旧作(2016年完)本編TOKIの世界書三部「ゆめみ時…最終話」(芸術神編)
ライ編最終話スタートです。
TOKIの世界。
壱‥‥現世。いま生きている世界。
弐‥‥夢、妄想、想像、霊魂の世界。
参‥‥過去の世界。
肆‥‥未来の世界。
伍‥‥謎
陸‥‥現世である壱と反転した世界。
夜の来ないもの達
白い花畑を円形に囲むように木々が覆い茂っていた。ここは夢、幻、霊魂の世界である弐の世界。その弐の世界の内部に時神達が生活している世界があった。
この白い花畑の世界は時神達の世界だ。白い花畑の真ん中に少し広めの一軒家が建っていた。
銀の髪に青い着物、黒い袴を着ている時神過去神、更夜は眼鏡をかけなおすと白い花畑を囲むように生えている木々に隠れ、辺りを窺っていた。自分達が住んでいた一軒家を遠目でじっと観察する。
「気配を感じないな……。静かすぎる……。スズ、何か感じるか?」
更夜は自分の後ろにいる黒髪の少女、時神現代神スズに目を向けた。
「……何も感じないね。」
スズは静かにそう答えた。スズのさらに後ろには金髪のかわいらしい少女、絵括神ライと時神未来神である少年顔のトケイ、そして更夜の妹憐夜がいた。
金髪の少女ライは気を失っている妹、音括神セイを抱きながら不安そうな表情を向けていた。
「千夜さんと逢夜さんは大丈夫なのでしょうか……。」
「お姉様、お兄様がそう簡単にやられるとは思えないが……。術の感じもなく、不自然な風の動きもない。戦いは終わっているようだ。」
ライの言葉に更夜は分析しながら答えた。後ろにいたトケイはライと更夜の会話に首を傾げた。
「ね、ねえ……なんで僕達の……時神の世界で戦いが起こったの?ん?」
この状況を何一つ把握していなかったのが時神未来神トケイである。トケイは先程まで夢、幻であるこの弐の世界で暴れまわっていたセイのせいで鎮圧システムが作動し、感情を失っていた。
今、セイは元の状態に戻り気を失っている。セイの状態が元に戻った事によりトケイの鎮圧システムとやらも何事もなかったかのように消えた。元のトケイに戻ったがシステムが作動していた間、彼は何をしていたのか思い出せなかった。
スズは首を傾げているトケイに簡単に説明をした。
「うーん。それがねぇ……。いろんな事がありすぎて説明が難しいんだけど、……才蔵と半蔵は知っているわよね?」
「うん。ライと一緒に捕まった時に半蔵にいいようにやられたよ……。」
トケイは少し前の記憶を呼び戻し、ため息をついた。
「なるほどね。そこの記憶はあるわけね。で、その才蔵と半蔵がわたし達の世界に襲ってきてね……更夜のお兄さん、お姉さんに抑えてもらってたの。」
「そ、それは大変だよ!今すぐ助けないと!」
スズの言葉にトケイは慌てて飛び出そうとした。
「ちょっと待ちなさいってば!その助力のために来たのは間違いないけど、少し様子を見なさいよ!」
スズがトケイの服を掴み、元の場所に連れ戻した。
「う、うん。」
トケイは素直に頷き、動きを止めた。
「……とりあえず、俺が先に行って様子を見てくる。あなた達はここにいなさい。……トケイは女達を守っていてくれ。」
「うん!」
トケイは元気よく返事をした。トケイの返事を聞き、更夜は軽く頷くと林から飛び出していった。
更夜が男の中で唯一信頼しているのがトケイだった。素直で人間ではあまりみない深い優しさがある。トケイの優しさには人間が持つ自己満足の優しさは含まれていない。
単純に他者を心配するだけの曇りのない優しさが信頼されるきっかけとなった。
更夜は白い花畑を走りながら自分達が住んでいる一軒家を目指した。
二話
「……更夜か。」
家の前まで来たとき、更夜の姉、千夜の声が聞こえた。
「お姉様……そうです。」
更夜は姿が見えない千夜にそう答えた。
「勝手に家に上がらせてもらっている。逢夜は中にいる。」
再び、千夜の声がし、更夜はゆっくりと後ろを振り返った。更夜の視界に子供くらいの身長の女が鋭い目でこちらを見ているのが見えた。癖のある銀の髪が風でわずかに揺れていた。
「ご無事でしたか。」
「ああ。問題はない。しかし、事態が少し複雑になってしまった。お前の連れを呼んで来い。中で話す。」
「はい。」
更夜は千夜に素直に答えるとその他、何も聞かずにライ達がいる林へと走って行った。
「おかえり。どうだった?」
真っ先にスズが更夜に声をかけてきた。
「ああ。兄と姉は無事のようだ。だが何かあったようなのでこれから話を聞きに行く。あなた達も来なさい。」
「わ、わかった。」
スズが代表で返事をした。ライと憐夜は状況を見ながら頷き、トケイはまっすぐ更夜を見つめていた。
「ライ、セイは俺が抱えよう。あなたの細い腕では彼女を抱いて歩くことはできないだろう。」
更夜はライに近づき、セイを抱きかかえた。
「あ、ありがとうございます。更夜様。」
ライは自分も抱きかかえてほしいという欲望が沸いたが頭を振って消しながら更夜にお礼を言った。
ふとその隣で憐夜が不安げな顔を更夜に向けていた。
「どうした?憐夜。」
更夜が誰よりも優しく憐夜に声をかける。
「た、たいした事ではないのですが……お兄様とお姉様に会うのが怖くて……。」
憐夜はわずかに震えていた。
更夜はため息をつき、憐夜をそっと見つめた。
「それはわかる。俺達は未だに望月家の規律に縛られている。俺も怖い。兄と姉は今でも俺を恐怖に叩き落している存在だ。……だが兄も姉も俺達以上に凄惨な目に合っている。あの二人は俺達のために罪を被り度々父からの拷問を受けていたようだ。規律を破れば殺されるから規律を破らずに俺達を守ってくれた。規律さえなければ優しいお方達だ。」
「ですが……怖いです。私は逢夜お兄様が一番怖い。」
憐夜は頭を両手で抑えうずくまった。色々思い出してしまったのだろう。何気なくここまでついてきてしまったため、不安を更夜に言うのをためらっていたようにも見えた。
「……お前はお姉様よりもお兄様のが怖いのか。俺には容赦はなかったがお前にはかなり手加減をしていたみたいだったぞ。……残念ながらお前をここに放置しておくこともできないのだ。才蔵と半蔵がどこにいるのかがわからんからお前が危機にさらされる可能性が高い。」
更夜が顔を曇らせているとトケイが更夜の横をすり抜けて憐夜の元まで歩いていた。
「と、トケイさん?」
憐夜はトケイを見つめ、顔をわずかに紅潮させた。
「ねえ?大丈夫?何があったかよくわからないけど怖いんだね。僕が手をつないでてあげようか?」
トケイは心配そうな声を発しながら憐夜に近寄った。
「……。」
「ああ、ごめんね。僕、表情をうまく作れないんだ。でも君を心配している。すごくつらそうなんだもん。」
トケイは無表情であったが声に感情がこもっていた。トケイが表情を作れないのは昔からであった。まるでロボットのように動く男の子。壱(現世)に住む時神達が関わる事件でしばらく彼は感情を無くしていた。
この話はまた別の話なのでここでは省く。
そのせいで感情が戻った時、表情を作ることが困難になってしまったようだ。
「……。」
憐夜は別にトケイを警戒していたわけではない。憐夜は少し前にトケイに一目ぼれをしてしまい、真面目に顔を見られなくなっただけだった。
「憐夜ちゃん……僕の事は嫌いなのかな?」
トケイは近くにいたスズに不安げな声で問う。
「違う。違う。もっと強引に手を握りなさい。」
スズは不安げなトケイの背中を乱暴に押した。
「うわっとと。ほんとに大丈夫かなあ……。」
トケイは憐夜の顔色を窺いながら再び近づいた。
「憐夜ちゃん、僕が守ってあげる!だから怖くないよ!」
トケイはスズの言葉通り、憐夜の手を強引に握ってみた。憐夜は顔をさらに赤くしただけで特に拒んだりはしなかった。
それを見た更夜は納得の色を見せ、トケイに一言言った。
「憐夜をよろしく頼む。」
「え?う、うん。僕が憐夜ちゃんを守るね。」
トケイの言葉に満足げに頷いた更夜は再び憐夜に目線を合わせた。
「俺もお前を守ってやるがトケイもお前を守ってくれるそうだ。トケイにも遠慮せずに甘えるといい。スズもお前を守ってくれるはずだ。お前は色々な人にもう甘えていいんだ。兄と姉が怖ければ隣の部屋でトケイと遊んでてもいい。」
「……はい。でも皆さんがそう言ってくださるなら頑張ってみようと思います。」
憐夜は小さい声で更夜に返事をした。
「憐夜、トケイにだっこしてもらいなよ。」
スズが憐夜に意地悪な笑みを向けた。
「そんなっ……子供みたいな……。」
「いいよ。僕は意外に力あるし。」
トケイは憐夜に対してはすぐに行動に移せた。戸惑う憐夜をそっと抱きかかえる。
「あ、あのっ……こんな子供みたいな事……ダメです。やだ……近い……ダメ……。」
憐夜はそわそわと落ち着きがなくなったがトケイを拒んではなかった。
「憐夜ってば本当にウブなんだね。トケイもウブだからちょうどいいと言えばいいかもね。」
スズはふふんと不敵に笑うとライに「いこっか!」と声をかけ、歩き出した。
「お前が言うな。お前が……。」
更夜は呆れた顔を向けるとセイを抱え歩き出した。
ライも軽くほほ笑むと後に続いた。
白い花畑の中をライ達は歩き出した。セイを抱いた更夜が先頭を歩き、次に憐夜を抱いたトケイが続く。その後ろをライとスズが歩いていた。
傍から見ると奇妙な集団に見え、とても目立っていた。しかし、どうしようもないのでそのまま歩いた。しばらくゆっくりと歩き、ライ達は白い花畑の真ん中にある一軒家にたどり着いた。
「連れてまいりました。」
更夜は裏の障子戸から中に向かって小さく声をかけた。
「入れ。」
すぐに千夜の声がし、人が通れる分だけ障子戸が開いた。
ライ達は一人ずつ部屋の中に入った。部屋の中には更夜とよく似ている男、逢夜と見知らぬ女が座っていた。女は黙ったまま、更夜達を見つめていた。
「……?」
更夜は少し警戒の色を見せたが千夜の目配せで近くに座った。セイを横に寝かせる。
隣にトケイが腰を下ろした。憐夜はトケイの後ろに隠れ、震える手でトケイの肩に手を置いていた。トケイのさらに横にスズとライが腰を落ち着けた。
「で?そこの寝てんのはセイだな。何とかなったのか?」
銀髪にハチガネをつけている鋭い目の男、逢夜はやや荒っぽく更夜に尋ねた。
「はい。お兄様。セイは元の状態に戻りました。」
更夜は逢夜に頭を下げると冷静に答えた。
「そりゃあ良かったぜ。」
逢夜が軽く笑った。逢夜を横目で見ながら千夜が更夜に質問をした。
「セカイは一緒ではないのか?」
「はい。途中でいなくなりました。」
更夜の答えに千夜は「そうか。」とつぶやいた。そこから千夜が何かを話し始めようとした時、逢夜が声を発した。
「なあ、お前、なんでケガが治ってんだ?ボロボロだったじゃねぇか。」
逢夜が笑みを浮かべながら更夜をなめるように見つめた。
「はい。陸ろくの世界の弐にに行きましたら傷が治っておりました。不可解でございます。」
「はあ?確かに全然わかんねぇなあ……。魂って不思議なもんだぜ。まったく。」
静かに答えた更夜に逢夜はやや大げさにため息をついた。
「逢夜、話を中断させられたのだが……私から話を進めても良いか?」
千夜の鋭い視線に逢夜の肩がびくっと上がり、一瞬怯えた表情を浮かべた。
「は、はい。お姉様。中断させてしまい申し訳ありません。お話をお続け下さい。」
逢夜は丁寧に千夜に頭を下げた。逢夜は千夜が何かを話そうとした時に話を被せてしまった。逢夜の頬に汗がつたった。
それを見た憐夜の震えとトケイの肩に置いている手の力が強くなる。憐夜はこういう少しの事でも懲罰が飛ぶ凍夜望月家が心底怖かった。トケイは憐夜の体の震えに気が付き、憐夜の肩をそっと抱いてやっていた。
「逢夜、顔を上げろ。もうよい。話を続ける。」
罰があると思ったのだが千夜は何もしなかった。
「お姉様……。申し訳ありません。」
「よい。」
千夜は逢夜の頭を軽くポンと叩いただけだった。
まだまだ普通の兄弟にはほど遠いが四姉弟は変わりつつあった。
それを見た憐夜は不思議そうな顔をしていたが特に何も言わなかった。
「話を続ける。お前達はそこの女が何者か気になるだろう。それを説明する。」
千夜は獣耳の羽織とパンツ一枚の女を一瞥した。女はやたらと長い前歯を覗かせたまま、黙って座っていた。
「はい。お願いします。」
代表で更夜が千夜に返事をした。
更夜の返事に頷いた千夜は説明をはじめた。
三話
「この女は元Kの使いとの事だ。更夜の日記とやらも読ませてもらった。Kの使いは人形やらネズミといった者達だと書いてあった。この女はネズミだ。」
「元……Kの使い……で……ネズミ……?」
スズは動揺しながら恐る恐る声を上げた。その横でライはこの外見をどこかで見たことがあったのを思い出していた。
それは少し前だ。太陽神サキとライの姉、マイが関わる事件が起こり、その時に弐の世界でサキ達を運んでいた者達をライは見ていた。
よく見ると運んでいた者達の外見が目の前にいる女と同じような感じだった。獣の耳がついており、顔には動物の髭が生えておりパッと見て人型をしているが足の指などがよく見ると少しおかしい。
人物画も心得ているライにとってこれは奇妙な人型だった。どこかの骨格構造が想像物になってしまっているような気がする。
「そうよ~ん!私はさふぁ。ハムスターよ~ん。でさぁ……言いたいんだけど……。」
奇妙な女、さふぁは説明しようとした千夜を丸無視し、勝手に話し始めた。
千夜はため息をつくとさふぁに話を譲った。
「実はねーん、Kのお手伝いを頼みたいのーん。なんかねー、そこの女の子に壊された平敦盛を探してるんだけど~、見つからないんだって~ん。」
さふぁはライの前で寝かされているセイを困った顔で見つめながら語った。
「敦盛さん……。」
ライは目を伏せた。なんとかしなければと思っていた。妹のセイが起こした事は許される行為じゃなかった。
「と、いう事でね~ん。平敦盛を探してほしいのよ~ん。それと……。」
さふぁはそこでいったん言葉を切り、ライ達を睨みつけ、再び口を開いた。
「……Kの手伝いをするにあたってKの事を調べたりしないでね~。」
「……それほどまでにKは存在を隠したいのか?」
さふぁの発言に更夜は疑問を口にした。
「私にはよくわからないんだけどさ~ん。霊達が知ってもどうにもならないから、知らない方がいい~ってKが言ってたからさ~ん。」
「それはお前が『沢山いる』と答えたKの内のどのKだ?」
逢夜が鋭くさふぁに質問をした。
「うーん……。難しくて言えないよ~ん……。」
さふぁは苦笑いで逢夜を仰いだ。
「難しくて言えないとはどういう事だよ?」
逢夜はさらに質問を重ねる。
「……伍の世界のご主人であり弐の世界のご主人であり結界のご主人でもあるって事だよ~ん……。私もよくわからないんだよ~ん……。」
「なるほど……確かにわからねぇな……。何を言ってんだかさっぱりだぜ。」
逢夜はさふぁの顔色を窺ってみた所、さふぁは本当によくわかっていないようだった。
それを見た逢夜はそこからKについて聞くことをやめた。
だが、いずれ暴いてやろうとは思っていた。逢夜の話が切れたところで千夜が再び声を出した。
「話を変えるぞ。その敦盛とやらはどうやって探せばいいのだ?」
「どこかの世界にいると思うからさ~ん、それを連れて来てほしいんだよね~ん。」
千夜の質問にさふぁはてきとうに答えた。
「そういやあ、セイの笛が平敦盛の笛なんじゃなかったのか?それ使ってなんかできねぇか?」
逢夜が閃いた顔でさふぁに言葉を発した。
「うーん……。なんかその笛さ~ん、データが再構築されちゃっているみたいなんだよね~ん。まあ、歴史は持っているから導いてくれるかもしれないけどさ~ん。」
さふぁはセイが大事に抱えている笛に目を向け、ため息をついた。
「あ、あの……。」
ふとライが声を上げた。
「何さ~ん。」
「魂の色さえわかればなんとかなるかもしれません……。」
「そうだわ!ライにはその謎の能力があった!」
怯えながら話すライにスズは元気よく口を開いた。
「ライはね、思い入れのあるものの魂の色が見えるのよ!」
「あ、あの……で、でもね。スズちゃん。絵以外のものをやったことがないからできないかもしれない。」
「そ、そうなの?」
自信なさそうなライの表情にスズの顔も曇った。
「私が言いたいのはそこじゃなくてね。もしかするとセイちゃんならわかるかもしれないと思ったからで……。ええと……セイちゃんはたぶん、音楽で魂の色が見えるんだと思う。だから楽器でもたぶんわかる。」
「なるほど。セイがわかるかもしれないとね。セイが起きるまでとりあえず待ってみるって事ね。」
「ダメかな……。」
ライはスズに小さく頷いた。
「確かにな。やみくもに探すよりもそちらの方が良さそうだ。」
いままでずっと話を聞いていた更夜はライの発言に同意した。
ライは更夜達が当たり前のように手伝ってくれていることに罪悪感と感謝の念が心で渦巻いていた。
「みなさん……セイちゃんのためにここまでしてくださって本当にありがとうございます……。私ひとりじゃ今もセイちゃんを救えていなかったと思います……。セイちゃんの迷惑で弐の世界も壊してしまって申し訳ありません……。」
ライは涙声になりながらも更夜達に深く頭を下げた。姉として頭は下げなければならないと思った。
本当は身内で解決しなければならない問題だったのだがそれが大きくなってしまい、助けを借りざる得なくなってしまった。何の見返りもないにも関わらず更夜もスズもトケイも真剣にライに力を貸してくれた。
心からこの時神達に出会えてよかったと思った。
「ライちゃん、まだ終わってないんだから泣かないの!いいよ。今度はセイにも手伝ってもらおう?」
スズが優しくライの背中を撫でる。
「ありがとう……スズちゃん……。」
「僕はほとんど何もやってなかったから今から頑張るよ!セイを助けられてよかったね。」
涙ぐんでいるライにトケイも声をかけていた。
「ありがとう。トケイさん……。セイちゃんが壊した世界をもとに戻すところまでよろしくお願いします……。」
「うん!もちろん。」
トケイは表情を作ることができず、無表情だったが元気に声を上げた。
それを一瞥し、千夜が立ち上がった。
「では、私と逢夜は他に敵襲が来ないように外で見張りをしている。」
