おばさんと犬とコーヒーに乾杯

プロローグ

 これは、三人のおばさんと犬達が、毎日の散歩で遭遇した事件の物語だ。それは、どこの町にもいるだろうおばさん達とその愛犬である。それぞれが、若い頃には、悩みながらも精一杯生きること……それなりに随分とがんばってきたと自負している。
 おばさん達は、ビビとジャッキー、サチという中高年である。ここは、とある国のワナリーという町だ。
 ビビアンは、元は空港の税関職員である。検疫探知犬のビーグルで、バリーという名の雄犬とコンビを組み仕事をしてきた。そのハンドラーとしての才覚は優れたものがあり、同僚からも犬達からも、絶大な信頼を得ていた。ビビアンのニックネームはビビである。
 ビビがリタイアを決めたときは、それは周りも残念に思った。でも、ビビは日常に疲れていた。バリーに愛情を注ぎ、愛着が強くなるほど辛くなる。
 ビビは、賢くて勘の鋭さと、それにやさしさを持ち合わせたバリーに、今まで関わってきたどの犬よりも惹かれて、特別なパートナーになっていた。しかし、それまで若くて溌剌としていたバリーに、仕事を朝早くから毎日重ねていくうちに少しずつ年も取り、その健康が衰えていくようすが感じられた。仕事がハードなのだ。
 バリーが時折、その舌をだして、パンティングという行為になるとき、ビビアンも自分自身の衰えを感じてしまう。ほかより能力があるビビとバリーは、働きすぎていた。                                                      
 バリーの引退を九歳で決めたときに、ビビも六十五歳にして辞職した。愛犬を引き取るつもりだったが、インシュリンを手放せない状態になり、高齢の病気を抱えているバリーは、家で面倒を見るのが難しかった。また、これから老いていくバリーの世話にも、ひとり生活の自分にも自信がなく、漠然とだが怖かったのだ。ビビのバリーへの思い入れは強い。ビビは泣く泣く、その昔にバリーを育てた元ブリーダーのやっているリタイアウォーカー施設の家に、バリーを預けた。今は週に一度、会いにいくのがビビの生きがいだ。
 ビビは、今はしり合いから譲り受けた、ジャーマン・シェパード・ドッグと一緒に暮らしている。民間からの嘱託犬として、地域の警察で仕事をしていた利発な犬だ。後ろ右足を怪我してからは、復帰しても少し難しいということになったので退役犬となった。ちょっと早い引退だった。名前はドナルドだ。雄で通称ドンという。六歳で、毛色はブラックとタンのシェパードらしい凛々しい犬だ。                                        
 ジャッキーの相棒犬は、ジャック・ラッセル・テリアでリリーという雌犬だ。この犬の特徴である小さいながらも活発で、その骨が太くてしっかりとしている。その被毛はブロークンという硬めの毛で覆われている。それは、タン(黄褐色)とホワイトの色で、目は黒くて丸い。断尾はされていない。リリーという名前は、自分が雇われ経営者としてきりもりしていた店の名前からつけた。
 ジャッキーは、グルーマー(トリマー)として、「リリーズパーラー」という店を、ひとりで経営してきた。経営的な問題と、更年期に差し掛かり少々ストレスを感じていたジヤッキーは、三ヶ月前に店を親会社に返してリタイアした。三人の中ではジャッキーが一番若く、リリーも三匹の中でもっとも若かった。
 日本人でサチという愛称の幸恵は、この国で日本食の小さなレストランを、家族経営でやってきた。一年前に店は売り、サチも仕事を辞めた。夫もリタイアして、年寄りの父母の介護があり帰国した。今のサチは、ここで育った息子が大学を無事に卒業してくれることを願い、両方の国を度々行き来している。サチは、友人や犬達といるこの場所が好きだった。
 愛犬は、ミッキーというオーストラリアン・テリアの雄、五歳で、ジャッキーのリリーと一つ違いだ。しっぽは、元から短い。ちょっと胴長、短足だが、そのタン&ブルーの体は筋肉質でひきしまっている。これは飼い主にも似ていた。サチも六十を超えた年齢にしては、腕や足が筋肉質だ。長い間、キッチンで仕事をしていたからだ。小柄だが、おばさんの腕っ節は強い。おまけに、その趣味は少し前まで習っていた剣道である。
 サチはこの国で、「豪道館」という道場に通い、その道で七段の黒岩先生に指導していただいた。黒岩先生には、なかなか筋がよいと言われた。でも、相手はほとんどが体の大きい外国人のため、学生時代にやっていた剣道とは違いすぎると閉口し、最近、サチは途中で挫折した。それは、身体能力低下に、不安を感じはじめていたサチの言いわけなのかもしれない。
 そんなリタイア仲良し三人組のおばさんが、それぞれ愛犬を連れて、朝食後と夕食前の夕方に、ときにはショッピングやティータイムも兼ねて、毎日散歩するということになった。それは、想像するように、そのおしゃべりが楽しい目的というのはいうまでもない。
 三匹の犬は、ハーネスにリードをつけている。ジャーマン・シェパード・ドッグで三十キロは越える体型で、ドンが赤いハーネスとはかわいらしい。でも、それは特別なものだ。この国の警察犬は、ドイツ製の高価なジュリアス・K9というブランドのパワーハーネスをつけている。ビビは、同じものを購入して使っている。蛍光反射ストラップがついている優れものだ。リリーは七キロで、ミッキーも同じくらいの標準だ。リリーとミッキーも、同じ小型のハーネスを、黄色と青色とれぞれ装着していた。 
 三匹でパワーアップの「赤、黄、青、でレッツゴー!」のシグナルだ。

シグナル 1

 その日、夕方の早い時間にジャッキーの家へ、ビビとサチがそれぞれの犬を連れて向かった。「あのルーシーは、しょっちゅうふらふらと家出して、保護されてはRSPCA(動物保護団体)に連れてかれてる。常習犯よ」
 ルーシーは、ブル・テリアだがその精悍さを持っていない。白い騎士と呼ばれる犬は痩せていた。ルーシーは、ジャッキーの家の庭へよくやってくるのだ。今朝もきていた。
 おばさん達のそれぞれの犬は、背中にマイクロチップが入っている。ルーシーも同じだ。誰かに保護されて、RSPCAやシティーカウンセルに連れていけば、そのリーダー(読取器)でわかって無事に家へ帰される。
「とにかく、こう頻繁だと困るし、気になるからルーシーの家へ連れて行ってみよう」
「大丈夫? まっ、ビビならこの事情を言えばRSPCAも場所を教えてくれるかな」
 この辺りに詳しいビビでも、実はルーシーの家をしらない。ジャッキーとサチと合流して、出かけることにしたのだ。
 RSPCAの職員は、元の職業柄信用があるビビに、ルーシーの住所を教えてくれた。
「犬でも、家出したい理由ってあるのかな? わからないねぇ」
 サチが、そこへ向かう足を速めていた。ルーシーのリードも、サチが持っていた。ルーシーは、ここまで歩いてきたら観念したように、寄り道をせずに自分の家に向かっている。
「ちょっと、待ってよ。またオシッコしてる。リリー、落ち着けー!」
「ジャッキーが、待っててと言ってるよ」
 ビビとドンは、いつも落ち着いている。サチの愛犬、ミッキーは地面を這うように歩くが、本来の狩猟の本能があるのであちらこちらの匂いを嗅いでいる。
 サンビームストリートのはずれに、ルーシーの飼い主の家はあった。ルーシーは率先して歩く。
「ちょっとさ、なにか家の中から聞こえない?」
 ジャッキーが、リリーに強く引っ張られた。リリーの耳はピンと立っている。
「聞こえる。誰か咳でもしてるのかな。それで、電話でもしてて咳払いなのかな」
「うん。でも苦しそうに話してるね」
 ルーシーのリードはビビに渡され、サチの言うことにビビが答えた。ビビの前をドンとルーシーが並んで歩く。
 その庭の芝生は伸び放題で、ほったらかしのようだ。それでルーシーも、ほったらかしだ。心なしか、ルーシーは少し匂った。汚れた犬特有の匂いだ。ビビ達は嫌いではないが、犬を洗う仕事をしてきたジャッキーは気になる。
 サチは、昼間に太陽の下で、思う存分遊んだ後のミッキーの体毛から感じる日向のかおり、それと肉級の香ばしい匂いが大好きだ。遊び疲れて満足した犬のようすに癒される。自分も心が落ち着く。
 被毛の短いルーシーは、手間はかからないが、手入れはちゃんとした方がいいとジャッキーは思っている。
 その木造平屋の古い家はこぢんまりとしていたが、外から見ても窓の作りなどから、間取りはそこそこ良くて住み心地がよさそうな風情があった。住んでいる家族構成が、なんとなく感じられるようだ。しかし今は、年老いたおばあさんがひとりで住んでいた。
 ビビが玄関の戸を叩いた。
「ハロー、お元気ですか?」
 何度かの呼びかけに、そのおばあさんは玄関の戸を開けた。
「あら、ルーシーが、また出ていきましたか。ごめんなさい」
 おばあさんの手をルーシーは舐めていた。毛のないしっぽもくねらすように振っている。ルーシ
ーはその目で、なにかをおばあさんに伝えていた。
 七十歳はとうに越えていると見受けられるおばあさんは、タオル地のワンピースを着ていたが、どうやらそのようすからベッドに横になっていたようだ。おばあさんの白髪の髪は、少しボサボサだ。その額には、深いしわが刻まれていた。それでも、整っている目鼻立ちとその話し方から、イギリスからの移民であるプライドを感じさせた。
 おばあさんの名前は、アリサ・ウィルソンという。アリサは、今まで電話で話していたからか、少し咳をした。その咳は、アリサがまるで自分を責めているような風に、ビビには感じられた。
 ビビとサチ、ジャッキーも犬の名前とそれぞれ、自己紹介をした。
「ルーシーは、よく脱走してこのジャッキーの家の庭にやってきます。道でふらふらと一匹で散歩をしていることもあって......ちょっと私達が気になるので一緒にきました。大丈夫ですか?」
 なぜか急に、アリサのその窪んだ目からみるみる涙があふれた。思わずビビの横からサチが、その背中を撫でる。その足元で四匹の犬は、お座りをしたり静かだった。
 ルーシーが家の中へ入っていく。それに皆が続いた。部屋はあまり掃除も行き届いていないようなので、そう気遣いもしなかった。
 ビビ達は、玄関を入ってすぐのリビングらしい場所に入り、立ったままで皆が話しをする形になった。
 アリサは、古いが高価そうな革張りのソファに、倒れるように腰掛けた。貫禄のあるこげ茶のすすけたソファに、淡いピンクの花柄のクッションが妙に似合っている。花柄だから目立たないが、きっとその昔に、子供がこぼした食べ物のしみもあるのだろう。いくつもあるクッションは、すっかり古びていた。その昔は、確かにここであたたかい家族団らんの場があったのだとわかる。
 どうやらアリサはひとりで、半年前からあまり外にも出ず、寝込むことも多くなってしまったらしい。頚椎脊柱管狭さく症と診断され、本当は手術を勧められている。首や背中から頭痛がひどくなるときは、とてもじゃないがベッドから起きられない。ブルーケアという車でやってくるホームヘルパーに、週の三日ほどを、買い物などを中心に助けられている。アリサは、淡々と語った。
 つい一年前までは、一緒に住んでいる家族もいた。商社に勤めている息子は、転勤の話に断れなくて、二年の約束で嫁さんと共に香港で暮らしている。
 孫は二人。孫娘の方は結婚していて違う州に住んでいる。もうひとりの孫、二十五歳の男の子の方は、しばらくはアリサの家に住んでいたがすぐに出ていった。どうやら、シェアハウスにいる友達のところにでもいるらしい。電話の相手は、どうもこの孫らしい。名前はジェームスという。
「お小遣いをせびるのは、度々。でも最近は、ありがとうも言わなくなりました。そして、私がお薬で眠ってしまっている間に、財布からお金がなくなっているということも頻繁で。介護士に相談して、お金の管理を信用ができる方にお願いして、銀行の方にもここへきていただくようにしました。だけど、ジェイが仕事の仲間うちでなにかしでかしたらしいのです。明日どうしても大きなお金が必要だと電話があって、気持ちが混乱してどうしたものかと思いましてね......でも、いえ、そんなに大金でもないの。大丈夫、今度だけだからと言ってるし。今ね、銀行へ連絡もしました」
 アリサは、少し前かがみになりルーシーの真っ白ではない白い短毛の頭を撫でた。
 ジェームスは、ジェイと呼んでいるらしい。
「ルーシー、あなたつまらなかったのね。ごめんね。こんなにいい子のお友達を作ってきて、私にもしらせてくれたのね。本当に、犬達は賢い。すばらしい子ね」
 ルーシーの小さくてかわいい目の片方は、ふち周りが黒く左右のアンバランスが愛嬌だ。ちょっと汚れた体とそのやさしい目には、闘犬としての歴史を感じさせるものはなくて、ともすると犬のコメディアンのようなおかしさも醸し出している。事実、その穏やかさを感じさせる表情も、体をゆすり、堂々と歩く姿やしぐさはなんともかわいい。
「この子、もう洗ってあげないとね」
 それを聞いて、サチがまたすぐにこう言った。
「洗うのはジャッキーが得意なんです。私達で今、シャワールームで洗っちゃいましょうか?」
 廊下の奥にあるシャワー室で、サチが手伝い、ジャッキーが手際よく慣れたようすでルーシーを洗った。腕を鍛えていたサチが、三人の中では力仕事が得意だ。ドンより小さく見えても、ルーシ
ーの体重は同じくらいありそうだ。
「この子さ、爪も切ってちょっとケアしてやらないと」
 洗いながら、ジャッキーは健康をチェックしているらしい。
「なんかさ、明日ジェイだっけ? お孫さんと問題があるみたいだし、明日もきてみようよ。話の内容だと、あれじゃあリアルな、オレオレ詐欺! みたいだよ」
「そうだね。三人で相談だね」
「例のとこ......あそこね」
 例のところとは、犬もOKのイタリアンカフェ・クオーレである。バスタオルで拭かれた犬は、おとなしく、さっぱりとしていた。
 また明日ここへくることを、アリサに約束してビビ達は外へ出た。散歩をして犬達を満足させ、いつも寄るカフェで、おばさん達のおしゃべりの時間となった。
「ビビはさ、孫がいるじゃない。やっぱり、娘とその孫ではなんか違う?」 
「サチのところは、おばあちゃんはあなたの息子をそれは甘やかすでしょ? 孫って直接の責任がないからね。自分の血を引く子孫って、もんくなくかわいいものなのよね」
 ビビは、クリームなしのアイスコーヒーが好きで、寒い日でもこれを飲む。クリームの代わりにアイスクリームを入れてもらう。これがビビの好きなアイスコーヒーである。サチとジャッキーは、大抵カプチーノか、ラテだ。
 イタリア人の経営者で、コーヒーマシンだが丁寧に淹れるので、ここのコーヒーはおいしい。サチのカプチーノには、四葉のクローバーの絵が上手に描かれていた。ジャッキーは、今日はカフェ・ラテで、カップの表面にハートがなぞるように描かれていた。イタリアンカフェ・クオーレでほっとするひとときである。
「私は、子供も夫もいないから本当のところはわからないけれど、自分で老後の生活を支えるのに、家族がいることが辛いとかっていう状況には思いたくないなぁ。考えられない。家族に対する愛情っていうのは、根本的にはあると思うし……ジェームス、ジェイだっけ、だっておばあさんとの小さい頃からのたくさんの思い出はあるでしょう? それを裏切ったり、ひどいことはできないと思うんだけれどね」
 ジャッキーはラテの表面のハートを、砂糖を入れながら、そのティースプーンでかき回した。ハートは歪んで壊れた。
「これって、ジェイを利用したオレオレ詐欺でなくて、リアルオレ詐欺だとしたらなんか、切ないねぇ。本当に仕事で困ったお金なんて、きっとアリサも思っていないよ。それでも、アリサは出しちゃうんだろうね。その出せる範囲の金額を言ってくること自体、その孫、ちょっと許せない気がするんだけど、これどう思う? そいつはルーシーの面倒も見ないしね」
「サチ、そうだね。散歩と買い物くらいはやるべきだよ。ルーシーは、いつも外にふらふら出てしまっても帰るんだから、自分で散歩してたんだよ」
 ビビは、ルーシーのなにか訴えているようなその目を思い出していた。ビビは、自分もすぐ数年後には、アリサと同じ年代になるのだと、漠然と思った。
 三匹の犬は、散歩の後で、全員が伏せたままおとなしい。おばさん達の足元で、まるで盲導犬のようにお行儀がよかった。ドンのお腹に頭をくっつけて寝そべっているミッキーの耳だけが、アンテナのように少し動いていた。もうまもなくの夕飯の時間を、察知しているのだろう。

