こういう話題になると誰も助けてくれないのでかなり絶望的な状況になったオレだったのだが――
「それは……せいぜい四十点くらいじゃないか?」
 こういう話題になるとオレのほっぺを引っ張るローゼルさんが「ふむ」って顔でそう言った。
「それだと完全にそういう力になってしまう。恋愛マスターのそれはあくまで副作用なのだろう? つまり、その願いを叶える為に色々やった結果、そうなってしまったという。だから……仮にわたしたちが願いの副作用でロイドくんのところに集まったというのであればそれは――やはりあくまで運命の相手に巡り合う為に何かをした結果のはずであり、ならばわたしたちは運命の相手候補のようなモノのはずだ。ハーレムとなると出会う女性全員が候補という事になるが、さすがにそれは変だろう?」
「……でもなんか……それだとどっちにしても、オレがみんなと会ったのは恋愛マスターの力のせいって事になるなぁ……なんかなぁ……」
「ふふ、それでもいいんじゃないか?」
「えぇ?」
「もしもあの時ああしていたら、もしくはああしていなかったら、あなたに出会う事はなかったでしょうだなんて、偶然を運命っぽく言ってみてるだけだろう? 恋愛マスターに願いを叶えてもらわなかったらロイドくんとわたしたちが出会わなかった……まぁ、可能性はあるだろうが、そうでない可能性もある。どうせロイドくんはフィリウスさんの手によってこの学院には放り込まれていただろうしね。要するに、もしもそうじゃなかったらなんて考えなくていいのだ。結局、わたしたちは出会ってしまっているのだからな。」
「う、うん……そうだな……もう、リリーちゃんが変な事言うから変な事考えちゃったじゃんか。」
「だってー。」
 リリーちゃんがぶーっとほっぺを膨らませる。かわいい。
「いや、そういうわけじゃ……」
「まーまー。ところでロイドくん。約束は覚えているかな? マッキースに勝ったらという例の件。」
 なんかいつも以上に対応が大人なローゼルさんがニッコリ笑ってそう言った。
「え? あ、うん。お店でしょ? 付き合うよ。」
「うむ。では明日。」
「明日!? ラ、ランク戦が終わってからとかじゃないの!?」
「生徒会長も言っていただろう? この休日は英気を養えと。そのお店に行くことが出来れば、長く感じていたもどかしさがスッと消え、満ち満ちた状態で来週の戦いに臨めるというモノだ。ダメか?」
「いや……んまぁ、休日だからって特別修行とかするつもりはなかったし……い、いいけど……」
「では決まりだな。」



「という事で、わたしとロイドくんは明日デートする。間違ってもついてきたりしないでくれよ?」
 毎度おなじみ、ロイド以外のメンバーでのお風呂タイム。いつもなら四人で並んで湯船に浸かるんだけど、今日はローゼル一人とあたしたち三人が向かい合う形になった。
「な、なにもこんなタイミングでやることないじゃな――べ、別にあんたとロイドがいつにどこ行こうが関係ないけど!」
「夫婦なエリルくんは余裕が持てるかもしれないが、そうでないわたしとしてはちょっと焦っているのだよ。」
「誰が夫婦よ!」
「さっきリリーくんも言っていただろう? 今日の私の試合、ロイドくんのマイクパフォーマンスに心打たれる女子は少なくないはずなのだ。」
 ……マッキースみたいな考え方の奴がマッキースしかいないわけじゃないのは確か。《エイプリル》とか《ディセンバ》がいるっていうのに、未だに女が騎士なんてって思ってる人間はそこそこいる。しかもそこそこなくせにそういう奴は大抵頭の古い年寄りで、年の分だけそこそこの地位にいるから厄介になってる。
 女性騎士の護衛なんて信用できるかって言う貴族とか、うちの騎士団に女は入れないとか言う騎士もいるから……そういうのにたまたま会っちゃって嫌な思いをしたって話もそれなりに聞く。
 そしてそれはこれから騎士になろうって女の子にもなんとなく、のどに引っかかる小骨みたいに頭の片隅でちくちくしてくる。
 そんな中、ロイドは――むしろ男が弱くて頼りないんだバーカって勢いであんな事を言った。
「という事は――今後さらなるライバルの出現が予想される。既にアンジュ――まぁ、彼女の本心はよくわからないが……あんな感じのがゾロゾロ出てきてはたまらないからな。早めに攻撃を仕掛ける事にしたのだ。」
「ふ、ふぅん……た、大変ね。」
「…………エリルくん。言っておくがここにいる全員がエリルくんの気持ちを分かっているからな?」
「な、なによそれ!」
「つまり、わたしはきみをライバルの一人としてカウントしているという話だ。ティアナもな。」
「……! あ、あたしは……」
「まぁいいさ。これまたリリーくんが言ったように、この場で言ってもしょうがないからな。」
「ローゼルちゃん……デ、デートで……ど、どこまでする気なの……」
「ふむ。できるところまでしたいと思っているが……」
「で、できるところまで!? あんたロイドと何するつもりよ、変態!」
「な――なな、何を想像してるのだ! そう言うきみの方がよっぽどだぞ――こ、このムッツリエリルくん!」
「ムムム、ムッツリって――」
「エリルちゃんが何想像したっていーけどさ、ローゼルちゃんは……そ、そこまでやったらボク、怒るからね。」
「さて? 決めるのはロイドくんだろう? あともう一度言うが、ついてこないでくれよ? 特に位置魔法使いのリリーくん。」
「ふん。ついてってもローゼルちゃんはボクに気づけないよーだ。」
「だろうな。だが――もしも盗み見していたりなんかしたら……いやはや、リリーくんはそういう事をする女の子なのだなーとロイドくんに知られるのみだ。」
「な!?」
「ロイドくんは優しいから怒りはしないだろうが……いつどこでリリーちゃんに見られてるかわかんないなーと思ってビクビクして過ごす事になってしまうかもなぁ……もしかしたら急によそよそしくなるかもしれない。」
「……! で、でも……ボク……――わ、わかったよ! ついてかない! だ、だけどあとで何したとか――何されたとかロイくんに全部聞くからね!」
「構わないさ。」