千夜が小さく言葉を発した。
「千夜さん……ありがとうございます。」
「問題はない。ライが憐夜と私達を結んでくれた。憐夜から生み出されたあなたを私達は放っておけなかっただけだ。」
千夜はライに一言そういうと足音もなく歩き出し、障子戸を開けて外へと去って行った。
「じゃ、俺も外にいっからよ。」
千夜が去ってから逢夜も立ち上がった。
「逢夜さん、ありがとうございます。」
ライは立ち上がった逢夜に慌てて礼を言った。
「……別にお前のためじゃねぇ。俺が動いた理由は出来の良すぎた弟が心配だったのと渦中にいつも入りたがるお姉様を守るためだ。まあ、憐夜に近いものを感じて助けちまったのも一つだがな……。」
逢夜は軽く笑うと千夜の後を追い、足音無く去って行った。
ライが頭を下げる中、憐夜はじっと逢夜の背中を見つめていた。
四話
しばらく静寂な時間が流れた。トケイと憐夜が絵を描いて遊びはじめ、スズは横になりながら少女漫画であるクッキングカラーを読んでいた。まだセイは目覚めない。
ライと更夜は壁に背をつけるように座り、セイを見ていた。
セイはトケイの攻撃によってケガを負っていたはずだが今はきれいさっぱり治っている。
「セイちゃん……起きませんね……。」
ライはセイが大事に抱えている金色の笛に目をそっとむけた。セイが厄神に落ちていた時、笛は平敦盛が持っていた古い笛になっていた。
おそらく、セイが持っている笛はライの筆と同じく霊的なものでホログラムのように実態がなく簡単に姿を変えてしまうらしい。完璧に実態がないわけではない。存在はしているため、セイを見る事ができる人間ならば笛を触る事もできた。
「Kの使いとか言っていたあの人形……セカイは大丈夫だと言っていた。じきに目覚めるだろう。再構築とやらの反動が起きているのかもしれない。」
更夜はライにそっとささやいた。
「そ、そうですよね……。セイちゃんは本当はいい子なんです。まじめで礼儀正しくて……。」
「知っている。一緒に記憶を見ただろう。それに俺にはあの記憶だけじゃなく、ほかの出来事も見えている。」
「……?」
ライが首を傾げたので更夜は続けた。
「わからんか?俺はこの世界の時神過去神なんだぞ。過去見をすれば過去も見える。それが過去神の特殊技だ。」
「そ、そうなんですか?」
ライの問いかけに更夜は「ああ。」と小さく返事をした。
そんな会話をしている時、ぴくんとセイの眉が動いた。ライはすぐにセイのそばによった。
「セイちゃん!」
何度か名前を呼んだ時、セイの目がうっすらとあいた。
「……お、お姉様?」
セイはぼうっとした顔でライの顔を眺めていた。セイは自分がなぜここにいるのか、いままで何をしていたのかまだわかっていなかった。目はうつろでただライを見つめている。
セイが目覚めた事に気が付いたトケイ、憐夜、スズもセイのそばに寄ってきた。
「あなた達は誰ですか?……あれ?」
セイは回転しない頭でスズ達を見上げた。
「あんたのお姉ちゃんと一緒にあんたを助けた人達だよ。」
スズはセイの顔を覗き込みながらそう答えた。
「私を助けた……?……私は人を助けた方だったはずなのに……。」
セイは困惑していた。記憶が定着しておらず、あいまいのようだった。
「セイちゃん!セイちゃんは厄神に落ちちゃう所だったの!お姉ちゃん、心配したんだよ!」
ライはセイを抱きしめながら目に涙を浮かべた。
「お……お姉様……。ごめんなさい……。私が厄神……。そうです……思い出しました。私、人を呪っていました……。人の心に失望し人間が嫌いになった神に生きる場所なんてないって思って……それから……記憶がありません……。」
「セイちゃん……。確かに神は人の感情で生まれるから人が嫌いになってしまったら存在理由がなくなっちゃうかもしれないね……。でもセイちゃんは私の妹だから……。」
「お姉様……。」
セイは切ない顔をしながらライを見つめていた。
「セイちゃん自身が消えないように……お姉ちゃん達のためにずっと人間を信じ続けてほしい。それが私の願いだよ……。セイちゃん。」
「……申し訳ありません。頑張って努力しますが最初に消えるのはやはり私かもしれません……。」
「じゃあ人間のいいところを今度探しに行こう!そうすればきっと頑張れるよ。」
「……はい。」
ライはセイに向かいほほ笑んだ。セイはライの背に手を回し小さく嗚咽を漏らしながら泣いた。
セイの頭をライは優しく撫でていた。
その様子を眺めながらさふぁが呆れた顔でセイを見据えていた。
「……あのさ~ん。大変心苦しいんだけどさ~ん。」
「……?」
ライ達の目がいっきにさふぁに向いた。
「セイ、あんたのせいでさ~ん、平敦盛って人の世界が壊れちゃったんだよ~ん。何とかしてくれないかな~?」
さふぁはセイに面倒くさそうに要求を話した。さふぁはセイの行動が迷惑だったと思っているようだった。
「敦盛さん!笛を返したところまでは覚えているのですが……。私が敦盛さんの世界を壊した……。それは本当ですか!あっ!のっ、ノノカは……ノノカは大丈夫ですか!」
セイは怯えに似た表情を浮かべ、叫んだ。唐突に様々な記憶がセイを駆け巡った。
「セイちゃん、落ち着いて!」
ライはセイをなだめた。その横でスズがセイに声をかける。
「大丈夫だよ。ノノカもタカトもショウゴも……。タカトとショウゴは後悔を抱えたノノカの心の中でノノカを守っていくって言ってたわよ。」
「……私が介入しなければ……タカトもショウゴも死ななかった……。私のせいで……。」
セイは顔を手で覆い、震えていた。
「あのさ、過ぎたことをくよくよ悩んでてもしょうがないんだよ。あんたが今、やんないとなんないのは敦盛って人の魂を探すこと。あんたが壊したんだからあんたが元に戻さないとダメ。やる事があるんだから悩んでもしょうがないって。」
スズはセイの肩に手を置き、セイに諭すように言葉を発した。
「……。」
「あんたの力が必要みたいなのよ。わたし達も協力するから先に落ち込まないで。」
「……。そ、そうですよね……。私は敦盛さんの世界を元に戻さないといけない使命があります。私がいくら後悔してもこの事態は変わりませんね……。」
スズの言葉にセイは涙をぬぐうと頷いた。
「そうそう。それでね、今、話してたんだけど、あんたの笛で平敦盛がいる場所がわからないかなって思ってね。」
スズはセイの様子を窺いながら先程の話をセイにもした。
「私の笛で……。できるかもしれません!やってみます!」
セイは真面目に頷くとさっそく行動に移した。
「ほんと、きっちりかっちり真面目な妹だね。セイは。」
スズは隣で大人しく会話を見守っていたライにそっとささやいた。
「そうなの。セイちゃんはいつも真面目でまっすぐ。だからあの時、壊れてしまったのかもしれないわ。」
ライはスズにそう答えるとさっそく敦盛を探し始めたセイをじっと見つめた。
トケイと憐夜は固唾を飲みながら状況を静かに見守っていた。セイは自分に注がれる視線を緊張した面持ちで受け止めながら目を閉じ、笛を額にそっと当てた。
「はっ!」
セイはすぐに目を見開いた。笛が敦盛の笛なだけあり、何かを感じ取ったようだった。
「セイちゃん?」
ライが心配そうにセイを窺う。セイは大きな目をさらに大きくしてライを仰いだ。
「お姉様、敦盛さんがいる場所が……すぐにわかりました……。」
セイは自分でもこんなに早くわかるものだとは思っていなかったので声が若干震えていた。
「え?なんだかよくわからないけど早い!」
トケイがかろうじて驚きの声を上げていた。ほかの面々も驚いていた。かなり時間のかかることだと思っていたからだ。
「本当に大丈夫なのか?」
更夜も心配そうにセイを見つめた。
「はい……。たぶん。」
セイは自信なさそうに言ったが表情は確信を持っていた。
「そうか。ではさっそく行動に移そう。才蔵と半蔵に気をつけねばな。」
更夜はほかの面々を一通り見回すと逢夜と千夜を呼んだ。
五話
逢夜と千夜はわずかに発した更夜の声で素早く現れた。すぐに現れた逢夜と千夜にスズは驚きと怯えの色を見せた。
「ええっ……。今ので聞こえたの?……地獄耳。」
「お嬢ちゃん、こんなもんだぜ。」
逢夜は驚いているスズを嘲笑し、更夜に目線を向ける。
「いままでの会話はすべて聞いているぜ。しかし、神ってすげーなあ。見つけるのがはえーのなんのって。で?どーすんだよ。」
逢夜の問いかけに更夜は考えた計画を静かに話し始めた。
「はい。私が考えた事でありますが場所の特定ができるセイを運ぶトケイ、セイの姉であるライ、そして私とスズとでとりあえず敦盛を追います。
そこのネズミも連れていきます。もし、才蔵と半蔵が襲ってくるならば敦盛に接近する組を狙ってくるでしょう。
それを含めて考えますと憐夜はこの世界に置いておかねばならずその憐夜を守るのは手負いのお兄様とお姉様、という形が一番良いかと思われます。憐夜はKの事について少し知っているようなので才蔵と半蔵が襲ってくる可能性があります。
我々の組と分散させれば憐夜よりも我々を尾行しに来る方が確率的には高いと踏みました。」
更夜の言葉に千夜は深く頷いた。
「ふむ。確かに何かが起きた時、手負いの私と逢夜では足を引っ張りかねないな。襲ってくる確率が少ない形で憐夜を守っている方が安全かもしれん。憐夜にとってもな。」
「ただし、憐夜が嫌がるかもしれねぇぜ……。」
逢夜はトケイにすがるように身を寄せている憐夜を一瞥し、ため息をついた。
「すまないが憐夜……、すぐに戻るからお兄様とお姉様とも仲良くしてみなさい。大丈夫だ。お兄様もお姉様も昔とは違う。」
「お兄様……。」
憐夜は不安げな顔で更夜を見つめていた。
憐夜があまりにも怯えた表情をしているのでトケイも見かねて憐夜に一言言った。
「憐夜ちゃん。僕が戻ってきたらおいしいお菓子作ってあげるよ。だから、それを楽しみにここで待っていてほしいんだ。」
「トケイさん……。」
憐夜はトケイをそっと仰いだ。
「本当は一緒にいてあげたいんだけど、話を聞く限り、危険が及ぶかもしれないし、何より僕は現世にいる神の……えっとライとセイをセイが導く世界に連れて行かないといけない。だから……たぶんちょっとの間だけ憐夜ちゃんにはここで待っててほしんだ。」
トケイの言葉に憐夜は目を潤ませ、下を向いた。
「……俺達と仲良くしてくれるのは無理か?憐夜……。」
逢夜が憐夜の様子を見、切なげにつぶやいた。
「……逢夜お兄様……私はお兄様を許せません……。す、少しでも近づいたら……た、戦います……。」
憐夜は懐から小刀を出すと震えながら剣先を逢夜に向けた。
「憐夜……やめなよ!危ないよ……。」
トケイが慌てて憐夜のそばに駆け寄る。憐夜の顔は恐怖で埋め尽くされていた。目の前にいる敵を殺す目をしているが憐夜自身が相手に怯えていた。
「わ、私は……お兄様に沢山傷つけられた……。だ、だからっ……。」
「だから俺を殺したいのか?だったら俺ァ、お前に殺されてもいいぜ。ただし、ここは霊魂の世界だ。俺は何回殺されれば完全に消滅するのかわかんないぜ。」
逢夜はやや強引に憐夜の方に歩き出した。
「来ないで!来ないでください!来ないでよォ!」
色々な事が憐夜の頭を駆け巡り、絞り出すような声で憐夜は逢夜に叫んだ。
しかし、逢夜は立ち止まらず、ゆっくり憐夜に近づいていく。
「いやっ!やめて!来ないで!トケイさん!助けて!あの人を殺して!今すぐに……お願い!」
憐夜は恐怖心とその場から逃げたい一心で自分の兄、逢夜に酷い言葉をかけた。
「憐夜ちゃん、僕はそんな事できないよ。あの人、すごく悲しい顔してるんだもん……。辛そうに見える。」
トケイはこちらにゆっくりと近づいてくる逢夜を見、せつなげに声を発した。
「いや……いやだァ……。」
憐夜はすがるようにトケイに抱き着いた。トケイは震えている憐夜をそっと抱きしめると小刀を奪い取った。
「これは危ないからここに置いておくね。」
トケイは憐夜の頭をそっと撫でると小刀を横に置いた。
逢夜は憐夜のそばまでもうすでに来ており、トケイにすがっている憐夜の前にしゃがみこんだ。
憐夜は怖くて逢夜の顔を見る事ができず、トケイの胸に顔をうずめて泣いていた。
「……憐夜……。俺は何もしない。お前にその刀で刺されようが何もしないぜ。今、その小刀で俺を殺してもいい。俺はもう後悔しないからな。」
逢夜の言葉に千夜、更夜、ライ、スズは息を飲んだ。逢夜と憐夜の会話には誰一人割り込む者はいなかった。ただ、一同は憐夜のその先の行動を見守っているだけだった。
「……できません……。できるわけ……ないじゃないですか。」
しばらく間が空き、憐夜が小さく声を上げた。
「……そうだ。お前は優しい子だ。俺はもう……お前の判断に任せる事でしかお前に許してもらえない。だからお前は俺を許さなくてもいい。でもな……俺はお前に許してもらいたいんだ。あ、あのな……こ、こたつでミカンとか……その……家族で寒い冬とかにな……こたつで暖まりながらミカンを食ったりするのが俺の夢なんだ。」
逢夜は憐夜の行動に怯えながら声を発する。それはどこからどう見ても男忍だとは思えなかった。
「……。」
「そ、それでな……今日は雪が沢山降ってるなあとか笑いながら会話して……そんでお前が俺達と雪だるま作りたいとか心底楽しそうに笑っているんだ。……それで……。」
逢夜の目から知らずと涙がこぼれていた。
こういう会話を何度も夢に見た。これはただの逢夜の妄想でしかなかった。逢夜の夢でしかなかった。これは生前の逢夜もずっと夢に見ていた事だった。だが生前の逢夜は夢の中だけにとどめようと心を殺していた。
「それでな……俺も更夜も……雪だるまなんて作らねぇよ、寒いし、面倒だしなあ、とか言って拒否するんだ。だけどな、お前がむくれていじけるから俺達はお前をなだめて盛り上げるんだ。
そこでお姉様がどうせやるなら大きな雪だるまを作ろうかとかそんなことを言って結局、皆で外に出て俺は文句を言いながら雪だるまを作るんだ……。
それでな、その後、皆で温かいしるこをこたつを囲んで食うんだよ。雪だるまの話で盛り上がりながらな……。意外に楽しかったぜとか言いながら……これが俺の夢だ。俺の叶わなかった夢だ……。初めからなかったものは……築き上げられない。……恥ずかしい妄想だろ?笑ってくれてもいいぜ。」
逢夜は乱暴に涙を拭うと目を伏せた。
「……お兄様……。」
憐夜は弱々しい逢夜を見てどう反応をしたらいいのかわからなくなった。
「もう……俺は壊れちまった。」
逢夜は憐夜の頭をそっと撫でようとしたが怯えている憐夜の数センチで手が止まった。
逢夜の中で憐夜を殺してしまったときの事が鮮明に情景として浮かぶ。
……俺が憐夜を殺した……。俺が妹を……。
「うっ……。」
逢夜は手を引っ込めると脂汗をかきながら口に手を当てた。顔色は蒼白だ。
「逢夜、どうした?大丈夫か?」
見かねた千夜が逢夜のそばまで寄り、背中をさすってやっていた。
「だ、大丈夫です。申し訳ありません。お姉様。私が歩み寄らねば一向に溝は埋められませぬ……故。」
憐夜に触れる事は逢夜にとっての最大のトラウマだった。温かさがなくなっていく憐夜が自分を憎しみと切なさを含んだ目で見つめる。
冷たくなってから初めて頭を撫でてやれたあの日を忘れるわけはない。
逢夜の心にある引っ掛かりと陰りは負のエネルギーになり、この世界を渦巻いていた。逢夜が抱えたものはこの後悔というエネルギーが消化できずに渦巻く弐の世界に色濃く残っていた。
一番この兄弟で臆病なのは逢夜なのかもしれなかった。
「……ダメだ……俺は弱い。憐夜、お前は俺を怖がっているみてぇだがな、俺はたぶん、兄弟の中で一番弱いぜ。自分でもわかってた。
俺は……甲賀望月家の中で一番弱いとな。……お姉様のようにお父様に逆らう事もできなけりゃあ、更夜のようにお前を逃がしてやる度胸もない……。お前のように死を覚悟で逃げる勇気もねぇ……。俺はお前や更夜が思っているほど強くない。」
逢夜は弱々しい瞳で憐夜をそして更夜を見つめる。更夜が何か言おうとしたが逢夜に手で止められた。
「いいんだ。更夜。お前はいつも俺の肩を持ってくれる。……俺は本当は怯え症のなさけねぇ男なんだぜ。憐夜に許してもらいたくて勇気を出して近づいても怖気づいてここから近づけない……。ほんとダセェ男だぜ。俺は。……もうどうしたらいいかわかんねぇ。」
逢夜の情けない声で憐夜は怯えているのは自分だけではない事に気が付いた。兄も一人の人間だったのだ。いくら心を殺していても心には自分の本質が残る。
どれだけ消そうと思ってもそれは消せない。
憐夜は気が付いた。自分よりも兄、姉の方が自分に怯えているのだと。
ふと逢夜の手を見た。逢夜の手は震えていた。額には汗が滲み、明らかに自分に怯えている。
「……ごめんなさい。お兄様。」
憐夜は自然と逢夜にあやまっていた。あやまってしまった理由はわからない。
「憐夜があやまる事は何もないぜ。むしろ……あやまるのは俺の方だった。」
逢夜の苦しそうな顔を見、憐夜は勇気を振り絞ってトケイから離れた。
「れ、憐夜ちゃん……?」
憐夜はトケイが発した戸惑いの声を聞き流しつつ、震える手を逢夜に向けて伸ばした。
憐夜は荒くなる息を抑え、逢夜の背中に腕を回した。逢夜がびくっと肩を震わせた。
「……もう一度……お兄様を信じてみます……。」
逢夜に背中から小刀で刺されたあの時と同じ状態だった。
「憐夜……。」
あの時の空気、匂い、情景が二人をかすめる。
「俺も……勇気をださないといけねぇよな。」
逢夜は大きく息を吸い込み吐き出すと憐夜の頭を震える手でそっと撫でた。
憐夜の頬を涙がつたった。許せなかった兄を簡単に許してしまっている自分がいた。
憐夜の頭を撫でる逢夜の手はとても優しく、そして温かかった。
……逢夜お兄様はもしかすると私が考えているのとだいぶん違うのかもしれない。
憐夜の心に不思議な感情が沸いた。
逢夜の腕に抱かれながらふと顔を上げると千夜が映った。千夜は憐夜と逢夜を見、優しくほほ笑んでいた。千夜の瞳にも憐夜に対する怯えのようなものが映っていた。
「……あの……これから私と遊んでくれたりとか……優しくしてくれますか?」
憐夜が誰にともなく小さくつぶやいた。
その独り言のような言葉に逢夜も千夜もすぐに答えた。