 翌日の朝の散歩は、やはりジャッキーの家に集合で始まった。まず庭で、ドンとリリーとミッキーを遊ばせた。ウォーミングアップのようだ。それから、三人のおばさんとそれぞれの犬は、ルーシーのいるサンビームストリートへと向かった。
 アリサの家の前には、古いモデルの黒のフォード・セダンが停まっていた。助手席には、今時のチャラい雰囲気の男と、運転席の窓から出している二の腕になにやらタトゥーがいっぱいある、ごつい容貌の男の二人が見えた。
 チャラい感じの方は、長めの天パー(天然パーマ)の金髪が肩まであり、ガムをクチャクチャとかんでいる。二人は、黒すぎるレンズのサングラスを、それぞれにかけていた。それを見ても、まともなちゃんとした会社に勤めている人とは思えない。二人はジェイの友達なのだろう。
 その前に差し掛かったとき、ドンが「ウゥーッ」と、一つ低い声で唸った。ドンは立ち止まりしっぽを高く振って、耳を立てそちらを睨む。
「おい、こら、とにかく中に入るの......それからだよ。アリサを守るのはね」
 ビビは、車の中の男達に聞こえないようにドンに言った。警察犬として長年働いてきたドンには、直感的に事件の可能性とか悪党の匂いがわかるのだろう。頭のいい犬だ。ビビがドンを引っ張り、そして続いてジャッキーがリリーと一緒にアリサの家に入った。
 サチが家の前を素通りする。とっさに思いついて機転を利かした。サチは、三人はともかく、三匹の犬が同時に訪ねてきたとなれば、ジェイ達が尋常ではなく思い怯むだろうと思ったからだ。それでなくても、シェパードのドンに、車の中の二人は少し驚いたようだ。
「ちっ、早く出てこいよ。ばばぁに客だぜ。やっかいだ」
 天パーの方が、首を左右に振り、口をクチャクチャとしながら言うのを、ジャッキーは後ろに聞いた。庭で放たれたリリーは、すでにその庭を、リードを引きずったまま軽快に走り回っている。それを見て、また天パーが舌打ちした。
 足の速いリリーは捕まらない。一度吠え出すと止まらない。つまり、怒ると手がつけられなくなる。そのSOSがテレパシーで、中にいるドンに伝わればたいへんだ。その元警察犬としてのポテンシャルは高い。
 サンビームストリートの黒い車を、リリーは警戒している。振り返ってはジャッキーの目を見る。右前足と左前足で足踏みをしている。ジャッキーとのアイコンタクトで、その気持ちを汲み取ろうとしていた。今はだめだと、飼い主が言っているとリリーは悟った。
 家の中には、案の定孫のジェイが、アリサからお金の入った封筒を受け取っていたところだった。ジェイは、短パンの右ポケットにそれを折って入れた。ポケットに入らないもう一つの封筒は、すでに自分のバッグに入れていた。
 ルーシーは、自分のいつもの場所である犬用の茶色の大型クッションに寝そべっていたが、ドンが入ってきたので、隣の床でお座りをしていた。しっぽを少し振ったものの、すぐ垂れて神経質になっているようすだ。
 ビビの後ろにジャッキーが、ドンの右側にリードを持って立っていた。ルーシーは本当はそちらへ行きたいのだが、我慢している。ドンからのサイレントコミュニケーションで伝わっているのだ。
「あのね。それだけどさ、いいことだと思う? あなたのそんなくだけた格好で、仕事に必要なお金なんてもちろん嘘よね」
 ビビが、封筒の入っているジェイの右ポケットを指差した。
「あんた、だれ? 関係ないっしょ」
 振り返って、ジェイは右手で自分の髪を撫でた。青い目なのに、髪の色は黒っぽい。染めているのが、唯一の自己主張のようだ。
 ジェイには、今はやりたいことが何もない。無味乾燥な毎日があるだけだ。海に漂うクラゲのような生活から抜け出せずにいる。プランクトンは、おいしくもないが、同じクラゲと漂っていれば何とかなる。
 ジェイは、仲間と同じ左の耳に、金色のリングのピアスをしていた。背は高く、痩せていた。黒いTシャツに短パン、向うずねには、いかりのマークの黒いタトゥーが入っている。ビビは、こういうタイプはドラッグをやっている奴も多いと思っている。そういう仲間に軽はずみに入れば、若者は抜けるのが難しい。それをビビは心配した。
「私らは、アリサの友達だよ。どうしてそんなにお金が要るの?」
「だから、あんたに関係ないっしょ。俺はこのばあさんの孫で、ばあさんも納得なんだから。それに、この先どのみちさ、このばあさんの遺産は俺のものになるわけだから」
「なに言ってんだよ。おばあさんを助けることもしないくせに、罰が当たるよ。どんな仕事でもいいから、まじめにやってほしいとアリサも、あなたの親もそれは願っている。あなたのことを本当に思っているから、心配するんだ」
 ジェイはしばらく沈黙して、目を泳がせた。その目が一瞬だが、ルーシーの目と合った。
「そんなことはわかってる。どうにもならないこともあるんだよ。ほっといてくれ!」
 その次にジェイの目つきが、突然変わった。顔つきがガンを飛ばすチンピラだった。でも、それは板についていないようだった。それらは、長年の経験と勘でビビは見抜く。空港で仕事をしていたときに、培われてきたものだ。色々な事件やドラマを見てきた。                         
「今日は、もういいですから。どうぞこのままこの子を、行かせてください」
 アリサは、下を向いて小さく言った。その顔から一滴の涙が床にこぼれた。先ほどまでは、助けてほしい、孫にもちゃんと言わなければとアリサは思っていたのに、いざ、ビビがジェイに直接言って、叱るのを聞くと気持ちがゆらぐ。私が生きている間にしか、この子にしてやれないと思ってしまう。気持ちとともに体もゆらいで、アリサは、ソファに倒れこむように座った。
「大丈夫です?」
 ビビがアリサを支えて、少し横にさせた。
「大丈夫。今日は薬を飲みすぎただけ。ジェイはダリアとフリージャーのお花を持ってきてくれたの。本当は、やさしい子なの。そこの花瓶に入れてくださると助かるわ。ありがとう」
 アリサが、テーブルの上にある花束と花瓶を指差した。
「まっ、なんで気づかなかったのかしら? ほら、きれいな花束じゃない。花瓶に水を入れてきてくれない? ジェイ」
 唐突に言われて、ジェイは思わず花瓶を持って、勝手しったるキッチンで水を入れてきた。
 素直なところもあるじゃない……そう思いながらビビは、ちょうどよく切りそろえられている花束のフィルムを外して、それを花瓶に挿した。これは、ちゃんとしたお花屋さんで買ってきたものだとビビは推測した。そんなジェイは、根はやさしい子だと思った。
「あなた、この花言葉をしってるの? このボンボンダリアだって、フリージャーもカスミソウもね、感謝っていうんだよ。いつもありがとうって思ってるなら、あんな友達は考えた方がいいよ。物事には、どうしたってうまくいかないときもあるけれど、だからって小遣いせびりながらやったって、その場しのぎが続くだけ。本当の友達でなければ、お金がなくなれば離れていく。どこかで、ちゃんと道を戻さなければならないんだ。今からすぐに、ここへ帰って仕事を探してやってみなさい。アリサは、とっても助かると思うし、そこにいるルーシーだって寂しいの。散歩に連れていってあげなさいよ。まともな仕事に就くのに必要なら、資格を取る学校にいくくらいは、アリサだってお金を喜んで出してくれるかもしれない。それを、生きたお金っていうのよ。自分でもわかってるんでしょ?」
 ビビの言うことに、ジェイは黙っていた。髪の毛を、右手でしきりに触っている。もちろん、花などなんでもよかった。金をとるためのご機嫌取りに決まってる、そう言いたいのを、ごまかしているようだ。
 ビビは、自分がアリサになっていた。ビビにも孫がいる。自分なら、孫のためになる生きたお金なら疑うことなく出すだろうと思う。自分も孫に甘いのだろうと思う。正当な理由があるなら、アリサだってお金を出すだろう。そこを、出してくれるかもしれないという言い方になったのは、本当にそれが一番いいことなのか? 本当に生きたお金なのだろうかと、ビビの心の奥底にある疑心暗鬼の気持ちだった。私は間違ったことはしていない、でも、子供や孫をだめにしていたら怖い……ときにどうしていいかわからなくなる。
 ジャッキーはドンのリードを持って、背後で黙っていた。犬達を監視している。もし、ビビが指示を出せば、すぐにドンが動く。
 ドンは緊張しているのか、しきりにカーミングシグナルを出している。お座りをしているものの、ビビを凝視して真剣な目だ。ドンは、気持ちを落ち着かせるためにあくびをした。
「おーい、早くしろよ。遅い。もう行くぞ! おいていくぞぉ」
 外の黒い車から天パーが叫んでいた。
「うるさい! 大事な話をしてるのよ」
 ジャッキーが返した言葉に、運転席にいたタトゥーのごつい男の方が怒って出てきた。入り口にいたリリーが吠えた。サンビームストリートの向こう側を歩いていたサチとミッキーが、後ろから走ってきた。
 タトゥーごつい男が、庭に入ろうとしたときに、サチが放したミッキーが走っていって後ろから吠えまくる。この犬は警報を出すのは得意、なによりも人を守るのはドンと一緒だ。低い姿勢で右に左と勇敢に動き回り、吠えて追い詰める。
 タトゥーごつい男は、動き回るミッキーに拳をあげたが当たるはずもない。あげた手を引っ込めて、薄ら笑いを浮かべた。その家に入るために、門に手をかけたとき、今度はリリーが庭を走ってきた。 ジャッキーが、リリーのリードを外していたのでもっと俊敏に動く。その吠え方はミッキーとリリー、前と後ろの二匹で、非常にうるさくなった。
 サンビームストリートの何軒かの家の人が、外に出てきた。そこにたまたま通りかかった車さえも、そこで停止した。
「やばい。これじゃ俺らが悪いみたいじゃん。俺、犬苦手だしもういいよ。行こうよ」
 怖気付いて車から出ない天パーがそう言い、舌打ちをしながらタトゥーごつい男が運転席に乗り込み、車は走り去ってしまった。サチは、その後の周りへのケアも怠らない。
「皆さん、大丈夫ですよ。すみません。ちょっとよくない人達がいたので、追い払いました。もう大丈夫です」
 日本風にお辞儀をした。それで場がちょっと和み、出てきた人達が家へ戻っていった。
 サチとミッキーはアリサの家の庭に入り、リリーと玄関先で待機している。ジャッキーは、まだドンのリードを持っていた。
「ほら、あなたを置いて友達は行っちゃったよ。お金が目的でしょ。そんな遊び友達なんてつまらない。あなたにお金も、利用価値もなくなったら終わりでしょ」
 それを聞いて、今まで静かだったジェイが、友達に置いていかれたことで気が苛立ち怒鳴ると同時に、足元の近くにあった籠のゴミ箱を蹴った。
「俺には必要なんだ! あいつらと一緒だと強くなれる。馬鹿にされないんだ!」
 急にジェイが声を荒げたので、ドンが動揺しているようだった。ビビのサインを待っている。向かいの隅で、静かにお座りしていたルーシーが、別のサインを出している。ドンに、吠えないでと言っている。
「あなたは、それが本心じゃないでしょ。強くなるのは自分自身なの。大丈夫、ジェイはできる」
「わからないよ。あいつらきっと......またくれば拒む自信もない」
 ジェイは、今度はうつむき目をつぶった。
「このドン、それから表にいるリリーもミッキーもまたここにくるよ。必要ならいつでもいいよ。あいつら、追い返してやる。ルーシーだってあなたを守るだろうし、大丈夫。がんばってみようよ。今の今から、生活を変えてやってみよう。きっといい方向にいくから。身近な家族を悲しませてはいいことないよ。そこのルーシーも家族、ね!」
 悪い友達に誘われてしまえば断れない。最初のきっかけがどうであれ、優柔不断でやさしい本質を、この青年は本当は持っている。完全に毒に染まってしまう前に、芽が浅いうちに救いたい。どうにもならなくなった例を……とくに麻薬中毒者の若者をビビはしっていた。
「わかった。今日はここにいるよ。もう足がないし、歩くのもかったるい」
 ジェイは、投げやりな気持ちと、アリサに対しての後ろめたさと皆に恥ずかしい気持ちが交錯していた。体裁が悪いので、とにかくここは従っておけと思った。
 「類は友を呼ぶ」という。しかし、クラゲは脳みそがない。仲間でない寄ってくるものには毒を放つが、好きなように浮遊している。考えないが、水がなければ枯れ死んでしまう。漂う海水によっても複雑に変わる。ジェイには、安住できる場所がある……ならば、なる必要がない。
「あのね。荷物を取りにいかなくてもいい。今日からここにずっといるの! いい、必要ならしり合いに頼んで、パトカーであなたの荷物を取りにいってもらうからね」
「ちぇっ。冗談じゃないや。まいったな」
 ジェイはそう言いながら、アリサの家の自分の部屋に入っていった。その後姿は、肩が下がっていた。
「アリサ、これから毎日、散歩の途中に私達がここへ寄るからね。ようすを聞かせてちょうだい。大切なお孫さんをちゃんと監視する。もし外であいつらと会って、なにか悪さをするようなことがあったら許さないからね。なんでも言ってね」
「まあ、ビビ、そしてジャッキーとサチにもお礼を言います。本当にありがとう。あの子の両親がいない間に、なにか事件でもあったらと思うと気が気じゃなかったの。本当はとてもいい子なのよ。とてもやさしい子なの。本当よ。私には責任があるのにと、自分を責めていました。私も、あの子や皆さんにもご迷惑をかけないように、がんばっていこうと思います。ジェイのパパ達が休暇で戻ったときには、思い切って手術を受けようと決心しました」
 アリサは、自分の人生終盤を迎える前に、今一度希望を持とうと思った。
「元気をだして、皆が応援していますから」
「そう、私達も応援します。地域の皆さんもここの仲間ですから」
 そうビビの後ろから言うジャッキーは、自分にもそう思うのだった。そう信じたい。ここの地域の皆が助け合う仲間だと……。玄関の低い石段に座っていたサチも、背中を向けながらジャッキーの言うことに頷いていた。
 ジャッキーは仕事を辞めてから、リリーとの自分ひとりと一匹の生活を続けている。少しの預貯金と、しり合いの犬をケアするちょっとした臨時収入があるので、当分なんとかは暮らせる。ビビは、公務員だったからそこそこ十分な退職金をもらい、年金もある。サチは、夫からの仕送りがある。もう少ししたら、年金生活も少しは期待できるだろう。
 アリサは、働いた経験がないだけに、少ない年金だけでは息子夫婦にも手術代や医療費を甘えるのが、心苦しいのだろう。少しの貯金とこの家は、子供達に残しておきたいと思いとってある。年寄りの気持ちは矛盾している。群れをなすのは、人間の方が素直でないだけに難しいのかもしれないと、サチは思う。