「やあ、サードニクスくん。」
「デルフさん。」
 女の子勢が大浴場に行くと言ったので、オレもこっちに来たのだが……なんか来る度にデルフさんに会う気がするな。
「さきのパーティー。あちこちで『コンダクター』の名が出ていたよ。一年生の間では勿論の事、各委員会の長を務めるような二年、三年の口からもね。」
「そうですか……デルフさんもさすがですね。えっと――『神速』でしたっけ?」
「僕の二つ名かい? そうだよ。これでも第三系統の腕には自信があるからね。ただ、そのせいで僕は模擬戦を禁止されてしまったけど。」
「えぇ? どうしてですか?」
「止められないからさ。」
「?」
「ふふふ、模擬戦に審判がつくのは何故か、考えた事あるかい?」
「えぇ? そりゃあ……勝ち負けの判定をする為じゃ……」
「その通りだ。しかし勝ち負けの条件を決めるのは当事者同士だ。例えば――身体のどこかにタッチされたら負け――というのでも良いのだ。模擬戦だからね。だから模擬戦をする前には審判の人に勝敗の決め方を伝えなきゃいけない。」
「なるほ――えぇ? でも前にエリルに挑まれた時はそんな事してなかった気が……」
「ああ。残念ながら、さっき言ったみたいな特殊なルールにしない限り、誰も勝敗の付け方を審判に言わない。何故なら審判は先生にのみ与えられた権利……自分たちよりも格段に強い先生なら、いい感じのところで勝敗を付けてくれると思っているからね。事実そうだし。」
「はぁ。」
「でもね、全てに置いて必ずしも生徒よりも先生の方が上というわけじゃないんだ。ある一点においてのみ競えば……例えば生徒にとっての得意分野で先生にとっての苦手分野という組み合わせが一つでもあったら……先生は生徒を止められなくなってしまう。」
「止める……?」
「そうだ。審判が必要なもう一つの理由がそれでね。ランク戦のように大規模な魔法で選手がきちんと守られた状態ならいいんだけど、模擬戦のような野良試合では――熱くなりすぎた生徒、手加減を忘れてしまった生徒を止める役目が審判にはあるんだよ。」
「……そういうことですか。一つでも先生を上回るモノを持ってる生徒は――場合によっては先生でも止められないと。」
「そういう事だ。だから一部の生徒には、模擬戦の場合はこの先生に審判を頼まなければならない――というような縛りがあったりするんだ。そして僕の場合は……頼める相手がいないのだ。」
「! それってどういう……」
「ふふふ、自慢に聞こえるだろうけど――僕の全速力についてこられる先生はこの学院にはいないのだよ。」
「えぇ!? 先生――えっと、アドニス先生でもですか!?」
「ああ……僕も、あの人ならって期待したんだけどね。残念ながら。」
 あの雷みたいな速度で動く先生より速いって事か……
 第三系統の光の魔法が速さの魔法ってのは今日知ったし、そう呼ばれているって事はスピードにおいては最速の魔法なんだろうけど、まだ騎士になってない学生の光魔法が国王軍の指導教官を務めた騎士の雷魔法を超えるってのはどういうことだ……
「ふふふ、ランク戦は準決勝から学年で分かれないで全ての試合を第一闘技場で行うようになるからね。サードニクスくんにも僕の戦いを見てもらえる機会はあるだろう。逆も然りでね。」
「そうなんですか……じゃあ観客がいっぱい……緊張しますね。」
「ふふふ、そうだね。」
 ゆったりと、デルフさんと並んでお湯に沈みこむオレだが……実は来週のランク戦よりも明日のお出かけの方が緊張していたのだった。



「あぁん? なんつったてめぇ。」
 セイリオス学院にてランク戦と言う年に二回のイベントがひらかれている頃、フェルブランドからは遠く離れたとある国で、その国の裏社会を牛耳る男の前にフードの人物が立っていた。
『なんだ、聞こえなかったか。今からざっと二百年前にそちらにあげたモノを返して欲しいと言ったのだ。』
「なんのことだがわかんねー上に数字の計算もできねーのか? おい、なんでこんな奴いれた。」
「で、ですがボスこいつがこれを……」
 部下の一人なのだろう、かなりガッシリした巨漢なのだがボスと呼んだ相手にペラペラの布を渡す様はとても怯えていた。
「……紅い蛇……馬鹿かてめぇ。これが本物っつー保証もねーだろうが!」
 王のように、玉座に座っていたボスと呼ばれた男はその玉座をギシギシ言わせながら立ち上がる。その身長は軽く三メートルを超えており、長身のはずのフードの人物が小柄に見えた。
『……なるほど。受け継いでいる事を知らないわけだな。お前の三代前の男は非常に有能な男だった。故にアレが与えられ、当時の同胞と共に愉快な時を過ごしたのだが……カエルの子がカエルになるとは限らず、場合によってはミジンコが生まれるらしい。』
「なにぶつぶつ言ってやがる! そもそも、おれさまの所にこんな偽物持って来るなんざ命がいらねーらしいな! おれさまは本物の紅い蛇の一人なんだぞ? じじいの代から続く最強最悪の――」
『なに? これはとんだひょうきん者だな。そのような強面で笑いをかじっているとは驚きだ。』
「……随分余裕あるな、てめぇ……」
『そんな、初代の連中が勝手に決めたシンボルをチーム名のように言うとはな……お爺様から何も教わっていないようだ。ましてや自分もそうだと誤解しているとは……ザビクあたりが聞いたら発狂し――』
 フードの人物が肩をゆらしながら愉快そうにそこまで言ったところで、男の持つ――パッと見た限りでも数トンの重量はあると思われる鉄塊が笑うフードの人物へと振り下ろされた。
 このとある国の裏を牛耳る男とその一味は、その一撃でうるさい小バエが黙る事を確信していた。しかしいつまでたっても轟音は響かず、相変わらずフードの人物の笑い声が聞こえていた。
「な……――!?!? なんだとぉっ!?!?」
 鉄塊を振り下ろした男は驚愕する。自分にしか扱える者はいないと日頃から豪語している絶対的な質量の塊が、あろうことか――フードの人物によって受け止められているのだ。
 しかも片手で。
『疑問に思った事はないのか? そちらの言う……紅い蛇の他のメンバーに会った事がないこととか、そもそもそのトップに立っているはずの人物にも会った事がないことに。そして――自分がそんな巨体に育った事に違和感を覚えなかったのか?』
「くそ! なんでだ、何しやがった! ここはおれさまの城! おれさまが許可しない限り魔法だって使えねーんだぞ!」
『アレをそんな風に認識していたのか……やれやれ、ここまで来るといっそお笑いの道を進むべきだったのではないか?』
 フードの人物が鉄塊を受け止めた片手をそのまま横に振る。すると鉄塊は男の手を離れて壁に放り投げられ、建物に巨大な穴をあけた。
 怪力――そんな言葉では言い表せない尋常ではない力を前にし、男は一歩下がった。
「て、てめぇは一体……」
『ん? さきほど受付の人物に言ったのだが……ちゃんと伝わっていなかったのか?』
 首をかしげるフードの人物は、仕方ないと呟きながら自己紹介をした。
『私の名はアルハグーエ。アフューカスの下に集った七つの凶星の――八番目。ごろつき共のまとめ役と自覚している。』
「ま、まさか本物……紅い蛇の一人……」
『さっきも言ったが、そんなチーム名はない。』
「な、なにが望みだ!」
『それもさっき言った。二百年前にアフューカスがそちら――いや、正確に言えば三代前の男にわたしたアレを回収しにきた。立派に悪党をやっていたなら見逃しもしたのだが――このだらけ具合、もう必要ないだろう?』
「だからなんのはな――」
 男が恐怖の混じった顔で喚く中、男の――丁度心臓にあたる部分に風穴が空いた。なんの前触れもなく、加えて出血もなく、男は白目をむき、そしてフードの人物の手には人間のモノとは思えない大きさになっている男の――心臓が握られていた。
『これ、の話だ。』