「ああ、好きなだけこれから遊んでやるよ。これでもかってくれぇに優しくしてやる。」
「そうだな。それこそ、逢夜が言ったようなこたつでミカン食べて……をやってもいい。」
二人の言葉を聞いた憐夜は自分が人であることを思い出した。
……私は道具じゃない……。人間……。私は死んでからやっと……人間としての幸せを掴んだのね。これが夢物語でもいい……。この夢がずっと終わらなければいい……。
「……こたつでミカンは私もやりましょう。」
更夜も自然な笑みで千夜に答えていた。
「わたしもこたつでミカンさんせー。」
「じゃあ、すべて終わったらここにこたつ置こうね!」
スズとトケイも話に乱入してきてにぎやかになった。憐夜は人同士の優しさとつながりの深さをスズやトケイを見て感じた。
ライはそんな憐夜を眺め、やはり自分に似ているかもしれないと思った。
「それでさ~ん……平敦盛って人の事なんだけどさ~ん……。」
会話が切れたところで若干ふてくされているさふぁが話を元に戻した。自分をそっちのけて勝手に盛り上がっている霊達の事が気に入らなかったらしい。
さふぁは彼らの過去を知らないため、当然と言えば当然の反応だった。
「あ、ああ、すまん。では、更夜の策でいこう。」
千夜が不機嫌なさふぁをなだめ、さっさと動き出した。
「もう……お話はよろしいのですか?」
さふぁの横にいたセイが遠慮がちに更夜の兄弟達を見つめていた。事の成り行きをいままで黙って見守ってくれていたようだった。
「あ、ええっと……わりぃな。すまねえ。もう大丈夫だ。憐夜、俺達と一緒にもういられるよな?」
逢夜が慌てて雰囲気を元に戻すと憐夜に問いかけた。
「は、はい。」
憐夜はふとトケイの顔を見てから小さく頷いた。
トケイは憐夜に大きく頷くと静かに立ち上がった。
「じゃあ、行く?」
「ずいぶん唐突だわね……。」
トケイの問いかけにスズはため息交じりに答えた。
「憐夜さん、本当に平気?」
ライの問いかけに憐夜は再び小さく頷いた。
「大丈夫です。ライさんは今、やれることをやってください。私は大丈夫ですから。」
憐夜の反応が更夜とそっくりだったのでライは本当に兄妹よく似ているなと思った。
「更夜、さっさと行け。」
千夜が更夜を一瞥すると厳しい顔つきで言った。
「はい。……では行くか。」
更夜の声かけでスズ、トケイ、ライ、セイ、さふぁは障子戸を開けて外へと出て行った。
ライは一瞬だけ後ろを振り返った。憐夜が不安そうな顔でライを見ているのが映ったがどこか嬉しさを含んでいる顔つきだったので、もう大丈夫だとライは思った。
そしてそのまま振り返らずに静かに障子戸を閉めた。
六話
とりあえず外に出た更夜は共に外に出てきたライ達を一瞥し、言葉を発した。
「さて。行くか。トケイには負荷をかけるがセイとライを連れて……。」
そこまで言ったところで更夜はふとある事に気が付いた。
「更夜様?」
ライが急に黙り込んだ更夜を心配そうに見つめた。更夜は眉を寄せたまま、さふぁに目を向ける。
「そういえばあなたはKの元使いという事だが……。」
「うん~?」
さふぁはまだ何かあるのかとうんざりした顔で更夜を見上げた。
「Kの使いは現世を生きる者達を複数人連れて夢、幻の世界である弐を渡れるとか。」
「うん~?それはKの使いだよね~ん。私は元だよ~ん。その能力ないよ~ん。だいたいもう幽霊だしぃ~。」
さふぁはやれやれと呆れた顔でため息をついた。
「そうか。ではやはりトケイに頑張ってもらうしかないようだな。」
「う、うん。大丈夫なんだけど……さっきからその女の子の服装が気になってさ……。」
トケイは小声で更夜にささやいた。それを素早く聞き取ったスズがいやらしい笑みを向けた。
「そっかあ。トケイはウブだもんね。っていうか、この女は破廉恥すぎるわ。ねえ?更夜。」
「そうだな。」
スズに話を振られた更夜はそっけなく一言そうつぶやいた。
「あんたもトケイみたいにテレればいいのに。」
スズがボソッとつぶやき、ライは更夜が照れるかと期待したが更夜はうっとおしそうにスズを追い払った。
「とにかく、急ぎだ。さっさと行くぞ。」
更夜の一声でスズは「はーい。」とやる気なく返事をした。
トケイは顔を赤くしたまま、さふぁをちらりちらりと見ながらセイを抱きかかえた。
セイは先程からずっと集中したまま場所を特定していた。今までの会話がまったく聞こえていないくらいの集中力だ。トケイに抱きかかえられている事さえも気が付いていない。
「とりあえず、セイは抱えるからライは僕の背中に掴まっててくれるかな?」
「う、うん。」
真面目な声音で話すトケイにライは緊張した面持ちで頷くとトケイの肩に手を置いた。
「ちゃんと掴まっててね。肩じゃなくて脇から僕の胸あたりに手を回していた方が衝撃は少ないと思う。」
「わ、わかったわ。」
ライはちょっとドキドキしながらトケイの脇に後ろから手を通す。抱きかかえられているセイのすぐ下あたりの肋骨から腹辺りをギュッと掴む。
「じゃあ行くよ。更夜達は霊だから弐の世界渡れるよね。セイが導く方へ行くからちゃんとついてきてね。」
「はいはい。それは大丈夫よ。」
「問題ない。」
トケイの言葉にスズと更夜は頷いた。
「じゃあ、行くよ。セイ、ライ。」
「うん。」
トケイにライは返事を返したがセイは集中しているようで返事はなかった。
トケイはセイに無理に話しかけるのはやめて地を蹴った。足についているウィングを閉じて急上昇をする。更夜達、時神の世界を抜けてからはじめてウィングを開いた。
トケイがバランスを取り、横にまっすぐ飛んでいく。辺りは現世を生きる生き物分の世界が広がっており、その現世を生きる者達の心がネガフィルムのように混ざり合っている。
現世の人々が想像してできた世界もあれば心の真髄で作られたまさにその人の心という世界もある。この無限にある世界からセイは平敦盛の居場所をぼんやりと見つけたのだ。
「セイちゃん、敦盛さんはどっちにいそう?」
「……。このまままっすぐ進んで下さい。」
ライの質問でやっと口を開いたセイは目を閉じたまま小さくつぶやいた。
「トケイさん。まっすぐみたい!」
「オーケー!また変わったら教えて。弐の世界は変動が激しいから道がすぐなくなっちゃうからさ。」
「はい。」
トケイの言葉にセイは一言答えた。
更夜とスズとさふぁの姿は見えないがおそらく近くにいるのだろう。
何かがトケイのまわりにいるように感じる。
「はっ……!」
しばらく進むと突然、セイが声を上げた。トケイは慌てて空中で止まった。
「ど、どうしたの?何?」
「どうしたの?セイちゃん。」
トケイとライがセイを心配そうに見つめた。
「そんな……まさか……。」
「セイ?どうしたんだい?」
戸惑っているセイの顔にトケイは首を傾げた。
「あの……敦盛さんがいる世界って……マイお姉様の世界のようです。」
「えっ!お姉ちゃんの!?」
セイの発言にライは目を丸くし、思わず叫んでしまった。
語括神マイはライとセイの姉である。ある大きな事件を起こしたため、今は所属している高天原東の思兼神を筆頭とする東のワイズ軍に処罰されている。
その事件とは太陽神サキが関わる事件なのでここでは省く事にする。
「はい。お姉様の世界にいるみたいです。良かったですね。他人の世界ではないので霊ではない私達もお姉様の世界の中に入り込めます。」
「あ……そっか。まったく知らない人の心の中なら壱(現世)に存在している私達は入り込めないね。セイちゃんも生き返った事だし、全然知らない方の心の中の世界だったら困ってたよね。」
「生き返った……?あ、そうです。私……一度死んで霊として弐の世界でよみがえったんでした。それで……また生き返った?」
ライの一言でセイは意識を失っていた部分を思い出そうと首を傾げた。
「あ……あの……えっと……セイちゃん。もうその事思い出さなくていいわ!それよりもトケイさんにお姉ちゃんが作った世界の場所を教えてあげて!」
ライは慌ててごまかし、セイの集中力を元に戻した。
「はい。……しばらくはまっすぐ進んでください。」
「う、うん。大丈夫?セイ。」
再び集中を始めたセイにトケイは心配そうに声をかけた。
「大丈夫です。」
セイがそれ以降何も話さなくなってしまったのでトケイはそれから何か言うのを止め、セイに従いまっすぐに進み始めた。
またしばらく進んだ。あたりはネガフィルムのようなものが多数、蛇のように絡み合っているだけで特になにもなかった。
セイが場所の指示を出してくれないとまるでわからない。
「あ、右に曲がってください!」
「う、うん!」
トケイは間違えないように的確にセイの指示に従う。その時にその方向にいかないと不確定な弐の世界はすぐに道を変える。
「そしたらすぐに左です。」
「うん!」
マイの世界はかなり入り組んだところにあるようだ。関係のない世界をうまく避けながらトケイは進む。
トケイはなるべく瞬時の判断でセイの指示に従い、しばらく蛇行したのち、立ち止まった。
「……ここ?」
「はい。」
気が付くとネガフィルムのようなものがまったくなくなっており、トケイ達はどこかの草原の上を飛んでいた。抜けるような青空がどこまでも続いており、不思議と太陽はない。
どこからともなく優しい風が頬をかすめていく。
「きれいな世界……。」
ライは青々と茂る草原と透明感ある青空にうっとりと目を潤ませた。
「とりあえず、下に降りるよ。」
トケイはゆっくりと草原の方へ下降し、草原に足をつけた。何かがいる気配はない。
セイとライはとりあえずトケイからそっと降りた。
「ここが……お姉ちゃんの世界なの?」
「はい。そのようです。」
ライの質問にセイは辺りを見回しながら答えた。
刹那、隣でふと風が舞った。
「!」
「そんな顔で驚かないでよ。わたしだよ。あと更夜とさふぁだわよ。」
目を見開いて驚いているライの前にスズと更夜とさふぁが現れた。
「あ、ああ……びっくりした。」
「まあ、ずっと横にいたけどね~ん。現世にいる神には霊体の私達は見えないからしかたないよね~ん。こうやって誰かの世界に入らないと実態が見えないんでしょ~ん。」
さふぁがやれやれとため息交じりにライを見据えた。
「とにかく早く平敦盛とやらを探すぞ。」
さふぁの隣にいた更夜が目を細めて気配を探っていた。
辺りを見回していると少し遠くに建物のようなものが映った。
「あれは……家……かな?……行く?」」
トケイが遠くに見える家のようなものを眺め、首を傾げた。
「行こうよ!」
「そうだね。行ってみよう。」
スズの言葉にライは頷き、皆で建物に向かいそっと歩き出した。
その建物は民家のようだった。古い日本の民家だ。
かなり遠くにあるように見えたが実際はあっという間に家の前についた。茅葺屋根の和の匂いが漂うその家には誰かが住んでいるような気配がした。
「誰かいるな。」
更夜が眉をひそめた刹那、横開きの扉がガラガラと開いた。そして中からマイが顔を出した。
七話
「お姉ちゃん!」
「ん?ライにセイ……それから……誰だ?」
マイは首を傾げると不思議そうに問いかけた。
「俺達はライとセイに関係のある者だ。」
「そうか。」
更夜の返答にマイは素直に受け入れた。どうやらマイは壱(現世)で眠っているようだ。マイにとっては夢の中の事なのでおかしく思わなかったのだろう。
「あの、お姉様、ここに平敦盛さんって方が来ませんでした?」
「……平家物語の有名どころか?ああ、それならさっきそれっぽい男が……。」
セイの質問にマイが答えようとした途中で着物を着た若い男が先程ライ達がいた草原の方に突然現れた。男はこの場所に戸惑い、きょろきょろと辺りを見回している。見知らぬ場所に迷っている感じだった。
「ほら、あれだ。」
マイはライ達に後ろを見るように顎を動かした。
ライ達は動揺しているように見える男を遠目からよく見た。セイが持っている笛と同じような笛を持っている。
「あ!敦盛さん!」
セイが男を見てそう叫んだ。
「あれがそうか。」
更夜がライ達を見回してから走り出した。ライ達も更夜に続いた。
「敦盛さっ……」
「……女の気配がする……。ここに玉織姫が……。」
セイが敦盛に叫んで呼び止めようとした刹那、敦盛は一言小さくつぶやくと突然消えた。
「えっ……!」
ライ達は咄嗟に足を止めた。
「消えたぞ。」
更夜が突然消えてしまった敦盛を素早く探したが見つからなかった。
「……ん?」
スズが先程まで敦盛がいた場所で何かを発見した。
「どうしたの?スズ。」
スズにトケイが近づき、それに気が付いたライ達もスズがいる場所へとやってきた。
「……ここ……なんだか空間が違うような感じがするの。」
スズは目の前を指差してつぶやいた。よく見るといままで続いていた草原の草が円形に一本一本が曲がっている。それは人が一人分くらい入れる隙間だけであった。
「ふむ。確かにな。この辺が違和感だ。」
更夜は自分の身長と同じくらいの高さから曲がっている草辺りまでを指でなぞった。
「ここ、空間が歪んでいるよ。敦盛って人、この歪んだ空間に入っちゃったかもしれないね。」
トケイが恐る恐る歪んだ部分を眺めた。
「ああ……ここから先はKの……世界だよ~ん……。まずいなあ。」
ふとさふぁが顔色を悪くしながらトケイの前に出てきて小さくつぶやいた。
「ええ!Kの世界!?」
さふぁの何気ない発言にライとスズとトケイは同時に声を上げた。
「うん~……。困ったね~ん……。」
さふぁがため息をついた時、後ろから迫る二つの気配に更夜がいち早く気が付いた。
更夜は素早く刀を抜き、居合斬りを放った。
「更夜様!?」
ライが突然の更夜の抜刀に驚いてよろけ、トケイに支えられた。
「大丈夫?ライ。」
「う、うん……。」
ライは怯えた顔で更夜が見据えている方向に目を向けた。更夜が見据えている先で才蔵と半蔵が音もなく現れた。
「才蔵さんと半蔵さん……。」
セイが困惑しながら声を発した。
「ちっ。失敗しましたかい。」
半蔵がクナイを手に潜ませたまま、にやりと笑った。
「そこからKの世界につながっているようですね。……入らせてもらいたいのですが……やはり邪魔をするのですか。」
才蔵は無表情のまま更夜を睨みつけた。
「ついてきていたのは知っていた。どこまで様子を見ているかと思えば、やはりKに関することが出て来てからか。」
更夜は静かに表情を消し、冷たく沈むような目つきに変わった。これが以前から持っていた更夜のもう一つの顔である。冷徹でまるで感情が読めない。
「おっ?やっとビジネスモードになりましたかい?」
半蔵が愉快そうに更夜を見て笑う。
「はわ……はわわわわ~ん。」
さふぁがビクビクと怯えだし震えながらライの影に隠れた。どうやら忍達が出す殺気にこの上ない恐怖を抱いたらしい。
「あんた……本当は怖がりなの?」
スズに問われ、さふぁはライにすがりながら首を上下に大きく振っていた。
「スズちゃん……私もあの更夜様は怖いよ……。」
「ライ……そりゃあわたしもちょっと怖いけど……。」
ライも怯えていたがスズも更夜を怖がっていた。
「さて、その空間がなくならない内に入らせてもらいますよ。」
才蔵が一言発した刹那、才蔵と半蔵が同時に地を蹴り、姿を消した。
「きゃあ!」
消したと思ったら唐突にライの近くで風が巻き上がった。気が付くと目の前に更夜が立っていた。
「こ……更夜さ……」
ライが更夜の名前を呼ぼうとしたらもうすでにライの前には更夜はいなかった。どうやら才蔵がライの方に近づいたのを更夜が防いだらしい。
「速い……。僕には何も見えないよ。」
トケイがライ達を守るように立ち、更夜と才蔵と半蔵がいる位置を探す。完全に目が遅れていた。風が巻き上がった所を目で追う事で精いっぱいだ。
「トケイ!ライ!セイ!避けて!」
スズが突然、ライ達に叫んだ。ライ達は反応ができず、その場で目を見開いていただけだった。それを見たスズが慌ててライ達を突き飛ばした。
「……っ!?」
ライ達が立っていた場所に複数のクナイが刺さっていた。
「また来る!」
スズはよろけて体制が整っていないライとセイとトケイを再び押した。
ライのすれすれにクナイが飛んでいく。ライが体制を大きく崩し、後ろにいたトケイとセイにぶつかった。
「……っ!」
ライ達は声を発することもできず、体制を立て直すこともできなかった。
「あっ!」
スズが小さく叫んだ刹那、ライとトケイとセイは空間の歪みの中に体をとられ、そのまま吸い込まれていった。
「スズちゃん!」
ライが空間に落ちながらスズの名前を呼んだ。
「ライ!」
まずいと感じたスズはライ達を追い、一緒に空間に入り込み助けようと試みたが歪みの重力に捉われてしまいそのまま吸い込まれてしまった。
「……くっ。」
スズはライとかろうじて手を繋げたがライをこの歪みの外へ出すことができない。おまけにもうライの姿は見えず、手先だけ見える状態だった。声も聞こえない。
「やばい!な、なにこれ……体が固まったみたい……。う、動けない……。引っ張られるっ!」
スズは必死で重力に逆らったが体が完全に歪みに捉われてしまい、そのまま消えていった。
「す……スズ……、トケイ……ライ……セイ……。」
更夜はわずかに動揺の色を見せたがとにかく今は才蔵と半蔵をあの歪みの中に入れないように戦う事を最優先にすることにした。
「あ~ん。Kの世界に入ってしまったわ~ん……。私は独断でここまで動いちゃったから後ろめたくてもうKに会いにいけないし~。とりあえず……敦盛って男を見つけてもらって~ん、あとはKがなんとかしてくれるよね~ん……。」
さふぁは怯えながらこそこそとマイがいる家の方へ避難し、戦闘をそっと見守っていた。
「なんだ?ずいぶんと騒がしいな。」
ふとさふぁの前にマイが現れた。
「び、びっくりさせないでよ~ん……。」
「あなたはKの使いか?」
「え?元だけどさ~ん。なんで知っているのさ~ん。」
マイの発言にさふぁは動揺の色をみせた。
「弐の世界であなたを見たような気がするんでな。そうか。元だったか。」
「う、うん……そうだけどさ~ん。どうしてもKのお手伝いをしたくてね~ん。」
さふぁの言葉にマイはケラケラと笑い出した。
「フフフ……。まったくいけない子だ。あなたは元Kの使いなはずだ。あそこの人形達もそれぞれ計算して動いているはず。あなたが勝手な事をしてしまうとあっちも困るのではないかな?
