独立祓魔官の愛ある日常 ~龍と百足の嘆き歌~

漆黒猫

ハローハロー、漆黒猫でございます。

捏造使役式、極まれり。
鈴鹿さんがとうとう使役式を得て、ソレに京子嬢が引いちまって。
それを引き金に亀裂が深まっていく・・・、という。

・・・どうするか決めてないとか言いつつ、少なくとも、
源司さんの傍に居続けるのは確実だと思う。
テロに加担するかは別としても、『この』鈴鹿さんは。

京子嬢が酷い目に遭わされてます(主に源司さんに)。
・・・京子ちゃんファンの方、ごめんなさい。

漆黒猫は毒虫、平気な猫です。
蜘蛛、百足、蜂、蠍。ソレ系大好き。

某黒光りする家庭内害虫の王様だけは超苦手ですが、退治スキルは持ってるし、
多分、自然の中で『生息』してるの見るのは平気、だと思われ。
進化生物学上の本能に加えて、
『ヤツ』=『不衛生の塊』=『恐怖』って図式がコワさの主因のひとつだと思う。

まぁソレはともかく。

大連寺家の家紋は百足だと思ってます(キッパリ)←何を根拠に。

・・・土御門家の使役式・北斗サンが、『高貴』系統の美人さんじゃないですか。
だから対比するように、『野生の強さ』をイメージして、クセの強い、
好みが分かれる(どっちかっつーと嫌いな人の方が多い)生き物の方が『らしい』かなっと。

ぶっちゃけ『何となく』と『漆黒猫の好み』です。
百足嫌いな御方、ごめんなさい。

百足の卵は、孵化するまで母が守ります。
カビが生えないように舐め、天敵と戦って。
この母親の世話が無いと、百足の卵は孵化しません。

百足というのは、そういう情の濃やかな生き物なんです・・・!!

・・・また隙間ネタ、かつ捏造要素多量のお話ですが。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです♪

独立祓魔官の愛ある日常 ~龍と百足の嘆き歌~

 鎌倉。
 倉橋家別邸。古く鎌倉時代には、こちらが本邸だった。由緒ある館。

       ビシッ・・ッ  ガッ!   パン・・・ッ!!

 東京本邸にも劣らぬ、広壮な日本家屋。
 奥庭の武道場では今、過酷な音が響いていた。

           パシッ!!

 ひと際鋭い音が響いて、少女が武道場の床に勢いよく叩き付けられた。
 昼まだ明るい太陽の光に、しかし照らし出されたのは酷い傷痕だ。右のこめかみに大きく3センチほどの裂傷が走っている。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 無言のまま、緩慢な動きで細身を起こした少女・・・娘を、格闘の技を教授していた筈の男・・・父親もまた、無言のまま睥睨していた。
 立ち上がる為に手を貸そうともしない。
 そして少女もまた、2度と立ち上がろうとしなかった。

「立ちなさい、京子。」

「・・・・・・。」

 少女・・・京子が無言で首を横に振ると、パタパタと場違いに可愛い音と共に、鮮血が玉となって辺りに飛散する。
 鈴鹿はその一部始終を見守っていた。



 事の始まりは源司の一声だった。

「鈴鹿。
 鎌倉に行く。道着に着替えておいで。」

「? はい、倉橋長官。」

 突然そう言って鈴鹿のラボに顔を出した源司は、酷く険の鋭い顔をしていた。眉根を寄せて唇を引き結び、まるでこれから敗色濃厚な戦に出向くかのような表情だ。
 何処であろうと供をし、そして守り切ってみせる。
 彼女が心密かに決意してしまう程、厳しい横顔だった。
 源司に従って出向いた駐車場では、既に磐夫が車を温めて待っていた。

「すまない、宮地。
 傍に居てくれ。」

「謝らんで下さい、長官。」

「??」

 苦り切った源司の声音と、裏腹に穏やかな磐夫の声音が、鈴鹿の耳に妙に残った。
 2人のどちらからも目的すら告げられぬまま、磐夫の運転する黒い車で鎌倉に着いたのは午前中。まだ昼前の事だった。
 降りたのは、倉橋家の別邸。鈴鹿も源司と共に、幾度か足を踏み入れた事がある場所だ。当然構造なども把握しているが・・・。
 真っ直ぐ向かったのは居間ではなく、武道場だった。
 鈴鹿にとって、源司に倉橋流格闘術の稽古をつけてもらった、思い出深い場所。
 そこで待っていたのは。

「京子?!」

 懐かしくも意外な『彼女』に、鈴鹿は口の中で小さく叫んでしまった。
 隼人と伶路は判る。2人共、裏事情まで含めた身内のような存在故に・・・2人までもが道着の理由は、今は大した問題ではない・・・アクセサリーもグラサンもない伶路の姿を、白昼堂々見られるのは激レアだ。
 だが何故、鈴鹿よりずっと厳しい監視下に置かれている筈の京子が居るのか。確かにココは『倉橋家の』屋敷。本来は、源司の次にこの場所に相応しい人物ではあるのだが・・・今このメンバーに囲まれている事は、彼女にとって相当厳しい気がする。
 色々な意味で。
 憔悴して顔色が悪い京子は、鈴鹿と同じように道着を着込んでいた。鈴鹿が初めて見る姿だ。ずっと引き離されていた仲間を見て一瞬だけ目を瞠り、唇を震わせる。
 再会の喜びには遠い。京子にとっても、鈴鹿にとっても。
 倉橋の惣領娘が、言葉を掛けたのも『父親』に対してだった。

「お父様・・・どうして『今』なのっ?! 急に『後継の儀』だなんて・・・私、何の準備も出来てない。失敗するのが判ってて、何で・・・。
 何故、今になって私を、倉橋の家から追い出そうとするのっ?!」

「『そう』なるかどうかはお前次第だ、京子。失敗するかどうかも含めてな。
 道場に入りなさい。すべき事は判っている筈だ。それともお前の祖母は、それすらもお前に教えなかったか。」