 その日の天気は快晴だった。どこかに出かけるのにこれ以上はなく、実際に出かけようとしているオレなのだが……ウキウキ気分は半分以下に、心の大半はドキドキしていた。
「おや、早いなロイドくん。」
 セイリオス学院の正門の前。持っている服の中で一番それっぽい服を着てそわそわしていたオレの横にひょっこり立ったのはローゼルさん。
 エリルの家に行った時みたいな、散歩に出かけるお嬢様のような清楚で気品あふれる……だけどところどころ可愛い感じのワンピースといつものカチューシャのローゼルさんは腕時計を確認する。
「集合時間の十五分前なのだが?」
「い、いや……緊張して部屋にいられなかったというか……で、でもそれを言ったらローゼルさんだって……」
「誘った側として待たせるわけにはいかないだろう? ふふ、では早速始めようか。」
「早速……? えぇ、こ、ここから!? 例のお店に行ってからじゃ……」
「どこで誰が見ているとも知れないのだ。道ですれ違った人がその店の従業員である可能性はゼロではない。よってここから、今この時からわたしとロイドくんは――恋人だ。」
 マッキースとの試合に勝ったらという条件でローゼルさんがオレに頼んできた――ご褒美。
カップルでないと入りづらいお店に入ってみたいローゼルさんの為、オレがローゼルさんの恋人役としてそのお店に突撃する……というミッションが、お店の前からとかではなくセイリオスの正門から始まろうとしていた。
「そ、そんなに警戒しなくても……」
「お店は夕方――夕食時に行くのだぞ? それまでの長い時間があれば従業員に出会ってしまう確率は高いと思うが?」
「夕食!? 今からまっすぐそのお店に行くんじゃないのか!?」
「ははは。今は朝の八時……四十五分だぞ? そんなに朝早くからレストランはやっていないよ。」
「レストランなのか!」
「ディナー時になるとカップルだらけになってしまうのだが、そこのディナーを食べてみたいのだ。故にロイドくんがいる。」
「そ、それなら夕方出発でも……」
「折角街に出かけるというのに、勿体ないではないか。」
「で、でも……」
「ふふ、いい加減諦めるのだロイドくん――いや、団長殿。今日は日頃頑張っているわたしへのご褒美デーなのだから。」
「……わ、わかったよ……」
「よし。ではまずは呼び方だな。ロイドくんは恋人になんと呼ばれたい?」
「えぇ? こ、恋人に……いや、ロイドでいいけど……」
「ではそうしよう。わたしはローゼルと呼んでくれ。「さん」をつけたらペナルティーだ。」
「ペナルティー!?」
「ふふふ。ではのんびりと行こうか、ロイド。」
「りょ、了解……って、手をつなぐの!?」
「当たり前だ。恋人は手をつないで歩くモノだよ。勿論、こういう感じに指をからませて。」
「こ、これ知ってるぞ……確か恋人つなぎっていう……」
「その通り。これ以上はないつなぎかただろう?」
 こうして……ランク戦の合間の休日。ちょっとオシャレをしたオレはだいぶオシャレなローゼルさんと恋人つなぎをして街へと繰り出した。