あなたはハムスターなんだろう?ハムスターは人間の子供の心を掴むのは早いが自身は単独行動をする生き物。あなたは他人の事を考える事が苦手なのだろう?その行為がKの迷惑になっていることに気が付いていない。」
「め、迷惑~?そっかあ……。迷惑だったのかな~ん。ま、いいか~ん。」
さふぁは大して気にもせずため息をついて腕を組んだ。
「やれやれ……これだからハムスターは……。まあ、K達はそんなあなたも軽く許してしまうのだろうがな。」
マイは再び笑みを向けた。
「ていうかさ~ん、なんでKについて詳しそうなの~ん?」
さふぁは不思議そうにマイに問いかけた。
「よくわからないが私の心の世界によくあのような歪みが現れる事があるんだ。それで詮索はしていないのだが勝手に情報が耳に入ってきてな……。……もしかすると私は人形を扱うのでそれでよくリンクしてしまうのかもしれないな。」
「ふーん。よくわかんないね~ん。」
聞いておいて興味なさそうな返事をさふぁがしてきたのでマイもそこで話を終わりにしておいた。
更夜と半蔵と才蔵の姿は全く見えない。だがクナイや飛び道具があちらこちらに散らばっている。どういう身体能力をしているかわからないが目に映らない速さで動いているようだ。
もしくは何か忍術を使っているのか。
さふぁには何にも見えなかったのでマイの横でとりあえず大人しくしておいた。
八話
ライ、トケイ、セイ、スズは宇宙のような世界をただ落ちていた。辺りは黒一色でところどころに星のような光源が輝いている。
トケイがウィングを広げてその場に保とうとしていたがなぜか下降していた。
「ダメた。ウィング広げても下に落ちるのが止まらないよ。」
トケイが同じく落ちているライ達に不安げに叫んだ。
「何よこれ……。どこかの世界なの?落ちているみたいだけど全然落ちている感じがしない。」
スズも下の見えないその空間に恐怖に思った。
「ですが……敦盛さんを感じます。」
「セイちゃん!敦盛さんが見つかってもそこからどうしよう?」
「そ、そうですね……。こんな感じでは連れて帰れませんね。」
ライとセイが困惑した顔をしていると一人の少女と着物を着た男がふわりと現れた。
「……っ!?」
着物を着た男性は敦盛だった。
「敦盛さん!」
セイが叫んだ刹那、下に落ちるのがピタッと止まった。宇宙の真ん中に立たされているような感じだ。
突然現れた少女がライ達と敦盛を見、首を傾げて尋ねた。
「どうしました?」
「どう……しましたって……あなた誰?」
ライが恐る恐る少女に話しかけた。少女は奇妙な格好をしていた。頭に電子数字が回っているフードを被り、着物に袴、ブーツを履いている。目はぱっちり大きく、かわいらしい印象を受けるが表情がないため、若干怖く見えた。
「私?私はこの世界のKです。敦盛さん、あなたは奥様をお探しなのでしょう?」
「K!?」
少女の発言にライ達は驚きの声をもらした。
この世界のKと名乗った奇妙な少女は一応、ライに返答すると敦盛をまっすぐ見据えた。
「え?ああ。妻を探してまた、元の世界に戻りたいんだ。」
敦盛は動揺しながら少女に答えた。
「奥様はあなたの世界にいらっしゃいます。今、ここであなたの心を思い描いてください。」
「心を思い描く……?」
「奥様はあなたの心が創り出しています。ですからあなたがまた世界を思い浮かべれば自然に帰ってきますよ。」
少女がそう言葉を発した刹那、敦盛の目の前で壊れたはずの海辺の世界がわずかに開いていた。その白浜にある流木の上で着物を着た女性がそっと座っていた。誰かを待っているようだった。
「玉織姫!」
「世界はあなたの感情で修復されます。元の世界にお帰りなさい。」
「これは幻なのか?」
敦盛の質問に少女は一言答えた。
「……そうかそうじゃないかは私にもわかりません。ですが、これはあなたの世界です。あのお方があなたが想像した玉織姫さんなのかあなたの世界に入った本物の玉織姫さんなのか……それはあなたが決める事です。お幸せにお暮しください。」
少女の言葉を訝しく聞いていた敦盛は眉を潜ませたが、海辺の女性がこちらを振り向き、優しい笑顔で手を振り始めたのでどうでもよくなったのか笑顔で手を振り返していた。
「あれは玉織姫だ!今行くよ。」
敦盛は足早に目の前に開いた世界に入って行った。敦盛が入った直後、その世界は蜃気楼のようにぼやけて消えていった。
「……人はそれぞれ世界を持っています……。玉織姫さんには玉織姫さんの世界があります。玉織姫さんはご自身の世界で生活されている可能性が一番高いですね。……一番楽しかった時期に戻って……。なので敦盛さんのところにいる玉織姫さんはおそらく敦盛さんが創造した、もしくは一番楽しかった時期の玉織姫さんなのでしょう……。そういうものです。」
『この世界のK』と名乗った少女は無表情のまま一言ライ達につぶやいた。
「え……えっと……。」
ライ達は突然の出来事に戸惑い、言葉が何も出なかった。
「あの魂をここにおびき寄せて幸せな世界に返せて良かったです。ところであなた達は何をしにきたのでしょう?」
無表情の少女にライ達は返す言葉を探した。
「あの……平敦盛さんを……。」
自然と声が小さくなった。敦盛を救うためにここまで頑張ってきたがこの少女は敦盛がここに来るのを予測していたようでライ達の頑張りは無駄になってしまった。
「敦盛さんの魂を追ってここに入り込んでしまったのですか?」
「え……えっと……。」
ライはスズに目を向けた。スズは何も話さなかったがその表情が拍子抜けしたと言っていた。
「あのね、何か色々あったみたいなんだけど、とりあえずさふぁってハムスターが敦盛さんって人を救ってくれって言ったから来たんだけど。」
トケイが困った声を上げながら少女を見つめた。
「さふぁ……ですか……。まあ、仕方ありません。とりあえず、あなた達も元の世界に帰りなさい。時神達と壱の世界の神々。」
少女が手を前に出し、空間を開こうとしたがそれをスズが止めた。
「待って。あんた、Kって言ってたよね。」
「はい。この世界のKです。」
「この世界のKって事は他に世界があるって事ね。」
「いいえ。」
「……どういう事よ?」
スズは少女の言葉に首を傾げた。
「知らなくても問題ありません。」
「知っとかないと帰れない!Kがこのことを謎にするから半蔵と才蔵に襲われたんだからね。他のKも全部見せてもらうわよ!」
「……そうですか。いいですよ。見ても仕方のない事象ですが。」
スズのごり押しにKと名乗った少女はあっけなく了承した。
「い、いいの?」
逆にスズの方が困ってしまった。
「ええ。……ここはKの世界に入る前の空間です。ハザマの世界とでも呼びますか。私はこの空間を周り、迷い込んだ魂を元の世界に返す役目をしています。ですからここの空間は私の世界という事になります。私は私の世界に入り込んだ魂をあるべき場所に戻しているだけです。」
「……あのセカイって人形といい……なんでこんなにまわりくどいの?」
「まわりくどいですか……。説明が難しいのです。お許しを。」
スズの言葉を軽く流した少女はさらに続きを話し始めた。
「そして私の世界の下にKの心の上辺の世界があります。その世界の下にKの心の真髄の世界があります。まずはここから上辺の世界に行かれるのが良いでしょう。」
「……Kも弐の世界のシステムと同じなんだね……。」
トケイが小さくつぶやいた時、真っ暗な空間が下の方から青空に変わっていた。
「真髄の世界まで行ってもKは怒りませんがそこであなた達はどうしようもない事実を目の当たりにするでしょう。それでも良いならばここから先に行きなさい。私はここから先にはいけませんのでここであなた達を見ております。」
ライ達はまたゆっくり下降をはじめた。徐々に少女が遠ざかっていく。やがて辺りが宇宙のようなところから完全に青空に変わった。気が付くと芝生が元気に育っている丘のような場所に立っていた。
九話
「……こ、ここは……?」
「先程、あの少女がKの世界だと言いました。ここはおそらくKの上辺の世界なのだと思います。」
ライの質問にいままで黙っていたセイが恐る恐る言葉を発した。
「ここがKの上辺の弐の世界……。」
「ていうか、Kの世界もなんだか普通な感じだね。」
ライの横でスズがつまらなそうにつぶやいた。
しばらくぼうっと辺りを眺めていると七人の少女達がライ達の前を横切って行った。
その七人の少女は明らかに国籍がバラバラで肌の黒い子や肌の白い子、どこかの民族衣装を着ている子などがいた。どの子も楽しそうに笑いあっている。
少女達はライ達に一言あいさつをするとどこかへと走り去っていった。
「あの子達が憐夜が見たっていう……少女達?」
「確か、民族衣装を着ている子とか肌色の違う子がいたって言ってたね。」
スズとライは憐夜が入り込んでしまった世界というのがここであると気が付いた。
「そっか。憐夜はここにたどり着いちゃったんだね。」
スズは少女達が去っていった方向を眺め、つぶやいた。
「じゃあ、あの七人の少女もKなのでしょうか……。」
「……そうだよ。君達は神々かい?」
セイが誰にともなく質問を投げかけた時、足元から中性的な感じの声が聞こえた。
「……っ!?な、なに!?」
ライは肩を震わせて驚きの声を上げた後、声が聞こえた足先に目を向けた。
そこには猫のようなネズミのようなよくわからないぬいぐるみがいた。
ぬいぐるみは動いてしゃべっている。
「ぬいぐるみがしゃべってる……。」
トケイは茫然とそのぬいぐるみを見つめていた。
「ところで……神々がKの世界に何のようだい?」
「真実を知りに来たんだよ。」
ぬいぐるみの問いかけにスズははっきりと答えた。先程から人形が動いたり、動物が人型になったりなどを見ているので今更ぬいぐるみが動いたところで驚かない。
「真実か……。知っても君達にはどうもできないよ。途方に暮れるだけ。」
「いいから。他のKとこの世界の仕組みについて話してよ。」
「まあ、いいけど。」
ここでの交渉もあっけなく成立した。
「ボクはKの使いでぬいぐるみのピチだよ。ここで楽しそうにしている七人の女の子がこの世界のK。この世界にいるKは平和の象徴を表しているんだ。世界平和。彼女達がいるからこちらの世界は戦争がないんだ。」
「こちらの世界って?」
ぬいぐるみのピチはスズの質問に一つ頷くと続きを話し始めた。
「こちらの世界は壱、弐、参、肆、陸だよ。向こうが伍だよ。まあ、肆(未来)の世界だけは伍の世界に食い込んでしまう事もあるけどね。基本的に壱(現世)、陸(壱の反転)の肆(未来)と伍の世界の肆(未来)は進み方が違って相対あいたいさないけどたまにリンクするんだ。」
「……伍の世界って……どんな世界なの?」
ライが恐る恐るぬいぐるみピチに尋ねる。
「……ボクは知らない。この世界の中にいるKに聞いてみたら?この世界にいる七人のKはおそらく知らないよ。知る必要がないから知らない。だけど、真髄にいるKならば知っている。」
「……真髄にいるK……。あれだけ謎な存在にしておきながらこんなにあっさり会えるものなの?」
スズが訝しげにピチを睨んだ。
「……別に隠し通したいわけじゃない。ただ、知ってもしょうがないから教えないだけだよ。」
「そう……それ。知ってもしょうがないから教えないってなんか引っかかるのよね。」
納得のいっていない顔をしているスズにピチが表情無く答えた。
「とりあえず、行ってみたらわかるよ。」
ピチは猫の手のようになっている腕を横に広げた。
「……っ?」
突然、世界がひっくり返ったような感覚に襲われた。辺りの青空と芝生は闇に溶けるように消えてなくなり、徐々に和風の民家に風景が変わっていく。気が付くとライ達はどこかの古民家の玄関先にいた。
「え?囲炉裏があるよ……。ここがKの真髄?」
「そうみたいだね……。なんか普通の家の内部って感じだけど……。」
ライとスズが小さく言葉を交わした刹那、囲炉裏の前に少女が現れた。少女は頭をツインテールにしており、モンペにシャツ、シャツの上から羽織を羽織っている。
みた感じ戦前の女の子だ。
「いらっしゃい。私は日本に住むK。Kは世界各地に存在しているけど私は日本のKだよ。よろしく。ピチから話、聞いているよ。」
「あ、あんたがK?」
スズはこんがらがりそうな頭のまま、ツインテールの少女に尋ねた。
「うん。まあ、そうと言えばそうかな。Kという括りだけど私はKの世界に入り込んだ魂だよ。Kの世界で生活しているんだ。私は戦争で死んだ少女の霊だよ。」
「あの……さっきからよくわからないよ……。Kはいっぱいいるみたいだけど……もしかしたら……一人なのかな……?」
ライの発言にツインテールの少女Kは唸った。
「うーん。世界各地にいっぱいいるKの中で日本のKは一人と言えば一人なんだけど……皆ちゃんと心を持っているから一人とは言い切れないかもね。まあ、つまり、日本のKの元は一人でそれが大きな世界を創っててKが創造した弐の世界の中に私達がいるって感じかな。なんで、私も上にいる子達もKじゃないといえばKじゃないし、Kの世界にいるからってくくると皆Kなのかもしれない。ってとこ。」
「つまり……弐の世界の仕組みと同じ仕組みでKも存在しているって事ね。」
「そうそう。あなた達も壱(現世)の世界の時神達の世界に住んでいるんでしょ。それと一緒だよ。」
「それはわかったよ。世界各地にKがいるってどういう事?」
スズはどんどん質問を重ねる。こういう時のスズはなかなか頼もしかった。
「Kは平和の象徴なんだよ。全世界各地の少女達がKという団体を作って戦争が起きないように頑張っているだけさ。と言っても皆、Kであるという自覚があるわけじゃない。