「っ、」

 父と娘である筈の両者の間に、交わされた言葉はそれきりだった。
 以来、彼と彼女が無言で打ち合う事、小1時間程。先程の源司の『立ちなさい。』の言葉が、周囲で見守る鈴鹿、磐夫、伶路、隼人の耳には数年ぶりくらいの重さで響いた。
 此処での敗北の結果の、京子の処遇。
 それを知っている磐夫の耳には、特に重く響く。
 磐夫にとって大事なのは、京子の処遇を決断した源司の、その苦しい胸の内なのだが。

「倉橋を継ぐ者にとって、」

 感情を排した源司の声が、武道場の床に座り込んだまま、立てない京子の心を砕く。
 17歳の少女の、薄い肩がピクリと震えた。

「その身の証となる、大事なモノが3つある。
 倉橋流・近接徒手格闘術の皆伝。
 水の秘術『闇美津羽(くらみつは)』の会得。
 重代の式神・狗神『白華(はっか)』の承認。
 17年修行して、格闘技はこの程度か。
 得意な風系統の修行にばかり気を取られ、水系統の術は中級程度。とても『闇美津羽』の伝授に値するレベルではないらしいな。」

「ほ、しよみ、なら・・・おばあ、さまに・・・・。」

「知っている。監視の目を盗んで、随分熱心に励んでいるようだな。
 だが、倉橋家に2人目の星読みは必要ない。」

「っ?!」

「白華、来い。」

 あっさりと、一言の許に娘の才能を切り捨てた源司。
 傷付いた娘に向けるべき手を、彼は中空に差し伸べる。その指先に懐くように現れたのは、美しい獣だった。人の背の優に3倍はあろうかという大犬が、見えない階段を下りて源司の手に鼻先を擦りつけ、行儀も良く足許に伏せる。
 華やかな白。純白の柔らかい毛並みとミントグリーンの瞳を持つ、ハスキー系の顔立ちの、凛々しい獣だった。
 主君の実子である京子には、チラリと気の無い視線を流したきりで瞳を閉ざしてしまう。
 源司が音の無い溜め息を吐いた。

「白華にも見捨てられたか。
 決まりだな。」

「お父様、待って、」

「後継の儀は、私の勝ち。
 京子。
 お前は山城家の傍流に養女に出す。そして同時に、先方が選んだ男と結婚しろ。
 倉橋の名を捨て山城となり、更に名を変えて、学生時代の思い出は思い出に留めるのだ。良き妻となるがいい。」

「私、の、代わりは・・・隼人さん? 鈴鹿ちゃん?」

「倉橋の血を引く娘を、既に見出してある。
 隼人には政略結婚はさせんよ。その娘と恋仲になるなら、喜んで迎えるが。無理には、な。隼人は山城家の正系だ。山城の名を継ぐも良し、名跡は弟妹に任せて、倉橋家の誰かと添うも良し。あるいは別の家から、あるいは結婚せぬも良し。
 鈴鹿も同様。
 既に鏡という婚約者も得ている上、大連寺家の最後の正系だ。
 この子は・・否、『彼女』は大連寺当主の証を自力で見つけ出し、自力で獲得した。
 お前とは大違いにな。」

「かく、とく・・・?」

「京子が『倉橋』で居られる時間は、残り少ない。
 『大連寺殿』、見せてやってくれまいか。」

「承知致しました、倉橋師父。」

 スルリと、鈴鹿自身でも不思議な程自然に、言葉が口をついて出た。
 源司から『対等な公人』として扱われたのは、今が初めてだ。が、広告塔として当の源司から様々な場所に連れ回されて、『そういう機会』が巡って来た時の振る舞い方は、無意識レベルで身に付いている。
 そうか、だから、その為に広告塔にしたのか。
 場違いな事に納得しつつ、壁際に正座で控えていた鈴鹿は、スイッと立ち上がって源司の傍に寄った。
 何故か、その位置に立つべきだと思っただけだ・・・源司の、傍らに。
 源司に対する恐怖は無かった。
 京子の事で抗議する気にすらならない自分が、不思議だった。
 心の何処かで、彼女の『彼』に対する態度を予測していたからかも知れない。
 凪いだ心で、鈴鹿は『彼』の名を呼ばわる。ソレが友との訣別の糸口になるかも知れない、そう、心の何処かで理解しながら。

「璧(へき)、いらっしゃい。」

「御意、嬢。」

 鈴鹿の影が、飴細工のようにドロリと垂直にせり上がり、細長い虫の姿を形作る。
 百足であった。
 縋る視線で鈴鹿の姿を追っていた、京子の茶瞳。鈴鹿は彼女の穏やかな瞳の色が好きだったが、その瞳が今、恐怖と嫌悪に染まっている。
 まぁそりゃそうだろうな、と、鈴鹿は内心で肩を竦めた。
 一般に認識される『百足』は毒虫であり、衛生害虫であり、不快害虫に分類する者も居る。そして己が使役式『璧(へき)』は、その『一般に認識されている不快害虫』そのままの姿と色をした節足動物なのだ。
 成人男性大のソレが、10代後半の道着少女の細身に絡みついている図。
 三流エロ同人サークル発行の薄い本か、と鈴鹿でも思う。

「紹介するわ。
 この子の名前は『璧』。大連寺家に伝わる、重代の式神よ。
 倉橋家の当主継承は、『後継の儀』で前当主に勝った上で、3つの条件を揃える事。同じように大連寺家にも、当主と認められるのに必要な3つの条件があるの。
 といっても、先代・真宵が何も言わずに居なくなったものだから、古文書引っ繰り返して自分で探したんだけど。
 ひとつ、コイツに自らの霊力を以って名を付け、式に封じる事。
 ひとつ、体に一族特有の痣が発現する事。
 ひとつ、コレも一族特有の瞳の秘術『鶺鴒眼(せきれいがん)』を宿す事。
 まぁ、痣に関しては『璧』を得れば自然と発現する代物だから。
 実質2つなんだけどね。」