「こんな朝早くでも開いているお店はこの街だとあの本屋さんぐらいだろう。」
 なんと八時半からやっているというガッツのある本屋さんにオレたちは入った。
「そういえばロイドは本は読むのか? あまりそういうイメージはないが。」
「そうだなぁ……あー、でもフィリウスと旅をしてた頃、新しい国に入る時はその国の言語で書かれた小説とか読まされたな。」
「言語? ほとんどの国が共通の言語の今の時代に……別の言語を?」
「うん。小さい国とかだとまだその国の言語が残ってたりするから。」
「じゃあロイドは……違う言語も話せるのか?」
「片言だけど……」
「すごいんだな……」
「ローゼルさ――ローゼルはどんな本を読むんだ? 漫画――が好きっていうのは前に聞いたけど……」
「聞き逃さないぞ? ペナルティー一だな。確かに漫画は好きだが、ファンタジー小説も読むよ。」
「ペナルティー……え、えっとどんな話?」
「魔法の存在しない世界の話とか、動物が主人公の話とか。最近読んだのでは『お医者さん』という話が面白かったな。変な生き物と戦う医者の話だ。」
「戦うお医者さん? どういう話なのか想像できないや……」
「! ……そういえば……ロイドはああいうのは読むのか?」
 唐突に聞かれ、ローゼルさんの指差す方を見る。そこにはピンク色の看板があり、子供は入ってはいけませんと書いてあって、水着のお姉さんが表紙――
「朝からなんて話題をふるんですか!?」
 ローゼルさんの指の先にあるのは、いわゆる大人向けというか……主に大人の男性が手に取るというか、一定の年齢を超えていないと読んではいけないとされる本が並ぶコーナーだった。
「最近、スケベな本性を現しつつあるロイドだから気になってな。ベッドの下とかに隠すのだろう?」
「スケベ――な、ないよそんなん!」
「あと、買う時は小難しい本の間に挟んでレジに持っていくと聞いた。そうなのか?」
「か、買った事ないよ!」
「読んだ――いや、あれの場合は見たというべきか。中を覗いた事は?」
「み――そ、それは……まぁ、フィリウスに見せられて何回か……」
「ほう。」
「……ニヤニヤしないで下さい……」
「しかし――アンジュの下着を見ただけで鼻血と共に気絶するロイドがあんな本を読んだら白目を向いて倒れそうだな。」
「あ、あれはだって目の前だったしいきなりだったし! ほ、ほら、前にローゼルさんの見た時は大丈夫だ――」
 思わずそこまで言ったオレは慌てて口を塞いだ。これはほっぺをつねられるパターンだと思ったのだが――
「ペナルティー二だな。」
 ローゼルさんはワンピースの裾をヒョイと持ち上げてひらひらさせながらいたずらっぽく笑う。
「めくってもいいが、人前ではよしてくれよ?」
「――!! またそうやってからかう……」
「ふふふ。」
 その後、色々な本を手にとってはどうでもいい会話をして、オレとローゼルさんは本屋さんを後にした。
「お店が開くにはまだ早いからな。ここは散歩がてら少し遠くへ行こう、ロイド。」
 セイリオスのあるこの街……この国の首都であるラパンは結構広い。エリルと買い物なんかで行く場所は本当に街のごく一部で、言った事のない場所の方が多い。ローゼルさんは、そんな普段行かない方へとオレを引っ張って行った。
「ロ、ローゼル? 次はどこに……」
「洋服屋さんだよ。こう見えてもわたしは女の子だからな。オシャレには目が行くというものさ。」
「どこからどう見たって女の子だけど……」
「ふふふ。しかしわたしはどちらかというとクールな印象らしいからな。女の子っぽいイメージはつかないよ。」
「そんなことないと思うけど……あー、でも今日のローゼルはなんだかウキウキしててすごく可愛いから、女の子って感じだ。」
「――! そ、それはそうだとも。恋人とのデートなのだからな! ウキウキもする! ロイドはそうじゃないのか?」
「ウキウキよりはドキドキだよ……ただでさえローゼルはアレなのに、なんかいつも以上にアレだから……」
「……実のところ、ロイドはボキャブラリーが少ないのだな。まぁ、言わんとしている事は――その赤い顔を見れば……なんとなくわかるが……」
「飾る言葉よりも、一つの意味しかない言葉で伝えるべきなのですよ、ローゼル。」
 照れを隠す為にキリッと言ってみたが、ローゼルさんはクスクス笑う。
「誰だきみは。」
 そんなこんなで、段々とドキドキが収まってきたところで目的地に到着した。
見慣れた場所からそこそこの距離をてくてく歩いてやってきたのは、大きな洋服屋さんではなく、小さなお店がたくさん並ぶ場所だった。ただし、その一つ一つが――例えば帽子とかの専門店。つまり――
「洋服の商店街か。」
「ショッピングモールと言った方がカッコイイと思うぞ?」
 ローゼルさん曰く、たくさんのお店――洋服に限らず色んな種類のお店が一か所に集まった大規模な商業施設をそう呼ぶらしい。
「そして、ここがわたしのお気に入りのブランドのお店だ。」
「おお。」
 ブランドとかには詳しくないけど、お店の看板にはイルカの絵が描いてあって、水使いのローゼルさんにはイメージの合うお店だった。
「ではロイド、わたしに服を選んでくれるか?」
「え……えぇ!? オレがローゼルさんの服を選ぶのか!?」
「ペナルティー三。前々から、男の子のセンスというモノに興味があってね。」
「いやぁ……こんな田舎者つかまえてセンスと言われても……」
「恋人であるわたしに着てみて欲しい服を選べばいいのさ。」
「難しい事を……」
 ニッコリ笑うローゼルさんを背に、オレは慣れない感じに女性物の服を扱うお店の奥へと進んでいった。
 うわ、どうすれば……
「何かお探しですか?」
 何から手をつければいいのやらオドオドしているとお店の人が声をかけてくれた。オレのオドオドっぷりを見て後ろでクスクス笑うローゼルさんに一発お見舞いしてやろうと思い、オレは――
「ええ……美人の彼女に服を選べと言われちゃいまして。」
 と言った。
「あら……いえ、本当にお綺麗な方ですね。」
「そうでしょう?」
 ニンマリ笑いながらお店の人と一緒にローゼルさんの方に顔を向ける。すると案の定、ローゼルさんは顔を赤くして照れていた。
「しかしでしたら……わたくしが口を出してはいけませんね。彼女さんはあなたに選んで欲しいのですから。」
 微笑みながらそそそっと去って行くお店の人。
 あ、あれ? せっかくの助け舟が……
「ふ、ふふん。わたしに一発お見舞いしたつもりなのだろうが墓穴を掘ったな、ロイド。」
「うぅ……」
 プロの助言を受けられなくなったオレは、ぐるりとお店の中をまわり……そういえばと、日頃思っていた事を実行してみる事にした。
「じゃあ……はい、これ。」
「ふむ。では着てみようか。」
 オレが渡した服を手に試着室へと入るローゼルさん。女子物の洋服屋さんにポツンと残されて気まずくなること数分、シャッとカーテンを引いてローゼルさんが出てきた。
「おお! カッコイイ!」
「……まさかズボンを選んでくるとはな……しかもサブリナとは。」
 オレがローゼルさんに選んだのはカッコイイ感じのシャツと八分くらいの妙な長さのズボン。どうやらこういうズボンはサブリナ……? と呼ぶらしいが。
「朝の鍛錬の時さ、エリルと一緒でローゼルもジャージ着てるじゃんか。それを見てね、ローゼルはなんかこうスラッとしてるからこういうのが似合うんじゃないかと思って。」
「……」
「……あ、あれ? 気に入らなかった……?」
「――! い、いや、そんなことは無いぞ!」
 少し赤い顔で胸の辺りをキュッと掴んでムズムズした表情をしたローゼルさんは慌てた感じに両手を腰にあててふふんと笑う。
「う、うむ! 気に入ったぞ! ではこれをいただこうかな!」
「えぇ、それ買う――っていうかホントにいいの? オレが選んだので……」
「新鮮で実にいい。勿論――ロイドが買ってくれるのだろう?」
「……なんかそんな気がしてたよ……んまぁ、学院のカードがあるから別にいいけど。」
 妙にたくさんの金額――が入っている事になってる学院の不思議なカード。入学した時にもらえて毎月……チャージなる現象が起きてお金が補充される。食費やら生活費やらをこれでまかなうのだが、寮暮らしの学院生には結構持て余す額の金額が毎月支給される。その理由を先生に聞いて見たところ、欲しい武器とか魔法道具を問題なく購入できるようにという意味があるらしい。
 んまぁ、今のオレのように普通の買い物に使うのが一般的な使い方になっているが。
「……オレのお金って気はしないからアレだけど……買ってきたよ。」
「ありがとう、ロイド。」
 袋を受け取ったローゼルさんは――ちょっとドキッとする笑顔でそれを抱きしめた。
「大事にするよ。」
「う、うん……」
「ちなみにロイドは……その、こんな風に誰かに何かをプレゼントするというのは……は、初めてか?」
「んー……パムの誕生日に何かをあげたりはした事あるけど……家族以外だと初めてかな。」
「そうかそうか。」
 によによ笑うお店の人に手を振られ、オレたちはローゼルさんお気に入りのお店を出た。
「よし。じゃあ次は何を買ってもらおうかな。」
「えぇ!? まだ何か!?」
「学院のカードがあるから別にいいのだろう?」
「ま、まぁ……」
「そうだ。どうせなら何かおそろいの物を買おうじゃないか。」
「お、おそろい? いやぁ、でもオレそんないつも身につけてる物ないしなぁ。」
「身につけなくてもいいさ。例えば……マグカップとか。」
「マグカップ……ああ、そういえばオレ、エリルが持ってきたのをずっと使ってるな。言われてみればそろそろ自分のを持った方がいいかも。」
「決まりだな。マグカップならあっちのお店だ。」
 お気に入りのお店から階段を降りたり昇ったりして違うお店に移動する。今度はオシャレな雑貨屋さんという感じだった。
「ほら。色もたくさんあるし、イニシャル入りのも選べるぞ。」
「イニシャル……ん? そういえばオレもローゼルさん――ローゼルも「R」で始まる名前なのか。」
「ペナルティー四。そうか、ロイドは「L」じゃなくて「R」なのか。おそろいの物が買えるな。」
「そ、そうですね……ああ、ならローゼルは青色でオレは緑色の「R」を買えばいいんじゃないか?」
「ふむ……」
「……色も同じにします……?」
「むぅ……ちょっと考えさせてくれ……」
 なにやらぶつぶつと――だいぶ真剣に迷ったローゼルさんだったけど結局はオレの提案に落ち着き、オレたちは同じデザインで色違いのマグカップを買った。