平和を常に願っている少女達が創造する世界の総称をKと呼んでいるだけさ。もちろん、願った少女達の心の世界にはたくさんのKがいる。まあ、Kの世界に住んでいる霊とか想像物ってだけだけど。」
ツインテールの少女はにこりと笑って茫然としているライ達を見据えていた。
「少女なのは……なんで?」
「だいたい平和を願っているのが少女ってだけだよ。ただそれだけ。他に聞きたいことは?」
ツインテールの少女は先程、ピチと名乗っていたぬいぐるみを抱きしめた。
「そのぬいぐるみ……さっき、動いてしゃべってたんだけど……。」
ライの質問にツインテールの少女はくすくすと笑った。
「ピチは上辺の世界で元気に今も動いているよ。この世界は真髄の世界だからね。ぬいぐるみも人形も何も動かないよ。
この世界を創ったKは実は伍の世界の人間なんだ。私にはよくわかんないんだけどね。伍の世界はどうやら幻想や夢、妄想などを完全否定する世界のようだよ。
だからKもぬいぐるみや人形に夢を抱かない。でも信じてみたい。その葛藤がこの世界に出ているようだよ。
つまり、上辺の世界では信じているけど心ではまったく思っていないって事。まだ幼い少女なのにその夢も妄想も完全否定されるなんてなんだかかわいそうだよねえ。話によると精神病と診断されているとか。」
「夢や妄想を抱いただけで精神病……?なんだか悲しいね……。」
ツインテールの少女にライは小さく返答した。
「そうそう。神々もあっちの世界じゃあすぐに消えちゃうよ。この世界のさらに奥に伍の世界との結界があるんだよ。行って来たら?」
「な、なんかだんだん怖くなってきたね……。」
トケイが怯えながらスズの判断を待つ。もうトケイには何がなんだかさっぱりわからなかった。
「も、もうこうなったらその結界まで行こうよ!」
スズも半ばやけくそだった。確かに伍の世界は気になるがだんだんと知ってもしょうがないという意味がわかってきた。
途方もない世界の話なのだ。自分達はやはり、自分達の世界で消えるまでのんびり生活するのが良いと感じてしまった。
「行くなら開いてあげるよ。だけどね、結界を超えてはいけないよ。エネルギーの物質が伍とこちらじゃあ違うからあんた達、消えちゃって分解されちゃうよ。伍の世界はそういうのを排除した世界だからね。神も、霊も、宇宙人も何も信じない、数字と化学に縛られた世界だから。」
ツインテールの少女がそう言ったのを最後にライ達はなぜか気を失った。
十話
ふと気が付くとライ達は真っ白な世界にいた。弐の世界にいるのとは少し違う、ふわふわと浮いたような感覚があった。
「ここは……。」
ライは辺りを見回した。まわりはただ真っ白で何にもなかった。自身の足を見ると足が地面についていなかった。というよりも地面がなかった。
浮いているような感覚だと思っていたがどうやら本当に浮いているようだ。
「何……?ここ。」
スズが不安げにライを見上げる。
「ま、まさか……伍の世界!?」
トケイが上ずった声でライ達に叫んだ。
「ここが……伍の世界……ですか?でしたら私達は消えてしまいます……。」
セイがトケイの言葉を聞き、怯えながら何もない真っ白な世界を見つめた。
ライ達が不安げな顔で一か所に固まっていると機械音声のような声が耳に届いた。
「霊的な者達がここに来るとは……珍しい。」
「だ、誰っ!」
ライが声のする方を向き、声を上げた。
「私は弐と伍を結ぶ結界。」
「弐と伍を結ぶ……。」
スズが小さくつぶやいた刹那、ライ達の前に幼い少女がホログラムのように現れた。
少女は髪の毛から肌から服からすべてに色がなかった。ただ真っ白な少女。目にも瞳はない。ただ、頭に刺さっているツノのようなものだけ機器によくついている電源のマークが緑色で描かれていた。
「この世界のKとも言う。」
「K!?」
トケイが真っ白な少女に思わず聞き返した。
「私が立っている先へは行かない方がいい。この先が伍の世界との境界である。踏み入れたらあなた達は消えてしまうだろう。」
白い少女は表情無く淡々と言葉を発していた。
「……消えてしまうって……結局伍の世界って……。」
さすがのスズも少し質問が弱気になっていた。
「あなた達は時神と芸術神。知らなくてもいい事実だが……ここまで来てしまった以上、話すしかないだろう。」
白い少女が自分のすぐ後ろを振り返って見つめ、口を閉じた。
ライ達は息を飲んで少女が話す続きに耳を傾けていた。
「……この世界が分かれたのはここ、百年間の内である。百年近く前に世界で大きな戦争が起こっていた。壱の世界も反転する陸の世界もどちらも国同士で激しく争っていた。負の感情が渦巻くひどい世界だった。日本だけならまだしも、世界中で同じ時期に一気に起こった戦争だったからいままでとは比べ物にならないくらいの負の感情が世界を渦巻いた。」
「……世界……大戦……。」
ライが目を伏せ、悲しそうにつぶやいた。
「そう……。世界大戦だ。……世界ではそれぞれの神を上辺に持ち上げて争い……日本では……アマテラス大神を持ち上げていた。」
白い少女は伍の世界だと思われる遠くを見据え、息を吐くと続きを話し始めた。
十一話
「しばらくして日本がアマテラス大神の意思とは反対に過激に動き始めた。この戦争には他の……世界中にいる神々もひどく心を痛めていた。神々は基本、見守るしかできない。神々はなんとかして人々のよりどころになろうと努力していた。
だが……世界中では殺し合い、虐殺が増えていくばかり。神々はそんなことを一言も思っていないのに神の御心のままにと人間は理不尽な事をしている。……そんな時、負の感情が渦巻く中で戦を好まない優しい少女達が涙を流しながらただ平和だけを願っていた。
私達はただ、皆で笑いあって遊びたいだけ。その時、世界中で同じ祈りを捧げた少女達が破格に多く、その同じ感情エネルギーがまず、弐の世界にたまりにたまった。そのたまった少女達の感情が弐の世界によりKという存在に変わった。つまり実態になった。」
「それがKの秘密……。」
ライのつぶやきに白い少女は一つ頷くとまた話し始めた。
「戦争で人々の心がなくなっていく過程で人は神の存在を否定し始めた。……人は昔から神は人間を助けるものだという認識と人を祟るのだという認識を持っている。実際には人々の悪行に激怒したり、祈りの手助けをする程度の力しかない。
つまり、ほぼ傍観しているだけしかできない。人の前には基本的に現れないので祈った人々に認識させるくらいの手助けができず、この世界には神はいないと皆、心で思い始めていた。もちろん、不思議な現象もすべて否定的になった。
神は信じ、認めてもらわねば消えてしまう。慌てた神々は弱小な土地神達を守ろうとKに相談をした。Kと神々はもうすでに想像の者。そのKと神々が創造をし、エネルギーを巡らせて今の壱を作った。
ある程度、心が保たれ、宝くじが当たりますようになどの小さな願いをわざわざ神社に来てお願いする……そういう世界を神々も夢に見た。神々もKと同じ、そういう世界を望んだ神がとても多かったため、壱の世界が再生された。
もうここまでくるとわかったと思うが……壱(現世)の世界とは……神々が創造した言わば弐(夢、幻)の世界なのである。本当の現実の世界は……ここから先にある伍の世界だ。もう戦争は終わっているが神々の信仰は薄れ、不思議な現象も科学と数字で解決された。
それでもその伍の世界で人が助けを求めるかもしれないと伍の世界に残った神々もいる。それがいまや概念化されている神々だ。アマテラス大神をはじめ、世界各地の神々が伍の世界の人々を捨てきれず、自ら伍に行き、消えてしまってからも人々を守り続けている。」
「……。」
あまりに途方もない話にライ達は開いた口が塞がらなかった。
「だから言ったんだ。知っても意味はないってね。」
ふと白い少女の横に先程のツインテールの少女が現れた。
「えっと……あなたはKの世界に住んでいる霊でもある……K?」
ライが頭を抱えながらツインテールの少女を見つめた。
「うん。そうだよ。知っても意味なかったでしょ?だって君達は伍の世界にいけないんだし、私だって行けないんだし。私はこの世界で夢を見続けるのもいいと思うんだよね。」
ツインテールの少女が出てきたら白い少女はまたホログラムのように歪んで消えた。
「……そ、そういえばあんた、ここは伍の世界のKが考えた世界って言ってたわよね……。伍の世界のKは今でもいるわけ?」
スズの質問にツインテールの少女はクスリと笑った。
「ここまで来てもまだ質問するんだ?まあいいか。伍の世界のKは一人じゃないよ。沢山いるさ。この世界は伍の日本に住んでいる、精神病と診断された、ある少女の世界なだけさ。私が住んでいない世界……他にいっぱい存在するKの世界はまた別のKの世界。」
ツインテールの少女はいたずらっぽく笑うとスズ達の反応を窺った。
「す、すごい世界だね……。僕なんか頭こんがらがっちゃったよ。なんだか今のままでいい感じがする……。」
トケイが無表情のまま頭を抱え、困惑していた。
「あ、あの……。」
ライがふとある事に気が付き、再びツインテールの少女に質問をした。
「質問?答えられることはもうほとんどないけどいいよ。」
「Kの使いって言われているハムスターはKに飼われているって言ってたけど……壱(現世)の世界でかな?それとも伍の世界で?」
「ああ、私が生活する世界を創ってくれた伍の世界のKだね。伍の世界のKに飼われているネズミさんがKの想像によって壱(現世)で実態を持っているだけだよ。伍の世界じゃあ飼われているただのハムスター。」
「は、はあ……。さふぁさんは……?」
「さふぁは伍の世界でKに飼われ、それから死んで弐(霊魂、夢)に来たハムスターだね。基本的には死んだらエネルギーになって弐の世界にたまる。壱の世界の人達は死後の世界、天国とかそういう風な想像をすると思うけど伍の世界の人々は解明されていないエネルギー、ダークマターであるというかもしれない。まあ、伍の人達は死んだらただの物って感覚だから弐の世界に来るという事もよくわかっていないのかもしれないね。」
「つ、つまり……壱にも伍にも弐の世界は共通であるって事かな?」
ライが恐る恐る少女に尋ねた。
「そういう事。死んだらエネルギー体だけが弐の世界に来る。これはどこの世界の物も人も動物も皆同じ。ただ、弐の世界という言葉は私達の言葉なので正確に言えば……宇宙なのかもしれない。」
「も、もういい……わかった。頭がおかしくなりそうだよ。」
スズが頭を押さえながら話を区切ったのでツインテールの少女はケラケラと笑いながら口をつぐみ、楽しそうにライ達を見据えた。
「君達は本当に素直に私達の話を聞いてくれるんだね。嘘かもしれないのに。」
「え……嘘?」
スズが訝しげに少女を見上げた。
「……スズちゃん……彼女は嘘をついていないよ。魂の色がさ……。」
ライがそっとスズにささやき、スズは咳ばらいをして「わかってるよ。」とライにつぶやいた。
「ああ、ごめん。ごめん。嘘はついていないんだけど、ここに来た霊達は皆信じてくれなくて皆、この境界を越えて消えてしまったからね。信じてくれるのかと思ってね。」
「き、消えるって……。」
ライが青い顔でごくんと息を飲んだ。
「知らない。ここを越えた途端に姿が見えなくなっちゃって何にも感じなくなってしまったから何か現実味溢れる名前の原子かなんかに分解されてなくなっちゃったんじゃないかって思ってるんだけど。もしかしたら実態があって伍の世界のインチキな宇宙人の番組とかでなんとなく紹介されているかもしれないね。突然光って消えましたとかね。知らないけど。」
「じゃ、じゃあ、結果的にはよくわからないんだ?」
トケイが声を震わせながらツインテールの少女を仰いだ。
「うん、まあ、消える事は消えるんだけどよくわかんないから基本的に境界を越えるのはおすすめしないよ。行きたいなら止めないけど。何かに縛られるのは辛いでしょ。でもね、いままでの生活を続けたいなら行かない方がいい。こっちの世界に戻ってきたものは誰一人いないから。」
「……。」
少女の言葉でライ達は再び言葉を失った。
最初のKがいっぱいいる話からどうしようもない強大なものをみているようだった。
ライ達が迷い込んだ世界にいるK達は伍の世界にいるたった一人のKの心の内部で他にも伍の世界にKはいてその伍の世界のK達の心の中にまた沢山のK達がいる……。つまりKは無限にいるという事だ。
もうその段階でKに「私の人生をなんとかしてくれ」と文句を言ってもしょうがないのだと気が付いた。
Kは無限にいてK自身も夢を見、ライ達や他の者達と同じようなシステムで弐の世界へ行き、伍の世界へ帰っている。特別でもなんでもなく、特殊な能力もない。分解すれば一人ひとり、ただの人間かもしくは動物あるいは物。
Kの使いの人形であるセカイが言っていたようにKに相談しても意味がないのだ。
「……で?どうする?境界を越えて伍に行く?それとも……戻る?」
ツインテールの少女がとても大事な質問をしてきた。
ここまできたライ達だったがもう一択しか選択できなかった。
「戻るわ。」
よく考えても考えなくても……神であり、霊である自分達がそれを否定する世界に行って幸せになれるはずがない。
少なくとも彼女達はそう考えた。
それと今の幸せな生活を手放す事も考えられなかった。死んでからやっと手に入れた幸せをよくわからない成分に分解されて失くしてもいいのか。
死んだら分解され、世界から消える……それが本当の現実であったのだとしても、今、彼女達がいるこの世界が夢であるとしても幸せならば夢に生きるのもいい。
それからこうも思った。夢や幻を排除した世界、伍が本当の現実か?
現実とは……なんだ?
目に見えるものが現実か?