「お、父様、ひどい・・・なんて酷い事を・・・。
 『大連寺』の名前を嫌っている鈴鹿ちゃんに、こんな・・・醜い痣まで付けさせて、」

 道着の袖をめくって、腕の痣を見せる鈴鹿。百足が節足を広げて巻き付いている形の、紅く鮮やかな痣だった。この痣が、腕と言わず足や背中、腹など体全体に広がっているのだ。まさしく、皮膚の下に百足でも飼っているかのように。
 途端に憐れむ色に染まった京子の茶瞳に、鈴鹿の碧眼が光る。殺気を帯びて据わるのが、鈴鹿本人にも判った。

「あたしを憐れむのはやめなさい、京子。
 あたしは自分で『大連寺を継ぐ』って決めたの。璧も鶺鴒眼も欲しいって。あたしはまだ、倉橋長官や宮地さんに従うかどうか、決めてない。でも春虎に会いたい、会わなきゃ前に進めないのは確実なの。
 鶺鴒眼は、感知や分析に長けた研究者の眼よ。あたし向きだわ。使いこなせれば日本中、何処に居たって、春虎のバカを見つけ出して引き摺り出せる。勿論普段の研究にだって役立つでしょう。
 あたしは自分の為に、自分で望んだものを、望んだように手に入れたの。眼の発現に伴って、肉体が作り替わる痛みにも耐えたわ。ちゃんと努力した結果よ。
 父親に襲名ひとつ認めさせられないアンタから、上から目線で憐憫なんて掛けられたくない。」

「待って、鈴鹿ちゃん・・・言ってる事がよく判らないわ・・・?
 まるで・・・まるで、お父様に味方して、彼を捕まえる・・みたいに、聞こえるわ?
 私たちを、裏切、るの・・・?」

「裏切る? ハッ、笑わせないでよ。
 気味悪い百足痣の女。綺麗な顔にそう書いてあるわよ? 『今の』あたしを受け入れられないのは、アンタたちの方でしょ?」

「っ、」

「そこまでだ、京子。」

 どこか辛そうな鈴鹿の、捨て鉢な嘲笑。肩を震わせる京子の視界を遮ったのは、やはり父たる源司だった。璧を纏った鈴鹿を、その大きな背中で秘め隠す。
 実の娘を見下ろす視線は、何処までも冷たかった。

「判ったろう、鈴鹿と自分は違うのだと。
 京子、お前には覚悟が足りん。鈴鹿のように、狂的な痛みに耐えてまで自分の中の目的を追い求める、情熱が。仮にお前が『そういう人種』だったのなら、家督を譲るもやぶさかではなかった。たとえ今、その情熱が私との敵対に向かっているとしてもな。
 だが、そうではない。
 確かにお前は秀才だよ、京子。だが秀才止まりだ。
 お前は『倉橋の悲願』を担うには及ばない。命は留めてやるから、他家で星を読みながら生きるがいい。」

「・・・・・・・。」

「白華。京子を座敷牢に連れて行け。
 抵抗するなら咬み殺しても構わん。」

 源司の台詞に、最後まで優しい熱が宿る事は無かった。
 源司の優しさは、既にその全ての使い道が決まっている。鈴鹿に向けられているのだ。

「璧を仕舞いなさい、鈴鹿。」

「・・・・・・・もう、少しだけ・・・。」

「鈴鹿? 鈴鹿っ!」

 あぁ、このヒトはこんな必死な声も出せるのだな、と。
 獣の牙に追い立てられ、フラフラと半ば自分から座敷牢に向かいながら、京子はぼんやりと思っていた。こめかみの中心が、細い針を刺したようにキリキリ痛む。頭蓋の内側が、氷水で満たしたみたいに冷え切っている。
 最後に見た『実父』の姿は、木床に倒れ伏した他所の家の娘を、血相変えて抱き起こす姿だった。
 床で波打ち、差し込む太陽の光で輝いていた金の髪を。その『禍々しい』光を。
 京子は一生忘れないだろうと思った。



 昔、百眼魔王という妖怪が居た。
 まだ地上に神気の濃い時代、中国の西域、今のチベット辺りで生きていた。
 その本性は百足。虫ケラながら大層力が強く、豪放にして無双。凶暴にして粗暴。礼儀を知らず、力に溺れ、一党を形作って近隣を荒らし回っていた。

 彼を倒したのは、僧侶の一行だった。玄奘三蔵と名乗っていた。何でも、その先の『天竺』という場所に行くのだという。『経典』なる物が欲しいらしい。
 玄奘三蔵に負けて、武力の拙さを。玄奘三蔵の話に耳を傾けて、己の無知を。
 知った百眼魔王は彼に言った。世界が見たいと。彼は許し、命を預けた。但し、再び悪行に墜ちないように法力で枷を与えて。

 一党を解体し、1人になった百眼魔王は東を目指した。玄奘三蔵が西を目指していたからだ。
 あなたとは違う方向に歩いてみたい。そう言った百眼魔王に、玄奘三蔵は笑って『ではいつか、向かいから貴方が歩いて来るかも知れませんね。』と喜び、旅装一式まで与え、手を振って見送った。

 国をひとつ越える度に、百眼魔王は見聞を広げ、望み通り様々な事を知った。
 ついに海を渡り、日本まで来た。
 今の青森近辺だ。長旅を重ねてきたせいで、彼の体は衰弱していた。助けてくれたのは、やはり人間だった。
 大連寺、と名乗っていた。
 陰陽師という力ある人間だった彼らは、本性を知って尚、異国の魔王を慈しみ、休息の場を供した。再び一命を取り留めた魔王は感謝し、報恩を申し出た。陰陽師として闇と戦う彼らを守る者。重代の使役式になる契約を交わしたのだ。

 時が流れ、戦国の世。陰陽師・大連寺家は『田村』という武家に仕えていた。
 かつて玄奘三蔵が目指した地・天竺出身の女鬼『鈴鹿御前』と、古代の英雄・田村麻呂の血を受け継ぐ一族。
 乱世で存亡の淵に立たされた主家は、比較的新興ながら、もっと力強い家門との政略結婚で生き残りを図った。即ち、伊達政宗と田村家の姫・愛(めご)との婚姻だ。
 それだけなら・・・こじれなかったのだ。