 ルーシー
 ジェイ、ジェイってば! 思い出してちょうだい。ほら、私がここにきて、初めてあなた達と出会ったときのこと。私は、もう九歳と年をとったけど……。その頃の私は、まだ小さくて白くてコロコロとしていた。パパが、私を見初めたのよ。「かわいい、とてもかわいいし愛嬌がある」って。私はRSPCAにいた。たくさんきょうだいがいたのに、ここに捨てられたのか……預けられてしまったの。でも、この家にきて私は幸せだった。あなたもお姉ちゃんも、私と一緒にいつも遊んでくれたから。パパが散歩に連れて行ってくれるときも、いつも一緒だった。私はうれしくてしょうがなかった。だからね、またRSPCAに行けば、もう一度時間が戻せるのかな? と思ったの。アリサのことも目を見ると寂しそうで心配。私は、ここの家族が大好きで大切なの。ジェイ、ここへ帰ってきて、また一緒にお散歩をしようよ。ほら、覚えてる? あなたが小学校から帰ってきたあの日の午後。それはいい匂いだった。パパとママに言われて、私とあなたはアリサの誕生日にフリージャーのお花を買ってきた。イエローとピンクにホワイトもあって、カラフルでとてもきれい。そんなお花を見たことがなかったから、私はあなたの手からクンクンと、いつまでも匂いを嗅いでいた。あなたは、「ルーシー、だめだよ。これは花瓶に挿すんだ。大切な花なんだ」って言った。あの日は、パパとママも早く帰ってきた。ごはんをみんなで食べて、私もローストチキンを食べた。パパが塩分を気にしたけれど、あなたが「まだ、ルーシーは若いから大丈夫だよ」って言って、それでもママが水で少し洗ってくれた。大きなケーキがでてきて、お部屋の電気が消えた。ケーキにあったローソクの炎は、暗闇の中で光り輝いて見えたの。「ハッピーバースデー、トゥーユー......」私も、そのときは、うれしくて吠えた(歌った)。 
もう一度、また歌おうよ、みんなのバースデーソング。

シグナル 2

 このところの天気の悪さには、おばさん達はうんざりしていた。犬もだらけている。季節はずれのサイクロン(台風)が次々ときている。三人と三匹は、その合間を縫って散歩をする。
 ドンのような大きな犬は、多少の雨であっても散歩に行くことは必要だ。ジャッキーの家には庭があるが、ハンターとしての資質を持つジャック・ラッセル・テリアのリリーも、運動量という点では散歩は欠かせない。あまり広くないフラットに住むサチとミッキーも、心身の健康という点で、散歩が毎日の楽しみな日課だ。
 その散歩の途中で、小雨が降り出しどんどんとひどくなるときは、三人と三匹はどこかで雨宿りをする。
 その日も、散歩の途中で雨が激しくなってきたので、近くのいつものイタリアンカフェ・クオーレでコーヒータイムとなった。犬達は、朝から少し長い散歩もできたので、いつものようにお行儀がいい。それぞれが、おばさんの足元に座っている。
「こう雨ばっかりじゃ、気分が滅入るねぇ。つまらない」
 家も集合住宅で息子と二人。庭もないので、サチは外に出れないと気分もふさぐ。
 サチは目の前のカプチーノに、エキストラのシナモンをかけて少しかき混ぜた。そして、クレマというトップのクリーミーな泡を、ティースプーンで口に運んだ。少しこの泡をなくしてから飲む。これが、マシュマロのように甘い。カップのお皿にサービスでついている小さいクッキーと一緒につまむ。クオーレのコーヒーはいつもおいしい。気分が落ち着く。おばさん達も、こうやって外でお茶を楽しみ、おしゃべりが弾むこと……それがストレス解消にも役に立つ。 今日は、珍しくビビもカプチーノにした。サチをまねして、ティースプーンでその泡をすくって口に入れた。トップに、ココアパウダーもよく合う。
「このホームメイドのクッキーも、おいしいね。ちょっとオーダーしてもいい?」
「いいよ。カロリーなんて、この際気にしない。食べたいときが食べたいときだ。気持ちがハッピーになる」
 ジャッキーの言うことに、クオーレのオーナーのララが口を挟んだ。
「大丈夫。これ、カロリー少ないですよ。ヘルシークッキーですからね。使っているジンジャーも体をあたため、リラクゼーションを高めてくれる。たくさんあるから、今日はスペシャルで十個はサービスします。でも、コーヒーはもう一杯はサービスしないわよ」
 ララは、カウンターの向こうからウィンクした。商売上手だ。止みそうもない雨を眺めていたサチが、おかわりのラテを注文した。ジャッキーは、次にチャイをおかわりしたいと思っている。
 クオーレは紅茶もハーブティーもおいていて、どれもララが心を込めて作ってくれるので本当においしい。チャイは、濃いアッサム紅茶をベースに、ブラックペッパーが少しだけ入っていて、クローブやカルダモン、シナモンの絶妙なスパイスと甘さがはちみつで調整されている。精神をリラックスさせる効果がある。ここのオリジナルで、やみつきになる一杯だ。
「このところ、こんな天気が続いて困りますね。ショッピングセンターの事件もしってます?」
 ふくよかで人のよさそうなララが、サチのおかわりのラテと、先ほど、ビビがリクエストしたクッキーの皿を載せたトレイを、手馴れたようすでテーブルに持ってきて置きながら言った。
 ビビはうれしそうに、早速クッキーを一つ取って口に運んだ。
「あの、車のガラスがめちゃめちゃに割られているっていう事件でしょ」
 ビビは口をもごもごとさせた。
「どう見たって、同一人物だよね。なにがしたいんだろう?」
「ジャッキーは仕事をしていたとき、動物を洗いながら、犬の気持ちとか、毎日接していて気づかなかった?」
「なにを? サチ」
 ジャッキーは、不思議そうな顔をした。
「こうやって台風がきててさ。天気が悪くて気圧の関係とかで、動物も機嫌が悪いとかを感じる? いつもお利口な子が、シャンプーを嫌がるとか吠えるとか……そういう身体とか心のメンテナンス、そういうのがあるの?」
「あんまり、気づくこともなかったな。それぞれいい家の子達で、リリーよりもマナーがいいよ」
「ほら、人も満月の夜は、気持ちがそわそわとしたりして、事故も多くなるとかって聞くじゃない? ビビはどう思う?」
 ビビは、もう一つクッキーを食べようとして、手に取ったところだっだ。
「どう一つ。これおいしいよ。私はね、仕事をしていたときは、この日はバリーの調子がどうも乗っていないとか、感づくこともあったかな。動物にはバイオリズムとかも人よりもピュアで関係してると思うけど、性格のいいバリーはあまり問題はなかったな。だけど人って、偏頭痛になったりとか、どこかが痛いとか、低気圧で自律神経のバランスがおかしくなる人もいるらしいよ」
 実は、サチも昨日から、持病の腰の痛さが少しでていた。
「それじゃあ、もしかすると天気のせいで、むしゃくしゃして車なんかをぶっ壊してるのかな? 最近は、不可解な事件があるよね。全く、理解に苦しむよ」
「サチ、そんな八つ当たりは、許せないよ。確かに、車の中にたまたま有った財布を盗ったというのが一件で、ほかの件はただガラスが割られているだけで、ミステリアス。警察も困ってるよ。犯人の手がかりがない」
 ビビは、訝しげな表情で首を振った。そして、クッキーをまた口に入れた。
 その事件は、ここ二週間ほどの間に九件も起きていた。いずれも、誰も乗っていない駐車中の車のガラスが、ハンマーのようなもので叩き割られていた。そのうちの五件がショッピングセンター内の駐車場で、残りの四件は近くのストリート上で起きていた。
「そんなの、ほんと! 許せない。私達でパトロールしてみる?」
「ここの地域のためになることは、今までもRSPCAのボランティアとか、動物愛護運動のパレードなどはやってきたけれど、それ以外はたまたまの人助けだったし、これは危ないよ。警察に任せなきゃ。触らぬ神に……、なんだっけ? だよ」
 ビビはサチが以前に言っていた、日本のことわざを少し思い出した。                                             
「それは、祟りなし、でしたね。こっちでは眠っている犬を起こさない……と言うことわざ、そうでしたかね。ほどほどに。余計なことにはあまり手を出さない方がいいかもしれませんね。気をつけて下さい。気が向いたら明日もまた、お茶しにきてください」
 移民でやってきて、ここに落ち着くまで苦労してきたララは、他国の文化にも理解と興味が深い。サチのおしゃべりの中にも、印象が残る事柄は、自然とララの脳にインプットされていた。あたたかい眼差しのララと、クオーレのコーヒーの香りに見送られて、三人と三匹は帰り道へと急いだ。