ならばわたし達の現実はこの世界だ。壱(現世)や、弐(夢、幻)の世界が現実で伍の世界が幻の世界なのだ。
そういう見方もあると。
「わかりにくい真実だと思うけど、あんた達の選択は正解だと思うよ。ああ、さふぁが勝手に色々やってごめんね。」
ツインテールの少女が優しくほほ笑んだ刹那、真っ白な世界が砂のように消えていき、少女も塵となって消えていった。
十二話
一方でマイの世界にいる更夜はわずかに開いているKの世界に半蔵と才蔵が入らないように防御をしながら戦っていた。
たった一人の更夜に半蔵と才蔵は押されていた。
「……まったく隙がないですね。」
「その野生の勘や身体能力、どうみたって天性のもんですなァ。」
才蔵と半蔵は更夜に攻撃をしかけながら感心したようにつぶやいた。
「嬉しくないな。」
更夜が半蔵の蹴りを素早く避けながら返答した。
「やはり一筋縄ではいきませんか。この強さ……困りましたね。」
才蔵が影縫いや催眠術をかけるがかける前に更夜に気づかれてしまい、失敗に終わっていた。
「お前さんの兄、姉よりもお前さんは破格に強いですな……。当たらねぇ。」
半蔵は体術の技術で群を抜いていたが更夜にはまるでかなわなかった。
拳はすべて避けられてしまった。更夜は防御をしない。忍同士の戦いで防御をすると触れる一瞬の隙に強力な術をかけられる可能性があるからだ。
更夜は一瞬の間に拳や蹴りが飛ぶ方向を予測し、ありえない身体能力でそれを避けていた。忍でも化け物に感じるほど更夜は異色の強さだった。
更夜と互角に戦えたのは人間に交じって生活をしていた壱(現世)の時神過去神、栄次だけだ。更夜は後ろに守るものがいなければまったく隙を見せない。栄次との戦闘もスズの墓を守らなければ負けていなかったかもしれない。
半蔵も才蔵もはじめから更夜に勝てるとは思っていなかった。
「ちっ……やっぱり無理ですかい……。」
半蔵が悔しそうにそうつぶやいた時、ライ達がKの世界に繋がっていた空間から外に飛び出してきた。
「え?え?」
「戻ってきた……?」
ライとスズ、トケイ、セイが不思議そうにあたりをきょろきょろと見回している。
更夜も突然戻ってきたライ達にほんの少し驚き、短い時間だったが隙ができた。
その間に半蔵と才蔵が空間に向かって高く飛んだ。
「!」
ライの横を風だけが通り過ぎた。ライの目には才蔵も半蔵も映らなかった。
「ちょっと待った!一つだけ言わせて!」
半蔵と才蔵が空間に入り込む直前にスズが慌てて叫んだ。
才蔵と半蔵は空間の手前でぴたりと止まった。
「この先にはKがいる。Kは別に真実を隠そうとしていないわ。だから好きに入ればいいよ。だけどね、Kの真実を聞いた後、重大な選択をさせられると思う。……その時は『ちゃんとこちらに戻ってきた方がいい』と思うよ。」
スズの一言に半蔵は首を傾げ、ひとことだけ言った。
「よくわかりやせんがご忠告どうも。」
そしてわずかに開いた空間にためらいもなく飛び降りていった。
「無理やり入り込む予定でしたがなぜだか拍子抜けですね。お前の言葉、一応、聞いておきます。」
才蔵も一言だけ言って躊躇なく空間に飛び込んでいった。
「なんだ?あれでよかったのか?」
更夜は若干不快そうな顔でライ達を見据えた。
空間に入らぬように才蔵と半蔵からKの世界を死守していたのに「入ってもいいらしいのでどうぞ。」ということになり、更夜自身、少し気分が悪かったようだ。
「いいんだって。……わたし達、Kに会ったよ。追及しても仕方のない話だった。」
スズが目を伏せたのと同時にライ、トケイ、セイも同じように目を伏せた。
「よくわからんが……。その話、後で詳しく聞かせてもらうぞ。」
「……僕はきれいさっぱり忘れちゃったよ……。」
スズの横でトケイが声を上げた。
「実はね……わたしもよく覚えてないの。ライ、更夜に説明できる?」
スズも自信なさそうにライを見てきた。
「え……えっと……実は私もよくわからなくて……セイちゃん……説明できるかな?」
ライもうまく説明できそうになく、セイに話を振った。
「あの……私もよく説明できませんが……ただ、一つだけ心に残ったのは『私達は幸せなんだ』という事だけです。」
セイの一言を聞き、更夜は知らなくてもいいことなのだと思った。
「あなた達が今が幸せなら俺は別にKについて知らなくてもいい。俺達は限りあるだろう時間を可能な限り楽しく過ごすことに力を注ごう。Kを追及するよりもそちらに時間をかけた方が俺はいいと思うぞ。」
更夜は軽くほほ笑むと遠くにいるさふぁとマイに目を向けた。
さふぁもマイも戦闘が終わっている事に気が付き、こちらに向かって歩いてきていた。
「あーあ……Kの世界に入っちゃって戻ってきたんだね~ん。Kに怒られちゃうかな~ん……。で?それよりも平敦盛は~ん?」
さふぁが相変わらず抜けた声でライ達に声をかけてきた。ライの横でスズが盛大にため息をついた。
「あ、ああ、Kがさっさと元の世界に帰していたよ。Kが平敦盛を呼び寄せてね、当たり前のように世界へ帰してた……。元々Kの世界に呼び寄せるつもりだったんだってさ。だからわたし達は何にもやってないの。ほんと、やんなっちゃう。」
「そ、そうだったんだね~ん……。はやとちりだったかな~ん……。まあ、いっか~。」
スズの返答にさふぁはのんびりと言葉を紡いだ。
「一応、これでセイは守れたかね?」
話を聞いていたマイがライとセイに笑顔を向けた。
「うん……ありがとう。お姉ちゃん。でもお姉ちゃんはちゃんと罪を償わなければいけないと思う。本当は……セイちゃんも。」
ライは複雑な表情でセイを見つめた。セイもそれは感じているらしく、下を向き、「そうですね。」とつぶやいた。
「ライ、セイ、そうしたら私が罪を犯して捕まっていることが無駄になるではないか。私は色々な神を犠牲にして演技を続けてきたんだぞ……。」
マイはため息をつきつつ、呆れた顔を向けた。
「大丈夫。ここまで来たら私も何も言わないわ。……セイちゃんはこれから私と一緒に罪を償える方法を探そう?本当はいけないんだけど皆がセイちゃんを庇ってくれたんだからこれも運命だと思って……ね?」
「お姉様……。」
セイは目に涙を浮かべるとライの胸に顔をうずめた。
「さて。私ももう目覚める時間だ。この世界は消えるぞ。」
マイがそう言った刹那、世界が歪み、蜃気楼のようにマイの世界は消えていった。
この世界はマイが思い描いた夢の世界だ。マイの肉体は壱(現世)にある。弐の世界に来る時、普通は魂だ。眠っている時だけ心が世界を作り出す。目が覚めれば魂のマイは元の世界壱(現世)に帰っていく。
「お姉ちゃん!セイちゃんを連れて壱(現世)でちゃんとお礼を言いに行くから!」
「マイお姉様!ごめんなさい。それと私を救ってくれてありがとうございました!」
ライとセイはマイにそれぞれ想いを伝えた。
……フフ……ほんと手のかかる……。
マイはため息交じりに一言漏らすと塵のように消えていった。
世界が消えていき、トケイが慌ててライとセイに近寄ってきた。
「ライ、セイ、世界がなくなるよ。早く僕にくっついて!とりあえず、僕達がいる世界にいくけどいいよね?」
「え?う、うん。」
「お、お願いします。」
トケイの言葉にライとセイはとりあえず返事をした。もうすでに更夜達は消えていた。
彼らは霊なため、弐の世界を自由に渡れるので実態が見えなくなっても勝手に目的地に着いている。
しかし、一度は死んだが今は生きているセイや元々現世で生活しているライは弐の世界を渡ることができない。トケイは実態を持っているが弐の世界に元々住んでいて特殊な能力で壱に住む神を目的地へと運ぶことができる。
ライ達はトケイにしがみつき、なくなってしまった世界を見つめる。もう、地面もなく、足もつかない。あたりは宇宙のように何もなくなってしまった。
「じゃあ、行こうか。」
トケイは無表情でそう言うとライとセイをしっかりと抱えなおしてウィングでバランスをとりながら飛んでいった。
十三話
帰りはスムーズに帰る事ができた。トケイが自分自身が住む世界に導かれていたからだ。行きの大変さはなく、ライ達が二、三言何か話しただけで着いてしまった。
トケイはゆっくりと下降しながら白い花畑の世界へと足をつけた。
「着いたよ。」
「早い!」
トケイがライとセイを地面におろしてから不思議そうに驚いている二人を見つめた。
「そう?自分の世界に帰るだけだから簡単だよ。勝手に進むし。」
「そ、そうだったんだ……。」
ライがトケイに返答した時、更夜達も現れた。ただし、さふぁの姿だけはなかった。
「なんだかあっけなかったが……もうすべての事は終わったな?」
「やる事もうないよね?」
更夜とスズがそれぞれやり残した事を思い出していたが何も思い浮かばなかった。
「終わったのか?」
ふとライ達の前に逢夜と千夜、その後ろにひかえめに憐夜が立っていた。
「はい。一応、敦盛も元の世界へと帰ったようでございます。あのネズミの女もどこかへと行ってしまったようですが……。」
更夜が問いかけた千夜に答えた。
「そうか。才蔵と半蔵は……どこだ?」
「彼らはKの世界へと向かいました。」
更夜の発言に千夜ではなく逢夜が声を上げた。
「なんだと!」
逢夜が驚きの声を上げると同時にその隣にいた憐夜も眉をひそめた。
「大丈夫のようです。Kが言うには隠していないからだそうですが……。」
「Kに会ったのか?」
千夜が更夜に再び尋ねた。
「いえ。わたくしは会っておりませぬが絵括神ライ達が会ったようで。」
更夜はちらりとライ達を視界に入れた。
「会ったよ。」
スズが軽く答えた。
「それで?」
憐夜が興味深そうな顔でスズに返答を急かした。
「……わかった事は大きな世界の流れとわたし達が今、幸せだという事……Kを頼ってもKは何もできないって事……くらい。」
「そんな……私の時はぬいぐるみみたいな動物に外に追い出されたのに……Kに会えたなんて……。」
憐夜はため息交じりにスズにつぶやいた。
「憐夜は迷って入っちゃった魂だと思われたんじゃない?ま、とにかく、Kの所に行っても何にもないわけよ。というか、皆難しくて説明できないって言うのが本音なんだけど。」
「そうだったの?じゃあ、私はここから真剣にKについて調べてみる事にするわ。」
憐夜は目を輝かせてスズを見据えた。
「調べてもむなしくなるだけかもよ?」
「それでもいいわ。」
「憐夜、どうしてそこまでKにこだわっているんだ?」
逢夜が憐夜に小さく尋ねた。
「不思議な存在だからです。神でもなければ人間でもなく、霊かどうかも怪しい。」
憐夜は逢夜にひかえめに答えた。
「そうかよ。確かにこれから暇になるし調べてみるのもいいかもな。」
逢夜もどこか楽しそうに返事をした。
ライ達はKの秘密を知っていたがよく説明できなくて良かったと思った。これが彼らの生きがいになるかもしれないからだ。
「それではライとセイをそろそろ壱(現世)に送らねばならないか。いつまでも弐にいるわけにもいかんだろう?」
更夜がライとセイを見つめ、首を傾げた。
「もうちょっと……いたいんですけど……でも寄らないといけない所があるので一度、現世に戻りますね。それからまた絶対に来ますから!今はこの本でいつでもこの世界とつながっていますし!」
ライはワンピースの下から壱の世界の時神アヤが書いたという弐の世界の時神の本を取り出した。
「そうだな。まあ、機会があればまた来るといい。その時は居酒屋もやっている事だろう。」
「僕も歓迎するからいつでも来てね!待っているからね!」
静かに言い放った更夜の隣でトケイはどこか寂しそうに言葉を漏らした。
「まあ、この世界はなくならないからいつでも来なよ。あと、悩み事も相談しに来なさい。なんでも手伝ってあげるからね。」
スズはどこか偉そうにライ達に向け胸を張った。
「ありがとう!またすぐに来るわ。とりあえず、一度高天原に行ってくるね。」
「じゃあ、僕が送っていくよ。天記神の図書館までね。」
トケイがライとセイに手を伸ばした。
「お願いします。」
ライとセイは笑顔でトケイの手を握った。
トケイはセイを抱きかかえ、ライを背負い、空を舞った。
「また遊びに来るといいぞ。」
飛び去る時、更夜がライに向けてぶっきらぼうに言った。
「……はい。またすぐに会いに来ます!」
ライは更夜の一言が嬉しくて少し涙ぐみながら笑顔で更夜に手を振った。
「ライもセイも神でお前もトケイもスズも神なのか。なんだかただの霊の俺達は取り残されちまったな。」
逢夜は飛び去るトケイ、ライ、セイを茫然と見つめながらつぶやいた。
「大変申し訳ないのだが……。」
ふと、誰の声でもない女の声がした。地面から声が聞こえる。
更夜達はびくっと肩を震わせると下に目を向けた。魔女帽子と茶色の髪がちらりと見えた。
「……ああ!あんたはセカイ!」
スズが手のひらサイズしかない少女を見つけ声を上げた。
「私もいるよ~ん……あ~あ~……よけ~な事したかな~ん……。」
小さい人形、セカイの横にハムスター姿のさふぁもいた。
「ライとセイが帰った直後になんだ……。」
更夜はセカイとさふぁに目を向けた。
「実はこのたび、さふぁの勝手な行動であなた達に余計な事をさせてしまった事により、魂の調整を少しばかり失敗したので千夜さんと逢夜さんと憐夜さんをKの使いとして迎え入れなければならなくなった。……特に今と生活は変わらないので肩書きだけそういう事にしてほしい。」
「俺達は別に何もしていないぜ?」
逢夜がセカイに困惑した顔を向けた。
「失敗というよりもKにあなた達が気に入られてしまったという事。Kがさふぁの記憶を覗き、憐夜さんがKについてとても調べたがっていることをKが知ってしまった。それでKからスカウトして来いと言われた。Kについて理解したいのならば常にKに関わってみるしかない。私達からすればこれはプログラムのバグ。」
「つまりなんだ?Kの下で働けと言うのか?」
千夜は訝しげにセカイに尋ねた。
「いや……そうではない。Kとして迎え入れたいとKは言っている。しかし、あなた達の心では更夜さん達と離れたくないと言っている。だからKの使いとしてならKの世界ではなくこの世界に住めるという事。」
「なるほど。俺達の心を読んで先に答えを提示したのかよ。」
逢夜の言葉にセカイは表情無くこくんと頷いた。
表情のないセカイを一瞥した逢夜は目を閉じると憐夜に優しく言葉をかけた。
「憐夜、どうする?」
逢夜に問いかけられた憐夜は少し戸惑っていたが恐る恐る答えを出した。
「Kの事を知りたいのでやりたいです。……本当はお兄様、お姉様と何かをやっていたいって言うのが本音です。」
憐夜は後半、照れた顔つきでボソボソと言葉を発していた。
「そっか。そっか。俺はいいぜ!お前に付き合うよ。……お姉様はどういたしますか?」
逢夜は憐夜に笑顔を向けた後、顔を引き締めて千夜に問いかけた。
「答えは決まっている。私も憐夜と逢夜、更夜達と一緒にいたい。私もひとりぼっちで寂しかったのだ。」
千夜の一言で逢夜と憐夜の表情が和らいだ。
「決まりですね。……という事だ。さふぁだったか?お前のおかげで俺達のきずながさらに深まり、憐夜にやることができた。感謝しているぜ。」
逢夜が満面の笑みでさふぁを見つめた。さふぁは呆れた顔で「はあ~ん。」とため息をついていた。
「手続きは後で済ませる。今は少し休むと良い。またここに来るから。」
セカイが丁寧にお辞儀をし、憐夜を一瞥するとさっさと消えてしまった。
「あのセカイとかいう人形……私達の返答を予想して来たな……。まったくそんなに人の心を読むのは簡単な事なのか?」
千夜が頭をかかえつつ、つぶやいた。
「人形は人の心を映し出す鏡とも言います。人や霊、神とはまた違う存在なのでしょう。」
更夜は千夜にほほ笑み、そう言った。更夜の笑顔をちらりと横目で見た千夜は更夜にもう一つ尋ねた。
「ここに私と憐夜と逢夜が住んでも良いか?」
千夜にしては控えめな質問だった。
「もちろんです。私は構いません。」
更夜は柔らかく答えるとスズに目を向けた。
「ん?いいよ!トケイもわたしもいっぱいいた方が楽しいって思っているからね。逢夜……さん……は怖いけど嫌いじゃないし憐夜と遊べるからいいよ。」
「俺は怖いのかよ……。更夜よりかは柔和だと思ってたんだがなあ。」
「ま、とにかく、逢夜さんと千夜はケガしてるっぽいから中で休んでてよ。なんならわたしが手当てするよ!」
スズの発言に逢夜と千夜の顔色が悪くなった。
「いや、いい。」
二人はまったく同じ返答をスズに返すと「悪いが休ませてもらうぞ。」と更夜に一言言って家の中へと入って行った。
「いやねえ。せっかく手当してあげるって言ってるのに。」
どこか寂しそうにスズが去っていく二人の背中を眺めていた。
「やめとけ。お兄様、お姉様は医療の腕もある。スズが下手に動くよりはマシだ。」
「えー!下手って言ったね!」
更夜の言葉にスズが反応を示した。
「スズ、私が教えてあげよっか?私、こう見えてもけっこう治療とか得意なんだ。」
むくれているスズに憐夜が明るい笑顔で声をかけた。スズは憐夜の笑顔を見た瞬間、機嫌が良くなった。
「え?教えて!教えて!これでわたしもできる女に。」
スズは憐夜の手を握り、上下に振った。
気分が上がっているスズに更夜はため息をついた。
「その前にお前はちゃんと料理ができるようになれ。毎回、鍋を吹っ飛ばされたんじゃ居酒屋として成り立たん。」
「わ、わたしは運ぶ係で……が、がんばるよ……。れ、憐夜!いこ!」
スズははにかみながら憐夜の手を取り、家の中へ逃げていった。
「……まったく……。」
更夜は頭を抱えたがどことなく幸せな顔をしていた。
十四話
トケイはライとセイを抱え、宇宙のような真っ暗な空間をただ飛んでいた。
「たぶん、もう少しで天記神の図書館だよ。」
「そうなの?本当に毎回行き方が変わるのね……。」
ライは抱えられながら不安げにトケイを見上げた。
「弐の世界だからね。一秒たりとも同じだったことがないよ。」