 伊達家は言った。愛姫の輿入れに伴って、臣たる大連寺家も、伊達の直属に移籍せよ、と。大連寺家は素直に応じた。現実的な彼らは、戦火の絶えない父祖の地よりも、火種の少ない新領地を選んだ。
 百眼魔王の社を捨てて。
 彼は大連寺家に、行かないでくれと言った。大連寺家は彼に、行かぬ訳にはいかんと言った。主家の姫君を守るのが務めなのだ。一族を守る為にも、聞き分けてくれ。折節の祭祀は欠かさぬから、と。

 寂しさのあまり百眼魔王は荒魂と化し、他ならぬ大連寺家の手で修祓された。
 封印され際、長年守ってきた大連寺家に、百眼魔王はひとつ、呪いを施した。
 そんなに他の場所が見たければ、好きなだけ見れば良い。見たくないモノでも見せてやる。そう言って与えたのが『鶺鴒眼』。モノの本質を、強制的に映す瞳。
 その一件より先、大連寺の継承者には『百足のような痣』と『鶺鴒眼』。両方が現れる事となる。
 そうして大連寺家は『鶺鴒眼』のお陰で、陰陽師界では呪具創作の匠、表の世界では高名な学者を何人も輩出し、表裏双方の歴史に名を刻んでいったのだ。



「それって・・・呪いって表現するんですか?
 自分を封じた相手に、繁栄するようなプレゼントを贈った、ってコトでしょう?」

 座敷牢の格子越しに磐夫を見上げ、京子は軽く絶句していた。
 京子が落ち着いた頃を見計らって訪ねてきた磐夫も、肩を竦めて呆れている。京子の見張りを仰せつかったらしい白華は、磐夫に撫でられながら、そんな2人を大人しく見守っていた。
 ちなみに京子は、磐夫に対して敬語かつ親しく『宮地さん』呼びである。父の腹心である彼とは昔から面識があり、彼が倉橋の屋敷を訪れる度に、飴玉を貰った間柄だ。

「究極のツンデレ、いや、ヤンデレと言うべきか。
 『鶺鴒眼』は遠視の術ではない。肉眼で見た対象の、本質を見抜く眼だ。例えばソレが人ならば、健康状態、精神状態、霊力の質や量、持っている術。相手が持つ膨大な量の情報が、フルオートで術者の頭に流れ込んでくる。
 その情報量をいかに捌き、術者自身が発狂しないように制御するか。
 ソレが器の見せどころな訳だが。単純に便利とばかり喜んでもいられん。実際、眼を得ても、制御し切れず狂い死にした当主も多いと聞く。狂わぬまでも、性格が極端にエキセントリックに偏向したりとか、な。
 今思えば、鈴鹿の母親・真宵の狂気も、その辺りが由来だった気もする。
 俺ならたとえ『鶺鴒眼』を与える能力を持っていても、愛する者に与えたいとは思わんね。」

 愛するが故に諸刃の剣を贈った。滅亡を祈り、繁栄を願いながら。だからやっぱりアイツはヤンデレで、『鶺鴒眼』は呪いなのだと思う。
 そう言って磐夫は嘆息した。

「『百眼』魔王の名の通り、元々の能力自体、情報処理系統のようだからな。百足のクセに。眼や視力に関する能力に長けているんだ。
 それこそ玄奘三蔵と出会った頃は、蔵の警護の穴を『分析』して、盗賊まがいの事に使っていたらしい。その辺りは改心したようだが。
 今でも知識欲の強い百足でな。鈴鹿と学問的な話で盛り上がれる珍しい百足だよ。
 あの2人、1人と1匹の百足は良い相棒になれるだろう。」

「でも百足・・・。」

「あそこまでデカいと、最早ギャグにしか見えんだろう。
 多軌子は悲鳴を上げて部屋を逃げ出したし、山城も顔を引き攣らせていたが。
 鈴鹿も鏡も気に入ったと言っていたぞ? 最近の鈴鹿は眼のせいで寝付く事が多いが、璧の背中が存外柔らかくて枕に丁度いいと言って、専ら枕代わりに使ってる。鏡は璧の触覚が気に入ったそうでな。ヤギの角のふかふかバージョンだとか言って。
 よく引っ張ったり撫でたりして遊んでる。
 星宿寺はドコも山寺だからな。あそこで育つと虫なんて見慣れるんだよ。」

「璧って、何なんです?
 『百眼魔王』は封印されたまま、なんですよね? じゃぁ鈴鹿ちゃん・・の傍に居るアレは? 百眼魔王の何なんです?」

「今風に言うと・・・外部接触媒体。高性能インターフェイス。接続端子。まぁ、そんな所だ。百眼魔王と外界との接点だな。
 正確に言うと、『璧』は使役式ではない。
 鈴鹿の使役式は『百眼魔王』。璧は、自ら結界の中に引き籠って出て来ない『彼』と対話する為に、大連寺家が編み出した『アバター』。
 陰陽師風に言えば、分御霊(わけみたま)に近いか。神格を持っている訳ではないから、正確ではないが。」

「大連寺家の人間が、編み出したのですか?
 百眼魔王が要求したのではなく? 自分を呪った相手と、話がしたいと?」

「辻褄の合わん事もないだろう?
 実際、話がしたかったのだと思う。決して裏切るつもりではなかった、そう伝えたかったのだと。寂しい思いをさせて悪かったと、謝りたくもあったかも知れん。
 百眼魔王に対する、そういう思い、拘り。ソレを持つ者が、大連寺当主に相応しい。
 だからこそ、当主継承の条件に『インターフェイスの起動』、対話権の獲得が含まれているのだと思う。」