 帰り道の途中に、問題のショッピングセンターの駐車場を通る。三人と三匹は、北側から家の方向の南側に向かう駐車場のまん中の歩道を歩いていた。ちょうど、そのときだった。静かな辺りに、ガン! と音が響いた。続いて、バリッ、バリーン! とガラスが割れる音だ。
「うわさをすれば影だ。これ車のガラスだよね」
 そう言って、サチがいち早く走りだした。ミッキーも一緒に走っている。
「サウスゲートの方だ」
 後をジャッキーがリリーと追いかける。
「仕方がないね。出過ぎたまねをしないように。ドン、追いかけよう」
 ビビも後を追った。
 南側の駐車場の端、フェンス近くで、十年は古いと思われるトヨタカローラのセダンがやられていた。フェンス側のリアガラスと後部二つの窓ガラスがめちゃめちゃに割られ、地面にガラスが粉々に落ちている。その辺りには、誰もいなかった。
 今までの事件は、ショッピングセンター裏手の死角となる場所が多かったのだが、段々と大胆不敵な犯行となっている。警察をなめている。強盗とか窃盗ではなく、ただ被害はガラスを割るだけなので、警察も別の大きな事件に比べて、扱いが少し手ぬるい。
「見て、ミッキーがすごく匂いを嗅いでる」
 サチはリードを放さないが、ミッキーは、雨上がりのぬれた駐車場のアスファルトの地面の匂いを、しきりに嗅いでくるくると回っている。今にも追跡しそうだ。
「悪人の匂いだねぇ。走って逃げたのかな。賢いミッキーはなにかわかるんだ。この子の臭覚はすごいけど、人間の靴底、靴の匂いって違いがわかるのかしら」
 ジャッキーは不思議そうな顔をした。リリーは吠えずにちょっと警戒しているようすだ。
「わかるんだねぇ。このドンだって現役の頃は、足跡の匂いで遺留品の捜索をしたりもしたんだよ。前のオーナーが、こいつは優秀だったって言ってた。犬は、人の何万倍もの嗅覚を持っている。バリーだってその嗅覚のお陰で大活躍だった。それから、うさんくさい人、感覚でこれも見抜くんだよねぇ、犬は。不思議でしょ」
 そういう矢先から、ドンもミッキーと、その地面の靴跡の匂いを拾うように嗅ぎだした。ドンは引退したとはいえ、警察犬としてのプロだったことを忘れてはいない。ビビの愛情のお陰もあり、毎日を皆で遊んでいるうちに、ほかの犬とも親しくなり人にも馴れた。普通の警察犬は、もっと周りに警戒心も怠らず観察力もするどい。しかし、まだドンも慎重に犯人の靴跡に微かに付着する特徴、人の足からの体臭、それを僅かでも逃すことはなく嗅ぎ分けることができる。
 サチは、ミッキーと一緒にいると、ミッキーにも、ドンと同じこういう犬のセンスを発見していつも感心する。
 誰かがすぐに連絡をして、近くをパトロールしていたパトカーが駆けつけた。その中に、ビビがし
っている警察官がいた。ビビの娘の家の近くに住んでいるご近所さんだ。その警察官は、ビビの元の職場をしっていた。ビビは色々な場所で顔が広い。
 この地域の嘱託警察犬として、活躍していたドンも顔が広い。引退したとは言え、ドンの眼差しは、失敗しないという自分への厳しさを秘めている。人間でも、ずっと品行方正の優等生なら辛いだろう。ドンはそんなことは感じてもいないように、ビビを見上げた。
「ビビ、お久し振り。今、犯人が逃げたというところのようですね。ここの地域で働いていた警察犬のドンがここにいるとは。こーれはきっと! なにか手がかりがつかめるかもしれない」
 警察官は、なにかをドンに期待して、両手を胸の前で強く組んだ。
「あら、えーっと、ラリーさん? ダルメシアンのオーナーでしたよね。皆さんはお元気ですか? 私も久しく娘の方に行っていないので。ご無沙汰です。ドンはたぶん、長年の経験からの勘と、習性で探るかもしれませんが、この子はもう引退してますから。責任のあるような仕事はさせたくないのです」
「それはよくわかります。決して危ない目にあわせない様にしっかりとパトロールして犯人を挙げますから、もし、その匂いから追跡できるようなことがあれば、是非とも教えてほしい。どうか、ご協力してくださるようにおねがいします。こちらも全力で早く解決をしたいと思っています」
 この人は、引退したその後の人生を、まだ思い浮かべもしない年齢だとビビは思った。ビビは、間をあけて答えた。
「わかりました。ドンと、このミッキーも嗅覚が優れている犬です。今がちょっとチャンスかもしれません。この足で追ってみます。でも、その後はお願いしますよ」
「私達もこの辺りのパトロールをパトカーで続けます。なにかわかれば連絡ください」
 ラリーとビビは、携帯番号をお互いに教えあった。
「仕方ないね。乗りかかった船っていうの? 行くか」
 ビビは、そんな日本のことわざを覚えていた。
「それ、どこで聞いたのよ。はい、レッツゴーだ」
 サチが率先して前を行く。「ペニーを手に入れるためには、ポンドも手に入れよ」同じような意味のこちらのことわざが、サチの頭に浮かんだ。
 サチは、レストランビジネスを成功させるためにがむしゃらに働いてきた。外国であるがゆえに、危ないワナもあったかもしれないが、サチの強運も手伝いどんな困難でも乗り切ってきた。降りかかってくる無理難題には、どんな風にも対処できる、そして切り抜けられるという自信があったはずだ。最近は、そんな自信は薄れてしまって、サチも守りに入ってしまった自分に、掛け声をかけることで叱咤激励しているようだ。
 犯人かもしれない男に怪しまれないように配慮して、ジャッキーとリリーは、家で待機となった。おばさんの中でもまだ若いジャッキーは、目上のビビやサチの言うことには素直に従う。もう少し若かったら、自信を持って反発することもあったかもしれない。中途半端な年齢と、ひとりで生活している孤独にゆれていた。
 どうして、パートナーを持たなかったのだろう。結婚のチャンスが全くなかったわけでもなかったのに。まだ、メタボを気にするほどにはお腹はでていない。そして、人生をリタイアするにはまだ早かった。なにかを起こすのに、諦めたわけではないし冒険もしたい。
 結婚や子育ても色々と経験してきて、ビビやサチは年相応で、すでに人生を達観しているように見える。ジャッキーは、実年齢よりも若く見えるビビやサチも、夢を諦めてしまうにはまだ少し早いのに……と思う。
 ジャッキーは、現実よりも甘美な思い出を作ることへの憧れがまだある。旅行に行く、それとも音楽コンサートや映画に観劇……楽しいことはたくさんある。お酒を飲みに行く機会や、その後の期待してもいいアバンチュール。しかし、ジャッキーはそのリスクの方が先に思い浮かび、面倒になる。それをもっと超えるなにかが見つからない。このままでは、おばさんの定義への一直線だと思う。「それでも……いいかな。でも、自虐的なことは言わないにしよう」そんな意志薄弱さを感じる悶々とした自分の姿に、ジャッキーは自分でも辟易していた。
 
 ビビとドン、サチとミッキーが追跡を開始してまもなく、犯人の家を突き止めた。ショッピングセンターと駅からも近い、ラゴンダストリートのまん中辺りの木造家屋だった。
 家の奥に人の気配がない。庭にブルーのカバーの掛かった車種不明な車が置いてあった。地面に工具箱が散乱していた。
 しかし、ビビは見逃さなかった。その散らばった中に、緊急脱出用のライフハンマーがあった。玄関に続くコンクリートの地面には、ガラスの破片が細かくたくさんに落ちていた。それは、雨がしみ込んだ地面の黒っぽいコンクリート上に、目の悪いおばさんにもガラスが光ってよく見えた。
「個人的に、車修理でも請け負っているのかな?」
「いや、サチ、なにかおかしい。だって人の車の修理とかをしているなら、道にもこんなにガラスを散乱したままにしないよ。これ、ガラスを割ってそのままほったらかしって感じ。目隠しにカバーをかけた。そう見えない? あれあれ! あそこにあるライフハンマーは、事故で車に閉じ込められたときに、自分で中から窓ガラスを割るためのものだよ。それを修理に使う?」
「窓ガラスをそっくり取り替えるために、割るんじゃないの?」
「さあー。ガラスの全取り替えなんて、あまりないよ。どうみても、おかしい感じだと思わない?」
「でもさ、ここで廃車同然の車で憂さ晴らししているとしたら、なんで外でまた、ほかの車のガラスを割るの?」
「そこが、理解できないよね。たぶん、それに飽き足らずに、場所変えてスリリングを楽しんでいるんじゃないの。雨が止んだときに、ちょっと買い物がてらに、ショッピングセンターに行ってあのライフーハンマーで一発憂さ晴らし。普通の神経じゃないね」
「よく目撃者が今までにいなかったもんだ。いずれにしても、気味が悪いね。怖いかも」
「そう、だからこれより先は警察に任せる。一応ここの家を探し当てたことは、ラリーにしらせておくけどね。退散しよう」
 ビビに諭されて、サチも従った。
「ドン、いい子だったね。ここまででよし。行こう」
 ビビがドンをほめた。サチも、ミッキーの頭を撫でた。

 その日の夕方の散歩は、いつものようにジャッキーの家の庭に集合から始まった。犬達は、最近はここの庭で遊ぶことも多い。サイクロンは、北からと南下方からと二つがきていたが、今日は一つは進路を変えて、もう一つも弱い熱帯低気圧に変わったようだ。
「ようやく、お日様の兆しが出てくるかな。うつな気分から解放されるねぇ」
「えっ、サチでもうつっぽくなるの?」
 ジャッキーは、庭に置きっぱなしの小型芝刈り機を物置の方に運びながら言った。
「私だってブルーな気分のときもあるよ。息子は自分勝手に色々と出かけているし、ミッキーを話し相手にしている日々だって! 家は狭いし、ミッキーを連れて外へ出るのは唯一の楽しみ。実家に戻れば、年寄りの介護が中心だし、ここでの自分の時間は本当に大切なの。ミッキーを預けて帰国するときは、寂しくてたいへん……でも、ビビとジャッキーがいてくれて、私も安心だし助かるわ」 
 サチが日本へ一時帰国するときは、ビビかジャッキーがミッキーを預かっていた。
「私はひとり暮らしだから、預かるのがうれしいの。ミッキーはさ、私の家にくるときは、まるでバカンスと思っているみたいだよ。親戚の家くらいに思ってるんじゃない」
 ジャッキーは、少し笑いながら物置の戸を閉めた。
 ジャッキーは、サチに親の介護があるのも、日本に帰れるのも、息子がいることも、正直少し羨ましい。サチが誰かに必要とされていると感じるからだ。
 ジャッキーは、リリーが唯一の心のよりどころなのだ。リリーがドンやミッキーと群れをなすように、ジャッキーも信頼できる仲間が大切だった。
「ほら、我々は更年期障害は克服したでしょ。そもそもこの三人には、うつ、とかない感じ。病気もできない。それなりに、ひとりで生活するのは忙しい毎日だ。芝刈りもやらなくちゃならないし、この地域の問題も色々と関わっちゃってるし、退屈しないよねぇ、全く。サチも行き来はたいへんだし、息子もまだまだだ」
 本当は、そんなことが全部本心ではない。ジャッキーは、そう言うことで、自分にもサチにもはっぱをかけているのだ。
 ビビは、朝起きたときに、ひどい眩暈で倒れたことがある。仕事に行かなくなってすぐのことだ。仕事をしていた頃の疲れがでた。娘も心配したので、人間ドックを受けたがなんともなかった。自律神経のバランスが崩れていたのか、気が抜けた途端に疲労とストレスの症状が現れたようだ。だから、こうして地域の仕事をボランティアで引き受ける。適度なファイトホルモンというアドレナリンを、忘れてはだめだとビビは思っている。  
 町内住民のリーダーのビビは、またこの地域の問題発生で、頭を悩ませていた。ラゴンダストリートの犯人の家らしい場所は、すでにラリーに携帯のメッセージで伝えていた。
 こういう犯行目的もわからない器物損壊事件は、現行犯逮捕でないと難しい。犯人の家がわかったとしても、強行には任意同行もできないだろう。ビビは、空港で働いていたときのように、プロの目で考えてしまう。
「ラゴンダストリートって、車に関係があるみたいな名前でなんの因果だろうね」
 ジャッキーはこういう知識は豊富だ。
「それって、どういうこと?」
 サチは、いつもこういう話には、興味津々なのですぐに聞く。
「ラゴンダは、その昔はベントレーと並ぶ名門高級車の名前よ。イギリスのアストンマーチンの誇るスポーツカー。ル・マンのレースにも優勝した経験を持つ。一九七O年代はマスタングの親戚のようなデザインで生まれ変わって、一般販売したらしい」
「おもしろいね。そこに犯人らしい奴が住んでるの。車が好きで、そこに住みたかったのかなぁ。この道の名前はどうやってつけたのかしら?」
「この国の歴史は浅いから、その前の原住民からヒントを得た名前は田舎の方には多いかも。でも、都会の地域名とか道の名前とかは、以外に単純なのが多くて、思いつきじゃないかしらと感じるものもあるよ。ダットンパークのダットンだって、イギリスのダットン一族だかその住んでいた地名からと聞いた。日本は、歴史的な意味からの理由がある地名も多いでしょ」
 サチは母国の歴史をちゃんと勉強していないような気がして、恥ずかしくなった。ゆっくりと歴史の本などを読むことなどない日々を送ってきた。サチは、現実ばかり追って生きてきたので、そういうことには無頓着だ。そこで、ビビが声をかけたので少しほっとした。
「雨が降らなさそうだから、ダットンパークに行こうか」
「賛成、レッツゴー!」
 サチの声は大きかった。
 いつものようにショッピングセンターを突っ切るのが、ダットンパークへの近道だ。サウスゲートから駐車場に入る。ノースゲートへ向かう歩道を歩いていく。
 そのとき、ビビの後ろ側から、一瞬だがガラスが派手に割れる音が聞こえた。ちょうど、ショッピングセンターのまん中、その影に当たる静かな駐車場だ。建物の反対側にも同じような場所があるが、そこはパトカーや緊急車両用となっている。その反対の場所で人通りがないとはいえ、そこを狙うとは、そいつは随分と神経が図太い。
 かなり古い型のマツダの後部窓ガラスが割れていた。そこへ、サチが振り向くよりも早く、ビビとドンが走りだしていた。
「ドン、ノー! 先に言ってはだめ」
 ビビは、犬の力に押されて思わずリードを放してしまった。ドンが警察犬の本領を発揮した。ドンは、速く走る。続いてビビも走る。
 ジャッキーもサチも犬と共に追いかけた。
「速いね。カッコいい! さすがドンだ」
 サチもジャッキーも目を見張った。リリーとミッキーは吠えまくっている。
 ドンは、いち早くに駆けつけて、その車の近くで吠えていた。建物の間の細道に向かって、ドンは今にもフェンスを飛び越えるというところだった。その下水管などが通っている細い道の遠くを、全速力で走って逃げる犯人らしい姿がビビにも見えた。ビビは息が切れて苦しい。そのフェンスは低いが、ビビが飛び越えることはできない。ビビはドンを止めた。
「ドン、そこで待て!」
 ドンは命令に従い、とどまった。犯人の逃げた方向に向かって三匹が吠えている。そのうち、パトカーがサイレンを鳴らしてやってきた。
「また、やられましたね。今日はこれで二度目だ。ガードマンの方も手薄になっていたようです。明日からは、イースターのお休みです。油断しました。ここのパトーロールを強化しましょう。犯人の家は判明しましたよ。ありがとうございます。明日は、そこの前にも誰かを張り込ませます。このところは、必ず毎日犯行が行われているので、警官が手薄になる明日も奴は動くでしょう。可能であればですが、ドンをお借りしたいのですが……難しいでしょうかね?」
 ラリーの言うことに、ビビは二つ返事でイエスとは言えなかった。
「ラリー、私達はもうその仕事を辞めています。私はこの子のハンドラーでもない。また、付け焼刃でこの子をあなたに預けても動物ですから、今も同じに働けるとは思えません。難しいです。どうしてもとおっしゃるなら、私も同行で、追跡や威嚇しかできないと思います。犯人検挙はお願いします」
「えぇ、現行犯で逮捕しますよ。そして、皆さんの安全も守ります。明日、警官が車で、男の家近くで張り込みます。ドンに追跡してもらいたい。すぐに我々が追っかけます」
「わかりました。携帯を持ってジャッキーの家に待機しています。そこからなら、ショッピングセンターも駅方向も近いですから、連絡ください。追跡を開始します」
 元の職業病的ともいえる正義感で、ビビは断れない。いつも、首を突っ込んでしまう。リタイアした後、(自縄自縛? もっと自由でいいのに……)と感じているのに。
 ボランティアも面倒だとは思っていない。なにかをしているときは充実していると思うのに、少し疲れる。ビビの気持ちは矛盾している。
 それで、ビビは元相棒のバリーに、特別の感情がある。一緒にいたら、また無理をさせてしまうかもしれないと思う。バリーには、自分から少し離れて毎日をもっと楽しく、余生を静かにゆっくりと暮らしてもらいたかった。
 ビビの言うことに、ジャッキーもサチも、「私達も協力させてください」と一緒に行動することになった。
 ショッピングセンターが休みでも、外のカフェやコンビ二などはやっている。休日の臨時バスの発着場が北側にあるので、入れる駐車場には停めていく車もある。しかし、停車している車が少ないため、犯人は駐車場ではなく外の道沿いを狙う可能性があった。