 その後、かばん屋さんや帽子屋さんに入って色んなオシャレを見てまわり、ローゼルさんに色んなモノをねだられたり買ってあげたりしながら商店街――じゃなくてショッピングモールをぐるぐる周った。そうして段々とお昼が近づいてきた頃合いで――
「お昼を食べる場所は決めているのだ。また少し歩くぞ。」
 これでも騎士の学校に通っているオレとローゼルさんなので体力には余裕があるが、きっと普通の人なら肩で息をしそうな距離をてくてく歩き、到着したのは白い喫茶店だった。
「ここのパスタが絶品だと聞いてな。わたしとしては確かめずにはいられないお店だったのだ。」
「そういえばパスタなら何でも作れるって言ってたな……なんでローゼルはそんなパスタマスターなの?」
「パスタマスター? なんだか面白い言葉だな。」
 オシャレな店内の窓際の席に座ったオレとローゼルさんは、メニューを眺めながらパスタの話をする。
「なに、大したことじゃないさ。以前うちに来た時にも見ただろうが、リシアンサスの家には門下生が大勢いて、彼らが寝泊まりする建物がある。当然、彼らのごはんも用意するわけだが……とあるミスで小麦粉を必要量よりも多く注文してしまった事があってな。しばらくの間小麦粉を使った料理しか出て来なくなった時期があったのだ。」
「すごいミスだな……」
「小麦粉使い放題となったその時、折角だと思って料理の練習をしてみようと思い立ったわたしはパスタを作れるようになろうと考え……まぁ、しばらくの間作りまくったのだ。その結果、ここにパスタマスターが誕生したのだ。」
「へぇー。でもそれなら……ほら、前にティアナが言ってたじゃんか。パスタはコックさん並なのに他の料理となると分量とかが適当だって。それはなんでなんだ?」
「パスタを作れるようになった時点で料理に関してはある程度満足しているから――かな? どうもパスタ以外にはやる気が出ないというか……気が乗らないというか。」
「ふぅん、そんなもんか。」
「……ロイドは……恋人、最終的には奥さんの手料理を食べたそうだな。ティアナの母親をにやけ顔で見ていたし。」
「誤解を生む言い方は止めて下さい。んまぁ、単純に懐かしいし……長い事適当な男料理を食べてきたからお店とかじゃない、身近な誰かの手作り料理っていうのには惹かれるかな。」
「そうか。ふむ。ちょっと本気を出してみるか。」
「?」
 今日のおすすめパスタを注文し、出てきた……えっと、ほうれん草の乗ったピリッと辛いパスタを食べながら、ローゼルさんに午後の予定を聞く。
「特に決めてはいないが……ロイドは行きたい所とかないのか?」
「オレは……んー、これと言って…………あ、そういえば、オレまだ王宮を見た事ないな。」
「王宮? どこからでも見える気がするが。」
「んまぁそうだけど、こう……門の前までは言った事ないなって。」
「なるほど。確かに、一度間近で見ておくのも大事かもしれないな。ではそうしようか。」
「うん。……しかし美味しいな、これ。」
「うむ。このパスタマスターも驚く美味しさだ。」
「気に入ったの? その呼び名。」
「『水氷の女神』から改名するか。」
「どういう人なのか全然わかんないよ……それに『水氷の女神』の方がカッコイイ。」
「しかしその二つ名は、ロイドの言うところの優等生モードのわたしだしな……そうだ、ちなみに素のわたしに付けるとしたらどんな二つ名になると思う?」
「……変わんないんじゃないかな。どっちにしたって水と氷の使い手だし、どっちにしたって女神的に美人だし。」
「め、女神的に美人!?」
「うん――あ、ごめん……で、でも一応言っとくけど、これはプリオルのマネとかじゃなくてオレの本心的な――」
「そっちの方がよっぽど――い、いや、まぁいいさ……」
「えっと……ほ、ほら、オレなんか楽器もできなきゃ楽譜も読めないのに『コンダクター』なんて呼ばれちゃってるんだよ? いやー恥ずかしい。」
「そうかな。音楽ができるかどうかは置いておいて、実際指揮者のようだしな。カッコイイと思うぞ?」
「そ、そっか……ありがとう。」
「ふふ、しかしそんな『コンダクター』が団長を務める騎士団は『ビックリ箱騎士団』なのだからギャップが面白いな。」
「……今更だけど、オレが団長みたいな感じになってるのはいいのかな。単に侵攻の時にリーダーをやっただけなんだけど。」
「何を言う。ロイドが選んだメンバーなのだから、選んだロイドが団長なのは当然さ。そこに異議のあるメンバーは一人もいないしね。みなで同じランクになり、同じ授業を受け、チームを組む時は『ビックリ箱騎士団』というチーム名にする。そのリーダーはロイド。これはもう何があっても変わらない事だよ。」
「……わかった、頑張るよ。」
「うむ。一時期は全員を幸せにすると言ったくらいだしな。」
「恥ずかしい事を思い出させないで下さい!」
 パスタマスターも絶賛のパスタを食べ終え、オレとローゼルさんは白い喫茶店から王宮の方へと歩き始めた。
 今日一番の移動距離となったその道のりを色々な事をしゃべりながら、屋台でおやつなんかを買って食べながら、オレとローゼルさんは手をつないでてくてく歩いた。
 ……しゃべった量に比例してペナルティーもたくさんもらってしまったが。
「あのー……そのペナルティーはあとでどうなるのでしょうか……」
「どうしようかな。考え中だ。」
「こわいなぁ……お、城門が見えてきた。」
 絵本に出て来るお城がそのまんま出てきた――いや、むしろ国内の絵本に出て来るお城はこれをモデルにしてるんじゃないか? と思うくらいにイメージ通りの姿をしている王宮がオレとローゼルさんの前に現れた。
「……えっと……つまりこれが、エリルのお爺さんのお兄さんの家って事になるのか?」
「そう……だな。」
「兄弟で差が大きいなぁ。」
「エリルくんの家は普通に住むための家だが、ここには国王軍の訓練場や国政を行う場所などもあるからな。大きくなるのは当然さ。」
「ローゼルは入った事あるのか? ここ。」
「父さんに連れられて騎士の名門の――まぁパーティーみたいなモノで一度な。」
「へぇ。」
「ロイドこそ、あのフィリウスさんと旅をしていたのだから、どこかの国でちゃっかり王城に入ったりする事もあったんじゃないか?」
「どうかな……あったかもしれないけど、フィリウスはそこがどういう場所なのか一切説明しないで色々始めるから。」
「そうなのか――ん? 門が開くようだぞ。」
 門の前で手をつないで突っ立っていたオレとローゼルさんに場所を移動するように見張りの騎士が言い、そそそっと道をあけると門がギギギと開いた。
 人が一人出て来る程度なら小さい扉が開くのだが、今回は門が全開……つまり馬車か何かが出て来るという事だ。
「ふむ。どうやら貴族のようだな。」
 案の定、中から出てきたのは豪華な馬車で、どんな人が乗っているかは見えないけどお見送りする人たちが門の向こう側にそこそこいたから……んまぁ、身分のある人なのだろう。
「……ロイドは、王族や貴族の暮らしに憧れた事はあるかい?」
「ん? ないよ。」
「……即答だな。」
「んまぁ……正確に言うなら、考えた事も無いって感じかな。初めは農業を頑張ろうって思って、次はフィリウスの教えをしっかり身につけようと思って、今は騎士になろうって思ってるオレの頭の中に、豪華な暮らしのイメージっていうのは中々入ってこなかったんだろうなぁ。」
「……根っからの田舎者思考だな……」
「……それは褒めてるの?」
「さてね。しかし今は身近に王族の人がいるだろう?」
「でも、別にエリルは贅沢な暮らしをしてるわけでも、高そうな何かを持ってるわけでもないからなぁ。クォーツ家も、カメリアさんが面白い人だったから……結局王族のイメージはかたまらないままだよ。」
「そうか。なら一先ずは安心かな。」
「? 何が?」
「ロイドが金をちらつかせる悪い女に騙されたりはしなさそうだな、という安心だよ。」
「どんな心配ですか……」
「一応、家柄なんかで人を選ばなそうという褒め言葉のつもりさ。」
 その後、特に意味のない――言ってしまえば時間つぶしとして城壁に囲まれている王宮をぐるりとまわり、丁度いい時間という事でオレとローゼルさんは今日の目的地に向かって歩き始めた。
 時間は夕方頃。空がオレンジ色に染まっていき、ちらほらと街に明かりが灯り出す中をてくてく歩いて行き、そしてローゼルさんが足を止めたのは朝に言った通り、一件のレストランの前だった。
「ここ?」
「そうだ。普段は普通のレストランなのだが、ディナーの時間帯は主にカップル向けのレストランとしてお店の雰囲気を変えるそうだ。」
「確かに、なんかロマンチックな感じだ。」
「ふふふ、本命は中だよ。」
 扉をくぐるとチリンチリンと鐘の音が鳴り、お店の人が出て来る。その人とローゼルさんが一言二言話すと、なにやらお店の奥へと案内された。
「では、ごゆっくりどうぞ。」
 お店の人がいなくなるとそこはオレとローゼルさんの二人だけ。お店の奥に個室のように区切られた空間があって、そこにテーブルが一セットだけある。
「……VIP席みたいな所に通されましたけど……」
「予約するとこの部屋が使えてね。料理はコースなのだが、こちらから合図を出さないと運ばれてこないし、基本的にお店の人はこっちに来ない。二人の時間をゆったりと過ごしたいカップルの為の部屋というわけだ。」
「なるほど……でもなんか……不自然な構造だな。テーブルがあって、その横に通路があるのはいいけど……その通路、なんか異様に幅が広いというか……テーブルの横に故意に広い空間が作られているというか……」
「ふふ、この空間はダンス用だよ。ほら、レコードが置いてあるだろう? まぁあれを聞きながら食事というのもいいが、ロマンチックにダンスも踊れるというわけさ。」
「へぇ。」
「そして料理もこの部屋限定のモノが出て来る。ずばり、今日のお目当てはそれだったわけだ。」
 荷物を置いて席につき、ローゼルさんが小さいベルを鳴らすと最初の料理が運ばれてきた、
「おぉ……なんかやたらと美味しそうだな……」
「わたしも写真を見た時にそう思ったのだ。さ、食べようか。」
 若干暗めの、ぼんやりとした明かりが雰囲気を出すその部屋で、雰囲気的にはワインなのだろうけど代わりのブドウジュースで乾杯し、オレとローゼルさんはなんか知らんがとにかく美味しいそのコース料理を、互いがこれまでに食べた美味しい料理の話とかをしながらモグモグ食べた。
 なるほど。恋人役なんてのを用意してでも、これは確かに食べる価値があるな。