「・・・・・・。」

「京子。
 君は鈴鹿に言ったな。裏切るのかと。」

「はい。」

「だが、それは『何』に対する裏切りだ?
 鈴鹿は『土御門春虎』に会う為に、鶺鴒眼を得た。その結果、確かに私や倉橋長官に引き渡す可能性はあるだろう。だが、引き渡さず匿う可能性も充分あるんだ。
 どうしたいのかは、恐らく本人にも、その時が来なければ判らんのだと思う。
 だが兎にも角にも、会う為の手段を死に物狂いで身に付けたのは確かだ。自分が狂死する可能性など、あの子は充分理解している。
 見つけ出した直後に狂死したとして、その後は他の友人、お前たちが春虎を守ってくれると、信じていたから挑めたのではないか?」

「っ!!」

「それを君は、無条件に『裏切り』と弾劾した。鈴鹿を信じてやらなかった。
 鈴鹿が倒れたのは、その精神的なショックが大きい事を認識しておいて欲しい。」

「・・・わ、たし、そんな、つもりは・・っ、」

「それと璧を得たのには、戦力の他にもうひとつ、大事な意味がある。
 大連寺至道、あの子の父親が、鈴鹿に幾百もの人体実験を施したのは知っているだろう?」

「っはい、」

「その実験は、兄が死ぬ程過酷なモノだった。
 生き残った鈴鹿の体内にも、禁呪は未だ完全な形で残留している。アレらは鈴鹿が、一生向き合っていかねばならないモノだ。
 璧と繋がる事は、百眼魔王と繋がる事。
 古代の大妖の霊力で、禁呪の暴走を抑え込む事が出来る。」

「っ!!」

「あの子は私や倉橋長官に頼らなくとも、自力で禁呪を制御する術を身に付けた。
 いざ私たちから離れる段になった時、自分で命脈を保てるように。その自立を、私も倉橋長官も歓迎しているが。
 なぁ、京子。
 君はソレも否定したな。誤魔化しようもなくはっきりと、『醜い痣』という言葉を使って蔑んだ。
 それはある程度、人が持つ本能的な拒否反応なのだろう。
 だが不可抗力だからと言って、鈴鹿が傷付かないとでも思うのか? だって気持ち悪いんだから仕方ないでしょ、そんな事を言う人間に、あの子の『友人』が務まると?
 春虎の事がなくとも、禁呪の事がある。遅かれ早かれ、鈴鹿は璧と・・・百眼魔王と契約しただろう。
 生きる為にそうするより他にないのなら、そうするしかないだろう?
 『インターフェイスの起動』と言っても、霊的な代物だ。パソコン入力のような簡単な話ではない。それでも今までの研鑽があるから、急に契約する事になっても、鈴鹿は璧の霊力を受け止める事が出来た。
 京子。君は鈴鹿の全てを否定した。
 これまでの経験、生きる為の努力、陰陽師としてのスキル、『土御門春虎』への友諠まで、綺麗に全て拒絶した。
 君は鈴鹿の、何をも理解していなかった。受け入れもしなかった。
 同じ陰陽師界に生きる限り、何十年先であっても、顔を合わせる機会が無いとは言い切れない。だが・・・。
 二度と、鈴鹿の前で『友人』として振る舞わないで欲しい。」

「そんなっ、」

「そう傷付いた顔をする事も無いだろう? 君にとっても悪い話ではない筈だ。『裏切り者』も『醜い痣』も、もう見なくて済む。
 鈴鹿は私にとって『娘』であり、倉橋長官との大事な絆でもある。
 傷付ける事は、許さない。」

「っ、ごめん、なさい・・・ごめんなさいっ・・!!」

「・・・さよならだ、京子。」

 堰を切ったように溢れ出る京子の涙で、座敷牢の畳が濡れる。
 京子とて、磐夫にとっては大事な『娘』だった・・・そう愛おしんだ瞬間も、確かにあった。それでも最後に取るのは、やはり鈴鹿であり、源司なのだ。
 慰めの言葉は意識して呑み込み、背を向ける。
 2人の訣別を、白い狗神が透明な瞳で見つめていた。



 枕元に『自分の』式神が居る。
 その一事が鈴鹿には、単純に嬉しかった。

「お加減は如何か、嬢。」

「・・・気を遣わなくていいわ、百眼魔王。
 『本来の話し方』に戻しなさい。」

「百眼魔王は、承知した、と言っている。
 百眼魔王は翠鈴公主に、現状を報告したいと考えている。翠鈴公主の健康状態は、対話に耐え得る状態か。確認を求めている。」

「横になったままで良いなら、教えて頂戴。」

「構わない、と百眼魔王は言っている。
 眠くなったら、そのまま眠ってしまうと良い、と百眼魔王は言っている。」

「ありがとう、あたしの魔王。」

 フフフッと穏やかに笑って掛け布団を引き上げ、鈴鹿は右腕を下にして横になり直す。頭は当然のように、とぐろを巻いた百足の背中に乗せていた。
 節足のひとつが、幼げな動きでゆっくりと、彼女の金髪を撫でている。檜の香る日本家屋の一室に、場違いな程、静かな時間が流れていた。
 高性能インターフェイス『璧』。
 彼は・・否、コレはあくまで、百眼魔王と鈴鹿の仲介役に過ぎない。『璧』自身の自我は皆無、その言葉は何処までも、百眼魔王の生の言葉であり、意思だ。
 故に『こういう』話し方になる。
 丸っきり人工知能、AIの喋りだ。
 陰陽術で作り出したアンドロイド。
 この発想が戦国時代に既に存在していた事に、鈴鹿はまず驚いた。大連寺の父祖は、その頃からもう学者の家柄だったのだと。母・真宵は今でも嫌いだが、大連寺一族自体は誇って良いのかも知れない。『璧』を見た時、初めて鈴鹿はそう思った。