 次の日の朝、バスの始発時間の九時前に、ジャッキーの家にビビもサチも犬を連れて集合した。   
 休日であるため、早い時間から駐車場に車を停める人も少ない。駅周辺もそうだ。今日は、犯人が現れるだろうか? ということがビビ達も心配だった。
「ビビは犯人の後姿を、少しは見たんでしょ?」
 ジャッキーが、マグカップのジャスミンティーを皆に持ってきた。
「ありがとう。見たっていっても一瞬だものね」
「私も遠くからだけど少し見た。着ているのがテレテレの黒っぽいジャンパー姿だったような気がする」
 サチは、年の割りには目も耳もまだいい方だ。
「こっちの人間にしてはそう大柄でもなかったような、背も高くなかったと思う」
「気持ちもちっさい奴だよね。狙うのも、ラゴンダみたいな高級車じゃないもん」
 ビビとサチの言うことに、
「犯人像が浮かんでくるってわけ。昼間に皆をわっと驚かすように、ガラスを割る音をたてるくせに、割る車は高級車ではなくて、派手に全部壊すわけでもない。音を立てずに悪戯する方法も、色々とあるのにガラスを割る。車上狙いでもない。どういう人物が浮かんでくる? ラゴンダストリートのあの家の住人は、面が割れているんだよね」
 そう一気に言って、ジャッキーはため息をついた。
「クゥー」と、ドンは小さく鳴いて首をかしげた。
「肝っ玉の小さい男だよ。なにかしらの不満やストレスを抱えていて、人の車のガラスを叩くことでうっぷんを晴らしているような、つまらない奴じゃない」
「サチはストレートに言うね」
「ビビはもっと違うと思うの?」
「それは同感なんだけど、根っこになんかもっと深いものも、動機であるような気がする。なにか恨んでいるような気持ちがあると思う。随分と挑戦的だし。いずれにしても犯人は、普通じゃない」
「やっぱり、ちょっと怖いじゃない。ビビ、気をつけてよ。サチと後ろからついていくけど、なにかあったらサインだしてよ。リリーとミッキー、私達も吠えるからね」
「やだ、ジャッキー、それっておばさん達の黄色い声じゃしょうがないわ」
 おばさん達が笑ったので、犬達は全員が首をかしげた。そのとき、ビビの携帯が鳴った。
「出る準備をして!」
 携帯から少し顔を離して、ビビが言った。ジャッキーが、ドンの赤いハーネスにリードをつけた。サチも出かける用意をする。犬から外していた青と黄色のハーネスをバッグから取り出した。サチが、調子っぱずれに、元気よく言った。
「赤、黄、青、でレッツゴー!」
 警察官からの連絡は、ラゴンダストリートのその男が家を出て駅に向かったというものだ。駅を過ぎれば、ショッピングセンターの南側だ。ラリーからの指示は、反対からくるビビに、散歩を装って歩いてきてほしいということだった。そこからどちらへ行くのか、それをドンが、さりげなく追跡してもらえば、こちらから私服警官が歩いていくという。
 犯人は、今日も黒いウインドブレーカーのようなジャケットを着ていた。ジャケットのポケットにでも、ライフハンマーを隠しているのだろう。
 今日は、雨も止み少し晴れ間が見える天気だ。ビビとドンはジャッキーの家から出て、ショッピングセンターへ続く道に出た。エクイティーストリートだ。すると犯人は、ショッピングセンターも素通りしてこちらに歩いてくる。おや、今日はなにもしないのだろうかと、ビビは思った。
 大きな車道のあちらの歩道とこちらの歩道で少し離れて、ビビとドン、犯人がすれ違う。一台の車とオートバイが車道を走り去った。そのお陰ですれ違い様に、ビビが大きな犬と散歩をしている姿は、相手にはそんなに目立たなかった。この辺りは犬の散歩をする人も多いので、犯人は、気にも掛けないようだった。「どうしよう、奴は反対の後ろに歩いていく」ビビは、困ったことになったと思った。私服警官は、ショッピングセンターからサウスゲートに歩いてくる。ビビは立ち止まり、携帯でメッセージをジャッキーに送った。
 ジャッキーはサチとお散歩中に立ち止まり、おしゃべりをしているふりをした。そのときに、ジャッキーはラリーにも連絡した。もし、本当にこちらへ犯人がきた場合、ミッキーが吠えるのではないかと、サチは心配した。ミッキーはドンのようにはいかない。ドンはこういう任務を察知する聡明な犬だ。ビビが黙っているようにと命令すれば、絶対服従だ。
 ところが犯人は、手前の違う道を曲がってしまった。ジャッキー達から、二十メートル以上は離れている。その道は少し狭い。ゴミの収集車もやっと通るという閑寂な住宅街だ。今日から連休のため、どこか遠出をしている人もいるのだろう。いつもより静かだった。
 ビビとドンは引き返していたが、まだエクイティーストリートに待機していた。私服警官がショッピングセンターを出て、こちらにくるはずだ。ビビは、ドンが昨日と同じ男をまた目の当たりにしたら、今度こそは突進していきそうな気がした。
 するとしばらくして、耳をつんざくなにかを叩き割る音と共に、ガラスが割れる音が続いた。犯人は、留守の家が多いのを確認したのだろう。そして犯行に及んだ。ビビは道を曲がって急いだ。
「ドン、いいよ。行け! 襲え! 気をつけて」
 ビビは、ドンのハーネスからリードを外した。ドンは、水を得た魚のように全速力で走っていく。大きな声で吠えて、勇敢に向かっていく。
 ジャッキーもサチも、リリーとミッキーを連れて、リードを放さずに走った。休日でこの辺の家は、皆留守で通りかかる人もいない。その中の一軒の家で、玄関前のスペースにある赤い韓国車のリアガラスが割れていた。そこは、屋根があるだけのカーポートだ。
 その家の門は低い。犯人は、それを飛び越えて犯行に及び、庭のはずれの壊れている塀を越えて逃げるつもりだったらしい。庭の後ろ側は、エクイティーストリートからは行けない道だ。逆側からの道でどん詰まりだからだ。犯人は、正反対の方へ逃げるつもりだったのだろう。
 ドンは、犯人の右腕にかみついていた。門の方へ引きずる。そいつは、黒いウインドブレーカーを着ていてよかったはずだ。ドンの犬歯は、二つ抜いてある。検診のときにだめな歯がありそうしたのだ。それでも、鋭く強いドンの歯は、しっかりかまれればその腕の血は止まらないかもしれない。犯人のふわふわとしたジャケットでは、多くはかまれていないはずだが、一つや二つの歯は、確実にその皮膚を貫いている。犯人はそれを、振り払おうと暴れていた。ドンは、決して離さない。こうなるとドンは、その元警察犬だったときのプライドと、本能のスイッチが入る。
「離せ! なんだこいつ、殴るぞ」
 犯人は右腕をドンにかまれながらも、落としてしまったスパナを、中腰になりながら左手にやっとつかんだ。振りあげる。犯人は、ライフハンマーとスパナとを持っていたのだ。
「危ない!」
 ビビ、ジャッキー、そしてサチもほぼ同時に駆けつけた。ミッキーとリリーも全力で吠える。ジャッキーが、ミッキーとリリーのリード両方を持って押さえた。暗黙の了解だ。
 ドンに向かい、叩こうとする犯人のあがった左手のスパナを、サチは思わずいつも持っている傘で叩き落とした。両手で、久々の剣道の構えだ。いや、構えている時間などなかった。
「こて!」
 サチの声だけは、叩くのと同時にでた。犯人は振り返った。ドンは唸りながら、姿勢を低くして右腕を離さない。犯人も引っ張られる。
「次は、めん!」
 竹刀が傘代用なので、傘は壊れた。犯人はスパナを落として、頭を押さえそこへしゃがんでしま
った。
「許してくれよ。ただ、ちょっとここへ入っただけだ。泥棒でもない。近道だ」
「なに言ってるのよ。そこにガラスが割れてるじゃない。最近の一連の事件は、全部があなたの仕業でしょ。とぼけてもだめよ。おばさんと犬をなめんじゃない! その臭覚は普通じゃない。そのドンは私が離せと言わない限り、かみついたら絶対に離さない。あなたのラゴンダストリートの家もわかっている。いい加減、止めたらどうなの」
 そうビビが言ったところで、駆けつけた私服警官が手錠をかけに門を飛び越えた。パトカーも駆けつけた。ラリーがパトカーから降りてきた。ビビがサインで、ドンに(離していい)と指示をだしたので、ドンはしっぽを振ってミッキーとリリーのところに戻ってきた。
 ミッキーがドンの顔を舐めた。リリーはまだ吠えているが、三匹はお互いが協力し合い、助け合う仲間であることを理解しているようだ。
「ビビ、それとお友達にドンはじめ犬達、ご協力を本当にありがとう。お陰で、犯人を現行犯逮捕で引っ張ることができる。感謝している。警察から感謝状が贈られると思います。これからも、皆さんにご迷惑がかからないように、パトロールを強化していきます」
「ラリー、少しでもお役に立てて光栄です。また、娘の方にも訪ねてみますね」
 犯人を乗せて、パトカーは走り去っていった。それを見送りながら、ビビは、(ラリーもずっと公務員の警察官だわ、きっとリタイアした後も……)と思い、空港の税関職員だった自分に重ね合わせた。そして、ため息をついた。
「とにかく、無事でよかったわ。皆もドンも」
「サチが、機転を利かしてくれたから、ドンに怪我をさせずにすんだ。ありがとうね」
「その腕っ節というか、腕力とかっていいたいんでしょ。腕相撲は強いかも。でも、剣道の腕前はだめだよ。とっさに出ちゃったけれど、なんとかなってよかった」
「そうかなぁ。サチは勘がいいから、そういう腕前もいいんだよ。運もいいし」
 ジャッキーはそういう友達がいて、いつもよかったと思っているのだ。ジャッキーは、以前はネガティブなところもあったが、サチやビビと付き合っていると、そのすこぶるいい運勢に、自分も取り込まれていくような気がするのだ。リリーからもらうエネルギーも感じる。犬にはそういう特別な力があると思う。
 イースターであるため、その晴れてきた空に、軍の飛行機が飛行機雲を大きく描き出した。恒例だ。それはハートの絵、それに続く十字の文字だった。

 そして、事件解決から一週間後のことだ。今日も朝の散歩の後に、いつものようにクオーレで、三人のおばさんのお茶タイムとなった。
「やっぱりね、この間の事件だけれど理由があった。あの犯人は、最初は車を傷つければ、近所で自分のところに仕事がもっとくると思ったみたい。そのうちに、ガラスを割るようになったのは、思うように仕事がなかったから。生活保護だけではやっとの暮らしに愛想がつき、腹いせだったみたい。奥さんも病気で、自分も具合が芳しくないしすさんでいた。ずっと台風続きで、天気も悪くて、神経のバランスも崩れたのかな」
 ビビはいつものアイスコーヒーを飲んだ。運動した後は、冷たいコーヒーもおいしい。さすがに最近は、ちょっとメタボを気にしてアイスクリームは少なめにした。
「ということは、あの黒ジャンパーの男は、車の修理工とか板金工とかってこと? 間抜けな奴というか、本当の悪党っていう風には見えなかったね」
 サチも、今日はアイスコーヒーを飲んでいる。渇いたのどに冷たい液体が心地よく通る。アイスクリームは、ストローでかき混ぜてしまった。シャリッ! とした冷たさがストローを通ってきて喉にしみわたり、サチは肩をすぼめた。そして、小さくため息がでた。
 サチのまねをして、ストローでアイスクリームをかき混ぜながらビビが続けた。
「中堅どころの修理工場で働いていたのだけれど、怪我をして休んで復帰したら、仕事を辞めさせられるような形になっちゃったらしい。昔に傷害の前科もあったみたいだよ。それからは、この社会情勢、どこも不景気でしょ。勤められないから自分の家でほそぼそとやろうと思ったんじゃない。でも、難しいよね。毎日、仕事がないからイカレチャッタってわけ。先週に娘のところに行ったから、ラリーに聞いたのよ」
 ジャッキーは、いつものカフェ・ラテを飲んでいる。
「エクイティーってさ、公正とか公平とかっていう意味。それから、このフェアーフィールド駅は、これも公平な地域とか見込みがあるとかの場所でしょ。そんな事件がここで起きると、やりきれないね。ちょっと悲しい。ここ、その昔は、大きな裁判所の跡地だったらしいよ」
「この世の中は平等とは言えないこともあるかもね。それでも、全うにやっていれば先が見えてくるものです。私達もイタリアからの移民で、ビザがちゃんとするまでに、十年もかかりました。それでも一生懸命にひたむきに頑張れば、どこからかチャンスが回ってきてなんとかなると思うし、そう信じていたいですよね」
 ララの言うことに、おばさん達は頷くしかなかった。その足元で犬達は、静かに横になったり伏せをしている。相変わらず、ミッキーがドンのお腹に体をつけて寝ていた。リリーもドンの足に頭を乗せていた。なにも駆け引きがない信頼感、それは雨が止んで青く広がっていく透明な空を思い出させるようだ。犬達の心の目には曇りがない。
 ジャッキーは、そんな犬達が羨ましく思える。そして、私達と三匹が楽しくいつも一緒にいることが、かけがえのない時間だと感じるのだった。
 サチは、あの男は一生の間に、ラゴンダのような高級車に乗ることも、修理どころか触ることもないんだろうねという言葉が浮かんだが口に出さなかった。