トケイは当たり前のように言った。ライ自身、なんだか弐の世界に深くいすぎたような気がして元々生活していた壱の世界を忘れてしまいそうだった。
「お姉様!」
ふとセイに声をかけられ、ライはセイが指差している方向に目を向けた。
目の前に天記神の図書館がぼんやりと映っていた。
「うん。着いたよ。」
トケイは表情無くつぶやくとライとセイをそっと放した。
「え……?」
いきなり手放され、ライとセイは驚いて声を上げた。体は図書館へと引き付けられているがまだ宇宙の空間。ライ達はふわふわと浮いている状態だった。
「僕はここまでしか送れないからさ。後は流れに身を任せていれば着くよ。」
トケイはどこか寂しそうで何かを言いたそうな顔をしていた。
「トケイさん!ありがとう!」
ライはとりあえず笑顔でお礼を言った。その笑顔を見てからトケイは顔を引き締め口を開いた。
「あ、あのさ!またいつでも来ていいからね!……ち、近いうちに……あ、会いに来てね。絶対だよ!ライもセイも会いに来てね!」
トケイは慌てて言葉を追加した。その一言がどうしても言えず、トケイは先程からまごまごしていたようだった。
「うん!会いに行くね!」
「私もご一緒できればさせていただきます!」
ライとセイが声を張り上げて笑顔で手を振った。ライとセイはもう天記神の世界へと引き付けられ、トケイとはもうだいぶん離されていた。
トケイに手を振っているとトケイも控えめに手を振り返してきた。
次第にトケイの姿が蜃気楼のように消えていき、
「じゃあね!待っているよ!」
という声を最後に完全に消え去った。
「……いい方達でしたね……。お姉様。」
「……うん。けっこう助けられちゃった。」
セイとライはいつの間にか霧深い天記神の図書館前に立っていた。図書館のまわりには花をつける盆栽がきれいに手入れされた状態で並んでいた。
「優しい……心に触れた気がしました。」
「そうだね。あの人達……更夜様とかスズちゃんは人間だったんだよ。……セイちゃんは人間を嫌いになりそうだったみたいだけどああいう人もいるし、私達だってその人間の想像から作られたんだから、誰が嫌いとかそういう事は言わないで皆を幸せにしてあげよう?人が優しくなるには失敗をしないと本当の優しさには近づけない。更夜様もスズちゃんも逢夜さんも千夜さんも……皆一度だけじゃなくて何度も失敗しているんだからね。セイちゃんも心に触れてわかったでしょ?」
「……はい。」
「だからあの子達……ショウゴ君やタカト君やノノカさんを否定しちゃだめだよ。」
ライはセイの頭をそっと撫でた。
「……はい。」
セイは下を向き、後悔をかみしめながら小さく返事をした。
「じゃあ、いこっか。」
ライがほほ笑みながら促そうとした時、何かにぶつかった。
「!?」
「あ、あら!ごめんなさい。後ろでちょっと話を聞いていただけなのだけれど急に振り返ったからびっくりしちゃって避けられなかったわ。」
ライ達のすぐ後ろにいたのは天記神だった。天記神は心は女だが高身長の男で体つきもそこそこいいのでぶつかると少し痛い。
「天記神さん!無事にセイちゃんを連れて来れました!」
ライはぶつかった鼻の頭を押さえながら天記神に笑顔を向けた。
「良かったですわね。いきなり走り出して行ってしまったからとても心配したのよ。あなたは壱の神なのだからあまり無理はされないように。」
天記神はどうやらライに少し怒っているようだった。しかし、話し方が優しすぎるので実際はよくわからなかった。
「心配かけてごめんなさい。」
ライは一応、小さくあやまっておいた。
「いいのよ。それよりもセイちゃんが戻ってきて良かったわね。厄神に落ちそうになっていた時はどうしようかと思いましたわ。」
「ごめんなさい……。」
天記神の言葉に今度はセイが謝罪をした。
「それで?もう終わったのかしら?」
「はい。弐の世界ではもう何もありません。私達はこれからお姉ちゃんに会いに行こうかと思っています。」
ライは真剣な顔で天記神を見上げた。
「そう。今回は会わせてもらえるかしらねぇ……。」
「今回は大丈夫だと思います!私も堂々と行ける理由があるので。」
「そ、そう。」
ライに押され、天記神は戸惑った声を上げた。
「では!また来ますね!色々ありがとうございました!無事セイちゃんを助けられました。お礼はまたしにきます!」
ライは元気よく挨拶をするとセイの手を引き、天記神の図書館を横切り、再び霧の中へと消えた。
「あら……早いのね……。若い神は元気ねぇ……。お礼なんていらないのに。」
あっという間に消えてしまったライとセイに天記神は困惑した表情ではにかんでいた。
十五話
そんな天記神を置いてライとセイは壱(現世)の世界の図書館へと戻ってきていた。一般の壱の神々が唯一行ける弐の世界が天記神の図書館だ。
天記神の図書館は壱の世界の人間が使用する図書館とつながっている。しかし、人間は入れない。
霊的空間に入れる神々だけが天記神の図書館へと行く事ができるのだ。そもそも人間に霊的空間は見えないので入ることなど元々できない。壁の裏側など神々にしか見えない空間になっているのだ。
今、ライ達は天記神の図書館から現世の図書館へと帰ってきたので説明とは逆になる。
ライ達が立っている場所はどこかの図書館の霊的空間の中だ。
「セイちゃん。行こう!」
「はい。」
セイはライに従い、誰も歩いていない廊下を歩き始めた。少し歩くと急にがやがやした空間に出た。
「ここからは人間がいる図書館のようね。」
ライは辺りを見回すと再び歩き出した。セイも後を追う。
目の前で紙芝居の会と名乗っている大人達が子供に紙芝居の読み聞かせをやっているが誰もライ達に気が付くものはいない。ライ達が出てきた霊的空間はライ達には廊下と本棚が続いているように見えるが人間達には壁に見えているようだった。
そしてライ達は例外を除いて人間の目に映らない神なので元々人に気が付かれない。
そのまま何事もなくライとセイは図書館を出た。
外は暖かいのか寒いのかよくわからなかった。
「……あれ?今、何月だろう?」
「わかりませんが……三月が四月くらいではないですか?」
「ええっ!あれから時間まったく過ぎていないの!?」
セイの発言にライは声を上げて驚いた。弐の世界にかなりの時間いたような気がする。
「……弐の世界は不確定要素が強い世界のようです。時間感覚も入り込んだ世界によって違うので壱(現世)に住む神々は弐に行くと狂ってしまうのはわかるかもしれませんね。そもそも弐の世界は霊魂の世界。もう不変なのでしょう。世界によっては壱に戻ってきた時に半端なく時間が進んでいる場合もあるかもしれませんね。」
セイは少し迷いながらライに言葉を発した。
「そ、そうなのかな……。」
ライも戸惑っていると目の前にひときわ大きなカラスが飛んできた。
「……て、天様!」
セイがカラスを見て叫んだ。
「セイ。なぜ弐から出てきたか。お前はもはや、弐の世界で生活するしか居場所はないのであるぞ。」
カラスは突然、男になり天狗のような姿へと変わった。
「そ、それは……。」
セイが返答に困っていたのでライが真剣な表情で口を開いた。
「天さん。私は絵括神ライです。セイの姉です。私は何も言わないですけど見つかったらそれでいいと思っているの。マイお姉ちゃんははっきり言えば勝手にセイちゃんの罪を隠しただけ。お姉ちゃんが勝手にやった事なんだからお姉ちゃんに従う事もないと思うの。」
ライの発言に天は複雑な表情を浮かべた。
「それではマイがやった事が無駄になるではないか。これでも導きの神としてだいぶん見逃した方なのである。マイがやった事も本来なら許される行為ではないのであるぞ。笛はマイが取り返した事を忘れるでない。」
「……笛に関してはわかっているわ。だから私はこの罪の件を高天原には報告しない。だけど、何かの拍子でバレてしまった時は包み隠さず全部話すつもりでいるわ。」
「……。それはお前が決める事ではないであろうが。セイが決める事であるからして。」
天はセイを心配そうに見つめた。
「天様。私はもう間違いを犯しません。もう一度、この世界で音括神セイとしての業務をやりたいんです。罪滅ぼしではないんですが少しでも内に秘めたひらめきを外に出せたらいいなと今は思います。もし業務に戻り、高天原に真相が知れてしまって罪に問われたら私はそれに従います。でもそれまではマイお姉様のご厚意に甘えてできるかぎりの業務を行っていきたいと思っています。」
セイは天の様子を窺いながら言葉を紡いだ。
「はあ……。そうであるか……。そうしたらばワタシも罪をかぶらなければならないのであるな。見逃した罪を。」
「あ……。」
ライとセイは同時に声を漏らした。
「気づいていなかったのであるか?ワタシが罪に問われる事を。これだからこの姉妹は……。まあ良いのである。見つかったらワタシも罪を被ってやろう。」
「天さん……。」
「天様……。」
天の言葉にライとセイが同時に声を上げ、目を潤ませた。
「今回は色々と複雑なのである。よく考えて行動されよ。見つかったら罪を被ってやるつもりだがなるべく見つかりたくないものである。ワタシは後はお前たちに任せる。」
天はため息をつくとそのままカラスに戻り、空へと飛んで行ってしまった。
「……私、何も考えないであんな偉そうに言っちゃったよ。セイちゃん。」
ライは茫然とカラスが飛んでいった方角を見据えていた。
「やはり私は違う方向で罪を償っていくことにします。見つかってしまったら私だけ悪者になるように言って罰を受けます。」
「セイちゃん。私も罪を被るから!皆同罪でしょ。」
「お姉様は関係ありません。私だけ罰を受けます。それでいいのです。」
「じゃ、じゃあ私はやっぱり全力でセイちゃんの事がばれないように動くよ。」
セイとライも感情が入り交じり、単純に高天原に罪の公言ができなくなっていた。
このまま今の状態で均衡が保たれればいいとライは切実に思った。
「……まだ見つかっていないしさ、見つかったら何とかしよう?」
「……はい。」
セイも答えが見つからずにライに返答した。
「とりあえず、一回お姉ちゃんに会いに行こう!」
ライがセイの手を取った。
「はい。」
セイもライをまっすぐに見据え答えた。
そしてすぐに神々の使い、鶴を呼んだ。鶴はすぐに来た。
「よよい。お待たせ。……ん?絵括神ライに音括神セイかい。ずいぶん久方ぶりのような気がするよい。何してたか知らんけどな。」
鶴は人型をとっておらず、鶴のままで言葉を発した。男の鶴のようだ。その他に五羽ほどの鶴が待機しており大きな駕籠を引いている。
ライ達はその駕籠に乗り込んだ。駕籠は三人乗りで窓がついており、その窓にカーテンがかかっている。不思議な造りである。
「高天原まで行ってくれるかな?」
「はいはい。」
駕籠の外で鶴が緊張感のない声で答えた。鶴は特に色々と詮索をしてこなかった。そのまま素直に空に舞い、ライ達の乗った駕籠を引き、高天原へと飛んだ。
しばらく空を飛んだ後、高天原入場ゲートの前で鶴と別れ、身分証明と認証を終えてライとセイは高天原東へと入った。
「今度はちゃんとお姉ちゃんに会うよ!」
「今度はってお姉様、マイお姉様に一度会いにいらしたのですか?」
ライの独り言を聞き、セイは首を傾げながら尋ねた。
「うん。あの時はね……天御柱神……みー君に追い出されてね……。」
ライは肩をすくめると動く歩道の上に乗った。高天原東は人間の技術よりも少し先を行っている所である。
辺りは近未来的なビルが並び、道路はすべて勝手に動く。この高天原も霊的空間、特に電気などもない。東の頭である思兼神ワイズが想像し創り出した世界である。高天原も神も皆、霊的ものであり人に作られた者達である。
壱(現世)に住む人間達からすればこれは幻の世界であった。
「みー君には会いたくないけどたぶん、会うと思う……。でも今回はお姉ちゃんに会わせてもらう!」
「はい。私も会って言いたい言葉があるんです。」
ライとセイは会話をしながら迫ってくる城を見上げた。ワイズの居城は金閣寺を悪い意味で進化させたような城である。金の壁に金の屋根、目が眩しく、太陽の照り返しが強い。
ライとセイはその異様な城の前まで来るとなぜかついている自動ドアから中へと入って行った。
いつしかの時のようにライはまた誰かとぶつかった。
「ごめんなさい!」
「うわっと。すまんな。……ってまたお前かよ。」
ライがあやまってから顔を上げると目の前に不機嫌そうな顔で男が立っていた。橙の髪に青い着物、鋭い目、なんだかよくわからない鬼のお面。
高身長の男は見た目、少し怖い。
「みー君!また会っちゃった……。」
「会っちゃったって……俺に会いたくなかったのかよ。あ、別に変な意味じゃねぇぞ。お前がそんなに残念そうな顔でいるから気分が悪いだけだ。」
みー君はため息交じりにライを見た後、隣にいるセイに目を向けた。セイはライの影に隠れ、少し怯えていた。
「ん?お前はライの妹のセイじゃないか。いままでどこに行ってたんだ?」
みー君に問われセイは震えながらライの影に隠れた。
「えっと……その……。」
「……ま、いいか。セイ、そんなに怯える事はないぜ。俺は別に何もしないからな。怒ってもいないし。」
みー君はセイを落ち着かせようと優しく声をかけた。
「みー君は紳士だもんね。」
「そういう事だ。」
ライの言葉にみー君は大きく頷いた。
その後、めったに帰ってこないライとセイが何をしにここに来たのか思い出したようにみー君は尋ねた。
「で?お前ら、何しに来たんだ?ただ帰ってきただけか?」
「違う。違う。マイお姉ちゃんに会いに来たんだよ。」
「またマイか。いいがマイは重大犯罪神だ。会話などすべて記録させてもらうぞ。これは前にも言ったよな?」
「いいよ!」
みー君がため息交じりに確認をとった刹那、ライは会話に被せるように元気よく言い放った。
「そ、そうか。このあいだと態度がずいぶんちげぇな。……俺が同席して会話の記録をさせてもらうのが条件でなら会わせてやるよ。」
「うん。お願いします。」
ライははっきり言うとセイを見た。セイも控えめに小さく頷いていた。
「わかった。ついて来い。」
みー君はワイズの城内部の一階ロビーから地下牢へと続く隠し階段を開いた。ロビーの端の方で床を蹴ったら床の一部が横にずれて階段が現れた。
「ちょっと待ってろ。」
みー君はそう言うと目の前に浮かび上がるアンドロイド画面にパスコードを入力し、神力の提示をした。
「や、やっぱりそのままじゃ入れないんだ。」
「当たり前だろ。神力の提示にパスコード、おまけに結界が四層にもなって連なっている。お前達には強すぎる結界なんで消滅したくなかったら俺に掴まっている事だな。」
みー君の一言にライとセイは顔を青くし、急いでみー君にしがみついた。
「そ、そんなにくっつくんじゃねぇ!腕を掴むとかでいいんだよ!」
みー君に抱き着くようにくっついていたライとセイは慌てて腕を掴んだ。みー君の頬に赤みが差していた。みー君は女性に関してはとてもウブである。
頭を抱えたみー君はセイとライを連れて地下牢の階段を降り始めた。
みー君にくっついて歩いている限りだと何ともない。しかし、この階段には四つの強い結界がかけられているようなのでライとセイは警戒をしていた。
階段を降りきると廊下を挟んで沢山の牢部屋が並んでいた。牢の中には神はいなかった。
薄暗いのかと思っていたが意外に明るかった。
「あ、あの……みー君……。ここって誰も捕まっていないの?」
ライが控えめにみー君を見上げ恐る恐る聞いた。
「ああ。ほとんど使ってねぇな。ここは。そんなでかい騒ぎを起こす奴なんてめったにいないからな。」
みー君は軽く笑うとある一つの牢屋の前で立ち止まった。
「ここだぜ。おい、マイ。面会だ。」
みー君が牢の中にいる白い着物の女に声をかけた。牢の内部は畳の部屋が広がっており、端の方に布団がたたまれていた。
「これはこれは天御柱様。残念ながら今起きたばかりなのだ……。拷問もお仕置きも後にしてくれ。」
「お前は本当に変態かマゾか……。一度もそんな事、やったことねぇだろうが。」
「ははは。あなたはからかえばからかうほど面白い。」
マイはみー君の方を向くとクスクスと笑った。
「っち、調子狂うぜ。それより面会だ!面会!」
みー君が顔を曇らせながらライとセイを牢屋越しに突き出した。
「ライとセイか。ふむ。……偶然か必然か夢であなた達が出てきたぞ。」
マイはライとセイの顔を見るなり柔和にほほ笑んだ。
「うん。お姉ちゃん、一言だけ言いに来たの。セイちゃんと。」
「はい。」
ライとセイはお互い顔を見合わせるとマイに向き直り、一呼吸おいてから同時に声を上げた。
「ありがとうございました!」
ライとセイは一言だけ大きな声で言い、後は頭を下げていた。
「はははは!なるほどな。顔を上げろ。お前達の気持ちはよくわかった。」
マイはライとセイの一言を聞き、愉快そうに笑っていた。
弐の世界でつながっていたマイ、ライ、セイはこの一言だけで通じた。
説明する必要はない。マイには十分すぎるほどライ達の気持ちが届いていた。
記録をとってもこれではなんだかわからない。誰にもわからない。三神だけの秘密だった。
「……なんだ?」
訝し気な顔をしている者はみー君だけであった。
「すっきりした。じゃあ、行こうかセイちゃん。」
「はい。」
ライとセイはお互いほほ笑むとみー君を見上げた。
「な、なんだよ?もういいのか?」
「もういいよ。」
「はい。」
戸惑うみー君にライとセイは大きく頷いた。
セイを救ってくれてありがとう、笛を取り返してくれてありがとう……色々な意味を含む感謝の気持ちだった。
みー君にはこのありがとうの一言を発した意味がわからない。みー君はなんだかわからずにマイを見ていたがマイはくすくすと笑っているだけだった。
仕方なくみー君は歩き出し、ライとセイが続いて歩き出した。他にマイに何か言葉をかけるわけでもなく、颯爽とマイの前から消えていった。