「百眼魔王は翠鈴公主に報告する。」

 ちなみに璧=百眼魔王は、鈴鹿の事を『翠鈴公主(すいれいこうしゅ)』と呼ぶ。
 真名を呼ぶ事が忌避されていた時代。号で呼ぶのが当然だった時代の生まれである。ましてや目上を真名で呼ぶなどと。
 だから百眼魔王は、鈴鹿に『翠鈴公主』と号を付けた。生まれ故郷で至高とされていた石・翡翠に、真名の名残『鈴』と尊称『公主』を付けて、『翠鈴公主』と。
 本当は彼女の印象的な瞳、碧眼から『碧鈴公主』と付けようとしたが、インターフェイス『璧』と音が被る、それは失礼に当たる、と憚り『翠鈴公主』とした、という念の入れようである。
 伝承によれば、玄奘三蔵に無礼を咎められたらしいが・・・。
 変われば変わる、という事か。

「倉橋京子嬢は、座敷牢に幽閉。
 白華殿は、倉橋京子嬢の監視。
 倉橋源司公は、書斎に滞在。
 宮地磐夫公は、座敷牢で嬢に説諭。
 鏡伶路公は、炊き屋(かしきや)にて炊事。」

 歴代の当主たちは、あまり話しかけてこなかった。特に近代に入ってからは。
 そう言っていた璧=百眼魔王は時折、とても古風な言葉を使う。『炊き屋』と聞いてすぐ台所の事だと解る現代っ子は珍しかろう。

「百眼魔王は翠鈴公主に質問する。
 『おーとみーる』とは何だ?」

「そうね、アンタは知らないでしょうね。
 麦の一種に、燕麦(えんばく)っていう種類があるの。その燕麦に脱穀だけを施した食べ物よ。玄米の麦版って言ったら近いかしら。
 お米と違って炊く必要がなくて、水で煮ればすぐにお粥として食べられるっていう利点があってね。栄養価が高くて、消化にも良いの。
 倉橋長官の好物で、その影響であたしも気に入った食べ物よ。
 鏡、覚えててくれたんだ。嬉しいな。」

「百眼魔王は言っている。覚えておく、と。
 我が主は『おーとみーる』が好き。」

「誰が作ったオートミールでも、好きな訳ではないけどね。
 鏡が作ってくれるのは別格。実際美味しいし、それに好きな人が自分の為に作ってくれた料理だもの。別格よ。
 ねぇ、百眼魔王。
 あなたはどんな食べ物が好きなの? 味覚が人間と違うのは知ってるけど。ネズミ獲って来いとか言われても無理だけど、あたしが作れるモノなら作ってあげる。」

「・・・百眼魔王は言っている。判らないと。」

「そう? じゃぁ、一緒に探しましょうか。」

「誰と何を探すって?」

「鏡っ♪」

 引き戸の入り口に立っていたのは、引き続き『アクセ・グラサン無し』続行中の道着伶路。右手の盆には作りたてのオートミールが湯気を立てている。
 後生大事な婚約者の為なら、全て後回しにして腕によりを掛けたオートミールを作ってしまう不良祓魔官は、口許に小さく青筋を浮かべていた。『鈴鹿に膝枕するのは、俺だけの特権だったのに。』というカオだ。
 天然そのもので綺麗に微笑む鈴鹿とは正反対だ。

「顔色は、悪くねぇな。
 鈴鹿、気分はどうだ? 食欲はあるか?」

「平気。少しメンタルが不安定になって、鶺鴒眼が少し揺らいだだけだから。」

「少し、か。」

「うん。少しだけ、ね。
 オートミール、作ってくれたのでしょ? 食べたいな。」

 上体を起こした彼女の傍に、伶路は片膝ついて鈴鹿の顔を覗き込む。
 片手を白い頬に添えると、親指でそっと撫でた。大事な壊れ物を扱うように。
 案じ過ぎだと動作で示すように、鈴鹿の方からも彼の手に、両の掌を添わせる。温かい。だが今の伶路は何となく、その温もりだけでは満足出来なかった。
 鈴鹿を手放す事無く、むしろ引き寄せて後ろから抱き締める。

「1人で食べれるんだけど。」

「甘えとけ。
 いくら身に付けて浅いとはいえ、ぶっ倒れる程『眼』が揺らぐのは『少し』とは言わねぇよ。自覚無いなら、自覚持てないくらい深くヘコんでるって事だ。
 俺の前では『ちゃんと』泣く約束だぜ。鈴鹿。」

「・・・・・・・・うん・・・っ、」

 結っていない乱れ髪は、顔を隠すのに丁度良かった。俯くだけでいい。
 伶路にとっては、顔など見えなくても問題なかった。腕の中の華奢な肩が、震えている。堪えきれない嗚咽が聞こえてくる。それだけで充分だ。
 京子と、春虎。2人に殺意を抱くには。
 うなじに浮き出た紅い痣に、嬲るように舌を這わす。
 伶路の瞳が底光りしている。冬児を使って春虎を殺す。頭の中で、その算段を付けている光だった。



 翌日。
 源司が呼び寄せたSPに警護という名の監視をされて、京子が一足早く東京へ帰された、という璧の報告を、鈴鹿は小春日和の縁側で受け取った。源司が彼女に用意した部屋は明るくて、病み付く事の多くなった体に、日の光が心地良い。
 『元』友達の目の前に立って見送る気分には、なれなかった。
 鈴鹿は京子に嫌われたのだ。半ば、自分から。

「翠鈴公主。
 百眼魔王は言っている。茶を淹れた、と。絃莉殿にご教授頂き、公主のお好きな『はーぶてぃー』を淹れてみた。
 百眼魔王は言っている。口に合えば良いが、と。」

「ありがとう、あたしの魔王。
 うん、美味しい。」

 『元』友達が実父から受けた仕打ちに、『そう。』と一言、薄い反応しか返さなかった鈴鹿。伶路の腕の中で泣いていたのを、知っている身・・百足としては心配になるが。
 彼女はしかし、温かい茶を受け取って、口許に淡い微笑みを浮かべる。
 ほんのり甘い薄ピンクの液体は、鈴鹿の喉を温めるのに成功したようだった。