 ドナルド
 俺はドン。サラという女性の一等訓練士から、厳しい服従訓練を受けた。朝寝坊なんかしたことがない。仕事は二十四時間……いつ出動するかがわからないんだ。命令されたら、ボスといつでもどこにでも行く。随分と色々な事件を見てきた。俺は忍耐強いから、犯人を追及するのや、捜すのが得意。警察からの表彰状はたくさんある。俺にはそんな紙切れは必要がないから、サラが持っている。それより俺は、サラやボスにほめてもらうのがすごくうれしかった。そして、人や自分の仲間に、俺の凛々しくてカッコいい姿を見せるのはちょっとプラウドだ。いつも緊張して気をつけていたのに、足を怪我したのは自分の不注意だった。俺は、カッコいい仕事を失うのが残念だった。でも、仕事をしなくなった次の日から、朝早く起きなくてもよくなり、ビビは毎朝俺と朝食をして、楽しい散歩に連れて行ってくれる。俺は、夕方まではあまり食べないけれど、ビビのコーヒータイムに付き合うのは大好きだ。すてきな香りと優雅な時間にうっとりとする。リリーとミッキーという新しい仲間もできた。リリーは、ちょっとお調子者だけれど、かわいらしい子だ。おせっかいで、しょっちゅう俺に話しかける。カフェでは、よく俺にくっ付いて寝てるから頼りにされているんだなぁと思う。散歩中に猫を追っかけたりするのと、庭で穴を掘るのが玉にきず! かな。ミッキーはマイペースだ。首の周りとたてがみに少し長い硬い毛がはえていて、色合いが俺に似ている。落ち着いているから助かるけれど、自分の世界に入ると、ひたすらその匂いを探って歩いていってしまう。俺は、「おい、おい、こっちだよ。戻ってきてよ」と、いつも呼ぶ。おもしろい奴さ。でも仲間を守るということについては、俺と同じで忠実だ。仲間もいるし、今はすごく緊張して仕事をすることもないから、俺は毎日がハッピーだ。ビビは俺に対してやさしいけれど、少し過保護だ。俺はまだ若いから、もっと仕事をしたい。だから、少々荒っぽしいことも大丈夫なのに、俺のことを気遣って人の頼みも躊躇する。断る。俺が元警察犬で、ビビも頼りがいのある人だからよく物事を頼まれるんだ。俺はなにか仕事をすることが好きだし、楽しい。でも、ビビは元の相棒のバリーのことを思うと、俺にも危ない命令をだしたくないらしい。ビビはいつも俺にこう言う。「お願い。いつまでも元気で長生きしてよね。お互いに長生きしようね」

シグナル 3

 ある日の朝、三人と三匹は、ダットンパークのドッグランにいた。犬達は、自由に飛び回って遊んでいる。そこへ、茶色のダックスフントが飼い主と一緒に入ってきた。
 三匹の小さな群れの中では、ドンがリーダーだ。三匹の赤、黄、青のハーネスは外している。やがてドンと、そのダックスフントが遊びだした。ミッキーとリリーが、あたしらも仲良くしてあげるよと言わんばかりに寄ってきて、楽しそうに四匹は走り回っている。自分達の仲間だと感じれば、犬は自然に受け入れる。
 ダックスフントは、ミッキーと同じように体高が低く、胴長短足で走り回るが皆に追いつかない。それでもリリーは、遊ぼう! と前足で誘いながら、しっぽを振って左右に飛び跳ね、ダックスフントと楽しそうに一緒に吠えていた。
「ハロー、私はサチ、こちらはジャッキーとビビ、よろしくね」
 そして、ダックスフントの飼い主と三人それぞれが、簡単に愛犬の紹介をした。
「この子の名前はティンカベールで、ティンカって呼んでるの。私はジェニー、よろしくね」
「こちらこそ。あっ、それ今日の新聞でしょ?」
「そう、ここの記事を読んだ?」
 ジェニーの指差した記事は、二匹の大型犬にかまれたある犬の事件だった。その犬は、三週間前にも同じ公園で、小さな子供を襲おうとしたらしい。それは、誰かが助けたので未然に防ぐことができたと付け加えて書いてあった。そこで見た人の密告らしい。
「こういう獰猛な大きい犬は、簡単に飼っちゃだめだよね。そのオーナーがちゃんと管理できなければ絶対にだめだと思う。本当にひどい話」
「ジェニー、ちょっとその新聞を見せてくださる?」
 ジャッキーは、この事件のかまれた犬をしっていた。ミニチュアプードルのハニーという名前だ。ハニーは、全速力で走ってきた二匹のピット・ブルに襲われた。助かったのは奇跡だった。
 新聞の見出しには、「奇跡の犬」と、「助かったが、お金がたくさんかかった犬」と書いてあった。悲劇のヒロインのような扱いだ。あちらこちらが血だらけになり、ハニーの体中にチューブが刺さり、包帯を巻かれてぐったりとした痛々しい姿は新聞の写真に載っていた。
「そう、思い出した。彼女の名前はダイアン。愛犬のハニーは私がよくシャンプーしていたのよね。ショーに出ると言ったときはトリミングも念入りにしたことがある。ショックよ」
 ジャッキーは新聞から目を離さずに、そう言った。
 ジェニーは、怒っていた。
「許せませんよね。この襲った犬、アメリカン・ピット・ブル・テリアが正式の名前らしいけれど、これ闘犬でしょ。犬のやくざみたい。ミックスであったにしても、強い方の犬のキャラクターが出てしまうに決まっているから、これはやっぱりピットブルですよね。飼い主がまだわかっていないというのは、ここから少し遠い町に住んでいるのじゃないかと言われている。ローカル新聞だと地方だけしかわからないのかしら?」
 サチがジャッキーの手からその新聞を取った。
「日本でも、闘犬には土佐犬という獰猛な犬種もいるんだよ。人がかまれたという事件もある。驚いたりしたとき、急に動いてきたりするものにはどうしても襲ってしまうから、そういう犬には、気をつけないとね」
「こういう犬を飼うなら覚悟して、認識を持ってきちんと管理してもらわなきゃ。制御できないなら、オーナーになる資格はないと思う。犬だって自分のご主人を尊敬できるとか、服従する信頼感があるとか見抜くからね。警察犬だって、ハンドラーがだめだと見抜かれたらもう終わりだから。また違うパートナーと仕事をするなんて、難しいよ」
 ビビの言うことはもっともだった。チンピラを管理する親分は、大した男! でなければならない。しかし、本当はピットブルは、チンピラでもない。本来は、我慢強く、服従心があり賢い面もある。がっしりとした強い体で、機敏な動きも得意で運動神経はいい。番犬や護衛にはいいが、注意することは突発的な攻撃性がときとしてでる。
 サンビームストリートのブル・テリアのルーシーも、闘犬だったというルーツがある。交配の違いによって少し異なるが、ルーシーは防衛能力の方があるようだ。犬にも人にも、コミュニケーション能力はいい方だ。シェパードのドンも、どの犬とも仲良くなれるタイプだ。弱いものにはやさしい。ビビは、そのピットブルに、なにかストレスになる要因があると感じた。
「ありがとうね。この新聞。今晩でも電話帳を調べてダイアンに連絡してみる。うわさではこの事件を聞いていたけど、こんなにひどかったなんてしらなかった」
 ジャッキーは、昔のお客様に対しても礼節を通したい思いだった。
「私も、大きな犬に襲われたらと思うとぞっとします。この子、吠えるから」
「そうね、気をつけた方がいいよ。私なんか、犬じゃなくて、しり合いに私のお尻を蹴られたことがあるけどね」
「それって、サチが前を歩いていて、うるさいし、その人にこのおばさんが邪魔だと思われたんじゃないの?」
「それでも、蹴ることはないよ! もっとも本気でなかったけどね。失礼だわ、全く」
「ジョーク、ジョークだって」
 ジャッキーは、サチがこの場を和ますために言ったと、ちゃんとわかっている。
 ジェニーは少し笑って愛犬のティンカと、「お先にね」と、ドッグランを出ていった。
「これさ、このピットブルがどこに住んでいるとか、だめな飼い主が誰か? 調べたいよね」
「サチもそう思う? 誰も襲われるということがないように、しっかりと犬に教育してもらいたい。そいつはハニーに対しても責任を持って、手術代と治療費を出すべきだよ。警察に突き出そうよ。ビビ」
「うん。そうなんだけど、確か……そのピットブルは未遂でも人もやってるんだよね。そうすると、居所がわかってしまうと、もしかすると殺処分を、役所から勧告されてしまうかもしれない。どんな飼い主でもやっぱり、そんな乱暴犬でもペットならかわいいからね。責められるのは嫌だろうし。だけど、しらん顔はずるいよね」
「調べてみる?」
「とにかく、今晩に電話をしてみて、ダイアンにもっと詳しく事件のことを聞いてみる」
「ジャッキー、そうね。ダイアンも割り切れないと思う」
 三匹の犬に、ビビが集合の声をかけた。犬達は、十分に遊んで満足していたので命令に従った。また、三人のおばさんも散歩の後の楽しみ……シメ! にクオーレに向かう。
 その夜に、ジャッキーがダイアンに電話をして、この事件の真相を聞いた。その場所はレッドリンチパークという、ダットンパークよりずっと広い公園での事だった。

 ダイアンは、その日もいつものようにハニーとそこへきて、リードを外した。ハニーは甘えん坊の性格で、ダイアンにバネのように飛びつきながら、くるくるとまとわりついて歩く。
 ミニチュア・プードルで、オールブラックの体を覆う巻き毛と、垂れた耳がゆれて愛らしい姿だ。このリードを外していたことがいけなかった。
 それは、ダイアンが愛犬と散歩し始めた直後だった。公園のあちら側の道路に、黄色のホールデン・ピックアップトラックが停車した後に、事件は起こった。
 その荷台に二匹のピットブルが乗っていた。それが飼い主の指示を待たずに、すぐに飛び降りてきたのだ。その視界には、遠くにくるくる飛び跳ねる黒い小さな犬が、獲物なのかチキンのように見えたのかもしれない。犬は一目散に走ってきた。それに気づいてダイアンが、大声でハニーを呼んだ。しかし、それは遅かった。
 プードルは、元来の狩猟犬としても活発な面を持つ。ダイアンの手をよけて、右に左にとしながら頭を下げて飛び跳ね、しっぽは小刻みに振っている。吠えている。
「だめ、早く! こっちにきて!」と、ダイアンは叫んだが間に合わなかった。
 ピットブルの白くて大きな方が先にかんだ。しばらくして、地面に一度叩き落としたハ二ーを、もう一匹の茶色のブチの奴がくわえて振り回した。ダイアンはそいつを叩こうとしたが、白くて大きな方がこちらに飛び掛かってくるところで、遥か後ろからその飼い主が口笛を吹いた。茶色のブチがハニーを落とした。二匹は振り向き、一目散に後ろへ向かって走り去った。
 ダイアンは気が動転して、その飼い主の背格好だけは目で追ったがなにも言えなかった。
 すぐになんとかしなければ! だめかもしれないという気持ちが先行して、早くとにかく病院へ行かなければならないと焦った。
 ダイアンは涙が溢れ出た。霞んだ目の向こうに、(VET)という動物病院の看板が見えたので、ハニーを抱いて、その広い野原を対角線上に全速力で走った。
 黄色のホールデン・ピックアップトラックは、慌てて走り去っていった。まずいと思ったに違いない。 今までに聞いたこともない鳴き方で、ハニーは泣き叫ぶ。ダイアンの手も腕もシャツも血だらけだった。痛さのためにハニーが暴れるので、押さえて抱いているだけでもたいへんだった。ダイアンも病院が近くなってから、手に激痛が走るのを感じた。ダイアンは自分のことは気づいていなかったのだ。ダイアンの右手も左手も、親指と人差し指の間がかまれていた。ハニーが気絶しそうな痛さに耐えられず、そこを犬歯が一本取れてしまうほどにかみ続けた。病院に着いたときは、ハニーは虫の息だった。
「これは、助からないかもしれない。難しいです。骨も折れているし、出血を止めなければ。輸血も必要です。本人も辛い。五分五分ですが……そしてかかりますがどうされますか?」
 ドクターはそう言って、止血をしてとりあえずの応急処置をした。
「どうされますか」とは、安楽死を意味する。それは絶対に嫌だった。
 ダイアンは、絶対に助かると信じた。このかまれた手の痛さが、ハニーの生命力の強さだと感じた。ダイアンは、ハニーのいない生活など考えたくもない。絶対大丈夫だ。そう思い続けた。獣医看護士が、ダイアンの手に処置をして、包帯を巻いていた。
「ドクター、ハニーは、私には命です。ハニーをどうか助けてほしい」
 ここは、裏が乗馬の施設であるため、少し大きい設備もある。レントゲンの結果を見たドクターは、こう言った。
「叩きつけられたのが、道でなくてよかった。野原であったので、内臓は大丈夫かもしれません。首に食いつかれたのも貫通していないので。ただ、激しくあちこちとかまれていて、動かないようにしないと出血します。それと感染症を防がないといけません。また、胸椎が数本、折れていますが、腰でなくてよかったですね。助かれば、歩けなくなるということは、まずないと思います。ただ、心のショックも大きいでしょう。もちろん、手術としばらくの入院は必要ですが、万が一の場合と、後々ここでは無理かもしれないので、小型犬が専門である隣町の優秀な獣医師を紹介します。それと、あなたも感染症の予防注射と万が一の場合の薬を貰ってください。病院に行くことを勧めます」
「どうにかして、この子を助けてください。お願いします」
 ダイアンは、家に帰っても眠れない日々が続き、ハニーに毎日会いにいった。まだまだハニーは重体であった。さらに皮膚の手術が必要になり、ハニーは隣町の病院に転院した。ダイアンにとって、なにも手につかない無我夢中に過ぎた数週間だった。
 最近になって、ハニーはようやく退院できるめどが立ち、少し元気になった。時間が経過してくるにつれ、ダイアンは相手をつきとめたいと思った。黄色のホールデン・ピックアップトラックであったことと、男がかなり背も高く、大きな体でスキンヘッドだったことは記憶していた。犬もピットブルの特徴があったので、二匹とも印象に残っていた。ダイアンの勘で、その強面な雰囲気の男は、過去にも咬傷事故を起こしたことのある常習犯のような気がした。
 ダイアンの犬仲間の友達が、この事件をしって色々と動いてくれた。相手は、謝罪することと、せめて治療費を支払うべきだと皆が言ってくれた。そして、重要なことは飼い主に、犬をきちんと管理し、そのマナーを守ると約束してもらうことだ。同じように犬を飼うものにとって、沽券にかかわる。犬仲間は、身勝手な奴に憤慨していた。
 ただ、ダイアンはハニーのリードを外して散歩をしていたことが、頭にひっかかった。やみくもには訴えられない。それもマナー違反と、相手から言われたら困る。それで新聞に載せて、事を大きくして、相手に注意と誠意を持つことを突きつけた。新聞を読んだ人からの情報も期待ができた。
 それが、このローカルタイムスだった。そしてこれが、彼女がジャッキーに伝えた事件の全貌だ。