一人取り残されたマイはフフっと不気味に笑うと
……本当に手のかかる……。
と一言つぶやき、二度寝をするつもりなのか布団を再び引き始めた。
十六話
あれから時間が経ったのか経っていないのかよくわからない。ここは弐の世界。
半蔵と才蔵は風の便りで聞く限りではまだこちらの世界に来ていないようだった。
彼らがどうなったのか、まだKの世界にいるのか……それはもうわからない。
別段、気にする感じでもなく更夜はぼんやりとこたつに入り温まっていた。
更夜が入り込んでいる大きなこたつにはミカンの籠が乗っている。ここは更夜達の家の一室であった。
「さて。こたつでミカンにするか。なんて意味わかんねぇよな。俺の妄想に付き合ってもらってすまねぇな。」
逢夜が目の前にあるこたつに滑り込み、楽しそうに笑っていた。
電気はないがここは弐の世界、どういう仕組みかはわからないがなぜか温かかった。
更夜、逢夜、千夜、憐夜、スズ、トケイはこたつを囲み、とりあえずミカンに手を伸ばした。
「このミカンはなかなかうまいな。そしてなぜか今、とても寒いのだが……。」
千夜はミカンを食べながら障子戸の外へと目を向けた。わずかに開いている障子戸からちらちらと雪が降っているのが見えた。
「……ええっ!いままで雪なんて降ったことなかったのに!」
スズは降ってくる雪を見、驚きの声を上げた。
「まあ、ここは弐の世界だからな。何が起きても不思議ではない。」
更夜は別に驚く風もなく淡々と答えた。
「あ、あの……それよりも……Kの使いになったら私達は何をすればいいのでしょうか?」
憐夜は雪よりもそっちが心配だった。
「まあ、別になんもしなくていいんだろうな。手伝ってくれって頼まれたら手伝えばいいぜ。ほら、ミカン。」
逢夜は憐夜の心配を吹き飛ばすような笑顔でミカンを憐夜に手渡した。
「ありがとうございます。」
憐夜は遠慮がちにミカンを受け取り食べる。
「おいしい!」
「だろ?Kの事は忘れろ、忘れろ。後で調べに行こうぜ。」
憐夜の輝かしい笑顔に逢夜は自然と憐夜の頭を撫でられた。
「こうやって皆でこたつ囲むのもいいね。僕も楽しくなってきたよ。」
憐夜の横に座っていたトケイは無表情だったが声が乗っていた。トケイの向かいに座っているスズがミカンを食べながら元気に声を発した。
「ねえ、憐夜、雪だるま作ろっか!」
「え?雪だるま?楽しそう!いいよ!スズちゃん。」
スズが立ち上がり、憐夜も紅潮した頬のまま元気よく立ち上がった。
「お、おいおい……。」
更夜が戸惑った声を上げているとトケイも勢いよく立ち上がった。
「うん!僕もやる!おっきいの作ろうよ!」
「あ、あのな……お前達……まだこたつを囲んで数分しかたっていないからもう少しこたつで……。」
更夜が三人をなだめるが三人はもうやる気満々だった。
「おいおい。外寒いぜ。」
逢夜も三人を止めるがこの次に発せられた千夜の言葉で重い腰をあげる事となった。
「手袋と長靴は玄関に置いておいたぞ。」
「お姉様いつの間に!」
「みなでかっこいいのを作ろうじゃないか。」
この千夜の一言で憐夜、スズ、トケイの心に火をつけ、更夜も逢夜もため息をつきながら立ち上がった。
「よし。じゃあリアルなダルマ作ろう!僕頑張るよ。」
「えー、かわいいのがいい。動物の耳つけよーよ。」
「私はトケイさんとスズに任せるわ。」
トケイ、スズ、憐夜が楽しそうに会話をしながら歩き出した。
「お兄様!お姉様!早くお外へ行きましょう!」
憐夜は更夜と逢夜と千夜を生き生きとした表情で見つめるとスズとトケイに連れられて玄関へと走って行った。
「っち、しかたねぇな。おい、憐夜、滑って転ぶなよ。スズ!ちゃんと手袋しろ!トケイ!上着を羽織れ!上着を!畜生、さみぃ!」
逢夜はふてくされたような声で楽しそうな三人に叫んだが顔はとても幸せそうだった。
「……更夜、すまない。これから我が兄弟がお世話になる。」
最後に残った千夜が更夜にそっと頭を下げた。
「お姉様、お顔を上げてください。私は構いませぬ。スズもトケイも楽しそうにしております。私は満足です。」
更夜は千夜にしっかりと答えた。千夜は優しくほほ笑んだ。
「私達はこれからKの使いとなった。やる事もあり、仕事もあるだろう。私は今を楽しもうと思う。ああ、そうだ。お前のところは居酒屋だったな。私もそこそこ料理が上手いんだ。使っていただけたら光栄だな。店長。」
千夜はいたずらっぽい笑みを更夜に向けた。更夜は千夜のこんな表情は初めて見たのでとても戸惑っていた。
「い、いえ……そんなたいそうなものではございませぬ。もし、手伝っていただけるならお願いしたいと思います。」
更夜はかろうじて言葉を返した。千夜はその反応を見て面白かったのかクスクスと笑うと「お前も早く来い。皆が待っているぞ。」と言い、小走りに玄関へと向かった。
更夜は一人和室に残された。外ではスズ達が楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてくる。それに被せて何やら指示を出している逢夜の声も聞こえた。
……これが幸せか……。
更夜は一人そんなことを思った。
食べかけのミカンを口に含み、誰にともなくつぶやいた。
「……雪を降らせてくれてありがとうな。それから、住人が増えた。俺の兄弟だ。よろしく頼む。」
更夜が誰にともなくつぶやいた直後に男の声がすぐに頭に響いてきた。
……構わん。幸せに暮らせ。俺は現世からお前達の世界を守っているぞ。
「すまんな。壱の世界の時神過去神……栄次。」
更夜は声の主を栄次と呼んだ。その栄次の他にもう一人、違う男の声が頭に響いてきた。
……まあ、これは俺の世界だけどなあ。栄次のアレンジが強すぎて俺の世界かどうかもうわかんなくなっちゃっているが。まあ、いいや。
「壱の世界の時神未来神、プラズマか。すまないな。また疲れて眠った時に来るといい。きっとその時は今よりも良いもてなしができるだろう。」
ささやいた更夜に現世にいる時神未来神、プラズマと時神過去神、栄次は同時に笑い声を漏らし、消えていった。
……さて。
……春が来るまでこの美しい夢を見させていただくとするか。
更夜は一人、優しくほほ笑むと白く輝いている玄関に向かい歩き出した。
何物にも染まっていない真っ白な雪が太陽に照らされてきらきらと輝いていた。
夜を生きていた更夜にはそれはとてもまぶしかったが、なぜかとても心地が良かった。
これからこの幸せに色をつけていくのだと思えば寒さもまぶしさも特に気にならなかった。更夜は生きているうちに感じる事ができなかった高揚感を胸に手袋と長靴を履き、真っ白な世界へと飛び出していった。
十七話
しばらく時間が経った。寒い冬は完璧に終わりを告げ、今は桜が散り始めている少し蒸し暑い季節である。現にライは上着を脱ぎ、ボーダーのワンピース一枚で桜並木の有名な公園を歩いている。自分よりもはるかに高い木々を見上げながら落ちてくる花びらを眺め、ほほ笑んでいた。
太陽は真上にある。今は昼過ぎだ。
ちなみにセイは今、通常業務に取り組み、真面目に生活しているため、ライとは少し疎遠になっている。
「きれいな桜。散っている桜もいいわね。」
目を輝かせているライは軽い足取りで公園内の遊歩道から広場の方へと足を向けた。
今日はある神々との待ち合わせをこの広い公園内でしていた。桜並木の遊歩道を少しそれると子供達が遊んでいる広場に出る。この広い草原のような広場でライは立ち止まった。
「……サキ、どこにいるんだろう?」
ライがそこら辺でシートを広げてピクニックをしている人達を一人ひとり見つめながらサキという少女を探した。
「ああ!いたいた!ラーイ!こっちだよ!おーい!」
少し遠くの方でライを呼ぶ女の声がした。ライは声が聞こえた方に顔を向けた。視界の端で手を振っている黒髪の女が映った。女は深い青色のワンピースに白いレースがついているカーディガンを重ね着していた。シンプルにまとめているがとてもおしゃれな感じだった。
「ああ、いたいた!サキ、今行くよ。」
ライはサキがいる方向へと走って行った。サキは広めのシートを下に敷いて座っていた。
「久しぶりだね。ライ。はいはい。座って座って。」
ライはサキに促されるまま靴を脱ぎ、シートの空いている部分に腰を下ろした。
「いい席だね。ここ。桜がとってもきれいに見えるね。……ん?」
ライが桜に感動し、再びサキの方に目を向けた時、サキの隣にもう一人少女が座っていることに気が付いた。
サキの隣に座っている少女は茶髪を肩先までで切りそろえた髪形をしており、少し小柄な感じだった。ピンクのシャツに紅色のキュロットスカートを履いている。
「えっと……。」
「ああ、お初ね。私はアヤ。よろしくね。現世で時神現代神をやっているわ。」
アヤと名乗った茶髪の少女はライににこりとほほ笑み丁寧に答えた。
「時神さん!え、えっと……私は芸術神、絵括神ライです。で、こっちが太陽神の姫様の……輝照姫大神のサキ。」
ライは戸惑いながら自己紹介をすると今度はサキを紹介し始めた。
「知ってるわよ。彼女は友達だもの。ねえ?」
アヤはクスッと笑みをこぼし、サキを見つめた。
「ライはときたま天然だと思うよ。まったく面識がない神を公園のピクニックに誘うわけないじゃん。婚活パーティじゃあるまいし。」
サキはライの言動に大笑いをしていた。
「そ、そうだよね……。って、サキ、笑いすぎだってば!」
「あははは!ごめん。ごめん。アヤとライは面識なかったけどあたしは二人と知り合いだったのさ。この際、同じ年齢の神の友達を増やそうと思ってね。ライも色々あったみたいだし。ひとりで抱え込むのはなんだかなあってね。」
サキの言葉にライはドキっとした。ライはサキにいままで起きた事件をまったく話していなかったはずだ。
「い、色々って……?」
ライが動揺しながら平静を装う。
「隠しても無駄だよ。ここには時神アヤがいるんだからね。」
サキはライの肩を叩きながらアヤに「ね?」と目を向けた。
「まあ、私はあまり関係ないのだけれどこっちの世界の過去神栄次と未来神プラズマが弐の世界にいる更夜さんとスズさんとトケイが何かバタバタと動いていたらしいと聞いてね。あなたの名前が出たものだからお話を聞きたいなと思ったわけ。」
アヤはライにため息をつきつつ答えた。
「こ、更夜様とスズちゃんとトケイさんを知っているの?」
「知っているわよ。って、なに?更夜様って……。またなんで様付け……。」
「あはは!様とかライ、あんた面白いねぇ。」
アヤとサキはライの更夜様に反応をした。ライは顔を真っ赤にしながら下を向いた。
「ああ、ごめんなさい。サキ、笑いすぎ。……で、なんで知っているかよね?」
アヤは話を元に戻しつつ、サキの肩をパンっと叩いた。
「やっぱり……その時神さんのつながりとか……かな?」
ライは頬の熱を冷ましながら再びアヤに問いかけた。
「そうね。話すと長くなるのだけれどトケイを今の形にしたのは私なの。それで更夜さんと栄次は古くからの付き合いでプラズマはよくわかんないけど更夜さんとスズさんとトケイが住んでいる世界の主みたい。家とか花とか中にあるものは栄次が想像して作ったもの。あの時は大変だったわ。ちょっと前に起こった事件よ。……この話、更夜さんからされなかった?」
アヤは桜を眺めながら風呂敷包みを開く。中にはおいしそうなおにぎりが入っていた。
ライはおにぎりを眺めながら少し前の記憶を辿った。
……そういえば……スズちゃんに出会った初めの頃に何か言っていたような……。
ライはふと風呂に入ったことを思い出し、更夜に下着を見られたことが記憶として蘇り、顔を赤く染めた。
「え?何?今度はなんで顔赤くしているの?」
「な、なんでもないよ……。」
アヤは不思議そうにライを見ていたがライは両手で顔を覆い、首を横に振っているだけだった。
「ま、まあ、つまりね、そういうわけで私達時神も実は更夜さんやスズさん、トケイとかとつながりがあってね……色々と事件があったわけ。更夜さん達と関わった事件はけっこう危機だったのよ。過去神の栄次が弐の世界に入ってしまって……まあ、もう終わった事だけれど。」
アヤはふうとため息をついて水筒からコップにお茶を注いでそれぞれに配った。
「そ、そうなんだ……。その話も後で聞きたいな。」
ライはアヤからお茶を受け取ると一口飲んだ。ライの横でサキがおにぎりに手を伸ばしながら声を上げた。
「でさ、あたしはあたしで忙しかったわけよ。あんたんとこの姉貴がデッカイ事をしてくれちゃってさ。捕まえるのに苦労してさ……。結局、マイが持っていた笛がなんだったのかよくわかんないままマイはすがすがしい顔で捕まってねえ……。もうわけわかんないのなんのって……。」
サキはため息交じりにおにぎりを頬張った。
「そっか。お姉ちゃんらしいね。……サキ、迷惑かけてごめんね。ほんとごめんね!」
ライはいままであった事を話すわけにはいかなかった。マイが全力で守ったセイを罪神にしたくない。ここまで頑張ってくれた更夜、スズ、トケイ達に申し訳が立たない。
「あんたさー、なんか知ってんでしょ?ね?みー君が言ってたよ。マイとライは何かを隠しているって。」
サキの尋問にライは目を伏せた。
「ごめんね。サキ。それは言えないの。お姉ちゃんがやった事は許される行為じゃない事はわかっているよ。サキにケガも負わせた……私がお姉ちゃんの代わりになんでもするから許してください。本当にごめんなさい。お姉ちゃんはちゃんと罰していいから……鞭打ちでも火炙りでも封印でもなんでもいいから……どうかお姉ちゃんが守ったものには触れないで……お願い。お願いします!」
ライは苦しそうな表情でサキに頭を下げた。いくら知り合いだと言ってもサキの神格は破格だ。ライがサキに勝てる術はない。サキという友達も失いたくないし、マイが起こした事件の本当の事も知られたくない。ライはただ、頭を下げて懇願する事しかできなかった。
「ら、ライ……。いいよ。もうわかったよ。ごめんよ。もう聞かないからさ。やっぱり、マイは何かを守ってあんな非道な事をやったんだね。それがわかっただけでいいよ。ライ自身がこの件は解決したって思っているならもう詮索はしないでおく。マイに関してはみー君の部下だけどさ、みー君、紳士だからさ、マイに何にもできないみたいだし、もうこの件はお蔵入りかなーなんて思ってんだけどね。あたしは。」
サキは慌ててライの頭を上げさせた。ライは目に涙を浮かべながらこの優しい太陽神に心底感謝をした。
「本当にごめんね……。サキ……。」
「いい。いい。ただ、マイはこれから厳重に東のワイズに管理されることになると思うけど、それはもうしょうがないって思ってくれよ。」
「うん……ごめんね。サキ。」
サキは軽くほほ笑むと暗い顔をしているライにおにぎりを手渡した。
「それで……私達、これから友達よね?」
話の成り行きを見守っていたアヤはライとサキにそっと声をかけた。
「そうだね。」
「友達になってくれたら嬉しいな。」
サキとライはそれぞれアヤに正の答えを返した。
「じゃあ……今度、何かに困ったらすぐに三人に報告するっていうのはどうかしら?」
アヤの提案にサキとライは目を輝かせて頷いた。
「そうしよう!なんか友達って感じがするもんねぇ!知り合いじゃなくて友達!いいねえ!あたしは変わりもんだけど今後ともよろしく!」
サキはおにぎりを頬張りながら元気よくアヤとライに言葉を発した。
「じゃ、じゃあ、今度からはちゃんと報告するね。よろしく、アヤとサキ。」
ライは笑顔に戻り、アヤとサキを見据えた。
「そうね。よろしく。ライ、あなたとマイの事、言えるようになったら聞かせてちょうだいね。皆で今を楽しく生きましょう。私達の生はきっと長いから。」
アヤはライにそう言うと残ったおにぎりに手を伸ばし笑った。
「うん。」
ライもアヤにほほ笑んで答えるとサキと共におにぎりとお茶を頬張った。
桜の花びらが頬をかすめていく。暖かい日差しに抱かれ、ライは幸せとはこういうものなのかと思った。
そして更夜達もこのように楽しく生活していればいいなと思った。
神々も人も動物も皆、それぞれ心を持っている。悲しい事、負の感情の方が目立ち、渦巻きやすいかもしれない。
だが、その負の感情の裏側には必ず幸せだと感じる感情が存在している。
幸せだと感じる心はすぐに隠れてしまうが誰の心にでも必ずあるものだ。
それがたとえどんな運命でも。
ライは目を瞑り、今の幸せを胸いっぱいに吸い込んだ。
あれから数年の時が経った。
ノノカはタカトとショウゴの墓にそれぞれ参り、もう何度目かの手を合わせた。
……私、タカトの後を継いで有名な作詞兼作曲家になったよ。今回の作詞はショウゴの気持ちを書いてみたの。いろんな人が聞いてくれてる。それからね……私、子供ができたの。今、お腹に双子がいる。男の子ふたりだって。
……名前はもちろん……ねえ?
……また……会いに来るね。歌ができたら夢の中でまた聞いてね。
……タカト、ショウゴ……どうか私の世界で幸せに暮らしてください……。
ノノカはタカトとショウゴの墓がある墓地を眺め、深く頭を下げると涙を拭い去って行った。
未だに拭いきれない後悔があるがノノカは今を幸せに思っていた……。
ちなみに陸の世界のノノカはなぜか作詞家になっており、作曲家のタカト、ボーカルのショウゴと共にデビューを果たし、知らないものはいない有名なグループ、「おとくくり」という名で三人で楽しく歌を作っているという。
旧作(2016年完)本編TOKIの世界書三部「ゆめみ時…最終話」(芸術神編)
ここまで読んでくださりありがとうございました!!
最終的には宇宙まで話をすすめました。
流れ時…からはじまり、かわたれ時…を挟んでマイを謎の存在にし、ゆめみ時…で一応、すべてがわかるような作りにしたつもりです。
最後に流れ時…の主人公アヤ、かわたれ時…の主人公サキも登場して三神仲良く友達になりました笑。
次は四部に入ります。
四部はいままでの解決編のような感じで進みます!