「・・・・・・百眼魔王は言っている。申し訳ない、と。」

「何が?」

 友と訣別した後にしては、あまりに穏やかな表情の主君。
 背後に控える璧は、控えめな謝罪を伝えてきた。鈴鹿は両手で茶器を持ったまま、振り返りもせずにのんびりと返す。
 その穏やかさに焦れたように、璧=百眼魔王は言い募った。彼にしては珍しい反応だ。

「もっと綺麗な生き物に生まれたかった。例えば白華殿のような、フカフカの毛並の狗神に。絃莉殿のような、美しい鬼に。百眼魔王が百足でなければ、せめて蝶のような美しい虫であったなら、翠鈴公主も倉橋京子に自慢出来ただろうに。
 倉橋京子も、公主を拒絶しなかったかも知れない。
 百眼魔王が百足でさえなければ、」

「璧。」

「・・・・・・・。」

「要するに、『百足でゴメン』ってコト?
 あたしはアンタのビジュアルなんて、気にしちゃいないわよ。ていうか、事前に下調べを重ねて、百足だって判ってて契約したんだし。」

「・・・百眼魔王は言っている。それでもやはり、申し訳ないと・・・。」

「式神の姿ひとつで離れてく友達なら、所詮そこまでの付き合いなのよ。
 京子が『そう』だったのは・・・まぁ、正直寂しいけど。この『寂しい』は、抱えて生きてくしかない代物なのよ。お兄ちゃんを喪ったまま、寂しいまま生きてくしかないように。きっと・・・この先に行く覚悟を決める為に、必要なプロセスなんだわ。
 正直、本当に・・・寂しいけど。京子に傍に居て欲しかった・・のは、きっと贅沢なんでしょうね。鏡やアンタが居るから、平気。
 平気・・・冬児の事は、生成り(なまなり)って判っても普通に受け止めてたのにね。」

「冬児・・阿刀、冬児・・・。」

 何か含んだ口調でその名を復唱する、璧=百眼魔王。
 これもまた、珍しい。あぁ、このヤンデレ百足の閻魔帳に鉄筆で刻まれたな、と、察した上で鈴鹿は敢えて訂正しなかった。
 手の中で、空になったティーカップを弄ぶ。
 潮目が、変わったのを感じる。切られた舵は鈴鹿を刻一刻と、今この瞬間も『旧友たち』から引き離し、押し流していっている。
 別に至道や源司が、何か謀った訳ではない。あくまで鈴鹿と京子・・・旧友たちとの間、だけの問題だ。強いて言うなら、鈴鹿が『大連寺家を継ぐ』という判断を下した結果だ・・・理由がどうであろうと。
 鶺鴒眼を得て、春虎を探したかった。
 禁呪の暴走を抑える為に、百眼魔王の霊力が必要だった。
 どちらも、不可抗力だ。その結果、絆を結ぶべき使役式や、その証とも言うべき痣を疎まれると言うのなら・・・それもまた。彼らと陰陽塾で出会ったのが不可抗力なように、今の流れもまた、不可抗力。
 選択せざるを得ない事を、最も自分らしく選択したら、『こう』なった。
 それだけの事だ。

「百足ねぇ・・・。
 多軌子もアンタを見て、すっごいこの世の終わりみたいに顔を強張らせて部屋を逃げてったけど。アレ以来、ぱったりラボに顔を見せなくなったわね。
 そんなに受け付けないモノかしら。」

「翠鈴公主?」

 背筋を伸ばして青い空を見上げる。深呼吸する。
 冬の太陽を見上げて、鈴鹿は碧眼を細めた。敢えて、寒さに気を澄ませる。
 翠鈴公主。鈴鹿は己が使役式が最大限の思慕を込めて奉ってくれた、この名前が好きだ。この名前と、昨日の京子の、筋違いな憐みの瞳。どちらを取るかは明白だろう。
 今この瞬間、鈴鹿は大事なモノを、ひとつ諦めた。自分の意思で。

「ねぇ、百眼魔王。
 あたしはね、今は無理でもいつかアンタが、自分の姿が百足だって事に自信を持てるようになれたらって。そう思ってる。
 百足は縁起の良い虫よ? 武家でも商家でもね。伝説持ちも多いし。毒や大顎を持つお陰で攻撃に秀で、しっかりした外殻で防御に堅い。外殻の下の筋肉は絞め上げる攻撃に強く、繋ぎ目の多さで撓(しな)やかさを得、足の多さでスピードを得てる。
 歴史があると同時に、実に実戦向きだわ。
 ついでに言えば、海老茶のボディと濃朱の脚。このカラーリングもあたし好みよ?
 多軌子といい、京子といい。
 陰陽師のクセに、ちょっとインドア過ぎると思わない? あたしも研究とかであんま外に出る方じゃないけどさ。
 蜻蛉とか蝶とか蝗(イナゴ)とか蜘蛛とか。陰陽師なら、昆虫なんて呪具の一種みたいなモンじゃん? あそこまで派手に拒絶されると、傷付く通り越して呆れるわ。
 あと蝶はダメ。綺麗なばかりで実戦向きじゃないんだもの。翅付きなら蜻蛉とか蝗の方を選ぶわ。あたし、実戦重視なの。」

「百眼魔王は言っている。
 翠鈴公主の部屋にある、『しんかせいぶつがく』の本で読んだ。人間はその進化の過程上、昆虫、特に蜘蛛、ゴキブリ、それに百足が、種の存続を脅かす程の天敵であった時代があったらしい。だから嫌悪や恐怖が本能に刻まれている・・・仕方の無い事だ。」

「その割に蜘蛛は飾り物のモチーフとして人気だし、ゴキブリにすら金運上昇のご利益があったりするけどね。
 図柄の時は縁起物として重宝してるクセに、いざ動いてる百足を前にした途端、存在そのものが罪悪みたいに扱われるのは心外だわ。
 あたしの魔王の何処が不足だってのよ。」