 それからの毎日は、おばさん達の話題はダイアンとハニーの事件に集中した。
「ローカルタイムスから、住民の通報があったって。連絡がダイアンにきたって」
 ジャッキーが、ビビとサチに言った。ダットンパークに向かう朝の散歩での第一声だ。
「相手、つまり悪い奴がわかったってこと?」
 サチの横を歩くミッキーは、探究心旺盛のようすで、地面の匂いを拾いながら元気に歩く。
「それが、ここより車で三、四十分は郊外らしい。その町で、公園の隣に住んでいる人が、ここの公園にいつもやってくるピットブルが、新聞に書いてある犬と似ていると教えてきた。自分の飼っている犬が、いつも庭で吠え出すから気づいたって。気をつけて外を見てみたら、道の脇に停めている車が、黄色のホールデン・ピックアップトラックだったらしい」
「それは、きっとそのピットブルだろうね。運動量は膨大に必要な犬だから、車で連れていっては散歩させてるんだよ」
「ビビ、なんとかしようよ。ちょっと許せないし、また同じような事件を起こすんじゃ、それは困る。ぎゃふんと一発言わせてやろうよ」
「サチ、これは危険犬種として、やたらに飼ってはいけないという犬だよ。こんな攻撃性のすごい犬は難しい。こっちがぎゃふん! だよ。シェパードでもむやみやたらに向かっていってでは、やられて終わり。でも厳しい訓練を受けた警察犬なら、頭脳プレーで勝てるけどね」
 過去の職業にプライドを持っているビビには、同じく過去に、警察犬として働いてきたドンのプライドとともに、勝負に勝つ大きな自信があった。
「ビビ、作戦を考えよう。行ってみよう。まず、犬達を連れていかずに車から偵察してそいつ等かどうかを確認しよう」
 サチは、なにか方法を考えている。ビジネスを成功させる上でも、あれやこれやと、プランを考えてきた。努力したことが、すべてうまくいくとは限らない。外からここへやってきた一匹狼、いや一家族で、ときには、予想外に寄ってたかってくる艱難辛苦と戦わなければならなかった。
 それは、油断したときに近寄ってくるお金や税金の問題だったり、人に関する問題……裏切、妬みに中傷、ビザに絡み人に利用されたり、ビジネスに勧誘されたり、いらぬ密告等々とストレスには限りがない。
 サチは毎日を戦って、それらを竹刀でぶった切るように、仕事に邁進してきた。その結果、ある程度のまとまった貯金はできたものの、家庭には殺伐とした空気が流れていった。皆が忙しいので、家族の中でのコミュニケーションが減り、会話することもなくなり、愛犬も含めて周り全部がすべてに疲れてしまった。
 夫婦双方の親も高齢になり、新たな介護! という問題もでてくる。ひとり娘であるサチに、両方の親の介護は難しい。そのうち、舅が亡くなってしまい、お葬式に帰国した夫はそのまま家を継いだ。ビジネスは、そのときに運よく売却することができた。
 サチの親は、父は百歳に近くなるがまだ元気に生きている。母も九十歳に近い。家を処分して海に近い温泉地の老人ホームに居る。恵まれている方だと思う。悲惨な戦争体験者で壮絶な苦労をしてきたから、幸福な老後の生活がなくては救われないと思う。生きていてくれてうれしいと思っているのだが、どうにかこのまま 誰もが思う、穏やかに暮らしてある日突然ポックリと逝くことが本人も周りも幸福ではないだろうか……と考えてしまう。苦しんでいる姿を見たくはない。
 順番は間違えるわけにはいかないが、ニュースで五、六十歳代の芸能人の訃報を聞くと、しらずにあっという間であった自分の六十年間の生きてきた軌跡を重ねて思う。残り時間が少ないと思う。まだ、やりたいことがなかっただろうか? ただ突っ走ってきただけで、これでいいのか? 
 息子がもう少しで独り立ちをする。その後にこそ、自分のしたいことを環境の許せる範囲で、できることならゆっくり楽しんでみたいと思う。十分に忙しく過ごしてきた人が、リタイア後に誰もが望む生き方だ。今はまだ、そういうわけにはいかない。ここでの生活とクオーレは、サチにとっては、唯一の逃げ道とオアシスだった。

 午後になって夕方の散歩を早くすませて、娘達がきていたビビの家で犬達を留守番させた。おばさん達は、その二匹のピットブルがやってくる公園へビビの車で出かけた。
「なにそれ、サチの格好は?」
 ジャッキーが笑った。
「だって、飼い主が怖っぽい人って聞いたから、私もそれっぽくしてみた。おかしい?」
「それって、大阪のおばちゃんとかっていうんでしょ?」
 ビビは以前に、日本語の勉強も兼ねて、仕事で日本に数ヶ月ほど滞在したことがある。
「違うよ。日本じゃ、柄パンやジャージに柄シャツで黒いサングラスはヤンキーなの」
「そうかな? それサチの思い込みじゃない。私が日本にいたときは、その格好は大阪のおばちゃんだった」
「それも、ビビの間違った思い込みだと思うけど……」
 サチは、ゼブラ柄のスパッツに細かい柄のTシャツで珍しくサングラスをしてきた。肩にはオレンジのトレーナーが、プロデューサー巻きにかかっている。ボブスタイルの黒髪がじゃまで、髪はアップに上げて櫛で留めた。
 ビビは運転しながら、バックミラーでサチの顔を見た。
「ずっこけてていいじゃない。それで、おばさんをなめんなよ! と言ったところで、拍子抜けだわ」
「また、お尻を蹴っ飛ばされちゃうわよ」
 ジャッキーが助手席でまた笑った。そうこう車中でのおしゃべりを楽しんでいるうちに、その郊外の寂れた公園に着いてしまった。
 公園は、住宅街の道路と道路に挟まれていた。あちら側は、樫の木が生い茂り、少し暗い雰囲気がする一本の散歩道が続く。途中から見通しがよく、こちらはクリケットの練習用ネットなどが置いてある広場である。芝が少々延びている。ブランコも錆びつき古びている。子供が遊びにくるという気配が感じられない。
 広場側の道路に、数台駐車している車と車の間に目立たないように、ビビは車を停車させた。
「しらせてくれた家の人の話だと、大体いつもこの時間に現れるらしい」
 ジャッキーが遠くの樫の木の方向の散歩道を凝視した。このところは、気温が少し肌寒くもなってきて、夕方のこの後の時間は暮れるのが早い。この公園はパッとしなくて人もあまりいない。車が公園の周りの道に停まっているのは、駐停車違反の切符が切られないので、近くに出かけるのにここに置く人が多いのだろう。時折、人が車をピックにきては乗って、過ぎ去ってしまう。
「五時半過ぎたよ。ちょっと外を歩いてみるわ。あの樫の木の並木はりっぱだねぇ。でも、枝がどれも低い位置からだから、登れそうだよ。見てみる」
「サチ、気をつけてね。登るつもりなの?」
「若い頃は、登山もしていたからね。木登りも得意だよ」
 そう言って、サチはビビのトヨタ・ランドクルーザーから降りて行ってしまった。
 今日はもう、ピットブルは散歩にこないかもしれないと、二人が思っていたときだ。黄色の大きな車が、ビビのランドクルーザーを追い越して、三台先の同じ道側に停まった。
「見て、ホールデン・ピックアップトラックよ」
「いるいる、荷台に二匹が乗ってるじゃない。間違いないよ」
「サチ、大丈夫かしら」
「ピットブルだって、ペットだから普通にしてれば人はそう襲わないよ。スイッチが入ると、闘犬の血が黙ってなくてえらいことになるけどね」
 黄色のピックアップトラックから、スキンヘッドのがっしりとした感じの大きな男が降りてきた。カーキ色のジャンパーを着ている。下は着古したストレートジーンズだった。顔は怖そうだが、サングラスをしているので顔立ちはよくわからない。
 断耳された白い大きなピットブルと、耳が短く垂れた小型の茶と白のブチ犬が、荷台から静かに飛び降りた。二匹は、シルバーに光るスパイク装飾つきの黒い首輪をしていた。ステンレスチョークチェーンもつけている。二匹は元気よく公園の広場へ、駆け出していった。
 しばらくして、サチが戻ってきた。
「それで、なにかやっつける作戦のアイディアでも思いついた?」
「まあね。でも、あのピットブルは私には吠えない。遊ぶ姿はかわいらしくも見えるよ」
「サチ、あいつらはハニーとダイアンを本当にひどい目にあわせたんだよ」
 ジャッキーは、昔の仕事では、大型犬に手こずることもあった。怪我もよくした。それで、つい手厳しい言い方になる。
「私、近寄ってきたから茶色のブチの方を、右手で頭を撫でた。普通、犬は頭を撫でられるのが苦手だったりするでしょう。だから、試してみた。飼い主が愛情を注いで訓練していたら、私の手をかまない」
 サチは、事件を起こした犬には、本当はその罪はないと思った。