「いやー、美味しかった。昼間のパスタも美味しかったけど、このお店の料理はまた違った方向に美味しいというか……上品なんだけど……あー、うまい言葉が出てこないな……」
 コースを最後まで食べ、オレとローゼルさんは食後の紅茶をのんびりと飲んでいた。
「ふふ、美味しいモノは美味しいでいいのさ。来た甲斐があったというものだ。」
「そうだね。こう言うのも変な気がするけど――こ、恋人役に選んでくれてありがとう。ローゼル。」
「ああ。ちなみにもういいぞ。普通に呼んで。」
「え、あ、そうか。目的は達成したのか。いやー、最後までなれなかったなぁ、ローゼルさんを呼び捨てするのは。」
「ふふふ。」
 微笑みながらティーカップを置き、ふっと目を閉じた後、ローゼルさんはスッと立ち上がった。
「食後の運動というわけではないが――折角カップルの為に用意されたロマンチックな場所があるのだ。ロイドくん、一曲踊らないか?」
「えぇ!? オレ、踊りなんて田舎の方のドンチャカ踊りしか知らないぞ……」
「なんだそれは。ふふ、簡単だよ。わたしが教えるから。」
「で、でも……」
「今日の恋人ごっこのシメとして、な?」
「うん……んまぁ、せっかくロマンチックにレコードが用意されてるんだしね……」
 ということで、テーブルの横のちょっとした空間にてロマンチックな音楽の流れる中、オレとローゼルさんは向かい合った。
「今日ずっとやってきたみたいな恋人つなぎでこっちの手を組んで、もう片方はわたしの腰にまわすんだ。」
「こ、腰に!?」
「スケベロイドくん、やらしいことを考えてはいけないぞ。これはその道に人生をかける人もいるモノなのだ。」
「う、ご、ごめん……」
 おそるおそるローゼルさんの腰に手をまわし、手を組んで――
「ロイドくん。そんなに離れていたら踊れないぞ。」
「ででで、でも……く、くっつくとその……」
「まぁそうだが……ダンスというのはそういうもの、さ。」
 そう言いながらローゼルさんが身体をくっつけてくる。ローゼルさんの柔らかい――い、いや、ロイド! これはダンス! 逆にこういう事を考えていたら失礼ってもんだ!
「よ、よし! こ、この後はどうすればいいんですか!」
「ふふ、そんなに気合いを入れなくても。リズムよくステップを踏んでくるくる回るだけさ。ロイドくんは得意だろう? 回るの。」
 タンタンと曲に合わせて脚を動かすローゼルさんについていきながら、わたわたとくるくる回る。何度かローゼルさんの足を踏みそうになったけど、だんだんとリズムと脚の運びがわかってきて、二、三分もそうしていたらくるくる回れるようになった。
 今日一日、あっちこっち行きながらたくさんの事を話したからか、オレとローゼルさんの間に会話はなくて、ただただ回り続ける。やっぱりドキドキはするものの、音楽に合わせて動くこのリズムが無言の空間をホッと落ち着く時間で満たしていく。
「……ダンスって、こういうのが面白いのかな……」
「ふふふ、何やらダンスの極意か何かに辿り着いたようだな。」
「極意って程じゃ……でもなんか、楽しくなってきたよ。」
「そうか。それはよかったが――」
「うん?」