「・・・百眼魔王は言っている。
 翠鈴公主のように、百眼魔王を褒めてくれる主は久し振りだ。」

「どうせ歴代、みんな頭ン中お花畑だったんでしょ? やれ『チョウチョが良かった』の『鬼や鳳凰が良かった』のと、アンタの有能さに気付きもしないで。
 アンタは今ちょっと卑屈になってるだけで、忠誠に篤くて偽りを嫌う、誠実なコよ。鏡の式鬼たちとも、上手くやってくれてるしね。知識欲の強いタイプで、専門的な研究の話にも付き合ってくれるし。
 アンタが百足と知った上で『契約する価値あり』と判断し、起動した璧を見て『当たり』だと直感した。
 そのあたしの判断や直感は、誤りではなかったと信じているわ。『友達』を1人失った、今この瞬間もね。」

 京子に嫌われた事については・・・腹を括るしかない。
 源司の下した彼女の処遇そのものについて、鈴鹿は別段、不満にも、過酷だとも思っていなかった。正直『倉橋家の惣領娘』としての京子は、殺されてもおかしくない程の立場なのだ・・・多分、後継を外れた今この瞬間も。
 『新しい後継者』という娘には、未だ引き合わされていないが。『倉橋の悲願』を継ぎ得、3つの条件も揃えている程の器だと言うのなら。『旧後継者』の生存そのものを邪魔に思い、死を以って排除しようとしてもおかしくはない。
 『一人娘だから』というだけで当主継承が決定事項かのように、錯覚していた京子が甘かったのだ。
 醒めて聞こえるだろうが、鈴鹿もまた『古門』の一員となった者。金髪碧眼だろうがゴスロリ趣味だろうが、継承に関する感覚は『そちら側』だった。

「・・・百眼魔王は言っている。
 翠鈴公主。貴女こそ我が主、我が命。身命を賭してお仕えし、必ずお守り致す。地を這う虫ケラの身ながら、必要とあらば天を舞う大龍でも墜として御覧に入れる。」

「ありがとう、あたしの魔王。
 期待しているわ。」

 『倉橋の後継者』が変わった・・・固まった事と、『上巳の大祓』から始まる、テロ行為の数々。何の関係も無いように見えて、実は『そろそろ動き始める』合図のように思えるのだ、鈴鹿には。
 己が使役式に向けてティーカップを差し出せば、璧=百眼魔王は心得たように茶を淹れに立つ。
 左右の節足で上手にカップを受け取り、リズミカルに外殻を揺らしてティーポットの傍に向かう様子は、鈴鹿の目には『可愛い』の部類にカテゴライズされる・・・『璧』自身に自我は無い筈だが、百眼魔王の感情なのだろうか、紛れもなく『嬉しそう』だ。

(コイツの淹れた茶なんて、京子は飲まない・・・そもそも茶席に同席もしてくれないし、多軌子は我慢に我慢を重ねて、『友達』を失いたくない一心で、ようやく着席するけど結局カップに口を付けるのは無理、とか、そんなオチなんだろうなぁ・・・。
 うわぁムカつく☆)

 夏目は・・・どうだろう。
 天を舞う大龍でも墜とす。
 璧=百眼魔王はそう言った。それは言うまでもなく、土御門家の『重代の使役式』北斗の事だ。『倉橋家の惣領娘』と袂を分かった鈴鹿が、更に『土御門家の惣領娘』夏目と袂を分かつ可能性も、視野に入れているのだ、『大連寺家の惣領娘』の使役式は。
 泰純との血縁は否定された夏目だが、現在は泰純や鷹寛と行動していると聞くし、春虎が行方不明の今、土御門家を継ぐ可能性が皆無とは言えまい。
 覚悟を決めておかねばならない。
 夏目が操る北斗と・・・夏目と、戦う覚悟を。京子の場合は、未だ狗神・白華を得る前だった上、機甲式・白桜・黒楓も取り上げられていたから、戦わずに済んだだけだ。
 鈴鹿は唇の端を上げた。
 やはり百眼魔王は『当たり』。大妖であるだけでなく、式神としても優秀だ。主君に覚悟を促せる式神は、そう多くはないのだから。



 占盤に向かって俯けていた顔を上げて、泰純は深い溜め息を吐いた。
 傍に居た鷹寛が、心配げに声を掛ける。

「どうした。何が視えた?」

「・・・大連寺の正系が、使役式を得た。
 百眼魔王が表舞台に再臨する。」

「っ!!」

 大戦末期、海を渡った数少ない陰陽師の中に、『大連寺家』が居た。
 そこで作られた、伝説の数々。『百眼魔王』の名は、武闘派使役式の代表格として密かに語り継がれているのだ。畏怖の念故に、あくまで『密かに』。
 ただ、この数代は短命で奇矯な当主が続き、『大連寺』はこのまま絶えるのではとも思われていた。現代にか細く残る最後の『正系』も未熟にして若輩、『百眼魔王』を遣える器ではなかろうと。最年少で十二神将、とはいえ、色々と問題行動も多かったと聞く。
 それが・・・『今』、このタイミングで。

「泰純。」

「潰れてもらうしかあるまい。
 百眼魔王の武力は、確かに脅威。しかしそれ以上に厄介なのは、大連寺の秘術だ。詳細は不明だが、人探しが得手、と聞いた事がある。使役式を得たという事は、秘術も得た可能性が高い。それを倉橋家の為に使う前に・・・潰れてもらう。
 春虎と夏目、土御門の子らを守る為、子らに会う前に。」

「・・・判った。手を貸そう。」

 泰純と鷹寛、土御門の保護者たちが、真剣な眼を交わす。
 この2人もまた、信じなかった。鈴鹿の事を。『土御門の子ら』の友人としての、彼女を。子らに敵対するに違いないと。
 刻一刻と、潮目が変わっていく。
 『土御門』と『大連寺』を引き離していく。
 留まる事が、出来ない所まで来ようとしていた。



                     ―FIN―

独立祓魔官の愛ある日常 ~龍と百足の嘆き歌~

独立祓魔官の愛ある日常 ~龍と百足の嘆き歌~

鈴鹿ちゃんの生命線を、京子が反射的に拒絶してしまいました。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-13

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