 それから二日後のことだ。クオーレで、三人のおばさんは集合した。
「それじゃ、そろそろ時間だから私が先に行くね。はい、それではレッツゴー!」
 サチは、自分に気合を入れた。そして、挽いた豆のまだ芳しい香りが残っているカプチーノを飲み干した。今日のサチは、黒いトレーナーとジーンズで地味な格好だ。
「気をつけてね。サチは、幸運の女神が味方する人だから心配しないけどね」
「ジャッキー、私は、あまり失敗したときとかを考えないの。まっ、用意周到に考えるけど、最初から失敗を怖がっていたら先へ進まない。なにかやるときは自信満々にいかないと……そうでないと負けちゃうからね」
「そういうところが、サチのすごいところだと思うよ」
「ビビまで、そう言わないでよ。動物はね、アグレッシブな奴が勝つ。先手必勝」
 サチはビビとジャッキーより先に、クオーレを出ていった。
 今日の夕方のこの公園は、天気が曇り空なのでより暗い感じがする。昨夜の雨滴が木々の葉に少し残り、辺りに湿っているような雰囲気を漂わせている。その中でサチのワーゲンが、ひときわ大きな樫の木の側に停めてあった。
 道路側に近い樫の木の一つに、サチが登っていた。大木で枝がたくさんだ。そんなに高い位置ではないが、どの枝にも逃げられる。スエードの手袋をして、サチはスタンバイだ。
 しばらくすると、この間と同じ場所に停まる黄色のホールデン・ピックアップトラックが見えた。
 作日は雨で、あまり散歩ができなかったからか、今日のピットブルのコンビは大層元気だ。二匹は、荷台からジャンプして飛び降りた。スキンヘッドは、周りを伺った。犬にリードはつけていない。口笛を吹いた。スキンヘッドの、行っていい! というサインだ。
 サチに、今度はビビの大きなランドクルーザーが、少し遠くに到着するのが見えた。その後部座席に、大きな黒いグレートデンの姿がちらっと見えた。ビビは友人に頼み、このとりわけ大きい犬を連れてきた。隣には仲良しのドンも乗っている。この二匹は、むやみやたらには吠えない性質だ。軍用犬、警察犬として訓練を受けてきた経歴を持つ。犬はさすがに力強い風貌で、ダブルで威風堂々としている。
 二匹のピットブルは、公園を元気よく走り回る。こちらにきたときに、サチが唇をすぼめて小さく「ヒュー」と口笛を吹いた。風が吹いているので、少し離れているスキンヘッドには聞こえていない。 
 ピットブルの白い大きな方が、立ち止まって耳をピクッとさせてその場で回ってから、サチのいる樫の木の方へきた。この犬はあまり賢くはないようだ。その口笛を探しているようだが、枝葉の生い茂げる木の上は見えにくい。音や匂いも風のせいですぐにはわかりにくい。その犬は辺りを警戒しながら、ゆっくりと樫の木の下方にやってきた。
 今だ! と、枝の一つに隠していた剣道の竹刀を片手に持ったサチは、樫の木の枝にしっかりつかまりながら座って、その犬の頭を叩いた。犬を怒らせて、飼い主に向かわせるためである。上からなので、力は出ない。竹刀は地面に落ちた。竹刀が使い古しでよかったとサチは思った。その犬は、その竹刀にかみつき右に左に振り回し、持て余して地面に叩きつけてはまたかみつく。そこで、茶色のブチの方が駆けてくる。スキンヘッドもなにやら察して広場の方から歩いてきた。
 そのとき、別の樫の木の一つからロープにつかまり、まるで古い映画のターザンのように、勢いをつけてぶら下がって飛んでくる人間がいた。竹刀をやっつけるのに夢中になっている白い大きな犬の頭をめがけて、一発靴の先で蹴った。偶然にもその鼻に当たった。一瞬のタイミングはばっちりだった。
 白い大きな犬は驚いた後、「ウー」と唸って後ろを振り返った。そこへ、ちょうど良いあんばいにスキンヘッドがきたので、耳を後方に引き、思いっきりその腕にかみついた。突然に頭を叩かれ、その鼻も痛かったのだろう。犬は、その腹いせに飼い主をかんだ。
 茶色のブチの方が、着地して道にいた蹴った人の方へ向かっていこうとしたので、木から降りたサチが道路側に誘き寄せた。その犬は撫でてくれたサチのことを覚えていたので、サチが大きな骨をやり、その体を撫でたらしっぽを振った。そこで、ポケットに持っていたサブのリードを犬につけた。
 スキンヘッドに、「こらっ」と体を叩かれて、まずいことをしてしまったと白い大きな犬は思ったことだろう。スキンヘッドの腕からは、血が滴り落ちていた。そうすると、この闘犬の性格はたいへんなことになる。ほかに危害を与える可能性もある。
 ビビのランドクルーザーが、いつの間にか樫の木の並木側にきていた。車から降りたドンが、「ワン」と吠える。飼い主をかみ、少しばつが悪そうに見えた白い大きな犬が、そちらへ向かっていく。 
 ドンはランドクルーザーのボンネットを踏み台にして、その屋根にジャンプした。その犬もジャンプしようとするが、爪の手入れがちゃんとなされていないのと、湿った空気のせいでボンネットに体が滑ってできない。
 車の窓は半分以上は閉まっているが、中には大きなグレートデンがいる。ドンはすでに、ランドクルーザーから近い家の倉庫の高い屋根に飛び移っていた。ドンが吠える。そして、グレートデンも窓から、大きな顔を出して犬歯を見せて、鼻の上にしわをよせて睨んでいる。「ウー」と唸り声をあげて威嚇している。
 屋根の上から大きく吠えるドンと、ドンに警戒の合図を送るグレートデンに圧倒されて、そいつは少し後ろに退き、低い姿勢に頭を下げた。想定外の行動にでる。どうにもならず、八つ当たりでビビのランドクルーザーのバンパーにかみついたところで、ビビが車の中からスキンヘッドに怒鳴った。
「なにしてんのよ。これ以上、傷つけたら弁償してもらうよ。早くそのリードをつけなよ。こっちでこのアポロとドンで気を引かせてる間に早く!」
 グレートデンは、アポロという名前だ。ピットブルにバンパーをかみつかれたのは、ビビにも誤算だった。
 スキンヘッドはかまれた腕の方をかばいながら、ジャケットのポケットからリードを出して犬につけた。腕が痛いのか少し顔を歪めたが、白い犬のチョークチェーンの方につけて、リード操作で体ごと思いっきりの力をこめて素早く両手で引いた。これは、首に痛いというショック(衝撃)がかかる操作だ。我に返ったように白い大きな犬はおとなしくなった。やはり、この犬は闘犬ではなくペットだ。
「その腕を縛りなさい」
 ジャッキーが用意していた大きめの包帯とバンドを受け取り、ビビがスキンヘッドに渡した。
「あなたの犬でもそういうことが起きるということよ。その犬を飼うならば、大きな覚悟と責任が必要。突発的な攻撃性もあるということを認識して、オーナーがしっかりとルールを守る。人間として尊敬されてこそなのよ。愛情をかければ犬は忠誠心と服従心で従う」
「あなたの犬がやったハニーの治療代は、誠意を持って支払ってください」
 ジャッキーが車の中から、窓を開けて言った。
「くそっ! このやろうめ。お前らに命令されるいわれはない。消えろ! カスども」
 スキンヘッドは、余程腕が痛いのかそこを押さえてリードを持ち、二匹の犬を引っ張りながら、後ろを向いて車の停めている方へ歩いていってしまった。
「こんなんでいいの? 冗談じゃないわよ。これでは相手を懲らしめたことにならないんじゃないの?」
 スキンヘッドの横柄な態度に、ジャッキーは本気で怒っていた。
「ジャッキー、オーナーにとって、飼い犬にあそこまでかまれるのはショックなことよ。彼は、まず自分の犬の危険性ということもよくしること。扱う人のモラルが大事。それに、あのピックアップトラックのナンバープレートから照会を、ラリーにお願いしてるの」
「正しく、飼い犬に手をかまれる、だねぇ」
 そう言いながら、サチが息子とこちらにやってきた。あの樫の木の枝からロープで飛んできた人は、サチの息子だった。サチが竹刀で叩いたくらいでは、スキンヘッドに犬がかむかどうかの効果が薄い気がして協力した。
 サチの息子とアポロはなにか別の展開になったときの、心強い助っ人でもあった。ビビは犬を警察には渡したくなかった。罪は、ほかのところにある。

 ハニー
 あたしは、今とても怖い。まだまだあの恐怖から逃げられない。夜は、何日もちゃんと眠れなかったし、今も大きな怪物が襲ってくる夢を見て、泣く(鳴く)こともあるの。最初は、この公園でなんかおもしろいことが起こるのかしらって遊ぶ気持ちがあったのに……ダイアンが、あたしになにか危険をしらせたの。それが、近づいてくる白い大きな怪物で、あたしは、それからダイアンを守らなきゃ! と思って精一杯だった。あたしは、自分の体の大きさも考えずに、大きな怪物に向かっていった。戦えると思ったから。あたしはすばしっこいし、昔は狩猟犬として、獲物を追っていたこともあった。自信があったの。隙を見てその足にかみついてやると思って、頭を低くして飛び跳ねたけれど、力でやられてしまったわ。そいつに首をかみつかれてとても痛くて、大きな声で吠えまくった。そしたら、もう一匹の怪物があたしを振り回したの。あたしの頭はもうグルグルと回って、地面に叩きつけられたときは意識が遠のいていた。まだ、負けるものか! って思ってた。ぼんやりとした意識の中で、あたしはまだかみ続けていた。ダイアンの手だったなんてしらなかった。ごめんなさい。でも、ダイアンはいつだってあたしにやさしい。だから、あたしはダイアンがこの世界で一番のご主人様で大好き。これからもずっと一緒にいたいの。

 ティガとダギー
 俺らは、その昔に闘犬として作られた犬として有名だ。通称「ピットブル」。俺らは、戦いには強い。だが、自分よりも偉いと思っているご主人様には絶対服従だ。
「ダギー、最近なんだかおかしくない?」
「なにが?」
「ダギー、お前も感じているだろ? 住むところがちっとも落ち着かない。俺は、この間までいたところのはまゆうの花が大嫌いで、いらいらとした。あの匂いは嫌いだ。鼻がムズムズする。それに、今いるところだって、ボスが気を使ってるから黙ってるけど、同居しているアイツ、あの酒臭いしょぼくれたジジイ……酒が入るとなんか怒鳴るだろ? 吠えると怒る。アイツ、やっちまいたいよ。こてんぱんにしたい」
「俺はボスとティガといられれば、どこでもいいさ」
「おい、お前はその垂れ下がった耳のせいで、性格まで垂れ下がってしまったのか。呆れるねぇ。ピットは弱くっちゃあ、話にならないぜ。このところ、俺様はストレス溜まって、大暴れしたいくらいなんだ。その昔はおもしろかったぜ。俺は闘犬としてデビューするために特訓をしたことがある。一撃で、スタフィー(スタッフォードシャー・ブル・テリア)を負かしたことがある。あの感動ったら、思い出しても身震いがする。俺はいつだって強い」
「あんたは、白くて典型的クールなピットブルだろ。エジソンやルーズベルト大統領にも愛された。俺は、そこまでステータスを持っちゃいないよ。気楽なもんさ」
 ダギーはあくびをして続けて言った。
「それにしても、あのときあんたは、どうしてさ、あんなちっこい犬をやっちまったのかい?」
「俺は、色々とストレスが溜まっていらいらとしていた。公園で、やっと思いっきり走ってやろうと思ったら、癇に障る邪魔な黒くて小さい奴が吠えてきやがった。ちょっといてこます……というつもりでくわえただけだ。お前だって振り回してたじゃないか?」
「なんか、ティガ兄貴がおもしろいことをしていると思っちゃって、つい度を越しちまった。まいったな」
「だけど、過ちとはいえ、ボスをかんでしまったから困ったな。ボスはまだ帰ってこない。俺達、見捨てられたのかな? どうせ、社会のはみだし者、つまりアウトローだから平気さ」
「ティガ、俺達はコンビ。兄貴にはついて行くよ」
「ダギー、俺は信じた相手は裏切らない。体を張ってでも守る」

エピローグ

 最上級のアラビカコーヒー豆が、ブレンドされてグラインドされるリッチで優雅な香りが店内をいっぱいにする。今日のクオーレは、狭い店内にいっぱいのお客だ。
 サチとジャッキーはララに手を振り、ビビがウィンクで挨拶をして、アウトドアの席にそれぞれの犬を従えて座った。朝の散歩の後なので、今日はドンのお腹にミッキーが、お尻の方にリリーがくっついて伏せている。ドンも床に横座りでのびていた。
 ビビはいつものアイスコーヒーを、ジャッキーはカプチーノを、サチはエスプレッソをオーダーした。ここのエスプレッソもおいしい。。エスプレッソでは大切にされるゴールドのクリーミーなクレマが立ち、苦すぎず香り深くて濃い目の味だ。このクレマが生きる。
「あのスキンヘッドの男だけれど、元陸軍に勤めていたんだって。おかしなシンジケートと関係している疑いがあって退役した。あのピットブルも、闇ゲームの闘犬に使われそうだった疑いがある。そして、昔の友人の家を転々としていたらしい。たぶん、彼は自分の犬を闘犬には、今後もずっと使いたくなかったのじゃないかしら。でも、犬には飼い主の不安定な心が伝わるんだよね。深層情動といって、人も動物も、ある行動に突如駆り立てられる強い感情の動きは、満たされないところにストレスが出ているというらしい。住むところも定まらず、あのピットブルは、不安と飼い主への大きな不信感があったんじゃない。ラリーが、あのスキンへッドは軍でも問題が多くて、昔から警察にマークされていて、今も事情徴収で呼び出されていると言ってた。ピットブルがどうしているかは、私が一番に気になるけれどね。ラリーのことだから悪い方法はとっていないと思うけど」
「そういえば、あの樫の木の公園の向こうのストリート名は、ミリタリーロードだよ。先は陸軍の官舎。樫の木は生きるパワーを持つ木、花は強い道徳心と言われている」
 ジャッキーが頷きながら言った。
「人は道徳心を持って強く生きていく……か。今までの事件も、人の感情のコントロールは複雑だね。犬には事情なんかわからないものね。でも、私はいつもミッキーに話しかけているよ」
 サチは、口に運ぶ白い小さいカップの、エスプレッソ表面のゴールドが目に眩しかった。
「犬は素直よ。心で話しかけて、目を見てわかるのよ。不思議な力だと思う。犬になめられないように……尊敬されないとね。ところでこの間は、サチの息子も大活躍だったね」
「うん、そうね。息子がくるのを、ぎりぎりまで言わないでごめんなさい」
 ビビがアイスコーヒーを飲みながら、手を伸ばしてドンの背中を撫でた。
「サチはいつもそうだから。でもなにかやるだろうなと思ってた。でも、心配だったよ。あの時にタイミングが悪ければ飼い主でなくて、犬がサチの方に向かっていくと思った」
「あの息子でも役に立ったわ。コーヒーを家で淹れてくれるのは、下手くそだけれどね」
「家でコーヒーを淹れてくれるなんて、羨ましいよ」
 ジャッキーが、そう言いながらカプチーノにシナモンをかけた。コーヒーの層は、三つ、それにスパイスを足す。バランスよく三つのハーモニー……複雑に絡み合う。
「それがね。コーヒーマシンのメーカーがサンビームで……あれっ、これはどこかで聞いた名前だね。そのマシンで淹れてもへたくそなんだよね。三層にわかれない」
「それって、クレマ、ボディに底がハートとかっていうんだよね。タンピングとかいう挽いた豆を押す技術が難しいって聞くよ。ララに聞いてみたら? 家庭とは違うけれど、コツはしってるよ。なにしろ達人だからね」
「愛犬もコーヒーも、丹誠を込める。正しい方法で接しないとだめだね」
 ジャッキーは、そう言ってカプチーノを飲み干した。ジャッキーは、またグルーマーとして他店で、マイペースに少しずつ仕事をしてみようと思いはじめていた。
「なにも難しいことはないよ。人の気持ちが動物にも左右する。伝わるから自分がいい気持ちでいつも相手に接すること。お互いが立場を理解し、信頼する。月並みな言い方だけど、あとは素直にラブ(愛情)だよね」と言うビビの隣で、「コーヒーもね。ハーモニー! 気持ちがいい加減じゃおいしくないよ。思いやりだね」サチが、そう言った。
 サチは後日、ララにおいしい作り方の極意を聞こうと思った。いや、コーヒーをたてる心……かもしれない。クオーレとはイタリア語で、「心」を意味する。
 生きている間には、思いがけないことが度々起こる。どうせ、人生は思い通りになんかならないのだ。一切皆苦だ。だから、真っ直ぐに行けるものならそう歩みたい。曲がっても、間違っても道をまた戻して真っ直ぐに……。どこかで曲がって落ちてしまう方が、案外楽なのかもしれないが、それでも「樫の木」のように、空に顔を上げて生きていきたいとサチは思う。
 ビビは明日、バリーに会いに行こうと決めた。先のことはわからない。今日も一日が無事に過ぎた。それで十分なのかもしれないと思う。

(了)

おばさんと犬とコーヒーに乾杯

おばさんと犬とコーヒーに乾杯

元空港税関職員だったビビは、元警察犬だったが怪我をして退役犬となったドンというシェパードと暮らしている。ジャッキーは犬のサロンを経営していたが辞職し、リタイアはまだ早いと思いつつリリーというジャックラッセルと家にいる。サチは、日本レストランを家族経営していたが辞めて、親の介護のために日本へ帰ることも多い。ここでは、オーストラリアン・テリアのミッキーと大学生の息子とアパート暮らしだ。この三人と三匹が、散歩での事件解決に大活躍をする。また、ものがたりにおばさん達のそれぞれの悩みや複雑な感情も織り込まれている。 純粋な心の犬達と、おいしいコーヒーには、かんじんかなめの共通点がある。登場する悩む人間の深層情動に、事件を起こしてしまうなにか……がある。犬が口を利けたなら人にどう伝えてくれるだろう? そんなことを考えながら、この町での実話を基に書いた。カフェのクオーレという意味は、心である。

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. プロローグ
  2. シグナル 1
  3. シグナル 2
  4. シグナル 3
  5. エピローグ