「実のところ、今日はここからが本番なのだ。」

 どういう意味だろうと、ステップを踏む方向からローゼルさんの方に視線を動かした瞬間、ローゼルさんの腰にまわしていた方の手を絡めとられ、両手をつかまれた状態でオレは部屋の壁にドンと抑え込まれた。
「えぇ!? ど、どうしたのローゼルさん!?」
 恋人つなぎ的な感じでオレの両手を壁に貼り付けたローゼルさんは、顔を伏せたままポツポツと呟く。
「本当はロマンチックなこのお店でロマンチックにするつもりだったんだ。だが――やっぱりロイドくんはロイドくんだよ。おかげで色々我慢できなくなってしまった。だから――こうなった。全部ロイドくんのせいだ。」
「え、オ、オレ、何かした!?」
「した。散々わたしを……おかげでわたしはわたしのこういう一面を初めて知ったよ。しかし相手はロイドくんだからな。これくらいでないといけないと思うよ。」
「え、えっと……ローゼルさん? 話がよく――」
 怒ってる――のとは違う微妙な声色で、ゆっくりと顔をあげたローゼルさんは――

「大事な――話だよ。」

 心臓が止まるかと思った。瞳を潤ませ、頬を紅く染めたその表情は、オレが今までに見た事のないローゼルさんの顔だった。
 そして、オレはこの表情を知っている。ローゼルさんではない、違う……女の子が、つい最近同じ表情をオレに見せた。

「ふふふ、さすがに二回目ともなると察しがつくのだね。しかし本来ならもっと早い段階で察せられそうなものだが。」
「ロ、ローゼルさん、あの――」

「ロイドくん、わたしはきみが好きだ。」

 ニッコリ微笑む美しい笑顔。キュッと握られる手。急激に体温が上がり、心臓が大きな鼓動を刻み始める。いつもなら目をそらしてしまうだろうけど、オレの目は眼前の女の子に――真っ直ぐな想いが灯る青い瞳にクギ付けとなった。

「人として、友人として、そしてなにより――一人の男の子として。わたしはきみが好きだ。いや、好きなんてものじゃない……大好きだ。」
「だ――で、でもオレ――」
「わたしの中にこんな感情があった事も、この世にきみのような人がいた事も嬉しくてたまらない。四六時中誰かの事を考えることがこんなにもステキな事だったなんて知らなかった。会話するだけで幸せになれるような相手がいるなんて知らなかった。」
 記憶に焼き付いていくひと時。頭の中が真っ白なオレは、この前の時も思った……その場では言えなかった疑問を知らずと口にした。
「ど……どうして……オレを……」
「どうして? ふふ、ロイドくんが言ったんじゃないか。好きな理由を言葉に出来る人はたくさんいるだろうけど、『これ』って理由は特にないのに好きになる場合もある。強いていうなら『なんとなく』。そしてだんだんと、その人の色んな事が好きな理由になっていく。ふふ、今ならいくらでも好きな理由を語れるけど――どうしてと聞かれたこう答えるよ……ひとめぼれさ。」
「――! オ、オレ……その、う、嬉しいよ、本当に……だ、だけどオレ、そんなローゼルさんにちゃ、ちゃんとした答えを――」
「わかっている。リリーくんにもまだ返事をしていないロイドくんが今答えてくれるとは思っていないよ。そもそも、リリーくんがあんな事をしたから……わたしは焦って今日という日をセッティングしたのだしね。」
「ご、ごめん……なんか色々とはっきりしなくて……」
「だが……少なくともこれだけはしておくよ。」
「え――」
「そうしないとリリーくんと同じラインに立てないし……何より今、わたしはそれをしてみたくて――たまらないのだから……」

 目を閉じてすぅっと近づいてきたローゼルさんの唇は、音もなくオレのそれに重なった。

「――!!!」
 日常生活でそれと同等のモノが唇に触れる事はないだろうと思う柔らかい感触。重なった場所を通して伝わる体温。香る女性の――ローゼルさんのいい匂い。
「んん……」
艶のある声と共にうっすらと開かれていく青い瞳が視界に広がり、気が付くとローゼルさんはオレの手を離し、その姿が全部見える距離までさがっていた。
「だ――ば――ほえ――」
 謎の言語しか出せずに壁によりかかったままのオレに対し、ローゼルさんは自分の唇を指でそっとなぞってほほ笑む。
「――あぁ――なるほど……これは……ステキだな。」
 両手で自分のほほを覆い、嬉しそうな顔をするローゼルさんに、オレの心臓はそろそろ破裂するんじゃないかというくらいに鼓動を大きくする。
「これも……初めて知ったよ。大好きな人と唇を重ねると、こんなにも心が満たされるのだな……ロイドくん、わたしは今すごく――幸せな気分だよ。」
「そ……それはよかったです……」
 マヌケな言葉を返したオレをくすっと笑ったかと思うと、ローゼルさんはトンッとステップを踏んで再びオレにくっついてぇぇっ!?
「一緒にいるとずっとそうだったが、こうするとさらにだな。すごい幸福感と安心感があるよ。」
 オレの心臓の音でも聞くかのように少し身を屈め、両手をオレの胸にそえて耳をくっつけてくるローゼルさん。
「あばば――あ、あのローゼルさん……そ、そろそろオレ……どうにかなりそうです……」
「ふふふ、確かに鼻血をふき出しそうな顔をしている。そうだな……想いを伝え、わたしの初めてのキスも捧げ、一先ず今日の目標は達成したか。」
「ははは、初めて!?」
「当然だ。誰かを好きになったことなんて今回が初めてで――勿論、今回を最後にするつもりだ。」
 体勢的に上目遣いになったローゼルさんの、潤んでいると同時に挑戦的な感情も読み取れる瞳と目が合う。
「わたしは必ず、今日の恋人ごっこから『ごっこ』を消してみせる。そして卒業後もロイドくんとその関係を続ける。わたしこそがきみの運命の相手。もし万が一、赤い糸が結ばれていなかったとしても、どこぞの誰かに結ばれているそれを切断してわたしの小指に結びなおす。」
「――!! そ、そんなに……!」
「そんなに? ふふ、甘く見てもらっては困るよ。この――ロイドくんの事が好きで好きでたまらない気持ち、他の誰にも負けるつもりはない。」
 オレの背中に手を回して抱き付いてくるローゼルさん。フィリウスが言うところのナイスバディなローゼルさんにそうされたオレは――や、やばい、本当に気絶しそう――
「あぁ、そういえば。」
 身長的にはオレがちょっとだけ高いくらいなので、正面から抱き付かれるとローゼルさんの顔はオレの肩に乗り……だ、だからその呟きはすごく耳に近いところで呟かれるわけで、こんな状況だからか物凄く色っぽいローゼルさんの声にビクッとしたオレだった。
「確かに目標は達成したが、今日の分のペナルティーを清算しなくてはね。」
「えぇ!? 今ですか!?」
「その日の事はその日の内にだ。さて……よし、ではこうしよう。ペナルティー分、ロイドくんにはわたしの言う事を聞いてもらう。」
「えぇ!? こここ、ここでこれ以上何を!?」
「そうだね……まずは……うん、わたしの事をギュッとしてくれ。」
「びょっ!? そそそ、そんなこ――」

「するんだ、ロイドくん。」

 耳元で吐息交じりにささやかれるローゼルさんの声に抗えず、オレは腰に手をまわす時の数倍おそるおそるしながらローゼルさんの背中に手をまわした。そしてこれまたおそるおそる、ゆっくりと力を加えていく。
「ん……ああ、これは……ちょっとなんというか……すごいな……」
 過去最高の密着度に頭――い、いやもう全身があばばば……
「次は……ロイドくんの方からキスしてと言いたいところだが……どうもそれはダメな気がするからな……さて……」
 ローゼルさんの心臓の鼓動を体感できるような状況が続く事数十秒、ローゼルさんは少し離れてオレの顔を見た。
「ではロイドくん。わたしをギュッとする事を維持したまま――動かないでくれ。」
「ほへ!?」
「残りのペナルティーを同じ事の繰り返しに使う事にした。行くぞ――」
 そうしてローゼルさんは――再びオレの唇の自分の唇を重ねてきた。
「んぐ――!?!?」
 さっきよりも力強い、破壊的な威力をもったキス。背中にまわされた手からも力がかかり、前後から押さえつけられたオレはローゼルさんに言われるまでもなく、動く事ができなかった。
「――はぁ……」
 すぅっと離れたローゼルさんは……変な気分になるさっきの可愛い顔から段々と、日頃見せるいじわるな顔に……何かこう、なんとも言えない何かが加わったような妖艶な表情になってきた。
「まず――一回、だな。」
「!?!? そ、それって……」
「言ったろう? 同じことを繰り返すと。」
「うぇえっ!?」
 ビクッとしたオレの身体をギュッと抱きしめて抑え込むローゼルさん。
「これはペナルティー。全てはロイドくんのせいなのだ。」
「ペペペ、ペナル――えぇ!? オ、オレペナルティー何回受けた!?!?」
 オレの質問に、待ってましたと言わんばかりにニッコリ笑ったローゼルさんは唇を近づけながらボソッと言った。
「何回だと思う?」



 夜。あたしとティアナとリリーは三人そろって学院の正門に立ってた。
「遅い遅い遅い遅い遅い遅い……」
「……そんなに気になるなら見に行けばよかったじゃない……」
「他人事みたいに……だ、だってロイくんに変に思われたくないもん。」
「……」
 リリーは朝からこんなんなんだけど、実のところ今のリリーよりも深刻な顔をしてるのはティアナだったりする。
「……」
「ティアナ……顔が怖いわよ。」
「……だ、だってこんな時間だし……ロゼちゃんだし……」
「ローゼルがどうしたのよ。」
「……そういうとこを、見た事あるわけじゃないけど……ロゼちゃんて、やる気になったらどこまでもやっちゃう……みたいな人だと思うから……」
「ヤッチャウ!? あーもー! ロイくん遅いよー! どこ行っちゃったのー!」
 ? 確かリリーの『ポケットマーケット』ってロイドの居場所がわかるんじゃ……あ。
「帰って来たわよ……」
 街からセイリオスに続く坂道を歩いてくる二人。なぜかそのシルエットはピッタリとくっついてて……いや、なんか違うわね……
「おや、みんなでお出迎えか?」
 大きな紙袋をいくつか持ちながら、気持ち悪いくらいに満面の笑みを浮かべるローゼル。そしてローゼルに肩をかしてもらう感じなんだけどもはやぶら下がってるのが……たぶんロイド。なんか生気を抜かれたみたいにヘロヘロ状態でフラフラしてる。
「ロ、ロゼちゃん……ロイドくん、どうしたの……」
「なに……ちょっとな。」
「ちょっとってなに! ロイくんヘロヘロだよ!? なにしたの!?」
「あー、待て待て。とりあえずロイドくんを部屋に運ばないか?」
 そう言ってあたしとロイドの部屋まで来たローゼルは、鼻血をふいて気絶した時みたいな感じのロイドをベッドに転がして……いつもの丸テーブルの近くに座った。
 まるで……どうぞ質問したまえ! って感じに。
「さー話してもらうよ! ロイくんと何して来たの!」
「何って、言っただろう? 告白さ。もっとわかりやすく言うなら、リリーくんと同じ事をしてきたのだよ。」
「ボクと――じゃ、じゃあもしかしてチューも!?」
「勿論。」
 紅く染まった頬に片手を添え、うっとりとした表情でローゼルは語る。
「朝早くに待ち合わせ、手をつないで街へ繰り出し、他愛もない会話をしながら様々なお店を渡り歩き、色々なモノをもらい、食事をし、そうして――想いを伝えて唇を捧げた。ふふ、要するに朝から晩までデートして告白してキスをしてきた――それだけだ。」
 ……胸の辺りがもやっとする。リリーが――した時と同じ感覚。
 だけどローゼル、今リリーの時にはなかった事を口にしたわね。
「……あんた、今色々なモノをもらいって言ったわね……」
「ああ。服とか小物とかな。ちなみにおそろいのマグカップを買ったぞ。」
 紙袋から青色のカップを取り出して見せびらかすローゼル。あの「R」はローゼルとロイドの頭文字って意味かしら……
 で、でもそれじゃまるで……
「ふ、ふん! どうせ自分から買ってって頼んだんでしょ! そんなのプレゼントに入らないんだからね!」
「かもしれないな。」
 とは言うものの、リリーは相当にうらやましそうだし、ローゼルは相当嬉しそうだった。
「で……ロイドがあんなんなのはどうしてよ。キス――の、せいだったとしたって……だってリリーの時はあんな風にならなかったし……それ以外に何したのよ。」
 たぶん、ロイドに言わせればいつもの何倍も――ムスッとした顔であたしがそう聞くと、ローゼルは唇に指を置いてこう言った。
「キスだけだよ。最も――回数が異なるがね。」
「な――か、回数って何よそれ! あ、あんたロイドとそんな……ななな、何回も!? どんだけやったらロイドがあんなんになるのよ!」
「ふむ。さすがのエリルくんもこれには焦るわけだな? 具合的な回数は――ロイドくんが起きてから直接本人に聞くといい。」
 わなわなと寝転ぶロイドの方に視線を移すと、いつの間にかリリーがロイドの顔に自分の顔を近づ――
「何やってんのよ!」
 あたしは手近にあった枕をぶん投げてリリーに直撃させた。
「か、回数なんて今すぐにでも追いついてやるんだから!」
「気絶してるロイドにやったってあんまり意味ないわよ! 落ち着きなさいよ!」
「うーー! もー、ローゼルちゃんはー!」
「ふふふ。」
「ロゼちゃん……」

 そういえばランク戦の途中なんだけどそんな事よりもよっぽど大事で大きな戦いの、戦況のようなモノが大きく変化したその日。リリーの開戦から始まったこの戦いに、きっとそろそろあたしもどうにかしないといけないっていう気が――――な、なんの話よ! どうでも……

 ……よくないわね。

騎士物語 第四話 ~ランク戦~ 第三章 優等生のターン

すごいタイミングですごい事をしでかしたローゼルさんでした。
エリルが置いてけぼりですね。

騎士物語 第四話 ~ランク戦~ 第三章 優等生のターン

順調に勝ち進む『ビックリ箱騎士団』 とうとう出そろうベスト8 しかしそんな事は二の次に、違う方向にとんでもない攻撃を仕掛けるのはローゼルで――

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-26

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